アイツ"ら"の愛は重い? (因幡の白ウサギ)
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ほんぺん
00.ゴールしてからすぐ走る



四年前の自分を見ると、こう……むず痒いですね。何故これで行けると思ったのか。
というわけで加筆修正しました。大まかな内容に変化はありません



 

「だぁー、やっと終わった。話長ぇんだよ畜生……」

 

 俺が通っていた公立中学校の卒業式が終わり、俺は学校の外に出た。卒業式といえば人生で何度もやらないものだから、その貴重な瞬間を記録しようと父親か、母親か、あるいはその両方が卒業式を見にやって来ている。

そのまま子供と帰ろうと校門の辺りは大量の大人たちでごった返していて、自分の親を探すために周囲をキョロキョロと見渡している卒業生の姿が目立っていた。

 

そんな人達の間を縫うように俺は歩いて行く。俺の親は仕事の都合がつかなかったらしく今日は来ていないのだが、それに対して残念な感情を俺は抱いていない。大体は2ヶ月に一回のペースで家に帰ってきては猫可愛がりしてくる両親が嫌い、とまではいかなくても相手にするのが面倒だと思っていたからというのが理由だ。

……普通、親に対してこんな冷たい反応なんてしないだろうが、常識的な範囲での可愛がりならまだしも、本当にウンザリするほど面倒臭い可愛がり方なのだ。愛されないよりマシとはいえ、もうちょっと何とかならんのかと常々思っている。

 

 さて、卒業式を終えた俺は携帯端末のメールボックスを開いた。確認する暇が無かったから確認はしていなかったのだが、卒業式が始まる前にメールが届いていたからだ。

 メールは何件か届いていた。俺は1番古いのから開封する。このメールの送り主は高町ヴィヴィオ。とある出来事で仲良くなった、俺の後輩に当たる人物。

 

『こんにちはシュウさん!まずは御卒業おめでとうございますって言わせて下さい。

 いやー、出会ってからの3年間は色々とありましたね!具体的にはチームナカジマの面々でキャンプしたりとか、合宿に行ったりとか!

 卒業したからって何が変わる訳でもないとは思うんですけど、これからも沢山の楽しい思い出を作りましょう!

 それじゃあ、また後で会いましょうね‼︎

 

 シュウさん愛しのヴィヴィオより』

 

「最初の真面目さを最後まで貫き通してくれればなぁ……」

 

 俺はその、良くも悪くもヴィヴィオらしい文面に苦笑いしつつ、次を開封する。

 次の送り主の名前はリンネ・ベルリネッタ。父さんの親友であるダン・ベルリネッタさんが養子として迎え入れ、そして何故か俺の義妹となっている子。本当に何故なのか。

 

『お兄ちゃん、卒業おめでとう。お兄ちゃんもとうとう高校生になるんだね。また一歩、大人への階段を登っていくお兄ちゃんの背中は大きくて、そしてとてもカッコいいよ。

 今年で私も3年生。今年までは我慢を強いられるけど、来年からは私も一緒に学校に行けるよね?

 それじゃあ、また後で。

 ……ところでお兄ちゃん、昨日ポン酢を使い切ってたみたいだったから買っておいたよ。あと、そろそろ野菜が萎びてきそうだから今夜辺り鍋にでもして大量消費した方が良いんじゃないかな?

 

 大好きなお兄ちゃんの妹、リンネより』

 

「……なんでリンネが家の冷蔵庫事情を知ってるんだ?」

 

 おかしいな、昨日はリンネが家に来なかった日の筈なのに。なんで昨日俺がポン酢を切らした事を知ってるんだろう。

 ……考えても仕方ないか。合言葉は「リンネなら仕方ない」だ。そう考えないとプライバシー諸々がヤバい事にも目を向けなきゃいけなくなる。

義妹からの麗しい兄妹愛という事にして、今起こっている問題を見ないフリする事も時には必要だと俺は思う。

 

 最後のメールを開封する。送り主の名前はアインハルト・ストラトス。アインハルトとの関係を一言で表すのなら、同居人。

 

『シュウさん。ありきたりな言葉ですが、御卒業おめでとうございます。という言葉を慎んで送らせて頂きます。他にも色々と伝えたい言葉があるのですが、それは後で会った時にしましょう。

 ……ところでですね。そちらの卒業式が終わり次第、こちらに迎えに来てくれませんか?帰りに買い物をして帰りたいので。

 ああそれと。今朝、冷蔵庫を見たら切らしてた筈のポン酢が補充されてたんですけど、あれってリンネさんの仕業ですよね?後でお礼を言っておいて下さい。

 

 愛しのハルにゃんより』

 

「なんでリンネの仕業だって分か……そりゃ分かるか」

 

 むしろ分からない筈がないなと俺が納得していると、俺の背中を誰かが叩いた。

 自慢じゃないが、俺は友達が少ない。俺にこんな気安く触る奴は、この中学では1人しか知らなかった。

 

「なんだよロイ。俺はいま忙しいんだが」

 

「どうせ美人の同居人さんからのラブレターに返信でもしてたんでしょ」

 

「ラブレターじゃねーよ」

 

 俺が振り返ると、そこに居たのはイケメンだった。

 サラサラの金髪、常に浮かべている柔和な笑み、普通の家の生まれではない事を悟らせるその佇まい。お伽話の王子様をそのまま現実に引っ張り出して来たような、そんな男。

 ロイ・アーノイド

 それが、この性格()()()パーフェクトなイケメンの名前だ。

 

「美人の同居人さんからのメールなのは否定しないんだ」

 

「否定してどうすんだよ。事実だぞ」

 

「うーん清々しい。僕じゃなかったら嫉妬で刺してるね。でも、そういうところ僕は好きだよ」

 

 ロイとは中学2年からの付き合いだが、たった2年とは思えないほど濃い付き合いをした。時々、どうして俺はこの変人の友人をしているんだろう、と考える時もあるが。それでも変人である事を除けば頼れる奴だ。

 

「お前に好きって言われてもなぁ」

 

「言ってから僕も鳥肌が立ったよ……っと、引き止めてゴメン。急いでるんでしょ?」

 

「まあ、急いでるといえば急いでるけど……そんな事言ったか?」

 

「雰囲気で察した」

 

二度目になるが、こいつは性格以外は完璧だ。だから相手の気持ちを読み取る事を平然とやって来るし、相手が望む事をそれとなくやって好感度を稼いだり、自分の本性を隠して好青年を演じる事も余裕なのだろう。

……どういう訳か、俺には素で接してきているようだけれども。何故かは知らんし、聞いても答えてくれないだろうが、悪いことではないから別に構わない。

 

「流石。俺が女だったら惚れてたね」

 

「知ってる。僕ってほら、自他共に認めるイケメンだからさ」

 

「うっぜー」

 

 俺とロイは普通の友達のように笑いあって、そしてハイタッチを一回すると俺はレールウェイの駅へ、ロイは迎えの車へと足を向けた。

随分とアッサリとした別れ方に見えるだろうが、男友達の別れなんてこんなもんだろ……だよな?

 

 

 ————————

 

 

 St.ヒルデ魔法学院の卒業式は来賓の祝辞を全部読み上げたり、来賓が一人ずつお祝いの言葉を言ったり、身も蓋もなく言ってしまえば面倒な物が何個か増えているだけで、やる事は公立の卒業式となんら変わりはない。だが、その面倒な物が増えた分の時間だけ、卒業式が長くなる。

 

 俺がSt.ヒルデ魔法学院の正門に到着した時、まだ中で卒業式をやっているらしかった。

 周囲には名刺やパンフレットを準備した人達が居て、此処が進学校である事を嫌でも痛感させられた。きっと、出来るだけ早く有能な人を自分の塾やらなんやらにキャッチする為に出待ちをしているのだろう、という想像は容易に出来る。ウチの公立とは大違いだ。

 

後で聞いた話になるが、ここ、St.ヒルデ魔法学院は有名な進学校であるからか、こうした争奪戦は毎年恒例行事と化しているらしく、テレビや雑誌に取り上げられる程の出来事であるとか。

 

「どんだけ長いんだよ……」

 

 レールウェイでここまで来るのにそれなりの時間が掛かったが、それでもまだやっている。公立と私立で開始時間にも差があるかもしれないので一概には言えないが、ちょっと長すぎじゃないだろうか。

 そう思った矢先に体育館の方から盛大な拍手の音が聞こえ、そして周囲の人達が道を開けるように横一列に並んだ。それを見て、俺も正門から離れた場所にあったブロック塀に座ってお目当ての人物を待つ。

 

 程なくして、St.ヒルデ魔法学院の卒業生が出てきた。そして飛び交う名刺やパンフレット。いや、本当に飛び交っている訳ではないが、そんな感じの勢いだ。

 そんな中を悠然と歩く、もう少女というには些か成長しすぎた女性と呼ぶべき女の子が俺に向かって歩いて来ていた。その女性は、周囲の注目を一身に集めながら、しかし差し出された名刺やパンフレットの一切をガン無視しながら俺の前で立ち止まって一言。

 

「お待たせしました、貴方のアインハルトが戻って来ましたよ。私が居なくて寂しかったですか?」

 

「頼むから黙ってくれ」

 

 黙っていれば美人なのに口を開いた途端に残念になる奴である。これが平常運転なのだから救えない。

 俺はブロック塀から立ち上がると、来た道を引き返すようにレールウェイの駅へと歩を進めた。アインハルトは俺の隣をピッタリ離れずに歩く。

 

「シュウさん、ご卒業おめでとうございます。これで私たちは高校生になる訳ですが、そうなると若さゆえの過ちをしても良い年頃ということになりますね。チャンスですよシュウさん」

 

「秒で狂うのやめてくれないか」

 

「私は至って真面目ですが」

 

「だからタチ悪いんだよなぁ……」

 

 人目が消え始めた途端にエンジン全開フルスロットルだ。人前で堂々と言い出さない辺りに僅かばかりの理性を感じはするが、だから何だというのだろう。こいつの辞書に手加減という文字は無い。

 

「……こう、あれだな。ヴィヴィオやリンネとかもそうだけど、メディアのお前と普段のお前って雲泥の差があるよな」

 

「人には誰しも、表の顔と裏の顔を持っているものです。私が持っているのは、表向きの寡黙な美女の面と、裏……つまりは素である1人の青年を一途に想い続ける乙女の面ですね。シュウさん、好きです」

 

「はいはい、俺も好きだよ……その表の寡黙さを、もう少しだけ裏にも輸入してくれれば……」

 

「黙っていては負けるじゃないですか。嫌ですよ私は。誰がみすみす愛する人を逃すものですか」

 

「負けるって、何に負け……いや、やっぱり言うな。俺にもなんとなく分かる」

 

 俺の脳内では、最近アプローチが過激になってきたオッドアイなアインハルトの後輩が薄着のまま良い笑顔で迫って来ていた。ご丁寧にも大人バージョンで、である。

 その隣には同じく大人モードの義妹が、何故か首輪を持って此方に迫って来ている。

 

「でしたら説明は不要でしょう。私が黙っていたら、自称聖王系オッドアイかぶり女と義妹&ヤンデレ属性持ちにシュウさんが寝取られてしまいますから」

 

「待て。寝取るもクソも、俺とお前はそんな関係じゃねーからな?」

 

 アインハルトの所為で親しい人間には良く勘違いされるのだが、俺とアインハルトは結婚しているわけでもなければ正式に付き合っている訳でもない。

 アインハルト側が付いて来るだけだと断固として主張する。

 

「酷いですね。昨日は散々、いい笑顔で私をなぶっていたのに……」

 

「マ○カで甲羅ぶつけまくっただけだろ」

 

「抵抗できない私の身包みを剥がしたのは何処の誰だと思っているんですか?」

 

「北○の拳の事を言ってるのなら、それはきっと○イ相手にマ○ヤを選んだお前が悪い」

 

「ゲームのキャラを剥いたら、興奮して私に襲いかかってくれると思ってました」

 

「バッカじゃねぇのお前」

 

 そんな事を話している間に、レールウェイの駅構内に到着。次が来るまで、あと2分くらいの時間がある。

通常、こういった行事のある日は帰宅時間が大体同じになるため、レールウェイの駅は近隣校の生徒が纏めて利用する事になり大混雑するのだが、ここは近くにSt.ヒルデ魔法学院しか無いためか、まだ人影は疎らだ。

 

「買い物だっけ。今日って何が安かった?」

 

「さあ……?確認忘れてました。でも、現場に行けば分かる事ですよ」

 

「まあそうなんだけどさ……あっそうだ。ついでにケーキでも買って帰ろうぜ」

 

「ケーキを?なんでまた。誰かの誕生日ではありませんよ」

 

「誕生日以外にケーキを買っちゃいけない、なんて決まりは無いぞ。折角学校を卒業したってお祝い事があるんだし、こういう時に食わなきゃ何時食うのかと。

 それに、今日もどうせヴィヴィオとリンネが来るんだろ?何も出さないって訳にはいかない」

 

「そういう考えもありますか」

 

 今日は目出度い(?)日だし、多少の贅沢はあっても良いだろう。

 帰りにケーキ屋に寄る事を決めた俺たちは、ちょうどやって来たレールウェイに乗り込んだ。



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01.集う危険人物たち


加筆修正中



「ただいまー」

 

 玄関の扉を開け、俺は誰も居ない家にそう言った。もちろん答えは帰ってこない。両親は仕事で次元世界を飛び回っているし、俺は一人っ子なので実の妹も弟も居ないからだ。

 

「シュウさん、じゃがいもが安かったですし、今日は肉じゃがで良いですかね?」

 

 ……その代わり、アインハルトという同居人はいるのだが。こんな特殊な状況に置かれている奴なんて全次元世界を見渡しても俺しかいないのではないだろうか。

 

「良いんじゃないか?俺も久々に食べたいなーとかって思ってたし、アインハルトの作る肉じゃが」

 

「おっと期待をされている。これは腕によりよりをかけて作らなければなりませんね」

 

「よりより?」

 

「腕によりをかける、じゃあありきたりじゃないですか。だから私の本気度を表す為に、よりを一つ増やしてみました」

 

 リビングのテーブルに一旦買い物袋を置いて、そして洗面所で手洗いとうがいを済ませる。その後に一度部屋に戻って、部屋着に着替えてから再びリビングへと戻った。

 買い物袋の中身を冷蔵庫に入れる作業をしてる最中に、リンネのメールに記されていたポン酢の補充が本当にされているかを確認する。

 

「うわぁ……マジでポン酢が補充されてる」

 

「犯行時刻は昨日の夜から今朝までです。もちろんの事ですが、戸締りに余念はありませんでした」

 

「……リンネだし仕方ない、だな」

 

「仕方ありません。そもそもリンネさんには合鍵渡してますからね。私が」

 

「お前が原因かぁ⁉︎」

 

 そしてリンネの言う通り、野菜もいくつか萎びてきそうな感じの奴があった。これを上手く使える料理といったら……

 

「……野菜炒めにすっか」

 

 現在時刻は午後の1時30分。少し遅めの昼食になる。

 

「アインハルトー。肉無しの野菜炒めで良いよな?」

 

「お肉は多少なら使って平気ですよ。料理なら私がしましょうか?」

 

「いや。昼も夜も酷使するのは悪いし、昼飯くらいは俺がやる」

 

「おっと、進んで家事手伝いをする旦那さんはポイント高いですよ。夫婦円満の秘訣は互いが程々に家事を負担すること、らしいですからね」

 

 フライパンや材料を用意してパパッと作る。自分で自分を賞賛するのもアレだが、フライパン捌きとかはかなり上手いと思う。

 ……両親が中1の男女を一つ屋根の下に放置して仕事に出るという正気を疑うような暴挙をした後、最初の方は炊事担当が俺だったからかな。それ以降も腕を錆びつかせないように偶に作ってたし。

 

「大雑把な味付けと切り方で悪いが、我慢してくれ」

 

「いえいえ、私は好きですよ。シュウさんの男らしい味付け」

 

 \デェェェェェェン/と大皿に盛った、野菜と肉の比率が明らかに釣り合ってない野菜炒め。それをアインハルトと消費していると、不意に立ち上がったアインハルトが麦茶の入ったコップを2つ持って来ながら言った。

 

「こうしていると、なんか本当に夫婦みたいですよね……あっ間違えた。みたい、じゃなくて夫婦でしたね」

 

「学生でカップルを通り越して夫婦か。正気を疑われるな」

 

「常識に囚われてはいけません。全て壊すんです」

 

「や め ろ」

 

「それに交際期間も3年という十分な年月。それを経ての同居、しかも同居してからもう3年ですよ?これはもう結婚扱いでも良いのでは?」

 

「お前と知り合って早6年か……あっという間だ」

 

「スルーは勘弁してくださいよ」

 

 アインハルトとの出会いがアインハルトが初等科2年生の時。同居開始が中等科の1年生の時。初等科は5年までしか無いので3年という訳だ。

 

「ご馳走様でしたっと」

 

「洗い物は私がしますよ。何もしないのは流石に悪いので」

 

「そうか?んじゃあ、お言葉に甘えるとするか」

 

 アインハルトが洗い物をしているのをBGMに、俺はソファに座ってテレビのリモコンを手に取り、ポチポチとボタンを押してチャンネルを変える。

 

「やっぱこの時間はバラエティ番組が多いな」

 

「そうですね」

 

 しばらくボーッと見ていると、洗い物を終えたらしいアインハルトが俺の隣に座る。ソファの上にだらーんと投げ出した俺の手が、アインハルトの膝の上に持っていかれ、水仕事で冷たくなった両手に握られた。

 

「暖かいですね、シュウさんの手」

 

「お前の手が冷たいだけだろ。水仕事したばっかだし」

 

 アインハルトの頭が俺の肩に乗る。本気で俺に身を委ねているのか、右肩にずっしりとした頭の重さが感じられる。

 

「アインハルトは本当にくっ付くのが好きだよな」

 

「相手の体温を感じれるっていうのが好きなんですよ。なんか落ち着くっていうか……勘違いしないで欲しいんですが、私がこんな事をやるのはシュウさんにだけですよ」

 

「ふーん」

 

 人肌恋しいという事なのだろう。

 バラエティ番組のエンディングまで見届けてから、俺は身体に溜まった疲れを吐き出すように溜息を一つした。

 

「はあ、今日は疲れた」

 

「卒業式だけだったじゃないですか」

 

「卒業式って無駄に疲れないか?ほら、立ったり座ったりが忙しくてさ」

 

「確かに忙しいとは思いますけど」

 

 アインハルトは片手でテレビのリモコンを操作しながら、もう片手の指を俺の指と絡ませている。特に不都合も無いので、俺はアインハルトのさせたいようにさせながら次々変わるチャンネルをぼんやりと眺めていた。

 

「おかしいですね……この時間なら、愛と勇気だけが友達のニクいあん畜生をボコる為に承太郎ことジョーが真っ白に燃え尽きながらボクシングする『練習不足だぜ、3日前に出直しなジョー』を放送していた筈なんですが」

 

「うん、ちょっと待て。なんだそのツッコミどころ満載の作品は」

 

「毎回ラストでジョーが色んな理由で燃え尽きるギャグアニメですよ」

 

「例えば?」

 

「オタ芸の練習のしすぎで腰をやったとか、アイドルのライブに行きすぎて生活費が無くなって自宅で干物になったりとか」

 

「おい、ボクシングしろよ」

 

 それ、ただのアイドルの追っかけやってる駄目ボクサーじゃん。そんな内容を小さな子供が見ているかもしれない時間帯に放送してるっていうのが何よりの驚きだ。制作する方も方もだし、放送する側もよく許可したな。深夜枠に回せよ。

 

「ところでシュウさん」

 

「なんだよアインハルト」

 

「どうして私に手を出さないんですか?せっかくこうして無防備なのに」

 

「質問の意図が分からんのだが」

 

「こういう時、男の人は自身の劣情を隠さずに無防備な女性に襲い掛かると聞きますから」

 

「お前、もしかしなくても父さんのエロゲに影響されたな?ちょうどこんな感じのシーンあったし」

 

「ええ。そうなんですけど……なんでシュウさんも内容を知ってるんですかねぇ……」

 

「お前がそのシーンやってる時だけ背後から見てたからな」

 

 夜、誰も居ない筈の部屋から明かりが漏れてるとかっていうホラー以外の何物でもない現象が家で発生したら誰でも気になると思うんだ。

 

「その時に後ろから襲おうとか思わなかったんですか?」

 

「思わねーよ。なんでそう思ったし」

 

「男は狼って聞きます。年頃の男子はそういうのに敏感だとも」

 

「確かにそうだけど、そうなんだけどさあ……」

 

 なんかそういう感じにならないんだよな。そもそもアインハルト相手にそれやったら間違いなく断空拳が飛んで来るし。いや、仮に飛んでこなくてもやらないけども。

 

「なんなら今からでも構いませんよ?私はいつでも、どんなシチュエーションでもウェルカムです」

 

「んー、そうだな。遠慮しとく」

 

 こういう問いは真面目に答えるだけバカをみるのだ。適当に流すのが1番良い。……後で言質にならないように気を使う必要は勿論あるが。

 

「まったく、シュウさんには困りましたね……」

 

「それはこっちのセリフだ。なんで何気なく俺の服のボタンを外そうとしてるんだ?」

 

「そっちから来ないなら、こっちから行くしかないかなと」

 

「わあ、凄いアグレッシブ。やられるかっての」

 

 俺は両手を使うのに対してアインハルトは片手のみ。しかし、その片手に負ける情けない男が俺である。ものの数十秒でアインハルトの手が届く範囲のボタンが全て外されてしまった。

 

「身持ちが固いですね……しかし、それでこそ溶かしがいがあるというもの!」

 

「くっ、殺せ!……俺たちさ、中学は卒業したけどまだ高校生にはなってないんだぞ?倫理的にマズくない?」

 

「その辺のエロゲだって、高校1年生で色々とヤってる作品あるじゃないですか。だから平気ですよ」

 

「リアルと2次元をごっちゃにするなぁ⁉︎」

 

 抗議の目線をアインハルトに送ったが、アインハルトは何処吹く風でその抗議を受け流す。

 

「そういえば、高校生モノのエロゲって、どうして主人公の学年は2年生がデフォなんですかね」

 

「話聞けって……後輩、同級生、先輩の三つを同時に味わえる(意味深)からとかだろ。高校生なのは、それくらいの歳が1番都合が良いからじゃないのか?」

 

「つまり、私達もこれからその都合の良い年齢に到達するという訳ですね」

 

「……まあ、そうなるな」

 

 やべえ、墓穴掘った。そう後悔するも既に遅い。アインハルトの瞳がギラリと怪しげに光る。まるで獣みたいな眼光に俺は思わずたじろいでしまう。

 

「なるほど……シュウさん、CGを回収する気はありますよね?」

 

「夕暮れを背景に綺麗な笑みを見せるアインハルトのCGとかなら欲しいかな」

 

「それはエンディングです。その前に必ずエロCGの回収をする必要がありますよ」

 

「じゃあいらない」

 

「ざんねん、このルートに入ったら脱出不可能です」

 

「強制ルート⁉︎」

 

 なんて事だ。恐ろしやアインハルトルート……なんて戦慄していると、インターフォンが鳴った。

 

 ピンポーン ピンポーン

 

 ピピッピッピピッピンポーン

 

「インターフォンでマ○オって演奏できるのか……」

 

「十中八九ヴィヴィオさんの仕業ですね。はーい、今出ますよー」

 

 寝っ転がっていた俺が起き上がり、アインハルトは立ち上がって玄関の方へと向かう。

 

「来ちゃっ……なんだ、アインハルトさんですか」

 

「シュウさんだと思いました?ねえねえ、シュウさんだと思ったでしょう?ざんねん!ハルにゃんでした‼︎」

 

「表出てくれます?その綺麗なツラを吹っ飛ばしてやりますから」

 

「おこ?もしかしておこなんです?」

 

「激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームですが?」

 

 何やら物騒な会話をしているが、これがあの2人の挨拶みたいなものだ。冗談が言い合える非常に良好な関係である。

 

「ところでアインハルトさん、アインハルトさんはシュウさんと何処まで進みました?まさか、ま・さ・か濃密なキスをした去年の私より進んでないって事は無い……ですよねぇ?」

 

「久々にキレちまいましたよ……表へ出なさい。作画崩壊式、無言の満足腹パンチを気絶するまでお見舞いしてあげますから」

 

「私が居るのはまだ表なんですけど?むしろ出て来て下さいよ」

 

 ……非常に良好な関係なのだ。あんな感じでも。煽って煽られるのがデフォなだけなのである。

 

「麦茶でも用意するか……」

 

 俺はソファから立ち上がり、背伸びをしようと両手を天に上げた。そのまま目を閉じて深呼吸も何回かする。

 

「すーはー、すーはー……よし、行く(ガシャン)か……?」

 

 え?ガシャン?いきなりした異音に戸惑いながら、俺は目を開ける。左手首に、さっきまでは確かに無かった筈の手錠があった。

 そして、俺に手錠を嵌めたであろう下手人の右手首にも嵌められている。俺は錆びたオモチャみたいにゆっくりと首を動かして下手人の顔を見た。

 

「…………あのさ」

 

「どうしたの?」

 

「いつの間に侵入したのかとかは「リンネなら仕方ない」で良いんだけど、この手錠はなんだ?」

 

「ごめんねお兄ちゃん。好きになった人の手は絶対に離しちゃダメだってパパに言われてるから」

 

「手錠を使えとは言われてないだろ?どう曲解したらそうなるんだし」

 

 下手人の正体は、俺が深呼吸の為に目を閉じた時には居なかった筈のリンネだった。ニコニコしてるリンネの笑顔がやけに怖い。

 

「ところでヴィヴィオさん。リンネさんは?」

 

「さあ……?もしかしたら、もう既にシュウさんと接触してるんじゃないですか?」

 

「いや、それは無いでしょう。渡した合鍵は玄関のだけですし、そもそもリビングは密室状態です、よ……」

 

 リビングにそんな事を言いながら入って来たアインハルトは、まず俺の隣に居るリンネに目を見開いて驚き、そして俺の左手首とリンネの右手首を繋いでいる手錠を見て二度驚いていた。後ろのヴィヴィオも似たような表情だ。

 

「あっ、アインハルトさん。お邪魔してますね」

 

「……アインハルトさん、リビングは密室状態なんでしたよね?」

 

「その筈なんですがねぇ……でもそれより、私はシュウさんに縛られる趣味があった事の方が驚きなんですが」

 

「いや、ねーよ?」

 

 だからそんな目で俺を見るな。



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02.一つのベッドに4人は普通に辛い


加筆修正中……



「なんか、最近コロナがゴライアスの運用法に悩んでるみたいで。休み時間とかミニゴライアスを弄りながら、あーでもないこーでもないって言ってるんですよ」

 

「まだ新たな運用法を編み出すつもりか。勝利に貪欲だな」

 

「コロナさんは使用魔法の都合上、強くするならどうしてもゴライアスの運用法に行き着きますからね」

 

「コロナって、あのゴーレム使いの子かぁ……あれで戦えてるのが凄いよね。操作系の魔法って扱い難しいのに」

 

 それから暫くの間、俺たちはテーブルを挟んで椅子に座って談笑していた。

 狭くもなく、かといって広くもないリビングには俺を含めて4人居る。その男女比はなんと1:3と大変酷い差だ。

 その辺の男子高校生が聞けば羨ましいとか血涙を流しながら言うのだろうが、俺からすれば代わってもらいたいくらい落ち着かない。やっぱり、1人も同性が居ないと色々辛い。

 

「なあリンネ。そろそろコレ外さないか?お互い不便だろ」

 

「なんで?私は嬉しいよ。お兄ちゃんを感じられて。……お兄ちゃんは私と繋がってるの、嫌?」

 

 左手はリンネの右手と、俗に言う恋人繋ぎで繋がっている。

 最初は俺がこの繋ぎ方は俺よりもっと好きな人にやるべきだとリンネを諭そうとしたのだが、「お兄ちゃんと同じくらい好きな人は居ても、お兄ちゃんより好きな人は居ないもん」という言葉と涙目上目遣いのコンボにあえなく敗北したのがついさっきだ。

 

「嫌って訳じゃないけど……」

 

「じゃあ良いじゃん。私も幸せ、お兄ちゃんも幸せ。悪い事なんてなんにも無いよ」

 

「シュウさん。そこでガツンと言えないからリンネさんがこうなってるって自覚、あります?」

 

「……はい、自覚してます」

 

 対面のアインハルトに暗に甘やかしていると言われてしまい、俺は思わずバツの悪い表情を作ってアインハルトの非難の眼差しから逃れるように窓の外を見た。夕暮れが少し窓際を照らしている。

 

「リンネさんもその辺で止めたらどうですか?シュウさんが嫌がってるじゃないですか。ていうか、なんでさっきから言葉選びが地味に卑猥なんです?」

 

「なんでヴィヴィオさんがそう言うのかは分からないですけど……お兄ちゃんは嫌じゃないって言ってますし」

 

「世辞って物が分からないんですかね……」

 

 ヴィヴィオもリンネの説得には難儀しているみたいだ。リンネ、俺が絡むと途端に頑固になるからなぁ。……あー分かった分かった。俺がなんとかするから、2人してそんな目で俺を見ないでくれ。

 

「なあリンネ」

 

「なーに?」

 

「もしこれを外してくれるなら、そうだな……些細なお願い事を2つまで、出来る範囲で叶えて(ガシャン)や、る……」

 

「ん?」

 

「今なんでもするって」

 

「言ったよね、お兄ちゃん?」

 

 あ、ありのまま(ry

 残像すら残さない圧倒的すぎる速度で、音がした時にはもう手錠はリンネのポケットの中に入っていた。

 

「い、いや。出来る範囲で、しかも些細な物だからな?」

 

「……?言葉の意味はよく分からないけど、お兄ちゃんと一緒にお風呂に入って、同じ布団で寝れたらそれでいいよ」

 

「くぅ〜、謙虚ですねぇリンネさんは。あ、私もそれで良いですか?」

 

「は?いやいや、俺はリンネに」

 

「そろそろ夕飯の時間ですね。シュウさん、手伝ってもらえますか?ああ、私もそれでお願いしますね」

 

「ああ、今行く……おい、どさくさに紛れてアインハルトも何言ってんだ」

 

 その後、どれほど抗議しても聞き入れてもらえず、結局この4人で風呂に入る羽目になり……

 

「……狭い」

 

 一般的な物より少し広いくらいの浴室に4人。非常に狭いです。

 

「いやー、流石に4人はキツいですね」

 

「全員が密着しないと浴槽に入りきりませんね。だからシュウさんに肌という肌を密着させるのも仕方ないのです」

 

「お兄ちゃん。さっきからどうして上を向いてるの?」

 

 今そっちを向くと大変な事になるからだよ……!

 そう叫びたい衝動を必死に抑える。

 浴槽に4人を無理に詰め込んだ結果、右隣にアインハルトが、左隣にはヴィヴィオが、そして目の前にはリンネが居る。その全員が俺に密着しているのだ。

 

「あれあれ〜?シュウさん、一体どうしたんですかぁ?」

 

「……天井にカビが無いか気になっただけだよ」

 

「無いです。さあ、諦めて現実を見ましょう」

 

 グイッと、恐らくアインハルトの手で半ば強引に下を向かせられる。ヴィヴィオが妖しげな笑みを、アインハルトが微笑みを、リンネが満面の笑みを、それぞれ浮かべていた。

 

「感想はどうです?自分で言うのもどうかとは思いますけど、この3人はレベル高いと思いますよ。外見、内面共に」

 

「なんの感想だよ」

 

「こんな可愛い女の子達にタオル無しで密着されてる感想ですよ。サラリーマンが通う高級お風呂屋さんでも滅多に出来ない事だと思いますが」

 

「狭い」

 

 期待されているところ誠に残念だが、ただひたすらに、この一言に尽きる。

 もう少し広い浴室だったら柔らかいとか言えるのだろうが、幸か不幸か家の浴室は一般家庭のそれだ。柔らかいというよりも、むしろ狭いという感想が先行する。

 

「むう、にべもないですね……」

 

「それよりさ、ヴィヴィオとリンネは泊まる気満々なの?」

 

「そのつもりです。ママ達から許可は貰ってますし……あっ、もしかしてダメでした?」

 

「私も……もしかして迷惑だったりする?」

 

 途端にしゅんと落ち込む2人。なんだかんだで根は善良だから、こっちの予定を聞かずに押しかけてきたことに罪悪感を感じているのだろう。その善良な部分を、もう少し慎みに回してくれれば俺の苦労も軽減されるんだけど……この慎みの無さこそ日常って感じもするから難しい。

 

「いや、そういう訳じゃないさ。確認だよ、確認」

 

「薄々と気付いてはいたんでしょう?」

 

「まあな。夕飯一緒だった時点で察してた」

 

 リビングに合宿で使うようなバッグが置いてあったし、明日は休みだし。

 

「なら良かったです!」

 

 ヴィヴィオとリンネが泊まりに来るのは、別に今回が初めてではない。翌日が休みの時とかは結構な頻度で泊まりに来る。

 

「ふっふっふっ……今夜は寝かせませんよ?」

 

「お兄ちゃんに話したい事、いっぱいあるんだ」

 

「……お手柔らかにな」

 

 どうやら今夜は、夜通しベッドの上で3人の相手をしなきゃいけないみたいだ。もちろん卑猥な意味ではなく、話し相手的な意味で。

 

「ところでお兄ちゃん。さっきアインハルトさんが言ってた高いお風呂屋さんって何?」

 

「…………リンネには、まだ早い場所かな」

 

「無垢すぎる……ッ!」

 

「こういう人を見ると、「ああ、私って汚れてるんだなぁ……」って思うんですよね」

 

 首を傾げるリンネに、程度の差はあれどダメージを受ける俺たち。大人になるって悲しい事なんだなと、そう思った瞬間だった。

 

 

 

 

「ベッド一番乗り!どーん‼︎」

 

「待ちなさいヴィヴィオさん。壁側は私の聖域ですよ」

 

「早い者勝ちですよーだ!」

 

「よろしい、ならば聖戦です!」

 

「聖王の前で聖戦とは良い度胸ですね、返り討ちです!」

 

「子供かおまえら……リンネはああなるなよ?」

 

「うん、分かった」

 

 さて、風呂から上がって撮り溜めしていた録画を消化していたら、寝るのにちょうど良い時間になった。なので寝室に向かったのだが……何故か全員の足は俺の部屋に向いていた。自分の部屋があるアインハルトもだ。

 

「イヤーッ!」

 

「グワーッ!」

 

「あーっとヴィヴィオ選手、ベッドから転がり落ちたー」

 

「やりました。流石に気分が高揚します」

 

 そして何故かベッドの壁際を巡ってヴィヴィオとアインハルトが大乱闘している。お互いに本気ではなく、どう見てもじゃれあってるだけだし俺が止める理由は無い。

 

「ふふん。無様ですねヴィヴィオさん」

 

「シャラップ、ルート固定丸」

 

「烈風拳‼︎」

 

「グワーッ!」

 

 ヴィヴィオに追撃としてコブラツイストを掛けているアインハルトを横目に、俺はベッドに寝っ転がった。

 

「お兄ちゃん、隣良い?」

 

「ん、良いぞ」

 

「ギブ、ギブギブ……!」

 

「さっきからgive giveって、何かくれるんですか?もしそうなら私は壁側の聖域を頂きましょうか」

 

「もう止めろアインハルト、ヴィヴィオのライフはゼロだ」

 

「あっはい」

 

 パッとアインハルトがヴィヴィオから離れて、勝ち取った壁側に寝っ転がる。

 グエッとヴィヴィオが潰されたカエルみたいな声を出し、背中をさすりながらベッドに這い上がってきた。

 

「逝ったかと思った……これはシュウさんに慰めてもらうしかないですね、ベッドの上で」

 

「お疲れ、はよ寝ろ」

 

「酷い⁉︎」

 

「シュウさん、電気消しましょうか?」

 

「頼む」

 

「スルーしないで下さいよ!」

 

 電気が消えて、部屋が真っ暗くなる。アインハルトがのそのそとベッドに戻って来た。少し待つと、目が夜に慣れてきたのか、段々と暗いながらも人の輪郭なんかが分かるようになってきた。

 

「……」

 

「………」

 

「…………」

 

「……あの、何か話しません?」

 

「じゃあ質問だ。どうして俺の上に居るんだ?」

 

 ヴィヴィオが寝てるのは俺の上。つまり今の俺は、ヴィヴィオにのしかかられているようにして寝ている。なんか凄い嬉しそうなヴィヴィオと俺の目が合った。

 

「勝者の特権です」

 

「質問の答えになってないぞ」

 

「じゃんけんで勝ちました」

 

 そしてドヤ顔。そのまま流れるように目線だけで敗者を煽るのは流石だと思う。そんなヴィヴィオに煽られた2人がどんな顔になってるのかは分からないし、分かりたくない。つーか、いつの間にジャンケンなんてしてたんだ。

 

「ああ、そう」

 

「そうなんです」

 

「ふーん……」

 

「………」

 

「…………」

 

 再び無言。静寂だけが部屋を支配する。

 その静寂を破ったのは、今度はアインハルトだった。

 

「……………シュウさん」

 

「何だ、アインハルト」

 

「重たくないんですか?ヴィヴィオさん、最近少し太った……」

 

「おいィ?ちょっとアインハルトさん。いくら先輩だからって言って良い事と悪い事って物があるでしょう」

 

 あまりに手痛い逆襲だった。しかし、重くなった?これで?というのが俺の感想。

 

「……って言ってましたけど」

 

「そうだったのか。軽すぎて全く分からなかった」

 

「女の子を気遣うシュウさんは天使、はっきり分かりますね。なので結婚しませんか?」

 

「この歳で結婚はちょっと……」

 

 何処から出したのか、本物の婚姻届(くしゃくしゃ)を片手に持つヴィヴィオ。マジで何処から仕入れてきているのか。疑問は尽き……聖王教会からだよな。マークもあるし。

 

「見てて分かるレベルで必死ですねヴィヴィオさん。まるで婚期を逃しかけている女性みたいです」

 

「こっちはなりふり構っていられないんですよ。この状況、アインハルトさんにアドバンテージがあるのは確定的に明らかじゃないですか」

 

「そうでしょう、そうでしょうとも。同棲という壁はそう易々と超えられませんよ?」

 

「ですが、シュウさんもアインハルトさんにはいい加減に飽き飽きしている筈。それは同じ物を食べ続けると飽きる原理と何も変わりません。

 そこで私が、アインハルトさんとは毛色の違う健気な清楚系後輩キャラで颯爽登場☆すれば私に夢中になる事は間違いなし!」

 

「清楚(笑)」

 

「何でそこで笑ったんです?おいちょっと、ねえ」

 

「シュウさんはどう思います?ヴィヴィオさん、清楚(笑)系ですよね?」

 

 

「お兄ちゃんの手……凄く暖かいね」

 

「昼間にもアインハルトに似た事を言われたな。俺、体温が他の人と比べて高いのか?」

 

「かもしれないね。……ねえ、眠るまで握ってて良い?」

 

「構わないけど……ああ、何か言った?」

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 ヴィヴィオは布団から顔だけ出してアインハルトと一緒に俺とリンネを交互に見て、そして決心したような表情を見せた。

 

「……アインハルトさん」

 

「リンネさんの一人勝ちになる所でしたね。冗談じゃないですよ」

 

「一時休戦しません?」

 

「奇遇ですね。私もそれを提案しようと思ってました」

 

 腕相撲をするみたいにガッチリと握手したヴィヴィオとアインハルトを見て、俺とリンネは同時に?マークを浮かべる事になるのだった。

 



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03.アインハルトと俺


加筆修正中……



 

 俺の朝は、目覚まし代わりのアインハルトの声を聞く事から始まる。

 

「シュウさーん。もう朝ですよー」

 

 シャッとカーテンを開ける音と同時に俺の瞼に日光が直撃した。

 

「あと、5分……だけ」

 

「ダメです。前にそうやって寝かせたら1時間近く起きて来なかったじゃないですか」

 

「……ぐー……」

 

「仕方ありませんね、ティオ」

 

「にゃー!」

 

「ふがっ⁉︎な、何事⁉︎」

 

 アインハルトに揺さぶられ、更にティオに顔に飛び乗られた俺は仕方なく、本当に仕方なく二度寝を放棄して起き上がる。まだ重たい瞼を無理矢理瞬かせてアインハルトの方を見ると、ティオを抱え上げたアインハルトは笑みを浮かべた。

 

「おはようアインハルト。寝て良いか?」

 

「おはようございますシュウさん。ダメです、起きて下さい」

 

「……うーん……」

 

「仕方ないですね……そんなに私と寝たいですか」

 

「超目覚めたわ」

 

 自分の服に手をかけたアインハルトに尋常じゃなくヤバい予感を感じた俺が素早くベッドから離れると、アインハルトはどこか残念そうに服にかけた手を離した。俺はクローゼットから洋服を取り出しながらアインハルトに言った。

 

「着替えたいから先に下で待っててくれるか?」

 

「寝ても構いませんよ」

 

「取り返しのつかない事になりそうだから遠慮しとく」

 

 アインハルトが扉を閉めて、階段を下りる音が聞こえてから着替えを始める。

 何故アインハルトが階段を下りるのを待つのかというと、俺が異性に着替えを見られるのが恥ずかしいからだ。着替えの途中を見られて恥ずかしいのは、何も女子だけではない。

 

「ふぁ……ねむ」

 

 あくびを噛み殺しながら、俺は服の袖に手を通した。ジーパンを履きながら時計を確認すると、時間は午前7時ちょうどを指し示している。

 

 廊下に出ると下のリビングから漏れ出たテレビの音がかすかに聞こえる。アインハルトはバラエティー番組をあまり見ないから、恐らくはニュースでも見ているのだろう。

 

「お待たせ」

 

「もう、遅いですよ」

 

「これでも最速だ。寝なかった事を褒めてくれ」

 

「そうですね、良く頑張りました。ご褒美に私をさしあげます。さあどうぞ」

 

「ん?ごめん、急に耳が遠くなった」

 

 アインハルトはイスに座って俺を待っていた。テーブルには、アインハルトが作った朝食が並べてある。

 俺とアインハルトは、親父から叩き込まれた食事を始める前の地球での儀式をしてから、つまり、両手を合わせて「いただきます」と言ってから食事を始めた。

 

「ふあぁ……ねみ」

 

「夜更かしするからですよ」

 

「いや、そうは言うけどな。人1人を乗せて安眠なんて実際不可能だぞ」

 

 息苦しかったし、顔は近いし、なんか胸元がやけに柔らかいし。右を向けばリンネの寝顔が、左を向けばアインハルトの寝顔が間近にあるので横も向けないし。

 俺は寝る時は体勢をしょっちゅう変えるタイプなので、それが封じられるだけで落ち着かなくなって寝れなくなるのだ。

 贅沢な悩みだと言われるかもしれないけど、贅沢でも悩みは悩み。解決策を模索してはいるが、まだ見つかっていない。

 

「それはどうでしょうか?クラウスはクロを乗せてよく昼寝をしていましたが」

 

「覇王と一般人を比べるのは反則だろ。次元が違うって」

 

 そこで一旦会話は途切れ、お互い無言で朝食を消費する。後ろのテレビからはニュースを読み上げるキャスターの声が聞こえ、アインハルトは時折チラッとそちらへ目線を向ける。外からは鳥のさえずりと、偶に通り過ぎる車のエンジン音が聞こえていた。

 それは、とてもとても静かな1日の始まりだった。

 

「……なんか静かだなーって思ったら、そうだ。ヴィヴィオとリンネが居ないんだ」

 

「2人とも朝早く帰りましたからね。ヴィヴィオさんは此処からランニングついでに帰宅して、リンネさんは早朝から車で帰りましたよ」

 

「もうお決まりのパターンだな」

 

 これが常だ。大体は金曜日の夜に泊まって、翌日の朝早くに帰る。

 最初に泊まりに来た時に「朝チュンです!朝帰りです!」って無駄にテンションが高かったヴィヴィオに釣られるようにテンションを上げて徹夜し、翌日に全員でぶっ倒れたのは、今となっては笑い話だ。

 

「ごちそうさまでした……っと。今日はこれからどうする?」

 

「取り敢えずは洗濯物を干して、それから食材の買い出しですかね」

 

「主に野菜だな。んで、それが終わったらナカジマジムと。……ああ、皿洗いはやっとくよ。洗濯機を回して来てくれ」

 

「じゃあお願いしますね」

 

 パタパタとスリッパが音を立ててアインハルトが遠ざかる。俺は皿洗いをしながら、スーパーで何を買うのかを脳内でリストアップし始めた。

 

 

 ————————

 

 

「休日相応、といった感じの混み具合ですね」

 

「だな」

 

 さて、時間は移ろって今は10時過ぎ。洗濯物も一通り干し終えた俺とアインハルトは、学校帰りなんかにしょっちゅう利用しているスーパーへと買い出しに来ていた。

 カートにカゴを載せながら、俺はアインハルトと店内を移動する。

 

「今日買う物は……野菜類を結構と、それなりの量の肉と魚ですね」

 

「大雑把だなー」

 

「大雑把で良いんですよ。足りなくなってきたら、その都度買い足せばいいですし」

 

 野菜売り場で品定めをするアインハルトの表情は試合で見せるような真剣そのものといった感じの表情で、そんな表情のアインハルトを見た俺は、なんだか感慨深い物を感じた。

 

「……変わったよな」

 

「何がです?」

 

「お前だよ。昔の家事全般がからっきしで、料理のさしすせそ、も言えなかった頃のお前とは大違いじゃないか」

 

「私だって成長してるんですよ」

 

 わざとらしく表情を崩したアインハルトの隣を野菜でずっしりと重くなったカートを押して動かしながら着いて行く。次に来たのは魚売り場だ。

 

「でもまあ、変わったっていう自覚は自分でもあります。昔はただ我武者羅に拳を振るっていた、それこそ機械みたいだった私が、今では極々普通の女性の喜びを求めている」

 

「…………」

 

「好きな人を見つけ、男を愛し、男に愛され、子を成し、育てる。人類史において女性が繰り返して来たその行動を、かつての私なら決して選びはしなかったでしょう」

 

「……だろうな。今でこそ違うけど、かつてのお前は1人の少女であるより前に覇王であろうとしてたし」

 

「良くお分かりで」

 

「お前の隣にどれくらい立ってると思ってるんだ?」

 

「……それはプロポーズと受け取ってよろしいですか?」

 

「なんでさ」

 

 過去を思い出しているのか、魚を手に取りながら自嘲するようにアインハルトが笑う。その横顔は、笑っているというのに何処か痛々しかった。

 

「私、最近よく考えるんです。シュウさんと出会っていなかったら、今頃の私はどうなってたんだろう、って」

 

「どうなってたんだ?」

 

「ヴィヴィオさんと百合ってました。なんかこう、激闘の果てに互いを求め合う感じで」

 

「……お前、そっちのケがあるのか?」

 

「クラウスの記憶のお陰?でそっちもイケなくはない、という程度ですよ。あっ、でも忘れないで下さいね。昔も今も私はシュウさん一筋ですから。他は二の次、三の次です」

 

「そっか」

 

「おや?思ったよりリアクションが薄いですね。せっかく私が一世一代の大告白をしたというのに」

 

「そのノリがいつも通りすぎてなー」

 

 アインハルトはカゴに気に入ったらしい魚を入れるのを見ながら、俺はカートを押し進める。

 ……そうだよな。クラウスの、というか男性の生涯の記憶を保有しているのなら、やはりそういう行為の記憶だって残っている訳で……。

 

「辛くないのか?」

 

「何がですか?」

 

「覇王は……クラウスは男だろ?やっぱり性別の差とかで戸惑いがあるんじゃねーのかなと」

 

「入れる側が入れられる側になった事への戸惑いですか?もちろん、そういう記憶も持ち合わせてはいますが……」

 

「仮面剥がれてんぞ」

 

「おっといけない」

 

 ワザとらしく咳払いをしたアインハルトは、再び(本人曰く)寡黙な美少女キャラに戻ったらしい。俺を見るその目には、家では決して見せない"静"に満ちていた。

 

「そういう事ですか。確かに幼少期、最初に記憶を取り戻した……いえ、これは正しくありませんでした。クラウスの記憶を得た時は戸惑いました。

 今だから言いますけど、クラウスの記憶に自我が塗り替えられそうになった事もあります」

 

「マジで?」

 

「大マジです。覚えてます?私とシュウさんが最初に出会った時」

 

「覚えてる覚えてる。懐かしいな。お前、どっかの林で延々と木の幹を殴ってたっけ」

 

 昔の話だ。偶々通りがかった林の奥から延々と聞こえる何かを殴る音。子供ながらの好奇心から音のする方へと寄って行くと、そこに居たのは幼きアインハルトだった。

 ロマンチックのロの字すら感じられない出会いだったなぁと思い返す。

 

「その時ですね、私軽くクラウスの記憶に自我を潰されかけてまして。シュウさんに言われるまで、自分の言葉使いが男のそれだと気付きもしませんでしたし」

 

「今明かされる衝撃の真実ゥ……」

 

「でも、それは過去の話です。今の私はアインハルトという名の乙女で、クラウスという名の青年ではない。クラウスの記憶から学ぶ事はあっても、その記憶に引っ張られる事は恐らくもう無いかと」

 

 満足の行くまで魚を選び終えたのか、肉売り場へと歩を進めるアインハルトの後を追うようにカートを動かす。

 

「……そっか」

 

「なのでシュウさん。精神的BLとかは気にしないで、私を求めても構いませんからね?」

 

「俺のしみじみとした感情を返してくれ」

 

 両手に肉のパックを持ち、真顔で品定めをしながらの発言に俺は肩を落としながらそう言った。シリアスな空気は長続きしなかった。

 

「少し話しすぎてしまいましたね。急ぎましょう、もう時間はそんなに残っていませんよ」

 

「え?ああ、そうだな」

 

 入店時の何倍も重くなったカートを押してレジまで向かい、少し待って会計を済ませる。

 俺達がスーパーから出ると、春先にしては強すぎるくらいの日光が道を照らしていた。

 

「シュウさん」

 

「んー?」

 

「私、シュウさんには言葉で伝えきれないくらいの感謝の念を抱いています」

 

「おいおい。急にどうしたんだよ」

 

「言ってなかったなーと思いまして。ですから改めてお礼を」

 

「礼を言われるような事でもないと思うんだけどなぁ……それに、感謝だったら俺もしてるよ。アインハルトが居なかったら、今頃は家事全般に追われて死んでたかもしれないからな」

 

「もう。私の価値は家事全般をこなす事だけですか?」

 

「冗談だよ。そう怒るなって」

 

 日光の眩しさに目を眩ませつつ、俺とアインハルトは帰路についた。

 



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04,ヴィヴィオという少女


カヒーツ・シュウセイ



 俺と高町ヴィヴィオという少女の関係は、アインハルト(同居人)の後輩という微妙な物である。

 ……いや、そもそも通っている学校が違うので、後輩と考える事自体が間違っているのかもしれない。

 

 俺自身、アインハルトの友人としてヴィヴィオという少女を紹介された時、まさか今ほど親しくなれるなどとは微塵も期待はしていなかった。

 精々「顔を合わせると挨拶はするけど決して親しくはない」くらいの関係で落ち着けば御の字だと思っていた。「あんな可愛い子と顔見知りなんだぜ!」って高校で作る友人とかに自慢出来れば良かった。

 

 ……理想が低い?仕方ないだろ。

 家が近い訳でもなく、趣味だって合わない。ましてや同じ学校に通っている訳でもない。

 そんな、ないないづくしの状況で仲良くなれというのは無茶だ。俺にはそんな無茶を可能にするコミュスキルなんて無い……と思ってたんだけどなぁ。

 

「シュウさーん!そろそろ逆玉の輿になる覚悟はできましたーー⁉︎」

 

「そんなのになる気は無いし、そもそもそんな事を大声で言うな!」

 

 どうしてこうなった。

 

 

 

 

 その日、あんまりにも暇だった俺は1人で街中をぶらついていた。いつもなら隣に居る筈のアインハルトは、今日はメンテナンスに出していたティオの受け取りに出ていて夕方までは帰って来ない。

 だから家で一人留守番だったのだが、一人で出来る事なんて限られている。ゲームをしようにもcpu相手では物足りないし、テレビを点けても平日の昼間に面白い番組などやっていない。録画も見終わっていた。

 だから気分転換がてら本屋で立ち読みして、ついでに気に入った本を買ってからお昼ご飯を適当な店で済ませようとしていた所でヴィヴィオに捕まったのだ。

 

「学校どうしたよ。サボりか?」

 

「まさか。今日は午前中授業ですから、この時間に私が此処に居ようと問題無いのです!」

 

「あーそっか。そろそろ終業式だもんな」

 

 良く考えたら、学校では優等生で通っているらしいヴィヴィオがサボりとかありえなかった。俺の前ではポンコツな所しか見せてないから忘れてたけど。

 サラッと腕を絡ませようとするヴィヴィオを躱しながら、俺はいつもヴィヴィオと一緒に行動しているリオとコロナを探したが、何処にも見当たらない。

 

「あれ?リオとコロナは?」

 

「リオとコロナですか?二人はですね……えっと、何処でしょうね?」

 

「……はぐれたのか」

 

「そうとも言いますね!」

 

「そうとしか言わねーよ」

 

 無駄にドヤ顔のヴィヴィオに軽いチョップを一発。しかし、片手であっさり止められた。

 

「ところでシュウさん。あのクールビューティ系ぶりっ子覇王の姿が見当たらないんですが……」

 

「ぶりっ子はお前だろ。ていうか何だよ、そのクールビューティ系ぶりっ子って」

 

「普段は物静かなのに時々あざとくなる感じの人……ですかね?」

 

「なんで疑問符が付く」

 

「今適当に考えたので」

 

 ヴィヴィオはそう言って、猫じゃらしで遊ぶ猫のように俺の手を掴もうと動き回っている。猫はヴィヴィオで、猫じゃらしは俺の手だ。もちろんヴィヴィオは本気ではない。もしヴィヴィオが本気だったら、ものの数秒で俺の手は捕まっているからだ。

 

「アインハルトはティオの受け取りに出てるよ。夕方までは帰って来ないんじゃね?」

 

「ほう……つまり夕方まで邪魔は入らないから、二人でしっぽり出来ると」

 

「通報すんぞ」

 

「冗談ですよ?いやだなぁシュウさん。冗談を本気に捉えちゃあ困りますよ」

 

「目が笑ってなかったんだよなぁ」

 

 俺は自身の主を見て「やれやれだぜ」とでも言いたげなヴィヴィオのデバイスのクリスを肩に乗っけて近くで食事できそうな場所を探す。すると、動きを止めないままヴィヴィオが言った。

 

「まぁそんな事はどうでも良いです。それよりシュウさん。お昼ご飯って、まだ食べてなかったりします?」

 

「ああ、これからだけど」

 

「ッしゃ‼︎じゃあシュウさん、今から私の家に行きましょう!」

 

「い、いやいや。なのはさんとフェイトさんに悪いし」

 

「それはどうでしょうか?」

 

 動きを止めて急にガッツポーズを取ったヴィヴィオがその勢いのまま俺にまくし立てる。その勢いに押されながら俺がそう返すと、ヴィヴィオが端末を弄りだした。

 その時のメールを打つヴィヴィオの指の速さは、残像が出るレベルの物だった。

 1分ほど待つと、端末から着信音が鳴った。メールの内容を確認したらしいヴィヴィオがニヤッと笑って画面を見せてくる。

 

「なのはママも了承してくれましたよ!ほら!」

 

「嘘だろ。んなバカ、な……」

 

 確かにメールには『良いよ〜。腕によりをかけて頑張っちゃう!』と書いてあった。この文面だと、送り主は恐らくなのはさんだろう。フェイトさんはネタ一色だし。

 

「そうと決まればさあ行きましょう!時間は有限ですからね!」

 

「あー、うん。そうだな、時間は有限だもんな」

 

 これで断るのは流石に失礼だろう。俺はアインハルトに『今外に居るんだけど、もしかしたら帰るのが遅れるかもしれない』と送ってから高町宅を目指す事にした。

 

 ————————

 

 高町宅を訪れるのは結構久しぶりだ。ヴィヴィオは事ある毎に俺をここまで連れて来ようとするが、色々理由を付けて避けて来たからだ。

 建前としては、一家の団欒の時間を邪魔するのは悪いからという理由があり、本音としては、人に気を使うのが面倒だからという理由がある。人付き合いって奴はどうしてあんなに面倒なのだろう。

 ……別に、なのはさんから初孫の予定をしつこく聞かれるのにうんざりしている訳じゃないぞ。本当だぞ?

 

「たっだいまー!」

 

「お邪魔します……」

 

「いらっしゃ〜い。ゆっくりしていってね!」

 

 なのはさんは玄関で出迎えてくれた。栗色の髪をサイドポニーにしているなのはさんは、飛び付いたヴィヴィオを受け止めながら俺に笑顔を向けた。

 

「どうもなのはさん」

 

「そんな硬くならなくても良いよ〜。自分の家みたいにリラックスして良いんだからね」

 

「なのはママ、ナイスアシスト!そうですよシュウさん!自分の、自・分・の・実家みたいに安心してくれて良いんですからね!」

 

「なんで自分のを強調した」

 

 しかも実家て。此処はお前の実家で俺の実家では……あっ、そういう事ね。お前の実家になるんだよ!って事か。アホか。

 そんな事を言いながら、なのはさんとヴィヴィオは俺をリビングに招き入れる。

 

「もうちょっとで出来上がるから、座って待っててね。はい、麦茶どうぞ」

 

「じゃあシュウさん!その間に縁談を……」

 

「進めねーよバカ。あ、どうも」

 

 カバンから取り出してきた式場のパンフレットやらなんやらを迷う事なく押し返す。ヴィヴィオはムッとした顔でそれをしまう。

 

「大体、なんでそんなに縁談縁談ってうるさいんだよ。昔はそんな事言わなかっただろ?」

 

 少なくとも、中学に上がる前までは言ってなかった記憶がある。するとヴィヴィオは困ったように言った。

 

「ほら、私ってクローンとはいえ聖王じゃないですか?」

 

「そうだな」

 

俺もヴィヴィオの特殊な出自は聞いている。最初聞かされた時は、なんつー重たい事実を話してくれてんだと思いもしたが、良く考えたらアインハルトもかなり特殊な存在なので、それを考えるとどうということはないかなといった感じに今は落ち着いている。

 

「本人の着てた衣服の切れ端でも聖遺物認定されてる辺りを考えれば分かるんですけど、聖王家関連の物ってそれだけで貴重なんですよね。何しろ殆ど残ってないので」

 

「そんなに遺品って少ないのか」

 

「ええ、それはもう。それでですね、その血ともなるとレア度が半端なく跳ね上がる訳ですよ。生き血となれば尚更」

 

「独身で死んでるんだっけ、オリヴィエ聖王陛下って。……あれ?でもさ、そういう王家って血筋を絶たない為に結構子孫を残してる筈じゃあ……」

 

 俺が疑問を口にすると、ヴィヴィオは「そうなんですよねー」といって麦茶を一口。

 

「確かに居た筈なんですよ。でも、どういう訳か戦乱終結と同時に全員が姿を消してて……」

 

「血が残ってるのかも分からない、と」

 

「そうなんです。そんな一部では存在していないとまで噂された聖王を祀っている教会に颯爽と(聖王)が現れた!

 ……するとですね、唯一かつ直系でレア度が半端ないどころか天元突破した聖王家の血を自らの家系に取り込もうと、欲に塗れた大人が大量のお見合いをですね……」

 

「あっ……」

 

 話していくにつれて段々と目が死んでいくヴィヴィオの肩をクリスと一緒にポンポンと叩く。

 今のヴィヴィオの背中は、安っぽい酒場で飲み潰れている仕事帰りのおっさんのようだった。

 

「何が悲しくて好きでもない相手と結ばれなきゃいけないんですか。そもそも私まだ中学生なんですけど何で相手が決まって私より年上なんですかとかもっと年下か同年代を用意出来なかったのかとかまあ仮に年下と同年代用意されても私の心は既にシュウさん一筋だから無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!とか私の自由時間潰してそんなに楽しいかとか色々言いたい事があって私のSAN値と寿命がストレスでマッハなんですけど一体私はどうすれば良いんですか」

 

「もう良い……休め、休めヴィヴィオッ……!」

 

「だから私と結婚して下さい」

 

「ごめんなさい」

 

「即答っ⁉︎」

 

 いやだって、そんな事を言ったら俺も年上だし。今の話し的に同年代か年下が好みなのかなーって思ったから。

 って言うと絶対ヴィヴィオが荒れるので、無難な言葉で慰める。

 

「なんでですかー。聖王家ですよ?逆玉の輿確定ですよ?毎日何も考えずにずっこんばっこん出来ますよ?」

 

「俺、自分の嫁は慎重に見定めたいからさ」

 

 それにさ、そんな事を言ったらアインハルトだって覇王の直系の子孫な訳でな。

 

「私だってそうですよー!うわーん!」

 

 こっちが地雷だったか。いやでも、さっき考えた事を言った方が余計に荒れた気がする。

 そんな事を考えながら抱きついて離れないヴィヴィオを慰める。

 

「よしよし。苦労したなー」

 

「うう……優しさが身に染み渡る。もう辛い、聖王辞めたい」

 

 それはきっと、笑顔の仮面に隠れていたヴィヴィオの本音なのだろう。俺はそれを聞かなかった事にして泣く子をあやす母のように背中を優しく撫でる。

 

「ごめんねシュウ君。ヴィヴィオの愚痴を聞いてもらっちゃって」

 

「気にしないで下さい。立場上、ヴィヴィオが辛いのは良く分かってますから」

 

 望んだ訳でもないのに聖王教会のトップに据えられて、恐らくだけど権力闘争とかにも巻き込まれているであろう眼下の少女。

 

 普段が自由すぎるから忘れがちだけど、ヴィヴィオもアインハルトも、その身に流れる血に人生を縛られて生きているのだ。

 アインハルトもお見合いの話とかが上がってて面倒くさいってボヤいてたからな……。

 

「ほーら、ヴィヴィオもその辺にして。シュウ君が困ってるでしょ」

 

「はーい」

 

 なのはさんが俺とヴィヴィオの前に山盛りの野菜炒めと白米が置かれた。ヴィヴィオはあっさりと俺から離れた。

 

「お腹いっぱい食べてね」

 

「はーい!」

 

「頂きます」

 

 渡された箸を持って野菜炒めを一口。……うん。

 

「流石なのはさんですね。美味いですよ」

 

「ありがとう。そう言ってくれると、作った甲斐があったよ」

 

 ただ野菜を炒めただけの料理がどうしてここまで美味くなるのだろう?自分で作った時と全く味が違うような……。隠し味とかがあるのか?

 

「むぐむぐ……シュウさんシュウさん」

 

「せめて飲み込んでから喋れ」

 

「んぐっ……。これから私、教会に向かわなくちゃいけないんですけど。一緒にどうです?」

 

「教会に?でもなぁ……面白いか?」

 

「面白いか面白くないかで問われると面白くはないですけど、でも暇なんでしょ?」

 

「それを言われると返す言葉が無い」

 

 確かに、この後の予定はどうするか考えようとしてた所だけど。なのはさんに迷惑だから、いつまでも此処に居座る訳にもいかないし。だからといって外をぶらつくのも疲れるし飽きた。立ち読みって店員さんの目線が辛いよな……。

 

「分かった分かった。俺も暇してるからな、ご一緒させてもらいますよ」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

「ふふ。良かったねヴィヴィオ」

 

 そう考えると俺に選択肢なんて無かった。

 すっかり元気を取り戻したヴィヴィオと、そんなヴィヴィオを笑って見るなのはさんを見ながら、俺は箸を動かした。

 ……後でレシピ聞いておくか。

 

「あっ、ところで初孫は……」

 

「ないです」



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05.シスターシャッハは裏表の無い素敵な人です!……多分


カヒツ・シュウセイ



 レールウェイで数十分の時間をかけて聖王教会の正門前に到着する。相も変わらずやけに人が少ない。教会なんて往々としてこんな物かもしれないが、それでも敷地面積に比べて圧倒的に人が少ない印象を受ける。

 

「しっかし、いつ見ても綺麗な所だよな。聖王教会って」

 

「毎日清掃員さんが頑張ってますからねー」

 

 良く手入れされている。

 それは聖王教会の敷地に入る度に俺が思う事だ。短く切り揃えられた芝生に、規則正しく植えられた花はその美しさを周囲に振りまいている。道に沿って植えられている木も葉っぱが刈り揃えられている。

 俺とヴィヴィオは、そんな手入れされた道を見ながら先に見えている建物の方へと歩を進めた。数分ほど歩くと、道の端を掃除していた清掃員さんと出会う。

 

「こんにちは聖王陛下」

 

「こんにちはー!何時もご苦労様です!」

 

「いえいえ、好きでやってる事ですから」

 

 清掃員さんがヴィヴィオにそう言うと、ヴィヴィオは一瞬で俺に向ける物とは少し違う、ちょっとぎこちなく、そしてワザとらしい──といっても、ヴィヴィオの笑顔を普段から見慣れていなければ騙されてしまうくらいには違和感の無い──笑顔を見せてそう返した。

 ヴィヴィオの笑みを見た清掃員さんは丁寧にお辞儀をして仕事に戻る。清掃員さんから少し離れてから、俺はヴィヴィオに声をかけた。

 

「……凄いなお前」

 

「何がですか?」

 

「笑顔の変化。注意しなきゃ分からないくらい凄い自然だったぞ」

 

「あー……バレてました?」

 

「俺は分かった。けど、ヴィヴィオと付き合い薄いと分からねぇと思う」

 

「そうですか、なら良かった。“聖王様”の笑みがちょっとワザとらしいかなーって思ってたんです」

 

 そんな事を話ながら少し歩くと、前からSt.ヒルデ魔法学院の中等科の制服を着たプラチナブロンドの髪の生徒が歩いて来る。

 すると、ヴィヴィオの表情が笑顔から、お嬢様のような余裕を感じる表情に変わる。

 

「御機嫌ようヴィヴィオさん」

 

「御機嫌ようレナさん」

 

 そして生徒とお辞儀をしてすれ違った。俺も表情は変えないようにしながらお辞儀しつつ、内心でヴィヴィオの表情の変化に少し驚く。

 

「ふぅ。“聖王陛下”を演じるのって結構疲れるんですよね」

 

「……」

 

 清掃員さんやSt.ヒルデの生徒から声が聞かれない距離まで行くとヴィヴィオの仮面が剥がれて、俺の知るいつものヴィヴィオが現れる。俺はヴィヴィオの顔をまじまじと見た。

 

「なんですか?いくら私が可愛いからって、そんなにジロジロ見られると照れますよ」

 

「すまんすまん。俺の前だとヴィヴィオは何時もポンコツ可愛い姿しか見せないから、あんなにお淑やかな一面も持ってるのかって意外に思って」

 

「かわっ……ふ、ふんっ。そうやって可愛いって言っておけば私を落とせると思ってますね?その浅ましい思考が透けて見えてますよ!私は、私はシュウさんからの可愛いなんかに負けませんから!」

 

 そうは言っているが、ヴィヴィオは分かりやすく頬を赤らめながらそっぽを向いた。

 お前は見破ったその浅ましい思考にまんまと引っかかってる訳だけど、それで良いのか?

 

「ヴィヴィオは可愛いなぁ」

 

「あ、あわわわわわわわ……」

 

 ちょろい(確信)。俺が顔を真っ赤にしてフリーズしたヴィヴィオを見てそう確信していると、また前から誰かが歩いて来る。その人は俺達の前に立ち、フリーズしたヴィヴィオを見るなりいきなりこう言った。

 

「あらあら、二人共お熱いわね」

 

「カリムさん、また逃げ出したんですか?」

 

 とても失礼な俺の第一声を聞いた目の前の金髪美女、カリムさんは否定せずにうふふと笑うだけだった。

 

 脱走癖があるこの人は、時々仕事から逃げ出してはお付きのシャッハさんに捕まって説教を受けている。そして多分、今日もその通りになるだろう。

 こんな人が聖王教会のトップで大丈夫なのか俺は少し不安だが、締めるべき所はキチンと締めているのだろう。でなければ聖王教会のトップなんて出来ない筈だし。

 そんなカリムさんだが、俺のその言葉に指を振って否定の意を示した。「チッチッチッ」と副音声が聞こえてきそうだ。

 

「私だってちゃんと学習しているのよ?いつもいつも、ただ怒られている訳ではないの。今回は綿密な逃走計画だってキチンと用意してあるんだから」

 

「反省してないんですね……本当に大丈夫なんですか?綿密(笑)な逃走計画だったりしません?」

 

「大丈夫よ。だって、私が逃げたってバレないようにちゃんと身代わりも用意してあるんだもの!」

 

「それ、枕とか使ってベッドに用意した身代わりとかじゃないですよね?」

 

「……」

 

「何か言って下さいよ」

 

 露骨に目を逸らされた。適当に言った俺の言葉が大当たりしたらしい。やっぱり綿密(笑)じゃないか。

 そんな小学生でも思いつくレベルの考えを秘策としていたカリムさんは、冷や汗をダラダラ流して吹けない口笛を吹く真似をした。ちょっとワザとらしく、そしてムカつくけど、それでも可愛らしいという印象を与えられるのだから美人ってズルいなーと思った。

 

「こんな真昼間からベッドに潜ってるって、何かあるって認めてるような物じゃないですか」

 

「シャ、シャッハなら騙されてくれると思うから……(震え声)」

 

「声震えてますよ?」

 

 声が震えているのは意図的にやっているのか、それともマジで恐怖で震えているだけなのか。そんな判断がつかないくらい普段のカリムさんはシャッハさんに説教されている。

 シャッハさんの説教は強烈な事で有名で、俺も一度だけ経験した事があるけど、アレはもう二度と受けたくないと思った。それくらい凄い物だった。

 あんなのを懲りずに何回も受けているカリムさんやサボリ魔はどんな神経をしているのか、割と真面目に気になる所だ。

 

「かわっ……ハッ!カリムさん⁉︎何故カリムさんが此処に……?まさか、また逃げたんですか?懲りもせずに自力で脱走を?」

 

「脱走なんて人聞きの悪い。私はただ、自由を求めて明後日へ突き進んでいるだけよ」

 

 正気に戻ったらしいヴィヴィオがさっきまで居なかった筈のカリムさんの姿を見てそう言うと、何やらかっこよさげな事をカリムさんが言う。言葉だけを聞くとかっこよさげだけど、でもやっている事は唯のサボりなので寧ろダサい。

 

「ほう……物は言いようですね、カ・リ・ム・さ・ま?」

 

 そんなカリムさんの後ろから声が聞こえた。聞く者を地獄へと引きずり落としそうな声だ。

 

「空気が美味しいわね二人共」

 

「現実逃避は止めましょう。そして現実を見ましょう」

 

「私達を巻き込まないで下さいよ」

 

 カリムさんが恐る恐る後ろを振り返り、そして、その姿を見たカリムさんが変な声を上げる。

 

「あの程度の安っぽい身代わりで私を騙せるとでも思っていたんですかぁ……?」

 

「ゲェッ!シャッハ⁉︎」

 

 息を切らしたシャッハさんが悪鬼のような声を口から漏らしながらゆっくりと、しかし着実にカリムさんに迫って来る。表情がお面のように一切変化しないのが怖さを助長させていた。

 

「さて……何か言い訳はありますかカリム様?」

 

 一歩、また一歩とシャッハさんは距離を詰める。カリムさんと、そして何故か俺たちもその勢いに呑まれて後ずさる。

 

「ご……」

 

「ご?」

 

「ごめんちゃい☆」

 

 カリムさん……今のシャッハさんを前にしてそれが出来るのは、ぶっちゃけ尊敬できる。でも何故、自分から命を投げ捨てるような真似をするのか?コレが分からない。

 

「あっはっはー。面白い冗談ですね、気に入りました」

 

 ああほら、シャッハさんがヤバいキレ方してる……。隣に居たヴィヴィオが「幼少期、聖王教会、シャッハさん……うっ頭が」とか言ってるのが、やけに耳に残った。

 

「気に入ったので、溜まっている仕事を徹夜で片付ける義務をカリム様にはプレゼントです。どうです?嬉しいでしょう?」

 

「サラバダー‼︎」

 

 カリムさん は にげだした!▼

 

「逃がしません!」

 

 しかし まわりこまれてしまった▼

 しらなかったのか?シスター からは にげられない▼

 

 シャッハさん の はらパン!▼

 

「ぐぁっ⁉︎……シャ、シャッハ……ガクッ」

 

 カリムさん に すごいダメージ!▼

 カリムさん は めのまえがまっくらになった!▼

 

 ……脳内にこんなテロップが出るくらい、カリムさんは呆気なく、そしてギャグっぽく捕まっていた。でもシャッハさん、一応とはいえ上司を殴って大丈夫なのだろうか。

 そしてヴィヴィオは、格闘選手的に今の音はヤバかったのか、確認するように顔色を伺いながらシャッハさんに話しかける。

 

「シャ、シャッハさん……?あの、カリムさんは大丈夫なんですか?」

 

「問題ありません、スタンナッコゥで気絶させただけですから」

 

「え?でも今」

 

「スタンナッコゥです。スタンナッコゥは()()()でも発動できる魔法なので問題ありません。殴ったように見えたのは目の錯覚、良いですね?」

 

「「アッハイ」」

 

 有無を言わさぬシャッハさんの物言いにヴィヴィオと頷く。

 ……俺の記憶が正しいなら、スタンナックルって()()()()から電流流して気絶させる魔法だった気がするんだが、シャッハさんが言うならそうなのだろう。そもそもシャッハさん、スタンナックルじゃなくてスタンナッコゥって言ってたしな。

 ……スタンナッコゥって何だよ。

 

「それでは失礼します。私はこのサボり魔に仕事をさせて来ますので」

 

「は、はい」

 

「い、いってらっ……しゃい?」

 

 立ち去るシャッハさんを見送って、俺とヴィヴィオは顔を見合わせる。そして、ほぼ同時にカリムさんに向かって手を合わせていた。

 カリムさん。せめて痛みを知らず安らかに逝って下さい……

 

 

 

 

 

 

 

「シュウも物好きだよね〜。こんなつまんない教会に暇潰しに来るなんてさ」

 

「それくらい暇してたんです。ていうか、つまんないとか職員のセインさんが言って良いんですか?」

 

「良くはないね。でも周りにシュウ以外に聞いてる人は居ない訳だし。ならぶっちゃけても良いかなーって」

 

 場所は変わって聖王教会のとある一室。部屋の主が不在のこの部屋で、俺はセインさんと二人で紅茶を飲んでいた。

 ヴィヴィオは建物に入るなり息を切らしたオットーさんとディードさんに何かを耳打ちされて、そして露骨に嫌そうな顔をしてから「シュウさん。すぐに終わらせて来ますから」と言ってそのままオットーさんとディードさんに連れられて何処かへ行ってしまった。

 

「ふーん……。ところでヴィヴィオは何しに行ったんですか?」

 

「あたしも良く分からないけど、多分アレじゃない?お見合い」

 

「あー。ヴィヴィオがさっき言ってたな、大量のお見合いが云々って」

 

「そうそう」

 

「ヴィヴィオ嫌そうだったなー」

 

「だろうね。陛下のお見合い、量だけじゃなくてその質も悪いらしいし。

 あたしは関われなかったからシスターシャッハが話してるの聞いたんだけど、かなりアプローチの方法が酷いらしいよ。陛下のストレスが段々と溜まってくの、私から見て分かるくらいだし」

 

「相当ですねそれ」

 

 ヴィヴィオは基本的にマイナスの表情を表に出さない。そんなヴィヴィオがセインさんから見て分かるくらいだという事は、ヴィヴィオの中でもうストレスが飽和状態に陥っているのだろう。そうでなければ、さっきのように弱音を漏らしたりはしない筈だ。

 

「だからさ、偶にでいいから陛下の愚痴に付き合ってあげてくれないかな?陛下、私達の前だと強がってばっかでさ。シュウの前でしか本心をさらけ出さないから」

 

「分かりました。なるべく話を聞く事にします」

 

「ごめん。本当は私達の仕事なんだろうけどね」

 

「適材適所って奴ですよ」

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 安心したようにセインさんは笑みを浮かべた。俺も笑って紅茶の入ったカップを口元に持っていって傾ける。うーん美味い。

 

「ところで色男」

 

「もしかしなくても俺のことですか」

 

「この場でシュウ以外に男いないじゃん。それで、どっちとか決めてんの?」

 

「どっち、とは」

 

 ニヤッとイヤらしい笑みを見せるセインさんの、何となく言いたい事を察しながら俺はすっとぼけた。しかし俺のとぼけは向こうも想定済みだったようで、素早く俺の横に回ってくると肘でワザとらしく脇腹をツンツンしてくる。

 

「分かってんでしょー?陛下なの?それともアインハルト?」

 

「どっちなんてありませんよ。俺は選べる立場にないです」

 

「聖王と覇王から熱視線向けられといてそれはないと思うなー。ほら、おねーさんに言ってみなって」

 

 何だこの人めんどくさいぞ。今まで深く関わらなかったから知らなかったけど、こんな面倒くさい人だったのか。

 

「……あれ?セインさんって、ヴィヴィオの事を陛下って呼んでましたっけ?」

 

「話の変え方雑だねぇ。……いつまでも名前呼びじゃ示しがつかないって事で結構前に変えてたよ。気付かなかった?」

 

「まったく。そもそもセインさんとこうして会う事って無かったですし」

 

「それもそっか。多分初めてだよね、こうしてシュウと2人でお茶するの」

 

「ですね」

 

 俺が頷くと同時に部屋の扉が開いて疲れ果てたような顔をしたヴィヴィオが入って来た。

 

「あ゛〜〜やっと終わった〜〜」

 

「お疲れさん」

 

「お疲れ様、陛下。お茶飲む?」

 

「飲む飲む……本当に疲れたぁ〜〜。内容も変わり映えしないし、時間だけは無駄に過ぎて行くし。少しは変化球でも投げて来いってのにもう……」

 

 俺の隣に座ったヴィヴィオが腕に寄りかかる。俺はセインさんが紅茶を淹れているのをぼーっと見ているヴィヴィオの頭を撫でた。

 

「わひゃあ⁉︎シュ、シュウさん⁉︎」

 

「どうした?そんな変な声上げて」

 

「な、ななななな何で私の頭を撫でてくれているんデスカ?」

 

「今まで頑張ってたんだろ?その苦労を労えたら良いなぁって思ってな。と言っても、俺に出来る事はこれくらいしか無いけど。……嫌なら言ってくれ。すぐに止めるから」

 

「とんでもない!是非、是非続けて下さい‼︎」

 

「お、おう」

 

 頭を撫でただけなのにえらいテンパっているヴィヴィオにそう言うと、目を光らせたヴィヴィオが勢い良く顔を近付けて来る。

 

「おー、すっかり元気になったじゃん」

 

「当然!だって、シュウさんのなでなでパワーを一身に感じてるんだもん!」

 

「なんだよ。その、なでなでパワーって奴は」

 

「シュウさんのなでなでで補充出来る凄いパワーです。このパワーがあれば、私は、そしてジ○ンはあと10年は戦える……っ!」

 

「なぜそこで○オンが出たし」

 

 言葉こそ力強いが表情は崩れてデレデレなヴィヴィオは、なんというか……飼い主に懐いてる犬みたいだなと思った。擦り寄って来て臭いを嗅いでくる所とか、特に似ている。

 

「シュウさん。もっと、もっとです!もっと私を撫でて下さい!なでなでプリーズ‼︎」

 

「はいはい。お姫様の命令とあらば喜んで」

 

「はにゃぁ〜〜〜〜……」

 

「……これ、他の人には見せられないなぁ」

 

 猫みたいな声を出して完全に蕩けたヴィヴィオをセインさんが笑いながら見る。クリスはというと、何故かヴィヴィオの横でか○はめ波のモーションを取って手から虹色の光を放出していた。元気だなあのぬいぐるみ。

 

「シュウさん、手が止まってますよ!」

 

「あーはいはい」

 

 その後、数時間に渡って頭を撫で続ける羽目になるとはこの時の俺は思わなかった。

 その後にも帰って来たカリムさんとかとワイワイやっていたら思った以上に時間が過ぎてしまい、家に帰った時には既に夜の7時を過ぎていて、更に送ってもらったセインさんを見られて何をしていたのかアインハルトに問い詰められたのだが、それは語るべきでは無いだろう。

 

 ……いつものことだし。



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06.必殺技が欲しい

「覇王……断空拳!!」

 

「ぬわー!?」

 

 ズドン、という空気が破裂する音を立てながら、その衝撃を殺しきれずにヴィヴィオはリングの上から転がり落ちた。

 カーン カーン カーンというゴングの音が虚しく響き渡り、それと同時にアインハルトが構えを解く。

 

「ふう……良い試合でした」

 

「ぐぬぬ……納得行きません!アインハルトさん、もう1回です!!」

 

 ヴィヴィオは即座に起き上がると、すぐにリングへと戻って再び構える。クリスは何か伝えたそうだが、ヴィヴィオはそれに気付いた様子を見せなかった。

 アインハルトは頷き、そして再び構える。獰猛なその笑みからは、普段の彼女から程遠い ──しかし、あまりにも見慣れた"嬉しい"という感情が見え隠れしている。

 

「私で良ければ喜んで。ティオ、ゴングを」

 

「にゃっ!」

 

 

 カーン!

 

 

 

「……これで何回目だ?」

 

「えっと……もう20回はやってるね……。ちなみに戦績は12勝8負けで、アインハルトさんが勝ち越してるよ」

 

 そんな様子を、俺とユミナさんのマネージャーチームは微妙な面持ちで見ていた。近くで練習していたリオやコロナも心配そうである。

 

「練習熱心なのは喜ぶべきなんだろうが……」

 

「ヴィヴィオちゃん、どう見ても焦ってるよね。……何かあったのかなぁ?」

 

「シュウさん、何かやりました?」

 

「おい待てリオ。どうしてそこで俺に疑いが向くんだ」

 

「ヴィヴィオが悩む時、その原因の9割がシュウさん絡みなので」

 

「まあ確かにそうだけど、でも、そんな事言われてもなぁ……」

 

 リオにそう言われるが、しかし本当に心当たりは無い。あったら即座に解決に向けて動いている。

 

「うーん……て事は、シュウさん絡みではないのかな?」

 

「かもなー。でもヴィヴィオだし、ロクな事ではないのは確かだろうな」

 

 なにやら扱いが酷いような気もするが、ナカジマジムでのヴィヴィオの扱いなんてこんな物だ。

 それもこれも、自ら奇行に及んで立場を悪くしているヴィヴィオが悪い。

 

「次の休憩の時にでも聞いてみるか」

 

「それが1番ですね」

 

「分からない事は本人に聞くのが1番ですよね。特にヴィヴィオは、付き合い長い私とコロナでも何を考えてるのか良く分かんないですし」

 

「えぇ……(困惑)」

 

 オイ嘘だろ……。

 俺は困惑しながら、またもアインハルトに吹き飛ばされるヴィヴィオを眺めていたのだった。

 

 

 カーン カーン カーン

 

 

 

 

 

「という訳で、ヴィヴィオには何があったのかキリキリと話してもらうぞ」

 

 訪れた休憩時間、俺達は全員でヴィヴィオを取り囲んでいた。傍から見るとイジメに見えなくもないが、こうでもしないと逃げられるから仕方ない。

 

「むう……あまり話したくないんですけど」

 

「私も気になります。思わず喜々として殴り合っちゃいましたけど、そういえば何故あんなに突っかかって来たのか……理由を聞かせてくれませんか?」

 

「アインハルトさんェ……」

 

「わしの師匠がこんなに脳筋な訳がない……と思っとった時期がわしにもありました」

 

 思わず喜々として殴り合ってたけどって、普通女の子から出る言葉じゃないと思うのだが。

 まあ、それを言うならこの状況が既にオカシイような気もするんだけども。

 

「いやーまあ、そんなに大した事じゃないんですけどねー……」

 

 ヴィヴィオが指を胸の前でちょんちょん弄りながら言い辛そうに言葉を紡いだ。

 

「ほら、私って火力が無いじゃないですか。正確に言うなら瞬間火力が」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんです。それでですね、やっぱり私も一撃で勝負を決めるような破壊力ばつ牛ンなカッコイイ必殺技が欲しくなりましてですね……」

 

「アクセルスマッシュあるじゃん」

 

「アレを必殺技と呼ぶには威力足りませんし。しかもミウラさんの抜剣とか、アインハルトさんの覇王断空拳とかと比べると少し地味じゃないですか」

 

 要するに、ヴィヴィオはゲームで言うところの"魅せ技"が欲しいのだろう。

 ……と言ってもなぁ。

 

「もう、そのバトルスタイル自体が魅せ技みたいな物だしなぁ」

 

 今の格闘技業界は、アインハルトやミウラのような制圧前進型が主流だ。

 だからヴィヴィオのバトルスタイルはとても珍しい。

 アインハルトと共にこの格闘技の世界に足を踏み入れてから早くも3年が経過しているが、それでもヴィヴィオと同じカウンターヒッターは数える程しか知らない。

 そして、その数える程しか知らない選手も……こう言っては悪いが、ヴィヴィオより上手くはない。

 

「でも、それとアインハルトさんに挑みまくってたのと、どう関係あるの?」

 

「じっとしてるよりは、動いてた方が何か閃くかなーって」

 

「それで結果は?」

 

「残念ながら……」

 

 ダメだったらしい。そんなポンポンと必殺技は湧く物ではないから、仕方ないといえば仕方ない。

 

「だったら皆で考えるか」

 

「えっ?」

 

「ですね」

 

 だったら皆で作る。どんな些細な事でも、チームメイトが悩んでいるなら放ってはおけない。

 

「ふっふっふー、チームナカジマ1のゲーマーであるこのリオちゃんが、超カッコイイのを考えてしんぜよー!」

 

「リオ、少しは自重してね?」

 

「蹴り技……だとボクと被るのか。ていうか、そもそもヴィヴィオさんって蹴りをしないような……」

 

「必殺技……ダメじゃ、何も思いつかん」

 

 そして、そう思っているのは俺とアインハルトだけではない。この場に居合せた皆が、思い思いに自分の案を口にし始める。

 

「みんな……ありがとう!」

 

 こうして俺達は、ヴィヴィオの魅せ技を考え始めたのである。

 

 

「先ず、前提としてどんなのが良いんだ?」

 

「というと?」

 

「殴りたいか、蹴りたいか、みたいな」

 

「うーん。その辺の事すら、まだ何も考えてなかったんですよね」

 

「うーむ……」

 

 となると、本当に1から考える必要があるらしい。

 

「取り敢えずは皆さんから意見を出して貰ってから考えませんか?このままだと、また思考の沼にハマりますよ」

 

「それもそうか……じゃあ誰か、何かあるか?」

 

「はいはいはーい!ここは私の出番ですね!安心して下さい、私が誰しもを唸らせるような必殺技を……」

 

「……誰かいないか?」

 

「って、無視すんなやコラァーー!?」

 

 リオが調子に乗っている時は、大体が碌でもない事を考えている時だ。

 きっと今回も、その例に漏れないだろう事は想像に難くない。だからスルーする。

 

「コロナはどうだ?何か考えついたか?」

 

「先輩!私、私思い付きましたから!」

 

「すいません……セイクリッド・ディフェンダーを腕に纏わせて殴り倒す、くらいしか思い付かないんです」

 

「うん、それ思い付くだけで十分だ」

 

 大人しそうなコロナから意外と暴力的な案が出て、そういえばコロナもヴィヴィオの友達だったなぁ、と思い至る。ヴィヴィオも割と過激な所があるし、やはり類は友を呼ぶのか……。

 

「シュウさん!私とコロナが同類とか、私に失礼だと思わないんですか!?」

 

「違うの?……ていうか、サラッと思考を読むのは止めてくれ」

 

「せーんーぱーいー!!無視しないで下さいよー!!」

 

「友達ネタにしたNTR百合物の同人誌の仕上げを友達に頼む人と、スーパーキュート、かつプリティーガールで将来も約束された私。同じにされると困ります!!」

 

「えっ、なにそれは……」

 

 前半のインパクトが強すぎたせいで後半が聞こえなかったけど、前半の業が深すぎない……?

 恐らくこの場に居るほぼ全員から引かれても、しかしコロナは堪えた様子もなく言い放った。

 その態度こそが、今のヴィヴィオの言葉が嘘ではない事を雄弁に物語っている。出来れば嘘であって欲しかった……。

 

「同性は 同性同士で 愛すべき

 コロナ、心の俳句」

 

『コロナぁ!?』

 

 ある意味で悟りの境地に達したコロナから全員が1歩遠ざかるという地味に傷付く反応をされても、コロナは納得の表情を浮かべていた。

 その余裕が、今は逆に不気味に思えた。

 しかし、なんで俺達は仲間内で争っているのだろう。

 

「そう、それが世間の一般的な反応……しかし、私は負けない。負けられない。

 私は全てを捧げてきたのだから……今は遠いその理想郷に辿り着く為に!!」

 

「永遠に遠くていいよそんな理想郷!!」

 

「しかしヴィヴィオ、貴女なら分かる筈だ!NTRという単語に反応した貴女なら!!」

 

「にゃ、にゃにおう!?」

 

「ヴィヴィオさんもダメみたいですね……」

 

 アインハルトの言葉に頷きながら、俺は思っていた事を思わず口にした。

 

「やっぱり類友じゃねぇか……!」

 

『類は友を呼ぶ』という言葉は、もしかしたら世界の真理を示した言葉であるかもしれないと俺は思った。

 

「てことはリオも……?」

 

「私は!ノーマル!ですッ!!」

 

「うわぁリオが暴れだした!」

 

「なんで?!」

 

「止めないと!」

 

そう叫び、何故か暴れ出すリオ。それを鎮圧している間に、なんか本題から逸れているような気がしてならない。そもそもなんで集まってるんだったか……?

 

「あの……」

 

「どうしたフーカちゃん」

 

「わしら、今はヴィヴィさんの必殺技を考えてるんじゃあ……」

 

「あっ」

 

『あっ』

 

その言葉で本題を思い出した俺たちは全員で再度密集。今度はヴィヴィオも円陣を組むように集まっている。

 

「……って言っても、やっぱり簡単には作れないよね。必殺技って」

 

「その人の技術の集大成のようなものですからね。ヴィヴィオさんの場合は、やはりセイクリッド・ディフェンダーがそれに該当するかと」

 

「うむむ……やっぱりそうなっちゃうかあ」

 

結局、必殺技は時期が来れば思いつく。という結論で話が終わる。ヴィヴィオも何となくダメそうだとは分かっていたのか、大して落ち込みもしていなかった。

 

「素人目線だけど、今のヴィヴィオは必殺技なんて無くてもいいと思うけどな。お前のバトルスタイル結構好きだし」

 

……ヴィヴィオの動きが止まった。言ってから「あ、これは変な解釈されるな」とか思ったけど、吐いた言葉は無かったことにできない。

 

「…………すいません。いま、なんと?」

 

「必殺技なんて無くてもいいって」

 

「その次!」

 

そして壊れたオモチャのような速度でゆっくりと首を動かし、そのままスススッと俺に詰め寄ってくる。

 

「お前のバトルスタイル結構好きだって」

 

「やっっっっっったぁ!!」

 

「あくまでバトルスタイルの話だからな?」

 

魂から絞り出したような、そんな凄みを感じる歓喜の声だった。俺の補足など聞きもしないで、ヴィヴィオは流れるようにアインハルトを煽りにいった。

 

「聞きましたアインハルトさん!?いま!私を!好きだと!!」

 

「今シュウさんも言ったでしょう、バトルスタイルの話です。正気に戻りなさいヴィヴィオさん」

 

「ンッンー。やはり家を護る系良妻賢母の聖王が最後に勝つのは自明の理でしたねぇ!そこのところ、やっぱり前進制圧しか出来ない覇王様とは違うんですよねぇー」

 

「ティオ、ゴングを」

 

「にゃっ!」

 

 

カーン!

 




おまけ的な話『次元の壁をぶち破って原作vividを見た時の反応。ヴィヴィオ、アインハルト、シュウver』

「ふーん。俺が……というかレドイ家が居ないとこうなるのか」

「むぅ〜?おかしい……」

「何が?」

「シュウさんが居ないじゃないですか!?シュウさんが居ると思ったから単行本開いたの!!」

「いやいやいや、本来なら寧ろ俺が邪魔だからね?本編はヴィヴィオとアインハルトの百合百合ストーリーなんだから」

「なのはシリーズの伝統からは逃れられないって事ですか……あれ?もしかしなくても、私って結構女たらし……?」

「リオ、コロナ、アインハルト。最低でも3人と組み合わせられるな」

「なのはママ達はいつも通り……いや、フェイトママがマトモ過ぎて違和感が酷いですけど。
それにしても、並行世界の私はアインハルトさんにデレデレ過ぎやしませんかね……?」

「良いんじゃね?眼福眼福」

「他人事だと思って……」

「実際そうだしな。……で、アインハルトは何でさっきから準備運動してる訳?」

「いい天気なので、並行世界の私を殺しに行こうかと」

「何 故 そ う な っ た し」

「ここ屋内で天気分かりませんけどね」

「通り魔とか言語道断ですよね」

「ひ、被害届けは出てないから……正式に通り魔になった訳じゃないから……(震え声)」

「クラウスの悲願を成し遂げたいですか。
覇王流が強靭!無敵!最強!だと証明したいですか。

良い志です、感動的ですね。

しかし許しません。このハルレイツォ、容赦せんッ!!」

「あーん!スト(ラトス)様が激おこ!!」

「おい!?待て、ちょい待ち!!……行っちまった」

「……どうします?このままR-18に入るって手もありますけど。っていうかヤリましょう」

「誰かーヴィヴィオがおかしくなったー。助けてー」


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07.持つべきもの

3/15 ヴィヴィオパートを一部修正


 アインハルト・ストラトスという少女はクールだ、と殆どの人は思っている。

 それは彼女の表情筋が外部では殆ど仕事をしないからであるし、言動や所作も非常に落ち着いているからであった。

 

 同じジムのヴィヴィオと比べれば、2人は何もかもが対称的だ。

 リングに立てば、片や制圧前進という"動"、片や防衛特化という"静"。しかし、日常ではアインハルトが"静"となり、ヴィヴィオが"動"となるのだから、これほど分かりやすく面白いペアもそうは居ない。

 だからという訳でもないだろうが、ヴィヴィオとアインハルトは特集などを組まれる時は大抵がペアである。

 対外的には人当たりの良く、しかも美人な2人はU19でも屈指の人気選手というのも、特集を組むのに一役買っているのだろう。

 

 そんな感じで、世間一般からは"誰にも分け隔て無い美少女ファイター"という扱いを受けている2人であるが、しかし、彼女達を良く知るシュウ・レドイは苦笑いしながら「それは違う」と言い、そしてこう付け足す筈だ。

 

「アイツら、実はかーなーりの激情家で、しかもナチュラルに他人を区別してるから、その称号とは1番縁遠い筈なんだけどなー」

 

 と。

 

 

 

 

「ふぅぅぅぅ……」

 

 その日、アインハルトは軽くキレていた。

 手に入る力もいつもより強く、ともすれば手にしたシャーペンを今にも握り潰してしまいそうである。というか、現在進行形でミシミシいっている。シャーペンの寿命が握力でマッハである。

 

「あー……そんなに気にするなよ。人の噂もなんとやら。いずれ飽きるさ」

 

「にゃー……」

 

 今のアインハルトには、そんなシュウのフォローも聞こえていないようである。窓の方を向いたまま、無言でシャーペンをカチカチ鳴らし続けていた。

 その様子を見たシュウは肩を竦め、シュウの肩の上に乗っているティオは主の姿を見て怯えていた。

 

 

 あのヴィヴィオの必殺技を考えた時から時間は過ぎ去り、とうとう此処、ミッドチルダ第三高校の入学式の日がやって来ていた。

 

 今は長く面倒な入学式が終わり、それぞれのクラスで初めてのホームルームが行われる……前の休み時間。

 やはりというべきか、インターミドル上位陣の1人であるアインハルトが、これといった特徴も無い公立高校に来るのは大きな衝撃だったようで、時間が経過した今も大いに人が騒いでいる。

 

 それはいい。それはいいのだ。注目される事は慣れているし、有名税だと割り切ってもいる。

 だが貴様ら。私の、わ・た・し・の・専属マネージャーのシュウさんにナマ言うとかどういう了見だオラ。

 

 かなり要約したアインハルトの内心はこんな感じである。

 つまりどういう事かというと、シュウが思った以上に陰口を言われてた事に対してキレているのであった。

 

 

 アインハルトの中で、他人は「好き」か「嫌い」か、という2つに大きく分けられる。

「好き」な相手にならば幾ら行動を縛られても構わないし、寧ろ縛ってほしいという隷属願望すら持ち合わせるアインハルトであるが、それが「嫌い」な相手となると話は全く変わる。

 

 人を見ない(見ざる)話を聞かない(聞かざる)会話もしない(言わざる)。視界には入れるが、それだけ。

 そんな非常に淡白かつ差別的な対応を当たり前のように行え、そこに良心の呵責なんて物は存在しない。

 もちろんだが、処世術として表面を取り繕う事は出来る。だが、それは心の機敏に聡い人が見れば一発で見抜かれるような程度の脆い物だ。

 要するに、アインハルトは他人が思っているよりも自分勝手なのだという事だ。

 

 そして、ほぼ全ての初対面の人はアインハルトの「嫌い」な人に分類される。

「嫌い」な奴が「好き」な人の悪口を言っているのを聞いて、気分の良くなる人は居ないだろう。……それにしてもやりすぎだろ、とシュウは思っているが。

 

「俺は気にしてないから、だから機嫌直せ。な?」

 

「シュウさんは平気でも私がダメなんです。……もう全員張り倒して来ましょうか」

 

「マジで止めろ」

 

 だいぶ精神にキているらしい。アインハルトの目が据わっていて、ついでにハイライトが仕事を放棄し始めている。

 こんなアインハルトは久しぶりに見たな、と思いながらシュウが苦笑していると、そんな彼の肩が後ろから突っつかれた。

 

 はて、誰だろう、と振り向く。話し掛ける勇気が無いのか、同学年はおろかクラスメイトですら遠巻きに眺めているというのに。

 こんな事を思いながらシュウは行動を起こした勇者の姿を確認して、そして深い溜息をついた。

 

「……人の顔を見るなりそれかい?ちょっと失礼だと思わない?」

 

「失礼?お前相手に?バカ言うなよ」

 

「親しい仲にも、いや、親しい仲だからこそ礼儀が必要だと思わないかな」

 

 そこに居たのは、控えめに言ってイケメンだった。

 サラッと風に靡く短く切りそろえた金髪、碧色の目、柔和な笑み。その身からセレブリティなオーラを撒き散らす、まるで物語に語られる王子様のような出で立ち。

 アインハルトと同じく、やはり公立高校には相応しくない彼を見たシュウは更に肩を落とし、内心で(問題児が増えた)と思いつつも口を開く。

 

「じゃあ聞くけどな、俺がお前相手に礼節を尽くしたらどうするよ?」

 

「病院に叩き込む」

 

 コンマの合間もない即答であった。言った後にシュウの礼節を尽くした姿を想像したのか、ぶるりと体を震わせると抗議するような口調で彼は続ける。

 

「おーいやだ。想像したら鳥肌立っちゃったじゃん。一体全体、どう責任を取ってくれるのさ」

 

「勝手に想像したお前が悪い。そのまま風邪ひけ」

 

「なにおう!?」

 

「えっと、あの、シュウさん?この人は……」

 

 キレ気味のアインハルトが、放っておくと何時までもコレが続く事を察して会話に割り込む。すると、シュウはイケメン君を指差しながら言った。

 

「こいつはロイ。中学時代の俺の友人だ」

 

「どうも、ご紹介に預かったロイ・アーノイドです。ストラトスさんの話はシュウからよく聞いてるよ」

 

「ああ、貴方が……アインハルト・ストラトスです。シュウさんからは愉快な方と聞いています」

 

 表面上は穏やかな挨拶。しかし、その実はお互いの腹の探り合いだ。

 アインハルトは過去の経験(クラウスの記憶)から、自身に向けられたロイの笑みが張り付いた偽りの物であると察していたし、ロイもまた、アインハルトが自分を見ていない事を自分の観察眼で見抜いていた。

 

 双方の間になんとも言えない緊張感が漂うが、その空気を察知できない野次馬的には2人が見つめ合っているように見えるらしい。全く見当違いの予想を立てているのをシュウは聞いた。

 

「初日から胃が痛ぇ……」

 

 どうすんだよこの空気。

 そう思いながらシュウは一刻も早い教師の到着を祈る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私こと、高町ヴィヴィオはSt.ヒルデ魔法学院の、もうすぐで2年生に進級する中等科1年生。

 とっても強い、凄い、優しい、の三拍子が揃った2人のママと多くの友達に囲まれて、なんとかグレずに元気に育っています。

 

「はぁ……」

 

 そんな私ですが、今は少し考え事をしている最中。一向に答えの出ない問いに悪戦苦闘中です。

 

「ヴィヴィオー、さっきからどしたの?溜息ばっかりついてるけど」

 

「どうせまたシュウさん絡みだと思うけど……あっ、そうだ。私の家に屋上あるんだけど」

 

「寄らないよ?」

 

 サラッと失礼な事を言いつつ隙あらば魔窟へと誘うコロナ。一昨年までは普通だったのに、一体何が彼女をそこまで変えたのか?興味が無くはないけれど、そんな目に見えた地雷よりも目下の問題の方が大事なので華麗にスルー。私はまだ病院で栄養食を食べたくはないので、分かりきった地雷を踏み抜くなんて愚は犯さない。

 

「リオ〜コロナ〜助けてー」

 

「それは別に構わないけど、内容次第じゃ私たち役立たずだよ?」

 

「良いけど、後で同人誌の仕上げ手伝ってね」

 

「ヴィヴィオ、ガンバっ!」

 

「リオ、逃がさないからね?」

 

 お互いがお互いに地獄への片道切符を押し付ける醜い争いの最中に、ヴィヴィ×アイだけど構いませんねッ!?と無駄な火種を投げ込むコロナに殺意を抱きつつも、しかし誰かに相談出来る事に安堵する。やはり困った時は誰かに相談するのが一番だ。

 

「で、内容は?」

 

「うん。まあ大した事ある……というか、割と切実な問題なんだけどね」

 

 そこで一旦言葉を切って深呼吸。

 その動きで私の抱えた問題がマジなのを悟ったのか、リオとコロナの表情も自然と鋭くなるのが分かった。

 やっぱり、持つべきものは親身に接してくれる友人だと私は思う。

 

「アインハルトさん蹴落としてシュウさんの押し掛け女房になりたいんだけど、何か良い方法ない?」

 

「はい解散」

 

「お疲れー」

 

「ちょっ!?待って!待ってよ!!」

 

 何故だ。何故2人は「ダメだコイツ」みたいな目をしているのか。リオは兎も角、コロナにまでそんな目をされて私は普通に傷付き深い悲しみに包まれた。

 

「ヴィヴィオってさ、シュウさんが絡むと途端にポンコツになるよね」

 

「ちょっとリオ。まるで私が色ボケしてるみたいに言わないでよ」

 

「まるで、とか、みたい、じゃなくて本気でそうだから言ってるんだよ」

 

 解せない。

 

「それで、どうしたのさ。いきなりそんな事を言うなんて」

 

「現状維持でアインハルトさんに勝てる気がしないの」

 

 私がそう告白すると、2人は納得したような表情になった。その正直な反応に私は更に傷付き、オマケに想像を絶する悲しみが私を襲った。

 

「確かに今のヴィヴィオじゃアインハルトさんに勝つのは難しいよね」

 

「アインハルトさん、女の私から見てもお嫁さんに欲しいかもって思えるくらい魅力あるしね。ヴィヴィオじゃ厳しいかもね」

 

「ちょっとコロナ。今、何処を見て言った?」

 

「…………」

 

「おい、こっち向けよ」

 

 無言で顔を背けて私の糾弾の目線から逃れるコロナ。この同性愛論者、一瞬だけ私の胸見て言いやがった。

 一応私の名誉の為に言っておくが、別に私の胸は絶壁ではない。アインハルトさんが同じ歳だった時と同じくらいだ。そして大人モードを見れば分かるが、私の将来は約束されている。

 

 まあ、それは向こうも同じなんだけど……。

 

 相手と私の差は僅か2年。しかし、その2年が勝敗を大きく左右するのは想像に難くない。向こうは私より2年早くスタイルが完成する事を意味しているのだから。

 だが、女の魅力はスタイルだけじゃない。無論、あるに越したことはないけど、それだけが勝敗を分かつ絶対条件ではないのだ。

 才能の壁を努力で乗り越える事があるように、優位だった筈の状況がワンコンでひっくり返るように、✩︎1が高難易度イベを攻略するように、ドアンザクがワンチャン掴めばコスト3000を殴り倒せるように、どんな事も起こりうるのが勝負。一瞬の油断が命取りな世界だ。

 だから、時既に時間切れになる最後の瞬間まで私は諦めない。

 

「後半は何か違うような……?」

 

「間違ってないよ。結局私は、ワンチャンアレバカテルーっていうのを言いたい訳だし」

 

 この後、チャイムが鳴ってお開きになり、そのまま流れで有耶無耶にされたけど、私の心は相談前より晴れやかになっていた。

 

 やっぱり、持つべきものは友達だよね!

 

「じゃあ2人とも、行こうか」

 

「リオ、自慢の怪力でなんとかならない?」

 

「出来たらヴィヴィオだけ置いて逃げてる。けど、何故か今のコロナは私より力が強いんだよね」

 

「ちょっ!?コロナ!私これからシュウさんの所に行かなきゃいけないから離して!HA✩NA✩SE!!」

 

「暴れんなよ……暴れんな……」

 

 でも、同性愛論者は勘弁してね。




コマンドーな話『次元の壁をぶち破って原作vividを見た時の反応。リオ、コロナver』

「おお……コロナがまだ正気だった頃だ」

「あぁ^〜たまらねぇぜ」

「今はこんなだけどね……変な声出すの止めてくれない?なんか寒気がするから」

「ヴィヴィ×アイとかいいっすね^~」

「いい加減にしないと虎砲打ち込むよ?」

<待て!MA✩TTEアインハルト!?誤解だから!まだギリギリ何も起こってないから!!

<チッ。あと10秒。いや、5秒あればアクエリオン出来たのに……

<ヴィヴィオさん、遺言はそれで構いませんね?

<パンチングマシンで100とか普通に出すリアルモンクな私に喧嘩を売るとか……どうやらアインハルトさんは裏世界でひっそり幕を閉じたいみたいですね

<試してみますか?私だって元コマンドー(覇王)です

<やめて2人とも!俺の為に争わないでぇ!!

「向こうも向こうでカオスだし……はぁ、(胃が)壊れるなぁ……」


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08.壁抜けは執務官の嗜み(個人の感想です)

 父さん曰く、昔の人は地震親父と火事親父と雷親父を注意すべき災害として扱っていたらしい。

 あの何処か適当な事に定評のある父さんの言う事だから多分、というか絶対に何処か間違っているだろうけれど、まあそうらしいのだ。

 

 いきなりなんでそんな事を言い出したかというと、今俺は未曾有の災害に出くわしているからである。

 

 それも、先に挙げた3つの例なんて到底及びもしない、とびきりの天災に。

 

「…………」

 

「…………」

 

 彼女のメンポには大きく「罪」「殺」の二文字が刻まれている。その長い髪と共に風でたなびくマフラー、そして何故か所々赤黒い忍装束。

 その姿は色々と日本という物を勘違いしたミッドチルダ人がイメージする忍者のそれであった。

 

 彼女の名前はハンザイシャスレイヤー。ミッドチルダの街を、そして次元世界の安全を守る為に、ほぼ毎日犯罪者をちぎっては投げ、ちぎっては投げをリアルで繰り返している子供達のヒーローである。ちなみに得意技はパイルドライバーと、愛機バルディッシュのザンバーモードで行うケツバットの2つ。

 そんな彼女が活躍するドラマ『ハンザイシャスレイヤー フロムドラマテイツク』は水曜日の午後5時からミッド12チャンネルで絶賛放送中だ!!

 

 そんな、子供達に(何故か)人気のヒーローが、住宅地のド真ん中で誰の目線も気にする事なくパックの寿司を無言で食べているという、字面にしただけでも意味不明な状況に俺とアインハルトは遭遇していた。まさに未知との遭遇。

 

「……シュウさん」

 

「言うなアインハルト。引きずり込まれたいのか?」

 

 彼女は我が家の郵便受けの所に立っていた。そして顔がこっちを向いている。表情はメンポに隠れてよく分からないが、それはそれで構わない。というか分かりたくない。

 

 無言で彼女の()を通り抜けようとする。が、それは叶わず二の腕をグワシッと()()から掴まれた。

 ガシッではなく、グワシッというのがミソらしい。前にこの人からそれだけで3時間拘束されたから、何か特別なこだわりがあるのだろうが──

 

「……えっ」

 

 背後から?という疑問を持つ寸前、その思考を断ち切るように後ろから声が掛けられ、それを聞いた俺の動きが止まる。

 

「ドーモ、シュウ=サン。アインハルト=サン。ハンザイシャスレイヤーです」

 

 まず横を見て、そこにハンザイシャスレイヤーの忍装束と、それを纏っている彼女が居るのを確認する。まだ無言で寿司を食べていた。

 俺とアインハルトは顔を見合せると、そのまま同時にギギギ、とまるで壊れた機械のように振り向く。

 すると、そこに居たのはハンザイシャスレイヤーの中身(ヴィヴィオの母親の1人)。世間では、彼女の事をフェイト・T・ハラオウンと呼ぶらしい。

 ある意味で予想通りといえば予想通りだが、それが当たっても全く嬉しくないのは、きっと出来れば外れて欲しかったと俺が思っているからだろう。

 ……ていうか──

 

「「ア、アイエエエエエエ!?」」

 

 なんで2人に増えてんのさ

 

 

 

 

 

 

「…………はっ!?夢か……」

 

「ところがぎっちょん、夢じゃありません……ッ!これが、現実……ッ!!」

 

「ざわ……ざわ……」

 

 俺とアインハルトが()()()気絶している間にフェイトさんが俺達を運搬したらしい。表札が「レドイ」から「高町」へと変わっていた。

 ……マジで記憶が無いんだが、ナニカサレタのか?

 あとアインハルト、状況も把握してないのに条件反射でネタに走るのを止めてくれ。俺の腹筋に効く。

 

「……それで、俺とアインハルトを拉致ってどうするつもりですか」

 

「お泊まり会をします」

 

「「はぁ?」」

 

 十中八九ロクな事ではないだろうなと思いながらフェイトさんの真意を問い質すと、返ってきたのは意外とマトモな答えだった。

 ……この状況自体がマトモではないんだけども、こんな状況でもまだマシな方なのだ。

 

「説明は家の中で!さあ入るのだ、忍術学園1年は組の勇者達よ!!」

 

「また懐かしくて分かりにくいネタを……お邪魔しまーっす」

 

 俺が高町家の玄関を開けると、出迎えてくれたのは大人モードのヴィヴィオだった。

 ヴィヴィオはスリッパをパタパタ言わせて玄関マットの上に立つと、よく分からないポーズを取って言う。

 

「おかえりなさいませ旦那様!お風呂にします?ご飯にします?それとも……わ・た・し?

 なんて1度は言ってみたかったんですよ!あっ、でもシュウさんが望むなら、1度だけじゃなくて何度でも、どんな衣装でだってやりますよ!」

 

「ああ、うん。そうだな」

 

「ヴィヴィオさん……これは貴女の仕業ですか?」

 

 若干怒り顔のアインハルトに、しかしヴィヴィオはキョトンとした表情で相対する。その顔は、まるでどうしてアインハルトが怒っているかが分からない、とでも言いたげだった。

 

「えっ?なんの事ですか?」

 

「フェイトさんをけしかけた事に決まっているでしょう!!」

 

「いやいやいや、我が家の常識的に考えて下さいって。フェイトママを、私が、コントロール出来る訳がないでしょう?今回は寧ろ巻き込まれ側ですよ。

 自分のママをdisるのも嫌ですけど、フェイトママは私の知りうる誰よりもキチってますからね?」

 

「ああ……」

 

 それで納得出来てしまう時点で、今までフェイトさんが何をして来たかが推して知れる。

 次元世界広しといえども、犯罪者の捕縛にケツバットを採用する執務官は恐らく2人と居ないだろう。というか居て欲しくない。……抵抗しなくなるまでケツバットは普通に犯罪だと思います。

 そして、その捕縛方法の所為でケツバットが癖になってしまった犯罪者が多くて、取り調べ中に事あるごとにケツバットを要求されて頭を抱えているだなんていうティアナさんの愚痴も知らない。知らないったら知らない。

 

「ほら3人とも、話してないで早くリビング入って」

 

「……いつの間にリビングに移動したとか、靴を仕舞った音とかしなかったよなとか、色々言いたいことはあるけど、取り敢えず手を洗ってきても良いですかね?」

 

「どうぞー」

 

 フェイトさんはやはりフェイトさんだった。最近は姿を見てなかったから、俺の知らない間に更生しているかも、という僅かな希望もあったのだが……

 

「無いです」

 

「無いですねー」

 

「やっぱり?俺も言ってて無いわーって思ってたんだよな」

 

 治るどころか寧ろ酷くなっている辺りがフェイトさんクオリティ。今も尚、フェイトさんの進化(悪化)は止まらないという事らしい。成長を止めないと言えば聞こえはいいけども、やってる事が……うん。

 

「こんばんはシュウ君、アインハルトちゃん。ごめんねー、フェイトちゃんが急に暴走しちゃって」

 

「こんばんはー。いえ、父さんに比べたらフェイトさんのは、まだまだ優しいですよ」

 

「お久しぶりですなのはさん。シュウさんの言う通りですよ。この程度なら、まだ許容範囲内です」

 

 リビングに入ると、そこには「反省中」と書かれたホワイトボードを首に掛けて正座しているフェイトさんと、5人分の料理をテーブルに並べているなのはさんの姿があった。

 2人の力関係が一目で分かる状況と、後ろでジャンケンをしているアインハルトとヴィヴィオをスルーしつつ椅子へ座る。

 高町家には何故か、俺とアインハルト専用の食器が用意されている。これは度重なるフェイトさんの襲撃の所為で用意されるようになった物だ。

 

「よし勝った!第三部、完ッ!」

 

「私が……負けた……?」

 

 コロンビアしてるヴィヴィオと、見事なorzポーズのアインハルト。

 そして、その横で残像を出しながらセルフChooChooTRAINしているフェイトさん。そのフェイトさんに迷うこと無くアクセルシューターを叩きつけるなのはさん。

 なんだ、いつも通りだな!…………うん、マジでいつも通りだ。

 

「ほら皆、シュウ君が待ってるから早く座って」

 

『はーい』

 

 ヴィヴィオは俺の隣に、アインハルトは俺の前に、フェイトさんはアインハルトの隣に、なのはさんはヴィヴィオとフェイトさんの間に、それぞれ座った。

 

「さて、それじゃあ」

 

『いただきます』

 

 伊達に長年主婦をやってはいないらしく、なのはさんの料理はとても美味しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第何回?どきどきパジャマパーティー!イェーイ!」

 

「いぇーい」

 

 時は移ろって、もうそろそろ寝る時間に差し掛かろうかという時。

 あの後、俺とアインハルトは着替えが無い事を理由に(主にフェイトさんから)逃げ帰ろうとしたのだが、どういう訳か旅行用バッグに詰められた着替えを手渡されて逃げられなくなってしまった。

 あの時、「これで心配は無くなったね!」と笑うなのはさんの笑顔に「誰が逃がすか」と書かれていたように俺は思えた。

 

「……でも、パジャマパーティーって何すればいいんでしょう?」

 

「適当にお話してればいいんじゃね?」

 

「じゃあそうしましょうか。

 という訳で言い出しっぺのシュウさん!好みの女性のタイプとか、その他諸々を私たちに暴露プリーズ!」

 

「やけにテンション高いな……えーっと……」

 

 深夜テンションというのか、普段に比べてテンションアゲアゲなヴィヴィオに困惑しながら、好みの女性のタイプを想像してみる。

 

「「ごくり……」」

 

「うーん……そうだな、特に思い浮かばないなぁ」

 

 モヤモヤっとしたイメージはあるが、それが全く形にならない。そんな俺の、少し抜けた返答に2人がギャグ漫画のように肩を落とした。

 

「ええ……いやいや、もっとこう、何かありません?例えば金髪オッドアイの元気系美少女とか」

 

「やけに具体的だな……まあ惹かれる物はあるけど」

 

 モヤモヤっとしたイメージが、一瞬でヴィヴィオに変化する。今日見たなのはさんの行動に、大人になったヴィヴィオを重ねてみる。

 ……結構似合っている。

 

「マジですか!?よっしゃあ!!」

 

「シュ、シュウさん?元気系も悪くはないですが、やはり時代は常に貴方に付き従う良妻系オッドアイの寡黙な美少女ですよ。ね?」

 

「時代ってなんだよ……確かに、そっちにも惹かれるけども」

 

 今度はイメージがアインハルトに変化する。こっちもそれほど違和感は感じなかった。

 

「そうでしょう、そうでしょうとも。

 ところでシュウさん。そろそろ醤油が無くなりそうなので、明日の学校帰りにスーパーに寄って行きませんか?」

 

「あーそうだっけ?じゃあ買って帰らないとな」

 

「ぐぬぬ……」

 

 まだ買う物あったっけ、と冷蔵庫の中を思い浮かべていると、隣で寝ているヴィヴィオが呻いた。

 ちなみに今、俺達は床に3人分の布団を敷いて寝ている。アインハルトとヴィヴィオは俺に密着してくるから、実質使用されているのは一つだけだが。

 

「なんだ?いきなりどうしたよ」

 

「アインハルトさんばっかりズルい……私もシュウさんと、そんな夫婦みたいな会話したい。そしてイチャイチャしたい」

 

「どやぁ」

 

 ドヤ顔で煽るアインハルトに、またもぐぬぬと呻くヴィヴィオ。何とも言えず黙る俺。

 

 ピリリリリ ピリリリリ

 

 そんな微妙な空気を打ち破ったのは、俺の携帯端末から鳴る着信音だった。

 

「誰か取って。俺は両端固められてるから動けん」

 

「行きます!」

 

「させない!」

 

 2人が体のバネを利用して起き上がり、そのままビーチフラッグを取るが如く俺の端末目掛けて手を伸ばす。

 全く同じタイミングで手を伸ばした2人の勝敗を分けるのは、どちらが端末に近いかという純粋な距離の問題のみ。腕の長さという点ではアインハルトが勝り、距離ではヴィヴィオが勝る。

 

 2人の手が我先にと端末へ伸び、そして到達する。

 一瞬が永遠にも感じられたこの勝負(?)、勝ったのは……

 

 

「はいシュウ君。リンネちゃんからだって」

 

「あっ、どうもフェイトさん。……ん?」

 

「床に置いといたらダメだよ?誰が踏んじゃうかもしれないし」

 

「アッハイ、スイマセン」

 

 ……まさかの第三者(フェイトさん)だった。

 まさかの登場に固まったアインハルトとヴィヴィオを横目に、俺はやりきった感を出しているフェイトさんに問う。

 

「ところでフェイトさん」

 

「なにかな?」

 

「何処から入って来たんですか?扉は閉まってるんですけど」

 

 唯一の出入口である扉は、今は閉められているし開いた気配も無かった。

 完全な密室である筈のこの部屋に転移魔法も使わずに入れるのか?

 

「え?普通に壁抜けして入ったけど」

 

 入れるんです。フェイトさんなら入れちゃうんです。それも壁抜けとかいう、ゲームの中でしか出来なさそうな方法で。

 

「幽霊か何かですか貴女は……」

 

「幽霊の方がマシまでありますよ。なまじ生身の分、タチ悪いですし」

 

「やっぱり高町家の皆さんは何処かしらネジがぶっ飛んでますね……」

 

「人外筆頭のママ達と同類で括るとか、アインハルトさんは私に謝って?」

 

 

「ちょっと3人とも、私への当たりが酷くない?」

 

『酷くない』

 

 正当な評価だと思います。




おまけ的な話『次元の壁をぶち破って原作vividを見た時の反応。なのは、フェイトさんver』

「嘘……フェイトちゃんが真面目にママやってる……!?」

「なのはが私をどんな目で見ているのか、よーく分かったよ」

「でも実際、そう思われても仕方ない事をやってるよね?今回も壁抜けとか披露してるし」

「え?壁抜けは執務官の嗜みでしょ?」

「…………ティアナー?」

<知らないです。取り調べ中にケツバット要求してくる犯罪者も、気が付いたら私の執務室に壁抜け侵入してコーヒー飲んでるハラオウン執務官なんて知らないです。

<ティア!?しっかりして!

<かゆ、うま。ガクッ

<ティア?ティアーー!?

「ええ……(困惑)」


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特異点G:多重時空屈折都市海鳴〜Gudaguda Of Destiny〜①

ちょっとネタが思い付かないのでGOD編やります。ユーリは私のお気に入りキャラです(唐突な告白)


「んじゃあ、今日はここまでだな」

 

『ありがとうございましたー‼︎』

 

 いつものようにナカジマジムでの練習を終えた面々を見つつ、俺も帰り支度をする。

 時刻は午後の7時を回ろうかというところだ。夕飯は昨日のカレーがあるから、今日の所はそれで良いかな。

 

「じゃあノーヴェさん、俺も失礼しますね」

 

「おう、気をつけて帰れよー」

 

「分かってますって。フーカちゃんも、また明日な」

 

「押忍っ、お疲れ様です」

 

 もう閉まる間際だからか、ガランとしたジムの中に俺たちの声がやけに響いた。

 俺はノーヴェさんとフーカちゃんに一時の別れを告げ、先にジムの外で待つ2人の所まで急ぐ。入口では既にヴィヴィオとアインハルトが来た時と同じように制服姿で待っていた。

 

 この時間まで練習があった日は、1人では夜は危ないから俺とアインハルトがいつもヴィヴィオを家まで送っている。

 リオとコロナやミウラなんかは迎えが居るし、なのはさんとフェイトさんも迎えに来ようとしていたんだが、ヴィヴィオは俺と長い時間一緒に帰りたいという理由でそれを断っているのだ。

 断られた時に(´・ω・`)←こんな感じの表情をしたフェイトさんとなのはさんが、やけに記憶に残っている。

 

「悪い、待たせたか?」

 

「いえ、今来たところですよ。ねえヴィヴィオさん?」

 

「そうなんですけど……そのセリフは私が言おうと思ってたのに〜」

 

 人通りの多い大通りを歩きながら会話をする。やれ漢気溢れる女生徒がリオに壁ドンしただの、やれリオが女子に今月3回目の告白をされただの、やれリオが……あれ?リオの話しかしてなくない?

 

「それにしてもだ、もうすぐインターミドルなんだよな」

 

「まだもう少し先ですよ?」

 

「あっという間だろ?一年でも短く感じるんだ。ましてや数ヶ月程度なんて一瞬だよ」

 

「ああ、それ凄く分かります」

 

「そういうものなんですかねー。クリスは分かる?」

 

「……(首を左右に振る)」

 

 経験無いだろうか?一年を振り返ると、意外と短く感じられる事って。

 

 そんな感じでその後も取り留めのない会話を楽しみながら俺たちは橋を渡り、都市部を突っ切り、そして住宅街へと到着した。ここまで来れば高町家まではあと5分ほどで着く。

 

「もう終わりかぁ。あーあ、もっとシュウさんとお話ししたいなぁ」

 

「なら夏休みにでも泊まりに来れば良いだろ。歓迎するぞ」

 

「えっ⁉︎良いんですか‼︎」

 

「同棲前のアインハルトも同じ事やってたし。なあアインハルト?」

 

「……ええ、まあ」

 

「っしゃぁ!我が世の春が来た‼︎これで勝つる‼︎あ、アインハルトさんは後で高町家に伝わるOHANASI方法で──」

 

 苦虫を噛み潰したような表情のアインハルトにヴィヴィオは詰め寄ったが、それ以上ヴィヴィオは言葉を紡げなかった。

 

 何故か?その答えは簡単である。

 

 

 

「──え……?」

 

 

 

 

 

 耳元で風を切るような音がする。

 

 

「おいおい……なんだよコレ……⁉︎」

 

 

 

 

 

 足下にあった筈の地面の感触が無い。

 

「ここは……街の上空⁉︎」

 

 

 

 

 

 そして何より、眼前に広がる夜景。

 

 

 

 

 

 綺麗だなーなんて現実逃避気味に思う事しか、今の俺には出来なかった。

 

「え、えぇぇぇぇぇぇ⁉︎じゃなかった、アイエエエエエエ⁉︎」

 

「随分と余裕だなオイ⁉︎」

 

 俺たちが、夜空に投げ出されているからだ。

 

 

 

 

 09.突然ピンチに陥った時に人の本性は表れる

 

 

 

 

「シュウさん!これは絶対に「親方!空から女の子が!」な感じですよ!きっと天空の城が竜の巣の中に‼︎」

 

「シュウさん!これは絶対にニンジャの仕業ですよ‼︎私は詳しいんです‼︎」

 

 

「お前ら楽しんでるだろ⁉︎この状況をよぉ‼︎」

 

 

 急に空へと投げ出されるという珍体験を経験しても、なお平常運転な2人に思わず俺がそうツッコミを入れると、ヴィヴィオとアインハルトは不思議そうにその顔を見合わせた。

 

「たの、しんでる……?」

 

「私たちが……?」

 

「いやいやいや、そこでガチに困惑されても困るんだけど⁉︎」

 

 一歩間違えれば死ぬっていうのに、こんなにも俺と2人の間で意識の差があるなんて思わなかった……!

 ちなみにこの間、パラシュート無しのスカイダイビングは継続中である。

 

「畜生!こうなりゃヤケだ‼︎近くに、近くに人型の何か無いか⁉︎良い感じに摩擦熱とかで燃え尽きなさそうな奴‼︎」

 

「大気圏突入奥義でもする気なんですか⁉︎」

 

「違う!鉄血流の降下術だ‼︎」

 

「結局のところは同じじゃないですかー⁉︎やだー!」

 

「しかも此処大気圏内じゃないですかー‼︎」

 

 この会話中も高度はガンガン下がっている。このままだとマジで死ぬんじゃないかな。

 

「って、ふざけてる場合じゃないですよ!とりあえずティオ、浮遊制御を‼︎あとついでに認識阻害も‼︎」

 

「にゃにゃー!」

 

「クリスもお願い‼︎」

 

「……!(ビシッと敬礼)」

 

 急に落下速度が弱まった。どうやら飛行魔法を発動してくれたようだ。

 

「悪い、助かったアインハルト」

 

「いえいえ、シュウさんの為ですから」

 

「ぐぬぬ……好感度をまた稼がれた」

 

「ヴィヴィオもありがとな」

 

「いえいえいえ、シュウさんの為ならこれくらいはお安い御用ですよ!」

 

 ヴィヴィオは笑顔でそう言った後、その表情を真面目な物に変えて眼下の街を見た。凄い切り替わりだなと思いながら、それに釣られるように俺とアインハルトも街を見る。

 

「ここ、何処でしょう?」

 

「ミッドチルダ中央区ではないのは確かですね。街並みが少し違います」

 

「オーケー、クールだ。KOOLになれ俺……寒っ」

 

クール(cool)っていうか、コールド(cold)?」

 

「おかしいな……さっきまで季節は春に向かってる筈だったのに、何時の間にか真冬に逆戻りだ」

 

 アインハルトとヴィヴィオはバリアジャケットを展開していた。バリアジャケットには地味に温度調節機能が付いているので、2人はきっと寒くはない筈だ。

 俺?両腕は暖かいよ。アインハルトとヴィヴィオに抱き着かれてるし。でも、それ以外の箇所は、冬にしては薄着の俺には辛い物があるよ……。

 

「取り敢えず直前の行動を振り返ってみるか」

 

「さんせーい」

 

「もしかしたら、何か分かるかもしれませんからね」

 

 俺たちは極めて冷静に先ほどまでの行動を思い出す。浮かんだままで。

 

「高町家まであと少しの距離、住宅街の中を歩いていた俺たちは、気付いたら冬の夜空へと放り出されていた。眼下には見知らぬ街が広がってる」

 

「何かおかしな物を拾った訳でもなければ、ヒャア我慢できねぇ!と怪しいスイッチを押した訳でもない」

 

「でも、結果として私達は謎の場所でこうしてフワフワ浮いている……」

 

 ……ダメだ、全く分からん。手掛かりも何も無いし。

 

「何でもいいから、何か心当たりは無いか?ちなみに俺は無い」

 

「私もありませんね。ヴィヴィオさんは?」

 

「私もちょっと……あれー?もしかしたら……いや、でもまさか」

 

 浮かび続けること5分。俺の右腕にくっ付いているヴィヴィオは、何か思い当たるフシがあるらしかった。うんうん唸っている。

 

「心当たりがあるのか?」

 

「もしかしたら、ここって海鳴市の上空なんじゃないかなーって……」

 

「海鳴市?あの次元世界の特異点とかって異名で悪名高い、なのはさんの生まれ故郷の?」

 

 最近のミッドチルダの研究者の間で、今最も盛んに研究が行われている場所である。

 地球ではこれといって目立った場所では無いらしいが、海鳴市だけでオーバーSランクが2人生まれ、しかも地球滅亡の危機が2回も訪れたというなら、土地に何かあると考えるのは自然な事だと思う。

 ……こう考えると、海鳴ってマジの魔境だよなぁ。

 

「あ、悪名って……まあそれは良いです。とにかく結構前に一回だけ、こうして空を飛んだ事があって……その時と風景が似てるっていうか」

 

「では、仮に此処が海鳴市だとして、これからどうしましょう?」

 

「それなら心配無いですよ。もし此処が本当に海鳴市ならママの友達も居ますし、そこからはミッド直通のゲートが有るんです」

 

「なら安心……かな?まあ取り敢えず、なのはさんの友達の家まで行こうぜ」

 

「了解でーす。クリス、ナビゲートお願いね」

 

「ティオ、クリスさんのお手伝いを」

 

「……!(再び敬礼)」

 

「にゃー」

 

 目的が無いよりはあった方が良いだろう。まだ此処が海鳴市だという保証は無いけど。

 やけに密着してくる2人にそう言って、一つの塊となった俺たちはゆっくりと空を移動し始める。

 

「それにしても、一体どうしてこうなったんだろうな」

 

「世界ふしぎ発見ですね」

 

「シュウさん、クリスタルヴィヴィオちゃんいります?それとも探検家ヴィヴィオちゃんの方が欲しいですか?」

 

「夜中に動き出しそうな気がするから両方いらない。……にしても変だな」

 

「何がですか?」

 

 俺には、さっきから一つ気になっている事があった。ずっと視界に入っていたそれに俺は目線を動かして言う。

 

「管理外世界って、基本的に魔導師は常駐しないだろ?」

 

「ええ。その筈ですけど」

 

「なら如何して、向こうに魔法の光が見えるんだ?」

 

「「へっ?」」

 

 俺にはハッキリと見える。ピンク色のごんぶとビームと真っ赤なごんぶとビームが交差し、幾つもの光が付いたり消えたりしているのを。

 

「うーん、私には見えないですけど。アインハルトさんは?」

 

「私にも見えないですけど……でもシュウさんはマジでニンジャ視力持ちなので、常人では見えない距離の物が見えても仕方ないですね」

 

「あれは……彗星かな?……いや、違うか。彗星はもっと、バーッて動くもんな……」

 

「シュ、シュウさんが精神崩壊を引き起こしかけています⁉︎一体何を見たんですか⁉︎」

 

「しっかりしてシュウさん⁉︎と、取り敢えず近くのビルの屋上に着地しましょう‼︎」

 

 だってよ……ピンク色のごんぶとビームなんだぜ?

 

 

 

 

 

 

「……クリスの探知範囲を広げた所、シュウさんの言った場所に魔力反応が2つ、確かに確認されました」

 

 何処かのビルの屋上に着地した俺たちは、これからどうするかを考えていた。

 

「やっぱりそうだろ?」

 

「そうなんですけど……一応観測機でもあるクリスの索敵範囲と生身の人の視力が同じくらいって……」

 

 少し引きつった笑みのヴィヴィオの肩の上ではクリスが落ち込んでいる。

 去年の話だが、クリスはヴィヴィオの意向で観測機の機能が付け加えられている。これは試合で相手の動きを記録するのに使うのだとか。

 記録したデータをどう利用するかは……今は口を閉ざす。いずれ分かるさ、いずれな。

 

 まあとにかくだ、観測機としての機能が生身の人間に遅れを取った事にクリスは落ち込んでいるのだろう……けど、忘れてないか?

 

「ヴィヴィオ、フェイトさんがああなった元凶が俺の両親なのは知ってるよな?」

 

「いきなり何ですか?確かに酔ったフェイトママから散々聞かされましたけど……」

 

「壁抜けを伝授したのは俺の母さんで、父さんはドゥエリスト兼デュエリストだ。ケツワープだって出来る。

 その事実を踏まえて冷静に考えろ。バグ2人から産まれた息子の俺がマトモだとでも?」

 

「あっ、すっごい納得」

 

 そういう点では、俺は立派に両親の子供である。……いやホント、マジで身体能力が常軌を逸してるんだよ。それこそニンジャみたいな事が出来るくらいに。壁走り?余裕。水の上を走る?やろうと思えば。空中で身を捻って攻撃を躱す、相手の攻撃の上を走るetc…etc…

 周囲は魔力さえ有れば、とか言っているが、俺としては寧ろ無くて良かったとさえ思っている。有ると絶対調子に乗ってた。

 

 バグからはバグしか産まれないんだ、という事を俺が証明したカタチだ。

 

「だからクリスが気に病む事は何も無いんだ」

 

「此処で喜ぶべきなのは、観測機とシュウさんが同列だった事では?」

 

 良く分かってるじゃないかアインハルト。流石はチームナカジマのリーダーだ!

 

「や め て く だ さ い」

 

「あれ、声に出してた?」

 

「夫の考える事を妻が読み取るのは当然の事ですから」

 

「おいィ?ちょっとアインハルトさん、なに雌の顔してシュウさんに擦り寄ってんですか?」

 

 左からアインハルトが、それに対抗するように右からヴィヴィオが、それぞれ抱き付いてきた。今は2人とも大人モード(片方は必要なのか大いに疑問だが)なので、身体のスタイルがヤバい。青少年のなんかが危ない感じだ。

 

「おい2人とも。今が非常事態だって分かってんのか?」

 

「非常事態だからこそ、普段通りの行動をして平静を保つんですよ」

 

「だからシュウさん、キスしましょう」

 

「アインハルトはともかく、ヴィヴィオは意味不明すぎない?」

 

 だからそんなに顔を近付けるなって。あっこら、やめ……




おまけ

「フーちゃん?急に包丁なんか研いでどうしたの?」

「作者の奴を血祭りにするんじゃ……あのウサギ、わしの話を書くたびにボツにして別の話を完成させやがって。偶には本腰入れてわしの話を完成させろよ!」

「えっと……落ち着いて、ね?」

「リンネには分からんやろなぁ!リメイク前でも二話も貰えとったリンネには、一話も無くリメイクされて、それでもなお話が用意されない、わしの気持ちは……分からんやろ……?」

「そ、そんな事は……」

「正直に、言って、良いんじゃよ?」

「ごめん、分からない」

「ちくしょー‼︎」


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特異点G:多重時空屈折都市海鳴〜Gudaguda Of Destiny〜②

私になぁ、シリアスなんてなぁ、書けるわきゃねえだろォォォォ!!


「これからどうしましょう?」

 

 たんこぶを頭に作ったヴィヴィオ、俺、そしてアインハルトは、現在突き付けられている問題に頭を悩ませていた。

 

「どうもこうも……なんとかして帰るしかないだろ」

 

 あれから少し時が経ち、その間に俺達は1度下の街に降りて情報を集めていた。

 その結果分かったのだが

 ・どうやら此処は地球の日本の海鳴で合っているらしい。道行く人々は皆が日本語を使っていたし、標識にもそう書いてある。

 ・しかし年号が一致しない。何故か時間が巻き戻っていた。具体的に言うと16年くらい。

 ・その他の情報は一切無し。なぜ魔法の使用が禁止されている管理外世界である筈の地球で魔法戦が始まったかの理由も不明。

 ・つまり、今シュウさんの御両親に顔繋ぎをしておけば許婚の可能性がワンチャン……?

 

 ……最後のはヴィヴィオの戯言だ。

 まあつまるところ、俺達は時間旅行という、マジカルに見えて割とロジカルな魔法が発達した世の中でも体験できない出来事を経験した事になる。……この現状を額面通りに受け取れば、であるが。

 

 常識的に考えればこんな事はありえない。テレビ番組のドッキリ企画だと考えた方が遥かに筋が通る。 はやてさん辺りなら「面白そうだから」という理由で何の説明もなくやりかねないし。

 貴方は時間旅行をしました。と言われて、はいそうですか。と言えるほど俺の常識は狂ってはいないのだ。

 

「待ってくださいシュウさん。それだとさっきまではしゃいでいたヴィヴィオさんの頭がおかしいみたいで……ああ、元からでしたか」

 

「おいィ?アインハルトさん?なぜ自分の事を棚上げワッショイしながら流れるように私だけdisってんですかね?」

 

「仕様です」

 

「仕様ですかぁ、そっかあ……」

 

 あっはっはっはっはっ

 白々しい笑い声がシンクロし、一瞬の後に2人は動いた。

 

「「ファイッ!!」」

 

「落ち着けおまえら」

 

 スッと同時にファイティングポーズを取る2人を宥めつつ頭を使うが、しかし現状を打開する策などそう簡単に出て来る筈もなく、思わず頭を抱えてしまう。

 

「ていうかだな、お前らも案を出せ案を。なんでもいいから」

 

「つぶですか?こしですか?」

 

「誰がアンパンを出せと言った」

 

 恐らくコンビニで買ってきたであろうアンパンを2つ持ちながらアインハルトは言う。こっちの通貨はどう用意したのか──と思ったが、先ほどアインハルトがガラの悪いお兄さん達に絡まれていたのを思い出した。こいつカツアゲしてやがる。

 

「いえいえ、そんな物騒な事はしませんよ。ただ皆さんがお金を献上してくれるというので受け取っただけでしてね?」

 

「むぐむぐ……物は言いようですよね、本当に」

 

「食うの早っ!?」

 

 ちょうど小腹がこう、いい感じに空いてまして……。と言いながらもアンパンを齧る事を止めないヴィヴィオを見ていると、なんだか俺までお腹が減ってきた。

 

「つぶですか?こしですか?それとも私?」

 

 さっきとほぼ変わらないセリフで俺の前にアンパン2つを差し出してくるアインハルトと、高速でムシャムシャしてるヴィヴィオとで目が動く。

 

「……つぶで」

 

 多少迷ったが空腹には勝てなかったよ……でも仕方ない。だって夕飯食ってないから。

 名も知らぬお兄さん達よ、すまんな。

 

 

 

 10.産地チェック

 

 

 

 今俺達は、生まれて初めて『トラックにぶん殴られて神様転生するような』衝撃を味わっていた。

 

 俺も、アインハルトも、そして誰よりヴィヴィオが、呆然とした表情で膝を着いている。その横を見ると、クリスとティオも似たような感じだ。

 

「んな、馬鹿な……!?」

 

「こんな、事……有り得る筈が……!」

 

「嘘、嘘だよ…………だって、こんなのって、無いよ……!!」

 

「……、……!(目を擦ってマジマジと確認し、首を左右にブンブン振る)」

 

「にゃー!ファッ!?」

 

 過呼吸気味な俺達の口から辛うじて出たのは、そんな現実を否定する声。しかし、幾ら口で否定しようとも、それは変わることのない"事実"としてそこに聳え立っていた。

 

「あ、あの……」

 

「クソッタレ!ドッキリ企画にしちゃあ冗談が過ぎるぜ……!」

 

「これがあの人……!?じゃあ私達が知ってるあの人は誰ですか!?」

 

「たった一つ、たった一つのボタンの掛け違えで、こんな事になるなんてッッッ……!!」

 

 やっと頼れそうな人に会えた安心からか、それとも認めたくない現実をシャットアウトする為に防衛本能が仕事をしたのかは分からないが、とにかく薄れゆく意識の中で俺はあの人の顔を見た。それはやはり、昔見せられた写真に写っていたあの人と寸分違わぬ顔で、それが余計に絶望を加速させていく。

 

 俺は、いや、俺達は決して信じないだろう。

 

「ねえアルフ。こういう時、どういう反応をすれば良いのか分からないんだけど」

 

「取り敢えず怒れば良いんじゃないかい?」

 

 こんなマジメな人がフェイト・T・ハラオウンだなんて、そんな残酷な事実が信じられる筈がなかった。

 

 

 

 ──なんて事があったのが、大体6時間くらい前であるらしい。俺達はイケメンからショタにチェンジしたクロノさんの説明を聞きながら、自分が何処か別の世界に来てしまった事をなんとなく察していた。

 

「それで調べた結果だが……残念ながら、時空管理局に君の言うレドイ夫妻は()()()()()()()

 

「……そう、ですか……」

 

 なにせ、コレである。

 だって俺の知るフェイトさんの話が正しいのなら、かつて発生した闇の書事件の時には既に染まっていたのだ。そして、今は闇の書事件の後だという。さっき見たフェイトさんのマジメさと合わせれば、それはつまり……そういう事だろう。

 

「シュウさん……」

 

 アインハルトとヴィヴィオが目を伏せている。なんか珍しい。

 コイツらもコイツらで生まれにかなり複雑な事情を抱えているし、それが今の俺に何かシンパシーを感じたのかもしれない。

 

「気にすんなって。確かにこの世界に俺は、両親は居ないかもしれないけど、でも俺はここに居るだろ?シュウ・レドイは実在する人物なんだって、お前達は知ってるだろ?」

 

「それはそうですが、しかし!」

 

「しかしも案山子もねーよ。此処はそういう世界だった。それだけの話だ」

 

 ある意味では世界から自己の存在を否定された俺であるけれど、でもそれが可笑しくて仕方がなかった。たった一つの家族が居ないだけで世界はこうも変わる。その変わりようが、俺にはたまらなく面白いのだ。

 そして同時に確信も抱く。

 

 

 やっぱ俺の両親って頭おかしいわ

 

 

 何をどうしたら、あんな生真面目を地で行くフェイトさんをハンザイシャスレイヤーに変える事が出来るのだろうか。疑念は絶えない。洗脳とかしたんじゃなかろうな。

 

 今頃は何をしているだろう。まだ遺跡の中をさまよっているのか、それとも地球めぐりの旅の最中か。

 そういえば、前回家を出る前に「パンツァーフォー!」とか言ってた記憶があるから、もしかするとまたサブカルにドハマリしているのかもしれない。大して信じないで送り出した両親が、予想通りサブカルダブルピースなビデオレターを送ってくるなんて……なんだ、いつもの両親か。

 

「……強いんだな」

 

「良い隣人に出会えましたから」

 

 本当に、これに尽きる。なのはさんを筆頭とした元機動六課の面々や、ナカジマジムのチームメイトとノーヴェさんを含めたスタッフの皆さん。聖王教会の職員さんや、インターミドル上位陣の人達。そして忘れちゃいけないベルリネッタ家の皆さん。

 ざっと挙げただけで、これ程の人が俺を支えてくれている。だから前を向けるし、笑っていられる。

 

 両親?アレはほら、中1の男女を放置して仕事に行くような畜生だから。

 普段リンネに要らんことばっかり教えて愉しんでるリンネの義父であり、父さんの長年の悪友であるダンさんですら「お前それはねーよ」と苦言を呈し、両親を師匠と呼び慕うフェイトさんも「何やってんのあの人達」とか若干キレ気味に言うレベルだから……。

 

 あの両親から学んだのは理不尽への耐性かな、うん。

 思い返す度に考えるのだが、これって訴えたら勝てるんじゃねーの。やらないけど。

 

 

 あれ?俺の両親が居ない世界って、それはつまり、ある意味で凄く平和って事じゃね?

 

 だってアレでしょ?ジェイル・スカリエッティの《アーッ!》にザンバーをぶち込む執務官の姿は無いんだろ?もっと真面目に戦闘するって事だよな?

 

「女の犯罪者は顔を殴るかケツバット。男の犯罪者は股間を潰すか《アーッ!》に長物をぶち込むかすれば容易に逮捕できる。またはケツバット」とか宣うマジキチ執務官も居ないんだろ?

 

「苦労、してるんだな……」

 

「慣れました」

 

 適応力が無ければあの世界では生き残れない。でも他の世界にはそんな適応力は必要ない。

 つまり、俺の両親の所為で世界がハードモード。

 

 そんな悲しい現実を知った、異世界で迎える初めての朝だった。

 

 

 

 

 

 

「待てよ。となると、ヴィヴィオやアインハルトって一体どうなってるんだ?」

 

 場所は変わって食堂。俺達が居るのは、ジェイル・スカリエッティ事件で一躍有名になった戦艦アースラであるという。

 

 戦艦として役目を終えて解体待ちであったこの船を、はやてさんはどんな手段を使ってか臨時の拠点として持ち出して来た。しかし、長年の無理が祟ったのか事件の後に自沈した。というエピソードから、世間一般からは「過労死した社畜戦艦の鑑」として認識されるという、或る意味で不名誉すぎる有名であるが。

 

 そして、「あんな老戦艦に鞭打つとか、管理局は畜生共の集まりかな?」というジェイル・スカリエッティの発言から、意外にも彼の根が優しい事を象徴するエピソードとしても知られている。

 

 そんな過労死戦艦アースラの、貴重な現役時代であるというのだ。俺たち未来人としては、これからアースラに訪れるであろう悲劇に涙を禁じ得ない。

 

「どう、とは?」

 

「ヴィヴィオもアインハルトも、なんか俺の所為で頭のネジを落としてるみたいだけど、俺が居ないって事は落ちるネジも落ちないって事だよな。いや、でもお前達なら自力でワンチャン……?」

 

「時々シュウさんってナチュラルに失礼なこと言いますよね」

 

「まあシュウさんですし。でもそこが素敵……!」

 

 俺からすれば事あるごとにアホ発言をぶちかますアインハルトとヴィヴィオがデフォなので、違う性格をあまり想像できなかったりする。出来なくはないが、違和感が半端ない。

 

「まあ時間が時間だから会う事もないし、真相は時空の闇の中なんだろうけどな」

 

「……それについてなんだが」

 

 隣で黙々と食べ進めていたクロノさんが此処で口を開いた。

 

「昨日、君達と接触した後にもう一人のヴィヴィオ君とアインハルト君に接触したんだ」

 

「おっ?」

 

「最初は闇の欠片かと思ったんだが、話してみるとどうも違うらしくてね。結局逃げられてしまったから今は行方を追っているが……」

 

 闇の欠片とやらが何なのかは知らないが、とにかくヴィヴィオとアインハルトも居るらしい。……フラグの回収早くね?立ててから10秒も経ってないぞ。

 

「シュウさんは居ましたか?もし私達が知ってる私達なら、シュウさんを放置して逃げるなんて事は決してしないのですが」

 

「…………」

 

 その沈黙こそが答えと言うべきだろう。それを察したアインハルトは「そうでしたか……」と言って食事に戻る。

 

「それとあと一人、恐らくは君達と同じケースであろう人物とも接触していたんだが……この人物に見覚えはあるか?」

 

 表示された画像を見た俺達は、口から物を吹き出さないように必死に堪えた。

 

「ケホッ、ケホッ……シュウさん、この人って」

 

「ウッソだろお前……」

 

「よりによってこの人かぁ……たまげたなぁ」

 

「知っているのか?」

 

「ええ。なにせコイツは……」

 

 そこに写っていたのは、俺の知る彼より幾分か禍々しい姿であるが、しかし紛れもなく彼だと分かる人。

 ロリはいいぞ。とばかり言う彼の名は"紳士"のトーマ。またの名を──

 

「筋金入りの紳士ですから」

 

 ──ロリコン




おまけ

前回のあらすじ:荒ぶるフーカ

「フーカはまだマシだろ……」

「会長……?」

「私を見ろ。ナカジマジムの様子が描写されない、または人数調整の都合で常に省かれている私の姿を」

「会長、体が、透けて……?」

「フーカ、お前は私達(空気)のようにはなるなぁーー!!」

「か、会長ーー!!……また世界が奪った。わしの家族を、わしの出番を!」

「フーちゃんがご乱心してる……」


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特異点G:多重時空屈折都市海鳴〜Gudaguda Of Destiny〜③

「なあリリィ。これから俺達ってどうなると思う?」

 

 太陽が昇りきり、人の営みが活発になり始めた頃。何処か別の場所で風評被害を受けている彼、トーマ・アヴェニールは自身が置かれた状況に漸くの理解を得ていた。

 

 日常を過ごしていたら突如訪れた非日常。しかしそれは、彼の知るフッケバインの仕業などではなく、もっと別の誰かの仕業であるらしい。

 

 曰く、突然に飛ばされたこの世界は、自分が暮らしていた時間軸の凡そ16年前である事。

 それを聞いた時、トーマは人知れず納得していた。なら彼の知る、未来の八神部隊長があんなに小さかった理由に説明がつくからである。……別に未来でも小さいとか言ってはいけない。

 最近のデバイスは高性能化が進んでいて、滞在時間軸の年号まで把握する事も出来たからこそ掴めた情報であった。シュウ達がやったように自分の居た時間軸の年号を覚えておいて、そして地球の西暦を新暦に置き換えても特定は可能であるが、非効率的だし正直めんどくさい。

 

「分からないけど……でも、きっとなんとかなるよ!」

 

 そんな相方の前向きな言葉に励まされる辺り、どうやら自分でも知らない内に思考がマイナスに寄っていたようである。トーマは自分の頬を両手でピシャリと叩いた。

 

「だよな……なんとかなるよな!」

 

 トーマはそうやって自身を鼓舞させると改めて前を見据えた。そこには彼の知る、しかし何処か幼い協力者の姿。

 

「そうだよ!なんとかなるって!ねっ、アインハルトさん!」

 

「ええ、きっと」

 

 ──その名を、ヴィヴィオとアインハルト

 

 シュウの知る彼女達とは別次元の真面目な方である。

 その真面目さ、そしてピュアさたるや、恐らく相対した別次元の本人すら浄化しかねないくらいピュアッピュアであった。

 

 そんな彼女達もトーマと、そしてシュウ達と同じようなケースで過去の世界に飛ばされて来た被害者。

 犯人を見つけ次第8割殺しでボコる、と殺意を漲らせている別次元の彼女達ほどではないが、今回の一件の犯人にはそれなりに文句を言ってやろうと思っている程度には、この2人もイラッと来ているようである。

 

「でも、盛り上がった所で解決策が出てくる筈もないし……」

 

「銀十字の検索待ちだね。こればっかりは仕方ないよ」

 

 グーグル先生でも分からないような答えが銀十字の書にあるとは思えないが、それでも一途の望みは其処にある。

 良いにしろ悪いにしろ、結果が出るまではヒマだなー。……なんて思ったのがフラグだったのだろうか。

 

「(!!)」

 

「にゃッ!」

 

「転送反応確認。脅威判定7体」

 

 全デバイスが近寄る誰かに反応した。その数なんと7。

 

「7!?」

 

「一体誰が……」

 

「トーマ!あれって……!?」

 

 リリィが指さした方を見た3人は、迫り来るピンク色を見て大なり小なり顔が引きつった。コレだけで誰が来たのか分かる辺り、別の未来でも彼女は砲撃の代名詞であるらしい。

 

「さ、散開ーー!!」

 

 3人は即座にデバイスを展開して飛び退いた。そして一瞬の内にピンク色に飲み込まれた屋上を見て更に顔が引きつる。

 

「よ、容赦が欠片も無い……」

 

 手加減?なにそれ。と言わんばかりの全力砲撃は、未来で管理局のガンダムと呼ばれる彼女の片鱗をひしひしと感じさせる物であった。

 

 戦慄する彼らの前に一人、代表するように向かってくる者がいた。幼きフェイトである。

 

「……トーマ・アヴェニールさんですね?」

 

 自然とトーマの顔が引き締まった。

 トーマの現在の年齢は15。正しい時間軸では彼はまだ産まれてすらいない。しかし、フェイトは彼がトーマだという確信を持っているようであった。それはつまり、彼を知っている人間が管理局に組みしている事に他ならない。

 

「……はい。トーマ・アヴェニールは確かに俺です」

 

 逃げても無駄だろう。此処で波風を立てるより、その後の関係を良くしておく方が大事だ。

 そう考えたトーマは、あっさりと抵抗を諦めた。

 

 別に、なのは、フェイト、はやて+ヴォルケンリッターという北斗七星を見て諦めた訳ではない。そんな事実は断じてない。手が震えてるのも気の所為だし、足が震えてるのは武者震いだ。

 リリィが心配するレベルでガクブルしているが、それも全て、目の錯覚なのだ。

 

 

 

 11.薄い壁1枚でも隔てると人は違う。

 

 

 

 可能性が無い、なんて言えなかった。

 

 別次元のヴィヴィオやアインハルトの存在だって確認されていたんだ。もしかするともしかする可能性だって、そりゃあるだろう。

 

 どちらかと言えば俺の知るあのトーマの方が異端なのかもしれない。

 

 でも、それでも認められないのは……俺がまだ現実を現実として認識する事を拒んでいるからか。フェイトさんの時もそうだったから、俺は自分が思っている以上に頭が固いのかもしれない。

 

「つまり?」

 

「トーマが常識人とか認められんなぁ!」

 

「ええっ!?」

 

 相方のリリィさん(誰だこの人)曰く、生真面目な少年であるらしいトーマが驚愕の声を挙げた。

 

 この大部屋には、正しい時間軸に本来は存在しない人……言ってしまえば未来人が集められている。

 

 そこで俺は、ようやく別次元のヴィヴィオとアインハルトをまじまじと観察する事が出来たのだが、それで分かった事が一つある。

 

 

 

 この娘たち、メッチャいい子なんだけど。

 

 

 

 相対した本人達が浄化されかかってたくらいだし、相当にいい子だ。

 

 それに対して俺の知るヴィヴィオとアインハルト。

 

「コォォォォォォ…………!」

 

「ホォォォォォォ…………!」

 

 何かの儀式かな?と思いたくなるような謎の動きで互いを牽制しあっていた。実際、場所が場所なら何か怪しい儀式だと言われても否定できない凄みが2人の動作から溢れている。

 端的に言えば、正気を失っているとしか思えないような、そして見る者を片っ端から呪いそうな、そんな感じだ。

 

 

 なぁにこれぇ。元は同一人物の筈なのに、なぁにこれぇ?

 

「な、何をどうしたら、こんな事に……?」

 

「(絶句)」

 

「なあリリィ。この人達、本当にヴィヴィオとアインハルト……なんだよな?」

 

「た、多分……少なくとも見た目はそうだけど」

 

 そんな彼女達に、俺が告げるのはたった一言。

 

「チェンジで」

 

「ちょっとー!?」

 

「やはりシュウさんはロリ好きなんですね……!」

 

「どうしてそうなる」

 

 やはりとはなんだやはりとは。お前達の中で俺はロリ好き認定されているのか?だとしたら心外だ。

 

 それにしても、産地の違いがここまで露骨に表れるとは思わなかった。やはり(フェイトさん)が悪いのか……?

 

「……そろそろ話を戻して良いか?」

 

「どうぞ。このバカ2人にお構いなく」

 

「「えっ」」

 

「そうさせてもらおう。……それで、君達が時間移動をした原因、というか犯人だが……」

 

 構っていると日が暮れそうな2人は放置してクロノさんが話を戻す。あれ、そもそもなんで話が逸れたんだっけ。思い出せん。

 

「彼女はこのアースラ内部に居る。……なのは、フェイト。そこの2人にバインドを」

 

 儀式を止めて突然走り出したヴィヴィオとアインハルトをバインドがぐるぐる巻きにして拘束した。バタリと倒れてもまだ動こうとしている。その姿に、俺は打ち上げられた魚を連想した。

 そうだ。無事に帰ったら翌日の夕飯は刺身にしよう。

 

「離してなのはママ!そいつ殺せない!!」

 

「殺しちゃダメだよ!?っていうかママってどういう事!?」

 

「くっ、殺せ!」

 

「遊ぶなアインハルト。フェイトさん……?が困ってるだろ」

 

「なんで疑問形なのかな?」

 

 俺が貴女の事をまだフェイトさんだと認められないからです。

 なんて言えないので、適当に笑って誤魔化す。ハンザイシャスレイヤーの業は深い(確信)

 

「居るんだが……ええい、縛られても芋虫みたいに這って進もうとするんじゃない。シュウ君、だったか。すまないが彼女達を抑えておいて欲しい」

 

「了解でーす」

 

 ぐいっと腹の辺りを持ち上げて肩に担ぐ。

 

「血が!頭に血がぁ!」

 

「お腹いっぱいにシュウさんのヌクモリティを感じる暇もないくらいヤバぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「事情は君達から彼女に聞いた方が良いだろう。その方が納得もしやすいだろうしね」

 

「Hey!そこのboys&girl's!少しくらい私達にツッコミを入れても良いんじゃないかな!?」

 

 ヴィヴィオが何か喚いているような気がするが、誰も気にしていないし気の所為だな。

 

「こ、これが私……?」

 

「アインハルトさんや私の顔と声から想像もつかないようなセリフばっかり……」

 

 ヴィヴィオ(小)とアインハルト(小)がドン引いていた。そりゃそうだ、という感情しか出てこない。こんなの見たら、まあ、ねぇ……?

 

「む、私が私を見つめる目に、何か残念な人を見るような物が含まれてますね!」

 

「そりゃそうだろ。実際お前達って残念な人だし……」

 

「わーおセメント。私、涙いいですかね?」

 

 濡らすわー、涙で枕濡らすわー。とか言ってるヴィヴィオをスルーしながら、俺は硬直したままの別次元組にこの2人のストッパーとして一言。

 

「言いたい事はあるだろうけど……慣れてくれ」

 

「……はい」

 

 

 

「ところで、私が私を見つめるって、なんか哲学みたいですよね」

 

「鏡でも見てろ」

 

 

 

 

 

 

 

「「覚悟ォーーーーー!!」」

 

「なのは、フェイト」

 

 場所は変わって艦内のとある一室。そこに居たピンク髪に飛び掛ったヴィヴィオとアインハルトは、まるでギャグかコントのようにバインドで縛られて地面に引き摺り倒された。

 この短時間で別次元組に「まあ、そうなるな」とスルーされる程度には繰り返された行動である。

 

 しかし、ピンク髪には未知の行動であったらしい。……当然か。見知らぬ人から出会い頭に飛び掛られるのに慣れてる人とか居ないだろうし。居たら怖いわ。

 

「えっ!?ちょっと、一体何よ!?」

 

「君が引き起こした時間移動の被害者達だ」

 

「そこの椅子で寛いでる淫乱ピンク女ァ!!」

 

「生きたまま生皮を剥がされたくなければ!」

 

「「私達が未来に帰る方法!」」

 

「「教えてくださーい!」」

 

 俺を除く全員がそう言ってピンク髪の女性に詰め寄る。詰め寄られた側は顔を引き攣らせ、そして涙目でクロノさんに助けを求めた。しかし、クロノさんは首を左右に振って「諦めろ」とジェスチャー。俺としても帰る方法は知りたいので、特に何も言わずに見守る。

 

「あー、えっとねぇ……その、ひっじょーに申し訳ないとは思うんだけど……私1人ではどうにも出来ないというか、なんというか……」

 

 ……ほほう。

 

「ちなみに、平行世界への渡航技術とかは有ったりするんですか?」

 

「へ?何それ、私そんなの知らないわよ?」

 

 ……ほほう。ほほーう。

 

裁判長(シュウさん)、判決は?」

 

「殺したくはなかったけど、最早やむを得ないな。殺せ」

 

「やめないか!」

 

 クロノさん渾身のツッコミが光る。その輝きたるや、俺の視界に星が瞬くほどであった。

 

「って、なんでいきなりS2Uでマジ殴りしてくるんですか!?」

 

「君達相手に手加減は無意味だと判断したんでね、申し訳ないが手荒に行かせてもらうよ」

 

 達って、ひょっとしなくても俺も含まれてる……?

 いや、区分的には正しいんだけど、でもなんだろう……この言いようもない感覚は。

 

「それはきっと恋ですね」

 

「変の間違いだろ」




おまけ

前回のあらすじ:ノーヴェ会長がE・HEROエアーマンになった。

「こうなったら、此処で一旗挙げるしかない!」

(あ、このミカン美味しい)

「リンネ!同じハブられた者同士、放課後あとがき同盟として共に行こう!」

「んー」

「本編とは独立した屋根裏の不思議空間……名付けてラビット道場!」

「んー」

「さあ行くぞリンネ!自分の出番は、自分で掴む!」

「いや、私は出番内定してるから」

「ゑ?」

「一章丸々主人公やるんだって」

「……………………」


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特異点G:多重時空屈折都市海鳴〜Gudaguda Of Destiny〜④

久しぶりに涼宮ハルヒの驚愕を引っ張り出して読んでたらモロに影響を受けた気がする……


 俺達が保護され、そして流れ作業のようにトーマ(別次元)達も確保してから1日が経過した。

 あれから事件解決の目処が立たぬままに今日という日も終わろうとしている。

 

 果たして、俺達は帰る事が出来るのだろうか?

 

 時間移動の犯人、キリエと名乗ったピンク髪さんも持ち合わせない世界線移動の技術は、この時代はもちろん、俺達の居た時間軸でも机上にすら乗らない絵空事である。

 そんなある種の奇跡が俺達の身に降り掛かったわけだが、出来るなら帰りの分の奇跡もしっかり用意しておいてくれと、もしかしたら居るかもしれない神様に文句の一つも付けたくなる。片道切符が必要なのは死んだ時だけで良いと思うんだが、そこのところはどう考える?

 

 とまあ、こんな風に空想の存在に疑問を投げ掛ける程度には俺は暇で、そしてやる事が無い。

 今、海鳴では"闇の欠片"という偽物が大量に出現しているらしく、未来組もその対処に追われている。今のアースラには戦力を遊ばせておく余裕などありはしない、という事だろう。実際、武装局員が幾ら集まっても、偽物で劣化しているとはいえなのはさんやフェイトさん……?に敵うとは到底思えないから。

 だから今の室内は生憎とリンカーコアを持ち合わせていない俺以外に誰も居なくて、まるで大きなホテルの一室を1人で利用しているような状態なのだ。

 アースラの居住エリアは艦橋エリアから少し離れた場所に位置しているから、艦橋の緊張感と喧騒は此処までは届かない。それは休憩する局員への配慮だろうが、今はそれが少し恨めしかった。

 

 先ほど今日という日が終わろうとしている、という表現を使ったが、それはあくまで日が落ちる事を比喩した表現で、つまりはまだ夜という名の後半戦が残っているという事だ。場合によっては徹夜という名の延長戦も有り得る。

 次にヴィヴィオ達が帰ってくるのは、果たして何時になるのだろう。

 

「はぁ……」

 

 人気も無い場所に1人、しかも暇を潰せる娯楽も無い。と、ある意味で拷問を受けているに等しい状態である俺はベッドに寝転がっている。

 といっても眠くはない。規則正しい生活が刻まれた身体は、定時になるまでその意識をシャットダウンする事を許さなかったのだ。

 小説の一つでもあれば、それを何十周とする前に飽きて放り投げ、更にそれを的にして的当てに興じる事くらいは出来そうだが、それは無い物ねだりという物だろう。

 

 だから、という訳でもないが、俺は何をするでもなしにボーッとしていた。不思議と空腹や尿意は感じず、だから俺はベッドから微動だにしない。俺が手を組みながら目を閉じているのを誰かが発見したら、もしかすると俺が死んだものと勘違いするかもしれない。すると研究者は狂喜乱舞し、翌日の朝刊には、『人は退屈で殺す事が出来る』という見出しで一面に掲載される事だろう。きっと無駄に専門用語を散りばめた一件マトモそうに見える論文に違いない。

 

 

 ……こんな事を思い付く辺り、今の俺の頭は相当愉快な事になっているらしい。まあそれくらい暇だという事で一つ。

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 …………ああ、それにしても暇だ。こうして一人語りでなんとか紛らわしているが、それでも浜辺に打ち付ける波のように襲ってくる退屈には敵わない。まだ若いのにボケてしまいそうだ。寄ってくるのは年波だけで充分だろうにな。

 

 

 と、今まで散々愚痴っていたのが神様にとっては聞くに耐えない雑音の類いであったのか。それともそんな俺の事を哀れんだのか。まあ兎に角、廊下の方が俄に騒がしくなった。耳を澄ませば、それが俺の知るヴィヴィオとアインハルトの声であると分かる。

 

 俺が身体を起こしたのと、部屋の扉が開いて2人が飛び込んで来たのは、ほぼ同時の事だ。

 

 

 

 12.実はもう終盤

 

 

 

 今の俺の状況は、簡潔に言ってしまえばタダ飯食らいである。

 それはつまり、ニートも真っ青のスネかじりという事で、そんな俺に愛を囁く2人はさながらダメ男に捕まった哀れな女である。食虫植物に捕まった虫、キャバ嬢に貢ぐリーマンと言い換えてもいいだろう。

 俺だって、このままで良いなんて考えは持ち合わせていないが、残念な事に手伝える事は何一つとして無い。らしい。

 らしい。というのは、俺の意を汲み取ってクロノさんに予め聞いていたらしいアインハルトの言であり、クロノさん本人に確認した訳ではないからだ。

 

 と、ここまで考えてからはたと気付く。コイツら仮面剥がれてね?

 忘れていた設定だが、コイツらは身内以外の人目のある場所ではそれなりに自重していた筈である。

 

「そこの所はどうなんだ?」

 

「だって此処、また来れるかも分からない過去の平行世界じゃないですか。そんな場所でまで自分を偽る気は無いですよ」

 

 と、いう事らしい。なるほど。

 

 それにしてもざる蕎麦が美味い。

 

「シュウさんそれで足りるんですか?」

 

 そう言った隣のヴィヴィオは天ぷら蕎麦セット。俺のざる蕎麦よりも遥かに量が多い。凡そ男性一人前分である。対する俺はざる蕎麦だけであるから、量的には逆の方が丁度いいのかもしれない。

 だがしかし、魔法という物は存外にカロリーやら何やらを消費するらしく、そのため結構な量を食べても問題無いのだとか。というか食べないとマズイらしい。

 連続で魔法を使う方が、下手な運動よりも痩せるのだと最近テレビで見たような記憶がある。だから魔導師はスリムな人が多いんだなー、と俺は1人で納得していた。

 

「丸1日死体みたいになってみろ、嫌でも腹なんて減らないから」

 

 ズルズルー、ちゅるちゅる、ズザザザーという三重奏が響く。左から順にざる蕎麦、天ぷら蕎麦、カレーうどんを啜る音だ。

 

「それで、さっきからスルーしようと思ってたんだが……」

 

「言いたい事は分かります。そこでカレーうどん食べてるフェイトさん……?の2Pカラーの人の事でしょう?」

 

 俺の前で天丼を食べていたアインハルトは一旦食事の手を止めると、まだ豪快にカレーうどんを頬張るフェイトさん……?にそっくりな2Pカラーの人を見る。

 さっきからヴィヴィオとアインハルトの背中を付いて回っていたのだ。この状況で新顔とか、どう考えても厄介事を引っ提げているとしか思えない。

 

「美味い!もう一杯!」

 

 そんな、胡散臭い者を見るようなこちらの視線に頓着せずカレーうどんを食べ続ける彼女の食事を邪魔したのは、背後から早歩きで寄って来た2人組だった。

 

「何をしておるかレヴィーッ!?」

 

「おおっ!?ちょっと王様!いくら王様でも、ボクをカレーうどんから引き離そうとするなら容赦はしないよ!!」

 

「だから言ったじゃないですか。せめて食事が終わるまで待った方が良いと」

 

「妙なのが来たな……」

 

 本当にその一言に尽きる。フェイトさん……?の2Pカラーだけでもわけわかめなのに、更になのはさんっぽいのとはやてさんっぽいのまで追加とは。

 なんだなんだ。最近の海鳴ではコスプレをするのが流行っているのか?

 

「コスプレ乙」

 

「誰がコスプレかぁ!?おいそこのモブ顔!少しそこに直れぃ!!」

 

「面白い表現ですね、気に入りました。殺すのは最後にしてあげます」

 

「おお、シュテルンがやる気だ……!」

 

 しかも声まで似てると来たもんだ。随分とレベルの高いコスプレだな。

 

「将来は有望だな」

 

「シュ、シュテルちゃん達見て最初の意見がそれって……」

 

「いや、もちろん冗談ですよ。場を和ませる小粋なジョークです」

 

「キツいジョークですね……」

 

「黙らっしゃいアインハルト。ところで、なのはさんは何を頼んだんですか?」

 

「肉うどん。はやてちゃんから食券貰ったんだ」

 

 そう言ってアインハルトの隣で肉うどんを啜り始めたなのはさん。

 そこで周囲を見渡すと、少し向こうのテーブルでヴィヴィオ(小)とアインハルト(小)がフェイトさん……?に、トーマ(常識人)がはやてさんに絡まれていた。トーマ(常識人)の顔が隣のリリィさん諸共引き攣っているのは、はやてさん絡みで未来に何か起こったのだろうか?

 

「おい!我を無視するなぁ!」

 

「そこの水色ちゃん。食うか?」

 

「えっ、良いの?」

 

「レヴィーーーーッ!!」

 

 なんだか満腹になったので、恐らく食欲旺盛であろう2Pカラーちゃん(レヴィ)にざる蕎麦を押し付けたらはやてさんの2Pカラー(他称:王様)が吼えた。

 他称:王様は怒りをマグマのように噴出させながら、こちらにズビシッと効果音が付きそうな勢いで俺を指さして言う。

 

「貴様ァ!我が臣下を懐柔するとはなんと卑怯な!」

 

「懐柔?」

 

「レヴィが食料で釣られると知っての狼藉ですね。そうやって私達の秘密を暴く気でしょう、エロ同人みたいに。エロ同人みたいに」

 

「はぁ?」

 

 話を聞けば、なんとレヴィはソーダ飴で機密情報をボロボロ零したらしい。どうやら思慮深さをフェイトさん……?からは受け継がなかったようだ。

 

「素直に頭のネジが何本か足りないみたいだ。と仰って構いませんよ」

 

「なあ、さっきからなんで2Pカラーのなのはさんだけ当たり強いわけ?」

 

「キャラ付けです。ドヤァ」

 

 表情一つ変えずに声だけでドヤる2Pカラーなのはさん。その姿が俺の知るなのはさんと似ても似つかなくて、俺は2Pカラーなのはさんとなのはさんを交互に見比べた。

 俺の目線の意味に気が付いたのか、なのはさんは肉うどんを啜るのを一旦止めると手をわたわたさせながら言う。

 

「いや、シュテルちゃんの性格は私と一切関係ないからね!?」

 

「誰も性格についてなんて一言も言ってないんですが」

 

「あっ」

 

 語るに落ちる、とはこういう時に使うべき言葉なのだろう。

 途端に肉うどん啜りに戻ったなのはさんの顔は真っ赤で、それが湯気の類でそうなったとは到底思えない物だった。

 しかしそうか。そっくりなのは見た目とバリアジャケットだけか。どうやら性格は違うらしい。

 

「ところでなのはさん」

 

「な、なにかな?」

 

「そんなに警戒しなくても……あの、見た限りだと戦える魔導師の全員が揃ってるみたいなんですが、何が始まるんです?」

 

「それは「大惨事大戦です。いや、ホントに、マジで」……あう」

 

 話に割り込んできたヴィヴィオとアインハルト曰く、元居た世界線に帰る為には、"永遠結晶エグザミア"という名の凄いアイテムを持ったシステムU-Dという少女を象ったメッチャ強いプログラム相手に戦って勝つ必要があるらしい。

 その強さは闇の書の防衛プログラムに匹敵するらしく、冗談抜きで死人が出る可能性もあるのだとか。

 

「あと、声がやけにシャンテに似てます」

 

「それ必要な情報か?」

 

 で、今は作戦前の腹ごしらえタイムらしい。

 それを聞いてから再び周囲を見渡すと、この場にいる全員に少なからず緊張の色が見え隠れしているのが分かった。あのはやてさんですら、若干笑みに違和感があると言えば、この後の戦いがどれくらい壮絶な物になるのかは俺の貧相な想像力でも容易に想像できた。

 

「……大丈夫、なんだよな?」

 

 だからこそ俺は2人に問う。返ってくる答えなんて分かりきっているのに、俺は問わずには居られなかった。

 

「ええ。平気です、心配ないですよ」

 

「此処にはフェイトママ……?やなのはママ達オールスターが揃ってますから。それに、本当にヤバくなったら私も切り札使いますし」

 

 こういう時、リンカーコアが無いのがもどかしく感じてしまう。

 後輩や同居人、現時点では年下のなのはさん達。皆が命を懸けて戦うというのに、俺はそれを安全圏から眺める事しか出来ないのだ。

 

「…………ああ畜生」

 

 幸か不幸か、俺のボヤきは周囲の喧騒に溶けて消えた。

 せめて、せめて地上だけで戦ってくれるならなぁ。そしたらまだやりようはあるのに。

 あるいは、俺が空を自由に飛べたらな。だが残念ながらこの世界にはタケ○プターも、空飛ぶ絨毯も、魔法の箒も無いのである。

 

 

 だから、大怪我無しで帰って来た皆を見て、その場にへたりこんだ俺は悪くない……筈。

 




おまけ、放課後あとがき同盟

前回のあらすじ:リンネ、まさか(?)の裏切り

「クソッ、盲点じゃった……!リンネが此処に居るのは、某EXPがちゃりん娘を出すようなノリで……つまりはお気に入りだから出していたのを見落としていたなんて!」

「そうなのかな……?」

「やはり男はドスケベボディに惹かれるのか……!?くっ、わしの貧相なボディじゃいかんという事か!」

「ドスケベボディって何?!ちょっ、止めてよフーちゃん!!」

「そのドスケベボディにあやからせろぉぉぉぉ!!」




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特異点G:多重時空屈折都市海鳴〜Gudaguda Of Destiny〜⑤

今回は難産でした……。書いては消し、書いては消しを繰り返し……

それはそれとして、アインハルトって太ももの辺りがちょっと性的過ぎません?


 無事で良かった。

 俺が今、万感の想いを乗せて言えるのはこの言葉以外に無いだろう。

 なんか途中で2Pカラーなのはさん(シュテル)2Pカラーフェイトさん……?(レヴィ)が特攻したりしかけたらしいが、それ以外にハプニングも無かったらしい。

 

「あ~~……」

 

 しかし、やはり辛い戦いであったのか、未来組は全員がソファに寄り掛かってノックアウト状態。アインハルトは俺の左肩に頭を乗せた状態で寄り掛かり、ヴィヴィオは俺の膝を枕にしてソファに横たわっていた。

 ヴィータさんとかは「まだまだ修行が足りねーな」とか言っているが、古代ベルカをリアルタイムで生きた人達と一緒にしないで欲しいと、きっと誰もが思っている事だろう。

 

「モテてんだな、お前」

 

「懐かれてるだけですよ」

 

 若干揶揄うような口調のヴィータさんにそう返しながら、俺は右手で膝上のヴィヴィオの頭を撫でながら左腕をアインハルトの好きにさせていた。ちなみにその腕は立派に自己主張している胸をむにゅっと変形させて太ももに挟まれていたりする。もうデフォだから特に緊張はしないが、最初にやられた時は酷く焦ったものだ。

 

「……懐かれてる?好かれてるの間違いだろ」

 

「コイツら猫みたいですから、好かれてるって表現より懐かれてるって表現の方がしっくり来るんですよね」

 

「シュウさんからの可愛がり(意味深)を受けられるならネコ耳とネコ尻尾の装着も辞さない所存です」

 

「ヴィヴィオさんに同じく」

 

「はいはい。また今度な」

 

 恐らく無駄にキリッとした表情をしているであろうヴィヴィオの顎の辺りを猫にやるように弄ると、無駄に媚びた声で「にゃぁぁぁぁぁぁ」とか鳴いた。気分はバスローブ姿でペルシャ猫を撫でる大富豪だ。

 そしてテーブルの上では、ティオがキャラ被りの危機を感じ取ったのかヴィヴィオ相手に威嚇しているのを、ティオにライドオンしているクリスが宥めるという光景が見られる。

 

「ヴィヴィオさんってあんな声出せるんですね……」

 

「待ってアインハルトさん。それ誤解、凄い誤解ですから。向こうの私はもう私じゃないですから。見た目同じなだけの別人ですから

 ……っていうか、そう言うアインハルトさんだって大概ですよ。あんな大胆な事が出来るじゃないですか」

 

「待って下さい、アレは違うんです。天狗、天狗の仕業ですから。私とは何の関係も無いですから」

 

「認知して?」

 

「自己存在の否定とか、一歩間違えればクラウスに侵食されかねないような事を……」

 

 自分にボケを投げつつ、ヴィヴィオは通路の方に向いていた体の向きを変えた。つまりは俺の方に向いたのだが、膝枕状態でこっちを向くって事は、まあ、つまり……

 

「目の前にシュウさんのペルソナ(マーラ様)って事ですよ」

 

「向くだけなら良いけど、それ以上何かするんだったら即ボッシュートだからな」

 

 実際、此処で「ご立派ァ!」等と叫ぼうものなら躊躇無く床にボッシュートするつもりである。近くの汚れを知らない過去のヴィヴィオとアインハルトの為にも、此処は是非自重して頂きたい。

 ……トーマは良いのかって?アイツはほら、この歳でリリィさん(マジで誰よこの人)と切っても切れない存在(多分意味深が付く)になってる時点で有罪(ギルティ)だから。ロリコン(紳士)じゃないだけで、もっとタチの悪い性癖の可能性もあるからね、仕方ないね。

 

「クリスタル(みたいに心がピュアな)ヴィヴィオちゃんになんて事を!?」

 

「ハッ」

 

「おいちょっとアインハルトさん。今どこで笑ったか言ってみ?ん?」

 

「はいはいステイステイ。あとアインハルト、指しゃぶるの止めてもらっていいかな」

 

「指じゃない場所をご所望ですか。大胆ですね」

 

「久しぶりにヴィヴィオが空気読んだと思ったら今度はお前かよォ!」

 

 ホントにどうしようもなく、この2人の手綱は握れないようだ。

 俺は真っ赤になったヴィヴィオ(小)とアインハルト(小)、そしてリリィさん(意外と純粋?)と流れ弾を喰らったらしいトーマを見ながらそれを痛感していた。

 

「だってほら、どっちかっていえばシュウさんは握られる側ですし。だから──」

 

「はいボッシュート」

 

「テーレッテレッテーン」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 13.それはいわゆるコラテラル・ダメージ

 

 

 

「いやー。一時はどうなる事かと思いましたが、なんとか大きな怪我も無く終わりましたね!」

 

「そうだな」

 

「これで私達も元の時空に戻れますね!」

 

「……そうだな」

 

「いやー、ようやっと帰れるなー!ママ達も心配してるだろうなー!」

 

「…………そうだな」

 

「ところでシュウさん。そこで逆さまに吊るされてるフロマージュ姉妹はどうしたんですか?」

 

「フローリアンな?……お前とアインハルトがやったんじゃないか」

 

「てへっ☆」

 

 だからその、どこからともなく出した大剣を仕舞え。そして目にハイライトを戻せ。

 

 現在はお昼の1時を越えようかという時間。食堂の椅子に座る俺の前には、縄でぐるぐる巻きにされたフローリアン姉妹が居て、なんかむーむー呻いている。

 

「むー!むーーっ!」

 

「なぁにぃ?聞こえんなぁ」

 

 ヴィヴィオの顔のタッチが北斗の拳みたいに変わるくらいには、この件でご立腹であるみたいだ。

 その気持ちは大いに分かるけど、でも首筋に大剣(年代物らしい)を突きつけながら悪役顔をしてまでやる事なのかと。

 

「一体どうやって落とし前を付けるつもりですか?この愚の骨頂としか言いようのない大失態を」

 

「んー!んーー!」

 

「ん?今なんでもするって」

 

 アインハルトがピンク髪(キリエ)さんに対する口撃には特に酷い物があった。絶対に言ってないであろう発言を故意的に捏造し、そして詰め寄るのは、もう完全に悪党の難癖である。

 

 二人共に、さっきからずっとこの調子だ。まあ帰れると思って死にかねない目に遭って、それで帰れませんじゃなぁ……。

 

「シュウ君。君から彼女達を止められないか?」

 

 皆が遠巻きに2人を眺める中で、クロノさんだけは俺に近寄って来てそう言った。クロノさんの表情は苦々しく、他の皆は何故かホッとしていた。

 

「いやーキツいですよ。2人とも今は止まらないでしょうし……ところで、なんでそんな表情してるんですか?」

 

「そこをなんとか頼む。それと、この表情は多分じゃんけんで負け、いやなんでもない。……あそこでグーを出せば……!」

 

 ああ、要は貧乏くじを引いたのか。ヴィヴィオとアインハルトがキレてるから、きっと俺もそうなんだろう。と思われているのかもしれない。

 

「そんな顔しなくても、別に俺はキレてないですから」

 

「キレてる人は皆がそう言うんだ……はぁ、不幸だ」

 

 心外だ。俺はマジで怒っていないというのに。

 そして最後の言葉は某ツンツンヘアーな幻想殺しのリスペクトか何かだろうか?…………いや、唯の偶然だろうけどさ。

 やはりというか、なんというか。次元が違ってもクロノさんは苦労人であるようだ。

 

「じゃあそれでいいです。とにかく、あの2人を止めてくればいいんでしょう?」

 

「ああ、頼んだ」

 

 俺は椅子から立ち上がると、ヴィヴィオとアインハルトに近寄る。

 

「ちょっといいか?」

 

「少し待って下さい。今からこの人から情報を聞き出しますから」

 

「んーー!んーー!」

 

「あっはっは、そんなにバタバタしてもダメです」

 

 目が据わってる辺り、ちょっと冗談ではないみたいだ。唯一動かせる足を凄い勢いでバタつかせているフローリアン姉妹の様子が、俺のその考えに確信を持たせる。

 このままだとマジで取り返しのつかない事になりそうだし……仕方ない、奥の手だ。

 

「ヴィヴィオ」

 

「なんですかシュウさああああああああああああああああああああああああん!?」

 

 やった事は単純で、後ろからヴィヴィオを優しく抱きしめただけだ。優しくだから一切の拘束力は無く、振りほどこうと思えば簡単に振りほどける程度でしかないけれど、しかし今の2人には誰が使うバインドよりも強力な拘束効果を発揮する。

 その証拠に、一切の動きを止めて身体をビクンビクンさせていた。

 

「ちょっと落ち着いて欲しいんだけどなーダメかなー?」

 

「ひゃい!でででででもですね、これだと逆に落ち着かないかなーって思うんですよ!具体的に言うと、その、胸のドキドキとか子供を作るうんたらかんたらとかがですね!?」

 

 大剣を床に取り落としながらワタワタしているヴィヴィオ。ちょろっと耳元で囁けばこの通りだ。

 あんまりやりすぎると効果が薄くなるから滅多な事では使わない奥の手である。

 

「じゃあ椅子に座って一旦落ち着こう。歩けるか?」

 

「あっはい!もちろ……あ、ああー。でもわたし、けんおとしたしょうげきでいまちょっとこしぬけちゃったなー。はこんでもらえないかなーチラッチラッ」

 

「仰せのままに、お姫様(ボス)

 

 俺がヴィヴィオをお姫様抱っこで持ち上げてさっきまで俺が座っていた椅子に座らせると、クロノさんが何とも言えない表情で出迎えてくれた。

 

「なんというか、そんな恥ずかしい事をよく普通に出来るな……」

 

「これも慣れですよ。じゃあクロノさん、アインハルトの方は頼みましたね」

 

「え?いやだが、さっき2人を止めてくると……」

 

「あれは嘘です」

 

 この奥の手のメリットは、このように対象が絶対に動きを止めてくれる事だ。

 しかし、世の中は等価交換で成り立つ。当然の事だが、それに対するデメリットは当然──しかも複数あって

 

 ①:まず対象が1人しか取れないこと。

 これは俺が抱きしめるという都合上の問題だ。2人同時も出来なくはないが、効果が一気に落ちるのでオススメはされない。

 

「嘘って、それは無いだろう!?」

 

「いやだって、行きたくてもヴィヴィオが離してくれないので」

 

 ②:しばらく対象が離してくれない。

 ちなみに強引に引き剥がそうとすると無言でブチ切れて止める前より悪化する。

 今も多分、悪鬼の眼光でクロノさんを威嚇している筈だ。位置の関係で俺から確認は出来ないが。

 

 でもこの程度は3つ目のデメリットに比べたら可愛い物だ。ぶっちゃけいつもの事だし。

 で、肝心の3つ目だが……

 

「頼む、君だけが頼りなんだ!」

 

「気持ちは分かりますけど……」

 

「ならやってくれ!僕だって人間だ、恐怖は普通に感じるんだぞ!?」

 

 クロノさんはアインハルトを指さす。俺が意図的に逸らしていた目をアインハルトに向けると、そこに居たのはアインハルトっぽいナニカだった。

 

「■■■■■■……」

 

「君がやらかした事だろう!あの言葉も通じなくなってる彼女をなんとかしてくれ!」

 

 ……③:対象以外で、俺に好意を寄せてくれている人が近くに居た場合、ちょっと鬼神と化す。

 簡単な話、嫉妬に狂う。

 

 あの現象も俺が抱きしめれば容易に止められるが、そうすると今度はヴィヴィオが鬼神と化す。

 あっちを立てればこっちが立たない、まさに感情のデフレスパイラルという訳だ。

 

 明らかに等価交換が成り立っていないような気もするが、あの2人を止めるにはそれくらいの代償が必要だと考えると、まあ必要経費として割り切れる。

 

 それにそもそもヴィヴィオは俺の首に腕を回してから離していないので、俺はヴィヴィオのドアップした顔から離れられない。

 目が発情した猫のそれだから、もしかするとキスくらいはされるかもしれないが、普段からそれより恥ずかしい事をさせられている身としては「それくらい良いかなー」と考えてしまう。まあ、もうヴィヴィオの初キスを貰っているからこそ言えるのかもしれないが。

 ちなみに、本当の意味での初キスは父さんらしい。けど赤ん坊時代らしいから流石にノーカンだよな?

 

「まあまあ、クロノ君はジュースでも飲んでリラックスしなよ。そしてシュウ君はアインハルトちゃんの所に行ってあげて。ヴィヴィオの面倒は私がしっかり見ててあげるからさ」

 

「今がどんな状況か分からないのか!?僕の人生でかつてない大ピンチなん……あれ?」

 

「面白い奴だな、気に入った。殺すのはさい……あれ?」

 

「はにゃ~~~~……あれ?」

 

 そんな時に向こうの方から掛けられる声。それにクロノさんは魂の叫びを挙げ、俺は咄嗟にネタで返して、ヴィヴィオは蕩けたような声を出して、同時に疑問の声を出す。

 

 なんか、凄い聞き覚えのある声がするんですが。

 ヴィヴィオが離してくれた事で解放された俺は、その声のした方を向いて、そして絶句した。

 

 

 

 まず目に入るのは栗色のサイドポニー。…………この時点で誰か分かるな。

 

 そして次に目線が移るのは、『撃つ』事に特化した形状のデバイス。

 数多の敵を文字通り光の中に消してきたそれは、ただ在るだけで存在感を放ち続けている。

 

 最後に見るのは──エプロン姿という、明らかに手に持った武装と合わない日常的な出で立ち。

 

 

 そんな、全体的に見るとアンバランス極まる装備をした人の名前は高町なのは。

 ヴィヴィオの母親の1人にして、『フェイトさんの貴重なツッコミ(物理)役』『フェイトさんの嫁にして婿』『生きる機動戦士ガンダム』『戦いを(敵と味方を地形ごと巻き込んで)終わらせる英雄』等という、散々な評価を世間一般からされている人だ。

 

「迎えに来たよー」

 

「いやそんな近所に散歩に来たみたいなノリで言うことですか!?」

 

 最大の特徴として、見た目が機動六課時代から変わっていない。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「なんでエプロン姿なんですか?」

 

「夕飯作って待ってたらフェイトちゃんからヴィヴィオ達が居なくなったーって呼び出されて、急いで飛び出したら後は流れでね」

 

「何ですか流れって」

 

 とにかく、なのはさんは帰還の方法を持って来てくれたらしい。それを聞いた隣のヴィヴィオとアインハルトはホッとしたようで、露骨に胸をなで下ろしていた。

 

 ちなみに先ほどまで暴走していたアインハルトだが、なのはさんが指先一つでダウンさせていた。何やったんだあの人。

 

「はいこれ。なんかよく分からないけど、これで帰れるらしいよ」

 

「俺の質問はスルーですか……って、あの、これ……」

 

 手渡されたのは3人分の機械、なんだが……なんか凄い見覚えがある。具体的には父さんの部屋で。

 

「ポケベルですよね?」

 

「ポケベルだね」

 

 それはポケベル。もうだいぶ前に廃れた地球での連絡手段だ。

 

「どうしてこの形状に?」

 

「製作者の趣味じゃない?またはフェイトちゃんの圧力」

 

「…………まあいいや。とにかく戻れるんですね?」

 

「見た目はアレだけど性能は確かだよ。それはフェイトちゃんも製作者も保証すると思うな」

 

「そうですか…………で、そろそろ解放してあげませんか?」

 

 俺はなのはさんを──正確に言うと、なのはさんの膝の上に座らされているこちらの世界のフェイトさん……?を見た。

 俺の言葉に対して、なのはさんはフェイトさん……?を抱きしめると一言。

 

「やだ。絶対に持ち帰る」

 

「ダメです。元居た場所に返してらっしゃい」

 

 さっきアインハルトを制圧した後にフェイトさん……?と一言二言だけ言葉を交わして、その直後からずっとこうだ。

 気持ちは凄い共感できるが、でもダメだ。俺は心を鬼にしてなのはさんと向き合う。

 

「な、なのはぁ……」

 

「なにかなフェイトちゃん?」

 

「貴女じゃないですから。向こうの小さいなのはさんですから」

 

「やだ……向こうの私、若すぎ……?」

 

 捕獲されたフェイトさん……?はこの世界のなのはさんに助けを求めて手を伸ばし、それに答えるように向こうのなのはさんも「フェイトちゃん!」と声を上げて手を伸ばしていた。

 

「まあそれは置いといて。フハハハハ、フェイトちゃん姫は頂いた!」

 

「フェイトちゃん姫って語呂悪すぎでしょ」

 

 高笑いするなのはさんは無駄に様になっていて、フェイトさん……?も連れ去られるヒロイン役が無駄に様になっていた。

 

「ところで……」

 

 なのはさんは縄でぐるぐる巻きにされたまま床に倒れているフローリアン姉妹を見て言った。動かない所を見るに、多分気絶してるっぽい。

 

「そこの通路でノビてる奴はなんなのかな?」

 

「此処に住んでます」

 

「さらりと嘘をつくのはやめないか」

 

 クロノさんのツッコミには、やけに哀愁が漂っていた。




おまけ

「なんじゃ今回の話、なんかやけにシュワちゃん主演の映画ネタが多いのう」

「一昨日のイレイザーで熱入っちゃったんだって。『奴のツラ目掛けて突っ込んで行け』とか、『道が混んでた』とか、『良い銃だなマヌケェ』とか、テレビで聞いてテンション上がっちゃったみたいで」

「『ペパロニのピッツァだぁ激ウマだでぇ』とかもじゃな。
……ところでリンネ。わしらの出番は……」

「あと1話、つまりは次で無理矢理終わらせて、その後に4つの短編を1話に纏めたのを2回くらい投げて、それからかな」

「近いような、遠いような……。それともう一つ気になっとったんじゃが」

「なに?」

「番外編、なんであんなに中途半端なんじゃ?そろそろ苦情が来そうなんじゃが」

「飽きっぽいから」

「えっ」

「ぶっちゃけここまで書き続けられてるのが奇跡みたいだって言ってた。考えてない訳じゃないらしいんだけどね」

「ええー……」



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短編集①

1話(大体4000文字)にはならないけど、なんとなく書きたかった短編集モドキの投稿です。7000文字も本編で書いたの始めて……


 短編集①

 

 1.暇を持て余した組合員の遊び

 

 

 

 デバイスは機械だ。

 

 それはロジカルな魔法を知る者なら誰でも知っている常識であり、機械である以上はメンテナンスが必要な事もまた当然の事。

 

「デバイスはミッドチルダで生まれました。ベルカの発明品じゃありません、この国のオリジナルです」

 

 そんなわけで、ハンザイシャスレイヤーことフェイト・T・ハラオウンは頼んでおいたメンテナンスが終わった自身の愛機を受け取りに本局のデバイスルームに来ていた。

 そして、傍から見れば意味の分からない小芝居を繰り広げていた。

 

「しばし遅れをとりましたが、今や巻き返しの時です」

 

「ミッドチルダ式は好きだよ」

 

「ミッドチルダ式がお好き?結構、ではますます好きになりますよ」

 

 そう言ったこの部屋の主、シャーリーは疲れた表情を隠しもせずに彼女の愛機──名をバルディッシュという──を持って来ると言う。

 

「振り回しやすいでしょう?んああ仰らないで、刃は魔力で構成しています。でも実体刃なんて手入れが大変だわ、すぐひび割れるわ、ロクな事がない。

 カートリッジ容量もたっぷりありますよ。どんなにカートリッジを乱用する方でも大丈夫。《ガションガション》……どうぞ回して見てください」

 

 バルディッシュを受け取ったフェイトはシャーリーの言葉が終わらないうちからカートリッジの使い心地を確かめる。

 なんで私はこの人と朝早くからこんな事をやっているんだろう、とシャーリーは内心で独り呟いた。

 

 昨日の合コンだって、この人の為に断腸の思いで断ったのに──

 

 シャーリーの目の端にキラリと光った物は涙ではないと信じたい。

 ともかく、未だ哀しい独り身のシャーリーに出来るのは、昨日の合コンがハズレだった事を祈りながらこの小芝居を完遂する事のみだった。

 

「いい音でしょう?余裕の音だ、質が違いますよ」

 

「1番気に入ってるのは……」

 

「なんです?」

 

「──値段だ」

 

 そう言うとフェイトはバルディッシュを持って徐に2歩ほどバックステップをし、そして走り出した。

 

「ああ待って!此処で動かしちゃダメですよ!待って、止まれ!うわぁぁぁぁぁ!?」

 

 シャーリーはなるべく迫真の演技でワザと吹き飛ばされるフリをした。

 ここで気を付けなければいけないのは、なるべく迫真の演技をするということ。

 

 一切の妥協を許さないフェイトから「もう1回」と言われかねない。今までに言われた回数はシャーリーの両手足の指では足りないくらいだ。

 

 そうして誰も居なくなったデバイスルームに、ひょっこりと1人が顔を覗かせた。なのはである。

 なのははヤムチャ状態のシャーリーを見て、そして一言。

 

「ごめんね……?」

 

「良いです、気にしてないですから……」

 

 そしてその後、昨日の合コンはハズレだったという参加した友人の話を聞いて少し報われたシャーリーであった。

 

「ところでフェイトちゃん。ヴィヴィオが持って帰って来た童貞を殺す服について詳しく聞かせてくれないかな?」

 

「あっはっはっはっ…………サラバダー!!」

 

「逃がすかぁ!!」

 

 夫婦喧嘩は他所でやれ。そう思うシャーリーの受難はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 2.女子のおやつ会

 

 

「フーちゃんフーちゃん!」

 

 此処はベルリネッタ邸。訓練に1日の小休止を入れたリンネとフーカは、珍しく2人きりでおやつをつまんでいた。

 

「なんじゃリンネ、そんなにはしゃいで」

 

「見て見て!チョコボールのクチバシが当たってた!」

 

「おお、銀色じゃな」

 

 キラリーンと光るそれは銀に輝く天使のイラストである。

 たかが銀色でと思うかもしれないが、それが初めてリンネが当てた天使だったのだ。

 

 天使(リンネ)天使(エンゼル)持って笑ってる……嗚呼、最高に尊い……だから守護らなきゃ(使命感)

 とフーカに思わせる天使ぶりであった。1度マモレナカッタだけに、それは鉄の意思と鋼の強さを感じる決意である。

 

「缶詰まであと何枚だっけ?」

 

「4枚。先はまだ長いのう」

 

 そんなリンネの前でフーカはウエハースを齧りながら、オマケのカードを開封していた。

 確認したフーカは僅かに肩を竦めて、それを見たリンネが首を傾げる。

 

「外れたの?」

 

「いや、当たりと言えば当たり。でも4枚目なだけじゃ」

 

 フーカがテーブルの上に置いたそれをリンネが手に取る。

 

 それは《タコ×イカ君・オクラ味》という、デフォルメされたタコとイカの頭にまるで図鑑から持ってきたようなリアルタッチのオクラがぶっ刺さっているという、何とも言えないデザインをしたイラストが印刷されていた。

 

「当た、り……?」

 

 どう考えてもハズレ、あるいはノーマル枠のカードに見えるが、これがフーカ曰く「当たりといえば当たり」なのだから良く分からない。

 

 しかもフーカが開封したビニール包装をよく見ると、何やら記載されている味がおかしい。

 リンネはそこに書かれた文字を読んで、そして文字通り震えた。

 

「フーちゃん……?」

 

「なんじゃリンネ」

 

「これ、この、カムバック初恋味って……?」

 

 デフォルメされたタコとイカが絡み合う異様な表面の上には、大きく「皆様の要望に応えて初恋味をカムバック!」と書かれていた。

 

 皆様って、こんな正気を疑うような意味不明の味を要望に出す奴が居たのか。

 

 とか

 

 そもそも初恋味ってなんだよ。

 

 とか

 

 先ずなんでフーちゃんがこんな意味不明なお菓子をさぞ美味しそうに食べてるのか。

 

 とか、一瞬の内にリンネの脳裏に疑問が浮かんでは消えた。

 

「コロナさんに勧められたんじゃよ。わしも最初はリンネみたいな反応をしとったが、食べてみると結構いけるぞ。リンネもどうじゃ?」

 

 そんなリンネを他所に、フーカは上機嫌にウエハースをスッと差し出した。リンネのブラックリストにコロナの名前が追加された瞬間だった。

 

「い、いや、私は遠慮しておくよ……」

 

「なんじゃ、美味いのに勿体ない」

 

「ジャンジャジャーン!今明かされる衝撃の真実ゥ!」という、とあるキャラのセリフがリンネには聞こえた。

 ちょっと目を離した隙にフーちゃんが意味不明なお菓子にドハマリしてダブルピースまで……!?

 

 そんなリンネの驚愕など露知らず、フーカの口にウエハースは消えていった。

 

 なお、ダブルピースについては完全にリンネの幻覚である事を明言しておく。

 

「んぐ……んぐ…………まだわしには良く分からんが、でもこの胸焼けする感じがきっとそうなんじゃろう」

 

 フーちゃんそれ違う。私にもまだ良く分からないけど多分違う。

 

 そんな内なるリンネの叫びは、本人の引っ込み思案な性格からか、このお菓子パーティー(2人だけ)が終わるまで終ぞ口に出される事は無かったのだった。

 

 リンネがフーカと孤児院で別れてから早幾年、変わったのはリンネだけでない事を象徴するお話である。

 

 

 ちなみに《タコ×イカ君ウエハース〜伝説の復刻版〜》は一部の根強いマニア達に絶賛発売中だ!

 

 

 

 3.ナカジマジム、とある日の出来事

 

 

 

「オッケーオッケー、その調子その調子」

 

「ふぅ……っ!」

 

 絶えずミットやサンドバッグを打つ音が聞こえるナカジマジムの練習風景。ユミナはマネージャーとして選手の体調管理を、シュウもマネージャーとしてミット打ちの相手を、ノーヴェは偉い人との会談で胃を荒らしていた。

 

「1、2、1、2……よし、大きいの一発打ち込め!」

 

「シュウさんに打ち込まれ(意味深)たい」

 

「お黙りヴィヴィオさん」

 

「押忍っ!はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そのシュウの言葉通り、一切の手加減なく打ち込まれた一撃は、シュウの体を宙に僅かに浮かせる一撃だった。

 

「おっとと……思った以上に重いな」

 

「にゃっ!」

 

 カーン!

 

 その直後、まるで図ったかのようなタイミングでティオがゴングを鳴らす。

 

「はい、じゃあみんな休憩しよっか!」

 

『押忍っ!』

 

 ユミナの言葉に従うように、皆が練習の手を一旦止めた。

 

「シュウくーん。疲れてるとは思うんだけど、ドリンクの方の準備って……」

 

「ミット打ちの前に用意できてまーす」

 

「さっすが未来の専業主夫。手際が良いね」

 

「それ褒めてます?」

 

 そんなやり取りを交わしながら、マネージャーの2人の手で配られるドリンクをタオルにお礼を言い、皆は一時の休息を得た。

 若干名「シュウさんの汗prprしたいですが構いませんねッ!」と言ってユミナに「お触りは厳禁です♪」なんて返される者も居たが、それが日常なので1人を除いて誰も気にしなかった。

 

「そういえば、極々自然な感じだったから言うタイミングを逃していたんですが……」

 

 その1人であるフーカは、それを見て脳裏に蘇った、前から言おうと思っていた疑問を口にした。

 

「シュウさんはマネージャーの筈なのに、なんでさも当然のようにミット打ちのサポートまでしとるんですか?」

 

 ちなみにミッドチルダのミット打ちは、大体の場合やる側が身体強化魔法を全力で使うので、それ相応に慣れていないと大惨事になる危険を孕んだ危ない鍛錬法なのである。

 実際、ミット打ち中の不慮の事故で年に何人かは帰らぬ人となっているとか。

 

「人材の有効活用」

 

「有効活用……?」

 

「ああ。ところでフーカちゃんはノーヴェさんが此処を借りれた経緯って知ってるか?」

 

「えっと……確かミウラさんとハルさんが頑張ったからですよね?」

 

 頑張った。と一言で言い表しているが、その内容は「初参加で都市本戦まで残って無敗のチャンピオン相手に善戦する」と「U15の大会を全て初参加で総ナメする」という、とんでもない内容である。しかもそれをやらかしたのが当時無名の選手であったのだから、その時の業界に走った衝撃は計り知れない物があった。

 

「そう。それで紆余曲折を経て此処を借りれたんだが……最初はノーヴェさんも不慣れな事ばっかりらしくて、事務仕事に忙殺されててな」

 

「……まあ、そういう時期も当然有りますよね」

 

 今でこそテキパキとやっている作業も、最初の方は知人に聞きまくってなんとかこなしていたノーヴェである。誇張抜きで書類の山と格闘していたノーヴェは、当たり前だがヴィヴィオ達の練習に付き合う余裕なんて無く……。

 

「そこで俺とユミナさんでマネージャーとして名乗りを上げたんだ。ユミナさんは体調管理とか得意だし、俺はアインハルトのスパーリングとかに付き合ってたから慣れてたし」

 

「懐かしいですね。中等科1年生の時にユミナさんから「もし良かったら、アインハルトさんの栄養バランスとかを見守りたいなって思うんだけど……」と口説かれた事を思い出します」

 

「ちょっとアインハルトさん?温厚な私でも怒る時は怒るんだからね?だからもうその辺りの私の話は止めよう?」

 

「その頃の名残ってことですか?」

 

「えっ、スルー!?」

 

「まあ、そうなるな」

 

「館内の雑務も?」

 

「ああそうだ」

 

 ノーヴェ的には、本当はこの2人にマネージャー以外の業務をやらせるつもりは無かったのだが、最初期のスタッフ不足から来る苦肉の策で手伝いをお願いしたという事実から済し崩し的にズルズルと来てしまった経緯をフーカが知る事はない。

 

 

 

 

 

 4.とある誰かのお話

 

 

 

 時間は少々遡る。

 

 

 その者は、並ぶ者の無い天才であった。

 

 その者には、並ぶ者の無い欲望があった。

 

 その者は、誰より自分の成功を信じて疑わない自信家であった。

 

 その者は、命という物がどれだけ虚しいかを理解していた。

 

 その者の名を、ジェイル・スカリエッティといった。

 

 

 第9無人世界の「グリューエン」軌道拘置所第1監房に収容されている彼は毎日のように尋問を受けている。

 今日もまた、何時ものように尋問が始まろうとしていた。

 

 

 

「やれやれ。こう毎日変わり映えしないと退屈で死んでしまいそうだ。いや、それが狙いかな?」

 

 何時ものように退屈そうな表情を隠そうともしない彼は、入ってきた相手を見て僅かに目を見開いた。

 

 フェイトである。

 

 首から下は真っ当なスーツであるのに、首から上は「犯」「殺」と書かれたメンポ装備なフェイト=サンのエントリーだ。

 その珍妙な格好に、流石のスカリエッティ=サンも度肝を抜かれた。

 

「おやおや……誰かと思えばプロジェクトFの残滓じゃないか。私が痔になった事を漸く謝ってくれる気になったのかな?」

 

 これに関して言えばスカリエッティは割と真面目だ。普段不真面目な彼からは想像もつかないくらい真面目である。

 

 

 確かに自分は捕まるような事をしている自覚はあったし、捕まる事も覚悟はしていた。一生牢屋の中というのも自分で選んだ事だし、無期懲役という判決にも納得している。

 でも、幾ら何でも、ザンバーを《アーッ!》にぶち込まれる謂れはない。

 

 ザンバーでホームランされるくらいなら全然許せた。彼女が得意らしいケツバットでも笑えただろう。無いとは思うが、最悪の場合は殺されても構わなかった。

 しかし、アレだけは絶対に許されないし許さない。お前も痔にしてやろうか。

 

 

 それが彼の主張である。もちろんフェイトに素知らぬ顔でスルーされるのだが。

 

「それに関しては貴方が悪いので一切謝らない。

 そしてそれとは関係なしに、今回は取引を持ちかけに来た」

 

「いや謝れよ……んんっ。今更まだそんな甘い事を言う気かい?その手の取引には一切応じないと、私は最初に、しかも君に言った筈だが?」

 

 カチンと来た意趣返しに態と苛立ちを煽るように言ったスカリエッティだが、しかしフェイトは「だろうね」と言うと、何かの波状のデータを見せる。

 天才である彼には、それがミッドチルダの転移反応の大きさが記された物だと容易に理解できた。

 

 そしてそれが、一部分だけ極端に大きくなっている事も。それこそ彼が1度も見たことが無い数値である事もだ。

 

 スカリエッティの目が自然と見開かれたのをフェイトは見逃さなかった。そして、この時点でフェイトは勝利を確認する。

 

「……これが何かな?」

 

「もう気付いているだろうが、一部分だけ有り得ないレベルの転移反応がある。それに巻き込まれたのはヴィヴィオとシュウ君、そしてアインハルトちゃんの3人」

 

「人物名を出されても分からないのだが……それで?」

 

 スカリエッティはさっきまでの不機嫌など何処へやらといった具合で続きを促した。

 それはこの部屋を監視している局員には奇妙に見えただろうが、それは仕方ないのだ。

 

 だって()()()()

 さっきも言ったが、この反応の大きさは彼が1度だって見た事の無い物だ。

 そして、比類なき科学者である彼だからこそ、このレベルの反応の大きさは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事を一瞬で理解していた。

 

「転移先を調べた所、向かった先は第97管理外世界「地球」の海鳴市」

 

「……ミッドチルダから地球へはそれなりに距離がある。今、外で流通しているデバイスのレベルがどれほどかは知らないけれど、でも私の試算が正しいなら、現代でその距離をデバイスのみで渡る事は不可能だろうね」

 

 次元世界の間を「次元の海」と比喩する事からも読み取れるが、間の空間をデバイスのみで渡る事は不可能に近い。

 例えるならそれは、大波荒れ狂う嵐の時に1隻のボートで太平洋を横断する事並に無謀な行いだ。

 

 その海を渡るために管理局はアースラに代表される次元を航行する船を保有しているのであるから、それはある意味で当然の事実なのだろうが。

 

「悔しいけど貴方の言う通り、今のデバイスにそんな事は不可能だ。でも気になることはこれだけじゃない」

 

「というと?」

 

「この反応を確認してからすぐに海鳴市に局員を向かわせたんだが、そこでも姿は確認できなかった。反応は確かに有るのにだ」

 

 これはミッドチルダにおいての常識であるが、デバイスの使用には管理局へ検査と申請を出す必要があり、そして管理局は──これは公にはされていない事実であるのだが──その申請されたデバイスの反応で居場所を探査する事もできる。今回使ったのはそれだった。

 

「なるほど、まさしく管理局の名に恥じない行為だ。いたいけな市民の心を利用する辺りなど、正しく"管理"に他ならない。

 …………それで、私に何をしろと?」

 

「3人を連れ戻すのを手伝え」

 

「犯罪者に助力を請うのかね?」

 

「お前の力が必要だと判断した、それだけだ。

 それに貴方にとっても悪い話じゃない。貴方は探求欲を満たし、私達は3人を連れ戻す。利害は一致している筈」

 

 そう言ったフェイトはスカリエッティがこの提案を蹴る事は無いだろうと分かっていた。

 なにせ『無限の欲望』だなんて呼ばれていた男である。探求"欲"に関しては全次元世界の誰よりも旺盛であることをフェイトは正しく理解していた。

 

 そしてジェイル・スカリエッティという人物は、自分が知らないという事を()()()()()()

 

 何故ならそれは、自分こそが世界で最先端を行っていると自負している、極めて傲岸不遜な自信家である彼のプライドが許さない事であるのだから。

 

「…………良いだろう、今回は私の負けだ。君達に手を貸そうじゃないか」

 

 そしてフェイトの思った通り、スカリエッティはその提案を蹴る事をしなかった。

 

「ただし」

 

 と、スカリエッティは言葉を紡ぐ。果たして彼の口から何が飛び出すのか、フェイトの警戒度が一気に上がる。

 

「そんなに身構えないでくれたまえ。ただ……」

 

 スカリエッティの笑みが、フェイトの背筋に冷や汗を流させた。

 

「会わせて欲しい人が居るだけさ」




おまけ

「ちなみにアインハルトさん。シュウさんとのスパーリングってナニしてたんですか?」

「悪意のある変換は止めて下さい。……別に特別な事はしていませんよ。ただシュウさんと終わりなき殴り合いをしていただけです」

「……シュウさんは平気だったんですか?というかそれはもうスパーリングでもなんでもないような」

「シュウさんの身体能力はバグってますからね。魔法使用無しの陸戦なら多分フェイトさん相手でも身体能力のゴリ押しで勝てます。むしろ私が危ない…………ヴィヴィオさんも良くご存知では?」

「いやまあそうなんですけどね……あれ?じゃあなんでそんな危ない事をわざわざ?」

「シュウさんの一発一発が、私のナカに響くんです……そして感じる高揚感。1度ハマれば病みつきになりますよ」(お腹の辺りをさすりながら)

「ほうほう……シュウさん。今晩一緒にtogetherしません?」

「やらねーよ。あんな危ないこと2度と出来るか」

「そこをなんとか!」

「じゃあフェイトさんとなのはさんを説得して来い。そしたらやろう。ダメなら諦めろ」

「分かりました。その約束、キッチリ守って下さいね!」

「お前もなー……絶対無理だろうなぁ」


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春だ!旅行だ!トレーニングだ!

 

「はー、今日もなんとか乗り越えたっと」

 

「シュウさ、中学の頃からテストの度にそれ言ってない?」

 

「あり?そうだっけ」

 

 いつ、何処の学校でもテストがあった日は生徒達の悲鳴と安堵の声が至る所で聞こえるもので、俺もその例に漏れずテストをそれなりに乗り切れた事で机にぐでーっと脱力していた。

 ちなみに今は午後5時を過ぎた辺りで、学校に残っている生徒はそんなに多くない。そして、その殆どが部活に勤しんでいる生徒達で、俺のように部活もやっていない生徒は大体帰宅済みだ。この教室も今は俺とロイ以外に誰も居ない。

 

「やっぱ一夜漬けってジャスティスだわ」

 

「僕には理解できないんだけど、勉強っていうのは毎日やる物じゃないの?」

 

「そうなんだけどさー、そうなんだけどなー」

 

 理由を説明しろと言われると困るけど、でもなんとなく勉強はしたくないとか、有ると思います。共感してくれる人も多い筈……だよな?

 

「分からないなぁ」

 

「良い良い。分からない方がいいよ、マジで。サボり癖が付くからな」

 

 ふーん。と缶ジュースを傾けるロイは、なんというか凄く様になっていた。イケメンは何をしても絵になるというのは、やはり本当の事であるらしい。

 

「イケメンって得だよなぁ……」

 

「テストの話から如何してそこに思考が飛んだのかは分からないけど、でもイケメンもシュウが思ってるほど得じゃないよ?同性から妬みは貰うし、告白を断るのだって一々気を回さなきゃいけないし」

 

「知ってるかロイ。世間一般ではその悩みは"持つ者の悩み"って言ってな、何を言っても同情はされないんだ」

 

「ストラトスさんも似たような悩み持ってそうだけど」

 

 俺は顔だけ起こしてアインハルトが使っている机に目を向ける。普段は授業が終わったら速攻で帰宅する俺がまだ学校に残っている理由は、そのアインハルトだ。

 といっても、別にアインハルトが問題を起こして教師に呼び出されているとか、という訳ではない。いや、間接的には起こしているのだろうが、呼び出す相手が違う。

 

 アインハルトを呼び出すのはこの学校に在籍する男子高校生。何の用か、なんて……まあ深く考える必要も無いだろう。

 嗚呼。無惨に爆死する男子高校生が、また1人増えていく……

 

「持ってる、のかなぁ」

 

「知らないのかい?」

 

「俺だって、別にアインハルトの全部を知ってる訳じゃないんだぞ」

 

 まあ十中八九妬みは有るだろう……というか有る。何故なら耳をすませば、二つ先の教室で何人かの女子がアインハルトをdisっているのが聞こえるから。ちなみに理由はその女子が好きな男がアインハルトにゾッコンだかららしい。

 告白に関してもそうなのだろう。その辺、アインハルトは凄く気を使っていそうだ。

 

 だけどそれがアインハルトの悩みになっているかと問われると……無いんじゃないかなぁ、と俺は思うのだ。確証が無いから話さないけど、そんな事を気にするようなメンタルをしていないのがアインハルトの筈だ。

 

「意外。てっきりお互いの事は全て把握してるのかと」

 

「お前は俺達をなんだと思ってんだ」

 

「私だってシュウさんの全部は知りませんよ。知っている事を知っているだけですから」

 

 入口の方から声がした。なのでそちらを向くと、そこには鞄を持ったアインハルトが立っていた。

 

「終わったか」

 

「ええ。お待たせしました」

 

 俺は椅子から立ち上がろうとして、それよりも早くロイは座っていた机から降りて駆け足気味に扉へ向かった。

 

「んじゃあ僕は先に帰るよ。連休明けに会おう」

 

「下まで一緒に帰らないのか?」

 

「望んで馬に蹴られるほど野暮じゃないさ。それに、迎えにはもう結構な時間を待たせてるしね。早く行ってあげないと悪いだろう?」

 

 ロイはウィンクを一つするとそのまま去っていった。ああいった気障っぽい仕草が似合うのもイケメンの特権だと思う。

 

「さて、私達も帰りましょうか。明日から合宿ですし、準備をしなければいけませんしね」

 

「もう殆ど終わってるだろ」

 

「いえ、まだシュウさんとやる運動の準備がですね」

 

「ミット打ちな。アレどこにやったっけ?」

 

「確か押入れの奥の方にありましたよ……いい加減に買い換えません?気持ちは分かりますけど」

 

「愛着があってなー」

 

 のんびりと夕暮れが差し込む廊下を歩き、さっきアインハルトをdisっていた女子グループが居る教室を過ぎ──ちなみに、まだ同じ話題で盛り上がっていた。俺達が通ると露骨に口を閉じたけど──階段を降りて昇降口まで。吹奏楽部が練習で吹く楽器の音が少し喧しい。

 

「今日は何人フッたんだ?」

 

「4人です。その内セコンド希望が3人。全員、見るに堪えない愚昧でした」

 

「酷い事言うなぁ。その人達にもこう、何かしらの良い所が有るだろ?頭が良いとか、顔が良いとか……あとは……顔がいいとか」

 

「シュウさんを貶す為だけに使われる頭脳に価値は無いです。顔だけの考え無しはもっと嫌いです」

 

「……なーるほど」

 

 これはネットでちょっとでも漁ればすぐに見つかる事なのだが、魔力が欠片も無い俺がアインハルトのパートナーである事に、少なからず疑問や妬み嫉みの声が上がっている。

 別に誰を選ぼうがアインハルトの勝手じゃん。と思うのだが、まあ何事にも難癖をつけたいだけの人は一定数居るものだ。魔力至上主義な世の中で魔力が無い俺だからこそ、余計に槍玉に上がっているというのもあるのだろうが。

 

 今回告白(カミカゼ)を敢行した男子生徒達も、きっと俺を槍玉に上げて貶したりしたのだろう。「君にあんな魔力無し(社会不適合者)は相応しくない。俺ならもっと上手くサポートできる」みたいな?

 そりゃ逆鱗に触れるわ。アインハルトはそういうの大嫌いだし。

 

「まあそんな事はどうでも良いです。とにかく急ぎましょう。少しの間でも家を離れるんですから、最後に掃除くらいはしておきたいですし」

 

「そうだな、急ぐか」

 

 学校の敷地内をランニングしている陸上部の横を通り過ぎ、その舌打ちに背中を押されながら俺達は学校を後にした。

 

 通学路に人気は無い。まだ部活が終わるでもない中途半端な時間だから仕方ないのだろう。

 

「……シュウさんは」

 

「ん?」

 

「シュウさんは、もし私が告白を受けたら……なんて考えないんですか?」

 

「…………えっ?なんで?」

 

 あまりに唐突な質問に思わず聞き返す。いや、本当に何故この流れでそうなったし。

 本気で間の抜けた声が思わず出てしまい、それを聞いたアインハルトがニッコリと笑みを浮かべた。

 

「……忘れて下さい。只の気の迷いです」

 

「ああ……どうした、急に笑うなんて変な物でも食べたか?」

 

「いえ、なんでも、なんでもないんです。ただ今夜はお赤飯かなと」

 

「ごめん待って。マジで話が見えない」

 

 ちょっと嬉しそうなアインハルトに疑問符を浮かべた帰り道だった。

 

 

 

 さて、翌日である。

 毎年恒例となった連休中の強化合宿は、ミッドチルダから離れた無人世界カルナージで行われる。ミッドチルダの首都クラナガンからは次元船で4時間掛かり、時差は7時間と結構凄い。

 

「そういえばシュウさん、ルールーがまたアスレチックを更新したって自信満々に言ってましたよ。なんでも、『今度は絶対に越えられない壁を用意したわ!』って事らしいですけど」

 

「越えられない壁(物理的に)じゃないだろうな……」

 

「いやー、それは無いと思いますよ。ルールーは自分の流儀に『クリア出来ない物は作らない』ってあるらしいですから、だからあくまで比喩表現かと……あったあった。これです」

 

「どれどれ……あれ?これ地球のテレビ番組『サスケェ』のセットじゃあ……」

 

「そこに気づくとは……やっぱそうですよね?」

 

 ちなみに、この次元船は座席が2人1組となっている。それが横にもう1セットあって、横列に4人が座れるような設計だ。左側の列に俺達学生組が、右側の列には大人組がそれぞれ座っている。

 

「ルーテシアらしくないな。ネタ切れか?」

 

「アトラクション間の移動効率を突き詰めたらこうなったらしいですよ」

 

 そして俺の隣に座っているのはヴィヴィオである。俺の隣を賭けたヴィヴィオとアインハルトの壮絶なジャンケンバトルは、85回のあいこの末にヴィヴィオが制したのだ。決まり手は"チョキをグーに変える──と見せかけてパーにする"らしい。

 そんなジャンケンの勝者であるヴィヴィオは、次元船に搭乗してから露骨に俺とベタベタ接触していた。それはもう、たった数メートルの僅かな距離でも手を繋ぐ事をせがむレベルである。

 

「ああ、そうなのか……ところでヴィヴィオ」

 

「お水ですか?それとも、おやつ?」

 

 それは今も変わらず……というか、到着に近づくにつれて更に苛烈になっていた。今だって、こうして普通に会話しているが、その距離はお互いの息が吹きかかるような至近距離である。

 流石にマズイと思った俺は距離を離そうと試みているのだが、いつの間にかガッツリと右肩を掴まれていてそれも出来ない。

 

 なんなんだこの状況。そしてなのはさん、さも当然のようにビデオカメラ構えてないで娘を止めて下さい。いや●RECじゃなくて。

 ……アインハルトの方からも圧が凄い。

 

「いや、ちょっと昼寝しようかなって」

 

「そうですか。じゃあ遠慮せずに私に寄りかかって下さいね」

 

 ヴィヴィオが少し俺から距離を置いた──と思ったら俺の頭はヴィヴィオの方に寄せられた。そして感じる、ふにっとした感触。耳元で喧しいくらい動いている心臓の鼓動が聞こえるので、どうやら俺はヴィヴィオの胸元に頭を寄せられたらしい。

 

「ど、どうです?流石にアインハルトさんクラスとまではいかなくても、人並みにあるでしょう?」

 

「それは判断しかねるけど……大丈夫か?別に無理しなくても」

 

「良いんです、平気です。なので今だけでも、この嬉し恥ずかし幸せタイムを満喫させて下さい」

 

 そして首にもヴィヴィオの腕が。どうやら離すつもりは無いようである。まあヴィヴィオが良いならそれでいいか。

 やる事も無いので目を閉じる。思ったより早くやってきた睡魔に身を任せながら、俺は薄らいでいく意識でふと思ったのだった。

 

 ところで今の体勢って、他人からはどう見えてるんだろうか?

 

 

「ダメだってアインハルトさん……!ここで暴れたら……!」

 

「離しなさいユミナさん!あれは、あの体勢だけは許す訳には……!」




おまけ。前日のナカジマジム組

「なあフーカ。どうして私はジムで1人残らなきゃならないんだろうな……」

「ナカジマ会長が会長だからでは?」

「だよなぁ……ウェンディが羨ましがってた気持ち、今なら分かるな。かといって会長の仕事を投げるわけにもいかないし……」

「なんかすいません……」

「いやいや、フーカが気にする事は無いよ。それより、思う存分楽しんで来い」

「押忍っ!」


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受け止めて、私の殺意(おもい)

 眠りに落ちてから、体感では僅かな時間でカルナージに到着だ。

 無人世界と言うだけあって、周囲を見渡してもコレといった建造物は無い。目に付くのは、他ではあまり見られない人の手が加わっていない大自然だ。

 ただ惜しむらくは、移動の為に整備された文明の象徴たるコンクリートの道路が有る事か。それさえ無ければ…………徒歩での移動となっていただろう。

 

 やっぱ文明は偉大だな。

 

「いつ来ても良い場所ですね、此処は」

 

「だなー」

 

 ここからルーテシア達の家……というか、経営している『ホテルアルピーノ』へは、レンタカーを使って更に移動する事になる。

 

 という訳で、俺達は何人かに分かれて車に乗り込んで移動していた。

 

「で、だ。ところでアインハルト?」

 

「なんでしょうか?」

 

「そろそろ離してくれると嬉しいんだが……」

 

 現在移動中の車内、俺はアインハルトに頭を拘束されている。さっきのヴィヴィオより強く、完全に技をキメられている。痛くはないし息苦しくもないが動けない。

 

「おや、ヴィヴィオさんには散々甘えておいて、私には出来ないと申しますか?」

 

「そうじゃなくてだな……」

 

「なら良いじゃないですか」

 

 耳元でするアインハルトの鼓動は平常運転で、この状況について特に動揺もしていないらしい。こういう所にヴィヴィオとは違う、或る意味無駄な慣れを感じた。

 

「ティアナさーん。あとどれ位で到着しますかねー?」

 

「10分くらいじゃないかしらね」

 

 つまりはあと10分こうしている必要がある訳だ。

 

「アインハルトはずっと俺の頭を抱えてて辛くないのか?向こう着いたら陸戦試合やるんだし、無理はしなくても……」

 

「この程度で疲れる程ヤワな鍛え方はしていないのはシュウさんもご存知でしょう?それに、将来首を抱えて世界を旅する可能性がある以上、その練習を怠る訳にもいかなくてですね……」

 

「助けてティアナさん。俺nice boat.されちゃう」

 

「そうならないようにアインハルトの手綱はキッチリ握っときなさい」

 

 なんとも適当な返答を頂いた。まあ未だに異性との交際経験の無いティアナさんに、この手のアドバイスを求めるのは──

 

「死にたいなら、最初からそう言ってくれれば良かったのに」

 

「ティア、運転中に片手で鉈を持つのは止めよう。隣の私まで巻き添え喰らいかねないから」

 

「黙りなさい彼氏持ち。アンタに、アンタ達に私の苦労が分かるの?」

 

「フェイトさんの教え子な所為で、周りから「コイツも変人なんだな」みたいな目で見られてるんでしょ?泥酔したティアに飽きるほど聞かされたよ……」

 

 …………目の据わったティアナさんは、片手で少しもブレる事なく俺の額に鉈を向けている。そして、その口からは終わる事の無いフェイトさん関連の愚痴が次々と……

 

「あーあ、どうするんですかシュウさん。これはもう責任取ってカミカゼするしかないですよ」

 

「死亡前提なのか……」

 

 といっても、俺が(心の中とはいえ)不用意な言葉を発したのは事実。やはり責任はとらなければならない。ちゃんと骨は拾います。というアインハルトの発言に背中を押されて、俺はティアナさんに言った。

 

「あー……ほら、ティアナさんにも春は必ず来ますって。だから元気出して……」

 

 

「嘘だッ!!」

 

 

「うわぁお!?」

 

 …………その後の詳細はティアナさんの名誉の為に省略させてもらうが、この時に俺は、女性の前で不用意な事を考えない。という事を学習したのだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「来たわね!我が往年のライバ、ル…………って、どうしたの?なんか酷くやつれてるけど」

 

「お気になさらず。シュウさんの自爆ですから」

 

「任務、完了……ガクッ」

 

 さて、ホテルアルピーノに到着した俺は、なんとか自分の命が繋がった事に喜びを感じていた。いや、こうなったのは俺が悪いんだけどさ。

 アインハルトの肩を借りて満身創痍で現れた俺の様子は、自由人のルーテシアに心配されるほど酷いものらしかった。

 

「なにやってるのさシュウ……」

 

「その声はエリオ……よう、元気か?」

 

「ああ、うん。僕は元気だけど……シュウの方こそ元気なの?」

 

 顔を上げると、そこに居たのは俺の友達のエリオとその彼女のキャロ。2人とも薪を持っていた。どうやらお手伝いの真っ最中であるらしい。……本当にどうでもいい情報だが、キャロの身長は出会った当初から殆ど伸びていない。

 

「うん、元気元気……世界は喜びに満ちてるんだなって、改めて実感したよ」

 

「生の歓びを知りやがって……」

 

 なんかアホな事を言ってるアインハルトから離れ、漸くダメージが抜け始めた体を伸ばす。背伸びして、息を深く吸ってから吐いて、なんとなく清浄さが違う気がする空気を取り込むと、「ああ、カルナージに来たんだな」と実感できた。

 

「で、ルーテシア。お前ご自慢のアスレチックは何処だ?」

 

「まあそう焦らないでよ。アスレチック開園は午後から、午前は川で水遊びがいつものパターンでしょ?」

 

「そうだけどさ。ほら、人にドヤ顔されると無性にそのドヤ顔を崩したくならないか?」

 

「……一理あるわね」

 

「ええ……?」

 

 困惑したような声を出したキャロを他所に、割と本気で考え込みはじめたルーテシア。そんなルーテシアの後ろからシュタタっとルーテシアの使い魔のガリューが来てルーテシアの背中をチョンチョンと触る。

 

「なにー?……ってそうじゃん、まだ部屋に案内すらしてない」

 

「去年までと同じだろ?」

 

「そうだけど、ほら。私にもホテルアルピーノの看板娘として業務をこなすという責務があってね」

 

「看板……ああ、だから観光用パネルなんて装備してたんですね」

 

「そうそう……よいしょ。これ暑いし動きづらいし散々ね」

 

 ルーテシアの奇行がいつも通りなので全員スルーしていたが、今のルーテシアは観光地によくある顔の部分だけ空いたパネル(看板?)を顔に着けている状態だった。家族用らしく、横に空いていた残り3つの穴が大変シュール。それを外して、本来の位置に戻してから歩き出す。

 

「そりゃ、そういう用途じゃないしな」

 

「看板娘(そのままの意味で)計画はお蔵入りかなー」

 

 そうやって案内されたのは、かなーり広い和室であった。布団敷けば全員が余裕を持って川の字で寝れるくらいだ。先に来ていたヴィヴィオ達は既に荷物を広げて自分のスペースを陣取っている。

 

「あ、シュウさんはこっちですよ」

 

 ヴィヴィオがぺちぺちと床を叩いた場所は、やはりと言うべきかヴィヴィオの隣。欲望を隠す気が微塵も感じられない。

 

「では失礼して」

 

 アインハルトはなんの躊躇いも遠慮もなくそこに荷物を置いた。遠巻きに見ていたリオやミウラの顔が引きつったのが分かった。そしてコロナは高速で筆を動かしていた。インスピレーションが刺激されたのだろうか。

 

「おいィ?ちょっとアインハルトさん、そこはシュウさんの場所であって貴女の場所ではないんですけど?」

 

「これは失礼。親切に場所を空けてくれていたものですから。さ、どうぞシュウさん」

 

 にこやかに床をポンポンと叩いたアインハルト。そこはヴィヴィオとアインハルトの体を一つ挟んだ場所で、それを見たヴィヴィオの表情が「何してくれてんだこの野郎」と言いたげな物に変わる。

 フッと鼻で笑って明らかにヴィヴィオを煽るアインハルト。何故か笑顔を貼りつけるヴィヴィオ。一気に空気が澱んだのを全員が感じていた。

 

「…………なあフーカちゃん。そっち空いてるか?」

 

「「えっ!?」」

 

「えっ……とはい、一応……」

 

 あんな所に居られるか!俺はフーカちゃんの所に逃げるぞ!フーカちゃんが明らかに「なんでこっち来るんだ」的な目をしてるけど、そんな目で止まる俺じゃねぇ!

 

「えっ、ちょ、シュウさん!?」

 

「さあ、さっさと川行こうぜ!っていうか先に行ってるからな!」

 

「あっ、ちょっと待って下さいよーー!」

 

 なぁにぃ?聞こえんなぁ!あっはっはっはっはっ!……はあ。

 

 

「で、問題を先送りにして逃げて来たと」

 

「英断だと思ってるから……(震え声)」

 

「でも、それって根本的な解決にはなりませんよね?」

 

「敬語やめろ」

 

 川辺にて、先に来ていたルーテシアとヴィヴィオ達が来るまで談笑中。

 

「で、実際問題どうするの?さっきは勢いで誤魔化せただろうけど、夜になったら絶対蒸し返すよ?」

 

「だよなー……というかさ、そもそもの話として、俺が女子の中に放り込まれてるのが間違いなんじゃないか」

 

「いやいやいや、ベストな配置だと思うよ?仮にシュウを隔離したら、そっちにヴィヴィオとアインハルトが乗り込むだけじゃん。それで、それを止めるために、みんなが集まる。どっちにしろ結果が変わらないんなら最初から纏めといた方が良いでしょ」

 

「うっ」

 

 ルーテシアの反論に言葉を詰まらせる。実際にそうなるだろうなという確信があるから、そう言われると何も返せねぇ。

 

「もういっその事、両脇に2人を抱えて交互に相手するとかどう?」

 

「やっぱそれしかないか……」

 

 でもそれ、いつもの土日と何も変わらないような……。

 

「とおおおおおお!一番乗りぃぃぁぁあぁぁああ!?」

 

「リオが勢い余って川に落ちた!」

 

「この出オチ!」

 

 誰かが通り過ぎたと思ったら、悲鳴と共にどぼーんと勢い良く水柱が上がり、後ろからヴィヴィオの声が聞こえてきた。

 

「ほら、出迎えてあげなよ色男」

 

「誰が色男だ……まったく」

 

 立ち上がると同時に背中に走る衝撃。

 

「へっへっへ……いいカラダしてるじゃないですかシュウさん」

 

「そうか?あんまり運動してないから、結構だらしない感じだと思うんだが」

 

 ヴィヴィオである。うん、知ってたって感じだ。ヴィヴィオの手はエロ親父のような動きで忙しなくさわさわしている。

 

「いや、その割にはしっかりがっしりしてますよ。歪みないです」

 

「ありがと。ところで、あっちでターミネーターしてるリオは助けなくていいのか?」

 

 溶鉱炉に沈むターミネーターの如く、水面に手だけが出ているリオを指さす。今にもあのテーマ曲が聞こえてきそうだ。

 

「あれギャグでやってると思いますし、まあ放っておいても……」

 

「あ、沈んだ」

 

 

「「……………………」」

 

 

 ルーテシアの言葉に俺とヴィヴィオは無言でリオがターミネーターしていた方を見て、完全に沈みきったリオが居たであろう場所を見た。

 

「ちょっと待てそれはシャレにならんーーーッ!?」

 

「リオーーーー!?」

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「逝ったかと思ったよ……」

 

 川辺でシュウ達はリオを囲んで座っていた。中心のリオは息を切らしながら大の字で地面に寝転んでいる。

 

「むしろよく生きてたな」

 

「根性と生存本能全開で、なんとか」

 

 ちなみに原因は勢い余って川に落ちた際に足をつったからだとか。

 

「こうならない為にも、準備運動はしっかりしないとね」

 

「ですねー」

 

 立ち上がり、準備運動を始めたユミナとフーカに釣られるように皆が動き始める。リオはまだ立ち上がる気力が無いのか微動だにしない。

 

「シュウさんモーゼして下さい」

 

「また川を割れと申すか。魚が可哀想だろ」

 

「いいじゃないですか。お昼に1品増えますよ」

 

「どうせ、みんな、エリオとスバルさんの腹の中」

 

 やがて聞こえ始めたズドーン、ズドーンという水斬りの音を環境音に、リオは目を開けずに話しかける。

 

「……行かないの?」

 

「ネタ帳は濡らせないかなって」

 

 如何にもらしい返答に苦笑いをリオは浮かべ、上半身だけを起こして川の方を見た。

 

 そこに在るのは、ナカジマジムのいつものメンバーが水遊びに興じている光景。

 何処から取り出したのか、ルーテシアはバレーボールをヘディングでアインハルトに向けて叩きつけていた。それを受け止め、ヴィヴィオへ投げつけるアインハルト。それを顔面セーブし、顔を真っ赤にしながらアインハルトに飛びかかるヴィヴィオ。巻き添えを喰らう面々。

 

 嗚呼、なんて美しい光景だろう。青春を彩る美しい1ページが、そこに広がっていた。

 

「真っ赤……飛びかかる……飛び散る鮮血……ネタは貰った」

 

 となりのコロナが居なければ、もっと美しかっただろう。そこが惜しまれる所……いや、それすら青春の1部だ。この美しさを曇らせているようなコロナもまた青春の一部分なのだ。きっとそう、そうに違いない。うん、多分。

 段々と自信が無くなってきたリオの目の前で一際大きな爆音が響く。見ると、どうやらシュウがいよいよ根負けして水斬りをしたらしい。

 

「ああ、これで1品追加確定か」

 

 天を貫かんほどに高く、そして長く伸びた水柱を見ながらリオは言った。良く見ると打ち上げられた水柱から飛び跳ねた魚が見える。

 やはりナカジマジム主催水斬り大会に初出場でモーゼのように長距離に渡って川を割り、満場一致で速攻殿堂入りとなった選手は格が違った。

 もう水斬りというより水割りだよ。とは当時引率だったノーヴェ会長の言葉である。

 

「やっぱりあの人の身体能力ってヤバいなー」

 

「あれでリンカーコア無いんだもんね」

 

 水斬りの余波で発生した局所的な大雨に打たれながら、バインドを網のようにして魚を獲るメンバーを見てリオはふと思う。

 

 

 ところでコレ、ダイナマイト漁とかガチンコ漁に相当しないかな。法律に触れない?大丈夫?

 

 

 

 

 ちなみにその後、リオ達が持って帰った魚を見て「やったぜ」と言った2人が居たとか居ないとか。




おまけ、居残り組の会話

「ねえノーヴェ、最近リンネが救命用の魔法を覚えたいって言い出したんだけど」

「なんでまた突然」

「さあ?理由を聞いても『必要になるかもしれないから』の一点張りで……まあ十中八九シュウ君の為だとは思うんだけど」

「それで、白羽の矢が立ったのが私って訳か?」

「…………忙しいのは承知してるわ。でも知り合いで顔が広いのがノーヴェくらいしか……」

「あー分かった分かった。とりあえず知り合いを当たってみるよ」

「ありがとう」

「気にすんな。今度飲み物……出来ればエナジードリンク系統を奢ってくれればそれでいい」

「……本当に、ごめんなさい」


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ウホッ、いいアスレチック……!

遅くなりました。今回はオリジナルの設定がちょろっと出てます。


 ウホッ、いいアスレチック……!

 

 

 

「う〜〜、アスレチックアスレチック」

 

 今アスレチックを求めて全力疾走している俺は公立高校に通う健全な男子高校生。強いて違うところをあげるとすれば、身体能力が並外れてるってとこかナ……名前はシュウ・レドイ。

 そんな訳で、ホテルアルピーノにあるアスレチックエリアにやってきたのだ。

 

 ふと見ると、休憩用のベンチに1匹の使い魔が青いツナギを着せられて座っていた。その使い魔が指さした方向を見て、俺は思わず息を呑む。

 

 ウホッ!いいアスレチック……そう思っていると、その使い魔がいきなりツナギのホックを外しはじめ……そしてベンチに立て掛けてあった看板を持つと、文字が書いてある方をこちらに向けた。

 

『アスレチック、やらないか』

 

 そういえばこのホテルアルピーノは、アスレチックが毎年強化される事で有名な所だった。ルーテシアから挑戦状を叩きつけられていた俺は、ホイホイと誘われるままアスレチックエリアまでついて行ったのだ。

 

「モノローグ乙です。でもなんで某テクニック風?」

 

「ネタにはノらなきゃ失礼かなって」

 

 暑かったらしく、ベンチに脱いだ青ツナギを掛けているガリューを横目に俺は屈伸運動を行っていた。

 その先に数多くのアスレチック。どれもが『サスケェ』のような趣のセットだ。

 

「準備いいー?」

 

「いつでも良いぞー」

 

 ルーテシアは何処から仕入れたのか、運動会なんかで使われる空砲をブンブン振り回していた。

 

「じゃあ行くよー。よーい……ドンッ☆」

 

 開始と同時にスタート地点から池の足場に飛び降りる。

 

「っとと……結構バランス要るな」

 

 足場が蓮の葉の形状をしている事、そしてなによりも水の上という事が足場を不安定にさせていた。

 トン、トン、トンとバランスを崩さないようにリズムよく乗り移りながら、まずは池を突破する。

 

「あっさりクリアしましたね」

 

「まだ序盤も序盤だけどね」

 

 次にあるのは目の荒い網が水面と平行になるように設置されている。それはジャンプすれば届く高さにあり、雲梯のようにして腕だけで移動するのだろう。

 

「ホップ、ステップ、こどもちゃれんじ!」

 

 予想通り掴めた。しかしこのギミック、なんかマリオ64でも似たようなのを見た気がする。

 

「当たり前のように片足であの高さ跳ぶ辺り、やっぱシュウさんの身体能力は常軌を逸してますね……」

 

「北斗の拳でも生きていけそうだよね」

 

 10秒ほどで第2エリアを突破。続いてやってきたのは、車輪の側面に捕まって転がる、サスケェでは『筋肉大車輪』と呼ばれているアトラクションだ。

 ……だが、この車輪には側面に掴まれそうな出っ張りが何一つ無い。完全にツルツルしている。

 

「おいコレどうするんだ?」

 

「サーカスでさ、大玉に乗って動くピエロっているじゃん?アレと同じ感じで」

 

「…………難易度高くねーかな、それ」

 

 車輪(木製)の上に乗る。……思ったより高いな。この先にもまだアトラクションは続いている。

 車輪の先にはプラスチックの壁が2枚そびえ立っていた。『筋肉式崖登り』のセットだ。両手足を突っ張って上に登るアトラクションである。

 

「なあルーテシア」

 

「今度は何?」

 

「休憩地点が見えないんだが?」

 

 サスケェでは、アトラクションの間に少しの安全地帯が必ず用意されていた。そうしないと選手の体力が持たないという配慮もあるのだろう。

 だが此処には無い。つまるところ、俺は『筋肉車輪転がし』からノータイムで『筋肉式崖登り』を行わなくてはいけないという事だ。ついでに言うなら車輪用レールのストッパーも無いので、モタモタしてると車輪と共に水にドボンである。

 

「そんなもの無いよ。でもシュウなら平気でしょ?」

 

「お前は俺を何だと……」

 

「T-1000」

 

「…………せめて人間にしてくれ」

 

 地味ーに角度のキツイ坂で勢いの乗った車輪から飛び移り、『筋肉式崖登り』に移行する。今日は日差しが暑いから、手汗で滑らないようにしないといけない。

 

「よっ、ほっ。意外と辛いなコレ」

 

 慣れない行為に四苦八苦しながらも、なんとかてっぺんまで登りきる。すると今度も休憩地点は無く、代わりに眼下に3本の平均台が水に浮いていた。次はアレに飛び降りる、という事らしい。

 

「届くか……!?」

 

 大体5メートルくらいの高さから飛び降りて、なんとか平均台へは飛び移れた。

 

 しかし、そこで俺の視界は左に傾く。よく見ると平均台が大きく傾いている。

 

「しまっ……!?」

 

 

 どぼーん

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

「『筋肉傾く平均台』には勝てなかったようだね……!」

 

「……普通、平均台が傾くのは予想しないと思うんだが」

 

「想像力が足りないよ」

 

「腹立つぅ……」

 

 びしょびしょの服を着替えてきたシュウは、蓮の葉の足場で落ちまくっている皆を見ながら言った。

 

「よしっ!3枚目いっ……アバーッ!?」

 

「リオがまた落ちーーッ!?」

 

「ヴィヴィさんも落ちーーッ!?」

 

「えっ、ちょっとなんで私までーー!?」

 

「道連れにユミナさんが落ちた!」

 

「この人でなし!」

 

 

 

「……楽しんでんなぁ」

 

「楽しんでるねぇ」

 

 同じ所で何回も起こる水飛沫を2人はぬるいスポーツドリンクを片手に鑑賞していた。

 

「ちなみにルーテシア。あれはそんなに難しいのか?」

 

「平衡感覚がしっかりしてることと、飛び移りから着地の際の体幹制御をしっかり出来れば普通なら余裕。ただ……」

 

「ただ?」

 

「今はシュウ専用にレベル上げてるからね。具体的に言うと、求められるバランス感覚がより酷い」

 

「……そんなに?」

 

「そんなに」

 

 また上がった水柱と着水音を背景にルーテシアはスポーツドリンクの入ったペットボトルを傾け、微妙な表情で戻した。

 

「ぬるい」

 

「腹冷やしてもマズイだろ?」

 

「気遣いどーも……」

 

 でも今は冷たいのが欲しいなー。なんて考えてしまうのは仕方のないことかもしれない。誰だって、炎天下の真っ只中でぬるい(を通り越して少し(ぬく)い)飲み物なんてあまり飲みたくはないだろう。

 

「ふいー、濡れた濡れたーー」

 

「少しはしゃぎすぎましたか。ユミナさん、生きてますか?」

 

「……………………」

 

「し、死んでる……!?」

 

 ヴィヴィオ達が陸に上がってきた。口からナニかが出かかっているユミナをアインハルトが背負っている。

 近くの脱衣場に向かう女子達を横目に見ながら、ルーテシアは茹だった頭で特に何も考えずに発言した。

 

「濡れ透けってさぁ、ロマンだよね」

 

「……はい?」

 

 ルーテシア・アルピーノ。エリオやキャロから「魂がオヤジ」と言われている所以を今日も遺憾無く発揮していた。

 

「だから、濡れ透け。興奮しない?」

 

「いきなり何なんだよ……」

 

「見てみなよ、皆を」

 

 ルーテシアの手によって半ば強引に向けられた視界の先にはヴィヴィオ達がいる。その服は、先程まで水に飛び込んでいたからか濡れているし、肌に張り付いて身体のラインを所々浮かび上がらせていた。

 

「アインハルトは成長が早いのかな、もう身体が女としてほぼ完成してる。しかもブラ無しとか誘ってるとしか思えないね。普段もああなの?」

 

「流石に下着の有無までは把握してない」

 

「そう?まあいいや。どっちにしても、男なら数秒で堕ちそうな誘惑に動じないシュウはホモだし」

 

「……コロナがこっち見たな。声が聞こえる距離ではない筈なんだが」

 

 まだルーテシアの口は止まらない。というか、むしろ加速していていた。どうやら暑さで頭をやられてしまったらしかった。

 

「ヴィヴィオはまだ所々に幼さを残してるね。主に胸。でもそれがいい。あの未完成さから来る言葉に出来ない背徳感っていうのはアインハルトでは絶対に味わえない物だよ。……そういえばヴィヴィオやアインハルトと土日にお風呂入ってるらしいね?」

 

「お前自分の親友にどんな評価下してんの?あと、風呂に関しては向こう側が乱入してくるだけだと断固として主張させてもらう」

 

「つまり裸は見てる訳ね。アインハルトやヴィヴィオの裸を見た普通の男ならその場で即座に創世合体しそうなのにシュウはしていない。つまりシュウはホモ。Q.E.D.」

 

「どうやってもそっちに持っていきたいらしいな」

 

「でも客観的事実から見れば否定できないんだよ?1回でも手を付けてるならまだしも」

 

 そんなことはない。と言いかけて、現状全く否定できる要素が無い事に気付いた。見方によっては、確かにルーテシアのような見方も出来なくはないのだろう。

 そんな考えをシュウは温いスポーツドリンクと共に胃の中へと流し込んだ。なんというか、認めたら負けな気がしたのだ。

 

「ぬるい」

 

 

 

 

 

 かぽーん

 どこからともなくそんな音が聞こえる露天風呂で、シュウはエリオと肩を並べて湯に浸かっていた。

 

「あ~~生き返るぅ~~」

 

「お疲れ。管理局員ってのも大変だな」

 

「まあ命懸けてるからね。こればかりは仕方ないよ」

 

 露天風呂はこの2人で貸切状態だ。参加メンバーの中で男はこの2人のみなのでそれも当然なのだが。必然的にそれ以外は全員が女子である事実に今更ながら気付き、男女比率に改めて2人は戦慄した。慣れてしまっている自分が恐ろしかった。

 

「それにほら。下世話な話すると将来も安泰だし……死ななければ」

 

「縁起でもない事を言うなよ」

 

「万が一の話だよ。そういうシュウはどうなのさ。将来の事、ちゃんと考えてる?」

 

「一応は。といっても、選択肢なんて殆ど無いだろうけどな」

 

 その言葉にエリオは一瞬眉を顰めて、しかしすぐに納得したように夜空を見上げた。

 

「あー、そっか。リンカーコア無いんだっけ。じゃあ進学も苦労しなかった?」

 

「した。ヤバいぞ、リンカーコアの有る無しで進路が倍は違うからな」

 

 ミッドチルダでは魔力の有無は非常に重要な要素である。私立の小中学校は勿論のこと、偏差値が上の公立高校も魔力という物に強い拘りを見せているからだ。魔力の多さがそのままステータスになる、といっても過言ではない。

 

「そんなに?うわー」

 

「いやー苦労したぜ。マジで」

 

 シュウが合格した公立高校は、そんなミッドチルダの教育界隈では珍しく魔力を"あまり"重視しない高校である。一定数は存在するリンカーコア非保持者が通える高校の中で偏差値が一番高い。最も、"あまり"重視しないだけであって、魔力が有ると有利である事に変わりはないのだが。

 

「魔力至上主義、か。嫌な話だ」

 

「その恩恵を受けてるお前がそれ言うか?」

 

「それとこれとは話が別。恩恵を受けてても気分悪い物は悪いんだよ」

 

 遥かな昔より魔法技術が発達していくにつれて、世の中には魔法を扱う事の出来る者達が台頭していった。力無き人々はそうした者達の下で庇護され、それがクニとなって成長し、そして戦乱を巻き起こした。

 その過程で力無き人々は力有る者に虐げられ、奪われ、日の当たらない影で生きる事を余儀なくされたという。

 戦場の主役が魔法であり、それを扱えない者が人として扱われなかった時代の話だ。

 

 古代ベルカ時代の文献の一つに「貧者、"一揆"と叫び手に棒を持ち蜂起す。数は百程度。領主、之を即日鎮圧す」という記述が遺っている。

 また、同時期の別の資料には「貧者五十を贄に捧げる。生のまま皮を剥ぎ、之儀式に用いて恵みを齎す」という生贄を示唆する記述が遺っている。

 昨今の研究により、貧者とはリンカーコア非保持者の事であり、それと同時に『財を持たざる者』としての意味合いもある事が分かっている。今よりも魔力の持ち主が戦力として優遇されていた時代、どのような差別を受けていたかは資料から多少読み取る事ができるだろう。そして、その抵抗が容易に鎮圧された事も。

 

 

 そんな、管理局という組織が創設されるより前から続いていたその状況が、いつしか魔力至上主義という名の不文律に形を変えて現代にも生きているのだ。

 そこから生じる選民思想や差別の問題は、ジェイル・スカリエッティという強大な敵を無くした今になって、今一番大きな壁となって人々を二つに分断していた。

 連日報道されているのは学校でイジメを苦にした生徒の自殺事件。その被害者の9割が、リンカーコアを持たない者であるという。

 

「それで思い出したけどシュウは大丈夫?イジメとかされてない?」

 

「問題ない。常にアインハルトがベッタリなせいか、そういう奴が寄ってきた事は最近無いな」

 

「そう……ならいいんだ」

 

 魔力の有る者、魔力の無い者。

 虐げる者、虐げられる者。

 奪う者、奪われる者。

 

 温泉の水面に映る三日月は何処か嘲笑っているようだった。その下に特大の不満を孕みながら。




おまけ、女湯

「アインハルトってさー、いい加減シュウに手出さないの?」

「なんですかいきなり。出しませんよ」

「でも同棲してるんでしょ?若い男女が一つ屋根の下って、それはもうそういう事だと思うんだけど」

「……私が言えた義理ではないですが、ルーテシアさんも中々クレイジーですよね」

「褒めないでよ。で、なんで?」

「必要が無いからです」

「ヴィヴィオとかリンネちゃんってライバルが居るのに、そんな悠長で平気なの?」

「ええ。その根拠もありますよ。話しませんけど」

「ふーん。ま、なんでもいいけどさ。修羅場る時は是非呼んでね」

「呼びませんよ」


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辞世の句でも読んでおけ

タイトルに深い意味は無いです。ニンスレ要素も殆ど無くて実際安心。
ところで全国の皆さんはvivid18巻を買いました?私は限定版目当てにアニメイトとゲーマーズをハシゴする羽目になりました。くそう、でも買っちゃうビクンビクン。


「闇レベル4。いやー、いい湯だった」

 

「風レベル7。温泉って聞くと自宅の湯船より違う特別な気がしますよね。例え入浴剤とかで効能が同じだとしても」

 

「光レベル9。それ、家に喧嘩売ってる?」

 

「地レベル12。アインハルトさん流のお茶目なジョークだよ、きっと」

 

「闇レベル2。流して地レベル5。いきなりなんて事言うんだアインハルトお前……」

 

「風レベル6。ジョークですよ。覇王ジョークです」

 

「闇レベル7。全く笑えなかったよ。ブラックすぎない?」

 

「だよねー。ところでシュウさん。ヲー……ラーの翼神竜って光レベル13扱いでしたっけ?」

 

「そう。オベリスクは地のレベル13、オシリスは風、球体ラーが闇で、ホルアクはジョーカーだ」

 

「じゃあ光レベル8で流してから三幻神出しますね」

 

「うげっ……」

 

「くっ、私のホルアクティだけでは対抗ができない……!」

 

「元のゲーム的にはそれで呼べるのにねー」

 

 

 

「…………なに、やってるの?」

 

 目の前で繰り広げられている謎の光景に、なのははただ困惑するばかりだった。

 

 シュウ、アインハルト、ヴィヴィオ、ルーテシアの4人は小さなテーブルで遊戯王カードを片手に会話しながら何かしていた。

 それだけならデュエルしているように取れるが、しかし4人の真ん中に山のように積まれたモンスターカードがそれを否定していた。普通、遊戯王ではカードがバラバラに、しかもモンスターカードだけが山になって積まれることは無い。

 

「これですか?大富豪です。トランプゲームの」

 

「ああ、うん。そっかぁ……大富豪かぁ……えっ?」

 

 なるほど確かに、言われてみれば先程まで見ていた動きは確かに大富豪と非常に良く似ていた。さも当然のように遊戯王カードで行っていなければ、それは疑いようもなかっただろう。

 

「なんで遊戯王カード?普通にトランプでやれば良いのに」

 

「全員忘れてました。なので急遽かき集めたカードで代用してるんです」

 

「ええ……?」

 

 それじゃあお前達、まさか遊戯王カードは持ってるのにトランプを忘れるとかいう良く分からない事態になってんの?

 なのはは内心でそう思った。

 

 フェイトやはやて辺りなら「デュエリストが己の魂たるデッキを持ってるのは当然」とか言って特に大きな反応はしないのだろうが、なのはの脳内はまだそこまで汚染が進んでいない。

 つまりは極めて冷静に、そして客観的に、娘を含めた4人の汚染度を測ることができた。できてしまっていた。

 

「あー……まあ、その、程々にね。明日もあるし」

 

「ええ、そのつもりです」

 

 マルチタスクによる超高速思考回転の末に出したなのはの判断は撤退。

 

 いいじゃん、別に悪い事はしてないんだから。臨機応変に遊戯王カードをトランプにしてるだけだし。

 それが脳内会議で出た結論であった。

 

 

 高町なのは、現在XX(ピー)歳。娘が妙な方向に進化している事が最近の悩みだ。

 

 

 

 辞世の句でも読んでおけ

 

 

 

 誰にも言ったことはないが、俺は宿先で枕が変わると眠れない。微睡むことも無く、一睡も出来ないのだ。常に目がギンギンに冴えていると言っていい。

 理由は分からないが、多分体質なんだろう。この体質の所為で皆が寝静まった後に1人で起き上がって窓からの風景を夜が明けるまで見ているハメになったりした事が何度かあった。そして、大体退屈と空腹で死にそうになる。

 

 こういう時、俺は外に散歩がてらランニングしに出る事にしている。そして増した空腹感に悶えるまでがテンプレだ。

 

(…………しかし珍しい)

 

 さて、今の状況を簡単に説明しよう。

 現在時刻は午前2時を超えたところ。俺の右半身の方にはアインハルトが、左半身の方にはヴィヴィオが、それぞれ陣取っている。けれど珍しく2人は今俺に背を向けて寝ていた。明日は雨かな?

 

 あの後、結局俺は両脇に2人を抱えて眠る事になった。もう慣れてしまったのか、こちらに見向きもしないで盛り上がるリオ達が羨ましかった。待って、俺もそっちで盛り上がりたい。

 ……というかだな。アインハルトはともかくとして、ヴィヴィオは友人からシカトされてて良いのか?

 

 消灯時の体勢はべったりというか、ユーカリの木にしがみつくコアラのような格好だったのだが、今は俺に背を向けて横向きの体育座りみたいな姿勢をしている。しかも2人揃ってほぼ同じ姿勢で。

 

 俺は静かに立ち上がると、寝ている皆を起こさないようにゆっくりと部屋を出た。

 

「眠れないみたいだね」

 

 そして直後に壁に背を預けたフェイトさんとエンカウントした。おかしいな、まばたきするまでは誰も居なかった筈なんだが。

 

「ええ、少しだけ」

 

「ならちょっと歩かない?」

 

 フェイトさんのその誘いを断る理由も無い。俺はその誘いに頷いて、歩き出したフェイトさんの後を追う。

 

「フェイトさんは如何してこの時間まで?」

 

「職業病って奴かな。この時間になっても全く眠くならないんだ。普段は仕事してるからね」

 

「この時間まで?」

 

「この時間まで」

 

 ……管理局の労働体制はどうなっているんだろう。俺の想像よりブラックなのか、それともフェイトさんが働き過ぎているだけなのか。その判断は俺には出来ない。

 

「なのはさんは?」

 

「もう寝てる。この草木も眠るウシミツ・アワーに今起きているのは、多分私とシュウ君くらいじゃないかな?」

 

「明日……今日?もありますからね」

 

「この時間帯だと、その辺りの区別が曖昧になるよね」

 

 この『ホテルアルピーノ』がホテルと銘打っているからか、館内には売店や自販機なんかと共に待合室のようなスペースが用意されている。フェイトさんは一つの自販機の前で足を止めると、ポケットから幾らかの小銭を出して突っ込んでいた。そして缶飲料を2つ取り出すと、俺の隣に座って一つをこちらに渡してくる。

 

「あ、どーも……コーヒー?」

 

「この際だし、完徹しちゃおうかなって」

 

「俺は構いませんけど……フェイトさんはいつもの試合があるんじゃないんですか?」

 

「一徹くらいなら局員は誰でも日常的にやってる事だし、それに、眠気程度で動きが鈍ってたら管理局ではやっていけないんだよ?」

 

 …………聞かなかった事にしよう。俺は何も聞いていなかった。管理局は闇なんて無いクリーンな組織、いいね?

 

「ちなみにだけど、管理局でエースと呼ばれてる人達は皆が突然のバイク事故程度じゃ傷一つ付かない頑丈さがあるんだよ。ぶつける側でも、ぶつけられる側でもね」

 

「あんた達はターミネーターか何かですか?」

 

「あながち間違いでもないかな。私はターミネーターじゃなくてコーディネーターだけど」

 

「あー……そうでしたね、あなたコーディネーターでした」

 

 しかも超スーパーすげぇどすばい奴。そして今はどうでもいいが、この人はマジで質量を持った残像を使える。使うと少しずつバリアジャケット(装甲)が脱げていくという原作再現もバッチリで、大きなお友達もニッコリな技なんだとか。フェイトさんは一体何を目指しているんだ……?

 

「ところで、明日のメンバー分けの表って持ってます?持ってたら見たいんですが」

 

「持ってるよ。見てもいいけど、皆には内緒ね?」

 

 フェイトさんはジャージのポケットから出された紙を受け取った俺はそれを見る。

 

 赤組/青組

 

 フロントアタッカー

 フェイト/ヴィヴィオ

 エリオ/ガリュー

 

 ガードウイング

 アインハルト/リオ

 フーカ/コロナ

 

 センターガード

 スバル/なのは

 ミウラ/ティアナ

 

 フルバック

 キャロ/ルーテシア

 

 

「両極端ですね」

 

 赤組は殆ど全員がまっすぐ行ってぶっ飛ばす事(最高に頭の良い戦術)しか考えてないような脳筋……もとい近接戦闘を主体としたゴリ……人達の集まり。

 対する青組は"比較的"遠距離戦が得意な人達の集まりだ。あくまで"比較的"なので、場合によっては普通に殴ってくる。とある人は「砲撃でチマチマ削るより殴った方が早い」とか脳筋発言かまして開幕から突っ込む。

 

「爆発力の赤組、安定性の青組って感じだね」

 

「どう考えても赤組がなのはさんに潰される未来しか見えないんですがそれは」

 

「大丈夫だよ。開幕と同時に全員で吶喊するから」

 

「人はそれをバンザイアタックって呼ぶそうですよ?」

 

 又の名をカミカゼ。

 この手のチーム分けは互いにクソゲーを押し付けるか押し付けられるかの二択しかないから、試合時間も短くなる傾向がある。だから試合回数を増やすという意味では有り………なのか?

 

 いや、やっぱ無しだろ。試合じゃなくてクソゲーの押し付けあいだし。こんなのするより一回の長い試合の方が有益だと思うんだがなー。

 

「なのはのライフを削りきるか、それとも私が潰されるか。どっちが先か賭ける?」

 

「フェイトさんが潰されるに賭けます」

 

「賭けにならないね」

 

「むしろ普段のなのはさんとフェイトさんを知っていて何故賭けが成立すると思ったのか」

 

「それもそっか」

 

 好き放題するフェイトさんの鎮圧担当という一点だけでも、フェイトさんがなのはさんに勝てないのは明らかだろう。フェイトさんとなのはさんとでは絶対的な相性が存在するのだ。

 

「さて、私はそろそろ部屋に戻るよ」

 

「寝るんですか?眠くないんじゃなかったんですか?」

 

「眠くないし寝ないよ。けど、馬に蹴られる趣味は無くてね。逢瀬の時を邪魔するほど、私は無粋になったつもりはないよ」

 

 そう言い残すと、フェイトさんはソファから立ち上がって飲み終わったらしい缶をゴミ箱にシュート。キッチリ入ったのを確認してから小声で「超、エキサイティンッ!」と言うと月光に金髪を靡かせながら角を曲がって俺の視界から消えた。

 

「随分と楽しそうでしたね」

 

「……実は起きてたのか?」

 

「いえ。偶然お手洗いに行きたくなって目を覚ましたら、隣の温もりが消え失せていましたので」

 

 入れ替わるようにやって来たのはアインハルト。無駄に達筆な地底人Tシャツを装備しての登場だ。

 

「何を話していたんですか?」

 

「管理局の闇を見た」

 

「はい?」

 

「ところで、歩いて来たにしては少し息を切らしているようだけど」

 

「露骨に話を逸らしましたね……ええ、シュウさんを探して館内中を早足で歩き回っていましたから」

 

 そう言うと、アインハルトは俺の隣──さっきまでフェイトさんが座っていた場所だ──に座る。俺たち以外に誰の気配もしない静かな空間、アインハルトの少し乱れた息遣いがハッキリと聞こえてくる。

 

「…………」

 

「……………」

 

「………………シュウさん」

 

「なんだ?」

 

「今日は、また一段と月が綺麗に見えますね」

 

 ……この場所からは窓から二つの月を綺麗に見る事ができる。その月明かりは今座っているソファの辺りを照らしていた。言われてみれば、なんとなくミッドチルダの我が家から見るより綺麗な気もするが……アインハルトが言いたいのは絶対にそういう事ではない。

 

「まだ早いと思うんだ。先ずはお友達からだな……」

 

「相変わらず身持ちが固いですね。しかし、それでこそシュウさんです」

 

「前に似たようなセリフを聞いたことあるぞ」

 

 俺の返答に一先ずは納得したのか、アインハルトは横になって俺の膝に頭を載せる。そして空いていた俺の右手を両手で掴んで胸元に寄せて御満悦の表情を見せた。

 人はこの体勢を逆膝枕の体勢と呼ぶらしい。

 

「風邪引くぞ」

 

「シュウさんなら私が寝落ちしたら部屋まで連れて帰ってくれるでしょう?

 私としては、この場でR-18な感じに手を出してもらって欲しいんですが」

 

「雰囲気ぶち壊すなよ。今絶対にそういう空気じゃない、このままのんびりお月見する空気だろ」

 

「今やってるエロゲではこういうシチュもあるので壊してないです。むしろ雰囲気に沿っていると言っていいでしょう」

 

「エロゲ脳乙」

 

 アホな事を言っているアインハルトを放置して左手で缶コーヒーを傾ける。すきっ腹にコーヒーが直撃して胃がキリキリ痛む。

 

「今適当に流しましたね?流しましたでしょう?仕返しにシュウさんの右手を私の豊満な胸に押し当てます。えい」

 

「それ、いつも平気でやってる事だろ?」

 

「それもそうですね。で、何を話していたんですか?」

 

 忘れてなかったのか、心なし冷たい声色で再び問い詰められる俺。恐らくアインハルトは俺とフェイトさんのイケナイあれやこれやを想像しているのかもしれない。

 実際はフェイトさん率いる赤組がお通夜である事を確認しただけなのだが。

 

「明日、いつもの試合あるだろ?そのメンバー表を見せてもらってた」

 

「ほーう、メンバー表ですか。もう少しマシな嘘を吐いてほしいですね」

 

「嘘じゃねえって。ほら、フェイトさんとなのはさんの直筆だ」

 

 テーブルに放置されたままのそれをアインハルトに渡す。最初は半信半疑といった風に目を通していたアインハルトだったが、次第に目が見開かれていき、最後には体がプルプルと震えていた。

 

「あの…………シュウさん。馬鹿な質問して悪いですけど、この試合をサボれる方法とかありませんかね?」

 

「そんな物無いよ」

 

「ですよねーー。ではシュウさん、この戦いが終わったら2人で静かに暮らしましょうか」

 

「露骨に死亡フラグを立てるな。大丈夫、骨はちゃんと海に撒いてやるから」

 

 いつかのトラウマを思い出したのか、段々と震えが小刻みになってきたアインハルトが一際強く手を握りしめた。

 

 なにはともあれ、ルーテシアが頑張って組み上げたというレイヤー建造物の都市がいつものように崩壊する事だけは確かそうだ。




おまけ、居残り組の会話2

「それで、ウチのシャマルに声がかかった訳やな」

『そっちも忙しいっていうのは分かってるんですが……』

「まあシャマルは断らんやろ。真面目に勉強したいって子を無下にするほど、シャマルも余裕を無くしてはおらんやろし」

『ありがとうございます。じゃあジルにもそう伝えておきます』

「よろしく伝えといてなー。……それにしても、如何してリンネちゃんは急にそないな事言い出したんやろな?」


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ようこそ世紀末

やけに長く書いたと思ったら、過去最高の約6900字とかいうボリュームになってました。まあ文字数だけで中身はペラッペラなんですがね!
メガーヌさんはこんな感じで良いのかなぁ……キャラが掴めない。


 ようこそ世紀末

 

 

 

 西暦20XX年、世界はピンクの光に包まれた!

 

 

 地は裂け、草木は消し飛び、あらゆる生命が消失したかに見えた。

 

 

 だが、この女だけは死滅していなかった!

 

 

「逃げ回れば、死にはしない……」

 

 

 その女の名はフェイト・T・ハラオウン。人は彼女をハンザイシャスレイヤーと呼んだ。

 

 

「死にはしない、けど……!」

 

 

 彼女は一瞬にして滅んだ街に悲嘆の目を向ける余裕さえ無い。何故なら、一瞬でも気が緩んだ瞬間が彼女の終わりだからだ。

 

 今、フェイトの眼前はピンクで埋め尽くされていた。正確に言うならば、縦横無尽かつ無数に蠢くピンク色のアクセルシューターが、フェイト個人に目掛けて突っ込んできているのだ。

 

 両手に握られた二刀のライオットブレードを手元で回転させながらアクセルシューターを切り払い、撃ち漏らしはプラズマランサーで相殺する。

 自慢の高速機動でアクセルシューターを振り払い、即座に振り返って一閃。ピンクの爆発が眼下に広がり、全てのシューターを誘爆させて破壊する事に成功した。だが、それはまだ攻撃のほんの一部でしかない。

 

 

 瞬間、視界の端で閃光が瞬いた。

 頭が何を思うよりも先に、身体は既にその場所を飛び退いている。そして、そこを一筋の光が走り抜けていった。フェイトの背中にすうっと冷たい物が走る。

 

「相変わらず容赦が無い……ッ!」

 

 今のは確実に脳天を狙いにきていた軌道だった。演習とはいえ──いや、演習だからこその本気の一撃。絶対に仕留めるという気概を感じ取れる。

 フェイトの高速機動に慣れてきたのか、段々と狙いが正確になってきているピンク色の閃光に苦いものを覚えつつも、しかしそれと同時に高揚感も覚えていた。シグナムとでは決して味わえない砲撃型との駆け引きを楽しんでいたからだ。

 だがこのままではこちらは向こうに決定打を与える事ができない。どうにかして接近する必要があった。

 

「バルディッシュ。今から一気に詰め寄ったとして、あと何発喰らう?」

 

 《最低でも4発ほどかと》

 

 相棒の試算にフェイトは頷き、そして突撃する。最低限の4発を避けれないようではこの死合を制する事はできないし、逃げ回っていてもジリ貧だからだ。それに、砲撃型の相手に延々と遠距離戦を仕掛ける事ほど愚かな事もないだろう。

 

「……レイジングハート」

 

 主の呼び掛けに、紅いコアユニットを輝かせる事でデバイスは応える。

 迎え撃つは四門の砲塔、そのうち二つは主を護る盾の役割も担っている。青組最後の生き残り、なのはは防御を己のデバイスが制御する機動盾に任せ、両手で長大な砲身をフェイトへと向けた。

 

 その装備の名はCW-AEC02X Strike(ストライク) Cannon(カノン)

 

 第三管理世界、ヴァイゼンの魔導端末メーカー「カレドヴルフ・テクニクス」が開発・提供している対AMF装備の一つである。

 その長大な砲身は、砲弾に対して圧倒的な加速力と破壊力を付与する魔導的なレールガンとして機能し、また、突撃槍や重剣としても扱える遠近両用の武器だ。

 

「ディバイン……」

 

 身内読みというのか、なのはにはフェイトがどう避けるかが大まかに読めていた。最も、それはフェイトも同じことだろうが。

 

「バスターーっ!」

 

 放たれた一条の光は瞬きのうちにフェイトにまで到達する。しかし、やはり読まれていたのか僅かにバリアジャケットを掠める程度に被害を抑えられてなのはは内心で舌打ちした。

 

 ストライクカノンの欠点として、発射から着弾までがあまりに早すぎるので、なのは自身にも砲撃の制御ができない、という物がある。つまりどういう事かというと、普段ならできる"一度避けられた砲撃を曲げて背後から直撃させる"や"砲撃でまくのうちラッシュ"等のテクニックが使用不可能なのだ。

 この欠点は戦術の幅を大いに狭める致命的なもので、発射タイミングに回避を合わせられると簡単に避けられてしまう。初見や格下には非常に有効だが、フェイトやシグナムクラスになると殆ど通じなくなるのである。

 

「レイジングハート!」

 

 《Divine Buster Full Burst》

 

 しかし、それも予想はできていた。フェイトならば避けるだろうと半ば確信めいた予想をしていたなのはは、当然次の策を用意している。

 

 続いて周囲に滞空している三門の砲塔が火を噴いた。一筋の閃光ではなく、何十もの細かい光に分かれた拡散ビームがゲリラ豪雨のようにフェイトを襲う。

 

「くぅっ……!」

 

 地面スレスレを飛ぶフェイトの周辺のビームが着弾した場所が弾け飛び、土煙と共に上層部が抉られていた建造物が完全に崩壊した。砕け落ちる音を背後に聞きながら、フェイトの目線は空中に浮かんだなのはにのみ向けられている。

 飛び散ったガレキの破片で傷付き土埃で汚れていても、なお消えぬ闘志がそこにはあった。

 

「バルディッシュ!」

 

 《Plasma Smasher》

 

 仕返しと言わんばかりに放たれたプラズマスマッシャーは、なのはの近くを浮遊する盾の一つが射線を遮るように立ち塞がって受け止める。

 その盾はプラズマスマッシャーを防ぎきると素早く元の位置に戻った。そして再び開いた射線にピンクの閃光が煌めく。フェイトは咄嗟に宙返りで閃光を回避した。

 

 

 拡散ビームの雨霰の中を突き抜けてくるフェイトを見たなのははストライクカノンを左腕のアタッチメントに装着すると、空いた右腕に浮遊していた一つの盾を装備した。そして、その盾から実体剣を出現させると、それでフェイトのライオットブレードを迎撃した。

 

「てぇいっ!」

 

「っ!」

 

 激突するライオットブレードと実体剣。激しい火花と音を撒き散らしながら、至近距離でフェイトとなのはが向かい合う。

 

「"待"ってたよ!この"瞬間"をォ!!」

 

「暑苦しいなぁもう!」

 

 一度お互いに距離を置き、フェイトは二刀のライオットブレードを一刀の長剣に変化させ、なのはは左腕のストライクカノンに魔力刃を出現させて再び切り結ぶ。ガリガリと凄まじい勢いで二人の魔力刃が削れていき、周囲にピンクと黄色の魔力の残滓が撒き散らされた。

 

「やっぱりなのはは凄い!いつも私の予想を上回ってくる!」

 

「そういうフェイトちゃんも!殆ど無傷で寄られるとは思わなかった、よっ!!」

 

 一瞬拮抗した鍔迫り合いだが、両手でブレードを握っているフェイトと、あくまで片手で受け止めているなのはでは使える力の総量が違う。フェイトに押し切られるようにして鍔迫り合いに押し負けたなのはは、続くフェイトの猛攻を残り二枚の盾と右腕の実体剣を展開した盾をフル活用してなんとか凌ぐ。

 

「どうしたの?!動きが鈍くなってるよ!!」

 

「私、遠距離型なんだけどなぁ!──フォートレス!!」

 

 その言葉を合図にして、二人の間に壁を作るように上からの砲撃が飛んできた。フェイトが飛び退き、近距離戦の強制から解き放たれたなのはは牽制にアクセルシューターを数発放って距離を置いた。

 

 CW-AEC00X Fortress(フォートレス)

 

 こちらもストライクカノンと同様にカレドヴルフ・テクニクス社の武装であり、ストライクカノンと併用する事を前提に設計された戦闘支援武装である。 魔力非結合(AMF)状況化でも安定して飛行を行うための飛行制御ユニットと、他ユニットの管制のためのメインユニットのほか、3つの「多目的盾」で構成されている。

 

 わかりやすく言うと、なのはの周辺には3機のシールドビットと、レイジングハートの先端部分を切り離したような形状のメインユニット兼ファンネルの、合計4機が常に滞空しているのだ。

 

「なのはばっかり装備マシマシでズルイ!私のはブレードが二刀になって片方を投げてもブーメランみたいに帰ってくるくらいしか変化ないのに!!」

 

「文句なら管理局に言って!!」

 

 ライオットブレードを二刀に換装したフェイトは、その片方を、やけに気合の入ったフォームで思いっきりぶん投げた。歴戦を共にしてきた相棒の、あんまりといえばあんまりな扱いに思わずなのはの口元が引き攣る。

 滞空している多目的盾が動き、内蔵されている砲戦用の大型粒子砲を傷付けないように受け流す形でブレードを弾き飛ばした。錐揉み回転しながら背後に吹き飛ぶそれに、なのはは自分が対応を間違えた事を察する。先ほどのフェイトの嘆きが正しいのなら、次にフェイトが打つ手は──

 

「この瞬間を待ってた!!」

 

「どの瞬間なの!?」

 

「あの瞬間だよ!!」

 

 再度の接近。今度は牽制のアクセルシューターに被弾しながらも確実に詰め寄ってくる。そして背後からも、まるで意思があるかのようにライオットブレードがなのは目掛けて飛んでくる。

 並の魔導師であれば、ここでどちらも防御出来ずに詰む。プロテクションは円形に範囲を伸ばすと、同じ魔力量を使い一点集中で発動した時と比べて強度が劣り、更に発動時間も余計にかかるのだ。そしてその薄い防御破ることくらい、フェイトには濡れティッシュをぶち抜くのと同じくらい簡単である。

 

 《Protection》

 

 が、それは並の魔導師が相手ならのお話である。

 

 管理局のエース・オブ・エース、生きる機動戦士、全身ガンダニュウム合金、ターミネーター、元コマンドー、悪魔、死神、鬼教官

 

 そんな数々の(一部を除いて)不名誉すぎる称号を持っているなのはのプロテクションは、使い込まれている事も相まってフェイトでも容易には打ち破れない強度を有している。

 

(あまり時間は掛けられない……)

 

 バルディッシュから知らされた残り時間は僅か、このままではHPの差で赤組が負けてしまう。だからこそ、ここでフェイトは多少の被弾を覚悟して至近距離に噛み付いたのだ。

 なのはは砲撃魔導師であり、長年のキャリアもあって距離の置き方も心得ている。一度引き剥がされてしまうと、残りの時間でもう一度噛み付くのはフェイトでも不可能に近かった。

 

「ソードオフ!」

 

 その一言をトリガーに、飛んでいる方のライオットブレードの刀身が爆ぜた。魔力で構築された刀身が、かなりの数のプラズマランサーに化けたのだ。

 

 フェイトがFPSゲームで愛用しているソードオフ・ショットガンに不意に何かを思ったのか、それともショットガンという近接専用銃の存在自体に思うところがあったのか。

 ともかく、シャーリーとフェイトが3徹の末に完成させた専用術式《ソードオフ・ショットランサー》はショットガンと同じく「至近距離で最大火力を発揮する」射撃術式としてなのはに牙をむいた。

 

 この《ソードオフ・ショットランサー》で射出されるプラズマランサーは性能が大幅改造されており、最大飛距離を1/20にする事によって発生した余剰リソースを全てバリア貫通能力に割り振った特別仕様となっている。

 全段命中でも総火力は決して高くはないが、ディバインバスターに匹敵するバリア貫通能力によって防御が硬い魔導師には特に有効に働く。そう、なのはのような魔導師には特に。

 

「うっそ………」

 

 何十本ものプラズマランサーが同時にプロテクションにぶつかり、一瞬でひび割れた己の防御に信頼を寄せていたなのはは驚愕に目を見開いた。

 そして、ひび割れた壁を強引にぶち抜く事に関しては、フェイトもなのはに負けてはいない。

 

「さあ、さらけ出すといい……なのはという存在、その全てを!」

 

「ここでそのセリフチョイスするの!?」

 

 極めて原始的に、そして力任せに叩きつけられたライオットブレードによってプロテクションは割られ、その勢いは衰えることなく、なのはの胸元へと吸い込まれるように突き立てられた。急速に削られるHPになのはが顔をしかめる。

 

「捕った!第三部、完ッ!」

 

「っ……まだだよ、まだ終わらない!」

 

 ところで、これは何の関係もない話だが、勝負事において人が最も油断するタイミングは勝利がほぼ確定した瞬間であるという。

 

 なのはの背後でレイジングハートが不穏な動きを見せた。スススッとフェイトの視界から隠れるようになのはの背中に移動すると、その砲身から魔力刃を生成する。

 

 《A.C.S., standby》

 

 それは、いつかの聖夜になのはが使ったレイジングハートの突撃形態。それがなのは目掛けて突撃し、

 

「ぐうっ!」

 

「なんっ!?」

 

 ()()()()()フェイトを貫いた。まさかの捨て身の行動にフェイトも驚きを隠せない。

 

「なのは、何を!?」

 

「私だけが落ちるなんて納得いかない……フェイトちゃんのHPも、一緒に連れて逝く……!」

 

「だけど、そんな事をしても私がなのはのHPを削りきるのが先!どのみち私の勝ちだ!」

 

「それは、どうかな!?」

 

「なん……だと!?」

 

 なのはが両手でフェイトの肩をがっしり掴むと同時に謎の発光をはじめる。

 

「ヴィヴィオ……ダメなママでごめんね……。そしてシュウ君……ヴィヴィオを宜しくね……」

 

「ちょっと!!なんでハイクめいた発言してるの!?まさか──」

 

「任務、完了……」

 

「自爆テロだコレーーーーッ!!?」

 

 

 ちゅどーん

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「おーい、エリオーー。生きてるかー?」

 

「な、なんとか……」

 

 地獄のような陸戦試合が終了して、場外から観戦していた俺とユミナさんとメガーヌさんで犠牲者達の救助を行っていた。

 なのはさんの自爆という形で終わったこの試合は、無効試合として処理する事が決定されている。しかし、試合結果は無効になっても犠牲者達のダメージは無かったことにはならないので、回復のために今日はこれでお開きになるらしかった。

 

「あれ、キャロとフリードは?」

 

「先に部屋に送還されてる。肩を貸そうか?」

 

「いや、いい。膝が笑ってるけど、辛うじて歩けるから……本気で死ぬかと思った」

 

「ああ、まあそう思うよな。俺、今回ほどリンカーコア無くて良かったって思ったのは初めてかもしれん」

 

 見るも無残なレイヤー建造物の成れの果てを見ながら俺とエリオはゆっくり歩き始めた。

 

「他の皆は?」

 

「何人かは掘り起こしたけど、全員ガレキの下に居た。もちろん、お前とキャロとフリードもだ。掘り起こすの苦労したんだぜ?」

 

「そりゃあ手間かけたね……無事なの?」

 

「メガーヌさん曰く、デバイスの緊急防御システムが働いてるから、特に大きな怪我は無いそうだ。フリードは自前の強靭な生命力でなんとか」

 

 空を見上げると、向こうの方から真っ黒い雷雲が近付いてくるのが分かった。近いうちにこっちにやって来そうだ。

 

「なのはさんとフェイトさんは?今回の件について流石に文句の一つくらいは言っておきたいんだけど」

 

「メガーヌさんに捕まってお仕置きされてる。観戦席のあった場所に居るよ」

 

 あの2人はやり過ぎたんだ……途中からチーム戦そっちのけでタイマンを始めると誰が予想したか。いや、戦術的には強い奴を強い奴で抑えるのは正しいのだろうけど、二次被害が酷かったのが悪い。流れ弾で皆がガンガン落とされてたし。

 

「そうなんだ……ちなみにお仕置きって、どんな感じの?」

 

「石抱き」

 

「えっ?」

 

「石抱き。拷問だよ」

 

 慣れた手つきで拷問の準備を整えたメガーヌさんに一生逆らわないようにしようと決めた瞬間だった。なんで当然のように石抱き用の石を用意できるんですかねぇ……

 

「えっ、ええっ!?ちょ、それ大丈夫なの!?」

 

「メガーヌさんも引き際は心得てるだろうから大丈夫だよ。やけに手慣れてたし、多分その道のプロだったんじゃないかな?」

 

「知りたくなかったそんな情報……」

 

 しばらく歩いて集合場所の観戦席があった場所に戻ってくると、近寄るにつれて呻き声らしき音が聞こえてくる。エリオはそれに疑問符を浮かべ、段々と声の主が分かってくるとその顔を引き攣らせた。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"…………」

 

「ゔあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"…………」

 

 ボロボロのバリアジャケット姿のままで石抱きされているフェイトさんとなのはさん。石はお互い2枚ずつ積まれている。

 

「地獄の底から聞こえてきそうな声だよな」

 

「聞いてると呪われそうな……」

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"……あ?エ"リ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!」

 

「うわぁぁぁぁぁ!?」

 

「待て、なんで俺を盾にする」

 

 正座の姿勢のまま、石が2枚も載っているとは思えない軽快な動きで跳ねながら寄ってくるフェイトさんにエリオが俺を盾に隠れた。

 

「はーい、動いちゃダメですよー」

 

「ゔあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!! エ"リ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!」

 

「フェイトさん……今回ばかりは僕も擁護は出来ないです」

 

 そして、直後にメガーヌさんがバインドを投げ縄のように投げてフェイトさんを捕まえると元居た場所に引きずり戻す。悲痛な叫びを木霊させたフェイトさんを、エリオは俺を盾にしながらそう言った。

 

「さあシュウ君、埋もれてる人はまだ居るから急いで救助に向かいましょう?天気予報によるとあと少しで雨も降るし、それまでに皆を掘り起こさないと」

 

「ですね。エリオ、悪いが……」

 

「大丈夫、1人で戻れるよ。それよりも早く皆を助けてあげて」

 

「分かってる。でもヤバそうならすぐに連絡しろよ?」

 

 俺は背負ったスコップを揺らしながらメガーヌさんと共にまだ埋もれている要救助者を助けに世紀末と化した廃墟街へと降りて行く。

 

 エ"リ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ" キ"ャ"ロ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"

 ヴィ"ヴィ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"

 

 背後からの声は聞かなかった事にした。




おまけ、観戦者たち
「ねえシュウ君」

「なんでしょうユミナさん」

「これ、チーム戦だよね……?」

「その筈ですけど」

「なんで1VS1の決闘になってるのかな?」

「それもこれもなのはさんのSLBが悪いんですよ。あの人、平然と味方ごと巻き込んでパナしてましたし」

「ヴィヴィオちゃんも光の中に消えていったよね……」

「最期の「えっ」って言いたそうな表情は忘れられな──何の光ィ!!?」

「なのはさんから光が逆流する……!?」

「あらあら、あの2人にも困ったわね」

「いや、あれは困ったとかそういう類い、で、は……」

「あらシュウ君、どうしたのかしら?」

「メガーヌさん、あの、その石は何に使うつもりですか?そもそも何処から?」

「禁則事項よ。知らない方がいいわ」

「アッハイ」



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母娘の休息

難産&難産でした。まさかアインハルトがいないだけでここまで話が作りづらくなるとは……



「シャアに嵌められたガルマの気持ちが分かった気がする……」

 

「君は良い友人だったが、君の母上がいけないのだよ。はっはっはっはっはっはっ!」

 

「なのはママ!?謀ったねなのはママ!!…………いや本当に、なぜ味方ごと巻き込んだのか」

 

「昂っちゃったんじゃないか?」

 

「いやいやいや。そんな子供みたいな理由でSLBぶっぱなんて……しちゃうのがなのはママだったなぁそういえば。そんな事やってるから、未だにはやてさんにお子様ランチ頼む?なんて言われるのに」

 

 その日の夕方。既に雨は上がり、ちょっと早めのお風呂を済ませて、今は夕食までの僅かな時間。俺は浴衣姿のヴィヴィオに連れられてベランダに出ていた。

 

「それで、廊下で待ち伏せしてまで俺を此処に連れ出した理由はなんだ?」

 

「そんなに疑わなくてもいいじゃないですか。ただ単にお話したかっただけですよ」

 

「日頃の行いって大事だよな」

 

「まるで私が疑われるような事をしているみたいに言うのはやめて下さいよ。事実ですけど」

 

 そういってヴィヴィオは俺に背を向けてベランダの柵に手を置いて沈み行く夕日を見た。風がそよぎ、降ろされた長い金髪を靡かせる。後ろ姿だけを見ると小さくなったフェイトさんみたいだ。

 

「思えば、こうして2人きりでお話する機会なんて、あんまり無かったですよね」

 

「大体は俺の隣にアインハルトが居るからな……あれ、そういえばアイツは?」

 

「もうシュウさん。女の人の前で別の女の人の話題を出すなんてダメですよ?機嫌を悪くされちゃいますからね。

 ちなみにアインハルトさんは多分まだお風呂だと思います。私が見た時は湯船で放心してましたから。ユミナさんが必死に直してましたけど、どれくらいかかるか……」

 

「去年からなのはさんの、というか集束砲撃そのものがトラウマになってるっぽいしなぁ……」

 

 前回はティアナさんとなのはさんのSLBの正面対決があり、その爆心地にアインハルトが運悪く居て大変な目にあった事があった。ちなみに爆心地でSLBを2発喰らう感覚は、アインハルト曰く「津波級の大波に前後から挟まれて飲み込まれる感じ」らしい。

 どんな感じかを想像していると、不意にヴィヴィオが頬を膨らませながら顔をズイっと近寄らせてきた。

 

「ちょっとシュウさん、さっきの私の話聞いてましたー?わたし怒っちゃいますよー。ぷんぷん」

 

「悪い悪い。でもその割にはヴィヴィオの機嫌は悪くないな、俺の気の所為か?」

 

()妻の余裕って奴ですね。この程度なら許容範囲内です」

 

()妻じゃなくてか」

 

「だって私"聖王様"ですし。それに、こっちの字の方が縁起が良さそうじゃないですか」

 

 上手いこと言ってやったぜ、みたいなドヤ顔のヴィヴィオの肩の上でクリスが両手でガッツポーズ(コ ロ ン ビ ア)をしていた。デバイスは持ち主に似るという、何処かで聞いた俗説に俺の中で信憑性が生まれた瞬間だった。

 

「かもな。ところで本題は?話逸らした俺が言えたことじゃないけど、お前も言いたい事があるんだろ?」

 

「あっはい。じゃあこれを……」

 

 と言ってヴィヴィオが浴衣の内側から取り出したパンフレットを手に取る。その際、露骨に浴衣をはだけさせて肌を見せつけるように取り出したのを華麗にスルー。

 ヴィヴィオの体温でホカホカしているパンフレットは結婚式の宣伝パンフレットらしく、表紙には新郎新婦の格好をした2人が写っていた。

 …………つまりはそういう事だよな。

 

「俺、まだ所帯を持つ気は無いから……」

 

「違います。あっいや違いませんけど。シュウさんが頷いたらすぐにでもエンゲージ出来ますけど、今回はそうではなくてですね。

 実はそれ、聖王教会が作ってるパンフレットなんです。それで、これから訪れる結婚シーズン前に表紙を変えようって話になって、今回は新婦役に私が選ばれたんですよ」

 

「聖王教会ってブライダル事業にまで手を出してるのか……それで、まさか新郎役を俺にやれと?」

 

 なんだ早とちりかと安心したのも束の間。話の流れ的に俺が指名されるんじゃないかと思ったのだが、意外にもヴィヴィオは首を横に振って否定した。

 ……その表情は本気で悔しそうだった。

 

「残念ながら……ひっじょーに残念ながら、その相手役はアインハルトさんに決まってまして。女同士とか本気(マジ)かと思わなくもないですけど、そういう需要があるのも理解はしてますし……納得はしてないんですけどね」

 

「アインハルトに直接言えばいいんじゃないのか?なんで俺に言う?」

 

「私が直接言ったとして、返ってくるのは絶対に煽りと拒否の言葉ですから。なのでシュウさんには、アインハルトさんを甘い言葉で誘ってホイホイと連れてきてほしいんですよ」

 

「無いとは言えない……というか絶対にやるな。アインハルトならやる」

 

「私、女の人と式場に立つのはちょっと……ヴィヴィオさんと違って、そういう趣味は無いので」みたいな感じで言われそうだ。

 しかし、そうなると疑問が一つ。それを何故、俺に言ったのかという事。

 確かにアインハルトなら言いかねないが、それでも決まっている事に対してグチグチと言うほど器量が狭いわけでもない。どちらかといえば、不満を一切押し殺して黙々と取り組むタイプで……

 

「…………待て。アインハルトに話は通してあるんだよな?よく考えたら甘い言葉で誘って云々って、明らかに騙す為の……」

 

 ヴィヴィオは無言で目を逸らし、そして消えそうな声で言う。

 

「…………言ってないんです」

 

「はい?」

 

「だから、その…………一切、伝えてないんです」

 

「企画担当者はバカなのか?」

 

 おかしいとは思ったけど、まさか何も伝えてないとはこの海のリハクの目を(ry。いやいやいや、マジで何を考えているんだ。

 

「おっしゃる通りで……。でも、なにかおかしい事に気付いた時にはもう止まらなくなってて……」

 

「だから辻褄合わせの為に、どうにかしてアインハルトを連れてきたくて、それで俺に白羽の矢が立ったと」

 

「そんな感じで……ダメですかね?」

 

「俺は構わないけど、でもアインハルトがなぁ……拗ねるか、不貞腐れるか、キレるか。どれかな?」

 

 どれにしろ、アインハルトの機嫌が悪くなる事は確定的で、それのフォローに回る俺の気苦労も確定だという事は言えるだろう。

 

「お願いします!埋め合わせでなんでもしますから!!」

 

「そこまでしなくてもいいけど、アインハルトのフォローはやってくれよ?」

 

 最後の一言のせいで胡散臭いように思えるのは、俺の心が薄汚れているからだと思いたい。

 

 

 

 母娘の休息

 

 

 

 最後のゆりかごの聖王、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト

 

 戦乱期をたった1人で終わらせたという、現代に伝わるその偉業は、王という存在が消えて久しいこの時代に教会という形で遺され、崇められ、そしてあらゆる劇や創作物の題材になるくらいには知れ渡っている。全次元世界に敬虔な教徒が居て、信仰者の数が2位とダブルスコアだと言えば、その凄まじさが理解できるだろう。ミッドチルダの人口の約6割は聖王教を信仰しているというデータも出ていた。

 

 聖王女オリヴィエがどのように描かれるかは歴史書などによって様々らしいが、肖像画にも残っているとおりオッドアイで、両腕を失っていて、そして武芸の達人であったという事はどれも共通して記述されているらしい。

 

 それだけ見ればまさにパーフェクトな聖人君子なのだが、しかし悲しい哉、やはりそんな人間は存在しないらしい。

 その正体は、クラウスの記憶を持つアインハルト曰く、修行の過程で流れた血に対して興奮するド変態。清楚なイメージの肖像画からは全く想像もつかないが、アインハルトの言うことだし間違いは無いだろう。なにやら特殊な嗜好をお持ちだったようだ。今はまだその片鱗は見えないが、いずれヴィヴィオもそうなるのだろうか。

 

 そのままではただの変態だが、普段は伝承に遺されているように聖王女としての側面の方が強かったらしい。特殊性癖を知っているのも本当に親しい人のみで、表向きは聖王女として通っていたようだ。その辺りの顔の使い分けは、しっかりとヴィヴィオに受け継がれているようである。

 

 ちなみに、聖王女オリヴィエの性癖に最初は度肝を抜かされたクラウスだったが、いつの間にか慣れるどころか染まっていたらしい。つまり、オリヴィエの嗜好がクラウスに伝染(うつ)ったのだという。

 先祖の痴態に対し、「古代ベルカなんで。ベルカはこれくらいデフォなんで」と言うアインハルトの背中が、その時は少し煤けて見えた。

 

「…………それで、ルーテシアじゃなくて俺を連れてきた理由は?」

 

「蔵書室、男女一組、夜、何も起きない筈がなく……的なラッキースケベを期待してます!さあカモン!」

 

「アホ」

 

 何故いきなりこんな事を言い始めたかというと、夕食後、ヴィヴィオがまた俺を連れて今度は蔵書室にやって来たからだ。

 目の前に広げられているのは聖王女オリヴィエに関して書かれた様々な歴史書。目を通すだけで頭が痛くなりそうな分厚いそれらを、真面目な顔して読みながらメモを取るヴィヴィオを見て、普段がアレなだけでやはり才女である事は確かなのだと思い知った。

 

「でもどうしたんだ?いきなり「(ちょっと調べたい事があるから)付き合ってください」なんて言ってここに来るなんて」

 

「この休み中の宿題でして。プチ自由研究みたいな感じの奴で、テーマはなんでもいいんですけど、せっかくなので複製母体(オリジナル)のオリヴィエについて調べてみようと。

 アインハルトさんと違って私にはオリヴィエの記憶なんて無いので、複製母体(オリジナル)の事を知るには良い機会かなと思ってたんですよねー」

 

「大変だな……んっ?アインハルトがそんなのやってた覚えは無いぞ?」

 

「導入されたのがアインハルトさんが卒業してから、つまり今年からなんですよ。ちくしょう羨ましい」

 

 ちくしょうちくしょうと言いながらもその手は止まらない。真面目にしていれば恰好いいのに、なんで普段はああも残念なのだろう。

 

「で、俺が居る意味は?」

 

「精神安定と目の保養ですね」

 

「精神安定はさておき、フツーの男に目の保養を求めんな。エリオにでも頼め」

 

「いやいや、フツーだからいいんじゃないですか。此処だから言いますけど、ぶっちゃけイケメンは見飽きてましてね。シュウさんのほどよい感じがこう、なんというか、ね?」

 

「ね?じゃないが」

 

 馬鹿にされてるのか褒められてるのかは分からないが、そういう事らしい。そして精神安定ってなんだよ。

 と、ここまで考えてから、はたと気づく。ヴィヴィオがやっているのなら、リオやコロナも同様の宿題が出ている筈だ。コロナはやる事はしっかり終わらせるタイプなので大丈夫なのだろうが、リオがダメな未来しか見えないのは日頃の行いのせいだろう。

 

「そういえばリオとコロナはもう終わってるのか?」

 

「みたいです。ぐぬぬ、コロナはまだしも、まさかリオに先を越されるとは……」

 

「リオが終わってるなんて意外だな。てっきり最後に残して泣きを見てるかと」

 

 本当に度肝を抜かされた。まさかリオが……いや、これは俺の偏見だし、別にリオが早く宿題を終わらせているのはいい事だ。だけどなんだろうか、このなんとも言えない違和感は。

 

「自由研究形式はリオの独壇場なんですよ。何故かは知らないけど得意らしくて」

 

「見かけによらないんだな」

 

「リオには悪いけど、やっぱそう思いますよね……っと。これはもういいや」

 

 ヴィヴィオは手を止めて本を閉じると、それを持ち立ち上がって元あった場所に戻しに行った。その間に俺は机の上の一冊を手に取り、適当なページを開けてみる。

 

「…………、……………………」

 

 そして10秒と持たずに本を閉じた。この手の本は頭が痛くなるような錯覚を覚えていけない。つくづく、今まで俺がこんな歴史書を読む必要があるような課題が出なくて良かったと思った。こなせる自信が無い。

 

「あーめんどくさー……おっ?ひょっとしてシュウさん、私の歴史に興味津々ですか?

 もうっ、そんなに気になるんなら言ってくれれば全部教えますのに」

 

「いや、別にそういう訳じゃ……というか、この歴史書って聖王女オリヴィエのだし」

 

「オリヴィエは私の複製母体(オリジナル)、私はオリヴィエの遺伝子で出来た複製体(クローン)、つまり私はオリヴィエ。なのでその歴史書は私についての歴史書という方程式が通用しますね!」

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

 おかしくないですー、至って論理的ですー。なんてヴィヴィオは言いながら本を開き、再び手を動か……そうとして、一瞬顔を歪めて手を止めた。

 

「ヴィヴィオ?」

 

「……持ってくる本、これじゃなかった……」

 

 どうやらタイトルを間違えたらしい。ヴィヴィオは本を閉じると、そのまま早足で本棚の間へと消えていった。が、5分と経たない内に戻ってくる。

 そして目当ての本を見つけたらしいヴィヴィオの手がサラサラと流れるように動き、メモに文字が書かれる様子を俺は眺めていた。

 

 …………あれ?ヴィヴィオの持ってる本、さっき戻しに行った本と同じタイトルの気がするんだが……何を間違えたんだろうか。

 しかし、何もせずにただ眺めているだけというのも暇だ。俺はふらりと本棚に近寄ると、比較的読みやすそうな気がする歴史書を一冊手に取った。

 

 此処、ルーテシアが個人で所有している蔵書室は、ルーテシア個人がチョイスした学問系の本が取り揃えられている。俺はあまり詳しくないが、絶版になった本やレアな本も有るらしい。無駄なドヤ顔でルーテシア本人に語られたからよく覚えている。

 

「ラノベとかだと、こういう場所で主人公が実は昔の武人の子孫だった。みたいな展開があるんだろうなー」

 

 俺がページをペラペラとめくりながらの発言にヴィヴィオが答える。

 

「シュウさんにはそういうの無いんですか?そのふざけた身体スペック的に、実はベルカの王族の末裔とか言われても驚かないんですけど」

 

「ふざけたって……いや、仕方ないか。ウチの家系図はしっかり残ってるが、残念ながら俺の家は農民の家系だ。父さん曰く、古代ベルカ時代では農作物を荒らす原生動物を相手に農具で渡り合ったらしいぞ」

 

「ありゃ残念。……原生動物となるとイノシシとかですかね?」

 

「いや、ドラゴンなんだと」

 

「はぁ?」

 

 素っ頓狂な声を出したヴィヴィオが手を止めてこっちを見た。俺は端末を操作して、父さんが魔法を使っている画像を引っ張り出す。ちなみに父さんの得物(デバイス)は二本一対のバスターソードだ。

 

「俺の父さんの事は知ってるよな」

 

「ええ。トウヤさんでしたよね?実際に会った事はありませんけど、なのはママとフェイトママから散々聞かされましたから……砲撃のド真ん中をノーガードで突っ切られたとか、本気のザンバーを片手で止められたとか、かなり距離を置いたと思ったらいきなり背中から斬られていた。な、なにを(ryとか。なんか眉唾な話ばっかりですけど」

 

「俺の先祖……つまりその農民は、どうやったのか己の身体能力と農具で激闘の末にドラゴン殺しを成し遂げたらしい。

 これだけ聞くと嘘っぱちな話に聞こえるし、俺も信じてなかったんだが、父さんのデバイスがな……」

 

「この画像のですよね?見た感じはなんの変哲もないですけど」

 

 画像の、見た目はちょっと赤黒い以外は普通のバスターソードをヴィヴィオは指さす。

 

「それ、ドラゴン殺しを成し遂げた時にそのドラゴンの腹から出てきた武具の残骸を打ち直した代物らしい。ドラゴン殺しを果たせなかった人の遺品を使ったんだとよ。

 それを代々14歳になった子供に受け継いで、今日までデバイスとして使ってるんだとさ」

 

「……うわー、なにそれ。完全に呪われた装備品じゃないですか」

 

「うむ。だいぶ昔に俺も持たせてもらった事があるけど、持った途端に其処に居なかったはずの人が見えたり幻聴がしてビビった記憶があるぞ」

 

「マジでいわくつきじゃないですかー!?」

 

 父さんは「事実は小説より奇なり、とは言ったものだな!はっはっはっ!」なんて言って笑っていたが、持っていた俺は全く笑えなかった。そんな危ない装備品が、もし俺にリンカーコアがあれば今頃は譲渡されていたというのだから恐ろしい。

 その時が初めて魔力が無いのも悪い事ばかりではないのだと思った瞬間だった。

 

「俺の身体能力は父さん由来だが、その父さんの身体能力は爺ちゃん由来。そうやって昔に辿っていくと、最終的にはドラゴン殺しの農民に行き着く……とは父さんの弁だが」

 

「NOUMINの間違いじゃないですかね?というか、シュウさんの家はどうなってるんですか……?実は有名な武人の家系とか言われても余裕で納得できる実績なんですが」

 

「そうは言うが、古代ベルカって竜殺し程度じゃそんなに大した偉業でもなかったらしいぞ。これはアインハルトの受け売りだけど、"リアルモンハンですよ。リアルモンハンの世界が古代ベルカです"って事らしいからな。歴史書の内容よりずっと世紀末だったらしいし」

 

「私の複製母体(オリジナル)って逞しかったんだなぁ……」

 

 いつの間にかまた手を動かしていたヴィヴィオはメモに一通り目を通して、そして納得がいったのかそれをファイルに挟んだ。

 

「もう終わりか?」

 

「はい。欲しい情報は手に入れましたから。後はまとめるだけ……なんですけどそれが面倒~~」

 

「なんにも手伝えなさそうだし、俺からは頑張れとしか言えない」

 

「手伝える事ならありますよ。ほら、ここに私の頭があるじゃないですか」

 

 そう言うとヴィヴィオは、俺に向けてずいっと頭を突き出してきた。ヴィヴィオが何を言いたいのかは何となく分かるが、一応確認のために聞いてみる。

 

「撫でればいいのか?」

 

「さすがシュウさん、息ぴったりです。これはもう私と結婚するしかないのでは?」

 

「アホ」

 

 どうやら合っていたらしい。ヴィヴィオのアホな発言を普段通り聞き流しながら、俺は片手でヴィヴィオを撫でつつ、もう片手に持っていた歴史書を本棚に戻した。

 

「ところでシュウさん、あの本の内容しっかり読んでました?」

 

「いやまったく。ぶっちゃけページめくってただけで内容見てないけど、それがなにか?」

 

「いえ、なんでもないです。忘れてください」

 

「?」

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「ふう……」

 

 パソコンのキーボードを叩く手を一旦休めて背もたれに全体重をかける。自然と天井を見上げる形になり、電球の明かりが眩しい。

 

「……あっ、もうこんな時間」

 

 ふと時計を見ると、時間は既に午前0時を回っていた。あの後、復活したアインハルトに引き摺られるようにシュウが居なくなってから2時間ちょっとが経過している。思ったより作業に没頭してしまっていたようであった。

 ヴィヴィオはガチガチに固まった体をほぐすために立ち上がって背伸びをして、二つの月が輝く夜空を映す窓の近くまで歩く。

 

 二つの月を見ながら思うのは、宿題のテーマにした複製母体(オリジナル)について。

 

 最後のゆりかごの聖王、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト

 

 色々と世紀末な古代ベルカの中でも一際目立つ人物であり、戦乱期を終結させた大英雄。眉目秀麗で品行方正、見た目だけでなく中身まで完成された、まさしく絵に書いたようなパーフェクト聖人。

 更に彼女は武芸において天性の才を持ち、誰も──あの覇王でさえも──彼女に傷一つ付けられなかったとされる。

 

 そして、その自己犠牲を厭わない献身は、今もなお人々に美談として語り継がれ、彼女の人生は人気の演目となっている。2ヶ月に1回のペースで聖王教会で行われる演劇では、1年に1回は必ずそれが入るくらいに。

 もちろん、そこにプロパガンダ的な意味合いが無い訳ではないが、単純に信者達からリクエストされているという理由の方が大多数であった。

 

 

 そんな、だれが、どこから、どうみても、非の打ち所が無いくらいに完成された存在。

 そんな存在を複製母体(オリジナル)とするヴィヴィオは少しばかり肩身が狭い。

 

 親の代が成した偉業のせいで子供に過剰なまでの期待がかかる、というのはよくある話だ。ヴィヴィオの場合は親ではないが、似たような状態である事に変わりはない。

 ヴィヴィオがオリヴィエのクローンである以上、その姿が似るのは当然である。もちろん、それは一般人にはおろか、聖王教会でも極一部の人間しか知らない情報だが、肖像画と見比べればヴィヴィオをオリヴィエの血縁者だと思うのは当然の事だろう。

 だからヴィヴィオの背中には多大な期待を寄せられている。今もなお人々の記憶から色褪せない、ジェイル・スカリエッティが引き起こした事件を皮切りに何かと物騒な世の中を、かつてのオリヴィエのように、ヴィヴィオがどうにかしてくれるのではないかと思われているのである。

 

 それはヴィヴィオからすればいい迷惑だが、不安定に満ち溢れた今の世の中を生きるからこそ、何かにすがりつきたいという人々の気持ちは理解できていた。

 

 なにせ、自分がそうだから。

 

 

 ヴィヴィオは自分の手を空にかざした。なんの変哲もない、至って普通の人の手だ。誰に聞いてもそう答えるだろう。何人かはそんな質問をしたヴィヴィオを懐疑の目で見るかもしれない。

 だが、自分の目を通して見る自分の手は、違う誰かの手に置き換わってしまったように見えていた。

 

 ヴィヴィオは端末を操作し、ネットの海からオリヴィエの肖像画の画像を映し出し、そして、それと窓に写る自分を交互に見る。ヴィヴィオの風貌は、歳を重ねるごとに段々と肖像画の中で微笑むオリヴィエに似通ってきていた。

 

 このままいけば、オリヴィエと瓜二つな見た目になる日は遠くないだろう。そしてオリヴィエの再来(聖王)と祭り上げられるであろうことも容易に想像がつく。

 

 しかし、もしそうなった時、ヴィヴィオは何処にいる?

 

「ッ……!」

 

 噛みしめた唇から冷めた血潮が垂れる。両手がだらんと垂れ、取り落とした端末が地面に落ちた。

 

「──ちがう」

 

 目を閉じていると、ある筈のない記憶が蘇りそうな気がしてくる。自分が曖昧になり、闇に溶けて消えてしまいそうな錯覚を覚えた。

 身体が震えているような感覚は、きっと気のせいでは無い。

 

「私はオリヴィエじゃない」

 

 この身体はオリヴィエから造られた複製品。そういう意味では、複製元であるオリヴィエと似てしまうのは致し方ない。

 

 でもヴィヴィオ(オリヴィエ)オリヴィエ(ヴィヴィオ)ではない。どれほど見た目が似ていても、どれほど他人から都合の良い偶像(オリヴィエ)を押し付けられようとも、ヴィヴィオはオリヴィエになる気はなかった。

 

「私はヴィヴィオ()。誰が何と言おうと、高町ヴィヴィオ」

 

 ちらつく複製母体(オリジナル)の影を振り払うように、自分の2人の母を、友人たちを、越えるべき障害の覇王を、思い浮かべた。

 

 どれもこれもオリヴィエではなくヴィヴィオが手に入れたもの。大事な大事な今の自分をカタチ作るのに必要なピースたち。それを欠けた自分に嵌め込んでいくと、先ほどまでは水に溶けて消えてしまいそうだった"ヴィヴィオ"が、途端にガッシリとした巨木の如き安定感を得た。

 

「…………シュウさん」

 

 そして最後の1ピース、その名前が思わず口から飛び出たヴィヴィオの身体が、かあっと熱を帯びる。ただ姿を想像しながら名前を口にしただけなのに、それだけで"ヴィヴィオ"として頑張る元気を与えてくれた。

 

「…………フェイトママ。私、ヴィヴィオだよね」

 

「──もちろん。貴女はヴィヴィオ。なのはと私の娘で、シュウ君の事が大好きな普通の女の子」

 

 震える声の返答はヴィヴィオの正面から。一体いつから居たのかは分からないが、ヴィヴィオの前で同じくパソコンの作業をしていたフェイトは、一旦手を止めて愛娘の方を見た。

 

「そう……」

 

「そんなヴィヴィオは久しぶりだね。どうしたの?」

 

 その質問も久しぶり。なんてフェイトは呟く。今のヴィヴィオのように、クローンが複製元に侵食されて自己を喪失しかける現象は、さほど珍しいものではなかった。フェイトにも経験がある。

 ヴィヴィオは二つの月を見つめながら言った。

 

「ちょっと自爆しちゃっただけ。疲れてるのかも」

 

「そっか。じゃあそろそろ寝ないとね。明日もあるし、もしかしたら起きられなくなっちゃうかもしれないから。今はしっかり休んで、朝ごはんをしっかり食べる。そうしたらまた元気になってるよ」

 

「……うん、そうする。おやすみフェイトママ。ママも早く寝なよ?」

 

「分かってるよ、私ももう寝るから」

 

 イスから立ち上がり、電気ポットの前に立ってインスタントコーヒーを準備するという、寝る気が欠片も感じられない行動をしながらの返答に思わずヴィヴィオは苦笑い。

 落とした端末を拾い、宿題のデータを保存し、血を拭ってから部屋を後にした。

 

 出血は既に止まっていた。

 

 

 ……扉が閉まる音がして、やがてフェイトは1人静寂の中に残される。

 

「恋が最後の一押しかぁ……ちょっと妬けちゃうな」

 

 そう言うフェイトの顔は晴れやかだった。数年前までのように、なのはとフェイトが親として最後の1ピースとなれなかった事に一抹の寂しさを感じながらも、生まれた時から過酷な宿命を背負わされた自分の愛娘が、普通の人のように恋愛に夢中になっている現状を喜んでいたのだ。

 

 フェイトはヴィヴィオが去った後の扉を暫く見ていたが、やがてマグカップを2つ取り出すとそれにコーヒーをなみなみと注いだ。一つは自分のすぐ近くに、もう一つはヴィヴィオが座っていた方に置く。

 

 その行為は、そこに居ないはずの誰かに向けられていた。

 

 コーヒーに映る自分が自分を見つめている。コーヒーの中の自分から目を逸らさずに、フェイトは両手でマグカップを持った。

 

「変わらないフェイト()に」

 

 まだ湯気立つそれを一気に飲み干し、マグカップをテーブルに置く。

 それと同時にドアノブが遠慮気味に動いた。フェイトはやってきた来室者にヴィヴィオが座っていた方の椅子を指さしながら言う。

 

「やあ、ようこそコーヒーハウスへ」




「このコーヒーはサービスだから、まずは飲んで落ち着いてほしい。うん、"また"なんだ。すまない。謝って許してもらおうなんて……この後なんだっけ?」

「せめて覚えてからやってくださいよ」

みたいなやりとりがあったとか。



【次回予告】

vivid19巻までには、多分……


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青春のクック先生

タイトルに意味はないです。2ndGは私の青春だった……


「抜剣──!!」

 

 腹に衝撃を受け、思い切り吹き飛ばされた。体内の空気という空気を無理矢理吐き出させられて一瞬視界が暗くなる。

 だが、まだだ。遠ざかる意識を無理に繋ぎ止め、吹き飛ぶ方へと顔を向けると、そこには呆然とした表情が。その顔はつまり、この行動があまりに予想外だったという事を如実に表している。

 

 それもそうだろう。確かに球の指定は無かったが、それでも人間を球にするなんて予想もしていなかったに違いない。だが、だからこそ、これこそが真正面から裏をかく致命の一撃となるのだ。

 

「えっ、ちょ、それって──」

 

「人呼んで、南斗人間砲弾!」

 

「ボールは友達!」

 

「友達をボールにしながら言うセリフじゃないでしょそれ!?」

 

 私はそのまま勢いを緩める事なく、『9』と書かれた板を身体で撃ち抜き、そして勢い余って川へと落ちた。

 

「よしっ!ボク達の勝ちですねヴィヴィオさん!」

 

「あれは反則でしょう!?やり直しを求めます!ノーカン!ノーカン!!」

 

 ノーカン!ノーカン!!と1人で騒ぐ声や、勝てばよかろうなのだァァァァァァァ!と叫ぶ声がするのを横目に川の流れに身を任せて同化しながら私は空を見た。所々に混じる白い雲がまるでわたあめのように見えて、そういえば近所のお祭りがそろそろだった事を思い出す。今年もチーム全員で行く事になるだろう。

 

 それで思い出した。浴衣どこに仕舞ったっけ。

 

 そんな事を思いながら私は下流の方へと流されていった。

 

「……ところでハルさんは?」

 

「さっき川に落ちて……流されてる!?」

 

「アインハルトォォォォォォ!!?」

 

 

 

 青春のクック先生

 

 

 

 事の発端は、ストラックアウト用の大きな器具をルーテシアさんが持ってきた事からだった。

 

「そういえばボク、これでヴィヴィオさんに勝ったこと無いんですよね」

 

「文化祭の奴か。まあ仕方ないんじゃね?専守防衛系になるとヴィヴィオは途端に強くなるからな」

 

「ふっふーん、まあそうでしょう。どこぞの制圧前進しか能のないような気がしないでもない王様よりも、背後への気配りもできて尽くすタイプの聖王の方が優れているのは確定的に明らかですからね!」

 

「なぜ私に流れ弾が」

 

 しかも露骨にこちらをチラッチラッと見ての発言。どう考えても故意に流したとしか思えない。それは果たして流れ弾なのかという疑問はともかく落ち着け私、あんな安っぽい挑発に乗ってはいけない……

 

「まあ史実の面から見ても?覇王が聖王に勝てないのは明らかですし?これはつまりアインハルトさんは最後に私に負けるという事を暗示しているのでは?」

 

「よし、表へ出なさい」

 

 何だっていい、ヴィヴィオさんをボコるチャンスだ!

 そんな考えを読み取られたのか、シュウさんはジト目でこちらを見た後に溜息を一つして私に言う。

 

「ああ、挑発に乗って……でもどうするんだ?お前、去年の文化祭ではそうやって乗せられてヤムチャしてたじゃん」

 

「安心してください。今回の私には、切り札がありますから」

 

「2連敗ですよ!ってならないといいけどな」

 

 思い返すのは、去年の文化祭で見るも無残に敗北した時。しかし、あれから幾千ものイメトレを重ねてきた私に、もはや"敗北"の二文字など無い。

 

「勝利の方程式は全て揃っています。必ず勝ってみせますよ」

 

「ほほう、結構な自信ですね。なら勝った方は負けた方にジュースを奢るというのはどうでしょう?」

 

「構いません。私が勝ったら9本でいいですよ」

 

「強欲で謙虚だなー憧れないなー」

 

「私は壺か何かですか?」

 

 

 回想終了。

 とまあ、こんな感じで私は南斗人間砲弾を披露したのである。その後のヴィヴィオさんの「ほう?経験が生きたな(震え声)」という負け惜しみが耳に心地よかった。ちなみにジュースは1本だけにした。さっきのは言葉の綾で、私はそこまで鬼ではない。

 

「今日のお昼は冷やしにゅうめんだよ〜〜」

 

「それ、そうめんですよね」

 

「冷やしにゅうめんだよ〜〜?」

 

 なのはさんとティアナさんのコントを聞きつつ、目の前山盛りとなった冷やしにゅうめんを見る。どこからどう見てもそうめんだが、なのはさんからすればこれは冷やしにゅうめんであるらしい。見ただけでは違いが分からない。

 その横にはどう考えても冷し中華に使う為に用意していたとしか思えないようなキュウリやカニカマが用意されていた。一体全体なにを作るつもりだったのか。

 

「冷やし中華風冷やしにゅうめんか……これもうわかんねぇな?」

 

「食べましょう。細かい事を気にするといけない気がします」

 

「ですね。なのはママのボケは今に始まった事でもないですし」

 

 というわけで食べ始める。汁まで冷やし中華の物な辺り、どうやら本当に冷やし中華風なつもりらしい。

 ずるずるーと啜って、そこで私は疑問を覚えた。ちょっと麺がぬるいような、具体的に言うと無理やり冷やしたような、そんな気がする。

 

 シュウさんの方を見ると、なんとも言えない表情で冷やしにゅうめんを見つめている。

 

「これ……もしかしてマジでにゅうめん作ってから冷やした奴か……?」

 

「Exactlyよシュウ君」

 

 メガーヌさんがサムズアップと共にそう答えた。どういう事だと全員の目線がメガーヌさんに集中する。

 

「私は手が離せない用事があったから料理の方をなのはちゃんに任せたんだけど、間違ってにゅうめんを作っちゃってね〜。仕方ないから麺は急いで冷やして、汁の方はスープ的な感じに仕上げたんだけど……」

 

「なのはママェ……塩と砂糖を間違えるだけでは飽き足らず、今度は温冷すらも間違えるなんて」

 

「ちっ、違うよ!えっと、そう!スパイダーマッが勝手に!!」

 

「すり替えておいたのさ!」

 

「シュウさんは座ってください」

 

 娘にすら哀れまれるXX(ピー)歳児。フェイトさんは腹を抱えて大爆笑している。しかもヴィヴィオさんの今の言葉から察するに、結構なドジをやらかしているようである。普通はやらないようなミスばかりだけれど……。あとシュウさんさんは座ってください。ガタッじゃないですよガタッじゃ。

 

「まあ、ちょっとぬるいような気がするだけで特に影響はないから、安心して食べてね」

 

『はーい』

 

 ハプニングこそあったものの、そんな感じで昼食は進んでいった。そうめんは一定量を食べると嫌になる筈なのだが、やはりスバルさんとエリオさんの食欲は圧倒的だった事は記録しておきたい。

 

 

 ◇◇

 

 

「よし、わしの数は20!いくら引き運の強いヴィヴィさんでも流石に超えられんじゃろう!」

 

「ふっふっふっ。甘い、甘すぎますねフーカさん。運命は既に決しているんですよ……私のターン、ドロー!」

 

 全員がヴィヴィオの一挙手一投足に注目するなか、不敵に笑ったヴィヴィオは自然な手つきで山札からカードを1枚引く。その絵柄を確認して、そして勝ち誇ったようにそれを掲げた。

 

「どれほど足掻こうと、運命の輪から逃れる事は出来ない……私が引いたのは、レベル8のアルカナフォースXXI(トゥエンティーワン)THE WORLD(ザ・ワールドォォォォォォ)!!」

 

「なっ……!?」

 

「そして私の手札は、レベル6のアルカナフォースXIV(フォーティーン)-TEMPERANCEと、レベル7のアルカナフォースXVIII(エイティーン)-THE MOONの2枚!

 この3枚の合計レベルは当然二十一ィ!!」

 

「さ、3回連続で21を出すなんて……」

 

 昼食後、俺達は例によってトランプの代わりにかき集めた遊戯王カードを使ってブラックジャックをやっていた。現在ヴィヴィオの一強状態である。3回連続で21ピッタリとか、イカサマを疑われても仕方のない事をやっているが、ヴィヴィオの服装は半袖で装飾品も無いから、リストバンドからカードをドローなんてイカサマはない。

 

「今のヴィヴィオさん、なんか乗り移ってません?具体的に言うと顔芸が得意そうなテラ子安が」

 

「最高にハイテンションだしな…………それにしても、まだ止まないか。あ、それツインツイスターで割るから」

 

「やっぱりミラフォは仕事しないんですね」

 

 外からは強い雨が窓を打ち付ける音がする。午後になっていきなり湧いた雨雲がその猛威を振るっていた。

 

「なんかボクたち、今年はここでマトモに特訓できてないような気がするんですけど……」

 

「一応早朝ランニングとかはしてますけどねー。確かにジムに居た時ほどは出来てないような気がします」

 

 カードを片手に対面しているミウラとコロナも外を見て、そしてすぐに盤面に目を戻した。コロナの方が優勢なのか、ミウラの表情は苦々しい。

 

「絶対に体鈍ってるよ……帰ったら会長キレるだろうなぁ」

 

「無言でビキビキ青筋立ててから怒鳴るんだよね……」

 

 チェス盤を挟んで向き合っているリオとユミナさんもその後に続けて言う。

 

 容易に想像できるノーヴェさんの姿に、全員の溜息が重なった。

 

「体育館みたいな設備があればいいんだが……ここ合宿所じゃなくてホテルだからなぁ」

 

「こんなこともあろうかと!って言えたらカッコよかったんだろうけど、残念ながら我がホテルアルピーノの売りは雄大な大自然の中を動き回るアウトドアだからねぇ。

 いや、こういう時に備えて身体を動かす空間もあるにはあるんだけど、期待されてるようなものじゃないだろうし……今度作るか、別に大きいの」

 

「そこで作ろうという発想に至る辺りが実にルールー」

 

「流石、このホテルを設計図から引いたルーテシアは格が違った」

 

 ドヤ顔のルーテシアを全員の拍手が襲う。数分ほどそれをやった後、叩き疲れた手をだらんと垂らしながらリオが言った。

 

「でも今、身体を動かす空間はあるって言ってたよね?そこでやればいいんじゃないの?」

 

「あー、うん。まあそうなんだけど」

 

 と、歯切れが悪そうに吃ったルーテシア。そのまましばらくうんうん唸って、やがて立ち上がった。

 

「まあ……直接見てもらった方が早いかな」

 

「……もうなんか嫌な予感しかしないんだが」

 

「でもとりあえず行ってみましょうよ。ルールーの事ですし、まず間違いなく碌でもないことでしょうけど」

 

「ヴィヴィオからの信頼が厚すぎて全私が泣いた。主に悲しみで」

 

 

 

 

 

 という訳でルーテシアに連れられるままホイホイとやって来たのは、体育館のような趣きの広いスペース。どんな奇天烈なものが襲ってくるのかと多少身構えたが、そこは至って普通のなにもない広いだけのスペースだった。……床に何かマークがあるのは何故だろう。

 

「はいこれ」

 

 手渡されたそれが、このだだっ広いだけに見える空間が色々と危ない事を示している。仄かな不安が裏付けられた瞬間だった。

 

「なにこれ、プロテクターとヘルメットとグローブ?」

 

「そう。魔法使えないシュウだと下手したら命の危険もあるから」

 

「やっぱり碌でもない……」

 

「いや、でも見た目は普通の体育かァァァァァァァァァァ!!?」

 

「リオォォォォォォォォォ!?」

 

 無防備にもスペースに足を踏み入れてリオが上に吹き飛ばされた。全員で上を見上げると、そこにあったのは支えも無しに浮遊している足場やらなんやら。浮遊型のアスレチックといったところか。

 

「このスペースは全年齢版の室内アスレチックでね。床の至る所にマークあるでしょ?そこに打ち上げジャンプ台を仕込んであって、超強引に空中に打ち上げるの。それで空中に設置したアスレチックまで飛ばす」

 

「なんでそんな事を……」

 

「誰も彼もが魔法を使えるとでも?」

 

「何故俺を見た」

 

「いい例が居たから、つい」

 

 そこであからさまにこっちを見るな。確かに使えないけども。そして俺を見て納得する面々。ひどくね?確かにこの場で魔法の魔の字もないのは俺だけだけど。めっちゃフィジカル頼りだけど。やっぱり筋肉は裏切らないんだなって……

 

「そして空中に設置したアスレチックと同じ高度まで浮遊して遊ぶ。上の方は無限書庫みたいな感じで意図的に重力を弱めた空間にしてあるから、無重力酔いには注意ね」

 

「リオが飛び込んだ、あそこにあるやけに長い滑り台は?」

 

「私の趣味。ウォータースライダーが欲しかったけど、雰囲気ぶち壊しになるから温泉に付けれないという無念を此処で晴らした感じ」

 

「雰囲気とか気にしてたのか」

 

「屋上」

 

 やけに長くウネウネとしている滑り台の中をリオが滑っている。隣でイイ笑顔のまま肩をポンポン叩いてくるルーテシアをスルーしながら、その姿を眺め続けること30秒くらいで地面にリオが吐き出されてきた。

 

「楽しい!」

 

「ああ、うん。良かったね……」

 

 もうコイツのこと心配してもしょうがねーや。みたいな顔してるヴィヴィオがやけに新鮮な気がした。コロナはコロナで「丸呑み……アリかな」なんて言ってサラサラとペンを動かしている。

 

「まあこんな感じで、期待されてるようなものではないだろうけど……動かないよりはマシって事で」

 

「いや、十分だよ。動かないよりはだいぶマシだろうし」

 

「イヤッホォォォォォォォォォォ!!」

 

「リオなんて奇声をあげながらジャンプ台に乗って打ち上がっては降りてきてを繰り返してるし……」

 

「謝れ!○田さんに謝れぇ!!」

 

「ええっ?!いきなりどうしたんですかシュウさん!」

 

 ちょっと面白いだけの普通の声をあげながら激しく上下運動をしているリオは楽しそうである。でもあのペースで動き続ければいずれ吐くだろう。

 

「質問」

 

「はいシュウ君」

 

「えっ、私はスルーですか?」

 

「重力が弱い空間でリバースするとどうなる?」

 

「それは…………」

 

 

<リオさんが吐いたー!!

 

<誰かー!誰かおらんですかー!リオさんに、リオさんにゲロ袋をー!!

 

<ウォボロロロロロロロロ…………

 

 

「ああなる」

 

「なるほど」

 

「なんで冷静に見てるんですか!?い、今行きまーすっ!!」




おまけ:ふーりん

「ガラメカはゴールデン・マシンブラスターが至高だと思う。どーも、フーカです」

「メルモビームって名前でわがままなフェアリーを思い出す。どうも、リンネです」

「それミルモじゃろ?」

「そうだよ。……このネタ通じるの?」

「通じる事を信じる。さて次回!「ガガガ銀河のコマンドーってタイトルは今考えるとネタまみれ(仮題)」。お楽しみは、これからじゃ!」

「ビデオミサイルはいいおもちゃ。みんなもガラメカゲットだよ!」


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シュウ・レドイは静かに暮らしたい

4000字も無い奴を2ヶ月越しとか、私の中でも最低の記録を更新してしまった……しかもクオリティはお察しとかいう最悪の特典付き。やっぱり定期的に書く癖をつけないとダメだな!


 早朝のランニングは欠かすことの出来ない私の日課である。

 

 呼吸のリズムや足裏に伝わる振動、揺れる視界。その全てが合わさって、私に何とも言い難い安心感というか、落ち着きのような物を与えてくれる。

 

「はっ…はっ…はっ…」

 

 早朝という事もあって、人通りは皆無に等しい。私と同じランニングをしている人がちらほらと見えるくらいだが、私と同年代に見える人は更に少ない。それは今日は平日だから仕方ないのかもしれない。私としては人が少ない方が良いので好都合だけれど。

 

「はっ…はっ…はっ…」

 

 クラナガンの中央を通る大通りを走り抜け、ナカジマジムがあるオフィスエリアまでたどり着いたところで引き返す。休日ならもっと先まで走るのだが、今日はこれから学校もあるので長々とは走れない。

 

「にゃ、にゃにゃっ」

 

「はっ…はっ…?もうそんな時間ですか」

 

「にゃー」

 

 往復で1時間と30分のランニングを終えて家に帰ると、時刻は6時30分ちょうど。シュウさんは既に朝食を作り終えて私を待っていた。

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえり。待ってるからシャワー浴びて来いよ」

 

「分かりました、ティオをお願いしますね。ティオ」

 

「にゃ」

 

 ランニング中もずっと頭の上に乗っていたティオをシュウさんに渡してシャワー浴びに向かう。洗面所には既に私の着替えが用意されていた。誰が、なんて聞くまでもなく、シュウさんが用意してくれた物だ。

 それを見ながら洗濯機に脱いだ衣服を入れつつ思わず呟く。

 

「…………シュウさんには性欲が存在しているんでしょうかねぇ」

 

 割と真面目な疑問である。だってこんな、昨今のギャルゲーでも見ないようなシチュエーションに叩き込まれてもなお、あの反応。冷静に客観視すると同居人、後輩、義妹とかいう、どれか一つでも他人が羨みそうな関係者(しかも美少女)を3人も侍らせておいて、あの反応である。

 ごみ箱とかを漁ってみても、その手のアイテムは一切見つからない。この歳なら、男女に関係なく旺盛である筈(クラウスの記憶調べ)なのに。

 

 ──ホモではない、はず。

 

 なんか最近自信が無くなってきたが、でもシュウさんはホモではない筈だ。私はそう信じている。

 

 脳裏によぎった微かな可能性を、汗と一緒に排水口へ流した。

 

 

 

『──昨日午後10時頃、クラナガン工業区画で男性の遺体が発見されました。周囲には質量兵器の使用を伺わせる痕跡が発見されており、管理局はこれが殺人事件であるという見方を──』

 

「シャワー、浴びて来ました」

 

「んー」

 

 私がリビングに戻ると、シュウさんは片手でティオを弄りながら目線をテレビに向けていた。誰かが殺されたらしい。

 

「こんなニュースばかりですね」

 

「だな。なんか最近やけに物騒な事件が多いし、お前も気をつけろよ?」

 

「それは勿論。しかし、私としてはシュウさんの方が危ないような気がするんですが」

 

 リンカーコアの有無もそうだけれど、シュウさんには前科があるだけに危うさは一段上だ。お菓子に釣られて何も知らずにホイホイとついて行きそうで──いや、流石に無いか。幼稚園児じゃないんだから。

 

「えー、マジ?実感無いな」

 

「危ないです。本当にシュウさんも気をつけて下さいね?」

 

 ……しかし、そうさせない為に私が居る。

 やる事は普段と変わりない。ただ前を進んで、そして背後を守るだけ。

 

『昨日午後、管理局本局前の広場で抗議運動が行われました。主催者発表によると──』

 

 ………覇王が守護ろうと決めた人は決まって守護れなかったことに突っ込んではいけない。

 

 

 

 00-E

 

 

 

 休みが明けたので、学生である私達は当然のことながら学校へ行かなければならない。

 

「…………」

 

 登校中の生徒達の声でざわめく通学路。そのざわめきは友人同士の取り留めのない会話が発生させているのだろうけれど、しかし、私と、その隣を歩くシュウさんの周囲だけは、ぽっかりと穴が空いたように静まり返っていた。

 

「…………」

 

 朝の澄んだ空気に似つかわしくない、重苦しい静寂。歩みを進める足も心なしか重く感じられる。

 

 これは今に始まった事ではない。私が入学してからずっとこんな調子だ。でも私を見る目線の中に込められた感情には悪意が殆ど感じられないので、少なくとも拒絶されているという訳ではなさそうである。

 ただ……

 

胸にばっかり視線が飛んでくるんですが

 

……男のサガだよ。仕方ない。本人に正面切ってこういうこと言うのは失礼だけど、お前エロいし

 

 恐らくは男子からであろう、あからさま過ぎる目線が非常に多い。その理由は……シュウさんの言う"エロいから"なのだろう。

 個人的には──いや、やめよう。私の脳裏にはいきなりヴィヴィオさんとフーカがブチ切れる姿が浮かんでいた。

 

本当に失礼ですね……うん?その理論で行くと、シュウさんは男ではないという事に

 

「待て、なんでそうなる」

 

 エロいからという理由で目を奪われるのが男なら、そのエロい人を常に侍らせているシュウさんが目を奪われないのはつまり、あっ

 

──シュウさん

 

……なんだよ

 

どんなシュウさんでも、私は好きですよ

 

お前の中で俺はどんな人間になってるんだ

 

 ……流石に飛躍しすぎだとは思うけれど、もしかするともしかするかもしれない。

 考え込んだ私の身体に、シャワーで流したはずの汗が再び纏わりつくような感覚を覚えた。

 

 

 

 01-E

 

 

 

「やあシュウ。連休は楽しめた?」

 

「ああ。疲れはしたけど楽しかったよ」

 

 学校に到着して、朝のホームルームまでに空いた自由時間。颯爽とやって来たロイは連休前と何も変わらず、いつもの笑みを貼り付けていた。

 

「そういうお前は?」

 

「こっちも特には何も無し。平和で退屈な連休さ」

 

 俺の机の上に座って、そして騒がしい廊下側に向かって軽く手を振ると、それだけで向こうの方から女子特有の甲高い歓喜の声が聞こえてきた。

 そんなアイドルみたいな事をやって満足したのか、こちらに向き直ったロイはとある方向をチラ見しながら言った。

 

「で、シュウ。ストラトスさんはどうしたのかな」

 

「知らん。俺が聞きたいくらいだ」

 

 いつぞやの入学式の時のように窓際を向いてシャーペンをカチカチ言わせているアインハルト。どうしてああなったかは知らないが、通学途中の意味不明なやり取りが関係してるように思えてならない。

 あれだけ見るとまたキレているようにも見えるが、左手はティオにじゃれつかせているので怒ってはいないだろう。ティオはマスター(アインハルト)の感情変化に敏感だ。

 

「おいおい、そりゃないだろう。この学校で間違いなく誰よりストラトスさんを知ってる君がお手上げなんて」

 

「連休前にも言ったがな、俺にも分からない事くらいはある。いい機会だから聞いとくけど、お前は俺たちを何だと思ってるんだ?」

 

十八禁ゲームの主人公とヒロイン」

 

「表出ろ」

 

 周りのイメージを崩さないようにか、最初の単語だけ声のトーンを抑えめに発言したロイに中指を立ててそう返す。友達になる奴を間違えたかもしれないと、俺は中学から何度目になるか分からない後悔をした。

 

「いやだって、誰だってそう思うよ。両親は家に居ない、年頃の男女が一つ屋根の下、オマケに美人。血涙モノだよ」

 

「いやそれはアインハルトが…………──待て。俺、お前に家の状況話した事が1度でもあったか?」

 

 スッと背筋が冷える思いがした。記憶が正しければの話だが、今まで俺がロイに家庭の事情を話した事は1度だって無い。無いはずなのだ。

 もし話してもいない家庭事情を知っているとするなら、それはストーカー……

 

「最近のネットは怖いよ、シュウも気をつけた方がいい。というか、ストラトスさんと同様に君もそれなりに有名である事を自覚した方がいい」

 

 ……なわけないか。うん、無いな。

 一瞬だけ頭の隅によぎったロイストーカー説が否定された事に安堵しながらも、俺はそれに納得した。情報化社会の今だからこその情報源だ。何処までバレてるかは後で調べる事として、こりゃ不用意な事は出来ないなと自分を戒めることにしよう。

 

「忠告ありがとう。気をつける」

 

「本当にね。君とはまだ仲良くしていたいから」

 

 

「まだってのが怖いな……それにしても、俺が有名なんて嘘だろ?」

 

「ストラトスさんと聖王陛下が君を気にかけている事くらいはちょっと調べれば誰でも分かる。君が魔力の無い、いわゆる社会的弱者であることもね」

 

「おいマジか。まったく、俺のプライバシーってのは何処に行っちまったんだ……?」

 

「それが有名税って奴さ。諦めなよ」

 

 どこか楽しそうに笑うロイだが、こちらとしては笑えるような気分ではない。知らないうちに個人情報が流出してるなんて悪夢そのものだ。テレビに出るようなタレントというのは常々こんな気持ちを抱いているのだろうか。

 

「こんな目に遭うんなら有名になんてなりたくねえな。無名のままの方がいい」

 

「どんな気分か全く想像もできないね。参考までに聞いてもいいかい?」

 

「張り倒すぞ貴様」

 

「冗談だって、カレーうどんジュース奢るから許して」

 

「何故、カレーうどん……」




アインハルトの大人モードみたいなスタイルの高校生とかチラ見不可避だと思うの。

おまけ

「どーも。フーカ&リンネの、コーヒーは無糖で飲むのが好きな方、フーカです」

「どーも。フーカ&リンネの、コーヒーは微糖じゃないと苦くて飲めない方、リンネです」


「いやー、約2ヶ月ぶりじゃな」
「そうだね。約2ヶ月だね」

「正直忘れてたのかと思ってたわしがおる」
「確かに。正直忘れてたんじゃないかって思ったよね」

「…………」
「────」

「次回!」
「"高町ヴィヴィオの憂鬱"を!」

「「お願いします!」」


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ノーヴェ・ナカジマは動けない

今話は3本同時投稿の1本目になります。だからなんだって話ですが。


「休み明け早々にテストぶっ込んでくるとか死ねばいいのに」

 

 1時間目が終わって、机に突っ伏したシュウさんの第一声がそれだった。

 

「でもシュウさんなら余裕だったんじゃないですか?暇を見つけては勉強してましたよね」

 

「アインハルト、こういうのはテストの出来がどうこうじゃないんだ。"休み明け早々にテストをぶっ込んできた"っていう行為そのものが問題なんだよ」

 

 心臓に悪い。と呟きながら次の授業の準備を進めるシュウさん。2時間目は魔導基礎学で、担当教師は宿題を多く出すので生徒達からの評判は良くないらしい。

 私個人の感想としては、別にSt.ヒルデ程ではないから大した事はない、といった感じ。難易度も量も遥かに優しい。

 

「この調子だと次の授業も同じ感じですよね」

 

「だろうなー。しっかし、リンカーコアを持ってない俺が基礎理論なんて学んでどうすんだか」

 

「シュウさん達だけ別の科目を設定するのが面倒だったからでは?」

 

 表向きはシュウさんのように魔力が無い人達でも、もしかしたらリンカーコアが発生する可能性があるから……だったか。

 

 表向きという言葉からも分かる通り、こんなのはただの建前にすぎない。

 そもそもリンカーコアは先天的な物で、後天的に発生したという報告は一度も無いそうだ。

 

 そんな訳だから、本音は別枠でカリキュラムを用意するのが面倒だからでほぼ間違いないだろう。

 

「それはそうとアインハルト。お前は教科書を一読もしなくて平気なのか?」

 

「実はこの基礎理論、St.ヒルデでは中等科の一年で習って、それ以降ずっと使う基礎中の基礎なんですよ」

 

 だから今更になって教科書とか見なくても良く、ぶっちゃけ暗記してるレベルなので問題は無い……というか、暗記しないとやっていけなかった。

 でももしかしたら万が一が起こるかもしれないので、シュウさんとこうして話している最中にもマルチタスクを使って復習はしっかり行っている。

 

「公立と私立の差ってスゲー…………ん?それってつまり、裏を返すと此処で躓けば……」

 

「この後の応用まで全部が死にます」

 

「うへぇ」

 

 しかし、私はシュウさんに関してそれほど心配はしていない。なんだかんだでキッチリ勉強をしているという事実があるし、仮にダメだったとしても自宅で個人レッスンのチャンスが生まれるというメリットがある。

 まさに一石二鳥。我ながら自分の明晰な頭脳が恐ろしい。

 

「安心して下さいシュウさん。例えダメでも世界の終わりではありませんし、私が補助もしますから」

 

「そうならないように頑張るさ」

 

 シュウさんがそう言い切るのと同時にチャイムが鳴って、私はシュウさんの頭の上でじゃれていたティオを回収して自分の席に戻ったのと、教師が教室に入って来たのはほぼ同時だった。

 

 

 02-E

 

 

 

 体操着に着替えて校庭に出る生徒達。9割5分は何処となく嬉しそうな感情を滲ませているが、残る4分はそれとは逆に嫌そうな雰囲気を隠していない。

 

「やっぱり体操着はハーフパンツが一番ですよね」

 

「あー……そういえばSt.ヒルデってブルマだったな」

 

 そしてそのどちらでもない私達。

 体育がある度に思う事だが、ブルマという時代錯誤な一品を採用しているSt.ヒルデは女子の敵。間違いない。

 ネット上に漂う紳士達によるとSt.ヒルデは広い次元世界に唯一残った最後の希望だとかなんとからしいが、そんな希望は早く潰れてしまえと常々思っている。

 

「St.ヒルデで唯一の欠点はあのブルマでした。それさえ無ければ女子人気も今よりずっと高かったでしょうに」

 

「由緒ある学園なんだし、何かしらの理由はありそうだけどな。伝統保持とか?」

 

「今を生きる我々には関係ないですよね、それ」

 

 ところで、ミッドチルダの学生達の間で「あなたの一番好きな科目は?」とアンケートを取ったところ、2位を大きく突き放して体育がトップに輝いたと教育委員会が発表していた。

 その理由は単純で、机にへばりついて面倒な公式を覚える作業よりも何も考えずに身体を動かす方が楽だし、何より楽しいから。

 

 私も体育は一番好きな科目だ。身体を動かすというのが私に合っているのだろう。

 

「はい、じゃあ2人組作ってー」

 

「ですってシュウさん」

 

「はいはい、いつものいつもの」

 

 しかし体育が学生人気を得続ける最大の理由は、この授業中に限って(軽い物に限定されるが)魔法の扱いが認められているからなんじゃないかと私は思う。

 

 魔法という力は強大だが、だからこそ扱いに強い制約が掛けられている。詳しい説明は省くが、街中で1発でも射撃魔法を使おうものなら、その時点でブタ箱送り待ったなしなくらいには厳しい。

 街中での魔法の扱いは地球での質量兵器の扱いと大差無い。もし無制限になんてしたら行き着く先はリアル北斗の拳状態だろうから、それは是非もないと思う。

 

 だから魔法を使いたいと思った時には、基本的に市民公園の中にある公共の魔法練習場を使う事になる。

 ……平日は兎も角、休日はごった返してるけれど。遊園地もかくやという感じで。

 

「俺には無縁の場所だな。魔力無いし」

 

「私にとっても無縁の場所なんですよね。あそこじゃマトモな修行なんて出来ませんし」

 

 混雑を嫌うお金持ちは自分の家の庭を管理局から認可を受けて練習場に変えたりするらしい(ベルリネッタ邸がそうだ)が、そんな事が出来ない一般人は混雑の中に飛び入るか、あるいは夜の空いてる時に使うかしか選択肢が無い。

 そんな事情だから、実習という名目で、ある程度自由に魔法が扱える体育はダントツ人気なのだろう。

 

「だがしかし、その体育は魔力を持たない人達からすれば地獄なのであった、と」

 

 何故かといえば、それは魔力の有無で分けられる格差と差別の延長といえばいいだろうか。

 最近になって漸く問題になりつつある学生の自殺の一因が此処にはあった。

 

 ド直球に言ってしまうと、魔法を使った陰湿なイジメの温床と化している。

 

「陰湿な嫌がらせの温床ですからね。教師の目も全てに届く訳ではありませんから」

 

 この時間は魔力の無い人にとって一番嫌な時間だろう。なにせ、常に何処からか飛んで来る射撃魔法に怯えなければならないのだから。

 あまりに直接的な物は教師が止めに入るが、監視の目はいつまでも有る物じゃない。教師の意識が逸れた一瞬に、射撃魔法を足下にワザと撃ち込まれるのは良くある事だ。

 

 体育の授業は魔力が無い人達の為に、バドミントン等の魔力の有無に左右されずに楽しめるスポーツ用品も用意してある。

 しかし、彼らが心ゆくまで楽しめた事は1回も無く、常に周囲に気を配っているのを私は分かっていた。いつ嫌がらせを受けるか分からないから、結果としてそうなったんだろう。

 

「まあ、私はもちろんシュウさんにも関係のない話ですが」

 

「アインハルトのお陰でな」

 

 シュウさんは野球用のボールを籠から手に取った。

 

「……そうです、ねッ」

 

 そーれっと軽い掛け声と共に飛んできた豪速球を普段より若干強めの身体強化で受け止める。

 

 

 

 ところで話は変わるが、人間というのは関わりたくない事に関して、巻き込まれまいと距離を置こうとする生物だ。

 例えば公園でガラの悪い男達が騒いでいるのに、そのド真ん中を"真っ直ぐ行けば近いから"という理由で突っ切ろうとする人はあんまり居ないだろう。大体の人は時間を掛けてでも迂回を選択するはずだ。

 

 ちなみに私は押し通る。

 

 この場合の関わりたくないには色んな意味が内包されているが、その中でも一番多いのは"自分に害が及ぶから"だろう。

 逆に自分の安全が保証されていると途端に野次馬と化すのも、この辺りの心理が大いに関係していそうである。

 

 

 

 話を戻そう。

 シュウさんの身体は、母親のお腹の中に頭の大事なネジ(自重)を置いて、代わりにチートコードで埋め合わせたかのように、通常では有り得ないような意味不明の能力を持つ。

 お互いを殺害する前提かつ陸戦限定であればフェイトさんですら破れそうなその力は、当たり前だが制御が非常に難しい。

 

「っと、悪い。ちょっと力を込めすぎた」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 この力が魔法による一時的な物なら、即座に術式を解除する事で一般人相応の力に戻す。

 あるいはリミッターを課して意図的に出力制限を行う。

 

 これらの方法で力を抑える事ができるのだが、それは彼には出来ない。マジカルでもロジカルでもない、ただのフィジカルだからだ。

 だから必然的に手加減や、あえて力を抜く技術を覚える事となった。

 

 今でこそ普通に生活が出来ているが、かつてはロクに物も掴めなかったらしい事を聞いている。

 その時のシュウさんと握手なんてしようものなら、当然のように骨が粉砕されるに違いない。

 

「サンドバッグが無いのが悔やまれますね」

 

「お前は体育の時間をなんだと思ってんだ」

 

 しかしだ。幾ら日常を送れるくらいに力の制御が出来るからといっても、予想外が起こると不意に本来の力を発揮してしまう事だってある。

 現に、シュウさんが驚いた拍子にシャーペンを握り潰して木っ端微塵にしてしまった回数は4月だけで3回もあった。

 

「なんだと言われましても……」

 

 日常から時々見える異常の片鱗は周囲からのヘイトを畏怖に変換する役割を担い、いつしか人々に「関わらない方が得策」と判断されるまでに至っている事を、彼だけが知らない。

 

 私に睨まれる事とシュウさんからの手痛い(物理)しっぺ返しを喰らう可能性を天秤に乗せて、それでも尚シュウさんにイジメの矛先を向けられる程のガッツの持ち主は、少なくともこの学校には居ないようだ。

 

「……貴重な時間ですかね。こうして公に身体を動かせる訳ですしっ」

 

 さっきのお返しも兼ねて、ちょっと強めに投げつけた筈のボールは、さも当然であるかのように片手で受け止められた。

 

「……片手で受け止めると、結構ビリビリ来るな」

 

「まあそうでしょうね。こっちは身体強化使ってますし」

 

「やっぱズルいわそれ(魔法)

 

「シュウさんにだけは言われたくないです」

 

 ちょっと力みすぎたような気がしたけれど、流石はシュウさん。なんともない。

 

 

 

 03-E

 

 

 

 午後から保護者会があるんだとかで、今日に限って午後の授業は無い。

 つまり体育の後、本来なら昼休みである筈のこの時間から放課後となっていた。

 

「おっ、珍しくフーカちゃんからメール来てる」

 

 今日に限って完全下校時刻が午後の1時とかに設定されているからなのか、全くと言っていいほど人気の無くなった廊下を歩いていると、端末を取り出してシュウさんが驚いたような声を出した。

 

「フーカから?」

 

「おう。えっと……『リンネが風邪引いたって聞いたんですけど、シュウさんは知っとりましたか?』だとさ。えっ、マジ?」

 

「リンネさんが風邪ですか。珍しいですね」

 

 体調管理をしっかりしているイメージがあっただけに、その知らせには驚かされた。

 身体は資本みたいな事を言っていたから、そういうのには1番気を使っていると思ったのだけれど。

 

「俺もそう思う。でもあいつ、時々意味分かんないくらい無理するからなー。珍しいけど、いつかはなりそうだとは思ってたんだよ」

 

「……それはよろしいんですが、そうなるとシュウさんはリンネさんのお見舞いに向かうのですか?」

 

「そうなるかな。悪いけど、ジムに連絡しといてくれるか?」

 

 

「……分かりました。ですが、なるべく早く来て下さいね」

 

 

 分かってるさ。と言ってシュウさんは私を追い抜いた。その足取りは普段より早いが、多分というか間違いなく気が逸っているだろう。

 普段とは違い、完全に見送る側に立った私だが、なるほど、これはいけない。

 

 そもそも覇王が見送るという行為そのものが既にフラグだ。

 いや、正確には"ボコられて気絶している間に居なくなっていた"だけれども、それはどうでも良くて。

 

 とにかく覇王にとって見送るという行為はトラウマである。

 

「────ふーっ」

 

「にゃー?」

 

「ええ、大丈夫ですよティオ。問題はありません、無いはずです」

 

 万一は起こらない、はず。彼女の事だし、シュウさんが関わる事に抜かりがないのは信用できるからだ。

 それでもやっぱり不安なので、保険を掛けるために私は端末を手に取ったのだった。

 

 

 

「そんで来たのはアインハルト1人か……」

 

 事の顛末を聞いたノーヴェさんは、受付に立ったままそう答えた。

 ちなみに受付には何故か普段は見かけないような書類の山があって、ノーヴェさんはその山を淡々と削る作業に勤しんでいる。

 

 どう考えても会長としての業務が溜まっているとしか思えない。しかも相当切羽詰まっているように見える。

 

「フーカはまだ戻っていないんですか?」

 

「シュウと一緒に戻ってくるって連絡は来たけどな。それでもあと10分くらいは掛かりそうだ」

 

 鬼気迫るオーラを放つノーヴェさんは、出会った当初からは想像もつかないくらい老いたように見えた。見た目は変わっていない筈なのにだ。

 

「他の人に任せなかったんですか?別に会長が此処に立たなくても……」

 

「平日のこの時間は良くも悪くも人の出入りが少ないから、必要最低限の人員しか雇ってない。此処に回せる奴も、フーカを除けば誰も居ない」

 

「ならどうしてフーカを行かせたんですか……」

 

「あたしは、子供をたった1人の親友の見舞いにすら行かせられないような、そんな大人になった覚えは無いんだよ」

 

 フッとニヒルに笑っての、この発言。会長が今にも死にそうな雰囲気でなければ最高にかっこよかっただろう。

 しかし今は、その明らかな強がりが涙を誘う。

 

「あの、代わりましょうか?」

 

「え?いや……………………うん、頼めるか?」

 

 かなり長い葛藤の末に絞り出した言葉を受けて、"ああ。これはマジでヤバいパターンだ"と思った。

 普段のノーヴェさんであれば、どれほど代わると言ったところで聞かないのに、代わると言った今回のコレは想像以上にヤバい奴かもしれない。

 

「……何かフーカとシュウさんに買って来させましょうか?」

 

「そうだな……バランス栄養食と、エナジードリンクと栄養ドリンクを頼む。あ、でも赤い牛は止めてくれよ」

 

「一応、理由を聞いても?」

 

「別に大した理由じゃないんだが……」

 

 ノーヴェさんは一呼吸置いて、何処か遠い所を見ながら言った。

 

「……翼なんて授かっちまったら、そのまま何処かに逝っちまいそうだからさ」

 

 アカン、会長が死ぬ。

 

「会長。お願いですから、5分だけでも良いので休憩しましょう?」

 

「それは出来ない。もし少しでも気を抜いたら、もうヤバい所まで来てるんだ」

 



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高町ヴィヴィオの憂鬱

4000字しかないけど堪忍してつかぁさい。


「はっ…はっ…はっ…」

 

 連休合宿が終わり、いつもの日常が帰ってきた。

 そんな中で私は今日も今日とて日課の早朝ランニング。今日は平日だからナカジマジムまで遠出はしないで、近所を1時間ぐるぐると回るだけ。

 変わり映えのしない景色に飽きが来るし、本当は平日もナカジマジムの方まで行きたいけど、此処からだと時間的に学校に間に合わなくなるので我慢している。

 

「………!(うでをぶんぶんさせてアピール)」

 

「はっ…はっ…?もう、終わりかぁ……」

 

 無心で走る私の前でクリスが手をばたつかせて時間が来た事をアピール。長く走った気は全くしないけど、これはきっと私が走るのに慣れただけだろう。

 今度はもう少し走る時間を伸ばしてみてもいいかもしれないと考えながら、ペースを落として息を整えながら家に帰る。

 

「ただいまー」

 

「おかえりー。シャワー浴びてきちゃってー」

 

「はーい」

 

 リビングの方からするなのはママの声を背に受けながら汗を流すために廊下を通って風呂場へ直行。脱いだ服をささっと洗濯機に叩き込んで、そのまま頭からシャワーを浴びる。ちょっとぬるめの水温が火照った体に心地いい。

 

「あ"~~~~~……」

 

 そんなおっさんみたいな声を出してシャワーを浴び続けること数分。閉じていた目を開けると、目の前の鏡には自分の姿が写っている。

 

「……むぅ」

 

 私の身体にはまだ色々と未発達な部分が残っているけど、それでも同年代より幾分は発育がいい。目標がアインハルトさんだから霞んで見えるだけだ。

 実際、なにを食べてどんな運動をすればあんな急速に発達するのか疑問は尽きない。2年前はそこまで胸も大きくなかった筈なのに。

 

 アインハルトさんの生活を真似すれば私もああなれるのかな……

 

「……でもなあ。真似をするっていっても、そのためにシュウさんと同じ屋根の下で何年も暮らすって必要が……」

 

 もう前提から叶わないんだけど。

 

 アインハルトさんみたいな家庭事情ならワンチャンあったかもしれないけど、家で立派にママをしている2人のママが許す筈もないのでワンチャンすらない。不満じゃないからいいけどね?

 しかし、改めて字面に起こすと訳が分からなくて笑いがこみ上げてくる。2人のママってパワーワードすぎないかな。

 

 

 閑話休題

 

 確かに私は前提からしてアインハルトさんとは違う。しかし、いやだからこそ、私にはアインハルトさんには無いであろうアドバンテージがある。

 私は思う。向こうは常にシュウさんにくっついているが、裏を返せばそれは飽きが来やすい事と同じじゃないのかと。

 どんな好物だって、毎日出され続ければうんざりするだろう。それは食べ物に限った話ではなく、全てにおいて適応されるはず。

 

 つまり、向こうが常にくっついているのなら、こっちは意外性というか、目新しさみたいな物で勝負した方が勝率は上がるのでは?というか、これしか勝ち目無くない?と私は考えている。

 

 しばらくシャワーを浴びていると、私の腹の虫がくぅくぅと唸り声をあげた。お腹減った。

 

「…………よし。今日も頑張ろう」

 

 なのはママ曰く、朝ごはんには、1日に必要なエネルギーの全てが詰まってるんだよ。との事だけど、それは私も運動してるとよく痛感する。なんというか、食べないと身体が上手く動かない。

 

 着替えに袖を通してリビングへ戻ると、そこではメガネ装備のフェイトママがコーヒー片手にテレビを見ていた。めったに見ない珍しい光景に思わず二度見。

 

「おはようフェイトママ。この時間に家に居るなんて珍しいね」

 

「おはようヴィヴィオ。言われてみればそうかもね、いつもはもう仕事に向かってるし……ふあぁ」

 

 普段はこの時間に居ないフェイトママは、今日は非常に珍しくパジャマ姿で眠そうな様子を隠さなかった。少し目を離した隙に眠ってしまいそうだ。

 

「……大丈夫?凄い眠そうだけど」

 

「最近は忙しさに輪をかけて忙しくて……」

 

 普段の言動と奇行からは想像があまりできないけど、フェイトママにだって活動限界はある。眠そうに見えて口調が素に戻った時は本気でギリギリな時だとなのはママは言っていた。つまり今だ。

 

「ご飯出来たよー。はい、ヴィヴィオは座って。フェイトちゃんはどうする?食べてから寝る?」

 

「ううん、コーヒーだけ飲んだらもう寝る……あふぅ」

 

 ぐっと一息で飲み干すと、フェイトママはそのまま千鳥足でリビングから出ていった。

 

 ……そして程なく"バタンッ"と何かが倒れたような音がする。そして「お゛う ゛ っ ゛ 」という声も。私となのはママは顔を見合わせて思わず苦笑い。

 

「ヴィヴィオは食べてて。私はフェイトちゃんをベッドに運んでくるから」

 

「はーい」

 

 フェイトママを運びになのはママとレイジングハートがリビングを出て、残ったのは私とクリスだけ。背中から聞こえるテレビの音をBGMに私は食べ始めた。

 

<フェイトちゃんしっかりー

 

<なのは……私は多分、3人目だから…………

 

<ネタなのかマジなのか判断に困る発言やめて

 

 あー、休みが終わるのは早いなぁ。

 

 

 

 00-V

 

 

 

「おはようリオ、コロナ」

 

「おはよーヴィヴィオ」

 

「おはようヴィヴィオ」

 

 St.ヒルデ魔法学院の生徒達が利用するバス停の前でリオとコロナに合流して、そのまま学校へ。

 

「今日って小テストあったっけ?」

 

「応用魔法理論で一つ、後は実技が一つあったような」

 

「うげっ、実技はともかく魔法理論か〜……アレ苦手なんだよね。聞いてると眠くなるし」

 

 それに関しては大いに同意できる。理論系の授業は真面目に受けなければならない筈なのに、どうしても眠くなってしまうから。

 あの授業を受け持つ教師はラリホーマを使えるとリオは常々主張しているけど、妙に説得力を感じるのは私も寝落ちした経験があるからなのかな。

 

 

 そんな感じの当たり障りないことを話しながら昇降口へ。まあまあ混み合っている昇降口で右に左にと人の波に流されながらもなんとか自分の下駄箱前に辿り着いた。

 

 そうして下駄箱を開けると、そこには情報化社会の今では絶滅危惧種であろう真っ白い便箋があった。

 私はそれを素早く手に取り、靴を入れ替えるような形で下駄箱に手早く突っ込む。手紙は鞄の中へ丁寧に押し込んだ。

 

「クリス」

 

「…………(くびを左右に軽く振る)」

 

 クリスが出した答えは黒。つまりアウト。私の表情はきっと苦虫を噛んだようなものに変わっている筈だ。

 

「どうだった?」

 

「ギルティ」

 

 苦笑いが2つ増えた。

 

「またかー、最近多くない?」

 

「まあ、そうだね」

 

 これで5回目。分かってはいた事だけど、間接的に悪意を叩きつけられるのはどうにも慣れない。

 しかし、真っ白い便箋を見て真っ黒いとはこれいかに。

 

「でも気にする事でもないよ。いつもみたいにシャンテとか、シスターシャッハに丸投げすればいいかな」

 

 そう言った私の頭の中では、デフォルメされたシスターシャッハがシャンテを捕まえて説教しているいつもの光景が繰り広げられている。もし怒られているのなら多分今頃かな。

 

「っと、ごめん。ちょっとトイレ」

 

「ん、じゃあ先に行ってるよ」

 

「うん。じゃあまた教室でね」

 

 階段の前で一旦リオとコロナとは別行動。2人は階段を上っていき、私は一階の廊下をそのまま進む。St.ヒルデはかなり広いから、トイレに行くのにもそれなりに歩かなければならない。

 

 私が1歩ずつ歩を進める度に静まり返った廊下にチリンチリンと鈴の音が鳴り響く。今は肩に乗っているクリスのリボンに付いている鈴が鳴っているのだ。

 

 廊下の突き当たりを曲がって15秒くらい歩けばトイレがある。

 トイレの清掃をしていた人と入れ替わるように私はトイレの個室に入りながら後ろ手で鍵をかけ、鞄に押し込んだ便箋を取り出しながら言った。

 

「──セイン。居るでしょ?」

 

「そりゃもちろん」

 

 トイレの壁から生首とかいうホラー映画みたいな目の前の状況にももう慣れた。それはセインの能力を悪用した脅かしに何度も引っかかったからだし、このような会い方を繰り返している所為でもある。

 

「これ処分しといて」

 

「はいはいっと。まったく、連中も懲りないねぇ」

 

 壁から伸びてきた腕が手紙を掴んで、やがてそれは壁の中へ消えた。

 

「ほい、確かに受け取りましたっと。じゃあちゃちゃっと渡してきちゃうよ」

 

「うん、お願い」

 

「このセイン速達便に任せとけって」

 

 そのやり取りを最後にセインの生首は壁の中に消えた。それを見届けてから私は普通に用を済ませてトイレから出る。

 "清掃中"と書かれた立て看板を掃除用具入れにしまっている用務員さんの背後を通り抜けて廊下に出ると、廊下の向こうの側から喧騒が微かに聞こえてきていた。

 

 

 01-V

 

 

 聖王教会のとある場所には、"嘆きの部屋"と呼ばれる呪われた部屋があるという。

 そこに入ったが最後。決して出る事は許されず、部屋の中からはその事を嘆くすすり泣きと呻き声が永遠に聞こえるらしい……聖王教会の職員達の間で囁かれている話の一つだ。

 

 それだけ聞くとホラーな話のようだが、この話をする時の職員達の表情は決まって明るい。

 それは、これが与太話の類いであり、実際には存在しない事が確定しているから──ではない。

 

 嘆きの部屋は実在するし、そこからすすり泣きと呻き声も実際に聞こえてくる。しかし、その部屋の前を通る職員達は肩を竦めて声を出さずに笑いあいながら通り過ぎるのだ。

 

「…………」

 

「はい。次の書類です」

 

「……ねえシャッハ」

 

「駄目です」

 

「まだ何も言ってないのに」

 

「いいから仕事してください。書類の山はまだ大量にあるんですから」

 

 バッサリと懇願を切り捨てられたカリムは机の上で力尽きた。

 

 職員達が笑っているのは、部屋の内側で繰り広げられている惨状を職員が正しく理解しているからである。

 嘆きの部屋とはカリムの執務室の事で、出る事が許されないというのは仕事が終わっていないから。すすり泣きと呻き声はカリムが出している。

 

 職員達はそんな上司を見て「仕事をサボってるとああなる」とネタにしているのだった。それと同時に「あんまりサボりすぎるとシスターシャッハ(なまはげ)に連れ去られる」とも言われていたりするのだが、そんな事はネタにされている両人が知るはずもなかった。

 

 少なくとも今は。

 

 その事について水色髪のシスターが用事ついでに口を滑らせ、なまはげ(シスターシャッハ)が全力で教会内を走り出すまで、あと5分

 





おまけ

「どーも。フーカ&リンネの、忍者アニメと聞いて真っ先に思い浮かぶのがニニンがシノブ伝な方、フーカです」

「ドーモ。フーカ&リンネの、ニンジャアニメイシヨンと聞いて真っ先に連想するのはニンジャ出て殺す例のアレ、フーカです」

「あの作品の"1/3+1/6+1/2だけくれ"は今でも使える名言だと思っとる」

「リリカルなのはvivid完結オツカレサマドスエ。しかし、そこからvivid strikeの漫画が始まらないのはケジメ案件では?」

「まあ確かに。そこの辺りはどうなっとるんじゃろな」

「ところでさっきからリンネ=サンが見当たらないが、わしは誰と話しているのだろう」

「「…………ん?」」

次回 魔術師、還らず

リンネが飲む朝のコーヒーは、苦い



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学生だもの。ゔぃゔぃを

3本同時投稿の2本目です。3つの中で1番書くのが楽しかった(小並感)


 椅子に座った私の前に置かれているのは、面倒な方程式で答えを導き出す問題が印刷された紙が1枚。私はこの問題を全て制限時間内に解かなければならない。

 

 つまりテストのことなんだけど、これで4時間連続で授業内テストをやらされた事に。中間テストでもないのに休み時間ぶっ続けで知識を詰め込むこっちの身にもなって欲しい。

 昼休みにアインハルトさんから聞いた話によると、どうやら公立の方でも休み明け一発目にテストを入れているようなので、ミッドチルダの連休明けは殆どの学校がテストをやっているみたいだ。

 

 時計を見る為に顔を上げた視界の端ではリオが力尽きていた。机に突っ伏しているその背中が今は煤けて見える。

 度重なるテストに心が折れかけたのか「体育が最後だからチクショウ!」とか言って錯乱していたのを制圧したのは、ついさっきの事だ。

 

 左手を右肩に当て、ぐるりと一回転させて一息つく。時間はまだ折り返し、自分に喝を入れる。

 そうして左手を離して思った。右肩が少し寂しい。

 

 テストなんだし、当然の事ながらカンニングの恐れがある道具は持ち込めない。

 デバイス、つまりクリスはアウトに決まっている。なので今は鞄の中でお留守番。

 

(違和感が凄い)

 

 しかし、いつも肩にある物が無いと、なんとなく違和感がする。授業中は集中しているからか気にならないのに、こうして意識しだすと途端に気持ち悪い。

 ううむ、今度からクリスを肩に乗せるのは止めるべきかな。

 

 それは後でクリスに相談する事として、兎に角、今はテストに集中だ。

 恋に勉強に殴り合い(趣味)にと、全てをそつなくこなしてこそ高町ヴィヴィオである。

 

 2人のママに負けないように、私も頑張らなきゃ。

 

 そうやって決意を新たにした午後は、お昼休み終わり一発目なので激烈に眠くなる時間だった。

 前に座っている何人かが、うつらうつらしているのが分かるし、ぶっちゃけ私も眠い。

 

 リオは真っ白になっていた。

 

 

 

 03-V

 

 

 

 聖王教会が教会というからには、信ずるべき教義とか宗教のルール的な物と一緒に御神体なんかが存在するわけで。

 

 そして聖王教会というからには、その御神体は言わずもがな、私の複製母体(オリジナル)であるオリヴィエなわけで。

 

 表向きには、私はその直系の子孫となっているわけで。

 

「やっほー陛下。サボりに……おおう、なにこれ」

 

「良く言えばお布施。悪く言えば貢ぎ物、かな」

 

 つまり何が言いたいのかと言うと、私はものすっごい祀られかたをしているということだ。

 この前、公務で教会直営の老人ホームに出向いた事があるけれど、その時のお爺さんお婆さん側の反応がヤバすぎて、内心引いてしまった。

 

 一言、二言、声を掛けて手を握っただけでガチ泣きされるとは流石に思いませんわ。流石聖王、ちょっと人気の度合いを舐めてた。

 あそこは全次元世界でも屈指の敬虔な教徒しか居ないからこその反応らしいけれど、それにしたってもっと緩いと思っていたのに。

 

「先週も同じセリフ聞いたような気がするんだけど、あたしの気の所為?」

 

「気の所為じゃないね。その証拠に、シャンテの体重は先週から増加してるし。それ以外にも──」

 

「ストップ。なんで知ってんの」

 

「私にはセインっていう優秀な諜報員が居るから」

 

「乙女の秘密をなにバラしてやがんだあの水色」

 

 セイン絶対ボコす。と意気込んでいるシャンテに無造作に取り出したお菓子を投げつけ、小山になった貢ぎ物の中から適当に幾つか持って袋に詰め込む。

 

 

 世間一般の認識として、オリヴィエという存在は色々末期だった古代ベルカの戦乱を終わらせた救世主(メシア)だ。

 自らの命を投げ打って戦争を終わらせた救国の聖女というストーリーは、今なお人々に美談として語り継がれている。

 

 もう何百年と経っているというのに、オリヴィエの偉業に感謝の気持ちを持ち続ける人も多い。

 それが現在の聖王教会に貢がれる多額のお布施となって表れている。

 

 私の机に積まれたこれらもまた、その一部。

 

 僅かな額のお金、市販のお菓子、手紙。こういった物が机の上に積み重なるのは、別に今日が始めてじゃない。

 

 そしてこれはどうでもいい話だが、私が来てからお布施の量と額の棒線グラフが50度くらいの角度で跳ね上がったらしい。

 

「ところでシャンテ。なんか最近、置いてあるお布施がやけに多いような気がするんだけどさ」

 

「あの水色ォ……ん?ああ、気の所為じゃないよ。オットーとディード調べだけど、量は確かに増えてるってさ」

 

「なんで?」

 

「神頼みじゃない?あたしの勝手な考えだけど、今の不安定な世の中を聖王様ならなんとかしてくれるって考えてるんじゃないかな」

 

 投げつけたお菓子をボリボリ食べながら、こっそりお布施の山に手を伸ばしているシャンテはそう答えた。

 

「そんなものかな」

 

「そんなもんだよ。人間、何か辛いことがあると何かに頼りたくなるし、何かのせいにしたくなる。自分達の苦しい状況もあの人ならなんとかしてくれる。あるいは、自分達が苦しいのはアイツらのせいだ。みたいな」

 

「わっかんないなぁ。苛立ちを他人にぶつけてどうするんだろう。何が変わるわけでもないのに」

 

「陛下は分かんなくて良いよ。分からないなら、分からないままの方がいいし」

 

 どうやらシャンテは答える気がないみたいで、これ以上は喋らないと言わんばかりに口を閉ざした。

 

 暫く私が届いた手紙の文面に目を通していると、もう3箱目のお菓子を開封したシャンテが不意に何かを思い出したように言った。

 

「あ、神頼みといえば……地球にもそういう風習があるって聞いたけど」

 

「お賽銭の事かな」

 

「そうそう、きっとそれ。同じ理屈じゃない?」

 

 しかしその理屈だと、その祈られる神様は私という事になるんだけど……

 

「実際そうなんでしょ。だってほら、聖王様が御神体だよ?」

 

「教徒からの期待が重すぎて全私が泣いた」

 

 いや、あの老人ホームの視察の時から薄々勘付いてはいたけど、こうして言葉にされると思ったよりクるものがある。

 

 祈る、あるいは頼る側は楽でいいだろうけれども、それをされる側になって始めて大変さが分かった。正月にお賽銭をポイされる神様もこんな気持ちなんだろうか。

 

 

「諦めなさい。それが王として産まれた者の務めです」

 

 という思いをアインハルトさんにそのままぶつけたら、返ってきた答えがそれだった。

 

「アインハルトさんが言うと説得力が違いますね」

 

「これでも元キングですから。二重の意味で」

 

「ああ。国が滅んでるのと、性別のダブルミーニング……って何上手いこと言ってるんですか」

 

 しかし、王としての務めね……

 まだ実感が湧かないのは、私が未だに聖王である自覚が無いからなのか。それともアインハルトさんみたいにオリヴィエの記憶を持っていないからか。

 

「それにしても、どうしたんですかいきなり。らしくないじゃないですか」

 

「自覚はあるんですけどねー、最近になって私宛に届く色々が多くなりまして。無視できなくなったと言いますか……」

 

「色々って、トラブルとかですか?」

 

「それもそうなんですけど、救いを求める声とか、こう、ね?」

 

「ね?と言われましても」

 

「だからアインハルトさんには、そういう時の心構え的なものを教えて欲しくて」

 

「そんな事を言われても……」

 

 といいつつも考えてくれる辺り、やはり、いざという時には頼りになる先輩だという事を再認識。私の状況が状況なだけに、リオやコロナどころか2人のママに話してもしょうがない事だから、とても心強い。

 

「そうですね、常に平静である事。くらいしか言える事は無いかと」

 

「それだけですか?」

 

「結構難しいですよ。常に平静である──少なくとも表面上はそう装うというのは」

 

「アインハルトさんを見てるとそうは思えないんですがね」

 

 この人、あんまり表情を変えないし。シュウさん曰く「良く見ると分かりやすい」らしいけれど、私は良く見ても分からないので、まだシュウさんの領域には到達していないみたいだ。

 

「これでも苦労しているんです」

 

「学校でも、偶にシャーペンカチカチで周囲を威嚇したりしてるしな」

 

 此処でアインハルトさんの学校での話を携えてシュウさんが乱入。なんというか、とてもじゃないけどアインハルトさんらしいとは言えないような行動に思えた。

 

「えっ、そうなんですか?」

 

「クールなのはヴィヴィオ達とテレビカメラの前だけだしな。この前も……」

 

「シュウさん?何か私たちに伝えたい事があるから来たんじゃないんですか?」

 

 もっと聞きたかった(イジるネタが増える的な意味で)のだけど、そこで当のアインハルトさんが遮って強引に話題を転換させた。

 ………後でこっそり聞いてみようかな。

 

「ああ、そうだった。そろそろ練習再開するってさ」

 

「もうそんな時間ですか。ヴィヴィオさん、この話はまた後で」

 

「はーい」

 

 汗を拭ったタオルをシュウさんに渡して、空気を読んで距離を置いてくれていたリオ達の元に戻る…………その前に、一つだけ言っておかなきゃいけない。

 

「シュウさん」

 

「どした?」

 

「そのタオルは好きにして構いませんからね。シュウさんの部屋に持って帰って、私の汗で悶々ムラムラした劣情を思いっきりリビドーして本番までの予行演習をしておいて下さい」

 

「お前がいつも通りで安心した」

 

 そのタオルはジムの備品だから持ち帰れねーぞ。というノーヴェからのツッコミが背中の方から聞こえた。

 

 

 

 04-V

 

 

 

 ヴィヴィオが去った後の部屋、そこに1人居たシャンテは、背を向けている扉が空いた音を聞いた。

 足音は2人分。この時間の、それも聖王陛下の部屋にノックも無く入れる2人組は、シャンテの知る中ではあの双子くらいだ。

 

「どしたの。陛下ならもうナカジマジムに向かったけど」

 

「今回、用があるのは貴女ですよシャンテ」

 

「……へえ、それはまた。今回は随分と早いんだね」

 

 シャンテが向けた目線の先には、予想通りヴィヴィオの護衛役であるオットーとディードの姿があった。

 しかし、その目には普段は湛えている優しい光は無く、ただ厳しい色が残るのみ。

 

「カリム様も、シスターシャッハも気を張っていますから」

 

「なるほど、セインか。乙女の秘密だけじゃなくて、友達同士の心温まる会話まで盗み出すってわけ?」

 

「万が一という事もある。そういう事です。それに……あまり言いたくはありませんが、貴女は出地が出地ですからね」

 

「疑われても仕方ない、と。まあそうだね。特に最近は物騒だし、内通者も出たって話も聞いたし。疑いの目を向けられるのは仕方ないかな」

 

 そういう事もあるだろう。とシャンテは1人で納得した。

 様々な人間が居る聖王教会内でも、シャンテの出地は良いとは言えない。そして、それ故の偏見がある事はシャンテが一番良く承知していた。

 

「でもなんで?こう言うのはアレだけど、まだサボり以外で怒られるような事をした覚えは無いんだけどな」

 

「サボりも十二分に問題ですが、そんな事よりもカリム様は水晶玉に傷や汚れが付く事を恐れています」

 

 この時、オットーとディードから見える横向きの顔では分からない事だが、シャンテの眉は不快そうに動いている。

 シャンテは発言の内容を咀嚼するように少し黙って、口を再び開いた。

 

「……ふーん、なるほど?つまりこれはアレか。余計な事はするなと、そういう訳だ」

 

「理解が早くて助かります。今後、そういった行動は控えるようにと……」

 

 

 

「だが断る」

 

 

 

 ディードの眉が僅かに吊り上がった。ディードの代わりに、今度はオットーが前に一歩出る。

 

「ンッン〜、やっぱり自分の命令が絶対だと思っている奴にNOを突きつけるのは最高の気分って奴だね。ハイハイ言ってるだけのイエスマンとは違うって気にさせてくれる」

 

「シャンテ。これは聖王教会の意向なんだ。君一人が反対した所で、どうこう出来る物じゃない」

 

「だから従えって?はっ、カリム様もシスターシャッハも、随分と甘っちょろい考えをお持ちのようで」

 

「シャンテ!」

 

 咎めるように声を荒らげたオットー。しかし、そんなオットーと眉を吊り上げたままのディードをシャンテは睨み返した。

 

「……白が白である為にはどうすればいいか。

 オットー、ディード。あんた達なら分かるよね、この答え」

 

 2人は何も答えなかったが、それに満足したようにシャンテは首元にぶら下がった、待機状態のファンタズマを弄った。

 

「……だとしても、それがシャンテの行動を正当化する理由にはならない」

 

「そりゃそうでしょ。そもそもあたし、自分の行動を正当化するつもりなんて最初から無いし」

 

 開き直ったように取れるシャンテの発言。しかし、オットーとディードはその発言の真意を知っている。

 

「それに、大事な事を一つ忘れてる」

 

 あの賢い陛下が、まさかその事に気付いていないとでも?

 

 半ば挑発的な声色で発せられたその言葉にも2人は沈黙を保つ。しかし、その沈黙こそが2人の答えを雄弁に語っていた。

 

「陛下はカリム様やシスターシャッハ程度で抑えられるような方じゃない。自分で物事を考えられるし、正しいと思う事に力を使ってる。

 最近の陛下の意向も、本当は教会側としては不服なんじゃないのかな?」

 

「……一部からは、そういう声が聞こえてきますが」

 

「それが証拠さ」

 

 窓から見える日が落ちる。ビル群の間を縫って沈んでいく夕日の光が、部屋の中を茜色に染め上げていた。

 

「陛下は布に大人しく包まれて箱に仕舞われるような、そんな性格じゃない。

 もうこの計画は破綻してるよ。いや、前提条件から達成されてないんだから、始まってすらいない。の方が正しいかもしれない」

 

 ここでシャンテは、この部屋に入って始めて、イタズラが成功した子供のような笑みを浮かべた。

 

「それにねオットー。さっき君一人が〜って言ってたけど、それは間違ってる」

 

「なに?」

 

「反対してるのは私一人じゃなくて、十八人。私が最大分身すれば十八人になるんだから、一人っていうのは間違ってるよね?」

 

 そんな頓智のようなオチが、この話の締め括りだった。それを聞いたオットーとディードは、静かに肩を落とした。

 



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1日に一万回、感謝のなんとか

(12月では)初投稿です。約1ヶ月の対価として今回はちょっと量が多いです。具体的にいうと3000字くらい


『私には昔からの悪友が居てね、そいつと組んでイタズラをしては先生や両親によく怒られたんだ』

 

 懐かしい言葉が聞こえた。

 これは確か、私がベルリネッタ家に引き取られてすぐの頃に言われた発言だった覚えがある。

 

『イタズラ、ですか』

 

『想像できないって顔をしてるね。……私は今でこそこうして落ち着いてるけど、昔はそりゃもう、とんでもない悪ガキだったのさ。

 盗んだバイクで走り出すとか、特に意味もなく徹夜で街に遊びに出たりとか、その場のノリで真冬の川に全裸で飛び込みとかな。

 ……そんな事ばっかしてたから、帰ったらいつも親父のキッツイお叱りが待ってた』

 

『想像できないでしょう?』

 

 母さんの言葉に私は頷いた。私の中で悪ガキという言葉は、私やフーちゃんを虐めてくるような男の子達に向けられるような言葉だったから、それが目の前で優しく微笑む父さんとは合わないと感じた。

 そんな父さんは困ったような顔をしながら、後ろ手で頭を掻いて続けた。

 

『この話をするといつもそう言われるんだよな……まあとにかく、私にはそういう事を一緒にできる仲の友人が居るんだ。そいつは落ち着いたかと思うと私より早く家庭持って、しかも1人息子が居る。…………あいつめ、悪ガキレベルでいえば俺より上なのに、気付いたら先に幸せそうな家庭持ちやがって……』

 

『お父さん?話が脱線しちゃってるわ。あと口調』

 

『……ん"ん"っ。その子の歳は同じくらいだし、性格もあのバカと違って大人しいからリンネも仲良くなれると思うよ』

 

 あの口調って作ってたんだ。

 ふとした拍子に飛び出してくる雑な言葉からそう思いつつ、それでも嬉しそうなお父さんを見ていると脳裏にふとフーちゃんの姿が現れた。その横には孤児院のみんなが居る。

 全く似ていない筈なのに、何故かフーちゃんの笑った顔と父さんの嬉しそうな顔が重なった。

 

 

 なんだか妙に泣きたくなった。

 

 

 00-R

 

 

 

 …………随分と懐かしい夢を見た、ような気がする。

 

「ん、んん……ん?」

 

 何故か全身が痛い。起き上がろうとすると全身の関節が悲鳴を上げているような感じがする。

 

「起きたかい」

 

「……父さん?」

 

 ベッド脇に父さんが座っていた。珍しい光景に目を瞬かせていると、父さんはおもむろに私のおでこに手を当て、しばらくそのままで居たかと思うと1人で頷いた。父さんのひんやりとした手が気持ちいい。

 

「……やはりか」

 

 なにが"やはり"なのか分からない。

 私が黙っていると父さんのひんやりした手が離れて、代わりに凄く冷えっとした物がおでこに乗っかった。これは……

 

「冷え冷えピタっと……?父さん、これって」

 

「リンネ、今日は学校を休みなさい。酷い熱だ」

 

「えっ……?」

 

 酷い熱、と父さんに言われて初めて私は自分の様子を意識した。吐き出す息は熱を帯びていて、身体中に倦怠感が満ちている。

 

「でも、なんで……」

 

 でも私には心当たりがなかった。父さん達はもちろん、ジルコーチやお兄ちゃん、そしてフーちゃんからも"身体を大事にするように"って口酸っぱく言われていたから、それなりに気を使ってたつもりなんだけど……。

 

「今朝、起きてこないリンネを心配して部屋を見に行ったらもぬけの殻だった。

 …………こんな事は言いたくないが、リンネには過去に家から抜け出した前例があるからね。急いで家中を探したよ。それでパジャマ姿のリンネを見つけたのは離れのトレーニングルームだった。

 最近は暖かくなったとはいっても、まだ夜は冷える。そんな場所で毛布1枚すらかけずに寝てしまったことと、日頃の練習の疲れが合わさったのだろうさ」

 

 そう言われて、私はようやく昨日の夜の記憶を思い出した。 確か昨日は寝るまでに余裕があったから、シャマルさんに教えてもらった術式の練習をしていたはず。

 

「ごめんなさい」

 

「謝らなくていい。勉強熱心なのは親としてはとても嬉しい事だからね。……だが、自分の身体の事はもう少し省みて欲しい。リンネになにかあったら、私達だけでなく、ジルコーチやシュウ君やフーカちゃんも心配するのだから」

 

「…………うん」

 

「ところで水は飲めそうかな?昨日から水分の補給はしてないんじゃないかと思って、今用意させているんだけど」

 

「飲む」

 

 身体を起き上がらせようとした。けれど、私の身体は鉛か何かで作られたみたいに重く、動かない。

 

「んしょ、よいしょ。……あれ?」

 

「ああ、身体が動かないのか。ちょっと待ってくれ、今起こすから」

 

 そんな私を見かねたのか、父さんが私を起こしてくれた。ずっと寝ていたからなのか頭の中がガンガンと鈍く痛む。

 

「失礼します。旦那様、お水をお持ちしました」

 

「ありがとう、手間をかけたね。ほらリンネ。むせないように、ゆっくりとね」

 

 程なくしてメイドさんが持ってきてくれた水を、私はかなりゆっくり飲み干した。一口ずつ水を含むのも今の私にはかなりの重労働に思えた。

 

「しっかし、この調子だとロクに物も食べられなさそうだな……食欲は?」

 

「ぷはっ。ううん、今は別に……」

 

 食欲は無かった。昨日の夕食を最後に間食もしていない筈なのに、何も食べられる気がしない。

 でも、その代わりって訳でもないだろうけど、なんだか凄く眠い。今こうして上半身を起こしているだけなのに凄い疲れた。

 

「眠いのか?」

 

「ぅん……」

 

「なら寝るといい。学校とジルコーチへは私の方から連絡しておこう」

 

 父さんの大きくて優しい手が私を再び横にして、肩までしっかりと布団を掛けなおしてくれた。

 ありがとう。と言おうとした。けれど口は動かなくて、私の瞼は自然に重くなっていって、そして、そして──

 

 

 

 

 01-R

 

 

 

 

『のうリンネ。どうしてじゃ?』

 

『なにが?』

 

『どうしてお前は、そうまでして力にこだわった?』

 

 殴り合いの果てに、フーちゃんとの蟠りが全てとはいわなくても大体解けた日の夜。私はベランダでフーちゃんと二人っきりだった。

 

『いや、大切な何かを守るためっていうんは分かっとる。けど、わしから見たリンネは、なんというか……』

 

 フーちゃんは言葉を探しているようだった。でも納得のいう言葉が出てこなかったのか、両手で頭をガシガシしたかと思うと私に向き直った。

 

『……ああもう、まどろっこしい。単刀直入に言うぞ。リンネ、それは自分を傷付けてまで得るような力なのか?』

 

『…………』

 

 傷付ける、というのが何を示すのかは分からない。ジルコーチの胃の中身を戻すような特訓の事かもしれないし、それ以外の事かもしれない。

 ともかく、フーちゃんはそれをやめて欲しいんだろう。フーちゃんは優しいから、私が傷付く事に良くない思いを抱いている筈だ。

 

『力を得る事については否定せん。この世界を生き抜くには、どんな形にしろ、やっぱり力は必要じゃからな。世間に出て、わしはその事を痛感した……』

 

 フーちゃんが何に思いを馳せているのかは分からない。でもそれは、私とフーちゃんが別れてからの期間に起こった事なのは簡単に想像できた。

 忘れがちだけど、フーちゃんはもう、れっきとした社会人だ。まだ私の想像もできないような嫌な目に会ったりもしただろう。

 

 フーちゃんは私に目線を戻した。

 

『けど、もう充分じゃろう。それだけの力があれば、守りたいものだって十分に守れる筈じゃ。何故リンネはそうまでして力を求める?』

 

 何故か。そんなのは決まってる。

 

『足りないから』

 

『足りないって、力がか?そんな、まさか』

 

『足りないんだよフーちゃん。まだ全然』

 

 足りない。あと数メートル、あと数秒、あと1歩、あと一瞬。あそこに辿り着くだけの力が、私にはまだ足りない。

 フーちゃんとの意地の張り合いの果てに、おじいちゃんは振り向いてくれた。私に笑いかけてくれた。それだけで私が頑張った理由の半分は報われた。心残りの半分は消え去った。

 

『それは……それが、お前が自分を痛めつける理由か!?』

 

 フーちゃんは叫んだ。その声からは抑えきれない焦燥を感じる事ができる。

 

『リンネ。わしはさっき、ジルコーチにお前のプライベートでの練習風景を見させてもらった。他人(ひと)の練習内容に兎や角は言いたくないが、それでもアレはないじゃろう!』

 

『……見たんだ』

 

 できればフーちゃんには見られたくなかった。だって、間違いなくこうなるであろう事が分かっていたから。

 

『ああ、見た。素手のまま、サンドバッグじゃなくて木や大きな岩を殴っている光景を見た時は、わしの頭がおかしくなったかと思った』

 

 フーちゃんは私の片腕を掴むと、勢いよく長い袖を捲って地肌を露出させる。

 

『その力は、お前の綺麗な肌をこんなにしてまで得る価値のある物か!』

 

 小さいのから大きいのまで、私が練習の最中に付けた傷がそこにはあった。砕けた刃が私に残していった傷だ。一番新しい傷は、ちょうど昨日のものになる。

 

『──アインハルトさんが、どうやって強くなったのか。フーちゃんは知ってる?』

 

『今は関係のない事じゃろう』

 

『アインハルトさんはね、小さい頃からサンドバッグじゃなくて近所の林に生えてた木や、その近くにあった岩で打撃練習をしてたんだって』

 

 お兄ちゃんから聞いた。「昔は俺とアインハルトもやんちゃしてたんだー」なんて懐かしむように話してくれた昔話の一つ。

 でも、お兄ちゃんには悪いけど注目するのはそこじゃない。私が注目したのは、アインハルトさんが近所の木や岩でトレーニングしていたという点。

 

『……それと、この傷と、なんの関係があるんじゃ』

 

 当たり前だけどサンドバッグになる為に木や岩は成長しない。やってみて分かったことだけど、殴る為に最適化されたサンドバッグと違って、力任せに殴れば手は痛いし最悪の場合は骨にクる。

 

 そんな木や岩に効率良く攻撃の威力と衝撃を伝えて叩き潰すということは、与えたい威力に比例する力を、最も威力が高くなる場所に正確に当てる技術が要求される事だと気がついた。

 しかも木や岩にも個体差があって、どこを殴れば効率良く叩き潰せるかが微妙に異なるから、それを見抜く観察眼も必要だ。

 

 そして、これは全てがリングの上に転用できる。

 無造作に殴るだけではあまり効果が無いのもそうだし、対戦相手に個体差があるのも同じ。手早く殴り倒すためには、木や岩を殴る経験が最も活きる。ついでに打撃力も相応に鍛えられる。

 

 有り体に言えば効率が良い。少なくとも私は、これより効率の良い鍛錬法を知らない。温故知新とは良く言ったものだと思う。

 

『全ての経験を無駄なく活かせる。鍛錬の理想形でしょ』

 

 肌についた傷は、その過程で砕けた木や岩の破片が付けた傷だけど、それがどうしたというんだ。

 

『そのために自分の身体を犠牲にするのか……っ!!』

 

『それで強くなれるならね』

 

 私には越えなきゃいけない目標があり、その目標は全てにおいて私より遥かな高みにいる。知識、経験、才能、全てにおいて劣る私がそこに辿り着きたいなら、常識的な範囲内で手段を選んでなんかいられない。

 

 ……幼い頃からこんなトンデモな鍛錬をずっとしていたのなら、アインハルトさんの輝かしい経歴の数々も納得がいく。もちろん才能もあるんだろうけど、それだけで勝てない事は私自身が身を以て知っている。

 

『アインハルトさんはやった。お兄ちゃんも出来た。なら私ができない道理はない』

 

『そんな無茶苦茶な!シュウさんは兎も角、ハルさんが出来るからって、リンネが出来る保証なんてどこにも──』

 

『やれるとかやれないの問題じゃない、やらなきゃいけないんだよ。これはそういう話なの』

 

 フーちゃんは何も言わなかった。私が被せた言葉に何を思ったかは分からないけど、その目は何処か悲しげだった。

 

『そうか。そうなのか………………ならリンネは、まだ格闘技を続けるって事じゃな』

 

『そうなるね』

 

 少なくとも、今のところは。

 私は心の中でそう付け足した。

 

 こう言うと数多の格闘技選手から怒られるだろうけど、そもそも私にとっての格闘技とは、大事なものを守るための力を手っ取り早く得るツールでしかない。

 力を得られさえすれば良かったから、私はお昼に食べた物をバケツに戻す事になったとしても耐えられた。力を得る代わりに痛みを差し出しているだけなんだから、それくらいなら別にいい。等価交換……とは違うかな。

 

 とにかく今以上に、かつ効率良く強くなる方法が見つからない以上は私が格闘技を辞めることは恐らく無い。

 

『色々言いたい事はまだまだある。けど今日のところは何も言わん。言わんが……それはそれとして次の試合もわしが勝たせてもらうぞ』

 

『……うん』

 

 悲しさと嬉しさが綯い交ぜになって、言葉に出来ないような表情のフーちゃんに私は心の内を話すことも出来ず、ただ曖昧に笑う事しか出来なかった。

 

 

 

 02-R

 

 

 

「……──も酷いな。起───?い──や、寝てる─人を起こすのは流石に……」

 

「…………フー……ちゃん?」

 

「あ、リンネ。目を覚ましたか」

 

 父さんの居た場所に今度はフーちゃんがいた。普段見ているナカジマジムのジャージではなく、受付で仕事をしている時の制服だ。

 

「その、服……」

 

「ん?ああ、これか。着替える時間も惜しくて着替えんで来たんじゃ。ああ、一応言っておくが、仕事はキッチリこなして来たぞ?」

 

 もしかしたらフーちゃんの仕事の邪魔をしたのではないか、という私の心を見透かしたような付け足しに驚いた。

 

「よく……言いたいこと、分かったね」

 

「リンネの性分なら聞くであろう事を答えただけじゃ」

 

 そう言いながらフーちゃんは背負ってきたらしいリュックからペットボトルを2本取り出す。スポーツドリンク"ポッカエリアス"だ。

 

「ポッカエリアス買ってきたんじゃ。飲むか?」

 

「うん」

 

 どうしてだろう。ペットボトルを見たら急に喉が渇いてきた。フーちゃんと話している時は全く感じなかったのに。

 

「後はナカジマ会長から、リンゴとかバナナを渡してくれと言われたんで持ってきた」

 

「そこまで、してもらわなくて、いいのに……ぷはっ」

 

「飲むか喋るか、どっちかに専念せんとむせるぞ~」

 

 そんなヘマはしない。と反論したかったけど、私の身体は反論に口を動かすよりポッカエリアスを飲む方向で口を……というか喉を?動かしたいらしかった。ペットボトル1本分をほぼ一気飲みした私は、身体中に水分が行き渡る感覚を覚えた。

 私がペットボトルを傾けている間にフーちゃんは私に近寄ってきて、パジャマの内側に手を突っ込んだかと思うと汗まみれの背中に掌を付ける。

 

「んー、やっぱり寝汗が酷い。ちょっと待っとれ。いまタオルと着替えを持ってくる」

 

 そう言って慌ただしく部屋を出ていったフーちゃんは、ものの5分もしない内に戻ってきた。

 

「ほらリンネ。汗拭き用のタオルと着替えじゃ。自分で脱げないなら代わりにわしがやるが、どうする?」

 

「自分で出来るよ……多分」

 

 ボタンを外して、長袖のパジャマを脱ぐ。私がキャミソール1枚になるまでの間、フーちゃんの視線が私の腕に注がれているのがわかった。

 

「……フーちゃん、お願い」

 

「……ああ、任せろ」

 

 私は何も言えなかった。私はフーちゃんの顔を見なくてもいいように俯く。

 

「とりあえずキャミソール脱がせるぞ」

 

 寝汗で凄いことになっていたキャミソールを脱がされて、フーちゃんは濡れタオルで優しく、それでいて手早く拭いていく。

 

「そういえば、いま何時?」

 

「んー……今は1時を超えたくらいじゃな」

 

 寝ている間に閉められていた、カーテンから漏れる光が朝に見た時より明るいような気がするのはそれが理由か。

 

「結構寝ちゃったんだ……」

 

「仕方ないじゃろ。最近……に限らず、お前は身体を酷使し過ぎる。休む時に休めるのも鍛錬の内じゃろ?」

 

「……返す言葉も無いです」

 

 替えのキャミソールとパジャマを着ながら私は素直に反省した。風邪を引いたら大幅ロスなんだし、次はこうならないように頭の中のメモ帳にしっかり残しておこう。

 

「ところでリンネ、今までに何か食べたか?」

 

「えっ?ううん。食べてない、けど……」

 

「そうか。まったく困った奴じゃな」

 

 フーちゃんは孤児院時代に良く見た困った子を見るような微笑みで私を見ながら手元でバナナの皮を半分ほど剥いて、こっちに向ける。

 

 ……まさかとは思うけど、これをどうしろと?

 

「ほれリンネ。口を開けろ」

 

「いや、あの、フーちゃん?いま私、食欲は……」

 

「風邪っていうんはな。食べて、飲んで、たっぷり寝れば後は気合いで治るもんじゃ」

 

 なんて脳筋理論ーーっ?!

 

 だから食え。と有無を言わさぬ口調と雰囲気でもって口元にバナナを押し付けてくるフーちゃんを、まだ本調子じゃない両手で弱々しく押し返す。

 忘れてた。フーちゃんって基本スキルは高いけど、肝心な部分になるほど脳筋理論で答えを弾き出す悪癖があるんだった──!

 

「いや、それはフーちゃんだけで」

 

「大丈夫じゃ、問題ない」

 

 何がだよ。問題大アリだよ。と叫びたい心を必死に抑えて、動かない頭脳をフル回転させて言い訳を探す。

 

「まあまあ、一本グイッと」

 

「ひっ……」

 

 や、殺られる……!

 

 気づいたら私はフーちゃんに押し倒されたような姿勢になっていた。昔に相対した時より遥かに強力な威圧感を放ちながら、口元にグイグイとバナナを押し付けてくる姿は紛うことなき変人のそれ。

 

 

 そして動かない頭脳をフル回転させた結果、私は完全に積んだ事を理解した。してしまった。

 助けを求めるだけの大声なんてまだ出せないし、退かせるだけの力も無い以上、私が出来ることは何も無い。

 

 最早これまでと観念しかけた時、私達の横から露骨な咳払いが聞こえてきた。

 

「……何やってんだお前ら」

 

「「あ……」」

 

 反射的にそっちへ顔を向けると、そこには息を切らし気味のお兄ちゃんが立っていた。




超今更☆簡易紹介

リンネ:おっぱい。
フーカ:実はリンネのおっぱいを見ていた
ダン・ベルリネッタ(父さん):心はまだ10代
シュウ(オリ主):徒歩で来た

おまけ

リンネ(腕の傷を見られてる。心配されてるのかな)
フーカ(なに食べたらそんなに大きくなるんじゃ)


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おじやにウメボシを添えて栄養バランスも良い

3本同時投稿の3本目。他の2つを見れば分かるけど、ここだけ露骨にボリュームが少ない。書くのに1番手間取ったのに。


「……アホか」

 

 事のあらましを聞いたお兄ちゃんの第一声がそれだった。

 

「フーカちゃんなりにリンネを想っての行動なのは分かるけど、リンネは病人なんだし、もうちょっと手心をだな……」

 

「いや、その、はい……」

 

 あくまで自主的に正座をしているフーちゃんが項垂れた。しかし、お兄ちゃんの言い方だと手心を加えてたら義理の妹の口にバナナが突っ込まれるのを許していたんだろうか。私はバナナを少しずつ齧りながらそう思った。

 

「わしは……焦ったのかな……」

 

「流石にバナナぶち込みはやり過ぎだな」

 

 お兄ちゃんはそう言いながら小さいレジ袋を鞄から取り出して、そこから二、三本のミネラルウォーターをベッドの傍に置いた。

 

「足りてるとは思ったけど、一応買って来た。熱を出した時は水分補給が大事だから、足りなくなるよりは余った方がマシだろうと思ってな」

 

「わざわざありがとう、お兄ちゃん」

 

「気にすんな。妹の面倒を見るのも兄の役目だ」

 

 なんでもなさそうにお兄ちゃんはそう言って、私のおでこから剥がれかけていた古い"冷え冷えピタっと"を新しいのに貼り替えた。

 

「冷たっ」

 

「だろうな。これ常温でも結構冷えっとするし、冷蔵庫で冷やされたコイツは凄いだろ……フーカちゃん。氷枕は?」

 

「それはまだ替えてないです。これからやろうと思っとったところで」

 

「なら丁度いいか。リンネ、来たばっかで悪いけど、氷枕を替えたら俺達は御暇するよ」

 

「もう行っちゃうの?」

 

 思わずそう聞いた私に、お兄ちゃんは少し笑って私の頭を撫でた。

 

「リンネの気持ちは分かる。けど、お前はまだ病気の真っ只中に居るんだから無茶はいけないだろ?」

 

「それは、そうだけど……」

 

「今はゆっくり休め。なに、そんな心配しなくても、電話とかにはちゃんと出るからさ」

 

 お兄ちゃんの言う事は最もで、私は頷く事しかできなかった。

 そうこうしている内にフーちゃんが氷枕を替えて、程なくお別れの時間がやってくる。

 

「またなリンネ」

 

「わしが言っても説得力が無いじゃろうが、しっかり休めよ」

 

「うん。分かってるよ、またね」

 

 小さく手を振った私に、最後に2人は笑いかけて、そして扉は閉められた。

 

「…………また、ね」

 

 遠ざかって行く足音。やがて訪れる静寂。普段なら心を落ち着かせてくれる静けさが、今は痛い。

 

「…………………………寝よう」

 

 今は少しでも、この静けさから逃げ出したかった。

 

 

 

 03-R

 

 

 

『この前に話したシュウ君だ』

 

 私がお兄ちゃんと初めて出会ったのは、ベルリネッタ家に引き取られてから少し経った日のことだった。

 私が初めて抱いたお兄ちゃんの印象は、なんだか少し怖い人という物だった事を覚えている。今はそうでもないけれど、あの時のお兄ちゃんは表情がとても乏しかった。

 

『リンネです。えっと、よろしくお願いします』

 

 

『…………?』

 

 まだ幼いお兄ちゃんは私が握手の為に出した手を不思議そうに見つめていた。そして、その手を指さして一言。

 

『なにこれ』

 

『なにって……』

 

 困惑した私に助け舟を出してくれたのは、お兄ちゃんのお父さん。つまりトウヤおじさんだった。

 

『ああ、悪いねリンネちゃん。シュウは握手を出来ないし、そもそも握手を知らないんだ』

 

『知らない……?出来ない……?』

 

 何を言ってるんだろうこの人、と最初は思った。握手をしない人は見た事があっても、出来ない人や知らない人というのを見たことがなかったから。

 ……というか、今まで生きてきても幼いお兄ちゃん以外に会ったことはない。

 

『そこの辺はちょっと事情があってね……話すと長くなるけど、兎に角シュウは握手が出来ないんだよ』

 

 それで納得してくれ。とトウヤおじさんは言った。有無を言わせない言葉の雰囲気に、私は頷くことしか出来なかった。

 

『リンネ。私はトウヤと少し話があるから、終わるまでシュウ君とお話していてくれないか?』

 

『うん』

 

『ありがとう。それじゃあ、リンネの部屋で待っていてくれ』

 

 と、頷きはしたものの、どうすればいいのか分からなかった私は、取り敢えず言われた通りにお兄ちゃんを私の部屋に案内する事にしたんだった。

 

『えっと、こっちです』

 

『ん』

 

 私と幼いお兄ちゃんとの間に会話は無かった。私が内気で、まだ初対面のお兄ちゃんと会話を出来なかったというのもあるけれど、なにより無表情なお兄ちゃんが怖かったのだ。

 

 そうして廊下を歩いている時、私は不意に家の中が静か過ぎると思った。

 それは立地から静かな所というのもあるし、会話が無いことも関係していただろう。もしかすると、気まずさからそう感じていたのかもしれない。

 

 理由はともかく、この時も静けさが痛かった事だけは確かだ。

 

『ここが私の部屋です』

 

『……広いな』

 

 私の部屋を見たお兄ちゃんの第一声は、奇しくも私が初めてこの部屋に入った時の感想と同じ物だった。

 

『やっぱりそう思います?私も今は慣れちゃったけど、最初は広いって思っちゃって』

 

『広すぎるのも考えものなんだな』

 

 私の部屋だけじゃなく、全ての部屋には一部屋に二脚の椅子とテーブルのセットが備え付けられている。

 私が椅子を引いて座ると、お兄ちゃんも同じように椅子を引こうとして、でもそこで引く為に椅子を掴むのを躊躇った。

 

『……ベッドに座ってもいいかな』

 

『あっ、はい。どうぞ』

 

 そのままベッドの端に座ったお兄ちゃんが、だらんと垂らした手に私の目は釘付けになった。握手が出来ないのは、手に何かあるんじゃないかと思ったからだ。

 

『……手に、何か付いてる?』

 

『へ?あっ、いや、あの、なんでもないです……』

 

『そう』

 

 そしてまた静寂が訪れた。さっき感じた静寂が、酷く肌に突き刺さるように存在感を増していた。

 

 

 

 04-R

 

 

 

 部屋の電気が点いた、その光の衝撃が私の意識を引き上げた。

 

「あら……起こしちゃったかしら」

 

「……コー、チ?」

 

 視界がぼんやりしていて分かりづらいけど、輪郭でジルコーチなのだと分かる。

 

「ええ。貴女のコーチ、ジル・ストーラよ」

 

「どうして、ここに……?」

 

「どうしてって、お見舞いに決まってるじゃないの」

 

 思わず口をついて出た疑問に、ジルコーチはそう答えた。まだぼんやりしていて分からないけど、多分苦笑いをしている。

 ……少し考えれば分かる事も思いつかない辺り、今の私は相当参っているようだ。

 

「調子はどうか……なんて、聞くまでもなく悪いわよね。顔も真っ赤だし、熱が上がってるみたい」

 

 体の中、布団の内側には物凄い熱が篭っているのが、鈍くなった私の感覚でも分かる。こうなると救いはおでこの"冷え冷えピタっと"と氷枕だけだ。

 

「取り敢えず、果物を持って来たから後で食べると良いでしょう。リンネがどんな果物が好きか、そういえば聞いた事が無かったから私の好みで選んだけれど……アレルギーとかは無かったですね?」

 

 声を出すのも億劫になり始めていた私は小さく頷いて意思表示をした。

 

「なら良かった。もし何かあったらどうしようと、実は少しだけ不安だったんです」

 

 ようやっとハッキリ見えるようになった視界の中で私が見たのは、ジルコーチがこっちに上半身を寄せてくる所だった。

 

「リンネ、少しの間だけ身体を起こすわ」

 

「はい……」

 

 ジルコーチによって上半身が引き起こされた私は、ここで初めて今が日の落ちきった夕方であると分かった。また結構な時間を寝たらしい。

 

「はいリンネ。食欲は無いかもしれないけれど、少しでも食べなきゃ治るものも治らないわ」

 

 そして私の口元にスプーンにすくわれたおじやが運ばれてきた。湯気は出ていないから、作られてからそれなりに時間が経っているみたいだった。

 一口食べる。味は薄いけど、でも塩気が効いているのが何故か分かった。

 

「……そういえば、前に高町選手が、おじやは即効性のエネルギー食だとか何とか言ってたわね。ウメボシを添えると栄養バランスも良いとかって」

 

「本当、なんですか?」

 

「さあどうかしらね。調べた事も無かったわ」

 

 なんでそんな事を知っているんだろう。と不思議に思いながら少しずつ食べ進める。

 食べ始める前までは食欲なんて微塵も無かった筈なのに、食べ始めてからは少しずつ食欲が戻ってきていた。

 

「あらあら……正直、ここまで食べられるとは思わなかったわ」

 

「ちょっと、自分でも驚いてます」

 

「それだけリンネの身体が元気になろうと必死なのかもしれないわね」

 

 それでも普段の半分くらいしか食べれていないけど、熱が凄い今の状態を考えれば十分かもしれない。

 

「お水もどうぞ。 汗で相当な水分が体から抜けている筈だから、飲める時に補給しておかないと」

 

 一口飲むと、嫌な火照り方をしている身体に水が染み渡るような感じがした。

 

「ああ、薬も一緒に飲むべきでしたね。リンネ、薬は何処にありますか?」

 

「……薬?」

 

 そこで初めて気がついた。私、病院に行ってない。一日ずっと寝ていただけだ。

 

「リンネ。貴女まさか……」

 

「…………」

 

 気まずい沈黙。また静けさが肌に突き刺さるように存在感を主張してきていた。



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