【♂さに鶴】彼の黄金郷には■い薔薇が咲く【※特殊設定】 (駒由李)
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彼の黄金郷には■い薔薇が咲く

序文

 

 表舞台を追われた末の島流しだ。時代錯誤な事を考える程に、その島はあまりに荒涼としていた。なき喚く海鳥の群れ。時化た波の音をBGMに、狐の面をつけた役人が告げる。

「まずここで、最初の審神者様が死にました。眉間を穿たれていました」

 スーツで包まれた腕が、「そちら」を示した。

 船から下りて、向こう。まだ明るい昼間。砂利の向こう、階段が見える。しかしこの位置からは更に向こうは確認できなかった。遠くを窺おうとする自身の後ろで、役人はいう。

「あの階段の前で、次の審神者様が死にました。頭を怪物に食われたように。死因は『至近距離で散弾銃を撃たれた結果』によるものでした」

「……結局、何人の審神者が死んだんだ」

「貴男が死ななければ、18人で済みます。3人目の審神者様は」

 石段を示したまま、役人はとんでもない事実を告げる。そんなに審神者が犠牲になったのならば、なぜそこまでこの島の真実に固執したのだろう。ただでさえ少ないと聞く人材を投じてまで。

 彼はいう。

「あの階段を1段上る事に、体を毟られました。ばらばらの肉片になって、階段を上りきる前に太股の肉を失いました。外傷性ショックで、彼は死にました」

「残りの奴も、無為に死なせたのか」

「他の方々は復讐心、200年越しの謎の解明、そしていわば『怖いもの見たさ』でこの島にやって来たのです。しかし、さすがに18人は死にすぎでした。そこで、貴男に来ていただきました」

 自身の言葉を否定せず、役人はいう。まるで機械仕掛けだ。淡々とした声音は、空々しい程の秋の青空に似つかわしい。自身は黙って、砂利を踏む。海鳥達が避けていく。どうやら即座に殺される事はないようだ。背後からついてくる役人の足音。彼は謳うようにいう。

「19人目の訪問者。貴男こそ、この六軒島の謎を解明するに相応しい」

「その為に18人の生贄を捧げた、といったら、俺はあなた方を許さない」

 階段を前にする。殺害される気配はない。ただ静かに、それは自分の足を待ち構えていた。何となく立ち止まり、顔を上げる。

 ――不意に風が吹く。階段の向こうから。気のせいだろうか、薔薇の香りが漂ってきた。

 向こうは、200年経った今なお瓦礫と土砂に埋もれた館しかない筈なのに。

 死にたくはなかった。自身は既に「審神者」の役目を受けた身の上だ。このまま進めば霊的接触を図ったと見なされるだろう。この島の魔女の怒りに触れる前に、名乗りを上げる必要を感じた。誰もいない筈の「向こう」へ、自身は声を上げた。

「六軒島におわす黄金の魔女よ。どうか我を黄金郷に招き給え。我は『魔術師』。そして――――――」

 ――土砂がかき消える。階段の向こうから、黄金が溢れた。あれは――蝶だ。蝶の群れが、自身を覆った。

 

 審神者としての仕事は、それが最初。六軒島の魔女連続殺人事件伝説の幕を降ろす為に、あの日、自分は招かれた。

 

 

 

 

 黄金の蝶が、1羽ずつ溶けてしまったようだ。金色の双眸が、自身を見下ろしていた。

「主。いくら温室とはいっても風邪をひくぜ」

 鶴丸だ。ベンチに座って眠り込んでいた自身を、盆を片手の白い青年が覗き込んでくる。辺りには噎せる程の薔薇の香りが立ちこめていた。ここは手ずから育てている薔薇園だった。本丸の一角に建てた温室。政府で働いていた時から持ち込んだ株は、既に温室の大半を埋め尽くしていた。元より園芸が趣味だ。しかしこの薔薇は、奇妙な程に手に土に馴染み増えていく。特に、この異界とも呼べる本丸では豊かに咲き誇り、そして散っていった。

 2205年。歴史遡航軍との戦いがはじまって暫く経つ。紆余曲折を経、「未解明事件捜査部」にいた自身がこの城に着任する際に持ち込んだ私物だった。骨に沁みる程の香りは、刀剣男士達にはあまり好評ではない。慣れた者か、花を好む者しか足を運ばないので、考え事をしたい時にはぴったりだった。手入れのついでに書類を持ち込んで、気がついたら船を漕いでいたらしい。温室のガラスの向こうではそろそろ日が暮れそうだ。鶴丸は気がつけば隣に座っている。持ってきた盆には湯飲みが2組置かれている。蓋をされたそれを、審神者は胡乱に眺めた。黙って、その左右を入れ替える。すると鶴丸はいかにも意外そうな顔をする。

「おや、どうしたんだい。主。別に毒は入れちゃいないぜ」

「毒は入ってなくても驚きの種は入れてる可能性があるだろ。前にティーカップにお汁粉を入れた事はまだ忘れちゃいないぞ」

「そのあと君だって空いたティーカップに鳥を仕込んだじゃないか! あれは驚いたぞ。君は全く飽きさせない」

 さも嬉しそうに語る鶴丸は、入れ替えられた湯飲みを片手に笑んでみせる。

「まるで魔法のように驚かせてくれる」

「……魔術師っていうか手品師だからね。元だけど」

「何、君はまだ若いだろう。俺としては、舞台に立って華麗に手品を披露する君の姿を拝みたいもんだ」

 いいながら、鶴丸の湯飲みの蓋が開く。そこからは鳥が無数に羽ばたいていった。以前に自身が見せたものだ。それを見ながら自身の湯飲みの、やけに重い蓋を開き――強かに鼻面を叩かれた。湯飲みの中に茶はなく、代わりにばねのついたパンチンググローブのミニチュアがくっついていた。してやられた。思わず手を突いた先の書類が皺になる。鼻を押さえながら、鳥を肩に乗せて笑う鶴丸の頭を叩く。彼は笑っていた。

 やって来た時から、鶴丸はこうだ。余所の部隊の多分に漏れず、常に新鮮さを求める彼は悪戯を好む。たまりかねた他の刀剣男士の苦情により、自身が相手をするようになった。とっくに忘れていたと思った、手品をやってみせれば、存外に食いつきがよかったのが、また手品の腕を磨くようになった契機だと思う。

 数年前。それなりに知られていた手品師としての名誉を貶められ、表舞台から追われた。実家に帰ろうとした自分を呼び止めたのは、若い頃から自分に声をかけてきていた政府の役人だった。その頃から既に手品師を志していたから、審神者というものには興味がなかった。霊的な存在と語らうよりも、自分は多くの人達に新鮮な驚きを与えたかった――鶴丸がどういってくれようと、それはもう叶わない事だろうが。

(本当に望めば、また舞台に上がれるかも知れないけれど。政府はもう俺に関心がないだろうから)

 審神者としてのはじめての任務。それを思い出しながら、湯飲みを盆に戻す。鳥達は、鶴丸が近くの扉を開け放ち、解放されていった。それを見届けている鶴丸の後ろ姿を眺めながら、彼は思い出す。

 200年前の事件の真相は、自身の裡に落とし込まれた。既にあの島はただの島。霊的な存在すら残っていない。要は審神者のような者が死んでしまうのが問題だった土地だ。土砂が撤去され、近いうちに新しく開発されるだろう。元々国有地だったのを、200年前の当主が詐欺紛いの手口で巻き上げたというから遠慮もないだろうから。

 このまま自分が口を噤んだまま死ねば、幻想は幻想のまま。真実は誰にも知らされずに済む。自身は「黙秘権」を行使して、あの魔女伝説の真相を語るつもりもない。それを考えれば、余計に手品師として前線に復帰する事は考えにくかった。――優しい幻想も、真実も、存在するのだ。猫の入った箱。自分は、それを暴くつもりはない。たとえそれが誰かの望みであっても。

 今、隣に戻ってきたこの青年の姿をした付喪神が、その真相を知りたがっても。

「どうしたんだ、主。変な顔をして」

「……昔の話を思い出してね」

「どれぐらい昔だい。桃太郎ぐらいかい」

「室町まではいかないよ。そうだね、あれは昭和の話だ。……それでも、俺達ニンゲンからすれば、遠い昔の話だ」

 薔薇の群れに目を馳せる。この薔薇の最初の「種」は、あの黄金郷で与えられたものだ。真相を全て知った自分に与えられたのは、最初は1輪の薔薇だった。けれど気がつけば海で溺れていたのを政府の役人達に浜辺へ引き揚げられた時。手に握っていたのは種だった。その種が薔薇の種だと知り、政府の施設で育てたら、予想外の薔薇が咲いた……。

「なぁ、鶴丸」

「なんだい」

「俺がどこか遠くに行ったら、俺を捜してくれるか」

「そりゃ他ならない君の事だからな。捜すぞ。まぁこの手足があったらの話だが……」

 隣の鶴丸は、迷いなく答える。膝で手を組む自身には、眩しい程に真っ直ぐだ。だから不安がまだあって、自身は問を重ねる。

「それじゃ、その体があって。俺の姿や性格が変わってしまっても、お前は見つけられるか」

「どれだけ変わったかによるだろうが……それでも、俺は君を捜したいよ」

「本当に。主はいっぱいいただろう。お前はそれでも俺を覚えていてくれるか」

「馬鹿にしてるな。俺は付喪神だぞ。君達人間の記憶で構成されるモノだ。ましてや君の事だ。君のような人を、どうして忘れられる」

 眉間を顰める、鶴丸の顔形は少女のようだ。しかしその物言いは頼もしい。時折、自身が「男役」である事を忘れそうになる。そうでなくとも凛々しい青年だ。自身はそんな鶴丸が好ましいのだと、改めて思い知った。

 「彼女」も、屹度そうだった。ただ、「彼」はあまりに幼かった。

 鶴丸は胸を叩いた。異国の王子にも通じる風情だが、それにしては仕種が男らしかった。

「白い鶴がはばたいて、迎えに来てやるぜ」

「……忘れたら、千年経ったって羽根を折り続けてやるよ」

 そして飾りにしてやろう。笑いながら、鶴丸の頭に触れた。温室を満たす薔薇の香りのせいだろう。叩くふりをして頭を彩った薔薇に鶴丸がまだ気付く様子はない。それは少しばかり、鶴丸の頭には大きかった。

 その、青い薔薇は。

 

 真実を明らかにした。その証として、与えられた黄金の薔薇。その棘が刺さった掌から流れた血は、現実に帰ってくれば青い薔薇を咲かせる種となった。

 不可能は可能になった。奇跡。神の祝福。千年を経ての夢は叶った。六軒島の魔女が見た、あの海の色を湛えた薔薇は、こんなにも咲き誇っている。

『全く、上位存在を直接観測する“審神者”など反則ではないか!』

 そういって笑う彼女は、あまりに自分に似ていた。だから、つまり、そういう事なのだろう。19人目の来訪者として、自分が受け入れられたのは。

 

 沈黙の降りた温室。風もないのに、書類が揺れる。そして地面に落ちた。

 皺が寄ってしまったその書類にはサインがされている。審神者の名が記されていた。下の名前は、皺で読めない。辛うじて読めたのは、名字だろう「右代宮」の部分だった。

 年明け間もない頃の事だ。

 

 

「六軒島におわす黄金の魔女よ。どうか我を黄金郷に招き給え。我は『魔術師』。そして右代宮の系譜を継ぐ者なり」

 それは200年を経ての、黄金郷の真の終演。魔法も幻想も、何もかもが認められたカケラ。「審神者」という名の観測者の存在がニンゲンにも波及した世界。

 それをしても六軒島の「真実」は詳らかにならず、18人の観測者達が犠牲になった。19人目の観測者の出自が誠に六軒島に連なる者なのか、200年でその記録は朧。しかし事実として、その来訪者は他の観測者と異なるところがほとんどない。彼は六軒島にて、黄金郷に招かれ、そして帰ってきた。海猫の群れの中で消えた彼は、海で溺れているのを助けられた。その手に、自然にはあり得ない青い薔薇の種を握りしめ。

 それでも彼は、200年前の真実を語らない。「六軒島魔女伝説連続殺人事件」の真相を。

「サバトはニンゲンに口にしてはいけないんだ」

 果たして、六軒島に平和が訪れた。彼の地で審神者が干渉するべき上位存在は既にない。魔女達は六軒島を去った。その行方は、右代宮の末裔しか知らない。

 けれど恐らくは、その胸の裡に。

 

 

 

彼の黄金郷には青い薔薇が咲く

(一日千秋の思いで、200年。魔女は、「約束」を思い出した相手と巡り会った)

 

 

 

 

 

 

Tips 審神者●●●●●●号について

 

真名:右代宮 ■■■

出身地:■■■県

 

・要監察。政府職員は彼の挙動について報告書を提出する事を義務づける。

・「六軒島魔女伝説連続殺人事件」の観測成功者。また、黙秘権により観測結果を報告していない。彼の観測日(220×年10月4日~5日)以降、六軒島の霊的存在の消失を確認。以降、彼が上位存在の隠匿・あるいは消滅を図ったと推測される。

 19人目の観測者にして唯一の成功者。これは右代宮家の末裔(推定。戸籍は第2次東京大空襲にて1部焼失。DNA鑑定も事実上不可能)である事が大いに関わっているとされる。他に18人の観測者達との差異は特別に見られない。

・現在は政府に対し従順な姿勢を示している。しかし過去は10回にわたり勧誘を断った経緯があり、審神者の役目に就いたのは前職を辞した際の転職。十二分に反抗の可能性有り。

 六軒島の上位存在を隠匿している可能性がある以上、彼の監察を続けるべし。

・■■■■から「魔術師」の称号を与えられている。これは六軒島事件の観測成功以降の事であり、全く前触れのなかった事である。上位存在と関わり続けている可能性がある。注意されたし。

 

・■■■・ベアトリーチェ。存在しない魔女。ゼロにゼロは足しても引いても掛けても割ってもゼロ。存在しない者は殺されない。18人のかばねを踏み越え頂の魔女に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やけに煩く、海鳥が鳴いている。白い鳥が視界を煙る程だ。砂利のような岸辺で、鶴丸は自身が埋もれてしまいそうなのを自覚した。ヘッドセットを片耳にかけた彼は、ひとりごちるように辺りを見渡した。

 青い海。空は晴れており、砂利の向こうには階段が見えた。そこから、気のせいだろうか。潮の匂いよりも濃厚な薔薇の匂いが漂ってきた気がした。

 島だ。

「……こいつは驚いた。主の心は随分複雑怪奇だな」

『鶴丸殿、審神者様が眠り込んでもう3日です。早々に発見願います』

『君が言い出したんだからな、ちゃんと主を見つけてくれよ』

 肩や頭に海鳥――これは海猫だろう。それらが勝手に留まっては羽ばたくのを尻目に、ヘッドセットから「外」の声が送り込まれてくる。鶴丸はそれに返事をしながら、歩を進めた。

 10月4日の夜。その日から3日経った今も、審神者は起きない。正確には、72時間を経過しても起きない。

 審神者が眠りに就いてから、この本丸に夜明けが来ない。政府との連絡手段も絶たれ、出陣する事も出来ない。陸の孤島どころか時間軸からも切り離された空間は、遠くないうちに23世紀との縁が絶たれてしまうだろう。

 そうなる前に、審神者を起こさなければならない。

『私に、心当たりがあります』

『それには、鶴丸殿。この本丸で最も審神者様と親しい貴方様の力が必要なのです』

 こんのすけが提示したのは、「審神者の精神世界にダイブし、彼を直接起こす事」だった。

『ここの審神者様は、ご先祖と最初のお仕事の関係で、この季節になると眠り込んでしまう事があったそうです。政府や審神者様ご本人からも注意はされていたのですが、ここまで深刻なものとは』

『とりあえず、なんだ。主を連れ戻してくればいいんだな』

 いいながら、審神者の隣に布団を敷く。そして、ふと、こんのすけを見た。

『そういえば、こんのすけ。何で秋なんだ。冬眠するにはちと早いだろう』

『……審神者様が最初に解決された事件。それが起きたのが、丁度この季節だったのですよ』

「『六軒島魔女伝説連続殺人事件』ねぇ。随分大層な響きだ。そういえばそんな事件も聴いた気がするが。……おっと」

 階段へと足を向ける。刹那、光が舞った。

 昼の光に紛れそうな、しかしまばゆい金色の蝶が、鱗粉を放ちながら階段を上っていった。

 

 主はこの先にいるのだろう。嗅ぎ慣れた薔薇の匂いが濃厚になるのを感じて、鶴丸は迷いなく階段を上っていった。

 

 

 抜けた向こうに、真っ青な薔薇庭園と大きな屋敷が見えるともまだ知らず。

 

 

 

 

 

Next......?



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