偽を演じて… (九朗十兵衛)
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設定集

この作品の設定集です。随時更新する予定です。


※を読んでからスクロールしていただけますようにお願いします。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

※この設定集は、本編で語られていないものもあるため読むときはそれを頭において読んで下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《人物》

 

 

 

 

比企谷八幡

 

元子役の高校生

 

 元々、内向的な性格で外で遊ぶよりも本を読むことが好きだったが、五歳のころに家族で見に行った劇を切っ掛けに演技に興味を持つ。

 最初のうちは家で読んだ絵本のキャラクターを演じて小町に見せるだけだった。

 その時に小町が喜んでくれたので、もっと色々な人物を演じたくて両親に本をねだった。そうしたら両親から自分たちにも見せてくれと言われ、両親に演技を見せたところその歳にしてはなかなかの演技だった(両親視点)ので両親が冗談でオーディションに応募、見事合格してしまう。

 その後、数々の作品に出演して一躍時の人になった。9歳の時に映画「重なったこの世界で」主演を演じる。

12歳の時に起こったあることを切っ掛けに、子役を学業を理由に無期限の休業(事実上の引退)をする。

それからは元々身元がバレていなかったので、極力人と関わらないようにしながら生きてきたためボッチである。だが、元々の内向的性格と子役を始めた時のいざこざで友達を作っていなかったので、12歳の出来事がなくてもボッチだった可能性が大いにあるプロボッチである。

高校にて奉仕部に(強制的に)入部する。

 

 

 

 

雪ノ下雪乃

 

奉仕部部長の女子高生

 

 総武高校一の美少女と噂される女の子。9歳の時に見たやつはの演技を見てファンになった。

いつもは姉が出向くであろう家の用事に、父と姉が別の所に出向いたため母と一緒に出席、その時に見たのが映画関係者を集めたやつはの一人舞台であった。

その舞台を見て一人でも圧倒的存在感で役を演じきったやつはに強い憧れを抱く。

 その後、小学生を卒業と同時にアメリカに留学、高校に入学する段階で千葉に帰郷、総武高校に入学する。

彼女の部屋には「重なったこの世界で」の小説版、漫画版、アニメ版そして映画版が綺麗に飾られている棚があり下部を「重なったこの世界で」グッズが陳列され上部にはやつはのブロマイド、写真集、出演作品のDVD、雑誌の切り抜きを集めたファイルなどが収められている。

ちなみにパンさんグッズは同じ大きさの棚に収められないほど所持している。

 

 

 

由比ヶ浜結衣

 

奉仕部のムードメーカー的な女子高生

 

 奉仕部に在籍している比企谷八幡のクラスメイト。

容姿は今どきのギャルというもので、明るい茶髪に着崩した制服姿をしていて遊んでいそうだが、本人曰く処○とのこと。

幼いころに買ってもらった絵本、『ピーターパン』を読んでから主人公のピーターパンの様な、リーダーシップをとれて誰かの手を引ける人間になることに憧れている。

しかし、由比ヶ浜の性格は自分の意見を通せるような強さはなく、周りの空気に同調し流されるもので、憧れる者とのギャップに落ち込み泣き出してしまうことがあった。

その時にある男の子と出会い、持ち直した由比ヶ浜は”次こそは”の気持ちだけは持ち続けている。

彼女は出かけるときはあるペンダントを身に着けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《物語》

 

 

 

 

 

「重なったこの世界で」

 

設定

 

近未来の地球が舞台で、地球と完全に重なっていたもう一つの地球が何らかが原因でズレてしまい、地球に今までおとぎ話の中の存在だった者たちが出現、全世界で未曽有の大災害になりその混乱のさなかある国が核を撃ちそれを切欠に世界大戦が勃発、やがて国というものがなくなり人々の集まりは世界中に散らばる都市のみになった。

その中のとある都市に住んでいるある兄妹を中心に物語が進んで行くのだが、ぶっちゃければ、Fal○outにファンダジーをぶっこんだようなものである。

 

 

 

 

 

 

「ピーターパン」

 

 永遠の少年であるピーターパンとウェンディ姉弟たちの冒険物語。

今風という名のざっくり感で言えば、主人公のピーターが赤ん坊の頃に不老になり異世界に移住、自分を慕う妖精と共に冒険する生活を過ごし、仲間(ロストボーイ)を従えてウェンディをはじめとしたヒロインたちとイチャコラしながらフック船長と戦うハーレム系主人公の異世界ファンタジーである。

 

 

 

 



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始まりの前のお話
第一話 比企谷八幡は過去を目にする


皆さん初めまして、人生初の作品を投稿させていただきました。

この話は、もしも八幡が子役をやっていたらという妄想が溢れてしまい思わず書いてしまった作品です。


長々と書くのもあれなので本編へどうぞ。
少しでも読んでくれた方の暇つぶしになれればと思います。


※二話にも書きましたが後半を少し編集しました。


 

 雲で月が隠れた深夜、雪の降り積もったとある都市、一部の歓楽街を除き、皆寝静まっているだろう中を明かりもつけず走る影があった。

 

 

「ハッ、ハッ……大分遅くなっちまったな、急がないと……ッア!?」

 

 

 影は走りながら呟くと、最後のもう一踏ん張りだとばかりに、足に力を入れて走る速度をあげようとした。

しかし、もう大分走っていて予想よりも体力が削れていたのか、足に力が入らずもつれさせ、転倒して腕に何か抱えていたのか地面に派手にぶちまけてしまった。

転んで数秒もしないうちに慌てて起き上がり、地面に散らばってしまったものをかき集め、何もなくなっていないのを確認して安堵の溜息を吐いた時、辺りに光が差した。

いつの間にか雲がなくなり満月が顔を出したのだ。

 

 

暗闇で全貌のわからなかった影の正体が月の光で明らかになった。

 

 

 影は少年だった、年齢はまだ10になるかならないかぐらいで、ボサボサの黒髪は一房だけ重力に逆らうように立っている。羽織っている茶色い外套は汚れが目立ち、所々破れたり穴が開いていた。中の服もそう変わらないだろう。

 その姿はみすぼらしく浮浪児ようであるが、薄汚れていても顔の造形の端正さは損なわれておらず、成長したらさぞ男前になるであろう顔立ちをしていた。

その中でも一番目を惹くのが少年の目で、過酷な現状に絶望したような死んだ目をしておらず、何が何でも生き延びるこんなところでくたばってたまるか!! という生への執着がギラギラと輝き、狼のような鋭く真っ直ぐな目だった。

 

 

 少しの間、空に浮かぶ満月を眺めていた少年だったが、自分の今の状況を思い出したのか、集めたものを袋に詰め込み、急いで立ち上がりまた深夜の都市を走り出して人気のない狭い路地にたどり着いた。

 その路地は都市の外壁に近く、都市の中でも一二を争う程の危険地帯と荒れ具合で、この路地周辺に住んでいるのはネズミかこの少年ともう一人ぐらいである。

少年は躊躇することなく路地に足を踏み入れ、一つの建物の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ、ただいま」

 

 

 建物に入った少年は一つ息を吐き、帰宅のあいさつをした。

それが合図だったのか、少年の纏っていた雰囲気が、刺々しいものから柔らかい物に変化し、目つきも鋭さが解けて先ほどの狼のようだった印象が、気の抜けた子犬のように変わっていた。

少年は両手に抱えていた袋を片手で抱えなおし、入り口脇の棚の上に置いてあったカンテラに、片手で器用に火を入れそれを明かりに建物の奥へと歩いていく。

少年が歩くたびに、板張りの廊下はギシリギシリと鳴り、いつ抜けてもおかしくないほどに痛んでいた。

 

 

「ん~、そろそろ手直しした方がいいか? ……そうなると、またそこら辺から廃材集めてこないとなぁ」

 

 

 そんな呟きをして、さて、どうしようかと少年は考える。

幸いというか、ここ周辺は少年ともう一人以外住んでおらず、廃材を集めるのもそこまで苦ではない。

だが痛んでいるのは廊下だけではないので、修理するなら纏めて修理してしまいたいのだが、そうなると廃材集めに1日、修理に1日か2日か下手をすると、それ以上かかってしまうのでその間仕事を休む必要がある。

 

 

「…流石に仕事を休むのは駄目だな、そこまで余裕がある訳じゃないし、もう少し余裕が出来てからでいいか」

 

 

 そう結論が出たところで、前方から板の軋む音が少年の耳に届いた。

 

 

「おにいちゃん…おかえり」

 

 

 少年が前方に視線を向けると、目指していた部屋の扉が空いており、その扉の前の廊下に顔の半分を包帯で覆った女の子が少年に向かって笑顔で話しかけてきた。

少女の姿を目にした少年は、顔に驚きを浮かべたかと思うと、直ぐに眉をハの字にして心配そうに少女に駆け寄った。

 

 

「リコ!?寝てないと駄目じゃないか!」

 

「っ!…ごめん、なさい」

 

 

 怒られたと思ったリコと呼ばれた少女は、身を縮こませて目に涙を貯めて謝り、自分の服のお腹辺りを握って俯いてしまった。

そんなリコの反応に慌てた兄である少年は、持っていたカンテラを廊下に置きリコの頭を優しく撫でて口を開く。

 

 

「俺こそ、態々出迎えてくれたのに怒鳴ってごめんな?……体は大丈夫か?」

 

「……うん、ぽんぽんいたくないし、おむねもぎゅーってしないよ」

 

「そうか、ならいいんだ……リコ、ただいま」

 

「!……おかえり、おにいちゃん!」

 

 

 少年の言葉に、顔の泣き顔を笑顔に変えて抱きつくリコ、その拍子にリコの顔半分を覆っている包帯がずれて、その下の皮膚が現れてしまった。

リコの皮膚は幼い子供特有の柔らかい肌ではなく、蛇のような鱗が覆っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妹の小町が用意してくれた朝食を食べながら、テレビのチャンネルをいつも見ているニュース番組に合わせると、数年前に上映した映画の一場面が流れ、それを見た俺は、朝特有の怠さで濁らせていた目がいっそう濁ったのを自覚した。……濁ってるんじゃなくて腐ってるって? うるせぇよ。

 

 

「おぉ~懐かしい‼ これお兄ちゃんだよね?」

 

 

 脳内でエア突っ込みをしていると、台所から両手にお茶の入った湯飲みを持って出てきた制服にエプロンを着た小町が、目を輝かせながら俺に湯飲みを渡し自分の席にすわってテレビに顔を向けた。

 

 

《十年前に発売され、人気を博した近未来ファンタジー小説「重なったこの世界で」の最終巻が、発売まであと一週間を切りました。

そこで今回、特別コーナーと致しまして、「重なったこの世界で」の人気に火を着ける切っ掛けとなりました、映画化第一作目の~重なったこの世界で・竜と都市~をピックアップしていきたいと思います》

 

 

 テレビの中で女性アナウンサーが、笑顔でコーナーの内容を説明していく。

あぁそういや、先月の中学の卒業式でも式が始まるまでの待ち時間に、クラスの奴らがそんな話をしてたっけな。あの時は、3年の全クラスが集まってたから、人口密度が多くて鬱陶しいわ、空気に同化して気配消すのに全力出してたのに、折本に絡まれるわで式始まる前に気力がマイナスまで振り切って、家に帰るまで死んでたから忘れてたわ。え?折本に告白? 何処の世界線の話ですかね。

 

 

「お兄ちゃん、目がモザイクが必要なぐらい腐ってて、気持ち悪くなってるよ」

 

 

 いつの間にか、椅子にのったまま壁際まで身を引いた小町が俺に注意してくる。ちょっと小町ちゃん? モザイクって俺の目はグロなの? それはいくらなんでもお兄ちゃん傷ついちゃったよ。俺の繊細なグラスハートが、ズタズタに切り刻まれて、それを材料に新しく新品が出来ちゃったまである。新しくなるのかよ。

 

 

「んっうん!……いや、先月の卒業式のとき、周りでそんな話してたなって思い出してただけだ」

 

「あぁあの時のお兄ちゃん、式の最中だっていうのに、目の腐りが今みたいに凄いことになってたよね……まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど、小町のクラスでもこの小説で盛り上がってたよ。小町は漫画版しか読んでないから、あんまり盛り上がれなかったけどね」

 

 

 椅子をもとの位置に戻しながら当時のことを思い出し、呆れたような眼差しを向けてきたが、何時ものことだとばかりに興味を失い自分のクラスでのことを話はじめた。

 凄いことになってるのに興味なくすの早くない? ウサギと一緒でお兄ちゃん寂しいと死んじゃうよ? 実際のウサギは寂しいぐらいで死なないけどな。

 あと小町、偏差値低そうな雑誌や漫画ばっかりじゃなくて、もっと活字の多いものも読みなさい。

 そんなたわいないことを考えている間にも番組は進み、今は映画化の経緯を紹介している。

 

 

《~重なったこの世界で・竜と都市~で注目するところは、なんといってもハリウッドで撮影されたことです。元々は日本で撮影する予定でしたが、この映画の監督の九重善次郎氏の友人であるハリウッド映画監督のライアッド・J・オードバーグ氏が、この小説の大ファンだったらしく、是非とも一緒にやらせてくれという熱烈なオファーがあったそうです。九重氏もこの映画制作に熱い思いがあり、ライアッド氏と意気投合、周囲を巻き込んで当初の予定とは大きくかけ離れた大規模なものとなりました》

 

 

 テレビに写し出された当時の二人の映像を見て懐かしい記憶が蘇る。九重のおっさんのしかめっ面と、ライアッドのおっさんの緩んだにやけ面。

 普段は正反対の表情なのに、映画の撮影中は二人とも無邪気な子供みたいに、瞳を輝かせて周りに無茶ぶりな指示飛ばしてたっけな。

 

 

《撮影のスケジュールが、当初の予定とかけ離れていくに従って起きたいざこざや、キャストの変更も大体落ち着いて来たときに、最後の問題が残ってしまいました。主人公をどうするかという問題です。キャストの変更に伴い、主人公の少年も当時の決まっていた日本の子役から、ハリウッドで活躍している子役に変更しようという意見が大多数でした。しかし、監督の九重氏はその意見を決して聞き入れず、「主人公を一番上手く演じられるのはこいつしかいない!」と断言して、それでも納得しない周りを認めさせる為に、一計を案じることにしたのです。その策とは、映画関係者の上から下まで全てを集めて、その子役の演技を見せて納得させるというものでした》

 

 

 テレビの声であの時の事が脳裏に浮かびあがる。確か家でまったりヒーロータイムを満喫していた俺を突然来た九重のおっさんが拉致って、説明もなしに舞台に放り込んだのだ。親も家にいたが実にあっさりと俺を引き渡していたな。やだ泣きそう。いや、ちゃんとついて来てくれたけどね。……あっ、大事なこと思い出した!

 

 

「クッ!訳もわからず連れていかれて、最終回見逃したことに対して報復するの忘れてた!」

 

「え? 恨んでるのってそっちなの?」

 

 

 小町が驚いたように目を丸くして俺を見る。驚いた顔もやっぱり可愛い。流石俺の守護天使である。

 よく堕天するのがたまに傷だがな! え、それって致命的じゃない?

 

 

「いや、説明なしで舞台に放り投げられたことに対しては特に恨んじゃいねぇよ。納得させるのに、あれが一番手っ取り早い方法だったのは確かだからな」

 

「お兄ちゃんって、普段存在感無いくせに舞台とか撮影になると糞度胸で周りを圧倒してたもんね」

 

「ちょっと小町ちゃん、女の子が食事中に糞なんて言っちゃいけませんのことよ?」

 

 

 いや食事中に限らず駄目だけどな。あと存在感無かったのは、余計な波風たてないように一歩後ろに下がって空気と同化してただけだからね。何なら同化しなくても空気だったまである。なにそれ辛い。

 まぁ冗談抜きで、周りからのあれこれで何度かめんどくさい目にあってからは、意識的にも無意識的にも気配消してたからな。今ではオートで発動してるから便利である。なぜかそのステルスを突破してくる奴がいるけどな。折本とか。

 

 

《映画関係者が見つめる中、その子役は堂々と一人舞台に立ち、小道具も使わず身一つで主人公を演じたそうです。残念ながら映像を入手することは出来ませんでしたが、その舞台を見た方にお話聞けました。その方は、「震えが止まらなかった。何もない舞台が、彼が演技を始めると街の路地裏が、周りを囲む敵が、汚ならしい酒場が、物語の場面がありありと浮かんできたよ。演技が終わったあとも、少しの間誰も喋らず動けなかったときに、彼だけが監督に、「これでいいの?」って聞いていたのを見て、この子は本物だと思ったよ」と我々に語ってくださいました。映像を見れないのが残念でなりませんね。

そしてその舞台で関係者を納得させ、見事この映画の主人公を演じきったのが、当時抜群の演技力で様々なドラマや舞台に出演していた"香坂やつは"くんです》

 

 

 その声と同時に子役時代の俺の映像が画面の中に現れた。

"香坂やつは"、これが俺の子役時代の芸名である。香坂はかあちゃんの旧姓を使い、やつはは、ななつ、やつ、ここのつのやつに幡《はん》の"ん"、を除いてやつはという、単純だが俺の本名とは掠りもしないので誰も気づかなかったし、これからも気づかれないだろう。……フリじゃないからね? まぁもう役者やってないからどうでもいいんだけどね。

 

 

「あぁーーーー!」

 

「っぅわ! あっぶなっ!」

 

 

 小町の突然の絶叫に驚いた俺は、持っていた湯飲み離してしまい、残り少なくなっていたお茶を、テーブルに零してしまった。幸いお茶の量が少なかったことと、テーブルの中央に向かって零れたことで、新品のブレザーに被害がなかったことに安堵しながらテーブルを拭いた。驚きすぎて、危うくさっき作り直した俺のグラスハートが、また壊れちまうところだったぜ。……脆すぎじゃね?

 

 

「なにいきなり叫んでんだよ。驚いてお茶零しちまったじゃねぇか」

 

「呑気にご飯食べてる場合じゃないよ! 小町、今日はいつもより早く学校行かないといけないんだよ!? 今からじゃ、走ってもギリギリ間に合わない。だからお兄ちゃん早くいくよ!!」

 

「いや、俺今日入学式だから、この時間に出ると早くつきすぎるんだけどって……聞いてねぇし」

 

 

 小町は自分の言いたいことだけ言うと、自分の食器を台所に持っていき、そのまま鞄を持って玄関に向かって走っていってしまった。俺はため息を吐いて立ち上り、自分の食器を台所の水桶に浸し、リビングに戻ってテレビの電源を消すためにリモコンをテレビに向ける。

 テレビの画面には、昔の俺が全力で役を演じている映像と俺の解説が続いていたが、俺がリモコンのボタンを押すと映像が消え、黒い画面にきり変わる。その黒い画面に映る今の俺を見ながら、先程の女性アナウンサーの言葉の中のある単語が浮かんできた。

 

 

「・・・本物、ね」

 

 

 その言葉を口にしたとき、胸の奥深くにある何かが疼いたのが分かり思わず苦笑してしまう。

もう整理出来たと思っていたのに、自分はまだ抜け出せていないようだ。俺は……

 

 

「おにーちゃーん!」

 

「ッ!?」

 

 

 自分の内に思考が向きかけたが、小町の声で我に帰った。持っていたリモコンをテーブルにおき、頭を左右に振って思考を切り替える。

 

 

「おーう、今いく」

 

 

 俺はダルい声で返事をしながら、ソファーに置いていた鞄を持ち上げて、玄関で焦った顔で待っているだろう小町のもとへ歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、俺の終わったと思っていた役者としての人生が始まるかも知れない。そんな物語の一年前のある朝の出来事。

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうか?

チキンにも劣る芋虫な肝っ玉を持つ作者です。


いや~ここの皆さんの作品を読んでいてつい書きたくなって書いてしまいました。
書いてて改めて物書きの人すげぇって思いました。


では、次の投稿は何時になるか未定ですがいつかまた会えればと思います。


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第二話 夢を見て、夢の中で雪ノ下雪乃は彼に出会う

どうも九朗十兵衛です。

まずは、沢山のお気に入り登録有難うございます。感謝と同時にお腹が痛くなりました(白目)

今回の話を投稿するにあたって前のお話の後半を少し修正いたしました。
よろしければそちらも確認していただければと思います。


では、本編のほうをどうぞ。
少しでも読んでいただけた方の暇がつぶせますようにと思います。


 

 

 太陽が輝き、朝の都市を照らす中、多くの人が行き交う大通りを一人の少年が人を縫うように歩いていく。

朝早く住んでいる路地から、都市の中央地区に続く左右に露店が立ち並ぶこの大通りに来た少年は、新鮮な果物を売っている露店の前で立ち止まり店主に話しかけた。

 

 

「おはようオッチャン、何時ものちょうだい」

 

「ん?……おぉ、坊主か! おはようさん。今用意するからちょっと待ってな」

 

 

 店主は声をかけたのが少年だと分かると、日に焼けて黒くなった顔に満面の笑顔をのせて、自分の店の商品である果物を紙袋に詰め始めた。

紙袋に詰められていく果物を眺めながら、手持ちぶさたの少年はここに来る途中に気になったあることを店主に聞いてみることにした。

 

 

「朝ここに来る時にさ、周りの奴らが何時もよりピリピリしてたような気がしたんだけど何かあった?」

 

 

 店主は少年の言葉に果物を入れる手を止めて、笑顔を消した顔で辺りを見回した。そんな店主の様子に、不味いことを聞いたかなと思った少年は質問を取り下げようとした。

 しかし、辺りを見回して誰も聞き耳を立てていないことを確認した店主は、残りの商品を袋に詰め少年に差し出しながら、内緒話だというように上体を丸め、袋を持つ手とは反対の手を口元に寄せ顔を近づけてきた。

 それに対して少年は目線で左右を確認し、袋を受け取り代金を渡しながら耳を店主に寄せた。

 

 

「俺も又聞きしただけで実際見たわけじゃねぇけどよ。……実は昨日マザリモノが出たらしいんだよ」

 

「ッ!?」

 

 

 店主の言ったマザリモノという言葉に、少年は肩をビクつかせ目を大きく開いたかと思うと、店主に近づけていた体を起こして、今度は目線ではなく頭を左右に動かして周りを確認、そしてまた顔を近づけことの詳細を聞こうとした。

 

 

「本当に? どんな奴だった? 男と女どっち? どんな特徴が出てたの?」

 

「そんな一遍に聞かれても俺も又聞きだから分からねぇよ。俺が聞いたことは、マザリモノが出たってことと、捕まって中央地区に連れてかれたってことだけだ」

 

「…そう、捕まったんだ」

 

 

 話を聞いた少年は、そう呟くと上体を起こし肩の力を抜き俯いてしまった。それを見た店主は捕まったと聞いて安堵したのか、それともこの話を聞いて怖くなってしまったのかと思い、顔に笑顔を戻して少年の頭に手を置く。

 

 

「おう、そういうわけだからもう安心だぜ。そのマザリモノを捕まえた時も怪我人が出たって話は聞いてねえしな。まぁこれからしばらくの間、夜間の見回りが増えるっつう話もあるから、坊主もあんまり夜遅くに出歩かねぇほうがいいぜ」

 

 

 そうでかい図体に似合わない優しい声で少年に語り掛け、元気づけるかのように乱暴に撫でた。その勢いに頭が左右に大きく揺らされ、店主の手が離れた時には元々ボサボサだった髪が鳥の巣のようになってしまった。

 その頭を見て声をあげて笑う店主、その笑い声につられる様に周りの視線が集まり周りも笑い出す。そんな周りの様子に慌てて髪を直し、顔を赤く染め挨拶もそこそこに少年はその場を離れようと足早に歩き出す。

 

 

「坊主!」

 

 

 後ろからの呼びかけに振り返ると、丸い物体が自分に向かって飛んできているのが分かり、空いているほうの手で掴み確認してみると艶やかな赤に染まったリンゴだった。

 

 

「笑った詫びだ! うちの自慢のリンゴだから味わって食えよ!」

 

 

 そう言って店主は笑顔で手を振った後、新しく来た客に向かって接客を始めた。少年は店主を一瞥したあと手元のリンゴを一口齧り咀嚼、飲み込んだ後に口元を緩め雑踏の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貰ったリンゴを食べながら歩く少年は、大通りを中央地区方面に向かって歩いていた。

 行き交う人々は様々な人種で溢れている。肌の色が黒い者、白い者、黄色い者、赤い者、青い者と様々で、姿形も普通の人間もいれば、二足歩行の獣の姿をしたもの、頭から角と臀部から尻尾を生やしたものと多種多様であった。

 

 

(俺にとってはこれが当たり前で、150年ぐらい前は俺達みたいな普人族しか居なかったっていう話を協会の人に聞いたけど……正直想像できないな)

 

 

 遠くに見える都市中央地区に立つ塔の林を眺めつつ、少年はそんなことを考える。暫く歩き、大通り横の脇道に入った少年は、残り少なくなったリンゴを齧り周囲に対しての警戒レベルを上げた。

 少年が入った脇道は、大通りの喧騒が嘘だったかのようにひっそりとしていて道幅が大人三人が並べるぐらいである。

 両脇の建物が高いせいで日が射さず、ひんやりとしている。こういう脇道は人通りが少なく治安がよくないのだが、少年の目的地はこの道の先の通りにあるためこの道を使用しているのだ。

 リンゴを口に咥え、今まで利き腕の右手で紙袋を抱えていたのを左手で抱え直し、羽織っている茶色の外套の中、腰に着けているナイフの位置を確認して少年は道の奥に向かって歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は夢を見ているのだろうと、見覚えのない古ぼけた映画館の観覧席に座りながら自覚した。周りを見渡すが誰もいない、立ち上がろうとしても体は動かない。少しの間体を動かそうと試してみたが、どうやっても動かず諦めて正面のスクリーンに視線を向ける。

 ぼんやりとスクリーンを眺めていると、周囲の証明が落ちブザーが鳴った何が始まるのだろうか? 私の背後からの光でスクリーンに映像が映る。その映像の中の人物を見て私は眉をひそめた。

 

 

「私?」

 

 

 そう、映し出された映像の中には小さい頃の私がいた。

大体小学校に上がる前ぐらいだろうか? そんな幼い私が色鮮やかな世界で、純白のワンピースを纏い顔に満面の笑顔をのせて周りを見つめていた。幼い私は動かないが周りの動きは激しい。

 頭上には真っ青な空の中眩しいくらい輝く二つの太陽があり、幼い私に温かい光を浴びせていた。地上には様々な色の花達が咲き乱れ、幼い私の周りでは小さなパンさん達が音楽を奏で猫たちが思い思いに過ごしている。それは私にとって楽園だった。

 自分の頬が緩み穏やかな気持ちになっていくのが分かる。だが少し経つと映像が徐々に薄れていく。

 

 

「あぁ………ッ!?」

 

 

 思わず惜しむような声が出てしまったが、楽園が消えて次に映し出された映像に息をのんだ。

 先ほどの幼い私よりも少しだけ大きくなった私が、声も枯れよとばかりに泣いているのだ。そんな泣いている私の周りも様変わりしていた。

 地上で咲きほこっていた色鮮やかな花々はすべて枯れ、枯れた花々の根元からコールタールのような黒い液体が滲み沼となって世界を侵食していく。

 そんな中泣いている私の足元では、パンさん達がその黒い沼から泣いている私と猫たちを守るため、円陣を組みそれぞれ持っていた楽器を盾に変えて整列している。

 頭上では、輝いていた二つの太陽の片方は相変わらず眩しいぐらいに光を放っているのだが、もう片方の太陽が泣いている私に近づきながら、放つ光を徐々に弱めていく。

 光が弱まるごとにそれが太陽ではないことが分かった。それは小さな月だった。今までは太陽の近くにいて、反射する光が強すぎて分からなかったのだ。

 楽園が崩壊していく様を見たくなくて、顔を背けようとしたが先ほどまで動かせていた首から上が動かず、目を閉じることもできなかった。その私などお構いなしに映像は進すむ。

 黒い沼の侵食は止まらず、パンさんが一人また一人と沼に沈んていった。そして高度を下げ続ける月が地面に接触したところで映像が消えた。

 

 

「……」

 

 

 固定され目を見開いた私が見つめる中、また映像が映し出された。泣いていた私より少し成長した私が映っているのだが、先ほどの二つとは異なりその私には表情がなかった。

 顔のパーツが無いわけではない。喜怒哀楽、それらの感情が全くない無表情で上を見上げて佇んでいるのだ。世界も最初の楽園が見るも無残な姿をさらしていた。

 世界に広がっていた黒い沼が乾き、ひび割れた黒い荒野が広がった地上には黒く染まった月の残骸が山を作っている。

 無表情の私が纏っている純白のワンピースには、泥が跳ねたのだろう黒いシミがスカートの下の部分をまだらに汚していた。足元では、頭に猫を乗せたパンさんが汚れた部分を消そうと布で拭い続けていた。

 頭上の青かった空は、輝きを増し続ける太陽の光によって白く塗りつぶされていき、やがて青が消えて白一色になった。色で溢れていた世界が、地上の黒と空の白の二色だけの寒々しいモノになってしまった。

 そんな光景が映るスクリーンから目を離せなかった私の体が、急に自由になり周りを確認して、口から空気を吸い込む様な悲鳴が漏れた。

 古ぼけた映画館の中辺り一面が、スクリーンの中の世界を侵食した黒い泥でべったりと汚されていたのだ。浸水するように溢れる泥で、すでに腰のあたりまで埋まった私はもがきながら叫ぶ。

 

 

「いや、誰か……誰か助けて!!」

 

 

 しかし、一人しかいない映画館に助けが来るわけもなく、泥に飲み込まれていく私が最後に見たのはスクリーンの中で太陽に手を伸ばす私だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あふん」

 

 

 そんな気の抜けるような声で、曖昧になっていた私の意識がはっきりする。

周りを見回すと、見知らぬ劇場の満席となっている席の一つに私は座っていた。私の隣には、何を考えているのか分からない表情で前を見据えた母が座っている。そんな光景に戸惑い、なぜここにいるのかと考えて直ぐに思い出した。

 今日はとある小説の映画化にともない起こった問題を解決するために、この映画の監督が提案した映画関係者を集めた舞台を見に来たのだ。うちの家もスポンサーの一つであり、元々は父と姉が来る予定だったのだが、どうしても外せない用事と重なってしまったのだ。その代理として、母と私が来ることになったのであった。母一人でも十分なのではないかと思ったのだが、子供の視点も必要だと言われついてきたのだ。周りにも数人の子供がいるので私が浮くこともない。

 そんな事を考えながら舞台を見ると二人の人物がいた。一人は無精髭を生やした細身の男性で、下を見てしかめっ面をしていた。この人が監督の九重善次郎さんだ。

 もう一人は舞台にうつ伏せに寝転がっていて、顔が見えないが子供の様で、この子が今日この舞台で一人芝居をやる子役の香坂やつは君だろう。香坂君は鼻を指で摩りながら起き上がり周りを確認、隣の九重さんを見上げる。その姿に覇気というものは全くなく、どこにでもいるただの子供にしか見えなかった。

 

 

「……なにこれ?」

 

 

 そう胡乱げな目つきで問いかける香坂君に私は首を傾げた。香坂君の反応はこれからこの舞台で演じる者のそれではなく、何も知らない人が突然舞台に上げられ、事情を知っているだろう人に聞いた。そんな反応だった。

 関係者には一週間前には連絡が来てたので、知らないはずは無いのだけれど……

 

 

「お前には、今からここで重なったこの世界での主人公を演じてもらう」

 

「……聞いてないんですけど?」

 

「今言った。それにこの連中を黙らせるには、これぐらいのハプニング楽に乗り越えられないといけねぇだろ」

 

「わぁ~い、突発的な事故を意図的に起こすとか何という外道」

 

 

 どうやら知らなかったらしい。軽口を叩く香坂君に、九重さんはしかめっ面を見ている此方まで苛立たしくなるような、相手を馬鹿にする皮肉気なものに変えて鼻で笑った。

 

 

 

「なんだできねぇのか?」

 

「……はぁ、そんなやっすい挑発しなくてもやりますよ」

 

「最初からそう言えってんだよ。何、いつも通りにやればいい」

 

 

 そう言って、九重さんは舞台を降りて香坂君一人が残される。そんなやり取りを見て、私は先ほどの香坂君に抱いた印象を改めて並の子役ではないことがわかった。並の子役がこんな事をされては、委縮しまともな演技もできずに終わってしまうだろう。

 だが彼は、舞台で周りを確認し、九重さんから説明とも言えないようなことを聞かせられても全く変わっていなかったのだ。こんな事、私には無理だと断言できる。私の知る中でそれが出来るのは姉ぐらいだろう。

 一人になった香坂君は、少しの間座り込みながら目を瞑っていたかと思うと蹲る様に身を丸めてしまった。その様子に、今考えていたことは勘違いだったのだろうかと思ったが、彼が顔を上げた瞬間そんな考えが吹き飛んだ。

 

 

「……まぁ」

 

 

 隣から母の呟きが聞こえたが、それを気にせず私の目は彼に釘づけになっていた。

 顔を上げた彼の纏う雰囲気が、覇気のない薄いものから、他者を圧倒する濃く強いものに変わり、表情も先ほどの気の抜けたものから、何者にも負けないという、強い意志を宿したものになっており、姿形は同じなのにもはや別人であった。演技はもう始まっているのだろう。

 彼が何かに魅せらせたように、上を見上げて座る様子を見た私の中で、ある場面が浮かびあがった。

 それは小説の冒頭、主人公の少年が暗い夜の街の中で月を見上げているところだ。私の中のイメージと彼が重なった時、彼の周りに広がる何もない舞台が雪の降り積もる夜の街に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピピピ、ピピピという目覚ましの電子音で私の意識が覚醒した。霞がかる思考のまま体を起こすと、見慣れない部屋のベットで私は眠っていたようだ。

 ここは何処だろうと部屋を眺めていると、隣にパンさんのぬいぐるみを発見し思わず抱きしめる。しばらくパンさんを抱きしめ目を瞑りじっとしていると、霞がかっていた頭がすっきりして此処がどこかを思い出した。

 

 

「……そういえば、昨日ここに引っ越してきたのよね」

 

 

 高校に入学する私は、一人暮らしをするために親に直談判してこのマンションを与えられたのだ。正直、一人で住むには広すぎるのだが、親としてはここより下のランクのマンションだとセキュリティ的に安心できないので、ここが嫌ならこの話は無しだと言われ仕方なく了承したのだ。

 完全に覚醒した私は、抱きしめていたパンさんに朝の挨拶とキスをすると、パンさんを元の位置に戻してベットから降り学校に行くための準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーを浴び、制服に着替えてから朝食を済ませ食後の紅茶を楽しむ。うん、美味しい。あそこのお店は当たりであったらしい。今度から紅茶はあそこで買うことに決めた。

 ゆったりと紅茶を楽しんでいると、起きる前に見ていた夢を思い出した。

 

 

「懐かしい夢を見たわね……」

 

 

 そう呟き頬が緩むのを感じる。夢で私が初めて彼に出会った時のことを見られるなんて、今日はいいことがありそうな気がする。

 そう考え、また彼の顔が見たくなった私は自室に戻って机に飾られている写真立てとって、またリビングに戻りテーブルの上に写真立てを置き、正面に座ってそれを眺めながらまた紅茶を飲み始める。

 

 

「……ふふ」

 

 

 自然と口から弾んだ笑いが漏れる。写真の中では小学校時代の私が、その当時の状況からは考えられないような、安心しきったような笑みを浮かべて映っており、その隣には特徴的な跳ね毛を持った少年が気恥ずかしそうな顔を薄い赤に染めて映っている。

 この写真は彼の舞台が終わった後、彼と話す機会が出来てその時に記念に取らせてもらったものだ。

 彼は最初至極めんどくさそうな顔をして断られそうになったが、彼の母親らしき人に、「こんなに可愛らしい女の子のお願いも聞けないなんて」と言われて説教されてしまいしぶしぶ了承してくれたのだ。

 当時の私の周りには私の容姿に魅了され寄ってくる男子しかいなかったので、写真を撮ってもらえることと合わせて喜んだのを覚えている。

 そう回想をしていると、隣に置いていたスマホが震えた。画面に表示されている名前と、画面右上の時間を確認して慌てた。今日は入学式で新入生代表の挨拶をするので、その打ち合わせがあり早めに出なければならなかったのだ。

 私は電話に出て、すぐに行くことを告げてティーカップを片付けると写真を自室に戻してから慌てて家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは彼の物語が動き出し私の答えが見つかる。その物語が始まる一年前のある朝の出来事。

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございました。


如何でしたでしょうか?
楽しんでいただけたのならが幸いです。



いやぁ、今回の話は難産でしたゆきのん難しすぎますのん‼
書いては消して、考えては書いてを繰り返し知恵熱出るか禿げるかと思いました。
ゆきのんらしさが、少しでも出でいればいいのですがあまり自信がなかったりします。


では、何時になるかは不明ですがまた次回お会いできれば幸いです。




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第三話 由比ヶ浜結衣は永遠の少年に憧れる

どうも、一年近くたってしまって申し訳なく思う九朗十兵衛です。

何とか書き上げたので投稿させていただきました。


では、本編をどうぞ




 夜空に無数の星が輝き、真円を描く月が海上を淡く照らす。

照らされる海には空の星空が映し出されていて、まるで波うつ黒い絨毯に宝石を砕いて散りばめたようだった。

夜の海では海鳥も飛んでおらず、聞こえるのは波の漂う音と時折魚が跳ねて水面に潜る音だけで、とても静かな時間がただゆっくりと過ぎていく。

 

 

 しかし、そんな世界に突如異物が混ざりこんだ。

 

 

 宝石の散りばめられた黒い絨毯を、真ん中から裂くように一隻の帆船が夜の海原を荒々しく駆ける。その帆船からは静寂を嫌うかのように、喧しいくらいの音が響いていた。

 

 甲板の上ではランプが煌々と輝き、その光の下ではこの帆船の船員と思われる屈強な男たちが樽のジョッキを煽って酒を飲んで笑ったり、アコーディオンを抱えて軽快な音楽を奏でたり、そんな音楽に合わせて図体に似合わない軽やかなステップで踊っていたりとまるで祭りのような光景が広がっていた。

 

 その祭りのような騒ぎが起こっているデッキを見下ろせる船尾甲板に、二人の男女が佇んでいた。

 男の方は黒い長髪を後ろで括り、涼しげな目元と鼻筋の通った高い鼻、優しげに緩んでいる口元には整えられた口髭と彼が身に纏う赤のコート、腰に指したサーベルと格好だけを見れば社交界で持て囃されそうな貴公子然とした男である。

 眼下で繰り広げられる騒ぎを眺めながら、口元の笑みを絶やさず男は隣の女に語り掛けた。

 

「楽しんでいるかな? ミス・ダーリング」

 

 そんな偉丈夫に笑みと共に話しかけられれば、大抵の女性は顔を赤らめ恥ずかしそうに俯くのであろうが、隣の彼女は違った。

 

「…………」

 

 笑みを向ける男に無言で睨みつける女。いや、その容姿はまだ少女と呼ぶのが正しい程に幼い。

 長い栗色の髪をリボンで結い上げ、船に乗り込むには不相応な青いナイトドレスを身に纏う

幼き少女、ウェンディ・モイラー・アンジェラ・ダーリングは自分に笑いかける男、この船の船長であるフック船長に答えることなく沈黙を貫いていた。

 

「あぁ、ミス・ダーリング。そう、怖い顔をしないでおくれ。君のような可憐な乙女に睨まれては、緊張と恐怖で私の小鳥のように繊細な心臓が張り裂けてしまうよ」

 

 沈黙と共に怨敵を睨むような視線を向けるウェンディに、芝居がかった仕草で胸に手を当てて語るフックだが、彼の口元は先ほどの優し気な笑みから、ネズミをなぶる猫のような嗜虐的なものに変わっていた。

 そのフックの笑みに、わずかに恐怖で身を震わせるウェンディだが、その恐怖に負けぬように体に力を入れて口を開いた。

 

「……私を攫ってどうするつもりですか?」

 

 彼女は海賊であるフック船長の船に乗っているのは彼女の意思ではなく、横で嗤っている男に攫われてきたのだ。

 

「ふむ、君を我が船へ招待する理由は一つしかないだろう?」 

 

 気丈に振る舞う少女の姿に嗜虐の笑みを深くするフックはそう答え、己の脇にあるテーブル

の上に置かれた籠からボトルとグラスを取り出し、右手に装着されているカギ状の義手で器用に栓を開けグラスに注いでいく。

 フックが掲げたグラスに注がれた、血のように赤いワインを眺めながらウェンディは自分が攫われた理由が思った通りのものだと確信を得て俯いて唇を噛む。

 

「……ピーターを誘い出すためですか」

 

 少女の口からでた名前にフックは口元の笑みをより深くするが、瞳に隠しきれない憎悪を宿しワインを呷る。

 喉を通る美酒を味わい、鼻を抜ける芳醇な香りを楽しみながらフックは隣の少女に歌う様に呪詛を吐くように告げた。

 

「そう、君は餌だ。あのドブネズミの様に汚らしい糞ガキを誘い出すための、蜜のように甘い餌だ」

 

 右手の義手で俯くウェンディの顎を上げ、瞳をのぞき込む。その瞳にはこの男に屈してなるものかという強い意志があった。

 しかし、その意志の中に潜む己に対する恐怖に、今味わった美酒以上の甘美なものを感じながら、その恐怖をさらに育てるために続ける。

 

「あの糞ガキは君にご執心だから、必ず追ってくるさ。……たとえ罠だと知っていてもね」

 

 いたぶる様にゆっくりと耳元にささやかれるフックの言葉に、胸の内に氷のように冷たい恐怖が広がり逃げるように振りほどき後ずさるウェンディ。

 目元に涙があふれるのを自覚して体が縮こまってしまいそうになるが、自分を母の様に慕ってくれる子供たちと、自分が淡い恋心を抱いている大空を舞う様に飛び何物にも束縛されない風を具現したような少年を思い浮かべて、心に絡みつく恐怖という名の鎖を砕くように叫ぶ。

 

「貴方なんかに、ピーターは負けない!」

 

 少女の叫びに喧しい程響いていた音楽と笑い声が止み、船体を叩く波の音のみが響く。

 バカ騒ぎを止めて少女を見つめていた船員たちだが、その言葉の意味を理解すると大口を開けて大笑した。その屈強な大人たちが、自分の言葉を嘲る様に嗤う姿に挫けそうになるが、決して下を向かず目の前の男を睨む。

 

「風の様に自由な彼が、貴方の様な海賊なんかに捕まえられるわけない!」

 

 力の限り叫び恐怖を払うウェンディに、フックは初めて口元の笑みを消して、上向いていた口の端を下げて忌々し気に歪めて舌打ちする。

 彼女の恐怖に歪む顔を堪能したかったのだが、意外なほどの胆力で恐怖を克服したウェンディに己が望む結果が出ず不機嫌になったフックが鼻を鳴らして吐き捨てた。

 

「ならば君のその希望を散らしてあげよう。空を飛び回る羽虫の様なあの糞ガキを引きずり下ろし、羽を捥ぐように手足を切り飛ばしてワニの口に放り込んでやる」

 

 そうウェンディに吐き捨て、切り取られた右腕を抑えながらその時を夢想するフックに頭上から陽気な笑い声が降り注いだ。

 船上の誰もが空を仰ぎ見ると、真円を描く満月を背にした小さな影が腰に手を当て胸を張った堂々とした態度で船を見下ろしていた。

 その影を見てウェンディは花咲くような笑みを浮かべ、フックは獲物の前で舌なめずりする狼の様な猛々しい笑顔を浮かべる。

 

「はっはー! だったら僕は、船長に残った左手をワニに食べさせて上げようじゃないか! そうしたらバランスも良くなってちょうどいいだろうからね!」

 

 空に浮かぶ影が徐々に降下していき、船のマストの先端に降り立つ。

 影は少年だった。服に無数の葉を散らし、腰に短剣と角笛を携えた少年は、真珠の様に白く輝く歯を見せつけてフック船長に笑いかける。

 そしてその隣のウェンディに視線を向けると、おどけた様に手を差し出して告げた。

 

「さあ、迎えに来たよウェンディ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウェンディにそう告げたピーターパンは、マストから飛び降りると手に持った短剣でフック船長に挑みました」

 

 お布団に入ったあたしは、一緒に横になって絵本を読んでくれているママに早く続きを読んでとせがむように目を向けていた。

 寝なくちゃいけないのは分かっているんだけど、何度聞いても飽きない大好きな物語に眠気なんて吹き飛んじゃったんだから仕方ないよね。

 そんなあたしを見てママは、困ったような笑顔で頭を撫でてくれる。ママのぽかぽかして温かい手が頭を撫でるたびに嬉しい気持ちが溢れてしまうが、続きが聞きたいあたしはほっぺたを膨らませて駄々をこねてしまう。

 

「ママ、つづき~!」

 

「もう、結衣は本当にこのお話が好きなのね」

 

 ママはあたしを撫でながら絵本の表紙の絵を眺める。そこには『ピーターパン』と書かれていて、空を飛ぶ男の子と女の子が描かれていた。

 何度も読んでもらっているせいか少しくたびれてしまっているけど、あたしの持っている絵本の中で一番のお気に入りで寝る時に読んでもらうのは大体この絵本だ。

 

「うん! だいすきだよ!」

 

「あらあら、結衣もピーターパンにネヴァーランドに連れて行ってもらいたいのかしら? そうなってしまったら、悲しくてママ泣いちゃうわ」

 

 あたしの返事にママが目元に手を当てて俯いてしまった。ママが泣いちゃうとあたしも悲しいし、それにママは勘違いをしてる。

 

「だ、大丈夫だよママ。ゆいはねゔぁーらんどに行ったりしないよ?」

 

「あら? そうなの?」

 

 目元に当てていた手をどけて不思議そうな顔をして聞いてくるママ。どうやらウソ泣きをしていたらしく、すっかり騙されてしまったあたしは、「む~」と唸ってママを叩いてしまう。

 そんなあたしに、優しい笑顔で謝って頭を撫でてくるママ。その手が温かくて、胸の奥が温かくなって怒っていた顔が緩んじゃうのが我慢できない。

 

「ごめんないね。てっきりウェンディのようになりたいのかと思っていたわ。じゃあ、結衣はこの子たちの冒険を見たいからこの絵本が好きなの?」

 

 

 ママの温かい手で撫でられて、眠くなってしまったあたしは首を横に振る。

暴れたせいでズレてしまった布団を掛け直してくれたママに、ウトウトとしながらもその絵本を読んでもらってから心の中に芽生えた夢を教えてあげた。

 

「……ゆいね。ピーターパンになりたいの」

 

「ピーターパンに?」

 

 あたしの答えに驚いた顔をするママに笑ってしまった。

 今まで誰にも教えてなかったあたしの夢。女の子のお友達はこの絵本を読むと、皆はウェンディの様にネヴァーランドに連れていってほしいって言うけど、あたしはピーターパンになりたいって思った。

 別に男の子になりたいわけじゃないよ? ただこの絵本で知ったピーターパンの様に、自由なまま誰かの手を引っ張って笑顔でいたいんだ。

 

「ぴーたぱん……みたいに、ね。かぜに……なってね」

 

 どんどんとぼやけていく意識の中で感じたのは、おでこに触れるママの唇と胸の中に広がる暖かな何かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッヒグ……ウゥ……グス」

 

 目からあふれる涙をそのままにあたしは夕日に照らされる公園の中、滑り台のついたドーム状の遊具の中で蹲って泣いていた。

 ママにあたしの夢を教えてあげてからしばらくが経ち、小学生になったあたしはピーターパンになろうと頑張った。

 ピーターパンがロストボーイのみんなをまとめ上げる姿をイメージしながら、みんなで遊ぶときに率先して提案をしたんだ。だけど―

 

『え~、あたし違う遊びがいい』

 

『……え? でも、あたしは』

 

『ねえ、おままごとのほうがよくない?』

 

『あ、それいいね! ゆいちゃんもそれでいいよね?』

 

『……うん! いいよ』

 

 お友達の一人があたしの提案した遊びを嫌がり、違う遊びを提案した顔を見てあたしは自分を通せなかった。

 このままわがままを言ってはみんなに嫌われてしまうんじゃないかって思ってしまい、気持ちが萎縮してそれ以上何も言えなくなって、みんなの決定に笑顔を作って答えてしまった。

 心の中に広がる冷たい何かを振り払う様に次こそと意気込んだが、その次もそのまた次も、みんなの顔を見るとどうして、ただ笑顔で同意することしかできなくなってしまう。

 思い描くピーターパンの様に振る舞えない自分が情けなくて、でもどうすることもできなくて、みんなと遊んだ後に一人になって夕焼けの公園を見ると、心の中のものが溢れて涙がこぼれてしまった。

 

「ヒック……あたし、ピーターパンに……グス、なれないのかな」

 

 その泣き言と流れ続ける涙に、夢まで流れて行ってしまうんじゃないかと怖くなったあたしは何度も何度も目元を拭う。

 それでも止まってくれない涙にひりひりと痛みだした目元にどうすればいいのか分からなくなってしまった時に頭上から声が降ってきた。

 

「何やってんの?」

 

「ッ!?」

 

 あたししかいないと思っていたから、凄いびっくりして悲鳴を上げてしまい慌てて頭上を見上げる。見上げた先、ドームの屋根に開いた穴の一つから帽子を深くかぶった男の子がこちらをのぞき込んでるのを見たあたしは固まってしまった。

 目を見開いて固まっているあたしを見て、男の子はその穴に飛び込んであたしの目の前に危なげなく降り立ち、見上げるあたしの顔をのぞき込んでくる。

 薄暗いのと深くかぶった帽子でよく顔が見えないが、涙と鼻水で汚れたあたしの顔を確認すると、男の子はポケットの中からハンカチを取りどして優しく拭ってくれる。

 あたしは為されるが顔を拭かれながら、先ほどの身のこなしとハンカチ越しに伝わる暖かさに思ったことが口からこぼれた。

 

 

「……ピーター、パン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―キャン、ヒャン

 

 

 

「ゔぅ~ん……ん?」

 

 何かが顔を濡らしていく感覚に、意識が浮上していき目を開けるとサブレがあたしの顔をぺろぺろと舐めていた。

 まだはっきりとしていない意識の中、体を起こして暫くぼうっと部屋を眺めていると布団の上で元気よく尻尾を振っているサブレが挨拶するように鳴き声を上げた。

 

―ヒャン!

 

「……うん、おはようサブレ」

 

 愛犬の元気な様子を見て顔が緩んでいくのを自覚する。ぼやけていた意識がはっきりしてきたので最後の一押しに、背筋を伸ばして体をほぐしていく。

 寝ていたことで固まっていた体が解される気持ちよさを感じてから息を吐いて、改めて朝の挨拶と共にサブレの体を撫でてあげると喜ぶように跳ね回った。うんすごく可愛い。

 サブレの姿に満足しながらベット横の時計を見ると、朝の散歩の時間より若干遅めで寝過ごしてしまったらしいのが分かった。

 ベットから起き上がったあたしは、べた付く顔を洗うために洗面所に立ち蛇口をひねった。勢いよく流れだした水をすくい、顔を流すとハンドタオルで優しく水気を取って、目の前の鏡を見つめる。

 鏡の中にいるあたしは、先ほど見ていた夢の中のあたしよりずいぶんと成長している。まあ、今日から高校生なので当たり前だけどね。

 手早く寝ぐせを整えながら、久しぶりに見た夢を思い出す。あれは確か、小学生の低学年ぐらいだったかな? 思い描いた自分と、実際の自分の落差に感情が爆発しちゃって公園で泣いていたら一人の男の子と出会った時の夢。

 

「ん~、よしっと」

 

 寝ぐせが整ったのを確認して一つ納得するとニッと笑顔を作ってみる。なりたいと思っている永遠の男の子の様に、あの時であった男の子の様に、見る人を元気にする笑顔。

 あの後も結局、変われなかったあたしは、小学校中学校と、周りに合わせて過ごしてきてしまっている。もはや癖になってしまっているのだろうと思うと、少し嫌になってしまうが、心の中の次こそはと思う気持ちだけは手放さないようにしている。

 笑顔の確認をしていると、追い掛けてきたサブレが催促するようにズボンの裾引っ張てきた。

 

「ごめんごめん、すぐ用意するから待っててね」

 

 ご機嫌をとる様にサブレを撫でてから自室に戻ると、手早く着替えていく。上着を羽織り鏡で確認して一つ頷くと、アクセサリー類を置いている棚から一つのペンダントを取り出して首元に取りつける。

 胸元に下がっているペンダントは、お店に売っているようなちゃんとしたものじゃなくて、小さな小瓶にひもを括り付けた簡素なもので小瓶の中にはキラキラと金色に輝く砂が入っている。

 デザインだけで見ると年頃の女の子が付ける物じゃないけど、あたしにとっては大切なお守りみたいなものだ。

 準備が出来たあたしはサブレを連れて家を出る。よく晴れた青い空を見上げて、今日はいい事が起こりそうだと気分が良くなったあたしはサブレと共に歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、彼の物語が動き出しあたしが夢を掴む。その物語が始まる一年前のある朝の出来事。

 

 



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本編、または彼らの物語
第一話 回想または現実逃避、のちに少女


どうも、九朗十兵衛です。

物語を作る上で色々考えていると、これもう、最初から再構成しないとだめだなと思い眩暈がしてしまいました。

では、まずは本編をどうぞ。


 俺こと比企谷八幡は、前を進む白衣姿の女教師の背中を見ながら、どうしてこうなったと頭を抱えたくなってしまった。いや、原因は分かっているのだが、それから逃避したくてたまらないのだ。

 

 始まりは一つの授業である。その授業で高校生活を振り返ってという課題でレポートを書けというものが出されたのだが、それそのものは別段変わったものではない。では、何が問題だったかというとその課題で出した俺のレポートが問題だった。

 課題が出された俺は、自分の高校生活を改まって振り返ったのだが、何というか特に何もなかった。本当に何もなかった。何なら食べ歩いたラーメンの事のほうが記憶に残っている位である。

 余りに何もなかったので、もうこのまま食べ歩いたラーメンの事をレポートにまとめようかとも思ったのだが、流石にそれではいけないのは俺でもわかったので、高校の初めまで記憶を遡るとこにした。

 

 高校の入学式がある当日、俺は小町の用事のため出発した時間が一時間以上早くなってしまい、どうやって暇をつぶそうかと考えながらも学校に向けて自転車を走らせていた。

 その道すがら俺の視界の隅で、道路反対側の歩道を歩いていた犬を連れた少女が、何かの拍子にリードを放してしまい犬が車線に飛び出してしまった。

 飛び出した犬が車のクラクションで身を竦ませたところに、黒い高級車が突っ込んできているのを見た俺は自転車を放り出して犬の元まで駆け寄ってしまった。

 

 向こう見ずの大馬鹿だと思います? 大丈夫だ、俺も思ったからね。でも、体が動いちまったってのとは別に、勝算というか大丈夫かなって要素はあったのだ。

 まだ子役をやっていた時の事、交通安全のマスコットといえばいいのか、子供店長みたいなノリで一日署長をやったことがある。その時に、車に轢かれる役をするスタントマンの山岡さんに、車に轢かれるときのコツを聞いたのだ。嫌なコツだな。いや大事だけどね。

 

『轢かれるときのコツ? そうだな、車に轢かれる時に一番危ないのが下に巻き込まれることなんだ。だから、転がるようにボンネットに乗り上げるといいぞ。トラックの場合? 祈って奇跡を願うか、鍛えて逃げろ』

 

 などという言葉を思い出しながら、犬を持ち上げて高級車のボンネットめがけてダイブしたのだ。結果? 二週間、病院のベットで優雅な一時を過ごしていました。

 失敗してんじゃねえかと思う気持ちは分かる。だが、俺の言い分も聞いてほしい。

 途中まではよかったんですよ。実際、イメージ通りにボンネットの上には乗りあげはしたのだ。しかし、勢いがつき過ぎたのかタイミングがズレたのか、俺はボンネットで止まらずにフロントガラスをジャンプ台にして吹っ飛んだ。

 

 あれだね、撮影の合間に年上の俳優さんたちに色々な体験を聞いた中に、アクションシーンで死にかけた時の話が合ったんだが、そういう時って時間が引き伸ばされたような感覚になるらしいが、吹っ飛んだ時の俺はまさにそんな感じだった。

 回転しながら見える景色は何とも不思議だったのを覚えているが、特に恐怖心は無かった。その中に顔はよく覚えていないが飼い主であろう黒髪の女の子が、呆然と俺を見ていたのを見て笑ってしまったほどだ。これが、小町が言っていた俺の糞度胸なのだろう。

 

 そのまま上に飛んでいく行くわけもなく重力に従って落ちた俺は、回転を利用して五点着地の様に転がった。ここで止まれれば多分軽症ですんでいたのだが、抱えた犬のせいでバランスが取れず勢いが止められなかった。

 そのまま転がっていった俺は、ガードレールに足を強打して骨折とアスファルトに頭を打って意識を失ったのである。

 

 意識が戻ったのは一日経ってからで、目を覚ました時には小町と両親に涙ながらにこっぴどく怒られたのは余り思い出したくないものだ。

 奇跡的に頭には異常はなく、入院も足の骨折が主原因だった。事故事態は車側の意向と此方側の意向により示談が決定し、入院費と治療費をあちらに持ってもらうことで終わった。正直、犬を助けようとしたとはいえ悪いのは俺だし、大ごとになるのは嫌なので綺麗にまとまって安堵した。

 

 まあ、そんな入院生活をしていていれば、高校生活での最初の関門である友達作りなど出来づらくなるのだが、元々そういうのはいらんかった俺なのでどうでもよかった。

 逆にボッチライフのスタートには、いい感じだったので喜んだほどである。本当だよ?

 

 あ、こうやって思い出してて気づいたけど、静かな学校生活で一つ出来事があったのだった。入院あけに登校すると、一人の少女に挨拶されたのだ。見た目ギャルっぽい茶髪の少女にいきなり挨拶されて驚いて固まったが、俺が詰まりながらも挨拶を返すとその少女は身をひるがえして走って行ってしまった。

 その時は俺じゃなくてその後ろの人に挨拶したのに、俺に返事されて逃げたのかと思ってノーロープバンジーしたくなったよ。

 しかし、その後も俺に向かって食い気味な挨拶をしてくるので、一応対象が俺なのは事実だ。特に実害がある訳でもないので、放置しているとそれが習慣化してしまい、以後その少女の事を俺は心の中で「挨拶少女」と呼んでいる。

 だが、レポートを書くときにそのことを思い出していても、やはり書くことはなかったであろう。高校生活振り返ってというお題で、定期的に名も知らぬ少女に食い気味な挨拶をされるとか書けるわけがないのだ。

 

 じゃあ、何を書いたかというと結局、何も思いつかなかった俺は最初に考えたラーメンレポートを地図付きで詳細に書いたのである。

 まぁ、待て石を投げる前に最後まで話を聞くんだ。俺は子役を止めてから標語に、「押して駄目なら諦めろ」というものを掲げているのだが、その標語通りに動いた結果こうなったのだ。

 今のどこに押した要素があったのか分からん? ふむ、押すとは行動を起こすと言うことであるのは分かるだろう? 行動、つまり体を動かすことである。

 俺は記憶を遡るという脳を動かすという行動(押す)を起こし、その結果特に何も思いつかなかったので諦めたのだ。なんて完璧な理論であろうか!

 それを提出した結果、前を行く女教師に呼び出されたので完璧でも何でもないんですけどね。

 

 しかし、この女教師こと平塚先生は意外なことに、最初このレポートを褒めてくれた。なんでもラーメンが好きで、このレポートに書かれていることが自分の好みに合致していたらしく、俺と話して嬉しそうにしていた。

 これはひょっとしてこのまま逃げられるんじゃね? と思ったのだが、そうは問屋は下ろされるはずもなく、これはこれ、それはそれの精神でその時に言ってしまった失言のことも合わせて、ただ今罰を受けるために移動中なのである。

 

「ここだ。入りたまえ」

 

 回想という名の記憶整理、もとい現実逃避をしていると、ある空き教室の前で平塚先生が親指で扉を示していた。

 罰で空き教室とかそれはあれであろうか、こうエロゲー的な、ね。いや、平塚先生だったら校舎裏で、「殴るならボディーにしな!」の方であろうか。……どっちも嫌です!

 

「どうしたのかね? 早く入りたまえ」

 

「……うす」

 

 ここで逃げ出しても後で、罰が二倍にも三倍にも増えそうなので俺は大人しく従うことにして扉を開けた。

 扉を開けて俺の目に映った室内には、奥に積み上げられている机や椅子、そして椅子に腰かけた一人の少女いた。椅子に腰かけた少女は、一言で言えば絵になっていた。開けた窓から入るそよ風に揺られる絹の様に滑らかな黒髪、その下にある顔は手に持った本に、美しい青みがかった瞳を向けているため俯いているが、それがその少女の儚さを引き立てており、触れてしまったら壊れてしまうのではないのかと思わされてしまう。

 

「平塚先生、入るときはノックを……あら?」

 

 扉の開く音に反応したのか風で乱れた髪を直しながら、本から此方に視線を向けた少女は抗議の言葉を上げようとしたが、発した言葉の人物と違ったのに首を傾げた。

 ……首を傾げる瞬間に目を見開いていたが、そこまで驚くことであろうか? もしかして、俺の目に驚いたんですかね。そうだったら泣くよ?

 

「……貴方は? 平塚先生の声が聞こえたと思ったのだけれど」

 

「あ、俺は」

「やあ雪ノ下、邪魔するよ」

 

 彼女の疑問に答えようとした俺に割り込むようにして、平塚先生が少女、雪ノ下雪乃に挨拶をした。

 雪ノ下雪乃はこの学校では有名人である。その優れた容姿ももちろんだが、彼女の所属する二年J組は国際教養科という学年でも特に優秀なものが集められたクラスで、彼女はその中でも群を抜いて優秀であり、入試では一位であったらしい。

 そして、クラスを纏めるリーダー的役目も担っており(・・・・・・・・・・・・・・)、教師達の信任もあつい完璧少女である。

 しかし、その完璧少女がなぜこんな所で一人読書などしているのであろうか? こう、放課後はお友達と優雅なティータイムを楽しんでいるものなんじゃないだろうか。見た目的に。いや完全に俺の偏見ですけどね。

 先生と二三会話をした雪ノ下は、膝の上に置いていた本にしおりを挟んで平塚先生に問いかけた。

 

「それで平塚先生。今回の用件は何でしょうか?」

 

「ああ、依頼と入部希望者を連れて来たんだよ。彼がそうだ」

 

 平塚先生はこちらを振り向いて、俺を指さしながらそのようなことを仰った。依頼? 入部希望者? 何それ初耳なんですけど。つか此処って、空き教室じゃなくて部室なのかよ。

 

「先生、俺は罰を受けるためにここに来たんすよね? なのに入部希望ってどういうことっすか。初耳なんですけど」

 

「その罰が入部なのだよ」

 

 罰で入れさせられる部活って何なんですかねえ。SでMな感じで奴隷みたいな扱いでも受けるの? できれば、緩いお茶会するような部活がいいんですけどね。いや入る気ないけどさ。

 

「いやいや、俺部活入る気ないですからね? 家で俺の帰りを待ってる愛妹と愛猫がいるんですよ」

 

 まあ、その愛妹は多分俺が部活を始めても、「いいんじゃない?」で終わらせそうではあるんですけどね。愛猫に関しては、俺を餌出してくれる人ぐらいにしか思ってないと思うけども! そして愛描の所で反応した雪ノ下さん。あなた、もしかして猫が好きなの?

 俺が拒否するのを見た平塚先生は、腕を組み男くさいという言葉が似合いそうな笑みを浮かべて断言した。

 

「君には、異論反論抗議質問口答えその他諸々一切合切口にすることを許す気はない。……と言いたいところではあるが、まあ、まずは雪ノ下と話してみてくれ。その後ならば抗議だけは聞いてあげよう」

 

「それって聞くだけ聞くってやつじゃ……ってマジかよ」

 

 俺の反論を聞くこともなく言いたいことだけ言って、平塚先生は片手を上げて教室から出ていこうとしたのだが、それを止める者がいた。

 

「平塚先生」

 

「……なんだね?」

 

 扉を閉めようとしていた平塚先生は、動きを止めて顔だけ振り返ると雪ノ下を見つめて短く答えた。

 

「私がこの部活に入れられた時に言われた言葉と、今の状況が合致しないのですがそれに関しては?」

 

「それは違うな雪ノ下。入部希望者の前に依頼とも言ったろう? それに彼はここに入る資格もあるのだよ。……話すだけ話したまえ」

 

 雪ノ下の質問に答えた平塚先生は今度こそ出て行った。この二人のやり取りを見ていた俺の内面を教えてあげよう。まったくもって、訳が分からないよ状態である。

 雪ノ下は先生が出て行った扉を数秒眺めていたが、その視線をこちらに寄こして一つため息をついてから切り出した。

 

「はぁ、比企谷君、とりあえず座ってはどうかしら? 奥に積まれている物だったら好きに使ってもらって構わないわ」

 

「え? お、おう。……ん? 俺名前言ってないよな」

 

「二年F組所属の比企谷八幡君。一応、全校生徒の名前とクラスぐらいなら覚えているわ」

 

 流石パーフェクトレディである。感心しながらも椅子を引っ張り出してきた俺は、距離を十分にとった場所に座りこむ。それを確認した雪ノ下は一つ頷くと質問をしてきた。

 

「それで、あなたはなぜここに連れてこられたのかしら? 平塚先生は依頼と言いながらも、何の説明のしないで出て行ってしまったから。それに先ほど罰がどうと言っていたけれど?」

 

「ああ、それは―」

 

 事情を聞いてくる雪ノ下に、事のあらましを説明する。説明を聞いている間、雪ノ下は何処か俺を観察する様な視線を向けてきていて何とも居心地が悪かったんだが、何とかすべてを話し終える。最後まで静かに聞いていた雪ノ下は、俺の話が終わると額に手を当てて呆れたような溜息を吐いた。

 

「……随分と捻くれたことをしたのね」

 

「ふ、褒めないでくれ。照れる」

 

「褒めていないわよ」

 

 ですよねー。って、俺がまずやらなければいけないのはこんなやり取りではない。俺はそもそもここが何の部活なのかもわからないのだ。

 

「というかだ。まずここって何部なんだ?」

 

「あら、ごめんなさい。私としたことがまだ自己紹介すらしていなかったわね。改めて私は、二年J組所属の雪ノ下雪乃です。一応学年主席でこの……」

 

 部活の事を聞いたのだが、雪ノ下は俺の問いに自己紹介をしていないことを思い出して丁寧なあいさつをしてきた。これは、俺もしたほうがいいのだろうか? いや、しかし相手は俺の事を知っているようだし、改めて自己紹介するのは恥ずかしくないだろうか。

 

 だが、円滑な人間関係を作るためには挨拶は大事なツールである。……別に円滑にする必要なくね? よしんば、ここで挨拶をしなかったことで目の前の少女を不快な気持ちにさせたとしよう。そうしたら、挨拶もできない糞虫にこの部の敷居を跨がせられるかぁ! とスムーズにここから追い出されることができる、かもしれない。それだったら、あのアラサーも文句は言えないだろう。おぉ、希望が見えてきた!

 俺が脳内で見つけた小さな光明を見つけていると、地味に自慢くさいものも入れながら自己紹介していた雪ノ下は、この部の説明をしようとしたのだが途中で言葉を止めて、人差し指を顎に当てて黙考してしまった。何そのしぐさ。可愛いんですけど。

 俺がその仕草に見惚れてしまっていると、雪ノ下は黙考を止めて俺にこう告げた。

 

「……そうね。比企谷君、この部が何か当ててくれないかしら?」

 

 

 




ここまで読んで下さりありがとうございます。

このお話のゆきのんは、原作の様な毒を吐くことはないと思います。(絶対ないとは言っていない)

この物語、最初の段階では夏休み辺りから始めるつもりでしたが、色々構成考えていたら本編の通りゆきのんの性格が変わってしまったため、その説明を如何しようか悩んだ結果、「これもう再構成しなきゃダメじゃね?」と思い至りこうなりました。

本当はこの話で入部まで持って行きたかったですが、長くなりすぎてしまうため、次に回すことになってしまった(遠い目)

ではまた次のお話で会いましょう。


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第二話 少女の謝罪、のちに入部

どうも、九朗十兵衛です。

宣言通り、入部まで行けてよかったぁ

誤字報告ありがとうございました。

では、本編をどうぞ。


「……はぇ? ッエ゛ホン!……いや、え、何で?」

 

 雪ノ下が告げた言葉に美人は何をしても似合うという言葉を思い出し、脳裏で雪ノ下に色々な姿をさせていた俺の脳が理解するのに一拍の間を置いた。

そして理解したと同時に、間抜けな返事をしてしまい慌てて取り繕うと聞き返した。……別にエロイことなどさせてないよ。本当だよ?

 しかし、雪ノ下は俺の疑問に答えることなく、口元に悪戯気な笑みを浮かべたまま沈黙している。どうやら俺が答えるまで話す気はないらしい。

 

 何がしたいのかは分からないが、話を進めるためにはこの突然始まったクイズに答えなければいけないようなので、俺は改めて教室の内部を見渡す。が、しかし正直最初に見たもの以上のものは無い。付け足すとしても雪ノ下の荷物であろうカバン類のみだ。

 ならば考えられるのは入った時に彼女がしていた行動がヒントになる。俺がこの教室に入った時に彼女は本を読んでいた。これをヒントに考えれば、まあ、文芸部関係になるのだがそれではないだろう。

 

 文芸部的なものならばこの教室の物の無さはおかしい。もしも文芸部ならば手持ちの物だけで済ますにしても、この部屋に本棚や筆記用具ぐらいの常備があってもいいはずだ。なので他のヒントを探すことにする。教室という空間にヒントがないならば考えるべきは人物だ。出題者の雪ノ下からは得られるヒントは今の所無い―――となると、順当に考えれば平塚先生となる。

 

 平塚先生が言っていたキーワードがなんであるかは、思い出すまでもなく依頼と入部希望者だが後者の入部希望者は無視して構わない。

 で、ここに依頼を持ってきた平塚先生は現国と生活指導を兼任している。ここまでくれば答えは見えてくるというものだ。思考するために閉じていた目を開けて雪ノ下を見る。目線の先の雪ノ下は先ほどの悪戯気な笑みを浮かべておらず、驚いたような顔をしていた。……何さ?

 

「……生徒の悩みを解決する部活か?」

 

「……なぜ、そう思ったのかしら?」

 

 雪ノ下の様子に首を傾げるが、気にしなくてもいいだろうと思った俺は考え出した答えを伝える。だが、俺の答えを聞いた雪ノ下は気を取り直す様に顔を左右に振ると、なぜその考えに至ったのかを質問してきた。

 まあ、別に隠すようなものではないので、考えていた答えまでの過程を話していく。話すことは平凡な推理とも言えないようなものだが、聞き終えた雪ノ下は納得するように頷くと薄い笑みを浮かべて口を開いた。

 

「よく考えたわね。半分、正解よ」

 

「半分かよ」

 

 雪ノ下の表情的に、完全正解かと思っちゃったじゃん。半端ない肩透かしだよ。

 

「んじゃ、残りの半分は何だ?」

 

「そうね。生徒の悩みを聞くのはあっていたのだけれど、問題を解決するのはあくまで依頼者本人なの。部員の私たちはあくまでもどのような解決案があるかを相談者と共に考えて、相談者が納得できるようにサポートするのが仕事よ」

 

「ほぉ~、あれか、腹減った人間に食い物与えるんじゃなくて、食い物が取れるように竿なりなんなり渡すみたいのか」

 

 雪ノ下の説明に納得し、相槌しながら例えを口にする。でも、多少腹減った人間ならそうでもいいが、飢餓状態の人間だったらそんな余裕ないと思うがな。……ん? 私達ってそれすでに俺も入ってんの? 

 俺の表情から、言いたいことが分かったのであろう雪ノ下は苦笑すると続きを話す。

 

「確かに比企谷君の例えの通りよ。でも、空腹の度合いによってはある程度の食べ物。例えば、解決はしないけれど落ち着ける様にサポートの質を変えるわね。依頼を持ってくる平塚先生も、流石に学生の領分を超えるものは持ってこないと……思うわ」

 

 そこで断言できないのは、雪ノ下もあの人ならやりそうだと考えてしまっているのだろう。いや、分かるけどね。でもあの人、強引は強引だけどケツ持ちは任せろ! って言ってくれるとは思うのよ。多分。

 

「あくまで解決は自分でやらせるってわけか」

 

「ええ、そうなるわね」

 

「ふ~んなるほどねぇ。で、この問答に何か意味はあったのか?」

 

 答えが分かって、はい終了解散。って訳にもいかないのだろうし、なぜこんな問答をしたのかを聞くことにした。この部活の理念は知れたが正直こんな面倒なことをしなくても、ただ単純に雪ノ下が説明してくれればすむ話である。雪ノ下は今度は沈黙することなく答えてくれた。

 

「ええ、意味ならあったわ。あなたがどういう人間か、少しは知れたのだから」

 

「……つまり、今の問答は俺を知るためにやったと?」

 

「ええ、そうよ」

 

 迷いなく頷く雪ノ下。やだ、雪ノ下さん私を知るためにこんな回りくどいことをしたの? も、もしかして、私のことが好き、とか? ……オエェッ! やばい、自分の思考に思わず吐き気がしてしまった。俺は自分の中の乙女回路(不良品)を素早く廃棄して雪ノ下に問いかけることにした。

 

「今の問答で何が分かったんだ」

 

「そうね。例えば、普段一人でいることを望んでいる人だから、てっきりコミュニケーションが苦手だと思っていたの。だけど貴方は私に対して臆することなく対応した。そればかりか、あんな唐突な問答にも疑問は抱きながらもきちんと考えて答えてくれた。だから対人関係には特に問題はない。人と話すことにあまり苦手意識を持っているわけではなく、人と話すことに魅力を感じていない。などかしらね?」

 

 あらやだ、結構あってますわ。確かに、俺は人と話すことにそんなに苦手意識を持っているわけではない。そもそもの話、コミュニケーション能力が低かったら子役なんぞやってないしな。いや、これじゃあ語弊があるな。元々は低かったが、子役をやっているうちに慣れたのだ。

 あと、人と話すことに魅力を感じていないのも半分は当たっている。俺とて馬の合う人間だったら話すのは面白いと感じる。しかし、かかわる人間が増えるとそれに伴って問題も起きやすくなるし、そもそもの話今の俺は人に対してあまり興味がないのだ。

 などと考えていたが、雪ノ下の発言の中に無視してはいけないものが含まれていることに気付いた。

 

「ちょ、ちょっと待てくれ。普段? それって俺を見てたってことか?」

 

 この発言が自意識過剰過ぎているのは承知しているが、しかし雪ノ下の言葉には普段の俺を知っているというニュアンスがあったのは確かだ。クラスが違う上に相手は学校きっての有名人である。長年染み付いたオートステルスがかかったボッチである俺に、そんな人間が興味を持つわけがないとは思うが、では先ほどの発言は何だ? っていう疑問が残ってしまう。

 狼狽する俺に雪ノ下は居住まいを正すと、まっすぐと俺を見つめてきた。

 

「そうよ。私はあなたに接触するためにそれとなくあなたを観察していたわ」

 

 おう、マジか。ボッチに学校のマドンナ(古い)が興味を持つとかどこのラノベだよ。これはあれだろう。親父が昔引っかかったっていう美人局の類に違いない。

 俺の警戒する雰囲気に気が付いた雪ノ下は、しかし慌てることなく続ける。

 

「警戒しなくても、危害を加えるとかそういうわけではないわ。……私はただ、謝罪がしたかったの」

 

「……は? 謝罪?」

 

 俺と雪ノ下が会ったのは今日が初めてのはずだ。たとえ会っていたとしても、廊下ですれ違うとかの数瞬の邂逅ぐらいだろう。

 

「俺と雪ノ下ってこうして面と向かって話すのは初めてだよな? そんな人間に謝罪されることなんてないはずだが……」

 

「いいえ、私と比企谷君は会っているわ。但し、その時の比企谷君には意識はなかったけれどね」

 

 俺が意識のないときに会っていた? どういうことだろうか、まさか夢の中で会っていて、その時に異世界に飛ばされて、そこで俺は雪ノ下に裏切られたとかか? って、だからラノベかよ。

 頭に浮かぶバカな考えを振り払い真面目に思考を回転させると、小さなピースと呼ぶべき単語達が思い浮かんでくる。犬、車、入学式、吹っ飛ぶ俺、事故。

 

「……入学式の事故か?」

 

「えぇ、その加害者である車に私が乗っていたの。ごめんなさい比企谷君」

 

 そう言って立ち上がり頭を下げる雪ノ下。だが、正直その謝罪は的外れでしかない。確かに世間一般では歩行者と車の事故の場合、問答無用で車が悪くなる。しかし、入学式での事故は犬を助けるためとはいえ、当たり屋みたいな形で撥ねられたのだ。

 しかも結果は二週間の入院だったが、飛び込んだ時の気持ち的にはスタントマン気分だったのだ。なんなら、阿呆だと指さされても仕方ないのである。

 もう相手さんには入院費と治療費を頂いてるので、ただ乗っていただけの雪ノ下に謝罪までされたら、俺は居た堪れなくなって天岩戸に隠れたくなってしまう。っていうか、さっさと頭を上げて貰わないと俺の精神が死んでしまいます。

 

「あ~、あの事故は、正直俺が悪かったって思ってるぐらいだから謝る必要はないぞ」

 

「それでは私の気が済まないわ」

 

 なんとも強情である。まあ、この部室で話した感じてでは、雪ノ下の性格は律儀とかそういうものなのでさもあらんだ。ここは素直に受け取ったほうが、雪ノ下が感じる必要もない罪悪感をはらうことができるだろう。

 

「分かった。雪ノ下の謝罪を受け取る。だから、この話は終わりだ」

 

「……何か釈然としないものを感じるけれど、これ以上言っても貴方を困らせてしまうだけの様ね」

 

「おう、気になるようだったら今度缶ジュースでも奢ってくれ」

 

 俺の冗談めかした返答に頭を上げた雪ノ下は、眉根を寄せて溜息を吐くと椅子に座りなおした。その様を見て俺も安堵のため息を吐く。演じてるわけでもないのに女の子に頭下げられるとか、サドなどではない俺にとって気持ちのいいものではない。……ん?

 

「そういや雪ノ下は俺を観察していたって言ってたが、もしかして一年間ずっと観察してたのか?」

 

 謝罪のためとはいえそうだったら怖いものがある。……ボッチ男子を後ろの物陰からじぃっと観察している女の子。ッ怖! 雪ノ下ってば、和服似合いそうな美人だから余計怖いわ!

 恐怖映像が脳裏によぎり、肌寒さに腕を摩る俺に雪ノ下は首を横に振った。

 

「私が比企谷君を見つけたのは半年以上たってからよ。観察していたのもほんの二週間ぐらいだったかしら? 教室は分かっていたのだけれど、何故かあなたの姿が見当たらなかったから、最初は不登校を疑ってしまったわ」

 

 当時を思い出したのか、雪ノ下は額に手を当てて溜息を吐く。その仕草にあってますね。あ、つーかオートステルスちゃんと仕事してたんだ。

 

「漸く見つけたと思ったら貴方は人と関わることが無いように行動しているんですもの。私もその頃には目立つ存在になってしまっていたから、接触していたら謝罪どころではなかったでしょうね。だからと言って学校外では、両方の意向で穏便に済ませたのに私の勝手な行動で、それがお釈迦になってしまっては本末転倒。……正直お手上げ状態だったわ」

 

 苦笑を浮かべた雪ノ下が小さく両手を上げて小首をかしげる。……あっぶねぇ。もし雪ノ下が何も考えず突撃してきたら、俺の学校生活はえらいことになっていたであろう。

 ここで俺の脳裏に一つ思いつくことがあった。それはこの部室に入って、雪ノ下と平塚先生がしていた会話である。

 

「もしかして、平塚先生が俺をこの部室に連れてきたのって?」

 

「多分、考えの通りだと思うわよ」

 

「マジか。なら謝罪ももらったし、俺はこの辺でお暇させてもらうわ」

 

 なんだよぉ、入部とかただの口実だったのかよ。よかった、これで俺は元の静かな生活に戻れる。俺は雪ノ下に軽く手を振ると、意気揚々と教室から出るために扉を開けた。

 

「…………oh」

 

 なんてことでしょう。開けた扉の先には、腕を組んだまま素晴らしい笑顔で佇む女教師が一人。

 

「どこに行くのだね。比企谷」

 

「い、いやぁ、雪ノ下からの用件も終わったので、俺ももう用済みかなぁって思いましてね。だから退散しようかなって、ね?」

 

「……ッフン!」

 

 冷や汗を滴らせながらも首を傾げる俺の頭と肩に手を置いた平塚先生は、気合の呼気と共に俺の頭を支点にする様に肩に置いた手に力を籠め、俺の体を半回転させ背中を押した。あっづぁ!? ちょ、摩擦で頭皮が熱いんですけど! 禿げたらどうしてくれる!

 熱を持った頭を摩りながら抗議の視線を平塚先生に送ると、呆れを含んだ視線を送ってくる平塚先生とかち合う。

 

「確かに雪ノ下の気持ちを慮って、君をここに連れてきたのは認めよう。しかし、君の入部がただの口実だったかというと、そんな事はない!」

 

 力強く宣言する平塚先生に半歩ほど下がってしまうが、たとえ覆ることがないとは言え、抗議をしないわけにはいけない。その許可は目の前の平塚先生から得ているのだ。

 

「いやいや、雪ノ下から部の理念は聞きましたけど、俺には優秀な雪ノ下のような能力はありませんし、役に立つことはありませんって」

 

「なに、君は小賢しいことを考えるだけの頭があるのだ。十分に役立てるだろう。この部で活動すれば、君の孤独体質も改善するかもしれないぞ?」

 

 この教師、職員室でのやり取りを根に持ってやがるな。いやまあ、先生とのラーメン談義が楽しくてついつい素が出てしまい、年齢でいじくったのは俺が悪かったけどもさ。

 

「いや、俺は今のままで十分間に合ってますんで、変わるつもりは有りません」

 

「……あら、別に変わることは悪いことではないわよ」

 

 先生に伝えるために言葉にした反論に、俺と平塚先生から少し距離を取っていた雪ノ下が反応した。その雪ノ下の声に顔を向けると、今まで見せていた笑顔よりも随分と優しげな笑顔で俺を見つめていた。

 

「確かに、不変を貫く人はいるわ。……でも変わることで救われることもある」

 

 そう言いながら何かを思い出す様に目を閉じる雪ノ下。雪ノ下の様子を見るに、それは雪ノ下の実体験なのであろう。再び目を開けた雪ノ下は俺に向けて手を差し出す。

 

「無理に変われとは言わないわ。でも、この部で活動していく過程で、何かのきっかけが有るかもしれない。それを私と共に経験するのは嫌かしら?」

 

 強く訴えかけるわけでもなく、さりとて諭すわけでもない。ただ話しかけ誘う雪ノ下は、万人を引き付けるような魅力を放っていた。

 しかし、その光り輝く魅力に僅かな嫌悪とも言えない、小さな違和感を感じてしまう俺は随分なへそ曲がりなのであろうか。

 まあ、この雪ノ下の誘いに乗ろうが乗るまいが、結果が変わることはない。俺は一つ息を吐き、頭をかいて返答する。

 

「もう決まっちまってるようだし、これ以上駄々こねてもしょうがねえからな。よろしくお願いするわ」

 

「……ええ、ようこそ奉仕部へ。歓迎するわ比企谷君」 

 

 こうして俺は、この一風変わった部活に入部することになったのであった。……え? この部ってそんな名前だったの?

 

 

 

 




ここまで読んで下さりありがとうございます。

正直、私に原作八幡の様な捻くれ道を書ける気がしない(爆)

本作の八幡は、捻くれ(弱)位を目指しています。子役やってたので、対人もある程度経験しているでしょうしね。

奉仕部内のこの問題を引っ張っても、正直お邪魔虫になってしまうため、さっさと終わらせることにしました。話の持って行き方がガバガバですが、これ以上は私の脳みそでは無理です(白目)

では、また次話で会えればと思います。


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第三話 挨拶少女の依頼

 ハローエブリバディ、皆のアイドル八幡だよぉ! 元気にしてたかなー?

 

《オオォォォ!》

 

 うんうん、良かった。みんなが元気だと、私も元気いっぱい勇気りんりんで最っ高の気分になれるからね。それでね、さっそくなんだけど、今日はみんなに重大発表があるんだ。

 ……なんと私八幡は今日から、ユニットを組むことになりました!

 

《えぇ~!!》

 

 やっぱり驚きだよね。私も、まだぜんぜん心の整理がついてないの。ここまでソロで頑張ってきた私が、まさかグループで活動するなんて、昨日プロデューサーに告げられた時は驚き過ぎて椅子から転げ落ちちゃったくらいだよ。

 

《アハハハハ!》

 

 あ、笑うことないじゃない! もう、みんなひどいなぁ。……でもうん、正直これからの事を考えると不安でいっぱいだけど、みんなが笑顔でいてくれる。それだけでやっていける気がするよ! グループで活動する私をこれからもよろしくねー!!

 

《オオォォォォォ!!》

 

 よっし! みんなの元気をもらったから、今日のライブはいつもの十倍百倍一千倍、倒れるまでいっちゃうよ! じゃあ、みんな準備はいい? ……せ~の!

 

 

 

 

 

 

 

「…………うす」

 

「こんにちは比企谷君。……元気がないようだけれど何かあったの?」

 

 扉を開いて入ってきた俺にこの部室の主である雪ノ下雪乃が、本に向けていた視線を俺に向けながら笑顔と共に挨拶をしてくれた。しかし、俺の顔を見るとその笑顔を心配するようなものに変えて言葉を投げかけてくる。多分、今の俺の顔は生気がなく、目の腐り具合も半端ないのであろう。

 

「……いや、特に問題は無い。気にしなくて大丈夫だ」

 

「そうは見えないのだけれど……」

 

 気にしないように言う俺になおも雪ノ下は気遣ってきてくれる。しかし、今の俺にはその気遣いは逆効果である。今の状態になった原因は部室に来る気分が乗らなさ過ぎたので、自分を励ますために開いた脳内劇場が、余りに無残で気色の悪いものになってしまい励ますどころか追加ダメージがクリティカルで致命傷の重体だったのだ。なお、主演、観客、裏方全部俺である。

 

 なんであんな世にも悍ましいものが展開されたのかは、多分夜に聞いたAKB40の影響であろう。キッツいのカテゴリーは違えど、無残さだけで見ればどっこいだった。

 これ以上このことで頭を使うと、脳細胞が壊死しそうなので追い払う様に頭を振り、気を取り直して雪ノ下に質問する。

 

「んで、依頼は来てんのか?」

 

「いいえ、来ていないわ。だから比企谷君も好きにしていていいわよ」

 

「……もしかして、この部活って暇なの?」

 

 俺の質問に首を振る雪ノ下に思わず疑問を呟いてしまう。てっきり雪ノ下が部長をやっているので、普段は客が殺到しているイメージを抱いていたのだが、実際はそんなことないのであろうか? もしそうだったら、俺的には嬉しい限りだ。つーか気が乗らなかった主原因はそれである。

 そんな俺の疑問に雪ノ下は以下の通りに返してくれた。

 

「この部に依頼に来るのは、平塚先生が紹介した人だけだから多くはないわね。……この部が作られた当初は、私を慕ってくれる人達が良く来ていたのだけれど、部活動の邪魔だと平塚先生が追い払ってしまったの」

 

 ……それって部活動に支障があるという尤もらしい言い訳を盾に、青春楽しむ生徒が憎らしかったからではないだろうな? いや確かに、部員以外の奴らが屯していたら依頼人が来れないから正しいんだけどね。まあ俺にとっては、人が少ないのは朗報なので理由は何でもいいか。

 

 雪ノ下の返答に納得すると俺は昨日置いた椅子に座り、さて何をして時間を過ごすか考える。雪ノ下は昨日と同じで読書にいそしんでいるが、俺はある理由から人前で読書が出来ない。

 別に本を読んでいる姿が醜悪とか、エキセントリックなポーズとって読むとかではないのだが、本に熱中するとある癖が出てしまうのだ。中学の時はそれのせいで折本に絡まれる様になったので、二の舞を演じるわけにはいかん。

 結局、寝るかスマフォを弄るかの二択しかないので、スマフォという名の暇つぶし用携帯玩具で人理修復の旅に出ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来い! 来い! よし、金きた! ……ちゃうねん。俺が欲しいのは文明破壊系彼女じゃないねん。忠義の騎士でもないねん。いやどっちも嬉しいけども。あぁ、花嫁皇帝でねーなー。……ん?

 

「……失礼しまーす」

 

 暇つぶしを兼ねて始めた修復の旅で行った召喚儀式が、無事物欲センサーによって肩透かしを食らっていた時にそいつは来た。

 控えめのノックに雪ノ下が答えると、カラカラとゆっくり開いた扉から現れたのは、恐る恐るという言葉が似合うほど弱弱しい声と、その声とは似つかわしくないぐらい派手な格好をした女子生徒であった。というか知っている人物である。

 

「えぇと、平塚先生に言われて来たんです、けど……って、ヒッキー!?」

 

 扉を閉めて振り返った髪を明るい茶髪に染め、制服を着崩した今どきギャルの見本みたいな少女こと、俺に定期的に挨拶してくるが、名前が分からないため心の中で「挨拶少女」と呼んでいる奴が俺を見て目を見開きながらそう叫んだ。……ヒッキーってお前。そのネズミの王様か引きこもりみたいな名前は俺の事を言ってるのか? いやさ、こっち見て行ってるからそうなんだろうね。

 

「誰がヒッキーだ。挨拶少女」

 

「挨拶少女ってなに!?」

 

「いや、お前定期的に挨拶してはそのまま去って行くじゃん? だから名前分らんし、そう呼ぶしかねえだろ」

 

「ッ!?」

 

 俺の返答に言葉を詰まらせて絶句する挨拶少女。何でそこまで驚くのん? もしかして俺が覚えてないだけで、名乗られたことがあるのだろうか。

 俺が首を傾げて絶句する挨拶少女を見ていると雪ノ下が溜息を吐いた。

 

「……二年F組所属の由比ヶ浜結衣さん。貴方のクラスメイトよ」

 

「え? ……マジで」

 

 雪ノ下から告げられた衝撃の事実に驚き、挨拶少女改め由比ヶ浜を見ると、本当に俺が名前を知らない処かクラスメイトとしても認識していなかったことに、ショックを受けたのかへこんでしまった。確かに覚えない俺が悪いけど、何でボッチに覚えられていないだけでそこまでへこむんですかねえ。承認欲求高い系なの?

 

「……なんか、すまん」

 

「ううん、ちゃんと名前教えてなかった私も悪いし……」

 

 あまりの落ち込みように気まずくなって謝ると、俯いたまま由比ヶ浜が首を振る。あ、これ無理です。俺じゃ解決できませんわ。

 助けを求めるために雪ノ下に視線を向けると、呆れた様に肩を竦めると奥から椅子を取り出して由比ヶ浜に声をかけた。本当助かりますわー。

 

「立ったままというのも疲れるでしょう? 座って話さないかしら?」

 

「うん、ありがとう。……えっと、雪ノ下さん? だよね」

 

 雪ノ下の勧めで椅子に腰を下ろした由比ヶ浜が、確認するように尋ねるとそれに頷いた雪ノ下が椅子に座りなおす。

 

「ええ、二年J組所属でこの部の部長の雪ノ下雪乃です。よろしく由比ヶ浜さん」

 

「あ、あたしは由比ヶ浜結衣です。よろしくね雪ノ下さん」

 

「……うちの部員がごめんなさい。彼には後でちゃんと言っておくから安心してね」

 

 ショックと緊張で委縮しながら挨拶をする由比ヶ浜に笑顔を向けた雪ノ下が、その笑顔のままこちらに視線をチラッと向けて先ほどの俺の非礼を詫びる。その言い方に俺は間髪入れずに反論する。

 

「いや悪かったけども、その言い方はやめてくれ。お前は俺のかーちゃんかよ」

 

「あら、高校生の私に子供がいるわけないじゃない。それに、私の子供だったらクラスメイトの名前も覚えられないようなこともないでしょうしね。あぁでも、謝ることはできたようだし、甘えたいのであればあとで頭を撫でてあげましょうか? ヒ―くん」

 

「ヒーくん!?」

 

「マジやめろ。寒気がフルバーストで俺の精神が氷河期に入って死んじゃうから、もしくはお前の取り巻きに肉体を物理的に殺されちゃうから」

 

「……それは語外に二人きりの時にしてほしいと言っているのかしら? 生憎とそこまで安くはないのだけれど」

 

「勘弁してください」

 

 泣くよ。これ以上やられると八幡泣いちゃうよ。つーかなんてこと言ってくれちゃってんのこの人。今の会話で俺の二の腕鳥肌だらけになってんぞ。

 戦慄の視線を雪ノ下に送り、まだ続けるようだったら土下座も辞さない覚悟を決めていると、俺たちの間に座っていた由比ヶ浜が、先ほどの落ち込みようが嘘だったかのように、顔に驚きの表情を張り付けて呟いた。

 

「……二人って仲いいんだね」

 

「今のどこに仲のいい要素があったんだよ。俺が一方的にイジメられてただけだろ」

 

「だって、ヒッキーいっぱい喋ってるんだもん。教室にいる時は誰ともしゃべらないで寝てるか、携帯弄ってるかじゃん」

 

 よく見てるね君。何、ボッチ観察って流行ってんの?

 

「そりゃ、喋る相手誰も居ないからな。つーかヒッキー止めろ」

 

「え……じゃ、じゃあ、ヒ、ヒーくん?」

「ヒッキーでいいです。いやヒッキーがいいです!」

 

 顔を赤らめ俯きながらの上目遣いで、戯けたことを宣う由比ヶ浜に、全力で先ほどのあだ名? を推奨する。っていうか何でよりによってそれを選ぶ! 後、呼ぶの恥ずかしいならやめろよ。しかも、あだ名推奨したら残念そうな顔するとか、そんなに俺をイジメたいんですか? このドSが!

 そんな俺と由比ヶ浜のやり取りを見ていた元凶ドSこと雪ノ下が、一つ手を叩いて仕切りなおす。

 

「由比ヶ浜さんの緊張も解けたみたいだから、用件を聞かせてもらえないかしら? 平塚先生にこの部に行くように言われたのでしょう?」

 

「あ、うん。えっと、この部って生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」

 

 なんだその照明器具の中にいるオッサンみたいな部活は、そんなんあるなら俺が依頼人になりたいんだけど。

 

「誤解しているようだから説明させてもらうけれど、私達奉仕部は依頼者の悩みを聞いて、助言したり手助けをするサポートが仕事なの。悩みを解決するのは依頼人自身よ」

 

「ほえ~、そうなんだ」

 

 阿呆の子みたいに口を開け感心する由比ヶ浜。お前平塚先生に聞いて来たのに、何であんな解釈で来たんだよ。由比ヶ浜が理解したことを確認した雪ノ下は話を続ける。

 

「理解できたようだから改めて聞くわね。由比ヶ浜さんはどのような依頼でここに来たのかしら?」

 

「あ、え~と、そのね……」

 

 雪ノ下の再度の問いかけに話そうと口を開いた由比ヶ浜であったが、しかし言葉は出てこず、視線を彷徨わせて困ったように口を閉じてしまった。……俺が雪ノ下に視線を向けると、雪ノ下もこちらを見ていたので肩を竦めて立ち上がる。

 

「……ちょっくらトイレ行ってくる。その間に雪ノ下にどんな依頼なのか話しててくれ。俺には戻った時に概要でも教えてくれればいい」

 

「……ごめんね、ヒッキー」

 

「謝ることじゃねえだろ。つーか男に話しづらい依頼だったら俺がいたたまれねえわ」

 

 謝る由比ヶ浜に手を振りながら部室を出た俺は、トイレには向かわずに近くの自販機でマッ缶を買うと、そこでマッ缶一缶分まったりと過ごし、頃合いを見て部室に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

 自販機から部室に帰還したその後、部室には誰もおらず黒板に書置きが有ったので、そこに書かれていた通りに家庭科室に行くとエプロンを着用した二人に遭遇。訳を聞くと由比ヶ浜の依頼は、ある人物にクッキーを渡したいからクッキーの作り方を教えてほしいとのことであったらしい。そんな由比ヶ浜の依頼に、雪ノ下が料理が得意とのことでさっそく家庭科室を借りて指導をすることになりなったとのこと。

 俺は味見役とのことなので見学をしていたのであるが、正直な話途中で逃げ出したくなった。

 理由は前述の台詞、雪ノ下の指導のもと堂々完成した現物を見て、俺が発言した言葉で大体察することができるであろう。

 

「……俺これ見たことあるわ。菓子類コーナーじゃなくて、ホームセンターの炭売り場で」

 

「炭じゃなくてクッキーだし!!」

 

 俺の感想にクッキーだと言い張る由比ヶ浜に改めてそれを見てみる。まず見た目だが、クッキーであるならば程よい茶色かまたはきつね色であるはずなのだが、目に映っているのは茶色いを悠々通りこしてほぼ黒と言っていい焦げ茶色。

 漂う匂いは小麦や砂糖、卵などが焼かれたことで香ばしくも食欲を誘うものではなく、炭焼き釜で作られた燃料のものであり、「あ、焼き肉やるの?」と肉や野菜を探したくなるものである。

 

「いや、どう見ても摂取しちゃダメなやつだろこれ。体に毒を体現しちゃってるよこれ」

 

「毒じゃないよ! 毒じゃ……毒、かな?」

 

 俺の毒発言に皿に乗った物体を手に持ち否定する由比ヶ浜であるが、その物体を見つめているうちに自信がなくなったのか眉を寄せながら首を傾げている。そして最後は食えないものだと認めたのか項垂れてしまった。

 

「まだ一回目ですもの、これから挽回できるわ。先ほどの調理中の由比ヶ浜さんは、作ろうという気持ちが強すぎてミスが重なってしまっただけよ」

 

 仮称クッキー正式名炭をめぐって言い合っていた俺たちの横で、調理で散らかった物を片付けて、再度調理の準備をしながら雪ノ下がフォローをする。

 

「うぅ、ありがとう雪ノ下さん。……でもやっぱり、てんぱってたとはいっても出来がこれとか、私才能無いんだね。それに友達もこういうのやってないっていうか」

 

 手に持った物体を見ながら、苦笑を口元に張り付けて自分を卑下する由比ヶ浜は、予防線じみた言い訳を述べ始めた。これはあまりよくないなと俺が思っていると、準備を終えた雪ノ下がそれを聞き笑顔で由比ヶ浜に伝える。

 

「そう、では止めましょうか」

 

 

 

 

 




ここまで読んで下さりありがとうございます。


というわけでガハマさん登場から依頼途中まででした。
……また前後編になってしまいました。

なんか書いては消して書き直してを繰り返しているとだんだん書きたいものと変わっていってしまいますね。
次回で事故問題を終わらせられればと思っています。

ではまた次回でお会いしましょう。


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第四話 お礼

四ヶ月はいかないまでもここまでかかってしまい申し訳ない九朗十兵衛です。

一度詰まるとなかなか書けなくなってしまうのが困りものです。


では、読んでいただいた方の暇つぶしになれば幸いです。


「……え?」

 

 笑顔で告げられた雪ノ下の言葉に固まる由比ヶ浜。雪ノ下が告げたのは慰めの言葉ではなく、励ましの言葉でもないただ一言、終了の提案であった。

 固まる由比ヶ浜を気にせず身に着けているエプロンを外し始める雪ノ下。

 

「どうやら由比ヶ浜さんのやる気がなくなってしまったようだし、その状態で続けても身に付かないもの。それに……」

 

 エプロンをたたんで、調理台の上に乗せられた調理器具を片付け始めながら話していた雪ノ下は途中で言葉を切り、笑顔は変わらないながらもどこか寒気を感じるものを由比ヶ浜に向けて告げる。

 

「始めたばかりだというのに弱音を吐き、友人を言い訳に使うような半端な気持ちで作られた物を送られても、渡された人は喜ばないでしょうから。なら、形と味が保証されている市販品を渡したほうがまだましというものよ」

 

 由比ヶ浜は告げられた言葉に目を見開き俯いてしまった。そんな俯く由比ヶ浜を見ながら俺は内心、まあそうなるわなと思っていた。

 先ほどの由比ヶ浜は弱音を吐いて予防線を張り、できなくても仕方ないとハードルを下げた。ハードルを下げることは別にいい。したこともない料理で、いきなりプロ並みの結果を出すなど土台無理な話であり、積み重ねてこそそこに至れるのだから、最初などジャンプしなくとも超えられるぐらいの高さでいいのだ。

 しかし、ハードルを下げ過ぎてマイナスにして、やる意味自体を否定しにかかるのはアウトだ。それは自分自身の依頼の否定であり、懇切丁寧に教えている雪ノ下を馬鹿にしているようなものだ。

 

 などとつらつらと考えながら俯いた由比ヶ浜から雪ノ下に視線を向ける。雪ノ下はすでに寒気を感じる冷笑を消して、温かみの無い表情で由比ヶ浜を見つめていた。その顔は一見突き放しているように見えるが、由比ヶ浜の出方を伺っているようにも見える。

 

 

―スパァン!!

 

「ッ!?」

 

 

 そんな二人の様子を見て、介入するかどうか考えていると突然破裂音の様な甲高い音が家庭科室に響いた。

 驚いて音の発生源に視線を向けると、某闇医者の助手のアッチョンブリケスタイルの様に両手で頬を挟んだ由比ヶ浜がいた。どうやら先ほどの音は由比ヶ浜が自分の頬を張った音らしい。突然の由比ヶ浜の行動とその音に驚いて動きが固まった俺の前で、先ほどの弱さの宿った瞳ではなく、強い意思を宿した瞳を雪ノ下に向けた由比ヶ浜は― 

 

 

 

「…………ウゥッ! い、いったぁ~」

 

 痛みに頬を抑えて蹲ってしまった。何やってんだこいつと俺が呆れた視線を向けていると、頬を摩りながら体を起こした由比ヶ浜は、赤く染まった頬をそのままに雪ノ下に向かって勢いよく頭を下げた。

 

「雪ノ下さんごめんなさい! もう一回教えてください!」

 

 そう謝罪と依頼続行を願い出た。そんな由比ヶ浜の懇願に答えることなく笑みを消した雪ノ下が沈黙していると頭を上げた由比ヶ浜が言葉をつづけた。

 

「……あたし、みんなに合わせちゃうんだ。みんなの顔色伺って、自分の言葉で空気が変わっちゃうのが怖いから自分の意見が言えなくて……そんな自分が嫌で変えたくて、”次は頑張るんだって”心の中で励ましてた。……でも変われなかった」

 

 自分の気持ちを打ち明ける由比ヶ浜は、雪ノ下に向けていた視線を外し俺を見るが、それも一瞬でまた雪ノ下に戻した。

 

「勇気を出して一歩進めたと思っててもそこから進めなくて、進んだ一歩も意味がなかったって分かっちゃったから落ち込んで、あたしは駄目なんだって思った」

 

 噛みしめる様に目を瞑った由比ヶ浜は、自分の胸元の服の内側に隠れていたネックレスを取り出して見つめた。由比ヶ浜の手にあるそのネックレスは、派手な格好をしている由比ヶ浜がつけるには野暮ったい印象のある金色に輝く砂が入った小瓶を吊るしたものであった。それを見つめる由比ヶ浜の瞳は優し気でそれが大切なものだというのが分かる。

 

「雪ノ下さんの言葉は確かに怖かったし痛かったけど、そうやって自分を曲げないで隠さないでまっすぐぶつけてくるのを見て、忘れちゃいけなかったことを思い出させてくれた。……だから、もう一回お願いします!」

 

 ネックレスを元に戻した由比ヶ浜は、真剣な表情でもう一度雪ノ下に頭を下げて依頼の続行を願い出た。

 その由比ヶ浜に黙って話を聞いていた雪ノ下は、一度目を瞑り息を吐きだした後に消していた笑みを戻した。その笑みは先ほどの寒気が起きる冷たいものではなく、それ以前の慈愛に満ちたものであった。

 

「そう……なら、始めましょうか」

 

 そう一言呟いた雪ノ下は、外したエプロンを付け直すと片付けた調理道具を並べ始めた。準備を進める雪ノ下を見た由比ヶ浜は、顔に花が咲くという言葉を体現するような笑顔を浮かる。

 

「……うんっ!」

 

 嬉しそうにそう頷くと雪ノ下に近づき準備を手伝う由比ヶ浜。そして準備が整いクッキー作りを再開した二人を眩しいものを見るように眺めながら俺は思うのだ。

 

 

 

 

 

―俺、いらなくね? っと

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、何度か調理を繰り返して最初の炭から、ギリギリクッキーと飛べるものを作り上げた由比ヶ浜が、「あとは自分で頑張ってみる!」とやる気全開で気炎を吐いて調理講習は終了した。

 一応依頼は終わったのであろうが、正直俺必要なかったよね? と言いたくなるぐらい雪ノ下一人で解決した依頼であった。

 俺のやったことなど、木炭に対する感想とその後に制作されたクッキーの味見程度である。それのせいで調理の後、家に帰ってからも口の中の苦み取れなかった。

 

 もう残っていないはずの苦みが口の中に戻った様な感じがしてげんなりしながら、部室に向けて廊下を進む俺の脳裏には、昨日の雪ノ下が思い浮かんでいた。

 雪ノ下は優しいだけの優等生ではないようだ。相手に歩み寄り緊張で固まった心を解してフォローをするが、由比ヶ浜がやる気をなくした時はなあなあで済まさずはっきりと告げる。

 こういう学校の人気者って、八方美人タイプが多そうというイメージがあるため雪ノ下みたいなのは新鮮な気がする。いや、俺の勝手なイメージなんだけどね。

 

「……ん?」

 

 そんなことを考えながら部室の扉に手をかけて開けようとした時に、中から聞こえる元気溢れる声に気付いた。その声に誰が来ているか予想をつけながら、扉を開くとそこには予想の通りに雪ノ下に話しかけている由比ヶ浜がいた。

 

「……うす」

 

「こんにちは、比企谷君」

 

「あっ、ヒッキーやっはろー!」

 

 何そのバカっぽい挨拶。山彦?

 

「今日はどうしたんだ。お前、あとは自分で頑張るって言ってたよな?」

 

 二人の挨拶に答えながら、自分の定位置となった椅子に腰かけ由比ヶ浜に問いかける。……まさか一人でやったら、炭に戻ったとかじゃないだろうな?

 内心不安を覚えている俺の問いに、由比ヶ浜はあっと何かに気付いたように目を見開くと自分のカバンを漁りだした。

 

「いや~、ゆきのんと話すのが楽しくて、ここに来た目的すっかり忘れてたよ」

 

 などと言いながら照れた様子で、カバンから何かを取り出そうと鞄を探す由比ヶ浜。……雪ノ下もこいつの犠牲になったのかと、珍妙なあだ名をつけられた同士である雪ノ下に視線を向けるが、そこに嫌がるようなものは見えず微笑しかない。雪ノ下さんたらどれだけ度量が広いんですかね。

 

「あった~! はい、ゆきのん!」

 

 などと考えていると、目的のものを見つけたのか、鞄から取り出したものを雪ノ下に差し出した。由比ヶ浜が差し出したものは、ラッピングされたクッキーであった。

 

「昨日帰ってから何度か作って、その中でも良くできたやつ持ってきたんだ。昨日教えてくれてありがとね!」

 

「……こちらこそ、態々ありがとう由比ヶ浜さん」

 

 渡されたクッキーはお世辞にもよくできているとは言えないものであるが、クッキーを見つめる雪ノ下は笑顔を深めて由比ヶ浜にお礼を伝えた。笑顔で見つめ合う二人の周りには百合の花が舞っているように見える。……大変中がよろしいようで結構だが、俺はすごく居づらいです。

 部室を侵食する二人の世界に帰ってしまってもいいだろうかと思っていると、見つめ合っていた雪ノ下が立ち上がった。

 

「せっかくクッキーを頂いたのだから飲み物も欲しいところね。ちょっと自販機で買ってくるから待っててもらっていいかしら?」

 

 立ち上がった雪ノ下は由比ヶ浜に向けてそういうと、こちらに向けてちらりと視線を向けた。……何?

 

「あ……うんっ!」

 

 その視線を追って俺を見た由比ヶ浜が、何かに気付いたように目を見開くと雪ノ下に向けて大きく頷いく。だから何?

 俺の疑問の視線を無視して出ていく雪ノ下が扉の外に消えると、部室の中を沈黙が満たした。

 

「……あ、と。え~と、ね。……ヒッキー」

 

 静寂の中どうしたもんかと内心頭を捻らせていると、俺の視界の隅で視線を彷徨わせ言葉を探す様に、口を開いては閉じて閉じては開いてを繰り返していた由比ヶ浜が俺を見据えて静かに呼びかけてきた。

 

「お、おう」

 

 由比ヶ浜の様子に気圧されて身体を固くした俺は、思わず椅子の上で猫背気味だった姿勢を正し、それを見た由比ヶ浜も俺に正面を向ける形で椅子に座りなおして、握った拳を膝の上に置き俺を見つめゆっくりと口を開いた。

 

「……あ、ありがとう」

 

「…………は?」

 

 いったい何を告げられるのかと、身構えていた俺に投げかけた由比ヶ浜の言葉に意味が分からず疑問を表す単語が口からこぼれる。いや、言葉の意味は分かるが、それを何で俺に言うのかが分からない。

 

「だ、だから、ありがとうッ……!」

 

 俺の様子に俺が聞き取れなかったのかと誤解したのか、焦ったように身を乗り出しもう一度、今度は声を張り上げて告げる由比ヶ浜。

 それでも反応のない俺に余計焦ってあわあわと手で宙をかき回す由比ヶ浜に、止まってしまっていた思考を動かすために指でこめかみを叩き呼びかける。

 

「あーっと、ちょっと落ち着け由比ヶ浜。ちゃんと聞こえてたから」

 

「うぇ!? ……そ、そうなの?」

 

「おう」

 

「よ、よかったぁ。……って、じゃあちゃんと返事してよぉ。反応無いから焦ったじゃん」

 

 俺の呼びかけに驚き、おっかなびっくり問いかけてくるので肯定してやると、胸を抑えて安堵のため息を吐いたと思ったら口を尖らせて弱弱しく抗議してきた。えぇ?……悪いの俺? 違うよね。

 

「いきなり意味の分からん礼を言われたら誰だって固まるだろ。つーか本当に何の礼だよ。味見のことか?」

 

「……え? あっ! 違くて、そのお礼じゃなくてね。えっと……サブレのお礼!」

 

「サブレ? 昨日作ったのはビスケットじゃなくてクッキーだろ」

 

「だから違うってば! サブレっていうのは家の犬の事で……この子!」

 

 俺がますます怪訝になるのを見て携帯を取り出した由比ヶ浜は、何がしかの操作をした後に俺に画面を向ける。

 その画面にはどこかの室内で、ソファーに座った黒髪の女の子が胸元に一匹の犬を抱き上げている写真が映し出されていた。由比ヶ浜の言うサブレが何なのかは分かったが、この犬のお礼と言われても……ん? あれ? この犬ってまさか?

 

「……もしかして、入学式の時の犬?」

 

「ッ! うんっ!」

 

 もしかしてと思い由比ヶ浜に問いかけると力強く頷いて肯定された。 

 なるほど、と改めて写真を見てみるとどちらにも見覚えがある。犬はあの時抱えてたやつだし、この黒髪少女は回転しているときに見た大口開けて俺を見ていた飼い主だ。って、これ由比ヶ浜かよ。純朴そうな感じだったのがなぜこんな派手に……高校デビューっやつかね。スゲーな。

 

「これ!」

 

 別人と言ってもいいくらいの変身ぶりに純粋に驚いていると、目の前に何かを差し出された。

 見てみると、それは先ほど雪ノ下に渡していた物とはまた違う色のラッピングをされたクッキーであった。

 

「事故の後にお見舞いの行った時はヒッキー寝てて、その時は妹さんにお菓子渡して帰って後でもう一度行こうとしたんだけどね。……新しくできた友達からの誘いとか断れなくて、行かなきゃ行かなきゃって思ってるうちにヒッキー退院しちゃっててさ」

 

 うん、菓子に関しては一度小町と話し合わなくてはいかんらしいね。アイツ絶対一人で食ったろ。

 心のメモ帳にしっかりと書き込みながら、気を取り直して由比ヶ浜に視線を向けるとクッキーを差し出したまま話す由比ヶ浜は苦しいという感情が多分にのった苦笑を顔に浮かべて続ける。

 

「学校でヒッキーを見かけた時に、ありがとうってごめんなさいって声をかけたんだけど、挨拶を言ったその後が言えなくて……挨拶を返してくれたヒッキーの顔をみたら急に怖くなって……逃げ、ちゃったの」

 

 話していくうちに突き出していた腕は下がって、俺を見つめていた顔も俯いて見えなくなってしまった。しかし俯きながらも由比ヶ浜は話すことを止めず己の内を吐き出す様に続ける。

 

「でも、その日一日すごい後悔したんだ。それで諦めちゃ駄目だって、"次こそ頑張るんだ"って気持ちを奮い立たせてまたヒッキーに声をかけたの。……どうしても最後の一歩が踏めなくて結局挨拶だけになっちゃってたんだけどね」

 

 人間、何かしら行動を起こすとき一度躊躇してしまうと動き出せなくなってしまうというが話の中の由比ヶ浜がまさにそれだったのだろう。

 

「挨拶だけのまま一年たっちゃって、心のどこかでもういいんじゃないか? って、思っちゃった時に平塚先生にここの事を聞いたの。……『何か悩み事があるのならこういう部活から行ってみてはどうだね』って」

 

 平塚先生に言われただろう言葉を言いながら由比ヶ浜が顔をあげる。そこには先程見せていた苦笑は消え驚いた顔があった。

 

「それでさっそく行ってみたらヒッキーがいるんだもんビックリしちゃったよ。しかも、教室とは違ってめっちゃしゃべるし、ゆきのんと冗談だって言い合ってたじゃん?」

 

「おう、あれが気軽な冗談の言い合いに見えたんだったら眼科行ってくることをお勧めするぞ」

 

「ひどッ!?」

 

 何だったら俺が今最寄りの眼科を検索してやろうかね。……え、行くならお前だろうって? はは、面白い冗談だ。

 などと、心の中でセルフツッコミをしながら安堵する。思わず突っ込んでしまったが、どうやら今のやり取りで由比ヶ浜の気持ちが上向いたようだ。その証拠にほら、由比ヶ浜の顔にも笑顔が――

 

「……でも、まさかクラスメイトとしても認識されてなかったなんて思わなかったよ」

 

 ごめんねーッ!! それは全面的に俺が悪いかもしれないけど、蒸し返さないでほしかったよガハマさん!?

 また項垂れてしまった由比ヶ浜に慌てるが、その俺の慌てる様子を見た由比ヶ浜はクスリと口元に笑みを浮かべると、「なんてね」と舌を出しこちらを見る。デコピンしたいその笑顔。

 

「あはは、ごめんね。……でも、ここに来てよかった」

 

 クッキーの袋を持ったまま手を合わせて俺に謝った由比ヶ浜であるが、その手を解くと部室を見回してそんなことを呟いた。

 

「もしここに来ないで、依頼してなかったら踏み出せないまま、何もできないまま高校を卒業してたと思うし、……夢も諦めてた」

 

「夢?」

 

「そう、夢」

 

 俺の問いかけに由比ヶ浜は着崩している制服の胸元から昨日も見た小瓶を取り出した。由比ヶ浜の手の中にある金の砂が入っている小瓶は、改めて見てもやはりどこか野暮ったさがあって彼女の様なファッションには浮いてしまっている。

 だが、それを見つめる由比ヶ浜のまなざしは優しいものであり、小瓶を持つ彼女はまるで小さい女の子が宝物を持っている様で……? あれ、なんか昔にもこんなの見たことがあったような――

 

 

 

「ヒッキー」

 

「ッ、あ、あぁなんだ」

 

 何かを思い出しそうになって記憶を引っ張り出そうと思考の海に入りかけた俺であるが、由比ヶ浜の呼びかけに意識と視線を彼女に向ける。

 視線を向けた先の由比ヶ浜は真剣なまなざしで、しかし先ほどのように緊張で体をこわばらせることはなく、程よく力が抜けているようだった。そして口が開く。

 

「ヒッキ……比企谷君が助けてくれなかったらサブレは死んじゃってた。だから、あたしの家族を助けてくれてありがとうございました。……あと、あたしの不注意で入院するような大けがをさせてしまって、しかも一年もお礼と謝罪を言うのが遅れてしまってごめんなさいッ!」

 

 最後の言葉と共に頭を下げる由比ヶ浜。そして改めてその手に持ったクッキーを差し出した。

 

「こんなんじゃお礼にも謝罪にも足りないのは分かってるけど、受け取ってくれますか?」

 

「……」

 

 俺は無言で差し出した姿勢のまま動かない由比ヶ浜を見つめる。こちらに突き出されている手は、いくら余計な力が抜けたと言っても不安はあるのかかすかに震えていた。

 まあ、当たり前か。彼女的には自分のせいで怪我した人間に対して一年何もしていなかったのだ。

 しかも事故は入学式という新生活が始まる日だったのだ。それが事故で二週間も出遅れた。普通だったら怒るだろう。ふざけんなよって掴みかかる奴だっているかもしれない。――そう普通(・・)なら、だ。

 

「……ハァ」

 

「っ!」

 

 由比ヶ浜の行動に思わず出てしまったため息に由比ヶ浜がビクリと体を震わせてしまう。あぁ、今の溜息で何やら勘違いをさせてしまったかもしれない。だが、俺の心情的にはため息を吐きたくなるのはしょうがないのだ。だってそうだろう? 一昨日の雪ノ下に続いて由比ヶ浜まで勘違い(・・・)しているんだからな。

 震える彼女にもう一つを溜息を吐いて頭を乱雑に掻きまわすと、差し出された袋を受け取った。

 

「……え?」

 

 手から重みがなくなったことに驚いたのか、顔を上げた由比ヶ浜は涙の溜っている目を見開いてこちらを見つめてくるが、それを無視して袋の中のクッキーを眺める。……焦げはあるけど、まあ食えないことはないだろう。

 一通りクッキーを眺め終え固まったまま動かない由比ヶ浜に向かって口を開いた。

 

「礼は受け取る。けど、謝罪はいらん……つーか由比ヶ浜が俺に謝る必要はない」

 

「……え?」

 

 理解が追い付かないのか同じ言葉を繰り返すガハマさん。仕方ない。フリーズが治るまで俺は受け取ったばかりのクッキーを貪ることにしよう。ガサガサー!! ムッシャ、ムッシャ!苦い、もう一枚ッ!

 一枚目を咀嚼しながら二枚目に手を出そうとしたところで、由比ヶ浜の硬直が解けたのか勢いよく詰め寄ってきた。近いっす。あと涙拭こうね。

 

「何いきなり食べてんの!? って、違くてっ ……あぁもぅ! 食べるの中止ー!!」

 

「ッンク、ハア……飲み物ほしい」

 

「知らないし!!」

 

 いや、口の中パッサパサなんですもの。

 俺の態度に叫んだ由比ヶ浜は、ハアハアと息を吐いて気を取り直すと先ほどの俺の発言を問いただしてくる。

 

「謝罪はいらないっておかしいよ。だって、あたしがサブレをちゃんと見ていなかったからヒッキーが車に撥ねられちゃったんだよ? だから悪いのは私でっ!」

 

「いや、それ違うから」

 

「違うって、何が?」

 

 否定を訝しむ由比ヶ浜に俺は続ける。

 

「確かにあの事故の原因は由比ヶ浜だったかもしれないけどな。俺が飛び出して轢かれたのは俺が悪い。だって俺は別にお前に言われて飛び出したわけじゃないからな」

 

 そう言ってまた一枚クッキーを食べる。お、これは当たりだ。苦くない。……ん? 由比ヶ浜が真剣なのに何でそんなに緩いんだって? だってお前華麗に犬助けたわけでもなく、無様に吹っ飛んだ半ば黒歴史と言ってもいい話を一昨日に続けて話されてるんだぞ。シリアスにやってられるかって話ですよ。

 などとクッキーを食べながらつらつら考えていた俺の言い分に納得できないのか、「でも……それじゃ」と言って顔を歪める由比ヶ浜。あ、そう? ラッキー! ぐらいに考えてくれたらこっちも楽なんだが、そうもいかないようだ。……はぁ、しょうがない。

 

「……これ、お礼にも謝罪にも足りないってさっき言ってたよな? ……十分足りてるだろ。何だったらお釣り出さなきゃいけないまである」

 

「え、そ、そんなことない。だって」

「ある。昨日からどれだけ由比ヶ浜が頑張ってたのか、どんな気持ちでクッキー作ろうとしてたのか見てた。そんな思いの詰まったクッキーが足りないわけねえだろ」

 

「……ヒッキー」

 

 おーおー由比ヶ浜の顔が赤くなってるよ。まあ、こんなこっぱずかしい台詞真正面から言われれば誰だって止まるし、風の精霊が聞いたら思わず「ギップリャァー!!」って叫んで悶絶するだろうから仕方ないね。……だけど、今言った言葉に嘘はない。

 実際、由比ヶ浜はすごいと思う。実を結ばなかったとはいえ、負い目を感じてる相手に接触しようと一年間行動しようと頑張っていた。投げ出せばいいのに、逃げれば楽なのに、それじゃあ納得できないって足掻き続けた。

 そんな眩しいぐらいに足掻く由比ヶ浜にお礼を言われるなんて、投げ出した俺(・・・・・・)からしたらそれだけでもう―――

 

「だから、こっちこそありがとう由比ヶ浜」

 

「っ……な、なんでヒッキーがっ……お礼、言うの? ……訳わかんないよ」

 

 俺からのお礼を聞いた由比ヶ浜は目元を抑え溢れるものを遮り言葉をつかえさせる。そんな彼女に俺はあえて冗談めかせてやることにした。

 

「ハズレありとはいえ女子の手作りクッキー貰ったんだ。男子的にはひゃっほーいって感じだろうよ?」

 

「一言多いしっ! ……あぁ、これ絶対マスカラ落ちちゃってるよぉ」

 

「おう、パンダみてぇだわ」

 

「うっさいっ! 見んなし!」

 

 ちらりと見えた顔の感想を言ってやると由比ヶ浜は勢いよく後ろを向くとしゃがんでしまった。ふむ、やり過ぎたかね? 

 此方に向いた背中を眺めもう一枚クッキーを口に入れ咀嚼。ぬ、これもハズレか。

 

「う~っ! …………ヒッキー」

 

「ん?」

 

 口に広がる苦味に眉を顰めて、雪ノ下はまだ来ないのかと扉を確認していると蹲ったまま唸っていた由比ヶ浜の呼びかけに視線を戻す。

 

 

 

「……ありがと」

 

 

 

 

 背をこちらに向けたまま告げられたその言葉は鼻声で、少しだけ見える彼女の横顔はやはり汚れてしまっているけど――――

 

 

 

 

「……おう」

 

 

 

 

 

 その口元に浮かぶ笑みはとても綺麗だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ここまでお読み下さりありがとうございます。


いやぁ、さらっと流すつもりが長くなってしまった(汗
まあこれでようやく話が進められる……はず。

あ、この話なのですが、そのうち前半部分を前の話に移すかもしれません。読み返していると切り方が中途半端な感じがしてしまってしょうがないので。 


では、次のお話でまたお会いできればと思います。



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第五話 その男不審者につき

どうも、九朗十兵衛です。

今回は早めに書き上げられました。


では、本編へどうぞ。


 

 唐突で申し訳ないが、皆は般若の面と言うものを知っているだろうか? もともと般若とは仏教で様々な修行の結果得られたさとりの智慧の事であるが、般若の面ではその意味は変わり、その恐ろしい表情から分かる通り女性の嫉妬や恨みを表した鬼女の面の事である。

 漫画やアニメなどでよく女性の怒りを表すのに使われたり、某竜の探索の三作目では呪いの防具として登場するなど、目にする機会は結構多いのではないだろうか。……で、なんで俺がそんな話をしたのかと言うと―――

 

 

「……で、何か申し開きはあるのかね?」

 

 

 目の前に般若の面もかくやという、小心者なら心臓マヒで死ぬんじゃね? って形相でこちらを睨みつける女教師が居るからである。……命日は今日かもしれないねこれ。

 しかしっ! 愛する愛妹を残して現世を離れるわけにはいかないのであるからして、村人Aがバラ○スに挑むぐらいの無謀ではあるが立ち向かわなければいけないのだ!! ……何、逃走すればいいだろうって? 知らないのか? 魔王からは逃げられない(諦観

 

「な、なんで現国の平塚先生が……」

 

「私が生活指導なのは知っているだろう? 故に生物の先生から丸投げされたのだよ」

 

 あんの禿げ教師(45)! 仕事を放り出すんじゃねえっ! そんなんだから娘さん(14)に「匂い移るからお父さんの洗濯物と一緒に洗わないでっ!」なんて言われるんだよ。あ、いや、社畜やってるうちの親父もこの間同じようなこと言われてたわ。言われた後に、真っ白になって首を支点にしたブランコ作ろうとしてたから、かーちゃんに蹴り倒されて寝かしつけられたけどさ。

 その後、内心生物教師に呪詛を吐くがそれで事態が好転するはずもなく、焦りから余計なことを口走って腹に鋭い掌底を食らうことになった。な、何という功夫。

 なお、生物の課題は野性動物の生態で、提出したレポートは要約すると「生まれ変わったら熊になりたい」である。うん、呼び出されるのも残当だね!

 

「全く君は……あぁ、そうだ。この間の依頼者はどうだったんだ?」

 

「~~っ……ゆ、由比ヶ浜ですか? そ、それだったら雪ノ下が解決しましたよ」

 

「君は何をしていたんだ」

 

 味見してお礼言われてお礼言ってました。

 

「はぁ、まぁいい……時に比企谷」

 

「ゲフッ……はぁ、あ、はい?」

 

 痛みで俯く俺の頭に刺さる視線と溜息で俺に対する呆れを示した平塚先生は、数瞬の間をおいて俺を呼んだ。その声に呼吸の整った俺が返事と共に視線を向けると、こちらを見る先生の視線と重なる。

 その眼には俺に対する呆れはなく何処かこちらを探る様なもので、なぜそんな視線を向けられるのか分からず内心首を傾げてしまう。

 

「なんすか?」

 

「……君から見て雪ノ下はどうだね?」

 

「雪ノ下、ですか?」

 

 先生の問いかけに内心どころか実際に首を傾げてしまう。俺から見た雪ノ下と言われても俺が先生に答えられるのは一つしかない。

 

「どうと言われても……噂通りの優等生なんじゃないんですかね?」

 

 俺が見た雪ノ下雪乃は入部した日からまだ数日と短いが、その短い中で見た彼女は噂にあったカリスマ持ちの才女であった。

 俺の様なボッチに手を差し伸べる優しさ、依頼者である由比ヶ浜の緊張を解きほぐす察しの良さと絶妙なアドリブ力。それだけだと優しいだけだが他者の甘えを叱責できる厳しさなどもあったので、これに学力まで高いのだから何て漫画の最強キャラだよって言いたくなる。

 そんな俺の返答に答えず、ただじっとこちらを見据えた平塚先生であったがーーー

 

「……ん、そうか」

 

 とだけ言って、「もういっていいぞ。それは書き直しだ」とレポートを手渡され、手をひらひらと振って机の上の書類に向かってしまった。あまりにあっさりとした先生に肩透かしを食らい、その態度に多少気になるものを感じるが、解放されるのならそれに越したことはないので、軽く頭を下げて職員室を立ち去ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平塚先生からの呼び出しを終えて時は昼時、今日は教室で黙々と総菜パンを貪っている次第である。

 何時もなら我がベストプレイスで優雅に食事なのだが、あの場所は雨が降ると使用不可能になるのでこういう時に不便である。……やはり、第二の我が心のオアシスを探さねばならんね。

 そう考え総菜パンを齧り、頭の中に学校の見取り図を描き何処がいいかと候補地をピックアップしていく。屋根があって誰にも邪魔されない場所……やはり図書準備室か? あ、駄目だ。そこは中学の時に失敗したんだった。おのれ折本め。

 過去の失敗談に眉を顰めるが、過去の事であると改めて内心候補地を上げようとした時、廊下側にある俺の席とは反対、窓側の方から聞こえた声が俺の思考を中断した。

 

「ねぇ、隼人ぉ」

 

 その相手に甘えるような駄々をこねるような何とも言えない声音につい視線を向ける。するとそこには男女数人が集まるグループがいた。

 そのグループはこのクラスでのトップカーストとかいわれるまあ、所謂リア充といわれる者たちの集まりである。つーかその中にはここ最近見慣れた由比ヶ浜が含まれていたりする。

 

「今日は無理だわ。部活あるし」

 

 と、金髪に染めた髪とその甘いマスクの爽やかイケメンこと総武のイケメン王子と名高い(らしい)葉山隼人が、その爽やか面に苦笑を乗せておねだり女子こと、強気な性格と高圧的な言動から獄炎の女王などとあだ名されている(らしい)三浦優美子にお断りの返事を返す。

 だが、そのお断りに三浦は納得できない様である。

 

「えぇ? 別に一日ぐらいよくない? 今日ねフォーティワンのアイス、ダブルが安いんだよね。あーしチョコとショコラが食べたい」

 

「どっちもチョコじゃん」

 

 葉山のツッコミに同意して笑う取り巻き三人男と、「えぇ? 全然違うし、つーかちょーお腹減ったし」などとやり取りしている。だったらそんな会話より、君の目の前で黙々とサンドウィッチパクついてる眼鏡女子――たしか、え、海老名姫菜だったか? に倣ってお弁当食べなさいよ三浦さん。

 因みにチョコとショコラであるが、チョコレートは英語でショコラがフランス語で中身は同じ、というわけでもなくチョコレートはチョコ板やチョコチップなどの菓子にする前の状態。逆にショコラはチョコを加工したトリュフやウィスキーボンボンなどの菓子の事である。ヨーロッパでショコラに特化した職人はショコラティエと呼ばれているそうだ。

 

 などと雑学的なことを考えながら何とはなしに眺めていて気付いたが、何やら由比ヶ浜の様子がおかしい。

 三浦に用でもあるのか話しかけようとしては躊躇してを繰り返しているのだが、あの子グループの一員だよね? さっさと話しかければいいのにと不思議に思っていると話は進んでいき、三浦が食べても太らない宣言というダイエット戦士たちへの宣戦布告をした時に由比ヶ浜が動いた。

 

「いや~ほんと優美子、マジ神スタイルだよね。足とか超綺麗~……で、あたしちょっと」

「そうかな~。でも雪ノ下さんとかいう子のほうがやばくない?」

 

 三浦を持ち上げて話を切り出そうとした由比ヶ浜であるがあえなく失敗したもよう。

 三浦は由比ヶ浜の持ち上げに雪ノ下を話に出したが顔は得意げだ。……これは、あれだな。「そんなことないよ~優美子のほうがやばいしぃ」みたいな返しを期待していやがるな。

 あと雪ノ下の名前が出た時に、葉山の顔が一瞬強張っていたが雪ノ下が苦手なのだろうか? こう、人気者同士の確執? みたいな感じで。いや、知らんけどさ。

 爽やか三組、もとい爽やかイケメンの見せた変化に多少の興味が湧くが、今は由比ヶ浜である。三浦の期待に自称空気を読んでしまうという由比ヶ浜が気づかないはずもなく―――

 

 

「あ~確かにゆきのんはやばい」

 

「ゆきのん?」

 

「あ、でもっ! 優美子のほうが華やかというか……」

 

 読めてないじゃないっすかガハマさん。

 由比ヶ浜の思わずポロリとしてしまった本音に訝しむ三浦に慌ててフォローする由比ヶ浜であるが、それも不発に終わり微妙な空気が流れるが―――しかし、そこで葉山がうまい具合に三浦の気をそらしてその空気を散らして事なきを得たのであった。

 

「……うわぁ」

 

 そんな一連のやり取りを見た俺の反応がこれである。

 何なん、あの気難しい大物女優に対する番組スタッフのご機嫌伺いみたいなやり取り。リア充ってあんなのしないとあかんの? マジかよ。ストレスで禿げるわ。……ん? 何で由比ヶ浜の名前覚えてなかったのにあいつらの名前を憶えているのか? そんなんこの間の由比ヶ浜のせいに決まってるじゃないですかぁ。

 名前覚えてないのとクラスメイトと認識してないだけであれだけ落ち込まれたんだから、もうそういう機会はないとは思うが今後そういうトラブルで面倒ごとが無いように、一応クラスのやつらの名前と顔は覚えることにしたのだ。……まあ、まだ半分も覚えられてないんですけどねっ!

 と、その時、今後のリスク回避の事を考えながらリア充の真実(偏見)に内心ドン引きしている俺の視線と目を泳がせていた由比ヶ浜の視線が重なる。

 

「……っ!?」

 

 俺と目の合った由比ヶ浜は一瞬泣きそうな顔をした後に、俺から目線を反らして俯いてしまった。

 なぜ俺の顔を見て泣きそうな顔するんですかねぇ。何、俺の顔ってそんなに怖いの? 目? やっぱり目なのね。そうなんでしょっ!

 などとふざけたことを考えるが―――まあ、予想はつく。

 

『……あたし、みんなに合わせちゃうんだ。みんなの顔色伺って、自分の言葉で空気が変わっちゃうのが怖いから自分の意見が言えなくて……そんな自分が嫌で変えたくて、”次は頑張るんだって”心の中で励ましてた。……でも変われなかった』

 

 依頼を受けたあの日、由比ヶ浜はそんなことを言っていた。

 あの時、確かに由比ヶ浜は一歩を踏み出せた。しかし、例外はあるが人間はそんな急には変われないものである。由比ヶ浜も例外とはならず、長年染み付いた気質が変わることはなかったのだろう。

 

 自分の発言で空気が変わるのが怖い。

 

 友達がどのように反応するのか分からないのが怖い。

 

 反対されたらどうしよう。

 

 嫌われてしまったらどうしよう。

 

 いやだ、嫌われたくない。

 

 そういう恐怖の鎖が彼女を雁字搦めにして、ただ同意するだけの安寧という名の川へと沈めていく。

 その水底は楽なのだろう。唯々何もせずに流れに身を任せていればいいのだからな。しかし、そんなに楽に生きられるのだからそこは居心地がいいのかといえばそんなわけはない。

 水の中にいるのだから苦しいだろう。それに川の流れが変われば水底の石で動けない体が傷つくし、濁流となれば流され藻屑と消えてしまうだろう。

 何がきっかけで何を目指しているのかは分からないが、それは嫌だと由比ヶ浜は足掻いたんだ。足掻き続けたとあの日俺に見せたのだ。

 

 そんな由比ヶ浜が"それ"を見せた俺に"これ"を見られるのはきついんだろうな。まあ、でも―――

 

「……あの、さ」

 

 俺の見つめる先で俯いていた由比ヶ浜が顔を上げ、再度三浦に話しかける。その様子を見て俺の頭に由比ヶ浜が言っていた言葉が波紋の様に広がる。

 

 

 

 

――次こそは頑張るんだ。

 

 

 

 

 この言葉と共に彼女は何度でも立ち上がるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日が過ぎるのは早いもので、すでに最後の授業が終わり放課後になってしまった。

 あの昼休みの騒動の顛末であるが、結果から言えば由比ヶ浜は自分の意見を言えて目的地へと去って行った。

 まあ、由比ヶ浜が三浦へと要件を言ったことで三浦がへそ曲げて、獄炎の本領発揮とばかりに言いたいこと言って由比ヶ浜を閉口させてしまったが、そこでちょっとしたハプニングが起こって、それを切欠に持ち直した由比ヶ浜が自分の思いを三浦に打ち明けたのである。……そのハプニングは何かって?

 

 いや、本当にちょっとしたことだよ? ただ煮え切らない態度の由比ヶ浜に益々ボルテージが上がった三浦がさらに言い募ろうとした時、緊張で固まった教室にある音が大音量で響いただけなのだからな。因みに発生源は俺のスマホで流れた音は『長い声のネコ』の声だったりするんだが、全然ちょっとしたことだよね?

 

 ボルテージが上がりノーブレーキとなった三浦が机に勢いよく手をついて立ち上がろうとした瞬間、ちょっと指が滑ってスマホを誤作動させてしまったのだ。

 鳴り響く「オア~~~」という何とも気の抜ける声に、バランスを崩した三浦が額を机に打ち付け緊張した教室の空気が弛緩したのだ。いやーあれは痛そうだったなー(棒)

 顔を上げた三浦のこちらを睨む顔ったら、もうあれだね。防御が下がるどころかその眼力で人殺せそうな感じでした。思い出しただけでも背筋が震えますわ。

 

「おぉ、さむさむ……ん?」

 

 恐怖体験を思い出して腕を摩りながら部室に向かう俺の耳に何やら騒がしい声が聞こえたのでそちらに視線を向けるとそこには―――

 

 

 

 

「行っちゃだめー! 行かないでゆきのんっ!!」

 

「由比ヶ浜さん……いい子だから放してくれないかしら」

 

「いやー!!」

 

 

 

 部室の前で雪ノ下の腰に抱き着く由比ヶ浜が駄々をこねる様に叫び、それを困ったと眉を寄せる雪ノ下が諫めるが由比ヶ浜は断固として放さないとさらにきつく抱きしめる。……なぁにこれぇ?

 二人の百合空間にしては昼ドラ成分が強いやり取りを見て思わず立ち止まる。あ、そういえばこの二人って由比ヶ浜が依頼に来た日よりも前に知り合っていたそうなのだ。

 まあ知り合ったのがあの事故の時で自己紹介などしている暇などなく、お互い顔を見ただけだったらしい。だから依頼の日、お互い初めましてとは言わなかったのね。八幡納得!

 などと現実逃避をしていても意味はなく、正直関わり合いになりたくないしこのまま回れ右して帰宅したいのだが、そういうわけにもいかないので気は進まないながら声をかけることにする。

 

「何やってんだお前ら……痴情のもつれか?」

 

 俺の問いかけに二人は揃ってこちらを振り向く。俺を確認した雪ノ下は安堵のため息をついた。

 

「比企谷くん、丁度いいところに」

「ヒッキー! ゆきのんを止めるの手伝ってっ!!」

 

 なにやら雪ノ下が言おうとしていたのだが、それを遮って由比ヶ浜が叫ぶ。

 その剣幕に本当に緊急事態なのかと気を引き閉めて何があったのか由比ヶ浜に確認する。

 

「雪ノ下を止めろって……何があったんだ?」

 

「ぶ、部室に変質者がいて、ゆきのんそれに構わず中に入ろうとするのっ!」

 

「変質者?」

 

 もしそれが本当なら警察を呼ぶような出来事なんだが、確認の意味を込めて雪ノ下を見ると何故か首を横に降られた。違うのか?

 どちらが正しいのか分からず首をかしげたくなるが、このままでは埒が明かないのでドアの隙間から中を確認することにした。…………あっ…(察し

 

 ドアの隙間から覗いた部室内には、此方に背を向けた体格のいい男が腕を組んで仁王立ちしていた。そのまわりでは、開けられた窓から入る風で無数の紙が乱舞している。

 この時点でもう立派な不審者であるが、男の出で立ちがその不審ぶりに拍車をかける。この男、冬でもないのに厚手のロングコートを羽織っているのだ。それによく見れば体が小刻みに震えている。うん、ダメだこれ。

 覗き込んでいた隙間を音をたてないように閉め、後ろの二人に振り返り一言。

 

「警察呼ぼっか」

 

「待ってええぇぇ!! はちまーん!?」

 

 スマホを取り出したところで部室の中から絶叫と共に飛び出してきた男が俺の腰にしがみつく。ちょ、やめろ。その汗にまみれた顔を制服に押し当てるなっ!

 

「放せ材木座っ! 暑苦しいんだよ!」

 

「いやだっ! 放したら国家権力に我を突き出すきだろ貴様! 盟友であるお主が此処に現界していると聞き、我直々に赴いて見れば誰もおらんし、貴様が来るのを優雅に華麗に格好いいポーズで待ちわびていれば、来たのはそこの女人二人だぞっ! しかも入ってこないし! 扉の前にいるから出ていけないしぃ!! それでやっと従僕が来たと思えば、国家権力の犬を呼ばれそうになるとか酷すぎるであろうがっ!?」

 

「盟友なのか従僕なのかどっちだっつーの。いや、どっちでもねーけど、なっ!」

 

「あべし!?」

 

 汗やら涙やらいろいろな汁を垂れ流す正体不明の不審者あらため、知人の不審者材木座を引き剥がし足をかけて転がす。

 転んだ拍子に背中を打ち付けたのか、材木座は世紀末の雑魚キャラみたいな悲鳴をあげてもがきだした。

 のたうつ材木座を見て、乱れた息を整え最後に一つため息を吐く。……はあ、また面倒くさい奴が来たものだ。

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

最後に登場した材木座くん、私結構気に入ってたりします。

ではまた次回にお会いしましょう。


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第六話 中二フルスロットル、そして失速

どうも、最近朝方など肌寒くなりましたがいかがお過ごしでしょうか。九朗十兵衛です。

久しぶりに覚者してたりドラクエ11やったりFFBEのイベやってたりFGOの夏イベやってたりで忙しい毎日でした。


まあ、そんなことはいいとして、では、本編をどうぞ。


 

 

 

 

「では、貴方の要件を聞きましょうか。材木座くん」

 

 のたうつ材木座を回収して部室に散らばった紙を回収させた後、各々椅子に座って一息ついた俺達はなぜ材木座がここに来たのかの説明を聞くことにしたのだった。……したのだが、何故か材木座は雪ノ下の問いかけに答えることなく固まったまま動かない。起動してすぐ故障か? 斜め四十五度チョップの出番? メーカー保証書何処だよ。

 

「材木座くん?」

 

「……はっ!? ちょ、ちょっとタイム! 我が盟友、サモン!」

 

 訝しんだ雪ノ下の声かけに再起動を果たした材木座が、手でTの形を作りタイム申請を申し出て俺を手招きして部室の隅に移動した。だから誰が盟友か。

 もうすでに面倒くさいがそれでは話が進まないので、重い腰を上げて材木座に近づいた。

 

「んだよ。何か問題あったか?」

 

「ど、どげんしようはちまん!」

 

 近寄った俺に材木座は小声で叫ぶという、無駄に器用な真似をして動揺もあらわに俺に詰め寄った。つかお前キャラブレ過ぎだろう。なぜに福岡弁。

 

「何がだよ」

 

「あ、あの女人。雪ノ下殿であろう」

 

 そう言った材木座は体格的に無理があり過ぎるが、俺の体に隠れながら椅子に座ったままこちらの様子を見ていた雪ノ下を指さす。っておい、人を指さすんじゃありません。

 そんなこちらに気付いた雪ノ下が小首を傾げながら優し気な笑みを見せるが、先ほどから材木座を警戒している由比ヶ浜が雪ノ下を守る様にブロックしてしまった。大丈夫だ由比ヶ浜、こいつヘタレで戦闘力5のゴミだから。

 

「はうわっ!」

 

「だから何なんだよ」

 

 由比ヶ浜に視線でこいつは物理的には無害だと語り掛ける俺の横で雪ノ下の笑みに当てられたのか、胸を抑えてのけ反るアホたれ。いい加減再起動(物理)しようかと考え実行しようとすると、いきなり掴みかかられた。そして材木座は目を血走らせ鼻息荒く語りだした。

 

「あの学校の女神と名高い雪ノ下殿が、名乗っても居ない我の名を知っているとか、これ完全にモテ気来てるよねっ!? どうしよう、もう告白していいんじゃね? はちまん、我告白しちゃったほうがいい!?」

 

「今すぐその妄想を捨てろ」

 

 悲惨な結果が見えている妄言に真顔で突っ込みアホを放置して椅子に戻る。駄目だこいつ、予想以上に拗らせてやがった。

 

「ハア……くだらんこと言ってないでさっさと要件言えよ」

 

 椅子に座って大きくため息を吐いた俺は、慌ててついて来た材木座におざなりな態度で先を促す。多分、今の俺の目はあまりの面倒くささに急速に腐り始めているのではないだろうか。……誰かゾンブレックス持って来てくんねえかな。

 

「ゴラムゴラム! 実はだな。孤高であるが故の悩みを抱えていた時に、平塚女史から奉仕部なるものを聞いてそこに同士であり盟友、そしてこの剣豪将軍義輝の終生の相棒である八幡がいるというではないかっ! これを八幡大菩薩の導きと察した我は、貴様に我が願いを叶えさせる為こうして赴いたのだ。……なので我が言の葉、しかと心に刻み込むがよいわ!」

 

 そんな俺の言葉を聞いて、材木座は独特の咳払いと共に立ち上がり、大仰な身振りと宣誓するような声高な叫びでもって俺を指さす。……何でこんなに生き生きしてんの? 

 エンジンフルスロットルな材木座の様子に呆れていると、俺の隣であいも変わらぬ微笑のまま黙然と話を聞いていた雪ノ下が動いた。

 

「……申し訳ないのだけれど、私達奉仕部は依頼者の願いを叶える部活ではなくて、依頼者が問題を自分で解決できるようにサポートをする部活なの」

 

 こちらを指さしながら決まったと言いたげな顔で、エクスタシーを感じている材木座に炸裂する雪ノ下の苦笑を湛えたお言葉。これは痛い。しかし、材木座も無駄に精神力が高いのか、一度停止して脂汗を垂れ流しながらも何とか持ち直す。

 

「そ、そうとあらば、我が見事試練に打ち勝ち宿願を叶えるために八幡っ! 貴様には八面六臂の働きを期待している。さあ、我と共に世界の最奥に潜みし楽園を目指そうではないかぁ!! ふはっはっはっ!!」

 

 雪ノ下の訂正にペースを乱しかけた材木座であったが、持ち直すしてからのかっ飛ばし方が凄まじい―――が、うちの部長は強かった。

 

「そう……では、改めて貴方の要件を聞きましょうか」

 

 材木座の奇行と言ってもいい態度を意に介することもなく、いつもと変わらぬ態度で話を進める雪ノ下。そんな雪ノ下に高笑いをしていた材木座も思わず停止した。

 

「え? あ、わ、我は……」

 

「ふふっ、そう緊張しなくても大丈夫よ。さあ、座ってちょうだい?」

 

「あ、はい」

 

 先ほどの勢いは何処へやら、二の句を告げるまもなく促されるまま席に着いた材木座。さながら借りてきた猫、もとい借りてきたチンチラ状態の材木座は、チラチラと俺に視線を寄こして助けを求めていたが、その都度雪ノ下に話しかけられてしどろもどろになっていた。

 材木座の視線をマルっと無視して二人の様子を眺めながら、ふと小さな疑問が湧く。……何か、雪ノ下に違和感があるような? 由比ヶ浜の時は、もっとこう―――

 

 

「……ッキー? ヒッキー!」 

 

「あ?……ぉうっ!?」

 

 意識が内に向きかけていた時にかけられた不意打ち気味の呼びかけに、ハッとして振り返ると目の前に由比ヶ浜の顔があった。その距離約十センチ。近っ! 

 俺達は雪ノ下を中心に雪ノ下の右が由比ヶ浜、俺が左に座っていた。それを雪ノ下が材木座の相手をしているうちに後ろから回り込んできたのか、今の由比ヶ浜は俺の肩口から顔を出した状態だ。正直心臓止まるかと思ったわ。君のパーソナルスペースどうなってんのガハマさん。

 驚きで変な声が出てしまったが、由比ヶ浜はそんな俺に小首をかしげる。

 

「ゆきのん見たままボーっとしてどうしたの? キモいよ?」

 

 やだ、この娘辛辣ぅ。

 

「そんな何気なさでキモいとか言うな。泣くぞ」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

「ハァ……んで、何か用か? つーか離れろ」

 

 背中にガハマッパイが当たってるんだよ。

 

「あ、ごめん。……えっと、アレってヒッキーの友達なの?」

 

 謝った由比ヶ浜が少しも離れるが、それでも彼我の距離は近い。それでも吐息がかかる距離ではないのでましと言えばましか。

 それで由比ヶ浜の言うアレだが、まあ、言わずもがな対象は只今絶賛メダパニってる材木座である。……いや、アレってお前、せめて名前で読んであげなさいよ。やっぱり第一印象って大事。

 まぁ、この際、材木座に対する由比ヶ浜の警戒心は置いておく。それよりもだ。材木座が俺の友達? 

 

「友達じゃない。あれはただの知人だ」

 

 もっと言えば俺に友人などいないっ! ……やっべ、なんか俺の内面世界で雨が降ってきたぜ。

 

「そうなんだ!? え、じゃあ何であんなに懐かれてるの?」

 

「前に体育の時にペアを組んだことがあるから、多分それで懐かれた」

 

「うわぁ……単純だ」

 

 うん、ガハマさんが言えることじゃないと思うんだ。

 俺からしたら由比ヶ浜の雪ノ下に懐く樣は材木座に通じるところがあると思うが、それを本人に言ったらガチギレされそうだから絶対言えない。

 

「まあ、ボッチにとって体育での『好きな奴と組め』は地獄の責め苦と同じだから、同じ立場のやつにシンパシー持つのは分かるけどな」

 

 だからって材木座は懐き過ぎである。

 ああそれと、件のようなことを言う教師にはぜひとも五分おきに何かの角に足の小指をぶつける呪いをかけてやりたい。

 俺達ボッチと組んで愛想笑いしてくれる奴なんて希少種で、大半はあからさまに眉ひそめやがるからね。しまいには「げっ……」なんて言うやつまでいやがるしな! 佐藤絶許!

 好きでボッチやっている俺でもそういう反応は心に刺さるだよ。本当。

 

「そ、そうなんだ。うん、なんで懐かれたのかは解ったよ。……じゃあさ、アレって何?」

 

「何って、一応人間なんだが……」

 

 え、もしかしてお前には別の生物(なまもの)に見えるのん? パンダとか?

 

「や、そうじゃなくて……私が言ってるのはあの動きとか、言ってることが舞台の人みたいに大げさなのが意味わかんなくてさ……正直キモい」

 

 そう言って材木座を見る由比ヶ浜の目には言葉とは裏腹に嫌悪はなく、自分の理解外の者に対する困惑が見える。

 大方キモいと言う言葉も、適切な言葉が思い浮かばないからこそ出てしまうのだろう。……うん、そうに決まっている。じゃなきゃ俺のぼーっとした顔と材木座の言動が同レベルってことになっちゃうからね。というかだ―――

 

「由比ヶ浜の周りには中二病っていなかったのか?」

 

「ちゅーに?」

 

 俺の問いかけに首を傾げて聞き返してくる由比ヶ浜。どうやら中二病を知らないらしい。

 

「中二病って言うのは、自意識やコンプレックスとかそういうものが溢れて妄想が肥大したり、反社会的なことに憧れたりとか、そういう自分は特別だって思っちまう思春期の子供にありがちな麻疹みたいなもんだ」

 

 主な例で「俺に近づくなっ! クッ、右手の、封印がッ!」とか、楽器できないのにバンド組んでみたくなったりとか、自分を前世語りだしたりとか色々だ。あ、封印の場所は目でも可で、その場合はカラコンが必需品である。

 

「……つまりビョーキなの?」

 

「いや、医学的な病気ではない」

 

「う~?」

 

 由比ヶ浜は俺の説明に益々首を傾げてしまった。うん、ちょっと難しかったねごめんね。

 

「材木座の場合、簡単に言えば"最強の自分"を想像して演じてるってだけだ。基本無害だから適当に流してればいい」

 

「へぇ~」

 

 あまり理解できていないながらも頷いてくれたのでよしとする。うざいだけで無害だって分かれば充分だからな。……絡まれる俺は実害こうむってますけどね。

 

「……二人とも話はすんだかしら? 材木座君の要件が分かったから話したいのだけれど」

 

 と、由比ヶ浜に材木座がどういう生体の生物か説明を終えたところ、材木座の相手をしていた雪ノ下から声がかかった。どうやら質疑応答が終わったらしい。

 視線をそちらに向けると、真っ白に燃え尽き椅子の背もたれにもたれ掛かったまま天上を見上げて口からエクトプラズムを吐き出す材木座がいた。おお、材木座よ。死んでしまうとは情けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、雪ノ下から聞いた材木座の依頼は自作小説を読んで、感想を聞かせてほしいというものであった。

 何でもどこかの新人賞に送るラノベを書いたのだが、それを読んでくれる奴がいないので奉仕部に持ち込んだということらしい。

 正直、面倒なのでどこかのサイトに乗せてそこで感想もらえよと言ったのだが、「我、多分死ぬぞ」と雪ノ下とのおはな死で瀕死の重傷(精神)となった材木座に言われてしまった。うん、オーバーキル確実だな。

 そういうわけで依頼を受けることになった俺たちは材木座から原稿を預かり、家に持ち帰って読むことになった。なったのだが―――

 

「おはようお兄ちゃん。もう、遅いよ! って、ど、どうしたの? 目というか顔がモザイク必須になってるけど……」

 

 早朝、リビングに来て早々小町から盛大に引かれてしまった。だがそれも仕方がない。顔を洗うために見た鏡の向こうには、控えめにいってバッドトリップした顔のやつがいたと言えばこの反応も納得である。

 

「……いや、ちょっと拷問あけなもんで」

 

「なに意味わかんないこと言ってるの?」

 

 小町はそういうがそれ以外に例える方法がないんです。材木座の小説はもう一つの拷問道具と言っても過言ではないほどであったのだから仕方がない。

 

「うーん……小町、今日は先に行くね。多分お兄ちゃんに送ってもらったら職質待ったなしだと思うから」

 

「だろうな。つーかそうしてもらえると助かる」

 

 体力的に小町を荷台に乗せるのは無理だし、警察に見つかったら誘拐犯として誤認逮捕待った無しだからな。……駄目だ。もう、茶化す気力もない。

 

「じゃあ、小町行くから。洗い物よろしくね」

 

「おぉ。気ぃ付けてなぁ」

 

 用意してくれた朝食をモソモソと食べながら小町を見送り、洗い物を終えた後に学校休みたいと心の中で呪詛のように唱えながら身支度を整え家を出発、学校までの道のりをいつもより気持ちゆっくりと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、やべぇ。完全に遅刻だよこれ。……って、一時限目現国じゃねえか」

 

 自転車を駐輪スペースに止めて、昇降口にたどり着いたところでチャイム音が鳴った。しかも今日の授業表を思い出して刑の執行が確定した。オワタ。

 もうこのまま一時限目ふけようかとも思ったが、それはフラグだと思いなおし今ならまだお小言で終わるかもと淡い期待を胸に足を踏み出す。

 

「……あっ」

 

 と同時に段差に引っかかってバランスを崩す。受け身を取ろうにも、徹夜明けのために体の動きがぎこちなく受け身が取れそうにない。ちょ、顔はやめてっ!

 

「おごッ!?」

 

 倒れて顔面激突―――とはならず、倒れる途中で首が閉まって息が詰まった。どうやら誰かに襟を掴まれたらしい。し、死ね。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 息苦しい中、後ろからかかる声に相手が女だと分かったが、今はそんな事よりも酸素さんが大事である。体勢を立て直した俺は襟を掴む手をタップして放すよう要求すると、相手も俺の様子に気付いたのか手を放してくれた。

 

「ゴホ、ゴホっ……」

 

「あーっと、ごめん」

 

「……い、いや、大丈夫だ」

 

 せき込む俺に気まずげに謝る相手に手を振って顔を向ける。

 

「っ……」

 

 顔を向けた相手、青みがかった髪をポニーテールにした女子は俺の顔を見たとたんに一歩後ろに下がった。しょうがないとは言え、流石にその反応は傷つきますのよ?

 

「あ、あんた大丈夫なの? 何かリストラされたサラリーマン並みに顔色悪いんだけど」

 

 それは暗に自殺寸前だって言いたいんですかね? 

 

「問題ない。ちょっと寝不足なだけだ」

 

「ちょっとどころじゃないと思うんだけど……まあ、大丈夫ならあたしは行くけど、無理そうなら保健室に行ったほうがいいよ」

 

 やだ、優しさが身に沁みちゃう。

 颯爽と立ち去るポニテ女子の優しさに少し癒された。誰だか知らんが惚れてまうやろ~!

 自分も疲れた顔しているのに気づかいしてくれた優しきポニテ女子を見送った俺は、多少軽くなった足取りで教室に向かうのだった。今なら平塚先生のお突き合い(ただし突くのは片方のみ)にも耐えられる自信がある!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ポニテ女子、クラスメイトだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお読み下さりありがとうございます。

予想以上に長くなったため材木座くん回が終わらなかった……

次回で終わらせられるとは思いますです。

では、また次回でお会いしましょう。


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第七話 中二は不屈

どうも、熱くなったり寒くなったりで毛布の使い処に迷っている九朗十兵衛です。

休みを丸々使うことで何とか書き上がったため投稿させていただきます。

では、本編をどうぞ。


 

 

 

 

 

 

 「さあ、者どもっ! 饗宴の始まりであーるっ!!」

 

 そう両手を広げて声高に宣言する中二男子こと材木座義輝と、その前に座る俺、雪ノ下、由比ヶ浜の三人。

 朝、一限目を遅刻したことにより平塚先生から有り難いお言葉(流石に物理は回避できた)を頂いてから授業という睡眠時間を得てある程度回復。俺の顔も自殺一歩手前から、三歩手前ぐらいには改善されました。……あれ? あんまり変わってない?

 

 で、放課後になって俺たちが奉仕部に集まって、少しすると現れた材木座のこのテンションである。……こいつ昨日の様子から少しは大人しくなってるかと思ったが、もう回復してやがった。

 材木座の無駄に高い回復力に呆れを通り越して感心していると、隣に座る雪ノ下が動いた。なんかデジャヴ?

 

「……感想を言う前に一つ聞きたいのだけれど」

 

「ホムン? 何かな、雪ノ下殿」

 

 魂的なものが出るまでお話()したおかげか、昨日の緊張が嘘だったかのようにしっかりと受け答えする材木座。以外と順応高いのな。

 

「貴方はプロの作家を目指している。という前提で評価をつけて構わないのかしら?」

 

「うむ、それで構わぬ。忌避なき意見を所望する」

 

 質問にたいして胸を張って答える材木座は自信に溢れているが、正直俺はそれを憐れみの目で見ていた。それは何故か?

 その答えは俺の隣でポツリと呟かれた「……そう」の一言と、雪ノ下の顔に浮かぶ笑顔の質が変わっていったからである。ちょっとぉ。右半身寒くなってきたんですけど、今六月なんですよ。太陽さん仕事してください。

 そして雪ノ下の口が開かれる―――

 

 

 

 

「……論外、というほかないわね」

 

「ゴッフォ!?」

 

 

 

 

 おーっと、雪ノ下選手開幕そうそう内蔵をえぐるボディブローを炸裂。余裕綽々だった材木座選手、無防備なところにこの一撃をまともに食らったー!! これは立てないか、立てないか?

 

「な、なぜ論外なのか、参考までに詳しく教えて、も、もらえないだろうか」

 

 立ったー! 材木座選手立ちました! だが、もうすでにふらふらな状態です。大丈夫なのでしょうか。

 

「文法が滅茶苦茶、ルビの誤用、話の展開が継ぎはぎだらけで何を目指しているのか分からないこと、色事を使って話に興味を持たせる作品は確かにあるけれど、特に意味もないところで肌の露出をさせるのは白けるだけよ。あと……」

 

「ウゴォ! ブヒャ!? ヒデブッ!……」

 

 大丈夫じゃなかったー! これは酷い。雪ノ下選手立つのがやっとな材木座選手を滅多打ちです。なんかもう周りから「ゆっきのした! ゆっきのした!」という幻聴が聞こえてくる様なラッシュです! つーか(むご)い。

 

「何よりも、貴方の書いたコレには自分の書きたいものを書くだけで、読者に内容を理解してもらおうという気持ちが感じられないわ。自慰がしたいのならばこれでもいいのでしょうけれど、読み手に対価をもらうプロとしてならば問題外よ」

 

「」

 

 き、キマったー! 材木座選手立てない! 倒れ伏したまま動かない材木座選手、表現するならばクレーターで倒れ伏すヤム○ャそのもの。これは試合終了ですね。

 あ、それと今自慰って言葉でいやらしいことを考えた君。木炭クッキー一枚ね。

 材木座に止めをさした雪ノ下は、冷淡な眼差しで倒れ付したままピクピクと痙攣している材木座を眺めていたが、一つ息をつくと話始めた。

 

「正直まだ言い足りないけれど、この辺りで止めておきましょうか。……では、次は由比ヶ浜さんね」

 

「「「え?」」」

 

 雪ノ下の言葉に声が重なる。その中には俺と由比ヶ浜だけではなく、倒れ伏していたはずの材木座まで含まれていた。え、まだ続けるの? これ以上はただの死体蹴りよ?

 しかし、現実は非常である。俺達から注がれる視線を意に介することなく雪ノ下はただ坦々と告げた。 

 

「これは私個人ではなく奉仕部に来た依頼ですもの。ならば全員の感想を聞かなくては意味がないわ」

 

 いや、まぁ、雪ノ下の言うことは正論である。確かに依頼は奉仕部に来たため俺達も感想を言わねば依頼は達成されない……って、え?

 

「由比ヶ浜って部員だったの?」

 

「今さら!?」

 

 俺の疑問に目を丸くして突っ込んでくる由比ヶ浜であるがしょうがねぇべ。俺ってばお前の事、勝手に居座る座敷童程度に考えてたんだからさ。

 

「えぇ、部外者のままでは平塚先生に追い出されてしまうもの。この間入部届を書いてもらったから部員で間違いないわ」

 

 あ~、そういや俺が入部した時にそんなこと言ってたわ。つーか平塚先生よく由比ヶ浜の入部認めたな。俺の時に資格がどうたら言ってなかったっけか? なに、あれって俺を入れるために適当言ってたのん?

 

「そういうわけだから由比ヶ浜さん。感想、聞かせてもらえないかしら?」

 

 俺が納得したのを見た雪ノ下は改めて由比ヶ浜を促す。因みに由比ヶ浜、原稿は持ち帰ったのだが読むことはなくカバンに入れっぱなしだったらしく、昼休みに俺を心配して話しかけられた時にポニテ女子に続いて癒されかけたが、それが判明して吹っ飛んだ。その時浮かべた笑顔にイラッとしたのは記憶に新しい。

 そんなわけで奉仕部に集まってから、材木座が来て雪ノ下の感想が始まるまで読んでいたのだ。……しかし、俺はこいつの目が原稿から滑りまくっていたことを知っている。

 

「あ、え~と……あ~」

 

 案の定、由比ヶ浜はなにも言えずに視線をさ迷わせ必死に言葉を探していた。

 しかしそれも仕方ない。先程まで雪ノ下のラッシュを浴びせられる材木座を見ていたのだ。これ以上は酷であると当たり障りのない言葉を探しているのだろう。

 大丈夫だ由比ヶ浜。空気を読めるお前ならば最適解を出せるはずだ。そう、由比ヶ浜の出すべき答え、それは―――

 

 

 

 

 

 

「む、難しい漢字いっぱい知ってるんだね!!」

 

「ボッフェ!?」

 

 

 

 

 

 

 そうだね! 空気を読んで死体蹴りだね! ……うん、知ってた。

 いや、由比ヶ浜が意図して蹴りこんだんじゃないのは分かってるんだけどさ。

 だからって的確に急所である(ボール)を蹴るのはどうかと思うんだ。それで思わずニッコリできるのはボール()が友達のつ⚪さくん位だからね。あれ、何か違う?

 

「あぶろばろぷあがふろろれろりりっ!」

 

 そして由比ヶ浜に蹴り抜かれたことでごっそり耐久値が減ったのか材木座が壊れた。奇声を発しながら床を縦横無尽に走り回る様は、まさにイギリスの珍兵器パンジャンドラムが迷走するがごとく。そして最後には壁に激突して止まった。

 

「つ、次はヒッキーだよっ!」

 

 材木座の壊れっぷりに盛大に引いた由比ヶ浜はバトンを俺に渡してくる。おい、俺にとどめ刺せってか。お前の血は何色だ。

 

「ハア、ったく。……材木座」

 

「はっ、はぁちま~ん」

 

 上下逆さまのまま動かない材木座の元まで歩み寄り呼びかける。すると材木座は俺をすがる様な目つきで見上げ、涙さえ流し始めた。お前なら分かってくれるだろうと、その眼は言っている。……そんな目をされたら答えたくなっちまうだろうがバカ野郎。

 多分、俺の目はかつてない程に優しいものになっているのかもしれない。そう思わせるほどに俺の言葉を待つ材木座の表情が明るくなっていった。だからこそ、俺はこう言ってやるのである。

 

 

 

 

「で、何個パクったよ?」

 

 

 

 

 (俺の睡眠時間を)殺しているんだ。殺されもするさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 材木座の小説に対する感想が終わる頃には、すでに空は茜色に染まっていた。その空に浮かぶ沈みかけの太陽が夕方特有の物悲しさを強調していて、何とも言えない雰囲気を醸し出す。

 昔の人がこの時を人の世界と人ならざる者の世界の交わる時間帯、逢魔時と呼ぶのも分かるというものだ。

 

「……また、読んでくれるだろうか?」

 

 窓から見える夕暮れの空を見ながらそんな柄でもないおセンチなことを考えていると、俺にとどめを刺されて機能停止していた材木座が起き上がりそんなことを言い出した。マジかよ。なに、マゾなの?

 

「え、マゾなの?」

 

 材木座の問いかけに顔をひきつらせた由比ヶ浜とシンクロした。だが、しょうがない。あれだけボロクソ言われててまた来ようなどそういう性癖だと思っちまうよ。

 

「いや、違うから―――確かにお主たちの感想は、我の心を絨毯爆撃よろしく蹂躙しつくしてくれた」

 

 そう胸を抑える材木座は、しかしその眼に宿る何かを濁らせてはいなかった。

 

「だが、そこに嘲笑はなかった」

 

 そう言って俺たちを見る材木座はここに現れた時よりも力にあふれている様で、顔に浮かぶ笑みも晴れ晴れとしている。

 

「雪ノ下殿は我がプロを目指すことを確認した上で感想をくれた。由比ヶ浜殿は……正直に言うとその見た目故、真っ先に嘲笑を向けてくると思っておったが、そんなこともなく我を気遣おうとしてくれた。結果はアレでだったけど……そ、そして八幡! お主は感想は酷かったが、その眼の隈を見れば我の小説を確かに読んでくれたことが分かる! ……感想は酷かったけど」

 

 二度も言うほど大事なことなんですかね。

 

「そ、そういうわけだからな。……またここに持って来てもいいだろうか?」

 

 再度問いかけてくる材木座は根のヘタレの部分が出てきているのか、不安そうにしている。

 そんな材木座に答えを返したのは例のごとく雪ノ下であった。

 

「構わないわ」

 

「ほ、本当か?」

 

 雪ノ下の返事に信じられないのか問い返す材木座だが、雪ノ下はそれに事もなげに告げる。

 

「貴方の依頼は小説の感想を聞かせてほしいということだもの。それに回数制限なんて設けていないのだから、ここに持ってくるのであれば読ませていただくわ」

 

「あ、あたしも読むよ! ……正直ちゅーにの書く小説意味わかんないけど」

 

「お、おぉ……」

 

 微笑みながらそう言う雪ノ下と由比ヶ浜に感動する材木座。……由比ヶ浜の後半の言葉は小さすぎて材木座には聞こえなかったらしい。しかしまあ、部長殿が言うんじゃ仕方ないわな。

 

「持ってくるのはいいけど、次持ってくるときは完結したの持ってこい」

 

「は、はちまんっ!」

 

「抱き着こうとするな! 暑苦しいっ!」

 

 飛び掛かってきた材木座を咄嗟に避ける。俺に男に抱き着かれて喜ぶ趣味はないんだよ!

 俺に避けられ顔面を強打して倒れた材木座だが、数秒もしない内に勢いよく起き上がった。

 

「そうと決まればこうしてはいられぬ。我は次回作の執筆を急がなければならぬ故、これにてさらばっ! あ、次はもう少し優しくしてくれると我は嬉しいです!」

 

 ハイテンションで去って行く材木座は最後にそんなことを言っていたが、それはお前の小説の出来次第だろうよ。何はともあれ今回の依頼は終了した。

 

「~~っハア。ん?」

 

 部室から材木座が去ったことで、そう認識した途端どっと疲れが噴出した。そんな疲れで凝り固まった体を解していると足元に紙が落ちていることに気付く。

 

「って、これ材木座の原稿じゃねえか。 あいつ落としていきやがったな」

 

 拾ったものは原稿の内の一枚で、多分急いで出て行ったから落としたのだろう。

 

「チッ……おーい、材木座にこれ持って行くから先行くぞ」

 

「あ、わかったよー。バイバイ、ヒッキー!」

 

「えぇ、また明日」

 

 カバンを引っ掴んで二人にそう言うと俺は足早に材木座を追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはりヒロインのお色気は控えるべきであったか。いやしかし、読者の心を掴むにはそういう要素は必須! ……っは!? そうか! 入れるべきはモロ見せではなくチラリズムだといことかぁ!!」

 

「控える部分がちげえんだよ」

 

「な、なにやちゃ!?」

 

 部室を後にした俺が材木座に追い付くために気持ち早めに歩いていると、歩きながら一人反省会をしている材木座を見つけた。しかしその内容が彼方にかっ飛びすぎていたため、思わず突っ込んでしまった。

 誰もいないと思っていたところに、想定外の突っ込みを貰って慌てたのであろう材木座は盛大に噛んだ。多分何奴って言いたかったんだろうな。

 

「って、八幡? なんだ、いきなり後ろから話しかけるから、我の命を狙う秘密結社の刺客と勘違いしたではないか」

 

「お前の命を狙ったところでその秘密結社に何の利益があんだよ。……ほれ、忘れもんだ」

 

 材木座の呆れるほどの平常運転にため息を吐きたくなるが、目的のものを渡すのが先決と原稿を差し出す。

 

「む? おぉ! わざわざ届けに来てくれるとは、やはりお主は我が同志っ! これからも忠義を尽くすがよい!」

 

「同志に忠義尽くせとか忠義の使い方間違いすぎだろ。……おい、材木座」

 

「ふっはっはっはぁ! ん? どうしたのだ八幡」

 

 俺から原稿を受け取って上機嫌で高笑いをする材木座に呼び掛けると材木座は首をかしげて答える。

 俺がこうして態々原稿を届けるためだけに、こいつを追いかけて来たとかそんなわけはない。もう一つ用件があったからだ。では、その用件とは何か?

 

「一つアドバイスをくれてやる。今度から書き上げた小説は読み上げろ」

 

「……はぇ?」

 

 俺の言ったことが理解出来ないのか固まる材木座だが、俺はそれに構わずさらに続ける。

 

「ただ読み上げるんじゃ駄目だぞ? その場面を頭に思い描きながら感情を込めて読み上げるんだ。最初は主人公の台詞だけでもいい。たが、感情は込めろ。それと身振りを加えるのも必要だから」

「ちょ、八幡ストップ! ザ・ワールドである!!」

 

 材木座の言葉に世界が停止する―――わけがない。だが俺の口を止める事には成功した。

 

「なんだよ」

 

「いや、何だよじゃなくて……八幡は我に死ねと?」

 

 は? なんでそうなる。

 

「だって、出来上がった作品をお主たちの前で読み上げるとか……それトラウマ案件じゃないですかやだー」

 

「誰が人前でやれって言ったよ。一人の時に決まってんだろうが」

 

 そんなんされたら確かにトラウマだよ。俺たちのな。

 ……材木座に説明したアドバイスだが、これの元は俺の本を読むときにでる癖だったりする。

 元々俺が演技に興味を持ったのは五歳の時に家族で行った劇がきっかけで、その後家で絵本を読んでその内容を幼い小町に見せたのが、俺の演者としての初めての公演であった。

 それ以来、俺は家にある絵本を読んではその内容を小町に見せることをしていたのだが、絵本がそんなにたくさんある訳もなくすぐに枯渇。仕方なしに両親に追加の絵本を強請(ねだ)ったのだった。

 

 両親は俺が絵本を強請る訳を聞くと、買う代わりに自分たちにも演技を見せてくれというので言われるままに行った。

 それを見た両親が意外なほど俺の演技が達者だったと思ったのか、ある子役のオーディションに応募。そのオーディションに受かったことで俺は子役としてデビューしたのであった。

 まあ、俺の来歴はどうでもいいとして、その最初の行いを延々続けていたことでそれが癖になってしまったのだ。

 この癖も結構厄介なもので、小学生に上がってからは人前で本を読むことは極力控えていても、本にのめりこみその世界に入ってしまうと自然と口から出てしまうのだ。

 因みに、中学の時の失敗とは誰も来ないようなところで本を読んでいたら、癖が出たところをなんでいたのか知らんが近くにいた折本に見られたのである。ファックッ!

 

 あー、でだ。なんでそれを材木座にやらせるのかであるが、材木座の小説って基本パクリなのだ。それも複数から設定を流用していたりする。

 そんなことをすれば、よっぽどの作家の腕がない限り話は破綻するのが当然で、材木座の小説もご多分に漏れず継ぎ接ぎだらけになってしまっているのだ。

 だから自分で自分の作品を演じさせることでその違和感を直に体験させる。そうすれば多少はマシなものが出来上がるだろうという塩梅だ。こいつの普段の言動を考えればそう難しいことでもない。

 そんな事を俺に関して以外を掻い摘んで材木座に告げてやった。

 

「という訳だから材木座。とりあえず書き上げたら直ぐにやれ」

 

「は、八幡お主、我のためにそんな方法を編み出してくれたというのか。我、感涙である!」

 

「んなわけねえだろ。お前の作品の質が向上しないと読む俺の精神が汚染されんだろうがよ」

 

 つまりは俺のためだ。しかし材木座は俺の言葉が聞こえなかったのか上機嫌に高笑いするのみである。

 

「どぅわっはっはっは! 我、相棒の秘法により開眼せり! 待っていろ八幡、すぐさま次回作を書き上げ貴様の度肝を抜き七転八倒怨憎会苦艱難辛苦百八煩悩の果ての五濁悪世の先無間地獄まで連れて行ってやろうともさ! こうしてはいられぬぅ!! 我が叡智の箱より溢れるものを書き留めねばぁああぁぁぁ!!」

 

「いや、お前が言った四字熟語、全部苦しむ系なんだけど……って行っちまいやがった」

 

 テンションマックスのまま俺のツッコミも聞かずに雄たけびと共に走り去った材木座。え、やだ、俺あいつに鬼の責め苦よりひどいもの読せられるのん? それどんなドグラ・マグラ?

 

「……やっぱり、柄じゃないことはするもんじゃねえな」

 

 一人となった廊下で頭をかきながらそう独り言ちる。アホの熱気に当てられ調子がくるって余計なことをしてしまった感が否めない。こんな時は布団ちゃんに包まって寝るに限るわ。帰ろ帰ろ。

 

 

 

 

 

「あら、何が柄じゃないのかしら?」

 

「っ!?!!」

 

 

 

 

 

 夕方の薄暗い廊下の中、帰ろうと足を踏み出した所で急に後ろから話しかけられて驚きと共に後ろを振り返る。そこにはつい先ほど別れた少女が一人立っていた。

 

「ゆ、雪ノ下?」

 

「えぇ、比企谷君先ほどぶりね」

 

 そう微笑と共に手を振る姿に、思わずため息を吐き激しくなった動悸を鎮めるため胸に手を置く。び、びっくりした~。ちょっと、忍び寄るのやめてよね。君アサシン適正ないでしょうよ。

 

「驚かせるなよ。心臓止まるかと思ったわ。……由比ヶ浜はどうしたんだ?」

 

「ふふっごめんなさい、そこまで驚くとは思わなかったの。由比ヶ浜さんなら三浦さんから電話が来て遊びに誘われたからそちらに向かったわ。因みに私は部室のカギを返しに行くところよ」

 

 クスクスと上品に笑みながらカギを揺らす雪ノ下。これから遊びって……由比ヶ浜タフだなぁ。

 由比ヶ浜のタフネスに感心と呆れを抱いていると、揺らしていたカギをポケットにしまった雪ノ下が話かけてきた。

 

「それにしても、随分と面白いアドバイスをしてあげたのね」

 

「……聞いてたのかよ」

 

「あれだけ大声で話していればいやでも聞いてしまうわ。邪魔をするのは悪いし、だからと言って他のルートだと遠回りになってしまうもの。仕方ないから待たせてもらったわ」

 

 そう言われてしまうと何も言えない。だが、大声で喋っていたのは材木座だけだ。一緒くたにしないでいただこうか。

 

「あなたも奉仕部員としての自覚が出てきたのね。部長としてご褒美を上げなくてはいけないかしら?」

 

「いや、いらないからね」

 

「……あぁ、そうだわ。前に言っていた通り頭を撫でてあげましょうか? ヒーくん?」

 

「だからいらないって言ってんでしょ。話聞いて、って、ちょ、止めろ。手を伸ばしてくるな!」

 

 勝手に感心しだした雪ノ下は、俺の言葉を無視して少し思案した末に名案だという風に両手の平を合わせると、素敵な笑みと共に俺の頭に向かって手を伸ばしてきた。何なのこの娘? からかい上手なの?

 必死の抵抗により、なんとか雪ノ下に頭を撫でられるという羞恥プレイを逃れられた。だ、駄目だ。ここは退却せねばっ!

 

「全く……俺は帰るからな。雪ノ下もあまり遅くならないうちに帰れよ」

 

 そう言って背を向け足早に歩き始める。

 

「ふふっ、さようなら比企谷君。……あ、一つだけいいかしら?」

 

「あ? なんだよ」

 

 立ち去る俺に挨拶をした雪ノ下だったが、そう言って俺を呼び止めたので軽く振り返る。俺ってば結構疲れてるんですけどねえ。まだ何かあるの?

 

「あのアドバイスってあなたが考えたものなのかしら?」

 

「なんだそんな事か。……そうだけどそれがどうした?」

 

 俺の返答に笑みを深めた雪ノ下は軽く頭を振って答えた。

 

「そう……いいえ、少し気になっただけよ。引き留めてごめんなさい」

 

 そう言って手を振る雪ノ下にやっと帰れると溜息を吐くと、俺はおざなりに手を振ってその場から立ち去るのであった。

 

 

 故に前だけを見る俺に後ろの様子は分からない。

 

 

 雪ノ下が俺の背中を見えなくなるまでずっと見つめていたことも、雪ノ下が俺の背を見つめながら呟いた言葉が何なのかも、俺には分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まだ……確定ではない、わね」

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

な、何とか材木座くん回が終わった。
当初予定していた文字数を大幅に超えてしまったため、どうなる事かと思いましたが何とかなりました。いやぁよかった。

では、また次回にお会いしましょう。


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外伝 かおりいんわんだーらんど

どうも、九朗十兵衛です。

今回のお話は本編に登場させることが(今の所)ない折本との中学時代のお話です。

では、本編をどうぞ。


 

 

『……好きだ』

 

 

 

 扉を一枚隔てた向こう側から聞こえる声。それを発した人物は声替わりを迎えたのか、少し低めの声で言葉の意味と合わさりそれがとても大人びて聞こえた。

 

 

 

 

―――好き

 

 

 

 

 それは好意を寄せている相手に向けて贈る言葉。

あたしたち学生にとって、その言葉はとても身近なもので漫画だったり小説、映画やドラマ、友達から聞く噂話にもよく出る話題で、何だったら直接言われることだってある。

 あたしも男子に告白されたことがあるからその言葉を言われた。でも―――

 

 

 

『君が好きなんだ』

 

「っ……!!」

 

 

 

 再度、扉の向こうから聞こえる愛の告白にあたしは思わず体を抱きしめて蹲った。

 鏡を見なくても自分の顔が赤くなっているのが分かってしまう。直接胸に手を当てなくとも、心臓が早鐘の様に激しく鼓動を刻んでいるのが分かってしまう。

 自分に向けられていないと分かっていても、そうなってしまう程にその声は、言葉は

 

 

 切なくて

 

 

 焦がれていて

 

 

 求めていて

 

 

 聞いた者を惹きつけて放さない、言葉では言い表せないような迫力があった。

 あたしが男子から告げられた言葉と同じなのに、同じ愛の告白なのに何もかもが違っていた。この人物の告白の言葉を聞いてしまったら、今まで何人かの男子に告げられた告白が霞んでしまう。不満が心に広がってしまう。

 

 ―――ねえ、君たちはあたしを好きだったんだよね? 想いが溢れてしまうから、あたしに向けてその言葉を贈ってくれたんでしょ? じゃあ、何で今みたいに胸が苦しくならなかったの? 何であたしの心を揺るがすことが出来なかったの? 何で……こんなにも感情が抑えられなくなってしまうほどの言葉を贈ってくれなかったの? そう、思ってしまう。

 

 分かってる。こんなことを思うのは、理不尽で傲慢で的外れな八つ当たりだってこと。でも、それでも、理性では分かっても感情が止まってくれない。

 

 あたしもこんな言葉を贈ってもらいたい。できる事なら、今すぐ中で告げられているだろう人と変わりたい。この言葉を向けられていないあたしでも、ここまで体が、心が揺さぶられたのだ。

 正面から受け止めた人は、もしかしたら天にも昇る様な幸せを感じているかもしれない。そんなのって―――ずるいっ!

 

 

『っ……誰か、そこにいるのか?』

 

 

「っ!?」

 

 

 中からの声に体が強張る。まずい、暴走する感情のせいで思わず音を立ててしまった。逃げなきゃ!

 

「……え、っきゃ!?」

 

 ここから離れるため、蹲って背を預けていた扉から勢いよく立ち上がって離れた。しかし、先ほどの感覚が抜けていない体が思う様に動かなくて、足をもつれさせ盛大に転んでしまった。

 

「っ~~! いったぁ」

 

 転んだ拍子に顔をぶつけてしまった。そして、ぶつけた顔を押さえて呻いている間に、無情にも扉が開かれてしまった。あぁ、怒こられるっ!

 

「っ!…………あ、あれ?」

 

 ぶつけてくるだろう怒りの声に備えるため頭を抱えた。しかし、予想に反して声がぶつけられることはなかった。そればかりか扉を開ける音以降物音ひとつしない。

 それが不思議で恐る恐る振り返って、何で声がしないのか理解した。

 頭を巡らせて見た後ろには、扉に手をかけたまま目を見開いて口元を引きつらせる同級生がいた。彼が驚いているのはあたしがいたからってわけじゃない。

 あたしが転んでいることは該当してるけど、大部分はそれじゃない。

 

「あ、あぁっ」

 

 自分の口から勝手に声が漏れてしまう。

 

 

 顔に先程とは比べようのない熱が集まるのが分かってしまう。

 

 

 それに伴って相手の顔色が青くなっていく。でも、この後に起きることを思うとそれもしょうがない。だって今のあたしは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手に向かってお尻を突き出した状態でスカートが捲れてしまっているのだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 数瞬の間をおいてあたしの口から悲鳴が飛び出したのは言うまでもない。

 叫ぶあたしは微かに残る冷静な部分で何故こうなってしまったのかを知るため、数十分ほど前からの記憶をたどることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日のあたし、折本かおりは何故かとてもつまらなかった。

 中学生になって一年が過ぎ、二年生になったあたしの日常は充実していると言っても過言ではない。友達も多いし、勉強も特に躓くこともなく部活だって良好だ。本当に青春って言葉が似合う生活をしているって思う。

 でも、そんな楽しい日々を送っているにもかかわらず、あたしは時々とてもつまらなくなる時があった。

 そういう時はいつも色鮮やかなはずの周りが色あせて見えてしまって、何にも興味が示せなくなってしまうのだ。まあ、だからといって周りに対してぞんざいな態度何てとることはないけど、っていうかそんなんしたら友達なくすじゃん? そんなのウケないしね。

 

 そんな訳で、今日は不定期に起きるつまらなくなってしまう日だったのだ。だから放課後、いつもなら部活に行くか友達と駄弁りながら帰るはずなのに、今日は部活がないので友達に適当に理由を告げて一人で帰ることにしたのだ。

 

「ふーふーん、ふーんふふー……ん?」

 

 もう誰も居ない廊下を鼻歌を歌いながらゆっくりと歩いていると、前方に誰かの後ろ姿を見つけた。そしてその制服姿から男子だと分かったし、あの特徴的な髪形、撥ねる様に上を向く一房の髪は見たことがある。っていうかあたしのクラスメイトだ。

 

「確か、ヒキガヤっだったかな?」

 

 うん、そんな名前だったような気がする。正直話したことないからよく覚えてない。

 そのヒキガヤが、気だるげに背を丸めながら廊下を歩く姿を何とはなしに眺める。その手にはカバンがあるから、今から帰るのだろうと思ったが、そこで彼の行き先を見て首を傾げてしまう。

 

「って、あれ? あっちって玄関口とは逆だったような」

 

 ヒキガヤの向かっているのは、玄関口に向かう方とは違うほうでそっちは普段使わない備品などが置いてある準備室が何部屋かあるだけだ。

 頭の中で学校の見取り図を思い浮かべ合っていることが分かると、あたしの中でなんで彼はそんな人気のない場所に向かっているのだろうかと興味が湧いた。多分、何時ものあたしなら彼がそっちに向かうのを見ても気にしない。何やってんだろうと思ってもすぐ忘れてしまうそんなものだ。だけど今日は違った。

 あたしにとって今日はつまらない日で終わるはずだったんだ。それが最後に彼を見つけた。これはもう追跡するしかないでしょ。

 なんて思う今のあたしは、さながら不思議の国のアリスってところかな? うは、ウケる!

 

 ひそかにテンションを上げて柄にもないことを思い浮かべながら、前を行く白兎ことヒキガヤの事について知っていることを思い出す。

 名前は確か、ヒキガヤ ハチマンであたしのクラスメイト。どの教室にも一人はいるよく言えば物静か、悪く言えば空気みたいに存在感の無いそんな男の子。って、こうやって思い出してて気づいたけど一度だけ話したことあったよ。

 まあ、話したと言っても進級した時にこちらから話しかけたら、「……おう」の一言で会話が終わちゃったから、実質話してないようなものだけどさ。その時のヒキガヤはこっちに興味すらなさそうだったし。

 

 その時を思い出すと、ヒキガヤって結構変わっているのではないだろうかって今なら思う。だって、ああいう物静かな子って結構陰気っていうか、こう、暗い感じで、だから空気扱いなのに悪目立ちとかしちゃって陰口の的にされちゃったりするんだよね。

 なのにヒキガヤはそういう陰気な部分がない。あいつにあるのは周りに対する無関心だけだ。だから本当に空気みたいで、誰も気にしないし気にならない。

 本当は周りに興味があるけどそう装ってるだけって可能性もあるけど、あたしはそれは限りなく低いと思う。女の勘ってやつだね。

 

「おっ、あそこに入るのかな?」

 

 あたしがヒキガヤの考察をしている間もあいつは止まることはなく、目的地についたのか、ある部屋に躊躇することなく入って行った。それを見たあたしは物音を立てない様に慎重に進み、その部屋の扉の前に到着した。その扉の上のプレートにはこう書かれている。

 

「第二図書準備室?」

 

 うちの学校の図書準備室は、十畳ほどの大きさの部屋でそこには図書室のいろいろな書類が納められていて、言ってしまえばスーパーなどの事務室みたいなもの。ただそれは図書室の隣に併設されている第一準備室の方で、此方はただの倉庫だったはずなので中には本がつまれているだけだ。ヒキガヤはこんな所に何の用があるんだろうか?

 

「流石にドア開けたら気づかれちゃうだろうし、ここはやっぱり聞き耳を立ててみるのがスタンダードだよね」

 

 あたしは扉の前でしゃがむとそっと耳を当てた。うっはぁ、なんかこうしてるとわくわくしてくるなぁ。

 

『……だし……ご…んな』

 

 あ、声聞こえた。ん? これって誰かと話してるのかな? っていうことはヒキガヤ以外に人がいるってこと? う~ん、籠ってて何言ってるのかまったくわかんない。

 確か漫画とかだとこういう時ってコップとか当てるとよく聞こえるんだったはず、でもそんなの持ってないし……しょうがない、少しだけドアを開けてみよう。

 

 よく聞こえない中の声にやきもきしたあたしは、音がしない様に気を付けながらドアをほんの少しだけ開けることにした。慎重にドアを小指の爪程度開けながら、自分の胸がドキワクしているのが分かる。

 気分はさながら冒険家の考古学者か、またはイギリスのスパイだ。まあ、どっちも見たことないんだけどね。見たことがあるスパイ映画は、やってられない任務と暗号名足首ぐらいだよ。ロシアスパイばかわいい。

 なんてことを考えながら引き戸をずらして隙間を作った。はてさて、ヒキガヤは一体誰と、どんな秘密会合をしているんだろうね。この凄腕スパイのかおりさんが極秘情報をマルっといただいちゃうぜぃ!  

 

 

 

『あぁ、来てもらったのは他でもない。……君に、聞いてほしいことがあるんだ』

 

 

「……え?」

 

 

 隙間を作ったことにより、はっきり聞こえた声に喜ぶ暇もなく固まってしまった。

 だって、中から聞こえた声は確かにヒキガヤの声のはずなのにまるで違かったから。あの時の、無味乾燥って言葉がぴったりくる聞き手に何も与えない声が、今は伝えてる人に自分がいることを強烈に印象付けるものになっている。って、そんなこと考えてる場合じゃない。

 これってあれじゃん。あたしが想像してたものじゃなくて男女の密会じゃんか! シンプルに言えば告白現場だよ!

 

(うわはぁっ! マジかぁ。何だよ何だよヒキガヤ別に他人に無関心じゃなかったよ。むしろありありじゃんさ。つーことはあたしの女の感ってただの誤作動? うっわ、ハッズ!)

 

 おっと、こうしてはいられない、中で行われているのが告白となれば長居は無用だからね。こんな真剣な雰囲気何だもん。もし覗いてるのがばれてぶち壊しちゃったら申し訳ないどころじゃない。かおりさんは颯爽と退場するよ! ……そう、思ったんだけどさ。

 

 動かそうとする足が、意思に反して動いてくれない。頭では聞いちゃいけないって分かってても、あたしの女の子としての部分が聞いてみたいって囁いてる。

 あたしだって中学二年生の女の子。そういう話に興味がないって言ったら真っ赤な嘘になる。正直に言ったら、このままここで一部始終聞きたい。

 

 しかも、告白するのがあのヒキガヤなのだ。空気で、存在感が無くて、周りに一切興味がなさそうだった男の子。そんなあいつがどんな告白をするのか気になってしょうがない。

 

(一部始終とは言わないまでも、ちょ、ちょっとだけだったらいいよね?)

 

 そんな、身勝手な言い訳を心の内でしながら、あたしはドキドキする胸を抑えて耳を澄ませるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その結果がご覧のありさまだよっ! 

 

 

 

 ヒキガヤの告白現場を覗き、あまつさえあんな最悪な形で見つかってから少し経った現在。あたしは今、準備室の中でヒキガヤの前に正座して、いまだ真っ赤になっている顔を両手で抑えていた。

 幸いなことに、あたしが上げた悲鳴で誰かが駆けつけてくることはなかった。普通だったらそれじゃダメなんだろうけど、今回は完全にあたしに非があるのだ。というか非しかない。

 

 それなのに、あの現場に誰かが駆けつけて来ていたら完全に誤解されていた。普段使われていない場所で、あられもない姿(下着丸出し)で倒れこむ(顔を打ったせいで)涙目の少女と、それを見下ろす目が淀んだ少年。うん、その場だけ見たら犯罪の匂いしかしない。

 

 そんな現場を見られたら、いくらあたしが誤解だって言っても聞き入れてくれる気がしないし、聞き入れてくれたとしても噂は確実に流れる。しかも、ヒキガヤに対して圧倒的に悪い噂だ。告白盗み聞きした上に冤罪被せるとか屑じゃん。そんなのぜんぜんウケない。

 あたし、痴漢した奴は須らく死ねって思ってるけど、それに乗じて冤罪でっち上げる奴も同じく死ねって思ってるからね。って、脱線し過ぎた。あたしがまずしなきゃいけないのはこんなことじゃないでしょ!

 

「ヒキガヤごめん!」

 

 顔を抑えていた手を下ろして勢いよく頭を下げて謝罪の言葉を口にした。恰好がまんま土下座だけどこれでも足りないぐらいだと思う。そのままあたしは口を止めずに言葉を吐き出していく。

 

「ヒキガヤの告白邪魔した上にさっきは悲鳴まで上げちゃって、もし誰か来てたら誤解されてた。あ、そうだよ。相手の子は何処? その子にも謝らなくちゃ」

 

 あんな凄い告白されてたのを邪魔されたんだ。あらん限りの罵倒をされても文句は言えないし、何だったら殴られても不思議じゃない。あたしだったら確実に殴ってるもん!

 

「あー、ちょっと落ち着け」

 

 相手の子を探して視線を彷徨わせるあたしに、目の前で腕を組んでいたヒキガヤが落ち着かせようと声をかけてくる。でも、勿論あたしは落ち着けるわけがない。

 

「ヒキガヤ、相手の子どこ行ったの! もしかしてあたしが叫んでる間に出てっちゃったの? だったら早く追い掛けないと! ……っきゃ!?」

 

 相手の子が出て行ってしまったと断定して、立ち上がろうとしたあたし耳に、乾いた破裂音が響き思わず短い悲鳴を上げてしまった。

 反射的に閉じていた目を恐る恐る開けると、そこにはあたしの目の前で合わされたヒキガヤの両手があった。今の音の正体は、どうやらヒキガヤが手を打った音の様だ。

 

「とりあえず落ち着いたか?」

 

「え? あ、うん」

 

 落ち着いたというより、今ので興奮が一時的に吹き飛んだという感じだけど、反射的に頷いてしまった。頷くあたしを見たヒキガヤは、片目をつぶって頭を掻くと一つ嘆息した。その様子には、ありありと面倒くさいというのが見て取れる。

 あたしの中に、そのヒキガヤを見て一度は吹き飛んだ興奮が戻ってくる。それもヒキガヤに対する怒りとなってだ。

 相手の子がいなくなっちゃったのに何でそんなに冷静なんだ! って思わず怒鳴ろうとしてしまったが、それを目の前に突き出された手に邪魔されタイミングを逃してしまった。

 そして、あたしが止まったのを見たヒキガヤが、口を開き諭すように淡々とこういってきた。

 

「元々ここには俺一人がいた。だから相手何ていない。分かったか?」

 

 ヒキガヤのその平淡な言葉にあたしは目の前が真っ暗になった。だって、それって、つまり―――

 

 

 

 

 

 あの告白をなかったことにするってこと?

 

 

 

 

 

 

 あんなに切なそうだったのに、あんなに焦がれていたのに、あんなに求めていたのにそれを全部なかったことにするつもりなの?

 あたしだって一度は貰ってみたい、求められてみたいって、嫉妬しちゃうぐらい素敵だったものをあっさりと捨てるっていうの? そんな、そんなのって

 

 

 

 

 

「だからお前は何も見なかった。というわけで、俺は帰るか……ら? ちょっと、何で俺の襟掴んでんの?」

 

「……け……な」

 

「は? なんだって?」

 

 俯いたまま動かないあたしに、帰ると告げたヒキガヤだったけどそうさせることは出来なかった。突然、あたしに襟を掴まれて困惑するヒキガヤに言葉を告げたけど、どうやら小さすぎて聞こえなかったようだ。だからもう一度、今度は大声で伝えてやった。

 

「ふっざけんな!」

 

「……はぇ?」

 

 鼻がくっ付くんじゃないかというぐらいの至近距離で叫ぶあたしに、ヒキガヤは目を点にして呆けた。こいつっ! 

 

「好きだから告白したんでしょ。相手の子と一緒にいたいっていう思いが抑えられないから言ったんでしょ? 何でそんなあっさり切り捨ててんのよ! 捨てるんだったらあんな告白しないでよ! 直接言われてないあたしがずるいって、今までされた告白が子供だましだったって思っちゃったんだ。そんな告白聞かせておいてふざけたこと言ってんなっ!」

 

「いやそれお前が勝手に聞いたんじゃ」

 

「あ゛ぁっ!?」

 

 あたしは、爆発する感情をそのままにヒキガヤにぶつけたけど、こいつの態度は全く変わることはなかった。こうなったら、引きずってでも相手の子の所に連れてってやる!

 決めたら即実行と、襟を掴んだまま準備室を出るため歩き出そうとしたあたしの前に何かが差し出された。よく見てみるとそれは一冊の本だった。

 

「なにこれ?」

 

「お前が俺を如何したいのか分からんが、やる前にこの本のここの部分を読め。じゃないと、お前は後悔することになる。いや、本当にマジで」

 

 そう言って本を開き、とあるページを見せてくる。こんな事をやってる間にも、相手の子が何処かに行ってしまうかもしれないのだが、そうすることでヒキガヤが素直についてくるのならとさっさと済ませることにした。そしてあたしは見開かれたページを読み始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消えてしまいたい。

 

 

 図書準備室の隅っこで、体育座りして縮こまるあたしの脳裏にはその言葉が渦巻いていた。

 あの本には、あたしが聞いたヒキガヤの告白と同じものが書かれていて、意味が分からなくて混乱しているあたしに、ヒキガヤは事の次第を語ってくれた。

 ヒキガヤが、幼い時からの癖で人前で本を読むことが出来ない事、家で本を読むにしても買いすぎると親がうるさい。だからと言って、学校や図書館から借りると持ち運びが面倒で、一度に借りられる量もたかが知れているから、誰も来ないここで読んでいたことなどをだ。

 

 それを聞いてもっと混乱したけど、同時にあたしは自分の勘違いに気づいた。気づいてしまった。

 つまり、ヒキガヤの言っていることは全部本当だったってこと。ここにいたのは比企谷一人だけで、ヒキガヤはただ本を読んでいただけだったのだ。それはつまり、告白何てしてなくて、だから勿論のこと相手の子なんて存在しない。

 

 理解したあたしが崩れ落ちたのは言うまでもないだろう。そして、そのまま頭を抱えて心の中で絶叫した。

 

(あたしばっかじゃないの! つーかばかだよ!? なによふざけんなってあたしがふざけんな! 切り捨てて、誰かあたしの記憶を切り捨ててぇ!? あれ、まってあたし最後なんて言ってた。ずるいとか何とか言ってなかった? ……あ、あぁっ、っ~~!!?!?)

 

 多分、これがクラスメイトの男子が言っていた黒歴史というやつなんだと思う。できれば知りたくなかったぁ。

 あたしが心で絶叫している間、ヒキガヤは隅の方で携帯を弄っていたけど、それは優しさとかじゃなくてただあたしに興味が無いだけだと思う。あたしの女の感正常だったよ。嬉しくないんだけどさ。

 あたしが隅っこで体育座りしてる今も、携帯を弄って此方に話しかけてくる気配はない。

 

「……慰めてくれてもよくない?」

 

 だから、あまりにも此方に無関心すぎるヒキガヤに、そう声をかけてしまうのも仕方ないよね。

 恨みがましく見つめる先のヒキガヤは、携帯から視線をあたしに向けると、至極面倒くさそうにため息を吐いた。逆恨みなのは分かってるけど、その態度はムカつく。

 

「今の状況で当事者の片割れに慰められるとかそれ止めじゃねぇの?」

 

「ふぐぅ!?」

 

 愚直に、即座に返された返答は、あたしの胸に突き刺さるものだった。その通りだけど、その通りだけどさっ! 他に何かあってもいいじゃん!

 

「そろそろいいか? いい加減帰りたいんだけど」

 

 そんな、ヒキガヤの余りにもあっさりとした態度にカチンときたあたしは、密かに抱いていた願望を思わず勢いで言ってしまった。

 

「今度から、あたしも一緒にここで本読む!」

 

 言ったあとで、不味いと舌打ちしそうになった。本当は、もっと慎重に事を運ぼうと思っていたのに、まさか勢いで言っちゃうなんて。

 確かにあたしは、先程まで自爆したことに悶えてたけど、それも少ししたらある程度収まった。いつまでも、うじうじしててもやっちゃったことは覆らない。だったら、後は一人の時に存分に発散すればいいんだ。

 

 そしてある程度感情が収まったあたしは次にこう思った。

 もう一度、今度は目の前で本を読むヒキガヤを見てみたい。欲を言えば、あたしに向かってぶつけてほしい。そう思っちゃったんだ。でも、それはとても難しい。

 

 多分、今日以降ヒキガヤはここを使うことはなくなる。それは確信を持って言える。

 ヒキガヤは癖を見られたくないから、こんな人気のない場所で一人本を読んでいたんだ。それをあたしに見つかってしまった時点で、使わなくなるのは簡単想像できてしまう。

 だから、どうすればヒキガヤがここを使い続けて、そこにあたしが入れるか体育座りしながら考えてたのに、単純なあたしが恨めしい。

 そう思っていたからヒキガヤが次に言った言葉には驚いた。

 

「別にいいけど、こっちからも条件出すからな」

 

「……え、いいの?」

 

 目を見開くあたしに構うことなく、ヒキガヤは条件を伝えてきた。

 一緒にここで読むのは二週に一回。ここ以外では、見るな話かけるな意識するなを徹底すること。この二つを言い渡された。

 後者は今まで通りってことだから別にいい、でも、二週に一回は正直少ないと抗議したいけど、流石にそれは図々しい。すでに図々しいこと言ってんのに、これ以上は逃げられそうだから今は抑えよう。

 

 これは後から聞いたことだけど、この時あたしの要望に応えたのは、面倒が少ないほうを選んだだけだとヒキガヤが言っていた。

 此処で断ったら後々絡んできそうで、そうなると面倒事が加速度的に増えそうだから、あたしのわがままを聞いたそうだ。

 あ、あと予想に反して、ヒキガヤは別に本を読んでいる所を見られるのは、どうとも思っていないらしい。ヒキガヤが嫌なのは、その後に起こる面倒事だとのこと。本を読んでる姿を見られると、大抵面倒ごとになるから一人で読んでいるらしかった。その面倒事の一つにはあたしが含まれている事には、華麗にスルーさせてもらおう。大事の前の小事ってことで一つ。ちがうかな?

 

 何はともあれだ。あたしはヒキガヤという、白兎(案内人)どころかワンダーランド(不思議の塊)そのものみたいな奴と過ごす時間を手に入れることに成功したのだ。こんなの誰にも教えてあげる気なんてサラサラなっしんぐ!

 

 

「じゃあこれからよろしくね。ヒキガヤ!」

 

「おう、……ところでお前って何組の誰なの?」

 

 

 

 

 

 

 ……ふ、ふふっ、どうやらあたしが最優先でやらなきゃいけないことは、こいつにあたしの事を刻み付けることのようだ。

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

いやぁ、書いてる途中で折本の喋り方が分からなくなって何度かアニメの喋り方とか見直しました。

若干キャラ崩壊してるような気もしますがそこは気にしない方向で(マテ)

では次は本編でお会いしましょう。


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第八話 さいか1/2

恐竜島がくっそ面白くて、休みが溶けて夕方に何故か悲しくなる九朗十兵衛です。
時間がかかりましたが漸く書けました。

あと前話の誤字修正ありがとうございました!


では本編をどうぞ。


 物語にはターニングポイントといわれるものがある。

 その物語において重要な選択が行われる場面。例えば絵本のシンデレラなら城のダンスパーティに行く所がそうだし、人魚姫なら人間の足を手に入れたことがそうだ。

 彼女たちがその選択をしたからこそあの結末に向けて物語は進んだ。もしシンデレラが魔法使いに助けを求めずダンスパーティに行かなければ、彼女は生涯義母や義姉妹の小間使いをしていたかもしれない。人魚姫は王子への恋心を胸に秘め、海の魔女から薬を貰わなければ泡と消えずにすんだはずだ。

 

 そんな場面(ターニングポイント)は何も物語だけに限らず、現実の中にももちろん存在する。

 例えば俺がもし平塚先生に目を付けられなければ、俺は奉仕部に入部することはおろか存在そのものも知らなかっただろう。そうなれば雪ノ下雪乃も、由比ヶ浜結衣も俺の人生において認識外の他人(モブ)のままだったはずだ。

 

 だがこの物語(フィクション)現実(ノンフィクション)には明確な違いがある。それは書物の物語の場合、基本的に読者が読み進めない限りその選択が現れることがなく、現実の場合はそうはいかないということだ。

 時計の針は止まらず絶えず進み続ける。いくら当事者が望むとも望まなくともその選択は突然目の前に現れるのだ。

 

 

「あんさー、さっさとしてくんない?」

 

 

 耳に届いた不機嫌そうな声に閉じていた目を開ける。目の前に広がる景色は見慣れた学校のテニスコートで、俺の対面には二人の人物がいる。どちらも知っている人間で由比ヶ浜と同じく俺とはクラスメイトだ。

 一人は不機嫌そうな声をかけてきた金髪の女で獄炎の女王とか呼ばれている三浦優美子。もう一人は三浦と同じく髪を金に染めている総武の爽やか王子とか呼ばれている葉山隼人。その二人が俺と対峙するように佇んでいる。

 それを見て改めて自分の今の状況に内心ため息をついて空を見上げた。……全く、何で俺はこんな事しているんだろうか。

 

 思わず見上げた空は雲一つない晴天でその青い絵の具をぶちまけたような空を見ながら、俺はなぜこうなったか思い返してみた。きっかけは……そう、確か一週間前だったはず―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初夏が過ぎ日に日に暑くなる中、(わたくし)こと比企谷八幡は相も変わらず昼休みにベストプレイスで優雅に食事をしていた。

 特に今日は機嫌がよく今だったら俺の目を覗いた奴も、「うわぁ、すっごい! 君の目腐ったままキラキラ光ってるね!」という評価をするのではなかろうか。うん、益々気持ち悪くなってますね。

 しかし今の俺はそのようなことを言われても傷つかないし、相手を恨むことは一切ないぐらいには広い心を持ち合わせているのだ。

 

 ではなんでこんなにも機嫌がいいのかというと、今手に持って胃袋に収めているカレーパンが理由である。……そこのそんな理由かと思っている君、ただのカレーパンと侮るなかれ。

 このカレーパン購買で買えるのだが、人気に対して一日に入荷する量が少なくすぐに売り切れてしまうので、生徒の間ではSレアカレーパンと言われているとかいないとか。

 この総武高校に入学して一年以上購買のお世話になっている俺でも、見たことが無かったそれを購入できたのだから、多少浮かれるのも許してほしい。

 

 今日は昼前に体育でテニスをやったので気力がマイナスに突入していたから、正直なにもやる気がなかったのだがそこに来てこの収穫である。これはも疲れきった俺に天が慈悲を与えたとしか思えない。ありがとう神様。今度神社寄ったら三十円ぐらいお賽銭献上するね!

 

「あれ? ヒッキーこんな所で何してんの?」

 

「んぁ?」

 

 残り半分となったカレーパンを頬張ったところで後ろから声をかけられた。この声、そして俺をそんな妙ちきりんな名で呼ぶのは一人しかいない。 

 

「んくっ、フゥ……見て分からんのか由比ヶ浜。昼飯中だ」

 

 咀嚼している物を飲みこんで購入していた水で口の中をスッキリさせてから、頭を巡らせて声をかけてきた人物に答えてやる。こういうエチケットって大事だと思います。

 案の定振り向いた先には由比ヶ浜がいて、俺の事を見ながら首をかしげている。

 

「え、お昼だったら教室で食べればいいじゃん。この前食べてたよね?」

 

 貴方って地雷踏むの好きね。それは俺以外のボッチには急所ですのよ? そんなところに痺れないし憧れねぇです。

 

「この前は雨降ってたからしょうがなくだ。俺は基本的に昼飯は静かに食いたい派はなんだよ。……そういう由比ヶ浜こそ何でここにいるんだ?」

 

 質問に答えて由比ヶ浜こそなぜここにいるのか聞くと、「ちょっと飲み物買いにね」と言って俺の隣に腰かけた。飲み物買いに来たなら早く行ったらいいのに、何で話し込む体勢何ですかねこの娘? 

 

「あっ、……ここ、風気持ちいいねぇ」

 

 座った由比ヶ浜は体に当たるよそ風に目を閉じてリラックスしたように体の力を抜いた。どうやらすぐには行かないようだ。……いつまでも気にしていてもしょうがないか。

 横で日光浴を始めてしまった部活メイトを横目に、俺は途中となったカレーパンを胃に詰め込む作業を再開することにした。

 

「あっ!」

 

「……今度は何だよ?」

 

 だが、またしても隣の団子娘に邪魔されてしまった。ちょっといい加減にしてくれませんかねぇ? 

 抗議しようと隣に視線を向けると直前まで気持ちよさそうに目を閉じていた由比ヶ浜が、俺のある部分を凝視していた。もっと正確に言うなら俺の手元である。

 

「そ、それってまさかさ。購買のカレーパンじゃ」

 

「そうだけど……」

 

「うわぁ! いいないいなぁ。ねぇ美味しい?」

 

 俺が食っているのがSレアカレーパンだと知った由比ヶ浜は、驚きと共に羨ましいと分かる表情でまじまじと見つめてくる。ふえぇ、そんなに熱心に見つめられると八幡どう反応していいのか分かんなくて困っちゃうよぉ。

 カレーパンを口に運びかけたままジーっと見つめてくる由比ヶ浜を、気まずげに見つめ返しているとこいつの様子から何やら嫌な予感がしてきた。

 

「……ね、ねぇヒッキー。良かったら一口って、あぁ!?」

 

 いやな予感の通りに何やら阿呆なことを口走り始めたが無視して残りのカレーパンを口に押し込んだ。エチケット? 何それ、食えんの?

 とっとこ歩くげっ歯類のごとく頬をぱんぱんに膨らます俺を、恨みがましく見つめていた由比ヶ浜であるが、やがて諦めたのか身をひいた。

 まったく、なんでリア充は直ぐに一口とか言うんだろうね。

 

「あれ? 二人ともどうしたの?」

 

 諦めはしたがそれでも今だ未練があるのか未だにぶー垂れるている由比ヶ浜を無視して、一心不乱に咀嚼していると前方から声がかけられた。その声の方に視線を向けると、ジャージ姿の人物がこちらに歩み寄ってきている所だった。

 その人物は首元にかけられたハンドタオルで汗を拭っているのと、逆の手に持つラケットから今さっきまで昼練をしていたようだ。

 

「あ、さいちゃんだ。よっす!」

 

「……よっす。由比ヶ浜さんと比企谷君はここで何してるの?」

 

 由比ヶ浜にさいちゃんと呼ばれたさいちゃんさん(仮)は、由比ヶ浜の挨拶に気恥ずかしさからか頬を染めるも、同じように挨拶を返して俺たちがここで何をしているのかを聞いて来た。

 だがしかし、俺の口の中は絶賛満員電車並みにギュウギュウなので今しばらく返事を返すことが出来ない。ここは隣のネオ・ボインのガハマーン様にお任せしよう。

 

「えっとね。ヒッキーはお昼食べててあたしは暇つぶし! さいちゃんは練習? 部活もして昼練もって大変だね。そういえば、体育でもテニス選択してたよね」

 

 この娘自分の用事をまるっと忘れてませんかねぇ。え、何なん? お前ってばもしかしてガルス・ガルス・ドメスティカスなの? 三歩どころか一歩も歩いてないんですけど。

 隣の鳥娘に口を我武者羅動かしながら憐憫(れんびん)の目差しを送るが、由比ヶ浜は話に夢中なため気づくことはなかった。

 そんな由比ヶ浜の話を聞く限りこのさいちゃんさん(仮)は随分なテニス好きの様である。

 

「うぅん、好きだから苦じゃないよ。あ、そうだ。体育の時に見てたけど、比企谷君テニス上手いね」

 

「え、そーなん?」

 

「うん、フォームがすごく綺麗だったんだ」

 

 と、二人してこちらを見つめて話のバトンを差し出してきた。二人が話している間に口の中のものを胃に収めた俺は残りの水で口をすっきりさせ一息つき、さてどうだったかと思い出してみる。 

 体育の時間のテニスと言えば例のごとく体育教師によるボッチいじめと同義の好きな奴と組めだったため、俺はあわてず騒がず教師に向かって「今日体調が悪いので一人で壁打ちしてます」と告げて華麗に回避することに成功したのだ。

 

 丁度その時にフェンスの向こうに眼鏡の中二作家(仮)が、サッカーボールをもってこちらを見ていたがあえてスルーした。なんか俺を見つめるあいつの目が同じ荷馬車に乗った同類を見るドナドナの子牛と重なったが、多分気のせいだろう。

 まあ(材木座)はどうでもいい。それよりも俺のフォームに関してだが、正直綺麗だとか言われても第三者目線で見たことないから分かりません。

 というわけで正直にそう言うことにした。

 

「いや、自分のフォームとか見たことないから……あ~、すまん名前何だっけ?」

 

 二人に答えたのいいのだがいくら脳内検索しても目の前のさいちゃんさん(仮)の顔と、覚えたクラスメイトの名前と一致しないため仕方なく聞くことにした。

 まあ、そんな事を言ったので案の定由比ヶ浜から非難の籠った視線を頂きましたがね。

 

「……ヒッキー、さいちゃん同じクラスメイトなんだよ?」

 

 視線どころか言葉にも含まれてしまっているが、こちらの言い分も聞いていただきたい。

 

「クラスメイトなのは分かってたけど名前が分からんかった」

 

 うん、これは酷い。由比ヶ浜の非難も残当ですわ。

 俺の言い分を聞いた由比ヶ浜は呆れたと軽くため息を吐き、正面にいたさいちゃんさん(仮)は気にしないでという風に手を振って笑って許してくれた。あらやだ、この子優しい。

 そんな心優しいさいちゃんさん(仮)と改めて自己紹介をすることになった。

 

「僕は戸塚彩加だよ。改めてよろしくね比企谷君」

 

「比企谷八幡だ。よろしく戸塚。……それにしても一人で昼練とか、テニス部の他の男子は誘わなかったのか?」

 

 さいちゃんさん(仮)改め戸塚に挨拶した後何となくそう聞いてみた。必ずしもそうではないがこういう練習の場合、複数でやった方が効率がいいと思うんだがな

 しかし何だろうね。こういうやり取りをしていると自分がリア充(笑)になってしまったようで、座りが悪くなってしまう。そう思ってしまう程にここ最近の知り合い増加率は明らかに異常すぎる。ちょっと、オートステルスさんどうなってんの? 職務放棄はいけませんのことよ。

 内心最近の自分周辺の動きに嘆きとはまた違った気持ちを抱いていると、何やら戸塚の様子がおかしいことに気付いた。俺を驚いた顔で見てどうしたんだろうか?

 

「なんだよ?」

 

 戸塚の様子に眉を顰め疑問をぶつけると再起動した戸塚が戸惑い半分、嬉しさ半分みたいな顔になった。

 

「う、うぅん、僕って容姿が中性的みたいでよく女の子と間違われることが多いから、比企谷君が間違わなかったのに驚いちゃって……うわぁ、うれしいなぁ」

 

 そういってパァッと顔が輝いてんじゃないかってくらいの笑顔を見せる戸塚。そんな笑顔とともに見せた喜び方がすごく女性的で、自然にそういう仕草が出てしまうから余計女だと誤解されるのでは? という感想が口から出そうになったが空気を呼んで口をつぐんだ。あと残念ながら君の容姿は中性ではない。天秤シーソーががっつり女性側に全体重かけてます。

 いや、まあね。俺も近づいてくる戸塚見て最初は女かと思ったんだよ? でも近くで首元とか見て、あ、男かってわかった。

 戸塚の容姿は俺の様に前歴柄そういうのをよく見た人間でも、間違えそうになるほどに少女然としているのだ。

 しっかしまぁ、メイク無しでここまでの天然物を見たのは初めてだな。メイクありの養殖物は結構見たし、何なら実際なったことがあるけど戸塚を見ると所詮養殖だなって思うね。

 

 なんて思う俺の前では喜ぶ戸塚と、何故か由比ヶ浜も一緒になって喜びはしゃいでいた。……こいつ絶対前世が犬だわ。

 手を取り合い喜び合う百合もどきの二人を、呆れ七割癒し三割で眺めているといい時間となってしまったので教室に戻ることになった。あ、結局、何で戸塚が一人で昼練してたのか聞けてねぇな。……まあ、いいか。

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございました。

戸塚はとつかわいいなぁ。メインヒロインよりサブヒロイン方が魅力的に見えるのは何なんでしょうかねぇ。……え、戸塚はヒロインじゃない? ハハッ、ちょっと何言ってるか分からないです。

まあ、サブで一番好き(一番が一人とは言ってない)なのはサキサキなんですけどね!

では、また次回に!


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第九話 テニスの雪乃様

どうも九朗十兵衛です。

最近、寒さが身に沁みますね。一昨日暖かったので余計です。

テニス描写難しい! ど素人が調べながら書いてるので色々拙いものが出来てしまいました。おかしい部分などがあったら鼻で笑ってやってください。

あと、前話の誤字修正ありがとうございました。



では、本編をどうぞ


 

 

 ここ最近、放課後に部室での部活動という名の待機時間にも慣れてきた。

 待機時間中やっていることは基本的にスマホを弄って余暇を過ごしているのだが、そうしていると不意に由比ヶ浜が俺に絡んできたりする時がある。最初の内はあいつの気が済むまで付き合ってやっていたのだが、最近は扱いも覚え慌てず騒がず軽やかにかわして雪ノ下(飼い主)の元へと誘導してやることが出来ているのでとても平穏だ。

 

 だからと言って油断していると、由比ヶ浜()の飼い主が俺をからかおうとしてくるので注意が必要だ。しかし、俺も何時までも西方君ではないのだ。

 日頃惰眠を貪っている俺の中の孔明さんを叩き起こし、千変万里を見通す叡智によりお告げを頂くことに成功。孔明さん曰く、「強大な敵に直接あたるのは下策、ここは第三勢力を使いなさい」とのことなので、その自由奔放で明け透けな外交姿勢から好透の犬と呼ばれる由比ヶ浜を調略し同盟にこぎ着けようとした。

 

 好透の犬は覇王雪ノ下と蜜月の関係ゆえ、説得するのは難業で三度の会談が行われたが、いかな孔明でも同盟までこぎつけること能はず。

 しかし、孔明の働きにより我らの戦いには中立の立場をとらせることに成功した。そればかりか、うまく策を弄すればこの好透の犬は戦場を掻きまわす鍵となるだろう。この出来事は後に「ワンコの礼」と呼ばれることになる。

 こうして覇王雪ノ下に対する札を手に入れたマッ缶中王である俺は、防備を固め覇王の軍勢との決戦に挑むのであった。果たして俺は三国の平定しこの奉仕部全土を平和にすることが出来るのか。

 奉仕部三国志・外伝~総武の乱~ 次回! さらば英雄! マッ缶中王、暁に死す。 

 君は、ボッチの涙を目にする。……おい予告で盛大にネタバレしてるじゃねぇか。つーか部活どこいった。

 

 なんか途中から思考が異次元の方に行ったが、まあ大体こんな感じで放課後を過ごしている。……いやね。ちゃんと部活はしているんですよ? 

 だけど、うちの部活ってそもそも依頼者である生徒が来ない限り暇で、その依頼者だってそう頻繁に来ることもないんだよ。俺的には嬉しいけどね!

 なもんでどうしても待機で終わる日が多いのだが、じゃあさっさと帰っていいですか? って言って帰った日には、後日飛将軍(顧問)に、「りょ、呂布だー!」されそうで出来ない。

 だから大人しく部室で放課後を過ごすことがここ最近多くて、必然的にそういう時間にも慣れたのである。

 

 今日も何事もなくそうやって過ごすのだろうと思っていたのだが、現在俺達がいるのは部室ではない。じゃあ、何処にいるのかっていうと―――

 

 

 

「始めましょうか」

 

 

 

 雪ノ下の号令がテニスコートに集まった俺たちに向けられ、それを聞いた俺たちは各自邪魔にならない位置まで離れると運動前のウォーミングアップを始める。

 何で俺達奉仕部がテニスコートでこんなことをやっているかだが、突然青春の汗を流したくなったから……などという訳もなくもちろんの事依頼だからだ。そして今回の依頼人だが、なんと先日の昼休みに邂逅した戸塚だ。

 

「いっち、にー、さん、しー!」

 

 俺の隣で掛け声と共にストレッチをする戸塚はとても愛らしい。だが男だ。な戸塚がどういう経緯で奉仕部に依頼してきたのかだが、今までとは違い平塚先生経由ではなかった。何と、今回は由比ヶ浜経由である。

 

 俺と雪ノ下が部室で暇をつぶしていると遅れてやってきた由比ヶ浜が、戸塚を伴って開口一番、「依頼者連れてきたよ~!」と無駄に輝く笑顔で宣ったのである。自分から仕事を取ってくるとは見上げた社畜根性だ。褒めてやる(何やってんだこんちくしょいっ!)

 

 偉い? 褒めて? と目で語る由比ヶ浜をおざなりに見えて、その実やっぱりおざなりな態度で褒めてやった。しかし、由比ヶ浜は何がお気に召さなかったのか、口をへの字にして雪ノ下に飛びついて行った。まぁ、いつもの事だな。

 

 その後、雪ノ下がかまってやることで由比ヶ浜の機嫌が向上し、改めて戸塚の依頼を聞くことになった。

 戸塚の依頼、それは戸塚の所属しているテニス部に関してだった。総武高校のテニス部は端的に言ってしまうと弱小であるらしく部員の数も少ないそうだ。これから三年も抜けてしまうと、益々弱くなってしまう。そうなると、今でさえあまりやる気の出ていない部員が益々やる気をなくしてしまうと戸塚は気が気じゃなかったらしい。

 

 何か自分にできないかと考えた戸塚は、自分がテニスが上手くなればそれに触発されて、部員たちもやる気を出してくれるのではないかと思いついた。だが、それまでも朝と昼、そして放課後と練習に励んでいた戸塚はこれ以上自分一人でやっても伸びないのではと悩んだそうだ。そんな戸塚に声をかけたのが由比ヶ浜であった。 

 

『つまり、私達は戸塚君のテニスの技術が向上するようにサポートをすればいいのね?』

 

 と、事情を聞いた雪ノ下が依頼の確認をして、戸塚がそれに同意したことによって依頼は受理され準備のためにその時は解散して次の日、つまり今日テニスコートへと繰り出したのである。因みに今日はテニス部は休みで、コートに関しては顧問に許可をとって使用している。

 

「こんなものでいいかしらね。……では、まずは戸塚君の実力を見て見ましょうか」

 

「はい! よろしくね雪ノ下さん」

 

「えぇ、よろしく」

 

 ストレッチを終え、その後に軽めのウォーキングやジャンプなどで体を温めていよいよ戸塚強化計画の始まりである。

 テニスコートで対峙するのは依頼者の戸塚と奉仕部の部長様の雪ノ下。これから一試合して戸塚の実力がどれほどか確かめ、それに合わせてどのようなメニューで練習するか決めるらしい。……というか一つ素朴な疑問があるんだが、雪ノ下の実力ってどうなんだろうか? 

 無いとは思うが、これで戸塚より実力下なら赤っ恥である。―――だが、そんな俺の疑問はどうやら無意味であったらしい。

 

「……フッ!」

 

 サーブは雪ノ下であるらしく短い呼気と共に、上に投げたボールをラケットで打ち出した。独特の音と共に打ち出されたボールは、鋭い軌道のまま戸塚側のサービスコートに突き刺さるような勢いで飛び込む。雪ノ下のフォームは、テニスは授業位でしかやってない俺から見てもさまになっているように見える。

 

「ハッ!」

 

 戸塚も流石はテニス部。そのボールを打ち返す樣は危なげがなく、それどころか余裕が感じられた。

 そこからはやや雪ノ下有利で試合が進んだ。雪ノ下は一打一打に切れがあり、しかも打つごとにその切れが増していくようだった。戸塚も必死にそれに食いついていく。

 

「……へぇ」

 

 雪ノ下の猛攻に食いつく戸塚を見て、思わず吐息が漏れる。雪ノ下とテニスをする戸塚は、今まで相対していた中で散見していた女性的な部分が徐々に削れていった。柔らかな目元は鋭く細まり、動作も動くうちに荒々しさが目立つようになった。今なら女の子と間違われず、クール系熱血スポーツ少女と思われるのではないだろうか。結局女の子じゃねぇか……まあ、冗談はさておいてだ。試合を見てて一つ分かった。

 

「うわぁ……ゆきのんもすごいけど、さいちゃんもすごーい」

 

「……だよな。つーかこれ、俺らのサポートいらないんじゃね?」

 

 そう、由比ヶ浜の言う通り戸塚のテニスの実力が普通に高かった。いや、十分強いですやん。これ以上強くなりたいの? 目指すはテニヌなの?

 このまま強くなって戸塚がキャップを被り、「まだまだだね」とか言い出したらどうしようかと戦慄していると、試合の傾向が変わってきた。

 今まで雪ノ下は打ち返すときにコートの左右に打つことが少なかったのだが、ここに来てそのふり幅が大きくなりだした。そうなると必然、戸塚はボールを取るために走らなければいけない。そして、今まであった戸塚の余裕がなくなった。

 体力的には問題がなさそうなのだが、反応がワンテンポ遅れるといえばいいのか、雪ノ下が打ち返す瞬間に動きが硬くなる時がある。

 何度かは打ち返すことが出来ていたのだが、それも長くは続かず終わりの時がやってきた。

 

「ッ! アッ!?」

 

 必死に走りボールに追いついた戸塚が打ち返すが、そのボールに力はなく大きく山なりの軌道を描いて雪ノ下側へと落ちていく。その瞬間、雪ノ下が勢いをつけ跳んだ。

 膝のばねを使い中空へと高く跳び上がった雪ノ下は、長い漆黒の髪を陽光でキラキラと輝かせながら、身体を大きく弓なりに反って振りかぶったラケットを、宙を漂うボール目掛けて振り下ろした―――

 

 

 

「……すっげ」

 

 

 

 跳ぶ雪ノ下の姿に見蕩れ口から出た言葉は、語彙力に欠ける簡素なものだった。だが、人間本当に驚いた時などそんなものだ。

 打ち出されたボールは、ダンッ! と今までコートを叩いていた音より重く鋭い音を立てて突き刺さった後に、フェンスにぶつかって点々と撥ねた後にころがり停止。

 その間、戸塚を含めて俺たちは誰も言葉を発することが出来ず、コート内には静寂が満ちていたが、その静寂を由比ヶ浜の歓声が破った。

 

「と、跳んだ。ゆきのんが跳んだ! す、すごーー!! つか凄ッ!?」

 

 由比ヶ浜は、まるでアルプスで大金持ちの一人娘が立ったのを見た赤い少女張りのリアクションを見せ、そのまま雪ノ下に突撃していった。俺も内心ヤギ飼いの少年のごとく驚いている。

 

「はぁ、はぁ、ダ、ダンクスマッシュ……す、すごい」

 

 息を切らせた戸塚が膝を付き、流れ出る汗を拭くこともなく雪ノ下を見つめ驚いている。その戸塚には、先ほどまでの荒々しさがなくなっていた。

 そればかりか、今の戸塚は汗で濡れそぼり、喘ぐように荒く息を吐いて興奮に頬を染めているので……正直、なんかエロい。もし男だと分かっていない奴が見れば、生唾飲み込んでいるのではないだろうか。下手したらノーマルでもやばいかもしれん。それほどの破壊力だ。まあ、俺は大丈夫ですけどね。……本当だよ?

 

「とりあえず、戸塚。これで拭いとけ」

 

「え? あ、ありがとう比企谷君!」

 

 これ以上は禁断の何かに目覚めそうなので、用意していたタオルを戸塚に渡してやる。タオルに気付いた戸塚が笑顔でお礼を言うと、受け取ったタオルで汗を拭き始める。

 それを見届けもう一つのタオルを雪ノ下に渡してやるため、今だじゃれ合っているだろう二人の方を振り返ると丁度二人が近づいてくるところだった。

 

「ふぅ、……大体の実力は、分かったわ。はぁ……」

 

「お疲れさん。って、大丈夫か雪ノ下?」

 

 近づいてくる二人の片割れである雪ノ下にタオルを差し出し、予想以上に疲労している姿に思わず声をかけた。由比ヶ浜も心配そうに隣についている。

 雪ノ下は差し出されたタオルを礼と共に受け取り汗をぬぐうと、「大丈夫よ」と返答して何度か息を整えた。

 

「はぁ、……ごめんなさい。運動は得意なのだけれど、持久力が無くてすぐに息が上がってしまうのよ。これでもまだ、昔よりはマシなのよ?」

 

 完璧少女の意外な弱点が発覚した瞬間である。いやまあ、そんな意外な弱点も他の部分がずば抜けているので全然弱点くさくないのだが。っていうか、今の試合雪ノ下のダンクスマッシュで終わる流れになったが、実際はまだ一ゲームも終わっていないんだよな。昔はこれより体力なかったのか。

 

「それで、戸塚君の鍛える部分なのだけれど」

 

「あ、うん!」

 

 さて、完全に息が整った雪ノ下が、改めて戸塚強化計画で何を鍛えるのかを話し出す。戸塚も内容が内容なので、座り込んでいた状態から立ち上がり姿勢を正した。

 

「戸塚君は体力面も鍛えるに越したことはないと思うのだけど、反射の方を重点的に鍛えたほうがよさそうね」

 

「あ~やっぱり、そうだよね」

 

「反射?」

 

 雪ノ下の言葉に頭を掻きつつ納得する戸塚。どうやら自分の改善点は把握しているようだ。俺も先ほどの試合を見て何となく察することが出来たのだが、由比ヶ浜は出来なかったらしく首を傾げている。

 これに関してはしょうないだろう。由比ヶ浜は二人の試合を見て、凄い凄いとはしゃいでいただけなのだけでその辺の観察はしていないだろうからな。

 なので由比ヶ浜に説明のため戸塚が話し出した。

 

「うん、さっきもそうなんだけど、僕ってボールと相手を見ちゃう癖があるんだ」

 

「んぅ? でもそれって普通じゃん? 見ないとどこに飛んでくるか分からないし」

 

「あはは、まあ、そうなんだけどね。でも、僕の場合はそれが必要以上に見ちゃうから、どうしても相手が次どう動くんだろうとか考えちゃうんだ。試合中にそんなこと考えちゃうと動きが遅れるよね?」

 

「あ~、確かに……」

 

 戸塚の言う様に、試合中にいちいち考えて動いていたらワンテンポ遅れる。スポーツ選手って、結構どこに来るって無意識に把握して動いているのだ。その反射神経は相当に高いだろうし、それを鍛えることで一段高いところに行けるのは確かだと思う。

 戸塚の場合、ある程度の相手までは素の実力でどうにかなるのだろうが、大会やそれに準ずる場での試合での相手ではそれも苦しいらしい。

 

「えぇ、だから基礎的な体力向上を行いつつ、反射神経を鍛えるメニューにしましょうか」

 

「具体的に言うと?」

 

 俺の質問に雪ノ下は魅力的な笑顔と共にこう答えてくれました。

 

 

 

 

 

 

「打って打って打ちまくるから、それを捌き続けてもらうわ」 

 

 

 

 

 

 

 スパルタの女王、雪ノ下雪乃の誕生である。

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

女子でダンクスマッシュってできるんでしょうかね。調べてもよく分からなかったです。

話は変わるんですが、「クララが立った」ってセリフってハイジじゃなくてペーターが言ったんですね。一つ知識が増えました。


では、また次回!



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第十話 憧れ

毎年、こたつと褞袍のみで冬を越している。どうも、九朗十兵衛です。

今回はすらすら書けたので早めに投下出来ました。


では、本編をどうぞ!


 戸塚強化計画を始めて早一週間。

 この一週間、雪ノ下は初日の宣言通り戸塚にボールを打って打って打ち続けた。緩急やフェイントなどを織り混ぜ、戸塚の癖である見てから考えるという余裕を無くし、その感覚を体に覚え込ませるための結構なスパルタ式の練習である。まぁ、流石に雪ノ下だけが打ち続けるのは体力的に無理なので俺と由比ヶ浜と交代しながらなのだが。何はともあれだ。どうやら、雪ノ下はスポーツに関しては鬼となるらしい。

 

「戸塚君、反応が遅れているわよ」

 

「は、はい!」

 

 現在は昼時、昼休みの最中(さなか)今日も今日とて、戸塚の練習でテニスコートを使用している。というか、基本的に俺たちの練習は昼に集中している。放課後はやる気がないとはいえ、流石にテニス部の部員が使用しているため、部外者である俺たちが入りびたる訳にはいかないのだ。

 

「比企谷君、次!」

 

「……おっと、あいよ」

 

 流石に疲れてきたのか、戸塚の動きに鈍りが出てきているが、それでも衰えないやる気に感心していると雪ノ下に催促されてしまった。

 こちらに差し出された白魚のような手に、新たなテニスボールを渡してやる。今は打ち手が雪ノ下で俺はボールの供給係、由比ヶ浜は球拾いだ。基本的にこの役割をローテーションで回している。

 時間的にそろそろ打ち手を由比ヶ浜と交換する頃だ。いや、戸塚の疲労状態からして、一度休憩を挟んだ方がいいのか―――

 

 

「うぅむ、戸塚氏も大分様になってきおったな。今ならば! 我が魔球を伝授してもいいかもしれんッ!」

 

 

 などと頭の中でスケジュールを立てていると、後方から尊大な声が聞こえた。思わず声の聞こえた方に胡乱な目を向けると、そこには大柄のメガネ男子が一人、腕を組んでふんぞり返っていた。説明せずとも分かるだろうが、いつでもどこでも中二全開の材木座である。

 この男、さも自分も関係者だと言わんばかりに堂々と立っているのだが、はっきり言って部外者だ。この練習を始めた時は、フェンスの外から眺めているだけだったのが、二日三日と過ぎると徐々に内部に侵入。今ではこうして仲間内にいる(ように擬態している)

 本人的には自然に溶け込んだつもりなんだろうが、そんな訳はなく、ただいちいち突っ込んでいると面倒だと判断されて放置されているだけだ。二人もこいつの扱いには慣れてきたようでお兄さん安心しました。

 だがしかし、いい加減このまま突っ立って居られるのは鬱陶しいので、由比ヶ浜の手伝いでもさせよう。ぶっちゃけ、何故に俺が働いていてこいつが働いていないんだって話だからな!

 

「おい材木座。魔球でも駄球でもどっちでもいいが、突っ立ってんだったら球拾いでもしやがれ」

 

「ッ! ……フハッハッハッハァ!! 八幡よ貴様、何者よりもいと高き存在であるこの我に、そのような下賤なことをしろというのか! 何という傲慢! その無知蒙昧さ、万死に値するほどの罪であるッ!! ……が、しかしだ。普段ならば首を出させる案件だが、貴様は我がただ一人友と認める奈落の支配者。なればこそ、我にふさわしき供物を用意するというのなら考えてやらないことも」

 

 声をかけた俺に、「キター!」とレンズの奥で目を輝かせた材木座が高笑いと何時もの戯言を垂れ流し始めた。……反応が貰えてそんなに嬉しいのか。泣けるぜ。そして何よりうざってぇ。

 やはり反応という名の餌を与えたのは間違いだったかと、後悔していると隣からものっそい重圧が溢れた。漫画的表現だとゴゴゴ!って感じだろうか。……怖い。

 

「……材木座君」

 

「イエス、マム!」

 

 声高に宣言するいと高き存在()に、スパルタンゆきのんが満面の笑顔を送るとすぐさま直立不動で敬礼。そのまま脱兎のごとき勢いで走り出し球拾いに向かった。うん、やっぱり真の上位者には勝てませんよね。

 材木座を駆り出し気を取り直した雪ノ下は再度、戸塚に目掛けボールを打ち出した。今回のボールは、戸塚からやや離れたコースをたどり結構なスピードで飛んでいく。だが、今までの練習のおかげで慣れてきた戸塚はしっかり反応できている。って、あ。

 

「っえ? あ、グッ!?」

 

「さいちゃん!」

 

 ボールに反応して走り出した戸塚なのだが、疲労が足に来ていたのか、走った勢いで足をもつれさせて盛大に転んでしまった。それを見た由比ヶ浜が慌てて駆け寄り、俺と雪ノ下も後に続いた。

 

「大丈夫!? って血が出てる!」

 

「いたた、……だ、大丈夫、気にしないで由比ヶ浜さん。ちょっと擦り剥いただけだから」

 

「で、でも」

 

「……今日はこのくらいにしておきましょうか」

 

 膝を擦り剥いて血が出ている姿に心配する由比ヶ浜に、問題ないと手を振る戸塚に雪ノ下が練習の中止を提案した。確かに足をもつれさせるほどに疲労が溜っているならそうした方がいいかもしれない。オーバーワークとまではいっていないが、だからと言ってこのまま続けてもっと大きな怪我をしては元も子もない。だが、その提案に戸塚は首を横に振った。

 

「少し休んだら動けるから、もう少し続けさせてもらっちゃだめかな?」

 

 雪ノ下を見つめる戸塚の表情は、困ったような気弱そうなものだ。だけどその瞳に宿るやる気という炎は今だ衰えていない。それどころか、より強く燃え盛っている。こういう所は男だなと思わされる。……いや、こういうのに男も女もねぇか。ただ単純に、戸塚に根性があるってだけだな。

 やる気を見せる戸塚に見詰められ、雪ノ下は呆れた様に一つため息を吐いた。だが、その顔はどことなく嬉しそうだ。雪ノ下的にこういう人間は好感が持てるのだろう。

 雪ノ下の様子から続行するだろうと思った俺は、しゃがんでいた体を起こしコートの出口に向かって歩き出した。

 

「続けるにしても手当はしておいた方がいいだろうから、救急箱持ってくるわ。戸塚はそれまで休んでろ」

 

「っ、ありがとう!」

 

 背後から聞こえる声に手を振ってさっさと保健室に向かうことにする。雪ノ下が戸塚に好感を持ったように、俺も戸塚のような奴は……まあ、嫌いではない、からな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さいちゃんはすごいなぁ」

 

 遠ざかっていくヒッキーの背中を、嬉しそうに見つめるさいちゃんを見て思わず呟いた。

 この一週間さいちゃんは常に一生懸命だった。いっぱい走って、いっぱい打ち込んで、あたしだったら一日で根を上げちゃうだろう練習を一度も愚痴をこぼすことなく頑張ってた。愚痴どころか、どれだけ過酷なメニューでもそれをこなすさいちゃんは、苦しくても楽しそうで―――本当、すごい。

 

 それにすごいのはさいちゃんだけじゃない。あたしが入部した奉仕部にいる二人だってそうだ。

 ゆきのんは美人で勉強は出来るし、運動も得意で性格だって良い。うちの学校じゃ、知らない人はモグリ呼ばわりされちゃうぐらい有名で、生徒はもちろん先生にだって頼られる。そんな漫画とか映画の中から飛び出して来たような女の子。

 あたしも一年の頃に、ゆきのんと何度かすれ違うことがあったけど、何時もゆきのんを中心に笑顔で溢れてた。

 

 事故の時にお互い認識はしていたけど、ちゃんと話したのは奉仕部に依頼した時が始めてだった。その時にゆきのんは優しいだけじゃなくて、怒ると怖いことがわかった。……うん、本当に怖かった。でも、だからこそ嬉しかったな。

 だって、怒るってことはさ。真剣にあたしの事見てくれてるってことだと思ったから。

 

 あたしがもしあの時のゆきのんの立場だったら、そんなことはできない。もし相手に反発されちゃったらとか、嫌な気持ちにさせちゃったらとか、そういうこと考えて、結局なあなあで済ませちゃうだろうって容易に想像できてしまう。

 

 そしてもう一人の部員であるヒッキー。

 ヒッキーは、皆に認められ頼られるゆきのんとは違って、いっつも一人でいるような男の子。普段のヒッキーはどよんとした目をしていて、何時も気だるげでやる気なしと本当ゆきのんとは正反対。

 一年二年って同じクラスで、あたしは事故の事があったから話しかけるためにヒッキーを気にしてたんだけど、あたしが見た限りで誰かと話してるのを見たことはなかった。

 教室では、寝てるか音楽聞いてるかスマホ弄ってるかで、存在が希薄っていうか、ぶっちゃけ存在感が全く無かった。あたしみたいに注目してないと風景に溶け込んで分からなくなっちゃうんじゃないかな? ……あれ、こう考えるとヒッキーってある意味すごい? いや、いやいや、あたしが感じてるすごいはこういうんじゃないから!

 

 

 

 

 

 あの一年前の事故の時、轢かれそうになったサブレを前にあたしは何もできなかった。道路に飛び出したサブレが震えている姿を見て、ただ茫然と見ている事しかできなかった。今にも家族が死んじゃいそうなのに、自分の不注意で死んじゃいそうなのに、足に根が生えた様にその場を動くことが出来なかった。そんな情けない自分に泣きそうになった時に、彼が現れたんだ。

 

 反対側の歩道から飛び出した男の子が、サブレに向かって走り寄って抱きかかえたのを見て心底驚いたのを覚えてる。だって、その時には黒い車がクラクションを鳴らしながら突っ込んでくるところだったんだもん。距離的にもう避けることは出来ない。サブレだけじゃない。助けようとする男の子まで轢かれちゃう! って思ったあたしは叫びそうになった。

 

 そこからはまるで現実じゃない。そう、映画のワンシーンみたいだった。サブレのもとに駆け寄った男の子は、震えるサブレを抱きかかえてからその場で止まることなく動き出す。でもそれは歩道に向かってとかじゃなくて、今にもぶつかりそうな車に向かってだった。男の子に車がぶつかる正にその瞬間、サブレを抱えたまま車に向かって飛び込んで―――そして、空を飛んだ。

 あの時あの瞬間、時間がまるでゆっくり流れるみたいに感じた。空に飛びあがった男の子は空中をクルクルと回ってて、あたしはそれを見上げて、「あぁ、あたしのせいでこの人は死んじゃうんだ」って全身から血の気が引いていくのが分かった。でも、空中で回る男の子の顔が見えた時、そんな考えが吹き飛んだ。男の子が―――あたしを見て笑っていた。

 事故にあった人が自分を見て笑う。普通に考えたら怖い話だけど、不思議と怖くなかった。怖い気持ちよりも驚きの方が何倍も強かったんだ。

 

 

 

 だって、男の子の笑顔は楽しげで何処か悪戯めいてたから。

 

 

 

 その笑顔は、あたしが夢見る"あの男の子"が重なるものだから。

 

 

 

 その笑顔は、幼い時に一度だけ会ったことのある"あの男の子"を思い起こさせたから。

 

 

 

 この時の気持ちを人に話したら馬鹿にされるか、頭がおかしいとか言われると思う。

 だって、あたしはこの人がこのまま空高く、そのまま子供たちのための国(ネバーランド)に飛んで行ってしまってもおかしくない。ううん、飛んで行ってしまうと思った。

 

 もちろん、実際に男の子がそのまま飛んでいくことなんてなかった。すぐに地面に向かって落下して、そのままゴロゴロと道路を転がって、ガードレールに足をぶつけて倒れこんだ。で、あたしもそれを見て現実に引き戻された。

 

 その後はもう大変だった。男の子がって、もうヒッキーでいっか。ヒッキーが救急車で運ばれて現実に引き戻されたあたしも、車の人と一緒に警察に事情聴かれたり。連絡して駆けつけたお母さんに怒られたりしていろいろあった。その後あたしに怪我はなかったから、そのまま学校の入学式に出席した。正直、同じ現場にいたゆきのんが、新入生代表で挨拶してたのが記憶にないぐらいには動揺してたっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……改めて思い出すと、すごかったなぁ」

 

「ん? どうかしたの由比ヶ浜さん?」

 

「あ、うぅん、何でもないよ」

 

 ぼうっと考え事してたら、さいちゃんがあたしを見て不思議そうに首を傾げてた。っと、いけない。いつの間にか一年前のヒッキージャンプに考えが移ってた。考え込んでる暇はないぞあたし!

 

 今思い出して改めて確認できた。ゆきのんの強さとカリスマ、ヒッキーの誰もが動けないような場面で動ける行動力と度胸。あたしにはないそれらを持っている二人にあたしは憧れている。

 そんな二人がいる奉仕部で頑張れば、あたしも夢に近づけるんじゃないか。そう思って奉仕部に入部したんだ。具体的にどうやってとかは分からない。だからこそ、今は目の前の事に集中するんだ。まずは―――このさいちゃんの依頼を達成するために全力で頑張る! 

 

「さいちゃん、頑張ろうね! おー!」

 

「え? う、うん。お、おー……」 

 

 俄然やる気がみなぎって、むん、っと気合を入れたあたしが両手を突き上げて叫ぶと、さいちゃんは戸惑いがちに手を上げてくれた。でも、それじゃ元気が足りないよ。もっと気合を入れて!

 

「声が小さーい! おー!!」

 

「お、おー!」

 

 声の出ていないさいちゃんにもう一度、今度はもっと大きな声を上げて叫ぶ。

 そんなあたしにさいちゃんは顔を赤くしながらも続いてくれた。そんなさいちゃんに、ニッと笑顔を見せて頷く。よし! ヒッキーが帰ってきたらあたしがボール打ちだから、バンバン打ちまくるぞー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー! テニスやってんじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。


話が進まねえ! 半分ガハマさんの独白で終わってしまった。しかも、次回はテニス……年内に書き終わるだろうか。 



では、また次回です!


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