勘違い系エリート秀一!! (カンさん)
しおりを挟む

BBF風登場人物紹介(9月25日更新)

タイトルの通りです。
意外と難しいことが分かった。
それと原作と同じようにネタバレを含みます。
後書きにはカバー裏風人物紹介を載せてあります。もし興味がありましたら、頭を空っぽにしてどうぞご覧ください。


▶BORDER HQ B-RANK

 SYUICHI MOGAMI

 

――「……」

 

 最上秀一

 

PROFILE(プロフィール)

ポジション:オールラウンダー

年齢:14歳

誕生日:3月1日

身長:170cm

血液型:A型

星座:みつばち座

職業:中学生

好きなもの:車、ステーキ

 

FAMILY(ファミリー)

祖父、猫、父、母

 

PARAMETER(パラメーター)()は風刃装備時。

トリオン  12(42)

攻撃    10(24) 

援護・防御  2(5)

機動     8(25)

技術     8(11)

射程     4(10)

指揮     1(1)

特殊戦術   5(10)

TOTAL 50(128)

 

RELATION(リレーション)

三輪――先輩

忍田本部長――上司

嵐山――苦手

三雲――同期

太刀川――弧月の指導

風間――スコーピオンの指導

出水――射手の指導

 

 SIDE(サイド) EFFECT(エフェクト)

体感速度操作

 体感速度を操作できる能力。使い方によっては相手の動きを見切ることが可能。

 

TRIGGER(トリガー) SET(セット)

 

MAINTRIGGER(メイントリガー)

 弧月

 旋空

 メテオラ

 シールド

 

SUBTRIGGER(サブトリガー)

 バイパー

 バッグワーム

 スコーピオン

 シールド

 

 

【彗星の如く現れた大型ルーキー!!】

 対近界民(ネイバー)戦闘訓練において、緑川の四秒を驚異の0.3秒で塗り替えた。その後も僅か二週間で正隊員となり、A級隊員も注目する期待の新人だ。

 

【過去の記憶が起こした――昏き野望】

 如何にトリオン兵を素早く多く駆逐するかを考え、その執念はまさに悪鬼。正隊員となった彼は過密な防衛任務と対近界民戦闘訓練以外には目にもくれない。他者との交流を拒み、力を求めるその姿はかつての三輪その者。防衛任務を組んだ正隊員たちは、彼のその在り方に着いて行く事ができなかった。

 

【同じ傷を持つ者しか理解できない――悲しき絆】

 最上が唯一心を許すのは、己と同じ痛みを知る三輪のみ。彼にだけは(こうべ)を垂れるその姿に驚いた者は多い。三輪からの厳しい指導は、最上を着実に強くしていき、その力は攻撃手№2である風間が認めるほど。しかし、復讐という鎖で繋がれた彼らの絆は冷たいものであった。

 

【己の全てを戦いに――一撃必殺の戦闘スタイル】

 恵まれた才能。祖父に鍛えられた身体。戦闘に特化したサイドエフェクト。これらを100%利用した彼の戦闘スタイルは、相手の急所を確実に刈り取る短期決戦型。その実力はB級中位以下では対処するのは難しく、A級ですら侮れない。また、サイドエフェクトによりバイパーの弾道設定や合成弾の扱いは、その道のスペシャリストである出水や那須に匹敵する物がある。

 

 CLOSE(クローズ) UP(アップ)

 謎に包まれた彼の正体。

 ボーダーの情報網をしても正確な正体が掴めない最上。しかし上層部は彼を、旧ボーダー創設メンバーの一人「最上宗一」の息子だと睨んでいる。彼がボーダーに入隊した目的は、そこにあるのかもしれない。

 

 

 

 

 実力派ぼっち

 『モガミン』

 名前と祖父のせいで、なんか凄い勘違いを受けている可哀想な子。本人が主張すれば明るい未来が待っているが、昔いじめられた経験のせいで他人に何かを言うことができないという悪循環。ちなみにその時のあだ名が何故かワンランク下げられて「最中」になり、最終的にはジャンボに格上げされた。解せぬ。

 サイドエフェクトが無かったらパラメーターのほとんどが半分以下になる。多分その方が良かったのかもしれない。

 某所でぼっちと呼ばれる度に強くなる悲しき男。

 

 友達たくさんのジジバカ

 『そふ』

 全ての元凶。

 彼が三門市に行きたいと言った時は反対したが、地元では彼をいじめている人間がいることを考慮した結果、中途半端な時期に転入した彼は向こうでもぼっちとなってしまった。

 孫を溺愛しており、彼のことを第一に考え、意思を尊重している。反対に彼の父との仲は険悪だった。

 何処かの外務担当の上層部の元上司という噂がある。

 

 過去現在未来において本編未登場

 『ネコ』

 彼の唯一の友達。三門市に行く前に、会話の練習を強制的に手伝わされたからか、帰省してきた彼に対して冷たかった。

 サバが好き。

 

 

勘違い系ライバル『オサム』

秀一と同期かつ同じ学校で同い年。加えて玉狛支部所属のせいで、何故か勘違い系エリートのライバルとなってしまった不憫系メガネ。

原作で緑川に惨敗したことで解かれた勘違いが、今作ではそのまま継続中。尾びれ背びれ付きながら尚も拡大中。

 

お兄ちゃんの悩みの種『クーガー』

結構綱渡りをしている原作主人公。

選択肢を間違えれば主人公と殺しあう未来もあり、その場合は疾風迅雷の前に苦戦し、結果どちらかか死ぬ可能性があった。

尚、どの未来でも鬼ぃちゃんに睨まれる模様。流石の予知予知歩きも匙を投げた。

 

胃薬常備系エリート『ジン』

己のトラウマが手と足と名前と力を付けて走って来たせいで、彼の胃は風刃でズタズタにされたかのように劇的ビフォーアフター。多分今作で最も不遇なキャラ。その分女キャラの出番を取り、尻を触っているという裏設定があるのでブラックトリガー『イグスリ』片手に頑張って欲しい。

 

シスコンとブラコンでジョグレス進化『鬼ぃちゃん』

だいたいこの人のせいで、登場人物の八割が男性なのに修羅場が形成される。

もし主人公が女キャラだった恋愛に発展したのかもしれないが、よくよく考えれば結局修羅場になることが分かり、厄ネタとして封印された。

おそらく作中で最も勘違いしており、最も主人公のことを理解している人物。

これからきっと主人公によって悩まされるかもしれないが、どうか頑張って欲しい。

 

色々と可哀想『ユイガ』

 

とある平行世界では実力派エリートに殴られ、某所ではセミに負ける男だが、先ほど作者が『ワールドトリガーinfo』にて見つけた人気投票結果発表が面白いことに気がついた。ワートリキャラ以外が参戦していたり、城戸さんのハッピーセット、肛門、柿崎隊の人が投票されてる。歪みないな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【ボーダー入隊編】
第1話


「え? 受かるとは思わなかった!?」

 

 ボーダー人事部の水沼誠二は面接にやって来た一人の少年に酷く驚いていた。

 彼の目の前の少年はこの部屋に来て早々「なんで受かったんですか?」と聞いて来たのだ。加えて全くの無表情で言うのだから、恐ろしい。

 詳しく聞くと、実力試験も筆記試験も平均を下回っていると感じていたとのこと。

 それを聞いた水沼は納得したように頷くと彼に教えた。

 

「この試験で重要なのは一言で言えばトリガーを使う『才能』だ。この才能を君は持っているということ」

 

 しかし彼はそれを聞いてもいささか納得していないようであった。

 これに困ったのは水沼だ。見る限り目の前の少年はボーダーに対する興味が薄いように思える。それこそ何故この試験を受けたのかと疑問に思うほどに。

 それならば、彼の意志を汲み取って合格を取り消したら良い――普通なら。

 

「……正直、君の才能はここ最近では滅多にお目にかかれない代物だ。それに、その才能は君を助けるだけではなく、場合によっては君に牙をむくことも……。

 自分のためにも、そして大切な人のためにも、君は防衛隊員になった方が良いのかもしれない」

 

 その言葉に彼はいくらか考え込むように視線を膝へと向ける。

 しばらくすると、彼は目の前の男の提案に乗ったのであった。

 

 

 

 

 

 その後、彼は仮入隊を経て正式入隊日を迎えた。

 周りには彼と同じように白の訓練生用の制服を着た少年少女たちが居た。

 今日と言う日を待ち望んでいたのか、彼らの顔にあるのは喜びと興奮。

 対して彼の表情には感情が浮かび上がっていなかった。元々感情を表に出すのが苦手な上に、成行きでここまで来てしまった彼にとって、喜びだとか嬉しいとかそういう気持ちは一切ないと言える。

 

 しばらくすると、時間が来たようでボーダー本部長の忍田真史が壇上に上がった。

 彼は己の立場と名を言うと、彼含めた訓練生たちの入隊を歓迎する節を伝えた。

 そして彼は言った。

 三門市の、人類の未来は君たちにかかっている。そのためにも日々研鑽して欲しい。そして自分たちと共に戦う日を待っている――と。

 これを聞いた訓練生たちは胸に熱いものが込み上がり、さらにモチベーションが上がった。

 彼は夜更かししたせいで意識が半分飛んでいたが。

 

 忍田本部長の熱い激励の後は、爽やかな隊長が率いる嵐山隊の出番だ。

 

 これから行う入隊指導の前に訓練生たちはポジションごとに分かれることになっているらしい。

 攻撃手(アタッカー)及び銃手(ガンナー)は嵐山隊長が、狙撃手(スナイパー)は佐鳥隊員が指導するようだ。狙撃手志望の訓練生がこの場を去る中、彼はこの場に残っていた。彼が攻撃手だからだ。

 

「改めて、攻撃手組と銃手組を担当する嵐山隊の嵐山准だ。

 まずは、入隊おめでとう」

 

 性格も容姿もイケメンな彼に男子からは尊敬が、女子から好意が注がれる。

 三門市に引っ越してきたばかりの彼は、嵐山隊長の異常な人気に少し戸惑っている。無表情で。

 嵐山隊長は、訓練生は防衛任務に就くことはできない。そのためにはB級隊員になる必要があり、そのための説明をこれからするようである。

 

「まずは右手の甲を見てくれ。

 君たちが今起動させているトリガーホルダーには、各自が選んだ戦闘用のトリガーが入っている」

 

 彼が見てみると、そこには「3800」と書かれていた。

 嵐山隊長曰く、B級昇格になるためにはこの数字を「4000」まで上げる必要があるらしい。

 あれ? もしかしてB級とやらになるのは簡単なのか? と思った彼だったが、周りの声を聞いてみるとほとんどの人が「1000」らしい。

 それを知った彼は数字を隠してなるべく目立たないようにした。

 余計なやっかみを受けたく無いからだ。

 しかし何故自分だけこんなに数字が高いんだろう……?

 その疑問は次の嵐山隊長の言葉で解消された。

 

「ほとんどの人間は1000ポイントからだが、仮入隊の間に高い素質を認められた者はポイントが上乗せされてスタートされる」

 

 つまり、彼は即戦力として期待されているとのことらしい。

 この説明を受けた彼の脳裏には、仮入隊で行った日々の出来事。

 いやにでかい生物を斬る訓練。ゴキブリみたいな生物を斬る訓練。走り回って斬る訓練。

 あれ? 斬ってばかりじゃね?

 あまり思い出すことがなかった彼をよそに、どうやら目的地に着いたようだ。

 

「さあ、到着だ。まず最初の訓練は――対近界民戦闘訓練だ」

 

 いきなりの戦闘訓練に周りの訓練生は騒めき立つ。中には近界民に襲われた経験があるのか、頬に汗を伝わせる者も居た。

これによって向いているか向いていないかが分かるらしい。意欲的には彼は向いていないだろう。

 

「制限時間は一人五分。早く倒すほど評価点は高くなる。自信のある者は高得点を狙ってくれ。では、説明は以上だ。はじめてくれ!」

 

 その言葉と共に我先にと意欲的に向かう訓練生たち。その中には意外なことに彼の姿があった。

 仮入隊の間に心境の変化でもあったのだろうか?

 否、ただ彼はさっさと終わらせれば次の訓練まで休めると踏んだからだ。

 

 仮想訓練室に入った彼は、早速己が選んだトリガー『スコーピオン』を起動させて――集中(・・)した。 

 すると彼の視界の色は無くなり、世界はモノクロへと変わる。

 

 ――0.1秒経過。

 

 動きの遅くなった近界民に向かって彼は跳んだ。

 

 ――0.2秒経過。

 

 そして、その勢いのまま、仮入隊の時のようにスコーピオンを振り抜いた。

 

 ――0.3秒経過。

 

『……0.3秒!?』

 

 観測室から驚きの声が上がり、外に居る訓練生たち――否、入隊指導に当たっていた嵐山隊も呆然と彼を見ていた。

 これで休める、と思っていた彼だったが周りの視線に気が付く。

 何かしたのだろうか? そう思ったと同時に訓練生たちが一気に彼に押し掛けた。

 

「凄いなお前!」

「何者!?」

「全く動きが見えなかった……」

「たまに特集で見るA級の人たちみたいな動きだったよ」

 

 ワイワイガヤガヤと騒ぐ彼らを見て、彼はようやく察した。

 もしかして目立っている? と。

 ふと他の訓練室を見るとまだ近界民を相手に悪戦苦闘している。

 そんな中、彼は一秒切りを果たした。

 これで目立たないはずがない。

 

「凄いな! こんな記録を見るのは初めてだ」

 

 そしてそれは正隊員から見ても異常なようで、嵐山隊長が驚いた顔で彼に話しかけていた。何故か後ろの木虎隊員は彼を睨んでいたが、彼はそれどころではない。

 楽をしようとしたら面倒な事態に陥った。だが自業自得である。

 

「どこかで近界民と戦ったことのあるような、そんな洗練された動きだったよ」

 

 彼を褒める度に後ろの木虎の顔が凄いことになっている。

 しかしそのことに気付く者は誰も居ない。何故なら、注目は彼が集めているからだ。それがさらに木虎の神経を逆撫でする。

 自分のやったことの凄さを知らない彼は、恐る恐る聞いてみた。

 そんなに自分の記録は凄いのか? と。

 

「ああ、それはもちろん! 今までの最高記録は四秒! それでも一分を切れば速い方だ」

 

 それを早く言って欲しかった……! と彼は内心渋い顔をする。感情が顔に出ないからだ。

 嵐山の言葉に従って周りを見ると、確かに二分前後の記録が多い。中には五分を超えて失格になっている者も居る。

 なんでこうなったのだろう、と彼は考えるのを止めようかなとため息を吐きたくなった。

 コミュ症の彼に、この状況は辛い。

 

「恐らく君ならすぐにB級……いや、A級に上がって来るだろう。それまで楽しみに待っているよ」

「すげえ……あの嵐山さんにあそこまで言われるなんて!」

「おれ、凄い時期に入隊しちゃったかも」

 

 彼は思った。

 この人は敵だ、と。

 

「じゃあ、これからの訓練頑張ってくれ――最上(もがみ)秀一(しゅういち)くん」

 

 その言葉に彼は――最上秀一はとりあえず頷いておいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

 主人公側の三人称の時は、あえて主人公の名前を出さず「彼」と呼称を限定しています。
 初めは二人称にしようと思いましたが、難しくてやめた名残です。
 あと主人公は本当は喋ってますが、物語内では喋りません。





 あと、お気に入り登録ありがとうございます。


 地形踏破訓練――一位。

 隠密行動訓練――一位。

 探知追跡訓練――一位。

 戦闘訓練――一位。

 前回――入隊指導の――の戦闘訓練を経て彼のポイントは3900に上がっていた。

 元々初期ポイントが高かったというのもあるが、彼は意外にも成績が良かった。

 この背景には彼の実家が関係している。

 

 このまま行けば、彼は来週にはB級へと昇格するだろう。周りもそう思っている。

 

「このまま行けば、二週間でB級になるってことだよな」

「ああ。最初は親のコネでも使ったのかと思ったが、実際は訓練でも一位を取り続けているし、あいつの実力は本物だな」

 

 C級隊員の間では彼の話で持ち切りであり、そしてそれは正隊員の耳にも届いていた。

 今では至る所で彼の噂が行き届いており、中には己の隊にスカウトしようと考えている者も居た。

 しかし、当の本人はそんなことを知らず己の甲を見て考えていた。

 訓練が思っていたよりも面倒くさい、と。

 彼は最近この三門市に引っ越してきたのだが、当然中学生である彼は来週には学校に通う身である。そのための準備もあるのだが、仮入隊やら訓練やらであまり捗っていない。

 訓練をサボっても良かったのだが、変に注目されている手前、下手な行動はできなかった。

 結果はさらに注目されている訳だが。

 昔にやっかみを受けて、そこから始まった一連の事件にトラウマのある彼は目立ちたくない。かと言って、ここで手を抜こうものならどうなるのか分からないほど彼も愚かではない。

 よって、こうして訓練にまじめに取り組んでいるのだが……。

 

 彼は思った。さっさとB級に上がってしまおうと。

 そのために手っ取り早い方法は幸いにもある。

 彼は早速ポイントを上げるためにC級ランク戦のロビーへと向かった。

 

「おい、あいつって……」

「ああ。噂の一秒切りの奴だ」

 

 ロビーに着くと、彼はすぐさま注目される。

 気分は動物園のパンダだ。

 彼は極力視線を無視して、空いているブースへと入った。

 

「101……」

「101か……」

 

 ポイントを稼ぎに来た彼だったが、どうやら警戒されているようで次々とブースから避難され、ひそひそと101号室とは戦わない方が良いと言われる始末。

 しかし、彼はそれに気づかずに部屋の奥に行くと……困ったように首を傾げた。

 操作方法が分からないようだ。

 他人に聞くなりすれば良いのだが、彼はぼっち気質で人に話しかけるのが苦手。加えて向こうは彼を遠巻きに見る者ばかり。

 どうしようと困っていると、彼の目に一つの物が映った。

 

 室番号、トリガー名、ポイント。

 

それらがズラリと書かれた一番下に黒いボタンがあったのだ。その隣には通信オフのマークも。

彼はそれをログインボタンだと思い、試しに押してみると画面に変化が起きた。

 105号室、スコーピオン、ポイント8120と黒文字で書かれた相手から申し込みが来たのだ。

 自分の予想が当たった彼は早速とばかりに『了承』のボタンを押し、彼の体は仮想訓練室へと転送された。

 

 彼はさっさと終わらせようと――意識を集中させる。

 すると、彼の耳には己の声以外は消え、視界は色褪せる。

 

『ランク外対戦10本勝負――開始!』

「なんだ、結局受けるんじゃん。受けるんだったら、受けるって――」

 

 目の前に現れた相手に向かって、遅くなった世界を彼は駆け抜ける。

 トリオン体だからか、いつもよりも動きやすい己の体に内心驚きつつも――彼のすることは変わらない。

 ただ足を前へと動かして、手に持った刃を振り抜いて、最速で倒すだけ。

 

「――え?」

『緑川緊急脱出(ベイルアウト)。1-0最上リード』

 

 振り抜いた瞬間、彼の体は浮遊感を覚え、次の瞬間ブースへと戻っていった。

 戦闘が終わったのだろう。それを察した彼は世界の速さを元に戻して、己の手の甲を見る。

 

 3900。変化なし。

 

 ……どういうことだろうか? ランク戦で勝てばポイントを貰えると聞いていたのに。

 

『二本目、開始』

 

 不思議に思っていると、彼の体に再び訪れる浮遊感。何処かのビルの上に降り立った彼は、なるほどと呟いて視界を再びモノクロに変える。

 一回勝っただけでは意味が無いのだろう。一試合勝って初めてポイントを得られる。

 それを理解した彼は相手を探そうと辺りを見渡す。丁度後ろを振り返った時に見つけたので、彼は振り向き様にスコーピオンで相手の腕を斬り裂いた。そして、宙に舞う相手のスコーピオンを尻目に後ろの足を前に踏み込ませて返す刃で首を断つ。

 

 二回目の浮遊感と共に彼はブースに戻る。

 ポイントの変化がないことを確認した彼は、「ふぅ……」と浅く息を吐いて思った。

 

 これ、あと何回すれば良いんだ?

 

 

 

 それから八回ほど相手の首を飛ばす作業をした彼だったが、何故かポイントを得ることはできなかった。

 何がいけないんだろう。うんうん唸りながら手の甲を見るも、ポイントは変わらず。

 相手を変えてみようと画面をみるも、しかし申し込みは来ていない。どうすれば良いんだ?

 そんな風に思っていると、一番下にピコンと音が鳴り『304 レイガスト 1011』と出る。彼は特に何も考えずそれを押すと、画面に申し込み完了の文字が現れる。

 しばらく頭上に『?』を浮かべる彼だったが、ポンッと手を打って納得したように頷いた。

 こちらから申し込まないと点は取れないんだ、と。

 分かりにくいなあ、と思いつつ彼の体が訓練室へと転送される。

 

『対戦ステージ「市街地A」。C級ランク戦スタート!』

 

 彼の目の前には先ほどとは別の対戦相手が現れる。

 眼鏡をかけた普通の少年だ。彼は頬に冷や汗を伝わせながら、レイガストを手に彼を見据えている。……いや、どちらかと言うと呆然と見ている、が正しい。予期していなかった相手が現れて思考が止まっているようだ。

 しかし彼は容赦しない。いつも通り視界をモノクロに変えて、目の前の相手に斬りかかる。そして先ほどと同じように相手の首を斬り飛ばす。

 

「なっ……!」

『三雲緊急脱出(ベイルアウト)。勝者、最上』

 

 勝利を収めた彼は、今度こそと手の甲を見た。

 

 3903。

 

 ……しょっぱ。

 色濃い疲労を含んだ声を滲ませて、彼はブースから出て帰路に就いた。

 

 

 

 

 人生に楽な道は無いと身を以て経験した彼は、結局二週間かけてB級へと上がった。それでも異例の速さだが。

 ちなみにあれ以降彼はランク戦に赴いていない。それどころか訓練が終わればすぐに帰っている。何でもない風に装いながらも、あれには色々と思う所があったらしい。

 それも今日で終わるが。

 B級となった彼は職員から書類を貰って帰路に着く……はずだった。

 何故か彼はボーダーの医務室に来ていた。

 そして医師の前に座り、とある説明を受けていた。

 

「君にはサイドエフェクトがある。それもランクSの超感覚だ」

 

 サイドエフェクト――それは簡単に言うと、優れたトリオンを持った人間が発現する超能力みたいな物だ。一言に超能力と言っても、手から火が出たり空を飛べたりはしない。人間の能力の延長線上にあるものだ。つまり、超能力と聞いて目を輝かせた彼の妄想は叶わない夢と言うことだ。

 

 そんな彼のサイドエフェクトは『体感速度操作』。

 体感速度とは何か。簡単に例えると、向かって来るソフトボールの速度が110キロの場合、野球の150キロのボールに等しい。

 彼は、これを自在にコントロールすることができる。

 体感速度を操作すれば、世界が一秒経過している間、彼の体は一分にも一時間にも感じることができる。そうすれば放たれた銃弾を肉眼で捉えることも容易く、そのまた逆もしかり。

 

「ただ、ランクSだけに副作用とか詳しいことは分からないんだ。多用すれば君にどんな影響が出るか分からない。くれぐれも、自分の体は大事にしてくれ」

 

 ちなみに、彼はこの能力を幼少期から行使している。

 例えば、校長先生の話や暇な授業の時に体感速度を遅くしたり。

 例えば、格闘ゲームでコンボを決める時に加速させたり。

 例えば、ジャンケンの時に見極めたりとか、

 思い返せばくだらないことに使い過ぎである。

 

 こんなことを言えば医師は卒倒するかもしれないが、彼は言うと長くなりそうだと思い、黙っていた。適当に相槌を打つとそのまま帰路に就いた。

 

 

 

 家に帰り、彼は渡された書類を見て、ある一つの項目が目に留まった。

 それはボーダーの給与制度だ。

 A級は基本給+近界民討伐の出来高払い。

 B級は近界民討伐の出来高払い。

 つまり、敵を倒さなければお金を貰えないのだ。

 

 これを見た彼は思った。誰だこんなぼっちに厳しい制度作ったの。

 実は、B級からA級に上がるにはチームを組む必要がある。シーズン毎に行われるランク戦に勝ち、そしてA級に挑戦し認められて初めてA級になれるのだ。

 

 誰と? 学校で友達できないぼっちと組む人間なんて居るのだろうか? いや、いない(反語)。

 

 世知辛い世の中になったと彼はパン耳を食べながらそう思った。

 彼は今貧困生活を余儀なくされている。理由はただ一つ。お金が無いからだ。

 別に彼が捨て子だとか、近界民に家族を殺されたとか、そういうシリアスな背景は無い。彼には孫を溺愛する祖父が居るし、唯一の癒しである猫も居る。

しかし、今現在彼の住んでいるマンションには、彼以外に住人は居ない。家賃が安い代わりに警戒区域に比較的近いのだ。それだけ彼は金銭的に圧迫している状態だ。

 何故そのようなことになったのか。

 それは、彼がほぼ家出当然にこの三門市にやって来たからだ。

 祖父は『ダメええええええ! 行かないでええええ!!』と涙、鼻水その他諸々を顔から流しながら彼に縋り付いたが、彼の決意は固かった。

 彼は祖父のことを一般の常識的範囲で家族愛を持っているが、それではダメなのだ。

 とある一件からぼっちとなった彼は、どうにかして友達を、あの灰色の生活を脱したかった。つまり高校デビューしたい。

 

 

 しかし、彼はまともに自炊をすることができなかった。

 飯はコンビニ弁当。金があれば欲しいゲームを買い、時々スナック菓子を貪る。

 多めに渡された生活費はあっという間に消えた。当然怒られた。

 これは不味いと焦った彼はバイトをしようと求人票を見るも、当然ながら中学生を雇う職場など無い――と諦めていた彼だったが、何の因果かボーダーに入隊することができたのであった。しかし出来高払い。

 

 彼は書類をずっと睨み付けていたが、諦めたかのようにため息を吐いた。

 A級に上がるのは無理。ならば、B級で頑張るしかない。

 幸い防衛任務はシフト希望制なので、たくさん出ることは可能なようだ。

 

 とりあえず、彼は平日の放課後以降、ならびに土日を全て『希望』の文字で埋め尽くした。

 

 




 Q 最上秀一のサイドエフェクトって何?
 A 彼のサイドエフェクトは体感速度を操作できるランクSの超感覚である。彼はこれを体内の時間を操作することで使用しているようだが、実際にここまで精密な操作をするのは難しい。幼少期より使用していたために彼の体――細胞が順応するように変化した可能性がある。現に、筋繊維や神経、骨格の発達が常人に比べて発達しており、それはトリオンにも見られている。その結果、彼が集中しようとすれば無意識的にサイドエフェクトが発動する。
 Q 小難しくて分からん。
 A カニ食う時って集中するよね(半ギレ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

『ありがとう』その言葉しか見つからない……

お気に入り、評価、感想ありがとうございます! 
おかげでこうして早く更新することができました。


 彼がこの街に来て一か月経っていた。

 この一か月で彼の生活サイクルは確定し、ぼっちながらも安定した暮らしを送っている。

 学校に行き、防衛任務をこなす。無い日は買い溜めしたゲームや漫画、アニメを消化する。

 防衛任務で積極的にトリオン兵を討伐していたおかげか、一か月前の彼と比べると懐が温かい。

 中学生ですでに遊び人のような暮らしをしている彼の将来は心配だが。

 

 さて、そんな彼だが一つ悩みがあった。

 友達ができないのだ。

 ぼっち、またはコミュ症を直そうと親元を離れたのに、これでは意味が無い。

 この街に来た当初はどうにかしようとした。しかし慣れない環境に適応するので手一杯だった。しばらくすると「もうこのままぼっち極めようかな?」と思い始めていたが、最近になって危機感を覚えた。いや、思い出したと言った方が正しいか。

 彼は振り返ってみる。ここ最近の自分のことを。まるっきりダメ人間だ。

 どうにかしなければ……と打開策を考える彼。

 

 

 

 結局思いつかなかった彼は、防衛任務へと赴くことにした。

 時間の無駄であった。サイドエフェクトは使っていない。

 

「おっ、来たぜ秀次」

「……」

 

 弓手町支部に向かった彼は、A級7位の三輪隊の面々と合流した。

 本来なら部隊ごとにシフトが組まれるのだが、ソロ(ぼっち)である彼はこうして他の隊と共に防衛任務をこなしている。

 さて、支部に着いた彼は内心顔を顰めていた。どれぐらいかと言うと、口の中に大量の梅干しを放り込まれたくらいには。

 彼は、目の前の三輪秀次という人間が苦手だった。

 と言っても、それも仕方のないことだと彼は思っている。

 以前独りで食堂で昼食を摂っていた時、わいわい仲良く談笑していたC級隊員たちの会話が耳に入ってきたのだ。

 曰く、ボーダーには三つの派閥がある。

 

 近界民に恨みを持つ過激派――城戸派。

 市民の防衛を第一に考える穏健派――忍田派。

 そして、近界民との交流を考えている改革派――玉狛派。

 

 その中でも三輪はバリバリの城戸派である。戦闘の時に溢れ出す怒気でそれを察した彼は、三輪とは仲良くなれないと瞬時に悟った。

 それは、彼は玉狛支部の理念に深く共感している――訳ではない。

 ただ、ここで思い出して欲しいのは、彼がボーダーに入った理由だ。

 遊ぶ金欲しさ。まるで犯罪者の動機のように要約したが、間違っていない。

 そんな彼を三輪が……近界民に全てを奪われたであろう人間が嫌悪しないだろうか?

 

「……合流前に警戒区域に入るなと言っているだろうが、馬鹿が」

 

 結果はご覧の通りである。

 ぶっちゃけ初めに怒鳴られたときは心が折れかけた彼。

戦闘の最中に首根っこを捕まれ、他の隊員をよそにメンチ切られた時は泣きそうになった。トラウマにはなった。枕のシミが一つ増えた。

 

「そうだぜモガミン。じゃないとお兄ちゃんが心配するからなー」

「おい、陽介っ」

 

 自分はいったい何をされるのだろうか。

 目の前で話す彼らを見て内心ガクブルである。

 ちなみに、他の三輪隊のメンバーは比較的優しいと言える。

 以前三輪に怒鳴られた後、スナイパーである奈良坂と古寺は彼を慰め、米屋は三輪に注意していた。それでも三輪隊の中で会話率が高いのは三輪というこの絶望。二位はオペレーターの月見である。

 

 しかし、彼は知っている。三輪が本当に切れた時のやばさを。

 以前サングラスをかけた男に掴み掛って、トリガーを取り出していたほどだ。後で聞いた話だとその男は城戸派と仲の悪い玉狛派の人間だったとか。

 処罰を受けることを承知の上で激情をあらわにする三輪を、彼はこれ以降怒らせないように努力しようとした。

 だが――。

 

「おい馬鹿。一人で突っ走るな」

「おい馬鹿。俺たちを無視するな。こういう時は連携を……」

「おい馬鹿。何処に行く気だ。終わったら今日の動きの粗探しと言っただろうが」

「おい馬鹿。今日はこれから焼肉に行くと言っただろう」

「おい馬鹿。それはしゅ……最上のだろう。お前は食いすぎだ陽介」

 

 地雷が足を生やして向こうからやって来る。どないせえっちゅうねん。

 彼はぼっちだ。しかしそれを脱したいとも思っている。

 だが限度がある。B級に上がり立ての新人がベテランの先輩に物申すなど……。

 胃痛で吐きそうである。

 逆にダメ出しを喰らうのは……お察しの通りだ。

 幸いなのは、他の部隊と組んだ時はこのような事は起きない。

 単に話しかけられていないと言えばそれまでということを、彼はまだ気付いていない。

 

『そろそろ時間よ』

 

 彼の耳に凛とした女性の声が響いた。

 三輪隊のオペレーター月見蓮だ。

 彼はトリガーを起動させてトリオン体へと換装する。少し前まではC級の白い訓練服だったが、今ではそれを黒く染めた服――旧ボーダー時代の物を使っている。

 彼はただデータベースで見かけたのをそのまま使っているだけで、そのことを知らないが。

 三輪隊の面々もトリオン体となり、出発する。

 彼はその少し後ろを歩く。しかし三輪に頭を掴まれ引きずられ、他の三人は笑ってそれを見ていた。

 この人本当どうにかして欲しい、と彼は思った。

 

 

 

 

 (ゲート)が開けば近界民を倒しに向かい、三輪に怒られながらも彼は今日の前半の(・・・)防衛任務を終えた。今回彼が倒したのはモールモッド四体にバンダー三体である。三輪隊と組んでこの数なら多い方だ。何せ、いっつも彼らにトドメを刺されるから、一匹も討伐できない日などザラだ。

 とりあえず、任務を終えて次の部隊に引き継ぎを終えた三輪隊と彼は本部へと向かっていた。彼はこれから反省会か、と少し意気消沈している。

 

「あっ、そうそうモガミン。今日俺らこの後用事あるから、反省会は無しな」

 

 しかし彼の予想に反して中止らしい。

 どういうことだろうか? と首を傾げていると奈良坂が答える。

 

「俺たちは今日遠征部隊の試験を受けるからな。それの準備もある」

 

 遠征部隊。それはA級の中でも選ばれた者のみが近界に行くことができる部隊だ。

 しかし彼には関係の無い話である。何故なら彼はA級に上がることなどできないのだから。

 それよりも重要なのは反省会が無しということだ。

 これで次のシフトまで遊べるぜ、と喜んでいた彼だったが……。

 

「……俺たちが居ないからと言って、サボるなよ」

 

 こちらの体重を何十倍もしそうな声で釘を刺してきた。

 前髪で隠された眉間には凄い皺が寄ってそうだ。怖い。

 それだけ告げると彼はスタスタと歩いて行き、他のメンバーも彼に一言声をかけて去って行った。

 

「そう機嫌悪くするなよー秀次」

「黙れ陽介」

「……隊長、変わりましたね」

「そうだな」

 

 これは家に帰ってゲームをしていたら、風穴を空けられそうだ。または重りを付けられる。

 そう考えた彼はラウンジで適当に時間を潰そうと歩を進めた。本人が居ないのだから、それっぽいことをしていれば怒られないだろう、と考えたのだ。サルの浅知恵である。

 しかし、ふと彼は歩みを止めた。

 今、暇だから丁度アレの練習ができる。

 そうと決まれば早い。彼は早速目的地――仮想訓練室に向かった。

 

 

 

 彼が基本使うのはスコーピオンだ。他にグラスホッパーやシールド等のオプションを使うが、彼の武器はこの軽い剣のみ。サイドエフェクトを用いた短期決戦は、今では攻撃手の間で有名だ。それを本人は知らないし、そもそもランク戦はしないが。

 だが、彼はこれだけでは足りないと思っている。

 誤解無きように言うが、彼は誰かに勝とうとか考えていない。この場合の『足りない』はトリオン兵を他の隊員よりも速く仕留めることを意味する。

 彼の給与はトリオン兵討伐の出来高払い。つまり競争だ。

 しかしここ最近は仕留めることができない。もっと言うとトドメを刺せない。

 だがそれも仕方の無いことである。彼が組まされる隊はほとんどがA級、またはB級の上位だ。そしてもちろん彼らの技量は彼とは一線を画す。サイドエフェクトが無ければ何もできずに終わるぐらいだ。

 

 彼は攻撃手だ。攻撃手である以上近づいて斬らなければならない。

 しかしその前に射手に、銃手に、狙撃手に獲られる。加えてスコーピオンを伸ばしたり、頭おかしいレベルの弧月で斬られたり……。

 B級中位以下と組んでいた時と比べると、彼の討伐数は半分以下にまで減っている。

 というか忍田本部長は何故出てくるのか、と彼は割と本気でキレそうになっている。頭おかしいレベルのそのまた上なのだから、組んだら彼は絶対にトドメをさせない。

 

 そこで彼は一つの結論に至った。

 ならば遠い所から撃てば良いじゃない。

 彼は特に射手に獲物を持っていかれている。よって射手を目指すことにした。

 トリオンは平均に比べて多い方なので、射手としての最低条件は満たしていた。

 

 実戦で使ったところ、三輪にこってりと怒られたが。

 

 どうやらあまりの拙さに、実戦ではまだ使えないとのこと。

 これには他の三輪隊も苦笑いしていた。

 もう怒られたくない彼はこうして練習して、三輪隊以外と組む時に試し撃ちをしたりしている。

 

 彼は早速と言わんばかりに訓練装置を起動させる。

 現れたのは戦闘用トリオン兵モールモッド。もちろん強さは本物と同じだ。初めて緊急脱出させられた時は、腹いせに訓練室で挑み続けていたのだが……今となっては懐かしい。

 

 彼はいつものように集中する。するとサイドエフェクトの効果により彼の意識は加速し、一歩世界から外れた。

 彼が使用するのは変化弾(バイパー)だ。思い描いた軌道を走る変幻自在の魔弾。

 本来なら予め設定しておくのが常だが、彼はサイドエフェクトの効果でその場で最適な動きを作ることができる。そして、その見本は嫌というほど見ている。

 彼のバイパーはモールモッドのブレードをへし折り、足を捥ぎ、トドメに目を貫く。

 しかし狙ったところと少しズレたようで、彼は満足しなかった。のめり込むとハマる性格のようだ。

 

 彼は先週から始めたバイパーを物にするため、さらに大量の近界民を蜂の巣にするのであった。

 




 Q彼のサイドエフェクトと射手の相性
 Aこれ以上ないほど良い。体内時間を遅くしてバイパーの弾道を出水や那須並みに操ることができるし、合成弾も練習次第で瞬時に生成することができる。
 さらに自分が斬りかかりながらチクチクとバイパーで当てることも可能。 
 それに気付けるかが最大の問題だが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話

思いのほか反響があって萎縮している作者です。

どうやら他人視点を物凄く期待している人が多いようで。


なので、もう少し焦らすことにしました。(笑)

まあ、冗談はさておき。
後二話ほど主人公視点の話を投稿して原作前に行ったら、そこで他人視点を挟もうと思っています。
それまで楽しんでください



 時は移ろい七月末。

 彼の通う中学校が長期休暇――つまり夏休みに突入した。

 宿題をサイドエフェクトを有効に使い、それらを一日で終わらせると、彼は大きなバックに荷物を詰め込んでいった。

 帰省である。

 彼の祖父が夏休みの間には帰って来いと懇願したために、彼は最初の一週間を向こうで過ごそうと決めたのだ。

そのためにシフトに希望休を書き込んだのだが……やはりいきなり一週間空けるのは迷惑のようで、彼は忍田本部長に呼び出されてしまっていた。

彼は何とか説得したが、いつもは温和な表情を浮かべる彼が難しそうな顔をしていたので、少し申し訳なく感じていた。管理職も大変なのだろう。

それを察して彼はこちらに帰って来た後のシフトを少し増やしておいた。

 

 さて、彼の実家は県外である。

 電車で一時間、バスで三時間の少し長い道のりだ。

 サイドエフェクトを使える彼の前では特に問題ないが。

 四時間の長旅を終えて帰って来た彼は、祖父に迎えられる。

 がっしりとした体格の厳ついじいさんだ。

 

「秀一。よくぞ帰って来た!」

 

 普段はおかしな服装をする祖父だが、今日は普通の和服だった。

 久しぶりに会う孫を力強く抱きしめる祖父だが、男で十五歳の彼にとってはキツイお出迎えだ。

 なんとか抜け出して、二人は居間で向かい合ってお茶を飲みながら世間話をした。

 

 両親に自分のことを報告していないか。

 ちゃんと自炊はできているのか。

 勉強は着いて行けているのか。

 友達はできたのか。

 ……ボーダーで変な奴に絡まれていないか。

 

 心配性の祖父は矢継ぎ早に聞いて来て、彼は曖昧に答えることしかできなかった。

 もし正直に答えれば連れ戻されることは想像に難しくない。

 しかし流石は十五年間彼を育ててきたからか、何となく察した祖父は苦笑して言った。

 もう無理に引き留めることはしないし、連れ戻さない、と。

 彼が決めたことなら、自分は全力で応援すると言った。

 その結果、彼が怪我をしようと、人道を外れようと……そして死んでしまっても。

 親として最悪なことを言っているが、彼自身が決めたことなのだから、尊重したい。

 でも、辛くなったり、投げ出したくなったら、遠慮なく帰って来い。

 祖父はそう言うと、にっこりと優しい笑みを浮かべた。

 

 そう言われた彼は、胸に込み上げてくるものがあり、目頭が熱くなる。

 だが、何となくそれを見られるのが恥ずかしく感じた彼はただ一言こう言った。

 じいちゃんよりも早死にする気は無い、と。

 

 それから一週間彼は祖父、そして飼い猫と共に夏を満喫した。

 スイカを食べ過ぎて腹を壊したり。

 手に持った花火が祖父の長い髭に点火して大騒ぎしたり。

 祖父の友人がやって来てバカ騒ぎしたり。

 

 この時間だけは、彼はぼっちである自分のことを忘れることができた。

 

 

 

 

 彼のトリオン量は平均よりも多い。

 従って回復するまでの時間がかかり、シフトを組む際は十二時間は空けなくてはならない。以前朝と昼ぶっ続けで防衛任務を組もうとしたら、それは無理だと鬼怒田開発室長に怒られたことがある。

 よって、彼は意外と暇な時間が多いのだ。学校が無い分それは増し、ここ最近は自宅でボーっとすることが多い。

 普段なら、彼はこのままサイドエフェクトを使って時間を飛ばすのだが、先日の祖父の言葉を思い出して止めた。何故だか祖父の心遣いを裏切っているような気持ちになったからだ。

 

 彼はこのまま時間を浪費するなら、訓練でもしようと本部へと向かった。

 C級の時は訓練を面倒だと思いB級を目指し、B級の今では時間を有効に使おうと訓練をする。

 あまのじゃくと言うか、はたまた彼も成長していると言うか。

 それでも未だに友達ができていないのは、もはや呪いだと感じていた。

 

 本部に着き、ランク戦室に来た彼は視線を受ける。

 もはや慣れ切ったそれらを無視してブースに入ろうとした彼を、呼び止める者が居た。

 

「あっ! 最上先輩!」

 

 彼は一度足を止めたが、振り向こうとはしなかった。

 明らかに彼を呼んだ声だったが、過去の経験から不用意に振り向こうとしなかった。

 以前、急に背後から呼ばれて「久しぶりー」と言われた彼は振り返った。相手の顔に見覚えは無く、しかし向こうが知っているのかもしれないと思った彼はそれを返した。しかし実際には彼の後ろに居た別の人に向けてのものだったようで――苦い思い出だ。

 だからと言ってこのまま立ち去るのもリスクが高い。実家に居る祖父もこれには苦笑い。

 

「無視しないでくださいよ最上先輩!」

 

 しかし今回は彼のことだったようで、腕を引かれて再度声を掛けられた。

 これで何の憂いも無いと振り返り……身に覚えのない顔に首を傾げた。

 

「もー。最上先輩あの日以来ランク戦に来ないから、ちょっと心配してたんですけど」

 

 目の前に居るのは彼よりも年下であろう少年だ。

 言動から活発の印象を受けるが、彼はそれどころではない。

 相手はどうやら自分のことを知っており、尚且つ会ったことがあるご様子。

彼は全く心辺りが無いが

彼は脂汗をかきながら、灰色の脳みそをフル活用させる。

だが思い出せない。

 

「あれ? 珍しいなモガミン。こんな所に来るなんてよ」

 

 そんな彼を救う神が居た。

 三輪隊の米屋陽介だ。

 彼はテクテクとこちらにやって来ると、よっ! と手を上げて挨拶する。

 

「お前、緑川と知り合いだったんだな」

「知り合いも何も、最上先輩は俺の目標の一人なんだけどね!」

 

 初耳である。

 米屋のおかげで過度な緊張が解けた彼は、緑川と呼ばれた少年を問い詰めようとする。

 

「あっ、そう言えば二人とも。今暇?」

「あん? まあ、今日は防衛任務は無いし、三輪曰くモガミンは夜から防衛任務だからそれまで暇なんだろうけど」

 

 しかし緑川の勢いには勝てなかったようだ。

 それはそれとして、何故三輪は彼のシフトについて知っているのだろうか。

 これは後に分かったことだったが、シフトを多め(・・)に入れた彼をサポートするために、忍田本部長が三輪個人に報告したようだ。

 

 そんなことを知らずに、話は進む。

 どうやら緑川は混成部隊によるチーム戦に、二人を誘いたいらしい。

 米屋は面白そうと言って快く了承し、彼を見た。

 緑川も何処か緊張したようすで彼を見ている。

 断ろうにも断れない。

 彼は渋々頷いた。

 すると緑川はパアァ……と表情を明るくさせると一言お礼を言って人の集まっているところへと走っていった。

 

「良い傾向だな」

 

 どういう意味だろうか。

 米屋の言葉に彼が首を傾げていると、大きなどよめきが響く。方向的に緑川が走って行った方である。米屋は軽い足取りでそちらへと向かい、彼は重い足取りで着いて行く。

 

「マジかよお前緑川……あの最上を連れてきたのか!」

「え? 何か悪かったの諏訪さん?」

「いや、悪いと言うか何というか……全くお前は……」

 

 そこでは正隊員が集まり、彼へと視線を向けていた。そこにあるのは困惑と驚き。

 B級諏訪隊の諏訪など言葉にしており、同じくB級荒船隊の荒船は緑川に対して呆れ半分に戦慄していた。

 B級同士のチーム戦に釣られてやって来た周りのC級隊員たちも、彼が参加するや否やざわざわと騒ぎ出し、中には携帯片手に何処かの誰かと連絡する者までいる。

 

「まっ、というわけで、俺たちも混ぜてくださいよ諏訪さん」

「別に構わねえが……」

「合わないな。人数が」

 

 ここに集まった人数は九人。

 元々二つのチーム戦をしようと考えていたので、必然と一人余る。

 それを穂刈は指摘するも、同じ隊の半崎がそれならば三つ巴ならどうか? と提案した。

 

「人数合わせにまた人探すのダルいし」

「んじゃ、さっさとチーム分けて――」

「――諏訪さん、俺たちもそのランク戦混ぜて貰っても良いか?」

 

 その提案に彼は不満はないようで、それで行こうと話が終わり、じゃあチーム分けは……となったところで待ったを掛けた者が居た。

 遮られた諏訪は誰だと思い視線をそちらへと向けると――意外な人物の登場にポロリと咥えたタバコを落としそうになった。

 それはギャラリーも同じようで、先ほどの騒めきはさらに大きなものへと肥大化していった。

 

 黒のロングコートに身を包み、肩には己の隊の証であるエンブレムが刻まれている。顔に浮かぶのは、これから起きる戦いに対しての高揚感。

 

 ――A級一位太刀川隊隊長。太刀川慶。

 

「いやーはっはっは。いきなり押しかけて来てすみませんね諏訪さん。ぼんち揚食います?」

 

 そう言って手に持った菓子を勧めるのは、特徴的なサングラスを首にかけ、暗躍と女性の尻が趣味と宣う胡散臭い男。

 

 ――実力派エリート迅悠一。

 

「……」

 

 そして最後に現れたのは、不機嫌そうな表情を浮かべた小柄な男。しかし漂わせる空気は歴戦のそれであり、事実彼はこの中でトップクラスの実力を持つ人間だ。

 

 ――A級三位風間隊。風間蒼也。

 

 その豪華すぎる人物の登場に周りは騒然とし、諏訪は何が起きているんだと混乱していた。

 

「迅さん!? どうして此処に!?」

「そりゃあ、おれだって本部に顔を出すよ」

 

 子犬のようにじゃれついて来た緑川にそう言うと、迅は一瞬彼を見た。

 当の本人は処理落ちして無表情に立ち尽くしているが。

 しかし、迅の彼を見るその眼は、未来を見通す男のそれではなく、むしろ真逆の――。

 

「おいおい迅さん。今度は何を企んでるんだ」

「いやいや。おれも四六時中暗躍しているわけじゃないよ。ただ、太刀川さんがごねて、ノーマルトリガーかつ一戦だけなら許可してくれたってわけ」

「はっはっはっは」

 

 その太刀川は何故か額に青筋を立てているが、大丈夫なのだろうか? と質問した荒船は心配する。

 

 これは絶対何かある。

 この場に居た全員がそう思った。

 

「……一戦だけだ。それ以降俺たちは邪魔をしない」

「……まっ、しゃあねえか。四つ巴にすれば良いしな。じゃあ、早速チーム分けんぞ」

 

 堅物である風間が何も言わず、迅に同調している。

 それを見た諏訪は追及することを止めて、改めてチーム分けを行うことにした。

 

「おいおいマジかよ、A級トップクラスも参加するのかよ」

「俺知ってるぞ。あの人昔太刀川さんとライバルだった人だ」

「マジかよ。俺此処にいて良かったわ」

「おい、早く来いよ! 今からおもしれえもの見れんぞ!」

 

 場の興奮が最高潮に達する中、彼は呆然としつつこう思った。

 

 ――なんか、凄いことになっている。

 

 大人しく家に居れば良かったと思わずにはいられない、彼であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

初めての集団戦です。
拙い文章かもしれませんが、良ければ改善点をご指摘してくださるとありがたいです。
B級ランク戦に活かせると思いますので

それとお気に入り、感想、評価本当にありがとうございます
モチベーションがベイルアウトするのは当分なさそうです


『ボーダーのみなさん、こんばんは! B級海老名隊オペレーターの武富桜子です!』

 

 なんだこれ。

 ……もう一度、言おう。

 なんだこれ。

 彼は、もうこのまま家に帰りたいと思っていた。

 

『皆さんご存知の通り今回はいつものランク戦とは違い、S級、A級、B級混成チームによるドリームマッチが行われます! メンバーはS級から迅隊員、A級から太刀川隊員、風間隊員、緑川隊員、米屋隊員。B級からは諏訪隊と荒船隊のメンバー、そしてあの最上隊員です! 正直私も興奮して混乱しております! 迅さん一体何した!?』

 

 彼がフリーズしている間に、何だか凄いことになっていた。

 C級ランク戦室に居た彼らは、噂を聞き付けた実況娘によってB級ランク戦室に放り込まれた。曰く、面白そうだから実況を付けるだとか、迅さんの指示だとか。

 現在テンション高く実況を行う少女を、彼は心の中にあるブラックリストに刻み込んだ。

 

『さて、開始時間まで少し時間があるので、ここで色々と説明しましょう。

 まず、迅隊員はブラックトリガーの使用は禁止で、今回の模擬戦はノーマルトリガーを使用してもらいます。

 そして肝心のチームですが、個人の力量差を考慮に入れた結果、このような組み合わせになりました!』

 

 Aチーム 迅悠一。緑川駿。笹森日佐人。オペレーターは小佐野瑠衣。

 Bチーム 太刀川慶。半崎義人。諏訪洸太郎。オペレーターは国近柚宇。

 Cチーム 風間蒼也。穂刈篤。堤大地。オペレーターは三上歌歩。

 Dチーム 最上秀一。荒船哲次。米屋陽介。オペレーターは加賀美倫。

 

 力量差とは何だったのか。と彼は思わずにはいられない。

 S級とA級を一緒にしてはいけないでしょうに。

 それどころか、観覧室に人集まり過ぎじゃないだろうか。

 胃が痛くなってきた。

 極度の緊張から彼の胃はキリキリと痛み、思考はグルグルと回り続ける。

 

「凄いな、チーム戦初めてなはずなのに落ち着いている」

「こいつにとっては、この模擬戦もお遊びじゃないんですかね。まあ、俺たちも気楽にしましょうや」

「ふっ、そうだな」

 

 ただ単に余裕がないだけである。

 

『混成チームなだけに、どのような展開になるのか全く予想できません!

 その辺り、どう思われますか解説の東さん!』

『そうですね。やはり肝心なのは如何に上手く連携を取れるか、と言った所。

 幸いにもどのチームにも隊長、または経験者がいますから、それを主軸にどう動くかがポイントだと思いますが……』

 

 東はそこまで言って発言を止めた。

 

『……これ、各チームの待機室にも聞こえてますか?』

『少々お待ちください――いえ、丁度作戦を練っているようで音声は遮断されているようです』

『そうですか。では――。

 今回の模擬戦においてキーとなるのは、やはり最上隊員でしょう』

『おお! やはりそうですか!

 あっ、ここで最上隊員についての情報を皆さんにお伝えしますね。

 彼は入隊時に一秒切りを果たした攻撃手界の大型ルーキーであり、二か月連続トリオン兵討伐数一位という記録を出しています。スコーピオンのポイントは5700と少し低めですが、これはランク戦を全く行っていないからであり、噂ではその実力はA級も注目するほどとか!』

『はは……あまり個人の情報は流さないようにね』

『大丈夫です! 事前に許可は得ています!』

 

 ただ単に意志疎通ができていないだけである。

 苦笑いを浮かべていた東は、しきり直すように言葉を続ける。

 

『話は戻りますが、今回の一戦は最上隊員の実力を見ることができるでしょう』

『ほほう。その心は?』

『単純に、相手が個人の実力としても、チーム戦として経験的にも、格上を相手にすることになるからです。

 最上隊員はソロでチームを組んでいません。防衛任務でも他の隊と組みますが、彼の戦い方は他の隊員の邪魔にならないように、個人で戦う――つまり、連携して戦っていません』

 

 少なくとも、自分たちと組んだ時はそうでした、と東はそう語る。

 彼のその言葉に思い当たるところがあるのか、彼と組んだことのある隊員たちは頷いたりと同意している。そのほとんどがA級、またはB級上位の隊員であり、どれだけこの一戦が注目されているのかが分かる。

 

『ただ……これは私個人としての意見なので、実際はどうなのかは分かりません。

 そこのところはどうなんだ、秀次?』

『……』

 

 東の問いかけた先、つまりもう一人の解説者である三輪秀次は如何にも不機嫌といった様子で腰かけていた。師である東の言葉にも沈黙を返すほどであり、彼がこの一戦をどう思っているのかは容易に想像できるだろう。

 武富桜子は、そんな彼に怯えつつも東と同じ質問を問いかけた。流石はプロである。

 

『……あの馬鹿は、一人で戦っていけると思うほど愚か者ではありません』

『えっと、つまり?』

『その答えは……これからの戦いで分かるだろう』

 

 そう言ったきり、三輪は発言することはなかった。

 桜子はその発言の真意を理解できず首を傾げていたが、東は理解できたようで、三輪を見る目は優しかった。

 

 それから十五分後、各々の準備が終わったようであり各隊員の転送が開始された。

 ステージは市街地Aだ。

 マップ上にはランダムに各隊員が映し出されている

 

『さて、まずは定石通りに全員バッグワームを……ってあれ?』

『最上隊員が、バッグワームを起動させませんね……』

 

 彼は、作戦前に合流を最優先にしようと言われていた。

 よって、マップで仲間の位置を確認するとその方角に向けて走り出す。

 勝手が分からない彼は、先輩の言うことを聞けば良いだろうと半ば思考放棄していた。だからこそ、基本のバッグワームを展開することを忘れていた。

 加賀美からの通信で言われるまで。

 彼は急いでバッグワームを展開するも、時すでに遅し。マップ上の敵は一斉に彼の元に集まり始めた。

 

『やはり最上隊員。初のチーム戦だからか動きが鈍いように思える!』

 

 桜子の発言にC級隊員たちの間でクスクスと笑いが起きる。

 彼の飛躍的な昇進に快く思わない者もいたのだろう。その嘲笑に三輪は眉を顰め、しかし東の発言で一転する。

 

『いや……これは全体的に見たら案外悪くないですね』

『え?』

『実は、転送完了時において、最も不利だったのはDチーム……つまり最上隊員たちのチームなんですよ』

 

 観覧室に映っているマップには荒船、米屋を囲むように敵が転送されていた。

 このまま戦闘に入れば、最も不利なのはDチームだ。

 

『しかし、最上隊員に釣られたことによって包囲網は崩されました』

『確かに、迅隊員、太刀川隊員、風間隊員は真っ直ぐに南へと向かっています』

『誰を取っても一点ですからね。チーム戦に不慣れな彼が狙われるのは当然です。

 ただ、最上隊員もそれを自覚していたようですが』

『え? それはどういう……あっ、最上隊員間もなく接敵します。

相手は……なんと迅隊員です!』

 

 彼が真っ直ぐ米屋の元へと北上していると、進行方向に立ち塞がるように迅が現れた。

 手には彼自身が開発し、そしてライバルである太刀川と一位争いをしていた当時の愛剣スコーピオンが。

 S級隊員が現れたことに彼は軽く絶望するが、反対に迅は嬉しそうだ。

 

「さて、胸を借りますよ最上さん!」

 

 嫌みか。

 そう思いつつも彼はサイドエフェクトを発動させ、迅の剣筋を見て対応する。

 

 まず、彼から見て右斜めから振り下ろされた剣は、体を左へと寄せつつ右足を引くことで回避した。その際の体の遠心力を利用した回転切りを放つ。だが、彼はこれが当たるとは微塵も思っていない。現に、迅は左手に持ったスコーピオンで受け止めていた。

 だが、彼の狙いはここだ。

 あえて受け止めさせたスコーピオンの剣先を形状変化させて、首を狙った奇襲!

 迅はそれを頭を後ろにそらすことで躱すも、元々これを狙っていた彼のスコーピオンのサイズは短い。つまり、まだ伸ばす余裕がある。

 相手の晒した喉元に向かってスコーピオンを伸ばす――が、減速した世界で彼は見た。すでに振るわれたスコーピオンを。

 己のスコーピオンが砕かれると共に、彼はバックステップで避ける。

 

「うん。スコーピオンの扱いが上手いな。それに剣筋も良い。製作者として嬉しいよ」

 

 彼は、こういう奇策は通じないと判断するや否や、スタイルを変更する。

 右手には短剣を。そして左手には峰の部分に窪みが入った剣を。

 

「おっ。珍しい形だ」

 

 それを見た迅はあえて(・・・)攻撃に移る。

 双剣を活かした猛攻を、彼はサイドエフェクトで凌ぐ。

 なるべく焦らず、ただその時が来るまで。

 そして、その時は来た。

 

 ――甲高い音と共に、迅のスコーピオンは彼の剣に噛まれた。

 がっちりと捉えたまま、彼は迅のスコーピオンを取り上げ、右手の短剣を瞬間的に伸ばすことで首を狙った。

 

「うおっ、器用なことをするな」

 

 だがしかし、現実は非情である。

 彼が剣を突き出す前に、迅は既に回避行動に移っていた。

 読まれていた。

 これもダメだと悟ると同時に、迅の袈裟斬りが襲い掛かる。

 

 

『なんと最上隊員、迅隊員相手に互角に渡り合っている!?』

『いや、これは違いますね』

『え!?』

 

 彼は遅くなった世界の中、既に緊急脱出(ベイルアウト)をしたくなった。

 いつものように動きの鈍い相手の首を斬るという彼の作業は、どうやら目の前の相手には全く効かないようだ。

 迅のサイドエフェクトは未来視。その言葉の通りの効力を持つSランクの超感覚だ。相手の未来から最適の答えを読んで、最適の剣を振るうのが迅のスタイルだ。

 傍から見たら高速で斬り結んでいるように見えるが、実際は彼の振るう剣は先読みをされ、全てが余裕を持って対応されている。少なくとも、彼から見たら。

 

『……っち、相変わらず腹の立つ奴だ』

『あ、あははは……では、最上隊員はこのままでは不利だと?』

『そうですね。何か変化が起きればあるいは、ってところですかね』

 

 タイミング良く、東の発言と共に彼は動いた。

 迅から距離を取ってスコーピオンを仕舞い、両手から二つのトリオンキューブを合成し――次の瞬間それらは一つの弾へと昇華した。

 

『んなあああ!?』

『あれは、合成弾!』

『――速い』

 

 超減速の起きた世界で、彼はバイパーとメテオラを合わせてトマホークを生成。

 そしてそのまま弾道を設定し、一斉掃射!

 

「――やっべ」

 

 迅は一瞬焦るとすぐさま飛び退いて、目の前で家や道路を粉砕する光景を目に収める。

 しかし彼に安息の時間は無い。

 無数の弾丸が四方八方から彼を取り囲もうと襲い掛かる。それは那須隊の射手、那須玲を連想させる鳥籠だった。

 彼は迅を中心に囲うように動きつつ、バイパーを放ち続けた。

 

『これは……トマホーク! それとバイパー! 最上隊員は攻撃手ではなかったのか!?』

『いや、彼はここ最近防衛任務でもバイパーを使っています。しかし、合成弾は初めて見ました』

『弾道、合成速度から察するに、リアルタイムで設定しているな』

『なるほど、サイドエフェクトか』

『ええ、おそらく』

 

 しかし、彼のバイパーも迅に読まれてしまっているようで、最初の動揺も収まり徐々に彼との距離を縮めていく。

 

 これ絶対勝てないわ。そう判断した彼は逃げることにした。

 情けないとは思うも、この時の判断は間違っていなかった。

 背を向けて全力で走る迅を遮るように、一つの斬撃が彼の足を止めた。

 太刀川だ。

 

『ここで太刀川隊員、迅隊員に斬りかかる! その間に最上隊員は戦線を離脱し、バッグワームを起動させて一気に北上していきます!』

『運が良い……いや、狙ったのか? 

 ともかく、これは面白い展開になりましたね。ここで攻撃手トップクラス三人(・・)が揃いました』

 

 米屋と合流するためにマップ上の東へと走る彼をよそに、迅の元には太刀川に続いて風間も到着していた。

 

「おいおい二人とも……おれと戦っても意味ないでしょ」

「いや、俺にとってはお前との決着が全てだ」

「……忍田本部長からはランク戦をしろとしか言われていない。別に問題ないだろう」

「……あれ? 風間さんもしかして怒ってる?」

「……」

 

『攻撃手三人が三つ巴の頂上決戦を行う中、東でも乱戦が起きる!』

 

 米屋、緑川、堤、諏訪が接敵したようで、四つ巴が起きたようだ。

 攻撃手が激突し、少し離れた所から銃手が牽制を入れる形だ。どうやら狙撃手が射撃ポイントに入るまでの時間稼ぎのようだ。

 一方、マップ中央では運悪く笹森が荒船と対峙し、弧月を抜いた荒船が押している。

 指示されたからか、笹森は風間の居る方角へと荒船と斬り合いながら走る。

 

『最上、お前はそのまま米屋の援護に向かえ。笹森(こいつ)を片付けたら、俺もそっちに行く』

 

 彼は荒船の指示に頷くと、なるべく見つからないように、かつ急いで米屋の元へと向かう。

 視界に諏訪の背中を確認した彼は、そのまま家の影に身を潜める。

 加賀美曰く、米屋は堤の散弾銃で足をやられてしまったようで、あまり形勢は良くないらしい。マップを確認すると、諏訪の居る屋根から家二つ分の位置に堤は居た。

 とりあえずトマホークでブチかまそうと、弾道を設定して走ると同時に誰かが緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

『ここで笹森隊員、荒船隊員に競り負けた!』

『荒船は弧月でマスタークラスに至っていますからね。笹森隊員には少し荷が重かったか』

 

 誰かがやられたことに気を取られた諏訪が、一瞬攻撃の手を止めた。

 そこにタイミングよく彼のスコーピオンとグラスホッパーによる奇襲が決まった。

 

「なっ……いつの……まに……」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 その勢いのまま道路に着地すると同時に、彼は堤の元へと跳んだ。

 真正面から向かって来る彼に、堤はアステロイドの両攻撃を行う。

 それに対して彼は慌てて立ち止まり、フルガードでアステロイドの嵐を防ぐ。

 

『おっと、ここで銃手の射程圏内で足を止めてしまった最上隊員! このままでは削り取られるのも時間の問題――』

『いや、これで良い』

『へ?』

 

『堤さん! 避けてください!』

「っ!」

 

 散弾銃を放ち続ける堤の耳に、オペレーターである三上の警告が入るも、一歩遅かった。

 堤の元に空から爆撃が襲い掛かり、崩落する家と共に緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

『諏訪隊員に奇襲をかける前に設定していたトマホークですね。彼はトマホークの使い方が上手い』

 

 一気に二点をもぎ取った彼は、米屋と戦っている緑川の元へと向かった。

 

「げっ、最上先輩」

「やっと来たかモガミン。さっさとこいつ片付けんぞ」

 

 やっと合流できた。

 ほっとしつつ、彼はいつものようにサイドエフェクトを発動させ――視界に映った一つの弾丸に意識を持っていかれた。

 彼は咄嗟に鈍い体を必死に逸らす。しかし、それは悪手だった。

 弾速は速く、彼の右肩に穴が空く。

 

『半崎隊員による狙撃。しかし距離がおかしい!』

『半崎隊員の射程はボーダー内においてトップクラスですからね。しかしこれは……』

 

 超遠距離から狙撃によって、ダメージを受けた彼は傷口を塞ぎつつ射線から外れようとする。

 しかし、それは杞憂だった。

 

「……よし――っ!」

 

 狙撃したことによって位置を確認した穂刈が撃ち抜いたのだ。

 おそらくそういう指示を受けていたのだろう。

 穂刈は急いでその場を離れようとして――視界がズレる。

 

「……やられたな。隊長」

 

 半崎を補足した穂刈は、近くに居た荒船の弧月によって頭部を斬り裂かれた。

 奇しくも、同じ隊同士による点の奪い合いが行われることとなった。

 緊急脱出(ベイルアウト)する穂刈を見届けて、荒船は振り返る。

 そこには、スコーピオンを持った風間が立っていた。

 

「……悪いな、二人とも。どうやら合流は無理そうだ」

 

 

 

『息をつく暇も無く次々とリタイアしていく隊員! 荒船隊員も風間隊員を相手に喰らい付くも、無念の緊急脱出(ベイルアウト)!』

 

 桜子の言うように、これで残ったのは彼を含めて六人。

 先に落ちていった全員がB級だということを考えると、個人の実力差が現れているように思えた。それは観覧室に居た隊員たちも感じたようで、未だに残っている唯一のB級隊員である彼に関心が集う。

 

 そんなことを知らずに、彼は米屋と共に緑川を追い詰める。

 緑川は苦しい表情を浮かべつつも、必死に抵抗し、中々落ちない。

 米屋の足がやられたのが原因だろう。バイパーで牽制を入れるも威力が足りず、シールドで防がれる。

 

『警告! そっちに風間さんが――』

「――がっ!」

 

 さらに戦況は動く。時間を取り過ぎた結果、機動力が低下していた米屋は、風間の奇襲に対応できずに首を撥ねられる。

 

『戦闘体活動限界緊急脱出(ベイルアウト)

 

 ドンッと米屋が落ちる。

 急に落とされた米屋に、緑川も彼も意識が持っていかれた。

 だが、二人には差があった。

 緑川は現実の世界で、彼は遅くなった世界で。

 たったその一つの差が勝敗を分けた。

 硬直している緑川の首を、先ほど米屋がされたように撥ねる。

 

「……また、やられた」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 緑川を下した彼は、スコーピオンを片手に、目の前に立つ男を見据える。

 肩からトリオンが漏出したとはいえ、彼はまだ戦うことができる。それでも彼が圧倒的に不利と言えよう。

 利き腕は使えず、トリオン残量も実力も大きな差がある。

 そして、もし奇跡が起きて風間を倒すことができたとしても、その後には太刀川と迅が居る……。

 それでも、彼がここで落ちても彼らのチームは二位以上は確実だが。

 彼はそのことに気が付かずに、サイドエフェクトを発動させて備える。

 

「……正直、初めは気が進まなかった」

 

 それを知らずに風間は口を開く。

 残念ながら、サイドエフェクトを発動させた彼の耳に音は届かない。

 

「B級のお前に対して、このような不公平な戦いを仕掛けることにな。

 だが――どうやら俺は慢心していたようだ」

 

 チャキッとスコーピオンを構える風間蒼也。

 

「認めよう。お前は紛れも無く強者だ」

 

 その言葉を最後に二人は激突した――。

 

 

 

 

 あの後、彼は風間に負けて緊急脱出(ベイルアウト)

 そしてその後間もなく太刀川が迅に勝ち、消耗していた太刀川を風間が討ったことで試合は終了した。

 

『試合終了! 結果はCチームが生存点含めて6点を得たことにより逆転勝利! では、東さん、早速試合の総評をお願いします!』

『そうですね。今回の試合は混成チームということもあり、ポイントの差が開きました』

『確かに。S級とA級の居るAチームがまさかの無得点! ですからね』

 

 これには観覧室に居た隊員たちも驚いていたのか、試合結果に騒めいている。

 最終的にはCチームが勝ったものの、それまでは今回チーム戦が初であるはずの彼がいるチームが独走していたからだ。

 東も同じ気持ちなのか、今回の総評は最上を中心に行うようである。

 本人はグロッキーで聞けていないが。

 

『まず、転送完了後に彼はバッグワームを使わなかった』

『初めはミスかと思いましたが、試合結果を見ると……』

『実際はどうなのか分かりませんが……それでも、米屋隊員、荒船隊員が即座に集中放火……――まあ、米屋隊員は敵に囲まれていましたが――特にあの三人が最上隊員の誘いに乗ったので、結果オーライでしょう』

『……ただ、本来なら上がり立てのB級がするべきことではない。今回は運が良かっただけだ』

 

 運が良かった、という言葉に東は乗る(・・)事にした。

 上からは詳しいことを聞かされていないが、彼は己の弟子を信じてただ解説するだけである。

 

『その後、最上隊員は迅隊員と戦いましたが……』

『割とすぐに離脱しましたね』

『ええ。自分は勝てない――つまり取れない得点だと判断した。

 そして迅隊員と太刀川隊員をぶつけた後は諏訪隊員、堤隊員と連続で獲っていく』

『鮮やかな手口でしたね』

『いやあ、あのトマホークには驚かされました』

 

 逆に諏訪隊の面々は己の力を発揮できなかったと言わざるを得ない。

 元々諏訪隊は銃手二人による散弾銃の面攻撃が強みだ。それをチーム編成で崩されたのが最大の痛手と言えよう。

 それと比べると荒船隊はしっかり対応していた。

 同じ隊だからこそ、相手の居場所も、するであろう動きも読んで、そして己の得点にすることができた。

 

『それにしても、意外でしたね』

『何がです?』

『いや、試合開始前は彼にチーム戦ができるのかと思っていましたが……仲間(・・)を頼ることを知っている動きでした。

 お前がその辺りのことを教えたのか。秀次?』

『……あいつはまだ未熟者です。まだそれしかできません。

 米屋との連携に拙さがあるから、緑川をもっと早く落とせなかった。

 それに、注意力も足りませんし自分のサイドエフェクトの弱点を理解していない。

 加えて最後の風間さんとの一騎打ち。あいつなら時間を稼いで逃げ切れば――』

『ははは。秀次、後輩が可愛いのは分かるが、全て教えたら成長できない。その辺りにしておけ』

 

 東の言葉を理解できた者は、おそらく少ないだろう。

 ほとんどのB級、C級隊員たちは首を傾げていた。

 逆にA級の実力者たちは彼を生暖かい目で見ており、それに気づいた三輪は瞠目した。

 

『えーと、つまり……?』

『つまり臨機応変に動いた最上隊員が、試合の流れを動かしたということです』

『なるほど! これは彼がチームを組んでB級ランク戦に挑んでくるのが楽しみであり、少し怖いですね!』

『ははは、そうですね――私は、彼の成長が楽しみですが』

 

 その言葉に気付いた者はどれだけ居ただろうか。

 ただ、彼に教えを乞うた者たちは気付いているだろう。

 

『それでは急遽行われた混成チームによる模擬戦は終了しました!

 全力で戦い、素晴らしい試合を見せてくれた皆様に拍手をお願いします!』

 

 

 

 

「いやー、モガミンすまんな。足引っ張っちまって」

 

 米屋から告げられたその言葉に、彼は首を振って返す。

 年上の、それも自分に良くしてくれる先輩にそのようなことを言われると、恐縮してしまい口が回らなくなる。

 悲しきコミュ障の性。

 

 そんな彼らをよそに、総評を聞いてからずっと黙っていた荒船が顔を上げる。

 

「最上、お前俺の(チーム)に入らないか?」

 

 そして爆弾を降下した。

 彼も、そして彼と話していた米屋もいきなりの勧誘に驚いている。

 

「ちょ、どうしたんですか荒船さん!」

「どうしたも何も、今回のチーム戦を見たら普通欲しいと思うだろう」

 

 彼はいきなりの自分に対する高評価にショート寸前であった。

 何しろ、彼のことを褒めてくれるのは彼の祖父以外では久しぶりだからである。

 ちなみに三輪はカウントされない。分かり辛いのは彼に対しては逆効果である。

 

「おそらく穂刈も半崎も同意するだろう。加賀美も異論は無いな?」

「もちろん」

「で、どうだ最が――」

「――ちょっと待ったーー!!」

 

 しかし、そこに待ったをかける者が居た。

 作戦室に駆け込んできた諏訪である。

 彼の背後には迅、太刀川、風間以外の今回の試合の参加者が揃っており、かなりの大人数だ。

 諏訪はビシッと彼を指差すと、有無は言わさない力強い言葉で断言した。

 

「最上ィ! お前俺らの隊に入れよ!」

 

 まさかの二回目の爆弾である。

 そして二回目のフリーズである。

 

「なっ!? 諏訪さん、最上は今俺が勧誘して――」

「んなこと分かってらァ。だからこそこうして抜け駆けされる前に来たんだろうがっ」

「んぐ……」

 

 自覚していたのか、言葉に詰まる荒船。

 そんな彼を置いて諏訪は彼の肩を強く掴むとさらに言葉を続ける。

 

「俺たちの隊は良いぞー。なんせ隊室(へや)には麻雀があるしな」

「諏訪さん。中学生にそこはアピールポイントじゃないと思います」

「そうそう。もっと中学生が食いつくポイントじゃなきゃ」

「おサノ先輩。それも違うかと」

 

 諏訪隊の面々は彼を己の隊に入れることに異論はないのか、入れること前提で話を進めている。

 これを面白く感じないのは先に勧誘していた荒船である。

 

「くっ……! おい最上。俺たちの隊に入ったらアクション映画の魅力を理解できるぞ!?」

「珍しく混乱しているな、うちの隊長も」

「まあ、欲しい人材ではあるよな」

 

 なんかもう荒船はダメだった。

 それを察した荒船隊の二人は呆れており、しかしみすみす彼を諏訪隊に明け渡すつもりはないらしい。

 

 そして勃発する一人の男を巡った仁義なき戦い。

 

「そもそも、俺が先に勧誘したんですって!」

「うるせぇ! だいたいお前たちの隊に最上入れてみろ。一人前線に放り出されて可哀想じゃねえか! その点うちは日佐人いるから寂しくねえ!」

「寂しい奴だと思われてんのか笹森。諏訪さんに」

「いえ、勢いだけで言っているだけです……多分」

「だから、アピールポイントが……」

「なんかもう、この状況がダルいわ」

 

 

「はっはっはっは。モテモテじゃねえかモガミン……あれ? いねえな」

「最上先輩、防衛任務だからってもう行ったよ」

「あいつ逃げたな」

 

 すでに彼の許容範囲を超えていたのである。

 

 

 

 

 

 抜け出してきた彼は疲労困憊といった様子で、支部についた際に三輪がいても驚く余裕はなかった。

 三輪は、彼のその様子を見て大方のことを察したのかため息を吐いた。

 どうやら逃げ出してきた彼に呆れているようであった。

 先ほどまで考えていたチーム戦の反省点を頭の隅に追いやり、三輪は問いかけた。

 

「お前は、チームを組まないのか?」

 

 その言葉に対して、幾分か落ち着いて来た彼は分からない、と答えた。

 元々自分のような人間がチームを組めるとは思っていなかった。だから、先ほどチームに誘われた時に喜びよりも困惑が勝り、そして逃げてしまっていた。

 情けない……。

 言った後にそう言われると察した彼は、自分のガラスハートに補強をして身構える。

 触れば崩れ去る欠陥工事も真っ青な脆さだが。

 さあ来い、と思うも、どういうわけか三輪は黙ったままである。

 

「……そうか」

 

 しかしどういうわけか、三輪は一言そう言うと歩き出した。

 気が付くともう既に前の部隊と交代の時間だ。

 罵倒されなかったことに動揺しつつも、彼は三輪の後を追う。

 

「……もし」

 

 三輪が口を開いた。

 

「もし、A級を目指すことになったら……その時は――」

 

 しかしそれ以上は告げず、彼は歩く速度を早めた。

 何を言おうとしたのか。

 それが気になった彼だったが、追及したら鉛弾を受けそうだったので黙っておいた。

 

 

 心なしか、今日の三輪の罵倒は少なかったかのように思えた。

 




今回のチーム戦であのキャラ達に違和感を感じて下さったら幸いです。
色々と伏線を張ったりしている回です。
東さんも言わなかったところもありますが、果たして何人の方が気づくでしょうか……。

ちなみに、この試合をしている時の防衛任務をしているのは
小南
レイジさん
烏丸
茶野隊
片桐隊
というどうでも良い設定があったり。
他のA級は何をしているのかはお察しを

それと転送位置は
C穂刈           A緑川
          B半崎
A笹森  D荒船       D米屋   B堤
        C風間
B太刀川           C諏訪
     A迅
    D最上

な感じです。

次回、原作前まで一気に飛ぶ話です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話

 三門市と言えば何か? と聞かれれば十中八九の人がボーダーと近界民を連想するだろう。

 しかし、彼はボーダーに入隊する前は微塵も興味を見せていなかった。そんな余裕が無かったと言うべきか。

 なら、何故彼は一人暮らしをする際にこの街を選んだのか?

 家賃が安かったから? それも理由の一つである。

 周りに己のことを知っている者はいないから? それも理由の一つだ。

 

 だが、やはり最大の理由は――彼の両親の墓がこの街にあったからだ。

 

 

 

 

 友達を作らず、金目当てでボーダーに入り、休日は遊び人のような生活をする彼は、正直真っ当な人間だと断じることはできないだろう。

 しかし、どんな人間にも美点はある。

 そして彼の場合は――必ず毎週木曜日、墓参りに向かうことだろう。

 三門市にある墓地の数は多い。約四年前に起きた大規模侵攻はたくさんの人の命を奪った。

理不尽に奪われたいくつもの命は、警戒区域から最も離れた山の麓の墓地にて眠っている。

彼の両親の魂もこの地に静かに眠っている。

 

 彼はマッチと線香が入ったビニール袋を右手に、左手には水の入った手桶が。

 普段の彼なら疲労の言葉を心の中で呟くのだが、今日に限ってそれはなくただ黙々と歩いていた。

 

 両親の墓地に辿り着いた彼は、ふと供えられている花と線香を見て――しかしすぐに何でもないように手に持った荷物を置く。

 墓地に備え付けられたブラシで墓を掃除する。彼が毎回丁寧に掃除しているからか、または他の誰かが掃除しているからか、彼の目の前の墓は綺麗なままだ。

 

 彼は、両親の墓に花を供えてくれる人間を知らない。

 祖父は父と仲が悪かったらしい。

 『らしい』と言うのは、彼は父、母に関することを覚えていないのだ。

 物心付いた時にはすでに祖父と暮らしており、両親の顔は見たことが無い。写真も祖父が遺さず、毎月送られて来た両親であろう手紙を頑なに見せようとしなかった。

 しかし、それもある日を境にピタリと止まり、彼の家に手紙が届けられることはなかった。

 ……実は、彼は一通だけ両親の手紙を見たことがあった。祖父が処分し忘れていたそれを偶然手に入れ、懐に入れて自分の部屋で見た。

 だが、意外にも彼に感動は無かった。

 この人が親なのか。あまり似ていないな。

 ただ、そう思っただけだ。

 

 だから、祖父から両親が亡くなったことを聞いた時、彼は悲しむこともなく、ただ『そうなんだ』と思っただけだった。

 彼にとって両親とは己を生んでくれた他人、という認識が正しい。

 男手一人で育ててくれた祖父と比べると、どうしてもそう思ってしまう。

 

 しかし、だからこそ彼は両親に感謝している。己を生んでくれた彼らに。

 

 彼が此処に居るのは、間違いなく彼らのおかげだ。それは変えようのない真実。

 だから彼は決めた、墓参りをしようと。

 初めは渋っていた祖父だったが、彼の懇願により折れて場所を教えてくれた。やはり祖父は彼に甘いようで、だからこそ彼は祖父のことを愛している。

 

 元々綺麗だったからか、三十分ほどで墓掃除を終えた彼は線香を立てる。

 ゆらりと白の線が空気中を漂い、独特な香りが彼の鼻をくすぐる。

 彼はしゃがんで、手を合わせて目を閉じる。

 そして彼は心の中でこう念じる。

 

 ――どうか、安らかに。

 

 自分が何かをしているだとか。友達がいなくて寂しいだとか。先輩が凄く怖いとか……そういう報告を彼は一切しない。

 思い浮かべるのは、ただこの一言のみ。

 それ以外はいらない。必要ない。そう信じている。

 

 立ち上がった彼は、いつもの彼に戻っていた。

 これから家に戻るまでの距離が怠いと感じつつも、歩みを止めない。

 今日もまた防衛任務があるのだ。そして組む部隊は三輪隊。ちょっと泣きそうになった。

 

「――ん? あれって」

「どうしたの、葉子?」

 

 心の中で影を落として歩く彼とすれ違ったのはB級の香取隊の香取葉子と染井華だ。

 香取は、彼が一秒切りをした大型ルーキーであることに気付くと途端に表情を険しくさせる。

 

「葉子」

「まだ何も言ってないわよ」

 

 

 香取はそう言うと、目的の場所へと足を進める。

 最初は険しい表情を浮かべていた彼女だったが、少し驚いた顔を浮かべる。

 それに気付いた染井がどうしたの? と尋ねると彼女はある二つの墓を指差した。

 

「いやさ、ここにあいつの親族の墓らしきものあるじゃん? こっち見て」

 

 言われるままに視線を動かすと、染井は少し驚いた。

 目の前の二つの墓。それはどちらも『最上』だ。

 このような偶然があるのか、と思っていると、香取は何でもないかのように次のように言った。

 

「こんだけ似ていると間違えそうだなって」

「葉子、不謹慎」

「……そうね、確かに今のは私が悪かったわ」

 

 しかし、もしそうなら彼は酷くマヌケな人間ということになる。

 香取はその二つの墓を通り過ぎると、染井の両親の墓へと向かった。

 彼女もそれに続こうとして、しかしすぐに振り返る。その視線の先は最上と書かれた墓。

 

(……でも)

 

 染井は思った。

 ここまで綺麗にする人間が、墓を間違えるのだろうか……と。

 

 

 

 

 夏が終わり、秋を過ぎ、肌寒い季節がやって来た。

 彼の中学校生活はこのままぼっちのままで終わりそうであり、高校では必ず……! と闘志を燃やすも、果たしてそのような未来は来るのだろうか。

 つまり彼は変わらない日常を過ごしていた。

 

 いつものように三輪に罵倒されつつ防衛任務をこなした彼は、どういうわけか上層部から呼ばれてボーダー基地本部内を歩いていた。

 それを告げた米屋は軽い感じで言っていたが、告げられた身としては勘弁して欲しい。

 彼を呼び出したのは、ボーダーの最高司令官・城戸正宗なのだ。

 一体何をしたというのか。

 彼は過去の自分を振り返って考えてみる。後悔ばかりの毎日を送って来た彼の得意分野だ。

 しかし思いつかない。

 別にトリオン体になって川の上を走っていないし、城戸司令の車を真っ二つにしていない。というかそれは某ノーマルトリガー最強の男がやらかしたことだ。

 結局分からないまま彼は会議室に着いた。

 ノックをすると中から声がかかり、彼は入室した。

 そしてそこに居た面子に彼はこのまま回れ右をして帰りたくなった。

 何故なら、上層部の面々が勢揃いしており、この部屋を包み込む雰囲気が一つの亜空間を作り出していたからだ。

 簡単に言うと重苦しい。

 

「すまないな秀一。任務(しごと)終わりに呼び出して」

 

 忍田本部長は彼に向かってそう言うも、仕事なので、と返す。

 彼にとって忍田本部長は苦手な存在だ。

 何故か防衛任務に赴き、自分の獲物を掻っ攫っていくのだから。

 そして妙に弧月を勧めて来て、いざ持ったと思えば太刀川とタイマンをさせられる始末。

 筋が良いと言っていたが、それはサンドバックとしてだろうか。

 ……しかし性格は善人なので、嫌いにはなれなかった。

 

 彼は他の面々を軽く見渡す。

 忍田本部長に恋しているが、標的が鈍感なせいでそろそろ慌てるべき時期に突入した沢村本部長補佐。

 三輪が毛嫌いしている派閥のトップの林藤支部長。

 なんか偉いらしい鬼怒田開発室長。

 なんかいやらしい根付メディア対策室長。

 祖父が気を付けろと言ってきた唐沢外務・営業室長。

 そして彼にとって絶対に逆らってはいけない存在である城戸最高司令官。

 

 やっぱり帰りたくなった。

 

「早速本題に入らせてもらおう」

 

 ギロリと鋭い眼光が彼を貫く。重々しい口調と威厳のある声は聞いた者を竦みあげさせる力があった。

 彼の今の心境はまさに蛇に睨まれた蛙で、何も悪いことをしていないのに自白してしまいそうである。

 

(旧ボーダー組が何かと気にしている最上秀一……なるほど、城戸さんに怖気づかない胆力はあるみたいだ)

 

 そんな風に思われていることなど知らずに、彼はカカシのように立って城戸の言葉を待つ。

 

「今回、君を呼んだのはイレギュラーゲートのことだ」

 

 胃がキリキリと痛む中、彼は辛うじて城戸……というよりも上層部が現在悩まされている異常事態について聞かされた。

 何でも、ここ最近誘導装置が効かないイレギュラーゲートが発生しているらしい。幸い今の所は非番の隊員が近くに居たために大きな被害は出ていない。

 しかしA級トップチームが居ない今、この不測の事態を放っておくつもりはない。

 近々ある隊員が本格的に調査に乗り出し、このイレギュラーゲートの解決に取り組むとのこと。

 

「そこで君に頼みたいのだが、それまでの間秀一には特別防衛体制に着いてもらいたい」

 

 特別防衛体制。

 どういうことだろうか? と疑問に思っていると、それには沢村本部長補佐が答えてくれた。

 どうやら、通常の防衛任務から外れ、警戒区域外に開いたイレギュラーゲートの対応をするのが今回の彼の仕事らしい。

 トリオン兵討伐数トップであり、ソロであり、戦闘力のある彼ならできるだろう、と言うのが上層部の判断だ。それでも万が一のことを考えて、通常の防衛任務中の部隊も応援に駆け付けることになっているらしい。

 また、この特別防衛体制には各支部の隊員たちも含まれている。

 

「主にイレギュラーゲートが発生するのは幸いにも夕方以降になります。

 だから、君の生活に支障をきたさない筈です」

 

 ちょっと残念、と思った彼だったが黙って頷いた。

 特別手当が出ると聞いて決断したわけではない……と思いたい。

 

「そうか……ではよろしく頼む」

 

 以上だ。下がって良い。

 そう言われて彼は早々に部屋を出て帰路に着いた。

 会議室に居たのは僅か数分だというのに、彼が感じた疲労感はその何倍にも感じられた。

 さっさと帰って寝ようと決めた彼は秘密経路を通って、しばらく歩くとマンションに着いた。

 彼は、玄関口を通ろうして――一人の少年とすれ違った。

 

「おっと、これは失礼」

 

 小学生だろうか? 小柄な体躯に似合わず、少年は凄まじい足の速さで街の方へと向かっていった。

 普通なら、すれ違った人間に興味を示す彼ではないが、あの少年に対しては違った。

 

 

 

 外国の軍服らしき物を着た、白髪の子どもなんて誰だって注目するだろう。

 それにしても、活発だなと彼は思った。

 おそらくこのマンションを廃墟か何かだと勘違いして遊んでいたのだろう。手には紙らしきものを持っていたし。

 しかしすぐに興味を失った彼は歩を進め……隣の部屋にある名札に目が付いた。

 彼は驚いた。まさかこのマンションに引っ越して来る者が居るとは思わなかったのだ。大家ですら離れた地に居るのに。

 煩くない人だったら良いな……と思いつつ彼は己の部屋へと入った。

 

 

 

 『空閑』と書かれた文字を頭の隅に追いやって……。

 




今話の前半部分を修正しました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話

 ――加古望。

 A級六位の加古隊の隊長であり、感覚派射手。靡く長髪と口元の黒子が特徴の、セレブな女性を連想させる容姿をしている。しかし実家は普通の家庭だったり。趣味は炒飯作りであり、多くの隊員が彼女の前で倒れた。

 女子で構成された彼女の部隊は、全員が頭文字(イニシャル)「K」という、彼女の拘りが反映されている。

 

 そんな、感覚派自由人と某所で呼ばれている彼女は、とある一人の少年のことが気になっていた。

 その少年の名は最上秀一。

 入隊時の仮想訓練で、最高記録である緑川の四秒を更新した大型ルーキーだ。

 正隊員ならば、正直なところ一秒切りを果たすことは容易い。しかし、それを訓練生がしたのだから、当時の衝撃は今でも覚えている。

 当然、そんな彼を放っておく筈も無く、彼が正隊員となったと同時に勧誘をしようとした隊は多かった。彼女ももし彼が頭文字(イニシャル)「K」だったら、迷わず勧誘していただろう。

 

 ――でも、あれじゃあねえ……。

 

 しかし、彼を勧誘する隊はいなかった。

 いや、いなくなった……が正しいだろう。

 彼は、防衛任務に出られるや否や、信じられないほどの過密なシフトを忍田本部長に要求した。登校時間以外のほとんどを「希望」の文字で埋めていた人間は彼が初めてだった。忍田本部長が説得しなければ、おそらく彼は壊れていただろう。己を焼く黒い炎に。

 

 最上秀一は近界民を恨む、バリバリの城戸派。

 他者に興味が無く、彼の瞳に映るのは復讐対象である敵だけ。

 

 そんな彼を気軽に隊に誘う者はおらず、そして着いて行けなかった。

 今でこそ改善されていたが、あれは酷いと彼女は思った。

 

 防衛任務で組んだ隊を置き去りにして近界民に突っ込み、オペレーターの声を無視して全てを斬り刻む。

 まさに悪鬼と呼ぶに相応しいその姿に、彼に注目していた者たちは次第に離れていった。

 

 結果、彼と組むのはB級上位陣と本部所属のA級部隊、そして忍田本部長だけだった。

 彼が暴走しても実力的に抑えられる人間が、彼らしかいなかったからだ。

 それでも、彼の突貫癖は治らず、結果自分たちが彼よりもトリオン兵を倒すことで対処していたが。

 当時を思い出し、加古はため息を吐いた。

 同じ隊の女子たちは、そんな彼に恐怖と苦手意識を覚え、トリオン兵を相手にするよりも疲労を感じていた。

 ちなみに玉狛支部の隊員は対象外である。

 

「……そう考えると、三輪くんって凄いわよねえ」

 

 だが、そんな彼を変えた者が居た。

 三輪秀次だ。

 噂では、戦闘中にモールモッドにやられそうになった彼を助け、その後戦線離脱してブチ切れたとか。ちなみにこの噂の出所は米屋である。

 それ以降、最上は三輪の指導の元改善されていった。今では連携を取ろうとする動きも見られるようになった。それでも戦闘になるとこちらの声は届かないが。

 ただ、どうやら彼は同じ境遇である三輪だけは特別なようで……。

 加古はつい思い出してしまい、フフッと笑ってしまう。それを隣で聞いた黒江双葉が不思議そうにするが、何でもないと誤魔化して本部へと歩を進める。

 

 最上秀一は、ある日突然射手のトリガーを使い始めた。

 おそらく手数を増やそうと考えての行動だろうが、彼女はそんな彼が微笑ましかった。

 聞くところによると、最初は三輪隊と組んだ時に使用したが、あまりにも拙く三輪がまともに使えるまで使用禁止にしたらしい。最上は言う通りにし、それ以降使っているところを見たことがないと米屋は言っていた。

 すると彼は、なんと三輪隊と組む時以外に使用し、実戦の中で敵に当てる練習をしていた。もちろん本部の仮想訓練室でも練習していたが、どうやら彼は早く物にしたいらしい。

 そして早く三輪隊の役に立ちたい、と。

 そんな彼に加古は思わず色々と助言をしてしまった。己のスタイルと同じであったために、教える事が多く、少し楽しかった。

 

「思えば、あの頃から本格的に変わり始めたのかもしれないわね……」

「どうしました加古さん?」

「ううん、何でも……。ねえ、双葉。最上くんのことどう思う?」

 

 加古は、確認の意味を込めて黒江にそう尋ねた。

 すると、彼女は苦虫を噛んだような険しい顔をして呟く。

 

「……あの頃ほどではありませんが、苦手です。

 以前行われた試合を見て、幾分か和らいだものの……」

「そうよねぇ……」

 

 あの試合以降、彼は勧誘を受けているものの、やはり初めに植え付けられた印象は中々晴れず。今でも彼に恐怖を抱いている者が多い。

 特に女性隊員にはそれが顕著で、一部を除いて彼は苦手意識を持たれている。

 可愛いのに勿体ない、と加古は思った。

 ちなみに、彼は勧誘を断っているらしい。

 噂では三輪に対する忠誠だとか、着いて来れる者が居ないからだとか。色々と囁かれている。

 

「あの、加古さん。気になっていたのですけど、本部に何の用ですか? 今日は防衛任務も無いはずですけど」

「いえ、ちょっと聞き込みをね」

「……聞き込み?」

 

 黒江の言葉に頷いてそう返し、彼女はさらに歩く。

 向かう先は色々とある。

 

 

 

 

「はぁ~い三輪くん。ちょっと聞きたいことがあるのだけど?」

「――!」

 

 本部に着き、まず彼女が訪れたのは三輪隊の作戦室だ。

 彼女は相手の了承を得る前に部屋に入ると、早速用件を口にする。ボーダー広しと言えど、彼に向かってそんなことができるのは彼女くらいだろう。

 

「……何か用ですか?」

「ええ。少し聞きたいことがあってね――でも、今は」

 

 加古は三輪が慌ててひっくり返した用紙を素早く取る。彼女は見逃さず、そして直感で面白いものだと判断しての行動だった。加古は軽く紙面に書かれた文字、写真をその綺麗な瞳に収める。

 三輪はそんな彼女の手からバッと奪い返すと、非難がましく加古を見た。

 しかし加古はニマニマと笑みを浮かべており、三輪は手遅れだと判断した。

 

「……三輪くん、彼女でも欲しいの?」

「……いえ」

「……それに書かれているのって、フリーのオペレーターよね?」

「……はい」

「……最上くんのため?」

「――用件はなんですか?」

「うふふ。そう怒らないの。でも、そこまで過保護だと少し引くわよ?」

「…………」

 

 帰ってくれ。

 視線でそう訴える三輪を無視し、彼女は用件を伝えた。

 

「最上くんのこと……というよりも三輪くんに対する疑問かしら?

 三輪くん、初めはあんなに最上くんのこと嫌っていたのに、どうして戦闘中に説教するくらい彼のこと気にかけるようになったの?」

 

 ボーダー内において、三輪と最上の間柄は師弟関係、一部では兄弟(発生源は槍使い)と認知されている。傍から見れば、彼らは近界民に恨みを持つ城戸派の代表二人。そう思われるのは無理もないし、事実彼女もそう思っている。

 しかし、それと同時に疑問も抱いていた。

 加古は三輪と元チームメイトだったことがある。そんな彼女から見た、三輪が最上に向ける感情は決して良い物ではなかった。

 だからこそ、彼の行動に驚いたのだ。

 

 三輪は、加古の問いに対してしばらく黙っていたが、答えないとこのまま居座るのだろうと思い、それなら正直に答えてしまおうと判断した。

 

「……加古さんもご存知の通り、あいつには力はありますが他が全然ダメです。

 獲物を殺すことを考え、己の感情のままに刃を振るう……そんな獣のような奴でした。そして、あいつはそれを良しとし、戦略、連携を軽視する――つまり、昔の俺です」

 

 三輪が彼を初めて見た時、感じたのは苛立ちだった。

 全てを近界民を殺すためだけに費やし、それ以外はどうでも良い。そんな彼のスタンスに三輪は過去の自分を見ている気分だった。

 東隊に入る前の自分は力が全てだと愚考し、しかしそれは師によって違うのだと、間違っていたのだと教わった。

 戦略も、連携も……仲間も自分には必要だということを。

 

「初めは、そのまま自滅すれば良いと思っていました。

 ただ、あいつが――」

「……三輪くん?」

「……すみません、少し嫌なことを思い出しました」

「……そう、ごめんなさいね。嫌なことを思い出させて」

「いえ……」

 

 加古は、三輪の言いかけた言葉の先を知らない。

 だが、話の途中で彼の瞳に浮かび上がったのは強い怒りだった。

 おそらく、三輪が彼に対して態度を改めたのはそこ(・・)にあるのだろう。そして、それは軽々しく聞いてはならない。

 

「お邪魔したわね」

「いえ、自分も息抜きにはなりました」

「あらそう。それは良かったわ。オペレーター探し、頑張ってね――お兄ちゃん」

「……」

 

 最後にムスッとし三輪の顔を拝んで、加古は三輪隊の隊室を後にした。

 

 

 

 

 途中別行動をしていた黒江と合流した加古は、ラウンジに向かっていた。どうやら、そこに加古の探している人物がいるらしく、黒江には話を通してもらっていた。

 

「あら、木虎ちゃんじゃない」

 

 ラウンジに向かう途中、加古は一人の少女と出会った。

 ボーダーの顔と呼ばれる嵐山隊のエース、木虎藍だ。

 彼女は加古に気付くと丁寧にお辞儀をして挨拶すると、その視線は加古の隣の黒江に向いた。

 

「こんにちは、双葉ちゃん」

「…………どうも」

 

 しかし黒江の挨拶は素っ気なく刺々しい。それを受けた木虎の表情は固まってしまった。

 木虎の対人欲求は年上には舐められたくない。同年代には負けたくない。そして年下には慕われたい。なので、年下に冷たくされるとけっこうダメージを受けるのだ。

 加古はそんな二人に苦笑し、そういえばとあることに気が付いた。

 

「木虎ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど……時間ある?」

「え? ああ、はい大丈夫ですよ」

「……では、私は先に失礼します」

「……」

 

 ラウンジへと歩を進めた黒江に、木虎はまたもやダメージを受けた。

 これは悪いことをしちゃったな、と加古は木虎を慰めつつ回復を待った。

 

「で、聞きたいことって言うのは最上くんのことなんだけど……。

 あの、木虎ちゃん。女の子がそんな嫌そうな顔しないの」

 

 先ほども言ったように、彼女は同年代に対しては負けたくないと思っている。そしてそれは、相手が強ければ比例するように強くなる。

 おそらく彼女は彼に対して強いライバル意識を持っている。加古から見た木虎は、そんな感情を抱いているように見えた。

 

「……はい。それで、聞きたいこととは?」

「最上くんのことどう思っている? ちなみに好き嫌いじゃなくてね」

「……そうですね」

 

 木虎は言いかけた言葉を飲み込み、加古の質問に自分なりに応えようと暫し考える。

 

「自分のことをよく理解していると思います」

「あら、意外と高評価」

 

 加古は驚くが、木虎は当然の答えだと言う。

 木虎から見た彼は、正しい努力をしていると思っている。

 

「彼は『トリオン兵を如何に早く、多く倒せるか』という目標があります。

 それに対して、彼はスピードアタッカーがよく使うスコーピオンを選び、そして自分の物にしました」

「あら? でも彼のスコーピオンのポイントは低いわよ?」

「彼は必要ないと判断したんでしょう。あくまで彼の相手はトリオン兵であり、加えて入隊時には己のスタイルを確定させていました。

 サイドエフェクトによる見切りを応用した一撃必殺。そして出水先輩や那須先輩級のバイパーと合成弾。実戦で練習をしていた時は腹が立ちましたが、結果物にしているので言いたくても何も言えません」

 

 ここまで彼の長所を聞かされて、なるほどと加古は納得した。

 確かに彼がランク戦をしている姿はあまり見たことが無い。そして彼はそれを意味が無いと判断した。

 確かに自分のことを理解している。

 思いの外に彼の高評価を聞いて驚いていると、木虎は「ですが……」と言葉を続ける。

 

「反対に、他人に対しての理解が乏しいかと」

「あらそう? 彼、三輪くんに対しては従順だけど」

「仲が良いことと理解は別です。

 ……加古さんもそのことには気付いているでしょう?」

「……ええ、そうね」

 

 木虎の言葉に、加古は肯定して返した。

 理解が無いから、彼は他人と関わらない。

 理解が無いから、常に心の奥で独りで戦っている。

 どれだけ三輪が不器用ながらも教えようと、彼自身が歩み寄らなければ――本当の意味で変わる日は来ないだろう。

 

「まあ、つまり彼はまだ未熟と言うことです。まだB級ですし」

「ふふふ……相変わらずね木虎ちゃん」

 

 本音半分強がり半分の言葉に加古は笑って返す。

 木虎は一通り加古の質問に答えたからか、仕事があるからと嵐山隊の作戦室へと帰っていった。……その際にそれとなく黒江のことを聞いて。

 

 

 

 

 ラウンジに着いた加古は、黒江ともう一人の人物を探し、すぐに見つけた。

 黒江と談笑している少年――緑川の元に向かう。

 二人は加古に気付いたのか、こちらに向かって手を振った。

 

「来てくれてありがとうね緑川くん」

「別に良いよ加古さん。約束通りランク戦してくれるなら」

 

 相変わらずの緑川に加古は苦笑し、黒江は呆れた目をして彼を見た。

 加古は早速緑川に最上について聞くことにした。

 少し前に、緑川は最上秀一に対して目標だと言っていたことを、彼女は黒江から聞いていたのだ。

 それを本部に行く途中で思い出した加古は、黒江に緑川とのつなぎを頼み、己は三輪の元に行った……というわけだ。

 緑川は、加古の言葉に快く頷くと、当時のことを思い出しながら語りだした。

 

「えっと、多分最上先輩が入隊して一週間経ったくらいかな。その時に俺、ブースに入った先輩にランク外戦挑んで10-0で完敗しちゃったんだ」

 

 それもまた最上が注目されることとなった要因だが……加古が気になるのはそこではない。どうして緑川はそのたった(・・・)一戦で彼のことをそこまで言うようになったのか。

 最上秀一は緑川との一戦以来ランク戦をしていない。つまり緑川が彼と戦ったのもそれっきりのはずだ。

 

「言っちゃあ悪いけど、彼以上に強いスコーピオン使いなら他にもいるわよ? 風間さんとか、影浦くんとか」

「まあ、確かにそうなんだけど……あ、そうだ!」

 

 どうやって説明すれば良いのか。

 そう悩んでいた緑川だったが、何か思いついたらしくポケットからスマホを取り出して、一つの試合の記録(ログ)を見せる。

 それは、緑川と最上のランク外戦であり、彼は訓練生用のスコーピオンで緑川の首を飛ばしていた。

 その動きは無駄のない動きで、動画内の緑川は何が起きたのか分からない。そんな顔をしていた。

 その後数試合の記録(ログ)を見せて貰い、加古は一つのことに気が付いた。

 

「凄いわね」

「ええ、まあ確かに……でも駿。これがどうしたの?」

 

 しかし黒江は分からなかったらしく、目の前の幼馴染に問うた。

 訓練用のトリガーでA級隊員を圧倒するのは確かに凄い。しかしそこに彼が最上に憧れる理由を見出すことができなかった。

 その答えは、加古が答えた。

 

「彼、全ての試合で全く同じ動きで緑川くんの首を斬り飛ばしているわ」

「え……あっ!」

「普通、そんなことをすれば対策されて終わりだけど――実際に戦った緑川くんはどう思った?」

「……凄いと思った。相手の動きを完璧に見切って、自分の力を通すその姿に」

 

 緑川は入隊して浅いとはいえ、その実力は確かな物だ。

 最上が入隊するまでは、入隊時の対近界民戦闘訓練の最速記録の保持者は彼だったのだ。そんな彼が訓練生に良いようにやられた時の衝撃は計り知れない物だったのだろう。

 そして緑川は、彼に追いつきたいと思い、いつもこの試合を見返して己の刃を研いでいる。

 思っていたよりも成長していた彼に、加古は微笑ましいものを見る目で緑川を見ていた。

 

「……でも、そうは思わない奴も居たんだよね」

「どういうこと?」

 

 しかし、緑川は急に面白くない顔をして、つまらない物を見る目をして虚空を眺めた。

 そんな発言に黒江は気になったのか追及すると、緑川は前置きにつまらないことだけどと言い……。

 

「最上先輩はサイドエフェクト頼りのズルい奴って言うつまんない噂流していた奴が居たんだよ。

 そいつ、最上先輩と同時期に入ったのか知らないけど、嫌に敵視していてさ。ラウンジで取り巻き相手に笑いながら話してた」

 

 黒江はそんな噂を聞いたことが無かったからか、驚いた表情を浮かべていた。加古も聞いた事が無く、そして何故その噂が無くなったのか――目の前の緑川を見て察した。

 

 ――まるで主人の外敵を排除するワンちゃんね。

 

 手に持ったジュースを飲みつつ、嫌なこと思い出したと呟く緑川に苦笑する。

 

「で、俺が最上先輩のことで話せるのはこれくらいだけど……加古さんこれで良かった?」

「ええ十分よ。今度時間を見てランク戦をしましょう」

「やった! 楽しみに待ってるよ!」

 

 緑川のその言葉に、加古は笑顔で返した。

 

 

 

 

 その後も、加古は色々な隊員に聞き回った。

 しかし、どれも目新しいものは無かった。

 分かったのは、彼を自分たちの隊に入れたいと思っている者、彼を怖がっている者が大部分だということくらいだった。

 

「……やっぱり、私の知りたいことを知っているのはあの人たちかしら」

 

 そう呟く加古の声音には、それを為すことが無理だと言う確信があった。

 どういうわけか、彼らは最上秀一という人物に対して一定以上の距離を置き、しかしいつも監視をしている。

 おそらく、そこに何かがあると踏んでいる加古だが――あの男にはお見通しなのだろう、と彼女は手に持った紙を見る。

 そこには、県外でのスカウト活動を命じる勅令が書かれていた。

 

(大人げないわね……)

 

 ため息を吐いて加古はそう思った。

 脳裏に暗躍が趣味と宣う男を思い描いて。

 




次話を投稿した後、原作に突入します。
次回は上層部、並びに迅視点でお送りします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話

「最上秀一……!?」

 

 咥えたタバコをポロリと落として、玉狛支部の林藤は顔を驚愕に染めた。

 その様子を見た城戸司令は、表情を変えずに、しかし言葉には不信感を募らせて目の前の男に問うた。

 

「……君の差し金じゃないのかね?」

「……いやいや、流石の俺も――じゃなくて!

 城戸さん、これはどういうことですか! こいつは一体――」

「……最上宗一の息子……そう言いたいのかね?」

 

 ――最上宗一。旧ボーダー創設メンバーの一人であり、城戸司令の同僚、林藤支部長、忍田本部長の先輩のあたる人物だ。

 しかし、彼は約四年前に起きた第一次近界民侵攻の半年前にその命を落としている。

 

 最上宗一を知る彼らは、目の前の資料に書かれている少年――最上秀一を彼の息子ではないのか? と考えていた。

 しかし……。

 

「……君たちは、あいつに息子が居たと聞いたことはあるか?」

「……」

「……」

 

 最上宗一に息子が居る、と断定できないのはそれが理由だ。

 少なくとも、彼が生きていた時に彼の家族に関する話は今のところ聞いたことはない。しかしそれと同時に家族はいないとも聞いていない。

 

 本来なら、名を騙る輩だと切って捨てるのが常であろう。

 だが、そう断じることができないでいた。

 それは――。

 

「似ているな」

「ああ。最上さんの剣と似ている」

 

 相手の動きを読み、最適な動きで仕留める隙の無い剣術――それが最上の剣術。

 今はS級隊員である迅悠一が受け継いでいる。

 そして彼と迅の動きは不気味なほど似通っていた。

 仮入隊の仮想訓練室でトリオン兵を葬る彼の動きは、忍田本部長と林藤は懐かしみを、城戸司令には疑念を抱かせていた。

 

「……取りあえず、この少年のことは秘密裏に調べさせる。

林藤支部長。詳しいことが判明するまで迅にこのことは言うな」

「……まっ、それが良いでしょうね」

 

 最上宗一の死を最も後悔しているのは――おそらく迅だ。

 『未来視』のサイドエフェクトを持っていたあの男は、誰よりも()()()()()()()()ことを悔いている。

 そんな彼の前に『最上』と名乗る少年が現れれば――少なくとも、過去の出来事を思い出すだろう。

 最上秀一の正体とボーダーに入隊した目的を得るまでは、彼ら三人は迅にこのことは黙秘することにした。

 

「忍田本部長。彼の力を早急に調べるためにも、ポイントの上乗せをしていた方が良い」

「……そうですね。彼が何者であろうと、これだけの動きをする人間を他の訓練生と一緒にしておくのは、却って危険か」

 

 結果、最上秀一のポイントは3800ポイントからスタートすることになった。

 ある意味、これが原因と言えるだろう。

 そんなことなど露知らず、上層部は最上秀一の正体を見極めるために動き出したのであった……。

 

 

 

 

「ふわぁ……」

 

 大きな欠伸を上げつつ、おれはゆっくりと体を起こし、固くなった体を解す。

 どうやら昨日の防衛任務の後にした、小南との模擬戦の疲れが残っているらしい。

 小南も負けたからと言っておれに挑み過ぎなんだよなぁ……。まあ、嘘吐いてからかったおれも悪いんだけど。

 多分この分だと、小南もまだぐっすり眠っているだろうな。

 

 ああ。そう言えば今日は城戸さんから本部に呼ばれていたんだっけ?

 まったく、実力派エリートは人気者で辛いねぇ……。

 

「だったら、こんなところでダラダラしていられないか」

 

 いそいそと出かける準備をしつつ、ふとおれに何の用だろうか、と考える。

 特にここ最近気になる未来は視えていないし……。

 近界に行ったあの子に関すること……でもなさそうだし。

 

 ああ。そう言えば少し前に入隊試験があったっけ。

 そこで大型新人が出たらしいけど……うーん。それに関係ありそうだ。ボスも何か隠していたし。

 もしかしてあのメガネくん? いや、でもまだ(・・)そんな時期じゃないはずだ。

 うーん……流石の実力派エリートでも分かんないな。

 

「――さて、行きますか」

 

 風刃――師匠の形見を手に、おれは久しぶりの本部へと向かった。

 

 

 あっ、顔洗うの忘れてた。

 

 

 

 

 さて、本部に着いたけど……お!

 

「おはようございます沢村さん」

「ひゃあ!? 迅くん!」

 

 次の瞬間、おれの視界は痛みと共に黒く染まりひっくり返る。

 トリオン体のため、そこまで痛みはないが……どうやら今日は読み間違えたらしい。

 なかなかに健康的なパンチを喰らった。

 

「迅くん。いつもセクハラ止めてって言ってるよね……?」

「はっはっは。そこに魅力的なお尻があって、つい……」

「訴えるわよ?」

 

 おお、怖い怖い。

 しかも今日は機嫌が悪いようで結構マジだ。

 気になったのでチラリと視てみるけど――ん?

 

「ねえ、沢村さん。忍田さんって最近忙しいの?」

「え? ええ……何か大事なことを調べているみたいで……」

 

 そう言う沢村さんの表情は、何処か憂鬱そうだった。

 沢村さんの未来を視た結果、どうにも妙な物しか映らなかった。

 いくつも枝分かれし、どの未来にも通じる……こんなことは初めてだ。

 とある未来では、二人はおれの知らない人と楽しく談笑している。

 とある未来では、忍田さんが凄く落ち込んで、それを沢村さんが慰めている。

 他にも様々な未来があるが……どうやらおれと会ったことのない人物が中心となっているようで、これ以上詳しく見ることができない。

 ふむ……今回呼び出されたのは、その謎の人物についてかな?

 

「なるほど……ありがとう沢村さん」

「え? え、ええ……って、ちょっと待って! まだ話は終わってな――」

 

 さーて。遅刻する前に行かないと。

 

 

 

 

 

「迅悠一。お召しにより参上しました」

「ご苦労」

「――って、あれ? 鬼怒田さんや根付さん。唐沢さんたちは?」

 

 いつもの感じであいさつをしたところ、どういうわけかこの場にいるメンバーが少なかった。とても重要なことだからと言われてきてみたのだが……。

 さらに、どういうわけか忍田さんもボスも表情が険しい。心なしか城戸さんの表情も、いつもの仏頂面が三倍増しに思える。

 おれは、先ほどの沢村さんを通して視た未来を思い出し、いよいよもってただ事ではないことを察した。

 自然とおれの顔は引き締まる。

 

「――早速で悪いが、この動画を見て欲しい」

 

 そう言って、城戸さんは一つの動画を再生した。

 

 ――そこに映っていたのは一人の少年だった。

 スコーピオンを手に、最短距離でバンダーを斬り裂き。

 さまざまな試験を、まるでできて当然とでも言うかのように淡々とこなし。

 そして、A級の駿を圧倒的な力でねじ伏せる姿。

 

 ただ……。

 だが……!

 

「――彼の、名は……」

「…………最上秀一。奴の……最上宗一の息子である可能性が極めて高い」

 

 告げられた言葉を、一瞬理解できなかった。

 あの、最上さんに息子?

 そんな筈はない、とは言い切れなかった。

 だって、否定するにはあまりにも慣れ親しんだ剣がそこにあった。

 まるで、最上さんがそこに居るかのように錯覚してしまいそうな……。

 映像越しでしか見ていないけど、彼の動きを見る度に胸がざわつく。

 

「――ああ」

 

 思い出した。おれが初めて、未来を視たくないと思った時のことを。

 あれは、最上さんが死ぬ直前に見た決して(・・・)訪れない未来。

 

 ムスッとした顔を浮かべる少年。

 そんな息子に困った顔をする最上さん。

 そして、そんな二人を微笑ましく見つめる――。

 

「――っ!」

「迅!?」

「おい、どうした!? すげえ顔だぞ!」

 

 ……自分でも酷い顔をしている自覚はある。

 ああ。なんて悪夢だと思う自分が居る――それは、おれが恐れているから。

 ああ。よくぞ生きていてくれたと喜んでいる自分が居る――それは、おれが安堵しているから。

 彼は生きていた。

 おれが殺しタ、あの人の大切な――。

 

「――迅」

 

 ――そこでふと、おれの視界に城戸さんの顔が映った。

 

「落ち着け……」

 

 ……。

 …………。

 

「落ち着いたか?」

「……少しは。ありがとうございます」

「いや……これをお前に見せるのは酷だったようだ」

 

 いつの間にか下げていた顔を上げると、そこにはこちらを心配して見つめる忍田さんとボスが居た。………どうやらおれは相当参っていたらしい。

 おれは席に座り直して、改めて映像を見る。

 ……しかし、そこに視えた未来は不明慮な物ばかりだった。

 

「お前から見て、この少年は奴の息子に見えるか?」

「……正直、半々と言ったところです。でも、それくらいならボーダーの情報網でいくらでも――」

「そこなんだよ迅」

 

 おれの疑問に答えたのはボスだった。

 

「どういうわけか、最上秀一の情報は隠蔽されている」

「隠蔽? まさか、得られなかったんですか?」

「いやいや。逆だよ逆。

 宗一さんの息子だっていう情報は得られたさ。でもそれだけじゃない。

 全く別の人間の、ボーダーとは関係ない人物が親だったり、大規模侵攻で死んだ人間、または攫われた人間が親だったり、中には近界民が親だっていう話や造られた自立型トリオン兵なんていう情報まである」

 

 なるほど……それは確かに妙な話だ。

 まだ混乱している頭でも、それくらいの話なら理解できた。

 バレないように一つの真実を隠すのではなく、嘘の情報と共にばら撒いてどれが本当のことか分からないようにしたということか。

 しかし、問題はそこじゃない。

 この情報操作をした人間は、おそらく近界民に対して詳しいということだ。

 

「まるで、我々ボーダーが彼のことを調べるのを事前に察知しているような……そんな感覚を覚えた」

「絞り込めることはできなかったんですか?」

「無理だ。これでも絞り込んだ方だ。

 だが、迅……お前のサイドエフェクトなら」

 

 城戸さんの言葉に、なるほどとおれは頷く。

 おれのサイドエフェクトなら、彼の未来から何か掴めるのかもしれない。

 そして、彼が最上さんとどういう関係かを知ることができる。

 

 だが、不安だ。

 

「……迅。今回の話、断っても構わない」

「え?」

 

 城戸さんに告げられた言葉に、思わず声を出してしまった。

 何故? 城戸さんは言っちゃあ悪いけどおれに対してかなりの不信感を抱いているはずだ。そんなおれに情けをかけるなんて……。いや、さっきは助かったけど。

 どういう意味だろうか。そう思い忍田さんとボスを見るも、彼らも城戸さんの言葉に異存はないのか黙っているままだ。

 

「混乱しているようだな」

「いや、だって城戸さんいつもよりも優――」

「普段のお前ならこちらの意図を読み、己のペースで有利に事を運ぶ。だが、今回は私の言葉の意味を理解しようとし、後手後手に回っている――正直、らしくない」

「……」

 

 それは、自分でも分かっていた。

 だが、おれは……。

 思わず、胸ポケットの中にある『風刃』を抑え込む。

 

「――最上秀一は近界民に対して強い恨みを持っている」

「……」

「理由は……理由は本人にしか分からないが――。

 だが、もし……もし、彼が最上宗一の息子ならば――」

 

 その先の言葉は、聞かなくても分かった。

 もし、おれがそうであって欲しい未来なら……おれが過去に犯した罪は彼を苦しめていたことになる。

 『風刃』を取り出す。

 

 今までおれは、これを形見だと思っていた。

 しかし、もしかしたら――本当は、彼の形見なのでは無いだろうか?

 

「……今日のところは帰れ、迅」

「ボス……」

「そんな顔じゃ、できることもできんさ。

 ……ゆっくり休んで、しっかり考えろ」

「……失礼します」

 

 おれは、会議室を後にした。

 

 

 

 

「――くそっ」

 

 思わず、と言った様子で忍田本部長は拳を目の前の机に振り下ろした。

 しかし、それで彼の心は晴れることは無く、逆にさらにくすぶることになる。

 彼は、迅をあそこまで追い詰めたことを後悔した。

 少し考えれば分かることだ。最上の死を誰よりも後悔しているのは迅なのだから。

 だからこそ、彼は風刃を手にしたのだ。

 

「忍田本部長。反省なら、後でたっぷりとするが良い」

「……分かっています」

「ならば良い。

 ……迅が使い物にならない以上、今の段階で彼の扱いを決めなければならない」

 

 冷酷な対応だが、今の彼にとっては逆に感謝したいくらいだった。

 忍田本部長も気持ちを切り替える。

 

玉狛支部(うち)の連中とはなるべく関わらせない方が良いな。下手な刺激はしない方が良い。防衛任務も今まで通り組まないようにしよう」

「ああ、それはそうだが……私はどうするべきだろうか。

 監視の意味を込めて共に行動していたが……おそらく彼は私のことも恨んでいる節がある。これ以上は無理だろう」

「ふむ……なら、これからは忍田本部長は平常勤務に戻り、それ以外は今まで通りにしよう」

 

 それから、と城戸は続けて。

 

「これからは、彼も戦力の一つとして数える」

「……!」

「……珍しいですね」

「別に君たちのように情に絆されてということではない。ただ、使えるのなら使う――それだけだ」

 

 真の目的のためならば――かつての友の忘れ形見であろうと。

 

「――戦力の一つとして数えるのは、私も賛成だ。

 だが、彼は目的がどうあれ、何者であれボーダーに貢献している。

 そのことを頭に入れておいて貰いたい」

「……ふん。青二才が」

 

 城戸司令は呆れたように、しかし何処か優しい声音でそう呟いたのであった。

 




今回で一応迅視点は終了です
想定していたよりも、迅視点が書けませんでした
キリの良いところでまた出す予定です

次回はいよいよ原作突入――なんですが。
その前にBBF&カバー裏風登場人物紹介をするかもしれません。
なるべく早く更新しますので、楽しみにしておいてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【近界民襲来編】
第9話


 彼はここ最近忙しい日々を送っていた。

 つい先日任されたイレギュラーゲートに対する特別防衛任務だが、彼はその対応に追われていた。警戒区域外でイレギュラーゲートが起きるということは、市民が暮らす街で近界民が暴れるということ。倒壊した建物の数とその復興の資金は一体どれくらいになるだろうか。

つまり、彼は近界民の被害にあった市民の憤りに辟易としているのだ。確かに家を壊されれば、平然としていられないのも分かる。もしかしたら四年前のことを思い出して恐怖している人も居るのかもしれない。

それでも、少しだけでもこちらの都合を考えて欲しい、と彼は思った。

加えて、彼は基本ソロで行動するため、どうしても市民の非難誘導よりも近界民の殲滅を優先する必要がある。それが市民には気に入らなかったのか、彼が特別任務に赴く度に『またお前か』という台詞と共に、冷たい視線を送られてしまう。ぼっちにそれは効果抜群だ。

日に日に積み重なっていくストレスと疲労にやつれそうになる彼。ここ最近は夜遅く帰る事も……。

さらにこのことを重く見た上層部は、彼に午後から特別防衛任務を他のB級部隊と共に就くことを指示した。

咄嗟に拒否をしたら一人ですることになった。どうやら「一人でできる」という風に受け取られてしまったらしい。なんでや。

 

 しかし、そんな彼も学校に行かなければならない。

 襲い掛かる眠気を何とか我慢しながら、彼は己の部屋を出る。

 すると同時に隣の扉が開き、そこから一人の少年が現れた。

 

「おっ、奇遇ですなサイジョウくん」

 

 いきなり人が現れ、彼は咄嗟にサイドエフェクトを発動させる。

 遅くなった世界で頭の中で何度も何度も深呼吸をする。そしてシミュレーションを二桁ほど重ねて、彼は目の前の白い髪の少年に対して挨拶をした。

 彼の名は空閑遊真。隣に引っ越してきた彼と同じ中学校に通う少年だ。

傍から見れば挨拶をする程度の仲だが、彼自身はボーダー以外でまともに話せることができた(・・・)友達候補(ターゲット)である。ちなみに、コンビニで『袋要りますか?』『いえ、結構です』というやりとりが以前の最高記録だ。それを更新した空閑に、彼は勝手に多大な期待を寄せている。しかし、初対面の時に「サイジョウ」と呼ばれて訂正しなかったのでダメかもしれない。

 

「ねえねえサイジョウくん。良かったらガッコウまで案内してくんない?」

 

 引っ越して来たばかりでこの街のことを知らない空閑は、そう言って彼の目を見てそう言った。

 彼はサイドエフェクトで動揺を鎮めると、二つ返事で了承し学校に向かった。

 ここで会話できれば、彼はぼっちを卒業することができる。

 まさに人生のターニングポイント。内心かつてないほど燃えている彼だったが――。

 

「ねえ、あれって何なのサイジョウくん?」

 

「うおっ。あんな不安定な乗り物で走れるんだ。なんて名前なんだサイジョウくん?」

 

「おっと。そう言えば『赤』は止まれだった」

 

 だが悲しきかな。

 いざ本番となると自分から話しかけるどころか、受け答えさえもできなくなった。傍から見れば無視する感じの悪い人間だ。

 何故だ、と彼はサイドエフェクトを最大限使って考える。

 

 授業で当てられた時は詰まることはなかった。サイドエフェクトを使っているとはいえ、他の人から見れば特におかしいところはない筈だ……会話じゃねーじゃん。

 ならばボーダーではどうだろうか。三輪の罵倒という事実に目を瞑れば会話をしていると言えるのではないだろうか。その後は反省会や時々焼肉を食べにも行く。なんだ、結構リア充してるじゃん……向こうが話かけているだけで応えてねえ……。

 

 結論。改善なんてされていなかった。それどころか『待つ』ということを覚えた分悪化しているのかもしれない。

 

 衝撃の事実(本人視点)によって、彼はサイドエフェクトを解いてしまった。

 空閑も彼の態度の悪さに呆れたのか、何も言わなくなった。

 彼は死にたくなった。

 

 そうこうしているうちに、彼らは学校に着いてしまった。転校生と登校しているからか、周りの人の視線が二人に集中する。しかし彼にそのことについて気付く余裕はない。

 空閑は3-3のクラスなので、彼のお役目はすでに終了だ。加えて彼はこれから職員室に向かい、午後からの特別防衛任務について話さなくてはならない。

 下駄箱に着き、上書きを履いた彼らは自然と別れることになる。彼は自分の不甲斐なさに泣きそうになるが――。

 

「ねえ、これって何て読むの?」

 

 そんな彼を呼び止めて、空閑をとある物を指差す。

 そこにあったのは「最上秀一」の「秀一」の部分。

 彼は突然のことに戸惑いつつも答えた。すると……。

 

「そっ。じゃあ、案内ありがとうございました――シュウイチくん」

 

 彼はそう言って己のクラスの教室へと向かって行った。

 その後ろ姿を呆然と見ながら彼は思った。

 

 もう少し、勇気を出そう。

 そして、彼と友逹になるんだ――と。

 

 

 

 

 『緊急警報。緊急警報。(ゲート)が市街地に発生します。市民の皆様は直ちに避難してください。繰り返します――』

 

 昼食を終えて担当区域に向かっていた彼は、急いで引き返していた。

 今日もまたイレギュラーゲートが開いたのだが、今回の発生場所は彼が先ほどまで居た三門第三中学校だ。朝の件でやる気になり、張り切って現場に向かおうとした結果がこれである。

 あそこには彼にとって特別親しい者はいない。それでも、顔見知り程度の知人なら居る。そんな彼らが近界民の手によって死んだとなれば――目覚めが悪いどころではない。

 

『こちら。嵐山隊の綾辻です! 最上隊員、応答お願いします』

 

 グラスホッパーを使って現場に向かう彼の元に、本部から通信が入る。それは、今回の合同任務相手である嵐山隊のオペレーターである綾辻だった。

 彼は言葉少なく応えると、彼女は現場に嵐山隊も向かっていることを伝える。それでも数分かかるようで、彼が先に現着するらしい。

 それを聞いた彼は了解、と答える。

 

 

 

 彼が目的地に辿り着くと同時に一体のモールモッドの反応が消えた。しかし、彼の通うあの学校には彼以外のボーダー隊員は居ない筈である。だが、彼にそのことを気にする余裕はなかった。視界に校舎を登るモールモッドを見つけたからだ。

 

 彼はグラスホッパーを力強く踏み込んで、目標へと一気に近づいて――サイドエフェクトを発動させた。

ゆっくりと動く世界で、彼はスコーピオンでモールモッドを上下に斬り裂いた。そして振り向き様にスパイダーをモールモッドに突き刺す。

短めに設定していたワイヤーを片手に持っていた彼は空中で急停止し、そのままグラスホッパーでモールモッドの上を取り――トドメを刺した。

目を突き刺されたモールモッドはトリオンを噴出させながら落下し、彼はグラスホッパーの勢いのまま屋上に着地した。

 

 彼はすかさず近界民の反応を探るが、どうやらこの場にいるトリオン兵は先ほど落とした個体で最後だったようだ。次のイレギュラーゲートの発生も無さそうである。

 彼は綾辻に報告をする。

 

『了解です。後もう少しで嵐山隊長たちが……え? 非番の隊員ですか? いえ、本部の情報ではありませんけど……』

 

 どういうことだろうか? 彼は不思議そうに首を傾げながらも、屋上から飛び降りて崩壊した校舎の壁から中に入る。

 すると、そこには見知った顔と、ここの生徒であろう少年が居た。そのことに驚いた彼は一瞬動揺し、動きを止めた。しかし沈黙したトリオン兵を見つけると再起動した。

 彼はマニュアル通りの対応をしようとしたところ、眼鏡をかけた少年が空閑を庇うように立ち、緊張した表情で彼を見据えて応える。

 

「……最上、これは……」

「え……オサム、今なんて――」

 

 彼は眼鏡の少年――三雲修にあれはお前がやったのか? と聞く。

 すると、彼は空閑を見た後、重々しく頷いた。

 

「隊務規定違反だってことは分かっている。それでもぼくは……」

 

 彼は三雲の言葉を尻目にモールモッドに近づく。周囲に散らばったモールモッドのブレードを見て、血が付いていないか確認するとほっと一息吐いた。

 まだ現場の職員から聞いてはいないが、怪我人は無いのかもしれない。

 彼は三雲に死傷者の確認をするから手伝ってくれと言うと、三雲は動揺しつつも頷いて彼に続いた。

 

 

 

「先輩カッコよかったです!」

「何だよおめー。水臭いじゃねえか!」

「ありがとうございます!」

 

 英雄とはああいうのを言うんだな、と彼は教師から怪我人が居ないことを聞きつつそう思った。

 もし彼が三雲と同じことをしてもあそこまで褒め称えられないだろう。それどころか遠巻きにひそひそと小声で何か言われており、彼は泣きそうになった。これがぼっちとヒーローの差である。

 

「最上!」

 

 そんな風に彼の心に隙間風が通っていると、嵐山隊の三人が到着したようだ。

 

「被害情報は? ……そうか、負傷者無しか」

 

 良かった、と安堵している嵐山に彼は近づく。

 その際、木虎の彼を見る視線が鋭くなったが……常に向けられるそれに慣れた彼は気が付かない。それがさらに相手の神経を逆撫でしていることを知らずに。

 

「よくやってくれた最上。お前のおかげで皆助かった」

 

 どうやら、嵐山は彼が間に合ったと考えているようだ。

 しかし、彼は首を振って嵐山の言葉を否定し、今までに起きた顛末を教える。

 自分は間に合っていないことを。三雲修というC級隊員がこの場に居る生徒を助けたことを。そして二体のモールモッドのうち、一体を彼が到着した時点で倒していたことを。

 

「C級隊員……!?」

「うそ……!?」

 

 彼の報告に嵐山隊が驚きの表情を上げる。

 そんな彼らに三雲修は浮かない表情で名乗り出た。

 

「C級隊員の三雲修です。

 他の隊員を待っていたら間に合わないと判断し――トリガーを使用しました」

 

 己のやったことを理解しているのだろう。C級隊員の基地外でのトリガー使用は隊務規定違反だ。三雲の顔は優れない。

 しかし、嵐山はそれを吹っ切るように彼に笑いかけた。

 実際犠牲者が出る可能性があった。しかし現実は負傷者ゼロで、それは三雲のおかげだと。さらに彼の弟と妹が居るらしく、嵐山はその二人に飛びついた。本人たちは恥ずかしがっているが。

 

「それにしても、訓練用トリガーでモールモッドを倒すなんて……正隊員でもなかなかできないぞ!」

「隊長。違反者を褒めるのはやめてください」

 

 嵐山さん達に任せれば良いだろう。

 そう思った彼は嵐山隊の時枝充と共に現場調査を行う。嵐山隊が来るまえに一通り行ったが、それでもイレギュラーゲートの原因は分からない。

 壊された校舎を見て、最後に三雲が撃退したモールモッドを調査する。そのモールモッドからは確かに三雲のトリガー反応があり、彼が嘘を吐いていないことが分かった。先日ボーダー外のトリガーで破壊されたトリオン兵が発見されたので、調査をいつもよりも念入りに行う必要があったのだ。

 

「それにしても、鋭い太刀筋だ……君の入隊試験を思い出すよ」

 

 彼にとっては苦い思い出である。

 後は回収班を呼ぶだけとなった彼らは、嵐山のところに戻った。しかし、何やら木虎と空閑が言い争っているらしく、場の雰囲気は少し暗い。

 それを察した時枝は木虎を諫めるも、彼女は納得していないようであった。

 

「しかし時枝先輩……。

 最上くん。あなたからも彼に言ってあげなさい!」

 

 急に話題を振られた彼はピタリと動きを止める。

 何故こんな空気の時に限って巻き込むのか。彼は木虎に対する非難を抑え込み、視線を三雲へと向ける。

 彼はとりあえず三雲に礼を言った。すると場が騒然とする。何故だ。

 

「も、最上くん……!?」

 

 彼は思う。もし三雲が居なかったら、と。

 彼は急いで引き返したが、校舎を見れば間に合っていないのは明白だ。彼が倒したあのモールモッドだって位置的に見れば、三雲に駆逐されていたのは想像に難しくない。確かに隊務規定違反だが……よく考えれば彼があと少し校舎に居れば未然に防げたことである。

 そのことを噛み砕いて伝えると、さらに驚かれた。

 

「……あまり自分を追い込むな最上。もしそれでも負い目を感じているなら、上に三雲くんのことを口添えしてくれないか?」

 

 そう言われて何の事だ? と疑問に思い……彼は顔を青くした。

 彼は特別防衛任務に就いている身。つまりイレギュラーゲートの対応が今の彼の仕事だ。それを失敗したということは……。

 訪れる(かもしれない)未来に彼は震えた。

 

 仕事終わったら三雲をヨイショしよう……。

 

 ボーダーに入って少しだけ優しくなった彼だが、結局保身に走るその姿を祖父が知れば――おそらく涙を流すだろう。

 ああ、なんて小心者だ、と。

 




Q遊真は何で主人公のことを「サイジョウ」って呼んだの?
Aスーパーで「最上級」という言葉を美味しそうなお肉を見ながら聞いて学習したため。原作でも遊真は人を呼んでいる時カタカナで表示されているので、おそらく文字に疎い可能性がある。

ちょっと無理があるかもしれませんが、すぐにバレたので勘弁してください、


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話

 

 ――なるべく早く日本のことを教えないと。

 屋上で起きたちょっとした出来事によって、クラスメイトから注目を集めている転校生――空閑遊真を見ながら、三雲修はそう思った。

 

 何故なら、空閑遊真は近界民(ネイバー)だからだ。

 初めは信じなかった修だったが、近界民(ネイバー)……遊真曰くトリオン兵を一撃で倒した戦闘能力。日本のルールを知らない様子。そして車に轢かれても何とも無い普通ではない体……。

 それらを実際に見た彼は、遊真を近界民(ネイバー)だと判断した。

 しかしそれと同時に、遊真は人々を襲う近界民(ネイバー)とは――少し好戦的だが――違うと修は思った。加えて命を助けて貰った恩があるため、彼はこうしてボーダーに通報せず、空閑に日本のことを教えていたのだが……。

 

「いえいえ、あのくらいぜんぜん。タダ者です」

 

 思いっきり目立っている……。

 修はため息をグッと堪えて、空閑が妙なことを口走らないように静観した。監視とも言う。

 

 空閑に興味を示したクラスメイトたちは、空閑に次々と質問をする。

 近界民(ネイバー)だとバレないようにするために、空閑は事実をぼかしながら答えた。そして、その話は修にとっても有意義なものであった。

 空閑は、日常的に戦争が起きている環境で生活していたらしい。そのような極限状態なら、空閑の歪な人格も納得できる。

 修は、垣間見た空閑遊真という少年に複雑な心境を抱いていると、彼にとって都合の悪い方向へと話は進んだ。

 

 四年前に起きた近界民(ネイバー)による大規模侵攻。転校して来た空閑は知らないのだろうと親切心に教えようとしたのだろうが……彼の正体を知っている修は冷や冷やとした。それも杞憂に終わったが。

 当時の恐怖を詳しく聞かされた空閑は、しかし不思議そうにしている。

 

「でもその割にはみんな……何というかのほほーんとしているね。怖がっていないというか」

「そりゃあボーダーがいるからな!」

 

 三門市に突如現れたのは、何も近界民(ネイバー)だけではない。

 彼らボーダーは、近界民(ネイバー)の技術を独自に解析し、それを武器に戦う特別防衛組織だ。窓から見える基地ができるまでは、近界民(ネイバー)は三門市のあちこちに湧いていた。しかしボーダーの開発した誘導装置のおかげで近界民(ネイバー)は基地周辺にしか出現せず、市民たちは安全に暮らすことができる。

 そのことをボーダーに対して並々ならぬ憧れを持つ男子生徒、三好は自分もボーダーに入りたいとぼやく。

 

「だったら、またお願いしたら? 1組の最上に」

「無理でしょう。彼って他人と関わるの嫌いみたいだし。それに忙しそう」

「あっ、そういえば今日も昼休みになったら校門から出て行ったの見た」

「――モガミ?」

 

 何気なく呟かれたその言葉に、空閑は反応した。

 それに対して単純に知らない名に反応したのだろうと思った女子生徒は、空閑に最上について説明した。

 

「うん。実はこの学校に一人だけボーダー隊員がいるの。それが1組の最上くん」

「そう言えば、最上くんも転校生だったねー」

 

 そう口にする彼らだが、表情は何処となく暗い。

 

 それも無理も無い、と修は思った。

 当時、ボーダー関係者が転校してくると噂になっていた最上だが、彼は他人と関わろうとせず、放課後になればすぐに帰る……簡潔に言うと孤立していた。ボーダー隊員と聞いて興奮していた三好ですら諦めたほどだ。

 さらに、絡んできた不良たちを蹴散らしたという噂もある。遊真の言う三バカが、彼にだけはちょっかいをかけようとしないことを踏まえると事実なのかもしれない。

 

 ……正直、修は彼が自分と同じ学校に転校してくると聞いた時は焦った。

 ボーダーであることをあまり知られたくない彼は、最上がうっかり漏らしてしまうと危惧していた。

 ……結局、本人は修のことを覚えていなかったようで、彼の心配は杞憂だったようだが。ほっと安堵すると共に複雑な心境になった修であった。

 

「……だったら、オサムに頼めば」

「――!? 空閑、少し話したいことがある!」

 

 今回の転校生は、その心配をする必要があったようだ。

 後ろから突き刺さる同級生の視線を感じつつ、修は空閑を連れて人の居ない空いた教室に向かった。

 

「オサムがボーダーってことも秘密だったのか」

「そうだ! 誰にも言うなよ!」

 

 危うくバラされそうだった修は、よほど焦っていたのか口調が荒い。

 そのことに対して空閑が問いかけるも、彼は何でもないと突っぱねる。

 本人が言いたくないのなら、詮索する必要もないと判断した空閑はこれ以上の追及を止めた。

 それよりも、彼は気になることがあった。

 

「なあ、オサム。モガミって――」

「ああ。そうだ。空閑、最上には絶対に近界民(ネイバー)であることはバレるなよ?」

「……ボーダー隊員だから?」

「それもあるが……最上は近界民(ネイバー)嫌いで有名なんだ」

 

 三雲は一度だけ彼と戦ったことがある。

 開始と同時に首を斬られた、戦いとも言えないものだったが――思い出すだけでも背筋が凍る思いだった。相手を見ているようで、見ていない感情の薄れた瞳。淡々と急所を突く冷たい刃。

 あれ以来、修は彼を見る度に首元に違和感を感じていた。それだけ印象的な一戦だった。

 

「……うそ、じゃなさそうだね」

「……空閑?」

 

 何やらようすがおかしい。

 どうしたのか。

 それを訪ねようとした修を遮るように大きな音が鳴った。

 

 

 

 イレギュラーゲートだ。

 

 

 

 

 その後、最上が居ないことを思い出した修は、学校の皆を助けるためにトリガーを使用した。しかし訓練用のトリガーであることに加え、彼自身の戦いの才能が乏しいために命を落としそうになる。

 だが、そんな彼を空閑は助け、修はモールモッドのブレードの錆になることはなかった。

 一刀両断されたモールモッドを呆然と見ていた修だったが、すぐにもう一体居ることを思い出し、空閑に警告しようとするも――そのモールモッドは突如現れた誰かによって真っ二つに斬り裂かれた。そして息をつく暇も無く弱点である目を斬り裂かれ、機能停止したモールモッドはそのまま校庭に落下した。

 

「――なっ!?」

「……速い」

 

 修は驚き、空閑は感心する。

 空閑はボーダー隊員が到着したことを察すると、トリガーを解除して本来の持ち主である修に返す。

 

「オサム。おれがやったことは誤魔化してくれ」

「え?」

「時間が無い。頼むぞ」

 

 ちょっと待て。空閑!

 そう抗議をしようとした修だったが、モールモッドによって壊された壁から現れた少年によって閉口せざるを得なくなる。

 最上秀一。

 よりにもよって、一番空閑と会わせてはいけない人間が来た。

 最上はじっと二人を見つめると、視線をトリオン兵に移して――顔をしかめた。

 

 ――不味い。

 

「最上、これは……」

「え……オサム。今なんて――」

(しっ。静かにしてくれっ)

 

 修はなるべく空閑を彼の視界に入れないようにした。

 もし空閑が近界民(ネイバー)だとバレれば……。

 先ほどモールモッドがやられたように、斬り裂かれる空閑の姿が彼の頭に浮かんだ。

 

「隊務規定違反だってことは分かっている。それでもぼくは……」

 

 嘘を吐くことは嫌いだ。しかしそうしないと空閑が危ない。

 最上からの質問に、自分がやったと答え、なるべく意識が空閑に行かないようにする修だったが、彼は修と空閑の傍を通り過ぎるとモールモッドの残骸を調べる。

 バレたか……?

 冷や汗を流す修だが、次に放たれた彼の言葉に酷く動揺した。

 

 ――死傷者の確認をするから手伝ってくれ。

 

 修はその言葉に何とか頷くと、彼は入って来た穴から飛び出して行った。

 それを確認すると修は思わずへたり込んだ。

 

「よ、よかった……」

「……やっぱり、よく分かんない奴だな」

 

 空閑が何か言ったようだが、修は聞き取ることができなかった。

 

 

 

 隊務規定違反をした修は、嵐山隊の木虎の案内の元、ボーダー本部にある会議室に辿り着いた。道中空閑と木虎が言い争ったり、新たなイレギュラーゲートが発生するという事態が起こったが。

 会議室に通されて間もなく迅悠一と名乗る男が入って来た。修は彼に救われた過去を持つが……どうやら本人は覚えていないようだ。そのことに修は当然だ、と思うも複雑な気持ちになる。

 

「全員揃ったな。本題に移ろう。今回は、数日前から開いているイレギュラーゲート門の対応策についてだが――」

「待ってください! まだ三雲くんの処分に結論が出ていない」

 

 迅が来たことを確認した城戸司令は、今回の議題であるイレギュラーゲート門について進めようとするが、それを忍田本部長が待ったをかける。

 彼は、その前に隊務規定違反をした、しかし結果的に多くの人の命を救った修の処分の決定が先だと言う。

 

「処分? そんなものクビに決まっておろう」

「市民に『ボーダーは緩い』と思われては困りますからね……」

「それに、C級にトリガーを持たせていたのは、こういう輩を炙りだすためのはずだ。

 ルール違反を犯した馬鹿が見つかった。ならば処分する。それだけの話だ」

 

 例外は認めない。

 そう強く主張する鬼怒田開発室長と根付メディア対策室長の言葉に、忍田は反対した。

 修の働きは、隊務規定違反をしたという事実を加味しても素晴らしい功績だと。彼が居なければ犠牲者は確実に出ていた。嵐山隊の報告を受けていた彼はそう言うと、修をB級に昇級させ、その力を有意義に使わせる方が賢明だと提案した。

 

「しかしだな忍田本部長……」

「それだけではない。現場に駆け付けた最上も彼の行いに対して肯定的だ」

「はあ!?」

「それは……本当ですか」

「……!」

 

 未だに渋る二人に対して忍田本部長が続けた言葉は、その場に居た全員を驚愕させた。

 感情を表に出さない城戸司令ですら反応し、修の隣に座っている迅も思わず。

 

「あの秀一がねぇ……」

 

 と呟くほどだ。

 

「それに、最上はイレギュラーゲート門を早急に解決できなかった我らに責任があると言い、末端に尻拭いさせるのはボーダーのすることか? とも言っている」

「それは……」

「あのクソガキ……それができれば苦労しとらんわ……!」

 

 イレギュラーゲート門の対策は機能していない。

 上層部の面々はそれを理解していたからこそ、最上の発言に強く言い返すことができなかった。いくつかの部隊に特別防衛体制を取らせたところで、結局は後手後手に回り、何とか被害を出さないようにしていた程度。

 しかしそれも限界で、街に被害が出てしまった。

 修が隊務規定違反をしたのは、原因を突き詰めれば不甲斐ない自分たちだ。

 特別防衛任務にあたっていた彼だからこそ、こうしてはっきりと言えるのだ。

 

 実際は自分の失態を和らげようと試行錯誤して、変に修を庇った結果できあがっただけであるが。

 

「なるほど、それは確かにそうだ。

 だが、ボーダーのルールを守れない者は、私の組織に必要ない」

 

 しかし、彼の考えは変わらない。真の目的のためならば、友の息子ですら利用すると決めた彼は――とことん非情になれる。

 

 

 

 

 その後、修は迅の計らいの元、イレギュラーゲート門の原因を突き止めた功労者として隊務規定違反によるボーダーをクビにさせられることはなかった。

 結果的に空閑の手柄を横取りしたことに、修は納得しなかったが……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話

 

 イレギュラーゲート門騒動は終息し、彼は漸く特別防衛任務から解放されることとなった。これで市民からの冷たい視線に晒されることもなくなる。

 ちなみに、今回の給料は『特別』という言葉が入るからか、通帳に刻まれた数字の桁が変動するというちょっとしたサプライズが起きた。しばらく防衛任務に出なくても良いくらいには。

 

 終わり良ければ総て良し、とはよく言ったものだと彼は思いつつ、部屋でダラッと寛いでいた。今日明日は防衛任務の無い彼は、久しぶりに祖父に顔を見せようと考えていた。

 しかし今の時刻は10時。彼が乗る予定の電車は11時なため、それまで時間はたっぷりとある。完全に思考が休日の社畜だ。

 

 しかし、そんな彼に客が訪れる。

 インターホンが鳴り、彼はまるで猫のように音も無く素早く立ち上がる。ボーダーで養われた危機察知能力を日常で使う彼にはため息も出ない。

 初めて鳴ったインターホンに、トリオン兵相手にも見せない臨戦態勢を取る彼の耳に、今度は鈍いノック音が響く。

 

「おーい。シュウイチ、居るか」

 

 空閑の声が聞こえた彼は急いで着替えた。トリオン体じゃあないのかと思うほどに。

 わずか一分で外行きの服に着替えた彼は、サイドエフェクトで自分を落ち着かせて、ゆっくりと扉を開く。

 

「おっ、良かった。家に居ないかと思った」

 

 空閑はそう言うと彼に頼みたいことがあると言った。

 何でも、最近自転車を買ったのだが、乗り方が良く分からない。そこで隣人である彼に教えて欲しいらしい。

 彼は機会(チャンス)だと思った。

 このイベントを通して親睦を深めれば友人(願望)から友人(予定)になれるかもしれない。分かりやすく言うと、挨拶をするかしないか微妙な関係の人から、顔を合わせれば世間話をすることができる関係の人くらいにはランクアップする。

 分かりにくい上に彼は混乱していた。

 とにかく、彼は空閑の頼みを快く引き受けた。

 

「おお、ありがとうございます。でも、今日どっか行くんじゃないの? 荷物纏めているっぽいけど」

 

 空閑にそう言われ、彼は一時間後の電車に乗らなければいけないことを思い出した。

 まさかの時間制限付きである。

 彼は泣く泣くそのことを空閑に言い、一時間だけ付き合うことになった。

 彼は鞄を持つと空閑と共に弓手町に向かった。

 

 

 

 

 空閑にとって、最上秀一という人間はよく分からない人間だった。

 彼がこの世界に住んでいるマンションの隣人で、偶然にも同い年で同じ学校に行く少年――それだけの人間のはずだった。

 しかし、初めて彼と出会った時、その認識は改めることとなる。

 

(常に嘘を吐く人間なんて初めて見たな)

 

 空閑には嘘を見抜くサイドエフェクトがある。

 だが、最上秀一に対してはほとんど機能していないと言える。

 彼はこちらの問いにほとんど返さないし、かと言って応えたと思えば嘘を吐く……いや、嘘を吐くというよりも、答えの上に『嘘』という殻によって分からないようにさせられている、という方が正しいか。

 正直、空閑は彼のことが苦手だった。……そう、苦手だった(・・・)のだ。

 

 思い出すのは第三三門市中学校で起きたイレギュラーゲート門の一件。

 あの時、訓練生である三雲の行いはボーダーにおいては間違いであり、そのことを木虎は強く指摘していた。空閑はそのことに納得できず、サイドエフェクトを使ってまで彼女を追い込んだ。

タジタジとなった彼女は、現場にいた最上にも同意を求めたが……彼は三雲を庇った。後から空閑は三雲に聞いたが、彼を知る人間からすれば予想外の発言だったらしい。だからこそ、その場に居た空閑以外の人間は驚いていたらしいし、彼の忠言は上層部の面々を唸らせていたとのこと。

そして、彼のその言葉に空閑のサイドエフェクトは発動しなかった。

彼は他人に対して興味が無いのでは? と思っていた空閑は『苦手な人間』から『良く分からない奴』となった。

 

 だが、それらすら吹き飛ぶような情報を空閑は手に入れていた。

 最初、空閑は最上のことを『サイジョウ』だと勘違いしていた。しかし、実際は『モガミ』であり……空閑の探す『モガミソウイチ』と同じ姓を持つボーダー隊員だった。

 彼がこの世界に来た目的の人物に連なる少年を前に、しかし彼はそのことを聞くことができなかった。

 

 ――最上秀一は近界民(ネイバー)を憎んでいる。

 

 三雲から聞かされたその言葉は、空閑の行動を制限させた。もし空閑が近界民(ネイバー)だとバレればどうなるかが分からないほど、彼も愚かではない。もし襲い掛かって来ても殺されるつもりはないが……。

 

「いやー……難しいね」

 

 自転車の練習に四苦八苦している空閑に、最上はいつの間にか買っていたであろうスポーツ飲料を手渡してくる。彼は礼を言いつつ受け取るも、内心は複雑だった。そして考えてしまう。

 

 最上は近界民(ネイバー)を憎んでいる。

 そして、その彼はボーダーに入り、噂になるほどトリオン兵を狩り続け、現在はマンションで一人暮らし……。

 こちらの世界での近界民(ネイバー)の評判は最悪だ。彼が父に聞いていた話とは大分違うし、三雲もバレるとマズイと言っていた。学校の皆も近界民(ネイバー)に対して恐怖を抱いているが――ボーダーに居る人間にはそれ以上の感情を抱いている奴も居る。

 そしてそれは、隣の少年も――。

 

「……なあ、シュウイチ。お前はさ、近界民(ネイバー)のことをどう思っている?」

 

 空閑は彼に問いかけてみた。そろそろ彼はこの場を去らなければならない。その前に確認したかった。

 それに対して最上は迷いなく『敵』だと言い、その言葉に空閑のサイドエフェクトは反応しなかった。

 最上はそれがどうかしたか? と聞いて来るが、空閑は何でもないと答える。

 

「それともう一つ。

 ……シュウイチのお父さんって、元気?」

 

 初めは聞くか迷ったこの問い掛け。

 しかし、空閑は聞かなければならない。己の目的のためにも。

 最上は空閑の問いにしばらく黙っていたが――しっかりと答えた。

 もう、この世には居ない……と。

 

「……そっか」

 

 三雲から聞いた話から推測していた空閑に衝撃は無かった。ただ、自分の思い浮かべた可能性が高くなっただけだ。

 そんな空閑に気を遣ったのか最上は言う。

 自分は気にしていないと。父の死は己の知らないところで起きたのだから。

 だから、彼の死については全く何とも思っていない、と。

 

 最上は時間だと言ってこの場を去って行った。

 空閑は、その遠ざかる背中を見ながらポツリと呟く。

 

「……つまんないウソつくね、シュウイチ」

 

 

 

 

 上げて落とすとはこのことを言うのか。

 

「何故お前が此処に居る、最上」

 

 目の前には怖い先輩こと三輪秀次が、同じ隊員である米屋陽介を連れ立って歩いていた。

 偶然鉢合わせた彼らだったが、どういうわけかいつもよりも三輪の機嫌は悪く、彼と出会った途端にこの言いようである。

 もう少し余裕を持ってくださいよ、と友人(願望)の手伝いをしていたと彼は思う。が、やっぱり目の前の男の鋭い視線は怖いのか、すぐにそんな考えは霧散した。

 彼はビビりながらも、これから実家に帰るのだと言うが、何故か三輪にガッとされた。解せぬ。

 

「違う。何故お前がみく……弓手町に居たのか、ということだ」

 

 質問の意味が分からない。でも答えが分からなかったらもっと意味の分からないことになりそうだ。

 そう思った彼は簡単に先ほどまでの出来事を三輪に言った。

 自転車の乗り方を知らない友人に、さっきまで乗り方を教えていたと。

 彼は外国育ちのようで日本のことに疎いと。

 見栄を張って『友人』と言った彼は内心やっちまったと思うが、何故か目の前の二人は固まっている。どうしたのだろうか?

 

「モガミンに友達だと……!」

 

 それは酷くないですかね米屋先輩(泣)。

 優しいと思っていた先輩のあんまりな態度に内心泣いていると、三輪が再起動して凄んできた。

 そいつの名前は三雲か?と。

外国の人なんですが、この人は聞いていなかったのか?

と思いつつも彼は友人の名は『空閑遊真』だと教える。

すると三輪は落ち着いたのか、彼の頭から手を放した。それを機会(チャンス)だと思った彼は、電車の時間に間に合わないから、と言い新弓手町駅に向かった。

しばらくして後ろを見るも、とくに何かされる気配も無い。

彼はさっさと祖父の元に行こう、と少し歩く速度を早くした。

空閑のことを『友達』と言ってしまったことに、どうしようと頭を抱えながら。

 




さあ、盛り上がってきました(愉悦)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話

 三雲修は近界民(ネイバー)と接触している可能性が極めて高い。

 そう判断した三輪は、監視をしつつ三雲修について調べていた。

 

 

 家族構成は父と母で、兄弟姉妹は無し。彼の両親も近界民(ネイバー)と関係のある仕事や接触している証拠は見つからなかったことから、三雲本人が関わりあると断定。

 友人関係を調べるも、元々自己主張する性格ではないためか深い関係にある人間は居ない。ただ、先日のラッド騒動の際に、彼が行った救助活動によって変わりつつある。結果、人間関係から近界民(ネイバー)を洗い出すことは難しい。

 私生活からは証拠を見つけることができなかったものの、ボーダー隊員としても三雲修という存在は酷くチグハグであった。

 彼の成績を見るも、そこにあった記録は平均以下であり、とても訓練用トリガーを使用して戦闘用トリオン兵モールモッドを撃破したとは思えないものであった。入隊時に行われた対近界民(ネイバー)仮想訓練では、制限時間の五分以内に倒せず失格となっている。

 このことから彼自身には大した実力は無い可能性がある。または、実力を隠し、何らかの目的のために今のいままで訓練生として己を隠していた。三雲修が最上秀一と同じ時期に入隊していたことを踏まえると、彼を隠れ蓑にしたことも考えられる。

 また、玉狛支部所属のS級隊員、迅悠一が彼を庇っている節があり、近界民(ネイバー)友好派の動きには注意する必要がある。

 

「……やはり、直接現場を抑える必要があるな」

 

 調べれば調べるほど不自然な点は見つかる。

 だが、それだけだ。

 これらを証拠に取り押さえようにも、向こうが白を切れば三輪に修を捕らえる権限は無い。

 三輪は先に修を尾行している米屋の元に向かおうとするが……。

 

「よう、秀次。どこに行くんだ?」

「……迅……さん」

 

 それを邪魔するように迅が現れ、三輪は思わず声に力が入る。

 以前、ラッド騒動がまだ起きていた際、三輪は修を尾行()けていたが、その時も彼によって邪魔されてしまった。

 恐らく未来視のサイドエフェクトを使って三輪の行動を読んでいるのだろう。

 

「ふん、なるほど……裏切り者のあんたのことだ。三雲もお前と共犯(グル)で、何か企んでいるわけだ」

「おいおい。確かにおれは暗躍が趣味のエリートだけど、あのメガネくんに関しては少し違うぞ。ただ、お前がこのままメガネくんを追いかけても、面白くないことが起きるだけだ」

「面白くない……か。貴様はそうやって未来を見て笑っていれば良い」

「いやいや……おれにそんな悪趣味は無いよ……」

「ふん……悪趣味、か……。あいつの……最上の未来を見たお前がそれを言うか?」

「――」

「……俺は、あの時のことを忘れない。

 そのことを良く覚えておくんだな――迅さん(・・・・)

 

 それだけ言うと、三輪はその場を立ち去った。

 一方、迅は遠ざかる三輪の背中を見ながらため息を一つ。

 

「……おれだって、本当は――」

 

 しかし、それ以上の言葉を迅は言わなかった。

 言うべきではないし、言ってはならないことだからだ。特に、未来視のサイドエフェクトを持っている迅は……。

 彼は三輪と同様にその場を去ると、目的の場――弓手町へと向かった。

 そこに一つの分岐点があるのだから。

 

 

 

 

 米屋と合流した三輪は、修にバレないように後を尾行けていた。他の二人――三輪隊の狙撃手である奈良坂と古寺はバッグワームを起動させて射撃ポイントを移動しつつ、彼らに続いていた。

 

 米屋と合流して三十分。ようやく修に動きがあった。

 

「この方向は……弓手町か」

「らしいな。それにしても、やっとかー。尾行なんて暇すぎて肩が凝るぜ。

 なあなあ秀次。最初の五分だけでも良いからさ、一対一(サシ)で戦らせてくれよ?」

「バカを言うな。大型を一撃で仕留める奴だぞ」

「そんなの当たんないって――あれ? おい、秀次、あれって……」

 

 などと雑談をしていた二人だったが、突如米屋が進行方向先を指差す。三輪は怪訝に思いながらもそちらへと向くと――そこには最上秀一の姿があった。

 何故あいつが此処に?

 鞄を持っていることから、市外に行くことは分かる。

 しかし、何故三門市に――修の向かう先に奴が居た?

 この時、三輪は迅の言葉が頭に浮かぶ。

 

 ――面白くないことになるぞ。

 

 飄々とした態度で告げられたその言葉を、三輪は信じる気は無い。

 ただ、目の前の彼が無関係であると断じるには――最上は修との接点があり過ぎた。

 近界民(ネイバー)を匿っている可能性のある修。

 近界民(ネイバー)を憎んでいるであろう秀一。

 あの二人は、同時期に入隊し、同じ中学校に通っている。

 嫌な予感がする。

 それらを抑えつつ、三輪は最上に話しかけた。

 

「何故お前が此処に居る、最上」

 

 動揺を隠すために放たれた彼の言葉は、有無を言わさない鋭さがあった。

 隣に居た米屋が思わず三輪を見るほどで、それは目の前の最上も同様だったのだろうか。彼の言葉はいつもよりも主張の弱い、いささか覇気の欠けた物であった。

 しかしその答えは三輪の知りたいものではなく、彼は思わずいつものように最上の頭を掴んだ。

 三輪が聞いたのは、何故最上が弓手町――というよりも、修の向かった先に彼が居たのか、ということ。

 それを知りたい三輪の思考は、次に放たれた最上の言葉によって止まった。

 

 ――最上は、友の頼みで此処に来ていただけであった。

 

 それを聞いた米屋は割と酷い驚き方をしているが無理も無い。

 彼は近界民(ネイバー)を殺すために人の感情を捨てた、と言われるほど他者との関わり合いが少ない。以前のチーム戦以降彼を誘う部隊はぼちぼち居るが、それでも彼は独りであり続ける。

 そんな最上から友人という言葉が出てきたのだ。通信で聞いていた狙撃手二人も唖然としており、オペレーターである月見蓮など記録(ログ)を何度も確認して、機器の故障ではないのか確認している。

 しかし、すぐさま復活した三輪は最上に尋ねた。

 

 その友人とは三雲修ではないのか? と。

 

 もしそうなら、これほど残酷なことはない。

 最上が友だと思っている人間は、実は近界民(ネイバー)を匿って何か企んでいることになる。

 

(それが事実なら、俺は――)

 

 冷静では居られないであろう。

 しかし、三輪の浮かび上がった考えは杞憂だったようで、本人から違うとしっかりと否定された。

 

「――そうか」

 

 そのことにホッと安堵しつつ、三輪は最上の話に耳を傾けた。

 その友の名は『空閑遊真』と言い、隣の部屋に引っ越して来た同い年の少年らしい。

 最上はその少年と先ほどまで遊んでいたが、電車の時間が来たためにこうして急いで駅に向かっているとのこと。

 そこまで言うと最上は一言「失礼します」と言うと、駅に向かって立ち去って行った。

 二人はそんな彼を見送ると、再び修の尾行を開始するべく歩き出した。

 しかし、米屋の浮かべる表情は先ほどの強敵と戦う前の戦士の顔ではなく、一歩前へ進んだ弟分の成長を喜ぶ兄のような顔であった。

 

「……嬉しそうだったな」

「ああ」

「……良かったな」

「ああ」

「……もし、そのクガって奴がボーダーに入ってくれたら、あいつ喜ぶかな?」

「――さあな。ただ……」

「ん?」

「もう勧誘に悩むことも無くなるのかもしれないな」

「――だろうな」

 

 米屋と同じ表情を浮かべた三輪の言葉に、彼はニカッと笑って同意した。

 彼らの足取りは先ほどよりも軽く――だからこそ、気付かなかった。

 空閑遊真が三門市に引っ越して来た人間だと。

 空閑遊真が最上と同じ学校に転校して来たことを。

 空閑遊真が――修と同じクラスであることを。

 

 彼らがそのことに気付かされるのは――驚くほど早かった。

 

 

 

 

「動くな、ボーダーだ」

 

 やはり自分の予想は正しかった。

 

 炊飯器のような物体を視界に収めつつ、三輪は修と共に居る二人の人間を見る。

 どちらも背の低い少年少女だが、油断する気は彼らには無かった。

 本部に言葉少なく報告すると、三輪と米屋はトリガーを起動させてトリオン体へと換装する。

 米屋は槍型の弧月を、三輪は拳銃型のトリガーを手にゆっくりと距離を詰める。

 

「さて、近界民(ネイバー)はどいつだ?」

「今、そのトリガーを使っていたのはそこの女だ」

「うっわマジかー。初の人型が女かよ」

「油断するなよ。姿形が俺たちに似ていても、近界民(ネイバー)は人類の敵だ」

 

 三輪の殺気が含まれた視線が少女へと向くと、米屋も削がれたヤル気を戻しつつ槍を構える。

 

「違っ――この子はっ」

「ちがうちがう。近界民(ネイバー)はおれだよ」

 

 しかし、そんな彼らを止める者がいた。

 白髪の少年は臆することなく二人の前に立ち、近界民(ネイバー)は己だと言う。

 それを受けて三輪の殺気は少年へと向く。

 

「……その言葉に偽りは無いな?」

「本当だよ」

 

 ――三輪の殺気が膨れ上がった。

 彼はすぐさまトリガーを目の前の近界民(ネイバー)に向けると、全力で発砲した。

 それを見た修は青ざめ――叫んだ。

 

「何しているんですか!?」

近界民(ネイバー)と名乗った以上、そいつは我々ボーダーの敵だ」

「――おいおい、おれが一般人だったらどうするんだよ」

 

 しかし、修の心配は杞憂だった。

 三輪の放ったアステロイドは盾によって防がれており、彼本人にダメージは無い。

 ほぼ至近距離で防いだその手腕に米屋は驚き、三輪は苛立つ。

 

 

 

 

 

「――空閑!」

 

 ――それも、次に修の放った言葉で吹き飛ぶことになるが。

 

「――何だと」

「!?」

 

 無事だった白髪の少年――空閑遊真に安堵していた修は、すぐ近くで沸き起こった殺気と……それを遥かに上回る怒気の含んだ声に振り返り――思わず息を飲んだ。

 

「――近界民(ネイバー)。お前にいくつか聞きたいことがある」

「……なに?」

 

 三輪の眼には既に修は映っておらず、そこにあるのは目の前の近界民(ネイバー)であり、彼の憎むべき存在であり――先ほど弟分が言っていた友と同じ名を持つ少年。

 遊真も、目の前の男の変化に警戒してか、すぐに立ち上がりトリガーを起動させる。

 

「……お前の名は空閑(クガ)遊真(ユウマ)か?」

「そうだよ、良く知っているね」

「……数十分前まで、最上秀一と会っていたか?」

「うん。ジテンシャの乗り方を教えてもらってた」

「……最後の質問だ。

 ――あいつに、近界民(ネイバー)であることを話したか?」

「――いや、言ってないよ」

「――そうか」

 

 ――来る!

 

 遊真が後ろに向かって跳ぶのと、三輪が振り抜いた弧月で斬り付けるのは同時だった。

 首を狙った剣筋は遊真にとっては見えやすく、避けることは造作も無い。

 修は、再び襲われ始めた遊真の心配をするが、そんな彼に対して三輪の冷たい声が飛ぶ。

 

「空閑!」

「他人の心配をしている場合か三雲。近界民(ネイバー)を匿っていたお前が、今後ボーダーに……いや、三門市に居られると思うなよ」

 

 修は、その言葉に絶句した。

 最上の存在により、近界民(ネイバー)を憎む人間のことを多少は理解していた修だったが――それを改める必要がある。

 

「空閑遊真。お前は今此処で確実に始末する」

「……できるなら、やっても良いけど。

 でも良いの? シュウイチには何て言うの?」

「――簡単なことだ。あいつには近界民(ネイバー)が怖くなって引っ越したと言えば良い」

「――つまんない嘘つくね」

「――それを貴様が言うか、近界民(ネイバー)ァアアアアアアアア!!」

 

 怒りと共に振るわれた刃を避けながら、遊真は心の中で毒づいた。

 

 ――そんなこと、おれが一番分かっているよ。

 

 百戦錬磨の遊真は思う。

 この戦い……今まで以上にやり辛い、と。

 




この後は原作と同じように三輪さんは緊急脱出しました
怒りで我を忘れた相手に、遊真は負けません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話

 迅が戦闘に介入した結果、三輪隊は本部に帰還。

 そして、報告が偏ることを危惧した迅は、修と共に本部に出向。今回三輪隊に特別任務を言い渡した城戸司令並びに上層部に報告した。

 それを聞いた城戸派の面々は、近界民(ネイバー)、それも黒トリガー使いを庇い、野放しにしていた修を責めるが、穏健派の忍田本部長は庇い、迅は逆に好機だと言う。修を通じて味方にすれば戦わずに大きな戦力を得られる、と。

 しかし城戸司令はそれに取り合わず、件の近界民(ネイバー)を始末し、黒トリガーを手に入れるように、同じ黒トリガー使いである迅に言い渡す。それを強盗だと反対する忍田本部長だったが、林藤支部長と迅による策略で、少なくとも遊真の命は保証されることとなった。

 そのことにやきもきとする鬼怒田開発室長と根付メディア対策室長であったが、それをよそに唐沢外務・営業部長の修に対して行われた問いが空気を変えた。

 

「――空閑、だと……!?」

 

 遊真の名……というよりも、苗字を聞いた途端表情を変えた者が三人居た。

 城戸司令、忍田本部長、林藤支部長の三人だ。

 彼らが言うには、ボーダー創設メンバーの一人に空閑有吾という男が居たらしい。遊真の『父の知り合いにボーダーが居る』という台詞から、彼はその空閑有吾の息子である可能性が極めて高い。

 それを聞いた忍田本部長はこれ以上遊真を襲うことに意味は無いと言い、それに対して城戸司令は名を騙っている可能性もあると返した。

 城戸はこれ以上問答を繰り返しても進展が無いことを察すると、解散を命じる。それを受けた城戸派以外の面々は会議室を後にし、この場に残った鬼怒田開発室長は不満を顔に出して城戸司令に問いかけた。

 

「このままで良いのですか城戸司令? クガとやらのことは分からんが……」

「問題は玉狛に黒トリガーが二つ揃うと言うこと……。

 これではボーダー内のバランスが一気にあちら側に傾きます」

 

 彼らにとって、近界民(ネイバー)友好派である玉狛の勢力が城戸派を上回ることは一大事だ。城戸司令は、遊真は友の息子であることを差し置いても現状を放置する気はさらさらなかった。

 彼らは、遊真を始末することから、どうやって捕獲するかを考えるも、A級である三輪隊が返り討ちにあったことを踏まえるとどうにも難しい。

 

「……あまり気は進みませんが、こういうのはどうでしょうか?

 現在A級に昇ったことのある二宮隊、影浦隊を一時的にA級に戻し、再度三輪隊と共に奇襲をしかけさせるというのは。何なら、指揮能力の高い東隊員や個人戦において高い実力を持つ村上隊員と最上隊員を使うのも良いのでは?」

「おお! 珍しく良い意見が出るではないか根付メディア対策室長!」

「それ、どういう意味ですか?」

 

 かつてA級であった者、または高い戦闘能力を持つ隊員を選び(・・)近界民(ネイバー)にぶつける。

 三輪隊以外のA級部隊がこの任務に参加できないであろうことを考慮すれば、根付メディア対策室長の案は、現状を踏まえれば最適に近い物であった。

 

「城戸司令! 早速根付メディア対策室長の言ったように――」

「私はその案には反対ですね」

 

 しかし、それを唐沢外務・営業部長が止める。

 

「何故だ? 何故反対する?」

「合理的ではないからです。B級部隊として動かすのなら、それほど問題ではありません。

 しかし、根付メディア対策室長の案では、ボーダー内にあらぬ反感を買うことになります。

 今上がった二つの部隊は隊務規定違反を犯して降格した身……それを覆して昇格させればどうなるか……」

 

 二宮隊は、重大な隊務規定違反を犯した元隊員の連帯責任。影浦隊は、隊長である影浦が根付対策室長に暴力行為を行ったために。

 そんな彼らが突如A級に昇格すれば、他のB級部隊はそれを怪訝に思い、最悪ボーダーに対して不信感を持つことになる。

 彼の言い分は正しいだけに、鬼怒田と根付は何も言い返すことができず沈黙した。かと言ってB級として……もっと言うとカスタマイズされていないノーマルトリガーを手に、黒トリガーを相手取らせるのは難しく、勝率も限りなく低いだろう。

 

「それに、影浦隊が素直に言うことを聞くとは思えませんし……彼らは本部所属と言えど城戸派という訳でもない。村上隊員など鈴鳴支部所属の上に、性格上闇討ちのようなことはできないでしょう」

「ではどうすれば良いのだ!!」

「……私の考えでは、今は特に何もする必要は無いかと」

「なんだと!?」

「今は分が悪い。しかし、しばらく待てば勝率も上がります」

「……なるほど、遠征部隊か」

 

 城戸司令は唐沢の言いたいことを理解したのか、そう呟いた。彼の言葉に他の二人も気付いたのか思わず声を上げる。

 

 数日後には太刀川隊、冬島隊、風間隊のトップスリーが帰還する。

 その三部隊と三輪隊が合流すれば――黒トリガーの確保は現実となる。

 

 その案を飲んだ城戸は、空閑遊真に関することを対外秘とすることにした。

 そしてそれはもちろん、城戸派筆頭と言われている最上秀一に対してもだった……。

 

 

 

 

「モガミソウイチ。おれが探している人の名前はモガミソウイチだよ」

 

 迅の提案の元、遊真は修と千佳と共に玉狛支部へと来ていた。

 迅は、ボーダーに入れば、ボーダーのルールが遊真を守ると考えて彼を誘ったのだ。

 加えて、玉狛支部は近界民(ネイバー)に対して理解のある人間が集まっている場所でもあり、近界民(ネイバー)である遊真でも落ち着けると思ったからだ。現に、玉狛支部所属の宇佐美栞と林藤陽太郎はそれぞれの反応で、遊真を含めた三人を歓迎した。

 そんな穏やかな時間を過ごしていた遊真は、ここの支部長である林藤匠に呼ばれ、何故この世界に来たのかを話していた。

 

 遊真の言葉を聞いた林藤支部長は、対して驚かず、それどころか納得していた。

 彼は咥えていたタバコを灰皿に戻すと、その最上宗一という男について話す。

 ボーダー創設期のメンバーだったこと。遊真の父、空閑有吾のライバルであり――迅の師匠だった(・・・)こと。

 

「だった……?」

 

 林藤支部長の言い方に違和感を感じた修が思わず繰り返す。

 そんな修の呟きを余所に、迅は己の黒トリガーを二人に見せるかのように……いや、紹介するかのように机の上に置いた。

 それが意味することは――。

 

「この迅の黒トリガーが最上さんだ」

「――じゃあ、その人は……」

「……五年前に、この風刃を残して亡くなった」

「……やっぱり、そうか……」

 

 衝撃を受ける修だが、反対に遊真は落ち着いていた。

 まるで予想していたかのように……。しかし、何か思う所があるのか、目の前の風刃に触れ、彼の瞳にある一人の少年が浮かんだ。

 

「――ねえ、迅さん。リンドウさん。最上秀一って知ってる?」

「……ああ、良く知ってる」

「空閑……?」

 

 風刃を手にそう問いかける遊真に、修は何故彼の名前が出るのか疑問に思い――すぐに気が付いた。

 

 最上(・・)宗一と最上(・・)秀一。

 何故、気が付かなかったのだろうか。

 一つのことに気が付くと、連鎖してさまざまなことに気が付くことがある。

 修はまさにその状態で、最上秀一という男のことを思い出す。

 彼は、近界民(ネイバー)に対して強い憎しみを持っていることで有名だ。しかし、不自然なほどにその理由については触れられていない。それは何故か?

 

「シュウイチは、その人の息子か?」

「――ああ、そうだよ」

 

 ――それは、復讐。

 まるでパズルの最後のピースが見つかったかのように、修は合点が行った。

 尋常ではないほどの過密なスケジュール。対人戦を捨て、近界民(ネイバー)をひたすら殺し続けることを繰り返す姿。そして、確実に急所を刈り取る殺すことに適した戦い方。

 近界民(ネイバー)を憎む三輪を見た修は、あの時誰かに似ていると思った。そしてそれは誰なのかを今はっきりと理解した。

 

「おれのサイドエフェクトでも調べが付いている。

 あいつは、最上さんの息子さんだ」

 

 遊真の問いに答えたのは迅だった。

 彼は、まだ最上秀一の正体を正確に掴んでいない時に彼の未来を視たことがある。

 どういうわけか、最上の未来は千差万別で、迅を以てしても正確に訪れる未来を導き出すことができなかった。しかし、当時一つだけ確実に訪れる未来を視たことがあった。

そこに映ったのは、一つの墓の前で熱心に手を合わせる少年の背中だった。

そして、その墓の名前は――最上家。

 

「……おれ、近界民(ネイバー)をどう思っているか聞いたんだ」

「……あいつは何て答えた?」

「――敵だって。心の底からそう思ってた」

 

 遊真には相手が嘘を吐いているかどうかが分かるサイドエフェクトを持っている。

 それが意味することはつまり――。

 

「……もし、最上さんが生きていたらお前を全力で庇っていたと思う。

 そんな最上さんを失ったからこそ――あいつはああなっちまったんだ」

「……そうだね」

「俺は新人の頃、有吾さんによく助けられた。その恩を返したい。

 お前が玉狛に入れば大っぴらに庇うことができるし、本部とも正面切ってやりあえる。

 ――遊真、ウチに入らないか?」

「……」

 

 彼の言っていることは本心からだった。

 サイドエフェクトを使わずとも、それが分かるほど――真摯に遊真のことを考えてくれている。

 だからこそ遊真は――。

 

 

 

 

「悪いね断っちゃって」

「いいや。こればかりは本人の意志さ」

 

 ――おれは近界民(ネイバー)だから。

 そう言って遊真はボーダーに入隊することを断った。

 確かに彼が玉狛支部に入れば、彼の身の安全は約束されるだろう。

 しかし、それを理解も納得もできない人間は必ず居る。それが分かっていたからこそ、遊真は早々にこの世界から出て行くことを決めていた。

 それに――。

 

「シュウイチに近界民(ネイバー)だってことを黙って生活するのは、中々辛いだろうしな」

 

 神の悪戯か悪魔の罠か、遊真の今住んでいるマンションの部屋は秀一の隣だ。

 今はまだ気付かれていないが、それも時間の問題だろう。

 それを聞いた迅は遊真にあることを問いかけた。

 

「……なあ、遊真。お前、秀一のことどう思っている」

 

 聞かれた遊真は、目を瞑って秀一のことを考える。

 お互いに素性を知らなかった日々。

 彼が最上だということを知った日。

 そして、彼がどう思っているのか知った――今日。

 

「そうだな。最初は変な奴って思っていたな。おれのサイドエフェクトをあんな方法で誤魔化すなんて初めてだ」

 

 常に嘘を吐かれてしまったせいで、彼が何に対して嘘を吐いているのか分からなかった事を思い出して微妙な表情を浮かべる遊真。本来なら、大まかにならどの辺りで嘘を吐いていて、どの辺りが本当かを見分けることができるのだが、彼にはそれが通じなかった。

 似たような経験があるのか、迅は苦笑する。

 

「でも、あの時からは良い奴なのか、って思った。

 修のことを庇ってくれたし、ジテンシャの乗り方を教えてくれたし、嘘も言わなくなったし」

 

 木虎に責められて顔を青くさせる修を救った時の秀一を思い出す。

 その時の彼の言葉には嘘が一つも無く、心から修に対して感謝していたことが分かった。彼は復讐に囚われているが、それと同時に人の命を尊く感じている。

 今日聞かされた話を含めて、遊真は秀一に対してそう感じていた。

 

「お前は、あいつと友達になれると思うか?」

「いや、多分無理だ。あいつは近界民(ネイバー)を嫌っていて、おれは近界民(ネイバー)だ。この事実が変わらない限り、おれとあいつは友達にはなれない。

 ――残念だけど」

 

 もし、彼が近界民(ネイバー)を憎んでいなければ――。

 もし、遊真が近界民(ネイバー)でなければ――。

 もし、最上宗一が生きていれば――。

 もし、空閑有吾が生きていれば――。

 

 もしかしたら、二人は友達になれたのかもしれない。

 それも、彼らの父達がそうであったかのように……。

 

「――おれは、今でも後悔している」

 

 そんな遊真の言葉に触発されてか、迅は少しだけの己の心の内を目の前の少年に零す。

 

「おれには未来視のサイドエフェクトがあったのに、最上さんを救うことができなかった。

 そして、あいつを取りこぼしてしまった」

 

――お前は、あいつを通して何を視ている!?

 

――誰を視ている!?

 

――答えろ、迅悠一!!

 

「なあ、遊真。秀一は最上さんのことをどう思っているのかな……」

「――言ってなかったけど」

 

 同情したわけではない。

 会った時から余裕を崩さず、飄々としていた迅しか知らない遊真は、彼が今までどのような人生を送り、どう思っていたかを知らない。

 

「おれ、シュウイチにもう一つ聞いていたことがあったんだ。

 父さんは元気か? って。まあ、結果は言わなくても分かると思うけど」

 

 だが、偶然にも彼が知りたいことを自分が知っていて、それを教えることができる。

 

「で、あいつは父親が死んだことに対して何とも思っていないって言ったんだ」

 

 ただそれだけ。

 

「泣きそうな顔をして、つまんない嘘を吐きながらね」

 

 それだけの話だ。

 

「……それは、本当か?」

「おれ、嘘吐かれるのと同じくらいに嘘吐くの嫌いなんだ」

 

 それだけの……話のはずだった。

 

「――そうか……そう、だったんだな……!」

「……おれ、ちょっとトイレ行ってくる」

 

 つまんない嘘を吐くと、遊真はその場を後にした。

 後ろから聞こえてくる感情を抑え込んだ声を背に。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話

 イレギュラーゲート門騒動の際に、彼の通う学校はモールモッドのブレードで所々破壊されてしまった。その結果学校側は休校することにした。

 彼はその間にシフトを増やし、給料を稼ごうと画策していた。先日実家に帰った時に、ふと彼の祖父の誕生日が近づいていることに気が付いたからだ。幸い今の彼にはたくさんの金を稼ぐ手段がある。今年の誕生日はあっと驚かせようと考えたのだ。

 

 彼は時計を見て、そろそろ防衛任務の時間だと確認すると部屋を出る。すると偶然にも隣の扉も開き、隣人の空閑遊真が出てきた。遊真はここ最近早い時間に外出するので、彼と顔を合わせる時間が減っていた。

 そのことに若干寂しさを覚えていた彼は、遊真に挨拶をする。

 

「……おう、おはよう。今日も防衛任務か?」

 

 彼はその問いに返して頷いて答える。

 彼は遊真に対しては緊張もせず、リラックスして応対できるようになって来た。以前三輪に対して遊真を友達と言ってしまった時はどうしようかと悩んでいた彼だったが、その時の衝撃のおかげか積極的に話すことができるようになっていた。焦っているとも言う。別に三輪にバレる前に友達になろうとか考えてはいない。

 

 彼は遊真としばらく談笑(?)しながら街中を歩く。

 途中、遊真が振り返ったり、ビルを眺めてたりするが、彼は特に尋ねることはしなかった。話す内容を考えることに必死で、余裕が無かったとも言うが。

 その後、彼は遊真と別れると今回の担当地区にある早沼支部に向かった。足取りは軽く、彼が今回の防衛任務を楽しみにしていることが伺える。

 何故なら、今回組む相手が彼にとって最も適した人間だからだ。

 

「むっ。ようやく来たようだね最上くん」

 

 早沼支部に着いた彼を待っていたのは一人の男だった。黒いコートを身に纏い、肩には三つの刀と三日月が描かれたエンブレム。そして刻まれているのは最強の部隊の証である【A01】。

 彼の名は唯我尊。太刀川隊の銃手だ。

 

「まったく、この唯我尊様を待たせるなんて信じられないよ。君もいつか()に上がるのなら、そういう社会の常識を大切にしないといけない」

 

 不遜な態度でそう言うも、彼はただ頷いて謝るだけだ。その姿に怒りや苛立ちを堪えている様子は無い。

 それどころか、唯我の前で笑みを浮かべるのを我慢するので精一杯だ。

 これからの防衛任務を思うと、笑ってはいられないのである。

 

 唯我は、彼から見ても弱い。

 とてもA級とは思えないほどの実力で、どうして太刀川隊に居るのか? と疑問に思うほどだった。後に出水から聞いたところによると、何と唯我はボーダーに最も金を出しているスポンサーの息子で、入隊の際に自分をA級に入れろと無茶苦茶なことを言ったらしい。当然身の丈に合わないことをすれば自分に返ってくるわけで、太刀川隊において彼の扱いはかなり酷い。隊長からは戦力外通告を受けるほどだ。

 そんな扱いを受けているからか、唯我は出水と太刀川、国近には頭が上がらない。しかし、年下でB級である彼にはそれが当てはまらず、こうして不遜な態度ができるわけだ。それでも他の隊員に対する態度と比べると軟化しているが……おそらく模擬戦でボコボコにしたのが効いているのだろう。

 

「相変わらず唯我先輩は自分の首を絞めるのが好きだな……」

「巻き込まれる前に逃げておこうぜ」

 

 早沼支部所属の隊員たちは、遠巻きに彼らを見るとその場を離れた。

 ちなみに彼らの反応は本部では見慣れた光景であり、本人たちは気付いていない。

 

「む、時間のようだ」

 

 前の部隊と交代する時間になると、彼らは支部を出た。

 彼は目の前を歩く男の後を追い、今日は何十体仕留めることができるかな、と考える。

 彼からしたら、唯我尊はボーナスみたいなものだ。実力が無いゆえに彼の獲物を横取りすることができず、それどころか彼が狩り取ることが可能だ。他のA級隊員と組む時にはできないことだ。難点は、他のA級に余裕が無い時にしか訪れないことだろうか。

 ちなみに、唯我の彼を舐め腐った言動は、彼にとっては屁でもない。昔にイジメられていた時と比べると、悪意が無い分気が楽なのだ。

 

 そんな彼らの視界に門が映る。

 唯我はフッ……と笑みを浮かべて銃を構えると、背中越しに彼を見て呟いた。

 

「せいぜいA級であるボクの邪魔はしないでくれよ……最上くん?」

 

 唯我はそう言うと、出て来たバンダーに突っ込み――砲撃で緊急脱出(ベイルアウト)した。

 流石にこれは予想外だった彼だったが……気を取り直してバイパーでバンダーを撃破し、次々と現れる近界民(ネイバー)へと突撃する。

 今回はいつもよりも稼ぎ時のようだ。

 

 

 

 

「良いかね最上くん!? あれは君のためにあえて犠牲になったのだ! 所謂後輩のための教育だ。そこの所を良く理解してほしい!」

 

 防衛任務を終えた二人は本部内を歩いていた。

 隣でキャンキャン喚く唯我の言葉に適当に相槌を打ちながら、彼は個人ランク戦室に向かっていた。

 実は、彼はある日を境に個人戦をするようになった。いや、せざるを得なくなったと言うべきか。彼としては、人間と戦うくらいなら近界民(ネイバー)と戦えば良いと思っている。しかし、そうも言ってはいられない状況に追い込まれてしまったのだ。

 

 

 どういうわけか、A級三人――風間蒼也、太刀川慶、出水公平による英才教育が施されることになってしまったのだ。

 

 

 しかも、全員実戦形式の『体で覚えろ』と言わんばかりのスパルタ教育で、もはやイジメじゃないか! と叫びそうになった。

 今は遠征に向かっているので三人とも居ないが、彼らがこの世界に居る時はそれはもう酷かった。

 風間にはスコーピオンで串刺しにされ、太刀川には弧月でぶった斬られ、出水には弾丸で蜂の巣にされる。これに加えて週末には風間隊三人を相手に、太刀川、出水と組んでチーム戦をさせられるのだから、己との実力差を見せつけられて精神的にも辛い。負けた時など、如何に自分の動きが悪いか気付かされてしまい、帰って自己嫌悪に枕を濡らすこと数百回だ。

 

 特に太刀川との模擬戦は一番辛い。

 太刀川にサイドエフェクトの使用を禁止され、もし使ったのがバレれば旋空による一撃で真っ二つにされるのだ。

 確かにあれはズルいと彼も分かっているが、太刀川相手なら変わらないだろうと思っている。彼がどれだけ頑張っても片腕を斬ることしかできないのだ。敗北率100%だ。

 

 それでも、確実に自分が強くなっているのだから質が悪い。これでは文句が言えないのだ。

 

 さて、このように日常的に格上と戦い続ければ、確かに彼は強くなるだろう。

 しかし、隊員同士が模擬戦をすれば自然とポイントが変動する。以前の彼は、その辺りのことには無頓着で、そこまで武器のポイントが高くなかったために、三人から搾り取られる数字はそこまで多くなかった。

 だが、日本のことわざにはこんなものがある。

 

 ――塵も積もれば山となる。

 

 彼の失点は、正直洒落にならないレベルだった。しかも、バイパーと弧月はスコーピオンと違って3000ポイントだったのだから、さらにやばい。

 具体的に言うと降格するレベルでやばい。

 

 ポイントを失って訓練生に逆戻りした隊員は、今の所存在しないが、このまま放っておけば自分がその記念すべき一人目になるのは明らか。冗談ではない。

 焦った彼は、手っ取り早く個人戦に赴き(正隊員だからか常時ログイン状態で、黒いボタンが無かった)ポイントを取りまくった。まるで飢えた獣のように。

 その結果も合って、彼の弧月は9000、バイパーは8500、スコーピオンは10000と大きく変動した。弧月とバイパーは3000以下だったので、物凄く疲れたのを彼は覚えている。

 

 しかし、油断をすればあの三人にポイントが流れていくので、彼はこうして定期的に個人戦に赴いている。

 加えて、遠征部隊も帰ってくるので大目に取っておく必要がある。

 

 今日は緑川は居るだろうか、と考えつつ歩いていると、進行方向に二人の男が現れた。

 

「……最上、話がある」

 

 最近物凄く機嫌の悪い三輪がそこに居た。その隣には奈良坂が居り、神妙な顔をしている。おそらく三輪を刺激しないように注意しているのだろう。彼だって同じ気持ちだ。

 

「み、みみみみみみみ、三輪先輩!?」

「お前には用はない――失せろ」

「お疲れ様でしたーー!!」

 

 ちなみに、親のコネでA級に上がった唯我は三輪に嫌われている。それも仕方の無いことだ。唯我は明らかに正義感からボーダーに入隊したわけではないのだから。

 鋭い眼光と共に放たれた言葉は、氷よりも冷たく刺々しかった。

 唯我は脱兎の如く逃げ出し、彼はそれに続いてこの場を走り去りたかった。

 唯我が居なくなると、三輪は彼を見て……沈黙した。頭痛を堪えるような表情を浮かべ、口を開いては閉じ、瞳に怒りの炎を浮かべたと思えば水をかけられたかのように収まる。

 簡潔に言うと酷く不安定だった。

 三輪に緊張した彼は気付かなかったが。

 

「最上、最近友達ができたようだな。米屋と三輪から聞いた」

 

 気まずい空間が錬成されていくのを見かねて、奈良坂が口を開く。

 すると、三輪の体温が一気に燃え上がり、反対に彼は急降下した。

 

「確か、名を空閑遊真と言っていたな」

「っそうだ。おい、最上、そいつは――」

 

 もしかしてバレたのだろうか?

 そんな風に焦った彼は三輪の言葉を遮って、空閑は友達だと言う。

 正しくは思っている、が正しいが。

 

 彼は先日祖父にこのことを話し、どうしたら良いか相談した。

その結果、次のように提案された。矢継ぎ早に空閑の良い所、特徴を話し、向こうが質問をする前に答えて潰せば良い。何なら会話の内容を話し、自分の感想を言えば、まるでその人と友達のように思われるだろう、と。

 

彼はそれを実行し、話している途中は空閑のことを本当に友達のように思えた。しかし全てを言い終えると、嘘を吐いた罪悪感から心が挫けそうになる。

 

 彼は恐る恐る三輪を見て――驚いた。

 三輪のこちらを見る目が、彼を憐れみ、悲しんでいる――それが良く分かる見慣れた瞳だった。

 ……もしかしてバレている?

 そう思った彼が三輪の名を呼ぶと、先ほどまで浮かべていた表情を引っ込めると……。

 

「……そうか」

 

 その一言を最後に、三輪は彼に背を向けるとその場を後にした。奈良坂は三輪を見て、彼を見て……何故かため息を吐いて三輪の後を追った。

 

 ……一体何だったのだろうか。

 

 そう思うも、彼がどれだけ考えても答えは見つからず時間が経つのみ。

 ゆえに、彼は考えるのを止めて、なるべく三輪の機嫌が治るように願った。

 

 ――その時に、焼肉でも奢ろう。

 

 何となくそう思った彼は、進めていた足を再起動させて、個人戦へと向かった――。

 

 

 

 

 ――数日後。

 

 

「最上秀一。君を本日付でS級隊員に任命する」

 

 会議室に呼び出された彼は、城戸司令にそう言われて……目の前が真っ黒になりかけた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話

 遠征から帰還したA級トップチーム――太刀川隊、冬島隊、風間隊は城戸司令の勅令によって、三輪隊と共に玉狛支部に匿われている黒トリガーの争奪任務に赴くこととなった。

 太刀川の案で決行は今夜ということとなり、それまでは作戦を立てつつ休息を取ることとなった。

 

「あれ? 冬島さんは参加しないんですか?」

「乗り物酔いでダウンしてるから無理だな。黒トリガーを相手にする以上戦えないなら戦場に出る必要はない。というわけで唯我、お前も不参加だ。食堂でも行ってろ」

「酷いですよ太刀川さん!」

 

 泣き叫ぶ唯我をオペレーターである国近が宥めつつ、作戦室から追い出した。

 なかなかやることがえげつない。

 苦笑しながらその光景を見ていた太刀川隊射手・出水公平はもう一つ気になったことを己の隊長に聞いた。

 

「最上はどうしたんですか? 今回の任務、玉狛を相手取る可能性がある以上アイツが居れば結構スムーズに行けると思うんですけど」

「ああ。俺もそう思って進言したけど三輪の奴に反対された。戦力として数えるには最上はまだ未熟だとな」

「……それ、絶対嘘ですよね?」

「だろうな。何でか知らんが、三輪は……というか上層部は最上には今回のことを黙っているらしい」

 

 三輪が彼に遊真が近界民(ネイバー)であることを話さないのは、確かに私情を含んだ個人的な意見だ。しかし上層部は違う。

 彼らまでもが今回の件を彼に悟られないようにする理由は――迅の予知が関係している。

 迅は、最上秀一が空閑遊真を近界民(ネイバー)であることを知れば、最悪の未来が訪れる可能性が高いと言っていた。

 このことを遊真を守るために吐いた嘘だと断じることができた上層部だったが、城戸司令はこの忠告を受け止め、彼にはバレないように配慮した。

 

「勿体ないなー。アイツが居たら仕事も楽なんだけど……」

「相変わらずお前は最上のことを気に入っているんだな」

 

 それを聞いた出水はニヤリと笑い。

 

「太刀川さんほどじゃないです」

 

 そう言い返した。

 太刀川はその言葉を否定することも肯定することもなく、ただ笑みを浮かべるだけであった。

 

 

 

 

 時は遡り。

 S級A級B級混合で行われたチーム戦が終わり、少し経った頃。

 

「――どうだった二人とも? 実際に戦ってみて」

 

 模擬戦を終えて会議室に戻った(・・・)迅は、今回の模擬戦の感想を風間と太刀川に聞いた。先ほどまでこの場で模擬戦を見ていた風間隊、太刀川隊、鬼怒田、根付、唐沢を抜いた上層部も気になるのか耳を傾ける。

 それを受けた風間は表情を変えることなく、しかし言葉に乗せる感情は珍しく喜色に溢れたものであった。

 

「筋が良いな。スコーピオンの扱いも上手い」

「ええー、そうですかー? あんなの僕だってできますよ」

「おい、菊地原!」

 

 風間の高評価に納得のいかない声を上げるのは、彼の部下である菊地原士郎だ。彼はいつもの毒舌で最上を大したことないと言い、それを同じ隊である歌川が諫める。

 しかし、彼はさらに続ける。

 

「だって、実際そうだし……攻撃手として致命的な弱点があるし」

 

 彼の言葉に否定する者は居なかった。

 何故なら、先ほどの模擬戦でそのことに気付かなかった者はこの場に居なかったからだ。

 

「体感速度操作でしたっけ? 確かに一対一なら強いですし、使い方も上手い。

 でも、あいつの場合は()()()()()()()()。それこそ、不意打ちに全く気が付かないくらいに」

 

 最上秀一の弱点はそこだ。

 確かに、彼の思考速度は常人の何倍にも跳ね上がり、ノーマルトリガー最強の男である忍田本部長の剣筋すら見切ることができる。

 しかし、それは彼の視界内に限る。

 良く見えるだけに、今の彼に視界外からの奇襲や狙撃は致命的な痛手だ。

 加えて、彼はサイドエフェクトで相手の攻撃を見切って避けることに慣れたせいか、防ぐという行為をあまりしないのも問題だ。

 

「カメレオンで一発ですよ。C級でも倒せます」

「ははは……まあ、その辺は直して貰うとして……出水、お前はどうだ?」

「ん? まあ、リアルタイムで弾道を引けるのはかなりデカいんで、空間把握能力や弾の当て方を覚えたら化けるかなーと思います」

 

 迅の問い掛けに出水はそう返した。

 彼は模擬戦を見ていた際に、秀一の動きに関心していた。彼の射手としてのセンスは悪くなく、ちゃんとした師が居ればすぐにマスタークラスに行くだろうと確信していた。

 それを聞いた迅は視線を先ほどから黙っている太刀川へと向ける。それを受けた彼は――笑った。

 

「直接斬り合えなかったのが残念だ」

「ははは、太刀川さんらしいや」

「んで、勿体ないなと思った」

 

 その言葉に会議室に居た面々が首を傾げる。忍田本部長だけは太刀川の言いたいことを理解しているのか黙って聞いているが。

 

「どういうことだ太刀川」

「いや、だってあいつの太刀筋って――どう見ても弧月向きだろ」

 

 その言葉に衝撃を受けたのは、実際に戦った風間だ。

 彼は思い出す。

 最上のスコーピオンの扱いは、風間が認めるほど上手い。形状を自由に変化させることができる特性を使い、ところどころヒヤリとする場面が何度もあった。

 それに、秀一の戦闘スタイルは急所を狙った高速戦闘だ。スコーピオンよりも重い弧月では、それに支障をきたす可能性がある。

 ゆえに、太刀川の言ったことに疑問に思い――違和感を覚えた。

 風間は秀一に何度か良いのを貰った。問題はそれはどの場面だ?

 彼は思い出そうとし……太刀川の言いたいことを理解した。

 

「なるほど……確かに太刀川の意見にも一理ある」

「どういうことですか風間さん?」

「歌川。俺が奴に傷を貰ったのは()()()()()()()()()()()だ」

 

 戦闘中、彼は無意識にスコーピオンを己の最適な形態に変化させていた。丁度刀――弧月のくらいの大きさに。

 

「最上は確かにスコーピオンの扱いが上手い。でも、それは常識の範囲内だ。

 だが、あいつの本当の強さは、そういう小細工を度外視した純粋な剣術。

 そうですよね忍田さん?」

「そうだな、慶と風間の言う通りだ。思わず指導したくなるほどの原石……磨けば慶以上の弧月使いになれるのかもしれん」

 

 太刀川に加えて忍田本部長も認めるほどの剣術。

 それを聞いた迅は嬉しそうに頷く。

 

「で……そろそろ聞かせてもらおうか」

「何が? 風間さん」

「惚けるな。俺たちを最上と会わせて、何を企んでいる?」

「企んでいるなんてそんな……ただちょっとお願いがあって」

 

 いつもの胡散臭そうな表情を浮かべつつ迅はそう言い、それを受けた風間たちは怪訝な表情を浮かべる。

正直、風間は今回の模擬戦に乗り気ではなかった。上がり立てのB級相手に本気で戦って欲しいなどと言われ、理由を聞いてもはぐらかされる。貴重な人材を見つけることはできたが、それでも迅の掌の上で踊らされていると思うと気分が良くない。

 そんな風間の考えを読んだのか、迅は苦笑して何でもないように言った。

 

「風間隊と太刀川隊の皆には、あいつを鍛えてやってほしいんだ」

 

 そして、迅から放たれたその言葉に各々衝撃を受ける。

 しかし、上層部は予め聞かされたからか大して驚いていない。

 

「迅、本当に何を企んでいる?」

「太刀川さんまで……。

 まあ、皆に分かりやすく言うと、来たるその日までにできる限りの対策をしたい。

 ただそれだけさ」

「なるほど、未来視のサイドエフェクトか。それを視たお前はあいつを強くしようと……。

 だが、それならお前が直接教えれば良いだろう」

「いやー。今はその時期じゃないんだよね。それに、風間さんたちに教えて貰った方が良い。

 おれのサイドエフェクトがそう言っている」

「……」

 

 納得はしていない。

 していないが、城戸司令が何も言って来ないことを考えると、自分たちは迅の言う通りにするべきなのだろう。それだけ彼のサイドエフェクトは強力なのだ。

 風間は部下二人を見る。菊地原は嫌そうな顔をしていたが、それも無駄だと思うとため息を吐いて頷いた。歌川は元々反対する気は無いようだ。

 太刀川隊の二人も特に嫌がる素振りも見せず、それどころか面白そうと笑っていた。おそらくこの時に彼の命運が決まったのかもしれない。

 

 

 ――翌日、最上秀一の特別強化訓練(本人からすれば地獄の日々)が始まった。

 

 

 

 

「そう言えば、あの日から個人戦に出るようになりましたよね?」

「俺たちとの模擬戦で得た力の再確認でもしていたんだろう。現に、訓練する度に信じられない速さで強くなっているからな」

 

 実際はC級に降格しそうなほどポイントが削られたからだが。

 しかし本人の強さとポイントが比例していないせいか、太刀川たちが気付くことは無く、他の隊員には対人型近界民(ネイバー)を想定しているだとか、仇を見つけただとか、最上修羅説が濃厚になっていた。多分、彼らのせい。

 

「というか、五ヶ月で三つもマスタークラスにするとか変態だな。

 俺、あいつのこと密かに剣バカ二号って呼んでますよ」

「まあ、それは確かに――っておい待て出水。その剣バカの一号ってもしかして俺のことか?」

 

 A級上位陣とマンツーマンでイジメられれば、誰だって強くなるだろう。

 特に弧月による剣術の成長は凄まじく、今のところは全勝している太刀川もウカウカしていられない。

 ちなみに、この時の彼の被害者ランキングは一位緑川、二位米屋、三位木虎である。

 最上に搾り取られた隊員たちに合掌。

 

「……なんか、久しぶりにあいつと斬り合いたくなった」

 

 太刀川はそう言うと、個人戦のブースに向かった。

 出水は余計なことを言ったと反省し、弟子に向かって合掌する。

 

 数分後、太刀川と最上が激戦を繰り広げて、若干一名が世の理不尽に嘆いたとか。

 

 

 

 

 A級四部隊合同による黒トリガー奪還任務は、失敗に終わった。

 忍田派が玉狛派の味方をし、迅と嵐山隊が撃退したからだ。

 最大戦力とも言える太刀川と風間が緊急脱出(ベイルアウト)していくなか、三輪隊のオペレーターである月見蓮から作戦失敗の一報を伝えられる。

 そのことに三輪は強い怒りを抱き、自分たちの邪魔をした嵐山隊の二人を強く睨み付ける。特に戦闘中に聞かされた話が、彼の癇に障った。

 何故迅に協力するのか。奴は何を企んでいるのか。彼にそう聞けば、何も知らないと答え、迅は意味の無いことをする人間ではないと断言した。

 根拠も何も無い、ただ信用しているから。

 それが三輪にとって酷く歪に見え、今も尚その怒りは収まらない。

 

「嵐山さん、あんたは何時か絶対に後悔する。

 迅は分かっていない。近界民(ネイバー)に殺された人間がどう思っているのか」

 

 ゆえに彼は嵐山に忠告と言う名の皮肉を投げた。

 近界民(ネイバー)を庇う迅に味方をすれば、何時かその災いは自分に返って来ると。

 

「そんなことは無いぞ、迅はずいぶん昔に母親を近界民(ネイバー)に殺されている」

 

 しかし、そんな三輪の言葉に嵐山は反論する。

 今回の任務に参加し、三輪と共に良いようにやられた出水は、その言葉に驚きを示した。

 近界民(ネイバー)友好派である迅が、身内を殺されていたことに。

 

「それに、五年前には師である最上さんを――」

「――そんなことは知っている!!」

 

 しかし、それを三輪が叫んで遮った。

 彼は限界だった。

 憎き近界民(ネイバー)を倒せなかったことに。その近界民(ネイバー)が己の弟分の友であり、本人はそのことを知らないことに。

 そして何よりも、自分と同じ痛みを……否、自分以上の痛みを知っていながら近界民(ネイバー)を庇うことが出来る迅を許せなかった。

 

「失う痛みを知っていながら、何故近界民(ネイバー)と笑っていられる!

 失う痛みを知っていながら、何故近界民(ネイバー)を庇うことができる!」

 

 失えば、二度と返ってこない。

 そして、その時の痛みは忘れることも、乗り越えることもできない。

 

「最上は――秀一は! 近界民(ネイバー)に父親を殺された! そして、風刃となって迅の手元にある――だが、それを秀一は知ることすらできなかった!

 父が何をしていたのか、何を想っていたのか、どのように死んでいったのか――全て知らない!

 これがどれだけ残酷なことか分かるか!? それを奴は分かっていないから――秀一はボーダーに入ってしまったんだ!」

 

 もし、彼に父が居れば当たり前の日常を生きていただろう。

 普通に学校に行き、普通に友達と遊び、普通に家に帰り、時々酒に酔った父に絡まれ、嫌がりながらも常に笑顔を浮かべる――そんな、当たり前の生活。

 

 しかし実際はどうだろうか。

 父の愛を知らず、友という言葉に焦がれ、喧嘩をしたことがなく、あるのはぽっかりと空いた孤独の心。

 祖父ですら、それを埋めることはできなかった。

そして、彼はそのまま成長し――近界民(ネイバー)と戦うボーダーとなった。

 

「……言いたいことは分かった。でも、やっぱり俺の答えは変わらない。

 迅が何を企んでいるのか分からない。それでも、あいつは仲間だから――信じる、それだけだ」

「――っ」

「それと……その素直な気持ちは直接本人に言った方が良い。

 三輪のためにも、迅のためにも……そして最上のためにも」

「……くそ!!」

 

 真っ直ぐな目でそう返した嵐山の言葉は、三輪の心を強く揺らした。

 ――話し合う? それができれば……。

 しかしそれ以上考えれば、己の弱い部分が出てきそうで……三輪はこれ以上考えるのを止めた。

 

 

 

 この後、迅は黒トリガー『風刃』と引き換えに遊真の入隊を交渉し、最後には城戸司令が折れる形で、今回の騒動は終息した。

 それと同時に、一人の少年の未来が加速し……それを止めるべく迅はさらに動く。

 

 

 最上秀一の死。

 そんな最悪の未来を変えるために。

 

 




Q主人公強すぎない?
Aなに!? ワ―トリでぼっちキャラは最強じゃないのか!?(全方位メテオラ)



ワ―トリ×俺ガイル作者さんごめんなさい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話

今回は少し短いです


 12月も半ばとなり、マフラーが手放せない季節となった冬。

 そろそろ炬燵が欲しいと思いながら、彼は白い吐息……というよりもため息を吐いた。

 何故なら、今日の彼の予定は家でぬくぬくと布団の中で一日を終えると言う、これ以上ないほど素晴らしい計画を立てていた。しかし、それも今朝早くから掛かって来た一本の電話によって破綻した。

 電話を掛けて来たのは忍田本部長だった。

彼はこの時点で嫌な予感がしたが、社会的弱者としての地位を確立させている彼に抗う術は無く、こうして防寒用グッズを身に纏って足取り重く本部に向かっているというわけだ。

 

 彼は冬が嫌いだ。いや、正確に言うと寒い、または冷たいのが嫌いだ。

 子どもの頃に事故で雪に埋もれたとか、呼ばれて振り返ったと同時に雪玉を顔にぶつけられたとか、そういうエピソードはない。

 ただ、本能と言うべきか。彼自身理由は分からないが、肌を撫で付ける冷たい風、指先を凍らせそうな白い雪が、どうにも苦手だった。

 

 つまりこんな季節に呼び出した上層部マジありえない。というわけだ。

 

 寒さに耐えながら、彼は無事に本部に辿り着いた。

 冬季休暇に入っているからか、食堂にはチラホラと学生のボーダー隊員が居り、談笑をしていたり前シーズンのランク戦を見ていたりと思い思いに過ごしていた。

 ぼっちの彼にとって、このリア充の憩いの場である此処は少し苦手だった。しかし、ここの食堂のおばちゃんの作る料理は美味く、特に日替わり定食が彼のお気に入りだった。もし美味しそうなら昼は此処で済ませようと思い、確認しに来たのだが……。

 

【本日の日替わり定食――アシタノヒカリ】

 

 やっぱり分からない。

 ここの料理長のセンスは遠征にでも行ったのかぶっ飛んでおり、こうして確認してもどんな料理が出てくるのか分からない。彼はそれを面白く感じているが。

 

 さて、あまりグダグダしていては怒られてしまう。

 彼は食堂を後にし、会議室に向かった。

 

 

 

 会議室に着いた彼は、目の前の光景を見てデジャヴを感じた。

 二度目だからか以前のように緊張することは無かったが、かと言って長時間居たいとは思わなかった。

 ふと視界の端に一人の男が居た。

 S級隊員である迅悠一だ。

 相変わらず良く分からないサングラスだと思いながら、視線を目の前に居る城戸に向ける。

 

「……本日は、来てくれてありがとう――最上秀一」

 

 城戸司令はそう言って真っ直ぐと彼を見据える。

 やっぱり怖いな。

 そんな彼をよそに、城戸司令は続けた。

 

「通達している通り、近々近界民(ネイバー)による大規模侵攻が起きようとしている」

 

 ――え?

 それを聞いた彼は思わず声を出しそうになりグッと堪える。

 大規模侵攻? そんなの聞いていない。もしかしてボーダーから貰った端末にその節を伝えるメールか何かが来たのだろうか。そもそもその端末は何処に行ったのだろうか。分かるのは確実に埃を被っているだろうこと。

 彼は思わず目を細めてしまう。

 

「……落ち着き給え」

 

 流石に無理です。焦ります。

 しかし素直にそうは言えない彼は、入って来た時の表情に戻した。

 ……どんな顔を浮かべていたか忘れてしまったが。

 

「……本題に入ろう。――迅」

「はい」

 

 城戸司令は迅に呼びかけると、迅は彼の隣に歩いて来て――一つのトリガーを彼の前のデスクの上に置いた。

 コトリと置かれたそのトリガーは、彼が普段使っているトリガーとは似ても似つかない。しかし、その圧倒的な存在感はまさしく――(ブラック)トリガー『風刃』。

 

「最上秀一。君を本日付でS級隊員に任命する」

 

 ……どういうこと?

 突然上司から言われた昇格宣言に、彼は混乱した。

 言葉で表すと一言だが、今の彼はサイドエフェクトを使って自問自答を繰り返している。その体感時間は約半日。過去最大級の加速度だ。彼はそろそろサイドエフェクトに頼る癖を治した方が良い。

 そんな彼の動揺を察したのか、隣に居た迅が説明する。

 

「今回の大規模侵攻はヤバい。正直、A級、B級がやられる可能性がある。

 その対策としてS級をもう一人増やして戦力増強しよう! ってことになってお前が選ばれたってことだ。適合者の中でソロなのはお前しかいないし」

 

 サイドエフェクトを止めて話を聞いた彼は、それを聞いて少しだけ納得した。

 しかしそれと同時に疑問に思い、迅に聞いてみる。

 何故迅がS級のままではダメなのか? と。

 

「実力派エリートにも色々あるんだよ」

 

 なるほど、分からん。

 

「……引き受けてくれるな、最上?」

 

 ――無理です! とはとても言い出せなかった。

 確認と言う名の強制じゃねーかと思うも、彼もS級隊員という肩書に興味が無いわけではない。A級よりも給料が良くて、防衛任務要らずである。天羽からそれを聞いて彼は羨ましいと思っていた。

 彼は城戸司令の言葉に頷き、目の前の風刃を手に取ろうとし――手が震えていた。

 風刃は『ゴトリ』とデスクの上で音を立てる。

 

「……」

「最上……」

 

 どうやら寒さで若干手が震えていたようだ。

 彼はギュッと手を握って温めると、改めて風刃を手に持つ。

 

「――さて。秀一」

 

 何だろうか。迅が凄く良い笑顔を浮かべてこちらを見ている。

 まるで憑き物が落ちたかのようなその表情は、元々の顔立ちの良さもあり、彼は少しイラッとした。

 しかし、それ以上に彼の笑顔に見覚えがあった。

 思い出せそうで思い出せない。いや、これは彼の細胞が思い出すことを拒否している……?

 

「今日からおれがお師匠さまだ」

 

 何を言っているのだろうかこのセクハラエリートは。

 だが、よくよく考えれば当然のことだろう。

 黒トリガーを渡されてすぐに使いこなせる者など居るわけが無い。

 それだけ黒トリガーは扱いが難しく、そして強力だ。

 

「大規模侵攻に向けて、君には迅の指導を受けて貰う、

 それまで防衛任務も無しだ。気が進まないが、君の学校にも連絡し、しばらく休むと言い伝えている」

 

 彼は思い出した。

 

「これからよろしくな――秀一!」

 

 ――太刀川たちが浮かべる笑み。

 目の前の男が浮かべるソレは、彼らと全く同じだということに……。

 

 

 

 

「さて、風刃の使い方を教える前に能力を教えよう」

 

 早速と言わんばかりに、彼は迅によって基地の地下にある特殊訓練場に連れて行かれた。

 迅は手に持った端末を操作し、何も無い空間から市街地へと変えていく。

 そして少し離れた位置に的を設置し、迅は風刃を構える。

 

「風刃の能力は遠隔斬撃だ」

 

 そう言うと迅は風刃を一振りし、的を一刀両断する。

彼は予めサイドエフェクトを使って見ていたが……その分風刃の規格外さを理解した。

 

「範囲は目に届く全てだ。見通しが良かったら数キロメートル先の標的を斬ることもできる」

 

 加えて、風刃の硬度と切れ味は弧月以上、重さはスコーピオン並みに軽い。

 風刃の能力を聞いた彼は、これ一本あれば全ての距離に対応できると思い、黒トリガーの凄さを理解した。

 しかし、それだけに不安にも思う。彼がこの風刃を使いこなせるのかどうかだ。

 形状は弧月に近いから近接戦闘は問題ない。問題なのは風刃の能力を彼が十二分に発揮できるかどうかだ。

 そんな風に彼が悩んでいると、隣に居た迅がポンッと彼の頭に手を置いた。

 突然の行動に驚いて迅を見ると、彼は優しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

「そう悩むな。そのためにおれが居るんだ」

 

 しかし、それでも不安である。

 

「大丈夫。お前は絶対にこの風刃を使いこなすことができる。

 おれのサイドエフェクトがそう言っている」

 

 絶対の自信を持って放たれたその言葉に、彼は不思議と不安が払拭された気分になった。

 彼は迅から風刃を受け取り、起動させる。

 そこまで言われてしまっては、彼もウジウジしていられない。

 そんな彼を見た迅は、己のノーマルトリガーを起動させて彼から離れた位置に陣取る。

 

「さて、なるべく早く使いこなせるようにするには、やっぱり実戦が一番だ。

 今日から毎日、この実力派エリートがマンツーマンで指導してあげるから――頑張れよ?」

 

 こんな贅沢なことは無いぜ? と軽口を出す迅を前に、彼は風刃を構える。

 相手は彼をボコボコにする太刀川とかつてライバルだった男だ。加えて、未来視のサイドエフェクトでこちらの攻撃を予知する能力もある。

 つまり、相手にとって不足は無いということ。

 

 ……不思議なことに、今こうして風刃を構えている彼の心は穏やかだった。普段太刀川たちと訓練をする時や防衛任務で近界民(ネイバー)を相手にする時には起こらない現象だ。

黒トリガーという強力な武器を手に入れたから?

S級という最上位の地位を得たから? どれも合っているようで、どれも違うように思える。ただ……。

彼は手に持った風刃を見る。

 それだけで、彼は全ての疑問が解けた。

 理由は分からない。根拠も無い。しかし風刃を持っているだけで落ち着く。

 

彼の持つ黒トリガーが風刃だから。たったそれだけの理由で、彼は戦闘中だと言うのに温かい気持ちになった。

 

 ――今の自分なら、誰にも負けない。

 

「――来い、秀一!」

 

 迅がスコーピオンを構えると同時に、彼はいつものようにサイドエフェクトを使って、風刃を手に斬りかかった。

 

 




これからしばらく主人公は迅と共に訓練付けとなります。
その間は他のキャラを主軸にして進める予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話

 

 最上に続いて一秒切りを果たした空閑遊真。

 アイビスで防壁を撃ち抜いた雨取千佳。

 そしてA級三位の風間と引き分けた三雲修。

 

 この三人の話題は風のようにボーダー内に広まりつつあった。

 特に修の噂はそれが顕著だ。何処から漏れたのか彼が風間と戦い、そして引き分けたことが周りに知られている。

 迅に呼ばれて本部に来た修は、周りの視線からそれを察しているのか、頬に冷や汗を垂らしながら内心で溜息を零していた。

 

(どうしてこうなった……)

 

 確かに修は風間と引き分けた……その前に24敗しているが。

 どういうわけか、その事実が捻じ曲がって他の隊員の間で噂されているようだ。

 加えて秀一と同期であることが知られ、今までは牙を隠していただとか、実は秀一のライバルだとか、根も葉も無い噂が独り歩きしている。

 

「あの最上秀一と同期か……」

「でもそれだったら、なんで今のいままで注目されなかったんだ?」

「あれじゃないか? ほら、能ある鷹は爪を隠す。本当は自分の実力を隠していたけど、それが風間さんに見抜かれて、みたいな?」

「それ本当なら、あのメガネが最上秀一とライバルっていうのも本当かもな」

「あっ、そう言えばあのメガネの人と最上秀一が訓練生時代にランク戦したのを見た子がいるらしいよ?」

「マジかよ。こりゃあいよいよあの噂の真実味が濃厚になって来たな……」

 

 と、修から少し離れた場所で話す隊員たち。彼らの修を見る目は秀一に対するものと同じで、会話を聞かれないように注意していることが伺える。

 もし修がこのことを知れば、勘弁してくれと頭を抱えるだろう。

 何が悲しくて遊真レベルの怪物と同レベルに見られないといけないのか。修にはあんな動きはとてもではないけどできない。それにあの時のランク戦は開始早々に首を飛ばされただけだ。丁度遊真がC級三バカ相手にしているように。

 しかし周りはそのことを知らず、修のことを『落ち着きのある実力者』とささやいている。

 そのせいで憩いの場であるにも関わらず、彼は全く落ち着くことができないでいた。周りの隊員から『凄い奴』とささやかれれば仕方のないのかもしれないが……。

 彼は、どうにかこの誤解を解きたいと思っているが、聞かれてもいないのに事実を叫ぶのも何か違う気がする。

 

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ」

 

 どうすれば勘違いが解けるのだろうと悩んでいた修に話しかける少年が居た。

 

「えっと……?」

「オレは緑川駿。A級草壁隊の攻撃手だよ」

「A級……!?」

「うん。よろしく」

 

 背格好から己よりも年下だと思っていた修だったが、まさか目の前の少年がA級隊員だとは知らず驚いた。

 緑川は、そんな修を見てボーダー隊員に対してあまり詳しくないことを悟る。

 しかしそれを顔に出さず、緑川は視線を修の肩――玉狛を示すエンブレムに向けていた。

 

「そのマークって玉狛の物だよね? 玉狛支部の人?」

「あ、ああ。元々本部所属だったんだけど、色々あって迅さんに誘われて――」

「――迅さん? ふーん……」

 

 緑川は、何気ない会話から聞きたいことを聞き出そうと考えていた。しかし、その前に彼にとって聞き捨てならない言葉が出て来た。

 それは、緑川の憧れの人である迅悠一。彼は迅に助けられてボーダーに入った過去を持ち、いつかあの人のようにと思い彼が開発したスコーピオンを愛用しているほどだ。

 常々迅の居る玉狛に入りたいと言っている緑川にとって、迅に直接誘われた修のことが羨ましく思った。

 

 さらに、目の前の男が最上のライバルという噂も気に入らなかった。

 彼を目指している緑川を差し置いて、ぽっと出の修が――。

 できるなら、自分が彼と肩を並べたかった。

 そう思いこうして修の元にやって来たのだが――それがいけなかった。

 

 彼の尊敬する二人と関わりのある目の前に嫉妬した緑川は、普段の彼ならしないことをしてしまう。

 

「今日って暇? 防衛任務は無い? もし良かったらオレと個人(ソロ)でランク戦しようよ」

 

 周りの人間に聞こえるようにそう言う緑川。

 戸惑う修をよそに、彼の頭にあるのはどうやって目の前の男に恥をかかせるかという愚考のみ。

 ざわざわとこちらに注目し出す視線を感じながら、緑川は笑みを浮かべた。

 

 

 

 一方その頃、自販機で飲み物を買っていた遊真は意外な人物と再会した。

 

「どうした? 今日は元気ないね――重くなる弾の人」

「ふん……」

 

 遊真の前に現れたのは三輪秀次だった。

 彼の目元には隈ができており、頬もいささか痩せこけている。ここ数日ろくな睡眠も食事もしていないことが伺えた。

 三輪は自分の足元に転がって来た遊真の小銭を拾うと彼に渡し、自販機からブラックコーヒーを買う。

 

「本部が認めた以上、お前を殺せば隊務規定違反だ」

「た、タイム……?」

「……ルール違反だということだ。近界民(ネイバー)は頭の出来が悪いらしいな」

「む……」

 

 近界から来た遊真にとって、こちらのことはまだ知らないことだらけだ。

 しかし周りに人が居る以上それを言うことはできない。三輪もそれが分かって言っているのだろう。彼の口元には笑みが浮かんでおり、遊真はそれにカチンと来た。

 そしてやられたらやり返すを信条にしている遊真は、三輪にとって特大の地雷を踏んだ。

 

「シュウイチは元気? 最近会って無いんだよね」

「……」

「うお、凄い目……」

 

 遊真としては軽く煽るつもりだったが、効果は有り過ぎたようだ。

 三輪の眼が凄まじく鋭くなり、視線だけでトリオン兵を殺せそうなほど殺気立っている。流石の遊真もこれには冷や汗を流す。

しかしそれだけだ。襲い掛かって来ても遊真とレプリカなら問題なく対処可能だ。

ゆえに、余裕を持って前々から気になっていたことを三輪に聞くことができる。

 

「なんで、シュウイチにおれが近界民(ネイバー)だってこと黙っているの?」

「貴様がそれを聞くのか……!」

「おれだから聞くんだよ」

 

 戯言を、と切って捨てるには遊真の眼は真っ直ぐとしていた。

 三輪はしばらく黙っていたが、大きく舌打ちをして、

 

「あいつには言っていない。その前にお前を殺すつもりだったからな」

 

 そう吐き捨てた。

 自分を殺すと宣った三輪に対して遊真は、あれ? と首を傾げた。

 

「でも、さっきおれを殺したらタイムキテイイハンっていうのになるんでしょ?」

「ああ、そうだ」

「じゃあ、これからはどうすんの? ――おれを殺すの? それともシュウイチには黙っておくの?」

「……」

 

 三輪は、答えなかった。否、答えることができなかった。

 何故なら――。

 

「迷っているんだね。おれのことを話すか、話さないか」

「……っ」

「……なんなら、おれから言おうか? おれが近界民(ネイバー)だって」

「!?」

 

 三輪は心臓を握り締められたような錯覚を覚える。思わず遊真を凝視し、そして彼の全てを見通す眼に……思わず唇を噛んだ。

 

「迅さんたちには止められているけど、何時かはバレることだし、こういうことは早めに言っておいた方が――」

「――やめろ!!」

 

 遊真の言葉を三輪は声を荒げて止めた。

 突然叫んだ三輪に驚いた周囲の人たちが彼らを見るが、そのことに気を割く余裕は彼にはなかった。

 彼の今の叫び声には、一体どのような感情が込められているのだろうか。

 焦燥。怒り。恨み、恐れ。

 さまざまな感情に押しつぶされそうになる三輪に、遊真はため息を吐いて一言呟いた。

 

「……そう言うならおれは何も言わないよ。

 でも、決断は早い方が良いよ……シュウイチのことを考えるならね」

 

 最後にそう言い、遊真はC級ランク戦室へと向かった。

 その場に残された三輪は、手に持った缶コーヒーが変形するほど握りしめていた。

 

 

 

「よぉ黒トリの白チビ」

「がんばっとるかね? ゆうま!」

「おっ? ヤリの人に陽太郎……?」

 

 道中、遊真は米屋と陽太郎にばったりと出くわした。

 しかし遊真から見れば、この二人の組み合わせは違和感しか感じない。何故なら、米屋は遊真を襲った本部の人間で、陽太郎は己と同じ玉狛の人間だ。

 そのことを聞いてみると、本部と玉狛は彼が思っていたよりも仲が悪いわけではないらしい。そして米屋は宇佐美と従兄弟であり、彼女から陽太郎の子守を頼まれたそうな。

 

「それはそうと、これからランク戦すんの? なんなら俺と戦らねえか?」

「え? 訓練生と正隊員って戦えるの? この前カザマ先輩はしてくれなかったけど」

「ポイントの変動しないフリーの模擬戦だったらC級B級A級関係無しにできるぜ! 風間さんはプライド高いからガチのランク戦じゃないとやらないんだろう」

 

 という訳で早速しよう! と遊真の背中を押す米屋。

 遊真はそれに対して、黒トリガー無しならどれくらいできるか確認するためにも、快く承諾し、ランク戦室へと足を進めた。そこで起きているちょっとした事件に気が付かずに……。

 

 

 

 

 初めの三戦はちょっとした違和感だった。

 しかし五戦目を終えてから、緑川はその違和感を明確に感じ取って、そして理解していた。

 

(動きは正直雑魚だ。レイガストもアステロイドも怖くない。

 フェイントにも良く引っかかるし、オレのスピードにも反応し切れていない。

 でも――)

 

 現在、六戦目。

 修の首を狙ったスコーピオンの一撃は、堅牢なレイガストのシールドモードで防がれる。

 こうして防がれるのは彼此六度目だ。そのことに緑川は苛立ちながらも認めた。

 

(このメガネは、首を狙った(・・・・・)攻撃のみ完全に防いでいる)

 

 修の動きはA級である緑川から見れば拙いの一言に限る。

 彼の小柄な体を活かした高速戦闘は、修を面白いように刈り取り、今までの試合に全て勝っている。しかし、緑川が首を狙えば、今までの動きが嘘のように変わり、レイガストで防がれる。

 例え片腕になろうと、足を斬られようと、後ろから奇襲をかけようと。

 ゆえに緑川はこれまでの試合で彼の首を跳ね飛ばすことができないでいた。

 

(くそっ)

 

 自分はA級で、相手はB級だ。

 その自負によって、緑川は修の首のみを狙い続ける。その結果、一つの試合の時間が伸びていき、修もレイガストで反撃をするようになって来ていた。

 しかし、修の剣術は緑川を捉えることができず、緑川のスコーピオンが彼の首に喰らい付こうと牙を伸ばす。

 

「っ!」

「……っち」

 

 しかし、レイガストで逸らされたスコーピオンは、修の頭部を斬り裂いて緑川に勝利を献上する。それでも緑川の表情は優れない。

 

 今の緑川の頭には、当初の目的など残っていない。

 彼の眼にあるのは、ただただ彼の首だけだった。

 

「勝てない……」

 

 一方、緊急脱出(ベイルアウト)した修は、緑川の動きに翻弄されていた。

 先日の風間とはまた違った相手に戸惑い、しかしたった一つ勝機を見出していた。

 緑川が修の首を狙うようになったことで、彼は風間の時よりも戦い易く感じていた。

 彼が首を狙い続ける限り、修は緑川に勝てるかもしれない。

 

(……あいつのおかげだな)

 

 七度目の浮遊感を感じつつ、修はあることを思い出していた。

 

 

 

 

 

「隊員のコピー? どういうこと修くん?」

 

 烏丸の指導の他に、修はモールモッドを相手に戦闘技術を磨いていた。

 以前の事件のことを思ってか、彼は一人でもトリオン兵を倒せるようにと、遊真の動きをイメージに日々研磨していた。その結果は出始めている。

 しかし、それとは別件で、修は戦いたい相手――いや、拭いたいイメージがあった。

 それは、最上秀一。C級に上がって初めてしたランク戦の相手で……個人的に超えたい大きく、硬い壁だ。

 修は、己の心情をぼかして宇佐美に言った。

 

「モールモッドみたいに、隊員の戦闘データを元に模擬戦ってできませんか? こう、ゲームでいうNPCみたいな……」

「あー、なるほど。そういうことね。ランク戦の記録とかがあれば、玉狛の技術で再現可能だよ!」

 

 宇佐美は、直接本人に頼めば良いと思っていたが、それを飲み込んだ。

 まずは彼の要望に応えることを考える。

 彼女はお茶請け用のどら焼きを一口食べると、修に聞く。

 

「で、相手は誰なの?」

「最上秀一です」

 

 ゴフッと彼女は咽た。

 

 

 

 

 

 七、八、九と修は緑川に負け続けていた。

 残るはあと一回のみで、トータル的には既に惨敗している修だが、彼の目には未だに闘志が残っていた。

 

(動きは読めていない。でも、段々僕の読みが通ってきている)

 

 彼は、柄にもなく熱くなっていた。

 風間との模擬戦の時にはまだ使えなかった一手。しかし、彼との戦いによって修は攻撃手の動きを無意識に感じ取っていった。

 加えて身近に優れた戦士が居たこと。たった一戦でトラウマを植え付けるほどの刃を持つ男との仮想訓練。

 そして、弱いからこそ……持たざる者だからこそ、修はまだまだ強くなれる。

 それを感じ取っていた修は――緑川に挑む!

 

『ランク戦十本勝負。最終ラウンド開始』

 

 アナウンスと共に緑川はスコーピオンを片手に修に斬りかかった。

 それを修はシールドモードのレイガストで的確に防ぐ。

 今の緑川は修の首だけを狙っている。狙いが分かっている以上、緑川よりも速く斬り結んでくる秀一(再現体)を相手にほぼ毎日訓練している修にとって――彼の剣は防げる剣だ。

 

(前回はアステロイドを撃とうとして、その前はスラスターで斬ろうとしてやられた)

 

 だからこそ、修は耐えなければならない。

 いかに隙を見つけようと、それはフェイントだ。

 喰い付くな、我慢しろ。

 そこはダメだ。次を待とう。

 攻めに入るな。ただ防げ。

 

 そしてその時は――来た!

 

「アステロイド!」

 

 斜めに構えたレイガストをスコーピオンが滑る。それを後押しするように修はアステロイドを放つ。

 しかし、緑川は素早く腕を引くことで隙を失くそうとし――一瞬視線を修から逸らした。

 たったその一瞬の間に、修は緑川の視界から消えた。

 

(――テレポーターか!)

 

 オプショントリガーの一つであるテレポーターは、視線の先に瞬間移動することができる機能を持つ。それゆえに狙撃手に移動先を読まれてしまうことがあるが、使いようによっては格上に喰らい付くことも可能だ。

 距離に応じてトリオンを消費することを考慮すると、修には不向きなトリガーに思える。

 しかし、そんな修でも相手の背後……それも至近距離に瞬間移動するのなら、トリオンの少ない彼でも可能だ。

 

「ブレードモード! スラスター、オン!」

 

 偶然見つけた秀一の弱点。その弱点を毎日突いていた彼の今の動きは――緑川が本気で焦るほどだった。

 緑川が振り向き、襲い掛かるレイガストを前に――。

 

 

 

 

「お? なんか人多いな」

 

 ブースにやって来た米屋たちは、人の多さに首を傾げていた。

 遊真もそれを感じていたようで、視線を動かし――パネルに書かれていた文字に目が行った。

 

(三雲……オサムか?)

 

 そこには三雲の文字と対戦相手の緑川の名前、そして複数の丸とバツ。

 丁度試合が終わったようで、ブースから修が息を吐きながら出て来た。

 

「そうそう上手く行かないか……」

 

 そう言って修は最後の一閃を思い出す。

 彼の一撃は緑川のトリオン体を斬り裂いた。しかし、それは彼の戦闘体を追い詰めるものではなく、片腕を斬り飛ばすだけに留まった。

 あの時、緑川はオプショントリガーのグラスホッパーを使って後ろに跳び、レイガストを振り抜いた状態の修の心臓を貫いた。

 

「……なあ、どう思う?」

「どう思うって……」

 

 10対0。

 結果を見れば修の完敗だが、彼らのランク戦を見ていた観客たちは修を貶すことができなかった。

 

「年下とは言え、A級のあの緑川に喰らい付いていたしな……」

「B級上がり立てであんなことできるのなんて、一部の天才だけだろ……」

「ふっ、やはり俺の思った通りの男だ三雲修……奴は天才だ」

「おい、そいつ黙らせろ。昔最上の陰口言って緑川にボコられた奴だ」

「OK」

「やっぱあれかな。噂は本当っぽいな」

「だな。最上が目を付けるだけのことはある」

 

 試合を終えて己の反省点を考えていた修の耳に、彼らの声は聞こえなかった。しかし、遊真は修の置かれている状況を察し、そこから対戦相手のやりそうなことを予想する。

 

「こら! おさむ! 負けるとはなにごとだ!」

「ようたろう? それに空閑に、三輪隊の……」

 

 ようやく遊真たちの存在に気が付いた修。

 そんな彼に上から声を掛ける者が居た。

 

「メガネ先輩」

 

 修に声をかけた緑川は、修の前に飛び降りた。

 そして彼を真っ直ぐに見据えると――頭を下げた。

 

「つまんないことして、ごめんなさい」

「……え?」

「それと、ランク戦ありがとうございました」

 

 失礼します。

 それだけを言うと、緑川はその場を立ち去った。

 そんな彼の背中を見ていた修は、何故謝られたのか分からず頭上に疑問府を浮かべている。

 自分に対する悪意に鈍感な隊長に遊真は呆れて一言。

 

「オサム……鈍感過ぎ」

「え!? なんで!?」

 

 突如放たれた毒に修は動揺し、そんな彼らを見て米屋はカラカラと笑った。

 




勘違いは伝染する……!
これは修のカバー裏風を書かなくてはならないな(笑)

ちなみに、この後の緑川くん視点は大規模侵攻の時に書きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話

「此処に居たのか」

「……迅」

 

 基地屋上にて、三輪は街並みを眺めながらあることを考えていた。

 周りの環境が変化していき、そのことに怒り、戸惑い、焦りを感じていた彼はこうして思考に没頭することが多くなっていた。ゆえに、こうして迅に声を掛けられるまで気付くことができなかった。

 後ろから菓子を食いながら近づく男を睨み付けるも、その鋭さも正直弱々しい。

 それだけ、先ほど起きた遊真との問答が精神的に来ているということだろうか。

 

「……何の用だ」

「おっ、今日は『お前と話すことは無い』って追い返さないんだ」

「……」

「待て待て。話すから無言で立ち去ろうとしないで」

 

 飄々とする迅の隣を通り過ぎ、そのままこの場を去ろうとした三輪を彼は慌てて止めた。

 思っていたよりも秀一のことで悩んでいるようで、迅は嬉しいやら悲しいやらで苦笑してしまう。

 そんな彼の態度が気に入らなかったのか、さっさと本題に入れと三輪は言った。

 

「今回の大規模侵攻でうちのメガネくんがピンチになるんだ。その時できたら助けてやって欲しい」

「メガネ……三雲のことか」

 

 彼の頭に眼鏡を掛けた一人の少年が浮かび上がる。

 今にして思えば、多少強引な手を使えば違った結果になったのかもしれない。

 そう考えてしまうほど、彼の存在は三輪にとっては忌むべきものだった。

 

「断る。あの近界民(ネイバー)か、玉狛の人間に頼めば良いだろう。

 俺にあいつを助ける義理は無い」

「それができないから、こうして頼んでいるんだけど……。

 でも、今回ばかりはおれの言う通りにした方が良いぞ」

「……?」

 

 怪訝な表情を浮かべる三輪に、迅は真面目な顔で――彼にとっての爆弾を落とした。

 

「お前がメガネくんを助けなかったら、秀一は確実に死ぬ」

「――」

 

 でたらめを言うな――と怒鳴ることなど三輪には出来なかった。

 何故なら、彼のサイドエフェクトはそれだけ強力だからだ。

 何故なら、彼は秀一に関することでは絶対に嘘を言わないからだ。

 何故なら――今、彼が浮かべている顔を見てしまっては、その言葉を否定することが出来ない。

 

「……っ」

 

 動悸が激しくなり、三輪の脳裏にあの日の光景が流れる。

 

 ――姉さん! いやだ、死なないで!

 

 それは、幼く、弱く、他人に縋ることしかできなかった過去の自分。

 そんな自分が嫌で、憎くて、だからこそ彼は力を得た。

 

「……どういうことだ」

「……どうもこうも無いよ。ここ毎日あいつの未来を視ているけど、様々な過程を得て死んでいる。

 人型近界民(ネイバー)に負けて殺されたり。

 仲間を庇って殺されたり。

 黒トリガーになってしまう未来なんて物もあった」

 

 そんな未来が視えるようになったのは何時からだろうか。

 初めは、可能性の低い未来だった。しかし、その最悪の未来は時と共に枝分かれし、一本一本が太く長く伸びていく。

 それを止めるために、迅は彼に力を――風刃を与えた。

 

「風刃が無いあいつの死ぬ確率は90%

 風刃が有るあいつの死ぬ確率は……今は70%ってところだ。

 今太刀川さんたちと仕上げ(・・・)をしているけど、それが間に合っても五割を切るか切らないか、だ」

 

 聞けば聞くほど、絶望したくなる未来。

 そして、それを正すためには――あの裏切り者を助けなくてはならない。

 しかし、今こうして三輪が悩んでいるのも元を正せば玉狛の――。

 考えれば考えるほど、混乱していく自分に、三輪は知らず知らずのうちに拳を強く握りしめていた。

 

「――俺は、上から与えられた仕事をこなすだけだ。城戸司令にでも頼むんだな」

「……そうするよ」

 

 かろうじてそれだけを言うと、三輪はその場を立ち去った。

 

「――これは、やばいな」

 

 そして、そんな三輪の背中を見ながら迅は呟く。

 

「選んだのはおれだけど――本当、後悔しそうだよ、最上さん」

 

 瞳に映った未来――秀一と共に戦う三輪の姿にため息を零しながら、彼は亡き師に向かって弱音を吐いた。

 

 

 

 

 最上秀一がS級隊員に昇格した情報は、C級を含めた多くの隊員に知らされた。

 それを知った者たちはそれぞれ、嫉妬、驚き、後悔とさまざまだ。

 

 

 ――諏訪隊の場合。

 

「ざっけんな! 俺たちの勧誘蹴ってS級たァどういうことだァ!?」

 

 以前から彼を己のチームに勧誘していた諏訪など、荒れに荒れていた。

 オペレーターは可愛いぞ。麻雀できるぜ。今度飯を奢る。

 等々さまざまな方法で彼に執着していた彼は、S級となった秀一に不満を抱き――。

 

「でも諏訪さん。彼にも事情があるはずでは……」

「そうだけどよ……あー、しゃあねえ! 今度昇格祝いに何か奢ってやるか!」

 

 それと同時に自分たちを飛び越えて行ったことに喜びも感じていた。

 あの模擬戦以来、一方的にではあるが交流を深めていた諏訪隊は最上秀一のことを弟のように可愛がっていた。元々さっぱりとした性格で面度見の良い諏訪は、孤立している彼のことを放っておくことなどできず、何かと気にかけていた。

 本人はそのことに気が付いていないが。

 

「でも、大丈夫ですかね」

「あん? 何がだ日佐人」

「いや、S級ってチーム組めないから、余計に孤立しそうで……」

「……あー」

 

 もしかしたら彼らだけかもしれない。彼のぼっち化が加速していることを認識しているのは。

 

 

 ――荒船隊の場合。

 

「そうか……残念だ」

 

 荒船隊もまた、彼のS級昇格に不満を抱いていた。

 というよりも、彼を自分たちの隊に入れることができなかったことに比重が乗っているが。

 

「でも、他の隊に取られるよりはダルくないっすけど」

「しかし、あれだけの力があれば納得だな。S級になるのも」

 

 彼らは諏訪隊のようにぐいぐいと行く事はしなかった。

 本人の意志を尊重することを決め、入ってくれたらラッキー程度の認識だ。

 

「本人が決めたことだ。外野の俺たちが騒ぐ必要も無い」

 

 冷たいように感じるかもしれないが、それもまた彼のことを考えてのこと。

 今まで一人で居たのには何か理由がある。それを捻じ曲げることはしたくない。

 などと、金欲しさに入ったアホのぼっちのことを考えつつ、頭に浮かぶのは自分たちと諏訪隊以外の隊の反応だ。

 諏訪隊や荒船隊以外にも、彼を欲していた隊は他に居たのだ。

 

 

 ――鈴鳴第一の場合。

 

「そっか。それじゃあ……」

「はい。最上は俺たちの誘いには乗らなかったってことです」

 

 鈴鳴支部に所属の来馬辰也。村上鋼。彼らもまた最上を誘ったチームの一つだ。

 太刀川たちに鍛えられてからの最上は、№4アタッカーである村上に匹敵する実力を持っており、度々行うランク戦では五分五分と言った所か。

 加えてバイパー使いでもある彼の力は仲間にすれば頼もしく、敵にすれば厄介なことこの上ない。

 

「残念だなぁ……」

 

 しかし、来馬が最上を誘ったのはそんな所ではない。

 確かに村上並みの実力者という点は無視できないだろう。だが、それ以上に――彼を放っておけなかった。

 

 一時期流れていたとある噂。

 それは、最上秀一はサイドエフェクト頼りのズルい奴という心無い中傷。

 本人は気にしていないのか、聞いていないのか、特にそのことに関する話はしていない。しかし、周りはそうでもなく、特にC級たちの間では根深く広まっていた。

 

 サイドエフェクトが無かったら負けない。

サイドエフェクトのおかげだ。

卑怯者。

真面目に努力している奴に恥ずかしくないのか。

 

 言っている本人たちも、本当は分かっているのだろう。

 それがただの僻みだということに。

 それでも、入隊試験で注目を浴び、短期間で正隊員となり、A級たちから一目置かれて、特殊な訓練を受けている彼に嫉妬せずにはいられなかった。

 誰もが思うだろう。彼のようになりたいと。

 

 だが、それと似た経験を持つ後輩を持った来馬は――彼のことを放っておけなかった。

 

「カゲ曰く、徐々に収まっているけど、まだ他人に対して何処か怯えているようです」

「そっか、影浦くんにお礼を言わないと」

「そうしてください。あいつも喜びます」

 

 できるなら、自分たちの所に来てほしかった。

 そして共に証明したかった。

 彼の力は虚像ではない。

 彼の努力はマヤカシではない。

 たくさんの人を守ることができる、素晴らしい力なのだと。

 

 

 

 ――玉狛の場合。

 

「はあ!? 迅が風刃を本部に? どういうことよそれ!」

 

 激情のままに声を上げるのは、玉狛第一所属である少女、小南桐絵だ。

 彼女はチームメイトの烏丸京介から聞かされたその話が信じられず、目の前の男に聞き返していた。

 彼女は迅よりも前にボーダーに入った古参で、当然迅と最上宗一の関係性や過去に起きた事件を知っている。ゆえに、迅が本部に風刃を渡したことが信じられなかった。

 いつもの烏丸の嘘だと断じるには、この話は重い。

 そう感じ取って、また迅の考えを推測した彼女たちの隊長である木崎レイジは、自主訓練中の玉狛第二のメンバーを思い出しつつ言った。

 

「迅にとって、それが最良の未来だったってことだろう。外野のオレ達があーだこーだ言っても仕方ない」

「それはそうだけど……」

 

 納得行かない顔をしていた小南だったが、他の二人が何も言わないことを確認するとため息と共にこれ以上の愚痴を零すことを止めた。

 

「で、風刃は誰が使うの? 准? 鋼さん?」

「いや、どうやらB級の最上秀一という隊員だそうで――」

「最上!?」

「……そうか、あいつか」

 

 烏丸の放った言葉に小南は驚き、レイジは何処か納得した表情を浮かべる。

 レイジの反応が気になったのか、二人は彼に視線を向ける。

 一人は件の隊員の存在を、一人は最上と言う名に。

 

「レイジさん知っているの!?」

「そいつ、何者なんですか? やたら迅さんや上層部が気にかけているそうですが……」

「というか、最上ってもしかして……」

「ああ、そうだ。最上秀一は、迅のかつての師である最上宗一の息子だ」

 

 そこで烏丸は思い出した。風刃が誰の命を使って作られたのかを。

 それと同時に、運命とは奇妙なものだと感じた。己の父の黒トリガーが巡り巡って自分の元に辿り着き、そしてその力を使って父の仇を討つ――。

 物語としては王道だが、こうして現実に起きると……今の最上秀一の心境が気になる。

 

「というか! 私最上さんの息子がボーダーに入っていること自体知らなかったんだけど!」

「ボスの判断で、今まで黙っていたんだ。最上は近界民(ネイバー)嫌いで、オレ達と接触すれば余計な刺激を与えることになる」

「ぐ……それは、確かに……」

 

 加えて、目の前の少女が知っていれば面倒なことになっていたようにも思える。

 彼女の性格を良く知る烏丸はそう思い、だから自分も件の隊員と顔を合わせることができなかったわけだ。

 

「で、そいつ強いの?」

「迅曰く、才能もあるし強力なサイドエフェクト持ちらしい。

 加えて太刀川隊と風間隊を相手にほぼ毎日訓練していたとか」

 

 少なくともアタッカーランキングでトップ10は確実だとか。

 それを聞いた小南は一度戦ってみたいと零すも、レイジが全力で止めるのを見て、こっち関係の嘘は吐かないようにしようと決めた烏丸だった。

 

 

 

 ――太刀川隊の場合。

 

「なんか、あいつどんどん強くなっていませんか?」

 

 風間隊と模擬戦を繰り広げている秀一を見ながら、出水は手に持ったジュースでそっと一息。

 風刃を持った彼の実力は予想以上に厄介で、気が付いたら首を跳ね飛ばされることが多くなった。隣で餅を食っている太刀川ですら、徐々に戦績が逆転し始める始末。本人はそのことに喜びを感じているようだが……完全にターゲットにされた秀一に出水は合掌した。

黒トリガー持ちはやっぱり半端ないとため息を吐いて、思わず零した。

 

「S級とか勿体ないなー。唯我と交換してえよ」

「酷くないですか先輩!?」

 

 一人は寂しいとか、自分もチームだとか言って無理矢理着いて来た唯我は、出水の辛辣な言葉に涙する。しかし彼の先輩は結構本気で言っているようで、何とか捨てられないようにとご機嫌取りに勤しむ。具体的に言うと食べ物を持って来たりとか、飲み物を用意したりとか。

 そんな情けない後輩を見つつ、相変わらずプライドが無いなーとかなり酷いことを考える。

 

「でも、あいつがこの隊に入ると大変ですよ」

「お前がこの隊とか言うな、戦力外隊員」

「酷い! でも、よく考えてくださいよ。あいつはサイドエフェクトに頼り切りで、不意打ちとか狙撃とか」

「いや、それも分かんねえぞ」

 

 秀一の弱点を理由に何とか自分の地位を守ろうとする唯我の言葉は、彼らの隊長である太刀川によって斬り捨てられた。

 太刀川は今まさにカメレオンによる不意打ちを仕掛けられた秀一を指差す。

 いつもならここで秀一がやられるのだが、素早い動きで振り返ると手に持った風刃で菊地原の腕を斬り飛ばし、そのまま一刀両断した。

 

「どういうわけか、勘も動きもいつにも増して素早くなってやがる。

 これが黒トリガーの恩恵なのか、あいつ自身がレベルアップしたのかは知らんが――俺たちもウカウカしていられないぞ」

 

 そう言うと、太刀川は最後の餅を口に含んで飲み込んだ。

 次はあいつを喰らうと言わんばかりに弧月を手に持って、風間を斬り捨てた秀一へと斬りかかった。

 それを苦笑して見ていた出水は、ポンっと唯我の肩に手を置くと。

 

「除隊した時は、新しいチーム探し手伝うよ」

「本当に酷くないですか出水先輩!?」

 

 

 

 

 このように、周囲の人々が己に向ける視線に気づかぬまま、彼は風刃を振るい続けた。

 その成長スピードは凄まじく、まるで初めからそうであるべきかのように、彼と風刃の相性は良かった。

 訪れる未来を知らず、彼は風刃を手に今日も太刀川たちと斬り結ぶ。

 それが彼にとって吉と出るか凶と出るか。

 そのことを知る者は、今この場には誰も居なかった……。

 




以前から要望のあった周りから見た秀一の評価を、ストーリーにからめて書きました
それでも少し分かり辛いので、いつか番外編でインタビュー形式か何かで書こうと思います

次回から大規模侵攻編に入るます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【大規模侵攻編】
第19話


空が、黒く染まった。

 

「――早いな」

 

 日常が非日常へと変わるその瞬間を、迅はその眼で見ていた。

 

 

 

「門の数37、38、39、40……!

 依然、増加中です!」

「任務中の部隊はオペレーターの指示に従って展開! 

 トリオン兵を全て撃滅せよ! 一匹たりとも警戒区域外に出すな!」

 

 沢村はモニターに映る門の数に臆することなく、忍田の指示の防衛任務中の元各部隊には情報の伝達、非番の隊員には緊急招集をかける。

 

「トリオン兵はいくつかの集団に分かれてそれぞれの方角の市街地に侵攻中!

 西・北西・東・南・南西の5方向です!」

 

 敵の戦力が分散したことに、忍田は内心舌打ちを打つ。

各個撃破をするには相手の数はあまりにも多い。従って、こちらの戦力も分ける必要がある。

敵の狙いや正確な戦力が分からない以上あまり取りたくない選択肢だが、それでもこのまま好き勝手暴れさせるつもりはない。

忍田はすぐに決断すると指示を出す。

 

「現場の部隊を二手に分けて東と南西に向かわせ、それぞれの敵に当たらせろ!」

「了解!」

「ち、ちょっと待ってください本部長! それでは他の三方向に被害が……!」

 

 根付は忍田の指示に異議を出す。

 このままでは彼の指示した方角以外の敵が警戒区域の外へと飛び出し、民間人に被害が及んでしまう。それを危惧しての言葉だったが……。

 

「そちらの方は問題ない」

「え?」

 

 根付の戸惑いの言葉と共に、北西と南のトリオン兵の反応が瞬く間に消失していく。

 それと同時に二つの特異的なトリオン反応が、本部のレーダーに映し出される。

 その二つの内の一つは――風刃。

 

「すでに三方向には――天羽、迅、そして最上が向かっている」

 

 

 

 

 不思議な感覚だ、と彼はトリオン兵を斬り裂きながら自分に戸惑っていた。

 

 迅や太刀川、風間隊との訓練の日々は彼にとってトラウマとなりつつあった。

 防衛任務の時は横で眺めていた頭のオカシイ剣が、己に向かって振るわれていたのだから仕方無い。それが無限に続くのだから尚更だ。

 今回の件の首謀者である迅に対して、理不尽だと怒りと不満を抱いていたほどに彼はここ最近のボーダー生活に疲れていた。

 

 しかし、今この時は、それらを忘れさせるほどに――彼に衝撃を与えた。

 

「――」

 

 ()()()()()()()()彼は、視界の隅に居るモールモッドをちらりと見て足元のアスファルトを斬り付る。そしてすぐさま自分は、愚かにも彼に向かって攻撃したバンダーに向かって駆け抜ける。

 彼に向かって放たれた光の帯の数は五本。しかし、それらの動きは彼からしたらとても遅く、当たる方が難しい。それだけ目の前のバンダーが欠陥品かと言えばそうではない。

 

 ならば何故? その答えは簡単だ。

 彼が何倍も速いからだ。

 

 彼のサイドエフェクトは体感速度操作。戦闘時には体感速度を速くすることで相手の動きを見切っていた彼だったが、その度に彼はいつもこう思っていた。

 

 すごく動きづらい、と。

 

 彼がどれだけ意識を速くしようと、肉体は世界に取り残されたままだった。

 弾道や剣筋は良く見えているのに、避けようと思ってもどうすることもできず、ゆっくりと鋭い痛みを受けていた。彼はそれが酷く煩わしく感じていた。

 一時間の戦闘を終えた時彼はその何倍もの時間を感じており、幼少期から無意識に使って慣れていなければ医師の予想通りに事が起きていただろう。

 

 しかし、それは昔の話だ。

 彼が太刀川達と訓練をするようになってからだろうか。モノクロの世界に時々色が戻り始めたのは。声が聞こえるようになったのは。……少しだけ、身体を動かすのを楽に感じるようになったのは。

 

 人がトリオン体を動かす感覚は、人が自分の体を動かす感覚が元となっている。

 ボーダーやトリオンのことを知らない民間人は、そのことを知らないので空を飛べたりとか勘違いしている者が居るが、常軌を逸した動きは本来できない。

 しかし、その延長上なら可能だ。

 例えるのなら、加古隊の黒江双葉。彼女はオプショントリガーの『韋駄天』を使うことで普通のトリオン体ではできない高速戦闘を可能にしている。それでも意識だけは追いつかないので、予め動きを設定しているようだが。

 

 話を戻そう。

 彼もまた例に漏れず、トリオン体を動かす時にイメージするのは生身の肉体の動きだ。それは今も変わっていない。

 だが、彼は今までサイドエフェクトを使い続けていた。動きづらいトリオン体を酷使して。

 その時の彼にとってトリオン体の動きは、イメージ通りには動いてくれていなかった。

 それに加え、彼は設定された動きをするトリオン兵だけではなく、常に考え、戦場で培った経験を元に動く強者(A級)を相手にしていた。そんな強者(A級)を相手に彼は気を抜くことなど出来るはずも無く、常に最高を目指して全力を出していた。

 

 もっと鋭く。もっと迅く。もっと強く。

 常に最強の剣士のイメージを斬り刻まれていた彼はやがて一つの壁を乗り越えた。

 

『は、速い! これが……!』

『そうだ。これが迅が視た未来の一つだ』

 

 彼のトリオン体は限界を超えて、彼のサイドエフェクトに追いついた。

 その結果、取り残されたのは世界のみ。

 しかし、意識と肉体のシンクロが100%になった結果、彼の知覚機能は正常に働き、過剰な集中という弱点は無くなっている!

 

 後に誰かがこの時の彼の状態をこう評した。

 

 疾風迅雷、と。

 

「――!」

 

 元々動きが遅く、砲撃後には大きな隙を作るバンダーは彼にとって大きな的でしかない。

 彼は猛スピードでバンダーの太い足を伝って登ると、弱点の目を斬り裂く。そしてすぐさま次の的に、そしてその次、そのまた次に、と続けて弱点を風刃で斬り裂く。

 スコーピオンよりも軽く、弧月よりも硬く鋭い風刃の切れ味は、バンダーの装甲など濡れた紙も同然。

あっさりと五体のバンダー……否、風刃の遠隔斬撃を入れてモールモッド四体を斬って捨てた彼は、次の標的に向かって駆ける。

このまま行けば五分とかからず南のトリオン兵は全滅するだろう。

 

 彼はそのまま南下していった。まるでラッドを掃除するかのように淡々と。

 

 

 

 

「こ、これほどとは……!」

「オプショントリガー無しであれだけの動きを可能にするか。相変わらず化け物染みている」

 

 根付と鬼怒田は呆れ半分戦慄半分に、南下する秀一に対して言葉を残した。

 特に根付の驚きは凄まじい。迅とA級トップチームが彼を育てていたと軽く聞いていたが、風刃があるとはいえ天羽と同じくらいの速さでトリオン兵を殲滅するとは思っていなかった。

 今はS級とはいえ、元B級。心の何処かでA級隊員たちよりも下に見ていたようだ。

 しかし、それも改める必要がある。

 彼の力は、確実にA級だ。

 

「問題は他の二方向だ。秀一がそちらにカバーに行く前に市街地に入られる可能性がある。

 鬼怒田開発室長」

「ああ、わかっとる。すでに冬島と組んで対策済みだわい。

 ほれ、そろそろ()()()ぞ」

 

 その言葉と共に(トラップ)が発動し、東と南西の先行していたトリオン兵が次々と破壊されていく。

 

「と言ってもトリオンは有限だ。早う隊員が着かんと基地のトリオンが空になるぞ」

「いや、充分だ。部隊が追いついた」

 

 基地から南西、東に向かっていた部隊がトリオン兵の大群に追いついたのか、後方から次々とトリオン兵の反応が消滅していく。

 

『諏訪隊現着した! これより近界民(ネイバー)を排除する!』

『鈴鳴第一現着! 戦闘を開始!』

『東隊現着。これより戦闘を開始』

 

 基地東部には諏訪隊が到着し、それを追うように風間隊、柿崎隊、荒船隊が。

 基地南西部には鈴鳴第一、東隊がトリオン兵と交戦。嵐山隊と茶野隊もポイントに向かいつつトリオン兵を一掃していた。

 

「また、基地北部では香取隊と三輪隊員がそれぞれ南下しつつトリオン兵を排除しています。他の非番の隊員も現場に急行中です」

「よし、合流を急がせろ。各隊連携して防衛に当たらせるんだ」

 

 初動を抑えた結果、流れはボーダー側に傾きつつある。

 この流れを維持したまま、一気に敵を叩こうと忍田は部隊の指揮を執り続けた。

 

 

 

 

「おいおいおい! どういうことだ!?」

 

 ブラックトリガーは戦況を一気に覆す力を持つ。ゆえに、その脅威は万国共通で、どのようなことが起きようともブラックトリガーが相手であれば驚愕よりも納得することが良くある。

 つまり、この男――アフトクラトルのエネドラの驚きの声には別の要因がある。

 

「なんでクロノスの鍵がブラックトリガー持ってんだ!? 何度も確認しただろ!?」

 

 エネドラの言葉に答える者は居ない。

 その場に居る全員がバドから送られてくる映像を前に口を閉じていた。視線の先に居る秀一を鋭い目で見ており、しかし表情からは何処か納得しているようにも見える。

 秀一はこちらへと視線を寄越すと、跳躍してバドを両断した。映像はすぐに別のバドの物へと切り替わるが……この作業も次第には無為と化すだろう。

 黒い角を生やした、この場で唯一の女性――ミラは隊長であるハイレインへと問いかける。

 

「どうします? 既に二体のラービットが破壊されていますが……」

 

 本人は気が付いていないが、今回アフトクラトルが用意したトリオン兵ラービットを彼は既に破壊している。偶然にも接近して斬り刻んだバンダーの中にラービットがおり、そのまままともな戦闘をすることなく機能を停止させたのだ。

 何ともマヌケだが、アフトクラトル側からすれば面倒な相手だ。少なくともバンダーの装甲を貫いてそのまま中のラービットを破壊できるトリガーを持っているということになる。

 加えて、送られてくる彼の動きとラービットの性能のデータを照合してシミュレーションすれば……彼にラービットを送ってもただゴミ箱に捨てるのと同じこと。

 それが分かっているのか、ミラは暗に自分たちが出るかどうか確認する。

 

「……そうだな」

 

 ハイレインはレーダーを見る。北西のトリオン兵はほとんど全滅し、南もそれに続く勢いで殲滅されて行っている。南西、西は未だ健在だが、ブラックトリガー二つが挟み込むようにして進行すれば瞬く間に蹴散らされる未来は見えている。

 そうなればラービットは仕事をする前にやられてしまう。

 

「まずは予定通りイルガ―を使って巣を叩く。そして各地に散らばっている戦闘員はラービットで抑える」

「クロノスの鍵は?」

「……予定より少し早いが」

 

 ハイレインはそこで部下であるヒュース、エネドラ、そして国宝『星の杖(オルガノン)』の使い手であるヴィザの三人を見据えて――言い放った。

 

「三人には、クロノスの鍵を確実に殺してもらう」

 

 死神の鎌が、ゆっくりと彼の首に触れた。

 




Q疾風迅雷状態の秀一の強さって今までとどう違うの?
A鋼レンの最盛期の大総統と年老いた大総統くらいの差?だと思う


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話

「撤退……?」

「はい。一部のトリオン兵……それも大型が門の向こうに消えています。そして、それを他のトリオン兵が庇っていました」

 

 戦況は安定していると言って良い。このまま何事も無く進めば相手を抑え込むことが出来る。そう考えていた忍田の元に奇妙な情報が流れて来た。

 どうも撤退しているトリオン兵が居るらしく、戦闘が開始してから起きた敵の行動に彼は言いようの無い不気味さを感じ取っていた。

 

(何が目的だ……)

 

 敵の思考を読み取ろうと考え込む忍田の耳に、基地の警報音が鳴り響く。

 

「どうした!」

「大型のトリオン反応を二つ確認! これは……イルガーです! イルガーが基地本部に向かって突撃中!」

「砲台で撃ち落とせ!」

 

 沢村は機器を操作してモニターに基地近くの上空を映し出す。そこに映ったのは、特攻状態となってこちらに向かって来る爆撃型トリオン兵イルガー。その身に宿すトリオンを暴走させながら、ボーダーの要である基地本部を落とそうとしている。

 砲台によって一体のイルガーはトリオンの煙を吹き出しながら墜落、しかし、弾幕を掻い潜ったもう一体が基地に接触し――次の瞬間、大爆発。

 

「ぐ……!」

 

 激しい振動に襲われながらも、基地の外壁が壊されることは無かった。

 鬼怒田曰く、先日起きたとある訓練生の外壁撃ち抜き事件で、防壁を強化していたらしい。それが功を奏してこうして無事にいられるようだ。

 しかし、それも後一度だけだ。

 

「第二波、来ます! 数は三!」

 

 再び三体のイルガーが突撃してくる。

 その光景に鬼怒田は顔を顰めて何が何でも撃ち落とせと叫び、隣の根付は青ざめて頭を抱えている。

 

「一体だけ確実に落とすんだ!」

「忍田本部長何を!?」

 

 忍田の指示に根付は青い顔をさらに青くさせる。しかし、そんな彼の声を無視し忍田はただ真っ直ぐとモニターの向こうにいるイルガーを見据える。そんな彼を信じている沢村は忍田の指示通りに一体のイルガーに砲台を集中させ、確実に撃墜させる。

 しかし、それでも後二体のイルガーが残っている。

 

「忍田本部長!」

「狼狽えないで頂きたい――もう、イルガーは居ない」

 

 死を覚悟した根付の叫び声を、忍田はただ静かに返した。

 一体何を……彼の妙な落ち着きように鬼怒田が眉を顰めたと同時に、一体のイルガーが十字に、もう一体は基地の外壁から伸びた巨大な斬撃で真っ二つに斬り裂かれた。

 

「太刀川!」

 

 鬼怒田は、それを成した男――太刀川の名を喜び混じった声で叫んだ。

黒いロングコートをはためかせながら彼は近くのビルに降り立ち、自分が斬った方とは別の方向へと視線を向ける。

 

「もう一体のイルガーは……もしや風刃か!?」

「おお、流石はブラックトリガーだ」

 

 イルガーを遠隔斬撃で斬った秀一はほっと一息吐いて、忍田に通信を送る。先ほど連絡しようとしたところ、何故か音声が乱れて繋がらなかったので少し心配したようだった。

 

「すまないな、秀一。どうやら南のトリオン兵は全て片付けたようだな」

「え!? あ、うそ!?」

 

 忍田の言葉に沢村はモニターに映っていた映像からレーダーへと向ける。そこには確かに南のトリオン兵の反応が消失しており、北西もまたそこにあった住宅諸共綺麗さっぱり無くなっていた。

 どうやら遠いトリオン兵は遠隔斬撃、近くの敵は手に持ったブレードで斬りまくっていたらいつの間にか居なくなっていたとか。その言葉に沢村は戦慄する。風刃はどちらかと言うと奇襲、または対人戦で力を発揮するトリガーで、天羽の使っているブラックトリガーほどの殲滅能力は無い。それだけ使いこなしているということだろうか。

 忍田はその報告に苦笑しながら指示を出す。

 

「それなら、そのまま南西に向かってトリオン兵を片付けてくれ。

 慶は東に向かってもらう」

『太刀川、了解。……さて、さっさと終わらせて昼飯の続きだ』

 

 二つの通信が切れると同時に、忍田はため息を吐いた。

 

 ――妙だ、と感じた。

 あと幾つかのイルガーを送り込めば、基地に大きなダメージを与えることが出来たはずだ。にも関わらず第三波、第四波は無く、それどころか各戦場の幾つかのトリオン兵を回収する始末。

 その敵の不可解な行動に、忍田は言いようの無い不安感に駆られていた。

 

(敵は、何を考えているんだ……?)

 

 

 

 

「くそ、何なんだ一体!」

 

 修はレイガストで目の前を走るモールモッドを斬り裂く。しかしモールモッドはそんな斬撃は痛くも痒くもないと言わんばかりに無視し、ただひたすらに市街地に向かって走り続ける。まるで攻撃と防御をする暇があるなら走れと言わんばかりに。

 加えて纏まらずに散り散りになって進行するのだから、一体を倒した時には他の個体がかなり進んでいる、という状況が何度も続いていた。

 

「なんだこいつら、メンドクサイな」

 

 遊真も相手のその行動を不可解に思いながらも、しかしそれを詮索する時間が無い。

 

『どうやら東、西のトリオン兵も同様の動きをしているらしい』

「こいつらの動きもそうだけど、逃げてったトリオン兵も気になるな」

 

 加えて先ほどのイルガーの爆撃。

 遊真もまた忍田と同じく敵の行動に疑問を抱いていた。

 確かに敵が散って形振り構わず市街地に向かうのは、こちらに対して有効な手だ。しかし、秀一、天羽によって二つのトリオン兵が殲滅された今、こちらは余裕を持って敵を殲滅することができる。

 

(……攻めて来たということは『勝てる』と判断しているからだ。それなのに、こんな雑魚を大量に送るだけというのも妙な話……)

 

 何かが起きる。

 

『――ユーマ!』

「っ!」

 

 ドゴンっ! と大きな音を立てて廃棄されたマンションの壁が崩れた。レプリカの警告でそれを察知した遊真はすぐに離れて、修の傍に降り立つ。

 ガラガラと崩れ落ちる瓦礫から出てきたのは三メートル程の見たことも無いトリオン兵だった。腕が太く、ウサギのような耳を付けた、しかし何処か不気味なフォルムをしている。

 

『あれは――ラービット!』

「知っているのかレプリカ?」

『気を付けろ二人とも。ラービットは――』

 

 足元のアスファルトが没落するほど強く踏み込んだラービットは、猛スピードで二人に襲い掛かる。

 

『トリガー使いを捕らえるトリオン兵だ!』

 

 ラービットはその太い腕を振り下ろし、地面に穴を空ける。警戒していた二人は左右それぞれに避けて、修はアステロイド、遊真はスコーピオンで攻撃をする。

 

「硬っ」

「弾かれた!?」

 

 しかし、硬質的な音が響くだけで全く効いていない。

 今の攻撃でどちらが軽い(・・)か分かったのか、ラービットは修目掛けて飛び掛かる。

 修はそれをレイガストのシールドモードで受け止めようとするが、ラービットの体重、勢い、そして硬い腕によって吹き飛ばされる。

 

「ぐっ……!」

 

 それを見た遊真は、このままでは下手にトリオンを削られると判断しトリガーを解除。そしてすかさず己のブラックトリガーを起動させる。

 

『強』印(ブースト)五重(クインティ)

 

 己のトリオン体を強化し、遊真は修に襲い掛かっているラービットの横っ面を思いっきりぶん殴った。事前に察知されたからか、ラービットは目を閉じて衝撃に備える。しかし、それは悪手で本来なら避けるべきだった。ラービットは予想外の威力の拳に装甲を粉砕されて致命傷を負う。遊真の拳はラービットの目に深々と突き刺さっていた。

 沈黙したラービットを確認して、遊真は一息つく。

 

「空閑! お前、それ……」

「緊急事態だからな。出し惜しみをしていたらやられるのはこっちだ」

 

 ブラックトリガーを使えば、自分と林藤支部長では庇えないと忠告をしようとした修だったが、遊真の言っていることも理解できるので思わず押し黙ってしまう。

 

『心配するなオサム。この近くに他のボーダーの隊員は居ない。敵だと誤射されることもないだろう』

「でも、逆に言うとそれだけ対応に追われているってことだ――戦況は傾きつつある」

『そう言うことだ。だが、その前に――シノダ本部長』

『どうした、レプリカ殿?』

 

 レプリカは本部へと通信を繋げる。

 忍田は突然現れた大きなトリオン反応に一瞬警戒していたが、レプリカが通信を繋げて来たことで、それが遊真だと悟る。彼の後ろで無許可でブッラクトリガーを使用した遊真に対して苦言を呈している者たちが居るが、忍田は緊急事態だと切って捨てる。

 

『今、こちらで新型トリオン兵を確認した』

『ああ。今、こちらでも他の部隊からその情報が入った』

『それならば、早急にB級部隊を下がらせてA級以上の部隊で対応させてもらいたい』

『……それだけの相手ということか?』

『ああ。あのトリオン兵の名はラービット。アフトクラトルが制作していた()()()()使()()を捕らえるためのトリオン兵だ。単独で挑めばA級でも喰われる』

『……! 了解した!』

 

 忍田はレプリカの忠告を聞き届けると、すぐさま他の部隊に指示を出す。

 現在合流が完了しているA級部隊は南西に嵐山隊と東に風間隊。この二つの部隊は率先して新型を叩くこととなった。また、秀一と太刀川もこれに当たり、B級は一度それぞれの区画で集合し、市街地に向かっているトリオン兵の討伐に赴くように、と。

 

『やはり妙だ』

「何がだ、レプリカ?」

 

 しかし、レプリカは何か違和感を感じているようで、それに対して修が聞き返す。

 レプリカはラービットを解析し終えると己の見解を述べる。

 

『調べた所、このラービットには他のトリオン兵とは比べものにならないほどのトリオンが使われている。加えてこのトリオン兵の数だ。これだけの戦力を投入すれば、本国の守りが手薄になるはずだ』

 

 天羽と秀一によって数が減らされているが、初めに導入されたトリオン兵の量は脅威の一言。それに加えて新型を投入するということは、今回の襲撃にはそれだけの意味があるということだ。

 

「気を付けろよオサム。多分敵もそろそろ動くはずだ」

 

 遊真は、長年戦場に居た経験から得た勘から、何かが起きると確信していた。

 それも、特大のやばい奴が。

 

 

 

 

 ――そして、その時はすぐに来た。

「――敵はこちらの目論見通りイルガーを撃墜しました」

「種を蒔けたな、兄……隊長」

「ああ。これでようやく準備が整った――ミラ」

「はい。転送を開始します」

 

 ミラは己のブラックトリガー『窓の影』とラッドの開けた門を繋げる。

 それと同時に、ボーダー本部基地の周りに幾つもの(ゲート)が現れ、そこから飛び出したのは――ラービット。

 その数約三十体。

 

「警告! 基地周辺に新型トリオン兵の反応が多数!」

「なんじゃと!?」

「くそ、何処から湧いて来た!」

 

 何故ラービットが基地周辺に現れたのか。

 それは、太刀川や秀一が斬ったイルガーに原因がある。彼らによって斬り裂かれたイルガーの内部には大量のラッドが潜んでいた。イルガーの膨大なトリオンによってラッドはボーダー側に勘付かれることなく、今のいままでトリオンを溜め込んでいたのだ。

 

 ラービットは南西と東に向かって侵攻を開始した。

 彼らの目的は挟み撃ちだ。市街地に向かうトリオン兵を追撃するボーダーの背後から襲い掛かり()()()()()をするまでの時間稼ぎだ。

 

「不味いぞ。このままでは――」

「――忍田本部長! 今度は南西部、東部から巨大なトリオン反応を確認!」

 

 

 

 さらに戦況が動く。

 ミラのトリガーにより東部にランバネインが、南西部にはヴィザ、ヒュース、エネドラが転送される。

 

「あ? どういうことだ? クロノスの鍵が居ねえじゃねえか」

『鍵周辺のラッドは全て壊されたのよ。仕方ないわ』

「ちっ。こっから歩きかよ」

「心配するな。蝶の楯ですぐに追いつく」

 

 そう文句を言うエネドラの口が、突如銃音と共に歪んだ。

 しかしすぐさま再生されていき、エネドラは己を撃った敵へと視線を向ける。

 

「こちら茶野隊! 人型近界民(ネイバー)を確認!」

「俺たちが相手だ近界民(ネイバー)!」

「ふん、雑魚が」

 

 こちらに向かって銃を向ける二人の少年を見たエネドラの目は、まるでゴミを見るかのように冷たかった。

 彼は己のブラックトリガー『泥の王』を使い、身体の半分を相手に向かって解き放った。

 

「! シールド!」

「無駄だ雑魚ども!」

 

 茶野隊の二人はシールドを張るも、泥の王によって硬質化されたブレードは防壁を紙のように突き破り、そのまま二人の心臓を突き刺した。

 茶野隊二人のトリオン体は、その攻撃によって活動限界を迎えて緊急脱出(ベイルアウト)する。

 

「はっ。準備運動にすらなりゃしねえ」

「行くぞ、エネドラ」

「ああん? 誰に向かって口聞いてんだクソ雑魚?」

「ほっほっほっほっほ。元気があってよろしいですなエネドラ殿。これからの戦いでは、頼りにしてますぞ」

「……ちっ」

 

 先ほどまで粋がっていたエネドラは、ヴィザのその言葉に舌打ちをして押し黙る。

 どうやら彼相手にふんぞり返ることはできないようだ。

 ヒュースは己のトリガーを使って、己含めた三人の背に鉄の翼を作り、まるで線路のように基地南部に向けてレールを生成。

 そして蝶の楯の能力を用いて空を高速で移動した。

 

 

 ハイレインが最も警戒する男、最上秀一に向かって。

 




現在の戦況

基地北部

三輪、基地南部に向かって南下中。
香取隊、基地東部に向かっている。
二宮隊、間もなく到着。


基地東部

諏訪隊、キューブ化された諏訪隊長を抱えて撤退中。
風間隊、ラービット討伐中
柿崎隊、荒船隊、他の部隊と合流しつつ市街地に向かうトリオン兵殲滅中。
太刀川、基地周辺から出現したラービットを討伐するためにUターン。
影浦隊、間もなく到着。

ランバネイン転送終了
ラービットの群れが基地から東部に向かって進行中

基地南部

最上、トリオン兵を全て破壊。現在基地南西部に向かっている。

基地南西部

遊真、修トリオン兵を討伐中。ラービットを一体撃破。
鈴鳴第一、東隊、ラービットと交戦中。
嵐山隊、ラービットとトリオン兵を討伐中。
茶野隊、リタイア。
千佳、他のC級隊員たちと共に基地に向かって避難している。
ヴィザ、ヒュース、エネドラ、最上に向かって侵攻中。
玉狛第一、間もなく到着。

基地西部

迅、基地南部に向かっている。
天羽、トリオン兵を討伐中。

基地北西部

天羽によってトリオン兵事更地に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話

 基地周辺から南西に向かっているラービットのことを知った修と遊真は、避難誘導している千佳達C級隊員のフォローをするために基地へと向かっていた。

 そんな中、人型近界民(ネイバー)の情報が、戦場に居る全部隊に通達された。

 

「人型が最上のところに……!?」

 

 そしてその情報は当然修たちに所にも届いており、三人の近界民(ネイバー)が秀一の元に進行していることに彼の身を心配してしまう。

 遊真も思うところがあるのかその表情は険しく、トリオン兵を葬る力が知らず知らずのうちに強まっていた。

 

『敵は、どうやらシュウイチを確実に殺すつもりのようだ』

「どういうことだ、レプリカ?」

「……簡単なことだよ。ブラックトリガーを殺すならブラックトリガーってことだ」

『加えて、相手は二本のブラックトリガーを彼に投入している。このまま真面に当たれば――彼は死ぬ』

 

 聞かされた話に思わず修は顔を青くさせてしまう。

 ブラックトリガーの力の凄さを彼は知っている。

 精鋭と呼ばれるA級部隊を返り討ちにしたあの時の遊真にはまだ余力があった。修のことを心配して、殺さずに戦闘を終わらせようと手加減してあれだ。

 

(その力が、最上に対して、しかも全力かつ二つも……!)

 

 だからといって彼のもとに援軍を送り込むことができるかと言えば否だ。

 ラービットの群れ。

 死兵と化したトリオン兵。

 戦力を二分化させてようやく対応できている現状では、どうすることもできないでいた。

 

『それに、ブラックトリガーに緊急脱出(ベイルアウト)機能は無い。敵もそれが分かっているから、今回のように彼に過剰な戦力を当てているのだろう』

「そしてシュウイチが負ければ、必然的におれ達が不利になるな。その上、敵の目的も判明していないから結構やばいかも……」

「……」

 

 千佳の元に向かうために走っていた修は、突然足を止めてその場に立ち尽くした。

 それに気づいた遊真も足を止める。

 

「オサム?」

「……空閑、頼みがある」

 

 どこか悩んでいる表情を浮かべている修だったが、一度深く息を吸い込んで――吐き出した。その時の彼の眼には、迷いはなく、ただ遊真を真っすぐと見据えていた。

 

「――最上のところに行って助けてやって欲しい」

「……何言っているんだ。それじゃあチカ達の方が危ないぞ?」

「それなら大丈夫だ。――宇佐美先輩」

『――ほいほーい。どうしたの修くん?』

「今、烏丸先輩たちは――こちらに向かっていますか?」

『お、よく気が付いたね~。その通り! 今レイジさんたちが車で向かっているところ』

 

 修は迅が秀一に風刃を渡したことを、そして使い方を教えているのを風間から聞いていた。その時は自分たちのためにしたのだと思っていたが――今分かったことが一つある。

 それは、迅がこのことを知っていたのだ。

 だから、この日のために彼を鍛えていた! どれだけ強大な相手であろうと()()()()ように!

 

「こっちにはレイジさんが居る」

 

だから――。

 

「お前は、自分がそうするべきだと思っていることをするんだ」

「――!」

 

 そう言って、修は強く拳を握っている相棒の胸を軽く押した。

 

「……隊長直々に命令されたんじゃ、仕方ないね。おれが近界民(ネイバー)ってバレるよりはマシか」

「……あ! いや、違うぞ! 別にそういう意味じゃ……!」

 

 一転して慌てて弁解する修に、遊真は吹き出した。

 初めて会った時は頬に冷や汗を垂らし、常に驚いていたような人間が、今では自分を顎で使うほどの太々しい態度を取っている。しかし、芯にある彼らしさは変わらず、やはり面白い奴だと遊真は思った。

 彼が笑ったことでからかわれたことに気が付いたのか、修はムスッと顔を顰めた。

 それに遊真が謝ると、彼は別に良いと返す。そして通信を忍田に繋げる。

 

「忍田本部長! 玉狛の三雲です! これから空閑を最上の元に――」

『――よし、分かった。許可を出そう。迅も進言していたしな』

 

 顔を綻ばせる三雲。

 

『――一つ、良いかね』

 

 そんな彼の耳に一人の男の声が響く。

 城戸司令だ。

 

「……はい、何でしょう」

『君の立場を考えると、最上秀一という人間はこの先必ず壁となる人間だ――そんな彼を、君は何故助ける?』

「――彼は、敵ではありません。同じボーダーの仲間です」

『……』

「それに……」

 

 思い返すのは、玉狛支部で行ってきた訓練の日々。

 何度も何度も首を撥ね飛ばされ、その度に修は()の力をその身に刻み込んでいた。

 

「――一方的な借りを返したいから」

『……そうか。では、健闘を祈る』

 

 城戸はそれっきり沈黙した。

 三雲の判断に反対しないということなのだろう。

 それを察した二人はお互いに背を向け合い、それぞれの戦場へと視線を向ける。

 

「――そっちは任せたぞ、オサム」

「――ああ。分かった」

 

 二人は、その場を後にした。

 

 

 

 

 時は少し遡り。

 

 基地南西部のトリオン兵を殲滅するべく、風刃を片手に捨てられた街を駆けていた秀一は、ふと進行方向の空に三つの影がこちらに向かっていることに気が付いた。

 初めはバドかと思っていた彼だったが、しかしその影のシルエットがトリオン兵のそれではなく人であることが分かった。

 三つの影――アフトクラトルの精鋭たちは、秀一の前に降り立つ。

 

「見た目はただのクソ猿だが……」

 

対峙する彼を見て、エネドラは秀一の体を下から上までジロジロと観察をする。

その視線には、先ほどの茶野隊に向けていた格下に対する傲慢は無く、己を脅かす『敵』を見る――それだけの警戒があった。

そしてそれはヴィザとヒュースも同様であり、それぞれに既に己のトリガーを起動させていた。

 

「油断するなよ、エネドラ。もし()が来れば、我々は終わりだ」

「雑魚に言われずとも、そんくらい分かってるよ」

「いやはや、相変わらず二人とも心強い。しかし、急いては事を仕損じると言います。

 ここは、三人で確実に首を取りに行きましょう」

 

 歴戦の戦士としての余裕からか、何処か緊張している二人と違ってヴィザはいつもと同じように柔らかい笑みを浮かべている。

 それだけ己の力に絶対の自信があるのだろう。

 彼は、まるで散歩をするかのように二人の前に出て、秀一との距離を徐々に縮めていく。内部通信か何かで指示を受けていたのか、エネドラとヒュースはその場を動かない。

 いや、動かないのは彼らだけではなかった。

 

「ふむ……肝が据わっている」

 

 俯いていて表情は伺えないが、近づいても動かない秀一にヴィザは笑みを深める。

 アフトクラトルの精鋭三人を前に、ここまで堂々としている戦士はなかなか居ない。

 今まで下して来た国の戦士たちにも立ち向かって来る者たちや、または呆然と立ち尽くして戦意を喪失している者は居た。しかし、ここまで平常心を保ってきた者は居なかった。

 戦闘を行う以上、何らかのアクションを取るのが普通だが、目の前の少年にそれは無い。

 

「だが――それは少し傲慢ではないでしょうか?」

 

 ――星の杖(オルガノン)

 

 国から譲り受けた秘宝の名を呼び、その力を解放する。

 上からのオーダーは確殺。ゆえに、初めから全力でその命を取りに行った。

 常人なら認識することすら不可能な高速斬撃。

 周囲の建物が斬り裂かれ、空間に幾つもの線が走る。

 一瞬の間を置いて、星の杖の餌食となった哀れな家やビルは重力に従ってズレ、そして大きな音を立てて倒壊する。

 

「初見でこれを見切った者は居ませんが――」

 

 ブシュッとトリオンが噴出する音が戦場に響いた。

 

「――よもや、反撃をするとは思いもしませんでした」

「……くっ」

「ちっ」

 

 ――ヴィザの後方から。

 

 左足を切断されて冷や汗を流すヒュース。股下から頭、右腰から左肩まで斬り裂かれたエネドラ。

 彼らは秀一に戦慄していた。

 クロノスの鍵と聞いて十分に警戒していた筈だった。ブラックトリガーにも警戒していた。

 しかし、彼らの認識は甘かった。

 

(ヴィザの斬撃を躱した上に、俺らに奇襲しやがった……!)

 

 加えて。

 

(――しかも、俺のコアを狙っただと!?)

 

 常に流動させているエネドラのコアのすぐ近くを、秀一の斬撃が通っていた。

 もしこれが少しでもズレていれば――エネドラは戦う前にやられていたことになっていた。

 

「良い目を持っている。これは骨が折れそうだ――ヒュース殿、エネドラ殿。()()()本当に三人で行きますぞ」

「――はい」

「――ああ」

 

 彼らの目に油断は無い。

 確実に殺すという、シンプルで強い意志がこもった三つの戦意が秀一に叩き付けられる。

 それを一心に受けた秀一は、口角を上げて心の中でただ一言呟いた。

 

 

 ――誰か、タスケテ。

 

 

 

 

 ブラックトリガーは強い。

 そのことを身を以て知っている彼は気が付かなかった。

 S級隊員は基本ぼっちで隊を組むことは無い。

 ぼっち道を極めている彼は、当初これまでと変わらないと思っていた。それどころか強力な武器を貰えるのだからむしろプラス、と。

 現に、今回基地南部に現れたトリオン兵達は彼の敵ではなく、破竹の勢いで蹴散らしていった。

 ブラックトリガーつえー。てかもしかして俺つえー?

 そんなことを考えながら風刃をぶん回していた彼の元に三人の男が現れた。

 というか、近界民(ネイバー)だった。

 それも、上から聞かされた話が本当ならブラックトリガーが二本。

 

「――ちっ! ガスブレードの射程距離に入らねえ……!」

 

 こんなんと真面にやり合っていたら、命がいくつあっても足りない。

 しかもそのブラックトリガーの性能がおかしい。

 一つは周囲の物を粉微塵にする頭のオカシイ衛星斬撃。

 もう一つは何回斬っても無限に再生する鬼畜仕様。

 最初の攻防で彼は実感した。どうやっても彼らに勝つことはできない。

 よって彼は緊急脱出(ベイルアウト)しようとしたのだが――ブラックトリガーにそんな機能は無く、泣く泣く走って逃げる羽目になっていた。

 

「私の星の杖(オルガノン)の射程も既に読まれていますな……」

「これだけ離れていると、蝶の楯(ランビリス)も届きません」

 

 しかし敵はどういうわけか彼を執拗に追いかけ続ける。

 ゆえに彼は風刃を使って足止めを図るが……三人目のトリガーで尽く防がれる。

 

「チマチマとうぜえ……」

「やれやれ……我々三人を相手に足止めをするとは……これは、覚悟しなくてはなりませんな……」

 

 彼はなるべく視界に三人が映るようにしながら、これからどうしようと頭を悩ませる。

 こうして基地に向かっているが、よくよく考えれば彼の行動は不味いのでは?

 よく漫画で敵前逃亡をした兵は射殺されたり左遷されたりする。

 しかも、彼はブラックトリガーを貰ったのだから、上から『良い武器上げたのに何遊んでいるんだ』みたいなことを言われるのかもしれない。彼だったらそうする。

 というか、三人の人型を引き連れてくる馬鹿なんて迷惑以外の何物でもない。

 しかし、それでも彼は基地に逃げる。だって怖いんだもの。

 でも生き残っても後が怖い。

 なら倒せば良い話だが――生憎既に彼の中にそのイメージは無い。

 トリオン兵相手に無双して気分を良くしていただけにその落差は酷く、心なしか彼の視界が色褪せている。

 

『――秀一くん無事?』

 

 そんな彼の元に一人の女性が話しかけた。

 彼は近界民(ネイバー)を警戒しつつ応えた。

 三輪隊のオペレーターの月見蓮に。

 

『そう、良かったわ。――さて、何故かあなたは敵に狙われているけど……何か心当たりとかある?』

 

 当然ながらあるわけが無い。それどころかこの大規模侵攻が始まる直前まで近界民(ネイバー)が自分たちと同じ人間だとは知らなかったくらいだ。

 もし相手が彼が今まで斬り刻んできたトリオン兵と同じなら、仲間の仇くらいには思われていただろう。防衛任務に出る度に倒しまくっていたのだから。門が開いたと同時にメテオラをブチ込んだこともある。

 でも、見る限りそうは見えない。

 

 しかし、彼は一つ気にかかることがあった。

 

『気になること?』

 

 敵は、彼のことを『クロノスの鍵』と呼んでいた。

 恐らくそれが原因だということは、いくらアホな彼でも察することができた。

 彼のその言葉を聞いた月見は、すぐさまその情報を忍田本部長に送り、自分は彼のサポートに努める。

 

『……今はそのことは置いておきなさい』

 

 彼は彼女の言葉に従って動きの鈍い体を後ろへと退がらせた。

 そしてすぐさま風刃を放って牽制をする。

 

『これから私があなたのサポートに入るから、援軍が来るまで何とか持ち堪えなさい』

 

 それを聞いて彼の視界に色が戻り、トリオン体の動きが回復する。

 今の彼にとって援軍という言葉ほど恋しいものはない。

 倒すのは無理だが、時間稼ぎは彼の得意分野だ。

 複数人の格上相手に模擬戦をしていた彼にとって、例えブラックトリガーであろうと三人程度なら一時間は持たせることができる。

 

『それと、あなたの記録(ログ)と各地に出現している新型から敵のトリガーの能力が分かったわ』

 

 月見はそれぞれのトリガーの性能を彼に伝える。

 それを聞いて彼はえげつないと思った。

 あともう少し近くに居れば、彼は気体ブレードで斬り裂かれたり、磁力で捕まって斬撃の餌食になっていたのかもしれないのだ。

 弱腰で戦っていた彼の判断は、偶然にも英断だったらしい。

 

『忍田本部長によれば、あなたが負ければこちら側が一気に不利になるそうよ。……援軍が来る前に負けちゃ駄目よ?』

 

 責任重大だな、と彼は薄く笑う。もしくは引き笑い。

 

「笑ってやがる……!」

「ちっ」

「勇ましい……そしてそれだけの力はある」

 

 まあ、勝てと無茶ぶりされるよりはマシだろう。

 彼は折れかけていた心の芯をしっかりと持ち直し、こちらに向かって来る近界民(ネイバー)を強く見据えた。

 




モガミンが絶対に言えない台詞

ああ、時間を稼ぐのは良いが――別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話

『戦闘隊活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

「はっはー! これで八人目だ!」

 

 基地東部に転送されたランバネインは、己の強化トリガー『雷の羽(ケリードーン)』で次々とボーダー隊員を葬っていた。

 

「ちっ……加賀美! 次は誰がやられた!?」

『どうやら漆間くんみたい。絨毯爆撃でダミービーコンごと撃ち抜かれて……』

「くそ!」

 

 シールドを貫通する威力を持つ弾。連射性能。そして何よりも厄介な飛行能力。

 それらを豪快に使い、ランバネインの餌食になった隊員はこれで八人目。

 このままでは人型近界民(ネイバー)に振り回される形になり、市街地にトリオン兵が辿り着いてしまう。

 事実ランバネインの目的はそれのようで、まるでトリオン兵を追う荒船隊、柿崎隊を阻むようにして陣取っている。

 

『荒船。こうなったら俺たちの仕事はA級が来るまで足止めすることだ』

「――! でも、それじゃあ市街地に向かっているトリオン兵が」

『そっちは非番の部隊――影浦隊、生駒隊、弓場隊、王子隊が向かっている。

 最悪なのは、あいつが市街地に向かうことだ』

「……」

 

 柿崎の言葉に荒船は思わず押し黙る。

 彼の言うことは最もであり、ランバネインのトリガーを使えば大量の民間人に被害は及んでしまう。それだけ凶悪な物だった。

 荒船はスコープ越しにランバネインを見る。彼は笑みを浮かべて次の標的を探している。今はボーダー隊員に意識が向いているが、それが何時逸れるか分からない。

 

 荒船は覚悟を決めた。

 

「……分かった。じゃあ、これから俺たちと柿崎隊は――」

 

 

 

 

 

『足止めなんて、そんななまっちょろいこと言っている場合じゃないと思うけど?』

 

 そんな彼らに待ったをかける者が居た。

 

「この声は……香取か?」

 

 

 

 B級07位香取隊隊長――香取葉子。

 彼女は、既に基地東部に辿り着いており、視界にランバネインを収めている。すぐ背後にはチームメイトである若村と三浦もおり、それぞれ注意深く敵を見据えている。

 

『しかしだな香取……俺たちB級が束に掛かっても敵わなかったんだ。既に三つの部隊がやられている』

「それはそいつらがB級中位以下の奴らだからでしょ。それに時間稼ぎって言っても、此処でモタモタしていたら、そのうち飽きて柿崎さんが言ったみたいに市街地に飛んで行くわよ?」

『……』

「安全策で切り抜けるほど、安い相手じゃない……」

 

 思わずスコーピオンを握り締める力が強くなる。

 今回の大規模侵攻は、彼女に()()()を思い出させる。

 あの時に感じた感情が沸き起こり、そしてそれは親友である彼女も同じ筈だ。

 

(腹立つわね……笑って街を壊されると)

 

 今回攻めてきた近界民(ネイバー)が、四年前の大規模侵攻と関係しているのかは分からない。しかし、そんなことがどうでも良くなるほどに、へらへら笑っているランバネインが許せなかった。

 もしかしたら、染井の両親もあんな奴にああやって殺されたかと思うと――どうしても、この手で殺したくなる。

 

「相手を倒す気で行った方が丁度良いと思うけど?」

『……分かった。やろう』

 

 荒船隊、柿崎隊、香取隊はランバネインを討つべくそれぞれ動いた。

 

 

 

 

 強者との闘争を好むランバネインは、内心不満を抱いていた。

 己の雷の羽(ケリードーン)がどこまでクロノスの鍵に通じるか腕試しをしたかったが、ヴィザが出る以上自分は必要無いことは分かっていた。

 それに、任務のことを考えると己よりもヴィザの方が適していることは明白だ。

 だから、せめて任された戦地で強者と戦えることを願いつつ転送されたのだが――。

 

「どうした? もう終わりか? 玄界(ミデン)はこの程度なのか!?」

 

 挑発するも効果なし。

 それに舌打ちしつつ、ランバネインはゆっくりと歩き続ける。

 

 彼と相対している敵はいずれも消極的だ。

 真面に戦おうとせず狙撃をし時間稼ぎをする。しかしそれだけの実力を持っている者は居らず、彼は既に八人の的を撃ち抜いていた。

 

 兄であり、隊長であるハイレインから出された命令は、今の所完遂していると言って良い。

 彼は余計な戦力がクロノスの鍵やラービットに行くのを阻む謂わば囮だ。

 こうして適当に敵を引き付けているだけで、仲間は仕事をし易くなる。

 

 だが、それでも物足りなかった。

 

「――お?」

 

 そんな彼の元に幾つもの弾丸が降り注ぐ。

 それらを防ぎながら、ランバネインはやっとやる気になったかと笑みを浮かべる。

 敵は建物を使って曲線を描くようにして射撃をしてきた。

 そこから逆算して、ランバネインはエネルギー弾を目の前の建物に向かって放つ。

 遮蔽物ごと撃ち落とすつもりだ。

 爆音を辺りに響かせながらランバネインの弾は砂埃を立てる。しかし、今までのような手応えを感じず、彼は辺りを警戒した。

 

(威力は弱いが、妙な絡繰りがありそうだな……)

 

 さらに三つの銃撃がランバネインに襲い掛かる。

 それをシールドでガードしつつ、ランバネインは視線を三度ほど動かし、此処からでは自分の弾が届かないことを察する。

 どうやら敵はランバネインの射程を把握しており、彼の攻撃が届かない所から狙撃をしているようだ。ただ、射程外なのは相手も同じようで、二発ほど逸れている弾がある。

 

「そして、これは俺の気を引くための囮――本命は」

 

 ランバネインの体に影ができる。

 ――上だ。

 彼が見上げると、そこにはスコーピオン片手に斬りかかって来る香取の姿があった。

 

「粗末な不意打ちだ!」

 

 ランバネインの手に球体状のエネルギー弾が生成される。

 それは、ボーダーのシールドトリガーを貫通する威力がある射撃。

 彼はそれを空中に居る彼女に向かって放った。

 しかし――。

 

「当たらないわよ」

「む!?」

 

 突如香取は空を蹴って方向転換した。

 ランバネインのエネルギー弾は空を切り、その隙を突いて彼女のスコーピオンが襲い掛かる。

 が、硬質的な音が響き、彼のトリオン体にダメージは無い。

 どうやらマントで防がれたようだ。だが、これで終わりではない。

 香取はグラスホッパーを使ってランバネインの周りを跳び回り狙いを定めないようにする。緑川の使う乱反射(ピンボール)とまでは行かないが、それでも高速で動き回る彼女はランバネインにとって鬱陶しい。

 

「小賢しい!」

「っ!!」

 

 地面に向かって弾を放つことで、衝撃波を発生させる。するとランバネインの思惑通り、香取は巻き添えを嫌って彼から距離を取った。

 するとランバネインは、すぐさま地面に降り立った香取を討とうとエネルギー弾を生成する。

 

「麓郎! 雄太!」

 

 しかしそれを阻むようにして、カメレオンで姿を消していた香取隊のメンバーが追撃をする。

 ランバネインの左から若村の突撃銃が、後方からは弧月が襲い掛かる。

 奇襲に対応するため、ランバネインは弾を消してシールドを展開して防ぐ。

 

「全員。総攻撃!」

 

 そこを狙うようにして柿崎隊が物影から飛び出してアステロイドを、荒船隊もイーグレットによる狙撃を行う。

 直接的なダメージには繋がらないが、ランバネインの足を止めることはできた。

 柿崎たちはこのまま物量差を活かして攻め続けることを選択。強化トリガーと言えどトリガーはトリガーだ。このまま行けばトリオン切れを起こすだろう。

 

「流石に、敵が多いな」

 

 しかしそれが分からないランバネインではない。彼は多少のダメージを覚悟して、無理矢理ブースターを起動させて上空に飛び上がる。

 その際に右足をやられるが、飛行能力を有する彼からすれば大した問題ではない。

 

「ここは豪快に行こう」

 

 ランバネインからエネルギー弾が雨あられと降り注ぐ。先ほどのお返しと言わんばかりに。

 その集中砲火の的にされた香取隊の二人、柿崎隊はそれぞれ身を寄せ合ってシールドを展開して耐え凌ぐ。

 しかし、それも時間の問題だ。トリガーの性能差があり過ぎる。

 それを分かっている荒船隊は援護しようと狙撃を続ける。

 

「ちっ。当たらねえ」

 

 だが、彼の機動力が高く、荒船達の狙撃は躱され、その間も地上に向けての爆撃を止めない。

 

 これで一気に六人!

 そう思っていたランバネインだったがふとあることに気が付く。

 

 ――あの女の戦士は何処だ? と。

 

 彼が気付いた時には、既に彼女はランバネインの背後を取っていた。

 グラスホッパーでここまで跳んで来た彼女は、確実に獲れるとスコーピオンを力強く握り締めていた。

 相手は今香取の存在に気付いて、あのエネルギー弾を放つ時間が無い。

 

(くたばれ――近界民(ネイバー)!)

 

 

 

 

「――隊長」

 

 ラービットとランバネインを投入したハイレイン。

 しかし、秀一が引き気味に戦うせいで彼の思惑通りに事が進まないでいた。

 ラービットも上手く対応されてしまい、基地東部に送ったラービット等たった一人の剣士によって抑え込まれてしまっている。

 市街地に向かっているトリオン兵たちの数も随分と減ってしまった。次々と戦場に駆け付けたボーダー隊員によって駆除されてしまったからだ。

 

 まるでこちらの動きを読まれているかのような違和感を感じていたハイレイン。そんな彼にミラが声を掛ける。

 

「どうした?」

「先ほど、一体ラービットが破壊されたのですが……その際に計測器がエラーを起こしました」

「……新たなブラックトリガーか?」

「いえ……」

 

 ミラの見ているモニターには一人の少女が居た。

 C級隊員を捕らえようとしていたラービットの上半身をアイビスで吹き飛ばした――雨取千佳が。

 その威力は敵だけではなく味方にとっても驚愕物のようで、C級隊員のフォローに来ていた東隊、鈴鳴第一の面々はラービットと相対しつつ彼女を驚きの表情で見ていた。

 ミラは、ノーマルトリガーでラービットを討伐した雨取を見て笑みを浮かべた。

 

「金の雛鳥を発見しました」

 

 

 

 

 獲った。

 

 勝利を確信した彼女の一撃は――届かなかった。

 

「九人目だ」

 

 今まで空を飛んでいる時はシールドを展開していなかった。

 だからこそ、彼女は今この瞬間が絶好のチャンスだと思いこうして奇襲をかけたのだ。

 しかし、結果は防がれてしまい――こちらが致命的な隙を作ってしまった。

 

「ヨーコちゃん!」

 

 三浦の警告の声と香取がランバネインに撃ち抜かれるのは同時だった。

 何とかシールドを張るも、ランバネインの強化トリガーはそれを無視し彼女の心臓を貫く。

 

「ちくしょう……」

 

 香取のトリオン体に罅が入るなか……彼女は見た。

 

「ちくしょおおおお!!!」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 こちらを見て余裕の笑みを浮かべるランバネインの姿を。

 

「ヨーコちゃん!」

「バカ、逃げろ!」

 

 隊長をやられたショックで三浦は気付かなかった。

 次に狙われているのが自分だということに。

 ランバネインは腕を銃に変形させて狙いを三浦に向ける。そしてそれをカバーしようと若村が三浦の前に出てシールドを展開。

 

「これで二匹!」

 

 ドゥンッ! ドゥンッ! と二つの重い銃音を響かせてランバネインは撃った。

 ランバネインの弾は若村のシールドを貫き、彼のトリオン体を破壊する。さらにもう一発の弾が若村の背後に居た三浦を貫いた。

 

「……っ!」

「くそ……!」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 一気に三人やられてしまい、その場に居た柿崎は思わず冷や汗を流す。

こいつは強い。

香取隊はA級予備軍と呼ばれるB級上位のチームだ。それがこうもあっさりとやられてしまい――このままでは自分たちも全滅だ。

 

「二人とも、退くぞ!」

「了解」

「了解」

「荒船隊! 距離を取る! 援護を頼む!」

『了解』

 

 柿崎は撤退しつつ頭を働かせる。

 こちらに向かって来る近界民(ネイバー)をどうすれば倒せるのか。

 いや、それよりもA級が来るまでどうにか時間稼ぎをするしかない。

相手は一対多数に慣れていて、しかもそれに適したトリガーを使っている。さらに大雑把に見えて香取の狙いを冷静に読み、それに対処するだけの頭もある。

 

 ここに来て、初めて柿崎は相手の強さを実感した。

 数を揃えて全力で当たれば勝てる……そんな軽い相手ではなかった。

 

「倒そうと考えるな! 時間を稼ぐことだけを考えろ!」

 

 基地東部の戦況が――崩れ始めた。

 

 

 

 

「助かったよ、えっと確かく…」

「玉狛所属の雨取千佳です」

 

 C級に襲い掛かって来ていた数体のラービットを撃破した東は、こちらに向かって来る大量のラービットとの衝突を避けるため、基地西部へと迂回していた。

 彼の他にも部下の奥寺と小荒井。鈴鳴第一も一緒で、周囲を警戒しつつC級隊員の避難誘導を行っていた。

 

 先ほど戦闘を行ったのだが、千佳のアイビスによる砲撃のおかげですぐにトリオン兵たちを撃退することができた。

 そのことに関して礼を言うと、雨取は恐縮して逆に礼を言う。

 

「それにしても、凄い威力だった。太一ではできないな」

「いや、あんなのできる奴自体居ませんって」

 

 鈴鳴第一所属の村上鋼が彼女を見つつそう言い、彼の後輩である別役太一は唇を尖らせつつ反論した。

 しかし彼の言うことは正しく、このような芸当ができるのは彼女以外には居ない。

 

「でも、あれだけのトリオンを持っていたら敵に狙われるんじゃ――」

「ああ、その通りだ。来馬。恐らく、敵も先ほどの砲撃を見ているはずだ」

 

 それに……と東は連れているC級隊員たちを見る。

 上からの情報では、ラービットはトリガー使いを捕らえるためのトリオン兵。

 そんな高性能なトリオン兵がC級を狙うということは――初めから狙いは彼らだったということだろうか。

 加えて膨大なトリオンを有する雨取が居る以上、敵は執拗にこちらを狙ってくることは確かだ。

 ゆえに、東は基地西部に居る天羽の元に向かっていた。

 基地周辺にラービットが陣取っている以上、ボーダーにおいて最強戦力を誇る彼以外に頼れることができる者は居ない。

 

「――っ!!!!」

 

 東の考えは正しかった。

 しかしいくら敵の目的を読んでいようと、それで思惑を防ぐことができるかと言えば――否だ。

 雨取は、突如悪寒を感じて振り返る。

 何かが居る。まるで、人の命を啄む烏のように不吉な何かが――。

 

 ――居た。

 

「どうし――あれは……!」

 

 彼女の異変に気付いた東も、捨てられたスーパーの屋上にいる人影に気が付いた。

 空を飛ぶ無数の鳥。そしてその中央に居るのは黒い角を携えた人型近界民(ネイバー)――ハイレイン。

 東は敵を視認すると同時に手に持ったイーグレットを構え、そして引き金を引く。

 

「――なに?」

 

 しかし、彼がスコープ越しに見えたのは己の弾丸が敵に直撃する光景ではなく、鳥の形をした弾によって防がれるものだった。

 

「弾丸がキューブに……?」

 

 キューブと聞いて東は諏訪を思い出す。彼はラービットに捕らえられた結果、キューブ状になって腹の中に居たそうだ。

 そして今の光景。

 キューブ化された諏訪と弾丸。これの意味することは――。

 

「――全員、警戒しろ! あの鳥の弾丸に触れるな! キューブに変えられてしまう!」

「――なに!」

 

 東の警告と共に鳥の大群が東達に襲い掛かる!

 

(思ったよりも速い!)

『シールド』

 

 その場にいる全員でシールドを広範囲に、何重にも展開していく。

 しかし、シールドに触れたところからキューブ化されていく。彼らは己の自身のトリオン体がキューブ化されないようにと何度も何度もシールドを再展開する。

 だが……。

 

(マズイ……このままでは……)

 

 ――やられる!

 

 

 

 

「――スラスター、オン!」

 

 一人の少年の声が響いた。

 

「――!」

 

 ハイレインは、己に向かって飛来する剣を卵の冠(アレクトール)でキューブ状に変え――背後からの斬撃によって地面に叩き落された。

 

「エスクード」

 

 さらに分厚い壁が地面からせり上がり、ハイレインの卵の冠(アレクトール)の弾丸を防いだ。

 

「どうやらあれはトリオンにしか効かないみたいですね」

「そのようだな」

「レイジ、烏丸!」

 

 さらに二つの人影がレイジたちの隣に降り立つ。

 

「テレポートによる奇襲は良いと思ったんだけど……何よあのトリガー。私の双月が削られたんだけど」

「小南先輩……それに――」

 

 雨取は、目の前の二人の存在に心底安心した。

 一人は、チームメイトである遊真の師匠であり、玉狛第一のエースアタッカーである小南桐絵。

 そしてもう一人は――。

 

「――助けに来たぞ、千佳」

「――修くん!」

 

 玉狛第二の隊長であり幼馴染である三雲修だった。

 

 

 

 

「――新手か」

 

 あの後、狙撃を繰り返す荒船隊の穂刈と半崎を撃ち落としたランバネインだったが、どうも目の前の柿崎隊の三人を倒せないでいた。

 どうやら三人分のシールドでランバネインの弾丸を上手く逸らしているようで、今もこうして耐えられている。良い連携だと素直に感心した。

 ゆえに、ランバネインはどうやって柿崎隊を落とそうかと考えていたのだが――突如殺気を感じてシールドを張った。

 硬質的な音が響き、後方から斬りかかって来た三人の男がランバネインの前に降り立つ。

 

(姿を消すトリガーか……先ほどの戦いで見ていなかったらやばかったな)

 

 しかも、目の前の三人は今までとレベルが違うと、彼の歴戦の勘が告げている。

 そしてその勘は特に真ん中にいる小さな子どもを警戒している。

 

(どの国にも居るものだな……年若くして力を得る者というのは)

 

 見る限り年は十二かそこらくらいだろうか、とランバネインは予想する。

 斬られたシールドと相手の位置から強さを、そして他二人の態度から彼がリーダーだと悟る。

 ランバネインはエネルギー弾を生成して構えた。

 

「柿崎隊、荒船、時間稼ぎご苦労だった」

「風間さん!」

 

 駆け付けたA級部隊――風間隊は柿崎隊を庇うようにしてランバネインを睨み付ける。

 風間たちの到着に柿崎はほっとした表情を見せる。

 

「調子に乗ってやられた奴らが居るみたいだけどね」

「おい、菊地原」

「敵の強さを見誤ってやられたんじゃん。僕たちが来るまで粘っていれば、今ごろトリオン兵の掃除くらいはできたと思うけど」

「だが、情報を得ることができた」

 

 風間はスコーピオンを構える。

 

「こいつは俺たち三人でやる」

「な!? でも、人型相手に三人なんて無茶です!」

「まだ分からないの? 邪魔なんだよ」

 

 相手の強さを痛感した柿崎隊の照屋が忠言するが、それを菊地原が斬って捨てる。

 彼の辛辣な物言いに彼女はぐっと押し黙り、しかし菊地原はそちらを見ず目の前をずっと見据える。

 

「大丈夫だ。何も勝算が無くて言っているわけじゃない」

「歌川さん……」

「お前たちはこのまま市街地に居る影浦隊たちの援護に向かってくれ。どうやら新型相手に手間取っているらしい」

「だからあんた達はさっさと行っちゃてよ」

「――了解! 二人とも行くぞ!」

 

 風間たちの言葉を聞いた柿崎隊は反転して市街地に向かう。

 それを見たランバネインは背後から撃とうとして――止めた。

 目の前の相手にそんな隙を見せればやられると判断したからだ。

 

「菊地原、奴の心音は?」

「至って正常。特に緊張していないですね」

「それだけ自分の実力に自信があるということか」

「だが、どんな相手にも弱点はある。そこを突いて一気に叩き込むぞ」

「了解」

「了解」

 

 ――風間隊、戦闘開始。

 

 

 

 

 

「惜しいですな……」

 

 頬の斬り傷から微量のトリオンが漏れていることを気にせず、ヴィザは思わず呟いてしまった。

 

「もしあなたが同じ世界出身でしたら、もしあなたがクロノスの鍵でなければ――この星の杖(オルガノン)を継いで貰いたかった」

「……ヴィザ翁」

「……ジジイの戯言です」

 

 秀一の動きにキレが無くなって来た。

 しかし、それも無理もない。

 長時間のサイドエフェクトの酷使。風刃の乱発。格上との死闘。

 これで疲れを感じないのは人間を辞めた何かだ。

 彼の疲労がトリオン体にも影響を及ぼしているのか、彼の頭髪は白く染まり瞳も何故か赤くなっている。

 秀一は瓦礫を背にして風刃を構えるも、心なしか覇気がない。

 

「おいおい。そろそろやべえぞ」

「……そうですな。起きてしまう前に眠らせるとしましょう――永遠に」

 

 ヴィザが星の杖(オルガノン)を向ける。

 ゆっくりと彼の命を斬り取ろうと、その牙を剥きだしにし――。

 

 

 

『弾』印(バウンド)二重(ダブル)

 

 しかし、空から降って来た黒い弾丸に阻まれた。

 直前に殺気を察知したヴィザはガードするも、その上から強い力で地面に叩き付けられる。アスファルトが没落し、衝撃が戦場に伝わる。

 

「ヴィザ――」

「避けろエネドラ!!」

 

 奇襲されたヴィザに気を取られたエネドラの元に無数の斬撃が襲い掛かる。

 それをエネドラは後方に飛ぶことで回避するも、その際に下半身を切断されてしまい、その場に残った体は風刃の餌食となってしまう。

 

「くそ! ムカつくやろうだぜ!」

 

 執拗に狙われ、そして自分の攻撃は全く当たらないことにエネドラはどんどん苛立ちを募らせる。

 それを横目にヒュースは内心で舌打ちを打つ。

 

「あの威力――ブラックトリガーか」

 

 ヴィザを奇襲した者――遊真は秀一の隣に降り立つ。

 背中には『強』印(ブースト)の紋章が七重にかかっており、この奇襲でヴィザを倒すつもりだったようだ。しかし相手はそれを見事防ぎ切り、その実力を垣間見せる。

 

「……事情は、全て終わってから話す」

 

 遊真は視線を相手から離さず、しかし意識は秀一へと向けていた。

 秀一からは強い戸惑いの感情が感じられる。

 彼は遊真が何故此処に居るのか理解できていないようだった。

 

「でも、これだけは言わせてくれ――おれは、シュウイチに嘘を吐くつもりはなかった」

「……」

「つまんない嘘を吐かれる気持ちは、嫌ってほど知っているから。だから――」

 

 ――斬! と風刃が遊真の足元を斬り裂いた――エネドラの奇襲から遊真を守るために。

 二人は急いで距離を取り、それぞれ構える。

 そして秀一は言う。

 

自分には何が起きているのか分からない。

何故遊真が此処に居るのか分からない。

ただ、一つだけ分かっていることがある。

 

――自分を助けに来たのは、空閑遊真だということだ。

 

 それを聞いた遊真は目を見開いて、その言葉に嘘が無いことを確認すると今度こそ全ての意識を敵に向ける。

 

「本当、お前ってよく分かんなくて――面白い奴だ!」

 

 

 

 

 

 ――拒絶されても良い。

 ――憎まれても良い。

 ――それでも、そんなの関係なく本当の自分を教えたい。

 

 ――そして、できるなら――。

 

 

 

 

 ――友に。

 

 

 友を救うため、遊真はブラックトリガーの力を全力で使った。

 この先の未来で、何が起ころうとも……。

 




ヨーコ「ちくしょおおおお」もぎゃあああああ

しばらく香取隊の隊室で泣き続ける少女の声が響いたとか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話

 援軍が来た時彼は心底ほっとし、しかし次の瞬間それが遊真だと知ると心底驚いた。

 何故彼が此処に居るのか。

 そう疑問に思っていると、何と彼は玉狛支部に所属しているらしい。

 いつの間に? と疑問に思い、それと同時に少し寂しく思った。

 風刃の訓練でほとんど家に帰っていなかったが、それでも何度か顔を合わせていた。その時に教えてくれても良かったのに、と。

 そんな彼の考えが通じたのか、遊真は何処か申し訳なさそうな顔をして後で話すと言った。そう言われてしまっては彼は何も言えない。

 

 それよりも気になることがある。彼はチラリと遊真を見る。

 彼のトリオン体時の服装が、何処となく旧ボーダーの物と似ている。確かに白い服よりも黒い方が良いよな、と旧ボーダーの訓練生服を着ている彼は、勝手に共感していた。遊真の服は何処となく改造されているが。

 というか、彼のトリガーは見たことが無い。米屋から玉狛のトリガーは本部の物と違うと聞いていたが……遊真もそうなのだろうか、と彼は風刃を振り抜きながら思った。

 

「くそ! チビチビオレばっかり狙いやがって!」

 

 彼はなるべく前に出て風刃の能力を使っていた。遊真が来たことによって精神的に楽になり、射程ギリギリの所から攻撃できるようになったからだ。

 それに、彼は遊真が近界民(ネイバー)に対して恐怖を抱いていると思っている。おそらくボーダー入りたての遊真を気遣っての行動だった。

 というよりも、新人をこんな激戦区に送るなよ、と彼は少し本部に対して思う。具体的に言うともっと援軍を下さい。

 

『錨』印(アンカー)『射』印(ボルト)五重(クィンティ)

 

 しかし、それを忘れてしまうほどに遊真は強かった。

 背後から援護射撃が放たれ、彼はそれと追従する形でヴィザに接敵する。

 軌道上を走るブレードが彼を襲うが、遊真の鉛弾によって速度の落ちた状態では彼を捉えることはできない。

 彼はヴィザに接近しつつ風刃でヒュースに向かって遠隔斬撃を放つ。

 

「ちっ!」

 

 防御したのを見て彼は心置きなくヴィザと斬り合う。

 遅くなった世界でもヴィザの剣筋は速く鋭い。

 疾風迅雷状態でなければ、こうして斬り合うこともできないだろう。

 彼の剣とヴィザの剣が斬り結ぶ度に、空間に遊真の鉛弾が効果を発揮する。

 彼の鉛弾はエネドラが撒き散らしているガスに反応している。そこから月見が風向きとトリオン反応でエネドラのガスの位置を特定し、視覚支援で安全圏を教えている。

 

『しかし、それでも中々崩せないな』

「厄介なのはあのジイさんだな。今はスピードで誤魔化しているけど、シュウイチの剣が読まれ始めている」

『それに、彼もトリオンを使い過ぎている。加えて、あのトリオン体の異常も気になる――あまり時間はかけられないぞ』

「だな」

 

 彼が斬り結んでいる最中でも、ヴィザの展開しているブレードは走り続けている。

 遊真をそれを避けつつ、相手の右へと回り込んだ。

 

『射』印(ボルト)『強』印(ブースト)

 

 角度を取って遊真は比較的素早い攻撃をヴィザに向けて放つ。

 それと同時に彼は後方へと退いて、遊真の射撃の被害から逃れる。その際に遠隔斬撃を放つのを忘れない。

 変則的な十字攻撃だ。前からは斬撃、右からは射撃。並みのトリガー使いなら腕の一本や二本取れる場面だが、相手は近界(ネイバーフット)最大の軍事国家。蝶の楯(ランビリス)が遊真の攻撃を防ぎ、それどころか反射させて全て遊真に返す。

 そしてヴィザは彼の斬撃をブレードを足元に再展開させることで防いだ。

 

星の杖(オルガノン)の死角である足元から攻撃して来たのは、これで八人目……いや、九人目ですかな?

 しかし、連携が拙い。それでは意味がありませんぞ?」

 

 遊真は一度彼の元に下がった。彼が下がった以上、不用意にヴィザの近くに居れば星の杖(オルガノン)の餌食になってしまうからだ。

 

「ジイさんの言う通りだな。連携出来ないのなら、バラして戦うのが良いんだけど……」

『向こうはそれに乗る気は無い。どうしてもシュウイチを仕留めたいらしい』

 

 内部通信で遊真にそう語るレプリカのその言葉は正しく、もし分断しても彼らは遊真を無視してでも彼を殺す気だ。

 その証拠にアフトクラトルの近界民(ネイバー)たちは攻撃を彼に集中させている。

 ゆえに、仕方なく連携して攻め立てているのだが……。

 

「シュウイチ、お前強いけど連携が本当に下手くそだな」

 

 遊真の言葉に彼は酷くショックを受けた。

 しかし、彼はぼっちなのだから仕方の無いことだ。真面目にチーム戦をしたのも半年以上も前のことだ。その時も連携と言うよりも自分の仕事をこなしていただけ。

 今回の戦闘でも、なるべくお互いの攻撃が当たらないようにし、基礎的な動きしかしていない。そしてそれも敵であるヴィザから指摘されるほどの拙さである。

 

 彼はヴィザたちを見ながら言葉少なく弁解する。

 今まで真面にチームを組んだことがなく、三輪隊から少し教えて貰った程度ではこれが限界だ。

 正直ボーダーに入隊した頃と比べると随分と改善されたくらいだ。

 

「なるほど、個人(ソロ)は得意だけどチームは苦手ってことか」

『環境も悪かったのだろう。聞いた話によると彼と波長の合う同期が居なかったようだ』

「で、波長の合う奴は大体チームを組んでいる、と」

 

 遊真の脳裏に三輪の姿が思い浮かぶ。

 彼は今何をしているのだろうか。遊真が彼と共に戦っていることは既に知っていると思うが……。遊真は、次に三輪と会う時は気を付けようと考える。隊務規定違反をしてでも自分を殺してきそうだからだ。

 まあ、そう易々と殺される気は無いが。

 遊真は牽制で『射』印(ボルト)を放ちつつ、隣で風刃を放つ彼に言った。

 

「何だったら、おれたちのトコに来るか? 実は遠征部隊を目指していてね」

 

 頭の中で作戦を立てつつ、遊真は軽口を言った。

 遊真の言葉を聞いた彼は言葉を復唱しつつ怪訝な表情で視線をチラリで向ける。

 

「ああ。おれのチームメイトが目指していて、それを隊長とおれが手伝う。でも、A級は曲者揃いだし、エースは何人居ても良いかなって」

 

 修を圧倒した風間。慣れていなかったとはいえ、6対4で遊真に勝った緑川。イルガーをノーマルトリガーで斬り裂いた太刀川。そして彼に戦う知恵を授けた三輪隊。

 彼らと戦うには、遊真含めてあまりにも戦力不足だ。修と千佳は単純に実力不足で、遊真はボーダーのトリガーにまだ慣れていない。その点、A級の面々と常日頃からぶつかり合っている彼なら、これ以上ないほどの戦力になるはずだ。個人(ソロ)なのも都合が良い。

 

(――まっ、流石に無理だろうけど)

 

 と、提案した遊真自身がそう思った。

 彼は近界民(ネイバー)である遊真ではなく、友である遊真を信頼しているだけで、近界民(ネイバー)に対して良い感情は抱いていないだろう。

 彼が近界民(ネイバー)友好派の玉狛に入るなんて――。

 

 ――それも良いかもな。

 

「……え?」

 

 しかし、そんな遊真の予想とは違い、彼は意外なことを言った。

 驚いたせいで遊真は一瞬足を止めてしまい、その隙を突こうとヒュースが蝶の楯(ランビリス)の弾丸を放った。彼はそれを風刃で弾き、動きの止まった遊真を心配した。

 

「……いや、何でもない」

 

 遊真はそう言うと、改めて敵を見据える。

 しかし、思い出してしまうのは先ほどの彼。

 あの時の彼の言葉には嘘は無く、それどころか一瞬見えたあれは――。

 

(――後にしよう。どっちみち、こいつらを倒さないと意味が無い)

 

 ――遊真に誘われた時、彼は笑っていた。

 まるで、救われた者が浮かべる……そんな笑みを。

 

 

 

 

 ハイレインに加え、二十数体のラービットが千佳たちC級隊員に襲い掛かった。

 どうやら、基地周辺に出現したラービットが空間転移のトリガーによって転送されてしまったらしい。加えて、基地西部の天羽から逃れたトリオン兵が基地南西部に流れてきたようだ。

しかし、そんな過剰とも言える戦力を前に玉狛第一は優勢に戦っていた。

 

「はああああああ!!」

 

 小南桐絵のトリガー『双月』は、オプショントリガー『コネクター』によって連結することができる。連結された双月は斧状に変化し、その威力は装甲の厚いラービットを一撃で葬る力を得ている。しかし、その分トリオンの効率を無視しているために長期戦には向いていない。

 

(あの女の戦い方……映像で見た玄界(ミデン)の戦士の戦い方とは一味違うようだ)

 

 卵の冠(アレクトール)で己に襲い掛かる弾丸を防ぎつつ、ハイレインは相手の戦力は分析する。

 

 最も警戒するべきはトリオン能力が高く、遠距離攻撃のできる木崎レイジだ。

 彼の放つアステロイドは連射性能が高く、卵の冠(アレクトール)を確実に削っている。レイジを倒そうと卵の冠(アレクトール)を放とうにも隣の烏丸によって阻まれてしまう。

 さらに、ハイレインは知らないが彼らには奥の手がある。

 

 次に警戒すべきなのは東春秋。

 彼は洞察眼に優れ、戦況を良く見ている。前に出ている小南のフォローを村上と東隊の二人に命じ、他のメンバーでラービット以外のトリオン兵を削っている。その結果ボーダー側には未だに被害は無く、確実に基地西部に向かっている。

 

(それに、前に出ようとする度に金の雛鳥をチラつかせるのが厄介だな……)

 

 彼女は撃ってこないが、それだけで牽制となる。

そしておそらく東はハイレインの狙いが千佳であることを知っている。

現に彼は常に彼女を近くに置いて、何時でもフォローできるようにしている。

 

(やはり、戦力を分散できなかったのが痛いな。こうも徒党を組まれると厄介だとは)

 

 そしてその原因はクロノスの鍵である最上秀一だ。

 当初は彼にエネドラを殺して貰い、その隙を突いてヴィザが首を獲るのが作戦だった。しかし彼がブラックトリガーを得た結果、散らせたトリオン兵のほとんどは失い敵の戦力を分散させることに失敗。さらにヴィザたち三人を相手に時間を稼がれ、未確認だったブラックトリガーと合流される。そして運良く金の雛鳥である千佳を見つけたと思えば、トップクラスであろうトリガー使いに阻まれる。それどころか、各地の雛鳥を捕らえることができていない。

 任務失敗を前提に作戦を立てていたとはいえ、こうもしてやられると流石の彼も苛立ちを覚える。

 

(仕方ない……金の、いや雛鳥の回収は諦めよう)

 

 じっくりとやれば彼らを下し、ハイレインは目的を達することができるだろう。

 しかし、ミラから聞かされた秀一の異変を考えると時間が無いのは明らかだった。

 

(どうもクロノスの鍵に振り回されているな――だからこそ、確実に仕留める必要がある)

 

 ハイレインは通信を繋げる。

 

「ミラ、金の雛鳥は諦める。当初の目的通りエネドラを始末する」

 

 それを聞いたミラは、同時にヒュースを手放すことを理解した。

 次の神候補である千佳を手に入れることができない以上、彼の主であるエリン家当主が神の生贄になるからだ。そうなるとヒュースはハイレインたちに牙を剥くことになる。

 

「ランバネインは?」

『少しお待ちを……どうやら、手練れと交戦中のようです。連れ戻しますか?』

「いや、後で良い。だが、決着が着き次第向かわせろ」

『了解。では、窓を開きます』

 

 ミラがそう言うと、ハイレインの背後に大きな空間の穴が開いた。

 それを見たレイジたちは警戒し、アタッカー組は距離を取るべくその場から離れた。

 

「……今回は我々の負けだ。だが――」

 

 ――クロノスの鍵は、壊させてもらう。

 

 その言葉を最後に、ハイレインはその場から姿を消した。

 修はこの時、言いようの無い不安を覚えた。

 近界民(ネイバー)を退けたというのに、全く勝った気がしない――。

 頭の奥で警報が鳴り響く中、突如上空に幾つもの(ゲート)が開かれた。

 

「あれは……イルガー!?」

「ということは、何処かにラッドが!?」

 

 (ゲート)から出てきたのは爆撃型トリオン兵のイルガーだった。

 どうやら、アフトクラトルは今回持ってきたトリオン兵の傾きを変えていたようで、バンダーやモールモッドを減らしてイルガーを増やしていたらしい。

 そして、その数は二桁に及ぶ。

 (ゲート)から飛び出したイルガーは、それぞれ各方面へ散り散りに向かった。

 

「不味いぞ……」

「え?」

「あいつら――市街地に突っ込むつもりだ」

 

 それを聞いた修は顔を青くさせる。

 そんなことをされれば、生身の人間が無事で居られる訳が無い。

 早く墜とさないと――。

 民間人を守るために動こうとした彼らだったが、ふと一体のイルガーの動きに違和感を覚える。

 

「まさか……C級隊員はこの場から離れろ!」

 

 ――あのイルガーは、此処に特攻するつもりだ。

 そんなことをされれば、緊急脱出(ベイルアウト)機能のあるトリガーを持つ正隊員はともかく、訓練用トリガー装備のC級隊員はひとたまりもない。

 

 逃げるC級隊員たちを急かしながら、修は先日の事件を思い出していた。

 あの時は遊真のブラックトリガーで何とかなったが、今回は彼は居ない。

 そして、修にこの状況を打破する方法は無い。

 

(マズイ……マズイ!)

 

 

 

 

 

「エスクード」

 

 しかし、そんな彼らを守るように眼前に巨大な壁がせり上がる。

 それはディフェンストリガーの『エスクード』。しかし、とある男がこの日のために改造(カスタマイズ)した一級品で、そのサイズは通常の何十倍もある。

 イルガーは、エスクードによって顎を打ち上げられて動きを止められ、装甲と装甲の間の比較的斬りやすい部分をスコーピオンで斬り裂かれる。

 

「目標撃破――全く、未来変わり過ぎでしょ」

「迅さん」

 

 かつてのライバルと同じようにイルガーを斬った男――迅は、笑みを浮かべて地上に降り立った。

 




六巻と十二巻を見る時、いつも上下逆さまにしてしまいます。
なんで逆さになるんねん(半ギレ)
でも木虎も那須も可愛いから許す(マジギレ)


原作よりも大規模侵攻編が早く終わりそうです。
そして思ったよりも大規模侵攻編が長くなりました。
最低でもアフト戦が二、三話。後日談的なのが一話ですかね
もし良ければこのまま着いて来てほしいです……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話

「やれやれ……やっぱり未来って言うのは分からないものだ」

 

 イルガーを撃墜させた迅には何処か余裕が無かった。

 常に飄々としており、しかしそんな姿に何処か安心感を抱いていた修は、彼のその言葉に言いようの無い不安を覚える。

 いや、不安はそれ以前から感じていた。

 先ほどまで執拗に千佳を狙っていたハイレインが、突如明後日の方向――遊真たちの方を見て攻撃を止めて撤退した。それにどのような意味を持つのか修には分からないが……。

 

「レイジさん、今からすぐにあのイルガーを墜としてくんない?」

「――! 例の不測の事態が起きたのか?」

「いや、()()()()()()()()()()()()()()()()。でもおれが言っても変わらないから、最善になるように動いていたんだけど……」

「どうやらお前でも変えることができなかったようだな」

 

頷いた迅を見て、レイジは未だ上空に浮かび、各方向に飛んで行くイルガーを睨み付ける。目測で数は十二といったところだろうか。基地周辺から湧いて出たということは、先ほどのラービットを送り込んだラッドがまだ残っていたということになる。

レイジは、今回迅に必要と言われていたスナイパートリガー『アイビス』を展開する。

 

「分かった。玉狛第一はこちらに向かっているイルガーを全て墜とそう。だが、他のイルガーはどうする? 天羽の居る西側は別として、ほとんどの部隊は市街地に向かったトリオン兵の対応に追われていると聞いたが……」

「ああ、それなら大丈夫。――皆、来てくれているから」

 

 

 

 ――基地北部。

 

 北上を続けるイルガーたち。彼らに課せられたのは戦えないたくさんの人間を道連れにすることだった。ゆえに、それができる最も人の多い場所に向かって進軍していたが――レーダーに大きなトリオン反応を確認する。

 

「グラスホッパー」

 

 彼らもまたこの日のためにセットしていたのだろうか。オプショントリガー『グラスホッパー』を使い、生身の人間では本来届くはずの無いイルガーのいる上空に辿り着いた。

 そして彼らはイルガーの背に降り立つと、すぐさま相手が発動させた防衛システムを破壊する。

 

「その手は木虎ちゃんから聞いているよー」

 

 黒のスーツを着込んだ男――二宮隊銃手『犬飼澄晴』は、二宮隊攻撃手『辻新之助』が弧月で斬り開いた傷口に突撃銃を突っ込み、そのままアステロイドを掃射した。

 内部を滅茶苦茶にされたイルガーは至る所からトリオンを吹き出させながら墜落していく。それを見送ることなく彼らは次の獲物を狩ろうとグラスホッパーを展開させて――チラリと三体目のイルガーを葬った自分たちの隊長を見る。

 

「うちの隊長、いやに張り切っているねー」

「ただ任務を遂行しているように見えますが……」

「いやいや。案外太刀川さんやシュウちゃんに対抗心燃やしているのかもしれないよ? イルガー真っ二つにしたって聞いた時露骨に舌打ちしていたし」

 

 二宮隊隊長『二宮匡貴』。

 彼は個人総合二位と太刀川慶に次ぐ実力者であり、A級隊員だった過去を持つ男だ。今はとある出来事で降格しB級一位の地位に居るが、その気になれば再びA級に戻るだけの力はある。

 そんな彼だが、己よりも上の位置に居る太刀川に対してライバル意識を持っていることはボーダー内ではそこそこ有名だ。しかし犬飼は、太刀川とは別にとある隊員が標的にされていることを知っている。

 その隊員の名は最上秀一。入隊時から何かと話題に尽きない男だ。

 

「『悪鬼の夏祭り』で二宮さん、シュウくんに結構ポイント取られていたからねー」

 

 と言っても彼が勝ったのは最初の一戦だけで、その後の数戦は惨敗している。まあ、ポイント差によって起きる悲劇だが、二宮自身そのことについては特に悪感情を抱いていない。それどころかその実力を買って己の隊に誘ったほどだ。しかし断られてしまったが。

 犬飼曰く、断られた時の二宮の顔がなかなか忘れられない。

 

「アステロイド+アステロイド――ギムレット」

 

 己の部下にそんなことを言われていることなどつゆ知らず、二宮はイルガーよりも少し上からギムレットで的確にイルガーの急所を撃ち抜いていた。

 イルガーの硬い装甲など知らんと言わんばかりに、その高いトリオン能力を贅沢に使った魔王の一撃は、相手からすればギロチンのようなものだ。

 

「犬飼、辻。こいつらをさっさと片付けて次に行くぞ。雑魚に時間を喰っていられん」

『犬飼、了解』

『辻、了解』

 

 

 

 ――基地南部。

 

「アイビスは俺の趣味じゃないんだけどなぁ……」

 

 冬島隊狙撃手『当真勇』はアイビスで空に浮かぶデカい的を暇そうにしながら撃ち落としていた。それを隣で聞いた三輪隊狙撃手『奈良坂透』は彼の方をチラリと見るも、すぐにスコープを覗いてイルガーに向かって発砲する。自分が何を言ってものらりくらりと躱されると分かっているのだろう。そのことは先日のブラックトリガー争奪任務で経験している。

 

「くそ、嫌に数が多いな……」

「この先にいるアイツが目的なんだろう。三輪を先行させて正解だったな」

 

 イルガーは、自分たちの下を通り過ぎる三輪に反応しなかった。

 その行動に違和感を覚えるも、今は一刻も早く彼の元に援軍を送り、そして敵に援軍を送らないのが先だ。

 

「なんとしても此処で墜とすぞ」

「了解!」

 

 

 ――基地東部。

 

 ラービットを相手に無双していた太刀川の目にも、門から出てきたイルガーの姿は確認できた。下から見ると無防備な腹が見え、しかし、彼はそれを見ても弧月を抜こうとせず、それどころか背を向けて風間たちが居る方へと走り出した。

 

 ――瞬間、東に向かっていた全てのイルガーが真っ二つにされる。

 

「いやに張り切っているじゃないですか――忍田本部長」

 

 後方で墜落していく音を耳にしながら、彼は自分の隣に着地した男に向かって茶化すようにそう言った。

 男――忍田は前を見ながら言葉少なく返した。

 

「迅の視た未来が変わった」

「――!」

「早急に敵を排除する必要がある――お前にも働いてもらうぞ、慶」

「……了解」

 

 これから戦う人型近界民(ネイバー)はどんな奴だろうか。

 そんなことを考えながら、太刀川は笑みを浮かべて弧月を力強く握り締めた。

 

 

 ――基地南西部。

 

 基地周辺から湧いて出たラービットは、秘密経路を通って裏を取った出水、米屋、緑川による奇襲を受けていた。

 

「硬ってぇな……トリオンの少ない俺にはキツい相手だぜ」

「もうバテたのか槍バカ?」

 

 振り抜いた弧月が弾かれた米屋は、すぐさま後方に退いてラービットの拳を上手く避ける。そのままラービットは地面に亀裂を作り、ゴポリと拳を液状化させるも、出水のメテオラが降り注ぎ奇襲は失敗する。

 それでもラービットは倒れず、背中の装甲がどれだけ厚いかを物語っている。しかし、どんな相手にも弱点はある。

 

「テレポーター」

 

 テレポーターによってラービットの懐に入った緑川は、スコーピオンで腹を斬り裂いた。

 それによってラービットは機能を停止させ、緑川は次の獲物へと意識を向ける。

 

「……それにしても、あいつここ最近強くなったなぁ」

「まあ、面白いライバルが二人もできたからな」

「なに? お前なんか知ってんの?」

 

 出水の疑問の声を聞き、米屋は最近玉狛に入ったとある二人の隊員を思い浮かべる。

 一人は自分たちの隊を退けた強者。

 一人は風間と引き分けた曲者。

 どちらも弟分である彼と浅からぬ縁がある――米屋が注目している少年たちだ。

 そんな彼の意味深な発言に出水が反応するも、前線に出てラービットと斬り合っていた緑川の声でそれを遮られた。

 

「よねやん先輩もいずみん先輩もサボってないで手伝ってくださいよ!」

「あー、悪い悪い」

 

 一言謝った出水は、ギムレットを作って解き放った。

 確かに緑川の言うように、今はそんな雑談をしている暇は無い。

 彼らは一刻も早くこのラービットを倒し、南へと向かわないといけないからだ。

 

 ――何故なら、珍しく焦った表情を浮かべた迅が直々にそう言ったのだから。

 

 

 

 

「じゃあ、おれもそろそろ行くよ」

「……珍しく余裕が無いな。それだけ悪い未来が来るのか?」

 

 来て早々南に向かおうとする迅に、レイジは思わずそう問いかけた。

 彼から見ても今の迅はそれだけ余裕がなく、どのような未来が視えているのか気になった。

 レイジの問いにしばらく迅は黙った後、今此処で言った方が未来が改善されると思ったのか口を開いた。

 

「……全体的に見て、これから訪れる未来は最善に限りなく近い未来だ。最悪の未来であるメガネくんの死や千佳ちゃんが攫われる未来は既に無くなっている」

「最善に限りなく近い……?」

「うん。このまま行けば民間人に死傷者は出ないし、ボーダー隊員が攫われる未来も来ない――でも」

 

 迅は、今最も激戦区であろう基地南部を見る。

 そこで戦う二人の少年は強い。しかし、それ以上に相手が悪すぎる。その上、まるで嫌がらせのように彼の元に災厄の種は集まりつつあった。

 

「――どれだけ探しても、あいつの死の未来が完全には拭い切れない」

「それって……最上のことですか? でも、あそこには空閑が!」

「うん。そのおかげで随分あいつも楽に戦えている。でも、決定的な何かが見つからないんだ」

 

 修のおかげで彼の死の未来はかなり遠くなった。だが、それだけだ。

 

「というわけで、おれはもう行かせてもらうよ。こっちは頼んだぜレイジさん、メガネくん」

 

 それだけを言うと、迅は基地南部に向かって走り出した。

 

 

 

 

「……なるほど、やはり任務は失敗か」

『ええ。だから貴方の仕事はここで終わりよ。合流しなさい』

「そうは言ってもな。……こいつらに背中を見せた途端にやられそうなんだがな」

 

 右腕を失くし、黒いマントもボロボロの状態でランバネインは目の前の相手を見据えてそう呟いた。

 風間隊三人のカメレオンとスコーピオンによる高速奇襲戦法は、ランバネインにとても良く効いた。風間の慧眼によってランバネインの戦い方は比較的早く分析され、彼らは常に自分たちの有利な距離(クロスレンジ)で戦い、決して距離を取らせないようにしていた。

 

(飛行能力に制限があることがバレたのが痛いな……)

 

 その際にやられたのが右腕で、歌川による死角からのアステロイドが彼を撃ち抜いた。

 加えて――。

 

「――目くらましです」

 

 ランバネインの放った弾は地面に当たり強い砂埃が起きる。

 しかし風間隊は菊地原の強化聴覚による恩恵で、ランバネインのトリガーの起動音から先読みをし、確実に最善の手を取り続けていた。

 三人とも回り込むように走り、ランバネインに狙いを定めないようにする。

 

「良い耳を持っているな」

 

 それに連携も上手い。本来、攻撃主同士の連携はシビアで、場合によっては戦力ダウンすることが多い。それは彼の祖国であるアフトクラトルでも同じだ。

 だからこそランバネインは彼らに苦戦していた。

 彼が最も苦手とする距離で、彼らが最も得意とする距離で戦わされているのだから。

 

 ランバネインから見て左に避けた風間が彼に斬りかかる。そして一瞬遅れて歌川と菊地原もスコーピオンで足を狙い、彼はそれをシールドで防ぐ。

 さらに風間隊は連携攻撃をし、ランバネインは正確にシールドを展開し続ける。

 

(次の飛行可能まで後十秒……そこが勝負どころだ!)

 

 ランバネインの手に光球が現れる。

 それを見た風間隊は後方に退いて、次の瞬間ランバネインの地面が大きく爆発する。

 

「音でバレバレなんだよ」

 

 菊地原がそう言うと共に、煙の中からランバネインが姿を現した。

 残っていた足を捥がれ、その身を地に落とした状態で。

 彼は不敵な笑みを浮かべながら、冷静に何が起きたのかを確認する。

 

(足元を撃った瞬間、見えたのは相手の弾丸だった)

 

 そして、彼の撃った弾が地面に直撃する前に爆発は起きた。

 

(あの連携の間に仕掛けていたということか)

 

 しかも、相手はランバネインの行動パターンを読んでいたことになる。

 下手をしたら自分たちも巻き添えになる可能性があったにも関わらず。それだけの威力はあり、アフトクラトルが開発した防御性能が高いこの黒いマントが無ければトリオン供給器官ごと吹き飛ばされていただろう。

 

「やるなら今だね」

「ああ」

 

 歌川と菊地原はスコーピオンを手に、ランバネインの首を斬り裂こうと襲い掛かる。

 足をやられて動けないランバネインは、身体全体を覆うようにしてシールドを展開。このまま飛行能力が戻るまで耐え切る算段だ。

 

「ちっ。イモってないで出てきなよ」

(後五秒)

 

 足を止めれば撃ち抜かれることが分かっている菊地原は、舌打ちをしながら退がり。

 

「メテオラ!」

(後四秒)

 

 歌川はメテオラでシールドを破ろうとするも、その堅牢な盾の前に阻まれる。

 

「……何か企んでいるね」

(後三秒)

「……まだ隠し玉があるのか?」

(後二秒……!)

「――まあ、それも無駄だけど」

 

 ――後一秒。

 ランバネインにとって長い一秒。その一秒を過ぎれば彼らの届かない距離から一斉に葬り去ることができる。そう確信していたランバネインだったが、その一秒は永遠に来なかった。

 

(――こいつは!)

 

 上下逆さまになる視界のなか、彼は己の身に何が起きたのか理解した。

 歌川のメテオラを防ぐためにシールドの厚さを正面に集中させた結果、背後のシールドは若干薄くなっていた。しかしそれでもスコーピオン一本程度なら防ぐことが可能な硬さだった。

 しかし、彼を襲ったスコーピオンは――二本を繋げて威力を上げたスコーピオンであってスコーピオンではないもの。

 

「お前が、オレが背後にいることに気が付いていることに気が付いていた」

「……!」

 

 風間はB級二位影浦隊『影浦雅人』が好んで使う『マンティス』を解除しつつそう言った。

 足をやられ、動けない男が背後を全く見ないのは――あまりにも不自然過ぎた。

 

「大雑把に見えてお前は戦上手だ。オレたちのステータスを頭に入れ、的確に対処し、自分の有利な状況を作って正確に狩る――だが」

「……見事だ」

「最後の最後で油断したな――ボーダーを舐めるな」

 

 その言葉を最後に、ランバネインの戦闘体は崩壊した。

 

 




スーツ姿でぴょんぴょんする二宮さん
ネイバー殺すマンの顔で南にダッシュする鬼ィちゃん。
個人的に今話のMVPはこの二人です。


次回、遊真&秀一VSヴィザ、ヒュース、エネドラ戦。決着です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話

『どんどん近づけなくなるな』

 

 周囲の建物は全て斬り裂かれ、足元には瓦礫の山。

 秀一たちにとって今の戦場は戦い辛いの一言に尽きる。

 空間には星の杖(オルガノン)のブレードが走り、至る所にはヒュースの蝶の楯(ランビリス)の磁力の罠が、そしてエネドラたちの足元には泥の王(ボルボロス)の液体が仕込まれている。

 結果、秀一も遊真も近づくことができず攻めあぐねていた。

 

『物体を通じて敵を斬る風刃の奇襲も、あの液体化トリガーで察知、防御されるだろう』

「おれの『射』印(ボルト)も、あの磁力とやらのトリガーで反射されるし」

 

 彼らの遠距離攻撃のほとんどは封じられてしまっている。

 かと言って距離を詰めようにも三つのトリガーの連携により近づくことが出来ない。

 しかも、まるで時間稼ぎを狙っているようにも思える。宇佐美から聞かされた撤退した近界民(ネイバー)のことも気になる。

 

(でも、A級隊員や迅さんがこっちに向かっている以上、時間が経てば経つほど有利になるのはこっちのはず……)

 

 嫌な予感がする。

 約九年実戦で養った勘に従い、遊真は打って出ることにした。

 そのためには、今の相棒の力が必要だ。

 

「シュウイチ。風刃の弾数は後何発撃てる?」

 

 遊真の問いに、秀一は今の残っている五発と残り一回のリロード――十五発……計二十発が限界だと伝えた。

 

「ふむふむ……じゃあ、後五発と考えて動くか。それとシュウイチ、もう一つ聞きたいことがあるんだけど――」

 

 遊真の質問を聞いた秀一は露骨に嫌な顔をして彼を見た。

 できるかできないかで言えば……五分五分と言ったところだ。

 何せそのような状況で戦った経験など無く、そもそもスペック頼りなところがあって正直言って不安だ。

 彼は遊真にどうしてもその作戦ではないといけないのか? と聞いた。

 

「倒すならね。敵が時間稼ぎをしている以上()()あるということだ」

 

 そして、数で負けている以上その何かが起きれば自分たちは負ける――。

 それに……。

 

「――勝ち目が薄いからって逃げるわけにはいかない!」

 

 大切な者を守るため、この場に居ないもう一人の相棒の言葉を思い出しながら遊真はそう言った。

 それを聞いた彼は目を見開き――遊真の作戦に乗った。

 

「そう来なくっちゃ」

 

 ニヤリと笑うと、遊真は秀一に作戦を伝えた――。

 

 

 

 

「――来る」

 

 ヴィザの勘が相手の気迫を読み取った。

 

 まるでこれで最後と言わんばかりに秀一は、サイドエフェクトをフル回転させた。

 すると、彼の視界は過去最高に遅くなり、それに着いて行こうとトリオン体が

悲鳴を上げつつもギアを上げていく。

 最短距離を駆けながら、秀一は地面を何度も斬り付けていく。それだけで、アフトクラトルは動けない。速くなった彼の風刃は――避けるのは難しいのだから。

 

「疾い!」

 

 彼がヴィザの元に辿り着くのにかかった時間は――僅か0.3秒。奇しくも、彼が初めて頭角を現したあの時と同じ時間だった。

 この時の彼を捉えることができた者は誰も居なかった。

 エネドラもヒュースもヴィザも、そして仲間であるはずの遊真ですらも。

 ヴィザは、彼が動くすぐ前に星の杖(オルガノン)を全力で発揮して備えていた。最も身を守ることできる場所にブレードを走らせ、彼が辿り着くポイントを絞り込み、そこに己の剣を置く。

 

 ――瞬間、ガキン! っと甲高い音が鳴り響く。

 

「エネドラ殿!」

「――オレの射程距離だ!」

 

 風刃を受け止められた秀一は足を止めた。

 その一瞬の隙をヴィザは見逃さず、エネドラにトドメを刺すように命じ――違和感を感じた。勝利を確信する前に感じた、ほんの小さな違和感だ。

 

――星の杖(オルガノン)のブレードを正確に回避できる者が、この程度の誘いに乗るだろうか。

 

『鎖』印(チェイン)二重(ダブル)!」

 

 しかし、遅かった。秀一の隙を見逃さなかったゆえに、トドメを刺そうとその場に留まったゆえに――彼は己の杖から飛び出した鎖によって拘束されてしまった。

 その鎖はそのまま遊真の元へと伸び、彼の握る鎖に繋がれる。

 

『強』印(ブースト)五重(クインティ)! せーっの!!」

 

 さらに遊真は己のトリオン体を強化し、豪快にも力づくでヴィザを上空へと投げ飛ばした。

 彼が初めに蹴りを入れた時に仕込んだ印。今の今まで使わなかったそれを、遊真はこの局面で使用した。結果、ヴィザの虚をつくことに成功した。

 

『弾』印(バウンド)二重(ダブル)!」

 

 秀一の足元に『弾』の印が展開され、彼はそれを踏んで思いっきり跳んだ。突撃する前に遊真に付けて貰ったものの()()だ。

扱いはグラスホッパーに似ているものの、その効力は凄まじく約十倍の力があった。生身で使えば肉体が負荷に耐えられないほどだ。

 だが、今の彼にとってはこれ以上ないほど頼もしい。

 

「頭の悪い作戦だ!」

「だが――通された!」

 

 無理矢理分断したということは、ヴィザを獲りに来たということ――。

 それを危惧した二人は、まず遊真を倒そうと走り出した。

 ヴィザの射程外に居た遊真は必然的にエネドラたちの射程外に居るということ。

 攻撃を当てるには近づかなくてはならない。

 

 ――だが、彼らの攻撃はまだ終わっていない。

 

『鎖』印(チェイン)三重(トリプル)!」

 

 遊真に近づこうとしていたヒュースは、突如足元がぐらついて、思わず後ろに退いてしまった。過度な警戒によって取ってしまった悪手。結果、遊真に接近している敵の数は――エネドラのみ。

 

 一方、ヴィザは自分に向かって来る秀一の珍妙な姿に思わず眉を顰める。

 風刃を持っていない左手から鎖が伸び、それに繋がっている幾つもの瓦礫が彼に引っ張られる形でヴィザたちのステージに追いついて来た。

 

 彼は体を思いっきり捻って遠心力を使い、瓦礫を叩き付ける。

 しかしヴィザはそれを星の杖(オルガノン)本体で斬り裂くことで防御した。そして次いでとばかりに自分に巻き付いている鎖をブレードで斬った。

 

「ほっほっほっ。なかなか面白い攻撃だ――しかし、空中なら私も気兼ねなく戦える」

 

 ここで終わらせる。

 そう判断したヴィザは星の杖(オルガノン)を使おうとし――突如尋常ではない重さに襲われる。

 

「――! こ、これは!?」

 

 ここで初めてヴィザに焦りが生まれた。

 円の軌道上を走るブレードと星の杖(オルガノン)の刀身に重しが付いていた。

 

 ――鎖と瓦礫に仕込んであったというのか!

 

 しかし問題はそこではない。

 ヴィザは一体誰の前で動きを封じられたのか。そしてその男は現在どのような状況にあるのか――。

 だが、気が付いたところでもう遅い。

 秀一は既に風刃を振り抜いている。

 ヴィザは、何とかブレードでガードしようと動かすも、横から飛んできた斬撃がそれを逸らした。

瓦礫に仕込まれた風刃の遠隔斬撃だ!

 

「――ああ」

 

 もう、彼とヴィザを阻む障害は無い。

 

「――これだから、戦いは止められない」

 

 二つの影が交差し――ヴィザのトリオン体は真っ二つに斬り裂かれる。

 

「――ヴィザ翁がやられただと!?」

 

 そして、それをエネドラは察知してしまった。――遊真の目の前で。

 

『響』印(エコー)『弾』印(バウンド)

 

 足を止めたエネドラに向かって遊真は拳を握り締めて突っ込んだ。

 

「――なめんな、玄界(ミデン)の猿がぁ!!」

 

 自分の攻撃は全て当たらず、向こうには何度も斬撃を喰らわされ続けたエネドラの苛立ちは最高潮だった。そこにヴィザがやられたことによる動揺は加わり、エネドラはついに感情を爆発させた。

 彼の感情を代弁するかのように黒いブレードが辺り一面を破壊し尽くす。

 しかし、そのブレードが遊真に届くことはなかった。

 突如地面の一本の傷跡から四つの斬撃が飛び出し、遊真に致命傷を与えるエネドラのブレードのみを斬り落とした!

 風刃による斬撃のブービートラップ。ヴィザに接敵する時に付けた物だ。

 

『強』印(ブースト)――」

(ガスブレードが……間に合わねえ!)

二重(ダブル)ッッ!!」

 

 遊真の拳は、正確にエネドラの弱点を貫き――二つ目のブラックトリガーを撃破した。

 

 

 

 

 彼はパラシュート無しのスカイダイビングを強制的に体感させられつつ、生身で自分に着いて来ている老人を見る。

 

「いやはや。此度の戦い、真に楽しかった」

 

 次は勝てる気がしないのは彼の気のせいだろうか。

 いや、おそらくその勘は間違っていないだろう。何せ、目の前の老人は負けて尚何処か余裕がある。今回勝てたのは運が良かっただけだ。

 

「謙遜なさるな。貴方はクロノスの鍵云々無しに考えても、これから強くなる。

 だからこそ、惜しい。貴方のような素晴らしい芽を摘まないといけないことに」

 

 というか、落下しながら微笑む老人というのは、いささかシュールだ。

 

「さて、敗者は潔く退くとしましょう――もし、再戦の機会があれば、その時は――」

 

 それだけ言うと、ヴィザは突如現れた(ゲート)の奥に消えた。

 ……老人という生き物は、皆ああいう生き物なのか、と己の祖父を思い出しながら彼はそう思った。

 

 地面に亀裂を作りながら降り立つと、遊真は既にエネドラを倒していた。

 

「よっ。上手くいったな」

 

 降りた……というよりも墜ちてきた彼に対して、遊真は軽くそう言った。

 どうやら彼の風刃が役に立ったらしい。戦闘体が解けたエネドラが凄い顔でこちらを睨み付けているが……まだ敵は居るのだ。

 しかし、その敵も頬に冷や汗を伝わせ、著しく戦意を喪失させているようだが。

 このまま押し込めば倒せるだろう――そう思っていた時だった。

 

『――遊真! (ゲート)が開くぞ!』

「――なに?」

 

 レプリカの言葉と共に、エネドラが付けていたマーカーが反応する。

 すると、彼の背後からラービットを連れたミラが出てきた。

 

「手酷くやられたそうね、エネドラ」

「……おせーんだよ、クソが」

「まあ、確かにそうね――もっと早くこうすれば良かったわ」

 

 そう言うと、ミラはエネドラの腕を掴み――窓の影(スピラスキア)で切断した。

 

「が……がああああああああ!?」

「ごめんなさいね。私に命じられたのは泥の王(ボルボロス)の回収……貴方はいらないわ」

「て、てめえミラ……自分が何しているのか分かって――」

「……貴方のその眼、気付いている? 角が脳まで侵食して人格にも影響が出始めているのよ? 昔の貴方だったら、もっと上手くクロノスの鍵と戦えたはずよ」

「ミラ……ミラアアアアア!!」

「本当――残念だわ、エネドラ」

 

 さようなら。

 最後にそう言って、エネドラは窓の影(スピラスピア)に串刺しにされ――。

 

「――!」

 

 ――る前に、彼がミラに斬りかかった。

 彼女はそれを門の向こうに引っ込むことで避けると、ヒュースの隣に転移した。

 

「あら? 今代のクロノスの鍵は優しいのね?」

 

 ……恐らく初めてではないのだろうか。彼が怒るのは。

 命を粗末にする彼女の行いが彼の琴線に触れたのか、または別の何かか――。

 少なくとも、彼は明確な敵意を抱いてミラを見ていた。

 

 彼は遊真にエネドラを基地に運ぶように言った。

 

「え? でもこいつ敵だぞ?」

 

 遊真の言葉に確かにそうだと答える。しかし、だからと言って見殺しにするのは違う。

 それに、ここで彼を見捨てれば――自分はこの先、大事な人を見捨てるような人間になってしまう。

 何となく、彼はそう思った。

 それを聞いた遊真はため息を吐く。

 

「……なんか、おれお前のこと勘違いしていたのかもな」

 

 どういう意味だ? と彼が聞くと、遊真は何でもないと言ってエネドラを担ぐ。

 

「で、お前はどうするの?」

 

 ――決まっている。あの女を倒す。

 彼は風刃を構えてそう言った。風刃が最後のリロードを完了し、十五の風の帯が彼の白い髪を揺らす。

 

「――どっかの誰かさんと似ているな……すぐ戻るから」

 

 それだけ言うと、遊真はその場を立ち去った。

 おそらく最速でエネドラを送り込んで、すぐさま戦場に戻るつもりなのだろう。

 しかし、彼は遊真を待つつもり等毛頭なかった。

 目の前の女は確実に倒さないといけない――この手で。

 

「――戦う前に、一つ教えてあげるわ」

「……ミラさん?」

 

 コツ……と彼女がヒュースの前に出る。

 ミラのその様子にヒュースは言いようの無い違和感を感じたのか、怪訝な表情で彼女を見た。

 

「貴方――もう終わっているのよ?」

 

 何を言っている――そう叫ぼうとした彼だったが、突如視界が赤く染まる。

 さらに足に力が入らなくなり、彼の体は地面に投げ出されてしまう。

 何が起きたのか分からない。敵の前で倒れてしまった彼は、赤く染まったミラを睨み付けながらも立ち上がろうとする。

 

「何が起きたか分からないって顔ね? 私が教えても良いんだけど――無駄なことは嫌いなのよ、私。

 ――そのまま消えなさい。クロノスの鍵。災厄を起こす前に」

 

 ――彼は死にたくないと思う前に、目の前の女の思い通りになりたくないと思った。

 ――ゆえに、無理をしてでも、あのスカした横っ面に一発叩き込みたい。

 ――そう、思ってしまった。

 

 彼の視界の半分が赤を通り過ぎて、黒に塗り潰されつつあった。

 まるで闇に飲まれるかのように、彼の意識は薄れていく。

 それでも、彼は立ち上がった。

 

「――まさか、()()()の?」

 

 彼は一歩踏み出そうとして――目の前にミラの顔があることに気が付いた。

 何故? 少なくとも十歩ほどの距離はあったはず。

 しかし、今の彼にとってはその程度のことなどどうでも良い。

 

蝶の■(ラ■ビ■ス)!」

窓■影(スピ■■キア)!」

 

 黒いトゲと磁力を持ったトリガーが襲い掛かるも――彼の視界に入った途端動きを止めた。

 いや、攻撃だけではない。彼らの体も動かなかった。どうやら声も出せないようで、表情を凍らせて固まっている。

 自分が何をしているのか。何が起きているのか。それらが全く分からず、彼は風刃を使おうとし、持っていないことに気が付いた。

 しかし、どうでも良い。倒すのなら、武器は必要無い。ただ触れるだけで人間はトリオ、ンを消■しteのみこmmmmmmmmmmm――――。

 

 

 

 

 ――そこで、彼の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 三輪は走っていた。

 本部から聞かされた情報――秀一の元に人型近界民(ネイバー)が集結しつつあるという情報を聞いた三輪は、大規模侵攻前に迅に聞かされた予知を思い出していた。

 最上秀一の死。そしてそれを回避するためには、自分は玉狛の三雲を助ける必要がある。

 正直なところ、近界民(ネイバー)を匿っていた人間など助けたくもなかった。

 迅の言う通りに動くのも嫌だった。

 だが、彼を救うためなら――そう思っていた。

 

 しかし、いざ敵が攻めてきたかと思えば、彼は最初から窮地に陥っていた。

 そして、それを救ったのはあの空閑遊真と来た。

 ――三輪は、迅の言われていたことを無視し、彼の元に走った。

 途中の新型を三体葬り、空を飛ぶイルガーを無視し、そして視た光景は――。

 

 

 

「――おい」

 

 所有者を失くし、地面に転がった風刃。

 黒い角を携えた二人の近界民(ネイバー)

 そして、彼のトリオン反応を強く示す――キューブ。

 

「――そいつを放せ、近界民(ネイバー)!!」

 

 ――激情のままに三輪は近界民(ネイバー)に突っ込んでいった。

 




次回、大規模侵攻終局


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話

「――いつも言っているだろう。無暗に前に出れば恰好の的だと。何回聞けば覚えるんだ、このバカ」

 

 それは、彼らにとっての日常だった。

 まだトリガーを使いこなせていない彼は、その日も何も考えずトリオン兵に突っ込み、それを三輪隊の面々がフォローをする。

 その時の彼はスコーピオンしかまともに使えず、シールドやグラスホッパーの存在自体を知らないほどの素人だった。サイドエフェクトがあるとはいえ、鈍い体では意識との格差でどうしても隙が生じてしまう。

 しかしそのことを本人は気付かず、自覚させるために直接言えない三輪は歯がゆく思っていた。せめて基本の動きだけはできるように、反省するように防衛任務の後は三輪隊と一緒に焼肉を食べながら指摘をしていたのだが……。

 

「わりぃ秀次! 今日オレこの後予定があったんだわ」

「俺たちもスナイパーの合同訓練がある。すまないな」

 

 予定が合わず、三輪以外の面子はそのまま去ってしまった。

 ぽつりと取り残される男二人。

 彼は反省会無しか? と内心期待するも……。

 

「……仕方ないな。俺たちだけでもやるぞ」

 

 彼の望みは叶うことなく、泡と化した。

 せめてもの救いは三輪が奢ってくれることだろうか。

 彼らは行きつけの焼肉屋に行くと、いつも食べている品の二人前を頼んで向かい会って座った。しかし、双方自分から話すタイプではないため、痛い沈黙が続いた。

 彼は、なんで自分から虎の口の中に入ったのだろうと、ほいほい着いて来た己を恨んだ。

 だが、彼の無駄なポーカーフェイスによって、彼の内心に気付いていない三輪は一つ息を吐くと。

 

「……今日は反省会は無しだ。あいつらも居ないし、そこまで酷い動きも無かったしな」

 

 それを聞いた彼は呆然と三輪を見て、ギロリと睨み返される。

 

「……なんだ?」

 

 三輪の言葉に彼は何でもない、と返した。

 つまり、今回はただの食事ということになる。

 三輪の言葉で心をズタズタにされないことが確定し、彼は少しだけ肩の力を抜いた。

 反省会で適当なことを言えば、三輪の鋭い視線が彼を射抜くのだ。常に考えないといけないこの時間は彼にとってトップ10に入る苦手な分野だ。元々復習をしない性格だから余計に。

 

 しかし、再び沈黙が訪れる。ぼっちの彼にはとうてい耐え切れない空気だ。人と共に居るのも苦手なのに。

 彼はただひたすら熱される網をジッと見る作業をしつつ、早く肉来ないかなーと待ち続けた。

 

「……聞いたぞ」

 

 そんな彼に、三輪がまたもや話しかけた。

 

「先月、トリオン兵討伐数の記録を塗り替えたそうじゃないか」

 

 言われて、そういえばそんなことを事務の人に言われたと彼は思い出した。

 どこか引き気味に報告してきたのを覚えているが、特にボーナスとか出ていたわけではなかったので忘れていた。

 彼は、三輪の言葉を肯定し、それがどうかしたか聞く。

 

「……特に何か言いたかった訳では無い。少し前に耳にして、今ふと思い出しただけだ」

 

 そう言われた彼は曖昧に返した。

 ここで追及すればどうなるかは分かっているからだ。

 そして彼は再び視線を網に戻し――次に三輪の言った言葉を聞き逃した。

 

「――■■■■■」

 

 彼の言葉に重ねるように、店員の声が店内に響いた。

 

 

 

 

 ギリッ……! と音が鳴るほど歯を噛み締め、己の中にまだ残っている冷静な部分が、自分を抑えようとする。しかし、そんなものは無駄だと言わんばかりに、彼の心の奥底からマグマのように煮え滾った強い怒りが三輪を動かした。

 

「――うおおおおおおおお!!!」

 

 握り締めた弧月を手に、ハイレインとミラに向かって愚直にも突っ込んでいく。感情に身を任せた、戦場において最も取ってはいけない悪手。かつて彼にも耳にタコができるほど戒めていたことを、三輪はしていた。

 そんな彼を冷たい目で見下し、ハイレインは卵の冠(アレクトール)の弾を背後へと向かわせる。しかし、卵の冠(アレクトール)の向かった先には激昂している三輪の背中があった。何てことは無い。ミラの窓の影(スピラスキア)の大窓が、ハイレインの背後と三輪の背後が繋がっているだけのこと。そしてハイレインは、それを通して三輪をキューブ化させようとしている。ただそれだけのこと。しかしその効果は初見の者をほぼ確実に葬ることができる必殺のコンビネーション。現に、三輪は全く気が付いておらず、このまま行けば三輪がハイレインたちに斬りかかる前に、卵の冠(アレクトール)の弾丸が三輪をキューブ化させるだろう。

 

「――エスクード」

 

 しかし、それをさせないためにこの場に駆け付けた者が居た。

 その男は、突っ込もうとしていた三輪の前と後ろにエスクードを展開し、彼の特攻と敵の不意打ちを防いだ。

 足を止められた三輪と己の攻撃を止められたハイレインは、エスクードから伸びているトリオンの光を辿ってその男を視認した。

 

「迅……!」

 

 三輪が迅の名を怒りを含んだ声で言葉にするも、肝心の男はジッとハイレイン……いや、彼の手元にあるキューブ化した秀一を見ていた。

 

「援軍か……?」

「そのようです」

 

 迅を警戒しつつ、ミラはハイレインの言葉にそう返した。

 あの技を初見で防ぐ者は居ない、そう思っていた彼女は迅という男の得体の知れなさを感じ取っていた。ここで不用心にも撤退行動を取れば何をされるのか分からない……いつでも窓の影(スピラスキア)を展開できるようにしつつ、彼女は迅から目を放さなかった。

 

「どのツラ下げて此処に来た……迅!」

「……」

「貴様のせいで、秀一は……秀一は――!」

「――頭を冷やせ、冷静になるんだ」

 

 激昂している三輪の元に歩きながらも、迅はハイレインから視線を外さなかった。

 

「貴様がそれを言うのか!?」

「――あいつは、死んでいない。助けることができる」

「まだ言うのか!?」

 

 ガッと三輪は迅の襟元を掴み取った。

 それを隙だと断じたのか、ミラが窓の影(スピラスキア)にトリオンを送ろうとするが、それをハイレインが制した。無暗に動くのは危険だと。現に、迅は

 

「そうやっていつも『おれのサイドエフェクトがそう言っている』と宣い、既に起きた過去から目を背けるのか?!」

「……」

「そもそも、何故風刃を奴に授けた!? 傍から見れば、ブラックトリガーを得たあいつは無類の強さを得たように見える――だが、違う!

 緊急脱出(ベイルアウト)機能をできず、撤退が出来ない! いたずらに敵の目を集めて、過剰な戦力を引き付ける!

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 ――三人の近界民(ネイバー)が秀一の元に集ったと聞いた時、三輪は不安を覚えた。

 ――トリオン兵が次々と駆逐されている状況を聞いた時、三輪は違和感を覚えた。

 ――秀一の元に、空閑が援軍に向かったと聞いた時、三輪は全てを理解した。

 

 だからこそ、キューブ化されて捕らえられた秀一を見た三輪は――許せなかった。

 

「――それは、違うぞ。秀次」

 

 ――だが、次に放たれた迅の言葉は……三輪にとって予想外の物だった。

 いや、確かに彼の否定の言葉は予想外だったのだろう……しかし、放たれた彼の声が――あまりにも弱々しく、思わず振り返ってしまうほどで――()()を見た三輪は目を見開いた。

 

「違うんだ……秀次……」

「……迅……?」

 

 ――涙は流れていない。

 ――しかし、迅は泣いていた。

 ――顔をくしゃくしゃにして、胸の痛みを必死に耐えながら、それでも秀一を救うために、連れ出されないために、敵をジッと見据えていた。

 

「おれが見た未来は、確かに酷いものだった。秀一が殺される未来を何度も見た。

ブラックトリガー化する未来。緊急脱出(ベイルアウト)して、基地で殺される未来。

でも、あいつはおれの知らない未来を突き進んで、最高に近い未来を呼び寄せている――自分が捕まりながらも……!」

「……」

「おれがやったことは、全て裏目に出た。出来たことと言えば、風刃を――最上さんを返したくらいだ。

 たったそれだけなのに、あいつは……あいつは……!」

 

 あり得ない光景だった。あり得ない言葉だった。

 迅は後悔していた。最高の未来が来ているのに。

 迅は失敗していた。最悪の未来が遠ざかっていたのに。

 何が起きたのか分からなかった。しかし、いざ戦闘が起きると、それまで見えていた秀一以外の未来が変わり、秀一の未来は変わらないままだった。

 

 それを知った時、迅は彼を助けようと走っていた。

 

「あいつは、おれの予想外のことをしてくれた。だからこそ、助けたい。絶対に。

 だからどうか、手を貸してくれ――秀次!」

「――貴様の泣き言なんぞ、聞きたくも無い。だが――」

 

 チャキ、と弧月を握り、丁度足元にあった風刃を拾って迅に投げ渡すと、三輪は強く言い放った。

 

「お前が手を貸せ――迅!」

 

 風の刃が――再び戦場に舞い戻った。

 

 

 

 

(――なるほど、そういうことか)

 

 あることを確認するために黙って迅たちのやり取りを見ていたハイレインは、ミラに確認を取った。

 

「ミラ、ヴィザとランバネインは?」

「双方無事に遠征艇に帰還しています。いつでも撤退できますが――」

 

 ミラはそう言って、キューブ化したヒュースを足でコツンと蹴りどかした。

 抵抗する前に無力化した彼は、現在起きている状況を知る由もないだろう。

 そして彼女はすでにヒュースのことなど頭に無く、ハイレインが持っている秀一のことが気になっていた。ハイレインは確実に始末するために、このまま連れて帰るつもりのようだが……()()()彼を見た彼女にとって、それはアフトクラトルを危険にする愚かな行為にしか思えなかった。

 ゆえに、目の前の迅たちに返して、このまま帰ることを進言する。しかし、その提案をハイレインは聞き入れなかった。

 

「こいつは、餌だ」

「……餌、ですか?」

「ああ――優秀な駒を得るための、な」

 

 元々失敗することを前提にして、今回の任務に赴いたハイレイン。

 雛鳥を捕らえることができなかったが、彼はそれでも構わないと思っていた。

 代わりはいくらでも居るのだから。

 しかし、それでも何の成果も無しというのも味気ない。ゆえに――。

 

「――なるほど、そういうことですか」

「――ああ。三分で片付けるぞ」

 

 ――戦闘開始だ。

 

 

 

 

 ――おれたちが取り返せば、秀一の未来は拓き。

 ――おれたちが取り返せなかったら、秀一の未来は無い。

――おそらくこの戦いはすぐに終わる。いかにこちらの手が相手に通るかが未来の分岐点だ。

 

 事前にそう言われた三輪は、短期決戦で決めようと距離を詰める。

思惑は違うが、この戦いを速く終わらせようとしたハイレインもまた、卵の冠(アレクトール)を弾の出力を最大にする。

正面、左右のみならず、ミラの窓の影(スピラスキア)で迅たちの背後から大量の魚を模した弾丸が放たれた。

 

(こいつの弾は――)

 

三輪は卵の冠(アレクトール)の情報を既に得ている。東曰く、ハイレインの卵の冠(アレクトール)はトリオンをキューブ化させる力がある。そこに密度は関係なく、二部隊総出で張った広範囲のシールドがキューブにされたと聞いた。

そこで三輪は、シールドを細かく分割させ、大量に展開した。

 

 それを見たハイレインは内心で舌打ちをする。

 

「すでに卵の冠(アレクトール)の情報が漏れているのか……!」

 

 加えて、迅には未来視のサイドエフェクトがある。

 彼の目にかかればどのような攻撃が来るのか、手に取るように分かる。

 迅は、風刃の遠隔斬撃を用いて卵の冠(アレクトール)の弾を防いだ。そして空いた隙間に体を潜り込ませて卵の冠(アレクトール)の包囲網から脱出する。

 

「――ここ!」

 

さらに牽制としてハイレインに風刃を放つ。それを防ごうとしたハイレインは、ミツバチ状の弾丸を斬撃と己の体の間に潜り込ませ――三輪の放った鉛弾(レッドバレット)に撃ち抜かれた。

 

「――っ、重し!?」

 

 シールドトリガーに干渉しない三輪の鉛弾(レッドバレット)は、()()()()()()に効果を発揮する卵の冠(アレクトール)にも干渉しない。

 ここに来る途中、東からの推測を聞いていた三輪はそれを実行し――見事的中した。

 

 動きの鈍ったハイレインの手元……秀一を救うために、三輪は卵の冠(アレクトール)の弾丸を掻い潜って下から上へと弧月を振り抜いた。

 

「――っちィ!」

 

 しかし、空間から飛び出したミラの小窓が三輪の腕を貫く。あと一歩というところで三輪の弧月は止まり、ハイレインの卵の冠(アレクトール)が喰らい付く。

 そしてそのまま卵の冠(アレクトール)が三輪をキューブにしようと襲い掛かるも――。

 

『秀次、そのままツッコめ!』

「っ!」

 

 迅の風刃による遠隔斬撃が、その刃を犠牲にしつつも三輪を守った。

 三輪はアステロイドを放とうとトリガーをハイレインに向けるも――。

 

「隊長!」

 

 ミラの大窓が発動し、ハイレインの身を包み込む。

 アステロイドはハイレインを穿つことなく通り過ぎ、大窓で風穴を空けられることを防いだハイレインは……。

 

「――はい、予測確定」

 

 ――迅の風刃によって足を斬られてしまう。

 未来視で己の背後に転移することが分かっていた迅は、予め風刃による罠を仕込ませていたのだ。

しかし、迅は直接ハイレインを見ることなく、三輪の近くに居るミラに向かって風刃を振り抜き。

そして三輪は、己のすぐ傍に居るミラを無視し、バイパーをハイレインが通った大窓に向かって放った。

 

『――当たれ!』

 

 奇しくも、三輪と迅の言葉が重なり、その通りとなった。

 風刃の斬撃に反応できずミラは腕を斬られ、ハイレインは足を斬られたうえに腕を撃ち抜かれた。

 

「――迅!」

「――ああ!」

 

 空中に放り出された秀一のキューブを、掴もうと迅が振り返って手を伸ばす。

 それを見たミラとハイレインがそれぞれのブラックトリガーの力を、迅に向けて放つ。

 ミラは足を狙い、ハイレインは体全体を。

 ――それすらも、迅は未来視で見ていた。

 

「――トリガー、オフ!」

 

 迅は最後の一手を打った。

 換装体を解除したことによって、ミラの小窓が迅の足に突き刺さり、ハイレインの弾は迅に触れると同時に消滅した。

 ハイレインとミラは、迅の行った行動に驚きを隠せず動きを止めてしまった。

 ゆえに、迅が秀一をキャッチする様を見せつけられ――ミラの大窓を通った三輪が迅を抱えて距離を取るのを見逃してしまった。

 

 ――二人は、無事秀一を救うことに成功した。

 

 

 

「ぐっ……トリガー、起動(オン)

 

 足の痛みに耐えながら、迅は風刃とは別のノーマルトリガーを起動した。

 エスクードの使えるこちらの方が、ハイレインの攻撃を防げると判断したからだ。

 しかし生身に怪我を負ったせいか、彼の表情は苦痛に染まっている。

 三輪は、迅の前に立つと引き締めるように弧月を構えた。

 ハイレインとミラの目つきが明らかに変わったからだ。

 

「……換装体を解いたのは失敗だったな、玄界(ミデン)の兵士よ」

「へへ……秀一を助けるには、これが最も可能性が高かったからね」

「悪足掻きだわ。そんな足で逃げ切れると思っているの?」

 

 不敵な笑みを浮かべる迅に向かって、ミラは冷ややかな視線を送る。

 どうやら、ハイレインの腕を斬られ、秀一を奪還されたことが癇に障ったようだ。

 

「逃げる……? フザケタことを言うなよ近界民(ネイバー)

 

 しかしそれ以上に、三輪はミラの発言にイラついた。

 

「貴様たちは今此処で始末してやる……!」

「ふん……なら――」

「お前は此処で終わりだ――重しの男」

 

 そう言うと、ハイレインは再び卵の冠(アレクトール)の弾丸を大量に展開した。

 いくら対策をされようとも、そう何度も同じ手で防げる量ではない。

 戦略をひっくり返す。それがブラックトリガー。

 ミラと共に卵の冠(アレクトール)の包囲網が作られ、迅はエスクードを、三輪はシールドを展開し――。

 

「――アステロイド!」

「――アステロイド!」

 

 しかし、彼らのシールドトリガーに触れる前に、卵の冠(アレクトール)は突如上空から降り注いだ大量の弾丸によって阻まれた。

 

「これは……」

「……やっと来てくれたか――皆」

 

 戸惑う三輪を置いて、迅は安堵の息を漏らす。

 おそらく彼には見えていたのだろう――心強い味方が、この場に来ることを。

 

「――遅くなったな、迅!」

「嵐山隊!?」

 

 迅たちの援軍に駆け付けたのは、嵐山隊だった。

 それぞれ銃型トリガーを展開し、卵の冠(アレクトール)を押し返していくその様は頼もしいの一言。

 そして、援軍は彼らだけではない。

 

「――レーダーに反応あり。隊長、警戒を!」

「――!」

 

 ハイレインが卵の冠(アレクトール)の弾丸で身を隠すのと、三つの弾丸が襲い掛かったのは全く同時だった。

 

「うわ、外しちまったぜおい!」

「キューブにするブラックトリガー……!」

「……次は隙間を狙うか」

 

 当真、奈良坂、古寺のスナイパー組だ。それぞれ狙撃ポイントに到着した彼らは、スコープ越しに敵を見据えて次々と弾丸を撃っていく。

 嵐山隊の集中砲火に加えて、スナイパーの狙撃。ハイレインとミラはそれぞれブラックトリガーで防ぎつつ距離を取った。

 そして、迅は敵のその行動を見て笑みを深めた。

 

 ――この時、未来が確定した。

 

 

「――隊長、玄界(ミデン)の兵士が次々とこの戦場に向かっています」

 

 ミラの言うように、トリオン兵を殲滅した部隊――それも、A級の部隊が援軍に来ている。 

 出水、米屋、緑川の三人は間もなく到着。基地東部からは風間隊、太刀川、忍田本部長が。

 もし彼らが全員揃えば、いくらブラックトリガーであろうとただでは済まない。

 それを察したハイレインは――。

 

「……撤退だ。クロノスの鍵の破壊は――今回は諦めることにしよう」

「――了解。既に遠征艇の離脱の準備はできています」

 

 ミラが門を開き、二人はそこに入る。

 

「待て!」

「深追いはするな三輪! ――彼を助けることができただけでも、良いじゃないか」

「……くっ!」

 

 それを三輪が追おうとするも、深追いは禁物だと嵐山が止める。

 三輪は、嵐山の言葉に顔をしかめるも、秀一のことを言われては下手な行動はできない。

 仕方なく、トリガーを下ろした。

 

「――そこの男」

 

 立ち去る前に、ハイレインは迅を見た。

 

「せいぜい、ソレの扱いには気を付けろ――世界を壊したくなければな」

「――!?」

 

 どういう意味だ? 

ハイレインの言葉の真意を問おうとした迅だがその前に門は閉じ――空が晴れた。

 それと同時に、ハイレインを通して視た未来がぶつりと途切れ、敵が完全に撤退したことが分かった。

 

「……ふう」

「迅さん!?」

「あー、大丈夫大丈夫。疲れただけだから」

 

 バタリ、とその場に倒れた迅を緑川が心配した声で駆け寄るが、それを迅が大丈夫だと言う。

 気が抜けたのか、今までの疲労が一気に押し寄せてきた。

 そんな彼に本部から通信が入る。

 城戸司令だ。

 

『迅……』

「あ、城戸さん」

『彼は無事なのか?』

 

 彼、とは秀一のことだろう。聞かれた迅は一瞬顔を顰めるが、すぐに表情を改めると大丈夫だと言い放った。

 

「もう大丈夫。あいつが死ぬ未来は無事回避できたよ。あ、あと敵の増援はもう来ないから、東と南西に救護班を回して良いよ」

『そうか、分かった。……迅』

「ん?」

『これは、お前から見て何番目に良い未来だ?』

「二番目、だね。でも、他の人から見たら一番目なのかもしれない」

『……そうか。ご苦労。君もすぐに傷を治したまえ』

 

 それを最後に通信が途切れる。

 己の足のことがバレていたことに迅は苦笑いを浮かべ、よっと軽く声を出して立ち上がろうとし、しかしバランスを崩して倒れそうになる。

 それを緑川が慌てて受け止めようとするが、それよりも早く受け止めた者が居た。

 

「秀次……」

「……貴様には、まだ言いたいことが山ほどある。これからたっぷりと聞いてもらうから覚悟しろ」

「はは……お手柔らかに頼むよ」

 

 ――迅は、笑みを浮かべてそう言った。

 

 

 

 

 民間人――死者0名。重傷12名。軽傷32名。

 ボーダー――死者0名。軽傷1名。意識不明1名。

 近界民(ネイバー)――捕虜2名。

 

 対近界民(ネイバー)大規模侵攻。

 三門市防衛戦――終結。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話

 

『――よって、我々ボーダーはこれからも近界民(ネイバー)と戦っていくわけでして……』

 

「じゃあ、最上はまだ……」

「うん。まだ目を覚ましていない」

 

 現在放送されているボーダーによる記者会見をBGMに、修は宇佐美の用意したどら焼きをパクリと口に含んでその味を堪能する。目の前に座っている遊真ももきゅもきゅと頬張り、修の質問に答えた。

 

――第二次近界民(ネイバー)大規模侵攻から一週間経った。

 民間人に多少の被害が及んだものの、ボーダーの迅速な対応が功を奏して死者が出ることはなかった。

 迅曰く、秀一が敵を引き付けたことで他の戦場が楽になり、その分被害が減ったらしい。その時の彼の表情が気になった修だったが、遊真がそっとしておこうと彼を止めた。

 サイドエフェクトを持つ者同士、苦労が分かるのだろう。彼の言葉には何処か有無を言わさない力強さがあった。

 

「それにしても、こんだけの強敵を相手に被害0っていうのも驚きだな」

「あ、やっぱり空閑から見ても凄いのか?」

「敵の注意がシュウイチに集中していたと言ってもな。はっきり言って奇跡みたいなものだ」

 

 加えて、ボーダーのトリガーに備わっている緊急脱出(ベイルアウト)機能の存在もまた、被害0という結果に大きく貢献しているだろう。

 負けても死なず、それどころかその後も共に戦うことができるというのは――彼が今まで旅をしてきた近界(ネイバーフット)には無かった利点だ。

 

「でも正規のトリガーだけっていうのが問題だな」

「それは仕方ない。宇佐美先輩が言うには資金も人材も足りないらしい」

「それはそうだけど、次に攻められた時にまた狙われたら……」

 

 その時は被害が出るのかもしれない。

 何故なら、近界民(ネイバー)は訓練生のトリガーに緊急脱出(ベイルアウト)機能が無いことを知っていたからだ。マスコミにはまだ悟られていない情報だが、このことが知られるとアンチボーダーのメディアが湧いて出てくるだろう。

 現に、餌を求めて警戒区域に入った記者が居た。その者は現在入院している。

 そして、その時にスケープゴートされるのは修だ。

 何故なら、彼が訓練生用トリガーを使用した情報は既に漏れているからだ。

 それでも、彼は自分の行いに後悔をしないし、同じような状況になれば迷わず同じ行動を取るだろう。

 

「……次は絶対千佳が狙われるな」

「まあ、そうさせないためにおれと迅さんのポイントを移したわけだけど」

「鬼怒田さんには色々とお世話になったな……」

 

 そして、その時に真っ先に狙われるのは膨大なトリオンを持っている千佳だろう。

 今回の大規模侵攻でも彼女は一時狙われており、トリガーも訓練生用だったために、よくよく考えればかなり危険な状況だった。

 そんな彼女を守るために、特級戦功を上げた遊真と迅はそのポイントを全て千佳に移してB級に昇進させた。上層部と意見が一致したのもでかいだろう。

 

「鬼怒田さんと言えば、エネドラはまだ寝ているのか?」

「うん。昨日シオリちゃんのやしゃまるシリーズと遊んで疲れたって」

(あれは遊んだっていうよりもイジメられていたような……)

 

 先日の戦いで捕虜となったエネドラだが、程なくして命を落とした。

 どうやら脳まで根を張っていたトリガー(ホーン)が原因のようで、元々寿命が残り僅かだった。そしてそんな彼を救う技術は、今のボーダーには無かった。

 しかし、人格をラッドに移し替えることは可能だったようで、エネドラは現在黒いラッドとなって玉狛支部に居る。

 

「お、二人とも居た」

「宇佐美先輩?」

 

 どら焼きを食べつつ雑談をしていた彼らの元に、宇佐美が現れた。

 どうやら修と遊真を探していたようで、何やら慌てていた。

 何かあったのだろうか、と疑問を抱く彼らに彼女は息を整えて伝えた。

 

「最上くん、意識を取り戻したって!」

 

 

 

 

――秀一。

 

 彼は夢を見ていた。

 しかし、可笑しなことに今映っている風景に見覚えは無い。

 

 ――秀一、お前は■■になれ。

 

 夢だからか、ぼんやりとしている。何処かの家だということは分かるのだが、それが何処なのかが分からない。

 分からないことはそれだけではない。

幼い自分と共に居る一人の男。

彼は、一体何者なのだろうか。

彼は、目を凝らしてその男の顔を見るが、まるで墨で塗りたくられたかのように黒く染まっており、その人が誰なのか分からない。

しかし、それと同時に彼は妙な懐かしさを覚えていた。

 

 夢の中の男は、幼い彼の肩を強く掴むと、語気を強くして言い聞かせた。

 

 ――お前は、■■にならなくちゃならないんだ!

 

 同じことを繰り返す男。

その男は狂ったように幼い彼に、それも洗脳するかのように■■になれと言い続ける。しかし肝心なところが聞き取れない彼はそのまま――。

 

 

 

 

 ふと、彼はパチリと目を覚ました。

 彼の視界には白い天井が広がっており、しかし何処か嗅ぎ慣れた匂いに気付いた。

その嗅ぎ慣れた匂いとは医務室に置いてある薬品特有のもの。そして自分に掛かっている白い布団……。

このことから彼は自分が医務室に運ばれたのだと推測した。

 彼はため息を吐いて、少し頭を働かせる。

 すると頭に鋭い痛みが走り、思っていたよりも自分は疲れているのだと分かった。

 しかしおかげで最も新しい記憶……つまり気絶する前の記憶を思い出すことができた。

 そこから推測するに、どうやら彼は強敵との連戦で疲労し、背後からの攻撃に見事やられたようだ。 

三輪から常日頃言われている弱点だが、どうやら未だに克服できていないようである。これは後で説教かな? と彼が慄いているとガラリと扉が開いた。

 

「お? 目覚ましたか最上」

 

 医務室に入って来たのはなんと太刀川だった。

 彼は純粋に驚いた。彼から見た太刀川はランク戦と餅が大好きな男。

 それ以外は全然ダメで、月見曰く才能のあるダメ男。

 そんな彼が自分の見舞いに来たことに、彼は心底驚いた。

 

「え!? マジですか太刀川さん!」

「ほ、本当だ……最上くんが生きてる……!」

 

 と思っていたらさらに客人が増えた。

 太刀川隊の出水と唯我だ。

 出水は彼のことを驚いた眼で見ると、すぐさま携帯を取り出し、そこで此処が病院だと気付くと外に飛び出して行った。

 Uターンしていった出水とは反対に、唯我は腕で目元をゴシゴシと拭うと彼の近くに寄った。

 

「全く、先輩のボクを心配させるんじゃないよ!」

 

 そして開口一番に彼を叱った。

 手に持った高級そうな果物を机に置くと、唯我はいかに自分が彼に対して心を砕いて身を案じていたかを細かく説明した。

 

「君が目覚めないと聞いて、ボクは本当に心配したさ。確かに君はボクよりも強い……いや、同じくらい……ボクに追いつく力を持っているけど! 無茶だけはしてはいけない! 己の体のケアをし、常に万全の状態を維持するのが一流なのさ!」

「半人前のお前が言っても説得力ないぞ、唯我」

「太刀川さんヒドイ! ってなに食べているんですかー?」

「バナナ」

「いや、そういう意味じゃなくて!」

 

 いつも通りのやりとりに彼は思わず笑ってしまった。

 どういうわけか、目の前の光景を見ていると妙な懐かしさを覚えてしまう。

 しかしそれも当然のことで、彼が気を失ってから一週間経っているらしい。

 

 彼は唯我たちにお礼を言い、自分も果物を口に入れた。

 常日頃から高級フレンチを食している唯我は舌が肥えており、そんな彼が持ってきた果物は美味しかった。

 でもそれは彼の物なので、太刀川さんはそろそろ遠慮した方が良い。

 彼に気遣ってこのような態度を取っているのかもしれないが、今回はいささかタイミングが悪かったようだ。

 出水が出て行く際にこの部屋の扉は開けられたままだった。ゆえに、その男が此処に着いたことに太刀川は気付かなかった。

 

「――何をしている太刀川?」

「!? むぐっ、ぐほっ! ごほ!?」

 

 太刀川の背後から冷たい声を出したのは風間であった。

 突如背後からかけられたその言葉に太刀川は咽て、喉にバナナを詰まらせる。

 そのあまりにも滑稽な姿に彼と唯我は微妙な表情を浮かべ、風間と共にやって来た菊地原は。

 

「病院来て入院沙汰起こさないでくださいよ?」

「……」

 

 いつも菊地原の発言を諫める歌川も、今回ばかりは彼と同意見なのか黙ったままだ。

 未だに咽る太刀川の襟元を風間は掴み、そのまま体重をかけて太刀川を引っ張った。

 

「ちょ、かさ、まさ、し、ぬ……」

「少しこいつを借りるぞ唯我」

「は、はい!」

 

 首が締まってさらに顔を青くさせる太刀川は、そのまま彼の視界から消えていった。

 しかし割とよく見る光景なので、彼は視線を風間隊の二人に向ける。

 

「息災で何よりだ、最上」

「まあ、ボクは元々殺しても死ぬようなタマじゃないと思ってたけどね」

「菊地原」

「はいはい……」

 

 備えられている椅子にそれぞれ座る歌川と菊地原。

 そして他のA級隊員が来たことで、肩身の狭い思いをする唯我。

 そんな彼をよそに、菊地原が口を開く。

 

「でも、実際良く生きていたよね。正直なところ死んだかと思っていた」

 

 何とも酷い言いようである。

 しかし彼は反論できなかった。

 相手は彼よりも格上で、複数人を相手に連戦をしたのだ。戦っている最中はそこまで考えていなかったが、こうして冷静に思い返してみれば自分の行いは無謀の一言に尽きる。

 彼は、菊地原の言葉に同意し、今後は気を付けると言った。

 

「……いや、分かっていないね。やっぱり君は個人(ソロ)で居るよりも誰かと居た方が良いよ。命がいくつ有っても足りないよ」

 

 上層部に言って何処かのチームに入れてもらえば?

 そう言い放った菊地原の言葉に、彼は曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。

 ぼっちにそんな行動力を求められても困るだけである。

 

 そんな風に菊地原や歌川と話していると、二人とも立ち上がった。

 どうやら病み上がりの彼を気遣って帰るらしい。

 本当は風間もちゃんとした見舞いをしたかったかもしれないが……彼は今折檻中である。

 挨拶もそこそこに彼らは部屋から出て行った。

 それを見送ると、彼は唯我を見た。

 

「……ボクもそろそろお暇させてもらおう。早く体を治したまえよ? 最上くん」

 

 そう言って前髪を掻き上げる唯我。

 しかし先ほどの借りてきた猫状態の唯我を見てしまった彼は、苦笑いをするしかなかった。

 アディオス!と唯我は指を立ててそう言うと、部屋を出て行った。

 

 一気に人が居なくなり、静寂が彼を包み込んだ。

 まあ、慣れている状況だ。

 というか、目を覚ましたのだから医師に伝えた方が良いのだろうか?

 そう思って彼が布団から出ようとすると、再び扉が開いた。

 

「あれ? 唯我と太刀川さんが居ねえな」

「最上先輩! 無事だったんですね!」

「……はあ、やっと起きたか」

 

 次に現れたのは出水、米屋、緑川のいつもの三ばk……三人だった。

 おそらく出水が携帯で呼んだのだろう。そして二人は急いで走って来た。

 何処となく汗をかいており、彼に近づいた米屋はいつもよりも目つきが鋭く……?

 

「心配かけやがって、この野郎!」

 

 そのまま彼にアイアンクローをかました。

 突然の奇行に緑川と出水が驚き、急いで止めようとするが……しかし次の米屋の行動で止めた。

 米屋の手が彼の頭に添えられており、米屋はニカッと笑みを浮かべていた。

 

「――本当に、心配かけやがって」

「よねやん先輩……」

 

 どうやら彼が思っていたよりも周りに心配をかけていたようで、彼はそのことが不謹慎にも嬉しく思ってしまった。

 というかこれは卑怯だろう。ぼっちにこれは効く。

 彼はうるっと来た目を隠すために顔を俯かせ、それに気づいた出水が茶化そうとして緑川に沈められた。

 

 

 

 その後、出水の連絡で次々とボーダー関係者が彼の元に集った。

 諏訪隊の面々は彼の無茶に心配し、諏訪など少し説教をしたくらいだった。

 そしてそれを嵐山隊や荒船隊が宥め、しかし彼には己に対する正しい認識が必要だと太刀川を置いて来て少しだけ顔を見せに来た風間が言う。

 風間の言葉に皆共感したのか、遅れてやって来た奈良坂と古寺は三輪に報告だと冗談交じりに言った。彼にとっては冗談でも勘弁して欲しいようだが。

 

「さて、そろそろ俺たちも帰ろう。あまり彼に無理をさせてはいけない」

 

 いつの間にか時間が結構経ち、お昼時になった。

 嵐山たちもまた、病み上がりの彼を気遣って見舞いを切り上げていく。

 彼は見送りながら、胸がいっぱいだった。

 こうしてたくさんの人に気にかけられるのは慣れていないが……実際に受けてみると視界が少し滲む。

 ……多分、初めてなのかもしれない。ボーダーに入って良かったと思ったのは。

 

 彼は早く治そうと布団を被り、寝ようとする。

 

 

 

 

 ――コンコン。

 

 

 

 

 しかし、それを阻むようにノック音が響いた。

 また誰かがお見舞いに来たのだろうか。彼は声を上げて入室を促すと、二人の少年が入って来た。

 

「最上……無事で何よりだ」

 

 一人は眼鏡をかけた黒い髪の少年。

 

「いやー、英雄のお目覚めって奴ですな」

 

 そしてもう一人はいやに背が低く、白い髪の少年。

 

 彼らは柔らかい笑みを浮かべて、言葉は違うが彼が無事に目を覚ましたことを喜んでいた。それと同時に彼に対して感謝しているのだろう。もし彼が居なかったら、狙われていたのは彼らと同じ隊の少女だったのだから。

 そんな彼らの好意的な感情にそこまで疎くない。しかし、だからこそ彼は申し訳なく思う。

 彼は、言った――。

 

 

 

 どちらさまですか? ……っと。

 

 

 

「――え?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話

 

「サイドエフェクトとトリオン体の大きな変化が原因……?」

「はい、そうです」

 

 ――トリオン体は、冷や汗や鳥肌、涙など生身で起きることをほとんど再現でき、逆のことをも可能だ。

 例えば、恐怖心や緊張を取り除いたり、身長や体格を大きく変えることができ、このように生身の体を再現するのではなく、己の理想の体を構築することができる。

 B級隊員の那須玲はそれにあたり、病弱な彼女はトリオン体になることで人並みに動き、戦場では元気に跳び回っている。

 しかし、生身から大きく外れた変化は使用者に害を及ぼす。

 逸脱したトリオン体と生身の変化は、使用者に強烈な違和感を与え、戦闘に支障をきたす。実際、過去に行われた実験では、ランク戦や成績が著しく落ちていった。

 これらのことから、トリオン体を大きく弄る者は皆無だ。

 

 そして今回の件――最上秀一の記憶喪失は、この生身とトリオン体の大きな差によって生まれた事故だ。

 彼は大規模侵攻の際に一つの壁を超えた。

 サイドエフェクトとトリオン体の双方が世界の速さを置き去りにし、己の時間を得て無類の強さを発揮していた。

 

 だが、彼の生身は別の話だ。

 

 普通の人間は音速に迫る速度で走ることができない。

 しかし彼のトリオン体はそれを可能にし、結果彼の体とズレが起きた。

 本来なら、危険信号として違和感を感じるはずだが、彼のサイドエフェクトによってそれが誤魔化されてしまった。

 それに気づかず彼は戦い続けて、彼の脳は度重なる膨大な時間のズレによって処理落ちし――数ヶ月分の記憶を失った。

 

「診断した結果、彼が覚えているのは八月の初期……しかし、これでもまだ軽いと私は思います。下手をしたら記憶どころか人格を失う危険性だってあった」

「――あいつの……秀一の記憶は……戻らないんですか?」

 

 話を聞いていた男――三輪は、震える声で医師に聞いた。

 その問いに対して医師は……ただ残念そうに首を横に振った。

 

 

 ――彼が記憶を取り戻す可能性は……ほとんど無い。

 

 

 

 

「――この未来は、視えていたのか? 迅」

 

 秀一が入院している病院の屋上にて、三輪は隣に立つ迅に向かって、街を眺めながらそう問いかけた。

 三輪と同じように街を見ながら、迅は答える。

 

「……おぼろげに視えていた」

「……」

「秀一に後遺症があるという未来が視えて、でも具体的な物は分からず……」

 

 結果は言うまでもない。

 秀一の記憶は夏休みまで逆行し、遊真の存在は彼の中から消えた。

 太刀川たちから届いた連絡から安心していた迅は、そのことを聞いて――酷く後悔した。

 何故この未来を視ることができなかったのだと。

 何故彼を救うことができなかったのだと。

 迅は今でも思い出す。何でもないように装いながらも、ショックを受けていた遊真。そして、記憶を無くしていると言われて戸惑っている秀一。

 

 失ったものは大きかった。

 

「――おれさ、秀一のことを『最上』って呼ぶのが怖かったんだ」

「……」

「今まで自分でも気付いていなかったけど、おれはあいつを救えなかった師の息子だと認めるのを恐れていた。

 もし呼んだら、おれは死んだ師の息子としか見れなくなって、あいつを傷つけていたんだと思う。

 秀一を最上さんに勝手に重ねて、勝手に期待して、勝手に未来を視て――」

 

 それを横で聞いていた三輪は、ただ静かに聞いていた。

 普段は決して弱音を吐かない男の言葉を。

 

「だから、おれは『秀一』って呼んであいつを個人として見て、師の息子じゃなくて仲間だと思おうとしていた。でも、あいつが記憶を失ったって聞いて……救うことができなかったと気付いたら――おれは、あの時を思い出した」

 

 最上宗一を救えなかった時、彼は決して訪れない未来を視た。

 師が己の息子と向き合って、親子で居られた未来を。

 

 最上秀一を救えなかった時、彼は決して訪れない未来を視た。

 彼が友と共にランク戦に挑み、チームで居られた未来を。

 

「……人は、未来を変えることなんてできないのかもな」

 

 三輪は、おそらく初めて迅のサイドエフェクトの弊害の辛さを思い知った。

 未来は視ることはできる。しかし、変えることができるかは分からない。

 そんな未来を迅は無数に視て、変えられたかもしれない未来を視て、そして決して変えることができない未来に心を砕かれて――。

 

(――そういえば)

 

 彼は絶望したのだろうか。

 

(こいつ、あの時――)

 

 彼は涙を流したのだろうか。

 

(――俺を見て、泣いていた)

 

 ――彼は挫けなかったのだろうか。

 

 

 

 

 彼は混乱していた。

 医務室かと思ってみれば病院だった。

 というかタイムスリップしていた。

 

 彼の記憶では今日は八月十二日のはずだが、実際は一月二十日らしい。

 まるで浦島太郎のような気持ちになり、彼は思わず呆然と外の景色を眺める。

 ……彼は数時間前まで此処に居た二人の少年のことを思い出す。

 どうやら記憶を失う前に彼と何かしらの縁があり、しかし自分はそれを忘れてしまった。

 ゆえに、思わず口に出してしまったあの言葉に後悔する。

 もしかしたら友達になれたのかもしれないのに、しかしあの時のように失敗してしまった。

 

 ――どうか思い出してくれ、最上!

 

 メガネの少年――確か修と言ったか――は彼に懇願していた。

 戸惑う彼の肩を強く掴み、さまざまなことを語った。

 しかしそのどれもが彼にとって身に覚えのないことで、それどころか全く別の他人のことを自分と重ねられた――そのように思えてしまった。

 だがそれも無理のないことだ。彼は覚えていないのだから。

 

 結局彼が精密検査を受けることで、二人の少年との面談はそのまま終えてしまった。

 空閑という少年もよほどショックだったのか、終始無言であった。

 

 彼は思わずため息を吐いてしまった。

 ぼっちの彼に人間関係のごたごたは荷が重く、記憶を失う前の自分を恨んだ。

 何記憶を失うような無茶をしているんだ、と。

 そんなの、自分のキャラじゃないだろう。

 金目当てにボーダーに入り、ぼっちを嘆きつつも己を変えようとしない、そんなロクデナシのはずだ。

 少なくとも、医師から聞かされたような英雄(ヒーロー)なんかじゃない筈だ。

 

 ――彼は、今の自分が酷く惨めに思えた。

 

 彼は、ボーダーが情報提供して送った映像を見せられた。

 何でも、根付がボーダーのイメージアップを図るために所々修正された物で、大量の近界民(ネイバー)を相手に戦うボーダー隊員の中には、彼が知らない自分が映っていた。

 

 鎧袖一触と言わんばかりにトリオン兵を蹴散らし、上層部から一つの地区を任せられるほど信頼され、その眼に宿る光は彼には無いもので――。

 

「……」

 

 思い返してみれば、あの人たちが訓練のことに対して褒めるのもおかしい話だ。

 自分を呼ぶ時も苗字ではなく名前で、妙に親しげであった。彼はそれを喜んでいたが……。

 あれは、彼ではなく未来の自分に当てたものだったのだ。

 英雄(ヒーロー)である自分に向けての……。

 

 彼はボーダーから支給されている端末を操作し、己の情報を見る。

 

 弧月 9871

 バイパー 9101

 スコーピオン 13241

 

 昨日――周りからすれば随分と昔のことだろうが――太刀川たちに減らされたはずのポイントはぐんと伸び、しかしそれを自分の力だと思えるほど彼は馬鹿では無かった。

 

 

 彼は端末を勢いよく壁へとブン投げた。

 

 

 ガシャンッと大きな音が鳴るが、それ以上の雑音が彼を苦しめていた。

 

 知らない自分が居る。

 知らない自分が彼の世界を壊している。

 知らない自分が――そもそも、彼は本当に自分なのか?

 

 頭がどうにかなりそうだった。

 考えたくなかった。

 ――逃げ出したかった。

 

 自分は……彼は……秀一は――。

 

「起きたか、最上」

 

 彼の耳に一人の男の声が響いた。

 彼は抱えていた頭を上げて現れた男の名を呼んだ。

 

 ――三輪先輩、と。

 

 

 

 

 ――秀一が苦しんでいることは、病室の外に居た三輪に現実を突き付けられた。

 迅から予め未来のことを聞かされ、しかしそれを防ごうとした彼は――失敗した。

 秀一は生きている。しかし、八月から今まで生きていた彼は死んでしまった。

 もう医師から記憶が戻らないと聞かされて、どうしようもなく自分のことが憎く、辛く、悲しかった。

 

(ああ……あいつはこんな苦しみをいつも)

 

 この場に居ない男を思い浮かべて、三輪は一度目を閉じて――次の瞬間にはいつもの彼に戻っていた。

 

 彼はいつも浮かべている仏頂面で秀一の寝ているベットの脇にある椅子に座ると、壊れた端末をチラリと見る。

 

「……物を壊すな馬鹿が」

 

 そして後悔した。

 

(違うだろ!?)

 

 何故開口一番にこの言葉を選んだのか。

 自分がすべきなのは罵倒ではなく、目の前の後輩に対して謝ることだ。

 申し訳なさと後悔から己を偽り、取り繕っていつもの自分を彼に見せることではない。

 どうやら三輪は混乱しているようで、無表情を装いながらも頭の中で思考をグルグルと回らせていた。まるで何処かのぼっちのようだ。

 

 しかし、そんな三輪の耳に秀一の吹き出した声が聞こえた。

 三輪は思わずいつものようにギロリと睨んでしまい、秀一は慌てて彼に謝る。

 

(……なに病人を威圧しているんだ自分は)

 

 頭を上げる彼を見て己に呆れた三輪は。

 

「……あ」

 

 何故彼が笑ったのか理解した。

 ――あの時と一緒なのだ。

 三輪と秀一が初めて会った時のこと。

 その時は彼に対して特別興味もなく、ただ周りからチヤホヤされているルーキーだと思っていた時のこと。

 ある日、彼が防衛任務の際に端末を壊した時、三輪は先ほどと同じセリフを吐いた。

 何気なく吐かれた暴言だったが、今にして思えば随分と酷いものだ。

 しかし――。

 

「――覚えていたのか」

 

 彼は全てを忘れたのではない。

 確かに記憶を失ったが、それでも彼が生き続ける限り思い出を作ることは可能だ。

 

「……医師からは体には特に異常は見当たらないと聞いている。明日にでも退院できるそうだ」

 

 後悔をするのなら簡単だ。

 罪悪感を覚え、嘆くのなら誰だってできる。

 しかし、目の前の不器用な男の頭を叩き、尻を蹴り、共に未来を進むことができるのは――自分たちにしかできない。

 

「その時には、お前の言っていたA級ステーキとやらを奢ってやる――それまでしっかりと休め、馬鹿」

 

 不出来な弟分を支えることができるのは――兄貴分の仕事だから。

 

 

 

 

「どういうことだエネドラ?」

『だから言っているだろうがよ~』

 

 玉狛支部の一つの部屋。

 そこにはエネドラのトリガー(ホーン)を移植し、彼の人格と記憶を転写したラッド――通称エネドラッドが居た。

 エネドラッドは目の前の男、林藤に先ほどと同じ言葉を投げかける。

 しかし、()()を聞かされた林藤は冷静ではいられず、知らず知らずのうちに咥えていたタバコを噛み千切っていた。

 何故なら――

 

『さっさとあのクロノスの鍵を殺しておけよ――玄界(ミデン)のお猿さん?』

 

 ――かつての先輩の忘れ形見を消せと言われたのだから……。

 




次回で大規模侵攻編終了です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話

今回で大規模侵攻編終了です。
次章に入る前に書きたい番外編をいくつか書こうかと思っております。タイトルは

C級モブ日記
ボーダー隊員から見たモガミン
エピソード・オブ・レッドバレット
迅の望んだ未来

です。
反応次第では本編を優先するつもりですが、なるべく面白い話にするつもりです。
それでは、本編の方をどうぞ


 

 彼が目覚めて翌日。

 

「ほら、遠慮せず食え」

 

 無事に退院した彼は、約束通り三輪にとある店のA級ステーキセットを奢ってもらっていた。値段も肉厚もカロリーも、そんじょそこらの物とは比べ物にならない代物で、しかし店に入るのに気後れした彼が一度も食べたことのない――言わば彼の憧れ。

 それが今彼の目の前にあり、そして食べることが許されている。

 思わずこれは夢なのではないのか、と思ってしまいそうで……。

 

「――!!!」

「……そんなに美味いのか」

 

しかし、口に入れた時に感じるこの圧倒的存在感が――彼に現実だと教えてくれた。

濃厚なソースで味付けされた肉は、米などと共に食べるとより一層美味しく感じるが、これは肉だけで完成された旨みを持っていた。

むしろ米など不要。

 むしろ肉だけで良い。

 

 などと彼は乏しい語彙力でA級ステーキを頬張りながら三輪に感謝した。

 今までスーパーの惣菜やボーダーの学食でしか食事を取らない彼は、一人で外食をすることがほとんどない。しいて上げるとすれば三輪隊の面々と行う焼肉くらいだろうか。

 

(……あれほど落ち込んでいた奴がな)

 

 ここまで幸せそうな顔を見たことがない三輪は、目の前の彼に苦笑した。

 しかしそれと同時に違和感を感じていた。

 

(……ったく、無理矢理笑いやがって)

 

 ……記憶を失った人間が、好物を食べただけで気を取り戻す訳がない。

 三輪は、彼と言う男がそこまで単純だと思っていないし、だからこそあの時病室で悩んで、苦しんでいた。

 しかし目の前の彼からは全くそれらを感じられず、あの時のことを他の者に教えても笑って一蹴されるだけであろう。

 だが、三輪からすれば笑っている彼――外面上は無愛想で、雰囲気が和らいでいるくらいだが――は違和感しか感じられず、そして何故そう感じるのか、何故彼が笑っているのか何となく当たりを付けていた。

 

(俺に気を使っているのか……)

 

 できるなら、そんなことするなと怒鳴ってやりたい。

 しかし、彼は傷ついている。今はそっとしておこう。

 そこまで考えて、三輪は己に苦笑した。

 あの雨の日から近界民(ネイバー)を殺すことだけを考えていた自分が、随分と丸くなったものだと。

 

 だが……。

 悪くない――。

 

 

 

 ――しかし、現実は違った。

 

 彼はこの一時だけは、記憶を失った際の苦しみや悩みなど綺麗さっぱり忘れていた。

 普段からサイドエフェクトを使っているせいか、彼は一つのことに集中する癖がある。一度に二つ以上のことを考えるのが苦手で、子どもの頃から数分経てばケロッと機嫌を直す程度には単純だ。

 記憶を無くす前は、ある程度人と関わったり、自分を成長させる可能性のあったとある目的の存在によって改善しつつあった。

 しかし今の彼はリセットされてしまった状態で――。

 

 つまり、肉食ったら記憶喪失とかどうでも良くなった、と考える程度にはポンコツである。

 

「そう言えば、風刃を返すそうだな」

 

 そんなことなどつゆ知らず、三輪は一つの話題を彼に振った。

 それはボーダーが所持している一つのブラックトリガー――風刃のことだ。

 

 彼は目覚めて自分のランクを聞いて大いに驚き、そしてすぐに手放すことに決めた。

 S級隊員というのは、確かにA級同様固定給与もあって魅力的だが、防衛任務をぼっちで受けるのは正直なところ辛いものがある。

 記憶喪失前の彼なら問題ないレベルまでに達していたが、今の彼は違う。

 記憶と体のズレで上手く戦えず、下手をすれば敵に捕らえられる可能性がある。

 そんな状態で一人で防衛任務を受けるなど――御免こうむりたい。

 ついでに言えば、ブラックトリガーとは一人の人間が命と全トリオンを使って作り出したものだ。それを少し前――彼視点から見て――に知った彼は、幽霊か何かと同列視してしまい、少し怖がっていた。

 

 彼は、己の心情をぼかしつつ目の前の三輪に言った。

 三輪としても、風刃は状況に合わせて使い手を選んだ方が良いと考えていた。風刃は好き嫌いが少ないのだから尚更に。

 しかし、一つだけ納得できないことがある。

 

「だからと言って、わざわざBに戻らなくても」

 

 そう。彼ははっきりと言った。B級に戻ると。

 彼は迅のようにA級隊員になるのではなく、B級隊員に戻る事にした。

 やはりぼっちで死ぬのが嫌なようだ。

 しかしその辺りの考えを知らない三輪からすれば、あまり良い気分ではない。

 今回の大規模侵攻で、彼は十分すぎるほどに働いた。例え彼が覚えていなくとも、せめてその証を残してやりたい……と考えるのはお節介だろうか。

 が、彼からすれば疑われているように感じ、思わずごくりと肉を飲み込んだ。

 防衛任務でぼっちになるのが嫌ですなんて、とてもではないが言えないだろう。

 ゆえに彼はそれっぽいことを言った。

 

 自分はまだその領域に達していない。

 少なくとも、今の自分はB級で、AでもSでも無い。

 

 彼はそう言ってステーキを頬張る。

 しかし内心は三輪の顔色を伺っている。

 昨日の件から随分と苦手意識が削がれたが、しかし苦手なものは苦手。

 一体何時になったら彼らは通じ合うのだろうか。

 

「……なるほど、確かにな。俺からも司令に口添えしておこう」

 

 ほっと一息吐いて、彼はステーキを食べようとして――ふと視界の隅にとある人物を見かけた。

 窓の向こうの人物はこちらに気が付いていないのか、そのまま信号を渡って人混みの中に消えていったが……彼は酷く気になった。

 それに、よくよく思い返してみれば、何処かで会ったことがある気がする。それが記憶を失う前なのか、記憶を失ってからなのかは分からないが。

 彼は目の前の三輪に聞いてみることにした。

 

「ん? どうした?」

 

 彼は聞いた。三雲修という男を知っているか? と。

 すると三輪の機嫌が一気に下がり、彼のよく知る三輪秀次が現れた。

 彼は後悔した。しかし既に地雷は踏んでしまっている。

 

「……奴がどうした? 何かされたのか?」

 

 おそらく心配しての態度だろうが、彼からすれば説教中と同じでただ萎縮するのみだ。

 彼は昨日見舞いに来てくれたことを話した。

 ちなみに、その際に自分を問い詰めたことは黙っておいた。三雲修という人間が、目の前の男に打ち殺されそうだからだ。

 それを聞いた三輪は目を鋭くさせて舌打ちをし、しかし知らないと嘘を吐いても何時かバレると判断したのか、ぽつぽつと話し出した。

 

「……奴は玉狛所属の人間で、お前と同じボーダー隊員だ」

 

 それから三輪は己が知る限りで伝えられるだけの情報を彼に教えた。

 彼と同期で、同じ中学で、おそらく今シーズンのランク戦に出るであろうことを。

 それを聞いて彼はうへえと声を出しそうになった。

 自分と似た経歴を持つのに、ここまで差があるのだろうかと。自分は他人とチームを組むのが苦手で、ずっとソロなのに。

 

 勝手に落ち込んでいる彼を尻目に、話題を変えるためか三輪がふと話を振った。

 

「そう言えば、お前は今シーズンのランク戦には出ないのか?」

 

 それを聞かれた彼は無理だと答える。

 彼は女性受けが悪く、オペレーターの知り合いは月見くらいだ。海老名は敵だ。

 ランク戦に出るにはチームを組む必要があり、それには最低オペレーター一人、戦闘員一人必要だ。

 ぼっちの彼に人を集めることなど不可能だ。

 

「いや、やろうと思えばできるぞ」

 

 しかし、それを裏付けるかのように三輪が言葉を零した。

 

 ――後に三輪はこう語る。

 この馬鹿にこんなことを教えるべきではなかった。

 

「月見さんに兼任してもらうという手もある。玉狛もそうしているし、上層部もお前が一人で居ることを問題視していたしな」

 

 だが、三輪はこの手はあまりよろしくないと考えていた。

 確かに二人だけの部隊というのもある。漆間隊がそれだ。

 しかし、オペレーターが兼任している人間である以上、彼は本当の意味で一人で戦っていることになる。

 それに、いざと言う時に困るのは彼で、このような裏技を使うくらいなら他の部隊に入った方が良いだろう。

 

(だが、もうすぐランク戦。上を目指す連中が今のこいつを欲しがるとは思えん)

 

 人が増えればオペレーターの負担が増え、連携に乱れが生じる。

 そして相手の部隊にそこを突かれて敗北することなどざらである。

 ゆえに、彼が誰かとチームを組むのは、ランク戦が終わってからになるだろう。

 

 ――ただ、一つだけ彼を受け入れることができそうな部隊が、三輪の脳裏を過ぎった。

 

 遠征部隊を目指し、今期に作られた部隊故に連携も新たに作りやすい……そんな部隊が。

 

(……なにを馬鹿なことを)

 

 しかし、彼は近界民(ネイバー)嫌いだ。

 そんな彼を、正反対の人間が居るところに放り込むなど……。

 妙なことを考えた、と三輪は頭を振ってその考えを振り切った。

 

 ――だが、もし彼に記憶があったなら……あり得たのかもしれない。

 

 彼が玉狛第二に入ると言う未来も。

 

 

 

 

『おいおい、そんな怖い顔をするなよ。オレはお前らのために言っているんだぜ?』

 

 エネドラの発言を受けて激昂しそうになった林藤支部長。そんな彼に対してエネドラはニヤニヤと笑みを浮かべながら挑発を続ける。

 しかし、林藤は直接手を出さない。否、出せないと言った方が適切だろうか。何故なら……。

 

『落ち着くんだ林藤支部長。彼は口は悪いが、おそらくこの発言には深い意味がある』

 

 林藤支部長と共にエネドラの尋問に協力しているレプリカは、その無機質な目をエネドラに向けたまま彼を諫めた。

 レプリカは、エネドラの情報に嘘が無いということを十分に承知している。

 己を裏切ったアフトクラトルに復讐をするために、自分たちに協力をすると言った言葉に、遊真のサイドエフェクトは反応しなかった。

 もう一人の捕虜であるヒュースが協力的ではない以上、自分から己のトリガー角をトリオン兵に移植するよう進言した彼から情報を抜き出すしかない。

 実際、アフトクラトルに関する情報はほぼ聞き出せた。

 だが、一つだけ分からないことがあり、それを聞いてもはぐらかすばかりで答えず、秀一を始末するように進言するのみ。

 

『……けっ。やっぱ話さないといけねえかなあ』

 

 しかし、ようやく折れたのか、または別の理由か、エネドラはようやく口を開いた。

 

 ――神の名を冠する国が恐れるその訳を。

 

『こちらの見解では、クロノスと言う名のブラックトリガーに関連する何かだと推測している』

 

 この世界では、時を司る神をクロノスと呼んでいる。

 それに加えて、秀一の体内()()操作のサイドエフェクトと()という単語から、秀一にはクロノスというブラックトリガー――それも時間を操る能力を有した――を作る、または使うことができる人間、だと推測した。

 そうすれば辻褄が合う。

 確かに時間を操る敵など、抹殺するに限るが――。

 

『ああ? そりゃあ勘違いだ。そもそもクロノスという言葉自体に深い意味は無えよ』

「なに?」

オレ達の国(アフトクラトル)がそう呼んでいるだけで、クロノスの名は近界(ネイバーフット)内で様々な名で広がっているんだよ。例えば――ロンギヌスの槍』

『ロンギヌスの槍だと!?』

「……知っているのか、レプリカ先生?」

『……ああ。ユーゴも全てを知ることは出来ていなかったが――なるほど、これで合点がいった。アフトクラトルが彼を執拗に狙うわけだ』

 

 他には――。

 創世の光。

 災厄の種。 

 パンドラの箱。

 

 何れも本質を捉えていない物ばかりだが、一つだけ共通点がある。

 それは、決して手に入れてはならない禁断のトリガーだということ。

 一時の繁栄をもたらすが、後に破滅をもたらす危険な代物で、過去アフトクラトルもそのトリガーによって滅亡の危機に瀕したことがあったそうだ。

 だからこそ、アフトクラトルはその力に恐れ、封印した。

 そして、他の国も決して手に入れようとはしなかった。

 

「それほど強力なブラックトリガーなのか……」

『ブラックトリガーなんてチャチなモンじゃねえよ』

 

 確かに製造方法はブラックトリガーと似ているが、その力の規模は比較にならない。

 黒にも染まらず、白にも染まらない。

 何者にも縛られない。

 

『多分、これが一番広まっていて、本質を捉えているだろうよ』

 

 

 手にする者には災厄と繁栄をもたらし、世界を支配する力を与え、神すら殺す禁断の引き金。

 その名は――。

 

『ワールドトリガー、だ』

 

 

 

 

「ワールドトリガー、ね」

『ああ。ただ、何故彼がその担い手なのかはエネドラ自身も知らないそうだ』

「ふーん……」

『……ユーマ』

 

 エネドラから得た新たな情報を聞いても、遊真は何処かうわの空で夜空を見上げていた。

 しかし、それも仕方の無いことだとレプリカは思っていた。

 二度目だ。親しき者を失ったのは。

 秀一は確かに死んでいないが、忘れられた遊真からすれば、それは死んだと同じことだ。

 彼は遊真のことを知らないし、遊真の知っている彼はもう居ない。

 少なくとも、今のボーダーでは彼を蘇らせることはできない。

 

「オサムがさ、近界(ネイバーフット)に記憶を呼び起こす技術が無いかって聞いて来た。相変わらずのお人好しの鬼だ」

『だが、それが彼の強さだ……ユーマ』

「ん?」

『こう考えていないか? ――生きているのだから良かった。仕方の無いことだと』

「――!」

 

 その言葉を受けた遊真はピクリと反応し、しかしすぐに薄く笑って言った。

 

「別に。そう思うのは勝手だろう?」

『なるほど――ユーマ、つまらない嘘を吐くようになったな』

「……なにそれ? おれの真似?」

『いや、成長したと言っている――ユーマ、己を偽り、我慢するくらいならしたいことをすれば良い。今までもそうしてきただろう』

「……」

 

 遊真は押し黙った。

 しかしすぐに大きく息を吐いて、もう一度夜空を見上げて――ただ一言。

 

「敵わないな、ホント」

 

 遊真はギュッと拳を握り締めると――未来を見据えて言った。

 

「遠征部隊を目指す理由が一つ増えたな」

 

 己の我儘のため、友の記憶のため――少年は立ち上がった。

 

 まだ、諦められない、と。

 

 

 

 

『――随分と久しいの、秀一や』

 

 電話越しに聞こえる声に変わりは無く、彼は思わず笑ってしまった。

 周りが変わっても、己の祖父だけは常に味方で居てくれる。

 そのことがたまらなく――嬉しい。

 彼は色々と話した。

 己に起きたこと、三門市に起きたこと。

 正直変化に着いて行けず、疲れてしまったことに。

 

『ふむ……ところで秀一や』

 

 一通り聞いた祖父は、突如声質を変えて彼に問うた。

 

『――お前は、それで良いのか?』

 

 え? っと思わず声が出た。

 

『確かにお主の苦しみは分かる。だが、そのまま立ち止まって蹲ったままで良いのか? 己に負けたままで、何も知らず、何も知ろうとせず』

 

 彼は、祖父の言葉に反論できなかった。

 何故なら、彼があの日病室で真っ先に考えたことだからだ。

 彼はぼっちである自分が嫌いだ。だからこそこの街に来て、変わろうとした。過去の自分を捨てるために。

 しかし、今の彼は未来の自分に捨てられ、苦しまされている。

 そして何よりも。

 

『己に負けたままで良いのか?』

 己に負けたままで居たくない。

 

 ――祖父の言葉は、彼の心だ。

 

『どうすれば良い、だと?』

 彼は分かり切ったことを聞いた。

 

 ――彼は何時だって、自分のやりたいようにしてきた。

 

『――存分に暴れ回り、頂点(A級)を目指せば良かろう』

 ――己を、超える。

 

 

 

 ――二月一日、二つの嵐が激突する。

 




次章、もがみんB級ランク戦に突入す。

なお、この時のB級部隊の面々の反応


下位チーム
「まともに当たるのは良くないね。マッチングしないことを祈ろう」
「落ち着いて行け! 通り過ぎるのを待とう!」
「どうわああ!?」

中位チーム
「こっちくんな」
「マジかよ終わったわ」
「す、スナイパーならワンチャン……」

上位チーム
「ナスカレー」
「は?なにそれ?なめてんの?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【番外編】
ボーダーから見た最上秀一


情報が少ないキャラは少なめに、はっちゃけれるところははっちゃけました。
ちなみにこれ全部で丁度8888文字でした。何気に凄い。
モガミンに対する評価は大体こんな感じです。


 ――城戸司令の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「……ボーダーを支える貴重な人材だと思っている。近界民(ネイバー)の討伐数も素晴らしく、体を壊さない程度には頑張って欲しい」

 

 Q 彼は城戸司令の同期である最上宗一の息子だという噂がありますが、そこのところはどうなんですか?

 

「……個人の情報だ。君が知る必要はない」

 

 

 ――忍田本部長の場合。

 

 Q最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「我々と共に戦う大切な仲間だ。あの人の忘れ形見と一時期色眼鏡越しに見ていたが……今にして思えば失礼なことをしていた。彼は、優しい人間だ。だからこそ、あの生き方をどうにかしたい……」

 

 Q 弟子に取りたいと聞いていますが?

 

「ああ。彼の剣術の才能は素晴らしい。もし私が本部長と言う役職に着いていなければ、直接指導したかった。まあ、慶に任せているから大丈夫だろう」

 

 

 ――林藤支部長の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「ああ? まあ、あまり会う機会が無いから詳しいことは言えないが……強い子だと思っているよ。俺なんかよりもずっとな。何時か俺たち玉狛と分かり合えると良いんだが……」

 

 Q 最近たばこを控えているのは、彼に嫌な顔されたそうですね。

 

「なんで知ってんだ? 相変わらず情報収集上手いねえ……」

 

 

 ――沢村響子の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「そうね……本当は優しい子だというのは知っているんだけど、どうも女の子受けが悪くてねえ。何だか、昔の忍田本部長に似ている気がするのよ」

 

 Q 忍田本部長とはどこm。

 

「ちょっとこっち来なさい」

 

 

 ――唐沢外務・営業部長の場合。

 

「……なんか随分疲れているようだけど大丈夫かい?

 え? ああそう……。

 うーん。興味深い子ではあるけど、あまり彼に頼るのは危険だと思っているんだ。まあ、性格もそうだけど……どうもねえ」

 

 Q 昔悪の組織に居たそうですが。

 

「――聞きたいかい?」

 

 遠慮します。

 

 

 ――鬼怒田開発室長の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「エンジニア泣かせの問題児じゃわい。素で韋駄天レベルの動きをするなどあり得んわ! しかもそれをボーダーのトリガーに活かせないんじゃからな。

 それと危機管理能力に欠けちょる! 記憶喪失も当然の結果だ!」

 

 Q 彼のサイドエフェクトを利用した新しいトリガーを作ろうとしているそうですが?

 

「あん? 奴のサイドエフェクトは――いや、何でもない。要らんことまで聞くな!」

 

 

 根付メディア対策室長。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「ああ、頭痛の種だと思っているねえ。彼の戦い方は民衆受けが悪いし、以前のイレギュラーゲート事件の時にも多数の苦情や問い合わせが殺到して……。

 はあ、大規模侵攻の時の映像も流れているし、本当に困ったものだ」

 

 Q ボーダーに関する映画が制作されているそうですが?

 

「ああ。それは嵐山隊と玉狛支部の人たちに頼んでいるよ。器量が良い子が多いからねえ」

 

 

 ――寺島雷蔵の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「ん? と言ってもあまり関わりが無いからなあ。彼、レイガスト使わないし」

 

 

 ――天羽月彦の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「面白い色をしているよね。見ていて飽きないし、関わった人間の色を変えているのも興味深いよ。記憶を取り戻して、風刃をまた使うようになったら一回遊んでみたいよ」

 

 

 ――太刀川慶の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「面白い対戦相手、だな。何時か俺たちと同じ所まで来ると思うし――その時にお互い全力でやり合いたいな。……迅以来だよ、ここまでわくわくしているのは」

 

 Q 彼の名前を気に入っているようですが?

 

「ああ。だって最上秀一だぜ? 最上(もがみ)最上(さいじょう)って読めるし、秀一ってのもまるで頂点を目指すかのような凄い名前じゃないか。それに読み違えて恥をかくこともない」

 

 

 ――出水公平の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「唯我の野郎とトレードしたいな。いや、割とガチで。あいつ、俺の教えたことを面白いくらいに吸収するからな。三輪が可愛がるのも分かるわ」

 

 Q 彼の合成弾の技術はそこまでのレベルなのですか?

 

「ん? ああ。少なくともそこらへんのシューターよりも上手いぜ。久しぶりに鳥籠を喰らったしな」

 

 

 ――唯我尊の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「ふ……彼は僕の自慢の後輩さ! 彼は上への態度と言うのを十分に理解し、常に向上心に溢れている! 防衛任務でもしっかりと僕のフォ……連携を取っている。何時かAに来るのを待っている!」

 

 Q 彼は唯我先輩に強い不満を抱いており、Aに上がったあかつきにはお礼参りするという噂があるのですが……。

 

「…………え? なにそれ? ちょっと待て詳しく聞かせt――」

 

 

 ――国近柚宇の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「え、えっと最上くんのこと……?

 う、うーん……ちょっと苦手かなー? 防衛任務の時いっつも指示聞かないし、戦い方も怖いし……。

 ああいうのがタイプって言う子も居るけど、私はちょっとね……」

 

 

 ――冬島慎次の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「ああ。噂の彼ね。まあ、相手をする場合、最もやりやすいと思うよ。噂の通りならね」

 

 

 ――当真勇の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「一匹オオカミって言うの? あのスタイルはカッコいいねえ。俺も昔は一人ブラブラしていたからなあ」

 

 

 ――風間蒼也の場合。

 

「面白い奴だと思う。磨けば行くところまで行くだろう。

 それに、あいつとの戦いは俺の力にもなる。……追いかけられるというのも、悪くないな」

 

 Q 一度風間隊に誘ったそうですが。

 

「ああ。そのことか。俺たちの部隊は奇襲を主にしているとはいえ、どうしても中距離以上の相手となると中々厳しいものがある。その点、奴のシューターとしての腕は魅力的だった。だから勧誘した」

 

 

 ――歌川遼の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「菊地原の毒舌に嫌な顔をしない、珍しい奴だと思った。それと、戦いに対して真面目で見習いたいと思っている」

 

 Q S級隊員の昇格祝いにマウンテンバイクをプレゼントしたそうですが?

 

「ああ。彼の自転車が結構古くなっていると聞いてね。丁度良いと思ってプレゼントさせてもらった。

 ……だからこそ、記憶を無くしたことは本当に残念だと思っている。あの時の笑顔を無くしたと思うとな……」

 

 

 ――菊地原士郎の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「風間さんが認める程度の実力はあると思うよ? でも友達少ないぼっちだから、充分に力を出せていないね。チーム作るくらいなら、他のチームに入れば良いのに。ホント、その点は失敗しているよ」

 

 Q サイドエフェクトについてどう思っていますか?

 

「……まあ、副作用って言うくらいだから愚痴っても仕方ないけどさ。ホント、なんでこんなものがあるんだろうね? これのせいで要らない苦しみを味わう羽目になるし、散々だと思うよ。……本当にね」

 

 

 ――三上歌歩の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「オペレーターの皆さんは怖がっていますけど、私はそうは思いませんね。ただ、彼は不器用なだけだと思うんです。それが分かれば、彼はもっといろんな人と仲良くなれると思います」

 

 

 ――緑川駿の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「憧れの先輩! 今度部隊作るそうだけど、何時か戦える日を待っているよ! 

 ……自分にできるのはそれくらいだからさ」

 

 Q 彼がC級時代の時、ランク戦を吹っかけたそうですが?

 

「うわ、今さらそれを蒸し返す?

 ……えーそーですよー。記録抜かれてちょっかい出しましたー。そして負けましたー。

 ……でも、今にして思えば良かったと思うよ」

 

 

 ――嵐山准の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「あの時、彼の入隊試験に立ち会えたことを誇りに思っているよ。周りは彼のことを怖がっているけど、俺はそう思わない。

 何故なら、彼は畏怖するべき敵ではなく、共に戦う仲間なのだから」

 

 

 ――木虎藍の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「……最近色んな人にそうやって聞き回っているそうね? そんなことをする暇があるなら訓練でもすれば? どうしても聞きたかったら加古さんに聞きなさい」

 

 Q そんなこと言わずに、答えてください!

 

「……絶対に負けたくない相手よ」

 

 

 ――時枝充の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「とても優秀なボーダー隊員だと思うよ。彼強いしね」

 

 

 ――佐鳥賢の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「いや、意外だなーって思っている。ああいう孤高な存在って、アニメとか漫画ではモテキャラなのにさ、彼の場合は全然そういう話聞かないんだよねー。

 あ、それはそうと俺のツインスナイp――」

 

 

 ――綾辻遥の場合

 

「あの子、すっごく良い子だよ! 私の歌を聞いても嫌な顔いっさいしないもの!

 あ、そう言えば今日カラオケに行くんだけどあなたも一緒に――」

 

 

 ――加古望の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「そうね……昔の三輪くんみたいで可愛いわ。まあ、こんなこと言えばお兄ちゃんが拗ねちゃいそうだけど」

 

 Q 彼は加古さんの炒飯を食べたのですか?

 

「それがいっつも三輪くんが連れて行くから振る舞うことができていないの。

 あ、そう言えば丁度新しい炒飯が出来たの。良かったら食べて行かない?」

 

 やめてください死んでしまいます。

 

 

 ――黒江双葉の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「怖い人、だと思っていました。

 でも、最近はそれだけじゃなくて強い人だと思っています。記憶を無くしても前に進むその姿はカッコいいと思います」

 

 

 ――三輪秀次の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか? 

 

「……貴様に答える気は無い」

 

 Q 周りからお兄ちゃんと呼ばれているそうですが、その辺のことはどう思っていますか?

 

「今すぐ俺の前から消えろ」

 

 Q やっぱり弟は可愛いですか?

 

「風穴空けられるのと、鉄塊にされるのどちらが望みだ? 好きな方を選ばさせてやる」

 

 

 ――米屋陽介の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「可愛い弟分だな。それと、秀次と一緒に居るところを見るのが面白い。似たような表情して、同じ行動しているのを見ていると、顔は似ていないのに本当の兄弟に見えるぜ」

 

 Q 幻踊弧月の扱いを教えているそうですが。

 

「ああ。あいつ、弧月も上手いけどスコーピオンも普通に上手いからな。だから勿体ないと思って教えている。勘だけど、面白いことが起きるぜ」

 

 

 ――奈良坂透の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「俺はあの二人のように積極的に話す訳じゃないが……まあ、悪い奴ではないと思っている」

 

 Q それだけですか?

 

「……あまり身内のことは言わん主義でな」

 

 

 ――古寺章平の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「三輪隊長を変えた凄い奴……だな。俺には無いものを持っているし、実は尊敬もしている。

 だからこそ、記憶を無くしたことは残念だと思っている。でも、これくらいじゃあへこたれないということも知っているつもりさ」

 

 

 ――月見蓮の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「正直、私のタイプなのよね。まあ、可愛い弟分という意味もあるけど。

 ただ、度々暴走しがちだから首輪を付けた方良いと思っているわ」

 

 Q オペレーターの兼任を頼まれたそうですが。

 

「私、そのことについて少し不満なのよね。まあ、今は何も言わないでおくわ」

 

 

 ――木崎レイジの場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「思うも何も、会ったことがないからな。まあ、噂が本当なら俺たちのことを良く思っていないんだろうな」

 

 

 ――小南桐絵の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「一度戦ってみたいっていうのもあるけど、うちの遊真と戦わせてみたいわね。太刀川が育てているみたいだし、どっちが師として上かはっきりすると思うのよ」

 

 

 ――烏丸京介の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「良く分からないな。ボスが合わそうとしないから。ただ、修たちに刺激を与える存在だとは思っている。……良い意味でも悪い意味でも」

 

 

 ――宇佐美栞の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「うーん……実は彼とは会ったことがあるんだよね。その時に彼の戦いぶりを見たんだけど……強いよね。

 多分、遊真くんも苦戦すると思う。そこをどう攻略するかがカギかな……」

 

 

 ――迅悠一の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「……おれの失敗した過去。多分これが一番しっくり来る。

 詳しいことは言えないけど、おれはあいつに何かを残してやりたい。そう思っている」

 

 Q ……あまり気を落とさないでください。

 

「……ありがとう」

 

 

 ――二宮匡貴の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「……秀次が推薦してくるだけの力はあった。だが、奴はもう自分で隊を作った……それに意味があるかは分からんが」

 

 Q 悪鬼の夏祭りって何ですか?

 

「二度と俺の前でその言葉を口にするな」

 

 

 ――犬飼澄晴の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「彼凄いよねー。だって二宮さんに勝っちゃったんだもん。と言っても、九対一だったけどね」

 

 Q 悪鬼の夏祭りとは何ですか?

 

「ああ。一時期彼がポイントを荒稼ぎしてたんだよ。その時のことを悪鬼の夏祭りって呼んでいるんだ。うちの隊長もその被害者ってわけ」

 

 

 ――辻新之助の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「仲間になれば心強いが、敵になれば厄介な奴だと思っています」

 

 

 ――氷見亜季の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「元々男性が苦手だから……彼だと余計に……」

 

 

 ――影浦雅人の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「あ? 何でんなこと聞くんだよ……っち、しゃあねえな。

 あいつと居ると、周りから良く分かんねえ視線感じるからな。あんまし一緒に居たくねえよ」

 

 

 ――絵馬ユズルの場合

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「……誰それ? 興味ないよ」

 

 

 ――北添尋の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「カゲと色々と似ているなーと思うよ。まあ、あんまり会ったことないから何とも言えないね」

 

 

 ――仁礼光の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「カゲと似てんなーと思う! あんまし友達居なさそう」

 

 

 ――生駒達人の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「いやー、あれな。ランク戦見た時に思ったけど、凄いって思ったで。風間さん相手に喰らい付くとことかめっちゃ燃えたし。ほんとやばい。まじやばい」

 

 Q 好きな食べ物は何ですか?

 

「ナスカレー」

 

 

 ――来馬辰也の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「頼りになる仲間だよ。だから、今記憶を失って苦しんでいるであろう彼を助けたいと思っている。ねえ、ぼくにできることって何か無いかな?」

 

 

 ――村上鋼の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「夏にランク戦をしたことがあるんだが、その時に感じたのはカゲと似ているなって。根は良い奴だけど、それを表に出せない不器用な奴……。

 噂ってのは、あてにならないものだよ」

 

 Q 彼との戦績はどのくらいですか?

 

「今は五分五分だけど……あいつが弧月を自分のものにしたら、おそらく勝ち越せなくなると思う。それまでは負けないつもりだ」

 

 

 ――別役太一の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「噂ほど怖くないっすよ! この前こけた時助けてくれたし! でも、その時あいつ顔を青くさせてたけどどうしたんだろう……?」

 

 Q ……何をしたんですか?

 

「何もしてませんよ!? ……多分」

 

 

 ――今結花の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「申し訳ないと思っているわ……うちの本物の悪の被害に遭っているから」

 

 Q ……本当に何をしたんですか?

 

「……三輪くんから出された課題をダメにしたそうなのよ。それも、その日が提出日みたいで。もちろん怒られたそうよ。彼、理由を言わなかったから……」

 

 

 ――東春秋の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「一度、鍛えてあげたいと思っている。周りは気が付いていないけど、彼、狙撃手の才能もあるんだ。サイドエフェクトの影響か、集中力があるからね。レイジ以来のパーフェクトオールラウンダーになれるのかもしれない」

 

 

 ――小荒井登の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「いやー、本当に強いあいつ! 夏のランク戦でコテンパンにされてポイント取られたからな!」

 

 

 ――奥寺常幸の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「一対一じゃあ勝てないけど、あいつは連携がダメだ。B級ランク戦で負ける気は無いよ」

 

 

 ――人見摩子の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「噂を聞いていた時は怖かったけど、それ以上に有能な子だと思う。東さんが気にかけるほどだしね」

 

 

 ――三雲修の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「……ぼくは、あいつのことを勘違いしてました。でも本当のあいつは空閑の友達で、街を守るために命を張る――まるで英雄みたいな奴です。多分ぼくはあいつのことを……尊敬しているんだと思います」

 

 Q 現在、ボーダー内では三雲修と最上秀一はライバル関係とありますが、どう思っていますか?

 玉狛派の三雲、城戸派の最上。次のランク戦でぶつかり合うと話題になっていますよ。

 

「ってなんですかそれ!? ぼくなんかじゃああいつのライバルなんて……というか実力的にそこは空閑が――」

 

 

 ――空閑遊真の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「……友達だと思っているよ。向こうが忘れていてもね」

 

 Q 次のランク戦でぶつかり合うことになりましたが、その時はやはり全力で?

 

「――もちろん。多分、あいつもそれを望んでいると思う」

 

 

 ――雨取千佳の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「えっと……すみません、彼のことはあまり……」

 

 

 ――香取葉子の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「……別に。ああいう尖ったのは良く居るものよ」

 

 

 ――三浦雄太の場合。

 

「ランク戦したことあるけど、何もできず負けたよ……」

 

 

 ――若村麓郎の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「ああいう天才っていうのは居るんだなって思うよ」

 

 

 ――染井華の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「どの部隊も欲しがるわけだわ。彼強いもの」

 

 

 ――諏訪洸太郎の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「放っておけねえ奴だな。見てねぇとどっか行っちまいそうだ。ああいうのは上からガツンと縛らないといけねえよ」

 

 

 ――堤大地の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「不器用だけど、根は優しいと思うよ」

 

 Q 加古さんのチャーハンから守ったそうですね?

 

「――」

 

 

 ――笹森日佐人の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「俺より年下なのに強いな、って思う。でも負けていられない!」

 

 

 ――小佐野瑠衣の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「正直知らーーーん。でも良い子だとは思うよ?」

 

 

 ――荒船哲次の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「俺たちの隊に来ず、自分で隊を作ったことに対して思うことはあるが……もし当たる時は全力でたたっ斬るつもりだ。それがあいつのためでもある」

 

 

 ――穂刈篤の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「勝てないだろうな、近寄られたら。あまり当たりたくないと思う、ランク戦では」

 

 

 ――半崎義人の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「ダルいことされたなって思う。まあ、あまり文句いうのもダルいけど」

 

 

 ――加賀美倫の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「彼、私の作品褒めてくれたのよ。すっごく良い子!」

 

 Q ……それは何ですか?

 

「彼が褒めてくれたスポーツカーの模型」

 

 

 那須玲の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「噂で皆怖がっているけど、透くんから聞いた印象では良い子なのよね。正直、良く分からないの」

 

 Q バイパーの使い手として、何か思うことは?

 

「うふふ……一度戦ってみたいわ」

 

 

 ――熊谷友子の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「噂を聞いた時は玲たちを守らなくちゃって思っていたけど、どうもその噂間違っているみたいなのよね。噂を広めた奴は、ホント良い根性しているわ」

 

 

 ――日浦茜の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「那須さんからは怖くない人って聞いたけど、正直怖いな……」

 

 

 ――志岐小夜子の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

『男性と面と向かって話せない私が、どう彼と接しろと?』

 

 すみません。

 

 

 ――柿崎国治の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「嵐山隊からの話を聞いてから、ちょくちょく気にかけてはいるけど……まあ、危なっかしい奴だと思うよ」

 

 

 ――照屋文香の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「うーん……私たちの隊に入ると変われると思います! 私たちは纏まって動くことを基本としてますから、彼の連携の練習になるかと」

 

 

 ――巴虎太郎の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「怖いけどカッコいいなあと思いました!」

 

 

 ――宇井真登華の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「柿崎さんとは正反対だなーって思うよ」

 

 

 ――武富桜子の場合。

 

 Q 最上秀一のことをどう思っていますか?

 

「実況の良いネタにさせて貰いました! また試合をする時は誘って欲しいですね!」

 

 

 ――茶野隊の場合。

 

「俺たちがやられた近界民(ネイバー)を一人で時間稼ぎをしたのは凄いよな?」

「ああ。俺たちのとこに来てくれないかなあ」

 

 

 ――吉里隊の場合。

 

「正直、次の試合がなー……」

「やられる未来しか見えない」

「なんであの人協力するのよ」

 

 

 ――間宮隊の場合。

 

「真面に当たるのは」

「良くないね」

「通り過ぎるのを待とう」

 

 

 ――C級三バカの場合。

 

「ふっ。周りは持ち上げているが俺たちは分かっているぜ」

「あいつはただのぼっちで、ボーダーに入ったのもどうせ金目当てさ。それを勘違いされて復讐者って思われているに違いない」

「でも、実力は本物だよな……」

「……」

「……」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

C級モブ日記

時系列はモガミン入隊時から大規模侵攻前です。
だいたいこの日記に書かれていることは、C級モブ隊員たちがモガミンに思っている印象です。

ちなみに、日付に深い意味はありません。


 A月A日

 

 ボーダー試験に受かった記念に、親から日記をプレゼントされた。

 本当はPNPとかHiiが良かったが、そんなことを言えば勉強をしろと言われるだけだ。

 まあ、正隊員になれればお金を貰えるみたいだし、それまで頑張ろうかな。

 

 A月B日

 

 仮入隊している時に友達が二人できた。

 ちょっと自信過剰なところがあるけど、ノリが合って仲良くなった。

 話を聞いていると、Aはトップを目指すらしい。どうやらライバル校の生徒がA級らしく、それに対抗心を燃やしたAは自分がA級になってやる! と。金持ちのボンボンかと思っていれば、意外と行動力があるんだよなこいつ。

 Bはテレビに出た那須玲という人に憧れて入隊したらしい。……いや、憧れてというか下心があってと言った方が正しいか。こいつ、オペレーターの子と女性隊員の名前、そして何故か胸の大きさを全て把握していやがった。流石に引いたし、てかどうやって知ったんだ。

 

 どっちとも性格に難があるけど、正隊員になったらチームを組むつもりだ。

 そのためにもこの仮入隊を頑張らなくては。

 

 A月C日

 

 今日、入隊試験を終えて帰って来たが……そこで凄い奴と遭遇した。順を追って書いていこう。

 まず、訓練自体は苦も無く終えることができた。仮入隊のおかげか、俺たちのポイントも強さも周りから比べたら頭一つ抜きん出ていた。Aのポイントは1600。Bは1400。俺は1500だ。

 正直、嵐山さんに期待されていると言われた時は――直接ではなく、間接的にだが――嬉しく思い、周りから尊敬の混じった視線を送られた時は優越感に浸れたが……その後に現れた一人の男によって、一気に現実に戻された。

 その男の名は最上秀一。今期で最も強い隊員と言えるだろう。多分こいつが居なかったら、俺たちが注目の的だったはずだ。

 どうやら、最上だけは俺たちと違って本部の方で仮入隊を受けていたらしく、初期ポイントは3800くらいで、戦闘訓練の記録は0.3秒。

 一気に周りの人間が彼の元に集い、俺たちの周りに群がっていた人間は居なくなった。

 鼻を高くして自慢げに話していたAも、女子相手にデレデレしていたBも、呆然と最上を見ていた。かくいう俺もそうであり、しかし肝心の本人は自慢することもなく、かといってデレデレとすることもなく、優越感に浸ることもなく、近くの椅子に座って黙っていた。

 その姿はまさに出来る男って奴で……自分たちとの差を大きく見せられた気分だった。

 

 A月D日

 

 AもBも俺も訓練で好成績を出している。しかし、それでも最上は一人だけ飛び抜けており、いつも全ての訓練で一位を取っている。あいつが居る限り俺たちは一位にはなれない。

 そのことにAもBも不満を抱いていた。いや、Bは女子に人気なのが気に入らないだけみたいだけど。

 俺は気にすると精神的に良くないから、気にしないように努めているが。

 

 とは言ってもあいつはいつも人を惹きつけるようで、今日もやらかしてくれた。

 どういうわけか、いつもはスルーしているランク戦に奴は現れた。当然当たれば勝てるわけがないことを知っている俺たちは、あいつが入った部屋の番号を確認して、あいつが帰るまでモニターを見ていた。Aが将来の敵として対策を練るらしい。立派なことだ。

 と思っていたんだろうけど……結果は失敗に終わった。まず、俺たちの目では追うこともできないほど速く、なんか動きも凄かった。とてもじゃないけど、俺たち素人が対策を練れるほど優しいものではなかった。加えて、何故かあいつはA級隊員とランク外戦をしており、そして圧倒していた。そこまで強いと思っていなかった俺たちは開いた口が塞がらず、力の差にちょっと絶望した。

 その後メガネをかけたC級の子と戦ったけど、それ以上は戦わずその場を去って行った。

 このことがきっかけで、最上のやつはC級隊員だけでなく正隊員からも注目されるようになった。

 正直悔しいな……俺たちとあいつで何が違うってんだよ。

 

 A月E日

 

 今日は酷い目にあった。順を追って説明する。

 まず、とある噂をAが手に入れたところから始まる。

 どうやら、優れたトリオンを持っている人間はサイドエフェクトという力を持っていることがあるらしい。S級の迅悠一さんは未来視という最強の力を持っており、他にもさまざまな力を持っている隊員が居る。

 で、最上もそのサイドエフェクトを持っているらしい。それも迅悠一と並ぶくらい強力な代物を。

 これを聞いたAは何処か暗い笑みを浮かべてこう言った。あいつが強いのはそのサイドエフェクトのおかげだと。それを聞いたBは強く同意し、俺は少し悩んだが……同意しておいた。

 今にして思えば、俺もあいつに対して嫉妬していたんだ。だから、皆に便乗して面白おかしくあいつの陰口を言った。俺たち以外にあいつに対して嫉妬していた奴らが、頷きながら笑っていたのに気分が良くなってしまって、あることないこと言って……多分そこで俺たちの運命は決まっていたんだ。

 俺たちがあいつのことを話している時に、一人の少年が現れた。先日最上に負けたA級隊員の緑川だ。あいつは妙に綺麗な笑顔を浮かべて、俺たちにこう言ったんだ。

 自分に稽古をつけてくれって。

 AもBも俺も、気分が高揚していて正常な判断ができなかった。何で最上に負けて自信を無くしているんだ、とかアホなことを考えたのか。何故年上の俺たちが慰めようとか考えたのか。

 緑川は指導してもらいに来たんじゃない。指導しに来たんだ。

 俺たちは三人ともこっ酷くやられて、キツイ一言を言われた。戒めのためにも此処に書いておく。

 

 つまんないことしている暇があるなら、強くなる努力をしたら?

 

 ……おっしゃる通りだ。

 

 A月F日

 

 俺たち、死ぬのかもしれない……。

 AもBも顔を青くさせて震えていた。俺もだけど。

 

 最上は正隊員になった。そのおかげで俺たちは訓練で良い成績を出せるようになった。

 でも、とある真実が露見した。

 最上は近界民(ネイバー)を憎んでおり、復讐をするためにボーダーに入った。

 実際、そういう理由で入る人は居た。でも、あいつのは異常だ。

 この前、こっそり防衛任務を見学しに行ったんだけど……やばかった。あいつ、無表情なのに、凄い苛烈に近界民(ネイバー)を殺していた。

 ああいうのが殺気って言うんだろうな。ピリピリと肌が痛く感じて、あの噂を広めたことを後悔した。

 今では三人仲良く震えている。

 ああ、とんでもない奴を敵に回してしまったようだ。

 

 A月G日

 

 俺たち、最上の眼中になかったみたいだ。いや、近界民(ネイバー)しか見ていないだけかもしれないが……。でも、正直へこんだ。

 ほっとして、妙な気分になるとか初めての経験だ。周りの訓練生たちも腕を上げて来て差が無くなって来たし。今日のランク戦でも負けたし。

 そう言えば、妙に強いメガネが居たな。攻撃はてんでダメだけど、防御が上手かった。何処か見覚えがあったけど……気のせいか。

 

 A月H日

 

 最上に師ができたらしい。

 A級の三輪という人だ。その人も近界民(ネイバー)を憎んでいるらしく、最近本部で良く一緒に居る。

 訓練しているところをこっそり覗いたが……凄いな、と思った。

 最上の動きは相変わらず凄いし、しかしそのダメなところを指摘できる三輪という人も凄い。というかあの最上に怒鳴ることができること自体凄い。

 あいつ、あれ以来人が寄らなくなったからな。近界民(ネイバー)を憎んでいる復讐者って知られて。そしてそれは正隊員も同じで、防衛任務で度々暴走しているらしい。そして、それを抑えることができるのはあの三輪という人だけ。

 Bは喜んでいたが、Aは神妙な顔をしていた。変なことをしなければ良いんだけど。

 

 B月A日

 

 なかなかBに上がれない俺たち。

 そうこうしているうちに季節は夏となった。

 俺たちは訓練もそこそこに海に行ったり祭りに行ったりと夏を満喫していた。

 明後日は山に行くんだよな。虫よけスプレー買わなくちゃ。

 

 

 B月B日

 

 今日、凄いことが起きた。そしてやはりというかその中心人物はあの最上だった。

 初めはB級だけで行われるはずだった混成チームのランク戦。あのS級の迅さんやA級の太刀川さん、風間さん。他にもA級隊員が参加していてお祭り騒ぎみたいなことになった。

 試合内容は、正直凄かったとしか言いようがなかった。

 A級隊員たちの強さも凄かったが、それ以上にあの人たちに喰らい付いていく最上の凄さを改めて実感した。そしてそれは周りの奴らも同じで――これ以上ないほど俺とあいつの差を感じた。

 ……ああいうのが天才って言うんだな。隣に座って試合を見ていた何処かの正隊員の言葉が、嫌に頭に残った。

 

 

 B月C日

 

 先日のチーム戦が原因で、最上は色んな隊から勧誘されまくっているらしい。

 特に荒船隊と諏訪隊が積極的で、次点で鈴鳴第一、王子隊。他にも様々なB級部隊があいつを手に入れようと躍起になっている。掌返しというのを見た気がする。

 ちなみに、Aからの情報によるとA級一位の太刀川隊までもが勧誘したとか。

 本当、一気に人気者になったなあいつ。

 

 

 B月D日

 

 どうやら、最上は部隊に入る気はないみたいだ。

 Aの情報網でも真実は分からず、さまざまな噂が蔓延っている。

 復讐するための時間を、お遊びに使いたくないだとか。

 三輪先輩以外の人間に頭を垂れるのを嫌っただとか。

 

 B月E日

 

 ……今日、俺は酷く落ち込んだ。

 昔、AやBと共に流したあの噂が再び広まっているようだ。どうやら先日のチーム戦で活躍し、さらに注目され始めた最上に嫉妬した奴が広めたみたいだ。

 というかBだった。

 ただ、Bもここまで酷くなると思っておらず、今は後悔して泣いているだろう。

 

 ……緑川が問い詰めてきたとき、なんで俺は嘘を吐いたのだろうか。

 Bを守るため? いや、違う。俺がただ怖くなっただけだ。

 多分、あいつも気が付いている……。

 あーあ。なんでオレ、あの時一緒になって馬鹿やったんだろう。

 

 

 B月K日

 

 あー、明日も訓練かー。というか、書くことが無いな。

 

 と思っていたら、あったわ。

 最上に対する陰口が最近無くなりつつある。

 まあ、A級トップクラスに鍛えられているあいつを敵に回したい奴なんていないだろうけど。

 それでも無くならないのは、人の汚いところか。

 俺が言えたものじゃないけど。

 

 

 

 C月A日

 

 あー、学校行くの面倒だなあ。

 訓練も怠いなあ。

 AもBも最近サボりがちだし、俺も休んでいいかなぁ。

 あと一月くらいランク戦でポイント稼げるし、正隊員になったら防衛任務あるし、今のうちにできることをした方が良いか。

 

 

 C月B日

 

 今日ランク戦をしていたら、久しぶりに最上を見かけた。いつもなら太刀川さんたちと訓練しているはずだが……その太刀川さんたちは合宿で三門市に居ないらしい。

 で、何となく最上のランク戦を見たんだが……やっぱ凄いなぁ。

 基本敵に近づいてスコーピオンで攻撃し、離れた相手にはバイパーで四方から攻める。時にはあの合成弾で吹き飛ばしたり……。

 ポイントも実力もどんどん駆けあがっていくなあ。

 あれでトリガー構成を模索中ってんだから大したものだよ。

 

 あと、いつの間にか最上を勝手にライバル視していたAはいつものようにうるさかった。

 

 

 C月I日

 

 

 今日は小さな近界民(ネイバー)の駆除で疲れた。

 

 

 D月A日

 

 

 久しぶりにボーダーに来たけど……色々と面白い噂を聞いた。珍しくAが興奮していた。Bはいつものようにサボっていたが。

 何でも、今日入隊した隊員が最上と同じように一秒切りをしたらしい。

 さらに基地の外壁を撃ち抜いたというスナイパー、あの風間さんと引き分けたB級にあがったばかりの隊員。

 Aも詳しい情報を調べているようだ。

 

 

 D月B日

 

 例の三人はどうやら玉狛支部所属の人間で、その一人――三雲修という男は最上とライバルなようだ。Aのような妄想ではなくガチのだ。

 しかし、納得できる話だ。

 今では城戸派の最上。玉狛派の三雲という構図が出来上がっている。

 珍しく来て話を聞いたBがアニメの展開みたいで面白いと言っていた。

 まあ、確かにそうだよな。

 ところで、その最上が最近見当たらないんだが……。

 

 

 D月C日

 

 最上はS級隊員になっていた。

 正直今も驚きでいっぱいで何が何だかという感じだ。

 Bは賄賂を使ったのか? とか言っていたがそれをAが否定した。どうやら上層部が直々に選んだそうで、前任者である迅悠一が指導しているらしい。そのせいで最近顔を見なかったらしい。

 

 しかし、今さらだけどあいつはホントに凄い奴だ。

 入隊時には既にA級隊員を圧倒する力を持っていて、短期間でB級に上がり、様々な記録を更新して、他の隊員に一目置かれて、そしてついには頂とも言えるS級隊員になった。

 本当、あいつは凄くて――羨ましい。

 あーあ。俺もあんな風になりたいな。

 




ここから下からは、前回の投稿後に頂いた感想についての感想です。
単なる独白みたいなものなので、読み飛ばしていただいても構いません。





それでは













三  バ  カ  人  気  す  ぎ


おかげで風間隊とか太刀川隊とかの印象が薄くなっちまった|д゚)
まあ、そうなるように書くようにしたのは私なんですけどねw
ちなみに、これを受けた三バカは「理解者ではない、真実に辿り着いた者だ!」などと述べており、以降本編に登場しないことが決定した。
そもそも接点がないので絡みをしませんがねw


ちなみに今のところワ―トリ◆フレンド(モガミンTS)の番外編を書くつもりはありません。
自分がそういうジャンルを書くのが苦手
どうしても想像できない
というか主人公の具体的な容姿とか明らかにしていない
等々理由がさまざまありますので、期待するだけ無駄かと。
期待していた(そこまで居るのか分からないが)方々には申し訳ありませんがご了承ください。


最後に一言。

生駒隊も王子隊もキャラ濃いなあw
昔のあだ名を偶然言われてへこむ主人公を書きたくなったw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迅の望んだ未来

この番外編は、正直本編の主人公とは別物です。
本編と直結して考えない方が良いです。


 

 未来は無限に存在する。

 何てことないきっかけで、未来は絶望にも希望にも染まり、それを変えることができるのは――もしかしたら居ないのかもしれない。当人たちからすれば、その未来が最高なのか、最悪なのか……実際のところ、分からないからだ。 

 しかし、とある未来視を持っている男は違う。

 だからこそ、こぼれ落したモノに涙し、過去を想い――夢を見る。

 

 

 この物語は、決して訪れない優しい未来。

 とある男が必死に手を伸ばし、しかし掴むことができなかった一つのIF。

 

 

 

 

 

【迅の望んだ未来】

 

 

 

 

 

「――んあ?」

 

 自宅のベットで寝ていた迅は唐突にその眼を開いた。

 体を起こして、ボーっとしたままの頭を働かせて、今感じている違和感の正体を探し続ける。

 

 ――なにか、大事なことを忘れているような……。

 

 まだ寝ぼけているのか、迅は太陽の光を遮っているカーテンを見て、次に自室の机に置いてある目覚まし時計を見て――一気に意識が覚醒した。

 

「――やっば、遅刻だ!」

 

 迅は急いでクローゼットから服を取り出すと、パジャマを脱ぎ捨ててそれに着替える。

 

「ったく、母さんも起こしてくれても良いのに……!」

 

 そして自室を出て階段を駆け下りながら、迅は思わず愚痴を零した。

 リビングに出た迅は、そこに居るはずの母が居ないことに首を傾げ――昨夜のことを思い出した。

 そういえば、今日の朝は早いと言われていたっけ。

 良い機会だから自分で起きなさいとも言っていた。

 机の上に置かれた朝食の作り置きを見つつ、全部自分のせいだと気付いた迅はため息を吐いた。

 

「はあ……こりゃあ参ったな」

 

 なんて言い訳しよう……。

 もう二時間も遅刻しているし、今から急いでも間に合わない。

 とりあえず、これを食べてから――。

 そう考えた所で、迅の耳にインターホンの音が響いた。

 

「……嫌な予感」

 

 まるで、今考えた怠惰な思考を読まれたかのようにタイミング良く鳴らされた来客のベル。しかし迅には、これから訪れる地獄の時間の開始の合図にしか思えず、かと言ってこのまま居留守を決め込んでも火に油を注ぐ行為でしかない。

 つまり、覚悟を決めるしかない。

 迅は足取り重く玄関へと向かい、その扉を開いた。

 そして、そこに居たのはやはりというべきか、迅が思い描いた予想通りの人が居た。

 

 玉狛のエンブレムが刻まれた上着を着こんだ少年――最上秀一は、いかにも怒ってますといった風に、仁王立ちしていた。

 その後ろには彼とチームメイトである三雲修、空閑遊真、雨取千佳も居り、それぞれ苦笑している。それは、目の前に居る秀一のご立腹ぶりか、またはボサボサの頭のままで明らかに寝起きな迅に対してだろうか。

 迅は引き笑いをしながら、おそらく自分の迎えに来たであろう後輩たちに向かって言い放った。

 

「――おはよう諸君! 今日も良い朝だね!」

 

 ――次の瞬間、トリオンで作られたハリセンで叩かれた。

 

 

 

 

「いや、おれから寝坊という特徴を取ったら何も残らないと思うぞ? あ、№1アタッカーっていう称号もあったっけ」

 

 もぐもぐと遅めの朝食を食べながらそんなことをのたまう迅に向かって、秀一はセクハラエリートっていう濃すぎる特徴があるから大丈夫だと言い放った。

 弟分のあまりにもあんまりな言い方に、迅は胸を抑えて後ろに体を倒した。自分、傷ついていますと言わんばりに。

 

 ちなみに迅が遅れた用事とは、彼らとの訓練のことで、それをすっぽかされた秀一は割と怒っていた。

 

「ソウイチさんも呆れていたぞ、迅さん」

「げっ、師匠まだ三門市に居たの? 確か今日は県外に行く予定だったような」

 

 出発時刻まで時間に余裕があった、と秀一は言った。それまで玉狛支部で時間を潰していた彼の父は、何時まで経っても来ない己の弟子に苦笑していたそうな。

 そのことを告げて秀一は深くため息を吐いた。己の父が、迅に対して甘すぎることに思う所があるらしい。そのことを告げると、彼の隣に座っていた遊真が反応した。

 

「シュウイチ、お前つまんない嘘吐くね」

「――!」

「ジンさんに嫉妬しているなら、ソウイチさんにそう言えば――」

 

 しかしそれ以上の言葉を遊真は告げることができなかった。

 彼の白い頭を掴むと、そのまま抑え込んだからだ。その時の秀一の顔は赤く、照れていることが良く分かった。

 こういう時、遊真の性格と彼のサイドエフェクトは最悪だと言えよう。

図星を突かれた秀一はそのことを言って欲しくなかったのか、遊真に制裁を加え続ける。

 

(……本当、仲直りできて良かったですね……師匠)

 

 昔、秀一と宗一の仲は最悪と言っても良かった。

 近界民(ネイバー)と日夜戦っていた宗一は、家庭を何処か疎かにしていた。本人もそのことを気にしていたが、時期が悪く、次第に息子との時間を取ることが出来なかった。

 迅は、それを気にして秀一が幼いころから面倒を見てきたが、やはり父に対して良く思っていなかった。

 

 だが――。

 

「最上、そこまでにしておけって!」

「秀一さん、遊真くんの背が縮んじゃう!」

 

 初めは父をギャフンと言わせるためにボーダーに入っていた秀一。その時の彼はまさに抜き身の刀そのもので、近づいていく人間が居なかった。例外としては、同じ支部所属の玉狛第一の面々、陽太郎くらいだが……それでも、兄貴分としてはあまり良い気持ちではなかった。

 しかし、それを変えたのは目の前に居る彼のチームメイトたちだ。

 兄と友を救うために遠征部隊を目指す千佳。それを手伝いたい修。そして近界(ネイバーフット)からやって来て、秀一と友になった遊真。

 彼らの存在が、秀一を変えたのだ。今ではしっかりと宗一と向き合うことができて、不器用ながらも家族として過ごす時間を増やしている。

 

 わいわいと騒ぐ四人を見て、迅は思わず笑った。

 

 

 

 ――でも、何故か胸の奥に何か引っかかるものがあった。

 

 

 

 

 そもそも、何故今日迅は秀一たちと訓練の約束をしたのか。

 それは、B級ランク戦まで残り僅かとなり、それぞれの仕上げに入ろうとしていたからだ。

 そこで普段から実力派エリートを自称している迅に仮想敵になってもらい、訓練の成果を彼に見せようとしていたのだ。

 

「うん、この前よりも皆強くなっている。これならA級に上がるのも夢じゃないぞ」

 

 正直な話、実戦経験が不足している修と千佳には若干の不安があるが、それを補うだけのスペックがある。

 千佳は膨大なトリオン能力。

 修は絡め手を主流にした戦術。

 今は成長途中だが、もし彼らに仕える手札が出来れば、もっと強くなり、A級は確実だろう。

 

 そして、そう言わせるだけの力をこの部隊は持っている。

 ボーダーに入る前から自分が鍛えていた秀一。

 近界(ネイバーフット)の戦場で日夜戦い続けてきた遊真。

 この二人の力は既にA級相当の物で、迅は次のランク戦が楽しみになって来た。

 

「うーん。これでも迅さんを倒せないのか。やっぱ連携の練習が必要だと思うぞ、秀一?」

 

 しかし、秀一は遊真のその発言に対して首を横に振った。

 アタッカー同士の連携はシビアで、場合によっては互いに邪魔をして勝てる相手にも勝てない、と。

 即興で練習しても付け焼刃でしかなく、こればかりは時間をかけてやるしかない。

 それを聞いた遊真はなるほど、と納得して頷いた。戦場で戦ってきた遊真もその辺りのことは理解しているのだろう。

 

「じゃあ、いつもように模擬戦でもしようぜ」

 

 ――今日こそは勝ち越してやる。

 

 そう言うと二人はトリガーを起動させて別室へと姿を消した。

 ライバル相手に切磋琢磨していく姿は、やはり良い物だ。

 迅がかつての太刀川と己のことを想い出していると、隣に居た修が息を吐いた。

 

「どうしたメガネくん? もしかしてまだ悩んでいるのか?」

「……はい。正直、ぼくはあいつらに助けられてばかりで」

 

 どうやら己の実力不足を気にしているようだ。

 理解はしているが、納得はしていない。そのように見える。

 それも、同年代の秀一と遊真が強く、トリオンの力が高い千佳に囲まれているのがそれに拍車をかけているらしい。

 割り切るには修は真面目すぎた。

 

「でも、メガネくんには千佳ちゃんや遊真、そしてあいつには無い物を持っている」

「え……?」

「それに気づいた時、多分メガネくんはもっと強くなれるよ」

 

 そう。あの秀一を仲間にできた修なら――。

 

「自信を持てよ、メガネくん」

「――はい!」

 

 気を取り直した修が元気に返事をし、それを見た迅もまた笑った。

 

 

 ――しかし、そんなことはあり得ない。

 

 

 

 

「チームとしてかなり成長して来たと思うぞ」

「まあ、あんたたちならかなりまあまあな所まで行けるわよ」

 

 秀一と遊真が十回ほど模擬戦をした後、丁度良い時間となり、玉狛の面々は昼食を摂る事にした。

 今回の当番は小南だったようで、チキンカレーを人数分作って待っていた。

 

 玉狛第二のメンバーは、玉狛第一のメンバーからそれぞれ師事を受けている。

 修は烏丸から。遊真は小南から。千佳はレイジから。秀一は迅から。

 ゆえに、彼らが玉狛第二の成長を喜ぶのは必然であった。

 

 レイジも小南も先ほどの迅との訓練を見ていたのか、口々に弟子たちを褒める。

 

「と言っても、実際にチーム戦をしていない以上油断は禁物だ。修も千佳も実戦経験が皆無だし、遊真はボーダーのトリガーにまだ慣れていない。秀一にしても集団戦の経験があまり無いしな」

 

 顔を輝かせていた修たちだったが、それを正すように烏丸が経験不足という欠点を彼らに突きつける。一転して難しい顔を浮かべる玉狛第二の面々だが、逆に言えば今言われたところを直せば、彼らは勝てるということだ。

 

「でも、本当意外よねー。あんたが修たちのチームに入るなんて」

 

 修たちと一緒に悩む秀一の姿を見て、小南は思わずそう零した。

 彼女の知る最上秀一という男は、誰かのチームに入り、切磋琢磨していくような人間ではない。コンプレックスである父の背中を目指して、何時かギャフンと言わせるのを目標としていた頑固な少年だった。

 しかし、最近の彼はなんと言えば良いのだろうか。

 そう、余裕がある。視野を広くし、己だけを見るのではなく、周りの人間にも目を向けている。

 

 そのことを指摘された秀一は、ぶっきらぼうに言い放った。

 

 このまま一人で腐るよりも良いと思った、と。

 

 しかしその言葉が彼の本音ではないことに気付かない小南ではない。烏丸によく騙されるが、姉弟当然に育った彼の言葉は照れ隠しに包まれた虚言だと見抜き、自然と彼女は修を見た。

 

「あんた、この堅物をどうやって引き抜いたのよ……?」

「いや、ぼくは別に……」

 

 タラリ、と冷や汗を流す修。何故なら、秘蔵通信を使って秀一に脅されているからだ。言ったら百回首を飛ばすと。

 小南と秀一の板挟みになり、タジタジになる修。

 相棒の遊真は目の前のカレーに夢中で、千佳はそもそも自分から何かを言う性格ではなく、レイジも烏丸も気になっているのか沈黙したままだ。

 

「こら修―! 教えなさいよー!」

「ちょ、小南先輩やめ!?」

 

 それを見て迅は笑っていた。

 少し前までは近界(ネイバー)を倒すことと強くなることに執着していた秀一が、今ではこうやって食卓を囲んでいる。

 それはとっても尊いもので――。

 

 

 ――決してあり得ないものだった。

 

 

 

 

「じゃあ、ぼくたちはこれで」

「お先に失礼しまーす」

 

 夕方になり、修たちは帰路に着いた。

 小南たちは防衛任務に赴いており、今この支部に居るのは迅と秀一だけだ。

 

「……おれたちも帰るか」

 

 迅がそう言うと、秀一は無言で頷いた。

 戸締りを終えて、迅たちも自宅に向かって歩き始めた。

 彼らの間に会話は無く、しかし決して気まずい空間ではなかった。

 

「――あ」

 

 そんな時、迅と秀一は全く同じタイミングで同じ言葉を発した。

 長く伸びた影の先には、二人の良く知る男が現れた。

 すると、秀一は顔をしかめっ面にしてその男――最上宗一の元に行き、次々と己の父に対して言葉を発した。

 

 今日は県外で仕事じゃなかったのか。

 迅兄さんに用事を押し付けるほど大事なことだったのか。

 帰って来るのなら、前もって言っておけ。

 

 どれもが愚痴であり、皮肉の混じったものだった。

 しかしもし遊真がこの場に居たら、彼は秀一のことを嘘つきと笑って言うだろう。

 ……いや、あれはサイドエフェクトがなくても分かることだ。

 迅の目には、親子が仲良くしているように見え、日の光で隠れているが宗一の顔は恐らく笑っているだろう。

 不器用な親子だ、と迅は柔らかい笑みを浮かべ――。

 

 

 

 

 ――ふと、迅は目を覚ました。

 

「……夢か」

 

 起き上がった迅の顔は――酷くやつれていた。

 ここ最近真面に寝ていなかったせいか、彼の生活リズムは狂っていた。そしてふと力が抜けてこうして深い眠りに着くことがある。

 そして決まって見るのは――訪れない未来。

 

 秀一は、玉狛に入らない。

 秀一は小南たちを知らない。

 秀一は、修たちを知らない。

 ――秀一は、己の父を知らない。

 

 彼のサイドエフェクトの暴走か、それとも疲労から来るものか、何れにしろ迅はこの夢を見続けていた。

 まるで、お前が捨てたものだと言わんばかりに。

 

「……起きたのか? じん?」

「……陽太郎か?」

「すごい顔だな。はやくあらって来た方がいいぞ」

 

 ギイ……と音を立てて部屋に入って来たのは林藤陽太郎だった。

 彼は迅のことを心配していたのか、何処か声にいつもの自信にあふれた色が無い。

 

(――子供に心配されるなんて、らしくないな)

 

 迅は立ち上がって、陽太郎の頭を優しく撫でる。

 

「――心配ご無用。なんせおれは、実力派エリートだからな!」

 

 彼はそう言って、いつものように笑った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最近俺の弟(分)のようすがおかしいんだが??

 

 珍しく、三輪は一人食堂に居た。

 コップに注がれたオレンジジュースをストローで混ぜながら、物思いに耽る。

 

 ――最近、妙に秀一が余所余所しい。

 

 防衛任務を終え、今日は焼肉でも奢ろうかと考えた三輪はいつものように彼を誘った。

 ここ最近の秀一は三輪から見ても頑張っている。

 A級隊員たちとの訓練のおかげか、共に戦っていると彼の成長が良く分かる。

 相変わらず過剰な防衛任務と連携の拙さは目立っているが、許容範囲内までには落ち着いてきている。

 

 ただ、三輪の性格上面と向かって褒めることができないため、こうして不器用ながらも形にしょうとしていた。

 しかし――。

 

「……」

 

 ――結構です。

 彼は冷たく、短く簡潔にそう言い放つと一人先に本部へと帰っていく。

 

 それが9月26日からずっと続いている。

 正直三輪は心が折れそうだった。

 突然自分に対する態度を変化させた彼に、当初は強く出て聞き出そうとしていた。しかしその度に彼は三輪を冷たく突き放し、次第に苛立ちを覚え、理由を考え――。

 

(――心当たりしかない!!)

 

サッと自分の顔が青くなるのを自覚する三輪。よくよく考えなくても、理由など決まっている。常日頃から繰り返している彼の言動が原因だ。

何処のツンデレヒロインの如く好意を裏返しにして罵倒する男を、快く思う人間が居るだろうか。これが異性なら漫画のようにちょっとしたスパイスとなるが、同性の三輪ではただの劇物でしかない。

以前スラリとした足の長い女性が好みだと言っていたことから、彼は普通に異性が好きである。つまり三輪が嫌われる……畏れられる可能性は十分高い。というか最近の彼を見ていれば分かる。分かったからこそ三輪は酷く後悔し、まるで体中に鉛弾を受けたかのような錯覚を覚える。

 しかし三輪自身も正直どうかと思っていたのだ。彼は玉狛の例のセクハラエリートのようにいけ好かない男ではなく、どちらかというと放って置けない大切な後輩だ。ぶっちゃけると弟のように思っている。だからこそ、三輪はなるべく厳しく接するようにしていた。戦いに身を置く以上、中途半端な甘えは彼に牙を剥き、いつか取り返しのつかないことになるかもしれないからだ。だから別に彼のことを疎ましく思っていたわけではなく、逆に気にかけていたからこその言動だった。

 しかし現実は非情である。以前米屋に「あんまし厳しすぎると反抗期起こすぞ?」と言われ、その時はお前があいつの母親かと呆れていた。しかし呆れて物も言えない状況に陥ったのは三輪の方であった。来ちゃったよ反抗期。反抗期の弟の対処法など三輪は知らないのだ。生前の姉なら何か知っていたのかもしれないが、今はもう居ない。そもそも自分は反抗期があっただろうか? あの優しい姉に反抗するなど考えられない。ああ、姉さん。俺はどうしたら良いんだ。

 

 カラコロカラコロストローで氷をかき混ぜ続ける三輪。ショックで混乱状態に陥っている彼は、周囲の人間が遠巻きに自分を見ていることに気がつかない。まあ、瞳から光を消して何かブツブツ呟きながらジュース飲んでいる近界民(ネイバー)絶対殺すマンが居たら誰だって気になるだろう。絶対に近づきはしないが。

 

 しかし、此処に勇者が居た。

 

「……秀次?」

 

 かつてのA級一位に三輪と共に所属していた男――二宮匡貴だ。

 

 

 

 

「それはお前の教育が温かったんだろう」

 

 勇者じゃなくて魔王だった。

 

「反抗する気概すら折ってやれば、お前もそこまで悩む必要なかったんじゃないか?」

「いや、それは流石に過激かと……」

「過激、か。俺はそうは思わないな」

 

 と、憂いを帯びた表情を浮かべて言う二宮に、ハッと何かに気がつく三輪。

 二宮は今でこそB級一位だが、それ以前は自分たちと同じA級隊員だった。しかし、とある事がきっかけで二宮隊はB級へと降格してしまった。

 それは、彼の部下である鳩原未来が重大な隊務規定違反を犯したからだ。それによって二宮隊は連帯責任で降格処分されてしまい、鳩原はボーダーをクビになった。

 そのような過去を持つ二宮からすれば、先ほどの言葉が出るのも仕方のないことなのかもしれない。隊務規定違反を犯す気が起きないほど支配していれば、と二宮は考えているのだろう。そうすれば二宮隊はあの頃のままで居られたはずだ……。

 

 そこまで考えた三輪は二宮を優しい目で見つめ……。

 

「二宮さん……」

「おい、なんだその目は。不愉快だからやめろこのブラコン野郎」

 

 何故か罵倒されてしまった。どうやら三輪はまだ回復しきっていないらしい。

 

(これは重症だな)

 

 それを二宮も察したのか、深いため息を吐いて呆れた視線を目の前の少年に向ける。

 

(真実を教えてやればこいつも落ち着くんだろうが……)

 

 それはあまりにも酷だと思った。

 ならばどうするか。しかし二宮は自分がどうするべきか理解していた。

 もう一度ため息を吐き、何故自分がこんなことを……とこの場には居ない彼女たちに悪態を吐く。

 

「……そもそも、俺自身よく分からん。今の俺の隊の奴らはそういうこととは無縁だからな。昔東隊に居た時は、俺もお前と同じ立場だったしな」

「……? 同じ立場とは?」

「俺も反抗する立場だったということだ」

「――え」

「おい、引くな」

 

 ドン引きする三輪に対して、二宮は額に青筋が浮かび上がる。

 

 かつての二宮は力が全てだと勘違いしていた。

 ボーダー随一のトリオン量を持っていた彼は、その力で暴れ回っており、戦術や戦略を軽視していた。それを問題視した忍田本部長が当時近界民(ネイバー)を殺すことのみに執着していた三輪と二宮、ついでに加古を東のところにブチ込み、無理矢理東隊を結成させた。

 

当然、二宮は反発した。自分には無意味なことだと。自分を使いたいなら、自分よりも強くないと納得できない。力を示せ。

そう東に言って、ランク戦を仕掛けた二宮は――惨敗した。

戦術や戦略を極めた東に翻弄された彼は、何もできずに敗北して――「戦略ってすげえ!」と己の隊の隊長に薫陶を受けた。

 

「だから、部下を仕付けるには東さんのように反抗心を根こそぎ奪ってやれば良いんだ」

 

 それ、二宮さんの例が特殊すぎるんじゃ……。

 比較的素直に東に従っていた三輪は、二宮から今の話を聞いてゲンナリとする。

 これが場を和ますための冗談だったら良かったのだが、本人は真面目に言っているのだから質が悪い。コスプレを嫌って隊服をスーツにした結果一番コスプレっぽくなる程度には、目の前の男は天然だ。天然魔王だ。なんだ天然魔王って。

 

 しかし結局三輪の求める答えは得られなかった。相談相手が三輪と似たような性格の二宮な時点で分かり切っていた結果だったかもしれないが。

 

 ――PPPPP。

 

 ふと、二宮の持っている携帯に着信音が鳴り響く。

 メールが届いたのか、二宮は画面を見てしかしすぐに顔をしかめる。

 どうかしたのか、と疑問に思っていると二宮が立ち上がる。

 

「ともかく、行動を改めるなりなんなりすれば良い。それと、俺は用ができた」

「はい。相談ありがとうございます」

「ふん……秀次」

 

 二宮は三輪の目を見て――凄く冷淡な声で言った。

 

「暴走はさせるな。それが上の者の義務だ」

 

 それだけを言うと二宮はその場から去っていた。

 彼の心中にあるのは、やはり止められなかった彼女のことだろうか。

 それを知るのは二宮自身だけだ。

 

「……ん? 陽介?」

 

 三輪の元に一通のメールが届いた。

 

 

 

 

「お疲れ様、二宮君」

「……」

 

 己の隊室に戻る道中、二宮は加古と出会った。

 しかしそれは偶然ではなく、予め彼女が待ち構えていたことを意味する。

 忌々し気に舌打ちをすると、加古を無視して通り過ぎようとする。加古はそんな彼の態度に微笑みを浮かべるだけで止めようとせず、しかし少しだけ感じていた疑問を口にする。

 

「でも意外ね。二宮君がこんなことに協力するなんて」

「……フン。気が向いた。それだけだ」

 

 たったそれだけを言うと、二宮は去っていた。

 遠ざかっていく彼の背中を見ながら、加古はクスリと笑うと。

 

「素直じゃないんだから」

 

 

 

 

 一体何の用なのだろうか。

 突如米屋から呼び出された三輪は、自分の隊室に向かって歩いていた。

 と言っても彼がこうして自分を呼びつける時は大抵碌なことはない。

 例えば報告書の手伝いとか勉強の手伝いとか模擬戦の相手だとか……。

 今日は気分が悪いから帰ってしまおうか。

 一瞬そう考える三輪だったが、どうせなら米屋にも相談することにした。絶対にからかわれるのが目に見えているが、背に腹は代えられない。笑ったら顔に重石を付けてやればいい。

 

 つらつらと考えていると、部屋の前に着いた。

 三輪は自分のトリガーを出して認証版に掲げると、部屋の鍵が開く音がする。トリガーを仕舞った三輪はそのまま扉を開けて――。

 

 

 

 

『誕生日おめでとうーーー!!!』

 

 大量のクラッカーが鳴り響き、三輪は目を白黒させた。

 目の前にはこちらを向いて笑顔を浮かべる三輪隊の皆と、彼が居た。

 何が起きたのか理解しようとする三輪の肩を組んで、米屋は彼を部屋に強引に居れて席に座らせる。

 

「これは、一体……」

「なに言ってんだよ、お前の誕生日会だろうが」

 

 ――あっと思わず声が出た。

 今日は10月2日。三輪の誕生日である。

 米屋に言われてようやく気付いた三輪に、奈良坂はやっぱりといった表情を浮かべる。どうやら三輪が忘れていることに気がついていたらしい。

 

「いやー、大変でしたよね。三輪先輩に気付かれないようにするの」

「そうね。気付かれないように準備するのはなかなかに苦労したわ」

「特にそこの二人には苦労させられた」

 

 そう言われて視線を向けられる彼と米屋。

 二人は頬に冷や汗を垂らして視線を明後日の方向へと向けた。

 何故なら、彼らのせいでサプライズが失敗するところだったからだ。米屋はうっかり口にしそうになったり、ケーキの予約を間違えたりと問題を起こし、彼は彼で三輪の前で挙動不審になるものだから三輪に不信に思われる始末。生まれて初めて祖父以外の誕生日パーティに参加するからと言って緊張しすぎである。興奮ではなく緊張する辺りがぼっちらしい。

 

 全てを理解した三輪は脱力して身を椅子に投げ出した。

 彼に嫌われたと思っていたのは、自分の勘違いだったことに気が付いてホッとしたらしい。恐れられているのは残念ながら事実だが。

 

「……ふん、くだらんことを」

「あっ! 秀次それは無いだろう! 準備するの大変だったんだぞ!」

 

 お前はそれ言っちゃダメだろう。

 そう無言で抗議する苦労させられた三人。

 彼は三輪の言葉を受けて、迷惑でしたか? と聞く。

 

 

 

「――いや、そんなことはない。皆、感謝する」

 

 そう言って三輪は笑った。

 姉を失って以来、姉の居ない日を数えるだけのものとなった己の誕生日だったが――今年は楽しむことができそうだ。

 三輪の笑顔を見た米屋たちは驚きの表情を浮かべ……しかしすぐに同じように笑顔を浮かべると自分たちも席に着いて――三輪秀次の誕生日を祝った。

 

 

 

おまけ

 

 Q 彼からの誕生日プレゼントは何でしたか?

 

 A ……気持ちは嬉しかった。だが、やはりあいつは俺のことが嫌いじゃないのか……!? くそ、これも全部近界民(ネイバー)のせいだ! そうに違いない!

 

 彼が何を渡したのか。それを知るのは渡した彼と渡された三輪だけである……。

  

 




セ――――――フ!!!
三輪さん誕生日おめでとう!

この日、この話を投稿できなくては鬼ィちゃんを使うことは許されない。
そう思っての今回の執筆活動でした。
最初はエピソード・レッド・バレッドを投稿しようとしたんですが、PCの不具合でデータ破損、全部消える、一緒にやる気も消える、回復に夜までかかると言った感じで色々と大変でした。
どうか楽しんでいただけたら幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もし彼が○○の隊に入ったら【その一】

この番外編は本編とは絡めないで読んでください。


――二宮隊の場合。

 

 なんだかホストみたいだ。

 三輪の紹介で無事二宮隊に入ることができた秀一。試験と評して二宮と十本勝負を行ったが……まさか二本も取れるとは思わなかったと少しだけ己に自信を持つ。

 そんな彼だが、現在新たなデータを加えたトリガーを起動しているのだが……少々戸惑っていた。

 ボーダー隊員の隊服はそれぞれの部隊で異なる。一貫して市民に要らぬ威圧を与えないようにデザインされているが……果たして自分が着ている()()はどうなのだろうか。

 改めて鏡を見ると、そこには黒いスーツを着込んだ自分が居た。ぶっちゃけホストみたいで、なんだかコスプレみたいだ。常々ボーダー隊員の隊服はコスプレみたいだと思っていたが……これはそれ以上だ。ものすごく、スタイリッシュです。

 

 比較的話しやすい犬飼にこのことを聞いてみると……。

 

「ああ。二宮さんコスプレを嫌ってこのデザインにしたんだけど、逆に浮いちゃってコスプレみたいになっちゃったんだよねー。あっ、本人このこと気づいていないから内緒ね?」

 

 と言われてしまった。

 

 最初は魔王の如く怖い人と思ったが……案外天然なのか? と彼は黒スーツを眺めつつそう思ったのであった。

 

【天然コスプレスーツのおかげで親密度アップ! しかし隊長はそのことに気づかず】

 

 

 

 

 影浦隊の場合。

 

「ったく、二宮の野郎。邪魔しやがって……」

 

 ジュージューと目の前のお好み焼きを焼きながら愚痴を零す隊長を見つつ、彼はハフハフと熱々の豚玉ソバ入りのお好み焼きを口に含んだ。

 少し前までは目の前の隊長が愚痴を零す度にビビり、それを感じ取った影浦がウザったいとキレて模擬戦をし、その理不尽に彼もキレて大喧嘩。それを何度かしているうちに、隊の中限定だが、彼は他人に対して怯えなくなった。荒療治だが、彼にとっては効果的だったようだ。

 で、目の前の隊長は何をイライラしているのだろうか? と考えるもすぐに理解した。おそらく先日行われたB級ランク戦ラウンド4のことだろう。確か、あの時影浦は玉狛の空閑と遊ぶと言っていた。しかし実際は……。

 

「てかおい秀一! テメエ東のおっさんはどうした!? 今度こそ仕留めるって言ってたじゃねーか!?」

 

 そう言われても……と彼は影浦から目を逸らす。

 彼も何度か補足はしたのだが、結局討つことができずそのままタイムアップとなった。あの人がガチで隠れたら見つけるのはムリゲーなのである。それに、二宮に見つからないようにしていたというのもデカい。

 それよりも――。

 

 彼は一つ気になったことがあった。

 それはチームメイトである絵馬ユズルが試合中に行った、とある行為についてだ。

 彼は聞いた。何故玉狛を助けたのか? と。結果的には犬飼を倒せたから良かったものの、ベイルアウトされたことを考えると、あの時撃つべき対象だったのは玉狛の狙撃手だったのではないか?

 

「……別に。ただ二宮隊が嫌いなだけだよ」

 

 彼の問いに対して、絵馬はそう答えた。

 絵馬と二宮隊。彼らに何があったのかを秀一は知らない。本人たちが話そうとしないし、彼も無理矢理聞こうとも思わないからだ。

 そして今言った言葉は嘘ではないだろうけど……本当の理由は別にある。

 目の前の少年はそういう奴だ。

 

「まぁまぁ。勝ったから良いじゃないの。久しぶりに一位になっちゃったし、このままAに上がっちゃう?」

「興味ねえ」

「別に良いよ」

 

 右に同じ、と彼も素っ気なく返した。

 以前は給料欲しさにA級を目指していた彼だったが、影浦隊に入隊して充実な日々を送っている今、金よりもこうして遊んでいる方が良い。

 それに、目の前の隊長が根付メディア対策室長を殴りつけて降格してしまっている以上難しいのではないだろうか? 上に睨まれると出世できないのは何処も一緒か。

 

「ちょっとちょっと。もう少しやる気だそうよ皆。他の隊だって頑張っているんだし」

「あー、うるっせーなー。他所の隊のことなんか知るかよ。オレァ楽しめりゃあそれで良いンだよ」

 

 ……まっ、この隊なら大丈夫だろう。

 

【充実な日々を送っているが、『カゲガミコンビはやばい』と裏で囁かれている】

 

 

 王子隊の場合。

 

「どうしてなんだ、最上……!」

 

 王子隊作戦室で一人の少年の悲痛な声が響いた。 

 その声に込められた感情はとても強いものであった。理解してもらえないという悲しみと理解してくれないという悔しさ。しかしそれは彼のことを仲間だと思っているからこそ抱いている感情だ。そこに相手に対する悪感情はない。

 対して彼もまた珍しく感情を表に出して王子に真っ向から反発していた。

 一人で居るところを半ば無理矢理王子隊に入れられた時は戸惑っていたが、今にして思えばそれは正しかったように思える。頼りになる先輩や友と呼べるくらいに親交を深めたチームメイトを彼は手に入れることができた。そしてそれができたのは目の前に居る自分の隊長だ。もし入らなければ、彼はずっと独りで居たのかもしれない。三輪隊には良くしてもらっているが、それでも彼は三輪隊にはなれないのだから。だから、そのことは本当に感謝している。しているからこそ()()()だけは譲れない。頭に血が昇っているのもあるのかもしれない。だが、彼は言わずにはいられなかった。

 

 いい加減、そのネーミングセンスがベイルアウトしたあだ名で呼ぶのを止めろ。

 

 ――戦争が始まった。

 

「どうしてだい? なんでそこまで『ジャンボ』が気に食わないんだ!?」

 

 そう言ってモニターに写されるのは彼と某アイスが謎融合を果たして謎の生命体EXへと変化したナニカ。王子の発言からするにどうやら彼のことを示しているようだが……その時点で彼の怒りはメテオラ状態だ。バイパーでハチの巣にして爆破したい。

 しかし彼は成長したのだ。ここは冷静になって自分が嫌だと思っている理由を5W1Hを使って懇切丁寧に目の前のプリンスの頭に叩き込まなくてはならない。

 

「僕は今回君のために一週間かけて考えたんだ! 最上→最中→モナカ→ジャンボと連想してデザインもエンジニアの人たちと相談して――」

 

 それ他の人にも言ったんかい!? と目を見開いてぶち切れた。今まで何とか外に漏れないようにしていた彼の努力は無駄に終わったようだ。明日にも米屋辺りが弄ってきそうだ。その後重石を叩き込まれるだろうが。

 とりあえず彼は弧月を抜いて王子を訓練室へと誘う。ひさびさに切れちまったらしい。

 

「良いよ……! 僕も君とは本気で語らないといけないようだ」

 

 そう言って二人は闘気をお互いにバチバチとぶつけ合って訓練室へと向かった。

 そんな二人を見送ってため息を吐くのは彼らとチームメイトの蔵内、樫尾だ。

 ここ最近見慣れた光景にいい加減飽き飽きとしているらしい。

 

「この後防衛任務なんですけど……気づいているんですかね?」

「好きにさせるしかないさ。遺恨を残した状態で戦場に立ってもらっても困る」

 

 と、言うものの蔵内たちはそこまで気にしていない。何故なら気づいているからだ。アレは彼らなりのコミュニケーションだということを。

 もし本当に嫌だったら王子も止めているし、彼だってああまで煽るように言わないだろう。互いの意固地によって始まったこのじゃれ合いだが、意外とチーム内の仲を取り持つのに役立っている。

 だがそれでも……。

 

「仲裁しないと止まらないってのも……」

「困ったものだな……」

 

 十五分経ったら迎えに行こうと決めた二人はそれぞれくつろぎ始めた。

 

【イケメンかつジャンボ呼びをしてくる王子は彼にとっては天敵。それでも基本優しいので仲は良い。なお上記のやり取りはランク戦の作戦会議の度に起きる模様】

 

 

 鈴鳴第一の場合。

 

 鈴鳴に入ってからだろうか。彼が常時トリオン体で居るようになったのは。

 それを見た周りは常に戦闘状態で居て、近界民(ネイバー)に備えていると思われているらしい。しかし実際の理由は別にある。それは……。

 

「おーい! 最上―!」

 

 鈴鳴支部に向かう途中、突然背後から声をかけられた彼はビクリと体を震わせた。

 他人に急に声をかけられたか――ではない。自分の名を呼んだ声に聞き覚えがあったからだ。そしてその声を聞いた彼は冷や汗を流してゆっくりと振り返った。

 その際に両手をフリーにするのは忘れない。

 

「こんなところで会うとは奇遇だね! 一緒に行こう!」

 

 遺書? 一生? と何故か目の前の先輩――別役太一の言葉が物騒な単語に聞こえてしまう彼。しかし彼はその理由を知っている。理屈ではなく直感で。理性ではなく本能で!

 そしてそれは今の太一の状態を見て確信に変わった。

 

「へへへ。今日は寒いからコンビニでおでんを買ってきたんだ~。あっ! そう言えば昨日話していた最上のお気に入りのゲーム持ってきた? 確か今日支部の皆で遊ぶんだよな! あ、でもその前に最上の報告書を終わらせないといけないんだよな。それにしてもお前も良いやつよ。わざわざ自分の報告書を後回しにして俺が書かないといけない重要書類を書いてくれるなんて……だから今日はそのお礼に手伝ってやるよ! あっ、それにサービスで大根一個あげる!」

 

 やめてくれ……やめてくれよ……(絶望)。

 マシンガントークもそうだが、何故出会ってフラグを幾つも建てるのだろうか。加えて相乗効果を起こしてより悲惨なことになりそうだ。いや、なる(確信)。未来視のサイドエフェクトはないが、未来が見えて絶望する彼であった。

 

 とりあえず心の準備はできたので、彼は半ば諦めた状態で支部に行き……。

 そこからはひどかった。

 

 来馬たちが居ないので先に報告書を片付けようとしたところ、案の定太一がミスをして五つあるストックが一つ減った。お詫びにと差し出した大根が落ちてさらにストックが一つ減った。急いで片付けようとして器を倒して一気にストックを三つ減らして彼の報告書は再起不能(リタイア)。そして気分転換しようとして彼が持ってきたゲームをセットしようとして別のおでんが入った床にぶちまけられ、それに足を取られた太一の手から彼のゲーム一式が宙に舞った。しかし彼は寸でのところで飛び込んで空中でキャッチし、そのまま顔からおでんに突っ込んだ。結果――。

 

「な、な、な、な……なによこれー!?」

 

 大 惨 事。

 太一の本物の悪とそれを止めようとトリオン体で動いた彼によって、支部のリビングルームは嵐が来たかのように荒れに荒れていた。辺り一面おでんの具と汁が撒き散らされており、頭に昆布を乗せた彼はため息を吐いた。

 

「太一! 最上くん! さっさと片付けなさい!」

「ひー!? ご、ごめんなさーい!」

 

 ――誰か弁護士を呼んでくれ。

 某最弱A級隊員のように呟きながら、トリオン体で居て良かったと現実逃避をした。

 匂いが付かなくて済む、と。

 

【本物の悪×コミュ障=究極の闇。彼らが過ぎ去った後に残るのは破壊の痕とその対応に追われる鈴鳴三人の姿のみ……】

 

 

 

 

 




本編も更新


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルート玉狛第二・第一話『最上秀一①』

こちらは本編の第33話と同時投稿しています。
本編を読みたい方はご注意ください。


 第二次近界民大規模侵攻。

 大きな分岐点を乗り越えた彼は、ぼんやりとその日のことを思い出していた。

 いつもよりも数の多い近界民(ネイバー)相手に独りで奮戦していたら、風間を倒した人型ネイバー、それもブラックトリガー持ちに奇襲され、辛くも勝利するもワープトリガー使いに拉致される。その後、何とか脱出するも、飛び出した先は遊真と激戦を繰り広げる老人と接敵。何とか遊真と協力して倒したものの、全てが終わった時感じたのは――悔しさだった。

 助けられなかった人が居た。第一次侵攻の時と比べると、被害はかなり抑えられただろう。しかし、彼は被害者が出たと聞いた時、とても胸の奥がざわついた。そして、金目当てでボーダーに入り、そこそこの実力があるにも関わらず、彼が出来たことは――とても少なかった。

 三輪は良くやった。お前は頑張ったと言ってくれたが、彼はそう思わなかった。

 この時初めて、彼は一人の力の限界を思い知った。

 

 どんなに力があろうと大局では意味が無い。

 もっと、役に立てる存在に――。

 

 それが、あの人との誓いなのだから。

 

 記憶に無い、あるはずの無い大切なことを無意識に思い出した彼は――一歩踏み出した。

 

 

 

 

 ――空気が重い。

 

 本部に呼ばれ、会議室に赴いた林藤支部長は突き刺さる視線に耐えながらそう思った。

 大規模侵攻を終え、被害がゼロとは言わないものの最小限に抑えたボーダーは、これからに向かって歩こうとしていた。そしてそれは彼も同じで、玉狛支部で色々と己にできることをしていた。

 そんな忙しい時に呼ばれた彼は何事かと思って来たのだが……。

 

『……』

 

 沈黙が痛い。

 というか、城戸派一同の視線が痛い。

 いつも鋭い目つきの城戸も心なしか、いつもよりも五割増しで眼光が鋭く体に穴が空きそうだ。鬼怒田と根付も面白くなさそうな顔をしており、明らかにこちらに対して不信感を抱いている。少なくとも、大規模侵攻を共に乗り越えた仲間に向ける物ではない。

 唐沢はいつもと変わらないように見えるが、灰皿にあるタバコの量から、彼がどう思っているのかが伺える。

 そしてなんと言っても意外なのが、忍田本部長だ。いつも中立を貫いている彼が、今回ばかりは城戸派の方に傾いており、林藤に……いや、玉狛派に対して厳しい視線を向けている。

 

 一体何が起きたんだ?

 

 そう思っていた彼に、城戸はゆっくりと、しかし力のこもった声で林藤に問いかけた。

 

「何を企んでいる、林藤支部長?」

 

 そう問いかけられて、真っ先に思い浮かんだのは先日捕虜となったヒュースだ。

 しかし、ヒュースの件はあの取引で解決したはずで、双方納得したはず。

 ということは別件だということになるが……彼には全く心当たりがない。

 そんな彼の態度を、惚けていると受け取ったのか、鬼怒田が机を強く叩き付けて怒鳴りつけた――林藤が唖然とする言葉を。

 

「――最上秀一が玉狛支部に異動届を出したことだ!!」

 

 思わず咥えていたタバコをポロッと落としてしまった林藤。

 しかし、そんな彼に構わず鬼怒田は続ける。

 

「貴様、どういう手を使った!? あの最上が何故玉狛に行く!?」

 

 近界民(ネイバー)を心底憎んでいる最上秀一。

 その復讐心から日夜トリオン兵を狩り続け、先日の大規模侵攻ではモールモッド789体、バンダー569体、バムスター612体、バド423体、新型トリオン兵ラービット11体を駆逐し、さらに単独でブラックトリガー持ちの人型近界民(ネイバー)を撃破し、その他の人型近界民(ネイバー)を退けさせた。加えて、一度拉致されるも、敵の遠征艇にダメージを与え、敵のトリオン兵の供給を止める等、様々な活躍をした。

 このように、彼は異常なほどの戦功を上げている。その原点には憎き敵を駆逐できるという暗く、しかし強い感情があったからこそだろう。そうでなければトリオンをぎりぎりまで酷使して近界民(ネイバー)を倒すはずがない。

 実際は金目当てだが。

 そんな風に思われている彼が、己と真反対の存在と言っても良い玉狛支部への異動を願う等、林藤か迅が何かしたと疑うに決まっている。

 現に、城戸司令達はこうして林藤を尋問しており、三門市の何処かでは鬼ぃちゃんが暴走して予知予知歩きしていた自称実力派エリートとジャンプ漫画のような熱いシーンを繰り広げている。

 それほどまでに秀一の行った行動は多くの者に動揺を与え、無駄に疑心暗鬼に陥れ、玉狛のツートップは何が何だか分からない、と混乱している。

 激しく問われても林藤は答えることができず、むしろこちらが聞きたいくらいだと反論した。

 

「オレだって、今知りましたよ」

「なんだと!?」

「そもそも、オレはあいつと接触をするのを控えている。迅もそんな大胆なことはできない」

 

 城戸派の鬼怒田と根付は信じていないが、少し考えれば分かる事だ。

 彼の過去を知るだけに、林藤は秀一と接触することはできない。

 そしてそれを理解している城戸と忍田は、だからこそ秀一の狙いに薄々気付いていて、だからこそ林藤を……玉狛を疑っていた。

 

「先日のアフトクラトルの捕虜は……このためか?」

「……? ――!」

 

 そして、林藤も城戸司令の言葉で、何故彼が玉狛に近づこうとしたのか理解した。

 

「その態度が演技かどうかはこの際どうでも良い。

 ――問題は、彼の復讐だ」

 

(そういうことか……!)

 

 今、玉狛はヒュースを捕虜として抱え込んでいる。

 ()()()()と違って生きた捕虜なので、玉狛支部に限らずボーダー全体として希少な価値のある近界民(ネイバー)だ。

 だが、そんなものは彼にとってはどうでも良い。

 今回攻めてきた近界民(ネイバー)の一人が、生きて玉狛支部に居る。

 ボーダーがどう思っていようと、どう考えていようと関係ない。

 近界民(ネイバー)は敵だ。仲間を殺した侵略者だ。仲間を攫って行った憎き敵だ。

 生かしておけない。

 ボーダーが殺さないなら、俺が――。

 

「林藤支部長……これは我々の推測に過ぎない。しかし、可能性の高いものだ。

 彼はあの近界民(ネイバー)を殺す気はないのかもしれない。

 彼はあの近界民(ネイバー)を知らないのかもしれない。

 どちらにせよ、この異動届を受理しなければ、彼に玉狛には何かがあると伝えるようなもの。下手に不信感を与えれば、彼の刃はボーダーに向く可能性がある」

 

 つまり、もう彼の玉狛行きはほぼ決まったも当然だ。

 無理矢理上から抑えたりすれば、周りが黙っていない。先日の戦いで、彼への注目度は大きくなっている。それに伴い、彼に憧れを抱く者、好意を持つ者も……。

 そんな時に、上層部が下手な行動をすれば、これから控えている記者会見にどのような影響を与えるか分からないからだ。

 

 そして、城戸たちは玉狛はこのことを見通していたと思っている。

 迅が未来視のサイドエフェクトを持っているだけに、余計に……。

 

「――最上秀一は本日付で玉狛支部に異動となる。林藤支部長……くれぐれも、彼の扱いを間違えないように」

 

 ――あ、胃が痛い。

 

 思わず、林藤は己の胃を抑えた。

 

 

 

 

 ――と、上層部一同が頭を抱えて悩んでいるなか、ここにもまた一人頭を抱えている者が居た。

 

「オサム、紹介します。新しい仲間のモガミシュウイチ君です」

 

 目を覚まして、色々な人が見舞いに来て、そして最後にやって来た相棒が連れて来たのは意外過ぎる人物だった。

 

 ――最上秀一。

 

 修が強くなるきっかけを作った人物の一人であり、そして自分とは正反対の位置にいる筈の人物。

 そんな人物が、遊真の隣に立って自分を見ている。

 彼は、修に頭を下げて自己紹介した。どうやら修のことをあまり覚えていないようだ。

 そのことに複雑だと思いながら、しかしそれも仕方の無いことだと納得させる。

 

「三雲修です……えっと、あの……」

 

 なんで自分たちのチームに?

 先ほど言われた遊真の言葉をまだ信じられない気持ちで居ながら、修は彼に聞いた。

 すると、彼は何処か照れた様子で――と言っても、ほとんど無表情なので遊真たちは気が付いていないが――次のように述べた。

 

 今回の大規模侵攻の際に己の力不足を実感した。

 それを補うためにも、そしてアフトクラトルに攫われた人たちを救うために最も適していると思ったチームが玉狛第二だった。

 

 そんな彼の本心を聞いて、修は自分が彼のことを勘違いしていたことを実感した。

 

(……冷たい人だと思っていた。でも実際は――)

 

「シュウイチってさ、意外と熱い奴だよね」

 

 遊真はそう言って笑みを浮かべた。

 その言葉を受けて、彼は頬を掻いてプイッと視線を逸らした。

 流石の二人も彼が照れていることが分かったのか、思わず笑ってしまった。

 そして修は痛みを感じて蹲る。

 それを見た彼が修を心配し、

 

「いてて……だ、大丈夫だ」

 

 修は、徐々に彼のことを知る。

 近界民(ネイバー)が嫌いだからと言って、三輪のように冷血な人だというわけではない。優しい人間だっている。

 

(いや……違う)

 

 優しい人間だからこそ、家族を奪っていった近界民(ネイバー)を憎んでいるんだ。

 三輪だって本当はそうだ。

 優しいからこそ、敵であるはずの近界民(ネイバー)と親和を望んでいる玉狛を嫌悪している。

 修は腹部の痛みよりも、今理解した痛みが一層気になった。

 

 

 

 

 修の見舞いを終えた遊真と彼は、近くのファミレスに寄った。

 ファミレスが初めての遊真はきょろきょろしており、友達と一緒に居ることで気分がハイになり正常な判断ができなかった彼はきょどきょどしている。

 彼はぼっちだった。ゆえに、人と接するのが苦手で外食をする際も、注文はいつも祖父に任せっきりだった。三輪たちとの焼肉会の時は、いつも米屋が注文を取るのでする必要が無かった。

 一度三輪と二人で行った――行く事になってしまった――時があったが、その時は追加注文をお互いせず、すぐに帰るという妙なことになった。

 

「ふむ……ここはどういう場所だ? 本部の食堂に似ているけど……?」

『どうやら一般向けに展開されている食堂のようだ。お金を渡す代わりに自分の選んだ料理を食べることができるらしい』

 

 こっそりと遊真はレプリカからファミレスの情報を得る。どうやらインターネットで色々と調べているようで、このファミレスのことも習得済みらしい。

 遊真はメニュー表を手に取って、難しい顔をして唸る。

 

「見たことがある食べ物と見たことが無い食べ物が一杯だ……」

 

 未知の食べ物を食すか、それとも無難に知っているものを食べるか。

 以前『かこちゃーはん』なるものを食べた時、遊真はトリオン体が崩れたかと思うほどの衝撃を受けた。何でも、時々出るアタリのようで、その時のことをあまり覚えていない。

 その後、しばらく食堂で炒飯が規制され、堤が二回くらい大地に沈むとか。

 ともかく、遊真は二択に迫られていた。

 

(このドリアっていうのとカレー……どっちにしようかなぁ)

 

 悩んでいた遊真は決めきれず、目の前の彼に聞くことにした。

 

「シュ……――!?」

 

 しかし、最後まで彼の名を呼ぶことができず、視線を横にズラして思わず硬直した。

 メニューを見つつ頭の中でテンパっていた彼は、しばらくして固まった遊真に気が付いて顔を上げた。そこには珍しく驚いた顔をしている遊真がおり、彼は遊真の視線を辿って――同じく固まった。

 

「……なにしてんの、あの人たち」

 

 窓ガラスに顔面を押し付けて遊真を睨み付けている三輪と、そんな彼を必死に背後から羽交い締めしている迅。

 ざわざわと周りの客に見られている先輩たちにドン引きしながら、彼は遊真の言葉にこう答えた。

 

 こっちが聞きたいと。

 

 

 

 

 

「おい、ネ……空閑。貴様、秀一に何をした」

「いや、何もしていないよ」

 

 ファミレスの中に入り、秀一たちと相席することなった三輪と迅。というよりもさせた。

 秀一の隣に座った三輪は、オムライスをもぐもぐと食べながら遊真を問い詰めていた。

 今回の大規模侵攻で落ち込んでいた迅は、急に自分に掴みかかって来た三輪にため息を吐いてスパゲティを食べる。

 

「嘘を吐くな。この馬鹿が玉狛に行くのには何か理由があるはずだ」

「ああ、うん。そうだけどさ」

「やはり何か企んでいるな、ネイバー!!」

 

 ネイバー? と隣で聞いていた秀一が三輪に聞く。

 すると、興奮して立ち上がっていた三輪はストンと座り……。

 

「聞き間違いだ。うめぃなァと言ったんだ」

 

 そう言って彼はオムライスを一口食べた。

 

 いや、ああ、うん。かなり苦しい。

 しかし大して気にしていないのか、秀一はそれ以上の追及をせず、頼んだステーキセットを食べ進める。

 三輪は、彼に遊真が近界民(ネイバー)であることを黙っているつもりのようだ。

 それは、まあこちらとしても有りがたい。しかし、それなら遊真のことを近界民(ネイバー)だと叫ばないでほしい。そもそも、さっきの行動のせいで周りの客がこちらにチラチラと視線を向けている。

 

「ねえ、あれって修羅場?」

「あの無表情な子を巡って、白い小さな子と目つきの悪いマフラーが争っているんだわ! きっと!」

 

 しかもなんか腐っている人たちが居る。トリオン兵よりも厄介かもしれない。

 彼女たちから見れば、そういう風に見えるみたいだ。

 しかし、そんなことなど露知らず、今度は遊真が三輪に問いかけた。

 

「そんなにシュウイチが玉狛に入るのが不満なの?」

「当たり前だ」

「……じゃあ、今からでも取り消す?」

「それじゃあ秀一が可哀想だろうがあああ!!」

「……えぇ」

 

 どっちみちキレるんかい。というかキャラ崩壊しているぞ秀次。

 そう突っ込みたかった迅だが、迂闊な発言はできない。

 というか帰りたい。何故なら……。

 

「修羅場、美味しいです」

「無表情っ子がちょっと涙目になったの可愛い」

「禁断の三角関係ですね、分かります」

「いや、あの変なサングラスの人も居れて総受――」

 

 ――迅は、強制的にシャットダウンした。

 これ以上聞いたらやばいと本能で言っていたからだ。

 サイドエフェクトが無くても分かる。

 チラリと視えた腐った未来に食欲を無くしつつ、どうやってこのブラコンを止めようかと考えて――そんな未来は無いことにため息を吐いた。

 

 

 

 

 防衛任務のため、三輪と別れた彼たちは玉狛支部に向かっていた。

 未来視でこれから起きる騒動に笑いつつ、そして林藤に合掌する迅。どうやら、未来視で林藤の胃にダメージが入ることは知っていたようだ。

 

「ここが玉狛支部だ」

 

 玉狛支部に到着した彼は、ポカンと口を開いていた。

 水の上に建っている支部に驚きを隠せないらしい。

 迅は説明しつつ、少し前に訪れた修たちのことを思い出していた。

 彼の反応は修たちと似ており、思わず笑ってしまったのだ。

 

「さあ、入ってくれ」

 

 中を案内するため、扉を開く迅。

 彼が玉狛に入る未来は確定している。しばらくしたら林藤が帰って来るため、それまでに何とかあの三人を納得させる必要があるからだ。

 

「あら、おかえり迅、遊真……」

 

 迅たち三人を迎え入れたのは、小南だった。

 お菓子のどら焼きを食べつつ迅たちを迎え入れ、そして続いて入って来た秀一の姿に頭を傾げた。

 

「……だれ?」

 

 コテンっと首を傾げる小南。

 その可愛らしい動作に異性に慣れていない――それどころか同性も――彼は、うっすらと顔を赤くさせる。

 そのことに気付かず、迅はポンッと彼の頭に手を置いて――。

 

「実は、遊真のお兄さんだ」

 

 さらっと嘘を吐いた。

 遊真と彼は「何言っているんだこの人」と呆れた目を向けていた。しかし、二人の考えは違う。彼はそんな嘘に騙される人なんていない、と。そして遊真は――。

 

「――え!? うそ!?」

 

 あっさりと騙されることを知っているが故に。

 彼は信じられない目で小南を見ている。これほどまでに騙されやすい人間を、彼は見たことないからだ。祖父が居れば苦笑して「お前が言うな」と言うだろうが。

 小南は、彼と遊真の顔を見比べる。

 

「う~~~ん……確かに何処となく似ているわね」

 

 疾風迅雷モードの時の彼だったら、髪の色と目の色が同じなのでそう思えるかもしれないが、今の彼は平時の時そのものだ。

 迅の嘘にすっかり騙された小南の目には、二人が兄弟に見えるようだ。

 単純というか純粋というか。

 

 しかし、小南は中身がいささか残念だが、見た目は完全な美少女。

 そんな美少女にジッと見つめられた彼は、視線をあちらこちらと忙しなく動かして、赤面し、鼓動が早く鳴る。

 彼の妙な態度に小南が首を傾げ、他の二人はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 どうやら彼の異常に気付いたようだ。そのことに気が付いていないのは当人たちのみ。

 

「どうしたんですか?」

 

 小南の声が聞こえたのか、部屋の奥から烏丸が出て来た。

 ちなみに、レイジと千佳は修の見舞いに行っている。

 

「あ、とりまる! あのね、此処に遊真のお兄さんが来ているのよ!」

「遊真のお兄さん?」

 

 小南の言葉に疑問符を浮かべながら、烏丸は彼へと視線を向け――一瞬目を細めた。

 しかしすぐに表情を戻すと、迅のした行為を瞬時に悟っていつものように彼女に嘘を吐く。

 

「ああ。この前迅さんが言ってた空閑秀一さんですか。確か、小南先輩と同い年の」

「え、うそ!?」

 

 迅に合わせるどころかさらに嘘を被せて来た。

 これには迅さんもにっこり。

 小南はさらに騙される。

 

「う~ん……でも背が小さいような……あ、でも遊真も小さいし……」

「……なんか、あれだな。おれがシュウイチの弟だってこと疑っていないことに腹が立ってきた」

 

 同い年なのに。

 

 友だと思っているからか、それとも背が小さいことを気にしているのか、遊真は静かに怒りを覚えていた。

 その感情を感じ取った彼は苦笑いを浮かべるしかない。というか着いて行けない。

 

「でも、遊真のお兄ちゃんの名前、どっかで聞いたことあるような……」

「そりゃあそうですよ。だって、彼は遊真の兄ではなく、最上秀一……同じボーダー隊員なんですから」

「……え? じゃあ遊真のお兄ちゃんって言うのは――」

「はい。嘘です」

「――」

 

 そして烏丸はあっさりと嘘である事を彼女に明かした。

 小南はビシリと固まり、最初に遊真の兄だと宣った迅を見た。

 

「いやー、まさか信じるとは。この前も同じ嘘吐いたし、流石に騙されないかと」

「迅さん、つまんない嘘吐くね」

 

 果たして、その嘘はどっちのことだろうか。

 全てを理解した小南は、プルプルと震えて怒りを充電し……。

 

「だ~ま~し~た~な~!!」

「はっはっはっは」

 

 ガジガジと迅の頭を噛んで怒りをぶつけていた。

 しかし予めトリオン体になっておいた迅は痛みを感じず、そのままされるがまま。

 未来視のサイドエフェクトはやはりズルい。

 

 じゃれ合う二人を置いて、烏丸は彼の前に立った――固い表情で。

 

「で、何故彼が此処に居るんだ?」

 

 烏丸は小南と違って彼の噂のことを知っているのだろう。

 先ほどの様子とは打って変わり真剣な表情だ。

 

「おれたちのチームに入ることになった」

「本当にそれだけか?」

 

 ――何か別の目的があるのではないか?

 

 暗にそう言う烏丸。彼のことを知っているだけに、遊真の言葉を信じ切ることが出来ないでいた。

 近界民(ネイバー)親和派の玉狛の監視にやって来たのではないか。

 それとも……。

 

「今のところは大丈夫だよ、京介」

 

 彼のことを疑う烏丸を止めたのは迅だった。

 優しい笑みを浮かべて烏丸を真っ直ぐ見ていた。

 ここ最近見ていなかった迅のそんな顔を見て、烏丸は驚いた。

 

「迅さんのサイドエフェクトがそう言っているんですか?」

「いいや。おれ自身がそう思って、おれ自身がそう言っているんだ」

「……」

 

 絶対の自信を持って言われたその言葉に、烏丸はしばらく沈黙して――肩の力を抜いた。

 

「……そういうカッコいいことは、小南先輩を振りほどいてから言ってください」

 

 未だに噛みつかれている迅に向かって、烏丸は呆れたようにそう呟いた。

 




Qこの世界のモガミンはクロノスの鍵って認識されていないの?
A運良くされていませんが、エネドラをノーマルトリガーで倒す手腕を見込まれて拉致される。しかし自力で脱出してヴィザ翁を遊真と倒したりとある意味本編よりも凄いことしてる。
結果

かなり危険な男(Byワープ女)
そうとうヤバい男(Byジェットゴリラ)
ぶっちぎりでイカれた男(By根暗軍師)

と認識されており、本編とそこまで相違ないのかもしれない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 小ネタ

本編じゃなくて申し訳ありませんが
ワートリ再開を祝して!!


 ――これは、ちょっと未来のお話。

 

「まったく……普段から点検を怠るからこうなるんだ」

 

 鬼怒田開発室長の小言に、彼は素直に「すみません」と謝る。

 いつものようにトリオン兵を狩り尽くしていた彼だったが、防衛終わりに突如トリガーが不具合を起こしてしまいこうして開発室に赴いた。

 

 トリガーは未知なテクノロジーが使われて、地球に存在する科学の何歩先も行った技術を持つ代物。とはいえ、定期的なメンテナンスは必要だ。

 それを怠った結果、彼は頭の先から黒い煙を吐き出し、チームメイトであるちょっと戦えるようになったボンボンお坊ちゃまには「ついにバグったか秀一くん!?」と心配された。

 貶された、とは思っていない。……思っていない。

 

「ったく……とにかく。とりあえず、貴様のトリガーは直しておく。それまで、このトリガーを使っていろ」

 

 呆れた様子でそう呟いた鬼努田は、彼が普段防衛任務で使っているトリガーとは別の物を渡してきた。

 ただ、それを受け取った彼は酷く困惑した。

 何故なら、彼が今手に持っているのは――C級隊員用のトリガー。

 掌に乗ったトリガーを呆然と見ながら、視線を鬼努田に移す。その視線には、若干抗議の色が含まれており……そこそこ長い付き合いのある鬼努田はそれに気づくと、フン! っと鼻を鳴らして言った。

 

「限りある正隊員用のトリガーを渡す訳に行くか! これに懲りたら、定期的にメンテナンスをしろ!」

 

 どうやら、罰も含めての行動だったらしい。

 理由を述べられた彼は、早々に諦めてトリガーを起動させる。

 すると、最上隊の隊服は展開されず、かつて愛用していた黒い訓練服が展開された。

 髪型も当時のデータが呼び起こされたのか、前髪が下ろされている。

 唯我に見つかったらまた何か言われるな、と思いつつ髪先を弄る彼に鬼努田は言った。

 

「今日中には直してやるが――それまで大人しくしていろよ! 問題起こすなよ!

 間違っても、人型近界民とガチバトルしたりするなよ!?」

 

 フリじゃないからな! と叫ぶ鬼努田に頭を下げながら、彼は開発室を後にした。

 しばらくラウンジで時間を潰そう、と。

 

 

 ◆

 

 

 先日、とある一人の少年がボーダーに入隊した。

 仮入隊を果たし、訓練でも好記録を残す少年の名は――仮に佐藤と名付けよう。佐藤は充実する日々を過ごしていた。

 周りからの羨望の視線や、先輩方からの期待の眼差しは心地良いものだ。

 普段から自己顕示欲の高い彼は、ボーダーに入って良かったと思える程に、訓練を楽しんでいた。

 順調にポイントを稼いでいた彼は、あともう少しで正隊員になれる。その前に、ボーダーについて調べておこうと過去の戦闘記録を見たり、友人Cという同級生かつボーダーでは先輩から話を聞き、自分の目指すべき場所を知った。

 特に、自分が使っている弧月の使い手や高い戦闘能力を持つ正隊員については調べ尽くした。中でも、特に気になるのはやはり、とある一人の男だろう。

 その男を勝手にライバル視した彼は、段々と普段の格好や物言いが変化していき――助言をした後に、久しぶりに同級生と会った友人Cはこう言った。

 

「ヤクザに憧れて、形から入るにわかそのもの」

 

 まさにその通りで。

室内でサングラスをかけ、白の訓練服を無理矢理に黒に変えた佐藤は――調子に乗っていた。

 

「だから言ったろ? 銃手も射手も近寄られたダメなの。その前に倒さないと」

「はい……はい……」

「じゃ、後は頑張ってね」

「はい、ありがとうございます……」

 

 自分よりもポイントの低い者を捕まえ、無理矢理レクチャーし数時間拘束する。

 経験浅い者は初めは感謝こそするものの、時間が経つに連れて辟易として最後にはそそくさと逃げていく。まさにありがた迷惑。

 気づかぬは本人のみ。

 良い事をしていると思っているだけに、質が悪い。

 

「ふー……今日も未来の仲間の力になれたぜ」

 

 ちょっと甲田のナルシストも移っているのかもしれない。

 佐藤の姿を見つけ、引き返すC級隊員も多いなか、彼はまたもや獲物を見つける。

 

「ん? あれは……」

 

 視界に入った途端、すぐに気づいた。

 何故なら、その訓練生は佐藤と同じように黒い服を着ていたからだ。

 それを見て、佐藤は自分に憧れたのか――と思う程頭の中がお花畑ではない。

 奴は違う――彼は、()()()に憧れたのだと確信した。

 佐藤はすぐに動き出した。ズンズンと歩き出し、そのC級隊員の元に向かうと……。

 

「オレは佐藤太郎! 良かったら、色々と教えてやろうか?」

 

 そう素敵な笑顔で、彼――最上秀一に宣った。

 いきなりそのような事を言われた秀一は、パチクリと目を瞬かせた。

 

 

 ◇

 

 

 知人の隊員たちから、訓練服で居る事をからかわれ、ラウンジからランク戦室に逃げた秀一は、全く知らない人間に捕まってラウンジにUターンした。

 幸い、先ほどからかって来た隊員たちは居ないものの、遠巻きからジロジロと見られている。しかし、見られ過ぎてその辺りの感覚が麻痺している秀一と、色々と鈍い佐藤という男は気づいていなかった。

 

「――つまり。お前みたいに点数の低い……1000ポイント代の奴らは、もっと上の奴らにガンガン挑めば良い。負けてもリスクは少ないし、戦うだけでもリターンはある」

 

 だからだろう。訓練生が鼻を高くさせて、正隊員に講釈垂れるという奇妙な光景ができるのは。秀一は普段自分から物を言わないタイプで、今も「あの時そうすればなぁ……」と昔を思い出し、佐藤はそれを感銘を受けていると勘違いする。

 佐藤によるB級への講義が行われた30分。ようやく終わりかと立ち上がろうとした秀一を、佐藤がさらに言葉を続ける事で、椅子に縛り付けた。

 

「そして、此処からが大事だが――正隊員になってから気をつけるべきこと……というよりも、気を付けるべき人について知っておいた方が良いな」

 

 俺の情報網じゃあ、色々といるが……攻撃手のお前にはこの三人だ。

そう言って、彼は三本の指を立てた。

 

「まずは玉狛の白い悪魔こと――空閑遊真だ。

 奴の身なりはちっこい中学生だが、その実力は折り紙付きだ。何せあの三雲修の右腕なんだからな。

 何でも、入隊してすぐに攻撃手上位ランカーとバチバチやり合うだけの力を持っていたらしく、初めて挑んだランク戦では疾風怒濤の勢いで勝ち進んだらしい」

 

 秀一は、懐かしいなぁと昔を思い出して遠い目をし……。

 佐藤太郎に「ちゃんと聞け」と頭をポカリと軽く叩かれた。

 それを見た取り巻き数人が逃げた。

 

「ったく……。

 んで、その戦闘スタイルはスコーピオンとグラスホッパーを使った高速戦闘だ。

 記録で見たが……ありゃあ別格だな。スタイルが違うっていうのもあるが。俺じゃあとてもじゃないが、真似できない。

 攻撃手以外が近寄られると――すぐに死ぬぜ?」

 

 攻撃手以外のポジションは、基本寄られたらやられる件について。

 というか、攻撃手の勝ち筋は基本接近しなくてはならない件について。

 少し気になった秀一だったが、彼はコミュ障だった。

 故に、だんまりと目の前の男の話を聞いていた。

 

「で、次の人物だが……こいつもまた色々とぶっ飛んでいる。

 名前はヒュース・プロドスィア。()()最上隊の所属しているヤベー奴だ」

 

 チームメイトが悪く言われてムッとする秀一。

 しかし、佐藤太郎に「良いから黙って聞け!」と肩を強く押されてしまい、椅子に座り直した。

 それを見た取り巻き数人が悲鳴を上げた。

 

「人が折角忠告しているっていうのに……。

 で、このヒュースって奴だが、こいつもまたさっきの空閑並みにヤバい。

 急にB級になったかと思えば、元Å級の銃手をボコボコにして、しかも舎弟にしたらしい。

 とにかくこいつはトリオン操作が上手くてな、()()()とトリガー構成が似ているが戦闘スタイルが全然違う。

 でも、だからこそ最上隊を今の地位までに引き上げたんだって、俺は思うね。

 ただ、自尊心が強いらしくてな。度々部隊の奴らと衝突しているらしい」

 

 ※秀一と唯我のセンスに物申しているだけである。(本人たちに自覚無し)

 

「そして、最後に最も気を付けるべき男の名は――最上秀一!!」

「――!!」

 

 意義あり! と秀一は立ち上がって抗議した。

 しかしこれを佐藤。却下と張り手で返す。

 バチーンッ! と乾いた音が響き、取り巻きたちはトリオン体なのを良い事に、自分の指で目を潰した。どうやら、私は見てませんと取り繕うつもりなようだ。

 

「実は、今まで紹介してきた奴らには共通点がある。

 それは、入隊してすぐに話題になった奴らだ。

 彼らはすぐに頭角を現して瞬く間に話題となった。

 だが、最上秀一は他の二人と毛色が違う。

 奴は、バリバリの城戸派で近界民を憎み、第二次大規模侵攻ではトリオン兵を狩り尽くしたらしい。加えて人型近界民を恐怖のどん底に落としたとか……。

 さらにランク戦では、自分で部隊を作ってほぼ一人でB級上位に昇りつめた……」

 

 秀一は耳を塞ぎたかった。しかし佐藤に腕を掴まれてできなかった。

 こうして、自分が過去にやった事を力説されると、なんというか照れる。

 腕を掴まれていなかったら、悶えていただろう。

 

「だが、あの人の真の恐ろしさは――新人潰しだ」

 

 ――ん? なんか、今までの流れと変わったぞ。

 それを感じ取った秀一だが、しかし彼は止める事ができない。

 何故なら、コミュ障だから。

 

「あの人は、三輪隊長と同じように近界民を凄く憎んでいる。そして力を付けた。

 初めは、ただ自分が強ければ良いと思っていたみたいだが――それも変わった。

 あの人は、己の強さを周囲にも求めだした」

「???」

「あの人は、B級に上がった隊員を――尽くC級に落とした。まさにふるいにかけるように」

 

 ……え? と思わず彼は声を出した。

 

「あの人は、自分の方法でボーダーを強くしようとしている。だから、ようやく正隊員になった奴を捕まえて――再び突き落とす」

「――」

「恐らく、そこから這い上がった人間なら真に強くなるって考えているんだろうな……。

 水の中で苦しんで苦しんで、ようやく息を吸おうと水面に出た瞬間、グイッと水底に引き摺り込む。

 ここだけの話、あの人の影響でボーダー辞めた人結構居るぞ」

 

 現在のボーダーは質も量も昔と全く違う。

 ゆえに、秀一の暴挙は許された。

 秀一たちの行った偉業で注目が集まったボーダーには、()()()人間が入る。

 だからこそ、昔に比べて正隊員になる人間は増えたし。

 何かしらの理由で、すぐに辞める人間も増えた。

 上層部にとって都合の良い状態で……。

 

「――」

 

 なお、秀一はただ友達を作ろうとしただけである。

 上位ランカーたちとバトる感覚で襲い掛かれば、そりゃあトラウマにもなる。

 弁護のしようが無いほど、自業自得だった。

 しかし――。

 

「だからこそ、俺は尊敬と同時に軽蔑している。

 あの人のやり方はただの暴力だ。俺みたいに、じっくりと教えてやれば後輩は育つ。

 その辺が分かっていない。だから、いつの日にか力を付けて、負かして、言ってやるんだ。

 

『勘違いするな。お前のやり方では、三門市を守れない』

 

 ってな。

 だから、お前も気を付けろよ。あの人に憧れるのも良いが、自分の立場をしっかりと理解しな? 目を付けられたら、ヤバいぞ?」

 

 と、自分が憧れた事を隠しつつ、そう言った。

 リスペクトしまくっているが、周りの評価から彼は普段からこのように言っていた。

 さて、散々心をズタボロにされた秀一は能面のような顔で頷くと、開発室に帰ろうとする。

 今日はダメージが大きかったようだ。

 

「あっ。そう言えばお前の名前を聞いていなかったな」

 

 そう言って、佐藤太郎が彼の名前を聞こうとしたその時……。

 

「――此処に居たのか、シュウイチ」

 

 佐藤の背後から、彼のチームメイト・ヒュースが現れた。

 

「……え?」

 

 突然の要注意人物の登場に、佐藤の体はギシリと固まった。

 え? なんで此処に居るの? と。

 しかし、ヒュースは佐藤をチラリと見た後、秀一の元へ来ると。

 

「キヌタから預かっていた。お前のトリガーだ。

 キヌタが壊れる前に、さっさと返せと言っていた」

 

 そう言って、ヒュースはトリガーを彼に渡し――バシュンッと秀一のトリオン体が入れ替わった。どうやら、鬼努田が細工を施していたらしい。

 そのおかげで、佐藤の前に居た新人隊員はこの世界から抹消され――超危険人物SYUUICHIが現れた。

 

「え? え? え?」

 

 佐藤は、目の前で起きた事に頭が追い付かなかった。

 何故? 何が起きた? WHY?

 今まで講釈垂れて偉そうにしてさっきの自分は消え失せ、今は何故か冷や汗だらだらと震えている自分が居る。

 

「――」

「そうだな。さっさとキヌタに返しておけ」

 

 秀一は、真っ白になっている佐藤に言葉少なくいつも通りの調子で声を掛けた後、その場を後にした。

 尚、佐藤フィルターでは、一睨みされた後鼻を鳴らされたように感じた。ただの鼻息である。

 しかし、佐藤の受難は止まらない。

 

「おい、そこのお前」

「は、はいぃいい!!」

「お前の価値観を人に話すのは勝手だが――自分の立場を理解しておけ」

 

 それだけ言うと、ヒュースはその場を立ち去り。

 佐藤は――一週間引き篭もり、ボーダーを辞めた。

 

 その後、彼の友人である友人Cは、本人からこう聞いたらしい。

 

「最上秀一の、新しい新人いびりを受けたって言ってたな……。

 そう、今噂になっているアレ。

 あえて訓練用トリガー使って新人のフリして、自分を敵視している奴に近づいて、喋らせるだけ喋らして素性をバラす……。

 何と言うか、その――惨いよなァ……。

 A級に偉そうな顔してアドバイスしていたっていう羞恥心と、本人の悪口言っていたっていう恐怖心を一気に煽るんだからさぁ……」

 

 ――実際は、ただの事故である。

 

 なお、秀一も少しだけ隊室に引き篭もったが――親友と相棒の喧嘩を止める為に、すぐに出て来たらしい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【B級ランク戦・疾風編】
第30話


新章突入です
B級ランク戦前半
ガロプラ戦
B級ランク戦後半と続いていきます


 己を、超える(キリッ)。

 などと似合わないシリアス調で言い、A級を目指していた彼だったが、早速一つの壁にぶち当たった。

 オペレーターになってもらえそうな人が居ないのだ。

 正確に言うと、フリーで何処の部隊にも所属していないオペレーターが、である。

 彼は祖父と電話をした後、早速勧誘をしようと本部に向かったのだが……。

 

「ひい!? 悪鬼羅刹ゥ!?」

「ひい!? 近界民殺し!?」

「ひい!? 冷血の王!?」

 

 フィルターをかけて、かなりオブラートに包まれた記憶だが……彼はだいたいこのような感じで逃げられた。

 オペレーターの大半は可愛らしい女の子ばかりなので、余計に彼は傷ついた。

 涙目になって距離を取られて、何とか用件を言えたかと思えば泣かれながら逃げられる。

 ぼっちな彼は当然異性との交流は少なく、密かにそういう青春というものに憧れていた。しかし現実は非情である。任務中は普通に接すことができるのに、何故プライベートになるとこうなるのだろうか。恐らく永遠に解明されない謎だ。

 彼は、思わずボーダーを止めて実家に帰りたくなったが、何とかギリギリ踏み止まった。

 彼にはまだプランがある。プランAが破られた以上、プランBを始動させるしかない。

 

 

 

「あら? 珍しいわね、最上君」

 

 早速彼は目的地である三輪隊の隊室に向かった。

 そして出迎えたのは、彼とよく話すランキング二位の月見蓮だ。背後には、報告書を書いているのか、三輪隊の面々が机に座って作業している。米屋は難しそうな顔をして唸っていた。どうやらこういう事は苦手らしい。彼がやって来たことに気が付いた彼らは、それぞれ軽く挨拶をし、彼もそれを返す。

 彼女は突然訪問した彼に気を悪くした素振りを見せず、薄く笑って招き入れた。

 

「丁度、良いコーヒーがあるの。良かったら飲む?」

 

 彼女の気づかいに対して、彼は申し訳なく思いながらも断った。

 彼は、どうもコーヒーの苦さが好きになれない。いわゆる子ども舌だ。

 月見は、それを了承すると冷やしてあった麦茶を出して使われていない机の上に置いた。

 彼の話を聞く、ということだろうか。

 促されるまま彼は部屋に入り、椅子に座って月見と向かい合った。

 

「それで、今日はどうしたのかしら?」

 

 彼が此処にやって来た理由に興味があるのか、丁度休憩しようとしていたのか、三輪たちはそれぞれ飲み物と菓子を出した。

 月見の問いに対して、彼は先ほどまでフリーのオペレーターの子たちに放った言葉を、そのまま目の前の彼女に投げかけた。

 

 ――自分の隊のオペレーターになってくれませんか?

 

「ブフォオ!?」

 

 その言葉を聞いた三輪はコーヒーを吹き出し、饅頭を食べた米屋はむせ、書類をまとめようとした奈良坂は紙吹雪を作り、古寺は眼鏡をずり落とした。

 対して、言われた本人である月見は……。

 

「え……?」

 

呆然としていた。

あ、かわいいと最もダメージの少なかった古寺が、普段見られない月見にギャップを感じていると、三輪が高速で彼の元に飛び掛かり問い詰めた。

 

「ど、どういうことだ最上!」

 

 三輪の剣幕にビビりながらも、先日のステーキの一件からか、彼は答えることができた。

 

 自分は過去の自分を超えたい。

 

「ああ。なんとなく分かる」

 

 そのためにも、自らBからAに上がるべきだと思っている。

 

「ああ。それも分かる」

 

 そのためにはランク戦に出ないといけない。

 

「ああ。その通りだ」

 

 だから月見さんを誘って部隊を作りたい。

 

「な ぜ そ う な る。

 何処かの部隊に入れば良いだろう! なのに何故貴様は一人で! ソロで! 単独で! 殴り込もうとしているんだ!!?」

 

 この時期に募集をかけても集まる者などいないだろう。寄せ集めのチームなど、ランク戦経験のある彼らにとっては良いカモだ。

 つまり、彼は三輪の言うように一人でランク戦に挑むことになっている。

 やはりあの時話題作りに振ったあの言葉がいけなかったのだろうか。変な知識を付けてしまったのが原因なのだろうか。

 少なくとも、三輪にも原因があり、だからこそ強制的に辞めさせることなどできなかった。

 

「落ち着いて三輪くん」

 

 そんな彼を諫めるのは月見だ。

 彼女は彼の瞳をジッと見ると……ふうと息を吐いた。

 放っておけない、と思ったのだろうか。彼の瞳からは幼馴染の彼と似たような輝きがあった。だからこそ――支えたくなった。

 

「良いわ。受けましょう、その話」

「月見さん!?」

「三輪くんたちも十分強くなったし、丁度良いのかもね。後続の子を見つけたら、正式に最上隊のオペレーターをしましょうか」

 

 それは、事実上の三輪隊からの脱隊宣言だった。

 しかしそれは、三輪たちの成長を認めた上での発言であり、優しい物であった。

 そして、彼らが成長したのは、できたのは目の前の彼だ。

 別に恩返しというわけではない。ただ、彼と一緒に暴れるのも楽しいかも、と思ったからだ。

 

「と言っても、急な話だから今シーズン中は三輪隊との兼任になると思う。それでも構わない?」

 

 彼女の問い掛けに、二人とも頷いたのであった。

 

 

 

 

 ――二月一日。B級ランク戦初日。

 

 彼は、控室に向かって歩いていた。月見からそろそろランク戦が始まるから来いとメールが来たからだ。

 

「――最上君」

 

 ふと、背後から声をかけられる。

 彼が振り返ると、そこには意外な人物が居た。

 ボーダーの最高責任者――城戸司令。

 彼は軽く挨拶をすると、城戸司令も返した。

 

「結成おめでとう、と言った方が良いのだろうか」

 

 その言葉に対して彼は素直に礼を述べ、しかし城戸司令は瞠目すると……口を開いた。

 

「……やはり、許せないか」

 

 それは、彼に対しての問いなのか。独り言なのか。

 しかし、彼はその言葉の真意を察することができず、頭をかしげる。

 許せない……その言葉は、彼とはほど遠いものだ。

 ふと頭に過ぎったのは周りの人々……しかし、それはお門違いだとすぐに払拭する。

 

「……いや、何でもない。ランク戦、頑張りたまえ」

 

 城戸司令はそう言うと、その場を後にした。

 結局何をしに来たのか分からないまま、彼は月見の待つ控室に向かった。

 

 

 ――今日の相手は手強いのだから。

 

 

 

 

「よし、もう一度作戦を確認するぞ」

 

 控室にて、玉狛第二は最後のミーティングを行っていた。

 今日が彼らの……そして彼のデビュー戦だ。

 初めてのランク戦に、修は緊張し、それを見た他の二人は逆に落ち着いていた。

 

記録(ログ)を見る限り、間宮隊、吉里隊は問題ないと思う。問題は……最上だ」

 

 彼がランク戦に参加すると聞いた時、修は驚いた。

 何故この時期に? 彼が記憶を無くした今、何を考え、何を想ってそう選択したのか修には分からない。

 しかし、一つだけ分かるのは……彼がA級への道の一番初めの壁で、そして何れ超えなくてはならない存在だということ。

 だからこそ、修は……いや、修たちは何としても彼に勝つ必要があった。

 

「記憶を無くしているとはいえ、あいつは強い。ぼくの知る限り、入隊時点で緑川に10対0で勝ち越している」

「ふむ……おれもまだトリガーに慣れ切っていないから、勝てるかどうか微妙だな」

 

 一応全員彼の動きを記録(ログ)で見てきたが、修と千佳は近づかれたらまず勝てない。遊真でさえ良くて五分五分と言ったところだ。

 

「狙撃に弱いみたいだけど……」

「ごめんなさい……私、まだ」

 

 確実に彼は倒す方法ならある。しかし、玉狛第二にはそれをすることができない。

 千佳の謝罪に修と遊真は気にするなと言う。

 彼女の力を頼らなくても、彼を倒す方法は他にもあるからだ。

 話し合った結果、その方向性で行く事に決まり、しかし修はまだ迷っていた。

 

「でも……良いのか空閑? お前は――」

「おれたちはA級を目指すだろ? そしてこの一戦は絶対に勝たないといけない……それに――」

 

 自分はもう迷わない。

 全力で当たり、そして勝つ。

 それが、友に対しての礼儀だ。

 

 遊真は、心中でそう呟いた。

 

 

 

 

 誰もがこの一戦に注目していた。

 誰もがこの戦いを待ち望んでいた。

 ――誰もが、彼らの存在に高揚していた。

 

「皆さんこんばんは! 海老名隊オペレーターの武富桜子です! 

 B級ランク戦新シーズンいよいよ開幕。初日、夜の部を実況していきたいと思っています!」

 

 桜子の明るい声が多くの者の耳に届き、今か今かとランク戦の開始を待ち望む。

 

「今回、解説席にお越し下さったのは、『オレのツイン狙撃(スナイプ)見た?』でお馴染みの……」

「どうもー。佐鳥賢でーす」

「そして、その佐鳥先輩と同じ隊である……」

「木虎藍です。よろしくお願いします」

「はい、どうぞよろしくお願いします!」

 

 注目度の高さから、非番のA級隊員の姿がちらほらと会場に見え、席に着けず立ったまま観戦している者も居た。

 

「それにしても、何で最上はいきなりB級ランク戦に参加したんだ?」

「やっぱ、あの三雲修が出るからじゃあねえの?」

「なるほど。壁として立ち塞がる、って感じか」

 

 噂を信じている隊員たちは、桜子の実況を聞きつつそう判断した。

 あまり彼らを知らない人間からすれば、今日の戦いはライバル同士の激突……となっている。

 しかし、件の彼らを知っている者からすれば話は変わって来る。

 仕事を終わらせて観覧席に着くことができた嵐山は、周りの話を聞きつつ隣の時枝に視線を向ける。

 

「充はどう思う?」

「そうですね……正直、噂の方はデマだと思います」

「ふむ……何でだ?」

「彼は、玉狛第二のメンバーに対して思入れが無いからです」

 

 最上秀一の記憶喪失を知っている者は少ない。

 A級以上の隊と一部のB級隊員と少人数だ。

 彼は今大勢の人間に注目されている。大規模侵攻の際に、彼の戦闘風景がネットに流出してしまっているのだ。

 その結果、彼に憧れて入隊を希望する民間人が増え、既に入隊しているC級隊員たちは意欲的に訓練に励んでいる。

 

 そんな彼が記憶喪失だと判明するとどうなるのだろうか。

 少なくとも、言いふらす必要はない。

 

 そんな数少ない人間の一人である時枝は、木虎のランク戦の初歩的な説明を耳にしながら、自分の見解を己の隊長に述べる。

 

「彼は三輪隊以外にはあまり関心がありません。最近はそれも改善されていましたけど……。

 そんな彼からすれば玉狛第二は初対面の相手であり、おそらく彼自身はノーマークです」

「ふむ……そうか」

 

 嵐山は、あの時のことを思い出す。

 自分の弟と妹の通う中学校にイレギュラーゲートが開き、隊務規定違反を犯すことを承知の上でトリガーを使った修。そして、そんな彼を助けた遊真。

 あの時、秀一は修に感謝していた。自分が間に合わなかったことを気にして、上層部に訴えたほどに。

 

 しかし、彼はそのことを覚えていない。

 

「……」

「嵐山さん」

「ん、何でもないよ。ただ――」

 

 ――結果はどうあれ、この戦いは見届けたい。

 

 入隊時から何かと気にかけていた三人を思い出しながら、嵐山はそう言った。

 

 

 試合が、始まった。

 

 

 

 

 それぞれの隊員たちが転送され、試合が開始される。

 定石通りに合流を果たそうと、吉里隊と間宮隊は動いた。しかし、そんなものは関係ないと突っ込んでいく者たちが居た。

 遊真と彼だ。

 B級下位など相手にならない。自分の実力から来る自信がそうさせたのか、彼らは最速で接敵した。

 

 間宮隊、吉里隊はそれぞれ自分たちに向かって来る敵を見据えた。

 吉里隊の元には遊真が、間宮隊の元には秀一が向かっていた。

 

「動きが止まったところを集中攻撃だ! 落ち着いて行け!」

「はい!」

「はい!」

 

「全員、追尾弾の用意を!」

「了解!」

「了解!」

 

 しかし、誰もが分かっていたのかもしれない。

 

「――な!?」

 

 吉里隊は、遊真の動きを見切ることができずスコーピオンで斬り裂かれた。

 遊真にとって、B級下位である彼らの動きは止まって見えた。

 相手が反応する前に急所を斬り裂くその姿は、見事と言う他ない。

 

「バカな!? 三人分のハウンドを、見切ったーー!?」

 

間宮隊は、三人同時の両攻撃によるハウンドの嵐を叩き込もうとしていた。

 しかし、彼のサイドエフェクト『体感時間操作』が、その嵐の中にある安全圏を彼にじっくりと教えた。

 彼はハウンドの誘導半径を見切ると、グラスホッパーで前へと出た。

 そして二つのスコーピオンを手に、すれ違いざまに間宮隊を一掃!

 シールドを展開させる間もなく首を撥ね飛ばすその姿に、観覧席に居た隊員たちは首を抑えた。どうやら夏の思い出を思い出したらしい。

 

 

 開始から五分と経たず、二つの隊がリタイアした。

 玉狛第二、最上隊にそれぞれ3ポイント加算される。

 そのことを聞かされた彼は、思わず眉を顰めた。当初の予定では、獲られる前に獲るつもりだったのだ。

 だが、それでも想定内。

 彼は、ゆっくりと背後を振り返る。

 

「……シュウイチ」

 

 吉里隊を倒した遊真が、彼の前に立っていた。

 既に戦闘準備に入っている彼は外界の聴覚情報を得ることができない。

 油断なく二つのスコーピオンを構えて、目の前の小さな敵を見据える。

 

(……思えば、シュウイチと戦うのは初めてだ)

 

 遊真も、スコーピオンを構える。

 

(なんでだろうな……こいつの記憶を取り戻すのに、なんでこいつを倒さないといけないんだろう)

 

 なんて皮肉なんだろう、と思った。

 救いたい、取り戻したいと思った友が、自分の前に立ち塞がっている。

 いや、違う。自分たちもまた、彼の前に立ち塞がっているのだ。

 何故彼がランク戦に出たのかは分からない。だが、記憶喪失のことと無関係ではないことは、何となく分かる。

 そう考えると、酷く滑稽だと思う。

 

 ――だが。

 

(なんでだろうな……)

 

 遊真は――笑っていた。

 

(なんで、おれはワクワクしているんだろうな)

 

 大規模侵攻が終わった後、遊真は強く願っていたことがあった。

 それは、彼と遊ぶこと。

 彼の戦士としての実力は高く、遊真は戦いたいと思っていた。

 病室で記憶喪失と聞いた時は諦めていた願いだが――今、それが叶った!

 

(――どっちみち、おれはこいつと全力で戦わなくちゃいけない。だったら!)

 

 

 

「今、この瞬間だけは――全力で行かせてもらう!」

 

 ――遊真が、駆けた。

 




エピソード・オブ・レッドバレッドが書けず
かと言って本編が書けるかと言えばそうでも無く
モガミンが玉狛第二に入るIFストーリーが書けた。
でも少なくとも、本編のB級ランク戦が終わらないと公開できそうにないです。

などと建前を書きましたが、投稿遅れてすみませんでした。
鬼ぃちゃんと主人公の出会い編はしばらく延期しそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話

 

 遅くなった世界の中、彼はグラスホッパーで前へと飛び出した。

 加速する体。展開される刃。倒すべき相手。

 それらを一心に受け止めながら、彼は今自分ができる最大の力を発揮する。

 

 彼のスコーピオンは、遊真のスコーピオンで受け止められる。

 首を狙ったが故に分かりやすかったのだろうか。または、急所の防ぎ方を心得ていたのか、遊真は余裕を持って彼のスコーピオンを見送る。

 そして、今度は自分だと言わんばかりに鋭い一撃を彼に叩き込むが、彼からすれば百戦錬磨の剣技ですら、良く見える太刀筋だ。

 

 斬る。弾く。突く。受ける。

 距離を取る。近づく。不意打ち。フェイント。守る。攻める。

 

 両者共にスコーピオンで相手を攻め立て、しかし実力が拮抗しているのか、互いにダメージを与えられずにいた。

 

 二十合ほど斬り合った二人は、全く同じタイミングで後ろへと下がった。

 これ以上やり合っても無駄に時間を浪費すると判断したのだろう。

 不意打ちを警戒しつつ、相手を見据えた。

 

『久しいわね。上位アタッカー以外に苦戦しているあなたを見るのは』

 

 通信越しに話してくる月見の言葉に、彼は内心同意する。

 彼の記憶は、丁度ポイント集めをしていた頃だ。その時彼は、一部を除いたB級アタッカーを相手に圧勝していた。当時、太刀川や風間たちから扱かれていた彼は、自分の実力を疑うほどには心を折られていた。だからこそ、個人戦で勝ち続けていた時、彼は少しだけ自分に自信を持つことができた。アタッカー四位の村上に惨敗して再び折れかけたが。

 

 話を戻そう。

 彼は、度重なる強者との戦いで、相手を三つのタイプに分けている。

 一つは、己の全てを出しても勝てない『頭のおかしいタイプ』。

 サイドエフェクトを使っても勝てず、何故負けたのか理解できないほど上から捻じ伏せてくる理解不能なタイプだ。それに該当するのは太刀川だ。

 もう一つは、サイドエフェクトを使えば勝てる『彼に優しいタイプ』だ。

 動きが単純な者。素早い動きに反応できない者などがこれに該当し、相手をするならこのタイプを最も望んでいる。

 そしてもう一つのタイプは――『勝てるかどうか分からないタイプ』だ。

 彼の戦闘スタイルは、相手の急所を素早く突く短期決戦型だ。サイドエフェクトの関係上、自然と確立されたスタイルで、故に彼を前にして長時間立っている者は――彼の天敵だ。時間が経てば経つほど、彼は常人以上の戦闘時間を体感し、疲弊していく。

 そうなれば隙が生じ、彼は何度か格下に負けたことがある。

 

『どうする? このまま空閑くんと戦う? それとも――』

 

 彼は、このタイプの相手と相対した場合二つの方法を取る。

 一つは、疲弊し切る前に倒す。

 もう一方は、一度離脱して仕切り直す。

 しかし、これらの方法を取っても勝てる可能性は低い。

 

 だが、今回はチーム戦だ。

 彼には共に戦う仲間は居ないが、相手は違う。このまま時間を掛ければ掛けるほど、敵が集まって来る可能性がある。

 が、そんなことは、この戦いに赴く時から分かり切っていたこと。

 彼は、このデメリットをメリットとして考えることにした。

 敵に仲間が居ると考えるのではない。

 上を目指すためのポイントが増えたと考えるんだ。

 

『……そう、分かったわ。あなたがそうしたいのなら、私はそれに従うまでよ』

 

 彼の言葉を聞いて、月見は敵の位置情報を彼に教える。

 それを確認した彼は――グラスホッパーを使ってその場から跳び去った。

 

「――! まさか」

 

 彼の行動を見て、遊真の顔つきが変わる。

 急いで彼の後を追うが、グラスホッパーを持っている彼の方が機動力が上だ。

 

『あの反応から察するに、向かう先に居るのは三雲隊長かしら?』

 

 マップ上にあるトリオン反応の数は彼を含めて三つ。

 通常スナイパーは、近づかれれば何もできず落とされる。ゆえに、基本はバッグワームを使って敵から身を潜める。

 そのことを考えると、月見が補足した相手は修ということになる。

 距離を取っていることから、遊真が落とされた時はそのまま時間切れを狙っていたのだろうと月見は推測する。

 

『サイドエフェクトは極力使わないようにね。何時スナイパーに撃たれるか分からないから』

 

 彼は、ぐんぐんと遊真を置き去りにしていく。

 このまま行けば、遊真が追いつく前に敵を視認し、そしてそのまま倒すことができるだろう。

 ひとつ気掛かりなのは、位置的に挟み撃ちにされていることだろうか。

 しかし、彼の実力を考えると然程問題ないと月見は考える。

 

『敵との距離、およそ60m。これでもう緊急脱出(ベイルアウト)できないわ』

 

 月見のその言葉と共に、彼も敵の姿を視界に捉えた。

 レイガストを片手に持った修が、彼を静かに見据えている。

 あの時の記憶が蘇ったのか、彼の頬には冷や汗が垂れる。

 

「アステロイド!」

 

 通常弾が放たれるが、サイドエフェクトで見切った彼はスコーピオンで全て斬り裂く。

 そしてそのままグラスホッパーを踏んで、修の首に向かって高速の斬撃をお見舞いする。

 

「グッ……!」

 

 それを修はシールドモードのレイガストで防ぐ。

 シールドモードのレイガストの強度は凄まじく、スコーピオンの一撃や二撃は容易く防ぐことができる。しかし、シールドとは違って形状を自由に変化させることができないのが弱点だ。それを知っている彼は、錯乱させるために修の周りを縦横無尽に跳ね回る。

 グラスホッパーを複数枚使用した技――乱反射(ピンボール)

 本来なら視界が激しく動くのだが、彼のサイドエフェクトによって解消され、彼はあらゆる角度から修の隙を探した。

 先ほど彼の一撃を受け止めた際の踏ん張り、レイガストの構え方、アステロイドの照準。これらの要素から、彼は修を倒せる敵と判断し、遊真が落ち着く前に確実に狩るつもりだ。

 

 色褪せた視界の中、修は跳ね回る彼を捉えようと必死になっている。

 しかし、明らかに追い切れていない。

 二十四枚目のグラスホッパーを踏んだ時、彼は今まで最も狩れる瞬間を見つけた。

 左前へと跳ぼうとしていた体を無理矢理捻じ曲げる。その力を利用して彼は高速で回転しながらスコーピオンを展開。そしてそのまま修の首を、背後から斬りかかった!

 

 ――獲った!

 

 月見も、彼も、観覧席で見ていた隊員たちも、誰もがそう思った。

 ――彼らを除いて。

 

「――っ!! テレポーター!」

 

 修の姿が掻き消え、少し前に現れた。

 その結果、彼はスコーピオンを振り切った状態で修の前に――否、玉狛第二に晒すことになった。

 

『最上くん!』

 

 月見の警告が入るのと、彼の立っていたアスファルトが爆発するのは同時だった。

 しかし、サイドエフェクトを使用していた彼はそれに気づかず、爆風で宙に投げ飛ばされる。視界がひっくり返り、先ほどまで立っていた近くの家が吹き飛んでいるのがはっきりと見えた。

 

 そして、自分に向かって真っすぐ飛び掛かる遊真の姿も。

 

 降り注ぐ瓦礫を無視して、彼は振るわれたスコーピオンを受け止める。

 鋭い太刀筋だが、彼なら十分対応できるレベルだ。しかし、今回ばかりは悪手だった。

 いや、もしかしたら既に結果は決まっていたのかもしれない。

 蹴りを放とうとしていた遊真を弾き飛ばしながら、彼は己の敗北を悟った。遊真と入れ違うようにして細かく分割されたアステロイドが彼の体に向かって突き進んでいた。

 彼は現在両手にスコーピオンを展開しており、しかも遊真を弾くために両腕を全力で振り抜いた状態だ。シールドも、叩き斬るのも間に合わない。

 

「……!」

 

 ゆえに、彼はしっかりと己の目に焼き付けた。

 自分を倒した相手の姿を。超えるべき壁を。

 そして、こちらを真っ直ぐ見据える男たちの瞳を。

 

 

 

 

「試合終了! 最終得点は玉狛第二が生存点を含めて6点。最上隊が3点。吉里隊、間宮隊0点の、玉狛第二の勝利です!」

 

 桜子の試合終了の声を合図に、観覧席に居た隊員たちは驚きの声をあげた。

 吉里隊、間宮隊が開始早々に全滅させられた時は、言っては悪いが予想通りだった。強いて言うなら、遊真の動きがB級下位の物ではないことくらいだろう。

 ただ、この結果は……最上秀一の敗北は予想外だった。

 

「最上が負けた……?」

「嘘だろ。あいつがB級以下の隊員に負けているところなんて久しぶりに見たぞ!」

「やっぱり噂は本当だったんだ……!」

 

 彼らの視線は、自然と彼を撃ち抜いた者へと注がれる。

 玉狛第二の隊長、三雲修。

 勝利を収めた彼は、遊真とハイタッチをしていた。

 

「強い! 強いぞこのチーム! 生存点含めて一気に6得点を得たァ!!」

「桜子ちゃん落ち着いて落ち着いて……」

「まあ、私は当然の結果だと思いますけどね」

 

 玉狛の大躍進に武富は興奮したようすで実況を続け、それを佐鳥が宥めようとする。しかし、そんな二人とは対照的に、木虎は冷静に今回の試合の評価を口にした。

 最上秀一や玉狛第二の面々のことを知っている彼女からしたら、玉狛第二の勝利――最上秀一の敗北は分かり切っていたことだと述べる。

 その言葉に観覧席にいた隊員たちは、一斉に彼女へと視線を向けた。

 

「ど、どういうことでしょうか木虎隊員?」

「……最上隊長は確かに強いですが、それは一対一の場合に過ぎません」

「しかし、間宮隊を一瞬で撃破しましたよ?」

「それは単に彼のレベルが違うだけです。それに、真正面からの攻撃は彼にとっては脅威でもなんでもありません」

 

 加えて、彼は出水からシューターとしての戦い方を学んでいる。

 その中には当然ハウンドのことも学んでおり、弾の動き、当て方、防ぎ方、避け方などを()()()()知っている。

 

「話を戻しますが……彼は他に仲間が居ない以上、点を取るには自分で動かなくてはいけません。しかし、一人の相手に拘っていると挟み撃ちにされたり、スナイパーの餌食になったりします」

 

 それを嫌ったからこそ、彼は遊真を置き去りにして取りやすい点である修を狙いに行った。

 彼が行えるいつも通りの最適解だ。月見のサポートもあり、決まれば彼が勝つ未来もあったのかもしれない。

 しかし、そのいつも通りがダメだった。

 

「彼は強いです。それこそS級隊員に認められるほどには。

 だからこそ、相手は彼のことを徹底的に調べ上げ、十分な対策をしていた」

 

 体感速度のサイドエフェクトのメリットとデメリット。彼の戦闘スタイル。行動。癖。弱点。崩し方。

 それらを出し切った玉狛第二の勝利は――なるほど、確かに当然の物だと言える。

 

「対して、彼は病み上がりにも関わらずランク戦に挑み、自分の強みを、実力を、全てを出す前に負けました。

 一人では勝てない。そのことを知らない彼ではない筈なのに――」

「……木虎ちゃん」

「……今のは失言でした」

「――まっ、最上隊員には確かに戦闘員が欲しいかもね。全部一人でするのは大変だしね」

「な、なるほど! 確かにこのB級ランク戦は一人で勝ち上がれるほど簡単ではありません! この一戦をバネに、彼がどのように立ち回るかも見ものですね!

 それと玉狛第二の今後の活躍も!」

 

 今回の試合でそれぞれの暫定順位が決定した、

 玉狛第二は14位に一気に上がり、次の試合相手は鈴鳴第一、柿崎隊、漆間隊との四つ巴に。

 最上隊は15位まで上がり、次の対戦相手は常盤隊、早川隊、海老名隊との四つ巴となった。

 

「――って、次私たちの隊とだあああああ!?」

 

 そして、武富桜子の悲鳴を最後に、B級ランク戦初日・夜の部は終了した。

 

 

 

 

「木虎ちゃんの言う通りよ」

 

 木虎の辛辣な、しかし正論な言葉でダウンしていた彼を月見が追撃した。

 

 今回、月見は玉狛第二に負けると分かっていた。

 より正確には本調子ではない彼がこのまま戦うと……。

 そして、月見は事前にそのことを告げ、それでも彼は勝ちに行くと言った。

 

 にもかかわらずこうして負けてしまったのだから、彼は恥ずかしく思っていた。

 

「どうする? このまま続けるの?」

 

 月見の言葉に、彼は即答した。

 ランク戦はこのまま続ける、と。

 

「また負けるかもしれないわよ?」

 

 それでも、だ。

 彼は月見の目を真っ直ぐ見てそう言い――。

 

「――なら、何故強くなろうとしないの?」

 

 彼女の強い視線に撃ち抜かれた。

 強くなる努力。そう言われて彼は思わず反論した。

 自分は、この戦いのためにたくさんのことを頭の中に叩き込んだ。時間が無かったため、粗はあったと思うが、それでも何もしていないと言われるのは心外だった。

 

 しかし、彼らしくない発言である。普段の彼なら小さくなって謝るのだが。

 まるで、何かから必死に目を逸らそうといているようだ。

 

 そして、月見はそれを見抜いており、チームを組んだ以上指摘しないわけにはいかない。

 月見は、彼の目を真っ直ぐ見て言った。

 

「あなた、過去の自分の記録(ログ)を見たのは何回?」

 

 そう言われた彼は――目を逸らした。

 答えは――ゼロだ。

 今の態度でそれが分かった彼女は深いため息を吐く。

 

「……あなたが自分の知らない自分にコンプレックスを抱いているのは分かっているわ。

 でもね、あなたが確実に強くなるには、追いつくには、超えるには、A級になるには――必要なことよ」

 

 彼女の言葉は正論だ。

 大規模侵攻時の彼は全盛期と言っても過言ではないほど強かった。己の弱点である不意打ちや狙撃を感じ取って対処し、太刀川と斬り合うことができる実力を持つほどの強者。

 そして、それは彼にとって完成された最高の自分で、だからこそ見るのが辛かった。

 

「……そう。こればかりは個人の問題ね。私も言い過ぎたわ。でも――」

 

 ――上を目指すなら、それなりの覚悟が必要よ。

 

 彼女の言葉が、彼の心に深く突き刺さった。

 

 

 

 

 ランク戦を終えた彼はそのまま食堂に向かって、夜食を取っていた。

 動いたからか、または普段使わない頭を使ったからか腹が妙に減ったのだ。

 月見はこの場には居ない。これから三輪隊は防衛任務らしい。兼任している彼女は彼らのサポートもしないといけないのだ。

 

 彼は目の前にあるカレーをボーっと眺めながら、先ほど出会った三輪隊の面々を思い出していた。

 彼らは、彼に軽く一言言うとそのまま防衛任務に行っていた。その反応から、彼らも負けると分かっていたのかもしれない。

 実際は気を使われているのだが、考え込み過ぎる癖がある彼は気付かない。

 

「えええええ!? おばちゃん、もうカレーないの!?」

「流石にこの時間には残っとれへんやろ」

 

 彼は端末を起動させて、自分が映っている動画を見る。

 大規模侵攻時に民間人が避難する前にこっそりと撮っていた物だ。

 遠くから撮っているからか、彼の細かい動きは見えないが、常識離れなところは良く分かる。

 

「せっかくナスカレー食べようと思ったのになぁ」

「イコさんそんなに好きやったっけ? カレーライス」

 

 バドを踏み台にして空を跳び回る姿。

 巨大なバンダーやバムスターをまるで案山子のように扱い、次々と薙ぎ払っていく姿。

 自分を囲むモールモッドを一瞬でバラバラにする姿。

 

「でもカレーの臭いは残ってんなあ……ん?」

 

 何度見ても、これが自分だとは思えない。編集で自分の姿に変えただとか、他の誰かがトリガーで姿を偽ったと言われた方がしっくり来るくらいだ。

 しかし、この動画は無修正であり――何れ、自分が超えなくてはならない己の姿。

 そして、そのためにはこの最上秀一と向き合わなくてはならない。

 

「おお! モ()ミン! モ()ミンやないか!」

 

 だが、彼は割り切ることができなかった。

 彼は他人に対しては諦めの感情を抱くことができるが、逆に自分のこととなると妙なところで意地を張ってしまう。

 

「もしもーし? モカミーン? ……寝てんか?」

「なんでやねん。目開けとるやん」

「あれじゃないですか? サイドエフェクトの体感速度っちゅう」

 

 今の自分を変えたいと思っていたからこそ、変わることができた自分に嫉妬した。

 そして、何時かは自分も……と夢想し、未来の自分を見る、未来の自分を望む人たちの目を思い出す。記憶を失った自分を見る目が変わるのを感じる。

 

「でもこの集中力やばない? ちょっと心配なんやけど」

「叩いたら直ると思います、前もそうやったし」

 

 未来の自分を受け入れることは、彼にはできなかっ――。

 

「ほら起きんかい! 朝やで!」

 

 ――瞬間、脳天に直撃した一撃が、彼を覚醒させた。

 無意識に発動させていたサイドエフェクトによって、鋭い痛みがゆっくりと彼に襲い掛かり、思わず体感速度を元に戻した。常人なら普通に耐えられる痛みも、彼にとっては激痛に等しい。

 彼は頭を抑えて痛みに悶える。

 

「はっはっは! モカミン、ええリアクションしとるやん! でも無視はいかんで無視は!」

 

 彼は視線を上げて――ゲンナリとした。

 こんなことをする人間は限られており、そして目の前の人たちのことを彼は苦手に思っている。

 

「てか、モカミンカレー食っとるやん。一口ちょうだい」

 

 そう言ってパクリと彼のカレーを一口頬張り、美味いとオーバーリアクションで叫ぶ男――生駒達人を見つつ、彼はため息を吐いた。

 




最上秀一の苦手なモノ:リア充っぽい人、猿(過去に動物園でトラウマを植え付けられた)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話

単行本派の方はネタバレ注意です


「なるほどなあ……」

 

 彼の対面の席に座った生駒は、残っていたきつねうどんを啜りながらそう呟いた。

 

「つまりレベルアップしたいんやな」

「なんでそうなんねん」

 

 己の隊長の発言を聞いた、生駒隊シューター水上敏志は突っ込みを入れる。

 

「だってそうやん。勝てないなら、勝てるまで強くなる。それってまさにレベルアップ。ゲームでもよくある」

「本人結構真剣に悩んでいるのに、そんなこと抜かしていたら()()ポイントごっそり獲られますよ?」

 

 和気藹々と己を置いてけぼりにしていく二人を見つつ、彼はカレーを口に入れた。

 こういうシチュエーションには慣れている。

 昔から友達の居ない彼は、こういう大衆食堂で己のぼっちさ加減を見せつけられ、そして勝手に落ち込む。相手がリア充なら尚更だ。

 ゆえに、彼はこういう時は無心になることを心掛けている。

 

 そもそも、彼は生駒に自分の悩みを話すつもりが無かった。

 しかし、生駒は少し強引に彼から話を聞きだし、他の生駒隊の面々を先に送らせて、こうして自分は真剣に腰を据えて相談に乗った。

 親切心から来るその行動に、彼は強く言うことができず、結果こうして生駒と水上と対面することとなった。

 

 だが、もしかしたら興味があったから話を聞いただけなのかもしれない。

 自分の思い過ごし、または勘違いだと思いつつ彼は水を飲んだ。

 

「いやいや、そうはならんて」

「なんでですか?」

「だって――モカミンからは、夏ん頃のプレッシャーを感じひんもん」

 

 ピタリ、と彼の動きが止まった。

 そんな彼を何処か真剣な眼差しで見る生駒は、次に面白くなさそうにため息を吐いた。

 

「チラッと記録(ログ)見たけど、なんやねんあの動き。なんでモカミン本気出さんのん? 弧月も置いて来て、合成弾も使わず――まるで縛りプレイでもしているみたいや」

 

 鋭い、と思った。

 しかし、それと同時に的外れだとも思った。

 

 今日行われたランク戦で、彼は一切手を抜いていない。でなければ、間宮隊と遭遇した時に彼はそうそう緊急脱出(ベイルアウト)していたはずだ。

 彼は覚えている限りの最高のトリガー構成で、覚えている限りの最強の技で戦った――筈だった。

 

 だが、目の前の生駒には……いや、彼の強さを知る者のほとんどは疑問に思っていたのかもしれない。

 

「……まあ、人に言えないんならそれでエエわ。でも、やらないで後悔するより、やって後悔した方がエエで」

「何時になくキビしいなぁ」

 

 しかし、生駒の言葉を否定はしなかった水上。彼もまた、思う所があるのだろう。

 

 確信を突かれた彼は、表情に影を落とす。

 やはり、己の知らない自分と向き合わなくてはならないのか。()の自分の全力はたかが知れている。

 生駒や月見の言うように、妥協をしていてはAにはなれない。

 

 ――だが、やはり……。

 

 そんな風に落ち込んでいる彼を見かねたのか、生駒は一つの提案をする。

 

「なあなあモカミン。明日、ちょっち俺と模擬戦せえへん?」

 

 

 

 

 翌日、彼は生駒に言われた通りに彼らの隊室に訪れていた。

 何が何だか分からないまま約束をしてしまったが、早くも後悔し始める彼。

 何故なら、こうやって他人の隊室に入るのに慣れていないからだ。

 三輪隊を除けば、彼が他のボーダー隊員と接触するのは戦場と食堂くらいだ。そして彼が夢想する和やかな会話は無く、あるのは定時連絡と雑談を耳にするくらいだ。

 仕事モードと言うべきか、彼は防衛任務に着くと普段のぼっち少年から一転して、戦場に立つ一人の戦士となる。すると、普段は声を掛けることができない女性隊員にも臆することなく――しかし冷淡なもの――接することができ、外面だけは理想の社ちk……ボーダー隊員だ。

 ゆえに、ボーダー内において、彼と心を通わせている者は驚くほど少ない。

 彼はいつも全てが終わった後に悶えている。

 

 さて、そんな彼の今の心境がどうなっているのかは……もう分かるだろう。

 

「見たよ最上ちゃん、昨日の試合の記録(ログ)! あのハウンドの嵐を掻い潜るとか相変わらずヤバいなあ!」

 

 そう言って彼の背中をバシバシ叩くのは、生駒隊アタッカー南沢海。お調子者でムードメーカーである彼は、此処にやって来た彼を迎え入れると、昨日行われたランク戦についての感想を言った。そのようすからは、彼の悪い噂を気にしている素振りが見られない。

 そしてそれは彼だけではないようだ。

 

「ごめんなぁ最上くん。うちの隊長が無理矢理」

 

 申し訳なさそうに謝るのは生駒隊オペレーターの細井真織だ。手を合わせて、半ば無理矢理彼との模擬戦を取り付けた生駒について謝罪する。

 謝られた彼は、内心どぎまぎしながら別に気にしていないと返す。なお、サイドエフェクトで五分ほど落ち着く時間を確保した模様。

 ボーダーに所属する女性は全員可愛らしい子ばかりなので、話しかけられるといつも素っ気ない態度を取ってしまう彼。それもまた、彼がオペレーター陣から怖がられている理由だ。

 

「それと海!! 最上くん困ってるやろ! いい加減にしとき!」

「えー。でもこの機会に後輩と仲良くなりたいんだけど……」

「阿呆! ただでさえうちらの隊長が迷惑かけているのに、あんたがさらに迷惑かけてどうするんねん!」

「騒がしいと思ったら……来てたんやな最上くん」

 

 細井と南沢が騒がしいやりとりをしていると、部屋の奥から一人の優男が現れた。

 生駒隊のスナイパーの隠岐孝二だ。

 彼を置いてけぼりにしている生駒隊の二人に呆れながら、隠岐は彼に近づき。

 

「とりあえず、イコさんが待っているから行こうか」

 

 そう言うと、未だにコントを繰り広げている二人を置いて、彼は隠岐に着いて行った。

 それにしても……と彼は生駒隊の面子を思い出す。

 ユーモアがあり、人望高そうな生駒。的確な突っ込みをする水上。イケメンの隠岐。人懐っこい南沢。可愛く明るい細井。

 傍から見て良いチームで――自分とは正反対の世界の人間だ。

 あのリア充オーラに充てられると浄化されてしまいそうだ。

 などと、しょうもないことを考えながら彼は模擬戦室に向かった。

 

 

 

「よう来たな! 最上秀一!」

「いや、呼んだのあんたやん」

 

 辿り着いた先には、トリガーを起動し終えた生駒が仁王立ちで待ち構えていた。そんな彼に隣の水上が突っ込むが、弧月を腰に差している生駒の姿は中々様になっている。

 

「さて、昨日言ったように模擬戦する言うたけど……今回モカミンに使うてもらうんわこのトリガーや」

 

 そう言って生駒は一つのトリガーを彼に渡した。

 ボーダー隊員なら誰もが持っている普通のトリガーだ。何か特別な仕掛けでもあるのかと疑問に思っていると、生駒が説明する。

 

「そのトリガーには俺と同じ構成にチップでできとる。

 メインには弧月、旋空、シールド。サブにはシールド、バッグワームや」

「ちなみにそれ、おれのトリガーや」

 

 隠岐がそう補足をして、生駒は早速起動してみぃ、と促す。

 彼は言われるまま「トリガー、オン」と呟き、トリオン体へと換装される。

 いつもの旧ボーダー時代の黒服ではなく、生駒隊の隊服に包まれた彼は、久しぶりの弧月に触れた。

 

 ――久しぶり?

 

 ふと感じた違和感に彼が戸惑っていると、彼のトリオン体を見た三人が感嘆の声を出した。

 

「ほー。なかなか似合うやん。そのゴーグルも迅とお揃いみたいでええ感じやん」

 

 そう言われて、彼は自分がゴーグルを付けていることに気が付いた。

 何となくクイッとゴーグルを上に上げると、ますます迅に似ていると生駒に言われた。

 しかし、彼はふと気が付いたことあった。何度か生駒隊とは防衛任務を組んでいる。記憶が確かなら、その時にゴーグルを付けていたのは生駒だけだったような……。

 

「欲しいなぁ。こんなにゴーグル似合う男なかなかおらんで」

「欲しい理由そこですか?」

「うーん。本部長に頼んで、戦闘員五人でも良いようにルール変えて貰おうや」

「イコさん。それじゃあマリオの負担がデカいんとちゃいます?」

 

 ……特に理由は無さそうだ。

 

「――さて、模擬戦始める前に二つルールがある」

 

 1、戦闘開始時は、お互い60m離れること。

 2、相手を倒す時は旋空弧月で。

 3、勝負は十本勝負。勝っても負けても恨みっこ無し。

 

 それを提示した途端、生駒隊の二人は異議を唱えた。

 

「イコさん、それは流石に……」

「最上くんに不利すぎちゃいます?」

「ええんや。これもモカミンのため」

 

 そう言って二人を黙らせると、生駒は彼を真っ直ぐ見据える。

 

 

「受けるか受けないかも、強くなれるか強くなれないかもモカミン次第や。どうする? 尻尾巻いて逃げるか?」

 

 そう問われた彼は、正直逃げ出したかった。

 このルールは生駒に有利過ぎて、逆に彼には不利過ぎる。このトリガー構成なら尚更だ。 

 だが――。

 

『上を目指すなら、それなりの覚悟が必要よ』

 

 月見の言葉を思い出す。

 此処で逃げれば、自分は一生逃げ続けるだろう。そして未来の自分と向き合うことも出来ない。

 Aを目指すと決めた。己を超えると決めた。――変わると決めたんだ。

 

「――良い目や。早速戦ろうか!」

 

 彼は静かにお願いします、と頭を下げた。

 

 

 

 

『模擬戦一戦目、開始』

 

 所定の位置に転送されると同時に、生駒はこちらに向かって真っ直ぐ駆けて来た。流石B級三位の部隊を率いる隊長なだけはあり、動き出しは彼よりも素早い。

 だが、彼にはサイドエフェクトがある。正面からの攻撃なら見ることができる筈だ。

 彼は民家の屋根に上り、奇襲されないようにして己も生駒に向かって駆ける。

 すると、すぐに相手を視認し、彼はサイドエフェクトを発動させた。

 

 

 ――しかし。

 

「遅いで、モカミン」

 

 視界が横にズレ、彼のトリオン体は破壊された。

 

『第一戦目、勝者生駒』

 

 

 

 再び転送された彼は、何が起きたのか分からなかった。

 サイドエフェクトを使ったかと思えば、いつの間にか斬られていた。最後に視界がズレていたことを考えるとそうなるだろう。

 旋空を使ったのは分かっているが、何時使った? 普通の状態では見えないということだろうか。

 彼は初めからサイドエフェクトを使い、生駒に向かって駆ける。しかし、加速した世界での自分の体の動きは酷く重い。

 本来なら数十秒の時間を数分で感じる。

 

「お、今度は真正面からか」

 

 道路上を走りながら、彼は40m先に居る生駒の動きを凝視する。

 防衛任務の時に何となく見ていた旋空弧月。あの時は特に何も思わなかったが、今こうして相対すると分かる異常性。

 彼は、何時でも動けるように構え――目を見開いた。

 

 生駒が弧月を振り抜いた動きは良く見えた。

 彼が旋空弧月を使用した瞬間も見えた。

 だがそれでも……。

 

『第二戦目、勝者生駒』

 

 彼の剣を避けることはできなかった。

 

 

 

生駒達人はボーダー随一の旋空弧月使いとして有名だ。

 その理由は、彼の旋空弧月の発動時間に秘密がある。

 旋空の効果時間と射程は反比例しており、効果時間が短いほど射程は長くなる。太刀川や他のアタッカーたちはだいたい一秒くらい旋空を発動させて、15mの長さで振るっている。それに対して生駒は0.2秒くらいまで絞って発動させて、彼の旋空弧月の最高射程距離は40m。ガンナーに匹敵する距離であり、素早い剣速と旋空とのタイミング合わないと使用することができない――彼だけの技だ。

 

 

 

『第三戦目、開始』

 

 もちろん、彼もそのことを知っている。

 別に調べたわけではなく、初めて会った時に話していたのを覚えていただけだ。まあ、彼も一応アタッカーなので何時か知っていたと思うが……。

 

 二回連続で斬られた彼は、厄介だと思った。

 今までサイドエフェクトを使って戦っていた彼は、()()()()()()()()()()()()()という癖がある。ゆえに、備えるまたは防ぐという行為が苦手で、太刀川や風間たちによくその隙を突かれてポイントを搾り取られていた。

 その悪癖のせいで、彼は生駒の旋空弧月の餌食となっていた。

 サイドエフェクトを使わなければ、気付く前に斬られる。

 サイドエフェクトを使っていても、彼の旋空弧月は見てから避けるには体が重い。

 加えて、射程距離が向こうが勝っているせいで……。

 

「近寄らせんで――『旋空弧月』」

 

 こうして、近づく前に一刀両断される。

 トリオン体が破壊され、再構築されるなか、彼はサイドエフェクトを最大限使用する。

 すると、数秒のインターバルが数十分へと延び、彼に落ち着く時間と考える時間を与える。

 

 距離が空いていると、彼はどうやっても生駒に勝つことはできない。

 いつものトリガー構成なら、バイパーなり合成弾なりを使って上から落とすのだが、今の彼の手札にそれは無い。

 一番確実なのは、やはり接近戦だろう。生駒もそれをさせない動きしていることから、彼の勝機はそこにあることを示している。

 だが、彼の距離まで近づくには、生駒の距離を乗り越えないといけない。 

 そのためにはバッグワームを使うのが定石だが……。

 何となく、あの男には通じないと思った。バッグワームでの奇襲くらいなら、今までに何度も喰らっている筈だ。それを今さら……。

 しかし、彼には他に手が無い。ならば、それを実行するだけだ。

 

 彼はサイドエフェクトを解いた。

 

『第四戦目、開始』

 

 開始早々に彼はバッグワームを使用し、生駒を中心に回り込むようにして近づく。

 相手から見えない位置から見えない位置に動き、なるべく死角から斬りかかろうと駆け抜ける。

 こちらがバッグワームを使ったことは当然相手も気付いているのだろう。

 生駒は警戒しながら歩いていた。

 

「う~ん……モカミンの足の速さなら、此処等辺に居そうやけど……」

 

 ドキリ、と心臓が高鳴り、彼は踏み出そうとした足を引っ込めた。

 こちらの目論見はバレていると思っていたが、まさかだいたいの位置を把握されているとは思ってもいなかった。

 彼はぐっと弧月を握り締める。相手との距離は25m。今なら、飛び出して距離を詰めれば、ギリギリ旋空を当てられる。

 どうする……?

 

「……来ぉへんなぁ――なら」

 

 ザリッと生駒は足を開いて旋空を放った。すると、彼の視界の先にある民家やビルが一斉に両断され、そして次の瞬間生駒はこちらに向いた!

 マズイ、やられる!

 彼が跳び上がるのと、生駒の旋空が民家を両断するのは全くの同時だった。彼の足は膝から下が無く、トリオンが漏れていた。

 

「おっ、意外と近くに居ったやん」

 

 生駒が再度弧月を構える。

 彼は破れかぶれで旋空を放ち、しかし彼の一撃は届かず生駒の旋空によってまたもや斬り裂かれる。

 

「はよ気付きぃやモカミン。このままやと、俺の決めポーズが十個完成するだけになるで」

 

 

 

 

「イコさん容赦ないなぁ」

 

 四戦目が終わったところで、隠岐は呟いた。

 

「まあ、最上くんは確かに剣の腕なら生駒さん超えているけど、旋空の使い方はそこら辺の攻撃手とどっこいどっこいやからなぁ」

 

 伸びる弧月、またの名を生駒旋空。

 彼の代名詞たるその技の凄さを彼らは良く知っており、そして頼りにしている。

 だからか、今の状況に対して然程不思議に思っておらず、それどころか当然のことだと思っていた。

 トリガー構成、先ほど生駒が提示したルール。あれで生駒に勝つなど無理にも程がある。初めから勝敗は決まっていたようなものだ。ゆえに、彼らが見るのは別の物。

 

「それにしてもイコさんも、珍しくややこしいやり方するなあ。

 自分の技教えるなら、こんな形でせんでもええのに」

 

 そう、生駒の狙いは彼に生駒旋空を教えることだ。

 だからこそ攻撃手段を弧月のみにし、生駒は40m以上近づけさせないようにした。

 そうすれば、自ずと辿り着くと考えたからだ。

 生駒を倒すには、生駒旋空だと。

 しかし、隠岐は己の隊長の回りくどいやり方に疑問を抱いているようすだった。

 

「そら、最上君が素直じゃないからっしょ」

 

 隠岐の疑問に答えたのは水上だった。

 

「昨日の夜も、今日来てからもずっとムスッとしとるやん最上くん。

 やっぱ三輪以外やと教えを乞いたくないんかなぁ」

「プライド高いのも考え物やな」

 

 実際はプライドのプの字も無いコミュ障なのだが、噂のせいで気付かれる日は来ないだろう。普通に教えて貰えない彼はいささか不憫だ。

 まさか彼もこのような勘違いのせいでボコボコにされるとは思っていなかっただろう。

 ――ただ。

 

 今回ばかりは、彼にとって都合が良かったのかもしれない。

 

「――ん? なんか、空気変わったか?」

 

 

 

 

 生駒に勝つにはあの異様に伸びる旋空弧月が鍵だ。

 第六戦目で、ようやくそのことに気が付いた彼は一度生駒の射程距離から離れる。

 例え勝機を見出したからと言って、漫画のような奇跡的な展開が起きて勝てるはずがない。このまま突っ込んでも、自分が旋空を放つ前に先に斬られる。五回も斬られると流石に分かる。

 彼は、早速右手に持った弧月を右へと振り抜いた。

 

「お、ようやく気付いたな。でも……」

 

 だが、やはりと言うべきか扱いが難しい。

 体感速度を操作するサイドエフェクトを使っていたからか、何となく先ほどの旋空の効果時間は分かる。大体0.3秒と言ったところか。しかし、振り抜いた剣速とタイミングが合っておらず、彼が狙った所よりも右にズレていた。加えて、傷跡が少しこちら側に寄っている。効果時間ももっと自由自在に絞り込む必要がある。

 しかし……。

 

「残念やけど、これは模擬戦やからなぁ! 遠慮なく行かせてもらうで!」

 

 相手は待ってくれない。

 生駒が彼を己の射程距離範囲内に捉え、生駒旋空を放つ。

 彼は咄嗟にサイドエフェクトを全開で発動させる。彼の体感速度と現実世界の差は、約百倍。0.2秒の旋空が20秒へと大幅に遅くなり、しかし彼の体もまた遅くなる。そしてこれだけの負荷は彼も初めてだ。やり過ぎるとどうなるか分からない。

 彼は一か八か弧月を振り抜いて旋空を発動させた。

 すると次の瞬間、時間切れなのか彼のサイドエフェクトが解除された。それと同時に胴体が斬り裂かれて戦闘体を破壊される。

 また、やられた……。

 どうすれば、あの旋空を己の物にできる……?

 

『第六戦目、ドロー』

 

 ――え? と思わず呟き、彼は下げていた視線を上へと向ける。

 そこには斜めに斬り裂かれた生駒が居り、彼もまた驚いているようすだった。

 何故? と彼は考えて――その答えに辿り着いた。

 

「――やば、裏技教えてもうた」

 

 そしてこの生駒の言葉があと押しとなり――結果、一勝五敗四引き分けとなった。

 

 

 

 

「かっー! そのサイドエフェクト卑怯やなー! てかヤバい! マジでヤバい!」

「イコさん何負けてんの」

「いやいやいや! トータル的には俺が勝ってるけど!?」

 

 勝負を終えた後、彼は何か掴んだのか来る時と比べて明るい表情のまま帰って行った。

 どうやら、生駒の狙い通りになったようで、隠岐は安心した。

 しかし、一つだけ気になることがある。

 

「ねえ、イコさん」

「なんや? 俺実は結構へこんでんねんやけど」

「彼、気付いてますかね? 生駒旋空覚えただけじゃあ意味ないってことに」

「……」

「だって……あれを切り札にして勝ち進んだら――おれたちと戦うことになる」

 

 そして負ける。いくらサイドエフェクトで補完されていようが、生駒の方が練度は高い。もし彼と生駒隊が戦えば――確実に負ける。そしてそれは、彼らの部隊とよく戦っている王子隊や弓場隊にも当てはまるだろう。

 彼は確かに一つの手札を手に入れた。しかしそれは決して鬼札でも、切り札でもないのだ。

 何時か再び壁に激突する。そんな確定した未来を想い、隠岐は彼のことを同情し――。

 

「――いいや、あいつは乗り越えるやろ」

 

 しかし、それを生駒が否定した。

 誰よりも分かっている筈の男が。

 

「……それは、彼が生駒さんよりも旋空弧月を使いこなせるってことですか?」

「んー……俺にもよう分からん」

「じゃあ」

「でも、絶対面白いことしてくれる。そんな目をしとったで――モガミは」

 

 あの目は良く覚えている。

 何時だったか、ライバルに勝とうと試行錯誤していたあの男の――楽しそうな目を。

 戦う度に何かを見つけ、どうすれば自分の物にできるか考えていたあの目。

 

(久しぶりに旋空の打ち合いで負けたなぁ)

 

 最後の一閃。いや、あれを()()と呼んで良いのか分からないが……完成された時が楽しみだ。

 

「ホント、楽しみやな……」

「……?」

 

 攻撃手しか分からない世界に、隠岐は首を傾げた。

 

 

 

 

「――そう、確かにそれを自分の物にしたらあなたはさらに強くなれるわね」

 

 早速月見に相談したところ、彼女からも太鼓判を押された。

 次のランク戦までには無理だしても、その次までには何とか自分の物にしたいと考えていた。

 そしてそのためには――。

 

「で、頼みってなにかしら?」

 

 彼が月見の元に訪れたのは、ただ新たな手札を見せびらかせに来たのではない。

 彼女に一つ頼みがあったからだ。

 昨日の今日で虫の良い話だと思って少し躊躇したが、それでもAを目指すには何れ通らないといけない道だ。

 

 彼は、月見に己の過去の戦いの記録を見せてくれと頼んだ。

 防衛任務。対近界民《ネイバー》訓練。個人戦。そして大規模侵攻時のデータ。

 それら全てを閲覧したい、と。

 

「……何故、私に頼むのかしら? 自分で見れば――」

 

 それでは要らない物まで見てしまって、無駄な時間を過ごすことになる。

 そうしないためにも、彼女に選出してもらうつもりだ。

 彼女なら、彼に必要な映像だけを用意することができる。

 人任せで情けないが、強くなるためだと彼は恥を忍んで頼み込んだ。

 

「……そう、本気なのね」

 

 ――月見は、彼のことを侮っていたのかもしれない、と思った。

 彼が入隊してから、彼女は良く彼のオペレーターをしていた。その時の苦労は凄まじく、何度注意したことか。三輪が怒鳴るのも無理も無い。

 でも、彼が成長をするところを見るのが好きだった。

 だからこそ、自分がオペレーターとして誘われた時は嬉しかった。

 言うなれば、可愛い弟から頼られた姉の気分。

 しかし、それと同時に無理をして欲しくなかった。

 また記憶を失い、苦しみ、そして今度は自分たちのことを忘れるかもしれないことが――怖かった。

 だから、言葉では肯定していても、何処か彼を追い詰める発言をして、止めようとした。

 

 しかし、それは間違いだった。

 

「――負けたわね」

 

 彼は止まらない。もし止まることができるのなら、そこまで賢い子だったら自分は惹かれていなかっただろう。

 なら、自分は彼を止めるのではなく、彼が全力で走れるように周りの環境を整えるだけだ。

 

「分かったわ。早速見繕うから――一緒に頑張りましょう」

 

 それが、最上隊オペレーター月見蓮の仕事なのだから。

 




三輪「普通、こういう時って兄である自分のとこに来て相談するんじゃないのか? おのれネイバー!!!(空閑)」
空閑「知らんよ」




更新遅れてすみません。
主人公玉狛ルートが思ったよりも面白くカオスで浮気していました。
次はなるべく早めに投稿したいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話

投稿が遅れてしまってすみません。
言い訳はしません
なので、一話分書いた外伝を同時に投稿することにしました。


 中位グループ入りまで目前。

 今期こそは上に昇ってみせる。

 決意を新たにB級ランク戦に臨んだのは常盤隊のリーダー、常盤守。

 先日の大規模侵攻を無事に生き残り、心機一転部隊皆で頑張ろうとしていた彼だったが……。

 

 第二戦目にして心が折れそうだった。

 

『戦闘体活動限界、緊急脱出(ベイルアウト)

『伝達系破損、緊急脱出(ベイルアウト)

 

「くそ!! 斉藤がやられた!」

「隊長! やっぱり此処は一度退くべきです! このままでは私たち――海老名隊、早川隊全員彼に狩り尽されるだけです!!」

「そんなこと、分かっている!」

 

 だが、此処で背を向けた瞬間トマホークで一掃されるのは分かっている。

 だからこそ、彼らは距離を取って攻撃し続けていた。いや、そうせざるを得なかった。

 

 初めは、自分たちにも勝機があると思っていた。

 最上秀一は狙撃に弱く、彼の隊には狙撃手が居る。海老名隊、早川隊を上手く使って包囲網を敷けば、運が良ければ彼を倒すことができるのかもしれない。

 実際、途中までは作戦通りに事が進んでいた。早川隊が一人倒された時は焦ったが、周りからの集中攻撃に防戦一方の彼を見ていけると思った。

 だが――。

 

「っ!!?」

「宇都宮!!」

『戦闘体活動限界、緊急脱出(ベイルアウト)

 

 彼の放った旋空がチームメイトを真っ二つにし、最上はそれを一瞥すると素早く転身させて弧月を振るう。そして背後から放たれた弾丸トリガーを全て撃ち落とすと、バイパーを使って最も近い海老名隊に急襲。

 それを見た常盤は、顔を青くさせたまま後ろに向かって走る。

 

「逃げるぞ!」

「え!?」

「このままじゃ、俺たちまであいつの餌食だ! それくらいなら緊急脱出(ベイルアウト)した方がマシだ!」

 

 不意打ちに弱いと聞いていた。しかし、彼はそんなこと知らんとばかりに四方八方から襲い掛かる攻撃を全て叩き落とし、そして狙撃手を妙に長い旋空弧月で斬り裂いた。

 もう、彼に勝てる気がしなかった。

 こうして逃げている間にも海老名隊だと思われる緊急脱出(ベイルアウト)の光が空を駆け――それを追うように二つの光が走る。

 

 俺たち(B級下位)じゃあ足止めすらできないのか……!

 

 背後から来る恐怖に、彼は冷や汗を大量に流す。

 自分たちは負けるだろう。

 今期も中位に行く事はできないだろう。

 ただ、それでも……このままやられるのは嫌だ。

 せめて一矢報いてやる!!

 もう一人のチームメイトも同じ気持ちだったのか、顔を強張らせて立ち止まり振り返る。

 彼は弧月を居合いの形で構えており、長い旋空――生駒旋空を放とうとしているのが分かった。

 相手の動きが分かっているのなら、最善手を取りやすい。

 常盤隊の二人は身を寄せ合ってメイン、サブ両方を用いたシールドによるフルガードを発動させる。なるべく面積を小さくして防御力を上げるために。

 防いだ後に二人で襲いかかる。

 そう考えていたが――。

 

 ――ギギッギィイイン!!

 

「……え?」

 

 甲高い音が()()鳴ったかと思うと、彼の視界は天地逆さになっていた。

 変わりゆく景色の中、彼が最後に見たのは……。

 

 

 刺突を受けたかのように穴の空いたシールドと、首から上を無くして倒れていく己の体だった。

 

 

 

 

「やっぱ何回見てもエグイなあ、モガミン」

 

 B級ランク戦ラウンド2にて、己以外の敵を全て倒し12点という大量得点を得た彼。最上隊の勝利を誰よりも喜んだ三輪が、鈴鳴支部の近くにある焼き肉店『寿寿苑』で祝勝会を開いた。今回は彼の奢りなようで、三輪隊の面々は嬉々として参加した。

 ジュージュー焼ける肉を待っている間、米屋はスマホで保存していた今日のランク戦を見つつ呟いた。己の試合を何度も再生する米屋に彼は抗議する。何だか恥ずかしかったのだ。誰が編集したのかは分からないが、映像の中の自分は弧月片手に無双しており、何かの映画のワンシーンのようだった。

 

「でも、戻って来たって感じはするなあ」

 

 そんな彼の抗議を無視して米屋はさらに続ける。

 大規模侵攻前に戦った彼は強かった。

 上位ランカー以外では相手にならず、よく太刀川や風間相手に喰らい付いていた。あの時は、いつの間にか己を追い越し、どんどん高みに昇っていく彼を見るのが好きだった。そのことにちょっとした悔しさを覚えながらも、しかしやはり弟分の成長は自分のことよりも嬉しかった。

 だからこそ、大規模侵攻でそれら全てを失ったと聞いた時は――心が締め付けられた。それと同時に、自分では助けることができないことが腹立だしかった。

 自分はお世辞にも頭が良いとは言えない。だから慰めようとしても不用意な言葉を言って逆に傷つけるだけだ。

 だから自分に出来るのは見守ることか模擬戦をして感覚を取り戻す手伝いをするくらいだ。

 それが今回形に現れたようで嬉しかった。

 だからこそ、こうして本音が漏れてしまい、三輪に睨まれる。

 

(やっべ……失言だった)

 

 心なしか他の隊員の視線が痛い。月見の氷のような視線も、狙撃手師弟コンビの無言の抗議もヒシヒシと彼の体に突き刺さる。今この瞬間だけは影浦のサイドエフェクトが発現したかの錯覚を覚えた。幸い彼は気にしていないようだが、隣の鬼ぃちゃんの顔がやばい。鬼を超えて阿修羅になりそうだ。

 

「そ、そう言えばいつの間に生駒旋空を使えるようになったんだ?」

 

 話題を変えるためか、米屋は彼にそう尋ねた。

 その場をしのぐための言葉とはいえ、実際のところ気になっていたことだ。

 生駒旋空はとにかく扱うのが難しい。剣を振るタイミングと旋空のタイミングが合ってなければ動く相手に当てることなど不可能だ。

 まあ、彼の場合はサイドエフェクトでその問題を解消したようだが。

 聞かれた彼は、ランク戦初日を終えた夜に生駒に捕まって、その日の次の日に教わったと述べた。それを聞いた三輪が『余計なことを……』と呟いているのが見えたが、米屋は無視した。

 しかし、彼の才は凄まじいなと米屋は舌を巻く。

 そしてそれは古寺も同じなのか、頬に汗を伝わせながら言葉にして出した。

 

「たった数日であの旋空弧月を自分の物にしたのか? 相変わらず凄いな……!」

 

 一番最初に生駒旋空で狙撃手を落とした時は驚いたものだ、と米屋はスマホの画面を見ながら思う。

 これだけでも凄いのに、さらに頭のオカシイことをしているのが目の前の少年だ。

 

「でさ、モガミン――コレ、ナニ?」

 

 そう言って米屋が見せたのは試合の終わりくらいだ。

 常盤隊の二人が身を寄せ合って両防御するが、次の瞬間彼が弧月を一振りすると複数の剣戟の音が鳴ると相手の首が斬り飛ばされていた。

 シールドに穴が空いていること、弧月を振ったことから旋空を使ったのは分かるが、それでも不可解なことがある。

 何故、シールドに複数の穴が空いているのか? ということだ。

 

「あ、本当だ。シールドの破られ方がおかしいですね」

「おそらく、生駒旋空の応用だろう」

 

 古寺も同じように疑問に思い、その問いに答えたのは三輪だった。

 焼けた肉を彼の皿に移しながら、不可解な旋空の種明かしをする。

 

「生駒旋空の応用?」

「ああ――0.1秒以下の旋空を何度もな」

『な!?』

 

 剣を振るい、剣先の延長上に相手の急所が瞬間、彼は三輪の言うように0.1秒以下の旋空を何度も発動させていた。それによって弧月の最も威力の高い位置である剣先がシールドを襲い、そのままぶち抜いて相手の首を斬り飛ばしたのだろう。

 ちなみに、この時の射程を彼も把握していない。よって、使いどころが難しく、遠距離の相手に当てるいうよりも、近、中距離の相手のガードを崩すための攻撃として使われている。

 

「でもそれなら、突きの方が当てやすくね?」

「こいつのサイドエフェクトなら振る時の方が当てやすい。最初から一点を狙うよりも、直線上の一定範囲で旋空を放てば良いのだからな。

 それに、相手に悟られにくいというのもある」

 

 実際はその発想に至らなかっただけだったりする。

 後日、彼は試してみたものの何度も練習したせいで変な癖が着いてしまったせいで、苦労することとなった。これもサイドエフェクトの弊害だろうか。

 

「ああ。確かにこんな攻撃予測して避けるとかめんどくさいわ」

「いわば、旋空弧月の狙撃ですね。肝心の射程距離が分かりませんが」

 

 それでも、この攻撃が通じない相手がいるだろう。

 例えば太刀川なら剣筋を見切って対応しそうだ。二宮はまず崩せるかどうか分からない。

 他にも未来を視る男や彼の剣技を学習している男等々……。

 そう考えるとボーダーの上位陣たちの実力は化け物だと実感した。

 だが、それ以上に……。

 

(この技も、こいつにとっては手段の一つでしかないことか)

 

 三輪の取った肉を食べる彼を見つつ、思わずため息を吐いた。

 

(だが――もう、あんな目に遭わせるくらいなら、まだマシか)

 

 話に夢中で食べ損ねたとごねる米屋の声を聞きながら、三輪は心中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

ふぉういへば(そう言えば)ふぎのふぁいせんあいへは(次の対戦相手は)ふぁれふぁんだ?(誰なんだ)

「汚いぞ、陽介」

 

 口いっぱいに肉を頬張った米屋に、奈良坂が苦言を零す。

 米屋の言葉を理解した月見は端末を操作して、次の対戦相手の情報を見る。

 

「次は、鈴鳴第一、那須隊との三つ巴ね」

「……んく。おー、マジか。こりゃあ手強いな」

 

 それを聞いた米屋は彼が次に戦う相手の姿を思い浮かべながらそう呟いた。

 鈴鳴第一にも、那須隊にも点を取るエースが居る。

 鈴鳴には№4攻撃手の村上鋼。強力なサイドエフェクトを持ち、彼は過去にボコボコにされた苦い思い出がある。彼のバイパーも、スコーピオンも村上には通じず、それどころか戦う度に勝てなくなるほどだ。……最も、それは夏から秋の頃までのことだったりするが、この話はまた別の機会に。

 那須隊のエースは隊長である那須玲だ。彼女はリアルタイムでバイパーの弾道を設定できる数少ない射手であり、また合成弾の使い手でもある。

 

「……最上、次の試合は多分苦しいものになると思う」

 

 そう言ったのは古寺だった。

 

「今の君は、攻撃手として村上先輩に、射手として那須先輩に負けている。今までの戦いから、そして順位から君は注目されるはずだ」

 

 つまり、これまでのようにこちらの思惑通りで勝つことが――いや、動くことができないのかもしれない。

 ごくりと肉と共に不安を飲み込みながら、次の試合を思う。

 ここを勝たなければAには上がれない。

 ここが踏ん張りどころだ――と。

 

 

 

 

「次の試合は、最上くんとか……」

 

 次に最上隊と試合をする鈴鳴支部の面々は、試合の記録(ログ)を見ながら険しい表情を浮かべていた。

 新たな技を身に着けた彼の強さは、決して侮ることができないものだ。

 ラウンド1の時は、怪我の後遺症のせいか動きが鈍かったが、ラウンド2ではまだぎこちないものの、彼らが良く知っている最上秀一がそこに居た。

 

「ど、どうしましょうーー! あいつ絶好調じゃないですかー!」

「ああもう。そこまで騒がないのっ!」

「でも、今先輩も見たでしょ!? あいつのあの旋空! あんなの狙撃手の天敵ですって~」

 

 確かに、0.1秒で伸びてくる弧月を狙撃手が避けたり防いだりするのは難しいだろう。実際、海老名隊、常盤隊の狙撃手もやられた。

 そしてもし防げたとしてもシールドが持つかどうか……。

 今もそれが分かっているのか、珍しく太一に強く出れないでいた。

 

「鋼はどう思う?」

「……正直、五分五分かと。なるべくあの旋空を受けないように距離を詰めるつもりです」

 

 生駒旋空もあの特殊な旋空も確かに脅威だ。しかし、村上は過去の戦いの記憶から最適解を導き出していた。

 あの特殊な旋空は元々生駒旋空を応用したものだ。つまり、距離を詰めればあの旋空の利点を潰すことができる。

 

「それでも、今のあいつに勝てるかどうか分かりません。ラウンド1からラウンド2の成長速度が異常なので、普段通りに仕掛けると――オレでも危ないかと」

「そっか……」

「なるべくあいつはオレが引き受ける予定です。でも、できれば三人で倒したいところです」

「うん、そうだね。じゃあ、次は那須隊だけど――」

 

 

 

 

 

 そして、那須邸でも、那須隊の隊員たちが集まって作戦会議を開いていた。

 端末で彼の試合の記録(ログ)を見て苦い表情を浮かべている。

 

『相変わらずやばいですね。動きが変態すぎる』

 

 通信越しに那須隊のオペレーター志岐小夜子が感想を述べた。

 彼の異常性は直接戦闘をしないオペレーターでも分かりやすい。

 

『しかも、那須先輩と同じバイパー使いであり、合成弾の合成速度も速い。これは強敵ですねー』

「うー……」

『で、真っ先に狙われるのは――狙撃手』

「もう! 小夜子先輩酷いです!」

 

 志岐に不安を煽られて涙目になるのは那須隊狙撃手の日浦茜だ。

 先日の試合を見れば分かるが、彼は狙撃手を優先して狙っている。元々狙撃手は補足されたら狙われるものなのだが、ここで問題なのは相手が彼だということ。

 過去の行いで彼はボーダー内において女性受けが悪い。といよりも恐れられている。一時期流行った噂と彼の戦闘時の苛烈な行い、そして何といっても直視すれば思わず震え上がりそうになる無表情。それらがの三つの要素がまるで合成弾のように合わさった結果がこれだ。名付けるとすれば恐怖炸裂弾(ヒュドラ)だろうか?

 そんな彼が自分を斬りに来ると志岐に恐怖成分2割増しで言われた彼女は、こうして彼に怯えてしまっている。これでは次の試合で真面に戦えるかどうか怪しい。

 

「小夜子ちゃん、あまり茜ちゃんをイジメないであげて?」

『はーい』

「茜ちゃんも頑張ろう、ね?」

「うう……は、はぁい」

 

 この部隊の隊長である那須玲は、小夜子を少し注意し、怯える日浦を慰めた。従兄弟である奈良坂から彼のことは聞いているのだが……あまり接点が無いため判断できないでいた。

 

「でも、実際どうする? 正直勝てる自信がないけど……」

 

 そう零したのは那須隊の攻撃手熊谷友子。

 彼の弧月による怒涛の攻めを見て、自分では荷が重いと感じているようだった。そしてそれは鈴鳴第一の村上に対してもそうであり、対戦相手を知った時は思わず顔を顰めてしまったくらいだ。

 

「多分、最上くんは距離を詰めてくると思う。射手としては私の方が強いから」

『じゃあ、鈴鳴対策のあの作戦を彼に当てはめるということで?』

「うん。多分、鈴鳴も同じような形で彼の対策を立てていると思うから、私たちはそこを突いて――」

 

 

 

 古寺の言うように、次の試合は彼にとって厳しいものになる。

 何故なら、それぞれのエースが彼を倒そうとマークしているのだから。

 そのことを思い知るのは――B級ランク戦ラウンド3にて。

 

 

 




ちなみに、玉狛は生存点含む8点を獲得して合計14点で、9位になっています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話

「へー、次は鈴鳴と那須隊とかー。くじ運悪いなぁお前」

 

 もぐもぐと餅を食べながら太刀川隊の射手(シューター)出水公平は、彼の対戦相手を思い浮かべて笑った。

 その言葉を受けて確かにそうだ、と彼は同意して頷いた。

 今回の試合も、前回と同じように彼は集中して狙われるだろう。それだけ彼が警戒されているというのもあるが、それ以上に那須隊、鈴鳴第一は大量の得点を得るのが難しい。

 最上隊の戦闘員が彼だけのせいで、他の二つの部隊が取れる最高得点は生存点を含めて6点。対して彼の場合は8点。上に追いつくには多くの点が必要で、この中で最もその可能性があるのは彼だ。前回の12得点が大きい。

 そんな彼に点を減らされたくない彼らは、恐らく真っ先に彼を狙うだろう。

 ――と、昨日月見にそう説明された。

 

「――まあ、その分君が()()されているってことさ」

「評価されるだけの価値を持ってない奴が何言ってんだか……」

「ちょっとぉ!? 出水先輩、それは流石に酷過ぎじゃありませんかねぇ!?」

 

 親のコネで無理矢理A級になった彼の言葉は空しく、出水の耳には届かなかった。というよりも受け止める気がさらさらないらしい。

 彼としては、防衛任務の際にお世話になっているので構わないのだが。先ほども稼がせて貰ってホクホク顔である。

 

「そう言うなら、ちぃたぁ強くなる努力しろよ」

「ふっ。出水先輩。『強くなる』だとか『努力』なんて言葉、ボクには似合いませんよ。ああいうのは才能の無い人や弱いやつのためのものなんですよ?」

「じゃあお前にぴったりじゃねえか!」

「痛い!」

 

 ドゲシッ! と出水が唯我を蹴飛ばした。

 今回はトリオン体では無いからか、彼は強く吹き飛ばされた。

 痛みに呻くチームメイトを無視し、出水は彼の方へと向く

 

「で? 今日は何しに来たんだ?」

 

 こんな美味い餅持ってきて。

 そう問いかけられた彼は、いくらか言いづらそうにしながらも用件を言った。

 今回のランク戦で注意するのはそれぞれのエースである那須と村上だ。彼はその対策として、那須と同じようにリアルタイムでバイパーの弾道を設定できる出水に仮想敵になってもらおうとお願いしに来たのだ。

 だが、何故彼は言いづらそうにしたのか。それは……。

 

「ん? でもお前、ランク戦の間は訓練は休まさせてくださいって言わなかったか?」

 

 そうなのである。あの日、A級を目指すと決めたとき、彼はランク戦に集中するためにA級隊員たちとの特訓を休まさせてもらったのである。太刀川が不満そうにしていたが、彼の気持ちを汲んだ風間のおかげでこうして彼はランク戦に挑むことができた。

 だからこそ、彼はこうして申し訳なく思いながらも出水に頼んだのだ。

 

(なるほどねー……で、村上先輩の仮想敵は……寺島さんあたりか?)

「ああ。分かった。引き受けてやるよ」

 

 彼の考えを読んだ出水は申し出を受け、彼は礼を述べる。

 しかし――。

 

「……お前には一番やるべきことがあると思うぜ?」

 

 そう言われた彼は不思議そうな顔をし、それを見た出水は『何でもない、忘れてくれ』と手を振った。

 二人は早速と言わんばかりに訓練室へと向かい、ソファーの下で伸びていた唯我は起き上がりながら神妙な顔で二人……いや、彼の背中を見る。

 彼は、先ほどの出水の言葉を理解していた。というよりもランク戦が始まり、彼が負けた時に出水が一人呟いていたのを聞いただけである。

 

「……彼は、何時になったら共に戦う仲間を手に入れるんだろうね」

 

 いまだ()()ながら、唯我は深いため息を吐いた。

 

 

 

 

『へえ、玄界(ミデン)も面白い遊びを考えるじゃねえか』

 

 そう言ってエネドラはケラケラと笑う。

 彼の視線の先には先日行われた玉狛第二のランク戦の映像が流れており、その試合内容が映っている。

 特に彼が気に入っているのは戦闘員が一人しか居ない漆間隊の動きのようだ。己のトリガーを駆使してなるべく落とされないように戦い、敵を翻弄するその動きは見ていて飽きないらしい。

 逆に最上隊の試合はつまらないとのこと。曰く『勝って当然の試合で、暴れているだけだ』とのこと。生前の彼なら考えられない言葉だ。蹂躙することを好むあの残忍な性格は、どうやら角トリガーによる副作用みたいだ。

 

「なんか、前よりも自由になっているな……」

 

 そんなエネドラを見て修はそう零した。

 本来ならもっと厳重に監視するべきなのだろうが、ラッドの体では外に出ても犬のおもちゃにされるだけであり、そもそもトリオン切れで動けなくなるのがオチだ。

 

『あー? なんか文句でもあるのかよ雑魚メガネ』

「いや、別に無いけど」

 

 相変わらず口が悪いな、と思いつつ彼は己の端末でとある試合を見る。

 それは、エネドラがつまらないと一蹴りした彼の試合だった。

 修は、彼の記録(ログ)を仮想敵にして日夜訓練に励んでいる。そのおかげで相手の動きを見る眼や防ぎ方を学ばせて貰っている。ラウンド1ではその成果が出ており、修は自分が確実に強くなっているのを感じていた。

 

 しかし――。

 

(あいつも、強くなっている。多分、このままじゃ……ボクは空閑の足を引っ張ることになる)

 

 先日の試合でも、彼は千佳を守り切ることができず鈴鳴に落とされた。遊真が村上に何とか打ち勝ったおかげで、ラウンド2は勝利に終わったが……。

 彼はそれ以上の勝利を以て、一気にB級中位トップに躍り出た。

 

(ボクも強くならないと)

 

 自分に何ができるのか。

 そう考えながら、修は次の試合の作戦を練っていく。

 

 

 

 

 出水との特訓を終えた彼は、本部の通路を一人歩いていた。

 先ほどまで出水のバイパー、合成弾を相手に奮戦していたが、やはり射手としては向こうの方が何枚も上手で、こちらの攻撃を当てることができなかった。

 加えて、彼は万能手であり、トリガー構成に空きがあまりない。すると必然的に撃ち合いになると手札の少なさが露見してしまう。出水はバイパーの他にアステロイドやハウンド、メテオラも使う。那須はバイパーを主軸にして戦うが、あまり変わらないだろう。

 対して、彼はメインにメテオラ、サブにバイパーと射手トリガーが二つしかない。恐らく撃ち合いになれば那須のフルバイパーに競り負けてしまうだろう。

 やはり彼が那須を倒すには攻撃手の距離まで詰める必要があるようだ。または生駒旋空で射手の射程外から攻撃するか……。

 

 それにしても、と彼はため息を吐く。

 もしこの試合で警戒すべき相手が那須だけだったら、トリガー構成を変えることができたのにと思う。

 彼が警戒すべき相手は那須だけではなく、鈴鳴の村上もだ。

 №4というだけの実力はあり、記録(ログ)で見た彼の動きは洗練されたものだった。その強さの根底にあるのやはり彼の持つサイドエフェクト――強化睡眠記憶だろう。

人の脳は、睡眠を取った時に記憶の整理や定着を行うが、村上はその機能が常人よりも優れている。大まかに言えば学習能力が高いということだ。

 過去に彼と戦い、ボコボコにされたことからもこのサイドエフェクトの厄介さが窺い知れる。さらに彼の記憶に無い自分が、弧月を用いて戦ったことがあるらしい。その時の戦績は4対6と負け越している。恐らく、その時の戦いも学習済みだろう。生駒旋空も言わずもがな。

 加えて、彼にとって村上の戦闘スタイルは最も苦手とするものだ。最速かつ最適な動きで相手の急所を突く短期決戦型の彼は、弧月とレイガストを用いた堅実に戦う村上と相性が悪い。動きを知られているのなら尚更だ。さらに記憶を失ったことで幾分かの弱体化もしている。

 思っていたよりも苦しい戦いになりそうだ。

 

 ――だからこそ、彼はこうして対策を立てようとしている。

 彼の着いた先は開発室。鬼怒田開発室長の居る部屋だ。しかし今回彼が求めている人は彼ではなく、ここに努めているとある男性だ。

 その男の名は寺島雷蔵。エンジニアになる前は元アタッカーであり、レイガストを作った人物だ。彼なら村上と同じスタイルで戦うことができるのではないか? と月見から助言を貰い、紹介してもらった。……何故か会う日、時間を詳しく決めさせられたが。時間の厳しい人なのだろうか。

 月見からはアポを取っていると言われたが……やはり初めて会う人間は緊張する。

 一度深呼吸して彼は扉を開けて中に入った。

 

「うん、誰だ――って最上ぃ!!??」

 

 すると、彼は驚きの叫び声で出迎えられた。嬉しくない。

 中に入った彼は頭を傾げつつも、目の前の鬼怒田開発室長に挨拶する。しかし鬼怒田はそんなことはどうでも良いと言わんばかりに視線を勢いよく部屋の奥にある扉を見ると、そちらへと走っていく。

 

「おい、最上が来るのは六時じゃなかったのか!?」

「え? はいそうですが……」

「あいつもう来ているぞ!!」

「え!? まだ時間まで一時間あるんじゃ……」

「良いからさっさとそいつをトリオン体に換装させろ! バレたらどうなるか分からんぞ!」

 

 どうしたのだろうか? と彼が不思議に思っていると、鬼怒田が肩を躍らせてこちらに来ると。

 

「来るのが早いわアホ!」

 

 そう言って脳天にチョップを喰らわした。

 トリオン体になっているため痛みは無いが、その理不尽な行為に彼は目を白黒させる。

 遅れるくらいなら早めに来た方が良いと思ったのだが、どうやらいらない負担を掛けたようだ。出水との特訓が早く終わったというのもあるが……次から十分前に行くようにしよう。

 ガミガミと説教をする鬼怒田の言葉を右から左に聞き流しながら心の中でそう思っていると、奥の扉がガチャリと開き、横幅の大きい男性が現れた。

 

「待たせたね最上くん。もう入って良いよ」

 

 恐らく彼が寺島雷蔵なのだろう。イメージと違った容姿に彼は少し驚いたが、直ぐに気を取り直して鬼怒田に一つ礼をして、彼に続いた。

 部屋に入った彼は、軽く辺りを見渡す。トリガーを開発、改良している場所だからかそこそこ広い。隊室にある訓練室のような空間もあり彼は興味深そうに観察し始めた。今のいままで実験でもしていたのか、部屋の奥には彼よりも少しだけ年上の少年がおり、こちらをガラス越しにジッと見ている。パーカーを深く被っており顔は良く見えないが、何となくそう思った。

 

「……クロノスの……鍵……」

 

 何か言っているようだが何も聞こえない。彼はとりあえず会釈して、雷蔵に促されるまま椅子に座った。

 

「で、月見さんから頼みたいことがあるって聞いたけど、用件はなんだい?」

 

 そう聞かれた彼は雷蔵に訪れた理由を話した。

 次の試合でレイガストと弧月を上手く使う相手と戦うこと。

 その対策として、元弧月の使い手にしてレイガストの制作者である雷蔵に仮想敵として相手をして欲しいこと。

 それらのことを話すと、雷蔵はいささか険しい表情を浮かべて次のように答えた。

 

「正直、僕に頼むのは間違っていると思うな」

 

 理由としては、雷蔵は戦場から離れて時間が経っており、彼相手では練習になるかどうかも怪しい。それに、エンジニアは常に多忙な身であり、相手をする時間を取れるかどうか怪しい。

 そう言われて彼は疑問に思った。なら月見はどうして雷蔵を紹介したのだろうか。

 

「多分、レイガストについて教えろってことだと思うよ。彼女からそう聞いているし」

 

 と、雷蔵は彼を試していたことを明かした。

 どうやら月見はそのことに自分で気付いて欲しかったようである。結果は御覧の通りだが。

 

「雪丸が居れば良い対戦相手になってくれたと思うんだけど、今は県外でスカウトしているしね。じゃあ、とりあえずレイガストについて教えようか」

 

 雷蔵がそう言うと、彼はレイガストについて説明を受けた。

 

 

 

 

 彼が帰った後、雷蔵は息を吐いてガラス越しに居る少年――ヒュースの方へと向く。そして備え付けられたマイクを取ると、彼に聞こえるように声を出した。

 

「もうトリオン体を解いても良いよ」

「……」

 

 すると、ヒュースは雷蔵の言うようにトリオン体を解除し、彼の頭から角が生えた。正確には隠されていた角が現れたと言うべきか。

 ちなみに、先ほどのトリオン体にはパワーは無く、ここから脱出する力は無い。姿を変えるための非戦闘員のためのトリガーの物だ。

 部屋から出たヒュースは、彼が去っていた方を向きながら雷蔵に言う。

 

「本当に記憶を失っているのだな」

「うん。君を見た時に記憶を取り戻すか冷や冷やしたけど、問題ないみたいで良かったよ」

「クロノスの鍵は、何をしに来たんだ?」

「ん? 次のランク戦の対策だって」

「ふん。あの原始的な訓練のことか」

 

 どうやらランク戦のことは知っているらしい。雷蔵から教えられたのだろうか。

 少し黙っていたヒュースだったが、何かを決意したのか雷蔵の方を見る。

 

「約束を果たして貰った――次はオレの番だ」

「……あれ、本気だったんだ」

「ああ。一目見て確信したからな――約束通り一つだけ情報を教えよう」

 

 雷蔵はピタリと動きを止めてヒュースを見る。

 彼の表情は読み取れない。しかし、彼を見て何かを感じたのだろう。頬に冷や汗が垂れている。彼は幾分か呼吸を整えると――次の言葉を発した。

 

 

 

「――アフトクラトルは、再度玄界(ミデン)に攻め込んでくる」

 

 雷蔵は思わず息を飲んだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話

今回の試合の初期位置


日浦        来馬

村上    ぼっち    那須


  熊谷     本物の悪



 解説席に座った風間隊の万能手歌川は、今回の実況役の東隊オペレーター人見摩子が来るまでの間思考に没頭していた。その思考の先は今期のB級ランク戦の嵐の一つ、最上秀一だ。

 彼は、歌川から見て危なっかしい後輩だった。

 彼と初めて会った時――防衛任務の時は特にそう思った。こちらの制止を振り切ってトリオン兵に突撃し、スコーピオン片手に獣のように襲い掛かる。当時の彼を風間は「突っ込んで死ぬのはあいつの自業自得だ」と、菊地原は「自分を抑えられないんじゃ所詮B級止まりだよ」と冷たく評価した。言い過ぎではないのか、と歌川が一応のフォローを入れるも、オペレーターの三上の指示を無視したり、何度緊急脱出(ベイルアウト)しても同じことを繰り返す彼の姿を見て、今回ばかりは菊地原が正しかったと判断した。それでも彼の性格上放っておくことができず、防衛任務終わりには何度か話しかけていた。

 当の本人はぼっちをこじらせて真面に会話できなかったが。

 しかし、一度だけ彼と会話が成立したことがある。それは、彼が歌川の戦闘スタイルについて聞いて来たことだ。シュータートリガーとスコーピオンを使う歌川は、彼の目指すポジションに近かったのかもしれない。

 だからこそ歌川が驚いた。あの最上が自分に質問をするなど、と。三輪以外には教えを乞おうとしないと良く知っているだけに。

 

 歌川が彼を見る目が変わったのは、夏に行われた合同チームによる四つ巴の模擬戦だ。最初は乗り気ではなかった風間が、途中からは彼の力を認め、そして粘っていく彼の姿に魅せられた。その後に彼を鍛えるように言われて、戸惑いつつも歌川は受け入れた。

 

 今にして思えば、歌川はあの時間が好きだったのかもしれない。

 自分たちの力をどんどん吸収していく彼に、喜びと同時に負けられないという気持ちが蘇り――だからこそ記憶を失ったと聞いた時はとても悲しく思えた。

 それは菊地原も同じようで。

 

「なんでサイドエフェクト(こんなもの)があるんだろうね」

 

 と珍しく弱々しい声で呟いていたのが印象的だった。

 かと言って自分たちに何かできるという訳でもなく、歌川は彼のことを気の毒に思っていた。

 

 そう思っていたのだが……。

 

「……どうした歌川?」

「いえ、何でもないです奈良坂先輩」

 

 どうやら彼は自分が思っているほど弱くはないらしい。

 大規模侵攻での自分に戸惑っていたようだが、今ではそれを乗り越えてさらに強くなろうとしている。取り戻す、と言った方が正しいのかもしれないが。

 

 そして、そんな彼の背中を押せる三輪隊の面々と彼の絆は固いものだと思った。

 今回の試合、最上秀一は勝ち目がほとんどないと思われている。

 そしてそれは歌川も同様で、頑張っている彼が再び壁に激突するのではないかと考えている。しかし隣の奈良坂はいつも通りのようすで、まるで彼が勝つことを信じているように思えた。

 

「あの、奈良坂先輩」

「なんだ?」

「最上は、今回の試合に勝つことができるでしょうか」

 

 それどころか点を取るのも難しいのでは。

 その言葉を飲み込んで歌川は奈良坂を見る。

 奈良坂は彼の言葉を聞いていくらか考えると――。

 

「まあ、難しいだろうな」

「え、そんなあっさり……」

「だが、そんなことはあいつ自身分かっている。だからこそ今日まで対策を練っていたし……それに」

 

 この程度の壁を乗り越えられないようじゃ、三輪に着いて行くことなどできやしない。

 そう言って、奈良坂は試合開始を待つ。

 

 

 ――五分後、試合が開始された。

 

 

 

 

 全隊員の転送が完了され、彼の目に飛び込んできたのは囲むようにそびえ立つ建設物。どうやら今回那須隊が選んだのは工業地区のようだ。

 バッグワームを展開しつつ、彼はレーダを見る。試合前に月見に言われたのだが、このマップは他のマップに比べると狭く、試合時間も少ない。

 点在する他の隊員の反応から、彼は思わず舌打ちした。

 

『運が悪いわね。囲まれているわ』

 

 月見の言うように、彼は相手部隊に囲まれるようにして転送されてしまっている。

 これでは狙撃手を倒しに行く前に、那須か村上に阻まれてしまう。

 ゆえに、彼が取れる行動は速攻。

 バッグワームを使ったことで空いた空間に向かって、彼は建造物を足場にして駆け抜けた。トリガー構成の問題上、今回はグラスホッパーを入れていない。よって普段よりも機動力が落ちているが、那須隊、鈴鳴第一のどちらの狙撃手も彼よりも足が遅い。気づかれる前に近づくことができれば生駒旋空で斬り倒すことができる。

 

 

 

 ――だが、彼はとことん運が悪いらしい。

 

「旋空弧月」

 

 狙撃を警戒し、サイドエフェクトを使用していなかったおかげで、その声は聞こえた。

 彼はバッグワームを解いてサイドエフェクトを発動。そしてメイン・サブを用いた集中シールドを展開。

 すると左から力強い剣戟の音が鳴り響く。トリオン体にダメージは無いが、空中で攻撃を受けた彼は体勢を崩す。それだけの威力があるということは、先ほどのシールドを削ったのは剣先だということ。もしメインだけでシールドを展開していたら、そのまま抜かれていたのかもしれない。

 射線が通るのを嫌った彼は壁を足場にし、素早く地面に着地して目の前の相手を見据える。

 そこに居たのは鈴鳴第一の攻撃手、村上鋼。左手にシールドモードのレイガスト。右手には弧月を構えて、静かにこちらを見ていた。

 

『こちら村上。最上と接敵しました。予定通りに抑えますので、来馬先輩と太一は日浦を獲りに――』

 

『トリオン反応増大!!』

『――爆撃注意!』

 

 相対する二人の元に、オペレーターからの警告が入る。

 不規則の軌跡を描きながらトリオンの弾丸が彼らに降り注ぐ。

 それを確認した二人は目の前の相手を無視し、各々回避行動に移る。

 瞬間、先ほどまで居た地面のみならず、周りの建造物までもが爆撃によって粉砕されていく。

 不規則の弾道とこの破壊力から、彼はすぐにトマホークだと気づく。そしてそれができるのはあの人しか居ない。

 

 巻き上がる砂埃のを抜けて、彼は建造物の屋上に降り立つ。離れた位置にはレイガストのスラスターで上まで昇って来ていた村上が、彼ともう一人の相手を見据えていた。

 

「――くまちゃん、茜ちゃん。援護、お願いね」

 

 那須隊のシューター、那須玲が己の体にバイパーを纏わせてそう言い放った。

 

 

 

 

「試合開始早々、各隊のエースが激突しました。しかし戦況はおそらく最上隊が苦しいでしょう」

 

 マップ中央では那須、村上、彼が集結していた。

 先ほどの攻防から分かる通り、那須隊、鈴鳴第一は彼狙いのようだった。

 

「エースを援護するべく他の隊員も動きます」

「最上を挟んでそれぞれの狙撃手が位置に着いたな」

 

 奈良坂の言うように、狙撃手はすでに狙撃ポイントに到着し、いつでも彼を撃てるようにしている。鈴鳴第一の来馬、那須隊の熊谷もマップ中央に迫りつつある。

 

「それだけ最上隊長がマークされているということですね」

「はい。最上は元々足が速いですから。今回はグラスホッパーを持っていませんが、足場の多いこのマップならすぐに狙撃手の元に辿り着けます」

「那須隊も鈴鳴もそれが分かっているから、最上以外を極力無視しているのだろうな。初めの転送位置を考えれば、熊谷隊員も来馬隊長も敵狙撃手を討てていた」

 

 逆に言うと、そうでもしなければ彼を止めることができない。

 もっと言えば彼にサイドエフェクトを使わせてしまう、と言ったほうが正しい。

 彼の強さの根底には体感速度操作があり、それを如何に()()()()()()()()()()()()()()で今回の試合が決まる。

 

 

 

 

「最上くん……!」

 

 そんな試合を見て苦悶の表情を浮かべるのは唯我だった。

 自分の可愛がっている後輩のピンチに思わず彼の名前を呼んでしまい、それを隣で聞いた出水が静かに彼を見た。

 

 出水は思った。こいつも変わったな、と。

 昔の彼なら「まだまだ修行が足りないね」だとか、己の力量を弁えず、自分をイラつかせる言動を繰り返していたのだが、それも減ったように思えた。

 そして、そのような言動をするのは決まって彼の前であり、こうして本人が居ない時はただ真摯な態度で彼を見守っている。

 

 何故なのか。その辺りの唯我の心境の変化に正直出水はさほど興味は無い。

 ただ、唯我が彼のことを気にかけていることは知っている。

 何時からだろうか。彼がボーダーになってから? A級部隊と防衛任務をするようになってから? 特別訓練をするようになってから? 大規模侵攻で記憶を失ってから?

 詳しい時期は分からない。だが――。

 

(こいつも、随分と成長したものだ)

 

 少なくとも、ボンボンだった頃に比べるとまだマシだ。

 

 

 

 いじめられすぎて緊急脱出(ベイルアウト)したいマジワロス。

 那須のバイパーをバイパーで撃ち落とし、こちらに突っ込んでくる村上から距離を取りながら彼は内心空笑いしていた。

 試合前から散々言われていたことだが、かと言って納得できるかと言えばそうでもなく。自分とぶつかる前にドンパチしてくれないかなあ、と期待するも尽く裏切られて最悪の事態に。

 転送位置も悪く、マップも狭い。まるで彼を負かそうと神様が運を操作しているかのようだ。

 

「バイパー」

「旋空弧月」

 

 しかし、嘆いていても状況は変わらない。

 襲い来るバイパーと旋空弧月を前に彼はサイドエフェクトを使う。しかし使うのは一瞬(現実時間)だけだ。

 すぐさまバイパーの弾道を二人を牽制するように設定し、生駒旋空の連撃でバイパーを落とす。

 そしてサイドエフェクトを解いてその場から跳び上がり、頭上に固定型のシールドを展開。それにスコーピオンで引っ掛けて跳び上がった勢いを利用して逆上がりの要領で体を捻り、足元に展開したシールドに足から出したスコーピオンで蹴って再び地面に戻る。

 

『くそ、外した!』

『いや、あれは仕方ないさ』

 

『すみません那須先輩!』

『気にしないで、茜ちゃん』

 

 グラスホッパーの代わりにシールドを使用した空中移動はどうやら成功のようだ。

 おかげで狙撃手との()()は大体把握できた彼。あとはタイミングだけだ。それさえ掴めばこの試合に勝てずとも、B級上位に上がることができる。

 しかし、そんな彼の考えとは裏腹に戦況はさらに不利になっていく。

 

「鋼! 遅れてごめん!」

「いえ、こちらこそ初撃で仕留められなくてすみません」

 

「玲、まだ平気?」

「うん、大丈夫だよくまちゃん」

 

 ……これ、詰んでね?

 そう思ってしまうのも無理はない。

 前方の鳥籠、後方の№4攻撃手。加えて二人の狙撃手。

 それら全てが彼だけを狙い、全力で潰しにかかっている。

 

『……踏ん張りどころよ、最上君』

 

 月見の言葉に彼は頷くしかなかった。

 




以下、ネタバレ注意











今作の主人公→二週間で正隊員ってすげえ!
今週のヒュース→0日で正隊員!!!???

なんか、主人公が大した奴じゃないように思えた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話

 建物の屋上から、遮蔽物の多い下へと戦場を移した三部隊の戦いは、彼が不利のまま勢いを増していた。

 

「バイパー!」

 

 展開していたバイパーを那須は一斉掃射した。

 空間を縦横無尽に走る彼女の弾丸は、幾つもの光の軌跡を描いて彼へと殺到する。彼に叩き落とされないように設定した弾道は、見る者を魅了する美しさがあった。

 しかし、この戦場でそれに見惚れる者は居ない。

 

 サイドエフェクトを発動させて、一直線上に並んでいる弾丸をノーマル旋空で斬り裂いてなるべく多くのバイパーを減らす。

 一閃二閃三閃と斬撃を飛ばし、それでも搔い潜って来る弾丸はシールドで相殺する。

 このようにして彼は弧月とシールドを駆使して那須のバイパーを次々と相殺していき、一つの弾丸も残さない。

 リアルタイムで弾道を設定できる彼女のバイパーは、放って置けば後ろから撃たれる可能性がある。ゆえに全て無効化させないといけない。

 

「はあっ!!」

 

 だが、彼が戦っているのは那須だけではない。

 弧月を持った熊谷が那須のバイパーを掻い潜って彼に斬りかかった。いや、予め彼女が彼に攻撃するための空間を作っていたのだろう。おかげで不自然な穴を見つけていた彼は、熊谷の一撃を防ぐことができた。もしそちらの方へと体を潜り込ませていれば、ダメージを負っていたのかもしれない。

 しかし、それでもできたのは防御のみで、反撃をすることができなかった。熊谷もそれが分かっているからこそこうして攻めているのだろう。

 

「スラスター・オン」

「アステロイド!」

 

 さらに横からの村上の攻撃が迫る。ブレードモードにしたレイガストを投げつけられ、それに続くように来馬のアステロイドが彼を襲う。

 

「――!」

「っ……!」

 

 那須隊がこのまま抑えていれば、彼は鈴鳴の集中攻撃で緊急脱出(ベイルアウト)するだろう。

しかし、突如那須が攻めるのを止めて、熊谷も彼から距離を取った。

バイパーの雨が無くなり、両手が空いた彼はすぐさま転身してレイガストを弧月で弾く。すると運良く敵の狙撃とぶつかり、何気に落とされかけていたことにヒヤリとする彼。射線を遮るために来馬のアステロイドをシールドで防ぎながら彼は物陰に身を隠した。

それを見た那須隊は鈴鳴からの不意打ちを警戒しながら、彼を見失わない程度の距離まで退がり、鈴鳴はそれを見送った。

 

「なかなか村上先輩を狙ってくれないわね」

「こっちの狙いはやっぱりバレているみたいね」

 

 那須隊にとって村上も彼も格上の存在だ。

 普通に真正面から戦っては実力で押し切られてしまう。特に彼は射手としても攻撃手としても強く、ペースを取られれば一気にひっくり返す怖さがある。

 そしてそれは鈴鳴も同じであり、だからこそ那須隊を狙わない。

 

『それにしても、さっきのは危なかったですね。狙撃で落ちたかと思いました』

『ごめんなさい……。タイミングを失敗(ミス)しました』

「気にしないで茜ちゃん。でも、これからはもっと慎重にお願い。最上くんと村上先輩には、もっと削り合ってもらわないと……」

 

 先ほど那須隊が突如攻撃を止めたのは、これが理由だ。

 もしどちらかが健在のまま、どちらかを落としてしまえば一気に那須隊が不利になる。

 

 村上が残れば真正面から潰され、彼が残れば(ポイント)を根こそぎ取られていく。

 ゆえに、那須隊は二人が削り合うように戦っていた。

 

 

 

「そう仕向けるのなら、それを援護に一気に落とせば良い」

 

 一方鈴鳴第一は、当然ながら那須隊の思惑を見抜いていた。

 最も厄介な存在である彼さえ倒せば、後はいつも通りに試合を続ければ勝てる。射手の距離から延々と削ってくる戦法を取って来るのかもしれないが、それは既に対策済みだ。先日の諏訪隊との試合とこのステージのおかげで然程問題は無い。

 

「そうなると、やっぱり今回の要は太一だね」

「オレは防御重視で行くから、隙を見てライトニングで仕留めろ。多分それが一番確実だ」

『え~。でもさっき日浦ちゃんの狙撃、ライトニングでしたよ? それを弾くとか変態すぎる……』

『グズグズ言ってないで狙撃位置に着きなさい!』

 

 はーい。と不貞腐れながら移動する太一に村上と来馬は苦笑する。

 しかし、すぐに気を引き締めると彼らは那須隊の隠れている方とは別の方へと視線を向ける。

 

(予想していたよりも動きが鋭いな……)

 

 今までのランク戦の記録(ログ)を見ていた村上が感じていたのは戦慄だった。

 あれだけの猛攻を受けていたら、狙撃の一つや二つは命中すると考えていた。大規模侵攻で怪我をして入院し、しかしすぐに退院してランク戦に参加したことからまだ本調子では無いと思っていた。来馬はそれを気にして今回のような集中攻撃にあまり良い気をしていなかったが、それは逆に彼に対して失礼だと村上の言葉で全力で戦ってくれている。自分なら、怪我を理由に手を抜かれるのはこれ以上ない侮辱だと感じたからだ。

 彼は全力で手を抜いて欲しかったのだが。

 しかし、村上の予想に反して彼の動きのキレが戻ってきている。ラウンド1からラウンド2の体の動きの変化から理解していたつもりだったが……。

 

(知らず知らずのうちに気を使っていたのか……? いや、違うな。あいつが対応しているのか)

 

 剣の才能なら、彼は村上以上だ。それが開花した時、自分の勝ち越せない相手の一人に彼の名前が刻まれることになるだろう。

 だがそれは今じゃない。

 

(お前がなんでそこまで必死になって上を目指すのか……俺はそれを知らない。だが――)

 

 ――上に行きたいという気持ちは()()()()も負けていないさ。

 

 弧月とレイガストを持ち替えた村上は、壁越しに居る彼を強く見据えて――静かに闘志を燃やした。

 

 

 

 

「最初の激突は各部隊大きなダメージを負わず膠着状態に陥りました」

 

 彼が二つの部隊から距離を取ったことで起きたこの時間の間に、試合の解説を務める三人は開始からの今までの流れ。各部隊の狙いなどを観覧室に居る隊員たちに分かりやすく実況した。それを聞いたC級隊員たちは、彼がそれだけ警戒されていることに驚き、これからどうなるのだろうかと各々話し始める。

 

「やっぱり鈴鳴だろ。№4攻撃手の村上先輩が居るんだし」

「でも那須先輩のあのバイパーも凄かっただろ? それに初めに使ってた合成弾を使えば勝てるんじゃね?」

 

 総じて共通しているのは『最上隊はまず勝つことができない』ということだった。

 マークのされ方から考えても、人数の差的に考えても、彼が勝つ可能性はほとんど無い。それが彼らの見解であり、事実このまま試合が進めばそうなるだろう。

 今のところは大きなダメージを受けていないが、相手にもダメージを与えることができていない。

 

「お二人は、今後どのような試合結果になると思いますか?」

 

 周りの声を聞いた人見が解説席の二人にそう問うた。

 それを受けて歌川は冷静に己の考えを述べる。

 

「おそらく、この後もエースを中心とした乱戦が行われると思います。その中で最も落とされやすいのは……最上隊長ですね」

「まあ、両部隊から総攻撃を受けていますからね」

「それでも何とか凌いでいますが、それも時間の問題でしょう。

 で、他の二つの部隊ですが……今のところ優勢なのは鈴鳴第一です。彼らは今のところは最上隊長を狙っていますが、彼を無視して日浦隊員を討つのも手です」

 

 実際、試合開始直後は彼女を狙おうとする動きを見せていた鈴鳴第一。

 膠着状態の今、流れを変えるという意味ではそれもまた一つの手だ。

 

「ならば、何故それをしないのですか?」

「最上が別役の所に行くからです」

 

 人見の問いに答えたのは奈良坂だった。

 

「鈴鳴第一が日浦を、あいつが別役を狙えば少なくとも集中攻撃は免れる。

 那須隊が最上を追うにしても、日浦を援護するにしても……。

 そうなれば後は最上の独壇場です。足の速さを活かして各個撃破し、場合によってはそのまま雲隠れするのも有り。あいつの戦闘スタイルは奇襲向けですし」

 

 ここで前回の大量得点が彼に味方をした。

 もし彼が勝てなくとも、他の試合結果によるが上位に上がる可能性は高い。

 

「しかし、獲れる(ポイント)を減らされたくない鈴鳴第一はそれをしない、と」

「付け加えると那須隊もですね。鈴鳴と違うのは、自分たちの隊だけでは確実に彼を倒せないことくらいです」

「狙撃手も確実に当てることができる位置に着きました。ライトニングで仕留めるつもりなのでしょう。――おそらく、次の激突で試合が決まります」

 

 歌川の補足に奈良坂がそう付け加え、観覧室に居た隊員たちはモニタへと視線を集中させた。

 

 

 

 

 彼からすれば、那須や村上に付き合う道理は無く、相手をすればするほど時間もトリオンも減ってしまう。二つの部隊が同時に狙っているのなら尚更だ。

 

 ならば、さっさと狙撃手を落としに行こう。

 

 先ほどの狙撃は運良く弾いたレイガストに当たったことで被弾はしなかったが、逆に言うと彼が気付くことができない狙撃が現れ始めているということ。月見曰く、弾速と威力からライトニングだと思われる。つまり相手はいつもよりも近づいているということ。

 それならば、何とか村上たちを振り切って狙撃手を落とせば試合が楽になるのかもしれない。ただ、相手も確実に当てるために近づいたのだから注意が必要だが……。

 それでも、乱戦中に何度も狙われるよりはマシだ。

 

 そうと決まれば話は早い。弧月を鞘にしまって両手を胸の前で掲げる。

 すると彼の手から二つのトリオンキューブが生成され――それらは一つキューブへと合成された。

 バイパー+メテオラ――トマホーク!

 生成したトマホークを八分割し、それらを那須隊、鈴鳴に向かって解き放つ!

 

「――合成弾! しかも、これは――」

 

 合成弾を操る那須だからこそ気付いたのだろう。彼が解き放ったのはトマホークだと。

 シールドを張って防ごうとしていた熊谷を連れて、彼女は回避行動に移る。

 対して鈴鳴第一は二人がかりでフルガードをするも、炸裂弾の効果で周りの粉塵が立ち込め、遮蔽物が瓦礫となって降り注いでくる。

 

「――目くらましか!」

 

 一撃を加えた隙に、彼はサイドの壁を足場にして屋上へと上がる。

 そして爆煙に包まれた鈴鳴を見据えながら、再び二つのキューブを作り出す。

 

「させるか!」

 

 スコープ越しにそれが見えた太一は、引き金に指をかけて、そして引いた。

 合成弾を作り出す時、メインとサブを同時に使う。すると必然的にシールドは使用不可能となり、強力な攻撃をする反面、隙も大きい。

 しかし太一が見たのは相手の頭が吹き飛ぶ光景ではなく、メインサブを両方使った両防御(フルガード)で己の弾丸が弾かれる光景だった。A級一位太刀川隊の射手である出水が狙撃手を釣り出すためによく使う手であり、単純ゆえに効果を発揮しやすい。

 衝撃と音で片目を閉じていた彼は、グリンと太一の方へと顔を向け――。

 

 ――見 つ け た。

 

 と呟いた。

 

「ひ、ひいぃいい!?」

 

 思わず太一は悲鳴を上げた。顔を青くさせて膝がガクガクと震えている。

 しかし相手は待ってくれず、猛スピードで太一へと迫っていた。

 

「く、来馬先輩! 鋼さん! 助けてくださーい!」

 

 転身させて逃走を開始する太一だが、追いつかれるのは時間の問題だろう。それだけの足の速さがあり、もし逃げ切れようともマップの端に追い込まれてしまう。そうなれば袋の中のネズミだ。そうなれば彼に斬り捨てられるだろう。

 

「俺たちでカバーする! それまで持ち堪えろ!」

「り、了解!」

 

 村上と来馬が急いで彼の後を追う中、彼は通信でとある情報を入手していた。

 月見の言葉に彼は静かに頷き、持っていた弧月を鞘に納めて左手からバイパーのキューブを生成する。

 どうやら早急に太一を仕留めるつもりのようだ。

 サイドエフェクトで弾道を設定し、バイパーを太一へと殺到させる。背後、左右、から弾丸の雨が降り注ぎ、太一のシールドがどんどん削られていき、徐々にダメージが蓄積されていき……。

 

「うわっ!?」

 

 ついに彼のバイパーが太一の足を貫いた。

 結果、太一はバランスを崩して転倒する。

 それを見た彼はタンッと跳躍し、右手にメテオラを生成させてそれを太一無掛けてブン投げた。

 分割無しの最大威力のメテオラ。弾速も射程も無いが、シールドを削られた今の太一相手なら確実に仕留めることができる。

 迫りくる凶弾に思わず太一は目を閉じて――。

 

「バイパー!」

 

 しかし、彼のメテオラは太一に届くことはなかった。

 突如メテオラは、横から放たれた弾丸によって空中で爆発した。

 思わず彼は舌打ちをして、その場から跳躍して降り注ぐ弾丸を避ける。

 

「な、那須先輩!?」

 

 太一は自分を救った那須に驚きの声を上げる。彼女は地面に倒れ伏している太一を無視して、メインサブ両方を使ったフルバイパーで彼を攻め立てる。

 今までの消極的な動きとは一転して、彼が下手に動けないほどの猛攻。

 それを呆然と見ていた太一だったが、ハッと今の自分の状態に気付いてライトニングを支えに立ち上がる。

 今の内に逃げよう。

 そう思っての行動だったが――彼に追い詰められた時点で、足を撃たれた時点で彼の命運は決まっていた。

 グラリ、と太一の視界が揺れ動き、首を斬り落とされたと気付いたのは、己の体の背後に立つ熊谷を見つけた時。

 バッグワームを展開していた熊谷は、振り抜いた弧月を構えると那須を援護するべく自分を追い抜き、その光景を最後に太一は緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

 




話が長くなったので、キリのいいところで。
次回でラウンド3終了です。
なるべく早く投稿する予定です。








あとTwitter始めました。
裏設定とか呟いたり質問に答えたりしようと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話

「那須隊、一点獲得! 最上隊長が追い詰めた別役隊員を搔っ攫った!」

「本当はここで狙撃手が落とされるのは那須隊にとっても痛いでしょう。それでも獲られるくらいなら獲ろうって感じですかね」

 

 横取りされた彼は顔を歪める。それは那須隊も同じで、歌川の言う通りだった。気を取り直した彼は弧月を抜いて攻める手を強くし、那須隊は追い込まれ始める。太一を狙って移動したことによって那須隊の狙撃手を振り切った形になり、サイドエフェクトを安全に使えるからだ。しかし……。

 

「ここで鈴鳴が合流し、試合は再び乱戦へと突入! 別役隊員の仇討ちか!」

「この場面は狙撃手の日浦隊員を獲りに行っても良いところですが……」

 

 仲間意識の高い彼らはこちらを選んだようだ。

 鈴鳴の参戦によって那須隊の二人はさらに追い込まれ始める。狙ってやったのか、それとも自然とそうなったのか、彼対那須、鈴鳴対熊谷と戦場が二つに別れた。

 モニターの中の彼女たちは全員苦しい表情を浮かべている。

 

「おそらく、次の日浦の狙撃で試合は決まるぞ」

 

 そんな中奈良坂は、己の弟子である一人の少女を見てそう呟いた。

 

 

 

 

「くっ……!」

 

 鈴鳴が熊谷を狙い出したことで、彼は那須との戦闘に集中することができた。

 距離を詰めてなるべく彼女に自分の戦いをさせない。試合前に月見と確認したことだ。

 遮蔽物を足場に何とか逃げようとする那須だが、彼もまたかつて踏破訓練で一位を取る実力を持ち、絶えず接近戦を仕掛ける。

 

「バイパー!」

 

 己へと斬り込んでくる彼に対して、那須はいくつもの光弾を叩き込み、しかし彼はそれらを斬って、シールドで弾いて、避けて、そのまま彼女の右腕を斬り飛ばした。

 

「玲!!」

 

 それを見た熊谷が思わずそう叫び……。

 

「よそ見をする余裕があるのか!?」

「っ!?」

 

 村上の鋭い一太刀が那須とは反対の腕を斬り落とした。ギリギリで心臓(トリオン器官)を守ることができたが、片腕を失ったことで彼女たちは追い込まれた。

特に普段両手で弧月を構える熊谷は厳しく、苦悶の表情を浮かべて来馬の追撃のアステロイドを後ろに退いて回避する。那須も熊谷同様退がると、二人は傷口を押さえながら距離を取った。

 

『玲、一旦退いて合流を――』

『そうしたいのはやまやまなんだけど……』

 

 苛烈に攻め立てる彼から逃れるには、腕の一本や二本では足りない。それだけのプレッシャーを彼から感じた那須は、グッと歯を噛み締めた。

 それを聞いた熊谷は焦りを含んだ顔を浮かべる。

 彼がバイパーを、来馬がアステロイドを二人に向けて放ち、彼女たちはシールドでガードしながら後ろへと退がる。村上は彼を警戒して来馬の傍に立ちレイガストを構えている。このまま後退したいところだが、背中を見せた瞬間彼の生駒旋空で緊急脱出(ベイルアウト)するだろう。そして鈴鳴も那須隊を先に倒して彼を倒すつもりのようで、直接仕掛けることはなかった。

 落としやすい相手から落とす。それが彼女たちだったということだ。

 

『――私が、最上君を撃ちます!』

『――! だめだ、茜! リスクが高過ぎる!』

 

 そんな劣勢のなか、己が撃つと日浦が言った。確かに那須隊がこの状況を脱するのなら、狙撃手である日浦が彼を撃ち抜くのがベストだ。

 しかし先ほどの光景を思い出す限り、成功する確率は限りなく低い。どういうわけか狙撃に弱いはずである彼は完璧に対応しており、結果的に那須隊が点を取ったが太一を追い込んでいた。そのことを考えると徒らに彼に攻撃するよりも、フリーである彼女はこのまま試合終了まで隠れている方が安全だ。那須と熊谷が追い込まれている現状なら尚更だ。

 

『――でも! 上に行くには彼に……いや、鈴鳴にも勝たなくてはいけません! どんなに強い相手だろうと、怖い相手だろうと――私は逃げたくありません!』

「……茜」

 

 ――日浦の両親は、彼女にボーダーを止めるよう強く促していた。

 犠牲者がゼロだったとはいえ、先日の大規模侵攻の爪痕に不安を抱く者は多く、彼女の両親もその一部だ。

 話し合いの結果、何とか今回は見送られることになったが、日浦の心中に残ったのは安堵よりも恐怖だった。

 もし次に第二次大規模侵攻以上のことが起きて被害者が出たら、自分はボーダーを辞めさせられるのかもしれない。

 それどころか、那須隊の皆――いや、ボーダーの仲の良い人たちにも被害が及ぶ可能性もある。そしてそれは自分も例外ではない……。

 

 そう考えたら、彼女は不安で不安で仕方なく、思わず那須や熊谷、志岐の前で泣いてしまい己の心中を曝け出した。

 

『私は――私たちは強くなるって決めました! だったら、こんなところで止まっていられません!』

 

 ――強くなろう。

 そう決意した日浦は走り出した。勝つために。那須隊に居るために。ボーダーに居るために。

 

『……分かったよ茜ちゃん』

『玲!?』

『熊ちゃん……勝ちにいこう』

 

 日浦の熱い思いと那須の真っ直ぐな言葉に――熊谷は折れた。

 

『………分かった。やってやろうじゃない。絶対に勝って、上に行こう!』

 

 

 

 

 

『那須先輩。茜が狙撃地点に着きました。何時でもいけます』

『ありがとう、小夜ちゃん』

 

 己の隊長の声を聞きながら、日浦はアイビスを構えてただその時をジッと待っていた。

 彼を撃ち抜くポイントと彼女の狙撃地点はあまりにも近かった。彼が生駒旋空を使えるのなら尚更であり、もしも外せば彼女は確実に村上か彼に落とされるだろう。

 だが、彼を倒すにはこれしかない。彼のサイドエフェクトの前ではどんなに早い弾速だろうと、一定の距離が対処されてしまう。だから、気付いても絶対に当てることができるこの場所から、集中シールドで防げないアイビスで狙撃をする。

 本当なら回り込んで死角から狙撃をしたかったが、戦場がエリア内の隅だったこと、そして回り込むだけの時間が無いことから彼女はこの地点に着いていた。

 

「――はあ……っ!」

 

 知らず知らずのうちに閉じていたスコープを覗いていない方の片目を開いて、ジッと待つ。肩の力を抜いて深呼吸をし、平時の自分を取り戻す。

 焦らない。撃つと考えるのではなく撃てると考える。

 耳にオペレーターの志岐の声が、剣戟の音が、銃声が、それらが彼女にその時は近いと教える。

 

「――来た」

 

 物陰から那須が飛び出し、続いて熊谷が。そしてそれを追うように彼が現れる。鈴鳴の二人が見えないことから、どうやら狙撃を警戒しているようだ。だが、恐らくすぐに斬り込んでくるだろう。彼らも点を獲られるのは望んでいない。

 

 

 ――それまでに終わらせる!

 

 

 彼が那須に斬りかかる。ダメだ。まだ早い。

 熊谷が彼の剣を受け止め動きを止める。ダメだ。後方に退がって避けられる。

 那須のバイパーが彼に襲い掛かる。ダメだ。降り注ぐ弾丸に警戒をしている今撃てば、位置を捕捉されるだけだ。

 熊谷の弧月を弾いてシールドと剣で那須のバイパーを斬り落としていく。ダメだ。まだ余裕がある。

 足音が聞こえたのか、一瞬彼が背後を確認した――今だ!!

 

「――当たれぇ!!」

 

 アイビスの重い引き金を引き、銃口から対大型近界民用の弾丸トリオンが放たれる。

 よほど集中しているからか、放たれたこの瞬間を彼女は何秒も何分も……何時間にも感じられた。

 アイビスの弾丸はライトニングよりも遅く突き進み、すぐに振り返った彼の視界にも映った。しかしもう遅い。避けるには近く、防ぐには威力があり過ぎた。加えて、上空から降り注ぐ那須のバイパーがアイビスを防ぐためのシールドを展開させない。

 

(イケる……!)

 

 彼女は自分の……否、自分たちの勝利を確信し――視界がズレた。

 

「……え?」

 

 時間が戻り、日浦は己の体が膝から崩れていくのを感じていた。

 何が起きたのか理解できず、半壊したアイビスと共に彼女はこの戦場から退場した。

 

 

 

「茜!?」

 

 思わず叫んだ熊谷に向かって、彼は降り注ぐバイパーを無視して駆け抜けた。シールドと弧月によって阻まれ続けた那須のバイパーは、彼が無理矢理前に出たことで徐々にその体に穴を空けていた。

 しかしそれを見て彼女はダメージを与えているとは思わなかった。

 

 何故なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 そこから漏れ出すトリオンは多く、彼の緊急脱出(ベイルアウト)はもはや時間の問題だろう。それが分かっているからこそ彼は熊谷に襲い掛かった。

 

「ぐっ!」

 

 片腕を失った彼女では、彼の斬撃を防ぐことはできない。

 日浦が訳も分からずやられたことによる動揺から抜け出せなかった彼女は、振り抜かれた彼の足から生えたスコーピオンで胸を大きく抉られた。

 

「……! ごめん、玲……!」

『戦闘体活動限界緊急脱出(ベイルアウト)

 

 勝ちたいという想いは負けていないはずだった。しかし、とある男は言う。

 心の強さだけで勝ち負けは決まらない。

 まさしくそれを体現したかのように、彼女は緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

「よくも熊ちゃんを……!」

 

 だからと言って全くの無関係とは言えない。

 親友がやられたことで、那須の中にあるスイッチが入った。

 彼女の展開していた全てのバイパーが地面へと殺到。しかし直撃する前にそのまま地面にと平行になるように軌道を変えると幾つもの線を描く。やがてその線は集結し一つへの螺旋へと昇華し、目標()を下から突き抜けた!

 

『戦闘体活動限界緊急脱出(ベイルアウト)

 

 限界を迎えた彼は、バイパーで撃ち抜かれたままそのまま緊急脱出(ベイルアウト)した。那須の怒りを受けた彼は何処か呆然としており――いや、これはどうやらサイドエフェクトを使用しているようだった。

 

「――不味い!」

 

 激情を解き放った彼女の頭に冷静さが取り戻される。

 一瞬とはいえ、感情に支配されてしまった彼女は失念していた。

 この場に居るのは彼と自分だけではない。

 

「――旋空弧月」

 

 バイパーを放った後の隙を突かれた那須は、たった今到着した村上の旋空弧月によって真っ二つにされてしまう。

 ビシビシと崩れていくトリオン体。こちらを見据える村上を見ながら――那須も緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

 

 

 

「試合終了!! 結果は3対2対2! 鈴鳴の勝利です!」

 

 ラウンド3は那須を倒し生存点を得た鈴鳴第一の勝利に終わった。

 しかし試合を見た者たちは何処か釈然としない気持ちだった。

 

「最後は一気に落ちましたね」

「はい。試合内容もなかなか濃いものとなりました。では、先ずは勝ったチームである鈴鳴から」

 

 歌川の呟きに同意を示し、人見は総評を進めることにする。初めは鈴鳴かららしく、解説を奈良坂に促した。

 

「……奈良坂くん?」

「――あ、すみません」

 

 しかしすぐには反応せずモニターをジッと見ていただけであった。

 人見に呼びかけられた漸く気が付いたのか、彼は珍しく言葉を詰まらせるも意識を切り替える。

 

「終始余裕がありましたね。恐らく対策もしっかりと練っていたんでしょうが、その分動きが一足遅かった印象です」

 

 獲れる時にしか攻めなかった鈴鳴は勝利こそしたものの3点しか得られなかった。

 那須隊が活発に動いた分、それに合わせていたせいで獲れる点を獲れなかった。

 特に村上は共に行動していた来馬に意識を割いていた。来馬がやられるリスクを呑み込んで前に出ればあるいは……。

 

「最後も狙撃を警戒し過ぎたせいで出遅れていました。鈴鳴は熊谷も……彼も獲ることができたはずです」

 

 

 

 

「うう……ごめん鋼」

「いえ、オレが来馬先輩を信じていれば……」

 

 試合が終わって感じていたのか、来馬は申し訳なさそうに謝る。

 村上も同じ気持ちなのか謝り返した。

 

「まあ勝てたから良いじゃないですか! 次に活かしましょう」

「今回は太一の言う通りですよ」

 

 太一の言葉と今は同意し、生き残った二人を慰める。

 優しいだけに気にし過ぎなのよね、と似た者同士の彼らに彼女は苦笑した。

 

 

 

 

「次は那須隊ですね。では歌川さん」

「はい。最上隊長の対策は完璧だったと思います。結果的には彼を打ち倒しましたから……ただ」

 

 ――得られる点と労力が割に合わねぇ……。

 

 観覧席に居る隊員たちの心と歌川の言葉が一致した。

 鈴鳴を巻き込んでの包囲網はしっかりと機能していたし、彼も前の試合に比べると抑え込まれていた感はある。だが、それでも網を食い破り、喉元に斬り裂きに来る彼は……。

 

「ただ、もし彼を倒せたとしても後に控えている鈴鳴との戦いが厳しかったはずです。那須先輩の他にメインを張れる隊員が居れば、今回のような試合でももっと余裕を持って戦えたはずです」

 

 

 

 

「もう彼とは戦いたくないわ」

「ふぇぇ……怖かったですよぅ……」

 

 彼に落とされた二人は片やため息を吐いて、片や涙目で嘆く。

 まあ、戦闘中の彼を真正面から受け止めた彼女たちの心中はお察しである。

 

「でも……最後のあの顔は少し可愛かったかな?」

「那須先輩!?」

「ふふ、冗談よ」

 

 トリオン体が解けて生身の体へと戻った那須は、顔をいささか青くさせながらもそう呟き志岐を戦慄させた。

 やっぱりこの人凄いと日浦が目を輝かせるが……そっちはダメだと熊谷は彼女を止めた。

 

 

 

 

「さて、最後に最上隊長ですが……」

 

 

「なんなんあいつ。何で集中攻撃受けて生きていられるんだ?」

「日浦ちゃんの可愛い顔を斬るとかマジギルティ」

「てかあいつ狙撃苦手だったんじゃねーの?」

「やっぱあいつ頭おかしいわ」

 

 

「――と、このように色々と言われていますが……お二人はどうでしょうか?」

「実質六対一のなか、良く2点も取ったと思います。

 最上隊長は初期位置から囲まれており、はっきり言って初めの衝突で落ちなかったのが驚きです」

「まあ、潜伏して那須隊と鈴鳴を食い合わせるというのも一つの手だったが……あいつはこれからもしないだろう」

 

 上を目指したい彼はそうしない。

 より多くの点を獲るために彼は割かし多く突っ込んでいた。一人部隊という身軽さを活かしていたが、それでも人数の少なさが痛い。

 

「それを補うための努力もしています。成長もしている。工夫もしている。それでも、人数の差は厳しいです」

「しかし、それでも彼の力は凄まじいものです。他の試合結果によっては上位入りもあり得るでしょう。

 ではこれにてB級ランク戦中位グループ昼の部を終了します。解説役の歌川さん、奈良坂さん、試合を行った最上隊、那須隊、鈴鳴第一、そして試合を見ていた皆さんお疲れさまでした」

 

 

 

 

 運悪すぎだろう!!?

 那須のバイパーで緊急脱出(ベイルアウト)していく時に思ったのはその言葉だった。

 試合の組み合わせも、ステージも、初期位置も全て彼を殺しにかかってきていた。

 なんとか二点捥ぎ取ったが、無得点もあり得たのだ。

 そもそも全員で自分を襲うのは如何なものだろうか?  

 ぼっちか? ぼっちだからか? 怒りでぼっちのさらに上の存在に進化できそうだ。誰かかわらずのいし持ってこい。

 

 と、このように絶賛ダークサイドに落ちている彼。

 そんな彼を置いて、月見は二つのメールを見つけていた。

 試合前になかったことから、試合中に送られて来た、または試合後に届いた可能性がある。

 一体誰からだろうかと思いつつ、月見はメールを開き――目を見開いた。

 

「これは――」

 

 彼女は呟いた。

 

 

 最上隊への加入志願? ――と。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話

 ――少し用事ができたから。はい、これ宿題。

 

 そう言って月見は一枚のプリントを彼に手渡すと、作戦室を出て何処かへと行ってしまった。呆然とそれを見送っていた彼は首を傾げつつ宿題とやらを見る。

 そしてすぐに顔を顰めた。レポート形式で構成されており、サイドエフェクトを使ってもすぐに終わらせることはできそうにないものだった。月見が自分のことをよく理解していて涙が出そうだ。三輪の場合はガクブルである。

 とりあえず食堂で書こう、と彼は作戦室を出た。

 

「試合、残念だったな」

 

 それと同時に聞きなれた声が彼の耳に届いた。

 そちらを見ると、解説を終えて彼のようすを見に来たであろう奈良坂と歌川が居た。

 どうも、と彼がペコリと頭を下げると奈良坂は意外そうに目を細めて。

 

「……それほど堪えてはいないんだな」

 

 と落ち込んでいないのか? と訪ねる。

 奈良坂が心配するのも無理はない。ラウンド1で負けた時、一人で戦う厳しさとA級への険しい道に彼の表情に影が差していたのだ。奈良坂だけでなく、他の三輪隊のメンバーも気にしていたし、しかし優しい言葉は彼には逆効果だと判断したのでその時は見守るだけだった。

 そのことがあり、奈良坂は彼のようすが気になって此処まで来たのだが……。

 切り替えが早いというか前向きというか、彼は既に次の試合に向けての準備をしているようであった。

 余計なお世話だったか、と心の中で苦笑した奈良坂は食堂に行くという彼に着いて行くことにした。解説役を担っていた彼が居れば、客観的な視点からのアドバイスができるからだ。と言ってもあまり口出しをするつもりは無いが。

 歌川もこの後は特に予定が無いのか、はたまたお人好しなのか彼の手伝いを自分から申し出て、三人で食堂に向かうこととなった。

 

「それにしても、良く最後まで粘ったな」

 

 歩きながら歌川は彼にそう言った。

 昔の彼なら相手を倒そうと攻めに出て、そこを突かれることが多かった。

 大規模侵攻前の特別訓練の時もそうだったし、その時はサイドエフェクトを限界以上に使って強引に捻じ伏せていたが……。

 今回の試合を見た歌川は、どちらかというと守りに徹していたように思えた。常に余裕を持たせて相手の攻撃を捌いたり、させないようにしたり、長時間の相対を避けたりと。それでも基本的には点を獲りに行っていたが、ダメージを受けていないことからかなり自分を抑えたのだろう。

 歌川の問いに彼はこう答えた。恐らく参考にしたとある人の影響だろう、と。

 その人は敵を倒すというよりも自分が落ちないように戦っており、最近確認した試合でも興味深い立ち回りをしていた。己と同じ戦闘員が一人なので、自然と注目してしまった。

 

「一人……なるほど、漆間隊か」

 

 納得した歌川は頷き、彼はそうだと肯定する。

 漆間隊の戦い方は彼にとって目から鱗が落ちるような思いだった。完全に模擬できているわけではないが、それでも落とされない戦い方は学ぶことはできた……気がする。

 

「しかし、よく研究しているんだな。月並みな言葉だが、頑張ってくれ」

 

 歌川の激励の言葉に彼は返事をし、内心で呟く。

 

 ――元々は玉狛の戦いを見ていた時に目に入ったんだけど……、と。

 

 

 ◆

 

 

「――後は自分で気付いたところを書けば良いだろう」

 

 奈良坂のお許しの言葉を受けて、彼は凝り固まった体を解すために腕を伸ばした。

 骨の鳴る軽快な音が彼の耳に届いて、どれだけの時間をレポートに費やしていたんだろうかと、ふと食堂に備えられている時計を見る。……意外と時間が経っており、いつの間にかサイドエフェクトでも使っただろうか? とアホなことを考える彼。

 そんな彼の腹部からグー……っと音が響き空腹を訴える。

 

「そう言えば小腹が空いたな……何か、軽い物でも食べますか?」

「そうだな。あまり良い時間と言い難いが、これから俺たちは防衛任務だ」

 

 そう言って三人は席を立ち食券を買い各々軽食を購入する。

 そして先ほどまで居た席に戻ろうとし……。

 

「あ、透くん」

「玲か」

 

 バッタリと、先ほど彼と戦ったもう一つの部隊――那須隊と出会った。

 

 

 

 折角だからご一緒に、と那須のお誘いを受けて奈良坂達三人は那須隊の三人(オペレーターの志岐は帰宅済み)と相席することとなった。

 

「……」

「……」

 

 しかし、彼と同年代である少女、日浦茜は彼のことを怖がっているのか口数が少なく、それを気にした熊谷もつられるように閉口していた。

 だが、決して彼女たちは悪くなく、原因はこの雰囲気を作っている彼にある。

 三輪隊と関わるようになって改善されたものの彼は根っこの部分はぼっちだ。そんな彼がプレイボーイのように女の子と会話できるだろうか? できない。

 異性どころか同性相手にも真面に対応できない彼に、女の子に対して隣の奈良坂のように自然体で居られるだろうか? できない。

 慣れない相手とは目を合わせることができず緊張し、しかしそれを悟られまいと無表情を装うことで生成される亜空間。戦闘時に見せる暗殺者のような冷たさ。先ほどの試合もあり