Infinite possibility world ~ ver Servant of zero (花極四季)
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第一話

結局、ログアウト有りのオリキャラなし(予定)以外は変更なし、という展開で再考していくことにしました。迷走しまくった果てにそれだよ。

新が前の話数を超えるまでは、前のはそのままにしておきますが、そうなった場合には順次削除していく予定です。



 今日、僕の家に待ち望んだものがやってくる。

 日時が近づいてくるに連れ、睡眠時間は減っていきお母さんに叱られる日々。

 興奮は冷めやらぬまま日々を悶々と過ごしてきたが、そんなもどかしい日々ともこれでおさらば。

 

 突然のチャイム音に身体を過剰に反応させる。

 慌てて玄関のドアを開けると、そこには運送員と馬鹿でかいダンボールがあった。

 運送員の説明も意識半ばに、ダンボールを部屋に運んでもらう。

 普通の家なら入るわけもない大きさのダンボールも、うちの経済事情を思えば何てことはない。

 そのまま設置を終え、仕事を終えた運送員の見送りもそこそこに部屋へと戻る。

 

「うわぁー……!!」

 

 息を呑むとはまさにこういうことを言うんだろう。

 目の前には待ち望んでいた機械―――『Infinit possibility world』というVRRPGのハードがあった。

 いわゆるリクライニングチェアーのようなカプセルベッドで、そこに寝ることでゲーム世界にダイブすることができる。

 ゲームスタートまでの手続きは外から行うので、まずはキャラ作成といこう。

 

 このVRRPGは、初の体感ダイブ型システムと、無数にも存在する世界観を売り文句にしている。

 VRRPGそのものは前から存在していたけど、バイザーをつけてコントローラーを握るという視覚だけゲームに入っている感覚だったので、リアリティーは完璧とは言い難かった。当時としてはそれでも画期的だったんだけどね。

 今回はカプセル内に設置されている、五感をゲーム内と接続する機械と、脳波によるゲームキャラ操作を可能とした脳波コントローラーの二つの存在によって、まるでゲームと現実が反転したかのような感覚でゲームがプレイできるらしい。

うちは結構なお金持ちだけど、それでも「買って買ってー」とせがめる額でもないほど高額の代物だった。

 苦肉の策として、先着応募プレゼントで一名様に当たるみたいな情報に縋り、応募した結果奇跡的に当たってしまったのである。間違いなく一生分の運を使い切ったと思うんだ。

 

 さーて、キャラを作ってさくっと始めないと。

 実はもう、キャライメージは決まっていたりする。

 現実世界では学校でも同級生に子ども扱いされるほど小さくて童顔な僕。

 そんな僕だから、ゲームの世界だけでもかっこいい男になってやろうと、自由度の高いキャラ作成ができるゲームでは等しく長身のイケメンを作ってきた。

 今回だってそれは例外ではない。

 前回はヒューマンキャラで攻めたから、今回はエルフキャラで攻めようと思う。

 黒髪で長身のエルフ。これだけでイケメンだってわかるレベルだね。

 そして―――実は僕にはもう一つ試みがあった。

 ゲームオプションを開く。

 そこにはイメージ言語翻訳という欄が存在している。

 これはいわゆる〝ロールプレイをしたいけど素が出たら嫌な人〟用の、イメージした言語が設定通りの喋り方に再翻訳して外部出力されるというすぐれものシステムである。

 そう、僕はこの『Infinit possibility world』で、身も心もイケメンになりきって遊ぶのだ!

 

 ……いいじゃん、ゲームの中でくらい夢見たって。

 

 という訳で説明書片手に設定を一通り終える。

 タイトルにある『Infinit possibility world』の通り、このゲームはひとつのストーリーだけでなく、まさに無限ともいえる数のストーリーをあらゆるゲーム会社と考え、練りこんでいるとされている。

 そんな中僕が選んだのは、まさに剣と魔法のファンタジーという王道もの。

 王道ゆえに取っ付きやすいと思ったからである。

 そういえば、このゲームのシステムの最大の特徴である、『スキルイメージアウト』ってのがあったなぁ。

 たとえばただ剣を振ったとしても、その時に僕が剣に炎を纏っているイメージをしていた場合、その通りに再現されるという、面白いシステムである。

 これを使えば、他社のゲームの技も再現可能!ダメージ自体は変化ないらしいけど、やっぱりファンタジーするなら派手なほうがいいよね。

 とはいえ、処理落ちしかねん技――流星が降り注ぐだの、そういうのは自然とロックがかかるらしい。仕方ないね。

 

 キャラは戦士、前衛ってカッコいいよね。

 いろんな武器が使えるジョブだから、いろんなエフェクトを楽しめるだろうという理由も一つ。

 

 設定を完全に終え、素早くセットを装備してカプセルに寝る。

 目を閉じ、次に開いたとき、僕の新しい人生が始まる。

 期待に胸を膨らませつつ、僕の意識は落ちて行った。

 

 

 

 

 

「宇宙の果てのどこかにいる……わたしのしもべよ!」

 ここはハルケギニア、トリステイン魔法学院。

 

「神聖で美しく!そして、強力な使い魔よ!」

 

 桃色の髪を揺らす一人の少女が、今まさに使い魔を召喚しようと詠唱をしている。

 遠巻きから聞こえるクスクスという嘲りの笑い。

 その理由は、彼女が幾度と使い魔の召喚魔法を失敗しているという部分にあった。

 彼女の失敗は今に始まったことではない。

 座学は優秀でありながら、魔法は常に失敗。

 天は我に二物を与えず、というが、今回はそれが仇になっていた。

 トリステインは魔法至上主義国家であり、魔法を使えないものは常に見下される風潮にあった。

 ヴァリエールはトリステイン屈指の名門貴族である。

 その三女に当たる彼女が魔法を使えないという事実が、更に彼女にプレッシャーと悔しさを加速させていた。

 同学年の生徒からも見下され、人一倍の努力も実らない。

 春の使い魔の儀式が失敗すれば、留年が決定する。その成否が、彼女にとってまさに人生の岐路ともいえた。

 

 周囲からは「もうやめろ」「いい加減にしろ」といった誹謗中傷の嵐が巻き起こる。

 そんなものは一切無視し、ルイズは詠唱に集中する。

 今の彼女にとっては、まだ見ぬ使い魔こそが心の拠り所。これを初めての成功としないと、今度こそ心が折れるという確信があった。

 

「私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」

 

 詠唱を終えた瞬間、轟音と共に爆発が起こる。

 いつもと変わらない、失敗の象徴。

 しかし不思議と、今日のそれは手ごたえを感じた。

 いる。――あの煙の向こうに、私の望んだ使い魔が。

 煙が晴れていくと明らかになっていく輪郭。

 その形はどこかヒトガタのようで―――しかし、何か違和感を覚える。

 

 視界が完全に晴れた瞬間、その場にいた誰もが戦慄した。

 そこに悠然と立っていたのは――人間が畏怖し、先住魔法を行使するとされる亜人、エルフだった。

 

「う、うわああああああああああ!!」

 

 誰の叫び声だろうか。

 その情けない叫びを皮切りに、周囲にいた生徒は我先にと逃げ出していく。

 召喚した当の本人は、不思議と冷静だった。

 横目で周囲の様子を探る。

 今この場にいるのは、春の使い魔の儀式を担当していた先生、コルベール。

 小さい体躯に大きな杖を持つ少女、確かタバサといったか。

 そして、お家柄同士の確執から敵対関係にある女性、キュルケ。

 三人とも杖を構え、召喚したエルフへと向けている。

 対してエルフの方は、ただの棒切れを見るような目で三人の様子を観察している。

 そして遂に、私と目が合う。

 黒の宝石と呼ぶに相応しい眼球が、視線で私を射抜く。

 先程三人を一瞥した時とは違い、その瞳の奥には確かな感情の色が見て取れた。

 それがどんな意味を込めたものなのかはわからない。

 だけど、不思議と嫌な気分はしない。

 

 気がつくと、私はエルフの下へと歩みを進めていた。

 ゆっくりと、しかし確実に。

 コルベールとキュルケの叫ぶ声が聞こえた気がしたが、今は気にもならない。

 まるで吸い寄せられるが如く、着実な一歩を踏み出していく。

 エルフはそんな私をただじっと見つめたまま動かない。

 遂に手を伸ばせば届く距離へと至っても、彼は微動だにせずしっかりと私だけを見つめていた。

 

「あ……貴方が、私の召喚に応じたの?」

 

 不安と共に吐き出された問いに、数秒の間を置き答える。

 

「―――ああ、どうやらそうらしい」

 

「嘘、じゃないわよね?」

 

「嘘を吐く理由がない。それとも、不都合でもあったのか?」

 

「そ、そんなことないわ!」

 

エルフの言葉を慌てて否定する。

初めて成功した魔法はこれ以上となく成功だったのだと、今ようやく理解することができた。

サラマンダーよりも風竜よりも圧倒的な存在。

言葉を解することもできるし、メイジ十人を相手取ってやっと勝てるという強さを兼ね備えている。これこそまさに私が望んだ強くて聡明な使い魔ではないか。

メイジの実力を見るには使い魔を見よ、という格言がある。

それに倣うのであれば、異常性と質を考慮してもこれ以上となく最上のメイジであると自身を評価できる。

………自虐になるけど、正直なところエルフを召喚できる実力を伴っているとは思えない。

だけど、潜在能力は秘めているかもしれない。彼を召喚したことでそう思えるようにはなった。これは大きな進歩ではないだろうか。

 

「貴方、名前は?」

 

「……ヴァルディだ」

 

「ヴァルディ。貴方と契約を交わすわ、異論はないわね?」

 

エルフを前にしての恐怖心は、不思議と感じられない。

自分でもわからないが、恐らく彼から一切の敵意を感じないからだろう。

 

「ああ」

 

ヴァルディは静かに一言、そう答える。

それは同時に、私の人生の転機となる一言ともなった。

 

「じゃ、じゃあここに屈みなさい!」

 

「……こうか?」

 

「そ、そう。そのままじっとしていて」

 

ヴァルディが深く腰を落としてようやく目線が合う。

表情を真正面に捉えてようやくわかるヴァルディの、エルフの美しさ。

人形のような作られた美しさは、目の前の存在が虚像ではないかという錯覚を覚えさせる。

自分の人生の中で、これ程の美しさを持つ存在を見たのは初めてだ。

その異常とも言える美貌は、無表情のせいでどこか恐怖心を煽る要素となっている。

だが、それはあくまで私以外が持つ感情であり、私からすればただの使い魔にすぎない。

そう。初めての魔法の成功の証であり、掛け替えのない私の使い魔。

認識してしまえば、こみ上げてくるのは愛しさばかり。

 

気付けば私の唇は、彼のものと合わさっていた。

抵抗感はない。使い魔相手だからなのか、それ以外の理由があるのか。私自身にも理解できないが、どうでもいいか。

 

「……終わりました」

 

どちらからともなく口を離し、静かにそう告げる。

すると、ヴァルディの手が発光し、ルーンが刻まれていく。

焼き印をつけるようなものだから相応の苦痛がある筈なのだが、彼は表情ひとつ変えない。せいぜいルーンを興味深げに観察するだけ。

たったそれだけでも、彼が如何に異質であるかがわかる。

 

「ふむ、珍しいルーンですな。………失礼」

 

契約が成立したことで安心したのか、気兼ねなくコルベール先生がヴァルディのルーンをスケッチする。

 

「どうやら契約は滞りなく完了したようですね。………ミス・ヴァリエール。彼と共に学院長室に来てくれませんか?理由は言わずとも理解できるでしょう」

 

「……はい」

 

今回の召喚は、まさしくイレギュラーで前例のない事態だ。

最高責任者であるオールド・オスマンの判断を仰がずに自体が収まる筈もなく、私達は大人しくコルベール先生の後を追った。

 

「ミス・ツェルプストーとミス・タバサは自室に戻るように」

 

「ミスタ、それは――……、わかりました」

 

コルベール先生の言葉に声を荒げそうになるも、思い留まるキュルケ。

何故少しでも反抗しようとしたのかはわからないけど、自ら火中の栗を拾う必要はない。

それに、アイツがいると話がこんがらがりそうでいけない。

 

「じゃあ、行くわよ」

 

「………ああ」

 

どこか単調な動きで私の後に続くヴァルディ。

その様子が、本当に自分に使い魔になってくれたのだという実感を与えてくれる。

優越感がない訳ではない。それ以上に、彼がそこに在るということに満足感を覚えているのだ。

貴族である象徴である魔法が使えない私が選んだ、貴族らしい立ち居振る舞いという名の逃げ道。そんな惨めな自分に逃げる必要がなくなった切っ掛けとなってくれた相手だから。

これが幻獣の類を召喚していたとしても、同じ感情で応えていたのだろうか。

考えるだけ無駄だと思考を切り捨て、今度こそ歩き出す。

そして背後から心配そうに見つめてくるキュルケの存在に遂に気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 目を開いた瞬間、そこには四人のアバターがいた。

 一番近い距離にいた桃髪の女の子。なんかぼーっとしているようだけど、どうしたんだろう。

 他には、後ろで何故かこちらに向けて杖らしきものを構えている、頭頂部が可哀想な男性と青髪眼鏡の少女と目のやり場に困るスタイルの女性。

 どこか緊迫した雰囲気が展開されており、思わずすくみ上がってしまう。

 恐らくこれはオープニングイベントのようなものだろうけど、あまりにもリアリティがありすぎてそういうものなんだと納得しきれないでいた。

 何とか顔だけは動かして、桃髪の少女の方へと顔を向ける。

 ………わかっていたことだけど、凄い可愛いな。

 二次元のキャラが三次元として成り立っているにも関わらず、美の造形は決して損なっていない。

 良い仕事し過ぎだろ………と心の中で賞賛を送っていると、桃髪の子がこっちに歩いて来る。

 何事かと思っていると、頭髪の残念な人――いや、もう次から禿散らかした人でいいか――が、「止まりなさい、ミス・ヴァリエール!」と叫び、続いて赤髪の女性も「やめなさい、ルイズ!」などと叫んでいる。

 このことから推測するに、恐らく目の前の桃髪の子は、ルイズ・ヴァリエールって名前なんだろう。

 必死に制止しているのも、ストーリーの一環なんだろうけど………どういう経緯でそうなったのかの説明がまるでない。

 第三者の視点で見るゲームとは違う以上、それも仕方ないんだけど、置いてけぼりは少し寂しかったりする。

 

 そんなこんなで、ルイズさん?が手を伸ばせば届く距離にまで近づいて、おもむろに、

 

「貴方が、私の召喚に応じたの?」

 

 などと言い出した。

 

 ……よし、整理しよう。

 まず、私の召喚とルイズさんは言った。

 つまり、彼女はサモナー――つまり、召喚士のジョブなのだろう。

 そんな彼女が、僕のアバターを召喚した。

 成る程、そういう流れで始まったのか。

 まぁ、F○11でも召喚士は最初からカーバンクルは使えるんだし、恐らくはルイズさんも召喚士を習得する為の最終段階として、僕を呼んだという設定に違いない。

 ……というか、そもそもルイズさんはNPCでいいん、だよね?

 このゲームのNPCのAIは物凄い優秀で、PCがどんな選択を取ろうともきちんと相応の対応をしてくれるようにアルゴリズムを仕組んでいるとのこと。

 だから、彼女がPCなのかNPCなのかすら判断がつかない訳で。

 大量のストーリーが練り込まれているというゲームの性質上、もしかすると〝世界観はリンクしているけど追うストーリーは違う〟という方法を取っている可能性だって少なからずある。

 全部一から作っていたら流石にネタ切れになるだろうし、そういう妥協案も納得できる。

 F○11だってサン○リア、バ○トゥーク、ウィン○スと三国それぞれにストーリーミッションがあるし、その他含めるともっとある。

これもその手の手法だと思えば、彼女がPCであるという可能性も捨てきれなくなる。

 本当なら素直に訪ねればいいだけなんだけど、ロールプレイをしようとゲームを始めたのにいきなりそんな現実味のある会話を出来る訳がない。

 多少のもどかしさを感じつつも、それが醍醐味だと納得し、改めてルイズさんの問いに答えることにする。

 

「――ああ、どうやらそうらしい(うん、そのようだね)」

 

 おお、本当に翻訳されてる!すげぇ!

 しかもなんというイケメンボイス。いかにもクールでニヒルなキャラっぽい。

 そんな興奮を尻目に、ルイズさんの問いは続く。

 

「嘘、じゃないわよね?」

 

「嘘を吐く理由がない。それとも、不都合でもあったのか?」

 

え、ここでまさかの存在否定?

お前じゃねえ、座ってろ的なノリでバッシングされたらダメージは少ないけど、おめーの席ねぇから!だと流石に凹む自信がある。

 

「そ、そんなことないわ!」

 

ぶんぶんと頭を振り、否定してくれる。

よかった、いきなり理不尽な目に遭う未来なんてなかったんや!

 

「貴方、名前は?」

 

「……ヴァルディだ」

 

「ヴァルディ。貴方と契約を交わすわ、異論はないわね?」

 

契約?なんぞそれ。と聞きたいところだったが、なんか空気がそうさせてくれなかったと言いますか、とにかく深く考えずに返事をしてしまった。

ゲームの中なんだし、あんまり構える必要はないだろうと高をくくっていたのが大きいのだが。

 

「じゃ、じゃあここに屈みなさい!」

 

「……こうか?」

 

命令口調の筈なのに、何故か気に障らない。

その尊大な態度と目の前の少女の姿身のギャップのせいで、むしろ微笑ましく感じてしまう。

多分、リアルだとその限りではないだろうけど。可愛いは正義だね。

 

「そ、そう。そのままじっとしていて」

 

少女の目線の高さが合う。

リアルでは有り得ない美少女に見つめられているという事実が、身体を硬直させる。

テレビ越しでなら沸かなかった感情だが、ここはヴァーチャルな世界。実践していないが、目の前の少女に触れることだってできてしまう世界で、彼女いない歴=年齢の自分がまともにこんな長時間女子と顔合わせしようものなら、頭がパンクしてしまう。

だからといって、目を閉じるわけにもいかなさそうだし、どうすればいいんだ。

 

――――瞬間、僕はキスをされていた。

 

思考が、死ぬ。

不意に、突然に、突拍子もなく、あまりにも予想外な結果。

何故、何故何故何故何故何故――

喜ぶべきなのだろう。だが、そんな感情すら埒外にある。

必死に思考を巡らせようとして――――考えるのを止めた。

 

 




ルイズを前の時に比べて原作ルイズっぽくしましたが、なんか表面上だけで内面は前回とあんま変わってきた気がする。

基本は前回と変わらないです。ただ、シュペー卿の削除に伴い、武器入手の流れで大幅な原作乖離が起こります、とだけ。


これ以上は変更する予定はありません。………と言いましたが、少し悩んでいるのが、攻略サイトを見るかどうかなんですよね。
ログアウトできる設定を、主人公の勘違い抑止の為だけに使うのは勿体ないと言いますか……。
ストーリー展開ではなく、ゲーム世界とほぼ大差ないという設定を利用して、ヴァルディの謎に拍車を掛ける要素を増やしていけると面白いかも、なんて浅知恵を諦めきれずにいたりする。
いらねーと言うなら、別に重要視していないので追加しませんが。

~を出して欲しい(武器とか)とかあれば、場合によっては採用するかもしれません。



くそわかりにくかったかもしれませんが、ヴァルディの視点で気絶した後ですが、いわゆる無意識に近い状態でした。
"どこか単調な動きで私の後に続くヴァルディ。"って表現がありましたが、それは無意識の内に行動していたから機械的な態度になっていたということです。受け答えも単調だったのもそういった理由からです。

因みにリアルで母に寝ている時に話しかけられて、受け答えしていたという事実が母の中にはあるらしい。(作者にその記憶はない)
そんなノリをイメージして書きました。


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第二話

主人公の視点はギャグにしたいと思っていたのに、この始末。
次回はそうじゃないよ!多分。


コルベールに連れられ、私達は今学院長室に居る。

部屋の主であるこの学院の最高責任者、オールド・オスマンはヴァルデイを遠慮しがちに、しかし明らかに興味深げに眺めている。

彼もそれに気づきながらも、敢えて何も言わず無言で佇んでいる。

視線慣れしているのか、境遇を理解しているからこそ納得して無言を貫いているのか。どちらにせよ、肯定的に捉えられる背景は見えてこない。

私としても、これからずっと彼が奇異の目で見られ続けるのかと思うと、あまりいい気分はしない。それが、私のメイジとしての箔に繋がるとしても。

それに、彼には申し訳ないと思うが、エルフを召還したという事実――――それが順風満帆な未来を呼び出すとは到底思えなかった。

 

「……なるほど、確かにエルフのようじゃな」

 

オールド・オスマンは納得したように頷き、改めて私達を一瞥する。

 

「エルフ殿、お初にお目にかかる。儂はこの学院の長を務めている、オールド・オスマンと言う者じゃ」

 

毅然とした態度で、挨拶をする。

その様子に、少しだけ感心する。

召喚に成功したあの場で、エルフというだけで怯え、逃げる者ばかりだったにも関わらず、オールド・オスマンに限っては弱さを見せる様子はなかった。

政治は隙を見せたら負けと聞くが、学院のトップという立場上、こういった場慣れをしているのだろう。

正直な所、オールド・オスマンのことを目に見える形として敬える要素を今まで見る機会がなかったものだから、余計に良い方向に印象が変わった気がする。

 

「私はヴァルディという」

 

「ヴァルディ殿。この度は我らの儀式に巻き込むような形になって、申し訳ない。………その手のルーンを見る限り、契約は果たされているご様子。貴方はここの儀式の事情を知らないと思われるので、軽い気持ちで契約に応じたことだと思われるでじゃろうが、使い魔契約は、一生のもの。破棄をするにしても、それは契約の繋がりを持つどちらかが死ぬまで継続するものなのじゃ」

 

「……一生、だと?」

 

「その通り。貴方にとっては悪夢そのものである現実であるかもしれませぬが、どうかミス・ヴァリエールの使い魔として共に生きてもらえないだろうか?勿論、ヴァルディ殿が不自由なく暮らせるように最大限の努力はするつもりじゃ。だからどうか、頼まれてくれないだろうか」

 

オールド・オスマンの言葉に、手に顎を当てて思考に耽るヴァルディ。

使い魔契約の概念を、あの様子では知らなかった様子。

もし、ただの気まぐれで契約したとして、その現実が気に入らなければ、もしかすると私は、彼の手によって――

そもそも文化も違うであろう土地から召喚されたであろう彼に、契約をするという言葉ひとつだけで強引に行為に及んでしまったのだ。私が弁明をする余地は何一つないのだから。

ぶんぶん、と頭を振り最悪の結末を必死に振り切る。

今の今まで理性的な対応を見る限り、そんな直情的な判断はしない、筈。

 

契約によって刷り込みのような感情が使い魔に発生すると言われているが、人語を解する知識人相手にそれが通用するのかもわからない。

知性のある相手、しかも自分よりも優れているであろうと予想する存在が使い魔になるということは、絶対に動物相手にするような扱いはできないということ。

だからといって敬うのは関係の破綻に繋がるしで……正直、彼にどう接すればいいのか測りかねてしまう。

 

「具体的には、どのような援助をしてくれるのだ?」

 

オールド・オスマンにそう問いかける。

これで少なくとも彼が否定から始まるようなことはしないことがわかり、ホッとする。

 

「可能なことであれば、ほぼ何でも。使い魔としての本分を妨げない程度には、お主の自由を尊重するつもりじゃ」

 

「――ならば、仕事を斡旋して欲しい」

 

「仕事、じゃと?」

 

「別に日雇いの仕事を探せという訳ではない。例えばオールド・オスマン、貴方が立場上動けない状況でありながらどうしても為さねばならぬことがある時、その任を肩代わりするというようなものだ」

 

「つまり、何でも屋のようなものということでいいのかね?」

 

「そういうことだ。調達、討伐、護衛と内容は問わない」

 

「で、でもそれは――」

 

ヴァルディに反論しようとした時、オールド・オスマンと目が合う。

その目は、何も言うなとひしひしと告げていた。

理由はわかる。その程度の条件で縛れるならば、破格だからだ。

確かに使い魔の本分からかなり逸脱する可能性もある選択肢だが、見返りに要求したのが何故かこちらの利になることであるとすれば、頭ごなしに否定することはできない。

それに私自身、彼を四六時中拘束できるなんて思ってはいない。

むしろこの条件ならば、斡旋がオールド・オスマンが行う以上、拘束はできずとも居場所を調整、限定することも可能だ。それはつまり、限定的な拘束に繋がるということ。

でも、彼の主である私からすればあまり喜ばしくない流れだ。

ほぼ間違いなく、私は使い魔を御せないメイジという風評で汚されていくだろう。

こればかりは欠片も嘘がないので甘んじて受け入れられるが、だからといって批評を大人しく受け入れられるほど大人ではない。

 

「――――あいわかった。しかし、あまり彼女から離れすぎるようなことだけは避けてもらいたい。使い魔が傍にいないという理由で、あらぬやっかみを受けることも多いのじゃ。特に彼女の場合――いや、ここで話すようなことではないな」

 

「――――ッ」

 

オールド・オスマンが敢えてぼかした内容は、間違いなく私が魔法を使えないことに関してだろう。

私の目の前ということもあって、敢えて伏せたのだろうけど、その心遣いが逆に私の心を抉る。

だからといって、自分でその真実を話す勇気もないのだから、彼を咎める権利は私にはない。

どうせいずればれることなのに、その日まで私は逃げ続けるのだろうか。

 

「わかっている」

 

「信用しているぞ。……ともあれ、それだけが条件かの?」

 

「今思いつく限りではな」

 

「まさか、今後何かを追加するつもりなのかのう」

 

「さて、な。余程の事情で無い限り自分でなんとかするつもりだが、場合によっては頼らせてもらう」

 

「ふむ……了解じゃ。立場上頭を下げることはできんが、彼女の使い魔になってくれたことに感謝する」

 

「気にする必要はない。これはこれで、悪くない」

 

ヴァルディの何気ない一言が、私の耳朶を打つ。

彼はどういう思いで私と共に在る決断をしたのだろうか。

一生が関わることなのに、彼の表情に陰りは見えない。

その在り方に、言いようのない不安を感じてしまう。

本当に私は、彼と契約が成立しているのだろうか?と思わずにはいられなかった。

 

「では、お主にはこれを渡そう」

 

そう言ってオールド・オスマンからヴァルディへと指輪が渡される。

 

「これは?」

 

「魔法の効果を永続させるためのマジックアイテムじゃよ。あまりこういうことは言いたくないのじゃが、エルフという種族は儂らからすれば恐れの対象なんじゃ。だから、表立ってエルフが行動していると知れれば、いらぬ混乱が起こってしまう。それは互いにとっても不利益じゃろう?だから、フェイス・チェンジの魔法でエルフの象徴であるその耳を隠すことができれば、街に赴くようなことがあっても気兼ねなく行動ができるということじゃ」

 

つまり、少し語弊はあるがあれは対人用の魔法に対する固定化のようなものなのだろうか。

魔法は基本的に攻撃用のものを例外とすれば、人間を対象にするものは少ない。

そしてそういったものは総じて、効果が継続する時間は使用者の技量によって変化するとされる。

あのマジックアイテムは、程度の差こそあれそういった技量の問題をカバーしてくれる優秀な道具だということだ。

逆に言えばそんな高価そうなものを渡すぐらい、エルフの知名度は悪い方向に向いているという証拠でもある。

 

「ありがたく受け取らせてもらう。だが、流石にここにいる時までその魔法の効果を付与されるのは勘弁願いたい。私はこの姿が気に入っている。それに四六時中姿を偽るのは息が詰まる」

 

「む……しかしそれは」

 

「それにエルフを恐れていると言われていても困る。それはそちらの事情であり、私が君達をどうこうするつもりがない以上、そんな風評で肩身が狭くなるのは先程言った自由の尊重を害するものでしかないのではないか?」

 

「そ、それは確かにそうじゃが」

 

「別に外にまで私の我が儘を持っていくつもりはない。ただ、主である彼女がここで暮らしていくのであれば、どんなに情報を規制しても噂の中心である私がこの場に居続ける以上、存在は嫌でも認知されてくるだろう。ならばいっそ最初から隠し立てせずに堂々としていた方が、周囲からの評価も上がるのではないか?私としてはこの学院の者達とも良い関係を築きたいと思っているし、それなのに私自身が隠し事をしていては誰も受け入れてはくれない。違うか?」

 

ヴァルディの言葉に、とうとうオールド・オスマンは黙り込む。

彼の発言は紛れもなく正論であり、先を見据えたものだった。

それならば、言葉を挟む余地はどこにもない。

私達は、彼の存在を出来る限り秘匿することばかり考え、一方的な意見を押しつけるばかりだった。

それでも彼は理性的な対応を取り、譲歩の中で自分ができることを見出そうとしている。

そんな彼に比べて、私達のなんと情けなきことか。

オールド・オスマンもコルベールも、その事実を噛み締めているのか、渋い顔つきになっている。

 

「――――わかった。こちらも外部にお主の情報が漏れぬように助力は惜しまぬ。だから自由にしたまえ」

 

「感謝する」

 

「では、ミス・ヴァリエール。ミスタ・ヴァルディ。これから良き関係を築くよう、頑張っていきなさい。もし問題や不安があればいつでも頼ってくれて構わんからの」

 

「はい、ありがとうございます」

 

話を終えた私達は、学院長室から出て自室へと戻っていく。

これから少しずつ彼のことを知っていかなくてはならない。

一生のパートナー、運命共同体。そんな文字通りの関係になれるのは、いつになることだろうか。

不安は胸の内に燻って消えず、ただ私を急かしていた。

 

 

 

 

 

「やれやれ……年長者の立つ瀬がないのう、あれでは」

 

「仕方ありませんよ。外見こそ青年とはいえ、オールド・オスマンよりも人生経験豊富でもおかしくない種族なのですから」

 

ルイズとヴァルディが学院長室から去ってから、気の抜けたように肩を撫で下ろす二人。

政治的交渉のためあくまで毅然とした態度を崩さずにいたが、内心は冷や冷やものであった。

エルフ召喚というイレギュラー、それが魔法を扱えない劣等生が為したというだけでも大事だというのに、そこから最悪彼の逆鱗に触れる可能性もある対話を試みる必要があったとくれば、正直命が幾つあっても足りない。

しかし、思いの外流れは終始安定していき、何事もなく終えることができた。

それもヴァルディが理性的な青年であったことが大きい。

エルフという種族が何を以てメイジ十人分の戦力となるかは不明だが、その理屈で言えばこの場にいたメイジだけでは圧倒的に戦力不足だ。その気になれば暴力を以て事を為すこともできたかもしれないというのに、それでも彼は交渉に応じてくれた。しかも、割合で言えば彼の方が不利益を被っている示談でだ。

長命であるエルフにとって、人間にとっての一生は枷にならないのかもしれない。だが、拘束することに変わりはない。

 

「一体彼は何を思って、交渉に応じたのじゃろうか」

 

「それはわかりません、が――――少なくとも、言うほど悪い方向には傾かないと思います」

 

「それは同感じゃ。それよりも、彼の存在がミス・ヴァリエールにどう影響をもたらすのか、それが気になって仕方ないのう」

 

「ですね。……彼なら、彼女の魔法が使えない原因を解明してくれるのでしょうか?」

 

「高望みはできんが、儂らが手を掛けてどうにもならなかった以上、彼に縋るしか道はない」

 

学院の教師も、彼女の母親である烈風のカリンでさえもどうすることもできなかった問題を、部外者に託すというのは恥もいいところだが、最早外的要因による刺激がなければ前進はないとオスマンは感じていた。

 

「――――さぁ、気落ちしている暇はないぞ。これから箝口令を敷くのに忙しくなるからのう」

 

「そうですね。今まで彼女のためにしてやれることがなかった分、これで汚名返上といきたいところですが」

 

遠見の鏡で儀式の顛末を覗いていたため、エルフが召喚されたことはすぐに情報として伝わっていた。

その為、予めミス・ロングビルを初めとした教師には動いてもらい、生徒をなだめる作業に徹してもらうよう根回しはしていたのだ。

だが、今回の決定も踏まえ新たに情報を広めなければならない。彼らには悪いが、もう少し頑張ってもらわねばな。当然、儂も尽力を惜しまぬつもりだ。

 

「――――それにしても、彼女がエルフを召喚したのは、果たして偶然なのじゃろうか」

 

コルベールが部屋から出て行くのを眺めながら、ぽつりと呟く。

何気ない疑問は、ただ空気を震わせるだけだった。

 

 

 

 

 

気が付くと、場面転換していたでござる。

どこか昔の洋風な造りを思わせる部屋の中には、自分を含め契約者である少女と傍にいた中年の男性、そして如何にもお偉いさんであろう髭長の老人が机越しに座っている。

少女は僕の隣に、中年男性は壁際で老人と僕達の間に立つように立っている。

 

「エルフ殿、お初にお目にかかる。儂はこの学院の長を務めている、オールド・オスマンと言う者じゃ」

 

「私はヴァルディという」

 

オールド・オスマンと名乗る老人と挨拶を済ませ、早速本題を切り出してくる。

 

「ヴァルディ殿。この度は我らの儀式に巻き込むような形になって、申し訳ない。………その手のルーンを見る限り、契約は果たされているご様子。貴方はここの儀式の事情を知らないと思われるので、軽い気持ちで契約に応じたことだと思われるでじゃろうが、使い魔契約は、一生のもの。破棄をするにしても、それは契約の繋がりを持つどちらかが死ぬまで継続するものなのじゃ」

 

「……一生、だと?」

 

え、この契約ってそんな重い設定なの?

いやでも、決して不自然な展開ではないか。契りなんだからそう簡単に破棄できること自体おかしいんだし。

 

「その通り。貴方にとっては悪夢そのものである現実であるかもしれませぬが、どうかミス・ヴァリエールの使い魔として共に生きてもらえないだろうか?勿論、ヴァルディ殿が不自由なく暮らせるように最大限の努力はするつもりじゃ。だからどうか、頼まれてくれないだろうか」

 

……ここで一度整理しよう。

まず、契約者である少女、ミス・ヴァリエールのこと。

このゲーム、『Infinite possibility world』はNPCがPCに相当するAIを持つことで有名なMMORPGである。

しかも巧みなゲームシステムによってPCとNPCの区別ができないようにしている。これはせっかくのリアリティを損なわないようにとの措置であるとされている。

だけど、ある程度の推測はできる。

 

僕の見立てでは、この場にいる自分を除く全員は――――NPCだ。

まずヴァリエールちゃんだが、PC同士をこういう関係で縛るというのは、設定の名目があっても流石に問題があると踏んだからである。

何かをするにしても、常に二人三脚を強要するのは不都合がありすぎる。足並みを揃えられるリアフレ同士の繋がりならともかく、見ず知らずの相手とそうなるとなればその限りではない。

だから恐らく、彼女のポジションは名目上と逆――つまり、設定上の関係ではこっちがペットポジだけど、システム的には彼女がペットポジなんだろう。ぶっちゃければ、立場と呼び方が逆みたいな。

あくまで推測の範囲内でしかないけど、だいたいあっていると思う。

身も蓋もない話だけど、中年男性とオールド・オスマンに関してはどう考えてもNPCっぽい立場だし。

 

ストーリーの流れはヴァリエールちゃんが軸になっていくと予想してみる。

何の意味もなくこんな関係を序盤から強いるとは思えないし、恐らく彼女の存在が後々大きな鍵になっていくのではないだろうか?

そういった意味では、彼女はペットキャラというより、ヒロイン的立場であると言った方が合っているのかも。

MMORPGとしては珍しい設定だけど、これはこれで斬新だし悪くはない。

そもそもオンラインゲームのストーリー自体、主人公が軸になるのではなく大きな輪の一部として行動するケースが基本だ。無数に存在するプレイヤーに主役級の場面を与えていたら、ストーリーに違和感が出てしまう。

少なくとも、勇者の末裔だのそんなコテコテな設定を一介の冒険者が平然と持っている訳がないのだから、この方が自然なのだ。

無数の世界観が存在する『Infinite possibility world』では、従来のMMORPGとは違う新しい展開を模索しているのかもしれない。だから如何にもな重要人物を一介のプレイヤーの傍に置いたのかも。

別に自分が特別だなんて思ってはいない。これもひとつの展開の形であり、世界観を楽しむためのスパイスの一環であり、他のプレイヤーも似た感じなのだろう。

 

「具体的には、どのような援助をしてくれるのだ?」

 

取り敢えず、境遇は概ね理解できた。

オールド・オスマンの言った援助は、彼女の使い魔として行動するための交換条件として掲示されたものである。

この情報から察するに、僕というプレイヤーが召喚されたことは、事故のようなものだったのではないだろうか。

一生を賭した契約というのは、人間ひとりに課せるにはあまりに重い。

古今東西、召喚で呼び出されるのは幻獣とかそういうモンスターの類だ。

稀に人間が呼び出されるケースもあるが、そういう場合は基本的に勇者のような特別な力を持つ存在が呼び出されるのであって、僕のような一介のプレイヤーの場合は該当しないだろう。

動物だから許される、という安易な事は言わないが、少なくとも人語を解する相手よりも都合がいいのは確かだ。

残酷な話になるが、その契約が命によって繋がっているならば、彼女を殺めることで契約を切ることも可能なのだろう。

正直そんな残酷なことはしたくないし、そもそもできるのかさえわからない。

だからこちらとしては、オールド・オスマンの提案に損はないことになる。

 

「可能なことであれば、ほぼ何でも。使い魔としての本分を妨げない程度には、お主の自由を尊重するつもりじゃ」

 

使い魔の本分が何を指すかはわからないけど、イメージ通りならば主である彼女をサポートすることが絶対条件に入るだろう。

ふと思い出したが、召還された広場には他にも二人いた。

ヴァリエールちゃんと同じ服装をしていたということは、あれは制服なのだろう。

制服を着ているということは、ここは学校かそれに準ずる施設であることは想像できる。

学校へ通うということは、そう頻繁にこの場を離れることができないということに繋がる。

彼女が主である以上、使い魔である自分もそれに従わざるを得ないだろう。

そうなると自ずとやれることも限られてくる。

自由度を売りにするオンラインゲームでそんなミスをする筈がない。だから先程のような抜け道を用意したのだろう。

だから、大抵の要望なら受け入れられる筈。

 

「――ならば、仕事を斡旋して欲しい」

 

「仕事、じゃと?」

 

「別に日雇いの仕事を探せという訳ではない。例えばオールド・オスマン、貴方が立場上動けない状況でありながらどうしても為さねばならぬことがある時、その任を肩代わりするというようなものだ」

 

キャラ作りの設定のせいで回りくどい言い方をしているが、要はクエストをここで受けられるようにしろ、ということである。

もしかしたら言わずともできたのかもしれないが、念には念を入れてである。世界観を壊したくないから、メタなことは言いたくないしね。

クエストがないゲームとかゲームじゃねぇ!とまでは言わないけど、オンラインゲームとクエストは切っては切れない関係だ。というか、それがないとやることが一気に減る。

レベル上げするにもお金稼ぎするにも、クエストに走るのは決して安易なことではない。

 

「つまり、何でも屋のようなものということでいいのかね?」

 

「そういうことだ。調達、討伐、護衛と内容は問わない」

 

「で、でもそれは――」

 

ふと、無言を貫いていたヴァリエールちゃんが声を上げるも、それ以上は何も告げることはなかった。

彼女の立場としては、あまり容認できないことであることは想像がつく。

一時的とはいえ離れるようなことは、使い魔としての本分を捨てているにも等しい。何も言わずに身分が低い立場である自分を放し飼いするだなんて有り得ない。

とはいえ、これを通さないというのもマズイからこうして抵抗の意思を見せた。

 

「――――あいわかった。しかし、あまり彼女から離れすぎるようなことだけは避けてもらいたい。使い魔が傍にいないという理由で、あらぬやっかみを受けることも多いのじゃ。特に彼女の場合――いや、ここで話すようなことではないな」

 

「――――ッ」

 

オールド・オスマンの言葉に明らかな動揺を見せるヴァリエールちゃん。

これは、何かあるな。そして恐らく、それが物語の軸になるのではないだろうか。

 

「わかっている」

 

「信用しているぞ。……ともあれ、それだけが条件かの?」

 

「今思いつく限りではな」

 

馬鹿ですいません。パッとはこんなもんです。

 

「まさか、今後何かを追加するつもりなのかのう」

 

「さて、な。余程の事情で無い限り自分でなんとかするつもりだが、場合によっては頼らせてもらう」

 

多分その案も通るんだろうけど、あまりにリアルな応対をしてくれるオールド・オスマンに申し訳なさを覚えずにはいられない。これでNPCだというのだから詐欺だねホント。

 

「ふむ……了解じゃ。立場上頭を下げることはできんが、彼女の使い魔になってくれたことに感謝する」

 

「気にする必要はない。これはこれで、悪くない」

 

ロールプレイの醍醐味は、その世界に順応し与えられた立場になりきること。

使い魔だなんて特異な立場、そうそう体験できるものではない。ならばこの不自由さも存分に楽しんだもの勝ちという奴だ。

 

「では、お主にはこれを渡そう」

 

オールド・オスマンから如何にも重要な指輪を受け取る。

 

「これは?」

 

「魔法の効果を永続させるためのマジックアイテムじゃよ。あまりこういうことは言いたくないのじゃが、エルフという種族は儂らからすれば恐れの対象なんじゃ。だから、表立ってエルフが行動していると知れれば、いらぬ混乱が起こってしまう。それは互いにとっても不利益じゃろう?だから、フェイス・チェンジの魔法でエルフの象徴であるその耳を隠すことができれば、街に赴くようなことがあっても気兼ねなく行動ができるということじゃ」

 

どうやらこの世界でエルフは肩身の狭い立場らしい。

迫害とかではなく恐怖の対象として扱われるのは、果たして幸か不幸か。どちらにせよ面白い話ではない。

第三者の立場ならあまり気にならなかった問題だけど、いざ当事者となると、ね。

だからフェイス・チェンジという露骨な名前の魔法で変装をすれば、困った事態にはならない。

なるほど、確かに道理は適っている。

 

「ありがたく受け取らせてもらう。だが、流石にここにいる時までその魔法の効果を付与されるのは勘弁願いたい。私はこの姿が気に入っている。それに四六時中姿を偽るのは息が詰まる」

 

だが、これだけは譲れない。

折角設定したアバターを完全に無為にするような行為を受け入れられる訳がない。

まだ僕はこの世界に降り立ったばかりなのだ。この身体で何もしていない。

それなのにそれを捨てるだなんて、とんでもない。

真面目に捉えすぎかもしれないけど、リアルな空気に中てられているせいかどうしても気持ちがそう傾いていってしまう。

うーん、これではいけないな。もう少し余裕ある心を持たないと、ゲームとして楽しめなくなっちゃいそうだ。

 

「む……しかしそれは」

 

それでもやはりというべきか、遠慮しがちに抗議の声を上げる。

トップ的立場であろうと予想するオールド・オスマンからしても、僕の存在は厄介なものでしかない。

いらぬ騒動を巻き起こせば、学校にまでトラブルを持ち込む羽目になる。それは立場上よろしくないのは語るまでもない。

 

「それにエルフを恐れていると言われていても困る。それはそちらの事情であり、私が君達をどうこうするつもりがない以上、そんな風評で肩身が狭くなるのは先程言った自由の尊重を害するものでしかないのではないか?」

 

でもぶっちゃけた話、そんな都合は知らない。

エルフがこの世界で肩身の狭い思いをしているからといって、それに縛られ続けなければいけない、というのは違うと思う。

NPCとはいえ、PCに相当する感情の起伏を取り入れている以上、それは最早ただのデータとして扱うには難しい域に入っている。

だから、そんな彼らに奇異の目で見られるということは、同じ人にそう見られることと同義。

しかし逆に考えれば、従来のNPCのように融通が利かないなんてことはないのだ。

僕の頑張り次第ではエルフの偏見を覆すことができるかもしれない。

――なんて。そこまで高望みはしていないけど、それでも自分の周囲の人達ぐらいの認識ぐらいは変えられればいいな、と思っている。

そもそもこの妄想が現実になるかどうかなんてわからないんだけどね。

 

「そ、それは確かにそうじゃが」

 

「別に外にまで私の我が儘を持っていくつもりはない。ただ、主である彼女がここで暮らしていくのであれば、どんなに情報を規制しても噂の中心である私がこの場に居続ける以上、存在は嫌でも認知されてくるだろう。ならばいっそ最初から隠し立てせずに堂々としていた方が、周囲からの評価も上がるのではないか?私としてはこの学院の者達とも良い関係を築きたいと思っているし、それなのに私自身が隠し事をしていては誰も受け入れてはくれない。違うか?」

 

なおも引き下がらないオールド・オスマンに対し、思いついた正論をべらべら並べてみる。

リアルならば舌が回らないかもしれない長文だけど、この身体のスペックは結構凄いらしく突っかかることはなかった。

 

「――――わかった。こちらも外部にお主の情報が漏れぬように助力は惜しまぬ。だから自由にしたまえ」

 

「感謝する」

 

どうやら納得してくれた様子で安心安心。

 

「では、ミス・ヴァリエール。ミスタ・ヴァルディ。これから良き関係を築くよう、頑張っていきなさい。もし問題や不安があればいつでも頼ってくれて構わんからの」

 

「はい、ありがとうございます」

 

ヴァリエールちゃんの感謝の言葉を最後に、お開きとなる。

自分はできることをやった。後はこれからをどう楽しむかだ。

 




文字数一万超えかぁ。もう少しコンパクトに纏められるといいんだけど。

新規として新を投稿している訳ですが、以前のものはもう削除すべきでしょうか。ややこしいという意見をもらいましたので。


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第三話

前回から間が空いてしまいましたが、決してあれからすぐに風邪を引いたせいでモチベが下がったからとか、FF14のログインオンラインっぷりに入れるときに入らないととか考えていたから、完成間際だったのに放置していたなんてことはありませんよー。


学院長室から出て、今は自室に戻ってきている。

戻る過程の廊下は不気味なほど静かで、現状が如何に異常なのかを如実に物語っていた。

戻る間終始無言を貫いていたヴァルディに話しかけることもせず、ただそんな不気味を生んだ責任から逃げるように、早足で部屋へ足取りを向かわせていた。

 

ドアの締まる音がしんと静まりかえった部屋に響き渡る。

二人きりの空間。しかも男女一組が。にも関わらずそういう雰囲気は一切沸き上がらない。

主と使い魔だからとか、そういうのではない。

私はヴァルディとの距離を測りかねているから。ヴァルディはそもそも私をそういう対象として見ていないのだろう。

エルフは長寿な種族だと聞く。実年齢を聞くつもりはないが、私なんかよりも遙かに年上なのは想像がつく。

人間の寿命と成長の関係がエルフにも該当するのであれば、エルフの寿命の長さに比例して成長にも影響が出る筈。

仮に千年ぐらい生きるとして、人間にとっての十年での成長がエルフにとっては百年に相当するのであれば、青年と呼べる肉体を持つ彼は二、三百は下らない年月を生きていることになる。

そもそも、その条件が合っている保証がない上に合っていたところで何の意味もないことは確かだ。

たかだか十数年の命とは比べるのも烏滸がましい人生を送っていることだけは確かなのだから。

 

「……ヴァルディ。貴方に使い魔の役割を教えるわ」

 

沈黙を破ったのは、そんな事務的な内容だった。

我ながら馬鹿だと思う。重要なことは確かだけど、もっと他に言うべきことはあったのに。

こんなんじゃ、いつか愛想を尽かされてしまう。

とはいえ、言い出した以上言い直すわけにもいかず、説明は続けられることとなる。

 

使い魔としての恩恵の中には、五感共有というものがある。

言葉としては、目となり耳となるというものだから、全部の感覚を共有できるのではないのかもしれない。

ともかく実験してみたところ、ヴァルディの視界を見ることはできなかった。

私が未熟だからなのか、本来有り得ない契約故に発生した問題なのか、判断しかねるところである。あまり自虐的になりたくないから、安易な方向に走らないだけともいう。

次に、秘薬の素材集めの仕事があることを伝えるが、当たり前というべきかここらの地理に明るくない彼では採集は困難だという結論に達する。

採集したところで作れないのであれば意味がないのだから、別段問題はない。

 

そして、一番重要な主人を護るという行為。

この話をするにあたって、聞いておくべきことがあった。

 

「ヴァルディ。貴方って強いの?」

 

疑問とは裏腹に、内心では心配していなかった。

メイジ十人を下す実力を持つとされているのだ。火のないところに煙は立たないと言うし、仮に誇張だとしてもそれに準じる実力を持っていたと考えるのが自然だ。

 

「――――俺は弱いよ」

 

しかし、彼の口から告げられた言葉は、酷く消極的なものだった。

それに、気のせいか彼は自分のことを私ではなく、俺と言ったような。

 

「――嘘」

 

「嘘じゃない。私は弱い。少なくとも今は」

 

濁りのない瞳が私を捉える。

彼の言葉に嘘偽りは感じられない。

果たして事実なのか、謙虚に構えて心の底からそう思っているだけなのか。

その真実を知るには私達の絆はまだ、浅い。

 

「だから、強くなるためにも私は自由になることを求めたんだ。経験を積み、君のことを護れるようになりたいと思ったから」

 

「え――――」

 

予想外の言葉に、一瞬思考が停止する。

言葉を咀嚼していく内に自分が何を言われたのかを理解し、みるみる顔が紅くなっていく。

柔らかな笑みと共に告げられたことも相まって、どんどん恥ずかしさは加速していく。

 

「そ、それなら仕方ないわね。その件に関しては不満もあったけど、ご主人様を護ることに繋がるというなら、許してあげなくもないわよ」

 

「ありがとう」

 

素直な返答に、またもや反応に困る。

まくし立てるように吐き出された言葉は、尊大な言葉。

しかしそんなこと気にしていないと、ヴァルディの表情は変わらない。

普通なら嫌悪のひとつもするであろう態度。自分でも嫌気が差す、貴族の典型的なそれ。

そんな態度を相手に変わらず接してくれたことで、ルイズという存在が受け入れられたような気がして、嬉しかった。

 

「……忘れてたわ。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。あの時は一方的に名前を聞いただけだったから」

 

「ならば、ルイズと。そう呼んでも構わないか?」

 

「好きに、しなさい」

 

一瞬主と使い魔という関係に相応しくないと渋りそうになったが、実際それは事実であり、たとえ言葉で取り繕ったところで現実は変えられない。

確かに契約はしたし、ルーンも刻まれた。だが、それだけ。

自分も含め、誰がどう見ても私と彼では釣り合ってないと思うだろう。

お情けで契約してもらったとか、周囲からは間違いなく否定的に捉えられるに決まっている。

……そうすればいずれ、私が魔法を扱えない劣等生だという事実も彼の耳に届くことだろう。

彼は少なくとも私のことを、メイジとしての最低限の能力を持っているものだと認識している筈。サモン・サーヴァントに成功している以上、そう考えるのは自然なこと。

あれ以降一度も魔法を行使していないから断言はできないが、あれは所謂偶然の産物という奴だったのではないかという不安が、私の中で消えない。

 

ルイズという少女は理想を夢見ることは多々あるが、それ以上に現実主義者である。

魔法が使えないというメイジとしての規格の外にいる彼女は、一般のメイジと比較してもブリミル信仰に熱が入っていない。

魔法が使えないのは自分が未熟だからだと言い聞かせ、あくまでブリミル信仰に穴はないと信じ続けてきた。

しかし、意思とは揺らぎ易いもの。魔法が使えないということで、魔法を絶対とする信仰に対しての意識が希薄になってしまうのは時間の問題だったといえる。

現実主義者となった理由も、そういった過程があったからこそである。

信じても何も変わらないのならば、それはただの概念でしかない。

見下され、軽蔑され、そんな悪意から逃げるために縋った祈りの強さが、貴族の片隅にもおけない存在に劣るというならば、それは最早信ずるに値しない。ブリミル信仰は彼女にとって、やがて路頭の石程度の価値しかなくなっていた。

 

それでもトリステインの民として、それを表に出すことはなかった。

ただでさえ魔法が使えないことで味方が少ないというのに、これ以上敵をいたずらに作るような愚行は犯せない。

だから、上辺だけでも貴族らしく振る舞った。

その結果貴族の下である平民に苦行を強いることになっても、輪の中から外れたくないという孤独な祈りを成就させるためには、致し方ない犠牲だったのだと見て見ぬふりをした。

現実主義者であるが故に、平民の大事さは理解していた。

メイジは確かに個で優れた力を行使することはできる。

だが、本格的に戦力となるのはトライアングル寄りのラインからだとルイズは考えている。

 

ドットメイジの中でも優秀とされているグラモン家の三男、ギーシュ・ド・グラモンという男がいる。

彼は土の魔法、錬金でゴーレムを生成することができる。

個人で小隊を形成できるという点では、確かに優秀なのは納得できる。

だが、その操作を十全に発揮するには、ドットの実力では足りないと推測している。

剣で攻撃するタイプ、盾で本体を護るタイプと、多岐に渡る戦術を個人の意思ひとつで操作するというのは、簡単なことではない。

一度発動してしまえば済む放出系の魔法と違い、ゴーレムの操作は継続しなければ意味がない。

故に、他のドットメイジと比較してギーシュは優秀だと言われているのだろう。

だが所詮それも、今の彼の限界でしかない。

 

ギーシュという男は軽薄であり、自分の能力に自信を持っている。

これだけの情報でも、彼が如何に人間として出来ていないかがわかるだろう。

そんな男だから、自分を美化するためにあらゆる動作に無駄なものを付与してしまう。

ワルキューレと名付けた女性型ゴーレムを彼は愛用している。

女の形を精巧に再現する能力は評価できるが、それがゴーレムの性能を著しく低下させていることに気付いていない。

メイジにとって魔法は神の奇跡そのもの。だからこそ、自分の力が打破されないものだと信じて疑っていない。

これはギーシュに限らず、ドットやラインのただ魔法を使えるだけのメイジに共通した驕りだと思う。

特別な力を使える自分は特別だ。だから魔法を使って敗北なんて有り得ない。極端すぎるかもしれないが、そういう考えが完全に失せているなんてことはないだろう。

だから、成長しない。現状に危機感を持たず、あっけらかんとそこそこの努力で頑張ったところで、実になるのはいつになることか。

ドットからラインに上がる努力をとまでは言わないが、女型という耐久力や弱点の剝き出している構造などを改善しないと、下手をすれば一介の傭兵にすら負ける可能性だってある。

 

とはいえだ。魔法は必ずしも戦闘のために使う訳ではない。

ドットメイジの錬金の精度にしては他と比べて洗練されているのを見れば、才能がない訳ではないのはわかる。

あまり見たことはないが、ワルキューレを動かす精度も中々のものだった。

あれでランクが上がれば、戦いに用いずとも日常生活で自由な手足が複数扱えるようになることを目指すのであれば、あれはあれでいいのかもしれない。

現状、学院内のドットなら彼に敵う相手はいないだろうし、決して弱い訳ではないしね。

……誉めたいのか貶めたいのかわからないわね、これじゃ。

 

平民はメイジに絶対に勝てないと聞くが、ならば何故メイジ殺しという言葉ができたのだろうか。

単純な話、魔法は万能ではないからだ。

メイジとて平民と肉体構造は一緒。眉間に矢を射られれば共通して死ぬのは明白。

扱う存在が同じ人間ならば、絶対なんてことは有り得ない。

なのに何故そんな公式ができあがったのか。それは間違いなく、ブリミル信仰を絶対のものとするべく意図的に拡げられた風潮だからだ。

メイジに太刀打ちできる平民なんてたかがしれている。だからこそ、その言葉は重みを持ち、次第に平民にとっての枷となり、思考停止に到らせる毒にすらなった。

魔法が弱いなんて事は口が裂けても言えないが、平民には数の暴力という特性がある。平民が一致団結して武器を持てば、メイジ側もただでは済まないだろう。

平民を恐怖で縛るのは、平民が国の石垣で、歯車であるからだと一部のお偉方が理解しているからであり、同時にいざ徒党を組んで反抗されれば国の流れがそれだけで狂ってしまうからだ。

 

メイジが如何に優秀でも、数では平民に劣る。

更にメイジの中でも優秀な者をふるいに掛ければ、もっと減る。

メイジとして国家に貢献できるほどの価値がある存在など、一握りだ。

更に、そのメイジを個人で圧倒するエルフという存在もいる。

それなのに何故、あそこまで優越感に浸れるのか。理解に苦しむ。

 

――――あまりにも脱線しすぎたので戻そう。

 

ルイズという少女は従来のメイジとは違う目線で世界を見ている。

メイジの風上にも置けない奴らでさえ使える魔法に信用なんか置いていないし、使えるようになってもその考えは変わらないと思っている。

魔法が使えないという事実が、皮肉にも貴族らしさとは何かを考える切っ掛けを与えることとなった。

感謝はできないけど、もし私が魔法を使えていたら一生そんなことを考えることはなかったと思うと、蔑ろにできる問題でもない。

 

魔法を使えないことは未だにコンプレックスだが、今は昔のように居場所を求めるために魔法が欲しいとは思っていない。

いや、究極的には同じなのかもしれない。

だってその居場所とはヴァルディのことであり、彼に失望されたら居場所を失うのと同義なのだから。

失望の理由となる魔法が扱えるかどうかの問題で執着するのは、結局は昔も今も変わらないままなのか。

だから、まだ彼に事実は打ち明けられない。時期を早めれば、それだけで可能性を絞る羽目になる。

卑怯だとは思う。だけど、居場所を求めて足掻こうとすることが罪深いことだというのなら、私は罪人でいい。

 

「なぁ」

 

「……何?」

 

「誰か来る」

 

「え?」

 

突然のヴァルディの言葉に、思考が追いつく間もなく、ドアが開かれる。

鍵は掛けていたから、アンロックの魔法を使われたのは予想できる。

しかし、普通は部屋主の所在を確かめるべくノックのひとつはするだろう。

そしてこの問答無用といったノリで部屋を訪れる招かれざる客の正体に、ひとりだけ心当たりがある。

 

「はーい、ヴァリエール。お邪魔するわよ」

 

そこには怨敵であるキュルケが、我が物顔で私の部屋へと侵入する姿があった。

 

 

 

 

 

これから拠点となるであろうヴァリエールちゃんの部屋で、使い魔の役割について説明をされた。

五感共有・素材採集・護衛の三つの役割があるらしいが、五感に関してはあってもなくても判断のしようがないし、残り二つに関してはこれから頑張っていくしかない。

素材採集は、合成か何かで消費するんだろうけど、合成の知識が無い今では優先度は高くはない。

目下の目標は、クエストをこなしながらのレベル上げになるだろう。

取り敢えず、強いのか?という展開的に仕方ない質問に正直に答えておく。

あと、今更だけどヴァリエールちゃんの本名を聞かされたので、呼びやすいルイズという部分を採用することにした。

そんな感じで話を進めていると、誰かの足音が聞こえる。

耳が長いぶん聴力に優れているのか、壁が薄いのか知らないけど、気付いていないルイズちゃんにそのことを伝えると、間髪入れずにドアが開かれた。

 

「はーい、ヴァリエール。お邪魔するわよ」

 

気さくそうな声と共に現れたのは、あの時確か広場にいた褐色の女性だった。

 

「何勝手に入ってきてるのよ。これだからツェルプストーの血は。礼節が欠けているったらないわ」

 

「その様子なら、気に掛ける必要もなかったようね。今頃何をすればいいかわからないと涙を浮かべていたんじゃないかと心配していたのよ~?」

 

「お生憎様、いつもの私よ。わかったなら出て行きなさい」

 

「つれないわねぇ。私に彼を紹介してくれる甲斐性ぐらい見せてもいいんじゃない?」

 

「アンタに紹介しようものなら色々面倒なことにしかならないなんてわかりきっているのに、なんでそんなことしなくちゃならないのよ!」

 

こっちの存在そっちのけで、いきなり口論を始め出す。

二人の関係が知り合い以上なのは最早言うまでもなく、所謂こういう会話を日常茶飯事的に行う関係だということもなんとなく予想できる。

 

「名乗るぐらい構わんだろう。どうせこの場で言わずともいずれ広まる」

 

「そうよ。彼は時の人なんだから、意地張ったところで結果は変わらないわよ」

 

「そういう問題じゃない!アンタにいちいち紹介するってこと自体が気にくわないの!」

 

「やれやれ、子供ねぇホント。あんな子供は放っておいて、お名前を伺ってもよろしくて?」

 

「ヴァルディだ」

 

ルイズちゃんがぎゃーぎゃー抗議の声を張り上げているが、話が進まないので無視。キャラ濃すぎだろルイズちゃん。

 

「私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。キュルケでいいわよ」

 

差し出された手を握り返し、握手が成立する。

それにしても、二人は同学年設定なのだろうか。結構親しそうだし、二人のやり取りからは年齢差を感じさせない。

制服のリボンとかで学年が分かれているのかもしれないが、生憎と比較対象がないのでこの場では確かめようがない。

だから全く同じデザインの制服を着ている=同学年という結論で今は落ち着こう。

そもそも何故そんな疑問を覚えたのかというと、二人の外見があまりにも同学年には見えなかったからである。

とはいえ、リアルだとこんな凹凸コンビはそうそう見られるものではないが、ゲームだと意外とデフォだったりするし、気にするようなことではないのも事実。

まぁぶっちゃけ、気にするだけ無駄と。

 

「それにしても、貴方がエルフを召喚ねぇ。ホントどう間違ったらそうなるのかしら」

 

「間違いじゃない!これが私の実力なのよ!」

 

「実力、ねぇ。……ま、潜在して持ち腐れになっている感はあるけど」

 

「ぬぐ……」

 

「そんなことは今はいいのよ。……で、ヴァルディだったかしら。お話を聞かせてもらってもよろしくて?」

 

「内容にもよるが」

 

「貴方、どうしてヴァリエールの使い魔になったの?この子の潜在能力云々の話を抜きにしても、貴方ならあの場から逃げおおせるぐらい容易かった筈。少なくとも、使い魔として一生を彼女のために捧げるような真似はしなくて済んだのに、何故?」

 

「……何故、か。そもそも契約の段階で私は契約による誓約を知らなかった故、リスクは考慮に入れていなかった。とはいえ、すべてを知った上でも後悔はしていないが」

 

「理解できないわね、その考えは。私だったら一生を見知らぬ他人のために捧げるなんてまっぴらゴメンよ」

 

「そうだろうな。それが普通なのだろう。だが、君の使い魔だって同じ気持ちかもしれんぞ。契約関係の何たるかを相互理解した上で契約をしているなら何も言うことはないが、理解できないと発言した上で理不尽を強要したというのであれば、関心はできんな」

 

「…………」

 

「とはいえ、その使い魔も私のような考えかもしれんし一概に君を否定することはできん。だが、少しでも使い魔と良き関係を築きたいのであれば、腹を割って話すぐらいはした方がいい」

 

言い終えてから思う。……何言ってるんだ、自分。

どうもこのキャラが壁一枚で隔てているせいか、リアルなら遠慮して言えないことも簡単に口に出せてしまう。

それこそ、思ったら自然と口に出しているのだ。その言葉が相手に対しどう捉えられ、どのような反応をするかとかを考える暇もないままに。

ポジション的に彼女がNPCだろうという事実はどうでもいい。

ここまでリアルな反応をしてくれる相手に、初対面であんな発言をしたという事実だけが許せなかった。

 

「――すまない、失言だった。知った風なことをべらべらと、何様だか私は」

 

「いえ、いいのよ。……まさしくその通りだしね」

 

うわ、明らかに引いてるよ。人間らしいAIを積んでいるのだから当然の反応なのはわかるけど、恥ずかしいったらありゃしない。

この場に真の人間は僕しかいないとはいえ、開き直るなんて無理だ。

 

「とにかく、私は現状に不満を感じていない。使い魔としての責務も可能な範囲で享受するつもりだ」

 

「だってさ、ヴァリエール。良かったじゃないこんなに献身的でいてくれるなんて、普通有り得ないわよ?彼に感謝することね」

 

「……わかってるわよ」

 

感謝ってなんぞや、と言う疑問は矢継ぎ早に紡がれる二人の会話の波に消されていく。

僕は黙ってそれを聞くだけの状態で収まるのを待つ。

 

「――ま、取り敢えずいつも通りで何よりだわ。ヴァルディ、これから長い付き合いになるでしょうし、よろしくしましょう」

 

「しなくていい!出て行きなさい!」

 

ぐいぐいとキュルケを部屋の外に押し出すルイズちゃんと、余裕そうな表情でウィンクを僕に向けて放つ。

押し出し終わり、ぜぇぜぇと息を吐くルイズちゃんに先程思った疑問をぶつける。

 

「何故彼女を目の敵にする?見た限り人格に問題があるようには思えんが」

 

「私とキュルケの家柄の関係はね、穏やかなものじゃないの。簡単に言えば、私達の祖先の恋人を奪ったのよ。それも一回だけじゃなく、何回も。それだけでもう並々ならぬ関係だってわかるでしょう?」

 

「確かに穏やかな関係とは言えんな。だが、それは君達には関係ないのではないか?」

 

「関係ないなんて、そんな訳ないじゃない!私達は屈辱を受けたの、それこそ何十倍返しで済むかどうかわからないぐらいに!」

 

「憤る気持ちはわかるが、私の見立てでは彼女は君にそのようなことをするとは思えんが」

 

さっきも明らかに心配しているような発言を零していたし、ルイズちゃんが気付いていないだけで明らかにキュルケは敵対意識を持ってはいない。

何かするにしても、せいぜい友人をからかう程度の匙加減をルイズちゃんが過剰に捉えているだけなんじゃないだろうか。あくまで予想だけど。

 

「とにかく!もしキュルケが貴方に対して色目を使ってきても、絶対に反応しないこと!」

 

「それに関しては最初からそのつもりだ」

 

仮に反応しても、このキャラ設定じゃ表に出ないだろうしね。

とはいえ、セクシーなあの格好で近づかれたら男の子としてはもうなんというか、たまらんですばい。

 

「そう、でもまぁ貴方なら大丈夫よね」

 

「その信頼には、別の形で応えてみせよう」

 

「うん。……じゃあ、私疲れたから寝る。着替えるから出て行って」

 

「ああ」

 

着替えとか、そんなところまでリアルなんだなぁと思いつつも素直に従う。

部屋から退出し、再び呼び戻されるまでの間、僕は今後の動き方について考え続けた。

 




繋ぎ程度の無難な内容だけど、怒らないで下さい!何でもしますから!


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第四話

なんか中途半端なところで終わっちゃった。
というか視点変更多すぎてもはや誰視点だよ、って思う人いそう。対策方法とかあるのかな。


疲労から眠ってしまってからの朝。

早めの就寝だったこともあり、いつもより目覚めはよい。

数秒で意識もそこそこに覚醒し、周囲を見渡す。

そこには使い魔になったばかりのエルフの青年、ヴァルディが壁にもたれ掛かって目を閉じている姿があった。

その姿に心から安堵する。

昨夜眠ってしまう直前、もし一連の出来事が夢で、目が覚めたらまた私は本当のゼロに戻っているのではないかと考えていたからこそ、朝一番に彼の姿を見られたことは僥倖だった。

 

さて、この状況をどうしようか。

私はいつもより早く起きてしまった。まだ朝日は顔どころか頭を出したばかりの時間だ。

とはいえ、いつまでも寝間着のまま普段の起床時間まで待つのも少し気持ちが悪い。

だったら着替えるのがベストなんだろうけど、ここにはヴァルディと私を隔てるものは物理的な意味で何もない。

万が一着替えの最中に彼が目を覚まそうものなら、悶絶では済まされない。

実家に居た頃に使用人の前でやっていたことが、彼の前では出来る気がしない。何故だろう。

彼なら私のそういう姿を見たところで、顔色ひとつ変えず出て行きそうだけど、そう言う問題じゃない。というか、それはそれで納得できない。

とにかく、そう言う展開は避けたい。だけど、その為だけに起こすのは忍びない。

これが普通の使い魔や、最悪同じ言葉を喋るにしてもただの平民だったら何も憚る必要はなかったのだが、そんなことで彼の価値を貶めるのは流石に理不尽が過ぎる。

 

「……それにしても、ホント異常なぐらい整ってるわね」

 

ベッドから身体を起き上がらせ、ヴァルディの近くに寄り、しゃがみ込む。

傷ひとつない、まるで人形のように端正な顔立ち。

立場上、人のなりを見ることはそこそこあったが、その中でも類を見ない美貌と言っていいだろう。

エルフと人間ではそもそも比べるべきではないのかもしれないが、仮に彼がフェイス・チェンジで耳を隠したとしても人目につくのは確定だろう。

あまり噂の火種になるようなことは残したくないのだが、本人が顔を隠すことを拒んでいる以上、あまり無理強いはできない。いや、させる力が私にはないのだ。

彼を素で律せられるのなんて、うちのお母様ぐらいのものじゃないだろうか。

何にしても、彼は私の使い魔となってくれたのだ。ならば、それに見合った能力を身に付けないといけない。

 

――もし、それより早く彼に失望されてしまったら。

ふと、そんな最悪な展開が頭を過ぎる。

彼が魔法の知識を持っているかどうかはともかく、周囲が平然と行使しているにも関わらず私だけ明らかに異なる力を行使していれば、何かしらの疑いを持たれるのは当然だろう。

流石に私達がセットの状態で周囲から中傷が飛んでくるとは思えないが、それ以外の方向でのアプローチに関しては別だ。

共に行動する以上、そう遠くない内に訪れる問題だ。

いっそバラしてしまえば楽になるし、後腐れもないだろう。

だが、怖いものは怖いのだ。

折角私を受け入れてくれた相手に突き放されてしまうことが。

それは、最初から失望されているよりも辛いこと。

それを乗り越えない限り、私達の関係はいつまでも仮初めのままだとしても、現状維持を望む私は低俗なのだろうか。

 

「……どうした」

 

「え?」

 

目が、合う。

黒い宝石のような瞳は半開きながらも、朝焼けが反射して神秘的に映る。

そして、それと比べものにならないぐらいに、今私の顔は赤く染まっていることだろう。

 

「あ、あああああああんたいつから」

 

「今さっきだが」

 

ぱくぱくと餌をねだる魚のように言葉を紡ぐことをない口。

無心に感情を露わに出来れば楽なのだが、それはやってはいけないという理性が二の句を告げさせずにいる。

 

「悪いが、どいてくれないか。少し、散歩をしてくる」

 

「え、ええ。あまり遅くならないで戻ってきなさいよ」

 

私の言葉に無言で頷き、部屋を後にする。

ドアの締まる音と同時に、その場にへたり込む。

 

「……いきなりなんて、卑怯じゃない」

 

一体何が卑怯なのか。自分で言って意味がわかっていない。

頭が混乱しているのが客観的に理解できるぐらい冷静な自分と、その混乱している自分がごちゃ混ぜになって私を更なる混乱の渦へと巻き込んでいく。

結局私が着替えられたのは彼が帰ってくるほんの数分前のことだった。

 

 

 

 

 

ログインした瞬間、ルイズちゃんの顔があったでござる。

びっくりしたけどこの身体のお陰で相変わらず表には出ないが、美少女の顔が目と鼻の先にあれば誰だって驚く。

しかも寝る前は気が付かなかったが、寝間着がネグリジェでなんていうか……その…下品なんですが……なんてことはなかったよ?即座に視線を外に移したからね。

そこ、ヘタレとか言うな。

 

取り敢えず即座に部屋から出て行き、言い訳に使った散歩に勤しむことにする。

早朝だから人気は感じない。お陰で誰に憚れることなく探索ができる。

オスマンさんの話では、エルフはかなり注目されるらしい。

一般的なエルフのスタート方法なら、恐らくエルフの里的な場所から始まるのだろう。だけど、多分僕はかなりの低確率でスタート地点が変化したと解釈している。

その偶然を大いに楽しみたいところだが、不便なこともある。それが先程言った注目されることに繋がる。

オンラインゲームといえど、普通なら視線なんてリアルに感じることはない。見ているなーって雰囲気を感じることはあれど、絶対に見られているという保証は一切できない。

だけど、再三言うようだがこのゲームはリアル重視。視線がこっちに向いている=見られているとほぼ確定してもいい。

全校集会とかで校長が堂々と生徒達の前で話をする様子を見て、一生真似できないなと漠然と考えていた自分にとって、これから訪れるであろう注目地獄に対抗する術はない。

多かれ少なかれ視線が集中するのは最早確定。ならば出来る限り条件を削るほかない。

意地張ってないでフェイス・チェンジの魔法を受ければいいんじゃね?と思うかも知れないが、この学院内ではあまり意味はないだろう。最早存在は認知されてるっぽいし。

だからそれ以外の方法で何をすべきかと考えた結果、早朝の探索は効果的だと突発的に考えついたのだ。

 

このゲーム内時間と現実世界の時間は当然ながら違う。

当たり前だが、大事なことでもある。

ゲームによってはリアルの時間と連動して状況が変化するというものもあるが、オンラインゲームでそれをやってしまっては色々問題が出てくる。

オンラインゲームなのだから多人数による行動が前提のイベントも当然ながら存在する。もしそれが夜だけに行われていたとすれば、どうなるだろうか。

少なくともオフラインゲームとは事情が違い、時間さえ経てば即座にプレイできるなんて生ぬるい状況にはならないことだけは確かだろう。

しかしだ。このゲームはNPCがPCのような反応をすることを売りにしている。

確認した訳ではないけれど、NPCも夜は眠り、朝は活動するというアルゴリズムを取るだろう。

だが、逆も然り。

人間らしい思考をするからこそ、夜に活動をするイベントがひとつやふたつあっても不思議ではないと考えるのが自然だ。

ぶっちゃけ、そういうときはどうするんだろう。

多人数同時プレイなのだから、まさか個人のために時間が大きく動くだなんて有り得てはいけない。

今のところは特に不便を感じていないからいいけど、どういう措置を取るんだろう運営は。

まぁ、その辺りで詰まったら調べるなり問い合わせるなりすればいいか。

 

そんなことを考えている内に、外に出ていた。

適当に歩いていたこともあるが、学院内はかなり広く、ぶっちゃけて言えば迷った。

きちんと戻れるだろうかという不安を抱えつつも、取り敢えず歩みは止めない。

そうして深みに嵌っていくんだろうなぁ、なんて益体もないことを考えていると、人影がちらりと視界に入る。

黒髪のショートヘアがこのカラフリャーな髪色の人達が集う学院内では逆に印象に残る。

そんな後ろ姿からでもわかるぐらいに女性らしい体つきをした少女は、朝日を見ながら準備体操のような動きをしている。

何も言わずにその様子を観察していると、僕に気が付いたのか動きを止め、振り返る。

 

「あ、あれ?貴族様――ですか?」

 

疑問符を浮かべたのも、恐らく僕のことを見たことがないからだろう。

 

「違う。私は貴族なんて大層な肩書きは持ち合わせていない。一介の戦士に過ぎん」

 

「戦士?傭兵の方、ってことですか?」

 

「似たようなものだ」

 

「そう、ですか。あはは、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね」

 

そうバツの悪そうに笑う少女。

その素朴な反応が、何だか逆にここでは新鮮だった。

誰しもが僕のことを客寄せパンダよろしく奇異の目で見るものだから、こういう普通の反応は清涼剤だ。

 

「あれ、その耳……」

 

「ああ、これか。気にしなくて良い。長いか短いかなど、些末なことだろう?」

 

「それもそうですね。――って、もしかしてなんですが、貴方がミス・ヴァリエールが召喚したとされる人なんですか?」

 

「そうだが、やはり伝わっていたか」

 

「噂程度にですが。何やらミス・ヴァリエールがヒトガタの生物を使い魔にしたとか何とか。私達のような給士の身分では、そういった人伝に聞いた話ぐらいでしか情報が得られないんです」

 

「給仕――ああ、成る程。どうりで貴族とは違う雰囲気を持つと思った」

 

「私は魔法も使えないただの平民ですから。それにお金もありませんから煌びやかな意匠も凝らせないですし」

 

彼女の話を聞く限り、貴族と平民ではかなりの身分差がありそうだ。いや、貴族なんてそんなもんだってなんとなくわかってはいたけど。

多分、この世界でもいびりとかあるんだろうなぁ。貧富や地位の差を証明するには絶好の要素だし。

それでこの子が対象になったりしたら嫌だなぁ。僕にとっての癒しと呼べる存在となったのに。

 

「折角知り合いになったよしみだ。もし困ったことがあれば私に言ってくれ。力になるぞ」

 

「え、そんな。ミス・ヴァリエールの使い魔である貴方が、私などにかまけていてはいけませんよ」

 

「問題ない。君だけじゃない、私のような余所者が受け入れられるように、等しくそう接していくつもりだからな。主であるルイズも公認だ」

 

「そ、そうなんですか。……凄いですね、貴族様に意見を通せるなんて」

 

「私の場合、事情が事情だからな。その辺りを汲んでくれたのだろう」

 

貴族に対しての卑屈な感情。これはほぼ当たりかな。

 

「あっ、そろそろ戻らないと。では、失礼します。えっと――」

 

「そういえば、名前を言っていなかったな。私はヴァルディと言う」

 

「私はシエスタと言います。では、ヴァルディさん失礼します」

 

様になった一礼をひとつ、ぱたぱたと走り去っていく。

あまりこういうことを言うべきことじゃないんだろうけど、明らかなモブキャラだったからどれだけ絡みがあるのかわからないのが辛い。

折角のお気に入りキャラだし、僕の行動次第では幾らでも絡みを増やせるかもしれないという希望的観測に縋り、積極的に会話していこう。うん。

満足感と共に帰路に着く。まだ全部の場所を見終わってはいないけど、そんなことを忘れるぐらいに満ち足りていた。

あ、ちゃんと自室には戻れたよ?因みに。意外と覚えてるもんだなぁ。

 

 

 

 

 

彼との出会いは偶然だったのか、はたまた必然だったのか。私にはわかりませんでした。

いつもの日課である準備体操をして、それから朝食の準備に入ろうとしていたとき。私は背後に視線を感じて、振り返ったのです。

そこには、神秘的で、それこそ私のような存在が触れてはいけないような美しさを持つ男性が自然体のまま立っていました。

貴族様の大半も美男美女揃いですが、彼の美しさは貴族様の持つそれとは違う。

貴族様が磨かれる前の宝石なら、彼は研鑽し過ぎて手に取る者すら傷つけかねない鋭さと儚さを持ち合わせている。そんな印象を受けた。

 

「あ、あれ?貴族様――ですか?」

 

格好は貴族のそれとは程遠いが、万が一の粗相は避けたいのでそう問いかける。

だが、彼は貴族ではないらしく、自分は傭兵みたいなものだと評価していた。

ふと視線を落とした先にあった、彼が腰に携えた剣のようなものが、彼がメイジではないことを証明している。

 

「あれ、その耳……」

 

顔を上げた際に、彼から謎の違和感を感じ取る。

違和感の正体が、本来髪に隠れているであろう耳だということに気付くのに、そんなに時間は掛からなかった。

もしかして彼は、人間じゃない――?

ならばこの美貌も、人ならざる存在だと思えば納得できる。

本来、恐れるべきなのだろう。人に近い容姿でありながら、人ならざる存在。亜人の彼を。

だけど、同じ人間ながら圧倒的な力で平民を縛る貴族という恐ろしい存在を知っているからか、会話も理性的で物静かな印象を持つ彼を恐れの対象とすることはできなかった。

むしろその雰囲気とは真逆の取っつきやすさに、つい失礼ではないか?と思えるぐらい込み入ったことも聞いてしまったが、それにも気にした様子もなく答えてくれる。

貴族なら、平民風情がと頭につけて突っぱねるところだ。

 

そして、彼は私に困ったことがあったら力になると言ってくれた。

私に限った話ではなく、自分の居場所を手に入れるために誰にでもそうしようとしているらしい。

……正直、凄いと思った。

種族そのものが違うのだから、平民とは異なる感性を持っているのは当然といえば当然なのかもしれないけれど、自分の居場所を手に入れるために行動しようとするその意思は、貴族の魔法に怯えるだけの私にはとても眩しく映った。

 

――もし、私が貴族様に虐げられていても、助けてくれるのだろうか。

会ったばかりの平民のために、命を賭けてくれるのだろうか。

彼は自分のことを傭兵だと言っていたから、対価を要求されるかもしれない。

救い、という概念に対して卑屈に構えてしまうのは、今までの環境を考えると当然である。

だから彼の甘言に対しても例外ではない。

それでも、縋り付きそうになってしまうのはいけないことなんでしょうか。

逃げるように彼の前から立ち去った私は、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

食事の時間がやってきたので、私達はアルヴィーズの食堂へと向かう。

誰もが遠巻きにヴァルディを眺め、近づこうとしない。

それもそうだ。文献で伝えられているメイジの天敵たるエルフが眼前に姿を現しているのだから。

私をゼロと馬鹿にしてきた奴らも総じて同じ態度を貫いているものだから、滑稽にも程がある。

とはいえ、所詮その怯えは召喚主である私に向けられたものではなく、ヴァルディに向けられたものでしかない。

その事実が憎らしくも感じ、納得もしてしまう。

実際彼を御し切れているなんて、余程の厚顔無恥で理解力のない奴しか言えないだろう。まさに、格が違うのだから。

格が違う、と言えば。彼は一体どれぐらい強いのだろうか。

昨日、彼は自分のことを弱いと言ったが、それを鵜呑みにするほど愚かではない。

だが、彼の戦う姿をまだ一度も見ていない以上、比較すら出来ないのは問題ではある。

主人を護るという任を果たすにおいても、護衛の力量を知っておくことは重要不可欠だ。

その辺りのことを問い詰めようとしたとき、足を止める。

確かにそれも問題だが、それ以前の問題を忘れていたのを思い出したのだ。

 

「どうした」

 

「あ、あのねヴァルディ。朝食なんだけど、私達貴族が食事をするアルヴィーズの食堂に、使い魔は入れないしきたりになっているの」

 

「……ふむ、ならば私はどこで待っていればいい」

 

「あ、いや。そうじゃないの。別に食事を与えたくないなんてことはこれっぽっちも考えていないのよ?ただ忘れていただけで……」

 

「別にそこまで謝られても困る。確かにこちらの食事に興味はあったが、別に食わずとも問題はないしな」

 

「え、エルフってご飯食べないの?」

 

「食べるぞ。腹も減る。今は問題ないというだけだ」

 

私を気遣ってのことだろうか。

一日経過して問題ないなんて、普通は考えられない。

無理をさせているのではないか。私の下らないミスのせいで。

 

「――でも、やっぱり駄目よ。不格好になっちゃうけど、厨房で何か食べさせてもらいなさい。貴族のような食事とはいかないけど、それなりのものを出してくれる筈よ」

 

「……ふむ。ならばそうさせてもらおう。こちらの用事が早く済めば、再びこの場で相まみえよう」

 

そう言って踵を返すヴァルディ。

彼の進む道は真っ二つになった木のように人垣が分かれていき、彼専用の道となっていく。

そして、私の周囲には雑多な群れが出来上がる。

露骨な態度の違いには、最早笑うしかない。

だが、これが正しい生き方なんだろう。

長いものには巻かれろ、弱者は強者に従え。分かり易い弱肉強食の理論。

正しいのは理屈でわかっているが、その様子を客観的に観察すると、こうも気持ち悪いものなんだと知りたくない事実を知ってしまった気分だ。

 

暗くなった気持ちを振り切り、食堂に入り、指定席に座る。

いつも通り大人しく祈りの時間を待つだけかと思いきや、隣の席に座る生徒、風上のマリコルヌが腫れ物を扱うの如く私に話しかけてきた。

 

「な、なぁルイズ。あのエルフはどこにいったんだ?」

 

「厨房よ。本来ならこの場で食べさせるべきなんでしょうけれど、使い魔である以上それは無理だし」

 

私としては体裁なんてどうでもいいのだが、格式と伝統を重んじるトリステインではそれは通用しない。

そんな下らない部分から彼の噂が拡がっても面倒なだけだし、仕方ないから流れに従っているに過ぎない。

 

「そ、そうか。それにしても、ゼロのルイズなお前がエルフを召喚なんて、何かの間違いじゃないのか?」

 

「……そうね。それに関しては私も同意するわ」

 

ゼロのルイズ、と言われ彼を召還したことを否定したにも関わらず、憤ることをしなかったのは、どれだけ周囲が否定しても事実は変えられないことを理解しているからだろうか。

それは自分がゼロであるという事実も踏まえて、だが。

 

「頼むから、あのエルフを暴走させないように頑張ってくれよ。巻き込まれるのはゴメンだからな」

 

「アンタが思っている以上に、彼は理性的な人物よ。契約だって相互理解あって成り立ったものだし、私達はれっきとした主従関係が成立しているのよ」

 

事実は微妙に違うが、誇張したところでマリコルヌが真実を知ることはないだろうし問題はない。

 

「ふん、どうせオールド・オスマンが何とかしてくれたんだろう。そうじゃなきゃゼロのルイズが――」

 

「それ以上言わない方がいいわよ。……彼が、報復に来るかもしれないわよ?」

 

「なっ」

 

「彼は使い魔としての身分を受け入れたわ。それは即ち、私の剣となり盾となってくれることと同じ。私が傷つくようなことを言っていたら、さて、どうなることかしら」

 

それだけ言うと、マリコルヌは二の句を告げずに静かに自分の席に戻る。

身体が僅かに震えているのは、自分の末路を想像してのことだろう。はん、ざまあみなさい。

多少スカッとしたお陰か、今日の朝食はいつもの二割り増しで美味しく感じられた。

 




ギーシュよりも先にマリコルヌが登場。ぶっちゃけ彼の性格とか口調とか全然思い出せない。

本当はシエスタの視点は後々に纏めてやろうかと考えたけど、出しちゃった。

それにしても、話が進まない。ギーシュとの云々は昼食の時だった気がするし。

あと、ログアウトの描写が序盤にありましたが、別にログアウト=客観的には眠っているように見える。って訳ではありません。そこはご都合主義という名の使い分けをしていくつもりです。


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第五話

ぶっちゃけこの話単品で読む価値ないと思う。だって肝心の勘違い要素ないし。


厨房でお食べなさい、というお許しを得られたので厨房に向かっているのだが、場所シラネということに気付く。

とはいえ、食堂と厨房が離れている訳がないので適当に歩いていれば見つかるだろうと適当に歩いていたら、それっぽい場所を発見した。

我が物顔で入るのは流石にこのゲームでは気が引けたので、ちらちらと遠巻きに確認していると、早朝に外で会った女の子が甲斐甲斐しく調理の手伝いに勤しんでいた。

朝の時とは違い、素朴な衣装からメイド服に変わっている少女の姿は、まさにデザイナーGJと言わざるを得ない。

 

「すまない。急に失礼する」

 

僕の一声に、厨房にいる人達の大半が振り返る。

その中でいの一番に反応してくれたのは、あの子だったのが嬉しかった。

作業を止め、ぱたぱたと僕の方に歩み寄ってくる。

 

「あ、貴方は朝の――」

 

「また会ったな」

 

「そうですね。それで、何故こちらにいらしたのですか?」

 

「ああ、それは――」

 

「ん?なんだお前さんは」

 

野太い声が厨房に響く。

巨躯を揺らしてこちらに近づいてくるのは、コック長と思わしき人物。

 

「マルトー料理長。彼が先程教えた――」

 

「おお、お前さんがシエスタの言っていた例の男か」

 

「ヴァルディだ。よろしく頼む」

 

「おう、こちらこそ」

 

人当たりの良い笑みで歓迎してくれるマルトー料理長。

よくある仕事では厳しいけど、心根は優しいタイプの中年男性といったところか。

 

「お前さん、話では人間じゃあないらしいが、シエスタが信用しているんだ。その辺りの事情は気にしねぇよ。部下にもそう伝えてある」

 

「こちらとしてもそれは有り難い。ただでさえ異分子ということで肩身が狭いからな、少しでも早くこの場に順応したい身としては貴方のような人が一人でも多く居ることを望むところなのだが」

 

「お前さん、期待を裏切るようで悪いがそりゃあ無茶ってもんさ。ここにいる貴族の殆どはプライドに縛られるだけの愚者ばかりだ。平民に圧政を敷くのが当然という頭の造りをしている奴が、簡単に余所者に心を許すだなんて思えん」

 

「貴族と平民の関係は、聞いた限りでは穏やかではなさそうだな」

 

「酷いなんてもんじゃねぇさ。魔法が使えない平民はそれを扱える貴族に力で支配される。杖さえあれば瞬く間に俺達の命なんて消し飛ぶもんだから、誰も逆らおうなんて考えもしない。話によるとメイジ殺しだなんて称号を持つ平民もいるらしいが、どこまで真実やら怪しいもんだな」

 

理屈は不明だが、この世界では貴族という職業=魔法使い的な位置づけにあるようだ。

そして、ここが魔法が圧倒的優位として成り立つ世界だということ。

これは予想以上にアウェーな感じだったり?

 

「シエスタにも言ったが、何か困ったことがあれば協力はしよう。とはいえ、使い魔としての身分に身を置く以上、どこまで自由でいられるかは不明だがな」

 

「……その申し出、有り難く受けとっとくよ。だが、貴族連中には逆らわん方がいい。お前さんは剣を扱うのか知らんが、そんなんじゃ勝てるとは思えねぇしよ。それに、お前さん自身だってその貴族様の使い魔だって話じゃねぇか。立場が悪くなるような真似だけはしないほうがいいぜ」

 

「ご忠告、痛み入る。しかし必要なことだからな」

 

どうやら、世界観的に見ても魔法を使えるというアドバンテージはかなりの優位性となっているようだ。

この様子では、前衛職業はあまり優遇されていないと思っていいだろう。

それに、ここまで畏れられるということは従来の魔法の概念とは全く異なる可能性すら有り得る。

ランダムでワールドを選択した弊害とはいえ、都合が悪くなったら変更なんてことはしたくない。

 

「あ、あの。私も何かお手伝いできることがあれば、何でもします。ですから、無理だけはしないでください」

 

シエスタの笑顔、プライスレス。

いや、金取っていいレベルだねこれ。彼女の頼みだったら無償でも引き受けちゃうぞー。

 

「ありがとう。それより、ここに来たのは別の理由なんだが……食事を恵んでもらいたい。使い魔は食堂には入れないらしいから、ここに行くよう指示されたのだが、出来るか?」

 

「恵んでって、随分と腰が低いな。そんな言い方せずとも、幾らだって食わせてやる!とは言っても、貴族に配るそれとは違って賄いになるがな」

 

「贅沢を言える立場ではないし、むしろ感謝しているぐらいだ」

 

「――お前ら、とっとと用意してやれ!賄いとはいえ、貴族連中に配るそれに劣らぬもんを用意しろ!」

 

厨房に張り裂けんばかりの統一された声が響く。

なんか大事になってる気がするけど、ただご飯を食べるだけなんだよなぁ。

盛り上がった空気でご飯を待つ間、この世界でのご飯のことを考えていた。

VRMMOでの食事はプレイヤーの満腹中枢を刺激するだけではなく、味もしっかり際限されているらしい。

だけど、味覚の善し悪しなんて人それぞれなんだし、料理の味は安定した素朴なものに一貫されているってのが漫画とかでのお約束パターンだけど、色々と技術の進化を見たこの世界では、妄想を超越した結果を出してくれるだろうと結構期待していたりする。

 

「お待たせしました」

 

そう言ってシエスタが運んできたシチューやパン。

賄い、確かにその通りなぐらい平凡で質素な食事。

だけど、そんな平凡な食事が当たり前な家庭で過ごしてきた自分からすれば、シチューも普通にごちそうだ。

 

「いただきます」

 

恒例の挨拶をひとつ、下品にならない程度にシチューに口をつける。

 

「……美味い」

 

思わず口に出してしまう程、それは美味だった。

何というか、ここが第二の現実だと言われても納得できるぐらい、味はリアルかつ美味。

これはここに一生住もうとする人が出ても不思議じゃないわな。

まぁ実際にはお腹ふくれないんですが。

 

「確かに貴族の魔法は凄え。だがよ、俺達がこうやって作る食事だって一種の魔法だと思わねぇか?」

 

「確かに、言われてみればそうかもしれないな」

 

こうして当たり前のように食べているご飯だけど、幾つもある材料を絶妙な分量で組み合わせ、加工し、完成させるのは決して当たり前のことではない。

白米をただ握るぐらいの調理方法しか出来ない身の癖して、それがどれだけ凄いことなのかを今まで考えることさえしなかったのは、親が居て護られているという保証が自分の目を曇らせていたからに他ならない。

ログアウトしたら、お母さんに感謝の言葉を贈ろう。そうしよう。

 

「それだってのに、ほんの例外を除いてここで出された食事の殆どは誰の腹にも入ることなく捨てられるんだぜ。飯ひとつ作れない甘やかされた奴らが我が物顔で利権を握っているって現状は、料理人からすれば侮辱なんて言葉じゃあ済まされないもんだ。ブリミルに感謝すれど、料理人には欠片も感謝しないと来たもんだ。それだけでも聞けば、平民がどんな立場かってのは理解できるだろうよ」

 

「そこまで酷いのか……」

 

マルトー料理長の言葉を完全に信じるのであれば、これはまさに平民なんて名ばかりの奴隷ではないか。

ルイズちゃんも同じとは思いたくないが、もしそうだったなら、僕がどうにかして変えていかないといけない。

そんな育成ゲームみたいな仕様がまかり通るのかは不明だが、色々試してみる価値はある。

黙々とそんなことを考えている内に、食事は恙なく終わる。

食事の最中ずっとシエスタがこっちをずっと見てたのが気になったけど、指摘するのもアレだし気付かないフリをしていたけど選択としては合っていたのかな。

気を逸したらもうできない、なんてクエストが公式イベント系を除いてあるとは流石に思えないけど、まだこのゲームの仕様をきちんと把握しきれていない以上、断定すると後悔するかもしれないしね。

 

「ごちそうさま、美味かったよ」

 

厨房が沈んだ空気に満ちていたので、頃合いだと席を立つ。

 

「おう。お前さんならいつでも歓迎だから、気兼ねなく来い。俺らの料理を美味いと言ってくれた奴に悪人なんざいねえってことぐらい、分かりきったことだしな」

 

何とも信用されたものだと思う。でも、逆に考えればそれだけここでマルトーさん達の料理が評価されていなかったと言うことにも繋がる。

良くも悪くも、世界観を知る一端の情報としては有益だった。

 

一礼して厨房を去った僕は、食堂前へと足を運ぶ。

すると偶然にもルイズちゃんも食事を終えたらしく、入り口付近で鉢合わせする。

 

「ヴァルディ。もう少ししたら授業があるから、貴方も参加しなさい」

 

そして前触れもなく、そんな事を言い出す。

少しだけ考えて、自分の意見を言う。

 

「ただでさえ話題の中心である私が生徒の輪に入ろうとしようものなら、授業にならないのではないか?」

 

「うーん。一理あるんだけど、使い魔の儀式の後の授業は使い魔を披露するって名目もあるから、本当は絶対に連れて行くべきなんだけど――」

 

そこまで口に出し、口を閉ざす。

僅かの間を置き、どこか不安を煽る表情を滲み出しつつも、絞り出すように次の言葉を口にする。

 

「――いえ、やめておきましょう。貴方の言うとおり、いらぬ混乱を招くのは教師側としても避けたいでしょうし、何も言わずとも意図を汲んでくれるでしょう。でも、貴方はその間どうするつもりなの?」

 

「授業時間という人通りの少ないタイミングを利用し、学院内を散策する」

 

「そう。あまりこういうことは言いたくないけど、問題だけは起こさないでよ」

 

「承知している」

 

自分の行動がどんな結果をもたらすかもわからない現状、カルマがマイナスになりそうな行動は避けたいのはこちらとて同じ。

念を押すと言うことは、つまりゲーム側としてもそれを懸念しているということだろう。

 

「じゃ、お昼にまたここで会いましょう」

 

その言葉を最後に、互いに別の道へと進む。

当てもなく彷徨うつもりとはいえ、そろそろ何かそれっぽいイベントが起きても不思議じゃないんだけどなぁ。いや、オンラインゲームならこんなもんか。

それにしても、さっきの思わせぶりな態度はなんだったんだろう。何かのフラグ?

 

「…………」

 

そんな事を考えて歩いていた僕は、最後まで背後から刺さる視線の存在に気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

教室に入った瞬間、視線が私に集中する。そして、彼がいないと気付くと直ぐさま視線を外す。

誰もが総じて同じ反応を繰り返すものだから、嗤ってしまいそうになる。

そんな中、そんな空気に呑まれずに平然と近づいてくる影がひとつ。

 

「朝ぶりね、ヴァリエール。彼はどうしたのかしら?」

 

「……キュルケ」

 

「愛想でも尽かされた?まぁ、その性格で魔法もアレじゃあ、ね」

 

「尽かされてなんかない!」

 

……少なくとも、今は。

でも所詮、その理由をひた隠しにし、そうなるように仕向けているからに過ぎない。

食堂前での会話。あの時、本来ならばもっと彼をこの場に連れて行くことに抵抗するつもりだった。

しかし、この場に連れてくれば私が魔法を扱えないという事実に近づいてしまう。そのことに咄嗟に気が付いた私は、彼の意図を素直に呑む方向に直ぐさま変えたのだ。

……我ながら馬鹿なことをしている。

私が如何に抵抗したとしても、二歩三歩と軽快に進む現実を押し返す程の力が無い以上、気付かれるのは時間の問題だというのに、こうして逃げに徹している。

ヴァルディは、多少なり私を信頼してくれていると思う。そうでなければ、私の染みついた不遜な態度に憤慨のひとつでもしてもおかしくはないのだ。

自惚れかもしれないが、それはつまりそれを踏まえて私という個なのだと納得し、その上で付き合ってくれているということになる。

そして、私はそんな彼の信頼に泥を塗っている。

それが幼い頃から染みついた呪いに対する対策だとしても、彼に対しては本来例外の筈なのだ。

知らないからこそ今の関係があるのではという疑念が、最悪な自分をさらけ出すことを躊躇させている。

 

「ヴァルディだっけ?彼の話題でみんな落ち着き無くって、それ以外の話題で盛り上がりそうにもないからつまらないのよね。何故かタバサもいないしで、だからこうして貴方に会いに来てあげたのよ?」

 

「余計なお世話よ。話しかけないで」

 

「つれないわね。――あら、先生が来たから戻るわ。じゃあね」

 

最後まで飄々としたまま去っていくキュルケ。それに続くようにシュヴルーズ教諭が教壇の前に立つ。

私もそれに倣い自分の席に着席し、始まりを待つ。

 

「皆さん。この度の春の使い魔の儀式、お疲れ様でした」

 

シュヴルーズはそこで一度言葉を切る。

 

「……皆さんも知っておいででしょうが、今回の儀式においてミス・ヴァリエールがかのエルフを召喚したという事実。あれは紛れもない真実であり、現にここにいる大半の者は現実として目にしていると思います」

 

シュヴルーズの言葉に、静かに喧噪が拡がっていく。

まさかこのタイミングで生徒にカミングアウトするとは思っていなかったので、驚きだ。

 

「静粛に!――それでですが、そのエルフの彼、ヴァルディと言うらしいのですが、彼は学院内の者達に対して友好的な関係を築きたいと申したらしく、その第一歩として皆さんが何か困ったことがあった時は助力をしたいとのことです。これはオールド・オスマンとの対談時の内容らしく、虚偽は一切含まれていないとオスマン殿も申しておりました。ですよね?ミス・ヴァリエール」

 

「は、はい。ですが使い魔としての本分を逸脱しない程度の内容に制限させていただきます。こればかりは譲れません」

 

オールド・オスマンが気を利かせてくれたのだろう。こうして情報を統制しないと都合の良いデマが流れてしまう恐れがある。

オールド・オスマンの名を出した以上、もし今の言葉に偽りとなる情報が出回れば、問題となるのは間違いない。

ただでさえ立場が危ういのに、他人の悪戯程度の悪意で何もかもが壊れてしまうなんて馬鹿げたこと、許せる訳がない。

 

「はい。その辺りのこともきちんと説明されておられました。ですので何か頼むようなことがあっても、あまり込み入った内容ではなく、ちょっとした事ぐらいに留めておくように。それでは、授業に入ります」

 

再び騒がしくなるであろう前に切り上げ、授業に入る。

結局授業中にも静かになるなんてことはなく、ひそひそ話が絶えずシュヴルーズに注意される生徒が多数見受けられ、授業がまともに進むことはなかった。

 




久しぶりの投稿でありながら話が一切進まず、それでいて勘違いネタを一切仕込まないとか、もうダメだな私。

しばらくは主人公がハルゲキニアのエルフと勘違いされる、という下地をじりじりと掘り下げていく感じになりそうです。
いわゆる戦闘時のマイナスの行動がプラスに発展するような、意図しない行動による勘違いのような、瞬間的な盛り上がりの要素は期待しないで下さい。
自分で勘違いものとして作品を作っておいてなんですが、しばらくはそういった系の盛り上がりは少ないと思います。ごめんなさい。



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第六話

久しぶりに別視点を書けた気がする。
しかし勘違い要素は薄い気がする。読者の皆さんが求めるレベルには達してないよなぁ……。


ルイズちゃんと別れた僕は、朝に行けなかった場所を探索する。

授業時間が近づいているからか、生徒の数も少なく奇異の視線に晒されることもなく、気楽に闊歩していると、図書室と描かれた札を貼った部屋を見つける。

因みに図書室と漢字で書かれてはいない。このゲームで用いられる文字を見ていると、ルビが浮かんでくるので読めたのだ。

折角作った独自言語も、雰囲気作りの為だけに作られ、読めないからルビを振る。本末転倒甚だしいけど、大人の事情を考慮してもまぁ仕方ないわな。

 

恐る恐る扉を開いた先には、無数の本が整然と並んでいた。

身長の五倍は優に超える本棚が、見渡した程度では視界に収まりきらない程に陳列されている。それだけでも本の数が恐ろしい程あるのがわかる。

しかし、これ全部読めるとなれば、どれだけここには情報が濃密に隠されているのか想像もつかない。

従来のゲームならばただでさえ大半の人が興味を示さない本からの情報。ましてや重要なものだけを注釈したご都合主義すら存在しない上にこの数だ。

普通ならば誰も見向きもしない。せいぜい僕のように興味本位に来るぐらいで、下手をすれば二度と訪れない人だっていそうだ。

勤勉な方ではないし、これだけ本の群れに囲まれようものなら、目眩のひとつでも起こしてしまいそうだ。

取り敢えず落ち着く為に近くの椅子に腰掛けようとした時、視界の端に人影を捉える。

しんと静まりかえる世界で、ひっそりと本を読む青髪の少女。

視線に気が付いたらしく、顔を上げ互いに視線を交差させる。

そして何を思ったのか本を閉じ、近づいてくる。

 

「貴方は、ルイズの使い魔になった」

 

「ヴァルディと言う」

 

「タバサ」

 

「……それが、君の名前か」

 

「そう」

 

……なんというか、典型的な寡黙少女だね。

生活に支障をきたすレベルで寡黙なキャラって、ゲームでしか有り得ないよね。だからこそキャラが映えるんだけどさ。

でも、幾多のゲームをプレイしてきた僕なら意思疎通が図れる、筈!

それにしても、ちっちゃいなぁ。頭が腰ぐらいにあるよ。

ルイズちゃんも背丈は似たり寄ったりなんだけど、この子は雰囲気のせいか更にちっちゃく感じる。

なんていうか、ナイトキャップを被りクマのぬいぐるみを抱いて寝ていそうなイメージ。

 

「どうしてここに?」

 

「探索だ。学院の地理を把握している最中なんだ。そういう君こそ、今は授業時間ではないのか?」

 

「私は――――サボリ」

 

ぶっちゃけたなぁ、随分。

とはいえ、如何にも勉強できる風体だし、知り合ったばかりの相手に説教をするのもアレだし、聞き入れるだけに留めておこう。

 

「ここには良く来るのか?」

 

「結構。まだまだ読んでいない本がある」

 

「毎日一冊だとしても、卒業までに読み切れるとは思えん量だしな」

 

適当に一冊手に取る。

難しいことばかり書かれた歴史書で、一瞬すぐにしまおうと思ったが、世界観を知る重要なアイテムだと思い留まる。

流し読みして気になった部分だけを読み解いていく。

 

まずこの世界、ハルケギニアでの魔法の立場について。

どうやらこの世界の魔法は、現実世界で言うところの科学技術に成り代わったものらしい。

魔法という扱える人間の絶対数が少ない技術が生活の基盤となっているせいで、産業革命も起きる気配もない。故に、発展性も期待できない。

しかし、戦闘用としてもその性能が圧倒的なこともあり、革命も起きない。

武士とかが居た時代は、農民や民に知識を与えず反抗に必要な要素を撤廃していたらしい。今の状況はある意味それに似ているかも。

結局の所、魔法絶対主義が浸透しているのはこういう理由があってのことなのか。

 

次に、エルフの評価。

エルフは兎に角恐ろしい存在として、その理由も漠然としながらも長々と書かれている。

強さの理由、能力といった詳細に関しては一切書かれていない。

なんだそれ、と思わなくもないけど、穿った視点で見てみるとそれは対策を立てるという前提すら立てられない程、彼我の戦力差がはっきりしているとも考えられる。

そりゃあ恐れるわな。仕方ないね。

んで、そのエルフは東方の砂漠にある「聖地」とやらを護っている種族らしい。

そして、その聖地とやらを取り戻すべく、対立し合っていると。

結構深刻なんだなぁ。そんな中エルフが人間側の立場につくとか、本当にゲームの展開だね。所謂裏切り者的な?

聖地に何があるのかは定かではないが、物語の重要なファクターとはなりそうな感じがプンプンするね。

 

適当な本を再び手に取る。

そこにはハルケギニアに存在する国家のことについて記されていた。

ひとつは、トリステイン王国。この国だ。

ブリミル信仰という魔法絶対主義の根幹を成す概念を他国と比較して圧倒的に重要視しているらしく、その為それ以外の概念を排斥しようとする思想の持ち主が多いとされている。

魔法を扱えるのは貴族の特権、というワードもこれを調べている内に知ることができた。

そういった閉鎖的な思想を貫いているが故に、国としての規模は他国と比べて遙かに小さいとされる。

国ぐるみで宗教に嵌った結果と言う奴かな。極端すぎる気もするが、その辺りのことは考えても詮無きことだろうし、切り捨てておく。

 

次に、帝政ゲルマニア。

こちらはトリステインとは真逆で魔法を尊ぶことを重視せず、平民でも相応の価値を持つ者は一代限りの貴族の地位を得られる制度を導入しているらしい。

身分に関係なく評価を下すその様は、現実の日本の在り方と相違ない。そのせいか、親近感というか、すんなり理解することができた。

二国の対比としてはとてもわかりやすく、それ故に思想の齟齬から来る対立も絶えないとされている。

別段トリステインとばかりそうだと言う訳ではなく、各国からも魔法を尊重しないその思想から野蛮人という評価を受けており、アウェーな立場ではあるらしい。

 

三つ目は、ガリア王国。

ハルケギニア一の大国で魔法先進国とされており、貴族の数、軍事力共に最高峰とされているらしい。

文化形式はトリステインと同じらしい。どこで差が出たのか。

そういったプラスの側面ばかり書かれており、欠点と呼べる要素は見当たらなかった。

何か裏があるな、これは。そんな清廉潔白な国だったら、他国も同調して吸収されていても不思議じゃないのだから。

 

四つ目は、アルビオン王国。

地上三千メイル(メートル)の高さに位置する浮遊大陸にある国で、大陸の下半分が白い雲で覆われているため「白の国」と呼ばれている。

浮遊大陸に入る為には専用の船が必要で、一定の周期で近づく浮遊大陸に合わせて船が出るとのこと。

浮遊大陸かぁ、なんか憧れちゃうなぁ。そういう如何にもファンタジーしてますって場所。

 

最後に、ロマリア連合皇国。

始祖ブリミルの弟子であるフォルサテが興した都市国家群で、昔は王国だった時代もあったが現在は教皇が治めているとされている。教皇ってなんだ?

光の国という呼び名で知れ渡っているらしく、上辺だけ聞けばいい国なんだろうなーって思うけど……僕の宗教に抱くイメージと、国や組織が耳触りの良い言葉を名前や理念に添えていると、胡散臭さが五割増しになるという法則を踏まえると、信用できないってレベルではない。

 

エルフの国を含めて合計六ヶ国。

他にも幾つか国家はあったが、他は中心となりそうな濃い要素を感じられなかった。あくまで個人的感想だけどね。

あ、でもクルデンホルフ大公国はトリステインから自治権を勝ち取ったって経緯があるらしいから、そういった意味では関わってくるかも?

 

「貴方は」

 

突如発せられるタバサちゃんの声。

振り返ると、先程まで読んでいた本を胸元に抱え近づいてきていおり、上目遣いで接してくる。

 

「ん?」

 

「貴方は、私のエルフのイメージとは違う」

 

「噂は所詮噂だということだ」

 

こういう答え方にも慣れたものだ。

しかし、ここからは初めてのパターンでの返答が来ることになる。

 

「私は、噂を聞きかじってそう認識した訳ではない」

 

「それは、どういうことだ?」

 

「……うまく説明できない。直接の面識はないけれど、大きく関わりを持った関係」

 

それ以上は口を閉ざし、何を告げることはなかった。

どうやら、かなり深刻かつ重要な話題らしい。

多分、彼女と親密になっていくことでクエストとしてその話題に関わることができるのだろう。

 

「言いたくないのならば言う必要はない」

 

それだけ言って、新たな探索に向かおうとした時。

 

「エルフが作った薬で、心を壊した者を治すものはある?」

 

「心?」

 

そう問いかけ、タバサちゃんは一拍置いて話始める。

 

「私の母は、エルフが作った薬によって心を壊されている。そんな薬はメイジには作れないし、当然対抗する薬なんて存在しない。だけどエルフの知識になら、壊すことができるなら治すことができる薬だってあるかもしれない。そう思った」

 

「つまり、私の知識を当てにしているのだな」

 

「そう。謝礼が欲しいのならば、何でもする。だから知っているなら教えて欲しい」

 

先程なんかとは比べものにならないぐらい饒舌に、かつ言葉に力が籠もっている。

心を壊された、と表現していたが、一種の廃人のような症状だろうか。

とはいえ、どんな症状か言われてもそんなの知るはずもなく。

毒や麻痺、とかの簡易症状とは訳が違うようだし、現状ではどうすることもできない。

 

「すまない。私は何も知らないんだ」

 

「……そう」

 

明らかに落胆した表情で、小さく呟く。

その様子に罪悪感のボルテージが高まり、慌ててフォローに入る。

 

「しかし、協力は惜しむつもりはない。情報があれば伝えるし、薬が見つかれば優先して君に譲ろう」

 

その言葉を聞き、明らかに目の色を変えるタバサちゃん。

 

「いいの?」

 

「そのようなものを持っていたところで無用の長物だからな。求める者がいるのであればそちらに譲るのが当然の摂理だろう」

 

実際、明らかにイベントアイテム扱いになるであろうものをずっと持ち歩いていたところで無意味だし。

 

「……ありがとう」

 

「何、気にすることはない」

 

「そうはいかない。私も貴方に何か見返りを与えたい」

 

「まだ欠片も成果を出していない以上、受け取る権利はないと思うが」

 

「それではこちらの気が済まない」

 

……そうか、これは連続クエストの走りなんだ。

一回では終わらず、ストーリーを追うようにして細かくクエストが繰り返される方式。だからここで報酬を得たとしても何らおかしくはないんだ。

しかし、報酬はどうすればいいんだろう。

この口ぶりだと、明確に報酬を用意している訳ではなさそうだ。

冷静に考えて、一介の町民の頼み事を聞いてその場でもらった報酬が鎧とか剣とかだったら、それいつも持ち歩いてるの?とか突っ込みを入れたくなるよね。

それともああいうゲームの住人は共通して四次元インベントリを持ってるからって理由なのかな。僕の鞄もそれ仕様らしいし。

とはいえ、彼女はメイジ。ともすれば、前衛用の装備なんてくれるとは思えないし、いきなり言われて他に欲しい物と言われても困る。

 

「……なら、あらゆる知識に対し造詣の深そうな君にはこの世界のいろはについて教えてもらいたい。何分ここに来たばかりで勝手がわからんことだらけだからな」

 

「それぐらいなら」

 

「ありがとう」

 

あっさりと商談は成立する。

モノではないという利点を活かした頭の良い解決法だと思うね、ドヤ。

 

「なら、今から教える」

 

「授業はいいのか?――というのは、今更か」

 

そういえばサボリという体でこの場にいたんだっけか。

結局僕達は昼食を告げる鐘が鳴るまで図書室で勉強会を続けることとなる。

タバサちゃん――いや、タバサ先生は教え上手です、ハイ。

でも、しばらく活字は見たくないと思ったよ。

 

 

 

 

 

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールからは、良い噂を聞かない。

それは彼女の性格によるものではなく、その生い立ち――というよりも性質が関係していた。

彼女は、メイジでありながらコモンを含めた五系統の魔法すべてを爆発に還元させる奇異な体質を持っている。

才能がない、という言葉で周囲は彼女を蔑んでいるが、あれを失敗と呼ぶにはあまりにも前例のない法則だ。

魔法の失敗は、共通して不発として完結するようになっている。

書物を紐解いていってもその認識に齟齬は存在せず、信憑性のあるものといえる。

それが爆発という新たな法則が出現したとなれば、それは失敗と結論づけるよりも体質として考えた方が自然といえる。

本人も周囲が失敗と否定するせいで、自らを落ちこぼれと評価している節が見える。

それ故にトリステインの典型的な貴族の立ち回りをすることで、己の理性を保っているのだろう。

 

私が知る限りの、彼女の情報はこれでお終い。

彼女との直接的な接点は皆無であるが故に、すべてが推測に基づくものでしかないが、概ね正しいと思われる。

観察や考察はすれど、それ以上に彼女に対する関心はなかった。

彼女が魔法を使えようと使えまいと、私の人生に大きく影響することはないと決めつけていたからである。

 

――――そう、春の使い魔召喚儀式の日までは。

 

儀式の日当日、私は何の問題も起こることなく使い魔を召還し、適当な壁に寄り添い本を読んでいた。

私の読書好きは周囲に認知されていることから、誰からも憚られることなく堪能することができていた。

しかし、ふと意識を逸らした時、聞き覚えのある声が耳に入る。

ルイズが使い魔の召喚をしようとしていた。

何度も何度も詠唱を繰り返せど、実ることはない。

その度に響く罵声が鬱陶しくてたまらない。

弱者を見下す下卑た視線、ブリミル信仰からくる特権階級の魔法を扱えない者に対する不当な暴力。その縮図がこの学院に集結している。

ゲルマニアは魔法を尊ばない野蛮な国とトリステインの貴族に見下されているが、果たしてこの現状が野蛮ではないと言えるのか。

とはいえ、結局はどこも似たようなものであるというのが現実なのだが。

私自身、他者をこのように評価している癖にルイズに干渉する気はない時点で、所詮は彼らと同類なのかもしれない。

 

そうして、遂に変化は訪れた。

幾度と振っても爆発しかしなかった結果に、サモン・サーヴァントのゲートが変化の証明として展開される。

馬鹿にしていた声は静まり返り、誰もが召還されるであろう使い魔を固唾を飲んで見守る。

 

そこからは、誰もが知るとおりであろう。

エルフがゲートから現れ、それを認識した者達は情けない悲鳴と共に散り散りに逃げていく。

そんな気色の悪いぐらいの身の振り方は、気にならなかった。

エルフが召喚されたという事実は、私を震撼させた。

私は、エルフを召還した人物をもう一人知っている。

憎むべき相手であり、母の心を壊す原因でもあり――私の叔父でもある、あの男。

ぎり、と無意識に唇を噛んでいたらしい。しかしそれによる痛みが幸いして黒い感情が深まることはなかった。

改めてエルフを観察する。

私の知るエルフの特徴のひとつである金髪は、混じりけのない漆黒に満たされており、耳を見なければ長身の青年と見間違えてしまうだろう。

一瞬エルフではないのかと勘ぐったが、仮にハーフエルフだとしてもエルフの血を引くことに変わりはない以上、その差に大きな意味はない。

結局彼との邂逅は、ただ認識するだけに留まることとなる。

 

それから、どうにかして彼と接触しようと算段していた。

もしかすると、彼の知識が私の目的達成に大きく役に立つ可能性があるからだ。

しかしそれは、リスクのある行動でもある。

私達はエルフに対する知識に疎い。

もし特殊な情報伝達技術がエルフ間で浸透しており、そこからあのエルフにこちらの情報が漏れたら一巻の終わりだからだ。

荒唐無稽な理論ではあるが、万一の失敗は許されないのだ。慎重にもなる。

だが、このまま惰性で毎日を続けていてもジリ貧なだけ。どうにかして転機が欲しかった時に、彼が現れた。

なればこそ、このチャンスを逃すのは愚行ではないだろうか?

自分の力だけでは限界を感じていたのだ。

何かに縋ってでも、たとえこの身を犠牲にしてでも、成し遂げなければならない。私には、その覚悟がある。

 

儀式の次の日。朝食を終え、授業に向かおうとした矢先、ルイズとエルフが廊下で会話している姿を目撃する。

風の魔法で音を拾うと、どうやら彼は人目の少ない授業時間を利用して学院内を探索するようだ。

それを理解した私は、直ぐさま待ち伏せすることにした。

風の魔法を使えば足音も遠くから察知できる為、大凡の目的地を絞ることは造作もない。

情報を整理した結果、図書室を訪れると当たりをつけ、さも最初から居た風に装い接触する算段でいくことにした。

 

かくして、彼は図書室に現れた。

いつも通りの自分を意識し、多少の興味に引かれた程度の装いで話しかける。

 

「貴方は、ルイズの使い魔になった」

 

「ヴァルディと言う」

 

「タバサ」

 

「……それが、君の名前か」

 

「そう」

 

簡潔な言葉遣いを前にしても、思考を鈍らせる様子はない辺り、頭の回転は悪くない様子。

 

「どうしてここに?」

 

「探索だ。学院の地理を把握している最中なんだ。そういう君こそ、今は授業時間ではないのか?」

 

「私は――――サボリ」

 

対する私は、なんと陳腐な言い訳だろうかと口にした後に思う。

ガラにもなく緊張しているのが丸わかりだ。

 

「ここには良く来るのか?」

 

「結構。まだまだ読んでいない本がある」

 

「毎日一冊だとしても、卒業までに読み切れるとは思えん量だしな」

 

それを最後に、彼は手近な本を手に取り読書に耽る。

さも私は最初から存在しなかったかのような立ち振る舞いに、僅かな憤りと焦りを覚える。

しかし、いきなり邪魔をするのも私への評価に関わりそうなので、期を見て話しかけることにする。

 

「貴方は」

 

「ん?」

 

振り返るヴァルディと名乗ったエルフ。

不快そうにした様子はない。

 

「貴方は、私のエルフのイメージとは違う」

 

当たり障りのない質問で牽制する。

 

「噂は所詮噂だということだ」

 

噂……なのだろうか。

エルフのことをまるで知らない私には、その結論は出せない。

しかし彼からは、エルフとかいう種族を抜きにしてどこか独特の雰囲気を感じる。

何というか――私と似ている、ような。

 

「私は、噂を聞きかじってそう認識した訳ではない」

 

意を決し、込み入った内容への布石を投じる。

 

「それは、どういうことだ?」

 

興味ありげに問い返してくる。

 

「……うまく説明できない。直接の面識はないけれど、大きく関わりを持った関係」

 

ただ、私と母様の運命をねじ曲げた存在のひとりとしての認識しか持たない。

名前も、目的も、何もかもわからない。

しかし決して許すことはできない相手。叶うことならば、私がこの手で――――

 

「言いたくないのならば言う必要はない」

 

私の異変に勘づいたのか、そんな言葉を投げかけてくる。

ただし、これで会話は終了だと言わんばかりに私に背を向ける。

駄目。それでは、駄目。

繋がりを断ちたくないという想いが、私に確信を語らせる。

 

「エルフが作った薬で、心を壊した者を治すものはある?」

 

「心?」

 

再度、私の方へと振り返るヴァルデイ。

しまった、と思う反面、よかったと思う自分もいた。

少なくとも、これで話は続けられる。

 

「私の母は、エルフが作った薬によって心を壊されている。そんな薬はメイジには作れないし、当然対抗する薬なんて存在しない。だけどエルフの知識になら、壊すことができるなら治すことができる薬だってあるかもしれない。そう思った」

 

言ってしまった以上、洗いざらい吐くほか無い。

後は、彼にすべてを委ねるのみとなる。

 

「つまり、私の知識を当てにしているのだな」

 

「そう。謝礼が欲しいのならば、何でもする。だから知っているなら教えて欲しい」

 

それは、紛れもない本心であった。

そうしないと到れない領域があるというのであれば、代償など幾らでも支払う覚悟はあるつもりだ。

 

「すまない。私は何も知らないんだ」

 

「……そう」

 

しかし返ってきた答えは絶望を後押しするものでしかなかった。

折角、掴めたかもしれないのに。どうして、こう――

 

「しかし、協力は惜しむつもりはない。情報があれば伝えるし、薬が見つかれば優先して君に譲ろう」

 

しかし、それに続いて発せられた言葉は、私の予想の範囲外にあるものであった。

 

「いいの?」

 

思わず、そう問い返してしまう。

当然だ。知識を提供するだけならいざ知らず、それ以上の労力は本来彼には余分なものでしかないのだから。

それなのに何故、進んで助力を惜しまないと告げたのか。

理解が追いつかない。そんな得のない行為に、意味があるのか。

 

「そのようなものを持っていたところで無用の長物だからな。求める者がいるのであればそちらに譲るのが当然の摂理だろう」

 

告げられた答えは、途方もない優しさに満ちていた。

対価を要求することができたであろう立場にも関わらず、無償で提供すると事も無げに言いのけた事も驚きの理由だが、一番の理由は言葉に込められた本質にある。

求める者がいるのであればそちらに譲るという言葉は、言い換えれば救いを求める者へ手を差し伸べることを躊躇わないとも捉えることができる。

口数も多くはなく、無表情も私と似通っていると思っていたが、全然違う。

 

「……ありがとう」

 

思わず力が抜ける。

彼の助力を得られたという結果が、あれがその場限りの言葉でしかないという疑いの思考さえ塗りつぶし、私を満たしていた。

 

「何、気にすることはない」

 

相変わらずの無表情でそう返す。

その姿が、とても頼もしく見える。

見える、のではない。その通りなのだ。

 

「そうはいかない。私も貴方に何か見返りを与えたい」

 

「まだ欠片も成果を出していない以上、受け取る権利はないと思うが」

 

「それではこちらの気が済まない」

 

そう。この時点で私にとって、あらゆる価値に優先するのだ。

それ程に重要な結果を得られたというのに、それをただ享受するだけなんて甘えたことは言えない。

 

「……なら、あらゆる知識に対し造詣の深そうな君にはこの世界のいろはについて教えてもらいたい。何分ここに来たばかりで勝手がわからんことだらけだからな」

 

謙虚な対応に、思わずそれでいいのか?と問い返したくなったが、何を言っても覆ることはないだろうと思い、素直に受け取ったフリをする。

当然だが、彼に対する恩は後の結果と共に返していくつもりだ。

 

「それぐらいなら」

 

「ありがとう」

 

お礼を言うのはこっちの方だ。

今はこの程度のことでしか恩を返せないが、せめて私の全力を以て彼に貢献するつもりだ。

それから昼時まで、ずっと彼の聞きたいことを懇切丁寧に説明する時間が続いた。

マンツーマンでの勉強会は、一人で本を読む時間以上に充実していた。

 




今回はタバサ視点がサクサクと書けたお陰ですぐに投稿できた。

でもBLAZBLUEの発売日も近いし、また例の病気が発症しそうだなぁ。よくないことだ。
別のリアル事情を考慮しても、今日の更新は奇跡だよ、うん。だいたい制作期間二日だし。


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第七話

これが私の、全力全開!(更新速度と文章量の兼ね合い的な意味で


タバサ先生の講習会は、昼休みの鐘と共に終わりを告げる。

目的地は同じという理由で、足並みを揃えて食堂へと向かうことに。

食堂前で待機していたルイズちゃんが、こちらの存在に気付く。

 

「ヴァルディ!――と、アンタは確か」

 

「タバサ」

 

「そのタバサがなんでヴァルディと一緒にいるのよ」

 

「実は――――」

 

図書室での経緯を説明すると、ルイズちゃんの表情が明らかに不機嫌そうな表情に変わる。

 

「それぐらい、私に言えば教えてあげたわよ!」

 

「しかし、君は授業中だっただろう」

 

「そんなの、本当はタバサだって同じ条件じゃない」

 

確かにその通りなんだけどさ。

色々な思惑が重なった結果、ああして教えてもらいはしたけど、流れ自体は偶然の産物に過ぎない。

言い分はわかるけど、こちらとしてはできるだけ流れを良くしたいと思って行動した結果だから、こればかりはどうしようもない。

 

「あら、嫉妬?醜いわねぇ」

 

そして突然現れるキュルケ。

長身と短身のコンビ結成!なんて下らないことを考えていると、ルイズちゃんが反論を口にする。

 

「キュルケ!――そうじゃない、ただ私は使い魔の主としての本分を果たそうとしたに過ぎなくて」

 

「なら、適材適所ってわかるわよね?タバサは知識に関しても折り紙付きよ。魔法の知識に限らず、歴史や童話にだって理解があるから、ハルケギニアのことを理解したいのならこれ以上とない選定だと思うわよ?」

 

「で、でも!」

 

「彼のためを思うのなら、素直にタバサに感謝しなさいな。ヴァルディ、貴方だって満足したんじゃなくて?」

 

「ああ。ルイズ、君には申し訳ないと思うが、彼女の授業は非常に有意義なものだった。彼女には感謝しているし、彼女の好意を無碍にするような発言はしたくない。だが、君が望むのであればこれからの疑問は君に――」

 

「…………いわよ」

 

「ん?」

 

「いいわよ!勉強でも何でも、タバサに教えて貰えばいいじゃない!」

 

張り裂けんばかりに叫び、食堂に逃げるように去っていく。

……やっべ、フラグ折っちゃった感じ?

内心凹んでいると、キュルケが弁明してくる。

 

「気にしなくていいわよ。あんなのいつものことだから。どうせあの子のことだから、貴方の前ではそこそこ大人しくしていたんでしょうけれど、色々鬱憤が溜まった結果爆発しちゃったんでしょうね」

 

「……私がもう少し彼女を気に掛けていれば、こうはならなかったかもしれん」

 

「そんなことないわよ。あの子は、まぁ色々あって周囲の評価とかに敏感なのよ。だから自分よりもタバサを頼ったという事実から、主であるにも関わらず頼りにされていないって思っちゃったんでしょうね。あの子は子供みたいなところあるから」

 

「随分と見ているんだな」

 

「あの子から私達の関係は聞いているんでしょう?そのせいもあって何かといがみ合ってるみたいなことになってるけど、私としては本気であの子と仲が悪くなりたいなんて思ってないわ。なんて言うか、ライバル?みたいな関係を望んでるのよ。その為に発破を掛けたりして向上心に繋げているんだけど、あの子からすれば家柄の問題もあるから完全に嫌われちゃってるって感じかしら」

 

そう語るキュルケの横顔は、まるで反抗期の娘を持った母親のようで、疲れた笑みから優しさが滲み出ているのがわかった。

 

「良い奴だな、君は」

 

「あら、惚れたかしら?」

 

「少なくとも、君を嫌いになる要素はないな」

 

「なら、今夜にでも私の部屋に来ない?いいお酒があるの」

 

お酒かぁ。ゲームとはいえ、味覚もリアルに再現されてるから流石にマズイよなぁ。

 

「二人とも、邪魔になってる」

 

放置しっぱなしだったタバサ先生が、不意に声を上げる。

見渡すと、遠巻きから僕達を観察する人の群れ。

食堂前で近づきがたい男がいたら、そりゃあこうなるわな。

 

「どうやら場違いなのは私だけらしい。ここらで失礼させていただく」

 

「え、ええ。行きましょうか、タバサ」

 

キュルケの言葉に先生は無言で頷き、二人は食堂内に消えていく。

それを見送った後、僕は二回目の厨房にお邪魔することにした。

 

 

 

 

 

何よ、何よ何よ何よ!

言いようのない憤りが私の心をかき乱す。

原因はわかっている。だけど、それが憤りのすべてではないことが、私が苦しんでいる理由でもある。

タバサの知識の程度は知らないけど、もしキュルケの言うとおりの知識の持ち主ならば、私よりもその辺りの造詣は深いといえる。

私だってそこそこ頭は切れると自慢できる程度には知識はあるといえる。

事実、学院内においても教師陣にその点に関してだけは認められており、トップクラスを常に維持している。

それでも、その知識はあくまで勉学によるものを中心としており、その枠を外れるとなればどうしても知識不足は否めなくなる。

もし彼が自分の世界の外を理解したいと強く願うのであれば、私じゃ力不足な可能性はありえなくもない。

 

――でも、それでも。一言も彼の口からその望みを聞くことが今まで無かったという事実ばかりは、受け入れがたかった。

せめて一言。一言でいいから望みのひとつでも零してくれていれば、たとえそれが私に実現不可能な内容だったとしても、素直に身を引くことができたかもしれない。

そんなに私は、頼りなく見える?

魔法が使えるかどうか以前に、そんなに私にそういう甲斐性を感じられないのだろうか?

……どうしたら、彼に認めてもらえるようになるんだろう。

彼の望む定義がわからない以上、悩むこと自体が無意味なんだろうけど、それでも直接本人に聞く気にはなれない。

それじゃあ意味がないということもあるけど、やはりプライドが許せないんだろう。

 

「……やめやめ。折角のご飯が不味くなっちゃう」

 

食指も大きく動かず、ただ悪戯にスプーンを虚空で遊ばせるだけに留まっている。

溜息も酷い。こんなの貴族らしくないし、私らしくもない。

憂いに満ちた時間を送っていると、何やら周りが騒がしくなっていることに気付く。

喧噪の中心に近づいていく。

 

「君が香水瓶を拾ったりしなければ、レディ二人の名誉を傷つけるようなことはなかったんだ」

 

「申し訳ありません!申し訳ありません!」

 

あれは――ギーシュとメイドか。

ギーシュに対してメイドは深々と何度も頭を下げている。

状況が良く分からないので、手近な相手に聞いてみることにする。

 

「何があったの?」

 

「ギーシュがモンモランシーとケティを二股していたんだけど、それがギーシュの落とした香水をあのメイドが拾ったことでバレたんだ。それで、ああして責任を押しつけてるんだ」

 

「……最低ね」

 

自分でもわかる程、その一言には暗い感情が込められていた。

どう考えてもギーシュが悪いというのに、なんだあの態度は。

あんなのが、魔法が使えないってだけで私よりも優れていると評価されている?

――納得できるものですか!

 

「ちょっと!」

 

気が付けば、叫んでいた。

 

「ん?なんだねミス・ヴァリエール。僕はこのメイドに仕置きをせねば気が済まないんだ。邪魔しないでくれないか?」

 

「アンタ、そこのメイドに欠片も非はないっていうのにその態度は何?下らない濡れ衣着せて、我が物顔で罰しようなんて、巫山戯るのも大概にしなさいよ」

 

「……ほう、君はこのメイドを庇うのかい?」

 

「庇うとかそういうんじゃないわ。ただ、アンタのやっていることが気にくわないだけよ」

 

「ふん、所詮はゼロのルイズか。魔法が使えないなら貴族であろうと平民と同じってことか」

 

「似たような言い返し方しかできないのかしら?これだから語彙に乏しい奴は。ゼロゼロって、馬鹿のひとつ覚えみたいに!そんなだから自分の罪さえも受け入れられない軟弱な男になるのよ!」

 

「……成る程、どうやらメイドよりも先に思い知らさねばならないらしい。――諸君、決闘だ!」

 

その言葉に、歓声が上がる。

 

「待ちなさい!貴族同士の決闘は御法度よ!」

 

「ふん、何を言ってる。君は貴族としての前提すら果たしていないじゃないか。それなら、貴族同士という条件には該当しない」

 

貴族としての前提――ギーシュのいうそれは、魔法を扱えるか否かを指しているに違いない。

……どこまでも、嘗めている。

 

「後悔、しないでよ」

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししよう」

 

火蓋は、まもなく切って落とされた。

 

 

 

「諸君、決闘だ!」

 

ギーシュの一声により、観客が沸き上がる。

私は杖を砕かんばかりに強く握りしめる。

 

「確認するが、今訂正すればあの時の発言は不問にしてあげてもいいんだが?」

 

「見下すんじゃないわよ、女の敵が」

 

ギーシュの余裕ぶった提案を、ばっさり切り捨てる。

……ここでアイツに勝つことができれば、自分に自信が持てる。そして何より、ヴァルディにも向き合えるようになる。

情けない自分を払拭するには、魔法が使えなくてもメイジを下せるという結果を示さないといけないのだ。

 

「……僕も鬼ではない。ワルキューレは一体に留めておこう。これを破壊すれば君の勝ちだ」

 

薔薇の杖を格好つけながら振り、錬金により出現するワルキューレ。

たかが一体。されど一体。

私の魔法はすべて爆発となってしまう。しかも、狙い澄ましたように見当違いの方向に出てくる。

私の武器は、これだけ。あるいは奇跡に縋って攻撃魔法を詠唱し続けるか。

……それは駄目だ。そんなものに縋るために、ここに立っているのではないのだから、持てる手札だけでギーシュを倒さなければ意味がない。

 

「ロック!」

 

ワルキューレをかすめる、爆発。

何でも爆発になる、というメリットを活かした戦法で私は戦う。

コモンマジックさえも爆発になるということは、逆に言えばどんな短い詠唱魔法すら攻撃に変わるということ。

精度さえ上がればこれ以上とない対人攻撃だが、当たらなければ意味はない。

だからこそ、何度も繰り返す。当たるまで、何度も、何度も!

 

「ロック!ロック!ロック!」

 

「くっ、小賢しい。ワルキューレ!」

 

勢いよく接近してくるワルキューレ。

そのお陰で運良くワルキューレと爆発が重なり、片腕を大破させる。

 

「やった!」

 

「僕のワルキューレは、その程度では落ちんよ!」

 

しかし、そこで油断してしまった。

爆発をものともせず速度を緩めないワルキューレが、眼前にまで迫っている。

私は為す術もなく、腹にワルキューレのパンチを食らってしまい、ギャラリーの群れへと吹っ飛んでいく。

 

「がっ――――あ、」

 

「ルイズ!」

 

朦朧とする意識の中、キュルケが明らかに動揺した素振りで身体を揺らしてくる。

ああ、鬱陶しい。けど――お陰で頭はまだ回る。

必死に身体を持ち上げ、ギーシュを睨み付ける。

 

「僕としては、仮にもレディーである君をこれ以上傷つける真似はしたくない。素直に降参しないかい?」

 

「何が傷つけたくない、よ。肉体は駄目で、心はいいのかしら?」

 

「――――まだ、反省していないようだね」

 

「お互い様よ、この短絡思考」

 

逃げる訳にはいかない。

ヴァルディに認められたいという想いはある。しかし今はそれ以上に、アイツに一発当てないと気が済まない――――!!

 

「ルイズ、もうやめて!」

 

「キュルケ。だまってて。――私は、許せない。あんな人の痛みも理解できないような輩が、貴族を名乗っていることが。持たざる者に対して、何をしても許されると勘違いしているあの傲慢な鼻っ面を、歪めてやりたい。そして後悔させて、アイツが傷つけた人達の前で謝罪させるの。その光景を見る為なら、この程度の痛み、安いものよ」

 

あたかも平民と比較しての弁のように聞こえるが、その本質は自分に向けられたもの。

しかし、根っこにある怨嗟の質は、私も平民も変わらない。

虐げられ、見下されて生きてきたという点では、どちらも一緒だから。

 

「ルイズ……」

 

キュルケの手を払いのけ、完全に立ち上がる。

だが、膝は笑っており、逃げるための足は動く気配もない。

杖を再び構えると、ギーシュは渋い顔で私を見つめる。

 

「杖を構えるというのであれば、容赦はしない。行くぞ!」

 

スローモーションに見えるワルキューレの一挙動。

ああ、やっぱり私、ゼロなんだ。

信念さえ貫けず、他人に蔑まれるだけの人生。

そんな人生、ここで終わってしまった方が幸せなのかも――

 

目をつぶり、衝撃を今かと待つ。

だが、痛みは一向に訪れることはない。

恐る恐る目を開ける。

眼前に迫るは、ワルキューレではなく最近見るようになった背格好だった。

 

「なっ、お前は――」

 

「無抵抗の女性をいたぶるとは、趣味が悪いな。小僧」

 

聞き覚えのある声が、耳朶を打つ。

それは、無意識にこの場に来ることを私が望んでいた存在で、私の使い魔でもある――

 

「ヴァル、ディ?」

 

「すまない。遅くなった」

 

首だけ振り返り、そう告げる。

 

「本当に、遅いのよ。馬鹿」

 

普段なら吐けない悪態も、今はすらすらと言える。

精神的にハイになっているからか、言葉も軽くなっているんだろう。

ヴァルディは私の言葉を気にすることもなく、ギーシュに向かい合う。

ワルキューレは、ヴァルディが何かしたのか、地面に横たわっている。

 

「ルイズにこのような真似をして――覚悟はできているか?」

 

静かに告げられる、断罪の警告。

底冷えするような感情の渦が、彼から発せられているのがわかる。

 

「こ、これは神聖な決闘だ!それを使い魔といえ介入するのは、侮辱に繋がるぞ!」

 

「神聖な決闘?他者に罪をなすりつけ、それに異を唱えた少女をいたぶる行為を、神聖だと?――貴様の発言は、自分どころかメイジ、引いては貴族の品位すら汚しているということに気付いていないのか?」

 

「――――ッ!!」

 

「メイジと使い魔は一心同体と聞く。ならば、私が介入したところで何の問題もあるまい?」

 

「君は、ルイズを庇うのかい?そんなメイジの風上にも置けない奴を!」

 

「当然だ。それに人間として最低位にある貴様が何をほざく」

 

「ふん。エルフはメイジに畏れられる存在なんて伝わっているけど、ゼロのルイズ如きの使い魔になるようなら、大したことないな!」

 

「……ゼロの、ルイズ?」

 

最も彼に聞かれたくない言葉を、ギーシュは口に出してしまう。

全身から血の気が引いていくのがわかった。

駄目、それ以上は――

 

「知らないのかい?僕達メイジには二つ名がある。僕が青銅を冠するように、彼女はゼロを冠しているということさ」

 

「……めて」

 

「当然、二つ名がつけられるのには理由がある。僕は青銅を操るから、彼女は――」

 

「やめて、ギーシュ!」

 

「魔法が使えない、無能。故にゼロ、そういうことなんだよ!」

 

聞かれたくなかった現実を、ヴァルディが知ってしまった。

絶望と共に、限界だった肉体が膝から崩れ落ちる。

魔法が使えない。その真実は間違いなく彼への失望を増長させる。

もう、終わった。

涙が、自然とこぼれ落ちる。

もう、嫌だ。なんで、どうして私が、こんな目に――――

 

 

 

「――――それが、どうかしたか?」

 

 

 

しかし、次にヴァルディから発せられた言葉は、誰もが予想しなかったであろうものであった。

 

「な、何を言っている!メイジが生まれながらにして扱える力を、まともに行使できないんだぞ!それを何故そのように言い返せる!」

 

狼藉するギーシュ。

いや、ギーシュに限らずこの場にいる殆どの生徒が、彼の言葉に少なからず動揺を見せている。

 

「私が彼女と契約したのは、彼女とならば共に歩んでも良いと思えたからだ。そこには彼女の生い立ちや能力、ましてや生まれ持った才能の有無なんてものを挟む余地なんて一切なかった。確かに多少驚きはしたが、それだけだ。所詮、その程度のことに過ぎないんだ。少なくとも、貴様に召喚されたところで私は異を唱え立ち去っていただろうな」

 

そう、事も無げに言い返す。

メイジが魔法を扱えるかどうかを、その程度のことだとあっさりと切り捨てる。

その事実は、プライドの高いギーシュの琴線に触れるには充分な要素だった。

 

「その程度、だと?……巫山戯るな!所詮、お前だって使い魔でしか無い癖に!ましてやゼロのルイズなんかの――」

 

「――才能の有無だけでしか価値観を測れない餓鬼が、偉そうなことをほざくなよ」

 

その言葉には、圧倒的なまでの覇気が込められていた。

それは周囲にまで浸透し、誰もが恐怖に怯え、それを直に受けたギーシュは小さく悲鳴を上げ尻餅をつく。

……あんなヴァルディ、見るの初めて。

 

「一握りの天才だけで変えられるほど、 世界は小さくない。魔法を扱えない平民の力なくして生きられない貴様らが、ルイズを無能と罵る権利はない」

 

……そうか。これは、私の為に怒ってくれているんだ。

普段は無表情で何を考えているか掴めないヴァルディが、私の為に怒りの矛を向けている。

その事実が、たまらなく嬉しくて――また、涙が出た。

 

「くっ、ならば、思い知らせてやる!」

 

そういって展開される七体の青銅のゴーレム、ワルキューレ。

私の時とは違い、本気であることが伺える。

 

「ならば、貴様も思い知れ。君達がゼロのルイズと罵ってきた少女が召還した使い魔に、敗北する現実をな」

 

そう言って、腰に携えた長剣を取り出す。

何の変哲もないただの剣。しかし、彼が持つことでとても名のある名剣であるように錯覚させられる。

それぐらい剣を構えるその姿は、美しかった。

そして、剣を握った途端に神々しい光を放つルーン。

 

「行け!ワルキューレ!」

 

怒号と共に襲いかかるワルキューレ。

ドットメイジ筆頭の実力に相違はないらしく、どれも異なる動きで相手を翻弄していく。

――――しかし、そんなものは無意味であると、彼は思い知ることとなる。

 

「なっ」

 

それは、瞬きすら許さない刹那の一撃であった。

剣の間合いに入った三体のワルキューレは、平等に三等分の輪切りで形を崩壊させる。

振るった腕の軌道はまるで見えず、まるで時間が吹き飛んだかのような錯覚を覚えた。

ギーシュは事態を飲み込めないまま、一瞬呆ける。

しかし、その一瞬ですべてに決着がつく。

瞬時に残り四体のワルキューレに接近したヴァルディは、流れ作業が如く次々と破壊していく。

ただの剣で、青銅をバターのように切断する光景は、夢でも見ているかのようであった。

 

「くっ、来るな、化け物!」

 

一瞬の内に手札すべてを奪われたギーシュは、情けなく尻餅をついた状態で杖を乱雑な指揮のように振りかざす。

化け物と罵られても、ヴァルディは一切の表情を変えない。

どこまでも冷酷に、敗北者を見下すその姿を見て、私さえも怖いと思ってしまった。

 

「化け物で……いいさ。化け物らしいやり方で終わらせてやる」

 

慈悲の瞬間すら与えまいと剣を振り上げ、一刀のもとに切り落とす。

 

「――――は?」

 

切り落としたのはギーシュではなく、彼が持つ杖の方だった。

 

「決闘の敗北条件は、杖の放棄だったな?ならば私の勝ちで相違ないだろう」

 

剣を鞘に収め、二度と振り返る気はないと言わんばかりの勢いで踵を返し、私の下へと近づいてくる。

 

「大丈夫か?」

 

「え、ええ」

 

ヴァルディに手を貸して貰い、立ち上がろうとするも節々の痛みで膝を崩してしまう。

だが、咄嗟に抱きかかえられる形で体勢は維持される。

 

「無理をするな。鉄塊による一撃を食らったのだ。君のようなか弱い女性なら、立つことさえままならんだろう」

 

「そんなこと、ないわよ」

 

強がって見せるも、呼吸は苦痛により安定せず、脂汗も出てくる。

 

「――ふむ、仕方ない」

 

ヴァルディは一考したかと思うと、私は無重力感を覚える。

気が付くと、私はお姫様抱っこをされていたのだ。

 

「なっ、ななな」

 

「こうでもしないと、禅問答になりそうだったからな。病人は大人しくしているのが吉だ」

 

「だ、だからってこんな体勢――」

 

「背負うのもいいが、腹部に負担を掛けるわけにもいくまい。力加減の調整もしやすいし、これがベストだと判断したまでだ」

 

そこまで言われては、ぐうの音も出ない。

それに、彼は私のことを本気で心配してくれている。

それがわかったから、彼の言うことにも素直に従うことができる。

 

「わ、わかったわよ。――痛くしたら、許さないんだから」

 

「了解しました、姫」

 

そう小さく告げ、そのまま歩き出す。

巫山戯て言ったであろう姫という単語に、思わず顔が赤くなってしまう。

これが彼が私を大人しくさせる為の弁だったとするなら、これ以上となく効果的だったと言えた。

 

 

 

 

 

厨房でもりもりご飯を食べていると、給士に出ていたシエスタが息を切らして戻ってくる。

 

「ヴァ、ヴァルディさん!ミス・ヴァリエールが、ミス・ヴァリエールが!」

 

「落ち着け。何があった」

 

シエスタは数回深呼吸をし、落ち着きを取り戻した後直ぐさま用件を伝えてくる。

 

「ミス・ヴァリエールが、貴族様の怒りを買った私をかばって、決闘をすることに」

 

「決闘だぁ?俺は貴族の決闘のことはよくわからんが、どっかで貴族同士の決闘は禁止されてるって聞いたぞ。それに、どうしてシエスタがそんな目に遭わねばならんかったんだ」

 

厨房からシエスタの様子を聞きつけたのか、マルトー料理長が介入してくる。

マルトーさんの疑問に、シエスタは簡潔に答える。

 

「それが、ミス・ヴァリエールは魔法を使えない劣等生だから、貴族同士という誓約には該当しないなんて難癖をつけて……。私に関しましては、香水を拾ったせいで貴族様の二股がバレたということで、責任を取れと」

 

「……ちっ、これだから物事の道理を分かってない餓鬼は。それでヴァルディ、当然助けに行くんだろう?」

 

「当然だ」

 

明らかなまでのイベントの匂い。これを逃す手はない。

 

「案内します。こっちです!」

 

シエスタに連れられ、広場と思わしき場所に案内される。

僕の存在に気が付いたギャラリーは、蜘蛛の子を散らすが如く道を空けてくれる。この立場が今はとてもありがたい。

最前列も掻き分け、視界が開けた先には――自らの認識を矯正させる光景が広がっていた。

 

制服と髪は乱れに乱れ、苦しそうに腹部を押さえ杖を構えるルイズちゃん。

対して相手と思わしき少年は、人形のようなものを操って戦っているのか、距離を開けて気障な雰囲気を出して杖を振るう。

 

「杖を構えるというのであれば、容赦はしない。行くぞ!」

 

少年の合図と共に勢いよく近づく人形。

逃げるも躱すこともできないのか、ルイズちゃんは動かない。

ひっ、とシエスタが目を逸らすのと、僕が人形に向けて駆けだしたのは同時だった。

何も考えず飛び出していったが、身体は無意識に結果の最適化に移行していたらしく、ソバットで思い切り人形を蹴りつける。

現実では一度もしたことのない動きにも関わらず、まるで知っているかのように流れる動きだった。

人形は先の一撃で数メートル先まで吹っ飛ぶ。にも関わらず、足はまるで痛みを感じない。

痛覚をカットしているとは思えないけど、鈍化ぐらいはしているのかもしれない。

 

「なっ、お前は――」

 

「無抵抗の女性をいたぶるとは、趣味が悪いな。小僧」

 

小僧て。

イメージとしては少年、ぐらいに留めるものだと思っていたけど、どうやらヴァルディはだいぶご立腹らしい。

……それは僕も一緒なんだけどね。

 

「ヴァル、ディ?」

 

「すまない。遅くなった」

 

首だけ振り返ると、先程までの気丈さとは程遠い姿で僕を見つめている。

自然と、拳を固く握り締めている自分が居た。

 

「本当に、遅いのよ。馬鹿」

 

泣きそうな表情で、そんなことを言われたら。

……格好つけたくなっちゃうじゃないか。男として。

これは現実ではない。ゲームだ。

だけど、こんなにも現実のようで。僕を信頼してくれている女の子がいて。

それでいて、何故現実ではないからと本気になれないなんて、思える訳がないだろう。

 

「ルイズにこのような真似をして――覚悟はできているか?」

 

自然と言葉に力がこもる。

今までの自分は、どこかこの世界がゲームだという線引きをしていた。

でも、それは間違いだったのかもしれない。

リアルに再現されているということは、即ち痛みを伴う行為でさえ例外ではない可能性だってあったということ。

そんな風に配慮が出来なかったせいで、ルイズちゃんを護れなかった。

それは、最低なことだ。

 

「こ、これは神聖な決闘だ!それを使い魔といえ介入するのは、侮辱に繋がるぞ!」

 

「神聖な決闘?他者に罪をなすりつけ、それに異を唱えた少女をいたぶる行為を、神聖だと?――貴様の発言は、自分どころかメイジ、引いては貴族の品位すら汚しているということに気付いていないのか?」

 

自分でも不思議なぐらい口が回る。

それに、完全とは言えないけど、ヴァルディと僕の身体がシンクロしてきている気がする。

上手く表現できないけど、思考と言動が一致し始めているのだ。

それだけ僕が彼に対して怒りを覚えているということなのだろうか。

 

「メイジと使い魔は一心同体と聞く。ならば、私が介入したところで何の問題もあるまい?」

 

「君は、ルイズを庇うのかい?そんなメイジの風上にも置けない奴を!」

 

「当然だ。それに人間として最低位にある貴様が何をほざく」

 

何を訳の分からないことを。そんなことを考えている内に、少年が二の句を継げる。

 

「ふん。エルフはメイジに畏れられる存在なんて伝わっているけど、ゼロのルイズ如きの使い魔になるようなら、大したことないな!」

 

「……ゼロの、ルイズ?」

 

気になる言葉を口にした少年に、オウム返しをする。

 

「知らないのかい?僕達メイジには二つ名がある。僕が青銅を冠するように、彼女はゼロを冠しているということさ」

 

「……めて」

 

「当然、二つ名がつけられるのには理由がある。僕は青銅を操るから、彼女は――」

 

「やめて、ギーシュ!」

 

ルイズちゃんが張り裂けんばかりに叫ぶ。

彼女がそこまで動揺する理由。その言葉にどんな意味があるのか、なんて考える暇は与えられなかった。

 

「魔法が使えない、無能。故にゼロ、そういうことなんだよ!」

 

……魔法が使えない、ゼロ。

ああ、成る程。そういうこと。

 

で?

 

「――――それが、どうかしたか?」

 

本当に、心からそう思った。

 

「な、何を言っている!メイジが生まれながらにして扱える力を、まともに行使できないんだぞ!それを何故そのように言い返せる!」

 

ルイズちゃんの立場は理解できた。

そういう設定で作られたせいで、今まで泣きを見てきたんだということも、容易に想像がついた。

だけど、そんな理由で彼女を嫌いになるなんて、天地がひっくり返っても有り得ない。

 

「私が彼女と契約したのは、彼女とならば共に歩んでも良いと思えたからだ。そこには彼女の生い立ちや能力、ましてや生まれ持った才能の有無なんてものを挟む余地なんて一切なかった。確かに多少驚きはしたが、それだけだ。所詮、その程度のことに過ぎないんだ。少なくとも、貴様に召喚されたところで私は異を唱え立ち去っていただろうな」

 

少年の表情がみるみる歪んでいく。

 

「その程度、だと?……巫山戯るな!所詮、お前だって使い魔でしか無い癖に!ましてやゼロのルイズなんかの――」

 

「――才能の有無だけでしか価値観を測れない餓鬼が、偉そうなことをほざくなよ」

 

―――完全に、シンクロした。

 

「一握りの天才だけで変えられるほど、世界は小さくない。魔法を扱えない平民の力なくして生きられない貴様らが、ルイズを無能と罵る権利はない」

 

マルトーさんやシエスタがご飯を作ってくれる。

平民が数を以て仕事をこなす。

天才にはできない泥臭い仕事だが、それでも間違いなく世界の為に貢献している。

僕はこの世界の仕組みについて完全に理解した訳ではない。それでも、本質は現実と何ら変わらない筈だ。

王は民無くしては成り立たない、という言葉があるように、貴族と平民にだって同じ理屈が成り立つ筈。

 

「くっ、ならば、思い知らせてやる!」

 

少年は杖を振ると、さっき蹴りつけたのを含め合計七体の人形が眼前に集結する。

 

「ならば、貴様も思い知れ。君達がゼロのルイズと罵ってきた少女が召還した使い魔に、敗北する現実をな」

 

今まで一度も抜く機会がなかった剣を抜く。

にも関わらず、まるで身体の一部かのように良く馴染む。

それに、ルーンが強い光を放っている。これは一体――

 

「行け!ワルキューレ!」

 

思考を遮るように、七体の人形が襲いかかってくる。

不思議と恐怖はない。多分、負ける気がしないからだろう。

横薙ぎの一閃。一刀の下、三体の人形は三等分になり地に伏す。

一回しか振っていない筈なのに、どういうことだ?

考える暇すら与えてもらえず、残り四体の人形にも接近する。

たった一歩。それだけで大幅三歩に相当するであろう距離を詰め、斬りつける。

その肯定を四度繰り返し、周囲は静寂に包まれる。

改めて少年を見やると、恐怖に顔を歪めている。

当たり前、かは知らないが、ざまあみろとは思う。

 

「くっ、来るな、化け物!」

 

少年に向けて歩み寄ると、情けない体勢で後ずさる。

……あれを見ると、自分の怒りとか半分どうでもよくなってきた。

大衆の下でこれだけ恥を晒したんだ。これ以上は僕がどうこうすることはない。

 

「化け物で……いいさ。化け物らしいやり方で終わらせてやる」

 

ハイな余韻が残っているのか、ネタを挟んでしまった。反省はしていない。

杖を剣で切り裂き、鞘に戻す。

 

「――――は?」

 

「決闘の敗北条件は、杖の放棄だったな?ならば私の勝ちで相違ないだろう」

 

確かそうだってタバサ先生の勉強会で言われた気がする。

ともかく、これ以上はここに用はない。

ボロボロなルイズちゃんの下へと向かう。

 

「大丈夫か?」

 

「え、ええ」

 

手を貸すも、足に来ているのか身体が覚束ない。

 

「無理をするな。鉄塊による一撃を食らったのだ。君のようなか弱い女性なら、立つことさえままならんだろう」

 

「そんなこと、ないわよ」

 

「――ふむ、仕方ない」

 

気丈さを取り戻しつつあるルイズちゃんだが、今は余分だ。

ということで、どうしようかなーと思っていたら、ヴァルディ(外の人)が勝手に動き出す。

ルイズちゃんをお姫様抱っこするという結果を残して。

 

「なっ、ななな」

 

「こうでもしないと、禅問答になりそうだったからな。病人は大人しくしているのが吉だ」

 

いえ、僕は何も考えてませんでしたよ?

勝手に暴走しないでくれませんかねぇ……。

 

「だ、だからってこんな体勢――」

 

「背負うのもいいが、腹部に負担を掛けるわけにもいくまい。力加減の調整もしやすいし、これがベストだと判断したまでだ」

 

「わ、わかったわよ。――痛くしたら、許さないんだから」

 

「了解しました、姫」

 

姫ってなんだよ!

確かにお姫様~な体勢だけど、そんなこと考えてすらいなかったよ!

ち、違う!ヴァルディ(相棒)が勝手に!

ちょっ、訂正させて。どこに向かってるの?意味分かんない。嫌――!!

 




BLAZBLUEが楽しみすぎて興奮が冷めない結果がこれだよ!
ギーシュ戦とその下りなんてまるで考えてなかったのに、よくもまぁこんなにポンポンと出るもんだと関心するわな。プロデューサー!12000文字ですよ!
こんなにシリアスにするつもりはなかったと思うんだけどなー。油断したらシリアス路線に走らせようとするもんだから、病気だわな。
でも、以前の後れはこれで取り戻したんじゃないかな?多分。
だけどその反動でどうなることやら、わかりませんなー。


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第八話

日間ランキングに上がっていたのが嬉しくて、つい投稿しちゃったんだ☆

投稿速度の低減(最近はそうでもない?)、リメイクによる客層の変化という問題を抱えながらも、こうしてまた名誉な場に表立てたのも、皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。


テレビの前のみんな、元気かな?

僕は死にそうだったよ。羞恥でな!

 

何があったかというと、人形遣いの少年を倒し、ヴァルデイと言う名の外の人が勝手に行動し、あろうことか怪我したルイズちゃんをお姫様抱っこしたのだ。

女の子の身体をあそこまでじっくり触ったことがなかったこともあり、降ろすまでの間、頭は混乱しっぱなし。

幸か不幸か、意識とは別にキャラは動いてくれていたのでルイズちゃんを落とすようなことはなかったけど、同時に感覚から逃げることもできずひたすらに悶々としなければならないという拷問を強制されてしまっていた。

ルイズちゃんは悪くない。ただ、こんな美少女の肌を触るとか私めのような凡夫には恐れ多くてですねぇ……。

 

そんなこんなで、辿り着くは保健室。

誰もいなかったので取り敢えず寝かせる。

大人しいなと思ったら、ルイズちゃんは寝ていた。いや、気絶の方が近いのか?

しかし、どうすればいいんだろう。

まさか寝れば瀕死でも全回復なんてRPGを踏襲した要素を含んでいるとは思えないし、ヒーラーか回復アイテムを用意しないと――。

そんな時、背後からドアの開く音がする。

立っていたのは、金髪縦ロールの少女だった。

 

「……入って、いいかしら」

 

明らかに警戒した様子でこちらを伺っている。

まぁ、あんな大立ち回りをした後なら、怯えられても仕方ないの、かな?

 

「構わない。君は、ルイズの友人か?」

 

「違うわ。そんな仲じゃない」

 

「……なら、何故ここに」

 

そう問いかけると、少女は突如頭を下げてきた。

 

「ありがとう。ギーシュを殺さないでくれて」

 

「ギーシュ……決闘で対峙した青年のことか」

 

「そうよ。あんな気が多くて馬鹿で女の気持ちなんてわかってない軽薄男だけど――それでも、決して悪い奴じゃないのよ。だから、お礼がいいたかったの」

 

……なんだ、ギーシュ。こんなに想ってくれている女の子がいるんじゃないか。

それであんな浮気な性格とか、やっぱりこいつはメチャゆるさんよなああああ。

――なんて、これ以上は僕が怒る理由はないんだって身を引いたんだから、これ以上は僕からは何も言うつもりはない。

 

「名前を聞いても?」

 

「モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシよ」

 

「では、モンモランシー。君は優しいんだな」

 

「なっ、……そんなんじゃないわよ。それを言うなら、あそこまでルイズを傷つけたギーシュに怪我ひとつさせずに終わらせた貴方の方が、よっぽどだと思うわ」

 

「そうでもないさ。私としてはルイズの代打をしたに過ぎない。メイジと使い魔は一心同体だからな。だから、これ以上はルイズ本人の問題だ。仮にルイズがギーシュをどうしようとも、私は干渉するつもりはない」

 

「そうなったらそれでいいわよ。アイツももう少し痛い目見ないと、あの性格は直らないだろうしね」

 

「私としても、君のような女子が無為に傷つくようなことは本意ではないからな」

 

そう言うと、モンモランシーちゃんは一瞬ポカンとしたかと思うと、柔らかく微笑み返す。

 

「そう。……意外と優しいのね、貴方」

 

「これぐらい普通だと思うが」

 

「少なくとも、この学院にいる殆どと比べても、貴方はマシな男だと思うわ。ホント、子供ばっかりなんだもの」

 

「子供なのは仕方ない――と普段なら言うところだが、その子供さによってルイズやシエスタ、そして君も傷つく結果となった。貴族という責任ある立場にいる以上、子供だとかそういう言い訳は通用しない」

 

僕だって子供だが、イジメが駄目だってのは普通に理解している。

それが権力を振りかざしたものであれば、尚更だ。時にそれは、大人さえも仲介を躊躇う結果をもたらす。

親の七光りを利用した人間に限って、自分一人では何もできないなんてよくある話だ。だからこそ、余計に質が悪い。

 

「そうね。……それよりも、本題に入りましょう。貴方にお礼を言いたかったのもあるけど、そのお返しに、私が彼女を治すわ」

 

「出来るのか?」

 

「一応これでも、水メイジだからね。とはいえ、まだまだ実力不足感は否めないけど、腹部の打撲ぐらいならポーションと併せれば普通に完治できるわ」

 

水メイジは回復メインの属性だっけ。ポーションとかも作れるっぽいし、タバサ先生に教えてもらった通りだ。

 

「なら、頼まれるか」

 

「任せて」

 

それから暫く、ルイズちゃんの治療タイムとなる。

普通の医療よろしく、患部をさらけ出しての作業となるらしく、流石に出て行ったよ。

部屋から出ると、シエスタと鉢合わせする。

 

「あ、ヴァルディさん……」

 

「シエスタか。どうした」

 

「あの、その。ミス・ヴァリエールのお見舞いにと思いまして……」

 

どこか元気のない声でそう告げる。

 

「どうした、そんな顔をして」

 

「……私があのような出過ぎた真似をしなければ、ミス・ヴァリエールがあのように傷つくようなこともなかったんです。だからせめて、何かしてあげないといけないって、そう思っているんですけど」

 

「けど?」

 

僕の問いかけに、伏し目がちに答える。

 

「やっぱり、怖いです。貴族様の機嫌ひとつで私の命なんて簡単に消えてしまいます。ましてや今の私は、そうなってもおかしくない立場にいます。その覚悟をしてこの場に来ましたけど、やっぱり――」

 

気が付けば、震えるシエスタの肩に触れていた。

これもヴァルデイが勝手に起こしたことなのか、わからなかった。

だっていつの間にかこうなっていたんだから。

 

「ルイズはそんなことはしない。彼女は優しいよ。少し素直になれないだけで、彼女は人の痛みを理解できる聡明な子だ。私なんかのお墨付きでは信用できないかもしれないが、どうか彼女のことだけは信用してやってくれ」

 

「そ、そんな。ヴァルディさんが気にするようなことではありません!」

 

「気にするさ。これでも私は君を気に入っているんだ。気に掛けている相手が困っているなら、手を差し伸べるのが普通だろう?」

 

「え?それって――――」

 

シエスタが何か言おうとしていたが、それを遮るように背後からドアの開く音がする。

そこからモンモランシーが現れ、簡潔に経過を話す。

 

「外傷は完全に治っているわ。ただ、一応絶対安静ね。あと、ルイズが起きても私が治療したって言わないでよ」

 

「何故だ?」

 

「基本的に借りは作らない主義なの。貴方に対しての借りを返して、ルイズに貸しを作ったなんて思われたら、結局荷物は背負ったままになるじゃない。そんなの嫌よ、私」

 

その後ぼそり、と常人なら聞こえない程度の声が耳に入る。

 

「それに――恥ずかしいじゃない」

 

その時のモンモランシーは、ほんのり頬を赤く染めていたような、気がした。

 

「あと、そこのメイド」

 

「は、はい!」

 

モンモランシーに指摘され、頑なに姿勢を正すシエスタ。

 

「本当は私が言うべきことじゃないんだけど……ごめんなさいね。あの馬鹿、ギーシュが迷惑掛けちゃったようでさ」

 

「そ、そんな!ミス・モンモランシが謝られるようなことでは――」

 

「そうね。でも、間接的には私も関与しているんだし、これでも悪いと思ってるのよ」

 

シエスタは、モンモランシーの言葉をどこか呆けた様子で聞いている。

 

「じゃあね」

 

言いたいことは言い終えたと言わんばかりに、あっさりとした軽い挨拶と共に別れようとする。

それを僕は反射的に止めてしまう。

 

「待ってくれ」

 

「……何?」

 

「もし困ったことがあったら、いつでも訪ねてくれていいからな。借りの問題なら気にすることはない。ギブアンドテイクの関係であれば君にとっても何の憂いもないだろう?」

 

モンモランシーは数秒思考した後、背中を向けたまま答える。

 

「そうね。気が向いたらそうさせてもらうわ」

 

今度こそモンモランシーはその場から立ち去っていった。

 

「ミス・モンモランシ……」

 

「貴族だって、君の思うような輩ばかりではない。魔法が使えようと使えまいと、人間の本質を語るのは心の在りようだ。決して力の有無ではない」

 

「……はい。そうですね」

 

「ならば、入ろう。ルイズの容態もこの目で確認しないといけないしな」

 

「はい!」

 

なんとか説得を終えたので、再び保健室に入ることにした。

 

 

 

 

 

目が覚めた時の感覚は、とても暖かなものであった。

それが自分がベッドに寝かされているからであると理解するのに、時間は掛からなかった。

ヴァルディの腕に抱かれ、羞恥で暴れそうになったがそれより早く肉体が疲労を訴えて意識を失い、今に至るのだろうと納得する。

腹部をさすると、打撲による痛みを感じない。

誰かが治療してくれたのだろう。しかし、この場には誰もいない。

偶然出払っているだけなんだろうけど、どこか寂しさを覚える。

ヴァルディとの出会いから、より私の周囲は慌ただしかったから、余計にそう感じるのかもしれない。

 

「ヴァルディ……」

 

呟く、私の使い魔の名前。

使い魔なんて便宜上のものに過ぎないけど、それでも私にとってのただひとつの繋がりの証明。

力関係が逆転しているそれを、無理矢理矯正している歪な絆。

 

「そういえば、知られちゃったんだっけ……」

 

自然と身体は三角座りとなる。

メイジの落ちこぼれであるという事実。知られたくなかった現実。

でも、ヴァルディはそんなことはどうでもいいと言ってくれた。

言ってくれたけど――その言葉を信じることができない自分がいる。

ヴァルディは何も悪くない。悪いのは、私を取り巻く環境。そして、魔法を使えない私自身。

彼は優しいから。こんな私に対しても等しく接してくれる。

だけど、その度私の内に募る情けないという感情。

惨めで、愚かで、無力で、そんな自分から脱却できないことも情けなさを増長させる要因となっている。

今回の決闘だって、私の問題だったのに収束させたのはヴァルディだ。

私がもっとしっかりしていれば。せめて少しで良いから、まともに魔法が扱えることができれば、彼に迷惑を掛けることもなかった。

これからの人生、ずっとこんな感じなのかな。自分の力では何も為せず、使い魔の力で何でも解決していく。そしてその功績は主である私が掠め取る。

……なんて浅ましい。それが主と使い魔の正しい関係だとしても、今の私には決して許容できるものではない。

 

突如、開かれるドアを音で察知する。

音に反応し顔を上げると、そこにはヴァルディと、その背後で謙虚に構えているあの時のメイドの姿があった。

 

「あ――――」

 

「目が覚めたようだな」

 

簡潔に言葉を切り出し、そのまま近づいてくる。

 

「シエスタが、君に話があるようだ」

 

そう短く告げると、シエスタと呼ばれたメイドと立ち位置を交換する。

シエスタは緊張した顔持ちで、口を開く。

 

「あ、あの。あの時はありがとうございました。貴族様からかばってくれて。私、とても嬉しかったです」

 

純粋なシエスタの感謝の言葉が、胸に突き刺さる。

 

「……そんなんじゃないわよ。私が単に、アイツが許せなかっただけ。アンタのことなんで、どうでもよかったのよ」

 

突き放すような言葉で切り返すも、シエスタは笑顔を絶やさない。

 

「仮にそうだとしても、私にとっては関係のないことです。事実、私はミス・ヴァリエールに庇われる形になり、結果として救われた。そのことが、何よりも重要なんです」

 

ギリ、と歯を力強く噛み締める。

純粋な好意が、私を苦しめる。

……やめて、私はそんなことを言われる筋合いなんて、ない。

 

「それよりも、申し訳ありませんでした。私があのような出過ぎた真似さえしなければ、ミス・ヴァリエールがこのような怪我もせずに穏便に事が済んだかもしれませんのに。誠に申し訳ありません」

 

そう言って、頭を下げるシエスタ。

何でアンタが頭を下げるのよ。

理解できない。理解できない理解できない理解できない――

そのあまりにも自分を下に置く姿勢は、メイドとしての教育の賜物なのか、彼女の性格によるものなのか。

……どちらにせよ、私の我慢を爆発させるには充分な要素だった。

 

「――――いい加減にして!」

 

部屋全体を覆う悲痛な叫び。

目を丸くしているシエスタに向き合う。

 

「私はね、アンタを利用したのよ。アンタがギーシュに謂われもない罪を被せられているのを見て、それを利用したの。アンタだって、私が周りからなんて呼ばれているか知っているでしょ?ゼロのルイズ、魔法が使えない無能の称号。貴族なんて大層な肩書きを持っていても、その本質は平民と何ら変わらない。その癖立ち居振る舞いは貴族なんだから、アンタ達からしても私はさぞ厄介極まりない存在だったでしょうねぇ?」

 

一度言葉を切り、再び矢継ぎ早に語り出す。

 

「そんな中召喚に成功したのは、エルフのヴァルディだった。知ってる?凄いのよ彼は。メイジが十人束にならないと勝ちの目が見えないぐらいの強さを持つ種族なのよ?そんな彼が、何の因果か無能の私の使い魔として召喚された。本当、今でも信じられないぐらい。だから、より一層貴族らしく振る舞おうと、そうなれるように手段を講じていたの。そんな時のあの事件よ」

 

わざとらしく頬を吊り上げながら、続ける。

 

「あの場でギーシュの非を認めることができれば、少しでもヴァルディに認めてもらえるかもしれない。ゼロと呼ばれた自分にも、自信が持てるかもしれない。アンタは所詮、その為の餌に過ぎなかったのよ!それでも、アンタは私に感謝の念を持つことができるの?できる訳――」

 

 

 

 

「――――それでも、嬉しかったです」

 

 

 

 

「……え?」

 

シエスタが何を言ったのか、私には一瞬理解できなかった。

 

「知っていますよね?あの場で私が必死に頭を下げ、許しを請おうとしていたとき、周囲の誰もがその光景を楽しむか、傍観者に徹していました。その時の私の内には、絶望と恐怖ばかりが渦巻いていました。同じ人間なのに、地位が劣るというだけで扱いは家畜のような扱い。今日もそんな感じなのかなって思っていたとき、ミス・ヴァリエール。貴方が抗議の声を上げてくれたんです」

 

シエスタの瞳が揺れる。

 

「嬉しかったんです。たとえそれが、打算に満ちた行動だったとしても、私にとっては何事にも代え難い救いの手だったんですよ?だから――そんなに自分を責めないで下さい。私にとっての恩人に、そんな酷いことを言わないで下さい」

 

「そんな――そんな、見え透いた嘘」

 

「嘘じゃありません。これは、私の本心からの言葉です」

 

「あ、――あ、」

 

気が付けば、頬を伝う冷たい滴。

それを皮切りに堤防が決壊したかのようにとめどなく溢れるそれは、出所を必死に拭っても留まることを知らない。

そこにはもう、悪役を演じていた少女の姿はない。

 

「なんで、どうして、こんな」

 

何度も何度も同じ工程を繰り返していると、頭が優しい感覚に包まれる。

それは、シエスタに抱きつかれているからであった。

 

「……辛かったんですよね。努力しても報われず、同じ立場である貴族の方達にも見下されて、誰も味方になってくれなくて、ひとりぼっちで。私だったらとっくに潰れています。でも、大丈夫です。今はヴァルディさんだっています。それに私も、微力ながら貴方の力になれたらいいなって思っています。だから、もう苦しむ必要なんて、ないんです」

 

子供をあやすようにポンポンと後頭部を撫でられる。

平民が貴族に対する行為にしては、無礼極まりないことではある。

だけど、振り解く気も糾弾する気も起きない。

久しく忘れていた、心の底から暖かくなる感じ。まるで、母親に抱かれているかのような――

 

「ヴァルディさん言ってました。貴方は人の痛みを理解できる聡明な子だと。こうして本音をぶつけてくれたことで、その言葉の意味が理解できました。隠し通すことだってできた本音を、私なんかの為に打ち明けてくれて……嬉しかったです。そのお陰で私は、貴方を理解し、受け入れることができる。貴族すべてが私達平民を蔑む存在ではないんだって想えるようになったんです。まだ、ほんの少しだけですけど」

 

だから――――ありがとうございます。最後にそう耳元で囁いてくる。

気が付けば私は、わんわんと泣いた。

恥も外聞も捨て、過去の苦悩すべてを洗い流そうとせんと、がむしゃらな程涙を流し続け、声を張り上げた。

世界は私を迫害するだけのものではなかった。

こうして私を受け入れてくれる人がいることを知ることができたのだ。感謝するのは、私の方だ。

ありがとう。こんな何もない私を、受け入れてくれて。

 

 

 

 

 

イイナハシダナー、と空気をぶち壊す私です。

終始空気な扱いだったけど、別に気にしてないんだからね!

こうして見ると、仲の良い姉妹のようだ。ルイズちゃんが素直になれない系妹、シエスタがあらあらうふふ系な姉。あるいは献身的な。

それにしても、魔法が使えないというコンプレックスはかなり根が深い問題だったようだ。

あの反応からするに、昔からそんな感じだったのだろう。

あまり考えたくはないけど、家族からも少なからず魔法を使えないルイズちゃんに失望を覚えたのではないだろうか。

身内でさえもそんなだとしても、良くこうも良い子に育ってくれた。お父さん嬉しいよ。いや、違うけどね。

 

「……もう、大丈夫」

 

小さくそう呟いたルイズちゃんに反応し、身体を離すシエスタ。

泣き腫らした証拠の目の赤みと、恥ずかしげに頬を染めるその姿はとても印象深く記憶に刻まれる。

 

「ねぇ、ヴァルディ。改めて聞くのは野暮かもしれないけど、その、本当にいいの?」

 

「疑り深いな。何故そんなに自分に劣等感を持つ?」

 

「だって、魔法が使えないのよ?その資格がある筈なのに、才能が欠片もないんじゃあ、いっそ最初から望みを与えてくれなければよかったのに――前までは、そう思ってた」

 

シーツを強く握りしめる。

ルイズちゃんの表情に、迷いはない。

 

「でも、才能がなくても魔法が使えたから、この場にいる。ヴァルディも召喚できた。……シエスタにも、会えたし」

 

「ミス・ヴァリエール……」

 

「だからもう、自分の魔法の才のことでくよくよすることはやめたわ。そんなものがなくたって、私を信頼してくれている人はいる。それがわかったから」

 

ルイズちゃんが、花開くような笑顔を咲かせる。

その光景は、今まで見てきた何物よりも美しかった。

 

「それと、ミス・ヴァリエールじゃなくてルイズでいいわよ。今更アンタの前で貴族ぶる気もないし、あんな恥ずかしい所見られた時点で、威厳も何もないしね」

 

「……では、ルイズさんと。ですが、公共の場においては流石にミス・ヴァリエールと呼ばせてもらいます。例えルイズさんが良くても、周囲からは平民と仲良くしている貴族、なんて思わせたくありませんし」

 

「そんなのいいのよ。今更そんな評価を下されたところで、私の評価がこれ以上低くなるなんてこともないし。それに、そんな奴らの言葉なんて知ったこっちゃないわ。もう私には、シエスタがいるんだもの」

 

「ルイズさん……」

 

キマシ、とか思ったそこの貴方。いいぞ、もっとやれ。

 

「それよりも――ヴァルディ。私が魔法を使えないことはいいとして、そんな私と一緒にいるヴァルディは、本当に苦痛じゃないのかってどうしても思ってしまうの。ヴァルディは優しいから、あの時咄嗟にあんな事を言ったんじゃないかって……」

 

……少しだけ、ムッとした。

思わずルイズちゃんの額にデコピンしてしまう。

あうっ、という可愛らしい声と共にのけぞり、抗議するような視線で上目遣いをする。

 

「あれは紛れもなく私の本心だ。魔法が使えるかどうかなど、人間性を語るにおいては無価値なものだ。私は君の誇り高い魂に惹かれ、それを認識した自分を信じたからこそ、君の使い魔となる判断を下したのだ。……あまり私を馬鹿にするな」

 

実際はそうじゃないけど、空気ぐらいは読むよ。

それに、最初から見抜いていた的な発言は嘘だけど、それ以外は本心だしね。何の問題もない。

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

たった二言の掛け合いだけど、僕達の間の絆が固まったような気がした。

これで万事すべてが丸く収まった――と思ったら、何か廊下が騒がしい。

音はこの部屋の前で止まり、僅かな間を置き扉が開かれる。

そこには、ギーシュが何とも言い難い表情で立っていた。

こちらから何か声を掛けようとしたとき、ギーシュが行動に出る。

 

「……使い魔君、メイド、ルイズ!本っっっっっ当に申し訳なかった!」

 

……oh,JapaneseDO☆GE☆ZA。

 

「このような謝罪で許して貰おうだなんて腹づもりはない。本来貴族間で禁止されている決闘を半ば強要する形を取り、あまつさえ傷つけたんだ。どんな処罰を受けるかなんて僕でも想像がつく。だが、その前にどうしても謝りたかったんだ」

 

ギーシュの叫びに、誰一人口を開かない。

僕はこの問題には干渉しないと決めた以上、その資格はない。

もし先陣を切るとするなら、ルイズちゃんか、シエスタか――

 

「――いいわよ、もう。だからその体勢、どうにかしなさいよ」

 

溜息混じりに切り出したのは、ルイズちゃんだった。

 

「しかし、それではあまりにも――」

 

「うっざい!私がいいっつってんだから、そんな態度取られたって迷惑なだけなのよ!」

 

「……そうか、君に迷惑を掛けるつもりはなかったんだ」

 

ルイズちゃんの言葉に、姿勢を正し立ち上がる。

 

「それに、決闘を受けたのは紛れもなく私の意思。挑発されたとはいえ、突っかかってきたのは私からだし、立場に関して言えばお相子よ。それよりも、シエスタに謝りなさい」

 

「あ、ああ。……君は、シエスタと言うんだね」

 

「は、はい」

 

「申し訳なかった。あの時の僕は、二股がバレたことで精彩を欠いていた。それで君に対し謂われもない罪を押しつけてしまった」

 

「そ、そんな!私の方こそ、身勝手な行動を――」

 

「やめなさい、シエスタ。アンタのその答えは、まるで的外れよ。一方的にギーシュが悪い立場でアンタが謝ったって、何の意味もないのよ。アンタは間違いなく正しいことをした。だから、アンタは大人しくギーシュの謝罪を耳に入れるだけでいいの。当然、許さなくたって大いに構わないのよ?」

 

「僕も、君に許してもらいたいから言葉にしているのではない。僕なりのケジメをつける為だよ」

 

そして、ギーシュは僕の方にも振り返る。

 

「……名前は確か、ヴァルディだったかな?」

 

「そうだが、何用だ」

 

「何故、僕を攻撃しなかった?あの時の僕は、君に間違いなく斬られると思った。主である彼女を痛めつけ、言葉で侮辱さえもした。あそこまで彼女のために怒れる君が、あんな生ぬるいやり方で終わらせたのが正直、わからないんだ」

 

「私はルイズの為に剣を振るったに過ぎない。だが、彼女の意思を代弁するつもりは最初からなかった。それ以上は私が干渉していい問題ではなかったし、何より使い魔とはいえ彼女の本音が理解できるなんて自惚れは持ち合わせてはいないつもりだ」

 

「だが、君の心はどうなる?まさか使い魔だからという理由で彼女を護っている訳でもあるまい?ならば、僕に多少なり憎悪を感じているんじゃないか?」

 

「確かに貴様のやってきたことは許されることではないし、ルイズが許したからといって私にまでその感情を押しつける権利はない。故に、正直に答えるのであれば私は貴様のやったことは許せない。だが、貴様を斬って何が変わる?最悪、再びルイズに迷惑が掛かるだけだ」

 

……不思議な感覚だ。

普段の自分はここまで冷静、かつ客観的な思考は事前に考えでもしない限りできない。

言葉選びはヴァルディに依存しているけど、決して的外れなことは言うことはない。さっきのはきっと例外だ、うん。

肉体と精神が分離しているような感じだから、ある程度普通に比べて思考に集中できる部分はあるんだろうけど……それでも変な感じだ。

 

「一時の感情に任せて我欲を満たし、それですべてが万事丸く収まるならそれもよかろう。だが、そうはならないなら、私の不満などただの問題の種にしかならん。何の価値もない」

 

「……なんというか、君は大人だな」

 

「そんなことはない。あくまで冷静に状況を分析し、その上で合理的な思考に基づいた判断をしたに過ぎない」

 

「それが凄いって言うんだ。僕は冷静さを欠き、あの様な行動に出たっていうのに」

 

「アンタなんかとヴァルディなんて、比較すること自体おこがましいのよ」

 

「ははは、その通りだけど直に言われると凹むな……」

 

「そんなことどうでもいいのよ。取り敢えず、オールド・オスマンの所に行くわよ。アンタの罪状を少しかは緩和できるように口添えしてあげるわ」

 

「ルイズ……君、変わったか?」

 

「さて、どうでしょうね。自分じゃわからないわ、そういうこと」

 

気怠そうに身体をベットから持ち上げ、歩き出そうとするルイズちゃん。

 

「ミス・ヴァリエール。ご無理はなさらないように」

 

「大丈夫よ。心配いらないわ」

 

そう言いながらも軽くふらつくルイズちゃんを支えながら進むシエスタ。

 

「……やっぱり、変わったと思うんだけどなぁ」

 

「変わったように見えたのは、外側だけだ。本質は何も変わってはいない」

 

「その外側を変える鍵となったのは、君だろうね」

 

「違う。シエスタがその切っ掛けを与えたんだ。私は傍観者でしかなかったよ」

 

これは間違いない。

実際、シエスタに思いの丈を叩きつけ、自分の醜い部分も含め受け入れてもらったことで精神的安定を保てるようになり、心の余裕ができたことで本来の優しい彼女へと戻り始めているのだろう。そうとしか考えられない。

僕が関係するとしても、割合で言えば一割ぐらいだろう。

 

「――ま、君がそうだと思っているなら、それでいいけどね」

 

「……行くぞ。問題の中心が行かなければ話は進まんだろうに」

 

ギーシュの背中を押し、僕達はオールド・オスマンの下へ向かう。

因みにネタバレすると、ギーシュの罪状は一週間とある層の掃除を一人でやるというものに落ち着いた。

ルイズちゃんとシエスタの便宜と、その時の状況を公平な視点で判断した結果によるものである。

ギーシュのことはどうでもいいけど、取り敢えずこれでようやく丸く収まったってことでいいのかな?

 




やっと決闘編が完結したよ。
正直な話、私ギーシュ好きでもなんでもないので、彼が出ざるを得ない状況って結構書くのめんどくせー、とか思ったりするのよね。
キザで女好きだけど暗い過去を持つゼ○ス・ワイルダーみたいなキャラは好きなんだけど、なんでだろうなぁ。

今回、ルイズとシエスタの仲が急接近。そこ、強引とか言うな。
二次創作なんだから多少アレな展開でも、中の人が書きたいことを書いたっていいじゃない!と深夜テンションで執筆してたらこうなった。
原作だとそこそこの仲の良さはあったけど、やっぱり貴族と平民という垣根を大きく乗り越えた関係とまでは行ってなかったと思うし、こういう世界戦があってもいいと思うの。

モンモランシーとの接点ができました。
ぶっちゃけギーシュから奪ってもいいんだけど、どうしようかなー(ゲス顔
彼女の現状ポジとしては、ヒーラーです。僧侶です。プリーストです。
ついでにある程度の魔改造も進む予定。そうじゃないとこの先生きのこれない。回復役として。

次回、ようやくメイン武器フラグ?


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第九話

某勘違いネタを毎日更新している人は尊敬してたりする。


「武器を買いに行くわよ」

 

ギーシュとの決闘騒ぎから数日後のとある朝(ゲーム時間での)。

突然ルイズちゃんがそんなことを言い出してきた。

 

「突然だな」

 

「……前から考えていたことよ。貴方は私が魔法を使えなくても構わないと言ってくれたし、私も前より固執するつもりはない。だけど、それを抜きにしても私達の関係はあまりにも不当だわ。メイジと使い魔は本来対等ではないとはいえ、ただ護られるだけの関係なんて嫌。でも私にはその力はない。だからせめて、貴方の為に武器を与えるぐらいのことはしたかったの」

 

これはまさか、パートナーがいると武器や防具代は支払わなくていいってことなのかな。

いやそれともイベント武器入手フラグ?良く分からないけど、とにかくこれは嬉しい展開だ。

別に今の武器が嫌というわけでも、愛着が持てる程使っているわけでもないし、断る理由はない。

 

「なら、頼めるか?」

 

「―――ええ!とびっきり良い武器を買ってあげるわ」

 

「選ぶのは私なんだがな……」

 

妙に張り切っているルイズちゃんが可愛くて、思わず苦笑してしまう。

一人っ子だから良く分からないけど、妹ってこんな感じなのかなぁ、なんて思ったりして。

 

「それと、行くならばオールド・オスマンに許可を貰いフェイス・チェンジの魔法を掛けてもらわないといかんぞ」

 

「あ、すっかり忘れてた……。早く行かないと日暮れまでに帰ってくれないかもしれないから、急がないと」

 

日暮れかぁ。

ゲーム内時間はリアルの数倍の速度で進んでいるらしく、こっちで日暮れまで活動していたとしても一時間しか経過していないなんて仕組みで成り立っているらしい。

実際に何度もその差異に驚いたり、これ時差ボケとか起きないのかなぁ?とか疑問に思ったりもしたが、別段日常生活に支障を来してはいないので、その内僕は考えるのをやめた。

そんなもんだよ、人間なんて。

まぁとにかく。長旅になりそうだから気を引き締めないと。

パッと移動したいなぁ……中継地点からテレポート的なこと出来ないのかなぁ。

 

 

 

 

 

「ターバーサッ!」

 

そう勢いよく友人の名前を叫びながらその自室へと侵入する。

当然、アンロック済である。

手慣れた作業でその工程を為す様は、二人の関係を顕著に表しているようである。

 

「……あれ、どうしたの?」

 

キュルケが眼前の予想外な光景に目を見開く。

いつも通り一人静かに読書に耽っているものだと思っていたのだが、現実は今すぐにでも部屋の窓から飛び出さんと身を乗り出すタバサがいたのだから、驚くのも当然と言えた。

 

「二人がどこかに出かけた」

 

「二人って、もしかしてルイズ達のこと?」

 

「そう」

 

身を乗り出していた身体を、キュルケの方へと向ける。

身の丈以上の杖を背負っているその姿は、少なくとも今から部屋でくつろごうと考えているものとは思えない。

タバサの行動の理由と言葉を踏まえ、状況を整理する。

 

「もしかして、貴方も?」

 

無言で頷くタバサ。

互いに抽象的なやり取りの中、通じ合うものがあったらしい。

 

「それにしても、まさか貴方もねぇ……。そんなにヴァルディに思う所があったのかしら?」

 

それについては反応を返すことなく、目線を逸らすだけ。

しかしキュルケにはその初な反応だけでも充分だったらしく、ニヤニヤしながらタバサの頭を撫でる。

 

「そっか。成る程ねぇ~」

 

「そういう貴方は、いつもの病気?」

 

誰も気付かない位ほんの僅かに歪む、タバサの表情。

しかしキュルケはその機微に気付きながらも、何も言わない。

この少女の事を知っているからこそ、その僅かな反応が貴重な事を理解している為、それに茶々を入れるのは憚られたのだ。

 

「病気って、辛辣ねぇ。うーん、確かに彼は紳士的で知的で剣術もとっても強くてはっきり言ってあの子には勿体ないぐらいなんだけど……私、本命には手は出さない主義なの」

 

「……?」

 

「わからないかしらねぇ。ま、いいわ。兎に角、私は彼には手は出さないわよ。本気ではね。でも、そういう素振りで接してあの子をからかうぐらいはするけどね」

 

妖しげに微笑むキュルケ。

タバサはその様子を見て小さく嘆息する。

 

「って、こんなやり取りしてる場合じゃないわね。タバサはシルフィードに乗って追いかけようとしていたんでしょう?私も乗せて!」

 

「構わない」

 

タバサは口笛を吹き、それに呼応し風竜シルフィードが現れ窓際に身体を寄せる。

 

「さ、行きましょう!どっちに行ったかわかる?」

 

「確認済。足止めがなければ既に合流できていた」

 

「もう、そんなに根に持たないの。会いたい気持ちはわかるけどね」

 

キュルケの言葉に一瞬の間を置き、何事も無かったかのようにシルフィードに指示を出す。

 

「……馬二頭。食べちゃ駄目」

 

そんな様子を暖かくキュルケは見守る中、ルイズ達との合流を果たさんとシルフィードは飛翔した。

 

 

 

 

 

馬に乗り進むこと数刻、私達は王都トリスタニアに到着する。

何事もなく辿り着くかと思っていたが、予想外にもヴァルディが馬に乗ったことがないらしく、騎乗に難航している様は何でも出来るイメージがあった彼に取っ付きやすさを感じさせる貴重な体験だった。

 

「ここが王都トリスタニアよ。トリステインで最も活気のある場所で、ここでなら何でも揃うわよ。武器だって例外じゃないわ」

 

説明を聞いているのかいないのか、興味深く周囲を見渡すヴァルディ。

オールド・オスマンのフェイス・チェンジによって、彼の耳は人間のものと相違ない外観に変化している。

それによる問題が起きないとはいえ、その長身と美貌で嫌でも目立ってしまうのは最早どうしようもない。

一般成人男性より頭ひとつぶんぐらい高いって何なのよ。

 

「有り得ないとは思うけど、スリに物を盗まれないようにね。活気があるからこそ、人混みに紛れてそういう輩も出てくるから」

 

説明した通り、活気があるからこそ起こる問題も少なくない。

繁栄の裏側には、いつだって薄暗い事情が蔓延っているものだ。

久しぶりに訪れたトリスタニアは、その辺りも含めてまるで変わっていなかった。

 

「……表の活気とは比べるべくもないな」

 

路地裏を見つめ、そう零すヴァルディ。

その表情は、どこか険しく感じられる。

遠巻きからも漂う悪臭に顔をしかめているのではなく、眼前の惨状に思うところがあるのだろうと何故か理解することができた。

 

「人通りの少ない場所は、必然的にこうなるのよ」

 

「何故だ?」

 

「何故って、そんなの必要ないからよ」

 

「必要ない訳がないだろう。不衛生な要素を残せば、そこから病気が蔓延する。これ程まで表通りが密集していれば一人ここを通ればそのまま拡散していく。風に運ばれてだって有り得るし、ここを通らない者達にとっても決して人事ではない。だからこそ、何故清掃しないのかと疑問に思ったのだ」

 

「それは、お金が掛かるからじゃない?」

 

「都が清潔になれば、それだけ人が集まりやすくなる。もしトリステイン以外もこのような現状だと言うならば、尚更宣伝効果も期待できるだろう。金銭問題など、その未来を見据えた投資と思えば安いものだ。人手だって、先程スリが横行していると言っていたが職にあぶれるような状況さえなければそんなことも起こりえないのだから、清掃業を仕事として斡旋すればいいだけだろう?」

 

饒舌に語るヴァルディの言葉に、ただただ感心する。

確信を持って語られたそれは、理に適った内容だ。

普段はあまり喋らない彼だが、だからこそいざ饒舌になった際に出る言葉の重みが半端ではない。

 

私達貴族にとって王都は活気ある場所ではあるが、基本的に表通りぐらいしか活用しないし、頻度も平民と比べれば圧倒的に少ない。

それこそ使用人に遣いを頼めば済むレベルの事ならば、文字通り自らの足を使う必要はないのだから。

だからこそ、見えないものもある。

この世界の権力を握っているのは、メイジだ。

そして魔法を扱えない平民を顎で使える彼らは、先程言った通り必要以上に行動する必要がない。

自ら足を運ばない所を清潔にしたいなんて、余程の物好き以外考えないだろう。

対して平民は、昔からこういう場所で生活してきたからこそ、その当たり前が定着して改善するという発想に至らないのではないだろうか。

だからこそ、ヴァルディの考え方はどこまでも合理的で穴のないものだと強く認識できる。

私の中で、彼の評価が更に上方修正されていく。

たった数秒見ただけの光景に対して、あそこまで的確な発言ができるなんて、凄いとしか言いようがない。

メイジや平民両者の常識から外れているからこそ、そういう発想に行き着けるというのもあるのかもしれないが、その柔軟な思考力は賢者という言葉がしっくり来る。

トリステイン王国の宰相で、国の為に多大なる貢献をしているとされているマザリーニですらそのような発想には至らなかったのだと考えると、その凄さがより分かり易く理解できる。

メイジが権力を握っている以上、メイジ本意に世界が構築されていくのは必然だ。

だからこそ、彼のような視点を持つ存在がこれからは必要になってくるんだと、先程の会話から強く感じた。

 

「そうね……。今度機会があればそれとなく進言してみるわ」

 

「その方が良い」

 

会話はそこで一度区切られ、私達は路地裏を進む。

今まで目を背けてきた光景を改めて見据える。

見れば見るほど、この光景は世界の縮図ではないかと思い知らされる。

そんなことを思いながら歩いていると、武器屋へと辿り着く。

質素で目立たない場所に配置されているそれは、単純にその必要性を現しているともいえた。

 

「へいいらっしゃ―――き、貴族様?ウチはまっとうな商売しておりまして、目をつけられるような商売は決して………」

 

「客よ。彼が扱う武器を買いに来たわ」

 

「へ、へぇ。そうでありますか」

 

短く腰が低い店主に告げる。

ヴァルディに関しては、既に武器を見回っている。意外と遠慮がないのね。

いや、単に関心のない事柄に関しては文字通り無関心なんだろう。

 

「店主。何か珍しいものとかはあるか?」

 

そんな事を考えていると、おもむろに店主に話しかけるヴァルディ。

 

「ち、ちょっとお待ちくだせぇ」

 

ヴァルディに萎縮しながら奥へと引っ込んでいく店主。

貴族らしい格好はしていないけど、あれだけの美丈夫がまさか平民だなんて思わないだろうし、仕方のない反応ではある。

フェイス・チェンジを掛けているとはいえ、作用しているのは耳だけなのだから。

 

「……お持ちしました。ですが、私としてもあんまりオススメはできないですが」

 

必死の形相で店主が運んで来たそれは、まさに驚愕の一言に尽きるもの。

 

 

 

――それは、確かに剣の形をしていた。

 

――しかしそれは 剣というにはあまりにも大きすぎた。

 

――アクセントに刻まれた音符のような絵と、小さな剣型のくぼみすら愛嬌を出すには意味を為さない程に、大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。

 

 

 

 

「これは……」

 

ヴァルディも驚きを隠せずにいる。

無理はない。こんなもの、扱えるものか。

確かに珍しいが、店主がオススメしないと言ったのも頷ける。

 

「見た目通り、これは両手で持つのすら困難なんでさぁ。屈強な大男ですら、常時使用するのは困難だって嘆くレベルですからね」

 

「こんなものどうしてあるの?」

 

誰もが思ったであろう疑問をぶつける。

 

「……これは、とある女騎士様と、うちにあったやかましいインテリジェンスソードとの交換の末に手に入れたものでさぁ。なんでも、ある遺跡の調査中に発見したものらしく、貴族様と協力してここまで持ってきたんでありやす」

 

「インテリジェンスソード?そんな珍しいもの……そっちの方がよかったわ」

 

「珍しさだけで言えばそうかもしれませんが、四六時中喋りまくるもんだから、結局深いな思いをするだけですぜ。とはいえ、売れないって意味ではこっちもあっちも同じなんですがね。物珍しさに許可したはいいけど、なんでこうなるんですかねぇ……」

 

深く嘆息する店主に対し同情を隠せない。

ハズレとハズレを交換したというのだから、ぬか喜びにも程がある。

 

「――――」

 

無言で剣を見つめるヴァルディ。

ただの無骨すぎる剣に、彼は並々ならぬ関心を注いでいるのがわかる。

そして、おもむろに柄を握り始める。

 

「ちょ、そんな無茶をしなくても――――」

 

無謀とも思える光景を前に慌てて止めに掛かる店主。

 

しかし、奇跡は眼前に現れる。

 

「う、そ――――」

 

ヴァルディは、持ち上げていた。

顔色ひとつ変えず、片手一本で。

何の冗談だ、と思う。

彼を除くこの場にいる誰もが、白昼夢に晒されているのではないかと思ったことだろう。

しかし、紛れもなくこれは現実に依る光景であり、幻想でもなんでもない。

 

「――――確かに重いな」

 

涼しい顔でそんな言葉を零す様子は、冗談にしか聞こえない程。

改めて彼の特別性――いや、異常性を垣間見た気がする。

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「恐らく、問題はない。店主、試し切りできる場所はあるか?」

 

「へ、へい。こちらに」

 

そう言って店の裏手に案内される。

あの大剣を振り回しても問題ない程の広さは確保できており、試し切り用の的があちこちに置かれている。

その中心で、ヴァルディは大剣を構える。

 

――そこからの光景もまた、圧巻だった。

理不尽な大きさの剣から放たれる暴力の嵐は、まさに悪夢と言えた。

剣などと銘打ってはいるが、あんなものが当たれば斬れるのではなく引き千切られる方が早いだろう。

その光景を自分に投影し、軽く吐き気を催す。

あれが自分に向くことは恐らく無いではあろうとはいえ、恐ろしいことに変わりはない。

……間違いなく彼は、あれを望むだろう。

本来、もう少し普通に凄そうな剣程度のがあれば重畳っていう考えだったからこそ、この出会いはあまりにも運命的だ。手に入れるべくして手に入れたと言ってもいい。

その女騎士には感謝しよう。心の中でだが。

 

「店主、これを買おう。幾らだ」

 

「は、はい!その剣は貴方にしか扱えないということも込みで、これぐらいで如何でしょう?」

 

明らかに怯えた様子で金額を掲示する店主。商魂たくましいわね、我が身かわいさにタダとか言いそうだと思ったけど。

しかしその金額は結構良心的なもので、手持ちだけでも事足りるので即買いとなった。

実際、持ち歩きには不便だが、あれを一般的な長剣と同じ感覚で振るえると言うなら、これ以上とない武装と言えるだろう。

結果として、両者共に満足のいく買い物だったことで帰路への足並みが軽くなっていた、のだが――

 

「あら、ヴァリエールじゃない」

 

「…………」

 

帰り道で、キュルケとタバサと出くわした。

こんな運命的要素、いらない。

 

「あら、ヴァルディ。その剣どうしたの?」

 

「武器屋で手に入れた」

 

「こんなものがあるの?凄いわね……」

 

二人してじろじろとヴァルディの剣を眺めている。

主である私を余所に彼に執心なのは、わかっていても少しムカツク。

 

「これ、扱えるの?」

 

「問題ない」

 

「へぇ……こんな細腕なのに、豪腕なのね。ますます気に入っちゃったわ」

 

そんな事をいいながら、あろうことかキュルケはヴァルディの腕に抱きついたのだ。

 

「ちょっと!何しているのよ!」

 

「あら、見て分からないのかしら」

 

「見て分かっているから、抗議しているんじゃない!」

 

「まさか、独り占めなんて彼の主気取り?やーねぇ、メイジが狭量だと使い魔の品格まで疑われるわよ?」

 

「なんで、ヴァルディを軸に置いた評価方法なのよ!」

 

「自分の胸に聞いてみたら?」

 

そんなやり取りと共に、学院に帰る羽目になった。ホント、最悪!

――でも、唯一嬉しかったこともあった。

キュルケに抱きつかれても表情ひとつ変えるどころか、反応すらしなかったヴァルディ。

なんとなくは予想していた反応ではあったけれど、それでもキュルケに下世話な思いを抱くことのないヴァルディに気高い精神を感じずにはいられない。

いや、そもそも人間をそういう対象として見ていない可能性もある。

……私に対してもそれは例外じゃないと言っているようなものだが、それは考えないでおこう。うん。

 

 

 

 

 

どういうことなの……から始まる私です。

それもそうだ。だって、そう思わざるを得ない出来事が連続していたんだもん。

 

まず、王都トリスタニア、だっけ。あそこに武器を買いに訪れたんだけど、第一印象は――狭っ!だった。

あと、表通りはそこそこ綺麗にされていたけど、裏路地が酷い有様だった。

でも、どちらも昔のヨーロッパ辺りでは結構当たり前の光景だって歴史で習った気がする。

知ってる?ハイヒールって、道端に平然と汚物が落ちているからって踏まないようにと開発されたものなんだぜ……。

そこまでしないといけない程の酷さを思うと、表通りだけでも清潔にしている分ましだと思う。

しかし、そこは現代日本人の感性。世界一清潔に気を遣う国の生まれとしては、あの惨状は無視できるものではなかった。

だから、つい思ったままの事をルイズちゃんにぶつけてしまった。

それによって何かが変わるとは思えないけど、それでも言わずにはいられなかったのだ。

 

そんな愚痴に近い思いを吐き出した後、武器屋に辿り着く。

ここでも驚くことパート2。

なんと、あれがあったのだ。テンコマンドメンツ。

何それ?と思った人は、調べるといいよ!

兎に角、それは漫画に出てくる剣なんだけど、とあるアイテムと合体することで多種多様な属性の剣に変質するのだ。

そのキーとなるアイテムまでは流石になかったけど、これがあるということは、そっちもある可能性は少なからず有り得る。

なんでこんなものが?とも思ったけど、あるっていうことはタイアップコラボか何かでもしてるんだろう、と勝手に納得する。

そんな毒にも薬にもならぬ情報よりも、目の前にある現実だ。

店主は重いと言っていたが、これを扱ってる主人公だってただの青年だったけど、平然と両手持ちしてたし。

実際に持ってみたけど、多少の重量感はあれど決して振り回せないなんてことはないレベルだった。

いやー、テンション上がりすぎて無我夢中で振り回してたけど、案の定店主にもルイズちゃんにさえも引かれていた。ですよねー。

 

ほくほく顔であとは帰るだけ、と思っていたがここで更なるどういうことなの……なことが。

帰り際、キュルケとタバサ先生に会ったのだ。そこまではいい。

あろうことか、キュルケが僕の腕に抱きついてきたのだ。

おおおおおお落ち着け、まだあわ、あわわわわわわわ。

彼女いない歴=年齢の自分にとって、その感触は未知のもでありながら、人を惹きつける魔力を内包していた。

自分でも訳の分からないこと言ってると思う。少なくとも、まともな思考力と表現が出来る程、あの時の自分は冷静じゃなかったとだけは言える。

幸い、うちの自律型ヴァルディはそんな精神を余所に、きちんと学院まで帰っていたんだけどさ。

 

そして、最後。

なんか僕の剣技が見たい、なんてタバサ先生が言ったもんだから、鑑賞会みたいなことになったんだ。

僕のそれは剣技と呼べるものではない。実際、あの時も思うがままに振るっていただけだしね。

そのことを説明しても聞き入れてくれないものだから、今に至るのだ。民主主義には勝てなかったよ……。

仕方ないので、半ばやけくそでいいからやってやろう――そう思っていた時、それは訪れた。

 

大地を揺るがす振動。

日も落ち月が世界を照らす中、僕達の前に影を落としたのは、異常なまでの大きさの土人形――いや、ゴーレムだった。

……これ、もしかしてオワタ?と思ったけど、なんかこっち無視して学院を攻撃し始めた。

何故?と思ったが、どうやらあそこは宝物庫らしい。

そして、あれは最近巷で話題になっている義賊、土くれのフーケだと言う。

フーケがここにいる理由と行動を見れば、目的は一目瞭然だった。

とはいえ、ぶっちゃけあんなでかいのに勝てる気がしません。明らかにレベル不足です、本当にありがとうございました。

ルイズちゃんが戦おうとしていたけど、キュルケに足止めされていた。

そりゃあそうだ。あんなでかいのを相手に、この面子で勝てるとは思えない。

いや、実際にみんなの実力を見た訳じゃないけどさ?学院に所属しているってことは、だいたいスキルだって同レベルだって考えるのが自然だ。

仮にトライアングルクラス?の実力がここにいる全員に備わっていたとしても、果たして勝てるのか。

これが普通のゲームなら、試しに掛かってみるのも悪くないと思ったけど、攻撃を喰らえばこっちだって痛い筈だ。味覚とかも再現されているんだし、その辺りも完全にってことは有り得ないけど再現されていなければおかしいのだから。

あんな奴のパンチ、一発でも食らってみろ。おぞましくて想像すらできない。

そんなこんなで、フーケが宝物庫に侵入を果たし、〝破壊の剣飾〟なるものを奪われて、この騒動は幕を閉じることになる。

 

――閉じる、と思ったんだけどなぁ。

まさか、フーケから破壊の剣飾を奪還するクエストに参加せねばならないとは。

……僕、きちんと生きて帰れるの?ゲームとはいえ、心配になってきたよ。マジで。

 

 




最後の方、変に駆け足で半端な場所で終わったと思うけど、ルイズ視点でフーケ逃走後の話から始まるよ。
ヴァルディの視点は次話で殆ど出ないor出ないぐらいの気持ちでやるから、少しだけフライングさせちった。

そんなこんなで、前回同様テンコマンドメンツを採用。しかし登場時の表現はドラゴン殺しって言うね。
もう、テンコマンドメンツとか派生形態の名称丸々使う気だから、もし規制に引っかかったらもう知らん。いっそ自分のHPでも作るかもね、それなら自由だし。
とはいえ、このレベルで規制掛けたら二次創作って時点でアウトだと思うから、あまり懸念してはいないけど。
あと、デルフは誰に引き取られたんでしょうねー(棒)
だって、こっちあればデルフいらないし……下手に会話に参加させないといけない要因とか邪魔だし……。

カグラの立ち回り辛いんだお……。


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第十話

改訂版も遂に十話に突入。あと六話で本家と並ぶ。
本当は昨日投稿したかったんだけど、区切る場所がなかったせいでめっさ長くなった。また12000文字か……。



学院に戻る頃には、すっかり日も落ちていた。

それもこれも、いちいちキュルケがヴァルディに絡むせいだ。

そのせいで私がそれを諫めるという流れを繰り返してしまい、無駄に時間を食ってしまった。

迷惑なことに、シルフィードで来たキュルケ達まで馬と同じ速度で移動するものだから、折角のヴァルディとの二人きりの時間を悉く邪魔される帰り道となったのもいただけない。

……更に嫌なことは加速するもので、その後タバサが剣舞を見たいという話をしていたんだけど、その時にまさか土くれのフーケが学院を襲ってくるなんて、思いもよらなかった。

私はゴーレムに対して攻撃を仕掛けようと試みたが、キュルケに止められてしまう。

あの時はあまり冷静じゃなかったからあんな行動に出てしまっていたが、今思えばなんて馬鹿な真似をしたと思う。

ヴァルディが一切の行動を取らなかったのも、私を護ることを優先していたからだと思う。

彼一人なら、フーケを討伐できていたかもしれないのに、私が莫迦をやらかしたせいで……。

責任と後悔が重くのし掛かる。

その重圧は一夜明けてより一層増していた。

これから、昨日フーケを目撃した証人としてオールド・オスマンに呼ばれている為、学院長室に向かわなければならない。

その事実が、昨日の醜態を嫌でも思い出させる要因となり、溜息しか吐けない。

 

そうして思考が纏まらない内に、私達は学院長室に訪れる。

中にはオールド・オスマンを含めた先生一同が集っており、皆神妙な顔つきをしている。

さて、どんな深刻な会談になるのかと思ったら……蓋を開けたら先生達による責任の押し付け合い。

やれ宿直は誰だの、貴方のせいでだの、聞くに堪えない言葉の応酬。

それを見ていたら、先程までの後悔の重圧はすっと失せていった。

ああ、こんな大人達に比べたら、立ち向かおうとした気概を持つ自分はまだマシなんだって、強く思えたせいだろう。

こんな人達がトリステインの未来を担うメイジの育成に携わっているだなんて、失望もいいところだ。

それから、討伐隊が組まれることになったのだが……ここでも大人達は誰も志願しない。

予想していたことだ。今更何の感慨も浮かばない。

ヴァルディを横目で一瞥した限り、彼も渋い顔をしていた。彼も眼前の光景に呆れているに違いない。

誰も上げないなら、私が杖を掲げる。

そもそも、こうなってしまったのは私の責任でもあるのだ。それをここの教師陣のように他人のに責任転嫁して、問題が解決するのを待つなんて、そんなの私の理想とする貴族像じゃない。

だから、掲げた。

キュルケとタバサもついてくる結果となってしまったが、別にそこは気にするところではない。いや、キュルケはヴァルディにちょっかい出すから嫌だけど、戦力は大いに超したことはないのは事実。

それに……このチームで一番役に立たないであろう自分が、何かを口にする権利はない。

理想は高く持てど、力なくば勝ち取ることは叶わず。

それが情けなくて情けなくて、涙さえ出てこない。

本当に――救いようがない。

 

討伐隊は、私達の他にもミス・ロングビルの付き添いの下結成された。

彼女が参加しているのは、フーケの新たな目撃情報を得たという理由で、その責任を全うすべく志願したらしい。オールド・オスマンに言われてという部分もあるだろうけど、それでも他の教師と比べたら断然に貴族らしい。

……と思っていたが、どうやら彼女は貴族の地位を剥奪された身分らしい。

やはり貴族のような特別な地位を持つ人に期待をすべきではないのだろうか。

あまりそういう決めつけはしたくないが、ここまで貴族が腑抜けている様子を見せつけられては、気持ちも揺らぐものだ。

道中は予想通り、キュルケがヴァルディにちょっかいを掛け、私がそれを阻止しようと動き、タバサは読書に勤しみ、ロングビルは苦笑しながらその光景を見守るという混沌としたものだった。

そして、ロングビルの情報通りの地点まで辿り着いた。

 

「……いやに目立つ場所にあったわね」

 

目撃情報のあった小屋周囲は、小規模な土地と呼べる程開けた場所にぽつんとひとつだけ建てられており、その構図が不自然さを煽り立てる。

こんな少し意識すれば目立ってしまうような場所に、フーケが隠れている?

とても信じられるものでもないが、ここしかアテがないのも事実。

いなければ必要以上に深追いもできない以上、捜査も打ち切りになる。

そうなれば惜しいが、素直に引き上げる他ない。

 

「罠の可能性は否定できませんわね……」

 

「そうね。あんなでかいゴーレムを操る能力を持つなら、下手に森の中に隠れられるよりも、開けた場所での戦闘の方が狙いも定めやすくて有利だからって思って敢えてここを選んだのかもね」

 

「そんな余裕があったとは思えないけど」

 

半日近く使ってここまでしか移動できなかった、と考えると場所を選ぶ余裕があったとは思えない。

いや、たった半日とはいえ、もっと先まで進むことは可能だった筈だ。

あまりにも出来すぎた流れに、身体を強ばらせる。

十中八九罠があると見ていいだろう。なければおかしいと断言できる程に、この状況は出来て過ぎているのだ。

 

「……何にせよ、確認しなければなるまい。私が先行するから、君達は後からついてくるんだ」

 

ヴァルディが背に掛けた大剣の柄を握りながら、目にも止まらぬ速度で小屋まで接近する。

私を含めた誰もが目を見開く。

私も彼の剣技は目撃していたが、まさかあんな大剣を担いであそこまでの瞬発力を叩き出せるなんて、メイジにとって悪夢以外の何物でもない。

少なくとも一対一の状況下では魔法の一節すら唱えられないだろう。

文字通り私達は、ただのお荷物となるのではないだろうか。

シュヴァリエの称号を持つというタバサでさえ、私が分かる程度に動揺している辺り、その異常さが伺える。

小屋まで辿り着いたヴァルディが、手招きで安全を訴える。

それに全員が続き、小屋の中に入る。

 

「私は周囲を見回ってきます。フーケが待ち伏せしている可能性も否定できませんし」

 

「なら私は外で見張りをしていよう」

 

ロングビルとヴァルディが、各々役目を告げて小屋の外へと出て行く。

小さな小屋なので三人もいれば探索には事欠かないだろうし、承諾する。

明かりも僅かな太陽光のみでの暗がり探索は、地味に難航した。

しかし、タバサが小さな箱を見つけたことで、それは終わりを告げる。

 

「これ、もしかして?」

 

「意外とあっさり見つかったわね。それにしても、こんなにちっちゃいものが宝物庫に置かれる程の宝?」

 

キュルケの言葉通り、それは小さい剣の装飾でしかなく、それ以上の何物でもない。

タバサがディテクト・マジックを掛けてみる。

すると反応が出た。ということは、これはマジックアイテムか何かだということだ。

しかし、まるで用途がわからない。皆が頭を捻るも、答えは出ず。

それにしてもこの形、どこかで見たような――――

 

瞬間、音を立てて扉が開かれたかと思うと、私達三人は言いようのない浮遊感に襲われていた。

意識する間もない、一瞬の出来事。

そして私達がいた小屋を突き破るように突撃する影は、そのまま小屋を突き破り外への経路を繋ぐ。

私達が小屋から吹き飛ばされるように出た瞬間、小屋は轟音と共に無惨に破壊された。

 

「――大丈夫か」

 

その言葉に、顔を上げる。

ヴァルディが眉を潜めた表情で見下ろしている。

周囲を見渡すと、ヴァルディの両腕に抱かれている私とキュルケ、そして襟元を掴まれているタバサ。そして、学院で見た巨大ゴーレム。

どうやら私達はゴーレムの一撃から助けられたようだ。

 

「あ、ありがとうヴァルディ」

 

「気にするな。それよりも、問題はアレだ」

 

巨大ゴーレムを見上げる。

一歩一歩とこちらに振動を与えながら近づいてくるそれは、無機物ながら圧倒的威圧感を醸し出している。

 

「破壊の剣飾を餌に、追っ手を撃退する心算だったようね。わかっていたのに油断するなんて……」

 

「反省は後」

 

皆が戦闘態勢に入る。無論、私もだ。

正直な話、逃げるという手もある。目的のものは手に入れているのだから、あんなものを相手にする必要性は皆無なのだから。

だが、幾ら鈍重な見た目をしているとはいえ、アレを相手に逃げに徹するのは厳しい。

戦うにしろ逃げるにしろ、五体満足で済むかどうか。

ならばせめて、戦って未来を勝ち取る。

それに、こっちにはヴァルディが、最高の戦力がいる。

少なくとも、逃げに徹するよりかは希望が見える。

 

「三人とも、援護を頼む。私は奴の目を惹きつける」

 

それだけ告げ、ヴァルディは一直線にゴーレムへと突進していく。

脚部を数度斬りつけ、あっさりと片膝をつかせる。

いける!と思った矢先に、ゴーレムの脚部は再生していく。

もう片方の足に向かって攻撃するも、ゴーレムの拳に阻まれ回避行動を取り、腕を攻撃。

その間に、壊れていた足は殆ど回復してしまっていた。

 

「流石に彼ひとりじゃマズイわよね……」

 

そう言ってキュルケがフレイム・ボールを、タバサがウィンディ・アイシクルを放つ。

ヴァルディの攻撃とは比べるべくもないが、それでもゴーレムに対しそこそこのダメージを与えていた。

そんな中私は、どこに飛ぶかも見当がつかない失敗魔法を打ち続ける。

当たったり当たらなかったり、最悪ヴァルディの近くに爆発が命中するというミスもしてしまう。

 

「ちょっと!何してるのよ!」

 

「五月蠅いわね!ちょっとミスしちゃっただけなんだから!」

 

役に立てないことへの焦りが、次第に苛々を募らせ声を荒げさせる。

このままじゃいけない。着実にダメージは与えているが、無尽蔵にある土から回復するゴーレムの耐久力の方が上回っている。

そんな中、タバサが口笛でシルフィードを呼ぶ。

無理矢理キュルケに腕を掴まれ、そのまま上空に飛ぶ羽目になる。

地上では、ヴァルディが孤独に戦っている。

 

「ちょっと、何するのよ!」

 

「あのまま地上に居たって、埒があかないのよ。空にいれば、シルフィードの機動力で少なくとも私達は安全よ」

 

「だからって、ヴァルディをあのままにしておけないわ!」

 

「そんなこと、わかってるわよ!だからってあのまま戦っていたところで状況が好転する訳でもないでしょう!?」

 

両肩を強く掴まれ、怒鳴られる。

……悔しいけど、キュルケの言うとおりだった。

トライアングルが二人、強力な前衛が一人いても現状維持が限界なのだ。

何か新しい対策を講じなければ、ジリ貧になるだけだ。

 

「そうだ、破壊の剣飾!あんな大層な名前なんだから、凄い力を秘めているのかも!」

 

「……あのねぇ、仮にそうだとしても使い方がわかんないなら意味ないのよ?それを調べる時間なんて少しだってありはしないのよ?」

 

キュルケの言葉を無視して、破壊の剣飾が仕舞われていた箱を開く。

銀色の剣。これが現状を打開しうる希望になるかもしれない。

自分でも無駄な行動をしていると思う。合理的な方法よりも都合の良い展開に縋るなんて、私らしくない。

だけど、何だろう。この違和感。

さっきも感じた、既視感。

どこだ。何を、どこで、どうして見た?これと似た、何かを――――

 

「――――そうだ!思い出した!」

 

「な、何よ急に」

 

「ヴァルディが持ってる剣!あれにこれと同じくぼみがあったのよ?」

 

「はぁ?見間違いじゃなくて?」

 

「見間違いなんかじゃない!絶対、間違いない!」

 

既視感の正体は、これだったのだ。

すっきりしたと同時に、確信めいたものが頭を過ぎる。

これをあの剣に嵌めたら、きっと何かが起こる。

それが恐らく、逆転の兆しとなってくれる。

 

「タバサ!私をヴァルディの所に連れてって!」

 

「駄目。危険」

 

「そんなもの百も承知よ!だけど、私がやらなきゃいけないの!」

 

「落ち着きなさい。あんな熾烈な戦いの中に入るなんて、無茶よ。私達でさえそうなのに、貴方じゃとても――」

 

「そんなの、分かってる!」

 

破壊の剣飾ごと、手を強く握りしめる。

痛みなんか気にならない。

 

「――ええそうよ!私は魔法が使えない。この中じゃあ役立たずもいいところ。ヴァルディを使い魔とするだけのメイジ、ただのお飾りよ!……でも、だからこそ、何もできない自分が許せない!こんなことしか出来ないけど、いえ、こんなことでもいいからヴァルディの役に立ちたいの!」

 

戦闘の音が、遠い。

まるで上空と地上との間が隔絶されてしまったかのようだ。

誰も言葉を発しない中、ひとつの溜息が耳朶を打つ。

 

「……わかったわよ。シルフィードで出来る限り近くに寄って、私達は魔法で牽制するから、そのまま破壊の剣飾を彼に向かって投げなさい。ただし、チャンスは一度と思ってやりなさい。タバサ、いいわよね?」

 

「構わない」

 

「二人とも……」

 

「ほら、早くしないとマズイんだから、とっとと前向く!」

 

強く背中を叩かれ、改めてヴァルディへと視線を向ける。

情けない思いの丈を吐き出し、キュルケはそれを受け止めてくれた。タバサも、何も言うことこそなかったけど、多分そうだと思う。

お礼が素直に言えない自分が嫌になるが、それもまた自分らしい気がする。

ともあれ、まずはこの窮地を乗り切らないといけない。

一瞬の隙を伺う。

フーケのゴーレムはヴァルディに意識を向けてはいるが、決してこちらを無視している訳ではない。

こちらの油断を虎視眈々と狙っているのが、動きの節々から伺える。

その用心深さが、フーケの実力を如実に表している。

地上と空中からの波状攻撃で、フーケが意識を散らした瞬間を狙う。

 

「まだ駄目なの?ルイズ!」

 

「待って!もっと引きつけて!」

 

必死に魔法を打ち続けるキュルケの焦りを孕んだ声。

タバサも表情こそ冷静だが、額からは汗が滲んでいる。

足りない。ヴァルディとの距離も、意識の分散も、何もかも。

一度の失敗ですべてが破綻する。だからこそ、タイミングを間違える訳にはいかない。

 

「――今!」

 

そして、好機は訪れる。

私は迷わず破壊の剣飾をヴァルディに向かって全力で投げつける。

 

「ヴァルディ――――!!」

 

タイミング良く距離を取ったヴァルディが、こちらを見る。

そして、破壊の剣飾を手に取った。

 

「やった!」

 

喜ぶのも束の間、ヴァルディはこちらの意図に気付いてくれるのか?

――どうやら杞憂だったらしい。

破壊の剣飾を見て、ヴァルディの口元が笑みを形作る。

迷わず剣のくぼみに装着すると、手甲のルーンが激しく輝いた。

そして、私達は奇跡を目の当たりにする。

 

「剣が――変わった?」

 

本来の形状よりも細く小さくなり、橙色に変色する。

 

「あれ、どういうこと?」

 

「わ、私にもさっぱり……」

 

だけど、ひとつだけ分かったことはある。

あの剣とマジックアイテムは、二つでひとつの武器なんだ。

 

ヴァルディが改めて突撃していく。

振り下ろした拳を紙一重で避け、そのまま脚部に叩き込む。

瞬間、爆音が走った。

衝撃の余波が空中にいる私達さえも襲う。

 

「な、なにあれ!?」

 

「凄い威力」

 

「あれが、本来のあの武器の力―――」

 

そこからは、一方的な展開となっていく。

爆発の異常なまでの威力が、ゴーレムの再生を遙かに凌駕し、土塊を周囲にばらまきながらその巨躯を崩壊させていく。

そして遂にゴーレムは形を保てなくなり、熾烈な戦いは幕を閉じた。

私の忌み嫌っていた、爆発の力で。

 

 

 

 

 

夕日を連想させるような美しい色彩を放つ剣が、土くれのフーケが召還したゴーレムを圧倒する光景は、まさに物語の勇者のようであった。

偶然店で手に入れたという大剣と、今回の破壊の剣飾の騒動という、本来関連性のない出来事が絡み合い、奇跡を呼び起こした。

そう、奇跡。ご都合主義と言うべきか。

幾多にも存在する物語で使われてきた、ありふれた手法。しかし、それが現実に起きたとなれば話が違ってくる。

信じられないと思う反面、彼――ヴァルディならすべて見通した上で行動していたのではないか?と思わせる何かを持ち合わせていても不思議ではない。

……事実、私は彼に惹かれ始めている。

カリスマ、と言うべきか。彼は他人を魅了する資質がある。

それは大衆を魅了した、イーヴァルディの勇者という物語と同じ。

思えば彼の名前も、イーヴァルディとどこか似ている。いや、ほぼ同じだ。

もしかして、彼は本当に――――

胸が締め付けられる感覚が襲う。

苦しい、けど、嫌じゃない。何なんだろう、この感覚。

 

 

 

 

 

なんなんだい、あの剣は!?

土くれのフーケとして活動し、学院ではロングビルという名で宝物庫の中身を虎視眈々と狙って、ようやく目的を完遂できたと思ったのに、こんなの予定外だ。

ヴァリエールの使い魔、ヴァルディだったか。

アイツの凄さはある程度知っている。だが、何倍もの体積をゴーレムを打倒するのは剣一本じゃ無理だと思い、あまり気には留めていなかった。

それなのに、破壊の剣飾とあのデカイ剣を合体させた瞬間、あんな力を目覚めさせやがった!

爆発の力。ヴァリエールの失敗魔法なんかとは比べものにならない衝撃を以て、ゴーレムを破壊していく。

くそ、どうする?今なら破壊の剣飾を見捨てれば逃げることぐらいは出来る。

アイツの手から取り返すなんて無理だ。そうだ、よし、逃げ――

決意した瞬間、頭部に物凄い衝撃が襲う。

それは、ゴーレムの破壊の余波で飛んできた土塊が命中したという、不幸によるもの。

しかしそれを認識するよりも早く、私の意識は闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 

ヤバイ、緊張してきた。

取り敢えず見張りを志願して外で待機しているが、絶対これってあれと戦うフラグだよね?

あんな攻撃を繰り出す相手と戦うとか、無茶言うなってレベルじゃねーぞ!

某悪魔も泣き出すアクションゲームの3でも、序盤から大ボスと戦う羽目になって、無理ゲーすぎるって思った時と全く同じ心境だ。

しかも、今回はコントローラーではなくこの身体そのものを使った戦いだ。恐怖度も比べものにならない。

討伐隊、なんて名前で結成されたチームだけど、ぶっちゃけ目的のものさえ見つかれば帰っていいと思うんだ。

チキンだって?おいおい、同じ立場になってみろ。そんな気もなくなるから。

 

思考に没頭していると、突如影が差す。

見上げると、ゴーレムが悠然とこちらを見下ろしていた。

……ドーモ。ゴーレム=サン。ヴァルディです。

――じゃない!なんかゴーレム拳振り上げてるし!明らかに小屋ごと狙ってるし!

慌てて小屋に入り、なりふり構わず三人を担ぎ上げ、小屋を突き破る形で脱出する。

タバサ先生は襟首掴んで持ち運ぶ形になってしまったが、両腕はもう満員だったんです。ごめんなさい。

 

「あ、ありがとうヴァルディ」

 

「気にするな。それよりも、問題はアレだ」

 

ルイズさんの感謝の言葉も、今は聞いている余裕はない。

目の前のゴーレムを何とかしないことには、僕達に未来はないのだ。

 

「三人とも、援護を頼む。俺は奴の目を惹きつける」

 

前衛は後衛を護らなければならない。

危険から遠ざかることは出来ないが、それが僕の役割なんだ。

そうだよ、そういう覚悟でゲームを始めたんじゃなかったのか、自分。

勇気を振り絞り、ゴーレムに向かって突貫する。

そうだよ、この自律型ヴァルディは何か身体能力高いから、ゴーレムの攻撃なんてちょちょいと躱せるって!

……そう思っていた時期が僕にありました。

ゴーレムの繰り出すパンチは、鈍重ながらもその圧倒的質量から来る風圧で僕の精神を着実に蝕んでいく。

無理!死ぬ死ぬ!あんなんくらったら即ピチュる!絶対レベル足りてないって!

ていうかレベルって上がったのか上がってないとかわかんないんだけど、どういうことなの――!!

頭の中はパニック状態ながらも、ヴァルディは効率的にゴーレムに攻撃し、回避行動もスタイリッシュに行っている。

もう全部自律型ヴァルディだけでいいんじゃないか?

しかし、アイゼンメテオール形態のテンコマンドメンツでは、この巨大ゴーレムを打倒するに相応しくない。

ゴーレムは剣で削っても炎や氷の魔法で傷つけても、直ぐさま再生してしまう。

あんな派手な魔法を当ててもそれしか効かないなんて、詐欺だ詐欺!

だけど、ルイズちゃんの魔法だけは、明らかにゴーレムにダメージを与えていた。

爆発する魔法。これが失敗魔法なんて、信じられない。

少なくとも、あの抉るようにゴーレムの肌を破壊する様子を見せられては、とてもそうは思えない。

だが、それでも足りない。爆発の規模はそこまで大きくはない為、ゴーレムの再生を圧倒するには足りない。

 

……気が付いたら、魔法の援護が止んでいる。

もしかしてMP切れ?と思った矢先、上空から落ちてくる魔法。

見上げると、青い竜の背に乗った後衛組の姿が。

恐らく、タバサ先生の使い魔だろう。青いし、それっぽいし。

成る程、確かにあそこなら安全だ。

そんなことを考えていると、ルイズちゃんの張り裂けんばかりの声が降りてくる。

 

「ヴァルディ――――!!」

 

声がした方へ振り向くと、何か小さなものが飛んでくる。

それを咄嗟にキャッチし、掌の上に拡げる。

こ、これは、まさか――――!

イヤッホオオオオゥ!これってどう見てもレイヴじゃないか!

これさえあれば、勝てる!

テンション上がってきたぜええええ!

装着。そして、イメージするんだ。この状況に相応しい、あの剣を!

 

「……よし、これなら」

 

かくして、アイゼンメテオールは新たな姿を現す。

これの本来の持ち主が最も愛用した、爆発の剣。エクスプロージョン。

斬撃ではなく、打撃のインパクトから発生する爆発の力によってダメージを与える剣。

その性質上、主人公が未熟な頃は対人での不殺・気絶という恩恵を得ていた。

だが、こんな土の塊相手なら、元より遠慮する必要なし。

 

「全力で、行く!」

 

先程と同じ流れで、脚部に攻撃を仕掛ける。

インパクトの瞬間、周囲を圧倒する衝撃が走る。

使う方にも強い衝撃が走るということは知っていたが。これは中々に堪える。

気のせいかさっきよりも身体が軽い。ハイテンションなせいだろうか。

兎に角、これを好機とし、ひたすらに攻め続ける。

足、腹、腕、最後には頭に向かって怒濤の連続攻撃を叩き込むと、遂にゴーレムは沈んでいった。

……本当に勝っちゃったよ、オイ。

エクスプロージョン形態になってからは、出来レースが如く戦闘が簡単に終わってしまった。

多分、仮にエクスプロージョンにならなくてももう少しで勝てたんだろう。そう考えると、あのハイテンションが今更ながら恥ずかしい。

 

後衛組が空から降りてくる。

すると、あろうことかルイズちゃんが僕に飛びついてきた。

 

「ヴァルディ!」

 

笑顔の端に涙を浮かべ、僕の無事を心から喜んでくれている。その事実が、僕に充足感を与えてくれる。

うーん、男冥利に尽きると言えばいいのだろうか。しかし恥ずかしい。

 

「さっきの剣、なんだったの?いつの間にか元に戻っちゃってるし」

 

キュルケがじろじろとアイゼンメテオールを観察している。

まぁ、知らない人からすれば気になるわね。

 

「これは、テンコマンドメンツ。そしてルイズが渡してくれたあの剣、それはレイヴと言う。二つでひとつの武器であり、十の顔を持つ剣だ。そして、先程の剣は第二の剣。爆発の剣・エクスプロージョンだ」

 

説明して思ったけど、これって第十の剣も原作主人公仕様なのかな。あるいは無いか。

まぁ、なくても充分強いからいいけどさ。

 

「ヴァルディ、貴方これを知っていたの?」

 

「ああ」

 

「こんなものがあるなんて、聞いたこともないわよ。もしかして、エルフの武器なの?」

 

「いや、違う、が――君達はおろか本来誰も知らないような特別な知識だ。知らないのも無理はない」

 

なんて説明すべきか迷ったが、取り敢えず仕様上絶対君達は知らないんですよー、的な内容で納得してもらおう。

実際、こういうのって説明困るよ。マジで。

みんな渋い顔をしていたが、そうとしか説明できない以上もやもやしてもらうしかない。

 

「そういえば、ミス・ロングビルは?」

 

「偵察からは帰ってきてないぞ」

 

そういえば、いたねそんな人。

あまりにも出番がなかったから忘れてたよ。

と言うわけで、探すことになった。けど、あっさり見つかった。……気絶した状態で。

 

「ミス・ロングビル!これって……」

 

「恐らく、偵察の際にフーケに不意を突かれたんでしょうね。頭に拳ぐらいの大きさのものがぶつかった形跡があるわ」

 

「多分、フーケの魔法でしょうね。土の硬度を変えればそれぐらい容易いでしょうし」

 

ルイズちゃんとキュルケが考察しているが、真実は闇の中だ。

幸いにも生きているようだし、僕が抱えて学院に帰ることとなった。因みに馬車も自分です。

適当に見よう見まねな動きをしたら動いた。それでいいのか、馬よ。

 

 

 

 

 

学院に戻った私達は、フーケから破壊の剣飾を奪還した功績を認められ、シュヴァリエの称号を賜った。

既に称号を得ているタバサには、精霊勲章が受領されることになった。これも軍功に応じて得られる報奨で、そこそこの価値があるとされている。

今は保健室で休んでいるミス・ロングビルに関しては、貴族ではないがそれ相応の報奨金を送るとのこと。

そして――ヴァルディ。彼は破壊の剣飾を貰っていた。

あの武器との関連性を理解していた彼にしか使いこなせない、と判断した上でのことらしい。

貴重なものではあるが、宝物庫に埋まってるよりは断然マシだろうし、学院長のご厚意は有り難く受け取っておく。

 

……ヴァルディは、あの剣を十の顔を持つ剣だと言っていた。

エクスプロージョンが第二の剣であるということは、恐らく最初の大剣状態が第一扱いなんだろう。

つまり、残り八つ。あんなゴーレムを容易く打倒できる力が、あと八つ。

本当に、彼が使い魔で良かったとつくづく思う。

でも、彼に頼ってばかりはいられない。

これから、もっと精進しなければならない。彼の主として相応しくなれるように。

 

その夜、フーケから宝を取り戻し帰還した私達を主役とした舞踏会は、アルヴィーズの食堂の上の階に位置するホールにて行われた。

入場するが否や、普段私をゼロと中傷する男達からダンスの申し出を何度も受ける。

……本当、気持ち悪い。地位を持つ者にあやかろうとすること自体は否定しないが、その厚顔無恥な掌返しに関しては許容できない。

謝罪の言葉ひとつなく、嘘で塗り固められた笑顔で、腹の底では私を見下しながら擦り寄ろうとする。

救いようがない、と心から思う。

私はそんな男達を振り切り、ヴァルディを探す。私が全幅の信頼を寄せられるパートナーを。

 

「あ……」

 

バルコニーに佇む姿。それは紛れもなくヴァルディの背格好だった。

手すりに身体を預け、空を見上げている姿は思わず見惚れてしまう美しさを秘めており、無意識に足を止めてしまう。

絵画のような光景に、私という一滴を落とし汚したくないという思いがそうさせる。

しかし、その思いは第三者の介入によって潰される。

 

「あれは、タバサ」

 

フーケ討伐に関わった内の一人の少女が、皿に盛りつけられた食べ物をヴァルディに手渡している。

完全に出遅れてしまった私は、慌てて二人に近づく。

 

「ヴァルディ、何してるの?」

 

「月を見ていた」

 

「タバサこそ、ヴァルディに用事?」

 

「今日のお礼を。あの時、彼がいなければ私達はこの場にいなかった」

 

「そう、ね。そうなのよね」

 

私、キュルケ、タバサの三人が欠けていても支障はなかっただろうが、彼がいなければフーケを倒すことはできなかっただろう。

メイジが技術、軍事力のすべてを担っていると言っても過言ではないこの世界で、剣一本でスクウェアクラスの敵を圧倒した事実。

もしそれが外部に漏れるようなことがあったら、どうなるだろうか。

トリステイン国民である私の使い魔ということだから、上層部からの圧力で軍事力として利用されるか。

他国に知られた場合も同様の扱いを受けるだろう。結局、八方塞がりだ。

自国のことを、アンリエッタのことを信用していない訳ではない。

だけど、国家が一枚岩で成り立つ訳もない。退官した前女王の代わりに、若くして即位することとなった彼女には、実質的な権力は無い。いわばお飾りの女王。

私と似たようなものだ。副次的要素で地位を得た者同士、虚しい繋がり。

……これからずっと、彼の正体を秘匿できるとは、到底思えない。

寧ろ、近いうちにバレてしまうだろう。彼という器は、ちっぽけな殻に収まるほど小さくはない。

だからこそ、今の内に何とかしなければならない。

今回のフーケ討伐を皮切りに、嫌でも噂は拡大していくのは目に見えている。

噂とは、尾ヒレがつくものだ。しかも大抵が誇張されて。

ただでさえ目立つ彼のこと。しかもドットとはいえメイジを瞬殺した事実に加え、今回のフーケからの破壊の剣飾奪還の成功という功績。

尾ヒレがつかなくとも充分な功績が、更に噂のせいで世界に拡大していく。

私の使い魔になったばかりに、彼の存在は知れ渡る事となる。

少しずつ、しかし確実に彼の肩身は狭くなっていくことだろう。

……私が何とかしなければならない。

彼と共に戦えないのであれば、せめて居場所だけでも護れる力だけでもつけたい。

ヴァルディの傍らで、一人決意を新たにする。

 

結局、舞踏会の主役の私達四人の内三人は、踊ることもせずバルコニーの端で談笑するだけに終わった。

ダンスなんかより、彼はこうして静かに過ごす方が似合っている。

それに、彼を社交場の中心にしたくない、という嫉妬もあった。

どうせ嫌でも彼は世間の目に晒されることになるだろう。だったら、今だけでも独占したってバチはあたらない筈。

タバサも一緒というのが少し不服だったが、彼女はキュルケのような喧しい人種じゃないので、次第に気にならなくなった。

そっと身体同士が触れるぐらいの距離まで彼に近づく。

今はこの時間を満喫しよう。

ホールから漏れる煌びやかな光と音楽を背景に、夜は更けていった。

 

 

 

 

 

……余談だが、ヴァルディ本人はというと、バルコニーにいたのは周りがドレスで着飾ってるのに自分はいつもの服装のままで場に馴染めず気後れしてしまい、そそくさと逃げた結果である。

当然、ダンスなんてしたこともない中の人だからこそ、余計に疎外感を感じていたりする。

だからタバサとルイズがバルコニーに来たときは、内心超感動していた。

月を見ていた、というのも何もすることがないなーとボケッとしていただけという。舞踏会を見えるのは気が引けるという理由もあり、そっちを見ることはなかった。

そんなこんなで、ヴァルデイの中の人は相変わらず、外面からは想像もできないヘタレた思考と共にハルケギニアを生きていく。

ゲームの世界だと勘違いしたまま、彼はどこまで行くことができるのか?

 




ひとまず、第一部終了、なのかな?

ルイズが着実にデレ始めているね。タバサも色々と気になる感じに。
キュルケに関しては、ルイズがヴァルディに対して抱いている感情を本質的に見抜いているため、原作サイトに対してやった行動が控えめになります。呼び方もダーリンじゃなくてヴァルディです。

あと、今回半ばダイジェストっぽくなりましたが、それでもこの文字数です。察して下さい。
この小説見てる人の9割は原作知ってるか、別の二次作品見てるかって人だろうし、多少不親切かもしれませんがある程度のテンポを重視させていただきました。
多視点にすると、こういう弊害があるんや……仕方ないんや……。

ルイズの他人に対する評価が辛辣になってきていますが、ヴァルディという優れた見本が近くにいるせいです。周囲には原作以上にツンツンしてるけど、ヴァルディには微デレ状態ってことです。

あと、さりげなくロングビルが助かってますね。それがどう物語に影響していくのやら。


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第十一話

最近書くのに夢中になって4時寝になる。そして私は12000文字に愛されすぎだ。
もっと小分けした方が読みやすいんだろうけど、いかんせん区切る場所がないor思いつかない。


破壊の剣飾、もといレイヴを手に入れてからゲーム内で数日が経過した。

ルイズちゃん達はミッション成功の証として、シュヴァリエという名前の称号を手に入れた、と思っていたが地味に違っていた。

正式にはその称号はまだ彼女達のものではなく、王女自らが与えることでようやく成立するらしい。

面倒だなぁと思いつつも、冷静に考えると、普通ならそんないち学院の長が与える称号にそこまで価値はないのだ。

称号とは、地位や身分を表す呼び名だ。国自らが賞状とかを手ずから与えないことには、上辺だけのものになってしまう。

普通のゲームみたく、クエストクリアしたら称号がもらえたよ!なんて展開になっても、実質その称号を持っているかどうかを第三者に伝える術はない訳で。

だから、その正式な手続きを行うべくして、王女が居るとされる王宮に足を運ぶことになったのだ。

キュルケは自国のゲルマニアで受け取るらしいから、途中で別れることになった。

因みに移動はタバサ先生便りです。何か最近親切なんだよなぁ。

 

王宮は学院で行われた舞踏会の会場よりも豪華絢爛たる雰囲気を醸し出している。まさに国の中心と言うべきか。

兵士の人や王宮にいる人達から訝しむような目で見られたけど、事情を説明すると成る程と言わんばかりに頷いて通してもらえた。

まぁ、ルイズちゃんのような如何にも貴族な感じな子はともかく、僕の姿は完全に冒険者のそれですから。そりゃ不審がられるわな。

 

そうして遂に、王女との謁見となる。

王女は、予想外に若かった。

後に聞いた話では、若くして前王女から地位を受け継いだらしい。大変だなぁ。

ルイズちゃんが頭を下げたので、見よう見まねで同じ姿勢を取る。

 

「おめでとう、ルイズ・フランソワーズ」

 

「この度は私めにシュヴァリエの称号を賜るという名誉を与えて下さり、ありがとうございます」

 

「貴方達は相応の活躍を果たしたのです。そんなに謙虚になる必要はありません。フーケこそ逃がしこそしましたが、城下を悩ませていた賊から宝を取り戻したという事実は、とても名誉あることなのですよ」

 

一度言葉を句切り、王女がこちらを向く。

 

「使い魔さん。貴方もありがとう。最初は人間が使い魔だと知り驚きましたが、ルイズが貴方を強く信頼しているのは、見ていればわかります。ルイズを護ってくれて、ありがとう」

 

「勿体なきお言葉」

 

エルフなんですけどねー、とは口が裂けても言えない。

 

「私の大事なお友達を護ってくれたのです。相応の礼をしたいのですが、何か望みがあればある程度の融通は利かせましょう」

 

「望み……ですか。まさか使い魔たる私めにまで褒美を与えてくれるなどとは微塵も考えておらず、何も考えておりませんでした。同時に、その慈悲深さを疑うような真似をして誠に申し訳ありません」

 

おうおう、よく口が回るよこの身体は。

だいたいは言いたいことを代弁してくれいるからいいんだけど、なんというか流暢に喋るなぁと思う。

僕ならこんな場所でお偉いさんにそんなこと言われたらどもる自信しかない。

 

「いいのですよ。確かに公式では、使い魔の義務はメイジに対する当然の働きとして、メイジが褒賞を一括して受け取る形となっています。ですが、これは私の我が儘のようなものですから。お友達を助けてくれたことへの感謝の証明、それは使い魔だからといって蔑ろにして良いことではないのですから」

 

……何この子。すっげぇ良い子。

なんて言うか、真摯かつ純粋。まさに汚れの知らない王宮育ちって感じ。

たまに我が儘姫に成長するパターンもあるけど、こっちでは王女ということもあってか凄く真面目だ。

 

「では――何か戦いに役立ちそうなものを見繕ってはもらえないでしょうか。今すぐに、という必要はありません。それと、ここからは私の我が儘となりますが、もし誰にも使い方が分からない武器や道具などがありましたら、拝見、良くて譲って貰えるように計らってもらいたいのです」

 

「使い方が、わからない?」

 

「姫様。彼は武力もさることながら、知力にも長けており、私達が知らない知識さえも持っています。その知識のお陰で、今この場にいると言っても過言ではありません」

 

偶然の産物なんだけどね。まぁ、あっちからすれば知らない知識を持ってるスゲー!って解釈されてもおかしくないわな。

 

「成る程、わかりました。出来る限りの尽力は致しましょう」

 

「感謝の極み」

 

「……それと、実は貴方達にお願いがあるのです」

 

少しだけ深刻そうな表情で、そう話を切り出す。

 

「何でしょうか?」

 

「暫くの間、貴方達に街で暮らして欲しいのです」

 

……あぁん?何で?

 

 

 

 

 

トリスタニアのしがない服屋を出る。

今の私の服装は、どこからどう見ても平民だろう。それぐらい地味な服装をしている。

ヴァルディも服装をチェンジしているのだけれど……その美貌で平民とか、ないわーとしか思えない。

何というか、雑草の中に無理矢理薔薇をねじ込んだぐらいの違和感を感じる。

 

私達が姫様――アンリエッタ・ド・トリステインから与えられた任務。それは諜報活動だった。

一部の貴族が平民に不当かつ横暴な行いをしているらしく、それに疑念を覚えた彼女は私達に探りを入れて欲しいと頼まれたのだ。

周囲の者は貴族は平民の規範であり、そんなことは有り得ないと口を揃えるばかりでアテにならない。

以前、モット伯が平民の女性をメイドとして囲い侍らせているという問題が浮上していたらしく、その一件から鑑みても有り得ないことではないとのこと。

因みにその件に関しては、良く分からない内に解決していたんだとか。

噂ではどこかの傭兵がたった一人でモット伯を打倒し、女性達を解放したらしい。そこから噂が拡がり、検挙に到ったとのこと。

たかだか傭兵個人がメイジを打倒したなど眉唾ものだが、事実として問題は起きていたのだ。疑って掛かるのも当然といえた。

 

「諜報に必要な軍資金は頂いたけど、あまり多いとは言えないし、どうしましょう」

 

「探せば安宿だって見つかる。君には不慣れな環境になるやもしれんがな」

 

「……大丈夫、だと思う」

 

ヴァルディがいる手前、我が儘を言えるはずもない。

それにしても、彼はこういう環境に慣れているのだろうか。

何というか、服を買う際にも手際が良かったというか。必要以上の出費はしないように心がけていたのが行動の端々から伺えたし、意外と庶民的だったことに驚きだ。

 

「だけど、諜報活動と言ったってどうやってやればいいのかしら」

 

「それならば、酒場だな。ああいう場所には情報が集まると相場が決まっている」

 

「そうなの?」

 

「論より証拠だな。――いや、待ってくれ」

 

ふと、ヴァルディが自分の言葉を否定し出す。

 

「情報は集まるという点は否定しないが、貴族絡みの情報を素直に教えてくれるかが問題だ。平民の立場なら、その情報が相手に漏れたことで不利益被るなんて御免被りたいだろうしな」

 

確かに、ヴァルディの言い分は理解できる。

平民がメイジに勝てない、という真理が定着しているハルゲキニアで、誰が見ず知らずの相手を助ける為に自分が圧倒的不利益を被る発言を許すだろうか。

ましてや今の私達は、あくまで平民に紛れて活動しているのだ。同じ平民で貴族に対抗する、なんて話信じられる訳もないだろうし、口を割るなんてことはまず考えにくい。

 

「じゃあ、どうするの?」

 

「そうだな。――聞き出せないのなら、いっそ潜り込むか?」

 

 

 

 

 

我ながら、よくそんな発想に至ったな、と思った。

虎穴に入らずんば虎児を得ず、なんて諺があるけど、まさにそれだよね。

というか、逆に考えるんだ、って奴だな。いや、そこは重要じゃない。

そんなこんなで、酒場で雇ってもらおうという計画なのだが、調べた限りでは酒場は単体では存在しないらしく、『魅惑の妖精亭』という宿が酒場を兼用した造りだということを知り、訪れたのだが――

 

「いらっしゃぁ~い。お客様二名、ご案内しま~す」

 

……うん、どこからどう見てもオカマです。本当にありがとうございました。

紫のタンクトップのようなものを着た剛毛のおっさんが、声高に客商売をする姿は、果たして集客する気があるのかと問いただしたくなる。

 

「いや、私達は客ではない。実は――」

 

取り敢えず、オカマに短期間の間住み込みで雇って欲しいという旨を伝える。

 

「あら、そういうこと。いいわよ~」

 

「いやにあっさりしているな。こちらとしては有り難いが」

 

「ウチはいつでも忙しいから、人手は幾らあってもいいのよん。特に貴方、よく働いてくれそうだしね。そっちの子も可愛いから、お客の受けも良さそうだしね」

 

そう言ってウィンクをする。

というか、いいわよって言うことは彼が店長なのか。

……大丈夫か、この宿。

 

「それじゃあ、ついてきてね~ん」

 

身体をくねくねさせながら歩く店長。

ルイズちゃんも渋い顔をしている。店長のあんな姿込み、仕事への不安込み、と言ったところか。

……なんて言うか、めちゃくちゃ失敗する未来しか見えないなぁ。大丈夫かな。

 

「それじゃあ、えっと――」

 

「私はヴァルディ。彼女はルイズと言う」

 

「私はスカロンよ、よろしくね。さて、ルイズちゃんは着替えの準備があるからついてきて頂戴。ヴァルディ君は、お皿洗いを担当してもらうから、厨房に入ってジェシカ――長い黒髪の子の指示に従って頂戴」

 

「了解した」

 

一時の別れを告げ、厨房に入る。

さーて、頑張りますかね。皿洗いぐらいなら家でやったことあるから、全然平気だしねー。

……自分で提案したことながら、まさかゲームの中で皿洗いするなんて夢にも思わなかったけどさ。

 

 

何だかいつもより騒がしいと思ったら、どうやら新人が二人入ったらしい。

兄妹での雇用らしいが、一目見た瞬間から思ったね。そんなわけないと。

明確に証明できる材料がある訳じゃないけど、兄妹にしては似ていないなー、と思ったし、何て言うか二人とも雰囲気が違うんだよね。

片や洗練された剣のような美麗の男に、片や如何にも貴族って感じの少女。

服装こそ平民のそれだが、雰囲気が二人とも平民らしくない。

見た目が似てない、という点は義理の兄妹って線もあるし、何よりここで店長をやってるスカロン。あれ、私の父親だし。

あれを見た後では、血縁だからって外見が似通るなんて保証がないことは嫌でも理解できる。

どういう関係なのか。何のためにここに来たのか。

興味の尽きない話題は幾らでもあるが、ひとまずは仕事だ。

少女の方は、案の定接客に回されたので、必然的に裏方は私と彼との二人きり。

 

「今日からここで働くことになったヴァルディだ。よろしく頼む」

 

「私はジェシカ。よろしく」

 

第一印象は、お堅い感じ。

凄く格好いいけど、その張り付いたような無表情は好みじゃない。私はもっとこう、感受性豊かな子の方が好みかな?

取り敢えず、時間も押していることだし早速皿洗いを始める。

仕事ぶりに関しては、そこそこ手慣れていると言ったところか。

雰囲気的に、こういう事しそうにないと思ってたんだけど、良い意味で予想は裏切られた。

 

「ねぇ、貴方達兄妹なんだって?」

 

「そうだが」

 

「ふ~ん。全然似てないわよね」

 

「外見が似ていれば兄妹、なんてことはあるまい」

 

軽い揺さぶりを兼ねた会話をしてみるも、感情に一切の揺らぎがない。

動揺して口を滑らせる、なんてことは恐らくないだろう。

つまらない。けど、諦めるつもりはない。

それに、ここまで徹底して無感動を貫いているなら、どうにかして揺さぶってやりたいと思うのが人間というものだろう。

 

「……何やら騒がしいな」

 

彼の言葉に釣られて、ホールの方へと視線を向ける。

何やら彼の妹が問題を起こしたのか、彼女を中心として喧噪が拡がっている。

お父さんが介入し、そのままあの子はどこかへと去っていった。

何があったかは知らないが、余程変態的な要望をされたとしても、平民ならば処世術の一環としてそういった相手への対応技術も持っているのが当たり前だ。

そうしなければ、生きていけないから。

感情的に物事を進めても許されるのは、余程世間を知らないだけの子供か、生まれながらの権力者だけ。

許される、というと少し語弊があるけど、そういう我が儘を通せる立場って事を言いたかったのよ。

まぁ、ここまでくれば私の予想もだいたい当たっていると踏んで良いだろう。

 

「すまない。ルイズの所に行ってくる」

 

「ええ、わかったわ。だけど、仕事サボった分は明日に回すからね」

 

「わかっているさ」

 

足早にヴァルディはこの場を去っていく。

……彼らが本当の兄妹かはともかく、それ相応に彼女を大事にしている、ってことは本当のようね。

ますますどんな関係なのか、気になるなぁ。

 

 

 

 

 

それからの出来事は、基本的に単調だったので纏めて説明する。

ジェシカという少女の指示に従いながら厨房での仕事をこなしていたんだけど、やはりと言うべきか、貴族であるルイズちゃんが接客業なんて出来るはずもなく、色々とやらかしてくれていた。

女性が接客することを絶対としている(スカロンはいいのか?)為、交代する訳にもいかず、一日の仕事を終えるまで失敗を繰り返していた。

あと、なんかチップレースっていうのが今週の企画であるらしく、一番チップを貰えた人には特別ボーナスの他に、魅惑の妖精亭の家宝であるビスチェっぽいものを一日着用する権利が与えられるとか。

良く分かんないけど、あれ着ると相手を魅了できるらしい。恐ろしいな。

多分、それを目当てにルイズちゃんも張り切りすぎたせいで、あんな感じになってしまったんだろう。

お金を稼ぐことが本命ではないからいいけど、お皿の割れる音が聞こえる度に申し訳なさが募る。

あ、因みにここでは僕とルイズちゃんは兄妹ってことで通している。そうすれば色々と面倒がなくて済むしね。

 

そして、今僕達は宛がわれた部屋にいる訳だが――

 

「ルイズ、そう落ち込むな」

 

「だって、だって……」

 

半ば涙声で枕に顔を埋めるルイズちゃん。

どうやら皿割りの他にも、客からのセクハラもあったらしく、かなり落ち込んでいる。

とはいえ、それだけでこんなに落ち込んでいるのではなさそうだが。

 

「すまない。私があのような提案をしなければ……」

 

「違うの。ヴァルディは悪くない」

 

「しかしだな」

 

「……貴族だからって言い訳はできない。今まで他人任せで生きてきたしっぺ返しがきただけだもの。でも、やっぱり……知らない誰かに仕事だからって身体を触らせたりするのは、嫌だ。嫌だ、けど――私の我が儘で姫様にも、ヴァルディにも迷惑は掛けられない」

 

身体を起き上がらせ、枕を胸元に抱えるルイズちゃん。

表情は変わらず暗いまま。

 

「だけど、きっと明日も同じ間違いを繰り返しちゃう。生理的な問題だから、意識ひとつでどうにかなるものじゃないもの」

 

枕を抱く腕に力が籠もるのがわかる。

未知の体験。それもあまり倫理的に良いとは言えない出来事となれば、本来投げ出していても不思議ではないのだ。

ましてや蝶よ花よと育てられたであろうルイズちゃんならば、免疫がないのも当然だ。

 

彼女の苦しみも、悲しみも、設定という名の幻想でしかないとしても、僕には紛れもない現実にしか感じられない。ならばそんな概念になんの意味があるというのだろうか。

まさにこの世界は、僕にとって第二の地球なのだ。

そして、僕にとって彼女は――何なんだろう。

 

「だけど……もしヴァルディが、私が眠るまで頭を撫でてくれたら、明日も頑張れるかもしれない」

 

上目遣いで、そんなことを言い出す。

 

「撫でるぐらい、幾らでも」

 

その答えに、ルイズちゃんは笑顔になる。

そんな姿を眺めていると、こっちも優しい気持ちになってくる。

そして望み通りルイズちゃんが眠るまで撫で続けた。

女の子との接触経験がない自分だが、彼女に関してはいつの間にか緊張とかはしなくなっていた。

やはり、いつも一緒にいるからだろうか。異性というよりも、家族――それこそ、妹のような目で見ているのかもしれない。

兄妹設定で潜り込んだのが、まさか本当に相手を妹と認識する切っ掛けとなるなんて。

現実では一人っ子だったから、何だか嬉しい。

それじゃあ、可愛い妹の為に、明日も身を粉にして働きますか。

……はやく諸悪の根源こーい。

 

ルイズちゃんの寝息が穏やかになった頃、小さくノック音が鳴る。

扉越しに声掛けしてルイズちゃんが起きたらマズイので、無言でこちらから扉を開ける。

 

「こんばんわ。ちょっといいかしら」

 

そこにいたのは、ジェシカだった。

仕事場での格好とは違い、寝間着姿である。

 

「こんな夜遅くにどうした」

 

「ちょっと話でも、なんてね。妹さんは寝ているようだし、私の部屋で……ね」

 

うーん、これは一体何フラグ?

しかもこんなタイミングでなんて、何かあるな絶対。

ジェシカに手を引かれ、彼女の部屋へと辿り着く。

流石に宿のいち部屋とは比べものにならないぐらい整頓されている。当たり前だが。

 

「適当に掛けて」

 

「ああ。――それで、話とはなんだ?こんな時間を選んだのも、ルイズの目を気にしてのことではないのか?」

 

ベッドに腰掛け、本題に入る。

あの都合の良すぎるタイミング、マンツーマンでの会話を前提としていると解釈していい筈。

事実、この判断は正しかったらしくジェシカはバツが悪そうに頬を掻いている。

 

「あはは、バレてたか。……貴方達二人は、どうしてここに来たの?」

 

「資金調達と宿の確保の為だ」

 

「違うわね。いや、違うって言うか、それは本命ではないんじゃない?」

 

探偵のように探りを入れ始めるジェシカ。

ここでバレたらアウトとかってあるのだろうか。

どんな可能性も否定できない以上、知らぬ存ぜぬを貫くしかない。

 

「……だとすれば、何だと言うのだ?君には関わり合いのないことだろう」

 

少し突き放すような言葉で牽制する。

しかしそんなの気にしていないと言わんばかりに、ジェシカは言葉を続ける。

 

「まぁそうなんだけどさ、人間気になりだしたら止まらないものじゃない。それに、別に当てずっぽうに言ってる訳じゃないのよ?」

 

「ほう」

 

「まず貴方達二人は、兄妹と言うには距離関係が微妙な感じなのよね。貴方はそれっぽいんだけど、あの子が貴方に向けている視線は、何か違うって言うか……。だからといって恋人って感じでもなさそうだし、これに関しては有力情報にはならないか」

 

「その言い分だと、まだあるようだな」

 

「ええ。これは結構確実だと思うのよね。……あの子、貴族でしょ?」

 

「……根拠は?」

 

「平民なら出来て当然のことが出来ていなかったってのが大きいわね。あれは不器用とかそういうレベルじゃなく、根本的に知識に欠けている部分があったしね。あと、普段は直ぐさま会話は切り返すのに、一瞬でも言葉に詰まった貴方を見て、かな」

 

鬼の首を取ったと言わんばかりに嫌らしい笑みを浮かべるジェシカ。

ルイズちゃんの仕事ぶりに関して言われたら、ぐうの音も出ない。

今時子供でもあれぐらいの家事手伝いをしたことないなんて人、滅多にいないだろうしね。

それに、ここでの平民と貴族の差を明確に知らない僕としては、反論する材料がない。少なくとも、その辺りに知識に関しては彼女に分がある。

出任せでどうこう出来るとも思えない。だって、何か妙に鋭いんだもん。

 

「その様子だと、当たりっぽいね。あの子が貴族って事は、貴方は騎士?大きな剣なんか持っちゃってたし、そうなんでしょうね」

 

「それがわかっていて、何故そこまで近づこうとする?貴族など、平民からすれば圧政の体現、つまりは悪でしかない筈だ。仮に私が今の君の事を彼女に伝えれば、幾らでも不条理を押しつけて最悪この店さえも潰す結果になるかもしれんぞ。そこまでして知的好奇心を満たしたいというのなら、君はただの愚か者だ」

 

少し言い過ぎただろうか。というかここまで強く当たるつもりはなかったんだけど、これも全部ヴァルディがいけないんだ。辛辣に翻訳し過ぎやでぇ……。

言い過ぎたことを謝罪しようと思ったが、ジェシカの言葉が遮る。

 

「そんなことを目論むような人が、平民に紛れて仕事をするなんて思えないけどね。それこそ、貴方の言うような圧政の体現者が、仕事の為とはいえ平民と同じ格に一時的にでも落ちるなんてことするなんて思えないわね。貴族のプライドがそんなに安かったら、私達はここまで苦しんで生きてはいないでしょうね」

 

「……随分と信用しているんだな」

 

「信用、とはちょっと違うかな。信用出来るほど貴方達と関係があった訳でもないし。強いて言えば、自分を信用しているのかな。自分の持つ根拠を、意見を、勘をね」

 

ここまで言われたら、最早何て言おうが無駄なんだろうな、と悟る。

だけど、言うわけにはいかない。

我ながら意固地だな、と思う。だけど、ここでバラして任務が失敗に終わったら、折角頑張ろうと意気込んでいるルイズちゃんに申し訳が立たない。

 

「君が自分を強く信頼しているのはわかった。だが、こちらとて事情があることに代わりはない。故に、何も語る気はない」

 

ばっさりと切り捨て、話は終わったから帰るよ、という雰囲気をダシながら部屋から出ようとする。

 

「待って。ねぇ、貴方にとって、あの子は何なの?」

 

「……何か、か。そうだな、一言では言い表せんが、強いて言うならば、掛け替えのない存在だろうか。最早彼女が隣にいない生活など、考えられんよ」

 

この世界に来てから、ルイズちゃんが欠けた日常は一度として無かった。

ふと思い出せば必ず隣には彼女がいた。つきっきりとは言えないが、それでも彼女と一緒に居た時間が圧倒的に多かったことは事実。

パートナー、半身、相棒。色々呼び方は色々あるけど、掛け替えのない存在という意味では、同じだ。

 

「そっか。ごめんね、引き留めちゃって。おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

挨拶を済ませ、部屋を出る。

それと同時に、別の場所の扉が強く閉まる音が聞こえた。

何だろう、と思いながらも自室に戻り、一回ログアウトする。

一瞬見えたルイズちゃんの顔が妙に赤かったけど、布団被って暑かったのかな。調整ぐらいしてあげたら良かったかも。

 

 

 

 

 

昨日は、良く眠れなかった。

それもこれも、ヴァルディのせいだ。

ヴァルディが撫でてくれたお陰で安心できた私だが、いざ眠りにつく直前といったところで、扉が開く音がする。

目を開けたら、ヴァルディは部屋の中からいなくなっていた。

彼のことだから散歩だろうと普段は気にしないところだったが、その時は何故か後をつけたくなったのだ。

出だしが遅れたせいで見失ってしまったが、所在はすぐに掴めた。

微かだが、夜の静けさもあり、部屋から漏れる声に彼のものが含まれているのに気付く。

そっと耳を当てて、何を話しているのかを探ろうとした。

 

「ねぇ、貴方にとって、あの子は何なの?」

 

女の声。

誰だろうと思ったけど、恐らく一緒に皿洗いをしていた女だろう。

それ以外に彼がここで女性に接点を持っている様子はなかったし。

自分でも驚くぐらい冷静だな、と思う。ここでの会話はいわば男女の密会だというのに。

やっぱり、彼への信頼が強いからだろうか。

……言ってる自分で恥ずかしくなる。

 

「……何か、か。そうだな、一言では言い表せんが、強いて言うならば、掛け替えのない存在だろうか。最早彼女が隣にいない生活など、考えられんよ」

 

そんなことを考えながら耳を欹てていると、私の思考を停止させる発言がヴァルディから発せられた。

ヴァルディが、私の事をそのように評価してくれている。

……嬉しい。これ以上適切かつ直接的な表現が浮かばない。

不安は無かったと言えば嘘になる。彼の口から何度私を肯定する言葉が出ても、自己の劣等感が彼の言葉を額面通りに受け取ることを拒んでいた。

信頼しているからこそその信頼が幻想ではないのかと怯え、そんな自分を嫌悪する。

しかし、その憂いも今消え去った。

私の知らないところで語られた、彼の本心であろう言葉。

隣にいない生活が考えられないって、それってまるで、伴侶に対する言葉のような――

そこまで考えて、顔が真っ赤になる。

は、はは伴侶だなんて、そんな。有り得ない、有り得ないけど、いいな、なんて――じゃない!

私とヴァルディはメイジと使い魔、そういうのじゃない!

ぶんぶんと頭を振り、思考を正常化する。でも、先程の想像の余韻が頭から離れないでいた。

それから別れを告げる言葉が聞こえたので、慌てて部屋に戻った。

幸いヴァルディにはバレていないようだから良いものの、分かってたら気まずいなんてもんじゃない。

彼は気にしなさそうだけど、それもそれで何か嫌だ。

 

今日も今日とて接客行為に四苦八苦していると、ふと耳障りな笑いが聞こえてきた。

見てみると、そこに立っていたのは貴族の中年男性だった。それも、典型的な下卑た感じの。

……まさかコイツが、私達のターゲットだったりしないわよね?

取り敢えず様子を見ていると、スカロンが低姿勢で貴族に接客している。あの対応を見る限り、常連のようだ。

じっと貴族の方を見つめていると、目が合ってしまう。

 

「おい、そこの娘。酌をしろ」

 

「……はい」

 

滅茶苦茶嫌だったが、ここで断ってヴァルディに迷惑を掛けることはしたくないので、素直に要望に応えることにする。

貴族の嫌らしい視線も、無視を決め込む。

 

「ふんふん。……身体は貧相だが、この尻は悪くない」

 

そう言って、あろうことかこの男は私のお尻を撫でたのだ。

気が付けば私は、貴族を全力で蹴り飛ばしていた。

 

「触ら……ないでっ!」

 

「なっ、貴様、貴族の私を足蹴にするなどと!」

 

「五月蠅い!私の身体はねぇ、アンタに触らせる為にあるんじゃないのよ!」

 

口論していると、取り巻きが集まってくる。

 

「ふん、この私に手を挙げたこと、後悔させてやろう!」

 

「後悔。ふむ、それはどのような方法でしょうか」

 

勝ち誇った貴族の男が、何事かと表情を歪める。

私達の間に割って入ってきたのは、ヴァルディだった。

 

「なんだ貴様。貴様も私に逆らうのか!?」

 

「至極真っ当な意見を申させていただきますが、そもそも貴方が彼女の身体を撫でたことにそもそもの原因があります。貴族として、いや紳士としてその様な振る舞いは己の格を下げる行為になるのではないでしょうか」

 

「格だと?私は貴族だ!その時点で貴様らより格は上なのだ。何故格下の貴様らに対し遠慮する必要があるというのだ!」

 

……格下、ですって?

その言葉が、私の沸点を著しく下げていく。

私自身に向けられたことに対する怒りじゃない。ヴァルディが、こんな男より下と言われた現実が、許せなかった。

我慢の限界が、二重に訪れた。

 

「アンタが格上?違うわね。私達が上、アンタが下よ!」

 

ありったけの現実を、調書と一緒に叩きつける。

王室発行の身分証明書であり、今回の問題提起及び解決に携わる立場であることが記されているものだ。

 

「そ、それは!」

 

この紙の価値を相手が理解した瞬間、皆揃って土下座の体勢である。

権力を盾に横暴を振るう輩は、総じてそれ以上の権力に弱いのだ。

 

「し、失礼しました~!!」

 

そんな情けない言葉を残し、貴族達は今までの横暴により得ていた金を置いて去っていった。

やれやれ、と溜息をひとつ。

振り返ると、店にいる人達が皆、私達を見つめていた。

そりゃあそうだ。私がここに来た目的も意味も、そして立場も。すべてバレてしまったのだ。もうここにはいられない。

そう思ってヴァルディの手を引き、去ろうとした時、スカロンがパンパンと手を叩く。

 

「――――はいはい!妖精ちゃん達、お客様を放って何しているの?ルイズちゃん達を見てたって、魅惑のビスチェは着れないわよ?」

 

スカロンの言葉を聞き、慌ただしく元通りの活気が戻っていく。

それを満足げに見つめたスカロンが、こちらへと近づいてくると、一言。

 

「私達は何も見なかった。執政官を追い出す権力者なんて知らないし、ここにいるのは頑張りやな女の子だけ」

 

「店長……」

 

「や~んもう、ここではミ・マドモワゼルって呼んでって言ったじゃない?」

 

くねくねと相変わらずの雰囲気に戻るスカロン。

ふと、ヴァルディの顔を覗き見る。

気のせいか、少し嬉しそうだった。

それが何を指してのものかはわからなかったが、嬉しいのは私も一緒だ。

貴族だってわかっても、ここにいる皆が私をただのルイズとして接することを止めなかった。貴族だからって理由で、遠ざかるようなことはしなかった。

その事実が何よりも、今回の任務で得た報酬だったのかもしれない。

 

それからの事だが、チップレースは私の勝利に終わった。執政官が置いていった金が大逆転の一手となったのだ。

正式に働いた結果ではないから、魅惑のビスチェは受け取れないと拒んだのだが、誰もが頑なにそれを拒否し続けた。

仕方ないので、着てみることにした。

見せる相手は、ただ一人。

 

「……ヴァルディ」

 

「……それが、例のものか」

 

部屋のベッドに腰掛けていたヴァルディに、私の姿を見せる。

私の格好は、接客時のそれよりも扇情的なものとなっている。

スカート、丈が短すぎる。普段ならこんなもの絶対に着ないんだけど……彼にならいいかなって思ったから、今に至るのだ。

 

「どう?似合ってる、かな」

 

自分でも分かるぐらい弱々しい声で、そう問いかける。

するとヴァルディは、初めて見るぐらいの優しい表情で、

 

「ああ。とても」

 

私が望んで止まなかった言葉を、告げた。

顔が赤くなるのがわかる。聞き耳立てていた時よりも、熱い。

その熱に中てられたせいだろう。私は大胆にも、彼の隣に移動し、座る。

 

「……ありがとう。今日、庇ってくれたでしょう?」

 

「いらぬお節介だったがな。結局、何もできなかったのと同じだ」

 

「そんなことない。それは結果論でしかないわ。……私ね、嬉しかった。庇ってくれたこと。その事実だけで、私は胸一杯よ」

 

普段ならば胸の内に仕舞うであろう恥ずかしい言葉も、今なら素直に言える。

酒に酔った勢いのようなものだ。なら仕方ない。

正当化を自分の中で済ませ、意を決して私は彼の腕に抱きついた。

彼の表情に、変化はない。

 

「こんな私だけど、これからも一緒にいてくれる?」

 

「何を今更。当たり前だろう」

 

彼の本心を聞いた今なら、いつも通りに聞こえる言葉も素直に受け取ることができる。

彼の身体に寄りかかる。暖かく、安心できる私だけの空間。

どうせ明日になれば、こんなことは出来なくなる。だったら、この瞬間を楽しもう。

 

 

 

 

 

そんなルイズの心境を欠片も知ることのないヴァルディはと言うと。

 

『アイエエエエ!ルイズ=サン!? ルイズ=サンナンデ!?ルイズ=サンのビスチェ姿カワイイヤッター!とか思ってたら、こんな状態なんだもん!このままでは僕の理性が爆発四散してしまう!ヤメロー!ヤメロー!ルイズ=サンは誘惑のタツジン過ぎる!妹に誘惑される兄がいるか!エセ兄貴死すべし、イヤーッ!オタッシャデー!グワーッ!』

 

案の定混乱していた。

 




ワルドに直行せず、アニメ準拠の流れに。
寄り道した理由は、主人公にゲーム世界の感覚を味わわせるには丁度良い展開だなーと思ったのと、他にもちょっとした伏線を張りたかったってのもある。メイジを圧倒する騎士……一体何者なんだ。
原作ではまだ先のことだから、アニメだといきなりデレてる印象があったけど、こっちだったら違和感ない、かも?
本格的にルイズがデレてきた。そして相変わらずのヴァルディの中の人。
ジェシカはそういう対象にはしませんでした。出そうと思えば出せるが、ヒロイン化するには空気レベルが高い。

これからもレイヴ以外にも色々投入していきたいな。
装備だけとはいえ、多重クロスはあんまり受け入れられないんだろうなぁ。
私も書くぶんにはいいけど、読むだけとなればわからん。

次は何書こう。ワルドでもいいし、惚れ薬でもいいんだけど、後者はネタにすると色々と面倒なことになるんだよなぁ、マジで。

次回はリアル事情で遅れる可能性大。むしろ最近の私が異常なだけなんだよ。新ロロナもやりたいお……。


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第十二話

肉体的ゆとりはあれど、精神的ゆとりはない。そんな近況。


複雑な心境を胸に抱えながら、闇夜を裂く勢いで馬を走らせるロングビル。

彼女はフーケとして破壊の剣飾を盗み、それを売ることで資金を得ようと画策していたが、まさか敗北の果てに身元バレもなく、自身もフーケから破壊の剣飾を取り戻した功労者として扱われるなんて、誰がそんな都合の良い未来を想像できたであろうか。

とはいえ、それが現実になってしまった以上、その状況を利用するのが賢いやり方と言える。

貴族の肩書きを剥奪された私に与えられた褒賞は、大量のお金だった。

しかもその額は、破壊の剣飾を質屋に売りさばいて得られるであろう予測額を遙かに上回るものであった。

はっきり言って、これだけ稼げれば学院でちまちまと小金を稼ぐ必要はない。

オールド・オスマンには一時の帰省という名目で学院から永遠に去る算段でいた。

要望は療養も兼ねてあるということで、あっさりと通った。

何もかもが都合良く進んでいる。それこそ不気味なぐらいに。

盗賊なんてケチがつく職なんかすっぱり止めて、帰りを待つ妹の傍にいてやりたい。そんな夢が叶う、筈だった。

 

「土くれのフーケだな?」

 

どこからともなく聞こえる、男の声。

夜の静寂を抜きにしてもとても良く響くそれは、彼女の意識を逸らすには充分すぎた。

馬を止め、周囲を見渡すと、仮面をつけたメイジと思わしき風貌の男が悠然と佇んでいた。

 

「ええ、と。どちらさまでしょうか?」

 

しらを切るロングビルだが、意に介した様子もなく男は続ける。

 

「悪いがそっちの事は調べがついている。煙に巻くなんてことは考えるだけ無駄だぞ」

 

仮面の奥に光る双眸がロングビルを――否、フーケを射貫く。

フーケは観念したと言わんばかりに大きく溜息を吐く。

彼女の甘い理想は、過去の経歴によって瞬く間に塗り潰されていく。

一度悪に手を染めた者は、決して光に当たることを許されないという現実。

それを嫌という程見せつけられたフーケは、苦虫を噛み潰したような表情で男に向かい合う。

 

「……その名で私を呼ぶってことが、どんな意味を持つかわかってるのかい?」

 

「仕事を依頼したい。いや、正式には勧誘、と言うべきか」

 

「勧誘?」

 

「そうだ。アルビオンの――君の故郷の為に働くというのも悪くないと思わないか?マチルダ・オブ・サウスゴータ」

 

マチルダと呼ばれたフーケは、目を見開く。

それは、彼女の真の名。貴族としての地位を失った時点で、この名を呼ぶのは妹だけだと思っていた。

同時に、その名を知るという事実が仮面の男の情報網――背後の大きさが伺える。

名前を知っていると言うことは、その背景さえも余すことなく知られている可能性は大と見ていいだろう。

 

「……そこまで知っているなら、私が王族の為に働くと言うと思っているのかい?」

 

「君の意思は重要じゃない。ここまで暴露してしまった以上、君に与えられる選択肢は二つだけだ」

 

「取り込まれるか、消すか。かい?」

 

「その通りだ。どうするかね」

 

事実上の一択のみの問題だというのに、いけしゃあしゃあと男は問いかける。

戦って男を倒す、という選択肢は勿論ある。だが、こっちは相手の事を何も知らないのに対して、相手はこっちを知り尽くしている。

土メイジの戦闘は、錬金によって頭数を揃えることを前提としたものが殆ど。つまり、攻勢だろうが守勢に回ろうが、丸腰の状態から始まる場合ディレイが他の魔法に比べてかかってしまう。

当然相手はこっちの手を知り尽くしている以上、あらゆる行動を封じられると考えていいだろう。

戦闘になるであろうことを考慮してこの男を派遣したと考えると、男の強さもスクウェアクラス、相性を加味すると風メイジである可能性も高い。

一度牙を剥けば、仮に仮面の男を倒したとして、第二第三の刺客が現れる可能性だって否定できない。そうなればいたちごっこだ。

そして最悪、ここで断ることで妹にまで被害が及ぶことを考えると、首を横に振るなんて事はできない。

結局、詰んでしまっているのだ。どうしようもないぐらいに。

 

「……わかったよ。アンタらの仲間になる」

 

「賢明な判断だ。あと、訂正しておくが私達は王族関係ではなく、その王族に反旗を翻す者だ。何も懸念することはない」

 

「王族に反旗を翻し、アルビオンが出てきたってことは、まさかアンタらは――」

 

仮面の男の口元が歪む。

 

「そう。ようこそ『レコン・キスタ』へ。マチルダ・オブ・サウスゴータ」

 

 

 

 

 

最近は、凄く平和だった。

ゲームの中だというのに、ファンタジーな世界観なのに、日長一日ぶらぶらしたりいつものメンバーとお話したりばかりで、刺激になるような出来事は何も起こらなかった。

たまにはそういうのもいいかな、と思って何も考えずに動いていたけど、そろそろ変化が欲しいところ。

 

この世界を第二の現実と認識し、ルイズちゃんを妹のように思うようになってから、この世界を見る目線が変わった。

以前は何事もゲームの概念に引っかけて物事を考える節があったが、最近は形を潜めている。

ただの世間話すら、認識が変われば新鮮に感じる。

最初からあまり意識してはいなかったけど、相手も同じ人間なんだって強く思えるようになってからは、一層彼らを見る目が変わった気がする。

 

そんな僕は、今日もルイズちゃん達の授業中の暇つぶしをしている。

使い魔同伴という形で授業に参加してもいいんだけど、普段から落ち着きのない性格の自分は、大人しく授業を受けるという行為は合わない。

魔法の勉強だから興味深い内容なんだろうけど、使えないのならば覚えたところで、ねぇ。

最初の頃は楽しいかもしれないけど、一回参加してからは二回、三回とずるずると参加する羽目になろうものなら、かなり辛い。なまじ使えない分、尚更。

ノーと言えない日本人の一人だから、多分逃げることはできないだろうしねぇ。

どの世界に居ようとも、勉強は嫌なんですよ。実益に繋がるならまだいいんだろうけどさ。

勉強しても役立つかどうか分からないという意味では、現実のそれと遜色ないね。人間四則計算できれば生きていけるって。

 

そんな益体もないことを考えている自分ですが、現在シルフィードと戯れていたりします。

タバサ先生の使い魔であるこの子には、彼女共々お世話になりっぱなしなので、偶然学院付近で待機している姿を発見し、今に至るという訳である。

こうして撫でたりしてみると、何というか、凄く……いい。

もふもふする訳でも抱き締めたくなるという訳でもないけど、凄くかいぐりかいぐりしたくなる。

大人しいし、顎を撫でると鳴いてくれるし、凄くやりがいがあると言いますか。とにかく、可愛いんだよぉ!

流石に人様のペット?なので、過剰な行動は取れないけど、そうじゃなかったらどうなってたことやら。

そんな感じで癒しを堪能していると、ふと学院の方が騒がしくなってきた。

同時にシルフィードはどこかへと飛び立ってしまう。ああ、僕の癒し……。

 

「ヴァルディ!」

 

しょんぼりする暇もなく、ルイズちゃんの声に振り返る。

 

「どうした」

 

「姫殿下がこの魔法学院にいらっしゃるのよ!!」

 

「姫――ああ、君の友人の」

 

「昔の話よ。今では身分も違いすぎるし」

 

「それでも、彼女は君をお友達と呼んでいた。公私云々は抜きにすれば、あの時の反応からして昔と何も変わっていないように見えるが」

 

「そんなこと――って、そういう話をしたいんじゃないの!とにかくそれで授業は中止。姫様をお迎えする準備があるから、私と一緒に居て欲しいの」

 

「別に構わないが」

 

「ありがとう。じゃあ私達の部屋に戻りましょう」

 

ルイズちゃんの指示で、僕達はアンリエッタ姫の歓迎会の準備に向かう。

とはいえ、実際に僕が何かするといった訳ではなく、ちょろちょろすんな大人しくしてろってことだったらしい。

立場としては正統なんだろうけど……駄目な兄貴って感じで申し訳ありません。ぐすん。

いや、こっちが勝手にルイズちゃんを妹って認識してるだけで、あっちからすれば一介の使い魔でしかないんだけどさ。

……べ、別にお兄ちゃん!なんて呼ばれたい訳じゃないんだから!

と思ったら、耳を隠さないといけないのを思いだし、ルイズちゃんが言っていた準備とは、これも含んだことだったらしい。浅慮でごめんなさい。

なんてアホなことを考えながらルイズちゃんの後をひたすらついて回っていると、いつの間にかあらかたの工程を終えていざ歓迎すべく待機している状態まで進んでいた。

 

「そろそろね」

 

「まさかこんな短いスパンで再び彼女とまみえることとなろうとはな」

 

一応王女なんだよね?なんか自由過ぎる気がする。

流石に遊びに来た、なんて理由で外出出来る筈もないだろうし、何か大きな事件でも起こりそうな予感。

 

「来た」

 

いつの間にか近くに居たタバサ先生の合図を皮切りに、皆が直立不動の体勢を取る。

煌びやかに装飾された馬車が正門を潜る。

馬車を引く馬は、まさかのユニコーンだった。やべぇ、かっけぇ。

その周りには如何にも騎士ですって風体の人達が取り囲んでおり、更には上空にはグリフォン?っぽい幻獣が歩幅を合わせて護衛している。

その光景を前に、アンリエッタ姫って本当にやんごとなき人なんだなぁと思い知らされる。

あまりにも初邂逅が自然だったものだから、勘違いしてたよ。

アンリエッタ姫が、馬車から降りると共に沸き上がる歓声。

周囲に笑顔を振りまきながら歩むその後ろで、馬車から更に降りてくる影。

それはまるで赤魔導士みたいな装備の、髭が似合わない男性だった。

なんで髭生やしているの?剃ったらイケメン間違いないのに、なんで?ないわー。

もうね、見てらんなかったから即刻視線をアンリエッタに戻したよ。ジャンパーのチャックが噛み合わないようなもどかしさは望んで味わいたくはない。

 

そんな予想外な不快感を味わう羽目になった以外は、何事もなく終わった。

アンリエッタが滞在しているという理由で必要最低限の行動しか許されない状況に置かれた僕達は、必然的に部屋に籠もるしかなくなり、暇を持て余す。

ふと、ルイズちゃんの様子がおかしいことに気付く。

どこか複雑な表情で思案する様子は、どこか不安げにも見える。

どうしたのか問おうとした時、ノック音が部屋に響く。

夜遅くになり、かつ行動を制限された今、誰が来るというのか。

わからないながらも、近所迷惑を避けるべく音を立てないようにドアを開ける。

そこに居たのは、フードを覆った何者かであった。

身長差がありわかりにくいが、フードの人は人差し指を口元で立てる。

 

「お静かに。どこに目が光っているのかわかりませんから」

 

そう言って杖を振るフードの人。そしてそのまま僕を押し退けるような形で部屋に入ってくる。

 

「その声、もしかして――」

 

「はい。数日ぶりですね、お二人とも」

 

フードを取り払うと、そこにいたのは――まさかのアンリエッタだった。

 

「何故貴方がここに」

 

「そうですよ。護衛もつけずに、不用心すぎます」

 

そう言った意味では、僕達は用心してたね。

いやー、お偉いさんが滞在しているって理由でフェイス・チェンジをそのままにしておいて良かったよ。

しかしこれ、いつまで効果続くんだろう。

 

「護衛をつけない理由があったからこそ、です。……それを踏まえて、お二人にお話があるのです」

 

ルイズちゃんに差し出された椅子に腰掛けたアンリエッタは、一呼吸置いて話し始める。

 

「私、結婚することになりました。ゲルマニアに嫁ぐ形で」

 

「――ゲルマニアに、ですか?」

 

「あまり、驚かないのね」

 

「驚いていますよ。ただ、昔の私ならここで狼狽していただろうってだけで」

 

「……成長したのね。羨ましいわ。……貴方が成長したのに、私は昔のままなんて甘えたことは言っていられないわね」

 

遠巻きから話を聞いているが、結婚かぁ。しかも政略結婚っぽいし。

政略結婚かぁ。愛がない、とは言わないけどお見合いも然り、理想の流れとは言い難いよね。

結局始まりは利害の一致からくるものなんだから、愛情が挟む余地は結婚の後にしかない訳で。

現代人の考えだから、どうしても偏見も入っちゃうけど、やっぱり結婚は恋愛あってこそだと思う。

 

「大きな声では言えませんが、トリステインは他国に比べて国力に劣ります。有数のメイジを排出する国という評価はあれど、数人程度の実力者で国家が回る訳でも護れる訳でもない以上、戦争になればどうしても後手に回ってしまうでしょう」

 

「それは……」

 

「アルビオンが今レコン・キスタを名乗る貴族派によって制圧されようとしています。それが完了次第、次に狙われるのはほぼ間違いなくトリステインでしょう。私はトリステインを護る橋渡し役として、ゲルマニアと同盟を結ばなければならないのです」

 

「そ、そんな……」

 

部屋全体に重い空気がのし掛かる。

モニター越しでは気にならなかったであろう空気も、今の僕には現実同然に襲いかかる。

だけど、僕はそれを破る為の言葉を持ち合わせていなかった。

 

「王族として生まれたからには、そういう運命もあると覚悟してきたつもりです。ですが、それを阻害する問題があります」

 

「それは?」

 

「大きな声では言えませんが――お恥ずかしながら、現アルビオン皇太子ウェールズ・テューダーと私は、将来を誓い合った間柄なのですよ。勿論、正式な婚姻が結ばれた訳ではなく、それこそちょっとした遠距離恋愛をする恋人のような関係でしたが。そして、そんな関係の彩る日常の一ページに過ぎない行動が、今トリステインの危機の引き金となっています」

 

「それは、一体?」

 

「……恋文です。公式のものではないとはいえ、もしそれが貴族派に行き渡れば、ゲルマニアとの同盟はご破算になる切っ掛けを与えてしまうことになる。いえ、それだけで済めばいいかもしれません。使い方によっては、色々な悪用方法があるでしょうし。兎に角、それを避ける為にも手紙を破棄するなり回収するなりしなければならないの」

 

そこでアンリエッタは口を閉じ、膝の上で強く拳を握り締める。

 

「……ここに来たのも、土くれのフーケを退けたとされる貴方達にその任を受けてもらう為です。身内の問題は身内で解決すべきなのは重々承知しています。ですが、トリステインも一枚岩で構成されている訳ではありません。貴族は利権に固執する者が多い傾向にある為、扱いやすいのと同時に信用も出来ない。貴方達も、先の一件で身に染みて実感したでしょう?」

 

平民に対して横暴を行っていた貴族をとっちめる任務のことだね。如何にも小物って感じだったね。

少なくとも、絶対の信念を持ってあんな行動をしていたとは欠片も考えられないぐらいには、小物だったね。

 

「一歩間違えばすべてが終わってしまうであろう状況で、関係者というだけで信用するなんて安易な行動は取れない。それこそ、心から信頼できる相手に縋るしかない程に、今の私に選択肢はないの。……軽蔑したかしら?お友達なんて言っておきながら、そのお友達を死地に送ろうとしているんだもの」

 

自嘲気味に微笑むアンリエッタの姿は、痛々しくて見ていられない程だった。

国のために友人を戦場に送り込む。それがどれ程辛い決断なのかなんて、本人にしか分かり得ない。

だけど、彼女の表情を見れば嫌でも理解してしまう。

王女だなんだと言っても、まだルイズちゃんと同い年ぐらいでしかない。それなのに、精神力に明確な差が出るとは思えない。

いや、立場上なまじ半端に現実を理解してしまっているからこそ、自分の言葉の意味も理解してしまい、苦しむ羽目になっている。

生まれ育った環境が違うだけで、ここまで残酷な運命にまで発展するなんて、平和な日本で生きていた自分には考える余地さえも与えられなかった。

そんな僕が、彼女を慰めたところで上辺ばかりの薄っぺらい言葉にしかならない。

だからその役目を担うのは、僕じゃない。

 

「……確かに、姫の発言はとても重いです。その立場上、貴方の言葉に逆らえるトリステイン国民は極僅か。そうともなれば、嫌でも実感せざるを得ないでしょう」

 

「ッ――――」

 

「ですが、私は嬉しかったです。頼ってくれたこともですが、あのままだったら私は無知なまま、姫の嘆きを知らぬまま漠然と事実を受け止めるだけに終わっていました。私なんかをお友達と呼んでくれた姫様が、私の知らないところで傷ついていることを知らないまま生きていくなんて、そんな悲しいことはありません。だから――手紙奪還の任、受けさせていただきます」

 

「ルイズ……ありがとう。私の過ちだというのに、貴方にすべて任せてしまう形になってしまって」

 

「私もトリステイン国民ですから、無関係なんてことはありませんよ」

 

どうやら、万事解決したらしい。うーん、この空気っぷり。

それにしても、いつの間にかアルビオンって所に行くことになっている。場所はわからないけど、雰囲気的に遠出になりそうだ。

本格的に世界が拡がっていきそうな予感。オラわくわくすっぞ。

 

「ヴァルディ殿」

 

ふと、アンリエッタに声を掛けられる。

 

「どうか、ルイズを――私のお友達を護ってあげてください。無力な私に代わって、どうかお願いします」

 

「心配なされずとも、その大任、見事成し遂げてみましょう」

 

「ありがとう。それと、貴方が言っていた特殊な道具に関してですが、マジックアイテムを研究している機関に問い合わせてみたところ、該当する物がありました。ですが、今回は状況が状況ですので、持ってくることが出来ませんでした。ですので、帰ってきた暁にはそれをお譲りすることを約束します」

 

「感謝します」

 

僕に対する話は終わったようだし、折角友人同士気兼ねなく話せる状況なんだ。お邪魔虫は退散しよう。キュルケかタバサ先生の部屋辺りに。

そう考え、静かに部屋から退散すべくドアに手を掛ける。

 

「…………ん?」

 

ドアが重い。しかしその重さも一瞬のもので、軽くなった途端ドタドタと騒がしい音が廊下に拡がる。

そのままドアを開けると、そこには尻餅をついたギーシュが僕を見上げていた。

 

「何をしている」

 

「え!?あ、いや、その、これは」

 

何かテンパってて要領を得ない。ていうかここ、一応女子寮的な場所だよね?なんでいるの?

 

「ギーシュ!?あんたなんで――」

 

「待って、ルイズ。事を荒立てる訳にはいきません。ヴァルディ殿、彼を部屋に入れて下さい」

 

「分かりました」

 

相変わらず腰の抜けたギーシュを無理矢理立ち上がらせ、部屋に引きずり込む。

 

「あ、アンリエッタ姫殿下!本日もご機嫌麗しゅう――」

 

「挨拶はいいです。それよりも、何故このような場所に貴方のような方がいるのですか?少なくとも、偶然あの場に居たなんて都合の良い展開は有り得ないと思いますが」

 

そりゃそうだ。男子が女子寮にいる時点でね。あ、僕も男子か。

 

「そ、それは。フードを被った謎の人物を視界の端に偶然捉え、正義感から尾行などしてみたりしたのですが、まさかその正体が姫殿下などとは思いも依らず、つい出来心でこの場に留まっていたという次第です……」

 

「それはつまり、先程この部屋で行われた会話の顛末も盗み聞きしていた、と捉えても?」

 

「……はい」

 

「正直ですね。美徳だと思います」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ですが、その言葉が真実だとすれば、私は貴方を大人しく帰す訳にはいかなくなりました」

 

「そのことですが、その密命、このギーシュ・ド・グラモンにも仰せ付け下さい!」

 

「グラモン、もしかしてグラモン元帥の」

 

「息子です」

 

元帥とか、なんか格好いいな。

というか、グラモン家って結構凄いのな。ギーシュはあれだが。

 

「成る程、軍人の家柄の貴方ならば、申し分ないでしょう。わかりました、許可します」

 

「姫殿下、そのような浅慮を――」

 

「ルイズ。戦力が多いに越したことはありません。それに、どこに目があるか分からないとはいえ、まさか彼ほどの年齢の者にその疑惑があるとは思えません。特に、こうも簡単に口を割り、尾行バレをするような者ならば尚更そう思いませんか?」

 

笑顔で毒を吐くね、姫。まぁ、ルイズちゃんとかならいざ知らず、赤の他人に恋文がどうのって会話聞かれたら、嫌な気分にもなるよね。

ギーシュも何か変な表情になってるし。コイツならご褒美だとか言いかねんが。

……あれ、そうなると僕も悪印象?

 

「兎に角、明日からアルビオンへと発ちます。昔の話ですが、姉たちとアルビオンへ旅をしたことがあります故、地理には明るいかと」

 

「そうですか。ウェールズ皇太子はニューカッスル付近にいるものと思われます。貴方達の目的が貴族派に知られれば、旅は困難なものとなるでしょう」

 

「問題ありません。私にはヴァルディがいます」

 

「……そうですね。よろしくお願いします」

 

「私も、私も粉骨砕身の思いで望ませていただきます!」

 

出しゃばるなぁ、ギーシュ。下心丸見えだよ。

 

「それと、この手紙と水のルビーを身分証明の証として持っていって下さい。皇太子に見せれば、これ以上とない身分証明になるでしょう。場合によっては、ルビーは売却して旅の資金としても構いません」

 

「わかりました」

 

明日から、本格的な旅が始まる。

ギーシュというイレギュラーもいるものの、まぁなんとかなるよね。

そんなことより、馬に長時間乗りそうだから、お尻が大変なことになりそう。そっちのが心配だよ。

 

 




アンリエッタが原作よりも大人びているのは、意識の違いですね。
ルイズが成長している、と理解したことで自分も昔のままではいられない、という考えに到った結果です。
そんな簡単にいくか?って感じもしますが、原作でも結構多感で移り気が激しい傾向にあるから、簡単に影響されそうではある。よって問題なし。

ギーシュの扱いは一貫してこんな感じになりそう。興味のないヤロウの描写なんて面倒でたまらん。(ギーシュファンの人には)すまんな。

次回はルイズ視点8割ぐらい?残りは未定。


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第十三話

他ならない、という表現の為に30分悩んだ私はもう駄目かもわからんね。


ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは夢を見る。

その光景は、幼き頃の自分が母のスパルタ教育に耐えきれず逃げ出した時のものだった。

魔法が使えないという理由で厳しく指導されていたにも関わらず、爆発に還元される魔法は改善されない。

二人の姉が魔法を使えることで比較される毎日。

そして期待に応えられない情けなさも相まって、私はお気に入りの池のほとりに小舟を浮かべて孤独に泣く日々。

ここなら誰に憚れることなく無様な姿を晒せる。

貴族として生まれたからこそのプライドが成す、せめてもの抵抗。

そんな光景を第三者の視点で見るのは、苦痛でしかない。

折角乗り越えたと、受け入れたと思ったのに。

結局それは幻想でしかないのだと、現実は何も変わってはいないことを、悪意を以て見せつけられた気分だ。

……いや、自分自身がまだ心のどこかで劣等感を抱えているから、こんなものを見てしまうのか。

 

「泣いているのかい? ルイズ」

 

聞こえる、懐かしい声。

声のする方へと視線を向けると、そこには過去の羨望の象徴がいた。

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。幼い頃に互いの親同士が許嫁という関係を成立させ、その相手となったのが彼。

ゼロの私とは違い、優れた能力を持ち、こんな私に対しても優しく接してくれた。

勿論、嬉しかった。しかし、その感情は最早過去のもの。

今、私が映すワルドという存在には、昔ほどの輝きはない。

それは間違いなく、ヴァルディという掛け替えのない存在を見つけてしまったから。

ヴァルディが宝石ならば、ワルドはそこらにある石を必死に磨いて光沢をつけたぐらいの輝きしか感じられない。

簡潔に言ってしまえば、何の感慨も浮かばないのだ。

幼い頃の記憶であり、かつ何年も疎遠になっていたのだ。今更思うことがあるとすれば、懐かしさだけだろう。

その懐かしさも、ワルドという緩衝材に価値を見出せなくなった時点でただの苦い思い出でしかない。

 

まるで、演劇を見ているかのような気分で目の前の甘酸っぱい光景を眺める。

仕方ないこととはいえ、今ワルドと乳繰り合っている過去の私を見ていると、最早別人としか思えない。

そのお陰か、眼前の光景を見て燻っていた劣等感は消え去っている。

だが、あのワルドを見ていると、何というか――言いようのない不快感を覚える。

私に向ける笑顔。言葉にすれば同一のものなのに、ヴァルディのそれとは違うように感じる。

認識の違いから来る優劣なのか、それとも他に理由があるのか。

何にせよ、私はワルドに欠片も未練はない。会う機会も滅多にないだろうが、酒の席で結ばれた婚姻が未だに継続していたとしても、すっぱり断れる自信がある。

とはいえ、ワルドが嫌いな訳ではない。さっきの不快感を除けば、彼は私に良くしてくれた記憶のある数少ない人物。無碍には出来ない。

だから、言葉を選ぶのに悩むことはあるだろう。しかし、それだけの躊躇いに過ぎない。

 

物語が終局を迎えるであろう瞬間――世界は一変した。

何の予兆もなく、物語のページの間に全く別のページを挟み込んだかのように、平和な光景は地獄へと変わった。

そこに、ワルドも過去の私もいない。

あるのはメイジも平民の兵士問わず平等に死が蔓延する大地に、その地獄で必死に戦い続ける有象無象の命達。

私は、その光景を遙か高い場所から見下ろしている。

目を逸らしたくなるような光景だが、身体が動かない。

そして、まるでそれが必然であるかのように、視界に収まるひとつの影。

 

「ヴァル、ディ―――?」

 

思わず漏れる言葉。

私の使い魔であるエルフの青年は、その地獄の中を一騎駆けする。

まさに無双と呼ぶに相応しい立ち回りで敵を圧倒する光景は、まさに圧倒的とも言えた。

しかし、その強さ故に、誰もが彼に注目する。

地平線の彼方まで人間で埋め尽くされた光景。と言うことは、最低でもその半分は敵だと考えていいだろう。

半分といえど、単体が遙かに彼に劣るといえど、一度そのすべてに危険人物と認識されてしまえば、話は別。

最優先に倒す目標として認識されたことで、全方位から攻撃がヴァルディへと集中する。

ヴァルディはそんなことでは倒れない。傷ひとつつかない。

だけど、縦横無尽に襲いかかる敵が彼を休ませる暇を与えない。

兵士は消耗品の如くその命を散らしながらも、確実にヴァルディを消耗させていく。

確信する。このままでは間違いなく、彼は――――

 

「やめて、ヴァルディ!戻って、戻ってきなさい!」

 

張り裂けんばかりの叫びも、戦争が放つ狂気が阻んで届かない。

そして、そんな叫びも虚しく、視界が白に染まっていく。

その時、これが夢の光景であることを思い出すが、それでも叫ぶことを止めない。

夢だからという理由で安堵できない何かがあったからこそ、意識を手放す瞬間まで叫び続ける。

 

「ヴァルディ――――――!!」

 

夢の中でも、最後まで私は無力なままだった。

 

 

 

 

夢から覚めた私は、まず安堵する。

地獄から帰ってきたこと。ヴァルディが五体満足で私の前に現れてくれたこと。

それが嬉しくて、同時にあの夢は所詮夢なのだと見切りをつけることもできた。

お陰で、日常生活に支障を来すことなく、いつも通りの一日を過ごせる。筈だった。

 

コルベール先生が突如として授業中の部屋へと入りこんで来たかと思えば、アンリエッタ姫殿下がこの学院に来訪するという報せを届けてきたのだ。

その鶴の一声により、学院は大騒ぎ。歓待の準備に皆がせわしなく動く羽目になる。

私はその報せを聞いた後、すぐにヴァルディに会いに行くことにした。

ヴァルディは授業中は基本的に自由に行動している。彼の気分次第で行き先は変わる為、そう簡単には見つからないと思っていたけど……案外早く見つかった。

彼はシルフィードと戯れていた。遠巻きだから詳細は分からなかったけど、多分そうだった。

近くに寄ると、シルフィードが逃げていく。

それを期と見た私は、彼に向けて名前を呼ぶ。

 

「ヴァルディ!」

 

振り返った彼の姿は、相変わらず絵になる。

何でもない日常を背景にしている筈なのに、彼が居るだけでどうしてこうも違うのか。

 

「どうした」

 

「姫殿下がこの魔法学院にいらっしゃるのよ!!」

 

「姫――ああ、君の友人の」

 

「昔の話よ。今では身分も違いすぎるし」

 

そう。友人と言っても、所詮幼い頃のお目付役程度の意味合いしかない関係。

ヴァリエール家は名門であるが故に、王家ともそれなりに近しい関係を築いている。

それでも立場は圧倒的に違うが、ただの貴族のそれと比べれば雲泥の差。

大人同士が勝手にそう仕向けただけで、その時期子供だった私達はそういったしがらみとは無関係に友情を築いていた。

だが、それもまた昔の話。

過去に培った絆も立場が出来れば無意味となる。失うことはないだろうが、それを表に出すことが出来ないのであれば、無いのと違わないのではないだろうか。

 

「それでも、彼女は君をお友達と呼んでいた。公私云々は抜きにすれば、昔と何も変わっていないように見えるが」

 

そんな私の考えとは違い、素直な感想を口にするヴァルディ。

確かにそうかもしれないが、社交辞令という言葉だってある。

安易にそう思いこんで裏切られるなんて虚しい結末を迎えるぐらいなら、いっそ最初から期待しなければいいだけのこと。

 

「そんなこと――って、そういう話をしたいんじゃないの!とにかくそれで授業は中止。姫様をお迎えする準備があるから、私と一緒に居て欲しいの」

 

「別に構わないが」

 

「ありがとう。じゃあ私達の部屋に戻りましょう」

 

あまり深く考えたくない話題ということもあり、即刻話題を変えて用件を伝える。

それからはあれよあれよと話は進む。

ヴァルディにフェイス・チェンジを掛けたり、身なりを整えたりとあまりやることはなかったけど、やはり王家に縁のある者が訪問するとなれば色々と慎重になるのも仕方ない。

 

着々と準備を終え、いざ歓待の時が訪れる。

煌びやかな馬車に質の良さそうな護衛をこさえて学院の門を潜るその様は、如何にも高貴な身分の方が乗っていると嫌でも証明している。

アンリエッタ姫が馬車から降りてくると、歓喜の悲鳴が上がる。

そんな喧しさに続くように、アンリエッタ姫の手を取り降りてくるひとつの影。

――そこにいたのは、今日夢に出たばかりの男だった。

 

「……ワルド」

 

ぽつりと呟かれた男の名は、歓声にかき消される。

ワルドは昔の記憶と違い髭を生やしていた。

それだけの年月が経っているという何よりの証拠。

……何故、今になって現れたのか。

今日見た夢も相まって、まるで運命めいた流れを感じる。

はっきり言って、そんなもの今の私には余分でしかない。

今の私と彼に大きな接点はない。今回だってあくまで彼は姫の護衛として同伴しただけであって、私は何の関係もない筈だ。

……だというのに、何故か苛々させられる。

言いようのない感情の揺らぎの根源を抱えたまま、歓待は恙なく終わりを告げる。

 

姫が滞在されているということもあり、不必要な外出を控えるよう指示を与えられた私達は、部屋で待機する。

閉鎖的な環境に押しやられた私は、考えたくもないワルドのことを考えてしまう。

それに追従するように、あの夢の後に出てきたヴァルディの姿も脳裏に焼き付いて離れない。

ワルドが夢に出たら、ワルドが現実にも現れた。

なら、あの光景もまた、現実になる可能性がある――?

顔を必死に横に振り、想起した不吉な光景を振り払う。

そんな都合の良い展開が二度も続くなんて思えないが、昨日の今日よりも短いスパンで訪れた流れを思うと、不安を拭い切れないでいる。

 

ふと、ノック音が部屋に響く。

それにより思考を現実に引き戻される。

突然の訪問者に警戒するも、ヴァルディは特に躊躇う様子もなくドアを開く。

ヴァルディの影になって良く分からないが、ドアの前にはフードを被った何者かが立っていた。

私が何者かに対して口を開こうとした時、それを遮るように何者かが口を開く。

 

「お静かに。どこに目が光っているのかわかりませんから」

 

ディテクト・マジックの魔法反応を察知する。

それに、今の声……聞き覚えが。

 

「その声、もしかして――」

 

「はい。数日ぶりですね、お二人とも」

 

フードを取ったその先には――アンリエッタ姫殿下がいた。

 

「何故貴方がここに」

 

「そうですよ。護衛もつけずに、不用心すぎます」

 

ヴァルディが私の思いを代弁してくれる。

すると、アンリエッタ姫は深刻そうな表情で語り出す。

 

「護衛をつけない理由があったからこそ、です。……それを踏まえて、お二人にお話があるのです。――私、結婚することになりました。ゲルマニアに嫁ぐ形で」

 

「――ゲルマニアに、ですか?」

 

その言葉は、あまりに予想外なものであった。

ゲルマニアと言えば、トリステインに限らずガリアやロマリアと言った魔法を尊ぶ国から総じて卑下されている。

魔法ではなくそれ以外を以て繁栄を為そうとするその有り様は、魔法至上主義のこの世界に於いては異端と言われても不思議ではない。

とはいえ、魔法を蔑ろにしている訳でもなく、あくまで魔法以外の技術も同じぐらいに尊重しているだけなのだろう。

一昔前の私は、周りのメイジ程で無いにしても、魔法を卑下するようなゲルマニアに対して否定的な感情を持っていた。

だけど、ヴァルディとの出会いで短絡的な発想は控えるようになり、そのお陰で大分視野が広がった気がする。

まぁ、だからといってキュルケに対する評価が変わる訳ではないけど。アイツは敵だ。色んな意味で。

 

「あまり、驚かないのね」

 

「驚いていますよ。ただ、昔の私ならここで狼狽していただろうってだけで」

 

驚いていないことはない。

内容はともかくとして、昔からの顔馴染みが結婚するなんて聞かされたら、誰だって驚く。

それを差し引いても、昔の私を知っている彼女からすれば、ゲルマニアに嫁ぐ発言でここまで冷静な反応を示した時点で私がどれだけ心境の変化に晒されたのかが分かる。

事実、姫殿下も声には出さずとも明らかに驚いている。

そしてその後すぐ伏し目がちになり、どこか哀愁漂う雰囲気で語り出す。

 

「……成長したのね。羨ましいわ。……貴方が成長したのに、私は昔のままなんて甘えたことは言っていられないわね」

 

その言葉は一体何に対しての答えなのか、それは分からない。

だけど、私の変化が彼女にも変化を与えたということであれば……少し嬉しいかもしれない。

 

「大きな声では言えませんが、トリステインは他国に比べて国力に劣ります。有数のメイジを排出する国という評価はあれど、数人程度の実力者で国家が回る訳でも護れる訳でもない以上、戦争になればどうしても後手に回ってしまうでしょう」

 

「それは……」

 

トリステインは、狂信的なまでに魔法を信仰しており、

 

「アルビオンが今レコン・キスタを名乗る貴族派によって制圧されようとしています。それが完了次第、次に狙われるのはほぼ間違いなくトリステインでしょう。私はトリステインを護る橋渡し役として、ゲルマニアと同盟を結ばなければならないのです」

 

「そ、そんな……」

 

貴族として、政略結婚――家の為に嫁ぐという行為の重要性は強く教えられてきた。

だが、やはり一人の女として、結婚するなら幸せになりたいという願望は誰しもが持っているものだ。

政略結婚で愛が育まれるかどうか、なんて博打に付き合えるほど人生捨ててはいない。それは、彼女だって同じ筈。

姫殿下も淡々と告げてはいるが、手が震えているのが分かる。

 

王家に生まれたが故に、女としての幸せを棒に振る。

平民が聞けば贅沢な悩みだと憤慨するだろう。

だが、それも所詮立場の違いから来る見解の相違だ。

どちらの意見も間違いではない。ただ、どちらの立場にもなれない以上、どちらも納得できる答えは出せない。

王家としての立場と貴族の立場もまた違うのだから、誰も彼女の力になることは出来ない。王家側が実行犯である以上、実質彼女の周りは敵しかいないようなもの。

――――なんて、悲しい運命だろうか。

 

「王族として生まれたからには、そういう運命もあると覚悟してきたつもりです。ですが、それを阻害する問題があります」

 

「それは?」

 

「大きな声では言えませんが――お恥ずかしながら、現アルビオン皇太子ウェールズ・テューダーと私は、将来を誓い合った間柄なのですよ。勿論、正式な婚姻が結ばれた訳ではなく、それこそちょっとした遠距離恋愛をする恋人のような関係でしたが。そして、そんな関係の彩る日常の一ページに過ぎない行動が、今トリステインの危機の引き金となっています」

 

「それは、一体?」

 

「……恋文です。公式のものではないとはいえ、もしそれが貴族派に行き渡れば、ゲルマニアとの同盟はご破算になる切っ掛けを与えてしまうことになる。いえ、それだけで済めばいいかもしれません。使い方によっては、色々な悪用方法があるでしょうし。兎に角、それを避ける為にも手紙を破棄するなり回収するなりしなければならないの」

 

恋文、か。それならば余計に辛いだろう。

子供の頃の誓いとはいえ、その時抱いていた感情は間違いなく本物だった筈。

これだけは確信して言える。姫殿下は、今でもウェールズ皇太子を愛している。

そうでなければ、恋文を回収なんてリスクある行為を万が一でも口にする訳がない。

 

「……ここに来たのも、土くれのフーケを退けたとされる貴方達にその任を受けてもらう為です。身内の問題は身内で解決すべきなのは重々承知しています。ですが、トリステインも一枚岩で構成されている訳ではありません。貴族は利権に固執する者が多い傾向にある為、扱いやすいのと同時に信用も出来ない。貴方達も、先の一件で身に染みて実感したでしょう?」

 

先の一件とは、モット伯と酒場での件だろう。

どちらも貴族が平民に対して不当を働いているにも関わらず、他の貴族は貴族の名を傷つけたくないが故に知らぬ存ぜぬを決め込む。

実績も何もない成り上がりの王女だからって嘗められているのは明白。

そしてそれは、彼女も自覚している。

 

「一歩間違えばすべてが終わってしまうであろう状況で、関係者というだけで信用するなんて安易な行動は取れない。それこそ、心から信頼できる相手に縋るしかない程に、今の私に選択肢はないの。……軽蔑したかしら?お友達なんて言っておきながら、そのお友達を死地に送ろうとしているんだもの」

 

……倫理的観点で言えば、確かに彼女の判断は個人に対して辛辣なものだ。

だが、そうしなければならない程に、現状が切羽詰まっていると考えれば、安易に彼女を怒る事は出来ない。

それに、彼女はそれを自覚して尚、私に縋ってきた。罵倒されることを、こき下ろされることを覚悟した上で、彼女は言わなくても良い事も話してくれた。

その思いに答えず、保身に走り、他の誰かが犠牲になることで現状が良くなることを座して待つ。そんな事、本当の貴族になりたいと願う者の立ち振る舞いではない。

 

「……確かに、姫の発言はとても重いです。その立場上、貴方の言葉に逆らえるトリステイン国民は極僅か。そうともなれば、嫌でも実感せざるを得ないでしょう」

 

「ッ――――」

 

「ですが、私は嬉しかったです。頼ってくれたこともですが、あのままだったら私は無知なまま、姫の嘆きを知らぬまま漠然と事実を受け止めるだけに終わっていました。私なんかをお友達と呼んでくれた姫様が、私の知らないところで傷ついていることを知らないまま生きていくなんて、そんな悲しいことはありません。だから――手紙奪還の任、受けさせていただきます」

 

思いの丈を吐き出すと、姫殿下は身体を震わせながら言葉を紡ぐ。

 

「ルイズ……ありがとう。私の過ちだというのに、貴方にすべて任せてしまう形になってしまって」

 

「私もトリステイン国民ですから、無関係なんてことはありませんよ」

 

……こうして話していると、昔を思い出す。

あの頃は、貴族とか王家の人間とか、そういった垣根もなく、一人の人間として純粋な気持ちで互いに接することが出来ていた。

大人になるに連れて、何をするにしても立場が邪魔をするようになる。王家の人間だった友人は、手の届かない存在になってしまうし、この頃から魔法が使えないことが周知の事実となり、必然的に友人と呼べる存在はいない時期を過ごしてきたせいで、我ながら棘のある性格になってしまったと思う。

だからだろうか。友人という存在に対して、一種のコンプレックスを抱いているように感じるのは。

失うぐらいなら、いっそそんなもの必要ない。

誰もが私を知れば離れていくというのであれば、最初から信用しなければいい。

歪んだ立場が歪んだ環境を生み、やがて歪んだ心を育んだ。

そんな負の連鎖を幼少時代に体験すれば、人間不信になるのも仕方ないことだろう。

だけど、そんな歪みはヴァルディの存在によって矯正されつつある。

 

公私云々は抜きにすれば、何も変わっていない、か。

まるで見てきたかのようなヴァルディの言葉だったけど、確かにその通りだったのかもしれない。

ただ、私が頑なに壁を造り、姫殿下の――アンリエッタの思いから目を逸らしていただけだったに過ぎない。

 

「ヴァルディ殿。どうか、ルイズを――私のお友達を護ってあげてください。無力な私に代わって、どうかお願いします」

 

アンリエッタが、ヴァルディへと頭を下げる。

 

「心配なされずとも、その大任、見事成し遂げてみましょう」

 

それに対し、淀みなく答えるヴァルディのなんと頼もしいことか。

彼と共に居るだけで、万人を相手にしても生き残れる自信がある。

――一瞬、夢の中の光景がちらつくが、所詮夢だと頭を振る。

 

「ありがとう。それと、貴方が言っていた特殊な道具に関してですが、マジックアイテムを研究している機関に問い合わせてみたところ、該当する物がありました。ですが、今回は状況が状況ですので、持ってくることが出来ませんでした。ですので、帰ってきた暁にはそれをお譲りすることを約束します」

 

「感謝します」

 

ここで、私達の話は実質上の終わりを告げる。

その後、直ぐに盗み聞きしていたギーシュをヴァルディが発見し、罰を与える代わりに奪還任務に同伴することになった。

正直、折角のヴァルディとの二人旅に水を差されたようで不快でしか無いが、他ならないアンリエッタの要望だ。私情で断れる筈もない。

 

ともあれ、すべては明日からだ。

アンリエッタの幸せを掴むための任務ではない、ということに不満はあるが、彼女も国民の為に自分を呑み込んだのだ。その思いに答えてこそ、友人だろう。

……だが、その任務の大半もヴァルディがいるからこそ達成できると言えるのであって、私だけならまるで話にならないのは語るまでもない。

そう考えると、この決意も安っぽいものに感じてしまう。

虎の威を借る狐が、偉そうに戦果を報告する姿のなんと浅ましいことか。

今の私は、それと同じだ。

――欲しい。護られるだけじゃなくて、誰かの為になるぐらいの力が。そう、思わずにはいられなかった。

 




相変わらず話が進まないね。ごめんね。
姫殿下→アンリエッタに変わったよ!やったねルイズty

身内にはデレ、それ以外にはツン。使い分けは大事。
あー、次回はワルドか……。どうやって料理しようか。


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第十四話

作者:私はリアルが忙しいから投稿速度が遅いので勘弁して下さい。
読者:嘘をつけ!リアルが忙しいなんてずーっと言ってきたじゃないか!だけどいつもいつも忙しいって言ってばかりじゃないか!
作者:そんなことありません!
読者:八日と九日と十日のときと、十二日と十三日のときも僕はずっと!待ってた!
作者:な、なにを……?
読者:クリスマスプレゼント(という名の最新話の投稿)だろ!!
作者:ああっ……!?(クリスマスは二十四と二十五じゃなかったっけ)
読者:アホの子ルイズちゃんもだ!作者のリアルが忙しくなくなるのも待ってた!あんたはクリスマスプレゼントの替わりに、読者を放置してリア充生活を見せつけるのか!?
作者:そんな相手いないっ……。


遠征任務をアンリエッタに頼まれてから次の日の朝。

ルイズちゃんとギーシュと共に移動用の馬を用意し、いざ出発しようとした矢先、ギーシュが頼み事をしてくる。

 

「すまないが、僕の使い魔を連れて行ってもいいだろうか」

 

「アンタの使い魔って、ジャイアントモール?」

 

「ああ。紹介しよう、ヴェルダンデ!」

 

ギーシュが使い魔の名を呼ぶと、それは地面から現れた。

モグラだ。それもでっかい奴。

よくちっちゃい動物が巨大化すると怖いなんて話を聞くけど――うん、可愛い。

目はくりくりしてるし、鼻をふんふんと鳴らしている仕草もいい。

 

「ああ、ヴェルダンデ!僕のヴェルダンデ!」

 

ギーシュは猫かわいがりするが如く、ヴェルダンデに抱きつきこれでもかと言わんばかりに撫でる。

その中に混じりたい、が流石に人様のものであると同時に、ルイズちゃんの手前恥は晒せない。僕は頼れる兄になると決めたんだ。

 

「ヴェルダンデとやらを連れて行くのは構わんが、大丈夫なのか?」

 

主についてこれるのかとかさ。

 

「そうよ!アルビオンは空にあるのに、ジャイアントモールなんて連れていける訳ないじゃない!」

 

あ、そうなの。空にあるのね。

そういえばタバサ先生との授業で習ったような、そうでないような。

ふと気付くと、ルイズちゃんがジャイアントモールに目をつけられている。

それに対し少し怯えた様子を見せるルイズちゃん。モグラとか苦手なのかな。

取り敢えず、フォローする為に二人の間に割って入ろうとした時、一陣の風が吹く。

局地的な突風が、ヴェルダンデと僕達との距離を遠いものとさせる。

こんな都合の良い展開、有り得ない。もし有り得るとすれば――――

 

「誰だ!僕のヴェルダンデにこんなことをする奴は!」

 

「すまない。許嫁が襲われそうになっている様子だった為、つい加勢してしまった」

 

声が空から落ちてくる。

見上げると、そこには見たくなかった顔があった。

そう、あの似合わない髭をこさえた赤魔導士だ。

 

「ワルド……?」

 

ルイズちゃんがぽつりとそう漏らす。知り合い?

疑問を覚えている内に、ワルドと呼ばれた髭は地上に降り、こちらへと近づいてくる。

いや、正確にはルイズちゃんに。

 

「久しぶりだね、僕のルイズ」

 

……僕のルイズ、だぁ?

言うに事欠いてこの髭は、何と言ったのか。

 

「すまないが、何者か答えてもらおうか」

 

ルイズちゃんを庇いながら髭にそう突きつける。

 

「おおっと、済まない。僕はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。『閃光』の二つ名を持つスクウェアメイジで、トリステイン魔法衛士隊グリフォン隊隊長を勤めている。この度、アンリエッタ女王の命により密書の奪還の任を賜り、この場に来た次第である」

 

うわ、なんか凄いスペック高そうな肩書きの羅列ですね。

しかもそれが仲間とか……SRPGで言うところの最初から上級職で最終的にしっかりと育てたキャラにスペックで負けたり、せいぜいハードモードでは仕方なしに使われる程度のキャラなんだろうな。

普通のゲームみたいにパーティから外せたら良いのに……。

 

「ふむ。それは理解した。それと、先程我が主のことを僕のルイズなどと呼んでいたが、その意図は何だ」

 

「それは僕達が許嫁だからさ。使い魔君」

 

許嫁……だと……この髭が、ルイズちゃんの。

認めない!お父さ――じゃなくて、お兄さん認めませんよ――!!

 

「そ、そんなの昔の話じゃないですか。親同士が勝手に決めた承認の証すらない縁談ですのに」

 

「それでも、僕にとってはれっきとした縁談であり、互いに愛し合っていた事実もある」

 

そう言って、ルイズちゃんに視線を向ける。

ワルドの反応にに対し、ルイズちゃんは不安そうな表情で僕を見上げる。

……ははーん。成る程ね。

さっきルイズちゃんはワルドの話を昔の話と切り捨てていた。

ということは、仮に彼女がワルドを好いていた時期があったとはいえ、それも所詮過去の話。

このシチュは昔の男に言い寄られている現彼女と彼氏の僕、のようなものだろう。

僕が彼氏、なんて烏滸がましいにも程があるが、あくまで状況説明ということでひとつご勘弁をば。

 

「そのことはいいだろう。ともあれ、僕達は女王に重要任務を任された身。この場で言い争いをしていてはいつまで経っても辿り着けない」

 

「……そうだな」

 

悔しいがワルドの意見は尤もだ。

だが、覚えていろよ。僕は絶対お前を認めない!というか髭を剃れ。

 

「諸君、出発だ!」

 

剣を掲げながらのワルドの宣言と共に、僕達の旅は始まった。

 

 

 

 

 

時を消し飛ばしまして、現在如何にも足場の悪いちょっとした崖を馬で歩いています。

出発の際、ルイズちゃんはワルドのグリフォンに乗ることになった。

昔話に花を咲かせたいという理由だった為、流石にそればかりは僕の我が儘だけではどうにもならないということで、ルイズちゃんの一存に任せたところ、高度は違えど並走していれば会話は出来るということで、結局僕の馬に乗っている。

明らかにワルドから僕へ敵対心が向けられていたが、スルーする。ああいうのは下手にちょっかい出すと面倒になるだけだからね。

まぁ、ルイズちゃんに固執するのも分かる。可愛いし、良い子だし、嫌われる要素がないもん。

とはいえ、何年前の縁談か知らないけど、ずっと会っていない相手を未だに好きだと言っている彼は一途なのか女々しいだけなのか……。

何にせよ、面倒な手合いであることはわかる。ルイズちゃんとしてはその気はもうないだろうし、それでも言い寄ってくる辺り自分のことしか考えていないことが良く分かる。

やっぱり認められんな。うん。

 

「む?」

 

パラパラと言う音が聞こえたから、その方向へと振り向く。

崖から石が落ちてきている。

こういう時のパターンって、大抵崖崩れが起きたり、上に誰かいたりとかするんだよなぁ。

……案の定、いた。崖の上に、弓を構えたご一行様が。

 

「避けろ!」

 

咄嗟にそう指示を出し、ルイズちゃんを抱えて馬を盾にするように身を潜める。

ギーシュもどうやら避けることには成功したらしいが、思いも寄らぬ伏兵に驚き戸惑っている。

どうにかして反撃に徹したいが、相手は崖の上。しかも精度は低いとはいえ、遠距離からの迎撃もある。

なら、使うか?メルフォース――第六の真空の剣を。

しかし、可能なのか?

如何にこの世界では僕でもテンコマンドメンツを扱えるとはいえ、エクスプロージョンからすっ飛ばしていきなりメルフォースを使えるのか。

一通りにでも試していなかったことが悔やまれる。

というか、何故試さなかったんだろうと自分でも分からない問題に苦悩していると、突風の音と同時に悲鳴が上がる。

見上げると、そこにはシルフィードに乗ったキュルケとタバサ先生が弓兵を蹴散らしている姿があった。

何だろう、人間がぽんぽんと吹き飛ぶ様は、まるで某鬱で有名な剣と魔法のRPGみたいな構図だなぁ。ブレスじゃなくて魔法で一掃してるけど。

 

「ハーイ、ご一行様」

 

キュルケは地上に降りると気軽そうに手を振る。

 

「キュルケにタバサ、何故君達がここに?」

 

身を潜めていたギーシュがおもむろに立ち上がり、質問する。

 

「貴方達が馬でどこかに行くところを見つけちゃったから、ついてきたのよ」

 

「ついてきたって……これは遊びじゃないのよ!?」

 

「私にはそんな事情は関係ないわ。そもそも貴方達が何をしようとしていたのかなんて知らないし、何をするか知らないけど機密性を重んじる割には随分と堂々と旅立っていたようだけど」

 

ルイズちゃんの怒りも意に介した様子もなく、平然とキュルケは言葉を返す。

うむ、キュルケの言い分は尤もだ。

曲がりなりにも沢山の人間がいる学院の前で、あれほど堂々とした立ち回りをしておきながら隠密任務なんて言えないわな。

でも、それで良かったのかもしれない。

正直初めての遠征任務でこれだけの戦力というのは心許なかった。

どんなことが起こるか分からない状況下でも、仲間は多ければ多いほど危険は少なくなる。

本来なら加勢することはないメンバーなのかもしれないが、この上手い具合に進んだ状況を利用しない手はない。

 

「そ、それは……いえ、そんなの理由にならないわ!今からでも遅くないから戻りなさい!」

 

「折角加勢してあげたっていうのに、感謝の言葉ひとつなしに追い返すの?無粋というか礼儀がなっていないと言うか……」

 

「そんなの知らないわよ!」

 

何だか険悪な雰囲気。

ルイズちゃんからしても友達を危険な目に遭わせたくなくて必死なのだろう。

 

「少しいいかな、お嬢さん」

 

その言い争いの中に、ワルドが割って入る。

 

「あら、いい男」

 

いい男……なのか?

いや、素材は悪くないんだろう。髭があまりにも似合っていないだけで。

そう考えると、あまりにも不憫だなと思う。

本人は似合っていると思っているのだろう。その予想もあり、ワルドに対する評価が哀愁を誘うものとなっていく。

ぶっちゃけると、ルイズちゃんに付きまとう女々しい男という評価に加え、可哀想な奴という評価も追加されたということだ。

ついでにキュルケの趣味の悪さも追加しておこう。

なんかキュルケがワルドをナンパしているけど、欠片も靡くことなく婚約者がいるなどと再びのたまいやがった。

 

「兎に角、君達は帰った方がいい。ルイズの言うとおり、ここからは遊びでは済まない」

 

「……いや、私としては彼女達の同行を推したい」

 

「ヴァルディ!何を言って――」

 

「この旅がこの国の命運を分かつものだと言うのならば、任務達成の為の仲間は多いに越したことはない。彼女達のことは信頼できるし、何より実力だってある。足手まといになることはない」

 

「さっすが、ダーリン話が分かるぅ!」

 

そう言いながら、あろうことか腕に抱きついてきたキュルケ。

……ふぅ、冷静になろう。

こんなことで何度も心を乱されてはいけなごめんなさい無理です勘弁して下さい。

なーんでこうもこっちの女性は大胆かなぁ。お国柄なの?この世界特有の風潮なの?死ぬよ?僕が。

そして案の定、ルイズちゃんがキュルケを引きはがさんと暴れる。

タバサ先生は我関せずとシルフィードの上で本を読んでいるし。

ていうか、その格好――パジャマ?なんか可愛いですね。

 

「ふむ、使い魔君がそこまで推すのであれば、同行を許可してもいい。ただし、自由行動は控えるように。今回のように敵がいつ襲ってくるかも分からない」

 

そういえば、ワルドは空にいた筈なのに何で崖上の敵に気が付かなかったんですかねぇ……。

これじゃあ魔法衛士隊グリフォン隊隊長(笑)だね。

 

「あ、そういえば放置しっぱなしだったわね。あの野盗達」

 

「ただの野盗なのか、それともこちらが何者かを理解した上で放たれた斥候なのか。どちらにせよ問いただす必要があるな」

 

「その役目、僕がやろう。先程は役に立てなかったからね」

 

ギーシュが進んでそう申し出る。

正直、有り難かった。ぶっちゃけそう言うこと出来る気がしないし、したくもない。

 

「ギーシュはどこでも役に立たないんじゃないかしら」

 

「そ、そんなことはない!僕は彼に敗北してから僕なりに修練を重ねてきたんだ!」

 

「そんなんじゃ足りないなんてレベルじゃないでしょうけどね……」

 

まぁ、言っちゃあ何だがギーシュはいわばチュートリアルでの戦闘要員のようなものだったから、弱いのは仕方ないんだよ。

これから頑張ればいい。弱いキャラほど成長率は良いって相場は決まっているから。

 

そんなこんなでギーシュとワルドが尋問を終え、彼らがただの物盗りだということが発覚する。

彼らの処遇は今夜の宿を得る町、ラ・ロシェールの警邏隊に任せることにした。

その旨を伝えるべく、ワルドはいち早くラ・ロシェールへと先行していく。

僕達も向かおうとした時、ルイズちゃんが僕の服の袖を掴む。

 

「……ヴァルディ。私は別にワルドのことは好きでも何でもないわ。誤解しないで」

 

「安心しろ。最初から誤解はない」

 

「そ、そう。それならいいのよ」

 

念を押すように告げられた事実に素直に答えると、ルイズちゃんは安堵の息を吐く。

これはつまり、ワルドの魔の手から護って欲しいということだろうか。

期待されている。信頼を預けられている。その事実が僕の気分を高揚させた。

男なら誰でも憧れる、女の子に頼られるというシチュ。これが燃えずにいられるだろうか。

そんな意気揚々とした感情を抱きながら、僕達は改めてラ・ロシェールへと急いだ。

 




そんなこんなで、25日ということもあり即興で書き上げたよ。だけど内容が短いから近日中に続きを上げる予定。
暁の作品を優先すると言ったばかりだけど、一応のメインはこっちなのにこういう日に投稿しないのは何か間違っていると思ったので。やっぱりこうなったね。


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第十五話

十四話の優に二倍以上の文字数。
書けるときはこれぐらい書けるんだけどねー。年末だし、もう少し頑張ろうかな。


ラ・ロシェールに到着したよ!

山に囲まれた港町という一見矛盾した場所だが、アルビオンが空にあるという事実から鑑みるにここにある船とは飛空挺のことなんだろう。

ともあれ、長旅による疲労もあった為(僕は定期的にログアウトしてたからそうでもないけど)直ぐさま宿に向かうことに。

 

「やぁ、待ってたよ」

 

そこにはワルドが居た。そう言えば先行していたんだっけ。

 

「早速だが残念な報せがある。船は明後日まで出ないようだ。スヴェルの夜の関係もあるから、こればかりはどうしようもない」

 

「そんな……急いでいるのに」

 

ルイズちゃんが目に見えて落ち込んでいる。

タバサ先生の授業でスヴェルの夜って言葉を聞いたようなないような。

確か飛空挺を飛ばすのに最も適した日だったっけ。

 

「どうにかならないの?」

 

「強引に事を運ぶことは出来ないこともないが、一般人に身分を明かすことで情報が漏洩する危険がある。そうなれば立場としては不利になる。余程の事がない限りは控えるべきだろう」

 

「船が出ないのならば、ここで問答している意味もないだろう。各自休息を取るべきだ」

 

取り敢えず立ち話もアレなので提案する。

 

「ああ、そのことなんだが、悪いがこちらで宿の手配は済ませておいた。部屋割りも含めてね」

 

「で、その部屋割りはどうなっているのかしら?」

 

「キュルケ君とタバサ君、ギーシュ君と使い魔君、そして僕とルイズ、このような部屋割りにしておいた」

 

……そうきたか。抜け目がないなワルド。

折角手回しが良かったこともあって少し見直してきたっていうのに。

しかし、こればかりはどうしようもない。

変更は出来るのかもしれないが、ここで部屋の割り当てに抗議をしようものなら、こっちが粘着質な間男みたくなってしまう。

 

「なんで私とワルドが一緒の部屋なの」

 

「もう数年も会っていなかったんだ。こういう時でも無い限り落ち着いて話も出来ないと思ったんだ」

 

「……そう、わかったわ」

 

ルイズちゃんも渋々ながら了承する。

話ぐらいなら別に問題はないか。

男女7歳にして同衾せずなんて言葉もあるが、それを僕が言える立場じゃないしね。

まぁ、僕はルイズちゃんの部屋では壁にもたれ掛かって寝てるんだけどね。

 

「という訳で、ここからは各自自由行動と行こう」

 

ワルドの言葉により、各自解散となる。

ワルドはルイズちゃんを連れ、部屋へと向かっていく。

その際のルイズちゃんの後ろ髪を引かれる視線が、少し心に突き刺さる。

ごめんよ、何も出来ない僕を許して下さい。

 

「ルイズったら、色々と面倒な状態みたいね」

 

同じくその姿を見送っていたキュルケがそう呟く。

 

「分かるのか?」

 

「同じ女だもの。好きでもない男に言い寄られても嬉しくもないし、迷惑なだけよ」

 

「……引き留めるべきだったのだろうか」

 

「さぁね。でも、この旅って結構重要なんでしょ?下手に仲間内で確執を作るようなことはするべきじゃないと思うわ。それに貴方がどうこうしなくても、あの子が彼に靡くなんて事はないわ」

 

「随分とはっきり言うのだな」

 

「ええ。確信を持って言えるわ。もしあの子の心がワルドに傾くとすれば、魔法で操られているからとしか考えられないわ」

 

「そこまで言い切れるか」

 

ふむ、そこまで断言出来るって事は、ワルド以上の思い人がいるのだろう。羨ましいね、その男が。

 

「兎に角、今は休みましょう。それとも、私達の部屋に来る?」

 

「そうだな。邪魔でなければお邪魔しても構わないだろうか」

 

答えると、キュルケは意外という目で僕を見る。

 

「意外ね。断るものだと思ってたんだけど」

 

「断らなければおかしいのか?」

 

「……いえ、そうでもないわ。じゃ、行きましょう」

 

キュルケはほんの僅かに難しい表情を一瞬浮かべたかと思うと、いつもの笑顔を浮かべる。

そうして僕は夕食までキュルケとタバサ先生のいる部屋にお邪魔することになった。

 

 

 

 

 

ワルドと二人きりの部屋で、互いにワインを煽る。

一口つけたところで、ワルドが言葉を紡ぎ始める。

 

「君と二人でワインを飲める日が来たことを、僕は嬉しく思う」

 

「……もう、そんなに年月が経ったのね」

 

蘇るは、幼い頃の記憶。

ワルドは魔法の使えない私にも真摯に接してくれた。

陰湿な悪意にばかり晒されてきた人生の中で、彼という存在は確かに私の中では大きかった。

でも、その立ち位置は最早ワルドのものではない。

彼が如何に私に好意を抱いていようとも、その期待には応えられない。

 

「姫殿下から預かった手紙はきちんと持っているかい?」

 

「ええ。肌身離さず」

 

「それならいい。――折角二人きりだというのに、堅苦しい話はあまりしたくない。昔話にでも花を咲かせようではないか」

 

「……今でも覚えていますわ。幼い頃の不甲斐ない自分を。そして、今でもそれは変わらない」

 

「君はいつも二人のお姉さんと魔法の才能を比較され、それが理由で怒られていたね」

 

「デキが悪いのは今も同じよ。――学院の誰よりも魔法に精通しようとも、魔法が使えるようにはならなかった。誰よりも努力しようとも、それは何一つ成果として現れなかった」

 

「しかし、君には特別な力がある」

 

ワルドが口にした言葉に、初めて私の意識が強く傾く。

 

「特別な、力?」

 

「僕は昔から君に才能がないとは思えなかった。誰よりも努力し、勤勉でありながら魔法が使えない。更にはヴァリエールという名門の血筋を持ってして尚魔法が発現しないとなれば、それは君が特別な存在だからという他に有り得ない」

 

「そ、そんな訳」

 

「成り立てとはいえ、僕もスクウェアメイジだ。何となくではあるけど、そういうのはわかるんだ」

 

だったら、お母様やお父様がその事について一切の指摘をしなかったのは何故?

同じ属性であり、ワルドなど歯牙にも掛けない実力者であるお母様が気付かない訳がない。

知っておきながら、敢えて指摘しなかったとでも言うのか。

 

「――君は、自分の使い魔を強く信頼しているようだね」

 

「え、ええ。彼はいつも私を気に掛けてくれて、それに強くて優しくて――私なんかには勿体ないぐらいの使い魔よ」

 

これは、紛れもない本心から来る言葉。

魔法も使えないメイジとも呼べない存在から召喚されたにしては、彼はあまりにも優れすぎている。

完璧超人という言葉があそこまで相応しい人など、そうはいない。

 

――思えば、私は彼がエルフだということ以外は、詳しいことは何も知らない。

剣術に優れ、圧倒的身体能力を誇り、私達が知らないような知識にさえ精通しており、何よりとても紳士的だ。

しかし、それしか知らない。

私が召還される以前は何をしていたのか。何歳なのか。家族はいるのか。

そんな些細なことでさえも、彼の口から語られることはない。

話したくないのか、それとも話すに値しないと考えているのか。

知りたいと思うと同時に、知ることを恐れている自分がいる。

知ることで、今の関係が瓦解してしまうのではないか、という先の見えない恐怖に囚われている。

依存している、と言われたら否定できない。

 

「……君は、彼のことが好きなのかい?」

 

「そ、れは」

 

「皆まで言わなくてもいい。これでも多少は年を食って生きているから、その辺りの機微は理解できるつもりだ。でも、納得できるかどうかは別だけどね」

 

そう言い、ワルドは立ち上がり部屋の窓を開ける。

月に照らされたワルドの姿が、どこか遠い存在に感じる。

 

「口の悪い言い方になってしまうが、僕としてはぽっと出の男に許嫁を取られたようなものだからね。幼い頃からの仲であるルイズが知らない内に取られたとなれば、良い気分ではないというのが本音だ」

 

ワルドの言い分も分かる。

私だって同じ立場なら同じ感情――いや、それ以上の怒りを露わにすることだろう。

同時に、自分の魅力のなさに対して情けなさを覚えることだろう。

 

「だから僕は、この旅で再び君の心を動かしてみせる。今宣言しよう」

 

彼の目は、本気だった。

それだけ思われているということは、これ以上とない幸福の筈なのに――――どうして、こうも不快に映るのだろうか。

 

それからは、本当に他愛のない話が続いた。

そんな間でも、私の頭の中にはヴァルディのことしかなかった。

早くこんな時間が終わればいいとも願った。

それがどんなに残酷な言葉であろうと、そんなことはどうでもよかった。

先程の会話を以て、私の中からワルドに対するしこりは完全に失せた。

今はただ、私を振り向かせようとするワルドの強い思いさえ、邪魔でしかなかった。

 

 

 

 

 

次の日の朝!

明日にはようやく船に乗れるようだけど、ただ待つだけというのは退屈で仕方ない。

遊びに来ている訳じゃないし、ルイズちゃん達から離れる訳にもいかないから必然的に行動範囲も制限されるわけで。

そうして宿の裏で太陽の光を満喫していると、ワルドが現れる。

 

「やぁ、使い魔君」

 

「何か用だろうか」

 

「いや何、少々気になっていることがあってね。――君の手に刻まれているルーンについてなんだが」

 

これっすか。

武器を構えたら光るんだけど、普段は全然見えないというあぶり出し仕様。

そういえば、このルーンのこと全然知らないや。

なんかこれのお陰で現実では考えられない動きが出来ると踏んではいるんだけど、実際は分からないんだよね。

 

「僕は君が伝説の使い魔、ガンダールヴだと踏んでいる」

 

伝説の使い魔?

あー、なんかタバサ先生の授業でそんなのあったような。

 

「僕は歴史や兵に興味があってね。フーケ討伐の件もルイズから昨日聞いたから、その情報を踏まえて過去に調べた情報と整合してみた結果、そういう仮説に到ったのだよ」

 

「ふむ。それで私がそのガンダールヴだとして、それだけで話は終わりではないのだろう?」

 

「ああ。――君に、手合わせを申し込む」

 

手合わせ?決闘ですか。

 

「あの土くれを退けたとされる実力を知りたい。それに、戦力の把握をしておくに越したことはないだろう?」

 

成る程、ワルドの意見は尤もである。

 

「だが断る」

 

「……何故だい?」

 

「戦力の把握は確かに大事だろう。だが、所詮決闘程度では完璧に把握なんて無理だ。それに、下手に怪我でもすれば任務に支障を来す。そして何よりも、決して私一人の力でフーケを討伐はしていない。私一人の力など、たかが知れているよ」

 

それを最後に、この場から去ろうとする。

するとワルドが挑発めいた言葉で引き留める。

 

「怖いのかい?負けることが」

 

「たかだが決闘ぐらいでの勝敗にこだわる程、私は評価に固執してはいない。私達が今やるべきことは、明日に備えた体調管理とその為の休息だ。違うか?」

 

少しムッとしたので、正論を叩きつけてやると黙り込んだ。

 

「それと、野盗が襲ってきた時、上空にいた貴方が第一に危険を察知するべきだったというのに、それに関してはどう弁明するつもりだ?曲がりなりにも魔法衛士隊の隊長なのだろう?その体たらくで他人の実力を探るなど、片腹痛い」

 

つい、ワルドに対しての評価もあり、随分辛辣な言葉を吐いてしまった。

流石に申し訳なかったが、言葉を引っ込めることも出来ないし、謝罪もあそこまでボロクソ言ったばかりでは意味がないだろう。

とはいえ、こちらは恐らく正論しか言っていないつもりなので、謝る必要はない筈。

この場に居ては面倒しか起こらない自信しかないので――そのまま僕は逃げ出した!

徒歩で。

 

ワルドの視線から完全に逃げられたところで、一息吐く。

しかし、不意に声を掛けられる。

 

「何故戦わなかったの?」

 

タバサ先生だった。

流石にパジャマ姿ではなかったけど、学院の制服ではなく借り物であろう質素な服に身を包んでいた。

 

「見ていたのか」

 

「偶然。それと、質問に答えて。貴方なら彼程度の実力者、加減することも容易だった筈。下手に問答するのではなく、実力で黙らせれば良かった」

 

なんかタバサ先生が予想以上にアグレッシブかつバイオレンスな発言をしているんだけど、どういうことなんですかねぇ……。

先生もワルドに対して思うところがあるのかもしれない。

それに、僕は強くないだろ……。強く見えるのは、テンコマンドメンツのせいで、僕自身はぺーぺーだ。

まぁ、別にあって困る誤解でもないし、修正する必要もないだろう。

 

「あまり面倒なことにはしたくないからな。必要に駆られない限りは、戦うつもりはない」

 

そう返答すると、不満そうに目を細める。

先生が何を考えているか分からないけど、一応のメインは手紙奪還なのだ。こんなことで仲間割れはしたくない。

まぁ、さっきの発言でもう手遅れかもしれないけど。

結局、それ以上会話らしい会話をすることなく、ルイズちゃんに二人きりでいるところを目撃されるまでは静かな時間を過ごすことになった。

 

 

 

 

 

船の発着がいよいよ明日に迫った夜、宿のバルコニーで夜風に当たりながらワインを煽る。

ワルドが私を振り向かせると宣言してから、複雑な感情が入り乱れ続けている。

手紙の奪還という重要任務に就いている身分でありながら、そんなものを投げ打ってでも早くワルドから離れたいと考えている自分がいる。

ここまで来ると、病気にすら思える。

確かに私はワルドに対して恋愛感情は持ち合わせていないが、だからといってここまで雑に扱う程嫌ってもいなかった筈。

自分でも理解しきれていない彼への感情。

いっそばっさりと切り捨てられる程の浅い関係だったら良かったのに。

 

「浮かない顔をしているな」

 

「ヴァルディ……」

 

背後から掛けられた声に振り向くと、そこにはヴァルディが変わらぬ表情で立っていた。

そのまま彼は自然に隣まで移動し、フェンスに身体を預ける。

 

「ワルドのことか」

 

「ええ。……彼、私をどうしても振り向かせたいみたい。その気持ちは嬉しいけど、それには応えられないって分かっているから、余計にどういう身の振り方をすればいいかが分からなくて……」

 

ワルドという一個人に嫌いになる要素はない。

これがただの友人関係だったならば、私達は良き関係でいられたと思う。

しかし、幼い頃の口約束による婚姻に固執している、という事実が彼に対する評価を著しく下げさせている。

彼は何も悪くない。巡り合わせが悪かっただけ。

 

「こればかりは主達の問題だ。第三者である私が干渉していい問題ではないだろう?」

 

「そ、そんなことはないわ。そんなこと」

 

そんなこと、ある。

ヴァルディは仮に私がワルドと結婚することになっても、何も言わずに付き従ってくれるだろう。

所詮、私と彼は主と使い魔という関係。

そこに本来あるべきでない感情が取り払われてしまえば、残るはただの一方的な隷属のみ。

主と使い魔の関係は、対等ではない。

私はそんなこと欠片も思ってはいないけれど、周囲はそう認識しない。

彼だって、それぐらい理解した上で私の使い魔をやっているのは考えるまでもないこと。

逆に言えば、だからこそ彼はこう考えているのだろう。自分の意見に何の価値もない、と。

そんなことはない。しかし、それを口にしたところで彼が納得するかどうか。

彼はとても強く、聡明でありながら私なんかを立ててくれている。

その怖いほどの奉仕の精神は、時に私を不安にさせる。

私を大事にしてくれるのは嬉しい。でも、それを理由に彼が不幸になっていい理由にはならない。

 

――――ふと、あの時の夢が脳裏に蘇る。

万を優に超える大群に、たった一人で相手取る光景。

まさに無双と呼べる大立ち回りをしていたが、今はそこは重要ではない。

問題は、何故あのような状況に到ったのか、ということ。

夢なのだから起承転結なんてあってないようなもの。そう考えるのが普通だが、その前に見た夢がまるで予言めいた結果を出してしまったせいで、ただの夢だと切り捨てることが出来ないでいた。

あれは、間違いなく戦争だった。

戦争に呼ばれるなんて、まともじゃない。情勢も、自分達の立場も。

今こうして手紙奪還の任を受けてはいるが、もしかして失敗するのではないだろうか。

そんな考えに到った理由としては、そもそもこの任務は戦争回避の根幹を成すものだということが挙げられる。

これだけで戦争が回避出来るなんて思ってはいないが、同盟が成立すれば、あんなたった一人の使い魔が頑張らなくてはいけない状況に発展する筈がない。

――或いは、彼の身分、ないし実力が露呈したことで、国の命令でそうせざるを得なくなったのか。

仮にそうなろうとも、彼はそれに応える義務は持ち合わせていない。本来なら。

そうなるとすれば、間違いなく私のせいだ。

私はトリステイン国民であり、貴族は国が命令すればそれに従わねばならない。それが例え学院に通う若きメイジであろうとも。

メイジと使い魔は一心同体。ならば、彼も戦力として数えられるのは自然な流れであり、そこに矛盾は存在しない。

更に、彼がどれ程の実力者かが王国側にバレてしまえば、間違いなく過剰戦力として彼を軸にした無茶な戦略が立てられるだろう。

私はどこまで行ってもトリステイン国民だ。最悪国が私を人質のように扱えば、ヴァルディは従わざるを得なくなる。

彼は優しいから。絶対に私を見捨てはしないだろう。

 

――辛い。辛くてたまらない。

それが憶測の域を出ない、夢物語を悪い方向に考えただけの子供染みた思考だったとしても。

私の無力が、トリステインに裏切られた事実が、彼を失うかもしれないという恐怖が。

夢というにはあまりにもリアリティのあった光景が、私の不安を強く煽る。

 

「――――どうした?」

 

思わず、驚きのあまり肩が跳ねる。

随分と思考に耽っていたらしい。

無意識の内にワインも飲んでいたのか、グラスはいつの間にか空になっていた。

 

「な、何でもないわ」

 

「そうか。ならいいが」

 

相変わらず、彼は言葉が少ない。

でも、それが不快だと思ったことは一度もない。

短い言葉の中に、確かな思いが籠められていることを知っているから。

無意識だったのだろう。私の身体は吸い寄せられるように、彼のいる方向へと傾いていく。

そうして、互いの身体が接触する瞬間。月に影が差した。

 

「なっ――――」

 

それがゴーレムだと認識するよりも早く、私はヴァルディに抱きかかえられ、バルコニーを離脱していた。

そしてそれに続くように、バルコニーにゴーレムの拳が刺さった。

 

「きゃっ!」

 

「目を瞑っていろ!」

 

破片から私を庇うようにゴーレムに背を向けるヴァルディ。

不謹慎だとは思うが、彼に抱かれているという感覚に居心地の良さを感じずにはいられなかった。

 

「あのゴーレムって……まさか、フーケ!?」

 

眼前に迫るゴーレムの風体は、破壊の剣飾奪還の際に襲われたそれとまるで同一の姿をしていた。

何でこんな所に。そんな考えが及ぶより早く、ヴァルディは私を抱いたまま一階へと駆け下りていく。

そこには、机を盾に弓矢を凌いでいる皆の姿があった。

 

「こんな緊急事態に、何イチャついてるのよ!」

 

「べ、別に好きでこんな状態な訳ないじゃない!」

 

慌ててヴァルディから離れ、同じく机の影に隠れる。

一瞬、ワルドの視線が刺さったが、直ぐにそれは逸らされる。

 

「あのゴーレムは恐らくフーケのものだろう。まさかこんな所で相手にすることになろうとはな」

 

「それに、アレは恐らく昨日の野盗の線が強いわね。昨日の今日で襲われて、フーケまでいるとなれば、あの襲撃が偶然だとはとても思えないもの」

 

キュルケが牽制のファイア・ボールを撃つも、射程外により傭兵まで届くことはない。

それだけで、相手はこちらの魔法範囲を把握しているのが分かる。

それはつまり、相手がメイジに対しての戦闘経験があるということに他ならない。

その事実が、キュルケの推測を確信へ到らせる裏付けとなる。

 

「――いいか諸君。このような任務では半数が辿り着けば目標達成となる」

 

弓矢の雨が降り注ぐ中、ワルドが深刻な表情で語り出す。

 

「僕とルイズ、そして彼女の使い魔である彼。この三人で裏口から脱出し、桟橋に向かい、残りの君達には囮となってもらう」

 

「なっ――そんなこと、出来るわけ」

 

「気持ちは分かるよ、ルイズ。しかしこの任務は絶対に達成しなければならないことは分かっているだろう?ここで手をこまねいていては全滅すら有り得るし、こちらの手を読んでいるとなれば、最悪船を運航停止にさせる何かをやられかねん」

 

ワルドの言い分は、どこまでも正論だった。

だからこそ、私には受け入れがたい言葉でもあった。

 

「キュルケ君達には耳の痛い話になるが、興味本位だろうとルイズを心配して来たのであろうと、戦線に加わってしまった以上は指示に従ってもらわねばならない。君達は今回の遠征に本来参加しない形だったから、当然目的も何も知らないだろう。この時点で君達がこの場で囮にならねばならないことはほぼ確定だ。目的も知らずについてきた所で、メリットはないからね」

 

「あの、僕はどうすれば……」

 

ギーシュがおずおずと手を挙げると、ワルドはさも決まっていたと言わんばかりに言葉を直ぐさま紡ぐ。

 

「君もここに残ってくれ。君は戦場に慣れていない様子。そんな状態では激戦が予想されるアルビオンでは足手まといになる」

 

「そ、そうですよね……」

 

ギーシュもある程度覚悟はしていたようだが、それでもショックは大きい様子。

無理もない。こんな危ない場所に残されるなんて、普通なら平然としていられる訳がないのだから。

 

「ま、仕方ないわね。こればかりはどうしようもないし」

 

「……キュルケ、それでいいの?」

 

「いいも何も、今の私達には戦力としての価値しかないんだから仕方ないじゃない。彼の言うとおり、私達は今回の任務とやらのことを何も知らない訳だし」

 

「タバサは」

 

「私達が残るのは、戦力の均一化から見ても適切」

 

つまり、この場で狼狽しているのは私だけ。

ギーシュも似たようなものだが、私よりは覚悟を持ってこの場にいる。

私だけが、学生気分のまま。

 

「納得してくれたようだし、早く行かなければ。すまないが、頼んだぞ」

 

「ええ。ド派手に演出して差し上げますわ」

 

ワルドが先行する形で走り去っていく。

私もそれに続こうと足を動かそうとするが、ヴァルディが未だに動かないことに気付く。

 

「ヴァルディ、何をしているの?」

 

私の問いには答えず、ヴァルディは囮役となった三人に視線を移す。

 

「あら、どうしたの?まさか愛の告白かしら」

 

二人の視線が交差する。

いつもの余裕な態度が崩れていくのが分かる。

普段なら割って入ってでも止める状況だが、何故だか今はそんな気にはなれなかった。

 

「残念だが、違う。ひとつ言いたいことがあっただけだ」

 

「言いたいことって――何もこんな時に」

 

ギーシュの抗議にも似た言葉を無視し、ヴァルディは一呼吸置き、それを言葉にした。

 

「――君達は強い。この程度の相手、手玉に取るぐらい容易だろう。だからこそ私達は、君達に安心してこの場を任せられる。この程度の相手、日頃の鬱憤を晴らすに丁度良いだろう?」

 

争いの喧噪の中、それは酷く鮮明に聞こえた。

激励でも渇を入れるでもなく、まるで世間話をするかのように語られたそれは、普段のヴァルディらしくない、ユーモアに溢れたものだった。

しかし、その裏に隠された真意を、この場にいる誰もが理解する。

 

――気負うな。恐れるな。お前達は私が認めた強者だ。なればこそ何を身構える必要がある?

 

そんな本音が透けて見えた。

どこまで本音か分からない。

しかし、彼女達を鼓舞するにおいて、これ以上とない言葉であったことは確かだった。

 

「――――ッハハハ!そうよね。たかだか傭兵風情、私の微熱で焦がすのは容易いことね」

 

「僕は強い、僕は強い、僕は強い。恐れるな、恐れるな、恐れるな――」

 

「……期待には応える」

 

各々が反応を示すと、ヴァルディは満足したのか一切の後ろ髪を引かれることなく、私を連れて宿を脱出した。

 

 

 

 

 

永遠に尽きないのではと錯覚するほどの矢の雨が降り注ぐ中、この場に残った三人は勝利を確信していた。

圧倒的劣勢であるにも関わらず、その意思に揺らぎはない。

そんな状況を生み出したのは、他でもないたった一人の使い魔の言葉によってであった。

 

「さて、あそこまで言われた以上、本気を出さない訳にはいかないわね」

 

「本気って、その化粧がかい?」

 

悠長に化粧直しをするキュルケに、ギーシュは呆れる。

 

「あら、私達はこの舞台の主役よ?脚光を浴びるからには、相応の身だしなみをしないと失礼というものでしょう?」

 

「まぁ、いいけどね。――さて、勝算はあるのかい?」

 

「勝算しかないわ。具体的な策はないけどね」

 

「そんなことだろうとは思ったけどね。――とはいえ、勝算しかないという部分には大いに同意するけどね」

 

タバサも静かに杖を強く握り締め、己を奮い立たせている。

ただ、勝てるという確信のみでこの場に立っている。

聞けば無謀にしか思えないだろう。しかし、当事者達はそうは思っていない。

圧倒的武力を持つ青年に、強さを評価されたという事実。それは彼女達に自信をつけさせるには充分すぎるものであった。

とはいえ、自分達が彼の期待に添える程の実力を持っているなど、誰一人とて思ってはいない。

ここにいる三人は、誰よりも彼の強さを身近に感じた者達である。

だからこそ、彼の言葉には社交辞令以上の意味合いはないと理解することも出来る。

それでもいい。今は無理だけど、いずれ本当に彼の信頼に応えられるようになれさえすれば。

これは、その最初の一歩に過ぎないのだから、この程度のことでいちいち気負う必要などどこにもないのだ。

 

「あの時はヴァルディ一人に任せっぱなしだったけど、今度こそ私達の力でフーケを倒しましょう」

 

「今度こそ、私達の力だけで」

 

「……その言い方だと、僕は場違いにしか聞こえないんだけど」

 

「場違いも何も、ドットとトライアングルじゃあ比べるべくもないでしょう」

 

「酷い言われ様だ。――いいさ。今こそあの日から欠かさなかった訓練の成果を出す機会だ。ここで僕が足手まといじゃないことを証明しよう」

 

「せいぜい期待しないでおくわ」

 

「――そろそろ、仕掛ける時」

 

「そうね。相変わらずフーケの姿は見えないのは不満だけど、あのゴーレムを完膚無きまで叩き潰せば、それで勝ちよね」

 

「その為にも、邪魔なものを一掃しないとね」

 

三者三様の構えで、杖を構え躍り出る。

今、蹂躙劇が幕を上げた。

 




本当は船に乗るぐらいまで進めたかったんだけど、これ以上長くすると全体のバランスが取れなくなっちゃいそうだったので、切りました。
今回は視点変更が多いなぁ……ややこしくないだろうか。


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第十六話

あけましておめでとうございます!
そして遂に旧版と話数が並びました!
今年もこんな拙い小説ですが、どうぞよろしくお願いします。


ルイズちゃんの手を取り、ワルドの後に続く。

あの場にキュルケ達を残してきたことに、罪悪感を感じずにはいられない。

間違いなくこの心配は杞憂に終わる、なんて保証はどこにもない。

どこまで行ってもリアルなこの世界では、どんなキャラでも等しく死亡フラグがある可能性がある。

僕なんかよりも強い(ギーシュは例外)メンツなんだ。

そして一番の強敵であろうフーケには一度勝利している。これは勝ちフラグしかない。

そう分かっていても、最悪の可能性を考えてしまう。

そんな後ろ髪引かれる想いを断ち切りたくて、ついあんなことを三人に言ってしまった。

紛れもなく本心であることは確かだけど、ぶっちゃけ急いでるってのに悠長にあれを言うだけの為に時間取らせるとか、空気読めてないにも程がある。

でも、そのお陰ですっきりした。

 

「あ、あそこよ!」

 

ひたすらに走り続け、ようやく見えた先には――山をも凌駕する巨大な大木が雄々しく根を張っていた。

木の根もとから上に登る為の階段が作られており、あれを登った先に船があることは最早明白と言えた。

見上げると、木の枝に船らしきものがぶら下がっていた。

 

「急いでくれ。早くしないと追いつかれてしまう!」

 

先行していたワルドが、僕達を急かす。

僕達は船へ向けて必死に足を動かす。

 

「ま、まって……。私、息が……」

 

道中半ばと言ったところで、ルイズちゃんの体力が限界に達する。

ああ、そうだよね。冷静に考えれば、前衛の体力と後衛の体力が同じな訳ないよね。

使い魔である僕が、主を蔑ろにするなんて、これではいけない。

 

「掴まれ。私が運んでやろう」

 

「お、お願い」

 

そして、ルイズちゃんの手を取ろうとした瞬間。

黒い影が、ルイズちゃんを浚った。

 

「ヴァルディ!」

 

黒いフードを被ったそれは、間違いなく追っ手の一人だろう。

黒フードはルイズちゃんを胸元で抱きかかえており、このままではルイズちゃんを巻き添えにしてしまう。

そんなもどかしさを抱えていると、背後からワルドが杖を構え躍り出る。

一瞬で黒フードまで接近し、そいつの眼前で魔法を唱える。

 

「エア・ハンマー!」

 

その名の通り、圧縮された空気による打撃が黒フードだけを的確に捉える。

ダメージにより、黒フードはルイズちゃんを解放し、吹っ飛んでいく。

ナイスだワルド!ほんの少しだけ見直した!

ルイズちゃんのことは一旦ワルドに任せ、僕は黒フードの追撃に入る。

ここで何もしなかったら、キュルケ達に顔向けが出来ない。

 

「…………」

 

桟橋から降り、黒フードと向かい合う。

表情は仮面に覆われており伺えない。

エア・ハンマーによる一撃を食らっている筈なのに、まるで効いていないかのように悠然と立ちつくしている。

もしかして、こいつが黒幕か?

何を喋るでもなく、不気味だ。

攻撃を受けても痛がる訳でもなく、攻撃を受けたにも関わらずまるで最初から何もされていないと言わんばかりに汚れひとつ無い姿は、まるで――

 

「――幻影、か」

 

ふと、そんな感想を漏らす。

すると、身体を揺らし、初めて感情を乗せた反応を見せた。

もしかして、正解?

ということは、この黒フードを倒しても、操作している奴を倒さないと終わらないということか。

なら、コイツに構っている暇はない。

 

「貴様には早々に消えてもらう。そして、改めて相応しい舞台で決着をつけようではないか」

 

幻影を操っているであろう本体に向けて、宣戦布告する。

黒フードは、焦ったように杖を構える。

すると、徐々に周囲の空気が冷えていく感覚に苛まれる。

そして、黒フードの周囲が帯電する。

――嫌な予感がする。このままじゃ、謎の魔法を喰らってしまう。

ルーン・セイヴを使うことも考えたが、可能な限り手札を晒したくはない。

黒フードを打倒したとしても、情報を与えてしまっては意味がない。

なら、どうする?

考えている暇はない。ならば、これしかない。

 

「貴様には、思考させる暇も与えん」

 

 

 

 

 

「ヴァルディ!」

 

突如として現れた謎の覆面に攫われた私は、使い魔に助けを請う。

しかし、私を盾にするように抱きかかえられているせいで、攻め倦ねている。

――まただ。また私は邪魔にしかなっていない。

これで何度目かも分からない、情けなさと悔しさで一杯になる感覚。

私はいつまで、このままなのだろうか。

 

「エア・ハンマー!」

 

ワルドの魔法が、敵に突き刺さる。

その反動で身体が宙に飛ぶも、ワルドが受け止めてくれた。

ヴァルディは、敵を追撃せんと桟橋から躊躇なく飛び降りていった。

 

「大丈夫かい?ルイズ」

 

「え、ええ。ありがとうワルド」

 

「例には及ばないさ。――しかし、彼は大丈夫だろうか」

 

私達は桟橋の上から見下ろすように、下にいる二人の様子を伺う。

一触即発の雰囲気の中、ヴァルディの口元が微かに動くのが見えた。

そしてそれと同時に、ワルドが身体をビクつかせた。

 

「どうしたの?」

 

「い、いや。なんでもないよ」

 

妙な違和感を感じつつも、それどころではないと改めて様子を見守る。

いつの間にか、敵の周りには小さな光が点灯するように纏われていた。

 

「不味いな。あれはライトニング・クラウドだ。喰らえば余程のことがない限りは死に至るぞ」

 

「そ、そんな!どうにかならないの!?」

 

「駄目だ。魔法の射程外だし、何よりもう詠唱が終わっている」

 

無慈悲なワルドの言葉と共に、光がヴァルディを襲った。

見ていられなかった。だから、私は急いで桟橋を降りた。

 

「ヴァルディ!」

 

煙のせいで視界が遮られており、状況が掴めない。

どうか、無事でいて。そう祈ることしか出来ないでいた。

煙が少しずつ晴れていき、影が映る。

 

――――そこに立っていたのは、先程の覆面を被った敵だった。

しかし、その姿は無惨に変わり果てていた。

黒のフードは見る影もなくボロボロに変わり果てている。

ボロ切れとなったフードの隙間から、夥しい数の刃傷が露わになる。

そして、まるで今し方攻撃されたことに気が付いたかのように、敵はゆっくりと膝をつき、地に伏した。

同時に、その背後に立っていたであろうヴァルディの姿が視界に入る。

対するこちらは、傷ひとつついていない。

 

「ヴァルディ!……よかった」

 

慌ててヴァルディの元へと駆け寄る。

 

「心配掛けたようだな」

 

「心配したに決まってるじゃない!もう……馬鹿」

 

思わず、ヴァルディの胸を小突く。

我ながら変な反応だと思う。

だけど、今は安堵感ばかりが先走り、身体が思考に追い付いていないのだから、仕方ない。

 

突如、敵が宙を舞い、自然の段差に隠れるように落ちていった。

 

「これで流石に起き上がってはこないだろう。それにしても、凄いな使い魔君。あの一瞬でどうやって倒したんだい?」

 

それは私も気になった。

ライトニング・クラウドが放たれてから十秒程度。

煙に紛れてよく分からなかったけど、少なくとも魔法が発動してから今に至るまで、戦闘らしき動きは見受けられなかった。

互いに一撃必殺の立ち回りをしたのは明白だが、問題はあの敵がこさえた傷の数々。

十、いや、百に近い数の刃傷は、如何にヴァルディの身体能力が優れていようとも十秒程度で作れるものではない。

それに、あの大剣で攻撃したにしては、あまりにも傷が浅い。

何より、あんなもので切られたらただの一撃で身体が吹き飛んでしまう。

それなのに、敵はライトニング・クラウドを放ってから一歩も動くことなく、そのまま倒れた。

一体、何がどうなっているのだろう。

 

「それは――企業秘密とさせてもらおう。どこで監視されているかも分からないからな、味方といえど手札を安易に晒したくない」

 

「そうか……。まぁ、仕方がない。とにかく今は船だ」

 

そうして、私達は再び船へと向けて歩みを進める。

今度は、私はヴァルディに抱えられて。

恥ずかしかったが、先程の二の舞になってはいけないので羞恥を呑み込み受け入れた。

しかし、そのお陰で先程の疑問を考察する時間が出来た。

 

それは、フーケ討伐後すぐのことだった。

彼は、あの大剣――テンコマンドメンツを十の顔を持つ剣だと評した。

そして、爆発を促す朱色の剣を、第二の剣・エクスプロージョンとも呼んでいた。

もしかすると、先程の刃傷も、十の顔の内のひとつなのかもしれない。

証明する手段はないが、そうとしか考えられない。

考えられるとすれば、身体が軽くなるとかだろうか。

異常とも呼べる速度での攻撃も、一撃が軽かったのも、そう考えるとある程度の納得は出来る。

しかし、ライトニング・クラウドによって発生した煙が彼の動きによって巻き上げられない程の速度なんて、有り得るのだろうか。

つまりそれは、人間どころか自然現象すら騙す程、その時の彼は速かったということになる。

有り得ない。有り得ては、いけない。

それが現実だとすれば、彼にとってメイジは何人束になった所で関係ないことになる。

そんなことになれば、彼はますます戦いの渦中に呑み込まれていくことになってしまう。

夢の中の光景が、現実になってしまう。

そんなの、嫌だ。

 

「……どうした?」

 

「……なんでも、ない」

 

無意識に、彼の胸に強く寄り添っていたことに気付く。

いつもの私なら、ここですぐさま離れていたことだろう。

でも、今だけは違った。

ヴァルディを失うかもしれないという恐怖。そしてこの優しい温もりが消えてしまうかもしれないという不安が、私を素直にさせている。

どこか遠くへ行ってしまわないように、肌と肌を合わせて、存在を確かめる。

そうでもしないと、すぐにでも消えてしまいそうだから。

船に辿り着くまで、私は一秒でも長く彼の温もりを堪能し続けた。

 

 

 

 

 

現在、僕らは船に乗っている。

え、過程はどうしたって?

簡潔に言えば、ワルドが貴族の立場を利用して無理矢理乗り込みました。

緊急事態だったから仕方ないとはいえ、申し訳ないことをしたと思う。

とはいえ、スヴェルの夜を無視しての出航だった為、船の動力源らしい「風石」の出力が足りないらしく、ワルドがその動力の補助に回っている。

そういえば、エア・ハンマーとか言ってたね。今の今まで魔法使ってる姿見てないから、気付かなかったよ。

あと、なんかこの船には硫黄が積んでいるらしい。

硫黄と聞けば温泉のイメージが強いけど何に使うんだろう。

 

後、さっきの黒フードとの戦いだけど、ルーンセイヴは切り札だということで出し惜しみした結果使ったものは――音速の剣・シルファリオンだった。

これの所有者もかなりの頻度で使用していた、あらゆる速度が上昇する剣だ。

持っているだけで身体が軽くなり、剣を振ることだろうが移動速度だろうが何だろうと例外なく、素早い行動を可能とする。

その分一撃が軽くなるという欠点を持ち合わせているが、それを補う手段もあるということで何ら欠点にはなり得ない優秀な形態と言えた。

……問題は、僕がその力を制御しきれていない、という点だ。

半ば使えるであろう、という安易な思考で初の形態変化を、まさかの実戦でやったこともあり、勝手を理解出来ていなかったということもあるが――何あれ、怖い。

何だろう。某オサレな死神漫画で使われる移動みたいなのが、一歩踏み出すだけで勝手に発動する、みたいな?

一歩踏み出す→ブレーキ→ブレーキの反動でまた移動→以下無限ループ。ってことを延々と繰り返してたよ。

もうね、視界が尋常じゃないほどに動くもんだから、あそこまで行くと酔うとかそういうレベルを超えて、視界が常に真っ白になるのよ。

ようやく収まったと思ったら、なんか黒フードは知らない内にボロボロだし。

多分、僕が移動制御に苦戦している間に、シルファリオンが黒フードに当たりまくっていたんだろう。

切った感覚が分からないほど軽いとは、予想外だったよ。

あと、よく身体同士衝突しなかったな、とも思った。

 

まぁ、そんなことよりも、だ。

空飛ぶ船なんて初めての体験で、内心テンションフルマックスだったりします。

飛行機にも乗ったことない僕は、高い景色を見る機会といえばせいぜいジェットコースターぐらい。

高いところは好きでもないけど、嫌いでもない。

でも、景色は綺麗だと思う。

雲ひとつ無い夜空が、星々の瞬きをより彩らせている。

星なんて在り来たりな風景でしかない筈なのに、視点が違えばこうも違って見えるものなのか。

 

「綺麗……」

 

隣に立つルイズちゃんが、髪を靡かせて呟く。

ぶっちゃけ、いつ隣に居たの、って感じです。さっきまでいなかったのに……。

内心では驚いたけど、表情には出さない。それがヴァルディクオリティ。

 

「ああ、そうだな」

 

取り敢えず、何でもない風に返す。いや、勝手にそうなるんだけどね。

こういう時に、君の方が綺麗だよ、とか言うのを聞いたことがある。

ギーシュとかは普通にやりそうだなぁ。僕には無理だ。

 

「この先で戦争が起こっているなんて、とても思えないわ」

 

「しかし、現実に起こっているからこそ、姫殿下の依頼があった」

 

「分かってるわ。噂が何度も耳に届いていたし、ここまでくれば現実だって嫌でも思い知らされるわ。――でも、それで納得できるかどうかは別問題よ」

 

強く自分の身体を抱き締めるルイズちゃん。

その弱々しい姿を見る限り、心から戦争を嫌悪しているのが分かる。

 

「戦争は、嫌い。大切なものを奪うから」

 

「……戦争を経験したことがあるのか?」

 

「ないわ。ないけど、似たようなものかしら」

 

要領を得ない回答だったけど、あまり深く聞き出すような話でもないし、これ以上の言及は控えておいた。

 

「ねぇ……貴方のこと、聞いてもいい?」

 

ルイズちゃんが、いきなりそんなことを言い出した。

 

「いきなりどうした?」

 

「いきなりも何も、私は貴方のことを全然知らないって思ったから。私の使い魔になってくれてからもう何日も経っているのに、貴方は自分のこと何一つ語らないんだもの」

 

……うーん、困った。

まさかこんな質問をされるとは思ってもいなかったので、言い淀んでしまう。

やましいことは無い。ただ、どう答えるべきなのかが分からないだけだ。

当たり前のことだが、僕=ヴァルディではあるが、そのすべてが当てはまる訳ではない。

僕の人生はこの世界で培ってきた訳ではない。しかし、ヴァルディとしての人生はこの世界で培ったものだ。

当然、ルイズちゃんが知りたいと思っているのは、ヴァルディとしての人生であり、僕のものではない。

しかし、僕にとってのヴァルディとは、ルイズちゃんに召還されたあの日から始まった、言わば生まれたてほやほやの赤ちゃんのような存在に過ぎない。

とはいえ、肉体だけ見ればリアルの僕よりもずっと大人だ。しかもイケメン。

それなのに今ここで僕は貴方に召還された時に生を受けましたなんて言って、誰が信じる?

少なくとも、僕は信じないね。

 

まぁ、言いたいことは分かっただろう。

つまり、この状況を脱するにはなんて言えば良いのだろうか、ということで絶賛お悩み中な訳ですよ。

 

「私には、言えないこと?」

 

うんうん頭を悩ませていると、悲しそうな表情でそう問いかけてくる。

うぅ、悲しませるつもりは微塵もないのに、そうせざるを得ないというジレンマ。

 

「……私のことなど、聞いてもつまらないだけだ」

 

「それを決めるのは、私よ」

 

……どうしよう。

煙に巻きたいけど、遺恨を残さない言い訳を言える程話術に優れていない。

同時に、全く身に覚えのない武勇伝を捏造することも出来なければ、それを厚顔無恥に語れるほど面の皮も厚くない。

外の人であるヴァルディはリアル面の皮厚いタイプだけど、今回ばかりは少し表情筋が動いているようだ。

ヴァルディが顔に出すぐらいだ。僕は相当動揺していることが分かる。

 

「教えて、お願い。――それとも、私なんかには、話せない?」

 

捨てられた子犬のような表情で見上げるルイズちゃん。

――――あー、もう!やってやんよ!この出来損ないの頭で乗り越えてやんよ!

支離滅裂だろうが何だろうが、ルイズちゃんがこれ以上悲しむよりは何倍もマシだ。

 

「――私が始まったのは、主に召喚されたあの日からだった」

 

「そうじゃなくて、私に召喚される前の――」

 

「違う。私という存在に意味が与えられたのは、あの日からであり、それ以前の私は無価値だった。故に、語ることがないのだ」

 

抽象的に表現しているけど、これはヴァルディのことを説明しています。

召還されてからがヴァルディの人生の始まり=存在に価値を与えられた。

それ以前にはヴァルディという生命は存在していない=無価値。

という感じを意識して答えた、んだけど――予想以上にヴァルディが厨二っぽく言ったもんだからかなりちんぷんかんぷんになってるだろうね。

それはそれで好都合ではあるんだけど。

 

「――それでも、いい。どんな些細な事でもいいから、貴方のことが知りたいの」

 

……何この殺し文句。

妹宣言してなかったら、完全に惚れてますわこれ。

とはいえ、どうしよう。

結構食いつくもんだから、生半可な言葉選びじゃあ納得してくれそうにないのは嫌でも分かる。

どうしようどうしようと悩んでいると、助けが舞い降りた。

 

「あ、そろそろアルビオンが見えるわ」

 

ルイズちゃん自身が話を逸らしてくれたので、それに全力で対応する。

 

「あれが、アルビオンか……」

 

文字通り、アルビオンは浮遊大陸だった。

大陸の終わりからは滝のように水が下へと流れ落ち、その余波によって霧が発生している。

それにより、大陸の下半分は雲と霧で完全に見えなくなっていた。

 

「綺麗よね。白の国と呼ばれるに相応しい景観を誇っているでしょう?」

 

「そうだな」

 

こんな光景、リアルではせいぜいナイアガラの滝ぐらいしか似たもの無いよね。

しかもアルビオンは更に浮遊大陸ときた。

リアルでは決して有り得ない、想像の産物ならではの美しさを、テレビ越しではなく擬似的とはいえリアルのように体験できるなんて、幸せ者だよなぁ。

 

「こんな綺麗な場所で戦争が起こっているなんて、考えたくもないわ」

 

「戦争を仕掛けるような輩が、風景を楽しむなどといった風情を持ち合わせている筈もなかろう」

 

戦争は、破壊によって創造を為す行為だ。

失ってもそれによって得るものがあるせいで、人は戦争行為を強く否定することができない。

しかし、否定しないだけで誰もが嫌悪しているのは考えるまでもないことだろう。

とはいえ、嫌悪するのも自分に不利な条件となった場合ぐらいのもので、そうでなければ知らぬ存ぜぬを貫くのが人間というものだ。

結局の所、自分にお鉢が回りさえしなければ、戦争だろうが何だろうが自由にして下さい、っていう考えの人が多いから、戦争はなくならないんだろう。

僕は戦争肯定派ではないけど、そもそも平和な国で生まれたこともあって本質的に戦争に対して抱く恐怖も嫌悪感もないというのがあるから、いまいち感情移入出来ないというのが本音だ。

せいぜいゲームや漫画でキャラクターが戦争や紛争によって暗い過去を持っていたりすると、それで感情移入出来るってぐらい。

僕の我が物顔で語ったセリフも、それの副産物に過ぎない。

 

「アルビオン側の敗北は、時間の問題だって聞いたわ。この土地が賊のものになるって思うと、悔しくてたまらない」

 

「……こればかりはどうしようもない。私達が仮に足掻いたところで、結果が僅かにでも好転するなんてことは有り得ない。人ひとりの力とはそれだけちっぽけなのだよ」

 

「それは、ヴァルディでも?」

 

何故僕を引き合いに出す?

僕だって例外じゃないよ。

ヴァルディが如何にハイスペックでも、中身が伴っていないというのもあるけど、個人の力で変革を為せるほど、世界は狭くないってことだ。

 

「無論だ」

 

「……そう。そう、よね」

 

それ以降、ルイズちゃんは黙りこんだ。

ルイズちゃんは優しいから。どうにかしてこの戦争を止めたいと考えているのだろう。

こればかりは、無理だと声を大にして言いたい。

だけど、そんな現実を突きつけたところで彼女は止まらないだろう。

だったら、せめて彼女に危機が迫らないように、僕が頑張るしかない。

使い魔として、彼女の兄として。

 

少しだけ湿っぽくなってしまった。

気持ちを新たに切り替えようと思った瞬間、船が大きく揺れた。

 

「何?何なの!?」

 

「落ち着け。――どうやら砲撃のようだ」

 

ルイズちゃんが驚き戸惑っている間に周囲を見渡していたら、如何にも敵ですよって雰囲気の船がこっちに大砲を向けていたのを発見した。

アルビオンは目の前だっていうのに、そう簡単には行かせてくれないらしい。

さて、これからどうなることやら。

 




新年ジャストに合わせるべく作業を急いだ結果、何とも微妙な場所で、何とも微妙な切り方で終わりましたね。
次回はルイズちゃん視点での船での内容から始まり、ワルボッコ前夜祭辺りまで進む予定。予定だからね?


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第十七話


久しぶりに書いている途中にデータが軽く飛んで、凹んだ。



夜空が近い。

手を伸ばせば届きそうになると錯覚する程の高度に、今私達はいる。

桟橋を登り、ワルドの機転により夜による船の出発を可能とした私達は、こうして身体を休めながら船の上で夜風に当たっている。

仮眠は先程済ませたばかりで、身体を解すという意味合いでも風に当たろうと思い甲板に出た所、ヴァルディが甲板の端で佇んでいたのを発見。

声を掛けることなく、無言で隣に立つ。

彼はそれに特に反応するでもなく、じっと景色を眺めている。

ふと、思う。

もしかして、ヴァルディは船に乗ったことがないのではないか、と。

彼の性格からして、ここまでひとつの事に注目するというのはそうそうない、と思う。

隣に来る以前からこうしていると考えると、この景色が彼にとって新鮮み溢れるものだから、ここまで注目しているのかもしれない。

……思わず、可愛い。なんて思ってしまった。

所詮、この推測も事実を証明出来ない以上、妄想の域を出ない代物だけど、普段とのギャップを考えると、そういうのもいいかもしれない、と思う自分がいた。

普段の彼も好きだが、凛々しい中にも純真さを併せ持っている彼でも全然良いと思う。

 

「綺麗……」

 

ふと、彼の横顔を見たとき、そう呟いていた。

生来の端正な顔立ちに夜風に靡く黒髪。それらが星が瞬く夜空を背景に、より一層美しさを際立たせていた。

だからといって、何を口走っているんだ私は。

しかし、ヴァルディは景色のことだと勘違いしたらしく、淀みなく私の感想に答える。

 

「そうだな」

 

身から出た錆ではあるが、今回ばかりはその勘違いを利用させてもらおう。

だって、恥ずかしすぎるんだもの。

 

「この先で戦争が起こっているなんて、とても思えないわ」

 

「しかし、現実に起こっているからこそ、姫殿下の依頼があった」

 

私達にとっての世界は今、とても穏やかな空気に包まれている。

しかし、あと数時間もすれば、血と泥にまみれた世界へと移り変わる。

私の抱いている平和も所詮、仮初めのものに過ぎない。

ここは最早、何が起こってもおかしくない空域なのだ。

 

「分かってるわ。噂が何度も耳に届いていたし、ここまでくれば現実だって嫌でも思い知らされるわ。――でも、それで納得できるかどうかは別問題よ」

 

正直な話、今でも自分が国の運命を左右する立場にあるということを実感しきれていない部分がある。

戦争なんていう概念とは程遠い生き方をしてきたからというのもあるけど、一番の理由はやっぱり私が戦いに参加していないことにあると思う。

幸か不幸か、誰も傷つけず自らも傷ついていないという現状が、現実を曇らせている。

しかし、それを補うかのように予め見ていた、戦争の夢。

ヴァルディが単身万に近い軍勢に立ち向かう光景。

その縁起でもない光景が、私の戦争に対しての悪感情を募らせている。

 

「戦争は、嫌い。大切なものを奪うから」

 

夢のような光景が現実になって欲しくない。

私から、大切な人を奪わないで欲しい。

 

「……戦争を経験したことがあるのか?」

 

「ないわ。ないけど、似たようなものかしら」

 

ヴァルディは、私の夢のことなんか知らないから、そう思うのも無理はない。

でも、説明する気にもなれない。

声に出せば、現実になりそうだから。

 

「ねぇ……貴方のこと、聞いてもいい?」

 

気付けば、先延ばしにしてきた言葉を口にしていた。

これから死地に赴くということもあり、悔いのないようにと無意識が働いたのか。

先延ばしを重ね、気付けば彼が傍にいないなんて最悪の結果を避けたかったからなのか。

何にせよ、自覚している内には聞き出すことが出来なかったであろう自分の性格を考えると、良い機会なのかもしれない。

 

「いきなりどうした?」

 

自分でも突拍子もなく思う話の流れに、ヴァルディが困惑している、ように見える。

 

「いきなりも何も、私は貴方のことを全然知らないって思ったから。私の使い魔になってくれてからもう何日も経っているのに、貴方は自分のこと何一つ語らないんだもの」

 

私の知っているヴァルディは、強くて、優しくて、頼りがいのあるエルフの青年。

しかし、それでは人柄――つまり、外面しか理解することが出来ない。

彼のすべてが知りたい。良いところも悪いところも含めて、余すところなく。

自分でも我が儘だと思う。

私だって、まともに自分語りをしたことない分際で、彼には一方的に問いただすような真似をする。

そんなことだから、彼も自分のことを語ってくれないのだ。

 

「私には、言えないこと?」

 

それでも私は愚かなことに、押せ押せの姿勢を貫いている。

性格もあって引っ込みがつかないのもあるが、ここで引き下がったら再びこの質問をする機会が訪れるのか分からないから、恥も外聞も捨ててでも現状に留まろうと必死になる。

 

「……私のことなど、聞いてもつまらないだけだ」

 

「それを決めるのは、私よ」

 

躊躇うような語気。

そこにはどんな思惑があるのか、私には分からない。

それでも、私は彼が何を言おうとも受け入れてみせる。

その程度のことが出来ずに、何が貴族だ。何がヴァルディの主だ。

 

「教えて、お願い。――それとも、私なんかには、話せない?」

 

懇願するように、問いかける。

これで駄目なら――そう考えていた時、彼は静かに独白を始めた。

 

「――私が始まったのは、主に召喚されたあの日からだった」

 

「そうじゃなくて、私に召喚される前の――」

 

「違う。私という存在に意味が与えられたのは、あの日からであり、それ以前の私は無価値だった。故に、語ることがないのだ」

 

――私はただ、驚愕していた。

ヴァルディとはそれなりに長い時間を共に過ごしてきた。

無表情が張り付いた、それこそ人形のような造形を崩さないいつもの彼の表情が、苦虫を噛み潰したかのように苦悶に歪んでいた。

一般的な表情変化と比較すれば、特別大きな変化とは言い難い。

しかし、そこはヴァルディがそれを為したからこそ、その異常性が伺えるのだ。

 

何故、こんな表情をしているのだろうか。

そんなにこの話題は、彼にとって地獄に等しい内容だとでも言うのか。

彼の言葉を一度整理してみよう。

あの日、とはつまり召還された日のことだろう。

召喚されたその日、彼は意味を与えられたと言っていた。

そしてそれ以前は彼は自らを無価値と評した。

彼に価値がない、なんて馬鹿なことは有り得ない。そう声を大にして言いたいが、今はそんな事はどうでもいい。重要な事じゃない。

自分で自分のことを無価値と言うなんて、真っ当な生き方をしてればまず有り得ない。

どんなにネガティブな思考を持つ人間でも、結局自分が大事である以上、自分を壊す最後の一線を越えるようなことはしない。

私だって、魔法が使えない劣等感を間違った貴族らしさを振る舞うことで誤魔化し続けてきたから、分かる。

しかしその最後の一線を、彼は越えていた。

――――こんなの、まともじゃ、ない。

 

では、何が彼をここまで追い詰めていたのだろうか。

圧倒的なまでの戦闘能力を持つ彼にとって、有象無象を恐怖の対象とするには力不足も甚だしい。寧ろ、立場としては恐怖を植え付ける側だろう。

ならば、原因は一体何だろうか。

一度、視点を変えて考えてみよう。

人間は何を恐怖する?エルフ、いや、ヴァルディに限らず、本能的にヒトが何を恐れるか。

それに加えて、彼が自らを無価値と評した背景も整合する。

極端な話、自分の価値なんてものは自分で決めるものだ。

私が言っても説得力がないかもしれないが、それを教えてくれたのは他でもないヴァルディだ。

そんな彼が行動を持って示してくれたことを、彼自身が理解していない筈がない。

そうなると、必然的にこうは考えられないだろうか。

――ヴァルディは、その価値を選択する権利さえ、最悪、自己価値について思考する余裕さえなかったのではないか、と。

自分でその発想に至っておいてあれだけど、価値が選択できない環境なんて、そんなものがあるのだろうか。

 

まさか、と。

ふと、最悪の可能性が過ぎる。

――監禁・幽閉。それも、光どころか音すらも届かない石造りの部屋に。

或いはエルフの一族から迫害を受けていたか。

過程はこの際重要ではない。

もしこの仮説が当たっていたとするなら、あらゆることに説明がつく。

先程の自己価値に関しても、そんな場所で過ごしていれば間違いなく希薄になる。

自己を見つめ直す鏡もなければ、声さえまともに響かない静寂に肉体を

それは、世界に拒絶されているも同義なのだから。

寧ろ、自我をこれだけ保てていること自体、ヴァルディが如何に強靱な精神力を持っているかの証明にさえなっているぐらいだ。

普通の人間なら、三日で壊れてしまうのは確実だ。

そして、彼の人形を想起させる無表情。

感情とは、それを出すに相応しい状況が成立しないと発現しないものだ。

苛々するから怒り、悲しい出来事があったから泣き、楽しかったから笑う。それは必然であり、常識だ。

それこそ、感情を失う程の絶望が彼を襲うか、音も光もない世界に隔離でもされない限り、誰もが平等に持ち得る情緒だ。

 

――酷い。酷すぎる。

全て妄想だ。実際にそうだと証明された訳でもない。ただの杞憂の可能性だって高い。

それでも、証明されない限りはあらゆる可能性がそこに存在し続ける。

そして、その証明をする言葉が紡がれることはない。

妄想としての余地が残っている段階で、こんなに胸が苦しいというのに、誰が訪ねられるものか。

そう、思っていたのに。

 

「――それでも、いい。どんな些細な事でもいいから、貴方のことが知りたいの」

 

私は今、とても残酷なことを口にしている。

我欲を優先し、悲痛な表情を歪ませる使い魔の過去を探ろうとしている。

最低なんて言葉では済まされない。彼の逆鱗に触れ、首を落とされたとしても文句はいえない無礼行為だ。

後悔している。それが例えほんの少しの好奇心が突き動かした結果であろうとも、彼を傷つけたことに変わりはない。

それだけヴァルディのことを知りたいという感情なんて、何の免罪符にもなりはしない。

 

「あ、そろそろアルビオンが見えるわ」

 

ふと、視界の端にアルビオン特有の白の風景が映ったので、慌てて話題逸らしに利用する。

それで彼を傷つけた罪滅ぼしになる訳ではないが、これ以上言及するのに比べれば全然マシだ。

 

それから、私達は他愛のない話をする。

心なしかヴァルディの沈んでいた雰囲気も戻っている気がするのが救いだった。

 

「アルビオン側の敗北は、時間の問題だって聞いたわ。この土地が賊のものになるって思うと、悔しくてたまらない」

 

美しい景観を誇るアルビオンが、賊の手に落ちることに対して私が嘆いたことから始まり、今に至る。

実際に見た訳ではないけれど、遠い噂で耳に届く限りでは、その線が濃厚とされている。

 

「……こればかりはどうしようもない。私達が仮に足掻いたところで、結果が僅かにでも好転するなんてことは有り得ない。人ひとりの力とはそれだけちっぽけなのだよ」

 

「それは、ヴァルディでも?」

 

それは、純粋な疑問だった。

戦争で英雄が生まれても、必ずしも英雄が戦争を終わらせる訳ではない。

 

「無論だ」

 

「……そう。そう、よね」

 

それを聞いて、私は安堵していた。

少なくとも、彼はあの夢のような光景を望んで迎えるということがないことが分かったからだ。

そんなことでは何の慰めにもならないが、少なくとも私達に何のしがらみもなければ、私が逃げようと言えば一緒に逃げてくれる筈。それが分かったけでも僥倖と言えた。

 

瞬間、爆音と共に船全体が大きく揺れた。

 

「何?何なの!?」

 

「落ち着け。――どうやら砲撃のようだ」

 

冷静なヴァルディの対応に、私も冷静になる。

彼が指さした方向には、大砲を突きつけた船が一隻並走していた。

 

「ルイズ。まずいことになった」

 

「ワルド、これは一体」

 

「空賊だ。降伏しなければ、最悪このままなぶり殺しにされるかもしれない。私は空石への供給に魔力を使っているから、あの船を打倒する程の戦力は残っていない」

 

「そんな……。じゃあ、ヴァルディは?」

 

「正直な所、分からない。やれる可能性はあるが、リスクが伴う」

 

「リスク?」

 

「――力を、制御できないかもしれない」

 

その一言だけで、充分だった。

彼なら、この船もろとも破壊する火力を叩き出しても不思議ではない。

そういう、凄みがある。

 

「大人しく従おう。このままでは何も出来ずに終わってしまう」

 

「そうね……」

 

結局、私達は投降した。

武器の一切を回収され、牢屋に入れられてしまう。

 

「こんな所で足止め喰らっている訳にもいかないっていうのに……」

 

「こればかりはどうしようもない。恐らく尋問か何かで対話をすることになるだろうから、その際に色々上手くやってみよう」

 

私達は、ただ静かに待つことしか出来ない。

ヴァルディは、何も言わず目を閉じ座っている。

彼ならこの状況を打開出来るのでは、と思っていたけど……。

それとも、何か考えがあってのことなのか。

 

「おい、お頭がお呼びだ」

 

乱暴にドアが開かれ、手下の一人がそう告げる。

手下に前後を挟まれる形で、船長室に連行された。

 

「ようこそ、我らの船へ」

 

親玉であろう男が、回転椅子に身体を預けながらそう言った。

 

「歓迎される気なんか微塵もないけどね」

 

開口一番悪態をつくと、親玉はそれを笑う。

 

「随分と勝ち気なお嬢さんだ。身なりからして貴族らしいし、贅沢な皿洗いとして働いてもらうのも悪くない」

 

「――――誰がッ!私は王党派の使いなのよ!そんな狼藉、許されるとでも思っているの?」

 

「アルビオンへの王党派、ねぇ。あんな明日にでも消えちまいそうな場所に使いなんざ、物好きだな」

 

「そんなの、アンタに言われる筋合いなんて無いわ」

 

「貴族派につけば、礼金だってたんまりだろうし、そっちに行く気はないか?」

 

「死んでもお断りよ」

 

気丈に親玉と言葉を交わしているが、自分の身体が震えているのが分かる。

そんな中、ヴァルディが私と親玉の間に割って入ってきた。

 

「……なんだ、兄ちゃん。俺はこの嬢ちゃんと話をしているんだが」

 

「――似合わないな」

 

「あ?」

 

「立ち振る舞いも、言動も、似合わないと言っているんだ。止めたらどうだ?」

 

何を、言っているのか。

まるで荒唐無稽な会話。聞く人が聞けば、気が違ったのではと思われても不思議なくらいの内容だ。

挑発とも呼べなく無いが、そんなことを今して何になる?

彼は無意味な行為はしない。なら、この発言にも意味がある筈。

 

「……そうだな、それもいいか」

 

どこか納得したかのような表情で、親玉は小さく笑みを作る。

 

「どうやら、彼は気付いていたらしい。まったく、トリステインは優秀だよ」

 

そう言うと、親玉は一張羅を捨て、別の服装に着替える。

その服装は、まるで貴族のような煌びやかな意匠がこしらえており、その姿は様になっていた。

 

「先程は失礼した。私は王立空軍大将本国艦隊司令長官――――といっても、最早『イーグル号』しか残っていないのだがね」

 

バンダナを取り、振り返る。

その姿は、とても気品に溢れていた。

 

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 

親玉は、私達が探して止まなかった人物だった。

 

 

 

 

 

親玉は、ウェールズ・テューダーご本人だったでござる。

いやね。ワルドよろしくこんな優男がお頭だって言うもんだから、つい似合わないって言ってやったのよ。

だってさ。お頭とか言う人種は大抵髭面で豪快な性格をした人物って相場が決まっているじゃないか。

例外があるとすれば、どこぞの王女が海でお頭やってるパターンぐらいのものだ。あれはいいものだ。

それはいいとして、目的の人物だと分かったのだが、訳ありとはいえ王族なのに空賊に扮していたこともあり、ルイズちゃんが懐疑的になっていた。

しかしそれも彼が風のルビーと言う、水のルビーと対を為す宝石を持っていたことで晴れた。

 

そんでこんで、ようやく手紙の件に移った。

従妹が結婚するという事実がかなりショックらしく、今にも崩れ落ちそうだった。

こればかりは、僕にはどうしようもない。

運命を変えられるなら変えてやりたいけど、僕程度のスペックじゃ国を動かすなんてどだい無理な話だ。

ウェールズは大事に仕舞っておいた手紙をルイズちゃんに手渡し、僕達は民間人を乗せたイーグル号を使い、トリステインに帰るよう促された。

しかし、ルイズちゃんはウェールズに亡命するように進言した。

勝ち目のない戦いに身を投じることを、優しい彼女は良しとしなかった。

だが――ウェールズはそれを拒否。

王が臣下を捨てて亡命するなど出来ない。そう揺るぎない瞳で答えた。

――イケメンめ、このヤロウ。そう心の中で叫んだよ。

外見だけじゃなくて、心もイケメンか。

憎まれっ子世に憚る、とはちょっと違うかもだけど、いい人ほど早死にするっていうのはどこでも一緒か。

恋仲だったのは所詮過去の出来事だと、嘘っぱちも良いところな発言をしてでも、その決意に揺らぎはないことを証明してみせた。

ルイズちゃんは、終始納得出来ない様子だったが、彼には何を言っても無駄だ。

 

そうして、僕達は最後の晩餐と呼ぶに相応しいパーティに招待されることとなった。

ワルドがウェールズと二人きりで何か話をしているのが気になったが、今は重要なことじゃないだろうし、放置した。

それよりも、今はルイズちゃんだ。

誰もが無理してでも明るく振る舞っている光景に耐えられなくなり、今はバルコニーで黄昏れている。

そんな僕は今、ウェールズと一対一で会話をしている。

 

「ルイズ君に聞いたよ。君は彼の使い魔だそうだね」

 

「そうだが」

 

「まさか人間の使い魔だなんて思いもよらなかった。――しかし、相応の能力はあるようだね。僕の正体にも気付いていたようだし」

 

おう、皮肉か。

確かに僕は使い魔として役に立ってないかもだけどさぁ。ヒトガタでは頼りないかもだけどさぁ。

それと、気付いてません。何言ってるんだコイツ。

とはいえ、ややこしくなりそうなので撤回はしないでおく。

 

「誉め言葉として受け取っておこう」

 

「はは。――それはそうと、ワルド殿から聞いたが、ルイズ君が結婚するというのは、本当か?」

 

「……何を、言っている」

 

「いや、先程彼に話があると誘われて、結婚式を挙げるからその立会人になって欲しいと頼まれたんだが。本当は内密にとのことだったんだが、彼女の使い魔である君なら知っても知らずとも、聞く権利はあると思ってこうして訪ねた訳だよ」

 

「……馬鹿なことを。その発言は有り得ない。彼女は私にワルドとの恋愛感情はないと、そうはっきり宣言していた」

 

「それは、おかしいな。発言に食い違いがありすぎる」

 

ワルド、一体何を考えている?

まるで出来レースのように手紙を受け取って、いざ帰るとなった時にこんな話題を出すだろうか。

立会人にしたって、ウェールズに固執する必要はない。

むしろ、祝福されたいという願望があるのなら、こんな人が集まるかも定かではない状況下で結婚をするなんて、普通は考えない。

死者へ向けての手向けだというのであれば、そんな重要な問題ををルイズちゃんと相談していないのはおかしい。

……まさか、アイツがこのミッションのラスボス、なのか?

 

「嫌な予感がする。ワルドに会ってくる」

 

「待ってくれ。もしその食い違いにワルド殿の悪意が関わっているのであれば、この場で手出しはしない方が良い。それが真実だとしても、彼はしらを切り続けるだろう。少なくとも、明日までな」

 

「なら、ルイズに証人になってもらうのは」

 

「サプライズで黙っていた、と言い逃れる可能性もある。ルイズ君本人にしたって、照れ隠しだと言われればそれを証明する絶対手段がない以上、どうにでもなる。ましてやここは僕達しかいない。僕達は明日にでも死地に向かうし、君は使い魔だ。僕達は言わずもがな、使い魔である君は強引にだろうと婚約が成立してしまえば、立場上それに従わざるを得なくなる。使い魔の不祥事はメイジの不祥事だ。下手を打てば彼女の立場も危ぶまれる」

 

「…………」

 

「更に言えば、彼はグリフォン隊の隊長らしいじゃないか。そんなトリステイン王国の中枢に食い込むであろう立場の人間を証拠なしに糾弾しても、戯れ言として切って捨てられるのがオチだ。僕も、その言葉がトリステインに届く頃には生きてはいないだろうしね。捏造だと言われて当然と踏んだ方が良い」

 

「いっそこの場で倒す、というのは」

 

「それが一番堅実な手段かもしれない、が――彼はスクウェアの風メイジのようじゃないか。はっきり言って、僕達でどうにか出来る相手かどうかも分からない上に、仕留め損ねてトリステインに逃げられでもしたら、それこそ最悪の事態だ」

 

手詰まり、というにはウェールズの発言には穴が多い。

多いが、そのどれも決して有り得ない可能性ではない。

強引に事を運べば、それだけ僕達が不利になる。

後手に回らざるを得ないとなれば、必然的に相手の出方を待つしかない。

ワルドの出方次第では、一発でチェックメイトになるかもしれない。

それだけは、避けたい。

ルイズちゃんの悲しみは、最早彼女だけのものではないのだ。

 

「――だから、僕にいい考えがあるんだ」

 

ウェールズは、意地の悪い笑みを浮かべて、そう言った。

 

 

 

 

 

私は一人、廊下を歩く。

ウェールズ皇太子一派の最後の晩餐は、見るに堪えないものだった。

誰もが偽りの笑顔で楽しむ光景に、痛々しさしか感じられない。

彼らは、死を受け入れていた。

愛する者がいるのに、それを無視してでも得る誇りが大事だというのか。

アンリエッタが悲しむことを理解していながら、それでも貴族らしくあることが正しいことなのか。

 

「ルイズ」

 

気が付けば、ヴァルディに声を掛けられていた。

私は思わず、彼に向かって飛びつき、その体勢のまま顔を埋める。

 

「……ねぇ、ヴァルディ。誇りってそんなに大事?愛する人が悲しむと知って尚、戦いに準殉じて誇りを残すことが、本当に正しいことなの?大事な人を護る為なんて言ってたけど、ウェールズ皇太子がアンリエッタ姫と再開すること以上に大事なことが、この世にあるって言うの?」

 

ヴァルディは、何も答えてくれない。

 

「私は、こんな自分のことしか考えていない国の人達なんて、大嫌い。早く、帰りたいよ……」

 

感情が抑えられず、私はヴァルディの胸の中で涙を流してしまう。

私は、彼の前だと弱くなってしまう。

気丈に振る舞っても、彼の前ではそんなメッキは容易く剥がされる。

 

「――君には、家族はいるか?」

 

「いるわ。当然よ」

 

突拍子もなく、そんなことを言い出すヴァルディ。

私は淀みなく答えると、そのまま彼は言葉を続けた。

 

「もしその家族の誰かが、君の為に命を賭けるとしたら、君はどうする?」

 

「そんなの、止めるに決まっているじゃない!」

 

「何故だ」

 

「そんなの、家族だから――大事な存在だからに決まって、」

 

「それが答えだ。ウェールズ皇太子が亡命すれば、彼を確実に抹殺せんと貴族派は躍起になるだろう。そうなれば、亡命先であろうトリステインが第二の標的となるのは自明の理。遅かれ早かれそうなるにしても、早ければそれだけ対抗する時間を奪われてしまう。――彼は、愛する者を護る為の時間稼ぎがしたいのだよ」

 

その言葉に、ハッとする。

 

「誰かを好きになるという感情は、等しく持ち得る崇高なものだ。だが、その形は人それぞれだ。添い遂げたいという思いを振り切ってでも、彼は愛する者の為に命を張る選択をしたのだ。それを貶めるような発言は、誰であろうとしてはいけない」

 

「……そうだとしても、納得なんか出来ないわよ」

 

「する必要なんかない。この選択だって、本当に正解とは言えない。この問題に正しさを問うこと自体無意味なのだから」

 

それだけ言うと、ヴァルディは私を抱き締めた。

私、彼の主なのに、いっつも弱いところばかり見せてばかりで。

今もこうして、泣き言言って彼に迷惑を掛けている。

それでも、今だけは――彼の胸の中で声を殺して泣こう。

ウェールズ皇太子との別れを、涙で飾らない為に。

 

 





少し後半の展開が早足になってしまいましたが、原作と同じ工程をうだうだ踏むぐらいなら、あらすじでいいんじゃね?と思ってさっくり省略したのですが、どうにも上手いカットではないので、違和感があると思います。
ぶっちゃけ、データ飛んだからモチベが一気に落ちたせいでもある。

次回、遂に決着。ようやくだよ、畜生。

余談だけど、最後のヴァルディがルイズを諭す時の会話内容は、裏側でのウェールズ皇太子との対談の際に本人から語られたことをオマージュしただけのものだったりする。そんなもんだ。


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第十八話

戦闘描写?なにそれ、美味しいの?


ウェールズ皇太子から姫様の書いた手紙を受け取った翌朝。私達はイーグル号によって帰還するべくして、その船へと向かう準備をしていた。

ヴァルディは荷物らしい荷物を持っていない為、先に外に出ている。

 

ふと、今までの旅を思い返す。

トリステインの未来の為、私達は手紙を手に入れる旅に出て、こうして手に入れることが出来た。

旅の道のりは本来決して楽なものではなかった。けど、その道を楽なものにしてくれたのは、他でもないヴァルディだった。

私が窮地に陥ったときも、いつも彼はすぐに助けてくれた。

フーケの襲撃に対抗すべく残ったキュルケ達にも、感謝している。

……かく言う私は、この旅に同行した意味があったのだろうかと、この旅を重ねている間、思わない時がなかった。

戦える訳でも、機転を利かした発想をする訳でもなく、密命を賜ったという事実のみでしか存在価値を示すことが出来ないでいる。

ヴァルディを召還したという功績は、確かに大きい。

使い魔の功績はメイジの功績という条理に従うのであれば、私は確かに働いていると言えるだろう。

でも、そんなものに甘えて一生ヴァルディの腰巾着として生きるぐらいなら、いっそそんな功績いらない。

メイジとしてのプライドとか、周りの目が気になるからとか、そんな下らない理由じゃない。

ただ純粋に、ヴァルディの力になりたい。ヴァルディの隣に立つに相応しい人間になりたいだけ。

ヴァルディじゃなきゃ嫌だ。メイジと使い魔なんて事務的な立場を超えた関係を築きたい。

 

……認めよう。最早、自分の気持ちから目を逸らし続けるのは無理だ。

 

私は、ヴァルディが好きだ。これ以上とない程に、狂おしい程に。

 

たなびく黒髪が好きだ。

誰もが振り向く美貌が好きだ。

すらっと伸びた長身が好きだ。

余裕と優雅さを合わせた人格が好きだ。

こんな私を立ててくれる誠実さが好きだ。

その圧倒的とも言える強さが好きだ。

そして何よりも――私を包んでくれるあの暖かな掌が、好きだ。

 

今までは、心のどこかで彼への感情は、兄へ向けるそれだと思いこんでいた。

友達以上恋人未満。その中途半端な距離感が、私の感情に揺らぎがある何よりの証拠だった。

異性へ向ける好意として解釈しようとしなかったのは、恐らく今の関係が壊れることを恐れたからだ。

メイジと使い魔。それが圧倒的能力差を誇る主従関係が崩れることで、ヴァルディが傍からいなくなってしまう可能性を恐れていた。

離れて行かなくとも、これまで通りに行かないことは明白だった。

だったらいっそ、この微妙な距離感を保って生きていくのも悪くない。――そう、少し前までは考えていた。

 

でも、ワルドが私に未だに好意を抱いているという事実を知ってから、その決意に揺らぎが生じた。

彼に対する感情を呑み込み、それ以下の愛情を注ぐ対象と結婚をする?……巫山戯るな。

貴族として生まれたからには、政略結婚もやむなしと教育の一環で教えられてきた。

でもそれは、愛の何たるかを知らない幼子に向けられた知識であり、真に愛する人間を持ってしまった者に、その常識は通じない。

それはアンリエッタとて同じ。

トリステインが弱小国でなければ、アルビオンが貴族派に狙われなかったら、二人はお似合いのカップルとして国民から祝福され、何の滞りなく婚約を結べていただろう。

そう。悪いのは全て貴族派の奴ら。

何を目的に行動しているのかは知らないが、どうせ下らないことなのは想像出来る。

国家でも何でもないただの集合意識の塊が、目的の為とはいえ国家に喧嘩を売るなんてまともではない。

勝算があったのか、貴族派のトップが底抜けの阿呆なのか。

何にせよ、貴族派には然るべき報いがいずれ来るだろう。

如何に快調な滑り出しをしているとはいえ、出る杭は打たれるのだから。

 

「ルイズ、待ってくれ」

 

やるべきことを済ませ、部屋から出ると、待ちかまえていたかのようにワルドに声を掛けらる。

 

「何?」

 

「少しいいか」

 

そう言って、ワルドが私の額に触れた瞬間、

 

「あ、――――」

 

意識が、落ちる。何が起こったか理解するよりも、圧倒的に早く。

視界が暗黒に染まる刹那、ワルドの歪んだ笑みが映った。

 

「(助、けて。ヴァルディ――――)」

 

そんな微かな願いは、急速に落ちていく意識の前に脆くも崩れ去った。

 

 

 

 

 

誰もいない教会の祭壇に立つウェールズ。

そして、その前に立つのは、ワルドとルイズ。

その三人のみの静寂の中、婚約の儀は行われようとしていた。

しかし、気付く者は気付いただろう。ルイズの瞳に感情の起伏が感じられないのを。

今の彼女は、まるで人形のようだと。

 

「皇太子。先程からルイズの使い魔は見えないようだが……」

 

「彼は君達が結婚を合意の上で成立させたと聞き、一足先にイーグル号で待っていると告げて行ってしまったよ」

 

「そうか。彼もルイズの使い魔として、思う所があるのだろう。そっとしておくのが正しい選択か」

 

それ以上ワルドは言及することはなかった。

それは、勝利への確信か。それとも――

 

「では、始めよう。ルイズ、いいね?」

 

「……はい」

 

絞りカスのような声色で、肯定するルイズ。

その姿を前に、ウェールズは淡々と儀式を続ける。

 

「私、ウェールズ・テューダーが始祖ブリミルの名において詔を唱えさせていただく。新郎、子爵ジャン・ジャックフランシスド・ワルド。何時は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか?」

 

「誓います」

 

一切の躊躇いもなく、ワルドは告げる。

 

「――では、新婦」

 

そう言って、ウェールズはルイズに視線を移す。

今度は、明確な意思を持って。

 

「……新婦。ラ・ヴァリエール嬢、如何なされた」

 

ウェールズの呼びかけに、ルイズは反応することなく俯いている。

 

「どうしたんだい?ルイズ」

 

「子爵。どうやら彼女は気分が優れぬ様子。私のことは気にせず、別の場所で婚姻の儀を改めて行うといい」

 

「いや、そこまでする程のことではないでしょう。折角の機会をフイにするのも勿体ない」

 

ルイズの異変に対しても尚、ワルドは結婚を成立させることを優先させようとしている。

まるで、何かに焦っているかのように。

 

「――何を、そこまで焦っておられるのですか?子爵」

 

ウェールズは、行動に出た。

 

「別に、焦ってなど――」

 

「では、何故新婦が不安定な状況下で、彼女の心配より婚姻の儀を進めることを優先しているのですかな」

 

疑惑を孕んだ視線をワルドへと向ける。

ワルドの頬に、汗が伝う。

 

「私としましてもこの役目を賜ったからには、遺恨無く全うしたいと考えております。そうでなければ、例え善意から来る提案だったとしてもここで辞退させていただく」

 

それだけ告げ、ウェールズはワルドの脇を通り、教会から出ようとする。

互いの影が交差した瞬間、ウェールズとワルドは、互いに杖を構え――互いに吹き飛ばされた。

 

「ぐあっ!」

 

「があっ!」

 

椅子もろとも壁にぶつかり、土埃を上げながら両者立ち上がる。

ウェールズに比べ、ワルドの方が軽傷だった。

伊達に隊長を務めてはいない、ということだろう。

 

「……予想は当たってしまった、か」

 

「いつから気付いていた」

 

「さて、いつだろうね」

 

「まぁ、いい。どうせ形式だけのものだ。そんなことをせずとも、彼女は最早僕のものであることに変わりはないのだから」

 

ワルドは虚ろな目のルイズを片手に抱き寄せる。

 

「どういう手口かは知らないが――操ったな、心を」

 

「そうだ。そうでもしないと、彼女は僕のものにはならなかったようだからね」

 

「何故、そんなことを!愛しているというのならば、心を操って手に入れた所で虚しいだけだろう!」

 

激昂するウェールズを、ワルドは鼻で笑った。

 

「この際だから言ってしまうとね。僕にとってルイズは、道具に過ぎない。彼女の秘めた力――虚無さえ手に入れば、ね」

 

ワルドの言葉に、ウェールズは一瞬思考が止まる。

 

「虚無、だと?」

 

「そうだ。貴方は知らないだろうが、彼女は魔法の悉くを爆発という形で発現させてしまう特異体質なのだ。本来、魔法は失敗しても何も出ないにも関わらず、彼女はそうじゃなかった。これはつまり、彼女が特別だという証拠に他ならないだろう?」

 

「そんなもの、貴様の世迷い言に過ぎない!そんな証拠、どこにもありやしない!」

 

「しかし、信じるに値する証拠にはなり得る。僕はね、彼女を愛していたことに偽りはないんだ。僕が彼女を馬鹿にしないだけで、彼女は僕を慕ってくれた。その様子が、たまらなく愛おしかった」

 

「それは、ただの所有欲。人間に向ける感情じゃない!」

 

「言っただろう?僕にとって彼女は最早道具だ。僕の思い通りになってくれないのであれば、それは最早愛を与える価値もない」

 

その言葉に対し、ウェールズは唇を噛み締めて怒りを抑える。

 

「……よもや、その為だけにこんな大それた事をしでかした訳ではないのだろう?これだけならば、もっとスマートなやり方だってあった筈だからな」

 

「ご明察だ、皇太子殿。僕の目的は、彼女を手に入れることと、手紙の奪還。そして――」

 

瞬間、ワルドは突風を背にウェールズへと肉薄する。

そのあまりの速さに、反応が遅れた。

 

「ぐあっ――!!」

 

「貴方の命だよ、ウェールズ」

 

肩に刺突剣が突き刺さり、杖を手放す。

致命傷には到らないものの、これではまともに杖は握れない。

 

「貴様、まさか……レコン・キスタ」

 

「そう。僕はアルビオンの貴族派、レコンキスタの一員だ」

 

ワルドは剣に付着した血を拭き取りながら、淡々と答える。

 

「さて、これでチェックだ。後は彼女の甘い洗脳を強化し、いずれは意のままに操ることが出来れば――世界を手に入れられる」

 

「それは、どうかな」

 

「強がりを。貴方は最早、戦う術を持たない、ただの生贄――」

 

 

 

「――――爆・速・連・携《爆龍の十二翼》」

 

 

 

ガラスの割れる音と共に、ワルドが爆炎に包まれた。

吹き飛び、椅子の残骸と共に再び壁に打ち付けられる。

ワルドは理解が追い付かないまま地面を這い蹲り、首だけで見上げる。

 

「貴様、は」

 

「化けの皮が剥がれたな、ワルド」

 

イーグル号に先に向かっていたとされていた、ルイズの使い魔ヴァルディの姿がそこにはあった。

 

「何故、貴様がここに」

 

「最初からいたんだよ、彼は。昨日の段階で、私達は貴様の企みの半分までは気付いていたが、決定的証拠を押さえないことには始まらないから、こうして身体を張ってでも貴様の化けの皮を剥がす必要があったのさ」

 

ウェールズが皮肉混じりの笑みで、ワルドの疑問を代弁する。

 

「成る程、そういうことか。しかし、それでそのザマではな」

 

「どうせ僕はここで死ぬ。遅いか早いかの違いだ。ならば、囮になるのも一興」

 

ワルドが怒りの形相でウェールズとヴァルディを交互に睨み付ける。

 

「ヴァルディ。――貴様さえ、いなければ」

 

ワルドはボロボロの身体に鞭を打ち、立ち上がる。

そして杖を振り、全く外見が同じ分身を五体生み出す。

風のスクウェアスペル・ユビキタス《偏在》。術者と全く同一の分身を複数創り出すことが出来る、圧倒的性能を誇る魔法である。

しかし、その性質故、術者が傷を負った状態で発動した結果、傷も再現された状態で偏在が発動してしまっていた。

 

「思えば、貴様は最初から気付いていたのだろうよ。学院で感じた視線、私に対しての対応、反応の数々。そして、あの時桟橋で僕の分身を葬った時には、とっくに確信に到っていた。違うか?」

 

ワルドの問いに、ヴァルディは答えない。

帰ってくるのは、能面な表情の奥から滲み出る、侮蔑の感情だけ。

 

「だが、不意打ちは不意打ち。先程も桟橋の時も含め、貴様が手品めいた隠し球を持っていることは確証済だ。もう、油断はしない」

 

ワルドの中では、まだ勝ちの目があった。

負傷しているとはいえ、物量だけなら圧倒的に有利。

ましてや彼はメイジではないというのも知っている。

何かしらの小細工を弄することは出来るようだが、それさえも最悪分身を盾にすれば耐えることは容易い。

ガンダールヴであろうとも、決して敗北は有り得ない。

――そう、信じて疑わなかった。

 

「……それだけか?」

 

静かに、ヴァルディが口を開く。

 

「何?」

 

「能書きはそれだけか、と聞いたんだ」

 

ヴァルディの負の感情が、瞳を通してワルドを射貫く。

たったそれだけのことなのに、彼は指一本動かせなくなる。

明確なまでの殺意。それ以外の不純な感情は一切存在しない純粋なまでのそれは、否応なしに生物の危機的感覚を刺激する。

蛇に睨まれた蛙など生優しい。今のワルドは、ヴァルディという名の肉食動物に喰われる直前の無力な草食動物に過ぎない。

しかし、その現実をワルドは認めない。

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ――!!」

 

分身を含めた全てのワルドが、ヴァルディへと突貫する。

恐怖と焦りで前が見えなくなった彼は、作戦も何もないただの力押しに出た。

この無謀にも思える行動。実はワルドにとって正しい選択だった。

彼に小細工は通用しない。それならば、数で押すという単純な行為の方が効率的ではある。

――――だが、それでも。

その理屈はある程度の力量差であるからこそ通る理屈であり――天と地ほどの力の差がある両者の戦いでは、結局のところ何の意味も為しはしない。

 

「印・空・連・携《ルーン・フォース》」

 

たった一振りの剣戟が風を呼び、分身を一瞬で消し去った。

あまりにもあっけなく。それこそ夢でも見ているのではと錯覚してしまう程に、スクウェアクラスの魔法が打倒された。

 

「貴様、何をした。その剣も、形がさっきと違うではないか!」

 

「答える必要はない」

 

ワルドの疑問を無慈悲に一蹴し、ヴァルディはエクスプロージョンで斬りかかる。

先程の異質な力を前に警戒心を一気に強めたワルドは、逃げの姿勢を取る。

なり立てとはいえ、風のスクウェアメイジは伊達ではなく、風を利用した高速移動によりヴァルディと距離を取る。

しかし同時にスペルを展開出来ない魔法の特性上、圧倒的身体能力を誇るヴァルディ相手に迎撃を挟むことは出来ず、防戦一方を強いられる。

しかし、このままではいずれ魔力が尽きてしまう。そう考えたワルドは、強攻策に出る。

 

「くっ、来るな!近寄れば貴様の主、ルイズを殺す!」

 

一瞬でルイズに近寄り、盾にするように背後に回り込み、杖を首筋に当てる。

ルイズには洗脳が働いたままであり、抵抗する様子は無い。まさに体の良い人質だ。

如何にヴァルディが強かろうと、護るべき存在を盾に取られては身動きは取れない。

理屈としては正しいし、効果的であることも事実であった。

 

「――――あ?」

 

瞬きをした瞬間、ヴァルディはワルドの視界から消えていた。

そして、それと同時に背中に熱がじんわりと宿っていく。

振り向くとそこには、先程まで正面にいた筈のヴァルディが、青い剣を携えてワルドを睨み付けていた。

ルイズの身体を離し、その手を背中に向ける。

ぬるぬるとした感触に、思わずそれを視界に入れる。

そこには、べっとりと血がついた自らの掌があった。

実感と理解を重ねた瞬間、身体を襲う猛烈な苦痛と倦怠感。

 

「……一度ならず二度までも、貴様はルイズを穢した。その罪、購ってもらうぞ」

 

「く、そ――この、化け物め」

 

「化け物で構わん。化け物らしいやり方で、貴様を始末させてもらう」

 

悪態も意に介した様子もなく、無慈悲な断頭台が振り下ろされんとしていた。

 

「私は、こんな所で死ぬわけにはいかんのだ!」

 

距離を取り、閃光弾を地面に打ち付ける。

その隙に、ワルドは魔法でこの場から姿を消した。

 

「――――逃がさない」

 

視界を潰されたヴァルディは、ただ一点を見つめ、そう呟いた。

 

 

 

 

 

ヴァルディの凶刃から逃げおおせたワルドは、フライによって空を移動していた。

レコン・キスタの一員であるワルドは、目的の全てを達成することは敵わなかったが、それもすぐに撤回されるだろうと踏んでいた。

もうすぐあそこにはレコン・キスタの大群が押し寄せてくる。

逃げる時間もない上に、圧倒的物量で攻め込まれては、ヴァルディとてひとたまりはないだろうと考えていた。

仮に奴が生き延びた所で、ウェールズとルイズまで同じく生き残れるとは到底思えない。

そうすれば、こちらの勝ちだ。目的も充分に達成できる。

折角特殊な洗脳道具をとあるツテから手に入れたというのに、問題のルイズを手に入れることが出来なかったのは誤算だったが、そんなことは最早どうでもいい。

さらばだ、ガンダールヴ。――そう、邪悪な笑みを持って戦いの終局を告げた瞬間、ワルドは爆発に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

――――暗い。まっくら、だ。

何も見えない。自分の身体も、何もかもが。

まるで、夢を見ている気分だ。

生きているのか、死んでいるのかさえ掴めない、そんなふわふわとした感覚に身を委ねている。

いったい、私はどうしたんだっけ。

確か、ワルドに呼び止められて、その時に何かされて、意識が飛んで――

そうだ。ワルドだ。

ワルドは私に危害を加えた。更には、あんな見たことのない邪悪な笑みまで浮かべていた。

狂気。そうとしか言えない程に、彼の表情は歪んでいた。

それが何を意味するのか、私は漠然と理解する。

 

また、私は足手まといになったんだ。

恐らく、ワルドは私を利用して何かをやろうとしている。

今の私に対して利用価値を問うのであれば、それはひとつしか有り得ない。

ヴァルディへの、抑止力。

ワルドが私が想像しているような立場にあるのなら、それは間違いなく有効になり得る。

メイジである私が、使い魔の足手まといになっている。本末転倒も良いところだ。

 

闇の中に浮かべていた身体を起き上がらせ、歩き出す。

じっとしてなんかいられない。

これが夢の中の光景で、今の私の行動が覚醒に到らせる要因とはなり得ないとしても、ただじっと待つなんて出来ない。

 

……思えば、私は本当の意味で自分と向き合ったことはなかった。

ヴァルディに魔法が使えないという事実を晒された日。彼は私を何の問題もなく受け入れてくれた。

心のどこかで、その現実に満足していた。

私にとっての全てが、私を受け入れてくれているのであれば、それでいいじゃないかと。魔法が使えなくたって、いいじゃないかと。

そんな悪魔のささやきを、知らずに受け入れていたのかもしれない。

だってそうだろう?そうでなければ、きちんとヴァルディに自らの魔法のことを説明し、それを踏まえて改善策を考えるなりしていた筈だ。

幸いにも、ヴァルディは一般的なハルゲキニアの常識の外にいる。知識も含めて、私達には無いものを備えている。

そんな格好の教師となり得る存在を前にして、一度とて相談しなかったのが何よりの証拠。

――原因は分かっている。自分の口で、自分の汚点を晒すことが怖かったんだ。

ギーシュが決闘騒ぎの勢いで晒した言葉を、確かに彼は否定した。

でも、それは所詮ギーシュが口にした言葉であり、私が直に宣言した訳でも何でもない。

その差が一体何を示すのか。それは、覚悟の違いだろう。

他人が口にしたのであれば、それは事故のようなもので済まされる。だけど、自分で打ち明けるのとなれば別問題。

一度目は勢いで済んだかもしれないけど、二度目となれば冷静にもなっている筈。

その時、失望混じりの言葉で返されたら――有り得ないと思いつつも、そうなる可能性を自ら殺していた。

 

でも、それでは駄目なんだ。

そうやっていつまでも後ろ向きな考えでいるから、真正面からヴァルディに向き合えないんだって気付いた。

自分に正直になれていない相手に対して、どうして正直に向き合える?

これからは、きちんと話し合う機会を設けよう。

自分の苦しみ、悩み。そういった膿を吐き出して、全てさらけ出してしまおう。

その為にも目覚めなければ――そう思った時、目の前が徐々に明るくなっていく。

暖かい、光。まるで、ヴァルディに抱かれているような――

そんな甘い感覚に身を委ねていると、徐々に視界が鮮明になっていく。

 

「――――ヴァル、ディ?」

 

気が付くと私は、天井の抜けた教会のような場所でヴァルディの腕に抱かれていた。

 

「良かった。気が付いたようだな」

 

「私、何が何だか……」

 

現状を理解出来ない私に、ヴァルディは淡々と事実を述べる。

ワルドが私を洗脳し、無理矢理婚姻を結ばせようとしたこと。

ワルドがレコン・キスタ――貴族派に与する者だったらしく、ウェールズ抹殺と手紙の奪還を目論んでいたこと。

ワルドは撃退したが、ウェールズは怪我を負っていること。

テンコマンドメンツの力で、私の洗脳を解いたこと。

 

「……そう」

 

夢の中である程度の見切りをつけていたとはいえ、実際現実だと知ると、もの悲しいものがある。

アンリエッタも、ワルドを信頼して私達に同行させたのだから、この事実を知れば悲しむだろう。

 

「そうだわ、ウェールズ皇太子は?」

 

「僕はここにいるよ」

 

ウェールズが肩から血が滲ませた状態で、こちらに近づいてくる。

 

「そのお怪我、大丈夫なのですか?」

 

「命に別状はないが、杖を握るのは無理だろうね」

 

「そんな……。なら、今度こそ亡命を――」

 

言おうとして、堪える。

昨夜、ヴァルディにウェールズの決意を代弁してもらったばかりではないか。

それでいて、今更水など刺せるものか。

 

「……どうやら、君も理解してくれたようだね。ヴァルディ殿のお陰かな」

 

そう、ウェールズは儚げに笑う。

しかし、彼の決意は揺らぐことなく、今も彼の内に在り続けている。

 

「さぁ、行ってくれ。この音を聞く限り、かなりの大群が押し寄せて来ている。僕が囮になるから、君達は逃げるんだ」

 

「……分かった。行くぞ、主」

 

「……うん。ごめんなさい、有り難うウェールズ皇太子」

 

「こちらこそ、僕の我が儘を認めてくれて有り難う」

 

そう言って、ウェールズは教会を飛び出していく。

杖もまともに握れない身体で、しかもたった一人で敵へと向かっていく。

その意味を考えると、怖くてたまらない。

私達が、彼を死地に追いやったのだと。そう考えると、震えが止まらない。

 

「行こう。彼の決意を無駄にしない為にも」

 

そんな私の肩を抱いて、彼はいつも通りの口調で告げる。

その強さが、私の恐怖を打ち消してくれる。

 

「……ええ。私達は、絶対に任務を完遂しなければならない。ウェールズ皇太子の為にも、トリステインの未来の為にも」

 

強く拳を握り締め、歩き出す。

その瞬間、足下が隆起する。

地面を掘り返して現れたのは、ヴェルダンデに始まり、フーケとの戦いで置いてきたキュルケ達だった。

 

「おお、二人とも無事だったか!」

 

「もう、心配したんだから!」

 

「ギーシュに、キュルケ。それにタバサも、一体どうして」

 

「君の持っている水のルビーの匂いをヴェルダンデが覚えていたんだ。アルビオンの外壁を掘って直通でここまで来た次第さ。下にはシルフィードが待機しているから、ここを通れば脱出出来る!」

 

「ドヤ顔で何言ってるのよ……。でも、ギーシュの言っていることは本当よ。さぁ、早く!」

 

キュルケに促され、私達は穴へと飛び込む。

ウェールズへの哀悼の意を胸に、私達はアルビオンを脱出した。

 

 

 

 

 

シルフィードの背の上で、言いようのない虚脱感に身を委ねる。

いやぁ、ワルドは強敵でしたね。

ウェールズの作戦で、彼がワルドのボロを出すように誘導し、証拠が掴めれば参戦する、という体で進行していた。

その間僕は教会の上で待機してたんだけど、時間があったからこの間にテンコマンドメンツ

の能力を色々試していたんだよね。

流石にグラビティ・コアは足場踏み抜くから使わなかったけど、それ以外は試した。

さて、お次は連携を試さなければと意気込んで、台詞も叫んで振り抜いた瞬間、ガラスに足を突っ込んでしまいそのまま落下。偶然にもそこにいたワルドに命中という、何とも間抜けな流れで戦闘が始まった。

ウェールズが怪我していたから、化けの皮はとっくに剥がれているだろうということで、何食わぬ顔で空気を読んだら当たってた。

それに、ワルドが親の敵のようにこっちを見るもんだから、こりゃもう確定だなと。

 

それからは、テンコマンドメンツの連携を使えることが発覚した僕の独壇場だった。

魔法はルーン・フォースで完封、シルファリオンで相手よりも早く動け、エクスプロージョンで高威力の打撃を叩き込む。

更には逃げたワルドへの追撃――何故か逃げた方向が分かったけど、それはどうでもいい――にデスペラード・ボムをぶちかましてみたら、教会の屋根ごと吹き飛ばしてしまったのだ。

そもそも言うほどリーチがある技でもないのに、どうして使おうと思ったのか。それも分からない。

 

それはそうと置いておくとして……なんて言うか、これは違うな、って思った。

本当なら、この状況はもっと苦戦する筈だったんだと思う。

曲がりなりにもスクウェアメイジを相手に無双するなんて、普通の展開じゃ有り得ない。

それもこれも、テンコマンドメンツが強すぎるのがいけないんだ、と気付かされた。

だから、決めた。このミッションが終わったらテンコマンドメンツは暫く封印しようと。

この世界のことをゲーム感覚で捉えないように決めたとはいえ、それとこれは別問題。

この世界を楽しむ――その目的の為には、この最強武器は枷にしかならない。

絶対にもう使わないという訳ではないけど、もっと視野を広げて自分のやれることを探していこうと思う。

次は何がいいかな。今までは剣を使っていたし、槍とか、斧とか、それとも拳とか?

それに、もしかしたら僕自身にも特殊なスキルがあるかもしれないし、それを試すのもいいかもしれない。

とにかく、やれることはやったんだ。後は帰るだけだ。

 

「……ヴァルディ」

 

ルイズちゃんが話しかけてくる。

 

「どうした」

 

「私ね、甘えてた。ヴァルディに護ってもらえるからって、自分が魔法を使えない現実から目を逸らしてた。でも、それじゃ駄目なんだって今回の件で気付かされた。何も出来ない癖に、迷惑ばかり掛けて……」

 

膝を抱えて、そう語る。

……そうか、彼女もこの旅の間で思うところがあったんだ。

彼女が何を思ってその結論に到ったのかは分からない。

僕は彼女の苦労や苦悩も知らない。だから、その言葉に掛ける返しが思いつかない。

彼女は真剣だ。その真剣な気持ちに、半端な知識と思いで答えてはいけない。

 

「だから、ね?もし迷惑じゃなければ――私が強くなる方法を一緒に探して欲しいの」

 

「無論だ」

 

ルイズちゃんのお願いに、間髪入れず答える。

自分にどこまで出来る分からないが、出来る範囲でなら協力は惜しまないつもりだ。

 

「ありがとう。――じゃあ、お礼をしないとね」

 

「礼?」

 

そう言ってルイズちゃんの方へ振り向こうとした瞬間――頬に柔らかい感触が走った。

何が起こったのか分からないまま、ルイズちゃんの方へ改めて振り向くと、彼女は顔を真っ赤にして俯いている。

……まさか、まさかまさかまさかまさか――――!!

 

「お礼、だから。あくまで、お礼だから!」

 

「あ、ああ」

 

思考回路がショート寸前ってレベルじゃねーぞ!

こんなミラクルロマンスが起こって良いのか!いや、ない!

ルイズちゃんの言うとおり、お礼以上の他意はないのかもしれないが、僕にとってそんなことはどうでもよかった。

キスを、された。頬とはいえ、その初めての感覚を、僕は生涯忘れることはないだろう。

妹分のしたことだから、ノーカンと捉えられる程、この手の行為に慣れてはいない。

くそっ、考えるな考えるな。そういった目で彼女を見てはいけないんだ。

 

「五月蠅いわよ、ヴァリエール。何叫んでるのよ」

 

「な、ななな何でもないわよ!」

 

「本当?怪しいわねぇ」

 

キュルケがルイズちゃんの言葉に反応したことで、意識が僕から離れていく。

内心ホッとしていると、ふと、他の視線に気が付く。

視線の先に顔を向けると、タバサ先生がじっとこちらを見つめていた。

 

「……どうした?」

 

「……どんな感触だった?」

 

「……見ていたのか?」

 

「バッチリ」

 

……終わった。何もかもお終いだぁ。

あんな恥ずかしエピソードを見られるとか、しかも初めてなのに。

いや、タバサ先生は悪くない。こんな狭い場所でそんなことをいたしたルイズちゃんがいけないんだ。

いや、それも違う。いや、誰も悪くない、よな――?だったらこのもやもやは誰にぶつければいいんだ畜生!

 

「……このことは誰にも話さないで欲しい」

 

「別に構わない。その代わり、頼みがある」

 

「頼み?私に出来ることなら何でもする」

 

ん?という幻聴がタバサ先生から聞こえた気がしたが、気のせいだと信じたい。

 

「なら――今度、貴方のことを聞かせて欲しい。貴方が持つ私にとっての未知の知識でも、貴方自身の事でも何でも構わない」

 

「それぐらいなら安いものだ」

 

「今度は、図書室ではなく私の部屋で」

 

「了解した」

 

予想外の展開に発展してしまったが、恥ずかしエピソードをばらまかれるよりは全然良い。

タバサ先生がそんなあくどい性格をしているとは思っていないが、口を滑らせてしまうことはあるだろうし、保険を掛けておくに越したことはない。

 

ともあれ――だ。

これで本当の本当に、ミッション終了だ。

あとはニューカッスル城って所に行くようだけど、報告ぐらいだから実質もう終わりだよね。

なら、今はこの空の景色を堪能しますか。

 

 

 




祝・アルビオン編完結!

いやー長かった。という程でもないんだけど、ワルドだのギーシュだのどうでもいいキャラの描写が多かったから、余計に長く感じた。早くティファニアと絡ませたい。

今回のミッションを通して、ルイズが完全にデレました。でも、まだ成長の余地(意味深)あり。
次章からは、ご無沙汰だったシエスタとタバサの絡みを中心に書いて行けたらいいなぁ(願望)

あと、これの投稿が終わった後に活動報告にてとある告知をするので、興味があればそちらもご覧下さい。この小説に大きく影響することはありません。多分。

ワルドの視点で描写した爆発ですが、あれはデスペラード・ボムみたいなものですが、爆発判定が違いすぎるのはガンダールヴのせいです。キング涙目。
その他の技に関しても軒並み強化されていますが、大体は原作同様って理解で良いです。


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第十九話

ハッピーバースデー俺エエエエエエエエエエエエ!!

寝ないと、寝ないと明日死ぬぅ……


アルビオンでのイベントを終えた自分に待っていたのは……別に何も待ってなかった。

いや、あることにはあったよ?自分にじゃなくて、ルイズちゃんにだけど。

 

ニューカッスル城にて待っていた姫殿下にウェールズの死を告げ、そこからは互いに涙を流し合う友情物語が繰り広げられることになった。

吉報どころか訃報を告げることになったルイズちゃんの無力感や罪悪感からくる涙と、友人を戦地に送り込みただ心の傷だけを残す選択をしてしまった姫殿下の後悔の涙。

不謹慎にも、その今にも壊れそうなほどに儚い光景を、美しいと思いながら眺めていた自分がいた。

姫殿下には、ウェールズは自ら死を受け入れたことを濁さず伝えた。

彼はあの場で死ぬことで、レコンキスタにトリステインへ攻め込む理由を与えないようにすることを、ワルドをハメる作戦を立てている最中に聞いていた。

彼が姫殿下の為に死んだことは、決して秘匿するべき内容ではない。

例えどんなに辛い言葉であろうとも、彼女には知る責任がある。

歪んだ真実を突きつけても、誰も幸せになどなれないのだから。

 

それから、魔法学院に帰ってきた僕達は、元通りの生活に戻っていた――なんてこともなかった。

ルイズちゃんは後悔が尾を引いたまま、消沈する日々が続いていた。

キュルケは普段通りを装っているけど、ルイズちゃんへの干渉が以前よりも多くなっている。少しでも気を紛らわせたいと思ってのことなんだろうけど、改善は見られない。

ギーシュは今回の件で自身の無力を認識したらしく、魔法の訓練と戦闘技術を時間を見ては行っている。自分もスパー役に抜擢されたこともあって、彼と時間を共有することが多くなった。

時間を共有するようになった、と言えばタバサ先生もだ。

例の口止め料金という名のメタ知識の提供を、口裏合わせて彼女の部屋でしている。今のところ世界観を歪めない程度の内容を、即興のネタ込みで話しているけど、ネタが尽きたらどうなるんだろうと、今から不安で仕方がない。

 

そして、自分自身の事だけど――あれから、無手での戦闘訓練をやり始めた。

テンコマンドメンツが使えない状況でも戦えるようになりたいと言うのと、テンコマンドメンツに頼りすぎていた反省を兼ねてのものである。

舐めプと言われても仕方ない掌モーター回転フルスロットルな流れだけど、実際あんなデカイ武器に頼って、いざ使えない状況になってただの案山子になろうものなら、恥ずかしくて表を歩けなくなりそう。

シルファリオンならそこそこ小振りとはいえ、長剣であることに変わりはないし、エクスプロージョンで無理矢理空間を広げるにしても、地下とかでの戦闘だったら生き埋めもあり得る。

結局、メインウェポンが使えない時に咄嗟に使える武器っていうのは、己の身体なんだと結論付けたのだ。

 

だけど、格闘って言っても何をすればいいかさっぱりだ。

格闘で思いつくのがレットの竜人技だけど、あれって人間だと再現不可なのばかりなんですが……。

ていうか、気ってどうすれば出せるの?あの世界の気合は節理さえ覆せるし、凄いものだということは分かる。気合で何でも破壊する力から服を護るって、どういうことだってばよ。

他にも、RAVEの作者の続編である漫画の主人公も格闘で戦ってた気がするけど、あれもぶっちゃけ似たり寄ったりな気がする。

何だ。格闘するなら竜人になれと言うのか。無茶を申す。

 

とはいえ、やってみないことには始まらない。

確か新作の主人公の方は、魔法の分類に入ってたけど実際はただのステゴロだったし、頑張ればいけるかもしれない。

取り敢えず、これを期に新作の方を読んでみて、イメージを固めることから始めることにした。

……気が付けば、一日ログインしないで没頭していた。ログアウトしたのって確か森の中だから、黙ってルイズちゃんを放置していたことになる。

すぐにログインして止むに止まれぬ事情があったと言い訳をし、次からは気を付けるようにと軽い警告だけで済んだ。

懲りずに森の中で訓練再会。イメージを固めて、型を真似てひたすらに拳を振るう。

 

結果を申し上げると……何の成果も!!得られませんでした!!

いやー、スキルイメージアウトの難しさ嘗めてました。と言うか、僕の想像力が貧困なだけか。

テンコマンドメンツのお蔭であんなド派手な攻撃が出来ていただけであって、自分には向いてないのかなぁ、と少しショボくれた今日この頃。

まぁ、必殺技なんてポンポン思い浮かぶものじゃないよね。頭の上に電球浮かべて突然人外染みた動きで攻撃できるようになれば、誰も苦労しないよ。

とは言え、諦めるつもりはない。取り敢えず、今は基礎的な部分を磨くことに専念しよう。参考にするのは結局漫画だけどな!!

 

そんなこんなで日々を過ごしていると、アンリエッタに結婚することになりその巫女?役にルイズちゃんが抜擢されたとの報告が耳に入った。

んで、その祝詞を読む為に渡された『始祖の祈祷書』なるものは、何と始祖ブリミルが所持していたとされる大層な代物らしい。

でも、聞くところによるとこれって写本が各地にばら撒かれており、それらが原本だと言い張っている輩の争いが水面下で絶えないとのこと。

リアルでもあるあるな流れだね。そりゃあ、自分の持っているものが莫大な名誉や金になるお宝な可能性を秘めているとなれば、それも仕方ないこと。

それこそ、真実が何であれ世間的に本物だと証明されればそれで良いのだから楽でいい。倍率が高すぎて高望み出来ないのが欠点だけどね。

それにしても、巫女だの祈祷だの、まるで和風文化な言い回しだね。西洋文化なんだからそこら辺どうにかなんなかったんですかねぇ……。

 

それにしても、ルイズちゃんの心中は穏やかではないだろう。

各言う自分もそうだが、アンリエッタの結婚は十中八九政治的な要因で沸いてきた、大凡幸福とは言い難いものだ。

加えて、僕達は彼女が愛した青年の存在を知っている。生死不明ではあるが、状況を鑑みるにそれも望み薄。

そんな消沈した彼女に追い打ちをかけるように、今回の話だ。無体にも程がある。

それが王族としての使命だ~だの、漫画とかでは良くそんな返しをされているケースがあるが、その理屈は同じ境遇を経た人間しか言ってはいけないものだ。

愛する人を失い、その恋慕も冷めない間に政略結婚?そんな相手に対してそれが運命だ、とお気楽なことを抜かせる奴がいたら、思わず手が出てしまうかもしれない。

激情家ではないが、ウェールズの死を聞いた時の彼女の悲痛を堪えて毅然とする、そんな痛々しい表情を見ているからこそ、そんな安易な言葉に対して強く反応してしまう。

僕の胸中は置いておくとして、そんな幸せとは程遠い結婚に至る過程で、せめてルイズちゃんに祝詞を読んでもらい間近で祝福して欲しい――そんな切なる思いが、あの一冊の本に込められている気がした。

だからこそ、ルイズちゃんも事の重大さを理解し、必死に祝詞を考えている。

持って回った――良く言えば詩的な言い回しが伝統だと言うことから、どうにも四苦八苦している。

今こそ僕の厨二ノートを晒すときか……!!と思いもしたが、頼ってくる様子はない。

期待されていないだけか、一人でやり遂げたいと思っているからか。何にせよお節介すぎてもウザがられるだろうし、様子見だね。

 

 

 

 

 

 

羽根ペンを走らせる音が、静寂に響く。

部屋の中には、ただ黙々と一心不乱に目的に向かって突っ走る少女、ルイズが机上で祝詞の文章を適当な紙に書きあげては、クシャクシャに丸めて捨てていく。

此度の名誉ある巫女への抜擢ということもあり、学園側からもバックアップは多く受けている。そのひとつが、紙である。

製紙技術が発展途上なハルゲキニアにおいて、ただの試し書きで紙を消耗するのは如何に貴族とはいえ馬鹿にならない出費だ。

とは言え、頭の中で考えるだけでは閃くものも閃かない。呟き、文字に変換し、内容を実際に目で見てこそ、無駄や粗が正確に掴めるのであって、そこをケチっていては祝詞の出来も知れているというもの。

だから、その点に関して心配する要素はない、のだが――それでもゴミ箱に収まりきらない紙くずの数を思えば、彼女がどれだけ苦労しているかが窺える。

 

「あー……もう!!」

 

乱暴に紙を丸めて、鬱憤を吐き出すようにゴミ箱へと投げつけるも、満杯なソレを前に弾かれて寂しそうに床を転がるだけに終わる。

そんな虚しい光景を眺め、ルイズは顎を机に乗せる形で突っ伏す。

貴族らしからぬ下品な立ち居振る舞いであるが、最早それどころではない。

刻限が迫る中、彼女の内には一向にインスピレーションが沸いてこず、それが焦りとなって彼女をより一層混乱させる。

負のスパイラルに陥りながらも、それを打開する手段がない。――否、それに縋ることを拒んでいる。

 

「駄目だなぁ、私」

 

哀愁に満ちた呟きは、残響も残さず静かに消えていく。

ルイズが打開手段に縋ろうとしない理由。それは、意地の問題だった。

聞く人が聞けば、何を馬鹿なと思うだろう。

公的な――しかも、王族直々に賜った名誉ともなれば、万が一にも失敗など許されない。意地で失敗しようものなら、最早弁明の余地もない、それこそヴァリエール家そのものさえも揺るがす問題に発展するのも想像に難くない。

しかし、彼女のこれまでの境遇を知る者からすれば、強く言えない問題でもある。

今、彼女がこうして『始祖の祈祷書』を手元に置いておけるのは、ひとえに彼女の使い魔であるヴァルディのお蔭。

客観的に見ても、彼女が相応の活躍をして得られた功績が現状へと導いたとは言い難い。

使い魔の功績=主人の功績、と言う公式はあくまでも主人が上位であることが前提の、本来ならば揺らぐ筈の無い事象あってのもの。

ヴァルディは、誰がどう見てもイレギュラーな存在だ。エルフであることを抜きにしても、その戦闘能力や忠誠心は使い魔の枠を超えた、超常そのものと言っても差支えないパーフェクトな存在。

『ゼロのルイズ』と馬鹿にされ続けた彼女にとっての唯一の成功魔法であり、同時に身に余る結果を齎したそれは、降って沸いた奇跡そのものである。

まるで今までの不幸を上書きするように、ヴァルディは彼女の危機を救い、名誉を齎してくれた。

だけど、それが当然の結果だと割り切れる程傲慢でもなければ、堕落思想の持ち主でもない。

誰かに頼り続けて今があるだなんて、他の誰かが許しても彼女自身がそれを許容できないのだ。

だからせめて、魔法も戦いの強さも求められない今回ぐらいは、自分の力だけでやり遂げたい。そう考えるのは、決して許されないことではないだろう。

 

「……『火』は原初の光、生命の灯火にして立ちはだかる万象を焼き尽くす力の象徴……って、仮にもおめでたい場で力とかそんな物騒なこと書いていいのかしら……」

 

うんうん唸りながらも、思考放棄だけはしない。

絶対に頼らない、と意固地になるつもりはないが、それでもギリギリまでは自分の手で成し遂げたい。

アンリエッタがルイズに託した物の重さは、出来るならば誰かに背負って欲しくないと言う、切なる思いがあってこそ、妥協したくもなければ安易に誰かに頼ることもしない。

これぐらい出来なくて、ヴァルディの主に相応しくなれるものか。何度も声に出さず反芻し、時に弱気になった心を叱咤する。

ヴァルディも、ここ数日の間人気の無いところで特訓をしていると聞いていた。

「来たるべきに備えて、少しでも君の力になれるように」――そんな真っ直ぐな気持ちを受けてしまえば、頑張らない訳にはいかない。

彼は今でも努力を続けている。今でさえ一騎当千の実力を持ちながら、それでも足りないと飽くなき向上心で貪欲に実力を高めていく。他ならぬルイズの為に。

嬉しくない訳がない。恥も外聞も捨てて叫んでしまいたくなるぐらいに歓喜したかった。

そんな子供みたいな無様は晒せないと自制したが、感情の熱は数日過ぎてなお残ったまま燻っている。

 

「……よし、軽く休憩。今日も眠れなさそうね」

 

熱の発露を祝詞を書くことに集中させ、ルイズは今日も睡眠時間を削って没頭する。

辛くはあるが、程よく心地よい辛さではある。

無力に苛まれた結果ではなく、役に立てる可能性を追求するための過程で生み出された辛さでは、気の持ちようは断然違う。

ふと、窓の外を見る。

ヴァルディが訓練から帰ってくる様子を偶然見つけ、思わず微笑む。

今日はいつもよりも頑張れそう。些細な出来事が彼女の心を解し、結果としてその日彼女は、満足のいく成果を出す事が出来たのだった。





二年越しの投稿、もう誰も待ってないんだよなぁ……誰得だよ。
おせーよホセ、と思ったそこの貴方!!いつから次回からまともに更新すると錯覚していた……?
ぶっちゃけ気まぐれで投稿したようなものなので(ネタはあるよ)、今月週間一日しか休みないのも含めて更新速度には期待しないで、他の投稿している奴もあるし。
とはいえ、温めていただけあって書く時間さえあれば速いかも(無駄に期待させる人間の屑)

それはそれとして、前話より半分以下の文章量なんですが……
ウルセェ!(ドン!)一日で描いたらこんなもんだよ!!エブリディスランプシキちゃん嘗めんな!!
……疲れとか諸々のせいでテンションおかしい。もう寝る!終わり!閉廷!以上!皆解散!


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第二十話

遅すぎた二十話目。しかし、ようやく望んだ展開の足掛かりに入れた。
今日からゴールデンウィークだから、その間にもう一話ぐらい投稿したいなぁ。


クエストらしいクエストをしていない。思い至ってしまえば、しこりとなって残り続けるもので。

所謂メインクエストっぽいことはしてきたけど、サブ――というか、有体に言ってお使いクエみたいなものを全然経験していないじゃないか。

それはいけない。この世界を楽しむならば、色々やってこそだろう。

戦いの訓練もいいが、それ以外のこともしたい。でも、ルイズちゃんを置いていくのもなぁ。

彼女の努力を尻目に自分はやりたい放題って、なんか違う気もするけど……取り敢えず恐る恐る許可を得てみよう。

 

「――という訳で、悪戯に時間を潰すよりも後の事を考えて私に出来ることをしておきたいと思うのだが……」

 

「……うん、そうよね。私が缶詰なせいでヴァルディも訓練ぐらいしかすることなかっただろうし、いいわよ」

 

「……いやにあっさりだな。断られると思っていた」

 

「貴方は私の使い魔だけど、それを理由に拘束するつもりはないわ。やりたいことがあるなら、遠出するでもない限り許可だっていらないし」

 

疲れが溜まっているのだろう。笑顔にいつもの明るさが欠けている。

それでも心配させまいと気丈に振舞っている以上、下手に心配するのはむしろ野暮になる。

 

「ありがとう、ルイズ」

 

「そんなことで喜んでくれるなら、幾らだって……」

 

ぽつり、と何かを呟いていた気がしたが、小さすぎて聞き取れず。

まぁ、聞き返すほどの内容とは思えないし、放置でもいいよね。

 

「ともかく、私はトリスタニアに赴きたい。あそこならば色々と情報も集まるだろうし、入用の物を購入も出来るだろうからな」

 

「そうね。なら、お金渡しておくわ」

 

ルイズちゃんがお金を保管している箱へと手を伸ばそうとしたところを、僕は制する。

 

「いや、必要ない。最近は学院で給仕の手伝いをして、その報酬でマルトーからは少なくない金を貰っている。君の手を煩わせるほどの高い買い物はするつもりはないさ」

 

「でも……」

 

「金の貸し借りは、友人でも使い魔でもしない方がいい。些細かもしれないが、それが亀裂となる可能性だってあるんだ。私は、君と仲違いなどしたくないからな」

 

本心を告げると、渋々と言った様子で手を引っ込めてくれた。

お金って大事だけど、恐いものだよ。現実でもゲーム内でも、それは変わらない。

ネットの海を彷徨えば、そんな被害の記事がボンボン出てきて枚挙に暇がない。

親しき中にも礼儀あり。そこら辺の線引きは大事にしないとね。

 

「分かったわ。私はまだ祝詞が半分出来たぐらいのペースだから一緒に行けないのが残念だけど、仕方ないわね」

 

「お土産を買ってくるから我慢してくれ」

 

「期待してる」

 

そんなやり取りを終え、僕は馬でトリスタニアに向かうのだった。

馬、か……。RAVE的には馬と言えばタンチモだよね。ブサ可愛くない、例のアレ。

興味がないことはないけど、アレは完全にユニークアイテム枠だろ……あったとしても。

そんなこんなでハイヤー!といったノリで馬を走らせ、昼頃にはトリスタニアに到着したのであった。

 

西洋文化独特の、狭い石畳の舗装を踏みしめ、雑踏を掻き分けるように進んでいく。

身長が高めなせいもあって注目されることにも慣れたが、流石にこう狭いところだと視線が痛い……。

見ないで、と見ず知らずの人に言える程コミュ力ある訳でもないし、言っても自意識過剰みたいでなんか恥ずかしいから我慢する。

露店や店内をブラついて、気の向くままに買い物。

目的性のない買い物は、何でこうも出費がかさむんだろう。ノリで買って、結局使わないものとか買ったりさ。

 

そうこうしている内に、妙にとある一帯から騒がしさを覚えたので、野次馬根性で近づいてみることに。

 

「そんな細腕で賞金稼ぎだと?笑わせてくれるじゃねぇか姉ちゃん」

 

「貴様には関係の無い話だ、邪魔だ鬱陶しい」

 

如何にもチンピラっぽい風体――というか山賊って言った方が似合うかも――のガタイの良い兄ちゃんと、それに絡まれる凛とした雰囲気の女性が視界に入る。

にべもなく対応されているにも関わらず、男はしつこく女性へ迫る。どこからどう見ても犯罪臭しかしない光景だ。

 

「美人な姉ちゃんのことだ、きっと娼婦でもしていた方が羽振りがいいんじゃねぇか?何だったら俺が買ってやってもいいぜ?」

 

「――……はぁ」

 

下品な対応に、深く溜息を吐く女性。

GM通報案件な台詞を平気で吐くあたり、この男はNPCか何かか?

時代考証――なんて大層なものではないが、異世界であるにしても文明の開拓レベルを考慮すれば、平民の集う環境ならば今のような言葉が飛び交うことも普通なのかもしれないし、それに倣ってそういう設定にしている可能性もある。

しかし、それにしたってプレイヤーの不快感を煽るのは良くないと思うんだけど……。

そんな考察をしていると、女性が腰に下げていた剣を音もなく引き抜く。

西洋風の鞘に納められたそれは、まるで刀を西洋剣にアレンジしたような片刃で出来ており、かなりの業物であることが窺える。

 

『おっ、おっぱじめるつもりかい相棒。いいぜ、そこの身の程知らずなんざ叩っ斬っちまえ!!』

 

突如、女性の持つ剣が震えたかと思うと、男の声が剣を中心に広がる。

 

「なっ――インテリジェンス・ソードだと!?」

 

「……警告しよう。私の前から失せろ。二度はない」

 

喉元に切っ先を向け、告げる。

断れば、躊躇いなく斬るだろう。そんな凄みを発している。

 

「ぐ、ぐぐ……嘗めやがってぇ!!どんなに物珍しかろうが、使い手が女じゃあなぁ――!!」

 

男は見下されたことに怒りを爆発させ、背負っていた長剣で斬りかかる。

剛腕によって振るわれる一撃は、まさに決死の一言。

 

「――女だから、何だって?」

 

しかし、それは当たればの話。

目の前の斬撃の恐怖を微塵も匂わせず、紙一重で回避したかと思うとそのまま一歩踏み込み、インテリジェンス・ソードの柄で喉を突いた。

 

「げぼぁ!!」

 

何が起こったのか理解できない、と言う表情をしたかと思うと、男は喉を潰された痛みでのたうち回り出す。

そんな男に無慈悲に再度切っ先を突きつける女性。

見下す視線は、とても冷たいもので。マズい、と直感的に思った僕は女性を止めるべく歩み寄る。

 

――刹那、首を飛ばされるイメージを見た。

 

一歩飛び退き、首の置かれていた箇所に刃が疾走する。

二撃目をアイゼンメテオールの腹で受け止め、鈍色の音を響かせる。

刹那の睨み合い。あそこで飛び退いていなければ、イメージ通りの結果が降りかかっていたところだ。

抜身の刃――そう形容すべきか。まさか近づくだけで問答無用で斬られるとは思わなかった。

 

「その、剣は――」

 

女性がぽつりと呟く。

それを隙と判断し、膠着状態からそのままインテリジェンス・ソードごと女性を押し退ける。

たたらを踏んだ彼女の足元に切っ先を振り降ろし、警告する。

 

「暴走するのは勝手だが、悪戯に民間人を刺激するような真似は遠慮してもらおうか」

 

「――ッッ」

 

女性はようやく混乱から落ち着いたのか、此方を僅かの間観察した後、インテリジェンス・ソードを鞘に納める。

 

「そこの男。これに懲りたら安易に絡むのはやめておけ」

 

男はコクコクと頭を上下させ、そのまますごすごと退散していった。

その様子を一部見守っていた野次馬は、喧嘩が収束したと見るが否や散り散りになっていく。

 

「次からは周囲に目を向けることを勧める。失礼する」

 

「――ま、待ってくれ」

 

やることやったし退散しようと思ったら、女性に呼び止められる。

 

「何かね」

 

「い、いや……少し、話がしたい」

 

「構わないが、長くなるようならば落ち着ける場所に移動したい」

 

「私から誘ったのだ、断る理由はない」

 

「ならば――そうだな、知人が営業している店があるからそこに行こう」

 

知人なんてトリスタニアにいるっけ?そう思ったそこの貴方(誰だよ)、いるじゃないか、少なくとも二人は!

 

 

 

 

 

「あらぁ、久しぶりねヴァルディちゃん」

 

「久しいなスカロン。今日は少し頼みたいことがあって尋ねた」

 

そう、魅惑の妖精亭だよ!

懐かしいなぁ、この店も。ルイズちゃんと働いていた頃がつい最近のようだ。いや、実際そこまで昔でもないか。

 

「――――」

 

キョロキョロと物珍し気に店内を見回す女性。

まぁ、分かる。他の店と比べて明らかに異質な光景だしね。

 

「頼み事?私に出来ることなら言って頂戴?」

 

「出来れば店内の端のテーブルを貸してもらいたい。少し彼女と話があるのでな」

 

「了解よん、丁度空いていることだしね。それにしても、ルイズちゃんは今日は一緒じゃないのかしら?」

 

「彼女はやることがあってな。今度一緒に訪ねるから、その時まで我慢してくれ」

 

「そうさせてもらうわ。ジェシカも寂しがってるでしょうし、近いうちによろしくね」

 

スカロンとの当たり障りのない会話を終え、指定通りの隅のテーブル席に案内される。

 

「魅惑の妖精亭……名前は聞いたことはあったが、何とも……個性的な店だな」

 

「否定はしない。だが、良いところだ」

 

「そうだな。……さて、話を――の前に何か注文しよう。水だけと言うのは気を利かせてくれた彼に失礼だしな」

 

「それもそうだな。じゃあ、これとかおススメだぞ」

 

「ほう、ではこれとこれを――」

 

メニューを気分次第に色々と頼み、ようやく話し合いの場が整った。

 

「っと、そういえば自己紹介をしていなかったな。私はアニエス、しがない傭兵兼賞金稼ぎをやっている。そしてコイツが――」

 

言いながら、アニエスは立て掛けていたインテリジェンス・ソードの刀身を鞘から僅かに覗かせる。

すると、(ハバキ)を上下させながら、剣から先程聞こえた男の声が弾けるように飛び出してきた。

 

『デルフリンガーってんだ。よろしくな兄ちゃん』

 

「ああ。私はヴァルディと言う」

 

気安い雰囲気で挨拶をするデルフリンガー。

男性タイプでは今のところ出会ったことの無い、三枚目タイプ。ぶっちゃけ主人公の相棒ポジみたいなキャラしてそう(小並感)

そう言えばアニエスの事を相棒って言ってたし、しかも戦士としても優秀とか何この主人公。たまげたなぁ……。

装備や風貌からしても、某漫画の高速剣とか使ってる妖魔なお方を連想してしまう。まさに女戦士、って感じ。

貴族――というかメイジばかりが周囲にいたこともあって、同じタイプに出会ったのは初めてで、少し感動。

 

「ヴァルディ。その、だな。その剣の事なんだが」

 

「これがどうかしたか?」

 

テーブルに立て掛けていたアイゼンメテオールに触れる。

世界観的にも不釣り合いな大剣ではあるが、不思議とこういう酒場?では馴染んでいる。

剣士であるアニエスが同席していることも一助となっている気がする。

 

「それ、私がデルフと交換した奴なんだ。まさかこの化け物剣を扱える人間がいるとは……」

 

ジャンジャジャーン!今明かされる衝撃の真実ぅ~!マジかよドン千最低だな。

アホな想像してないで、改めて事実を再確認する。

 

「これを、君が……?」

 

「ああ。信じてもらえるかはともかく、それは私が遠方にて賞金稼ぎを追っている時に偶然発見したものなんだ」

 

「何故……」

 

いや、マジで何でだってばよ。

でも冷静に考えて、この剣が平然と店売りしている事実に比べたら然程不自然ではないことに気付いた。

と言うことは、主人公的イベントは彼女が済ませてしまったのか……。もうこれ(アニエスが主人公で)いいじゃん。

 

「それは私にも分からない。業物であることは一目で看破したが、それを取り回せるほどの腕力がない私にとっては宝の持ち腐れでな。だからと言って放置するのも勿体ないと思ったから、協力を煽って運んで貰った次第だ」

 

「なるほど」

 

「とは言え、店主もこれの扱いには困ったようでな。儀礼的な側面も持たず、ただ馬鹿デカイだけの剣と言うのは貴族社会的には不遇なんだろう。ゲルマニアならば好事家に高く引き取ってもらえそうではあったんだが、そこまでの距離を運んで貰うとなれば出費もかさむし、売れるかどうかも確定していないのに高い金払ってゲルマニアまで赴くのは少し博打だと判断した私は、色々あってデルフリンガーと言うインテリジェンス・ソードが店で売っている知った私は、これ幸いにとソレと交換したんだ」

 

『ソレとはひでえ言い方するな、相棒。こちとら相棒に身も心も溶かされたって言うのに――』

 

デルフリンガーを音を立てて鞘に収納する。

一瞬店内の人達が此方を向くも、それ以上何もないと分かれば元の喧噪を取り戻していく。

 

「馬鹿な言い回しをするな。――それはいいとして、お宝だと思ったものが最終的にただの荷物になったのは笑う話にもならないが、その結果お前に行き着いたと言うのならば、これも何かの縁なのかもしれないな」

 

「縁、か。随分とロマンチストだな」

 

「違いない。まるでこれではナンパでもしているようだな」

 

「それは光栄なことだ」

 

茶目っ気を含んだ笑みを零すアニエスを見て、ついこっちも微笑む(ヴァルディ基準)。

初対面だけど、意外と気さくな人で良かった。見た目通りの堅物だったら、コミュ障の僕では無理ゲーまっしぐらですもん。

 

「……不思議だな。まるで久方ぶりに会った友人のように話せる。自分で言うのもアレだが、普段の私は自他ともに認める堅物女なんだが」

 

「そういうこともあるだろう。友情の強さは時間の経過で測れるものではない。……我ながら青臭い言い回しだ」

 

「いいんじゃないか?初めて見た時は何を考えているかまるで分からない奴だと思ったが――意外と遊び心もあるんだな」

 

そんな会話が繰り広げられる。

アニエスの言葉ではないが、本当に不思議な縁があると思えるぐらいに、彼女からは親しみやすさを感じる。

旧来の友人が再会したようなやり取りも、まるで違和感がない。

ルイズちゃんにも似た感覚を感じたことはあるが、ここまでではない。一体何が違うと言うんだろう。

そうしている内に、注文した料理が次々と運ばれてくる。

それを皮切りに、アニエスが話題を変えてきた。

 

「しかし、トリスタニアは初めてではないようだが、お前のような目立つ男は見たことがない。剣を僅かに交えて分かったが、剣士としての実力もあるし、傭兵とかはやっていないのか?」

 

「生憎と経験はない。私は――まぁ、とある少女の護衛役みたいなものをやっている」

 

使い魔です、なんて言っても何だコイツ!?みたいな反応されそうだったので、真実を交えた嘘でボカす。

 

「護衛役……貴族のか」

 

アニエスは渋い表情をする。

 

「やはり、貴族は嫌いか」

 

「いや、そうではない。育ての親が貴族――と言うよりもメイジだからな、偏見はない。それとは別の理由だ」

 

口を閉ざし、それ以上は語ろうとしない。

詮索するつもりもないし、今度はこっちから話題を出そう。

 

「そうか。私は今、その少女の護衛から一時外れている状態でな。暇を持て余していると言うこともあって、トリスタニアには一人で来た。その少女への土産でも買うついでに、腕試しも兼ねて手頃な仕事でも探そうと思っていた次第だ」

 

「ふむ。なら、少し付き合わないか?」

 

「付き合う、とは?」

 

ふふ、ここでラノベ主人公のような変な勘違いはしないよ。

ズバリ!恋愛的な意味では一切ない、普通の頼み事だろうね。知ってるよ。

 

「実は……私はある探し物をしているんだ。石――そう、闇色に光る石、と言えばいいのか。石そのものではなく、それを所持している人間でもいい。知らないか?」

 

「いや……。しかし何故、そんなものを」

 

「……流石にそう簡単に言えることではない。だが、私の悲願達成には必要なことなんだ」

 

アニエスに暗い、昏い瞳が浮かぶ。

先程のチンピラ男と対峙していた時と同じ、修羅を彷彿とさせる雰囲気が浮かび、すぐに消えた。

 

「此方としても断る理由はない、が――せめてもう少し詳しい特徴を教えて貰わねばどう対処すればいいのかも分からん」

 

「そうか、助かる。しかし特徴か……難しいな。なにせ、幼い頃の記憶しかない上に、それによれば形には一定の法則はなかった筈だ。それこそ、唯一はっきりしているのは、闇色の光を発しそれに呼応するように魔法のような力を発動させていた、と言う所か」

 

「魔法の、ような?」

 

「ああ。信じられんかもしれんが、杖を使っている様子はなかった。それに――その力を行使していた奴らは、魔法の詠唱をしていなかった」

 

「……なんだと?」

 

えっと、確か詠唱なくして魔法は成り立たない筈だよね。

詠唱破棄、なんて浪漫溢れることは出来ない筈。

だからその力=魔法ではない、と言う結論に至ったんだろう。

筈、だのだろう、だのばっかり言ってるね。どんだけ曖昧3センチなんだよ。

 

「魔法至上主義社会において、普通ならば一笑に伏す話題だと思うのだが、思った通りお前は茶化したりはしない。流石にそこらの頭の固い傭兵崩れとは違うな」

 

「魔法があるなら、そんなマジックアイテムがあった所で不思議ではない。無知を棚に上げて否定するのも馬鹿らしいし、何よりも君が嘘を言っているようには見えなかった」

 

『ま、一瞬とはいえ相棒が剣を交えて、タダモンじゃねぇことは体感したばかりだし、今更だな』

 

「随分と買われたものだ」

 

他のモブ達が酷すぎるから相対的に良く見えているだけにしても、評価されて悪い気持ちにはならない。いいのよ? もっと褒めても。

 

「しかし、当てはあるのか?助力を惜しむつもりはないが、此方にも都合がある以上、虱潰しでは徒労に終わるぞ」

 

「それなんだが……ここ最近、トリスタニアに広まっている噂を知っているか?」

 

「噂?」

 

「梟の鳴く真夜中、人気無き裏路地に行くべからず。闇に紛れて死神が魂を狩りに訪れる。そんなわらべ歌紛いの噂話だよ」

 

「よくある怪談話の延長――という訳ではないんだろうな。火のない所に煙は立たぬとも言うし」

 

「事実、その通りだ。噂が広まった頃、とある二人組が真相を確かめるべく、一人が囮として路地裏に、もう一人は暗がりを避けて常に囮から目を離さないように監視、という編成で正体を確かめようとしたらしいが……とある一角がほんのりと紫の光を発したと思うと、一瞬それに意識を取られた監視役はすぐに囮役の方へと振り返ると、囮役の頸動脈が掻っ切られていたらしい」

 

そんなグロテスクな話題を聞き、思わず首に手を当ててしまう。

自分が同じ目にあるのを想像して、勝手に痛がるとかってあるよね。どちらかと言うと、くすぐられる時あるあるか。

 

「それは……悍ましい話だ」

 

「這う這うの体で逃げ出した監視役が憲兵を連れて翌日犯行現場に向かうと、何もなかったらしい。死体も、血の一滴も。それどころか、人がいたという痕跡さえも、な」

 

「ホラーにミステリーと、随分と詰め込んできたな」

 

「これが書に記された物語であれば、三流も良いところだが……果たしてどうかな」

 

「それを確かめるべく、同じ条件を再現する――そんなところか?」

 

「その通りだ」

 

そこで一息つき、アニエスはグラスの水を煽る。

僕は、その間を利用して率直な感想を告げる。

 

「危険だ。聞けば、一瞬の隙こそあれど音も立てずに殺人を行えるなど、余程の手練れだろう。そんな相手に後手に回るのは、賢いとは言えんな」

 

「否定はしない。だが、蛮勇と言う訳ではないぞ。今回の作戦の要は、デルフリンガーだ」

 

『剣としての実力なら保証するぜ!』

 

「それもあるが、それよりもお前の目だ。暗闇の中だろうと閃光の中だろうとお前の目は常に機能する。同時に、人間以上に視野が広いことも検証済みだ。不意打ちでやられるなんてことはないだろう」

 

『そっちかよ……まぁ、俺は剣であり盾だからな。それぐらいならお安い御用さね』

 

デルフはアニエスに役に立てるのが嬉しいのか、声色はそのままに高揚感のある雰囲気を醸し出す。

 

「随分な自信だな、足元を掬われても知らんぞ」

 

「裏打ちされる実績あってのものだ、決して侮っているつもりはない。それに、不意打ちを防げたといって逃げられてしまえば元の木阿弥だ。一度逃がしてしまえば、二度目は警戒されて同じ手は使えない。だからこそ、もう一手確実性が欲しかった。そんな時――」

 

「私に出会った、と」

 

アニエスは満足げに頷く。

信用――いや、信頼の籠った視線が、どうにも居心地悪い。

嬉しいけど、そこまで信頼されることをした覚えもないのにそんな目で見られても、違和感しかない訳で。

 

「お前は、私と同等の実力者のようだからな。逃げる犯人を追うぐらいなら朝飯前だろう?」

 

「買い被られても困るが……まぁ、微力ながら手伝おう」

 

「ありがとう。報酬はそうだな――金と物、どちらがいい?」

 

「物は内容次第では魅力的だが、先立つ物という意味では金もアリだな。少し考えさせてくれ」

 

「分かった。では全てが上手く行ったら、改めて検討しよう。あと、口約束では信用ならんかもしれんが、決して報酬をちょろまかすことはしないから安心してくれ」

 

「期待するとしよう」

 

決行時間は恐らく夜だから、ある意味で本当に朝飯前になるね。

……ルイズちゃんどうしよう。安請け合いしちゃったかな。

こういう時、TELLチャットがないことの不便さを改めて思い知らされる。

 

「では、夜に再び――と思ったが、それまでどうする?」

 

「そうだな、もし犯人がこの界隈にいるとなれば、下手な動きは出来ない。どういうトリックかは知らないが、犯行の痕跡を跡形も残さない奴だ。それこそ軽い運動だろうと、下手をすればそれを見られて警戒を煽る羽目になりかねん」

 

「面倒だな」

 

「警戒しすぎるぐらいが丁度いい。という訳で、だ。折角だし、うちに来るか?」

 

「君の?」

 

「ああ。父は住み込みで働いているから、普段は一人なんだ。それこそ、年に数度会えるかどうかの萎びた関係さ」

 

自嘲気味に微笑むアニエス。

父に会えなくて寂しい、だけど同時に安堵している。そんな感じがする。

 

「なら、お言葉に甘えさせてもらおう」

 

『男女が二人きりなんて、人間にしてみれば色々問題あるんだろうけど、相棒は男勝りだからなー。まかり間違ってもそんな展開にゃあ――』

 

先程よりも一際大きく、そして力強い(ハバキ)と鞘がぶつかり合う音が、店内に響いた。

 




アニエス登場。そしてデルフは彼女の手に。この時点で彼女の立ち位置の重要性が分かるって、はっきり分かんだね。
と言うか現状でアニエスの伏線がヤバいことになってる。くっ、鎮まれ俺のサブキャラ大好き症候群……!!

何気にルイズちゃんと明確な意思で離れたのは今回が初な気がする。
そして、他作品通してモブ(ノーネーム)が登場したのも今回が初な気がする。昔はモブを使わないって意固地になってたけど、思えばそれって話の展開を狭める行為だよねー。

次回、アニエスとの初めての共同作業(意味深)と、ルイズちゃんがヴァルディと離れた後の魔法学院の描写を予定。
多分普段の二割増しで可愛いルイズちゃんが見られるよ。その代わり、原作成分が死んだ!になるけど。


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第二十一話

アニエスとの初めての共同作業があると言ったな、アレは嘘だ。

最近(超絶今更)グラブル始めたけど、何か闇と水ばかり充実してきた。
闇に関してはバザラガ、レディグレイ、ヴァンピィちゃん、ダヌアと召喚にはバハムート。水はヨダルラーハ、リルル、ミラオルと、無課金にしては充実してるんじゃね?と軽くドヤ顔してみる。



闇色の霧が辺りを支配しランプの光が映える頃。食堂に赴くことなく淡々と責務に没頭するルイズは、ふと窓の外をへと視線を向ける。

遥か遠くで仄かに灯る、空に浮かぶ星のような点の数々を見て、溜息を吐く。

視線の先は、王都トリスタニアのある方向。しかし、地平の彼方にあるそれは一切の姿を隠しており、目に付くことはない。

 

「ヴァルディ、遅いな……」

 

脳裏を支配するのは、彼女の変化の基点であり、その日から常に傍らに居続けてくれた青年の姿。

ハルゲキニアに於いては敵ないしは畏怖の象徴であるエルフその人であり、そんな彼はルイズの使い魔である。

エルフが使うとされる先住魔法は使わない――それとも使えない?――らしいが、常人離れした身体能力から繰り出される剣術は、スクウェアメイジであったワルドさえも圧倒した実績を持つ。

人柄に関しても一級品で、品行方正を地で行くかと思えば、決してへりくだる訳でもなく常に我を貫く意思の強さを持ち合わせている。

それは典型的な貴族が平民に対して好き勝手するようなそれではなく、あくまでも対等な目線で対話を行うと言う意味であり、器の違いは最早語るまでもない。

 

そんなルイズにとっては身分不相応なぐらいに優れた存在である彼とは、現在別行動をしている。

彼女は始祖の祈祷書の祝詞を考えることでここ最近の時間を浪費している。

特例で授業に出ることも免除され、事情を知る者からも知らぬ者からも、羨望と嫉妬の視線を向けられることは少なくない。

何せ、世間では彼女は「ゼロ」のルイズ――その名のとおり、魔法を使えないことで付けられた蔑称であり、彼女の人間性を構築するに至った楔でもある。

なまじヴァルディが優秀で目立つ存在であるが故に、不釣り合いだの二度と魔法は使えないだのお零れに預かっているだの、賤民思想にどっぷりと浸かった学生にとっては、まさに悪意を向ける格好の的である。

しかし、それが表立って行われることはない。何故ならば、彼女の傍らにはヴァルディが常に居るからだ。

仮に傍に居ずとも、後日何かしらの形で情報が漏洩されようものなら、どのような報復が待っているか。

ドットであるとはいえ、圧倒的な武力でギーシュを倒した手腕を直接見た者は殆どであり、土くれのフーケを捕縛したと言う実績も、彼の功績が殆どであるとまことしやかに囁かれていることも、彼の実力に箔をつける要因となっている。まぁ、実際その通りなのだが。

そんな彼が抑止力となり、彼女への誹謗中傷は形を潜めたが、根幹を絶った訳ではなく水面下では悪意の渦が静かに回転を生み続けている。

そう、何も変わってはいない。彼女の取り巻く環境も、立場も、本質的な意味では何一つ変わってなどいないのだ。

だからこそ、ルイズは此度の不本意極まりない行事にも粉骨砕身で取り組もうとしている。

これは誰でもない、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールのみに託された使命。

偶然が偶然を重ねて結んだ縁が、様々な経験を通して今ここに巡り巡って返ってきている。

偶然の結果――そう揶揄する者もいるだろう。しかし、そんなことを言うのは同じ学生ぐらいだろうし、それを言えばお前達も魔法の使えるのは親に恵まれたからだろうに、と浅慮な同輩に呆れる他ない。

そう言う理由もあって、今回の件に関しては後ろめたい要素はないので、殊更励めるいう訳である。

 

思う所があるとすれば、それはゲルマニアとの同盟の為に婚姻と言う名の人質として扱われる、アンリエッタその人にある。

ウェールズ・テューダー。今は亡きアルビオン王国の皇太子であり、レコン・キスタによって国を滅ぼされ新たに「神聖アルビオン共和国」なるものが設立されたらしい。

情報伝達の技術が発展していないハルゲキニアにとって、遠くからの情報は人伝の噂が伝播していくことでしか得られない。

ほぼ間違いなく、最低でも一週間前には設立されていたことだろう。

時期的に、祈祷書が授与された時とも重なることからも、ほぼ間違いない。

アンリエッタは焦っている。一日でも早く同盟を結ばなければ、次に狙われるのは国力で劣るトリステインだと理解しているから。

その為に、生死不明となったウェールズへの想いを封印し、ただの「王女アンリエッタ・ド・トリステイン

」としての役目を果たそうとしている。

それに対して、思う所があれどとやかく言える立場ではない。ならばせめて、賜った役目をしっかりと果たし、彼女に憂いなく娶られてもらいたい。

幼い日々を共有し、立場は変われど変わらず友人として接してくれるアンリエッタ。

トリステイン王国の姫、貴族の三女。そんな身分など意味の無い幼少より培われた絆は、決して誰かが肩代わりできるものではないと、それだけは胸を張って言える。

今でこそしがらみで昔のようにはいかないかもしれない。それぐらいに、二人の立場の差は遠く、広い。

――だが、それでも。アンリエッタが他でもないルイズに祝詞を読んでもらいたいと、姫としての立場ではなく、あくまで友人として望んだというのであれば、その気持ちを汲み取らずにいられようか?

 

「ミス・ヴァリエール。夕食をお持ち致しました」

 

ノックの音が数回。後から聞こえてくる声は、馴染み深いメイドの声。

 

「入っていいわよ」

 

「失礼します」

 

告げて部屋へと入って来たのは、シエスタ。トリステイン魔法学院にてメイドとして働いている少女だ。

そして――学院内に於いて、ヴァルディの次に信を置いている人物でもある。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

机の上に置かれる夕食。

しかしそれは貴族に振舞うような豪華絢爛なものではなく、シエスタ達が普段食べるような賄い食そのものであった。

普通の貴族ならば怒り狂うであろうそれは、他ならぬルイズ自身の提案によって出されるようになったのだ。

 

「……うーん、疲れた身体に染み渡るわ~」

 

「そう言ってもらえると嬉しいですよ、ミス・ヴァリエール」

 

「もう、誰の目も無い時は――」

 

「ルイズさん、ですよね。すみません、どうにも警戒してしまうと言いますか」

 

このような呼び方をされるに至ったギーシュとの決闘騒ぎから、この関係は継続している。

自分が認めた人間以外の目が無い時には、今のように振舞うということ。

ルイズ自身、良くも悪くも魔法が使えないと言う理由から、貴族的な思想がトリステイン国民とは思えないぐらいに薄い。下手をすれば、ゲルマニア以上。

魔法を使えないからこそ、使えることの素晴らしさが分かる。同時に貴族であるが故に、魔法が使えない平民の尊さが理解できる。

どっちつかずの宙ぶらりんであることで、貴族と言う存在に猜疑を抱き、平民と言う存在に恩義を感じずにはいられない。

貴族が全員平民を見下している訳ではないのは理解している。それでも、自分達にとっては遠い存在であると達観し、俯瞰した視点で見ていることは確かだ。

どんな形であれ、上下関係と言うものは存在する。だがしかし、貴族と平民ではそんな言葉では済まされない「壁」がある。

魔法と言う絶対的能力――奇跡の御業と言って差支えない現象を起こすが故に、使えない者にとってはそれが如何に優れており、恐れるべき力であるか。

持つ者と、持たざる者。どんなに崇高な言葉を並べ立てようとも、その「壁」が消えることは決して無いだろう。

 

「気持ちは分かる――なんて言っても同情にしか聞こえないわね。せめて壁にサイレントを掛けることが出来れば気苦労させないで済むんだけど」

 

「それを言うなら、ルイズさんの方こそ……。ここ数日、ずっと姫殿下へ捧げる祝詞に没頭していますけど、体調の方はよろしいのですか?」

 

「うん、寝不足とかにはなってないわ。何せ、授業は免除だしね。授業の為に早起きしなくていいってのは楽でいいわ」

 

「あはは……」

 

苦笑いするシエスタ。

砕けた態度も反応も、ルイズにとっては心地よい。

貴族として振舞わなければならない、堅苦しい空気とは無縁なこの場は、ルイズにとっての唯一と言って良い心安らげる場所であり、聖域だ。

たまにキュルケが校則違反上等の問答無用アンロックで入ってくるが、今は夜故にそこまで心配する必要もなく、昼間は授業中なのでまた然り。

付け加えるならば、キュルケ自身が今回の件が干渉して良いことではないとぼんやりと理解していることもあって、極力邪魔をしないよう配慮していることも要因となっていた。ルイズはその事実を知らないが。

 

「エリィとルーシーも心配していましたよ?」

 

「ああ、あの二人」

 

シエスタが呼んだ二名の名は、同じメイド仲間であり、ルイズとはシエスタとヴァルディを通しての知り合いである。

ヴァルディが給仕の真似事をするようになって、メイド達と交流を深めていくところから始まり、シエスタとの繋がりがルイズとの縁を結んだ。

当然、当初は怯えられた。

無理もない、ルイズも所詮平民にとっては十把一絡げの「貴族」に過ぎない。大半の貴族にとって、平民がそれ以上の存在になり得ないように。

――故に、関係は膠着し、平行線を辿り続ける。いずれその流れが、人類を殺すとしても。

魔法とは、即ち甘い毒だ。

その甘さに釣られ、群がり、貪り――そして、最後の最後に毒と気が付き、死に至る。

それがいつの日の出来事かは分からない。――でも、これだけは言える。

このまま行けば、トリステインはその毒に犯されるよりも早く滅亡するということ。

 

悲しいかな、国力に劣るトリステインは他国と同盟を組むことでしか国力を補う手段はない。

時間を掛ければ別、なんて甘い考えは持っていない。

魔法と言う絶対的な力に固執し、無自覚の内に発展を否定するトリステインは、緩やかな時の流れの中で早々に朽ちていく運命にある。

この度同盟を組むに至ったゲルマニアは、国力を見れば世界トップクラス。トリステインとは比較することさえも烏滸がましい国力の差がある。

トリステインの貴族がそれを野蛮と否定するのは、ブリミル信仰を絶対としているのもあるだろうが――それ以上に、無意識に現実から目を背けようと意固地になっているからではないだろうかと、ルイズは確信に似た何かを得ていた。

否定してしまえば、今まで培ってきたもの全てが崩れてしまうから。

自己を確立する上で八割以上を占めているものが砕けてしまえば、それは最早自分ではなくなる。

なまじ強く信じ込んでいるが故に、一度折れれば二度と立てなくなるかもしれない。

潜在的な恐怖が、自己防衛本能に繋がり、発展を否定し――遂には停止する。

トリステインの貴族という立場から現実的に見据えているが故に、それが分かってしまう。

トリステインの骨子であるマザリーニ枢機卿は当然として、恐らくアンリエッタも理解していることだろう。

そして、仮に同盟を結べたとして、次はどうなる?――簡単だ。ゲルマニアに国力を吸い上げられ、吸収、合併……最悪存在そのものがなくなってしまうことだろう。

ブリミル信仰が如何に尊いと謳おうとも、魔法が万能だと吼えようとも、一度縋ってしまえばただの負け犬の遠吠え。

力こそが正義、なんて武力を肯定する思想を持ち合わせているつもりはないが、現実問題トリステインが国として弱いが故に現状があることに変わりはない。

愛する者を喪い、自国を存続させる為にその身を犠牲にし、その果ての徒労だとすれば――神は、ブリミルは、どこまでアンリエッタを苦しめれば気が済むのだと憤らずにはいられない。

 

「ルイズさん?」

 

「あ?……ええ、何でもないわ」

 

掌が赤くなるぐらいに拳を握り締めていた事実に、ルイズは今更ながら気付く。

それを取り繕うように手を仰ぎ、先の言葉が出た。

 

「それならいいんですけど。それにしても、ヴァルディさんまだ帰って来ないんですね」

 

「――――……うん」

 

忘れていた筈の胸の空虚が、シエスタの言葉で思い起こされる。

確かに、いつ帰ってくるとは言っていなかったし、こうなる可能性は十分に考慮出来た。

しかし、普段傍にいることが当たり前過ぎて、離れると言ってもそんなに長時間になるとは考えてもいなかった。

それを怠慢だと言われれば、返す言葉もない。しかし、そう思ってしまうのも致し方ない事。

そして、意識してしまえば途端に溢れ出す不安。

ちゃんと戻ってくるのか?私に愛想を尽かしたのではないか?窮屈な生活に耐え切れなくなったのではないか?――そんな、ネガティブな考えばかりが募る。

 

ルイズと言う少女は、元来とても弱く、脆い。

魔法が使えないという劣等感、それによって変わる露骨な周囲の対応、自分を見る目。それは、幼い頃の人格を形成するにあたって、当然の如く悪い影響を及ぼした。

自尊心と言う膜に包まれたモノは、突けば破れ、落とせば容易く割れてしまう代物。

防波堤と呼ぶにはあまりにも頼りないソレで、今の今まで壊れずにいられたのは、最早奇跡に等しい。

いや、もしもヴァルディが現れてなかったら……。使い魔さえも呼べない存在という烙印を押され、進級出来ずに家族からも見放され、最後には――――……

最悪が脳裏を過り、思わず身を震わせる。

そんな有り得たかもしれない未来を想像し、ヴァルディへの執着がより一層深まっていく。

手放してしまった後悔と、そんな身勝手で彼の意思を否定しようとした自分に嫌気が差す。

疲労が溜まり、精神的に不安定になっていることは否めない。

 

「大丈夫ですよ」

 

ルイズの心中を察したかのように、シエスタは彼女の手をそっと握り、諭すように語りかける。

 

「ヴァルディさんは戻ってきます。あの人は、約束を違えるような人ではありません」

 

「……そう、かもしれないけど」

 

「貴方が信じないで、誰が信じると言うんですか。他の誰かが信じるのと、貴方が信じるのとでは、価値も重みも何もかもが違うんです。今はまだ分からないかもしれませんが、それだけは間違いないと断言します」

 

シエスタの真剣な色を宿した瞳が、ルイズの視線を射抜く。

揺れることの無い視線。そこに、先の言葉が偽りではないことを告げていた。

自らの頬を叩き、頭を振り、弱った思考を振り払う。

ここでヴァルディを信じないということは、彼がルイズへ向ける信頼に泥を塗ることになる。

それは、あまりにも不敬だ。人として、やってはいけない無礼だ。

貴族らしい、なんて冠詞は最早不要。

平民だろうが貴族だろうが、正しいことは正しいし、間違っていることは間違っている。

理不尽や不条理を跳ね除ける力がなくとも、正しさを胸に秘めてそれを貫く気概があれば、それは誠実さとなり、自分に返ってくる。

その結果が、シエスタとの絆を生んだと理解しているか故に、それは確かな自信となって表れる。

もし、シエスタとの関係が何かしらの形で公になった時は――胸を張って言おう。

シエスタは、私の自慢の友達だって。

 

「……シエスタ」

 

「はい」

 

「ありがとね」

 

「……どうしたしまして」

 

互いに微笑みあう姿を、二つの月が照らす。

孤独による空虚が、少しだけ埋まった気がした。

 

 

 

 

 

その出会いは、お世辞にも円満とは言い難いものだった。

傭兵としてその身を戦いに捧げた者として、多少の事では動じない精神を身に着けていたつもりではあった。

しかし、今回は違った。

情報収集も兼ねて荒くれ共が集まるような酒場にまで足を運んだは良いものの、そこで図体ばかりの男に絡まれた。

女だと見下し、舐め回すように私の身体を下卑た視線で観察される。

女が剣を取る、などただの平民が武器を持つと言う行為以上に馬鹿にされる所業であることは理解している。

だが、私はそんな先入観で他者を評価する奴が大嫌いだ。

ソイツは割と悪い意味で有名な奴で、普段は貴族と平民と言う格に対して非難を口にし、都合良く自分よりも弱そうな者が出てくれば、貴族が自分達へとやってきた事を平然と行う、まさに無法者として渋い目で見られていた。

私は思った。滑稽で、哀れで――なんて、虫唾が走る光景だろうか、と。

身分制度そのものにとやかく言及したい訳ではない。魔法があろうとなかろうと、差はどこにでも出る。

平等なんて、無味乾燥な理想論でしかない。

平等に満たされ、平等に愛し愛され、平等な立場で生を謳歌する。――なんて、つまらない光景だろう。

瞼の裏に投影される想像は、どこまでも平坦で、色の無い世界。

私は、そんな世界は許容できない。一度、色を失いかけた私にとって、そんなものは無価値であると誰よりも理解できる。

私が気に食わないのは、二枚舌で内弁慶な男そのものの在り方だ。

貴族に叛逆する気概もない癖に、鬱憤の捌け口を弱者へと放つその姿を、奴は省みたことは無いのだろう。そうでなければ、あのような恥知らずを繰り返す筈がない。

今までは、自分には関わりの無いことだと無視を決め込んでいたのだが、そのツケと言わんばかりにその男はいやに私に絡んできた。

生理的に受け付けない風体をしている上に、性格まで合わないと来れば、雑に扱うのも当然で、寧ろ問答無用で斬りかからなかっただけ有情だと自分で自分を褒めてやりたいぐらいだ。

そんな私も、遂に堪忍袋の緒が切れ、手を出したまでは良かったが――そこからが、私の運命を変える転換期となった。

 

怒りによってほつれていた私の意識は、目の前に立ち塞がった巨大な何かによって引き戻される。

それは、かつて私が見つけ、使いように困りインテリジェンス・ソードのデルフリンガーと交換で引き取ってもらった、重圧な大剣。

オーク鬼ぐらいしか振るえないであろうと言う程に重く重圧なソレは、大剣の影から僅かに覗かせる細腕によって支えられていると気付き、戦慄した。

その刹那の隙を突かれ突き飛ばされた私は、為すすべなく尻餅をつき、使い手の姿を見上げる。

見たこともない美貌を持つ青年だった。だが、そんなことよりも、私はあの剣を扱える実力に魅入られていた。

油断していたとはいえ、並の武器を扱う手合いであればここまで無様を晒すことはない。

基本的に一人ですべてこなしてきた私にとって、複数の敵を相手取ることは当たり前で、不意打ちに関しても独力で対処してきた。

オーク鬼の住処を単独で制圧したこともある。それこそ、ただの傭兵相手ならば眠っていたとしても十分対処できる自信があった。

自惚れと思われても仕方ない。しかし、それを裏打ちする実績を上げて来たことも事実で。

だからこそ、目の前の男に惹かれた。そして、知りたいと思った。

何者なのか、どれぐらい強いのか……沸いては出てくる興味の感情を、抑えることは出来なかった。

 

それから、私は彼――ヴァルディを呼び止め、どうにか話し合いができる状態まで持っていくことが出来た。

その場をセッティングしてくれたのが彼だと言うのが些か配慮不足であったが、気にし過ぎても仕方ないとすぐに忘れることにした。

とりとめの無い会話から始まり、食事にありつく。

名前ぐらいしか知らない店で、店長と思わしき男は無駄に個性的だが、料理の質は素晴らしいの一言に尽きる。値段も手頃で贔屓にしたいぐらいだ。

思いがけない出会いの連続で満たされていく感覚に思わず酔いしれそうになるが、これらは副次的要因でしかない。

 

私が切り出したかった本命――それは幼い頃に見た、魔石と呼ぶに値する紫色の石の所在。

記憶力も確かではない時期の出来事である筈なのに、その時に見た紅蓮を忘れることは無い。

偶然、私はその時村を出ていた。

好奇心に駆られたのか、目的があったのか、それは分からない。

そんなことは重要ではなく、その気まぐれに等しい子供の行動一つが、私の命運を決めたというだけの話。

住んでいた村一帯の大地が隆起し、雷が降り注ぎ、住民は石に変えられ――そんな悪夢のような光景を、遠くから見つめることしか出来なかった。

駆けつけようとするよりも早く、村を滅茶苦茶にした奴らの一人に遭遇し、必死で逃げた。

しかし、所詮は子供の足。どう足掻いたところで大人に敵う筈もなく、村人達と同じ運命を辿るであろう私の命は、後の義理の父となる男によって救われた。

村を焼き払ったものと同じ紅色が、敵を焼き尽くす光景を見て――何故か、綺麗だと思った。

同じ炎である筈なのに父が放ったそれからは、気高さと力強さだけを感じた。

暴力と破壊のみに支配された、あの炎とは違う。それが分かってしまっただけで、安心感を覚えた私は気絶したのだった。

そうして助けられた私は、恩人である男に育てられ、今に至る。

 

思えば、あの時を切っ掛けに一度私は死んだのだろう。

平穏で、何事もなく、家族と笑顔を共にして生きていく権利を剥奪された私は、最早過去の自分と同じとは言えない。

別人と言って差支えない私が、過去の出来事に引き摺られるのは間違っている。――そう自分を納得させようとも、割り切れない。

だから私は、趣味と実益を兼ねた仕事を初め、表向きは真面目に暮らし、裏では傭兵として腕を磨ぐ。

雌伏の時を超え、いずれは村を滅ぼした奴らに報いを受けさせたいと、黙々と力を付けて来た。

だけど、個人の力では限界がある。

義父を騙すことになる為、大手を振って行動出来ないこともあって、実力を高めることはともかく、肝心の魔石に関しては殆ど成果を得られず仕舞い。

そんな時、ヴァルディに出会った。

私と肩を並べ、戦える力を持つ猛者を。

 

会話をするに連れて確信していったが、ヴァルディと言う男は今時珍しいぐらいに誠実で無垢な男だ。

瞳の奥に宿る信念の色は、木端貴族にも平民にも無い力強さがある。

私が女だからと馬鹿にすることもなければ、気のせいか寧ろ尊敬の念さえも感じる。

不思議な奴だ。まるで子供のような視点で物事を見ているかと思えば、常人離れした強さの片鱗を見せ付けた。

だからだろうか。本来ならば初対面故にもっと警戒すべき筈なのに、すっかり毒気を抜かれていた。

表情こそ硬いが、目を見れば分かる。

コイツを疑うこと程馬鹿らしいことはない、と。

寧ろ私の要求ばかり一方的に押し付けて、それに頷くヴァルディを見て心配にさえなる。コイツ、詐欺に遭い易いタイプだ。

もしかして、貴族の護衛とやらも不当な契約でやらされているんじゃないか?と邪推さえしてしまう。

……まぁ、そこまで気にする関係でもないし、言及はしないでおいたが。

 

かくして、私とヴァルディは一時的な協力関係を結んだ。

魔石へ繋がる情報を得て、いざ確かめようと言う時だというのに、どうにもヴァルディに気を取られて落ち着かない。

私の予想では、今回の件は簡単に終わりそうにない。恐らく、ヴァルディにも負担を掛けることになるだろう。

だが、不謹慎にもそれを望んでいる自分がいる。

彼の実力を見ることが出来る機会だと、童心の如くそわそわしてしまう。

そんな心境をおくびにも出さず、私はヴァルディをトリスタニアの家に案内した。




【悲報】アニエス、初対面でルイズよりもヴァルディを理解してしまう。

ルイズはルイズでシエスタとイチャイチャしてるしで、もうこれ(このままで)いいんじゃね?

次回、次回こそケーキ入刀(意味深)があるから……勘弁してクレメンス。


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