あなたとの依存世界 (小早川 桂)
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『出会い、知り、染めたい』

初投稿。よろしくお願いします。


「はぁ……」

 

 ため息をついて、ブランコをこぐ。さびれた金属音が寂しさを一層深くした。

 

 私は――昔から影が薄い。

 

 生まれ持った体質なのか、誰にも気づかれないのだ。それこそ近距離で大声を出したり、踊ったりしなければ目も向けられない。

 

 他人はもちろん家族にまで。

 

 友人と呼べる親しい存在など出来た例がない。

 

 今だって夜になっても誰も迎えになんて来ない。夜中の公園に独りぼっちだ。

 

「やっぱりダメっすか……」

 

 中学一年の夏。今までと変わった環境に抱いた希望を打ち砕かれた私は途方に暮れていた。

 

 もう放課後から4時間。夕暮れ時はすでに超え、暗闇が空を支配する。

 

 誰にも見つけられない悲しみはいつまで経っても慣れない。

 

 誰とも触れ合えない寂しさはいつまで経ってもぬぐえない。

 

 あぁ……遠くで談笑する声が聞こえる。楽しそうな笑い声が耳に残った。

 

 目をやれば笑顔の男子。その瞬間、いろいろな感情がこみあげてきて、顔を伏せた。

 

 私もあんな風にしゃべりたい。笑いたい。日々を過ごしたい。

 

 つらい……。つらいっすよ……。

 

 誰か、誰か私を見つけ出して……!

 

 ぽつり、ぽつりと落ちた涙が地を濡らす。そして、その上を足が踏み抜いた。

 

 顔を上げる。すると、眼前に一人の男子の顔があった。

 

 燻った金髪。整った顔立ち。肩からかけられた紺のバッグ。

 

 ……あっ。

 

 さっき、そこを通りかかった男子っす……。

 

「……君、大丈夫か?」

 

「…………」

 

「……えっと……そのもう夜遅いから帰った方がいいと思うぞ。お節介なのは分かってるけどさ」

 

「……あの……」

 

「ん?」

 

「私が見えるっすか……?」

 

 男子は頭に疑問符を浮かべていた。頭をかきながら面倒くさいものを引き当てたと嫌な表情を見せる。けれど、ため息を吐くと苦笑いしながら答えてくれた。

 

「見えてるぞ、ちゃんと。えっと黒髪に制服着てて……こんな感じでいいのか?」

 

「………………あ……あ……」

 

 涙が頬を伝う。

 

 やっと……やっと…………見つけた。

 

 私を見つけてくれる人を……!

 

「――――っ!!」

 

「っ!? え!? あれ!?」

 

 気が付けば抱き着いていた。彼は驚き、慌てふためく。

 

 当然っすね。

 

 彼は見知らぬ人。私も彼にとって見知らぬ人。

 

 そんな二人がこうして出会った。私は思った。

 

 これは運命だ。そう、運命に違いない。

 

 なら、私はこの運命を逃さない。

 

 彼を離さない。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「……懐かしいっすね」

 

 私は奇跡ともいえる出来事を思い返しながら、ベッドから起き上がった。ふと視界に入ったカレンダーを見ると今日の日付に大きく○がついてある。

 

「ふふっ……一周年記念っす」

 

 彼――須賀京太郎と出会って早くも一年が経とうとしている。

 

 結論から言えば、彼は私にとって宝物となった。大げさにいえば神様が私に恵んでくれたプレゼントなんじゃないかと錯覚するほどに。

 

 突拍子もない行動。信憑性のない話。醜い過去。その全てを聞いてくれて、受け入れてくれて、包み込んでくれた。

 

 あれから私と彼は会うことが激増した。彼が絶対に休日に会う約束をしてくれたから。

 

 私のために都合をつけてくれる。私と会うことを最優先にしてくれている。

 

 そんな事実がまた私を喜ばせた。

 

「さて、着替えてお弁当作らきゃ…」

 

 本日も彼と出かける約束をしている。男を捕まえるには、まず胃袋から、と言うっすからね。

 

 寝ぼけ眼をこすって眠気を払うとキッチンへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅前。待ち合わせ場所に行くと、すでにお目当ての彼が立って待っていた。

 

 中学生ながら身長の高い彼はオシャレをすると、なお格好良く見える。

 

 私は気づかれないように背後から近づくと、そのたくましい背中にとびかかった。

 

「京さーん!」

 

「うおっ……て、やっぱりモモか」

 

「あー、なんすか、その態度はー? 私じゃ不服っすかー?」

 

「頬つつくのやめなさい。あと、抱き着いてくるのも」

 

「いいじゃないっすか。どうせ誰にも見えてないっすよ」

 

「………モモはそれが嫌なんだろ?」

 

「……確かに嫌でしたけど……今はこうして京さんと出会えたから。私を見てくれる人を見つけたから……問題ないっす」

 

「……嬉しいこと言ってくれるじゃねーか、このヤロー」

 

「きゃあー。乱暴されちゃうっすー」

 

「おい、待て。なぜ自分から脱いでいこうとする。バカ、やめろ!」

 

 楽しい。

 

 毎日が充実している。

 

 京さんとのやりとりの中で私はずっとそんなことを考えていた。

 

 中学が違う私たちはこうして毎週の休日に集まっては遊んでいる。

 

 彼の家に行っては夕食までお世話になり、泊まりも多くなった。本当は私の家に連れて帰りたいっすけど、ややこしいことになりそうなので断念した。

 

「今日はどうするんだ?」

 

「もちろん、泊まりっすよ! いっぱい荷物持ってきたっすから!」

 

「そっか。母さんも楽しみにしてるよ。娘が出来たみたいだって」

 

「それは良かったっす! 迷惑になってないか心配だったから……」

 

 そう言うと私は表情を隠す様にうつむく。

 

 私は彼のことをよく知るためにいっぱい観察して、多くの知識を得た。

 

 だから、『こうすれば』京さんが慰めてくれるのを知っている。

 

「……いつでも歓迎するって言ってるだろ。それに嫌なら泊まらせたりしないって」

 

 彼の温かい手が頭を撫でてくれる。

 

 その瞬間、私は幸福を感じるのだ。

 

「ん……。なら、今日も世話になる分、頑張ってお手伝いするっすよ!」

 

「おう。モモの料理はおいしいからな。期待してる」

 

「料理っていえば今日もお弁当作ってきたっす!」

 

「お、本当か? なら、今日はショッピングモールでも行くか。フードコーナーは自由に使ってよかったはずだし」

 

「はい! 買いたいものもあったから丁度いいっすね!」

 

「そっか。荷物持ちくらいならやるよ」

 

「ありがとう! じゃあ、出発っすよ―!」

 

「お、おい! 手を引っ張るなって!」

 

 私は京さんの手を握って歩き出す。

 

 楽しいデートの始まりだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ただいまー」

 

「お邪魔します」

 

 夕日に照らされて茜色だった空も今は真っ暗に染まっている。楽しいお出かけを終えた私たちは当初の予定通り、京さんの自宅に帰ってきていた。

 

 挨拶をすると、リビングから一人の女性が姿を現す。金髪を後ろで一まとめにしてエプロン姿の女性は京さんのお母さんで、私のお義母さんになる人。

 

 こちらを見るなり笑顔になって、お出迎えしてくれる。

 

「おかえりなさい。今日もモモちゃん来てくれたのね!」

 

「はい! 今日もお世話になります!」

 

「いいのよ、いいのよ! 私も娘が増えたみたいで嬉しいんだから! 入って、入って」

 

「改めてお邪魔します」

 

 靴を脱ぎ、そろえて置くとお義母さんのあとについていく。すると、隣を並ぶ京さんが顔を近づけてきた。

 

「な? 全然迷惑じゃないだろ?」

 

「……はい。モモは幸せ者っすね」

 

「これくらいで大げさだって」

 

「そんなことないっすよ。モモはもう京さん抜きでは生きていけないっす」

 

「……ま、モモがいいなら構わないさ。それに俺はモモとずっと友達だからな。心配しなくていいぞ」

 

「京さん……」

 

 そう言って笑う彼の横顔はとても眩しい。普段から優しい彼はこうして人と触れ合い、魅了していくのだろう。

 

 ……でも、ちょっと女心を理解できていないっすね。ずっと友達は、嫌だ。

 

 私はそれ以上になりたい。

 

 でも、中学生になったばかりの京さんにはまだ考えたこともないっすよね。将来のことなんて。

 

 安心してください。私がちゃんと導いてあげるから。

 

 私たちの幸せな結末まで、しっかりと。時間をかけてでも。

 

「京太郎はモモちゃん用の新しい布団出してきて。モモちゃんは料理手伝ってくれる~?」

 

「わかったよ」

 

「おまかせくださいっす!」

 

 お義母さんの指示で京さんは空き部屋に、私はバッグからエプロンを取り出してキッチンに向かう。そこからはお願いされた通りにお手伝いをこなしていった。

 

「モモちゃんは料理も出来るし、本当にいい子ね~」

 

「えへへ。京さんに喜んでほしいっすから」

 

「あらあら~。本当に京太郎にはもったいない」

 

「そんなことないっす! 京さんこそ私にはもったいないくらい良い人で……」

 

 私がそう言うと、お義母さんはニッコリと満面の笑みを浮かべた。

 

 まるでイタズラが成功した子供のように。

 

「じゃあ、モモちゃんに京太郎の面倒みて貰おうかしら」

 

「え!? いいんすか!?」

 

「ええ。実はね……」

 

 そこからお義母さんが話してくれたことは私にとって千載一遇のチャンス。

 

 京さんと私の仲は恋愛感情のない友人。私はともかく、京さんは少なくとも似たような感覚を持っているはず。

 

 だから、今回の機会で書き換える。

 

 私のことを女として意識するように。

 

 もちろん、一線は越えない。せっかく得たお義母さんの信頼は壊したくない。

 

 将来を考えれば我慢は容易いことだ。

 

 ……ふふっ。待っていてくださいね、京さん。

 

 あなたの中を私で染め上げるっす。

 

 私をあなた一色で埋め尽くしてくれたように。

 




京太郎がモモの姿が見えたのは『須賀』家の力だと思って下さると助かります。


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『約束、変化、恋人』

視点変更が途中で入ります


 以前の京さんとのお出かけで私はある約束をお義母さんとした。

 

 そして、とても長く、長く感じられた数日が経ち、私は京さんの家に居る。

 

「おかえりなさい、あなた。ご飯にするっすか? お風呂? それとも……わたし?」

 

「……えーと、ご飯で」

 

「じゃあ、私はデザートってことでいいっすか?」

 

「よくねーよ! っていうか、この状況について説明を求める!」

 

「この状況?」

 

「ああ! なんで平日なのにモモがいるんだよ!」

 

 ふむふむ。将来のお嫁さんが実家にいるのは何かおかしいことか。と、冗談はそこまでにしておき、私は京さんに一枚の紙切れを手渡した。

 

「ん? なんだ、これ?」

 

「お義母さんからのサプライズプレゼントっす」

 

「……嫌な予感しかしないけど……あ、やっぱり」

 

 京さんに渡した紙には『お義母さんとお義父さんが二泊三日の旅行に行くので、その間の面倒を私に見てもらう』という旨が書かれている。

 

 これが以前、お義母さんがくれた距離を近づけるチャンス。

 

 今日は金曜日で、明日からは休日。なにも妨げるような用事はない。

 

「というわけっすから、家事は私に任せてくださいっす、あなた」

 

「納得いかないけど、よろしく頼むよ、モモ」

 

「あ、荷物持ちますよ」

 

「大丈夫。部屋に置いて着替えてくるから。そしたら夕食にしよう」

 

「はーい」

 

 京さんは諦めた様子で階段を上っていく。私はそれを見届けると、新妻のように夕餉の準備を始めるのであった。

 ……本番は夜っすから、ね。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 モモとの食事を終えた後、俺は彼女の勧めで風呂に入ることにした。どうやら今日の夜は遊び倒すらしい。

 

 だから、先にやるべきことは済ませておきたいようだ。

 

 あれだけウキウキした様子で計画を話されては断れん。

 

 まぁ、俺もモモと一緒にいるのは楽しいからいいか。

 

「はぁ~、疲れた~」

 

 中学二年で湯船に浸かった第一声がこれなのはどうかと自分で思うが、疲れているのだから仕方がない。ハンドボール部の練習はハードなのだ。

 

 ……今回ばかりはそれだけじゃないが。

 

 東横桃子。

 

 去年出会った黒髪の女の子。誰にも気づかれないステルス体質が特徴の……はっきりいえば可愛い女友達だ。

 

 俺のことを慕ってくれていて、世話までしてくれる。

 

 胸も徐々に膨らんできて、だんだんと俺好みのスタイルに……げふんげふん!!

 

 よこしまな考えを追っ払い、頭まで一気に沈むと汚れた感情を洗い落とした。

 

 とはいえ、とはいえ、だ。

 

 俺といて『幸せ』と屈託のない笑顔を見せてくれる彼女に俺はずいぶんと魅了されてしまっている。それに関しては自覚がある。

 

 モモが横にいないと妙に落ち着かなかったり、クラスの女子を間違えて『モモ』と呼んで恥ずかしい目にあったりする程度に彼女は俺にとって『不可欠な存在』になっていた。

 

 そんな彼女と二人きり。それが三日間。

 

 不味い。

 

「母さんも一言告げてくれたらいいのに……」

 

「私が秘密にしておいてってお願いしたっすよ」

 

「なるほどなぁああ!?」

 

 浴室に響く高い声。

 

 入り口にはモモがバスタオル一枚を巻いた姿で立っていた。ボディラインがくっきりと浮かび上がっており、中学生とは思えない色気を放っている。

 

「お、おい!? 何してんだ、モモ!?」

 

「何って……風呂に入っているだけっすけど」

 

「いやいやいや! おかしいだろ! 俺たちもう中二だぞ!?」

 

「……それがどうしたっすか?」

 

 キョトンと首を傾げるモモ。

 

 なんで俺が変な奴みたいになってるんだよ。おかしいのはモモの方なのに!

 

 は、恥ずかしい! どうして俺がこんなこと言わないといけないんだ!

 

「お、女の子が裸を見せるのは不味いだろ!?」

 

「水着とほとんど変わらないっすよ。去年も今年も河に遊びに行ったじゃないっすか」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「それとも――」

 

 モモは一気に距離を詰めてくる。

 

 浴槽から上半身を乗り出していた俺と彼女を隔てるものは無い。

 

 吐息が聞こえる近さにまで接近し、彼女の無垢な黒瞳に吸い込まれる。

 

 体温の上昇で赤らむ頬。柔らかいであろう唇。

 

 水が滴り、髪が張り付いたうなじ。さらされた健康的な鎖骨に垂れる液体は中心にできた大きな谷間に落ちていく。

 

 彼女のすべてが扇情的に映った。

 

「京さんは私の裸を見たいんすか?」

 

「――ッ」

 

 思わずつばを飲み込んだ。見たくない男がいるわけがない。

 

 俺の反応を面白がってか、眼前の乙女は口端を吊り上げて続ける。

 

「……いいっすよ。京さんになら見られても」

 

 そう言って彼女は人差し指で俺の首筋をなぞると流れるようにバスタオルにかけた。

 

「京さんはどうしたい……っすか?」

 

 甘く誘惑する声。耳元でささやかれた俺は、オレは、おれは――

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「どうしてあそこまでして本番がないっすかね……」

 

 結局、あの後は彼とそういうことは致さなかった。

 

『襲う』のはダメでも『襲われる』のは問題ない。

 

 だから、あのような行動に出たというのに……。

 

 ……まぁ、でも、前進はしましたし、これで許してあげるっす。

 

 鏡を見ながら首もとを撫でる。

 

 不自然に一ヶ所だけ赤くなっている肌。

 

 京さんがつけた証。

 

 そして、この唇にも……。

 

  「…………あはっ」

 

 不意に漏れてしまう笑い。

 

 仕方ない。仕方ないのだ。

 

 お義母さん、ありがとうございます。おかげで私たちは友だち以上の関係になれました。

 

「おーい、モモー? 早くしないと夜が明けるぞー」

 

「あっ、今すぐ戻るっすよー!」

 

 京さんに呼ばれて隣に座る。

 

 去年よりもまた体がたくましくなった気がする。肩にそっと頭を預けて、スリスリとこすりつける。

 

「何してんだ、モモ?」

 

「んー、マーキング?」

 

「犬か!」

 

「わんわんっ」

 

 コテンと彼の膝へと倒れこむ。服に染みついた彼の匂いが安心感をもたらす。

 

「モモは京さんのものだから犬でも問題ないっすね」

 

「……よく恥ずかし気もなく、そんなこと言えるなぁ」

 

「えへへ。それだけ愛しているってことっすよ」

 

「……ったく、お前はー!」

 

「きゃっ」

 

 京さんは脇腹へと伸ばすと指をわきわきと動かす。こそばゆかったので、こちらも仕返しとばかりに腹をなめてやった。

 

 変な声をだす京さんは可愛かった。

 

 時折そんな風にじゃれ合いながら、時を過ごしていく。

 

 いつまでもこんな時間が続けばいい。

 

 そう思った。

 




最近始めたtwitterの方でも更新報告しているのでフォローしてくれたら泣いて喜びます。

@77Mottingtv


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『友達、恋敵、開戦』

 中学二年の夏休み。京さんと恋人になってはや一ヶ月。

 

 ここまで順調に来ていた。しかし、人生は山あれば谷あり。今までの揺り戻しでこの幸せがあるならば、また不幸の芽が現れるかもしれない。

 

 だからこそ、このような可能性は捨てきれなかった。

 

 いつか起こるだろうと思っていたけど、ついに発生してしまった。

 

「み、宮永咲です……」

 

 京さんの背後に隠れながらあいさつをしてくる小柄な女の子。

 

 どうして私に向かって喋っているだけで涙目になっているとか、怖がっているのか聞きたいことは山ほどにある。

 

 とりあえず、思考がまとまるまでは笑顔を張り付けておこう。

 

「モモ。こいつは宮永咲って言って俺と同じクラスの文学少女だ」

 

「へぇ。その文学少女さんがどうして京さんの家に……?」

 

「ひぅっ!?」

 

「あー、それなんだがな……。ちょっと来てくれ」

 

 京さんはポリポリと頬をかくと、私を連れて部屋の外へ出る。

 

 何やら言いにくい事情でもあるのだろうか。

 

「どうしたんすか?」

 

「その、な……? こいつもいないんだ、友達」

 

「あっ」

 

 その気まずそうな一言ですべてを察してしまった。

 

 ぼっちなのだ、彼女は。

 

 確かに初対面の私への反応を見るからに人見知りなのはわかるし、こんな様子じゃ話すのもままならない。

 

 妙に納得してしまう自分がいた。

 

 では、どうしてそのような境遇の子を家に連れてきたか。私が呼びだされたか。彼のお節介焼きな性格を考えれば、答えにはすぐにたどり着く。

 

「……つまり、京さんは私にあの子と友達になってほしいと?」

 

「そういうこと」

 

「……わかったっす。……でも」

 

「でも?」

 

「私と言う彼女がいるんですから、あまり女の子を家に連れ込んだりしないでください。心配したじゃないっすか」

 

「うっ……すまん」

 

「わかってくれたならいいっす。……さて」

 

 世話焼きの彼にくぎを刺した私はクルリと振り返ると、自己紹介をすることにした。

 

「私は京さんの幼馴染の東横桃子っす! よろしくお願いしますね、咲ちゃん」

 

「お、お願いします……!」

 

 下の名前で呼ぶとパァと笑顔を咲かせる宮永さん。

 

 うんうん。よくわかるっすよ。私も『モモ』って呼ばれるとかなり嬉しかったのを覚えている。

 

 ……今のところ宮永さんは京さんに特別な感情を抱いていないように思える。でも、今後好きにならないとは限らない。彼は魅力的な人だから。

 

 なら先手を打とう。枠組みにはめ込んでやる。

 

 宮永咲を『仲良し三人組の一人』のただの友達という枠に。

 

「じゃあ、咲ちゃん。せっかくここまで来たんすから一緒に遊びませんか?」

 

「え、えっと……その……」

 

「あ、これとかおすすめっすよ! 二人プレイもできますし、初心者でも楽しめるっす!」

 

「……じゃ、じゃあちょっとだけ……」

 

「……俺は?」

 

「京さんは飲み物でも汲んできてください。私は咲ちゃんとガールズトークで盛り上がるので」

 

「はいはい、仰せのままに。お姫様」

 

「わかればよろしいっす!」

 

 京さんは執事のふりをしてお辞儀をすると部屋を出ていった。要望通りドリンクを用意しに行ったのだろう。

 

 それと同時にクイッと袖を引っ張られた。

 

「と、東横さん……」

 

「……? どうかしたっすか?」

 

「その……京ちゃ……京太郎くんとは付き合っているんですか?」

 

 京ちゃん……? もうあだ名呼びっすか。馴れ馴れしい。

 

 ……ですが、私も京さんに嫌われたくないですし、似た境遇ということでそこまでは妥協しよう。

 

 というか、京さん。手が速いっす。彼女もう落としたんすか……。

 

 前言撤回。モテる男の彼女は辛いっすね。

 

 なに現実を突きつければ、彼女もすぐに諦める。

 

 入ってくる余地はない。彼と私で世界は完結していて、その端っこを親切で貸してあげるだけということに。

 

「はい、付き合ってるっすよ。もうラブラブっす」

 

「……あ。や、やっぱりそうなんですね」

 

「はいっす。……でも、最近……」

 

 わざとらしくため息をついて、宮永さんの気をひく。案の定、彼女はオロオロし始めた。当然だ。見知っていきなり、こんな話題を持ち出されても困るに決まっている。

 

 まぁ、私の流れに引き込んじゃうっすけど。

 

「そうだ! 咲ちゃん! 手伝ってほしいことがあるっす!」

 

 大きな声で彼女に提案すると、その小さな手を掴んで懇願のポーズを取る。

 

 宮永さんは鳩が豆鉄砲を食ったように慌てていた。

 

「う、うぇ!? わ、私!?」

 

「そう! 最近、京さんが相手をしてくれなくて……。それで咲ちゃんからもっと気をかけるようにそれとなく言ってほしいっす!」

 

「えっ……そ、それは……」

 

「咲ちゃんを友達と見込んでお願いするっす!」

 

「と、友達……えへへ……」

 

「だから、頼みます、咲ちゃん!」

 

「……う、うん、わかったよ。私からも遠まわしに言っておくね……」

 

「ありがとうっす!」

 

 私がお礼を言うと宮永さんも笑って返してくれた。

 

「――これからも『私達』がずっと恋人でいれるように協力してくださいね!」

 

 ――瞬間、空気が固まったような錯覚にとらわれる。

 

 満ちていた笑い声と笑顔は何もなかったかのように消え去った。

 

 手を握りあいながら、視線を外さない。

 

 先とは大きく異なった仮面のような笑顔。

 

 開いた瞳。

 

「……うん! だから、私に好きな人が出来た時も協力してね!」 

 

「もちろんっすよ。……ふふっ」

 

「……あははっ」

 

 そのまま私たちは京さんが部屋に戻ってくるまで手をつなぎ続けていた。

 

 互いに譲らない想いを加えながら、ずっと。

 




深夜にもう一話、投稿するかもしれないっす。


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『好意、鈍感、彼女』

短いです。他人視点。


「じゃあ、咲を家まで送ってくる」

 

「はい。気を付けてくださいね」

 

「お邪魔しました」

 

 玄関でモモの見送りを受け、俺は咲の家に向かっていた。

 

 二人は思ったより馬が合ったらしく、ずっと仲良くしていた。隣同士で座っていたし、ニコニコ笑ってたし。

 

 そう考えると連れてきたのはやっぱり正解だったな。

 

 名采配、俺!

 

「……なんでドヤ顔してるの、京ちゃん?」

 

「え? 顔に出てた?」

 

「うん。もう鼻高々って感じで」

 

「そうか……。ちょっと考え事をしていてな」

 

「……彼女さんのこと?」

 

「なっ」

 

「あっ、やっぱり。今も手を振ってくれているもんね」

 

「えっ、マジで」

 

 咲に言われて振り返ると確かに玄関でモモが大きく手を振っていた。

 

 浮かべる微笑。その姿は良妻。

 

 ……あいつ、本当に可愛さに磨きがかかったよなぁ……。

 

「あー、やっぱり見惚れてる」

 

「……別にいいだろ? 俺の彼女なんだから」

 

「……それはそうだけど……」

 

 むーっと頬を膨らませた咲。どうやらお怒りのようだ。

 

 でも、理由がわからん。あれか? 俺がのろけたからか?

 

 モモは写真には写るのでそれを証拠に周囲に自慢しては反発を買っているのは確かだしな。でも、あいつらはモモが視れないという優越感。

 

 ふふっ、モモは俺だけのものだ。

 

「……あれ? そういえばなんで咲はモモの姿が見えたんだ?」

 

「なんでって……あー、多分、京ちゃんが紹介してくれたからだと思うよ。注意が東横さんに集中したから認識できたんじゃないかな」

 

「なるほど。そうすればモモももっと友達ができるわけだ。いいこと聞いたな」

 

「…………京ちゃんは東横さんのことばっかりだよね」

 

「どうしたんだよ、咲」

 

「……もっと周りに目を向けてみるべきだよ」

 

「周り?」

 

 ……本当にどういうことだ?

 

 これでも結構気は使って生きている。だから、咲とも仲良くできたし、モモとも出会えた。

 

 ハンドボール部でもキャプテンにその性格を買われて次期部長に指名してもらって……うん。

 

「俺ほど周囲に目を配っている奴はいないと思うぜ!」

 

「…………はぁ」

 

 決め顔で言ったらため息を吐かれた。

 

「なんで!?」

 

「がっかりしたからだよ。そうじゃなくてさ」

 

 咲はそこまで言って何かを言い淀む。

 

 口をパクパクとさせてはうつむいた。

 

「咲? 何か言いたいことがあったら言えよ?」

 

「……うん。その、ね? 東横さんとのことなんだけど」

 

「モモか?」

 

「うん。……その京ちゃんはなんとも思わないの?」

 

「なにが?」

 

 純粋に質問の意図がわからないので、聞き返す。

 

 そんな俺の態度を見てどう思ったのかは知らないが、咲は『なんでもない』と言って会話を終わらせる。

 

 無言の状態が続き、気が付けば咲の家の前についていた。

 

「じゃあ、ありがとう。京ちゃん」

 

「おう、気にすんなよ。俺もモモに言われるまで気づかなかったし……」

 

「……京ちゃんの世界は東横さん中心で回っているんだね」

 

「まぁ、彼女だしな。それにあいつには俺が居てやらないとさ」

 

「……そっか。……でも、京ちゃんに覚えておいてほしいことがあるの」

 

 そう言うと咲の顔が急に近くなって、頬に柔らかい感触を感じた。

 

 ……え、あっと、これは……。

 

 混乱する思考。

 

 ただ一つだけはっきりとしているのは目の前の少女から向けられた感情。

 

「あなたには東横さん以外にもあなたのことが好きな女の子がいるってこと」

 

「…………咲」

 

「じゃあね、京ちゃん。また明日」

 

 短くつぶやくと足早に彼女は家の中へと入っていく。

 

 ……どうしてだろう。唇が触れた箇所を手でなぞり、考える。

 

 ……戸惑いとか、嬉しさよりも。

 

 立ち尽くす俺にはモモへの様々な感情だけが溢れ出ていた。




まとめればよかったかも……。
あと、三人称で書けばよかったですね。反省。


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『真夏、海、水着』

水着はみなさんのお好きなものをご想像ください


 季節は巡り巡って太陽が照り付ける季節。芽を出していた新緑はしっかりと育ち、さわやかな匂いを届ける。

 

 サンサンと輝く光を浴びながら私達は熱い砂浜へと足を着け、車を飛び出す。

 

「海だー!」

 

「やってきたー!」

 

「ふ、二人とも落ち着いてよ~」

 

 現在、長野から遠出した私たちは海に来ていた。これも京さんの家族の計らいのおかげである。

 

 お家デートの際に京さんが『モモと海に行きたい』と言っていたのを聞かれていたらしく、不憫に思ったお義母さんが連れ出してくれたのだ。

 

 ここまで来たら申し訳なさは吹っ飛ぶ。

 

 今は滅多に見れない海を楽しむことにしよう。

 

「モモ! 咲! 泳ぎにいこう――ぐふっ!?」

 

「ダーメっす。ちゃんと準備体操してから」

 

「わ、わかったからパンツから手を離してくれ!」

 

 お風呂場でパンツよりスゴいものを見られているのに、京さんてば恥ずかしがりやさんっすねぇ。

 

「わかってくれればいいっす。じゃあ、咲ちゃんもやりましょう」

 

「そうだね。海は危ないもんね」

 

「その通りっす。もし京さんが死んじゃったら悲しむ人はたくさんいるんすから。私なんかきっと生きていけなくなっちゃう自信があるっすよ」

 

「お、おう……その、すまん。……俺もモモと居れなくなったら……」

 

「ん。なら、しっかり運動するっすよ」

 

「……むー」

 

 そんなわけで始まったラジオ体操。途中、京さんが弾む私の胸に目がいって宮永さんに叩かれていたりしたが、何事もなく終わる。

 

「それじゃあ改めて……」

 

「海だー!」

 

「やってきたー!」

 

「お、おー」

 

 過程を踏んで宮永さんもテンションが上がってきたのか、手を上げて、声を出した。

 

 全速力で駆ける私たち。勢いそのままにキラリと煌めき、透き通った海に体を沈める。

 

「ドボーン!」

 

「きゃっ!」

 

「うおぉぉぉ! 気持ちいい!」

 

 温まった体を冷やす水が心地よい。汗も流れてさっぱりな気分だ。普段は嫌いな日射しも今だけは好きになれそうっす。

 

「ぷはぁっ! あー、最高だな、海!」

 

「全くっすね! 京さん! ピーチボールで遊びましょ!」

 

「わ、私は遠慮しておこうかな……」

 

「咲ちゃんも! やるんすよ!」

 

「運動は苦手なのー!」

 

 嫌がる宮永さんも無理やり参加させる。あの夜、考え直した私は基本的にはこの子とは普通に接することにしたのだ。

 

 向こうも少なくとも京さんの目の前では友達として動いてくれるようだから。

 

 なにより恋人なのは私だし、最近は京さんもだんだんと……だし。

 

 それにずっと気張るのも疲れるっすもんね。

 

「モモー! いったぞー!」

 

「咲ちゃん! パス!」

 

「わわわっ!」

 

「うおっと!」

 

「あっ! ちょっと京さん、どこに飛ばしてるっすきゃあっ!?」

 

 オーバーヘッドしたボールを追いかけて腕を伸ばすが、僅かに届かない。

 

 それどころかバランスを崩した私は大きな水しぶきを立てて倒れてしまった。

 

「あいたたっ……て、あれ?」

 

 ……あっ。これはもしや……。

 

 先程まで違う感覚を覚えた私は視線を下に落とす。

 

 すると、やはりなかった。

 

 水着がなかった。

 

 …………。

 

 ナーイス、ハプニンーグ!

 

「大丈夫か、モモ……ってお前!」

 

 心配して近づいてきた京さん。

 

 どうやら私の現状に気づいたみたいだ。

 

 なら、絶好の機会! 

 

 逡巡してこの状況を利用することにした私は撫で声で彼の名前を呼ぶ。

 

「京さーん!」

 

 そして、そのまま正面から抱き着いて、胸を押し当てる。それはもう形が崩れてしまうほどに、強く、強く、強く。

 

 当然、まだ初めても済ませていない彼は赤面して私の肩を掴んだ。

 

「バ、バカ! お前、何してんだよ!」

 

「だってぇ……こうしないと胸が丸見えっすよ……」

 

「うぐっ……」

 

 ふふっ、動揺してるっすね。

 

 よくよく考えれば私の姿は誰にも見えないってわかるのに。

 

 人目? 気にならないっす。

 

 ここはグイグイ攻めていく……!

 

「私……そんなのは嫌っす」

 

 さらに密着して耳元に口を寄せる。腰に回した手で背中をスッとなぞった。

 

「私が全てを晒すのは京さんだけって決めてますから」

 

「……ったり前だろうが」

 

「え?」

 

「お前は俺のものなんだから。誰にも見させやしねぇよ」

 

 京さんは急に私の体を力強く抱きしめる。

 

 は、はわわわっ!?

 

 こ、この展開は予想していなかったっす!?  

 

 京さんが積極的とか今までなかったのに、なんすかこれは!?

 

 男の眼で見つめてきて……。

 

 こ、こんなたくましい腕できつくされちゃ……我慢できないっすよぉ。

 

「おい? おい、モモ?」

 

「……へっ、あ、ど、どうしたっすか!?」

 

「おぶってやるから背中にしがみついておけ。……一応、聞いておくけど水着は本当に流されたんだよな?」

 

「私もこんな羞恥プレイはしないっすよ! 偶然、脱げてどっかにいっちゃったっす!」

 

「そっか。じゃあ、ほら」

 

「……し、失礼するっす」

 

 しゃがんだ京さんの背中に体を預ける。

 

 一気に持ち上げられた。その瞬間、電撃が走る。

 

「――っ!?」

 

 太ももの付け根をがっちりとつかまれて変な感覚が全身を襲うが必死に我慢した。

 

 きょ、京さん……そんなお尻の近くは今は……!

 

 しかも、水で濡れているせいで手の位置がズレる。

 

 その度に京さんの五指が臀部に食い込む。

 

 ギュット。揉みしだかれる。

 

「咲! タオル持ってきてくれないか?」

 

「なんで――って、あわわっ!? わ、わかったよ!」

 

「ちょっと走るぞ、モモ!」

 

「んんっ……!」

 

 今、揺れて気づいた

 

 京さんが動くたびに……その、胸のさきがこすれている。

 

 それもそうだ。だって、秘部を覆う布は海のどこかへ消えていったのだから。

 

 さらされた桃色の突起は直接、触れる。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 不味い、マズイ。絶対荒い息づかい聞かれちゃってる。

 

 でも、力が入らなくて倒れこむように、体を預けてしまっている私にはどうしようも

 できない。

 

 固くしてるのバレちゃう。

 

 濡れているのも垂れてきてるっすぅ……。

 

 私、京さんに淫乱な女だって思われてる……!

 

 このままじゃ……おかしくなっちゃう……!!

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 目が覚めたら私は寝転んでいた。

 

 背には青シート。

 

 まだ外は快晴で、賑やかな喧噪が耳に届く。

 

 ……夢、だったっすか?

 

 そ、そうっすよ! 私があんな淫乱な真似するわけないっすし! それにあんなハプニングはいつもの私の妄想の中でしか起こりませんって!

 

「それに京さんがあんなに積極的になるなんて奇跡っすからね!」

 

「ヘタレで悪かったな」

 

「ひゃう!?」

 

 ピタッと首筋に冷たい感触。

 

 急に京さんが隣に来たのも相乗して飛び退いてしまった。

 

「きょ、きょ、京さん!? 聞いてたっすか!?」

 

「おう。お前の看病してたからな、ずっと」

 

「あっ……」

 

「気にするなよ? 俺が好きで――」

 

「好きで、私の体をいじくりまわしたんすよね!」

 

「してねぇよ!? ……はぁ。その様子なら本当に問題なさそうだな」

 

「うあ~~」

 

 グリグリと京さんは頭を撫でまわす。

 

 私はそれを甘んじて受け入れる。

 

 ……でも、ということはさっきのは夢じゃなかったってことっすよね?

 

 じゃ、じゃあ、私が感じてしまっていたことも……?

 

「……きょ、京さん」

 

「なんだ、顔真っ赤にさせて……って、あー。そういうことか……」

 

 バツが悪そうに彼は頭をかいた。視線のそらし方がわざとらしくて、気を使っている

 のがまるわかりだ。

 

 つまり、気づいていた。

 

 ……ひゃぁぁぁぁぁ。

 

「きょ、京さ~ん」

 

「し、仕方ないだろ!? あれだけ密着してたら流石に気づくから!」

 

「……み、見たっすか?」

 

「…………見てない」

 

「ダウト!」

 

「み、見てないって! 本当だから!」

 

「今見るならどうして一緒にお風呂入った時に見ないんすか!? あの時ならいくら凝視しても問題なかったのに!」

 

「だから、見てないって! それにあの時はまだ恋人じゃなかったし……」

 

「……じゃあ」

 

 私は体を乗り出してもう半歩、接近する。

 

 胸を強調するようにポーズをとって、彼の手を掴んだ。

 

「……じゃあ、恋人になった今なら、構わないっすよね?」

 

 温かさが残る手を後ろで結ばれた紐へと誘導する。両端の位置を伝えた。

 

 これを引っ張れば、全てが露わになる。

 

「そ、そそそそそうだな」

 

「もちろん私はいつでもいいっすからね?」

 

 いつも私はそう言っている。

 

 この体も心も全て京さんに捧げて後悔はない、と。

 

 彼はこの一年間、その言葉を聞き続けていたから私に何も問うことはしない。

 

 関係も恋人になって、もう私達を隔てる障害は存在しなかった。

 

 交わった視線は逸れることなく、彼もまた覚悟したのがうかがえた。

 

「……いくぞ?」

 

「…………はい」

 

 恥ずかしさはもちろんある。

 

 けど、目線をあげて彼と見つめ合う姿勢をとった。

 

 どんどん体が火照っていく。

 

 比例してほどけていく細い水色の紐。

 

 あ、あと、もうちょっとで…………。

 

 3秒。2秒、1……。

 

「京ちゃーん! 東横さーん! もう体調は戻ったのー!?」

 

「はわわっ!?」

 

「うおおっ!?」

 

 咄嗟にお互いを押し飛ばして、距離を取る。

 

 み、見られてないっすかね!? 

 

 さ、流石に同性に男を誘惑しているところをみられるのは私でも拷問っすよ!?

 

 ちらりと声の主である宮永さんを見るが、彼女は手に持ったカメラの中をのぞいていてこっちには目をくれていなかった。

 

 よ、よかった……。

 

 ま、まだ心臓がバクバクいってる……。

 

 こ、この人、タイミングが悪すぎるっすよ……!

 

「ど、どうしたんだ、咲? 大声出して珍しいな?」

 

「うん、集合写真撮るから二人も呼んでおいでって京ちゃんママに言われたから!」

 

「そ、そうか。そういうことならいくか、モモ?」

 

 胸を隠す様に座り込んでいる私の手を取って立ち上がる京さん。

 

 つられるように私も立つと、ゆっくりと歩いていく。

 

「じゃあ、私は先に行って準備してくるねー!」

 

「おう! ありがとうな、咲」

 

「えへへ。気にしないでっ」

 

 宮永さんは破顔させると、普段の内気っぷりからは信じられない速さで走っていく。

 

 その途中でこけたのは、もはや様式美っすね……。

 

 あんな姿見せられたら流石に毒気も抜けてしまうっす。

 

 ……あれも演技だったら話は別ですが。

 

「……拗ねるなよ、モモ」

 

「……わかってるっすよ、咲ちゃんは何も悪くないっす」

 

「そうそう。こんなところで、あんな破廉恥なことしていた俺達が悪い」

 

「で、でも、せっかくヘタレの京さんが勇気を出してくれたのに……」

 

「やかましい。……だけど、その、なんだ。こういうことは、さ? 大人になってからにしないか? 俺達はまだ中学生なんだから」

 

「……大人までなんて、待っていられないっすよ」

 

「大丈夫だ」

 

 京さんは不貞腐れる私をあやすように頭を優しく撫でる。

 

「……俺はいつまでもモモといるよ」

 

「――っっっ!!」

 

 な、なんて恥ずかしいセリフを、なんて笑顔で言うんすか、この人は!

 

 嬉しい。

 

 嬉しいけど…………めちゃくちゃ恥ずかしいっす……!

 

「も、もう! そこまで言うんなら、待ってあげるっす! しょうがなくっすからね!?」

 

「はいはい。じゃあ、いこうか、お姫様?」

 

「……はいっす!」

 



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『異常、裏切り、衝動』

「ふふっ。そういえばこんなこともあったな……」

 

 部屋を整理している途中で出てきた写真。

 

 そこに写っているのは幸せそうな恋人同士。

 

 海で手をつないでいる、集合写真の前にこっそり取った一枚の写真。

 

 ……私には二人のお友達がいる。

 

 須賀京太郎くんと東横桃子ちゃん。

 

 人見知りで付き合いの苦手な私とも嫌な顔見せずに遊んでくれるいい人たちだ。

 

 ……だからこそ、なんだと思う。

 

 二人に嫉妬してしまっている自分がいるのは。

 

 京ちゃんと東横さんは恋人同士だ。特別な関係。切っても切れない繋がりがある。

 

 でも、私はどう?

 

 友達。それで終わりだ。

 

 今年が終われば、離ればなれになってしまう。

 

 だって、京ちゃんは東横さんと一緒の鶴賀高校に行くつもり。

 

 でも、私は鶴賀まで距離も遠いし、お父さんにそんなわがままを言える状態でもない。

 

 じゃあ、別れるの?

 

 ――嫌だ。

 

 絶対に嫌だ。

 

 京ちゃんは閉じ籠っていた私に声をかけてくれた人。

 

 外の世界の楽しさを教えてくれた人。

 

 私の……私の初恋の人。

 

 あの時はとっさに行動しちゃったけど、我慢なんて出来ない。

 

 誰かに取られるくらいなら、奪い取る。

 

 東横さんに恨まれたって構いやしない。

 

 どちらかと別れなければならないなら、私は京ちゃんを選ぶ。

 

 彼は優しい。

 

 その優しさが時には毒になる。

 

 ……うん。京ちゃんとモモちゃんはずっと一緒に時間を過ごしすぎだよ。

 

 たまにはお互いに距離を置かないとね。

 

 だから――その間に関係が変わってしまっても、仕方ないよね?

 

 私の手には裂かれた紙切れだけが残っていた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 中学三年の夏。大都会は極暑に苦しんでいるみたいだけど、長野は比較的涼しい。

 

 川のせせらぎが聞こえる河川敷で私は京さんと二人で歩いていた。

 

「なんだかモモと二人で遊ぶのは久し振りの感じがするよ」

 

「最近は咲ちゃんも一緒が多かったっすからね」

 

 ……本当にあの子は邪魔でしたね。

 

 最近は何やらこっそりやってるみたいですし。京さんにアピールしているのもバレバレっす。

 

 あちらが何か手を打ってくるまでは静観しているつもりですが、関係を壊すようなら容赦はしない。ただそれだけ。

 

「どうかしたか、モモ?」 

 

「……なんでもないっすよ」

 

「でも、今一瞬だけど苦い顔していたぞ?」

 

「気のせいっすよー。モモは京さんといるだけで幸せだっていつも言ってるじゃないっすかー」

 

「……なら、いいんだけど」

 

 ……危ない。どうやら表情に出てしまったみたいっすね。

 

 京さん心配をかけてはいけない。

 

 しっかり自分を抑えないと。

 

 それからは特に会話もなく、ゆっくりと時は過ぎる。……聞くなら今しかタイミングはなさそうだ。

 

 そこで私は今日、彼を呼び出した本題を切り出した。

 

「ねぇねぇ、京さん」

 

「ん? なんだ?」

 

「京さんは志望校。どこにしたっすか?」

 

 そう。私たちも来年には高校生だ。そろそろ志望校を決める時期である。

 

 中学は仕方がなかったが、高校は違う。一緒に通えるのだ。

 

「私は前から言っていた通り、鶴賀っす」

 

 本当なら自由に選びたい。しかし、私も両親に食わしてもらっている立場だ。あまり遠い場所は通えない。ギリギリの位置にあるのが鶴賀学園。

 

 京さんの家からも通えない距離じゃない。学力も足りている。

 

 だから、以前から推してきた。

 

「京さんはどこにするっすか?」

 

 口ではそう尋ねるものの本当は彼の本心を知っている。

 

 鶴賀のパンフレットをお義母さんに見せていることも聞いた。

 

 だから、高校は毎日が楽しくなる!

 

 そう信じていた。この時までは。

 

「俺か? 俺は……」

 

 なぜか彼の回答は歯切れが悪い。顔には迷いが生じている。

 

 苦虫を噛み潰したような表情で彼は言葉を続けた。

 

「……清澄高校にするよ」

 

「……えっ」

 

 唐突にガラガラと音を立てて崩れ落ちる明るい未来。

 

 どうして?

 

 なんで?

 

 聞きたいことはたくさんあったはずだ。でも、頭にはなにも浮かんでこなくて、白が支配する。

 

 そこから私は何をしたのか、何を話したのか。全くとして覚えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっと意識が覚醒したのは、京さんの家でお義母さんに声をかけられた時だった。

 

「……モモちゃん?」

 

「…………あ、はいっ」

 

「大丈夫? なんだかボーとしていたけど……」

 

「も、問題ないっす! ちょっと考え事していて……。何かお用事ですか!?」

 

「えっとね、京太郎、呼んできてくれる? さっきから呼んでるんだけど部屋から出てこないのよ」

 

「了解っす!」

 

 元気なことをアピールするために大げさに敬礼すると私は京さんの部屋に向かう。

 

 でも、あと一段と言うところで歩みを止めてしまった。

 

 怖かったのだ。

 

 さきほどの出来事が脳裏をよぎる。どんな形であれ、どんな理由であれ、私は初めて彼に拒絶された。

 

 今までどんなわがままでさえ付き合ってくれた京さんに、だ。

 

 あの時の表情から愛想をつかされたわけでもないのは予測できる。そもそも優しい彼がこうして断ること自体が稀有で、異常なのである。

 

 そうならばきっと京さんには何か隠している問題がある。

 

 悩みを解決さえすれば彼は振り向いてくれる。

 

 ……そうだ、大丈夫。今ならまだやり直せる。

 

 京さんを説得して鶴賀学園に希望を変更してもらおう。不安があるなら私が取り除いてあげる。

 

 あなたが悲しみを消し去ってくれたみたいに。

 

 意を決して階段を上りきる。そして、ドアを開けようとしたその瞬間だった。

 

 私が『東横桃子』でいられた最期の時が訪れる。

 

「――本当にこれで良かったのか、咲?」

 

『うん。東横さんは京ちゃんに依存しているところがあると思うの』

 

「でも、あいつとは恋人なわけで別に依存ってわけじゃ……」

 

『もし、そうだとしても、だよ。東横さんはいつまでも京ちゃんと居れるかわからないんだから、外の世界と関わりを持たないと』

 

「俺はいつまでもモモといるつもりだぞ」

 

『……京ちゃんは、さ。東横さんと結婚できる? 責任取れる? 面倒見れる?』

 

「…………それは」

 

『そういうことだよ。だから、高校は別々でいいの』

 

「…………」

 

『寂しがらなくても大丈夫だよ。京ちゃんならたくさん友達できるし――私は同じ高校なんだから』

 

 最後まで会話を聞き終えた時、プツリと自分の中で何かが切れる音がした。

 

 腹の底が煮えたぎって、熱がこみあげて、醜い感情が暴走する。

 

「……ああ。なるほど……そういうことだったっすか、宮永咲……ふっ、フフフ」

 

 あはっ、あはは……ハハハハハッ!!

 

 滑稽で笑いがこみあげてくる。

 

 バカっすねぇ、本当に。

 

 あんたならもしかしたらと思っていましたが……それは悪手だって気づいていない。

 

 京さんのことを考えず、自分の感情を優先するからそんなことになるのだ。

 

 ……そっちがその気なら構わない。

 

 せっかく泳がしておいたのに自分から首を絞めるなんて馬鹿だ。それ以外に当てはまる言葉なんてない。

 

 会話で京さんの段階が進んでいるのも再確認した。これからは今までより少しだけ強引にいこう。

 

 あの雌豚の思い通りにはいかない。

 

 私と京さんは運命で結ばれているのだから。

 

 




コロコロはしないよ。


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『高校、後悔、別れ』

「はぁ……」

 

 あれから流れるように時が過ぎ、気がつけば春へと季節は移ろい、俺は清澄高校の生徒になっていた。

 

 窓から見える澄みわたった空とは真逆の心模様に今日もため息をつく。

 

 モモに清澄高校へ行くことを告げた日から半月。

 

 俺の日常は退屈なものだった。

 

 真っ白で、光を失い、空虚な日々。

 

 モモは今までのペースで遊びに来なくなったし、泊まることもなくなった。

 

 恋人関係が解消されてもいないし、仲が悪くなったわけじゃない。

 

 あの後、改めて彼女に清澄へ行くことを話してモモは泣きながらも俺の選択を受け入れてくれた。

 

 俺も清澄に入ったのは間違いではないと思っている。

 

 ……思っているけど、感情は未だに納得してくれていない。最善の選択を選ぶ必要性への理解に追いついてこないのだ。

 

 ずっと後悔を続けている。

 

 いつも隣で笑って、喜びを分かち合った最愛の彼女はいない。悲しいときは慰めてくれて、喜ぶときは自分のようにはしゃいでくれた彼女との時間はするりと抜け落ちていった。

 

 それだけなのに、たったそれだけのはずなのに俺の心はずいぶんと沈んでいる。

 

 ……会いたい……モモに会いたい……。

 

 でも、どんな顔をして会いにいけばいいのか。

 

 俺から距離を置こうと言ったのに、この体たらく。

 

 ……本当に情けなくて呆れる。

 

「……京ちゃん? どうかした?」

 

「……あ、いや、ちょっと気分が優れなくてな。……悪いけど今日は部活休んでもいいか?」

 

「えー、京ちゃんいないと文芸部は私だけなのに」

 

「すまん。なんか、今日はダメだ」

 

「うーん……仕方ないなぁ」

 

「わりぃ」

 

 もう一度謝罪の言葉を述べると、咲は笑って許してくれた。

 

 俺と同じ清澄高校へと通ってくれた彼女が俺とモモの関係性を指摘してきた。

 

 俺達の状態は『依存』である、と。

 

 それは的を得ていて、実際にモモの境遇や性格を考えれば確かに第三者の目から見れば、歪なのだろう。そして、それはモモのためにならない。

 

 これから大人になっていくにつれて一人でことを成しえる時は絶対にやってくる。悔しいことに俺はずっとモモのそばにいてやれないのだ。

 

「……俺っていつからこんなに弱くなったんだ……?」

 

 自虐するように呟いて、ゆったりとした足取りで校門を出ると自宅へと向かう。

 

 道中、モモのことを考えて何度もため息をついた。

 

「はぁ……」

 

 玄関前。以前ならインターホンを鳴らせば、モモが迎えに出てくれた。

 

 それくらい彼女は俺の生活に溶け込んでいて、不可欠な存在になっていたのだろう。

 

 ピンポン、と軽やかなチャイムが鳴る。でも、当然いつまで経ってもドアが開くことはない。

 

「……なにやってんだか、俺は」

 

 自嘲すると鍵を出してドアを開ける。

 

「……ただいま」

 

「おかえりなさいっす、京さん」

 

「ああ、モモ。遊びに来てたの…………え?」

 

 条件反射のごとく口が勝手に開き、言葉の応酬を交わす俺はその異変に気付いて、慌てて振り返った。

 

 見慣れた艶のある黒髪。モデル顔負けのスタイル。独特な喋り方。

 

 薄い存在感。

 

 間違いない。

 

 モモが、東横桃子が玄関にいた。

 

「な、なんでモモがここに……?」

 

「なんでって……彼女が彼氏の家に遊びに来るのはおかしなことっすか?」

 

「お、おかしくない! 普通だ!」

 

「っすよね? おかしな京さん」

 

 そう言って彼女は微笑む。

 

 その笑顔に心が満たされていくのを感じる。

 

 じんわりと根を張るように広がっていく感情は数ヶ月失っていた温かなもので、世界は色を取り戻していく。

 

 暴走する喜色は普段からは考えられないほどに気分を高揚させた。

 

「な、なにする? ゲームか? それとも買い物か?」

 

「なんでそんな興奮してるんすか、京さん? あ、もしかして私に会えなくて寂しかったとか?」

 

「そ、そんなことは……」

 

 否定しようとして、今日までの自分を振り返った。

 

 そして、今の俺は間違いなく楽しさを感じている。

 

「やっぱりそうだったすね。もう……それなら連絡くれたらよかったのに」

 

「……すまん。その……あんなことしておいて俺から連絡はしにくくて……」

 

「私達は恋人なんですから気にしなくてよかったっすよ」

 

「で、でも、ほら! モモも全く連絡をくれなくなったから……その嫌われたのかなって」

 

「そんなことあるわけないじゃないっすか」

 

 いつもの輝く笑顔を浮かべた彼女はそっと俺に近寄り、その豊満な胸に俺の顔をおしつける。ぽっかりと空いた穴を埋めるように安心感が到来した。

 

「私は京さんのことを嫌いになるなんてありえません。私はいつだって京さんのことを考えていますよ」

 

「…………モモ」

 

「少し準備に手間取って時間が取れなくて連絡できなくて、本当は寂しかったす。毎日、枕を濡らしたっすよ」

 

「……大げさだろ」

 

「それだけあなたのことが好きってことですよ」

 

「――――」

 

 モモの素直な気持ちが俺の胸に突き刺さる。

 

 彼女はいつだって俺のことを想ってくれていた。

 

 依存? そんなの気にしなくていいじゃないか。

 

 本当に好きなら俺が好きならそばにいてやればいい。咲にもそう反論すればよかった。

 

 だって、だって。

 

 モモには俺が必要で、俺にはモモが必要なのだから。

 

「さ、何しましょうか?」

 

「そうだな……。今日は家で遊ぶか。モモがなかなか来ない間に新しいゲーム買ったんだ」

 

「ほんとっすか! じゃあ、それやりましょうよー!」

 

「わかった。わかったから……そろそろ離してくれ」

 

「とか言いつつ楽しんでるんじゃないっすかー? ほれほれ」

 

「……モモ、また大きくなった?」

 

「京さんのエッチ!」

 

「理不尽!?」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「よっしゃー! 俺の勝ちー!」

 

「も、もう一回!もう一回やるっす!」

 

「ええー、モモ弱いからなー」

 

「京さんが強すぎるっすよ!ていうか、私は初心者なのに大人げないっす!」

 

「勝負に情けなんてないのさ!」

 

「くっ、こうなったら」

 

「お、おい、モモどうしたいきなり後ろに回ってきて……って、お前なぁ!」

 

「どうっすか? これでも平常心を保てるっすかねぇ?」

 

「あ、ちょ、くっつくな!」

 

「ほらぁ。次はここを攻めちゃいます。ふぅ」

 

「み、耳はやめろお……」

 

「このまま……ね?」

 

「ストップ! 母さん見てるから! ここリビングだから!」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「やっぱりモモの飯はうまいな!」

 

「喜んでもらえて嬉しいっすよ」

 

「母さん、おかわり!」

 

「あらあら? すっかり元気になっちゃって。やっぱりモモちゃんがいないとダメみたいねぇ」

 

「もうお義母さんってば言い過ぎっすよ」

 

「私的にはいつでもウェルカムよ~。最近、モモちゃん来なかったから寂しかったんだから。京太郎なんて電話がかかってくるたびに『モモ?』って確認してたんだから」

 

「か、母さん!? 嘘はダメだと思うぞ!?」

 

「あ、あの京さんが……面白いこともあるもんっすね」

 

「ち、違うからな!?」

 

「はいはい。そういうことにしてあげるっすよ」

 

「モモー!」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「わぁ。京さんの部屋が久しぶりで変な感じっす」

 

 楽しい夕食の後。

 

 モモを連れて自室に来ていた。

 

 モモが珍しく俺の部屋に行きたいと言ったからだ。

 

 彼女は初めて出会った時のように部屋の中を眺めている。

 

「って、なんでベッドの下を見てんだよ」

 

「いやー、そういう本がないかと思ってですね」

 

「まさか、それが目的か!」

 

「まぁ、一つではありましたけど、本当は違うっす」

 

 スッと彼女は立ち上がり、俺を見つめてくる。

 

 前までなら特に意識もしなかったのに、久しぶりなせいか妙に照れくさい。

 

 二重瞼も切れ長のまつげも、ぷっくり膨らんだ唇も、全てが俺の神経を刺激する。

 

 少しずつ鼓動が速くなるのを感じて、浮き足立っている。

 

「なんだよー? 変なことじゃないよな?」

 

「ええ、そんな失礼なことはしないっす。真面目な話です。京さん――――私達、別れませんか?」

 

「…………は?」

 

 モモの吐いた言葉に思考が途切れたような感覚に襲われて、時が止まった気がした。

 

 

 

 

 

 

 




完結までにエロの描写があるんですけど、そこの部分は削除でR-18に短編として投稿した方がいいですかね?


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『本能、交わり、依存』

 え?

 

 え?

 

 え?

 

 なんで? 

 

 ダメだ。感情がまとまらない。人間とは窮地に立たされるとこんなにも脆いのか。

 

「じ、冗談だろ、モモ?」

 

 ようやく出た言葉は陳腐なもので、本当に聞くべきはそんなことじゃない。彼女が嘘を着いていないことは眼を見れば誰にでもわかることだ。

 

「冗談じゃないっすよ。真剣っす」

 

「なんで……! どうしてなんだよ! 俺、何か悪いことでもしたか? 別の高校を選んだことなら謝るから!」

 

「違うっすよ、京さん。……私はこれ以上、あなたの重荷にはなりたくない」

 

「俺はそんなの感じたことなんて一切ない!」

 

 彼女に詰め寄ると、その肩を掴んで抱き寄せる。華奢な体は今にも折れてしまいそうな弱さがあった。

 

 俺が勘違いさせてしまった。俺が愛想をつかしたと勘違いさせてしまった。

 

 出会う前のモモと同じ痛みを与えてしまった。

 

 優しい彼女は俺達に遠慮して我慢していたに違いない。そして、俺以外にモモを認識できる人間はいない。

 

 また一人ぼっちにさせてしまった。

 

 やはりモモには俺しかいないんだ。

 

 俺しか……!

 

「でも……でも、京さんは清澄に行ったのってそういうことなんじゃ……」

 

「違うんだ。俺の勝手な思い込みで、清澄を選んだんだ。それが俺達の為になると思って……でも、全然そんなことなかった。こんな思いさせるなら俺もモモと一緒に鶴賀に行けばよかったのに……!」

 

「京さん…………」

 

 モモが(かす)れた声で俺の名を呼ぶ。弱弱しい力で腕を背中に回してきた。

 

「寂しかった……寂しかったすよ……」

 

「……ごめん。ごめん。俺、モモのこと考えてなかった。……俺が弱かったから、バカだったから。もうモモがいない生活は嫌なんだ。お前がいないとダメなんだよ」

 

「……じゃあ、一緒に鶴賀に通って下さい」

 

「……精一杯頑張るけど、それはちょっと母と相談を……」

 

「ふふっ。これは冗談っすよ。……こうやって触れ合えるだけで幸せっす。願わくばこれからも……」

 

「それくらいならお安い御用だ」

 

「……ずっと一緒にいてください」

 

「……ああ。もちろんだ」

 

「……なら、許してあげるっす」

 

「ごめんな、モモ。本当にごめん」

 

「今の私は『ごめん』より違う言葉が欲しいっすよ」

 

「……愛してる、モモ」

 

「――満点」

 

 そう言った彼女の綺麗な顔は目と鼻の先にあった。

 

 唇に柔らかくあたたかな感触。

 

 離れるまでのわずか3秒が永遠のように感じられた。

 

「……ふふっ。じゃあ、早速私の家に行きましょうか」

 

「え……? モモの家?」

 

「はい。約束したじゃないっすか。ずっと一緒にいるって。当然、泊まりっすよ」

 

「いいのか? いきなり世話になって」

 

「大丈夫っすよ。偶然(・・)、父の不倫がバレて偶然(・・)、両親が離婚して、どっちともあの家から出ていって私が一人で住んでいるだけだから」

 

 そう淡々とモモは告げるが、内容は口調にと正反対に重い。

 

 とても高校一年生の女の子が一人で抱えていい問題じゃない。今も笑っているけど、彼女はきっと悲しんでいるはずだ。俺だって親父と母さんが別れるなんて嫌だ。

 

 彼氏の俺が支えてやらなきゃ……。

 

「……そうか」

 

「実はこれも絡んで、なかなか京さんと遊べなかったっすよ」

 

「それなら相談してくれたよかったのに……」

 

「心配かけたくないっすから。あ、安心してください。生活費はちゃんと振り込まれていますし、高校にも通っていますから」

 

「……なら、いいのか?」

 

「はい。今までも家では一人みたいなものでしたから。自由にできる分、やりやすさがあっていいっすよ」

 

「へぇ、憧れるなぁ、そういうの」

 

「まぁ、京さんは一人暮らしは出来なさそうですけどね」

 

「どういうことだよー?」

 

「だって、京さんのそばには私がずっといるから」

 

「…………」

 

「あっ、照れてるー」

 

「う、うるさい! ほ、ほら! 着替えるからちょっと下で待っててくれ!」

 

「あ、お気遣いなく。写真撮っておきますので」

 

「恥ずかしいからやめてくれないか!?」

 

「チェー。仕方ないので私はお義母さんに説明しておきますね」

 

「おー。頼んだ。モモが言った方が納得してくれそうだし」

 

「了解っす!」

 

 彼女は部屋を出るとドタドタと階段を駆け下りていく。

 

『きゃー、お赤飯用意しなきゃー!』という母の声が聞こえたので、多分、説得にも成功したのだろう。

 

 ……モモの家か。過去の彼女との間に起こった事件を思い返していく。

 

 どれもこれもギリギリで、最後には流されていて……。きっと今夜も彼女はその淫らな体を最大限に生かして攻めてくるはず……。

 

 俺、理性保てるかな……。

 

 そんなのんきなことを考えながらバッグに荷物を詰めていく。

 

 彼女の家に行くということがどれだけ危険なことか気づかずに。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 場所は変わって東横家。外見は立派な一軒家だ。特に変なことはないし、止められた車や乱雑に並べられたママチャリに生活感も感じられる。小さく作られたガーデニングスペースもきっちり手入れされている。

 

「そこに止めておいてください」

 

「了解。いい家だな」

 

「気に入ってくれたなら嬉しいっすよ。では、どうぞ」

 

「お邪魔しまーす……」

 

 玄関をくぐると、先導する彼女に従ってにそばにあった階段を上がり、モモの部屋へと入る。

 

 彼女の名前にピッタリなピンク一色でカラーリングされた女の子らしい部屋だ。ベッドにはぬいぐるみが並べられていて、壁に掛けられたボードには俺達の思い出の写真が貼られていた。

 

「……ようやくここまで来たっすね」

 

 何かをポツリと呟いたモモは振り返ると、ニコリと笑う。

 

 だけど、その瞳はまるで笑っていない。そんな普段とは違う雰囲気を感じられた。

 

「おかえりなさい、京さん」

 

「なんだそりゃ」

 

「えへへ。私の家でこんなやり取りをするのは初めてだったし、それに間違いじゃないっすよ」

 

「どういうことだ?」

 

「だって、ここはもうすぐ京さんの家に、私と京さんの愛の巣になるんすから」

 

 彼女が薄ら笑みを浮かべると、刹那。視界から消える。

 

 だけど、次の瞬間には俺はベッドに倒されて彼女は馬乗りの形で腹部にまたがっていた。

 

「モ、モモ?」

 

「何すか、京さん?」

 

「これは一体?」

 

「一体って……そのままっすよ」

 

 モモはペロリと唇をなめる。上から下へと妖艶に。

 

 ゆっくり焦らす様に一つ、また一つとボタンを外して制服を脱ぎ捨てた。

 

 下のカッターシャツから下着が透けて視える。

 

「京さんとのつながりを得る。絶対に離れない。誰にも負けない。永遠のつながりを」

 

 腕を掴まれてグイっと顔が近づいた。見つめること数秒、唇を奪われる。

 

 舌を入れて口内を犯すモモ。俺は何がなんだかわからなかった。

 

 互いの唾液が絡み合う。

 

「んっ……っは」

 

 口を離せば透明の糸が橋のようにかかる。彼女の目はどこか力抜けていた。

 

「えへへ……京さん、京さん」

 

 胸に飛び込んでくるモモ。

 

 豊満な胸は形を崩すほどに密着している。

 

「モ、モモ! そういうのは大きくなってからって」

 

「もう私達は十分に大きくなったっすよ」

 

「で、でもまだ高校生で」

 

「高校生だから、なんすか?」

 

「こう言った行為は危険……」

 

「安心して下さい。私もそれくらいは考えているっす」

 

「な、なんで……」

 

「さっきも言ったじゃないですかぁ」

 

 もう一度、口をふさがれる。

 

 思考は停滞する。甘い匂いに、愛おしい感触に、神経を侵食されるみたいだ。何が正常なのか、判断がおぼつかない。

 

「ここは愛の巣で、私達はずっと一緒にいるっす。もう二度と離れない。永遠に隣にいる。これはそのための契り」

 

 首筋から舐めあげられ、頬へ至り、耳を甘噛みされる。

 

 されるがままで、体も頭も働かない。

 

「……ね? いいことしましょう? 京さん」

 

 そう言って何度も、何度も口づけを交わす。

 

 反芻する彼女の言葉。

 

 その中で感じる、自分の本音。

 

 俺も、俺もモモと、つながりたい。

 

 モモとずっといっしょに……!

 

 震える本能が高ぶり、野生を縛り付ける理性は全て消え去った。

 

 彼女がたまらなく愛おしくなって抱きしめると、上下の位置を入れ替わる。

 

「きゃっ」

 

  モモは可愛らしい悲鳴をあげるが、その瞳には好奇を孕んでいた。

 

「嬉しそうだな、モモ?」

 

「愛する人との交わりを嫌と思う女はいないっすよ」

 

「照れるなら無理しなくてもいいんだぞ?」

 

「京さんが大胆になったから……」

 

 そう言うとモモは真っ赤な顔をこちらに向ける。

 

 トロンと垂れた瞳。口端から漏れ出ている透明の液体。羞恥に染まった頬。紅葉色の唇。

 

 どれもが俺の性欲を刺激してくる。

 

「キス……もう一回、キスして……?」

 

「おう……いくらでもしてやるよ」

 

「んっ」

 

 抱き合ったまま顔を近づけ、唇を重ねる。

 

 舌が侵入し、離れないように吸い付く。唾液をすすりあって鼻先も触れ合い、こすれ合う。

 

「チュ、ンっ……っはぁ……」

 

 何度も、何度でも。

 

 始まりのように、終わりなど無いように。

 

 堕ちていく。

 

 あぁ、堕ちていく。

 

 胸に訪れる幸福感に。

 

 人生で最も満たされた一瞬。彼女と共にいれることへの幸せ。

 

 そして、ようやく気付いた。

 

 依存していたのはモモだけじゃない。

 

 俺もまたモモに依存していたのだと。

 

 ……もう何もいらない。

 

 モモ以外、何もいらない。

 




エロ差分はR-18に投稿してる
https://novel.syosetu.org/86784/

良い子しか見ちゃダメだよ
次回で最終回です


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『あなたとの依存世界』

エピローグ。めっちゃ短い


 あれから俺はモモと彼女の家に二人暮らしを始めた。

 

 両親ともしっかり話し合った結果、得た許可だ。モモの両親がいない中、家を留守にするわけにもいかず、かといって彼女をずっと一人ぼっちにさせるわけにはいかない。

 

 そして俺達の同棲が始まった。

 

 通学は途中までだけど、一緒に。だが、家を出る前にすることがある。

 

「行ってくるよ、モモ」

 

「行ってらっしゃい、京さん」

 

 目を閉じてキスをする。

 

 これで一日の元気を得る。

 

 まだ慣れないけど幸せな生活を送っている。

 

 部活も辞めた。俺を誘ってくれた咲には悪いけど、俺の中での第一の優先事項は東横桃子なんだ。もうこれは不動で、永遠に変わることはないだろう。

 

 そのことを咲に告げると彼女も泣いていたが、最後には『私を選ばなかったことを後悔させてあげる』と言って、許してくれた。

 

 俺は毎日モモと帰宅しているので詳しくはわからないけど、噂によれば旧校舎にある麻雀部に通っているみたいだ。

 

 あいつも友達が出来て良かった。これで心残りもない。

 

『京さーん』

 

「モモ!」

 

 休み時間になればモモとの通話を始める。授業中はこれを楽しみにして乗りきっている感はあるな。

 

『今日は駅近くのスーパーでセールに寄るっすよ!』

 

「おう! 荷物持ちなら任せろ!」

 

『ふふっ、頼りにしてるっすよ、あなた』

 

「可愛い嫁さんに頼まれたら断れないな」

 

『えへへ~。じゃあ、またあとで』

 

「一時間後な」

 

 そして、学校生活が終われば買い物をして一緒に帰る。

 

「ただいまー」

 

「ただいまっす!」

 

 そして、二人で一緒に夕食を作り、舌鼓を打ち、風呂に入る。

 

「京さんの背中は大きいっすね~」

 

「これでも運動部所属だったからな」

 

「……ここも大きくしちゃって……」

 

「モモがそれを押し付けてくるからだろ!?」

 

「お風呂あがるまで我慢してくださいね?」

 

「な、生殺し……」

 

 そうやって風呂に入ると、今日会った出来事を話す。

 

 モモが不安にならないように携帯もチェックして余計なものは全て消す。

 

 11時には寝室へ。

 

「京さんっ」

 

「可愛い奴め」

 

 ベッドの上で抱き合いながら、口づけを交わす。

 

「今日も楽しませてあげるっすよ」

 

「今日もへばって、倒れるなよ?」

 

「が、頑張るっす!」

 

 そして、毎日のように愛し合う。

 

 周りから見れば狂っているように見えるのかもしれない。

 

 だけど、そんなのは関係ない。

 

 俺達に他者の存在は意味をなさない。

 

 なぜなら、俺達の世界は――

 

「えへへっ。愛してるっすよ、京さん」

 

 ――二人で完結しているのだから。

 




ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
これにて本作は完結です。
好きなヤンデレが書けた上に感想なども頂けて、感無量。

本当にありがとうございました。


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