俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~ (GJ0083)
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プロローグ

 気が付いたらベッドで寝ていた。目に映る天井は見慣れた病院のものではなく、寝起きのぼんやりとした頭で周りを見渡せば目に入るのは白い壁のみ、六畳ほどの部屋にベッドが一つ置いてあるだけの部屋、自身の現状に疑問を覚えながらもフラフラとドアに向かい扉を開ける、隣の部屋は居間らしい、こちらは広さは八畳ほど、真ん中にテーブル、それを挟むようにテレビとソファーが置いてあるだけの質素な部屋、だんだんと目覚めてきた頭の中は疑問符で一杯になった。

 

 自分の最後の記憶は、病院のベッドの上で、“マジ恋の新作をやるまで死ねるか!” と言いながら病気の痛みに耐えてた所までだ。ここは何処だ? 病院ではないのは確かだが見たことのない部屋、色々と疑問は尽きないが次の瞬間それらも霧散した。

 

 真っ暗なテレビ画面……そこには見覚えのあるアホヅラした子供の顔が映っていた。

 

 いったい何分その子供と見つめ合っていただろう、思わず後ろを振り返ったがやはり誰も居ない。うん、認めよう。アレは俺だ。だって写真で見たことある顔だし、さっきから視点が低かったの気になってたんだよな~。子供じゃ視点低いのはしょうがないな、子供じゃしょうがない。

 

 思わず目を瞑って布団の中に戻りたくなるが、いや思考放棄はいけない、非常時こそオタクはクールになるべきだ。そう数々の名言はこんな時こそ。せーの。

 

「なんでさ」

 

 うん、無理やりネタに走ったおかげで落ち着いてきた。これは夢━━ではないんだろうな、夢にしてはリアルすぎる。一度深呼吸して改めて部屋を見回してみると、テーブルの上に紙切れが置いてある。そこには━━

 

『テレビを点けろ』

 怪しい、怪しさ満点である。でもこれなんかのフラグだよね? きっとテレビを見れば元に戻るんだよね? よし、テンション上げろ俺! 俺達の戦いはこれからだ!

 

「テガカッテニ~」

 

 ピッと音がしてテレビが点く、テレビ画面には金髪ロングで、磁器の様な白い肌で、吸い込まれそうな翡翠の目をした美女が……。 

 

「全国百万人の転生者の皆さん、こんにちは~☆」 

 

 非常にうざいテンションで映っていた。

 

 うん?何万人の何だって?

 

「私の名前はラケシス。運命を司る女神の一柱で~す☆ これから皆さんに、転生した理由と転生先での注意事項など説明致しまっす☆」 

 

 思わずテレビを消そうとしたが、消せない……だと……

 

「少し長くなるので静かに聞いてくださいね☆ 先に言っておきますが、この放送は録画放送なので、質問やクレームは一切受け付けられないのでご了承下さいね☆」

 

「「「「生放送じゃないのかよ!!!」」」」

 

 あ、思わず叫んじゃったけど、ここにはいない同じ被害者達と心が通じた気がする。

 

「結論からいいますと、皆さんは死んでしまいました☆ 今いる場所はすでに転生先なので諦めて第二の人生を楽しんでくださいね☆」 

 

 大事な事をさらっと言いやがった……

 え? マジで? 俺死んでるの? 

 

「ちなみに、死んだ原因ですが、皆さんの人生が書かれた紙、どんな人生を送って何時死ぬのか、そんな皆さんの人生が書かれた紙……を纏めたノートを丸ごと一冊、粉☆砕☆ してしまったからなんですね。あ、ヤったの私の姉なんで、私に文句言わないでくださいね☆」 

 

 あ~よくある転生もの(ただしノート一冊分)か。

 

「転生先はアニメやゲームの世界が基本になります。が、完全ランダムです☆ オブザデッドな世界から、のんのんな世界まで、原作知識がある人はそれを駆使して頑張ってくださいね☆」

 

 原作知識のない奴は生き残れないんですね分かります(諦め)

 のんのんな世界がいいなぁ~、第二の人生は田舎でまったり暮らしたいなぁ~

 

「次に転生先での注意事項です☆ 世界には『主人公』と呼ばれる人がいます。主人公を中心に、世界の滅亡だったり、甘酸っぱいラブコメだったり、様々な事が起きますが、それに関わるかは貴方次第です。関わろうと思えば主人公と友達になれますし、原作に関わることもできます。原作に興味ない人は、別に関わらなくても問題ありません。思うがままに生きてください。まぁ生き残るのが難しい世界に転生した人は、主人公と一緒にいた方が生存率が高いと思いますよ☆」

 

 転生先、アニメな世界じゃなきゃダメって縛りでもあるんですかね? 話聞いてると嫌な予感が止まらないんだが。 

 

「それと、今回は皆さんに家族はいません。本来の転生は、誰の子供として生まれるか。から決めるのですが、流石に転生者の人数が多いので、その辺は省略、代わりにある程度成長した体と、生きるのに必要なお金、そしてこれは凄いですよ? なんと、神様ご都合主義能力をプレゼント☆」

 

 お金はありがたいね。別に新しい家族とかはいらないけど、てかなんで子供? まず大人な身体よこせや。

 んでご都合主義とはいったい?

 

「皆さんは今、子供になってるんですが、子供の一人暮らしとか普通おかしいですよね? なにかしらの契約をするのだって親のサインなど必要になりますし、ですが安心してください。この“神様ご都合主義能力”があれば問題ありません☆ 親のサインがなくても、貴方のサインさえあれば契約できます。学校の三者面談、親が来なくても先生は不審がりません。ご近所さんも、子供の一人暮らしに疑問を持ちません。そんな素晴らしい力なんです☆」 

 

 ふむふむ、確かに子供として生きていくには便利な力だな。 

 最初から大人の身体をくれれば問題ないんだけどね?(ニッコリ)

 

「ただし注意点があります」 

 

 おっ、いきなり真面目な声になった。なんかすげー不安になんだけど。 

 

「このご都合主義能力は、所謂「主人公補正」とは違います。ピンチになっても仲間は助けに来ません。銃弾は胸のペンダントに当たりません。あくまでも、『親という保護者がいなくても問題が起きない』力なので、くれぐれも過信しないでくださいね☆」 

  

 そこはもう「主人公補正」もサービスしてくれてもいいだろ。まだこの世界がどんな世界か分からないが、七騎の英雄が集う戦争や、異世界から人食いの化け物が来る世界だったら……生き残れる気がしないな……

 

「お次は皆さんお待ちかね、転生特典の説明しますね☆ コレを楽しみにしてた人も多いのではないでしょうか?」

 

 転生特典……それだ!!! 王の財宝かスタンド全種、いや……サイヤ人の体か、それくらいのチート能力があれば死亡フラグも回避出来る!

 

「転生特典は『そこそこの頭脳』と『そこそこの身体能力』です☆」 

 

 は? なんだって?

 

「本来なら、アニメやゲームの能力をプレゼント☆ って言いたいんですが、転生者の人数が人数なので、めんd、ではなく。公平にするために、特典は全転生者同じものをご用意致しました☆」

 

 こいつ最後の最後で本性出しやがった。え? まじで? 公平ってなに? 特典を公平にする意味あんの? ないよね? 

 

「では最後に、皆さんの転生先をお教えしますね☆ テーブルの上に注目してください☆」

 

 光を感じて、ふと上を見上げると、無駄に神々しい光と共に、一つのアタッシュケースがテーブルの上に落ちてきた。

 

「その中には、通帳、印鑑や、様々な書類等に、転生先の名前が書かれた紙が入っています。いや~開けるのドキドキですよね? そのケースを開けた瞬間から、皆さんの第二の人生がスタートします☆ それでは皆さん、良い人生を☆ この放送は、“みんなの恋人”ラケシスちゃんがお送りしました☆」

 

 ピッと音を立ててテレビが消える。部屋に響くのは自分の呼吸音だけ、怒涛の展開に、流石に脳がオーバーヒートしそうだ。夢だと思いたいが、自身の目に映る、丸みを帯びた子供特有の手が、“これは現実だ”と訴えてくる。そう、落ち着こう、オタクたるもの非現実を楽しまなくてどーする。例え死亡フラグが乱立するような世界でも、夢にまで見た二次元の世界だ。全力で楽しむ気構えで臨まなければ。

 

 ゆっくりとケースに手をかける。 

 ねだるな!勝ち取れ!

 

「ゆゆ式おねティ咲瀬戸の花嫁ベン・トーみなみけまほろバカテスけいおん生徒会の一存生徒会役員共俺妹のうりんはがないゆるゆり藍蘭島ニセコイスクランD・Cラブひなtoloveるとらドラれでぃばとつり乙恋姫マジ恋グリグリなせ~~か~~い~~!!!」

 頭に浮かんだラブコメアニメを叫びながらケースを開けた。

 そこには。

 

 『I・S(インフィニット・ストラトス)の世界にようこそ』

 

 きっと砂を噛んだような顔をしてたと思う。

 

 

 

 




 『女神ラケシス』

 女神三姉妹の次女。地上のアイドルに興味がある。
 
 転生者が百万人と言ったなそれは嘘だ!
 実際は一万人だったが百万の方が語呂が良かったらしい。
 
 姉のミスの尻拭いで転生担当者になる。
 
 担当したのは『成人したオタク』
 姉は『未成年全員』
 妹は『ラケシスが担当しなかった成人』
 人数が多くめんどくさかった為
『大人なんだから、お金があれば後は自分でどーにか出来るよね?』
『オタクなんだからアニメな世界ならどこでもいいでしょ?』
『大人より子供の方が可愛いよね』
『特典?一人一人から話聞くのはめんどい』
 という理由からやっつけ仕事になった。




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人生目標と事前準備

 女神のテレビ放送が終わり静まり返った部屋。そこでソファーに座ってこれからの行動を考える。

 『I・S(インフィニット・ストラトス)』の世界、それは学園ラブコメである。主人公が女子高で寮生活を送りながら無自覚ハーレムを作りイチャコラする世界。まぁバトル有り、テロ屋あり、オマケに女尊男卑と色々と問題もあるが、コメディ要素のせいか、はっきりとした死亡フラグは少なく、原作介入するとしても、チート級の神様特典がなくてもやって行けるだろうう。    

 でも正直、原作には介入したくない。

 美少女達とラブコメは男の夢だが鈍感系主人公のモテモテぶりにイライラしながら女子高で寮生活とか、非モテ男子には拷問に等しい。

 確かにヒロインズは可愛いよ? 薄い本でお世話になったよ? でも、そんな娘達がいちゃいちゃしてるのを目の前で見せられたら……うん、ワンサマー死すべし慈悲はない。

 なので“原作はスルー”の方向にしたいんけど。

 

「ISは欲しいな」

 

 『インフィニット・ストラトス』は『マルチフォーム・スーツ』の名前である。元々は宇宙空間での活動を目的としたもので、スーツと言っているが、見た目は結構ロボロボしている。要はすごい機能をたくさん積んだ宇宙服だ。原作開始時には兵器として認識されている可哀想な子でもある。なぜか女性しか使えず、それが原因で女尊男卑の風潮が広がったり、なぜか動かせた主人公が、IS専門の学校に強制入学させられたりするのだが、それはどーでもいい。大切なのは

  

「俺もISに乗れる?」 

 

 女神は言った『“原作”に関わることもできます。』と。 

 原作は主人公が、IS専門の学校、IS学園に入学するところから始まる。つまり、俺もISを動かせる可能性がある。脳裏に浮かぶのは、テレビ画面の中で、自由に空を飛ぶ少女達。

 

 前世の夢を叶える為にもぜひISが欲しい。

 せっかくの第二の人生、せっかくのアニメの世界、神の所為で死んだんだ、幸福を求めてもいいだろう。

 つまり、自分専用のIS手に入れる&原作スルーが答え!

 

「よし!」

 

 声を出して気合を入れる。

 これからの方向性は決まった。後はそれを目指して行動するのみ!

 ISを作った人が『天災』と呼ばれる変人だったり、ISの心臓部、ISコアが決められた個数しか作られてなかったりするが――今は考えるな! なんとかなるよ、絶対大丈夫だよ!

 

 気合を入れてソファーから立ち上がり、家の中を見て回る。部屋は2LDKで冷蔵庫や洗濯機さえなかった。改めてケースの中身を漁る。

 

 通帳には、なるほど、かなりの金額が記載されていた。ネット環境とか生活家電を揃えないとな。って、服も買わなきゃダメじゃん! 新生活に夢馳せながらいそいそと準備するのであった。               

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 ぶっちゃけご都合主義舐めてました。人に道を訪ねながら家電量販店に行き、家電を選び、ネット工事の予約したが、店員は誰もツッコんでこなかった。ケータイの契約も『お父さんとお母さんは?』なんて聞かれることもなかった。いや流石、神様印の能力である。

 

 ここ数日は忙しかった。日用品や服を買い、街の道を覚えたり小学校の入学手続きしたり。 正直に言おう。楽しかった! と。

 新生活の準備ってなんでこんなにテンション上がるんだろね?

 

 しかし浮かれるのはここまでだ。

 生活の基盤は出来た、ここからが本番だ。

 

 買ったばかりのパソコンデスクに向かいパソコンを操作する。

 検索項目は『白騎士事件』 

 ISを世界中に知らしめた事件である。

 日本に大量のミサイルが撃たれる→IS『白騎士』が迎撃→ISスゲー(兵器化待ったなし)

 って感じの流れだ。ここから物語が始まると言ってもいい分水嶺、しかしテレビではまだ一度も“IS”の名前を見ていない。

 ――検索の頭に来たのは、ゲーム、アニメにプラモデル。まだ事件は起きてないらしい。 

 

 白騎士事件は原作開始の十年前位の話だ。つまり、主人公は俺と同い年か年下……産まれてないってことはないよな?

 

 次の検索項目は『○○町』『篠ノ之』 

 そう、ISの開発者『篠ノ之 束』の実家を調べる為である。ISを手に入れる為には束さんに近づかなければならない。

 検索結果の頭には、『篠ノ之神社』そして『篠ノ之道場』 

 思った通り、この街に主人公とヒロイン、そして『篠ノ之 束』が住んで居るようだ。

 さてと、篠ノ之道場では剣道を教えてるみたいだな。これは利用しない手はないよね? 最悪、転生者バレすれば、束さんの興味を引けるかもしれないが、解剖エンドも有り得る。地道に外堀から埋めて、自然に仲良くなれれば最善。 

 外はうっすらと暗くなっている。時刻は――うん、まだ大丈夫だろう。

 電話番号はっと。

 

 ガチャ

「もしもし、篠ノ之でございます」

「夜分に申し訳ありません。ワタクシ『サトウ』と申します。是非、篠ノ之道場で剣道を学びたく思い――」

 

 あ、気合入れすぎて仕事モードの口調になっちゃった。



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原作キャラとの初対面

「初めまして、佐藤 神一郎です。本日からお世話になります」

 

 お辞儀の角度は四十五度、目の前にいる先輩と先生にしっかりと挨拶する。

 第一印象は大切だからね。

 

「俺は織斑 一夏」

「篠ノ之 箒です。よろしくお願いします」

「随分としっかりしてるんだな。織斑 千冬だ。一夏の姉になる。柳韻先生が居ない時は私が稽古を見ることになっている。そう固くならんでいい」

 

 目の前に原作キャラがいる。この感動を誰かに伝えたい! 

 束さんはいないけど……。 

 

 年上のお姉さまにモテそうなショタ。もとい、この世界の主人公、織斑一夏。

 その姉で、将来は世界最強になるブラコン姉、織斑千冬。

 そして、ヒロインのモッピー。

 うん。テンション上がるな!

 

「一夏と箒でいいかな? 俺のことは名前でいいよ」

「おう! よろしくな神一郎さん」

「待て一夏。佐藤さんは年上だ。敬語を使え」  

「箒、ここでは俺が後輩なんだから、気にしなくていいよ」

 

 俺の言葉に一夏が少し嬉しそうな顔をする。後輩欲しかったのかな?

 箒の方は納得してないみたいだが、敬語は止めてくれた。お堅いね。

 

「そういえば引っ越して来たばかりだったな。今三年だったか?」

「いえ二年生です」

「となると、一夏と箒の一つ上か、剣道は未経験だと聞いている。なぜやろうと思った?」

「単純に前から興味があったのと、知り合いが誰も居ないので、友達作りになるかと思いまして――だから」

 一夏と箒に顔を向け 

「仲良くしてくれると嬉しい」

 できる限りの笑顔で笑いかけた。

 

 すると一夏が爽やかな笑顔で握手を求めてきた。

 それを握り、モッピーに握手を求めてみる。

 戸惑いながらも、手を握ってくれた。人見知りな性格なんだっけ?

 しかし、おててが! モッピーのおててが、かぁいいよ~。

 っと、いけないいけない。名残惜しいが、怪しまれないうちに手をはなす。 

 

 ここでは出来るだけ慎重に動かなければならない。

 先ほど千冬さんも言ったが、なぜか俺は一夏と箒より年上だった。きっと女神様が適当したんだろうな……。

 つまり、ほぼ道場でしか原作メンバーと関われない。

 束さんは此処にいる三人に特別な感情を持っている。彼女に近づく為にはある程度仲良くしなければならない――束さん目的だから罪悪感があるが……。 

 せめて剣道は真面目にやろう。

 

「えーと、織斑さん? まずは何をすれば?」

「千冬でいい」

「では千冬さんと」

「それでいい、まずは素振りからだ。一夏、箒、年齢は神一郎が上だが、ここではお前達が先輩だ。しっかりと手本みせろよ」

「「はい!」」

  

 

◇◇ ◇◇ ◇◇   

 

 

「今日はここまでだ」

「「「ありがとうございました!!!」」」

  

 初日は無事終了。束さんはこなかった……。

 あれ~? このメンバーは束ホイホイじゃないの? このメンバーなら飛んでくると思ったんだけど。俺が居たせいかな? 

 などど考えていると。千冬さんが話かけてきた。

 

「なかなか筋がいいな神一郎。なにか習ってたのか?」

「いえ、特になにも(多分、神様特典のおかげです)」

「そうか、で、初日はどうだった? やって行けそうか?」

「はい。楽しくやっていけそうです」

 

 初日だからか、千冬さんは、かなりこちらに気を使ってくれた。

 お陰様で、当初の目的を忘れて普通に楽しんでしまった。ただ一つ、問題があるとしたら……

 

「あの、千冬さん?」

「なんだ?」

「一夏と箒って……」

 

 ちらっと二人を見る。そこでは。

 

「一夏、タオルを貸せ。そんな拭き方では汗が残る」

「汗ぐらい自分で拭けるから! それに後で風呂に入るから大丈夫だって!」

「いいから貸せ。ほら、後ろ向いてろ」

「ちょ、痛い! 俺の頭皮剥がれそうだ! 箒、もう少し優しく――」

 

 イチャイチャしてんじゃねーよ!

 まさか原作開始前からこんな光景を見せられるとは…… 

 

「別に付き合ってる訳ではないぞ」

「箒の片思い。でいいんですかね?」

「あぁ、愚弟はどうにも女心に鈍いみたいでな」

  

 まぁ小学生に女心とか無理だよな。

 てかワンサマーには無理。 

 

「千冬さん的には、二人が付き合うの有りなんですか?」

「まだ小学生だぞ。早すぎるだろう」

 

 やっぱブラコンなんですね(にっこり)

  

「何か言ったか?」

「いえ何も」

 

 ギロリと睨まれた。勘が良すぎませんかね? 

 

 

 

◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

 帰る準備をして四人一緒に外へ出る。

 千冬さんが道場に鍵を掛け。

 

「では鍵を返して来る。少し待ってろ」

 

 この場を離れる。

 束さんの事を聞くなら今のうちだな。

 

「そういえば、箒にはお姉さんがいるんだっけ? 今日は家に居るのかな?」

「姉さんか? たぶん家に居ると思うが、何か用か?」 

「うん、挨拶したいなぁって。柳韻さんと雪子さんに挨拶したんだけどね。お姉さんにはまだ会ってないんだよ」

 

 柳韻さんは箒のお父さん。雪子さんは叔母である。

 

「ね、姉さんに挨拶? いや、それは……」

 

 いきなり挙動不審になったな。やはり原作通りのキツい性格なのか?

 

「あ~、神一郎さん? 束さんてかなり気難しい人でさ。会うのは止めといた方がいいと思うんだ」

 

 むう……正面から会うのは止めた方がいいか。

 

「わかった。二人がそう言うなら会うのは止めておくよ」

 

 俺の返事を聞いて、露骨にホッとした表情を見せる二人。

 そこに。

 

「いやいや、束さんも話してみたいと思ってたんだよ?」

 

 どこからともなく声が聞こえてきた。

 一夏や箒も驚いて周りを見回すが誰も居ない。

 

「ふっふっふっ。驚いてるね? 箒ちゃん、いっくん、束さんだよ~」

 

 俺達の目の間に急に人が現れる。

 その人は、不思議の国のアリス風のエプロンドレスに、機械のうさみみを着けた少女。

 会いたいと思っていた、篠ノ之 束さんだった。

 

「やーやー、君が『サトウシンイチロウ』だね? ちょ~っとお話しようぜ~」

 

 会いたいと思っていたが、突然の登場に思わず固まってしまった。

 しかし何処から現れた? 目の前に急に現れた様にしか見えなかった。

 

「束さんスゲー! 今のなに!? 手品!?」

 

 俺とは違い、一夏は大喜びだ。

 

「うんうん、いっくんに喜んで貰えて、束さんも嬉しいよ。これは束さん製『ミエナクナ~ル君』使ったからだよ。透明人間になれるのさ!」

 

 さらっと言ったが、光学迷彩ってことですかね? 

 

「それで姉さん、佐藤さんにお話とは?」

 

 一夏が大はしゃぎ、俺が固まっている横で、箒が話を進めてくれた。

 

「?そのままの意味だよ? ちょっとお話してみたくてね。君も束さんに会いたかったんでしょ? 束さんの部屋でお話しよ~ぜ」

「お誘いは嬉しいのですが、いきなり女性の部屋に入るのは良くないと思うんですよ。それに挨拶したかっただけですし。初めまして束さん、佐藤 神一郎です。以後よろしくお願いします」

 

 束さんに会えたのは嬉しいよ? 顔可愛いよ? 声も可愛いよ? でもね? 口調と裏腹に目が凄く怖いんだなこれが。これ絶対付いていったらダメなパターンだよ。

 では。と言って帰ろうとする。

 

「残念。大魔王からは逃げられないんだよ?」

 

 帰ろうとする俺の腕をガシっと掴む束さん。そのまま引っ張られる。

 ちょ! 力つよっ! 抵抗するがズルズルと引きずられる。

 

「一夏! 箒!」

 

 思わず二人に助けを求めるが、二人も突然の展開にオロオロしている。

 

「そうそう、いっくん。ちーちゃんが、“戻るの少し遅くなるから箒と遊んでろ”だって。良い子にしてるんだよ?」

 

 ではでは~と言ってそのまま俺を引きずる束さん。

 脳内ではドナドナが流れました。



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ゲットするんじゃなくてゲットされた。

 現在俺は、束さんの部屋に居る。部屋の中は年頃の少女らしさの欠片もなく、壁際はディスプレイが並び、足元は機械とケーブルコードで溢れていた。

 しかしなんで呼び出された? 近付こうとしたのがバレたのか? だが、一夏や箒とは今日初めて会った。特に怪しまれる行動もしていない。

 

「いっくん以外の男を部屋に入れるのは初めてだよ。さあさあ座って座って」

 

 これから何が起きるかわからない。覚悟を決めて束さんの前に座る。

 

「お話とは何でしょう?」 

「そうだね。単刀直入に行こうか。君は。何者なんだい?」

 

 言われた瞬間、心拍数が上がった。

 

「束さんはね? ちょっと前に“IS”って言うのを作ったんだよ。宇宙空間での活動を目的としたマルチフォーム・スーツなんだけどね。それを学会で発表したんだよ。まぁ凡人共には束さんの凄さが理解できないみたいでさ。認められなかったんだけどね」

「それと俺に何か関係が?」

「まぁまぁ話は最後まで聞いてくれたまえ」

「分かりました」

「でもね。全てが認められなかった訳じゃないんだよ。技術の一部は盗まれたりしてさ。アイツ等の私腹を肥やす結果になった」

 

 それは知っている。ISは最初認められなかった。その事が束さんを傷つけた事も……。

 束さんは俺が黙ってるのを見て話を続ける。

 

「それからかな? 束さんに監視が付くようになったのは。大方、束さんの技術を盗む機会を狙ってるんだろうね。だけどね。今は監視だけだけど、その内、箒ちゃんやいっくんに近付く奴が出てくるかもしれない。だから近づいてくる奴の事を調べるようにしているんだよ」

 

 束さんの眼光が俺を射抜く。

 改めて思う、この人“天災”だ。

 

「最初はさ、普通の子供だと思ったんだよ? でも一応ね、ハッキングしてパソコンの中身を見せてもらったのさ。中身は問題なかったけど、検索履歴が問題でね……どこでISの事を知ったのかな?」

 

 何も言えず黙り込む俺に、束さんはさらに追い打ちをかける。

 

「確かにISは発表したよ? でもね。アイツ等は束さんの技術を盗む為にその全てを無かった事にしたのさ。世間の目に触れれば盗んだ事がバレちゃうからね」

「えーと、実は父が科学者で――」

「君に親は居ないよね?」

 

 最後まで言わせろよ。てか親居ないのバレてるし。ご都合主義能力仕事しろよ!

 必死に言い訳を考えている中、さらに状況が悪化する。

 

「姿を隠していろ。などと言うからなんだと思ったが、なるほど、普通の子供ではないと言うことか。それで束、親が居ないとはどう言う事だ?」

 

 後ろからの声に振り向けば、腕を組んでこちらを睨んでいる千冬さんが居た。

 ブリュンヒルデが参戦しました。

 あれ? もう死ぬんじゃね? 泣きたくなってきた……。

 

「そのままの意味だよちーちゃん。そいつに親は居ない。死んでるとかじゃなく、文字どおり居ないんだよ。戸籍もなにもない。普通なら有り得ないけど、事実だよ」

「お前が調べたのなら間違いないだろう。さて神一郎、話してくれるな?」

 

 逃げ場はないか。

 

「束さん、千冬さん、少しだけ考える時間を下さい」

 

 そう言って目を閉じ、ゆっくり深呼吸する。

 元々どうやって束さんにISを貰うかはノープランだったんだ。これはある意味チャンスでもある。

 下手な言い訳は通じない。でも、千冬さんが居るから、最悪殺される事はないだろう。

 ゆっくりと目を開けて言う。

 

「未来から来た転生者です。どーぞよろしく」

  

 

 

 

 

「「は?」」

 

 おぉ、この二人を驚かせる事ができるとは。

 実際には異世界人の方が近いけど、未来を知ってるのは嘘ではない。

 

「ちーちゃん、どう思う?」

「どうと言われてもな。これは流石に想定外だ」

 

 あれ? 思ってた反応と違う。

 

「自分で言っておいてなんだけど。信じるんですか?」

 

 俺の問いに二人は当たり前の様な顔で答える。

  

「ちーちゃんの野生の勘の前に嘘など無意味なんだよ」

「束は嘘発見器でも使ってるんだろ? なら嘘などすぐバレる」

 

 凄い信頼感だな。

 

「未来から来たってのは少し嘘かな。何かを誤魔化している感じ? でも“白騎士”の名前

を知ってるんだから、未来を知ってるのは本当だと思う」

 

 そこまで分かるのか。流石にラノベ云々の説明は避けたい所なんだが。

 

 俺の顔を見ていた束さんがニンマリ笑った。

 

「まぁ今は誤魔化されてあげるよ」

 

 “今は”ね。とりあえ今すぐ何かされる訳ではないらしい。

 

「束、白騎士とはなんだ?」

 

 まだ千冬さんは知らないのか。

 

「ちーちゃん用に作ったISだよ。まだ完成はしてないんだけどね。白騎士って名前は既に決まってるんだよ~」

「そんな物を作っていたのか。私をISに乗せてどうするつもりだ?」

「その話は、白騎士が完成したら改めて……ね?」

「良いだろう。まずは神一郎の問題を片付けてからだ。さて神一郎、まだ説明が足りないと思うが?」  

「そうですね。下手に嘘を付いても無駄みたいですし。可能な限りお話します」

「“可能な限り”か?」

「ええ、全ては話せません」

「ちーちゃん、いざとなったら束さん特製の自白剤使うからね?」

「だそうだ。死にたくなければ素直に話せ」

 

 止めてくれないんですね。

 まあ一夏や箒に害が有る可能性がある限り、そんなに甘くないか。

 

「ではまず、私がどんな存在かと言うと。今より十年後の世界で生きていました。死にましたが、今の時代に子供の姿で生き返りました」

 

 大きな嘘がないからか、二人は無言で続きを促す。

 

「私が此処に来たのは束さんに会うためです」

 

 俺の発言に二人の顔色が変わる。 

 千冬さんはこちらの真意を探るように。

 束さんは面白そうに微笑んでいる。

 

「束さんに会いに来た理由は、夢を叶える為です」

 

 束さんの目を見つめ、頭を下げる。

 

「私にISを譲って下さい」

 

 頭を下げたまま束さんの言葉を待つ。

 

「君はISで何をしたいのかな?」

 

 口調は変わらないが、“つまらない理由なら容赦しない”そんな声色だった。

 だけどここまで来たらもう引けない。

 

「私はISに乗って旅がしたいんです」

  

 二人がポカンとした顔をする。

 そこにさらに畳み掛ける。

 

「ISは元々宇宙空間での運用を目的としてますよね? ですがそれだけでは凄く勿体無いと思うんです。束さんは自然遺産とか見たことありますか? 日本だと知床や白神山地ですね。普通に見ても素晴らしいでしょうが、ISに乗って空から見る景色は絶対凄いと思うんですよ。それに、普通じゃできない事も沢山できますよね。大雪山の山頂で味噌ラーメンを食べ、渡り鳥と一緒に空を飛び、グランドキャニオンの谷間を走り抜け、朝日が照らすマチュピチュを空から見下ろしながらコーヒーを飲む。凄く、凄く楽しいと思うんです」

 

 一気に言い切って二人の反応を見る。

 千冬さんは、相変わらずポカンとしていた。

 束さんは笑っていた。

 

「うんうん、どんな事を言い始めるかと思ったけど。確かに楽しそうだね」

「じゃあ!?」

 

 思いの外好感触で声が上ずる。

 

「だが断る!」

「なん……だと……」

 

 あれ? 断られた?

 

「なにを驚いてる? お前の夢は素晴らしいと思うが、だからと言ってISを簡単に譲れるはずないだろう?」

 

 千冬さんの冷静なツッコミが耳に届く。

 でも……。

 

「束さんはチョロい。そうSSでも言ってたのに」

「誰が言ってたのか知らないけど。束さんがチョロいなんて喧嘩売ってるのかな?」

「ロリショタぼっちの束さんは、年下に頼られたら甘い顔するって……」

「束、二度と一夏に近づくな」

「ちょ、ちーちゃん? 信じるの!?」

 

 二人の掛け合いを横目に次の手を考える。

 最後の手段はこれしかないか。

 

「分かりました。確かにタダで貰おうとするのは虫が良すぎますよね。脱ぎます」

 

 いそいそと上着を脱ぐ。

 

「って何で脱いでるの? 束さんにそっちの趣味はないんだよ!?」

「束、もう一度言う。二度と一夏に近づくな」

「だから誤解だよちーちゃん! 君も脱ぐの止めてよ!」

 

 なにやら誤解されたようだ。

 

「違いますよ。そんな意味で脱いだ訳ではありません。まぁ、体を売るのに違いはありませんが……したいんでしょ? 解剖」

 

 千冬さんがいればバラバラ死体にされる事はないだろう。

 夢の為とはいえ、解剖される日が来るとは……。

 

「いやいやいや、しないよ!? 君の中では束さんはどーなってるのかな!?」

「ロリショタぼっちのマッドサイエンティスト。ですかね?」

 

 違うの? 違わないよね?

 

「大体合ってるじゃないか。良かったな束? こいつはお前の理解者だぞ」

 

 千冬さんは実に楽しそうに笑っている。

 

「ちーちゃん、笑い事じゃないよ。まったく、真面目な話したいのに。それと、解剖はしないから君は服を着てよ」

 

 解剖はされないらしい、原作より若いせいか、意外とまともだな。

 束さんに言われ服を着なおす。

 束さんは俺が服を着たのを確認して話を進める。

 

「さて、話を戻すよ。君はISが欲しい、それはISで旅をしたいから。間違いないね?」

「はい、間違いありません」

「うん。信じるよ。その言葉に嘘はない。でもね? だからってISを作ってあげる義務は束さんに無いのは理解してるよね?」

「はい、理解してます」

「ところで、等価交換の原則って知ってるかな?」

「何かを得ようとするなら、それと同等の代償が必要。ってことですね」

 

 有名なセリフだ。ISをタダで貰えないかと考えてた自分には耳に痛い。

 

「そこで、束さんと取引しない?」

「ISの対価になりそうな物なんて無いですよ?」

「そうかな? 束さんから見たら君は宝の山だよ?」

 

 束さんの瞳が怪しく光る。

 ゆってくりと顔が近づいてくる。

 思わず目を瞑ってしまった。へタレじゃない、慣れてないだけなんだ。

 いつまでたっても期待していた感触はなく、束さんが離れる気配を感じ目を開ける。 

 

「ふっふっふっ、何を期待したのかな?」

 

 束さんが笑いながら、どこから出したのか鏡をこちらに向けてきた。

 そこには、顔を赤くした自分と。

 

「首輪?」

 

 首に何か巻かれていた。黒一色で喉元辺に赤い宝石の様なものが付いている。

 

「首輪と言うか、チョーカーだね。機能的には首輪だけど」

「つまり?」

「それを着けてる限り、居場所が何時でも分かるし、束さんから逃げれなくなる。無理やり取ったら、ボンッ! だね」

「千冬さん!」

 

 静観していた千冬さんに助けを求める。

 

「お前に敵意が無いのは理解した、しかしまだ隠している事がある以上野放しも出来ん。諦めろ」

 

 だからって首輪はないだろ、どこぞの囚人じゃないんだから。

 

「安心してよ。等価交換って言ったでしょ? 君には束さんのそばに居て欲しんだよ。転生とか未来とか、色々聞きたいしね」

「ペット的なポジションですかね?」

「実験動物的なポジションだね」

「なん……だと……」

「転生者、ゲットだぜ!」

 

 束さんは実に良い笑顔でした。



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夢の為に身売りしました。

 拝啓、父さん母さん、息子は現在、年下の女の子に首輪を付けられ動物扱いされてます。俺何か悪い事しましたかね? 夢の為とはいえちょっと泣きそうです……アハハハ。

 

「おい神一郎、大丈夫か?」

 

 ちょっと現実逃避していたら千冬さんが心配してくれた。

 

「大丈夫です。えぇ、これぐらいで夢を諦める訳にはいかないんですよ。例え飼い主が子供に首輪を付ける変態でもです」

「夢の為に変態に身売りか、見事な覚悟だ」

「束さんを変態扱いしたまま話を進めないでくれるかな?」

「「黙れ変態」」

「ちょっ! 二人して酷いよ!」

 

 俺と千冬さんの返事に束さんがブー垂れてるが気にしない。

 

「所で束さん、大事な話がまだ終わってないですよ?」

「ほえ? なんかあったっけ?」

「実験動物の期間とか、ISを譲ってくれる時期とか、その辺をはっきりさせましょう」

 

 ほえ? じゃねーよ。この人、契約とか約定とか言葉知らなそうだもんな。その辺決めとかないと、一生飼い殺しか、飽きたら解剖とかになりそうだ。

 

「期間ね~、束さんが飽きるまで、じゃダメかな?」

「あははダメに決まってるじゃないですか」

 

 こいつ本気で油断できねぇ。

 

「束さんはいつかこの家を出ますよね?」

「ん? そーだね。いつかは出て行くよ」

「それでは、その日にしませんか? 束さんがこの家を出て行くその日が契約終了の日、でどうでしょう? ISもその時に戴きます」

 

 時期的には約三年後、妥当な所だろう。

 

「君は束さんが居なくなる日を知ってるね?」

「そうですね。私が話してもタイミングは変わらないと思うので言いますが、数年後です」

「その辺詳しく聞きたいなぁ~」

「未来の事はそうそう話す気はありませんからね?」

「え~なんで~?」

「それはですね、仮に、仮にですよ? 俺が千冬さんの、将来の旦那さんの名前を知ってたらどうします?」

「あ? ちーちゃんに付く虫なんてぶっ殺だよ! 自白剤使ってでも聞き出すよ!」

 

 だよね。知ってた。

 

「そんな訳で千冬さん、束さんが無理矢理未来の事を聞き出そうとしたら、その時はお願いします。下手したら誰かの人生が終わります」

「まかせろ。その時は私が止める」

 

 本当に頼りになるなこの人。凄い漢らしい。

 

「あ?」

「なんでもありません」

 

 そして勘の良さが凄い怖い。

 

「では、束さんがこの家にいる間は、実験動物します。ですが、命に関わるような実験は禁止、転生や未来の事は話せることは話しますが、他の人の人生に影響が出そうな事などは話せません。対価のISは後払いで。以上の約束を破った場合、千冬さんの制裁。よろしいですね?」

「ちーちゃんの制裁は怖いからね。それでオッケーだよ」

「束のストッパー役はかまわん。いつもの事だ。しかしいいのか? 数年もこいつに付き合うのはキツいぞ?」

「他にもお願いがありまして、そっちは時間掛かりそうなんで――束さん、等価交換についてもう少し話したいんですが?」

「まだ何かあるのか?」

「えぇ、対価が払えれば、お願い聞いてくれるんですよね?」

「払えればね」

「“ISの欠陥について”なんてのはどうでょう?」

「“男にISは使えない”の事かな?」

「やっぱり知ってましたか。知ってて黙ってるなんて趣味が悪いですよ」

「束さんにも原因は分からないんだけどね。君があまりにも自然にISが欲しいなんて言うから、未来では男もISが使えるもんだと思ったんだよ」

「いえ、未来でも男は乗れないままです。むしろ束さんが意図的に男に乗れない様にしているのでは? なんて噂がありましたね」

「束さんがそんな面倒な事するはずないじゃん」

「ですよね~。それでですね? 俺は“ISに乗れるかもしれない男”なんです。もし乗れたら、良いデータが取れると思いませんか?」

「おい待て神一郎、お前“かもしれない”でIS欲しいと言って身売りしたのか?」

 

 千冬さんが呆れ気味だ。

 

「たぶん、きっと、九分九厘大丈夫なハズです」

「大丈夫じゃなかったら無駄死にだな」

 

 ISに乗れないのにIS世界に転生……笑えない。本当の無駄死にだ。

 

「くっ……あはは」

 

 千冬さんと話してると束さんの笑い声が部屋に響いた。

  

「IS欲しいなんて言うからまさかとは思ったけど、うん。本当に乗れるなら貴重なデータだね。んじゃこれに触ってみて」

 

 どこから取り出しのか、束さんの手のひらには、こぶし大程の球体が乗っていた。

 

「まさか、ISコアですか?」

「手っ取り早く実証検証してみようか」

 

 大丈夫だよね? 信じてるよ神様!

 そっと指先がコアに触れる。その瞬間。

 ――PIC、ハイパーセンサー、操作の仕方、様々な情報が流れてきた。

 

 軽い目眩がして頭を振るう。

 

 「本当に動かせるんだね。ただの珍しい検体程度の認識だったけど、転生者だから反応したのか、それとも君の特性なのか……うん、これは興味深いよ”しー君”」

 

 初めて名前を呼ばれた。認められたと思っていいんだろうか……実験動物からレア実験動物に変わった位にしか思えないが。でもこれで――。

 

「随分嬉しそうだな」

「夢に一歩近づきましたからね。千冬さん、名前を呼ばれたって事は、少なくても命の心配はしなくていいですよね?」

「束は気に入った相手しか名前を呼ばない、気に入った相手に無茶はしないだろう」

 

 ここに連れてこられた時はどうなるかと思ったが、本当に良かった。当初の予定とは大分違ったけど……。

 

「それでしー君、なんでISが使えるのか色々調べたいんだけど、その対価は?」 

「あ、すみません、対価はですね。ISの事を教えて欲しいんです」

「ISの何を知りたいのかな?」

「えっとですね。将来的には、ISが旅の相棒になりますよね? だから日常のメンテナンスや旅先でISが壊れた時に、せめて応急修理が出来る位の知識が欲しいんです」

「ふむふむ、先を見据えた良い願いだね。その願い、束さんが叶えてしんぜよう! ISコアさえ無事なら、その辺の車からISを作れる様にしてあげるよ!」

「やっ、そこまでは求めてねーです」

 

 フレンドリーになったのは嬉しいけど、飛ばしすぎです束さん。

 あ、でもバイク型に変形したりしたらかっこいいかも。

 

「ちなみに束さん、ISに付けて欲しい機能があるんですけど、聞いてくれます?」

「ばっちこいだよ! って言いたいけど、しー君が他にどんな引出しがあるか気になるから、あえて対価を求めてみるよ~」

 

 束さんがキラキラした瞳で見てくる。期待させて申し訳ないが、これ以上俺に出せる物はないんだが……。

 いや、原作ブレイクになる可能性があるが、ワンチャンあるな。

 

「俺自身の引出しはもう品切れですよ。所で、束さん、千冬さん、自分の夢の為に、他人の人生を犠牲にするのは有りですか?」

「無しだな。神一郎、何を考えてる?」

「有りだね。無能共の夢なんてどーでもいいよ」

 

 すまんなワンサマー、俺の夢の為にハーレムは諦めてくれ。

 半分以上は嫉妬だけどな!

 

「一夏と箒の事なんですが」

 

 おふっ、二人の目が怖い。千冬さんはともかく、束さんもか、名前を呼んでくれたけど、流石に箒の方が大事みたいだな。だが、だからこそのこの一手。

 

「箒が一夏の事が好きなのはお二人共知ってますよね? 甲斐甲斐しく一夏の世話したりして、初々しいですよね?」

「それがどうした?」

「あの二人、“十年後もあんな感じだ”って言ったらどうします? いや、今より酷い状況ですね」

「どーゆー意味かな? 言葉通りだと、十年後も初々しいけど、喧嘩しちゃってる感じ?」

「十年後も箒が色々アピールするも一夏がそれに気付かず友達のまま、むしろ第二次性徴を迎えた箒が一夏に接触するのを恥ずかしがって今より不器用なアピールしてますね」

 

 

 

 

「「え???」」

 

 そうなるよね。あの二人見てればそう遠くない未来に付き合いそうだもんね。

 

「ちょっと待て神一郎。いくらなんでも普通気付くだろ?」

 

 残念ながら、貴女の弟は普通とは違います。

 

「未来の話を少しだけしましょう。未来の一夏は、外国の女の子にキスをされても“外国のキスって挨拶だよな”と言い。私のご飯毎日食べてよ。って言葉には“え?毎日ご飯奢ってくれるの?”と言う男です」

 

「…………」

 

 千冬さんは呆然としている。

 

「いっくん……」

 

 すごいな一夏、天災も言葉を失ってるぞ。

 

「それでですね束さん、箒の恋を応援しようと思うのですが、どうでしょう?」

「それは、うん、箒ちゃんの事を思えば有り難いけど……」

「一夏に何かする訳ではないんだな?」

「はい、一夏には何もしません。あくまで箒のお手伝いだけです」

「でもでも、お姉ちゃんとしては、束さんがお手伝いしたいよ」

「恋愛経験のない束さんには、一夏に惚れ薬を仕込むのが精一杯では?」

「束、一夏に変な事をしたら、分かっているな?」

「ちーちゃん、流石の束さんもそこまではしないよ」

 

 いえ、やりそうだから釘刺してるんだと思いますよ?

 

「束さん、千冬さんを“お義姉さん”って呼びたくないですか?」

「ちーちゃんが……おねえちゃん?」

 

 これはもらったな。

 束さんに手を差し出す。

 ガシッと握り合う。

 

「しー君、君に逢えたことを幸運に思うよ」

「俺もです束さん」

 

 二人でニヤッと笑い合う。

 その横で、千冬さんは深いため息をついた。




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箒の妹力は53万

 束さんとの契約から数日たった。さっそく実験台にされると思ったが、白騎士の開発が目前らしく、今はそちらに力を入れたいらしい。なので現在、道場に通いながら箒に近付くタイミングを見ているのだが。

 

「一夏、大人しくしていろ」

「だから箒、痛いってば! もう少し優しくしてくれ!」

 

 モッピーは今だ“頭拭いてあげる攻撃”を繰り返していた。年齢を考えればアレが最大限のアピールなんだろうな。だが、それぐらいじゃ駄目なんだよ。

 

「箒、ちょっといいかな?」

 

 一夏の頭を拭き終わり、満足げにしている箒を手招きする。

 

「神一郎さん? なんですか?」

「いきなりだけど、箒は一夏の事好きなんだよね?」

「な、なにを突然!?」

「実はね、束さんに箒の恋を応援してくれって頼まれたんだよ」

「姉さんに? 神一郎さん、姉さんと仲良くなれたのですか?」

「この前話した時にちょっとあってね。それから仲良くさせてもらってるよ」

 

 実験動物としてね。

 

「凄いですね。たった一日で姉さんと話せる様になるとは」

「自分でも驚いてるよ」

「気持ちは嬉しいですが、一夏が好きなんて誤解です。私が一夏のことが好きなんて事ありません」

 

 ほう?

 

「そうなんだ、実は知り合いの子に一夏の事を紹介して欲しいと頼まれてたんだけど、箒に悪いと思って断ったんだよね。でも、箒にその気がないなら……いいかな?」

「べ、別に一夏が誰と付き合おうが、私には関係ない!」

「箒、頼むからそんな泣きそうな顔しないでよ。今のは冗談だから」

 

 口調とは裏腹に泣きそうな顔をする箒。

 モッピーとか言ってごめんね。そうだよね。箒には大切な初恋だもんね?

 うん、流石に小学生を泣かすのは罪悪感が半端ないな。

 

「でもね、箒も学校とかで知ってると思うけど、一夏がモテるのは本当なんだよ? 箒は一夏が別の女の子の所に行ってもいいの?」

「それはいやだ……」

「だからね箒、箒が一夏と付き合えるように、俺にお手伝いをさせてくれないかな?」

「でも良いんですか? いくら姉さんの頼みとは言え……」

「束さんから頼まれたって理由もあるけど、俺自身が箒を手伝いたい気持ちもあるんだよ?」

「そうなんですか?」

「うん、箒の一夏に対するアピール見てたからね。応援したくなっちゃった」

 

 これは本当。横から見てる身からすれば、箒の健気さは応援したくなる。

 

「その……そう言って貰えるのは嬉しいです。誰にも相談出来なかったので……」

 

 同門で歳上の俺だから一夏への気持ちを話してくれたが、箒は気難しい性格だ、学校の女の子などはライバルだろうし、姉はアッパパーだし、本当は誰かに相談したかったんだろうな。

 

「箒、さっそくだけど、俺の案を一つ聞いてくれないかな?」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「ここが神一郎さんの家か」

「今日は誰も居ないからゆっくりしてってくれ」

「お邪魔します」

「ほら、箒も入って」

「おじゃまします……」

 

 顔を赤らめてうつむく箒を先に促す。

 現在、箒と一夏を自宅に招き、箒と一夏をくっつけよう作戦を実行中である。作戦内容はすでに箒に話している。そのせいで箒がだいぶ緊張しているようだ。頼むからテンパって一夏を殴ったりしないでくれよ。

 

「一夏、そこのソファーに座って待っててくれ、カメラはちゃんと持って来た?」

「言われたから持って来たけど、何に使うんです?」

「それは後でのお楽しみ、箒はこっちの部屋においで」

「はい……」

 

 箒、いい加減覚悟を決めろ、合流した時からそんな感じだから、一夏がさっきから不審がってるぞ。

 寝室に移りドアを閉める。そこには、いくつもの箱が置いてる。

 

「さて箒、まずはコレから行こうか、着方が分からなければ、そこの紙を見てくれ、書いてあるから」

「神一郎さん、これで上手く行くんですか?」

「流石に今日明日にでも付き合える、って事にはならないよ、今日の作戦は、まずは一夏に“箒は可愛い女の子”ってことを意識させる事だから」

「かっ可愛いですか?」

 

 おう、顔を赤くする箒マジ天使。この子、子供の時の方が女子力高くない? 原作だと残念美人感が凄いのに。

 

「箒は可愛いよ、自信持って。俺は一夏の所に戻るから、頑張るんだよ」

 

 箒を残し部屋を移る。さてと、一応一夏に釘刺さないとな。

 

「一夏、箒の準備が終わるまで少し時間がかかる。今日の事は箒に聞いてるよね?」

「えっと、神一郎さんは服を作るのが趣味で、それを箒に試着してもらうんですよね?」

 

 大嘘だけどね。服? 通販ですが何か?

 

「そうそう、それで一夏が写真が趣味って聞いたからさ、束さんにあげる写真を撮ってもらおうと思ってね」

「束さんにあげる用ですか、でも俺、あくまで趣味みたいな物だから上手な訳ではないですよ?」

「スタジオで撮るんじゃないんだから、そこまで拘らなくて大丈夫だよ。それと一夏、箒が出てきたら、ちゃんと、可愛いって言ってあげるんだよ?」

「それは……」

 

 俺の声に微妙な反応の一夏、まぁ、そんな事を言うのが恥ずかしい年頃だもんな。

 

「一夏は千冬さんに料理を作った時に、美味しいって言われたら嬉しいよね? それと同じで、箒は一夏に可愛いって言われたら嬉しいと思うよ?」

「ガンバってみます……」

 

 期待しているぞ一夏。

 その時、トントンッ、とノックが聞こえた。

 さあ一夏、幼馴染の実力を見るがいい。

 

「どうぞー」

 

 おずおずと入ってくる箒、そこには……。

    

「似合う……かな?」

 

 白ゴスを身に纏った箒がいた。そう白ゴスである。箒はキャラ的に黒ゴスが似合いそうだが、長く綺麗な黒髪を目立たせる為に、あえての白!

 何時もの凛とした姿はなく、うつむいてモジモジしている箒。マジ可愛い、妹にしたい!

 普段は絶対にこんな服を着てくれないだろう、しかし、“一夏に可愛いって言ってもらいたくない?”って言ったらあっさり了承してくれた。顔は真っ赤だったけど。

 

「…………」

 

 一夏は沈黙している。よく見れば頬が少し赤くなっていた。

 肘で一夏をつついて正気に戻す。

 

「き、きれいだぞ箒」

「っ、そんなにまじまじと見るな馬鹿者」

 

 うんうん、良かったな箒。

 

「ここからは一夏主体な、ほらほら一夏、いつまでも見とれてないでカメラ構えろ」

 

 まあ、写真撮るのは一夏だけじゃないんだけどね。

 俺もカメラを構える。子供同士なんだから犯罪じゃないからな!

 

 白ゴスから始まり、サクラ色の浴衣→束さんとお揃いのアリス風エプロンドレス→バンド女子高生の制服→白ワンピに麦わら帽子。

 

 箒の衣装が変わるたびに一夏はちゃんと褒めている。箒もそのたびに頬を緩ませている。

 今回の作戦は成功だな。

 

「さて、次が最後だよ。一夏は――はい、この服に着替えてね」

「俺も着るんですか?」

「女性物だけ作ってる訳ないじゃないか」

 

 一夏が着替えてる間に箒と一緒に部屋を移る。

 

「どう?写真撮られるのも悪くないでしょ?」

「はい、最初は恥ずかしかったですが、カメラ越しに一夏が真剣に私を見てくれるのを感じて……」

「惚れ直した?」

「その……はい……」

 

 この子は本当にアノ篠ノ之 箒なんだろうか? 原作時は難しい年頃だとはいえ、同一人物に思えない程素直で可愛いじゃないか。

 

 なでりなでり。

 思わず頭を撫でてしまった。あ~さらさらで気持ちいい。

 

「あの?」

「束さんが羨ましい、俺も箒みたいな妹が欲しかったよ」

「そうなんですか? 私なんて姉さんに比べたら……」

 

 束さんにコンプレックスがあるんだっけ?

 箒の頭から手を離し、屈んで目線を合わせる。

 

「箒は束さんのどんな所が凄いと思う?」

「全てです。美人だし頭が良いし、それに剣だってすでに父さんを超えてるって……」

「良い歳してコスプレしてるし、常時うさみみだし、常識知らないし、ロリショタだし、コミュ障だけどね」

「……神一郎さんは、姉さんが嫌いなんですか?」

「好き嫌いで言えば好きだよ」

 

 俺の夢を叶えてくれる人だからね。

 

「箒、束さんに勝つ方法を教えてあげよう。いい? いつか彼氏を紹介してやれ、それで『姉さんはいつになったら結婚するんですか?』って言ってやるんだ」

「そ、そんなこと言えません!」

「何が言いたいかというとだ、女の子としての魅力は箒の方が高いってこと」

「魅力ですか? でも姉さん美人ですよ?」

「中身の問題だよ。アノ性格じゃ男はできないだろう」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。さて箒、束さんに勝つ為にも、一夏に頑張ってアピールしよう」

 

 箒の頭を撫でて笑いかけ部屋を出る。

 一夏はすでに着替え終わっていた。

 

「神一郎さん、ネクタイの付け方がわかんなくて」

「俺が付けるよ、ちょっとアゴ上げてくれ」

 

 一夏からネクタイを受け取り付けてあげる。

 しかしあれだな、一夏はなんで照れてるのかね? そんなんだからホモ扱いされんだよお前は、一夏ルートとかないからな?

 一夏と話しながら箒を待っていると。

 

「お待たせしました」

 

 赤いドレスに身を包んだ箒が出てきた。

 装飾は抑えたシンプルな赤い衣装。子供用ながらプロが作った一品で、新型のPC並の値段がした今回の目玉である。

 ちなみに一夏はスーツ姿である。そろそろ俺が作ったって嘘に気づいてほしんだが。

 

「…………」

「…………」

 

 見つめ合ってらっしゃる。

 

「…………」

「…………」 

 

 二人共顔が真っ赤でござる。

 

「ほ、箒、凄くきれいだ」

「あ、ありがとう。い、一夏も似合ってるぞ」

 

 砂糖吐きそうだ。

 

「とりあえず、最初は並んで撮ろうか」 

 

 俺の言葉に、ビクッっと反応する二人、俺の存在忘れてましたか? 別に構わないけど、見てない所でやってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

「今日は助かったよ二人共。一夏これはお礼だ」

「これは?」

「“ハムの人”だよ」

「“ハムの人”!? 貰って良いのですか?」

「うちじゃ食べ切れないから、良かったら貰ってくれ」

 

 織斑家は千冬さんと一夏の二人暮らし、生活費は千冬さんが稼いでいる。元社会人として本当に尊敬する。出来れば現金とか渡したいけど、千冬さんは受け取らないだろう、なので苦肉の策で現物支給である。食べ物なら受け取り拒否はしないだろ。

 

「箒にはコレだよ」

 

 一夏に見えないように箒に渡す。

 

「ロケットですか?」

「そうだよ、開けてみて?」

 

 箒がロケットを開けるとそこには。

 

「さっき撮った二人が並んだ写真だよ。プリントアウトして加工してみた。どう?」

「嬉しいです。ありがとうございます」

 

 ロケットを胸の前でギュッと握る箒。

 

 なでりなでり。

 いちいち反応が可愛いなこの子は。

 

「箒、何かあったら相談してくれ。出来るだけ力になるから」

「神一郎さん……」

「そして出来れば“兄さん”と呼んで欲しいな」

「はい?」

 

 最初は束さんとの約束だったから箒の応援したけど……鈴&ラウラ、すまん、ファンとして二人を応援したかったけど、子供箒が可愛すぎるんだ。本気で応援せずにはいられない。

 箒がポカンとしてる中、まだ見ぬヒロインに謝罪した。




箒と一夏の子供の時の口調がわからない……。
でも、二人共年上にタメ口とかないよな? と思いこんな感じに。
似た口調が三人とか、読みづらかったらすみません。


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白騎士は男前だった

 篠ノ之神社の境内の地下にひっそりと作られた篠ノ之束の秘密の研究所。白騎士完成の知らせを受け束さんに呼び出された俺は此処に来たことを後悔していた。

 

「束、私の聞き間違いか?」

「ちーちゃんが聞き逃すなんて珍しいね。そんなちーちゃんの為にもう一度言うよ。『日本めがけてミサイルを撃つから白騎士で撃ち落として欲しいんだよ』」

「冗談ではないんだな?」

 

 研究所の雰囲気は最悪である。千冬さんは今にも束さんに掴みかかりそうだ。

 千冬さんが怒るのは無理もない。言ってることはテロ宣言だもんな。説明足らずはワザとなのか素なのか、どちらにせよ。

 

「俺には関係なさそうなんで帰っていいですか?」

 

 キャットファイトを見るのはテレビの中だけで十分です。

 

「ダメだよ。しー君にはちーちゃんの説得を手伝ってもらうんだから」

「お前は束がやろうとしている事を許すのか?」

「束さん、千冬さんを巻き込む以上、説得は自分でやるのが筋ですよ。千冬さん、俺は一応束さん所有の実験動物ですよ? 無理言わないで下さい」

 

 とは言ったものの、白騎士事件が起きれば箒が悲しむし、かと言って原作には深く関わりたくないし、どう動くか迷う。やはり原作重視で、箒には後で何かしらのフォローをする方がいいのかな?

 

「手伝ってくれないならもぎ取る」

 

 何を?

 

「束側に付くなら容赦せん」

 

 なんで?

 

「中立を希望します」

 

「ダメだ(だよ)」

「二人共、親友同士なら説得くらい自分でやって下さい」 

「神一郎、束が巫山戯た事を言うのはいつものことだ、しかし今回は度が過ぎている。別に説得しろとは言わん、だがお前は何も思うところが無いのか?」

「有りますが、本心を話した結果、束さんを怒らせ約束の無効とか言い出したら責任取ってくれます?」

「それは……」

「大丈夫だよしー君、束さんは約束は破らないよ」

 

 本当に? 信じるよ?

 

「IS発表の為とはいえ正気を疑います。やろうとしている事はテロですよ? 貴女は箒をテロリストの妹にする気ですか? 手伝ったら俺や千冬さんだって同罪です。犯罪者になりたいならお一人でガッッ!!!」

 

 体に激痛が走り言葉が途中で止まる。膝が崩れ額には脂汗が浮かんだ。

 

「躾は最初が肝心だと思うの」

「た、束様? 今のはなんでございますか?」

「しー君のそれは電流を流せる機能もあるんだよ」

 

 実に良い笑顔で首輪を指でトントンと指す。

 約束は破らない、けど空気読んで発言しろや。って事ですねご主人様。

 

「千冬さん、束様の説得はご自分でお願いします」

「お前はもう少し頑張れないのか」

 

 呆れたような口調の千冬さん。

 電流を流された事あるかい? 無理だから、これマジ痛い。

 

「さてちーちゃん、これで二対一だね。賛成多数によりちーちゃんには白騎士に乗ってもらいます」

「あまり調子に乗るなよ束」

「ちーちゃん、私はもう我慢出来ないんだよ」

 

 さっきまでのお調子者の雰囲気が消え失せ、いつになく真面目な顔をした束さんがそこにいた。

 

「無能共にISを認めさせるにはこれくらいのインパクトがないとダメなんだよ。絶対に無視出来ない方法じゃないとね」

「だからと言って一般人を巻き込むつもりか?」

「ちーちゃんと白騎士、それに束さんがいれば被害なんて出ないよ」

「――ダメだ、それでも承諾できん」

「しー君、君が知っている“白騎士事件”について話してくれないかな?」

 

 なるほど、その為に俺を呼んだのか。

 

「“白騎士事件“か、神一郎、お前が知ってる未来では、束はミサイルを撃ったんだな?」

「そうですね。撃ちました」

「被害は?」

「死者は0です、負傷者の有無や建物への被害がどの程度あったのかは知りません」

「ISは世界に認められるんだな?」

「ええ、兵器としてですが」

「兵器か……束、お前はそれでいいのか?」

「しー君、ISは兵器としてしか見られてないの?」

「一応はスポーツ競技としての側面もあります。世界大会が開かれてIS同士で戦ったりしてますね」

「十年で世界大会か、うん、まぁまぁの浸透率だね」

「一度目の世界大会は白騎士事件から四~五年後ですからね。俺から見たら異常なんですが」

「どーせ上の連中がはしゃいだんでしょ?」

「だと思いますよ。なんせIS数機で国が落とせますからね」

「その辺までは束さんの計算どおりだね」

 

 IS兵器化も見越してるのか。だけど箒の将来も見えてるのか?

 

「束さん、ミサイルを撃った結果のメリット、デメリットは全部理解してますか?」

「なにかあるのかな?」

「個人的にはミサイルは撃って欲しくありません。なので俺が知っているお二人の未来を少しだけ話します。覚悟はいいですね?」

「覚悟? え? しー君は何を言うつもりなのかな?」

「私も何かあるのか?」

 

 さて束さん、貴女の覚悟を見せてもらいましょうか。

 

「束さん、ご自身の重要性を理解してますか? 確かに今回の件はISを世界中に広める事になります。が、ISが女性にしか乗れない事もあり女尊男卑の考えが同時に広まっていきます。それに加え貴女の頭脳が欲しがる奴らが大量に出てきます。なので頭脳目的の奴らから人質にされないよう、逆恨みした男共に危害が加えられないよう、箒は国の保護プログラムで日本各地を転々としながら政府の監視の下での生活を余儀なくされます。家族離散に加え一夏とも会えなくなるんですから束さんへの好感度はかなりヤバイですよ? 『は? 姉さん? 顔も見たくありません。誰の所為で一夏と離れ離れになったと思ってるんですか?』って感じですね」

 

「がふっ!」

 

 流石に箒に嫌われるのは堪えるのか、束さんは両手と膝を床に付けボディブローを食らったボクサーの様になっている。

 

「次に千冬さんですが」

「な、なんだ?」

 

 俺の言葉に身構える千冬さん。

 安心してください。一夏は貴女のことが大好きですから。

 

「千冬さんは織斑家の為にもまずお金稼ぎが優先ですよね? それならIS関連は美味しいですよ? なにせこれから世界中で最優先で開発される分野ですからね。それを束さんと二人で先頭に立って発達させて行くのですから利益は膨大です。未来の一夏もお金に困った様子はありませんでした。ですが、忙しすぎて中々家に帰れず、一夏に寂しい思いをさせてしまいます。将来一夏が反抗期に入ったら『俺と仕事どっちが大事なの?』とか言い出さないといいですね」

 

 千冬さんは一夏に言われた場面を想像したのか、苦い顔つきになった。

 大丈夫ですよ。一夏は心の中で思っても口には出さないと思いますから。

 

「箒ちゃんに……箒ちゃんに……」

 

 未だにショックから抜け出せない束さんが何やらブツブツ言っている。

 

「箒ちゃんに嫌われるなんて嫌だよ~~(ポチッ)」

「ギガガガギゴ!?」

 

 またも電撃に襲われ、床に倒れる。

 

「な、なぜに?」

「束さんもちーちゃんも心に傷を負ったんだから、しー君も負うべきなんだよ(ポチッ)」

「ゴギガガガギゴ!!」

 

 床に倒れビクンビクンと体が跳ねる。

 ただの八つ当たりだよね? もう嫌だ帰りたい。

 

「い、いや、だから、箒に嫌われたくないならミサイルは止めましょうよ」

「う~~でも、他の手段じゃ時間が掛かりすぎるんだもん」

 

 昔誰かが言ってたっけ、迷ってる時はすでに答えが出ているって。つまり箒に嫌われても引く気はないって事か。

 

「ISと箒、どちらが大切なの? なんて野暮なことは聞きませんが、我を通すなら箒のこともちゃんと考えて下さいね」

「うん、箒ちゃんのことだもん、ちゃんと考えるよ」

「千冬さんはどうします?」

「私は……」

「ちーちゃん、ちーちゃんは今の環境に満足してるの? 私はちーちゃんに埋もれてて欲しくないんだよ。ISが広まれば私の顔と名前も広がる、けど私だけじゃ嫌なんだよ。ちーちゃんには私の隣に居て欲しいんだよ」

 

 千冬さんの肉体スペックを考えれば、今のバイト三昧の人生なんて宝の持ち腐れだもんな。束さんはそれが我慢できないんだろう。

 そんな束さんをジッと見ていた千冬さんの口元は僅かに微笑んでいた。

 

「ISはお前の夢だったな。いいだろう、乗ってやる。神一郎の話を信じるなら、一夏が大学に行けるくらいは稼げそうだしな。だだし、絶対に被害がでない方法を考えろ。私とIS、上手く使いこなしてみせろ――それと、白騎士の正体は秘密にしろ。お前の隣くらい自分の力で立ってやる」

 

 素直に、お前の夢の為に手伝ってやる。って言えばいいのに。

 

「ちーちゃ~ん」

 

 束さんがルパン飛びで千冬さんに飛び付く。

 

「ふんっ!」

 

 それを見事な右ストレートのカウンターで撃退する千冬さん。束さんはそのまま壁にぶつかり――何事もなかった様にニコニコしながら戻って来た。

 パンチで人間を吹き飛ばす方も、壁に激突してノーダメージな方も、同じ人間に思えん。

 

「なんの真似だ?」

「ちーちゃんがデレてくれたからイケルかなって」

「お前はいつもいつも――」

 

 二人がじゃれあってるのは見てる分には微笑ましいんだけど。

 

「結局テロるんですね? それで一夏と箒はどうするんです? 一夏の方は千冬さんが気にかければいいですが、箒の問題は簡単じゃないですよ?」

 

 俺の問い掛けに二人の会話がピタリと止まる。

 なんだろう、束さんの笑顔は怖い。

 

「それはしー君に任せるよ」

「はい?」

 

 ちゃんと考えろって言ったよね?

 

「束さんも考えたんだけどね、ほら、束さんて人の心とか分かんないからさ、どうすれば箒ちゃんの為になるのか分からないんだよね」

 

 おぉ、意外と冷静な自己分析。

 

「白騎士がちーちゃんだって事をバラして、いっくんを箒ちゃんと同じ立場にする。ISで国を脅して今の生活を守らせる。いっくんを誘拐して箒ちゃんと二人を束さんが面倒を見る――どれがいい?」

「箒の幸せを考えればどれも有りですか、千冬さんが許さないかと」

 

 個人的には一考の余地有りなんだけどね。

 

「束、一夏を巻き込むな」

「うん、ちーちゃんに怒られたくないからね。だからしー君に頼むんだよ。しー君は箒ちゃんを妹にしたいんだよね?」

「なんで知ってるんですか? 妹にしたいと言うか、妹の様に可愛がりたい。ですが」

「箒ちゃんから聞いたよ。写真も自慢されちゃったよ~。あの箒ちゃんの笑顔を作ったしー君の手腕に期待してるんだよ」

 

 別に知られてもいい事だけど、微妙に恥ずかしいな。笑顔は一夏のお陰だと思うけど。

 

「了解です。断ってまた電流流されるのも嫌ですし、何かしら考えときます」

「うんうん。期待しているよしー君」

「それで束さん、ミサイルはいつ撃つんですか?」

「ん? 準備は出来てるよ。ちーちゃん次第だね」

「そうか、それでは今からやるぞ」

 

 なんの迷いもなくそう言い切った千冬さん。

 格好良すぎです。



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白騎士事件の開始です。

「ちーちゃん、どこか不具合とかあるかな?」

「ふむ」

 

 ISを展開し、ギュギュっと手を握り感触を確かめる千冬さん。

 

「大丈夫だ。問題ない」

「ふっふっふっ、それじゃあ準備は良いかな二人共?」

 

 束さんはさっきからニコニコしっぱなしだ。逆に千冬さんは随分落ち着いている。白い装甲に顔を隠すバイザーをつけて静かに立っている。その様はまさに騎士。うん、格好良いな。

 

「待ってください。千冬さん、ちょっと、ポーズお願いします」

「お前は何をしている?」

「記念写真です。ん~騎士と言ったらお姫様抱っこですよね。束さん姫役お願いします」

 

 ケータイを構えながら指示をだす。

 

「えっ!? ちーちゃんと写真!? やるやる~」

 

 千冬さんに向かって、ぴよ~んと飛び付く束さん。

 流石にISを展開した腕で殴るのはマズイと思ったのか、千冬さんは苦々しい顔で抱きつかれた。

 首にぶら下がってるだけだから、お姫様抱っことは言えないが、まぁいいか。

 

「目線おねがいしま~す(パシャ)」

 

 片方はしかめっ面、片方は満面の笑み、この二人は本当に対照的だね。ただ――

 

「これからテロ行為をする人達には見えませんね」

「それを言うな」

「さーて、今度こそ良いかな? ポチッとな」

 

 千冬さんから離れた束さんがパソコンのキーボードを押す。

 早い、早すぎるよ束さん。今こっちの二人はおしゃべりしてたよね? どんだけミサイル撃ちたいんだよ。

 今頃、基地の皆さんは阿鼻叫喚だろうな。鳴り止まない電話、飛び交う怒号、責任問題、うっ胃が。

  

「では行ってくる」

 

 天井が開き青空が見える。

 まるでコンビニにでも行くかのような気軽さで千冬さんは出撃した。

 

「「いってらっしゃ~い」」

 

 それを二人で手を振って見送る。

 

「しー君、こっちでちーちゃんの活躍を一緒に見よーぜ」

「これは千冬さん視点の映像ですか? 良い絵ですね」

 

 画面一杯に広がる青空に白い雲。

 いいなぁ。俺も早くISが欲しい。

 

「ちーちゃん、聞こえてるかな?」

『聞こえている』

「手はず通りまずは西に向かってね」

『了解だ』

「世界よ、私とちーちゃんとISの力を思い知るがいい!」

 

 どこぞのラスボスの様なセリフを吐く束さん。本当にノリノリだな。

 さてと、大人しく見学するか。

 

 

 

 

「ちーちゃん次はそこから北に150キロ地点にミサイル135発」

『あと三分で到着する』

「よろしく~、おっと、生意気にも束さんからミサイルの制御を取り返す気かな? その程度で束さんに挑もうとは片腹痛いんだよ~」

 

 千冬さんに指示を出しながらキーボードをカタカタと打ち込む束さん。

 画面では白騎士がミサイルを切り払って無双している。

 さっきからこの繰り返しだ。まるで出来のいい映画を見ているかのような気分になる。でもこれ現実なんだよね。

 

「しー君さ、さっきからつまんなそうだよね?」

 

 心の内が顔に出ていたのか束さんが訪ねてきた。

 別につまらない訳じゃないんだけどな。

 

「つまらないって訳じゃないですよ。ん~なんて言えばいいのかな? 勿体無い?」

「“もったいない?” なにが?」

「ISの使い方……ですかね。あんなミサイルを追いかけ回すより、海に飛び込んでマグロの群れでも追いかけた方が面白そうじゃないですか?」

 

 俺の返事が意外だったのか、束さんは手を止めてクスクス笑っている。

 

「確かにそっちの方が面白そうだね。それで夜はマグロパーティーでもする?」

「良いですね。解体は千冬さんにお願いして、一夏と箒と俺で料理して、束さんは……あれ? 出番なくね?」

「束さんだって料理くらいできるよ!」

「それじゃあ料理対決でもしますか。束さん製ダークマターは千冬さんに処理してもらいましょう」

「しー君、束さんを料理できないキャラだと思ってない?」

「料理した事あるんですか?」

「ないよ?」

 

 それはメシマズフラグだよ束さん。

 

『束、終わったぞ』

 

 束さんと話しているうちに、千冬さんは全てのミサイルを撃ち落としたらしい。

 

「お疲れ様だよちーちゃん。んふ、お偉いさん達はどこもかしこも白騎士と軍施設へのハッキングの話題で持ちきりだよ~」

『その結果がアレか?』

 

 千冬さんを通して見る空には飛行機らしき物が見える。

 

「“某国の戦闘機っぽい正体不明の戦闘機”だね。目的は白騎士だよ。流石ちーちゃんモテモテだね」

『IS目的か、アレはほっといていいんだな?』

「ちーちゃん目的の奴らなんて落としちゃっていいよ?」

『このまま帰ってもいいが、白騎士を探して日本上空をウロウロされても邪魔だな。飛行不能にしてから戻る』

「ちーちゃんは優しいね。了解だよ。早く帰って来てね~」

 

 白騎士事件はこれで終了か。

 

「さて、俺は先に帰りますね」

「ちーちゃんが戻って来るまで待たないの?」

「俺が居ても邪魔でしょうし、束さんもこれから忙しいでしょ? 今回の騒ぎが落ち着いたら連絡ください」

「落ち着いたらしー君の体を調べたいしね。わかったよ」

「調べるのは構いませんが、手加減してくだいね? それと……色々頑張ってください」

「ふぇ? うん、がんばるよ?」

 

 何に対して応援してるのか理解してないっぽいな。でも口で言ってもしょうがない。とりあえず後で一夏に連絡しとくか。

 せめて俺みたいなダメ人間じゃない、ちゃんとした味方が現れる事を祈ってますよ束さん。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 早いもので白騎士事件と呼ばれた出来事から一週間たった。

 事件の夜にはテレビに束さんが出ていた。そこで改めてISを発表、ISを認めなかった学者共を小馬鹿にし世間を沸かせた。その一方、篠ノ之家には連日テレビ局と野次馬が群がり箒は学校を休んでいた。

 しかし、今日になってやっと政府の介入が入り神社周辺からテレビ局が消え、野次馬は警察に注意され渋々離れて行った。そんなある日。

 

「お待たせしました。千冬さんからの呼び出しとは珍しいですね」

 

 俺は千冬さんに呼び出されて篠ノ之神社に来ていた。

 

「わざわざすまないな。実は柳韻先生から連絡があった。束が帰って来ているらしいんだが、どうも様子がおかしいみたいでな。箒の呼び掛けにも答えず部屋に引きこもってるようだ」 

「箒を無視するのは信じられないですね。それで様子を見に行こうと?」

「あぁ、お前の力が必要になるかもしれん」

「何が出来るかわかりませんが。了解です」

 

 二人で境内の家に向かいチャイムを押す。

 

『はい、篠ノ之です』

 

 インターホンに出たのは箒だった。ここ数日何人もの人が訪ねて来たのだろう、声は小さくどこか怯えている様だった。

 

「箒? 神一郎だけど開けてもらっていいかな? 千冬さんも一緒にいるよ」

『神一郎さん!? 今開けます』

 

 鍵が開く音が聞こえ、玄関から箒が出てきた。

 

「千冬さん、神一郎さんお久しぶりです。今日は姉さんに御用ですか?」

「うん、千冬さんと様子を見に来たよ。大変だったみたいだね。箒は大丈夫?」

「今は外出してますが、家に来た人の対応はお父さんがやってくれました。電話は全部雪子さんが出てくれましたし……私なんて全然役に立たなくて……」

「箒はまだ子供なんだから無理して大人の会話に混ざらなくてもいいんだよ。箒の仕事は別にあるよ――はいお土産。柳韻先生と雪子さんが帰ってきたら、お茶とお菓子を出してあげて」

「はい。ありがとうございます」

 

 箒を残して外出か、国のお偉いさんとでも会っているんだろうか?

 

「それで、束さんは部屋にいるのかな?」

「はい、昨日帰って来たのですが、いくら話しかけても部屋から出て来てくれなくて……私、姉さんに嫌われてしまったのでしょうか……」

「束さんが箒を嫌うなんてありえないよ。ね? 千冬さん」

「そうだな。あいつがお前を嫌うなど決してない。多方疲れて寝ているだけだろう」

 

 千冬さんがそう言って優しい顔をする。

 一夏以外にもそんな顔するんですね。

 

「千冬さん、ありがとうございます」

「何がだ?」

「一夏の事です。最近、毎晩電話をくれるのですが」

「それは神一郎の差金だ」

「そうだったんですか。神一郎さんありがとうございます」

「箒も疲れてると思ってね。好きな人とお話すれば少しは気も落ち着くでしょ?」

「はい」

 

 嬉しそうに微笑む箒、うんうん、一夏に毎晩の電話するように言っておいて良かった。電話料金代わりに干物詰め合わせを渡したかいがあったな。一夏も箒が心配だったらしくあっさり了承してくれし。

 

 箒を残し二人で束さんの部屋に移動する。

 

「束、入るぞ」

 

 ノックもせずにドアを開けようとする千冬さん。

 しかし、鍵がかかってるらしく、ドアはガタガタッと動くが開く気配はない。

 

「束、開けろ」

 

 千冬さんが呼びかけるもさっきから束さんの反応がない。

 本当に部屋に居るんだろうか? あまりの無反応ぶりにそう思っていたら。

 

「ちっ」

 

 舌打ちと共に、ドンッ! と何かを破壊する音が隣から聞こえた。

 なんて事はない、千冬さんがドアに向かってヤクザキックをかましただけだ。

 そのまま部屋に入る千冬さん、大きな音にビックリしたんだろう、箒の心配そうな声が聞こえる。それに大丈夫だよと答え自分も束さんの部屋に入る。

 

「千冬さん、流石に今のはどうかと思います」

「居留守する方が悪い。お前もそう思うだろ? 束」

 

 部屋には灯りが点いてなく、窓からの光も真っ黒なカーテンで遮光されいた。

 パチッと灯りが点く、千冬さんが壁のスイッチを入れた。

 改めて部屋を見回して絶句した。並んで置いてあったモニターは全て画面が割られ、あちらこちらに何かの機械であっただろう物が粉々になって床に転がっていた。部屋の中は破壊尽くされていたのだ。

 

 そして、その破壊を行ったであろう本人は体育座りで壁に寄りかかりっていた。

 

「こんにちは、ちーちゃん、しー君」

 

 髪はボサボサ、目の下ににクマを作り、悲しげに笑っている束さん。

 茶化す雰囲気でないのは百も承知だが、紳士としては見逃せない。

 

「とりあえずスカートでその座り方は止めましょう。パンツが丸見えです」

 

 自分の部屋だからか油断してたのか、外見を気にする余裕が無いのか分からないが、スカートが大きく捲れ、白い太ももと白いパンツが丸見えでしたご馳走様です。



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天災の悲しみ

 無音、圧倒的な無音である。誰も言葉を発せない。注意した俺も言葉が続かない、だって、女の子に『パンツ見えてますよ?』なんて言ったの二十年以上生きてきて初めてだもん、ここからどうすればいいかなんてわかりません。頼む、誰か何とかしてくれ。

 

 三人が固まってる中、一番最初に動いたのは束さんだった。

 

 サッとスカートを直し。

 

「こんにちは、ちーちゃん、しー君」

 

 少し頬を赤くした束さんは、テイク2をお望みのようだ。

 

「ほう、お前にも羞恥心があったんだな」

 

 しかし、普段いじられ役の親友はこの機を逃がす気がないらしい。ニャっと笑い束さんをからかう。

 これは乗るしかないな。具体的には電流の恨み的に。

 

「白って意外でしたね。大人ぶっての黒か服に合わせて青やピンクかと思ってました」

「こいつは下着には拘らない。この前まで箒とお揃いのキャラモノを履いていたしな」

「キャラモノですか、年齢考えると痛いですね。でもちゃんとした白で良かったです。薄汚れた白だったらどんな顔すればいいのか困りますから」

「その辺は箒がちゃんと洗濯に出すように言ってたからな」

「妹に言われないと洗濯しないとか女として終わってますね。まぁ、研究に没頭して数日は風呂なし着替えなしとか普通にありそうですけど」

「普通にあるな、風呂ぐらい入れといつも言っているんだが」

「自分で作った消臭剤とか使ってそうですよね」

「お、お前、それは流石に」

 

 口を抑えて笑いを我慢している千冬さん。

 束さんは膝に顔を埋めぷるぷると震えている。

 

「賭けます? 俺は箒に臭いって言われたくないから使ってると思うんですよ」

「い、いや止めておこう、負けが見えてる」

 

 千冬さんスゲー楽しそうですね。手で口元も抑えるどころか背中を丸めてピクピクしている。

 と、調子に乗ったのが悪かった。

 

「んだらしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 束さんが乙女として大事な何かを失った声を出して立ち上がった。

 それと同時に。

 

「サンダガ!?」

 

 バリバリと電流に襲われ床に倒れる。

 こちらに向かって、ゆらりゆらりと近づいてくる束さん。

 倒れてる俺の顔を覗き込み。

 

「遺言どーぞ」

 

 あかん、正気じゃない、目から光が失われてる。その証拠に未だに電流が止まらない。

 だがもう後には引けないんだよ。

 

「な゛い゛す゛は゛ん゛つ゛」

「シ・ネ」

 

 そう言って俺に向かって腕を伸ばす、しかし、今回は俺には味方がいる。

 

「やめんか」

 

 ズゴンッと束さんの頭に鉄拳が落ちる。

 

「あいたっ!?」

 

 人間の頭からしちゃいけない音を鳴らせ、束さんは頭を抑えしゃがみ込む。

 今度は頭を抱えぷるぷると震えている。

 

「束、話を聞いてやるからまずは座れる場所を作れ」

 

 そこに追い打ちを掛ける千冬さんマジ恐ろしい。確かに床は機械片などが散らばり座れる場所がないけれど、なにも今言わなくても……流石に同情する。

 電流が止まったので立ち上がり、束さんに視線を向ける。

 

「…………」

 

 頭を抱えながら負のオーラを発している。

 いつもなら千冬さんの鉄拳にも大喜びなのに、かなり重症だな。

 少し言いすぎたかな? そう思い謝ろうとした時。

 

「なんで優しくしてくれないの~~!?」

 

 勢いよく立ち上がり束さんが吠えた。

 

「私落ち込んでたじゃん? いつもと違う感じだったじゃん? なのになんなんだよ二人共!? パンツ見えてるとかお風呂入ってないとか消臭剤使ってるとか! そんな事より慰めてよ甘やかしてよ優しくしてよ! なんでちーちゃん拳骨されなきゃいけないんだよ~!?」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる束さん。思ったより元気そうで安心した。

 

「パンツ見えてたのは事実だし、お風呂入ってないのも本当だし、消臭剤も実際使ってるじゃないですか」

「パンツは見えないフリしてよ。お風呂は入ってないけどシャワー浴びてるもん。消臭剤なんて事実無根だよ! 束さんはいつだってフルーティーな匂いだもん!」

「汗がスイカの匂いの人とかいますもんね。束さんもそのタイプで?」

「ちっが~~う!」

 

 両手で顔を抑えサメザメと泣く束さん。

 いいわぁ。かわいいわぁ。

 

「束さんて涙目似合いますね。ちょっとしゃがんで上目遣いお願いします」

「しー君はなんでケータイ構えてるのかな!?」

「束さん、この世は弱肉強食なんです。隙や弱みを見せる方が悪いんです。さぁ、理解したなら早くポーズお願いします」

「束さんは時々しー君を理解出来ない時があるよ……」

 

 シクシクと泣きながら希望通りのポーズをしてくれた束さんって素敵。

 

 

 

 

 床を軽く片付け三人で座る。

 

「束、バイトの時間を削ってここに来ているんだ。さっさと話せ」

 

 セリフこそ辛辣だが、千冬さんの声に刺はない。

 

「ちーちゃんも優しくないし、束さんの心はヒビだらけだよ。とは言え何処から話せばいいのかな? ん~と、しー君は束さんの夢は知ってるかな?」

「多少の予想は出来ますが、ちゃんとは知りませんね」

「ISを世界に認めさせる事。そしてISで人間が宇宙に進出する事だよ」

「普通に良い夢ですね」

「うんうん、しー君ならわかってくれると思ったよ。それなのにアノ無能共ときたら!」

 

 話している内に語尾が強まる束さん。

 ISの兵器化の可能性は考えてたはずだし、白騎士事件でISの知名度は広がってる。

 一体何があったんだ?

 

「束、この一週間に何があった?」

 

 千冬さんも同じ事を考えてたらしい。

 

「私はねちーちゃん、国の代表や軍事企業、様々な研究所の奴らと会ってたんだよ。無能ばかりだったけどね」

 

 ISを世界に広める手段としては普通だな。セクハラでもされたのか?

 

「それで? まさかその程度で荒れてた訳ではないんだろう?」

「だってアイツ等、ISを戦争の道具か金儲けの道具程度にしか見てないんだもん!」

 

 あれ?

 

「その辺は納得済みじゃないんですか?」

「しー君、ISの兵器化は納得してた訳じゃないよ。だけど無能共がISの力を見れば兵器として見るのは予想出来たからね。最初は兵器として見られるのはしょうがないと思った。だから、これから少しずつ方向修正して行くんだよ」

 

 とりあえずISを広めて、最初は兵器として見られるが、それから徐々に本来の宇宙服として使われるように誘導するつもりだったのか。

 ますます何で荒れていたのかわからんな。

 

「それで結局、何が気に食わなかったんです?」

「それは……」

 

 言葉に詰まる束さん。本当に何があったんだろう?

 そしてなんでチラチラと俺を見る?

 

「束さん、俺が何かしましたか?」

「やっ、しー君が何かした訳じゃないんだけど……」

 

 そんな反応されたら俺に原因があるみたいじゃないか。でも俺に対して怒ってる感じじゃないし。

 俺と束さんの間に微妙な空気が流れる。

 

「束、お前さては期待していたな?」

 

 その様子を見ていた千冬さんは何かに気付いたようだ。

 

「ちーちゃん、もう帰らない? 私そろそろお腹すいたな~」

 

 もの凄い下手な話のそらし方だ。目が泳いでるし冷や汗かいてる。

 それにしても、期待とはいったい?

 

「神一郎はわからないようだな。教えてやろうか?」

 

 楽しげな口調で千冬さんが聞いてくる。

 

「降参です。教えて下さい」

「こいつはな、ISの兵器化も予想していたし、金儲けの道具として見られるのも理解していた。だが、それが全てではない、中には純粋にISを認め自分と同じ夢を見てくれる同志が居ると思っていたんだろう。だが、お前が会った人間の中にそんな奴は居なかった。違うか束?」

「その通りだよちーちゃん。私はこの一週間で会った奴らの中にISの凄さを理解出来る奴なんて誰もいなかったよ」

 

 疲れた顔でそう言葉を吐き出す束さん。

 なるほど、仲間が出来ると期待してたけど、いざ会ってみたら結局はぼっちのままだったと。それで流石の天災も傷ついちゃったのか。

 

「けどそれに俺が関係あります?」

「お前は束の仲間みたいなものだろ? お前という存在が居たから束は他にも仲間がいると期待した。結果はダメだったみたいだがな」

「別に今は宇宙進出とか考えてませんよ?」

 

 将来はわからないが、まずは地球を楽しみ尽くしたいし。

 

「でも……しー君はISを兵器として見なかった」

 

 束さんが真っ直ぐな目でこちらを見てくる。

  

「俺は政府の人間でも軍人でもありませんからね。束さんが会ったのは権力者ばかりですよね? 一般人なら束さんと同じ夢を見てくれる人はいると思いますよ?」

「本当に?」

「たぶんきっとMaybe」

 

 ごめん。ラノベの世界だから断言出来ない。

 

「グスン」

 

 束さんはまた体育座りで落ち込んでしまった。

 千冬さんと目が合う。

 

「何をしている。早くなんとかしろ(ひそひそ)」

「ここは親友の出番では?(ひそひそ)」

「やれと言っている(ギロ)」

「イエスマム」

 

 千冬さんに脅されたらしょーがない。

 束さん後ろに回り込み。

 

「束さん、ちょっと失礼」

「しー君?」

「足伸ばして――頭をここに、そうそう」

「えっとこれは……」

「膝枕ですね」

 

 そう膝枕、こういうシチュエーションなら膝枕でしょ。

 束さんの頭をゆっくりと撫でる。

 

「話は変わりますが、俺はお二人の二倍は生きていたんですよ」

「そ、そうなんだ」

 

 恥ずかしいのか、束さんの声が上擦っている。

 

「なのに何でお二人に敬語だと思います?」

 

 敬語と言うかタメ敬語だけど、初めて会った時から言葉使いは変わっていない。たまに素が出そうになるけど。

 

「元々の口調じゃないの?」

「ちょっと違いますね。理由はですね。お二人が年齢の割に精神が大人なので一人前扱いしているからです」

「そうなんだ」

「そうなんです。だけど、今から少しだけ子供扱いするけど許して下さいね?」

「しー君?」

 

 ゆっくり、ゆっくり、優しく髪を梳かす。

 

「束、俺は本当に嬉しいんだよ」

「ほえ?」

 

 束の目が驚いて大きくなる。

 

「束が作ったISは本当に凄いよ。俺はさ、本当に楽しみでしょうがない。束にISを貰ったら何処に行こうか、何をしようか、考えるだけでテンションが上がる。世界中の観光地を巡り、絶景スポットを見る。普通の人間には出来ない事だよ? なにせ時間と金が掛かりすぎるし、場所によっては、特殊な訓練や資格がいる。けどISが有れば問題なくなる」

 

 今度はぐしゃぐしゃと強めに頭を撫でる。

 

「ISが有れば、飛行機代も入国審査も特別な訓練も無しで何処でも行けるからな!」

「しー君、それ犯罪だよ?」

「バレなきゃ犯罪じゃないって邪神様が言ってたから大丈夫」

 

 前髪に隠れた束の顔は少し笑ってる様に見える。

 

「ISの兵器化? こんな素晴らしい物をただの人殺しの道具にするとか勿体なさすぎる」

「『ミサイルを追いかけるよりマグロの群れを追い掛けた方が面白そう』だったか?」

 

 白騎士事件の時の会話の事だろう。千冬さんも聞いていたらしい。

 

「あぁ、確かにその方が楽しいと思うぞ? なにせ実際にミサイルを追い掛けてた私が言うんだから間違いない」

「ちーちゃん、しー君」

 

 束の顔に笑みが広がる。少なくとも、ここにはISの兵器化なんて望まない人間が二人いる。その事が嬉しいんだろう。

 

「なんだ束、随分嬉しそうだな。そんなに神一郎の膝枕が嬉しいのか?」

 

 ニヤニヤとしながらからかう千冬さん。

 

「ち、ちがうもん!」

 

 慌てて身体を起こそうとする束。その頭を抑えつけ無理矢理膝枕を続行させる。

 

「しー君!? は~な~し~て~」

 

 ジタバタと暴れる束の頭を撫でて落ち着かせる。

 

「千冬さん、あんまり束を虐めちゃダメだよ」

 

 今の束を弄りたくなる気持ちはわかるけどね。

 

「しー君はさ」

「うん?」

 

 暴れていた束が大人しくなる。

 

「宇宙に興味ないの?」

 

 宇宙でやってみたい事あんまりないんだよね。無重力体験や某CMみたいに無重力でカップラーメン食べるとか、そのくらいしか。いやもう一つあるな。

 

「宇宙か……そうだな、最近ちょっと考えた事がある」

「なになに?」

 

 目をキラキラしながら食いつく束さん。

 

「将来、老後は火星で畑を耕しながらのんびり暮らしたい」

 

 どこまでも続く赤い大地に鍬を振り下ろし、木々を植え野菜を育てる。まさに至福の老後だろう。

 しかし。

 

「老後って。しー君老けすぎ」

 

 束は爆笑。千冬さんもこちらに背を向け笑っている。

 

「お前ら、笑っていられるのも今のうちだぞ。ハタチ過ぎたら人生なんてあっという間なんだからな」

 

 人の老後の夢を笑うなんて失礼な奴らだ。

 

「ごめんしー君。馬鹿にした訳じゃないんだよ? むしろ嬉しいんだよ」

「そうだな、神一郎の夢はいつも楽しそうだ」

「俺は二人が楽しそうでなによりだよ」

 

 二人に笑われながら束の頭を撫でる。

 二人の笑い声が止まり、まったりとした雰囲気が部屋を包む。そのうち、スゥスゥと寝息が聞こえてきた。

 

「寝たのか?」

「そうみたいです」

 

 俺の膝の上では束が静かに眠っていた。

 疲れていたんだろう、とても穏やかな寝顔だ。

 

「こうして見るとこいつも可愛いんだが」

 

 千冬さんが寝顔を見つめながら微笑む。

 

「そのセリフは起きている時に言ってあげて下さい」

「断る。起きているこいつは可愛くない」

 

 二人で寝顔を見ながら笑い合う。

 

「千冬さん。少し代わってくれません? 足が痺れてきました」

「ん? しょうがないな。たまにはいいか」

 

 束さんを起こさないよう気をつけながら頭を持ち上げ千冬さんと代わる。

 足が痺れたと言ったなそれは嘘だ!

 束さんの頭を撫でながら優しい顔をする千冬さん。もらった!

 

「カシャ」

 

 レアシーン頂きました。

 千冬さんの動きが止まる。

 

「神一郎、なんの真似だ?」

「思い出に一枚撮っときました――おっと、下手に動くと束さんが起きますよ?」

「くっ」

 

 動こうとする千冬さんに釘を刺す。

 

「それでは俺は箒とお茶でも飲んで来ますので、お二人はごゆっくり」

「お前、覚悟しとけよ?」

 

 こちらを睨みながらも、その手は相変わらず束の頭を優しく撫でている。まったく素直じゃないな。

 二人を置いて部屋を出る。

 さびしんぼうの天災に良い夢を。



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天災をからかうには覚悟が必要

 薄暗い地下室、そこは異質な部屋だった。

 四方は剥き出しのコンクリートに囲まれ、中央には簡素なベッドが一つ。その上には子供が一人横になっている。

 その子供は小学生くらいの男の子だった。手術着の様な服を着て、四肢を鎖でベッドに繋がれいる。

 少年が鎖から抜け出そうと藻掻くたびにジャラジャラと音が鳴る。

 その側には白衣を来た女が楽しそうにその少年を見下ろしていた。

 

「そろそろ覚悟できたかな?」

 

 女は、今から自分のする行為が楽しみでしょうがない。そんな様子だった。

 

「くっ……殺せ!」

 

 少年はそんな女を睨み付ける。その顔に恐怖はない。あるのは怒りの表情である。お前を喜ばせるくらいなら死を選ぶ。そんな覚悟を持った顔だ。 

 

「往生際が悪いね。殺さないし、死なせない。君の体は私のモノだ。諦めるんだね」

 

 見せつける様に手にゴム手袋を着ける女。

 そしてその手を少年に伸ばす。

 

「よせ! やめろ! 俺にはまだ無理だと言っているだろう!?」

 

 鎖を激しく鳴らしながら少年を身を捻ってその手から逃げようとする。

 

「無理かどうかを確かめる為の実験だよ? 人間やってみなくちゃ分からないじゃない?」

 

 少年の怒りの声を聞き、女の笑はさらに深くなる。

 恐怖を煽るかのように、ゆっくりと女の手が少年に触れる。

 

「これが人間のやることかよぉぉぉぉぉ」

 

 

 

 

 

 つぷっ

 

「アッーーーーーーー!!!!」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 話は少し巻き戻る。

 

 

「それではこれから、しー君の健康診断を始めます」

 

 前に会ってから数日後、まだまだ忙しいはずの束さんに呼び出されたいた。

 すっかり元気になったみたいで、いつものエプロンドレスに白衣を着てメガネを掛けている。

 完全武装だな。後で一枚お願いしよう。

 それよりも。

 

「健康診断もいいですが、そんな事やってる暇あるんですか? 白騎士事件からそう時間は経ってないんですから、今が大事な時期なんですよ? その辺わかってますよね?」

 

 何しろこれからISコアの製作や、IS関連の知識を広めるなど色々やる事があるはずだ。こんな事している暇なんてないだろうに。

 

「それではこれから、希少実験動物“転生者”の解剖実験を始めます」

「束さんの白衣姿って素敵ですね。メガネも良く似合ってますよ」

「しー君のそうゆう性格嫌いじゃないぜ」

 

 一瞬感じた殺気は嘘だと思いたい。

 

「しー君、束さんは最近色々やってました」

「はい?」

 

 急にどうした?

 

「具体的には、自称科学者(笑)にISの事を教えたり。ISを独占しようとする馬鹿共を制裁したりしてました」

 

 ふむふむ。

 

「ふふふ……アイツ等はね、やれ日本語じゃなくて英語で話せとか、やれISの技術を提供しないと家族に手を出すぞとか……」

 

 束さんの目から光が失われていく。

 

「ふっざけんな~! 教わりに来たんだろ? なら相手の母国語くらい覚えて来いや! 箒ちゃんに手を出す? 社会的に殺してやるから掛かって来いや!」

 

 ふんがーと叫ぶ束さん。

 色々溜まってるんだね。

 

「しー君、束さんはね、やりたい事しかやりたくない派なんだよ」

 

 うん。そうだろうね。

 

「だからね、最近ストレスが半端ないのさ……なので、ストレス解消の為にも、やりたい事をやろうと思います!」

「それが健康診断なんですか?」

 

 解剖されなきゃ別にいいけど。

 

「しー君の身体を調べたい! その欲求をもう我慢出来ないんだよ!」

 

 テンション高いなぁ、楽しそうでなによりです。

 

「契約ですからね。了解です。くれぐれも常識の範囲内でお願いしますね?」

「いやっほ~! まずは血を頂くぜ~!」

 

 人の話聞こうぜ先生。

 

 

 

 

 血を抜かれた後、病院の手術着の様な服に着替えさせられベッドに寝かされる。

 体にはペタペタとコードを付けられ、ベッドの周りは見たことのない用途不明の機械に囲まれてる。

 

「さてさて、手は忙しいけど口は暇だからね。お喋りしよーぜしー君」

 

 束さんはベッドの横に立ちながら空中にディスプレイを出しせわしなく手を動かす。

 

「俺も横になってるだけで暇ですからね。賛成です」

 

 思いの外良心的な検査で気が緩み、眠くなってきたし丁度いい。

 

「よろしいならば尋問だ! しー君の秘密を全部暴いてやるぜ~」

 

 今日の束さんは本当にテンション高いな。

 

「ばっちこーい」

「しー君の好きな食べ物、嫌いな食べ物は?」

「好きなものは多いですね。甘いのも辛いのも好き、肉も魚も好き。てか食べるのが好き。嫌いなものはホヤ」

「しー君の好きなタイプは? 逆に嫌いなタイプは?」

「綺麗系より可愛い系、年齢はあまり気にしません。できれば趣味が合う人がいいな。嫌いなタイプは、アウトドアにヒール系を履いてくる人とマナーを守らない人」

「しー君てオタク趣味だよね? PCの中身もそんな感じだし。なのにアウトドアも好きって珍しいよね?」

「オタクのPCの中身は女子供が見て良いものじゃないぜお嬢さん」

 

 体が子供だから性欲がない、だからそんなにエグいのは入ってないが、後数年もすれば……うん、年頃の女の子に性癖モロバレとか死にたくなるな。

 

「それとアウトドア趣味とオタク趣味は一緒に楽しめるんですよ」

「そうなの?」

「例えば近くの山にキャンプをしに行くとしましょう」

「うんうん」

「自転車にテントとキャンプ道具を積みアニソンを聞きながら山を登ります。キャンプ場に着いたらテントを張り、湖に釣り糸を垂らしながらゲームをします。夜は釣った魚を焚き火で串焼きにして食べます。最後に寝袋に入りランタンの灯りでラノベを読んで就寝します」

 

 語っていたら行きたくなってきた、子供には夏休みと冬休みがあるからな。今から楽しみだぜ。ビバ義務教育。

 

「しー君も結構変わってるね」

 

 束さんの顔は少し呆れ気味だ。

 

「マイノリティなのは理解してますよ」

 

 今は時代が追い付いてないだけさ。

 十年後にはそれなりに同好の士がいるはず。

 

「そういえばしー君の口調戻ったね? 呼び捨てじゃなくなってるし」

 

 今更じゃない?

 

「アレはあの時だけの特別サービスです」

 

 オタクは女性にタメ口とか難しい生き物なんや。

 

「別に束さん的にはあのままでも構わないけど?」

「残念好感度が足りない」

 

 前世でもタメ口で話す女性なんて片手で足りる程度だったからな~。

 全員オタ友の女子だったけど。

 

「ふ~ん束さんはまだ好感度足りないんだ?」

 

 なぜか束さんの目付きが怖い。

 

「えーと、なんで怒ってるんです?」

「べっつに~、怒ってないし~」

 

 白地(あからさま)に不機嫌なんだが、これはまさか……。

 

「束さん、束さんにとって俺ってなんです?」

「ん? 急にどうしたの?」

「いいから教えて下さい」

「実験動物に決まってるんじゃん」

 

 フンッと顔を背ける束さん。

 やはりこれはアレか?

 

「そうなんですか。俺は束さんと友達になりたいと思ってたんですが……」

 

 寂しそうな顔をしてみる。

 

「そ、そうなんだ? まあ? しー君がどうしてもって言うなら考えてもいいけど?」

 

 落ち着き無く自分の髪を触る束さん。

 なんだろうこれ、心がホッコリしてきた。

 

「よくよく考えれば自分達はただの契約関係、IS貰ったら二度と会うこともないでしょうし、無理して仲良くする必要ないですね」

 

 少し意地悪なこと言ってチラリと横目で様子を観察する。

 そこには涙目で何かを我慢する女の子がいた。

 こうして見ると年相応の可愛い子だな。

 

「束さんはそんなに俺と友達になりたいの?」

「なっ!?」

 

 からかう様に問いかける。

 束さんは顔を赤くして口をパクパクさせてる。

 切っ掛けは前回の篠ノ之家での出来事だろうな。あの時、束さんの中で俺の立ち位置が変わったに違いない。

 それにしたって。

 

「ちょっと優しくされたくらいで簡単に心を許すなんてチョロ過ぎだろ。お兄さんは束ちゃんの将来が心配だよ」

 

 いやホント、俺がハーレム系転生者なら美味しく頂いてる所だよ。

 

「しー君?」

 

 ニヤニヤと笑っていたら、束さんの冷たい目がこちらを射抜く。

 

「血液の他に体液も欲しんだけどいいかな?」

 

 体液ってなんだろ。汗? 唾?

 俺の疑問顔を見ながら天災が笑う。

 

「精液だよしー君。精神的には大人なんだし、体は早熟だと思うんだよね」

 

 こいつは何を言っているんだろう?

 

「流石にまだ精通してないよ?」

 

 残念ながらまだお子ちゃまなんだよ俺は。

 

「う~ん、とりあえず前立腺刺激してみようか? それでイケルかもしれないし」

 

 可愛いお口から漏れる言葉が呪詛に聞こえるのは疲れてるからかな?

 ジッと束さんと見つめ合う。

 うん、こいつ本気だ。

 

 ダッ(ベッドから飛び起きて逃げる音)

 ガシッ(その肩を掴む音)    

 

「前にも言ったよね? 魔王からは逃げられないんだよ?」

 

 その言葉を耳に届くと同時に意識が薄れる。

 

「くそっ……たれ」

 

 そうして俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後、俺は部屋の角で体育座りしていた。

 夢だと思いたいがお尻の痛みがそれを否定する。

 久しぶりに泣いたよ。男として大事な何かを失ってしまったよ。

 

「しー君、ごめん、束さんが悪かったよ。だから機嫌直してよ」

 

 悪いと思ってるなら、さっきの俺の記憶を消してください。

 

「束さん、本当に悪いと思ってます? 束さんから見れば一夏に浣腸されたようなもんですよ?」

 

 束さんは頬に手を当て考えている。

 頬が紅く染まる。

 そのうち頬に手を当てたまま体をクネクネさせ始めた。

 駄目だこいつ早くなんとかしないと。

 

「篠ノ之さん、少しは反省してくださいね?」

「しー君?」

「何でしょう箒のお姉さん?」

「なんで名前呼んでくれないのかな~って」

「はっはっはっ。人の尻の穴を狙う変態と仲良くなりたくないからだよ」

「うわぁ~ん、しー君ごめんてば~」

 

 束さんが抱きついてくる。

 頭に当たる柔らかい感触に全てを許しそうになるのはしょうがないと思う。

 

「束さん、反省してます?」

「うん。流石の束さんも悪乗りが過ぎたよ。お詫びに近いうちにISを作ってあげるから許して?」

 

  いきなりの提案で驚いた。

  

「流石にそこまでしなくていいですよ? 反省してくれてるならそれでいいですから」

 

 気持ちは嬉しいけど、約束は約束だ。いくら親しくなったとは言えそこは破るべきではない。

 

「理由があるんだよしー君。なんでしー君がISに乗れるのか。それを調べるには身体データだけじゃなくて起動データなんかも欲しいんだよ」

 

 それは……わからないでもない理由だな。

 

「しー君、頬が緩んでるよ?」

 

 束さんがニマニマとしながらホッペをつついてくる。

 どうやら俺は笑っているらしい。

 

「さっきから束さんのおっぱいが当たってて気持ちいいからです」

 

 素直にお礼が言えないのはこの人が悪いと思う。

 束さんはゆっくりと俺から離れてにっこり笑った。

 

「少し頭冷やそうか?」

「ライディン!?」

 

 名言と共に電撃も貰う。

 桃色レーザーじゃないだけましか。

 電撃喰らいながら笑っている自分に苦笑しながらゆっくり意識を手放した。




友人A:プロローグとかと今だと書き方違いすぎない?
作者:最初はあんな感じで書きたかったんだけど、書きづらくて今の感じに落ち着いた。
友人A:習作だからって適当すぎね?
作者:ごめんなさい。

 少し直しました。m(_ _)m


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剣道大会

 現在俺は小学三年生。

 一夏と箒は二年生になった。

 

 季節は夏、今いるのは近所の体育館、今日は剣道の大会がある、篠ノ之道場の門下生である一夏達が参加するため応援に来ている。

 館内は子供達の声で大変賑やかだ。若いって良いよね。

 

「神一郎、お前は本当に参加しないのか?」

 

 応援席に座り観戦していたら隣の人から話しかけられた。

 

「千冬さん、年齢的に子供に混ざるのキツいです」

 

 隣にいるのは千冬さん。今日はバイトを休み一夏の応援に来たらしい。

 

「なんだ、箒に負けるのが嫌なのか?」

 

 ニマニマと意地悪な質問をしてくる千冬さん。

 俺の実力は一夏相手だと勝ったり負けたり。箒には勝った事がない。

 その事を微妙に気にしているのを知っていて聞いてくるんだから趣味が悪い。

 

「そうですね。子供になっているとはいえ、大衆の前で子供に負けるのは恥ずかしいので参加しませんでした」

 

 こういう手合いは相手にしないに限る。

 案の定、千冬さんはつまらなそうな顔をしている。

 

「ところで千冬さん、せっかくの一夏の晴れ舞台なんですから、お弁当くらい作って来てますよね?」

「む、それは……」

 

 視線を外し気まずそうな顔をする千冬さん。

 先に喧嘩を売ったのは貴女ですよ?

 

「はいはい、どーせ一夏でしょ? 今日試合がある弟に作らせたんですよね? はは愚姉め」

 

 心底馬鹿にした感じで煽ってみる。

 

「誰が愚姉か」

 

 ゴツンと拳骨され、鈍い痛みが頭いっぱいに広がり悶絶する。

 

「お前最近生意気じゃないか?」

 

 こちらをギロリと睨む千冬さん。

 

「年齢云々の話なら生意気なのはそちらなんですがそれは」

「あん?」

「ナンデモナイデス」

 

 親しくなってきた所為で最近互いに遠慮がなくなってきた。

 こんなやりとりが日常化し始めている。

 べ、別に女子高生に睨まれたり殴られたりするのが癖になってる訳じゃないんだからね。

 なんて馬鹿な事を考えていたら、目の前の千冬さんの顔が急に真面目になる。

 

「昨日の晩はソーメンだったんだ」

「夏の定番ですね」

「一昨日はアナゴ丼だった」

「旬のアナゴは美味ですよね~」

「その前はイワシと小アジの天ぷらだった」

「お酒が進みますな」

「私は未成年だーーそれで、なんのつもりだ?」

 

 なんで食料を差し入れするのかを聞いているのかな?

 

「せっかくの夏休みなんで、最近海釣りに行ってるんですよ、それでついつい釣りすぎちゃって。キャッチ&イートが基本な自分としては残すのは論外なんで、食べてくれそうな人に差し入れようかと」

「ソーメンは?」

「ついつい買いすぎちゃった」

 

 テヘッ☆ とウインクしてみた。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつく千冬さん。

 お疲れなのかな?

 

「お前には感謝している」

 

 がんばって空気を変えようとしたけど無理だった。

 

「お前のお陰で食卓が豊かになって一夏は喜んでいる」

「それは良かったです」

「お前のそれは同情か?」

「同情ですね」

 

 下手な嘘は無意味なので素直に言う。

 

「私は……私だけの力で一夏を育てると誓った」

「立派ですね」

「だから、もう差し入れなどするな」

 

 なんでこんな場所でこんな重い雰囲気を醸し出すんですか?

 周り見てみろよ。子供も大人も距離置いてるよ。

 

「断ります。貴女が誰に誓ったのか知りませんが俺には関係ありません」

 

 俺の目をジッと見ていた千冬さんはまたため息を吐いた。

 

「そう言うと思っていた。だが、こちらとしてもあまり借りを作ってばかりは決まりが悪い」

 

 そんな事か。

 

「安心してください。ちゃんと下心有りますから。その内まとめて返してもらいます」

「ちょっと待て。どういう意味だ?」

 

 ただの同情だけだと思った? 甘いよ千冬さん。

 

「おっ、あっちで一夏の試合が始まりますよ。さあ応援しましょう」

 

 隣で慌てている千冬さんを無視して観戦した。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「千冬姉はなんで怒ってるんだ?」

 

 順調に勝ち進んでいる一夏と箒と一緒に昼食中。

 一夏がやたら心配している千冬さんは、午前中俺に散々無視されたからやたら不機嫌だ。

 

「お腹が空いてるんだよ。千冬さんの為にも早く食べよう」

「神一郎、覚えていろよ?」

 

 それは俺への借りを忘れないって意味ですよね?

 千冬さんを無視して一夏と箒にお弁当を出す様に促す。

 

「約束通り作ってきた」

 

 一夏がお弁当箱を開ける。

 

「一夏、おにぎりだけなのか?」

 

 千冬さんが意外そうな声を出す。

 一夏のお弁当箱にはおにぎりがぎっしりでオカズがない。

 

「千冬姉、今日はみんなで手分けしたんだよ」

 

 なあ? と言って箒を見る一夏。

 

「千冬さん、一夏はおにぎり担当なんです。オカズは私と神一郎さんが」

 

 箒がお弁当箱を開ける。箒の箱には、卵焼きやポテトサラダなどの軽いオカズが入っていた。

 

「んで、俺の方がこれです」

 

 俺のには唐揚げやミニハンバーグなどのオカズが入っている。

 今回、箒が一夏にお弁当を作りたい。けどまだ凝った料理が作れない。そんな理由から企画したイベントだ。

 一人手ぶらの千冬さんは少し居心地が悪そうだが、自業自得だ。これを機に少しくらい料理を覚えて欲しい。

 

「さて、みんな手を合わせて」

 

 四人とも手を合わせる。

 

「「「「いただきます」」」」

 

 

 

 

「一夏のおにぎり美味しいな」

 

 箒はニコニコと一夏のおにぎりをパクついている。

 

「箒の卵焼きも美味しいよ。一夏もそう思うだろ?」

「あぁ、美味いぜ箒」

「そ、そうか? 口に合ったならなによりだ」

 

 一夏は美味しそうに卵焼きを食べ楽しそうに笑っている。

 そんな一夏を見て嬉しそうに笑う箒。

 良い雰囲気だ。とてもIS世界だと思えん。

 お喋りしながらもみるみる無くなっていくお弁当。

 

「「「「ご馳走様でした」」」」

 

 あっという間にカラになるお弁当。

 まったりとお茶を飲みながら食後の余韻を楽しむ。

 

「午後からは準々決勝だったな。箒と一夏が当たるとしたら決勝か。二人共自信のほどは?」

「俺はこの日に為に千冬姉と特訓したからな、箒には負けないぜ」

 

 自信満々に答える一夏。

 

「私だって負けるつもりはない」

 

 そんな一夏をキリッとした表情で返す箒。

 

「じゃあ勝った方にはプレゼントあげるよ」

 

 そして無駄に煽りに入る俺。

 千冬さんがなにか言いたげだがスルーで。

 

「カモン一夏」

 

 一夏を呼んで二人から少し離れる。

 

「一夏、お前が勝ったら――ーー」

「神一郎さん、それホント?」

「おう、お前だって姉孝行したいだろ?」

「千冬姉とーーか、絶対に負けられないな」

 

 いつになく真剣な顔の一夏。これは楽しめそうだ。

 

「次、箒おいで」

 

 箒がトコトコとやって来る。

 

「箒が優勝したら――ーー」

「神一郎さん。嘘ではありませんね?」

「もちろん、ちゃんと誘うところまでフォローする」

「負けられません」

 

 箒は静かに闘志を燃やしていた。

 

 二人を見送り観客席に戻ると、千冬さんが呆れた顔をで座っていた。

 

「それで今回はなにを企んでいる?」

「せっかくの夏休みなのに、なんのイベントもないとかつまらないですよね? なのでちょっとしたサプライズを」

 

 さてさて、どっちが勝つか楽しみだね。

 

「千冬さん、どちらが勝つと思います?」

「一夏だ」

 

 即答したよこのブラコン。

 

「俺は箒です。それなら賭けません?」

「なんだと?」

「弟が信じられませんか?」

「いいだろう」

 

 負けた場合の内容も聞かずに決めたよこの人。

 こっちには都合がいいけど、束さんとは別の意味で心配になるな。

 

「とりあえず、二人共決勝に進出することが前提なんですけどね」

「相手の動きを見る限り練習通りに動ければ負けないだろう」

 

 流石将来のブリュンヒルデ言う事が違う。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 会場はもの凄い緊張感で覆われている。

 原因は会場の真ん中に立つ二人だ。

 

「箒、俺は負けるわけにはいかないんだ」

「それはこちらのセリフだ一夏」

 

 ゴゴゴッ

 そんな効果音が似合いそうな雰囲気だ。

 なにしろ二人共、準々決勝、準決勝を開始と同時に勝負を決めている。

 千冬さん曰く『覚悟が違う』らしい。

 正直言って煽り過ぎたかもしれん。

 

「神一郎、二人になにを言ったんだ?」

 

 千冬さんは二人の気合の入れように若干引いているように見える。

 

「一夏には温泉のチケット、箒には遊園地のチケットを譲ると……もちろん最終的に両方共にあげるつもりだったんですが」

 

 今更そんなこと言えないな。

 二人が前に出て構える。

 

『はじめ!』

 

 審判の声が響くと同時に。

 

「はぁぁぁ!」

「やぁぁぁ!」

 

 互いに正面からぶつかり合う。

 ギリギリと鍔迫り合い一夏が箒を押す。

 力は一夏が上のようだ。

 しかし、

 

「甘い!」

 

 箒が絶妙のタイミングで力を抜き一歩下がる。

 

「くっ」

 

 一夏が前のめりになり体制が崩れる。

 

「めえぇぇぇん!」

 

 その隙を箒の竹刀が襲う。

 

「だぁぁぁぁぁ!」

 

 一夏は頭を横に振り肩で受ける事により難を逃れる。

 

「ちっ!」

 

 箒はそのまま後ろに下がり一夏の様子を見る。

 互いに距離を置き牽制し合う箒と一夏。

 

「今のは決まったと思ったんだが」

「言っただろ箒、俺は勝たなきゃいけないんだ!」

 

「「はぁぁぁ!!!」」

 

 またも正面からぶつかる両者。

 手数、技量共に箒が上である。

 一夏はなんとか防いでいるがそれも時間の問題に見える。

 

「負けられないんだよ。千冬姉と温泉に行くために!!」

 

 ん? あいつ何言ってんの?

 

「私だって、一夏と遊園地に行くためにも負けられん!!」

 

 こいつも何言ってんの?

 

「「うぉぉぉぉぉ!!」」

 

 激しくぶつかり合う二人。

 

「千冬姉と温泉千冬姉と温泉千冬姉と温泉千冬姉と温泉千冬姉と温泉千冬姉と温泉千冬姉と温泉んんんん!!!」

「一夏と遊園地デート一夏と遊園地デート一夏と遊園地デート一夏と遊園地デート一夏と遊園地デートおぉぉぉぉ!!!」

 

 今俺の目の前で、

 主人公が実姉と温泉に行くためにヒロインを本気で倒そうとしています。

 ヒロインは主人公とデートするためにその主人公を倒そうとしています。

 

 あ、うん、IS世界ってこんな感じだっけ?

 てか箒の叫び声が一夏に届いてないとか凄い集中力だな。

 ちなみに千冬さんは俯いたまま微動だにしない。

 とりあえずあれだ、録画しておこう。将来なにかの役に立つかもしれないし。

 

 ちなみに試合は箒が勝ちました。



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織斑家のぶらり温泉旅行

 日本のどこにでもあるような山間の温泉街。

 そこを私、織斑千冬は弟の一夏と一緒に歩いている。

 

「千冬姉! 早く早く!」

「一夏、危ないからちゃんと前を向いて歩け」

 

 はしゃぐ一夏に思わず苦笑しそうになる。

 辺りには硫黄の匂いと露店の食べ物の匂いが混ざり合い混沌としている。

 初めてな場所なのに心が落ち着くのは日本人の血のせいか。

 

「千冬姉、あれ、あれ食べよう」

 

 一夏が指差す先には露店の温泉まんじゅう屋。

 蒸したてなんだろう。良い匂いはこちらまで漂ってくる。

 

「宿に着いたら食事だ。あまり食べ過ぎるなよ」

「わかってるよ」

 

 そう言って店に向かう一夏。

 一夏は出来た弟だ。

 我が儘は言わないし、買い食いなどもしない。

 その一夏が自分から食べ歩きしようとするなど今まで無かった事だ。

 癪だが神一郎には感謝しなければならない。

 

 事の始まりは神一郎に渡された電車のチケットとプリントされた旅館までの地図だ。

 剣道大会の時に言っていた一夏へのプレゼント、どうやら本気だったらしい。

 それを私は断った。これ以上アイツの施しを受けたくなかったからだ。

 しかし、神一郎は私の答えを予想していたんだろう。笑いながらこう言った。

 

『千冬ちゃんは一夏の笑顔と自分のプライドどっちが大事?』 

 

 一瞬殴りそうになったがグッと堪えた。殴ってしまえば負けた気がするからだ。

 言われるまでもない、大事なのは一夏だ。

 そんな私を見ながら神一郎は笑っていた。

 正直こいつの笑顔は苦手だ。精神年齢が年上だと知っているが、まるで頑固な妹を見ているかのような優しい目付きをする時があるからだ。

 神一郎が背伸びをして私の頭を撫でる。

 

『借りだと思うなら、『ありがとうお兄ちゃん』って言ってごらん?』

 

 結局私は神一郎を殴った。ついでにチケットと地図も奪い取った。

 何が兄だ。私の家族は一夏だけだ。

 思い出したらイライラしてきた。帰ったらもう一発殴ろう。

 

「千冬姉、買って来た!」

 

 物思いに耽っていたら一夏が戻ってきた、その手には小さな紙袋が握られている。

 

「はい千冬姉の分」

 

 一夏の手には小さなまんじゅうが一つ乗っていた。

 

「いらん、お前が食べろ」

 

 言ってから後悔した、一夏の顔が歪んだからだ。

 私はただ、私の事を気にぜず一夏に美味しいものを食べて欲しかっただけなのに。

 自分はなぜこんなにも不器用なのだろう。これでは束の事を笑えんな。

 

「一夏、私はまだお腹が空いていないだけだ。だからお前が全部食べて良いんだ」

 

 なんて見苦しい言い訳。本当に嫌になる。

 一夏が悲しんでいないか恐る恐る確認する。

 

「千冬姉、これ読んで」

 

 その一夏はなにやらポケットから紙を取り出し渡してきた。

 手紙? なぜこのタイミングで?

 疑問に思いながら手紙を開く。

 

『不器用なお姉さんへ

 実はここ最近、一夏は俺の所でバイトしてました。内容は、部屋や風呂場の掃除、釣った魚の下ごしらえなど、まあお手伝いですね。ちなみに、一夏がお金を欲しがった理由は『せっかく旅行に行くなら千冬姉に何かしてあげたい』だそうですよ。健気な弟だよね? だけど、千冬さんの性格を知ってる身としてはちょっと心配だったので、“千冬さんが一夏の気遣いを断った場合”この手紙を渡すように言ってあります。この手紙を読んでる時点で俺の心配は大当たり。まったく愚姉なんだから、千冬さん、貴女は“一夏が貴女の為に一生懸命働いた気持ち”を無駄にするつもりですか? さっさと一夏に甘えなさい。

                                    by賢兄より』

 

 グシャ

 

 思わず手紙を握り潰してしまった。

 一夏がビクッとして私から距離をとる。

 なんだアイツは、アレか? 全ては手のひらの上なのか? 

 賢兄とか喧嘩売ってるとしか思えないな。よし、買ってやろう。

 そういえば、脚力は腕力の約3倍らしい。次会ったら蹴ってやろう。

 いや、アイツはアニメや漫画が好きだったな。壁に減り込ませてやろう。

 蹴り込ませると言ったところか。ふふふ……。

 

「ち、千冬姉?」

 

 おっといけない、最愛の弟を怖がらせるとは姉としていけない。

 

「なんだ?」 

「えっと、手紙になんて書いてあったの?」

「なんでもない、気にするな―ーそれより一夏、やはり一個貰っていいか?」

「うん!」

 

 一夏が笑顔でまんじゅうを渡してくる。

 一口齧る、しっとりした皮に包まれた優しい甘みの餡、一夏が私の為に働いて買ってくれた物だという事がさらに美味しさに拍車を掛ける。

 

「美味いな」

 

 思わず口から漏れた言葉を聞いて一夏が満面の笑みになる。

 この笑顔を見れただけでも来たかいがあったな。

 神一郎は許さないが。

 

 それから先が大変だった。宿に着くまでの道のりで、一夏は事あるごとに何か買おうとした。しかも断ると悲しい顔するのだから怒れない。

 

「千冬姉! 次はあれ食べよう!」

 

 またも露店に向かって行く一夏。

 流石にそろそろ止めないと不味いな。神一郎は恐らく大金を渡したりしていないはず。このペースだと一夏の小遣いはすぐに無くなってしまうだろう。

 

「一夏、宿に着いたら食事だと言っただろ。宿の人達が一生懸命作った料理を残すのは許さんぞ?」

「うっ……」

 

 一夏の動きがピタッと止まる。

 生真面目な一夏は出された料理を残す事を嫌う。こう言えばもう買い食いはしないだろう。

 だが、その顔には不満そうな表情が残っている。

 それも私の為だと思えば嬉しいものだ。

 だから

 

「帰りもここを通るんだ。その時でいいだろう」

 

 せめて、ここにいる間は一夏の好意に甘えるとしよう。

 

 

 

 

 

「うぉぉ~」

 

 一夏が初めての旅館に感嘆の声を上げる。

 

「一夏、行くぞ」

 

 一夏を連れてロビーに入る。

 ロビーに従業員の姿がなかったので、フロントのベルを鳴らす。

 

「大変お待たせいたしました」

 

 奥から初老の女性が姿を見せた。

 

「予約していた織斑です」

「はい、織斑様ですね。只今ご案内致します」

 

 中居さんに案内された先は旅館の奥部屋。

 部屋を見て驚いた。広さが十二畳ほどの大きな和室だったからだ。正直もっと小さな部屋を想像していた。

 隣では一夏が目を輝かせている。

 

「こんな広い部屋を良いんですか?」

 

 二人で使うには広すぎる気がする。

 

「織斑様は当旅館の家族プランでご予約されてますよね? ですのでお部屋もご家族用のお部屋になっております」

 

 家族プラン? 最近はそんなものがあるのか。

 

「すみません。予約を入れたのは別の人間でして、詳しく聞いてませんでした。何か違いがあるのですか?」

「お部屋が家族用の内風呂付き大部屋になります。料理の方も家族プランですと通常宿泊されているお客様より品数が多くなっております」

 

 予想以上の高待遇だな。

 

 宿について一通りの説明をして仲居さんが部屋から出ていく。それと同時に。

 

「うぉぉぉぉ~~~~」

 

 一夏が叫びながら畳の上を転がり始めた。

 そのまま転がり続け壁に当たる。

 

「一夏?」

 

 弟が奇行を始めた場合どうすれば良いのだろう。殴れば治るか?

 一夏はガバッと立ち上がり。

 

「千冬姉! 温泉行こう!」

「おっ、おう」

 

 どうやらテンションが上がり過ぎているみたいだ。

 

「一夏、私は内風呂を使う」

 

 中居さんの話によると、内風呂は露天風呂で、こちらも立派な温泉らしい。風呂は静かに浸かりたい派の私には有り難い。

 

「え~、大浴場だよ? 大きなお風呂だよ? 行かないの?」

「なんだ一夏、私と入りたいのか?」

 

 ふむ、年齢的にはまだセーフか?

 

「それでは一緒に行くか? 女風呂になるが」

「行ってきます!」

 

 顔を赤くして一夏は部屋を飛び出して行った。

 その後ろ姿見て、一夏の成長を喜ぶと同時に寂しく思う。

 どうやら一緒に入りたかったのは私の方らしい。

 

 気を取り直して露天風呂を確認する。

 すでに湯が張ってあり何時でも入れそうだ。

 一夏は長風呂だ。私もゆっくり楽しませて貰おう。

 

 

 

 

 テーブルの上に並ぶのは豪華な料理。

 刺身、山菜の天ぷら、鮎の塩焼き、そして鉄板の上でジュウジュウと音を立てるステーキに、一人一つ用意された猪鍋。

 はしたないと思うが、喉の奥から唾液が出てくる。

 一夏の方は驚きすぎて逆に冷静になったようだ。ただ一心に料理を見ている。

 そんな私たちを見て中居さんが頬を緩ませている。

 

「料理は以上になります。どうぞお楽しみ下さいませ」

 

 二人で手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 刺身―ーマグロも然ることながら海老が素晴らしい。ねっとりとした触感に海老特有の甘みが舌を喜ばせる。

 天ぷら―ーミョウガ独特の苦味が癖になる。タラの葉はサクサクと香ばしい。

 鮎の塩焼き―ーほくほくとした身にかぶりつけば、口の中一杯に広がる繊細な美味しさ。

 ステーキ―ー今まで食べた事のない柔らかなお肉、肉に歯を立てても抵抗なく噛み切れる。噛むたびに肉汁が口の中に溢れ噛むのを止められない。

 猪鍋―ー猪肉は初めてだが、少しクセのある肉が辛味噌ベースの出汁と良く合い、ご飯がすすむ。

 

 私と一夏は夢中で食べた。ふと我に返り互いに目が合った瞬間二人で笑ってしまった。

 

「一夏、全部食べれそうか?」

 

 流石に小学生の一夏には量が多すぎるだろう。

 

「大丈夫。残したりしないよ」

 

 そう言う一夏だが、無理しているのは明らかだ。

 昼間の一件を気にしているのだろう。

 ここは姉としてフォローせねば。

 

「一夏、私には少し物足りない。お前のを寄越せ」

 

 うん? この言い方は乱暴すぎか?

 

「じゃあこれ」

 

 一夏が半分ほど食べたステーキを寄越してきた。

 結果が同じなら問題ないか。

 

 

 

 

 

 

 

 食後、二度目の温泉に入ったり、卓球をしたりして過ごした。

 そして就寝。これだけ広い部屋なのに、なぜか並んで布団を敷く。

 横を見れば一夏がこっちを見ていた。

 

「寝れないのか?」

「千冬姉、今日は楽しかったね」

「そうだな」

「また来たいね」

「あぁ」

「千冬姉」

「うん?」

「いつもありがとう。俺、千冬姉の弟で幸せだ」

「ーーーー急にどうした?」

「本当は内緒って言われたんだけどね。神一郎さんに言われた」

「神一郎に?」

「うん―ー千冬姉に感謝しているなら言葉にするべきだ。って、その方がきっと喜ぶからって。だから千冬姉、いつもありがとう」

「そうか、なら私も礼を言うべきなんだろうな。一夏、いつも家事をやってくれてありがとう。家事が苦手な私には本当に助かっている」 

 

 クスクスと二人の静かな笑いが部屋に響く。

 

「明日は朝風呂に行くんだろ? 早く寝たほうがいい」

「そうだね。お休み千冬姉」

「お休み一夏」

 

 そうして姉弟は穏やかな眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻・某所

 

 薄暗い部屋で、空中に映し出された映像を眺める二人の人間がいた。

 

「ちーちゃんちーちゃんちーち~ゃん!!! 束さんはちーちゃんの寝顔だけで丼三杯はいけるんだよ!!!!」

「はい、白米」

「米! 食べずにはいられない!」

 

 むしゃむしゃがつがつ

 

 親友の寝顔を見ながら白米を食べているのは、ご存知、“天災で変態”篠ノ之束。

 そして

 

「しかし千冬さんもまだまだ甘いね。旅館は俺が予約したもの。つまり敵の陣地に侵入したも同然なのに隠しカメラに気づかないとは」

 

 クックックッと、笑いながら丼にご飯をよそい、ラスボス感を出しているのは、“転生者”佐藤神一郎。

 

「わざわざ家族プランで予約を入れて、束さん製の隠しカメラのある部屋に誘導し、一夏に入れ知恵して注意力を散漫させる」

「いや~上手くいって良かったよ」

 

 いえ~い、と言ってハイタッチする二人。

 

「それにしても千冬さんは寝相悪いな。布団蹴っ飛ばして浴衣が捲れちゃってるよ。太もも丸見えじゃん。誘ってるのか? 誘ってんだよね? もう我慢できないぞ俺は」

「ちーちゃんの太もも!? 舐めたい触りたいしゃぶりつきたい!」

「束さん、最高画質で録画しているよね? 抱き枕作るよ。無論、今の千冬さんの映像で」

「まじでか!?」

「こちとら暇を持て余した学生だからね。布にプリントする所だけ頼むよ」

「まっかせろーい!」

 

「「わ~はっは」」

 

 今日もIS世界は平和でした。




 ※千冬入浴シーンカットの理由

「しー君、目を開けたら抉るからね?」
「束さん、俺から見たら千冬さんも子供みたいなもんですよ? 少しは信用してください」
「ちーちゃんの白い胸、ほどよく引き締まったお尻」
「っーー」
「ギルティ」
「あべしっ!」

 主人公が気絶していたから。


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そうだ、遊園地に行こう。

 セミが鳴く篠ノ之神社の早朝の境内、そこに四つの人影があった。

 

「点呼!」

「いち!」

「に!」

「さん!」

 

 俺の前に並ぶのは二人の子供と一人の大きな子供。

 

「一夏、今日の目的地は?」

「はい! 隣の県にある遊園地、ディステニーランドです」

 

 元気よく答える一夏、うん、子供らしく実に元気だ。

 

「箒、注意事項は?」

「はい! 夏なので水分摂取はこまめに、また、団体行動になるので勝手な行動は禁止です」

 

 口調こそ硬いが、今日の箒はキマっている。この前俺がプレセントした、白いワンピースに麦わら帽子をかぶり手にはお弁当のバスケットを持っている。これでもう少し柔らかい笑顔ができるようになれば一夏もイチコロだと思うんだが。

 服は完璧俺の趣味だけど、嫌いな男はいないはず……いないよね?

 

「束さん、貴女の役割は?」

「はい! いっくんと箒ちゃんを愛でる係りです!」

 

 二人よりも元気一杯に返事をするのは束さん。

 服装はいつも通りだが、今日は箒とお揃いの麦わら帽子ををかぶっている。

 うさみみが帽子を突き抜けているのがシュールだ。

 

「違います。貴女は保護者兼記録係です。年長者としてしっかりしてください」

「え~、年ならしー君の方が」

「千冬さんの抱き枕が完成間近(ボソッ)」

「二人共、今日は束お姉さんの言う事をしっかりきくんだぞ☆」

 

 一夏と箒がまるで変質者を見る目だが、本人がやる気になってくれたからいいや。

 

「それじゃあ移動するよ~」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 ディステニーランド、近年子供に大人気の遊園地である。

 気が強くぶっきらぼう、でもなんだかんだで人助けをしてしまうツンデレ黒オオカミのシンくん。

 その親友で、いつも物静か、冷静にシン君をサポートするキツネのレイくん。

 二人の友人で姉御肌の紅一点、犬のルナちゃん。

 うん。たぶん経営者は転生者じゃないかな? そう思わずにはいられない設定だ。

 

「さて、二人共なに乗りたい?」

 

 無事遊園地に到着したので一夏と箒に訪ねてみる。しかし。

 

「一夏? 確かジェットコースターに乗りたいと言ってなかったか?」

「向こうは混んでそうだからな、まずは箒の乗りたい物でいいぜ」

 

 二人共互いに遠慮して行き先が決まらない。

 ここは誰かが率先して決めるべきかな?

 

「じゃあ、マスドライバーマウンテンに行ってから、箒が行きたがってた体感脱出ゲーム、タケミカズチ危機一髪に行こうか」

 

 そう提案すると二人共笑顔で頷いてくれた。

 

「ほら行きますよ束さん」

 

 さっきから大人しい束さん、なんてことはない、非常に不機嫌なだけだ。

 

 原因は二つ。

 

 一つは束さんに話しかけてくる人達の存在。

 ISを作り、テレビに出演していた束さんはちょっとした有名人だ。握手やら写真やらを求めてくる人もいる。束さんにはそれが凄くウザったいらしい。

 

 もう一つは。

 

「そ・こ・だ~!」

 

 何かを人混みに向けて投げる束さん。

 ボールの様な物がマスコットキャラのレイ君の頭に当たり、バタッと倒れる。

 

「レイ君!?」

 

 箒の悲痛な叫び声が聞こえる。

 

「束さん何してるんです!?」

 

 一夏は怒りながらレイくんに駆け寄る。

 

「束さんご乱心?」

「なわけないじゃん。アレはそう……スパイなんだよ!」

「な、なんだって~」

「姉さんも神一郎さんもふざけないでください!」

 

 ぷりぷり怒る箒。

 

「まぁまぁ落ち着いてよ箒ちゃん。スパイは本当だから」

 

 そう言って、一夏が介抱しているレイくんに近寄ると。

 

「そーれ」

 

 ポンっとキツネの頭が外れる。

 

「グラサン?」

 

 そこにいたのはグラサンのお兄さんだった。

 

 俺と一夏と箒が驚いてる間に、束さんはどんどん着ぐるみを脱がしていく。

 周りには子供もいるのに着ぐるみ脱がすとか、流石天災。子供の夢をみるみる破壊していく。

 最終的にそこにいたのはメンインブラックだった。

 すなわち、グラサンスーツの男だ。

 

「ぐっ……」

 

 グラサンが目を覚ます。

 

「やーやーお目覚めかな?」

「ひっ! 篠ノ之博士!?」

 

 おいおい、どんだけ怖がられてるんだよ。

 

「博士、これは――」

「あぁ、いいよいいよ。事情は分かってるから。だけど、次はないからね?」

「はい! 失礼します!」

 

 お兄さんは脱兎のごとく逃げ出した。

 

「姉さん、知り合いなんですか?」

「知り合いじゃないよ。でも誰かは知っている。国の下っ端だよ」

「なんでそんな人がここに?」

 

 この様に、束さんには国の監視が付いている。

 せっかくのプライベートなのに常に見られていたらそれはもうイライラするさ。

 それにしても夏場にスーツで着ぐるみとは、なかなか根性のある人だったな。将来大成しそうだ。 

 

「はいはい、二人共言いたい事もあるだろうけど、束さんの相手をしてても時間の無駄だからね。行きますよ~」

 

 わざわざ監視されている事を二人に言う必要はない。

 遊ぶ時は頭を空っぽにするのが大切なのだから。

 

 

 

 以下ダイジェスト

 

 

 マスドライバーマウンテン

 

「もの凄く高いな」

「一夏、怖かったら手を繋いでもいいぞ?」

「束さんには子供騙しなんだけどなぁ~」

「南無大慈大悲救苦救難広大霊感白衣観世音」

「「「おいやめろ!」」」

 

 

 タケミカヅチ危機一髪

 

「箒、ここはまかせて先に行け!」

「一夏を置いて先に行けるか! 私は最後まで一緒にいるぞ!」

「ねえねえしー君。二人共楽しそうだね」

「静かにしてください。トダカ司令官に黙祷中です」

「「「誰だよ!?」」」

 

 

 ウエスタンランド・シューティング・エルスマン

 

「あんただけは、おとす!」

「顕現せよ! 我が力、魔を滅せんがため!」

「これが私の全力全開」

「グゥレイト!!」

 

 

 

 

 

 

 

 時間が進みお昼時、四人で木陰に腰を下ろしシートを広げる。

 

「それじゃあ箒、頼むよ」

「はい」

 

 箒が手に持っていたバスケットを開けると、そこには色とりどりのサンドイッチが詰まっていた。

 

「「おぉ~」」

 

 俺と一夏の感嘆の声が上がる。

 

「全員分作って貰って悪かったね、大変だったでしょ? この借りは一夏が返すから」

「って俺かよ神一郎さん!?」

「俺は遊園地のチケットの貸しがあるからな。一夏はタダ飯する気か?」

 

 そう言うと一夏がバツの悪そうな顔をする。

 

「わかったよ神一郎さん。箒、何かあったら言ってくれ。この借りはちゃんと返すから」

「べ、別に見返りが欲しかった訳じゃないんだが、一夏がそこまで言うなら……そうだな、今度買い物に付き合って欲しい」

「買い物? 荷物持ちならいつでもいいぜ」

 

 いいぞ箒、例え買い物をデートと思わない朴念仁でも、今はできるだけ一緒に居る時間を増やすのが得策。その調子だ。

 

「さて、さっそくいただきますかね」

 

 手を合わせて。『いただきます』そう言おうとした瞬間。

 

「あっ、しー君には別のを用意してあるから」

 

 そう言って束さんが差し出してきたのはお弁当箱。

 

「これは?」

「ふっふっふっ、しー君のために束さんが作ってきたんだよ」

 

 なにそれ聞いてない。

 箒を見る。

 箒は俺と目を合わせようとしない。

 束さんにしては今日は随分大人しいと思ったら、そうか、ここでこんな罠か。 

 

「自信作なんだよ」

 

 目をキラキラさせながらお弁当を渡してくる美少女。

 ダメだ。これは逃げれない。

 恐る恐るお弁当箱を受け取る。

 

 パカッ

 

 お弁当箱を開けると、そこには黒々とした何かがあった。

 

 箒を見る。

 冷や汗を流したまま横を向いている。

 

 一夏を見る。

 目があった瞬間凄い勢いで顔をそらした。

 

「なぁ一夏、お前も「一夏! これなんてオススメだぞ!」「美味そうだな! 貰うよ箒!」」

 

 箒はもう少し俺に優しさをくれてもいいと思う。

 

「見かけは悪いけど、味には自信あるんだよ」

 

 束さんの笑顔が眩しい。

 覚悟を決めて、黒い塊を箸で摘む。

 

 ザクッ

 じゃりじゃり

 

 口の中に広がるのは、まるで砂を噛んだような食感と、豊かな海の味、そうこれはキングオブ赤身――

 

「マグロの刺身?」

 

 俺がそう呟いたら、一夏と箒が信じられないと言った顔で見てきた。

 

「しー君はお魚好きでしょ?」

 

 うん、好きだね。でも問題はそこじゃないんだよ。

 

「束さん、これって元はなんなの?」

 

 マグロの刺身じゃないことだけは確かだ。

 

「それ? ツナおにぎりだよ?」

 

 今度は三人でギョっとした。

 なんでおにぎりが炭になってるのだろう?

 

「これは?」

 

 炭の一つを指差し聞いてみる。

 

「それは卵焼きだね」

 

 良かった。これはちゃんと火が通っている。

 しかしあれだ。これはもしかして“これは卵焼きじゃない。かわいそうな卵だ”ってやつ じゃないか?

 すげーな、マンガ肉レベルのレアモノじゃん。

 

 ガリッ

 じゃりじゃり

 

 口に入れると不快な食感と共に広がるのは、秋の味覚の代名詞、みんな大好きイクラだった。

 

 箸を置きお茶を一口飲む。

 

「束さん。貴女はこの食材に何をしたんですか?」

 

 聞きたくないけど、これ以上は怖くて無理だ。

 

「ちょっと失敗しちゃったから、束さん特製の調味料で味付けを」

「調味料?」

「そそ、そもそも味覚は~って話は長くなるから省略するけど、所詮は電気信号だから、束さんにかかれば舌に好きな味を感じさせる事ができるんだよ」

 

 えっへん! と胸を張る束さん。

 一夏と箒は哀れみの表情で俺を見てくる。

 

 元はただの食材、味が変なのは束不思議科学の所為。

 それが分かれば問題ない。

 一夏、見てろよ。漢の生き様ってやつを。

 

「誤解されない様に言っておきますが、決して美味しいから食べる訳ではありません。食感とか最悪です。しかし“美少女の手作り”で“かろうじて食べれる味”だから食べます。束さんは親に美少女に産んでくれた事を感謝して箒に料理を習うように」

 

 それでは……いただきます!

 

 むしゃむしゃ

 じゃりじゃり

 

 黒い塊を口にかき込めば、マグロ、イクラの他に、イカ、ウニ、サーモンの味もしてくる。そう、これは――海鮮丼!

 口の中の不快な食感にも関わらず味は美味い。

 なんだか頭が痛くなってきた。

 これ脳味噌が拒否反応起こしてるんじゃないか?

 

 残りをお茶で一気に胃に送り込む。

 

「ごちそう……さまでした……」

 

 あぁやばい、ふらふらしてきた。

 だがまだ倒れるわけにはいかない。

 

「一夏、箒、俺は少し寝るから。午後は二人で楽しんでくれ。束さんは俺と荷物番ね」

 

 元々、午後からは迷子になったフリをして、一夏と箒だけにする予定だった。それは束さんには言ってあるから、上手い事やってくれるだろう。

 

「それじゃあ……おやすみ」

 

 俺はそう言って意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと目を覚ますと、目の前には心配そうに顔を覗く束さんの顔があった。

 

「え~と、おはようございます?」

 

 目を動かして辺りの様子を探ると、すでに日が傾きかけている。

 

「おはようしー君、もうそろそろ起こそうかと思ってたんだよ」

「一夏と箒は?」

「二人共今はお土産を買いに行ってるよ」

「そうなんだ――でなんで膝枕?」

 

 できるだけ平静を装う。

 正直もの凄い恥ずかしい。

 ただ、だからと言ってこの頭の感触はできるだけ味わっていたい。

  

「しー君が倒れたの私の所為でしょ? だから、そう、お詫び的な?」

 

 よくよく見ると束さんも恥ずかしがってるようだ。

 恥ずかしいのは自分だけじゃない。そう思うと余裕ができてきた。

 

「そうなんだ。それなら楽しませてもらうとするか」

 

 頭をグリグリと太ももに擦りつけてみる。

 

「ちょっ……」

 

 束さんの頬がみるみる赤く染まる。

 流石にこれ以上はかわいそうだから止めておくか。

 

「…………」

「…………」

 

 無言の時間が続く。

 先に静寂を破ったのは束さんだった。

 

「しー君、私ね、遊園地なんて初めてだったんだよ」

「どうだった?」

「人は多いし、乗り物はショボイし、何が良いのかわかんない」

「つまらなかった?」

「それがね、びっくりした事に、また来たいと思ってるんだよ」

 

 なんでだろうね?

 と首を傾げる束さん。

 天災のクセにたまにアホの子になるなこの子は。

 

「一夏と箒と一緒に遊んだ。って事が大切なんじゃないかな? 大事なのは、何処で遊ぶか、ではなく、誰と遊ぶか。だと思う。束さんは二人と遊んだ事あまりないでしょ?」

 

 ちょっかいかけたり、会話もするけど、今日みたいに一緒に遊んだりしてるのは見たことがない。きっと彼女は妹と弟分と遊ぶのが楽しかったんだろう。

 

「言われてみればそうかも。そっか、なるほどね~」

 

 納得したのか、うんうんとしきりに頷く。

 

「でも――」

「うん?」

「しー君が居たって事も重要なんだからね?」

 

 そう言って笑う束さんの笑顔は、夕日に照らされてとても綺麗だった。




 俺に砂糖製造機の才能はない! 上手くなるには……純愛モノとは読んだ方がいいのかな? オススメあったら教えてください。


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ISゲットだぜ!

 カリカリ

   カリカリ

 

 ひたすらペンを走らせる。

 

 カリカリ

   カリカリ

 

 白いノートが黒く染まっていく。

 

 カリカリ

   カリカリ

 

 なぜ自分は苦痛に思いながらこんな事をしているのだろうか?

 

 カリカリ

   カリカリ

 

 人生は常に勉強だと言う奴がいる。だが、そんなのは一部のドМの自慰行為に近いと思う。

 

 カリカリ

   カリカリ

 

 だって俺はこんなにも辛いのだから。

 

 カリカリ

   カリカリ

 

 関係ないが小学生は世界一自由な生き物だと思う。

 

 カリカリ

   カリカリ

 

 だからそう。京都に行こう。

 ペンを置き、財布とケータイをポケットに突っ込む。

 着替えなんて向こうで買えばいい。

 着の身着のまま玄関のドアノブに手が掛かる。その瞬間。

 

 『♪~~♪~~』

 

 某電波な少年番組のプロデューサーが登場しそうな音楽が鳴る。

 ケータイのディスプレイを見ると、そこには。

 

 『篠ノ之束』

 

 無視したい。無視したいけど、その後が怖い。

 大人しく電話にでる。

 

「もしもし」

『やっほーしー君』

「何用です?」

『それはこっちのセリフだよ。しー君こそ外に何の用があるのかな?』

 

 自分が首輪付きって事忘れてたよ。

 

「束さん、脳ミソがとろけそうなんです」

『しー君ってそこまで頭悪くないよね? 世間一般では秀才レベル程度だけど、前世の知識もあるんだし、そんなに難しい?』

「俺の脳は、体育系6文系4で出来てるんで、理系? 知らない子ですね」

『それでよくISの勉強をしたいなんて言えたね?』

「だって必要な事なんだもん」

『だもん。じゃないよまったく。早く机に戻りなさい』

 

 束さんに怒られ渋々机に戻る。

 まぁ、自分から教えを請うておいて逃げようとしたのだから、怒られるのはしょうがない。

 ケータイをハンズフリーにして机の上に置く。

 

「所で束さん、そっちの調子はどうよ」

『ISはデウス・エクス・マキナで、地上の全ての戦争を終わらせる為に神から遣わされた機神だ! って言う科学者が現れたね』

「束さんはついに神になったのか。確かに、束さんは俺を転生させた女神に似てるかも」

『も~、束さんが女神みたいに綺麗だなんて、しー君てば褒め上手なんだから』

「いえ、その女神も束さんみたいにうざい感じでした」

『ひどっ!』

 

 束さんは何やら作業中らしく、取り留めのない会話をしながら俺もISの勉強に戻る。

 内容はあって無い様なものだ。

 束さんの愚痴だったり、最近の一夏や箒の様子だったり。 

 

 どれくらい喋っていただろうか。

 そろそろ寝ようかな? そう思った時。

 

『ねーねーしー君、しー君てさ、前世では束さん達と知り合いだったの?』

「急にどうしたんです?」

『しー君があんまり聞いて欲しくなさそうだったけど、しー君は束さんやちーちゃんに詳しいし、知り合いだったのかな~って』

 

 ペンを動かす手が止まってしまった。

 

「ノーコメントで」

『しー君はある意味タイムスリップしてるんだよね? だとしたら、この世界にしー君が二人居るはずなんだけど、調べてみたらしー君はこの世界で一人だけなんだよね』

「ノーコメントで」

 

 心の中は汗だくだ。

 いつかは聞かれると思ってたけど、日常会話の延長で聞いてくるとは。

 

『そもそもしー君はなんで自分がISを動かせると知っていたの?』

「ノーコメントで」

 

 今まで聞かれなかった事が不思議なくらいだが、原作云々は本当に話したくない。

 『この世界は創作の世界で、読み手として一夏や千冬さんのプライベートを覗き見してました』なんて事は絶対に知られたくないのだ。

 アニメで箒やヒロインズのお風呂シーンも見てるしな。

 もしバレたら……束さんに記憶をデリートされる可能性もある。

 

 気まずい沈黙が続く。

 

 

 

 

『う~ん、しー君の脳みそ一回開いてよい?』

「勘弁してください束様」

『冗談だけどね。しー君、束さんは別に無理矢理聞き出す気はないんだよ?』

「本当に?」

『ホントだよ。だってしー君の脳波が可哀想なくらい恐怖に怯えてるんだもん。束さんだって情けはあるんだよ?』 

 

 記憶を消される恐怖が束さんの同情を買ったみたいだ。

 

『そんなこんなで、お喋りしている内に完成なんだよ!』

 

 束さんは本当に見逃してくれるらしく、あっさりと話題を変えた。

 ありがたく乗っかるとしよう。

 

「おっ、新しい発明品ですか?」

『残念ハズレ。答えはしー君のISだよ』

 

 今なんと? 

 

「束さん。本当に? 冗談ではなく?」

『いえーす。やったねしー君、これで夢が叶うよ』

 

 一度深呼吸をして腹に力を貯める。

 

「よっしゃぁぁぁぁ~!!」

『ぴゃ!?』

 

 突然の大声に束さんの悲鳴が聞こえるが気にしない。

 

「それで!? 束は今どこにいる!? 今から会えるのか!? それとも今から来るのか!?」

『しー君落ち着いてよ! 耳が! 束さんの鼓膜が破れちゃうから!』

「おーけい、落ち着く。で? いつIS貰えるの? ハリーハリーハリー!」

『全然落ち着いてないじゃん。しー君、素が出るほど嬉しいのはわかったから、もう少し声のボリューム下げてよ』

 

 おっといけない。興奮しすぎた。

 

「すみません、落ち着きます」

『完成したけど、今すぐは無理だよ。そうだね。二日後迎えに行くから待っててよ』

「二日後ですか……そちらにも都合があるでしょうし、了解です。束さんが来るのを心待ちにしています」

『うんうん、束さんに会えるのがそんなに嬉しいなんて。しー君てば素直じゃないんだから』

 

 会いたいのはISなんだが、もうなんでもいいや。

 

「そうですね。待ってますから」

『それじゃあ、束さんはまだやる事あるから。また二日後にね。おやすみしー君』

「はい。楽しみにしてますよ束さん。おやすみなさい」

 

 電話を切って背もたれに寄りかかる。

 ついにこの時が来た。

 IS……自分だけの翼。

 興奮が収まらず、とても寝る気分ではない。

 だけど丁度いい。旅の計画でも立てておこう。

 パソコンを立ち上げコーヒーを入れる。

 

「さてさて、まずは日本からだな」

 

 カタカタとキーボードを鳴らしながら、夜が更けていった。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 二日後、街近くの山の地下にある束さんの秘密基地。

 そこに俺と束さんがいた。

 

「しかしまぁ、よくこんな場所作りましたね」

 

 学校の体育館ほどの何もない広い空間。

 壁はコンクリートなのか。灰色で味気ない。

 

「ここはしー君がISの練習をする為に作ったんだからね。感謝するんだよ?」

 

 胸を張ってドヤ顔する束さん。

 俺の為にわざわざ作ってくれたのか。

 本当にありがたい。

 

「束さん素敵です。最高です。束さんに足を向けて眠れません」

「そうそう、もっと感謝したまえ」

 

 ニコニコと上機嫌な所悪いのだが。

 

「それで、ISは?」

 

 申し訳ないが、俺はISが楽しみで寝不足なのだ。

 早く実物を見てみたい。

 

「もうちょっと待ってよ。今日はしー君の先生も呼んでるから」

「先生?」

 

 俺が首を傾げて聞き返した時。

 コツ、コツ、と、地下に続く階段を歩く音が聞こえて来た。

 入口に目をやると。

 

「千冬さん?」

 

 織斑千冬がそこにいた。

 

「久しぶりだな。神一郎、束」

 

 千冬さんは高校生になってからできるバイトが増えた為、前以上に忙しい日々を送っている。実際会うのは剣道大会ぶりだ。

 

「先生って千冬さんがですか?」

「そうだよ? しー君はちーちゃんみたいにいきなり操縦は無理だと思うから。ちーちゃんにお願いしたんだよ」

 

 それは凄くありがたい。

 将来のブリュンヒルデに教えて貰えるなんて光栄だ。

 だけど、千冬さんにそんな暇あるのか?

 

「千冬さんは忙しいと思うんですが、時間を割いてもらって良いのですか?」

「気にするな。家庭教師の様なものだ」

 

 千冬さんが腕を組みながら束さんに視線を当てる。

 その束さんは笑いながら俺の方見ている。

 なるほどね。

 

「バイト代は世間一般の平均額でいいですか?」

「あぁ、それでいい」

 

 これでいいんでしょ?

 そう束さんに視線で訴えれば、束さんは笑顔で頷いてくれた。

 世の中持ちつ持たれつ。これで俺も気兼ねしないし、千冬さんも時間を無駄にしない。

 束さんもなかなか考える様になったもんだ。

 

「みんなそろった所で、しー君のISのお披露目を始めるよ~」

 

 束さんが腕を高く上げ、俺と千冬さんに笑いかける。

 

「上を見たまえ!」

 

 そう言われて上を見れば……なにもない。

 

「実はしー君の後ろだったり!」

 

 ばっと振り返る。

 

「うおっ!」

 

 思わず声が出た。

 いつの間にか、目と鼻の先、黒い塊が鎮座していたからだ。

 後ろに下がり全体を見る。

 色は黒、装甲は黒光りしていて、大きな翼が付いている。

 

「これが、しー君のIS『黒騎士(仮)』なんだよ!」

 

 ばば~んっと効果音がしそうなほど声を高らかに上げる束さん。

 

「これが俺のIS……ん? (仮)って?」

 

 普通に“かっこかり”って名前に付けてたけど。

 

「しー君は自分で名前を付けたがると思ってね。さぁしー君、この子にカッコイイのを頼むよ」

 

 そうか、俺に付けさせてくれるのか。

 

「流石束さん、わかってらっしゃる」

 

 そう言ってサムズアップすれば、束さんもやり返してくれた。

 千冬さんは呆れた目をしているが、まだ彼女には早かったみたいだ。

 しかし名前か、うん、実は考えたりしてました。

 この名前ならこの子に合うだろう。

 そう……。

 

「このISは『流々武』だ!」

 

 これしかないだろうと、自信満々に言うも。

 あれ? 二人の様子がおかしい。

 

「なんですか? ダメですかね?」

 

 だとしたら困るんだが。

 

「えーとね、しー君、束さんが言うのもなんなんだけど、それって目に見えない巨大な力に殺されそうな名前じゃない?」

 

 束さんは冷や汗をかいている。

 

「神一郎、その名前を使う覚悟があるのか? 下手すれば死ぬぞ?」

 

 千冬さんもなにやら恐怖している。

 

「じゃあ、『邪乱』とか『紅き男爵』とか?」

 

 それぐらいしか候補がないんだけど。

 

「しー君が良いならそれでいいよ」

 

 束さんはどこか疲れ顔だ。

 IS開発が忙しい中作ってくれたんだ。今度なにか甘いものでもご馳走しよう。

 

「早速やってみようか? しー君、ISの動かし方は勉強してきたね?」

「もちろんです」

 

 流々武に触れる。

 

「これからよろしくな相棒」

 

 まるで俺の声に答える様に体が光に包まれる。

 眩しさに目を瞑る。

 光が収まるのを感じて目を開けると。

 

「おぉぉ」

 

 本日二度目の驚きだ。

 視線が高い。それだけではない、まるでゲーム画面を見ている様な感覚。

 これはフルフェイスだからだろう。

 

「しー君、どんな感じ?」

「動いてみていいですか?」

「いいけど、ゆっくりだよ?」

「了解です」

 

 ISの操縦で必要なのは想像力。

 そして想像力はオタクならば誰しも持っているもの。

 

 流々武がゆっくり歩き出す。

 一歩、二歩と確実に歩く。

 うん、これなら。

 

 少しだけ浮くイメージする。

 それと同時に流々武も浮く。

 

 そのまま、ゆっくりと空を飛ぶ。

 焦る気持ちがあるが、基本は大事な事だ。まずはスピードを出さず空を飛ぶ事が当然だと脳に覚えさせる。

 慣れてきた所で束さんの前にゆっくりと着地した。

 束さんは、空中ディスプレイを出し。データを確認していた。

 

「問題ないみたいだね? お次はしー君の希望した機能を使ってみようか」

「了解です」

 

 ISに搭載された機能を発動する。

 が……これって自分じゃよくわからないな。

 

「どーです? 消えてます?」

「ちょっと待て神一郎。それはなんだ?」

 

 千冬さんが驚くとは珍しい。

 

「何ってステルス機能ですが?」

 

 これが束さんに頼んで付けてもらった機能。

 

「ちゃんと消えてるよしー君。ちーちゃん、これはその名も『新ミエナクナ~ル君』だよ」

 

 束さん、その名前はやめて欲しい。

 

「しー君、音声発動できるようにした方がいいでしょ?」

 

 いや、本当にわかってらっしゃる。

 またもサムズアップする二人。

 

「では、『夜の帳』で」

 

 あ、これは理解されなかったみたいだ。束さんは首を傾げている。

 闇夜に消えるが如く姿を消す。ってイメージだったんだけど。

 まだ厨二は理解できないか。

 

「よくわかんないけど、登録できたよ――次は拡張領域に入ってる物を出してみようか」

「俺が頼んだ三つですか?」

「そうだよ、束さんが責任を持って作ったからね。その辺に売ってる物より丈夫だよ」

 

 それは楽しみだ。

 まずは――

 

「ハンマー」

 

 右手に現れたのは黒いハンマー。

 その感触を確かめる様に握る。

 うん、働く漢の道具だけあって無骨で格好良い。

 

「次、ツルハシ」

 

 左手に現れたのは黒いツルハシ

 まるで三日月の様なフォルムは厨二心をくすぐる。

 

 その二つを消し、最後に。

 

「シャベル」

 

 これも今までと同じく色は黒。

 黒光りする先端がどんな土でも容赦なく掘れそうだ。

 

「完璧です束さん」

 

 流石職人気質の科学者。

 文句のない出来だ。

 

「気に入ったみたいだね。それで、それの名前は?」

「ありませんよ?」

「ないの?」

「ないです。これはあくまで道具ですから、名前はありません。ハンマーはハンマーだし、シャベルはシャベルです」

「そっか、そうだね」

 

 束さんは嬉しそうに微笑んだ。

 

「束、神一郎のISはなんなんだ?」

 

 今まで口数の少なかった千冬さんが束さんに問いかける。

 確かに用途がよくわからないよね。

 

「しー君のISは“ステルス性”に主眼を置いた機体だよ。現存するあらゆるレーダーに写らず、姿を消すから目視もされない。もちろんISのハイパーセンサーも誤魔化せる仕様なんだよ。まぁそっちの方に力入れすぎて、機動性なんかは白騎士の半分位だけどね」

「なぜそんな機体に?」

「そこからは俺が説明します。ISで旅に出るには、誰にも見つかる訳にはいかないからです。だから何よりもステルス性が重要でして」

「あのハンマーやらは?」

「あったら便利かな~と思って」

 

 シャベルがあれば雪山でビバークが楽だろうし。

 ツルハシとハンマーとかは洞窟探検で必要になるかもしれないしね。

 

「お前は本当にISを兵器として見る気がないんだな」

 

 千冬さんがしみじみと言う。

 なにを今更。

 

「ISを兵器にするか否かは乗り手次第ですよ」

「そうか、そうだな」

 

 千冬さんは何が面白いのか笑っていた。

 

「それじゃあ、本格的に訓練始めようか。ここからはちーちゃんの出番だよ」

「任せろ」

 

 そう言う千冬さんは、白騎士を纏いブレードを構えていた。

 あれ? 良い事いったはずなのにガチバトルの匂いがしないか?




やっと専用IS出せました。
イメージはガンダムのフラッグカスタムかパトレイバーのグリフォンをイメージしてもらえれば。

ルビ振りのやり方がイマイチわからなかった。
あった方がいいよね?勉強しときます。


ポケモンGO始めたけど、ポケモンの鳴き声がゲームボーイ版と同じで凄い懐かしい気持ちになった。
楽しすぎる。


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天災+1VS白騎士

 おかしい。

 なにがおかしいって、ISの操縦を教えるのに白騎士を装着し武器を構えてる千冬さんがおかしい。

 

「千冬さん、何をするつもりです? 『ISの練習を始めるよ~』ではなく『おい、デュエルしろよ』って雰囲気なんですが」

 

 気のせいでなければ目付きもやや鋭くなっいる。

 

「決闘か、それもいいが……これから行うのは一方的な暴力だ」

「なっ!?」

 

 その言葉と気迫に押され、思わず後ずさる。

 

「ちーちゃん? らしくないね。どーしたの?」

 

 親友の剣呑な雰囲気に束さんも普通ではないと感じたらしい。

 俺を庇う様に一歩前に出る。

 

「“温泉旅行の件”と言えばわかるな?」

 

 こちらにブレードの切っ先を向け怒気を飛ばしてくる千冬さん。

 

「なんの事でしょう?」

 

 顔を隠す全身装甲型のISで良かった。

 今、絶対顔に出てた。

 これは……バレてる!?

 

「お前は、”一夏が私の為にバイトをしていた”と手紙に書いていたな?」

「それが何か?」

 

 焦る気持ちを抑え、ハイパーセンサーで出口を確認する。

 出口は自分の真後ろ、千冬さんの後ろじゃなくて良かった。

 

「一夏の気持ちは嬉しいが、まだ小学生のアイツに何度もバイトをさせる気はなかったのでな、私は一夏に確認した。『またバイトをするのか?』と」

 

 千冬さんの話を聞きながらどうやって逃げるか考えてる最中、ハイパーセンサーで一つの動きを確認した。

 ――束さんが、少しずつ俺から距離を取っている。

 

「一夏は言った『またやりたいけど、あの時は神一郎さんに言われてやったから、次はいつになるかわからない』と――おかしいよな? まるでお前から一夏にバイトしないかと誘ったみたいじゃないか?」

 

 一夏!? 内緒って言ったじゃん!?

 その通りです俺から誘いました。

 

「一夏は“しまった”って顔をしたのでな、なにかあると思い一夏から聞き出した――随分と一夏を利用したみたいだな? 温泉街についてからの行動や手紙を渡すタイミングまで指示を出していたとは思いもしてなかったぞ」

 

 そんな一夏にキュンキュンしてたくせに。

 ツンデレブラコン美味しかったです。

 

「とは言っても、一夏もお前の裏の行動は知らなかったようでな。神一郎、裏で何をしていたか、全て吐いてもらうぞ」

 

 暗躍してた事は決定ですか。

 正解なんですけどね。

 

「話しますから落ち着いてください。ね?」

 

 優しく話しかけながら、右手で今も少しずつ移動する束さんを掴む。

 

「へ?」

 

 束さん? 貴女一人を逃しませんよ?

 大きく振りかぶって――必殺

 

「束ミサイル!!」

「ぎにゃぁぁぁ!?」

 

 説明しよう! 

 束ミサイルとは、人外的強度を持つ篠ノ之束を的にぶつける荒技である。

 

 着弾を確認する前に体をターンさせ。

 

「トランザム!」

 

 別にトランザムが使える訳ではない。

 ただ、“もの凄い早いスピード”を意識する為である。

 

 ぐんぐんと近付く出口。

 もう少しで!

 

「もう瞬時加速が使えるとは、見直したぞ」

 

 声が隣から聞こえる。

 右を見ると、死神が並走していた。

 

「速すぎるだろ! “夜の帳”」

 

 ステルスを発動し不可視状態になる。

 その間に、千冬さんは俺を追い越して出口の前に陣取る。

 

 右か左かそれとも上か、一瞬の思考。

 ここはあえての真ん中、ステルスのまま正面から白騎士を弾き飛ばす!

 

 必殺技其ノ二

 ひき逃げアタック!

 

 声を出さず、脳内で叫ぶ。

 腕をクロスさせ、白騎士に突撃する。

 

 ぶつかる――その瞬間、白騎士の左手が一瞬ブレた。

 

「がっ!?」

 

 首を白騎士に掴まれ動きが止まる。

 

「いくら姿を消そうと、気配、視線、風斬り音などは誤魔化せない。詰めが甘いな神一郎」

 

 まるでどこぞの達人の様なセリフを吐く千冬さん。

 

「だからって正面から突撃するISを片手で止めるとか化物すぎ」

 

 つい心からの言葉を言ってしまった。

 千冬さんの殺気が強くなった気がする。

 

「神一郎、お前に壁への減り込み方を教えてやろう」

「はい?」

 

 一瞬、白騎士の背中が見えた気がした。

 次の瞬間

 

 ドゴンッ!

 

「ぐあぁぁぁぁ!」

 

 胸部に衝撃を受け後ろに吹っ飛ぶ。

 どんどん小さくなる白騎士の姿。

 今のは……回し蹴りか!?

 

 なんとか体勢を立て直そうとするが、そう広くない地下施設、そのまもなくゴールに着いた。

 

「がはっ!?」

 

 背中に強い衝撃を受け肺の中の空気が漏れる。

 酸素を求め荒い呼吸を繰り返す。

 

 落ち着いた所で正面を見れば、千冬さんがゆっくりとした足取りでこちらに近づいて来ていた。

 すぐに動こうとするが、体が動かない。

 そしてやっと自分の状況がわかった。

 壁に減り込んでいたのである。

 

「まじか……」

 

 思わず口から漏れる。

 なにか手はないかと辺りを見回すと――隣にお尻が生えていた。

 

「束さん、薄い本の表紙みたいですね。流石あざとい」

 

 束さんは上半身を壁に減り込ませ、下半身だけ外に出していた。

 今流行りのシチュとはわかってらっしゃる。とりあえずISで録画しといた。

 

「ン~! ンン!」

 

 なにやら叫んでいる束さんを無視して、スラスターを全開にして壁から脱出する。

 無事に助かるには仲間が必要だ。

 

「束さん、抜きますよ?」

 

 束さんの足を持って引っこ抜く。

 

 ズボッ 

 

 と音がして束さんが引っこ抜かれる。

 

「にゃ!?」

 

 足を持っているため。逆さまになってスカートが捲れている。真っ赤な顔でそれを必死に手で押さえてる姿はとてもそそる。

 

「しー君! 降ろして! 早く!」

 

 もう少し眺めてたいが、時間の余裕がないため大人しく従う。

 

「しー君、言い訳があるなら聞くよ?」

 

 地面に降ろした束さんは腰に手を当て何やらご立腹だった。

 

「何を怒ってるんです?」

 

 むしろ助けてあげたのは俺なのに。

 

「なんで束さんが壁に減り込んでたと思ってるのかな?」

 

 ニコニコしながら青筋を立てている束さん。

 なんでって。

 

「千冬さんにやられたんでしょ?」

「違うよ! しー君が束さんを投げたからだよ!」

 

 ぷんすかって擬音が合いそうに怒ってらっしゃる。

 残念、束ミサイルは避けられたのか。だけどそれは。

 

「束さん、俺を置いて一人で逃げようとしましたよね?」

 

 俺は見てたぞ? 

 

「ぎくっ」

 

 視線をそらしわざとらしく口笛を吹く束さん。

 それで誤魔化せるとでも?

 

「一蓮托生です。共に力を合わせ戦いましょう」

「でもちーちゃんの狙いはしー君だけだよね?」

 

 千冬さんは束さんが関係者だって事は知らない。

 だからって自分だけ助かろうとは酷いじゃないか。

 

「千冬さ~ん」

「しー君!?」

 

 こちらに歩いてくる千冬さんに話かける。

 束さんは俺が何をしようとしているのか感づいたらしく焦っている。

 

「束さんは千冬さんが温泉に入っている所を盗撮してました」

「ほう?」

 

 千冬さんの背後に三面六臂の鬼神が見えた。

 

「さて束さん、共に力を合わせ頑張りましょう」

「こんちくしょぉぉぉぉ」

 

 泣きながら構える束さん。

 流石の天災もいまの千冬さん相手は怖いらしい。

 

「てゆーか、『ISを兵器として使いたくない』って言っておきながら、千冬さんと戦うなんて思ってませんでしたよ」

 

 こんな事になるならカッコつけた物言いしなければよかった。

 

「それならISを解除して素直に制裁を受けろ」

「制裁=死がありそうなんで断ります」

「そうか、ならば――」

 

 白騎士の姿が消える。

 

「実力行使しかあるまい」

 

 突然目の前に現れる白騎士。

 気付いた時には眼前に刃が迫る。

 

「はぁ!」

 

 それを束さんが弾く。

 おそらく白騎士のブレードのストックだろう。

 束さんの右手には千冬さんと同じ武器があった。

 

「ちっ」

 

 千冬さんが舌打ちと共に後ろに下がり距離をとる。

 

「しー君、油断しないでね。肉体的スペックは私とちーちゃんは同じくらいだけど、近接戦闘の才能はちーちゃんが上だから」

 

 え? この人外戦に混ざんなきゃダメ?

 

「お前を先に仕留めないと神一郎には手は出せんか、ならば」

「ちーちゃんと戦いたくないけど、しー君と束さんの身の安全の為には」

 

 二人の姿が消える。ハイパーセンサーを持ってしても影を捉えるのがやっとだ。

 ただ打ち合う音だけが地下室の響く。

 うん、無理だ。

 俺の出番はどこにもない。

 とりあえず、邪魔にならない様に端っこにいよう。

 

「夜の帳」

 

 姿を消して移動しようとする。

 そこで異変を感じた。

 胸の中心、恐らく千冬さんに蹴られた場所だろう。

 そこだけが上手く消えず歪んで見えている。

 よくよく見ると、装甲に少しヒビが入っていた。 

 

 オタク、マニアと呼ばれる人は多種いる。

 車マニア、電車オタク、フィギュアオタクなどである。

 趣味や嗜好も違う人達だが、一つ共通する物がある。

 

 車マニアの車に傷を付けたら?

 電車オタクの電車の模型を壊したら?

 フィギュアオタクのフィギュアの腕を折ったら?

 念願のISを手に入れ喜んでいるオタクのISを傷付けたら?

 どうなるか。

 答えは簡単だ。ブチギレる。

 

「てめぇぇぇ!」

 

 ハンマーを右手で持ち、僅かに見える影に殴りかかる。

 

 ガキンッ

 

 千冬さんのブレードでガードされたが運良く当たったらしい。

 千冬さんが目を見開いている。

 

「しー君?!」

 

 急に殴りかかった俺の行動に束さんも驚いている。

 

「あんまり調子に乗るなよ千冬」

 

 ギリギリとハンマーとブレードがつばぜり合う。

 

「調子に乗っているのはお前ではないか?」

 

 俺の豹変に動じながらもこちらを睨んでくる。

 

「言うじゃないか、とりあえず……弁償してもらうぞ!」

 

 左手にスコップを持ちそれを突き刺す。

 普段の千冬さんなら当たる事はないだろう。しかし気迫に押されたのは白騎士の動きは鈍っており、スコップの先端が白騎士の肩に刺さり動きが止まる。

 

 その瞬間を見逃がす天災ではなかった。

 

「束キッ~ク」

 

 千冬さんの側面から束さんの蹴りが白騎士を襲う。

 

「っ!」

 

 見事に命中し吹っ飛ぶ千冬さん。

 そのまま壁に激突する。

 

 千冬さんの動きに注意しながら隣に並び立つ束さんに話かける。

 

「束さん、これなんですが、直ります?」

 

 胸の傷を指差しながら確認する。

 

「ちーちゃんにやられたの? まだ説明してなかったけど、しー君のISの装甲はステルス性の特殊装甲だから少し脆いんだよ。でもそれぐらいならすぐ直せるから大丈夫だよ」

 

 シールドバリア―を突破して装甲に傷を付けるなんて流石ちーちゃん。と束さんは喜んでいるが、俺から見ればたまったもんじゃない。

 

「束さん、ちなみに修理費はおいくら万円?」

「え? タダでいいよ?」

「それはダメです。その辺は馴れ合いにしちゃいけません」

 

 修理費無料だと、壊したり傷つける事に鈍感になりそうだからな。

 

「でも、結構高いよ?」

「安心してください。払うのは千冬さんです」

「ちょっと待て神一郎! なぜ私が!?」

 

 土煙を掻き分け千冬さんが姿を現す。

 

「壊したの千冬さんですよね?」

 

 傷を指差しながら確認する。

 

「それはそうだが、元はと言えばお前たちが原因だろ」

「だからと言って人の物壊して良いのですか? 一夏にもそう教えるんですか?」

 

 さっきまでの勢いはどこへやら、千冬さんはあたふたし始めた。

 

「束さん。正直に言ってください。修理費はいくらですか?」

「材料費だけなら……300万円かな?」

 

 材料費だけ、か。随分優しい物言いだな。

 

「では千冬さん、300万円払ってください」

 

 束さんが何か言いたげだが、視線で黙ってろと訴える。

 

「そもそも束は私の入浴シーンを見たんだろ? ならおあいこじゃないか?」

 

 急にお金の話になったせいか、しどろもどろに言い訳を始める千冬さん。

 まだまだ甘いね。

 

「へ~、千冬さんは自分の入浴シーンに300万円の価値があると? それは自意識過剰じゃないですか?」

 

 そう言えば千冬さんが押し黙る。

 しかしまだ口撃は止めない。

 

「300万の借金か、一夏の食事はこれからメザシ一匹だけですかね?」

 

 悲惨な未来を想像したのか、千冬さんの顔色が青ざめる。

 踏み倒すとか考えない所が真面目だな。

 

「払えないなら……そうですね。300万円分の働きでどうでしょう?」

「……なにをすればいい?」

 

 千冬さんは一瞬考え込むが、現金の支払いが無理だと思ったのか素直に話を聞く姿勢になった。

 

「直すのは束さんですからね。束さんに決めてもらいましょう」

 

 そう言って束さん耳打ちする。

 

「しー君、それ最高だよ」

 

 目をハートにし、口から涎を垂らす天災が、千冬さんに怪しく微笑んだ。



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マッド・ティーパーティー

「ふんふ~ん」

 

 鼻歌を歌いながらテーブルにクロスを敷く。

 篠ノ之家の私の部屋は国の研究所に行く時に空っぽにしたため準備が非常に楽だ。

 壁紙はピンク

 カーペットは赤

 テーブルクロスは青

 目に優しくない色合いだけど、今日の私は狂っている設定だからこれくらい良いだろう。

 

 しー君がちーちゃんにISの弁償を求めた後、二人の間で舌戦が繰り広げられていた。

 ISの修理費は300万円。ちーちゃんは私の笑顔を見て顔を引きつらせた後、なんと値引き交渉してきたのだ。

 曰く、プライバシーの侵害であるから慰謝料を求める。

 曰く、覗きの慰謝料を求める。

 曰く、修理費の友達割引はないのか?

 

 ちーちゃんはお金に困っている。が、お金に汚いタイプではない。

 あんなちーちゃん初めて見た。まさに『必死』って言葉が似合う有様だった。

 しー君もちょっと引いていた。

 そんなに私の笑顔が怖かったかな?

 そうしー君に聞いたら、『貞操の危機を感じたんでしょう』と言われた。

 失礼な。しー君が私に『代価を体で払ってもらえば?』って言うから思わず笑ってしまっただけなのに。

 関係ないがソープの平均相場は3万円らしい。ちーちゃんと100回お風呂に入れたね。関係ないけど。

 

 しー君が慰謝料の平均相場をネットで調べた結果、予想以上の高額でちーちゃんがガッツポーズしていた。

 物的証拠がないから知らんぷりしようとしたけど、しー君に『それはない、流石に友達なくすよ?』と怒られてしまった。解せぬ。

 そんなこんなで借金を減額したちーちゃんにお願いしたのは、『お茶会』 

 ちなみに企画発案byしー君である。

  

 ピンポーン

 

 チャイムが鳴り、箒ちゃんが玄関のドアを開ける音が聞こえる。

 テーブルにお菓子を並べ、最後に帽子を被る。

 部屋のドアが開き、ちーちゃんと箒ちゃんが見えた。

 私は満面の笑みを浮かべ――

 

「ようこそ束さんのお茶会へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人に着替えてもらい、みんなでテーブルに腰掛ける。

 箒ちゃんは恥ずかしそうにハニカミ。

 ちーちゃんは目を閉じて眉間に皺を寄せている。

 

「うんうん、可愛いよ箒ちゃん。その耳も良く似合ってるし」

「あ、ありがとうございます。姉さん」

 

 恥ずかしそうに俯く箒ちゃん。

 それにならうように頭のうさみみがお辞儀する。

 今日の箒ちゃんは、しー君から貰った白ゴスロリにうさみみと尻尾を付けている。

 その様はまさに天使! 心の鼻血が止まらないんだよ!

 

「ちーちゃんも似合ってるよ」

 

 むっつりと黙っているちーちゃんに話しかける。

 ちーちゃんの服装は灰色のパジャマである。

 一見すると、まるで寝起きの王子様にも見えるが。

 ピクピクフリフリと動くその――

 

「ネズミ耳と尻尾がとてもキュートなんだよ~」

 

 しー君に提案されて作ってみたが、これは堪らない!

 感情を読み取り動く耳と尻尾。

 喜楽は普通に動き、怒で激しく、哀でゆっくりと。

 今、ちーちゃんの耳と尻尾は激しく動いている。

 怒っているのはわかる。でも。

 ピクピクピクピク、フリフリフリフリ。

 

「ち~ちゃ~ん!」

 

 我慢できず飛びかかる。

 ダメだ、これはダメだよ。

 殴られるとわかっていても飛びかからずにはいられない!

 

「ふんっ!」

 

 予想通り迎撃される。

 頬に当たるちーちゃんの拳の体温が肌に気持ちいい。

 

「束、契約違反だ」

「えへへ~」

 

 ちーちゃんとの約束で、どんな服装でもするがおさわり禁止、となっている。

 触れないのは残念だけど、こんなちーちゃんを見れただけでも良しとしよう。

 

 今回私はいつもの服装にシルクハットを被っている。

 役所がアリス兼帽子屋だからだ。

 ちーちゃんが眠りネズミ

 箒ちゃんが三月ウサギ

 そう、これはただのお茶会ではない。

 

「それじゃ、束さん主催『マッド・ティーパーティー 』を始めま~す」

 

 

 

 箒ちゃんが紅茶を煎れてくれたのでお礼を言って一口飲む。

 飲食に拘らない派の私でも愛妹が入れてくれた紅茶は格別である。

 コーヒー派のちーちゃんも一口飲んだら眉間のシワが薄くなった。

 流石私の天使だ。

 紅茶を飲んで幸せな気分に浸っていたら、ちーちゃんが口を開いた。

 

「束、今日は神一郎はいないのか?」

「しー君? しー君は旅に出たよ?」

 

 ISの修理が終わった後、しー君はISの練習を二日程徹夜でやり、笑顔で旅立っていった。

 まだまだちーちゃんには及ばないけど、基本的な事は覚えたから大丈夫だろう。

 

「『ちょっと旅行に行ってくる。お土産楽しみにしてて』ってメールが来ましたが、神一郎さんはどこに行ったんですか?」

 

 箒ちゃんが紅茶を飲みながら小首を傾げる。

 

「さあ? たぶん日本のどこかにいると思うけど」

 

 慣れるまでは遠出はしないって言ってたし。

 

「それに今日は男子禁制の女子会だからね。しー君もいっくんも呼んでないんだよ」

 

 いっくんがいたら聞けない事もあるしね。

 

「むふふ、さあ箒ちゃん。せっかくの女子会だからね。箒ちゃんの恋バナ聞きたいな~」

「はう!? 恋バナですか!?」

 

 箒ちゃんの顔が一気に赤くなる。

 

「そうそう、こないだいっくんとデートしたんでしょ? お姉ちゃんその辺詳しく聞きたいんだよ」

「そう言えば、一夏が箒と買い物に行ったと言っていたな」

 

 年上二人に見つめられ、あうあうと唸る箒ちゃん。

 

「その、特別な事はなにもしてません。二人で買い物して、帰りにお茶を飲んだだけです」

「腕を組んだり?」

「してません」

「手を繋いだり?」

「してません」

「わかった! 一つの飲み物を二つのストローで飲んだり?」

「してません!」

「ムムム、しー君てば、箒ちゃんに何を教えてるんだか、なんの進展もないじゃないか」

 

 やっぱり私の出番かな? 姉として箒ちゃんの為にいっくんに素直になれる薬を!

 

「姉さん、心配してくれるのは嬉しいですが、大丈夫です」

 

 箒ちゃんが自信満々に一冊のノートを取り出した。

 

「そ、それは!?」

「これが神一郎さんに頂いた私の切り札。その名も『愛され系幼馴染への道』です!」

 

 でで~ん

 

 高々とノートを掲げる箒ちゃん。

 ノートにはやけに達筆な字で名前が書いてあった。

 私が言うのもなんだけど、もの凄い胡散臭い。

 

「箒ちゃん、見せてもらっていい?」

「どうぞ」

 

 ノートを受け取りペラペラとめくる。

 ちーちゃんも興味があるのか身を寄せて覗いてきた。

 

 えーとなになに。

 

 目指すのはナンバーワンではなくオンリーワン。一夏の一番ではなく、一夏の特別になりましょう。

 一夏は弱音や愚痴を言える友達がいません。姉に迷惑をかけないよう強がる時もあるでしょう。そんな時、箒が弱音を聞いてあげてください。

 一夏はモテます。嫉妬する事もあるでしょう。そんな時は『私の幼馴染は沢山の女性に好かれる良い男なんだ』という寛大な気持ちを持ちましょう。

 一夏は恋愛感情に鈍い男です。一緒に出掛けても、『デート』ではなく『ただの買い物の付き合い』と考える男です。そんな一夏にヤキモキしたり怒ってしまう時もあるでしょう。しかし、良く言えば天然です。そんなちょっとダメな所も愛してあげてください。

 

 意外と書いてあることはまともだ!?

 

「最近、このノートに書いてある通りにしているのですが、前より一夏との距離が近づいた気がします」

 

 紅茶片手に微笑む箒ちゃんからはなにやら余裕が感じられる。

 

「箒の太刀筋や体捌きに最近落ち着きが出てきたと思ったが、なるほど。これが原因か」

 

 ちーちゃんも感心した様に頷いている。

 長期戦の構えなんだ。私としてはもどかしいけど。箒ちゃんが喜んでるならそれでいいか。

 

「次は姉さんと千冬さんの話が聞きたいです」

 

私とちーちゃんの目が合う。

 

「特にないね」

「そうだな。つまらん男しかいない」

 

 きっぱりと言い放つ二人。

 箒ちゃんから同情の視線を感じるのは気のせいかな?

 

「私は、姉さんは神一郎さんの事が好きだと思ってました」

「ごふっ!?」

 

 思わず口に入れたクッキーを飛ばしてしまった。

 ちーちゃんが睨んでくるが、それどころではない。

 

「ほ、箒ちゃん? なんでその結論に至ったのかな?」

「え? だってお弁当作ったりしてますし。一夏とも接し方が違いますし」

「確かに作ったりしたけど、箒ちゃんやちーちゃんが望むなら何時でも作るよ?」

「いらん(いりません)」

「接し方の違いは、いっくんは弟分でしー君が友達だからじゃないかな?」

 

 男友達って初めてだから、箒ちゃんに誤解されてもしょうがない。

 

(千冬さん、実際の所どうなんでしょう?)

(正直私もわからん――試してみるか)

 

 む、私をのけ者にしてヒソヒソ話をするなんて。

 

「そういえば、神一郎は束みたいなのがタイプらしいな」

「ぶはぁ!?」

 

 今度は紅茶を吹き出してしまった。

 ちーちゃんが拳を握りしめているが、それはご褒美なので問題ない。

 

「ちーちゃん、それは誰に聞いたの?」

「一夏だ」

「ほうほう、詳しく聞きたいね」

 

 ぐいぐいとちーちゃんに迫る。

 

「あー、確かそう。胸の大きい女が好みらしい」

「それは当てはまるね」

 

 自分の胸を見る。

 おそらく同年代よりは大きいそれ。

 正直邪魔になる時も多いのだけど。

 

「くふふ、しー君の視線を感じた事が何度かあったけど。そうなんだ。しー君が束さんの胸にね~」

 

 

(千冬さん、神一郎さんの株が下がってもおかしくない所でしたよ)

(すまん、とっさに思いつかなかった)

(それで、どう思います? 私には気があるようにしか見えないのですが)

(人間として好きなのか、異性として好きなのか。それがわからんな)

 

「む~、また二人で内緒話して、束さんも混ぜてよ~」

「あっ、ちょ、姉さん」

 

 箒ちゃんを抱きしめて頬ずりする。

 

「ぷにぷにぽっぺが気持ちいいんだよ~」

「うぷっ、姉さん、息が……」

「束、箒が胸で窒息してるぞ」

「箒ちゃん!? しっかりして~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人でお茶を飲んでお菓子を食べて。

 笑って怒られまた笑う。

 そんな楽しい時間。

 いつまでもこのままで。

 そう思ってしまう幸せな時間。

 けど、それはもう叶わない。

 だって私、篠ノ之束は妹より夢を取ったから。

 別れの時期はそう遠くない。



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山中に響く叫び

 木々の間から柔らかな光が差す中、小川のせせらぎを聞きながら大きな岩の上で大の字になる。

 季節は春、まだ肌寒い山中で白い吐息を吐き出しながらCDプレイヤーのスイッチを入れる。

 ここはやはりAIRの曲だろう。個人的に山や海にとても合うと思う。

 綺麗な歌声が森の中に響く。

 胸から下げている黒い片翼型のネックレス、待機状態の流々武を指で触りながら目を閉じる。

 

 至福。

 そう至福である。

 転生前の自分は、今頃満員電車の中に詰まって仕事に向かってるかと思うと笑いが込み上げてくる。

 

 神様貯金と小学生と言う社会的責任がほとんどない立場、そしてどこにでも行けるIS。

 もうね、幸せすぎて怖くなる。

 

 心配は貯蓄額かな? 織斑家への援助だったり、外遊費などでかなり貯金が減った、これからの事を考えると少し心許ない。

 一応、金欠回避策として千冬さんの写真が多量にある。ISの大会『モンド・グロッソ』で千冬さんが優勝したら売り捌く予定である。眠りネズミのコスプレも束さんに写真を頼んでいるのでこれも高値間違いない。

 完璧な計画だ。

 

 ISで家を飛び出してから十日、現在俺が居る場所は住んでいる場所から50キロ程離れた山の中、川が流れ、テントを貼るスペースがある良さげな場所をたまたま見つけ現在キャンプ中。

 

 最初は北海道辺りを、と思っていた。

 正直に言おう、地下の訓練場ならともかく、大空を飛ぶのめちゃくちゃ怖かった!

 最初はテンションが高かったから良かったけど、雲の上からふと下を見たら、感じるはずのない重力に引っ張られる感覚に襲われビビリました。

 低空飛行しようと思ったけど、ステルスモードはエネルギー消費が激しい為、万が一に備え止めといた。

 泣く泣く近くの山に降りた俺は運良くこの穴場を見つけ今に至っている。

 

 ちなみに、春の山中は冬眠明けのクマや猪が大変危険なので、ISか猟銃を持ってない人は真似しなでください。

 

 テントまで戻りお茶を入れ朝食の準備をする。

 ご飯はここで釣ったヤマメ。調味料は塩と空腹。

 朝っぱらから焼き魚とか幸せだな~。と思いなが魚にかぶりついていたら、目の前にいきなり画面が現れた。

 

「しーく~ん。た~す~け~て~」

 

 目の下のクマにぼさぼさの髪、久しぶりのお疲れモードの束さんだった。

 

「お久しぶりですね。随分酷い有様ですがどうしたんです?」

 

 束さんが助けてとはただ事ではない。

 

「早く帰ってきて~」

 

 束さんが泣きながら予想外のお願いをしてきた。

 

「箒ちゃんが可愛くて小悪魔なんだよ~」

「落ち着いて初めから説明しなさい」

 

 箒が可愛いのは俺も知ってます。

 

 

 

 

 

 

 束さんの話を要約すると。

 

 お茶会したら箒との心の距離が縮まった。

 それから電話が来る様になった。内容はノロケ話と俺との仲の勘ぐり。

 ISコアの製作で忙しいが、愛する妹を邪険にできない、と頑張って誤解を解こうとしたがなかなか勘違いを直せず連日質問攻めにされているらしい。

 

「俺との仲って、一体なぜそんな事に?」

 

 箒も女の子って事か、まさかそんな勘ぐりされるとは。

 それにしても箒と恋バナとは、束さんも成長したね。

 

「そんなの束さんが知りたいよ~。『別に普通に好きなだけだよ?』って言っても納得してくれないし」

 

 あぁ、うん、普通に誤解されそうな事言ってそうだよこの人。

 女の子が男に対して簡単に好きって言葉を使ってはいけません。

 

「箒ちゃんが言うにはね、好きって種類があるんだって、ねえしー君、束さんて、しー君の事を人として好きなのか、男として好きなのか、どっちだと思う?」

 

 それ俺に聞くんですか?  

 なんの罰ゲームだよ。

 束さんの表情を観察する。

 画面越しとはいえ、真面目な顔をしていて、そこに一切のテレや恥じらいはない。

 下手に誤魔化さない方がいいか。 

 

「そうですね、束さんにとって、俺との思い出で一番楽しかった事、嬉しかった事はなんですか?」

 

 束さんの気持ちがloveなら、答えは遊園地になると思うけど――

 膝枕とか手作りお弁当とか、一番それっぽいイベントだし。

 

「う~ん、温泉でちーちゃんを盗撮した時かな?」

 

 うん、これやっぱり勘違いしたら恥ずかしいやつだ。

 

「理由を聞いても?」

「しー君が束さんに向かって『千冬さんを盗撮するの手伝ってくれません?』って言った時、なんでか嬉しかったんだよね。あと、ちーちゃんの動きを予測しながらカメラ仕掛けたりするのすごく楽しかったんだよ」

 

 納得できる理由だ。

 千冬さんは親友だが、二人の仲は『ライバルと書いて親友と読む』ってのが近い。

 その点俺は違う。一緒に悪巧みして一緒に怒られる。『遊び仲間』って感じ。

 そう、束さんにとって初めての『遊び仲間』

 いや、ほんとこれなんの罰ゲーム? 自画自賛でもの凄い恥ずかしいんだが。

 

「次に箒に聞かれたら「友愛」って答えてください――それで? 他にも何かあるんですよね?」

 

 それだけの理由で帰って来てなんて言わないだろう。

 案の定、束さんの顔が曇る。

 

「えっとね、箒ちゃんの事はオマケなんだよ。本当の理由はコレ」

 

 束さんが気まずそうに一枚の紙を取り出す。

 流石に何が書いてあるかは見えない。

 

「それは?」

「契約書……内容は『流々武の修理費を無料にする』だよ」

「なんで壊れる事前提の話なんですか?」

 

 流々武の名前を知ってるって事は相手は千冬さんだろう。

 俺なにかしたっけ? まさかコスプレの復讐? 次はないぞって言う警告? 

 

「ちーちゃんがね、帰って来ないと白騎士使って無理矢理連れ戻すって……それでちーちゃんに無理矢理この契約書を……」

「なんで!? 白騎士なんで!?」

 

 まじで何かしたか俺?

 いや、落ち着くんだ。怒りや恨みを買っていたら今頃俺の目に前には白騎士がいるはず。

 

「束さん、千冬さんは何か言ってましたか?」

「うん、あのね、『学校をさぼるな』とか『道場をさぼるな』とか、色々言ってたけど、ちーちゃんの本音は最後の一言だと思う――」

 

 ゴクリと喉が鳴る。

 

「『神一郎がいないと一夏の食事が寂しくなる』って」

 

「餌付けの弊害!?」

 

 誰だよ千冬さんに『一夏の笑顔と自分のプライドどっちが大事?』なんて偉そうなこと言って奴!? 俺だよ!

 完璧予想外だよ。まさかそんな理由とは。

 いや、予想外か? 考えてみよう。

 

 千冬さんが学校帰りにバイトに行く(千冬さんの晩飯は一夏のお弁当かバイト先のまかないと仮定)

 夜帰宅すると一夏が夕食中。

 ポリポリと漬物だけでご飯を食べる一夏。(本人は節約&ただ好きなもの食べているだけで悪気はない)

 

 うん、白騎士持ち出してもおかしくないな。

 お土産はご飯に合うオカズ系にしよう。

 

「了解しました。今日の夜には帰ります」

 

 箒の誤解も俺から言っておいた方がいいだろうし。

 白騎士怖いし。

 

「ごめんねしー君」

 

 しょんぼりとする束さん。

 疲れてるからだろうか、今日はいつもよりテンションが低い。

 

「別に束さんが悪い訳じゃないですよ?」

「でも、しー君は今夢を叶えてる途中でしょ? なのに邪魔しちゃったから」

 

 なんとも可愛いこと言ってくれるなこの子は。

 

「束さん、友達に余計な気遣いはいりませんよ」

 

 束さんのお陰で俺は今ここにいる。

 その恩くらいは返したいしね。

 

「うん。ありがとうしー君」

「いえいえ、それと一つ聞きたいんですが?」

「なにかな?」

「これから先、遊園地の時みたいに一夏や箒と遊ぶ機会があったら行きたいですか?」

「その聞き方だと……わかってるんだね? 束さんがそろそろ家を出ようとしてる事」

 

 原作では、一夏と箒が小学三4年生の時に束さんは失踪した。

 時期的にはそろそろ考えてると思ったけど、そうか、もう計画してるのか。

 

「いつかはまだ決まってないんですか?」

「うん、箒ちゃんの事とか相談してから決めようと思って」

「俺もその事で話があります。でも、こんな画面越しで話す内容じゃない」

「そうだね。束さんもしー君と会ってお話したい」

「ゴールデンウィーク明けにみんなでキャンプに行こうと思ってるんです。なので、参加してくれませんか?」

「それは……」

「箒と会うのが怖いですか?」

 

 束さんがビクッとする。

 束さんが憔悴している理由、それは箒との電話が辛かったんだろう。

 恋バナしたり、妹のノロケを聞いたりしてる中、心の中では妹を捨て身を隠す準備をしている。妹大好き束さんには酷だな。

 

「束さん、キャンプだけでも参加してくれませんか? なんせ束さんがいないとキャンプ場まで行く足がない」

「しー君が運転すればいいじゃん――それに束さんも免許ないよ」

「千冬さんが許さないかと。束さんにお願いするのは運転出来る人材の確保です。束さんから頼めばお国の人借りれません?」

「それは出来ると思うけど……」

「だったら、ね? みんなの為にも」

「――わかったよ」

 

 渋々頷いてくれた。

 束さん的には、お茶会が箒と顔を合わせる最後の機会のつもりだったかもしれない。

 だけど、そんなの寂しいじゃないか。

 しかしアレだな。

 真面目な話すると疲れるな。

 

「所で束さん。最後にお風呂に入ったのいつです?」

 

 こんな真面目な話で会話が終わるのは俺達らしくないよね。

 

「ほえ!? いきなりなにさ!?」

「随分と髪が傷んでるみたいだし。忙しいんでしょ? あれですか、一週間くらいですか? 大台ですか?」

「き、昨日入ったもん」

 

 プイッと目を逸らした。

 なんてわかりやすく嘘を吐くんだろう。

 

「それじゃあ――今から会いに行っていいですか? あ、通信は繋いだままでお願いします」

「え!? でも、ほら、ここは関係者以外立ち入り禁止の場所だし?」

「今すぐ束さんに会いたいんです(キリッ)」

「しー君、そんなに束さんの事を……って、騙されないもん! しー君! 何が目的!?」

「束さんの匂いを嗅ぎたい(キリッ)」

「まさかの匂いフェチ!? でもしー君が望むなら……」

「そんで指差して『やーいスイカ女~』って言いながらそこの研究員さん達と笑い合いたい」

「しー君は最近調子に乗りすぎだと思うの(ポチ)」

「ピッカッチュウ!?」

 

 久しぶりの電撃を味わう。

 画面に映る束さんは怒っているようで笑っていた。




 先週まで、評価バーが無色だったのに、いきなり色が付くしお気に入りが3倍近くなるしで嬉しい悲鳴でした。
 読者の皆様、ありがとうございますm(_ _)m


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キャンプはよい文明

同じキャンプの話でも3パターン書いてしまった。
これはスランプではない、プレッシャーだ……。
文に違和感を感じる人がいるかもしれません。
なんかもう自分でも「あれ? どう書いてたっけ?」みたいになりました。
とりあえず、キャンプ前半をどうぞ(T ^ T)


 織斑家にお土産を届けたり、箒の誤解を解いたり。ゴールデンウィーク中は暇を見つけてはISで空を飛んだりと充実の日々が過ぎて、五月半ば。

 

「おはよう」

「「おはようございます」」

 

 返事を返してくれたのは一夏と箒。

 千冬さんは少し離れた場所で塀に寄りかかり目をつぶっていた。

 挨拶はちゃんとしなさい! と言いたくなるが、ゴールデンウィーク中は学生には稼ぎ時だ。平然としてる様に見えるけどまだかなり疲れが残ってるのだろう。

 朝早くからの集合なので千冬さんには申し訳ない。なのでここはいい意味で放置しておく。

 

「一夏、箒、忘れ物はないかな?」

「大丈夫です、昨日のうちに準備しておきましたから」

「俺も大丈夫です」

「よろしい」

 

 現在俺達は篠ノ之神社前で束さん待ち。

 一人旅も良いけど、やっぱりみんなで行くキャンプも良いよね。一夏と箒も楽しみらしく、キャンプ場に着いたら何をするか話し合っている。

 と、二人を微笑ましく見ていたら一台の黒いミニバンが見えた。

 

 その車は俺達の目の前で止まると。

 

「箒ちゃん久しぶり~。いっくんはもっと久しぶり~」

 

 後ろのドアが開き束さんが飛び出してきた。

 飛び出した勢いで二人をムギュっと抱きしめる。

 

「ね、姉さん、そんなに久しぶりでもないです」

「束さんにとって、箒ちゃんに1日会えなければそれはもう久しぶりなんだよ」

「た、束さん、苦しいです」

「いっくんてばつれなーい、ほらほら久しぶりの束さんだよ? もっとギュッとしてもいいんだよ?」

 

 いつもよりテンション高いな。無理矢理上げてるのかもしれないが、暗い顔してるよりはよっぽどマシだ。

 

 三人は好きにさせて運転手の方に挨拶に向かう。

 運転席には、青白い顔をしたグラサンのお兄さんがいた。

 この人、前に遊園地で束さんに着ぐるみ剥がされた人じゃないか?

 顔が青いのは車酔いじゃないよね? きっと束さんと二人っきりが怖かったんだね。

 上司の人、この人には臨時ボーナス出してやってください。

 

 こちらの視線に気付いたお兄さんは窓を開け。

 

「こんにちは、自分はた「おいグラサン、お喋りは禁止って言わなかったかな?」なんでもないです」

 

 た、なんとかさんは束さんに怒られ口を閉じた。

 この人は泣いていいと思う。

 力のあるコミュ障って本当に怖いよね。

 とは言え、この人には今日明日とお世話になるし、束さんの暴言に一夏と箒も気まずそうだし。

 

「一夏、箒、俺達をキャンプ場に連れて行ってくれる人だ。挨拶しようね」

 

 そう言うと二人が笑顔でこちらに来る、逆に束さんが不機嫌になるが、車内で楽しく過ごす為には必要な事です。

 

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

「篠ノ之箒です。姉がわがまま言ってすみません」

「佐藤神一郎です。お世話になります」

 

 三人で頭を下げる。

 

「よろしく、自分はた「一夏、箒、この人はグラ=サンだ」」

「グラ=サンさんですか?」

 

 箒が首を傾げ、一夏は目を丸くしている。

 お兄さんも『えぇ!?』って顔してるが、我慢してください。名前で呼び合ったりしたら、向こうで睨んでいる束さんがさらに不機嫌になるんで。

 

「日系外国人なんだよ。親しみを込めて『グラサン』と呼んであげて」

「グラさんですね。わかりました。よろしくお願いしますグラさん」

 

 箒の純粋な笑顔にグラサンは何も言えず訂正するのを諦めた。

 

「さてと、それじゃあ荷物積んで出発しようか。皆、荷物積むの手伝ってくれ」

 

 荷物を積み込み車に乗り込む。

 千冬さんと束さんが二列目。

 一夏と箒が俺が三列目だ。

 

「それじゃあ、しゅっぱ~つ」

「「「「おー!」」」」

 

 震えながら運転しているグラサンと、お疲れ気味の千冬さん以外の元気な声が車内に響く。

 グラサン、事故だけは気を付けてね。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 途中、スーパーで食料や飲み物を買い、下道を一時間、高速を一時間、車で山道入って一時間と少し、キャンプ場の看板が見えてきた。

 

「もうそろそろ到着だね。一夏、ここは温泉があるから楽しみにしとけ」

「温泉!? 本当に!?」

 

 一夏のテンションが一気に上がる。

 

 温泉があるキャンプ場は注意が必要だ。

 キャンプ慣れしてないと、大自然の中でまったり露天風呂。なんて夢見る人が多いが、実際はそんな良い物じゃない、なにせ落ち葉や虫がプカプカ浮いてるのが当たり前だ。

 夏場なんかは排水口にセミの死骸が詰まったりしてる時もあるしな。

 まぁ、慣れるとそんなもの気にならなくなるけど。ここのキャンプ場は建物の中に風呂場があるタイプだから問題ない。

 

 車が駐車場に入る。

 ゴールデンウィーク明けだからか、駐車場は半分も埋まってなかった。

 

 車が止まり、グラサンが後ろ向き。

 

「…………(パクパク)」

 

 なんか口パクしてきた。

 

「えーと、降りていいんですか?」

 

 俺がそう確認すると。

 

「…………(パクパク)」

 

 今のは『どうぞ』かな?

 そうか、会話を禁止されてるからそんな荒技を……。

 

 車を降りて荷物を降ろす。

 

「それでは博士、私はこれで、明日は12時に迎えに来ます」

 

 そう言って束さんに向かって頭を下げるグラサン。

 哀れすぎる。

 

「グラサン、今日はありがとございました」

 

 俺がそう言うと。

 

「「グラさん、ありがとうございました」」

 

 一夏と箒が続いた。

 そんな俺達に手を振って答えたグラサンは、車に乗り込み帰って行った。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 受付を済ませ、テントの設置場所にテントを張る。

 テントは三つ、篠ノ之家テント、織斑家テント、そして自分のテントだ。

 テント設営が終わりみんなで集合する。

 

「ここからは自由時間です。夕方5時になったらテント前に集合で。それじゃあ解散!」

 

 みんながポカンとしてる中、そこからさっさと離れる。

 ここにはアスレチック場や山道の散歩道あり、そばには小川が流れている。

 この様な場所では余計な事は言わない。子供は放っておいても勝手に遊び始めるだろう。むしろここで『何をすればいいの?』なんて言い始める方が問題だ。

 もちろん、山に入ったりしない様に注意も必要だが、あの二人なら心配ないだろ。

 

 周囲に人がいない事を確認して拡張領域から組立式ハンモックを取り出す。

 それを小川の近くに設置して――

 

「くはぁ~」

 

 ゆらゆら揺れるハンモックに身を任せるこの幸せ。たまらん。

 

「随分オヤジ臭いな」

 

 おろ? 上を見上げると千冬さんがいた。

 

「しー君、それ束さん達の分ないの?」

 

 その後ろには束さんもいた。

 

「ありますよ~」

 

 そう言って拡張領域からさらに二台のハンモックを取り出す。

 

「二人共こっちに来て良かったんですか?」

 

 ブラコンシスコン過保護のお二人にしては珍しい。

 

「箒ちゃんの邪魔したくないしね~――よっと」

「私も今日は英気を養うさ――っと」

 

 二人が俺の隣でハンモックに乗る。

 

「ほうほう、これはなかなか」

「ふむ、結構良いものだな」

 

 どうやらお気に召したようだ。

 三人でのんびりと風に揺れる。

 このメンツでは珍しいくらい静かな空気が辺りを包む。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……神一郎?」

 

 沈黙を破ったのは千冬さんだった。

 

「なんです?」

「その……怒ってるか?」

 

 千冬さんにしては珍しくこちらの心情を窺う様な質問だな。

 

「怒ってはいませんよ。ですが、頼み事は次からは素直に正面から言ってください」

「お前に借りを作るのは怖いんだが……流石に今回は悪かったと思ってな。すまなかった」 

「今回は許します」

 

 俺の返事を聞いて千冬さんがホッとした感じで吐息を吐き出した。

 俺から見れば、まぁ、千冬さんの甘えみたいで可愛いものなんだけどね。

 

 

 山から帰った時、世間はゴールデンウィーク間近だった。

 織斑家にお土産を渡したり、箒の誤解を解いたりした俺は、さてゴールデンウィークはどこに行こうかと悩んでいた時、千冬さんにハメられたのだ。

 

 ゴールデンウィークは学生には稼ぎ時だ。

 だが、彼女には面倒を見なければならない弟がいる。

 篠ノ之家に頼む方法もあるが、長い期間頼むのは迷惑だと考えたんだろう。しかし、都合よく暇な奴がいた。それが俺だ。

 ゴールデンウィーク中は千冬さんがほぼ留守にして朝から晩まで働いてる。と一夏から聞いた俺は、ISで遠出したいけど流石に無視は出来ない。と思い、一夏の様子を見たり、一夏にご飯食べさせたり、一夏と箒と遊んでいるのを見守ったりしていた。

 そして気付いた。

 あれ? 俺に帰って来いって言ったのはこの為じゃね? と。

 

 利用されたみたいで最初は気分が良くなかったが、アノ千冬さんが一夏の面倒を誰かに頼むなんて大した成長だよね。

 

 

 

 そして、また静かな時間が訪れる。

 聞こえたのは風の音と川の音だけ。

 

 

 

「ねぇ、しー君」

 

 次に沈黙を破ったのは束さんだった。

 

「なんです?」

「今夜は……一緒に寝てくれないかな?」

「「ごふっ!」」

 

 俺だけじゃなくて千冬さんも呼吸を間違えた様だ。

 今コイツなんて言った?

 

「えっと、なんでですか?」

 

 変な期待をしちゃダメだぞ俺! 落ち着いて対処するんだ!

 

「だって……だって……箒ちゃんと二人っきりで寝るなんて辛いんだよ~!」

 

 あぁ、うん、そうだね。

 今の束さんは箒に対して罪悪感があるから、二人でテントで寝るとか怖いんだね。

 でもね?

 

「やかましい! こんな気持ちのいい場所でそんなネガティブな事考えるな! 風を感じながら心静かにするのが醍醐味なの!」

 

 なんでこの二人は静かに自然を楽しめないかね。

 

「だって~だって~」

 

 束さんはハンモックに揺られながら顔を手で抑えシクシク泣いていた。

 

「そんなに嫌なら千冬さんに代わってもらえば?」 

 

 無理だと思うけど。

 

「ちーちゃん……一緒に寝てくれる? もしくはいっくんと寝ていい?」

「断る。お前と一緒のテントは嫌だし、一夏とお前を一緒にしたくない」

「ちーちゃんの意地悪! 束さんには味方がいないんだよ~」

 

 キッパリと断る千冬さんとさらに泣き出す束さん。

 だよね。せっかくのキャンプだもん。弟と一緒に居たいよね?

 

「それと神一郎、お前、さっきからよからぬ事考えてるだろ? 借りがあるから見逃してるが、あまり調子に乗るなよ?」

「イエスマム」

 

 おっと、風が強まったかな? 一段とハンモックの揺れが強くなったぜ。

 

「それはそうと束さん」

 

 束さんの方に顔を向け話かける。

 

「なんだよしー君」

 

 しかし、束さんは俺からプイっと顔を背けた。

 あ、ちょっとイジケモード入ってる。

 

「俺と千冬さんはいつでも束さんの味方ですよ?」

「っ!?」

 

 耳を赤くする束さんを千冬さんと二人でニヤニヤと見守った。



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とりあえず嫌な事は飲んで忘れよう

 丸太に座り目の前に目を向けると焚き火がパチパチと音を立てて燃えている。

 その音を聞きながら空を見上げれば満天の星空。

 これぞキャンプの一番の魅力。

 なのに――

 

「なんでアイツ等は早々にダウンしてるかな」

 

 そりゃあね、子供に焚き火や星空をただボンヤリ見つめるだけなんてつまらないかもしれないけど、ちょっと寂しいものがある。

 

「そう言うな。ある意味都合がいいじゃないか」

 

 隣では千冬さんが俺が買って来たおつまみのスルメを囓っている。

 凄く様になって格好良い。

 こう、焚き火の火に照らせれてスルメを囓る姿が様になってると、男としてちょっとジェラシー。

 

「だからって、こっちが気を利かせて二人きりにしてあげたのに、山道を散歩デートでもしてるかと思いきや、まさかひたすらアスレチック場で走り回ってるとは思いませんでした」

 

 ここのアスレチック場 全長100mほどあり、木でできたジャングルジムや川にはイカダを数珠つなぎにした橋があったりと子供心をくすぐる物が沢山ある。

 そこで一夏と箒はずっと遊んでいたらしい。

 どっちが早くゴールするかと言う遊びで。

 つまりアスレチックタイムアタックだ。

 確かにね、一夏と箒には子供らしく遊んで欲しいと思ったよ?

 それがまさか、集合時間ギリギリまで走り回ってるとは思いませんでした。

 テント前に現れた一夏と箒は汗だくで息も絶え絶え、俺が作ったカレーを食べ、温泉に入ってすぐに寝てしまった。

 これからがキャンプの本番だったのに……。

 まぁ確かに千冬さんが言う様に都合が良いと言えば良いんだけどね。

 

「ただいま~。辺りに人影なし。万が一の備えも万全、いつでも始められるよ~」

 

 周囲の様子を見に行ってた束さんが戻って来た。

 束さんは俺の隣にドカリと腰掛け。

 

「それじゃあ始めようか、私と箒ちゃんがより良い未来を掴む為の話し合いを」

 

 

 

 

 

 

 

 なんか偉そうに言ってきた。

 

「神一郎、もう一度温泉にでも行くか?」

 

 千冬さんもイラっときたらしい。

 すくっと立ち上がり去ろうとする。

 

「いいですね。お供します」

 

 俺も立ち上がり千冬さんの後を追う。

 

「ごめんなさい。まじごめんなさい。束さんちょっと調子に乗りました」

 

 束さんは慌てて俺と千冬さんの腕を掴み引き止めようとする。

 

「束、二度目はないぞ」

 

 千冬さんはため息を吐きながら座りなおす。

 仕方がないので俺も席に戻る。

 

「酷いよ二人共、束さんのちょっとしたお茶目だったのに」

 

 束さんは唇を尖らせぶーぶー言ってる。

 

「束さん、ちゃんとしましょうね」

「は~い」

 

 いかにも渋々と言った感じの返事だ。

 ふむ。

 

「それでは改めて、束さんが箒にできるだけ嫌われない様にするための会議を始めましょうか」

「はうっ!」

 

 束さんが胸を抑えて蹲る。

 やはり現実逃避してたか。

 

「千冬さんは束さんの話って聞いてるんですか?」

「あぁ、この前あらかた事情は聞いた」

「そうなんですか、それで束さん、貴女はこれからどの様な行動を起こすつもりですか?」

 

 胸を抑えて唸っている束さんに問いかける。

 

「うん、あのね」

 

 束さんはゆっくりと顔を上げる。

 

「まず、姿を消すタイミングなんだけど、ちゃんとは決まってないんだよ。まだISコアの数も多くないし、行動に移すなら来年かな? それと箒ちゃんの事なんだけど――」

 

 束さんはジッと焚き火の火を見つめている。

 普段のおちゃらけた雰囲気は消え去り、そこには一人の姉としての姿があった。

 

「私は……私は箒ちゃんに謝りたい。しー君に未来の箒ちゃんの事を聞いても自分の夢を譲らなかった酷い姉だけど、許されなくてもいい、ちゃんと謝りたい」

 

 火を見つめながら自身の気持ちを吐露する束さん。

 束さんは人の気持ちを分からない人間だと言われている。確かに、他人はまったく眼中に入れない人だ。けど、身内には違う。

 たぶん原作の束さんは、ヘタレて、嫌われたくなくて箒を避けた。

 それが姉妹の不仲に繋がったんじゃないかな?

 

「しー君、しー君には『箒ちゃんの事考えてね?』って頼んだよね? 何かあるかな?」

 

 束さんは俺に視線を向ける。 

 けど、まるで答えを期待してない顔だ。

 

「すみません、色々考えてみたのですが、箒の身の安全を考えるとやはり国に任せるのが一番かと」

「だよね」

 

 考えた事は一緒だったんだろう。

 俺の情けない答えを束さんは笑顔で許してくれた。

 

「国に任せる以外の選択肢はないのか?」

 

 千冬さんが首を傾げながら聞いてきた。

 

「はい、情けないですが、それが『箒の無事が保証されてる』手段なんです。仮に他の方法を取った場合、どうなるか分からないですから」

 

 俺はISを持っている。ここで恰好良く『俺が箒を守ります』なんて事を言えればどんなに良いか、だが俺は所詮素人、ISを持っていても海千山千のプロ達には適わないだろう。

 でも、国に任せれば箒の身の安全は原作で保証されてる。

 だから、俺がやるべき事は――

 

「束さん、俺が箒の為にできる事は多くありませんが、箒に謝りに行く時は俺も居させてください」

 

 箒の心のケアと姉妹が仲良くできる様に間に立つのが大人の務めだろう。

 

「うん、心強いよしー君」

 

 束さんはどこかホッとした顔をした。

 嫌われる覚悟をしても、流石に一人で箒と向かい合うのは怖かったのかな?

 

「そうそう、束さん、箒に謝るのは姿を消してからにしてくださいね」

「ほえ? なんで?」

 

 束さんは目をパチクリしている。

 

「箒の身の安全を守る為です。箒は束さんが消えた後に国に保護されますが、ただの善意で保護される訳ではありません。『お前は篠ノ之束の所在を知ってるんじゃないか?』と尋問されたり、『篠ノ之束は妹の前に現れるのでないか?』と思われ監視されたりします」

 

 束さんは拳をギュッと握る。

 

「箒は子供で、まだ腹芸なんてできないでしょう、情報目的で束さんの事を聞かれた時、『姉さんは泣きながら謝ってくれました』『いつか迎えに来ると言ってくれました』なんて事を答えたら……最悪、箒を盾に脅迫してくる可能性があります」

 

 篠ノ之束は妹を溺愛している。その妹を盾に取れば手綱を握れるかもしれない。 

 そんな事を考える馬鹿がいるかもしれないし。

 まぁ、あくまで『かも』なんで、そう殺気立たないでください。

 束さんだけじゃなくて千冬さんからも圧を感じる。

 

「だから束さん、貴女は、これからも箒と仲良くして、たまに一緒に遊んで、時期が来たら何も言わず姿を消して――そして箒にゲロの様に嫌われてください」

 

 

 

 

 

 

 時間が止まった気がした。

 

 

「……ゲロ?…………箒ちゃんに……ゲロ?……」

 

 束さんは産まれたての小鹿の様にカタカタと小刻みに震えだした。

 

「束さん、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫大丈夫、箒ちゃんの為だもん、そのくらい覚悟できてるんだよ」

 

 どう見ても大丈夫に見えないが。

 

「なぁ神一郎、箒の為にあえて何も言わないのは理解できるが、一緒に遊ぶ必要あるのか? 箒の人質としての価値を心配するなら、あまり二人を一緒にしない方が良いのではないか?」

 

 千冬さんの疑問は当然だ。

 

「それも箒の為です。楽しい思い出が多いと、束さんが消えた時に受けるショックも大きいでしょう、でも、二人が仲直りした時、それは全部良い思い出に変わりますから」

 

 箒が許さなかったら取り返しがつかなくなる可能性があるけど。

 

「箒の未来が笑顔で包まれてるかは束さん次第です。頑張ってください」

 

 そう言って束さんの頭を撫でる。

 束さんは地面を見ているため表情は見えないが、嫌がる素振りを見せないのでそのまま撫で続ける。

 

「ねぇ、しー君、今までの話でなんとなくは察してるけど、ちゃんと言葉で聞きたい」

「なんです?」

「箒ちゃんはさ、いっくんと未来で会えるんだよね?」

 

 あ、そういえばその辺なにも言ってなかったかも。

 

「近い未来ではありません。長い別れになります。でも、箒がもっと大きくなった時にまた会えます」

「そっか」

 

 束さんはそのまま黙ってしまった。

 箒と一夏が出会えるのはIS学園からか。

 正直、黙っているのは二人に心苦しい。

 特に千冬さんには。

 でも、一夏は将来この世界を救うかもしれない勇者的立場の人間。

 原作でそんな描写があった訳ではないけど、俺が知っているのは一夏が一年生の時まで。

 その先の未来を知らないが、万が一、世界を救う的な事件があったら原作ブレイクの責任取れないし。

 一夏には箒をヒロインとして立派な主人公になって欲しい。

 他のヒロイン達には申し訳ないが――あれ?

 

 そこでふと、二人が付き合った場面を想像した。

 ――もしかして俺やっちまったか?

 つらいわ~。こんな時想像力のあるオタクって損だよね。

 バッドエンドが頭に浮かんだよ。Nice boatもありえるけど、それよりヤバイのが……。

 

「神一郎? どうした?」

 

 俺の様子がおかしかったんだろうか、千冬さんが心配そうに俺の顔を覗いてきた。

 

「な、なんでもないですよ~」

 

 思わず目をそらしてしまった。

 

「いやしー君。それなんでもない反応じゃないよね!?」

 

 復活した束さんにツッコミされた。

 どうしよう、このまま誤魔化す? でも下手したら千冬さんに殺されるかもだし……。

 

「一夏の命に関わる事なんですが……」

 

 ガシっ

 

 千冬さんが肩を掴み俺の体を寄せる。

 目の前には千冬さんのおぱーい。

 仄かに甘い匂いがする。

 そして――

 

「話せ」

 

 耳元でそんな男前なセリフ言われたら惚れちまうだろ。

 ははっ、現実逃避ダメですか? 話しますから力抜いてください。肩が痛いです。

 

「例え話になりますが」

「また例え話か?」

「すみません、ですが、現実的な例え話です」

 

 千冬さんが怖い。

 なぜ昔の俺は軽率な事をしてしまったのか。

 

「未来の一夏が買い物に行きました。一夏の側には4人の女の子がいました。その子達は一夏の事が好きな子達で、みんな恋のライバル、隙あらば一夏を狙うハンターです」

 

 二人は黙って聞いてくれる。

 

「一夏は買い物前に銀行に寄りました。しかしなんと、そこで一夏は銀行強盗に遭遇してしまいます」

 

 千冬さんから殺気が放たれる。

 まだ大人しくしててください。

 

「その銀行強盗は逃げる際に子供を人質に取りました。これに怒った一夏はなんと銀行強盗に立ち向かいます」

 

 千冬さんはそろそろ肩から手を離してくれないかな?

 肩に指が食い込んで痛いです。 

 

「強盗が拳銃で一夏を狙う! 一夏を襲う銃弾! その一夏を間一髪で押し倒し助ける女の子!」

 

 束さんがワクワクした様子で聞いている。

 まさか束さんに安らぎを感じる時が来るとは。

 

「強盗は舌打ちしながらまた一夏に拳銃を向ける。その時、強盗の隙をついて別の女の子達が強盗を取り押さえる!――まぁこれでハッピーエンドなんですけど」

 

 二人共なんとなくでも分かってくれたかな?

 

「もし、一夏に箒って恋人がいたら……」

「いっくんを助ける存在がいなくなるかもしれない?」

 

 理解してくれたか、そう、この世界では、一夏のピンチを助ける仲間はヒロインも兼任している。

 一夏が特定の彼女を作ったらバットエンドになる可能性があるとかIS世界めんどくさいよ。

 俺はなぜもっと考えて行動しなかったのか。

 

「神一郎、それは一夏が箒と付き合ったら死ぬという事か?」

「あくまで可能性ですが」

 

 鈴とセシリアは『寝取ってやんよ』って言いそうだし。

 シャルロットとラウラは『二番目でもいい』とか言いそうだし。

 

「しー君、箒ちゃんはいっくんと付き合えないの?」

 

 束さんの悲しそうな声が耳に届く。

 

「それは……」

 

 男として責任は取るべきだよな。

 

「俺はこのまま箒を応援します。そして二人が付き合って万が一があれば、その時は俺が一夏を助けます」

 

 これ原作介入フラグかな? 嫌だな、IS学園行くのとか超嫌だ。でも箒の失恋を望むとかできないし。

 

「神一郎」

「ちょっと待ってください。今色々考え中です」

「神一郎」

「だから待ってください」

 

 自分でも心の整理とかしたいんで。

 

「一夏の事は心配しなくていい」

「はい?」

「ちーちゃん?」

 

 俺と束さんが首を傾げる。

 

「お前は未来を知っているから責任を感じてるのだろうが、一夏を守るのは姉である私の仕事だ。そして、一夏も男だ、自分の命の責任くらい自分で負えるだろう」

 

 なんて男前のセリフ。

 

「そうだよしー君、いざとなったら束さんがいっくん助けるし」

 

 束さんが笑顔で肩を叩いてくる。

 うん、その銀行強盗は束さんが雇った噂もあるんですけどね? まぁいいか。

 

「そうですね、未来は変わるかもしれないですしね」

 

 今考えてもしょうがない事だ。

 全てはこれからの箒と一夏次第だしな。

 よし。

 

「とりあえず今夜はもうこの辺で大事な話は終わりましょう」

 

 足元のビニール袋から飲み物とツマミを取り出す。

 

「待て神一郎、それ酒じゃないか?」

「ビールですがなにか?」

「お前未成年だろ」

 

 やれやれ、生真面目なんだから。

 

「大人ってのは、楽しい事があれば飲んで喜び、辛いことがあれば飲んで忘れる生き物なんです。まあ? 酒の味もわからんお子様には理解出来ないでしょうが」

 

 そう言って千冬さんの顔の前で缶をプラプラと揺らしてみる。

 

「っ寄越せ」

 

 千冬さんは俺からビールをひったくりそのままプルタブを開け一気にグビグビと飲む。

 

「ぷはっ」

 

 おぉ、いい飲みっぷり。

 

「しー君、束さんも飲みたい」

「はいはい、こっちの甘いお酒どーぞ」

 

 束さんには酎ハイを渡す。

 

「わ~い」

 

 束さんもクピクピと飲み始めた。

 

「千冬さん、こっちの鮭とば美味しいですよ。束さん、これウサギ肉を使ったきりたんぽです。焼きます?」

「おぉ、美味いなこれ」

「共食い!?」

 

 共食いになるんだ。

 

「今夜は飲むぞ~」

「「おぉ~」」

 

 

 

 

 

 

 翌朝、朝霧に包まれ、寒さから身を守る様に三人で寄り添って寝ていた所を一夏と箒に発見された俺達は、その後めちゃくちゃ二人に怒られた。




五人の人間を同時に動かすのが難しかったので、一夏と箒には早々にリタイアしてもらいました。
キャンプの魅力を文で説明するのも難しい。
文才欲しいっす(;_;)


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天災の片鱗

唐突なギャグパート
天才を天災にしたかった。
今回はネタ発言多めですm(_ _)m


 風邪

 それは全ての人間が一度はなった事があるだろう病。

 症状も様々で、身近な病気だが特効薬がなく、開発すればノーベル賞ものと言われている社会人の天敵。

 

 学生から社会人になると風邪との付き合い方が変わる場合が多い。

 具体的には、

 

 38°までが微熱。

 38.5°は座薬入れて働け。

 39°はインフルの可能性があるから病院行け、となる。

 

 悲しいかな大人になると風邪程度で仕事は休めない。

 どんなに体が怠くても、『風邪で休むとか子供かよ自分www』と自身を叱咤し頑張るのだ。

 だから、アニメやラノベの『風邪をひいたら美少女が看病しに来てくれるイベント』は見ててイラっとする。は? なに甘えてんの? って気分になる。

 風邪をひいた日に、アニメやゲームでそのシーンを見て、思わず舌打ちした同志は多いはずだ。

 

 だからーー

 

「ふんふふ~ん」

 

 美少女が台所で料理しているのは寂しいオタクの妄想だし。

 

「しー君、おかゆできたよ~」

 

 その美少女が笑顔で寝室に入ってくるのゲーム脳が見せる都合のいい幻想だし。

 

「はい、あ~ん」

 

 炭と墨汁をミキサーにかけた様な食べ物を食べさせようとしてくるのは、風邪で弱った心が見せる悪夢だ。

 

 なぜこんな事になったのか、理由は簡単、酒飲んで五月の山中で寝てたら風邪もひくというもの。

 誤算は子供の体のせいか、大人の時に比べて体が動かない事と、この――

 

「ほら、しー君てば、お口開けてよ」

 

 頑なに口を閉ざす俺のほっぺにグリグリとスプーンを押し当ててくるこの天災の存在だ。

 どこで知ったのか急に部屋に現われたと思ったら、この調子で良妻幼馴染のまねごとを始めてしまった。

 

「束さん……食欲……ないんで」

 

 のどが痛くて喋るのも億劫だ。掠れた声しか出ないため束さんと意志の疎通が中々できない。

 のど飴が欲しい。

 そんな、真っ黒なおかゆなどいらないから。

 

「もー、我儘はダメだよしー君、このおかゆは栄養満点で風邪薬入りなんだから」

 

 腰に手を当てて、メッっと怒る束さん。

 気持ちは嬉しい。不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。

 でも風邪薬入りおかゆとかないと思う。

 せめて見た目がまともなら……。

 

「あの……せめて……もう「隙あり」ごぼっ!?」

 

 口の中にドロドロした物が入ってきた。

 

「!!!!????」

 

 アツいアツいアツい!

 喉にゴツゴツした硬い塊が当たって痛い!

 口の中がドロドロとしたものでいっぱいになる。

 呼吸ができず、苦しさから逃げる為にそのドロを飲み込む。

 

「ごほっごほっ」

 

 せき込みぜーぜーと荒い呼吸を繰り返す。

 この人実は俺を殺しに来てるんじゃないのか!? 

 

「たーんと召し上がれ」

 

 束さんは実に爽やかな笑顔でスプーンを差し出してくる。

 

「つっ!」

 

 それを歯を噛み締める事で抵抗する。

 

「あ~ん」

 

 左手で下顎を掴まれ無理矢理口を開けられる。

 こんなの俺が知ってる『あ~ん』じゃねぇ!?

 

「おっへ、たぼねざんおっへ」

 

 顎を掴まれ言葉にならない声を出す。 

 しかし 

 

「がぽっ!?」

 

 無情にも次々と口に入ってくるドロ。

 苦しさからそれをを泣きながら飲み込む。

 喉が痛くて叫ぶ事させできず、ただ為すがままになる。

 涙が溢れる。なんで俺がこんな目に……。

 

 

 

 

 

 いったいどれくらいの時間がたっただろうか、気が付いたらベッドに横たわっている自分がいた。束さんはいなくなっていた。

 意識がハッキリして最初に思った事は、今の自分はレイプ目してんだろうなって事と、このままでは殺されるって事だ。

 

「ふむふむ、なるほどなるほど」

 

 台所から束さんの声が聞こえてきた。

 

「卵酒ってのが風邪に効くんだ? お酒好きのしー君にはピッタリだよ。えーと、冷蔵庫にビールと生卵があったよね」

 

 

 

 

 

 逃げよう、俺は今日の為にISを手に入れたに違いない。

 待機状態の流々武は同じ部屋の机の上に置いてある。

 それを取ろうと立ち上がろうとして――

 ベッドから立ち上がれない……だと……!?

 体にまるで力が入らない。

 下半身は特に力が入らない。

 まるで腰砕け状態だ。

 

 台所からは束さんがなにやら作業している音が聞こえる。

 残された時間は少ない。

 なんとかISの元にたどり着こうと上半身を動かしてベットから抜け出そうとするが、中々上手く行かない。

 

 ヒタヒタと近づいてくる足音。

 

 

 頼む流々武。

 

 

「しー君入るよ~」

 束さんが笑顔で部屋に入ってくる。

 

 

 お前に自我が有るというなら。

 

 

「ほらほら、しー君の大好きなお酒だよ~」

 その手にあるのはビールに生卵を混ぜたナニカ。

 

 

 俺の気持ちに答えてくれ!

 

 

 必死に流々武に手を伸ばす。

 その指先から光に包まれISの装甲が装着される。

 

 ありがとう流々武。

 これなら!

 

「ちょっとしー君、風邪ひいてるんだから大人しくしなきゃダメだよ」

 

 あれ?

 

 今まさに飛びだとうとする体がベッドに釘付けになる。

 ふと見ると胸の上に束さんの手が添えられていた。

 

 いくら風邪で力が出てないとはいえ、片腕で押さえつけられるだと!?

 

「まったく、風邪が治るまでISは没収します」

 

 束さんのそのセリフと共にISが勝手に解除された。

 

 嘘だろ? 待って流々武、俺を見捨てないで!

 

 俺の手から待機状態になった流々武が束さんに没収されてしまった。

 

「しー君、汗かいて喉渇いたでしょ? はい、コレ飲んで」

 

 束さんが元はビールだったモノを俺の口元に近付けてくる。

 なんで今日の束さんはちょいちょい良い女風なんだろ? 行動に中身が伴ってないから恐怖を感じる。

 

「た…ばねさん……ある…こうるは……」

 

 お粥でさらに喉がヤられてる!?

 熱出してる子供にアルコールとか死ぬから!

 いくら神様からそこそこな体を貰ってても死ぬから!

 

「え? なんて?」

 

 殴りたいその笑顔。

 とりあえず口を閉じ、無理矢理顎を開かれない様に手で口元を隠す。

 

「ん? 飲みたくないの?」

 

 そうそう! わかってくれた!?

 必死にコクコクと首を動かす。

 

「でも、卵酒って体に良いんだよ? 早く治すなら飲んだ方がいいよ?」

 

 それ卵酒じゃないから。

 

「ん~」

 

 それでもガードを外さない俺を見て、束さんは頬に手を当て何やら考えこんでいる。

 

「あ、そうだ」

 

 束さんがポンと手を打つ。

 なんだ? どうした? 

 

「えい」

「がはっ!?」

 

 お腹を殴られ、顎が上がり口が開く。

 

「ほい」

「がぼっ!?」 

 

 その瞬間、口の中にビールの苦味と卵の味がする少し粘り気のある液体を流し込まれた。

 

「や…たば……ごふっ…じぬ……」

 

 無理無理無理!

 誰か助けて!

 

 頭が痛くなって意識が朦朧としてきた。

 視界は涙で歪み束さんの顔が歪んで見える。

 その、歪んだ顔した束さんの笑顔はまるで――

 

 

 

「しー君? 寝ちゃった? まぁいいか。えっと後は何が効くのかな? えーと、なになに、ほーほー、ネギにそんな効果があるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今波打ち際にいる……と思う。

 目が開かないが、下半身が水に浸かってるし、一定のリズムで水が体に当たるからそうなんだろう。

 頬に当たる砂が冷たくて気持ちいい。

 体に波が当たるたびに体の体温が奪われてる気がする。

 でも寒くはない、むしろ心地いい。

 このまま眠ったらきっと凄く幸せだろうな。

 

 

 

 ゆさゆさと体を揺らされてる気がする。

 誰だ? 俺を寝させてくれ。

 

 ゆさゆさ

 

 ごめん、今凄く幸せな気分なんだ。邪魔しないでくれ。

 

 ゆさゆさ(――ろう!)

 

 頼むから構うな。いい加減にしないとキレるぞ。

 

 ゆさゆさ(――いちろう!)

 

 なんか聞いたことある声だな。

 

 ゆさゆさ(神一郎!)

 

 この声は……千冬さん?

 

 

 

 

「しっかりしろ! 神一郎!」

 

 あれ? 目を開けたら目の前に千冬さんが――

 ってやばい!?

 なんか胃の中が、ぐるんぐるんしてる!

 トイレは……間に合いそうにない!

 

 千冬さんに抱きかかえられた状態だったみたいだが、そこから飛び起き、ベッドの側に置いてあったゴミ箱に顔を突っ込み。

 

「う☆☆☆☆ー」

 

 胃の中身をブチまけた。

 

「おい、神一郎、それ……」

 

 千冬さんがゴミ箱の中身を見て驚愕している。

 女性の目の前でリバースして、しかも中身見せるとかすみません。

 ですが、できれば中身については触らないでください。

 だって――青いゴミ箱の中身が真っ黒に染まってるとか、俺自身怖くて忘れたい光景だから。

 

「すみません千冬さん、水を取って来てもらえませんか?」

「あぁ、水ならここにあるぞ、ほら」

 

 千冬さんがペットボトルを渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言って喉を潤す。

 そういえば、普通に喋れる様になったな。

 あれ? 

 

「あの、束さんは? それになんで千冬さんが居るんです?」

 

 てか、俺なんで千冬さんに抱きかかえられてたんだ? 

 

「私が来たのはお見舞いだ。一夏が心配してたのでな。束はそこにいる」

 

 千冬さんの視線の先には、部屋の隅で、涙目で正座している束さんがいた。

 

「お前、束に何されたか覚えているか?」

 

 はて? 何と言われても。

 

「えーと、確か…………真っ黒なお粥を食べさせられて、腹パンされて、ビールに生卵を混ぜたのを飲まされました」

 

 今の今まで忘れてた。

 きっと俺の脳みそは記憶を無かった事にしたかったんだろうな。

 激しい吐き気はビールのせいか。

 

「そうか、そんな事もされてたのか」

 

 千冬さんが哀れみの視線を向けてくる。

 

「そんな事『も』ってなんですか?」

 

 寝てるうちに何かされたんだろうか?

 

「その……なんだ、世の中には知らない方が良い事もあるだろ?」

 

 ねぇ、笑ってよ。

 なんで千冬さんは俺から視線をそらしてそんな悲しい表情してるの?

 聞きたくないけど、知らないでいる事も怖いな。

 

「束さん、俺に何したんです?」

 

 未だに正座中の束さんに話を振る。

 

「何って、ネットでネギが風邪に効くって書いてあったから――」

「あぁ、首に巻くと効果があるとか言いますもんね。もしかして、勢い余ってネギで首絞めたりしちゃいました?」

 

 それなら千冬さんが取り乱してたのも理解できる。

 

「ううん」

 

 束さんが首を横に振る。

 

「ネットのサイトには、ネギを首に巻くって書いてあったけど、束さんにはイマイチ意味わかんなくて」

 

 まぁ最近の若い子にはそうだよね。

 俺が子供の頃は結構普通だと思ってたけど。

 

「そもそもさ、風邪に効く成分があるなら皮膚接触とかおかしいよね?」

 

 ちょっと待って?

 

「最低でも粘膜接触が妥当じゃん?」

 

 なんか体の一部がゾクゾクしてきた。

 

「だから、お尻と口からネギを刺したんだよね。そしたらさ、急に現れたちーちゃんにいきなり殴られたんだよ? 酷いと思わない? 束さんはしー君の為にやった事なのに、それからずっと正座させられるし」

 

 束さんは頭を抑えながら千冬さんに不満そうな視線を送る。

 その様子を見る限り、悪い事をしたと思っていないようだ。

 

「千冬さん、貴女は何を見ました?」

 

 怒るのは後からでもできる。

 だから落ち着け俺。

 

「……玄関の鍵が開いていたのでな、悪いと思ったが嫌な予感がしたので勝手に入らせてもらった」

 

 千冬さんはため息混じりで話し始めた。

 おそらく束さんかな?

 どこから来たかと思ったけど、ピッキングかよ。

 

「居間にはいなかったから寝室を覗いたんだ。そこで……ズボンを脱がされ尻にネギが刺さった状態のお前と。そのお前の口に笑顔でネギを刺し出しする束がいた」

 

 そうか、俺の口と尻にネギをね。

 尻に感じた違和感はそのせいか。

 これはあれだな。ミックミクにされたって事かな?

 オタク冥利に尽きるな。

 

「束さん、今日はいつもと違った感じだったけど何でです?」

「あ、やっぱり気付いた? えへへ~、箒ちゃんの『愛され系幼馴染への道』の看病編に書いてあったの実践してみたんだよ~」

 

 『愛され系幼馴染への道』

 俺の持ちうる、エロゲー、ギャルゲー、アニメ、ラノベの知識を活かし作った、男の理想と妄想が詰まった一品。

 なるほど、確かに最初はまともな行動だったな。

 

「束さん、腹パンしろとは書いてなかったはずですが?」

「だってしー君に飲んで欲しかったんだもん」

 

 このやり取りの間、束さんはずっと笑顔だ。

 全ては善意からきてるのだろう。

 そうだ、相手はまだ子供の面もある。

 ここは怒るのではく、注意し――

 

「それにしても束さんにもこんな気持ちがあったんだね~」

 

 うん?

 

「熱で唸ってるしー君を見てたら、こう、モヤモヤ? むらむら? した気持ちになったんだよね~。これが保護欲? ってやつなんだね!」

 

 なんか違うよね?

 

「特にしー君の涙目が最高だったんだよ~」

 

 束さんが頬を染めて愉悦に浸っている。

 そうかそうか。

 目覚めたのは保護欲じゃなくてS心か。

 

「束さん、流々武を返してもらっていいですか?」

 

 いいよ~と言って束さんが流々武を返してくれた。

 

「神一郎。怒る気持ちはわかるがまだ体調が万全ではないんだ。あまり無理するなよ?」

 

 千冬さんは俺が何をするか理解してるんだろう。

 巻き込まれないように部屋から出ようとする。

 申し訳ないが手伝ってもらいますよ? IS使っても束さんを押さえられないだろうから。

 

「束さん」

「何かな?」

「おばぁちゃんが言っていた。『掘られたら掘り返せ』と」

 

 流々武を右腕だけ装着しスコップを装備する。

 

「えっと、しー君、掘るってなにを?」

 

 束さんはお尻を押さえながら後ずさりする。

 なんだわかってるじゃないか。

 

「千冬さん、束さんを押さえてください」

「私を巻き込むな」

 

 千冬さんはとても嫌そうな顔だ。

 だが逃がさん。

 

「これ、キャンプの時の写真なんですが、飲酒が学校にバレたらどうなりますかね?」

 

 そこには赤ら顔でビールを飲む千冬さんが写っていた。

 

「悪魔か貴様!?」

 

 千冬さんが歯をむき出して怒っている。

 悪魔だっていいよ。悪魔らしい方法で束さんを掘るから。

 

「離脱!」

 

 俺が千冬さんと話しているのをチャンスだと思ったんだろう。

 束さんが窓に向かって走り出す。

 

「そうはさせん」

 

 それを千冬さんが飛び付き捕獲した。

 ナイスタックル。

 

「ちーちゃん離して~」

「お前が悪い。諦めろ」

「全部しー君のためだもん!」

「だからってやり過ぎだバカモン」

 

 千冬さんは束さんを脇の下で押さえ込み俺の方に尻を向けさせる。

 

「ちょっ!? 本気なのしー君!? しー君今体調良いでしょ? それ束さんのお陰なんだよ!?」

 

 ジタバタと暴れる束さん。

 まだ万全ではないが、確かに体調は回復してる。

 認めたくないが、それは束さんの薬入りお粥のお陰なのかもしれない。でも――

 

「ネギは?」

「へ?」

「ネギをお尻に突っ込む必要あったの?」

「……てへっ」

 

 束さんが舌を出してウインクする。

 

「ISCQC裏百式」

 

 スコップの先端を束さんのお尻に向け高々と掲げ。

 

「天災を突き掘る漆黒のトライアングル!!」

 

 グサッ

 

「ひぎぃぃぃぃぃっ!?」



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ISを有効利用しよう(でもIS本人には不本意かもしれない)

 季節は夏。

 めでたく夏休みを迎えた俺は目の前のソファーに座る二人に目を向ける。

 そこに居るのはご存知、織斑姉弟。

 二人はなぜ呼ばれたのかわからず怪訝な顔をしている。

 

「という訳で、明日の篠ノ之神社の夏祭りでお店を出したいと思います」

 

 俺のセリフにポカンとした顔をする二人。

 まぁ、という訳も何も説明一切無しで話を切り出したんだけどね。

 しかしこの二人は本当に似てるな。一夏に千冬さんのコスプレさせれば一儲けできるかな?

 

「質問がある人は手を挙げてください」

「はい!」

 

 一夏が勢い良く手を挙げた。

「はい、一夏」

「お店って何の店ですか?」

 

 一夏は満面の笑みでそう聞いてきた。

 うんうん、そこまで喜んで貰えると企画した側としても嬉しい。

 祭りでお店とか男としてテンション上がるよな。

 

「店はかき氷屋とイカ焼き屋だよ」

 

 うぉぉと喜ぶ一夏。

 それに比べ――

 

「千冬さんは何かありませんか?」

 

 何も言わず、じっと俺を見ている千冬さんに話を振る。

 

「一つ一つ聞くのは面倒だ。神一郎、さっさと全部話せ」

 

 ため息混じりで言う千冬さん。

 なんだろ、信用なのか慣れなのかわからないが、こう反応が薄いと寂しいぞ。

 

「えーでは、まず今回の目的ですが、ズバリ金です」

 

 千冬さんと一夏の表情が真面目なものになる。

 

「一夏、かき氷屋とイカ焼き屋の共通点ってわかる?」

「え? 共通点?」

 

 一夏が腕を組んで首を傾げる。

 流石にわからないか。

 

「正解はね。材料費がほぼタダって事」

 

 俺の答えを聞いても一夏はピンとこないらしく、まだ首を捻っている。

 

「一夏、氷って水だろ? 水なんてどこにでもあるものだろ?」

 

 一夏はコクりと頷く。

 公園の水や山の湧水を飲めるのは国と自然を守る人達のお陰だ、本当にありがたい。

 

「そしてシロップ、まぁシロップ自体は安い物も多いけど、自分で作ればさらに安い」

 

 一夏は感心した様にウンウンと頷く。

 

「そしてイカだが、さて一夏、ここまで聞いてて何か閃かないか?」

 

 一夏は目を瞑り――

 

「わかった!」

 

 カッと目を開いて笑顔を作る。

 

「釣れば良いんだ!」

「その通り、釣れば元手は0円だ」

 

 一夏は、スゲーそんな方法が、と喜んでいる。

 

「神一郎、機材はどうする?」

「かき氷機は廃棄されてた奴を修理して使います。イカを焼くのは、俺の持っている大きめのバーベキューコンロがあるのでそれを」

「売り上げは折半か?」

「もちろん」

「ふむ」

 

 千冬さんは顎に手を当て何やら考え込んでいる。

 また借りがどうとか考えてるんだろうな。

 

「千冬姉……ダメかな?」

 

 そんな千冬さんに一夏が上目遣いでおねだりする。

 

「滅多にできない経験だし、たまには良いだろう」

 

 おおう、チョロいな。

 あっさりとOK出たよ。

 

「千冬姉、ありがとう!」

 

 一夏が満面の笑みを千冬さんに向ける。

 千冬さんはその一夏から視線をそらす。

 照れてるんですねわかります。 

 

「それで神一郎さん、これから何をすれば良いんですか?」

 

 一夏は俺にも笑みを向けてくる。

 楽しそうな顔してるのに非常に申し訳ないけど。

 

「特にないよ?」

「え? その、準備とかは?」

「一夏のやる気に水を差す様で悪いんだが、事前準備はほとんど終わってるんだよ。これからするのは、シロップ作り、氷の確保、イカを釣ってくる。の三つだけ」

 

 一夏は少し気落ちした顔をしてしまった。

 祭りって事前準備も楽しいもんな。わかるよ一夏の気持ち。

 だって俺も楽しんで準備してたから。

 楽しすぎて一夏のやる事が無くなってしまったけど。

 

「その三つは手伝う事ないんですか? シロップ作りとかなら手伝えると思いますけど……」

「それなんだが、格安にする為にある人に頼んじゃった」

「ある人?」

 

 一夏が首を傾げ、千冬さんはその人物が思い当たるのか眉を寄せる。

 その時。

 

『ふっふっふっ』

 

 部屋に声が響く。

 一夏は素直に驚いて辺りを見回し、千冬さんは深くため息をついた。

 

『そう、私こそが、かき氷機の修理からその他のアレコレまで請け負った影の立役者――』

 

「たっばねさんだよ~」

 

 ぎゅむ

 

 千冬さんが座っていたソファーの後ろから現れた束さんは、千冬さんに覆いかぶさるように抱きつき、その両手で千冬さんの胸を鷲掴みにした。

 俺と一夏の視線が一部に集中したのはしょうがないと思う。

 

「あれ? ちーちゃん怒んないの?」

 

 千冬さんがノーリアクションのをいい事に束さんはさらにムニムニと――

 なんて命知らずな。

 

「束、私はちゃんと学んでいる」

 

 千冬さんが束さんにゆっくりと手を伸ばす。

 

「なにお゛!?」

 

 その手は束さんの顔面をしっかりと掴む。

 

「部屋の中で殴り飛ばせば神一郎の私物を壊す可能性がある」

 

 見事なアイアンクロー。

 冷静な判断で家主として嬉しいです。

 

「ちょ、ちーちゃん、顔が、束さんのキュートなお顔が潰れちゃう!?」

「安心しろ束、お前は言うほど可愛くない」

「ひどっ! そして痛いっ!」

 

 メキメキと擬音が聞こえそうなほど千冬さんが力を入れる。

 

「ごめんないごめんなさいごめんなさ~い!」

「そのまま逝け」

 

 泣きながら謝る束さんに千冬さんは無情にもトドメを刺そうとする。

 

「千冬さん待って、今回は束さんの力が必要だから」 

「ちっ」 

 

 俺の言葉を聞いて千冬さんが舌打ちしながら手を放す。

 

「うぅ~、束さんの頭が割れる所だった。しー君ナイスだよ」

 

 束さんは床にへたり込みながら自分の顔ペタペタと触る。

 こちらこそ良いもの見れました。ナイス束さん。

 

「あの~、神一郎さん?」

「どうした一夏?」

 

 今まで黙っていた一夏が手を上げる。

 

「その……シロップって束さんが作るんですか?」

 

 一夏の顔色が若干青くなっている。

 過去の事案を思い出せばそうなるよね。 

 

「そうだよ。まぁ一夏の心配も理解できる。だから一度試してみようか」

 

 台所に向かい、自前のかき氷機でかき氷を二つ作る。

 さらにコップに水を入れ、それを居間のテーブルに置く。

 

「それでは二人共注目してください」

 

 二人が俺に注目する。

 

「まず、色付けの為の粉を水に加えます」

 

 用意した小瓶に入っている粉を水に入れスプーンでかき回す。

 そうするとコップの水が鮮やかな青に変わる。

 

「では束さんお願いします」

「は~い」

 

 いつの間にか隣に立った束さんにコップを渡す。

 束さんはコップを左手で持ち、右手でコップに何か入れる仕草をする。

 

「アブラ~カタブラ~」

 

 そのコップを両手で持ち上げ呪文を唱える。

 

「しー君できたよ~」

「了解」

 

 束さんからそのコップを受け取り、スプーンでかき氷に出来上がったシロップをかける。

 それを二人の前に置き。

 

「「ブルーハワイおあがりよ」」

 

 手のひらを上にし、束さんと二人でポーズを決める。

 

 

 「食えるか!」

 

 予想通り千冬さんにツッコまれる。

 

「まぁまぁ落ち着いて、毒じゃありませんから」

「さっきの粉はなんだ?」

「着色料です」

「束は何をした?」

「味付けだよ~」

「千冬さんの心配はわかります。だけど、これは本当に無害なんです。俺が保証します。だから――」

 

 束さんとの一瞬のアイコンタクト。

 

「ほら千冬さん、あ~ん」

「はいいっくん、あ~ん」

 

 二人でスプーンをそれぞれの口元に持って行く。

 

「おい、なんの真似だ神一郎」

「た、束さん?」

 

 急な展開に目を白黒する二人。

 

「千冬さん、騙されたと思って」

「いっくんは食べてくれるよね?」 

 

 さあさあ、とスプーンをさらに近づける。

 

「はぁ、しょーがない」

「束さん、食べますから! ちょっと離れてください」

 

 恐る恐る口を開く織斑姉弟の口にスプーンを入れる。

 しゃくしゃくと咀嚼音だけが聞こえる。

 

 

 

 

 

「普通だな」

「そうだね千冬姉。普通のかき氷だ」

 

 驚いた顔をしながら、二人は、二口、三口と自分からかき氷を食べ始めた。

 

「しかし神一郎が水に入れた粉はなんなんだ? 着色料と言っていたが、普通に作るより安くなるものなのか?」

「千冬さん、着色料は気にしないでください」

 

 着色料について考えてはいけない。調べてはいけない。

 それが現代社会に生きる者のルール。

 本当は怖い着色料ってね。

 今回使ってるのは無害だけど。

 

「まぁ、そんなこんなで準備は全部任せてください。二人の力が必要なのは明日からなんで」

 

 千冬さんと一夏はさっきのシロップ作りで若干不安がってる様だが、俺は笑顔で押し切った。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 太平洋某所。

 現在、流々武を装着し海面近くを飛びながら移動している。

 周囲に灯りは一切なく、夜空の月明かりがとても綺麗だ。

 

「束さん、この辺ですか?」

 

 流々武の右肩に座っている束さんに話かける。

 

「うん、この辺だね。束さん特製『イカスメルたん』に反応有りだよ」

 

 ギリギリなネーミングだ。

 イカ匂い探知機と言いたいのかな?

 

「それじゃあこの辺でやりますか」

 

 移動を止め海面に近付く。

 真っ黒な海を指差し。

 

「いけタバゴン! フラッシュだ!」

 

 束さんに指示を出す。

 

「タバタバ~♪」

 

 束さんが鳴き声をあげると、周囲にライトが展開され、それらは一斉に海面を照らす。

 やだこの子、ノリが良い!? 

 

 イカが光に誘われ集まってくるまで束さんと会話をして時間を潰す。

 ものの数分だろうか、気付いたらイカの姿が海面近くに見えるようになった。

 できれば竿でイカ釣りを楽しみたいが、いかんせん必要数が多いし、時間が余りないため今回は断念する。 

 拡張領域から直径1メートルの木製の桶を取り出し海に浮かべ、少し海水を入れる。

 さらに拡張領域から投網を取り出し。

 

「そ~れ」

 

 海に投げ入れる。

 それを引っ張ると。

 

「「お~」」

 

 俺と束さんの声が重なる。

 網の中はイカで一杯だった。

 それを桶の中に入れる。

 この調子ならすぐ目標数を達成しそうだ。

 数回投網を投げると、桶の中がそこそこ一杯になった。

 こんなもんかな。

 桶の中でイカ達が暴れていた。

 今すぐ刺身で食べたい気持ちをグッと我慢する。

 今度は桶を指差し。

 

「いけタバゴン! れいとうビームだ!」

「タバ~♪」

 

 束さんが鳴き声と共に拡張領域から取り出したのはSF映画に出てくるような一品。

 アンテナに棒を刺した形状をしている銃の様な物だった。

 

 束さんがカチッとトリガーを押す。

 するとピキピキと音が聞こえた。

 よく見ると桶の中の海水が凍り始めている。

 だけどこれは……。

 

「ねぇ束さん」

「ごめんしー君、これ不可視なんだよ」

「今度までに色付けお願いします」

「うん、やっとくよ」

 

 束さんが神妙に頷いてくれた。

 ハイパーセンサーで何か照射されてるのは確認できるんだが、いかんせん絵面が寂しい。

 

 桶の中が完全に凍りついたのを確認してから、桶にロープを通して右手から桶をぶら下げる様にロープを持つ。

 

「それじゃ次の場所に向かいますか」

「は~い」

 

 

 

 

 

 場所を移動して現在地は南極。

 気温は-23℃

 ISがなければ凍え死んでいるだろう。

 轟々と吹く吹雪が流々武を濡らす。

 できれば南極点に行ってみたいが。南極を楽しむのは次の機会にしておこう。

 

「束さん、この辺りの氷はどうです?」

 

 束さんはしゃがんで地面を調べている。

 ISなしでよく平然としてられるな。

 

「うん、ここの氷は大丈夫だよ」

 

 束さんの許しが出たので氷の掘り出しにかかる。

 まずはツルハシを手に持って。

 

「よいせ!」

 

 地面に打ち下ろす。

 いや、地面は正しくないか。

 ここは氷の上なんだから。

 氷に丸い穴があく。

 そこから間隔をあけてさらに円状に穴をあけていく。

 次にスコップを持ち。

 

「ほいさ!」

 

 ツルハシで空けた穴と穴を繋ぐ様にスコップを刺す。

 同じ作業を繰り返し。

 

「どっせ~」

 

 スコップで氷の塊を持ち上げる様に掘り出す。

 直径2m程の塊が取れた。

 それにロープを巻きつける。

 

「束さん、お願いします」

「ほいほい」

 

 束さんはぴょんと氷の上に飛び乗り――悲しい顔をした。

 

「お尻がちゅべたい」

 

 そりゃ氷に直に座ったら冷たいよ。

 

「はい、これ下に敷いてください」

 

 拡張領域から座布団を取り出し束さんに渡す。

 

「ありがとうしー君」

「いえいえ」

 

 右手のロープの先にはイカが入った桶。

 左手のロープの先に氷の塊とそれに座った束さん。

 準備はできた。

 ゆっくりと上昇する。

 

「やっぱり日本につく頃には完璧に日が昇っちゃますね。束さん、予定通りお願いします」

「任せたまえ」

 

 束さんが腰に手を当てえっへんと威張る。

 

「夜の帳」

 

 流々武は自身は消せるが持っているものは消せない。

 だから今他人が見たら桶と氷が宙に浮いてる様に見えてしまう。

 なので。

 

「ミエナクナ~ル君」

 

 束さんもステルスを発動させる事でその二つも見えなくなる。

 

「さて、日本に向けて飛ばしますよ。落ちないでくださいよ」

「おうさ」

 

 あと数時間で祭りが始まる。

 どんな一日になるか楽しみだ。



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夏祭り

お気に入りが3000超えました。
ありがとうございますm(_ _)m
正直驚いています。だって、今のところISらしさのない話ばかりなのにねΣ(ノ≧ڡ≦)
ハーメルン住人は日常話が好きな人達が多いんだなぁ~って実感しました。




 今日の篠ノ之神社は普段の厳かな雰囲気が消え去り、活気溢れる場所となっている。

 境内は子供の声と集まった人々の喧騒に包まれ、周辺の木に設置さているスピーカーからは祭囃子が流れている。

 女の子達は様々な色の浴衣で着飾り、非常に眼福だ。

 

「だから俺はこう思うんですよ。『お姉ちゃ~ん』って後ろから思いっきり抱きついて、浴衣のお尻に顔を埋めても、子供だから許されるんじゃないかと」

 

 現在小学四年生、心身共に健やかに成長し始めて、最近ちょっと懐かしい感情が心に産まれるようになりました。

 男なら当然の発想だと思うが――

 

「馬鹿な事を言ってないで手を動かせ」

 

 そんな俺を千冬さんは氷の塊を切り出しながら睨み。

 

「あはは」

 

 一夏はシロップの入った瓶を並べながら空笑い。

 

「しー君、そろそろ体液搾取できる体になったかな?」

 

 束さんは笑いながら俺のお尻をロックオン。

 

 俺と同じ男心がわかる仲間が欲しいと思う今日この頃。

 

「冗談ですよ冗談。だからそこの天災は俺の尻を凝視するな」

 

 そう言いながら作業を再開。

 イカを捌き、内蔵――ワタを取り出す。

 取り出したワタを鍋に入れ、それに醤油、みりん、酒などを加え火にかける。

 これを焼いたイカに塗るととても美味いのだ。

 

「炭よし、イカよし、タレよし、こっちは準備完了です。そちらは?」

「こちらも準備は完了だ」

 

 千冬さんが氷で濡れた手をタオルで拭きながら答える。

 ちなみに、今日は束さん以外お揃いの格好をしている。

 黒のタンクトップに頭にねじり鉢巻をしたシンプルな衣装だ。

 一夏は大人ぶっている様な愛嬌を、千冬さんからは健康的なエロスを感じる。

 束さんが千冬さんの二の腕を見ながら涎を垂らし、動き回る一夏を見てハァハァ言っている姿を見れば、どれくらい似合っているか伝わるだろう。

  

「それじゃあ最終確認しますね」

 

 みんなの視線が俺に向く。

 

「まず、かき氷機係は千冬さんです。手動なので大変だと思いますがよろしくお願いします」

「あぁ、任せろ」 

「一夏はお会計とかき氷を渡す係、笑顔を忘れずにな?」

「はい」

「束さんはイカの解凍や氷の準備とか、皆のフォローよろしく」

「は~い」

 

 時刻は午前10時。

 並んでいる屋台の半分はまだ開いてないが、稼ぐためには早くお店を開いた方が良い。 

 三人の元気な声を聞き、自身もテンションを上げる。

 

「今日は稼ぐぞ!」

「「「おぉ~!!」」」

 

 

 

 

 千冬さんの声が一番大きかった気がする。

 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「「いらっしゃいませ~」」

 

 店頭で俺と一夏が声をあげる。

 今回、屋台は遊び半分で始めた訳ではない。

 織斑家にとって、生活費稼ぎは文字通り死活問題。

 だが、この方法なら、織斑家の力を最大限に発揮しつつ、楽しみながら稼げる。

 さあ、見せてくれ一夏、お前のハーレム系主人公の力を!

 などと馬鹿な事を考えていたら。

 

「嘘? 織斑君!?」

「え? 本当? どこどこ!?」

「あれ、あそこに!」

 

 Fish!

 

 一夏の同級生だと思われる女の子三人があっという間に釣れた。

 また、別の方からは。

 

「あの子、千冬様に似てない?」

「あ、ホントだ! 似てる似てる」

「待って、あの子の後ろに居るの……」

「「千冬様!?」」

 

 こちらは千冬さんの後輩かな?

 女の子が二人、屋台に駆け寄る。

 二人の人気は流石の一言だ。

 それに比べ、俺のイカ焼き屋は暇だ。

 売れるのはお昼時、そして日が傾いてからが本番だからしょうがないけど。

 

「お父さん、私かき氷食べたい!」

「あそこのか? やたら並んでるな。別の店にしないか?」

「やだ! あそこがいいの!」

「わかったわかった。お父さん待ってるから行ってきなさい」

「うん!」

 

 一夏と同い年だと思われる女の子が興奮気味に列に並んだ。

 お父さんも大変だな。

 よし、俺も二人を見習って頑張らないと。

 

「おじさん、イカ焼きいかがです?」

 

 列から離れて子供を見守っているおじさんに話かける。

 

「うん? お~美味そうだな。けど朝からイカはな~」

 

 おじさんは苦笑しながら手を横に振る。

 ですよね~。

 朝っぱらからイカ丸ごとは重いですよね。

 だが、まだ俺のターン!

 

「今なら隣のビールとセットで安くなりますよ?」

 

 チラッと隣のお店を見る。

 隣は、飲み物屋とでも言えばいいのか、ビールやソフトドリンクを売っている。

 そこの店主の初老のおじさんは、俺の顔を見てニヤッと笑った。

 今回、隣のおじさんとは協力関係にある。

 ビールとイカをセットで買うと値引きされる。と言うものだが、値引きはあくまでイカ焼きからなので、おじさんは快く承諾してくれた。

 セット、お得、そんな言葉に弱い日本人を釣る為の作戦だ。

 

「いや~、朝からビールはなぁ~」

 

 なんて言いつつも目線がビールに行くおじさん。

 そう、季節は夏、日が昇りすでにビールが美味しい時間帯だ。

 そして、ビールにイカが合わない訳がない!

 

「『朝だから』美味しいって事も有りますよ?」

 

 元社会人の俺は知っている。

 朝からビールなんて世間体や家族の目が怖いから自粛してるだけで、働くパパは休日の朝からビールを飲みたいって事をね。

 

 おじさんの視線が網で焼かれているイカに向かう。

 網の上ではイカがパチパチと音を立てて焼かれている。

 そのイカにタレを塗るとタレが炭の上に落ちてジュッっと音が鳴った。

 

 それと同時に香ばしい匂いが周囲を包む。

 おじさんの喉がゴクリの鳴ったのは気のせいではないだろう。

 

「そうだな、せっかくの祭りだし一つ貰おうか」

「まいど」

 

 ふっ、勝った。

 イカをパックに入れおじさんに渡す。

 おじさんはさらに隣の店でビールを買いホクホク顔だ。

 娘さんに怒られないと良いけど。

 

 さて、これでまた暇になった。

 とりあえず「いらっしゃいませ~」と声出しだけしてたら。

 

「む~」

 

 後ろから唸り声が聞こえた。

 振り向くとそこには。

 

「む~」

 

 束さんが仕切りから顔を出していた。

 

 店の裏手には外から見えないように仕切りが作られている空間がある。

 お笑い番組で生着替えする時に使う円形の簡易脱衣場を想像してもらえばわかりやすいと思う。

 もちろんそれより大きものだが、束さんはその空間でかき氷用の氷が溶けないように見張ったりしている。

 

「む~」

 

 なんのアピールなのか、頬を膨らませこっちを見ている束さん。

 なにそれ可愛い。

 ほっぺをつつきたい。

 

「束さん、むーむー唸ってどうしました?」

 

 相変わらず客足が無いので近づいて束さんに話かける。

 

「しー君、アレはどういう事かな?」

 

 ほっぺたを膨らませたままの束さんの視線の先には笑顔で接客する一夏。

 かき氷屋の方は10人程の女の子が並んでいる。

 大盛況でなにより。

 

「アレってなんです?」

「いっくんの態度だよ! あんな有象無象共に笑顔を振りまくなんて!」

 

 頬を膨らませたまま憤慨する束さん。

 笑顔無しの接客しろとは無茶をおっしゃる。

 

「いや、笑顔は接客の基本ですよ?」

 

 まぁ、一夏には常に笑顔でいるように言ったけどね。

 それだけではなく、一夏には、お釣りを渡す時は相手の手の下に自分の手を添え、相手の手のひらに優しくお釣りを乗せるように言ってある。

 別名『マック渡し』と言われている秘技だ。

 俺の中の話だけど。

 それが恋する少女にはどう感じるかというと、『織斑一夏が手を握りながら微笑んでくれる』となる。

 今のところ作戦は成功だな。

 かき氷を食べながら並んでる猛者もいるし。

 一夏と千冬さんは大変そうだが。

 

「わかってるよ。アイツ等が落としたお金がちーちゃんといっくんの生活費になるんでしょ?」

「わかってるなら見逃してください」

「む~」

「てい」

 

 我慢できなくなって束さんにほっぺをつつく。

 これはなかなかのつつき心地。

 

「ほっぺを膨らませたまま『ぷっぷくぷー』って言ってくれません?」

「ぷっぷくぷー」

 

 くっ、可愛いじゃねえか。

 中身が残念なのが非常に残念だ。

 

「束さん、もしかして暇なの?(ぷにぷに)」

「束さんだけこんな狭い場所で待機なんてつまんない」

「接客できるなら店頭にどーぞ(ぷにぷに)」

「それは無理」

「なら文句言わない(ぷにぷに)」

「しー君はいつまでつついてるのさ。てか、しー君も暇してるよね? ちーちゃんのお手伝いとかしないの?」

「おっと失礼」

 

 クセになる感触だった。

 また今度隙を見てつつこう。

 

「千冬さんの手伝いですか」

 

 千冬さんは黙々とハンドルを回して氷を削っている。

 表情はまだまだ余裕そうだ。

 

「必要以上に手伝うと千冬さんは売上を受け取らなくなりそうですし」

 

 事前準備は全部こっちでやったしな。

 お節介はこの辺がギリギリだろう。

 

「やっぱり全自動式にした方が良かったんじゃないかな?」

「屋台のかき氷で自動は邪道です、手動こそ至高」

 

 実際は、楽な作業にし過ぎると千冬さんが遠慮するだろうと考えた上での配慮だ。

 お金とは汗水たらして手に入れる物。

 舗装された道よりあぜ道を選ぶ。

 それが織斑千冬。 

 時々、束さんよりめんどくさい人だと思う時があるのは内緒だ。

 いや本当に千冬さんの事を考えての事だから、邪道とか冗談だから、そんな目で見ないでください束さん。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 午後3時。

 休憩中の看板を出しみんなで遅めの昼飯中なのだが、現在、大変重苦しい空気に包まれています。

 

 千冬さんは束さんを睨み。

 その束さんは千冬さんに対して笑顔を向けたままだが、その身からは不機嫌なオーラを発している。

 一夏と箒はハラハラしながらそれを見つめ。

 そして柳韻先生は苦笑しながら佇んでいる。

 

 事の始まりは箒と柳韻先生が店に来た時だ。

 箒は神社のお手伝いで忙しいのに、わざわざおにぎりを作って来てくれた。

 ならお昼にしようという話になり、箒は嬉しそうに一夏の世話を焼き、俺と千冬さんは柳韻先生に場所を提供して頂いたお礼を言ったりしていた。

 その頃はまだ雰囲気的には大丈夫だった。

 空気がおかしくなったのはその後だ。

 柳韻先生がおもむろに束さんに話しかけた。

 『調子はどうだ?』と。

 年頃の娘を持つ父親が言うセリフのベスト3に入る言葉だと思う。

 正直、柳韻先生は悪くない。

 問題は束さんだ。

 束さんはそれにこう答えた。

 『邪魔だから消えろ』と。

 俺の脳内でゴングが鳴った。

 千冬さんが束さんに噛み付き、柳韻先生の味方になる。

 それがさらに束さんを不機嫌にする。

 なんかもう負のスパイラルだ。

 

 そんなこんなで。

 

「束、柳韻先生に謝れ」

「なんで私が謝らなきゃいけないのさ? 空気を読めないそいつが悪いのに」

「柳韻先生の何が悪いと言うんだ?」

「私の前に姿を見せた事、私に話しかけた事、だね。せっかく楽しかったのに台無しだよ」

「束!」

「良いんだ千冬君、束の邪魔をした私にも非がある」

「しかし柳韻先生」

「わかってるなら最初から来るなよ。これだから凡人は」

「束、いい加減にしろよ?」

 

 凄いヒートアップしてるな。

 おっ、箒のおにぎり美味しい。

 ほら、一夏も箒もおいで、先に食べちゃおうぜ。

 ん? なに二人共? 俺は何もしないよ?

 だってこれ巻き込まれたら絶対めんどくさい事になりそうだし。

 確かに喧嘩してるように見えるけどさ、ほら柳韻先生を見てごらん。

 『喧嘩できる友達っていいよな』って感じの慈愛の表情で二人を見てるし、余計な事するべきじゃないんだよ。

 

「神一郎、お前も束が間違ってると思うよな?」

「しー君は束さんの味方だよね!?」

 

 知らん、こっちを巻き込むな。

 そして一夏と箒はなんで俺の袖掴んでるの? 

 姉ズが怖い? 

 あぁもうしゃーない。

 

「そこの愚姉二人、こっち来なさい」

「「あ゛あ゛ぁ?」」

 

 どこのヤンキーだよ。

 今にも噛み付きそうな目をしている二人の腕を引き一夏達と距離を取る。

 

「ふんっ」

「つーん」

「はいケンカしない」

 

 俺を挟んで悪態を吐く二人の間に入る。

 

「まず千冬さんは何でそんなに怒ってんです?」

「私は柳韻先生に恩がある。恩人を悪く言われたら怒るのは当然だ」

「だからと言って、親子ゲンカに口出しするのはお節介が過ぎませんか?」

「むっ」

 

 千冬さんは自覚があったようで、バツの悪そうな顔した。

 

「そして束さん」

「束さんは悪くないもん」

 

 束さんはぷいっと顔を背ける。

 こんな状況じゃなければ可愛い仕草なんだけどなぁ。

 とは言え、せっかく楽しんでた一夏と箒の良い雰囲気を壊した罪は重い。

 

「束さんはさ、本当に一夏と箒が好きなの?」 

「好きだよ?」

「無理しないでいいよ。本当は好きじゃないんでしょ?」

「何でそうなるのさ」

 

 鋭い目付きで睨まれた。

 懐かしい視線だ。

 初めて会った頃を思い出す。

 

「だって、現に一夏と箒を悲しませてるじゃん」

「それはアイツが!」

「アイツって柳韻先生の事ですよね?」

「そうだよ」

「ほらやっぱり、束さんは一夏と箒が好きじゃないんだよ」

「だから、なんでそうなるのさ」

「柳韻先生を悪く言えば、一夏と箒が悲しみ、そして千冬さんが怒る事はわかってましたよね? それなのに束さんは皆の目の前で柳韻先生に悪口を言った。ほら、二人を見てください」

 

 束さんが一夏達に視線を向ける。

 一夏と箒は心配そうな顔でこちらを見ていた。

 

「さっきまで楽しそうだった二人にあんな顔させといて、好きとか言われても説得力ないよ?」

 

 束さんは俺の方をゆっくり振り返り――目を潤ませてた。

 やっべ、ちょっと言いすぎた?

 

「束さんて悪者?」

「いや、悪者と言うかですね」

「束さんは邪魔者?」

「いやいや、今日店を出せたもの束さんのお陰ですから、邪魔なんて事は」

「束さんは本当にいっくんと箒ちゃんの事好きだもん」

「束さんが二人の事を大事に思ってるのはちゃんと知ってますから」

 

 千冬さん、何その目。

 『さっきと言ってる事が違う?』

 これ以上追い詰めたら可哀想だろ。

 『こいつ弱っ』って目で見ないで。

 泣く子には勝てないんだよ。

 冗談で弄るならともかく、こう、ガチで悲しい顔されると心にクルものがあるんだよ。

 なんだよその笑みは。

 元はと言えば自分にも非があった事忘れてないか?

 よろしい、ならばお前も道連れだ。

 

「束さんは別に柳韻先生の事は嫌いじゃないんですよね?」

「うん、別に父親って生き物は嫌いじゃないよ。どうでもいいと思ってる」

 

 シュンとしながらも毒舌だ。

 アイツ呼びしないのは気を使ってると見るべきか。

 柳韻先生を見ると、そんな束さんを微笑ましく見ている。

 やはり柳韻先生は束さんの性格を受け入れ、うるさく言う気はないようだ。

 『わんぱくでもいい、元気に育ってくれたら』って感じかな?

 

「束さんは何で千冬さんが怒ったかわかりますか?」

「さっきちーちゃんが言ってたじゃん、恩があるって」

「それは半分嘘です」

「おい待て」

 

 千冬さんがストップをかけるがもう遅い。

 

「だっておかしくないですか? いくら恩があるとはいえ、親友の束さんにケンカ売るなんて」

「確かに!」

 

 束さんはパァと明るい顔をする。

 このコロコロ変わる表情は見てて飽きないな。 

 

「いいですか? 千冬さんはね、柳韻先生に父性を感じているんです。心の中では第二の父と思い、慕っているんです!」

「「「な、なんだって~」」」

 

 束さんだけじゃなくて一夏と箒もノってくれた。

 その調子で元気に育って欲しいね。

 

「おいコラ」

 

 ドスの効いた声が聞こえるが、無視だ無視。

 

「千冬さんの年を考えれば父性を求めるのは普通の感情、むしろ当然――それだけではないんですよ束さん、千冬さんはね、父性だけではなく、母性も求めているんです!」

「「「な、なんだって~」」」

 

 二回目のお約束。

 ありがとう、本当にありがとう。

 みんな大好きだ。

 

「束さんは今回、自分が好きな人が集まっている環境に柳韻先生が入って来た事が気に入らなかったんですよね? でもね、無理矢理排除しようとすれば箒達を悲しませてしまう。ならどうすればいいか――答えは母性! 束さんの母性で自分に釘付けにすれば良いんです!」

「なるほど!」

 

 束さんが満面の笑みを見せる。

 めちゃくちゃな理論だが、今はノリで突っ走るべき。

 

「いい加減にしろ」

「あでっ!?」

 

 千冬さんの鉄拳が頭に落ちる。

 だが負けん。

 

「普段お世話になっているお礼に、俺も一肌脱ぎましょう――ほ~ら千冬、パパだよ~」

 

 手を広げ、ハグカモン体勢。

 

「殺すぞ?」

「母性ってイマイチわからないけど、ほ~らちーちゃんママだよ~」

 

 束さんも手を広げ受け入れ体勢になる。

 

「よし殺す」

 

 千冬さんはゴパァと白い息を吐き出しながら指をバキバキと鳴らすした。

 

「「こわっ!?」」

 

 やばい、やりすぎた。

 俺と束さんは互いに抱き合いながらガクブル震える。

 

「まぁまぁ、千冬君、その辺で」

 

 おぉ今まで黙って見守っていた柳韻先生から救いの手が。

 

「ちっ」

「束さん、メッ」

「おっとそうだった。ほらちーちゃん、ママだけを見て!」

「安心しろ束、今は貴様等しか見えん」

 

 俺も入ってるんですね。

 

「祭り中だから道場が空いてるな、柳韻先生、少し借りますね」

「手加減してやってくれ」

 

 柳韻先生が笑いながら道場の鍵を千冬さんに渡す。

 

「よし、行くぞ。お前らの根性を叩き直してやる」

 

 千冬さんに首根っこを掴まれズルズルと引きずられる。

 

「ちょ、俺は悪くない! 元はと言えばケンカしてた二人が悪い!」

「やん、ちーちゃんてば過激」

「黙れ神一郎、男なら覚悟を決めろ。束は呼吸すらするな」

 

 約一名だけ喜んでるが災難だ。

 やはり関わらなければ良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、一夏と箒がお祭りデートしたり、めでたく氷を使い切り、完売おめでとう会をしたりと盛り上がったが、俺と束さんは燃え尽きて両方参加出来なかった。

 今日の教訓、親子ゲンカに口出すのは自重しましょう。

 そして冗談が通じない人をからかうのは程々に。




難産でした。
柳韻先生を出そうとしたのが間違いだったかなと。
読み辛い、話の継がりがおかしいと思う方がいると思います。
少しずつ書いたからか、前後で書いた時のテンションが違うんですよね。
次回のハロウィンネタは素早く書きたい(><)


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ハロウィン(上)

納得いかなくても投稿するスタイル!
自分が納得できるまでこだわっていると読専に戻りそうなので(><)



 残暑も過ぎ去り肌寒さを感じる秋の夜。

 周囲に街灯はなく、月明かりを頼りに夜道を歩く。

 今回は千冬さんをハロウィンパーティーに参加させるために、俺と束さんはバイト帰りの千冬さんを待ち伏せしていた。

 待ち伏せは見事成功し、まぁ歩きながら話しましょうと言う事になり。

 

「うさみみが最強。それが真理なんだよ」

「ケモみみに上下はない。大事なのはその人物にどれだけ似合うかです」

 

 俺と束さんはどちらが千冬さんのハロウィン衣装を決めるかで争っていた。

 

「へー? ならばちーちゃんにうさみみが似合わないと?」

「それは似合うと思います。千冬さんはスタイルが良いですから、バニーなど最高でしょう」

「なら――」

「ですが、千冬さんに似合うのはそれだけでしょうか?」

「やれやれ、往生際が悪いんだから。でも一応聞いてあげるよ」

「いぬみみです。それも可愛い系ではなく、シェパードみたいな凛々しいのが良いですね」

「う~ん。似合うと思うけど、うさみみに比べたら……」

「想像してみてください。千冬さんの頭に生える黒く立派なみみ、そのキリッとしたみみが、『コラ! 千冬!』と怒鳴られた時に、しゅんとして、へたっとなった時のそのみみと千冬さんの表情を」

「――――悪くはないね(ぽたぽた)」

「はいティッシュ。鼻血拭こうぜ」

「ありがとしー君」

「いぬみみの良さがわかってもらえましたか?」

「一考の余地があるのは認めるよ」

「ならば」

「後は」

「「本人に決めてもらおう」」

 

 後ろを振り返り、我関せずの姿勢をとっている千冬さんに意見を求めてみる。

 

「千冬さんは、『セーラー服&いぬみみ』と」

「『バニーガール』どちらが良いかな? もちろん、うさみみは私とお揃いだよ」

「頼むから黙ってろ」

 

 千冬さんにゴミ虫を見るような目で見られた。

 酷い話だ。

 こっちは本気で考えてるというのに。

 

「そもそも、私は参加するとは言ってない」

 

 千冬さんは疲れた顔でため息をついた。

 今日もお疲れのご様子。

 これは是非ともハロウィンパーティーで美味しいものを沢山食べて欲しいね。

 

「参加しません?」

「あぁ、と言いたいところだが、どうせ逃げられないよう手を打っているんだろ?」

「もちろん」

 

 素直じゃない千冬さんの為にも言い訳の準備はばっちりです。

 

「はぁ……まぁいい、毎度の事だ。しかし、仮装はもう少しなんとかならんのか?」

 

 結構良心的な衣装を選んだつもりなんだけど。

 まぁ、初めてのコスプレは誰しも恥ずかしいものだしな。

 ここは乗り気にさせる方向で。

 

「束さん、アピールタイムです。それぞれの衣装の素晴らしさを語って、千冬さんに選んでもらいましょう」

「ならば先手は貰った! ちーちゃん! バニーにするとエッチな感じで私が大喜びなんだよ!」

 

 束さん、それアピール違う。

 

「さらに! 親友の私とお揃いのうさみみ! これはバニーしかないよね!」

 

 鼻息荒く千冬さんに絡みつく姿はもはやセクハラオヤジ。

 あ、さりげなくお尻触ってる。

 オチは見えたな。

 

「束……」

 

 千冬さんは束さんの顔を両手で優しく掴む。

 

「ちーちゃん……」

 

 まさかの百合展開!?

 束さんはうっとり顔で千冬さんを見つめている。

 その姿はどう見ても――

 

「飛んでこい」

「ほえ?」

 

 千冬さんは顔を持ったまま、勢い良く回り始めた。

 どう見ても――首投げです。

 

「もげる! ちーちゃん! 私の大事な部分がもげちゃう!?」

「お前ならもげても大丈夫だ」

 

 ブオンブオンと風を切りながら、束さんがグルグルと回る。

 

「い~や~! し~ちゃ~ん!」

「そら、飛べ」

 

 千冬さんが手を離すと。

 

 「へにゃぁぁぁぁ!?」

 

 束さんはそのまま10m近く空を飛んでいき、

 

 べシャ!

 

 そのまま顔面から地面に落ちた。

 潰れたカエルの様になったままピクリとも動かないが、生きてるのだろうか……。

 

「神一郎」

「はい!」

 

 思わず直立不動で返事をする。

 

「お前はもう少しまともな意見だよな?」

 

 髪が影になっていて顔が良く見えないが、不機嫌なのはわかる。

 そして下手したら俺も首投げされるのもわかる。

 

「Sir! 女子高生には一般的なセーラー服に、みみと尻尾を付けるだけなので、初心者向けです! そして一夏にも同じ物を付ける予定であります! コンセプトは『人狼姉弟』となっております!」

「一夏とお揃いか……悪くないな」

「ありがとうございます!」

 

 すかさず頭を下げる。

 男としてのプライド?

 そんなのは死んだ時に三途の川に落として来たよ。

 

「それと一応聞いておく、今回はどんな手を使った?」

「今回は千冬さんが働いてる間に、一夏に千冬さんがハロウィンパーティーに参加すると言ってあります。ついでにハロウィンの料理特集の本もあげました。今頃は『千冬姉はどんな料理だと喜ぶかな~』と考えながら眠りについてるかと」

「つまり、不参加になれば一夏が悲しむか」

「『千冬姉が働いてるのに、俺だけが楽しむなんてできない!』なんて暗い気持ちで参加する事になるか、一夏も不参加になるでしょうね。その場合、今度は箒が悲しみます」

「……お前も飛ぶか?」

「千冬ちゃんがもう少し素直だと、お兄ちゃんもこんな事しなくてすむんだけどなぁ~」

 

 つい言ってしまった。

 だって、毎度毎度、いかに千冬さんに断られないように考えるの少しめんどくさくなってきてたから。

 

「ちゃん付けは止めろ、そして兄ヅラするな(蹴り)」

 

 お尻を蹴られ体が宙に浮かぶ。

 この、ブワッと浮く瞬間が気持ちいい。

 思ったよりお尻に痛みはなく、千冬さんの優しさを感じた。

 眼下には地面に張り付いたままの束さんがいる。

 このままだと束さんにぶつかってしまうが、俺は空気を読めるオタク。

 ISを使えばどうとでもなるけど、お約束は守る。

 束さん、俺達、ズッ友だよ?

 

「「ぐぇっ!?」」

 

 秋の夜、虫の声に混ざって、踏まれたカエルの様な声が夜空に響いた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 女性は男性より早熟と言われている。

 一夏という好きな男がいるせいか、箒の女としての成長は早い。

 あどけない笑顔の中に女の顔を見せながら、レンズの先では箒がハニカミながら微笑んでいる――巫女服に猫耳を付けて。

 

 俺、生まれ変わって良かったと思う。

 本当に、心から。

 自宅で小学生のコスプレ写真撮影とか、前世だったら逮捕待ったなし。

 でも今は俺も小学生。

 道徳的に問題はあっても、法律的にはセーフ。

 やましい気持ちは一切ないしな!

 

「可愛いよ箒! 次は床に座って――そうだね、足を伸ばしてみようか、太もも――は流石に止めておいて、膝小僧辺りまで見せる感じで――そうそう!」

 

 ひらすらシャッターを切る。

 箒は恥ずかしがりながらもまんざらではない様子。

 私見だが、束さんにコンプレックスを持っている箒は、誰かに褒められたり、求められたりする事を強く望んでいる気がする。

 少女の心の隙を突くようで罪悪感があるが……いや、箒の可愛さの前ではそんな感情吹っ飛ぶな。

 

「次は上から撮るね。上目遣いを意識して、首をかしげてみようか」

 

 恥ずかしながら首をかしげる様子がもうたまらん!

 黒く綺麗な髪に丸い瞳。

 あぁ、可愛いよ箒。

 膝の上に乗せてひたすらなでなでしたい!

 

 たっぷり箒の可愛さを堪能した後、それらのデータをパソコンに取り込み、今日撮った写真一覧を表示する。

 画面は箒の素晴らしい写真で埋め尽くされた。 

  

 ミイラ女(ビキニタイプの水着の上から包帯を巻いた)

 小悪魔(角付きカチューシャと黒のキャミソールに短めのスカート)

 魔女(トンガリ帽子に黒とオレンジのドレス風の衣装に黒ストッキング) 

 赤ずきん(童話の赤ずきんそのままの王道)

 猫耳巫女(猫耳+巫女服)

 

 正直、趣味に走りすぎた気がしない訳でもない。

  

「さて、箒はどれがいいと思う?」

 

 隣でパソコン画面を見て、また顔を赤くしている箒に判断を委てみる。

 

「神一郎さん、ハロウィンって本当にこんな格好しなければならないんですか?」

「絶対ではないけどね。でもせっかくの機会だし、一夏に違う自分を見せるチャンスだよ?」

「それは……そうなんですが、この姿を一夏に見られるのは恥ずかしすぎます」

 

 今にも顔から火が出そうだ。

 少し落ち着かせた方がいいかな?

 

 一夏の写真の一部を切り取り箒の写真に貼り付ける。

 

「ほらほら箒、猫耳巫女いちか~」

「ぶっ!?」

 

 ただ箒の写真に一夏の顔を貼り付けただけのもの、加工などもしていないので、コラ画像、などと言うにはおこがましい出来だが、箒の笑いはとれたみたいだ。

 

「神一郎さん、や、止めてください。そんな一夏を見せないでください」

 

 などと言いながらも、箒はクスクスと笑いながら写真を見ている。

 

「やっぱり露出が高いのは恥ずかしいかな?」

「そ、そうですね。ちょっと恥ずかしいです。くくっ」

「どれも可愛いと思うんだけど。う~ん、それじゃあ、赤ずきんか猫耳巫女にする?」

「プッ、ゴホン! 猫耳もちょっと」

「それなら赤ずきんだね」

「はいそれにシマス!?」

「箒、ちゃんと写真見て決めてる? 客観的に見るために写真を撮ったんだよ? ちゃんと自分に似合ってるのを決めないと」

「ちゃんと見ました。赤ずきんで良いですから――お願いですから、もう」

 

 箒は口を押さえながら必死に笑いを堪えている。

 今の会話の間に、セクシー包帯いちか、小悪魔いちか、魔女いちかを作ってみたが、なにげに気に入ったか箒よ。

 

「ちょっと休憩しようか。箒は一夏の写真でも見ててくれ」

「見ません!」

「普通の写真だよ?」

「……ありがたく見させてもらいます」

 

 素直な箒は可愛いなぁ。

 一夏の写真を見て頬を緩ませてる箒の頭をひとなでして、静かに寝室へのドアを開ける。

 ドアを開けた瞬間、寝室から鉄の匂いが漏れ出した。

 箒にその匂いが届かないよう、素早く部屋に入りドアを閉める。

 寝室のベッドは血で真っ赤に染まっていた。

 

「しー君、箒ちゃんのピンク色だったよ……」

 

 どこから持って来たのか、輸血パックで輸血中の変態の血で。

 

「束さん、落ち着いた?」

 

 この変態、箒がミイラ女の衣装に着替えているのを覗いていたらしい。

 それで鼻血を吹き出してから現在隔離されている。

 箒の情操教育のために。

 

「うん、箒ちゃんの匂いを嗅いでるととても落ち着くんだよ」

 

 束さんが手に握っているナニカをクンクン嗅いでいる。

 落ち着くのは良い事だが、鼻血がいっこうに止まる気配がないのはなぜだ?

 

「束さん、それは?」

「これ? 箒ちゃんの使用済み水着」

「死ねよ変態」

 

 思わず男友達と話す時と同じノリで言ってしまった。

 仮にも女の子に暴言を吐いてしまったよ。

 気を付けなければ。

 

「そうだね、このまま死ぬのも悪くないかも」

 

 束さんを水着を鼻に当てたまま恍惚の表情をしている。

 確かに、俺と違って、そのまま逝けたら幸せかもしれない。

 けど、篠ノ之束が死んだら、原作ブレイクどころの話じゃないんで止めてくれ。

 もうそろそろパーティーの準備を始めたいし、しょうがない、少し荒療治するか。

 

「束さん」

「なにかな? 私はこのまま「姉さんなんか大嫌い」……え?」

 

 できるだけ箒の声を意識して。

 

「姉さんは洗濯しないし」

「え? ちょっ」

「姉さんはお風呂入らないし」

「あの」

「姉さんはいい歳して恥ずかしい格好してるし」

「いやこれは……」

「足臭いし」

「臭くないもん!」

「息臭いし」

「臭く……ないよね?」

「なんか服も臭うし」

「……グス」

 

 あ、泣き出した。

 鼻血出したり涙出したり忙しい人だ。

 

 

 

 

 

「ほら、ちーんしてちーん」

「ちーん」

「はい、顔拭くよ」

「むぎゅ」

 

 テンションも下がり、落ち着いた所で束さんの顔を拭いて身支度させる。

 服にも血がべっとり付いていたのに、どうやったのかあっという間に綺麗な服に戻った。

 その技術でちょっとした殺人現場になっている俺のベッドも綺麗にして欲しいよ。

 

「束さん、そろそろ準備始めるよ?」

「オッケーだよしー君。しー君のおかげで落ち着いたしね。ホントしー君のおかげで……」

 

 ちょっと根に持ってるみたいだが、俺は悪くない。

 居間に移動してパソコンに釘付けの箒を呼び、三人でパーティーの準備を始める。

 束さんに飾り付けを任せ、俺と箒で料理を作る。

 とは言っても、簡単な料理はすでに冷蔵庫の中だ。

 今作ってるのは目玉のパンプキンケーキ。

 俺もデザート系は得意ではないが、ネットを見ながら箒のサポートに徹する。

 

 

 

 

 

「一夏は喜んでくれるでしょうか?」

 

 パンプキンケーキが焼かれているオーブンを見ながら、箒がポツリと呟いた。

 

「大丈夫だよ箒ちゃん。箒ちゃんが作ったんだもん。いっくんは大喜び間違いなしだよ」

 

 飾り付けが終わったのか、いつの間にか束さんが後ろに立っていた。

 

「姉さん……そうですね。料理は愛情と言いますし、きっと喜んでくれますよね」

 

 愛情か、俺と束さんがいるのに口に出すとは、箒も成長したな……ちょっと一夏が羨ましいよ。

 

「束さん、飾り付け終わったの?」

「終わったよん。そして後3分でちーちゃんといっくんが到着するよ」

 

 なぜわかるのか。それは気にしない方向で。

 

「それじゃあお出迎えしましょうか、箒は先に着替えてて」

「わかりました」

 

 箒を着替えに行かせ、束さんと二人で玄関で待機する。

 

「束さん、はいコレ被って」

 

 束さんにかぼちゃの被り物(うさみみ穴付き)を渡す。

 

「合体!」

 

 スポッとそれを被ると、うさみみが頭から生えている珍妙なジャックオーランタンが出来上がった。

 手抜きと言うなかれ、俺はもっと簡単だ。

 上下黒一色の服に黒いマントを羽織るだけ。

 バンパイアの格好のつもりです。

 作り物の牙さえ無しのお手軽コス。

 

 ピンポーン

 

 チャイムの音を聞き、束さんと頷き合う。

 

 ガチャ

 

 ドアが開いて。

 

「「トリック オア トリート!」」

 

 パーティーの始まりだ!




箒のハロウィン衣装の参考に
ハロウィン コスプレ 小学生
で検索かけたら……うん。
検索履歴を誰かに見られたらと思う恐怖((((;゚Д゚))))


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ハロウィン(中)

ギャグパートです。
ハロウィン編終わったら真面目な話になりますので、今だけはお付き合い下さいm(_ _)m


 ハロウィンパーティーは大いに盛り上がった。

 赤ずきんの衣装を纏った箒と、学ランにいぬみみと尻尾を付けた一夏は互いの料理を褒め合いながら笑顔で食事し、かぼちゃヘッドの束さんがはしゃげば、いつもより表情の柔らかい、いぬみみ千冬さんがそれを拳で嗜める。

 パーティー会場になっている俺の家は暖かな空気に包まれ、皆に笑顔は絶えなかった。

 

 テーブルに並んだ料理をあらかた食べ終えた時、誰かが言った。

 『ゲームをしよう』と。

 それに反対する声がでなかった、むしろ皆乗り気だった。

 さらに、『せっかくだから罰ゲーム有りにしよう』と言う意見が出た。

 無論、それにも反対する人はいない。

 そう、俺達は皆浮かれていたのだ。

 

 まず、皆で思い思いの罰ゲームを紙に書いて箱に入れ、その中から一夏と箒が一枚ずつ引く。

 負けた二名がその罰ゲームを受けるというルールが最初に決まった。

 

 友達と罰ゲームを考える時、“特定の人物にやらせたい罰ゲーム”、“悪ふざけでみんなが嫌がる罰ゲーム”、“自分が負けた時を考えてヌルめの罰ゲーム”など、人によって考える内容は様々だろう。

 俺はノリで書いた。

 分類するなら“悪ふざけでみんなが嫌がる罰ゲーム”になるだろう。

 この場にいる人間は5人、その内、真面目なのが3人。

 最悪の状況を考えるべきだった。

 

 

 

 

 

 

 罰ゲーム①

 バニーガールの服を着て写真撮影(男女問わず)

 

 罰ゲーム②

 おしゃぶりによだれかけを装備して、赤ちゃんの真似をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――誰だバニーガール(男女問わず)とか馬鹿な事書いた奴。

 

 

 

 

 

 一夏と箒が引いた紙を見て、場の空気は一瞬にして冷えた。

 一夏と箒は青ざめ。

 千冬さんは一気に不機嫌に。

 そんな中、束さんだけニンマリ笑っていた。

 うん、犯人は最初からわかっていたよ。

 俺に対して三人から冷たい視線を感じる。

 正直すまんかった。

 

 

「えっと、これは引き直しかなぁ~なんて……」

「一夏の言うとおり引き直しが良いと思います!」

 

 我に返った最年少組が慌ててやり直しを要求してきた。

 焦るのも無理はない。

 なにせ相手は色々チートな姉二人、罰ゲームを受ける確率が高い弟妹は、もっと楽な罰ゲームを想像してただろうし、そんな罰ゲームを紙に書いていたのだろう。

 二人の心の中を代弁するなら。

 

『ナニソレ聞いてない』

 

 だと思う。

 

 バニーガールに面食らったけど、なに慌てる事はない。

 要は勝てばいいのだ。

 ぶっちゃけ、千冬さんの赤ちゃんプレイとか束さんのバニーが見たい。

 いや、逆でもいいな。

 これは面白くなりそうだ。

 

「まぁまぁ、一夏、箒。まだゲーム内容も決めてないし、ちょっと俺の意見を聞いてくれないか?」

 

 二人が心配そうな顔で俺を見てくる。

 安心しろ二人共、俺は敵じゃないよ。

 

「ゲーム内容はランダム性の強いもの、なおかつ、皆に勝つチャンスがあるものとかどうだろう? それならいいだろ?」

「神一郎さん、俺、千冬姉に勝てる気しないんだけど」

 

 一夏の隣で箒もコクコクと頷いている。

 まったく、やる前から気持ちで負けるなよ。

 

 

「一夏、千冬さんにも苦手な事があるだろ? それを勝負の内容にするんだよ」

「それって束さんやちーちゃんがハンデをつけるって事?」

「いえ、それはフェアではないので、勝負はくじ引きで決めませんか?」

 

 四人が首を傾げる。

 

「罰ゲームを決めた時と同じですよ。一人二つ勝負の内容を紙に書いて箱に入れます。箱の中には10枚の勝負内容が書いてある紙があります。その箱から一人一枚ずつ紙を引いて、書かれてる内容で勝負するんです。“ゲーム”ではなく“勝負”なのは、順位を決められるなら一般的なゲームじゃなくても良しとするからです。そうですね、五回くらいがダレなくて丁度いいかと」

「なるほどね~、それならいっくんと箒ちゃんに勝ち目がある……かもだね」

 

 束さんが不敵に笑う。

 負ける気はさらさらないらしい。

 

「束さん、油断できませんよ? 五回の勝負の内、一夏と箒が決めた勝負が4つ来たら束さんが負ける可能性もありますし」

「ふふん、どんな内容でも束さんに負けはないよ」

 

 憎たらしい笑顔だ。

 一夏と箒もちょっとムッとした顔をしてる。

 普段の束さんなら二人にこんな顔を見せないだろう。

 煽っていくスタイルですね。

 グッジョブだよ束さん。

 

「千冬さんもそれで良いですか?」

「構わん」

 

 あっさりと了承された。

 嫌がると思ったんだが。

 もしかして、一夏の赤ちゃんプレイでも見たいんだろうか?

 流石シスコンの鏡。

 

「意外ですね。もっと嫌がると思いました」

「なに、私だって空気を読むさ。それに――お前の滑稽な姿を見るチャンスだしな」

 

 千冬さんがニヤリと笑い俺を見る。

 いいね。盛り上がってきた。

 だけど、俺も負けてやる気はないよ? 

 

「さて、始める前にちょっと一夏と箒に助言したいんだけど良いですか?」

「いいよ~」

「それぐらいなら良いだろう」

 

 了承を得たので一夏と箒を手招きして呼ぶ。

 今のうちに少しで二人に入れ知恵しないとな――俺の勝率を上げるために!

 

「二人共いい? 格上の相手に勝つには“自分が絶対勝つゲーム”か“相手が苦手なゲーム”、もしくは“運の要素が強く、プレイヤーの実力に影響されないもの”を考えるんだ」

「神一郎さん、言ってる意味はわかるんですが、千冬姉に苦手なものってあるんですか?」

「姉さんが苦手なもの……常識?」

 

 一夏は姉を神聖視しずぎ、箒は中々いい案だと思う。

 

「一夏、今回はさ、別にトランプなんかを使った物だけじゃなくていいんだからね?」

「って言われても……」

「例えば『家事勝負』なんてのも有り」

 

 一夏はハッとした顔で俺を見てきた。

 そうだよ一夏、千冬さんは万能じゃない。

 

「それじゃあ、ゲームのルールを決めましょうか」

 

 

 

 

 ルール①

 ゲームは五回、全員が一回ずつくじを引く。

 

 ルール②

 ポイント制とする。

 一位2P 二位1P 三位0P 四位-1P 五位-2P (五戦終了して、罰ゲーム対象者が二人以上出た場合はその人達だけで延長戦をする)

 

 ルール③

 ゲームの基本的なルールはそのくじを書いた人が決める。

 細かい所は相談しながら。

 

 ルール④

 戦闘系のゲームは禁止。

 

 ルール⑤

 罰ゲームからは逃げられない。

 

 

 

 

 暫く話し合って、ざっくりと決まったルール。

 

 穴だらけに感じるが、それが良いのだ。

 身内でやるゲームでがっちりルールを決めるのはつまらない。  

 ある程度穴がある方が色々と楽しめるってもんだ。

 

 勝負の内容を考えていると、束さんと目が合った。

 もの凄くいやらしい笑みだ。

 あれか? 俺のバニーでも想像してるのか?

 バニーを着させるのは着る覚悟があるやつだけだよ束氏。 

 俺は赤ちゃんプレイはゴメンだけどな!

 

 

 

 

 全員が書いた紙を箱に入れ、軽く上下に振って混ぜる。

 

「みんな準備はいい?」

 

 姉達は静かに笑い、一夏と箒を緊張した面持ちで頷いた。

 

「最初は一夏が引いてみる?」

 

 一夏に箱を差し出して引くように促してみる。

 

「俺から!? いやでも……」

「大丈夫だ一夏。自分を信じろ」

 

 お前なら主人公補正があるからきっと大丈夫!

 

「神一郎さん……わかった。俺、引くよ!」

 

 おおう、無意味に主人公らしいセリフだな。

 

 一夏が箱に手を入れ、半分に折りたたまれた紙を一枚引き、それをゆっくり開けた。

 紙を開いた瞬間、一夏の顔が喜びに染まった。

 

「俺が引いたのは――『料理勝負』です!」

 

 一夏の尻尾がぶんぶん振られている幻想が見えたよ。

 ナイス一夏! 信じてた!

 箒もガッツポーズをしている。

 一夏の為に料理の練習しといて良かったな箒。

 

 それに比べ――クックックッ。

 千冬さん、顔色が悪いですよ?

 そこの天災がなぜ自身満々の顔をしているのかがわからないけど。

 

「一夏、ルールは?」

 

 場合によっては横槍も辞さないよ俺は。

 ここは確実に勝ちたい。

 

「ちゃんと考えてましたよ。お題は“卵焼き”です。料理は二人ずつ順番で作りましょう」

 

 中々良いチョイスだ。

 作るのに時間かからないしな。

 それより問題なのは――

 

「一夏、判定は誰がするの?」

「え? みんなで食べ比べて、一番美味しかった人に票を……」

「それさ、みんなが自分に票を入れたら意味なくない?」

「あ……」

 

 気付いたか一夏。

 まぁそんな小狡い事する人はここにいないだろうけどね。

 

「だからさ、判定は一夏がすればいいよ。一夏なら信じられるし」

 

 利用しといて悪いが一夏、俺は彼女の料理はできるだけ食べたくないんだよ。

 

「そうだな、一夏なら信用できる」

「あぁ、一夏に任せれば問題ないだろう」

 

 俺と同じ発想に至った箒と千冬さんが味方になった。

 一夏は、え? え? と事体を把握できなかったみたいだが、ある場所を見て動きが止まった。

 

「料理は久しぶりだよ~。夏祭りはひたすらシロップ作ってただけだしね」

 

 束さんは腕捲くりしてやる気満々だ。

 

 一夏……シロップはね。

 俺が必死に『くれぐれも余計な事をしないで下さい』と頼み込んで味付けだけをしてもらったんだよ。

 タガが外れた束さんは……凄いよ?

 

 一夏は愕然とした表情のまま周囲を見回し、助けがないと悟ったのかガクリと肩を落とした。

 

 

 

 ~料理中~

 

「一夏と箒の卵焼きは見事でしたね」

「そうだな」

「あの、千冬さん。それ卵焼きじゃなくてスクランブルエッグなんですが?」

「…………チッ」

「味付け塩コショウとか新しいですね」

「お前、ワザと私と組んだな? 一夏や箒が余計な事をしないように」

「二人共優しいですから、千冬さんに助言とかしそうだったので」

「そこまでして勝ちたいか?」

「勝ちたいですね」

「お前今に見てろよ」

「卵焼きもちゃんと作れない奴が偉そうに――痛ッ! ちょオタマで殴るのは反則でしょ!?」

「手が滑った」

「勝てないからって大人気ない(ボソッ)」

「いやお前が言うなよ」

 

 

 

 

「お待たせ~」

 

 最後に料理を作っていた束さんが台所から出てきた。

 束さんがテーブルに皿を乗せ、これで全員分そろった。

 

 一夏作、普通の卵焼き(甘め)

 箒作、だし巻き卵

 千冬さん作、スクランブルエッグ

 束さん作、なんか黒い塊

 俺作、卵焼き(しょっぱめ)

 

 

 これは良い戦いになりそうだ――色んな意味で。

 

「えっと、それじゃあ……箒のから」

 

 一夏が箒の卵焼きをひと切れ箸で掴み、パクッと食べる。

 

「うん、やっぱり箒の卵焼きは美味しいな」

 

 一夏は嬉しそうにもぐもぐと口を動かしている。

 

「そうか? ちなみにだ、一夏の好みの味とかあるのか?」

 

 こんな時でもリサーチを忘れない箒の女子力が凄い。

 

「今のままで十分美味しいぞ? むしろ箒の卵焼きが一番好きだ」 

「一番好き!? んっんん、そうか、私が一番か」

 

 箒がとても幸せそうな顔をしている。

 誰かブラックコーヒーをくれ。

 口の中が甘ったるいよ。

 

「次は、神一郎さんのを」

  

 お前がしょっぱいの食べるんかい!?

 って超ツッコミたい。

 

「神一郎さんのは、ご飯が欲しくなる味ですね」

 

 まぁ、酒のツマミにもなるおっさん仕様の卵焼きだし。

 

「次は……」

 

 一夏は残りのお皿を見つめ――

 

「自分のを……」

 

 安牌に逃げた。

 そのままもそもそと自分の卵焼きを食べ。

 

「その、普通です」

 

 だよね。

 自分で作った料理の評価とかそんなもんだよな。

 

「次は千冬姉のを……」

 

 千冬さん作のスクランブルエッグを箸で摘み、一夏は恐る恐る口に運ぶ。

 ゴクンと嚥下音が聞こえたが、一夏は何も言わなかった。

 時間にして数秒だが、部屋に静寂が訪れる。

 一夏は僅かに口を開き。

 

「凄く……スクランブルエッグです」

 

 姉の手料理なんだからもっと喜んでやれよ。

 千冬さんが心なし悲しそうな顔をしてるぞ。

 

「でも、千冬姉の手料理初めて食べたけど、これで初めてなら上出来だよ千冬姉! そうだ! こんど俺と一緒に料理しようよ!」

「……気が向いたらな」

 

 一夏が慌ててフォローに入るが、千冬さんの反応が淡白だ。

 安心しろ一夏、千冬さんは怒ってる訳じゃない。

 心の中では『愛する弟に不出来な料理を食べさせるとは私はなんてダメな姉なんだ!』とか考えてるだけだから。

 まぁ、俺から言える事は一つ。 

 ブリュンヒルデざまぁぁぁWWW

  

 バシンッ!

 

「あだ!?」

 

 いきなり頭をひっぱたかれた。

 

「なぜ叩くんです? 千冬さん」

 

 思わず犯人を睨む。

 

「お前の笑顔がムカついた」

 

 どうやら気付かないうちに笑っていたらしい。

 

「最後に束さんのを……」

 

 千冬さんと漫才をしてるうちに覚悟を決めたらしい一夏が、手を震わせながら、束さん作の黒いナニカに手を伸ばす。

 

「ふっふっふ、自信作だからね。いっくん、たーんと召し上がれ」

 

 語尾にハートが付きそうなほど上機嫌だ。

 それに比べ、黒い欠片を箸で摘んでいる一夏が涙目なのが悲しみを誘う。

 

 ジャリ

 ジャリジャリ

 

 一夏は口を何度か動かした後――バタリ。

 

 横に倒れた。

 

 

「い、一夏~!?」

 

 箒が慌てて一夏に駆け寄る。

 

「束、何を作ったんだ?」

「え? えーと、古今東西の卵焼き?」

 

 どゆこと?

 

「色んな味がした方がいいと思って、鶏卵から魚卵まで、世界中で食べられてる卵を一つにまとめてみました」

 

 どーだ! と笑顔でドヤ顔している束さんが怖い。

 

 

 一回戦終了。

 現在の順位。

 

 一位 2P 箒 

 二位 1P 神一郎 

 三位 0P 一夏

 四位 -1P 千冬

 五位 -2P 束




誰が罰ゲームを受けるのか!?

実力的には一夏と箒か?
はたまた大波乱が起きて千冬と束か?
いや、安定の落ち担当、束&神一郎か?



本当、落ちどうしよう……。


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ハロウィン(下)

気づいてる人もいるかもしれませんが、この話の元ネタはマジ恋です。
個人的に『ホームパーティなどで集まってゲーム』などは、あるあるネタだと思っていたんですが、よくよく考えてみると、日常系ラノベでさえ余り無いシーンなんですよね。
あってもトランプだけとか。
なんで書かれないのかちょっとだけ理解できました。
こんなん真面目に書いたら文字数多いは、上手く書かないと読者様がダレそうだは……。
もうね、ゲーム五種とはバカじゃないの俺?
とこの三週間思い続けてました(><)


 一夏が暫く動けなくなったり、負けた束さんが駄々をこねたりと、色々あったがやっと場が落ち着いて二回戦目。

 

 引き手 箒

 

 勝負内容 『絵』

 

 ルール 絵が上手な人が勝ち

     判定は話し合い

     人物、無機物なんでもOK

     制限時間は15分    

           

 

 

 最初、この勝負が束さん発案だという事に全員驚いた。

 俺は違う意味でだが……。

 一夏と箒は悩んだ挙句、互いに似顔絵を書く事にしたらしい。

 二人の画力は年相応、普通だったが、箒がやや迫力のある絵になっている。

 男塾的な? なんか一夏の顔が若干濃ゆい。

 そして、束さんと千冬さんは――

 

「ねぇちーちゃん。あれなんだろ? 束さんでも知らない物があるとは思わなかったよ」

「ふむ、女の幽霊か? ほら、たまにテレビに映るじゃないか、長い髪を振り乱し、人を襲うタイプの怪談。それにしても目が異様に大きいが」

「なるほど、今にも人に襲いかかりそうだね」

 

 絵を書かずに俺の後ろ駄弁ってた。

 

「ちーちゃん、しー君が角を書き始めたよ?」

「角なのか? 先端が丸いぞ?」

 

 外野、うっさい。

 

「お二人共、残り時間5分切りましたよ? 大丈夫なんですか?」

 

 てか、この二人って絵は得意なんだろうか?

 束さんは発案者だから自信あるんだろうけど、千冬さんとか苦手そうなのに。

 

「うん、せっかくだからトリにしようと思って。あ、いっくんと箒ちゃん書き終わった? 見せて見せて。そうだ。書き終わった順から発表しちゃおう」

 

 まぁ構わないけどね。

 俺も書き終わったし。

 

 

 

 

「俺が書いたのは箒です」

 

 一夏が画用紙を見やすいようにテーブルに乗せる。

 正直、上手いとは言えない。

 けど、丁寧に箒の特徴を書こうとしてる気持ちが伝わる作品だった。

 

「私は一夏を」

 

 次に箒が画用紙を出す。

 箒の絵はやや劇画風の濃ゆい一夏だった。

 漢らしいのが好きらしい。

 

 そして次は俺の番。

 俺が書いたのは、長い髪にエプロンドレス、ニヤけ顔の人物。

 

「俺は束さんを書きました」

 

 見せたくないが、しょうがないので見せる。

 

「「「「へ?」」」」

 

 その反応は予想通りだよチクショウ。

 

「しー君、コレ……私?」

 

 どうした束さん?

 笑うなり喜ぶなりしろよ。

 

「束さんは俺が絵が苦手だと知っていてこの勝負にしたんでしょ? 何を驚いているんです?」

 

 あぁそうさ、俺は絵が苦手なんだよ!

 オタクが全員絵が得意とか思うなよ!

 俺狙いで勝負を決めるとは思わなかった……。

 

「まさかここまでだとは思わなかったんだよ」

 

 束さんが絶句してた。

 他の三人は同情的な視線を向けている……束さんに。

 

「神一郎、服が真っ黒なのはなんでだ?」

「鉛筆で書いたらこうなるんです」

「角は?」

「うさみみです」

「髪がなんであんなに乱れているんだ?」

「束さんの髪は書くのが難しいんです」

「そうか……」

 

 千冬さんは少し質問した後黙ってしまった。

 もういいだろ?

 俺の絵には触れないでくれ。

 

「束さん、残り時間があと数分ですが大丈夫なんですか?」

「ん? そうだね。ちーちゃん、やるよ?」

「わかった」

 

 意気消沈して下を向いていた束さんが顔を上げた。

 やたら暗い顔しているな。

 なに? そんなにショックな絵か?

 あぁ、自分で襲いかかりそうとか言ってたもんな。

 よく特徴を捉えているだろ?

 

「よし!」

 

 束さんがパンパンと自分の顔を叩いて気合を入れ、袖を捲り手を高く上げた。

 千冬さんが、その斜め後ろで同じように鉛筆を構える。

 

 ザザーーッ

 

 束さんと千冬さんが凄い勢いで何かを書き始めた。

 

 

 

 

「できた」

 

 数十秒後、束さんが動きを止め、絵をこちらに見せる。

 

「私が書いたのは“アスワンツェツェバエ”だよ」

 

 束さんが書いたのは、まるで図鑑の1ページのような出来栄えの絵だった。

 ハエという題材にも関わらず、神々しくもある一品だ。

 

「束さんて、銃弾を素手で掴めるの?」

 

 まさかだよね。

 いかに束さんとはいえ……。

 

「(ニヤッ)」

 

 無言で笑った!?

 まじで? 出来るの? 

 いや、気にしない気にしない。

 天災だしこれくらいはね?

 

「千冬さんは何を書いたんです?」

  

 束さんと同じ動きをしていたから、もしかしたら同じかも知れない。

 この人も人類最強だし有り得る。

 

「私は束のを真似てみた」

 

 そう言って千冬さんが見せた絵は、束さんとまったく同じ“アスワンツェツェバエ”だ。

 しかし何故わざわざ束さんと同じ絵を書いたのか。

 

「流石ちーちゃん。と言いたいところだけど、ちょっと荒いね」

「無理言うな。筋肉の動きを観察しながら同じ動きをするのは疲れるんだ」

 

 お兄さんちょっと言ってる意味がわかんないな~。

 

「千冬さん、もしかして……後ろから束さんの手の動きを真似たんですか?」

「あぁ、私は絵心などないからな。これが手っ取り早い」

 

 はは、この世界の女の子は凄いな~。

 片方はリアルスタンドで片方写輪持ちとか。

 やったね一夏。

 この二人に守られるんだ。

 お前の未来は明るいよ。

 驚いている一夏達に、『筋肉の動きを読めば誰にでもできる』とか『脳内のイメージをそのまま紙に書くだけ』とか言ってる二人はどう見ても人外です。

 

 

 

 

 判定

 

 一位 束

 二位 千冬 (束さんの絵より荒い為)

 三位 箒  (一夏よりオリジナリティがあった為)

 四位 一夏

 五位 神一郎

 

 

 二戦目終了

 

 一位  2P 箒 

 二位  0P 千冬 

        束 

 四位 -1P 一夏 

        神一郎

 

 

 

 

 三戦目。

 

 引き手 千冬

 

 勝負内容 『サイコロ』

 

 ルール サイコロを三回振り、合計が一番高い人が勝ち。

 

 

 

 

 箒発案の運任せのゲーム。

 入れ知恵した甲斐があった。

 こちとら転生者ですよ? 運で負けるわけがない。

 と、思ってた時期がありました。

 

「しー君、二、二、二の、合計6だね」

「馬鹿な……」

 

 束さんが笑いながらサイコロを回収する。

 その後ろでは千冬さんも笑っていた。

 一夏と箒の顔にいたっては、『これなら勝てる!』って顔に書いてあった。

 

「ささっ、ちーちゃんも振って振って」

 

 唖然とする俺を横目に束さんが場を進行させる。

 

「私は余り運が良い方ではないんだが」

 

 千冬さんが三つのサイコロを同時に投げる。

 

「ちーちゃんは、一、一、一の、合計3だよ」

「なんだと!?」

 

 千冬さんが珍しく声を荒げた。

 

「ドンマイ」

「やかましい」

 

 慰めたら怒られた。

 ゾロ目とかある意味凄いんだけどね。

 如何せん単純な合計数だから意味がないけど。

 

「はい、いっくん」

「神一郎さんと千冬姉には悪いけど、これなら」

 

 一夏がサイコロを転がす。

 

「お~、いっくんは六、六、六の合計18だね」

「よし!」

「やったな一夏! 私も続くぞ」

「箒ちゃんは、四、四、四で、合計12」

「うん、悪くはないな」

「これで全員終わりだね。私は、五、五、五で15だったから、いっくんが一番だね」

 

 サイコロを振るだけだから、とても早く終わった。

 これおかしくないか? 全員がゾロ目って。

 めだかボックスと似たような設定とかあったっけ?

 そんな事を考えていると、束さんがサイコロに手を伸ばした。

 サイコロを手に収め、また開い時にはサイコロは消えていた。

 拡張領域にしまったのだろう。

 変な所はない。

 だが、束さんのその口元が笑っている事に強い違和感を覚える。

 まさか、と思う。

 けど、一つの可能性が脳裏に浮かんで消えない。

 

 勝負を始める前に、自室からサイコロを取ってこようとした俺を制して、サイコロを差し出してきたのは誰か?

 束さんだ。

 

 束さんが用意したサイコロは三つ。

 最初に束さんが三つのサイコロを同時に投げて、『自分は15』だと言った。

 一つ一つ投げるのも面倒だし、その次の俺も迷う事なく三つ同時に投げた。

 もしかしたら、これは誘導だったのかもしれない。

 五人の人間がサイコロ一度投げるだけ、勝負はあっという間につく。

 そう、結果に疑問を感じて口を挟む前に。

 今回、束さんがさりげなく進行役になった。

 振ったサイコロを拾い、別に人間に渡したりもしてた。

 手のひらに収めた瞬間、拡張領域から、グラサイ――決まった目が出る細工がされているサイコロに交換しても誰も気付かないだろう。

 

 眉間にシワを寄せている千冬さんと目が合った。

 どうやら同じ考えに至ったらしい。

 サイコロはもう束さんの手の中だ。

 今からイカサマを指摘しても、普通のサイコロに変えられるだけだろう。

 

 束さんを見ていたら、俺の視線に気付いた束さんが笑いながら近づいて来て、俺の耳元に顔を寄せた。

 

「しー君、敵の用意した道具を使うなんてまだまだ甘いよ?」

「くっ」

 

 思わず歯を噛み締めた。

 束さんを甘く見ていた俺の落ち度だ。

 全てゾロ目で揃えたのは、いつイカサマに気づくか試していたのかもしれない――心の中で笑いながら。

 もう油断も慢心もしない。

 束さん、俺も全力で相手してやる。

 

「しー君、これで罰ゲームに一歩前進だね。ところで哺乳瓶とかあるかな?」

 

 当店はそのようなサービスはやっておりません。

 

 

 三回戦終了。

 現在順位。

 

 一位  2P 箒       

 二位  1P 束

        一夏 

 四位 -1P 千冬

 五位 -2P 神一郎

 

 

 

 

 四回戦。

 

 引き手  神一郎

 

 勝負内容 『喜怒哀楽ゲーム』

 

 

 ここに来て運は俺に向いた!

 これを待っていたんだよ俺は! 

 

「神一郎さんが書いた紙なんですか? どんなゲームなんです?」

 

 いかんいかん、余りの嬉しさに紙を握り締めたまま我を忘れてた。

 

「そうだよ箒。っと、ルールを説明する前に、束さんにちょっと借りたい物があるんですが」

「なにかな?」

「千冬さんが付けてたあの感情を読み取るネズミ耳まだあります?」

「あるよ~」

「それを、耳が動くんじゃなくて音が鳴るようにして欲しいんですが、お願いできます?」

「そんなの10秒で終わるよ」

 

 束さんは拡張領域から取り出しただろうネズミ耳カチューシャをプラプラ揺らしながら答えた。

 機械系はホント頼りになるな。

 

「ありがとうございます。では勝負のルールを説明しますね」

 

 束さんに余計な事をされないようにしっかり決めないと。

 

「今回の勝負は、“相手の感情を揺さぶった人が勝ち”ってゲームです」

「そこでコレの出番って事だね」

「そうです。まず相手にカチューシャを付けてもらい、その相手の感情を揺さぶって音を鳴らせばいいんです」

「神一郎さん、感情を揺さぶるってよくわからないんだけど」

「そんなに難しい事はないよ一夏。悪口を言って怒らせたり、褒めて喜ばせたりすればいいんだから」

「神一郎、当たり前だが、相手への接触は無しか?」

「いえ、暴力行為やくすぐりじゃなければ可とします」

 

 頭を撫でたりするのも戦法の一つとしたい。

 言葉だけじゃつまらないからね。

 

「肝心な勝敗の決め方ですが、時間で決めます。一人に対する制限時間は60秒。例えば、俺が一人も成功しなかった場合は、タイムが240、逆に一夏が一人20秒で成功すればタイムは80で一夏の勝ちになります。この勝負は、いかに相手の心を揺さぶれるか、そしていかに心を静かに保てるかが肝ですね」

 

 

 ルール 相手に対しての持ち時間は60秒

     薬物や暗示、洗脳禁止。てかイカサマ禁止

     相手への接触は一部可。(くすぐり等は禁止)

     秒数は小数点以下は四捨五入で計算

 

「ルールはこんな感じですね」

 

 ルールを紙に書いて皆に見せる。

 イカサマ禁止あたりで一夏と箒が首を傾げていた。

 純って良いよね。

 俺と千冬さんは気付いてしまったからやられた感が凄い。

 だが、今回は負けないよ束さん。

 

「最初は俺から行きます」

 

 

 ~神一郎のターン~

 

「まずは一夏、コレ付けて」

「はい」

 

 一夏がネズミ耳を装着する。

 それを見て束さんが一夏をガン見していた。

 千冬さんと箒がチラチラと一夏を見ている。

 その視線に気付いた一夏の顔は真っ赤だ。

 今にも音がなりそうだな。

 

「一夏? その調子だと始まった瞬間に音がなるぞ? 落ち着いて深呼吸しな」

「は、はい」

 

 一夏が、スーハーと深呼吸してキリッとした表情を見せた。

 うん、真面目な顔してるのに頭のネズミ耳がピクピクと動いてるのがとてもシュールだ。

 まったく、ナイスだよ束さん。

 千冬さんや箒の番が楽しみじゃないか。

 

「一夏、準備はいい?」

「はい、大丈夫です」

「束さん、スタートの合図をお願いします」

「ほいほい、それじゃあしー君対いっくん――スタート!」

 

 束さんの合図を聞き一夏が表情を固くする。

 その一夏の頭に手を乗せ――

 

「一夏は少しずつ強くなってるよな」

「そ、そうですか?」

 

 頭を撫でられる事に慣れてないのか、一夏はちょっと挙動不審だ。

 

「あぁ、お前ならいつか千冬さんを守れる立派な男になると思う」

「本当にそう思いますか!?」

 

『ピー』

「いっくん“喜の感情”が規定値越えのため、アウト~」

「あ……」

 

 一夏の口から気の抜けた声が出た。

 悪く思うなよ一夏。

 

「時間は9.14だから、タイムは9秒だね」

 

 よし、まぁまぁだ。

 

「さて、次は――箒、いいかな?」

「私ですか? わかりました」

 

 箒が一夏からカチューシャを受け取る。

 

「次は箒ちゃんか、頑張ってね。よーい、スタート」

 

 束さん、今の箒は録画してるよね?

 後でデータを貰おう。

 

「箒」

「なんでしょう?」

「箒は可愛いね」

「っ!? そうですか? ありがとうございます」

「最近は料理も覚えて性格も落ち着いてきたし、良いお嫁さんになりそうだね――一夏の」

「はうあ!?」

 

『ピー』

 

「箒ちゃん、“喜の感情”が規定値越えでアウトだよ。記8.70だから9秒だね」

 

 箒にだけ聞こえるように、最後だけ小声で言ったが効果は抜群だ。

 やはり箒には赤面が似合いますな。

 ここまでは順調、問題は次からだ。

 

「千冬さん、行きますよ?」

「来い、神一郎」

 

 ネズミ耳を付けて凄む千冬さんマジ千冬タン。

 って言ったらすぐ勝てそうだけど、報復が怖いから止めておこう。

 まぁどっちにしろ怒らせるんだけどね。

 

「目玉カードだね。しー君対ちーちゃん、始め!」

 

 速攻で決める!

  

「千冬、少しは女磨けよ」

 

 肩に手を置き、出来るだけ優しい声で言ってあげた。

 

『ピー』

 

「ちーちゃん、“怒の感情”が規定値越えでアウト! 記録は2秒、流石だねしー君」

「………」

 

 千冬さん、怒ってるんだよね?

 無言無表情は怖いから止めて。

 

「最後は束さんですね」

「しー君に天災である束さんの感情を揺さぶれるかな?」

 

 過去何度も泣き顔見せた事あるのに、どこからその自信が来るのか。

 

「また泣かせてあげましょう」

「……私、泣かされちゃうんだ」

 

 恥ずかしそうに意味深な事言うなよ。

 箒と一夏の視線が――哀じゃなくて別の方法にしよう。

 

「ちーちゃん、よろしく」

「あぁ」

 

 二人がそれぞれ、ストップウオッチとネズミ耳を交換する。

 束さんがそれを装着し準備完了だ。

 しかし頭にウサギとネズミの耳とかハチャメチャだな。

 

「では始めるぞ」

 

 千冬さんの声を聞き、目を閉じ集中する。

 思い出すのは、生まれて初めて泣いた映画『ランボー』だ。

 山にこもるランボーに元上官が説得を試みるのだが、ここでランボーは泣きながら戦争での体験を語るシーンがある。

 まさかだよ。

 小学生で男泣きするとは思わなかった。

 ランボーが泣きながら過去を語るシーンを思い出すだけで……。

 

「スタートだ」

 

 ゆっくりと熱くなった目を開ける。

 

「しー君?」

 

 束さんは困惑していた。

 それはそれはそうだろう。

 俺の目が涙目になっているのだから。

 恥は捨てろ。

 全ては勝つ為だ。

 

「束お姉ちゃん、大好きだよ?」

 

 

 

 

『ピー』

 

 少しの間の後に音が鳴った。

 

「束、アウトだ。タイムは6秒」

 

 千冬さんの声にも反応ぜず、束さんはジッと俺を見ている。

 音が鳴るまでの間といい、一体どうした?

 

「しー君が……」

「はい?」

「しー君がデレた!?」

 

 デレてねーし。

 

「これは貴重なんだよ。私、この動画大切にするね」

「ごめんなさい勘弁してください」

 

 思わず頭を下げる。

 録画のことすっかり忘れてた。

 この黒歴史を残すのはホントやめてくれ。

 

「神一郎さんもそんな事するんですね」

「あぁ、驚きだ。神一郎さんがここまでするなんて」

 

 後ろで一夏と箒も驚いていた。

 俺ってそんな真面目キャラかね? 自分で言うのもなんだが、どちらかと言うとお茶目だぞ?

 自分の恥<束さん&千冬さんの恥虐プレイ、だからな。

 

「二人共、今日の事忘れるように。それで次は誰が行きます?」

 

 さっさと次の人に振ってこの場の雰囲気を変えよう。

 

「俺がやります」

 

 一夏がすかさず手を上げた。

 へー、自信有りげな顔だ。

 秘策があるのかな。

 

「じゃあ、一夏の番な」

 

 

 ~一夏のターン~

 

「箒、いいかな?」

 

 一夏は一番最初に箒を指名した。

 

「いいだろう」

 

 箒はどこか期待している顔で一夏の前に座った。

 どんな事を言われるか、期待半分怖さ半分ってとこかな。

 

「いっくん対箒ちゃん、スタートだよ」

 

 進行役に戻った束さんの声を聞き、二人の表情が引き締まる。

 一夏は軽く深呼吸して――

 

「ほ、箒ってさ、可愛いよな」

「か、かわ!?」

 

 多少どもりながらも、見事箒の求めるセリフを言った。 

 

『ピー』

 

「箒ちゃん、喜の感「姉さんは黙っててください!」――はい、いっくんのタイムは4秒です」

 

 束さんは箒に怒られシュンとしてしまった。

 傍から見れば、『よく言った一夏!』って感じなんだけど、なぜそこで箒を見ない?

 すでに一夏は、千冬姉勝負だ! と言いながら千冬さんと対面している。

 顔が赤いし、照れ隠しもあるんだろうけど、そこは箒見てやれよ。

 真っ赤な顔であうあう言ってる箒は本気で可愛いのに。

 しかし一夏らしくないやり方だな。

 さっきの自信有りげな顔といい、もしかして俺の真似をする作戦かな?

 

「次は私か」

「いくよ、千冬姉」

 

 姉弟対決か。

 俺の真似をするなら姉大好きな一夏にとってかなり言辛いと思うんだが。

 

「いっくんがちーちゃんに勝てるか期待なんだよ。それじゃあ、スタート」

 

 頑張れ一夏、お前なら言える。

 

「ち、千冬姉はもっと女の子らしくした方がいいと思うんだ」

「ほう? 私は女らしくないか?」

 

 一夏は勇気を出して言ったが、俺よりオブラートだ。

 千冬さんの音が鳴ってないって事は口調とは裏腹に落ち着いてるらしい。

 これはダメかな?

 

「その――」

 

 お、一夏はまだ諦めてないようだ。

 

「せめて下着は脱ぎっぱなしにしないで欲しいな~って」

「ちょっと待て一夏」

「別に俺だけなら問題ないんだけど、たまに家に誰かが来た時にそれを見られるのは弟として恥ずかしいって言うか……」

「わかった一夏、今度からちゃんと洗濯カゴに入れるからその話題は」

「千冬姉、前にもそう言ったよね? 神一郎さんが家に来たときに、神一郎さんが千冬姉の下着を踏んだ事もあったんだよ?」

 

 あったなそんな事、一夏のなんとも言えない顔を見た瞬間、ボケに走ることも出来ず、そのまま一夏にパンツを手渡して二人で気まずい思いをしたもんだ。

 

「そもそも千冬姉は――」

「いや、それはだな――」

 

 千冬さんの言い訳は一夏のスイッチを押したらしい。

 喋りながら一夏の語尾が強くなっていく。

 

「だいたい、前にも約束したろ? 風呂上がりは裸で歩き回らないって、それなのに千冬姉は」

「すまん、一夏、私が悪かった……」

 

『ピー』

 

「ちーちゃん“哀の感情”規定値超えでアウト! タイムは57秒だけど、頑張ったねいっくん」

 

 制限時間ギリギリとは言え、一夏は見事千冬さんに勝った。

 最後の方は計算じゃなくて本音だったみたいだが、だからこそ千冬さんの心に響いたんだろう。

 弟に私生活をガチで説教されるって……ドンマイ千冬さん。 

 

「次は神一郎さん、お願いします」

 

 千冬さんに勝って自信を持ったのか、一夏からの熱烈なご指名を受けた。

 

「よし、勝負だ一夏」

 

 俺相手にどんな方法で来るのか楽しみだ。

 

「これもまた楽しみな一戦だね。それじゃあ、いっくん対しー君、スタート!」

「失礼します!」

 

 スタートの合図とともに一夏が俺の頭に手を乗せてきた。

 気合入れすぎだろ。

 ちょっと痛いぞ。

 

「神一郎さんは凄いよね。俺と一歳しか違わないのに、落ち着いてて大人っぽいし」

 

 一夏は俺の頭を撫でながら褒め始めた。

 いやね? 気持ちは嬉しんだが、勝負だとわかっているからそこまで心に響かないんだよね。

 こんな時に冷静でいると子供と大人の違いを感じるな。

 

「あと、その、神一郎さんは俺の憧れみたいなところもあって――」

 

 何の反応も見せない俺に対し、一夏は戸惑いながらも言葉を重ねる。

 俺を喜ばせようと必死な一夏を見ていたら心がほっこりしてきた。

 縁側で孫を見るお爺さんって、きっとこんな気持ちなんだろうな。

 

 

 

 

『ピー』

 

 はっ!? 

 

「しー君、“楽の感情”が規定値超えだよ。油断したみたいだね?」

「え? “楽”なんですか?」

 

 一夏が驚きの声を上げた。

 そりゃそうだ。

 喜だと思いきや楽なんだもん。

 油断してほっこりしてしまった俺のミスだ。

 

「最後、束さんお願いします」

「やっと束さんの出番だね。かかっておいでいっくん」

 

 もし、束さんに尻尾が生えていたら、きっとブンブン振っていただろう。

 もの凄くいい笑顔だ。

 一夏の作戦は俺の真似。

 つまり、さっきの俺と同じ事をするわけで。

 

「一夏、準備はいいな?」

 

 千冬さんに話しかけられて、一夏は慌てて目を瞑った。

 準備時間をあげるとは、千冬さんは優しいな。

 特定の人物だけにだけど。

 

「一夏対束、スタートだ」

 

 一夏はゆっくり目を開け――

 

「た『ピー』……さん?」

「束、アウトだ」

 

 あぁ、うん、そうなるよね。

 だって今の束さんは、目の前にエサをチラつかされた犬。

 その状態で勝負開始したらそりゃ音もなるさ。

 ほんの少し涙目を作ることに成功した一夏は、束さんを見たまま呆然としている。

 

「し、しまったぁぁぁぁ!? いっくん、もう一回! もう一回やろう!? ね!?」

「一夏、0秒だ。良くやった」

「……千冬姉、素直に喜べないよ」

 

 束さんの悲鳴を横に千冬さんが一夏を褒める。

 やり直し無しだね。

 束さんドンマイ。

 

「そんな……いっくんの告白が……グスン」

 

 告白じゃないし、てか泣くなよ。

 

 

 その後、箒と千冬さんがチャレンジしたが、不器用な二人は上手くいかず手こずっていた。

 

 箒は全員に対して褒め殺しを実行、一夏、千冬さん、俺は制限時間ギリギリまで粘れた。

 束さんはここでも瞬殺だが。

 

 千冬さんは、一夏と箒に対しては褒め殺し、俺と束さんに対しては怒らせようと罵倒してきた。

 一夏も箒も千冬さんを尊敬している。

 普通に褒めれば千冬さんの勝ちも見えたが、如何せん口下手な人、『一夏、その……最近頑張ってるようだな』とか、言い方が回りくどく、制限時間内に二人を喜ばせる事は出来なかった。 

 そして千冬さんの悪口など悪質な大人に比べれば軽いもの、俺は余裕で流せた。

 ここでも束さんが瞬殺された。

 なぜか“喜”の感情でだが。

 

 そしてこのゲームもついにラストを迎える。

 

 

 ~束のターン~

 

「やっと束さんの出番だね――先に言っておくけど、しー君、束さんは本気だすから覚悟してね?」

 

 目の前に座る束さんが意味ありげな笑みを見せる。

 今回のゲームは、口下手&短気な人間が多いから一人勝ち出来ると思っている。

 現に今の所俺の一位は揺るぎない、束さんにできる事は多くないはず、せいぜい褒め殺しが精一杯だと思ったんだが。

 

「束さんも何か作戦があるんですか?」

「うん、あるよ~。出来れば早めに降参してね」

「降参? そんなルール有りませんよ?」

「束さんに話されたくない、そう思ったら自分で怒るなり悲しむなりすればいいんだよ」

「話されたくないって……嫌な予感しかしないんですが?」

「しー君が考えたこのゲームは良く出来てると思うよ? みんなの性格を考慮したうえでしー君自身が勝ちやすくなっている――けど、それは後先考えなければどうとでもなるよね?」

 

 確かに、相手に本気で嫌われる覚悟か、恥ずかしい思いを我慢し、本音で相手を褒めるなりすればどうにかなる。

 だが、それが出来る人間がここには居ないと思ったからのこのゲームだ。

 

「束、神一郎、そろそろいいか?」

 

 千冬さんの声で思考が中断された。

 ここまで来たら俺に出来る事はない。

 どんな言葉にも揺れず、平穏を心がけるのみ!

 

「俺は大丈夫です」

「私も~」

 

「神一郎対束、スタートだ」

 

 かかってこいや天災。

 

「君が望む永遠、グリーングリーン、歌月十夜」

「負けました!『ピー』」

 

 心の中を怒りと悲しみで満たし、頭を下げる。

 いや、これはもうDOGEZAだ。

 

「神一郎アウト、タイムは3秒だ」

「うんうん、しー君は判断が早くて偉いね」

 

 一夏と箒は、なぜ俺のセンサーが反応したかわかっていないから首を傾げていた。

 

「神一郎さん、今のは何です?」

「箒、今のはね、俺が絶対知られたくない事だよ」

 

 束さんが言ったのはエロゲーのタイトルだ。

 ただし、比較的マトモな部類のだ。

 あれ以上続けられたら、“辱”とか“淫”とか、小学生の耳には入れてはいけない単語が出てくるだろう。

 束さんが俺のPCの中身を知っている事は驚かないが、まさか暴露してくるとは。

 

「二人共、束さんは本気だ。覚悟した方がいい」

 

 俺の言葉にゴクリと喉を鳴らす一夏と箒、その様子を見ながら、束さんが薄く笑った。

 

「次は――いっくん、いいかな?」

「は、はい」

 

 一夏相手なら手加減するかな? 

 

「夜、布団、ちーちゃんの服」

「参りました!」

 

 手加減なんてなかった。

 一夏は青ざめて床を見つめている。

 やたら不穏な単語だが、それらにどんな意味があるのかわからない。

 だけど触れてやらないのが優しさだろう。

 千冬さんも気にしてる様子だが見逃す方向みたいだし。

 

「次は箒ちゃんだね」

「お、お手柔らかにお願いします」

 

 箒は俺と一夏がどんな事をされているか感づいたのか、額から汗を流している。

 

「写真、日課、お休み前」

「私の負けです『ピー』」

 

 箒も正座したまま頭を下げた。

 その単語だと、もしかして一夏の写真にお休み前のちゅーとか? 

 なにそれ、そのシーン超見てみたい。

 

 それにしても一夏と箒にも手加減なしとは。

 本気過ぎだろう。

 

「束さん、一夏と箒に嫌われても知りませんよ?」

 

 嫌われるは言い過ぎかもしれないが。

 

「しー君、私はね、ちーちゃんのバニーや、いっくんと箒ちゃんの赤ちゃんプレイが見たいんだよ――そう、ちーちゃんの痴態を眺めながらいっくんと箒ちゃんを膝に乗せて『ママ』と呼ばれたい! 例え嫌われようと、私は自分の欲望を叶える為に手段は選ばない!」

 

 拳を高く突き上げ、堂々と宣言する束さん。

 ここまで自分に素直だと逆に格好良いな。

 

「それに、万が一嫌われたとしてもしー君がなんとかしてくれそうだし」

 

 そう耳元で囁かれた。

 ここでそのセリフは卑怯だよ束さん。

 

「だからちーちゃん、私の為に散ってもらうよ」

「何でも貴様の思い通りになると思うなよ束」

 

 竜虎相搏つ。

 は言いすぎかな?

 この手の勝負で千冬さんが束さんに勝てるとは思えない。

 千冬さんがどこまで粘れるかが勝負どころだろう。

 

「俺が審判やりますね。千冬さんはネズミ耳を付けてください」

「あぁ」

「それでは、千冬さん対束さん、開始です」

 

 千冬さんの一体どんな秘密があるのか、ちょっと楽しみです。

 

「IS、ミサイル、『ピー』」

「――千冬さん、アウトです」

 

 こいつ“白騎士事件”をエサに使いやがった!?

 

「千冬姉、ISで何かあったの?」

「お前は気にするな」

 

 一夏の質問を千冬さんは両断した。

 一夏は少し不満げな顔だが、これはしょうがない、流石に一夏に言えることではないからな。

 

「お前、普通ここまでやるか?」

 

 千冬さんが苦々しい顔付きで束さんを睨む。

 

「ちーちゃん、私はね、ちーちゃんのバニーが見れるなら、神にでも悪魔にでもなれるんだよ」

 

 千冬さんの体を舐め回すように見つめる束さんに対して俺達はこう思う。

 『狙われてるのが自分じゃなくて良かった!』と。

 

 

 

 

 第四戦終了。

 

 一位  束   12秒

 二位  神一郎 26秒

 三位  一夏  91秒

 四位  箒   156秒

 五位  千冬  187秒

 

 

 現在順位

 

 一位  3P 束 

 二位  1P 一夏

        箒 

 四位 -1P 神一郎

 五位 -3P 千冬    

 




参考ラノベはバカテスといぬかみっ


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ハロウィン(完)

上中下で終わらなかったんですm(_ _)m


「ふんふふふ~ん」

 

 すでに罰ゲーム回避が決定している束さんが上機嫌でくじを引く。

 一夏、箒、俺の書いたくじを引いてくれれば勝利の目があるんだが。

 

「これに決めた!」

 

 束さんがみんなに見えるようにくじを取り出す。

 そこには――

 

『腕相撲』

 

 この脳筋が!

 

 小学生三人がキッと千冬さんを睨む。

 

「千冬さん、大人気ない」

「千冬姉、そこまでして勝ちたいの?」

「千冬さん、酷いです」

「……私は勝負事には手を抜かない主義だ」

 

 言ってる事は格好良いけど視線が横を向いてるよ?

 しかし最後に力勝負か。

 一夏と箒には負けないだろうし、俺も罰ゲーム回避かな?

 力勝負なら余計な事されない……よね?

 

「ではルールを説明する」

 

 千冬さんは一夏と箒の視線から逃げる様に説明を始めた。

 

「ルールは簡単だ。総当たり戦」

「勝率が同じ場合は?」

「そいつらだけでもう一度だ――それと、薬、薬物の使用とドーピングは禁止だ」

 

 束さんにとって消化試合だけど油断できないもんな。

 正しい判断だ。

 二人は素の力は同じくらいらしいけど、千冬さんを陥れる為に何かしてくるかもしれないし。

 

「さっさと始めるか。神一郎、来い」

 

 千冬さんがテーブルに肘を付き俺を呼ぶ。

 なぜ俺なのかわからないが、俺の作戦は2勝2敗の三位狙い。

 万が一に備え余計な色気は出さずさっくり負けよう。

 

「お手柔らかにお願いします」

 

 同じくテーブルに肘を付き、千冬さんの手を軽く握る。

 互いににらみ合い準備完了だ。

 

「一夏、レフリーを頼む」

「え? えーと」

 

 千冬さんに呼ばれ一夏は戸惑いながら重ねてる手に自分の手を置いた。

 

「レ、レディ―ゴー!」

 

 

 

 

 あれ? 

 

「千冬さん?」

「なんだ?」

「どうして力入れないんです?」

 

 俺と千冬さんは手を握り合いながらどちらも動かなかった。

 千冬さんが罰ゲームを回避するには全勝する必要がある。

 なのになぜ……。

 

「それはお前もだろ?」

「づっ!?」

 

 手からメキメキと音が聞こえ始めた。

 

「やはりワザと負ける気だったか。お前には色々世話になっているが、そういう打算的な計算をする所が気に食わん。男なら常に全力でやれ」

「ち、千冬さん?」

「簡単に負けれると思うなよ?」

 

 ギリギリと手に掛かる力が強くなる。

 俺の手が潰れる!?

 

「あ゛あ゛っ! ギブ! ちょっ!」

「この勝負にギブアップはない。もちろん私がやってる事もルール違反ではない」

「この野郎!?」

「私は女だ」

 

 ズカンッと音を立てて俺の右手がテーブルにぶつかる。

 

「っつ~」

 

 右手がジンジンと痛む。

 あぁ、俺今泣いてる。

 痛みで泣くって久しぶりだな。

 

「千冬さん、俺に恨みでもあるんですか?」

「別に恨みはない。ところで神一郎、今右手は使えるか?」

 

 千冬さんにそう言われ右手を動かそうとするが。

 

「つ!?……」

 

 右手が痛くて動かせない。

 なんかもの凄く赤くなってるし。

 

「その手で腕相撲とは大変だな」

 

 千冬さんはまるで他人事の様にほくそ笑む。

 こいつ、一夏達を勝たせる為に俺の手を壊しやがった!?

 だがまだ甘いぞ世界最強。

 俺にはまだ左手が残っている! 

 

「もう、ちーちゃんてば、あんまりしー君を虐めちゃダメだよ。しー君大丈夫?」

 

 涙目で千冬さんを睨んでいたら横から束さんが俺の手を優しく触って来た。

 

「こんなに真っ赤にしちゃって。痛そうだね」

「あの、束さん、大丈夫なんであんまり触らないで」

 

 やめて、こんなタイミングで優しくされたら勘違いしちゃうじゃないか。

 

「しー君、次は私とやろうか? 左手なら大丈夫でしょ?」

 

 なんたる優しいお言葉。

 俺、束さんを勘違いしてたよ。

 

「えぇ、左手なら問題ありません」

「いっくん、またレフリーお願いね?」

「了解です」

 

 俺と束さんの左手が重なる。

 

「レディ―ゴー」

 

 

 

 

 

 なんかデジャヴ。

 

「束さん?」

 

 束さんは開始したままの姿勢でニコニコと笑っている。

 

「あのね」

「どうしました?」

「さっき束さんがさ、ちーちゃんのバニーやいっくんと箒ちゃんの赤ちゃん姿が見たいって言ったよね?」

「はい」

「あれ、半分嘘なんだよ」

 

 メキメキ

 

「いっくんと箒ちゃんの赤ちゃん姿も見たいけど、今一番見たいのは――」

「束さん、冗談だよね?」

「しー君の束お姉ちゃん呼びが火を付けたんだよ?」

「あ……あぁ……」

 

 嘘だよね?

 だって束さんは一夏と箒が大好きだもんね?

 

「ごめんね」

 

 束さんは惚れ惚れする笑顔で――俺の左手を壊しに来た。

 

 ゴギッ

 

「あだだだだ!?」

「しー君、暴れちゃダメだよ? 危ないから」

「あ、危ないって?」

「骨が」

 

 骨ってなに?

 俺の手は今どうなってるの!?

 

「せいや」

 

 気の抜けた掛け声と共に左手がテーブルに叩きつけられる。

 

「あぐっ!?」

 

 今度は左手から激痛が走る。

 

「まったく、甘いよちーちゃん。やるなら徹底的にやらないと。危うくしー君が勝っちゃうところだったよ」

「すまん、助かった」

 

 そっか、俺は間違えていた。

 この二人を敵に回してはいけないんだ。 

 

「姉さん……」

「千冬姉……」

 

 流石の二人も姉達のキチガイぶりにビビっていた。

 俺にはもうこの二人だけが癒しなのかもしれない。

 

「一夏、ここで神一郎に哀れみを見せればお前がバニーか赤ちゃんになるんだぞ? いいのか?」

「箒ちゃんもだよ? 別にお姉ちゃんとしては箒ちゃんにママって呼ばれたいけど、箒ちゃんはそれでいいの?」

 

 一夏と箒は少し考えた後――

 

「神一郎さん、次は俺とお願いします」

「その次は私と」

 

 罰ゲーム回避の為に弱者から狩るのは当然だよな?

 

 

 

 

 現在、俺は4敗して罰ゲームが決まっている。

 一夏が2勝2敗

 箒が1勝3敗

 

 そして

 

「やはりお前が立ちはだかるか」

「最後と言ったら束さんの出番だよね」

 

 3勝同士の試合が始まろうとしていた。

 ここで千冬さんが負ければ箒と同順になり延長戦。

 二人で再度くじを引き戦う事になる。

 千冬さんは是非ここで勝ちたいだろう。

 

「千冬姉、束さん、準備はいい?」

 

 気迫に押され緊張気味の一夏が二人に確認する。

 

「私は大丈夫だ」

「…………」

 

 即答する千冬さんに比べ、束さんは無言で目を閉じていた。

 

「束さん?」

「うん、もう大丈夫だよいっくん」

 

 いつもの笑顔はどこにやら、束さんは至極真面目な顔で千冬さんと相対していた。

 その様子を見て千冬さんも喉を鳴らす。

 これは、千冬さんヤバイんじゃ――

 

「最終試合、レディ―ゴー!」

 

「はぁぁぁぁ!」

「せい!」

 

 二人の試合はあっさりとついた。

 

「なん……だと……」

 

 千冬さんの敗北によって。

 

「ふ、ふふふ」

 

 束さんは自分の右手を押さえながら笑っていた。

 いったい何が起きたんだ?

 

「束さん、その右手……」

 

 一夏の声に釣られて束さんの右手を見ると、ビクビクと小刻みに震えていた。

 

「いっくんも覚えておくといいよ。人間はね、普段は二割程度しか筋肉の力を使ってないんだよ」

「二割ですか?」

「そうだよ。いっくんは素手でコンクリートの壁を殴って穴を空けられるかな?」

「出来ません」

「普通はそうだよね。でもね? いっくんが本気を出せば出来るんだよ? もちろん副作用的なものがあるんだけどね」

 

 そう言って束さんは太めのマジックの様な物を取り出し、その先端を自分の右腕を刺した。

 

「それは何です?」 

「これは最新の回復剤だよ。副作用ってのはね、筋肉がズタズタになったり、筋力に負けて骨にヒビが入ったりしちゃう事だよ」

 

 束さんの右腕は暫くは使えないね。

 と笑顔で語っているが、とんでもない話だ。

 漫画などで聞いた事はあるが、まさか本当にリミッターを外せるとは。

 

「千冬姉は出来ないの?」

「いや、出来る――しかし」

 

 千冬さんが悔しそうに唇を噛む。

 

「ちーちゃんにはバイトもあるしね。こんな事で右腕を使い物にならなくする訳にはいかないもんね」

 

 束さんは千冬さんに近づいて肩に左手を置き――

 

「ちーちゃんのバニーが見れるなら右腕程度安いもんだよ」

 

 罰ゲームが決定した千冬さんににこやかに笑いかけた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「くふふふ」

 

 笑いが止まらない。

 今日はなんて幸せな日なんだろう。

 目の前では赤いバニー服を来たちーちゃんがしかめっ面で胡座をかき、そのちーちゃんの髪をいっくんが弄り、箒ちゃんが化粧を施している。

 

 負けたのがちーちゃんとしー君で良かった。

 色々言ったけど、実際いっくんと箒ちゃんが負けちゃったら困る所だった。

 だってバニーの箒ちゃんを見ながら膝にいっくんを乗せたら確実に理性が飛ぶもん。

 その衣装が逆になったらちーちゃんの理性も飛んでたかもしれないし。

 

 ちーちゃんとしー君は、どちらがどの格好をするかで少し揉めていた。

 しー君は、『二十歳過ぎの女装はまだセーフ、赤ちゃんプレイだけは勘弁してください』とちーちゃんに言っていたが、結局“言いだしっぺ”と言う事でしー君が赤ちゃんになる事になった。

 

 その後の二人は覚悟を決めたのか大人しかった。

 テキパキと着替え始め、今ちーちゃんはいっくんと箒ちゃんに身だしなみを整えてもらっている。

 ちーちゃんの、バニー+ポニーテールとか反則過ぎる。

 

 私としー君には、とある共有財産がある。

 『666』と名付けられた拡張領域だ。

 その中には、ちーちゃんや箒ちゃん用のコスプレ衣装が保存されており、私としー君が各々の趣味で中身を増やしている。

 その中から、私が用意したバニー衣装(赤、黒、白)と、しー君が用意した、スクール水着+黒ストッキングから自分で選んでもらった。

 ちーちゃんは頬を引きつらせた後、赤を選んだ。

 個人的にはしー君のスクール水着も捨てがたかったけど。

 しかし、しー君は流石だ。

 『666』の中にはいっくん用の水着もあるのだ。

 しかも『いちか』と書かれたスクール水着が。

 それはいっくんが着る機会あるの? って聞いたら、『こんなこともあろうかと』用らしい。

 年上だけあって見習うとこがあるよね。

 まぁ、そのしー君も今は――

 

「あぶ」

 

 死んだ魚のような目をして私の膝の上にいるんだけどね。

 

 おしゃぶりを咥えたしー君は、もの凄く元気だった。

 恥ずかしさから逃げる様にばぶばぶ言いながら動き回っていた。

 でも違う。

 私が望んでいたのはそんなしー君じゃない。

 あの、涙目で上目遣いしてきた可愛いしー君だ。

 だから、私は奥の手を使った。

 しー君が着けている首輪、それに付いてる隠し機能だ。

 電撃はあくまでオマケ。

 首輪の真骨頂は装着者の動きを封じる事。

 頚椎の神経系に干渉し、相手の首から下を動けなくする機能。

 

 最初しー君は暗い目をしながらも止めろと騒いだので、『しー君のしっこポーズ』と言ってひざ下から手を入れ、がぱぁと股を広げてあげた。

 そしたらすっかり大人しくなった。

 若干理想と違うけど、膝の上で大人しくなってるしー君は可愛いなぁ。

 

「ねぇしー君、ママって言って?」

「あぶ」

 

 むう。

 やっぱり言ってくれないか。

 少しやりすぎたかもしれない。

 

「むぎゅー」

 

 お詫びの気持ちも込めて後ろから抱きしめる。

 なんだかんだ言って、しー君もやはり子供だ。

 子供特有の高い体温がぽかぽかして気持ちいい。

 

「束さん、用意できたよ」

 

 光の無い目であぶあぶ言ってるしー君の髪を撫でていたら、いっくんからお呼びがかかった。

 ちーちゃんの準備が終わったみたいだ。

 

「ちーちゃん、今夜は泊まっていかない?」

 

 思わずそんな言葉が出てしまった。

 だって――普段隠されてるうなじ、白く大きな胸、引き締まったお腹、ほどよく肉付きのあるお尻、そして網タイツに覆われたすらりとした足が……私の理性を蒸発させる!

 

「束、罰ゲームは写真撮影だ。いいか? お前はそのまま動くな。もし動いたら殺す」 

 

 本気の目だった。

 ふ~んだ。

 いいもん。

 今はしー君がいるし。

 

 しー君の髪の毛に鼻を埋めながらカメラを用意する。

 しー君を膝に乗せながら、ちーちゃんの艶姿を取る。

 どう見ても今日は束さん得の一日だよね。

 

「いっくん、箒ちゃん、カメラの準備はいいね?」

「ごめん千冬姉、これも思い出の一枚だから」

「ごめんなさい千冬さん。神一郎さんに撮影をお願いされてるので」

 

 ひゃっは~撮りまくるぜ~!




ここまでダレずに呼んで頂いた読者の皆様ありがとうございます。
次はちょっとだけシリアスします。


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今回、主人公の在り方に嫌悪感を持つかもしれません。
フィクションなので過度の反応はしないでくださいm(_ _)m
一部残酷な描写があります。
ご注意ください。



「よ~しよしよし」

「あぶ」

 

 人間とは慣れる生き物だ。

 例えば、精神が病みそうなプレイを強要されてもいつかは慣れる。

 

「ほ~らしー君、むぎゅ~」

「あぶ」

 

 そして、その“慣れ”は決して良い事だけではない。

 辛い事や苦しい事から逃げる事が出来なくなってしまうからだ。

 

 仮に、高所恐怖症の人をいきなり地上100mのガラス板の上に立たせるとしよう。

 その人が恐怖のせいで気を失ったとしたら幸せだと思う。

 恐怖を感じる時間が一瞬で済むのだから。

 だが、5回、10回と同じ事を繰り返せば果たしてどうなるか?

 最初の1回と同じように気を失うことができるのか?

 俺は否だと思う。

 だって人間は慣れる生き物だから。

 

 つまり何が言いたいかと言うとだ……。

 

「それじゃあオムツ替えましょうね~」

「オムツなんて着けてねぇーよ!」

 

 だれか俺の意識を奪ってください。

 又は記憶の消去でもいいので……。

 

「しー君てばつれな~い」

 

 束さんが唇を尖らせてブー垂れている。

 

 そういえばJKリフレとかJK散歩とかアキバで人気だったな。

 これは所謂JKベビーシッターか。

 世のJK好きには堪らないだろう。

 ただし、首から下が一切動かせずこっちの話をまるで聞いてくれない悪質シッターだけどな!

 

「束さんさ、何がそんなに気に入ったの?」

 

 罰ゲームでやってからと言うもの、こうして時々襲われている。

 俺だって男だ。

 背中に当たる感触も好きだ。

 でも、ご丁寧に体の動きを封じてから後ろから抱きしめられるのは色々生殺しなんだよな。

 終始赤ちゃん扱いしてくるから素直に喜べないし、いい加減に止めて欲しいんだが。

 

「ん~? こうさ、後ろからギュッと抱きしめると暖かくて気持ちいいし」

 

 それにさ、と言葉が続いた。

 

「しー君が無防備で私の腕の中にいるってさ、しー君の命を握ってるって気がしてとても嬉しいんだよ」

 

 ――――ファッ!?

 

 え? 命?

 俺ってもしかしてヤバイ状況?

 

「んふふ、そんなに怖がんなくてもいいんだよ? 別に殺す気はないから」

 

 束さんはそう言いながらさらに強く抱きしめてくる。

 ニッコニコだけど、これ放置したらダメだよ。

 事案になっちゃうよ。

 落ち着いてクールに、そしてスピーディーに解決しなければ。

 

「俺の命ってどういう事です?」

「ん? しー君は体動く?」

「動きません」

 

 今まで知らなかった首輪の機能。

 簡単に言うと疋殺地蔵だ。

 四肢の動きを奪う的な機能のせいでピクリとも動かん。

 よくもまぁ一年以上こんな怖いの着けてたな俺。

 

「しー君は今どこにいる?」

「束さんの膝の上です」

 

 正確には炬燵に入りながら束さんに抱き抱えられている。

 

「つまりしー君の生殺与奪は束さんの手の平の中でしょ? それが嬉しんだよ。なんかこの前の罰ゲームで束さんは新しい扉を開いちゃったみたい」

 

 えへへ~、と笑いながら俺の頭を撫でてきた。

 

 これは……難しいな。

 恋愛感情からのヤンデレとかではなく、ただの独占欲っぽい。

 元々気に入った相手には依存しがちな人だったけど、まさかこうなるとは。

 

「それでね~、しー君にお願いがあるんだけど?」

「この状況でお願いはお願いじゃありません。脅迫です」

「束さんと裏社会科見学行かない?」

 

 ……助けて千冬さん。

 

 思わず年下の女の子に助けを求めた俺は悪くないと思う。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「やって来ましたアメリカへ!」

「やっほ~!」

 

 数時間後、俺はアメリカに居た。

 アメリカ本土は初上陸の為、否応なくテンションが上がる。

 目の前には有刺鉄線、その先には銃を持った筋骨隆々の男達がいるけど、ここはアメリカ。

 辺りに町などはなく、目的地までずっと雲の上を飛んでいた為、アメリカらしさを全く感じないけど、一応ここはアメリカなんだ。

 

「――もう帰っていいですか?」

「だ~め、さぁしー君、ゴーゴー!」

 

 束さんは流々武の肩に乗りながら頭をペシペシと叩いてくる。

 

「こんな真昼間に真正面から行くんですか?」

 

 時刻は昼過ぎ、太陽が一杯だ。

 あんな怪しげな施設に入るより観光したい。

 

「何言ってるのさしー君、私達の前に昼も夜も関係ないよ」

 

 ステルスチートですね分かります。

 

「はぁ、それで俺はどうすればいいんです?」

「えーとね――今マップを送ったから、赤いマーカーの所までそこまでよろしく」

「アイマム」

 

 視界に映るマップを見ながら、ゆっくりと兵士の上や建物の間を飛ぶ。

 しかし、ここは本当になんだ?

 周辺は見通しの良い荒野、遠くに見えるのは山だけ。

 山に囲まれてる所を見ると盆地なのだろう。

 大きい建物でも三階建て程度、それが約10棟。

 その建物郡を囲う様に鉄線が張れ、四方に見張り台がある。

 まるでFPSの世界だ。

 

「ここで?」

「うん――よっと」

 

 マーカーが点いてる場所に着くと、束さんは肩から降りて目の前の建物に近付く。

 そこには扉があった。

 

「この程度で国家機密の場所とか笑わせるよね」

 

 そう言いながら扉の横にあったタッチパネルに数字を入力していく。

 ピーと言う機械音を鳴らしながら扉が開く。

 

「これは……」

 

 扉の先は階段だった。

 しかも上ではなく下の。

 

「しー君、地上の建物はほとんど意味のない物なんだよ。これから行くのは地下研究所。驚いた?」

 

 アメリカ、国家機密、地下研究所、そして天災。

 もうね、ゾンビでも出てきそうなフラグだよ。

 俺さ、パンピーなんよ?

 非日常に憧れはあるけど、方向性が違う。

 俺が求めるのは異世界とか、魔法とか、モンスター娘であって。

 ゾンビとかはノーサンキュウー。

 

「束さん、俺の役目はアッシーですよね? 近くで待ってるんで」

 

 じゃ、と言ってその場を去ろうとしたが。

 

「覚悟を決めなよしー君」

 

 パチン

 

 束さんが指を鳴らすと、俺の足元が消えた。

 

「あいて!?」

 

 ISで少し浮いてた為、解除されると同時に尻を地面にぶつけてしまった。

 

「しー君は丸腰でここから逃げれるかな~?」

 

 密入国、しかも現在地は束さん曰く国家機密を取り扱う秘密の研究所。

 拷問からの死刑かな?

 あはは――いつか絶対泣かす!

 

「さて、行くよしー君」

 

 束さんに腕を掴まれズルズルと引きずられる。

 

 男は度胸。

 せめて美少女ゾンビに出会える事を祈りつつ、俺は人生初の基地侵入に臨んだ。

 

 

 

 

 

 結論から言うと、very easyでした。

 

 監視カメラ→すでに束さんの手中。

 見張り→束ステルスでスルー

 

 伝説の傭兵もビックリする位の難易度だった。

 最初こそ音を出さない様に神経を使い、銃を肩から提げた兵士とすれ違う度に緊張したが、そんなもんもすぐ無くなった。

 

 侵入して5分くらいだろうか。

 エレベーターで一気に最下層に到着した俺と束さんは一枚の巨大な扉の前にいた。

 

「到着だね」

 

 ここが最終目的地らしい。

 確かにここは雰囲気が違う。

 まず人がいない。

 見張りも、通路を歩く人間も誰もいないのだ。

 

「束さん、ここは何です?」

「ここはね……保管室だよ」

 

 束さんが扉の横のタッチパネルに近付く。

 なんか映画で見たことある形をしていた。

 数字を押すパネルの他に、おそらく指紋を調べるための装置らしき物と、レンズは網膜スキャンだろうか?

 こういう装置って本当にあるんだ。

 

「もう、めんどくさいな――えい!」

 

 ルパン三世みたいに、網膜スキャンを誤魔化すコンタクトレンズでも使うと思ったが、科学の天災の選択はまさかの力技だった。

 

 束さんが手に1m程の刀を持ったかと思うと、それで扉を切りつけた。

 

 キッン、と音を立てて扉に四角い穴が空く。

 

「ふっ、私の高周波ブレードに斬れぬものなし」

 

 ドヤ顔でポーズを決めている所悪いが。

 

「束さん、警報的なモノは大丈夫なんですか?」

「ここのシステムはもう乗っ取ってるからね。ちゃんと切ってるよ」

 

 無駄な心配だった。

 今更だけど、ホントこの人には常識が通じないな。

 

「さてと、しー君、覚悟決めてね?」

「え?」

 

 束さんが先に進むため、慌てて後を追う。

 

 

 

 

 薄暗い倉庫の様な部屋。

 そこで俺が見たものは――円柱のガラスの中に浮かぶ人間だった。

 

 部屋の中は規則正しく円柱のガラスケースが並び、その全てに人間が浮いていた。

 しかも普通ではない。

 全員が体の一部分が欠損していた。

 まるで切り取られた様に腕の無くなった男。

 太ももから下が無い女。

 全ての指が切り落とされた老人。

 欠損部分はそれぞれだが、断面が機械で蓋をしたようになっているのだけは共通していた。

 

「束、説明しろ」

「しー君、口調が怖いよ?」

 

 あぁもう。

 今は口調とかどうでもいいんだよ。

 

「いいから、話せ」

「私に怒んないでよ。ここはね、人体と兵器を結合させる実験をしているんだよ」

「――義足や義手の代わりに銃やミサイルを取り付ける感じか?」

「大体そんな感じだね。将来的にはターミネーターが目標らしいよ?」

「――現実的に可能なのか? この死体の山を見ると無駄に見えるが」

「それができるんだな~。束さんの知識を使えば――だけどね」

 

 わざわざ姿を隠して侵入したんだ。

 この研究所は束と直接的な関係はないんだろう。

 とすると――

 

「論文か研究データでも流用してるのか?」

「良くわかったね。そうだよ。私が小学生の時に書いた論文、テーマは『人間の体を機械で再現した場合のなんたらかんたら』だったかな?」

 

 “なんたらかんたら”までが論文の名前かな?

 束が直接関わってないなら良かった。 

 

「――なに?」

 

 束が少し驚いた顔でこっちを見ていた。

 

「意外と冷静なんだね?」

 

 死体を見るのは初めてじゃないし。

 社会人ともなれば棺桶に収まった知人を見る事もあるさ。

 ――そっか、スプラッター系が苦手な俺が落ち着いてるのはここが綺麗だからだ。

 

 視界一杯に死体があるが、全てガラス瓶の中。

 血も臓物も見えないからまるで人形の様に見える。

 だから俺もある程度落ち着いてられたのか。

 

 ――――よし。

 

「束さん、なぜ俺をここに連れてきたんです?」

「おりょ? 調子が戻ったみたいだねしー君。色々説明したいけど、その前にやる事やっちゃうから待ってね」

 

 そう言って束さんは両手でスカート軽く持ち上げた。

 すると、ぼとぼととスカートの下から何かが床に落ちた。

 

「さあ行け! 『タバネボンバーカー』

 

 束さんの合図で足元に落ちていた何かが動き始めた。

 目を凝らしてみると――なんて言えばいいんだろう?

 ウサギ型ミニ四駆?

 それらは次から次へと束さんの足元に落ちては走りだしを繰り返す。

 

「束さん、スカートを持ち上げる仕草が格好良いと思ってるかもしれないけど、横から見るとまるで粗相してる様に「だっしゃぁ!」おごっ!?」

 

 率直な感想言ったら顔面にウサギが飛んできた。

 

「しー君、調子が戻ったのはいいけど、余り調子に乗らない方がいいよ? その爆弾と一緒に此処に残る?」

「……すみません」 

 

 ガチで怖い顔されたので素直に謝る。

 てか、これ爆弾なんだ。

 

「束さん、ここ爆破するんですか?」

「そうだよ」

「――ここのお偉いさんと会って話したりは?」

「小学生の私が書いた論文を使ってこんな結果しか出せない無能な研究者と会う意味あるの?」

 

 そう言って束さんは俺の手を掴んで歩き始めた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 基地近くの山の中、その中の一際大きい木の枝に腰を下ろしながら、燃えている基地を見下ろす。

 基地からはサイレンが鳴り響き、建物から次々と人間が飛び出している。

 

「しかし意外ですね」

「皆殺しにしなかった事?」 

「えぇ」

 

 地下での火災、しかもセキュリティ面は束さんに掌握されている。

 出口の扉をロックされれば消火装置も使えないまま焼け死ぬだろう。

 

「しー君、今回の火災での人死は0人だよ」

「束さんは優しいなぁ~」

「でしょ~?」

 

 二人でアハハと笑い合う。

 

「さて束さん、説明プリーズ――まずは、あの研究所を破壊した理由から」

「それはね――」

 

 遠くを見ながら、束さんは語り始めた。

 

 ISを発表してから、束さんの過去の論文や研究、発明などが見直され始めたこと。

 その中でも軍事的に利用出来そうな技術を盗み、完成の為に多くの命が実験で奪われていることを。

 

「つまり、実験の犠牲になった人やその家族から、束さんや箒が恨まれない様にするために研究所を潰したんですか?」

「彼らにとって憎しみの対象は研究者だけじゃない、元の理論を作った束さんまでが対象だからね」

 

 予想以上に重い話でなんとも言えない。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとは言うが――束さんを憎むのは筋違いだと思う。

 だけど、被害者から見れば、“『篠ノ之束』がいなければ自分達が酷い目に遭うことはなかった”と思うだろう。

 

「あそこの研究者や兵士を殺さなかったのは?」

「しー君、私はね、“人の思いの力”って奴は過小評価していないんだよ」

 

 眼下で逃げ惑う人々を見つめらながら、束さんが話を続ける。

 

「私はね、別にあそこの人間なんて虫と同じにしか見えない。けど、私にとっては虫でも、他の人から見れば大事な存在かもしれない。別に私が恨まれるなら問題ないんだけど、箒ちゃんに牙が向くのは困るからね」

「でも、それだと束さんは個人はともかく組織や国に狙われませんか?」

「相手をするなら個人より組織の方が楽なんだよ。大勢で動けば隙が出来るし、妨害工作も簡単だしね」

 

 そう言ってにゃははと笑っているが、それはつまり、ここの様な研究所を放置すればその被害者に恨まれ、研究所を破壊すれば国や組織に恨まれるってことだよな?

 

「束さんて、意外とヘビーな人生送ってるんですね」

 

 普段の姿では想像出来ないくらい重い。

 よく笑っていられるな。

 

「でね。ここからが本題。なぜしー君をここに連れて来たかなんだけど」

 

 そういえばその話もまだだったな。

 

「しー君」

 

 束さんがこちらを見ながら手を差し出してきた。

 

「私が姿を消す理由の一つが、私の考えた理論や発明なんかを悪用している研究所や組織を潰すためなんだよ。それをしー君にも手伝って欲しい」

 

 さっきから驚きの連続だが、まだ驚かされるとは。

 

「断る」

 

 束さんの事情に俺は関係ないしな。

 

 

◇◇ ◇◇

 

「断る」

 

 しー君は私の目を見ながらはっきりとそう言った。

 私が望んでいた答えだけど、まだ判断はできない。

 

「私の頼みを断るんだもん。ちゃんと理由があるんだよね?」

 

 しー君が何を考え、何を思っているのか。

 私はそれを知りたい。

 

「理由って言われても……怒らない?」

 

 しー君は頬を書きながら上目遣いで私を見てきた。

 私が怒りそうな理由? まさか“めんどい”とか言わないよね?

 

「怒るかどうかは話を聞いてからだね」

「いや、簡単な話なんだけどさ……俺が束さんに付き合う義理はないかな~と」

 

 言いながらも、しー君が私から少し距離を取った。

 多少自分でも酷い事を言ってる自覚はあるみたいだね。

 でも、ダメだよしー君。

 その答えじゃ私は満足出来ない。

 

「しー君は私が心配じゃないの? これからも国とかにケンカ売るんだよ?」

「え? 別に?」

 

 脈拍、脳内信号、共に変化なしだね。

 ほーほー、しー君は本気で心配してないよチクショウ。

 

「しー君は私の味方だって言ったじゃん。あれは嘘だったの?」

 

 少し悲しげな顔を作ってみる。

 しかし――

 

「束さんは夢でも見たんじゃないかな?」

 

 こいつ、無かった事にしやがった!?

 どうしてくれよう。

 やっぱりIS没収しちゃおうか?

 

「あの? 束さん?」

「うふふ、なにかなしー君?」

 

 今お仕置き内容考えてるからちょっと待ってね?

 

「もしかして本気で誘ってました?」

「私はいつだって本気だよ?」

「あ~、それはすみません」

 

 どうやら冗談だと思っていたみたいだね。

 

「束さんが本気の様なので、俺も本音を喋りますね?」

 

 しー君が体ごとこちらに向き直し、私の目を真っ直ぐ見つめる。

 

「俺は束さんの事が好きですよ。妹と仲良くしたいと願うならその間を持つくらいには、でもごめん、人生や夢を捨ててまで束さんと一緒に居たいとは思えない」

 

 ――まるで愛の告白だね。

 内容的には振られたも当然だけど。

 ここ最近赤ちゃんプレイでしー君の好感度を上げようと頑張ったのにダメだったか。

 でももう少し粘ってみようかな。

 

「別に私と一緒に世界を見て回ればいいじゃん?」

「束さんはさ、完璧に姿を消す気じゃないでしょ? だって痕跡も残さず消えたら、束さんを引きずり出す為に箒を狙う奴が増えてしまうから」

「正解だよ」

「今はまだ大丈夫だけど、その内にIS部隊とか出て来て追い掛け回してくるんでしょ?」

「それも正解」

「じゃあ無理です。俺は束さんの為に命を掛けて戦う気もないですし、それに俺がしたいのは落ち着いた旅です。束さんと一緒だと観光地でゆっくりできなさそうなんで」

 

 あくまでも自分の夢が優先なんだ。

 そして最後のセリフは照れ隠しだよね? 

 

「しー君はIS持ってるよね」

「持ってますね」

「IS――流々武で多くの人を助けることが出来るのに、見殺しにするの?」

「それは……」

 

 しー君の頬が引き攣る。

 自分で言っておいてなんだけど、私が言えるセリフじゃないよね。

 

「ISで人助け……」

 

 顎に手を当てて考え込んでいる。 

 ここで即答しないのはポイント高いね。

 

「俺個人はISで人助けするつもりはありません。束さんには悪いですが、俺の夢――欲を満たすためだけに使います」

 

 あぁ、思わず笑いそうになる。

 私の話を聞いて、一般人が知らない世界の闇を見て、まだしー君はそう言ってくれるのか。

 嬉しい、嬉しいけど、やはりしー君には側に居て欲しい。

 だから私の追求はまだ終わらないよしー君。

 

「助けられる命を見捨てて、しー君は気持ちよく景色を見れるかな?」

 

 私がそう言うと、しー君は思いっきり嫌そうな顔をした。

 

「おまっ、それは言っちゃダメでしょ。だいたい、束さんこそ――」

「で、その辺はどう思うの?」

 

 話をはぐらかせはしない。

 ふふ、逃がさないぜ。

 

「はぁ~」

 

 しー君は深い溜め息をついた。

 

「適切な言葉が見つからないんで、ちょっと支離滅裂になりそうですけど、聞きます?」

「うん、聞かせて」

「束さんは日本で毎日どれくらい残飯が出てるかわかります?」

「わかんないね」

「じゃあ、毎日どれくらいの命が飢餓で死んでるかわかります?」

「――わかんないね」

「まぁそうですよね。テレビでも放送されたりしてるけど、興味がなければ覚えない数字です。束さん、『助けられる命を見捨てて見る景色は気持ちよく見れるか』と言いましたね? 答えは、“見れる”」

 

 そう言うしー君の顔が大人びて見えた。

 やっぱり中身は大人なんだと実感する。

 

「大人はみんな知ってるんですよ。外食してる時、酒を飲んでる時、友達と遊んでる時に、世界のどこかで泣きながら死んでる子供が居ることを――でもね、そんな顔も名前も知らない人間が死んだところで心は悲しまない。束さん、俺達はね、常に誰かを見捨てながら生きてるんです。それに対して今更罪悪感を持つとでも? とは言え、流石に箒や一夏が目の前で車に轢かれそうになったらIS使ってでも助けますけど」

「――そっか」

 

 あぁ、ダメだ――

 もう我慢出来ない。

 

「あは……あはははは!」

 

 突然笑い出した私にしー君は目を見開いて驚いている。

 

「しー君はISを兵器にしたくないって言ってたけど、それは束さんの為だよね?」

「――さあ?」

 

 誤魔化そうとしても無駄だよしー君。

 

「だって、しー君て別に平和主義って訳じゃないよね?」

 

 しー君は普通に殴られたら殴り返すタイプだ。

 そして、ちーちゃんやいっくんの世話を焼いたりする所を見ると道徳心もある。

 なのになぜ私と一緒に来てくれないのか。

 それはISで戦う事を避けてるんだよね?

 私と一緒に裏の世界に飛び込んだらISで戦う場面が必ず来る。

 そして、ISを兵器として使えば私が悲しむと思ってるに違いないんだよ。

 

「しー君、今回はしー君を試したんだよ?」

「俺の何を試したんです?」

「しー君がISを持つに相応しいかどうかを」

 

 しー君が首を傾げる。

 意外と鈍いなしー君は。

 

「この程度――うん、ちーちゃんに聞かれたら怒られそうだけど、敢えて言うよ。この程度の世界の闇を見たくらいで、『ISの力で世界を変える』とか、『ISの力で戦争を止める』なんて言い始めたら……私はしー君からISを没収するつもりだったからね」

 

 用途はどうであれ、ISの力を求める奴は沢山いる。

 私はしー君にそんな使い方を望んではいないんだよ。

 

「しー君はどこまでも自分の夢を追いかけてね。自分勝手に、我儘に、どこまでも自分の夢だけを見て。もし横道にそれたら……しー君を剥製にしちゃうんだから」

 

 しー君はぽかんと口を開けたまま固まっていたが、暫くするとククッと笑い始めた。

 

「結構最低な事言ったつもりなんですが、束さんはそれを認めるんですね。ISで人助けとか普通に考えれば善行なのに」

「しー君には、ISを“力”以外の目的で使って欲しいからね。そっちの方は――うん、ちーちゃんに任せよう」

「そうですね。その辺は千冬さんに任せましょう」

 

 そうしてまた二人で笑い合う。

 

 私の今回の目的はしー君の勧誘としー君がこれからどうISを使って行くかを知るためだ。

 しー君に一緒に来て欲しい。

 でも、ISを“力”として使って欲しくない。

 そんな二律背反な気持ちがあったから、私はしー君に裏の世界の一部を見せつつも判断を任せた。

 結果は――ある意味悲しいけど、私の望むものだった。

 だから大丈夫、これから何があってもしー君はISで人を殺したりしない。

 

「まぁでも、万が一俺の正体、IS操縦者だとバレたら、その時は束さんに匿ってもらうのも悪くないですね。荒事はお断りですが」

 

 笑いながらしー君がそん事を言った。

 しー君が私と一緒に来てくれないのは、荒事だけじゃなくて、平和な日常が好きってのもあると思うんだよね。

 だけど、男性適正者だと世間にバレたら――そんな日常とはお別れだね。

 

「んふ」

 

 思わず笑いが漏れる。

 無理矢理連れてくのは嫌われそうで嫌だったけど、しー君から匿ってと頼まれたらしょうがないよね?

 

「束さん?」

「んふふ、なにかな?」

「その意味深な笑いはなんです?」

「気にしない気にしない」

「まさか……俺の情報を流したりしないですよね?」

「気にしない気にしない」

 

 しー君がもの凄く睨んでくる。

 安心してよ。

 今はまだそこまでする気はないから。

 

「それにしてもお腹空いたね」

 

 ここ最近食べてなかったから、お腹がくーくー鳴っている。 

 こんな時、人間の体は面倒くさいと思う。

 食べずに生きれればもの凄く楽なのに。

 まぁそれも――

 

「俺もですよ。せっかくアメリカに来たんですから、何か食べて帰りませんか?」

 

 誰かと一緒に食事する事を考えれば楽しみに早変わりだ。

 

「しー君はどこか行きたいお店ある?」

「えぇ、『フーターズ』ってお店なんですが」

「美味しいの?」

「ハンバーガーとバッファローウィングってのが売りらしいです。あ、ハンバーガーでもいいですか?」

「お腹に入れば何でもいいよ」

「んじゃ近くの店を調べますね」

 

 ハンバーガーか、アメリカらしいね。

 

「束さん、移動するんで肩に乗って」

「は~い」

 

 流々武を展開したしー君の肩にぴょんと飛び移る。

 このポジションも随分慣れてきたね。

 それにしても、バッファローウィングってなんだろ?

 気になったので調べてみる。

 ついでにしー君が言っていた『フーターズ』ってお店も。

 

 しー君が移動を開始した。

 頬に風を当てながら、しー君の頭に置いた自分の手が徐々に強まるのが分かる。

 

「あの……束さん? 流々武から警告音が出てるんですが?」

「しー君、この『フーターズ』ってお店はなにかな?」

 

 検索結果にタンクトップの金髪巨乳が接客している写真があるんだけど、何かの間違いだよね?

 しー君は黙ったまま何も言わない。

 

「しー君にISを譲ったのは、こんなお店に行かせる為じゃないんだよ? そう、アメリカで言えば、グランドキャニオンとか、モニュメントバレーとか、そんなロマンを見るためなんだよ?」

「束さん――金髪巨乳は男のロマンなんだよ」

 

 うん、ギルティ(ポチ)

 

「ママラガン!?」

 

 久しぶりのお仕置きだよしー君。

 

「流々武、このまま日本に帰るよ」

「いっ! あ゛……ぐ! 束さん! 電流止まってないんだけど!?」

「ISは私が外部から操縦するから、しー君は日本に着くまでそのままね」

「ま゛じ で !?」

「ふんだ」

 

 まったく、今までの雰囲気を台無しにしてくれちゃって。

 何が気に入らないって、『金髪巨乳は男のロマン』ってのが本気で言ってるとこだよね。

 日本に帰ったら、しー君には今はまだ私の所有物だって分からせないとダメだね。

 

 しー君の悲鳴を聞きながら、私はこれからの教育について考えた。




明日、フェイトGOのイベントですね。
ついにソロモンですよ奥さん。
自分ルールで、『書き終わらなければイベントやらない』ルールを作って書いておりました。
なので最後は少し雑かも……。
でもこれで絆上げできる!


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新年と抱負と

明けましておめでとうございます。


 

「はぁぁぁ!」

 

 左から相手の胴に向かってスコップを振り抜く。

 その攻撃も相手が一歩下がるだけで避けるが、ここで手は止めない。

 今度は右からの袈裟斬りからの切り上げ、そして、相手が動く前にスコップをハンマーに切り替えつつ右斜めに瞬時加速。

 

 陸ジムの三連QDが最強なんだ!

 

 そう思いながら相手の後頭部に向かってハンマーを叩きつけた。

 これで決まれば――なんて思うのはフラグだよな。 

 

「ふむ、今の動きは中々良かったぞ」

 

 ハンマーの下から声が聞こえた。

 

 ググっ

 

 徐々にハンマーが押し戻される。

 相手――千冬さんは、ハンマーを右手一本で受け止めていた。

 

「だが、まだまだだ。もっと本気で来い」

 

 ハンマーを片手で受け止める相手にどないせいと?

 

「来ないのか? ならこっちから行くぞ」

 

 しまった。

 この人相手に動きを止めるのは失策だ。

 

「次は私の番だな。しっかり受けろ!」

 

 千冬さんのブレードが流々武を掠める。

 

「くっ! ちょっと! 少しは! 手加減」

 

 右、左、時々突き。

 襲って来る刃からひたすら逃げる。

 

「そらどうした? ちゃんと避けないと大事なISに傷が付くぞ?」

「趣味が悪いぞちくしょう!?」

 

 心底楽しそうに笑いながら千冬さんが襲ってくる。

 これ絶対ストレス発散だよ。

 

「そら!」

「なんの!」

 

 上から振り落とされるブレードをスコップの柄で受け止め、ギリギリとつばぜり合う。

 

「ところで千冬さん?」

「どうした?」

「なんで俺達ISで戦ってるんですか?」

 

 今日は正月の予定を話し合うための集まりだ。

 なのに気付いたらこの有様。 

 地下訓練室に入る→千冬さんが部屋の真ん中で仁王立ち→無言でISを展開して襲いかかってくる←今ここ

 どこでフラグが立ったのかがわからない。

 

「お前の訓練の為だろ?」

 

 本当にそう思ってるならそのニヤケ顔やめろ。

 

「冗談だ。そう……怒るな!」

「ぐっ!」

 

 力に負けて後ろに吹き飛ばされる。

 壁に激突する前に空中で姿勢を制御し両足で着地するも、勢いが止まらず両足が地面を削る。

 地面に数メートルの二本のラインを作り、やっと止まった。

 

「千冬さん、いい加減にしないと怒りますよ?」

 

 いくら温厚な俺でもこうも一方的に襲われたらイラッと来るもんがある。

 

「だから怒るな。ちゃんと理由はある」

「聞きましょう」

 

 もしかしたら、万が一にも俺に非があるかもしれないし。

 

「私もそろそろ卒業後を考える時期だ」

「ですね」

「卒業後はISの操縦士になるつもりだ」

「ふむふむ」

「今やIS関連は人気職、しかもIS操縦士は宇宙飛行士になるより難しいだろう」

「――で?」

「こうしてライバルよりも多くISに乗れる事と、対戦相手がいる事。これはかなりのメリットだろう?」

 

 まぁそうだね。

 周りが素人ばかりの中で、一人だけIS経験者、しかもIS同士の戦闘も経験済み。

 かなりのアドバンテージだ。

 

「せめて事情を話してからにしてください。なんでいきなり襲って来たんです?」

「――だってお前、逃げるだろ?」

 

 俺じゃなくても逃げるよ。

 

「まぁなんだ、これも私を助けると思って頼むよ『お兄ちゃん』」

 

 ゾクッときた。

 こんな上から目線の妹ねーよ。

 ――ないよね? ゾクッと来たけど俺Мじゃないし。

 

「しょうがないですね。くれぐれも力加減を間違わないようにしてください」

「感謝する」

 

 再度スコップを構え対峙する。

 千冬さんは俺の出方を伺ってるようで、待っていてくれてる。

 さて、どう攻めようか――

 

 

 パチパチ

 

 

 ん?

 拍手の音が聞こえたのでそちらを見ると、出入り口近くの壁に寄り掛かった束さんがいた。

 

「しー君も結構ISに慣れてきたよね。今の瞬時加速も道具の切り替えスピードもまあまあだったよ」

 

 作り主からお褒めの言葉を頂いた。

 ちょっと嬉しいな。

 でもまぁ、それはそれとして。

 

「死ねぇぇぇぇ!」

 

 束さんに向かってスコップを力の限り投げる。

 

「なんで!?」

 

 束さんはそれをしゃがむ事で避けた。

 こしゃくな。

 

「千冬さん、いきますよ?」

「わかっている」

 

 俺はそのままハンマーを取り出し、瞬時加速で一気に束さんに肉薄。

 一切の躊躇なく振り落とした。

 

「にゃ!?」

 

 今度は横に飛びやがった。

 だが逃がさん。

 

 壁に突き刺さったスコップを引き抜き、束さんに再度投げつける。

 

「おっと――しー君、なんのつもりかな?」

 

 そのスコップもあっさり躱した束さんから冷たい視線が刺さる。

 流石に怒ってるらしい。

 怒りは冷静な判断を失わせるって、なんかのマンガかアニメで言ってたな。

 俺の役目はここまでだ。

 

「束さん、束さん、後ろ」

「ほえ?」

 

 束さんが振り向くと、そこには毎度お馴染みの修羅が居た。

 

「捕まえたぞ」

 

 千冬さんはガシっと両腕で束さんを捕獲。

 

「ちーちゃん? なんで?」

 

 流石に親友にまで狙われるのは想定外だったのか、束さんは珍しく狼狽えてる。

 

「なんでだと? わからないか束?」

 

 そう言いながら千冬さんは束さんを持ちながら大きく振りかぶり――

 

「お前が、馬鹿な事をしたからに決まってるだろーが!」

 

 そのまま勢い良く投げた。

 

「なんでぇぇぇぇ!?」

 

 凄まじいスピードで俺の方に飛んでくる束さん。

 出来るだけ優しく――

 

「にゃご!?」

 

 左手で顔面をキャッチ。

 

「し……しー君?」

 

 束さんの胴体を右手で掴み。

 

「そーれ」

「またぁぁぁぁ!?」

 

 今度は千冬さんにパスする。

 

「へぶっ!?」

 

 真っ直ぐ飛んで行った束さんはそのまま千冬さんの左手に収まった。

 これ、力加減の練習に中々いいな。

 

「はにゃぁぁぁ!?」

 バシン!

「ひにゃぁぁぁ!?」

 バシン!

「ふにゃぁぁぁ!?」

 バシン!

「へにゃぁぁぁ??」

 バシン!

「ほにゃぁぁぁ!!」

 

 あ、段々楽しみだしたぞこいつ。

 束さんは手を前に突き出し、スーパーマンごっこをやり始めた。

 

「千冬さん、そろそろラストにしましょう」

「そうだな――」

 

 千冬さんは飛んできた束さんの頭ではなく、足を掴み束さんを止める。

 

「あれ?――ってちーちゃん!? スカートが!?」

 

 見たことある景色だな。

 束さんは必死にスカートを抑えつつ、ぶらぶら逆さまで揺れている。

 

「いくぞ神一郎――絶」

 

 千冬さんが大きく振りかぶる。

 

「天狼――」

 

 マサカリ投法ばりに足が高く上がり。

 

「抜刀牙!」

 

 千冬さんの気合が入った声と共に、束さんが凄まじい勢いで発射された。 

 

「ぎゃぁぁぁ!?」

 

 縦に回転しながら叫び声を上げる束さん。

 

 ごめんね束さん。

 それ必殺技だから。

 しかも俺に投げるって事は当たったら俺が死んじゃうから。

 

「回避!」

 

「受け止めてよォォォ!?」

 

 束さんの叫び声が俺の頭の上を通り過ぎる。

 その一瞬後、後ろで何かが壁に激突する音が聞こえた。

 

 

 

 

「痛いよぉ、頭が割れちゃうよぉ」

 

 数分後、束さんは頭を押さえながら正座していた。

 よほど痛かったらしく、ぐすぐすと泣き始め、少し幼児化してしまった。

 

「束、なぜ私と神一郎が怒ってるか理解しているな?」

 

 そして、千冬さんには泣き落としは効果がないようだ。

 俺も今回は止める気はない。

 

「な、なんでって? なんで?」

 

 うむ、やはり束さんの涙目上目遣いは秀逸だな。

 

「――クリスマスの事だ」

 

 そんな束さんを、千冬さんは見下ろしながら睨み付ける。

 

 そう、『クリスマス』

 本来なら、パーティーの一つでもやろうとしていたが、千冬さんの予定が埋まっていたため、今回はお流れになった。

 箒は残念がっていたが、千冬さんが不参加じゃ一夏も気後れするだろうと説得し、今回は我慢してもらった。

 だから、今年のクリスマスは各々が家族と過ごすまったりした聖夜にしようと。

 そんな方向で話しは纏まっていた。

 

「くりしゅましゅ?」

 

 束さんは、本気で分かってないようで首を傾げている。

 

「――お前が、クリスマスの朝やった事を思い出せ」

「えっと、サプライズでいっくんにプレゼントを」

 

 おや?

 俺の名前がないぞ?

 

「束、お前はあの巫山戯たプレゼントを貰った一夏が、本気で喜ぶと思ってるのか?」

 

 千冬さんの目付きは更に鋭くなり、拳は強く握り締められ腕の血管が浮かんでいる。

 

「だって、いっくんの独り寝が寂しそうだったから……」

「だからと言って“抱き枕”はないだろうが!!!」

「ひゃい!?」 

 

 千冬さんの怒鳴り声が周囲に響く。

 束さんは目に涙を溜めてプルプル震えている。

 一夏の部屋に無断で侵入した上にあんなモノを置いていくとは! と怒っていたのを見たが、まさかここまでとは。

 

「束さん、興味本位で聞きますが、どんな抱き枕を?」

 

 流石にちょっと可哀想になってきた。

 俺も束さんに思うことはあるけれど、動機としては悪くないので少しフォローしてあげようか。

 

「? 前にしー君と一緒に作った『チフユ・リリー』を元に作った『チフユ・サンタ・リリー』をプリントしたやつだよ?」

 

 おーい?

 なんて物作ってるの?

 千冬さんの前で言うなよ。

 そして俺にもそれをくれ。

 

「神一郎」

「――はい」

「座れ」

「はい」

 

 大人しく束さんの横に座る。

 今はどんな言い訳も通じないだろう。

 

「お前も一枚噛んでるみたいだな? それで? その『リリー』とはなんだ?」

「簡単に言いますと、千冬さんを子供にして、愛嬌をました感じです」

 

 最初は純粋に好奇心だったんだ。

 束さんに千冬さんの数少ない子供の頃の写真を見せてもらったのだが、可愛いは可愛いが、如何せん目付きが悪い子供だったので、それを修正し、フリフリの服を合成した。

 『チフユ・リリー』の誕生の瞬間だった。

 

「お前達に言っておく。全てのデータ及び写真を破棄しろ。あぁ――別に今の状況から逃げる為に口約束をして隠して持っていてもいいが、次私の目に入ったら……持ち主を切り殺す。いいな?」

 

「「了解しました」」

 

 俺と束さんの返事が被る。

 これまじ無理。

 白騎士のブレードで頬をペチペチされながら、『いいな?』なんて言われたら嘘もつけない。

 

「あの~ちーちゃん? 抱き枕はどうしたの?」

「細切れにしてゴミにした」

「なんで~!?」

 

 束さんの目から涙がドバッと溢れる。

 

「あんな可愛いらしいちーちゃんを細切れにするなんて!? なにが気に入らなかったの!? いっくんが可愛想だよ!」

「一夏が気に入るわけないだろ? 私は姉だぞ?」

 

 束さんの勢いに押されて千冬さんが一歩下がる。

 

「いっくんは気に入ってたよ?」

「は? なにを言って――」

「気に入ってたんだよ?」

「なに――を――」

「はい! そこまで!」

 

 千冬さんと束さんの立場はいつの間にか逆転していた。

 だが、それ以上はいけない。

 一夏が千冬さんだと知っていて気に入ったのか。 

 気づかずに同い年の可愛い子だと思っているのか。

 それともサンタコスが良かったのか。

 それは一夏のみぞ知る。

 ここで暴いても誰も幸せにならないだろう。

 

「で、束さん、俺へのアレはなんのつもりですか?」

 

 千冬さんの為にも話をぶった切る。

 

「アレって……アレレ?」

 

 おいこら忘れてるのか。

 

「俺の部屋のパソコンとか電話を弄りましたよね?」

 

 クリスマス前に、俺の家の家電が変になった。

 意味が分からなかったが、束さんのなりのクリスマスプレセントかな? と思ったんだが。

 

「ん~、家電? ってアレかな? 束さんの嫌がらせの事かな?」

 

 ……まさかの嫌がらせだった。

 俺は束さんに対して甘すぎたのかもしれん。

 

「神一郎は何をされたんだ?」

「――アメリカに行った事は話しましたよね? その時の会話を録音してたらしく、家電からその音が聞こえるんです」

「正確にはしー君の告白だね」

「束さんは黙っててください」

 

 隣に座っている束さんを睨むも、束さんはニマニマと笑うだけだ。

 俺なんか怒らせる様な事したか?

 

「家電から声? どんな状況だそれは」

「電話やメールの着信音が、『俺は束さんの事が好きです』って音声なんです。そしてパソコンのスクリーンセーバーが罰ゲームでやった赤ちゃんプレイの動画になっていました」

 

 夜、パソコンでネットサーフィンをしていたら急に電話から自分の声が聞こえてかなりビックリした。

 それに驚いて、パソコンから目を離したら、虚ろな目であぶあぶ言う自分が映っていた。

 スクリーンセーバーらしかったので直そうとしたが、変更不可。

 しかも5秒パソコンに触らないと始まる鬼仕様だった。

 

「別にしー君の事が嫌いなわけじゃないんだよ? でもさ、アメリカから帰って来てからさ、『あれ? 私って振られたのかな?』って思ったら、モヤモヤイライラした気分になっちゃったから。ストレス発散の為の嫌がらせをしちゃった」

 

 とても良い笑顔でそんな事言われてもね。

 これはどうすればいいのか。

 

「神一郎、ちょっと来い」

 

 悩んでいると、千冬さんに腕を掴まれ引っ張られた。

 

「千冬さん?」

「束、そのまま座っていろ。余計な事は何もするなよ?」

「はーい」

 

 腕を掴まれたまま束さんから離れた所まで連れてかれる。

 

「神一郎、余り束のことを怒らないでやってくれ。いや――怒ってもいいが、その後はちゃんとフォローしてやってくれ」

 

 至極真面目な顔で、千冬さんは変なことを言ってきた。

 

「いきなりなんの話です?」

「いいか? 束が気に入ってる相手に純粋な嫌がらせをするのは普段ないことなんだ。基本的には“良かれと思って”の精神があるからな」

「確かに、千冬さんや一夏には純粋な嫌がらせはしませんね。結果はほとんど嫌がらせですが」

「だろ? アメリカでの出来事が契機だと思うが、私はこれをチャンスだと思っている」

「チャンスですか?」

「そうだ。“友達に嫌がらせをする”決して良い事と言わないが、まるで普通の人間じゃないか?」

 

 束さんは一応人間ですよ?

 でもまあ、言わんとすることは分かる。

 友達にちょっとした悪戯をするなんて良くある話しだ。

 

「私はこれを機に束に普通の人間らしい感情を持たせたいと思っている。別に特別な事をしろとは言わん。ただ――これからも束を頼む」

 

 千冬さんはまるで娘を嫁に出す父親の様だ。

 

「千冬さんて、束さんのこと意外と好きですよね」

「――ただの腐れ縁だ」

 

 そう言って、ぷいっと顔を背ける千冬さんの耳は僅かに赤くなっていた気がした。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 1月1日

 神社関係者の元日は忙しい。

 

 

「こらそこ! 列からはみ出るな!」

「きゃぁ~千冬様に怒られちゃった~」

 

 千冬さんは初詣参拝者の列を整理し。

 

「織斑君! 恋愛成就のお守りください!」

「えっと、色々種類があるんだけど――」

「一番高いの!」

 

「おみくじは一回百円です。一万円ですか? 少々お待ちください。姉さん、お釣り用の小銭が切れそうなので準備お願いします」

「お安い御用だよ箒ちゃん」

 

 一夏、箒、束さんは売店で売り子を。

 

「甘酒は一杯百円です。温まりますよ~」

 

 俺は売店の横で甘酒を売っていた。

 

 忙しいと言っても、都会みたいに夜から朝まで引切り無しに人が来るわけではない。

 テンションの高い若者などが多いが、ご年配の人は日が昇ってから来る人が多い。

 つまり、深夜2時を過ぎたあたりから人は一気に減る。

 

 そして深夜3時過ぎ。

 

「疲れた~」

「ほら一夏、お茶だ」

「ありがとう箒」

「なんか去年より人多くなかった?」

「束さんのせいだと思うよ? ネットで『篠ノ之束の巫女姿見れるんじゃね?』って書き込みあったし、束さんを見てがっかりしてた男性が結構いたよ」

「外見だけは良いからな束は」

 

 境内の裏に集まるいつものメンバー。

 

「それで神一郎さん、今から何をするんです?」

 

 一夏がワクワクした顔で聞いてきた。

 その隣では箒が目を輝かせている。

 急な集合やイベントに慣れてきてくれてお兄さんは嬉しいよ。

 

「今から富士山に登って、初日の出を見ます!」

「「え?」」

「今から富士山に登って、初日の出を見ます!」

 

 大事なことなので二回言いました。

 いやね、若い頃は、『富士山で初日の出ってダサくない? どこのミーハーだよ』とか思ってたんだけどね。

 いざ自分が年取ると、なんか凄く素敵な事に思えてきたんだよな。

 

「あの…でも……」

 

 一夏が申し訳なさそうにチラチラと千冬さんを見る。

 

「一夏が心配してるのは千冬さんのバイトだろ?」

「――はい、千冬姉は朝からバイトを入れてたはずです」

「大丈夫なんだなコレが。ね? 束さん」

「うん、大丈夫だよいっくん、バイトが始まる前に戻ってこれるから」

「だそうだ。一夏、時間は気にするな」

 

 束さんの笑顔を見て、一夏がほっとした顔を見せる。

 

「さて、まずはカゴを用意します」

 

 束さんが指を鳴らすと、熱気球に付いている様な、大きなカゴが現れた。

 

「それじゃ、三人は先に乗ってね」

 

 束さんに促され、一夏、箒、千冬さんがそれに乗り込む。

 

「次に、いっくんと箒ちゃんはこのアイマスクを付けてください」

「姉さん? なぜアイマスクを?」

「いいからいいからお姉ちゃんを信じて」

 

 二人の疑問に答えず、束さんは強引にアイマスクを付けさせた。

 今回ばかりは千冬さんも束さんを見逃した。

 

「寒くないよう毛布を被せるね。ちょっと揺れるかもだから、二人共ギュッと抱き合った方がいいかも」

「姉さん、からかわないでください。でも、危ないならしょうがないですね。一夏、もう少しこっちに」

「ほ、箒?」

 

 おぉ! 大胆だな箒。

 アイマスクで見えてないからこその行動なんだろうけど。

 

「ちーちゃん、二人をよろしくね?」

「あぁ、お前の方こそ頼むぞ」

「まっかせなさ~い」

 

 最後に千冬さんが乗り込み準備完了だ。

 

「あれ? 神一郎さんは乗ってます?」

「俺なら千冬さんの隣にいるぞ?」

「千冬姉の? でも声が聞こえる場所が――」

「一夏、大人しくしてろ。時間は限られている。そろそろ出るぞ」

 

 危ない危ない。

 さてと、『流々武』展開。

 

 ISが展開されると同時に、束さんが肩に飛び乗る。

 

(束さん、二人に負担が掛からないように頼みますよ?)

(がってんだよしー君)

 

 声を聞かれないようにISコアのネットワークでやり取りする。

 そして、俺はゆっくりとカゴを抱きかかえた。

 

「富士山に向けてしゅっぱーつ!」

 

 束さんの声で、流々武は元旦の空に飛び立った。

 

 

 

 

 安全運転を心掛け、1時間と少し、俺は富士山の中腹近く、木々の間に降り立った。

 カゴを揺らさないように、静かに地面に降ろす。

 中を覗くと、一夏と箒は互いに寄りかかりながら寝息をたてていた。

 写真は……ダメだ。

 フラッシュで起こしてしまう。

 いや、どっちにしろ起こさないといけないんだからいいか。

 束さんとアイコンタクトの後、二人でカメラを構える。

 

 パシャ

 パシャパシャ

 

 二人が光で目を覚ます僅かな時間が勝負!

 連続で撮りまくる。

 

「う~ん」

「あれ? もう朝ですか?」

「二人共起きな。着いたよ」

 

 目を擦る二人が周囲を見回した後、驚いた顔をした。

 

「ゆっくり深呼吸してごらん」

 

 俺に言われ、一夏と箒は気持ちよさそうにゆっくりと呼吸する。

 夜の静寂に包まれた森はとても神聖だ。

 冬の澄んだ空気が体を一気に目覚めさせる。

 

「先頭は千冬さんと束さん、その次に一夏と箒、俺が最後尾な。暗いから足元に気をつけてね。目的地までは歩いて15分ほどだから」

 

 今回の目的地は頂上ではない。

 人が多い所は束さんが嫌がるので、人気がない場所を選んだ。

 直接そこに行くのもいいけど、二人には冬の森を感じて欲しかったので、わざと少し離れた場所に降りた。

 

 虫も動物もいない静かな森の中に、五人の足音だけが響く。

 誰も何も喋らない。

 だけど、気まずい訳ではない。

 とても居心地の良い静けさだった。

 そして、ついに目的地に着いた。

 

 俺達の目に前に現れたのは大きな岩だ。

 周囲に生えている木よりも高さがある。

 つまり、これに乗れば、木々に邪魔されることなく朝日が見れる。

 千冬さんが一夏を。

 束さんが箒を抱きかかえ、岩に駆け登る。

 俺は二人にバレないよう足だけISを展開し後に続く。

 

 まだ日の出でまだは時間があるので、岩の上で腰を下ろしながらその時を待つ。

 そして――その時が来た。

 

 中腹とはいえ、ここは十分見渡しが良い。

 地平線の向こうの空が白ずむ。

 ゆっくりと、太陽が顔を出した。

 

 みんな静かだった。

 束さんでさえ何も言わず太陽を見ていた。

 何を考えているかはわからないが、横顔を見る限り退屈してる訳ではなさそうだ。

 

「そろそろ帰るか」

 

 太陽が完全に姿を見せたあたりで千冬さんがそう切り出した。

 確かにもうそろそろ帰らないといけない時間帯だ。

 だが、俺にはまだやりたい事があった。

 

「最後に、千冬さん、ちょっとここに立ってもらえます?」

「ここか?」

「そのまま腕を組んで、足を少し開いてください――はい、オッケーです」

 

 普通に見れば、ただ初日の出を見てるように見えるが、見方を変えるとちょっと違うのだ。

 束さんを手招きで呼んで、千冬さんの後ろでしゃがむ。

 

「しー君! これは!」

「束さんへの日頃の感謝のお礼です。後、俺も一度はやってみたかったので」

 

 俺と束さんは、千冬さんの後ろから日の出を見ている。

 正確には、千冬さんの足と足の間と言うべきだが。

 そして、自分で角度を変えて見ると、千冬さんの股間に太陽が重なり――

 

「最高だよしー君。私は初めて『神々しい』の意味を知ったよ」

「作法としては手を合わせるべきです。一緒にやりましょう」

 

 パンパン

 

 二人で柏手を二回し、頭を下げる。

 千冬さんのお尻に向かって――

                                                                          

 

 

「なぁ? さっきまでの神聖な気持ちはどこにいった?」

 

 いつの間にか千冬さんがこっちを向いていた。

 俺と束さんは頭を掴まれ、ギリギリと頭蓋が軋む音が聞こえる。

 俺にいたっては身長差もあって、足が少し浮いている。

 

「ちーちゃん待って! なんか耳から出そう! 今回は私は悪くないもん! 発案はしー君だよ!」

「あ゛ぁ! 俺もなんか出そう! 落ち着いて千冬さん! 子供の軽い悪戯じゃないですか!」

「そうか、子供の悪戯か――ならお仕置きが必要だな」

「「あ゛あぁぁぁ!」」 

 

 千冬さんの指が頭にめり込んでる錯覚を受ける。

 だが俺は謝らない。

 俺の今年の抱負は、『束さんに笑顔の一年を』だからだ。

 それが、束さんを見捨てる俺が出来る謝罪の気持ちだ。

 だけど、ちょっとやり方間違ったかも――

 

 その後、俺と束さんは、初めて『痛みで気を失う恐怖』も知った。




なんか、一話一話の綺麗な終わり方がわからなくなってきた。
自分で読んでてもコレジャナイ感が(><)


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最高の一年を君に(春)

 私、篠ノ之箒には友達がいない。

 クラスメイトや同級生の女子は全員がライバル。

 男の子はすぐにからかってくるのでとても仲良く出来ない。

 そして、それ以外の人間は、私が篠ノ之束の妹と知ると近づいて来なくなる。

 

 二人だけ――友達と言える人がいるが、正直、友達と言っていいのか分からない。

 

 一人は織斑一夏。

 剣の道ではライバルで、友達ではなく、それ以上の関係になりたいと思う男の子。

 

 もう一人は佐藤神一郎さん。

 道場では後輩で、学校では先輩。

 そして日常では――

 

「そっか、ちゃんと手を繋いでデートできたんだ?」

「はい、“迷わないように”って言ったらあっさりと繋いでくれました」

 

 まるで兄の様な人だ。

 

 道場での稽古後、一夏は家事があるため早々に帰ってしまうが、神一郎さんは残って私の話を聞いてくれる。

 今や私の日課の一つだ。

 

「良かったね」

 

 神一郎さんの手が私の頭を撫でる。

 姉さんと違ってとても優しい手付きは、触られるととても安心する。

 もちろん姉さんに撫でられるのは嫌いじゃない。

 だけど、姉さんはたまに力加減を間違う時があるから安心できない時がある。

 

「ところで箒、今度の日曜日は空いてる?」

「えっと――いつも通り午前中は稽古がありますが、午後は空いてます」

「なら良かった。んじゃさ、午後からお花見しない? 境内の桜も丁度いい感じだし」

「お花見ですか? 良いですね。今は丁度見頃ですし。あ、お弁当はどうしますか?」

「う~ん、三人で手分けしようか? 俺と箒と一夏で2人前作る感じで」

「私が全部作ってもいいですよ?」

「箒は一夏の手料理は嫌い?」

「――その言い方はずるいです」

 

 一夏の料理は好きだ。

 女としてどうかと思うが、とても美味しい。

 一夏の料理は食べたい。

 でも、一夏に手料理を食べて欲しい。

 両方共私の素直な気持ちだ。

 それなら神一郎さんの言う通りにした方が良いだろう。

 考え込んでいると、神一郎さんがニコニコ笑いながら私を見ていた。

 

「箒は可愛いな」

 

 そう言って神一郎さんはまた私の頭を撫でてきた。

 

 いつからだろう。

 神一郎さんに“可愛い”と言われても照れなくなったのは。

 

 いつからだろう。

 神一郎さんが手を伸ばした時、撫でられやすい様に頭を差し出すようになったのは。

 

 いつからだろう。

 神一郎さんの事を『兄さん』と呼びそうになったのは。

 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 春の日差しが暖かい神社の境内の片隅で、いつものメンバーが桜の木の下に集まった。

 ブルーシートの真ん中には、一夏作の煮物中心の料理、私の揚げ物中心の料理、そして神一郎さん作のマッシュポテトや和え物中心の料理が並んでいる。

 それを囲むように私達は座っていた。

 

「みんな飲み物は持ったかな?」

 

 神一郎さんが紙コップを手に音頭を取る。

 そういえば、こういう時は年長者が動くと思うが、私達の場合は神一郎さんが仕切る場合が多い。

 なんでだろ?

 

「まず、一夏、箒、そして千冬さん。進級おめでとうございます」

「しー君、私は?」

「束さんは学校に行ってから言ってください」

 

 姉さんも一応千冬さんと同じ学校に在学している事にはなっている。

 一度も行った事はないみたいだけど。

 

「まぁめんどくさい挨拶は抜きにして、新しい一年頑張りましょう! 乾杯!」

「「「「かんぱ~い」」」」

 

 このメンバーで集まってお弁当を食べるのは珍しくない。

 今までの経験が私を急かす。

 飲み物を早々に降ろし、私は箸と紙皿を構える。

 狙いは一夏の料理だ。

 今日は三人で作った為、一夏の料理はそう多くない。

 うかうかしているとあっという間に無くなってしまう。

 

 まずは筑前煮だ。

 旬の筍と色取り取りの野菜。

 そして艶やかな鶏肉がとても美味しそうだ。

 

 そう思って箸を伸ばすと、私よりも先に一夏の料理に手を付けた人がいた。

 千冬さんだ。

 余り表に出さないが、千冬さんの一夏への愛情は本物だ。

 今日みたいな場でも千冬さんは一夏の料理に率先して手を伸ばす事が多い。

 もちろん、ちゃんと私の料理も食べてくれるんだけど。

 

 私と千冬さんの紙皿は一夏の料理で一杯になった。

 その事に満足して横に座る一夏の方を見ると、一夏が私の作った唐揚げを食べようとしている所だった。

 思わず一夏の口元を凝視してしまう。

 一夏がガブりと唐揚げを食べる。

 緊張の一瞬だ。

 

「ん~~。美味いなこの唐揚げ」

 

 一夏が頬を緩ませながらそう言ってくれた。

 それが嬉しくてつい顔を背けてしまう。

 

 ありがとうございます雪子さん。

 貴女の教えてくれたレシピで一夏を喜ばせる事が出来ました!

 

 顔の火照りが冷めるまで一夏から顔をそらしていると、ふと気付いた。

 二人の声が聞こえない事に――

 

 普段なら姉さんはうるさいくらい騒いで料理を褒めてくれるだろう。

 神一郎さんもだ。

 なのにさっきから二人の声が聞こえない。

 もしかして食べる事に夢中になっているのだろうか?

 そう思って、対面に座る二人を見ると。

 

「ちっ――」

「(ニコニコ)」

 

 神一郎さんは不機嫌そうだった。

 逆に姉さんはニコニコ笑っていた。

 

 ちょっと待って欲しい。

 私が知らない間に何があったのだろう?

 あんな不機嫌そうな神一郎さんを見たことがない。

 

 神一郎さんがしかめっ面で箸を伸ばした。

 神一郎さんが掴んだのは私の唐揚げだ。

 その唐揚げが神一郎さんの口に――運ばれる前に消えた。

 

 え? 今のなに?

 影のようなものが見えたと思ったら、神一郎さんの箸から唐揚げが消えていた。

 

「束さん」

「しー君(もぐもぐ)次はいっくんの煮物がいいな(もぐもぐ)」

「俺は箒の唐揚げが食べたいんです」

 

 神一郎さんの箸がまた唐揚げを掴む。

 まさかと思うけど――

 

「ふっ!」

「がう!」

 

 次の瞬間。

 身を乗り出して神一郎さんの箸にかぶりつこうとしている姉さんと。

 その姉さんの頭を左手で抑える神一郎さんがいた。

 

「いい加減自分で食べてくれませんかねぇ?」

「箒ちゃんの手料理をしー君に食べさせてもらう。束さんは幸せ者だよ」

「『食べさせる』と『食べられる』じゃ全然意味が違うんですが?」

「やだなーしー君。そんな事知ってるに決まってるじゃん」

「よーし、ケンカ売ってるんだなコノヤロー」

 

 会話をしながらも二人の攻防は止まらない。

 姉さんは笑いながらも口を開き、隙あらば唐揚げに食いつこうとしている。

 その姉さんの頭を、神一郎さんが力一杯押さえつけていた。

 神一郎さんは右手の唐揚げを口の運ぼうとするが、気を抜くたびに姉さんの頭が唐揚げに近づくため、なかなか食べられないようだ。

 

 だが、その拮抗もすぐに終わった。

 

「えい」

 

 姉さんが右手で神一郎さんの脇腹を突く。

 神一郎さんの体がビクっとなり、体勢が崩れた。

 

「しまっ!?」

「いっただき~」

 

 その隙を姉さんが見逃す訳もなく。

 

「もぎゅもぎゅ」

 

 神一郎さんの箸の先には、姉さんがしっかりと食いついていた。

 

「ふ……ふふ。篠ノ之束。お前は俺を怒らせた。今日はもう何も食べられないと思え」

「無駄だよ。今日のしー君は、私の“あ~ん係”だと私が決めたんだから」

 

 そこからは始まるのは醜い言い争いにド付き合い。

 二人共最近ケンカが多くなった気がする。

 でも――

 

「くっくっく、私に力で勝てるとでも? さあしー君。次はいっくんの煮物だよ」

「なにこの二人羽織モドキ!? もう自分で食べるのとほとんど変わらないじゃん!?」

 

 神一郎さんを後ろから抱きしめ、力ずくで二人羽織ごっこをしている姉さんはとても楽しそうだ。

 

「あぶっ!? 俺の口に無理矢理押し込むな! え? 最後の唐揚げ? くっ――束お姉ちゃん。僕唐揚げ食べたいな――って、なんで一口囓ってるんだよもー!」

 

 神一郎さんの犠牲がとても大きいけど――

 

 

 

 

 暫くして、目の前には空のお弁当箱ばかりになった。

 作り手としては、やはりお弁当が空っぽになるのは嬉しい。

 今はみんなでお茶を飲みながら桜を見ていた。

 ただ――

 

「箒の唐揚げ……一夏の筑前煮……」

 

 神一郎さんだけは、ほとんど何も食べれず肩を落としていた。

 姉さんの行動を見逃してた罪悪感があるが、下手に手を出したら被害が広がりそうだったんです。

 ごめんなさい神一郎さん。

 

「もうしょうがないなしー君は、本当は箒ちゃんの為に作って来たけど、しー君にも分けてあげるよ」

 

 姉さんがそう言って胸元をゴソゴソと探る。

 まったりとした雰囲気は一変して緊張したものになった。

 

「え~と、あったあった。じゃ~ん」

 

 姉さんが取り出したのはタッパーだ。

 大きさは普通のお弁当くらいで、中身は真っ黒なヘドロらしきものが入っている。

 

「箒ちゃん。ちょっと前にテレビに紹介されてた桜餅を食べたがってたでしょ? お姉ちゃん作ってきちゃった。ちゃんとテレビに出てたお店の味だから安心してね」

 

 姉さんはそう言うが、ちょっと待って欲しい。

 確かにこの前、○○散歩を見てた時に紹介されたお店の桜餅を食べてみたいと思ったけど、なぜ知っているんだろう? あの時は姉さんは居なかったはずなのに。

 あ、父さんですね? 父さんに聞いたんですよね?

 

「もちろん、お姉ちゃんなりの工夫も入ってるんだよ」

 

 どうしよう――姉さんの笑顔が眩しい。

 

「料理の『味』に関してはすでに完璧だと思うんだよね。だけど、そこで止まるのは凡人。束さんが次に目を付けたのは『匂い』だよ。束さんは研鑽を止めないのさ!」

 

 姉さんの料理には当たり外れがある。

 オリジナルを作られるととても人の食べ物と思えないが、味を真似ているなら大丈夫だと思う。

 匂いに関しては、確かに料理に大切な一因でもあるので反論はない。

 だけどなんでだろう。

 本能がここから逃げろと言っている。

 

「箒ちゃんが食べたがっていた桜餅に、お姉ちゃんが至高の匂いを付けたからね。喜んで箒ちゃん」

 

 姉さんはそう言って、とても無邪気な顔でタッパーの蓋を開けた。

 次の瞬間、私達を襲ったのは――私の人生で嗅いだことのない悪臭だった。

 

「「「「くさっ!?」」」」

 

 私だけじゃない。

 一夏と千冬さん、そして神一郎さんも反射的に鼻を摘んでいる。

 なんて言えばいいのか……。

 まるで、生ゴミを三日程外に置いて、それを鍋に入れ煮込み、腐った魚を加え、また外に出して、ゴキブリが群がったら完成する様な匂いだった。

 あ、でもなんだろう? 何か甘い匂いもする。

 とは言え悪臭には変わりなく、鼻を摘んでいる為口呼吸していても、あの匂いが肺に入ってると思うだけで具合が悪くなってしまう。

 

「束さん? この悪臭が“至高の匂い”なの?」

 

 私達の心情を神一郎さんが代表して聞いてくれた。

 

「そうだよしー君。真に人の心に作用する匂い――それがこの匂いなんだよ! 嗅ぐだけで人に快楽を与え、甘美な世界に誘惑する。しー君、私はね。人の感情に最も影響を与える匂いが、世間一般では悪臭と呼ばれる物だと知ったんだよ!」

 

 姉さんは自信満々言うが、その姉さんでさえ鼻を摘んでいるので説得力がないです。

 

「まぁまぁ、騙されたと思って食べてみてよ。ね? 箒ちゃん」

 

 姉さんがタッパーを片手に近づいてくる。

 どうしよう。

 姉さんを悲しませたくないが、今回は流石に遠慮したい。

 助けを求め周囲を見渡すと、神一郎さんと目があった。

 

(食べれる?)

(無理です)

 

 そんなアイコンタクトが成立した。

 

「束さん。俺の空腹が限界です。先に貰ってもいいですか?」

「もう、しー君でばそんなに私の手料理食べたいの? しょうがないな~」

 

 口調とは裏腹に、姉さんはニコニコ顔で神一郎さんにタッパーを差し出した。

 

 流石です神一郎さん。

 これからは神一郎さんの家に向かって足を向けて寝れません。

 

「近くで見るとさらに桜餅には見えないな」

 

 神一郎さんが手に持ったタッパーを軽く揺らすと、中身が揺れていた。

 それはつまり、アレは固形物ではなく、粘度はあるが飲み物に近い物なんだと教えてくれる。

 桜餅とはいったい……。

 

「さて、それじゃあ――千冬さん。お願いします」

「了解だ」

「あれ?」

 

 神一郎さんからの要請に千冬さんが素早く反応し、背後から姉さんを拘束した。

 

「ちーちゃん? なんで私を抑えてるのかな?」

「ん? それは知らん。何をするのかは神一郎に聞け」

 

 神一郎さんの要請にすぐさま答える千冬さん。

 目的も聞いてないのに姉さんを取り押さえる千冬さんからは、神一郎さんへの信頼を感じます。

 見事なコンビネーションです。

 

「しー君? なんでソレを私に近づけるのかな?」

「だって、捨てたらもったいないでしょ?」

 

 私も神社の娘として、食べ物を粗末にしてはいけないと教えられていますが……神一郎さん、その邪な笑顔はいががなものかと。

 

「ほら、自分で処理しろ」

 

 そう言って神一郎さんは――

 

「ンンン!?」

 

 姉さんの口にソレを流し込んだ。

 

「ほれ、一気一気」

「しー君待っ――くさっ!? あ、でもうまっ!? あ、やっぱりくさっ!?」

 

 姉さんは『臭い』と『美味い』を交互に叫びながら、ソレを飲み干す。

 

「ごきゅごきゅ――けぷ……くさっ!?」

 

 全てを飲み干した姉さんは、最後に軽くゲップをして、そして自分の息の臭さに泣いていた。

 姉さん、それは女として色々アウトです。

 

「しかし、まだ匂いが無くならないな」

 

 神一郎さんが眉を寄せながらパタパタと手を振る。

 

 原因の桜餅は全部姉さんの胃袋に収まったが、周囲の悪臭は一向に収まらない。

 未だ鼻から手を離せない状況が続いています。

 

「一夏、悪いんだけど、ちょっとコンビニ行ってくれないか? スプレー型の消臭剤と、服用に○ァブリーズ。後、束さん用に口臭用のタブレットを買ってきてくれないか?」

「わかりました!」

 

 神一郎さんにお金を渡された一夏が喜んで此処から離れて行った。

 私も離れたいが――

 

「酷いよぉ。臭いよぉ」

 

 ブルーシートにペタンとお尻を付けて、ぐすぐすと泣いている姉さんを放置はできない。

 

「束さん、自分でも泣くほど臭いのになんで作って来たの?」

「理論上はコレが人を虜にする匂いなんだよ。ここまで臭いのは予想外だったけど……」

 

 どうやら姉さんも予想外の臭さだったようだ。

 試しもしないで人に食べさせようとするのはどうかと思うけど、ある意味姉さんらしいです。

 それにしても“人を虜にする匂い”ですか。

 確かにさっき感じた、あの悪臭の中の甘い匂いはクセになりそうでしたが。

 

「取り敢えず、束さんは一夏が帰って来るまで喋らないでください。束さんが口を開くと悪臭が広がるので」

「ふんだ。またそんな事言って」

「束さんは知らないんですか? 口臭は胃の内容物にも影響されるんですよ? アレを食べた束さんの口臭は臭いに決まってるじゃないですか」

「――――箒ちゃん」

 

 神一郎さんに指摘された姉さんが私の方を向く。

 

「お姉ちゃんとお喋りしよう?」

 

 そう言って姉さんは立ち上がり、私に近づいて来る。

 

「箒ちゃん?」

 

 ごめんなさい姉さん。

 別に姉さんの息が臭いと思ってる訳ではありませんよ?

 ですが、この匂いはちょっとキツいんです。

 

「ほら、箒も鼻から手を離さないでしょ? だから束さんは大人しくしてください」

 

 止めてください神一郎さん。

 そんな言い方したら姉さんが――

 あぁ、今にも泣き出しそうなくらいプルプル震えています。

 姉さん、鼻から手を離す勇気がない愚妹ですみません。

 

「ふ……ふふ……箒ちゃんに嫌われた……」

 

 いえ、別に嫌ってませんよ?

 

「私だけが箒ちゃんに嫌われるなんて許されないんだよ……」

 

 姉さんの目から光が消えた。

 これはヤバイかもしれない。

 

「あの、姉さ「道連れだよ。しー君」」

 

 私が意を決して話しかけようとしたら、姉さんが何かを持ちながら神一郎さんの方にグルンと振り返った。

 髪が顔にかかっていて少し怖いです。

 

「束さん、それはまさか――」

「誰が作ったのはアレだけだと言った?」

「おかわり……だと……」

 

 神一郎さんの目が、姉さんの右手に釘付けになる。

 そこには、先ほどのより小さいタッパーがあった。

 

「待て、落ち着いて話をしよう」

「私は十分落ち着いているよしー君」

「くそっ!」

 

 神一郎さんが姉さんに背を向け走り出す。

 だけど、天災と言われる姉さんから逃げられるはずもなく、あっという間に組み伏せられてしまった。

 

「つっ!? 千冬さんヘルプ!」

 

 神一郎さんが千冬さんに助けを求めるが――

 

「悪いな神一郎。束はもう私を警戒している。今抑えようとすれば、タッパーの中身が私に掛かる恐れがある。まぁなんだ……諦めろ」

 

 千冬さんの容赦のない言葉が神一郎に止めを刺した。

 姉さんに押さえつけられてた神一郎さんは、そこで抵抗を止めてしまった。

 

「束さん……優しく……してね?」

「ん~? それは無理かな~」

 

 そう言って姉さんは、とても可愛らしい笑顔で神一郎さんの口にタッパーの中身を流し込み始めた。

 

「くさっ!? あ、でも確かにうまっ!? あ、でもやっぱりくさっ!?」

 

 神一郎さんは、さっきの姉さんと同じ様に、『臭い』と『美味い』を繰り返しながら草餅を飲み込んでいった。

 

 

 

 

 シュ―

 

 一夏の買ってきた消臭剤を周囲に振りまく。

 隣では、千冬さんが自分の服に○ァブリーズをかけていた。

 服に匂いが移ってそうで気になるそうだ。

 私も後でやろうと思う。

 それにしても――

 

「おら!(シュ)」

「とりゃ(シュー)」

 

 姉さんと神一郎さんは本当に仲が良い。

 

「なぁ箒、二人共なにをしているんだ?」

「何と言われてもな――見ての通り、消臭剤の掛け合いだ」

「――なんで?」

「私にも分からない」

 

 二人は互いにポーズ取りながら消臭剤を掛け合っている。

 

「消臭界のキングオブキング。数多の消臭剤の頂点に立つ、この○ァブリーズに勝てるとでも?」

「そんなのただのロートルじゃん。私が作ったこの“イレイザー”に勝てる訳ないんだよ」

 

 姉さんが作った消臭剤“イレイザー”は、『どんな匂いも一撃で消し去る』がキャッチコピーらしい。

 一夏が帰ってくる少しの間にそんな物を作ってしまう姉さんは流石です。 

 

「ちょっと待ってしー君。○ァブリーズって“キング”じゃなくて“クイーン”って感じじゃない?」

「――言われてみればそうですね。そこは同意します」

 

 二人の言い分はまるで意味が分かりませんが、ここで口を挟むのは野暮と言うものでしょう。

 

「そこだ!(シュ)」

「甘いよしー君(シュー)」

 

 仲が良いのは良い事ですが、顔に掛かったりしないように気をつけてくださいね?

 まぁ、姉さんなら無駄な心配だと思いますが。

 

 

 

 それから暫くして、やっと悪臭から開放された私たちは、ブルーシートに寝転がっていた。 それも、一夏の膝枕でだ。

 

 きっかけはやはり神一郎さんだった。

 最初に神一郎さんが『枕が欲しい』と言い始め、それに姉さんが乗り。

 あれよこれよという間にみんなを巻き込み――

 

「千冬姉、俺やっぱり少し恥ずかしいんだけど」

「黙って寝てろ」

「――はい」

 

 まず、千冬さんの太ももに一夏が頭を乗せて寝っ転がる。

 

「一夏、重くないか?」

「? 別に平気だぜ?」

「そ、そうか」

 

 その一夏の太ももに私が頭を乗せ。

 

「ん~箒ちゃんの匂い。お姉ちゃんは幸せだよ~」

「ひゃあ!? 姉さん。くすぐったいので頭をこすりつけないでください」

 

 私の太ももに姉さんが頭を載せている。

 

「束さん、嬉しいのは分かりましから、足をバタつかせないでください。落ち着いて寝れません」

「おっと、ごめんよしー君」

 

 そして、姉さんの太ももには神一郎さんが。

 上から見たら、まるで蛇のように見えるだろう。

 

 優しい春風が頬を撫でる。

 頭に下には一夏の体温がしっかりと感じられ、嬉しい半面、心地よくてそれが眠気を誘う。

 今寝たら凄くもったいないと思う。

 だけど、今寝たらとても良い夢を見れそうだ。

 

 少し考えた後、私はそっと目を閉じた。

 きっと、今日みたいな日がこれからも来ると信じて。

 

 それでは、おやすみなさい。




原作箒のイメージが強すぎて、子供箒の口調の違和感が凄い(><)


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最高の一年を君に(夏)

 暗いトンネルの先には光る出口が見える。

 窓を開けると、湿気った風が体全体に当たった。

 

 少しずつ近付く出口

 ――それを超えれば

 

 

 

 

 

「海だ~~!!」

「ひゃっほ~!!」

 

 窓から身を乗り出して拳を突き上げる。

 後ろの席に座っている束さんも、窓から顔を出して叫んでいた。

 山の中のトンネルを抜ければ、眼前に広がるのは青い空、白い雲。

 その先に僅かに見える海。

 季節は夏、今日は嬉し恥ずかし海水浴の日です。

 

「風が鬱陶しいから窓を閉めろ」

「「はい」」

 

 束さんの隣に座る千冬さんの髪が、風に煽られバサバサと乱れていた。

 申し訳ない。

 

 俺が助手席。

 千冬さんと束さんが二列目。

 最後尾に一夏と箒。

 そして――

 

『途中どこかに寄りますか?』

 

 運転しながら、手作りプラカードでそう聞いてくるグラサンが今日のメンバーだ。

 

「一夏と箒は何か買いたい物とかある?」

「ありません」

「俺も大丈夫です」

「だそうです。このまま目的地まで行っちゃってください」

 

『分かりました』

 

 ――うん、意外と便利だなプラカード。

 朝会った時に、『おはようございます』とプラカードを掲げながら現れた時は頭を心配したけど。

 この人はきっと銀魂ファンに違いない。

 

 

「ちーちゃんの水着、箒ちゃんの水着、いっくんの半裸。今から楽しみだね~」

 

 目をハートにしながら涎を垂らす束さん。

 男子の水着を半裸言うなし。

 

 

「一夏、海に着いたら一緒に泳がないか?」

「? 海で泳ぐのは当たり前だろ?」

 

 

 微妙に噛み合わない会話をする一夏と箒。

 一夏よ、今日はお前に女体の素晴らしさを教えてやる。

 

 

「海か――美味い魚を食いたいな」

 

 色気より食い気の千冬さん。

 帰りは近くの道の駅にでも寄りましょうね。

 

 以上のなんとも頼もしくも心配になるメンツで夏の海を満喫します!

 

 

 

 

 

 そんなこんなで。

 

「海だ~~!!」

「「「海だ~~!!」」」

 

 今回は一夏と箒も声を上げてくれた。

 やはり海が眼前にあるとテンションが違うよね。

 

「――う~ん、海は良いけど、ちょっとゴミが多くない?」

 

 周囲を見渡しながら、束さんがそう呟いた。

 確かに日本の浜辺はゴミが多いけど、この場合の”ゴミ“って――

 

「よし、取り敢えず焼き払おうかな。えっと、一番近い軍事基地は――」

「やめんか!」

「ぐぺらっ!?」

 

 何やら怪しい行動を取る束さんの頭上に千冬さんの拳骨が落ちる。

 

「束、お前今なにをしようとしていた?」

「――近くの軍事基地にハッキングを……」

「お前は何を“ゴミ”と認識している?」

「それは! あの! ゴミだよ!」

 

 束さんが声を荒げて指差す方向にあるのは――

 

「お姉さん可愛いね。もしかしてモデル?」

「お父さん、あっちに空いてる場所があるよ」

 

 わいわいガヤガヤと騒ぐ――どう見ても一般人です。

 

「なんでなんでなんで~!? 何でなんだよしー君! もっと人が居ない場所とかあるじゃん! なんでこんな場所に!?」

 

 なんでなんでとうるさいなぁもう。

 

「耳元で騒がないでください。てか言ってませんでしたっけ?」

「言ってない! 聞いてない!」

 

 まぁ、言ったら怒りそうなので言わなかったんですがね。

 今回の目的の為には人が居ない場所じゃダメなんで。

 

「そっか、束さんは嫌ですか……そっかそっか」

「――なんだよ?」

「一夏、箒、この海水浴場は嫌?」

「え? えっと嫌ではないです」

「私も人が多い場所は苦手ですが、その……一夏が一緒ならどこでも」

「うんうん、二人は聞き分けいいな。そんな訳で束さん。嫌ならグラサンと一緒に車待機でどーぞ」

「ぐぬぬ」

 

 あら可愛い。 

 ここで束さんの『ぐぬぬ顔』が見れるとは。

 

「いいもん。人間が邪魔だけど、『人要らず君』を使えば大丈夫だし」

「名前が怪しいんですけど……また悪臭を発するモノじゃないでしょうね?」

 

 蘇る花見の悪夢。

 俺だけではなく、全員が顔をしかめる。

 

「これは匂いじゃなくて“フェロモン”だから大丈夫だよ。ちーちゃんの魅力に誘われる奴が出てくるかもしれないからね。“話しかけたいけどなんか話しかけにくい”そんな感情を相手に持たせるモノだよ。だから、はいちーちゃん」

「むっ……」

 

 束さんが千冬さんにスプレーをかける。

 千冬さんは嫌そうな顔をしながらも大人しく受けれた。

 千冬さんにスプレーした後、束さんは自分にもそれを吹き付けた。

 その後、浜辺の空いてるスペースにビニールシートを引き、パラソルを立てる。

 これで準備完了だ。

 

「それじゃあ着替えましょうか。向こうに着替えの為の建物があるのでそこで着替えてください。束さんはどうします?」

「ここで荷物番してるよ」

「了解です。一夏、行くよ?」

「あ、はい」

 

 こんな時、男は楽だ。

 荷物なんて脱いだ服を入れる為のビニール袋一つで事足りる。

 水着は既に着てるしな。

 それに比べ、女性陣は大変だ。

 千冬さんと箒はあれやこれやと荷物を抱えている。 

 そんな二人を振り返り、歩みを止める一夏。

 紳士だね。

 だが、今は大人しく付いて来てもらおうか。

 

「ほら一夏」

 

 一夏の腕を掴み引っ張る。

 

「あの? 待たなくていいんですか?」

「いいのいいの。千冬さん、箒、先に行ってますよ」

「あぁ、こっちは待たなくていい」

「一夏、また後で」

 

 一夏を連れて行く先は公共の脱衣所だ。

 余り大きくなく、一度に入れる人数は5人程だろう。

 それが男用と女用が並んで建っている。

 男用の方はガラガラだが、女用の方は10人ほどの列が出来ていた。

 ここまでは計画通り。

 

「一夏は海って初めてだっけ?」

 

 脱衣所に入った俺と一夏だが、ズボンの下に水着を着てきたので、ただ服を脱ぐだけ。

 なので暇つぶしも兼ねて隣の一夏に話かける。

 

「はい、初めてです。だから今日は凄く楽しみで」

 

 にっこりと純粋な笑顔を見せる一夏。

 これが将来、『嫌いなラノベ主人公』中に名前があがる存在になるんだから怖い。

 安心しろ一夏。

 俺がまっとうな男にしてやる。

 原作ブレイクは避けたいが、箒の為に少しでもお前を矯正してやる。

 

 水着に着替え終わり外に出る。

 女性が並ぶ列を見ると、箒と千冬さんが居た。

 あれでは着替えが終わるまでにかなり時間がかかるだろう。

 そして、束さんが二人の着替えを見逃すはずがない。

 ステルスドローンか何かを使って、今か今かと待ち続けてるだろう。

 今がチャンスだな。

 

「一夏、ちょっと付いて来てくれ」

「? そっちは荷物を置いた場所と逆方向ですよ?」

「なに、二人が着替え終わるまでのほんの暇つぶしだよ」

 

 そう言って歩き出すと、一夏は慌てて付いて来た。

 さて、時間は余り無駄に出来ない。

 どの娘がいいかな――

 

 歩きながら周囲を見渡すと、ちょうど目の前を歩いていた黒髪でセミロングの子が手を振りながら声を出した。

 

「お待たせ~。飲み物買ってきたよ~」

「お帰りアツコ。ありがとう」

「アツコ、背中にサンオイル塗って~」

「マキはなんで塗る前に焼き始めてるの?」

 

 アツコと呼ばれた女の子の先には、高校生くらいの女の子が2人いた。

 パラソルの下で日焼け止めを塗っている茶髪でロングの子。

 その横で寝転んで肌を焼いている茶髪のショートの子だ。

 三人ともビキニタイプの水着で非常に眼福である。

 どこかで見たことある人達だけど――まぁいいか。

 

「一夏、今から俺の話に全力で合わせろ。いいな?」

「え? いきなりなんです?」

「い・い・な?」

「……はい」

 

 急な話に戸惑う一夏に対し、語尾を強めて言ったら素直に言う事を聞いてくれた。

 お前のアドリブ力に期待してるぞ。

 

 よし、何も恥ずかしい事はない。

 俺は子供。

 小学5年生の生意気盛りなお子様。

 いくぞ一夏。

 しっかり付いてこいよ。

 

「お姉ちゃん」

 

 そう言って、俺は『アツコ』と呼ばれていた女の子の手を掴んだ。

 後ろで一夏がビックリしている。

 頼みから余計な事言うなよ。

 

「え? なに?」

 

 アツコと呼ばれていた子が驚いて振り返る。

 

「あ、ごめんなさい。間違えました」

「あれ? アツコ、なにその子? お持ち帰りしてきたの?」

「ち、違うよ! えっと、君って迷子とか?」

 

 アツコ――いや、アツコちゃんの方が似合うな。

 アツコちゃんがしゃがんで俺と目線を合わせてくれる。

 それに合わせておっぱいがギュッと寄せられる。

 中々素晴らしいモノをお持ちで。

 

「あの、姉と来てて、向こうの建物で別々に着替えたんですけど――」

「あ~アツコ、その子のお姉さんはまだ着替え中だと思うよ? だいぶ混んでたから」

「えっと、どうすれ――あ、ハルカなら――」

「すー」

「ハルカなら既に寝てるよ」

「そんなぁ~。妹がいるハルカならなんとかしてくれると思ったのに」

  

 見てて面白いなこの子達。

 アツコちゃんは子供が苦手な様だ。

 嫌ってはいなそうなので一安心。

 

 マキと呼ばれたショートの子は中々良い性格をしているようだ。

 困るアツコちゃんをニマニマと眺めている。

 

 ハルカと呼ばれたロングの子はマイペースな子かな? 

 さっきまで起きていたのに気付いたら寝てるし。

 

「あの、姉が来るまでここに居ていいですか?」

「えぇ!? あの、えっと、マキ~」

「ん~? いいんじゃない? ところで君、『お姉ちゃん』を待つんでしょ?」

 

 マキ、うん、こいつは呼び捨てでいいな。

 マキがニマニマと俺にそう言ってきた。

 お姉ちゃん呼びが恥ずかしかったから姉に変えてみたのに。

 しょうがない――

 

「人前で『お姉ちゃん』呼びは恥ずかしい年頃なんです」

「見たところ小学生の高学年ってとこ? まぁそんな年頃だよね。それで君たちはなに、そんなにアツコのおっぱいを見ていたいの?」

「ちょっとマキ、子供相手に何言ってるの!?」

 

 そう言いながらもの、アツコちゃんは腕で胸を隠しながら立ち上がってしまった。

 残念。

 

「いえ、人違いしてしまったお詫びに、サンオイル塗るのを手伝おうかと思いまして――弟の一夏が」

「――俺!?」

 

 今まで静かだった一夏が驚きの声を上げる。

 

「さっきから静かな子だよね? へ~随分と将来性がありそうな可愛い子だこと」

「学校でモテモテの自慢の弟です」

「ちょっ、し『お兄ちゃん』――お、お兄ちゃん。いきなりそん事言われても」

 

 よしよし。

 その調子だ一夏。

 くれぐれも呼び方には気を付けろよ。

 

「ふむふむ――いいね。そこの君、こっちに来て私の背中に塗りなさい」

「マキ!?」

「まぁ落ち着きなよアツコ。見てごらん、この子の顔。将来有望でしょ? 今のうちの唾付けるのも有りじゃない?」

「ないよ! もう、小学生相手に何を言ってるの」

 

 乗り気なマキに疲れ顔のアツコちゃん。

 マキとはノリが合いそうだ。

 出来ればお友達になりたいね。

 でも、残念だけどそれは別の機会に。

 今は一夏が優先だ。

 

「ほら一夏。ご指名だぞ」

「え? その、俺は――」

「男の子なんだから覚悟決めなさい。ほらおいで」

 

 マキが戸惑う一夏の手を引っ張り、無理矢理連れて行く。

 それを見て、アツコちゃんがあうあう言っている。

 このスレてない感がなんとも可愛いな。

 

「アツコさん、でしたっけ? よければ僕が塗りましょうか?」

「え? 私は別に――」

「アツコもだ塗ってないから、頼むよ少年。あ、アツコは日焼け止めね」

「了解です。アツコさん、行きますよ」

「あの、手を引っ張らないで……」

 

 アツコちゃんの手を引き、マキの隣に無理矢理座らせる。

 子供相手に大きく言えないのか、アツコちゃんは多少の抵抗を見せるものの、大人しく寝そべってくれた。 

 

「それじゃあ頼むよ一夏君」

 

 マキは意地悪そうな笑みを浮かべて、一夏にサンオイルのボトルを渡した。

 

「――わ、わかりました。出来るだけ頑張ります」

 

 ボトルを手に持ちながら俺を見ていた一夏だが、助けがないと知ると、しぶしぶとマキの背中にオイルを垂らし始めた。

 

「あの、やっぱり私は――」

「アツコさん、水着のヒモ解きますよ?」

「へ? きゃあ!?」

 

 未だに乗り気ではないアツコちゃんの水着のヒモを外し、立てなくさせる。

 これだけやっても訴えられない。

 まったく、小学生は最高だぜ。

 

「一夏君、女子高生の玉の肌だ。念入りに頼むよ」

「頑張ります」

 

 さあ一夏、家族や知り合いではない女子高生の肌を堪能するがいい。

 

「うぅ、なんでこんな事に……」

 

 俺も美味しい思いさせてもらうけどね。

 

「アツコさんは肌綺麗ですね。これは丁寧にやらないと」

 

 俺も手にクリームを載せ、ニュルニュルと馴染ませる。

 しかし、アツコちゃんは本当に綺麗な肌してるな。

 この背中にシミを作るなんてお兄さんは許しません。

 では、失礼して――

 

 

  

 

 

「なにを――してるのかな?」

 

 女子高生の柔肌に指先が触れようとした瞬間――底冷えする声が耳に届いた。

 

 俺と一夏の動きがピタリと止まる。

 ギギッ、と首を声のした方に向けると――

 

「にぱー」

「(ピキピキ)」

 

 にぱ顔の束さんと、黒のビキニに着替えたピキピキ顔の千冬さんがいた。

 

 

  

 

 

 

 

「俺は無実だ」

 

 女子高生三人から引き離された俺は砂から首だけ出しいる状態だ。 

 まさか砂浜に縦で埋まる事になるとは――

 マンガとかで見たことあるけど、実際に自分がやられるとは思って無かったよ。

 ちなみに、縦穴は束さんがスコップ一本で掘ってくれました。

 俺のサイズにジャストフィットするところに匠の技を感じる。

 

「何が無実だ。さっさと目的を吐け。なぜ一夏にあんな真似をさせた」

「しー君、早く話した方がいいよ?」

 

 千冬さんと束さんに尋問されてる中、一夏は少し離れた場所で箒と砂遊びをしている。

 未遂だと言う事でお咎めなしだそうだ。

 羨ましい。

 

「それはそうと、随分と早い到着でしたね。予想外でした」

「私が言うのもなんだけど、しー君なら私に気を使って、プライベートビーチや無人島にでも行きそうなのに、こんな普通の海水浴場なんて怪しむに決まってるじゃん。しー君が怪しい行動を取ったからね。すぐにちーちゃんに連絡させてもらったよ」

「束のスプレーはかなり強力でな。後ろから睨んだらすぐに行列が無くなったぞ」

 

 確かに普段の俺ならそうしたかも。

 それと、前に並んでた人が居なくなったのは純粋に千冬さんが怖かったからだと思う。

 マキとアツコちゃんも凄いビビってたし。

 

「ほらしー君、キリキリ吐きなさい」

 

 束さんが裸足の足を俺の頭に乗せる。

 力が入っていないので“踏む”より“乗せる”が正しいだろう。

 しかし良かった。

 俺は今喜んでいない。

 むしろイラっとしてる。

 自分がМじゃなくて嬉しいよ。

 

「話しますから足をどけてください」

 

 少し不機嫌な声を出しつつ、束さんを睨むと――

 

「しー君の頭に私の足が……私、なんだかんだで人の頭踏んだの初めてだよ……これはちょっとクセになるかも……」

 

 なんかはぁはぁ言いながら凄い事をつぶやいてるんですけど!?

 

「千冬さん、お願いですから横の変態をどけてください」

「ん? あぁ――大丈夫だろう、たぶん」

 

 味方はいない。

 分かってた事じゃないか。

 

 千冬さんと話して間に、徐々に束さんの力が強くなっていく。

 これはマズイ。

 

「束さん、落ち着いて足をどかしてください」

「――なんだろうこの気持ち。しー君は私の中の色々な扉を開いてくれるよね」

 

 自分で勝手に開けているだけだろ変態め。

 

「俺の今回の目的は――『一夏の性教育』です」

 

 束さんの扉が開ききる前に話を進めよう。

 

 

 

 

 

「「はぁ?」」

 

 やはり年頃の女性には理解出来ないか。

 そして束さんはいい加減足をどけろし。

 

「未来の一夏の話は覚えてますね? 俺はふと思ったんです。一夏は性に対して問題があるのではないかと――つまり、『精神的な病気』ではないかと」

「――それは本気で言ってるのか?」

 

 呆れた顔で俺の話を聞いていた千冬さんだが、病気発言を聞いた瞬間、その目が鋭くなった。

 束さんも俺の目を見ながら驚いた顔をしている。

 

「千冬さん、弟を病気扱いされて怒るのは理解できますが、落ち着いて聞いてください。精神病ってのはやっかいなんです。特に本人に自覚症状が無い場合は」

「だが、それはあくまでも『かも』の話しだろ?」

「危機感が足りないですね。一夏は裸の女の子に抱きつかれても、『友愛の表現』だと考えるんですよ? 同じ男としてありえません」

「――その話が本当ならお前の心配も理解出来る……しかしそれは……」

「ちーちゃん」 

 

 弟の未来を信じられず言い淀む千冬さん。

 そんな千冬さんを束さんが心配そうに見ていた。

 そしてやっと頭から足がどけられた。 

 

「だから俺は動いたんです。一夏に女体の素晴らしさを教える為に!」

 

 性教育は年上の男として大事な役目だろ?

 子供は父親や兄が隠したエロ本で性を学ぶもの。

 一夏に父や兄がいないなら、なおさら『近所のチョイ悪お兄さん』ポジションの俺の出番だ。

 

「待て、お前の考えは理解できたが……一夏はまだ小学生だぞ? 早すぎないか?」

「俺が一夏の歳の頃には、既に女体にも興味あったし、拾ったエロ本読んでましたよ?」

「一夏をお前と一緒にするな!」

 

 そんなに力一杯否定しなくても――

 これだからブラコンは。

 

「束さん、貴方なら分かってくれますよね?」

「私? ん~、そうだね。箒ちゃんの為になるならいっくんには性に目覚めて欲しいね――ところでしー君、なんでしー君まで一緒に触ろうとしてたの?」

 

 おっと、風向きが変わったぞ。

 

「――ほら、一夏だけやらせるのもかわいそうだし?」

 

 上目使いを意識して、ちょっと可愛らしく言ってみる。

 判定は――

 

「にぱー」

 

 あ、ダメですね。

 

「にぱー」

 

 止めろ! 近づいて来るな! 来るなぁ!

 にぱ顔はトラウマだから! 

 

「待て束。神一郎を処すのは後でも出来るだろ? 今は一夏の問題が先だ」

 

 束さんの手が俺に触れる直前、千冬さんから待ったが入った。

 てか俺は処されるんですか?

 未遂なんだからそこまで怒らなくていいじゃないか。

 

「取り敢えず、一夏には女性に慣らせる必要があると思います。他人がダメなら――千冬さんしかいないのでは? 箒はまだ子供ですし」

「ふざけるな。なぜ私が」

「その役目、この束さんに任せてもらおうか! 私のパーフェクトボディでいっくんをイチコロだよ!」

「お前は引っ込んでろ」

「ぶーぶー」

「なら俺がやりますか? 未来の一夏にはホモ疑惑があるんですよね。今のうちに本当かどうかを確かめるのも悪くないでしょう」

「ますますやらせるか!」

「やっぱり私が」

「いや俺が」

「お前達にやらせるなら私がやる!」

「「どーぞどーぞ」」

「あ……」

 

 ここまでがテンプレである――って本気で引っかかるとは。

 これだからお笑い番組を見ないお堅い人はチョロい。

 ――千冬さんの尊厳の為に、それだけ一夏の事に真剣なのだと思ってあげよう。

 

「それじゃあ、一夏の性教育係は千冬さんって事で」

「意義なーし」

「いや! ちょっと待っ――」

 

 トントン拍子に話が進むので、千冬さんがたいそう慌ててるが、もう遅い。

 

「一夏~! 箒~! ちょっとおいで~」

 

 俺が呼ぶと、一夏と箒がこちらにやってくる。

 

「さてと――周囲にホログラムを展開! これで周囲の人間にはちーちゃん達がただ寝てるようにしか見えない! そして――変☆身!」

 

 一夏と箒がブルーシート近くまで来ると、周囲の空間が一瞬歪んで見えた。

 その歪みはすぐに無くなったが、問題はその後だ――

 

 束さんの体が光に包まれる。

 その光は徐々に収まり――

 

「リリカルマジカル――がんばります!」

 

 ここまで気合の入った『がんばります』がかつてあっただろうか。

 いや、そんな事はどうでもいい――

 

「束――お前――」

 

 千冬さんが驚きの表情で束さんを見る。

 一夏と箒もポカンとした顔で束さんを見ていた。

 

 俺達の目の前には、真っ赤なビキニを着て、腰にパレオを巻いた束さんがいた――

 

 引きこもりなだけあって、肌は白い。

 そして、引きこもりのクセになんたるスタイルの良さ。

 まぁ……束さんだし、きっと自分の体を改造してるんだろう。

 

「しーいーく~ん? 何か失礼なこと考えてないかな?」

「しゅいません」

 

 頬を足の指で抓まれる。

 Мじゃないのにドキッとしたのは、下から見上げた束さんの水着姿が素晴らしかったからだと信じたい。

 

 

 

 

 

「眼福です」

 

 目の前には寝そべって背中を晒す美少女が二人。

 もちろん水着のヒモはすでに外されている。

 

 『はみちち』ってエロいよね?

 二人共かなりのモノをお持ちなので、体重に潰されたおぱーいが、こう、むにゅっと潰れている。

 

「しー君の視線がこそばゆいぜ」

 

 束さんがニマニマと俺を見てくるが――言い返せない。

 今だけは恥辱に甘んじよう。

 束さん……最高です。

 だってしょうがないじゃん。

 出会って二年近くだけど、いつものエプロンドレス以外見たことないもん。

 千冬さんでさえ驚いていたしな。

 

「千冬姉、日焼け止めでいいの?」

「あぁ」

 

 隣では、千冬さんの横に腰を降ろした一夏が、少し顔を赤めながら手に日焼け止めクリームを持っていた。

 正直、俺は一夏のブラコン度を高めるだけだと思うんだが……。

 この際、取り敢えず姉相手とは言え性を感じてくれればいいか。

 

「な、なぁ一夏。私にも……その、日焼け止め塗ってくれないか?」

 

 千冬さんを羨ましそうな目で見ていた箒が、果敢に一夏を攻める。

 しかし――

 

「箒にはいらないだろ? どこか塗れない場所があるのか?」

「――ないな」

 

 箒は自身の体を見回した後、がっくりと肩を落とした。

 残念ながら、箒は白を基調にしたワンピースタイプの水着。

 露出部分は全部手が届く。

 小学生にビキニはまだ早い! と、俺と束さんの話し合いの上での結論だ。

 がっかりしてる箒にはちょっと悪い事したな。

 

「しー君は私の背中を頼むよ」

「ご指名は嬉しいんですが――なんで?」

 

 お仕置きどころかご褒美なんですが?

 

「それはね~。しー君が顔を真っ赤にして、私にはぁはぁする姿を見たいから」

 

 ――やっぱりお仕置きなのかもしれない。

 今、一時の感情に流されたら、数年後にこれをネタに盛大にからかわれる気がする……。

 

「しー君、はいコレ塗って」

 

 迷う俺に束さんが日焼け止めを渡してきた。

 束さんは横に座る俺に渡すため、軽く背中を反り、右手を伸ばす――おぱーいがカタチを変えた――

 

「やります」

 

 後でからかわれるか、この機を逃して後悔するか――

 

 男ならこっちの道だよな?

 

 

 

 

 

「んっ……あっ……いち……か」

「くっ……いや……しー……君」

 

 それはとてもエロかった。

 そして、俺と一夏、ついでに箒も顔が真っ赤だった。

 

 それもこれも――

 

「千冬姉――ちょっと我慢して。コレ全然伸びなくて」

「んんっ!? 出来るだけ早く終わらせろ」

 

 この、やたら伸びの悪い日焼け止めと、くすぐったがり屋の二人のせいだ。

 

 なにこれ?

 やたら塗りが悪いんだけど?

 日焼け止めの善し悪しはわかんけど、コレは安物なんだろうか?

 

「あっ!? い……ちか……」

「んあ!? し……くん……」

 

 これなんてエロゲ?

 あぁ――インフィニットなんちゃらってエロゲーか。

 エロゲーなら遠慮はいらないな。

 

 きめ細かい束さんの肌にクリームをすり込むようにこすりつける。

 ただひたすら束さんの肌に集中する。

 

「■▲■▼■」

 

 束さんが何か言ってるが、気にしない。

 気にしないったら気にしない――

 

 

    だから――

 

 

 

         静まれ俺の海綿体(リヴァイアサン)

 

 

 

 

 ダメですね。

 ネタに走ってみたけどダメだこれ。

 俺は一夏と違って性に目覚めてるからな!

 ――だからと言ってこのタイミングはないだろ。

 年下相手に何やってるんだよ俺! と思うが、この二人は肉質だけなら大人だしな。

 いや、原因は分かってるんだ。

 たぶん――俺は溜まっている。

 俺は自分が精通してるか分からない。

 でも、おそらく精通していると思う。

 ただ、試したことがないのだ。

 だって――パソコンの前でズボン下ろしたら、窓を突き破って束さん現れそうで怖かったんだもん。

 そう、俺は悪くない。

 悪いのは束さんだ――

 

 

 

 

 

「しー君?」

 

 束さんの声にふと我に返る。

 束さんを見ると、目をパチクリさせながら俺を見ていた。

 どうやら考えに夢中になって手が止まっていたみたいだ。

 そして、束さんの手首辺りに小さいウィンドウが空中に投影されていた。

 ウィンドウの中は脳波パターンぽいいくつものグラフが見えた。

 

「…………」

「…………」

 

 見つめ合う二人。

 そして――

 

 ニヤリ

 

 

 あ、バレてますねこれは。

 

「ねえしー君。ちょっと立ってみてくれない?」

 

 海綿体(リヴァイアサン)ならすでに鎌首持ち上げてますが?

 そっちじゃない?

 ですよね。

 

 一夏達に気付かれたくないので、素直に立ち上がる。

 

「しー君はなんで中腰なの?」

「それは腰が痛いからだよ」

 

「しー君はなんで汗だくなの?」

「それは夏だからだよ」

 

 俺と束さんの掛け合いを、一夏や箒は不思議そうな顔で見ていた。

 

「私の魅力にやられたくせに」

「少しばかり顔と声が可愛くてスタイルが良いからって調子に乗るなよ?」

 

 箒は『やっぱり神一郎さんは姉さんのことを!?』と言っているが。

 やはりってなんだやはりって。

 

「ふう――せっかくのバカンスなのにひと仕事しなくちゃいけないとは」

 

 束さんの言葉を聞いた瞬間、悪寒が走る

 これは逃げないとマズイな――

 運良く束さんは水着だ。

 それもヒモを外している。

 逃げるなら今がチャンスだな。

 そう思いながら少しずつ束さんと距離をとっていたら――

 

 

 パチン

 

 

 指パッチンひとつで見慣れた姿に着替えが完了した。

 

「よっと」

 

 束さんが立ち上がり、俺の方に顔を向ける。

 

「束さんはなんでゴム手袋を着けているの?」

「それはね、これからしー君を搾るからだよ」

 

「束さんはなんで中指をクイクイ動かしてるの?」

「それはね、しー君の為に指使いの勉強をしたからだよ」

 

 話をしながら逃げる算段を立てる。

 束さんにバレないように、拡張領域から物を取り出す。

 

「しー君、忘れてないよね? しー君は私の“実験動物”なんだよ?」

 

 来る!?

 そう感じた瞬間、俺は手に持った写真をばら蒔く様に投げた。

 

「くらえ! 『涙目一夏とにゃんこエプロン』!」

「えっ~!?」

 

 一夏が叫ぶが、それは尊い犠牲なのだ。

 

 俺の料理のレパートリーは多くない。

 所詮は独り身男子の家庭料理だ。

 ついこの間、俺が料理で教えられる事は全て教え終わった。

 料理を教えるのはこれで最後だ。って言ったら、一夏が泣きながら今までのお礼を言ってきたもんだから、つい撮ってしまった一枚だ。

 

「エプロンいっく~ん!」

 

 束さんがその写真に飛びついた。

 後ろで箒と一夏も回収しようとピョンピョン飛んでいる。

 今がチャンス!

 

 人波を避けながら、海岸の砂浜を右に真っ直ぐ向かう。

 俺達が陣取ってた場所は砂浜の端に近い。

 ここから200メートル程行くと、そこで砂浜は終わり、そこから先は丘。

 更に先に行くと、崖になっている。

 腰を低くしながらひたすら走る。

 

 砂浜を終わった辺りで肩ごしに後ろを見ると、砂柱が立っていた。

 束さんが動き始めた様だ。

 

 ここまで来れば人はほとんどいなくなる。

 両足に流々武を装着し、それと同時に夜の帳を発動。

 これで万が一人に見られても、最悪幽霊で済む――といいな。

 

 流々武で一気に丘を駆け抜け――

 

「アイ・キャン・フ・ラーイ!!」

 

 そのまま崖から飛び降りた。

 

 海面にぶつかる前にセンサーで周囲を見る。

 辺りに船など目撃者がいない事を確認し、流々武を全身に装着し海に飛び込む。

 

 崖から少し離れた場所で待機。

 束さんの出方を見る。

 

 あの場で海に向かって、子供が潜ったまま浮いてこないと騒がれれば、ライフセイバーの出動がありえる。

 人も多かったしな。

 空に飛んでも束さんなら追いついて来そうだ。

 だからこそ、この選択肢。

 海中ならどんな生き物も遅くなる。

 いくら束さんでも海中を魚並みに泳げないだろう。

 束さんが落ち着いた頃合を見計らって千冬さんに助けを求めてみよう。

 そう思いハイパーセンサーに注意を向ける。

 

 話は変わるが、俺のISは全身装甲だ。

 目に見える景色も、裸眼で見ているわけではない。

 画面越しに見ているのだ。

 視界に文字が浮かんだ――

 

 

 ――製作者権限による命令を受諾

 ――ISコアNo.2 登録名【流々武】の制御権を製作者に移行

 ――浮上します

 

 

 うん、そもそもIS使って束さんから逃げるのが無理って話だった。

 いやいやいや。

 ちょっと待って! 

 待って流々武!

 少しは抵抗しよう?

 たまに装甲磨いてあげたりしたじゃん!?

 

 俺の意思とは無関係に流々武が動く。

 海中を進み。

 落ちるとき見た崖の壁面を昇り。

 崖の上に着くと、そこには――

 

「おかえり」

「た、ただいま」

 

 語尾にハートマークが付きそうなほど上機嫌な束さんがいた。

 

「しー君。ここは静かだね(クイクイ)」

「そ、そうですね」

 

 人が居ない場所に来たのも間違いだったか。

 

「恥ずかしいけど、私、がんばるね(クイクイ)」

「束さん、お願いだから許して。それと女の子が中指を卑猥に動かさない」

「しー君のパソコンに入ってたエッチィDVDにいた、ゴールンデン鷹って人の指使いを学んだ、この“束フィンガー”でしー君を――」

 

 頼むから話を聞いてくれ。

 

「尻をだせ~い!」

「いや~!?」

 

 アレ? 流々武が解除されない? ありがとう流々武! コラ流々武! 言う事聞かないと装甲全部ピンクにしちゃうよ! あ、装甲が――

 

 

 

 

「アッーーーーー」

 

 

 その後、とある海水浴で、崖に向かってダッシュする子供の幽霊と、助けを求める子供の声が聞こえるとの噂が流れた――




モブの女子高生はみなみけから
チョイ役なので、完全オリジナルより、他作品のキャラの方が読み手は想像しやすいかな? と思いやってみました。
不快に感じる方がいましたらすみませんm(_ _)m



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最高の一年を君に(秋)

投稿が遅れて申し訳ありませんm(_ _)m
自分の作品を読み返していたら、話しのぶつ切り感の酷さや、深夜テンションで書いたネタの滑り具合にへこんでました。

今回は加筆修正版に近いです。
書いたり消したり繰り返してました。
そのせいで文字数が過去最多……。
これ以上はエタりそうなので投稿します。
休日に書いた5千文字を次の日に消す。
変な笑いが漏れましたウケケヽ(;▽;)ノ


 秋には魅力が一杯だ。

 

 食欲の秋

 スポーツの秋

 読書の秋

 

 秋に何をするかは人それぞれだと思う。

 ちなみに俺の場合だと――

 

 ①織斑家に山菜の差し入れをする(松茸は入ってない)

 ②一夏と一緒にグルメ番組を見る(松茸が美味そう)

 ③織斑家にインスタント食品を届ける(松茸のお吸い物と松茸の炊き込みご飯の素)

 

 などをやっていた。

 

 誤解しないで欲しいんが、これは別に嫌がらせではない。

 貧乏な学生に『お前は松茸食ったことないもんな~』なんて煽ってる訳ではないのだ。

 これはいつも通りの素直になれない千冬さんへの対策だ。

 

 夏に千冬さんに貞操を守ってもらったので、その恩返しにまた温泉でもと考えているのだが、正面きって誘っても断られるのは目に見えてる。

 だからまず、一夏から落としにかかっている。

 予約した旅館は山菜が美味しい宿で、秋は松茸の土瓶蒸しなどが目玉だ。

 一夏の松茸に対する期待値を高めた後、千冬さんに『一夏に松茸食べさせたくないですか?』と振って、断りづらくさせるのが目的。

 

 くっくっくっ。

 織斑千冬、お前は素直に俺の接待を受けるしかないのだよ!

 

 

 

 

 

「随分長い独白だったね。だそうだよ。ちーちゃん」

「はぁ、相変わらず回りくどい事を」

「もう立っていいですか?」

「まだ座ってろ」

「イエスマム」

 

 なんて、偉そうな事を言っておいて、早々に俺の行動がバレて呼び出しからの正座&尋問が始まってるんだけどね。

 

「しー君。その宿ってどんなとこ? 夏の海水浴場みたいに、また人が多いの?」

「安心してください。部屋数は3つしかない隠れ家的な宿です。部屋は全部予約してあるので、俺達の貸切ですよ。なので秘密の話しをするのにも持ってこいです。これから先の事もそろそろ話したいですし」

「それはいいね。ちーちゃん、せっかくの好意だし素直に受けたら?」

「――お前は簡単に言うがな。体裁ってものが……だいたい、未来のことを話すなら別に此処でもいいだろ?」

「「風情がない」」

「お前らはまったく――」

 

 貸切と聞いて笑顔になる束さんに比べ、千冬さんは未だ迷っているようだ。

 年齢的にはこちらが上だから気にしなくていいにの。

 それに、真面目な話しをするならそれなりの場所がいいだろ?

 

「千冬さん。あの夏、俺は全てを失うところでした。貞操、男の尊厳、それらを守ってくれたのは他でもない、千冬さんです。どうか俺の気持ちを受け取ってくれませんか?」

「しー君、辛かったんだね」

 

 束さんがわざとらしくハンカチで涙を拭いているが、自分が元凶だと分かっているのだろうか?

 

「――そうか、そこまで言うならお前の気持ちを受け取ろう」

 

 正座中の俺を渋い顔で見下してた千冬さんだったが、初めて笑顔が見れた。

 

「だが、何度も言っているが、私を動かすのに一夏を巻き込むな。一夏がテレビで松茸を見るたびに、『松茸も食べさせられないなんて』と暗い気持ちなるのは私なんだぞ」

「そしたら俺に『お兄ちゃん、千冬、松茸食べたいの』って言えば解決しますよ?」

「バカを言うな。私の家族は一夏だけだ」

 

 千冬さんにコツンと頭を叩かれる。

 さっきまで殺伐とした空気はなくなり、穏やかな雰囲気になった。

 良かった良かった。 

 

「それで、これからどうします? ISで模擬戦でもしますか?」

 

 せっかくの地下秘密基地なんだし、少しISを動かしたい。

 

「そうだな。時間もあるし、少し体を動かすか」

「了解で――っ!?」

 

 立ち上がろうとして、失敗した。

 そう言えばずっと硬い床で正座したままだった。

 

「ん? 痺れたのか? 足を崩して少し休んでろ」

「そうさせてもらいまっ!?」

 

 足を触られ、ビクッとする。

 後ろを振り向くと――

 

「つんつん」

 

 真剣な顔で俺の足をつんつんする束さんがいた。

 さっきまで千冬さんの後ろにいたのに、いつの間に後ろに? そしていつの間に俺の靴を脱がした!?

 

「なにしてるんです?」

「ん~? 検証? 私って正座で足が痺れた事ないんだよね」

 

 天災は正座にすら強いのか。

 

「ところで束さん。もう俺の尻は諦めましたよね?」

「――ちーちゃんにしこたま怒られたからね」

 

 俺の足を触っている束さんの指がぶるぶると触れえている。

 一夏や箒の前でふしだらな事をするとは! ってめっちゃ怒られてたもんな。

 

「当たり前だ。一夏や箒がいるというのにお前等ときたら」

「俺は被害者なんですが?」

「一夏と箒の前でやましい事を考えてたお前も同罪だ」

 

 しょうがないじゃん。

 束さんがエロかったんだよ。

 

「あ、そうそう、ちーちゃん」

「なんだ?」

「しー君は色々言ってたけど、宿の予約は去年からしてたからね? そんなに都合よく貸切とか出来るわけないじゃん。騙されちゃダメだよ?」

「――ほう?」

 

 なんで余計な事言うかな?

 せっかく上手く話しがまとまりそうだったのに。

 だってさ、千冬さんの、『くっ、悔しいが一夏の為だ』って顔が大好きなんだもん。

 気の強い女の子が悔しそうな顔をして下唇を噛む姿って萌えない?

 俺は萌える。

 

「言っておきますが、恩返しの気持ちは本当ですよ?」

「そうか、一度受けると言ったんだ。取り消す気はないが――」

 

 千冬さんが俺の後ろに回り込み、束さんの隣にしゃがみ込む。

 なんだ?

 

「やはりその性格は矯正するべきだな」

「あいっ!?」

 

 ぬぉ、足の裏をグリグリと!?

 

「束、左は私がやる。お前は右だ」

「お任せだよちーちゃん」

「ひゃい!?」

 

 今度は左をグリグリと!?

 

「反省しろ」

「これも実験だよしー君」

 

 って足つぼ押してるじゃないですかやだー

 

「あだだだだ!?」

「ふむ、内蔵が弱いな。外食ばかりするからだ」

「しー君は流々武で色々行ってるもんね。春先には日本全国のラーメン食い倒れツアーとかやってたし」

「朝は函館で塩ラーメン。昼は仙台で味噌。夜は博多豚骨。幸せでしたぁあだだだ!?」

「少しは体に気を付けろ。また早死したいのか?」

 

 正論だけど酷い!?

 せっかくどこにでも行けるんだからちょっとの贅沢くらい良いじゃないか!

 

「まったく、美少女二人にモテモテで辛いぜ」

「1ミリもそんな事思ってないから。捏造は止めろ」

 

 まるで俺の心のセリフの様な嘘を言うなし。

 

「ほうほう、ちーちゃん、私達って可愛くないらしいよ?」

「みたいだな、もう少しお仕置きが必要だ」

「勘弁してくださいお姉さま方!?――あいだだだ!?」

 

 

 

 

 なんだかんだありながらもIS世界は今日も平和です。

 

 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 

 

 そして一泊二日温泉旅行当日。

 いつも通りにグラサンの車でやって来たのはとある山の麓。

 山の入口から山中の旅館まで歩いて30分ほど。

 せっかくの秋の山なので、紅葉狩りを楽しみつつ、歩いて山中の旅館に向かう事になった。

 舗装されてないとは言え、道幅は大人二人が並んで歩けるくらいある。

 一夏と箒もこれくらいならたいして疲れないだろう。

 運動の後の温泉最高だしな!

 

「そんなこんなでやって来ました秋の山! これから山を登りますが、舗装された道ではないので足元に注意するように。猪などに遭遇する可能性があるので、エンカウントしたらすぐに千冬さんの後ろに隠れること。分かった?」

「「はい!」」

 

 一夏と箒は姉と違って素直で良い子だな。

 

「おいこら」

「いっくん、箒ちゃん。束さんも頼ってね?」

 

 千冬さんは不満げな様子だが、最高戦力だからしょうがないね。

 束さんは――猪の命が可愛想なので頼るのはダメです。

 

 千冬さんと束さんが先頭。

 一夏と箒がその少し後ろ。

 そして俺が最後尾を歩く。

 

 サクサクと落ち葉を踏みしめ、視線を上げれば紅葉が目に入る。

 気温も暑くなく、寒くもない丁度いい気温だ。

 やはり秋の山は最高だよ。

 獣道を掻き分けながら歩くのも楽しいが、こういう道をのんびり歩くのも良いな。

 正面を見れば、束さんが千冬さんにちょっかいだしては殴られ、一夏と箒は笑顔で喋りながら歩いていた。

 いや本当に平和だ。  

 

 歩き始めて15分程たったころ、一夏の様子がおかしくなった。

 さっきまでは箒と喋りながら景色を楽しんでいた様だが、今は足元や木の根元をキョロキョロと見ている。

 

「一夏は何か探してるのか?」

「あ、神一郎さん。ちょっとキノコを」

 

 俺に向けて満面の笑顔を向ける一夏の手にはキノコの本が……。

 キノコっておい。

 

「神一郎さん、一夏は食べられるキノコを探してるんです。食費の足しになるかもって」

「図鑑に乗ってる食べられるキノコを探してました」

 

 うーむ。

 心意気は買うが、キノコを甘く見てるな。

 図鑑で判断とか怖すぎる。

 

「一夏、その本はどうしたの?」

「学校の図書館で借りてきました!」

 

 笑顔が眩しいな。

 一夏が採ったキノコなら千冬さんは喜んで食べそうだけど、流石にやばいだろ。

 やる気も殺る気もまんまんか。

 

「あのな一夏、素人のキノコ取りは止めておけ。本気で死ぬぞ?」

「でも店で売ってるキノコと同じようなの沢山ありますよ?」

 

 一夏の中ではキノコのほとんどが食用可だと思っていたみたいだな。

 いや、それよりもキノコで死ぬって発想がないのか?

 ここは実演でキノコの怖さを教えるべきかな。

 

「一夏、簡単な毒キノコの判別方法教えてあげようか?」

「そんな方法があるなら是非!」

 

 おおう。

 目がキラキラしとる。

 そんなに期待されたらお兄ちゃん頑張っちゃうぞ。

 

「一夏的に食べられそうなキノコ持ってきて」

「分かりました」

 

 一夏は周囲をキョロキョロと見回した後、近くの倒木に近づいていった。

 

「これなんかどうですか? シイタケに似てて、地味な色で普通に美味しそうですけど」

 

 一夏が俺に渡してきたのは確かに店に売ってそうな地味なキノコだ。

 

「毒があるかは一見では分からない。ならどうすればいいか――見て分かんないなら食べてみればいいじゃない」

「「はい?」」

 

 一夏と箒の驚く顔をよそに、キノコの表面を水筒の水――ではなく、お茶で洗い流す。

 そんな都合よく水筒に水なんて入っるわけない。

 まぁお茶でも問題ないだろう。

 

「まず毒見役には篠ノ之束を用意します」

 

 商品を紹介するように、右手をハイっとやると、そこにシュパっと束さんが現れた。

 10mほど先を歩いていたはずなのに、一瞬でこれだよ。

 驚かない俺もだいぶラノベ世界に順応してきたと思う。

 

「そして――」

 

 シイタケに似たキノコ束さんの口にぽいっとな。

 

「キノコを篠ノ之束の口に入れます」

「あ~ん――もぎゅもぎゅ」

 

 ゴクンと飲み込む音が静かな森の響く中、一夏と箒は唖然とした表情で束さんを見ていた。

 

「イルジンだね。いっくんが食べたら嘔吐や下痢でトイレから出れなくなるよ? 最悪死ぬ」

「ね、姉さんは大丈夫なんですか?」

「お姉ちゃんの胃袋――『束袋』は鉄壁だから安心して箒ちゃん」

 

 箒の心配を他所に、余裕の表情を見せる束さん。

 流石の一言だ。

 

「とまぁこんな感じで、一見無害ぽく見えても普通に毒があるのがキノコだから。一夏は絶対に食べちゃダメだよ? プロならともかく、素人は食べてみないと分からない物が多いから」

「気をつけます」

 

 なんの変哲もないキノコ一つで死ぬ。

 その恐怖は少し伝わったみたいだ。

 一夏は真剣な顔で頷いてくれた。

 

「どうしてもって言うなら、いっくんが束さんを買うしかないね。束さんが一日手伝ってあげるよ?」

「――でも、お高いんでしょう?」

「それが今ならなんと! いっくんが温泉で背中を流してくれるだけで、『束さん一日券』をプレゼント! これは安い!」

 

 温泉で背中流すってご褒美やん。

 しかもそれで天災を一日自由に使えるって――世の科学者や権力者は泣いて喜ぶだろうな。

 

「一夏? まさか姉さんと一緒に温泉などと考えてないだろうな?」

「そ、そんな事するはずないだろ!?」

「姉さんも、あまり一夏を苛めてはダメです」

「は~い」

 

 箒や、穏やかに見えて背後に鬼が見えてるよ?

 

 

 それから一夏と一緒に風景写真を撮ったり、箒に足を捻挫させたフリをさせ、一夏におんぶさせたり、その一夏が途中で力尽きて千冬さんにおぶられたりと色々あったが、みんなで予定通り宿に着いた。

 

 宿は木造二階建てで旅館としては小さな建物だ。

 二階部分が客室となっており、一階部分の奥は経営しているご夫婦の家に繋がってるらしい。

 一階部分にテーブルが置いてあるリラックスルームがあるが、遊具などは一切ない。

 あくまでも山の静かな雰囲気を楽しむのが売りの宿だからだ。

 宿の人に挨拶したりと色々あるが、そこは語るまでもないだろう。

 なので――

 

 

 

 

 かぽーん

 

 温泉シーンからスタート。 

 

 

「なぁ一夏、なんで温泉に入ると脳内に鹿威しの音が聞こえるのかな?」

 

 ここの温泉には鹿威しなんて無いのに。

 

「――日本人だからじゃないですかね?」

「なるほど、日本人だからか~」

 

 一夏は良い事いうな~

 

「「はぁ~」」

 

 一夏と二人、頭にタオルを乗せた状態で口から幸せの溜め息を出す。

 温泉はいい――

 リリンが生み出した文化の極みだよ。 

 

『ちーちゃんと温泉♪ ちーちゃんと温泉♪』

『ひっつくな暑苦しい』

『一夏め、先に行かなくてもいいじゃないか』

『まぁまぁ箒ちゃん。混浴じゃないし、しょーがないよ』 

 

 女性陣が温泉にインしました。

 隣でくつろいでいる一夏を見ると――

 

「はぁ~」

 

 女性陣の登場など気づいていない様だな。

 仮にもラブコメ主人公なんだから、隣の温泉に幼馴染が入ってきたら、少し顔を赤くするくらいのリアクションをして欲しいよ。

 

「一夏は好きな人とかいないの?」

「はい? えっと、千冬姉と箒と束さんと――」

「あ、もういい」

 

 やっぱり一夏には早急に性教育が必要だと思うんだよね。

 と言っても、正直、そこまで急いで一夏の性を目覚めさせる必要はないと思っている。

 一夏は千冬さん相手に少しばかり性を感じている節があるしな。

 原作一夏を思うと一抹の不安はあるが、ほっとけば目覚めると思う。

 だけど、箒や同世代だとその辺はさっぱりだ。

 箒は一夏と手を繋いだり、触れていたいと思っている。

 もちろんキスだってしたいだろう。

 仮に箒が迫った時、一夏との温度差で箒が悲しい思いをするかもしれない。

 それを回避する為にも、俺は一夏に女体に興味を持って欲しいと思っている。

 

 

 ――よし、理論武装完了。

 

 

 千冬さんや束さんに語った話は半分嘘だ。

 いや、全て話さなかったと言うのが正しい。

 二人とも夢にも思わなかっただろう。

 俺が夏のリベンジを考えてる事を!

 

「一夏、ちょっと立ってくれない?」

「なんです?」

 

 疑問顔をしながらも一夏は素直に立った。

 いい子いい子。

 

 ここでこの温泉を簡単に説明しよう。

 温泉は二箇所。

 当たり前だが、男湯と女湯である。

 広さは結構広く、五畳ほどの露店風呂だ――温泉の広さは畳でいいのか分からないが……。

 そして、男湯と女湯の間には簡単な仕切りがある。

 屋根などは無く、覗き易い――ではなく、俺の目的には理想的な温泉だ。

 

「動くなよ?」

「え? あの!?」

 

 騒ぐ一夏の目をタオルで隠す。

 

「ちょっと神一郎さん!?」

「いいから、そのまま動くな」

「――分かりました」

 

 裸で目隠しされオロオロする一夏。

 ――取り敢えず一枚撮っておこう。これは高値で売れそうだ。

 

 両腕にISを装着。

 そして一夏の脇の下から手を入れ持ち上げる。

 

「持ち上げられてる!? でもこれ神一郎さんじゃない!? え? 誰!?」

 

 流石に機械の感触で怪しまれるか。

 でも目隠ししてるからどうとでも誤魔化せるだろう。

 

 そしてここから――

 

「まわってる!? 俺まわってる!?」

 

 現在、温泉の真ん中で人を回していますが、周りの人の迷惑になるのでくれぐれも真似しないでください。

 

 束さんを投げて身につけた俺の投擲技術を見るがいい!

 

「逝ってこい!」

「えぇ~!?」

 

 一夏をぶん投げる。

 もちろん、女湯へ。

 

「浮いてる!? いや……飛んでる!?」

 

 一夏、お前は俺を恨むかもしれない。

 だが、10年後――いや、5年後にはお前は俺に感謝するだろう。

 中学生になったら『俺、女湯に入ったことあるし』と自慢するがいい。

 ついでに後で俺に女湯の詳しい感想聞かせてね!

 

「うあぁぁぁ~!?」

 

『親方! 空から男の子が!?』

『誰が親方だ! っておい、あれ一夏か?』

『なんで一夏が空から!?』

『ひとまずキャッチしないとね――ひゃっほ~! いっくんゲットだぜ!』

『いてて、束さんありがとうございます――って前! 前隠してください! 見えてます!』

『一夏! お前が目を閉じればいいだろ!?』

『そうだな箒――っ!?』

『見たな!? 今見ただろ一夏!?』

 

 いやはや、女湯は楽しそうだな。

 そして箒の声は若干嬉しそうな感じだ。

 これは良いツマミになる。

 

 脱衣場に戻り、服の下から隠していたお酒を取り出す。

 この辺の地酒の日本酒だ。

 旅や旅行の楽しみといったらこれだよな。

 

 ISの拡張領域から、お盆、お猪口、徳利を取り出す。

 徳利に酒を注ぎ、湯船にお盆を浮かせて準備完了だ。

 あ、もう少しツマミを増やしておこうかな。

 

「束さ~ん。箒~。一夏は体は洗ったけど、頭はまだだから洗ってあげて~」

 

 女湯に向かって声を掛ける。

 

『なんだ、体を洗う必要なかったね』

『姉さん。このまま頭も洗いましょう』

 

 どうやらすでに洗われてるみたいだ。

 羨ましいね。

 

『神一郎さん助けて~!』

 

 聞こえな~い。

 ここの酒美味いなぁ~。

 

『神一郎、後で話がある。逃げるなよ?』

 

 大きい声ではないのに耳に届く千冬さんの声が本気で怖い。

 しかし――

 

『いっくん。目を開けちゃダメだよ?』

『そうだぞ一夏。泡が目に入るからな』

『目に泡が入るのを気にしなければ束さんと箒ちゃんの裸体が見れるけどね(ボソッ)』

『千冬姉! 助けて!』

『――今は諦めろ』

 

 いくらブラコンの千冬さんでも、今の束さんと箒から一夏を取り上げる事は出来ないだろう。

 

『姉さん。私、髪を洗い忘れた気がします』

『奇遇だね箒ちゃん。お姉ちゃんもだよ。せっかくだからいっくんに洗ってもらおうよ』

 

 だって凄く楽しそうだもん。

 箒の気持ちを知っている千冬さんにはどうしようもできまい!

 

『神一郎さんヘールプ!!』

 

 あ~酒が美味いんじゃ~。

 

 

 

 

 その後――

 顔が真っ赤な一夏に恨み言を言われ。

 同じく顔が真っ赤な箒にお礼を言われ。

 上機嫌な束さんとハイタッチをし。

 千冬さんに殴られた。

 

 それからみんなで夕食タイム。

 楽しみにしてた松茸を見て目を輝かせる一夏――を見てほっこりする千冬さんと箒と束さん――にニマニマしながら美味しい山の料理を頂いた。

 

 モミジの天ぷらとか存在は知っていたけど食べたの初めてだよ。

 出来ればお酒も飲みたかったけど、流石に一夏と箒の前なので自粛した。

 

 

 夕食後は自由時間。

 一夏と箒は二度目の温泉へ。

 千冬さんは夜景を見ながら散歩したいと外へ。

 束さんもそれに着いて行った。

 そして俺は部屋に敷かれた布団に寝転びながら読書中。

 もちろんラノベだ。

 

 部屋は六畳程の畳部屋で、備え付けの家具は小さなちゃぶ台があるだけの質素な部屋だ。

 窓の外では木々が風に揺られ、静かな部屋にザワザワと葉が揺れる音が聞こえる。

 

 温泉に入り、美味しい料理を腹いっぱい食べ、浴衣で布団に寝転びながら静かな雰囲気の中でラノベを読む。

 こんな幸せな事はない。

 

 しかも、それだけではない。

 今読んでるのは前の世界に無かった作品だ。

 俺の楽しみの一つがマンガやゲーム、ラノベなどのオタク趣味だが、転生しからはさらに楽しくなった。

 なぜなら、ここは俺が暮らしていた世界ではないから未知のアニメやラノベがある。

 まさにオタク大歓喜。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 トントンとノック音が聞こえた。

 ふと時計を見ると、時刻は22時。

 つい読み耽ってしまった。

 

 ドアを開けると、いつも通りの笑顔の束さんが――

 

「おじゃましま~す――からの~ぐで~」

 

 人の部屋に入るなり、ちゃぶ台に突っ伏してしまった。

 散歩中に千冬さんと何かあったのか?

 

「なんで疲れてるんです?」

「別に疲れてる訳じゃないんだよ~」

 

 ありゃ。

 顔も上げない。

 

「箒はもう寝たんですか?」

 

 内緒話してる時にうっかり話を聞かれたりするのは勘弁して欲しいんだが。

 

「…………箒ちゃん」

 

 なぜますます元気がなくなる!?

 う~ん、これはもしや――

 

「箒の笑顔が眩しすぎて、後数カ月でその笑顔を曇らせると思うとお姉ちゃん泣いちゃう?」

 

 ビクっ!

 

 あ、動いた。

 当たりか。

 

「箒ちゃん凄く楽しそうだった。温泉でね、いっくんに髪を洗ってもらってた時の箒ちゃんは凄く幸せそうな顔をしてたよ……」

 

 箒の幸せな姿を見るほど悲しくなる。

 難儀な話しだ。

 束さんの問題はどうしようもない問題だ。

 解決するには、権力者の要望を全て聞いて従順な犬になるか、逆にそれらを全て消すかの二択しかないと考えてしまうほどに。

 

「……しー君と会ってまもない頃にさ、しー君から未来の事ちょっと聞いたでしょ?」

「懐かしいですね」

 

 すっかり馴染んだ首輪を撫でつつ、初めての電撃を思い出す。

 そう、アレは電撃記念日。

 

「実はさ、しー君の話を聞いた時、あんまり深く考えてなかったんだよね。むしろ『しー君が知っている束さんはなんて不甲斐ない! だがこの束さんは箒ちゃんを守ってみせる!』とか考えててさ」

 

 あ~なるほど。

 あの時、随分とあっさりしてると思ったけど、そう言う理由か。

 

「だけど、いざやってみたら上手くいかなくてさ……束さんの論文やら発明やらを悪用する奴等が次から次へと……研究所を焼いて潰して時には遠隔操作でデータベースをバンさせてムカつくから殺したいけど箒ちゃんの為に我慢しながらプチプチプチプチ――」

 

 おおう。

 顔が見えないが、酷い顔してるなってのは分かるね。

 箒との別れが近いせいか、だいぶナイーブになってるな。

 

「愚痴なら聞いてあげますから。ちょっと俺のお願いを聞いてください」

 

 ずっとラノベを読んでいたので、体が凝り固まてちょっと辛い。

 できればもう一度温泉に行きたいが、千冬さんが来るのでそんな時間はない。

 なので――

 

「取り敢えず。首輪の機能使ってください。体が動けなくなるヤツを」

「ほえ? なんで?」

「まぁまぁ。いいからお願いします」

 

 枕に頭を乗せて、布団に横になる。

 

「よく分かんないけど分かったよしー君。ポチッとな」

 

 ――スっと体に力が入らなくなる。

 これだよ。

 最高の気持ちだ。

 

「しー君はなんで気持ち良さそうなの?」

 

 束さんはテーブルに頬を付いた状態でマジマジと俺を見ていた。

 開発者なのに分からんとは情けない。

 

「束さん。俺って今は全身動かないじゃないですか?」

「うん。首から下はね」

「ってことはですね。俺は今、強制脱力状態なんですよ」

「脱力? ――なるほど。理解できたよ」

 

 束さんは興味深そうにふむふむと頷いていた。

 体に一切力が入らない状況。

 それは肉体的にはリラックスしてると言える。

 つまりだ……コレ、超気持ちいい。

 

 この状態が気持ちいい事に気付いたのは、束さんに執拗な赤ちゃんプレイを強要されてた時だから、複雑な気持ちもあるけどね。

 あぁ~、固まった筋肉が喜んでるのが分かる。

 

「出来ればこのまま温泉に入りたいんですけどね~」

 

 溺れそうだからやんないけど。

 しかしこのまま寝てしまいそうだ。

 

「私が言うのもなんだけど、しー君も変わってるよね。まさかの使い方だよ。それ本来の使い方は逃亡防止用だよ?」

 

 なにが面白いのか、束さんはクスクスと笑っている。

 なんか機嫌良くなった?

 

「うん。しー君のおかげでちょっと元気でたよ。でもさ、それって人の話を聞く姿勢じゃないよね?」

 

 失礼なのは重々承知だけど、別に耳が空いてるから話を聞くのには問題ないじゃん?

 ――なんてのは冗談で、こう、暗い雰囲気の時ほど軽口や軽率な行動とりたくなっちゃうんだよね。

 心が弱い証拠かな?

 

「束さんも寝っ転がったらどうです? ゴロゴロしながらお話ししましょうよ」 

「んー? そうだね。それもいいかも」

 

 どーん

 

「ごふっ!?」

 

 効果音付きで束さんがボディプレスしてきた。

 座ったまま飛ぶとか、こいつまさか波紋使いか!?

 

 束さんはそのまま自分の頭を俺の太ももに乗せて――なにその顔?

 

「むぅ」

 

 凄く微妙な顔なんですが。

 俺の太ももに何か文句でも?

 

「硬い。硬いよしー君。気持ちよくない(ぺしぺし) 」

「人の太ももをぺしぺし叩かないでください」

「なんで硬いの? 筋肉に目覚めたの?」

「――この筋肉には理由があるんですよ」

 

 そう、とても悲しい理由がね。

 

「あれ? しー君なんで泣きそうなの? 何かあったの?」

 

 語れって?

 愚痴を聞くつもりだったけど、逆に俺の愚痴聞いてくれるの?

 その優しさに甘えさせてもらうよ。

 そんなに長い話しじゃないし。

 

「これはですね。『千冬式筋トレ』の成果です」

「ちーちゃん式?」

「えぇ、話を伸ばす気はないので簡潔に言います。ある日、千冬さんが俺にこう言いました。『お前にもっと力があれば、一夏の荷物持ちとして役に立つな。ついでに私の模擬戦相手としても』と――」

 

 夏休み中、近くの街の大型デパートのバーゲンに行った俺と一夏は、主婦と言う名の戦士達の前に敗北した。 

それでもボロボロになりながらも色々買ったんだけど、今度は荷物が重くて、帰り道は二人で両腕の筋肉をパンパンにしながら帰路についた。

 一夏はその日の夜に千冬さんにこう言ったらしい。

 『せっかくのバーゲンだったのに、俺はおばちゃん達に力で負けるし、荷物が重くて想像より沢山買えなかったし……千冬姉、俺はもっと力が欲しいよ』と。

 それを聞いた千冬さんはブラコン全開の結論に至った。

 一夏の為に俺を強化しようと……。

 その後、筋トレのメニューを渡された俺は、『サボったら分ってるな?』と脅され、私生活の合間を見ては、泣く泣く筋トレに励んでいた。

 

「――最近のちーちゃんて、ブラコンを隠さなくなったよね」

「それは俺も思いました」

 

 昔はブラコンめと心の中で思っただけでもツッコまれたのに、最近は開き直ってる気がする。

 

「それにしてもそっか。そのせいで太ももがカチカチに」

「男として筋肉は嫌いではないんで不満はないんですけどね」

 

 原因はアレだけど、結果的には男らしい体になったからね。

 オタクとは筋肉に憧れる時もあるのさ。

 

「まったく。こんな太ももじゃ癒されないよ」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、束さんは俺の横に並んで寝転がった。

 まさか筋肉で文句言われる日が来るとは。

 

 

 

 

「ねぇしー君。私って頑張ってるよね?」

 

 天井を見つめながら束さんがぽつりと呟いた。

 その声は普段の様子から想像出来ないくらい弱々しい。

 

「後悔してるんですか?」

「――どうだろう? そうなのかな?」

 

 篠ノ之束は天災だが、人間だ。

 ISの開発、自分の力欲しさに擦り寄って来る人間の相手、過去の研究などを悪用する奴等の排除、そして弱点である箒を狙う奴の駆除。

 束さんは疲れてるのかもしれないな。

 

「しー君ならさ、ISを発表するのにどんな方法を選ぶ?」

 

 どうにも本気でお疲れの様だ。

 過去を振り返り、しかも他人に意見を求めるなんてらしくなさすぎる。

 とは言え、無視も出来ないし、おちゃらける雰囲気でもないし。

 どこに行った俺の癒しの時間。

 

「普通に宇宙遊泳してみたり、実際にISで月に行ってみたりとがが王道かなと」

「――しー君、正直に答えて欲しいんだけど、白騎士事件の時、私のとった手段は馬鹿らしいと思った?」

 

 束さんは俺は何を求められてるんだろう?

 気分転換に軽くおしゃべりと考えてたのに、気付いたら下手なこと言えない空気が……。

 

「最初はそう思いましたが、今は違います。白騎士事件は正しかったと思ってます」

「え?」

 

 そりゃあさ、最初はIS使ってテロ紛いとか馬鹿だと思ったけど、現実的に見れば良い手だと思う。

 まぁ、そう思う様になったのは白騎士事件から結構時間が経った後なんだけど。

 

「『え?』って、束さんは自分なりに考えた上での行動でしょ? なんで驚いてるんです?」

「だって……肯定されると思わなかったんだもん」

 

 束さんの顔が見れないのが残念だ。

 首を動かしたら今の空気が壊れそうで動かせない。

 

「仮に平和的方法でISを広めようとしても、今と大して変わらない結果になってたと思いますよ? それは束さん自身が分かってたことでは?」

 

 なにしろ束さんは金のなる木だ。

 その知識を、ISを、金目的で使えたとしたら、その利益は計り知れない。

 平和的な方法?

 そんなの周囲から甘く見られるだけだ。

 束さんの身柄欲しさに有象無象が群がるだけだろう。

 だからこその白騎士事件だと俺は考えている。

 ISの力を見せる事により、『篠ノ之束に手を出せば、ISで復讐されるかもしれない』と思わせる事で、力の無い奴等は黙るだろうし、力が有る者でも慎重にならざるを得ない。

 もちろん、束さんを危険視する人間も増えるだろうが、『天才で甘い人間』と『天災で危険な人間』、どっちの束さんでも必ず“敵”は出てくるだろう。

 下手したら、甘い方が敵は多いかもしれない。

 人間は天災からは逃げるが、甘い水には群がる生き物なのだから――

 と、格好良いこと言っても、俺も群がる人間の一人だから始末が悪いな。

 

「……しー君。ありがとう」

「何に対してのお礼ですか?」

「ん? ん~話を聞いてくれてたお礼? あ、言葉だけじゃ足りないね」

 

 ――腕が暖かく柔らかい感触に包まれた。

 目線を左腕に向けると、束さんが俺の左手を抱いていた。

 

「あの、当たってますよ?」

「当ててるんだよ」

 

 うん、すっかり元気になったみたいだ。

 視界に映る束さんの口元は、楽しそうにニヤついてるもの。

 まったく、ちょっと優しくされたくらいで女の子がそんな行動をとるなんて……。

 

 ――ありがとうございます最高です!

 

「しー君は最近流々武でなにしてたの?」

 

 話題が変わるの早すぎない?

 脈絡なさすぎ、あと顔近すぎ。

 この状態で妙な雰囲気になっても困るからありがたいけど。

 

「束さんなら把握してると思ってました」

「流々武でどこに行っていたかは知ってるよ? でも何をしてたかは分かんないんだよ。最近忙しくて確認する時間が無かったからね」

 

 遠まわしにストーカー宣言されてるし。

 いやまあ、束さんに私生活を見られるのは実験動物として覚悟の上だけどさ。

 

「最近って言われても……どこから話せば?」

「夏からお願いするよ」

「夏ですか? それじゃあ、無人島でバカンスを楽しんでた時の話を」

「――私が忙しかった時にしー君はバカンス……ちょっと納得いかないんだよ」

 

 ギューと頬を抓られた。

 話せって行っておいてその反応は酷いと思う。

 

「ついでにちょっと前に行った日本全国の港の話もしましょう。北から南、全国の港の食堂で、美味しい海の幸を食べまくった話です。ISの機動性があれば、登校前の朝市なんかも余裕だったので」

「いい度胸だねしー君」

 

 隣から刺さる束さんの視線が痛い。

 それを俺は天井の木目を見つめる事でスルーした。

 

「まずは無人島の話ですね。束さんは知ってます? 日本には6000以上の島があるんです。その中でも――」

 

 隣でふむふむと頷きながら相槌を打つ束さんが少しでも楽しめるよう、俺は出来るだけ当時を思い出しながら語り始めた。

 

 

◇◇ ◇◇

  

 

「随分と楽しそうだな?」

 

 束さんと寝転びながら話し始めて小一時間はたった頃、やっと千冬さんが現れた。

 秋の港四国編を話してる最中だったが、この話はここまでだな。

 

「ちーちゃんいらしゃ~い」

「遅くなってすまないな。一夏が中々寝付かないもんでな」

 

 そう言って千冬さんは座布団に腰を降ろした。

 口調こそ、ヤレヤレって感じだが、頬が緩んでいた。

 どうやら楽しい姉弟の時間を過ごせたようだ。

 

「束さん。そろそろ起きましょうか」

「そだね」

 

 ――体に力が戻る。

 グッと体を伸ばすと、体が凄く軽くなっていた。

 温泉と脱力は最高の組み合わせだな。

 

 三人でちゃぶ台を囲い、買い物袋から食べ物を並べる。

 

「千冬さんはやっぱりビール?」

「――――――あぁ」

 

 ビール缶を差し出してから、受け取るまで随分と葛藤があったな。

 それでも素直に受け取るだけ成長したと思う。

 

「束さんはやっぱり甘い系?」

「うん」

 

 ちゃぶ台の上に並ぶのは各酒類に乾き物などのおツマミ。

 夜はこれからが本番だよね。

 

「今年も残りわずかです。来年には千冬さんの就職、束さんの失踪などがあります。なのでこれからも油断せずに行きましょう。乾杯!」

 

「――乾杯」

「かんぱ~い!」

 

 カンと音を立て、缶とお猪口がぶつかる。

 そのままお猪口の酒をグイっと飲み干す。

 

「くぅ~」

 

 たまらん!

 

 徳利からまたお猪口に酒を注ぐ。

 ここの地酒は辛口で非常に俺好みだった。

 これならいくらでも飲めちゃうよ。

 

 お猪口を口に付けようとした時、ふと視線を感じた。

 頭を上げると、千冬さんが呆れた顔で俺を見ていた。

 

「どうしました?」

「お前、温泉でも酒を飲んでたんだろ? よくそんなに飲めるな」

「なぜそれを!?」

「束に聞いた」

 

 束さんの方を見ると、サッと顔をそらしやがった。

 こいつ、男湯を覗いてやがったな?

 まぁいいけどさ。

 

「前世から酒に強かったのか?」

「えぇ、まぁ……そこそこ」

 

 嘘です。

 ぶっちゃけ、前世の大人の時より強くなってます。

 俺も子供なのにと不思議に思ってた。

 そして、ふと気付いた事がある。

 俺は一応、神様特典を貰っている。

 【そこそこの肉体】だ。

 つまりだ――俺は神様特典で肝臓が強くなっていると考えられる。

 意外と役に立ってるな神様特典!

 

「さて、酒もいいが、そろそろ真面目な話をしよう」

 

 キリッとした顔でそう切り出す千冬さんだが、その手元には空き缶が二つ。

 締まらないな。

 

 此処に集まったのはただ酒を飲む為だけではない。

 これから先の事を話し合う為だ。

 情報を共有する為でもあるし、失踪するにあたって、一夏や箒に迷惑がかかったら嫌だから、事前に色々教えろコラ。と言う千冬さんの要望を叶える為でもある。

 

「うんとね。姿を消すのは3月辺りにするつもり。それから箒ちゃんは国に保護されることになるんだけど、春休みを挟むから箒ちゃんが落ち着く時間もとれると思うし」

「国の保護か……尋問されると聞いていたが、箒は大丈夫なのか?」

「そもそもね。箒ちゃんや父親って生き物を保護しますよって言ってきたのは国なんだよね。まぁ、善意3割、私への人質7割って感じなんだけどさ」

「そこまで手荒なまねはされないと?」

「うん。向こうとしても、私の恨みを買うより、恩を売りたいはずだからね――って言っても、国としても私が居なくなるのは痛いからね。箒ちゃんに当たる奴らが多少は出てくると思うけど」

 

 そこまで話して、束さんは悲しそうな顔でお酒に口を付けた。

 無責任にも、それじゃあ箒も連れてってやれと言いたくなってしまうな。

 

「そうか、それで、その際に一夏はお前の問題に巻き込まれたりしないんだな?」

 

 千冬さんが暗い顔で酒を飲む束さんに視線を向ける。

 傍から見れば、とても冷たく感じる。

 だが、千冬さんの手が固く握られてるのを見れば、それが誤解だと分かる。

 千冬さんは箒の事が心配じゃない訳ではない。

 ただ、優先度の問題だ。

 千冬さんにとって、なにより優先しなければならないのは一夏。

 それだけの事。

 

「う~ん? 特にないと思うんだけど」

 

 千冬さんの問いに束さんは首を傾げる。

 確かに束さんが言うように、束さんが失踪しても一夏には特に迷惑はかからなかったと思う。

 

「神一郎。お前は何か知らないか?」

「俺ですか? 特に無かったと思いますけど?」

「本当か? 信じていいんだな?」

 

 束さんの信用がないって事が良く分かるね。

 

「本当です。千冬さんは、まぁ多少は迷惑かかると思いますよ? 束さんの友人として目を付けられるでしょうから。一夏は特に思いつかないですね。箒や柳韻先生がいなくなって寂しがるとは思いますが」

 

 一夏は未来でいろんな意味で目を付けられるが、今は語らなくてもいいだろう。

 

「そうか、それなら良いんだ。箒も心配ではあるが、そこは柳韻先生がいれば大丈夫だろう」

 

 千冬さんは安心したのか、ビールをグビグビと飲み干す。

 手元の空き缶は五本目だ。

 しかし、今何か違和感が……なんだ?

 

「あ、まだ言ってなかったね。アレと箒ちゃんは別々だよ?」

「――なんだと?」

 

 千冬さんが手に持っていた缶がベキっとヘコんだ。

 そうだ。

 違和感はこれだ。

 千冬さんにその辺の説明するのすっかり忘れてた。

 

「束。それはつまり、箒と柳韻先生はバラバラに暮らすことになると言っているのか?」

「そうだよ」

「雪子さんは?」

「アレと一緒にするつもりだよ?」

「お前は何を考えている!?」

 

 千冬さんの怒鳴り声が部屋に響く。

 このままじゃマズイな。

 

「千冬さんストップ。騒ぐと一夏と箒が起きちゃうから」

「ちっ」

 

 立ち上がりかけてた腰を座布団に下ろし、千冬さんはヤケ気味に酒を呷った。

 

「神一郎。お前は知っていたのか?」

「すみません。言い忘れてました。確かに俺の知っている未来でも、箒と柳韻先生は別々に保護されてました」

「――なぜそれを許す?」

 

 なぜって言われてもな。

 篠ノ之束って人物を知っていれば許せちゃうから?

 あくまで想像、勘なんだけど。

 

「私も聞きたいな~。しー君にもこの事は初めて話したよね? 知っていたのになんで怒らないの? しー君なら怒ると思ってたのに」

 

 二人の視線が俺に集中する。

 千冬さんからは怒りの視線。

 束さんからは興味の視線。

 ――これ、答え外したら恥かしいな。

 

「箒の為ですよね?」

 

 それ以外に家族をバラバラにする利点が見つからないし。

 

「柳韻先生はオトリでしょ?」

「――正解だよ」

 

 束さんは笑いながら肯定した。

 逆に千冬さんの不機嫌具合がやばい。

 

「柳韻先生をオトリにするだと? 納得いく説明をしてもらおうか?」

 

 千冬さんが目力を込めて睨み付ける――

 なぜか俺を。

 

「俺ではなく束さんに聞いてくださいよ」

「私はしー君から聞きたいなぁ~。どれくらい私の事を理解してるか採点してあげるよ」

 

 実に良い笑顔でパスされてしまった。

 これは本気で間違えられないな。

 

「たんに束さんの事を考えただけですよ。束さんが大事なのは箒でしょ? それなら箒を守るために柳韻先生を利用するのも考えられます」

「お前がそれを良しとする理由はなんだ?」

「一つは箒の為ですね。たぶんなんですが、束さんは柳韻先生の情報をワザと漏らして、それに釣られた奴らを狩るつもりなのでは? そうして敵の数を減らすのが目的。もう一つは柳韻先生の無事は保証されてるも同然だからです」

「オトリなのにか?」

「千冬さん、一夏と離れ離れになって箒の心証は最悪になるんですよ? そこで更に柳韻先生に万が一があったら箒との仲は修復不可能です。だから、束さんは柳韻先生を利用すると同時に、必ず守らなければいけないんです」

 

 束さんの好き嫌いは関係ない。

 人の心が分からないと巷で噂の束さんでも、間接的にでも親殺しをしてしまったら、箒に受け入れられない事くらいは理解してるだろう。

 

「流石しー君。大当たりだよ」

 

 束さんの花丸笑顔を頂きました。

 恥をかかずに済んだな。

 これで解決、だと思ったんだけど――

 

「なるほど、理解は出来た……だが、しかし……」

 

 千冬さんはビール缶を握り締めながらテーブルを見つめていた。

 千冬さんにとって、柳韻先生は恩師で恩人だ。

 束さんが守ると言っても、オトリにすることは心が許さないんだろう。

 だが、このオトリ作戦は原作通りの可能性が有る。

 ここで仏心を出せば、箒にどんな影響が出るか分からない。

 だからこそ、今は心を鬼にする。

 

「千冬さん、柳韻先生が心配なら、束さんにこう言えば良いと思いますよ? 『もし柳韻先生が死んだら、箒にお前が父親を殺したと吹き込んでやる。そして、親殺しが姉にいる箒を、二度と一夏に会わせない』と」

 

 これなら束さんはどんな手を使ってでも守るしかないね。

 

 我ながらナイスな案だと思って、気分良く酒を飲んでいたら、会話が止まってることに気付いた。

 はて?

 

「…………」

「…………」

 

 なんか凄い目で見られてる。

 

「ちーちゃん。父親って生き物は必ず守るよ。箒ちゃんの為に」

「あぁ、頼む。箒の為に」

 

 あれー?

 なんか非難の目が……。

 

「しー君って時々怖いよね。天災と言われる束さんもガクブルだよ」

「そうだな。見かけが子供なだけに、言葉と思考の黒さがなんとも――」

 

 なんか俺が悪者っぽくない?

 悪いのは世の中なのに!

 

「――ところで束。箒と柳韻先生は連絡を取ったり出来るのか?」

 

 千冬さんが俺の視線から逃げる様に束さんに話しかける。

 話題の変えた方が露骨すぎないか?

 だけど残念、まだ俺のターンです。

 

「連絡役は俺がやります」

「お前が?」

「えぇ、IS使って手紙のやり取りをしようかと。手紙を拡張領域にデータとして保存すればバレませんからね。流々武も隠密向きですし。とは言え束さんの協力が必要ですが」

「監視カメラのハッキングや防音なんかだね。任せてよしー君」

 

 グッと束さんとサムズアップ。

 

「――いいのか? 下手したらIS適正者だとバレるぞ?」

「覚悟の上です」

 

 うん、本当に覚悟の上だよ。

 流石にさ、箒の状況を放置して遊び呆けるのは罪悪感が凄い。

 せめてこれくらいはね。

 

「ふむ、お前が一枚噛むなら束に全て任せるよりは少しは安心だな」

「箒の心が予想より追い詰められてピンチだった場合は、全て束さんが悪いとして、箒を復讐者にするつもりです。『束? 次会ったら殺す!』な感じで。心が病むよりはマシだと思うんで」

「それ病んでるよね!? え? しー君本気? 本気でそんな事考えてたの!?」

「良い案だな。塞ぎ込んでしまうよりはマシだ。それに、そうなったら束が一生箒の前に姿を見せなければいいだけだし」

「ちーちゃん!?」

 

 俺の悪ノリに乗っかってくれる千冬さんナイス。

 隣で束さんがギャーギャーと騒いでいるが、ほんと、塞ぎ込むよりはマシだよね。

 

「束さん。冗談ですよ。冗談」

「本当に?」

 

 いいね。

 両手で缶酎ハイを持って、涙目な束さんは女子力3割増しだね。

 

「本当です」

「――ならいいんだよ」

 

 ホッとした顔を見せる束さんは年相応だな。

 常にこの状態なら可愛げがあるのに。

  

「それじゃあ、次は俺の番ですね」

「なんだ、お前も何かあるの?」

 

 千冬さんが意外そうな声を上げる。

 どうやら千冬さんは俺に対する理解力がまだまだ足りてないようだ。

 

「まず道場辞めます」

「おい、しょっぱなから何言ってるんだ?」

「や、そもそも、俺が道場に通ってたのは『一夏と箒に近づいて、そこから束さんと仲良くなってIS貰えないかな?』って理由ですから、柳韻先生が居なくなるならもう義理も義務もないかなって」

 

 剣道は嫌いじゃないが、このままだと惰性になりそうだし。

 ここはスパッとね。

 なにしろ時間は有限だ。 

 

「……お前の人生だ。私に止める権利はないか」

 

 あれま。

 意外な反応だ。

 千冬さんがちょっとだけ寂しそうにビールを飲む。

 もしかして、俺に剣道を続けて欲しかったんだろうか?

 理由は分からないが。

 

「それと、それを機に千冬さんと一夏とは距離を置きます。理由は千冬さんです」

「私と近いと不都合があるのか?」

「千冬さんはIS操縦者として有名になりますからね。千冬さんと親しいと思われるとちょっとめんどくさいんですよ。まぁ露骨に距離を取ったりはしませんけど、今回みたいな旅行はこれが最後になるかと」

「そうか、一夏が寂しがるな――」

 

 非常に申し訳ないが、俺としても女尊団体とか怖いんだよ。

 下手に目を付けられたくない。

 

「後、束さんには俺とケンカしてもらいます」

 

 今度は顔を束さんに向ける。

 束さんは流石に想定してなかったのか、目をパチクリさせていた。

 

「私とケンカ? なんで?」

「束さんと仲が良いと思われると、俺の夢には都合が悪いからです」

 

 これは俺の人生を左右する大事なこと。

 恐らく、俺も束さんの関係者として目を付けられてるはず。

 束さんの失踪後は監視が付くかもしれない。

 それじゃあ旅なんか行けないしな。

 骨の一本くらいは折ってもらうつもりです。

 

「なるほどね。確かにしー君は国に目を付けられてるし。私が失踪したら監視が付くかもしれないけど……」

 

 ジトーと、束さんが俺を見つめる。

 

「しー君のヘタレ」

 

 おっと、可愛いお口からなにか聞こえたぞ?

 

「しー君の考えは理解はできるよ? 私やちーちゃんと関わりがあると思われるとめんどくさいんだよね? でも、だからと言ってケンカしてまで仲が悪いフリするなんて……つまんない!」

 

 ダン!っとテーブルを叩き、束さんが憤慨する。

 

「しー君ならもっと面白い解決策出してくれると思ったのに! ちーちゃんと距離を取るとか私とケンカするとか、そんなつまんない話ばっかり――しー君のヘタレ!」

 

 束さんは鼻息荒く騒ぎ立てる。

 さっきから暗い話ばかりだもんな。

 束さんは、俺がもっと面白い解決策を出すと思ってたんだろう。

 だけど、これは俺にとって必要なこと。

 一番勝率が高い案を通させてもらう。

 

「束さん。俺の夢は世界中を旅すること、大事なものは自分の命です。俺は自分の夢の為なら妥協する気はありません」

「むぅ。それはわかってるけどさ」

 

 唇を尖らせながら、束さんがそっぽを向く。

 

「やっぱりしー君の個人データをどこかに流そうかな」

 

 ボソッと聞き流せない事を呟く束さん。

 まったく、この子は――

 

「束さん。こっち向いてください」

「なんだよしーっ!?」

 

 束さんのほっぺを両手で掴む。

 柔らかほっぺをもっと伸ばしましょうね。

 

「ひーくん? いひゃい! いひゃいよ!?」

 

 ほーら、ぐーにぐーに。

 

「あうあう」

 

 ほっぺが赤くなるまで、揉みしだく。

 時々、捻りを入れながら引っ張る。

 

「束さん。何か言いましたか? まさか俺の平穏を邪魔する気じゃなですよね? つまんない? 俺の何がつまんないって?」

「ごめん。ごめんしーくん」

 

 束さんの目尻に涙が溜まってきたので、手を放してあげる。

 

「束さん。もう一度聞きますね。俺のこれからの予定に何か文句でも?」

「うぅ……ないです」

 

 束さんは涙目で自分のほっぺを押さえている。

 理解してくれてなによりだ。

 お礼に俺の骨をバキボキに折らせてあげるよ。

 身内に甘い束さんが、どんな顔で俺の骨を折るのか今から楽しみだぜ。

 

「さて、これで全員の話は終わりですかね?」

「私は特にないしな。束も話し忘れなどはないな?」

「ないと思うよ」

 

 ふぅと息を吐き、お酒で喉を潤す。

 会話はピタリと止まってしまい、三人の間に微妙な空気が流れる。

 やっぱり真面目な話ばかりじゃ疲れるな。

 

「ここからは話題変えましょう。千冬さん。何かないですか?」

「ふむ――神一郎。最近学校はどうだ?」

「会話下手なお父さん!?」

 

 千冬さんに振ってみたら、まさかのチョイスだった。

 

「文句があるならお前が考えろ」

 

 酔ってるのか、それとも恥かしいのか、千冬さんは赤い顔を隠すようにそっぽを向いた。

 しょうがない、ここは俺が。

 

「なら、未来の事を話しましょう。千冬さんと一夏は平穏無事に暮らせる。束さんは箒と仲違いなんてしない。そんな未来で二人は何をしたいですか? まず束さんから」

 

 ifの話なんて束さんは嫌いかもしれない。

 だけどさ、“もし”を想像するなら、楽しい方が良いじゃないか。

 

「もし、箒ちゃんと仲違いしなかったら――だよね」

 

 束さんの眉が僅かに眉間に寄る。

 話題のチョイスを間違ったかな? そう思った時。

 

「うん。そうだね。やりたい研究や作りたい物が沢山あるから。それをしたいかな」

 

 束さんは、俺に向けて笑顔を見せてくれた。

 これは俺の考えが読まれてるっぽいな。

 気遣いがバレるのって恥かしい。

 

「例えばどんな?」

 

 恥ずかしくても今更引けないよね。

 

「えっとね。ISの発展はもちろんなんだけど、まずはナノマシンの実用化だね! それと重力発生装置と光合成を機械で再現する事とヒトゲノムの完全解析と――」

 

 だって、楽しそうに話す束さんに水を差すのも悪いし。

 

「束。その重力発生装置とやらなんだが……」

 

 黙してお酒を飲んでいた千冬さんが、急に束さんの会話に割り込んだ。

 

「あとね……って、ちーちゃん。重力発生装置に興味あるの?」

「前に神一郎の家で読んだマンガにあったんだが――それは鍛錬にも使えるか?」

 

 まさか――Z戦士の本か?

 

「んふふ、ちーちゃんもアレ読んだんだ? 私もしー君が読んでたから目を通してみたけど、あれは中々面白かったよ。色々と参考になったしね。ちーちゃん。結論から言うよ? ちーちゃんが望んでるのは作れるよ。もちろんすぐには無理だけど」

 

 なん……だと!?

 え? 本気で?

 

「ちょっと待ってください束さん。それ是非俺にも」

「待て神一郎。こっちが先約だ」

 

 俺と千冬さんの視線がぶつかる。

 だが、俺も引けない。

 ファン歴20年以上のオタクの俺が、ニワカに負けるわけにはいかないんだよ!

 

「ちーちゃんとしー君が私を取り合ってる……これがモテ期!?」

 

 俺と千冬さんがギリギリと睨み合い。

 その横では束さんが体をくねくねさせる。

 

 ――こんなに楽しい日常は後何日続くんだろう?

 楽しくて寂しい。

 きっと、今この三人に共通している感情だ。

 だからこそ俺達は、その日朝まで騒ぎ続けた。



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最高の一年を君に(冬)

お待たせしましたm(_ _)m

文章ってただ量を書けば良いってことはないんです。不必要な部分を削ることも大事なんです。

なにを言いたいかと言うと……今回は長いです。
無駄に長いです。
しかも日常オンリーです。
電車やバスで移動中の人は寝落ち注意!



「「おおきなノッポのあ~いえす。たばねさんのあいぼう~」」

 

 流々武を展開した俺の右肩に乗った束さんと、歌を歌いながら海面スレスレを飛ぶ。

 左右、そして前後、視界を遮るものはなく、海と空しか見えない。

 冬の澄んだ空気が景色をよりいっそう輝かせていた。

 

「「たばねさんといっしょにチク・タク・チク・タク。いまは、もう、うごかない。そのあ~いえす~」」

 

 そんな空を飛びながらの歌を歌う。

 幸せだな~。

 

 歌の内容は少し悲しいけど……。

 

 右に視線を向けると、束さんが楽しそうに足をぶらぶらさせている。

 左を見れば、千冬さんが真剣な表情で手に持った画面付きのDVDプレイヤーを見つめていた。

 まさに両手に花。

 いや、両肩に花か。

 

 今日はクリスマスイブ。

 去年は何もしなかったので、今年は派手にやる事になった。

 どんなクリスマスにしようか? それを千冬さんを交え、三人で話し合った結果、今年はお泊会も兼ねて、一泊二日で遊び倒そうという事になった。

 今はその準備の真っ最中である。

 

「千冬さん、どうです? なんとかなりそうですか?」

「――あぁ、しかし日本の職人とは凄いな。一見簡単に見えて難しいぞこれは」

 

 千冬さん周囲の風景に目も向けずそう答えた。

 流石の集中力だ。

 

「なら計画の変更はなしですね」

 

 良かった。

 これなら計画通りのサプライズパーティーができるな。

 

「箒ちゃんといっくんの驚く顔が楽しみだね」

「ですね」

 

 今、箒と一夏はデートの真っ最中。

 楽しい時間を過ごしているだろう。

 そして、日が暮れる前に俺の家に来るように言ってある。

 そこで待ち受けるのは俺達三人。

 そういう計画だ。

 

「しかし、料理一つにここまでやるか?」

 

 千冬さんが呆れた顔で俺の方をチラリと見てきた。

 

「別に千冬さんは来なくても良かったんですよ? お疲れでしょうし、事前準備くらいは俺と束さんの二人でなんとでもなりますから」

「――お前と束の二人だけじゃ信用できんからな」

 

 視線を手元に戻し、千冬さんがぶっきらぼう気味に呟いた。

 まったく、ツンデレなんだから。

 

 千冬さんはこの二日の休みを得るために、ここ最近働き詰めだった。

 パーティーは夜から。

 だから、千冬さんは部屋の飾り付けをのんびりやりながら休んでても良かった。

 実際、そう提案したのだが、千冬さんはそれを断った。

 理由は俺と束さんの二人だけだと、心配だとかなんとか――

 こちらの目も見ず、視線を逸らしてそう語る千冬さんに、俺と束さんは思わず笑いそうになってしまった。

 だって、千冬さんの気持ちが分かるから――

 三人で何かを成す。

 残り少ないソレを、千冬さんも楽しみたいんだと思う。

 

「むむ? 『ツナ感』に反応有りだよしー君」

 

 束さんからストップが入る。

 その声を聞き、海上に浮遊した状態で動きを止める。

 周囲を見回すが、鳥山さえ見えない。

 素人考えだが、大物の魚を狙うなら、まず鳥山を目印にするだろう。

 だが、それさえ見えないのだ。

 そんな状態でも発見出来るとは、流石は束さん印のマグロ探知機『ツナ感』だ。

 

「それじゃあこの辺を拠点にしますか」

 

 拡張領域からタライを取り出す。

 もちろん、ただのタライではない。

 直径5メートルの大きな金ダライ。

 それを海に浮かべる。

 

「よっと」

 

 束さんと千冬さんがそれに飛び乗る。

 俺もISを解除し、タライの上に着地した。

 三人の人間が乗ってるにも関わらず、タライのバランスは崩れない。

 束さん製のオートバランサーを積んだこのタライは、上でブレイクダンスをしようと、台風の中にいようと、ひっくり返らない……らしい。

 更に、波で揺れてもタライの底は微かな凹凸が有り、しっかりと立つことが出来る。

 欠点と言えば、屋根が無い事だけ。

 実に素晴らしい。

 

「千冬さん、ISで捕獲するのと釣竿で釣るの、どちらにします?」

「ISで直接捕獲――と言いたいところだが、ここは釣竿にしておこう。魚に余計な傷がついても困るからな」

 

 そっかぁ~。

 釣竿かぁ~。

 

 

「……どうぞ」

 

 千冬さんに渡すのは、拡張領域から取り出した釣竿。

 トローリング用の大きな釣竿だ。

 トローリングロッドとは、普通は大きな竿を船に固定し、船を走らせながら使う物だ。

 だが、大きく重い釣竿も――

 

「ほう、これがルアーと言うものか、結構大きいのだな」

 

 白騎士を装着した千冬さんにはジャストフィットだ。

 だけど、ルアーをマジマジと見つめる姿を見ると不安を覚える。

 

「で、お前はなんで嫌そうな顔してるんだ?」

 

 千冬さんが俺を見下ろしながら首を傾げる。

 やっぱり顔に出てたか……。

 

「それ、買ったばかりで俺もまだ使ってないんです。その竿はまだ処女なんですよ」

「しー君、竿なのに処女とはこれ如何に」

「なるほど。言い直します――その竿はまだ童貞なんです」

「おい、言い方に気を付けろよ?」

 

 ドスの効いた声が上から聞こえた。

 アカン。

 白騎士を装着してる千冬さん相手にボケるのは危険だ。  

 

「つまりねちーちゃん。しー君はその子の童貞がちーちゃんに奪われるのがちょっとだけ嫌なんだよ。しー君は出来れば自分で奪いたっかのさ」

 

 しかし、そこでブレーキを踏まないのが天災である。

 と言うか巻き込み事故だ。

 

「おい、言い方な?」

 

 千冬さんと一緒に束さんを睨む。

 だが、その本人はケタケタと楽しそうに笑うばかりだ。

 まったく。まるで俺が男色かの様な言い方は非常に不愉快だ。

 イエスロリ! ノーショタ! 

 それが俺。

 だから千冬さん。

 ちらちらと俺の顔をうかがうの止めてくれません?

 

「ゴホンッ! えっとですね。つまり、その新品の竿を釣り素人でがさつな千冬さんに使わせるのがちょっと心配なんですよ」

 

 トローリング用の竿とはいえ、竿は竿だ。

 無理矢理マグロ等の大型魚を竿の力だけで持ち上げようとすれば、ポッキリ折れてしまうだろう。

 

「――大丈夫だ……たぶん」

 

 千冬さんが地平線を見つめながら答えた。

 せめて目を見て話そうぜ?

 しかしながら、心配ではあるが、一夏の為にと気合の入っている姉から没収する気はない。

 ただ、出来るだけ大切に使って欲しい。

 

「使い方は白騎士に送っておきましたから、ちゃんと読んでくださいね」

「了解だ」

「ちーちゃん。マグロの位置は白騎士に表示されてるから。頑張ってね」

「うむ。それでは行ってくる」

「「いってらっしゃい」」

 

 飛び立つ千冬さんを手を振って見送る。

 ISで海上を飛びながらルアーを走らせる――楽しそうで羨ましい限りだ。

 

「さてと、俺はここで適当に釣り糸でも垂らして千冬さんを待つつもりですが、束さんはどうします? 一緒にやります?」

 

 拡張領域から普通の釣竿を取り出しつつ束さんに尋ねる。

 

「私? そうだね……うん。私も箒ちゃんに美味しいもの食べて欲しいから、ちょっと行って来る!」

 

 行って来る?

 どこに?

 そう聞こうとした俺に、束さんは背を向け。

 

「行ってきま~す」

 

 ザバンッ

 

 海に飛び込んだ。

 服を着たまま――

 

「まぁいいんだけどね……」

 

 束さんの奇行にツッコミ入れてたら日が暮れる。

 ってか、ツッコミを入れる前に居なくなっちゃったけど。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「よっと」

 

 生き餌が無いので、ただ遠方にルアーを投げ、糸を巻き上げる。

 半分暇つぶしの釣りだ。

 運が良ければ何か釣れるだろう程度。

 だが、360度を海に囲まれた今のシチュエーションを考えれば、最高に贅沢な暇つぶしだ。

 

 音楽を流しながら、ひたすらルアーを投げ続ける。

 そんな状況を楽しんで少し時間が立った時。

 

 グン!

 

「おっと!?」

 

 急な手応えに、思わずたたらを踏む。

 油断してたとは言え、体ごと海に持って行かれそうになった。

 足場がツルツルだったら危なかったな。

 

「ぐっ!?」

 

 ヤバイ。

 とてもじゃないが竿を立ててられない。

 今まで経験した事のない手応え。

 これは小物じゃない。

 小型の魚を食べる大型の肉食魚。

 その中でもかなりの大物と見た。

 普通、その手の魚を釣る時はそれなりの装備が必要だ。

 何の装備もないと、今の俺みたいに――

 

「あででで!?」

 

 力負けした時に、釣竿のグリップが股間に当たって非常に痛い目に合います!

 あかん!

 この痛みは我慢出来ない!

 “釣りとは魚との戦いである”って誰かが言っていた気がするが、これはしょうがない。

 邪道かもしれんが許せよ。

 

「流々武!」

 

 ISを装着し、竿をしっかりと握りなおす。

 ふははは。

 普通の竿がまるでおもちゃじゃないか!

 

「よっしゃ!」

 

 竿をしっかりと立て、リールをゆっくり巻き上げる。

 この竿も糸も大型用ではない。

 無理をすれば、あっという間に糸が切れてしまうだろう。

 

 少しずつリールを回していて、ふと気付いた。

 それは魚の抵抗が余りにも弱いこと。

 根がかりではない。

 確かな手応えを感じる。

 だが、動き回ったり、飛び跳ねたりもせず、大人しいもんだ。

 まさか、マンボウなんかの大人しい魚の体に針が刺さった、スレ状態じゃないだろうな?  これでゴミだったら笑っちゃうよ。

 

「あれ?」

 

 手応えが変わった。

 今までは、重いナニカを引っ張ってる感じだったが、それが軽くなった。

 リールを回す手が早くなる。

 

「おいおい」

 

 魚がすごい勢いでこってちに向かって来てる。

 脳内ではジョーズのBGMが流れ始めた。

 桶に衝突するまで、あと、5、4、3、2、1、――

 

「おら!」

 

 気分はカツオの一本釣り。

 気合と共に竿を勢い良く上げる。

 

 ドスンっと音を立てて、釣り上げたナニカはタライの上に落ちた。

 後ろ振り返りると――

 

「んぺ」

 

 口からルアーを吐き出した天災がドヤ顔のY字ポーズを決めていた。

 よくもまぁ針が刺さらないように咥えてられたもんだ。

 そして服も髪もビシャビシャじゃないか。

 本当にこの子はもう――

 

「お帰りなさい。中々の獲物ですね?」

「ただいましー君。結構美味しそうでしょ?」

 

 束さんには一匹のタコが絡み付いていた。

 美少女とタコ。

 字面だけならエロいが、リアルで見るとちょっとグロいな。

 

「本当は蟹とかエビを取ろうとしたんだけどさ。海の底を歩いていたら急にこいつが襲ってきたんだよ」

 

 ニュルニュルと自分の体を這うタコを放置して、束さんは上機嫌に笑っている。

 タコの種類は分からないが、かなりの大きさだ。

 足を広げれば2mはあるんじゃないか?

 大きなタコと言えば、水タコかな?

 流石に見ただけではタコの種類は分からない。

 種類の分からないタコはちょっと怖いな。

 

「そのタコ食べれるんですか? 毒とか怖いんですが」

「ん? ちょっと待ってね」

 

 そう言って、束さんは腕に絡みついたタコの足をベリべりと剥がし――

 

「あぐ」

 

 そのままタコ足に齧り付いた。

 

 ワイルドだろぉ? 

 でも流石にお前それはどーよ?

 ――いや、俺はもうツッコミはしないと心に決めたんだ。

 俺も束さんを見習ってボケ倒して行こう。

 その方が人生は面白い。

 

「んぎぎぎ」

 

 ブチッと音を立ててタコの足がちぎれた。

 生きてるタコの足を食い千切る現役女子高生。

 千年の恋も冷めるな。

 いや、ある意味漢らしくて惚れるけども。

 さてと、一応持ってきたアレを――

 

「あ~ん」

「んむ? あ~ん」

 

 束さんの口に醤油を流し込む。

 

「おぉ? 気が利くねしー君」

 

 束さんが美味しそうにモグモグと口を動かした。

 足を食われたタコが必死に束さんに絡み付いている姿が哀愁を感じさせる。

 弱肉強食は世の摂理。

 タコよ。世界最強の生き物に喧嘩売った自分を恨め。

 

「うん。大丈夫だよ」

 

 どうやら美味しく食べれるタコらしい。

 

「かなり食いごたえがありそうですね。刺身に酢の物、タコパ。色々できますね」

「タコパ?」

「たこ焼きパーティーの略です」

「へー」

 

 会話をしながら、拡張領域から取り出したクーラーボックスにタコを入れる。

 ついでにタオルを取り出してっと。

 

「はい、これで頭くらい拭いてください」

「…………(スっ)」

 

 なぜか無言で頭を俺の方の向けてきた。

 拭けってことなんだろうか?

 

 別に断る理由も無いので、束さんの後ろに回って拭いてあげる。

 む、うさみみが邪魔で拭きづらいな。

 髪が長くて全部拭けないから、取り敢えず頭皮をゴシゴシっと。

 

「えへへー」

 

 束さんから嬉しそうな声が漏れた。

 意外な反応だ。

 

「気持ち良いんですか?」

「箒ちゃんがよくいっくんにやってるからどんなもんかと思ったけど――これは良いね。今度からお風呂上がりはしー君に拭いてもらおうかな?」

 

 俺は今なにを試されてるんだろう?

 甘い声で俺を誘ってくる人は、さっきまでタコの足を食いちぎってた人と同一人物だとはとても思えん。

 

「あれ? 手が止まってるよ? なにか想像しちゃったのかな?」

 

 クスクスと意地の悪い声が聞こえる。

 顔が見れないが、きっと良い笑顔してるんだろうな――

 しかし残念だな束さん。

 俺はツッコミを放置することにした。

 俺もボケ倒して行く!

 

「いやね、束さんがいつお風呂に入るのか考えてました。束さんって週一でシャワーが基本でしょ? お風呂って言われても機会ないな~と思いまして」

 

 笑いで揺れていた束さんの体がピタっと止まった。

 そのままゆっくりと頭が上がる。

 目がパッチリと合った。

 

 うん。笑顔だ。

 目は笑ってないけど――

 

「ちょいさ~!」

 

 声を上げて束さんが抱きついてくる――って!?

 

「おまっ!? 濡れた状態で抱きつくな!」

 

 うあ、ジメジメして磯臭い。

 俺の頭が束さんの胸に埋まるが、海水に濡れた服の不快な感触と磯の匂いしかしない。

 しかもなかんかヌメってる……これ、タコのヌメリじゃ……あ、今度は生臭い。

 女の子が甘い匂いだなんて嘘だった。

 

「ねぇしー君、束さんにケンカ売ってる? それとも束さんに構って欲しくてワザと意地悪言ってるのかな? 可愛いなぁ~しー君は」

 

 束さんがグリグリと俺の頭を撫でる。

 そこに優しさはなく、俺の頭皮がピンチだった。

 しかもこれ結構本気で怒ってる……一人称が変わってるし。

 

「ごめっ……束さん、俺が悪かったから離して!」

「遠慮しなくていいんだよ? しー君の大好きな束さんのお胸を堪能するといい!」

「頬に当たる感触が気持ち悪い。なんかべっちょりしてる。あと生臭い」

「――――しー君は一回転生してるんだし。一度あることは二度あるから大丈夫だよね」

 

 ググっと束さんが俺の頭をさらに自分の胸に押し付ける。

 ――知ってるか? 濡れたタオルで口を覆う行為は拷問の一種だし、下手したらそのまま窒息死するんだよ?

 

「もがが!?」

 

 呼吸をしようと口を開き酸素を吸おうとするが、湿った服が口に張り付いて酸素が口に入ってこない。

 手足を暴れさせるが、体格の差があるためどうしようもない。

 

「んんんっ!」

「しー君てば暴れるほど喜んじゃって……しー君の脳波が恐怖と苦痛に染まってるのは――うん。計器の故障だね」

「ん~!?」

 

 束さん、まさかのドSモードだった。

 なにが地雷だっのか分からないが、こんな時、男に出来る事は一つだけだ。

 

「ん―!(ごめんなさい束さん! 俺が悪かったです!)」

 

 言葉が通じるとは思えないが、取り敢えず謝るのみ!

 

「しー君がなんで謝ってるのかちょっと分かんないな~」

 

 通じてる!?

 流石は天災!

 でも謝るのは選択ミスだったらしい。

 神様、神様特典は選択肢が見える能力が欲しかったです! 

 美少女の胸の谷間で窒息死とか、男のロマンだけど、今俺の口を塞いでるのは海水をたっぷり含んだ布と、軟体動物の分泌液だ。

 ロマンと真逆の死に方だよ!

 

「しー君が窒息するまで後30秒かな? ダメなしー君にヒントあげるよ。『素直なしー君は可愛い』」

 

 素直な俺?

 離せコラが正直な気持ちだが……うん、これは違う。

 と、なるとだ――

 

「んー!(束さんに抱き締められるなんて俺って幸せ者だな! 束さんの胸の感触が素晴らしい!)

 

  『素直に束さんを褒めなさい!』が正解とみた!

 

「ん~?」

 

 束さんの判定は――

 

「ま、そろそろ許してあげようかな」

「ぷはぁ!?」

 

 頭を開放され、久しぶりの酸素を吸い込む。

 あぁ……顔がネチョってる。

 

「まったく、しー君はもう少しデリカシーを覚えるべきだよ」

 

 束さんがぷりぷりと怒っている。

 まったく、からかわれて怒るなら身なりに気を使えばいいのに。

 

 「戻ったぞ。なんで束はびしょ濡れなんだ?」

 

 千冬さんの声が聞こえた。

 上を見上げると――

 左手にマグロ。

 右手に折れた釣竿を持った千冬さんが――

 

 折れた?

 

「千冬さん?」

「な、なんだ?」

「取り敢えず、降りてきてください」

「あ、あぁ」

 

 束さんが隣で、しー君から黒いオーラが! っと騒いでいるが、勘違いしてはいけない。

 俺はまだ怒ってはいないのだから。

 

「見事なマグロですね」

 

 千冬さんが釣ってきたマグロを桶の上に置く。

 体長は1m50cm程。

 マグロにしては小柄かもしれないが、これも立派なマグロだ。

 

「それで千冬さん、なんで俺の新品の竿が折れてるのかな?」

 

 思わず、かな? かな? っと問い詰めたくなる気持ちを抑え、マグロの横で正座している千冬さんに視線を向ける。

 

「――釣ったマグロを銛で突いた後、血抜きをしてたんだが、その時、サメに襲われたんだ」

 

 千冬さんがらしくもなく、目線を合わせず話し始める。

 と言う事は、サメが原因だとは言え、千冬さんにも何か非があると見た。

 

「恐らく血に誘われたんだろう。マグロを守る為にとっさに釣竿でサメの鼻っ先を殴ってしまってな」

「なんで白騎士のブレードを使わなかったんです?」

「マグロを守る為とはいえ、食べもしないのに殺すのは悪いだろ?」

 

 白騎士のブレードじゃ、手加減してもサメを殴り殺しそうだもんな。

 峰打ちしても、鉄パイプで殴る様なもんだし。

 それなら木刀で殴る方が良いと思ったのか。

 ――俺の釣竿が木刀扱い……。

 タコといいサメといい、少しは野生を磨けよ。

 なぜ最強の動物にケンカを売るのか……。

 

「で、俺の竿を折ってしまったと?」

「あぁ、すまなかった」

 

 千冬さんが素直に頭を下げた。

 謝れると怒れないじゃないか。

 それにしても――

 

「はぁ」

 

 折れた釣竿を片手にため息をこぼす。

 まだ一回も使ってなかったのに……。

 

「まぁまぁしー君。それも拡張領域に戻せば直るからさ。ね? そんなに落ち込まないでよ」

 

 束さんが俺の肩をポンポンと叩いて慰めてくれる。

 ISの技術は今も進歩している。

 最近開発されたのが、ISの自動修復機能だ。

 ISの装甲や、拡張領域内の物を自動で直してくれる。

 もちろん、なんでもかんでも完璧って訳ではないが、釣竿程度なら問題なく修復してくれるだろう。

 束様々だ。

 

「だそうです。今回は許します」

「すまんな」

 

 よし、ならこの話はここまでだ。

 

「鮮度が落ちる前に捌いちゃいましょう。束さん、高周波ブレード貸してください」

「ほい」

 

 流々武を身にまとい、束さんから受け取ったブレードを握りる。

 マグロの首筋から刃を入れると、なんの抵抗も無く、スっと身に刃が入った。

 一般人がマグロの解体する時、問題になるのはマグロの大きさだろう。

 分厚い身は普通の包丁では歯が立たず、日常で触る魚と違う大きな体に戸惑う。

 だが、ISを装着し、切れ味抜群の刀を持てば――

 

 まるでマグロが小魚じゃないか!

 ――小魚は言い過ぎか。

 でもまぁ、鯉程度に感じるな。

 これなら三枚おろしも楽勝ですよ。

 

 中骨にそって刃を入れていく。

 マグロを、頭、半身の右側と左側、そして中骨の四部位に分ける。

 

「束さん、例の物を」

「ほいほい」

 

 束さん軽く手を振ると、2メートル程の箱が目の前に落ちてきた。

 巨大な筆箱に見えるソレを開け、マグロの半身と中骨を中に入れる。

 頭はクーラーボックスに入れた。 

 

「それはなんなんだ?」

「あれ? 千冬さんに言ってませんでしたけ? これは熟成装置ですよ」

「違うよしー君。それは『カレーが進む君』だよ」

 

 そんな名前なんだ。

 福神漬からっきょに同じ名前がありそうだ。

 訴えられないといいけど。

 熟成→加齢→カレーって感じかな?

 相変わらず謎のネーミングセンスだ。

 

「熟成? せっかくの釣りたてを熟成させるのか?」

「釣りたてが美味しいのは刺身だけです。刺身で米を食うなど俺は許しません」

 

 釣りたての魚でほかほかご飯とか絶対に許さない。

 それは互いの味を殺す組み合わせだ。

 生魚と白米を合わせるには、それ相応の準備が必要なんだよ。

 

「それじゃあ撤収しましょうか」

 

 両手でマグロが入った『カレーが進む君』を握り、タライを拡張領域に戻す。

 束さんと千冬さんがまた肩に乗り、それぞれタコとマグロの頭が入ったクーラーボックスを抱えた。

 

「帰りは飛ばしますよ。しっかり掴まっててくださいね」

「――掴まるって……どこに?」

「――私達は今両手が塞がってるんだが?」

 

 ――――今更だがこの二人、ただ肩に尻を乗っけてるだけだった。

 それで落ちないんだもん凄いバランス感覚だな。

 

「出来るだけ丁寧に飛びます」

「よろしくね。しー君」

「宙返りなどされると困るが、少しくらいならスピードが出てもこっちは問題ないぞ?」

 

 こちらの心配を他所に、二人は余裕の表情だ。

 なんとも頼もしい二人を肩に、俺は帰路に着いた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 首筋を触ると、ふかふかとした感触が指先に当たった。

 気持ちよくて自然と笑みが浮かぶ。

 

「箒? 何か面白いものでもあったか?」

 

 正面に座っていた一夏が不思議そうな顔で私の顔を見てきた。

 

「いや、良いクリスマスプレゼントを貰ったと思ってな」

「だな。ちゃんと千冬姉にお礼言わないと」

「神一郎さんと姉さんにもだぞ?」

「もちろん分かってるよ」

 

 一夏は自分の首に巻かれた白いマフラーを撫でながらくすぐったそうに笑った。

 一夏には白いマフラー、私には赤いマフラーが巻かれている。

 お金を出してくれたのは神一郎さんと千冬さん、そして姉さんだ。

 三人がお金を出し、一夏に選んで貰ったマフラー。

 つまりこれは4人からのプレゼントだ。

 ちなみに、一夏のマフラーは私が選んだ。

 本当に神一郎さんには世話になりっぱなしだ。 

 

 今もそうだ。

 神一郎さんに言われ、私と一夏はクリスマスデートの真っ最中。

 一夏はデートだと思ってないだろうが……。

 いや、一夏がどう思おうが関係ない。

 私と周囲がデートだと思えばデートなのだ。

 今いるのは駅前のオシャレなカフェ。

 周囲を見渡せばカップルばかり。

 私と一夏も周りから見ればカップルに違いない。

 もしかしたら学校の人間に見られて、冬休み明けには、私と一夏がデートしていたと噂が流れるかもしれないな。

 ふふ、一夏攻略はまず外堀からですよね神一郎さん!

 

「箒? 今度は拳を握り締めたりしてどーしたんだ?」

「ん? あぁ、なんでもないぞ?」

 

 危ない危ない。

 つい力が入ってしまった。

 マフラーを撫でて気分を落ち着かせる。

 

「ところで箒、今日は何すると思う?」

「神一郎さんの事か?」

「だって夕方になったら家に来いってさ、やっぱり期待しちゃうよな?」

 

 一夏の言ってる事は理解出来る。

 去年は何も無かったクリスマス。

 今年は何かあるのではと私も期待している。

 いや、きっと何かあると確信している。

 

「あの顔は、きっと『いらずら小僧の顔』と言うんだろうな」

 

 思い出すのは、一夏に私と買い物に行って来いと言う神一郎さんの顔。

 普段の大人っぽい顔付きが一変して、あれはそう、まるで姉さんみたいな笑顔。

 アレは絶対に何か企んでるに違いない。

 

「時期を考えればクリスマスパーティーだと思うが……正直、神一郎さんだからな。私は『雪見でもしながら温泉入ろーぜ』と言って、北海道に連れて行かれる事があっても驚かない」

「そっか、冬休みだし、泊まりで旅行ってのもあるかもな」

 

 一夏の顔に笑みが広がる。

 私と一緒にいる時より良い笑顔しているのがちょっと……。

 いや、神一郎さん相手に嫉妬なんて……。

 

「夜が楽しみだな!」

 

 ごめなさい神一郎さん。今ちょっと嫉妬しました……。 

 

「そろそろ映画の時間だな。行こうぜ」

「あ、あぁ」

 

 一夏が伝票を手に立ち上がった。

 

「一夏? 待て、まだお金を――」

 

 一夏はこんな時、割り勘が基本だ。

 私も一夏の家庭の事情を理解している。

 だから、一夏を止めようとした。

 

「ん? あ、言い忘れてた。実はさ、マフラーを買ったら、お釣りは遊び代に使えって神一郎さんに言われたんだよ。断ったんだけどさ。たまには箒に良いところ見せろって」

 

 流石は神一郎さん。

 フォローも完璧ですね。

 そんな神一郎さんに嫉妬するとは……。

 

「今度神一郎さんにお礼しないとな。――冬休み中で時間もあるし、手編みのマフラーとかいいかな? どう思う箒?」

 

 神一郎さん。

 私の為に色々と気を利かせてくれたりしているのは理解していますが、もしかしたら最強のライバルは神一郎さんかもしれないです……。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「しー君、上がったよ~」

 

 帰宅後、潮風にさらされた俺達は、順番でシャワーを浴びていた。

 一人目は海水にどっぷり浸かった束さん。

 その束さんが――

 

「びっちょびちょじゃねーか!?」

 

 髪から水滴を垂らしながら、いつもの格好でお風呂場から出てきた。

 

「しー君の為に拭かないでおいたよ」

 

 そう言って、束さんは俺に背を向け腰を降ろした。

 しょうがないな。

 甘えられてる内が花とも言うし。

 

「ドライヤー取ってきますからちょっと待っててください」

「は~い」

「神一郎、私もシャワーを借りるぞ」

「どぞ」

 

 千冬さんと一緒に脱衣所に向かい、洗面所の棚からドライヤーを取る。

 あ、そうだ。

 

「千冬さん、服は洗濯機に入れといてください。着替えはジャージで良いですか?」

「助かる――が、なんで私のサイズのジャージがあるんだ?」

 

 千冬さんが拡張領域から取り出された黒色のジャージを訝しげに見つめる。

 

「“こんなこともあろうかと”ってやつです」

 

 言えない。

 女体育教師のコスプレ用だなんて口が裂けても言えない。

 

「まぁいい。ところで神一郎、お前に頼みがある」

「頼み? 千冬さんが頼みとは珍しいですね」

「束を見張ってて欲しい」

「はい?」

 

 束さんを見張る?

 穏やかではないな。

 なにか束さんがやらかしそうなのか?

 俺も原作の全てを知ってる訳ではない。

 もしかしたら、なにか原作に関わる重大な事件でも起こる前兆なのかも。

 

「私がシャワーを浴びる……言いたくないが、後は分かるな?」

 

 うん、相変わらずの平和だった。

 さっきまでのシリアスが恥ずかしい。

 

「そこまで気にしなくて――減るもんじゃないし」

「お前、逆の立場で考えてみろ」

 

 逆?

 ――思い出すのは前世のオタク友達。

 新作のゲームが発売された日は、友達と集まってゲームをしたりした。

 次の日に仕事があるときは泊まり込みだ。

 もし、その時、俺がお風呂に入っている時に、その友達が俺の入浴を覗いていたら……。

 うぁぁ、ゾクッときた。

 

「出来るだけ頑張ってみます」

「頼んだぞ」

 

 

 

 

 居間に戻ると。

 

「しー君おっそ~い」

 

 

 さっきと変わらない束さんが頬を膨らませていた。

 せっかく着替えたのに、服もまた濡れちゃってるし。

 

「ちょっと千冬さんと話してました」

 

 ドライヤーのプラグをコンセントに差しスイッチを入れる。

 

「良きかな良きかな」

 

 温風を当てながらタオルで髪を拭いてると、束さんが上機嫌で鼻歌を歌い始めた。

 考えてみれば、女の子の髪を乾かすなんて初めてだな。

 相手が天災とは言え、ちょっと感慨深い。

 

「しー君、ぱっぱと頼むよ。ちーちゃんはカラスの行水だからね。早くしないとシャワー浴び終わちゃう」

 

 千冬さんの心配は大当たり。

 人がちょっと嬉しい気持ちになってるのに、当の本人は覗きをしたくてしょうがない様だ――

 

「ダメですよ。千冬さんが出てくるまで大人しくしててください」

「む~、らしくないじゃんしー君。ちーちゃんに悪戯したくないの?」

 

 俺ってどう思われてるんだろう?

 人を変態みたいに…………過去を振り返ると否定はできないな。

 

「気持ちは分かります。しかしここは俺の家です。千冬さんが暴れた結果、お風呂が崩壊したらシャレにならないので我慢してください」

「むぅ……」

 

 束さんの口から不満げな声が漏れる。

 それに合わせるかのように、束さんのウサ耳がピコピコ動く。

 噛みごたえがありそうな作り物の耳。

 ――歯が疼くな。

 子供に戻ったことで、色々と懐かしい事が多い。

 乳歯が抜ける感覚は子供の時にしか経験できないものだろう。

 つまり、俺はいま凄く歯がウズウズしている。

 

 ピコピコ

 

 誘ってるとしか思えないんだよなぁ。

 

「ガジガジ」

「ふぁっ!?」

 

 我慢できなくて思わず噛んでしまった。

 

「ちょっ!? なにしてるのしー君!?」

「乳歯が抜けそうで疼くんですよ。硬い物を噛みたい気分でして」

「言いながら噛まないで! いや~!」

 

 束さんが暴れるので、頭をへッドロックでがっちりと固定する。

 これで逃げられまい。

 

「良い歯ごたえですな」

「や~め~て~!」

 

 束さん立ち上がり、頭をブンブンと振る。

 俺の足は床から浮いて、束さんの動きに合わせて左右に揺れた。

 いくら俺が子供でたいした体重ではないとはいえ、頑丈な首してるな。

 

「束さん、落ち着いてください。暴れると噛めません」

「噛んじゃダメなの! ん~!」

 

 束さんがグルグルと回り始めた。

 やばい、ちょっと楽しい。

 

「しー君、離さないと酷い目に合うよ?」

「今離したら壁に激突するので嫌です」

「そう……ならしょうがないね」

 

 ガチャ

 

「上がった……ぞ?」

 

 居間のドアが開き、千冬さんが現れた。

 珍しく目が点になっている。

 ドアを開けたら親友が部屋の真中でグルグル回っていたらビックリするよね。

 それにしても、黒のジャージを着て、無造作に頭をタオルで拭く姿はとても様になっているな。

 男として本当に羨ましいイケメン具合だ。

 

「しー君、いくよ?」

 

 あれ? そう言えば、さっきより回転が速くなってる気がする。

 これもしかして……。

 

「ふん!」

 

 束さんが勢い良く頭を振る。

 そしてすっぽ抜ける俺の手。

 体が飛ぶ先には千冬さん。

 ――なるほど、これは酷い目に合うな。

 

「なっ!?」

 

 ポカンとしていた千冬さんも事態に気付いたらしい。

 だが遅い、もう既に千冬さんの胸が目の前だ。

 室内でISを展開するのはTPOに反するしな。

 俺の顔が千冬さんの胸に当たってもしょーがないよね。 

 俺に出来ることは、目を瞑って素直に運命に従うことだけだ。

 

 

 バシンッ!

 

 

 ありゃ? 顔に当たる感触は硬い。

 目を開けると、視界一杯に肌色が見えた。

 そして頭に鈍い痛み。

 これは柔らかいクッションじゃないな。

 

「よく一瞬で掴めましたね?」

「言い訳はそれだけか?」

 

 見事にアイアンクローで俺の頭を掴んだ千冬さんが、ジロリと俺と束さんを睨む。

 

「束さんが覗きをしようとしていたので、止めました」

「しー君が悪いんだもん」

「もういい。束はさっさと髪を乾かせ。私もドライヤーを使いたい」

「は~い。しー君、続き頼むよ」

「了解です」

 

 罰なしで開放されたので、再度ドライヤーを手に取り、また束さんの後ろに回る。

 今度はクシで髪を梳かしつつ温風を当てる。

 

「それにしても、なんで二人とも髪を伸ばしてるんです?」

「ほえ?」

「ん?」

「だって、束さんは身なりに頓着しない方だし、千冬さんだって働いたり動いたりするのに、その髪邪魔じゃありません?」

 

 二人の髪は背中の中程まで伸びている。

 似合うんだけど、キャラじゃないっていうか――

 

「しー君なら分かるでしょ? コスプレは髪も――だよ」

「私はただの節約だ。床屋代がもったいなくてな。伸ばすだけ伸ばしてその内切りに行こうと思っていたら、タイミングを逃して今の長さになった」

 

 束さんの理由は理解できる。

 髪型もまたコスプレの一部なんだろう。

 そして、残念ながら千冬さんの言い分も理解できる。

 オタクにありがちな理由なんだもん。

 

「なんとも残念な乙女達ですね。もう少しなんとかなりません?」

「しー君に言われたくないんだけど……」

「まったくだ。お前の髪型だってずっと変わってないだろう。神一郎、お前はどこで切っているんだ?」

「千円カットです。髪に金使うとかありえない」

 

 見せる相手も居ないのに魅せる必要がない。

 俺達同類じゃん?

 だから左右からほっぺ引っ張るの止めてくれません? 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 身なりを整えた俺と束さんが台所に立つ。

 千冬さんは居間でツリーの飾り付け中だ。

 

「束さん、あくまで俺のフォローですからね? 余計な事はしないように」

「――それはフリかな?」

 

 やめて。

 お願いだからやめてください束様。

 

「フリじゃないです。俺だってビーフストロガノフなんてシャレれたもの作るの初めてなんですから。邪魔はしないでください」

「でも、味付けは私がするんでしょ? 最初っから私が作った方が早くない?」

「料理は見た目や食感も大事なんです。束さんにはそれが足りない」

「ぶーぶー。別に味が良くて、栄養があればイイじゃん」

「はいはい。束さんは冷蔵庫から玉ねぎとパプリカ、マッシュルームを取ってきてください」

「は~い」

 

 プリントアウトしたレジピを見ながら、束さんに指示を出す。

 テキパキと動いてくれるし、これなら心配ないかな?

 

「持ってきたよ~」

「それじゃあ、その玉ねぎをみじん切り――」

 

 チャキ

 

「は俺がやるので、束さんはこの包丁でマッシュルームを半分に切ってください」

「ラジャ」

 

 みじん切りと聞いて束さんが構えたのは、高周波ブレードだった。 

 まな板どころかその下まで真っ二つにする気かコイツ。

 

 

 そして――

 

 

「完成です」

「わ~パチパチ」

 

 鍋の中には美味しそうなビーフストロガノフ。

 初めてにしては中々上出来じゃないか。

 

「てな訳で、味見してみましょう」

「いただきま~す」

 

 小皿によそったストロガノフをペロッと舐める。

 

「うん。これは――」

「ふむ。これは――」

 

「「普通だ(ね)」」

 

 不味くはない。

 悪くもない。

 自分ひとりで食べるなら問題ないけど――

 

「特別な日にしてはイマイチですね」

「やはりここは天災で天才な私の出番だね」

 

 束さんが腕を捲り、ふんすと鼻息をもらす。

 手には白い粉が入った小瓶を握っていた。

 どう見てもあやしい薬にしか見えないな。

 

「粉を入れて、まぜまぜしましょうねっと」

 

 束さんが鍋に粉を入れ、オタマでかき混ぜる。

 

「今回の味付けもどこかのお店の味なんですか?」

「うん。研究所でご飯が出るんだけどさ。そこで『三ツ星シェフのビーフストロガノフを持って来い。は? 束さんが食べに行く? シェフ呼べよ。IS開発やめるぞテメー』って言ったら、グラサンが青い顔して連れてきた有名シェフの味だよ」

 

 グラサンはやはり苦労しているのか。

 なんとも悲しい味だ。

 

「ほい。味見どーぞ」

「頂きます」

 

 束さんに渡された小皿をペロっと舐めてみる。

 

「これは!?」

 

 さっきより味が濃厚で、それでいてしつこくなく――ダメだ。俺の語彙じゃ説明できん。

 ここはシンプルに行こう――

 

「束さん、超グッジョブ」

「ふふ~ん」

 

 ドヤ顔の束さんにグッっとサムズアップ。

 これだけで全てが伝わる。

 

「神一郎、こちらも終わったぞ」

 

 丁度いいタイミングで千冬さんも準備が終わったようだ。 

 

「これで今できる事前準備は終わりですね。一夏と箒が帰って来るまで数時間ありますし、昼飯でも食べます?」

「そうだな。正直この匂いを嗅いでたら腹が減った」

 

 千冬さんが鼻をヒクヒクと動かす。

 台所には、ビーフストロガノフの良い匂いが充満しているのだから無理もない。

 

「ちーちゃんの胃袋を私の愛で満たすチャンス!? ちーちゃん。ちょっと待っててね。今とびっきりのを――」

「束は動くな。神一郎、頼めるか?」

「了解です」

「あれれ?」

 

 千冬さんは束さんの首根っこを掴み台所から出て行った。

 束さんが疑問顔しているのが疑問だよ。

 

 さてと――

 まず『カレーが進む君』からマグロの中骨を取り出す。

 色合いも変わって、熟成が進んでるのが見た目で分かる。

 マグロの骨に付いた身――中落ちを、スプーンでほじりながらボールに落す。

 丁寧に、骨に身が残らないように――

 三人分の身を取り出したら、夜のために練習で作っておいた酢飯を丼によそう。

 その上に中落ちをたっぷりと乗せる。

 汁物はインスタントのお吸い物。

 それらをお盆に乗せ――

 

「へい、手抜き簡単中落ち丼おまち。醤油とわさびはお好みでどーぞ」

「中落ち? 初めて食べるな」

「骨周りの身のことです。美味しいですよ」

「わざわざ骨を『カレーが進む君』に入れてたのはこの為だったんだ」

「中落ちはまだありますから、明日の夜は中落ち丼とかぶと煮を一夏達にご馳走する予定です。今回は試食も兼ねてます」

「なるほどな。では有り難く頂こう」

 

 三人で手を合わせ――頂きます。

 

「これはイケルな!」

「美味しいよしー君」

 

 二人が笑顔で丼をガッツく。

 それはもう見事な食べっぷりだ。

 丼を片手に持ち、箸で口の中にご飯をかき込む姿はとても上品とは言えない。

 だけど、これこそが丼の正しい食べ方だと俺は思う。

 『美味い美味い』と言いながら箸を休まず食べ続ける姿は、見ていてとても気持いものだ。

 思わずにっこりしちゃうよね。

 

その後、昼飯を食べ終わった俺達は、食休みも兼ねてゆっくりとした時間を過ごしてた。

 俺はソファーに座りながらラノベを読み、千冬さんは胡座をかきながらマンガを、束さんはカーペットの上に寝転んでキーボードをカタカタと打ち込んでいた。

 

 他愛もない話しをしながら時間を過ごし、そして、日が傾きかけた――

 

 

 

「しー君、いっくんと箒ちゃんが移動を開始したよ。後30分で到着」

 

 束さんが立ち上がり、体を伸ばした――

 

「もうそんな時間か――」

 

 本をパタンと閉じ、千冬さんも立ち上がった――

 

 事前準備最終戦の開始である。

 

「束さんはテーブルにクロスを掛けて食器の準備を。千冬さんは駅前のお店で予約した商品を貰って来てください。千冬さんなら15分で戻ってこれるはずです」

 

 千冬さんに引換券を渡しながら指示を出す。

 サプライズパーティーは、相手が到着した時点で準備は終わってなければならない。

 だからと言って、早く準備して料理が冷めてるなんてのは許されない。

 

「ここからはスピード勝負です、各自散開!」

 

 ザッと二人が動きだす。

 さて、俺も準備しないとな――

 

「食器は並べ終わったよ!」

「次はご飯を冷ますのを手伝ってください。この団扇で横から――待て、その冷凍ビームはしまえ」

 

 束さんに指示を出し――

 

「戻ったぞ。次はどうする?」

「ビーフストロガノフを温めてください――強火で放置するんじゃなくて、中火にしてオタマでかき混ぜながらです」

 

 千冬さんに指示を出し――

 

「束さん! 冷蔵庫からミニトマト取って!」

「了解!」

「神一郎。レタスは洗い終わったぞ」

「水をきってボールに適当に入れてください!」

 

 慌ただしく準備を進める。

 

「二人がエレベーターの乗ったよ。到着まで後30秒!」

 

 来たか。 

 丁度こちらも最後の準備を始めるところだ。

 

「束さん、メイクアーップ!」

「よっしゃ! リリカル・トカレフ・ノーバディ・ノークライ!」

 

 怪しげな呪文と共に、束さんの体がペカーと光る。

 束さんの呪文は、俺の部屋のマンガのものだ。

 いつの間にか物色していたらしい。

 ある意味でとても束さんに似合う呪文だ。

 

「とう!」

 

 シュパっとポーズを決めた束さんは、見事なサンタコスを見せてくれた。

 ウサ耳付きのサンタ帽子に、赤いミニスカ、そしてなにより――生足が素晴らしい!

 

「あえての生足……分かってらっしゃる!」

「でしょ?」

 

 束さんがクルンと回ると、スカートがふわっと舞った。

 ――生臭い胸じゃなくて、是非ともあの太ももに顔を挟んでもらいたいもんだ。

 

「出迎えは俺が行きます。束さんは脅かせ役頼みます」

「任された!」

 

 ピンポーンっとチャイムが鳴った。

 それに合わせ、束さんが窓から飛び出す。

 ――さあ、行こうか。

 

 トナカイのツノを頭に装着し、赤いつけっ鼻を付ける。

 実年齢を考えると少し恥かしいが、一夏と箒の為にここはグッと我慢だ。

 

 玄関のドアに手をかけ、扉を開ける――

 

「いらっしゃい」

「こんにち……は?」

 

 出迎える俺に対し、箒は笑顔の表情で固まってしまった。

 

「箒? どうしたんだ?」

 

 ドアの影に隠れてた一夏が、ひょこっと顔を出した。

 

「あ! 神一郎さ……ん?」

 

 一夏も、俺の姿を見た瞬間嬉しそうな顔をするが、そのまま固まってしまった。

 無理もない。

 俺だって、赤鼻まで付けてウキウキな格好をしてる奴が、何も言わず真顔をしていたら困惑する。

 

「どうした? 入れよ」

 

 笑顔を見せないよう、歯を噛み締めながら二人を玄関に入れる。

 

「は、はい」

「おじゃまします……」

 

 戸惑いながら二人が靴を脱ぎ始めた。

 ここまでは計算通り。

 二人は手を離したのに玄関のドアが閉まってないことにも気づいてない。

 一夏達の後ろ、二人に代わりドアを押さえている束さんとアイコンタクトを交わす。

 

(いくよ?)

(どうぞ)

 

 靴を脱いだ二人が、脱いだ靴を揃えようと振り向いた瞬間――

 

「メリークリスマス!」

 

 束さんがガバっと二人に抱きついた。

 

「もが!?」

「むぐ!?」

 

 手を広げ、驚く二人を自分の胸の中に抱きしめる。

 二人の顔が束さんの胸に埋もれた。

 今の束さんは生臭くないだろうし、羨ましいかぎりだ。

 

「ね、姉さん!?」

「箒ちゃん久しぶり~」

 

 いち早く胸から顔を出した箒に対し、束さんが満面の笑みで自分のほっぺを擦りつける。

 微笑ましいな。

 その横で一つの小さな命が消えかけようとしてるけど……。

 

「束さん、一夏がそろそろヤバイです」

「あや?」

 

 束さんが自分の胸元に視線を向ける。

 そこでは一夏が激しく手足をバタつかせていた。

 

「姉さん、そろそろ一夏を開放してください」

「う、うん」

 

 箒の目が細くなり、背後に黒いプレッシャーが見えた。

 好きな男が他の女の胸に頭を埋めていたらイラってくるよね。

 それが例え実姉でも。

 これには束さんもビビったようだ。

 素直に一夏を開放した。

 

「ぷはっ!? た、束さん、お久し――」

「一夏? 随分と顔が赤いな? そんなに姉さんの胸が良かったのか?」

「え? ち、違う! これは苦しくて――」

「いっくんは束さんのお胸嫌いなの?」

「うぇ!? いや、その、嫌いでは――」

「一夏?」

「いっくん?」

 

 おう。

 ほのぼのクリスマスがあっという間に修羅場になった。

 箒に言い訳したいが、束さんの寂しげな視線に大きく言えず一夏はしどろもどろだ。 

 

「――まぁいいだろう。だが一夏。私の目の前で姉さん相手にデレデレするな。妹として反応に困る」

「あ、あぁ。気をつけるよ」

 

 修羅場と思いや、箒が一歩引いた。

 箒の心は健やかに成長しているようだ。

 

「姉さんも、一夏をからかうのはそのへんで」

「は~い」

 

 箒に嗜められ、束さんは素直に身を引く。

 ここまではお約束ってやつだ。

 

「ほら、いつまでも玄関で喋ってないで」

 

 二人を連れて居間のドアを開ける――

 

「――!?」

「――!?」

 

 一夏と箒がまたも固まってしまった。

 

 テーブルの中心にあるのはもちろんクリスマスケーキ。

 真中にある、砂糖菓子のサンタクロースがとてもキュートだ。

 その左右にはあるのは、湯気を立てて存在を主張するビーフストロガノフと、子供の憧れ、カーネルおじさんのフライドチキンのバケツだ。

 ポイントはやはりカーネルおじさんだろう。

 一夏は家庭の事情から、箒も神社の娘だし珍しいだろうと用意した一品だ。

 だが、これはまだ序章。

 ――あ、そうだ。

 

「一夏と箒にはまだ言ってなかったな。今日はクリスマスパーティーやるから」

「「見れば分かります!」」

「そ、そうか」

 

 大事な事なので伝えたのに、思いのほか強い口調でつっこまれてしまった。

 

「――大声だしてすみません。あの、なにかあるとは想像してたんですが、その想像より本格的だったもので。な、一夏」

「パーティーするかもとは思ってたけど、ここまでとは……」

  

 二人の口から呆れたような声が漏れた。

 あれ? 想像とリアクションが違う。

 もっとこう『神一郎さんすげー』みたいな反応を期待してたんだが……。

 

(チラ、チラチラ)

 

 おや? 二人が見ているのは料理じゃない。

 視線の先は部屋の隅――

 ふむ。

 

「そんなにクリスマスツリーが珍しいか? 一夏の家にも箒の家にも、クリスマスツリーくらいならあっただろ?」

「「こんなクリスマスツリーありません!」」

「お、おう」

 

 なんだか今日の二人は随分と塩対応だな。

 

「神一郎さん……なんなんですかそのツリーは!」

 

 箒が大声を上げて俺に詰め寄る。

 隣では一夏がうんうんと頷いていた。

 

「なにって、モミの木だよ。初めてのクリスマスパーティーなんだし、ちょっと贅沢してみたんだけど……気に入らなかった?」

 

 部屋の隅にあるのは高さ2mはあるモミの木。

 その枝には、千冬さんの手によってカラフルな粧飾が施されている。

 自分で言うのもなんだけど、立派なクリスマスツリーだと思うんだが――

 

「――もういいです」

 

 箒が疲れた様なため息をこぼしてしまった。

 なにが気に気わなかったんだろう? 

 ――あれか? 無駄だと言いたいのか?

 クリスマスが終わったら無用の長物だもんな。

 だが安心してくれ箒。

 今日はまだイブだ。

 朝日が昇る前に、保育園か孤児院の庭先に埋めてくるつもりだから。

 ついでにちょっとしたクリスマスプレゼントでも置いて、『伊達直人より』と一言手紙を添えれば問題ない。

 ISのシャベルでサクっと穴を掘れば、短時間で済むからバレないだろうしな。

 まさに一石二鳥だ。

 

「神一郎、着替えるために少し寝室借りたぞ――なんだ、まだ座ってなかったのか?」

 

 背後からの声に振り返ると、そこには黒のTシャツとジーパンという懐かしい組み合わせな着替えた千冬さんがいた。

 

「ちーちゃんも来たし早く始めようよ。箒ちゃんもいっくんも座って座って」

 

 束さんが、さあさあと二人を席に座らせ、自分も腰を降ろした。

 一夏の横に箒、その対面には千冬さんと束さん、そして俺が座った。

 人数分のジュースを入れたコップが全員に行き渡ったのを確認して――

 

「クリスマスにどんな音頭を取ればいいか分からないので余計な事は言いません。なんで――メリークリスマス!」

『メリークリスマス!』

 

 五つのコップがテーブルの上でぶつかり合う。

 

「箒ちゃん! これ食べて! お姉ちゃんが作ったんだよ!」

 

 喉を潤す間もなく、束さんが箒の隣に移動して、お皿にビーフストロガノフを盛り付け始めた。

 箒の口元がヒクついてるのはご愛嬌だ。

 

「箒、安心していいよ。それは俺と束さんの合作だから」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。だからいっくんも食べてね」

「はい、頂きます」

 

 それぞれのお皿にビーフストロガノフが盛られ、一夏と箒がスプーンでお肉を口に運んだ。

 

「っ!? 柔らかくて美味しいです!」

「コレは凄いですよ束さん!」

 

 二人の顔に驚きに染まった後、満面の笑みに変わった。

 と、一夏の様子がおかしい。

 テーブルに並んだ料理をキョロキョロと見回している。

 一夏よ――俺にはお前が何を探してる理解できるぞ。

 

「一夏、お前が探してるのはご飯かな?」

「!? はい……その、あはは……」

 

 一夏が恥ずかしそうに頬を掻いた。

 恥ずかしがるな一夏。

 その柔らかいお肉を齧って、口一杯に白米を頬張る――男ならそう食べたいよな。

 だがけど悪い。今日は普通の白米はないんだよ。

 ま、代わりはあるけどね。

 

「千冬さん、そろそろメインを準備しましょうか」

「そうだな」

 

 俺と千冬さんが席を立って台所に向かう。

 俺達の行動に、一夏と箒は不思議そうな顔をしていた。

 ふっふっふっ。

 期待してろよ二人とも。

 

 熟成を終わらせ、冷蔵庫に入れておいたマグロの切り身――それを包丁で切る。

 人肌で温まらないように、出来るだけ素早く。

 赤い身、ピンクの身、そして白いスジが入った身。

 それぞれ切り分け、木の板に乗せていく。

 それを持って一夏達の所へ戻る。

 千冬さんは後ろからお米の入ったおひつをを持って付いて来た。

 

「お刺身――ですか?」

「残念ながら違うんだな。先生、お願いします」

「あぁ」

 

 ちょっと残念そうな顔をした一夏の前で、千冬さんが額にねじりはちまきを巻く。

 相変わらずの似合いっぷりだ。

 

 千冬さん手に取ったのは――白いスジの入った身だった。

 初っぱなからそれですか千冬さん……。

 普段と変わらない顔付きだが、千冬さんもテンションが上がってるのかもしれないな。

 

 千冬さんがおひつから、右手に親指大ほどのお米を手の平に乗せる。

 左手にマグロの切り身を持った。

 

「千冬姉――もしかして――」

 

 一夏が興味津々に千冬さんの手元を凝視する。

 流石にここまでくれば分かるか。

 

 千冬さんはネタとシャリを合わせ――

 

 スッ――シュ――

 

 マンガ知識だが、寿司は握る時間が短い方が良いものらしい。

 ネタに体温が移ると、味が落ちるからしいが――千冬さんの動きはあまりにも早い。

 早すぎて、手の動きが良く見えなかった。

 一夏の為に自分でマグロを釣り、一夏の為に海の上でDVDを見て職人の技を模倣した――そんなブラコン魂全開の一品だ。

 一夏よ、全力で味わえ!

 

「さぁ食え」

 

 トンっと一夏の前の小皿に寿司が置かれた。

 

 ――え? それだけ? 

 

 あまりにもぶっきらぼうな言い方に、一夏を含め一同ポカンとしてしまった。

 おいコラ。

 この空気どうするんだよ。

 一夏も食べていいものか悩んでるじゃないか。

 本当にこの子はもう――

 あれ? なんかデジャブ?

 ――まぁいい。取り敢えず空気変えよう。

 

「一夏、そのマグロはな、千冬さんが釣ったんだぞ?」

「マジで!?」

「おい神一郎、その話は――」

 

 千冬さんの視線が俺をロックオンした。

 だけどしょうがないね。下手なテレ隠しをする愚姉が悪い。

 

「しかもな、自分で寿司を握る為に、DVDを見て握り方を勉強したりしたんだぞ?」

「おぉ!?」

「更にだ――なんと、今一夏の目の前にあるのは……大トロだ!!」

「おぉぉ!?」

 

 一夏のテンションが一気に上がる。

 やはり美味しいものを食べるときはそれなりのテンションがなきゃな。

 

「一夏は大トロ食べたことあるか?」

「ないです!」

「そうか、なら喜んで食べろよ?」

「はい!」

 

 よしよし。

 一夏は素直で良い子だ。

 それにくらべ――

 

「ちっ」

 

 せめて頬を染めて舌打ちしてくれたら可愛げあるんだけどな~。

 

「千冬姉、頂きます」

 

 そっぽを向く姉を他所に、一夏が寿司を箸で摘んだ。

 その箸が震えている様に見えるのは気のせいではないだろう。

 

 一夏が震える手で醤油を付け、一気に口に寿司を持って行った。

 

「ん~!」

 

 一夏の表情を例えるなら……アヘ顔?

 美味し過ぎる物を食べた時、人間は快感を覚えると言うが――おう、束さんの鼻から出ちゃいけないものが出てるよ。

 

「凄い! 凄いよ千冬姉! 口の中で溶けて無くなった!」

「そうか、良かったな。ほら箒、お前も食べろ」

「は、はい!」

 

 一夏の顔を凝視していた箒の前に、同じ大トロが置かれた。

 

「お、美味しいです!」

 

 箒は自分の頬に手を当て、表情を緩める。

 この笑顔、プライスレス――

 

「む~」

 

 なんだけど、何故か束さんの頬が膨れた。

 

「箒ちゃん! お姉ちゃんの料理ももっと食べて!」

「待ってください姉さん。まだ口に中にご飯が――」

 

 束さんがスプーンを箒に向かって差し出す。

 どうやら、妹の感心を取られたのが悔しい様だ。

 

 俺の目の前で、千冬さんが甲斐甲斐しく一夏に寿司を握り、束さんは箒にビーフストロガノフを食べさてせている。

 これは大成功と言ってもいいよな?

 

 寿司にビーフストロガノフ、そしてフライドチキン。

 今回はあえて料理の系統をバラバラにした。

 このゴチャ混ぜ感がなんともいい感じだ。

 綺麗に系統で揃えるのではなく、敢えてバラバラにすることで、とても日本人らしいクリスマスになったと思う。

 しかしだ――

 

「箒ちゃん箒ちゃん。次はお姉ちゃんに食べさせて?」

「はい姉さん。あ~ん」

 

「一夏。次は何を食べる?」

「えっと――」

「中トロもなかなか良いものだぞ?」

「じゃあそれで」

 

 織斑家と篠ノ之家でイチャつかれるとお兄さん一人になるんだけど?

 

 脳裏に浮かぶのは生前のクリスマス。

 仕事が終わって、コンビニでケーキとiTunesカード買って、家に帰ったらソシャゲのクリスマスガチャに課金して、その後はクリスマスイベント走って――また仕事に行く……

 

「姉さん。次はサラダが欲しいです」

「はい! 小皿に分けたよ!」

 

「千冬姉も何か食べたら?」

「ん? そうだな。握ってばかりだった。一夏。適当によそってくれないか?」

「了解。ちょっと待ってて」

 

 ――寂しくなんかない。

 でも、ほら、俺が一人だとみんな気兼ねして楽しめないよね?

 

「箒、俺にもあ~ん」

「む? 邪魔しないでよしー君!」

「まぁまぁ束さん、そう言わないでよ。俺が箒に食べさせてもらう。束さんが箒に食べさせてあげる。そして俺が束さんに食べさせれば――ね? みんな幸せでしょ?」

「――はっ!?」

 

 束さんが“その発想はなかった!”的な顔をした。

 最初は姉妹のイチャラブを邪魔されて不機嫌な顔をしていたが、どうやら俺の案に乗ってくれるようだ。

 

「あの、神一郎さん? 流石に姉さん以外にやるのは恥ずかしいんですが?」

「箒、まずは俺達三人で食べさせ合いっこをする。それから一夏と千冬さんも巻き込む……後は分かるな?」

「――はっ!?」

「箒は一夏にあ~んしたい? それともされたい?」

「――神一郎さん」

「ん?」

「私は神一郎さんに出会えた事を神様に感謝します」

 

 ――自然と三人の手が重なった。

 

 しののの しまいが なかまになった!

 

 しかしまぁ、箒もやはり束さんの妹なんだなとしみじみ思うよ。

 まさかこうも簡単に乗ってくるとは。

 

「【浮かれたクリスマス作戦】開始!」

「はい!」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 テンションの上がった箒に一夏が引いたり、調子にノった束さんが千冬さんにちょっかい出して怒られたり、色々あったがクリスマスパーティーは終始笑顔に包まれながら進んだ。

 

 そして、粗方の食事を食べ終わり、俺達はお茶を飲みながらまったりしていた。

 

「二人とも、今日のパーティーはどうだった?」

「「楽しかったです!」」

 

 うんうん。

 そう言ってもらえると頑張った甲斐があったな。

 

「でも、そろそろ――」

 

 一夏が寂しそうな顔で壁の時計を見つめる。

 時刻は夜の八時過ぎ。

 普段なら解散の流れだ。

 だけどな一夏、まだサプライズは終わってないんだよ。

 

「確かにそろそろいい時間だな。一夏、箒、ちょっとテーブル片付けるの手伝ってくれないか?」

「あ、はい。えっと、俺は大皿を運ぶから、箒は小皿を頼む」

「分かった」

 

 三人でテーブルを素早く片付ける。

 その横では、束さんと千冬さんが素知らぬ顔でお茶を飲み続けていた。

 

「洗い物はしなくていいから、水にだけ浸けといてくれ」

「洗わなくていいんですか?」

「うん、だってこれからゲームするし」

「え?」

 

 一夏はポカンとする。

 

「ほれ」

 

 俺が視線をテーブルに向けると、テーブルの上には、トランプやUNO、それに人生ゲームなどのクリスマス定番のカードやボードゲームが置かれていた。

 

「あの、もしかして――」

「サプライズ第二弾だ。喜べ二人とも、今日は泊まりだ。遊び倒すぞ」

「「ッ!?」」

 

 寂しそうだった二人の顔が段々と笑顔に変わる。

 

 ――驚きから喜びへ

 ――寂しさから喜びへ

 

 この表情の変化を見れるのがサプライズの醍醐味だよな。

 

「千冬姉、いいの?」

「私だってクリスマスくらい休みを取るさ」

 

「姉さん、父さんには――」

「あっちにはお姉ちゃんから連絡してあるから大丈夫だよ」

 

 弟妹が、笑顔で姉達の隣に座る。

 

「今のうちの明日の予定は言っておく。午前中は市運営のテニスコートを借りてテニス! お昼は俺の家に戻ってたこ焼きパーティー! 午後からは街に繰り出してカラオケとボーリング! 夜はまた俺の家で豪華な食事を食べてから解散! 一夏、箒、体力の配分に気を付けないと最後まで着いてこれないと思うから、今から覚悟しとけよ?」

「「はい!」」

 

 元気な返事が部屋に響く。

 二人へのサプライズはここまでだ。

 これからは明日という一日を楽しみにして過ごして欲しいから。

 まぁ、テニスやカラオケは俺の趣味なんだけどね。

 束さんなら妙技“綱渡り”なんかもやってくれそうだし、千冬さんはリアル波動球を見せてくれるだろう。

 カラオケは俺以外の全員が主役だ。

 全員がイイ声してるのは間違いない。

 惜しむは時代――

 まだオタク文化に火が着き始めたばかりだから、俺が生きてた頃ほどアニソンの種類ないんだよなぁ……。

 とは言えだ、楽しみなのは俺も一緒だ。

 

 さて、最後のサプライズを始めるか!

 

「時間も惜しいし、そろそろ始めようか――王様ゲームを」

「「……は?」」

 

 今度は束さんと千冬さんが目を丸くした。

 それも無理ないこと。

 なんせ、元々の計画ではテーブルに乗っているなにかしらのゲームで遊ぶ予定だったからな。

 もちろん二人にもそう言ってあった。

 

「束さん、クリスマスって言ったら王様ゲームだよね?」

「――そうだね。クリスマスって言ったら王様ゲームじゃないかな?」

 

 ほんの一瞬の間。

 その瞬間、束さんは俺の考えを読み取ったのだろう、目が怪しく光った。

 

「まて、そんな話しは聞いた事が――」

「箒もそう思うよな?」

「そうですね。小学生の間でもクリスマスは王様ゲームが一般的だったと思います」

 

 王様ゲームをやる小学生とかナニソレ怖い。

 それにして、箒も千冬さん相手に平然と嘘をつくようになったか。

 千冬さんが反論しようとするが、残念ながら今日の篠ノ之姉妹は俺の味方なんだよ。

 ちなみに、一夏は話について行けなくて右往左往している。

 

「――神一郎、お前もやった事があるのか?」

「もちろんですよ。暇な時は(脳内で)暇つぶしでやったり、他人(アニメやエロゲ主人公)がやってるのを見てたりもしました。(二次元では)王様ゲームは意外と一般的なんですよ?」

「くっ――」

 

 千冬さんが悔しそうに唇を噛む。

 俺の言葉に嘘を感じなかったから反論出来なかったのだろう。

 千冬さん自身が、若者のクリスマスパーティーなど知らないからなおさらだ。

 ――俺もやったことないけどネ!

 

「民主主義らしく多数決でもします?」

「――好きにしろ」

 

 千冬さんは周囲を軽く見回した後、諦めたようにため息をついた。

 これでうるさい保護者は沈黙。

 一夏は状況の変化に着いてこれない。

 ここからが真のお楽しみってね。

 

「束さん、割り箸を――」

「ふっ、もう準備は終わってるよしー君」

 

 束さんに視線を向けると、その手には人数分の割り箸が握られていた。

 

「流石は束さん、準備が早いですね。一応言っておきますが、今回はイカサマなしですよ?」

「分かってるよしー君。誰が王様になるかは運次第、今回はそれが面白い」

 

 ニヤリ

 

 俺と束さんの顔が喜色で歪む。

 

「じゃ、始めましょうか?」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 王様ゲームのルール

 

 ①罰ゲームの内容は常識の範囲内で。

 ②王様以外の4人がその罰ゲームはやりすぎだと判断した場合、王様の命令は無効とする。

 ③命令を出してから指名すること。その逆は不可。

 ④罰ゲームを受けるのは最大2名、人数は王様の配慮で決める。

 

 

 

「へぇ、王様ゲームってそういうルールなんだ」

 

 一夏にルールを説明しつつ、簡単なルールを決める。

 ③は一夏や箒の為のルールだ。

 二人は表情に出やすい為、先に番号を言われたら反応してしまうかもしれない。

 自分で言うのもなんだが、一夏や箒が罰ゲームを受けると分かったら面白おかしい案を出すに決まってる。

 なので出来るだけ不公平をなくすためのルールを導入した。

 ④も同じような理由だ。

 罰ゲームを受けるのが一人だけだと、一夏なんかはピンポイントで連続で当たりそうだからな。

 それを回避する為のルールだ。

 

「じゃ、始めようか?」

 

 束さんが右腕を前に出す。

 

 一夏、箒と順番に割り箸を引いていく、書いてある番号を見られないように、慎重に割り箸の先端を隠している。

 これはドキドキするな。

 

 最後に千冬さんが引き終わり、全員が緊張した面持ちになる。

 割り箸は五本、当たりは一本。

 いざ尋常に――勝負!

 

「王様だ~れだ?」

 

 俺の声で全員で一斉に手元を確認する。

  

「王様です」

 

 一夏が割り箸を全員に見せる。

 やはりコレ系のゲームはギャルゲ主人公の独壇場なのか――

 

「えっと、罰ゲームは、腕立てなんかの肉体系か、自分がやられて嫌なことなんかを――」

 

 一夏は“命令するならこんな命令を”と教えた内容を思い返しているようだ。

 個人的にはヌルい気もするが、最初はこんなもんか。

 

「肉体系……」

 

 ポツリと呟いて一夏を周囲を見回した。

 今日のメンツは――

 

 世界最強の女剣士

 世界最高の体を持つ天災

 剣道少女

 神様特典持ちの転生者

 

 ――うん、腕立て伏せの10回や20回じゃ罰ゲームにもならないな。

 さて、一夏はどうするのか――

 

「あ、そうだ。罰ゲームは『人を背中に乗せて腕立て伏せ10回』にします」

 

 ナイス案だ。

 それなら流石の二人も疲れるだろう――たぶん。

 でも、箒に当たったらちょっとキツそうだな。

 

「んーと、一番が腕立て伏せ、二番が背中に乗ってください」

 

 自分の番号を再度確認する。

 俺は3番。

 運良く回避できた。

 

「最初の罰ゲームは束さんだね――さあ! 誰でも背中に乗ると良いよ!」

 

 束さんはキメ顔でそう言った。

 ――ご褒美ですね分かります。

 

「あれ? 二番は?」

「私は四番だ」

「俺は三番」

 

 もう一人が名乗り出ないので、一夏が首を傾げる。

 その一夏に向かって俺と箒は割り箸の番号見せた。

 俺と箒ではない、となるとだ――

 

「私だ」

 

 千冬さんがとても嫌そうな顔で立ち上がった。

 その目付きはまるでゴキブリを見るかの様だ。

 

「上に乗るのはちーちゃんか。束さんが人を乗せて腕立て伏せをするんて世も末だよ」

 

 千冬さんが見下ろす先にいるのは、口調とは裏腹に意気揚々と腕立て伏せの体制に入っているゴキ――ではなく束さん。

 真の罰ゲーム対象者は千冬さんだな。

 

「乗るぞ?」

「かも~ん」

 

 束さんが挑発するようにお尻を振る。

 それを見て千冬さんの眉間のシワが更に深くなった。

 ミニスカでそんな真似をするとは――是非とも後ろに回り込んで覗きたい。

 

「さっさと済ませろ」

 

 ドスンッ

 

「はふんっ♪」

 

 千冬さんが背中に乗った瞬間、束さんの口からナニカ出た。

 

 一夏、箒、こっちおいで。

 俺が一夏の耳を塞ぐから、一夏は箒の耳を塞いでくれ。

 そうそう、出来れば目も閉じて。

 うん、素直だな二人とも。

 

 ここからはR15指定だ。

 

「ふぉぉぉ!? ちーちゃんのプリケツが束さんの背中に!?」

「ッ!? 黙ってろ!」

 

 ガスンッ!

 

「ぐへへ」

 

 殴られても束さんの笑顔は崩れなかった――千冬さんの拳骨も今の束さんにはただのご褒美です。

 ほんと残念な美少女だな。

 

「いつまでも楽しんでいたいけど、いっくんと箒ちゃんを待たせるのも悪いし――いっ……かい!」

 

 束さんが腕を曲げ、そこから一気に腕を伸ばした。

 すると――

 

「っ!?」

 

 腕を伸ばした反動で千冬さんの体が50cm程浮いた。 

 そして、重力の力で落下した――

 

 ドスン

 

「ふへっ♪」

 

 あぁ――千冬さんが全てを諦めた目で天井を見つめている。 

 凄いな、千冬さんのお尻の感触を楽しみたいからと言ってそこまでやるのか。

 

「に……かいっ!」

 

 ドスン

 

「ふひ♪」

 

 

「さん……かい!」

 

 ドスン

 

「くひ♪」

 

 ――

 ―――

 ――――

 

「じゅっ……かい!」

 

 ドスン

 

「んふ♪――堪能したよ」

 

 見事腕立てをやりきった束さんが、ふうと息を吐きながら額を拭った。

 千冬さんは――うん、触らずにいてあげよう。

 一夏と箒の肩を叩き、終わったことを教える。

 

「気を取り直して二回目やろうか?」

「は~い!」

「「――はい」」

 

 元気なのは一人だけ。

 千冬さんは返事すらしない。

 ――王様ゲームとはここまで盛り下がるものなのか? まだ一回やっただけなのに、このままじゃいかんな。

 

「束さん! ネクストゲームの準備を!」

「ほいきた」

 

 束さんが割り箸を握り手を前に出す。

 俺か箒が王様になればまだ盛り上がるハズ。

 頼むぞ――

 

「王様だ~れだ?」

 

 自分の番号を確認する。

 番号は③

 うーむ、どうやら俺に主人公属性はないらしい。

 

「はい、王様です」

 

 手を挙げたのは箒。

 大事なところで決める。

 流石メインヒロインだ。

 

「では――『王様にマッサージする』で」

 

 箒の命令はオーソドックスな内容。

 だが、肝心なのはこれからだ――

 

「三番と四番の人にお願いします」

 

 一人は俺、もう一人は――

 

「あ、俺だ」

 

 手を挙げたのは一夏。

 

 箒さん大勝利~!

 思わず拍手したくなるな。

 

「箒、マッサージはどんな風にやる? 俺が肩で神一郎さんが足とかか?」

「ふむ、それが無難か――」

「箒が横になって一夏が上に乗って背中から肩を揉む感じでいいんじゃないか? 俺は足担当で」

「――ではそうしましょう」

 

 箒がそそくさと横になった。

 うむ、束さんが喜んでいたから箒はどうかなって思ったけど、これは――いい成長なのかな?

 

「さあ一夏、乗れ」

 

 箒が至極真面目な表情で一夏を誘う。

 ――きっといい成長に決まってる。

 

「いいのか? それじゃあ失礼して――」

 

 一夏が箒にのしかかった。

 

「んっ」

「悪い箒、重かったか?」

「いや、気にするな。この程度問題ない」

 

 箒って束さんの残念さと千冬さんの生真面目さを併せ持ったハイブリットヒロインだよな。

 誰だよ箒を暴力ヒロインだのモッピーだの言った奴。

 一夏を背中に乗せて顔を赤らめてる箒の顔を見てから言いやがれって話しだ。

 

「それじゃあ始めるぞ」

 

 グッグッと一夏が箒の背中を親指で押し始めた。

 

「箒、気持ちいいか?」

「あぁ、気持ちいいぞ」

 

 箒の目尻が下がり、束さんとはまた別種のナニカを口から出している。

 箒のは幸せのため息かな?

 ――そう言えば外野が静かだ。

 

 疑問に思い視線を変えると、千冬さんはふてくされ気味にお酒を飲んでいた。

 ――ん? 酒?

 

「千冬さん? それ――」

「冷蔵庫にあったただのジュースだ。海外の炭酸飲料は日本のビールの様な柄をしているな」

「アッハイ」

 

 何も言うまい。

 束さんの背中で飛び跳ねた事が余程辛かったのだろう。

 

 次に束さんに視線を向けると――

 

 ジー

 

 束さんは無言で一点を凝視していた。

 一夏は箒の腰近くにお尻を下ろしている。

 そのせいで、一夏のお尻と箒のお尻がちょっとだけ触れ合っている。

 

 ジー

 

 束さんはそこを凝視していた。

 ――また新たな扉を開いたんだね。

 こちらも何も言うまい。

 

 俺もそろそろ混ざらないとな。

 箒の足を見る――

 幼いながらも剣道で鍛えられたしなやかな足。

 ここはやはり太もも――はっ!? 殺気!?

 バッと視線を感じた方を見ると。

 

 ジー

 

 束さんが俺をガン見していた。

 ここは大人しく足の裏にしておこう。

 乙女の太ももは無闇に触っていいものではないからな。 

 ――お姉ちゃん超怖い。

 

「箒、俺も触るぞ? 痛かったら言ってくれ」

「はい、お願いします」

 

 箒の了承を得たので、足の裏を両手でを軽く掴み揉んでいく。

 

「痛くないか?」

「大丈夫です。すみません、神一郎さんにこんな事を――」

「気にするな。ただのゲームじゃないか」

「そうだぜ箒、このくらいならお安いご用さ」

 

 恐縮する箒を和ませつつマッサージを続けた。

 

「ありがとうございました」

 

 3分後、箒が顔をテカテカと光らせながら立ち上がった。

 これで場の雰囲気を多少良くなったっだろう。

 

「よーし次行ってみよ~!」

 

 何故か箒と同じように顔をテカテカとさせている束さんがノリノリで割り箸を持った腕を突き出した。

 おそらくこの人が一番今を楽しんでるな。

 

「王様だ~れだ?」

 

 三回目のゲーム、しかし――

 

「――」

 

 誰も手を上げない。

 一夏や箒、千冬さんも不思議そうな顔で周りを見渡す。

 そんな中、一人だけ俯いたまま肩を震わせる者がいた。

 ――神よ、これが試練なんですね。

 

「ふふ、私が……私こそが……神だ!」

 

 王様だよバーロー。

 

「ま、冗談はさておき、誰にでも命令できる権利か――これは悩みますな」

 

 束さんが一人一人の顔を舐める様に見回す。

 束さんの命令は、自分では絶対に当たりたくないが、他人が当たるなら見る分には非常に面白いだろう。

 天国か地獄か、はたして――

 

「命令は――そうだね、『束さんに甘える』にしようかな? 甘え方はお任せで、『束お姉ちゃ~ん』と言いながら抱きつくも良し、『束が居ないと寂しいんだ』と言いながら抱きしめるも良し、そこは任せるよ」

 

 束さんが、ニタァと笑いながら命令を下した。

 ――残念ながら、思っていたよりはマトモだ。

 これでは命令を却下できない。

 俺達に出来ることは自分に来ないよう祈るのみ。

 個人的には千冬さんに当たって欲しいところだが――

 

「番号は――1番と4番にお願いしようかな」

 

 ――自分の番号を確認する。

 番号は、④

 思わず脳内で神様に中指立てても許されると思う。

 

「1番と4番は誰かな?」

 

 束さんの問いに手を挙げたのは――

 

「箒、頑張ろうな」

「もう一人は神一郎さんでしたか、はい、頑張りましょう」

 

 箒が束さんの顔を一瞥した後、悲しそうな顔で俺の顔を見た。

 あのだらしない顔してる姉に甘えるなんて、頑張らなきゃできないよな。

 

「束さん」

「うへへ、ダメだよ箒ちゃん、姉妹でそんなこと……」

 

 話しかけるも見事にスルーされた。

 “箒が甘える”それだけでこの変態はトリップできるらしい。

 

「おいこら」

「――んあ? っとごめんよしー君、ちょっと幸せに浸ってたよ。あ、しー君にも期待してるから頑張ってね?」

 

 俺はついでの様な存在らしい。

 箒だけでいいんじゃね? ダメ?

 

「神一郎さん、邪な考えが顔に出てますよ? 逃しません」

 

 箒が俺の服を掴みながら上目使いで睨んでくる。

 俺ってそんなに顔に出やすいかな? 

 それにして服の裾をちょんと摘む箒は可愛いなぁ~。

 

「あの、それで――」

 

 箒が手を離さずになにかモゴモゴとなにか言っている。

 ――ふむ。

 

「束さん、ちょっと箒と作戦立てるのでタイムください」

「どぞ~」

 

 束さんの了承を得て、箒と一緒に部屋の隅に移動する。

 

「すみません神一郎さん、助かります。正直どうしたらいいのか迷ってました」

 

 やっぱり箒は甘え方を悩んでいたか。

 余り人に甘えるのが得意ではない箒は、甘え方が分からないと思ったが、想像通りだった。

 

「だと思ったよ。そこでだ、箒はこんな感じで(ゴニョゴニョ)」

「――それなら私でもなんとかなりそうですね。さすが神一郎さんです」

 

 箒が感心した様に頷いた。

 安心しろ箒、お前がソレをやれば、束さんは幸福絶倒間違いなしだ。

 

 

 

 

 作戦会議が終わり、俺と箒が束さんの前に立つ。

 

「さぁ箒ちゃん、お姉ちゃんに甘えて?」

 

 箒の前で、束さんが両手を広げ慈愛の表情を浮かべた。

 さっきまでだらしない顔は消え失せ、見かけだけならまさに理想の姉そのもの。

 その姉に向かって、箒がゆっくりと近づいていく。

 

 ギュ

 

 そのまま箒はゆっくりと束さんの腰に腕を回し、自分の顔を束さんのお腹に埋めた。

 

「箒ちゃん?」

 

 俺が箒に出した指示は『正面から抱きつきて、束さんのお腹に顔を埋めジッとしていろ』だ。

 喋らないし、顔は隠れるから周囲の視線も気にならない。

 これなら箒でも簡単にできると踏んだからだ。

 だが――

 

「箒ちゃん」

 

 目の前で予想外な事が起きている。

 最初こそ戸惑い気味だった束さんが、優しい笑顔で箒を抱きしめたのだ。

 正直、鼻血でも出しながら騒ぐと思っていたんだが――

 

「――」

 

 誰も何も喋らない。

 一夏も千冬さんも、静かに姉妹の抱擁を見つめていた。

 束さんは今どんな気持ちで箒を抱きしめているのだろう?

 後数カ月で来る別れ――それに思いを馳せているのか、それとも……。

 どちらにせよ、なにかこう、とても神聖な物を見ている気分に――

 

 

 

 

 

 あ、ダメだ、神聖な気分に浸ってる場合じゃないぞこれ。

 

「くっ! 尊い!」

 

 わざとらしく腕で涙を拭く仕草する。

 

 キッ!

 

 ――織斑姉弟に睨まれた。

 

 いや待てよ二人とも、この後俺がやるんだぞ?

 

 

「――」

 

 見ろよ、無言で箒の髪を梳いている束さんの表情を。

 あんな光景見せられたら後攻の俺が困るんだよ!

 ボケに走ってこの雰囲気を壊したい俺の気持ちを理解してくれ!

 

 ――あ、千冬さんが俺の目を見て首をかき切るジェスチャーをした。

 今邪魔したら俺を潰すってことですね分かります。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

「名残惜しいけど――」

 

 時間にしては2、3分位経っただろうか、束さんが箒から離れた。

 

「あ……」

「ん? どうしたの箒ちゃん?」

「いえ、なんでもないです……」

 

 箒の手が束さんに伸びるが、その手は途中で止まってしまった。

 本当はもっと抱きしめてもらいたいんだろうに……束さんが気付かないフリをしたのは自分の為かな――

 何にせよ、良いもの見せてもらいました。

 

 で、だ。

 

「らしくないじゃないか束、まるで普通の姉の様だったぞ?」

「私はいつだって箒ちゃんのお姉ちゃんだもん」

 

「一夏、さっき見たことは誰にも言うなよ?」

「別に言いふらさないよ。でもあんな顔の箒って初めて見たな」

「――私はどんな顔をしていた?」

「言っても怒らないか?」

「――すまん、止めてくれ」

 

 この幸せ一杯な空間の中で俺がやるの?

 俺は『しんいちろう、さんちゃい』とか言うつもりだったんだぞ?

 

 眼前では、千冬さんがいつになく優しい顔で束さんを労い、束さんは静かに笑いながら先程の余韻に浸っている。

 箒は顔を赤らめながらも嬉しそうに一夏と喋り、一夏は笑顔の箒を見て自分の事に様に喜んでいる。

 

 ――本当にこの雰囲気の中で俺が束さんに甘えるの?

 もういいんじゃね? これで王様ゲーム終わりでいいだろ? これより理想的な終わり方ないって!

 

「次はしー君の番だね?」 

 

 さっきまでの束さんは幻想じゃないらしい。

 とても綺麗な笑顔ご馳走様です。

 ここで『しー君はどんな甘え方してくれるのかな?(ニヤニヤ)』と言ってくれたら、俺もギャグに逃げれるんだけど……。 

 

 一夏と箒が何かを期待した目で俺を見つめている。

 千冬さんも嫌味のない笑顔で俺を見ている。

 

 子供の真似はこの雰囲気の中では出来ない。となると……俺に残されてる手は……月9キムタク顔? 大人の魅力をここで発揮! が無難な気がする。  

 オタクがどのツラ下げて言ってんだと自分でも思うが、この雰囲気でボケに走るのは流石に無理だ。

 覚悟を決めるしかない!

 

「束さん、俺に背を向けて座ってください」

「こう?」

 

 束さんが俺の前に来て、クルンと背を向け、腰を下ろした。

 

 ――どんなに恥ずかしくても絶対に笑ってはいけない。頑張れ俺!

 

「――束」

「ひゃい!?」

 

 束さんの首に手を回し、髪に鼻を埋めらながら話しかける。

 もちろん表情はキリッと月9イケメン主人公のイメージだ。

 束さんも予想外だったんだろう、素っ頓狂な声を上げた。

 掴みはオッケーだ。

 

「俺は束に出会えて本当に幸せだよ。お前が居れば俺は何もいらない――」

 

 ここで更に腕に力を入れ、俺の存在感を束さんにアピール!

 

 個人的には会心の出来だと思う。いや、思った――

 

「くっ……くくっ」

 

 俺の腕の中で必死に笑いを堪えてるの感じた瞬間、俺は失敗を確信したよ。  

 

「ごめっ……しー君……ぷぷ!」

 

 ――そうか、俺が真面目なこと言うとそんなに面白いのか。

 

「束、そんなに笑ったら神一郎に悪いだろ」

 

 千冬さんが束さんを嗜める様な事を言っているが、その千冬さんも実に良い笑顔でビールを飲んでいる。

 他人のちょっとした不幸は酒の良いツマミになるもんな。

 

「私はてっきり『ぼく、さんちゃい』とか言いながら抱きついてくると思ってたのに……ぶふっ!」

 

 束さんは激しく肩を揺らしながら笑っている。

 ――笑いってさ、何故か伝播するよね。

 

「こら束、そんな風に言ったら頑張った神一郎に失礼だろ。神一郎なりに頑張って……キリッとした顔で……ククッ」

 

 千冬さん――お前こそ真面目なセリフ言うなら最後までやれよ。

 

 一夏と箒は俺の方を見ないで二人揃って壁を見つめていた。

 きっと今俺を見たら笑い出しそうなんだろうな。

 それでも――

 

「しー君が……束って……束って……真面目な顔で呼び捨てに……」

「束に会えて幸せか……いや、さすがは神一郎だ、良い事を言う」

 

 クスクスニヤニヤと笑う姉達に比べたらマジな対応だよ。

 あーくそ、自分でも分かるほど顔が熱い。

 

 なんだか段々と怒りが込み上げてきた。

 そこまで笑うことなくね?

 

「いやー思いがけず面白いのが見れたね」

「そして、未だに赤い顔して束にしがみついてる姿が更に笑いを誘うな」

「笑っちゃダメだよちーちゃん。これはしー君がずっと束さんと一緒に居たいって現れなんだから」

 

 言われるまで気付かなかった。  

 俺は未だ、コアラの様に束さんに抱きついたままだった。

 どうも自分で思ってるより動揺しているみたいだ……。

 

「あ、離れちゃった。ちーちゃんが余計な事言うから」

「ふむ、からかわれ好きな女から離れるとは、神一郎もまだまだ子供だな」

「てれりこ」

 

 好きな女発言で束さんがテレた。

 でも本気じゃないな、凄い余裕そうだし。

 しかし、本当に楽しそうだなこの二人。 

 ――お兄さん本気でイラっときたぞ☆

 

「束さん、そろそろ次のゲームしましょう」

「ん? そだね。十分笑わせてもらったし、次のゲームにしようか、ほらほら、いっくんも箒ちゃんもおいで」

「「はい……っ!?」」

 

 一夏と箒は、俺の見た瞬間、口を抑えて横を向いた。

 思い出し笑い――あると思います。

 まぁ、本人の目の前で笑わないだけ二人の優しさを感じるよ。

 

「はい、みんな引いて」

 

 人は時に神頼みをする。だが実際に本気で神様を信じて神頼みをする人は少数だろう。

 当たり前だが、俺は神様を信じてる。

 この世界で一番と言っていいほどに! だってテレビ越しとはいえ神様を見たしね。

 

 ――お願いだ神様、俺を王様に!

 

「王様だ~れだ?」

 

 俺以外のメンバーが自分の手元を確認する。だが誰も手を上げない。

 信じていたよ神様。なんせ俺の脳内では、フラグの神様と笑いの神様が肩を組みながらサムズアップしていたからな!

 

「はい、王様です」

「お次はしー君か。どんな命令を出すか楽しみだね」

 

 堂々と手を上げるも、周りの反応は鈍い。

 束さんだけではなく、一夏も箒もなんの心配もしてないようだ。

 俺って信用さてれるな。

 

「それじゃあ『王様がタイキックする』で」

「「「「え?」」」」

「『王様がタイキックする』で」

 

 大事なので二回言いました。

 俺がそんな事言うと思ってなかったのだろう、一同が唖然としていた。

 

「番号は――」

 

 ここまで来たら大丈夫、きっと俺は勝てる!

 

「1番と4番で」

「あの……しー君もしかして怒ってる?」

「1番と4番は手を上げて」

 

 恐る恐る俺に声をかける束さんを無視して話を進める。

 

「えっと、4番だよ」

「私が1番だ」

 

 手を上げたのは束さんと千冬さんだ。

 ふっ、これこそが約束された勝利。

 

「じゃあ千冬さんから行きましょうか。しっかりお尻を突き出してください」

「――お前絶対怒ってるよな?」

 

 千冬さんが文句を言いつつ、立ち上がってお尻を突き出す。

 なんだかんだで素直だな。

 

 一夏と箒が心配そうに俺の顔を見ている。

 すまん二人とも、我儘を許してくれ。

 

「ねえ千冬さん」

「なんだ?」

 

 周りに聞こえないように、千冬さんの耳元で囁く。

 

「なんで勝手に酒飲んでるの? 俺だって一夏達の前だから自粛してたのに――そして、人の頑張ってる姿を随分と笑ってくれやがったなコノヤロウ」

「――ま、待て神一郎、一度話し合わないか?」

 

 言い訳無用死刑執行

 

「この恨み晴らさずおくべきか――はっ!」

 

 スパンッ!

 

「っ!?」

 

 心地よい快音を鳴らし、千冬さんのお尻に俺の蹴りが当たる。

 ――女の子のお尻を蹴るなんて初めてだけど、意外と罪悪感ないな。

 俺の蹴りでもそれなりに痛かったのだろう、千冬さんはお尻を押さえながらキッと俺を睨んだ。

 ふふ、今はまったく怖くないぜ。

 

 さて次は――

 

「あわわわ」

 

 俺の顔見てガクブルと震えている束さんに近付く。

 ちなみに一夏と箒は肩を抱き合いながら、俺から離れて行った。

 

「束さん」

「し、しー君は束さんに酷い事しないもんね? だって好きなんだよね?」

「束さん、ちょっと耳を貸してください」

「む?」

 

 ちょっとだけ警戒を解いた束さんに耳元に口を近づける。

 

「束さんさ、このパーティー録画してるよね?」

「うん。バレないようにカメラで隠し撮りしてるよ? それはしー君も知ってるでしょ?」

「それ今見れます?」

「出来るけど……なんで?」

「さっきの、千冬さんがお尻を蹴られたシーンをスロー再生で見てみてください」

「んん?」

 

 束さんが首を傾げながら、正面にスクリーンを映し出す。

 

「はいそこでスロー」

「ん~? これがなんなのしー君?」

 

 蹴りが当たる瞬間を、束さんが眉を寄せながら見つめる。

 束さんともあろう方が、察しが悪いな。

 

「いいですか? ここから俺の足が千冬さんのお尻に当たります――そう、千冬さんのプリケツに、俺の足がむにゅっと減り込んで行きます」

「――こ、これは!?」

 

 画面一杯にズームされた千冬さんのお尻。

 そのお尻が、俺の足に押され徐々にカタチを変える。

 ――新手のエロスですよこれは。

 

「はっ!? まさかしー君はこの為に!?」

「俺が束さんに酷い事するはずないじゃないですか。この映像を束さんに見て欲しかったんですよ」 

「しー君……」

 

 束さんの目尻に涙が浮かぶ。

 そこまで感動してもらえるとは嬉しいよ。

 代わりに千冬さんの目付きがヤバイが――

 

「束さん、一応罰ゲームなんで、軽く蹴りますよ?」

「おうさ! この画像のお代がお尻を蹴られる事ならドンと来いだよ!」

 

 束さんが立ち上がり、クイッとお尻を突き出した。

 蹴りがいのある良い尻してやがるぜ。

 

「そうそう、束さんは知ってるかな? イタリアマフィアは敵と戦争する前に、相手に贈り物するのが伝統らしいですよ?」

「……ほえ?」

   

 ブスリ

 

「ひぎっ!?」

 

 油断して力が抜けていた束さんのお尻に俺の蹴りが突き刺さる。

 千冬さんの時とは違った鈍い音と、束さんの情けない叫び声が部屋に響いた。

 本来、何かを蹴る場合、人は足の甲で蹴るだろう。サッカーだろうとムエタイだろうと、基本それだ。

 しかし、世の中にはトゥキックと言うものが存在する――所謂、つま先蹴りと言われるものだ。

 

 ここで問題です。

 

 人のお尻をトゥキックで蹴ったらどうなるでしょう?

 

 答え

 

 お尻を押さえながら床に崩れ落ちている束さんがその答えだ。

 

「おっと、ちょっとミスしてしまいました。足の指が運悪く束さんのお尻の谷間に刺さってしまいましたね。持病の痔は大丈夫ですか?」

 

 親指から小指まで、テトリスの棒の様にお尻の間にすっぽりと入っていった。

 我ながら見事だ。

 

「ふ……ふふ…………なんのつもりかな?」

 

 束さんがお尻を抑えつつ立ち上がった。

 実にイイ声色だ。ゾクゾクするねぇ。

 

「なにって、罰ゲームですよ。あ、やっぱり痔が悪化しちゃいました?」

「美少女は痔になんかなんないもん! ってそうじゃなくて! なんでお尻蹴るんだよしー君!?」

「罰ゲームだからに決まってるじゃないですか」

「……ふ~ん。なるほどなるほど」

 

 

 お尻を押さえながら騒ぎ立てるという器用な真似をする束に対し、極めて冷静にそう言うと、束さんは体全体から殺気を放ち始めた。

 

「次のゲームしますか?」

「もちろんだよ。ちーちゃんはどうする?」

「殺るに決まってる」

 

 ――副音声でナニカが聞こえた気がする。

 今更だが、俺は生きて王様ゲームを終わらせることできるのだろうか?

 

「箒ちゃんといっくんもこっちにおいで。続きしようよ」

 

 壁を背に、ガタガタと震える二人に対し束さんは最上級の笑顔を見せて安心させる。

 

「ほら、しー君も引きなよ」

「はい」

 

 それぞれが割り箸を引く中、部屋は奇妙な雰囲気に包まれていた。

 言葉に表すなら一瞬即発、そんな言葉が似合う雰囲気だ。

 

「王様だ~れだ?」

「私だ」

 

 間髪いれず手を挙げたのは千冬さんだ。

 う~む、神様パワーも底切れかな?

 

「命令は『王様が蹴りを入れる』だ」

「「え??」」

 

 ここで疑問の声を挙げたのは一夏と箒だった。

 俺と束さんは、さも当然とばかりの顔をして千冬さんに続きを促した。

 当たり前だ、千冬さんがやられってぱなしで黙ってるわけないし。

 

「番号は……そうだな、2番と3番にするか」

 

 千冬さんはそう宣言しながらも俺から目を話さなかった。

 いやー人気者は辛いね。

 

「残念1番です」

「――チッ」

 

 千冬さんに見えるように割り箸の番号を見せつけると、とても綺麗な舌打ちを貰った。

 そこまで俺を蹴りたかったのかこの人は――

 

「はいは~い! 2番で~す。ちーちゃんのご褒美ゴチになります!」

「千冬姉の蹴りか……俺、生きてられるかな?」

 

 立ち上がったのは、欲しがりやの天災と暗い顔の一夏だ。

 

「安心しろ一夏、いくら千冬さんでも流石に本気で蹴ったりしないはずだ」

「……箒、千冬姉に手加減って言葉あるのかな?」

 

 箒が一夏を励ますも、効果は薄いようだ。

 一夏は千冬さんの顔を見てぐったりと項垂れてしまった。

 

 今の千冬さんはいつもとちょっと違う。

 千冬さんが怒る時は、眉を寄せながら腕を組むという分かりやすいポーズをとる。

 しかし、今の千冬さんよく見れば口元が僅かに上がってるのが分かる。

 笑顔とは元来威嚇の意味があるとかないとか……。

 これには流石の一夏もビビリまくりだ。

 

「一夏、ここに立て」

「……はい」

 

 一夏が死刑宣告を受けた囚人の如く足取りで千冬さんの前に立つ。

 そんな一夏を箒が心配そうに見つめるが、正直心配はいらないだろう。

 

 ポン

 

「よし、これで終わりだ」

 

 案の定、千冬さんは一夏の足を軽く小突いて終わりにした。

 怒っててもブラコン魂は忘れないのが千冬クオリティ!

 

 ギロッ!

 

 おおう、千冬さんの視線が更に強まったよ。

 相変わらず人の心読んでますな。

 まぁ、心が読めるなんて――

 

「うほ~い! ちーちゃんかも~ん!」

 

 時と場合によってはただの苦行だけどね。

 今の束さんの脳内なんて頼まれても読みたくないだろう。

 

「束はそのまま黙って立ってろ」

 

 ニヤっと笑い笑いながら千冬さんは束さんの斜め後ろに移動した。

 ――おかしい、千冬さんが束さんを蹴るのに笑顔? ありえないだろ。

 これはなにか企んでるのか?

 

 千冬さんの足が上がる。

 

「ちーちゃんは~や~く~」

 

 束さんがお尻を振る中、俺の視線は千冬さんの足に集中していた。

 千冬さんの足先が曲がっていたのだ。

 普通、蹴るとき足は真っ直ぐになる。

 つまりそういう事だ――

 

 南無

 

 俺は心の中で合唱した。

 

 ズプッ!

 

「ひぎっい!?」

 

 千冬さんの足は死神の鎌のように、束さんのお尻に突き刺さった。

 ――束さん、本日二回目のダメージだ。

 

「お尻がァァァ!? 私のお尻がァァァ!?」

 

 よっぽど痛かったのか、束さんがお尻を押さえながら床を転がり回った。

   

「そこまで本気で蹴ったつもりはないんだが……あぁそうか、痔だったな。すまないことをした」

「び、美少女は痔になどならん!」

 

 なんで武士?

 

「ぐぬぬ」

「――そんな目で睨むな。私に蹴られるのはお前的には嬉しい事なんだろう? なら喜べ」

 

 床に伏せながら、束さんはキッと上目使いで千冬さんを睨んだ。

 ――嵐の予感だ。

 

「ふ……ふふ。おかしいな、ちーちゃん蹴られて嬉しいはずなのに……違う、嬉しいは嬉しいんだ。でもなんだろうこの気持ち……」

 

 自分の感情が処理できないのか、束さんは床を見つめながら何やら独り言のように呟いていた。

 髪が顔にかかってるため、正直言って少し怖い。

 

「ちーちゃんからの痛みは嬉しい……けど!」

 

 ガバっと顔を上げた束さんは、瞳をランランと輝かせながら――

  

「今はなんだか、ちーちゃんの泣いた顔がみたい気分だよ♡」

 

 珍しく千冬さんにヤル気を見せた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 王様ゲーム、それはとても楽しいイベントだと思っていたのに、なぜこんな事に……。

 原因は姉さんと千冬さん――いや、私と一夏も含まれるかもしれないが、真面目にやっていた神一郎さんを笑ってしまった事だろうか……。

 しかし、その前の姉さんの所業も一つの布石だったのかもしれない。

 そんないくつかの不幸が重なって―― 

 

「王様だ~れだ?――あ、俺でした。罰ゲームは『ケツバット』で。番号は3番と4番――織斑家ですか。オラケツ出せ、まずは一夏な(ポン)――んじゃ千冬さん、行きますよ? オラ!(スパン!)」

 

 神一郎さんがどこからか取り出したスポンジ製のバットを千冬さんのお尻をフルスイングで打ち込めば――

 

「王様だ~れだ?」

「私だ。罰ゲームは『しっぺ』、番号は1番と3番だ。――ほう、一夏と神一郎か、一夏、手を出せ(ペシ)――神一郎、動くなよ? しっぺは力ではなく速さが大事だ。ムチの様に腕をしならせ、ふん!(べちん!)」

 

 千冬さんが渾身のしっぺを神一郎さんにお見舞いする――

 

「王様だ~れだ?」

「はい! 束さんのターン! えっとね『王様のヒップアタックを受ける』にしよう。おっと、箒ちゃんとちーちゃんか、箒ちゃんにどーん(ぽふ)――ちーちゃん、動いちゃダメだよ? 助走をつけて~~~どーん!(ぼふん!)」

 

 神一郎さんと千冬さんの間に火花が散ったかと思えば、姉さんがダイビングヒップアタックで千冬さんの顔に自分のお尻を押し付けるという、とても正気とは思えない事をしでかしたりしていた。

 

「腕が~! 腕がぁ~!」

「どうした神一郎、そんなに痛かったか? あぁ……私の指の痕がくっきりと付いているな。

次からか痕が付かないように気を付けよう」

「格好良いセリフを言ってるちーちゃんだけど、なんでか涙目だったり。そんなに私のヒップアタックが痛かったの? それとも愛しの束さんのお尻の感触が嬉しくて嬉し涙かな?」

「目に当たっただけだ。瞬きしたら負けだと思ったんでな」

「ところで千冬さん、一人だけ無傷なのはどう思う?」

「許せんな」

「……二人にお尻蹴られてるんだけど? まぁいいか、かかってこいやぁー!」

 

 カオス

 

 神一郎さんが正気だったらきっとそう言うでしょう。

 王様ゲーム、結構楽しみにしてたのに、なぜこんな事に……。

 

「王様だ~れだ?」

「――俺です」

 

 どうやって三人を宥めようか、それを考えてた時、隣の一夏が泣きそうな顔で手を上げた。

 情けないとは思わない。

 

「一夏、分ってるな?」

「いっくんは束さんの味方だよね?」

「何言ってるんだよ二人とも、ここは男同士、俺に協力するのが正解だろ」

 

 6つの目に見られてしまえば萎縮してしまうのはしょうがないと思う。

 だがこれはチャンスだ。

 

(一夏、ここは――)

(あぁ分かってる。なんとかしないとな)

 

 頼むぞ一夏、私はポッキーゲームとかしてみたいんだ!

 

「命令は……『お皿洗い』にします! まだ洗い物終わって(ギロ×3)なかったです……よね?」

 

 一夏が自信満々に命令を出すが、三人の眼力に押され尻すぼみ気味だ。

 頑張れ一夏!

 まともな命令で少しずつ元の雰囲気に戻そう!

 

「一夏、洗い物は俺がやるから、もっと別の罰ゲームしようか?」

「あの、でも……」

「もし千冬さんに当たって、千冬さんが洗い物中にお皿割ったら弁償してもらうことになるけど――いいのか?」

「うっ……でも、いくら千冬姉でも洗い物くらい……」

 

 ベコ!

 

「ふむ、今日は力加減が上手くできんな」

「――じゃあ『互いに蹴り合う』で、1番と3番でやってください」

「おっしゃぁぁ! 3番出てこいや!」

「私相手に随分な意気込みだな神一郎」

 

 一夏は頑張った。

 頑張ったと思う……。

 だが、神一郎さんの笑顔の脅迫を受け、さらに千冬さんが目の前で空き缶を潰すという行為を見せつけられ、一夏は半ばヤケクソ気味に命令を出してしまった。

 

「オラッ!」

「効かん、効かんなぁ神一郎。その程度では私は倒せんぞ!――次は私の番だ……ふんっ!」

「ぐあっ!?」

 

 神一郎さんの蹴りが千冬さんの太ももに当たるが、千冬さんは顔色変えず受け止めた、そして、返す刀で神一郎さんの足を刈るように蹴った。

 その結果、神一郎さんは空中で回転して背中から床に落ちた。

 本当にどう収拾をつければ……。

 

「ぷぷ、しー君負けてやんの~」

「おいおい、あまり笑ってやるなよ束、神一郎はまだ小学生だぞ? 私達に勝てるわけないじゃないか」

「そうだね。しー君はまだ小学生だったよ。しー君痛い? 大丈夫? 束お姉ちゃんが慰めてあげようか?」

「――コノヤロウ」

 

 倒れた神一郎さんを見下しながら、姉さんと千冬さんが挑発する。

 神一郎さんの顔が見たことがないぐらい歪んでいるのですが?

 

「よし、次行こうか」

 

 神一郎さん立ち上がり、私と一夏に微笑んだ。

 ここで王様ゲームを終わらせる――無理だ。

 神一郎さんの顔を見てそんな事をとてもじゃないけど言えない。

 なので、ここは大人しく割り箸に手を伸ばす。

 まだだ、まだなにか手があるはず!

 

「王様だ~れだ?」

 

 神一郎さんの声に合わせて手元を確認する。

 頼む、私に来てくれ!

 

 現れた文字は……王!

 

「はい! 私です!」

「今度は箒ちゃんか。私達姉妹の絆の力を今ここに!」

 

 姉さんが手を突き上げてアピールしているが、ここは我慢してもらおう。

 一夏は失敗した。

 だが私はここで流れを変えて見せる! そう――ポッキーゲームのために!

 

「命令は『互いの好きなところを言う』です。2番と4番の人にお願いします」

「ん~~~、箒ちゃんの命令ならお姉ちゃんは従うよ。はい2番だよ」

 

 姉さんは少し葛藤したようだが、反対はしなかった。

 最後の問題は、罰ゲームに一夏が当たってないかだが――

 

「箒の命令じゃ断れないな。俺が4番です」

 

 もう一人は神一郎さんだった。

 よし!

 良い組み合せだ!

 ここで二人で褒め合ってもらって、場の雰囲気を甘酸っぱいものに!

 

「束さんから行くね。んと、しー君の好きなところは――私を理解しようとしてくれるところ、大人ぶってる割に可愛い所があるところ、弄りがいがあるところ、色々イベントやってくれるところ、ISが好きなところ――まだあるけどこんなもんでいいかな?」

 

「じゃあ俺の番ですね。束さんの好きなとこは――まず普通に顔、それに声、あと突拍子のないところ、見てて飽きないところ、一緒にいると楽しいところ、あぁ、これが一番か、ISを誕生させてくれたこと――こんなもんかな?」

 

 ―――私の願いは届かず、姉さんと神一郎さんは、互いに睨み合いながら褒め合うという奇妙な行動を見せてくれました。

 

「なぁ箒」

「なんだ一夏?」

「こっちに被害はないし、疲れるまで好きにやらせればいいんじゃないか?」

「――そうだな」 

 

 これはもう無理かもしれないし……あぁ……ポッキーゲームしたかった……。 

 

 

 

 

「束さん、3、2、1、でデコピンしますからね? 3、2、(べちん!)おっと手が滑りました」

「特製の衝撃吸収板を壁と床に貼ってっと――しー君、暴れちゃダメだよ? 束式投げっぱなしジャーマン!」

 

 ゲームの正常化を諦めてからも争いは続いた。

 私と一夏が命令を受ける場合もあるが、私達は混ざる事が出来ず、ただ割り箸を引いては罰ゲームを眺めるの繰り返しだ。

 

「束と神一郎が相手とは運が良い。ではスネを出せ。いいか? 拳のこの尖った部分でスネを殴るから目をそらすなよ?」

 

 千冬さんが笑顔で拳を作り、それを姉さんと神一郎さんに見せつける。

 千冬さんの拳を見て、二人の顔が青くなった。

 今回の罰ゲームはかなり痛そうだ。

 

「んふ。ちーちゃんのドS顔も素敵だよね。でもそんな顔を泣き顔に変えたい」

「本当に良い笑顔してますよね。小学生ビビらせてなにが楽しいんだか、性格悪すぎ。俺も後で泣かせてやる」

 

 顔を青くしながらも、二人は気丈に振舞った。

 そしてずっと見ていて気付いたことがある。

 さっきからなんとなく感じていたが、もしかして――姉さん達は楽しんでる?

 

「そうか、それは楽しみにしておこう」

 

 ガツンッ!

 

「「っっつ!?」」

 

 弁慶の泣き所に千冬さんの拳が当たる。

 鈍い音が響く中、姉さんと神一郎さんが口を固く閉じて痛みに耐えている。

 

「し、しー君、我慢しないで叫んでもいいんだよ?」

「束さんより先に醜態を見せたくないんで」

「……いっせーのせでどう?」

「……乗りましょう」

 

 いっせーの

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃ!!!」

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!! 私の骨がぁぁぁ!!」

 

 そうとう我慢してたのか、姉さんと神一郎さんがゴロゴロと床を転がる。

 そんな二人を千冬さんがニマニマと笑いながら見下ろしていた。

 

 ――やはりおかしい。

 

「一夏」

「なんだ?」

「姉さん達が楽しそうに見えるのは私の気のせいか?」

「確かに千冬姉は笑っているけど……」

「いや、そういう意味ではなく、なんて言えばいいのか……」

「悪い、ちょっと巫山戯た。箒の言いたいことは分かるよ」

 

 未だに転がっている二人を見ながら笑っている千冬さんを見ながら、一夏は少し寂しそうに笑った。

 

「これってさ“友達同士の悪ふざけのケンカ”なんだと思う」

「――だいぶ過激な内容だが、ケンカで済ませて良いのか?」

「いや箒、ケンカしてるのは千冬姉達だから、むしろこれくらいなら被害は少ない方だと思うぞ? 暴れてるけど、部屋の家具とかは壊してないし」

 

 確かに、騒いでいるが部屋が壊れたりはしてない。

 つまり、姉さんは理性的だということだ――

 

「なるほど、だから“悪ふざけのケンカ”か」

「あぁ、三人はケンカしてるようで、実はじゃれあいを楽しんでるんだと思う」

「……一夏は千冬さんとケンカしたことあるか?」

「軽い口ケンカならってところだ。箒は?」

「私はない」

 

 姉さんも千冬さんも普通とは違う。

 もし本気で……いや、多少手加減しても、私と一夏は怪我をする恐れがある。

 二人とも私達を大事に思ってくれている。

 だから今までケンカなんかした事なかったし、たまに姉さんが千冬さんに殴られたりするが、そんな時は拳骨一発で終わりだった。

  

 ――さっきから私の胸にある少し暗い感情、これは……。

 

「嫉妬……なのかな?」

「ん?」

「どうも私は、姉さんと楽しそうにケンカしている神一郎さんと千冬さんに嫉妬しているようだ」

 

 認めたくなないが、きっとそうなのだろう。

 一夏の顔を見ると、少し驚いた顔していたが、なにか納得した様に頷いた。

 

「そっか、なにかモヤモヤすると思ってたけど、これは嫉妬か……俺も千冬姉と一度はケンカしてみたいって思ってたみたいだ」

 

 今の私達はある意味で仲間はずれだ。

 このケンカに混ざりたいけど、きっと姉さんや千冬さんは本気で私達とケンカしてくれないだろう。

 

 少し寂しいな……。

 

「あ~痛かった。よし次のゲーム行こうか」

「うふふ……ちーちゃんの涙を絶対にペロペロしてやるんだ」

 

 神一郎さんと姉さんが、膝を笑わせながら立ち上がった。

  

「王様だ~れだ?」

 

 懲りずもぜず次のゲームが始まる。

 よく考えてみると、これって終わりはあるのだろうか?

 

「王様は俺でした。ん~命令は『スパンキング』で」

 

 すぱんきんぐ?

 初めて聞く言葉だ。

 

「神一郎さん、すぱんきんぐって何ですか?」

「え゛?」

 

 知らない言葉だったので聞いてみたら、神一郎さんの顔が変になった。

 聞いてはいけなかった?

 

「一夏は知ってるか?」

「いや、俺も初めて聞く」

 

 一夏も知らないか、なら――

 

「あの……姉さん?」

「えっと……ここはちーちゃんに!」

「言いだしっぺの神一郎に聞け」

 

 一周してしまった。

 姉さんや千冬さんが言い淀むとは、そんなに怖い罰ゲームなのか?

 

「分かりやすく言うと、相手を叩くことだよ」

「ビンタの事ですか?」

「顔って決まりはないんだよ。まぁアレだ、取り敢えず体のどこかを叩くって覚えておけばいいから」

「はぁ……」

 

 イマイチはっきりとしないが、神一郎さんが言い淀むならなにか理由があるのだろう。

 帰ったら父さんに聞いてみようと思う。

 

「スパンキングとは“体罰や性的嗜好により、平らな物や平手でお尻を叩くこと”……しー君の変態」

 

 姉さんがボソッと呟いた。

 なんて言ったのだろう?

 

「姉さん、なにか言いました?」

「ん? なんでもないよ?」

 

 むぅ、やはり姉さんは私に隠し事が多い気がする。

 

「と、取り敢えず、ゲームに戻ろうか。番号は3番と4番で」

 

 神一郎さんが焦った様に番号を言った。

 すぱんきんぐ……気になります!

 あ、3番は自分だった。

 

「はい。3番です」

「――私が4番だ」

 

 もう一人は千冬さんでした。

 千冬さんがもの凄く嫌そうな顔をしている……そして姉さんが目からビームでも出しそうな勢いで神一郎さんを睨んでいる。

 

 なぜ?

 

「あ~、まずは箒からにしようか」

 

 姉さんからの視線を気にしつつ、神一郎さんが私の背中に回った。

 叩くと言っていたが、はたしてどこを――

 

 ポン

 

「はい、終わり」

 

 軽く背中を叩かれて、私の罰ゲームは終わってしまった。

 ――やはり私は気を使われているな。

 

「ではお楽しみ、千冬さんの番ですね」

「――チッ」

 

 ニンマリと笑う神一郎さんと、それに対して舌打ちをする千冬さん。

 背中を叩かれるのがそこまで嫌なのか?

 ――そう言えば、叩く場所は決まってなかった。

 

「千冬さん、ちょっとお尻突き出してもらえます?」

 

 千冬さんが無言でお尻を軽く突き出した。

 もしかして神一郎さんが叩こうとしている場所は――

 

「一夏、目を閉じていた方がいいんじゃないか? 千冬さんも弟には見られたくないだろうし」

「――そうする」

 

 一夏も神一郎さんが何をするのか分かったのか、事が起きる前に目を閉じた。

 

「チャー」

 

 神一郎さんが腕を振りかぶる。

 

「シュー」

 

 それを、姉さんがワクワクした表情で見つめる。

 

「メン!」

 

 スパンッ!

 

「ぐっ!?」

 

 神一郎さんが千冬さんのお尻を引っぱたいた。

 

 ――なるほど、スパンと音がするからスパンキングと言うのですか。

 しかし、凄い音が……目を閉じていた一夏も、音に反応してビクッとしていた。

 

「束さん、一瞬ですが千冬さんのお尻に触った手です」

 

 神一郎さんが姉さんの顔の前に自分の手を近づけた。

 

「クンクン」

 

 姉さんは神一郎さんの手の平の匂いを嗅いで……。

 

「ペロペロ」

 

 舌で舐めた……。

 

 姉さんとケンカできる神一郎さんと千冬さんが羨ましいと思ったのは気の迷いですね。

 本当に……本当に姉さんは……。

 

「えーと……箒、ドンマイ」

 

 本来なら慰めるべき一夏に慰められてしまった。

 あの様な奇行さえしなければ、心から尊敬できるんですが――

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「あぐっ!?」

 

 千冬さんの蹴りの一撃で束さんが床に沈んだ。

 やばい……これはやばい!

 

「覚悟はできているんだろうな? 神一郎ォォォ!」

  

 指をポキポキと鳴らしながら千冬さんが近づいて来る。

 足元では束さんが太ももを抑えて悶絶していた……。

 

 罰ゲーム『太ももにローキック』は想像以上にやばかった。

 束さんが俺の手の平の匂いを嗅いだりするからだまったく!

 

「さあ、覚悟を決めろ」

 

 千冬さんが俺の前に立ってニヤリとサディスティックな笑顔を浮かべた。

 受けて立ってやるよ。

 

 腰を下ろし、右の太ももに力を込める。

 千冬式筋肉トレーニングの成果を見せてやる!

 

「ほう? トレーニングはサボってないようだな。いいぞ、そのまま力を抜くなよ? フンッ!!」

 

 

 

 脳内に鈍い音が響いた。

 俺が千冬さんを蹴った時は切れ味の良い音がした。

 しかし……本物の、体の芯にまで効く蹴りは鈍い音がするものらしい。

 ――そして、痛みは遅れてやってきた。

 

「っ!?」

 

 足に力が入らず倒れこむ。

 お腹を蹴られたわけでもないのに、肺の酸素が徐々に抜けていく。

 痛みで声が出ないってこういうことか……。

 

 さっきの蹴りって千冬さんなりに手加減してくれたんだな。

 足を刈るように蹴られて背中から床に落ちたけど、これはその痛みの比ではない。

 太ももが破裂した幻想が見えたもの。

 

 束さんと二人、暫らく床に転がったままジッと痛みに耐える。

 そんな俺達を、千冬さんが勝ち誇った目で見下ろしていた。

 

「なんだ? 立たないのか? なら王様ゲームもここまでだな。情けないものだ」

 

 ――随分と言ってくれるじゃないか。

 消えかけたて闘志に火が着くってもんだ。

 

「束さん、ケツを真っ赤に腫らしながらキメ顔してる人がいますな?」

「ちーちゃんの真っ赤なお尻? じゅるり――これは束さんが舐めて冷やさなければ!」

「誰の尻が赤いだこら」

 

 三者三様睨み合う。

 だが、その沈黙も長くは続かなかった。

 

「――キリッとした顔の下で尻を赤くしてるとか笑えるよね」

「痛くても顔に出さない。それがちーちゃんなんだよ。でも、キリッとした顔でお尻が真っ赤とか確かに笑えるかも」

「キリッとしたキリッとしたとうるさいぞ。さっきの仕返しか? だいたいお前達、今の自分の格好分かっているのか? いつまで太ももを押さえたまま床に這いつくばってる気だ?」

 

 クスクスと笑いが広がる――

 あーダメだ、我慢できん。

 

「くっ……くく」

「――ダメだよしー君。今しー君が笑ったら私……ふひ」

「ふひってなんだ束、変な笑い方をするな。私を笑わせる気かお前……クッ」

 

 笑いの伝播が始まった――

 

「ち、千冬さん、マジでズボン脱いでみてよ。本気で赤いお尻見てみたい」

「私も見たい!」

「巫山戯るな馬鹿共が。人の尻を力一杯叩きおって」

「それにしてもしー君はお尻関係の罰ゲーム多すぎ! しー君のエッチ」

「顔にビンタとか腹パンとか言えないからしょうがない」

「私のお尻に重大なダメージを負わせた恨みは忘れない!」

「束さんだって俺を壁に投げやがって、あれメッチャ痛かった!」

「なんだまだ続けるのか? いいぞ、相手になってやる」

「「ケツの赤い人は黙ってろ」」

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

『アハハ!』

 

 あー楽しい。

 こんな馬鹿げたケンカなんていつぶりだ?

 馬鹿な意地張って、馬鹿なケンカして、最後は馬鹿笑い。

 やっぱりこの二人は面白い。

 

「やっと痛みが引いてきたよ。ちーちゃん本気出しすぎ」

 

 太ももを抑えながらも、束さんが立ち上がった。

 

「でさでさ、ちーちゃんはホントのところお尻どうなの?」

「皮膚とは人が一番鍛えづらい部分だ。さすがの私もこれは効いた」

 

 千冬さんが珍しく弱音を吐いながら自分のお尻を擦る。

 ちょっとやりすぎたかな?

 

「一夏、ちょっとビニール袋に水と氷入れて持ってきてあげて」

 

 ぷい

 

「一夏?」

 

 一夏に話しかけたらそっぽを向かれてしまった。

 あれ? なんで?

 

「箒?」

 

 一夏の態度に疑問を覚え、一夏の隣に立つ箒に話しかける。

 

 ぷい

 

 箒にもそっぽ向かれてしまった……。 

 あれー?

 

「束さん、俺なにかしたっけ? なんか二人が俺に冷たいんだけど」

「どさくさに紛れて箒ちゃんのお尻触ったんじゃないの?」

「束さんの視線が怖かったから触ったのは足や背中にしましたよ」

「ん~? なんだろうね? 箒ちゃん、しー君が何かしたの? もしそうならお姉ちゃんが責任もってしー君を壁に埋めるよ?」

 

 ぷい

 

 束さんが箒に無視された。

 

「ほ、箒ちゃん!?」

 

 束さんの心にクリティカルヒットした。

 

「なんだ? 束も箒に何かしたのか? しょうがない奴等だな。一夏、箒はなにされたんだ?」

 

 ぷい

 

 今度は千冬さんは一夏に無視された。

 

「い、一夏?」

 

 千冬さんは心に会心の一撃をくらった。

 

 ――これ、もしかして非常事態?

 

(集合!)

 

 小声で号令をかけると、二人が俺の側に駆け寄って来た。

 

(おい! なんで私が一夏に無視される!?)

(んなこと知りませんよ! だから俺の首を掴むな!)

(箒ちゃんに無視された……箒ちゃんに無視された……)

(戻って来い束さん! まずは落ち着け!) 

 

 一夏達から距離を取り三人話し合おうとするが、千冬さんは俺の首をガタガタを揺らし、束さんは光のない目でブツブツと呟いてる。

 王様ゲーム中の勢いはいったいどこに!?

 

「内緒話ですか? 姉さん達は本当に仲がいいですね」

 

 三人で話していると、箒がそんな事を言ってきた。

 顔は笑顔だ……しかし、目が笑っていない。

 箒のこういう顔は束さんそっくりだな。 

 

「どうしたんです? 私に構わずお話の続きをどうぞ?」

「ひぃ!?」

 

 束さんが悲鳴を上げて俺の背中に隠れた。

 まぁこれも嫌われる練習だと思って今のうちに慣れてもらおう。 

 

「箒」

「なんでしょう?」

「その、俺達なにかしたかな?」

「いいえ、でも……そうですね、強いて言うなら“なにもしなかった”でしょうか?」

 

 “なにもしなかった”か――なるほど、そういう事か。

 

(二人が怒っている理由が分かりました!)

(原因が分かったのか!?)

(グスン……箒ちゃんに睨まれた……)

 

 再度集合し三人で頭を突き合わせる。

 その瞬間、箒と一夏の目が僅かに揺らいだのを確認した。

 

(俺達、さっきまで王様ゲームしてたじゃないですか?)

(それがどうした?)

(別に怒らせる様な事してないよ?)

(――俺達がしてたのって、本当に王様ゲームですかね?)

(??)

 

 束さんと千冬さんが首を傾げる。

 

(あのですね、さっきまでのって、箒達から見ればまるで自分達がハブにさてた様に見えません?)

 

 そう、そうなのだ。

 互が互いにイラっとした俺達は、箒と一夏をほっといてはしゃいでいた。

 二人から見れば、のけ者にされた気分だろう。

 

(つまり、二人は拗ねているのか?)

(だと思います。なんせ二人をそっちのけで遊んでましたから)

(確かに箒ちゃんの事をちょっとないがしろにしちゃったかも……)

 

 三人でチラリと箒と一夏の顔を盗み見る。

 

 三人で固まって話している俺達を見ながら、二人は少し不機嫌そうな顔をしていた。

 

(問題はどうやって二人の機嫌を取るかですね)

(ふむ……神一郎、任せた) 

(しー君ならきっとなんとかしてくれると信じてるから!)

(おい愚姉ズ)

 

 いざって時に使えんなこいつ等!

 

(……私は怒った一夏を宥めた事がないんだ)

 

 一夏はシスコンだから、姉に対してそうそう怒らないもんな。

 

(箒ちゃんがあんな顔で私を見たのは初めてなんだよ……)

 

 束さんの震えながら、俺の袖をギュッと握る。

 そんな調子で別れを迎えて大丈夫かね。

 しょうがないな、ここは俺がなんとかしないと。

 

(分かりました。俺がなんとか空気を変えますから、二人はアドリブで付いて来てください)

(待て! 何をするのか教えろ!)

(そんな時間はありません。こうやって内緒話してる内に、二人の機嫌はますます悪くなってるんですよ?)

 

 千冬さんと束さんが顔を上げてチラリと見る。

 

 ジトー

 

 箒と一夏はとてもつまらなそうな目でこちらを見ていた。

 ――クリスマスに子供がしちゃいけない目だよこれ。

 

(よし! なんでもいいから早くやれ神一郎!)

(箒ちゃんの笑顔はしー君の手腕にかかっている!)

 

 ……この二人のこんなに頼られたのは初めてかも。

 お兄さん、嬉しいやら悲しいやらで複雑だけど頑張るよ!

 

「一夏、箒、そろそろ王様ゲームを終わりにしようと思うんだけどいいかな?」

「は、はい、構いませんが」

「俺も別にいいですけど……」

 

 二人がちょっと気まずそうな顔をした。

 仲間に入れなかったから少し意地悪な顔してみたけど、だからって本気でゲームを止められると、それはそれで気まずいんだよな。

 俺も昔通った道だ。二人の心は手に取るように分かるよ。

 安心しろ箒、せっかくのクリスマスイブを暗い顔のまま終わらせない!

 

「時間も遅いし、先に布団を敷いてみんなでトランプでもしようか――ってことで俺端っこな!」

 

 手を挙げてしっかりと自己主張する。

 更にここで束さんと千冬さんにアイコンタクト。

 付いてこい二人とも!

 

「私も端がいい。その方が落ち着くからな」

「はい! ちーちゃんの隣を貰います!」

 

 視線に気付いた二人が俺と同じように手を挙げて発言した。

 ここまでは予定通り。

 

「あの、神一郎さん」

 

 今度は箒がおずおずと手を挙げた。

 

「なにか質問でもあるの?」

「寝るって、何処で寝るんですか?」

「此処でだよ」

「みんなで?」

「みんなで」

「一夏と神一郎さんも?」

「俺と一夏も」

 

 質問を重ねる箒の顔がみるみる笑顔に変わっていく。

 本来は隣の空き部屋に女性陣、寝室に男性陣のつもりだった。

 けど、今回は非常事態につき男女の同衾を許可せざる得ない!

 

「さて、残る場所は俺の隣か束さんの隣だ。もちろんだが場所は早い者勝ちなので変更は不可、二人はどちらにする?」

「はい! 私は姉さんの隣にします!」

 

 悪魔の囁きに箒は元気よく答えた。

 俺の後ろでは、束さんが勝利の雄叫びを挙げていた。

 千冬さんと箒に挟まれて寝るとか、束さんは見事に棚ぼたをゲットだ。

 それにしても、一夏は相変わらず場の流れに着いていけずポカンとしている。

 ――ちょっと鈍すぎないか?

 

「一夏は俺と箒の間になるけどいい?」

「あっ、大丈夫です」

 

 そうか、箒が隣でも大丈夫なのか。

 余りにもあっさりと言うものだから、箒の目が一瞬細くなったけど本当に大丈夫なのか?

 しかしなるほど、一夏のここぞという鈍感ぶりはギャルゲ主人公だからかもしれないな。

 これは箒や未来のヒロイン達が苦労するわけだ。

 

「なぁ一夏、随分と簡単に機嫌直ったけど、なんで?」

 

 箒は分かる。

 一夏の隣で寝れるなんてウキウキもんだもんな。

 だが、一夏には対してメリットは無いと思うんだが……。

 

「え? だってみんなで並んで寝るなんて楽しそうじゃないですか?」

 

 ――眩しい。

 俺の邪な考えを他所に、一夏はとても純粋な笑顔を見せてくれた。

 

「一夏、お前はそのまま育ってくれ」

「はい? よく分からないけど分かりました」

 

 一夏の頭を撫でつつ、心の中で思う……頑張れヒロイン達!

 俺にはどうしようもない!

 

「神一郎、布団でゴロゴロしながらトランプをやるんだな?」

「そうですよ」

「なら先に風呂に入って寝巻きに着替えないか? 多少汗をかいたのでな、一度さっぱりとして着替えたい」

 

 ふむ、千冬さんの言うことも一理あるな。

 

「じゃあそうしましょうか。ではこれから指示を出します。一同注目!」

 

 手をパンパンと叩きながら視線を集める。

 

「まず、千冬さん」

「なんだ?」

「元々隣の部屋で寝てもらうつもりだったので片付けてありますが、さすがに五人には狭いので、邪魔な物を居間に移してください」

「分かった」

「次に一夏」

「はい」

「一夏は風呂掃除を頼む」

「分かりました」

「次に篠ノ之姉妹」

「「はい!」」

「二人は布団を敷いてください」

「「了解(です)!」」

(布団は流々武の拡張領域に入ってるんで、よろしくです)

(ほいほい)

  

 最後にISコアのネットワークを使って一言付け足して終わりだ。

 

「俺はお皿洗いなどの後片付けします。各自行動開始!」

 

 号令をかけると、各自が一斉に散っていく。

 俺も台所に向かい、洗い物の前に立つ。

 さて、片付けますかと思ってた時――

 

「あの、神一郎さん」

 

 お風呂掃除に行ったはずの一夏が戻ってきた。

 

「一夏? どうした?」

「その……お風呂が変なんです」

 

 一夏がなにか言いづらそうにそう漏らす。

 変? お風呂が変って意味分からんな。

 

「一夏、変って具体的には何が?」

「えと、その……取り敢えず一緒に来てください」

 

 一夏が俺の手を掴んで歩き出した。

 なんだ? 俺の風呂に一体なにが?

 

 一夏と一緒にお風呂場に入るが、なにも変わった様子はない。

 はて? 

 

「一夏、特に変わってないと思うんだが?」

「これが神一郎さんの“普通”なんですか?」

 

 一夏がそう言って、お風呂の蓋を開けた。

 するとどうでしょう――

 

 味気のないシンプルなお風呂は、浴槽の底に砂利が敷きしめられ、一瞬海を幻想させるさせ仕上がりになっている。

 さらに、水に揺れる海藻が見る者の心を癒す。

 ポイントは真中に置かれた大きめな岩だろう。

 これが見事に男心をくすぐっている。

 

 一夏が指差す方を見ると、浴槽の角には蛸壺らしき物が水に沈んでいて、その中にはタコが自身の身を守る様に丸くなっていた――

 

「……一夏、これ、なに?」

「……水族館の生き物ふれあいコーナーですかね?」

 

 一夏にしてはとても分かりやすい例えだ。

 

「一夏、そのタコが明日の昼飯だ」

「――そのタコどこから持ってきたんです?」

「束さんが釣ってきた」

「あぁ……束さんですか……」

 

 だいたい答えは出たな。

 全てあの天災が悪い。

 それが答えだ。

 

 この仕掛けを施したのはシャワーを浴びてた時かな?

 俺も千冬さんもわざわざお風呂の蓋を外して中を確認したりしないし、一番最初にシャワーを浴びた束さんなら余裕で出来ただろう。

 

「一夏、ちょっとお仕置きしに行ってくる。これ片付けないと風呂に入れないし」

「お供します」

 

 普段は温厚な一夏も、お風呂おあずけは許せないらしい。

 

 ドスドスと怒りの足音を立てて、男二人で女性陣が作業している場所まで歩く。

 

「シーツを掛けて――」

「これで終わりですね姉さん」

「まだだよ箒ちゃん。枕を並べないとね」

「あ、そうですね。忘れてました」

「私とちーちゃんと箒ちゃんは、三人同時に頭を乗せられるこのロング枕使おうか?」

「――姉さん、なぜ姉さんの絵がプリントされてるのでしょう?」

「だって抱き枕だし」

「さすがに恥かしいので、できれば普通のでお願いします」

「えぇ~? せっかくのお泊りだし――おや? しー君といっくん、どったの?」

 

 箒と仲睦まじく布団の用意をしている束さんに近づき、抱き枕を手に取る。

 

「しー君?」

 

 よくもまぁ人の家のお風呂を水族館風にしといて笑ってられるものだ。

 お風呂にタコを住ませてるなら、一夏が掃除しに行った時に一言言えよ。

 あれだろ? 束さん自身もタコの存在なんて忘れてるんだろ?

 

 てな訳で――

 

「オラッ!」

「もっふ!?」

 

 抱き枕を束さんの顔面にフルスイング。

 

「し、神一郎さん!?

「なんだ? また束が何かしたのか?」

 

 箒がわたわたする中、千冬さんがため息混じりで部屋に入ってきた。

 

「……しー君は最近DV多すぎ……」

 

 束さんが鼻を押さえながらそんことを言うが、これはお仕置きであってDVではないので気にしない。

 

「箒、千冬さん、お風呂は束の所為で入れなくなりました。お風呂に入る為には束さんに働いてもらわないといけません――てことで、ほら束さん、早く片付けてこい」

「――や」

「は?」

「い・や!」

 

 束さんがぷいっと顔を背けた。

 このヤロウ――

 

「束さん、片付けてくれるんですよね?」

「むぐぐ……」

 

 ほっぺを掴んでこちらを向かせようとするが、束さんは一向にこちらを見ようとしない。

 いい度胸じゃないか。

 

「待て神一郎、一度落ち着け、束が何をしてんだ?」

「そうですよ神一郎さん! 落ち着いてください!」

 

 千冬さんと箒が、束さんの頭に手を置き無理やり前を向かせようとする俺の肩を掴み、止めようとする。

 

「口で説明しても信じてもらえないと思うので、自分の目で見てきてください」

「ですね。その方が早いと思います」

 

 お風呂が水族館になった。

 口で言うなら簡単だが、それをあっさり信じてくれる人は果たして何人いるやら。

 

「千冬さん、神一郎さんと一夏がそう言うなら何か理由があるんだと思います。お風呂場に行ってみませんか?」

「そうするか、一夏も神一郎を止める気はないようだしな。よっぽどの事があったのだろう」

 

 千冬さんは俺の後ろで疲れた顔をして立っている一夏を一瞥して、箒と一緒にお風呂場に向かった。

 

「で、束さんはいつになったらこっちを見てくれるのかな?」

「つーん」

「束さん、お願いですからお風呂に入れるようにしてください」

「――いっくんのお願いでも今回だけは聞けないもん」

  

 俺は無視するのに一夏には返事するのか。

 それにしても、一夏のお願いでもダメとは意外だ。

 あのタコがそんなに気に入ったのか――まさかこのまま飼う気じゃないだろうな?

 そんな事を考えていると、二人分の足音が聞こえてきた。

 

「束、お前が悪い。さっさと元に戻してこい」

「姉さん、神一郎さんにあまり迷惑をかけてはダメです。素直に片付けましょう?」

 

 足早に戻って来た二人は、開口一番に束さんへの非難を始めた。

 天災とはいつでも孤独な者なのだ。

 

「嫌だもん」

 

 だが、親友と愛妹でも束さんの守りを崩すことが出来なかった。

 

「姉さん、なんでそんなに――」

「それはね――」

 

 束さんが至極真面目な顔で口を開いた。

 一夏、そして箒や千冬さんも束さんの頑なな態度が気になっていたのだろう、ゴクリと息を飲んで束さんに集中した。

 

「あのタコは普通のタコじゃないからだよ」

 

 え?

 

「あのタコはね、束さんの開発途中のナノマシンを注入された――そう、ネオ・タコなんだよ!」

 

 ん?

 

「いっくんと箒ちゃんにいつでも美味しいタコは食べて欲しいと思った束さんは考えました……そうだ! タコに無限再生機能を搭載しようと!」

 

 は?

 

「ナノマシンはまだ不完全、定着してタコに影響を与えるまで時間がかかる――だから束さんはしー君のお風呂をタコが住みやすい環境に改造したのさ! 明日のタコパはタコの足は食べ放題だから期待しててね!」

 

 ――なるほどね。

 

「足だけなんですか?」

「さすがに死んだら再生はできないからね」

「ナノマシンは食べられるんですか? 人体に影響は?」

「ちゃんと手は打ってあるよ。人体に影響はないのはもちろん、万が一に備え、一定の温度で活動を停止するようにしてあるからね。食べる前に火を通せば大丈夫! お湯くらいの温度でナノマシンの活動が止まる仕様なんだよ!」

 

 語り尽くして満足したのか、束さんが胸を張ってドヤ顔をした。

 でも他の4人の顔は真っ青だ。

 無限再生するタコ? 新種のクトゥルフの邪神かよ天災め。

 

「一夏、ちょっとタコを洗濯機にぶち込んできてくれ、塩をかけて洗濯機で回せばタコは死ぬし、下準備の手間も省けるから」

「了解です」

「待って!?」

「ちょっ、離してください束さん!」

 

 チッ! お風呂場に行こうとする一夏の足に一瞬で組み付きやがった!

 

「千冬さん! 箒!」

「了解だ」

「はい!」

 

 千冬さんが脇から手を差し込み引き離しにかかる。

 

「は~な~し~て~!」

「暴れるな! まったくお前という奴はいつもいつも!」

「や~の~!」

 

 次いで、俺と箒が左右の足をそれぞれ掴み、完璧に引き離した。

 

「いっくん殺さないで! 束さんのタコ殺さないで!」

「――いってきます!」

 

 涙ながら一夏を呼び止める束さんに対し、一夏は背を向けることで答えた。

 ――その背中はまさに主人公、今なら隕石に立ち向かう漢達の中に混じれそうだ。

 

 

 ジタバタと暴れる束さんを押さえつけながら待つこと数分。

 

「取り敢えずタコを洗濯機に入れてきました。でも石なんかも片付けないとお風呂には入れませんね」

 

 勇者が帰還した。

 

「ぐしゅ……束さんのタコが……ネオ・デビルが……」

 

 束さんは押さえつけられたまま、ぐしゅぐしゅと泣いていた。

 いつの間にか名前が付けられてるし、束さんに名前を付けられるとは――あのタコを放置してたらやばかったな。

 

「これで脅威はなくなりましたね。それでは束さん、片付けてきてください」

「しー君の鬼! 悪魔! 変態!」

「誰が変態だ。いいから片付けてこい」

「やだ! 絶対やだ!」

 

 束さんが駄々っ子モードに入りました。

 ウザかわいいな。

 

「ネオ・デビルの仇!」

 

 束さんが自分の絵がプリントされている抱き枕を投げてきた。

 

 避けた。

 

「ぐもっ!」

「一夏!?」

「いっくん!?」

 

 後ろにいた一夏に当たった。

 一夏と箒にバレないように拡張領域から普通の枕を取り出し、千冬さんにパスしてみた。

 

「にゃぴ!?」

 

 俺からのパスを受け取った千冬さんは、流れる様な動きでそれをそのまま束さんの顔面に投げつけた。

 

 これは――流れが来てるんじゃないか? そう思ってしまうほどの理想的な空気。

 乗るしかないな、このビックウェーブに!

 

「いてて」

「一夏、大丈夫か? む、少し鼻が赤くなっているな」

「ほ、箒、近い! 顔が近い!」

「す、すまん」

 

 拡張領域から枕を取り出す。

 俺のことなんて眼中にないみたいだから問題ないね。

 さて、遊びとは全力でやるもの、でないと楽しくないから。

 だから許せよ、箒。

 

「箒」

「はい? なんで……しょう……」

 

 一夏から俺に視線を変えた箒は、枕を振りかぶる俺の姿を見て固まってしまった。

 遊びは全力で、だが、相手に怪我をさせたら意味はない。

 なので、7割程の力を込めて――

 

「てりゃ」

「ッ!?」

 

 俺が投げた枕は、箒の顔面に当たり、ぼとっと床に落ちた。

 おー、箒の顔は見事に驚きの表情で固まっている。

 ナイスリアクション。

 んではお次は一夏に――

 

「箒ちゃんになにするかぁ~!」

「ぐぼらっ!?」

 

 何か硬い物が後頭部にぶつかり、前のめりに倒れる。

 後ろを振り向くと、妹を攻撃されて怒り狂う姉がいた。

 

「しーいーく~ん? 箒ちゃんになにしてるのかなぁ~?」

 

 束さん、激おこである。

 

「何って、枕投げですが?」

 

 悪びれるもぜす、さも当然のように言う。

 さて、このままいけるかな?

 現在の状況は――

 

 束さん  →俺を睨む。

 千冬さん →一夏を攻撃しようとしたのがバレてるみたいだ。同じく俺を睨む。

 一夏   →何故か俺を睨む。

 箒    →やはり俺を睨む。

 

 ――あれ? やりすぎた?

 てかなんで一夏も俺を睨んでるの?

 

「神一郎さん、いくら枕投げがしたいからって、女子の顔に当てるのはいけないと思います」

 

 一夏の怒りポイントはそこか。

 フェミニストもいいけど、過保護は嫌われるぞ?

 まぁ結果オーライだからいいか。

 

「ねぇちーちゃん、枕投げってなに?」

「枕を投げ合う遊びだ。今回は神一郎にぶつければOKだ」

「とても分かりやすいルールだね」

 

 全然OKじゃねーよ。

 本当は小学生組VS姉ズでやりたかったが、現状は四面楚歌、見事に囲まれている。

 四人が枕を手に持ち、投げるタイミングを計っている――計っているんだけど……。

 

「みんな口元が歪んでるのは、なんでです?」

 

 なぜかみんなが笑いを堪えてるんだよね。

 

「束、お前が言ってやれ」

「それはねしー君、ここまでの流れが露骨だったからだよ」

 

 そっか、露骨か……。

 バレテーラってことですね。

 

「一夏と箒もなんとなく察しがついてるのか?」

「俺は落ち込んでた束さんを慰める為に、気分転換で枕投げさせようとしてるのかと」

「私は、王様ゲームであまり遊べなかった私達に気を使って始めたのかと思いました」

  

 一夏と箒にもバレてるのね。

 これは恥ずかしい。

 

「しー君、勢いで始めたでしょ? ちょっと無理矢理すぎたね。さすがに気付いたよ」

「――なら、なんで今、俺は囲まれてるんですかね?」

「箒ちゃんに枕をぶつけた事は許さない!」

 

 あ、そこは譲れないですか、そうですか。

 

「実は俺、剣道以外でも神一郎さんと戦ってみたかったんです」

 

 いや、これゲームだけどね?

 

「剣の道を行く者として、やられっぱなしではいけませんから」

 

 箒、枕投げと剣道は関係あるの?

 

「……私は空気を読んでみた」

 

 千冬さん……余計な成長しやがって。

 

 どうも逃げ道はないらしい。

 意外と乗り気な四人は笑いながら枕を投げる体制に入る。

 まじで4対1でやる気か……ならば、俺も切り札を切ろう。

 

「始める前にちょっと待ってください。見ての通りこちらには枕がないんで。束さん、俺の分の枕を出してください」

「ほいほい――ふぇ?」

 

 束さんは、何が起こったのか分からないという顔をしていた。

 俺がやった事は至極単純、束さんが動く前に、自分で拡張領域から枕を取り出しただけだ。

 俺の正面に3つの抱き枕が落ちてくる。

 

 ふははは、俺の財宝の一部を見せてやろう。

 

 

 海で撮った千冬さんの水着姿の抱き枕。

 ハロウィンで撮った猫耳巫女コスの箒がプリントされた抱き枕。

 そして、温泉で撮った、裸で目隠しされてる一夏の抱き枕。

 

 これぞ至高の芸術よ!

 

「た~ば~ね~!!」

「姉さん?」

「束さん……」

「うぇっ!? ち、違うよ? これは――」

 

 三者三様に睨まれ、束さんがあうあうと言い訳をしようとする。

 

「聞く耳持たんッ!」

「にゃっ!?」

 

 しかし、言い訳する間もなく千冬さんに枕を投げられた束さんは、それを避けて俺の隣に転がってきた。

 

「ウェルカム」

「殴りたいその笑顔!」

「これで2対3。やったね束さん、こっちの主力は束さんだ!」

「鉄壁のしー君ガードで完勝してやんよ!」

 

 馬鹿な掛け合いをしつつ、俺と束さんは背中を合わせて構える。

 

「束さん、防音は大丈夫ですか?」

「もちろんだよ。至福のひとときを邪魔されたくないからね。前後左右の部屋に音が漏れないようにしてあるよ」

 

 いざって時はやっぱり頼りになるね。

 これで憂いはなくなった。

 

「一夏、箒、今楽しい?」

「――はい、楽しいです。一夏と千冬さんと力を合わせて、姉さんや神一郎さんと何かを競う。滅多にできない経験ですから」

「俺は千冬姉とも戦ってみたかったんだけど、それは明日まで我慢して、今日は神一郎さんと束さんに対して全力を尽くします」

 

 ――そうか、それは良かった。

 二人のその笑顔を見れただけでお兄さんは嬉しいよ。

 

「しかし、枕投げとはどうやって勝敗を決めるんだ? 相手が立ち上がれなくなるまで枕を当てれば良いのか?」

「相手の心を折る戦いだね。これは燃える!」

 

 こっちはほのぼのした会話をしていると言うのに、後ろでは殺伐とした会話をしていた。

 明日もあるのに元気だなこの二人は。

 ――そうだ、こんな時にピッタシのセリフがあるじゃないか。

 楽しみは今日だけじゃない。

 明日だってテニスやカラオケをやるんだ、ここで使わないでどうする。

 

「行くぞ束さん! 俺達の戦いはこれからだ!」

「しー君それダメなやつだから!?」

 

 

 

 

 クリスマスイブの夜、そしてクリスマス、そこで何があったのか、それは5人だけの秘密だ。




打ち切りじゃないヨ?

作者自身もどこで区切ればいいやらで、最後は強引に終わらせました。
元々クリスマスイブだけ書く予定だったのですが、書いてるうちに色々と付け足したくなってしまい……ここまで読んで頂いた読者様ありがとうございます(><)


ここから物語も少しずつ進みます。

一夏に料理を教えるシーンとか、主人公の学校のシーンとか、その辺はカット! 


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バレンタイン

 年が明けた2月、俺には一つの心配事がある。

 それは箒と一夏のことだ。

 箒の別れは間近まで来ている。

 別れのその時までに、箒は告白するのか、一夏と付き合うのか、それが問題だ。

 結果によっては色々とやらなければいけない事があるからな。

 とは言え、告白しろ、するなを俺に決める権利はない。

 俺が出来る事は、箒に一夏と一緒にいられる時間をあげて、見守るだけ……まぁ『成り行き任せ大作戦』って感じだ。

 だが、束さんの失踪計画を知ってる俺は最近箒と会いづらかったから、その辺の事情を中々聞けずにいた。

 そんな折、箒から電話があった――

 

 

 

 

 バレンタイン……生前ではまるで縁のない行事だったが、今年は違う。

 隣からトントンとチョコを刻む音と共に、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「神一郎さん、ボウルはどこに置いてあります?」

「流しの下に入ってるよ」

「ありがとうございます」

 

 赤いエプロンを着て台所に立つ美少女……素晴らしい!

 なんかもう、神々しささえ感じる。

  

「それにしても、父さんと雪子さんは困ったものです」

「二人とも箒が可愛いんだよ」

「それは……分かっていますが……」

 

 箒は今日なぜ俺の家にいるのか――それは台所を借りに来たからだ。

 家で作ろうとしたら、柳韻先生や雪子さんが生暖かい視線が送ってきて、それが箒には恥ずかしかったらしい。

 娘がいそいそと手作りチョコを作っていたら、そうなるよね。

 俺だって今そんな視線を箒に送ってるし。

 

「箒、俺は部屋に戻ってるから、頑張ってね」

「はい、ありがとうございます。神一郎さんの分も作りますから、受け取ってくださいね?」

「喜んで受け取るよ」

 

 あぁもう可愛いな。

 こんな子にチョコ貰えるなんて、転生して本当に良かった。

 あるかも分からない本命チョコより、美少女の義理チョコだよな。

 さて、台所を借りに来て少し恐縮気味だった箒の緊張も和らいだことだし――

 

「ところで箒、チョコを渡しながら告白したりとかするの?」

 

 聞く機会は今しかないでしょ。

 

「…………神一郎さん、部屋に戻るのでは?」

 

 チョコを刻む音がピタリと止まった。

 これはもしかするともしかするかも――

 

「で、するの?」

「……しません……たぶん」

「たぶん?」

「その……一夏に好かれてる自信はあります。ですが、それは友人としてです。女としては……それに……」

「それに?」

「――正直、今の関係が壊れるのが怖いんです……」

 

 箒が悲しそうな顔をしながら、チョコをまた刻み始めた。

 関係が壊れるのが怖い……なんて当たり前な感情なんだろう。

 ここで、『告白しないと後悔する』なんて事は言えないよな。

 一夏が気持ちに答えるなんて保証できないし……。

 もどかしいな。

  

「でも、たぶんって事は、少しは考えてるんだよね?」

「……はい、バレンタイン当日、一夏を私の家――神社に呼び出します。さすがの一夏も感づくかもしれませんから」

 

 箒が顔を上げ、俺の顔を見ながら微笑み――

 

「その時の反応を見ながら、イケそうなら行きたいと思います!」

 

 グッと拳を握り、そう宣言した。

 そっか――

 

「ん、頑張れ」

「はい!」

 

 頭を撫でると、箒が目を細めながら頷いた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「なんて事が昨日ありました」

「……もぐもぐ」

「聞いてます?」

「聞いてる。しかし美味いなこれは――」

 

 聞いてないやん。

 篠ノ之神社の境内の茂みに身を隠し、束さんと千冬さんは美味しそうに箒のチョコをパクついていた。

 

「ふぅ、ご馳走様でした。さてしー君、私に内緒で箒ちゃんと二人きりになるなんて許した覚えはないよ?」

「怖い顔する前に口の周りを拭きなさい」

「むぐっ」

 

 口の周りをチョコでベトベトにしていたでハンカチで拭いてあげる。

 なんてベタな状況だ。

 

「お前、ハンカチとか持っていたんだな」

「意外ですか?」

「正直言ってな」

「千冬さんも社会人になれば分かりますよ。生活習慣てのは早々抜けないもんです」

 

 寝起きのコーヒー、トイレで新聞、学校帰りのビールとかね。

 

「そんなもんか。それで、なんで私までここにいるんだ?」

「え? だって一夏に初めて彼女ができるかもなんですよ? そりゃ見守らないと」

「え? だって箒ちゃんの一大事だよ? そりゃ見守らないと」

 

 俺と束さんを睨む千冬さんにそう返せば、千冬さんの眉間のシワがより一層深くなった。

 

「ま、冗談はさておき、万が一の場合は分かってますね?」

「箒ちゃんが振られた場合だよね。うん、大丈夫……だと思う」

「今回ばかりは一夏の行動は読めん。離れ離れになる前に軽率な行動は控えるべきだと思うんだが……いやしかし……」

 

 二人が難しい顔で黙り込む。

 告白が成功してもしなくても、箒には別れという悲しみが待っている。

 別れを回避することは出来ない。

 それは箒の命に関わる事だからだ。

 箒にはできるだけ心の傷が少ない別れ方をして欲しい。

 今日俺達3人がここにいるのはただの出歯亀ではない。

 万が一、箒が告白して、一夏が振りそうになったら、俺達が飛び出して場の雰囲気をぶち壊す。

 箒には余計なお世話かもしれないが……。

 

「束さん、箒と一夏は?」

「もうすぐそこまで来てるよ。後2分ってとこかな」

「……なんか無駄に緊張してきました」

 

 自分の事でもないのに心臓がバクバクだ。

 友達が告白された時を見てしまった時の様な、気恥かしさとかが混ざった奇妙な高揚感。

 まさか小学生の告白シーン――あくまでも“かも”だけど、それを前にしてこんな気持ちになるなんて――

 

「箒ちゃんの告白シーン……どうしようしー君! なんかドキドキしてきた!?」

「……少し落ち着けみっともない」

「千冬さん、腕を組んで人差し指をトントン動かす癖なんてありましたっけ?」

「…………日常的にやっている」

 

 どうも千冬さんも落ち着かないらしい。

 これ、箒が振られそうになったら絶対に邪魔しなきゃダメだよ。

 こんな恋愛経験値0集団で失恋した女の子を慰められるはずないからね!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「箒、今日は練習日じゃないはずだろ? なんで神社に?」

「それはまだ内緒だ」

「なんだよそれ」

 

 学校の帰り道、用件を言わない私に一夏が少しだけ苛立つ顔をした。

 すまない一夏、一夏が怒るのも理解できる。だけどしょうがないじゃないか……。

 

「ぐっ……そろそろ腕が限界だ……」

 

 まさか両手に大量のチョコが入った紙袋を持ってるとは思わなかったんだ!

 この状況でチョコを渡したいから来てくれなんて言えるか!

 去年までは多くても片手で持てるくらいの量だったのに……荷物を持ってあげたいが、貰い物を女の私に持たせる一夏ではないし――

 雰囲気を作りたくて、放課後の人気のない神社を選んだのは完全に失敗だ……。

 

 石造りの階段を上がり、境内に入る。

 ここまで来てしまって後には引けない――

 

「一夏、ここで少し待っててくれ」

「分かった」

 

 玄関の外で一夏を待たせ、一人家に入り、用意しておいたチョコを手に取る。

 父さんも雪子さんも神社の方に行っているらしく、家には誰も居なかった。

 音が一切ない空間にいるせいか、心音がやたら大きく聞こえる。

 

 私は一夏が好きだ。

 一夏の笑顔が、たまに見せる凛々しい顔が大好きだ。

 だから、今日こそは……。

 

 一夏の所に戻る前に、神一郎さんに頂いた『愛され系幼馴染への道』を手に取る。

 今まで何度も読んだ箇所だ。内容はほぼ頭に入っている。

 だけど、やはり心配だ――

 

 

 一夏に遠まわしに告白しても通じません。告白するなら目を見て、はっきりと『好きです』と伝えましょう。

 

 一夏は好きと言われても、友達の好きと勘違いするかもしれません。恥ずかしくても勇気を出して、『自分は女として一夏が好きなんだ』その気持ちを伝えることが大切です。

 

 

「よし」

 

 告白の一文を目に通し、本を閉じる。

 

「一夏、待たせたな」 

「おう」

 

 一夏はバレンタインなどまるで気にしていないらしく、気軽の片手を上げて答えた。

 ある程度予想はしていたが、もっとこう、あるだろ?

 ……いやいや、こんな天然な所も一夏のチャームポイントだ。

 

「一夏、今日はなんの日か知ってるか?」

 

 まずは軽く牽制して様子を見よう。

 

「今日? ――あ、今日はバレンタインだな」

 

 一夏はバレンタインなど自分に関係ないといった感じで、どこまで気楽だ。

 一夏の足元にあるチョコは全てライバル達の努力の結晶――援護する筋合いはないが、さすがに少しかわいそうだ。

 私のチョコもアレの一部になったりしないよな?

 

「じゃあ、バレンタインは何をする日かは?」

「? 好きな人やお世話になった人にチョコを渡す日だろ?」

 

 良かった。

 ここでお菓子会社の陰謀だとか言われたらどうしようかと思った。

 

「そうだ、“好きな人”にチョコを渡す日だ。だから一夏、これを受け取ってくれないか?」

 

 白のラッピングに赤いリボンが付いたシンプルな包装。

 手の震えがバレない事を願いつつ、それを一夏に差し出した。

 

「……ありがとう箒」

「あ……」

 

 一瞬面食らった顔をした一夏だが、すぐに笑顔になり、私のチョコを受け取ってくれた。

 これはチャンスだ!

 

「一夏、私とつきあっ「これ、友チョコってやつだろ?」……は?」

 

 あれ? 私は何か間違えただろうか?

 自分のさっきのセリフを思い返してみる。

 

 私、好きな人って言ったよな?

 ……自分なりに勇気を出したけど、この程度では一夏に気持ちが届かないのか?

 

「最近は友チョコって流行ってるらしいな」

 

 一夏が足元の紙袋を見ながらそう言った。

 

「……一夏、それ全部義理チョコなのか?」

「そうだけど?」

「……それだけあるんだ、本命チョコとかあるんじゃないか?」

「本命? ないない」

 

 一夏は笑いながら手を振って否定した。

 

「なぜ分かるんだ?」

「だってそう言ってたし」

「チョコを渡した本人がか?」

「あぁ、『これ義理チョコだから、勘違いしないでよね』とか『この前、荷物持ってくれたお礼だよ』とか言ってたし」

 

 ……なんだっけ?

 えっと……そうだ、ツンデレだ。

 そうか……一夏は素直になれない女子の言葉をそのまま鵜呑みにしたのか。

 

「……一夏、すべての女子がそう言ったのではないだろ?」

「だいたいそんな感じだったぞ? なにも言わない子もいたけどな。最初にチョコくれた子が『義理だ』って言ったら、その後に次から次へと『義理チョコだ』って言いながら渡してきたんだよ。みんな律儀だよな」

 

 最初に渡したのがどこかのツンデレ、その後、周囲にいた女子が負けずと渡したが、恥ずかしくて最初の子の真似をしたんだろうな……。

 

 おのれツンデレめ! 

 

「さすがに量が多いけど、箒のチョコはちゃんと食べるから」

 

 なにやら聞き捨てならないセリフが聞こえたな?

 

「一夏、他のチョコは食べないのか?」

「いや、さすがに全部は無理。千冬姉もたぶん沢山貰ってくるだろし、去年だって大変だったのに、この量はちょっと……」

 

 一夏の視線に釣られ、足元の紙袋に注目する。

 数は両方合わせて50はあるだろう。

 千冬さんもモテるから……二人合わせて100個くらいか?

 ――確かにちょっとキツい数だな。

 一夏自身が、すべて義理チョコだと思ってるからのセリフだろうけど……。

 

「捨てる――はないか、余ったチョコは誰かに渡すのか?」

「せっかく貰ったのにそんな事しないよ。食べきれない分は調味量代わりに使うつもり」

「調味料?」

「俺も知らなかったんだけどさ、チョコって調味料代わりになるらしい。カレーの隠し味とか、回鍋肉に入れたりとか、結構使い方が色々あるみたいでさ」

 

 それは知らなかった。

 ちゃんと一夏の口に入るなら作った女子達も本望だろう。

 

「箒、用事はこれだけか?」

「――そうだ」

 

 告白?

 この空気で? 

 ……無理ですよね神一郎さん。

 神一郎さんがいたら、きっとストップをかけること間違いない。

 

「そろそろ帰るよ。夕食前に買い物行かなきゃいけないし」

「……あぁ、今日はわざわざ家に来てもらって悪かったな」

「気にすんなよ。あ、ホワイトデーにはちゃんとお返しするから期待しててくれよ?」

「っ!?」

 

 沈んだ心が、一夏の笑顔と、一夏からの贈り物という二つだけで浮上する。

 私も大概単純だと思うが、嬉しく思ってしまうのはしょうがない。

 なに、時間はまだ有る。

 きっと春休みには、また神一郎さんが何か大きなイベントやってくれるだろうし。

 慌てず、ゆっくりと一夏との仲を深めればきっといつか……。

 

「ホワイトデー、期待してるぞ一夏、ちなみに私はマカロンが食べたい」

「うっ……クッキーとかじゃダメか?」

「私のチョコは手作りチョコだぞ?」

「……頑張ってみるよ」

 

 手間が掛かりそうなお菓子をリクエストしてみたら、一夏が少しだけ頬を引きつらせた。

 しかし、“そのチョコは手間がかかってるんだぞ?”と匂わせたら、了承してくれた。

 一夏の顔が面白くて思わず笑ってしまう。

 

「また明日」

「またな箒」

 

 一夏の後ろ姿が見えなくなるまで、私はその背中を眺め続けた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 俺は織斑一夏が嫌いだ。

 ライトノベル【インフィニット・ストラトス】の主人公、創作人物の織斑一夏の話だが――

 ここは二次元ではない、ラノベの印象をそのまま生きてる人間に当てはめて、相手を好悪するなんてのは愚の骨頂。

 人を好きになるか嫌いになるかは、相手の行動を見て、相手と喋ってみて、そこから初めて分かる事だと思っている。

 だから俺は、子供の一夏に対して嫌悪感はないし、原作ではラスボス風味の束さんも、愉快な変人程度にしか見えない。

 だけど、俺は今見てしまった……可愛い妹分の気持ちが届かなかった瞬間を……。

 

 箒はちゃんと『好き』って言ったよな?

 だって俺、あの瞬間、『言ったぁぁぁ!!』って心の中で叫んだもの――

 それの結果がアレだ……。

 箒は途中で告白を諦め、最後は笑顔で終わったので心配はいらなそうだが、正直、見ている方は気が気でなかった。

 

 左を見る――

 

「私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私は――」

 

 束さんは何もない空中を見つめながら、ブツブツ呟いていた。

 大事な妹の告白が流された――普通なら束さんはが怒り狂う事案だ。

 しかし相手は一夏、怒るに怒れない束さんは自己暗示で心の平穏を保とうとしてるみたいだ。

 

 

 右を見る――

 

「…………」

 

 千冬さんは無言で空を仰いでいた……。

 姉として、そして女として、怒るべきか悲しむべきか悩んでいるのだろうか?

 これから先は俺は一夏と距離を置く、一夏の性教育は千冬さんに頑張ってもらいたい。

 

 

 箒が家に戻ろうとする。

 その横顔に影はなく、慰める必要もなさそうなので、姿を見せないでそのまま見送った。

 

 

 ぶっちゃけ――

 

 

「私はいっくんが大好き私はいっくんが大好き私は――」

「…………」

 

 箒よりもこっちの方が問題だ――

 

 

 

 

 数分後

 

「落ち着きました?」

「へ? 落ち着くってなにが? 何かあったっけ?」

「忘れてるなら問題ないです」

 

 束さんはさっきの一幕を無かった事にしたらしい。

 心の平穏の保ち方は人それぞれ。

 束さんがそれで良いなら良いさ。

 

「千冬さんは?」

「ん? そうだな。私は子供は勝手に育つものだと思っていた。私がそうだったようにな。だがそれは甘えだと気付いた……。取り敢えず帰りに子育てのハウツー本を買おうと思う」

「うん、ご近所さんに勘違いされるから止めようね」

 

 こっちは一夏の将来を心配しすぎて暴走気味だった。

 

「神一郎、前に一夏が病気かもしれないと言ったな?」

 

 千冬さんが真面目な顔で俺にそう聞いてきた。

 

「言いましたね」

「私は一夏の心に問題が有るなんて信じられなかった……。しかし、先ほどの箒とのやり取りを見て、お前の言葉を信じかけている――でだ、何が原因だと思う?」

 

 真面目な顔をしている千冬さんには悪いが、正解の答えを俺は持っていない。

 一応、ありえそうな理由は二つあるけど。

 

 一つ、厨二的に言えば『世界の意思だから』

 原作では一夏と箒が小学生の時に付き合うという描写は無かった。

 だから原作から乖離しないよう、見えない力が働いている――なんて可能性がある。

 

 もう一つは、一夏に心に問題があるかだ。

 しかし、俺には一夏に問題があるのか、それとも所謂『原作の修正力』なのかが分からない。

 

「千冬さん、今まで聞いた事ありませんでしたが、聞いていいですか?」

 

 一夏に問題があるとしたら、これは聞いとかないといけない――

 

「なんだ?」

「千冬さんの両親についてです」

「あれ? しー君知らなかったの?」

 

 今まで黙っていた千冬さんが話に入ってきた。

 

「まぁ興味なかったですし」

「興味がないなら何故聞く?」

 

 千冬さんは不機嫌を隠さない。

 やっぱりこの話題は地雷か。

 

「一夏の為にも聞いといた方がいいかと思いまして」

「しー君が知らなかったのが意外だよ。なんで今まで聞かなかったの? ちーちゃんに気を使ってたの?」

「聞いても俺には『へー』とか『そうですか』とか、その程度の事しか言えませんし」

「――しー君にしては厳しい言葉だね」

「いやだって、俺は普通に両親に愛されて、普通に青春を楽しんで、普通に独り立ちした人間ですよ? そんな俺に『親が居なくて大変だね』とか『学校行きながら弟育てるなんて偉いね』なんて、上っ面だけの優しい言葉言われたいですか?」

 

 親が居ない寂しさも、学生の身で家庭を支える大変さも知らない人間が、分かったような事を言うのはダメだろ?

 

「なるほどね――ある意味しー君らしいよ。理解してるフリして同情なんかする奴等よりマシだね」

「――言われたくないな。ここだけの話、学校で『千冬様は毎日バイトで大変ですね』と言われた時、バイトもしたことのないお前に何が分かるんだと、そう思った事はある。もちろん悪気はなく、善意からの発言だと理解はしているんだが……」

 

 同情も時と場合による。

 安易な慰めの言葉は時としてケンカ売ってるに等しい場合があるから、迂闊に相手の辛い過去なんて聞けないんだよな。

 

「神一郎、一夏の為と言ったな? 一夏のアノ態度にどんな関係がある?」

「近くに千冬さんと同じような家庭環境の知り合いはいなかったので、あくまで予測ですが――例えば、一夏が物心がつく前に、親の怒鳴り声、ケンカする声を聞いて、一夏自身が気付かない内に“恋愛や恋に対して否定的、又は怖がっている”可能性があります」

 

 無くはないと思う。

 もし、両親が『テメェーと結婚したのが間違いだったんだよ!』なんて恋愛を否定していたら、その子供は恋愛に対して忌避感を持ってもしょうがないと思う。

 ――あれ? なんか一夏が子供の時に問題があったような? なんだっけ? 

 

「なるほどな、言いたい事は分かった。しかし――」

「あの、無理に言わなくていいですよ? 俺は別に知りたくないですし。ただ、千冬さんに思うことがあるなら、私生活で気を使ってくださいってだけです」

「……なにげに難しい注文じゃないか?」

「一夏と一緒に恋愛ドラマ見たりして、恋愛の素晴らしさを教えればいいんですよ」

「しー君、それ、ちーちゃんには難しくない? ちーちゃんが恋愛ドラマとか全然似合わないよ」

「いやいや、一緒に見るってのが大事なんですよ。千冬さん、子供ってのは親の背中を見て育つんです」

「――だからどうした」

「千冬さんが丸っきり恋愛に興味がないのも理由の一つかもしれませんよ? 『千冬姉が大変なのに、俺が恋愛にうつつを抜かすなんていけないことだ』って一夏は考えてるかもです」

「……有り得るのか? 一夏はまだ小学生だぞ? いや、可能性としては……」

「ちょっ?! しー君なに言ってるの!? ちーちゃんに恋愛なんて十年はやっ……あれ? 相手が私なら問題ないかも? ちーちゃんちーちゃん、いっくんの前で私とイチャついてみる?」

「――束、今は大事な話をしているんだ。黙ってろ」

「ボディ!?」

 

 束さんが千冬さんの横にスっと移動し、恋人握りで千冬さんの手を握った。

 しかし、千冬さんは冷静に腹パンで迎撃――膝を地面に付けた束さんを他所に、千冬さんはアゴに手を当てて考え込んでいる。

 

 腹パンって初めて見たな――

 それほど今の千冬さんに余裕がないんだろう。

 束さん、シリアス空気の中でボケに走る気概は尊敬するけど、今回は完全に失敗だったね。

 

「束さんや、生きてるかい?」

「……し、しー君、私はもうダメかも……」

「再来週また会いたいんですけど、時間あります?」

「――ちょっとくらいなら大丈夫だけど……なんで?」

「忘れてます? 俺とケンカする約束でしょ?」

「あ……」

「んじゃ、細かい日程は後で連絡してください。千冬さんも見届け人お願いします」

「見届け人だと? 嫌な予感しかしないんだが……」

「そこをなんとかお願いします。それではまた――」

 

 二人を置いて神社を後にする。

 後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたが、それを無視して俺は帰路を急いだ。

 束さんの失踪予定まで約二週間――

 関係者として目を付けられてる恐れがある俺には時間がない。

 やらなければいけない事は沢山ある――

 

 まずは――パソコンのデータからエロゲを消去して、ディスクの隠蔽、同人誌などのエロ本の隔離だな。

 束さん失踪時に起こるだろう家捜しに備えなければ!




一夏と箒の描写をもっと甘くしたかった――


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別れの儀式とそれぞれの道

遅くなりましたm(_ _)m
そして寝落ち注意定期です。
二次小説書き始めて1年過ぎましたが、相変わらず地の文が下手。
三人称練習しようかなと思う今日この頃。
一部束さんのセリフに句読点が無いのは仕様です。
個人的なイメージで「束さんはチャットやメールでわざわざ句読点は使わないだろ」と思ったもので。


 日本には最近になって世界中から注目されている場所がある。

 そこは都心近くの島の上に建てられた研究所――研究対象はIS。

 時代の最先端を行くその研究所で働く人間は、各分野のスペシャリストである。

 そのスペシャリスト達は、今日も胃痛に悩まされていた――

 

 

 

 

「篠ノ之博士、素材や火薬量を変えながら威力を割り出した弾丸の一覧です」

 

 眼前に幾つも並ぶモニターに目を向けながらキーボードを打ち込んでいると、背後から声をかけられた。

 振り向くと、顔は知らないが見慣れた白衣を着た男。

 

 ――あぁ、そう言えばモンド・グロッソで使う専用の弾丸の開発を命じたんだっけ?

 男が差し出してきた紙を受け取り目を通す。

 

「ふむふむ――君さ、なんでわざわざIS専用の弾丸を作るか意味分かってる?」

「は? それはモンド・グロッソの為に競技で使う――」

「モンド・グロッソって?」

「――ISを用いて、格闘や飛行など、部門ごとに別れて競う競技です」

「分かってるなら何でこうなるかな?」

「っ!?」

 

 私が睨むと、白衣の男がビクリと身震いした。

 情けない……しー君なんて私が睨んでも笑いながら口周りを拭いてくるというのに――

 この研究所に居るということは、この白衣もそれなりの才能があるハズなのに、こんな結果しか出せないってのが更に情けない――

 

「モンド・グロッソはあくまで“競技”なんだよ? なんで弾丸の威力がこんなに高いの? これ、生身の人間に使ったらミンチだよ? 兵器用の弾丸を作れって誰が言った? 束さんがそう言ったかな?」

「いえ……その……」

「ISで銃を扱えば口径が大きくなるのはしょうがない。だから口径を大きくしつつ、威力は抑えるように言わなかったかな? 聞いてなかった? それともこれが君の全力かな? 束さんは難しい事を要求しちゃったかな?」

「…………申し訳ごさいません。すぐにやり直します」

「へー? 出来るの?」

「出来ます」

「そ、なら任せるよ」

「はい、失礼します」

 

 白衣の男が顔を赤くしながら頭を下げる。

 全部自分でやった方が確実だが、今はとにかく手が足りない。

 まだ世間に発表していないが、ISを使った競技、モンド・グロッソの開催はすでに決まっている。

 今はその為の準備中。

 全部各国任せじゃつまらない。

 弾丸を共通の規格にすることで、各国が弾丸に合わせてどんな銃を作ってくるか――面白そうだと思ってやってみたけど……。

 

「はぁ」

 

 思わずため息がでる。

 こんな簡単な仕事も出来ないなんて――

 

「篠ノ之博士」

「ん?」

 

 顔を上げると、また顔は知らないけど見慣れた白衣を着た女がいた。

 

「お忙しいところすみません。部品に使うレアメタルが不足してまして……。あ、これなんですが」

「ふむ」

 

 受け取った資料に目を通すと――なるほど、確保しておいたプラセオジムを始め、いくつの在庫が心ともない。

 無駄に使ってくれちゃってまったく。

 

「西亜金属って知ってるかな?」

「はい、大手のメーカーですよね」

「あそこは輸入量を誤魔化してレアメタルを確保してるから、そこから貰おうか」

「え? あのそれは――」

「――何か問題あるかな?」

「……くれと言ってくれるでしょうか?」

「相手が文句言ってきたら、そこのトップに『自分の孫と歳の変わらない女の子を孕ませる変態が逆らってるんじゃねーよ』って言えばいいから」

「……分かりました」

 

 女は青い顔をしながら頭を下げて去っていった。

 なんか震えてたけどちゃんと出来るのかな?

 ――やっぱりめんどくさい。

 全部自分でやった方が絶対に楽だ。

 こうして指示を出すのにも時間を取られるし――

 しかし自分の仕事が多過ぎて手が回らないのも事実なんだよね。

 でも、この煩わしさも後少しだ――後少しで私はここから離れる――

 そして箒ちゃんに……嫌われる?

 

「グスッ」

 

 涙が出てきた。

 いけない、私には泣く権利がない。

 箒ちゃんが泣いちゃうのは私のせいなんだから、私が泣いちゃいけない。

 

 ――気を取り直して、キーボードに指を置く。

 

「篠ノ之博士」

 

 さて、気合を入れて続きをやろうかと思っていたら、またも声をかけられた。

 さっきからイライラが凄いよ本当に。

 

 後ろを振り向くと―― 

 

 見知らぬスーツを着たハゲ

 同じくスーツのヒゲ

 グラサン

 

「ねえグラサン、なんの権利があって束さんの邪魔してるの? 集中してる時は話しかけるなって言ったよね? ブチコロスゾ?」

「ひっ!? ち、違います! 自分ではありません!」

「あん?」

「失礼します。篠ノ之博士、実は大臣が直接話しをしたいとの事でしたので、案内いたしました」

 

 グラサンと私の間に入るように、ヒゲが一歩踏み出してそう切り出した。

 ヒゲの隣に突っ立っているハゲに顔を向ける。

 

 ――気に入らない視線だ。

 なぜ自分が小娘の相手をしなければいけないのか? そんな気持ちを隠そうともせず私を見下ろしている。

 

「どうも篠ノ之博士」

「どーもダイジンサン」

「何度かお会いしたことがあるのですが、まだ名前を覚えて頂けてないようですね。わたしは――」

「あーはいはい、お前の名前なんて興味がないからさっさと用件を言ってくれないかな?」

 

 私がそう言えば、男が悔しそうに歯を噛み締める。

 頭脳は私が上、身体能力も上、相手は小さな国の小さな権力者、こちらはISを開発して世界から注目されている人間。

 自分が勝てる要素がないのに、なんでこいつは私に牙を剥くんだろう?

 馬鹿を通り越して痴呆だと思う。

 

「お忙しい様なので単刀直入に言いましょう。様々な国から篠ノ之博士の身柄を渡すよう要求されています」

「ん? 束さんの頭脳が欲しいってこと?」

「いえ、“テロリスト”である篠ノ之束を渡せ――と」

 

 ふむふむ、やっと動き出したかな?

 

「テロリストね~。身に覚えないけど?」

 

 あ、ちーちゃんとしー君が呆れた顔をしている幻想が見えた。

 

「こちらとしてもどう対処すれば良いのか悩んでいるのですよ。なにせ向こうの言い分は『篠ノ之束が研究所や軍事施設を破壊した』ですから」

「ふ~ん。自国の施設を破壊されてそれを隠しもしないなんて、そいつら馬鹿なの?」

「確かに、相手側の言い分が本当なら、国の弱さを自分達で言っているようなもの、普通では考えられません。ですが――」

「普通じゃない、だからこそ信ぴょう性があるってことだね?」

「はい」

「なるほどね~。それで、証拠はあるのかな?」

「ありません。しかし、“篠ノ之博士の姿を見た”と言う人は大勢いるようですが――」

 

 うん、計算通りだね。

 最近の私は、施設や研究所を襲う場合、生身で銃弾を避けてみせたり、戦車を潰す時にカメラなどの記憶媒体に映らず、人の目にだけ映るようにしていた。

 そのおかげで、頭脳面で恐れられてた私だが、最近は別の意味で恐れられてきた。

 危険人物として暗殺、頭脳目当ての誘拐、私個人の戦闘力を目的とした勧誘、様々な組織が私に目を向けている。

 これで、失踪の為のお膳立ては整ったね。

 

「束さんの頭脳が欲しければ、テロの証拠を出してから言えって言っといてよ。そんなもんあるはずないけどね。――もういいかな? こう見えても忙しいんだけど?」

「ええ、今日はあくまで確認の為なので。篠ノ之博士は日本の宝、政府としても有りもしないテロ容疑で篠ノ之博士の身柄を易々と他国に預けるわけにはいきませんから」

 

 男が頭を下げて立ち去る。

 その後ろをヒゲとグラサンが着いていった。

 

 男の目は私の言葉を信じていない目だ。

 あれは確実に私のことを疑っている。

 それもまた計算通り――

 私が生み出す利益は大きい、ISコアが作れるのも私だけ――

 私の存在が危険だと分かっていても、私との繋がりを切りたくない日本政府は頑張って箒ちゃんを守ってくれるだろう。 

 箒ちゃんの護衛を殺す、または民間人を巻き込む様な事をすれば、日本と戦争――いや、ヘタレ政治家共じゃそこまでは行かないだろうけど、可能性があるかもしれない以上、他国の連中は大きな動きは出来ないはず。 

 

 さて、世界中の欲深い馬鹿共は私を捕まえれるかな?

 

 オネエチャンダイスキダヨオネエチャンダイスキダヨ

 

「ん?」

 

 心の中で暗黒微笑をキメていると、端末にメッセージが届いた。

 開いて見ると、送り主はしー君だった。

 

 

▼▼ ▼▼

 

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 お疲れ様です。

 失踪準備は整いましたか?

  

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 しー君おつつ!

 さっきお偉さんが来て『篠ノ之博士、貴方は世界中から狙われている!(集中線)』って言われたよん\(//∇//)\

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 なぜ照れるのかが分からない。

 何したんです?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 いつも通りだよ

 研究所とか軍事施設の破壊してたΣ(ノ≧ڡ≦)

 

>全ての一郎の頂点に立つ者 

 

 好奇心から聞きますが、どんな研究してたんです?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 お? 聞いちゃう?

 軍事施設はね、将来を見越して女兵士の製造してたよ! 産めや増やせや! の精神だね!

 研究は洗脳系の研究してたよ! ISが女しか使えないなら、男が女を使えばいいジャマイカって感じでした!

 しー君が好きそうな美少女を助けてきた束さんを褒めても良いんだよ?(〃ω〃)

  

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 束さんグッショブ!

 しかし何時からここはエロゲの世界になったのか……。

 その調子で世界の宝である美少女を守るんだ!

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 え? それは断る!

 逆恨みされたくないから助けたけど、馬鹿共を助ける義理ないし(`・ω・´)  

 それでしー君は何用で連絡してきたの?

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 ま、そうなりますよね。

 伝家の宝刀を抜かれる前に本題に入りましょうか。

 ちょっとお願いがありまして……。

 次会うときまでに『痛覚だけを遮断する薬か機械』を作って来て貰えませんか?

 忙しいと思うんですが、お願いしますm(_ _)m

  

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 伝家の宝刀?

 必殺マホカンタだね。『他人に頼むなら自分でやれよって』やつ(*´∀`*)

 それで、そんなの何に使うの?

 ぶっちゃけ嫌な予感ががが((((;゚Д゚))))

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 抜いてんじゃねーよ。

 頼むものはケンカに使うだけですよ?

 ほら、ケガしなくちゃいけないけど、痛いの嫌だし。

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 ケンカって……誰と?

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 束さんと。

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 ケンカするとか初耳なんですが!?

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 あれ? 

 言ってませんでした?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 聞いてないよ!

 え? どゆこと?(°о°)

 

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 どうもこうも、束さんと仲が良いと思われたら、束さん失踪後は俺に監視が付くかもしれないじゃないですか?

 そしたら自由にISで飛び回れなくなっちゃから……。

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 そ、そんことないよ!

 大丈夫だって(;^ω^)

 

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 有り得ますよね? 

 てか、その辺は予想済みですよね?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 ……はい

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 なにか手は考えてます?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 グラサンの前でケンカしようかと……

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 殴り愛☆ だよね?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 口ゲンカでもと……

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 あぁ、うん……。

 どうせそんなもんだと思ってたよ。

  

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 だ、大丈夫!

 いざとなったらしー君の存在知ってる奴等の記憶消すから!!╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

  

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 俺の記憶だけ?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 ピンポイントはまだ無理だけど、全消去は出来るから!╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 やめい!

 そんな事しなくても、俺をボコってくれるだけでいいから!

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 それが難しいんですけど!ヽ(`Д´)ノ

 それってしー君が階段から落ちたりすれば良いと思う!

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 束さん。

 貴方は『事故のケガ』と『人の手によるケガ』の見分けがつかないと?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 ……つきます(´・ω・`)

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 それに、これは束さんの為でもあるんだよ?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 そなの?

 

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 仲の良かった小学生をボッコボコにする……。

 天災らしいでしょ?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 それはそうだけど! 確かにらしいけど!!

 

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 小学生をボコる簡単なお仕事です(キリッ)

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 あれだよ? 

 無茶言うと怒るよ?

 

>全ての一郎の頂点に立つ者 

 

 へー

 具体的にはどう怒るの?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 二度とカラオケに行かない(○´艸`)

 

>全ての一郎の頂点に立つ者 

 

 そそそそれが脅しになるとでもも(゚ロ゚; 三 ;゚ロ゚)

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ 

 

 しー君焦りすぎでワロス((´∀`*))

 天災はなんでも知っている

 前にカラオケ行った時、しー君がみんなの歌を録音してたことも知っている

 

>全ての一郎の頂点に立つ者 

 

 くぁwせdrftgyふじこlp!?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ 

 

 そして、録音した束さんの歌を聞いて、自室でニヤニヤしてたことも知っている(*゚▽゚*)

 

>全ての一郎の頂点に立つ者 

 

 もうやめて! 俺のライフはもう0よ!

 ってかなんで知ってるん?

 俺の行動を把握してる暇なんてなかったハズでは!?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ 

 

 最近心に余裕がなくてさ、潤いが…… 

 

>全ての一郎の頂点に立つ者 

 

 あれですか、仕事しながら俺や箒の姿を覗き見してると?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ 

 

 短的に言うと(〃・ω・〃)  

 

>全ての一郎の頂点に立つ者 

 

 くそ……ちょっとくらいなら大丈夫だと思って油断した。

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ 

 

 で、どうする?(。ω゚)ン?

 

>全ての一郎の頂点に立つ者 

 

 うむむ……。

 確かに俺は束さんに歌を歌って欲しい。

 天使の翼を付けて『Wake Up Angel』を全力で歌って欲しい!

 束さんのベストアルバムを作りたい衝動が止まらないんだよ!

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ 

 

 それがどんな歌かは知らないけど、束さんは別に歌とか興味ないからさ、自発的には絶対に歌わないよ? 

 

>全ての一郎の頂点に立つ者 

 

 気付いたら立場が逆転してた……ナニコレコワイ。

 だが俺は負けん。

 束さん、千冬さんに嫌われ、一夏に他人行儀に接せられ、箒に恨まれることになりますが、よろしいですね?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ 

 

 ほえ?

 

>全ての一郎の頂点に立つ者 

 

 これから俺と束さんは別々の道を歩く訳ですし、自分の事は自分でやってください。

 俺も自分でなんとかするので、そっちも自分で頑張ってください。

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ 

 

 ちょっ!?

 待ってしー君! 結論が急じゃないかな!?

 

>全ての一郎の頂点に立つ者 

 

 俺は引く気はありません。

 なぜなら、束さんとの関係は俺の夢の妨げになるからです。

  

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 ちょっとは言葉選ぼうよ・゜・(ノД`)・゜・

 分かってるよ! 私だってしー君の気持ち分かってるけどさ、もっと他に手段は有ると思う!

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 例えば?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 ①しー君がその辺の不良にケンカを売る

 ②ボコられる

 ③不良の記憶をバンする

 ④ケガは束さんやられたと言い回る

 

 どーよ( ̄ー+ ̄)

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 ねーよ。

 束さん、我侭ばかり言わないでさ、大人しく俺をボコろ? ね?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 なんでこっちが無理言ってる風なんですかねぇ!?

 お願いだよしー君、私は今ちょっと心に余裕がないので、少し優しくしてください。゚(゚´Д`゚)゚。

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 国の関係者の前でボコれと言ってないだけ優しくしてると思うんだが……。

 う~ん。お礼はしますよ?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 お礼?

 それは期待できる物なの?

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 束さんがうれションしちゃうかもしれない。

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 お下品禁止!

 でもしー君がそこまで言うなら期待できるね!

 うえ~い(´∀`σ)σ

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 ま、断るなら……。

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 ぐぬぬ

 こ、この天災を脅すとか……

 束さんは脅迫には負けないよ!( *`ω´)

  

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 FA?

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 束さんがしー君のお願いを無視する訳ないじゃないかもー!(つД<)・゚。

 

>全ての一郎の頂点に立つ者

 

 脅しは冗談ですが、束さんが喜びそうな物用意しますんで、よろしくです。

 んでは、忙しいとこすみませんでした。

 おつです。

 

>この世全てのウサギを束ねるモノ

 

 はーい

 おつつ~ヾ(*・ω・*)

 

 

▲▲ ▲▲

 

 

「ふぅ」

 

 しー君とのやり取りを終え、近くに置いてあったミネラルウォーターで喉を潤す。

 声は出してないのに、無駄に叫んだ気がするよ……。

 

 てかしー君、このタイミングでこのお願いは辛いよ――

 しー君が私にトドメを刺しに来てる気がするのは気のせいかな?

 正直、可能性としては考えてたことだから断れなんだよね。

 表面的に私としー君の縁を切ろうとしたら、それくらいの事しなきゃダメだもん。 

 しー君がそんな荒事をしなきゃいけないのも私の所為だから、嫌でも私がやらなきゃ……。

 

 それにしても、痛覚の遮断ときたか――

 いつもながらしー君の頼みごとは面白いね。

 今は忙しい時期だけど、薬にしろ機械にしろ作るのは難しくはない。

 時間もそんなにかからないしだろうし。

 うん、気分転換にもちょどいいね。

 

「失礼します篠ノ之博士。IS展開時の関節部分なんですが――」

 

 ……しー君、暇してるならこっち手伝ってくれないかな?

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 衝撃のバレンタインから二週間後、俺は束さんから失踪の準備が終わったと連絡をもらい、篠ノ之神社に来ていた。

 平日の昼間と言うこともあり、境内はとても静かだ。

 篠ノ之家の方にも行ってみたが、柳韻先生も雪子さんもいなかった。

 恐らく束さんが手を回したんだろう。

 

 束さんとの出会いから三年、沢山の思い出ができた。

 今思い出すととても感慨深い。

 

 みんなで海に行ったり、お泊りしたり、そんな楽しかった時間が今も様々と思い出せる。

 ――ついでに電流の痛みや、尻の穴の異物感も同時に思い出せてしまうのはご愛嬌だろうか……。

 

「早いな神一郎」

「ども」

 

 木に寄りかかりながらぼーっと空を眺めていたら、いつの間にか隣に千冬さんが立っていた。

 久しぶりという程の時間ではないが、二週間ぶりに見る千冬さんの顔は――

 

「え? なんでそんな疲れた顔してるんです?」

 

 目の下にくま、髪はやや乱れ元気がない、そして顔もやや青かった。

 なぜに?

 

「――IS研究機関への内定は決まった。学校も自由登校。今の内に貯金を作ろうと、最近は時間の許す限り働いていてな」

「貯金ですか?」

「四月から私も社会人だろ? まるまる一ヶ月稼ぎがないからな」

 

 あ、そっか――

 千冬さんの稼ぎは新聞配達などの定期の仕事と、日雇いだ。

 月末には一定の金額が入るが、日雇い分の稼ぎがなくなる。

 初給料までその穴を埋めたいのか――

 

「素直に頼っても良いんだよ?」

「お前に借りを作るのは怖い……とは言わないが、まぁなんだ……少し暇を持て余してだな……」 

 

 なんか年頃の女の子に似合わない言葉が――

 

「時間がある内に稼ごうと働いていたら、その内に『私はどこまで稼げるのだろう?』と考えてしまってな。ついつい自分の限界に挑戦してしまった――」

 

 千冬さんが少し恥ずかしそうに自分の頬を掻いた。

 これだからワーカーホリックは――いや、無趣味は、と言うべきかな?

 

「一夏と遊んであげればいいじゃないですか」

「箒の邪魔をするのも……な?」

「箒なら千冬さんが一緒でも嫌な顔しないと思いますよ?」

「そうか?」

「そうです」

「――今度、二人に剣でも教えるか」

「きっと喜びますよ」

 

 ――正直、時間の潰し方がバイトか剣ってのちょっとどうかと思うけどね?

 人の趣味はそれぞれだから口には出さないけど。

 

「それにしても束さんが来ませんね」

「束? アイツなら――」

『ふっふっふっ。呼んだね? この天災を!』

 

 千冬さんの声に答える様に、束さんの声が聞こえた。

 その瞬間、風が吹いて、周囲の土と落ち葉が舞い上がる――

 

 大事な見せ場で風が舞う――アニメでよく見るシーンだが、今なら分かる。

 これ、絶対仕込みだ。

 

「束さん?」

 

 キョロキョロと周囲を見渡すが、姿は見えない。

 

『ちーちゃんに呼ばれたなら即参上! それが私の生態!』

 

 嫌な生態だなおい。

 そして、“即”って言ってる割に姿が見えないのはツッコミどころなんだろうか?

 

「…………」

「千冬さん?」

 

 千冬さんがスタスタとさっきまで俺が寄りかかっていた木に近づき――

 

「ふんッ!」

 

 木にキックをかました。

 蹴られた木は、左右にユサユサと揺れ、その揺れに合わせて、木の葉や――

 

「んべっ!?」

 

 束さんが落ちてきた――

 いつからは知らないが、木の上で出番を待っていたみたいだ。

 顔面から地面に激突とは、かなり痛そうだな。

 

「うぅ……酷いよちーちゃん、急に揺らすから落ちちゃったじゃん」

 

 鼻を打ったのか、鼻先を赤くした束さんが涙目で顔を上げた。

 

「言葉でお前がどこにいるか言えば、神一郎が上を見上げた瞬間、お前のパンツが丸見えだったぞ?」

「……おぉ!? ちーちゃんナイス!」

 

 なん……だと!? 自分で気付いていれば!

 俺としては口で言って欲しかったよ!

 いやそれ以前に、もう少し視線を上げて、空ではなく真上を見ていれば!

 

「それはそれは、是非とも見たかったですね。はい――」

「よっと」

 

 束さんに手を貸して立ち上がせる。

 

「束さんも久しぶりですね。調子はどうです?」

「それはもう絶好調だよ! 今日も束さん狙いの暗殺者を太平洋に沈させてきたからね!」

「――“沈”って?」

「沈没の事だよ? 船で密入国しようとしてきた奴等だからね。上陸前に消えてもらいました! でも安心してね? 直接手は下してないから! サメのエサになるかは神様の加護とか次第だけど――ま、アイツ等の上層部が助けを出さなければ、時間をかけてゆっくり海の栄養になっちゃうけどね!」

 

 うわ、凄く良い笑顔で凄い怖い事を言われてしまった。

 これは束さん、随分とストレス溜まってるな。

 暗殺者達には少しだけ同情してしまう。

 物騒な仕事をしているんだ。彼らにもそれなりの覚悟はあるだうけど、ゆっくり海の栄養とか怖すぎる……。

 

 うむ、ここは束さんに癒しをプレゼントしてあげよう。

 

「束さん、これからもストレスマッハになるだろうアナタに癒しを差し上げましょう」

「ん? しー君なにかくれるの?」

「ちょっとだけ目を閉じてくれませんか?」

「――こう?」

 

 束さんが素直に目を閉じた。

 ――美少女が目の前で目を閉じてると、少しだけイケナイ気分になっちゃうね?

 

「神一郎、変な気は起こすなよ?」

「はは……モチロンデスヨ?」

 

 千冬さんが睨みを効かせてるのに、変なことするわけないじゃん?

 ――さて、ではこの二週間で用意してたブツを……くらえ!

 

「むふっ!?」

 

 拡張領域から取り出したブツを、束さんの顔面に叩きつける。

 

「クリスマスの恨みか? だが神一郎、さすがに不意打ちは卑怯じゃないか? いくら束でも怒るぞ?」

 

 千冬さんが呆れた顔をしているが、気にしない。

 大丈夫、きっと束さんは怒らない――

 

「――」

 

 ブツを束さんの顔面に当てたまま、俺はジッと動かない。

 束さんも同じく動かない――

 

「――クンクン」

 

 いや、束さんは少しだけ動き始めた。

 さすが束さん、気付いたか――

 

「クンクンクンクン――」

 

 束さんは俺が取り出したブツ――抱き枕に自ら顔を押し当て始めた。

 

「なぁ神一郎、ちょっと話をしないか?」

 

 千冬さんが俺の頭をガシッと掴み、底冷えする声を発するが、ここは諦めて欲しい。

 だって束さんが喜びそうな物って限られてるじゃん? だから千冬さんの絵がプリントされてるのは見逃してください。

 

「クンクンクンクンクンクンクンクン――」

「……お前への追求は置いといてだ、束はなにしてるんだ?」

 

 千冬さんが怪訝な顔で、抱き枕に顔を押し付けたままの束さんを見つめる。

 

「あの抱き枕にはちょっとした工夫がしてありまして」

「工夫だと?」

 

 嫌な予感でもしたんだろう、千冬さんの眉が中心に寄った。

 千冬さん、その予感――当たりです。

 

「ちーちゃんの匂いだ~!!」

 

 今までただ匂いを嗅いでいた束さんが、俺から抱き枕をひったくって頬ずりしながら声を上げた。

 

「そう、それこそが俺の会心の一品――『千冬さん(体育教師vr)の匂いがする抱き枕』だ!」

「あぁ……芳しきちーちゃんのか・お・り」

 

 束さんはうっとりとした顔で枕を抱き締め、俺の話をまったく聞いてなかった。

 そこまで喜んでもらえると俺も頑張った甲斐があったな。

 

「なにやら満足気だが、私に言うことあるよな?」

 

 ――あ、忘れてた。

 

「ぎゃん!?」

「まくべっ!?」

 

 俺と束さんの頭上に鉄拳が落ちた。

 

「ぐぉぉぉ!?」

 

 久しぶりの痛みで頭を押さえたままうずくまる。

 隣では束さんも同じような体勢になっていた。

 千冬さんの拳骨って、頭の芯から痛いんだよな――

 

「で、コレはなんだ?」

「やっ!? 返してちーちゃん!?」

 

 千冬さんが抱き枕を取り上げ、泣きながら足にすがり付く束さんの頭を鬱陶しそうに手で押さえていた。

 

「最近一夏と出かけたんですが、何か聞いてませんか?」

「一夏と? 確か――フリーマーケットに行ったとか言っていたな」

「それです。その時に千冬さん服を何枚か拝借しました」

 

 先週の日曜日、俺は一夏を連れてフリーマーケットに行った。

 織斑家は余裕がない。

 千冬さんのお古の服も捨てずに取っておいていある。

 穴が空いた服は切って雑巾代わりに、綺麗だけどサイズ的に着れなくなった服は、一夏が大きくなった時用に――

 そんな服が家に溜め込まれていたのだ。

 しかし、服を捨てずにいるのもスペースの無駄。

 なので俺は一夏に『お金が貰えて、家の荷物を減らせる良い方法がある』と言って、一夏をフリーマーケットに誘った。

 会場に行く前に一夏には俺の家に寄ってもらって、そこで一夏が持ち込んだ物品の品定めをした。

 黄ばみがあったり、よれてるシャツなどは『これは売れないから置いていこうか?』と言ってさりげなく回収。

 その後、それらを切り刻んで綿と一緒に抱き枕に入れた――

 

「千冬さんの汗が染み込んだ服は、一度の洗濯くらいで臭成分は消せなかったってことです」

「成分言うな。さて束、コレ燃やしてもいいな?」

「お願いだから返して~!」

 

 束さんが必死に抱き枕を回収しようと手を伸ばすも、千冬さんのガードは緩むことは無かった。

 まぁこの流れは予想の範囲だ。

 

「千冬さん、それを本気で燃やすつもりですか?」

「当たり前だ! こんな物の存在許せるか!」

「――どうなっても知りませんよ?」

「何がだ?」

 

 束さんが伸ばす手を匠に避けながら、千冬さんは俺の目を見る。

 

「これから先、束さんは心身共に疲れる日々が待ってます。箒に嫌われたり、命を狙われたり、箒に嫌われたりと、それはもう大変な毎日です」

「嫌われる前提で話さないで!?」

 

 束さんがなにやら騒いでいるが、失踪直後は箒の恨みを買うのはほぼ決定だと思うので、そこは諦めて欲しい。

 

「もしかしたら――ストレスで心の余裕がなくなった束さんが、ストレス発散の為に千冬さんに夜這いとかするかもしれませんよ?」

「なにを馬鹿な事を……そんな事するはず……」

「夜、千冬さんが目を覚ますと、脱衣所から誰かの気配が……気になってお風呂場に行って見てみると、そこでは束さんが『ちーちゃんが一日中履いてたパンツ~!』と言いながら、パンツ片手に――」

 

 千冬さんがゴクリとツバを飲んで、視線を束さんに向ける。

 そこには自分でそのシーンを想像したのか、ぐへへとオヤジ笑いをする束さん――

 

「――夜に千冬さんが目を覚ますと、目の前には上半身裸の束さんが千冬さんに馬乗りになっていて、『箒ちゃんに嫌われた私にはちーちゃんしかいないの! お願いちーちゃん! 私を慰めて!』なんて言いながら――」

「……この抱き枕を渡したら大丈夫なのか?」

「それは本人に聞いてください」

「私? ん~とね。普段ならちーちゃんが本気で怒りそうだし、嫌われそうだからやらないけど、余裕がなくなったらどうなるか分かんないね。でも、確実に言えることが一つだけ――この抱き枕があれば、私は10年戦えるよ!」

 

 たまに思うけど、束さんの千冬さんに対する愛って本当に凄いと思う。

 一応、何かの交渉に使えるかもと思って一夏の服も確保してあるんだよね。

 ISに追加の装備をお願いするかもだし。

 この反応を見る限りとても有効な様だ。

 

「それで千冬さん、どうします?」

「――束、約束しろ。コレを渡すから、絶対に家には来ないと」

「するする! ちーちゃんにお呼ばれされない限り、無断で入ったりしません! だからその抱き枕を!」

 

 千冬さんは元々青かった顔を更に青くしながら、抱き枕を束さんに向かって投げた。

 

「お帰りちーちゃ~ん!」

 

 それを束さんがガバっと抱き締めながら受け止めた。

 良かったね束さん。

 

「神一郎、もう数発殴らせてくれないか?」

 

 喜ぶ束さんの隣で、今度は千冬さんストレスがマッハだった。

 だが慌ててはいけない。

 この流れもまた予想通りだ。

 むしろ、ここで怒らない千冬さんを想像する方が無理って話だし。

 

「千冬さん、これでどうぞお許しください」

 

 俺は拡張領域から取り出したビニール袋を千冬さんに差し出した。

 

「ん? マンガか?」

 

 千冬さんがビニール袋に手を突っ込み、一冊の本を取り出してマジマジと眺める。

 俺が渡した本は『八神くんの家庭の事情』と言うタイトルのマンガ本だ。

 内容は、可愛すぎる実母にドキドキする男子高校生を描いたラブコメに近いギャグマンガ。

 男の子の初恋は母親なんだよ? そんな内容を面白楽しく教えてくれるマンガだ。

 一夏が大きくなったら、きっと千冬さんの力になってくれるだろうと思い用意した。

 最悪、千冬さんがブラコンをこじらせるかもしれないが、それはそれで面白そうだから良しだろ。

 

「なんだ? まだなにかが……ブタの貯金箱? それも中身が入ってるな」

「あ、それはフリーマーケットの売上の一部です。千冬さんに渡そうかと思いまして」

「――私がこういう行為が嫌いなのは知っているな?」

 

 千冬さんがギロリと俺を睨む。

 さっきの話題からの現金だから睨まれるのしょうがないけどさ、千冬さんには俺が善意でお金を渡すキャラに見えるのかね?

 

「別に同情や哀れみの気持ちからの援助じゃありませんよ?」

「ならこれはなんだ?」

「フリーマーケットで千冬さんの写真を売ったので本人に分け前をぐぼらッ!?」

「――なぜ私の周りの人間はこんな奴等ばかりなのか……」

 

 俺を殴った千冬さんがとても疲れた顔をしながら深いため息をついた。

 だってしょうがないじゃないか。

 千冬さんの写真は俺の大事な収入源。

 将来売り捌く為にも、市場の価格を知らなければならなかったんだ。

 だから取り敢えず、千冬さんの日常風景を写した写真を20枚用意して、一枚500円の値段を付けて古本と一緒に並べてみたんだよね。

 結果、即完売でした。

 

「いたたたっ……で、千冬さん。そのお金どうします? いらないならそのお金は俺の晩飯代になって胃袋に消えますが?」

「復活が早いな……。私の写真を売った金だろ? なら貰っておく」

 

 殴られたと言っても、かなり手加減されたしね。

 口元触ってみたけど血も出てなかったし。

 

「いいか? もう二度同じ真似はするなよ?」

 

 え? それは無理。

 などど言ったら、問答無用でもう一度殴られそうだな。

 

「分かりました。二度としません」

「――絶対嘘だろ」

 

 千冬さんが諦めた様にため息をついた。

 今日の千冬さんはため息が多いな。

 千冬さんの為にも、一夏が売った千冬さんの服は、顔を赤らめた女の子達が買って行った事は千冬さんの悩みを増やしそうだし黙っておこう。

 一夏が千冬さんの弟だとさり気なく吹聴したらあっという間に売れたけど、あの女の子達は千冬さんの服をナニに使うのか……。

  

「それで束さん、今日が決行日ってことでいいんですか?」

「おうさ! 準備は万端気合は満タン! 今日は絶好の失踪日よりだよ!」

 

 話の流れを変えるために束さんへ振ってみたら、凄まじいカラ元気を見せられた。

 笑顔はいつもの三割増。

 どう見ても爆発寸前だ。

 ――ここは何も言わないのが優しさだろう。

 

「んじゃ、改めてこれからの計画を説明しますね。まず、千冬さん」

「なんだ?」

 

 俺は千冬さんの方へ体を向け、千冬さんと真面目な顔で向き合った。

 

「これから俺と束さんがケンカします。その後、千冬さんには救急車を呼んでもらいたいんです」

「救急車? そこまでするのか?」

「何事も中途半端は一番ダメです。やるなら徹底的にやらないと」

「ふむ、その考えは同意できるな」

「その後、おそらく警察や国の関係者に事情を聞かれるでしょうが、その時に何も言わないで欲しいんです」

「――聞かれても何も答えるなということか?」

「はい。『子供のケンカ』で済ませてください。警察は民事不介入。千冬さんがただのケンカだと言えば、無理矢理聞き出そうとはしないでしょう。怪しむでしょうけど、たぶん警察にはすぐに国から圧力が掛かると思いますので」

「束に関する事だから、国は警察に箝口令を敷くと?」

「そうなると思います」

「国の方はどうするつもりだ?」

「束さんと俺が仲が良いのは向こうも知ってる事です。束さんがその俺に怪我をさせ、その上で失踪、千冬さんが余計な事を言わなければ――」

「姿を消すことを私達に話した束に対し、お前が怒ってケンカを売った――とでもするつもりか?」

「そうなってくれたら楽なんですけど。ま、その辺は向こうさんが勝手に想像してくれるかなと」

「詰めが甘いんじゃないか? 国の連中はお前にも話を聞いてくるだろ? どうするつもりだ?」

「詳しくは何も言わないつもりです。取り敢えず、“束憎し!”の感情を見せつつ、様子を見ながら臨機応変にって感じですかね。それとついでに、今回の件が千冬さんとの関係に亀裂を入れる役目もあります」

「ケンカの仲裁に入らずただ見ていた私をお前が避ける様になる……か」

「構いませんか?」

「お前がそれで良いなら私は構わない……。まぁ色々と穴が多いが、お前なら上手く立ち回れるだろ」

 

 千冬さんはそう言って、ニヤリと笑ってみせた。

 ――ちくしょう、歯を見せながらのニヤリ笑い超カッコイイ!

 

「千冬さんがイケメン過ぎてメスになっちゃうッ!!!」

「そうか、良かったな」

 

 あれ? 反応が想像と違う。

 ここは一発殴られる場面なのに――

 

「真面目な雰囲気が苦手だからワザとボケる。だろ?」

「ぐっ……」

 

 くそ、読まれてる。

 しかも更に良い笑顔を見せられてしまった。

 ダメだ、ここは素直に白旗を上げよう。

 

「束さん、お次は束さんの番です」

「…………」

 

 千冬さんから逃げる様に束さんに話しかけるが、束さんは地面に座り込んだまま目の前にパソコンの画面を出し、手を忙しなく動かしていた。

 いつの間にか抱き枕も無くなっていた。

 自分の拡張領域に仕舞ったのだろう。

 

「束さん!」

「……おう!?」

 

 再度話しかけると、束さんがビクッと反応した。

 やれやれ――

 

「ごめんよしー君。ちょっと集中しちゃってたよ」

「何してたんです?」

「しー君の最近の行動をチェックしてた」

 

 あっけらかんとした顔でストーカー宣言されてしまった。

 

「オイこら」

「ついでにしー君の戸籍イジっておいたよ。ほら、しー君てば親とか存在しないし」

「――束さん素敵」

「もう、しー君てば調子良いんだから」

 

 アハハと笑いながら束さんを持ち上げてみる。

 すっかり忘れてた。

 俺って家族とか居ない不思議小学生だった。

 神様特典があるとはいえ、偽造してくれるならそれに越したことはない。

 

「それでねしー君。束さんには一つ疑問があります」

 

 おや? 束さんの様子が――

 

「なんでしー君はいつも通りなの?」

「質問の意味が分かんないです」

 

 いつも通りって普段通りって事で……うん、何が言いたいのか本気で分からん。

 

「そのままの意味だよ? ねぇちーちゃん」

「なんだ?」

「ちーちゃんが最近働きまくってるのってストレス発散も兼ねてるんでしょ?」

「――」

 

 束さんの口から出たのは思いもよらない言葉だった。

 ストレス発散?

 千冬さんには似合わない言葉だ。

 

「千冬さん、何かあったんですか?」

「違うよしー君。“何かあった”じゃなくて“これから起こる”だよ」

「束、余計な事は――」

「ちーちゃんも違和感感じてるはずだよ? 今の内に聞いた方が良いよ」

「――確かに、私も気にはなっていた」

 

 よく分からないが、千冬さんは束さんの意見に同意したようだ。

 二人揃って俺に視線を向ける――

 

 これから起こる?

 ストレス?

 これから起こるのは束さんの失踪――

 

 束さんとの別れが寂しい?

 ――ないな。

 

 なら……就職への不安?

 ――千冬さんはそんなタマじゃない。

 

 恩師である柳韻先生の心配している?

 ――あるとは思うが、なんか違うと思う。

 

 まだ他にも候補はあるが、確証はない。

 うむ、分からんな。

 

「降参です」

「「はぁ……」」

 

 両手を上げてそう言えば、二人は同時にため息を吐いた。

 珍しく息が合ってるじゃないか。

 

「ちーちゃん、ここは私が」

「任せた」

 

 千冬さんに何かを任された束さんが、とても良い笑顔で俺に近づいてきた。

 なんか凄く嫌な予感が――

 

「しー君、正座」

 

 オーケー。

 取り敢えず心にアストロンでも使おうか。

 嫌な予感がバリサンだ。

 

「あのねしー君。しー君に出会ってから凄く楽しい日々でした。いっくんと箒ちゃんと一緒に遊んだ思い出は束さんの宝です。だから凄く感謝してるんだよ?」

「はい」

「それはちーちゃんも同じなんだよ? 毎日バイト三昧で余裕が無かったちーちゃんが、しー君に出会ってからよく笑顔を見せる様になったからね」

「はい」

「分かるかな? 束さんもちーちゃんも、そんな楽しい日々がもう来ないと思うと、寂しくて悲しいんだよ」

「はい」

 

 正座しながら、大人の必殺技『どんな言葉にも素直にはいと言いながらやり過ごす』を使う俺の頭上に、束さんの言葉が降り注ぐ。

 

「だから納得行かないんだよ。しー君のここ最近の行動はいつもと変わらなかった。――それだけじゃない。しー君の脳波やホルモンバランスを確認してみたけど、しー君はストレスをほとんど感じていなかった。つまり……しー君は寂しさを感じていないんだよ!」

 

 束さんは俺をビシリと指差しながらそう言い放った。

 

  ――自分と千冬さんが別れを間近に悲しんでるにも関わらず、俺が普通なのが納得できないと……。

 え? おかしくね?

 

「あの~? ちょっといいですか?」

「ん? 言い訳でもあるのかな?」

 

 手を上げると、束さんが不機嫌な顔しながら俺を睨んできた。

 

「言い訳と言いますか……。あのですね。まず、俺の立ち位置なんかを考えると、別に悲しむ必要がないんですが?」

「――どういう意味かな?」

 

 やべ……束さんの目付きがいつになく怖い。

 

「順番に説明して行きましょう。まず一夏の事から――。いいですか? 確かに俺は道場を辞めて一夏と距離を取りますが、学校で会おうと思えば会えるんですから、別に悲しむ必要ないですよね?」

「今までと同じ様に遊べなくなるんだぞ? それに対して寂しさはないのか?」

「習い事を辞めて付き合いが薄くなる。そんなの当たり前の事じゃないですか」

「――」

 

 千冬さんの疑問にそう答えれば、納得出来ないのか、眉を寄せられた……解せね。

 

「次に箒です。箒も同じ理由ですね。色々考えましたが、別れを悲しむ箒を慰めるには、俺が姿を見せた方が良いと思うので、箒にはちょくちょく会う予定です」

「箒ちゃんにはIS適合者ってバラすんだ?」

「はい、つまり俺と箒は別れる訳ではありません。ただ会う頻度減るだけです。ね? 別にそこまで悲しむ理由はないでしょ?」

 

 そもそも、小学生で一学年違いは別世界に住んでると言って過言ではない。

 人数の少ない学校ならともかく、俺や一夏が通う学校は違う。

 俺が学校内で二人に会うことは殆どない。

 会うのは道場や週末に遊ぶ時くらい。

 二度と会えないならともかく、頻度が減るくらいじゃ寂しいと感じない。

 

「むう……」

 

 だが、束さんも納得出来ないらしく、唇を尖らせた。

 

「ならちーちゃんはどうなの? ちーちゃんと距離を取るんでしょ?」

「就職を機に疎遠になる。それも当たり前です。騒ぐほどじゃない」

「ぐぬぬ……。なら……そう! 私は!?」

「束さんは俺にもう会わないいつもりですか? 俺は世界を旅する途中で、束さんの住処に遊びに行こうと思ってたんですか……」

「べ、別に構わないけど――」

「それじゃあ問題ないですね」

「むむむ……しー君の理屈は分かったけど、やっぱり納得出来ないよ。ちーちゃんはどう?」

「――喉に小骨が刺さってると言うか、上手い例えが見つからないが、正直私も納得していない」

 

 自分ではなんの問題もなく二人の疑問に答えられたと思うが、二人は納得してないようだ。

 ――実は、話をしながら気付いた事がある。

 さっきから感じるこのアウェイ感、これは過去体験したことが空気だ。

 そう、卒業式で!

 

 肩を抱き合いながら泣き合う女子。

 その横で『お前就職するんだろ? 初給料で奢れよ』とか『東京の大学行く奴いる? 一緒に風俗行かね?』などの馬鹿話で盛り上がる男子。

 あの『男子なんで笑ってるの?』と『え? なんで女子泣いてんの?』という二つの感情が混ざり合った空気。

 今この場に流れる空気はそれにそっくりだ。

 

 二人が俺から聞きたいのは正論なんかじゃない。

 こんな場面で大事なのは“共感”だ。

 『別れが寂しいって気持ち、俺にも分かるよ』と言ってあげるだけで、たぶん満足するだろう。

 

 ふむ――

 

「束さん、ちょっと正座してください」

「あれ? なんかしー君の笑顔が怖い――」

「……神一郎を正座させたのは束だろ? なら正座するのは束だけでいいよな?」

「あっ! ちーちゃんズルい!」

 

 俺の笑顔を見て、千冬さんが束さんから距離を取った。

 大丈夫、別に酷い事はしないよ? 

 

「束さん、正座」

「はい――」

 

 少し強めの口調で言ったら、束さんは素直に正座した。

 さあ、ここからは俺の口撃ターンだ。

 

「あのさ、人生って別れの連続なんだよね」

「あの、しー君?」

「黙ってろ」

「はい」

「小学生の時に『俺達、大人になってもずっと友達だぜ』なんて約束した5人が居たとしよう。だが、中学に上がる時に一人が違う中学に行き4人に、高校に上がる時には3人になり、大人になって社会に出た時には、昔みたいに遊ぶ様な友達は2人になってしまう――それが当たり前なんだよ。もちろん例外もあるけどさ」

 

 友情はずっと続くかもしれない。

 けど、ずっと一緒に居れる訳はない。

 

「そこで聞きたいんだけど、千冬さんと束さんは、学校の卒業式とかで泣いたことあります? 友人との別れを悲しんだことは?」

「――ないです」

「私もだ」

 

 束さんはともかく千冬さんもか。

 

「千冬さんは友達は居なかったんですか?」

「ふんだ。ちーちゃんに友達なんて必要――」

「ぼっちウサギは黙っとれ」

「……あい」

「で、千冬さん、どうだったんです?」

「友達と言われると……居なかったな。バイトが忙しく部活もやってなかったし、遊びの誘いも断っていた」

 

 千冬さんは束さんよりは社交性はある。

 それでも友人が居なかったってことは、友人を作る余裕が無かったってのもあるが、それ以上に良い出会いに恵まれなかったんだろうな。

 

「ではお二人に一つの真理を教えましょう。今、束さんと千冬さんの胸の中にある『別れを悲しむ感情』ってのは――慣れるんだよッ!」

 

 さっきとは真逆。

 今度は俺が指を指しながらそう言ってやる。

 

「普通はな、進級や進学を繰り返し子供の内に慣れるべき感情なんだよ! それをお前、人を冷血漢みたいに言いやがって……。少しは中身を磨けボッチどもッ!」

「んなッ!? ちょっとしー君! それは言い過ぎじゃないかな!?」

「束さんは今まで人との別れを悲しんだことないんだよね?」

「ない!」

「そっか、今束さんの中にあるその暗い感情は、人間が生きてる内に何度も味わう物だから、諦めて受け入れろ」

「ちーちゃ~ん! しー君が冷たいよ~!」

 

 束さんが泣きながら、助けを求める目を千冬さんに向けた。

 その視線を受け、千冬さんが柄にもなく同情的な顔をした。

 

「神一郎、お前の言い分は分かった。だから少し手加減してやれ」

 

 おお!? 千冬さんが珍しく庇う様なことを言ってくるとは!?

 ここまでは大成功だな。

 さて――落としてから持ち上げる。それが基本だ。

 

「大丈夫だよ束さん」

「ふえっ!?」

 

 さっきまでとは違い、優しく言葉をかけながら、束さんの頭を自分の胸の中に抱き締める。

 正座をしている束さんの頭の位置は、丁度俺の胸の高さと一緒だ。

 だから苦もなく抱き締められた。

 

「今は寂しいかもしれない。でもさ、そんなに心配する必要ないんだよ?」

「……ないの?」

「だって長い別れになるわけじゃないからね。ほんの少しの辛抱だから、束さんの周辺が落ち着いて、ちゃんと箒と仲直りすれば、またみんなで笑える日が来るから」

 

 よしよしと言いながら束さんの頭を優しく撫でてあげる。

 サラサラとした髪の感触が心地良い。

 

「それにさ、束さんはみんなと会えなくなるかもしれいけど、俺とは何時でも会えるでしょ?」

「――しー君と?」

「俺の夢が世界中を見て回ることだって知ってますよね?」

「うん」

「だから世界を回ってる間に好きな時に束さんと会えます。束さんは用もないのに俺と会うの嫌ですか?」

「……ううん。嫌じゃないよ」

 

 束さんが首を横に振るので、俺の胸に額がこすりつけられる。

 こうして大人しいと本当に可愛いな。

 

「それじゃあ、暫くの間は俺だけで我慢してください」 

「――うん」

 

 束さんが俺の背中に腕を回し、ギュッと抱きしめてきた。

 その頭を慰めるようにゆっくりと撫でる。

 ここまでくればもう大丈夫だろう。

 

「それで束さん、ちょっとお願いがあるんだけど――」

「ん? なーに?」

 

 束さんは俺を抱き締めたまま、少し甘えた声を出した。

 ――ふっ、ちょろい。

 

「作って欲しいISのパーツが「そこまでだ」あがッ!?」

 

 ぬおぉぉ!?

 頭が……頭が割る!?

 

「さっきから見ていれば、お前と言う奴は!」

 

 千冬さんに頭を掴まれ、体が数センチ浮く。

 

「ち、千冬さん!? なんッ!?」

「お前、自分がどんな顔してたか分かるか?」

「……傷心の友人を心配する友達の顔ですよね?」

「……田舎から出てきたばかりの女子大生をカモにするヤリサー大学生の顔だったぞ?」

 

 ヤリサー!?

 なんて似合わない言葉を!?

 そんな言葉を覚えるなんて、お兄さんは許しません!

 

「千冬さん、どこでそんな言葉を?」

「最近は恋愛ドラマを見るようにしていてな。それで覚えた」

 

 あ、俺のせいでしたかそうですか――

 

「……ねぇちーちゃん、私は今しー君の顔見れないんだけど……そんな顔してるの?」

「しているな」

「へー」

 

 グッと束さんの腕の力が強まった。

 これはマズイ――

 

「しー君のこと信用してない訳じゃないよ? でもしー君、一応確認させてね? では質問です。しー君にとって束さんはどんな存在かな?」

 

 今、腕の中に居るのはただの可愛い子ではない。

 その気になったら、腕の力だけで俺の胴体を千切れる存在だ――

 ちょっとした油断や遊びが死に継る……。

 ふふっ……面白くなってきたじゃないか……。

 

「タバゴンは【みやぶる】を使った」

「……どんな効果があるんです?」

「嘘が分かります」

 

 なるほど……なる……ほど。 

 これは詰みましたね。

 

「ド○えもん」

「……ちーちゃん」

「了解だ」

「あががががががががッッッ!!」

 

 束さんは胸に顔を当てたまま両腕に力を入れた。

 ベアハグ擬きだ。

 千冬さんは頭を掴んでる指に力を入れた。

 これらはアイアンクローならぬヘッドクロー。

 はは――女の子とプロレスごっことか、俺ってモテ期……。

 

 

 

 

 胴体が千切れる!?

 頭が割れる!?

 ちょっとしたお茶目な結果がコレだよ!

 

「ごめっ!? ごめん束さん!? 間違えました!」

「私だって鬼じゃないからね。いいよしー君。一回だけ言い訳を許してあげる」

「ド○えもんじゃなくてド○ミちゃんだった!」

 

 俺ってば、束さんを男扱いとか怒られてしょうがないよネ!

 

 「しー君、ちょっとずつ力を入れていくから、その間に懺悔するんだよ? ちなみに頭蓋骨は肋骨より硬いから、今のまましー君の胸に頭を付けた状態で力を入れれば肋骨は折れます」

 

 い~ち、に~

 

 束さんのカウントダウンが始まった。

 それと同時に締め付ける力も徐々に強くなる。

 ついでに千冬さんの掴む力も強くなった。

 もう逃げ場はないなこれ。

 

「ここで束さんを懐柔できれば色々と便利だなと思い、別に失敗しても身内に甘い束さんが俺とのケンカから逃げそうだから怒らせるのもありだと思いました! つまりどっちに転んでも俺得だと思いました!」

 

 早口で素直に自白する。

 時間にして三秒を切っただろう。

 

「そっか、そんな理由で私の心の傷を利用しようとしたんだ……。ちーちゃん判定は?」

「束がどうこうじゃない。女の心を利用するのは許せん」

 

 なんか千冬さんのイケメン具合がレベルアップしてない?

 これも恋愛ドラマの影響かな?

 世の女性達は俺に感謝しろよアハハハハハハハハ――

 

 ペきゅ

 

 あ、きいたことのないおとがからだのなかから……

 

 

◇◇ ◇◇

 

「ふんっ!」

「かはっ!?」

 

 体に衝撃が走り、口から変な声が出た。

 って……あれ?

 

「俺はなにを……」

 

 いつの間にか俺は地面に座らされていた。

 正面には腕を組んで俺を睨む束さん。

 背後では、千冬さんが俺の肩に手を乗せていた。

 なんで?

 

「しー君覚えてないの? 悪さしたしー君にちょっと罰を与えたんだけど」

 

 罰………あ。

 

「思い出しました。え? まさか気絶してたんですか?」

「そのまさかだ。だが別にケガはしてない。お前は純粋に痛みで気絶したんだ」

 

 千冬さんが淡々した口調で恐ろしい事実を告げる。

 そっか気絶したのか――

 

「その……ごめんねしー君。ちょっとやり過ぎちゃった」

 

 束さんが俺から視線をそらしつつ謝ってきた。

 俺が悪いんだから気にすることないのに。

 それに、出来れば怒りの感情を萎ませないで欲しい。

 

「神一郎、立てるか?」

「あ、はい」

 

 千冬さんの腕を借りて立ち上がる。

 気絶した後だが、足元がふらつく事もなくしっかり立てた。

 

「特に後遺症もないようだな」

「死ぬようなことはされてませんから。ところで気絶って何分ほどしてました?」

「すぐに活を入れたからな、2~3分じゃないか?」

 

 良かった。

 無駄に時間を使うところだった。

 

「束さん、残り時間はどれくらいですか?」

 

 束さんには時間がない。

 研究所を無断で出てきただろうし、下手した今にでも束さんを探しに人が来るかも。

 

「……余りないね。黙って研究所から姿を消したから、後20分もすれば私を探しにこの神社に人が来ると思う」

「んじゃ、もうそろそろ始めましょうか? あ、例のモノは――」

「これでしょ? しー君に言われた通り作ってきたよ。体調は大丈夫なの?」

「全然平気です」

 

 束さんは、青い液体が入ったビンの蓋を開け、注射針で中の液体を吸い、液体を筒の中に溜め始めた。

 俺は腕を捲り、右腕を差し出す。

   

「束、それはなんだ?」

「えーとね。擬似無痛覚症にするための薬って言えばいいかな? 例え骨が折れようと、腕が千切れようと、まず痛みは感じません。普通の麻酔とは違って、痛覚だけを遮断して体を麻痺させないのが一番の違いだね。それと、しー君の要望で効果時間は短くしてあります。薬の量で時間が変わるんだけどね。しー君、15分くらいでいいかな?」

 

 国の人間が来るのは約20分後、事前に調べた、救急車が篠ノ之神社に到着するまでの時間は約8分。

 うん、無難なとこだな。

 

「それでお願いします」

「オッケー」

 

 注射針の針がズブリと腕にささる。

 青い液体が体に入ってくるのを見てるのは、正直気分は良くない。

 なんか体が溶けそうで怖い。

 

「無痛……それに救急車か。階段から転げ落ちるつもりか?」

「いやいや、そんことしませんよ。人の手によるケガと事故のケガは違いますからね」

「よし、終わったよしー君」

「ありがとうございます」

 

 話してる間に注射が終わったが、特に変わった様子はない。

 さて――

 

「束さん、コレを」

「大事に預かるよ」

 

 俺は首から待機状態の流々武を外して束さんに渡した。

 これから入院からの尋問が予定されている俺が下手に身に着けていられないから、預けるしかないのだ。

 

「じゃあ私も」

 

 束さんが俺の首に手を伸ばす。 

 

「いざその時になると、ちょっと嫌なもんだね」

 

 束さんは、指で俺の首――正確には首輪として付けられたチョーカーの表面をなぞりながら少し寂しそうな顔をした。

 

「最近は電流も流されませんし、出番がだいぶ減りましたよね」

「うん? 私はしー君の行動を把握したりするのに使ってるよ? その首輪からしー君の脈拍やホルモンバランス等の様々なデータも送られてくるし」

「後半初耳なんですが?」

「やだなーしー君。しー君はなんで男なのにISが使えるかを調べる為の実験動物なんだよ? 基本的なデータは日常的に記録するに決まってるじゃん」

 

 日常的に身体データを取る。

 よくよく考えてみれば当たり前の話だが、束さんにしては真っ当な意見だった。

  

「ま、約束だからしょうがないよね。しー君、ちょっとアゴ上げて」

「はい」

 

 束さんの指がチョーカーと皮膚の隙間に入ってくる。

 

「ほいさっ!」

 

 ボンッ!

 

 

 

 

 は?

 

「束さん、なんか束さんの後ろで爆発が起きましたよ?」

「あれ? 無理やり取ったらボンするって言わなかったっけ?」

 

 言った――

 言ってたなそれ。

 そっか、本当だったんだ……。

 仲良くなってだいぶ丸くなったけど、知り合ったばかりの人間に爆弾を仕掛けるとか、この人本気で怖いな。

 

「千冬さん、よく友人やってられましたね」

「……当時のお前は不審人物だったし、信用も得てなかったからしょうがないだろ? ほら、箒の為にもそんな人間を放置する訳にもいかないし……」

 

 などど言いながらも、千冬さんは俺と目を合わせてくれなかった。

 気持ちは理解できるけどね。

 俺だって目の前に『自分転生者です』とか言う奴が現れたら、保険の一つでも掛けたくなるさ。

 

 ――てか、俺は今からこの人と殴り合うんだよね?

 さっき見た爆発ってジャンプで見たことあるな……。

 どこぞのお髭のジェントルマンと同じ事が出来る人物とこれから一戦か……。

 

 ……よし。

 

 覚悟を決めて束さんから離れて距離を取る。

 

「さあやろうか」

「……しー君、一つだけ確認したいんだけど?」

「なんです?」

 

 腰を落とし、拳を構える俺に対し、束さんは構えず棒立ちのまま俺を見ていた。

 

「あのね、さっきからツッコミのタイミングがなくて流してたんだけど……しー君さ、なんかこのケンカ楽しんでない?」

 

 何をいまさら――

 

「俺は『涙目で震えながら俺をボコる束さん』を見たいだけです」

 

 ぶるぶると震えながら拳を構える束さんはさぞ可愛いだろう。

 期待しないでどうする!

 

「しー君のドMプレイかと思ってたけど、まさかの新手のドSプレイだった!?」

 

 はっはっはっ。

 残念ながら、俺が殴られて喜ぶ変態じゃないんだよ。

 さて、時間も余り無いことだし――

 

「オラッ!」

 

 ダッシュで近づき、その勢いのまま束さんの顔面に右ストレートを叩き込む。

 普通なら女の子相手にそんな事をするのは許されない――

 だが、相手が人外レベルなら話は別だ。

 

「っ!?」

 

 案の定、俺のパンチを束さんには簡単に弾かれた。

 

「しー君……」

 

 こちらから先に殴ったのに、束さんはやりにくそうだった。

 やっぱり、もう少し殴りやすい環境を作ってあげないとダメか――

 ならば!

 

「ふっ!」

 

 今度は左足の蹴りを繰り出す。

 

「あれ?」

 

 それを束さんは避けようともしなかった。

 なぜなら、俺の蹴りは束さんに当たる軌道ではなかったからだ。

 だが束さんや、忘れてないかい? 自分の服装を――

 

「隙あり!」

「へ?」

 

 とっさにしゃがみ込み、スカートの中を――

 み、見え――

 

「ドラァ!」

「げふっ!?」

 

 顔面にキックをくらい、後方に吹き飛ぶ。

 そのまま地面を転がるが――

 

「――よっと」

 

 何事なく立ち上がれた。

 衝撃は確かにあった。

 でも、痛みは全くない。

 これが無痛か……。

 昔、無痛症の男の子が『僕はスーパーマンだ!』と言って家の二階から飛び降りたってニュースがあったが、なるほど――これはヤバイな。

 痛みが無いだけで無駄に強くなった気がする。

 クセになったらどうしよう……。

 

 しかしおしかった!

 膝上までは見えたのに!

 

「しー君、なんのつもりかな?」

 

 あ、束さんがニッコニコの笑顔で俺を睨んでる。

 

「束さん、これも束さんを思ってのことです。俺は束さんにエロいことをする。束さんは俺を迎撃する。ね? 対等でしょう?」

「どっちもしー君得な件について!」

 

 得?

 俺は殴られるために心を鬼にしてセクハラしてるんだよ?

 得なんてないない。

 

「さ~て、覚悟は良いかな?」

「ねえしー君、その卑猥な手の動きはなに?」

「さあ? 興味があるなら抵抗しなければいい」

「い……」

 

 震える束さんに手をワキワキと動かしながら近付く。

 いやー、まるで変態みたいで心が辛いわ~。 

 

「いやぁぁぁぁぁ~!?」

 

 束さんが自分の体を抱き締めながら後ろに下がった。 

 エロゲならともかく、現実で女の子を襲うなんざクズのやる事だ。

 でも、ほら、これは必要に駆られてだからしょうがない!

 

 

 それから――

 

 

「たっばねさ~ん!」

「こ~な~い~で~!」

 

 ルパン飛びで抱きつこうとすればグーパンで迎撃され。

 

「ほーらほらほら」

「ぎゃぁぁぁ!?」

 

 スカートを掴んで脱がそうとすれば投げ飛ばされ。

 

「束さんは塩味だね」

「にゃぁぁぁ!?」

  

 足に組み付いてペロペロ舐めれば蹴り飛ばされる。

 俺は着実にダメージを重ねていた。

 

 もちろん俺もただ変態行為をしてる訳ではない。

 落ちる時は受身を取らず、あえてダメージを分散させない。

 地面を転がる時は派手に転がって擦り傷を作る。

 そういった努力はしていた。

 

 

 数分後――

 

 

「はぁはぁ」

「ぜーぜー」

 

 片方は無傷。

 もう片方はボロボロ。

 対照的な二人が、息を荒くしながら対峙していた。

 

「し、しー君、もうそろそろ止めない?」

「ちょっと待ってください」

 

 自分の体を調べてみる。

 擦り傷は多数、服も所々破けている。

 でもこれじゃあ――

 

「束さん、もう少し打撃系の技を増やしてくさだい。グラップラーの魂でお願いします!」

「注文の多いドSめ!」

 

 いやだって、この程度のケガじゃ救急を呼ぶほどでもないし。

 

「ほら、そんな顔しないで。はい、にっこり笑ってバイオレンス! にっこり笑ってバイオレンス!」

「うぅ……」

 

 掛け声をかけながら束さんの気分を盛り上げようとするが、乗ってきてくれなかった。

 残念。

 

「はっ!? グラップラーって言えばちーちゃん! ちーちゃんヘルプ!」

 

 束さんが千冬さんを巻き込もうと、千冬さんの方を振り向く。

 ちなみに千冬さんは、ケンカが始まってからは近くの木に背中を預け傍観に徹していた。

 

「――」

 

 その千冬さん、まさかのガン無視である。

 束さんの声が聞こえてないのか、空を見上げながら何やら物思いに耽っていた。

 その顔には哀愁が漂い、まるで卒業前に青春の思い出に浸る普通の学生の様だった。

 ――酷い温度差だ。

 

「ち、ちーちゃん?」

「――」

「おーい?」

「――」

 

 束さんの声に答えず、千冬さんは一向にこちらを向こうとしなかった。

 諦めようぜ束さん、あれは自分を巻き込むなと言う千冬さんの意思表示なんだよ。

 

「しょうがないですね。ちょっとやり方変えましょうか。束さん、俺をあそこの木に投げ飛ばしてください」

 

 千冬さんに無視され、ぷるぷると震える束さんが余りにも可哀想だったので妥協案を出す。

 俺が指差したのは10メートル程先にある大きな杉の木。

 幹が太く、俺がぶつかっても問題ないだろう。

 

「あの木に?」

「はい、思いっきりお願いします。あれにぶつかってアザ作るんで」

「……ホント無茶するよねしー君」

 

 束さんがブツブツと文句を言いながら俺の体を抱きかかえた。

 

「どんな風に投げる?」

「背中から木に激突する感じでお願いします。ぶつかりそうになったら合図をください。頭からぶつかるのはさすがにヤバイので」

「了解だよ。――とりゃ!」

 

 束さんに投げ飛ばされ、空を飛ぶ。

 勢い良く投げられ、目に映る風景がもの凄い速さで流れて行く。

 束さんから合図はまだない――

 

 まだ――

 まだ――

 

 束さんの手が大きく振られた。 

 

 今!!

 

 上半身を捻り、左手を思いっきり振り抜く。

 イメージは裏拳だ。

  

「ぐっ!?」

 

 左手に強い衝撃が走る。

 その衝撃は、体全体に広がって行く――

 木にぶつかり体が地面に落ちた。

 立ち上がり自分の左手を確認する。

 

 左手の前腕骨部分が真っ赤に腫れていた。

 折るつもりで殴ったんだが、これは折れているのだろうか?

 

「束さん、これって折れてると思います?」

 

 離れている束さんに見えるよう、左手を高く上げて聞いてみる。

 

「え? えっと、たぶんヒビくらいだと思う」

 

 あれ? なんか束さんの顔が青い気がする。

 距離があるから気のせいかもしれないけど。

 

 しかしビビか。

 無駄に頑丈だな俺の体は。

 まぁいいさ、折れないなら折れるまでやるのみ――

 骨が! 折れるまで! 俺は殴るのを! 止めない!

 

「ふん!」

 

 ビビが入っていると思われる部分が当たるよう、木に向かって裏拳を一発!

 

「ふんっ!」

 

 更にもう一発!

 

「どっせい!」

 

 ベキッ

 

 三発目で何かが折れる音が聞こえた。

 赤かった部分は紫――いや、黒に近い色合いに変わり、前腕骨はくの字に曲がっていた。

 よしよし、いい塩梅だ。

 これだけやっても痛くないとは、無痛って本当に凄いな。

 さて、束さんには出来ないだろうと思い、自分で折ってしまったが、どうしようこれ――

 どんな風に折られたか聞かれたら答え辛いな。

 ま、適当に言い訳考えておくか。

 

「束さん、続きやりましょう。もうちょい打撲痕が欲しいので――なんです?」

 

 頭の中で言い訳を考えつつ束さんの所に戻ると、束さんと千冬さんが目を見開きながら俺を凝視していた。

 

「し、しー君? なにしてるの?」

「なにって、見て分かりません?」

 

 折れた腕を束さんの目の前で揺らしてみれば、束さんの頬がひきつる。

 

「ちーちゃん、ちょっとだけ甘えていいかな? しー君の夢の為にも私がやらなきゃって思ったけど、もう限界だよ……」

「――今回はお前に同情する。肩ぐらいは貸してやろう」

「ち~ちゃ~ん! しー君の腕が! 腕がぷらぷらって――っ! 木に体をぶつけてアザを作るって言ってたのに何やってるんだよもぉ~!!」

 

 束さんが叫び声を上げながら千冬さんの腕に抱き付き、ぐすぐすと泣き始めてしまった――

 ちとやりすぎたかな?

 これくらいにしておくか。

 でもせっかくだし、最後に今しか出来ないネタをやりたいな。

 こんな時じゃないとできないし。

 どんな場面でも笑いを取れる様々なネタを考えてくれた偉大なるラノベ作家の先生方に感謝を込めて――

 

「ほ~ら束さん、骨付き肉だよ~」

「いやぁぁぁ骨付き肉ぅぅぅ!?」

 

 限られた状況でしか使えない一発ギャグを披露しながら束さんに近づくと、束さんは泣きながら千冬さんの背後に回ってしまった。

 そんな反応したらますますイジリたくなるじゃないか――

 

「タレにする? レモンにする? それとも――し・お?」

「ひっ!?」

「た、束! 首を絞めるな首をッ!」

 

 ぷらぷらと折れた腕を束さんの目の前で揺らせば、束さんの顔がますます青くなる。

 逆に首にしがみつかれた千冬さんの顔は赤くなった。

 あの天災が随分と可愛い反応をしてくれるじゃないか。

 

「神一郎、そのくらいにしておけ」

「ちなみに千冬さんは俺を殴ったりは?」

「しない」

「――ですよね。束さん、お付き合いどうもでした。もうやらなくていいですよ」

「ぐす……ほんと?」

「はい、本当です」

 

 俺の返事を聞いて、束さんがほっとした表情を見せる。

 千冬さんを盾にして涙ぐむ束さんすばらでした。

 もう色々と満足だ。

 

「千冬さんには最後にお願いがあります」

「ん? 私にか?」

「はい、とても大事な事なので千冬さんにしか頼めません」

「このタイミングでのお願いは嫌な予感しかしないんだが――」

 

 千冬さんが嫌そうな顔をするが、そんなに警戒しないで欲しい。

 別に大変な事をさせるつもりではないんだから。

 

「簡単なお願いです。箒の面倒を頼みます」

「箒の?」

「はい、実は心配事が一つありまして、それは『箒が引越し前に焦って一夏に告白しないか』です」

 

 原作ではそんな事は無かったと思うが、今の箒がどう動くかは分からない、俺と束さんが側に居れないので、千冬さんに頼むしかないのだ。

 

「監視しろと言うのか? だが私にはずっと箒を見てられる時間が――」

「あ、遊興費としてさっき渡した貯金箱にお札入れといたんで使ってください」

「――なんだと?」

 

 俺のセリフに千冬の目付きが鋭くなる。

 俺だって、生活費を削って箒の面倒を見ろなんて言うつもりはないさ。

 

「箒には出来るだけ思い出を作って欲しいですからね。一夏と一緒に遊びに連れてってあげてください。余ったお金はバイト代ってことで」

「お前まさか……」

 

 気付いたようだな千冬さん。

 そう、俺は千冬さんの逃げ道は完璧に塞いでいる!

 そしてダメだしを食らえ!

 

「あれ? まさか箒のそばにいるの嫌ですか?」

「――そんな事はない」

 

 俺の質問に、千冬さんが珍しく顔を背けた。

 俺には一つ想像してた事があった。

 それは“千冬さんは箒に対して罪悪感が有るのではないか?”というものだ。

 白騎士事件の引き金を引いた一人として、箒に顔を合わせ辛いんじゃないかと思ったが、当たっていたか。

 

「で、どうします」

「――受けよう」

 

 受けると言いつつ、千冬さんの顔は不機嫌だった。

 きっと『箒の引越しの原因を作った一人の私が、箒の思い出作りを手伝うなど偽善もいいところだ。しかし、贖罪にもならんが私しか手が空いてない以上仕方ないか』

 なんて考えてそうだな。

 

 ふ、ふふ――

 ここまでは計算通りだ。

 俺から見れば未来の世界最強などただの小娘よ!

 

「しー君?」

 

 真顔を保ったまま肩を揺らす俺に、束さんが首を傾げる。

 ここまで来たらもういいだろう。

 俺は頬の筋肉を弱め、笑みを二人に見せる。

 

「いやね、計画通りに行ったなと思いまして」

「計画だと?」

「おぉ? しー君が凄い悪巧みしてる顔に」

 

 余計な事を言わないのが一流の策士。

 だが俺は策士でもなんでもない。

 お約束を守れる俺はクールに語るぜ。

 

「束さんと千冬さんは『病気や事故で大切な人が死ぬお涙頂戴の映画』って見たことあります?」

「なんか語りだしたね。でも空気の読める束さんは素直に乗っかるぜ。見たことないよ」

「――めんどくさいが乗ってやるか。私は一夏と一緒にテレビで放送されたのを見た事がある」

 

 古今東西、日本はもちろん海外でもそういった映画は沢山ある。

 余命幾ばくもない恋人との時間を映画化した作品などがテンプレだろうか。

 そんな作品に対し、俺は常々疑問に思ってることがある――

 

「何であんな作品見たがるんですかね?」

「それは――」

「――どういう意味?」

 

 二人が仲良く首を傾げる。

 

「そのままの意味ですよ。あんなさ『人は死んで悲しい思いをする映画』をなんで見たがるんですかね?」

 

 邦画、洋画を含め、『ラストに人が死ぬ』映画は沢山ある。

 そんな映画を大々的に宣伝し、それを見せたがる人や見たがる人がいるが、そういった人達の感情を、俺は本気で理解できない。

 

「ああいう映画を見たがる奴ってっさ、人の死に様見てそれを自分に投影するドMなの? それとも人の死に様を見たいドSなの? どっちだと思います?」

「……イマイチお前の言いたいことが分からんな」

「う~ん? そもそも私には映画を見たがる人間の気持ちからして分かんないし――」

 

 千冬さんはともかく、束さんには無駄な質問だった。

 

「まぁつまりですね。俺はマゾでもサドでもないんで、『箒が悲しむと分かっているのに、それでもそばにいる』なんて出来ないんですよ」

 

 自分が出来る事はなにもない。

 悲しむ箒を慰める?

 白騎士事件を見逃した俺がやったら自己満足みたいなもんだろ。

 謝ることも、慰めることも出来ない。

 そんな俺に何が出来る?

 俺が出来る事はせいぜい見守るくらいだ。

 だから俺は色々と考えてた。束さんとの縁を切りつつ、箒と一夏の引率役を押し付けられないかと――

 そして今、見事に俺の計画通りに進んだのだ。

 これが笑わずにどうする。

 

「ちーちゃんち-ちゃん」

「なんだ?」

 

 束さんが俺の顔を見てニヤリと笑う。

 なぜここでそんな場違いな笑顔が――

 

「しー君がなにやらカッコつけたこと言ってるけど、あれってつまり『箒ちゃんの涙を見ると自分が泣きそうだから、ちーちゃん任せた』ってことだからね? 騙されちゃダメだよ?」

 

 ――落ち着け俺、状況をクールに、そしてスピーディーに解決するんだ。

 

「束さん、まるで俺の秘密を知ってるかのような言い方ですね?」

 

 まさかとは思うが――

 

「ん? 秘密ってしー君が涙脆いってこと?」

「ほう? それは初耳だな」

 

 千冬さんがおもちゃを見つけた子供の様な顔に――

 まだだ、まだ焦る時間ではない。

 

「俺が涙脆いって、どこの情報です?」

「私情報だよ? だってしー君、エロゲーやって泣いたりしてるじゃん」

 

 あ、バレてますねこれは。

 

「ってなんで知ってるんだよ!?」

 

 それは男のオタクなら誰にも知られたくない秘密だぞ!?

 

「しー君、これこれ」

 

 束さんがトントンと自分の首を叩く。

 

「首輪ですか? まさか俺の知らない機能でも――」

「しー君の感情、怒りや悲しみが一定の位置を超えると、束さんに知らせる機能があります。いや~、夜中に急に反応したから心配して隠しカメラで覗いてみたら、しー君がマウスをクリックしながら泣いてるんだもん。ビックリしたよ」

 

 ガッテム!

 なんだってそんな機能が!?

 

「しー君、今しー君の考えてることに対して説明してあげよう」

 

 さっきまでの青い顔が嘘のようだ。

 束さんのほっぺがツヤツヤと光る。

 

「しー君の首輪、『しー君を束縛し帯』(しーくんをそくばくしたい)はね、最初に着けた時は爆弾機能とGPS機能、そしてお仕置き用の電撃機能しかなかった……。しかし! 科学とは日進月歩! 新しい発明があればそれを盛り込むのは当然である! しー君の首輪は日々アップデートを繰り返してたんだよ!」

 

 今明かされる衝撃の真実、後付け設定とかサイテー。

 しかしおかしい点が一つだけある。

 

「アップデートって、パソコンじゃあるまいしデータのインストールだけで新機能追加とか無理ですよね?」

「あ、しー君勘違いしてるね。そもそもさっき爆発した首輪は初代じゃないよ?」

「――まさかですが」

「うん。しー君が寝てる間に新しい機能を搭載した首輪に付け替えてました」

 

 本当の意味で後付けだった。

 感情を読むのはあれか、ハロウィンの時に使ったやつか。

 半分自業自得な気がする――

 よし、これ以上は聞くのはやめよう。

 どう考えても俺の精神に良くない。

 寝てる時にそんなことされた記憶がないとかどうでもいいことだ。

 仲良くなっても爆弾仕込まれてたとかもどうでもいいことだ――

 

「それにしてもあれだよね。しー君のそういった裏の顔を知ってると、映画どうこうの話も『そんな映画見たら泣いちゃうしー君は、同じ泣いちゃう人間がなぜお金を払ってでも見たがるのか理解出来ないんだろうな』とか分かるから面白いよね。しー君てば可愛い」

 

 束さんがニマニマと笑いながらそう言ってくる。

 土下座くらいならするんでもう勘弁してください。

 

「エロゲーで泣くというのが理解できんな。なぜエロで泣くんだ?」

 

 うるさーよ。

 エロゲーはエロが全てじゃないんだよ。

 作品によってはエロはオマケ、なんてのは普通なんだよ。

 

「さて、無駄話はこれくらいにしましょう。そろそろ時間じゃないですか?」

 

 はいそこ、露骨な話題変えとか言わない。

 千冬さんはニヤニヤするな。

 まっくこの二人は――

 

「しょうがないからしー君イジリはこのくらいにしとこうか。痛み止めは後1分で切れるし」

「そうだな。神一郎が箒の涙を見て泣いてしまうと言うなら、私も素直に代役を引き受けよう」

 

 未だに二人が何か言っているが、それはスルーで。

 反応するだけ相手を喜ばせるだけだ。

 

「ところで神一郎」

「なんです?」

「痛み止めが切れたらどうするんだ? 救急車が来るまで我慢するつもりか?」

 

 千冬さんが心配そうに俺の左手に視線をよこす。

 今の俺は左手を骨折し、体中に擦り傷切り傷が状態だ。

 この状態で痛みが蘇ったらかなりの苦痛だろう。

 だが、もちろんその辺も解決策は考えてある。

 

「千冬さん、お願いします」

「主語を入れろ主語を」

「腹パンでも首トンでもいいんで俺の意識飛ばしてください」

 

 意識を飛ばせば痛みなんて関係ない。

 その名も『気付いたら知らない天井だ』作戦である。

  

「まったく……お前は時々信じられない発想をするな」

「千冬さん、ため息が多いと幸せが逃げますよ?」

「誰の所為だと思っている?」

 

 千冬さんのため息にツッこむと、またもため息を吐かれた。

 いやお世話になってばかりで申し訳ない。

 ――っと、最後に。

 

「束さん」

「なにかな?」

「俺はね、本当になんの心配もしてないんですよ」

 

 俺は未だに千冬さんの背中に引っ付いている束さんに向かって、笑顔を作った。

 

「一夏は大丈夫、アイツならこれからも元気にやって行けます」

 

 子供ってのは順応力の高い生き物だ。

 一夏ならまたすぐに新しい友達、新しいグループを作り仲良くやっていけるだろう。

 

「箒の未来はきっと素晴らしいものになるでしょう」

 

 早すぎる親との別れ、そして大好きな男の子との別れ。

 それは確かに悲しいかも知れない。

 だけど、それを乗り切れば一夏との半同居生活が待ってるならそう悪いものでもないと思う。

 

「束さんは俺が『悲しみを感じてない』って言いましたよね?」

「うん」

「心配する事は何もない。更に、早ければ来月から俺はISで世界を見て回る予定――」

 

 つまり、俺の夢が叶うのだ。

 今まで俺がISを国内でしか使ってこなかったのには理由がある。

 それは『約束の日までISで海外には行かない』というものだ。

 本来ならISを貰えるのは今日だったはずだ。

 それを束さんが早めてくれた。

 ISを受け取った時、なんとなくそう誓ってしまったのだ。

 理由もなにもない、敢えて言うなら“男の馬鹿な意地”とでも言えばいいのか――

 まぁイレギュラーがあって2回ほど行ってしまったが。

 

「自分の夢が叶うんですよ? 悲しむなんて無理です」

「そっか……」

 

 束さんが薄く笑う。

 その顔は、今までに見たことないくらい綺麗な顔だった。

 それを脳裏に焼き付け、千冬さんに視線を向けると、千冬さんがコクりと頷き、俺の正面に立つ。

 

「では“またな”神一郎」

「えぇ、“また”です千冬さん」

 

 次の瞬間視界が揺れ――俺はそのまま――

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 あご先を掠める様に拳を振り抜き、神一郎の脳を揺さぶる。

 倒れる体を抱き止めて、地面に寝かせてやる。

 すると、背中に引っ付いていた束が私から離れ、神一郎の横にしゃがみこんだ。

 

「ねえちーちゃん、見てこの顔」

 

 束にそう言われ、束の肩ごしに神一郎の顔を覗き込んでみる。

 

「――随分と良い笑顔じゃないか」

 

 そう、笑顔だった。

 骨を折り、体中に傷を作り、それでも神一郎は笑っていた。

 

「私にセクハラしたり無理矢理酷い事させようとしたりしといて、自分だけ楽しそうなんてズルいと思う」

 

 束が頬を膨らませながら神一郎のほっぺをつつく。

 こいつは怒っているのか喜んでいるのか――

 

「今日の神一郎は色々とメチャクチャだったからな」

「ちーちゃんもそう思う? 理由は分かるけど、今日のしー君は酷かったよね?」

「まぁお前は酒のツマミだししょうがないだろ」

「へ?」

 

 束が神一郎を触るの止め私の方を振り向く、その顔は私の言った言葉を理解出来てないようだった。

 気づいてないとは意外だな。

 

「ちーちゃん、それってどういう意味?」

「どうもこうもそのままだが――」

 

 私が言ってもいいのだろうか?

 一瞬考えてみるが、黙ってる必要もないかと結論付ける。

 

「束、本来なら今日という日はともてもじゃないが“良い日”ではない。それは分かるな?」

 

「うん。少なくとも、思い出して笑える日じゃないね」

 

 私の問いに、束が神妙に頷く。

 だが残念だな束、それは“束にとっては”の話なんだ。

 

「神一郎は……こいつはな、今日を“笑える思い出”にしたかったんだろう」

 

 あくまで勘だが、間違ってはいないと思う。

 

「笑えるって――え? どゆこと?」

「想像してみろ。『数年後、今日の日の出来事を楽しそうに笑いながら酒を飲む神一郎の姿』を」

「――――理解できたよ」

 

 束が一瞬考える素振りを見せ、すぐに想像できたのか、恨めしそうな顔で寝ている神一郎を睨んだ。

 

「うん、凄く楽しそうにお酒を飲むしー君が想像できたよ。私はちっとも笑えないけど、しー君から見れば、確かに“笑える思い出”だね」

 

 今日の束は散々泣いたり笑ったりとしたからな、神一郎にとっては良いツマミだろう。

 

「私はこんなに大変なのに、しー君てば自分勝手なんだから――」

 

 束が神一郎のほっぺを抓りねがら恨み言をつぶやく。

 それでも言葉の中にトゲは無かった。

 束も分かってるんだろう。

 笑う神一郎の横で、同じく笑う私達がいることを――

 

 私にとっても今日は笑える日ではない。

 しかし、神一郎の言う通り、全ての問題が解決されれば、今日の思い出は笑い話になるだろう。

 

 『あの日、束は泣きながら神一郎を投げ飛ばしていたな』

 『束さんが中々俺をボコってくれなくて苦労しました』

 『ちーちゃんに助けを求めたにシカトされるし……あの時は本当に散々だったよ』

 

 そんな馬鹿な話をしながら酒を酌み交わす、そんな未来が私には見える。

 いや、神一郎はきっとそんな未来にしたいんだろう――

 

「さてと、そろそろ私も行くね」

 

 束が立ち上がり私の方を向いた。

 その顔には力が満ちていた。

 神一郎が夢を叶えようとしているんだ、お前も負けてられないよな。 

 

「あぁ、さっさと行け。お前が居ると救急車を呼べん」

「最後の最後まで私の扱いが酷いんだけど!?」

 

 私の一言で、凛々しかった束の顔が破顔する。

 その顔が面白くて思わず喉が鳴る。

 ――最後くらいは真面目にしてやるか。

 

「“またな”束、箒の事は私が責任を持つ」

「うん。“またね”ちーちゃん。箒ちゃんをお願いね」

 

 束が神社の出口に向かって歩きだす。

 それを確認して、私は電話を掛ける為に神一郎のポケットからケータイを取り出した。

 

 これから私達は違う道を歩き始める。

 束、お前の道が一番險しいだろう。

 ――負けるなよ。



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クリスマスの深夜にて

二次小説書くなら一度はやってみたかった時期ネタ。
ストーリーになんの関係もないけどたまには良いかなと――
ギリギリ間に合わなかったのは……全部FGOが悪いんや!(目そらし)
急ピッチで書いたので荒いです。
しかも、下ネタ? 下品ネタ? です。
独り身だけ着いてこい!
副題:耳穴レイプ


 12月25日の夜、一夏達を見送った俺は一人部屋の掃除をしていた。

 二日に渡る一夏と箒へのもてなし、多くの笑顔を作れたと自負する俺は、心地よい疲れに襲われている。

 今すぐにでも二人の手前我慢していた酒を煽り、ソファーに飛び込みたいが、美味しいお酒を飲むのにも、美味しいツマミを用意するのにも、この二日で散らかった台所などを片付けてからじゃないと楽しめない。

 なにより、ゴキブリとか超怖いし――

 洗い物が全て終わったら、居間だけ軽く掃除機をかける。

 それらが終わったら今度をオツマミの準備だ。

 

 この二日間でほぼ食べ尽くされたマグロ。

 赤身部分はもちろん、トロ、中落ちなども残ってはいないが、骨周りにはまだ身が付いている。

 鍋にぶつ切りにしたマグロの骨をブチ込み、灰汁を取りながら、酒と残り物の大根や人参などの根菜類を入れて味噌を溶かす。

 作っているのはマグロ汁。

 マグロ出汁たっぷりの汁物だ。

 ついでに、晩飯の残りのカブト煮を温め直す。

 現在、マグロの頭が非常にグロい状態だ。

 カマやほほ肉、脳天などの美味な部分を、みんなで競うように箸を伸ばした結果、マグロの頭は穴だらけだ。

 だがしかし、グロい食べ物ほど美味と言うのが世の通説である。

 まだまだマグロの頭は楽しめる。

 俺は魚の目玉の後ろにある部分、あのぷりっとした触感が大好きなのだ。

 もちろん目玉も美味しく頂きます。

 

 マグロ汁が出来上がった。

 カブト煮も温め終わった。

 それらを居間のテーブルに食器と一緒に鍋ごと並べる。

 

「ふんふふ~ん♪」

 

 ソファーに寝そべりながら、上機嫌に鼻歌を歌っている生物がいるが、それは無視する。

 何か作業をしているみたいだが、気にしない。

 今、この時間は大人の為の時間だ。

 子供の時間はもう終わったのだよ。

 俺、二日、頑張った。

 子供、帰れ。

 気分はそんな感じだ。

 

 台所に戻り、今度は酒の準備をする。

 ビール? ウイスキー? ワイン?

 違うな。

 ここは熱燗一択だ。

 ここから俺は何度も台所とテーブルを往復した。

 カセットコンロを用意し、水を入れた鍋を用意する。

 使う鍋は底が平らな浅鍋。

 徳利の真ん中まで水に浸かるのが熱燗のベストだからだ。

 鍋の水が沸騰を始めた。

 さあ始めようか。

 

「ふぎゃ!?」 

 

 ソファーを占領している物体を床に落とし、自分がソファーに腰を下ろす。

 そして、両足で落とした物体が動かないよう踏みつける。

 これでゆっくりできるな。

 ますはマグロ汁を一口啜る――

 

 ずずっ

 

 口にマグロの風味が広がり、疲れた心を癒してくれる。

 次に身の付いた骨を箸で摘み、歯で身を削ぎ落とす様に食べる。

 そしてここで熱燗をクイッと――

 

「ふぅ」

 

 たまらんなぁ。

 この二日は楽しかった。

 それは間違いない。

 しかし、やはり俺は中身はもうおっさんだった。

 テニスでは千冬さんのリアル波動球で狙われ、カラオケでは束さんや箒の歌声に歓声をあげ、もう身も心も疲れて切っているのだ。

 その心を癒す儀式がコレだ。

 だからさ……。

 

「あ゛あ゛ぁ……そこそこ。しー君もうちょっと強めにグリグリっと――」

 

 俺の足をマッサージ機変わりにしてないで帰ってくれないかな?

 てかなんで居るの?

 一夏達と一緒に帰ったはずだよね?

 4人を見送って部屋に戻ったら普通に居るんだもん、思わずシカトしちゃったよ。

 ここか? ここがいいんか?

 

「あばばばば」

 

 束さんの腰を足でグリグリと押すと、束さんが変な声を上げた。

 喜んでるならいいか。

 さて、次はカブト煮を――

 

「って、ちっがーう!」

「うお!?」

 

 束さんが跳ね起きたせいで、体が後ろに倒れ掛かる。

 危ないなぁもう。

 

「急に落とすなんて酷すぎない!? しかも足蹴にするとかとんだDV野郎だよしー君は!」

「うるさい、黙れ、帰れ」

「辛辣っ!?」

 

 束さんの両目から涙が流れた。

 相変わらず芸が細かいですね。

 

「独り身のクリスマスは寂しかろうと思って居てあげてるのに……よよよ」

 

 束さんが涙を拭くふりをしながら寄りかかってくる。

 余計なお世話もいいとこだ。

 でもまぁ、束さんの真意は分からないが、ここに居るのには何か理由があるんだろうし……たまには良いだろう。

 神聖な大人の時間に混ぜてあげようじゃないか。

 ほっといてもめんどくさい事になりそうだしな……。

 一度台所に戻り、お猪口とお皿を手に取り戻る。

 

「束さん、これ持ってください。熱いので気をつけて」

 

 まずは束さんに徳利を持たせる。

 

「こう?」

「で、斜めに傾けてください」

「こんな感じ?」

「ありがとうございます」

 

 クイッ

 

 束さんに注がれた酒を飲み干す。

 現役JKのお酌とか、これは背徳的ですな。

 

「はい、じゃあ次はこれを」

 

 今度は束さんにお猪口を持たせ、それにお酒を注いであげる。

 

「おぉとと」

 

 溢れそうになるお酒を、束さんが慌てて口に持っていく。

 今警察に来られたら問答無用で御用だなきっと。

 

「ふう」

 

 束さんの口から熱っぽい吐息が漏れた。

 これは良い意味でご馳走様だな。

 

「はい、ツマミもどーぞ」

「ありがとしー君」

 

 束さんの前に、よそったマグロ汁とカブト煮を置いてあげる。

 

「で、束さん」

「ふぁに?」

 

 口をモゴモゴと動かしながら束さんが俺を見る。

 口からマグロの骨が飛び出してるぞ美少女よ……。

 

「なんで箒と一緒に帰らなかったんです?」

「(バリボリごっくん)。そんなの愚問だぜしー君。せっかくのクリスマスなのに独り身のしー君が可哀想だったからだよ!」

「本音は?」

「クリスマスの夜に仕事なんてしてられないよ! 今日は研究所も必要最低限の人員しかいないしね! 私だけ独りで仕事とかやってられるか! 箒ちゃんはオネムっぽいから今から篠ノ之家に行ってもあれだし、ちーちゃんは明日仕事だから早く寝るだろうし、私の相手をしてくるのはしー君しかいないんだよ!」

 

 マグロの骨を噛み砕いて飲み込んだ乙女から出たセリフは、まるでクリスマス時期に働くサラリーマンの様だった。

 分かる。

 分かるぞ束さんの気持ち。

 クリスマスとかさ、ソシャゲのイベントの為の行事だろ?

 彼女とデート? クソ寒い冬に、来年には赤の他人なるだろう相手に時間使うとかただのマゾプレイだろ!?

 独り身を哀れんでるんじゃねーよ!

 いいか? 俺達がお前等を哀れんでるんだからな?

 

「しー君、顔が怖いよ?」

「っと、いけないいけない。悪い酒になるとこでした」

「そうそう、せっかく私と一緒に飲めるんだよ? 楽しく行こう!」

「束さん、良いこと言った! そら飲め」

「おうさ!」

 

 それから二人、束さんが編集したクリスマスの録画動画を見ながら楽しくお酒を飲んだ。

 そして――

 

 

 

 

 

「あうあ~」

 

 数十分後、束さんは顔を真っ赤にしながらふらふらと頭を揺らしていた。

 

「束さん、そんなに弱かったっけ?」

 

 前に飲んだときはもう少し強かったような?

 

「あう~。今日はね、アルコールの分解を肝臓に任せてるんだよ~」

「ええと、つまり、今までは何かしらの対策をしていたと?」

「そうだよ~」

 

 なるほど、どうやら今の強さが素のようだ。

 思ったより普通だな。

 

「苦しいなら無理しなくてもいいですよ?」

 

 お酒は無理矢理飲むものじゃないしな。

 

「嫌ッ! 酔わなきゃやってられなんだよ私は!」

 

 しかし、時には酔いつぶれたい夜もあるよね。

  

「あうあう~」

 

 会話をしながらも、束さんの頭は右に左にへと揺れる――

 こう、あれですね。

 目の前に酔った女の子がいると、男として試されてる気がするな。

 

「うまうま」

 

 束さんがマグロの骨を美味しそうにしゃぶっている。

 骨ってイイよね。

 味がなくなるまでずっと楽しめるエコ食材だよね。

 ……ダメだ、さっきから束さんにイタズラしたい衝動が止まらない。

 これがクリスマスの魔力ってやつか――

 

 酔った束さんを一時置いて、一人台所に戻る。

 キュウリと人参をスティック状に切り、小皿にマヨネーズを盛る。

 そしてワインを準備して、それらをテーブルに並べた。

 

「どこいってたの~」

 

 ソファーに座るなり、束さんが俺にしなだれかかる。

 今から俺がすることは果たして許されるのだろうか?

 神は言った。

 隣人を愛せと。

 そしてワインは神の血であると。

 つまり、神は隣人にワインを飲ませるのはオッケーと言っている。

 よし、理論武装は完璧だ。

 

「はい束さん。同じお酒じゃ飽きるでしょ? こちらをどーぞ」

「んあ? これワイン?」

「そうですよ。ワインはお好きですか? これは赤ですけど、白がよければそっちを持ってきますよ?」

「ワイン自体初めて飲むからどっちでもいいよ~」

 

 そう言って束さんはワインを口に付けた。

 口調はだいぶ砕けてきているが、自分の記憶が確かってことはまだ余裕があるな。

 

「うん。ワインも中々いけるね」

 

 焦ってはいけない。

 ちゃんぽんの状態になるには暫し時間がかかる。

 それまでは我慢だ。

 

「束さんあ~ん」

「あ~ん?」

「はい飲んで~」

「ごきゅごきゅ」

 

 ツマミを食べさせてあげて、お酌をしてあげる。

 外からみたら甲斐甲斐しく世話を焼いてる様に見えるだろう。

 だが、実のところまったくの逆だ。

 

「あうあうあ~」

 

 束さんの言語機能がいい感じ壊れてきた。

 違う種類のお酒を飲むと悪酔いすると言われている。

 それが俗に言うちゃんぽん状態だ。

 科学的な根拠はないとされているが、個人的には味やアルコール度数が変わることにより、ついついの飲みすぎてしまうのが原因だと思っている。

 そろそろいいかな?

 

「はい口開けて~」

「んあ」

 

 スティック型に切ったキュウリにマヨネーズを付け、だらしなく開いた束さんの口に突っ込む。

 その際、束さんの唇にマヨネーズが付くようにするのを忘れない。

 

「うまま」

 

 束さんがキュウリをむしゃむしゃ食べている。

 唇にマヨを付けた状態で!

 これは素晴らしい!!

 

「束さん、口元にマヨが付いてますよ?」

「んん?」

 

 俺が注意すると、束さんはペロッと自分の唇を舐めた。

 クリスマスって最高だな。

 

「しー君、さっきから大人しくない?」

 

 ジッと見つめてたせいか、束さんが怪訝な顔をする。

 ちょっと夢中になりすぎたな。

 

「もしかして、束さんといるの退屈?」

「へ?」

「しー君て一人で居るの好きだもんね。束さん邪魔者なんだ……」

「いやいや、そんなことないです! 俺は束さんと一緒で楽しいですよ?」

「……本当?」

 

 束さんが涙目上目使いという荒技で俺を攻め立てる。

 だいぶ酔も回ってるみたいだし、これ以上は危険だな。

 

「本当ですよ」

「(すりすり)」

 

 束さんの頭を撫でると、束さんが自ら頭を俺の手に擦りつけてきた。

 なにこれ可愛い。

 

「よしよし」

「ごろごろ」

 

 顎の下を撫でると、今度は鳴いた。

 女の子を意図的に酔わせる奴とかクズだと思っていたが、どうやら自分もクズの仲間だったらしい。

 今は罪悪感よりも、これからどう可愛がってやろうかって気持ちの方が大きいからね!

 

「し~い~く~ん」

「おっと」

 

 束さんが俺をソファーに押し倒す。

 相変わらずの体格差ゆえ、俺は抵抗できないまま束さんに下敷きにされた。

 あれ? 俺が押し倒されるの? 普通逆じゃね?

 

「ん~」

 

 押し倒されて動けなくなった俺の胸板に、束さんが額を擦りつけて甘えてくる。

 ちょっと想像と違うが、これはこれで良いものです!

 特に束さんの体重で押しつぶされてるおぱーいとかネ!

 しかし勘違いしてはいけない。

 俺は酔った束さんにエロエロな事をするつもりはないのだから。

 てかそんな度胸は俺にはない!

 俺が束さんを酔わせた目的がただ一つ――

 

「束さん」

「んあ?」

「『お兄ちゃん大好き』って言ってみてくれません?」

 

 ただ甘い言葉を囁く束さんを見たいだけだ!

 さあ、その可愛いお口で言ってごらん!?

 

「お兄ちゃん大好き?」

 

 束さんがぼうっとした顔で言ってくれた。

 感情はまったく入ってないが、それでも満足です!

 これはイケルで!

 

「『束、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するの』――はい」

「束、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するの」

 

 束さんは、どこか焦点の合ってない目で俺を見つめながら言葉を繰り返す。

 これは最高品質で録音案件ですね!

 

「束さんは言われたことができて偉いですね」

 

 ここでしっかりと褒めておく。

 顎下を撫で、耳の後ろをこしょこしょし、束さんの思考回路を破壊する!

 

「んんんっ」

 

 束さんの口から吐息が漏れ、目がさらにトロンとしていく。

 よし! いくぞ!

 

「『束はさびしんぼうだから、甘えたがり屋なの』――はい」

「束はさびしんぼうだから、甘えたがり屋なの」

「『篠ノ之束さんちゃい』――はい」

「篠ノ之束さんちゃい」

 

 あぁもう可愛いなちくしょう!!

 ぽやんとした顔での赤ちゃん言葉とか最高かよ!?

 ――まだ行けるか? まだ良いよな?

 

「束さん、俺の耳に顔近づけて『私、しー君のことが大好きだよ?』って言ってくれませんか?」

「いーよ?」

 

 束さんは何の疑問も持たずコクンと頷き、俺の耳元に顔を寄せるため身じろぎする。

 目を閉じ、顔を背けて耳を束さんの方に向ける。

 少しずつ、束さんの息遣いが耳に当たり始めた。

 

「私……」

 

 ほんのわずかでも動けば、耳に唇が当たるんじゃないか――

 そんな距離から束さんの声が聞こえた。

 緊張で震える体を叱咤し、動きたい気持ちを必死で我慢する。

 

「しー君のこと……」

 

 俺のことを!?

 

「……うえっぷ」

 

 ――うえっぷ?

 

 ギギギッ

 

 嫌な予感がしたので、目を開けてゆっくりと首を回した。

 

「…………」

 

 束さんは目を涙で濡らしながら、頬を大きく膨らませていた。

 その束さんの両肩に手を置き、ゆっくりと持ち上げる様に束さんの顔と距離を取る。

 

「束さん?」

「…………」

 

 束さんは俺の問いに答えない――

 いや、何を分かりきったを事を言っているんだ俺は……。

 今束さんが口を開いたら、中身ぶちまけちゃうだろ?

 

 

 

 

 そりゃね、酔った状態でうつ伏せになったらそうなるわな。

 

「束さん、トイレまで我慢できる?」

「…………」

 

 束さんはやはり何も答えない。

 ただ、目から溢れる涙の量が増えた気がする。

 

 ――さっきまでの楽しい雰囲気はどこえやら、凄まじい緊張感が場を支配している。

 そう言えば昔テレビで、大学生が女の子を酔わせて乱暴したってニュースがやっていたが、アイツらって女の子が寝ゲロしたらどうするんだろう?

 吐かせてスッキリさせてから?

 それじゃあ泥酔の意味ないか。

 まさかゲロまみれ上等なのか?

 ――とんだ変態集団だな!? 俺もその根性を見習って、ゲロまみれの状態で束さんに愛を囁いてもらえば……。

 

 あ、ダメだ。

 現実逃避してる場合じゃないぞ。

 束さんのほっぺは限界まで膨らんでるし、助けを求める目も、すでに何かを諦めた目になってる。

 

 束さんを突き飛ばす?

 最悪、束さんが自分のゲロをシャワーの様に浴びる。

 それは流石に心苦しい。

 

 束さんに押し倒されてる状態からそっと抜け出す?

 すでに束さんは限界だ。

 ちょっとの衝撃で爆発するかもしれない。

 

 覚悟を決めるしかないか――

 

 束さんの普段聞けない言葉が聞けて幸せだった。

 束さんに体は最高に柔らかかった。

 だったらさ、ね? もうじょうぶん楽しんだろ?

 そう自分に言い聞かせる。

 

「束さん、いいよ」

 

 俺は深く息を吸い、目を閉じた。

 束さんが困惑している気配を感じる。

 気にしないで束さん。

 元はといえば、未成年に酒を飲ませた俺の自業自得なんだから――

 

「……■■■」

 

 およそ美少女には相応しくない音が聞こえた。

 次の瞬間、鼻に液体が入ってきて、思わず声を上げそうになる。

 びしゃびしゃと降りかかる水は、頬を流れ、耳の穴に侵入してきた。

 

 鼻と耳が水気に襲われ、まるで溺れているような錯覚を受ける。

 こぼこぼと鼓膜を揺らす水の音を聞きながら、俺は思った。

 

 神よ、これで俺の罪は水に流してくれますか?

 

 シャバドゥビシャバドゥビシャバドゥバァ~♪

 

 脳内でやたら軽快な音楽が流れた――




ラブコメは死にました。
今年中に二話投稿予定。
冬コミ参加者の暇潰しになれるよう頑張ります。


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千冬と柳韻

大変遅くなりましたm(_ _)m
新年迎えちゃったよ……。
すみませんでした!

今回の話ですが、原作前から書くならこの辺は外せないなと思い書きました。
正直言うと、キング・クリムゾン使って『あれから三年後――』みたいにしたかった! でも書いてみたかったんです!
そしたら予想外に書くの辛い。
もう二度とシリアス風は書かないと決めたよ……。
あ、今回の話は長い上に退屈かもです(・∀・) 
作者の妄想劇場なので、賛否両論あると思います。


 神一郎を乗せた救急車に見送った後、警官を乗せたパトカーが来ると思っていたが、私の前に現れたのか黒服の男達だった。

 私の事を知っているらしく、相手は紳士的だった。

 

 『篠ノ之博士の居場所を知りませんか?』

 『救急車が来てましたが、ここで何があったんです?』

 

 そんな言葉を投げかけてきた。

 それに対し――

 

 『束はさっきまでここに居た。どこに行ったかは知らない』

 『ここであったのはただの子供のケンカだ』

 

 と返すと、相手の頬が引きつった。

 正直、仕事で来ていることを考えると少し申し訳ない気分になる。

 とは言えこちらも安易に話すことが出来ず、私達は暫らく無言で対峙していた。

 静かな境内に着信音が響いた。

 目の前の男が懐からケータイ電話を取り出し耳に当てると、顔色が急に変わった。

 おそらく救急車に乗っているのが神一郎だと知れたんだろう。

 その後、場の雰囲気が一気に慌ただしいものなった。

 携帯電話を片手に男が私を睨んだ。

 当然だ。子供が骨折までしてるんだ、何もないわけはない。

 急ぎの用事が出来た。後日詳しく話を聞きたいと言って男達は去っていった――

 

 

◇◇ ◇◇ 

 

 

 束が消えて数日後、柳韻先生から内密に呼び出された私は篠ノ之家に来ていた。

 テーブルを囲むのは柳韻先生とその隣の雪子さん、そして対面に座る私と箒だ。 

 

「なぜ引っ越しをしなければならないんですか!?」

「座りなさい箒。最初に説明した通りだ。束が行方を眩ませた。誘拐などではなく、束の意思による失踪のようだ。束を誘き出す為に私達……いや、お前が狙われる可能性がある以上ここに留まる訳にはいかない」

 

 腰を上げ声を荒げる箒を柳韻先生が落ち着かせようとする。

 柳韻先生の横では雪子さんが悲しそうな顔で俯いていた。

 柳韻先生からの呼び出しの内容は予想通りだった。

 それは国の保護プログラムを受けると言うものだ。

 最初は居間に座る私や柳韻先生の顔を不思議そうな顔で見ていた箒は、柳韻先生から保護プログラムの説明を受けている最中に爆発してしまった。

 

「千冬さん! 千冬さんは姉さんから何か聞いてないんですか!?」

 

 箒の矛先が私に向いた。

 篠ノ之家に着いてから5分程しか経っていないが、私はすでに逃げたい気持ちで一杯だ。

 安易に神一郎の話に乗ったのが間違いだったな。

 箒の期待と不安が混じった涙目を見ても何も言えないとは……。

 精神的にかなりキツい。

 

「悪いが箒、私は何も知らないんだ」

「そんな!? 姉さんが千冬さんに何も言わないなんてありえません!」

 

 悲鳴にも近い箒の叫びに、心がキリリと痛む。 

 

「束は命を狙われている」

 

 何も言えず黙り込む私の代わりに柳韻先生が口を開いた。

 

「命……ですか? そんな話は一度も……」

「本当の事だ。私も束本人に聞いた話ではない。保護プログラムの説明をしに来た人間に聞いた話だが――」

 

 柳韻先生の話は嘘ではない。

 ISを新兵器と見ている国から見れば束は脅威だ。

 金で動かず地位にも興味がない。

 そしてあの傍若無人な態度。

 多くの人間から見た束はただの危険人物でしかないのだから――

 

「なんでもここ最近は束を暗殺しようと襲撃もあったとか……。束が自分の身を守る為に姿を消したと言うのが国の予想だそうだ」

「……納得できません。だからと言ってなんで引っ越しなんて――」

「私が敵ならお前を使う」

「ッ!?」

「束を釣るなら箒、お前が最適だ」

「私……ですか?」

「理由は分かるな?」

「姉さんに大事にされ、まだ子供で力が無いから……ですか? でも、それなら――」

 

 柳韻先生の静かな視線に耐えかねた箒が、縋るような目で私を見る。

 すまない箒――

 

「私や一夏、神一郎は『もしかしたら束を動かせるかもしれない程度』だろうな。確実に束を引きずり出すなら……箒、やはりお前だろう」

 

 私の一言で箒の顔が歪む。

 箒も理解してるのだろう。

 自分に何かあったら、束が助けに来てくれると―― 

 

「父さん。姉さんが狙われるのは、ISが原因ですか?」

「そうだ」

「なぜ姉さんはISなんて……」

 

 ISなんて……か。

 束が聞いたら泣きながら騒ぎ出しそうだな。

 まぁ箒も本気で言ってるのではないだろう。

 ただ今はそう言わずにはいられないだけで……。

 

「箒、ISは束にとって大切な物だ。そう邪険にするものではない」

「父さん?」

 

 意外な事に、柳韻先生の口調は箒を諭す様だった。

 ただ、今のセリフは箒にとって聞きたいものではなかったのだろう――

 

「父さんは……やっぱり姉さんの味方なんですね……」

「待ちなさい箒!」

 

 箒は顔をくしゃくしゃにしながら席を立ち、居間から飛び出して行った。

 家からは出てはいない。

 自室に戻ったのだろう。

 

「はぁ……柳韻さん」

「うっ……すまん雪子君」

 

 雪子さんがため息混じりで柳韻先生を睨んだ。

 それに怯み、柳韻先生がバツの悪そうな顔をしている。

 なんとも珍しい光景だ。

 

「柳韻先生。箒の事は――」

「うむ……すまないが雪子君……」

「はいはい」

 

 雪子さんは、しょうがないですねと言いながら居間から出て行く。  

 箒を慰めに行ったのだろう。

 しかし“姉さんの味方”か――

 今も束はこの部屋を監視しているのだろうか?

 このまま束を恨んでくれと思うと同時に、やりきれない気持ちが溢れる。

 今すぐにでも箒をどうにかしてあげたいが……。

 

「みっともない所を見せてしまったな」

「いえ」 

「ゴホンッ……話の途中だったな。続き話しても?」

 

 柳韻先生も居心地が悪いのか、咳払いをしながら私から視線を逸らした。

 正直、空気が微妙だ。

 柳韻先生と同じ空間にいてここまで居づらい事があっただろうか……。

 

「箒と雪子さんはいいのですか?」

「雪子君はすでに全部知っている。箒は落ち着いたらもう一度私から説明しよう」

 

 そう言って柳韻先生は立ち上がった。

 

「ここではなんだ。道場に行こうか」

「――はい」

 

 わざわざ道場で? もしかして誰かに聞かれたら都合が悪い話なんだろうか?

 

「せっかくだ。道着に着替えてくる。千冬君はどうする?」

「そうでね。私も着替えてきます」 

 

 なにか柳韻先生は大事な話をしようとしている――

 そんな予感があったため、私は素直に柳韻先生の提案に頷き道場に向かった。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「お待たせしました」

 

 道場内の更衣室で道着に着替え、私はまだ寒さの残る道場の中心に座る柳韻先生の正面に立つ。

 見慣れた道場着姿――

 見慣れた笑顔――

 いつもと変わらない姿がそこにはあった。

 

「失礼します」

 

 柳韻先生の正面に腰を下ろし、姿勢を正す。

 

「千冬君は感付いてると思うが、ここに移動したのは箒に聞かれたくない話をする為だ」

「……なんでしょう?」

 

 予想通り、柳韻先生の話の内容は箒に聞かれたくないもののようだ。

 

「そんなに畏まらないでくれ。ただ今回の件で知ってる事を出来る限り教えて欲しいと思ってね」

「……それは」

 

 何を聞かれても大丈夫なよう多少身構えていた私に対し、柳韻先生が微笑む。

 話していいのか、それとも一切の情報を明かさない方が良いのか……。

 神一郎から柳韻先生への対応については具体的な指示は受けていない。

 気をつけなければいけないのは、神一郎の知っている未来と違う道を行ってしまはないようにすること。

 違う私は柳韻先生に話したのだろうか……。

 

「千冬君、言いづらい様だが頼めないだろうか? 私としても娘が門下生の骨を折った理由などは知っておきたいんだが――」

 

 ……それはそうですよね。

 父として娘がそんな暴力沙汰を起こしておいて、知らんぷりなんて出来ないですよね。

 境内で起きた事件だ。束が神一郎の骨を折った事を知っていてもなんの不思議もない。

 ――何も言わない? 知らないフリをする? 無理に決まってるだろ! 

 

「その、詳しい内容は言えませんが、神一郎の骨折はアイツの自業自得なので柳韻先生は気にしないでください!」

「束がやったのでないと?」

「いえ……その……」

 

 言っていいのか?

 私の一言で未来は変わらないか?

 そんな思考が頭をよぎる。

 柳韻先生の顔はどこまで真っ直ぐで、下手に誤魔化すなんてことは出来ない。

 覚悟を決めるか――

 私が知らない別の私も、きっと柳韻先生には最低限の話はしているはずだ。

 

「今から話す内容は誰にも言わないでください。国の人間はもちろん箒にでもです」

「約束しよう」

「神一郎のケガは神一郎自身が望んだことです」

「ふむ……」

「理由は察しがつくかと――」

「束と不仲だと思わせる為かな?」

「はい」

「なるほど……。時々子供らしくないと思える時があったが、束に気に入られるだけあるな」

 

 柳韻先生はなにやら考え事をしているらしく、アゴに手を当てたまま動きを止めた。

 場に一瞬の静寂が訪れる――

 自身の心音だけが聞こえる空気の中、私は柳韻先生が口を開くのを静かに待った。

 

「千冬君は、束が姿を消した本当の理由、そして束がこれから成そうとしている事も知っているね?」

「――いえ、私は何も」

 

 私はそれを知っている。

 だがそれは私が軽々しく口に出していいものではない。

 柳韻先生に嘘を付く――

 理由があるとは言え気持ちの良いものではなく、心がざわつく。

 

「くっ……くく」

「柳韻先生?」

 

 なぜが柳韻先生が急に笑い出した。

 私が何かしたか?

 もしや顔に何か付いてるのだろうか?

 顔をペタペタと触ってみるが、特に変わりはない――

 

「いやすまん。それにしても千冬君、初めて知ったが、君は嘘を付く時に相手の目を見れない人間らしいな」

「はい?」

「私の目を見ないで話す君は初めて見たよ」

 

 柳韻先生の言葉の意味が分からず、固まってしまった。

 目を見ていない……その言葉の意味が分かると同時に理解した。

 私は大ポカをしたんだと……。

 

「――私も初めて知りました。どうも自分は嘘を付く時に相手の目を見れないようです」

「あぁ、そのようだな」

 

 笑う柳韻先生の前で頭を下げる。

 とてもじゃないが今は柳韻先生の顔が見れない。

 顔を上げられないほど恥かしいなどどいう感情が久しぶりだ。

 

「千冬君、大丈夫かね?」

「――はい、失礼しました」

 

 心を落ち着かせ、軽く深呼吸してから頭を上げる。

 目の前には、居心地が悪くなる様な優しさの目で見つめる柳韻先生。

 色々な意味で心が挫けそうだ。

 

「落ち着いたようだね。出来る限りで構わない、話を聞かせてもらっても?」

「全ては話せませんが、それでも良いのでしたら」

 

 柳韻先生が頷くのを確認して、頭の中で話す内容の線引きする。

 情報としては隠すべき内容はそう多くはない、だが束が自ら話すべき事もある為、必要以上に私が話す訳にはいかない――

 

「束が姿を消したのは箒の為、そして自らの夢を叶える為です」

「箒の身を守る為にか……それは理解出来る。夢の為にとは?」

「ISの兵器化の流れを変え、本来の使い道に戻す事です。束は表舞台から姿を消し、裏でそれを成そうとしています」

「そうか……」

 

 柳韻先生は一言呟いてまた何やら考え初めた。

 お世話になった柳韻先生へに対し、恩を仇で返した私がこの程度の情報しか出せないとは――

 

「――私と雪子さんはオトリかな?」

「な、なぜっそれを!?」

 

 思わず立ち上がりそうになるのをグッと堪える。

 柳韻先生は束の考えが分からないとよく言っていたが、私にはなぜ柳韻先生がその発想に至ったかが分からない。

 私の顔が面白かったのか、柳韻先生がくつくつと笑う。

 

「さて、どこから話せばいいか――。そうだな、まず先日の話だ。束の失踪を告げてきた男性から国の保護プログラムを受けないかと言われた」

 

 国の人間から直接オトリだと言われたのだろうか?

 いや、それは無いか。

 メリットがなさすぎる。

 

「その時に簡単な説明を受けた。なんでも護衛の人達と一緒に日本中を移動するそうだ。一箇所に留まらず、居場所がバレないよう引越しを繰り返す。まるで流浪の旅人だと思わんか?」

 

 柳韻先生が笑いながらそう言うが、少し待って欲しい。

 ここは私も笑うべきなのか? 珍しく柳韻先生がジョークを言ってるのに無視する訳には――

 いや待て、別に今のはジョークではないのでは?

 

「私が疑問を持ったのはその後の話だ」

 

 こちらの混乱を他所に柳韻先生が話を進める。

 これが大人の話力と言うものなのか!?

 

「私と雪子さんはペアで、箒は一人で保護を受ける事になる……と」

 

 今まで穏やかだった柳韻先生の目が細まる。

 その目の奥にあるのは……怒り?

 

「その話を聞いた時、私は裏に束の存在を感じた。向こうは人数が少ない方が護衛の質が上がるとか言っていたがね」

 

 手が震える。

 喉が渇く。

 私は今……柳韻先生に恐怖している?

 

「束が私を蔑ろにし、箒を溺愛しているのは周知の事実だ。国としても、箒を自分達の胸に抱き込んだ方が束に対して使えると考えるのは理解できた。だが、箒を人質にというのは束が許す訳はない。それなら束は私と雪子さんを箒と一緒にするだろう。万が一の時は私が箒を身を挺して守る。そのくらいは理解しているだろうしな」

 

 柳韻先生の、固く、ゴツゴツとした拳がギュッと握られる。

 それだけで私の心臓がその手に鷲掴みされた様な錯覚を受け、目の前がチカチカと点滅した。

 

「だから私は考えた。束ならどうするかを――。箒を他人に預けるのは箒を守る為。自分に対する切り札になるからこそ大事にされる。それを理解してるから束は箒を国に預けた……いや、国を利用した」

 

 怖い。 

 今の柳韻先生が怖い。

 目が怖い。

 握られた拳が怖い。

 ――どうして私はこんなにも柳韻先生に恐怖している?

 

「そこで分からないのは“なぜ私と雪子さんが箒と離されるか”だ。箒を守るのに国を利用する。そこはいい。だがより箒の安全を重視するなら盾は多い方がいいはずだ。束の私に対する想いなどを考慮した結果、束は私をオトリに使う気なのだと気付いたのだよ」

「あの……それは」

「――千冬君、私は別に君に対しては怒っていない」

 

 再度柳韻先生の手が私の頭の上に乗せられた。

 なぜかその手の感触に安堵する。

 ――あぁなるほど、思い返してみれば私は柳韻先生に怒られた事も叱られた事もなかったな。

 まさが自分にこんな感情があるとは……。

 

「私が怒っているのは雪子君を巻き込んだ事だ。私をオトリにするのは構わない。だが雪子君までオトリに使うとは……」

 

 頭に乗せられている柳韻先生の手に力が入る。

 先生の怒りは当然のものだ――

 だけど、それこそが二人の命を守る方法でもある。

 束に雪子さんと箒を一緒にするよう言うのは簡単だが、それは神一郎の知っている未来と大きく変わってしまう可能性が有る。

 その結果もし雪子さんに万が一があった場合を考えると、安易な提案は出来ない――

 

「すみません柳韻先生……私は……」

「うん? なぜ千冬君が謝るのだね?」

「それは……」

 

 柳韻先生に優しくされると、罪悪感から全てを話したくなってしまう。

 心が弱いな私は――

 

「束と千冬君が裏でなにやら動いているのは知っていた」

「――はい?」

「白騎士事件の動画はテレビのニュースでも流れていたからね。私が千冬君の体捌きを見破れないとでも?」

 

 最初から白騎士の操縦者だと知っていた?

 確かにたまたま撮影された動画などがテレビで放送されていたのは知っている。

 だが私はあの時は技も何も使っていない。

 ミサイル相手にただ作業的に白騎士のブレードを振るっていただけだ。

 まさかそれで見破られるとは――

 

「柳韻先生……先生はどこまでご存知なんですか?」

「私は何も知らないよ。これはそうだな――親の勘と言うやつだ。『束が何か企んでいる。それに千冬君も関わっている』とね」

「……なぜそれを問わないのですか?」

「それは束にかね? それとも千冬君に?」

「両方です」

 

 柳韻先生が困ったような顔で頬をかく。

 なぜ今まで束と私を放置していたのだろう?

 

「質問に答える前に一つ聞きたい。千冬君が束に協力したのは何故かね? あのミサイルは束が撃ったものなんだろう?」 

 

 そこまで知って――

 いや、知っているのではない。

 証拠は何もないが、柳韻先生は束がやったと確信しているんだ。

 しかしどうする……。

 正直な話、全て話した方が良い気がする。

 柳韻先生が何も知らないなら話は別だが、ここまで来ては下手に隠しだてはしない方が良いだろう。

 自分の罪を告白したい。

 そんな感情は否定出来ないが――

 

「私は“お金の為に束に協力しました”」

 

 柳韻先生の目を見て私は素直に告白した。

 目は離さない。

 篠ノ之家一家離散の原因を作った一人して私は――

 

「そうか、千冬君の就職先は――。なるほど、合点がいった。だから束に協力したのか」

 

 殴られ怒鳴られ罵倒される。

 そんな想像した私に他所に、柳韻先生はアゴに手を当てしきりに頷いていた。

 

「怒らないのですか? 柳韻先生と箒を引き離す原因の一旦は私にも有ります」

「千冬君は『弟の生活と束への義理』と『篠ノ之家』を天秤にかけ、前者を取っただけの話だ。怒るほどでもない」

 

 娘と離れ離れになるのに怒るほどでもない? 

 今日の柳韻先生は本当に分からない。

 道場に来てから振り回されっぱなしだ。 

 

「千冬君、正論を言うだけならとても簡単なんだよ」

 

 困惑する私に対し、柳韻先生は微笑む。

 どことなく、今の柳韻先生は神一郎に重なる。

 

「人には優先するべきものがある。それは家族であったり、恋人であったり、人によって様々だ。私が『人の家庭を壊してまでお金が欲しいのか!』と怒るのは簡単だ。だがね、そう言うなら私は千冬君に対し他の道を示さなければならない。私には千冬君と一夏君を養う事ができない以上、安易に千冬君の行動を断罪することはできなのだよ」

 

 それが大人と言うものだ。

 そう言って柳韻先生は足を崩した。

 

「それにね、私はいつかこんな日が来ると思っていた」

「――えっ?」

「父親として恥かしい話だが、私は昔から束を理解出来なかった。人を人とも思わぬ人間性、どこから学んだのか理解出来ない知識、正直あの子は生まれる時代を間違えたと思っていた」

 

 柳韻先生が寂しそうに笑う。

 

「だがそれも束が幼い内だけだ」

「そうなんですか?」

「束が顔に傷つけて帰って来た時は、目が飛び出すかと思ったぞ?」

 

 さっきまでの寂しそうな顔はなんだったのか。

 今の柳韻先生の口調はまるでイタズラ小僧を叱る様だ。

 

「あ、あれは、その、束にイラっときてつい――」

「はは、アレは本当に驚いた。なんせ束が珍しく上機嫌だったからな」

 

 顔が火照る。

 柳韻先生が言ってるのは私と束が始めてケンカをした時の話だ。

 あれはなんて言えばいいのか――そうだ、黒歴史だったか? 誰が考えた言葉かは知らないが、実に適切な言葉だ。

 

「やめてください柳韻先生。それは忘れたい過去です」

「いやすまん。この年になると昔が懐かしくてな。でどこまで話したか……あぁそうだ。束の話だったな。あの子はもっと昔に産まれればと、そう思っていた時期もあった」

 

 確かに私もそう思った時はある。

 科学が科学と言う名前が付く前なら、今ほど束を求める人間は居なかっただろう。

 

「束がISを作っている時、一度だけ私に自慢してきたことがあった――」

 

 柳韻先生に自慢? 束が? 

 嫌な予感しかしないな……。

 

「シールドエネルギーやら拡張領域やら言われてもよく分からくてな。『つまり凄い宇宙服か? 凄いじゃないか』と言ったら、本気で怒られたよ……」

 

 あぁ……やはりそうなったか。

 未だにパソコンはどころか携帯電話さえ使えない柳韻先生がISを理解出来る訳がない。

 怒るのは束が悪いが――

 “凄い宇宙服”ってなにも間違ってないじゃないか。

 たぶん柳韻先生は、専門用語や束の発明の凄さが分からず、しどろもどろに返事をしてしまったんだろう。

 

「私がISの凄さを理解したのは“白騎士事件”の映像を見たときだ。空を飛び、迫り来るミサイルを撃ち落とす千冬君の姿を見た瞬間、私は自分の失敗を悟ったよ」

「失敗ですか?」

「私がしっかりとISの危険性を……いや、大人の汚さをちゃんと束に教えていれればとな……」

「大人の汚さ……ですか?」

 

 普段の柳韻先生らしからぬ言葉だ。

 

「あんなものを見て『アレは凄い宇宙服だ。これで宇宙開発が進むぞ!』などど思う訳がない。多方、束はそんな人間も御せると思ったのだろうが――」

「束はISの兵器化も想定してたようです。本人も最初はしょうがないと納得してたようですが――」

「そこまでは見越していたか……。その後はどうかな? 全て束の予想通りに進んでいたかね?」

「それは……」

 

 全て予想通りではない。

 ISだけではなく、過去の発明や研究も注目された束は、自身が作った技術を悪用する奴等の火消しに四苦八苦しているようだった。

 元は箒も自分で守る気だったようだが、それも途中で諦めた。

 とは言っても、私も束に大きな顔は出来ない。

 神一郎から未来の話を聞いた時、一家離散と聞いても、私は“束ならなんとかするだろう”と思っていたから――

 つまり私も束も“大人”を甘く見ていたと言うことだ。

 

「千冬君、君は自分の行いを悔やんでいるかい?」

「――後悔をしていないと言えば嘘になります」

 

 ISを発表する時、もっと他に良い方法があったのではと思う時もある。

 だが神一郎が言っていた。

 『束さんが平和裏にISを発表していても、どうせ敵はできる』と――

 結局、IS自体に価値があるから騒がれるのだ。

 いっその事、大量生産して希少性をなくし、一気に世に出してしまえば……。

 

「千冬君?」

「っ!?」

 

 私は今何を考えてた?

 それは絶対に思っていけない事だ。

 無秩序に広めれば悪用する人間は大勢出てくるだろう。

 束の努力を見ていた私がそれを否定するなんて――

 

「千冬君、なにやら思い詰めているようだがね、もし『誰が悪いか』という話なら、それは親の私だ」

 

 いつまにか握り締めていた私の拳に、柳韻先生がそっと手を重ねてきた。

 

「もし私がもっと頭が良く、束の良き理解者だったら――。もし私にもっと人脈が有り、束がISを広める為の力になれたら――。きっとこんなことにならなかっただろう」

 

 柳韻先生が悔しそうにそう呟く。

 待ってください柳韻先生。

 なぜ先生がそんな顔するんですか?

 

「そもそもだ。本気で束のことを思うなら、束の知能の高さを知った時にアメリカにでも引っ越すべきだったのだ」

「アメリカですか?」

「向こうならば束の様に知能の高い子供を集める施設などもある。つまりだ、束の知性の高さを理解しながらなんの手も取らなかった私が一番悪いのだよ」

 

 もしかしたら他の誰でもない、柳韻先生が一番今の状況を悔やんでるのかもしれない。

 こんな事を私が言うのは筋違いかも知れない。

 だけど――

 

「柳韻先生は何も間違っていません」

「千冬君?」

「私が一人で苦しんでた時、私に手を差し伸べてくれたのは柳韻先生です」

 

 柳韻先生が保護者として後ろ盾をしてくれたら、私は一夏を育ててこれた。

 親の居ない私が学生をしながら働けたのも全ては柳韻先生のお陰――

 

「まず私はこうするべきでした」

 

 両手を床に付け、頭を下げる。

 

「柳韻先生。私は罪を犯しました。お世話になった柳韻先生の気持ちを裏切るような真似をしてしまい、申し訳ありません」

 

 束の為、一夏の為、未来を変えない為、言い訳は色々ある。

 だが、私がすべきことはまず謝る事――

 

「顔を上げなさい」

「――はい」

「千冬君……君と束がやった事は犯罪だ。人的被害がなかったが、やったことはテロ行為だ。決して許される事ではない」

「はい」

「だが束も千冬君もまだ子供だ――」

 

 ポンと、私の頭にまた柳韻先生の手が乗せられた。

 

「反省しているなら、悔やんでいるなら、これから挽回しなさい」

「これから……」

「そうだ。これから来るISの時代、表からは千冬君が、そして裏から束が作って行く時代だ。

私に負い目を感じていると言うのなら、私が『彼女は私の弟子なのだ』と誇れる様に尽力して欲しい」

「――それが罰になるのですか?」

 

 今、私は罰せられたいと心から望んでいる。

 しかし柳韻先生の口から出た言葉は、言い方は悪いが非常にヌルいものだった。

 少なくとも篠ノ之家に対して不義理を行った私に対しては優しすぎる。

 

「ISを使ったスポーツが始まるらしいね? ISを使ったオリンピックの様なものだと聞いたのだが」

「ご存知でしたか」

 

 質問の答えの変わりに出てきたのは、モンド・グロッソの事だった。

 今はまだ表に出てきてない情報だ。

 私は神一郎に聞いていたから知識として知っているが。

 

「束の親として気を使ってもらっていてな。IS関連の情報は万が一どこかに漏れても問題無い範囲なら――という条件で少しだけ流して貰えている」

 

 研究機関への面接の時には何も言われなかったが、既にモンド・グロッソの開催は決まっているようだ。 

 

「束に競技内容なんかも聞いているかね?」

「えぇ、まぁ」

 

 頭を下げた直後に嘘を付くのは流石に堪えるが、神一郎から聞きましたとは言えないのでしょうがない――。

 “すみません柳韻先生”と、心の中で頭を下げる。

  

「ISの兵器としての開発を誤魔化す様な物ばかりだ。まったく、アレでは束も辟易するのもしょうがない」

 

 兵器開発を誤魔化す為の茶番……は言い過ぎかも知れないが、間違ってはいないはずだ。

 知恵が有る人間なら、兵器開発を誤魔化す為のイベントだと考えるだろう。

 だが、『そうは思っても、声を大にして反対する人間は少ないでしょうね。危惧する事は多々あれど、ISの戦う姿はロマンが溢れすぎですから』とは神一郎の談だ。

 まぁ束も悪いんだがな。

 アイツはIS本来の使い方、宇宙開発以外で使われるのは渋るクセに、ISが注目されるのは嫌ではないのだ。

 その所為で、モンド・グロッソは競技を謳いながら物騒な内容になってしまった。

 

「ISに乗って戦う代表選手をその内選ぶらしいが、千冬君、その大会に出るつもりは?」

「あります」

「ふむ……。千冬君なら優勝候補筆頭だろう。だが千冬君、君は私の言った“罰”の事を少し甘く見ているようだね」

 

 そう言って柳韻先生が目を細めた。

 甘く見ている?

 私は束以外に負ける気がしない。

 それは“見下し”ではなく“自信”だ。

 少ない私の人生経験だが、今まで私と競えるのは束しかいなかった。

 それは柳韻先生もご存知のはず――

 

「これから君は多くの人間に注目されるだろう――。君は常に求められるはずだ。『正しい人間の姿勢』を」

「正しい……人間」

「君は日本人にとって憧れでなくてはならない。誰も彼もが君に理想を押し付けるだろう『自分達の理想の代表像』を」

「まるで私がIS操縦者の日本代表に選ばれ、大会で優勝することが決まってる様な言い方ですね」

「君は絶対に勝たなくてはならない。それも責任の一つだ」

 

 私の責任。

 もし代表選考から落ちたり、モンド・グロッソで負けてしまえば、それはISの行く末を他人に任せるということ――

 白騎士事件を起こし、ISを広めた一人として私は絶対に日本代表に選ばれ、そして優勝しなければならないと言うことか。

  

「君は負けられない。周囲に弛んだ姿も見せられない。どうだ? 罰としてはかなり厳しいと思うのだが?」

 

 言われてみれば確かに厳しい内容だ。

 私は一生ISから離れられない。

 そして、この胸の中にある柳韻先生や雪子さんへの罪悪感を抱えたまま生きていかなければならない――

 

「謹んでお受けしま「更にだ……。ISに関わる人生を歩くと言うことは束と一生関わると言うことだ」――しま――」

 

 束と一生?

 思わず言葉が詰まる。

 

 ――――目に浮かぶのは、満面の笑みで私に向かって親指を立てる束の姿……。   

 

「おっと、私とした事が人の話を遮ってしまうとは――。それで千冬君、束のそばに千冬君が居てくれるなら親としてありがたいんだが、どうかね?」

 

 柳韻先生の顔を何一つ変わらない――

 だがどうしてだろう。

 今の先生が笑っている様に見える。

 

「謹んで……お受けします……」

 

 今更嫌だとは言えない。

 もしかして、私から言質取りました?

 いやいやいや。

 真面目な先生に限ってそんな事するはず……。

 

「うむ、束を一人にするのは色々と心配だったが、千冬君が一緒なら心強い。もし束が暴走しそうになったら、その時は手綱を握ってくれ」

 

 これも罰の一つなんだ。

 そう思う様にしよう――

 

「さて、長くなってしまったな。今日は話を聞かせてくれてありがとう」

「待ってください」

「うん?」

 

 話を終わらせ、腰を上げようとする柳韻先生を呼び止める。

 まだ私には聞きたい事があったからだ。

 それを聞かなけれ私は――

 

「柳韻先生、最後に一つだけ聞かせてください。先生は私や束に対して怒りや憎しみはないのですか?」

「怒り……か」

 

 柳韻先生が上げようとしていた腰を下ろし、困った様に笑った。

 

「最初は怒りはあった。ミサイルを撃ち落とす君を見た時、『バカ娘とバカ弟子め!』と心の中で思ったのは事実だ」

「……大変ご迷惑お掛けしました」

 

 何度目か分からない謝罪。

 私って奴は本当にダメだな。

 

「白騎士事件の後、束や千冬君を問い詰めようにも、私は束の親として色々と引っ張りだこでな。そんな時間は作れなかった」

「……本当にご迷惑お掛けしました」

「いや、今は良かったと思っている。束に会う前に考える時間が作れたからね」

「そうなのですか?」

「白騎士事件の直後、感情のままに束を叱りつけていたら、私と束の溝は修復不可能なくらい酷くなっていただろう」

 

 束は柳韻先生を軽視している。

 だが積極的に害をなす気はない。

 少なくとも、柳韻先生を敵とは思っていないのだ。

 だがもし、白騎士事件の直後に束を怒り感情をぶつけていたら……。

 確かに時間が空いて良かった。

 

「私が会った人間は政府や研究所、企業と様々だった。だが話しの内容は同じだ。『束との仲を取り持って欲しい』とね。私は訪ねた『ISをどの様に使うのですか?』と」

「それは……」

「相手も流石に『次世代の兵器として活用したい』などとバカ正直には言わなかったが、言葉の裏に本当の気持ちが透けて見えたよ」

「それで柳韻先生はどう思ったのですか?」

「なに、束からISは宇宙開発の為の物だと聞いていたのでね、様々な機関、企業との話を終えた私の心にあったのは、“束への哀れみ”だった」

 

 哀れみ――

 そうか、柳韻先生は娘が作ったものが正当に評価されず悲しんだのか。

 

「束がやった事は犯罪だ。なぜあの様な事をしたんだと怒りもある。だがそれ以上に、私は娘の夢が蔑ろにされた事がただ悲しかった」

 

 親として怒るべきか、悲しみべきかの葛藤があったのだろう。

 私には先生の気持ち――親の気持ちは理解できない。

 いつか柳韻先生と同じ悩みを持つときが来るのだろうか?  

 

「それで色々考えたが、束の好きにやらせることにした。今更道徳だの問いたところで束は反発するだけだろうし、かと言って私が力になれる事もないからな」

「――束を信じると言うことですか?」

「それは違う。親がこんな事を言うのは間違っていると思うが、私は束を信じられない」

 

 私の気持ちは真っ向から否定された。

 おかしいな。

 こんな場面では『親として束を信じている』とかの流れではないのか?

 いやまぁ束を信じないのは正解だと思うが――

 

「なにもそんなに難しい話ではない。子供に好きにさせる。道を踏み外したら親として責任を取る。世間一般、世の親御さん達がやっている当たり前のことをしようと思っただけだ」

「……まさか柳韻先生……」

 

 責任――

 つまりそういう事なんだろうか?

 

「そんなに怖い顔をしないでくれ千冬君。なにも『束を殺して私も死ぬ』などと言うつもりはない」

 

 柳韻先生に指摘され、自分の眉が寄っている事に気付く。

 私は眉間を揉みながら安堵した。

 もし柳韻先生と束が殺し合いになったら私は――

 

「まぁそんな事態にならないと言い切れないがな」

 

 ……はい?

 

「一言で責任の取り方と言っても様々だ。罪は消せないと言う人もいる。神によって許されると言う人もいる。司法国家では罰金の支払いで償ったことになる場合もある。私が親として束の命を奪う事になるかどうかは、束のやらかし度次第だ」

 

 問題は私が束より弱いと言うことだな。と付け足して、柳韻先生が豪快に笑う。

 先生は覚悟しているんだ。

 万が一の場合は自分が手を汚すと。

 その覚悟をした上で娘の好きにさせようと――

 親か……。

 羨ましいものだ。

 

「それにだ。もし何も問題が起きなければ、考え様によっては保護プログラムは悪くない」

「何かメリットでもあるんですか?」

「束が何も問題を起こさなければ、保護プログラムなど日本各地を見て回るただの旅行ではないか。娘に孝行されていると思えば……うむ、悪くない。保護プログラムの予算は恐らく税金だろうから、そこだけは多少の後ろめたさはあるが、束がもたらした国益を考えれば、予算全て束が稼いだお金だと思っていいだろう。む? 千冬君も関係者だから、これは二人からの孝行か。ありがとう千冬君」

 

 そう言って柳韻先生は私に軽く頭を下げた。

 

 ――なぜか私がお礼を言われてしまった。

 ただの旅行? 孝行? 私と束からの?

 柳韻先生は本気で言ってるだろうか?

 確かに何も問題が起きなければそう言っていいだろうが、そんなのんびりした話ではないだろう……。

 少なくてもそんなことは柳韻先生も承知のはず。

 もしかして先生は、最悪を想定して覚悟をし、最良を想像して楽しんでいるのだろうか?

 ――これが“大人”か。

 

「ふっ――ふふ」

「何か面白い事でもあったかね?」

「いえ、失礼しました」

 

 思わず漏れてしまった笑い声を必死に押さえる。

 柳韻先生はそんな私を穏やかな顔で見つめていた。

 先生、約束します。

 束が無茶をしそうになったら私が必ず止めます。

 口には出さない。

 束の耳がどこにあるか分からないからだ。

 柳韻先生の為に束を止めるなどど聞けば、アイツは絶対にロクでもない行動を起こすに決まっている。

 

「千冬君」

「はい」

 

 柳韻先生が顔を引き締め真面目な表情を作る。

 それに釣られ私も佇まいを正す。

 

「私が一番心配しているのは箒のことだ。箒の問題だけはどうしようもない。一応、定期的な電話や文通が出来ないか国の人間に打診してみるつもりだが、恐らく断られるだろう」

 

 互の居場所が漏れないようにするための処置、と言えば聞こえは良いが、恐らく本音は箒を孤立させたいのだろう。

 箒自らが束捕獲の為に、国に協力するよう仕向ける為に――

 

「箒のことを束はなにか言っていたかね?」

 

 箒のことは神一郎に任せてある。などとは言えないか。

 

「はい、詳しくは聞いてませんが策は有るようです」

 

 束もなにかしら動くようだったし、間違ってはないだろう。

 

「そうか、それを聞けて安心したよ」

 

 柳韻先生が軽く息を吐いた。

 束に『ISを捨てて夢を諦め、悪目立ちする才能を封印して大人しく生きろ』とは言えず、かと言って『束の夢に為に平凡な日常を諦めてくれ』なんて箒には言えない。

 柳韻先生は二人の間で苦悩してたのだろう。

 

「私はこれから出かけなくてならないので失礼するよ」

「はい、今日はありがとうございました」

 

 道場から出て行く柳韻先生の背中が見えなくなるまで、私は頭を下げ続けた。

 

◇◇ ◇◇

 

 

 柳韻先生を見送った後、私は神一郎との約束を守る為、私服に着替え箒に部屋に向かっていた。

 箒の部屋の前はで、雪子さんが困った顔をしながら立ち尽くしている。

 

「雪子さん、箒は?」

「千冬ちゃん、お話終わったのね。箒ちゃんは部屋よ。呼びかけてるんだけど、出てきてくれないの。無理矢理入るのもどうかと思って、箒ちゃんが落ち着くの待ってたのよ」

「そうですか――。私が代わっても?」

「ならお願いしようかしら。私よりも千冬ちゃんの方が箒ちゃんも色々吐き出せると思うし。ダメね私、結局束ちゃんの力にも、箒ちゃんの力にもなれないなんて……」

 

 雪子さんの顔に寂しさと悔しさが滲む。

 堅物で一言足りないことが多い柳韻先生、問題児の束、子供の箒――

 私が言うのは筋違いかもと思うが、雪子さんはこのクセの強い一家の縁の下の力持ち……一種のまとめ役をよくやっていると思う。

 

「雪子さん、お茶の準備をお願いしてもいいですか?」

「お茶?」

「えぇ、後で箒を連れて行きますので待っていてください」

「――それじゃあ美味しい和菓子も一緒に準備しておくわね」

 

 雪子さんがにっこりと笑いながらドアの前から離れ、居間の方に戻って行った。

 さて、ここからが私の出番だ――

 

「箒、聞こえてるな?」

「――――」

 

 私の呼び掛けに返事はない。

 ただ、微かにすすり泣きが聞こえる。

 

「週末に一夏と遊園地に行くつもりだが、お前も来るか?」

 

 まず軽いジャブで様子を見る。

 

「――って言うんですか?」

「ん?」

「今更一夏と仲良くなって何になるって言うんですか!?」

 

 箒の叫び声を聞いて心が軋む。

 私が悲しむのも後悔するのも後だ。

 落ち着いて考えろ、こんな場合どうすればいい? 例えばそう、神一郎なら――

 

「お前は一夏と遊ぶ事に意味がないと言うのか?」

「意味? 意味ですか? そんなのありません! 私はもう少しでここから去るんですよ!? 一夏と会うなんて……そんなの辛いだけじゃないですか!!」

「ここで何もしなければ、お前はただの過去の存在になるぞ? それでも良いのか?」

「そんなの……だってどうすれば……。私は……」

「箒、お前は一夏が好きなんだよな?」

「……はい」

「だが、今はただの友達だ。保護プログラムを受ける以上、仮に付き合う事になっても遠距離恋愛さえ許されない」

「…………グス」

「なぜお前が保護を受けるのか……。それはお前が子供だからだ。もっと大きくなり力を付けた時、その時に一夏に告白でもなんでもすればいい」

「恋愛は大人になってからにしろとでも? 一夏がどれくらいモテるか知らないんですか? どうせ一夏の隣には……」

「将来一夏の隣には自分の知らない女が立っているかも知れないか――。なるほどな、で、それがどうした?」

「どうしたって……だから……」

「そんなのはな……寝取ってしまえばいいんだッ!!」

 

 ガスッ!(何かがぶつかる音)

 ドサッ!(何かが落ちる音)

 ガンッ!(何かが硬い物にぶつかる音)

 

「ななな何を言ってるんですか千冬さん!?」

「ん? 出てきたか。どうした箒、まるでテーブルを蹴っ飛ばして上に乗ったものを散らかしたうえ、ドアに頭をぶつけた様な顔をして」

「全部当たってます!」

 

 どうりで箒の額が赤くなっていると思った。

 涙目なのは悲しみだけじゃなくて足をぶつけたからか。

 

「それで遊園地はどうする? 行くか?」

「待ってください。ちょっと考えが――」

 

 わたわたと箒にしては珍しく取り乱した姿を見せる。

 寝取りの一言が悪かったのだろうか?

 

「あの、千冬さん。寝取れって……その……」

「そのままの意味だ。一夏に女がいたら、寝取って自分のモノにしてしまえと」

「千冬さんは良いんですか? それは許されないことでは……」

 

 確かに常識で考えれば推奨される事ではない。

 いやそれよりも、仮に一夏に彼女がいて、箒に誘惑されたからといって彼女と別れたら、私は姉としてかなりがっかりする。

 女としてもそんな軽い男で良いのかと思うが、本人達が納得するなら構わないだろう。

 修羅場になるかもしれないが、それは一夏の問題だ。

 姉の出番ではない。

 

「私は別に構わん。ヤリたければヤレ」

「ふあっ!?」

 

 箒の額だけではなく、顔全体が赤く染まる。

 これは箒が喜んでると思っていいのだろうか? だとしたら恋愛ドラマを見る様にしといて良かった。

 

「箒、それで遊園地はどうする? ホテルの予約を取りたいから早めに返事が欲しいんだが」「ホテル?」

「千葉の……ネズミーランド? ネバーランド? だかに行こうかと思っていてな。あぁ言っておくが流石に二人きりは無理だ。三人で泊まることになるが」

「三人? あの姉さんは仕方ないとして、神一郎さんは?」

「アイツは今この町に居ない。私用で地元に帰っている」

「そうなんですか? そんな話は一度も――」

 

 この嘘もどうせその内バレるだろう。

 のけ者にしてすまないな箒。

 

「箒、週末は泊りがけで遊園地だ」

「はい」

「その次は動物園だ。もちろん水族館にも行くぞ」

「はい」

「――大丈夫か?」

「平気です」

「ならなぜ泣く?」

「……へ?」

 

 ぽろぽろと箒の目から涙が落ちる。

 

「ち、違うんです、これは……その、楽しみ過ぎて……嬉し泣きで……」

 

 箒の涙は止まらない。

 私は箒の体を抱き締めた。

 

「箒、今は泣いてもいい」

「はい……今だけです。私かこれから一夏と一緒に遊園地に行って、動物園や水族館にも行くんですから悲しいことなんて……ひっぐ……」

 

 箒の体をさらに強く抱き締める。

 箒の涙の原因を作った私がこうやって慰めるとは――

 あぁ……本当に嫌になる。

 だが逃げる訳にはいかない。

 

「姉さん……一夏……」

 

 一度流れ出した涙は堰を切った様に溢れ出した。

 箒は自分の口を私のお腹に当てて泣いた。

 叫び声が少しでも漏れない様に――

 




千冬×柳韻って難しいの(;_;)
千冬さんがなんだかんだで全てゲロる話でした。

お気付きだろうか?(ナレーション風)
作者はシリアスにしようとするが、作者自身がシリアスに耐えれず、空気を柔らかくしているのを!

クリスマス後日談は二日で書いたのに、これ2ヶ月ですよ奥さんwww
シリアスをきっちり書く作者さんを尊敬した。


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深夜の病室にて

ギャグに走りました。



 ゲームの世界ではよく会うが、リアルでは滅多に会わない友人からメールが来た。

 『久しぶりに飲まない?』と言うものだった。

 『仕事が忙しくて無理。人が辞めて人手不足なんだよ』なんて適当な事を言って誤魔化した。

 有給なんてとっくに使い切ってるのに――

 

 小学生の時からの付き合いがある親友からメールが来た。

 『部屋片付けといたぞ。約束通りパソコンの中身はハードディスクに写して貰って行くからな。お前が死んだらこれが形見かよwww』なんて馬鹿な事を言ってきた。

 それに俺は『俺が死ぬまで中身見るなよ? お前等に性癖バレとか病気が治っても自殺もんだwww』と返して、最後に『死んだら俺の骨は撒いてくれ。第一候補は摩周湖。第二候補は屈斜路湖な。無理そうだったら太平洋でヨロ』とメールを送った。

 

 

 生きるか死ぬか五分五分。

 そんな状態だったから、俺は親友と呼べる3人の友人以外に入院してる事は教えなかった。

 もちろん親にも―― 

 だってどんな顔をすれば分からないから。

 苦しんでる姿なんて見せたくない。

 泣き顔なんて見せたくない。

 死んでたまるかと歯を食いしばってる姿なんか見せたくない。

 親不孝かもと思ったが、親だってわざわざ子供の死に目なんて見たくないだろう結論付け、結局親には言わなかった。

 

 病気が進行した。

 ネガティブになりそうだったので、ひたすら楽しいことを考えた。

 保険が下りるのでお金はある。

 もろもろの必要経費を払っても手元にそこそこの金額が残りそうだ。

 病気が治ったら何をしよう?

 

 まずエロゲだな。

 入院中に楽しみにしてたエロゲが発売されたのでそれをやろう。

 朝はマックデリバリー、昼は店屋物の出前、夜はピザ。

 気の済むまで引きこもって積みゲー消化とか楽しそうだ。

 そして強制的に禁酒禁煙させられたのでそれの復活だな。

 久方ぶりの酒とタバコはさぞ美味だろう。

 それから――うん、旅に出よう。

 場所はそうだな、敢えて日本だ。

 バイク、車は止めておこう。

 ここはのんびり自転車で。

 自転車は……ロードレーサー?

 いや、俺は旅好きではあるが自転車好きではでない。

 うん十万掛けて買うのはもったいない。

 ――ふむ、ママチャリだな。

 青春を求める学生の様に、ママチャリで日本一周しよう。

 テントと釣竿、携帯ガスボンベとパソコン。それらを積み込んで日本一周とか最高だな。

 アニソンを聞きながらペダルを漕ぎ、星空の下でゲームとかもうね――

 ギャルゲーやエロゲーは星や旅を題材にした作品が良いな……やはり風来記しかないだろう。

 旅をしながら風雨来記とか贅沢すぎるな。

 そして、夜は名産品をツマミに地酒を飲んでまったりと。

 関西や九州、四国方面には行った事がないからワクワクが止まらないな。

 あっちで有名な酒のツマミになりそうなのはなんだろう?

 ――あれ? 関西の魚って何が有名なんだっけ?

 静岡なら桜エビやしらすなんだけど、その先の海って何が美味いんだ?

 四国まで行けば、鯛にカツオアワビ、色々有名なんだが――

 あぁそうだ――大阪ならカレイや車エビにハモだった。

 

 …………俺、なんでそんこと知ってるんだろ?

 一度も行ったことないのに――ない?

 いや、俺は知っている。

 だって食べたから。

 大阪の市場で、海鮮丼食べて……あぁそうだ、その後は高知でカツオの叩きを食べたんだ。

 なんで俺は行ったことないのに食べたなんて思ってるんだ?

 えっと……そうだ。束さんにISを貰ったから行ったんだ。

 あぁ……これは夢か。

 

 

 

 

 

 夢を夢と認識出来た瞬間目を覚ました。

 目に映るのは見慣れた――病院の天井?

 

「っ!?」

 

 慌てて飛び起き自分の手を見る。

 右手は小さい子供の手、左手は包帯が巻かれギブスが付けられていた。

 あまりにも見慣れた風景だったため、IS世界の出来事は夢だった? なんて思ってしまった。

 軽く深呼吸して気分を落ち着かせ、頭を動かす。

 薄暗い部屋の中、目を凝らして左手を見ると二人掛けソファーとテーブルが置いてあった。

 その奥にはドアがある。

 ドアの手前左手に扉があるので、恐らくそこはトイレかシャワー室――ユニットバスかもしれない。 

 どうやら広さ8畳程の個人部屋みたいだ。

 

 そんなことを考えながら、視線を右手に向けると――

 

「……」

 

 目を見開いて俺を見つめる束さんと目が合った。 

 

 

 プニ

 

 手を伸ばして頬を触る。

 柔らかい。

 

 ムニ

 

 鼻の穴に指を突っ込む。

 

 スパンッ!

 

 頭を叩かれた。

 痛い……。

 痛みがあるってことは、夢ではないのか――

 痛みといえば、今更だが体中痛い。

 ズキズキヒリヒリした痛みが全身に有り、左手は熱を持っている。

 切り傷擦り傷はもう少し減らすべきだったな。

 寝汗の所為で痛みが酷い。

 愚痴ってもしょうない事だけど――

 

「おはようしー君。悪い夢でも見た? 目を開けたと思ったら飛び起きるんだもん、ビックリしたよ」

 

 束さんが椅子に座ったまま、心配そうに俺の顔を覗き込む。

 

「見慣れた病院の天井だったので、あれ? もしかして束さんとの出会いは夢だった? なんて思ってしまいました」

「――私はここにいるよ?」

「そうですね」

 

 束さんの笑みがなんだかくすぐったく、誤魔化すように頭を枕に戻した。

 窓から風が入り込み、束さんの髪が揺れる。

 ――束さんは美少女だ。

 出会った頃に見れたあどけなさが消え始め、大人の顔付きになってきているが、まだ子供の名残を残しているため非常に愛らしい。

 そこは流石に認めよう。

 だが、だがだ……。

 ウサ耳、どうにかならんかね?

 コスプレとは日常に非日常を生み出すモノだ。

 ここは病室、時刻は窓の外を見るに深夜、ケガをしている少年と美少女。

 今のこの空間自体が非日常と言ってもいいだろう。

 だからこそ、ウサ耳が凄い浮いている。

 

「??」

 

 俺が何も言わないで見つめていると、束さんが不思議そうに首を傾げた。

 可愛い……が! ウサ耳が、ウサ耳が邪魔すぎる!

 もっと他にあるじゃん? 

 個人的にはセーラー服とかオススメです!

 

「束さん」

「うん?」

「そのウサ耳引っこ抜いていい?」

「唐突なパワハラ宣言!? 急に黙ったと思ったらいきなりなにさ!?」

「いや、ちょっと邪魔なんで、そのウサ耳取ってセーラー服に着替えてください」

「私の個性全否定!? いくらしー君の頼みでもそれは聞けない!」

 

 束さんが両手でウサ耳を守りながら俺から距離を取った。

 そこまでいやなのか……。

 残念だ。

 

「ま、束さんのウサ耳を引っこ抜くのはまた今度にして、一つ聞きたいんですが――」

「今度も何もそんな機会ないよ! それで何を聞きたいの?」

「――なんでここにいるの?」

 

 一通りボケて、寝起きの頭が回転し始めた俺の疑問はそれだ。

 もしかして千冬さんがミスって俺に重症を負わせたとか、目が覚めなくてアレから三ヶ月経っているとか、そういった事情が――

 

「箒ちゃんの件が解決するまで日本に居ようと思ってさ、でも暇だったから――」

「……ちなみに、今って何時です?」

「深夜2時だよ。半日ぶりだねしー君」

 

 おかしいな……。

 あの時、俺と束さんと千冬さんは感動的な別れをしたはずだ。

 個人的には『2年後に! シャボンディ諸島で!!』くらいの別れだったと思っている。

 それがなんで半日ぶりに――

 

「束さん、俺達って結構感動的な別れしたと思うんだけど……」

「ん? それってしー君とちーちゃんの話でしょ?」

「え?」

「思い出してみなよ」

 

 あの時は確か―― 

 

 『では“またな”神一郎』

 『えぇ、“また”です千冬さん』

 

 と、千冬さんと別れたのは覚えている。

 束さんとは――

 

「あれ? それらしい挨拶してない?」

 

 よくよく思い出してみれば、束さんに“別れの挨拶”を言ってなかったな。

 

「そうなんだよ。しー君は別れの挨拶的なことを私には言わなかった! してそれすなわち! それはしー君が私と別れたくないという気持ちがそうさせたんだと解釈したのさ!」

 

 束さんが頬を染め、まいったなもーとか言いながら体をクネクネさせている。

 ――この馬鹿は何を言ってるのだろう?

 

「いやでも、それっぽい感じの空気でしたよね? “俺達、もう気軽に会えなくなるな”って空気が充満してましたよね?」

「へ? 空気?? 私が空気を読むのはミサイルとロケットを撃つときだけだよ?」

 

 なんでリアルの空気は読めて雰囲気は読めないんですかねぇ?

 てか半日前は読めてたじゃん!

 

「うふり」

 

 俺が睨むと、その視線を束さんが含み笑いで向かい打った。

 もしや一杯食わされた?

 

「んふふ、ごめんしー君。もちろん嘘だよ」

「束さんや、嘘なら嘘で問題なんだけど?」

 

 本気で俺の夢を邪魔しに来た訳じゃないよね?

 可能性としては……あ、やり過ぎた説があるな。

 俺も強制保護プログラムが適用されるとかあるかも――

 

「そんな訳でお邪魔します」

 

 もぞもぞろ束さんが布団に入って来た。

 は? なんぞ?

 

「ちょっ!? なにして! いっ!?」

 

 止める間もなく布団に入り込んた束さんを俺の右腕を抱き抱える。

 柔らかな感触がスバラ! そしてキズが痛いっ!

 

「ねえねえしー君」

「……なんでせう?」

「気持ち良い?」

「……はい」

 

 横を見れば束さんの顔が目の前にある為、俺は天井を見ながら答えた。

 現在、俺の右腕はふにっとした幸せを感じております。

 

「ねえねえしー君」

「……なんでせう?」

「痛い?」

「……もちろん」

 

 さっきから、束さんが俺の体をまさぐっている。

 束さんの指が、体にできた傷口をなぞる様に動き回っている。

 胸板を女の子に撫でられるのは非常にエロティックですが、爪で傷口を刺激するのは止めてください。

 幸せと不幸のダブルパンチ――

 なにこれぇ?

 

「さてと、それじゃあ――」

 

 束さんが俺の手を掴み動かす。

 このすべすべやわらかな感触は!?

 

「どうかな? 束さんの太ももの感触は?」

 

 束さんが顔を寄せ、俺の耳元でそんなことを囁いた。

 やばい、マジで意味が分からない……。

 助けて千冬さん!

 

「ほら、すべすべでしょ? しー君の為にお風呂に入ってから来たんだよ?」

 

 むっちりすべすべ――

 俺はおっぱい星人の自覚はあったが、なるほど、太ももも良いものだ。

 それにさっきから良い匂いが――

 あ、ダメだこれ。

 匂いや感触を意識したら一気に持っていかれる! 目を閉じ、鼻ではなく口呼吸で誘惑に耐えろ俺!

 

「手を動かして良いんだよ?」

 

 束さんの息が耳にかかる。

 

「強情だねしー君は。もう少し……よっと」

 

 ――負けるな上腕二頭筋! 柔らかな感触に包まれようと負けるな!

 

「さらに、すーりすり」

 

 束さんが俺の腕を無理矢理動かして、自分の太ももに俺の手を擦りつける。

 

 勘違いしてはいけない。

 これは束さん流の誘いとか、そう言ったモノではないのだ。

 だって……束さんの指先が思いっきり手の甲の傷口を抉ってるからね! 

 上から無理矢理押すもんだから気持いやら痛いやら!

 

「良いよしー君。鼻の下は伸びたと思ったら次の瞬間には苦痛に歪む……。これこそが私の求めていた絵!」

「もう帰れよお前――ッ!」

 

 やだもう泣きそう。

 なんで俺こんな目にあってるの?

 

「ふっふっふっ。まあ困惑しちゃうよね。説明してあげるからさ、目を開けてよしー君」

「……変なことしない?」

「それは誘ってるのかな?(じゅるり)」

「誘ってねーよ!」

 

 お尻がゾクリとしたので、身の危険を回避する為に目を開けた。

 

「(ニコニコ)」

 

 俺の視界は笑顔の束さんでいっぱいだった。

 楽しそうで何よりです。

 

「で、このセクハラ&パワハラはなに?」

「まあまあ。そんなに怒らないでよ(ふよふよ)」

「胸を押し当てた程度で誤魔化せるとおも痛ッ!?」

 

 痛みで言葉が止まった。

 こいつ手の甲のキズに爪を差し込みやがった!?

 思わず睨む俺を見て、束さんの笑みがますます深くなる。

 

「ちなみにしー君のキズの抉り具合は、しー君の右手の力の入れ具合に比例しています。束さんの太ももに触る力が強いほど痛い思いをするから気をつけてね?」

 

 ……悪気はなかったんです。束さんのおぱーいにビックリして、つい力が入っただけなんです本当です。

 ……俺は誰に言い訳してるんだろう?

 

「束さん、急展開すぎて着いて行けないのでぜひともご説明を」

「あのね、しー君やちーちゃんと別れた後、私は一人で国内に作った秘密基地に居ました」

「ほう」

「念願の自由、やりたい事も作りたい物も沢山ありました」

「ほうほう」

「でもね、全然集中できなくて、私はそれらにまったく手が付けられませんでした」

「ほうほうほう」

「理由は分かるよね?」

「いえまったく」

「箒ちゃんの顔がチラつくんだよ! 何かしようと思っても、常に箒ちゃんの悲しそうな顔が脳裏に浮かぶんだよしー君!」

「分かった。分かったから落ち着け! やめ――ギャァァァ!?」

 

 束さん泣きながら抱きつて来た。

 強く抱きしめられてキズが開く!?

 ついでに束さんの爪が傷口に刺さっている!?

 

「お願いだから離れて束さん!」

「しー君は傷心の私に優しくしようと思わないの!? もっと慰めろ!」

 

 命令形とは随分余裕じゃないかこのヤロウ!

 だがやってやんよ!

 その巨乳に感謝しろ!

 

 ――泣いた女の子ってどう慰めれば良いんだう?

 ――力を貸してくれ俺のエロゲ脳!

 

「よ~しよしよし」

 

 脳内選択肢には『頭を撫でる』しか出てこなかった。

 使えねーなエロゲ主人公!

 てか俺の脳内って何時でもこれしか選択肢ない気がする……。

 

「えへへ~」

 

 意外と喜んだ。

 流石はエロゲ主人公!

 

「よしよし」

「ん~♪」

 

 取り敢えず頭を撫で続ける。

 俺にはこれ以外の選択肢はありません。

 

「それで束さん」

「ん~?」

 

 束さんは気持ちよさそうに目を細め油断している様に見える。

 今なら行けるか?

 

「なんで俺に絡んできたの? 絵がどうのこうの言ってたけど」

「それはね~。箒ちゃんの悲しい顔を思い出さない様に、しー君の楽しい顔とか見ようと思ったからだよ~」

「楽しい顔?」

「私の色気にドギマギするしー君。私にキズを抉られて苦痛に歪んだ顔をするしー君。ご馳走様でした~」

「それは千冬さんじゃダメなの?」

「昨日の今日でちーちゃんに合うわけにはいかないじゃん。その点しー君は気楽に会えるし、そもそもちーちゃんに粗相したら殺されるし」

「そっか~」

「そうだよ~」

 

 ただのストレス発散だこれ。

 

「む? しー君手が止まってるよ?」

 

 そっかそっか、ストレス発散か――

 窓が開いているのはそこから侵入したからか、へー。

 束さんを撫でるのを止め、ほっぺに手を添える。

 

「束さん」

「うん?」

「俺の立場を理解してんのかコラッ!」

「あだだだっ!?」

 

 ほっぺたを思いっきり抓る。

 

「なんの為にあんな茶番したか分かってるの?」

「もげるっ! しー君もげちゃうよ!?」

 

 引っ張り、捻り、揉み込む。

 今回はそう簡単には許さんぞ。

 

「いひゃい! いひゃいよ!」

「相変わらずのもちもち具合ですね。俺、前から束さんのほっぺたを食いちぎりたいと思ってたんです」

「食われる!?」

 

 束さんが泣きながらイヤイヤするので、しょうがないか手を離してあげる。

 まったくもう――

 

「オラ出てけ!」

「にゃ!?」

 

 束さんの体の向きを変え、お尻を蹴っ飛ばしてベッドからたたき出す。

 動いたり力を入れるとキズが痛いが、ここ根性で我慢だ。

 ドサリと音がして束さんがベッドから落ちた。

 

「あいたっ!? もうしー君てば激しすぎ」

「今回は流石に悪ふざけが過ぎませんか?」

「悪いと思ったからサービスしてあげたのに……。さあしー君、布団を持ち上げて、空いてるスペースをぽんぽんと叩きながら誘ってみよ? 色々サービスしてあげるよ?」

「――でも触ったら俺の傷口を抉るんでしょう?」

「それはもちろん」

「一応……一応確認しますが、恥ずかしくないんですか? 俺に触れられても平気なんですか?」

「やだなーしー君。しー君は犬や猫に触るとき性別考えるの? 考えないでしょ? つまりそう言うことだよ」

 

 へー。

 その理論なら触り放題ってことだな?

 

「そしてじゃれてくる程度なら許すけど、オス犬が腰振って飛びかかって来たら躾も当然だよね?」

 

 自分でちょっとくらい体を当てるのはセーフだけど、性的目的のタッチはNGだと――

 まぁ理解はできる感情だ。

 男友達が何気なく触ってきても気にしないが、そいつがテント張ってたら俺でも殴り飛ばす。

 多少の痛みは甘んじるべきなのか……。

 くっ! 心が揺れる!

 

「束さん、もう少し罰なんとかならない?」

 

 それならオッケーなんだけど。

 流石に生傷に爪が刺さるのは痛すぎる。

 

「甘いぜしー君。罪には罰を、幸運には不幸を。私の太ももがそんなに安いとでも?」

 

 束さんがスカートをちょっとだけ持ち上げてポーズをとる。

 くっ! 艶めかしい!?

 対価の値下げ交渉は無理か。

 ならば――

 

「このキズ、束さんにやられたんだけど……」

 

 悲しい顔を作りつつ、上目使い。

 情に訴えればどうだ?

 

「はっ! しー君への罪悪感なんてちーちゃんの一言で消え去ったよ」

 

 束さんは俺の努力を嘲笑う様に鼻で笑った。

 よく分からないが、千冬さんが余計な事を言ったのは理解できた。

 

「束さんさ、そんなにドSだったっけ? 自分の体をエサにしてまで俺のキズ抉りたいの?」

「しー君はもっと私の心を理解してくれてると思ったのに……。あのねしー君、私は本当はしー君のお尻をぶっ叩きたいと思ってるんだよ! だけど無闇に叩くのは良くないと思ったからサービスしてるのさ!」

「……もう黙ってください」

「更に本音を言うなら、出来れば今すぐにでもちーちゃんにお尻をぶっ叩かれたいんだよ!」

「だから黙れよもう……」

 

 束さんの自信満々なセリフを聞いてゲンナリする。

 変態は生きるの楽しそうだな~。

 てか俺に対して警護や監視役居ないの?

 そろそろ助けてくないかな?

 

「しー君、その顔は『誰か助けに来いよ』って顔だね?」

 

 バレバレかよ。

 

「自分で言うのもなんですが、俺って重要参考人では?」

「そうだね。護衛ならドアの外、廊下にいるよ?」

「室内にいないのかよ……」

 

 プライベートを考慮して離れてくれてるのかな?

 おいこら公務員、守るべき一般人がピンチですよ!

 

「まぁ病室に居ないのはしょうがないよ」

「そうなんですか?」

「そもそも護衛って部屋に危険人物入れたら時点で負けだからね? 例えばこの病院なら、第一防衛ラインは敷地だね。その次に建物の出入り口。その二点を突破されないように人を配置してるんだよ」

「お偉いさんの隣にいる黒服は?」

 

 テレビなんかで国の代表の隣に並んでるのを見るが――

 

「あんなの肉壁しかやることないじゃん? しかも昔ならいざ知らず、最近は携帯型のロケランとかあるし、ほぼ意味ないよね」

「俺の護衛? の人達ってどこにいるんですか?」

「まずは敷地をグルッと囲むように配置されてるね。不審者や不審車が入らないように。5人だけだけど」

「5人!?」

 

 え? 俺安すぎない?

 

「そして入口や非常口、病院の各出入口にいるね。4人」

「4人!?」

「そして、万が一に備え部屋の前に1人」

 

 俺の護衛は10人だけか……。

 ぞろぞろと病室に居られても嫌だけど、それはそれで寂しいな。

 

「人員の多くは私の捜索に駆り出されてるからね。上も下もバタバタしてるから人手が全然足りてないんだよ」

 

 そりゃ束さんに比べたら俺の価値なんて低いのはしょうがないな。

 どちらかといえば俺には話を聞きたいだけだろうし。

 一応護衛を付けてるけど、それは他国の人間やスパイなんかが俺に近づけないようにする為かな?

 束さんの情報を自分達で独占したいんだろう。

 

「束さん、ちょっとタバコ買ってきてくれない?」

 

 どっと疲れたので頭を枕に戻す。

 もちろん束さんは布団に入れません。

 

「あれ? しー君てタバコ吸うの? そんな素振り見た事ないけど」

「生前、入院する時に強制禁煙を命じられまして。生まれ変わったら体内のニコチンが消えたせいか、吸いたい欲求が無くなったのでそのまま禁煙してました」

 

 タバコは百害あって辛うじて一利有り。

 禁煙できるならするに越したことはない。

 冷静に計算すると、タバコ代は年間10万以上だし。

 せっかく体がタバコを忘れてるなら、無理に思い出さなくてもいい。

 ただ今は、生前を思い出したせいで無性に吸いたい気分なだけだ。

 

「ふーん、意外……でもないか。でも残念だけどしー君、束さんは未成年なのさ」

 

 都合がいい時だけ未成年主張しやがって。

 まぁいい。

 今は煙より水だ。

 さっきから寝起きの体が水を欲しているのだよ。 

 

「束さん、ならそこの水を取ってください」

 

 ベットの横の机の上に置いてある物体に視線を合わせながらそうお願いする。

 中身が入っていると嬉しんだが――

 

「水? 水なんてどこにも……。あ、この急須?」

 

 ……最近の若い子は吸い飲みも知らんのか。

 急須で通じるからツッコミはしないけども――

 

「それです。中身入ってます?」

「うん、入ってるみたい」

 

 束さんが吸い飲みを軽く揺らし中身を確認してくれた。

 誰が用意してくれたかは分からないが、ありがたい。

 

「これなんなの?」

「それは病気やケガをした人が、寝たまま水を飲む為に作られた物です」

「ほうほう、それは便利だね。こんな感じ?」

 

 束さんが吸い飲みの先端を俺の口元の持ってくる。

 

「くれぐれもゆっくりお願いしますね?」

「はーい」

 

 先端を口に咥えると、束さんが吸い飲みを軽く傾けた。

 冷えいない生ぬるい水が口の中に入ってくる。

 寝起きの体には最高の一口だ。

 

「ふぅ。ありがとうございます」

 

 お礼を言って口を離す。

 さて、人心地付いたところで本題に入ろうか。

 

「それで束さん、本当の目的は?」

「ふぇ?」

「なにか大事な用があるんだよね?」

 

 空気を読まないと有名な束さんでも今の俺の状況は理解しているはずだ。

 もしこの密会が他者に見られ、篠ノ之束関係者として監視されることになったら、冗談抜きで俺は怒る。

 束さんもそれくらいは分かっているはずだ。

 

「ねえしー君」

「なんです?」

 

 束さんの顔から笑みが消え、真面目なものに変わった。

 やはりなにか重大な話が――

 

「国の連中がしー君の家の中を知らべてたよ?」

 

 束さんがニヤリと笑いながら話題を変えた。

 束さんがなぜ笑っているのかは分からないが、その辺は予想してたので、危ない物はすでに避難済みだ。

 だからどうした以外の答えはない。

 

「私が仕掛けた隠しカメラも全部潰されちゃったんだよね」

 

 それは黒服グッジョブだな。

 

「でさ、私は本当にしー君を見直しちゃったんだよ」

「何がです?」

「潔癖な自分をアピールするんじゃなくて、わざとそれらしい場所に物を隠すなんて、しー君らしいなぁと思ってね」

 

 ……なんでこう、見れられたくない場面に限って見られてるのかな?

 俺ってちゃんと首輪取れてるんだよね?

 

「しー君のベットの下に隠してあったエロ本を見つけた国の人間は苦笑い。ついでにそれを見ていた私も苦笑い」

「やめてくださいお願いします!」

 

 だってさ、年頃の男の子がエロ本の一冊も持ってないのは変だろ?

 リアリティ―を追求した結果、隠しておこうと思ったんだよ!

 

「寝室の隠しカメラが見つかる前にエロ本が見つかったからね、あの時の国の人間のポカン顔と言ったらもう――」

 

 束さんが今にもプギャーと言いながら笑い出しそうだった。

 見つかること前提で隠した物だから、国の人間にバレても恥ずかしくはないが、束さんにバレるのは話しが別だ。

 くっそ恥ずかしい。

 

「それで束さん、もう用はないですよね? 用がないなら帰れば?」

「話題を変えたい気持ちは分かるけど言い方が冷たすぎる!?」

 

 いやだって本当の気持ちだし。

 そしてさっきから、窓から入ってくる冷たい風でキズがヒリヒリするので閉めろと言いたい。

 

「てかさ、話しがあるのはしー君じゃないの?」

「俺ですか?」

「そうだよ。ちーちゃんが居ると言いづらいのかなと思って、こうしてわざわざ来たんだよ? もちろん私のストレス発散目的は否定しなけど」

 

 はて?

 俺が束さんに?

 心当たりはない。

 う~ん、束さんは何かを勘違いしてるっぽいな。

 

「俺は別に話しなんてないですよ?」

「ふむむ、それじゃあ言い方変えようか。しー君は私に“頼みたいこと”があるんじゃないかな?」

 

 頼みたいこと――

 それは確かにある。

 しかし、束さんは忙しいと思い言わずにいたことだ。

 まさかそれを察して来てくれたのか?

 帰れなんて言ってごめんね。

 

「束さん。お願いしても良いですか?」

「もちろんだよ。私はその為に此処に来たんだから」

 

 束さんが不敵に笑った。

 やばい。

 束さんの笑顔が頼もしすぎる。

 たんに暇潰しの材料が欲しいだけじゃね? なんて邪推してしまう自分の汚さが憎い!

 素直に甘えさせてもらいます!

 

「実は流々武なんですが……」

「え?」

「なにか?」

「えっと、取り敢えず話しをどーぞ」

 

 流々武の名前を聞いて束さんが驚いた表情をした。

 その反応が気にはなるが、話しを進める。

 

「前々から流々武に新しい機能が欲しいと思ってまして」

「新機能? しー君がそんなこと言うのは珍しいね。――想定と違う話しだけど、ちょっと興味出てきたよ」

「何か言いました?」

「んーん、なんにも。ささっ、続きを」

「それでですね。考えたんですが、ISで旅に出るのに一番の問題はISのエネルギーだと思うんですよ」

「流々武はエネルギー効率の面は良くないからね。ステルス使うと更にエネルギーの減りは早くなるし」

「そこで考えたんですよ。流々武のあの真っ黒なボディ……それを使うのはどうかと」

「と言うと?」

「太陽光発電ってどうでしょう?」

「う~ん。それはちょっと……」

「無理ですか?」

「無理ではないけど……、あのねしー君。それって結構無駄が多いんだよ。ISは電気で動いている訳じゃないから、電気をISのエネルギーに変換しないといけないし」

「でもそれなら旅先でエネルギー切れとかにはならないですよね?」

「言っても微々たるものだよ? それにただでさ薄い流々武の装甲が更に脆くなっちゃうよ?」

「俺に防御力って必要ですか?」

「……いらないね。了解だよしー君。その願い、叶えてしんぜよう!」

「さすが束さん! 略してさつたば!」

「その呼び方は成金みたいで嫌かも! でも賞賛は素直に受け取るよ!」

 

 ISに新機能なんて、今の忙しい束さんに頼むのはどうかと思ったが、意外と快く引き受けてくれた。

 これで旅がだいぶ楽になるな。

 人気のない湖畔で、釣り糸を垂らしつつラノベ片手に寝転び、その横では流々武が俺と同じポーズで寝転んでいる――

 実に素晴らしい!

 

「しー君、他にお願いはないの?」

「特にないですね」

 

 後々なにか欲しくなるかも知れないが、その辺は実際に旅に出てみないと分からないだろう。

 今は旅先でのエネルギーの心配がなくなるだけで十分だ。

 

「そうなんだ……」

 

 個人的には大満足なんだが、なぜか束さんは消沈気味だ。

 さっきの笑顔はどこに行った?

 

「なんで不満げなんです?」

「えっと……その……うー」

 

 束さんが俺をチラチラと見ながら唇を尖らせる。

 俺が頼み事をしないのが不満?

 いや、違うか。

 もしかして――

 

「束さん」

「っ!? なにかな!?」

 

 声を掛けると、束さんの顔がパァと明るくなった。

 

「そろそろ寝るんで帰ってください。もう俺から話すことはないので」

「うぇっ!? ちょっと待とうよしー君!? あれだよ? あんまり寝ると……」

「寝ると?」

「……背が伸びるよ?」

「良い事じゃないですか?」

「……じゃなくてその……」

 

 束さんが口ごもりながらなんとか会話を続けようとする。

 なるほど、だいたい狙いが分かった。

 束さんは恐らく、箒やこれからの事が心配で落ち着かないのだ。

 束さん夢に向かって一歩足を進めた。

 しかし、箒との別れなどがあり心中は穏やかでない――

 人間は辛い時や悲しい時に、誰かと一緒に居たいと思うのは普通のことだ。

 うん、密会がバレたら事だが、束さんに甘えられてると思えば悪くない。

 流々武のお礼も兼ねて、多少のリスクは目を瞑ろう。

 

「束さん、できれば素直に甘えられた方が嬉しいのですが?」

「そうなの?」

「甘甘でお願いします。束さんの女子力を見せてみろ!」

「よっしゃあ!」

 

 気合一発、束さんは椅子から立ち上がり身を屈めた。

 そして俺の手をキュッと握る。

 

「お願いしー君。1人は寂しいの……朝までお話ししよ?」

「しょうがないなぁ~もぅ~」

 

 きっと俺の顔はデレデレだろう。

 だがそれを恥とは思わない。

 素直な束さんは可愛いのだから。

 これが笑顔で色仕掛けしてきて、人の傷口を物理的に抉る人間なんだから、女って怖いなぁとも思うけど――

 

「では束さん、話題プリーズ。俺は特にこれといって楽しい話もないので」

「そう? それじゃあ……あ、そうだ。しー君てさ、なんで私に親と仲良くしろって言わないの?」

「なぜその話題をチョイスした?」

 

 こんな深夜にその話題とか、夜の教育番組みたいだな。

 もっと楽しいこと話さない?

 

「しー君、人間って1人でいると、色々嫌なことを考えちゃうんだよ」

 

 束さんがしんみりと語りだした。

 なにこの思春期の乙女?

 

「例えばさ、私と箒ちゃんが離れ離れになる原因を作ったのが父親って生き物なら、私は絶対に許さない。だからこう思ったんだよ――私が箒ちゃんを思う気持ちと、箒ちゃんが父親を思う気持ちが同じ位の大きさなら、箒ちゃんは私を許さないんじゃないかなって……」

「それがさっきの話に継るんですか?」

「だからさ、なんとか父親って生き物を懐柔して、箒ちゃんとの間の……緩衝材? 継なぎ役? にならないかなって……」

 

 なにやら物憂げに語ってらっしゃるが、内容が酷い。

 流石に柳韻先生が可哀想なんだが――

 でも理由はどうあれ、歩み寄る気が有るなら良い機会かも?

 判断が難しいな。

 全国のお父さんにお聞きします。

 打算的な理由があれど、娘に近づきたいですか?

 それとも、そんな親子関係いらないですか?

 まだググる先生が一般化してないから気楽に聞くこともできない―― 

 なんて不便な世の中なんだ!

 

「しー君、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

「洗脳と催眠と脅迫どれがいいかな?」

 

 おざなりな返事をしたのは悪かった.

 だけどちと待とうか。

 こっちの考えがまとまるまで待ってくれ。

 

「束さん、なんで俺が柳韻先生の事で何も言わなかった知りたいんですよね?」

 

 取り敢えず、適当な会話で時間稼ぎしようか。

 

「そうそう、正直意外なんだよね。しー君がその辺何も言わないの」

 

 ぶっちゃけ他所の家庭事情とか首突っ込むのは色々と度胸がいるし、強いて言うならめんどくさいし――

 なんて言ったら、会話が速攻で終わって柳韻先生がピンチだな。

 

「ちょっと長くなるけど良いですか?」

「長話はドンと来いだよ」

「それならお言葉に甘えて――」

 

 自分の過去を話すのは恥ずかしいが、これも柳韻先生の為。

 前世の夢を見たってのもあるが、たまには過去を語るのも良いだろう――

 

「俺はね、別に親子は仲良くなくても良いと思ってるんですよ」

「へ?」

 

 束さんがキョトンとして目を見開いた。

 意外と思われてるならなにより。

 少なくても外道キャラと認識されてなくて良かった。

 

「束さんに問題です。『他人』って誰のことを言うでしょう?」

「『他人』? ん~とね。私から見たら、ちーちゃん、いっくん、箒ちゃん、しー君以外の人間だね」

 

 束さんを俺の意図が読めないのか、首を傾げながらも答えてくれた。

 

「この場合、父親や叔母も他人以外に含めるべきなのかな? それが一般的でしょ?」

「いえ、無理に含めなくても大丈夫です。『他人』は『自分以外の人間』って意味もあるので」

「へ~」

「今から話すのはあくまで俺の自論ですからね? 全部鵜呑みにしないでくださいよ?」

「はい先生!」

 

 束さんが右手を高く上げて元気よく返事をした。

 ノリの良い束さんの返事を聞いて少し気分がノって来たよ。

 まだギリギリ高校生なんだから学生服着てくれないか? 

 ――無理か。

 

「俺の自論、それは『親と子とはいえ他人なんだから無理して仲良くしなくてもいいじゃない』です」

「親と仲良くしなくて良いの?」

 

 おや?

 心なし束さんの目が輝いて見える。

 千冬さんによく怒られてた束さんには珍しい意見なんだろう。

 

「だって他人ですよ? 趣味も嗜好も性格も合わない他人と仲良くできます?」

「それは無理だね!」

 

 創作物では、熱血系主人公とクール系ライバルが仲良さげにしてたりするけど、アレは共通の敵がいたりする事で成立するのでノーカンだ。

 現実ではまず無理だろう。

 

 有名大学在学、テニス部部長、彼女有り、肉体経験有り、休日はサークル、夜はクラブ、テレビは見ないしゲームに微塵も興味がないA君。

 

 アニメーション専門学校在学、サークルなし、彼女なし、童貞、休日は家から出ない、夜に深夜アニメを見ながら2ちゃんへの書き込みが趣味なB君。

 

 この二人が友達になることがあるだろうか?

 二人で新宿やアキバに買い物に行くだろうか?

 俺はないと思っている。

 実際、自分の交友関係を思い出してみても、友人と言える人間には何かしらの共通点があるからだ。

 それは酒好きだったり、ゲーム好きだったりと色々だが、少なくても趣味や性格が微塵も合わない奴はいない。

 柳韻先生と束さんはまさに水と油。

 仲良くなる要素がないのだ。

 例外として、性格も趣味も合わないけど、一緒に居ても苦痛ではない、所謂『気の合う仲』ってのがあるが、これはもう都市伝説ではと疑うほどのレア度だ。

 

「束さんと柳韻先生は何か共通の趣味とかないですよね?」

「ないね。昔は剣道とかやらされたけど、今も昔も好きでもなんでもないし」

「ならまぁ、仲良くないのは理解できますね」

「だよね! ちーちゃんは色々と言うけどさ、ぶっちゃけアイツと話してても何一つ楽しくないんだもん!」

 

 理解者ができて嬉しいのか、束さんが満足そうに笑う。

 それに対して酷い奴とは思わない。  

 忘れていけないのは、束さんはまだ高校生、子供ということだ。

 学生はある程度付き合う人間を自分で選べる。

 隣の席の人間と肌が合わなければ話さなければいいし、後ろの席の人間と話す内容がなければ話さなくていい。

 もちろん例外もあるが、学校に通う子供にとって、多くの同級生は“友達”ではなく、用があれば会話をする“クラスメイト”の範囲だろう。

 相手に好意や興味があるならともかく、気が合わない相手と無理に友達になろうなんて思わないのが普通なのだから。

  

「俺はね、子が親を憎んでるとか、親のDVが激しいとか、そんなのがなければ仲良くしろと騒ぐ気はないんですよ」

 

 子供が親を軽視するのも、子供ならしょうがない事だ。

 お金を稼ぐ大変さや、子育ての大変さを知らないのだから――

 親子仲が悪くても、子供が社会に出て自分でお金を稼ぎ自分の家族を持つようになれば、自然と親に感謝するようになるから、そんなに騒ぐことではないと俺は思っている。

 あくまでも“普通の家族”ならの話だけど――

 

「なるほど、しー君的には親と子が憎しみあってなければいいんだね」

「無理して仲良くしようとすると、余計に関係が拗れることがありますから」

 

 反抗期に入った子供に対し、共通の趣味を持たない親は会話を探して、『学校はどうだ?』や『勉強したのか?』などと言って地雷を踏み抜く話はよく聞くだろう。

 気が合わないならまだいい。

 無理に近付こうとして、嫌悪以上の感情が生まれる原因を作る方がマズイ。

 だから俺は、束さんと柳韻先生の間に入る気はないのだ。

 

「うんうん。しー君は話しが分かってくれるから楽だよ。ちーちゃんなんかはいつもアイツの味方だし」

 

 思い出してムカついたのか、束さんのほっぺがぷっくりと膨らむ。

 話しが分かるというか、こういった内容は過去に散々語り合ったというか――

 反抗期終わりの時期ってさ、そう言った語り合い友達とやるよね?

 俺もよく友達と“親ウザイ派”と“親好き派”に別れて口論したもんだ。

 

「千冬さんと柳韻先生は相性が良いですからね。千冬さんからみたら『なんで束は柳韻先生と仲良くできないんだ?』って気持ちでしょうし」

「ぐぎぎっ――ちーちゃんに庇われるとか生意気な! やっぱり仲良くできる気がしないよ! ちょっと痛い目に合ってもらおうかな?」

 

 やめてあげて!?

 ただでさえ柳韻先生に迷惑かけっぱなしなんだよ!?

 これ以上柳韻先生に酷い事しないで!

 なんだこれ? いつの間にか俺の両肩に柳韻先生の未来がかかってるんだが……。

 

「束さんはさ、柳韻先生に育ててもらった恩とかは感じてないの?」

 

 思い出してごらん?

 昔は柳韻先生とお風呂に入ったりしただろ?

 

「借り? 借りなら返したよ?」

「と言うと?」

「白騎士作るときに自分で資金作ったからね。その時に稼いだ分の余りから、私の教育費分なんかをもろもろ父親って生き物の口座に入れたよ?」

 

 誇るでもなく、束さんは極めて普通の表情でそう言った。

 だよね―?

 束さんがいつまでも『育てもらった恩』を返さないでほっとかないよね?

 なんてめんどくさい子供なんだ!

 ただ親に甘えてる子供ならもっと言える事があるんだが……。             

 

「束さん、柳韻先生のお陰で箒が産まれたんだよ? それに対しての恩は?」

「む……。そのことを言われてると……」

 

 束さんが唇を尖らせてそっぽを向く。

 危なかった。

 かなり失礼な事を言ったと思うが、我ながらファインプレーだ。

 それにしても柳韻先生か……。

 子育て経験の無い俺が束さんを諭すってのが間違ってるよな?

 そういったのは親の仕事だと思うんだよ……。

 

「ねえ束さん」

「うん?」

 

 俺の脳裏にとある考えが浮かんだ。

 上手く行けば、篠ノ之家の家庭環境が改善され、束さんも千冬さんや箒に見直される絶妙な一手が――

 その為にはまず、束さんの意識調査が必要だ。

 

「束さんってさ、なんで柳韻先生と仲良くしないの?」

「は? 今更何言ってるの?」

 

 束さんの目が細まる。

 まぁ落ち着けよ。

 

「だってさ、柳韻先生と仲良くすれば、千冬さんや箒が喜ぶのは理解してるでしょ? なのになんでかなって――」

「それは……」

 

 束さんが腕を組んだまま黙り込む。

 実は結構前から気になっていたんだよね。

 束さんは遊ぶ時、好きな人間だけで固まって遊びたい派だ。

 それは俺も理解できる。

 俺だって遊ぶ時、友人が俺がまったく知らない人間、それも非ヲタをアキバに連れてきたらイラっとする。

 気軽にメロンやタイガーホールに行けないじゃないかと憤る。

 だが、その友人がちょっと気のある女友達なら話は変わる。

 その子に気に入られたくて、『アキバ初めて? ラジオ会館でフィギュアでも見てみる?』程度の気遣いを相手に見せるだろう。

 だからこそ、いくら怒られても態度を崩さないのが疑問なのだ。

 

「ねえしー君。ボランティアってした事ある?」

 

 暫しの沈黙の後、束さんがやっと口を開いた。

 それにしてもボランティアとな?

 

「それって学校行事を含んでですか?」

「私生活だけで」

「それは……ないですね」

「ボランティアってさ、やればみんなから褒めれるし喜ばれるのに、なんでしー君はしないの?」

 

 なんでって言われてもな……。

 平日仕事で週末は疲れきってそんな余裕ないし、むしろ休みが少なくてやりたい事が溜まってるし。

 なんて言い訳は望んでいないよね?

 

「めんどいから」

「だよねっ!?」

「イタッ!?」

 

 束さんが満面の笑みで俺の手を握ってきた。

 だから痛いって言ってるでしょうが!?

 そしてテンション高いなおい。

 

「私だってちーちゃんが喜ぶだろうなってことは理解はしてるんだよ!? でもさ、ぶっちゃけめんどくさいんだよ!」

 

 親との付き合いがボランティア――

 柳韻先生はよく今まで束さんを敵に回すことなく生活できたな。

 そこは凄く尊敬する。

 

「別にさ、仲良くしないとちーちゃんに嫌われるって言うなら私も頑張るよ? でも父親って生き物と仲良くしなくても問題ないじゃん!?」

「分かった! 束さんの考えは理解した! だから俺の右手を離すんだ!」

「おっと、ごめんよしー君」

 

 束さんが慌てて手を離した。

 手を握られたせいで、傷口から血がぷっくりと浮き出てているじゃないかまったく。

 しかしボランティアとは――

 意外と俺の策は上手くいきそうだな。 

 

「束さんの考えを理解したところで、一つ提案があるんですが――」

「なんかめどくさそうな予感が……私そろそろ帰るね?」

 

 束さんは嫌な予感でもしたのか、立ち上がり窓に向かおうとする。

 はは、ここで逃すとでも?

 

「待てい」

 

 背を向けたことによりひるがえったスカートに手を伸ばす。

 

「ちょっ!? スカート掴まないで!」

「座りなさい」

「うぐ……」

「座れ」

「はい……」

 

 少し語尾を強めたら大人しく座ってくれた。

 良い子だ。

 まぁ語尾と同時にスカートを引っ張る力も強めたんだけどね。

 

「束さん。束さんは柳韻先生に対してどれくらいの時間使えます?」

「やっぱりめんどくさい話だった……」

 

 束さんがゲンナリとした顔でため息を吐いた。

 

「さっきは親と仲良くしなくてもいいって言ってたのに――」

 

 束さんがぶつぶつと文句を言いながら唇を尖らせる。

 

「束さん、文句は俺の話を聞いてからにしてください」

「むう……じゃあ聞くだけ聞くよ」

「年に一回、五分だけ柳韻先生に会えば、千冬さんに褒められるかもしれないし、箒との仲直りがスムーズになるかもしれない案があるとしたらどうです?」

「年に一回五分?」

 

 束さん訝しげに俺の目を見る。

 さては信じてないな?

 

「ううむ、取り敢えず最後まで聞こうかな。アイツに合って私に何しろと?」

「柳韻先生と一緒にお酒を飲んでください」

「お酒を?」

「はい。さらに言うなら別に会話しなくて良いです。無言でも可」

「……ねえしー君。五分って言うけどさ、それ移動時間も考えたらもっと時間取られるよね?」

 

 細かいことはいいんだよっ! 

 何に悩んでるんだよお前は!?

 

「そうですね。移動時間を含めれば、取れられる時間は五分以上でした。残念ですが俺の案は忘れてください。ここで頑張れば『束は偉いな』って言いながら千冬さんが優しく頭を撫でてくれるかもしれませんが、束さんが五分以上柳韻先生に時間を使いたくないって言うならしょうがないですね。残念です。あぁそう言えば先日面白いマンガを見つけまして――」

「ちょ~っと待った!」

 

 露骨に話を終わらせ、会話を変えようとする俺に束さんが待ったをかけた。

 ほらおいで、美味しそうなエサだろ?

 

「しー君、今の話は本当?」

「面白いマンガのことですか?」

「じゃなくて! ちーちゃんに撫でてもらえるって話だよ!」

「もちろん」

「むむむ――」

 

 束さんが腕を組、口をへの字に曲げて悩み込む。

 そこまで判断が難しいかね?

 

「――いいよ。その案を受けよう。正直、私がアイツとお酒を飲んで何が変わるのかまったく理解できないけど、しー君を信じてみるよ」

 

 束さんがキリッとした顔でとても重大な選択肢を選んだ様な顔をしているが、とどのつまり『ちーちゃんに撫でてもらいたい!』って言ってるだけなんだよな~。

 

「で、具体的にどうすればいいの?」

「毎年一回……そうですね、束さんの誕生日の夜に柳韻先生とお酒を飲んでください」

「なんで私の誕生日なの?」

「毎年やるなら覚えやすい目印かなと」

「え~? なんで誕生日にわざわざ……」

「文句言わない。別に誕生日に予定あるわけじゃないでしょうに」

「しー君、私は別に自分の誕生日とかどうでもいいけど、だからってわざわざそんな日に会うとかめんどくさいんだけど?」

 

 柳韻先生より自分がめんどくさい性格をしてるって気付いてくれないかな?

 それなら――

 

「なら束さんの誕生日当日は、俺の家か国内のどこかで美味しい物でも食べましょう。その帰りに柳韻先生の所へ行く。それならどうです?」

「ほう、悪くないね」

 

 束さんの脳内で天秤が揺れてるのが分かる。

 咄嗟だったとはいえ意外と良い案だったかも。

 “柳韻先生に会うために日本へ行く”では、束さんのモチベーションが持たないかもしれないが、“誕生日を祝われたついでに柳韻先生に会う”なら早々に投げ出したりしないだろう。

 

「じゃあ約束です。今度の束さんの誕生日は、俺と遊んでから柳韻先生に会う。いいですね?」

「うん」

 

 束さんが頷くのを見て安堵する。

 束さんと柳韻先生は趣味や性格がまったく合わない間柄だった。

 だが、最近になってそれは変わった。

 束さんがお酒を覚えたからだ。

 『柳韻先生と世界平和について語って来い』では束さんは嫌がるだろう。

 束さんは世界平和に興味がないからだ。

 だが最近覚えた束さんの嗜好品、お酒ならどうだ?

 少なくても『お酒を飲むのがめんどくさい』ってことはないはずだ。

 柳韻先生は束さんのことを嫌ってる様には見えない。

 今回の事件について怒ってるのか恨んでるのかも分からない。

 そして、赤の他人の俺がその辺の事情に首を突っ込むのはお門違いだ。

 ぶっちゃけあれだ、柳韻先生に丸投げしたとも言える。

 束さんを責めるなり説教するなりお好きにどーぞ。

 会話をしやすいように会う日を束さんに誕生日にしたから、『誕生日おめでとう束』の一言から頑張って話を広げてください! ってのが俺の作戦だ。

 束さんはまだ未成年だけど、大丈夫だろう……たぶん。 

 

 父親って娘とお酒を飲むのが夢だって言うし、悪くはないよね?

 

「柳韻先生の話はこれで解決ってことでいいですか?」

「うん。しー君を信じてアイツとお酒飲むよ。会話もしなくていいなら楽だし」

 

 言質取ったからな?

 当日すっぽかしたら罰ゲーム食らわせてやるからな?

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 柳韻先生の件が一応の解決……解決って言っていいのか自分でも疑問だが、解決したのはいいが、会話がピタリ止まってしまった。

 束さんも話題を探しているのか、落ち着きなく髪を触っている。

 俺も手慰みで骨折した左腕をギブスの上から触っていると、右手の甲の血が目に入った。

 

「あっ」

「んっ?」

 

 なんとなく手の甲の血を舐めると、束さんが声を上げた。

 

「忘れてた。しー君は『マゴットセラピー』って知ってる?」

「マゴットセラピーですか? いえ、知りませんね」

 

 聞いた事のない名前だ。

 セラピーというなら医療行為の類かな?

 

「えっとね、ウジを使った治療なんだけど」

「ウジ……? あぁ! あれですか!」

 

 ウジと言われて思い出した。

 昔テレビで見たな。

 確か、壊死した肉をウジに喰わせるヤツだ。

 なんでもキズの治りが早くなったりするとか――

 かなりうろ覚えだが。

 

「で、それがどうしたんです?」

「マゴットセラピーってさ、日本では珍しいけどしー君はどう思う? やってみたいと思う?」

「まぁ、安ければ」

 

 日本じゃ保険適応外だろそれ。

 やるなら高額になりそうだ。

 だが仮に、マゴットセラピーが保険適応してるなら俺はやってもいい。

 ウジを自分の体に這わせるのは嫌悪感があるが、酷い傷がそれで早く綺麗に治るなら……って感じだ。

 

「そっか! それは良かったよ!」

 

 ところでさ、束さんはなんでそんな話題を持ち出したの? なんでそんなに笑顔なの?

 この“体中キズだらけの俺”に対して……。

 まさか……だよね?

 だってさ、束さんがキズを治すならもっと楽な方法があるし、そもそも俺のキズが治ったら茶番の意味がないし……。

 

「え~とどこだったかな? しー君の為に作ったのにすっかり忘れてたよ。死んじゃってたらどうしよう――」

 

 束さんが胸元に手を突っ込みゴソゴソと漁っている。

 きっとお見舞い品のことだけよね?

 死んじゃうってのは、悪くなっちゃうってことだよね?

 束さんのオリジナル料理とか勘弁して欲しいんだけどアハハ――

 

「あったあった」

 

 束さんが手に持っていたのは、上と下で色の違うどこかで見たことのあるボールだった。

 どう見ても無機物なんだけど、それを食えと?

 

「ベトベター! 君に決めた!」

 

 ――は?

 

 束さんがボールを上に投げると、ボールが割れて中からナニカが出てきた。

 ボールは上空でスっと消え、出てきたそれは束さんの手の平にボヨンと落ちる。

 

 ベト…ベター……だと?

 

「束さん、それは?」

 

 俺が指差し先には、束さんの手の平の上で動いてるスライムっぽい物。

 束さんの手の指の隙間から、そのスライムの体? らしきものが重力に引っ張られ伸びている。

 だがそれが千切れるないことから、それが一つの塊だと分かる。

 

「これはね、マゴットセラピーから発想を受けて私が独自に作ったスライムだよ。その名も『ベトベター』!!」

 

 ベトベター つきからの エックスせんをあびた ヘドロが ベトベターにへんかした。きたないモノが だいこうぶつ。

 

 驚愕の真実、月のエックス線を自分で用意すればベトベターは作れる!?

 ってんなわけないやろ!

 

「驚いた? 驚いたよね。うんうん、しー君のその顔が見たかったよ」

 

 脳内で関西弁のツッコミをしている俺の顔見て、束さんが満足そうに笑っている。

 

「あの、それってどんな風に使うんです?」

「このベトベターには『死んでる物質だけを食べる機能』が備わってます。更に分泌液には軽い麻酔作用があります。やったねしー君! これでキズの治りも早くなるし、痛みが和らぐから安らかに眠れるよ!」

 

 人食いスライムじゃないですかヤダー

 

「束さん。俺のキズが治ったりしたら怪しまれるからさ、残念だけど――」

「しー君は今キズだらけだよね?」

「そうですが――」

 

 地面を転がりまくったりしたからな。

 胸や背中にもキズがある。

 

「今はまだ我慢できるほどの痛みかもしれない。だけどねしー君、想像してみて? 寝汗でグチュグチュになったキズ」

「……う」

「治りかけで痒みがあるキズ」

「……うぅ」

「そのうち膿が出てきて、痒いやら痛いやら、夜は満足に寝れず苦しい日々」

「……うぅぅ」

 

 やめてくれ――

 意識したら体中痒くなってきた。

 

「そんなしー君に、はいベトベター」

 

 束さんが意気揚々と謎の物体を高々に掲げる。

 気持ちは嬉しいよ?

 だからっといって、そんな怪しげな生き物に体を食われたくないです。

 

「気持ちだけ貰っておきま――」

「ま、逃がさないんだけどね」

「は? ちょっ!?」

 

 束さんがベトベターを手に持ったまま、ベットの上に乗ってきた。

 深夜の病室で美少女が騎乗位とかロマンがあるじゃないか――

 どちらかと言えばマウントポジションが近いけど……。

 

「しー君保有のエッチな本にさ、女の子がスライムに襲われるってやつがあるよね?」

 

 薄暗い部屋の中、束さんが俺を見下ろす。

 

「うへへ」

 

 頬を染め、それはもうエロい顔をしていた。

 

「しー君、分かってくれるよね?」

 

 そう言って、束さんは俺の胸板を指先でくすぐる。

 チラリと見える舌がとても蠱惑的だ。

 ワカラナイ。

 ぼくなにもわからないよ――

 

「女の子だって、スライムに襲われる男の子を見たいんだよ?」

 

 

 

 

 まさかのスライム姦!?

 

「待て! いったん落ち着こう!」

「しー君の為だから! これしー君の為だから!!」

「なんで急にそんな生き物けしかけてくるの!?」

「……しー君が血をペロッと舐めたの見たらムラっときたから」

「束さんは俺に性的興味ないよね!?」

「うん。私は別にしー君にそういった魅力は感じない。でもしー君が涙目でアヘアヘ言う姿は見たい。てかほら、私が相手するわけじゃないし?」

「だいたいなんでこんな物騒なもの作ったの!? 余裕が無いって言ってたよね!?」

「辛い現実から逃げる為に、昼間の仕返しにしー君をどんな目に合わせてやろうかと考えてたら、いつの間にか私の手の平の上にスライムが誕生してた!」

「くそったれ――ッ!」

 

 スライムを押し付けようとする束さんと、振り落とそうとする俺がベットの上で暴れる。

 ギシギシと音を立てるベット。

 しかしそこに色気はなく、なんかもう色々残念だった。 

 力で勝てるはずはない。

 束さんはまだこの駆け引きでさえ遊びだと思ってるはずだ。

 本気を出す前になんとかしないと――

 なにかないか?

 

 逆転の一手を求め周囲を見回す俺の目に、ある物が写った。

 いけるか?

 

「さあしー君。優しくしてあげるかね~。ベトベターが」

 

 束さんがスライムが乗った右手を徐々に近づけてくる。

 迷ってる時間はない!

 

「動くな!」

 

 俺は枕元にあった物を手に持ち、束さんに見せつける。

 これは、賭けだ――

 

「それはまさか……自爆スイッチ!?」

 

 束さんの目が、俺が手に持っているナースコールのスイッチに釘付けになった。

 人生で一度も病院にお世話になったことがなく、病院が舞台のテレビを見たことがない人間がナースコールの存在を知らなくても不思議はない。

 吸い飲みも知らない束さんだからあり得ると思ったが、まさか本当に知らないとは――

 

「くっ!?」

 

 束さんがベッドの上から飛び跳ねて距離を取った。

 ふはは、ナースコールって狙ってるんじゃないかってほど自爆スイッチぽいよね。

 

「なんで自爆機能なんて――」

「知らないんですか? 法律で安楽死が認められて、病院の全てのベッドに自爆スイッチが取り付けられたんですよ」

「まじで!? ちょっと政治家を見直したよ」

 

 信じた!?

 ここで引いてくれれないかな?

 

「まぁでも、スイッチを押す前に確保すれば――」

 

 束さんの視線が俺の右手に集中した。

 まだ諦めてないのか!?(ぽち)

 

 あ、つい反射で――

 

「…………」

「…………」

 

 俺と束さんが見つめ合う。

 

『はい、どうしました?』

 

 そして天からは白衣の天使の声。

 これもうしょうがないよね。

 自分の貞操がピンチなんだし――

 

「助けてください! 部屋に不審人物が!! 殺されッモガ!!!」

「ちょっと黙ろうかしー君!?」

 

 束さんが慌てて俺の口を塞いできた。

 遅いんだよ!

 

『え? 殺され? 病室の番号は……そんなっ!? 待っててください! 今人を――!!』

 

 はい待ってます!

 だから早く来てくださいな!

 

「ちっ! まさか自爆スイッチがブラフとは!」

「ふがが(それ信じたのかよ)」

 

 束さんが天井を忌々しそうに睨む。

 さて、俺も少し動かないとな。

 言い訳しておくが、悪いのは束さんだからね?

 あれだ、俺を追い詰めたお前が悪い的な感じだ。

 

 ――いただきます。

 

 空いてる右手で束さんのおっぱいを鷲掴みに……。

 

 ガシッ

 

 ……あれ?

 こっそりと束さんの胸に伸ばした俺の手は、がっしりと掴まれていた。

 

「甘いよ~?」

 

 天井から俺に視線を戻した束さんがニンマリと笑う。

 

「しー君、覚えておくといい――女の子は視線に敏感なんだよ?」

「女の子は自分の体をエサに傷口を物理的に抉ったりしねーよ」

「あん?」

「なんでもないです」

 

 一瞬目が怖かったです。

 

「で、この手はなんのつもりかにゃ~」

 

 ニマニマと、まるで獲物をいたぶる猫の様に束さん口が三日月状に歪む。

 

「いやほら、今から助けが来るし、束さんに襲われた感じを装うかなと……」

「ほ~う?」

 

 束さんがベッドの横に立ち、挑発的な顔で俺を見る。

 なんぞ?

 

 束さんがスカートをチラリと上げて見せる。

 

「太ももタッチ、腹にワンパン」

 

 今度はしなを作ってクビレを強調。

 

「お腹タッチ、傷口一箇所に爪を突き立てる」

 

 お次は腕を組み、胸をたゆんと揺らす。

 

「パイタッチ。しー君の玉を一つ潰します」

 

 最後にクルッと回ってポーズを決めた。

 

「お好きにどーぞ?」

 

 ――どーぞ言われてもな。

 玉とか怖いし……。

 いや、これってもしかしたらご褒美じゃないか?

 セクハラして楽しい。

 殴られて被害者のフリができる。

 損はないな。

 

 まずパイタッチは無理だ。

 非常に魅力的だが怖すぎる。

 その他もなぁ……。

 いかんせん反撃が地味なのに痛そうだ。

 ここは敢えて第三の選択、違う道を選ぶのもありだな。

 

「まずそのスライムをどかしてください」

「はーい。戻れベトベター!」

 

 束さんの手の中にボールが現れ、ぱかっと上部分が開いた。

 そしてその中にスライムをグイグイと押し込んでいく。

 そこはアナログなんだ。

 

「はい終わり」

 

 そう言って束さんがボールを閉じた。

 あの、スライムの体の一部がボールの隙間から飛び出てるんだけど? ハミ出た部分がピクピク動いてるんだけど?

 なんか可哀想だな――

 

「束さん、ベッドに腰掛けてくれませんか?」

 

 気を取り直して話を続ける。

 余計な事言ってまたスライムに襲われるのも嫌だし。

 

「いいよ?」

「どうもです」

 

 束さんをベッドに腰掛けさせ、自分はベッドを降りて束さんの前に立つ。

 

「この体制だと……まさかパイタッチ? しー君てばそんなに触りたいの? いやん」

 

 モジモジしてるとこ悪いがその気はない。

 そして足を激しく蹴り上げてるのはなに?

 まさか蹴り潰す練習か?

 笑顔で恐ろしいことを――

 

「束さん、ちょっと前かがみになってください」

「うん?」

 

 束さんが首を傾げながら前かがみになる。

 俺が触るのは、パイでもお腹でも太ももでもない。

 そう……背中だ!

 

「とう」

「うひゃ!?」

 

 前かがみになったことで生まれた隙間に手を突っ込む。

 俺の手が冷たかったのだろう、束さんがビクンと反応した。

 それにしても――

 

「すっごいスベスベですね」

 

 なにこれ新触感。

 

「ひゃう!? くすぐったいよしー君!」

「動いちゃダメですよ?」

「うぅ……」

 

 手を奥まで入れて、引き抜く。

 肩から背中の中央にゆっくりと撫でて行く。

 束さんの背中はスベスベしてて温かく、とても気持ちいい。

 ついでに、時折感じるブラの感触がなんとも言えず幸せです。

 

「しー君まだ触るの?」

「まだまだ」

 

 クセになる触り心地ってこういうのを言うんだろうな。

 

「束さんって普通じゃないですよね?」

「まぁ世間一般から見て普通ではないね」

「なら背中の皮膚剥がしても良いですか?」

「……ごめんしー君。私普通だった。だってしー君の考えが分かんないもん。え? なに? 私って今ピンチ?」

「束さんなら皮膚剥がしてもすぐ再生するんでしょ? 束さんの背中の皮膚で枕を作りたい。あ、安心してくだい。普通の枕なのでそんなに大きな面は剥ぎませんので」

「しー君が私のことをどう思ってるのか小一時間問い詰めたい!」

 

 束さんの背中の皮膚がざらつく。

 どうやら鳥肌が立ったみたいだ。

 そんなに俺の手が冷たいのかな?

 心の暖かな人間は手が冷たいって言うし、俺の手が冷たいのはしょうがないよね。

 

「う~。しー君……もうそろそろ……」

「名残惜しいですが仕方ないですね――」

 

 時間が限られてるからいつまでも触ってられないもんな。

 

「時間制限決めれば良かったよ……」

 

 束さんの顔が見えないが、恨めしそうな顔してるんだろうなってのは想像できる。

 いやだってこれヤバイぜ?

 なにこの肌?

 やめられない止まらないだよホント。

 

「最後にもうちょいだけ(スリスリ)」

「後5秒ね! 早くしないと私がヤル時間がなくなっちゃうから!」

「はいはい(スリスリ……ぷつん)」

 

 ――あれ?

 なにがが指に引っかかった。

 束さんの背中をまさぐってみると、さっきまであった感触がない――

 えっと、こんな場合はどうすれば……。

 あぁそうだ。

 ラブコメなら、ヒロインの服の中に手を突っ込んで抜くと、何故かブラジャーが手に握られてるよな。

 背中をまさぐってブラジャーの紐を探し、探し出した紐の先を握り引っ張ってみる。

 しかし何かに引っかかってる様で、ブラジャーが抜けない。

 ホント俺ってラブコメの才能ないよな。

 

「し~い~く~ん?」

 

 束さんが胸を押さえたまま立ち上がる。

 顔は真っ赤で頬が引きつっている。

 これは束さんおこですな。

 でもさ、事故だからノーカンだよね?

 

「束さん」

「うん?」

「手を引き抜いた瞬間、手にブラを持ってるなんてベタな展開してないだけ上等じゃない?」

「乙女のブラジャーを外して言い残すことはそれだけかな?」

「……ノーブラの貴女もステキです」

「ギルティ!」

 

 ですよね!

 個人的に精一杯褒めたつもりだけど無理か!

 

「背中の罰は決めてなかったね……。うん! ここはベトベターで!」

 

 復活のベトベター!?

 同じネタを繰り返すのは良くないよ!

 

「さらば!」

「逃がすか!」

「へぶっ!?」

 

 ベッドをジャンプ飛び越え逃げようとするも、足を掴まれ顔面から布団の上に落ちる。

 くそっ! ダメだったか!

 

「つっかまえたぁ~」

 

 束さんの俺の腹の上に乗り、両足で動けないように体を固定する。

 アカン!

 天使様はまだですか!?

 このままだと異種姦初体験ですよ!?

 

「しー君、さっきも言ったけどさ、ベトベターは『死んでる物』を食べるんだよ」

「それがなんです?」

「生きてると死んでるの違いってなんだと思う?」

「は?」

「例えばさ、排泄物ってベトベターから見たら『死んでる』認定なのかな? しー君はどう思う?」

 

 束さんの口が三日月を通り越して、耳まで裂けてる様に見えるのは目の錯覚だと信じたい。

 なに? スライムは積極的に俺の貞操狙ってくるって言いたいの?

 

 ナニソレコワイ

 

 恐らく束さんは流々武を持っているはず。

 遠隔操作で呼び出すか?

 だがそれだと万が一の時に言い訳できない。

 

「さぁしー君、体をキレイキレイしましょうね。なに、安心するといい。天井のシミを数えている間に終わるよ。あ、間違った。“ベトベターが終わらせるよ”だ」

 

 にっこりと笑う束さんから狂気を感じた。

 早く! 早く誰か来い!

 助けを求めてドアに目を向けると人影が見えた。

 まさか鍵でもかかってて入れないのか?

 そう思ったとき――

 

 ガンッ!

 

 ドアが蹴破られ人が現れた。

 

「そこまでだ!」

 

 部屋が薄暗くて良く見えないが、この声は聞いたことがある――

 

「篠ノ之博士! そこまでです!」

 

 間違いない。

 その声はグラサン! グラサンじゃないか!?

 ナイスタイミングだグラサン!

 

「動かないでください」 

 

 そう言ってグラサンが一歩踏み出す。

 それによって全身が現わになった。

 服はスーツ、両手で銃を持ち油断なく構えている。

 眼光は鋭く、かなりのイケメンで……。

 ん? イケメン?

 

「あん? 誰だよお前? 軽々しく呼ばないでくれるかな? それに束さんは研究所を辞めたからさ、博士呼びはやめてくれない?」

 

 束さんの顔から笑みが消え、黒服を鋭く睨む。

 どうもグラサンって気付いてないっぽいな。

 ところで束さんや。

 博士って職業じゃないから、研究所を辞める=博士じゃないは間違ってるよ?

 空気を呼んで口には出さないけど。

 

「助けてグラサン! 人食いスライムに喰われる!」

「なんだって!?」

 

 俺はグラサンに向かって手を伸ばし、必死に被害者をアピール。

 てか割と本気で助けて欲しいです!

 

「待ってろ佐藤君! 今すぐ助ける!」

「あ~ちょっと待って。お前、グラサン?」

 

 束さんが手にスライムを持ったまま首を傾げる。

 

「篠ノ之博士……まさか自分のこと分からないんですか?」

「や、だってグラサンしてないし」

「そうですか……」

 

 グラサンの肩がガクッと落ちる。

 これは可哀想だ。

 もしやと思ったが、まさか本当にサングラスだけで判断してたとは。

 

「まぁいいです。篠ノ之博士がそういう人物だと理解してますので。篠ノ之博士、お願いですから今すぐ戻って来て――ぐわっ!?」

「だから博士じゃないって言ってるじゃん。そしてグラサンモドキが束さんを語るな」

 

 グラサ~ン!?

 グラサンが入口横の個室(トイレ?)に向かって吹っ飛んだ。

 そしてグラサンが立っていた場所にいつに間にか束さんが立っている。

 グラサンの頭があった位置には束さんの足先――

 答えは一つしかないな。

 おいおいおい。

 まさか殺してないだろうな?

 束さんの蹴りを頭にくらうとか下手したら即死だぞ?

 

「ありゃ。やり過ぎたかな?」

 

 束さんがグラサンの様子を見に個室に入っていった。

 

「よし! 生きてる!」

 

 グラサンがどんな状況になってるのかここからは見えないが、無事だったようだ。

 ドンマイグラサン!

 

「さてと、騒がしくなりそうだしそろそろ行くね」

 

 個室から出てきた束さんがニッコリと笑う。

 あっはい。

 グラサンのことは忘れよう。

 アイツは良い奴だったよ。

 

「ここも騒がしくなると思うけど、その辺はしー君に任せた!」

「いい笑顔で面倒事押し付けるなよ……。それより束さん、最後にちょっとジャンプしてくれません?」

「こう?」

 

 束さんがぴょんとジャンプした。

 

 ゆさっ

 

 ナニカかがたゆんと揺れた。

 

 ふぅ……。

 

「ブラが外れてたこと忘れてたよこんにゃろー!」

「ぎゃふっ!?」

 

 束さんの凄い形相で飛びヒザ蹴りをカマしてきた。

 

「あが……」

 

 反射的に抑えた鼻からぽたぽたと血が垂れる。

 痛い……。

 鼻の骨まで折れてないだろうな?

 

「鼻血まで出しちゃって……。しー君のエロガッパ」

 

 束さんが胸を隠しながら俺を睨む。

 襲われた風を演出する為にケガしたいなと思ったけど、これはあんまりでないかい? 

 

「かあがはれふはに(軽いお茶目だったのに)」

「凄いよねしー君って、しー君が鼻血出してもちっとも罪悪感ないんだもん」

「ふみまへんでした」

 

 ここ最近のお約束、ただ殴るのは束さんが気まずかろうと、気を使ってセクハラしたんだが、束さんの反撃から容赦がなくなってきた。

 そろそろ自重しないと命に関わるな。

 

「じゃ、行くね?」

 

 束さんが窓枠に手を掛けながら振り返る。

 なんとも慌ただしくスッキリしない別れだが、しょうがないか。

 おっと、忘れるとこだった。

 

「“またね”束さん」

「――」

 

 せめて最後に一言と思い俺が声をかけるが、束さんは無言でスチャと手を上げ去ろうとする。

 おい待てや。

 

「束さん。ま・た・ね!」

「…………」

「無言で去ろうとしてるんじゃねーよ!」

 

 なんでそこまで頑なに返事しないの!?

 まさか近いうちにまた来るつもりじゃないだろうな? 

 

「しー君」

 

 俺の声に反応して束さんが振り返る。

 なぜだろう、目の奥に悲しみを感じる。

 

「鼻押さえたまま、なに格好つけてるの?」

「鼻が痛いんだよ!」

 

 もしかしてその視線は俺への哀れみなのか!?

 

「サラダバー!」

「あっ」

 

 束さんが身を投げる様に窓から飛び出した。

 これ絶対また来るつもりだろ――

 

 ――急げ! 篠ノ之博士を確保するんだ!!

 

 遠くから声が聞こえて来た。

 さてと、良い言い訳考えないとな。



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暗躍する兎

ノリで決めたタイトルだけど、もっとちゃんと考えればと思う今日この頃。
いや、実際は連載から半年後くらいにはそう思ってたけど。
変える気はないが、次に何か書くならちゃんと考えようと思います。



 都心からほど近く、別荘地して有名なとある地域、その別荘地の山の中、近くに他の建物はなく木々に囲まれた洋館があった。

 その洋館の一室で、一人の男がソファに身を委ねながら受話器を手に持っていた。

 

『以上が被害の報告になります。負傷した人間は頭部に怪我を負った為、まだ経過観察が必要ですが』

「ふむ……」

 

 部下らしき人間からの報告を受けながら、男はワインで口を潤す。

 足を乗せるのはペルシャの絨毯。

 背中を預けるソファも日本では新車が買えるほど高級な物だ。

 分かる人間には分かるだろう。

 この男が俗に言う一般人ではなく、特別な人間なんだと――

 

「例の少年は何か話したか?」

『時刻も時刻ですし、篠ノ之博士によって負わされた怪我を治療していた為、聞き取りなどはまだ行っておりません。――今からでも始めますか?』

「いや止めておけ。子供相手にそんな事をすれば風評が悪くなる」

『畏まりました。では予定通り、日が昇ってから改めて情報を聞き出そうと思います』

「それでいい」

 

 男がまたワインを口に含む。

 その間、電話の相手は黙して待っていた。

 コツコツと、男の部屋に置かれた時計の針が進む音だけが聞こえる。

 

「篠ノ之博士はスライムをけしかけたと言ったな? ソレの分析は終わったのかね? あの天災のことだ、普通の生き物ではないと思うが――」

『はっ。スライムと思われる生物の体組織が一部採取されたので研究所へ回しました』

「結果はでたのか?」

『それなんですが……』

 

 今までの凛とした態度と売って変わり、部下の歯切れが急に悪くなった。

 その事に疑問を抱きつつ、男は続きを促す。

 

『採取したサンプルが非常に少なかった為、彼が言っていた“人食いスライム”と言うのが本当なのかを確認する意味も込めて、餌を与えることにしました』

「ほう?」

『用意したのは、人の皮膚片、牛、豚、鳥の肉片です』

「まさかと思うが――」

 

 男の喉がゴクリと鳴る。

 

『捕食が確認されました。実際に生きている人間を襲うのかは分かりませんが。少なくとも”肉食性の生物”と言うのは間違いないかと』

「厄介なものを――」

 

 男が疲れた顔でその身をソファに沈める。

 人食いスライム。

 その実態はまだ分からないが、兵器として利用すればこれほど恐ろしいものもない。

 どんな隙間にも入り込めるし、下水を移動出来るなら発達した都市ほど発見が困難。

 更に人間を捕食して数を増やせるとなると、悪夢と言うしかないだろう。

 

「それで何か発見できたのかね?」

 

 幸いサンプルがある。

 この短時間で弱点の判明など期待していないが、せめてなにか情報をと期待を込めて男は部下に問う。

 

『それが……』 

「どうした?」

『死んでしまったらしく……』

「――っ!」

 

 男は一瞬怒鳴りそうになるのを歯を食いしばって我慢した。 

 篠ノ之束が作った貴重な品。

 研究所の人間が手荒に扱うはずはない。

 何かしらの理由があると考えたからだ。

 

「死んだ原因はなんだ?」

『餌を食い尽くしたスライムは、その後溶けてゼリー状に変化してしまったと……』

「死骸から得られる情報は?」

『ありません。DNAも破壊されてました』

「サンプルは残ってないのか?」

『ごく一部を分けて保管してましたがそちらも死にました』

「――時間経過による自壊か? そういう生態……いや、デザインされた生き物だと?」

『そこまでは分かりかねます。死骸からも得られる情報がなく、他にサンプルがないものですから――』

 

「そうか……」

 

 かの天災が作った生き物だ。

 捕食したら死ぬなど、そんな分かりやすい弱点を放っておくとは思えない。

 どう考えてもワザとだ。

 篠ノ之束の遊び心なのか――理由は分からないが大事にはならなそうだ。

 男の口から安堵のため息が漏れた。

 

「まったく、あの天災には毎度驚かさる。なにか良い話題はないのかね?」

『それでしたら一つ』

「あるのか?」

『はい。深夜にも関わらず、少年がナースコールを使うまでなぜ篠ノ之博士の襲撃が周囲にバレなかったのか、それを調べていましたら思いもよらぬものが――』

「良い話と言うんだ、それなりの発見なのだろうな?」

『もちろんです。なぜ部屋の前に居た護衛者にも気付かれなかったのか、その答えは壁やドアに貼られていたシートにありました』

「シートだと?」

『大きな一枚紙の様な形をしていましたが、それが従来にない防音性を有しておりしました。しかも極薄で、調べた人間も実際壁に触って初めて違和感に気付いたとか――』

「――量産は可能なのか?」

 

 襲撃を受けた少年が大人しくしてたはずはない。

 それなりに声を上げたはずだ。にも関わらず外に居た護衛の人間は異変に気付かなかった。

 そこまで防音性に優れ、なおかつ触るまで分からない薄さ――

 男の頭の中で、ソレの有用な使い方が様々思い浮かぶ。

 

『量産できるかはまだなんとも。ただ、こちらはサンプルが大量にあるので可能性は有ります』

「そうか……。ならそのサンプルの一部を大帝化成にまわせ」

『大帝化成にですか?』

「そうだ。あそこの会長には借りがあったからな。汎用性が高い商品なら利益も莫大になるだろう。そのシートの分析と量産は大帝化成に任せる」

 

 防音性の高い極薄シート。

 アパートやマンションが多い今のご時世、欲しがる人間は多いだろう。

 もちろん海外に売り出してもいい。

 使い方は多岐に渡る。

 

『――了解しました』

「それと、少年に発信機は取り付け終わったのだな?」

『はい。治療の際に体内に埋め込みました。彼は気を失ってた為気づかれていないかと』

「ならばいい。予定通り少年――佐藤神一郎は生き餌として使う。すぐに監視を外しても怪しまれるだろう。少年が入院中は護衛を付けてやれ。だが退院後は過度な接触は禁じる。発信機の反応を頼りに監視しろ。運が良ければ兎を釣れるかもしれん」

 

 篠ノ之束の対人関係は不明なことが多い。

 親は蔑ろにする。

 妹は愛す。

 友人は三人だけ。

 そんな人間が好きだった者を嫌いになった時、どんな反応をするのかは未知数だ。

 今回の件も、襲ったと言うのに少年は生きている。

 殺そうと思えば殺せたのは間違いない。

 なら今も少年が大切なのかと思いきや、少年は体のキズがいくつか開き、鼻血を出していたとか――

 

『彼は餌になるでしょうか?』

「さてな。なるならそれで良い。切り札となり得る妹を温存できる。ならないならそれでも構わん。元より篠ノ之束と縁の切れた者に期待はしていない」

 

 今回の襲撃を考えるに、篠ノ之束はまだ少年に未練か何かを持っている様に見える。

 少年が昼間の一件を話さないよう釘を刺しに来たとも思えるが――

 

「やはり情報が少なすぎるな。姿を消した天災がなぜこうも早く姿を見せたのか、篠ノ之束、織斑千冬、佐藤神一郎、彼らが会っていた時に何があったのか――。まずは情報だ。少年が脅されている可能性もあるが、そこは上手く聞き出せ」

『はっ!』

 

 部下に指示を出し電話を切る。

 男は立ち上がり、後ろを振り向いた。

 いつから居たのか分からないが、自分が相手を待たせた事は間違いない。

 だからこそ、男は礼儀として当然の様に頭を下げた。

 

「お待たせして申し訳ありません束様」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「お待たせして申し訳ありません束様」

 

 電話が終わるのを待ってたら、男が振り向いて頭を下げた。

 白髪交じりの頭、骨が浮き出てる体――

 相変わらず60代とは思えないやつれぶりだ。

 

「いやいや、しー君に関わる事でしょ? だったら許すさ」

「ありがとうございます。ささっ、こちらにどうぞ」

 

 男に促されソファに腰をかける。

 

「ワインでもお飲みになりますか? っと失礼しました。束様はまだ未成年でしたね」

「ん? ワイン? せっかくだから貰おうかな」

「どうぞどうぞ」

 

 男が笑顔でワイングラスにワインを注ぎ私の目の前に置く。

 

「部下から連絡がありました。頂いた防音シートは大事に使わせてもらいます」

「ん? あぁアレか。売るなりなんなり好きにしなよ。大した物じゃないし気にしないでいいよ」

 

 そう言って私はワインを一口で飲み干した。

 

「ふう……」

「いかがですか? ロマネ・コンティがお口に合えば良いのですが――」

 

 男は私の機嫌を伺うように空いたグラスにおかわりを注ぐ。

 ロマネってなんだっけ?

 聞いた事あるような……。

 

「これ高いの?」

「えぇまぁ、最上級ではありませんが、コレは一本80万ほどです」

 

 しー君の家で飲んだワインってたぶん2千円くらいだよね?

 あのワインの味はいろんな意味で忘れられないよ――

 

「束様? どうかしましたか?」

「はっきり言ってマズイね」

「……お口に合いませんでしたか?」

 

 男の顔付きが険しいものに変わる。

 これはあれだね、私の機嫌を損ねたとか考えてそうだね。

 残り少ない命、ストレスで死んでもらっては困る。

 やれやれ、まさか私が他人をフォローするなんて――

 

「ごめんごめん。マズイって言ったけど、別にお酒が悪いわけじゃないよ。束さんは別にお酒に詳しい訳じゃないしね。ただまぁ、お酒ってどんなお酒を飲むかじゃなくて、誰と飲むかが大事だと思うんだよね」

 

 正直、枯れた老人と飲む酒より、ちーちゃんやしー君と一緒に飲んだ方が美味しいのはしょうがないよね。

 

「……束様はその若さでお酒の飲み方を良くご存知のようですね。私の様な人間になると、安酒は不味く、しかし一緒に飲む人間もいなく、こうして高価な酒に逃げる様になるのですよ」

 

 私の機嫌を損ねた訳ではないと理解したのか、男はそう言って私の正面に座った。

 さてと、私としても時間を無駄にしたくないし、そろそろ本題に入ろうかな。

 

「それで予定通りに進んでるの?」

「はい。問題なく」

 

 私の質問に対し、男は素直に頷いた。

 良かった良かった。

 もし不手際があったら、ちょっとバイオレンスになるとこだったよ。

 

「束さん製の発信機も?」

「はっ。束様の言い付け通り少年の体内に埋め込みました」

「よろしい」

 

 これでしー君の居場所を何時でも知ることができる。

 言っておくけど、これは私情ではないよ?

 発信機を付ける事でしー君の周囲から自然に組織の人間を離れさせることができるし、ついでに世界を旅するしー君の居場所を誤魔化せる。

 しー君がアメリカにいようと、私がちょちょいと細工すれば発信機が示す場所はしー君の自宅。

 そんな感じだ。

 だからしー君は私に感謝すべきだよね?

 発信機の存在は絶対に内緒だけども!

 

「束様」

「うん?」

「その……スライムの件なのですが……」

「ベトベターがどうしたの?」

「ベト? そんな名前なのですね。部下から捕食後すぐに死んだと聞きましたが、もしや量産などしてたりとは……」

 

 窪んだ目をギョロりと動かしながら男は私を見る。

 目の奥にある感情は恐怖。

 私を怒らせないかという不安と、ベトベターが量産されていたらという恐怖の二種類だ。

 こいつも一応政治家なんだなぁと思う。

 まぁベトベターが世に放たれた日本は阿鼻叫喚だ。

 他人事じゃないから不安にもなるよね。

 

「言っておくけど、ベトベターはただのジョーク品だよ?」

「ジョーク品ですか?」

「うん。別に生きてる人間なんか食べたりしないからそこは安心していいよ」

「生きてる……なるほど、そういうことですか。しかしなんでまたそのような生物を?」

「――束さんが何か作るのにお前の許可が必要なのかな?」

「ッ!? いえ、失礼しました」

 

 私がひと睨みすると、男は狼狽しながら頭を下げた。

 言えない。

 あのスライムは腸内に侵入し、食事を終えた後はゼリー状に変化して、しー君を恐怖と腹痛の地獄に落とす為に作ったとは言えない。

 もちろん本気で使う気はないし、医療目的も嘘ではない。

 ただ、しー君に使うことを想像しながらスライムをコネコネするのが楽しかっただけだ。

 とても良いストレス発散でした!

 

「束様」

「ん?」

「私は束様の気分を害する気はありませんでした」

「だろうね」

 

 自分の忠誠を疑われてるとでも思ったのか、男が懇願するような目で私を見つめる。

 うーむ。

 私に逆らう気がないのはいいけど、いちいちこういう反応されるとめんどくさいな。

 

「安心して良いよ。お前には使い道がある。ちょっとやそっとで殺したりしないさ」

「それを聞いて安心しました」 

 

 男は気が抜けたのか、一度息を吐いてからワインを煽った。

 いやはや、箒ちゃんやしー君の為とはいえ、この私がこうも気を使う日が来るとは思わなかったよ――

 

 しー君から未来を聞いた時、一番疑問に思ったのは箒ちゃんの扱いだ。

 私の計算では、箒ちゃんはVIP対応で守られるはずだった。

 だって私への最終兵器だよ?

 手荒く扱う意味が分からないよ。

 そう思ってたんだけど……実際、大人の世界? に入ってみたら理解できました。

 なんてことはない。

 政府だなんだと言っても一枚岩ではないのだ。

 基本的に、政府の私への対応は『触らぬ神に祟りなし』だ。

 私のことが疎ましかろうと、ISと数々の発明品や理論は確実に富を産む。

 更に、ISの研究所などを作るときやISを兵器として運用しようと画策する奴等を、私は弱みを使ったりして排除した。

 それもあってか、私相手に力ずくでどうにかしようとする奴らは多くはなかった。

 そう、多くはないだけだ。

 いつだったか、国に対私用の組織ができた。

 仕事は私の護衛と、私が望んだものなどを用意する小間使い役、そして監視だ。

 そのメンバーを見てびっくりしたのを私は覚えている。

 なんせ組員の2割はスパイなのだから――

 他国ではない、他派閥からのスパイだ。

 組織の中心にいる政治家は私に対して日和見な奴等だ。

 だが、あわよくば私の弱みを握りたい。

 または金になりそうな情報を横流しして利益を得たい。

 そんな奴等が自分の手駒を送り込んできたのだ。

 もうね、お馬鹿すぎて怒りの前に笑いが込み上げたよ。

 そんなこんながあって、私は対篠ノ之束用の組織を自分の手で作ることにした。

 私の為ではなく、箒ちゃんの為に――

 

「それで束様、約束の方は……」

 

 だから私はコイツを組織のトップに据えた。

 私を引きずり出す為に箒ちゃんを手荒く扱う可能性がある連中を排除する為に。 

 

「そうだね、お前に今死なれたら困るし、うん、今までの働きに免じて近い内にやっちゃおうか」

「本当ですか!?」

 

 興奮の余り身を乗り出して叫ぶこの男は、私に非常に都合の良い政治家だった。

 そこそこの権力を持っており、権力への執着は高い。

 そして“篠ノ之束に関わる気がなかった”政治家だった。

 私を力ずくで従えようとする奴らは少ない。

 私を懐柔しようとする奴らは多い。

 だが、私と関わりたくないと考える奴らは珍しい。

 特に政治家の場合は――

 単に私が気に入らないとか、そう言ったものではない。

 この男は『自分では篠ノ之束が望むものを用意できないし、従えることもできない』と私を使ったり、懐柔したりするのは無理だと諦めたのだ。 

 こういった考えをする政治家は非常に珍しい。

 だから私はコイツを組織のトップにするよう働いた。 

 

「束様、私はまだ……生きれるのですね?」

 

 男の目から涙が溢れる。

 立場、力、頭脳――

 コイツを選んだ理由が多々あるが、一番大きい理由は別だ。

 権力を求め、政治の世界で戦ってきた男の結末が哀れなものだった。

 骨が浮き出てる体に年に似合わない白髪。

 おそらく痛み止めを飲まなければ夜も寝れないだろう。

 “篠ノ之束なら治せるかもしれない”そう考えながらも、冷静に私という人間を測り、自分では動かせないとすっぱり諦めたのも評価が高い理由だ。

 

「お前を生かす方法は二つある。一つは機械化。体の中身を取り替える。もう一つは普通に移植だね。どっちがいい?」

「それぞれのメリットとデメリットをお聞きしても?」

「オーケーオーケー。自分の命に関わることだからね。別に構わないさ。まずは機械化、こっちのメリットは私が楽って事だね。見合った機械を作るだけだし。デメリットは私がめんどいってことだね。さすがにメンテナンスフリーはまだ無理だから、ちょくちょく気にかけないといけない」

「――束様の手を煩わせるのは良くないですな。会う機会が増えれば私と束様の継がりが露見する可能性がありますし」

「うむ。その油断がないところは評価しよう。じゃあ移植でいいかな?」

「移植ですか……」

 

 男は困った様に眉を寄せた。

 コイツが悩んでる理由を私は知っている。

 金も力ある権力者が今まで何も手を打たなかった訳がない。

 こいつが渋る理由はつまりそう言うことだ――

 気持ちは分かるけどさ、ちょっと私の事を舐めすぎだよね?

 

「そうそう、臓器はお前のクローンのを使うから」

「は?」

「だからクローンだってば。あ、倫理とか気にしてる? そこは安心して良いよ。遺伝子をちょいとイジって脳や心臓が無い状態で作るから」

「なんと……」

 

 男の目が驚きに染まる。

 あれ? やっぱり臓器を取り出す為にクローンを作るとか受け入れがたいかな?

 一応倫理どうこうに気を使って、“人間”ではなく“人のカタチをした生肉”にしたんだけど――

 

「そのクローンは生きてはいないのですか?」

「うん? 脳が無い状態の高等動物の生死について束さんと語り会う? ちなみに答えは『人によって意見は様々』ってありきたりな答えだけど」

 

 しー君はちょっとだけ嫌がるかな?

 倫理観など気にしつつ、結局受け入れるだろうけど。

 ちーちゃんがダメだね。

 きっと死の間際でも受け入れてくれないと思う。

 だけどいっくんや箒ちゃんなどの身近な人間が助かるためなら、悩みながらも受け入れるだろう。

 クローンからの臓器移植――

 反対するのは、死の恐怖を知らないクセに綺麗事を語る馬鹿共、教えられた倫理観を捨てられない信者とかかな?

 意思も知能もないただの肉塊だって言っても、絶対騒ぐ奴らが出るだろうなぁ。

 凄く便利なのに……。

 

「束様」

「うん?」

「クローンからの移植をお願いします」

 

 そう言って男は頭を下げた。

 安心すると良い。

 箒ちゃんの為にも長生きしてもらうよ。

 てか絶対死なせない。

 今からまた都合の良い人間を探して取引するのめんどくさいしね。

 

「――っ!?」

 

 私の笑顔を見た男の顔が引きつった。

 失礼だなもう――

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 手術の日程やしー君のこれからの扱いなどの話し合いを終え、次に私が向かったのは人が寄り付かない森の中。

 そこは死を身近に感じることができる秘境だった。

 ――まぁただの自殺者が多い樹海なんだけどね。

 木々の間を抜けるように歩くと、目の前には自然にできた横穴が現れた。

 その中に入り数メートル進むと、そこにはドアが――

 ドアを開けると、自動で照明が点いた。

 足元のガラクタを蹴っ飛ばしなが、空いてるスペースに腰を落とす。

 

「むふー」

 

 しー君から貰ったちーちゃんの抱き枕に顔を埋めながらゴロゴロと床を転がる。

 ちーちゃんの匂いを肺一杯に吸い込んで疲れを癒す。

 やっと一息付けたよ。

 ここは天然洞窟の奥に作った秘密基地の一つだ。

 広さは12畳ほどで、床や壁を鉄板で覆っただけの簡易基地。

 長期間使う予定はないので設備も揃ってない使い捨ての基地だ。

 少なくても、一ヶ月は此処を拠点にするつもりだけどね。

 

「さてと――」

 

 目の前にいくつもの画面が現れる。

 まずは箒ちゃんやちーちゃんの周囲の確認だ。

 怪しい動きがないかをチェックする。

 ――ちーちゃんの周りは大丈夫そうだ。 

 箒ちゃんの方は男が上手く舵を取ってるみたいだ。

 今のところは問題ないだろう――

 

「今のところ急いでやる事もない。ならば――」

 

 画面を切り替え、しー君の病室を映し出す。

 しー君の病室にはてんとう虫型スパイカメラ【死兆星】が居る。

 襲われたせいで病室を変えられる可能性があったが、そこはすでに根回し済み。

 男に言ってしー君の部屋を動かさないよう言ってある。

 しー君は私との関係や、襲われた時をどんな風に説明してるのかな?

 何か面白い言い訳をしてくれてると思うんだよね。

 ささくれた私の心を癒してくれしー君!

 

『さっさと束さんを捕まえて来いや! こっちは善良な一般市民だぞコラ!』

『いや、だからね佐藤君。篠ノ之博士を探す為にも情報が欲しいんだよ』

 

 ――ふぁっ!?

 

『佐藤君、お願いだから落ち着いて』

『――なぁグラサン、逆の立場なら許せるか?』

『それは……』

 

 画面の中では、ベッドに座る仏頂面のしー君と、その横の椅子に座る頭に包帯を巻いたグラサンらしき生き物が言い争っていた。

 ちょいちょいちょい。

 待ってしー君。

 なんでそんな怒ってんの?

 

『そもそもさ、俺が束さんの情報を持ってるわけないだろ?』

『……昨日、篠ノ之神社で何があったか話してくれるね?』

『グラサン、男が負けたケンカのことを語るとか無理に決まってるじゃん。どうしても知りたければ千冬さんに聞きなよ』

 

 あ、ちーちゃんに投げやがったよコイツ。

 それにしてもだ。

 

 ジッとしー君の様子を確認する。

 すでに首輪が外れてるため、しー君の細かい心情は分からないが――

 

『そうだグラサン。篠ノ之神社に秘密の研究所あるの知ってる?』

『本当かい!?』

 

 今度は私を売りやがった!?

 いやまぁ、あそこは見られて困るものはないから構わないけどさ!

 うーむ。

 やはりしー君の怒りは本物だ。

 怒り度70といったとこかな?

 これはおかしい。

 

 私がしー君に夜襲を仕掛けたのは、遊び半分、ストレス解消の意味もあるが、私との不仲を周囲に知らしめる為のダメ押しの意味もあった。

 しかし、その辺は私が口にしなくてもしー君は承知してるはず。

 ここで七つ星てんとう虫【死兆星】の出番だ。

 死兆星はしー君を常に映し出している。

 それはリアルタイムに――だけではない。

 防犯カメラよろしく録画データも常に私の元に送っているのだ。

 しー君の怒りの原因を調べる為、私はまず録画画像を見る事にした。

 

 私が去ってからすぐ。

 しー君の病室内は黒服の人間がわらわらとしていた。

 その際、しー君は鼻にガーゼを当てられ治療中だった。

 特に問題は見当たらない。

 

 私が去ってから暫らく経った頃。

 ベットで横になるしー君は凄く気まずそうだった。

 なんせ部屋に居る三人の黒服が自分を見つめているのだ、しょうがないよね。

 だけど、この程度で怒るとは思えない。

 

 朝食の時間帯。

 しー君は朝のニュース番組を見ながら黒服達に話しかけていた。

 無言の空気に耐えられなかったのだと思う。

 私と違って、下手に社交性があるから辛いんだね。

 黒服達もしー君を邪険にするつもりはないのか、それなりに楽しそうに談笑していた。

 まぁ、さり気なく私の情報を聞き出そうとする気満々だけどね。

 しー君の無言が辛いという気持ちと、黒服のしー君の緊張をほぐし情報を聞き出したいという気持ちが見事に一致した瞬間だ。

 

 朝食後。

 しー君の様子がおかしい。

 ここで私は早送りを止めた。

 

『あの……』

『どうかしたか?』

『トイレに行きたいんですが』

『あぁすまない。これで頼む』

『……へ?』

 

 画面の中で、しー君は黒服に尿瓶を渡され固まっていた。

 

『えっと、歩けるのでトイレに行きたいのですが……』

『佐藤君。深夜に篠ノ之博士に襲われた時、グラサンがそこの部屋に突っ込んだのは知っているね?』

『はい』

『そこの個室がトイレなんだが――』

『まさか……』

『グラサンが突っ込んでトイレは大破した。便器が壊れただけだから、交換すればすぐ使えるようだ。既に手配しているから午後からは使えるだろう』

 

 そういえば、確かグラサンっぽい生き物が便器に突っ込んでたね。

 うん、頭から突っ込んで便座らしき物体を粉々にしてた――

 

『ここ病院ですよね? 共同トイレとかは……』

『悪いがそれはできない。君の安全が保証されるまで部屋から出すわけにはいかないんだ』

 

 相手が子供だと思って下手な嘘を――

 しー君の口元が引きつってるじゃないか。

 これがしー君が怒った理由かな?

 でもしー君は生前入院してたみたいだし、慣れてる事だと思うんだよね。

 

『佐藤君。もしかして大きい――』

『いえ! 小なので大丈夫です! 尿瓶借ります!』

 

 黒服が気まずそうにおしめっぽい物を手に持った瞬間、しー君は慌てて尿瓶を片手にベットを囲うカーテンを閉めた。

 目標(しー君)が視界から消えたので、死兆星がしー君をカメラ内に捉えようと動き出した。

 ここは流石に見ないであげるのが優しさだろう。

 目を閉じてゆっくり10秒数える。

 10秒数えてから目を開けると、しー君が丁度パンツを上げてる最中だった。

 

『血尿ってよく見ると綺麗ですよね。日の光でキラキラしてていい感じじゃないですか?』

『そうですね。でも血尿が出てるって事は内蔵が傷ついてるかもなので良い事ではないですよ?』

 

 尿瓶片手にカーテンを開けながらお馬鹿なセリフを吐いたしー君を出迎えたのは、ナースでした。

 しー君は気付かなかったみたいだけど、しー君が用を足してる最中に入ってきたんだよね。

 真っ赤な顔のしー君ご馳走様です!

 

『あの、これ……』

『はい。預かりますね』

 

 しー君がなんとも言えない顔で尿瓶をナースに渡す。

 年頃は20代半ばかな?

 恐らく生前のしー君と近い歳だ。

 これは恥ずかしい。

 ウケを狙って馬鹿みたいなセリフを吐いたのもしー君の赤面に拍車をかけているね。

 

『神一郎君。ケガの具合がどうですか?』

『体中痛いです。痛み方は染みる様な痛みですね。左手は少しズキズキする感じです』

 

 しー君。

 恥ずかしさのせいか子供らしさを忘れてるよ?

 まぁ血尿をネタ扱いしてる時点で子供らしさなんて皆無だけども。

 あれだけ地面に叩きつけられたりしたんだから、内蔵が多少傷付いてるのはしょうがないけど、冷静すぎると思う。

 

『寝てる間に薬が取れてしまったと思うので今から塗り直しますね。上着を脱いでください』

『はい』

 

 しー君がいそいそと上着を脱ぐ。

 子供特有の柔らかい体に、擦り傷や切り傷が多数付いていた。

 赤は血の色、血は闇の色。

 しー君も言っていたが、赤って色は綺麗な色だ。

 人間とは細胞レベルで赤という色に惹かれる残酷な生き物――

 しー君の肌に見える赤もヨダレものだよね!

 

『ちょっと染みますよ~』

 

 ナースがあやす様な口調でしー君の傷口を消毒していく。

 むぅ……。

 是非とも私の手で直接やりたいプレイだ。

 

『じゃあ次は下だね。ズボン脱いで』

『……はい?』

『神一郎君は足もケガしてるんだよ? ちゃんと消毒しないとね。恥ずかしがらずに――』

『え? ちょっ!?』

 

 上半身をテキパキと治療したナースは、戸惑うしー君のズボンに手をかけ脱がそうとする。

 ――このナースの口座にボーナスを振込みたくなるくらいグッジョブだね!

 

 あれよこれよとズボンを脱がされたしー君は、ナースに言われるがままにベットに寝転んだ。

 恥ずかしそうに両手で自分の股間を隠してるしー君がナイスである。

 これは良い絵だ。

 

『ちょっとくすぐったいですよ~』

 

 ナースが太ももやふくらはぎに薬を塗りこむ。

 しー君はくすぐったいのかそれを歯を食いしばって我慢していた。

 

『はい。今度を裏返ってくださいね~』

 

 ナースがしー君をうつ伏せに寝かせ、太ももに裏などの薬を塗っていく。

 地面を転がったりしたせいか、普通は傷が付かない場所にも傷が付いていた。

 これは暫らく辛い日々が続きそうだね。

 そうな事を考えてたら――

 

『それじゃあ次はお尻行きますよ~』

『……え?』

 

 ――え?

 

 戸惑う私としー君を他所に、ナースがしー君の最後の砦であるパンツを脱がした。

 ペロンと現れるしー君のお尻。

 

『ちょと待て~!?』

『はいはい。すぐ終わるから動いちゃダメですよ~』

 

 画面越しでも、しー君のお尻に擦り傷があるのは確認できる。

 地面を転がれば尻をケガするのはしょうがない。

 そして、パンツを脱がされるのも医療行為なのだから仕方がない。

 おめでとうナース。

 お前は近い内に海外旅行のチケットが当たるだろう。

 行くなり換金するなり好きにするといい!

 

『待って! 頼むから待って! さすがにこれは恥ずかしい!』

『神一郎君、暴れると前が見えちゃうよ?』

『くっ!?』

 

 パンツを上げようとするしー君を、ナースは冷静に窘め治療を続ける。

 更にだ――

 

『そう恥ずかしがるな佐藤君。美人ナースにそんな事してもらえるなんて滅多にない経験だぞ?』

『いやしかし羨ましい限りだな。まぁ大人になれば良い思い出になるんじゃね?』

『二人とも笑いすぎ。佐藤君、恥ずかしいと思うけどケガを治す為にも我慢するんだ』

 

 黒服三人が楽しそうにしー君を煽るオマケ付きだ。

 これはしー君恥ずかしい。

 しかし黒服三人は理解してないな。

 しー君は、自分と年齢が変わらない異性に尻を触られ、自分と同じ年頃の、特に親しくはない同性にお尻を見られ、もう羞恥心や自尊心がいっぱいいっぱいなんだよ?

   

 その後、治療を終えたしー君は真っ赤な顔で布団を被り引きこもった。

 それから暫らくして、頭に包帯を巻いたグラサンモドキが現れ、事情聴取が開始されたのだった。

 

 

 プツン

 

 録画画像を切り、現在のしー君に目を向ける。

 

『グラサンには俺の気持ちが分かる?』

『あ、あぁそれは……』

『軽々しく分かると言うなら、グラサンを俺が通っている小学校に連れて行き、同級の目の前でケツ丸出しにして、小学生女子に傷薬を塗らせなければいけなくなるな』

『佐藤君が心に受けた傷が俺には計り知れない』

 

 しー君にジト目で睨まれたグラサンモドキは、大急ぎで意見を変えた。

 ちなみに、部屋の隅では黒服三人組が少し小さくなっていた。

 しー君をからかい過ぎたと反省中のようだ。

 

『なぁグラサン。“目には目を歯には歯を”って知ってる?』

『確かハンムラビ法が元だったかな?』

『意味は知ってる?』

『相手にやられた事をそのまま相手にやる――かな?』

『そう、だからさ――』

 

 しー君がニタリと笑った。

 

『こんな所で油売ってないで早く束さん連れて来いや! 俺の目の前で尿瓶におしっこプレイさせた後にパンツずり下ろしてケツに薬を塗りこんでや(プツン)』

 

 思わず映像を切った。

 でも手遅れだった。

 たぶんしー君は、襲われたのに部屋が変わらないのは私の差金だと感づいている。

 トイレが使えなかったのは私が悪いと認めよう。

 だけどその後はどうだ?

 さすがに他人の前でおしり丸出しは私も計算外だ。

 だけどしー君のことだ。

 あの瞬間を私が見てると気付いてるに違いない。

 つまりだ――

 

「しー君の怒りが収まるで近づくのは止めよう」

 

 誰も居ない秘密基地で私はそう心に誓うのであった。

 




対篠ノ之束の組織のトップは何を隠そう私である!by束


※看護師をナース表記してるのは仕様です。

  


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とある男の過去と未来

この話を投稿したら、お気に入りが500件減った夢を見た。
それくらい意味不明な話です。
ただまぁ、書いてしまったので消すのはもったいなく……。
すみませんm(_ _)m

今回は試作的な感じで書きました。
荒いですm(_ _)m

次回は真っ当な話ですので許してください!


 本日はお越し頂きありがとうございます。

 どうぞお座りください。

 

「はっ! 失礼します!」

 

 ケガの具合はどうですか?

 

「問題ありません」

 

 そうですか。

 それは良かったです。

 あの天災に単身で挑むことになるとは大変でしたね。

 

「いえ、それが仕事ですので」

 

 仕事ですか。

 流石のプロ根性ですね。

 

「ありがとうございます」

 

 さて、お喋りはこの辺にして本題に入りましょう。

 今日貴方をお呼びしたのは篠ノ之博士の事をお聞きする為です。

 

「篠ノ之博士の事ですか?」

 

 はい。

 篠ノ之博士の失踪にあたり、報告書などからではなく、現場の……篠ノ之博士と近かった人間から改めて博士の人柄などのお話を聞きたいと思いまして。

 

「私が話せることでしたら」

 

 ありがとうございます。

 まずは貴方と篠ノ之博士の出会いからお聞きします。

 確か篠ノ之博士の護衛が貴方の仕事でしたね?

 

「はい。護衛が主です。後は身の回りの世話を少々。そして、篠ノ之博士の監視も私の仕事に含まれています」

 

 身の回りの世話とは具体的にどんな事を?

 

「篠ノ之博士は基本研究室から出ませんので、飲み物や食事の用意、後はゴミの片付けなどです」

 

 ゴミの片付けまでやっていたのですか?

 

「私も最初は何故自分がと思っていました。しかし天災のゴミは凡人には宝の山の様でして――」

 

 何かあったのですか?

 

「ペットボトルや食べ物などは私達が問題なく分別できるのですが、問題は紙に書かれた書き損じなどのゴミでして……。それらは国の科学者が目を通してから捨てるのですが、表に出したら常識が崩壊しそうな物が多々ありまして……」

 

 なるほど、天災のゴミですか。

 話には聞いてましたが、凡人には有益でしょう。

 

「有益ですか……。ノーベル賞の発表をテレビで見てたら、『あ、似たような論文がゴミ箱に捨ててあったな』と気付いた時の私の胃の痛みが分かりますか?」

 

 なんかすみません。

 あの、目から光が消えてますけど大丈夫ですか?

 

「篠ノ之博士のゴミを売ったのか、それともノーベル賞に選ばれるほどの物が篠ノ之博士にはゴミなのか……。どちらだと思います?」

 

 言い忘れてましたが、この会話は録音されています。

 聞くのは上の人間なので機密の漏洩にはなりませんが注意してください。

 ちなみに私は黙秘させて頂きます。

 

「国の不利益になる事をするつもりはありません。とまぁいろんな意味で胃に痛い職場でした」

 

 ……話を変えましょう。

 【グラサン】の由来をお聞きしてもいいですか?

 こちらも今日の為に貴方の情報を集めましたが、内容が内容でしたので本人からお聞きしたく。

 信じてない訳ではないのですが、私の手元にある情報が本当なのか一応の確認を――

 

「少々長くなりますがよろしいですか?」

 

 構いません。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 世間を賑わす時の人。

 そう言えば聞こえは良いが、私達の前に現れたのは口の利き方も知らないガキだった。

 しかし私達も国の暗部を司る更識家まではいかないが、警察や自衛官から選ばれたその道のプロだ。

 性格に難のある政治家の護衛もすることもある。

 子供の相手をなど楽だと思っていた――

 

 IS研究所が設立されてからすぐ、世界中から科学者が招かれた。

 権威のある人間の中にはプライドが高い人間が多い。

 そんな人間が篠ノ之博士と上手くやれるだろうか?

 無理に決まっている。

 その日、怒りに任せ篠ノ之博士に飛びかかろうとする科学者と、その様子を見て鼻で笑う篠ノ之博士の間に入った私達は後にこう思った。

 

 これ、護衛いるか? と――

 

 二人の間に入った私と同僚2人は壁まで吹っ飛ばされ、科学者は床に顔を埋め込まれていた。

 唖然とする周囲を見ながら篠ノ之博士は笑っていた。

 私達は、天災という生き物がどんな存在かを身を持って教えられたのだ――

 

 

 篠ノ之博士が研究所に務める社員を蹴り飛ばした。

 他国のスパイだった。

 

 篠ノ之博士が研究所に来るゴミ収集業者を殴り飛ばした。

 暗殺者だった。

 

 篠ノ之博士が研究所に来た政治家を半殺しにした。

 セクハラオヤジだった。

 

 

 余りにも問題が多かった為、私達は篠ノ之博士にお願いした。

 怪しい人物やスパイの情報は私達に流して下さい。こちらで処理しますので、と。

 篠ノ之博士は最初は嫌そうだったが、処理をこちらに任せる事でIS研究の時間が増えるならと納得してくれた。

 今思えばそれが間違いだったかもしれない。

 篠ノ之博士は他人に興味がない。

 人の名前さえ覚えようとしないのがその証拠だ。

 そんな天災からの指示はとても大雑把だった。

 

 こいつスパイだから処理しておけ。

 あいつ殺し屋だから処理しておけ。

 焼きそばパン買ってこい。

 

 私達は大忙しだった。

 そんなある日、またも事件が起きた。

 護衛者の一人が篠ノ之博士に襲われたのだ。

 

 目撃者の話はこうだ――

 『休憩所で飲み物を飲んでた黒服がいきなり消えたと思っていたら、次の瞬間には自動販売機に減り込んでいた』

 

 そして篠ノ之博士の言い訳はこうだ――

 『仕事を頼んだ黒服がサボってたからお仕置きした』

 

 違います篠ノ之博士。

 貴女が仕事を頼んだ黒服は違う黒服です。

 同じヒゲ?

 いえ、無精ひげとおしゃれ顎ひげは違います。  

 

 仕事を振った相手の顔さえ覚えないのは流石に効率が悪いと思ったのか、篠ノ之博士はその日から少し変わった。

 

 おいグラサン。今日来た研究員の金髪捕まえて来い。

 

 おいグラサン。グラサン外したら殺すからな?

 

 おいグラサン。明日車だせ。

 

 仕事が全て私に振られるようになった。

 

 疑問に思った私は、なぜ自分にしか仕事を降らないのかを篠ノ之博士に聞いてみた。

 質問したら殴られるかと思ったが、意外にも篠ノ之は簡単に答えてくれた。

 

 篠ノ之博士の考えはこうだ。

 

 指示は一人に集中した方が自分が楽。

 そう思った時に目の前にいた人間がグラサン。 

 

 組織の先輩や上司を押しのけ、なぜか私が篠ノ之博士の右腕っぽいポジションに収まっていた。

 普通は許されることではない。

 しかし、篠ノ之博士の機嫌を損ねたくないという理由で、篠ノ之博士の案は通ってしまったのだった。

 ついでに【グラサン以外グラサン禁止令】が出された。

 私と間違えられて殴られても労災は降りないらしい。

 サングラスの着用は自己責任でと上司は語った――

 

 

◇◇ ◇◇ 

 

 

「そんな事がありまして、私は【グラサン】と呼ばれる様になりました」

 

 ……なるほど、随分と苦労なさったようですね。

 私は篠ノ之博士本人と会ったことがないのですが、聞きしに勝ります。

 

「当時は苦労しましたが、今となっては良い思い出です」

 

 そう言えるのは凄いと思います。

 ところで貴方は篠ノ之博士のプライベートにも同行していましたね?

 貴方から見た佐藤神一郎君の印象をお聞かせください。

 

「佐藤君の印象ですか?」

 

 先日あの様な事件がありましたが、彼は篠ノ之博士の数少ない身内でした。

 彼と面識のある貴方から直接聞きたいのです。

 

「そうですね……。子供なのに時々大人の雰囲気を見せるグループのまとめ役、でしょうか」

 

 まとめ役? あの少年がですか?

 

「そう不思議な話ではありません。篠ノ之博士はその……アレですし」

 

 アレですね。

 

「織斑千冬君は口数が少ないタイプで、姉御肌ではありますがまとめ役とはまた少し違います」

 

 ふむ。

 

「そして残りの二人は年下です。必然的に彼がまとめ役になるのは仕方がないかと」

 

 高校生を仕切る小学生というのも変な話では?

 

「佐藤君は小学生にしては精神年齢はかなり高いです。おそらくそれが篠ノ之博士の琴線に触れたんだと私は考えています」

 

 なるほど。

 やはり彼を普通の子供と見ないほうが良さそうですね。 

 では最後にもう一つお聞きします。

 

「なんでしょう?」

 

 篠ノ之束と佐藤神一郎。

 両名の間にあったイザコザですが、その当たりをどうお考えですか?

 

「個人的な意見ですがよろしいでしょうか?」

 

 構いません。

 

「篠ノ之博士の失踪は妹を守る為、佐藤君のケガは篠ノ之博士と意見が衝突した結果だと考えています」

 

 ――詳しくお聞かせください。

 

「篠ノ之博士の価値は今も高まり続けています。身柄を求める者も命を狙う者も増えています。そんな中で、ISの研究をしながら妹を守ることに限界を感じた篠ノ之博士は、自身の身を囮に使い、敵を国内から遠ざけるのが狙いかと」

 

 篠ノ之博士は家族を見捨て逃亡したというのが上の考えですが、その事については?

 

「篠ノ之博士が妹を……箒君を見捨てるとは思えません」

 

 なぜ、そのように思うのですか? 

 

「私は見ました。篠ノ之博士が愛おしそうに箒君の頭を撫で、抱き締める所を――。友人と遊び、妹と一緒に居る時の篠ノ之博士は普通の子供でした。彼女は妹を見捨てたりしません」

 

 理由はそれだけですか?

 

「それだけです」

 

 ――なるほど。

 では、佐藤君との意見の衝突とは?

 

「入院した佐藤君は何も話してくれませんでした。ですのでこちらも勘になります」

 

 ――続けてください。

 

「私は『妹を守る為に自ら囮になることを篠ノ之博士から聞いた佐藤君が、篠ノ之博士の身を案じて力ずくで止めようとした結果』だと思っています」

 

 多くの敵を自分に引き付けようとする篠ノ之博士を心配して……ですか。

 筋は通っていると思います。

 ですが、だからといって骨を折ったりしますか?

 かの天災は身内に甘い性格だったはずですが。

 

「覚悟の現れだと思います」

 

 友人に止められても引く気はないという気持ちがそうさせたと?

 篠ノ之博士はそこまでして妹を守りたいという事ですか?

 

「おそらく……ですが」

 

 ――貴重なご意見ありがとうございます。

 やはり貴方に話を聞いて良かった。

 

「念を押しますが、あくまで私の主観ですので」

 

 もちろん承知しております。

 本日はお話を聞かせて頂きありがとうございました。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

『本日はお話を聞かせて頂きありがとうございました』

 

 やっと話が終わり、部屋から退室するグラサンをレンズ越しに眺めながら男は息を吐いた。

 

 篠ノ之束のスパイの可能性がある構成員から話を聞け。

 男が出した命令は、篠ノ之束へ組織の情報や国の動きを売っている人物がいるかもしれないから洗い出せというものだった。

 男は知っている。

 組織内に篠ノ之束のスパイなどいない。

 なにせ事実上のトップは篠ノ之束その人なのだから――

 ならばなぜわざわざその様な事をしたのか?

 それは周囲へのパフォーマンス。

 篠ノ之束が失踪した際に手引きした者は居ないか、金欲しさに協力した者は居ないか、そういった者が組織に居ないかを調べるのは当然のことだ。

 だから男は茶番と思いつつもそんな命令を出した。

 男の誤算は一つ。

 何故か自分の隣に天災が居ることだ……。

 

「…………へえ? 随分とお喋りな口してるじゃん」

 

 それも超絶不機嫌な天災が……。

 

(なぜこんな事に……)

 

 その日、男は自分の家で書類仕事に追われていた。

 篠ノ之博士の失踪事件や篠ノ之家の保護プログラム適用などが重なり、男は多忙だった。

 そんな男の前に、天災はいきなり現れたのだ。

 そして、いつの間に仕掛けたの分からない監視カメラを使って、部下とグラサンの会話を監視し始めたのだ。

 男は最初こそ飲み物を出したりと歓迎したが、途中から話しかけるのを止めた。

 何故か時間を追うごとに天災が不機嫌になっていったからだ。

 

「束様? 如何しました?」

「…………(ギリッ)」

 

 男が意を決して話しかけるも、ソファーに腰掛け両足をテーブルに乗せた束は、爪を噛みながら不機嫌アピールをするだけだった。

 男は泣きたかった。

 何故彼女はここにいるのだろう?

 何故彼女は怒っているのだろう?

 聞きたいが、聞けない。

 どんな八つ当たりがくるか分からないからだ。

 

「チッ……。近くにいたからか良く見てる。今となってはもう邪魔でしかないかな」

 

 舌打ちとブツブツと呟かれる声を聞き、男の額に汗が浮かぶ。

 

「ねえ」

「な、なんでしょう」

 

 束が男の方を向き、ニンマリと笑みを作った。

 

「もうあのグラサンモドキいらないからさ 処分してくれない?」

「はい?」

 

 あまりの言い方に男は絶句した。

 男も汚れ仕事はした事があるし、部下に命じた事もある。

 だが、あのやり取りを見ただけで、なぜ消すという結論に至ったのかが男には理解できなかった。

 

「なに? 嫌なの?」

 

 天災の笑顔を見ながら男は必死に考える。

 断るはのは無理だ。

 後が怖い。

 ならば言われた通りに消す?

 それは流石に良心の呵責を覚える。

 となれば――

 

「束様。グラサンが束様に近かった人物というのは組織内で有名な話です。失踪してから間もないこのタイムラグで彼を消すのはよろしくないと思いますが――」

 

 あくまでも提案、そんなニュアンスで男は束の説得を試みた。

 グラサンの身を案じただけではない。

 本音を言えば、天災の人柄をよく知るグラサンを手元に残したいのが男の本音だった。

 

「ん~? まぁ確かにそれはそうかも?」

 

 意外にも天災は自分の考えを受け入れてくれた。

 そのことに男は安堵した。

 だが油断はできない。

 天災はいつも常人の斜め上の発想をするからだ。

 

「あ、そうだ」

 

 束は手をポンと叩き、まるで名案を思いついたという顔をした。

 

「束様。何か良い案でも?」

「迷った時は神頼みってね」

 

 束がケータイ電話を手に持ちどこかに電話をかける。

 その様子を男は不思議そうに見ていた。

 

「あ、もしもしー君? なんかアレだね。もしもしー君って良い感じだよね。――――はいすみません」

 

(束様が謝った!? そうか、さっきの言葉は神一郎と神をかけていたのか)

 

 電話越しにペコペコと頭を下げる束に対し、男は軽く感動を受けた。

 そんな男を他所に、束は笑顔で電話相手の怒りを流しつつ話を進める。

 

「ほら、しー君の為に病室から黒服を遠ざけたんだし、むしろその辺の感謝を……」

 

 現在、神一郎の護衛達は昼間は病室から出ている。

 

 ――見知らぬ大人と長時間狭い部屋のいると少年にストレスを与える可能性がある。その結果、意固地になられても困るので少し様子を見ろ。

 

 ――さすがの天災も昼間に襲撃して来ないだろう。

 

 そんな理由をつけて、明るいうちは黒服達を病室から追い出したのだ。

 もちろんそれも全て束の指示である。

 ちょっとやらかした束が、神一郎の機嫌を取るためにやった処置だ。

 一応の筋は通っていたので、男はその指示をそのまま部下に命令したのだった。

 

「それでね、ちょっと相談なんだけど――あ、盗聴は大丈夫だけど、部屋の前の黒服に気付かれないように声だけは注意してね」

 

 そう言って束はケータイ電話をハンズフリーにしてテーブルに置いた。

 その行為に対し首を傾げる男に対し、束はジェスチャーで黙れと指示する。

 

『で、わざわざ電話なんて何用です?』

 

 電話の向こうから聞こえてきたのは少年の声。

 男はその声を聞き、チラリと視線を束に向けた。

 

「まぁまぁ。そんなに邪険にしないでよしー君」

 

(笑顔か……。情報としては知っていたが、本当に束様に認められているのだな)

 

 男の視線の先には、刺のある少年の声を聞いても笑みが崩れない天災がいた。

 

「ちょっと人事で困っててさ。相談に乗ってもらおうとね」

『人事? 会社でも立ち上げたんですか?』

「うん。グラサンの次の職場を天国にするか地獄にするか迷っててさ」

『うんじゃないよね!? え? なんでグラサンの永久就職先決めようとしてんの?』 

「えっとね、こんな事がありまして――」

 

 かくかくしかじか。

 束はグラサンが語った内容をそのまま神一郎に伝えた。

 

 

 

 

『なるほどね。それはグラサンやっちまったな』

 

 束の話を聞き終わった神一郎は、ため息と同時にそう呟いた。

 

『我儘で傍若無人でいざとなったら家族を捨てる非人間的なクソ野郎ってイメージを作ろうとしている束さんに対し、まるで家族を大切にする普通の姉ってイメージを植え付けようとする発言はダメだね』

「うん、まぁ、そうなんだけどさ、ちょっと私に気を使おうかしー君」

 

 神一郎のあまりな言い方に束は涙した。

 

(なるほど、それで束様はお怒りに……。束様の立場で考えてみれば当然のことだな。それにしても佐藤神一郎か……。やはり普通の小学生ではないな。もしやギフテッド持ちの子供か?)

 

 そして束の横では、男が真剣な表情でそんな事を考えていた。

 

 現在、ツッコミ不在の都内にある某高級住宅の一軒家は混沌としています。

 

「でね。私の足を引っ張るあのグラサンはどう処理しようかと」

『ぶっちゃけグラサンは何一つ悪くないけどね。そこはほら、理解者ができたと喜べば?』

「り~か~い~しゃ~?」

 

 束はベロを出しながら、まるで苦いものを食べたような顔をする。

 

「好きでもなんでもない奴に理解されても嬉しくもなんともないよ!」

『束さんならそう言うか。ならそうだな……箒のボディガードにするのはどうだろ?』

「箒ちゃんの?」

『箒の護衛って言わば地方勤務でしょ? 本部から切り離せばグラサンが余計な事を言っても話しが広まりづらいよね?』

「うん」

『グラサンなら万が一の時は箒の盾になってくれるだろうし、本格的に邪魔になったら箒狙いのテロリストのせいにして消してもいい。どうかな?』

「うんうん。なるほどなるほど――有りだと思います! さすがはしー君。さすちーだね!」

 

 確かに神一郎の案は良い案だった。

 グラサンが余計な事を言っても影響が少なく、いざとなったら盾にして、邪魔になったら消す。

 実に無駄のないグラサンの使い道だった。

 しかし束は知らなかった。 

 相談した相手が――

 

(箒も見知った人間が居た方が安心するだろうしな)

 

 などど思っていることに。

 

「あれ? 何か言った?」

『なんも。話は終わり?』

「うん。相談に乗ってくれてありがとね」

『問題はどうやってグラサンをそのポジションに就かせるかだけど、そこは頑張ってね』

「そっちも大丈夫だよ。――話は理解したね? ってな訳でグラサンの配置替えヨロ」

「はっ? え、えぇ。了解しました」

 

 話しの終わりの終わり。

 後は別れの挨拶をしてさようならというタイミングで束は男に話かけた。

 男も、ついと言った感じで返事をしてしまう。

 まだ通話が繋がってるにも関わらず――

 

『へ? 今の誰?』

「今日はありがとねしー君。ばいばーい」

『あ、ちょっ(プチ)』

 

 神一郎の言葉を最後まで聞かず束は通話を切った。

 

「よろしかったのですか?」

 

 男の問の意味は二つあった。

 相手の会話を聞かずに切ってよかったのか?

 自分の存在をバラす様な真似をしていいのか?

 の二つだ。

 

「ん? 大丈夫大丈夫、お前の存在はしー君に話すつもりだし」

 

 そう言って束は上機嫌に笑ってみせた。

 その笑みは、ここに神一郎なり千冬が居れば、縄で縛って企みを聞き出すレベルの怪しさがあった。

 しかし今二人は居ない。

 

「私の存在を教えるのは構いませんが、大丈夫なのですか?」

 

 居るのはクソ真面目な老人だけだった。

 

「お前はさ、しー君の事をどう思った?」

「それはどういう……」

「欲しいと思わなかった?」

「っ!?」

 

 束の言葉に男の心は揺れた。

 

(見透かされてる? いや、試されてるのか? )

 

 内心怯えつつも、男は冷静に思考を巡らせた。

 

(彼が居れば天災を御せれるかもしれないと思ったのは事実。だがここで嘘を付くのは愚策だな)

 

 男は冷静に思考を巡らせ、そう結論付けた。 

 

「えぇ、あの若さであれほどしっかりしてるとは――。是非とも部下に欲しいですな」

「好きにして良いよ。私が許す。勧誘でも脅迫でも勝手にすれば?」

「はい?」

 

 まさかの返しに男の思考が止まる。

 

「束様は何を考えてるのです?」

「気になる?」

「教えてくださいますか?」

「私はね、しー君で遊びたいんだよ」

 

 大物政治家に勧誘されたしー君はどうでるかな?

 勝手に売られてたと怒る?

 それとも良いコネができたと喜ぶ?

 

 逆に脅迫されたらどうするかな?

 私に責任取れと言ってくるかな?

 それとも助けてと乞うてくるかな?

 

 そんな事を考えるだけで束は楽しかった。

 嫌の事も面倒な事も、神一郎がわたわたする姿を思い浮かべるだけで忘れられるくらい楽しかったのだ。

 

「束様が許すと言うなら、少年の勧誘は前向きに考えさせてもらいましょう」

 

 (とは言っても、度を過ぎた対応をすれば消されるのは私だろう。少年に近付くのは愚策だな) 

 

 グヘヘとニヤついている束の顔を見ながら、男はあくまでも冷静に対処する。

 天災には不用意に近付かない。

 それが男の処世術だった。

 

「そうだ。しー君がどう動くか賭けない? 当てられたら金になりそうな発明品を進呈しよう。外れても罰はなしにしてあげるよ」

「……そして賭けをした事も少年に話すのですね?」

「それはもちろん!」

 

 どこまでも笑顔を崩さない束に男は苦笑した。

 勝手に売られ、勝手に賭けの対象にされる。

 少年の未来はなんとも大変そうだった。

 だが男は同情しない。

 それよりも大事な事が世の中にあるからだ。

 

「言っておきますが本気で当てに行きますよ? なにせ組織の運営には資金が必要ですからな」

「んじゃ束さんは、怒り→諦め→泣きの三連単で」

「独特な賭け方ですな。では私は、泣き→諦め→怒りにしましょう」

 

 はっはっは。

 

 互いに顔を合わせ笑い合う。

 

 グラサンの未来。

 神一郎の処遇。

 様々なものが本人が居ないところで決まって行く。

 これが社会の縮図だとでも言うかのように――




グラサン三つの出来事

①人知れず命を狙われる。
②人知れず助かる。
③箒の護衛リーダーに任命され、長い期間日本中を転々とすることになる。


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束と箒(上)

箒との対面が終わるまで書こうと思ったが、いつも話を切るタイミングを逃し長くなるので、2話構成にしてみました。


 

 俺が退院した時、篠ノ之家はまだ町にいた。

 引越しは末日。

 箒に会おうと思えば会えたが、俺は最後まで篠ノ之家の誰とも合わず別れの日を迎えた。

 会わなかった理由は色々とある。

 一つは千冬さんと仲違いしたように思わせる為。

 千冬さんに会いたくないから篠ノ之神社に近付かない。

 周囲にそう思わせたいのが狙いだ。

 もう一つは俺の骨折。

 こんな腕では一緒に遊べないし、きっと一夏と箒に二人に気を使わせるだろう。

 そして一番の理由は、箒と一夏の邪魔をしたくないからだ。

 そんなこんなで、俺は今日という日まで大人しく過ごしていた。

 で、今日はなんの日かというと、束さんが箒に会いに行く日だ。

 保護プログラム適用から数日。

 心細い思いをしてる箒を慰めようとなった訳だ。

 しかし俺には箒に会う前にやる事があった。

 それは――

 

 入院中の俺の恥ずかしい姿を録画している可能性がある束さんを問い詰め、更に電話の後ろにいた人物について聞き出すギャグルート。

 

 箒と会う前のナイーブな束さんを気遣うシリアスルート。

 

 二つのルートの内、どちらのルートを選ぶかということだ。

 ギャルゲかよと思われるかもしれないが、これは非常に重大な案件なのだ。

 まず、束さんが落ち込んでいるのは確かだろう。

 箒と会った瞬間、『姉さんなんて大嫌い!』なんて言われる可能性がある以上、束さんがテンションだだ下がりで俺の前に現れる事は明白。

 なら素直にシリアスルートを選んぶべきかと思うが、これには落とし穴がある。

 人によっては、慰められたり優しくされるより、笑顔で暗い気持ちを吹き飛ばして欲しいと思うからだ。

 ついでにシリアスルートを選んだ場合、病院の一件はなし崩しに流れるし、電話の後ろに居た謎の男の事も聞きづらい。

 ……迷うな。

 

「ふむ?」

 

 どちらにするか悩んでいると、ふと一つの可能性が脳裏に浮かんだ。

 初日の襲撃以降、束さんは俺の前に姿を見せていない。

 電話はあったが、ちょっと話したら一方的に切られた。

 もしかして……計算か?

 ギャグに走りづらい今日会うことで、俺から逃げようとしてるのか?

 いやいやまさかまさか。

 あの束さんがそんな……。

 もし計算なら全力でギャグに走ってやる。

 考えなしなら、その場の空気次第だな。

 

 

 

 

 時刻は夜の19時。

 約束の時間だ。

 もし束さんが窓や天井から現れたらギャグルートに走ろう。

 さて、どこから現れるかな?

 

 ガチャ――ギギッ

 

 鍵がかかってるはずの玄関のドアが開く音が聞こえた。

 常時なら軽くホラーだな。

 正面から来るとは随分らしくないじゃないか。

 これはギャグ封印かな?

 今の内にシリアス顔作っとかないと。

 ペタペタと歩く音が聞こえ、居間のドアの前で音が止まった。

 

「こんばんわしー君。元気してオボロロロォォォ!!」

 

 入室して1秒は凄い美少女だった。

 普段より疲れてるのか、儚げで落ち着きのある理想の束さんだった。

 だけど入室2秒後にはそんな幻想壊された。

 おい誰だよ、上条さん呼んだやつ。

 

「あー……大丈夫ですか?」

 

 呆けたままではいれないので、しゃがみこんでいる束さんに近寄って背中をさすってあげる。

 

「胃が……痛いんだよ……」

 

 束さんの口から、胃液と共に悲しみ溢れる言葉が漏れた。

 ――これ、ギャグとシリアスどっちに舵を取れば良いのだろう?

 

 

 

 

 

「いやーごめんごめん。ちょっと今朝から調子悪くてさ」

 

 束さんのゲ……えっと、天使の贈り物? を片付けた俺達は、空気を変えて改めてテーブルを挟んで対面した。

 ちなみに窓は全開で開かれ、物理的にも空気を変えてます。 

 

「随分と体調が悪そうですが、ストレス性の胃炎かなんかですか?」

「え? ストレス? ナニソレタベモノ?」

「いやだから、箒に会うのが怖いのかなぁ~と」

「え? なんで? ワタシト、ホウキチャン、イツデモ、ナカヨシ、ダヨ?」

 

 この人さっきから瞬きしてないんだけど?

 血走った目で俺を見てるんだけど?

 よくよく見ると、顔色も若干悪いし目の下に薄くクマがある。

 やだ怖い。

 もうこれギャグ時空なのかシリアスタイムなのか分かんねぇな。

 

「束さん」

「なに?」

「ギャグとシリアスどちらか好きな方を選んでください」

 

 もうめんどくさいから束さんに任せよう。

 ギャグを選んだら、思いっきり騒いでストレスを発散させる。

 シリアスを選んだら、思いっきり甘やかせて慰めてあげる。

 好きな方を選ぶといいさ。

 

「それ選んだらどうなるの?」

「まずギャグですが」

 

 俺はソファーから立ち上がり、用意しておいた上部分を切り取ったペットボトルと、ア○エ軟膏をテーブルの上に置いた。

 

「そ、それは!?」

 

 テーブルに並べられた物を見て、束さんの頬がひきつる。

 これはもう確定ですね。

 こいつ絶対に入院中の俺を見てたよ。

 

「ギャグを選ぶとこれを使うことになります」

「へ、へー? どうやって使うのかまったく想像できないな~」

 

 白々しく笑う束さんの目はめっちゃ泳いでた。

 こっちを選んだら、ペットボトルをトイレ代わりにさせて尻に軟膏を塗りたくってやる。

 

「そしてシリアスを選んだら、お疲れ気味の束さんに対し普通に優しくします」

「シリアスで! シリアスがいいなぁ! 今日は絶好のシリアス日和だよ!」 

「随分必死ですね。やはり余裕がない今の束さんに必要なのは笑いでは?」

「空気を読もうかしー君。今日という日に必要なのはシリアスだけだよ」

 

 束さんがキリッとした顔をしていた。

 それはもうキリッとしていた。

 必死だな。

 

「んじゃシリアスでオケ?」

「オケ!」

 

 束さんが望むならしょうがないか。

 窓を開けていたお陰で部屋の空気も新鮮なものになったし、俺も空気を変えようか。

 窓を閉めて軽く咳払いをする。

 ここからはシリアスモードだ。

 

「束さん。だいぶ顔色が良くないけど、最後にいつ食事取りました?」

「んと、三日前かな」

 

 三日!?

 いくら束さんでも栄養補給として食事は欠かせないだろうに。

 空っぽの胃にストレスによる胃酸の増加。

 想像しただけでこっちの胃も痛くなる……。

 ――ならばまずは食事だな。

 

「束さん。ちょっと待っててね」

「ほ~い」

 

 冷凍庫からラップに包んだご飯を取り出しレンジに入れて温める。

 ご飯の解凍が終わったら、ザルに移し水で洗い、そして鍋に水とご飯火を入れ火をかける。

 食べやすい様に、水は普段より多めに入れてるのがポイントだ。 

 本来ならお粥を作りたいが、生米からお粥を作ると時間がかかる為、今回は薄味の雑炊にした。

 調味料は塩や醤油などとめんつゆだ。

 手抜きと言うなかれ、これは時短の知恵なのだ。

 めんつゆを入れた後に、塩や醤油を足しながら味を確かめる。

 お米が良い感じに柔らかくなったら、最後に溶き卵を入れ完成だ。

 

「はいよ。手抜き雑炊出来上がり」

「手抜きと言われるとちょっと寂しいけど、美味しそうだから許してあげるよ!」

 

 束さんの前に小さな土鍋に入れた雑炊を置いてあげると、束さんの顔が綻んだ。

 ふ、俺は変な所で拘る男なんだぜ。

 

「てかコレ雑炊なの? お粥に見えるけど」

「生米から作るのがお粥、炊いたお米から作るのが雑炊です。まぁ細かい違いです。冷める前に食べちゃってください。はいあーん」

「……ふーふーして欲しいな」

 

 束さんは雑炊が乗ったレンゲを見ながらそう呟いた。

 あーんだけでもかなり恥ずかしい……でも可愛いから許しちゃう! 今回だけですからね!

 

「ふーふー。はい」

「あ~ん」

 

 もぐもぐと束さんの口が動く。

 お口に合うかな?

 

「うん! 美味しい!」

 

 はなまる笑顔を頂きました。

 

「しー君てこんなのも作れたんだね。ちょっと意外」

 

 俺が作るの肉料理が多い。

 ササミの甘辛炒めなど、安くて量が多く、ご飯とお酒のオカズになるものが殆どだ。

 確かに意外だろう。

 

「お粥や、それに類似する雑炊を得意とする男は結構いるもんなんです」

「そうなの?」

「男は風邪をひいても簡単には仕事を休めない。体調は悪いけど体を動かすから腹は減る。……でもさ、インスタントのお粥を百均で買い漁っていると無性に悲しくなるんだよね……」

「しー君……」

 

 その哀れみの目は止めてください。

 だってさ、仕事で疲れてるから腹は減るが、かと言って熱のせいで重いものは食べられない――

 インスタントのお粥の山や袋ラーメンを見て悲しくなり、自分で作り始める男は多いと思うんだよね。

 あと、好きな子が風邪ひいた時にお粥作ったら好感度上がるかな? なんて考える男も多い。

 

「まぁ俺のことはほっといて、冷める前に食べちゃってください。はいあ~ん」

「しー君が風邪を引いたら私が看病してあげるから元気だしてね。あ~ん」

 

 ――束さんの看病は二度とゴメンだ。

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまです」

 

 束さんが手をパンっと叩く。

 目の前にはカラになった容器。

 全部平らげてくれると作ったこっちも嬉しいな。

 食器を片付け、束さんの隣に腰掛ける。

 まだシリアスタイムは終わってないんだぜ。

 

「ちょっと失礼」

「ふぇ?」

 

 束さんの肩に手をかけ自分の方に引っ張る。

 お約束の膝枕だ。

 食後すぐに横になるのは良くないが仕方ない。

 顔色が悪いまま箒に前に出て欲しくないからな。

 

「束さん。実は睡眠も取ってないでしょ?」

「うっ……」

 

 頭を撫でながら軽く咎めるような口調で言うと、束さんがバツが悪そうに顔を背けた。

 やっぱりか。

 

「少しでもいいから寝てください」

「でも遅くなると箒ちゃんが……」

 

 現在19時45分。

 あまり遅くなると箒が寝てしまうだろう。

 だけどそれは無用の心配だ。

 束さんには言わないが、きっと箒も今の束さんと同じ。

 寂しくて悲しくて、とても簡単に寝れる状況ではないはず。

 つまり箒は夜更ししてるってことだ。

 

「その顔色で同情でも引くつもりですか? 軽く寝て、顔を洗って歯を磨いて、さっぱりしてから会いなさい」

「……あい」

 

 少し強めに言えば、束さんは素直に頷いた。

 いい子いい子。

 ゆっくりと束さんの頭を撫でる。

 

「小一時間で起こしますから安心して寝てください」

「うん……」

 

 返事をしながらも、束さんは目をつぶらない。

 ジッと俺を見ていた。

 

「どうしました?」

「思ったより優しくされてちょっとビックリしてます」

「そりゃ俺だって優しくするべき時には優しくしますよ」

「……しー君のお尻がテカテカになるのを見たり、腹黒い政治家に売ったりした私にこんなにも優しくしてくれるなんて……。グスッ。ありがとねしー君」

 

 なんか、聞き捨てならない事を言わなかったか?

 

「病院の一件はこの際置いておいて……。束さんや、腹黒い政治家って?」

「そのままの意味だよ? 箒ちゃんを守る為に権力者――政治家を使うなんて普通の発想だと思うけど……」

 

 うん。普通だ。

 箒や柳韻先生を守る為に、政治家の協力者を得るというのは間違っていない。

 唯我独尊の束さんがその発想に至ったのは驚きだが、問題はそこではない。

 

「売ったって?」

「売ったは言い過ぎだったかも。別に転生どうこうは話してないよ? ただ『しー君は私にとって大切な友達なんだよ~』ってアピールしてきただけ」

「その政治家の反応はどんな感じでした?」

「興味津々って感じだったね」

「……なんでそんな事したの?」

「今のしー君の顔が見たかったから」

 

 俺って今どんな顔してるんだろ?

 自分の顔を触ってみる。

 ……あぁ頬が引きつってるな。

 なるほど、随分楽しそうに俺の顔を見てるじゃないか。

 よし、落ち着け俺。

 その政治家は束さんが有用だと認めた人間。

 そうそう変な事はしてこないはず。

 情報の漏洩は許してあげようじゃないか。

 

「まったくしょうがないな」

「ふがっ!?」

 

 束さんの鼻を摘み力一杯引っ張る。

 

「今回は許しますが、次はありませんよ?」

「あ゛い゛」

 

 あ、さっきまでグズってたからか鼻水が手に。

 

「スカートで拭かないで!?」

 

 やかましい。

 こっちは身動き取れなくてテッシュに手が届かないんだよ。

 

「束さん、素直に目をつぶって眠りにつくか、尻を揉みしだかれるかを選べ」

「しー君の膝枕最高だぜ! ってことでちょっと寝るね!」

 

 束さんが慌てて目を閉じた。

 やはり心身共に疲れてるのだろう。

 なんだかんだと言いながら、数分でスースーと寝息を立て始めた。

 ホント寝顔は100点だな。

 

 

 

 

 膝枕とは男の夢である。

 俺だって将来彼女ができたらやってもらいと思っている。

 だが、今日俺は学んだ。

 

 ――もし彼女ができても膝枕を強要するのはやめよう、と。

 

 膝枕開始から15分。

 超絶暇です……。

 寝てる束さんを起こさないように気を使う為、今の俺は束さんの頭を撫でててないし、身じろぎもできない。

 そして足が少し痺れてきた……。

 なんとか暇潰しを見つけて時間を潰さないと辛いな。

 

「むにゃ……」

 

 俺の気持ちを他所に、束さんが気持ちよさそうに寝ている。

 うーむ……。

 

 にゅぽ

 

 束さんを起こさないよう、ゆっくりと人差し指を口の隙間に入れてみる。

 

「んあ……」

 

 口の中の異物を追い出そうと、束さんの舌が俺の指を押し返した。

 これはこれは……。

 唇に触れてみる。

 フニフニと柔らかい感触が気持ちいい。

 

「ん……」

 

 触られるのが嫌なのか、眉が寄った。

 ほうほう……。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

「束さん起きてください」

「んん~?」

 

 一時間経ったので、体を揺らし起こしてあげる。

 

「おはようしー君」

「あはようございます」

「あれ? なんか機嫌良くない?」

「別に普通ですよ?」

「う~ん?」

 

 束さんが目をこすりながら首を傾げる。

 いやはや、充実した時間だった。

 

『束さんを起こさないようエロい事をする』

 

 それが俺の見つけた暇潰しだ。

 口にちょっとだけ指を入れたり、おっぱいやお尻に触るか触らないかの距離感で手を伸ばしたりした。

 もちろんおっぱいやお尻には触ってはいない。

 こういうのは『触りそうで触らない』のが楽しいのだ。

 素晴らしい時間でした。

 呼吸の動きで上下する胸に合わせて、触らないように自分の手も動かすゲームとか最高でした。

 

「顔色も少し回復しましたね」

「やっぱり少しでも寝ると違うね。あ、顔洗いたいから洗面所借りるね」

「どぞー」

「それと歯ブラシも借りるね」

「それは止めろ」

 

 

 

 

「はいしー君。預かってた流々武だよ」

「お帰り流々武」

 

 身だしなみを整え、出発準備を終えた束さんから待機状態の流々武を受け取る。

 一ヶ月ぶりの相棒だ。

 表面を撫でると、流々武も喜んでいるように見える。

 

「しー君からの依頼された改造も終わってるからね」

「ありがとうございます」

 

 お礼を言って流々武を首からかける。

 さてと、これからが本番だ。

 

「行きますよ」

「オッケー」

 

 部屋の窓から飛び出し流々武を纏う。

 一ヶ月ぶりの空だ。

 

「とうっ!」

 

 更に束さんが飛び出し、俺の肩に乗った。

 束さんがいつもの定位置で腰を下ろしたら、最後に窓を外から締める。

 鍵はかけない。

 泥棒なんて多分来ないしね。

 

「まずは柳韻先生に会いに行きます。ナビよろしくです」

「了解だよ」

 

 

 

 

 俺と束さんは関西のとある町に来ていた。

 目的は柳韻先生に会うこと。

 柳韻先生と雪子さんは、現在この町にある高層マンションの最上階で仮住まいしているらしい。

 なんとも羨ましい話だが、いざ逃げる時はヘリポートを使う為だとか聞かされると複雑な気持ちになる。

 

 ステルス状態で姿を隠し、目的のマンションまで移動。

 視界に映る街の灯りを楽しみつつ、マンションの最上階室の窓の前で俺は止まった。

 

 カーテンが閉めてあるため中が見えないが、束さんからの情報では護衛の人間が部屋に居ないのは確認済み。

 他人と同棲などストレスが重大だ。

 終わりが見えない逃避行ゆえ、出来るだけプライベートな空間を作る為の処置だとか。

 秘密裏に接触しようとする俺にとってありがたい話だ。

 

 トントン

 

 窓を軽くノックする。

 

「……っ!?」

 

 暫らくしてカーテンが開いた。

 窓の向こうでは柳韻先生が目を見開いて驚いていた。

 そりゃカーテンを開けたら目の前に、見かけロボットな俺と行方不明中の娘が居たらビックリするよね。

 

「ほら束さん。手を振ってアピールして」

「え? めんど――」

「箒の為でしょ」

「はーい。ども父親~」

 

 仏頂面で束さんが手をひらひらと振る。

 まったくもうこの子は……。

 

「久しぶりだな」

 

 窓が開き、柳韻先生が束さんに話しかけた。

 束さん任せでは話は進まない。

 俺がリードしなければ。

 

『初めまして柳韻様。夜遅くにすみません』

 

 俺の口から放たれたのは女性の声。

 変声機で変えたのもだ。

 もちろんキャラも作ってます。

 イメージはクールビューティーだ。

 

「貴女は?」

『ワタシは束様の部下です。ラビットとお呼びください。以後よろしくお願いします』

「ぷっ……ラビットって……」

 

 俺の肩の上で束さんが自分の肩を震わせている。

 おいこら黙っとけ。

 

「ラビットさんと言うのか。娘が世話になっている」

 

 偽名を名乗っている俺に対し、柳韻先生が頭を下げた。

 そんな真面目な対応されると、こちらが心苦しくなるので止めてください。

 

「それで、何用でここに?」

 

 柳韻先生は束さんを見ず、俺にそう聞いてきた。

 それに対して冷たいとは思わない。

 むしろ尊敬する。

 束さんとの距離の取り方を理解してる証拠だ。

 さすがは父親だね。

 

『話しが早くて助かります。箒様へ手紙を書いて欲しいのです』

「箒へ?」

『束様は妹である箒様の心のケアをしたいと願いました。それでワタシは父親の手紙を読めば喜ぶのではと進言し、ここへ参りました』

「ほう? それで私の元へ……。貴女の目的は理解した。暫しお待ちを」

 

 そう言って柳韻先生が部屋の奥に消えていった。

 意外とサクサク話しが進むな。

 めっちゃ怪しい自覚があるんだが。

 

「意外と早く終わりそうだね」

 

 本来会話の中心にいるべき束さんは、暇そうに足をぷらぷらさせていた。

 もっと言うべきことがあるだろと思うが、今言ってもしょうがないか。

 

「貴女が束ちゃんのお友達?」

 

 奥から雪子さんが現れた。

 あ、ご無沙汰しています。

 

「貴女お名前は?」

『ラビットです』

「ラビットちゃんね。私は束ちゃんの叔母で雪子と言うの。よろしくね」

 

 すげー。

 なんの疑いもなくこっちに近づいてきたよ。

 柳韻先生とは違う意味でやりずらい。

 そういえば、束さんから雪子さんの評価って聞いたことないけど、どう思ってるんだろ?

 

「柳韻さんから聞いたのだけど、箒ちゃんに手紙を書くのよね? それ私も書いて良いかしら?」

『是非お願いします』

「ありがとう」

 

 雪子さんの笑顔が眩しい。

 こうして笑顔を見ると、なるほど、束さんの笑顔と似ているな。

 

「それにしても久しぶりね束ちゃん。ちゃんとご飯食べてるの?」

「……食べてる」

「ちゃんと寝てる?」

「……寝てる」

「健康には気を使ってね?」

「……分かってる」

 

 めんどそうな顔をしながらも会話をしているだと!?

 

「箒ちゃんの事守ってあげてね」

「……言われるまでもない」

「でも束ちゃんが危ないことしちゃダメよ?」

「……助けてラビットちゃん」

 

 束さんが小声で助けを求めてきた。

 え? どゆこと?

 ま、まぁ理由は分からないが間に入るか。

 

『雪子様、余りお喋りをしていると柳韻様が手紙を書き終えてしまいますよ?』

「あら、それもそうね。ごめんなさい束ちゃん。また今度お茶でもしましょうね」

 

 雪子さんが束さんに微笑みかけ、手紙を書くために部屋を出て行った。

 

「で、束さんにしては珍しい対応だったね。何かあったの?」

 

 柳韻先生とはまた違う態度。

 声の質は苛立ちとかではなく、事務的で無機質。

 非常に珍しい光景だった。

 

「あぁそっか。しー君は知らないんだね。あの事件はしー君に会う前だし、私は意図的にあの人避けてたし……」

 

 束さんが深くため息を吐いた。

 本当にらしくないな。

 それにしても事件とな?

 白騎士事件の前に何かあったっけ?

 ――ダメだ分からん。 

 

「昔、あの人を邪険にした事があったんだよね」

「それで?」

「そしたら急に泣き出しちゃってさ……」

「……泣かしちゃいましたか」

「うん。泣かしちゃいました……。そしたらさ、ちーちゃん今まで見たことがないくらい怒るし、箒ちゃんも非難するような目で見てくるし、もう散々な結果に……」

 

 相手を“怒らせる”と“泣かせる”では、周囲の反応が全然違う場合がある。

 いつの時代でも、女性を衆人観衆の前で泣かせた人間が針のむしろになるのは世界のルールだ。

 

「嫌いどうこうじゃなくて、苦手な感じですかね?」

「そうなんだよ。ぶっちゃけ相手にしたくない」

 

 天災の天敵がこんな身近にいるとは。

 これは束さんの誕生日が楽しみですな。

 雪子さんには是非にでも同席してもらおう。

 

 

 

 

 

「どうぞ」

『ありがとうございます』

 

 柳韻先生と雪子さんから手紙の入った封筒を受け取とる。

 これで箒が元気になってくれると良いけど。

 

「束ちゃんと貴女はこれから箒ちゃんに会いに行くのよね?」

『はい』

「その、できれば今度箒ちゃんの様子などを教えて欲しいのだけど……」

『構いません。むしろこちらからお願いしたい。箒様の為に、お二人には箒様と文通して欲しいと願っています』

「あらそうなの? それは嬉しいわ」

 

 急な来訪、急なお願い。

 それにも関わらず雪子さんは笑顔で承諾してくれた。

 良い人だな。

 

「束」

「あん?」

「何をしようと、何を成そうと、作り手には責任が発生する。その事を忘れるな」

「は? 責任? ISを使って悦に浸ってるのは無能共なんだけど?」

「なぜその無能にISを配った?」

「ISを世界に広める為に」

「ならばやはりお前にも責任はある。いいか、お前への恨みは箒へ向くかもしれない。それを忘れるな」

「……言われなくても分かってる」

 

 なんとも殺伐とした家族の会話だ。

 だけど、柳韻先生も雪子さんも家族離散についての恨み言は言わない。

 もしかして、束さんの考えや状況を知っているのだろうか?

 

「ほら、もう行くよ」

 

 そう言いながら、束さんがポンポンと俺の頭を叩いた。

 この場でこれ以上の話は無粋か。

 いつか時間を作ってちゃんと話をしないとだな。

 

『それでは柳韻様、雪子様。近い内に箒様の手紙をお持ちしますので』

「はい、楽しみにしてますね」

「感謝します」

 

 頭を下げる二人に背を向け、俺と束さんは箒の元に向かったのだった――



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束と箒(下)

仕事が忙しかったんです(目そらし)

なんとかイベント前に間に合った!
納得してないけど、書いて消す作業は泣きたくなるから投稿します。

今回も長いです。
暇潰しにどうぞ。

誤字脱字多いかも……。
見直ししてるのですが、文量多いとどうしても見逃してしまう……。
修正してくださる読者様方、いつもありがとうございますm(_ _)m


 引越しが決まってから、週末は千冬さんが私と一夏を遊びに連れて行ってくれる様になった。

 遊園地に泊りがけで遊びに行った。

 水族館でアシカとイルカのショーを見た。

 動物園で羊にエサをやり、三人で並びながらプラネタリウムを見た。

 いつもの日常より濃厚で、楽しい時間が慌ただしく過ぎていった。

 

 ただ、居なくなった姉さんはともかく、神一郎さんも姿を見せなくなった。

 千冬さんや父さんに聞いても『神一郎(君)は今は町から離れている』と言うだけだった。

 一夏も気になっていたらしく、二人で神一郎さんの家に何度か行ったが、結局最後まで会えなかった。

 

 引越しまで残り一週間。

 私の心は意外と落ち着いていた。

 もう一夏に会えなくなると分かっていても、心のどこかで『この素晴らしい日々は永遠に続くのでは?』と思ってしまている自分がいたからだ。

 

 引越しまで残り三日。

 父さんから、私が父さんと雪子さんとは別々に暮らすことになると聞かされた。

 その日、私は父さんと雪子さんと一緒に川の字を作って眠りについた。

 

 引越し当日。

 一夏と千冬さんが見送りに来てくれた。

 一夏には引越す本当の理由を言っていない。

 父さんと雪子さんに、絶対に言ってはいけないと言われたからだ。

 千冬さんが普段とは違う……悲しいというより、申し訳なさそうな顔をしていたのが印象的だった。

 恐らく、千冬さんは引越しの理由を知っているのだと感じた。

 一夏と別れの挨拶をしている最中も、千冬さんと話してる最中も、私はまるで夢を見ている様に感じていた。

 その後、私は父さん達とは別に一人で黒塗りの車に乗った。

 遠ざかる実家、遠ざかる一夏と千冬さんの顔を見ても、私は自分の目に写る風景が人ごとの様に思えた。

 

 車に乗って半日ほど時間が経っただろうか。

 高層道路の休憩所で、私は車を運転していたスーツの男性にしきりに話しかけられた。

 聞いた事がある声だと思ったが、何度かお世話になったグラさんだった。

 いつものサングラスを外したグラさんの素顔は、思いの外普通だった。

 ハーフであるグラさんの目の色が、金か青だと一夏と一緒に盛り上がったのが懐かしかった。

 グラさんが言うには、何度話しかけても反応がなかったので心配になったらしい。

 自分ではよく覚えていないが、長い時間私はボーっとしていたみたいだ。

 半日ぶりに口に含んだ水はとても美味しかった。

 

 これから暫くの間、私の家替わりになるというホテルに案内された。

 その日はそのままベットに横になった。

 

 次の日、春休みが明けたらこの町の学校に通うことになると聞かされたので、気分転換も兼ねてグラさんと一緒に町を散策した。

 

 ホテルの部屋に戻っても、私を迎える人は誰も居なかった。

 窓を開けてると、いつもと違う匂いが鼻についた。

 心がざわついたのですぐに窓を閉めた。

 

 あぁそっか、私は一人なんだ。

 寝て起きてご飯を食べ、そして窓から入ってきた町の匂いを嗅いで私はやっと理解した。

 ここには父さんも雪子さんも姉さんも居ない。

 この知らない町には一夏も千冬さんも神一郎さんも居ない。

 これが現実なんだって……。

 

「ぐすっ……ふ……」

 

 気付いた瞬間に涙が溢れた。

 一度流れ出した涙はとても止められなかった。

 

 ――姉さんが悪いわけではない。

 ――自分は守られている立場なんだ。

 

 それは理解していた。 

 でも……。

 

「うぅぅ……」

 

 ダメだ。

 もう私は……。

 

「あぁぁぁぁあぁぁ!!」

 

 誰にも会えない。

 誰も居ない。

 その事実が私の心を黒く染めていく。

 

 

 

 

 姉さん、なぜ居なくなったのですか?

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 東北のとある町。

 四方を山に囲まれた盆地につくられた町に箒は居た。

 どちらかというと田舎に分類されるだろうこの町は、高い建物がほとんどない。

 家は一軒家かアパート。高層マンションなどはなく、大型の地方店も土地の広さを利用した平屋タイプばかりだ。

 そんな中、周囲に溶け込めていない建物がある。

 町の中心から少し外れた場所に建てられた10階建てのビジネスホテル。

 都会ならともかく、なぜこんな場所にと首を傾げたくなる場所にそのホテルはあった。

 

「これは金の匂いがしますなぁ」

 

 ホテルを上から見下ろしながら俺はそう呟いた。

 だってさ、どう見ても維持費と需要が噛み合わないだろこれ。

 この町には温泉や名産品はない。

 近くにあるのは自然を利用したゴルフ場くらいだ。

 どんな人間がこのホテルを利用してるのかとても興味が湧きますな。 

 

「まぁでも良い選択だよ。高い建物が周囲にないからホテルに繋る道が丸見えで、怪しい車が近づいて来たらすぐに見えるしね。欠点と言えば、上空からステルス機能持ちのISに襲撃されたら終わりってことだね」

 

 流々武の肩に座りながら束さんは不敵に笑っている。

 しかし、よくよく観察してみると体が震えているのが分かる。

 無理しちゃって。

 

「で、ここからなんですが、束さんさえ良ければ俺が先に箒に会っても良いですか?」

「しー君が先に?」

「簡単な事情説明をしてから柳韻先生と雪子さんの手紙を渡せば箒も落ち着くと思うんですよ。それからなら束さんも会いやすいでしょ?」

「……ピロリロリン」

 

 変な音楽が聞こえた。

 音楽と言っても出処は束さんの口からだったけど。

 

「しー君への好感度が5あがった」

「まじで!?」

「大マジだよしー君。しー君の優しさにちょっとクラっときちゃってます」

 

 女の子を落とすには傷心した時が一番だという噂が本当だったらしい。

 しかしだ、非常に申し訳ないが俺に向かって感謝の念など向けないで欲しい。

 なぜならコレは俺の我儘だからだ。

 

 正直に言おう。

 俺は箒が束さんに向けて怒鳴る姿など見たくないし、束さんが箒の涙を見て傷付く姿なんて見たくないのだ。

 だから俺は考えた。

 見たくないならどうすればよいかを――

 でた答えは簡単なものだった。

 俺が率先して間に入ればいいのだ。

 そしてシリアスを殺す。

 自宅で軽くシリアスやってみたけど、自分には合わないと理解した。

 傷心の女の子に対して優しくとか、そんなのはイケメンにやらせとけ。

 俺みたいな人間がやる事じゃない。

 ぶっちゃけとても恥ずかしかった。

 だからまず、俺が箒に会ってその後に会話の主導権を全て握る。

 空気がシリアスに向かわないように全力で邪魔してやる!

 

「んじゃ束さんは屋上で待機しててください。俺は柳韻先生の時の様に窓から箒にアピールしてくるので」

「ん。了解だよしー君」

 

 ホテルの屋上に降り立ち束さんを肩から下ろす。

 

「しー君」

「なんです?」

 

 空に浮かび箒の元へ行こうとする俺を束さんが呼び止めた。

 

「色々とありがとう。私、しー君に会えて良かったよ」

 

 俺の心うちなど知らない束さんの笑顔に罪悪感が凄い。

 なぜそんな綺麗なセリフがここで出るの? 全てシリアスが悪い。それが答えだ。

 残念ながら、束さんはシリアスの波に飲まれてしまったのだ。

 

「そう言ったセリフは全部終わってから言ってください。それじゃあ行ってきます」

 

 束さんの真剣な視線を背中に感じながら、俺は箒の居る部屋へと向かったのだった。

 

 

☆☆ ☆☆

 

 

 夢を見ている。

 私は夢を夢と自覚している。

 だって目の前に一夏がいるから。

 

 剣道大会の時のまっすぐな目で私を見る一夏。

 キャンプに行った時にアスレチックを場を駆け回った無邪気な一夏。

 困った顔をしながらも真剣に私に似合うマフラーを選ぶ一夏。

 様々な一夏との思い出が現れては消えていく。   

 もう会えないと理解しているからこそ、夢の中のはずなのに涙がこぼれた。

 

 トントン

 

 

「ん……」

 

 何かを叩く様な音が聞こえ意識が覚醒してしまった。

 しかたなく目を開けると、部屋の明かりで視界がぼやけた。

 

 トントン

 

 首を動かし音の出処を探すと、窓が目に映った。

 ……なぜ窓から音が聞こえる?

 ここはホテルだ。あの窓の外に人がいるとは思えない。

 

 トントン

 

 ――間違いなく、誰かが窓ガラスを叩いている。

 落ち着け私。

 もしかしたらカラスとか、あとは……そうだ! 窓ふき業者の人が作業中なのかもしれない!

 

 トントン

 

 誰か人を呼んだ方が……。

 いや、ただ窓を叩く音が聞こえるだけでグラさんを呼ぶのは迷惑かも……。

 

 トントン

 

 私が悩んでいる間も窓を叩く音は止まらない。

 昔見た怪談話が脳裏をよぎる―― 

 

 ゴクリッ

 

 喉が鳴って緊張から手が震えてきた。

 情けないぞ私! この世に幽霊なんているわけないじゃないか!!

 

「はっ!」

 

 自分を叱咤し勢い良くカーテンを開ける。

 だいぶ寝てたらしく外は真っ暗だった。

 だけど、その暗い風景に一つだけ浮かぶものがあった――

 

(ニタリ)

 

 神一郎さんの生首が空に浮いてました……。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 ちょっとしたお茶目だったんです。

 顔だけ出した状態でステルスモードを使うと、軽くホラーだな。箒びっくりするかな? って思っただけなんです。

 その結果――

 

「えっと、神一郎君の生首が浮いてたと? 何も見えないけど……」

「居たんです! 窓を叩く音が聞こえたからカーテンを開けたら、窓のすぐ外に神一郎さんが……私を見てニヤリと笑ったんです!!」

 

 窓から顔を出し周囲を見て回るグラサンに、箒が必死に状況説明をしている。

 俺はその様子を少し離れた空から見ていた。

 まさか箒が悲鳴を上げ、グラサン達が駆けつけて来るとは思わなかったよ。

 

「やはり何もないな」

「佐藤神一郎の居場所を確認しました。自宅から動いてないそうです」

「そうか……やはり箒君の勘違いのようだな」

 

 グラサンや黒服達がそんな会話をしている。

 ちょっと聞き逃せない言葉があるんですが――

 

〈しーいーくーん? な~に箒ちゃん泣かせてるのかなぁ?〉

 

 耳元で束さんの怖い声が聞こえた。

 ISコアネットワークを利用した電話や無線機な様なもの。

 簡単に言えばスカ○プだ。  

 

〈ちょっとミスりました。ところで束さん。黒服達が俺の居場所を確認したとか言ってましたけど大丈夫なんですか?〉

〈発信機のことだね。その辺は抜かりはないさ〉

〈発信機てなに!?〉

〈あ、グラサン達が箒ちゃんの部屋から撤退するよ? 今度はちゃんとやってよね? 以上通信終わり!〉

〈おいコラ〉

〈――――――〉

 

 通信切りやがったよチクショウ。

 えぇー? 発信機て?

 まさか俺の体に発信機でも仕込んでるじゃないだろうな?

 

「箒君。もし良ければしばらく一緒に居ようか?」

「いえ大丈夫です。そうですよね……神一郎さんが死んだわけでもないのに生首なんてありえない話でした……。すみませんグラさん。少し寝ぼけていたようです」

「気にするな箒君。寝ぼけて幽霊を見るなんて誰にでもあるさ」

 

 周囲に迷惑をかけたと気落ちする箒に対し、グラサンが慰めるように接する。

 使い方として間違ってるかもしれないが、良いコンビじゃないかこの二人。

 生真面目な箒と、同じ様に職務に忠実なグラサンは思ったより相性が良かったようだ。

 と、いつまでも見てる訳にはいかない。

 グラサンや黒服達はすでに部屋から退出している。

 肝心の箒は窓を開けて町の光を眺めていた。

 接触するなら今しかない。

  

 ――腕と足、そして後背部以外のパーツを解除。

 これで外観は普通のIS操縦者だ。幽霊だとは思われないだろう。

 

「箒」

「……へ?」

 

 声をかけてから箒の目の前に降下する。

 おーおー、目を丸くして見つめているよ。

 

「神……一郎さん?」

「久しぶり。ちょっと下がってもらっていい?」

「は、はい」

 

 未だポカンとする箒を下がらせ、ISを解除しつつ部屋に入る。

 

「あの……本物ですか?」

「偽物に見える?」

「見えません……」

「それは良かった」

「あの、どうやってここへ?」

「この場所は束さんに聞いた」

「姉さんに、ですか……」

 

 束さんの名前を出した途端、箒の顔が曇る。

 うーむ。久しぶりの再会なんだらもう少し喜んで欲しいな。

 

「“何しに?〟なんて野暮な事聞くなよ? 箒が心配で会いに来たんだから」

「神一郎さん……」

 

 箒の目尻に涙が溜まる。

 そんな箒に対し、俺を手を広げ箒を誘う。

 さあ来い!

 

「神一郎さん――ッ!!」

「おっと」

 

 正面から飛び込んでくる箒をしっかりと抱き締める。

 

「あれ? ちょっと大きくなった?」

「一ヶ月程度じゃ変わりませんよ」

 

 箒の頭を撫でると、箒の目が嬉しそうに細まった。

 

「色々と話したいんだけど良いかな?」

「……はい。私も色々聞きたいです」

 

 おそらく束さんの事だと分かっているのだろう。

 箒は俺に抱きついたまま真剣な顔で頷いた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「で、なんでこうなるんです?」

 

 ベットに腰掛け、箒を膝の上に乗せて愛でる。

 恥ずかしげにうつむく姿が非常に可愛いです。

 

「まーまー。久しぶりの再会だしこれくらいいいじゃん。それとも嫌?」

「嫌ではないですけど、恥ずかしいです」

 

 自分で言うのもなんだが凄い役得だな。

 箒の赤い耳を後ろから見ているだけでニヤニヤしそうだ。

 おちゃらけてられない時だからこそふざけるのが、シリアスブレイクの基本だよね!

 

 ……ぶっちゃけ、一つ間違えれば取り返しのつかない結果になるとか考えると胃痛が酷い。

 箒の可愛さが癒しと同時にストレスになってるよ……。

 だけど、二人の姉妹喧嘩を目の前で見せられたら、確実に俺は泣く。

 もらい泣きとか絶対する。

 だから俺は自分の尊厳を守るためにも、二人の喧嘩を笑えるものにしたいのだ。

 

 ――現在俺は箒の椅子。

 逃げ道は自分で塞いだ。

 ここからが勝負だ! 

 

「さてと、どこから話せばいいかな?」

 

 自分の気持ちを落ち着かせる意味も込めて、箒の艶やかな黒髪を後ろから撫でる。

 ちなみに、箒の部屋に監視カメラや盗聴機が無いのは確認済みだ。

 あの束さんが、箒の私生活を覗き見させるなんて許す訳ないしね。

 一応、表向きの理由としては、『万が一それらの機器が見つかった場合、彼女の信頼を失いかねない。保護プログラムは長期の予定。信頼関係を崩すのは良くない』と言った理由だそうだ。

 さっきの悲鳴はさすがに外まで響いたみたいだけど。

 

「あの、私から質問しても良いですか?」

「お、質問ある? どうぞどうぞ」

「なぜ神一郎さんがISを使えるのですか? ISは女性しか使えないはずでは?」

 

 ズバリ束さんの話題を出すかと思ったが、箒の最初の質問はISについてだった。

 話題としては軽くて丁度いいか。

 

「それは簡単。俺がIS適合者だからだよ」

「テレビでISは女性にしか使えないと見ましたが……」

「箒さ、俺と束さんが初めて出会った時に、俺が束さんに連れて行かれたのは覚えてる?」

「はい。姉さんにしては珍しい行動だったので覚えてます」

「あの時に俺は束さんにIS適合者だと教えられてね。その縁があって仲良くなったのさ」

「そういう理由があったんですね……。あのISは姉さんに貰ったのですか?」

「そうだよ。俺の専用機で“流々武〟って名前なんだ」

 

 そう言って、俺を首から待機状態の流々武を箒に見せる。

 

「……そのペンダントは神一郎さんが道場に来てから暫くして身に着け始めた物ですね。そんな前から神一郎さんはISを……」

 

 箒がどこか寂しそうな顔で流々武を指でなぞる。

 それにしても俺が流々武を身に着けた時期を覚えているとは意外だ。

 男なら見逃す所を覚えてるとはさすがは女の子だな。

 

「神一郎さんは、今回の引越しの理由をご存知なんですか?」

「箒や柳韻先生を守る為だね。簡単に俺の立場を説明しとくよ。俺は“束さんの協力者”だ。だから大抵の事情は知っている」

「……姉さんの、協力者……」

 

 箒は前を向いてしまった為、俺から顔は見えない。

 だけど俺に対して怒りを発していないようだ。

 まずは第一関門突破かな?

 ここで束さんの仲間だがらと拒否られたらどうしようかと思った。

 

「箒はさ、束さんの事をどう思っている?」

「……分かりません」

「分からないの?」

「だって私は姉さんから何も聞いてません。父さんから今回の引越しを私を守る為だと言われましが……でもそれだって姉さんがISなんて作ったせいで……。いえ、姉さんが私を思ってくれてることは理解してるんですが、でも……」

 

 箒が涙ながら自分の気持ちを吐露する。

 箒自身、自分の気持ちが整理できてないんだろう。

 それにしても、柳韻先生から説明を受けているのは俺にとってありがたい話しだ。

 そのお陰で、出会い頭に束さんへの憎しみを爆発させるなんて事にはならなそうだし。

 

 箒は束さんに対する対応を悩んでいる。

 ならまずは束さんに会わせる前に、箒に気持ちの整理をさせないとダメだな。

 

「箒、今からする質問に“はい”か“いいえ”で答えて欲しい」

「なんでしょう?」

「箒、束さんを殺したい?」

「――へ?」

 

 慰める為に箒の頭を撫でていると、箒の動きがピタリ止まった。

 

「そ、そんな事思って――ッ!」

「どっち?」

「“いいえ”です!」

 

 なんて質問するんだと、そんな非難な目つきの箒を宥めつつ、次の質問に移る。

 

「束さんを殴りたい」

「……いいえ」

「束さんに謝らせたい」

「……いいえ」

「束さんに二度と会いたくない」

「……いいえ」

「そっか――」

 

 箒は全ての質問に“いいえ”と答えた。

 これはあまり良くないかもしれないな。

 

「箒、コレを」

「手紙ですか?」

 

 拡張領域から取り出した柳韻先生と雪子さんからの手紙を箒に渡す。

 もう少し後で渡そうと考えていたが、予定変更だ。

 今のタイミングで渡した方が良いだろう。

 

「柳韻先生と雪子さんからの手紙だよ」

「父さんと雪子さんからの!?」

 

 俺から手紙を受け取った箒は、手を震わせながら手紙を読み始めた。

 

 ――箒には悪いが、俺は箒に渡す前に手紙を読んでいる。

 拡張領域にデータとして取り込むついでに目を通した。

 我ながら趣味が悪いと思ったが、箒への対応を誤らない為にも大事な事だったのだ。

 内容は別段特別なものではなかった。

 自分達は元気にしてるとか、体に気をつけろとか、そういったものだ。

 ただ、柳韻先生と雪子さんに共通して一つの言葉が書かれていた。 

 『束(ちゃん)を憎むな(怒らないで)』という内容だ。

 俺の考えすぎならいいが、下手したら束さんと箒の仲が拗れる可能性がある。そう思ったからまずは手紙を読ませる事にした。

 

「ふっ……くっ……」

 

 箒が歯を噛み締め、声を我慢しながら手紙を読み進める。

 

「箒、もう一度聞くね。束さんを許せる?」

「許せ……ます」

「本当に?」

「なんでそんなこと聞くんですかっ!?」

 

 箒が怖い。

 俺に対してこんな風に怒る箒は初めてだな。

 まぁ俺が怒らせる様な事を何度も聞いてるのが悪いんだけど。

 でもさ、許せるって言うなら、束さんの話題を出した時に笑顔を見せてくれよ。

 じゃなきゃお兄さん邪推しちゃうよ?

 

「別にさ、束さんを恨んでもいいんだよ?」

 

 腕を回して箒の体を強く抱き締める。

 

「……恨むなんて……そんなこと……」

「迷惑かけたのは束さんで箒は被害者。なのに箒はなんで束さんを許すの?」

「だってそれは私の為だし、今だって私を守る為に……」

 

 ぼそぼそと、まるで自分に言い聞かせる様に語る箒を見ているとこっちも悲しくなる。

 箒は束さんにコンプレックスを持っている。

 なぜなら箒が束さんの事が好きだからだ。

 尊敬や憧れと劣等感は紙一重。

 箒が自分では気付いていないかもしれないしけど、この感情は非常にマズイ。

 今の箒は――

 

『姉さんのやることに間違いはない』

『あの姉さんが決めたことなんだから正しいはずだ』

『一夏や父さんと離れ離れになるのは悲しいけど、私を守る為なんだらしょうがない』

 

 きっとそんな感情が渦巻いてるはずだ。

 これは良くない。

 心の底から相手を許せなければ、怒りはいつか憎しみに変わってしまう。

 ちょっとしか悪感情なら時間と共に消滅するが、箒はこれから自分が一人なんだと認識するたびに束さんを恨むだろう。

 大人なら自分で鬱憤の晴らしの方法を見つけるだろうし、客観的に自分の心理状況を把握して対応できるだろう。

 しかし、箒はまだ子供だ。

 自分なりのストレス発散方法など持ってないだろうし、感情との向き合い方も分からないだろう。

 

「神一郎さんは……」

「ん?」

「神一郎さんは、私にどうして欲しいのですか?」

 

 どうして欲しい、か……。

 

「俺はね。箒には束さんを恨んで欲しい」

〈ちょっ!? しー君!?〉

 

 幻聴が聞こえたが気にしない。

 だってほら、幻聴ってオタクの嗜みだし。

 

「箒は何も悪くないじゃん。箒が家族と別れてこのホテルに居るのだって束さんのせいじゃん。俺は箒に『あの愚姉シバいてやる!』くらい言って欲しい」

「え? あれ?」

「束さんをひっぱたいて殴り飛ばして泣かせてくれ」

「ちょっ! ちょっと待ってください!」

 

 箒が俺の膝から飛び降りて俺を見る。

 わたわたと両手て動かし、随分とテンパってるな。

 箒のお尻の感触がなくなってちょっと膝が寂しいぜ。

 

「あの神一郎さん。こういう場合は『姉さんを許してやれ』と言う場面では?」

「え? 自分の夢の為に妹に迷惑をかける馬鹿なんぞ許す必要あるの?」

「……口調がいつになく厳しいですね」

「今の俺は箒の味方だからね。だけど、束さんをシバく前に箒に一つお願いしたいことがある」

「姉さんをシバくとかは置いておきますが、お願いとはなんでしょうか?」

「怒りや憎しみの感情を、ちゃんと平等にぶつけて欲しい」

「平等……ですか?」

「そう。箒が恨むべき相手は誰だと思う?」

「それは……」

 

 箒が目を閉じ、眉を寄せて考え込む。

 たぶん、束さん以外の答えが見つからないんだろうな。 

 

「隠す必要もないから答えを言うよ。箒が恨むべき相手、それは“大人”だ」

「え……?」

 

 箒の目が開きパチクリと瞬きする。

 

「あのさ、どんなに束さんが憎かろうと、束さんの頭脳が欲しかろうと、だからと言って小学生の少女を人質にしようとか、抱き込もうとか考える大人が一番の悪に決まってるよね?」

「それは……そうですね」

 

 束さんが憎い?

 自力で復讐しろよ。子供を巻き込むな。

 束さんの頭脳が欲しい?

 頑張って交渉しろ。子供を盾にするな。

 どんな理由があろうと、どんな思想があろうと、子供を害する大人は悪に決まっている。

 

「神一郎さんに言われるまで気付きませんでした。確かにそうですよね。姉さんに敵わないからと妹の私を狙う人がいるから、私はこうして此処にいるんですから……」

 

 関心した様に何度も頷く箒には悪いが、人によっては“天災の妹なんだからまったくの無関係とは言えないだろ!”なんて言う人がいるかもしれない。

 でも、その辺の考えは人ぞれぞれだし、わざわざ箒のテンションを下げる必要もないので黙っておく。

 

「箒、続きいいかな?」

「あ、すみません神一郎さん。続きお願いします」

「でね? 俺の個人的の意見なんだけど、箒には出来れば、『元凶の束さん』、『箒を利用しようとする大人達』、『連帯責任で千冬さん』を恨んで欲しい」

「あの、なぜ千冬さんまで?」

「そりゃ白騎士事件の時にISでミサイル撃ち落としてたの千冬だし」

「はえ?」

 

 箒は口を大きく開いたまま固まってしまった。

 さっきから箒の百面相が面白い。

 暗い顔してるより百倍マシなのでこのまま進める!

 

「箒さ、少しでも疑わなかった? テレビに映った世界で初めてのIS操縦者が千冬さんじゃないかって」

「それは、その……はい。姉さんはISを大事にしています。その姉さんがISを託すなら千冬さん以外にいないと、そう考えたことはあります」

「今まで聞いた事なかったんだ?」

「千冬さんは何も言わないし、姉さんも秘密にしてる様だったので……。そうですか。それで千冬さんは……」

「思い当たることでもあるの?」

「姉さんが居なくなってから、千冬さんが私と一夏を遊びに連れて行ってくれたのですが、その時に、私に申し訳なさそうな顔をしているのを何度か見ました」

 

 さすがの千冬さんも顔に出してたか。

 箒に内心で謝りながらの引率……。

 千冬さんにやらせて良かった! 俺だったらどこかできっと吐いてたよ!

 お勤めご苦労と上から目線で言ってみる。

 ――次に千冬さんに会うのが怖いなぁ。

 

「でだ。これで俺が平等に怒れって言ったの理解できた?」

「はい。私の境遇は姉さんだけの責任ではない。だから姉さんだけを恨むなと……」

「責任の振り当てとしては、束さんにケツバット、大人達にグーパン、千冬さんにビンタくらいで」

 

 元凶の束さんが4、子供相手に馬鹿をする大人達が4、一夏の為とはいえ手を貸した千冬さんが2、くらいが妥当だよね。

 

「あの、今日の神一郎さんなんかいつもと違いますね?」

「ん? 気のせい気のせい」

 

 普段より箒の前で大人ぶってないだけだ。

 箒の頬がやや引きつっているのは、俺の作戦通りなので問題ない。

 

「さて、そろそろいいかな?」

「いいかって、なにがですか?」

「気付いてるでしょ? 束さん、此処に来てるよ。会える?」

「……会います。姉さんからちゃんと話を聞きたいです」

「そっか。それなら――」

 

 ベットから立ち上がり、待機状態のの流々武を枕の下に隠す。

 どこぞのシスコンが盗聴してるだろうから、その為の処置だ。

 

「箒、ちょっと耳貸して」

 

 束さん。

 今日は忘れられない日にしてあげるよ。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 春先の冷たい風が髪を揺らす。

 冷たい風が当たる屋上で一人待機とかちょっと寂しいです。

 と、数分前まで思ってました……。

 

『俺はね。箒には束さんを恨んで欲しい』

 

 しー君のお陰で体がポカポカしてきたよ!

 てかしー君なに言ってるの!?

 

 しー君が箒ちゃんに報復を促してる件について。

 まさかの裏切りかと思ったけど、その後の話を聞いていて早とちりだと気付いた。

 

 ――悪いのは束さんだけじゃない。

 そんなしー君の気持ちが伝わってきてちょっと嬉しい。

 

『束さんをひっぱたいて殴り飛ばして泣かせてくれ』

 

 とか思ってたらこれだもの。

 私が震えてるのは、風が冷たいからか、箒ちゃんに会うのが怖いのか、それともしー君の考えが読めなくて恐ろしいのか……。

 おかしいよね? しー君さ、『俺は束の味方だぜ(キリッ)』とか言ってなかったっけ?

 ……言ってないか。

 

「むむ?」

 

 しー君と箒ちゃんの会話が聞こえなくなった。

 もしかして流々武を外して距離を置いた?

 なんだろう……もの凄く嫌な予感が……。

 

 

 

〈束さん〉

 

 数分の空白後、しー君から連絡がきた。

 

〈あい〉

〈準備が終わったのでそろそろ来てください〉

 

 なんの準備が終わったのかな?

 聞きたいけど聞けないよ……。

 

〈んじゃ。待ってるんで〉

 

 一方的に要件を言って、しー君は会話を終わらせたのだった……。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「よっと」

 

 部屋の中の会話が漏れない様に細工を施し、私は天井からトイレの中に降り立った。

 これから箒ちゃんに会うと思うと、心臓のバクバクが止まらない。

 

「すーはー」

 

 気分を落ち着かせる為に深呼吸する。

 ……決して箒ちゃんの残り香を吸い込む為とか、そんなんじゃないとここに記す。

 

「よし!」

 

 気合を入れてドアノブに手をかけ外に出る。

 足を止めたらきっと動けなくなる。

 だから、

 

「箒ちゃん!」

 

 気合を殺さないよう勢い良く箒ちゃんの部屋に突入した。した……んだけど……。

 

「いらっしゃ~い」

「姉さん、夜なんだから少し静かにしてください」

 

 私を出迎えたの箒ちゃんとしー君。

 箒ちゃんは私に背を向ける形で、備え付けの机でなにやら書いている。

 しー君はベットに寝転びながらマンガを読んでいた。

 

 あれー? なにこの空気?

 

「あの、箒ちゃん?」

「なんですか?」

「えっと、少しお話したいなぁ~って」

「今は父さんと雪子さんへ手紙を書いてる途中なので、少し待っててください」

「……はい」

 

 箒ちゃんは振り返ることなく答えた。

 なんだろう……こう、なんとも言えない空気が部屋に充満しているような……。

 

「束さん」

 

 そわそわと落ち着かない私に対し、しー君が話しかけてくれた。

 マンガを読みながらマッタリしてる様にしか見えないけど、ここぞという時は頼りになるよね。

 

「いつまでも立ってないで――土下座でもしたらどうです?」

「あ、うん……うん?」

 

 今、しー君、なんて?

 

「謝りに来たんですよね? なんで立ったままなんです?」

 

 そうだね。

 私は謝りに来たんだから、土下座だって辞さない覚悟はあるよ? でもね? 

 箒ちゃんは相変わらず私に背を向けたままだし、しー君も視線はマンガに向けたままなんだけど?

 この空気の中で土下座って意味あるの?

 

「あれ? 土下座しないんですか? 束さんの謝罪の気持ちは土下座したくない程度だと――」

 

 マンガを読みながらなんてセリフを!?

 これ拒否ったら私の謝罪の気持ちが薄っぺらいってことじゃん!?

 

「…………」

 

 箒ちゃんに視線を向けてみるが、我関せずの姿勢だった。

 えー? 本気で? このタイミングで土下座しなきゃダメかな?

 だけど、ここで拒否したら私の気持ちが疑われる事になる……。

 仕方ないか。

 

 両足を揃え床に座る。

 大きな土下座ではなく、小さな土下座。

 できるだけ身を縮め、自分を小さく見せて頭を下げる。

 喰らえ! これがウサギ式土下座じゃあ!

 

「――」

「――」

 

 おかしいぞ? まるで視線を感じないんだけど?

 ……そっかぁ。箒ちゃんはともかく、しー君さえこっち見ないかぁ。

 ほんとなんだコレ?

 私、もしかしてトイレのドアを開けた瞬間に違う時空に来ちゃったのかな?

 一度下げた頭は相手が許可するまで上げてはならない。

 それが土下座のルールだったはずだ。

 

「――」

「――」

 

 誰も見てない場合どうすれもいいんだろう?

 今頭を上げるのは違うと思うし……。

 いや、きっとしー君がなんとかしてくれるはず!

 信じてるよしー君!

 

 

 カリカリ

 ペラペラ

 

 

 カリカリ

 ペラペラ

 

 

 もう良いかな?

 かれこれ五分は土下座姿勢を保ってるんだけど?

 箒ちゃんが動かすペンの音と、しー君の本をめくる音しか聞こえないんだけども……。 

 この空間での正しい行動が分からない!

 

 カタッと箒ちゃんが椅子から立ち上がる音が聞こえた。

 箒ちゃんがこっちに向かって歩いてくる。

 箒ちゃんはそのまま私の目の間で歩みを止めた。

 五分間床しか見ていない私の視界の中に、久しぶりに違う景色が見えたよ!

 箒ちゃんのあんよが可愛い!

 

「兄さん、手紙書き終わりました」

 

 ……ん? なんか聞きなれない単語が……。

 

「あ、終わった? んじゃ預かるね。箒の手紙も、柳韻先生の手紙も、誰にも見つからないように俺がデータ化して預かるから、読み返したくなったら言ってね」

「はい。見つかると面倒ですからね、兄さんに預かって貰えるなら私も安心です」

 

 どうやら私はしー君が兄弟設定の異世界に来てしまったようだ……。

 ってんなわけないじゃん!!

 

「あの、兄さん」

「ん?」

「その、そろそろ……」

 

 箒ちゃんの視線を頭に感じた。

 さすがは愛しの箒ちゃん。

 お姉ちゃんの気持ちを汲んでくれてありがとう!

 

「そうだね。手紙も書き終わったし、もう良いかな?」

「私も久しぶりに姉さんの顔を見たいですし、良いと思います」

「だ、そうですよ」

 

 やらら上から目線のしー君の言葉にイラっとしながらも、私は頭を上げた。

 ……一ヶ月振りに見る箒ちゃんは、何故かしー君の膝の上にいました。

 

「しー君はなにしてるのかな?」

「何って……可愛い妹分を愛でてます」

「箒ちゃんはなにしてるのかな?」

「えっと、頼もしい兄貴分に愛でられてます」

 

 まるで見せつける様にしー君が箒ちゃんの頭を撫でれば、箒ちゃんが少し恥ずかしそうにはにかむ。

 あれー? トイレのドア開けたら妹が寝取られてる世界とかおかしくない? おかしいよね? 世界の法則が乱れてるよね? 

  

「それで姉さん、私に話とはなんですか?」

 

 いけない。

 色々と言いたいことはあるが、今は箒ちゃんへの謝罪が先だ。

 私は両足を揃えて背筋を伸ばし、正座の姿勢をとった。

 

「箒ちゃん、私は……」

「先に言っておきますが、姉さんが何も言わずに姿を消した理由や、今の私の状況は姉さんだけが悪い訳ではないと知っているので、その辺の説明は要りませんよ?」

 

 出鼻を挫かれるとはこの事だね!

 これは……そう! 言い訳なんて聞きたくないととかそんな感じだきっと! たぶん!

 

「迷惑かけてごめんなさい!」

「姉さん……」

 

 もっと気の利いた言葉が言えたかもしれない。

 でも、気付いたら私はそう言って頭を下げてい

 

「よし、それじゃあ箒、束さんの頭を踏んでやれ」

 

 そしてしー君が敵だというのにも気付いた。

 空気が変というか、雰囲気がおかしいというか、この場にそぐわない空気を産んでるのは間違いなくしー君だ。

 まさかこの私が、ここまで恐怖を覚えるとは思わなかったよ!

 

「兄さん、さすがに踏んだりするのはちょっと……」

 

 箒ちゃん、まさか私を庇ってくれるの?

 こんな私を庇ってくれるなんて……。

 もうこれは天使と言っていいのではないか?

 

「箒、半端な優しさはダメだ」

 

 そしてしー君は箒ちゃんを説得しに行ってるよね!?

 こっちは悪魔だよちくしょう!

 今の私は箒ちゃんに謝りに来た手前、大きな声でしー君に突っ込めない。

 それを理解してるんだねしー君!?

 

「許してはダメなんですか?」

「箒はさ、悪いをことしたんだけど、柳韻先生に叱られなかった事ってある?」

「……あります」

「何したの?」

「小学生になったばかりの時の話なんですが、――私は昔、母さんの形見のお茶碗が大好きだったんです」

「どんな茶碗だったの?」

「桜の絵が書いてある可愛いお茶碗でした」

 

 ――そうだった。

 箒ちゃんには少し大きなお茶碗。

 ちっちゃな手じゃ片手で持つのも苦労するのに、ご飯の時は頑なにそのお茶碗を使ってたっけ。

 

「私はそのお茶碗が大好きで、用もないのによく持ち歩いてたりして、でもそのせいで……」

「もしかして、割っちゃった?」

「割っちゃいました」

 

 今でこそ“割った”と素直に口にする箒ちゃんだけど、当時が本当に酷かった。

 余りにも悲しそうに泣くもんだから、いっそ感情を殺してあげたほうがいいのではと、そんな馬鹿な考えをしたもんだ。

 

「割れた破片を拾う父さんの悲しそうな背中は、今でも覚えてます」

「でも怒られなかったんだ?」

「はい。危ないから下がりなさいと言われただけで……」

「その時さ、箒は素直に喜べた?」

「喜ぶ……ですか?」

「だって悪い事したのに怒られなかったんだよ? 喜ぶところじゃない?」

「……いえ、あの時の気持ちは今も覚えてます。悲しくて、申し訳なくて、私はただ泣いていただけですが、怒られなくて良かったなんて気持ちはありませんでした。むしろ……」

「ちゃんと怒って欲しかった?」

「はい」

 

 ……凄く真面目な話をしているのは理解している。

 私がついさっきまで望んでいた空気だ。

 でも気付いて二人とも……。

 私、箒ちゃんに頭を下げたままなんだけど?

 こっちを放置しないで欲しいんだけど?

 

「人に反省を促す場合、たんに怒ればいいと言うわけじゃない。場合によっては、何も言われなかったり、なんの罰も受けない方が心に響く事もあるよね」

「分かります。あの時以降、私は母の形見は大切に扱うようになりましたし」

 

 まだ私を放置するんですね……。

 良い話してるっぽいから我慢しますとも!

 

「それでですね。この話は続きがあるんです」

「ん?」

「実は、その割れた茶碗を姉さんが直してくれたんです」

「へえ、束さんが」

「はい。父さんが集めた茶碗の破片を奪って、『お姉ちゃんが直してあげるから!』って言ってくれて」

「束さんなら新品当然に直しそうだね」

「えぇ、まるで新品の様でした」

 

 箒ちゃんの声色が明るい。

 喜んでくれてるんだと思うと、私まで嬉しくなる。

 

「昔の束さんは、箒を悲しませるだけじゃなくて、笑顔にすることができたんだね」

  

 うん。今のは私に釘刺したんだね?

 あくまで昔の話だがら、調子に乗って謝罪の気持ちを忘れるなと言いたいんだねしー君。

 

「てなわけで箒、何の罰もなしじゃ束さんが罪悪感で潰れてしまうかもしれないから、束さんを許したいと思うなら、ここで罰を与えてくれないか?」

「それはまぁ、姉さんが望むなら構いませんが……」

 

 やっと私の出番かな?

 罰とか全然問題ないんだけど、空気がね……なんとも言えないんだよね。

 でもまぁ、望まないか望むならもちろん前者だ。

 

「箒ちゃん、私からもお願いするよ。どうか私を罰してください」

「姉さん……分かりました。姉さんが望むなら、私は罰を与えたいと思います。――それで兄さん、私はなにをすれば……」

「丁度頭を下げてるし、頭でも踏んであげれば?」

「ですからそれはやり過ぎです……。姉さん、どうします?」

 

 ふむ……。

 箒ちゃんに踏まれるとか、普段ならご褒美だ。

 何気ない日常のひとコマの話なら、新しい姉妹の関係としてバッチコイである。

 だけど、今はそんな気分ではない。

 私は純粋に箒ちゃんに怒られたいからだ。

 今のしー君はその辺を突っ込んでくる気がする。

 箒ちゃんに踏まれた瞬間、『謝りに来たのにご褒美を望むとか、本当は謝罪の気持ちなんてないのでは?』なんて言ってきそうだ。

 しかしだ、だからと言って嫌だと言ったら、謝罪の気持ちを疑われることになる……。

 これ、答えられないやつじゃん!!

 

「ぐぬぬ……」

「あれ? 返事が聞こえないなぁ?」

 

 くっそ楽しそうな声だねしー君!

 このまま黙ってても積むとは……。

 

「あの、やはり頭を踏むのは良くないと思うんです」

 

 どうするか悩んでいると、箒ちゃんが助け舟を出してくれた。

 うぅ……妹の優しさが心に染みるよ。

 

「箒は優しいな。それなら最初に言った通りケツバットにする?」

「姉さん、それで良いですか?」

「それで良いです!」

 

 頭踏まれるのと変わらない気もするけど、これ以上話が長引くと怖いから、喜んで受けるよ!

 

「んじゃ、立ち上がってお尻をこちらに向けてください」

 

 頭を上げて久しぶりに二人の顔を見ると、相分からず仲が良さそうだった。

 

「箒の髪は本当に触り心地が良いな。今までは束さんが怖かったし、箒の一夏への気持ちを知ってたから、ベタベタと触るの遠慮してたんだけど、これからは撫で放題だよね?」

「兄さんは“兄さん”になってから性格変わってませんか? 嫌ではないのですが、ちょっと意外です」

「俺は妹甘やかしたいタイプだからね」

 

 箒ちゃんにベタベタ触るとか許せねぇ!

 でも、今の私は社会的弱者とか、そんな感じの立場だから何も言えない!

 しー君のニマニマ顔がとってもコンチクショウだよ!

 

「さあ束さん。お尻を向けてください」

 

 実はさっきから気付いてました。

 しー君はシリアスを殺したいんだね?

 仮に、私と箒ちゃんが、涙の和解からの抱擁なんてしたらしー君も泣いちゃうもんね?

 良いだろう……。

 涙もろいしー君の為にノってあげるよ!

 

「箒ちゃん。これは私のケジメでもあるから、手加減無用でお願い」

「分かってます。私もこの一撃で姉さんへの気持ちを清算したいと思っているので、中途半端な事はしません」

 

 ありがとう箒ちゃん。

 でも箒ちゃんに木刀を渡そうとしているしー君は絶対に後で殴る!

 

「一応聞きますけど、上段からの振り落としと牙突どっちが良いですか?」

 

 しー君の言ってる“牙突”って確かマンガの技だよね?

 ちーちゃんが読んでたっけ。

 あれはそう……突き技だった。

 

「上段からの振り落としでお願いします!」

 

 お尻に木刀で突きとか勘弁してください!

 

「だってさ」

「了解しました」

 

 箒ちゃんがしー君の膝から降りて、私の正面に立つ。

 その箒ちゃんに背を向け、私はお尻を突き出した。

 

「私は一夏に会えなくなりました」

「うん」

「父さんに剣を習うこともできなくなりました」

「うん」

「雪子さんに教えてもらってない料理のレシピだって沢山あるんです」

「うん」

「姉さんだけが悪いとは思っていません。ですが、私の胸の中に、姉さんへの怒りがあるのも事実です」

「……うん」

「――覚悟はいいですか?」

「出来てるよ」

 

 では――そう言って箒ちゃんは木刀を高く構えた。

 その後、私のお尻に木刀が叩き込まれたのだった……。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 快音。

 そんな言葉がピッタリな音だった。

 その音が聞こえた瞬間、俺は作戦の成功を確信した。

 俺の作戦はこうだ――

 

 日常生活の一幕の様な雰囲気を作ることで束さんの出鼻を挫く。

 箒に兄呼びさせることで束さんを煽り、イライラさせることでシリアスな気持ちにならない様に心掛け、会話の合間々にちゃちゃを入れて、シリアスな空気にならない様にする。

 

 箒は、最初は少し渋っていたが、この方がきっと笑顔になれると説得した。

 ついでに、兄呼びをお願いしたら、意外とすんなりOKしてくれたのが可愛かった。

 

「ぐぐっ……」

 

 束さんは声を出さないよう、歯を噛み締めて痛みに耐えていた。

 

「姉さん……」

 

 そして、箒は姉を叩いた木刀を震える手で握っていた。

 あ、まだ気を抜くのは早かったか。

 

「私が、姉さんを……。ごめんなさい姉さん、私は……」

「っ!? 謝らないで箒ちゃん! 悪いのはお姉ちゃんなんだから!」

 

 涙ぐむ箒に、束さんが近付く。

 まったく、油断も隙もないな。

 

「させるか――ッ!」

「ぐみゃ!?」

 

 左手で箒を自分の方に抱き寄せ、右手で突っ込んで来た束さんの顔を押さえる。

 ここまできて感動の抱擁シーンなど見せられてたまるか!

 

「じ、じー君、なぜに……」

 

 うわぁ。手の平に懐かしいぬっちょりとした感触が。

 汚いなぁも―。

 束さんの肩を借りるか。

 

「だから私の服で拭かないでよ!?」

「黙らっしゃい。まだ茶番は終わってないんだから」

「ついに茶番言いやがった!?」

 

 束さんが愕然とした表情をする。

 もうちょいからかいたいが、それよりもまずは箒だ。

 

「箒、大丈夫?」

「どうやら私は、自分で思ってたより姉さんのことが好きだったようです。私は今、姉さんに対する怒りより、姉さんに暴力を振るった自分に怒りを覚えてます」

「嫌な思いをさせてごめん」

「いえ、自分の為でもありますから」

 

 涙ぐむ箒を慰めつつ、震える手から木刀を回収して、拡張領域にボッシュート。

 束さんの尻を叩いた、この福島土産の木刀は家宝にしよう。

 拡張領域の中には、他にも北海道産や京都産などの木刀がある。

 是非とも他の機会で家宝にできるよう、束さんには頑張って欲しい。

 

「箒、ちょっと耳貸して。俺の悪巧みはまだ終わってないから協力して欲しい」

「分かりました」

「せめて隠してくれないかな!? 箒ちゃんの素直さは尊いけど、少しは抵抗していいんだよ!?」

 

 はい外野は黙っててね~。

 

「取り敢えず、箒は自分の心をしっかり知れたと思っていいかな?」

「はい大丈夫です。私には姉さんを恨めません。これ以上、姉さんに対して罰を与える必要はないかと」

「でもさ、箒はそれで良いかもしれないけど、束さん的にはどうだろう?」

「それはどういう……?」

 

 青ざめながらも何も言えない束さんを尻目に、箒の耳に口を近づけ、内緒話を開始する。

 

「あのね…………ってことだから、束さんの為にも」

「それは一利ありますね。了解しました」

「でも箒は本気で喧嘩したくないよね?」

「もちろんです」

「だからさ……って感じで」

「なるほど。ギャグとシリアスを交互に……」

「ある程度の流れを書いておくから、これ見ながらよろしくね」

「了解しました」

「不穏な単語だけこっちに聴かせる気まんまんだね!」

 

 ぶっちゃけ、ここから先は蛇足というか、趣味だ。

 でも止まる気はない。

 ほら、姉妹で遊んだほうが仲が深まるしね!

 

「姉さん」

「な、なにかな箒ちゃん」

 

 作戦通り、まずは箒から仕掛けた。

 箒に話しかけれた束さんが、ビクッとする。

 

「先ほどの一撃で満足できましたか?」

「……へ?」

「いえ、たった一撃で姉さんの気が済んだのか心配したのですが……。すみません、忘れてください。余計お世話でしたね」

 

 箒がニッコリと笑えば、束さんが涙目で俺を睨む。

 さぁ、どう返すのか楽しみだぜ!

 

「そ、そうだね。私の謝罪の気持ちは尽きることはないから、もし箒ちゃんがやり足りないなら、お姉ちゃんは喜んで罰を受ける所存だよ……」

 

 今の束さんじゃそう言うしかないよね。

 だが安心して欲しい。

 先ほどの箒の様子を見て、これ以上箒の心に負担をかけるのはよくないと理解している。

 ケル・ナグール等はしませんとも。 

 

「箒は偉いな。自分も傷付いているのに束さんの心配ができるなんて」

「姉さんが罪悪感で潰れないよう心配するのは、妹として当然ですから」

「アハハ。焼くなり煮るなり好きにしなよ」

 

 束さんは抵抗を諦めたのか、静かに笑い始めた。

 でも、束さんは少し勘違いしているな。

 

「束さんの罪悪感を薄める為には、箒への奉仕が一番だと思うだけど、どう思う?」

「私としては少し心苦しいですが、それで姉さんの気持ちが軽くなるのでしたら、仕方がないですね」

「……はへ?」

 

 俺と箒の会話を聞いて、束さんの目が点になる。

 ここからは、“箒にされる”ではなく、“箒にしてあげる”時間だ。

 気合入れて乗り切れよ。

 

「さて束さん。謝罪の気持ちを表すのには、色々と足りないと思うんですが」

「それはどういう……」

「は? 手ぶらで謝りに来るとか冗談ですよね? 普通、相手が喜びそうな物、例えば一夏の使用済みタオルとか持参するのは当たり前だろ?」

「んなもん持って来てるわけないじゃん!?」

「使えねぇな」

「使えませんね」

「ダメな姉でごめんなさい!」

 

 今年から社会人……社会人でいいのかな? ニートか自称発明家が適切だけど、まぁ社会人のクセに手ぶらで謝罪とか、常識がなさすぎるよね。

 でも箒、君は声がガチっぽいから少し手加減してあげようね。

 

「なら、一夏の使用済みタオル以外に何か有りませんか?」

「え? えっと、それなら……箒ちゃんはケータイ電話持ってるよね?」

「はい。グラさんに渡された物ですが、緊急時や普段の連絡用にと渡されました」

「ちょっと貸してもらっていい?」

「どうぞ。机の上に置いてありますので」

 

 箒が、さっきまで手紙を書いていた机の上に視線を向けると、そこには折りたたみ式のピンクのケータイが置いてあった。

 それを束さんが手に取り、カチャカチャといじり始めた。

 周囲に画面が投影されているのを見ると、何やら仕込んでる最中のようだ。

 

「はい終わり」

 

 ほんの数十秒で束さんの作業が終了した。

 

「箒ちゃん、イヤホンつけて。んで、しー君は静かにね」

 

 束さんは箒の耳にイヤホンを装着させ、俺に向けて人差し指を立てる。

 なにをするつもりだ?

 まぁここは大人しく黙っておくか。

 

「――――」

 

 箒が目を閉じて、音に集中してる様だった。

 しかし、表情は明るくない。

 あの顔は……困惑?

 

「あの、これは一体なんの音ですか?」

「どんな音?」

「えっと、心音……でしょうか。トクントクンと――」

 

 心音? なぜに?

 

「ふっふっふ。それはね箒ちゃん。いっくんの心音だよ」

「なん――」

「――ですと!?」

 

 一夏の心音とか、また妙なものを……。

 いや、待てよ。

 ふと脳裏にいつか見たテレビ番組の情報が浮かぶ。

 心音には、人をリラックスさせる効果があるらしい。 

 なんでも、胎児の時の記憶を思い出せるとか。

 母親のお腹の中は、人間にとって最高の安らぎ空間なのかもしれない。

 ならば、心音のプレゼントとか的外れでもないのか?

 

 ――例えばだ、スピーカーが仕込まれている、アニメキャラの抱き枕があるとしよう。

 抱き枕に抱きつくき、キャラの胸部分に耳を当てると、トクン、トクンと、アニメキャラ(の中の人)の心音が聞こえてくる。

 …………ありだと思います!

 将来の金策対策の一つとして、心にメモしておこう。

 アイドルバージョンとかバカ売れしそうだ。

 

「まったく姉さんは、こんなので喜ぶと思ってるんですか? もっと常識を学んでください」

 

 ちなみに現在、箒がうっとり顔をしています。

 

「気に入ってくれてなによりだよ。私も、気分を盛り上げたい時はちーちゃんの心音を聞くしね。さすがは私と箒ちゃん。趣味ピッタリだね!」

 

 千冬さんも一夏も、まさか自分達の心音をオカズにされてるとは思わないだろうな。

 

「ケータイ電話には最初から音楽が入ってるでしょ?」

「よくわからん洋楽とか入ってたりしますね」

「それに上書きした感じだから、ちょっと見ただけじゃバレないと思うから」

「なら安心ですね」

 

 束さんにしては、珍しく大当たりの謝罪の気持ちだったな。

 

「箒、そろそろ次に行っていいかな?」

「あ、すみません」

  

 箒は俺と束さんを放ったらかしでイヤホンに集中していた。

 なんかもう、ここで話を終わられせても良い気がするけど、束さんをいじり倒す機会は少ないからもうちょい付き合って欲しい。

 

「んで、次の束さんイジメだけど――」

「イジメって言ってるし!? おかしくない!? 今日はもっと、こう、ねえ? 大事な日には大事な空気があるじゃん!」

「文句でもあるんですか?」

「ないとでも思ってるのかな!?」

「安心してください。次はお望み通りシリアスしますから」

「はへ?」

 

 束さんが望んでるなら仕方ないな。

 うん、仕方ない。

 

「箒」

「はい」

「イメージしろ」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 篠ノ之箒はその日、生まれ育った町に戻って来た。

 姉によって生じた問題は解決し、大好きだった少年に会いに箒は町を走った。

 見覚えるのある道を走り、箒がついにその背中を見つけたのだった。

 だが、見つけたのは少年の背中だけではなかった。

 少年の隣に、もうひとつの背中が付き添っていたからだ。

 その背中姿に箒が覚えがあった。

 引っ越す前の学校で、一夏を取り合ったクラスメイト。

 女子グループの中心で、オシャレで可愛い子だった。

 その少女が一夏の隣を歩いていたのだ……昔の自分の様に。

 少女がふと振り返り、箒と目が合う。

 彼女は驚いて目を見開き、そしてニヤリと笑った。

 

 一夏君、大好き!

 

 そう言って、少女が一夏の腕に抱きついたのだ。

 驚き、声をかけるタイミングを失った箒に向かって少女は笑う。

 その目は、

 

 もう、一夏君の隣に貴女の居場所はないのよ。

 

 そう言っていた。

 

 たった数年。

 されど数年。

 一夏争奪レースで、一番多感な年頃の時に一緒に居れなかった箒は、敗者だった。

 姉によって奪われた青春の時間は、決して戻らないのだ……。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 ウゴゴゴゴッ

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 目を閉じた状態で負のオーラを発する箒に対し、束さんは土下座した状態でひたすら謝り続けていた。

 

「これから先、いろんな人に束さんの事を聞かれるだろう。その時は今の気持ちを思い出して対応して欲しい。周囲には、姉妹仲が悪いと思わせた方が都合がいいからな」

「……わかりました」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「姉さん……」

 

 目を開けた箒の瞳は、それはそれは冷たい色をしていた。

 

「私は別に怒ってませんよ? だって一夏に彼女ができたとしても、それは私の魅力が足りなかっただけ……。そうでしょう?」

「箒ちゃんは超可愛いので魅了不足ではないと思います!」

「ならなぜ私は彼女になれないのでしょう?」

「わだじのぜいでずぅ。ごめんなざいぃぃ――ッ!」

 

 束さんは頭を伏せたまま泣き出してしまった。

 これは怖い。

 自分で誘導しておいてなんだけど、これは同情する。

 

「くすっ」

 

 泣きながら縮こまる束さんを見て、箒が小さく笑った。

 

「安心してください。私はそこまで怒ってませんから」

「……ほんどに?」

 

 鼻をすすりながら束さんが箒を見上げる。

 そんなに束さんに対し、箒は花が咲いた様な笑顔を見せた。

 

「本当です。だって……私は千冬さんに……」

「「千冬さんに?/ちーちゃんに?」」

「一夏を寝取って良いと言われましたから……ぽっ」

「「マジで!?」」

 

 冷たい表情から一転。

 箒は顔を赤らめ、年に似合わない艶のある表情で頬に手を当てた。

 

 うゎ……まじか。

 千冬さんが寝取り許可出したの?

 あの堅物がなんでそんことを……。

 箒への罪悪感と、昼ドラ知識の合わせ技の結果かな?

 

「いや~さすがはちーちゃんだね。その発想はなかった」

 

 束さんでもなかったですか。

 だよね。俺もなかった。

 

「一夏の初めては全て自分が……などど言うつもりはありません。最終的に私がお嫁さんになれれば良いのです!」

「「おぉ~」」

 

 俺と束さんがパチパチと手を叩く中、箒がグッと拳を握り、力強くそう宣言した。

 子供って、いつの間にか成長してるんだな。

 お兄ちゃん感動。 

 

「そういえば兄さん。いつもの首輪はどうしたんですか?」

 

 箒が、左手にカンペを持ちながら、右手で俺の首を指先でなぞる。

 次の束イジメ……もとい、束イジリへの布石だ。

 しかし箒よ。

 棒読みはいいが、カンペには首輪なんて単語は書いてないぞ?

 

 

「箒、あれはチョーカーって名前のアクセサリーだから。くれぐれも他の人には首輪と言わないように」

 

 直訳では間違ってないけど、色々と誤解を生むからね!

 

「そうなんですか? 前に姉さんに聞いたらそう教えられたのですが……」

「オイ」

 

 サッ

 

 顔背けやがった。

 はは、良い度胸だ。

 

「束さんや、首輪がなんだって?」

「まふがってないじゃん」

 

 束さんは箒に謝ったままの状態、床にお尻を付けた状態だったので、背後にまわり、口に人差し指を入れて左右に引っ張る。

 

「間違ってないね。でも、悪意あるよね?」

「………もくひぃしましゅ」

「一言謝れば許してあげるのに……。あのね箒、実はあれ、爆弾だったんだ」

「っ!?」

 

 俺の暴露に束さんが反応する。

 妹の友人に爆弾を仕掛ける。

 箒がどう思うか分かってるんだよね?

 

「姉さん」

 

 ゆらり、と箒が束さんの正面に立つ。

 そのままゆっくりと束さんに顔を近づけ、身を屈めて正面から目を見つめる。

 

「今、聞き捨てならない単語が聞こえましが、私の気のせいですよね? いくら姉さんが常識知らずでも、さすがにそんことしませんよね?」

「…………(ぱくぱく)」

 

 箒への恐怖か、それとも言い訳が思いつかないのか、束さんは口を金魚のように動かすだけだった。

 可哀想だから口から手を抜いてあげる。

 

「はい前見て、視線逸らさない」

 

 後ろから束さんの顎を両手ではさみ、箒の視線から逃げられない様にする。

 

「姉さん?」

「…………(ぷるぷる)」

 

 いや震えてないで喋れよ。

 

「姉さん、私の目を見て正直に話してください。神一郎さんの話は本当ですか?」

「…………爆弾でした」

 

 箒に睨まれ、束さんは素直に告白した。

 まさに蛇に睨まれた蛙。

 これは笑えますなぁ。

 

「なんでそんなことしたんですか?」

「それは……その、しー君が貴重だったから……」

「貴重とはIS適正のことですか?」

「はい……」

 

 転生者でIS適合者、更に、もしかしたら腹に一物抱えてるかもしれない人間。

 色んな意味で保険をかけるのは当たり前、俺としては別に爆弾に対する恨みはない。

 面白いからチクっただけである。

 束さんも、本当ならその辺を説明したいんだろうが、転生うんぬんの話なんてしたって信じてもらえないと理解してるんだろうな。

 

「すみません神一郎さん。妹として姉さんに変わって謝罪します」

 

 箒が俺に向かって深々と頭を下げた。

 とてもできた妹だ。

 束さんにはもったいないな。

 

「気にするな箒。悪いのは束さんなんだから……」

「うぅ……」

 

 背後から束さんの頬を軽く撫でると、軽く身震いした。

 お望み通りのシリアスだ。

 さぞ嬉しかろう。

 ま、シリアスなど即殺すけどね。

 

「だけど、首に爆弾を着けられた状態で束さんに実験動物として扱われた時間は、俺の心に大きな傷を残したのは事実……」

「兄さん可哀想……」

「もうどうにでもなれ」

 

 俺がいかにも傷ついてる風を装えば、箒がハンカチで涙を拭うフリをする。

 それを見て束さんの目が死んだ。

 邪魔をしないなら丁度良い。

 箒に追加のカンペを渡す。

 

「束さんに生殺与奪を握られてから、俺はいつ死ぬか分からない恐怖で笑顔を忘れてしまったんだ」

「さっきまで普通に笑ってたけどね」

「私も、こうして一人きりになってから、笑うことがなくなりました」

「箒ちゃんには素直にごめんなさい」

 

 箒の笑うに笑えない言葉に、束さんが戸惑っているのが分かる。

 そんなんじゃこれから先苦労するぞ?

 具体的には“今から”だけど。

 

「箒、今の俺達に必要なのはなんだろう?」

「それはもちろろん笑いです。笑顔、と言ってもいいですね。笑う門には福きたる。笑顔はストレスの発散にもなりますし、現状を……兄さん、これとこれは何と読むんですか?」

「ん? ごめん、まだ習ってなかったのか。それは“ひかん”と“なげき”だよ」

「ありがとうございます。ええと――現状を悲観し、嘆いていても何も変わりません」

「その通りだ。笑いを……嫌な思い出吹き飛ばす笑いが今の俺達に必要なんだ!」

 

 手を大きく振り熱弁する俺。

 カンペを片手に淡々をそれを読む箒。

 全てを諦めた顔で体育座りする束さん。

 盛り上がってまいりました。

 

「だけど笑いは実に難しい。人によって笑顔の条件が違うからだ。例えば箒はどんな時に笑顔になる?」

「一夏の笑顔を見ると自然に笑顔になります」

 

 ノータイムの答えだった。

 そして、俺の質問が紙に書いてあったものではない。

 流れのノリだ。

 つまり、箒の答えは本心……。

 束さんが無言で顔を両手で覆った。

 

「ま、まぁ、人の数だけ答えがあるということだ。だがしかし! 今ここには束さんがいる! 天才であり天災。出来ない事がない人類の頂点と言うべき束さんが!」

「なるほど、姉さんなら私と兄さんを笑顔にすることなど簡単です!」

「では参りましょう」

 

 一歩前に出て、手を大きく広げる。

 気分は舞台上の司会者だ。

 

「第一回!」

「篠ノ之束!」

「一発芸大会!」

 

 Fuuuuuuu!!

 

「ではここで、ゲストの箒さんにお話を聞いてみましょう。挑戦者ですが、どこまで行けると思いますか?」

「正直期待してません。普段からお笑い番組などは見ない人ですから。持ち前の計算高さでどこまで頑張れるか――そこが見所ですね」

「なるほど。これは苦しい戦いになりそうでうね。さぁ! 挑戦者の入場です!」

「…………」

 

 束さんは、自分の膝に額を押し当てまま黙していた。

 

「さぁ!! 挑戦者の入場です!!」

 

 だが俺はヤメナイ止まらない諦めない。 

 同じセリフを繰り返し、これでもかと煽る。

 

「…………」

 

 逃げ道はないと気付いたのか、束さんはついに立ち上がり。

 

「糞がァァァァ!!」

 

 天に向かって叫び声を上げた――

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 私は姉さんへの自分の気持ちが分からなかった。

 姉さんが消えたのは私を守る為。

 悪いのは私を狙う大人。

 それは父さんや神一郎さんの言葉で理解した。

 でも、感情は別だった。

 

 なぜ私が……。

 どうして……。

 

 そんな気持ちがあった。

 それも、姉さんに暴力を振るった瞬間消し飛んだ。

 

 私は初めて姉さんに暴力を振るった。

 手に響く衝撃、伝わる肉の感触、そして姉さんの顔。

 胃がキリキリと痛み、心臓の音が大きくなる

 そして、理解した。

 私に姉さんは憎めない。

 姉さんへの怒りは確かにあるが、こんな暴力を振るうほどの怒りではない。

 それが分かったから、私は神一郎さんの話に乗り、ちょっとだけふざけようと思った。

 自分が迷惑をかけられたのだから、私も姉さん少し意地悪して良いだろうと、そんな風に思ったのだ。

 途中、神一郎さんの首輪が爆弾だったりとか、驚愕の真実などあったが、姉さんをイジルのは新鮮で面白かった。

 そんな姉さんだが、ついに我慢の尾が切れたみたいだった。

 

「私はもっとちゃんと謝罪したいの! なのになんで邪魔ばかりするの!?」

「真面目に謝罪したい? あのね束さん。加害者のお前には、んなこと選べる権利ないんだよ。真面目な空気だろうと、巫山戯た空気だろうと、ただ頭を下げてろ」

「数時間前までの優しさはどこに行ったの!? 寝てる私に色々イタズラしたクセに手の平返しやがって!」

「それとこれとは関係ない。てか早く一発ギャグしてくれない? テンション上げて逃げようとしても無駄ですよ?」

 

 私を無視して姉さんと神一郎さんが睨み合う。

 非常に懐かしい光景です。

 神一郎さんが寝てる姉さんにナニをしたのか是非とも聞きたい。

 今はそんな雰囲気ではないのが残念だけど。

 

「だいたいさ、しー君がそっち側ってのが間違ってない? 白騎士事件の時、しー君は私の隣に居たよね? だったらしー君も一発ギャグやるべきなんじゃないかな?」

 

 え? 今、またしても聞き捨てならない情報が……。

 

「俺、口で止めようとしてましたよね? そんな俺に電流を流し、力尽くで黙らせたのはどこのどいつだい?」

「私だよ!」

「――――」

「痛い!? ちょっ!? 無言でほっぺに爪刺さないで!」

 

 神一郎さんは無実だった。

 そして、姉さんは相変わずだった。

 安心しました。

 

「そんなに真面目にしたいならやってやんよ。朝まで生トークだ。お題は『夢の為に家族を犠牲にするのは有りか無しか』で。まずは加害者側の意見からね。では束さんにお聞きします。人間、誰しも夢を見る権利がありますが、その為に妹に迷惑をかけるのはどうかと思うのですが、その辺どう考えてますか?」

「えっ!? あの、良くないと思います……」

「良くないと思ったのに行動したんですか? それはつまり、束さんにとって妹はその程度の認識だと思っていいのでしょうか?」

「うぇ!? ち、違うよ? 私にとって箒ちゃんは大切な……」

「ですが、夢と妹を天秤にかけた結果、夢に傾いたのは事実ですよね?」

「違うもん! 両方取ろうとしたもん!」

「ほう? 両方ですか……。ですが、今の結果を見る限り失敗してますよね? 原因は自分でも分かってますか?」

「それは、その……」

「まぁ、分かりやすい答えですよね。束さんにその力が無かった……力不足だったというだけですもんね」

「がはっ!?」

 

 神一郎さんの一言で姉さんが膝を付く。

 言い過ぎなような気もしますが、神一郎さんの言葉が間違ってはいないので何も言えません。

 それにしても、姉さんと神一郎さんは相変わずだ。

 ギャーギャーと喧嘩しながらも、どこか楽しそうな二人。

 背は姉さんの方が高いのに、二人の目線は並んでるように見える。

 それがたまらなく羨ましい。

 

「だいたいさ、加害者の謝罪なんて半分自己満足だからね? 謝りたいとか償いたいとか加害者の気持ち押し付けるなよ。我儘言ってないで素直に道化演じとけ」

「ひっく……」

 

 姉さんが泣き出してしまった。

 ここまで来ると、さすがに見てるだけにはいきません。

 

「神一郎さん、その辺で許してあげてください」

「……兄さん」

「へ?」

「兄さんと呼んでくれ」

 

 それ、一時のおふざけではなかったのですか?

 私としても兄が欲しいと思ったことはあるので、やぶさかではありませんが、やはり少し恥かしい。

 

「じー」

 

 神一郎さんの視線が……。

 仕方がないですね。

 

「兄さん、その辺で姉さんを許してあげてください。私は怒ってませんから」

「だってさ。箒が優しくて良かったね。これからは俺が兄として箒を守るから、お前はうせろ」

「じぐしょう……」

 

 あ、トドメを……。

 男の子は好きな子に意地悪すると言うから、やっぱり神一郎さんは姉さんの事が好きなのでしょうか?

 神一郎さんは同世代の男の子に比べると大人っぽいけど、こういう時は子供だなと感じます。

 それにしても、本当に懐かしい。

 ついさっきまでは静寂に支配されていたホテルの一室。

 ただ一人で私はこの部屋で過ごしていた。

 それが今や、こんなにも懐かしい空気に……。

 

「箒ちゃん?」

「箒?」

 

 じゃれあいを止めた姉さんと神一郎さんが、少し目を見開いて私を見ている。

 どうしたんだろう?

 

「どうかしましたか?」

「どうかしたって……箒ちゃん気付いてないの? もしかして私の為に我慢を……」

「あー。そっか、そういう……。落ち着け束さん。アレは別に悪い涙じゃないから」

 

 涙? 神一郎さんは何を言ってるんだろう?

 それに、なぜ姉さんはそんな辛そうな顔を……。

 

「箒は別に悲しい訳じゃないよね? ただ、楽しかっただけだよね?」

 

 神一郎さんが私の頬をハンカチで拭う。

 泣いているのは……私?

 

「あれ? あの、その……すみません神一郎さん。今すぐ泣き止みますから」

 

 指摘されたのが恥ずかしくて、袖で目をこする。

 

「ほら、そんなんじゃ目が痛くなるから」

「あう」

 

 神一郎さんが私の手を取り、空いた手で私の目元にハンカチを当てる。

 

「大丈夫。一夏と千冬さんは居ないけど、俺と束さんは此処に居るから」 

 

 私の目を見ながら、神一郎さんが笑う。

 そうか、私は嬉しいんだ。

 久しぶりに姉さんと神一郎さんに会えて嬉しいんだ。

 姉さんへの怒りや憎しみより、またこうして会えた事がなにより嬉しい……。

 

「あ……」

 

 自分の感情を理解した瞬間、涙の量が増えた。

 

「大丈夫。箒の楽しい時間はまだ終わっていないよ。一夏と千冬さん、それに柳韻先生に雪子さん。箒は大好きな人と暫らく会えなくなったけど、まだ俺と束さんが居る。箒には悪いと思うけど、再会できるその日まで、俺と束さんで我慢してね?」

「我慢なんて……。また会えて嬉しいです神一郎さん」

「よしよし」

 

 神一郎さんが私の頭を抱き抱え、頭を撫でる。

 ズルい……。

 今そんことされたら、もう……。

 

「あ……あぁ……うあぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!」 

 

 私は、神一郎さんの胸の中で全てを吐き出した。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「「「はぁ……」」」

 

 お茶は良い。

 喋って騒いで、乾いた喉と高まった気分を落ち着かせてくれる。

 俺はベットの上、箒は椅子に座り、束さんは床に女の子座りをした状態で湯呑を手に持ちため息をつく。

 

「とまぁ、色々ぐだぐだだったけど、箒的にどうだった? ある程度状況の把握はできた?」

「姉さんは家族を捨てた訳ではない。姉さんだけを恨むのは筋違い。私の人質の価値を上げないよう、私は表向き姉さんを嫌ってなければならない。はい、大丈夫です」

 

 まだ多少目が赤いが、箒は落ち着いた笑顔で笑ってみせた。

 泣き出した瞬間は心配したが、良い方向に進んだみたいだ。

 おう……今更ながら手が震えてる。

 俺って意外と緊張してたんだな。

 

「で、泣いてる妹相手にオロオロするばかりで何もしなかった束さんは、もう話すことない?」

「あのさ、本当に容赦ないよね? あの優しさはなんだったのかと問いただしたい」

 

 束さんに話を振れば、げんなりした顔で頬をふくらませた。

 

「そう言えばさっきもそんなこと言ってましたね。もしかしてその……家族と別れて寂しがる姉さんを、神一郎さんが優しく慰めるとか、そんなのがあったりするのでしょうか?」

 

 箒がチラチラと俺と束さんの顔色を見ながら話に入ってくる。

 お年頃ってやつなんだろうな。

 

「聞いてよ箒ちゃん! しー君てばさ、ここに来る前は膝枕したり料理作ってくれたりしたのに、今はこんな感じなんだよ? これは裏切りだと思う!」

「へー姉さんはそんなことしてたんですか?」

 

 おや? 箒がちょっと不機嫌に……。

 

「箒、どうかした?」

「へ? い、いえ! 別になんでも――」

「箒はこれからの生活の為にも、できるだけ不満なんか口にした方が良いと思うよ? 溜め込んで爆発しないように、ちっちゃなことでも口に出した方が良い」

「そう……ですか。それなら、その……」

「え? 私?」

 

 箒の視線の先には居た束さんが慌てて身を正す。

 

「姉さん、本音で話してもいいでしょうか?」

「も、もちんです」

 

 束さんがプレッシャーに負け、なんとも可愛く噛んだ。

 

「ぶっちゃけます。私が一人で部屋に閉じこもってる間に、姉さんが神一郎さんに甘えてたと思うとイラっとしますね。えぇ。」

「甘えてすみませんでした!」

 

 そりあゃね、自分が一人孤独と戦ってる間に、元凶の姉は男で寂しさ紛らわしてるとか、怒っても仕方ない。

 しかし、束さんは今日一日で土下座スキルが上がったね。

 流れるような土下座だった。

 

「普通に考えて、箒の目の前で甘やかす訳ないでしょうに。束さんに優しくするなら、俺の優しさは全て箒に与えます」

「ごもっともです」

「でも神一郎さんの言い方だと、二人っきりなら甘やかすと言ってるみたですね」

「……しー君てば素直じゃないんだから」

 

 調子に乗りそうだから俺は黙秘します。

 

「ところで、姉さんと神一郎さんにはこれからも会えると思って良いのでしょうか?」

「ん? そうだね。俺は月一で来る予定だけど」

「月に一回……ですか?」

「ごめんな。俺も色々あるからさ」

「いえ! こちらこそ我儘を言ってすみません」

 

 寂しそうな顔をする箒に心の中で頭を下げる。

 俺にはISがある。

 その気になれば、毎日来れるし、いつでも会える。

 だが、俺はそれを良しとしなかった。

 理由は簡単。

 未来を変えない為だ。

 箒の心には隙間がある。

 俺は一夏より自分が格好良いとは思っていないが、万が一……という可能性を考えなければならない。

 てか、毎日毎週箒と密会とか、フラグ以外のなにものでもない。

 俺は鈍感系主人公とは違う。

 中途半端な優しからのフラグなど、自ら折っていきますとも。

 

「姉さんは……会えますか?」

「私は……」

 

 束さんが答えに戸惑う。

 うーむ、この期に及んでなにを悩んでいるんだろう。

 

「箒ちゃんは私に会いたいって思ってくれるの?」

「もちろんです。姉さんは嫌ですか?」

「嫌じゃないよ。でも、私には箒ちゃんに会う資格なんて……」

 

 あぁ、この馬鹿はまだシリアス路線諦めてないんだ。

 えっと、メモ帳とペンは――

 

「私達は家族です。資格なんて必要ですか?」

「箒ちゃんにそう言ってもらえるのは嬉しいよ? でも……それは箒ちゃんの本心なの? しー君の前だからって無理してない?」

「姉さん、貴女は……ってなんです神一郎さん? カンペ? またですか?」

「うげっ……」

 

 箒の手に無理矢理カンペを握らせる。

 めんどくさい姉妹だよ本当に。

 

「なるほど、そういう……ゴホンッ」

 

 箒は一度カンペに目を通した後、咳払いをして椅子の上から束さんを見下ろした。

 

「姉さんは何か勘違いしてませんか?」

「……勘違い?」

「だってそうでしょう? 姉さんに断る権利あると思ってるんですか? と言いますか、加害者が被害者のお願いを断るとか……え? 姉さん、もしかして本当は悪いと思ってないのでは……」

「しー君マジコロ」

 

 束さんが涙目で俺を睨んできた。

 だが俺は悪くない。

 めんどくさい束さんが悪い。

 

「姉さん? 今話してるのは私ですよ?」

「はい! すみません!」

「そもそもです。まさか、私が心の底から許してると思ってるんですか? 一夏と離れる原因を作る姉さんを――」

「いえ! 思ってません!」

「なら結構です。姉さんが私に許して欲しいと本気で思ってるなら……その……」

 

 箒が言葉を途切らせ、チラチラと束さんの顔を伺う。

 

「月に一回は会いに来てください。私は一回の謝罪くらいで姉さんを許すつもりはありませんから」

「箒ちゃん……」

 

 ――姉さんに会いたいのは自分の我儘。

 そんな箒の気持ちが伝わったのか、束さんが立ち上がって箒を見つめた。

 そう、立ち上がってだ……。

 学習しないな。

 

 セット――ハット――ハット―― 

 

「箒ちゃ――」

 

 GO!

 

「んぼっ!?」

「……はれ?」

 

 箒と束さんに間に身をすべり込ませる。

 その結果、俺の頭部は柔らかいクッションに埋まった。

 身長差があるからこそできる芸当だ。

 ビバ子供の体。

 

「しー君、私のおっぱいはどう?」

「さいふぉうでふ」

 

 凄く柔らかくて良い匂いがしています。

 束さんも女なんだなって実感する。

 

「そっか……うふふ……ふははははっ!!」

 

 あ、死の予感。

 

「たば!」

「おごっ!?」

 

 腹に膝蹴り。

 頭から柔らかい感触がなくなった。

 

「たばば!」

「うごっ!?」

 

 アゴに掌底。

 足が床から浮かび、意識が飛かける。

 

「たばばば!」

「姉さんそれ以上ダメです!」

 

 足が床に着く前に、拳の連打を浴びて体が後ろに吹っ飛ぶ。

 俺が最後に見た光景は、憤怒の表情の束さんと、その腰にしがみつく箒の姿だった。

 

 ――束さん、仲直りおめでとう。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 俺が気を失ってた間、箒が俺を介護してくれたらしい。

 俺は聞いていないが、その時に姉妹でちょっと会話したとか。

 目を覚まして時計を見てみれば、時刻は丑三つ時。

 これ以上の夜更しは小学生には良くないと、別れの挨拶と、また来るよと言って、俺と束さんはホテルを後にしていた。

 

 そして現在――

 

「地獄を見た」

「天国の間違いだと思う」

 

 束さんを肩に乗せ、のんびりと帰宅途中だ。

 

「この天災美少女のおっぱいに顔をうずめといてなにを……。生きてるだけでもありがたいと思え。むしろ庇ってくれた箒ちゃんに感謝しろ」

「学校を卒業した女は少女じゃない。巨乳美少女高校生ならともかく、ただの巨乳の対価に命は重すぎるだろ」

 

 訂正。

 のんびりではない。

 

「そもそもそもだ! なんでしー君はあんな真似したのさ! 下手したら酷い状況になってたかもしれないんだよ!?」

「あ、ちょっ! やめろ。流々武を蹴るな」

 

 束さんが足をばたつかせるので、踵がガンガンと装甲にぶつかる。

 そのうち装甲を蹴り破られそうで怖い。

 

「答えなさい」

「はいはいっと。えっとさ、宿題やろうとしてる時に親に『宿題やれ』って言われると、ヤル気なくなるよね?」

「……しー君には私が宿題をやるように見えるの?」

「ごめん。今のは俺の例えが悪かった」

「なんてね。しー君の言ってることは分かるよ。『心理的リアクタンス』ってやつだね」

「え? そんな名前あんの?」

 

 なんか格好良い名前だった。

 大抵は“宿題やろうとしてる時に親に『宿題やれ』って言われると、ヤル気なくなるアレ”で通じるから、専門用語なんて知らなかった。

 それにしてもよく知ってたな。

 心理学なんて興味なさそうなのに。

 

「その顔は『心理学なんて興味なさそうなのに』って顔だね」

 

 ……IS装着してるから顔見れないはずなんだけど?

 やだこの子怖い。

 

「しー君の疑問に答えるとだ、私は人の気持ちなんてわからないと言われている。けどね、人間の気持ちなんて“理解”できなくても“計算”はできるんだよ」

「計算?」

「そそ、大人達と色々やりあうのにさ、その辺が足りないと思ってね。“私がこう動いたら、相手はこう動く”ってのを心理学を元に計算してたのさ」

「そりゃ凄い」

 

 心理学にまで手を出してる流石の天災だ。

 でも、それが役に立つかは微妙なところだ。

 感情よりも利を優先するのが大人なんだから。

 それにしても、ならなぜ箒の気持ちが分からなかったのだろう?

 計算すれば、箒がどの程度本気で怒っているかなんて――

 もしかして“妹の感情を計算したくなかった”とか?

 

「んでさ、心理的リアクタンスがどうしたの?」

「束さんは柳韻先生と雪子さんの手紙読みました?」

「読むと思う?」

「ですよね~。柳韻先生と雪子さんは、手紙の中で束さんを許せ的なこと書いてあったんですよ」

「私を? なんで? うーみゅ……媚び売ってるのかな? 自分達が好かれてないなんて理解してるだろうし……マゾ?」

「気持ちの計算してそれか」

 

 親の気持ちとか、そういったものが抜け落ちてる。

 待てよ? 束さんの場合は親の気持ちから計算しなきゃダメなのか?

 そんな面倒なことをする束さんではない……。

 感情の計算とか死にスキルじゃんか。

 

「話を戻すけど、箒の中には束さんを“許したい気持ち”と“許したくない気持ち”の二種類あると思ったんだよね」

「ふむふむ」

「だからさ、箒が自分で気持ちを固める前に、周囲から『姉を許せ』って言われたら、逆に意固地になるんじゃないかなって――」

「なるほど、それが心理的リアクタンス……」

「誰も彼も束さんの味方じゃ箒が可哀想でしょ? 誰かがさ、『姉を憎んでもいいんだよ』って言ってあげた方が良いと思ってね」

「複雑だけど、一利あるのは認める……」

 

 束さんが手足の力を抜き、ぐでっと緩む。

 飛行中のISの肩で器用なことだ。

 

「だがしかし!」

 

 今度は手足をビーンと伸ばした。

 本当に器用なことだ。

 

「だからってアレはないんじゃない!? 途中から絶対楽しんでたよね!?」

「箒に叩かれて弄られて怒られて……本気で嫌だった?」

「どこかほっとしてる自分がいますですはい……」

 

 真に反省した人間は、時に罰を望む。

 言葉だけの許しより、責められたいと思うものだ。

 言い訳しとくと、俺は束さんにも気楽になって欲しかったのだ。

 自分が楽しんでたのは否定しながな!

 

「しー君の考えは理解したよ。色々……うん。本当に色々言いたいことはあるけど、結果良ければ論で許してあげるよ」

「それはどうも」

 

 どこからも上から目線のセリフに思わず苦笑する。

 まぁ、束さんらしくて良いけど。

 

「ところでしー君」

「なんです?」

「しー君はこれからどうするの? 今連休中でしょ?」

「憂いは断ちましたし、中国にでも行こうかと思ってます」

「中国?」

「九寨溝に老虎嘴に七彩山! IS使って上空から眺める景色はきっと最高なはず! 残り少ない春休みだけど、満喫する所存です!」

「あれ? まだ学校通うの?」

「そりゃ小学生ですから」

「え? なんで? 意味ないじゃん。もしかしてロリコ……ゴホンッ! 友達と別れるの惜しいとか?」

 

 俺がまだ学校に通うのがそんなに意外か?

 そして非道い風評被害だ。 

 

「女子小学生と別れのが寂しいみたいな言い方すんな! あのね、遊びってのは、苦行があるから楽しいの! 学校で退屈な授業を受けながら、週末はどこ行こうかと考えるのが楽しいんだよ!」

 

 やりたい事をやりたいだけやっていたら、人間は腐る。

 人生を楽しむ為には我慢も必要なのだ。

 

「ふーん。ま、しー君の人生だからとやかく言うつもりはないけど……」

「ないけど?」

「ちょっと手伝って欲しいことがありまして……」

「あ、無理です。俺は明日の昼は本場の四川麻婆を食べる予定なので」

「――流々武解除&装着」

「へ?」

 

 瞬間、俺の体は重力に引っ張られた。

 

「ちょっぉぉおぉぉおぉ!!」

 

 溺れる者は藁をも掴む。

 空から落ちる者も藁をも掴む。

 俺は必死に手をばたつかせ、触れたナニカを力一杯掴んだ。

 

「ほらほら、力抜くと落ちるから気をつけるんだよ」

 

 俺が掴んだの見覚えのある足。

 流々武の脚部だった。

 そして、流々武の中から聞こえるのは天災の声。

 やりやがったなこの野郎。

 

「人間は重力に魂引かれる生き物なんだよ!」

「よく分かんないけど、テンパってることだけは伝わった」

 

 コアラの様に流々武にしがみつく。

 肌に感じるのが冷たい強風。

 視界に映るのは街の明かり。

 お願いを断っただけでまさかこんなピンチが訪れるとは――ッ!!

 

「でねしー君。お願いがあるんだけど」

 

 マイペースですね!?

 早く相棒返せ!

 

「お願いってなに!? 面倒事なら勘弁して欲しいんだけど!!」

「ちょっとね、引越しのお手伝いをしてほしいんだよね」

「引越し?」

「そうそう、引越し。今ね、東京湾から少し離れた場所に、私の拠点兼研究所の潜水艦があるんだけどさ、機材やらなんやらが湾近くの倉庫に置きっぱなしで困ってるんだよね」

「機材? 実験で使ったりするんですか?」

「だよ」

「潜水艦内で自分で作れ。はい解決」

「…………」

 

 アクロバットな動きはらめぇぇ!!

 落ちるっての!

 

「自分で一からってのも不可能じゃないけどさ、お金で買えるものは買ったほうが時間的に得でしょ? だから今日まで色々買い込んでたんだよね。それを拡張領域に入れて、潜水艦まで運んでほしいんだよ」

「分かった! やる! やるから動くな!」

「必死に私にしがみつくしー君……イイネ!」

 

 顔は見えないが、だらしない笑顔してんなってのは分かる。

 

「そんな顔しないでよ。潜水艦の話を聞けばしー君も興味でると思うからさ」

 

 潜水艦は漢のロマン。

 それは認める。

 だが、中国の大自然には劣ると思う。

 

「艦の名前は【トゥアハー・デ・ダナン(仮)】! 全長218m! 全幅44m! 最大速力50kt以上を誇る強襲揚陸潜水艦である!!」

「まじで!?」

 

 え? 本当に? 本気でアニメの兵器再現したの? そうなると話は全然変わるよ?

 

「ま、外観だけだけどね。私にとって大事なのは中身だから、見かけはしー君好みにしてあげたんだよ? 感謝すると良い!」 

「束さんマジ最高!」

「ふふーん。しかも! 心臓部は原子炉ではなくISコアを搭載! 6基のコアを使用することにより、ステルス戦だけではなく、飛んで空戦することも可能!」

 

 全国の権力者の皆様へ。

 束さんを怒らせないでください。

 本気で怒らせると、目に見えず、レーダーに写らない巨大船が空から爆雷落としたりてきます。

 お願いだから本気にさせないでください。 

 

「で、どうかな? 見たい?」

「見たい乗りたい触りたい。束さん、流々武を返すんだ。俺を抱えるより、俺が束さんを抱えた方がスピードが出る」

「おっけ。流々武解除!」

 

 掴んでたものが消え、再びの浮遊感。

 しかし、今度は慌てず空に向かって手を伸ばす。

 

「来い! 流々武!」

 

 相棒の名前を呼べば、すぐさま浮遊感は止まる。

 

「よっと」

 

 肩に衝撃。

 束さんが着地した。

 空中で本当に器用だな。

 

「んじゃ行きますか」

「あ、艦の名前はまだ仮称だから、到着するまでに考えようよ」

「そのまんまじゃダメ?」

「それはつまらない」

「なら互いに案を出し合いますか」

 

 空を飛びながら束さんと談笑する。

 ここからは原作知識が曖昧な、俺から見れば空白期。

 なにがあるのか分からないのが怖い。

 でも――

 

「うーん。羅生門、銀河鉄道、人間失格……漢字系は可愛いさがイマイチだよね」

 

 馬鹿な名前を真剣に考える束さんと遊ぶ日々は、きっと楽しいに違いない。




次回はツインテロリが登場予定ダヨ!


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ツンデレ+ツインテ+ロリ=安定の可愛さ

今回は普通は小説で敬遠するべき内容が少しありますが、フィクションです。
過度の反応はしないでください。

書き終わったのはいいが、なんかこう……内容が薄い感じががが。
もっと派手な出会い方にするべきだったか……。



 

 箒と束さんの間を取り持ち和解させ、潜水艦を堪能し、中国の大自然を満喫して、季節は四月の半ば。

 俺は――

 

「アンタがサトウシンイチロウね!?」

 

 赤いランドセルを背負った、ツインテで生意気な顔をしたロリに詰め寄られていた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 さて、基本的に最近の俺の日常は平和だった。

 一ヶ月登校してなかったので、クラスメイトに何をしてたんだと騒がれたり、念願の本場麻婆豆腐を食べて、温水便座に座って変な叫び声を上げたりしたり、毎日100件近くのメールが届いたりと色々あったが、平和な日常と言っていいだろう。

 そんな日常を謳歌してる俺が、何故かロリっ子に腕を引っ張られ、体育館裏に連れてこられた。

 校門前で声をかけられ、返事をしたら有無を言わさずだ。

 なんて押しの強いロリなんだ。

 

「アンタ、一夏と仲が良いのよね?」

 

 腕を組んだ状態で、ロリが勝気な瞳を俺に向ける。

 やめろ。

 なんか変な扉が開きそうになるじゃないか。

 

「一夏の友達? だったらまず自己紹介くらいしてくれないかな?」

「――凰鈴音よ」

「ふぁん……りんいん?」

「……もう少し発音なんとかならない?」

「あぁゴメン。リンインで良いかな?」

「それで良いわ」

 

 表面上は穏やかに会話が進む。

 ――もう良いかな? 良いよね?

 んじゃ行きます。

 せーの

 

 ツンデレロリきたぁぁぁぁ!!!!

 

 うん分かってた。

 原作鈴ちゃんをそのまま小さくした容姿なんだもん。

 なに? 持ち帰って良いの? ここ人気のない場所だよ? 俺IS持ちだよ? 誰にも気付かれず攫えるよ? 事案だよ? 良いの?

 

「ちょっと! わたしの話し聞いてるの!?」

 

 はっ!?

 いかんいかん。

 ちょっとテンパってた。

 恐るべしツンデレロリ。

 

「ゴメン聞き逃した。なんだって?」

「だからコレよコレ! この写真ってアンタが出処なんでしょ!?」

 

 鈴ちゃんが俺に三枚の写真を突き出す。

 写っているのは一夏だ。

 剣道着を着て、竹刀を構える姿が凛々しい。

 写真そのものではなく、カラーコピーの為、画質が粗いのが残念だな。

 

「そうだね。誰にあげたかは忘れたけど、俺が持ってたやつだと思う」

 

 マーケティングの一環として、一夏の人気の拡散と、小学生女子がどの程度好きな男の子のグッズを欲しがるかを調べる為に配ったやつだ。

 まさかカラーコピーが出回っているとは。

 

「ネガあるんでしょ!? それをわたしによこしなさい!」

 

 ……箒とは違う可愛さ、束さんに通じる苛めたくなる可愛さがあるな。

 てかあれだ、もう一夏のこと好きなんだ?

 だから俺に写真くれって言ってるわけだ。

 一夏は手が早いな。

 それにしても……。

 

「なによ? なんとか言いなさいよ」

 

 何も言わず見下ろすと、鈴ちゃんの足が少し後ろに下がった。

 自分でも強引がすぎると自覚してるんだろう。

 そこもまた可愛い。

 ……意地悪したくなるな。

 

「あれ? 鈴?」

 

 丁度良いタイミングでハーレム主が登場した。

 原作一夏を見てるとイラっとするけど、今の一夏にそんな感情沸かないな。

 囲ってるのが小学生女子だと思うと、嫉妬より先に応援したい気持ちがくる。

 鈴ちゃん小学生にしてはキャラ濃いんだもん。

 一夏の苦労が目に見えるよ。

 

「一夏!? なんでここに……まさかわたしを探しに?」

「ん? 俺は神一郎さんを探してただけだぞ?」

「……あっそう」

 

 俺とヒロインを並べて俺を取るみたいな言い方やめれ。

 鈴ちゃんめっちゃ不満気な顔してるじゃんか。

 てか俺を探してたとは何用だ?

 

「久しぶり一夏。もう四月の半ば過ぎだから、7週間ぶり?」

「久しぶりじゃないですよ! 今までどこ行ってたんですか!? 道場にも来ないし、家にもいないし、箒だって会いたがってましたよ!?」

「家庭の事情だから深く聞くな。それと、道場は辞めたから」

「……はぁぁぁぁ!?」

 

 一夏がアホみたいに口を大きく開ける。

 俺の事などほっといて、隣のロリの相手をしてやれよ。

 

「え? なんでですか?」

「一夏、俺はな、千冬さんと柳韻先生以外に剣を習うつもりはないんだよ」

「……神一郎さん、それなりに長い付き合いの俺を、そんな嘘で騙せるとでも?」

 

 うわ、超ジト目だ。

 一夏も可愛げがなくなってきたな。

 

「別に俺の勝手だろ? 気にするな」

「それはまぁ……そうですけど……」

 

 今度はシュンとしてしまった。

 めんどくさっ!

 

「所で一夏、わざわざ俺を探してたのか?」

「たまたま廊下の窓から神一郎さんが見えたので、追いかけてきました」

「用があるなら教室に来れば良かったのに」

「六年生のクラスはちょっと……」

 

 さすがの一夏も他の学年の教室は行きづらいか。

 しかし、俺の隣を歩いていた鈴ちゃんは目に映らなかったのかな?

 さっきから彼女の視線がまるで恋敵を見る様なんだが?

 

「一夏、もう話しは終わり? だったらどいてて欲しいんだけど?」

「そう言えばなんで鈴がいるんだ? 神一郎さんと知り合いだったっけ?」

 

 鈴ちゃんが俺と一夏に間に入り、話を終わらせようとすると、一夏が少しムスっとした感じで眉を寄せる。

 あれ? なにこの空気?

 

「別に一夏には関係ないでしょ? わたしが先に話してたんだから邪魔しないでよ」

「邪魔してるつもりはないけど……。鈴、まさか神一郎さん相手にいつもの調子で話してないよな? 頼むから神一郎さんを怒らすような真似するなよ?」

「なによ!? わたしの礼儀がなってないって言うの!?」

 

 やめて! ワタシのために争わないで!

   

 よし! 一度はネタで言ってみたかったセリフ言えたぞ。

 鈴ちゃんから見れば、一夏が自分より俺を気にしてる様で気に入らない。

 一夏は、音沙汰なかった友人に久しぶりに会ったら、何故か縁のなかったはずの別の友達と仲良さそうで、ちょっとジェラシーって感じかな。

 

「確認しとくけど、一夏とリンインは友達?」

「鈴はクラスメイトで友達です」

「中国人の友達がいるとは聞いたことなかったな。いつから仲良いんだ?」

「えっと、鈴は二週間前に引越してきたばかりで」

「ほう。二週間で落とすとはさすがだな」

「ちょっ!?」

「落とす? いえ、落としたりはしてないですけど」

「い、一夏! あんた適当なこと言ってるんじゃないわよ!」

 

 二人の仲などまるで知らないかのようにすっとぼけみる。

 わたわたする鈴ちゃんが可愛い。

 

「神一郎さん。鈴は口が悪いけど、良い奴なんで仲良くしてあげてください」

「ちょっと一夏! なに言ってんのよ!」

「だって鈴、俺以外に友達いないじゃん」

「余計なお世話よ! 別に日本人なんて……」

 

 ん?

 

 二人のじゃれあいを眺めていると、ふと違和感を覚えた。

 “日本人なんて”って結構危険なワードじゃないか?

 

「一夏、リンインはクラスに馴染めてないのか?」

「まぁ、その……はい。鈴は気が強いっていうか、裏表がないっていうか、ちょっと口が悪くてトラブルになりやすいんですよ」

「余計な事を言うな!」

「いたっ!? ちょっと鈴、痛いって」

 

 一夏のことをポカポカ殴る鈴ちゃん萌え。

 だがしかし、ちょっとばかし気が強いだけで友達が出来ないってのは心配だな。

 ここは少し余計なお世話させてもらおうか。

 

「リンイン、ちょっとおいで」

「へ? あ、ちょっと――」

 

 鈴ちゃんの手を掴み、無理矢理引っ張る。

 ここは強気に行きます。

 

「一夏、お前は少しそこで待ってろ」

「りょ、了解です」

 

 有無をいわざず一夏を黙らせ、ざっと10メートル以上離れてから鈴ちゃんの腕を離す。

 

「なんのつもり? わたしは別にお喋りしたい訳じゃないんだけど」

 

 とか言いつつ、鈴ちゃんの腰は引けている。

 これが束さんなら容赦なく追い打ちするんだが、さすがに今は見て見ぬふりをしてあげよう。

 

「一夏に聞かれたくない内緒話があってな」

「なによ」

「リンインって、もしかして日本人嫌い?」

「……なんでそう思うの?」

 

 肯定はしない。

 けど否定もなし。

 ちょっと迂回してみようか。

 

「リンインは日本語上手だよね」

「それがなに?」

「日本に来る前に沢山勉強したのかなって」

「わたし、舐められたりするの嫌いなのよ。日本語が出来なきゃ言い負かすこともできないでしょ?」

 

 負けず嫌いもここまでくると凄いな。

 

 相手の言葉が分からなければ負かすこともできない。

 だから言葉を覚えた。

 

 そのヤル気は素直に尊敬する。

 本当に小学生か? 

 

「言葉だけじゃなくて、読み書きも得意?」

「中国語と日本語の漢字の作りは似てるから、それなりに出来るわ」

 

 そっか、そっかそっか……。

 

「もしかしてさ、日本に来てからネットで自国のこと調べたりした?」

「…………」

 

 アウトォォォォ!!

 沈黙が痛い!

 悔しそうに地面を睨む鈴ちゃんを見るのが辛い!

 

「クラスで馴染めないのもそのせいだったり?」

「……別に、面と向かって中国人だからってわたしを馬鹿にしてくる奴は居なかったわよ。でも、内心じゃどう思ってるかなんて分からないじゃない」

 

 なんというか、今は時期が悪い。

 今現在、中国が反日で盛り上がり始め、日本では反中感情が高まり始め、インターネットが一般家庭に普及し始めてるのだ。

 そりゃあね、中国人の女の子が日本で中国の事を調べたら、軽く人間不信になっちゃうのもしょうがないよね。

 鈴ちゃんはまだ小学生だ。

 未来の若者みたいに、ネットの情報なんて話半分と割り切れず、書かれていた事を気にしちゃってるんだろうな。

 

「リンインも理解してると思うけど、日本人の全員がネットに書いてある様なことを思ってる訳じゃないからね?」

「それは分かってるわよ……でもしょうがないじゃない。表面上は笑顔でも、裏ではって考えちゃうんだもん」

 

 なるほど、だからクラスメイトに対してアタリがきつくなるのか。

 つまり、ネットの闇を見てしまった鈴ちゃんは軽い日本人不信。

 笑顔の裏で、実は中国人を馬鹿にしてるんじゃないかと疑ってしまっているんだな。

 

 あれー? ここISの世界だよね? なんでこんなに重い設定があんの?

 こういったのは学校の先生の領分だろうに。

 働け公務員。

 

「でもさ、その割には随分と一夏に懐いてるよね?」

「懐いてないわよ!」

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

「なによ! なんか証拠でもあるの!?」

「素直に言ったら一夏の寝顔写真をあげよう」

「……………好き……です」

 

 数秒の葛藤後、鈴ちゃんは素直に自分の気持ちを口にした。

 よろしい、ならば寝顔写真だ。

 

「最近のと昔の、どっちがいい?」

「……最近ので」

「あいよ」

 

 ランドセルに手を突っ込み、拡張領域から去年のクリスマスに撮った写真を取り出して鈴ちゃんに渡す。

 

「ふへへ」

 

 めっちゃニヤけてる。

 この笑顔を引き出せるとは、さすがは一夏だぜ。

 

「……はっ!?」

 

 ニヤニヤする鈴ちゃんをニマニマと眺めていたら、俺の視線に気付いた鈴ちゃんが慌てて写真を懐にしまった。

 

「それにしても、よくわたしの気持ち分かったわね」

「一夏が好きなこと? それは見てれば――」

「そっちじゃなくて日本人不信のことよ!」

「不信っていう割には俺に話しかけてきたよね?」

「それは……一夏がよくアンタのこと話してたから、一夏が信用してる人なら大丈夫かなって……」

 

 一夏の中では俺の評価って意外と高いんだな。

 そして鈴ちゃんの一夏への信頼が眩しい。

 日本人不信なのに、一夏の知り合いだからって俺に……あ、違うか。

 この子、一夏の写真欲しさに俺に近づいて来たんだった。

 凄いのは一夏への愛だ。 

 

「言っとくけど、もし一夏に言ったら分かってるわね?」

 

 俺は今脅されてるのだろうか?

 そんな弱気な顔で言われても萌えるだけなんだが……。

 

「日本人が嫌いな訳じゃないよね?」

「わたし自身がなにかされたとかならともかく、無闇に嫌う程心が狭いつもりはないわよ」

 

 元々はカラッとした明るい性格。

 強気な性格も相まって、日本人に対して猜疑心から多少強く当たってしまうが、慣れてくれれば日本人だろうと仲良くなれる子。

 うん、良い子だ。

 これは、妹にするしかないよね?

 

「リンイン、俺と取引しない?」

「取引?」

「そう。まぁまずはこのアルバムを見たまえ」

 

 ランドセルに手を入れて拡張領域からブツを取り出す。

 俺の手に握られたのは一夏の写真集――その名も【ひと夏の思い出】だ。

 

「こ、これは!?」

 

 鈴ちゃんが食い入る様に写真を見つめる。

 

 剣道中の真面目一夏。

 お風呂上がりのお色気一夏。

 ハロウィンでコスプレしたレア一夏。

 などなど――

 

 一夏好きには堪らないだろう。

 

「これくれるの!?」

 

 予想以上の食いつきだった。

 日本人不信はどこえやら、鈴ちゃんが俺に詰め寄る。

 

「まぁ落ち着け。まだこれはあげれない」

「まだ?」

「だってリンインと俺は友達でもなんでもないじゃん。俺の思い出が詰まった写真をあげる理由がない」

「ぐっ……確かに」

 

 嬉しそうな顔から一転、悔しそうな顔になる。

 口調は荒いが、無理を通そうとしないあたり、やっぱり根は真面目なんだろう。

 

「そこで商談だ。これから先、リンインが俺のこと『シン兄』って呼んでくれるならそれを譲ろう」

「シンニイ? えっと……日本語だと……『シンイチロウ兄さん』を略した呼び方?」

「そうそう」

「馬鹿じゃないの?」

 

 鈴ちゃんが蔑んだ目で俺を見てくる。

 小学生にそんな顔されると、ちょっと興奮。

 

「リンイン、これは取引だ。別に俺の事を好きになる必要はない。だけど俺を兄と呼んでくれるなら、その写真集だけじゃなくて、一夏グッズなども定期的に進呈しよう。俺は妹を甘やかすタイプだからな!」

「……少し考えさせて」

 

 そう言って鈴ちゃんはアゴに手を当てた。

 可愛いなぁ。

 これは逃す訳にはいかない。

 ぶっちゃけ、箒の一件で俺は自分の趣向をはっきりと自覚した。

 年下の女の子超可愛い。

 お兄ちゃんって超呼ばれたい。

 といってもそこに性欲はない。

 あるのはあくまで萌えだ。 

 

「一夏の入浴中の写真もあるアルヨ」

「これからよろしくシン兄!」

 

 俺と鈴ちゃんはがっしりと握手した。

 これぞ現代の桃源の誓い。

 

 ツンデレツインテロリが義妹になった!!

 

 そうだよな……せっかく転生したんだし、ヒロイン達に兄と呼ばれるのも良いかも……。

 他のヒロイン達も一夏大好きな子ばかり。

 ならリン同様一夏の写真で釣れそうだし……有りだな!

 目指せ義妹ハーレム(全年齢)

 

「リンイン……いや、これからはリンと呼んで良いかな?」

「水臭いわよシン兄」

 

 いや―、兄妹っていいネ!

 

「ところでシン兄。これからわたしと一夏の応援してくれるってことで良いのよね?」

「応援はしません」

「役に立たない兄はいらないんだけど?」

 

 鈴ちゃん……いやリンよ。

 兄の足を踏むとは何事だ。

 

「一夏と仲が良いアンタと仲良くなれば、他の女の子よりリードできると思ったのに!」

 

 そんな思惑もあったのか。

 なるほど、その打算的な面も評価しよう。

 受身ではなく、好きな男をゲットする為に容赦しない姿勢はむしろ好ましい。

 

「ねえシン兄。一夏の写真なんかはくれるのよね?」

「それはもちろん」

「なのにわたしと一夏の仲は取り持てないの?」

「俺はただ一夏グッズを渡すだけだ。後はまぁ、相談にはのったりはするけど、それ以上はしない。一夏が欲しいなら自力で頑張って」

「うぐぐっ」

 

 そんな通販で騙された人みたいな顔されてもな……。

 リンには申し訳ないが、箒の手前応援はできない。

 そして箒には悪いが、リンの邪魔をするつもりもない。

 俺はただ、一夏に不器用にアピールするリンを眺めたり、一夏グッズで笑顔になるリンを愛でたいだけだ。

 

「で、どうする? 兄弟の縁切る?」

「……いいえ、手伝わないと言っても、今のわたしにはシン兄はありがたい存在だわ」

「そう言ってくれるのは嬉しいね。さっき言った通り、仲を取り持つ気はないけど相談とかなら乗るから」

 

 納得してる風だけどリンのほっぺは膨らんでいた。

 俺とリンが出会ったばかり、心の距離を近づかせる為にも最初が肝心だ。

 良いだろう……俺の手腕でリンに最高のプレゼントを贈ってやる。

 “シン兄ありがとう”と喜ぶ姿が今から楽しみだぜ!

 

「リン、ちょいと耳かして。少し一夏で遊ぼうぜ」

「一夏で? ふーん、なにか面白そうじゃない」

 

 俺が誘うとリンがニヤリと笑った。

 話しが早いじゃないか。

 この辺は気が合うな。

 

「ちょっとだけ嫌な思いをするかもだけど、そこは我慢してね?」

「わたしに何させる気よ」

「あのね――――って俺が言うから、リンは黙って地面を見てて。下手な演技はなしで」

「はぁ!? なんでそんこと!」

「格好良い一夏を見たくない? 一夏ならきっと否定するから」

「それは……見たいけど……。でも、もし一夏が……」

「大丈夫、アイツ馬鹿だからきっと俺の思惑道りに動く。それにさ、このままじゃ良くないってリンも理解してるでしょ?」

「だけど、そんなことする必要……」

「難しく考えるな。これは……そう、格好良い一夏を見たいか見たくないか、ただそれだけの話しだ」

「――シン兄を信じてみる」

 

 リンが不安げな顔をしながらも頷く。

 少しばかり気の毒だが、一夏が頑張ればリンの日本人不信も少しは改善されるだろう。

 一夏には是非とも頑張って欲しい。

 

 まず必要なのはボイスレコーダーだ。

 ケータイを開いてボイスレコーダ機能を――ってまじかー。

 メールの着信78件。

 いい加減鬱陶しいぞ。

 取り敢えず全消去っと。

 

「さて、行こうか」

「……よし! グダグダ言ってても始まらない! 頼んだわよシン兄!」

 

 リンが自分の頬を叩き喝を入れる。

 IS世界の女の子は男らしい子が多いな。

 これは絶対にミスれないぞ一夏。

 

 

 

 

 

「お待たせ一夏」

 

 暇そうに佇んでいる一夏の元へリンと一緒に戻る。

 もし一夏が俺の想像通りに動かなかったら――なんて心配はしてない。

 ここで俺の言葉を鵜呑みにするような馬鹿ではないと信じてるからだ。

 てかあれだ、万が一にでもリンを悲しませたら、千冬さんと一緒に根性叩き直してやる。

 

「待ちました。何話してたんです?」

「う~ん……これからの付き合い方について?」

「なんですそれ?」

 

 放置されて少しばかりご立腹な一夏。

 ここからが本番だ。

 一夏、ハーレム主の実力を見せてくれ。

 

「一夏、リンインと付き合うのは辞めろ」

「……へ? あの、それはどういう……」

「中国人なんてロクでもない奴と付き合うなと言っているんだ」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 俺にとって、神一郎さんは憧れだった。

 一つしか違わないのに大人っほく、それでいて頼もしい。

 千冬姉から対等に扱われているのも羨ましいと思っていた。

 俺はそんな神一郎さんが好きだった。

 でも、俺は今初めて神一郎さんに怒りを感じている。

 

「取り消してください」

 

 自分でも驚く程声が硬い。

 神一郎さんの後ろでうつむいている鈴を見て、思わず拳を握る。

 

「なんだ一夏。何を取り消せって?」

「鈴は鈴です。中国人がどうとか、そんなの関係ないと思います」

「一夏は知らないからそう言えるんだよ。たまにはネットニュースとは見るべきだな。中国人ってのは、自分達が戦勝国だと言って日本を見下してみたり、かと言えば日本で密猟や売春などの犯罪行為を繰り返す奴等だぞ? 関わらない方が良いって絶対」

「別に鈴が悪い事した訳じゃないです! おかしいですよ神一郎さん! なんでそんな事を……ッ!」

「なら本人に聞いて見れば? なぁ凰鈴音。何か反論あるか?」

「わたしは……」

「鈴?」

 

 神一郎さんが背後を振り返り、鈴に意見を求める。

 でも鈴は顔を上げることはしなかった。

 なんで……なんで神一郎さんはそんこと……。

 

 

「一夏、これはお前の為だ。今はまだ良いけど、これから先、リンインが中国人だからとイジメる奴が出てくるだろう。お前、そんな時どうするつもりだ? 喧嘩なんかしたら千冬さんに迷惑かかぞ?」

「それは……」

 

 千冬姉は今や社会人。

 朝から晩まで働いている。

 そんな時に俺が喧嘩して、先生に呼び出されたらと思うと、確かに神一郎さんの言う通りだと思う。

 でも……。

 

 ギリッ

 

 鈴の強く握られた手。

 それを見た瞬間、覚悟は決まった。

 

「神一郎さんの言い分は間違ってます」

「へー? どこが?」

 

 普段とは違うヘラヘラとした笑顔。

 俺が知らない神一郎さんがそこに居た。

 

「ここで鈴と友達を辞めたら、それこそ千冬姉に殴られる! だから俺は鈴を見捨てません!」

 

 千冬姉なら、俺が保身の為に友達を辞めたと聞いたら怒るに違いない!

 

「……言ってることは立派だが、姉に言われなければ守れない程度の気持ちで大丈夫か?」

「ッ!?」

 

 神一郎さんの指摘で頬が染まる。

 そうだ……そうだよな。 

 鈴は俺の友達だ。

 千冬姉は今は関係ない。

 

「すみません。言い直します」

「一夏?」

 

 神一郎さんに頭を下げる。

 顔を上げると、心配そうに俺を見つめる鈴の顔が見えた。

 俺が鈴を不安にさせてるんだよな。

 なんて情けない……。

 ごめんな、鈴。

 

「どうした一夏。俺の言ってること理解したのか?」

「いえ、違います」

 

 神一郎さんの目を真っ直ぐ見つめる。

 ここで目を逸らしたら負けだ。

 

「神一郎さん」

「ん?」

「――――鈴は俺が守る!!」

 

 だって、鈴は“俺の友達”なんだから!

 

 

 

 

 

 

 

「――――リン」

 

 リン?

 

「――――シン兄」

 

 シン兄?

 

 

 鈴と神一郎さんが聞きなれない呼び方をしながら向かい合い、

 

 スパンッ!!

 

 ハイタッチを交わした。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「シン兄! 分かってるわよね!?」

「落ち着けリン。音声データが欲しければメアドを教えるんだ」

「了解!」

 

 飛びかからんばかりの勢いのリンの頭を手で抑え、リンと赤外線でメアドを交換する。

 いやはや、上手くいって良かった。

 俺の株を上げつつ、リンを喜ばせ、更にリンの問題点――日本人に対する猜疑心を薄めてあげる。

 思ったよりなんとかなったな。

 原作では少しばかり問題があった一夏の正義感だが、こういった時は反応が読みやすくて助かる。

 

「あの、神一郎さん?」

「なんだ?」

「なんか鈴と仲良く見えるのですが?」

「友達になったしな」

「へー?」

 

 一夏の顔からさっきまでの凛々しい表情が消えた。

 

「なぁ鈴」

「なによ?」

「なんで神一郎さんのことを“シン兄”って呼んでんの?」

「わたしのアニキ分だからよ」

「ほー?」

 

 リンの答えを聞いて、一夏の頬がヒクヒクと引き攣る。

 どうやら自分がハメられたと気付いた様だ。

 

「……説明してくれますよね? 神一郎さ……」

『鈴は俺が守る!!』

「鈴、説明を……」

『鈴は俺が守る!!』

「神一郎さん」

『鈴は俺が守る!!』

「鈴」

『鈴は俺が守る!!』

「…………(イラっ)」

 

 あ、リンと交互に録音した声を再生させたら、一夏が珍しくイライラし始めた。

 この辺が引き際か。

 

「ま、冗談はさておき」

「冗談で済ませる気ですか?」

「なによ一夏。ちょっとしたお茶目じゃない」

「鈴、冗談にしては笑えないんだけど」

 

 一夏の素敵な宣言を聞けたリンはすこぶる上機嫌だ。

 だが逆に一夏はおこである。

 さて、俺としてもこれ以上この話題を広げたくないし、この辺で――

 

「神一郎さん、日本人とか中国人とか、そんなに大事ですか?」

 

 一夏が話題の変更を許してくれない。

 さすがは鈍感系主人公だな!

 

「俺だってニュースくらい見ます。さっきの神一郎さんの言葉が全部嘘じゃないってことくらいわかります。だけど、仮に日本で犯罪を犯した中国の人が居たとしても、それは鈴とは無関係だと思うんです」

 

 やめて!

 そんな深刻そうな顔しないで!

 

「一夏……」

 

 リンも一夏にノっちゃダメ!

 日本だ中国だなんて話題は小学生がするべきではない!

 

「一夏」

「はい」

「お前も色々と思うことがあるだろう。でもな、その辺の話題は凄く説明が大変なんだ」

 

 いや本当に大変。

 俺の薄い知識で気軽に語って良いことではない。

 だから――

 

「だからさ、日本と中国に関する事で一夏が疑問に思うことは、先生か千冬さんに聞きなさい」

 

 子供の疑問に答えるのは先生の仕事だし、弟の人格成長の手伝いをするのは姉の義務だ。

 丸投げしてもいいよね?

  

「神一郎さんがそう言うなら」

 

 よしっ! めんどくさい話題回避成功!

 明るい話題しよーぜ!

 せっかくリンがいるんだし、色々と聞きたいな。

 あ、夕方のチャイムが聞こえた。

 もうこんな時間か。

 

「そろそろ帰ろうか。一夏、家に寄ってけよ。渡したいものがある」

「はい!」

「ちょっと待ちなさいよ! シン兄、わたしも行くからね!」

 

 俺が歩き出すと、一夏が元気よく俺に続く。

 その後ろを、リンが慌てて追いかけてくる。

  

「神一郎さん、渡したいものってなんですか?」

「漬物壺。ちょっと買いすぎちゃってね」

「漬物!?」

 

 嬉しそうな顔だ。

 一夏は漬物大好きだもんな。

 中国土産で買って来た甲斐があったよ。

 

「それとリン。家のパソコンに一夏の写真が沢山あるから、からかうネタには困らないぞ」

「それはいいわね!」

「趣味悪いぞ鈴」

 

 三人で笑いながら校門を通る。

 ISの世界はまだ平和です。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 メールは全部シカトされた。

 たまに遊ぼうって言ったのに、もう三週間も姿を見せない。

 

『リンの家って中華屋さんなんだ? 俺、中華大好きなんだよ。今日の晩飯はリンの店で食べようかな』

『千冬姉、今日は遅いんだよな……。神一郎さん俺も一緒に行っていいですか?』

『シン兄! 絶対来なさい! 一夏も!』

 

 とうの本人は、いっくんとメス猫を引き連れ楽しそうにしている。

 

 自分の周囲を見回す。

 

 

 

 

 

 圧倒的静けさだ。

 スパイカメラに目を向ける。

 

『それにしても、なんで鈴は神一郎さんのことを兄呼びしてるんです?』

『それは内緒。な、リン』

『そうね。これはわたしとシン兄だけの秘密よ』

『なんだよ二人して……。あの、神一郎さん、俺も“シン兄”って呼んでも……』

『すまん一夏。俺、弟に興味ないんだ』

 

 楽しそうだな~。

 凄く楽しそうだな~。

 私もいっくんとお喋りして中華食べたいなぁ~。 

 

 

 

 

 

 

 絶対に許さん!!

 

 




鈴ちゃんの出番早かったかな? と思うが、主人公の春休みなんて読者様も興味ないだろうと思いカットしました。

やっぱり束さんが居た方が書きやすいや。


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天災からは逃げられない

 

「おおう……」

 

 攻略サイトを見ようとケータイの電源を入れたのが失敗だった。 

 

 メール着信114件

 

 メールBOXには未読のメールが大量に溜まっていた。

 送り主の名前は文字化けして読めない。

 一見チェーンメールにも見えるが、これは全て束さんからのメールだ。

 内容は――

 

【今暇?】 

【お酒を飲みながら干物を囓る小学生とかないと思う】

【その命中率98%は避けられるよ? めんどくさがらず“必中”使いなよ】

【研究所爆破なう(添付画像付き)】

 

 絶対監視カメラ仕掛けてあるだろ!?

 

 天井、壁、テレビ台――

 周囲を見渡すが、カメラレンズらしきものは見えない。

 

 ブブッ

 

 新たに着信。

 

【トイレと寝室とお風呂にはないから安心してね。友達とはいえプライバシーは大事だよね♪】

 

 ――そうだね。

 気を使ってくれてありがとうございます。

 プライバシーは大事、とても。

 中学生になったら、ノートパソコン片手にトイレに入り浸りそうだ。

 俺はまたケータイの電源を切った。

 

 さて、なぜこうも束さんがうざっ……もとい、かまってアピールをしてるのかと言うと――テンションが上がっているのだ。

 

 今の束さんは一人暮らしを始めたばかりの大学生そのもの。

 だるい大人達から解放され、思う存分好きなことに没頭でき、姉妹仲も良好。

 そりゃ大はしゃぎして友達にメールを送りたくもなるってもんだ。

 俺だってその気持ちが理解できる。

 だから最初は相手をしてあげた。

 しかしだ、毎日100件以上のメールに律儀に返すのは俺には無理だった。

 束さんがヤンデレならまだ分かる。

 彼女なら喜んで相手してあげるさ。

 だが、残念ながら束さんは彼女ではなく友達だ。

 俺が次の日にはメールをシカトするようになったのはしょうがないと思うんだ。

 それに、束さんおそらく片手間でメールを送ってきてるはずだ。 

 どうせ俺の私生活など作業用BGM代わりに違いない。

 そして、束さんは一日三十時間生きている女(本人談)

 律儀に付き合ってては俺の身が持たない。

 

「ん?」

 

 なんてことを考えていると、ふと後ろに気配を感じた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「準備完了っと」

 

 実戦テスト相手を見繕い、私は正面の映像に視線を向ける。

 国の連中がしー君の部屋を調べた後、私はまた隠しカメラを仕掛けた。

 居間の天井中心に仕掛けたカメラには、のんびりとゲームをするしー君が映っている。

 

 しー君の日常はとても平和なものだ。

 平日が学校に行き、夜はゲーム三昧。

 金曜日の夜から流々武で飛び立ち、土、日は海外で過ごす。

 ちなみにしー君の行き先は、中国、韓国、台湾、ロシアなど、日本に近い国ばかりだ。

 世界中を飛び回るかと思っていたが、焦らずゆっくり楽しむ所存のようだ。

 先週末、ロシアの人里離れた山奥でテントを貼り、アニソンを口ずさみながら焚き火でお肉を焼くしー君はとても楽しそうだった。

 しー君の夢を満喫中なのは理解している。

 だけど、なんで私を誘ってくれないのだろう?

 焼肉するのに一人である必要ないよね?

 

【今どこに居るの? 一緒にご飯食べない?】くらいのメールをしてくれても良いと思う。

 

 こっちから連絡してもシカトするし……なんというか、蔑ろにされている様で非常に遺憾である。

 

 しー君がケータイを開いた。

 そしてため息を吐きながらケータイを閉じた。

 ――わたしへの返信はない。

 

「良い度胸じゃないか」

 

 別に寂しいとかそんなんじゃない。

 そう……これはしー君へのお仕置きだ。

 遊びに来るって言ってたのに……。

 しー君の為に潜水艦の外装をしー君好みにしてあげたのに……。

 私をシカトするとどうなるか思い知らしめる必要があるよね?

 

「ってな訳で、発進せよ! 機械ゴキブリ“ゴキジェットG”!!」

 

 機械ゴキブリ――本来は、直接手を下さずに敵を無効化する為に作ったものだ。

 本物と同じ外見のこの機体は、高い耐水耐熱機能を有している。

 狭い隙間やパイプ内、それらを本物のゴキブリが如く通り敵地の中枢に侵入する。

 そしてお腹に付けた卵鞘――を模したカプセルに詰まっている、病原菌や毒ガスなどを撒き散らす恐怖のゴキブリなのだ。

 我ながら恐ろしい物を作ってしまったぜ。

 

 待機状態だったゴキジェットGが起動する。

 カメラアイに映るのは髪の毛やホコリだ。

 やはりゴキブリと言ったら冷蔵庫の下が住処だよね。

 

 カサカサとゴキジェットGが動き出す。

 もちろん擬音です。

 ステルス性は完璧ですとも。

 

 台所から移動を開始、居間に移動する。

 ゴキジェットGの視界にソファーに座るしー君を捉えた。

 しー君にバレないうちに背後に回り込む。

 

 おっと、行動を起こす前に流々武の機能を一時的に封印しておかないとね。

 万が一だけど、防がれるかもしれないし。

 流々武の機能封印完了――さぁ、ショータイムの始まりだ!

 

「飛べ! ゴキジェットG!」

 

 羽を広げ、ゴキジョットGの体が浮かぶ。

 そして、しー君を見下ろす程の高さに到達した。

 

『ん?』

 

 しー君が振り返り、口を開けてゴキジェットGを見つめている。

 ここで卵型カプセルを投下!

 このカプセルは中に仕切りがあり、二種類の薬品が入っている。

 睡眠薬と筋弛緩剤だ。

 空中でカプセルが割れ、薬品を散布する。

 

『ふぉぉぉおぉぉ!?』

 

 叫び声をあげるしー君が滑稽だぜ。

 

『――はへ?』

 

 しー君の体がビクリと震え、動きが止まった。

 ちゃんと薬を吸い込んだようだ。

 あ、そっちに倒れたら……。

 

『うごっ!?』

 

 しー君が後ろに倒れこみ、頭をテーブルにぶつけた。

 これは痛そうだ。

 

『うぅ……が……』

 

 おや? しー君の様子が……。

 

 

 ピクピクピクピクピクピクピク

 

 

 倒れたのままのしー君が手足を痙攣させている。

 普通なら、頭を押さえて転がりまわりたい痛さだろう。

 しかし、私が使った筋弛緩剤は持続性はないが即効性がある。

 だからこそ――

 

 

 ピクピクピクピクピクピクピク

 

  

 しー君が死にかけの虫の様に有様に……。

 まるで道端に落ちてるセミだね。

 さすがの天災も同情を禁じえない!

 

 

 ピク……ピクピク……

 

 

 しー君の動きが徐々に弱まってきた。

 これ、死にそうだからじゃないよね?

 

 

 ピク………ピ……――――

 

 

 しー君の動きが完璧に止まった。

 死んだんじゃないよね? 眠ったんだよね?

 

「流々武起動!」

 

 流々武の頭部だけをしー君の頭に装着し、容態を確かめる。

 ――内出血は確認できるが、今のところ命に別状はない……はず。

 うーん……人間って意外と脆い生き物だよね?

 脳内出血で死ぬ可能も……。

 

「流々武! しー君連れて来て! なるはやで!!」

 

 流々武を全身に纏わせ、ここまでの飛行ルートをインプット!

 発信機を誤魔化して、私はしー君を窓から飛び立たせたのだった。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「うっ……」

 

 目を開けると知らない天井だった。

 ならば言わなければならない。

 

「知らない天井だ」

「いやいや、知ってるはずだよしー君」

 

 天井は知らないが、声の持ち主は知ってる。

 目を開けたら近くに天災――このパターン多い気がする。

 

「こんばんは束さん」

「おはようしー君。具合はどう?」

「具合って……いっ!?」

 

 なぜそんな心配そうな顔を?

 そんな事を考えながら身を起こそうとすると、頭に痛みが走った。

 思わず手で痛んだ箇所を押さえると、そこにはたんこぶがあった。

 

「え? たんこぶ? なんで?」

 

 ぷっくらと膨らんだ後頭部。

 たんこぶがズキズキと痛んで存在を主張している。

 

「しー君覚えてないの?」

「覚え? えっと……」

 

 確か俺は――ゲームをしていて、それで……あぁそうだ、後ろから羽音らしきものが聞こえて、それで振り返ったら……。

 

「思い出した?」

「……思い出しました」

 

 Gが空、飛んでたんだよね――

 それで……そうだ、体が倒れる感覚は覚えている。

 床かテーブルにでも頭ぶつけたのかな?

 やけに頭が痛かった様な記憶がある

 

「最後にGを見たのは覚えてるんですけど、俺ってなんで気絶したんでしょう?」

「え?」

「なんでそこで束さんが驚くの?」

「ふむ、なるほど――」

 

 なにがなるほどなのか……。

 

「あのねしー君。しー君はGにビックリしてひっくり返りかえって、テーブルに頭をぶつけちゃったんだよ!」

 

 なんでそんなに嬉しそうなの?

 あれか、俺の滑稽な姿をリアルタイムで見てご満悦なのかちくしょう。

  

「動かなくて心配だったから此処に運んだんだよ? 感謝すると良い!」」

 

 束さんがえへんと胸を張る。

 頭のケガは怖いものだ。

 確かにその点は感謝していいかもしれない。

 

「ありがとうございます」

「むふふー」

 

 素直にお礼を言うと、束んさんが嬉しそうに笑う。

 なぜだろう……笑顔なんだけど、見てると何故か不安になる。

 寝てる間になにかされた? いや、体調の変化や着衣の乱れは感じない。

 気のせいか……。

 

「そう言えば、此処って――」

「ん? 私の移動要塞【吾輩は猫である(名前はデ・ダナン)】に決まってるじゃん」

 

 いつから移動要塞になったのかってツッコミは置いておいて、周囲を見渡す。

 俺と束さんが居るのはだだっ広い空間。

 家具も家電も無いが、ここは確かにデ・ダナンの中に作られた居間だ。

 

 そうそう、この潜水艦、名前が決まりました。

 俺の前世の知識で、束さんが【吾輩は猫である(名前はまだ無い)】という名のラボを使用してることは知っていたので、そこに俺の趣味を混ぜてもらったのだ。

 束さんも意外と軽くOKしてくれたので、あっさりと決まった。

 だって……ねぇ? ダナンをダナン以外の呼び方するのはオタクとしてイマイチだったし、ちょっと名前変えた程度じゃ原作に大きな影響ないだろうし、これくらいの我が儘なら許されるよね?

 

 愛称はデ・ダナンかダナン、もしくはトイ・ボックス。TDD―1も可。

 そこは譲れない。

 

「はい氷枕。冷やして横になった方がいいよ」

「どもです」

 

 束さんから長方形の氷の塊を受け取る。

 本当の意味での氷枕だ。

 氷の塊にタオルが巻いてあるのが救いかな。

 これを氷枕と言いたくないが、用意してくれただけありがたい。

 余計な事を言わずに素直に横になろう。

 

「冷た――ッ」

 

 頭を氷に乗せて体を横にする。

 ――意外と冷たくて気持ち良いのがなんか悔しいな。

 

「ところで、何用です?」

 

 俺の視線の先には天井ではなく束さんの顔。

 いつの間にか俺の頭の方に座り込んだ束さんが、何故か俺の顔を覗き込んでいる。

 

「いや~それにしても久しぶりだねしー君」

「え? 三週間ぶり程でしょ? そんな久しぶりって感じじゃ――」

「久しぶりだねしー君」

「いやだから、そんなに久しぶりじゃ――」

「久しぶりだって言ってんだよ」

「言葉使いが怖い!?」

 

 え? 束さん怒ってるの? なんで?

 

「しー君、随分とまぁ楽しそうな日々を送ってるね」

「そりゃまぁ」

 

 ジト目の束さんに睨まれながらも、俺はそう答えた。

 平日は小学校でのんびりと過ごし、週末は気ままに海外旅行。

 楽しくない訳がない。

 

「でさ、あのメス猫はなにかな?」

「メス猫? 猫なんて飼ってませんよ?」

「あの! 中国人は! なんだって聞いてるんだよ!」

 

 あーなるほど。

 一夏とリンが仲良くしてるのが気に食わないのか。

 って痛い! 冷たい!

 頭を押さえつけるのヤメロ!

 

「答えてくれるよね?」

「答えるから手をどかしてください!」

「ほい」

 

 手が退けられたので、腹筋に力を入れて後頭部を氷から離す。

 まさか氷枕が俺への優しさからではなく、拷問器具だったとは!

 

「ほら答えなさい」

 

 束さんが人差し指を俺の額に押し当てる。

 氷に後頭部が当たらないようにすると、額に爪が刺さる仕様ですね分かります。

 ……俺、そんなに悪い事したか?

 

「束さんはさ、一夏とリンが仲良くしてるのが気に入らないの?」

「気に入らないね」

 

 ほんと、自分が好きなものに対する独占欲が強い子だよな。

 

「――――束さん」

「ん?」

「いくら一夏が大好きだからって小学生相手に嫉妬するなよみっともない。自分の年齢考えろ」

「てい」

「冷た痛い――ッ!?」

 

 顔面を手の平で押され、後頭部が硬い氷にグリグリと押し付けられる。

 ケガ人に対する優しさが足りん!

 

「今のは俺が悪かった! 真面目に答えるから!」

「素直でよろしい」

 

 顔に掛かる圧力が消え自由になる。

 俺はすかさず頭を上げて氷枕から後頭部を離した。

 頑張れ俺の腹筋!

 って冗談はともかく、これはまずい。

 下手したらリンが束さんにちょっかい出される可能性がある。

 どうにか誤魔化さないと。

 

「さあしー君。なんであのメス猫がいっ君に近づくのを許してるのか語ってもらおうか。箒ちゃんの気持ちを知っているのにも関わらず、あのメス猫を応援すると言うなら、残念だけどそれなりの対応をしなければならない」

 

 あかん、目がマジだ。

 このままではリンだけじゃなくて俺もピンチ。

 だが、俺だってこの程度は想定済み。

 言い訳は完璧ですとも!

 立ち上がり束さんの正面に座る。

 

「あのね束さん。リンは……一夏の虫除け担当なんだよ!」

 

 酷いことを言っている自覚は、ある。

 

「虫除け? 適当なこと言って煙に巻こうとしてない?」

 

 束さんが疑うのも仕方のないこと。

 だが俺は未来を知る人間。

 原作知識にちょっとスパイスを効かせれば、束さんを説き伏せるなど簡単なこと!

 

「束さん、今から俺が言う事をしっかりと聞いてください。なんなら嘘発見器を使ってもいいです」

「ほう? なにを聞かせてくれるのかな?」

「いいですか? リンは……凰鈴音という少女は……」

 

 呼吸を整え、酸素を肺に取り込む。

 ――いざ勝負!

 

「一夏と付き合うことなど、絶対にない!」

 

 ぜったいに――ぜったいに――ぜったいに――

 

 俺の声が室内で反響する。

 束さんはポカンとした顔をしていた。

 ここで畳み掛ける!

 

「一夏はモテます。ですが、凰鈴音がいるからこそ、これから先も彼女が出来ることがないのです!」

「ほ、ほう?」

 

 束さんがなにやら唖然としてるが、今は放置で。

 

「彼女は一夏のことが好きです。それは束さんも気付いているでしょう。だからこそ、箒の為に必要な存在なのです!」

「へ、へー? そうなんだ?」

「そうなんです! 恋する乙女たるリンは、一夏に他の女が近付くのを邪魔するでしょう。そう……一夏を独占する為に!」

「で、でもそれじゃあいっくんと付き合ったり」

「ところがぎっちょん。それはありえないのです」

「なんでそう言い切れるの?」

 

 まだ疑っているのか。

 後は力尽くだな。

 

「束さん!」

「は、はい!」

 

 束さんの肩を両手でがっしりと掴み、顔を近づける。

 

「俺が知ってる未来でも、一夏とリンは付き合ったりしてませんでした。ここまで言えば分かりますね?」

「え? 全然」

 

 なんと鈍い。

 それでも天災か!

 

「つまりです。リンは一夏に近付く女を排除する役目なのです。――自分の恋が実らないのも関わらず!!」

「だから“虫除け”?」

「です!」

「ふーむ」

 

 よし! 束さんがなにやら考えだした。

 なんとかなりそうだな。

 

 俺が言ったことに嘘はない。

 少なくても“俺が知っている未来で一夏とリンは友達止まり”ってのは本当の話だ。

 その先の未来は知らないけどな!

 俺は積極的に二人の仲を取り持つ気はないから、原作通りに進むのは間違いない。

 そして、世界の法則で一夏はハーレムルートのはず。

 将来、箒の想いも、リンの努力も実を結ぶだろう。

 

 ――ハーレムルートだよね? 俺、最後まで知らないからそこだけちょっと心配。

 神たる原作者が余計なことしてなきゃいいけど……。

 バトル系のラブコメラノベは、主人公が特定の彼女を作らないまま『俺達の戦いはこれからだ!』ってのがお約束だけど、“お約束を破る自分格好良い”ってなってないよね?

 頼むぞ担当者。

 俺の平穏の為にもハーレムでお願いします!

 

「ふむ。しー君の意見はよく分かりました」

「で、判決は?」

「無罪とします」

 

 よっしゃあ! お仕置き回避成功!

 

「確かに虫除け役は大事だもんね。しー君の未来の話に嘘は感じなかったし……うん、実らない努力をする哀れな小娘に目くじらを立てることもないか」

 

 随分と上から目線ですね。

 一夏が複数の女の子と付き合う事になったら、束さんはどんな顔するかな?

 ……ハーレムの維持は主人公の仕事。

 なので、束さんの怒りを鎮めるのは一夏の仕事だ。

 そこまで面倒を見る必要はないか。

 

「ところでしー君」

「なんです?」

「いっくんとメス猫の間柄は理解しました。でもね、しー君もだいぶメス猫を気に入ってる様に見えるけど……」

「ん? 気に入ってますよ? 普通に可愛いし」

「へ~」

 

 なんで俺の太ももつねってるの?

 笑顔が怖い。

 ほら、笑って笑って。

 

「しー君はやっぱりロリコンなんだね」

「だからロリじゃねーよ。普通に可愛いと言ってるだけです」

「ふんだ」

 

 束さんがそっぽを向く。

 俺の太ももはつねったままだけど……。

 もしかして俺にまで妬いてくれてるの?

 なんというか、嬉しいようで嬉しくないな。

 

「束さん、さっきも言いましたが、大事な事なのでもう一度言います」

「うむ?」

「小学生相手に嫉妬するなよ恥ずかしい」

 

 自分以外の女を見るな的な嫉妬ならともかく、友達ってだけで妬かれても対応に困るよね。

 さすがに束さんに気を使って友達辞めるとか、そんな選択肢はないし。

 

 って、あれ? 束さん、なんで俺の脚掴んでるの? プロレス? いやだなー俺と束さんが力勝負したって――え? 頭をガードしろ? ジャイアントスイング? 室内は危険だからダメだす。へ? 障害物はないから安心? そりゃそうだけど――ってまわってるぅぅぅぅ!!手離すなよ! 離したら戦争だぞ――いやぁぁぁぁぁ!!??

 

 

 

 

 

 

 この後めちゃくちゃプロレスごっこ(ガチ)をした。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 【吾輩は猫である(名前はデ・ダナン)】

 真上から見れば西洋の両刃剣の様な形をしているが、ヒレの様な部位があるため、水中を進む姿はまるで首長竜にも見える潜水艦。

 全長218メートルという大きさがあり、乗組員が束さん一人であるため、通路や1つ1つの部屋は大きい。

 艦は3ブロックに分かれていて、ブロックごとに特色が有る。

 

 船首――立ち入り禁止区域。人にお見せできないものが多々あるらしい。束印のウイルスや束さんが手を加えた危険生物などが保管され、それら関係の実験設備があるとか。ついでに拷問室も。

 

 中央――機械関係の施設が集中している。ISの部品制作や、束さんの趣味工作の場だ。

 

 船尾――居住区。寝室や台所、お風呂場などがある。ちなみにISの洗浄場兼などではなく普通のお風呂でした。空き部屋多数。

 

 

 先程まで居た場所は、居住区の中心部である“居間”だ。

 現在、俺はその居間の奥にある操舵室に移動中だ。

 束さんに俵抱きされて……。

 

 束さんは玉座の様な椅子に座っているが、移動は床が自動に動くため座りっぱなしだ。

 俺の視界には流れる床しか見えない。

 これ、なんて言うんだっけ? 昔新宿で見たことがある。

 ロラーザロード? 違うか……これもエスカレーターでいいのかな?

 全長218メートルのデ・ダナン。

 船首から船尾まで簡単に移動出来る様、通路にそってこの道が敷いてある。

 便利な世の中だよね。

 

「ねえ束さん」

「なーに?」

 

 散々暴れてスッキリしたのか、束さんの口調は穏やかだ。

 普段からお淑やかな女性であって欲しいと願うのは、男の我が儘かな?

 

「俺、そろそろ帰りたいんだけど」

「あれ? もう動けるの?」

「誰かさんのせいでまだ動けないよ!」

「だよね」

 

 マットも敷いてない床に投げられ、関節を極められ、俺は散々な目に合った。

 腕ひしぎ逆十字固めを極られたさいに、反撃の意味を込めてさり気なく手の甲を胸に当てたら、肩の関節外されるし、てか今も外れっぱなしだし。

 いい加減俺を解放してくれ。

 

「到着っと。しー君、変に動いちゃダメだよ? ぽいっと」

「は? ――い゛ぃぃ!」

 

 操舵室に到着し、束さんは俺を床に投げ飛ばした。

 するとどうでしょう。

 肩が落ちた衝撃で、激痛と共に見事にはまったのだ。

 ――天災って怖い。

 

「頼むから無茶苦茶するなよ」

 

 肩を撫でながら周囲を見回す。

 赤や青に光る電球。

 低いモーター音を鳴らす機械。

 ――潜水艦の操舵室とか、下手になにか触るの怖くて動きづらいんだよな。

 

「で、なんで俺をここに連れてきたんです?」

 

 ボコられるのはまだ分かる。

 きっとメールをシカトされイラっとしたのだろう。

 だけど、なぜ俺をこんな場所に連れてきたのか、そこが分からない。

 

「しー君」

「はい」

 

 立ち位置的に、俺は束さんに見下ろされてる。

 だからだろうか、なんかこう、逃げ出したい気持ちで一杯だ。

 

「今からダナンの実戦テストするから付き合ってよ」

「……実戦……テスト?」

「そうそう。ほら、ダナンは出来立てホヤホヤだからさ、理論上の性能はだけじゃなくて、ちゃんと実戦での性能もみないとダメじゃん?」

「……具体的になにするの?」

「自称世界の警察とドンパチ」

「帰る」

 

 今ここにいたら絶対ヤバイ。

 俺はダッシュで出口に向かった。

 

「ISコア、三番四番起動。一番から四番までの出力を通常モードから戦闘モードに移行。ダナンの全域を戦闘レベルに設定。隔壁閉鎖、これより私の許可なしに全てのドアが開くことはない」

 

 ダッシュしたのはいいが、束さんのセリフを聞いて足が止まる。

 もう逃げられないようだ。

 デ・ダナンは、通常二つのISコアで動いている。

 戦闘モードで四つ。

 航空戦を視野に入れた決戦モードで六つを使う。

 

 俺さ、一般人なんだけど?

 帰してくださいお願いします。

 そんな視線を束さんに向けてみる。 

 

 (ニマニマ)

 

 めっちゃ笑ってやがる。

 玉座に座り、足を組んで笑う姿はまさに女王様。

 ――濡れるッ!!

 

「しー君、今どんな気持ち?」

「逃げ出したい気持ちで一杯です」

「よしっ!」

 

 どうしてガッツポーズするのかなぁ?

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 ――ミシガン、フロリダ、ジョージア、指定ポイントに到着

 ――これより作戦名【闇夜のウサギ狩り】を始める

 ――全ては世界の平穏の為に




次回はVS潜水艦
手本にフルメタ読もうかと思ったが、実家でした。
頑張るけどお粗末になるかも……。


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海戦

仕事が忙しかったんです(大嘘)

公爵VSリヴァイアサンを目指し、胸熱バトルを書こうとしたのが失敗だった。
凡人に天才は書けないって、それよく言われてるから(震え声)
途中で諦めました!
文才の有無もあるけど、束さんがチート過ぎで動かし辛いんだもの。

文書の中に失敗の名残で『あ、格好良く書こうとしてんな』って所があります。
生暖かい目で流してください。

※潜水艦や空母が登場しますが、それらの設定は作者がネットで集めた知識を混ぜた闇鍋設定です。現実と混同しないでください。


 航空母艦カール・ヴィンソン。

 兵員3.000名、航空要員2.500名、艦載機70機を乗せる原子力空母は、先行する三隻の潜水艦、その後方100キロ地点を進行していた。

 

「コーヒーです」

「おう」

 

 カール・ヴィンソン艦長のイーサン・ウィリアムズは、部下から出されたコーヒーに口を付けながら艦長室の椅子に深く腰掛けた。

 イーサンは齢六十を超えるベテランの艦長だ。

 部下からの信頼も厚く、実戦経験も多い老兵である。 

 そんな男が、目の前でランプが点滅する通信機を疲れた顔で見ていた。

 

「艦長、通信のようですが?」

 

 その様子を、冷ややかな目で見ていた部下がため息混じりに忠告する。

 

「――分かってはいるんだ」

 

 部下への返事に覇気はなく、イーサンはコーヒーカップから手を離そうとはしなかった。

 とどのつまり、イーサンは居留守を使っているのだ。

 もちろん軍人として許されるはずはない。

 できるだけ面倒事を後回しにしてるだけである。

 

「ダニエル、通信先は誰だと思う?」

 

 イーサンはあご髭を撫でつつ、部下に問う。

 

「自分には分かりかねます。ただまぁ、艦長よりは偉い人間だと思いますが」

「無視してたらヤバイよなぁ……」

「自分としては上の席が空くので一向に構いません」

 

 副艦長ダニエル・テイラー。

 金色の髪をオールバックで纒める彼は、如何にもな堅物である。

 しかし、それと同時にとても分かりやすい人間であった。

 

「お前さ、そんなに俺のイスが欲しいの?」

「はい」

「苦労が増えるだけだぞ? 今の俺みたいにな」

「ですが給金も増えます」

「俺、お前のそう言ったところ結構好きだわ」

「光栄です」

 

 部下の遠慮のない発言に苦笑しつつ、イーサンは受話器を手に取る。

 

「申し訳ありません。立て込んでいまして」

『――――』

「えぇ、承知してます」

『――――』

「はっ! 了解であります!」

 

 さっきまで気怠さが嘘の様に、イーサンは立派な艦長として振舞う。

 その様子を、ダニエルを多少尊敬した目で見ていた。

 

「もう暫らくで作戦海域に入ります。吉報をお持ちください」

『――――』

「はい。では失礼致します」

 

 通信を切り、イーサンは椅子に座った状態でだらしなく姿勢を崩した。

 それを見たダニエルから尊敬の視線が消えた。

 

「何か問題でも?」

「……問題だらけだよバカ野郎。絶対に“天災”を他国に取られるなだとよ。上の連中は負けることなんか考えていねーのさ」

 

 今回の空母カール・ヴィンソンの任務は、“天災”の捕縛と輸送である。

 無謀にも軍にケンカを売ってきた天災。

 上層部は、舐められてると怒りに狂いながらも、求める相手が自分から寄って来たことに喜んだ。

 第三者からの横槍を防ぐためにカール・ヴィンソンを派遣したのだ。

 

「艦長は随分とかの天災を買ってるようですが、そこまで注意する必要が有るのですか?」

 

 ダニエルは、イーサンが自分の想像以上に警戒していることに疑問を抱く。

 何故なら、イーサンの言い方はまるでこちらが負けるとでも言っているようだからだ。

 敵は一隻、こちらは三隻。

 映画やゲームと違い、現実では覆すのが不可能な戦力差があるのだから。

 

「ダニエル。仮にだ、百年前の軍艦とこのカール・ヴィンソンがヤリあった場合、どちらが勝つと思う?」

「それはもちろん私達です」

「なら、百年後ではどうだ?」

「それは未来の軍艦という意味ですか?」

「そうだ」

「それは……」

 

 イーサンの問いにダニエルは答えを濁す。

 百年後の軍艦などと言われてもまるで想像できない。

 軍艦と言っても、駆逐艦や巡洋艦、空母など種類があるが――

 

「分かりません」

 

 少し考えた後、ダニエルは結局そう答えた。

 

「艦長になりたきゃ、そこは素直に“負けます”って言えるようになっとけ。もちろん時と場合、敵の兵装と色々と判断材料はあるが、増長して轟沈すれば、部下の全てが道連れだ」

「――はい」

 

 イーサンのもっともな言葉に、ダニエルが素直に頷く。

 しかし、ダニエルには疑問があった。

 

「艦長、その例えにどういった意味があるのですか?」

「お前、ISの基本知識は頭に入っているな?」

「もちろんです」

 

 インフィニット・ストラトス。

 それはかの天災が作り出した、人類の宇宙進出を後押しをするパワード・スーツ。

 そして、次世代の“兵器”だ。

 軍属の人間としてダニエルには基礎知識はあった。

 そしてなにより、ソレは先日この艦にも搭載されたものだ。

 

「アレを初めて見たとき、俺は“ついにジャパニーズはガンダム作りやがった!”と喜んだもんだ」

「艦長はそういうの好きですよね」

「ほっとけ」

 

 自分の趣味を理解してくれない部下に苦い顔をしつつ、イーサンは言葉を続ける。

 

「でだな、問題は敵が天災ってことだ。上の連中は楽観視してるが、敵が女だろうと子供だろうと関係ねぇ。“兵器”には、使い手がどんな人間かなんて全く関係ねぇんだよ。それは分かるだろ?」

「はい」

 

 子供でも、銃があれば大人を殺せる。

 女でも、ナイフで男の首を切れる。

 そんなことは、戦争を体験した人間なら当然の常識だ。

 

「天災の言い分は覚えてるか?」

「はい。自分が作った潜水艦の実戦テストをしたいからと――」

「俺はな、その潜水艦が普通の潜水艦だとはとても思えねぇ。あのISを作った奴だぞ?」

「先程言っていた未来の軍艦の話ですか?」

 

 ここまで聞いて、ダニエルはイーサンが言いたいことが理解できた。

 もし、もしも敵の潜水艦がこちらを圧倒する性能を有していたら……。

 

「しかもだ、あの天災がこちらまで敵と認識して攻撃仕掛けてきたらどうするよ?」

 

 空母VS潜水艦。

 現在、単独任務の命令の為に、普段いるはずの護衛艦が居ないが、先にこちらが相手を見つけられれば先制攻撃は可能。

 しかし、艦長の言葉で考えるなら、敵は“百年後の潜水艦”。

 奥の手はあるが、油断はできない。

 

「艦長」

「あん?」

「この艦全ての人間の命は艦長の両肩に掛かっています。頑張ってください」

「いい性格してるよお前」

 

 部下の励ましの言葉にゲンナリしながら、イーサンはすっかり冷めてしまったコーヒーを口に付けた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「たったばば~たったばば~ふうっふー♪」

 

 謎の歌を歌いながら、束さんは仮想キーボードに指を走らせる。

 テンション高いな。

 

 そうそう、テンションが高いと言えば、初めての中国は最高だったな。

 黄河の水面ギリギリを流々武で滑走し、木の枝に腰を降ろして壮大な自然を眺めながらおにぎりをほおばる。

 幸せな時間でした。

 自然を満喫した後、俺は町に降り立った。

 四川料理を食べる為だ。

 日本で四川料理と聞かれてすぐに思い浮かべるのは、やはり麻婆豆腐だろう。

 俺は適当な店に入り、麻婆豆腐の他に、

 

 水煮牛肉(一口大に切った牛肉に唐辛子と花椒で味付けしたもの)

 辣子鶏(鶏肉のから揚げを唐辛子や花椒で炒めたもの) 

 

 などを頼んだ。

 この辺は日本でも馴染みのある料理である。

 他にも様々な料理があったが、いかんせんどんな料理か分からない。

 初めての海外での食事であったため、冒険はしなかった。

 激辛料理を口に運び、額に汗を滲ませながら、俺はふと思ったことがある。

 

 “激辛料理が好き”と“辛さに強い”は別物ではないか? ということだ。

 俺は激辛料理を食べるたびに、毎回トイレの中で反省する。

 お尻でカプサイシンがカムチャッカファイアーしてるのを、温水便座の水で消火に励むのだ。

 あの瞬間、もう辛いのは止めようといつも考えてしまう。

 まぁ結局食べるのだが……。

 

 ここで話は変わるが、四川と言ったら麻婆だが、麻婆と言ったら愉悦神父を連想するのがオタクというものだろう。

 そこでだ。

 もし、愉悦神父の胃腸は辛さに弱いとしたらどうだろう?

 

 俺と同じ様にトイレに閉じこもり、お尻に水を浴びて、あのイケボで『んほっ』なんて声を出してるかもしれない。

 更に、その声を聞いた英雄王が『酔狂よな』などど言ってるかもしれない――

 そんな事を考えながら、俺は中華料理屋で汗だくになりながら笑っていた。

 要するに、その時の俺はテンションが上がっていたのだ。

 

「くくっ」

 

 今思い出しても笑えるな。

 

「ねえしー君」

「はいはい」

 

 束さんの隣で体育座りしながら笑っている俺に声が掛かる。

 

「流石に魚雷を連続で喰らったら沈んじゃうかもね」

「だったら俺を陸に帰せよ!」

「…………」

 

 シカトしやがった!?

 俺が閉じ込められてからと言うもの、束さんが無駄に不安を煽ってくる。

 出来るだけ楽しい思い出を思い浮かべ、現実逃避しようとしても、束さんの容赦ない言葉で現実に引き戻されるのだ。

 

 対潜水戦ってどうやるんだろう、とか。

 三方から魚雷打たれたらヤバイよね、とか。

 水圧で死ぬとどうなるかな、とか

 

 こちらの精神を追い詰めてくる。

 しかも非常に良い笑顔で。

 最近束さんを放置していた自分を殴ってやりたいよ。

 

「あっ」

「――今度はなんです?」

 

 あからさまに驚いた顔をする束さんに、俺は渋々ながら乗ってあげる。

 

「なんか空母がいる」

「くうぼ……空母――ッ!?」

 

 それってヤバくない? ミリオタじゃないから軍事関係は特別詳しい訳じゃないけど、それってヤバくない?

 

「逃げましょう。今すぐに!」

「まぁまぁ落ち着きなよ。ふむ……一定の距離を保ってる。伏兵ってことはないか。なんのつもりだろ?」

「――気になるなら直接聞けば?」

「そうだね。そうしようか」

 

 投げやりな俺の意見を、束さんがあっさりと受け入れた。

 もうね、驚いたりするの疲れたよ。

 

「えっと、CQCQバーベQっと」

 

 うわっ、本当に聞く気だよこやつ。

 

『――こちらカール・ヴィンソン艦長、イーサン・ウィリアムズ』

 

 天井から声が聞こえた。

 俺の声が向こうに届く可能性がある為、慌てて口を手で押さえる。

 

「やぁどーもどーも。こちら君たちが求めてやまない束さんだよ~」

『言葉を交わせて光栄ですミス篠ノ之』

「お? 紳士的な感じだね。第一声は罵倒から始まると思ってたのに」

『そんなまさか。私は一人の人間としてミス篠ノ之を尊敬しておりますので』

「ほー? ま、社交辞令として受け取っておくよ」

 

 声の感じから、相手はそれなりの高齢。

 お髭の似合うおじ様って気がする。

 

「それで、お前はなんでそこに居るの? 相手をしてくれるなら喜んで対艦ミサイル打ち込むけど?」

『ははっ。私達カール・ヴィンソンはあくまで救助係ですよ。万が一の時は同胞を助ける為に動きますのでご了承下さい』

「空母が単機で救助係? ものは言いようだね。まぁいいや、そっちから手を出さなければ見逃してあげるよ」

『感謝します』

 

 相手側の一言を最後に通信が切れる。

 束さんは通信が終わった途端、自分の周囲に何枚も仮想ディスプレイを展開し、何やら忙しそうにしていた。

 

「ふーむ。なるほどなるほど」

「何かあったんですか?」

「しー君、そもそも空母が単独で動いてるのが普通じゃないんだよ」

 

 そうなの?

 軍艦などは艦これ知識しかないから、俺には空母の何がおかしいのか分からない。

 

「しょうがない。無知なしー君に一から説明してあげよう」

 

 首を傾げる俺に対し、束さんがメガネを装着して微笑む。

 無能を嫌うくせに、無知の友達に教えるのは好きなのかな?

 椅子を回転さて、俺の方を向いて足を組んだ。

 まいっちんぐ束先生、はっじまるよ~。

 

「時間はあまりないから、丁寧な説明じゃなくて要所だけを簡単に説明します」

「はい先生」

 

 俺も教わる側に相応しいよう、体育座りから正座に座り方を変え、束さんの方に体を向ける。

 

「しー君はさっき驚いていたみたいだけど、空母は弱い存在なのです」

「そうなんですか?」

「そうなんです。だって空母なんて言ってしまえば“滑走路が付いた船”だからね。飛行機を多く搭載する為に装甲を削ってたりするし、守ってあげないといけない脆弱な存在なのだよ」

 

 なるほど。

 だから空母が一隻だけでいることに束さんは訝しんだのか。

 

「さて、ここで問題です。軍艦のクセに守ってあげたい系の空母ですが、現在の戦争の主力の一つでもあります。それはなぜでしょう?」

「はい先生。それは戦闘機を輸送できるからです」

「正解。そう、空母を評価する上で大事なのは、その空母が“どんな兵器を搭載しているか”なのです。その事を踏まえて――はい、黒板に注目」

 

 束さんの視線が俺から外れ、正面を向く。

 釣られて俺も視線を向けると、空中に立体映像が投影されていた。

 

「アメリカが作ったIS、名前は【ディープ・ダイバー】だよ」

 

 アメリカ製ISのディープ・ダイバー。

 その姿は宇宙飛行士の様だ。

 流々武と同じ全身装甲型で、全体的に丸みを帯びている。

 

「ところで、しー君は潜水艦については詳しい?」

「いえ、詳しくはないです」

 

 潜水艦の伊19がスク水ロリ巨乳とか、その程度の知識しかないです。

 

「最近はね、潜水艦ってのは戦力の面でイマイチなのです」

「それは初耳ですね」

「潜水艦は主に二種類あって……そうだね、戦場で働く甲種と、人知れない海の底で敵国に核ミサイルを撃つ機会を伺っている乙種があってね」

 

 後半はジョークですよね?

 束先生は授業の間にジョークを挟む良い先生です。

 

「まぁそこそこ頑張ってはいるんだけど、何しろ最近のレーダーやソナーが出来が良くて、潜水艦最大の売りの隠密性が殺されてるんだよね。海底で大人しくしてるならともかく、動けば即バレって感じなのです」

 

 なんだっけかな……。

 潜水艦が棺桶と揶揄されてる映画があったような……。

 外は水圧、動けば標的、戦時の潜水艦とか乗るの超怖いだろうな。

 

「でもね、やっぱり水中から一方的に攻撃できたら、それに越したことないよね?」

「それはそうですね」

 

 考えるまでもなく、それができれば良い事だろう。

 

「そこで、最近空気気味な潜水艦の代わりに次期主力として期待されているのが、この【ディープダイバー】なのです!」

 

 なるほど、水中で速く動ける上、狙うにしては的として小さいし、シールドがあるから潜水艦よりタフ。

 その内ズゴックとか作られそうだな。

 

「はい、次はこれに注目」

 

 束さんが指をスライドさせると、投影されてた映像が切り替わった。

 

「これは空戦を主眼に置いたIS、【スピードスター】だよ」

 

 次に映ったのは、全体的にトゲトゲしいフォルムのIS。

 膝や肩などの装甲部分が尖っていて、物々しい造りだ。

 

「空戦の代表格と言えば戦闘機。だけど、空中で一番自由に動けるのはヘリコプター。その二つを組み合わせたら最強だと思わない?」

 

 思う。

 てか、それはまんまISじゃん。

 スピードは知らないが、自由度は現時点でヘリ以上だし。

 軍隊がまず作ろうと考えるのは仕方がないよね。

 

「もちろん【スピードスター】は未完成。今はスピードも機動性も流々武以下だけどね」

 

 束さんがドヤ顔しながら腕を組む。

 軍用機より性能が高いとか、流々武って凄いんだな。

 

 チラッ――チラッチラッ

 

 褒めてほしそうにしている束さんは放置します。

 下手に褒めると流々武が魔改造されそなので。

 

「で、この二機がどうしたんです?」

「――これがあの空母に積まれてます」

 

 無視したからか、ちょっとだけ不満そうな束さん。

 ……こやつ、ほっぺを脹らませながらとんでもないこと言ったな?

 

「束さんや」

「うん?」

「つまり、軍用に作られたISとドンパチするの?」

「え? やらないよ?」

 

 あれー? さっきのIS紹介はなんだったの?

 

「ではここで、敵の作戦を説明します」

 

 敵の作戦を説明っておかしくない?

 事前にできるものじゃないよね?

 

「勝負を挑んだのは私ですが、場所は敵に指定させました。まぁハンデみたいなもんだね。で、敵が指定したのが平均水深700メートルの太平洋では浅瀬な海域です」

 

 ほうほう。

 

「敵の狙いですが、凄く簡単です。潜水艦三隻でこちらの潜水艦のスクリューを破壊。その後、ディープ・ダイバーを投入。敵船体を捕獲」

 

 こちらのスクリューを破壊して船体を海底に沈め、身動きを取れなくしてからじっくりサルベージってことか?

 その為に浅瀬の海域を指定してきと。

 水中用のISがいれば、サルベージなんかの作業は楽そうだな。

 

「その後、空母に乗せている戦闘ヘリで天災を本国まで輸送。その際にスピードスターを護衛として随伴」

 

 空母の存在意義はそこか。

 確かに戦闘ヘリで運べば海路より早いな。

 仮に束さんがヘリを奪取したり、ヘリから飛び降りても、ISならば――と考えてのことかな?

 

「敵のISはあくまで試験運用って感じですかね?」

「そだね。ISコアは貴重。だけど、実戦に近い空気で運用したい。そんな感じかな」

 

 なるほどねー。

 ISを束さんに破壊されるとか考えないのかな?

 もしかして、ISなら天災も倒せるとか思ってる?

 なんと愚かな――

 

「さて、話しが終わったところで目標海域に到着だよ」

 

 あぁ……到着してしまいましたか。

 で、なんでマイク片手に立ち上がってるの?

 

「すー」

 

 束さんが大きく息を吸った。

 

「Aaaaaaaaaaaa!!」

「ッ!?」

 

 突然の大声に思わず耳を塞ぐ。

 一言言えやこの野郎!

 

「反響――反響――よし、マッピング完了」

 

 いつの間にかメガネを外した束さんが、満足げに椅子に腰掛ける。

 

「束さん、今のは一体なんです? 大声だすならもっと色気のある声でお願いしたい」

「そのお願いは無視します。さあしー君、前を見たまえ」

 

 残念。

 束さんの悲鳴を録音したかった。

 で、正面にあるのは――

 

「立体地図?」

 

 空中に投影されてたISは消え、今度は地図が浮かんでいた。

 中心にあるのはデ・ダナン。

 その下に海底の凹凸がはっきりと映っていた。

 凄い精度だな。

 

「しー君はエコーロケーションって知ってる?」

「イルカやシャチの能力的なやつでしたよね。音の反響で周囲を探る技術って感じの」

 

 もしくはあれだ、四天王の得意技。

 

「そうそう。で、返ってくる音を精査し、画像化したのがコレだよ」

「エコーロケーションって超音波を使うんじゃ?」

 

 超音波って人間の耳に聞こえなかったよね?

 でも束さんの大声はしっかりと聞こえた。

 

「え? だって声を出さなきゃ大口開けてるまぬけ顔になるじゃん」

 

 そだね。

 マイク片手に無言で口開いてたらただの変人だもんね。

 なんかもうツッコミするのがめんどくさいです。

 ――あれ?

 

「束さん、海底に鯨の死骸っぽいモノが沈んでませんか?」

 

 パッと見は巨大なかりんとう。

 それが海底にとか、シュールだなぁ……。

 

「あ、それ敵の潜水艦だね。あの状態なら普通は気付かれないもんね、普通は。ぷぷっ、丸見えでやんの」

 

 待ち伏せ役か伏兵役か、どちらにせよこれは可哀想だ。

 潜水艦の乗組員の人達に、丸見えでしたよって教えてあげたい。

 

「お、正面から二隻来たね」

 

 二隻の船がゆっくりと地図に侵入してくる。

 ってあれ?

 エコーロケーションでマッピングしたのに、なんでこんなにリアルタイムなの?

 

「束さん――」

「それは常に音波や各種レーダー等で情報を更新してるからだよ。てかそういう機能があります。私が毎回声を出す訳ないじゃん」

  

 こっちの質問を先回りして答えてくれるなんてさすがだぜ。

 色々言いたいけど、なんかもうどうでもいいや!

 

「それじゃあ始めますか。ダナンより通達、これより評価テストを開始する。こちらは実弾兵器及び火薬兵器等の殺傷兵器は使用しないので、凡人は頑張って戦ってください」

 

 おそらく相手の潜水艦にメッセージを飛ばしたのだろう。

 煽られた相手が怒って無茶をしなきゃいいけど。 

 しかしなんだな、これからドンパチやるってのに、びっくりするほど緊張感がない。

 こんな危機感のなさで大丈夫か?

 

「あいつらが所持してる魚雷程度じゃダナンの装甲は抜けないけどね。プークスクス」

 

 大丈夫そうだな。

 

「束さん、安全運転でお願いしますね」

「任せなさい!」

 

 床に穴があき、そこからバスケットボール程の大きさの、鈍く光る二つの玉が浮かび上がったてきた。

 おい、なんだその未来感漂う球体は。

 

「ふっふっふっ」

 

 浮かんできた玉は、椅子の腕置きの先端にくっついた。

 

 今現在の束さんの姿は――

 

 椅子に座って足を組んでいる。

 両手は光る玉の上に乗せてある。

 そして無駄に漂うラスボス感。

 

 勝ったな。

 この戦争に負けはない――ッ!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「おぉぉ……」

 

 しー君が感嘆の表情で私を見つめている。

 でしょ? そうでしょ? 格好良いでしょ?

 光る玉で船を制御とか素敵でしょう?

 しー君の尊敬を含んだ視線を浴びると、さすがの私も気分が良いってもんだ。

 無理矢理連れてきたかいがあったね。

 

 敵船が動き始めた。

 それぞれスライムAとスライムB、海底に隠れてるのがスライムCでいいか。

 っておやおや。

 

「敵艦から魚雷の発射を確認」

「さっそく!?」

 

 さっそくです。

 前方の二隻から二発ずつ、合計四発の魚雷が発射された。

 でもこれ、慌てる必要ないね。

 慌てるしー君の為にちょっと細工してあげようか。

 魚雷の弾道を予測して、それを投影した周辺図に反映っと――

 

「しー君、落ち着いて見てみて」

「……魚雷はデ・ダナンの下を通り抜けるんだね。ってことは脅しか……ちっ、驚かせやがって」

 

 しー君は上げかけた腰を下ろし、不敵に笑ってみせた。

 ご覧下さい。

 これが運動もしてないのに心拍数120超えの男の姿です。

 さて、発射された魚雷はこちらへの脅し。

 初手から全力かと思いきや、敵さんはこちらを舐めてる様子。

 普段ならそんな相手は即叩き潰すが、今回はテスト優先の為に見逃してやろう。

 

「ダナン、斜め下に微速前進!」

「なんで!?」

 

 魚雷に突撃する様にダナンが前に進む。

 しー君が騒いでいるが、これも必要なことなのだよ。

 これで敵船とデ・ダナンの深度は一緒になった。

 あ、一応教科書出しておこうかな。

 それならしー君も安心するだろうし。

 

「束さん! 前ッ! 前見ろッ!!」

 

 しー君が立ち上がって後ろから私の肩を揺らす。

 戦う私の為にマッサージとはなんと健気な。

 はいはい魚雷ね。

 

「シールドエネルギーを船首に集中――“ピンポイントバリア”!!」

 

 しー君に分かりやすいよう、そして、私が格好良く見える様に画像に細工する。

 立体図のデ・ダナンの前方にバリアが展開され、そこに魚雷が命中した。

 

「…………束さん」

「なに?」

「今さ、魚雷がバリアっぽいものに当たりましたよね?」

「当たったね」

「なんの衝撃もないね」

「ないよ」

「…………実弾も見えないし衝撃も感じない。なんだかなぁ……」

 

 そう言ってしー君はへなへなと座り込んだ。

 むう……もうちょっと私の賞賛があっても良いと思うんだけど?

 まぁいいや。

 ここからが本番だ。

 教科書を仮想ウィンドウで目の前に表示してっと。

 

「全速前進!」

「おっと」

 

 正面にいる二隻の中間を目指してダナンを前進させる。

 しー君がたたらを踏んで慌てて私の椅子にしがみついた。

 相手も動こうとしているが、圧倒的に遅い。

 

「束さん、その目の前にあるのはなんだい?」

「へ? 教科書」

「俺には“アクロバット飛行入門書”に見えるんですが?」

 

 あららしー君。

 なんでそんなに涙目なの?  

 そんな顔されたら……もっと泣かせたくなるじゃないか!

 しー君は笑顔より涙が似合うよね! 

 よーし! テンション上がってきたッ!

 

 ダナンが二隻とすれ違う。

 ――今だ!

 

「水平飛行中から45度バンクしそのまま斜めに上方宙返りをする。それが“シャンデル”!」

「ちょぉぉぉぉ!?」

 

 デ・ダナンが斜め上に船首を持ち上げ、そのまま逆さまになる。

 しー君が必死に椅子にしがみついているのがワロス。

 

 さて、どんなもんかな?

 ダナンの各部をチェック。 

 ――やっぱり水中じゃ負担が大きいか。

 ミシミシと軋む音が聞こえる。

 機体を並行に戻してっと。 

 

「お、おま、おまえ……」

 

 私の肩を掴むしー君の手がぷるぷると震えている。

 もうちょっと力入れてくれると更にグッドだが、一先ずしー君は放置しておく。

 シャンデルは開始時と終了時は180度変わる技だ。

 そして、宙返り中に水平に戻すタイミングで高度が変わる――今の場合は深度だが。

 今はダナンとスライムA、Bが同じ方を向いている状態だ。

 ダナンが深度100メートル。

 そしてスライムは深度200メートルだ。

 

「えっと、一般に上向きのものを指す。下向きは逆宙返りと言う。シャンデルに比べると物足りない名前だね――逆ループ!」

「その説明口調なんなんだよ――ッ!」

 

 しー君の為に説明してます。

 私ってばホント優しい。

 

「ちょっと待って! 一旦落ち着こぎゃぁぁぁぁ!!」

 

 戦場で止まるとかないです。

 今度は船首を下に。

 海底目掛けてダナンが落ちていく。

 ついでにしー君も床を転がって行った。

 ちゃんと私みたいにシートベルトを着けないからそうなるんだよ?

 

 ぐんぐんと海底が近付く。

 深度600――今だ!

 

「あぎゃぁぁぁ!」

 

 海老反り感覚で海底直撃を回避する。

 今度は天地逆転状態。

 しー君は天井に頭をぶつけていた。

 

「る、るるぶ……」

 

 それはつまらなくなるのでダメです。

 

「あ、あれ?」 

 

 流々武封印完了。

 

 また船首を上にする。

 そして急上昇!

 

「またぁぁぁ~!?」

 

 今のダナンは海中で縦に立ってる感じだ。

 重力に縛られたしー君が今度は上から落ちてきた。

 私の横をしー君が通り過ぎていく。

 お帰り~。

 

「あごっ!?」

 

 舌を噛まないように気をつけて壁に当たるんだよ~。

 さてと、これでダナンは海の中をクルッと大きく回った形になる。

 各部を再チェック。

 

 空中に投影されたダナンの全体図は、やはりと言うか、所々真っ赤になっている。

 赤い場所はダメージが強く掛かった場所だ。

 水圧は侮れない敵だよね。

 ダナンの外見はしー君の好みに合わせたものだから、造形美の点はともかく、機能美では少し残念なのだ。

 やっぱりテコ入れが必要かな?

 

 ――おや? スライムCが動き出した。

 今なら後ろを取れると思ったのかな? 

 甘い甘い。

 

「も、もうやめ……」

 

 後ろを振り返ると、しー君が半泣きだった。

 でもまあ、ダメージ的にはまだまだ大丈夫そうなのでテストはこのまま続行で!

 

 スライムAとスライムBは――

 

 スライムAは回頭しようとのそのそと頑張っている。

 スライムBは深度を下げつつそのまま前進。

 

 ふむふむ。

 こっちを囲む作戦かな?

 うん、まったく問題ないね。

 もうちょっと遊ばせてもらうか頑張ってね。

 

「うぷ……やば、ちょっと酔ってきた」

 

 ――しー君が吐く前には決着付けよう。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「敵艦がシャンデルを決めました! 素晴らしい腕です!」

「今度は逆宙返りだ! 海底に衝突する危険性があるにも関わらずあそこまでは攻めるとは!?」

「味方から魚雷の発射を確認! これは……スプリットS? まさかそれで魚雷を躱す気か!?」

 

 空母カール・ヴィンソンでは、今回の戦闘データを収集していた兵士達の間に悲鳴は飛び交っていた。

 

「おい今度はハイヨーヨーだぞ! 潜水艦相手に馬鹿かよこいつら!」

「「「むしろ最高!」」」

 

 嬉しい悲鳴が、だが。

 

「お前達、データはしっかり取れてるんだろうな?」

「もちろんですよ副艦長。こんなにクールなショーを見逃す訳ないじゃないですか」

「おまえ海軍だろっ!?」

「海兵だから見逃せないんですよ。海の中でのドッグファイトなんて興奮しない方が無理です。それに俺、元々は航空隊希望だったので!」

 

 副艦長からのお叱りの言葉を部下達は笑顔で受け流す。

 中には、“あ、俺も航空隊希望だった。やっぱ目指すなら花形だよな”などど同調する馬鹿も現れた。 

 その様子を見て、ダニエルはため息を漏らす。

 不謹慎だと注意したいが、

 

「クハハ! 最高だなおい!」

 

 なにせ上官が笑っているのだ。

 部下である自分はこれ以上は言えない。

 

「おいダニエル。俺達は間違っていた。何が間違ってたか分かるな?」

「はい。“前提条件”ですね」

「そうだ。まったく言ってくれるぜ。なにが潜水艦を作っただよ。これは潜水艦対潜水艦じゃねえ。これは――」

「潜水艦対IS……ですか」

 

 レーダーに映るのは海中を縦横無尽に泳ぐ正体不明艦。

 事前に潜水艦だと知ってなければ、巨大な生物と戦っていると勘違いしていただろう。

 

「似たような光景を昔映画で見た事あったな。メガロドンだったか?」

「過去に存在したと言われる巨大鮫ですか。言われてみればそう見えます」

「アメリカだけじゃねえ。ロシアだろうが中国だろうがISはまだまだ未完成の兵器だ。にも関わらずあんなもん作りやがって。海の勢力図が一変するぞこりゃあ」

「口調の割に嬉しそうですね」

「そりゃそうだ。ISの可能性をここまで見せつけられたんだぞ? しかも具体的な例がある」

「……海軍にお金が流れるかもしれませんね。アレを真似できれば、海での戦いで多くのアドバンテージが取れますから」

「そうだ。男にはISを使えない。だが――」

「ISコアを使用した船には乗れますね」

 

 イーサンとダニエルが顔を見合わニヤリと笑う。

 ISが台頭すると共に、男が戦場からいなくなると騒ぐ奴がいるが、そんな事はない。

 まだまだ自分達の出番はあるのだ。

 

「艦長見てください! 今度はスライスバックです! しかもキレが半端ないっ!」

「……ダニエル」

「……はい」

「これからは俺達も空戦の勉強しなきゃダメな時代かね?」

「そのようで」

「っ!? 敵艦から魚雷の発射を確認!」

 

 悪巧みをしていたイーサンの顔から笑みが消え、それまで和気あいあいとしていた部下達も黙り、周囲が一瞬で緊張感に包まれる。

 

「殺傷兵器は使わないと言っていましたが、ブラフですかね?」

「さぁな。その辺はこれから分かる。頼むぜお嬢ちゃん。戦争の引き金になるような真似しないでくれよ?」

 

 同じ海軍の潜水艦。

 その同胞達の無事を願いつつ、イーサン達は静観する。 

 今からのどんな行動を起こそうと、既に発射された魚雷が止まることがないのだから。

 

「敵魚雷、ミシガンの下を通過……っミシガンに異常発生! 艦が急速浮上してきます! これはいったい……」

「落ち着いて情報を集めミシガンの被害状況を確認しろ。救助艇の準備はできているな?」

「はい!」

 

 緊張感が一気に高まり全員が固唾を呑むなか、イーサンは淡々と指示を出す。

 

「更に魚雷の発射を確認!」

「観測班から報告! 海面に多量の泡が出現!」

「ミシガンから通信! 乗組員の負傷者はなし! しかし艦のコントロールが失われているとのこです!」

  

 ISは未だ未完成の兵器、その為戦闘への介入は固く禁じられている。

 通常の対潜兵器は効果は不明。

 下手に手は出せない……。

 イーサンはそう自分に言い聞かせ、被害状況を静かに聞き入れた。

 

「他の味方の被害状況は?」

「――ミシガンと同様です。二隻とも魚雷は直撃していません。被害は軽微です。ですが、コントロールが効かない状態で浮上している様です」

 

 その報告を聞いてイーサンは肩から力を抜いた。

 天災はしっかりと手加減してくれたのだ。

 

「艦長。通信が来てます」

「相手は?」

「天災です」

「でよう」

 

 実戦テストは終わった。

 向こうが何を思ってこちらに連絡してきたのか分からないが、自分の役目は出来るだけ相手の情報を集めつつ、こちらに矛先を向けさせない事。

 

 イーサンはそう思考しながら受話器を手に取った。

 

『あーあー。聞こえてるかな?』

「聞こえています」

『さて、これにて試合終了ってことで良いかな? ちょっと物足りないから、束さんとしては軍用のISとも遊んでみたいんだけど……やる?』 

「こちらのISは未完成品。ミス篠ノ之の相手をするにはまだまだ力不足ですので、遠慮させて頂きます」

 

 デ・ダナンの機動力と防御力を見せつけられたイーサンからしてみれば、ここでISを投入しても無駄になるだけだとわかりきっていること。

 心に汗をかきながら、変な気まぐれを起こしてくれるなと必死に祈った。

 

『ふーん? まぁいいや。色々データも取れたし、今日のところはこれで満足しといてあげるよ』

 

 どこまでも上から目線のセリフに、周囲の目が怒りに染まる。

 そんな部下達に対し、イーサンは静かにしてろと目配せして会話を続ける。

 

「ところでミス篠ノ之、貴女のソレは分類的にISで良いのでしょうか?」

『おっと、紹介するのが遅れたね。この艦の名前は【吾輩は猫である(名前はデ・ダナン)】だよ。拠点兼研究所なのでこれからよろしく』

 

(艦長、敵艦は恐らくトランスポンダーのスイッチを入れました)

 

 ダニエルの耳打ちを聞いて、イーサンは目線をレーダーに向ける。

 今までunknown表記だった敵艦には、しっかりと名前が表記されていた。

 

『かくれんぼってさ、相手が弱いと退屈でしょ? だからハンデをあげるよ。ダナンの半径10キロまで近づけばこちらを認識できるようにしてあげる』 

 

 その言葉と共に、レーダーに映っていた敵艦の反応が消えた。

 現在、敵艦とカール・ヴィンソンの距離は10キロ以上離れている。

 恐らく、近づけばレーダーにまた敵艦の反応がでるのだろう。

 

『んじゃ、そんな訳で帰って伝えといてよ。“天災は海にいる”ってね』

「それは……ん? もう切れてるのか?」

 

 言いたいことを言って切られた受話器を、イーサンは寂しそうに見つめた。

 

「艦長、先程の天災の言葉は……」

「あん? んなもん、追って来いってことだろ」

「何故そのようなことを……」

「なんだ、わかんねぇのか?」

 

 受話器を握ってる時とはうって変わり、普段の粗い言葉使いになったイーサンは歯を見せて笑った。 

 

「つまり、見つけたら逃げずに相手してくれるってことだ」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「はっはー! 特注魚雷を喰らいやがれッ!」

 

 敵艦の真後ろにピッタリと張り付いて魚雷を発射。

 だが、魚雷は敵艦には当たらなかった。

 

「敵艦の真下を素通りしてんじゃん!?」

「これでいーの。だって今回は殲滅が目的じゃないからね」

 

 散々水中を泳ぎ回って敵と俺を翻弄した束さんは、今度は一隻づつ敵を狙い始めた。

 恐るべきはデ・ダナンの機動力。

 相手って本当に軍艦? 

 第三者目線で見てると、軽いイジメだぞこれ。 

 まるで戦闘機VS気球船だもの。

 

「特殊魚雷【泡姫】、起動せよ!」

 

 ネーミングセンスはどうにかしろと言いたい。

 一体なぜそんな名前にしたのか。

 ん? なんだ? なにか白いモヤが大量に敵艦の真下に現れた。

 

「泡姫はね、言うならばシャボン玉製造機なんだよ」

「シャボン玉?」

「そうだよ。魚雷の中には特殊な薬品も仕込んであってね……あーなる」

 

 束さんが指差す先にあるのは、先程の白いモヤに包まれた敵艦。

 その敵艦が徐々に上昇し始めた。

 

「粘着性の泡に包まれたスライムBはこれで戦闘不能だね。泡だと思って馬鹿にしちゃダメだよ? 潜水艦だからあの程度で済んでるけど、普通の船ならひっくり返って終わりなんだから」

 

 確か、コードギアスで泡を使って船を沈めるシーンがあったな。

 ……泡姫こえぇぇぇ!!

 普通に怖い兵器じゃん!?

 てかスライムBって敵の名前か?

 可哀想な名前を付けてるんじゃない!

 

 ――誰か俺とツッコミ役変わってくれないかな?

 

「次行ってみよー」

 

 色々といっぱいいっぱいな俺を放置して、束さんは楽しそうに次の獲物を探し始めた。

 帰ってエロゲーしたいです。

 

「スライムC、君に決めた!」

 

 なら残りはスライムAか。

 早く仲間を呼んで合体しろ。

 それか逃げろ、超逃げろ。

 

「やっふっー! 逃げろ逃げろ。抵抗しない敵などテスト相手にもならん! あ、もう追いついちゃった。んじゃ特殊魚雷其のニ【泡姫】発射!」

 

 ……へ?

 

「ついでにスライムAにも発射!」

 

 ……おい。

 

「魚雷の名前同じじゃね?」

「うん、ぶっちゃけ飽きました。データも取れたしもういいや」

 

 束さんは至極真面目な顔でそう言い放った。

 女心と秋の空って言うしな。

 アメリカのナイスガイなら笑って許してくれるよね?

 ――束さんに代わって謝ります。振り回してごめんなさい。

 

「あーあー。聞こえてるかな?」

 

 心の中で束さんに代わって謝罪していると、束さんが何やら喋り始めた。

 視線が正面を向いてるから、俺に向かってではない。

 

『聞こえています』

 

 声の主は少し前に聞いた艦長さんだ。

 お疲れ様です。

 

「さて、これにて試合終了ってことで良いかな? ちょっと物足りないから、束さんとしては軍用のISとも遊んでみたいんだけど……やる?」

『こちらのISは未完成品。ミス篠ノ之の相手をするにはまだまだ力不足ですので、遠慮させて頂きます』 

 

 俺が相手だったら絶対にイラっとするだろう発言を、艦長さんはさらっと受け流した。

 未成年の少女相手に心の広い人だ。

 

「ふーん? まぁいいや。色々データも取れたし、今日のところはこれで満足しといてあげるよ」

 

 そのくらいにしとこうな?

 横で聞いてる俺の胃がキリキリしてきたぞ。

 

『ところでミス篠ノ之、貴女のソレは分類的にISで良いのでしょうか?』

「おっと、紹介するのが遅れたね。この艦の名前は【吾輩は猫である(名前はデ・ダナン)】だよ。拠点兼研究所なのでこれからよろしく」

 

 束さん、それは質問に答えてる様で答えてないよ。

 なんかもう、ホントすみません。

 

「んじゃ、そんな訳で帰って伝えといてよ。“天災は海にいる”ってね」

『それは――』

 

 相手の言葉が急に途切れた。

 束さんは、言いたいことを言って通信を切ったのだろう。

 ――これでめんどくさいイベントは終わりでいいかな?

 

「戦闘モードを解除。ダナンを自動航行モードに移行。さーて、ダナンの問題点が色々見えたし、ちょっと頑張りますか」  

 

 束さんが腕まくりして気合を入れる。

 その横顔は凄く楽しそうな笑顔だ。

 よし、イベントパート終了でいいな。

 それではこれより日常ギャグパートに入ります。

 異論は聞きません。

 

「束さん」

「ん? ごめんしー君。見ての通り忙しいから遊んであげれないんだよ。帰りたいなら先に帰っていいよ。あ、でも帰る前にご飯作っといて」

 

 束さんの肩に背後から手を置くも、こちらも見向きもしない。

 忙しそうに手を動かすばかりだ。

 もう、束さんたらお茶目なんだから。

 

 ――謝る時はちゃんと目を見なきゃダメだろ?

 

「あいたたたたたッ!?」

 

 後ろからほっぺを捻り上げる。

 もちろん左右両方だ。

 

「あれ? もしかしてしー君怒ってる?」

「もしかしても怒ってるよ。なんでか知りたい? それは俺の頭や背中の痛みの原因がお前だからだよこの野郎」

「ちょっと話し合おうよい゛い゛ぃぃぃぃ!!」

 

 手加減は一切しない。

 親指と人差し指に力を込め、全力でちぎってやる。 

 

「引きちぎったほほ肉を生姜タレに漬け込んでじっくり炭火で焼いた後に、お前の口に詰め込んでやる」

「ハンニバルはいやだぁ!」

 

 束さんの声が鼻声に変わった。

 だがそうそう許さんぞ。

 俺が壁にぶつかるたびに笑いやがって。

 しかもご丁寧に流々武まで封印しやがって。

  

「反省してる?」

「してますしてます!」

 

 束さんの頭がわずかに揺れる。

 んー、そろそろいいか。

 

「んじゃまず、今回の件を説明してください」

「うぅ……私のほっぺが……。今回の件ってなんのこと?」

 

 涙目で自分のほほを摩りながら、束さんはやっと俺の方を見た。

 しかしここでおとぼけとは……。

 

「刺身の方がお好みですか?」

「すみませんでしたッ!」

 

 にっこり笑うと、束さんが椅子から降りて正座した。

 デ・ダナンの評価テストの為とはいえ、やることが過激だ。

 下手に敵対心を煽っても、それは箒の危険が増すだけ。

 なにか裏があるだろうと考えるのは当然である。

 束さんも逃げられないと思ったのか、ため息混じりで姿勢を正した。

 なので、俺は束さんの正面に座り聞く姿勢に入る。

 

「んで、今回の茶番の本当の理由は?」

「いやその、ダナンのテストの為ってのは本当だよ? 他にも目的はあったけど」

「わざわざ軍にケンカ売ってまでなにがしたかったのさ」

「ねえしー君。宇宙と海中って似てると思わない?」

 

 宇宙と海中か。

 語感が似てるとかじゃないよね。

 

「そんな難しい話しじゃないよ。宇宙で海中でも人間は生きれないでしょ?」

「それはそうですね」

「仮にさ、宇宙船に乗ってる状態で外に放り出されたらどうなる?」

「死にます」

「潜水艦から外に放り出されたら?」

「それも死にます」

 

 宇宙では真空。

 海中では水圧という敵がいる。

 人間はどう考えても生き残れない。

 

「まぁ気圧と水圧。戦う相手が違うけどね」

 

 そう言って、束さんはニヤリと笑った。

 まさか、そういうことか?

 

「私がこうして潜水艦で海を逃げ回ってると相手に伝えた。そして、こちらの船の性能を知った奴らは、このままでは捉えきれないと理解したはず。さぁしー君、もししー君が私を追いかける側ならこれからどうする?」

「高性能の潜水艦を作ります。できればISコアを用いて」

「高性能潜水艦を造る技術、それは宇宙船開発に応用できるだろう。もちろん全部が生かせる訳じゃない。けどさ、無駄な兵器開発に勤しんでもらうよりはマシでしょ?」

 

 パチンと可愛らしくウインクをして、束さんは話しを締めくくった。

 なんとまぁ、束さんにしてはまともな発想だ。

 自分を囮にして人知れず宇宙進出を促してるんだね。

 ちょっと感動した。

 

「見直したよ束さん。成長したね」

「ふっふっふっ。でしょ? もっと褒めていいんだよ?」

「最高! 可愛い! 素敵!」

「むふー」

 

 ご満悦だ。

 なにこれ可愛い。

 

「うんうん。誰も知らない間に暗躍するのもいいけど、私の偉業を知る人間もやっぱり必要だよね。しー君を無理矢理連れてきたかいがあったよ」

 

 そして自爆しやがった。

 

「束さんや、無理矢理とはなんのことだい?」

「あ、やべ」

 

 見つめ合う。

 

「――――」

「――――」

 

 見つめ合う。

 

「……てへ」

 

 舌をチロっと出して頭をコツンと叩く束さん萌え。

 でも、許すかどうかは別問題。

 

「俺さ、気絶した前後の記憶が曖昧なんだけど、何した?」

「お薬使っちゃった」

 

 そっか、お薬使っちゃったか。

 つまり計画的犯行ってことだな?

 

「さぁ、お仕置きの時間だ」

「いやぁぁぁ!!」

 

 逃げようとする束さんのウサ耳を掴んで逃走を阻止。

 『甘やかすな。つけ上がる』が佐藤家家訓なのだ。

 

「右腕部展開」

 

 左手でウサ耳を掴みつつ、流々武を右腕だけに装着する。

 

「流々武まで使うの!? それは洒落になってないんじゃいかな!?」

 

 だって洒落じゃないし。

 ウサ耳を掴まれた束さんは、解体前の野うさぎに等しい。

 

「お願いしー君。許して」

 

 うるうると、涙目+上目使いで束さんが見つめてくる。

 可愛い……。

 可愛いが、だ。

 ここで許してはダメだ。

 一度見逃してしまえば、これから先も拉致られる可能性がある。

 平穏な学生生活と、穏やかな週末を過ごす為にも許してはいけない。

 

「しー君……ダメ?」

 

 ぐっ……。

 思わず許してしまいそうになる。

 まぁでも、問答無用でお仕置きは確かにやりすぎかもだな。

 束さんにだって理由があるかも知れないし。 

 

「束さん、なんで拉致なんてしたの?」

「……だって、全然遊びに来てくれないんだもん」

「へ?」

「遊んでくれるって言ってたのに、週末になると一人でどこか行っちゃうし、一向にこっちに来てくれる気配ないし……」 

 

 唇を尖らせながら、束さんがそっぽを向く。

 そう言えば、たまに遊ぼう的な事は言った気がする。

 束さんのセリフだけ聞けば、俺が悪いのだろう。

 しかしだ、俺が最後に束さんと会ってからまだ一ヶ月も経ってないんだけど?

 寂しがり屋なお子様でもあるまいし、さすがにその程度の理由ではちょっと弱いよね。

“たまに遊ぶ”って言葉は、人によって意味合いが違うのかな? 

 個人的には月一くらいだと思うんだが……。

 

「しー君だけいっくんと楽しそうだし、つまんなかったんだもん」

 

 うーん、そう言われると許してあげたくなるな。

 でもなぁ。

 

「取り敢えず、お尻揉みしだくからこっちに尻向けろ」

「あっれ!? 私はいま殊勝なこと言ったよね!?」

「言ったね。でもせっかくセクハラできる機会だし、逃したくない」

「まさか自慢のパーフェクトボディ仇になるとは!」

 

 わたわたと逃げようとする束さんだが、機械仕掛けの耳をしっかりと掴まれてる為、逃げ出すこともできない。

 なにしろ、束さんが100%悪いというまたとない機会だ。

 逃すわけないね。

 

「待って! お願いだから待って!」

「何かお願い事があるなら、素直に正面からこい」

「仮に正面から『軍艦とドンパチしようぜ!』って言ったら来てくれた?」

「行かない」

「でしょ!? なら無理矢理もしょうがないじゃん!」

「色仕掛けとか泣き落としとか、色々あるだろ? 尻を揉まれる覚悟もないのに強攻策に出た束さんが悪い」

「色仕掛け……泣き落とし……はっ!」

 

 なにか思いついたのか、束さんの目が大きく開かれる。

 

「しー君、勝負しない?」

「勝負?」

「今からしー君に色仕掛けをするので、しー君を誑かすことができたら許してください!」

「ほう?」

 

 悪くない提案だ。

 起死回生の一手っといったところか。

 これは本当に悪くない。

 だって、どっちに転んでも俺得だもの。

 

「受けましょう」

 

 ウサ耳から手を離し、束さんを自由にする。

 

「ふっ。油断したねしー君」

 

 束さんが俺から距離を取り、ニヤリと笑った。

 

「私はずっとしー君を見ていた。そう……暇でなくても見ていた」

 

 そこは暇なときにしとけ。

 

「ぶっちゃけラジオ代わりと言っていい」

 

 ここまで愛がないストーカーが過去存在しただろうか?

 

「だから私は、しー君のことはなんでも知っている。もちろん弱点も――」

 

 背中におっぱいを押し付けられながら、耳元で可愛く甘えられたら俺は落ちると断言しよう。

 

「しー君以上にしー君を知る。そんな私が送る対しー君用必殺技――」

 

 はぁぁっと気合を入れながら、束さんがポーズをとる。

 

「必殺……TABANEだだっ子!」

 

 束さんが床に仰向けに寝転んだ。

 これは――まさか――

 

 

 

 

「やだやだやだ―!」

 

 じたばた

 

「遊んでくれないとやだ―!」

 

 どたばた

 

 

 

 

 だだっ子……だと!?

 

「遊んで遊んで遊んでー! しー君だけいっくんと遊んでずーるーいー!」

 

 転がりながらじたばた。

 

「なんで束さんだけ遊んでくれないのー!」

 

 うつ伏せでどたばた。

 

 手足をばたつかせる様はまさにだだっ子!

 まさかこんな必殺技があるとは!?

 

「うぐ……遊べよぉ……もっとかまえよぉ……」

 

 ……そうだよな。

 束さんは例えるなら一人暮らしを始めたばかりの女子大生。

 心細くなる時もあるよな――って危ねぇ!?

 想定外のインパクトに流されるとこだったぜ。

 俺がこの程度の――

 

「ひっく……なんで遊んでくれないの?」

 

 この程度――

 

「ぐしゅ……しー君は束さんのこと……嫌いなの?」

「よーしよしよし!」

 

 気がついたらうつ伏せ状態の束さんの側に腰を下ろし、その頭を撫でていた。

 催眠術だとか色仕掛けとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 

「ごめんね。寂しかったんだよね。俺が悪かった。ISで遊びに行くのが楽しくて、ちょっと束さんを蔑ろにしすぎたね」 

「……じゃあ、たまに遊んでくれる?」

「遊ぶ遊ぶ」

「……どれくらい?」

「あー……二週間に一回……」

「うぅ……」

「週一で!」

「えへへ」

 

 勢いに任せて約束しちゃったけど、仕方ないよね。

 お仕置きだとかセクハラだとか、そんなもんはどうでもいい。

 守りたいこの笑顔!

 

「ほら、服が汚れるから立って。そんで――」

 

 色々騒いで喉渇いたし、胃も空っぽだ。

 

「取り敢えず、ご飯でも食べに行こ? ね?」

「……うん!」

 

 にぱ顔が尊い!

 可愛いなもう!

 

 束さんの小さなガッツポーズは、見てないことにしました。



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織斑一夏の名推理

なんでこうも執筆が遅いのか……。



 最近、神一郎さんの様子がおかしい。

 

 まず、遊びに誘っても断られることが多くなった。

 何をしているのかは知らないが、週末の誘いはほぼ断られる。

 期待していたゴールデンウィークも、神一郎さんは“親戚の家に遊びに行く”と言って音信不通になった。

 不満……ではないと思う。

 そう、これは……。

 

「シン兄が相手をしてくれなくて寂しいってこと?」

「ぐっ……」

 

 鈴の身も蓋もない言い方に思わず言葉を詰まらせる。

 違う、違うんだリン。

 そんな子供っぽい理由じゃないからな!

 

「ふふっ」

 

 駅前にある喫茶店のテラス。

 俺と向き合って座る鈴が、俺の顔を見ながら楽しそうにストローを咥える。

 さては変な勘違いしてるな?

 

「鈴、俺が言いたいことはそんなことじゃなくて、“神一郎さんが変わった”ってことだ」

「一夏はそういうけど、あたしから見れば何が変わったのかさっぱりなんだけど?」

 

 神一郎さんのことを知る友人として鈴を喫茶店に誘ったのだが、どうも人選を間違えたようだ。

 鈴は春休み以前の神一郎さんを知らないし、無理もないか。

 こんな時、箒が居てくれれば……。

 

「一夏? 今、他の女のこと考えたわね?」

「え? なんでわかるんだ?」

 

 考えてる事をピタリと当てられ驚くと、鈴は何故か怒った顔になった。

 なんでだ?

 

「はぁ―。もういいわ。一夏にそんな気遣いは無理だって理解してるし」

 

 そして盛大なため息をつかれた。

 お茶に誘った時はニコニコしてたのに、なんでこうも表情が一転するのか……わからん。

 

「ねぇ一夏。つまり、前までのシン兄はもっと付き合いが良かったってこと?」

「そうそう。そんで色々とイベント立てたり、遊びに連れてってくれたりしてさ」

「ん~。別にケンカして怒らせたって訳でもないのよね?」

「それはないな。学校帰りのスーパーのタイムセールへの誘いや、ちょっとした道草は断られないし、嫌われてるってことはないと思う」

「あんたらは学校帰りになにしてんのよ」

 

 いやだって、夕方のタイムセールは惣菜が安かったりするし、小学生には狙い目なんだよ。

 千冬姉が就職してから家で使用する食材の消費が少なくなったから、下手に作るより割安になった惣菜の方が安かったりするし。

 

「それと鈴。おかしいのは神一郎さんだけじゃないんだ」

「だけじゃないって、他にもいるの?」

「あぁ、千冬姉もおかしいんだ」

「千冬さんも?」

「実は、千冬姉にも神一郎さんのこと相談したんだ」

「それで?」

「“ほっとけ”って。神一郎にも都合があるんだろうって……」

 

 神一郎さんの話題を出すと、千冬姉の様子もおかしくなる。

 気まずい空気が流れ――そして、千冬姉は早々に会話を打ち切ろうとするのだ。

 これは絶対おかしい。

 

「あのね一夏。あたし、一夏の言う千冬さんとシン兄の関係も知らないんだけど? 二人は仲良かったの?」

 

 そうだった……。

 箒が居れば絶対に同意してくれるのに! って痛いッ!

 

「一夏? 目の前に女の子が居る時に、別の女のことを考えない。覚えておきなさい」

 

 俺の脛を蹴り上げた鈴がジロリと俺を睨む。

 なんかよくわからんが素直に頷くのが吉と見た。

 

「りょ、了解」

「よろしい」

 

 満足気に微笑む鈴が怖い。

 っていかんいかん。

 話しがズレてる。

 

「話しを戻すけど、神一郎さんと千冬姉はなにかを隠してると思うんだ」

 

 二人が変になったのは、恐らく三月あたりからだ。

 箒の引越しが決まり、神一郎さんは音信不通。

 俺は神一郎さんの事を気にしながらも、箒との思い出を沢山作るために遊びまわった。

 そして春休みが終わり、今現在。

 久しぶりに会った神一郎さんを家に誘うも、色々と理由をつけ断られ、千冬姉は束さんや神一郎さんの話題を一切出さなくなった。

 なにか隠してると考えてしまうのも仕方がないことだと思う。

 

「隠し事ね~。何か心当たりでもあるの?」

「ある」

「あるんだ」

 

 俺だって今まで何も考えななかった訳じゃない。

 色々考えてたのさ。

 

「前に千冬姉に会っただろ? 正直な印象ってどうだった?」

 

 つい先日、鈴が家に遊びに来た。

 丁度千冬姉が休日だったので、二人は顔を合わせたのだが――

 

「千冬さんの印象? そうね……美人、寡黙、それと……」

 

 鈴が言葉を濁らせながら俺の顔色を伺う。

 

「それと?」

「その……ちょっと怖かったわ……」

 

 リンが申し訳なさそうにそう呟く。

 正直言って、鈴がそう思ってしまうのも仕方がないことだ。

 だって、鈴と会った時の千冬姉があきらかに態度が変だったからな。

 今でも思い出す二人の初めての顔合わせ。

 千冬姉は何故か無言で鈴を見つめ、見つめられた鈴は緊張から固くなって黙ってしまうとういう、なんとも言えない空気が辺りを支配していたのだ。

 今思い出してもあれは酷かった。

 千冬姉は寡黙なところがあるとは言え、まさかのだんまりだったし。

 

「ま、まぁ千冬姉はちょっと人見知りの所があるからさ、あんまり気にしない方が良いって」

「そうなの? それなら良いんだけど……」

 

 鈴が珍しく弱気な顔を見せる。

 やっぱり友達の家族に歓迎されてない雰囲気を出されたら気になるよな。

 安心しろ鈴、あの時の千冬姉は弟の俺から見ても普通じゃなかったからさ。

 

「それで、千冬さんの様子がおかしいって言ってたけど、具体的には?」

「それなんだが、聞いて驚け。なんと――千冬姉が! 最近! 恋愛ドラマを見ているんだッ!!」

「恋愛ドラマをッ!?」

 

 やっぱり驚くよな!?

 俺だって驚いたもの。

 

「意外としか言えないわね。第一印象で言うのも悪いけど、とても恋愛ドラマに興味があるようには見えなかったわ」

「や、その印象は当たってる。千冬姉は最近までドラマとか興味なかったのは確かだ」

 

 もちろんバイトが忙しかったとか色々理由があるかもしれないが、たまの休みでも千冬姉は興味がある素振りを見せたことがなかった。

 今まで恋愛のレの字も興味なさそうだったのに、最近……いや、具体的には春先当たりから急に見始めたのだ。

 それを見て、俺は一つの確信を得た。

 

「いいか鈴。神一郎さんの態度が変わったのが新学期からだ」

「剣道の道場を辞めたり、付き合いが悪くなったって奴ね」

「そして千冬姉の様子がおかしくなったのは、三月頃からだ」

「それは恋愛ドラマを見るようになっただけ?」

「いや、付け加えるなら、神一郎さんの話題を避けるようになったこともだな」

「ふむふむ」

 

 鈴は俺が言いたい事を分かってくれただろうか?

 

「ねえ一夏」

「ん?」

「つまり、なんだって言うの?」

「鈴……意外と鈍いんだな」

 

 こういった話は女子の方が得意なはずなのに、鈴は全然理解してくれなかった。

 俺も恋愛話なんて無縁だけど、鈴ももう少し勉強した方がいいじゃない痛いッ!?

 

「アンタだけには言われたくないわよ!」

 

 鈴が俺の足を俺の足をグリグリと踏みつける。

 俺だけにはって……俺だって鈍い訳じゃないぞ?

 

「文句でもあるの?」

「――ナイデス」

 

 そう、俺は本当に鈍くない。

 女子が怒ってる時は無駄な抵抗はしない。

 そういった事はしっかり学んでいる。

 

「で? 一夏はなにが言いたいのよ」

「俺はな、『神一郎さんが千冬姉に告白して振られたのでは』と考えているんだ」

「……へ?」

 

 鈴がストローを咥えたまま固まってしまった。

 まぁそうだよな。

 驚くよな。

 最初、自分でもありえないと思ったさ。

 だけど、考えれば考えるほど自分の考えが正しいと思ってしまうんだ。

 

「――ふぅ」

 

 鈴がストローから口を離し、軽く息を吐いた。 

 

「一応確認するけど、シン兄と千冬さんって仲良かったの?」

「そうだな……」

 

 鈴は二人の関係をよく知らない。

 急には信じられないか。

 

「二人の仲の良さを分かりやすく説明すると……互いに蹴ったり叩いたりする仲?」

 

 印象深いのはやっぱりクリスマスの時の二人だな。

 千冬姉も神一郎さんも笑顔でやりあってたし。

 

「一夏、それは絶対に仲良くないと思う」

 

 鈴がジト目で俺を睨む。

 しまった。

 ちょっと言葉足らずだったか。

 

「えっと……そうだな、“ケンカするほど仲が良い”ってやつかな。鈴はさ、神一郎さんが女性のお尻を引っぱたいたことがあるって言ったら信じられるか?」

「シン兄が? 正直信じられないけど……。もしかして、シン兄って千冬さんの――」

 

 信じられないという表情の鈴に対し無言で頷くと、鈴は顔を青くしてしまった。

 どう見ても冗談が通じない風貌の千冬姉のお尻を、ノリと勢いだけで叩けるのは俺が知ってる限り神一郎さんくらいだ。

 

「叩いたって言っても、ちょっとした罰ゲームの結果だったんだけどさ、千冬姉と神一郎さんてそういった事ができる仲なんだよ」

 

 そうだ。

 千冬姉が俺に見せる顔と、神一郎さんに見せる顔は違う。

 神一郎さんに対して対等に接している感じがする。

 俺とたった一歳しか違わないのに、千冬姉は神一郎さんを一人前と認めているんだ。

 なんか悔しいな。

 

「一夏の言い分は理解したわ。とは言っても、わたしは去年の二人を知らないし、なんとも言えないんだけどね。それで、なんでそんな結論に至ったの?」

「神一郎さんは、三月の頭から一ヶ月学校を休んでいるんだ。更に、連絡付けようにも電話も出ない状態だった」

 

 事情があると言ってたけど、神一郎さんはどうにもはぐらかそうとするし、千冬姉はなにか知ってる様だったが教えてはくれなかった。 

 

「新学期が始まって姿を見せる様になったけど、道場を辞めたり付き合いが悪くなったりと、どう見ても不自然だ」

 

 道場を辞めた理由も、週末遊んでくれない理由も、本当のところは分かっていない。

 神一郎さんが目を泳がせながら本音を語ってくれないからだ。

 

「そして、千冬姉が恋愛ドラマを見るようになったのは三月当たりから。あ、ちなみに、見てたドラマは青年実業家と女子高生を題材にしてたのだった」

 

 まだ子供と言える高校生と、若いが成人している男性の恋愛模様を描いた、所謂年の差カップル物だ。

 

「ねえ一夏……」

 

 今まで黙って話しを聞いていた鈴が、口を開く。

 

「つまり……つまりね、アンタはこう言いたいの? シン兄は千冬さんに振られたショックで不登校になって道場を辞め、千冬さんはシン兄に対して後ろめたさがあるから話題を避けているって……」

「その通り。付け加えると、千冬姉が恋愛ドラマを見始めたのは恋愛勉強の一貫だと思うんだ」

 

 今まで浮いた話がない千冬姉は、間違いなく恋愛初心者。

 年の差などを気にしてつい振ってしまたけど、それを気にして――

 とか、そんな裏事情があるんじゃないかな?

 

「ちょっと待ちなさいよ。それ、本気で言ってるの?」

「なら聞くが、鈴は俺の話しを聞いて他に何か思いつくか?」

「うっ……そう言われると……」

 

 俺の言い分には納得できないが、他に思いつくこともないみたいだ。

 鈴が腕を組みながら唇を尖らせた。

 そんなに意外な話しかな? 弟の俺から見ても千冬姉は美人だし、神一郎さんはしっかり者だ。

 結構お似合いだと思うんだけど。

 

「そんなわけで鈴、千冬姉と神一郎さんの仲を取り持つ為に俺に協力してくれないか?」

「協力? 一夏は二人をくっつけたいの?」

「なんで意外そうな顔? あのな鈴、家族って……減るんだよ」

「……うん」

 

 鈴は俺に両親が居ないことを知っている。

 だからだぶん、千冬姉を神一郎さんに取られていいのか、なんて心配をしてるんだと思う。

 確かに千冬姉が誰かと付き合い始めたら少し寂しいかもしれない。

 だけどさ――

 

「家族は減る。離婚だったり、死んだり、色々な理由で離れる。だけど鈴――家族って、増やすこともできるだろ?」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 ――小学生女子とのデートは犯罪ですか?

 ――いいえ、小学生同士ならセーフです。

 

 いやはや、小学生ボディはめんどくさい時もあるが、こういった場合は本当に都合がいいな。

 

 ん? どんな場合だって?

 

「シン兄お待たせ!」

 

 小五ロリとデートする場合だよ。

 

「可愛いじゃん」

「そ、そう?」

 

 照れくさそうに頬を掻くリンは、短パンのホットスパッツにTシャツと、動きやすや重視の格好をしている。

 むき出しの太ももと、シャツの隙間から見える鎖骨が健康的なエロスを生み出している。

 生前なら通報間違いない。

 俺は悟ったね、小五ロリは良いものだと――

 もちろんタッチはしません。

 紳士のお約束は絶対です。

 

「今日は急な呼び出しでごめんシン兄。助かったわ」

「俺も買い物したかったし、気にするな」

「でも何か用事があったんでしょ? 良かったの?」

「大した用じゃないから大丈夫」

 

 今日は日曜日。

 本来なら流々武でお出かけしてるが、リンからのお誘いとあっては仕方がない。

 束さんには昨日顔を見せたし、問題なく遊べるってもんだ。

 

「それで、本当に一夏が来るのか?」

「間違いないわ。一夏は夏服を買いに駅前のデパートに行くって言ってた。シン兄も見逃さないように注意して」

 

 そう言ってリンが周囲をキョロキョロと見回す。

 一夏のいち早く会いたいんだろうけど、そこまで俺に興味無い風だとお兄さん寂しい……。

 

 さて、俺とリンは何をしてるかというとだ、簡単に言えば待ち伏せである。

 一夏が買い物をしに現れると知ったリンは、出掛け先で偶然を装って合流する気なのだ。

 俺はリンがさり気なく一夏と買い物を出来る様に手助けする役だ。

 リンを応援しないと言ったが、これくらいならいいだろう。

 俺など介さず一人で会えばとも思うが、そこは男では計り知れない乙女心。

 リンはツンデレだしな。

 

「――いた」

 

 リンが注視する先に俺も視線を向けると、遠くから一夏が歩いて来るのが見えた。

 休日の駅前という人が多いこの状況、この距離で見つけるとは流石は恋する乙女。

 乙女と書いてハンターと読む! ってか。

 ただまぁ……余計なオマケが付いてるんだよね。

 

「リンってさ、千冬さんと会ったことある?」

「……一回だけ」

 

 一夏の隣を歩く千冬さんを見て、リンが気まずそう表情を見せる。

 うーむ、リンにしては珍しい反応だ。

 そう言えば、原作でもリンは千冬さんを苦手にしてたっけ?

 千冬さんは無愛想だし、口数が少ない。

 小学生が苦手意識を持ちやすいタイプだ。

 だからなのかな?

 

 お、一夏と目が会った。

 

「神一郎さんッ! 奇遇ですねッ!」

 

 そして何故か嬉しそうに俺の元に駆け寄って来る。

 えっ、なんで俺?

 俺より先にリンに挨拶しろよ。

 そんなんだからホモォォを疑われるんだぞ。

 

「ぐ、偶然ね一夏」

「そ、そうだな。偶然だな鈴」

 

 そして何故かリンとは余所余所しいし。

 なんで意識しあってるの?

 まさか俺が知らないとこでラブコメしてないだろうな?

 健全なラブコメなら許すが、エロコメならお兄さんは許しません。

 小学生にはまだ早いッ!

 

「……久しぶりだな、神一郎」

「……お久しぶりです」

 

 ま、俺も人のこと言えないんだけどね。

 一夏とリンの横で、俺と千冬さんもぎこちなく挨拶する。

 

 正直、これはちょっと予想外な出会いだ。

 忘れていけないのは、俺と千冬さんの関係だ。

 俺と千冬さんは、昔の様な関係ではない。

 仲違いしていると周囲に思わせなければいけない。

 周囲に人の目がある以上、受け答えには気を付けなければ!

 

「休日も弟にべったりですか、相変わらずのブラコンぶりですね。就職したんですよね? そろそろ友達でも作ってその人と買い物したらどうです?」

「私の友人問題に口出しされる筋合いはない。お前こそぶらぶらしている暇があるなら家で勉強でもしていろ。お前がいると面倒だ」

 

 (訳):相変わらず姉弟で仲が良いですね。おっと、そういえば言い忘れてました。就職おめでとうございます。職場はどんな感じですか? 千冬さんは人付き合いが苦手そうだから心配です。

 

 (訳):私は仕事とプライベートは分ける派だ。しかし何故お前が此処に居る? 暇なら束の相手をしててくれ。その方が面倒事が起きなくて助かる。

 

 きっと、素の会話だったらこんな感じだったと思う。

 

「……」

「……」

 

 気まずい沈黙が訪れる。

 軽いジャブのつもりが、これってガチで殴り合ってないか!?

 いやだって、俺は千冬さんと会うつもりはなかったんだよ。

 平日は学校、夕方からは自宅に引きこもってゲーム&ISの勉強、週末はISで海外か日本の観光地。

 意図的に会う気がなければ、出会うことはなかったはずなのだ。

 しかし俺もそうだけど、千冬さんもワザと相手を邪険にするのは苦手の様だ。

 千冬さんは目力が強いんだから、無表情で言葉少なめに対応してればそれだけで解決するんだよ! なんで気合入れてんの!?

 

「ち、千冬姉?」

 

 一夏が凄く驚いた顔してる。

 これはマズイ! 

 周囲から険悪に目られるのは問題ないが、さすがに一夏の目の前で必要以上に険悪なムードを見せつける訳にはいかない。

 別に一夏を悲しませたい訳じゃないからな!

 

 (千冬さん!)

 (了解だ!)

 

「ご、ごほん。それにしてもホント久しぶりですね」

「そ、そうだな。久しぶりだ」

 

 一瞬のアイコンタクトの後、俺と千冬さんは出会い頭の挨拶をなかった事にした。

 ここからは勢いで乗り切る!

 

「俺は夏服を買いに来て偶然リンと出会ってさ。一夏も買い物?」

「え? あ、はい」

「なら一緒に行こうか。リンもいいだろ?」

「え? う、うん」

「――行くぞ」

 

 俺が話しをまとめると同時に千冬さんが颯爽と歩き出す。

 その姿を見て一夏とリンは慌てて後を追う。

 一応なんとかなかったか?

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「千冬さん、たまには赤とかどうです?」

「私が望むのは、安くて丈夫で動きやすい黒か紺だ」 

「さすげなく色以外の要望も入りましたね。ならこれは――」

 

 駅前デパートの服売り場。

 並ぶ服を見ながら、千冬さんと当たり障りのない会話を続ける。

 平和的だと思うだろ? ところがぎっちょん!

 

 ジー

 

 俺と千冬さんの背中に当たる視線が痛い!

 見てる……一夏とリンがめっちゃ見てる。

 

「一夏とリンは買いたい服は見つかった?」

「いえ」

「まだよ」

 

 振り返り声を掛けるも、二人は服そっちのけで俺と千冬さんを見ている。

 やっぱり最初の対応が間違いだったな。

 一夏から見れば、姉と友人が急に険悪になったと見えただろうし、仕方ないか。

 リンは……なんで見てるんだろ?

 こっちを見てる暇があるなら一夏を見てろよ。

 

 (一夏、あのね。――――)

 (そうだな。そうするか)

 

 声こそ聞こえないが、リンが一夏の耳元に顔を寄せなにやら内緒話をしている。

 

「シン兄、わたしと一夏は別で服を見てきても良いかしら?」

「……ん?」

「それじゃあ後で合流しましょう。行くわよ一夏」

「ちょっ、引っ張るなよ鈴」

「あ、おい。一夏」

 

 呼び止める千冬さんを無視して、二人が人ごみに溶けていった。

 

 なして? なして俺と千冬さんを二人っきりにするん? 

 リンはそんなに一夏と二人になりたいの?

 一夏は今の状態の俺達を放置して心配じゃないの?

 分からん。

 一夏達の考えがさっぱり分からん。

 

 急な展開について行けず思わず固まってしまう。

 すると俺の耳にため息が聞こえた。

 我に返り音の元へと視線を向けると、千冬さんが険しい顔で周囲を見回していた。

 

「来い」

 

 千冬さんがそう言って歩き出す。

 大人しく着いて行くと、千冬さんはフロアの端で歩みを止めた。

 着いた場所はフロア端にある階段だ。

 ここからでも上下のフロアに移動可能だが、大抵の人が中央のエスカレーターやエレベーターを使う為、周囲は非常に閑散としていた。

 千冬さんは近くの壁に背中を預け、腕組をしたまま視線を床に向けた。

 

「神一郎、顔を下げながら私の隣に立て。できるだけ顔色が読まれないよう注意しろ」

 

 千冬さんの視線は相分からず俺の方を向いていない。

 ――もしかして、監視されてる?

 千冬さんは束さんの友人として要注意人物だ。

 監視の目があっても不思議ではない。

 事情を察した俺は大人しく千冬さんと同じ様に壁に寄りかかる。

 

「やっぱり俺と千冬さんが接触したのが悪かったんですかね?」

 

 出来るだけ顔を下げ、唇の動きや表情が周囲に見えない様に話しかける。

 しかしとんだ休日になってしまったな。

 これからどう動くか、そこが悩みどころだ。

 

「ん? 私達を見ているのは一夏達だぞ?」

「……一夏とリンが隠れてこちらを見てるんですか?」

「そうだ」

 

 一夏達の考えがまるで理解できない!

 子供心は理解がある方だとは思っていたが、これは無理だ。

 なに、アイツら姿隠してこっち見てんの? なにしたいの?

 

「今のところ国の監視などはないが人の目がある。暫らくこの状態で時間を潰さないか?」

「了解です」

 

 顔を下げて床を見つつ、俺はそう答えた。

 今の状況、第三者視点で見れば、ケンカして互いの顔が見れない姉弟に見えるだろう。

 千冬さんは一夏の遊びに付き合うつもりらしいし、俺も二人が飽きるまで付き合ってやるか。

 あ、そうだ。

 

「すみません千冬さん」

「――なんの謝罪だ」

「いや、周囲に千冬さんと不仲に見せたいのって、完璧に俺の我が儘じゃないですか。それなのに付き合わせちゃってすみません」

 

 別に、千冬さんが俺の芝居に無理して付き合う必要はないのだ。

 にも関わらず、こうして俺に気を使って――

 

「気にするな。最近、私としてもお前と親しいと面倒だと考え始めたところだ」

 

 ――くれたわけでもないらしい。

 

「もし、万が一にでも、お前がIS適合者だとバレたら、私は相当めんどくさい事になる」

 

 あぁ、うん。

 ただでさえ束さんの友人として目をつけられてるし、そこに俺も加わったら面倒だよね。

 知らぬ存ぜぬじゃ逃げられないだろうし、仮に俺が逃げたら、匿ってるのでは疑われるのは必至。

 そりゃ距離取りたくなるよね。

 

「そんな理由で、私としても問題ない」

 

 千冬さんが小さく苦笑した。

 束さんを含め、面倒な友達ですみません。

 

「それとな神一郎」

「はい」

「たぶんだが、私は一夏の考えてることが分かるぞ」

「え?」

 

 俺にはさっぱりだが、千冬さんには思い当たる何かがあるらしい。

 

「なに、一夏視点で見れば簡単なことだ。今日の私達はさすがに不自然だっただろ?」

「ですね」

「おそらく、一夏は私とお前がケンカしてると思っているはずだ」

「それはまぁ、そう周りに見せたいのでそういう演技してましたし」

 

 やり過ぎた感があるのが問題なんだよな。

 なにしろ、出会い頭で互いに右ストレートを放ったようなもんだ。

 必要以上に一夏が気にしてなければいいんだが。

 

「しかしケンカの理由が分からない一夏は、取り敢えず私達を二人きりにして様子を見るつもりじゃないか?」

「姉と先輩のケンカじゃ口出ししづらい……ですか」

 

 うーむ、一利あるとは思う。

 一夏ならその辺の空気を読まずに顔をつっこみそうな気もするが……他の理由は思いつかないし、千冬さんの言う通りのなんだろう。

 

「ほっとけば仲直りするのでは、なんて思ってるんですかね?」

「そんな感じだろ」

 

 客観的に見ても、俺と千冬さんがケンカしてもねちねちと長引くはずもない。

 二人きりで放置しとけば勝手に仲直りしてそうだもんな。

 

「なに、飽きたら戻ってくるだろう。それでだ神一郎、最近どうだ?」

「また会話ベタなお父さんみたいなセリフを――」

 

 とんと成長しない会話の切り口に、今度は俺が苦笑する。

 あ、千冬さんが不貞腐れてる気配を感じる。

 顔は上げれないが、それくらいなら分かるぞ。

 

「最近は週末に流々武で海外旅行に行くのが日課ですね。とは言っても時間が限られてるのでアジア圏内ですが」

「ほう? 随分と楽しそうじゃないか」

 

 今度は声が硬い。

 羨ましいのか? 小学生が羨ましいのか社会人め!?

 

「それと束さんに薬で眠らされて拉致られたり、本物の軍隊とドンパチするのに巻き込まれたりしてました」

「ほ、ほう?」

 

 もし羨ましいと言ってみろ。

 全力で束さんをけしかけてやるからな!?

 小学生だって楽じゃないんだよ。

 

「話しは変わるが、柳韻先生や箒はどうなった?」

「ざっくり変えましたね。束さんに会いたいなら手引きしますよ?」

「いらん。いいから答えろ」

「柳韻先生と雪子さんは元気でやってます。箒は一人で寂しがってますが、なんとか束さんと和解できて嬉しそうでした」

「――そうか」

 

 今度の千冬さんの声は嬉しそうだ。

 顔を見ないでの会話でも、意外と感情がわかるもんなんだな。

 

「俺からも質問いいですか?」

「構わん」

「んじゃ遠慮なく。リンが千冬さんを怖がってる様でしたけど、なにかしました?」

「凰が? ふむ……心当たりはあるな」

 

 まさかの心当たりある発言が出た。

 千冬さんって、自分が子供に苦手意識を持たれやすいって知ってたんだ。

 いつも態度が変わらないから、知らないと思ってたのに。

 

「先日、凰が遊びに来たんだが、アイツはどう見ても一夏が好きだろ?」

 

 千冬さんにも一発で勘破されたのか。

 これで当人の一夏が気づかないから不思議なんだよなぁ。

 

「凰には悪いが、箒の気持ちを知ってる私としては歓迎できなくてな。つい、威嚇を――」

 

 お前小学生相手に何してんのッ!?

 

 思わず顔を上げそうになるのをグッと堪え、俺は心の中で盛大につっこんだ。。

 小学生の恋愛にしゃしゃり出るとか、いくらブラコンでもそれはダメだろ!?

 

「――なにか不快な事を考えてないか?」

「気のせいです。しかし威嚇とは穏やかじゃないですね」

「大人気ないとは思ったが、箒の気持ちを知ってるからどうにも、な。逆に聞くが、お前は随分と凰の事を気に入っていないか?」

 

 箒の気持ちを知っていて、更に箒に対し負い目がある千冬さんが、箒以外の女の子を認められないって心情は理解できる。

 俺だって原作知識がなきゃ同じだったかも知れないな。

 

「リンは一夏にとって大事な友達です。俺は積極的に応援はしませんが、邪魔するつもりもありません。それに、余計なお世話をしなければ、二人が付き合うなんて事にはなりませんよ」

 

 さり気なく未来の情報を流してみる。

 千冬さんならこれで気付いてくれるだろう。

 

「……お前が言うなら信じよう。だが、やはり私は凰の事を簡単には受け入れられない」

 

 千冬さんはわずかな間を持たせた後にそう答えた。

 きっと俺の考えが通じたのだろう。

 しかしまぁ随分と義理堅いな。

 リンを受け入れる事は箒への裏切り。

 そんな堅苦しいこと考えてそうだ。

 

「無理して仲良くしろなんて言いません。ただ、大人らしく一歩引いて見守ってやってください。自分に非がないのに好きな男の子の家族に嫌われるなんて、それは流石に可哀想です」

「別に嫌ってるわけではない。が、言いたいことは理解した。これからは善処しよう」

 

 時々だけど、千冬さんは束さん並にめんどくさい子だと思う時がある。

 似たもの友達だよね。

 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 久しぶりの顔合わせは最悪だった。

 出会ってすぐに険悪な雰囲気を醸し出した千冬姉と神一郎さんは、俺と鈴の視線に気付いて慌てて態度を変えた。

 

 デパートに移動してからは、千冬姉と神一郎さんはこちらを気にしながらも表面上は普段通りにしていた。

 正直、それで誤魔化してるつもりかと問いただしたくなる。

 

「鈴、自分の目で見た感想は?」

「あきらかに様子がおかしいわね。それにやたらと私達を気にしながら会話してるし」

 

 隣を歩く鈴が相槌を打つ。

 やっぱり俺が思った通りかもしれないな。

 千冬姉と神一郎さんには、俺が知らない間に何かあったに違いない!

 

「一夏とリンは買いたい服は見つかった?」

「いえ」

「まだよ」

 

 神一郎さんが苦笑いしながら千冬姉との会話に戻る。

 二人の様子を見ていると、疑惑がますます大きくなる。

 しかし、どう切り出したらいいのか分からない。

 直接『神一郎さんって千冬姉が好きなの?』なんて聞けないし――

 

「一夏、あのね。シン兄と千冬さん、さっきからたまに目線で会話してるのよ。二人とも私達が居ない場所で会話したいんじゃない?」

 

 鈴が耳元でそう呟く。

 言われてみれば、神一郎さんと千冬姉は時々互の顔色を伺っているように見える。

 

「そうだな。そうするか」

 

 さっきの険悪な雰囲気を思い出すと、二人きりにするのは少し心配だけど、ここは鈴の作戦に乗るか。

 

「シン兄、わたしと一夏は別で服を見てきても良いかしら?」

「……ん?」

「それじゃあ後で合流しましょう。行くわよ一夏」

「ちょっ、引っ張るなよ鈴」

「あ、おい。一夏」

 

 こうと決めたら鈴の行動は早い。

 俺の腕を掴むと、呆ける神一郎さんと目を開いて驚いている千冬姉を放置して、どんどん進んで行く。

 

「よし、この辺でいいわね」

 

 角を曲がり、並ぶ服に身を隠しながら鈴が俺の手を離した。

 服の隙間から千冬姉達が見えた。

 距離にしたら30メートル程かな。

 

「ちょっと強引過ぎたんじゃないか?」

「何言ってんのよ。あそこは強引に行かないとダメよ。って顔が近いッ!」

「良く見えないんだから仕方ないだろ」

 

 千冬姉の姿が見れる隙間を二人で覗くと、鈴と頬が当たりそうになる。

 さすがに頬をくっつけ合いながらは恥ずかしいのか、顔を赤くした鈴が俺を押し出そうとする。

 そんな様子を周囲の大人がクスクスと笑いながら見ていた。

 ぐっ、まるでデパートでかくれんぼしてるみたいで、今更ながらちょっと恥ずかしいな。

 

「千冬さん達が移動したわよ」

「分かってる」

 

 周囲の視線から逃げる様に俺達もこそこそと後を追う。

 服やマネキンに隠れながら移動し、千冬姉が止まったのを見て俺達も動きを止めた。

 二人は階段そばの壁に寄りかかったまま動かない。

 

「一夏、あれってどう思う?」

「どうって言われてもな。あれ、会話してるのか?」

 

 千冬姉と神一郎さんの間には人一人分程の距離があった。

 二人とも床を見つめたた微動だにしない。

 

「もう少し近づいてみるか」

「そうね」

 

 姿勢を低くし、静かに近付く。

 

「なにか……話してるみたいだ」

「そうなの?」

 

 徐々に二人の顔が見え始めると、わずかに口が動いてるのが確認できた。

 鈴はまだ見えない様なので、注意しながら更に近付く。

 

「本当だ、何か話はしてるわね」

 

 鈴も確認できた所で、俺達は動くのを止めた。

 

「声は――聞こえないか」

 

 さすがに距離があるので、会話まで聞こえない。

 しかし、これ以上は隠れる場所がないので近付く事もできない。

 ここが限界か。

 千冬姉も神一郎さんも、今も床を見つめたまま会話をしている。

 普段の千冬姉なら、顔も見ないで会話なんてありえない。

 

 ――千冬さん、考え直してくれませんか。

 ――その話は終わったはずだ。

 ――でも俺、まだ千冬さんのことが……。

 ――お前は弟の様にしか思っていない。前にもそう言っただろ。

 

「鈴、なにしてんの?」

「アフレコよ」

 

 近くに居るのに声が聞こえないから暇なんだろう。

 隣で会話を捏造する鈴が、舌を出しておどけてみせた。

 鈴はよく大人ぶるけど、たまに子供っぽいんだよな。 

  

「それで一夏、これからどうするの?」

「それは……」

 

 

 

 

 ――どうしよう。

 

 

「考えてないのね?」

「ごめん……」

 

 せめて会話が聞こえればなにかやりようがあると思うんだ。

 ケンカしてるにしたって、理由が分かれば間を取り持ったりできる。

 けど、今の状況じゃ見てるしかないんだよなぁ。

 

「ま、仕方がないわね、もう少し様子をみましょうか」

 

 様子を見るのは構わない。

 それは本当に構わないんだけど……。

 

「あの、鈴さん?」

「なに?」

「近くないですか?」

 

 隠れてるからしょうがないんだけど、鈴があまりにも近い。

 鈴の二の腕がピッタリと俺の腕にくっついてるし、顔の距離も近い。

 この状況でじっとしてるのどうかと思うんだ。

 

「なに一夏、もしかして意識してるの?」

 

 鈴の目がおもちゃを見つけた猫の様に輝く。

 これは嫌な予感――

 

「え? なに? もしかして照れてるの?」

 

 ニヤニヤと笑いながら鈴が更に密着してくる。

 これはあれだ。

 完璧にからかいモードだ。

 しかも、捨て身だ。

 

「鈴、恥ずかしいなら無理するなよ。顔赤いぞ」

「べ、別に恥ずかしがってないわよ!」

 

 顔の赤みを指摘すると、鈴が慌てて俺から距離を取った。

 まったく、女の子が自分の体を使って友達をいじるのは良くない事だ。

 

「それとな鈴」

「な、なによ」

「大声出すと、隠れてる事がバレるし、周囲から見られるぞ」

 

 鈴がはっとした顔になり、慌てて周囲を見回す。

 周囲は人が少ないだけで無人ではないのだ。

 こそこそ隠れてた上に鈴が大声を出すもんだら、周囲の大人が微笑ましく俺達を見ていた。

 これはもう隠れてる場合じゃないな。

 

「取り敢えず千冬姉達に合流しないか?」

「……そうね」

 

 こんなに目立っては千冬姉にバレるのは時間の問題。

 仕方なく俺と鈴は隠れるのをやめて、千冬姉と神一郎さんに近づいた。

 

「お待たせ千冬姉」

 

 出来るだけ自然に声を掛けると、千冬姉と神一郎さんが同時に顔を上げた。

 

「戻ったか。買い物はもういいのか?」

 

 千冬姉が俺と鈴の手元を笑いながら見ている。

 あ、買い物してくるって言ったのに手ぶらだ俺達。

 

「えっと、やっぱり四人で買い物したいなぁ~って、せっかくだし、千冬姉に服選んでもらいたいと思ってさ!」

「あ、あたしもシン兄に服を選んでもらいたくて!」

『ほ~う?』

 

 とっさに言い訳する俺と鈴に対し、千冬姉と神一郎さんから冷たい視線が向けられる。

 これ、隠れて見てたのバレてそうだな。

 

「――まぁいい。まだ買い物を続けるなら付き合おう」

「リンの服を選ぶのも面白そうだし、俺もまだ付き合います」

 

 誤魔化せた……のかな?

 千冬姉に嘘や誤魔化しが通じるとは思わないけど――

 

「それにしてもよく俺と千冬さんがこんな場所に居ると分かったな。もしかして姉を愛する力かな」

「気配を読んだんだろ」

 

 千冬姉、俺は気配なんて読めないよ。

 それにしても、この泳がされてる感はなんだろう。

 見逃されながらも、チクチクと責めてくるのが怖い。

 てか千冬姉と神一郎さんはケンカ中じゃなかったっけ?

 仲直りしたのかな。

 

「気配とか非科学的で馬鹿な事を。良い年して恥ずかしくないんですか? 厨二かよ」

「なんだ、お前は気配も読めないのか? 日本男児として鍛え方が足りん」

 

 してない。

 仲直りはまだしてない。

 でもどう介入すればいいのか分からない。

 ……下手に手を出すのは怖いし、もう暫らく放置でいいか。

 

「さ、改めて服を見に行くわよシン兄!」

 

 リンが神一郎さんの腕を掴み歩き出す。

 その後ろを千冬姉が続いた。

 慌てなくてもまだチャンスは有るはず。

 そうだ! 買い物が終わったらご飯を食べに行こう!

 美味しい食事は心を豊かにするってテレビでも言ってたし、四人で会話してる内に和やかになるかもしれないよな!

 

「置いていくわよ一夏!」

「あ、待ってくれよ鈴――ッ!?」

 

 鈴の呼び声に慌てて足を動かしたら、足がもつれて転びかける。

 

「あ」

 

 世界がスロモーションになった。

 

 ――目の前に千冬姉の背中が見える。

 ――俺の右手がその背中をゆっくりと押す。

 ――背中を押された千冬姉が、前に倒れそうになる。

 ――千冬姉の奥で、驚いた顔の神一郎さんが千冬姉を受け止めようと右手を差し出すのが見えた。

 

 

 

 

 むにゅ

 

 

 

 

 スローモーションどころか、時間が止まった。

 

「シ、シン兄?」

 

 鈴が青い顔をしながら神一郎さんの顔色を伺う。

 訂正。

 世界は残酷なまでに動いているようだ。

 

「ごめん神一郎さん! だいじょう……ぶ?」

 

 体勢を立て直して慌てて駆け寄ると、千冬姉の胸を鷲掴みしたまま微動だにしない神一郎さんがいた。

 

「ち、ちが……わざとじゃ……わざとじゃないんだ……ッ!!」

「落ち着け神一郎! 大丈夫だ、私は分かっている。これは事故だ。そうだろ?」

 

 神一郎さんが汗を流しながらブツブツと呟き、胸を掴まれた千冬姉が神一郎さんを宥めるという不思議な光景だ。

 これはいったい……。

 

「まずは手を離せ。いいか? ゆっくりと手を離すんだ」

「は、はい」

 

 神一郎さんが胸からゆっくりと手を離す。

 余程怖いのか、顔に油汗が浮かび体が小刻みに震えている。

 これは事故なんだし、いくら千冬姉でもそこまで怒らないと思うけど――

 

 

 Prrrrrr

 

 

「ヒッ!?」

 

 携帯の着信音が聞こえ、それに対して神一郎さんが短い悲鳴を上げた。

 なにをそんなに怖がって……ってなんで俺に?

 

 神一郎さんが取り出した携帯電話を俺に渡してきた。

 でろってことかな?

 ちょっと怖いけど――

 

「(ガクブル)」

 

 神一郎さんの様子が尋常じゃないので、ここは素直に引き受けよう。

 表示は不通知。

 怪しさ満点だけど、俺は意を決して通話ボタンを押した。

 

「――――オマエヲコロス」

 

 ヒィィ!?

 

 受話器の向こうから男とも女ともとれない底冷えする声が聞こえた。

 盗み聞きしようと俺に顔を寄せていた鈴も驚いて後ずさっている。

 いったいなんだってんだよ!?

 

「千冬さん、ハンカチ持ってたりします?」

「あるぞ」

「……貰っていいですか?」

「使え」

 

 千冬姉が取り出したハンカチを神一郎さんが震える手で受け取る。

 未だに顔色が悪く、額には汗が浮かんでいた。

 それにしても今の日本語おかしかったような……。

 

「どうした一夏。凄い汗じゃないか」

「へ?」

 

 神一郎さんが千冬姉のハンカチで俺の顔をゴシゴシと拭いてくる。

 

「ちょっ神一郎さん! 俺より自分の顔を拭いた方が――」

「動くな一夏」

 

 神一郎さんが真剣な表情で俺の汗をハンカチで拭う。

 嗅ぎ慣れた柔軟剤の匂いが鼻につき、周囲に人居るからか無性に恥ずかしい。

 なんでこんな事に!?

 

「これで良し」

 

 そう言って神一郎さんはハンカチをズボンのポケットに入れた。

 洗って返すってことかな?

 どうせ洗濯するのは俺だし、気にしなくてもいいのに。

 

「俺さ、用事が有るの忘れたから、今日のところは失礼して良いかな?」

「それは別に構わないけど……シン兄、顔色が悪いけど大丈夫なの?」

「大丈夫だ。それより本当にごめんな。お詫びに今度リンの全身コーディネートをさせてくれ」

 

 心配そうに見つめる鈴の頭を神一郎さんが優しく撫でる。

 

「一夏も悪いな。この埋め合わせはまた今度するから」

「はい、次はご飯でも食べましょう」

 

 今回の買い物作戦ではこれと言って収穫はなかった。

 分かった事は、神一郎さんと千冬姉の間に何かがあったってことだけだ。

 でも、今の神一郎さんを引き止めることは出来ない。

 引き止める理由が思い浮かばないし、なにより引き止めるなと俺の第六感が囁いている。 

 

 

「それじゃこれで」

「――神一郎」

 

 歩き出す神一郎さんの背中に千冬姉が声を掛ける。

 

「――死ぬなよ」

「(グッ)」

 

 神一郎さんは振り向かずに、親指を立てて去って行った。

 

 今のやり取りはなに?

 ケンカしてたんじゃないの?

 神一郎さんは何に怯えていたの?

 千冬姉は事故とはいえ胸を触られても何で平気な顔してるの?

 

 ダメだ。

 分からない事、知りたい事が多すぎる。

 今日はグダグダで終わってしまったが、俺は諦めないぞ!

 

「鈴、今度また協力してくれないか?」

「それってまたデーおほんっ! 別にいいわよ!」

 

 ん? 今なにか言いかけたか? 

 まあいい、鈴の協力があればまたいつでも集まれるに違いない!

 

「随分楽しそうだな一夏。まずはお前が隠れて覗き見してた理由を聞こうか」

 

 肩に置かれた千冬姉の手は、結構な力が入っていました。

 




し「束さん遊びに来たよ~」
た「いらっしゃいしー君。義手の準備は出来てるからそこの椅子に座って待ってて(にっこり)」
し「あの、別に義手とは求めてないのですが……」
た「え? 麻酔無しでいいの? 流石はちーちゃんのおっぱいを鷲掴みにするしー君。根性あるね(にぱー)」
し「この【一夏の汗付き千冬さんのハンカチ】で勘弁してください!(土下座)」
た「手の薄皮剥ぐくらいで許してやんよ(クンカクンカ)」


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篠ノ之箒の新しい日常

 

 とある県にあるマンションの一室。

 私は新たな住居で生活しています。

 ちなみに両隣りは護衛の人が住んでます。

 

「箒ちゃん、お皿出してくれるかしら?」

「はい」

 

 薄手のセーターを着たおっとりとした女性がフライパンを握りながら私に微笑む。

 

「箒さん、飲み物はコーヒーと牛乳どちらを?」

「牛乳でお願いします」

 

 長い黒髪をポーニーテールで纏めたスーツの女性が各人の飲み物をテーブルに並べる。

 

 セーターの女性は“羊谷さん”。

 スーツの女性は“孤島さん”。

 私の近辺警護を担当してくれている人達だ。

 

「はいどーぞ」

「ありがとうございます」

 

 羊谷さんからお皿を受け取る。

 ベーコンと卵とほうれん草の炒め物、焼かれたウィンナーにトースト。

 温かく、とても家庭的な料理です。

 

『いただきます』

 

 手を合わせ箸を手に取る。

 特別な会話はない。

 テレビをつけ、朝の情報番組をBGM代わりに食べ始める。

 これが私の最近の日常だ。

 

 

 

 

 私と護衛の人達は一緒に食事を取る関係ではなかった。

 向こうは仕事だからか、グラさん以外は事務的な対応だった。

 私の方も、相手に迷惑をかけないよう積極的に話しかける事はなかった。

 だって私は“篠ノ之束の妹”ですよ?

 私を守ってくれるの嬉しいが、姉さんの所為で私を守るだなんて危険な仕事をしてるかと思うと、なんとも顔を合わせづらいのです。

 だから私は適度の距離を保って付き合ってた。

 最初の一ケ月は――ですが。

 

 始めは日常会話だった。

 

 おはよう

 おやすみ

 

 そんな普通の言葉だ。

 それから徐々に学校の事とか、困ってる事はないかとか、日常の会話が多くなった。

 彼らは決して無理に近づこうとはしなかった。

 会話は短く、部屋には長居せず、それでいて私を邪険に扱わない。

 私としても申し訳ない気持ちがあったので、できるだけ会話を続けた。

 そして……ふと気付けば一緒に食事するようになっていた。

 大人の話術って凄いと素直に思いました。

 

「箒ちゃん、今日の予定はあるの?」

「特に出かける用はありません」

「そうなの……」 

 

 今日は休日だ。

 だけど私は出かけることはない。

 何故なら、私が動けば護衛の人達も動く。

 迷惑はかけたくないのだ。

 私の気持ちを理解しているのか、羊谷さんはそれ以上なにも言わなかった。

 

「ではお昼ご飯はどうしますか? お昼は自分が担当ですので希望があればどうぞ」

 

 孤島さんがは落ち着きのある大人で、表情の変化がほとんどない。

 最初は苦手だったが、千冬さんに似ているのでそういった態度もすぐ慣れた。

 

「お昼ですか……」

 

 朝ごはん食べながら昼食を考えるのは変な話しですが、これもコミュニュケーションの一つだ。

 朝がパンなのでお米……いや……。

 

『私は今、最近若者に人気のパスタ屋に来ています』

 

 テレビから流れる声に目が行く。

 私だけでなく、羊谷さんと孤島さんもテレビを見ていた。

 映像に映るのは美味しそうなパスタの数々。

 

「孤島さん……」

「了解しました。ですが、専門店程のクオリティは期待しないで下さい」

「あらあら、そんなこと言って本当はヤル気まんまんなんでしょ? 孤島ちゃんはパスタ好きだものね」

「そうなんですか?」

「羊谷先輩、個人情報の漏洩です」

 

 孤島さんの顔がわずかに赤くなる。

 これはお昼が楽しみですね。

  

「あ、そうだ箒ちゃん」

「なんでしょう?」

「午後から作戦会議があるから部屋に居てほしいの。大丈夫かしら?」

「問題ありません。あの、他の人達は……」

「リーダーと大熊さんは徹夜開けでまだ寝てるわね。猫ちゃんは外回りの人達とお喋り中じゃないかしら」

 

 昨夜の夜勤はグラさんと大熊さんでしたか。

 私が寝てる間も寝ずの番をしてくれてたんだと思うと申し訳ない気持ちになります。

 外回りの人達というのは、近辺護衛以外の人達です。

 町に通じる道を監視したり、学校に近付く不審者が居ないか監視したりしてるらしいです。

 人数も多いらしく、私は会ったことがありません。

 猫山さんはその人達と情報交換中ということでしょう。

 

「ご馳走様でした」

 

 箸を置き手を合わせる。

 私が食べ終わるのを待っていてくれたのだろう。

 それを合図に羊谷さんと孤島さんが立ち上がる。

 食後、護衛の人達は部屋に長居しない。

 私に対し適度な距離感をとり、プライペードを保つ為だと思う。

 ありがたいことです。

 

「洗い物はいつも通り私がします」

「お願いね箒ちゃん。それじゃあまたお昼に」

「失礼します」

 

 二人を玄関まで見送った後お皿を流し台まで運ぶ。

 洗い物は私の数少ない仕事だ。

 料理を作ってもらい、後片付けも全て任せる。

 そんな状況が嫌だったので、お願いして洗い物は一任してもらっている。

 神一郎さんも、日常生活を心がけた方が良いと言ってましたし、きっと逃亡生活ではこういった日常が大切なのでしょう。 

 

 さて、お昼までは勉強でもしますか。

 ……その前に韓流ドラマを見ながら食後のお茶を楽しみましょう。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「美味しいです」

「お口に合ったようでなによりです」

 

 お昼はひき肉たっぷりのボロネーゼ。

 ボリュームがあるけど、トマトソースのおかげでさっぱりと食べれます。

 竹刀を持たなくなってから結構経つので、体重がちょっと心配な私です。

 

「おいし。やっぱり本気じゃない孤島ちゃん」

「美味しい食事はストレスの発散にもなります。箒さんの為にも食事の手は抜きません」

 

 もくもくもくもくと、お喋りしながらも二人の手は止まりません。

 体が資本だからか、皆さんとてもよく食べるんですよね。

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様です」

 

 食べ終わるのが早い。

 私はまだ半分も食べてませんが、別に急かされることはありません。

 二人はお茶を飲みながらまったりとテレビを見ています。

 私に食事のペースを合わせるでもない、かといって急かす訳でもない。

 これは“気を使わない気づかい”らしいです。

 

「リーダー達が来ましたね」

 

 チャイムの音が聞こえた訳でもないのに、孤島さんが立ち上がって玄関に向かう。

 無線かなにかでしょうか?

 

「お邪魔します」

「おっす嬢ちゃん。元気してるか?」

「んだよ。まだメシ食ってんのか」

 

 部屋に入ってきたのは、グラさん、大熊さん、猫山さんの三人だ。

 

「こんにちは。あの、もう少しで食べ終わるので――」

「あら、いいのよ箒ちゃん。……来いや」

「ゲッ! 待て姉御! 俺は別に急かした訳じゃ――ッ!」

「いいから来なさい」

「いだだだだだッ!?」

 

 猫山さんが羊谷さんに頭を掴まれ隣の部屋に運ばれる。

 千冬さんを彷彿とさせる見事なアイアンクローです。

 さすがは“脱ぐと凄い(意味深)”と評判の羊谷さんです。

 

「自分達は部屋で待ってるから、食事が終わったら来てくれ」

「はい」

 

 グラさん達が部屋――通称“作戦会議室”に入っていく。

 私の部屋は2LDKの間取りで、ひと部屋は個室として使わせてもらっているが、もう一部屋は今回の時のように皆が集まる場所となっている。

 作戦会議室と言っても、大きいテーブルが置いてあるだけですが。

 

「お待たせしました」

 

 食べ終わった食器を水に漬け作戦会議室に入る。

 部屋の中では五人の人間がテーブルを囲って座っていた。

 

 

 五人のリーダーであるグラさん。

 人当たりが良く、なかなかのイケメンさんです。

 

 身長190cmを越える大きな身体の持ち主の大熊さん。

 年齢は40歳を超えていますが、鍛え抜かれた肉体が自慢のおじさんです。

 

 頭を押さえて苦しんでるのは猫山さん。

 短く刈り上げたツンツン頭の人で、見かけはまんまヤンキーです。

 本人も否定はしません。

 口調は荒いけど、実は面倒見の良いお兄さんです。

 

 湯呑にお茶を入れ、皆にまわしているのは羊谷さん。

 若く見えますが、年齢は三十路を……らしいです。

 詳しくは私も聞いてません。

 髪は肩にかかるくらいで、性格も外見もゆるふわな人です。

 が、実は数年前までボディビルが趣味だったらくし、腹筋バキバキのお姉様です。

 

 静かにお茶を飲むのは孤島さん。

 いつもクールで格好良い人です。

 私に対して事務的な対応が多いですが、決して冷たい人ではありません。

 今日のお昼の時のように、私にとても良くしてくれます。

 

 この五人が私の近辺警護担当してくれている人達です。

 基本的にメンバーが変わることはないそうで、私が大人になるまで、または守られる必要がなくなるまで側に居てくれるそうです。

 

「箒君も来たし始めるか。大熊さん」

「あいよ」

 

 大熊さんが大きな紙をテーブルに広げる。

 これは……工場の地図?

 

「来週社会科見学があるだろ? 参加する気はあるかい?」

 

 確かに来週社会科見学がある。

 場所は確かパン工場だったはずだ。

 

「私が決めてよいのですか?」

「あぁ、箒君の意見を尊重するよ」

 

 てっきり私は不参加だと思っていた。

 だって私は追われてる人間だ。

 そういった学校行事は参加出来ないと、そう思っていた。

 もし参加したら皆さんに迷惑だろうし……。

 

「箒ちゃん、私達のことは気にしなくていいのよ?」

「そうだぜ嬢ちゃん」

 

 迷いが顔に出てたのか、羊谷さんと大熊さんが参加を促してくれる。

 正直、参加したい。

 社会科見学中のお昼ご飯に、工場で作られた焼きたてのパンが出るそうです。

 個人的に焼きたてのロールパンとか超食べたいです。

 

「おい」

 

 未だ悩む私に猫山さんが鋭い視線を向けてくる。

 

「ガキがうだうだ悩んでんじゃねーよ」

 

 猫山さん……それは子供らしく我が儘を言えってことですか?

 私に気を使ってくれてる発言なのでしょうが、そんな風に言うと……。

 

「猫ちゃん?」

「待ってくれ姉御。今のは……」

「わかってるわ。あ・と・で……ね?」

「マジカヨ」

 

 羊谷さんは女子力の高い素敵な女性です。

 ただ、たまに笑顔が怖いです。

 

「相変わらず口が悪いな坊主」

「てかなんで俺だけなんだよ。おっさんだって似たようなもんだろ?」

「大熊さんは相手によってはちゃんと敬語を使ってます。貴方は誰にでも同じな上にガラが悪すぎです」

「お前には聞いてねーよ」

 

 猫山さんと孤島さんは歳が近いせいか、微妙に仲が悪いんですよね。

 

「羊谷は昔の自分を見てるようで気になるんだろ。コイツも昔は酷かったからな」

「大熊さん?」

「ははっ。で、どうするよ嬢ちゃん」

 

 逃げましたね大熊さん。

 羊谷さんが昔やんちゃだったことは私も知っています。

 その、外見は普通の美人さんなのに、体は歴戦の戦士なんですよね。

 なので気になってしまって色々聞いてしまいました。

 詳しくは言えませんが――

 

 婚期、男ウケ、女子力

 

 がキーワードです。

 

「参加してもいいですか?」

「もちろん。だが、その為にも箒君にはこの地図を覚えてもらいたい」

「地図をですか?」

「そうだ。当日は俺達が周囲を見張るが、万が一の時に素早く脱出できるように協力してほしい」

「お前だってクラスメイトが巻き込まれたら嫌だろ? だからいざって時の為に外に出る道を覚えろ」

「分かりました」

 

 自分の身を守る為だけではなく、クラスメイトを守る為にも必要な努力。

 それ惜しむ気はない。

 だけど、万が一を考えるとやっぱり怖い。

 丁度今日は姉さんが来るし、クラスメイトに迷惑をかけないよう協力を頼みましょう。

 

「地図全部を覚える必要はない。生徒達が通る道はこちらで把握してるから、その過程で逃げる場合の最短ルートだけ覚えてくれ」

 

 グラさんが赤ペンで地図の道に赤線を引く。

 

「工場に継る道は別のグループが見張っている。自分達は出口付近で待機しているから、緊急時にはそこまで来てくれ」

「グラさんは建物内に入らないのですか?」

「箒君の存在を工場の関係者は知らない。下手に情報を流せばどこから漏れるか分からないからだ」

 

 あくまで隠密に――ってことですね。 

 てっきり変装して側に居るのかと思ったんだけど……。

 私が気兼ねなく学校行事に参加出来るように気を使われてる感がありますね。

 くっ……申し訳ない気持ちが……。

 

 あ、そうだ。

 

「グラさん」

「なんだい?」

「私が自分の足で出口までってことは理解しました。そこでお願いがあるのですが……」

「お願い?」

「その、最近運動不足でして……」

 

 引越ししてからはホテルに引きこもり、ご飯はルームサービス。

 マンションでの生活では皆さんに作って頂いてるが……カロリー多め、なんですよね。

 私が運動するのは授業の体育くらいで……。

 

「そうだね、いざって時の為に体を動かしてた方がいいか」

「できれば剣道がしたいのですが……」

 

 我が儘だとは分かっている。

 でも、そろそろ竹刀の感触が懐かしい。

 

「うん。スタイルの維持に運動は大事ね」

「運動不足は体調にも影響します。わたしは賛成です」

 

 女性陣は賛成。

 

「今まで嬢ちゃんは迷惑かけたくないって遠慮してたんだろ? その程度の我が儘なら我慢する必要ねぇよ」

 

 大熊さんがニカッっと笑って自分の顎を撫でる。

 

「どこぞの道場を借りるのも面倒だ。屋上でやればいいだろ? それなら護衛も楽だ」

 

 猫山さんはめんどくさそうに言うが、暗に出来るだけ私が気を使わない方法を提示してくれている。

 ランニングするにしても、道場を借りるにしても、何人の人間が私の為に動くか、それを私は知らない。

 猫山さんの言う通り、屋上が使えるならそれが一番面倒が少ないだろう。

 

「ならそうするか。箒君、さっそく午後から始めるかい?」

 

 メンバーの意見を聞き、グラさんがOKを出した。

 是非ともお願いしたい。

 

「はい。よろしくお願いします」

「それなら俺が見よう。剣道は経験者だ」

「ありがとうございます!」

 

 大熊さんの嬉しい提案に思わず声が弾む。

 実は私、内緒で護衛メンバーの情報を知っているんですよね。

 性格や考え方を知っていれば誤解によるすれ違い減るから、といった理由からです。

 知っていなければ、猫山さんの裏の意味を読み取ろうとしないで勘違いしていたでしょう。

 

「ならオレも付き合う。最近なまってるし」

「では大熊さんと猫山君に箒君を任せるよ。羊谷さんと孤島君は午後は休みだ。好きに過ごしてくれてかまわない。何か質問はあるか?」

 

 グラさんがメンバーを見回し、意見がないか確認する。

 

「では各自行動に移ってくれ」

 

 何もないと知るとグラさんが指示を出す。

 それから皆が一斉に立ち上がった。

 

「それじゃあ箒ちゃん、また明日ね」

「また明日会いましょう」

「はい、お疲れ様でした」

 

 羊谷さんと孤島さんは今夜の夜勤担当。

 午後は自由時間なので、適当に休んで夕方には寝るはず。

 よく生活習慣が狂わないなと尊敬します。

 

「俺は部屋に戻る。お邪魔したね箒君。地図は置いておくから、逃走経路の暗記を頼んだよ」

「はい」

 

 三人が退出し、残りは大熊さんと猫山さんになった。

 

「動くと言っても嬢ちゃんは食事が終わったばかりだろ? ちょっと腹ごなししてから始めようか」

 

 そう言って大熊さんは居間の椅子に座りテレビのスイッチを入れた。

 

「ならオレは竹刀を仕入れてくる」

「ありがとうございます」

 

 猫山さんが一旦外に出ていった。

 大熊さんの言う通り、食後間もないので動く気になれない私は大人しく椅子に座る。

 

「夜の食事当番は俺と坊主だ。嬢ちゃんは何か食べたいものあるか?」

 

 ご飯の話題が多いのは気のせいではない。

 皆さん食べるのが大好きなんですよね。

 羊谷さんが言うには――

 

 ①筋肉量が多いとエネルギーの消費が激しい

 ②護衛者は全員が体を鍛えている

 ③だからお腹が減るのが早い

 

 らしいです。

 個人的には――

 

 ④娯楽が食事くらいしかない

 

 もあると思っています。

 

「晩ご飯ですか……」

 

 朝はパン、昼はパスタ、なら夜はお米以外ありえませんね。

 日本人として1日一食お米は外せません。

 

『今日は旬のトマトを使った鍋料理を紹介したいと思います!』

 

「トマトか」

「トマトですね」

 

 とても美味しそうだけど、大熊さんは乗り気じゃない様子。

 昼がトマトだったので、私も違うのが……。

 

『トマトは高血圧や老化予防だけではなく、美容やダイエット効果があるんです』

 

「高血圧……」

「ダイエット……」

 

 大熊さんは血圧が気になってるんですね、始めてしりました。

 別にトマトに飽きてる訳ではないので、個人的にはトマト鍋でも……。

 

『トマト鍋と聞くとヘルシーな感じで男性にはイマイチ! と思われるかもしれませんが――見てください! この大きなベーコン! たっぷりのトマトと厚切りベーコンで女性も男性も大満足の一品なんです!』

 

「厚切りベーコンか――ッ!」

「厚切りベーコンですね」

 

 だいぶ乗り気ですね。

 

「嬢ちゃん、メモとペン貸してくれ」

「期待しています」

 

 運動後のご飯はとても美味しそうですね!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 屋上は思いの外広く、多少の運動が出来る程のスペースがあった。

 ジャージに着替えた私は軽くランニングをし、大熊さんと竹刀で打ち合った。

 大熊さんは経験者というだけはあり、私の打ち込みも簡単にいなされてしまった。

 とても良い練習になりました。

 ちなみに、猫山さんは屋上の隅でずっと筋トレをしていました。

 剣道なんて興味がないフリをしつつ、時々こちらを見ていたのが印象的でした。

 

 日が暮れる前に切り上げ、その後シャワーで汗を流し――夕飯の時間になりました。

 

 

 

 

 

「美味しいです!」

 

 トマトのさっぱりしたスープに極悪な厚切りベーコン。

 この組合わせは最強ですね。

 スープは酸味のあるトマト。

 キャベツ、人参、ブロッコリーなどの甘味がある野菜がとても生かされる一品です。

 そしてメインのベーコンがやばいです。

 ベーコンを噛じり白いご飯をほおばる。

 運動した後のこれは止まりません。

 

「トマト鍋なんて色物だと思ってたけど、これはアリだな」

「だな。おい知ってるか? トマトは老化の予防や高血圧の予防効果があるんだってよ」

「おっさんってテレビで見たまんまの情報をすぐ言うよな」

 

 私的には美肌、ダイエット効果の方が嬉しいです。

 それにしても猫山さん、トマト鍋と聞いて最初は眉間にシワを寄せてたのに、随分と美味しそうに食べてますね。

 

「それにしてもよ」

「はい?」

「お前、こんなメンツとメシ食ってウマイか? なんなら前みたいに一人で食べててもいいんだぜ?」

 

 えっと、『俺みたいなガラの悪い男とおっさんが一緒で落ち着いて食事できるのか? 無理して気を使わないで一人で食事してもいいんだぜ?』ってことですか?

 自信はないけど、そうなのかな?

 

「悪いな嬢ちゃん。こいつなりに気ぃつかってんだよ。あまり怖がらないでやってくれ」

「さわんじゃねーよ」

 

 猫山さんの真意が読めず思考しながら顔を見つめていたら、大熊さんが猫山さんの頭を乱暴に撫でた。

 その腕を猫山さんが嫌そうに手で払いのける。

 うん、猫山さんが言うような“いや”って気持ちはないかな。

 

「大丈夫です猫山さん。私、皆さんと一緒にご飯食べるの好きですよ」

「はっ、そうかよ」

 

 猫山さんのツンデレぶりは可愛いですね。

 そうそう、皆さんの名前は偽名です。

 コードネームと言っていいですね。

 “名は体を表す”を元に決めたらしいです。

 

 大熊さんは見た目が熊っぽいから。

 猫山さんは性格からその名前が付けられました。

 いつか本名を知りたいです。

 

「シメは残りの汁に白米、その上に粉チーズだ」

 

 なんちゃってトマトリゾットですね。

 しかしオマケにチーズとは――

 カロリーが……カロリーがやばいです。

 

「うぅ……美味しいです」

 

 ダイエットは明日から……。

 えぇ、明日からもっと頑張ります。

 

「トマト鍋なんてどうかと思ったが、意外と米に合って嬉しい誤算だな!」

「あぁ、鍋なら作るの簡単だし、これからは全部鍋でいいんじゃねーか?」

 

 全部はちょっと……。

 週一くらいなら私も大歓迎です!

 

 

 

 

 

「そろそろ行くか。後は頼むな、嬢ちゃん」

 

 食事を終えてお茶で一休みした後、大熊さんが鍋を、猫山さんが食器を流し台まで運んでくれた。

 猫山さん……悪ぶってるのにそういった事をちゃんとやるからツンデレと言われるんですよ?

 

「はい。今日もありがとうございました」

「地図を覚えるのも忘れんなよ」

「もちろんです」

 

 二人を見送った後、私は本番に備えて準備をする。

 洗い物を速攻で終わらせ、ポットに水を入れ湯沸しボタンを押す。

 時間的にそろそろかな?

 

 コンコン

 

 まるで見計らってかのようにノック音が聞こえた。

 カーテンを開けると、そこには黒いロボの肩に乗る姉さんが居た。

 一ヶ月ぶりの再会です。

 

「姉さん、神一郎さん。こんばんは」

 

 

◇◇ ◇◇ 

 

 

 ――沙織、お前は昔から変わらないな。

 ――サトシ!?  アンタなんで此処に居るの!?

長居し

 少女マンガにハマりつつあります。

 子供の頃に別れた幼馴染が高校で出会うシーンは素晴らしいですね!

 

 ――お前は昔からホント勉強できないな。オレが教えてやろうか?

 ――うっさい! 私に構うな!

 

 互いに成長した姿を見て意識する二人。

 素直になれない二人だけど、時間をかけて徐々に昔の姿に戻っていく。

 

 ――沙織ちゃんはいつも元気だね。

 ――先輩!?

 

 そして気の強い幼馴染とは違い、落ち着きのある大人な先輩の登場で揺れる乙女心。

 

「ふう……」

 

 神一郎さんに勧められて読んでみたが、これは良い。

 少女マンガ……最高じゃないか!!

 

 今まで興味はなかったが、読んでみるとこれが実に面白い。

 まるで自分と一夏の様な……なんてことは言わないけど、主人公に自分を投影してつい応援したくなってしまう。

 神一郎さんが言うには、子供の頃別れた幼馴染が大きくなってから再び出会うのは、王道の一つらしい。

 まだ見ぬ少女マンガは沢山ある。

 これからが楽しみです!

 

 読み終わった本を閉じ机の上に置く。

 今読んだ本が未だ一巻しか出てないのが残念だ。

 借りた本はこれで全て読み終わったので後ろを振り向く。

 

「よーしよし、束さんは可愛いなぁ~」

「えへへー」

 

 私の後ろでは、姉さんが神一郎さんに膝枕されながら愛でられていた。

 

「ほ~らこしょこしょ」

「ゴロゴロ」

 

 神一郎さんが姉さんの顎の下を撫でると、姉さんが嬉しそうに喉を鳴らす。

 なんとも甘ったるい雰囲気だ。

 今の光景だけを見れば、だけど。

 

 今日の神一郎さんの作戦ですが――

 

 全力で束さんを甘やかす作戦!!

 

 らしいです。

 聞こえは可愛いけど、私に対して罪悪感を持っている姉さんを私の前で甘やかすことで、姉さんの罪悪感を刺激するらしいです。

 えぇ、とてもえげつない作戦です。

 

「可愛い……可愛いよ束さん。妹を家族と引き離すクズだけど本当に可愛い」

「えへへー」

 

 笑いながらも姉さんの目はすでに死んでいます。

 私に助けを求めることもなく神一郎さんに愛でられています。

 

「心を殺すな。その胸の痛みも罰だとしれ」

「ぐす……」

 

 姉さんの目から涙がツーと流れた。

 現実逃避も許さない鬼畜っぷりに見てる私も怖くなります。

 

「神一郎さん、そろそろ許してもいいのでは?」

 

 私が神一郎さんに姉さんを解放するようにお願いすると、姉さんの目に少しだけ光が戻った。

 久しぶりに会うんだし、私的にはお喋りとかしたいんです。

 

「箒」

「はい」

「俺な、この前束さんに薬で眠らされて拉致られたんだ」

 

 あぁ……姉さん……貴女という人は……。

 

「それからな、手の皮を剥がされたりしたんだ」

「え?」

 

 驚いて神一郎さんの手を見るも、包帯は巻かれてたりはしてない。

 それほど酷くはないようだ。

 

「箒の部屋に居る限り俺と束さんの力関係は逆転する。ふふっ……ねえ束さん。嫌なら帰ってもいいんだよ? 箒に尻を見せて部屋から出ていくか、俺に可愛がられるか――選べ」

「――私を可愛がってください」

 

 哀れ姉さん。

 でも助けません。

 だって神一郎さんの目が怖いし、姉さんは時々釘を刺さないと暴走するのは妹の私には十分理解出来てるから。

 だからそんな潤んだ瞳で見ないでください。

  

「箒はマンガ読み終わったの?」

「はい」

「どうだった?」

「面白かったです!」

 

 今まで興味がなかったが、読んでみると思いの外面白くて私はすっかり少女マンガを好きになってしまった。

 

「気に入ってくれて嬉しいよ。良かったね束さん、誰かのせいで笑顔を忘れた箒が笑っているよ」

「えへへー」

 

 神一郎さんは微笑みながら姉さんを責めることを忘れません。

 姉さんガンバ!

 

「今回の引越しで三回目だっけ?」

「はい」

 

 私が父さん達と別れてから、既に三回引越しをした。

 居場所がバレない様に暫くは小まめに引越しをする、とグラさんが言っていました。

 

「マンガってさ、全国どこでも読まれてるし一定の読者が居るから、学校で話題に困ったらマンガの話題はアリだと思うよ」

「はい!」

 

 なるほど、神一郎さんが私に少女マンガを読ませたのはそういった理由があるのか。

 今までの学校でも、転校生だからと色々と話しかけられたが、口下手な私の周りから時間が経つ事に人が減っていった。

 マンガなら全国どこでも売ってるから話しのネタとしてピッタリだ。

 それに、私は追われてる身だから出歩くことが少ない。

 グラさんは少しくらいならと言ってくれるが、護衛の人達の手を煩わせることになるので、私は学校が終わったらすぐ帰り、部屋に引きこもっている。

 休日も出歩きません。

 今日から運動を始めたとはいえ、とても暇してますがなにか? 状態です。

 そんな私にピッタリな趣味ですね。

 

「箒も大変だよな。どこぞのクズのせいで」

「えへへー」

「こら、心を殺すなって言ってるでしょ」

「ぐすん……」

 

 適当に返事をすればすぐ怒られる。

 姉さんも大変ですね。

 でも私は無理矢理止める気はありません。

 だって、二人は部屋に入った時から今の様な力関係だったから。

 神一郎さんはさも当然の様に姉さんを弄るし、姉さんは本気で抵抗しない。

 つまり、二人はなんだかんだでイチャついてるのだ。

 

 爆発しろ!

 

 と言いたいです。

 

「うぅぅ」

 

 おや? 何故か姉さんが私を気まずそうに見ている。

 

 (ニヤリ)

 

 はっ!? しまった!!

 

 神一郎さんの邪な笑顔を見て気付いた。

 今まさに、私は神一郎さんの計算通り姉さんに対し負の感情を抱いた。

 それを姉さんが敏感に感じ取ったんだ!

 

「大丈夫だよ束さん。箒が束さんを嫌っても俺は大好きだからね~」

「もう許して……」

「ダ~メ♪」

 

 やっぱり爆発しろ!!

 

「ひぐっ!?」

 

 あぁ……思わず睨んでしまった。

 良いなぁ~甘ったるいなぁ~。

 私も一夏に膝枕されながらなでなでしてもらいたいなぁ~。

 なんて考えてしまった私が悪いのですが。

 

「さとて、それじゃお茶しながらお土産食べようか」

 

 神一郎さんが何事もなかったかの様に立ち上が(ゴンッ!)――あ、姉さんの頭が床に落ちた。

 痛そう。

 で、神一郎さんはそんな姉さんを放置して持って来ていたクーラーボックスを漁り始めた。

 

「箒、お茶の準備お願いしていい?」

「……はい」

 

 カーペットに顔面を打ち付けても微動だにしない姉さんを横目に、私は神一郎さんに言われた通りお茶の準備をする。

 テーブルの上には様々なお菓子が並んだ。

 

「俺プレゼンツの全国の名産やお土産だよ。今日の為に実際に食べて美味しかった物を取り寄せてみました」

「凄いです!」

 

 見たことがあるものから知らない食べ物まで沢山ある。

 あ、あれ昔父さんと見てた旅行番組で紹介されてたやつだ。

 こんな場所で出会えるとは!

 ダイエット? 明日から頑張れば良いのです。

 せっかくのお土産に手を付けないなんて失礼ですからね。

 

「束さん、邪魔だから座りなさい」

「……あい」

 

 姉さんがのそのそと起き上がりテーブルにつく。

 私は淹れたお茶を二人の前に置き腰を下ろした。

 

「束さん、今から話してもいいけど両手は膝の上に置いたままで」

「くっころ!」

 

 姉さん、涙ながら睨んでも神一郎さんが喜ぶだけだと思いますよ?

 

「ちくしょう……なんで私がこんな目に……」

「力尽くで椅子に座らさた上にベルトで縛られ、恐怖で泣き叫ぶ俺の手の皮を嬉しそうに剥いだのは何処の誰だ?」

「だってあれはしー君が悪いんだもん!」

「1ミリ1ミリ時間をかけて、剥ぎきるのに一時間も掛けたのは?」

「だってしー君の恐怖に引き攣る顔が楽しかったんだもん!」

「手の平の皮が半分剥がれた時の怖さが分かるか? ぶらぶらって……皮が風に揺れてぶらぶらってするんだぞこの野郎!」

 

 そうなった経緯は分かりませんが、どう考えても姉さんがやりすぎです。

 と言いますか、怖い話は止めてください。

 手の平の皮が半分とか……想像しただけで痛いです……。

 

「まぁ良いさ。さあ三人でお茶しよう」

「で、ですね!」

「私は手が使えないんだけど?」

 

 あ、言われてみれば。

 

「束さんには俺が食べさせてあげるね」

「地獄はまだ終わっていない。知ってた」

 

 まだ続けるんですか、私は知りませんでした。

 

「てことで――はい、あ~ん」

「あ~ん」

 

 手を使えない姉さんに、神一郎さんがお菓子を食べさせてあげる。

 

「あ~ん」

「あ、あ~ん」

「あ~ん」

「し、しー君? ぐもっ」

「あ~ん」

「ぎゅも」

 

 どんどんどんどん姉さんの口にお菓子が入っていきます。

 お菓子は甘いのに、雰囲気に甘さとかないです。

 む、この生茶大福って凄く美味しい。

 渋めに淹れたお茶と良く合いますね。

 

「静岡のこっこ、大分のざびえる、群馬のこんにゃく大福、栃木の揚げゆばまんじゅう、どれが束さんの好みだった?」

「ぐむ……もご……」

 

 ふむふむ……熱海、別府、草津に那須ですか。

 どうやら神一郎さんは一人で温泉を満喫してた様ですね。

 ISがあれば日帰り温泉も余裕でしょうし、羨ましいです。

 ……一夏と温泉に行った記憶が懐かしい。

 

「んむ!?」

 

 ふと気付けば姉さんの頬がパンパンに膨らんでいました。

 

「ねえ束さん、どれが美味しかった? ねえってば」

「んもも!?」

 

 リスの様にほっぺを膨らませた姉さんが何か口ごもってるますが、もちろん聞こえません。

 

「つんつん」

 

 神一郎さんがパンパンに膨らんだ姉さんのほっぺをつつく。

 ちょっと楽しそう。

 

「ん? ちょっと萎んできたな。ほらよ」

「んぽ」

 

 減った分を追加するように姉さんの口にまんじゅうが押し込まれる。

 これでまたつつきがいのあるほっぺ戻りましたね。

 

「そういえば神一郎さん、神一郎さんは少女マンガも読むんですか?」

 

 ふと思った疑問を聞いてみる。

 神一郎さんがアニメやゲームなどが好きなのは知っている。

 でも少女マンガは意外だった。

 学校で少女マンガの話しをする男子に会ったことがないからだ。

 

「雑誌は買わないけど、アニメ化したりして有名になったのは単行本で読む感じかな」

「男の人で読む人って珍しいですよね?」

「いやいや、実はそうでもないんだよ。学校で言ったら馬鹿にされるだろうから言わないけど、少女マンガや少女アニメを見る男子は結構居るよ」

「そうなんですか? 先程の少女マンガなどは男子が見ても面白いとは思えませんが」

「……そうだな、箒は少年マンガがなんで男子に人気か分かる?」

「それは――」

 

 少年マンガが男子に人気な理由。

 今まで考えたこともなかった。

 男子が読むから少年マンガなのでは? とも思うが、うーん。

 

「わかんないか」

「むも」

 

 悩む私を笑いながら、神一郎さんは姉さんにお菓子を食べさせている。

 もう“あ~ん”なんて可愛いものではないない。

 きっと神一郎さんはフォアグラを作る職人の心境なのでしょう。

 

「少年マンガの主人公、それは“作者が思い描く理想の男だからと格好良い”という説があるんだ」

 

 言われた言葉がストンと胸に落ちる。

 なるほど、マンガを書く人の理想像の男だから男子が見ても格好良いと思えるのか。

 

「ところで箒、少年マンガの作者は男性、少女マンガの作者は女性ってイメージはない?」

「あります」

 

 実際の所は知らないが、確かにそのイメージはある。

 

「だからね、少女マンガの主人公は女性作者が考える理想の女性像なんだよ」

 

 ――なるほどです。

 でもこの話しって、最初は男の子が少女マンガを読む理由を聞いたのが始まりだったはずでは?

 

「ここまで言えば分かるな? そう……少女マンガの主人公は……可愛いんだッ!!」

 

 ……はい?

 

「少女マンガの主人公はヒロインを兼任している。そのヒロイン像は、女性が考える理想の女性だ。だから……可愛いのだッ!!」

 

 あー……そういう……。

 確かにさっき読んでいたマンガの主人公も可愛かった。

 

 心の強い女の子。

 健気で一途な女の子。

 素直じゃないけど実はとても乙女な女の子。

 マンガにはそれぞれ色々なヒロインがいる。

 そのどれもが可愛い女性。

 ――男が少女マンガを読む理由がわかりました。

 

「君に届けの爽子に野崎君の佐倉やホスト部のハルヒ。後はスキップビートの京子とかも良いよね。まったく、日本のマンガは男性向けも女性向けも最高だぜ」

「んも! んもも!」

「黙らっしゃい」

「むぐっ!?」

 

 たぶんですが、暴言を吐いたと思われる姉さんは羊羹で封殺されました。

 一本まるごととは贅沢ですね。 

 

「ところで箒、護衛の人達とは仲良くできてる?」

「はい。良くしてもらってます」

「そっか、それはなによりだ。ね、束さん」

「……んも」

 

 なんで姉さんが気まずそうな顔を?

 

「仲良くできてるんだって。ねえ束さん、俺に言う事あるよね? ね?」

「んも……んもも……」

「うんうん、仕方がないよ。だって束さんは人の心が分からないクズだもん」

「んも……」

「大丈夫、そんなダメな束さんも可愛いよ」

「んもー」

 

 ほっぺをパンパンに脹らませながらシュンとする。

 姉さんは器用ですね。

 しかし聞き捨てならない会話です。

 護衛の人達と神一郎さんはなにか関係があるのでしょうか?

 

「神一郎さんは護衛の人達と面識があるのですか?」

「会ったことはないよ。ただ護衛の人選をしたのが俺ってだけ」

「そうなんですか!?」

「そうなんです。束さんに任せたらろくな結果にならなそうだったからね。ねー?」

「んも」

 

 姉さんが首を動かして肯定した。

 

「いやね、束さんは箒の周りを実力の高い人間だけで囲もうとしたんだよ」

「それは別に普通では?」

「内面を無視して能力だけで選んだとして、箒は楽しく生活できたかな? その場合、かろうじて大熊さんと羊谷さんが居たか居ないかって感じだけど」 

「他の人達は実力不足なんですか? 猫山さんとか如何にも強そうですけど」

 

 思い出すのは屋上で見た猫山さんの肉体。

 鍛え抜かれた体はあぁいったものだと、そう思わせる肉体でした。

 

「残りの三人はまだ若いからね。言うならば“実戦不足”ってやつ」

「そうなんですか……」

 

 私にはイマイチ理解できないが、神一郎さんがそう言うならきっとそうなんだろう。

 しかし、大熊さんと羊谷さんも“居たかもしれない”ですか。

 実際に戦ってるところは見た事はありませんが、どう見ても強そうなお二人より強い人がいるとは。

 世の中には強い人が沢山いるんですね。

 

「でね、束さんが置こうとした人間が箒との相性が悪そうだったから、俺が良さげな人を集めたってわけ」

「相性が悪い――ですか。例えばどんな人が居たんですか?」

「強いけど子供嫌い、強いけど無駄な会話が嫌いな寡黙な人間、強いけど高圧的でプライドが高い人間、とかかな」

「それは、その……」

 

 実際に会ってはいませんが、今の護衛の人達で良かったと思ってしまいますね。

 

「その点、俺が選んだ人達は凄いぞ。“外見熊で子供好き。そして実力は折り紙つきのベテラン”」

 

 大熊さんですね。

 

「“見かけ美人で脱いだら戦士、甘やかす事もしますが怒る時は怒ります。裏表が魅力のお姉様”」

 

 羊谷さんのことですね。

 

「“口は悪いが、雨の日には捨て犬に傘をさすタイプの絶滅寸前の希少なヤンキー”」

 

 猫山さん。 

 

「“一見冷徹、でも意外と子供好き。顔には出さないが心の中では護衛対象に情を持っちゃってる黒髪ロングの美人さん”」

 

 そして孤島さんです。

 

「自分で言うのもなんだけど、箒を任せるならこの人達しか居ないと思ったね。一応束さんにも確認したけど、若手の二人も新人の中ではトップの実力だったし」

 

 神一郎さんがご満悦に微笑む。

 確かに神一郎さんの人を見る目は確かなのだろう。

 私が問題なく過ごせてるがその証拠だ。

 でもです……。

 なぜグラさんの紹介がないのでしょう?

 

「神一郎さん、グラさんは?」

「えっ? グラサン? あの人はその……ね?」

 

 神一郎さんが視線を泳がせながら姉さんを見る。

 

「姉さん?」

「んも……」

 

 姉さんは私と目を合わせてくれません。

 やましいことでもあるのでしょうか?

 まさかと思いますが――

 

「姉さん、まさかグラさんを無理矢理私の護衛につけたりしてませんよね?」

 

 だとしたら私は悲しい。

 優しいグラさんが、実は嫌々護衛してるのかと思うと……。

 

「無理矢理じゃないぞ! グラサンは『見知った人間が居た方が箒君も安心できる』って言って承認したんだから!」

「んもんも!」

 

 悲しい感情が表情に出てたのだろうか、姉さんと神一郎さんが慌ててフォローしくてる。

 

「最初は束さんが半ば無理矢理に任命したのは確かだ。でもね、箒を守ることを自分で決めたのはグラさんだから、安心してくれ」

 

 神一郎さんの表情は真剣で、誤魔化してる様にには見えない。

 グラさんが嫌々ではないのは嬉しい。

 でも……。

 

「箒?」

「神一郎さん、皆さんは私の為に頑張ってくれてます。良くしてくれてます。でも思うんです。私はそれに甘えてていいのかって……」

 

 本当なら、私を目の前に置いておいた方が楽なはずだ。

 なのに私には個室を与え自由をくれる。

 ご飯なんて作るのは手間だろう。

 ホテルにでも閉じ込めておけばいいのだ。

 なのに温かい食事を作ってくれる。

 守るだけなら楽な方法なんていくらだけでもあるのに、私に配慮してくれてるのがとても心苦しいのだ。

 

「ふむふむ、箒の気持ちは分かるよ。でもそれは無用な気持ちだな」

「それはどういう――ん」

 

 神一郎さんがまんじゅうを一つ私の口に押し込んでくる。

 つるんとほんの少しだけ舌に冷たい感触、これは水まんじゅうですね。

 ツルツルとした表面を歯で押しつぶすと、中から餡子が溢れる。

 美味です。

 

「彼らが箒を守るのは“仕事”だ。箒の身体と心を守るのは当たり前のことなんだよ」

「んも」

 

 その通りと言うかのように、姉さんが頷く。

 

「人間は人生を、仕事を選べない時があるのは確かだ。でもね、彼らは自分の意思で今の仕事を選び、その対価でお金をもらっているんだ。申し訳ないとか心苦しいとか、そういった気持ちは必要ない。それでも何かしたいというなら、”ありがとう“って気持ちを口に出すだけでいいんだよ」

 

 そう言って神一郎さんが私の頭を撫でる。

 皆さんが私を守るのは仕事―― 

 私が必要以上に卑屈になることはない。

 

 ありがとう

 

 日常では当たり前の言葉だけど、大事な言葉。

 それを意識して伝えるようにすれば良い。

 そういう事でしょうか?

 

「それでも守られる事に罪悪感があるなら、箒がしっかり協力すればいいさ」

「協力ですか?」

「そうだよ。箒は自分がどの程度自由かって理解してる?」

「自由ですか?」

 

 色々と自由にさせてもらってはいますが、自由への理解と言われても……。

 

「箒は護衛の人達に報いたい、労いたいって思う?」

「それはもちろんです」

「だったら温泉にでも行けばいいじゃん」

「なんでそうなるんです!? それはむしろ負担ですよね!?」

 

 温泉などの観光地に行ったら、どれだけ皆さんの負担が増えることか。

 もし、万が一にでも皆さんに冷たい視線で見られたら……絶対に心が折れますね。

 

「例えば夏休み期間。学校が休みなんだから、気にせず行けばいいんだよ。数日温泉宿の離れを借りてさ。さすがに人の多い街中を出歩くのは危険だけど、ちょっとした時間に護衛の人達に温泉入ってもらって、美味しいご飯を食べてもらえばいいよ」

「それって有りなんですか?」

「有りだよ。護衛の人達からは言い出せないけど、箒から『行きたい』って言えばOK」

 

 まさかの提案で困惑する。

 確かに夏休みは暇するだろう。

 それは想像に難くない。

 しかし、だからっと言ってそんな事をして良いのでしょうか?

 

「普通に迷惑ではありませんか? それにお金の問題もありますし」

「どっちにしろ箒は居場所を転々としなきゃなんだし、ちょっとした要望なら迷惑にならないよ。夏は北海道や東北、冬は九州で過ごしたいとかお願いするのも有りだな。そうすればほら、護衛の人達も過ごしやすいじゃん」

 

 神一郎さんの言われた事をよく考えてみる。

 私はどちらにしよ居場所を移さなければならない。

 どうせ移すなら、出来るだけ過ごしやすい場所を望むのは良い事ではないだろうか?

 それは私だけではなく、グラさん達の為にもなる。

 そして長期休暇中はあえて動きまわる。

 例えば人里離れた山の中のペンションを借りるのも良いだろう。

 自然を満喫しつつ、グラさん達も人目を気にしないで休めるかもしれない。

 私だけの考えでは穴があるかもしれませんが、一度グラさんに相談するのも良いかもしれませんね。

 

「それとお金は気にするな、箒の生活費は束さんが稼いだお金の一部だ」

「それはそれで気になるのですが……」

 

 むしろ姉さんのお金と言われると、節約しなければと思ってしまいます。

 

「そもそも元凶は束さんだし。慰謝料だと思って気にせず使え」

「んもんも」

「妹にお金で詫びる姉とは、束さんのダメっぷりは本当に可愛いね」

「んも」

「よしよし、ほら福島のままどおるだよ。熱いお茶や牛乳と合うお菓子だ」

「んもも」

「しっとりしていて美味しいだろ?」

「んも……」

 

 姉さんが涙を流しながらこちらを見ている。

 視線の先は……お茶?

 

「んも!」

「ははっ。何言ってるかさっぱりだよ束さん。あ、もしかしてお菓子飽きた? それじゃあ次はせんべい系のお土産にする?」

「んもー!」

 

 泣きながらイヤイヤする姉さんのなんて哀れなことか……。

 

「神一郎さん、姉さんは飲み物が欲しいのでは?」

 

 ふと見たら、姉さんのお茶はまったく減ってなかった。

 あれだけのお菓子を水分無しで食べるのは苦行ですよね。

 

「束さん、お茶欲しいの?」

 

 (こくこく)

 

「もうそろそろ許してあげようか。はいどーぞ」

 

 必死に首を縦に降る姉さんの口元に、神一郎さんがお茶を持っていく。

 

「気をつけて飲むんだよ? なんせ……美女だろうが美少女だろうが、食事中の口の中はグロイからね」

「んが!」

 

 姉さんが神一郎さんを睨んでる。

 それはもう射殺さんばかりに睨んでる。

 でも睨みながらおちょぼ口でお茶を飲む姉さんが可愛い。

 

「ごきゅごきゅ……ふー」

「もう満腹? 俺的にはもっと食べさせて肥えらせ、腹の肉をつまんだり顎下をたぷたぷしたいんだけど……どうだろう?」

「どうだろうじゃないよ!」

 

 ダンっと姉さんが両手をテーブルに叩きつける。

 さて、ここから次のラウンドが始まるのでしょうか?

 

「いったいなんの恨みがあって私を虐めるんだよしー君!?」

「食べ物の恨みだよ。デ・ダナンにある俺の部屋の食べ物が消えたんだけど、知らない?」

「く、腐ってたから捨てた」

「へえ? 捨てた場所は束さんの胃の中?」

「私が食べました! だからお腹つままないで!」

 

 横腹を掴まれ姉さんが負けを認めた。

 開始3秒で勝負がつきましたね。

 ところでデ・ダナンってなんしょう? マンション?

 

「神一郎さん、デ・ダナンの部屋ってなんですか?」

「潜水艦の名前だよ。束さんはね、今は潜水艦で暮らしてるんだ」

「潜水艦ですか!? それは凄いですね」

「そ、そうかな? へへっ」

「んで、出不精な束さんは食料の買い出しがめんどくさくて、俺の部屋にあったツマミの乾き物やカップ麺を勝手に食べた、と」

「もう許して!」

 

 姉さんはついに机に突っ伏してしまった。

 それにしても、姉さんの潜水艦に神一郎さんの部屋があるんですか。

 へー。

 

「姉さんと神一郎さんはやっぱり付き合ってるんですか?」

「……へ?」

「……は?」

 

 なんできょとん顔?

 

「あの、潜水艦で一緒に暮らしてるんですよね?」

「部屋って言っても物置部屋みたいなもんだよ。平日は自分の家で暮らしてるし、基本寝泊りはしてない」

「ダナンには結構な数の部屋があるからね、言うならばアパートみたいなもんだよ。私は一室貸してるだけ」

 

 これだけイチャイチャして仲睦まじい様子をみせてるに関わらず、なんで否定するのでしょう?

 

「真剣に答えてほしいのですが、お二人は男女の仲ではないのですか?」

「男女……」

「の仲……」

 

 姉さんと神一郎さんが互いに顔を見合わせる。

 これはあれですね。さっき読んだ少女マンガにあった『周囲に指摘され改めて自分の思いを自覚してしまうシーン』ですね!

 

「……そうだね。箒ちゃんに隠す必要がないから白状するよ。私、しー君のこと愛してるんだ」

 

 姉さんがそっと神一郎さんの肩に頭をすり寄せる。

 

「俺がまだ小学生だから、世間体もあるから黙っていたけど、実はそうなんだ。黙っててゴメン」

 

 その姉さんの頭を、神一郎さんが優しい顔で撫でた。

 普段から大人っぽい神一郎さんですが、愛おしそうに姉さんを見つめる神一郎さんは更に大人っぽいです。

 同級生に年上好きがいますが、今ならその理由が分かります。

 それにしても、昔から怪しいと思ってましが、まさか本当に付き合ってるとは!

 

「ね、姉さんは神一郎さんのどんな所が好きなんですか?」

「好きな所? んー、一人の女の子として見てくれるところかな」

 

 姉さんの頭脳を求める人は沢山いるらしい。

 でも神一郎さんは頭脳ではなく、一人の女の子として姉さんを望んだ。

 なんてロマンティック!

 

「ま、嘘なんだけどね」

「へ?」

 

 姉さんが神一郎さんから離れ、すまし顔でお茶に口をつける。

 その横で、神一郎さんが真顔のままお菓子を手に取った。

 

 もしかして、担がれました?

 

「そもそもの話、しー君は最初私の頭脳目的で近づいて来たもんね」

「そうでしたね。IS欲しさに近づいたんでした」

 

 今知る衝撃の真実!?

 二人には私が知らない秘密が沢山ありそうですね!?

 

「でも、あの、それだけ仲が良いなら憎からず想い合ったりしてますよね?」

 

 姉さんは……まぁ好きな相手にベタベタするのは珍しくありませんが、神一郎さんが馴れ馴れしく触ったりセクハラ紛いなことするのは姉さんだけです。

 少なくとも、神一郎さんは姉さんに対して何かしらの感情はあるはずです!

 

「想うと言われてもな……。俺は束さん好きだよ。その顔その声そのおっぱい。うん、俺は束さんの身体が大好きだ」

 

「私もしー君好きだよ。体をホルマリンに漬けて部屋に飾りたい。特に脳が良いよね。脳ミソに棒ブッ刺して記憶を全部吸い取りたい」

 

 ぐぬぬぬぬッ

 

 互いにほっぺを抓りながらなにしてるのでしょう。

 

「姉さんはともかく、神一郎さんは姉さんに――その、性的興味? とかあるんですよね?」

 

 うっ、とっさとは言え恥ずかしい!

 べ、別に私は興味はありません。

 ホントデスヨ?

 

「性的興味? そりゃあるよ」

「あるんですか!?」

「もちろん。むしろ性的興味しかない」

 

 ん? なんて?

 

「それは姉さんの恋人になりたいとか、そういったものではなく?」

「じゃないよ。俺は束さんを抱きたいけど、彼女にしたいとか結婚したいとか、そんな感情は一切ない」

 

 あるぇー?

 どうしてそうなるんです!?

 姉さんの身体には興味があるのに、なぜそんな考えになるんです!?

 

「てか束さんずるくない? 俺が外見、束さんが内面が好きって感じで、俺が性格悪いみたいじゃん」

「いや、しー君は性格が悪いんじゃないよ。性格が図太いんだよ。だってその程度の顔面偏差値で私を抱きたいとか……ぷっぷー、せめていっくん並のイケメンになってから言って欲しいよね。ぷげらっ!」

「それはつまり、イケメンになれば抱かせてくれるってことだよね?」

「む?」

「俺だって自分の顔に未練はあるが……。良いだろう! 俺の顔を束さん好みに造ればいいさ! その代償で束さんの身体を好き放題できるなら俺は構わんッ!」

「私、しー君のそういった発想は嫌いじゃないぜ。嫌いじゃないだけだけど」

「さあ! 俺の顔をめちゃくちゃにしろ! だがな、その代わり俺は束さんの身体をめちゃくちゃにしてやるからな!」

「それって等価交換にもなってないよね!?」

「確かにちょっと俺に有利か……なら俺が顔、束さんがおっぱいを差し出す感じで」

「それが等価交換だとでも!?」

「ジャ○ーズ顔でもなんでも好きにしろよッ! だがその代わり……そのおっぱい、貰い受けるッ!」

「教育的指導ッ!!」

「ぐはッ!?」

 

 姉さんに飛びつこうとした神一郎さんの顔面に拳が叩き込まれた。

 私は何を見せられてるんだろう?

 

「てな感じで、俺と束さんはただの友達だ」

 

 神一郎さんが何事も無かったかのようにお菓子を食べ始めた。

 早い復活ですね。

 ――ん? よく見ると特にアザやケガがありませんね。

 姉さんの打撃力で無傷はありえない。

 ふむ、わざとふざけたってことですか?

 

「あのね箒、さっきまで少女マンガを読んでたから恋愛がどうこう気になっているんだろうけど、俺と束さんはギャグキャラだから、純愛とかないから」

「あのね箒ちゃん、確かに私はしー君のこと好きだけど、抱かれたいとかないから。友達として軽いスキンシップはOKだけど、セクハラには普通に武力で迎え撃つから」

 

 あぁはい、分かりました。

 私が子供だからからかったんですね。

 これだけ仲睦まじい様子を見せつけながら、それでも隠すとは――

 もしかして、一夏と会えなくなった私に気を使ってるのでしょうか?

 まぁいいです。

 今日の追求はこれくらいにしときましょう。

 ですが、いつかちゃんと話してもらいます。

 正直言って、姉さんと恋バナとかしてみたいので。

 

「ところで神一郎さん、今日はこれから何をするんですか?」

「箒はなにかしたい事ある? なんでもいいよ」

「それなら体を動かしたいです」

 

 このままお喋りしながらのお茶も良いですが、せっかくだから体を動かす遊びがしたいです。

 お菓子を沢山頂いてしまいましたからね……。

 

「運動系か。束さんは何かしたい?」

「逃げ回るしー君を私と箒ちゃんが木刀で追い掛け回す」

「俺を苛めたいと。ふむふむ……それなら”パイ投げ“でいいか」

「どうしてそういう発想になるのか理解できませんッ!」

 

 パイ投げってテレビのバラエティーでやるやつですよね? 

 紙皿にクリームを乗せ、それを相手にぶつけるゲーム。

 なんで今そんなゲームを!?

 

「箒ちゃんにケガをさせない、それでいてしー君に屈辱を与えられる。運動にもなるし私はいいよ」

 

 混乱する私を横に、姉さんが冷静に神一郎さんの提案を判断する。

 言われてみればなるほど確かに。

 私と姉さんの要望を見事に満たしている。

 流石ですね。

 

「でも食べ物を粗末にするのは許せない俺である」

「なら”クリームっぽいナニカ“にしようか。私が水に粉末を混ぜるとあら不思議、もこもこの泡になります。もちろん無害」

「ついでに味も付けません? 甘味だけじゃなくて、色々な味があった方が顔に当てた時に面白そう」

「オッケー」

 

 どんどん話しが進んでいく。

 この行動力は純粋に凄いと思います。

 

「んじゃ俺が水に粉を混ぜて泡を作る係で」

「私が味付けだね」

『それと――』

 

 二人の視線が私に向けられる。

 賛成も反対もしていませんが、これはやるしかないようですね。

 

「分かりました」

 

 自然に口角が上がり、私の口からクスリと笑いが溢れた。

 

「私は泡をお皿に盛る係ですね」

 

 寂しいとか、悲しいとか、そんな感情はいらない。

 この素晴らしい友人と姉が居れば、私は笑っていられるのだ。

 

「場所はここの屋上でいいかな。最後に水で洗い流せば大丈夫だろうし。皿は紙皿……でもそれだとゴミが問題?」

「終わった後にお皿をまとめてくれれば、トイレットペーパーにしてあげるよ」

「束さんぐう有能。よっと」

 

 神一郎さんと姉さんが喋りながら窓から飛び出した。

 危険がないとはいえ心臓に悪い映像です。

 

「おいで箒」

 

 窓の向こうから神一郎さんが私に向かって手を伸ばす。

 いつもと違い、顔を出していた。 

 

「箒ちゃん、結構風が強いから気をつけてね」

 

 神一郎さんの肩では、姉さんが心配そうな顔をしている。

 私は体の力を抜いて神一郎さんに身をゆだねた。

 

「腕を俺の首にまわしてから目を閉じて――そう、下は見ないで」

 

 神一郎さんに抱きかかえられた私に冷たい風が当たる。

 ISの右腕に腰を下ろし、落ちないように神一郎さんの首にしがみつく。

 

「ッ!?」

 

 一瞬、強い風が体に当たり思わず体が強ばる。

 

「箒、目を開けて」

 

 神一郎さんの声に促され、ゆっくりと目を開けた。

 

「……ふぁ」

 

 視界いっぱいに色とりどりの明かりが見える。

 キラキラと光っていて、とても綺麗だ。

 

「俺さ、束さんには本当に感謝しているんだ。だってこんな景色は普通じゃ見れないから」

 

 えぇ、分かりますよ神一郎さん。

 この景色は姉さんのおかげで見られるのだと思うと、ISって凄いんだなと実感できますから。

 

「しー君、そんな綺麗事で今更私に媚売っても遅いよ? 私はしー君の胃を泡でパンパンにしてやるってもう決めてるから」

「ちっ」

 

 綺麗な景色の横で、何故か舌打ちする神一郎さんと黒い笑顔の姉さん。

 もう考えるのが面倒なので、”仲良いなー”で全部済ませる事にします。

 

「それじゃあ屋上に降りるぞ。箒、興味があるなら今度夜間飛行デートでもしようか」

「はい、楽しみにしてます!」

「しー君ぶっ殺す」

 

 来月は三人で空の散歩ですか。

 今から楽しみです。

 




た「ふはははッ! 当てれるものなら当ててごらん!」
ほ「どう見ても空中を足場にしてますね」
し「飛び回りまくって鬱陶しいな。箒、ここは協力プレイだ」
ほ「了解です!」
し「鉄壁の箒ガード発動! これでも攻撃できるかな?」
た「箒ちゃんを盾にするとは卑怯な!?」
し「たっぷり食べろや!」
た「ぐみゃ!? ……あ、いちご味。当たりだったあぶな」 
し「そして安定の裏切り」
ほ「んぐっ!? ……あ、メロン味です。美味しい」
た「箒ちゃんを盾にし、更に裏切るとは許せん! 箒ちゃん、今こそ姉妹の力を見せるとき!」
ほ「はい姉さん!」
た「右手にコーヒー味、左手にレモン味」
ほ「右手にチョコ味。左手にゴーヤ味」
た&ほ「姉妹奥義――四刃封神!!」
し「んぎゃぁぁぁぁぁ!?」


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彼らの週末(金曜日)

まとめたら長そうだったので三分割にしてみた、


 小学校に通う成人男性の心情は難しい。

 オタクにとって会話を合わせるだけなら簡単だが、ノリを合わせるのが難しいのだ。

 

「先生、佐藤君が宿題を見せてくれませんでした」

 

 帰りのホームルームで急に矢面に立たされた時とか、大人として困るよね。

 

「佐藤、なんで見せてやらなかったんだ」

 

 遊び半分の発言と理解してるから先生も普通に流すんだよな。

 気持ちは分かる。

 怒るに怒れない微妙な悪ふざけだもん。

 

「白石」

 

 俺は椅子に座ったまま後ろを振りかえる。

 ちなみに俺の机は教壇の真ん前です。先頭です。

 名前順の並びではなく、先生の指名でここに座ってます。

 授業中に関係のない事をしてるとこうなります。

 転生したら隣の○○君ごっこしたいと思うのは成人男性共通の思いだよね。

 

「宿題は1ページまたはプリント1枚につき100円、そう言ってるだろ」

「ケチくせーな」

 

 顔全体で不満を表しているのは問題児の白石。

 俺の真後ろって時点で察して頂きたい。

 まぁ悪いやつではなく、所謂“勉強できないけど明るいムードメーカー”だ。

 

「だいたい宿題見せるのに金取ってんの佐藤だけだぜ?」

「だったら大崎か栗原にでも見せてもらえ」

「アイツらな……」

 

 白石が後ろを振り返り、名前の出た二人は見つめる。

 だが二人は無言で首を横に振った。

 毎日毎日宿題見せてとねだる人って、大抵は見せてもらえなくなる法則ってあると思う。

 俺はタダで見せたりしない。

 学校生活は社会の縮図。

 タダで楽になんて甘えは許しません。

 

「先生、もうなにもなさそうですし終わりにしましょう」

「そうですね。では明日の予定ですが――」

 

 途中で話しを終わらせるが特に不満の声は出ない。

 この辺はいつも通り、予定調和ってやつだ。

 

「なんだよ佐藤、ノリわりぃーじゃん」

 

 後ろから白石が俺の背中をつつきながら話しかけてくる。

 かまってオーラを出すな。

 言わなくてもお前だったら分かってるだろ?

 

「なぁ佐藤、放課後サッカーしようぜ」

 

 全然分かってなかった。

 その空気の読めなさでムードメーカーを気取るとは……。

 あ、俺が勝手にそう言ってるだけか。

 

「悪いな白石。今日は用事がある」

「ん? そっか、今日は金曜か」

「そういうこと、俺はさっさと帰る」

「なぁ、お前何してんの? いい加減教えろよ」

「それはダメだ」

「ちぇっ」

 

 金曜日はさっさと帰る事を知っている白石は、どうやら俺の行動が気になっている様子。

 絶対教えないけどね。

 

「きりーつ、れい」

 

『先生さようなら、みさなんさようなら』

 

 最初は苦痛だった挨拶も今は余裕だぜッ!

 さいなら!

 

「待って佐藤君! 一夏君の新しい写真は!?」

「机の中にあるからケンカせずに分けろ!」

「佐藤! 日曜サッカーの試合があるんだけど参加――」

「しない!」

 

 クラスメイトを華麗に捌き、俺は教室から出る。

 なんか最近はおもしろ半分で俺を引き止めようとするんだよな。

 まぁクラスに馴染んでるって感じで嫌ではないが。

 

 

 

 

 

 学校帰り、俺はスーパーに立ち寄る。

 お店は男の味方、業務用スーパーだ。

 豚肉のバラ肉が1キロで千円。

 鳥がまるまる一羽で800円。

 魚は50センチ程のスズキが700円。

 料理の手間がかかるが、頑張ればかなりコスパが良い。

 かくゆう俺も、貧乏学生時代に魚を丸ごと一匹買って、ネットで捌き方を勉強しながら料理をしたものだ。

 

 てなわけで、取り敢えず豚肉1キロと鳥のササミだな。

 牛肉? んな贅沢なものは買いません。

 お、リーフレタスが50円か。

 2つ買おう。

 それと特大もやしは必須だな。

 業務用スーパーと言うと質が悪いイメージがあるが、んな事は貧乏人と腹ペコ男子には関係ない。

 みるみるカゴが一杯になる。

 最後に5キロのお米を持ち、俺はレジに並んだ。

 背中にランドセル、両手にビニール袋を持って俺は家に帰る。

 千冬式筋トレのありがたみを実感する瞬間である。 

 

 帰宅した俺はランドセルをソファーに投げ捨てる。

 荷物を床に置き拡張領域から黒い箱を取り出す。

 箱を開けると、中は空洞で真ん中に仕切りがある。

 なにを隠そう、これは冷蔵機能を有している簡易倉庫なのだ。

 下の段に肉や野菜、上の段にお米を入れる。

 これは全部束さんへの貢物だ。

 あの子、食べ物がなくなると俺のツマミ勝手に食べちゃうからね。

 業務用スーパー品だからケチくさいと思われるかもしれないが、この量を普通のスーパーで買うと出費がやばいのだ。

 ま、束さんならお腹を壊すことはないだろう。

 後は調味料各種とインスタント食品と冷蔵庫の余り物、それと一応ガスコンロも持っていこうか。

 

 本当なら日が沈んでから行動したいが、今は7月。

 未だ外は明るい。

 だがここで時間を潰すわけにはいかない。

 なので――

 

 簡易倉庫――その名も【束様への貢物を安全に運ぶための箱】のくぼみに指を引っ掛け持ち手を引っ張り出す。

 名前は気にしてはいけない。

 作ったのは束さんで、使うのは俺。

 色々と察して欲しい。

 さて、束様への――うん、もう箱でいいや。

 右腕に流々武を展開、しっかりと箱の持ち手を握り、玄関ののぞき窓から外の様子を伺う。

 周囲に人影なし。

 そっとドアを開け外に出る。

 頭部を展開。

 ハイパーセンサー、集音機能を活用し、万が一にでも人に見られないように気をつける。

 頭と右腕だけ機械で、どう見ても怪しいが気にしてはいけない。

 全身纏うと通路で動けなくなるし、これが精一杯なんだよね。

 てな感じで人に会わないよう俺は階段を上がり屋上を目指す。

 屋上の鍵は普段施錠されているが、俺は合鍵を持っているので問題ない。

 なぜ合鍵があるかって?

 織斑姉弟は俺の家で食事をしたことがある。

 変態やストーカーって、好きな人が使った箸やストローを欲しがるよね?

 それが答えだ。

 

 屋上に出たらもう安心。

 流々武を展開しステルスを使用。

 箱は右足の太もも部分に取り付けられる仕様なので、しっかりと取り付ける。

 黒い箱はダテではない。

 この箱もしっかりと姿を消せるのだ。

 本当なら陸ガンコンテナ仕様みたいな感じで背負いたかったが、とある理由から背中に背負えないのだ。

 まぁ太ももに装着するのもちょっと格好良いんだけどね。

 さて、これで誰にも見られる心配がなくなった。

 

「ジュワ」

 

 空に向かって飛翔する。

 一直線に昇って行き、雲の上に出る。

 ここで最後の仕事だ。

 音声認識しか受け付けないクソ仕様に恨みを込めて――

 

「“束さん、会いたいです”」

 

 俺のセリフに反応し、背後に大きなブースターが現れる。

 現れたのはガンダム試作1号機FBの様なかっちょよいブースター・ポッド――などではない。

 良く言えばロケット、悪く言えば人参だ。

 これも作成の時に束さんとひと悶着あって今の形になった。

 色が黒になったのが救いだ。

 アヤツ、まんま人参を取り付けようとしやがったからな。 

 形に拘ることにばかり目を取られ、使用するのに音声認識しか受け付けないっていう罠を見逃してしまったが……。

 まぁ性能は間違いなくピカイチだ。

 この長距離移動用推進装置【束さんに会いたい気持ちがその背中を押すのさ】略してブースターがあれば、地球上を自由に動き回れる。

 エネルギー効率の点から長期時間は使えないけどね。

 

 てなわけで――

 

「GO!」

 

 飛行機にかち合わない様に高々度を保ちつつ、俺は空を飛んだ。

 

 

 

 

 目的地に向かって真っ直ぐ進む。

 空から見下ろす風景は格別である。

 あるが、だ。

 ぶっちゃけ同じような風景が広がれば飽きるのが人間の悲しいところ。

 

『ちぃ?』

 

 だから俺はアニメを見ている。

 視界のど真ん中に美少女パソコンが映る生活。

 実に素晴らしい。

 いやはや、ISの可能性は無限大だ。

 これってちょっといじれば未来のゲーム機になりそうだよね。 

 むむ、俺が死んだ後にプレ○テからヘッドギアを使用した超リアルなゲームが出てるきがする――

 

 そんな馬鹿な事を考えながらアニメを見ること数時間。

 俺は目的地上空に到着した。

 

 タクラマカン砂漠とチベット高原に挟まれる崑崙山脈。

 標高6000m以上の高山が、200峰以上連なっている大山脈が今回の目的地だ。

 いいよね、崑崙山脈。

 オタク心……いや、厨二心を刺激される。

 すでに日が落ちているので、暗闇で景色を楽しめないのが残念だ。

 高度を下げ合流地点を確認。

 望遠モードで地表を見ると、特徴的なウサ耳がぴょこぴょこ動いていた。

 

 ところで、スカイダイビングって知ってる?

 

「流々武解除」

 

 体が空に投げ捨てられる。

 離れ離れにならないよう、箱をしっかりと両手で抱える。

 

 初めてのスカイダイビングの時は私服だった。

 恐怖と興味がせめぎ合い、興味が買った瞬間、俺は空の上でISを解除していた。

 結果は大失敗。

 服は風圧でヨレヨレに。

 ゴーグルが無かったので目も開けられず景色も見えなかった。 

 そして、あまりの怖さでちょっとちびっ……本当にちょっとだけ、うん……。

 

 二回目は前回の反省を生かし、全裸で飛んだ。

 まぁあれだ、自分の恐怖を誤魔化す為にテンション上げた結果だ。

 当時の自分の心境は今では分からないですハイ……。

 その時の失敗はノーガードだったということだろう。

 開放感は半端ないけど、風圧でね、男の第二の心臓的なアレがね、凄く痛かった。

 

そんな過去の反省を生かした俺の新しい楽しみ方。

 それは――

 

「服を拡張領域に収納」

 

 一瞬で服が消え全裸になる。

 

「装備――“赤フン”!!」

 

 次いで装備品を呼び出す。

 俺の腰に日本男子の伝統的な衣装が装着される。

 更に目を守る為にゴーグルを装備。

 

 燃えるような赤。

 風になびく裾。

 これぞ日本男子の心意気!

 束さんにも大好評だった姿である。

 

「ヒャッホッー!」

 

 重力に引っ張られ、体が落ちる。

 最初は怖かったが、慣れればこの感覚は病みつきだ。

 夜のため地面が見えないが、いつ地面に衝突するか分からない恐怖もまた乙なものだ。

 

 ――衝突まで残り500メートル 

 

 流々武から警告。

 それそろ限界か。

 

「流々武、展開」

 

 全身に纏い、体勢を立て直す。

 スラスター全開で落下の勢いを殺す。

 

「しー……く……」

 

 こっちに手を振る姿が見える。

 

「よっと」

 

 軌道を修正し束さんの目の前に着地する。

 

「しー君最高!」

 

 ケタケタと束さんが俺を指差して笑う。

 

「褌一丁で落ちてくる姿はいつ見ても笑えるよ」

「開放感が最高なんです。一緒にします?」

「出会い頭でセクハラはやめい」

 

 出会い頭で人を笑う奴がよく言う。

 

「しかしこんな場所に秘密基地を作るんですか?」

 

 周囲を見回すも、岩肌と雪しか見えない。

 木すら生えてなく、なんとも寂しい場所だ。

 

「そうだよ。ほら、ここに立てるのさ」

 

 束さんが指差す先には、人の手が入ってない山では有り得ない平らな地面。

 俺が来るまでの合間に準備したのだろう。

 

「んで此処に――」

 

 束さんが手を上げると、空き地に家が現れた。

 スタンド使いの仕業だッ! ってツッコミたいけど――

 悲しいかな……これ、科学なのよね。

 

「しかしまぁ見事な使い捨て感ですね」

「そりゃあ使い捨てだもん」

 

 家と言っても、見かけはただの平屋の一軒家。

 しかも全面鉄製?

 壁もドアも鈍い鉛色だ。

 

「これ鉄製ですか?」

「んにゃ、チタン」

「へー、チタンとは凄いですねー」

「しー君、話しを広げられないなら聞かない」

「すみません」

 

 チタンって言われてもね、軽くて丈夫って印象しかないんだよね。

 それで家を作るのが凄いかは俺には判断できません。

 

「ダナンで金属板を組み合わせて家を作り、現地で拡張領域から取り出せばあら不思議、一瞬で秘密基地の出来上がり。ふっ、自分の天才ぶりが怖いぜ」

 

 家って言うには居住性悪そうだけどね。

 まぁ使い捨てならいらないか。

 

 篠ノ之束のIS発展計画その一

 

 【使い捨て秘密基地】

 

 それはISの発展の為に束さんが考えた作戦だ。

 現在、ISの開発、発展は束さんの手から離れている。

 各国がISコアを用いて自国で開発しているからだ。

 だがしかし、それぞれの国の頭脳が集まろうと、束さんから見れば無能の集団。

 遅々として進まないIS開発に怒った束さんが、行動を起こさない訳がない。

 この作戦を簡単に説明すると――

 

 部下『隊長! 町で篠ノ之束の目撃情報が!』

 隊長『なんだと!? もしや我が国に潜伏しているのか? 今すぐ情報を集めろ!』

 部下『多数の目撃情報を集め精査した結果、篠ノ之束の隠れ家らしき建物を発見しました!』

 隊長『よし! 乗り込むぞ!』

 部下『どうやら逃げられたようです。ですが、様々な機械や設計図を手に入れることができました!』

 隊長『くっくっくっ、これで我が国のIS開発は他国に差を付けることができる!』

 

 こんな感じである。

 これを全世界でやるらしい。

 天災も楽ではない。 

 

「さあ入って入って」

「お邪魔します」

 

 ドアを開けて中に入る。

 

「束さん、明かりあるの?」

「あるよ。あ、靴は脱いでね」

 

 明かりが灯り、室内の様子がハッキリと見える様になった。

 ちゃんと下駄箱もあるのか。

 

「右手奥がトイレで隣がシャワー室だよ。電気はバッテリーから引いてて、日中は太陽光発電で充電可。水は地下水を汲み上げてて、排水はフィルターや微生物を使って綺麗にしてから流してます」

「これが使い捨てってかなり贅沢」

 

 想像以上に良い家だった。

 俺の別荘にしたいくらいだ。

 ……ねだったら俺にも作ってくれるかな? 

 

 内装はかなり質素。

 台所とテーブルに椅子しかない。

 でもまぁ、俺と束さんには関係ない事だ。

 

「しー君、冷蔵庫は置いておくね」

「はいよ」

 

 束さんが設置した冷蔵庫に、箱から取り出した肉や野菜を入れる。

 

「束さん、この辺の借りるよ」

「どーぞ」

 

 部屋の角に一人用ソファーと小さなテーブルを置く。

 俺の居場所完成である。

 拡張領域便利過ぎワロタ。である。

 

「束さん、晩御飯どうする?」

「もちろん食べるよ。作るのはしー君ね」

「了解」

「ちょっと外出てくるから待ってて」

「ほーい」

 

 さてと、使うのは……肉ともやしとリーフレタスでいいか。

 拡張領域から出すのはまな板と包丁とフライパン、後はボールだな。

 

「たっだいまー。パイプに水通してきたよ。一応蛇口からの水もフィルターを通すからお腹を壊すってのはないと思う」

「ところで束さん、火は?」

「おっと忘れてた。はいIHコンロ――む、炊飯器忘れちゃった」

「なら飯ごうですね」

 

 最新家電とアウトドアの融合である。

 

 まずはお米を研いで飯ごうへ。

 

『はじめチョロチョロ中パッパ、赤子泣いてもふた取るな』

 

 この唄がある限り、飯ごう炊きに失敗はない!

 

 フライパンが熱くなったら油を引き、肉を投入。

 

「ねえしー君」

「なんです?」

「このお肉安くない?」

 

 束さんがパッケージの値札を見せつつジト目で睨む。

 

「束さん、安かろうが高かろうが、肉は肉だろ?」

「肉にこだわりがある人に殺されそうだね」

「黙れ素人。高級肉の味なんぞ知らない方がいいんだ。それが一番平和なんだよ」

 

 今でも思い出す前世の苦い思い出。

 社会人になって数年目、久しぶりに友人と会い焼肉の食べ放題に行った時、友人の『やっぱ安い肉はイマイチだな』の一言。

 普通に美味しいと思っていた俺の心中はとても穏やかではなかった。

 格差社会による友情の亀裂を感じたね。

 

「私を接待した人間は松阪や黒毛を貢いでくれたよ?」

「………束さんを想う気持ちだけは負けてませんので」

「ほーう?」

 

 ニマニマと笑う束さんを無視して、俺は料理を続ける。

 リーフレタスを洗い、大皿に盛り付ける。

 肉に焼き目がついたらモヤシを入れて、味付けは焼肉のたれと隠し味で生姜を少々。

 それをリーフレタスの上に乗せれば――

 

「はい完成」

「ちょっと手抜きが過ぎるんじゃないかな!? しー君もう少し料理できたよね!?」

「箒や一夏に食べさせるならともかく、男の独りメシなんてこんなもんさ」

「これの何処に私を思う気持ちが!?」

「リーフレタスあたりが俺の気持ちです」

「ベジタボォ!」

 

 きっと俺だけなら野菜はモヤシだけだった。

  

「お米も炊けたね。ほら、座って待機」

「はーい」

 

 飯ごうから茶碗にご飯をよそい、取り皿を並べる。 

 

「んじゃ食べましょうか」

「真ん中の大皿に肉、味噌汁や副菜はなし。なんだかなー」

「あ、忘れてた。ほらよ、キムチ」

「半分ほど食べてあるんだけど!?」

「一度で食べきれなかった残りだからな」

「残りもの……この天災に残りもの……」

「文句言わないの。黙って食べなさい」

「むぅ……」

 

 束さんが若干不貞腐れる。

 たぶんだけど、束さんは自分の為に手の込んだ料理を作って欲しかったんじゃないかなと思う。

 ごめんよ束さん。

 プライベートな時間は基本楽したい派なんだ。

 

『いただきます』

 

 大皿から肉とモヤシを箸で取り、取り皿に乗せる。

 うんうん、この生姜の香りが食欲を増進させるんだよな。

 

「うむ? あんな手抜きなのに悪くない」

 

 束さんが一口食べてそう評した。

 別に不味く作る気はないんだから、そりゃそうだ。

 肉とモヤシと焼肉のタレは失敗しない組み合わせだしな。

 

「ふむふむ、生姜が効いてて良いね。空きっ腹に白米が染みるよ」

 

 もむもむと束さんがご飯を頬張る。

 たんとお食べ。

 

「しんも、あふは、どおふる」

「食べるか喋るかどちらかにしろ」

「…………(もぐもぐ)」

 

 黙って食べるんかい。

 文句言ってた割に素直な束さんであった。

 

「んごきゅ。でねしー君、明日なんだけど、結構忙しいから覚悟してね」

「危険なことやドンパチはお断りですからね」

「だいじょーび。基本は私だけでなんとかなるから。基本は」

 

 存外にもしもの時は出番があると言ってるな。

 さて、なんで週末に束さんと一緒に居るかというと、俺と束さんの間に取引があったからだ。

 俺は束さんに作って欲しいものがある。

 束さんは小間使が欲しい。

 そんなやり取りの結果、束さんに移動用ブースターなどを作ってもらい、逆に俺は食材や日用品の補充、そしてアッシーをしているのだ。

 全ては素晴らしい未来を掴む為への投資である。

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

 

 束さんがパンと手を叩く。

 意外とそいった所はしっかりしてるんだね。

 

「お茶とコーヒーどちらにします?」

「お茶」

「はいよ」

 

 食後は自由時間。

 だけど特別な会話はせず、俺と束さんはそれぞれ勝手に動きだす。

 

「ちょっと散歩してきます。この周囲で気を付けることあります?」

「んー? ISがあれば大丈夫でしょ」

「そっか、なら行ってきます」

「いてらー」

 

 束さんは動く気がないようで、椅子に座ったまま俺を見送った。

 俺も無理に誘ったりはしない。

 人間それぞれ自分のペースがあるもんね。

 

 ドアを開け外に出ると、周囲は暗闇に包まれていた。

 都会では味わえない純度の濃い闇だ。

 月明かりを頼りに近くの岩に腰かける。

 夜空を見上げると満点の星空。

 星ってこんなに夜空に浮かんでるんだと感動する。

 しかし、崑崙山脈か……。

 生前じゃ考えられない。

 あ、今更ながら束さんへの感謝の気持ちが凄い。

 今度はもう少しちゃんとした料理を作ってあげよう。

 

 岩に座ったままボーっと空を見上げる。

 贅沢だなぁ……ほんと贅沢だ。

 

 

 

 

 

「さぶっ」

 

 どれだけ外にいただろうか。

 すっかり体が冷えてしまった。

 そろそろ戻るか。 

 

「ただいまー」

「おかえりー」

 

 おおう。

 ドアを開けると、そこは見知らぬ研究所でした。

 壁際にはラックが並び、用途不明の機械の部品が並ぶ。

 床にはいつの間にかカーペットが敷かれ、束さんが床に座りながら周囲にディスプレイを投影させていた。

 

「ふーん? モンド・グロッソ前になんとしても私を見つける? 手段を選ばない? SM趣味の変態が言うじゃないか。そんなお前のマル秘写真を週刊誌にプレゼント。社会的に死ね」

 

「ふむふむ、工作員を日本へ? こいつ等の情報はじじいに投げれば良いか」

 

「ほうほう、私のクローン作成? 遺伝子マップが別人なんだけどこの組織大丈夫かな? ……一応潰しておくか」

 

 流れる文字を眺めなら、束さんが恐ろしい独り言を呟く。

 触らぬ天災に祟りなし。

 放置だな。

 

 冷めた体を温める為にコーヒーを入れ、自分用の小さなテーブルに置く。

 拡張領域からラノベを取り出す。

 大勢の“くぎゅう病”患者を生み出した名作である。

 

 シャナたんはぁはぁ

 

 もちろん昔読んだ作品なので内容は覚えているが、なにか違和感が……。

 

 パラパラとページをめくり読み進める。

 

 なるほど?

 

 なんとなく違和感に気付いた。

 ISの世界は女尊男卑の世界である。

 今はまだISが発表されて日が経ってないのでそこまで顕著ではないが、下火は点いている。

 恐らく、モンド・グロッソ後に炎上するだろう。

 しかし、僅かにだがその影響が創作物に出ている。

 今読んでる作品、ちょっとばかし主人公が情けない。

 知将感はそのままだが、俺が知ってる主人公よりほんの少しヘタレなのだ。

 逆に、ヒロインのクールっぷりが強くなっている。

 作者が同じだから面白いのは変わらないけど。

 

「ん?」

 

 もしやだけど、これから先はTS系が増えるかも?

 

 強い男が女を守るではなく、強い女が男を守る。

 シャナたんで例えると――

 

 俺が知ってる世界の作品では、ちょいワルオヤジのシュドナイが、青髪ロリのヘカテーたんに『お前はオレが守る(キリッ)』と言っていたが、

 

 この世界では、軍人風お姉様のシュドナイ様が、青髪ショタのヘカテーくんに『お前はワタシが守る(キリッ)』とかなるかもしれない……。

 

 女尊男卑も悪くないんじゃないか!?

 やばい、なんか未知の感情が溢れてきた。

 

 ギュルルル!

 

 将来を考えると女尊男卑は心配だったが、楽しみがあれば生きていけるのがオタクという生き物。

 エロゲーはアレだな、強気女子の作品が増えそうだ。

 

 ギュイーン!

 

 それとは逆に、鬱憤が溜まった男のはけ口用に、ドギツイ内容のエロ作品も需要が増えそうだ。

 いやー、これはこの先楽しみですな。

 

 ガガガガッ!

 

「うっさい!」

 

 さっきからなんの騒音だ。

 時間を考えろ時間を。

 

「なんか言った?」

 

 ゴーグルに厚手の手袋……。

 なんで完全装備してんの?

 

「なにしてるんです?」

「見て分かんない? 工作」

「それは分かる。むしろそれしか分からん」

「説明いる?」

「要りません」

「そっか」

 

 ゴガガガガッ!

 

 ラノベを読みたいが、音がうるさすぎる。

 ちょっとやそっとの音じゃ気にしないが、これは酷い。

 

「束さん、もう少し音量下げて」

「断る」

 

 有無を言わさない拒否っぷりだ。

 

「そう言えば明日は何時から行動開始するんです?」

「んと、組織の取引が4時からで、流々武の移動速度を考えると――3時くらいに出発かな」

「それ、午後4時?」

「午前に決まってるじゃん。朝方ってのは色んな意味で一番気が緩むからね。下手に深夜に動くより、日が昇ってからの取引の方が警察なんかの目を誤魔化せるんだよ」

 

 その組織ってのがどんなもんか知らないが、なんとも健康的だな。

 まぁ確かに、日本では深夜にパトカーが警邏とかしてそうだけど、朝方4時~5時の日が昇ってからはしてないイメージがあるな。

 ところで、それはつまり2時起きってことかい?

 

 今の時刻は、現地時間の22時。

 今すぐ寝れば4時間は寝れる。

 

 ギュルン! ギュガガガガッ!

 

 今すぐ寝れば、だけど。

 

「束さんや、そろそろ寝ない?」

「しー君は寝てていいよ? 私はまだ全然眠くないし」

 

 フォン――フォォォォォォン!

 

 このよくわからん音が鳴り響く部屋で寝ろと?

 てか工作の音が異音すぎて超気になる。

 生前なら一徹くらいは大丈夫だったが、残念な事に今の俺は小学生。

 多少は寝ないと動けない体なのだ。

 ――しょうがない、なにか手を打たないと。

 

 ソファーとテーブルを拡張領域に片付け、カーペットの上に二人分の枕と毛布を用意。

 散らばる部品を一箇所に集めてスペースを確保する。

 

「ほら束さん、美容に良くないから徹夜は止めた方がいいよ」

 

 束さんの背中に話しかけ、手招きしてみる。

 

「しー君」

 

 ギロリと、振り返った束さんが俺を睨む。

 

「あのね、私の生きてる時間の価値は凡人とは違うの。睡眠に時間を割く? それこそ時間の無駄使いってもんだよ」

 

 やりたい事が沢山あって寝てる時間が惜しいってことね。

 言いたいことは分かった。

 俺の選択肢は二つ。

 

 ①無理矢理寝かす。

 ②外でテントを張って寝る。

 

 ……安全策を取って②かな? 邪魔したら怒りそうだし。 

 あ、そう言えば束さんは無茶する人だった。

 せめて俺が気にかけてあげないとな。

 自分が寝る前に確認だけしとこう。

 

「束さん、何時間起きてる?」

「47時間32分14秒」

 

 アウトッ!

 それは年頃の乙女的にアウトだよ!

 今の束さん放置して自分だけ寝るのは、なんとも気分が悪い。

 それが本人が望んでることでもだ。

 

「最終確認です。寝ませんか?」

「もう、しつこいよしー君。そんなに私と寝たいの? 寝かしつけてあげようか?」

 

 束さんの右手には怪しげな液体が詰まった注射器。

 よろしい、ならば戦争だ。

 

「わかった。もう邪魔しないから作業音だけ下げて」

「ほーい」

 

 束さんが背を向けた。

 ふっ、油断したな馬鹿め。

 

 俺は毛布を手にそろりと束さんに近付く。

 

「ていっ」

「にゃぁ!?」

 

 背後から束さんの頭に毛布を被せる。

 

「おいで~」

「はーなーしーてー! 私の邪魔をするとは万死ものだよしー君!」

 

 暴れる束さんを羽交い絞めにし、無理矢理寝床に引っ張る。

 猛獣を大人しくするときは、視界を隠すのが重要だよね。

 

「良い子だからねんねしな~」

 

 毛布の上から頭をナデナデ。

 寝ましょうね~。

 

「私が寝ればそれだけ科学の発展が遅れると言ってくかー」

 

 よし、落ちた。

 毛布越しにだが、確かに束さんの寝息が聞こえる。

 なんだかんだ言っていても体が睡眠を欲していたようだ。

 

「くぴー」

 

 束さんの頭を枕に乗せてから電気を消す。

 

「さてと」

 

 束さんの隣に横になり、自分の毛布を被る。

 目覚ましをセットしてと――

 

「お休み束さん」

「むにゃ」

 




年始にはモンド・グロッソ編を……(FGO周回しつつ)


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彼らの週末(土曜日)

大事な事はサラッと流すスタイル。



 ――寒い

 

 ――手を伸ばす

 

 ――布団がない

 

 ――布団がない

 

 ――布団がない

 

 ――布団がない

 

 ――――さむい

 

 

 

 

 

「ううぅ……」

 

 目を覚ましたら自分の体を抱くように縮こまってた件について。

 おや? 毛布は?

 

 手と足を動かし周囲を探るも、一向に毛布の感触がない。

 仕方なく顔を上げるも、暗闇の中で見えるはずもない。

 枕元のケータイを手に取ると時刻は1時50分。

 もうこのまま起きてしまおう。

 

 明かりを点けてっと――

 

「ん……」

 

 明かりが点いた瞬間、その光から逃げる様に束さんが毛布に顔を埋めた。

 ふむ、自身は暖かな毛布をかけ、更にもう一枚の毛布を抱き枕代わりにするとはなんと贅沢な。

 犯人はお前かちくしょうめ。

 眠ることに文句を言ってたけ奴が随分と幸せそうじゃないか。

 そこはせめて抱き枕代わりに俺を抱き締めるのが正解だろ?

 ……馬鹿なこと言ってないでもう少し寝かせてあげるか。

 

 目覚まし機能をOFFにしてからお湯を沸かす。

 コーヒー片手に外に出ると、冷たい空気が一気に肺に入ってきた。

 寝る前と変わらない満点の星空がそこにあった。

 ちょびちょびとコーヒーを飲み、飲みきる頃には寒さとカフェインですっかり目が覚めた。

 

「…………」

 

 部屋に戻り束さんの枕元に立つ。

 油断してるのか、それとも疲れているのかは知らないが、束さんは起きる気配がない。

 さーて、どう起こそうかね?

 優しく起こすか、イタズラするか、それとも――

 

 足元から毛布を持ち上げてみる。

 ……生足が見えた。

 

 おぉ、美少女は足の指の形まで綺麗なんだ。

 ふくらはぎも美しい。

 スカートが乱れ、太ももは半分ほど見えている。

 白くてむっちりしてて、撫で回したくなる。

 

 いくら俺でも流石に足を舐めるなんて変態プレイはしません

 えぇ、しませんとも。

 取り敢えず、写真撮って……。

 

 パンパン

 

 太ももに向かって手を合わせる。

 ヘタレの俺はこれで満足だ。

 よし、起こすか。

 

「束さん」

 

 肩を揺らしながら話しかける。

 

「ぁ……」

「束さんてば」

「んぁ?」

 

 うっすらと目が開いた。

 お目覚めですね。

 

「…………夜這い? 殺すよ?」

「寝ぼけてんじゃねーよ」

 

 目を開けて第一声がそれか。

 

「……今日はお泊りしたんだっけ? んー」

 

 束さんが身を起こし、手足を伸ばす。

 目が覚めた様でなにより。

 声がガチ過ぎて股間がヒャンってしたぜ。

 

「久しぶりに3時間以上寝たかも。しー君、コーヒー頂戴。砂糖とミルクたっぷりで」

 

 いったい普段どれだけ寝てないんだ?

 まぁ束さんの睡眠時間は置いといて――

 

「ちょっと失礼」

「ん?」

 

 束さんの手を取って、くんかくんか。

 うーん……。

 

「どったの?」

「束さんさ、最後にお風呂入ったのいつ?」

「……へ?」

「ちょっと油臭い」

 

 昨日の工作の影響か、それともそれ以外か。

 どちらにせよ臭う。

 汗臭いとかないけど、工具の油の様な匂いが手からするのだ。

 

「も、もちろん毎日寝る前にちゃんと――」

「へぇ、寝る前に? 確か40時間以上は起きっぱなしだったよね? それはつまり二日はお風呂に入ってないって事では?」

「ち、違うし。私はいつでも清潔な乙女だし」

「ほう?」

 

 ズイ

 ススッ

 

 ズイ

 ススッ

 

「なんで逃げる」

「なんで近づいてくるの?」

 

 俺が近付くたびに束さんが距離を取る。

 これはもう自白してるも当然じゃないか。

 

「コーヒーは淹れてあげるから、まずはシャワー浴びてきなさい」

「はぁ? 私が汚れてるみたいな言い方やめてよね」

 

 乙女的にそこは気になるのか。

 言われたくないなら身だしなみは気にしましょうね。

 

「束さんは自分は身綺麗だと、決して臭ったりしないと、そう言うわけだ」

「当たり前じゃん」

「だったら抱きついて良いですか?」

「……はへ?」

「おもいっきり抱きしめて、髪に鼻をうずめたり、首筋の匂いを嗅いだり、そんな事しても良いですよね?」

「や、それはちょっと――」

 

 ジリジリと束さんに近づくが、同じ距離だけ束さんが逃げる。

 ほーれほれ。早くシャワーを浴びに行かないと抱きついちゃうぞー。

 手をわきわきとさせながら近付く。

 

「私は365日いつでもどこでも綺麗だけども! だけどもだ! やっぱり健康的な朝はシャワーから始まるよね!」 

 

 束さんが逃げる様にシャワー室に駆け込む。

 うんうん、女の子なんだから自分の匂いには気をつけましょうね。

 

 束さんを見送り部屋を眺める。

 台所には昨夜の食器が放置され、床には束さんの工作後のゴミ、よくわからん金属の削りカスなどがある。

 取り敢えず掃除しとくか。

 

「しー君! シャンプーと石鹸がない!」

 

 と思ったら、束さんが飛んで帰ってきた。

 自分用のお風呂道具くらい持ちなさいよまったく。

 

「ほらよ、メ○ットとナ○ーブ」

 

 自分で使って良し、いざって時は女性に貸して良しの万能選手を投げて渡す。

 

「さんくす!」

 

 束さんが慌ただしくシャワー室に戻っていった。

 ……しまらんなー。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「さぱぱー」

「だからなんで髪が濡れてるんだよッ!?」

 

 束さんは出てきた瞬間に床がビシャビシャになった。 

 掃除中のこの悪戯は許せませんね。

 

「シャワーでさっぱりした私の魅力はどうかな?」

「水に濡れた胸がセクシー」

 

 怒りに支配される前に胸に集中してしまう。

 前にマグロ釣りをしていた時も思ったが、濡れた服の下にある双丘ってなんでこんなに色気があるのだろう?

 グッとくるよね。

 

「うふり」

 

 束さんがくねっとポーズをとる。

 うむ、実にすばら。

 

「そんな私の色気に夢中なしー君にご褒美をあげよう」

 

 束さんが一枚のタオルを俺に差し出してきた。

 

「乾かせと?」

「いえす」

 

 断る理由もないなので俺は素直にタオルを受け取った。

 役得と言えば役得だしな、と思っていました。 

 

 

 

 

「超だるい」

 

 束さんの背後にまわり、ドライヤーを当てながらタオルで拭く事数分。

 未だに乾ききらない髪にイラっとする。

 

「女の髪を甘く見たねしー君。女性は毎日苦行をしてるんだよ」

 

 お前は毎日じゃないし、苦行なら楽に乾かせるドライヤーでも作れとか、言いたいことは沢山ある。

 髪から良い匂いが――なんてこともない。

 だって束さんが使ってるシャンプーは俺のだしね! 

 俺の為にも、束さんには良い匂いのするシャンプーをプレゼントするのもありかもしれないな。

 

「ところで束さん」

「うん?」

「坊主に興味ありません?」

「私の髪の毛を触りつつのそのセリフ……意図がわからん」

「ただの世間話ですよ」

 

 しかし邪魔な髪だ。

 もっさりたっぷりで、先の方はともかく、地肌に近い根元の部分がなかなか乾かない。

 坊主ならタオルで拭くだけ、3秒で終わる。

 触った時のザラザラ感も良いし、坊主が最強だよな。

 

「しー君しー君、なんか怖いんだけど? あ、鳥肌が――」

「それは湯冷めですね」

 

 濡れた服なんて着てるからだぞ。

 しょうがない子だ。

 ふふ……ふふふっ……。

 そーれ、ごしごし。

 タオルで水分を根こそぎ吸い取ってやる。

 

「頭皮が痛い!?」  

 

 乾け! 乾けよ!!

 シンジ君のガチャコン並に手を動かす。

 ダメだ、未だに水気がある。

 ならばドライヤーだ。

 髪の根元にファイヤー。

 

「今度は頭皮が燃える!?」

 

 こら暴れるな。

 

「もう許して~!」

 

 許す? 俺は怒ってないよ?

 このしつこい油汚れの様な水気が許せないだけだ。

 世の女性達はどうやって乾かしてるのだろう?

 さぁ、戦いを続けようか。

 

 

 

 

「酷い目にあった」

 

 髪と格闘すること更に数分。

 やっと髪が乾いた束さんは、悲しそうに自分の髪を手に取って見つめていた。

 

「私の髪が……キューティクルが……」

 

 束さんでも髪質とか気にするんだ。

 意外です。

 

「遊んでる間に結構な時間が――そろそろ出ないとですね。朝ごはんは後ででいいですよね?」

「その余裕っぷりがムカツク。覚えてろよしー君、女の髪を痛めつけた代償はいつか払わせてやる」

 

 確かに女性の髪を痛めつけたりする奴は許せないと思う。

 そこは同意しよう。

 だけど、俺がやったことはそこまで非難される事なんだろうか?

 女心は難しい……。

 

「ほら、ブーたれてないで行きますよ。場所は束さんしか知らないんだから先導してください」

「ぶー」

 

 不満顔する束さんの背中を押して秘密基地から出る。

 さっさと用事を終わらせて、美味しい朝ご飯を食べようじゃないか。

 

「流々武」

 

 ISを展開。

 

「よっと」

 

 束さんが飛び上がり俺の肩に座る。

 

「まずは何処に?」

「ルートをダウンロード。――視界に矢印が出るからそれ通りに進んでね。後はよろしくー」

「あいさ」

 

 束さんの言う通り矢印が見える。

 んで、その束さんが周囲にディスプレイを投影して自分の世界に入ってしまった。

 それじゃあ行きますか。

 

 束さんを肩に乗せたまま、俺は空高く飛び上がる。

 矢印通りに飛び、空が白み始めた頃目的地に到着した。

 

 着いた場所はとある国の郊外にある大きな倉庫。

 トタン屋根は錆びまみれで、今は使われてる様子はない。

 

「ところでしー君、この場所に来た理由知りたい?」

「興味ないです」

 

 知ったところで心労が増えそうなだけだし。

 

「ここね、奴隷の売買してる場所なんだよ」

「興味ないって言ったよね!?」

 

 あぁもう、やっぱりロクな情報じゃなかった。

 エロゲならともかく、リアル奴隷とか聞いても心が病むだけだ。

 

「それで? 優しい優しい束さんは今から奴隷を助けるんですか?」

「まっさか~。私がそんな無駄な時間過ごすとでも?」

 

 ニヤニヤにまにま。

 束さんが俺の反応を楽しんでるのがよく分かる。

 

「助けたいならしー君がやれば? 相手は拳銃程度は持ってるだろうけど、流々武があれば余裕だし」

「もう一度言いますね。俺は“興味がない”ので動く気はありません」

 

 “俺の心を揺さぶろうとしても無駄だ”と暗に伝えてみる。

 

 恐らく束さんは髪の復讐をしている。

 

 あの倉庫には奴隷として売られそうな人が居る。

 束さんが動かなければ、それを助けられるのは俺だけ。

 普通なら助けられない。

 建物に居るのは、恐らく銃などを持つマフィアやヤクザに近しい人。

 一般人はどうしようもないからだ。

 だが俺にはISがある。

 助けようと思えば助けられるだろう。

 だがそれは、正しい……いや、俺らしいISの使い方なのだろうか?

 俺は常日頃から人助けをする善人ではない。

 一時の正義感に踊らされてISを使ったら……。

 

 束さんに流々武を没収され、返して欲しくばと無茶振りされる未来が見えるな。

 なので俺は深入りしない。

 

「ちぇっ、つまんないの」

 

 束さんがそっぽを向いた。

 よし、勝った!

 ――でも本気で束さんが奴隷を見捨てたらどうしよう? うーん、地元警察に電話くらいするか。

 

「それで、今からどうするんです?」

「もうちょっと前に出て。もうちょい……そこ」

 

 束さんの指示で倉庫の上で止まる。

 

「スーパータバネ式アンチマテリアルライフル改二」

 

 束さんが俺の肩の上でやたら物騒な名前の銃を構える。

 素人の俺には普通のスナイパーライフルにしか見えないが。

 

「距離……風速……いまッ!」

 

 発射音は三つ。

 流々武が発射された弾を捉える。

 

 ――弾道を予測。

 

 こういった機能が搭載されてるのが凄いな。

 さて、弾の軌道の先には三人の人間。

 恐らく見張り役だろう。

 

「安心しな、麻酔弾だ」

 

 連射できるアンチマテリアルとはいったい。

 三人はその場でパタリと倒れたが、死んではないようだ

 

「行ってきまーす」

「はい?」

 

 束さんがぴゅんと肩から飛び降りた。

 そしてそのままトタン屋根を突き抜けて――

 

 擬音にすると

 

 ドンガラガッシャーン

 

 と言ったところか。

 建物内から破砕音が聞こえた。

 

《やっほー無能共》

 

 束さんの声……どうやらご丁寧に向こうの様子を聞かせてくれるらしい。

ありがた迷惑とはこの事だな。

 

《――誰だッ!? ……ウサギの耳? なんだあのキチガイ女は? 撃てッ! 殺せッ! ――ギャアッ!?》

《あの女……まさか篠ノ之束か!? 待て! 捕まえろ! ――ガァッ!?》

 

 

 束さんキチガイ呼びワロタ。

 コスプレに対して理解があるならともかく、そうでないならただの変人だもんな。

 さて、ここからどうするのか。

 

《ホアチャ!(ガン)》

《ホアター!(ドン)》

《アチャチャチャチャ!(ズカン)》

 

 お分かり頂けただろうか? 掛け声は勇ましく、まるでカンフー映画のそれだが、打撃音は一つだけなのだ。

 こりゃ適当にパンチやキックしてるだけだな。

 

《お掃除終わりっと》

 

 早いな。

 しかし解せない。

 助けない言ったけど、ガラの悪い連中は倒したようだし……何がしたいんだ?

 

《あの、助けて頂いてありが――》

《邪魔だよ》

 

 微かに聞こえるのは、鎖が擦れる様な音と若い女性の声。

 ついでに無機質な束さんの声。

 相手がお礼言ってるんだからもっと愛想よくしなさいよ。

 

《やぁ少女》

《わ、わたしですか?》

 

 随分と幼い声が聞こえる。

 束さんの狙いはその子のようだ。

 

《君は何になりたい?》

《え? あの……》

《君は何処に行きたい?》

《どこに?》

《何かになりたいと思うなら学べ。何処かに行きたいと思うなら鍛えろ。そして、もう泣きたくないと思うならIS操縦者を目指しなさい》

《……あい……えす?》

 

 泣きたくないなら……か。

 すぐ近くで売られそうになり泣いてる少女が居る。

 奴隷の存在は知っている。

 ニュースや新聞で見聞してるからな。

 それでも、遠い国だから、自分には関係ないからと、その存在に心を痛めたりはしなかった。

 いざこうして奴隷少女の声を聞いてしまうと、自分の醜さに反吐がでるな。

 

 ――――あ、これはやばい。

 

 思考がネガティブになった。

 これは束さんの罠だ。

 ここで善人面してみろ、きっと後悔する。

 

 俺の人生はまだ見ぬ世界を楽しむ為と、死ぬ寸前に発売されたエロゲをやる為に!!

 

《貴女は助けに来てくれたのですか?》

 

 最初に話しかけてきた子が果敢に束さんに話しかける。

 再チャレンジとは頑張るな。

 

《は? お前達は束さんが時間を浪費して助ける価値が自分に有ると思っているの? それはちょっと自意識過剰じゃないかな?》

《なっ!?》

 

 だよね、驚くよね。

 とても“天災らしくて”個人的には有りだけど、相手がちょっと可哀想。

 

《お前達は助かりたいの? だったら勝手に行動しろよ。車奪って逃げるなり、落ちてる銃で倒れてる男にトドメ刺すなり、そいつらのケータイ電話で警察呼ぶなり、好きに動け。助かりたいなら勝手に助かれよ。束さんの手を煩わせるな》

 

 束さんの言葉に一同が沈黙している。

 聞いてる俺も気まずいぞ。

 では俺が彼女達に代わって一言言おう。

 

 だったら何しに来たの!?

 

 一人の女の子に会うためってのはなんとなく分かる。

 でも理由はさっぱりだ。

 

《あの……》

 

 お、噂をすればさっきの少女。

 

《取り敢えず男の人達を縛りませんか? それから警察に連絡した方が……》

《そ、そうね。そうしましょう》

《わたし縛れる物がないか探してきます》

 

 少女の一言で周囲が動き出した。

 随分と聡い子だ。

 

《んじゃ束さんは華麗に去るぜ。あ、別に束さんのこと秘密じゃないから、警察でもなんでも好きに話していいよ》

 

 ありがとう

 

 そんな声がいくつも聞こえてくる。

 

《しー君カモン》

 

 束さんからご指名だ。

 俺もちょっとは場の雰囲気に合わせてやるか。

 束さんが開けた穴をチェック――周囲に人影はなし。

 これなら大丈夫か。

 出来るだけ壊さないように静かにっと。

 

「ご苦労」

 

 穴から降りてくる俺に向かって束さんが笑う。

 偉そうだなおい。

 俺がノったから嬉しいのか?

 

 束さんの背後には数人の若い女の子。

 一番上でも20歳には届いていないだろう。

 一番下は………へ?

 

「おいこら」

 

 束さんの不機嫌な声を無視して一人の少女を見つめる。

 歳は俺と同じくらいかな? 10歳前後だ。

 

 髪は黒、だけど日本人ほど真っ黒ではない。

 肌は褐色、しかし黒人よりはやや薄い色素。

 瞳は薄い青、黒目しか知らない俺から見るととても綺麗だ。

 日本人の子供と違い、ふっくらとした感じがなく、東欧人の様に造りが細い。

 なんだこの美少女は?

 

「あれ? ガン無視?」

 

 年増は黙っとれ。

 

 しかしありえん。

 確かに俺はロリ要素があるが、同級生に欲情したことは一度もない。

 それなのに、この子には僅かだが色気を感じる。

 こんな子供が存在するとは……。

 

「あう……」

 

 少女が怯えた顔で後ずさる。

 おっといけない、今はISを纏ってるから怖いよね。

 ところでこの子は奴隷として売られるんだっけ? おいくらだい? 全力で買わせてもらうよ。

 

「戻ってこーい」

 

 はっ!? 思わず最低な思考をしてしまった。

 ありがとう束さん、俺は正気に戻ったよ。

 まずは背後関係の洗い出しだよな?

 この子は誘拐されて売られそうになったのか、それとも親に売られて此処に居るのか、その辺の事情を調べないと。

 

 誘拐なら話しは簡単だ。

 親元に返してから改めて交際を申込もう。

 なに、今の俺は小学生。

 法には触れない。

 

 親に売られたならもっと簡単だ。

 この子を連れて帰り、光源氏計画を行う。

 今でこの美貌だ。

 将来が楽しみだぜ。

 

「座れ」

 

 あれ? 体が勝手に動くぞ?

 

「どっこいしょっと」

 

 束さんが体をよじ登り定位置に落ち着く。

 これは外部から動かされてますね。

 

「じゃあね無能共。今日という日に束さんと出会えた幸運を噛み締めて生きろ」

 

 束さんのセリフに合わせて体が浮かび上がる。

 待って! せめて名前だけでも教えて!

 

「全速前進だッ!」

 

 あ゛あ゛ぁぁぁああ美少女が遠のくぅぅぅ!?

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「まだおこなの?」

「べっつにー」

 

 少女達から別れて一時間ほど飛んだ現在、俺は自分でも理解できるほど不貞腐れていた。

 それはもう不貞腐れていた。

 あの少女は、リアルロリダークエルフと言っていいほどの美があった。

 そんな美少女を見つけて何も出来ないとは……。

 

「しー君の態度がウザイから言っておくけど、しー君程度の男が美ロリを嫁にとか夢見ない方が良いよ? 現実みよ? ね?」

「ほっとけ!」

 

 ちくしょう! 非モテオタだって夢見たいんだよバカ野郎!

 束さんの哀れみの目が胸に痛いぜ!

 

「それで、あの美少女はどういった子なんです? 目的はあの子だったんですよね?」

 

 もういいや、ぐだぐだ嘆いていても始まらない。

 スッパリと気分を変えよう。

 

「ふむ、まぁ内緒にする必要もないし教えてしんぜよう。あの子はね、高いIS適正を持っているのだよ」

「ほぉ?」

 

 高いIS適正ね。

 わかりやすく目にかけてるから何かあると思ったが、納得の理由だ。

 

「ちなみに今のIS適正はA」

 

 IS適正とはISを操縦するに為に必要な身体的素質。

 C、D、B、A、Sの五段階あり、Aは二番目。

 確か、適正Sは原作だと千冬さんを筆頭に数名しかいなかったはずだ。

 適正Aはヒロイン達がそうだった気がする。

 束さんが気にするってことは――

 

「しかも、将来はランクSになり得る人材なのさ」

 

 そりゃ凄い。

 見た事ない子だから原作ヒロインではないと思うが、選ばれた存在なんだ。

 

「ところで、IS適正ってどうやって決まるんです?」

「んー……細かい詳細は秘密だけど、基本は遺伝子の優劣かな。もの凄く簡単に言うと、美形で頭が良くて身体能力が高い子がIS適正も高い」

「とても分かりやすいです」

「そこらの無能ならともかく、男の慰み者にするのには惜しい子だから手をだしちゃったんだよね」

「理由はどうあれ、助けた事には違いないので俺は黙っときます」

 

 あの子が居なければ助けなかったと言っているようなもんだが、どんな事情があれ、あそこに居た女の子達を助けたのは束さんだ。

 なら俺を含め誰も文句を言えないさ。

 それよりも大事なのは、束さんに目をつけられたあの子の未来だ。

 

「あの子は大丈夫なんですか? 他の子の前で特別扱いしてましたけど、変な事になりません?」

 

 例えば、国に保護という建前で捕まったり。

 

「それは大丈夫。あの子がIS適正が高いってのはさり気なく国にリークするから」

「無理矢理IS操縦者にするのはダメですよ?」

「それも大丈夫。女尊団体にも情報をリークして見張らせるからね。無理矢理ISに乗せたら女が敵になるさ」

「女尊男卑の世界でそれは怖いですね」

「私だって別に無理矢理ISに乗せる気はないよ。そんなの嬉しくないもん。勉強して、世界を知って、考えて上でIS操縦者になって欲しい」

「IS関係の道から外れても許すと?」

「許すよ。もしかしたらあの子が選んだ道……その分野で私を越えるかもって楽しみもあるし」

 

 そこまで言うか。

 将来のIS適正S候補は伊達ではないらしい。

 

「ま、これからは大事にされるだろうから、怠けてその才能を腐らせたら――」

「女の子なんだからその怖い笑顔はやめなさい」

「しー君、あの子は私が唾を付けたんだからね? もしちょっかい出したら……もぎとる」

「あいまむ」

 

 流石の俺も自ら逆鱗に触れたりしない。

 てか束さんを怒らせたら、もがれた上で改造され、着脱可能のちん兵器にされそうだ。

 ――暫くあの子の事は様子見ってことで。

 

「んでお次は? ご飯にする? お風呂にする? それとも――テ・ロ?」

「んー、テロで」

 

 ……違うそうじゃない。俺は否定して欲しかったんだよ。

 出来ればご飯って言って欲しかった。 

 

「オーケー。どこでもお運びしますよお嬢様」

「くるしゅうない」

 

 人生諦めが肝心なのだ。

 束さんのにっこり笑顔を見て、俺は深くため息を吐いた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 それから束さんは研究所を2つ破壊した。

 破壊と言ってもやり方は非常にスマートだ。

 上空遥か高くから、鉄の塊を落とすだけっていうね。

 束さんが落下位置を予測し、拡張領域から取り出した杭の様な鉄塊を放るだけだ。

 科学でコメットって再現できるんだスゲー。

 全体的な破壊ではなく、大事な一箇所を壊すだけなら確かに楽な方法だった。

 血を見る必要がなかったから、気兼ねしなかったしね。

 束さんも俺に人殺しをさせる気はなかったようで、早朝という事もあり人死もなかったようだ。

 今度からは全部この方法でお願いしたい。

 

 ――俺って世間一般ではテロリストだよな? っていう疑問は無視しました。

 

 

 そんなこんなで、いつの間にか日が昇った土曜日の午前。

 

「フォーが食べたいです」

 

 少し遅めの朝ごはんを所望しました。

 しかも起きてから結構時間が経っているので、お腹はくうくうだ。

 せっかくの海外だし、本場のもの食べたいよね。

 ってな訳で、わざわざインドネシアまで飛んで来ました。

 

「米粉の麺類だっけ? 私は別に構わないよ」

「それじゃあ行って来ます」

「へ?」

「うん?」

 

 束さんと見つめ合う。

 なんか認識の違いがあるような?

 

「しー君、“ごはんを食べに行く”。だよね?

「いえ? “食べて来ます”って意味です」

『んー?』

 

 二人で首を傾げる。

 これはちゃんと話し合わないといけない案件ですな。

 

「あのさ、しー君が私を置いて行くって理屈が理解出来ないんだけど? 天災の私にも計算不可能です」

「いやいやいや、計算とかいらないですよ。普通に考えて“指名手配犯”の篠ノ之束と外食とか出来るわけないじゃないですか?」

「……おぉ!?」

 

 自分って人間が世間にどう思われてるのか忘れてたのか?

 別に束さんと二人で食べるのは嫌ではない。

 でもね、外でだと安全性の面で無理なのだ。

 

「自分の立場思い出しました? それならこれからは別々に行動しましょう。一時間後に合流で良いですよね? んじゃ」

 

 束さんを近くの建物の上に降ろす。

 インドネシアの食情報はすでに勉強済み。

 適当な屋台や料理屋は衛生面が悪いらしいので、ネットで調べたお店に行こうっと。

 

 ――右腕に強い圧がかかってるせいで流々武から警告音が出てる件について。

 

「おい、離せよ」

「まぁまぁ、そう言わずに待とうぜしー君」

 

 ギリギリと装甲が悲鳴を上げる。

 一体なにが気に食わないのか。

 

「しー君、ちょっとばかし思いやりが足りないんじゃないかな? こんな異国の地に私を一人放置する気?」

「ナンパされても過剰報復はダメ。ご飯食べたらお金は払う。警察に見つかったら一人で素早く逃げる。この三つは守ってくださいね。それじゃあ――」

「だから! 待てって言ってるんだよ!」

「げっ」

 

 流々武が強制解除された。

 こうなってはもう逃げられない。

 これはとことん話し合わないといけないようだ。

 

「もっと私に配慮しろよ! そこまで投げやりだと流石の私も悲しいものがあるんだよ!」

 

 篠ノ之束、初手、泣きギレ。

 

「投げやりじゃないです。俺は別に間違ってることは言ってないですよね?」

 

 佐藤神一郎、初手、正論。

 

 うーん、平行線な予感。   

 

「間違ってはないけどさ! だからってそう簡単に置いていかれると寂しいだろ!?」

「小学生かッ!? 別にご飯くらい一人で食べれるだろッ!?」

「そういう問題じゃないんだよ! しー君が私に対して塩対応なのが気に食わないんだよッ! 友達なら気を使え!」

「友達云々なら束さんの方が気を使うべきでは? “私が一緒だと迷惑だから、しー君は一人で食べてね”って言ってくれよ。ほら、友達だろ? 俺に気を使え」

「ぐぬぬ!」

「むむむ!」

 

 束さんの“ぐぬぬ顔”を正面から受け止める。

 やはり平行線か。

 俺が冷たいのか、それとも束さんが面倒なのか。

 泥仕合ですな。

 

「私もフォー食べるの! 食べる食べる食べる食べるぅー!!(じたばた)」

 

 ここで駄々っ子モード発動か。

 食べたきゃ勝手に食べろとか言えないな。

 はぁ……可愛いと思った俺の負けです。

 

「テイクアウト出来る店を探します?」

「ふぇ?」

「麺類だけど持ち帰りは珍しくない様なので、どこか美味しいお店を探して一緒に食べましょう」

 

 日本で言えばラーメンの持ち帰りに近いが、フォーは屋台などでも売っているインドネシアのソウルフード。

 できたてをその場でってのが望ましいが、此処は妥協しよう。

 

 カタカタ――カタカタカタカタ

 

 束さんが凄い勢いでタイピングし始めた。

 

「目標発見。行くよ」

 

 さっきまでのキャラはどこえやら。

 束さんは肩で風を切って歩き始めたのだった。

 

 

 

 

「フォーうまっ!」

「うん、美味しいですね」

 

 町近くにある大木の枝に腰掛け、二人で麺を啜る。

 束さんがドヤ顔で見つけたのはテイクアウト出来る美味しいお店の情報でした。

 言い争う必要など何もなかったが、過去を振り帰る必要はないので今はともかく麺を啜る。

 

 ズズー

 

 俺が食べているのは“フォー・ガー”。

 麺は米粉でうどんに近い。

 スープは鶏ガラであっさりしていて、トッピングは鶏肉にバジルとミント、そして搾ったライム。

 とても健康的な朝ご飯だ。

 

 ズズー

 

 束さんの方は“フォー・ボー”。

 牛骨の出汁と数種の香辛料で作られたスープが特徴だ。

 具材は牛肉や肉団子ともやしだけという男らしい組み合わせです。

 

「搾ったライムが良い感じです。元々あっさりな鶏ガラに酸味が効いて、朝から食欲が止まりません」

「こっちはスープも具材も肉々しいけど、香辛料が効いてるから辛味がアクセントになっててイケるよ」

 

 ズズー

 

 二人で口を動かしながら互の手元を見る。

 ――考えてる事は一緒かな?

 

「束さん、ちょっと交換しません」

「おーけー」

 

 自分の食べてる料理が美味しいのは間違いないが、隣の料理も気になるは仕方がない事だと思うんだ。

 

「うん、こっちの鶏ガラベースも美味しいね。ライムが良い仕事してるよ」

「牛骨ベースもイケますね。ガツンとした味なのに辛味がある香辛料が効いてるからクドくないです」

 

 結論、どっちも美味しい。

 

「束さん」

 

 ズズー

 

「束さん?」

 

 ズズズー

 

 おいおい、食べ過ぎじゃないか?

 

「返せ!」

「んぐっ! もぐぐ!」

 

 ドンブリを奪おうにも束さんが離してくれない。

 わかってる。あぁわかってるさ。

 フォー・ガーの方が美味しいんだろ?

 だって今は朝だもん。

 フォー・ボーは確かに美味しいが、朝に食べるには少し重いのだ。

 香辛料も入ってるしな。

 食べ比べてみて思ったが、働いた後や夜ご飯ならボーだが、朝は圧倒的にガーだ。

 

「か・え・せ! お前のはフォー・ボーだろ!?」

「んぐんぐ……しー君からの貢物なんて嬉しいよ」

「そのケンカ、買った」

「あっ!?」

 

 束さんが持つドンブリに顔を近づけて箸で麺を掴み取る。

 

 ズズー

 

「負けるかー!」

 

 ズズー

 

 互いに一つの丼を取り合う。

 負けてなるものか! 唸れ俺の呼吸筋!!

 

 ズズー! ズズズー!!

 

 外国人が見たら顔をしかめそうな音を出しながら、二人で麺を啜る。

 むっ? 俺と束さんはどうやら同じ麺を食べていた様だ。

 最後の一本、その両端を俺と束さんが咥えている。

 

『離せよ。女性に優しくない男はモテないよ?』

『天災が麺一本に固執するなんて恥かしくないんですか? ここは譲れ』

 

 最後の一本を巡って睨み合う。。

 これで最後だ! 燃えろ呼吸筋!!

 そしてあわよくば束さんと関節キッスを!!

 

『じゅるるー!』

 

 力一杯に麺を吸い込む。

 あ……無理だこれ。

 

 口の中の麺がどんどん引っ張れていく。

 天才は吸引力も天才だと言うのか!?

 

 ちゅるちゅるちゅる……ちゅぽん

 

 最後の麺は無情にも束さんの口に吸い込まれていった。

 

「ふふん、私から食べ物を奪おうなんざ百年早いぜ」  

「俺が咥えてた部分も食べてますけど、気にならないんですか?」  

 

 麺を取られた腹いせに、ドヤ顔の束さんをからかってみる。

 まぁ互いにドンブリを交換した仲だから、そこまで気にしないだろうけど。

 

「うん? なんか変な雑味がすると思ったらそれが原因か。ぺっ」

 

 束さんが何事も無かったかの様に唾を吐き出した。 

 なるほど、確かに塩対応されると心にくるね。

 犬に口を舐められて、犬の舌がうっかり口に入った飼い主が、反射的に唾を吐いたと時と同じくらい自然な対応だった。

 つまり、ディープキスしても許されるのでは?

 

「試してみる?」

「みません」

 

 額に怒りマークを浮かべる束さんを横目に、俺は素直にフォー・ボーを食べる。

 これも間接キスだよね!

 ほんのり感じる甘味は束さんの味!

 

「なんてだらしない笑顔……。しー君て結構残念な所があるよね。そんなに私の唾液が欲しいの? 顔に吐きかけてあげようか?」

 

 我々の業界ではご褒美です。

 

 なんてのはネタだ。

 食事中にやったら怒るからな? 本当に怒るからな?

 口の中に唾を溜めるのはやめなさい!

 食べ終わったらお願いします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、食事も終わったしそろそろ動こうかと思います」

 

 ご褒美なんてありませんでした。

 

「聞いてる?」

「聞いてますよ」

 

 ただね、朝から働きっぱなしで精神的に疲れているのさ。

 さっきから思考がおかしいのも疲れのせいです。

  

「今後の予定って後どれくらいあるんです?」

「んとね、テロが一箇所に秘密基地作成が二箇所」

 

 なんだ、もう折り返しか。

 意外と早く終わるかもしれないな。

 

「どちらを先に?」

「逆にどっちを先に終わらせたい?」

「テロで」

 

 嫌なことは先に終わらせるに限る。

 目的はロクでもない研究資料や、それら研究をする為の機材などだから、テロと言ってもこっちの罪悪感がちっとも痛まないのが救いだ。

 それでも、世間から見れば俺は立派なテロリストなんだよね。

 正義の味方のブラウニーが死刑になる理由は分かるな。

 まぁ俺みたいなヘタレが正義の味方なんて無理だし、なれる気もしない。

 なんの心配もないな。

 

 ん? そもそも何で研究所を破壊する必要があるんだ? 

 あの少女を助けた理由は分かったけど、そこらへんは謎だ。

 そもそも気にしてなかったとも言えるが。

 

「今更なんですが、なんで施設を破壊したんです?」

「本当に今更だね。あのね、施設を破壊した二箇所の研究所。あそこは人体実験をしてたんだよ」

 

 ま~たテンションが下がる情報を得ちゃったよ。

 

「人体実験とは穏やかではないですね。一般人感覚としては許せませんが、束さんは何故そこを破壊したんです?」

 

 善意からの行動ではない事は確かだよね。

 かと言って、施設を破壊した場合の“得”が分からない。

 天災が得られる物などないだろうに。

 

「うんとね、もの凄く正直に言っちゃうと“もったいないから”かな?」

「もったいない? 何がです?」

「“人間が”だよしー君。あのね、人間ってのは高々60億。数が限られる貴重な素材なの。それなのに無能共は、それがまるで無限だとでも思ってるかのように無駄使いする。私はそれが許せないんだよ」

 

 あー、うん、ほう?

 あれ? 俺が馬鹿だから束さんの言葉を理解出来ないのかな?

 

「だってさ、薬品が人体に及ぼす影響とか、DNAをイジった結果とか、そんなもん生きてる人間で試さなくても脳内でシミュレートすればいいだけじゃん? なのにアイツ等、わざわざ人間を使うんだよ? 資源と時間の無駄だと思わない?」

 

 アッハイ、オモイマス。

 

「もしも実験の犠牲になった人間が、将来は私に届く可能性を持ってたらと思うと、私はもったいなくてもったいなくて、とてもじゃないけど我慢出来ないんだよ」

 

 話をまとめよう。

 人体実験に犠牲になってる人がいる。

 その人は、頭脳や身体能力、または他の点で天才的な才能を持っているかもしれない。

 そんな人を無能の無駄な実験に犠牲にしたくない。

 だから人体実験反対

 って事でオケ?

 

 天災の天災的な発想だけど、それで救える命があるなら良い事だよね!

 ……思考を放棄したくなるな。

 

「で、次の目的地は?」

「なんで目が死んでるの? 自分から聞いておいてその反応は失礼だと思う」

 

 束さんを否定する気はないです。これからも頑張って下さい。

 俺には関係ないことだから――

 

 

 

 

 

 

 と、思うのはもはや振りだよね。

 

「束さんや」

「なんだい?」

「矢印が建物に向かっているのですが?」

 

 視界に映る矢印がね、建物に突き刺さってるの。

 これはバグかな?

 

「そのままGO! ってことだね」

 

 一時間近く飛んで次の目的地へ。

 空から見下ろす先はどう見ても軍事基地です。本当にありがとうございます。

 ――じゃねーよ!

 

「戦車とかありますね」

「軍事基地だからね」

「銃を持つ人間が門を守ってますね」

「軍事基地だからね」

「ここから束さんを投げ込めばいいんだよね?」

「しー君を投げ込むよ?」

 

 待ってください。

 軍事基地に突貫とか、普通にテロですよね? 普通のテロですよね?

 秘密裏に機材や資料を壊したり燃やすだけじゃなくて、絶対に銃で撃たれたりするよね?

 勘弁して欲しいなー。

 

「俺はなんの為に一緒に行くんです?」

「ん? 私の勇姿を見るために」

 

 そーゆーことね。

 束さんを後ろから見守ってればいいんだ。

 なら姿を見せる必要はないな。

 

「了解です。なら行きます――“夜の帳”」

 

 姿を消して基地に降り立つ。

 周囲の兵隊さんが驚いた顔でこちらを見ていた。

 彼らから見れば、空から美少女が落ちてきたって感じだ。

 驚くのも無理はない。

 

「どこから入って来た!? 手を上げて膝を地面に着けろ!」 

「こちら正面入口! 侵入者を発見!」

 

 数名の兵士が束さんに銃を向ける。

 中には無線で応援を呼ぶ声も聞こえた。

 IS越しとはいえ、銃を向けられるのは怖いな。

 

「無駄はしたくからちょっと黙ってくれない? あぁ、お前達みたいな下っ端に用はないんだよ。上の連中に束さんが来たって伝えろ」

「束? まさか篠ノ之束かッ!?」

 

 束さんの名が知れた瞬間、周囲が一気に慌ただしくなった。

 今のうちに少しだけ浮いて束さんと距離を取ろうっと。

 

「発砲するな! 囲んで逃げ道を塞げ!」

 

 建物から兵士が出てきて、束さんはあっという間に囲まれた。

 それでも表情は余裕たっぷりだ。

 心臓に毛が生えてるに違いない。

 

「下がれ」

 

 新たに現れた男の声に従い、周囲の兵士達が道を開けた。

 親玉のお出ましかな?

 

「これはこれは篠ノ之博士。この様な辺鄙な場所に何用ですかな?」

 

 束さんの眼前まで歩いてきた男は初老の男性。

 胸にいくつもバッチを付けており、偉そうな態度が鼻につく。

 お腹が出ており、髪はオールバック。

 なんてテンプレなお偉いさんなんだ! 

 

「“プロジェクト・モザイカ”の失敗作を処分しに来た。そう言えば伝わるかな?」

「ッ!? 流石は篠ノ之束ですな。何処から嗅ぎつけたのやら」

 

 プロジェクト・モザイカ……聞いた事のない単語だな。

 なにかの計画か? 相手の表情を見るに、世の為人の為っていう計画ではなさそうだ。 

 さっきの話から想像すると、人体実験絡みかな?

 

「あの様な失敗作に何用ですかな? 篠ノ之博士ならばアレより優れた物を造れるでしょうに」

「そうだね、アレは本当の失敗作。意識もなく、生命活動は全て機械任せ。ただ存在するだけの肉塊。それを貰いに来た」

「ほう? 貴女は友人想いなのですね。くくっ、噂と違い随分と可愛げがある」

 

 セリフの端々から危ない単語が聞こえる。

 忘れろ、聞こえないフリだ。

 プロジェクト・モザイカはどう考えてもロクな計画じゃない。

 

「ありゃ? もしかして友情ゆえにとか思っちゃってる? 違うんだなー。お前は束さんの事を全然理解できてない」

「――ならば何故ですかな?」

「お前、それを餌に私を釣ろうと計画してたろ? だから釣られてあげたんだよ。束さんの優しさは天井知らずなのさ」

「それは計画とも言えない草案、“試してみる価値は有るかも”といった話しで、本格的に動く前だと言うのに……。貴女の耳は素晴らしく出来が良いようだ。いいですなぁ~」

 

 男が束さんの体を舐めます様に見つめる。

 なんて怖いもの知らずな。

 

「“篠ノ之束量産計画”なんてのも面白そうではありませんか? 篠ノ之博士には是非ともご協力願いたい」

 

 やったね! 束さんの薄い本が増えるよ!

 

「うーん、穏便にしたかったけど、やっぱり無知蒙昧のカスじゃ束さんとお話しできないか。んじゃ力尽くで押し通そうっと」

 

 残念! 薄い本の発売は延期されました!

 

「この状況でどうにか出来るとでも?」

 

 男が手を上げると、束さんを囲んでいた兵士が一斉に銃口を向けた。 

 

「同士討ちや篠ノ之博士を殺す様な馬鹿はしません。全員、足を狙え。これから彼女にはベッドの上で生活してもらうのだ、必要ない」

 

 リョナとはレベルたけぇーな。

 なんていう業の深さ。

 

「まったく、美少女に銃口を向けるなんて……」

 

 束さんめんどくさそうに右手を振ると、その手にはひと振りの刀が握られていた。

 

「は? はは……アハハハッ!! それはジャパニーズサムライブレードですか!? 銃を相手にそんな棒切れで何が出来ると? ここは現実で映画の世界ではないというのに!」

 

 男の声に合わせるように周囲から嘲笑の声があがる。

 馬鹿な奴等だ。

 

 美少女に日本刀。それ即ち無敵なり。

 はてさて、束さんはこれからどうするのか。

 なんかネタ技とかしそうだな。

 飛天御剣流か神鳴流……いや、やはりここは御神流だろ。

 戦闘民族高町ごっこしようぜ! 生の神速とか見てみたいです!

 

「大勢の男に囲まれたこの状況、これは過剰防衛も許される事案」

 

 もう少し距離を取るか。

 巻き添えは怖いからね!

 ってなわけで俺は束さんから更に離れる。

 地上から50メール。

 これだけ離れれば大丈夫だろ。

 

「喉を掻き毟りながら死ね。卍解! 金色疋殺地蔵(こんじきあしそぎじぞう)!」

 

 オギャァァァァ!!

 

 ってなんでじゃぁぁぁ!?

 

 ダミ声の鳴き声共に現れたのは、子供の顔を持つ巨大イモムシ。

 紫の煙を撒き散らしながらの堂々とした登場だ。

 なんでそのチョイスにしたの? 卍解だってもっと他に格好良いのあるよ!?

 

「なんだこの化物は!?」

「ひぃー!?」

「よせ! 撃つな! 同士討ちになる!」

「ホログラムか何かに違いない! 取り乱すな!」

 

 兵士達は阿鼻叫喚。

 ビジュアル面はキツイから仕方がないね。

 

「う、撃て! 篠ノ之束を拘束しろ!」

 

 ジジイがへっぴり腰で指示を飛ばす。

 その声を聞き、兵士達が慌てて銃を構える。

 皆さん随分と顔色が悪いが、大丈夫かな?

 

「……なんだ? 手が……」

「嘘だろ? 力が入らねえ……」

 

 一人、また一人と兵士が地面に倒れていく。

 

「な、なんだこれは……」

「ん? 分かんないの? まさかここまでお馬鹿とは……。どう見たって毒でしょ?」

「ど、毒だと!?」

 

 周囲に漂う紫の煙は演出効果だけじゃないらしい。

 毒を使う為の演出として金色疋殺地蔵を見せたのか。

 それとも金色疋殺地蔵を見せたかったから毒を使ったのか。

 どちらが先かは束さんのみぞ知る。

 

「化学兵器禁止条約を知らんのかッ!? この様な事をしてただで済むと思うなよ!?」

「えー? だってこれ戦争じゃないもん。言うならばケンカだよね。ケンカに毒ガス兵器禁止って法律はありませーん」

「そんな戯言が――ぐっ!?」

「あーあ、大人しくしてれば良いのに、大声出すから呼吸を失敗するんだよ。今すぐ死にたくなきゃ呼吸に意識を集中しとけ」

 

 口をパクパクと動かして必死に呼吸するジジイを、束さんが冷たい目で見下ろす。

 

「許さんぞ篠ノ之束! ワシに楯突いた事を後悔させてやる! キサマの家族もろとも殺してやるからな!!」

「えいや」

「ガァッ!?」

 

 容赦のない束さんの蹴りがジジイを襲う。

 つま先が腹に減り込んでたね。

 ジジイは数メートル先まで転がり、そのまま動かなくなった。

 南無南無。

 

「立ってる人間は居ないね? なら束さんの勝ちってことで」

 

 倒れ苦しむ兵士の隙間を束さんが縫うように歩く。

 たまに束さんの足を掴もうとしたり、銃を向ける人がいるが、それらは華麗に回避している。

 

《しー君、私はちょっと探し物してくるから待っててね》

《待つのは構いませんが、毒は大丈夫なんですか?》

《へ? 私が自分で作った毒でどうにかなるとでも?》

《倒れてる兵士の心配してるんです。さすがに目の前に死なれたら目覚めが悪いので》

《そっちは大丈夫。呼吸が困難になって、内臓が痛くて、目が霞んで、筋肉が痙攣して、苦しいだろうけど、死にはしないから。んじゃねー》

 

 思ったより毒らしい毒だった。

 

「う、動くな! 撃つ……ぞ……」

「おい! どうし……た……」

 

 束さんが基地に入ると、紫の煙が入口から溢れてきた。

 どうやら室内でも毒をばら蒔いているらしい。

 うん、なんだ、無血開城って良い事だよね?

 ちなみに金色疋殺地蔵は人知れず消えました。

 凄いリアリティだったけど、やっぱりホログラムか何かだったようだ。

 

 

 

 

 

「おじゃましましたー」

 

 基地から出てきた束さんは、黒くて大きくて硬そうな物体を引きずっていた。

 ――どう見ても棺桶です。

 

 過剰反応はダメだ。

 面白がって束さんが中身を俺に見せてきそうだからな。

 俺は死体を見て喜ぶ特殊性癖はない。

 

《お帰りなさい》

《おまたー》

 

 ごく自然に対応する。

 一見ごく普通な会話風景だが、空に浮かんでいる俺の足元では多くの兵士達が苦しんでいる。

 ちなみに、ジジイは未だに気絶しています。

 若者は体力があるから元気に呻いています。

 そろそろ全員楽にしてあげてください。

 

「さて、目当てのブツも貰ったし、束さんは失礼するよ」

「ま、待ってくれ。この毒を……」

「いやだ、死にたくないない。頼むから……」

 

 束さんの近くに倒れていた人達が必死に手を伸ばして懇願する。

 

「え? なんて?」

 

《鬼か!!》

 

 余りに可哀想だったので、思わず音声付きでツッコミを入れてしまった。

 

《あれ? 助けた方が良いの? ほっとけばそのうち治るのに》

《だからってトドメ刺しに行くなよ》

 

 下品な笑顔を向ける男もいた。

 笑いながら銃を構える男もいた。

 だが、全てがそうではない。

 中には命令だからと仕方なく銃を向けた人もいただろう。

 此処は軍事基地で、束さんは侵入者。

 クズはともかく、職務に忠実な兵士を必要以上に苦しめる必要はないと思う。

 

《んー? まぁしー君がそう言うなら……》

 

 束さんがめんどくさそうに倒れいる兵士達を眺める。

 

「はいちゅーもーく」

 

 束さんがパンパンと手を叩き、周囲の視線を集めた。

 

「本来ならお前達は皆殺しです。だって戦争ならそうでしょ? 敵は殺し尽くさなきゃね。でも今回はケンカ。馬鹿で無能な一部の人間が束さんに売ったケンカです。なので、哀れな下っ端達は助けてあげようと思います」

 

 ざわざわ

   ざわざわ

 

 期待がこもった目が束さんに集中する。

 

「今から解毒薬を撒きます。鎮痛作用もあるので落ち着いて吸い込むように。ほいっと」

 

 束さんが白くて丸い玉を投げる。

 それが地面に落ちると、その場所を中心に白い煙が広がった。

 

「煙? これが解毒――ごほっごほっ!」

「これで助か――ゲホッ!」

「目があぁぁあぁぁ!?」

 

 そこらかしこから咽る声と悲鳴が聞こえる。

 この人達、今日は厄日だな。

 

「帰る前に言っておくけど、束さんを恨まないでね? だってケンカ売ってきたのそっちだもん。あ、束さんは別に復讐が怖いんじゃないよ? お前達みたいな無能の相手に時間を取られる事が嫌なだけです。次はきっちりしっかり殺して大地の肥やしにしちゃうからそのつもりで。 ……聞いてるかな?」

 

『げっほごっほ!!』

 

 誰も束さんの話しを聞く余裕なんてないよね。

 ――おかしいな。煙を吸ったわけでもないのに俺も涙が……。

 哀れ、これが天災にケンカを売った人間の末路か。

 

《用事が終わったなら帰りません? 空で待ってるのは退屈です》

 

 血と硝煙の匂いが漂う戦場とかそれはそれで辛いけど、こっちもこっちで辛いものがあるよ。

 俺の心身の為にも早く帰りましょう。

 

《……そうだね。なんかもどうでもいいや》

 

「基地内の人間の分は此処に置いておくから。後は頼んだー」

 

 すっかり覇気がなくなった束さんが、白いボールを地面に置く。

 これ以上イジメを見ずにすんで良かったよ。

 束さんと謎の柩を抱え、俺は早々にその場から立ち去った。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「オラオラオラッ!!」

 

 シャベルを突き刺し、穴を掘る。

 

「無駄無駄無駄ッ!!」

 

 穴を掘る。穴を……掘る!

 

 「アリアリアリッ!!」

 

 僕は穴掘りが好きなフレンドだったんだね!

 

「しー君、もうそろそろいいよ。後は私が崩れないように壁を舗装するから、しー君は入口付近の土片付けて」

「了解です」

 

 ひたすら横穴を掘っていたら束さんからストップの声。

 やっぱりストレスの発散は運動だよね。

 

 軍事基地から出た俺と束さんは、例の棺桶を基地から離れた山中に埋めた。

 俺が墓穴を掘り、束さんが摘んできた花を添えた。

 束さんは終始無言だった。

 なんかもうね、おふざけする空気でもないし、かと言ってわざわざ束さんが持ってきた棺桶の中身を気軽に聞けないしで、俺のストレスはマッハだった。

 

「ふぅー」

 

 流々武を解除し、水で喉を潤す。

 秘密基地を作るのって楽しいよね。

 ストレスがどんどん発散されるぜ。

 

「天井と壁の補強終了。此処は暫らく使う予定はないからこれで終わり」

「あいさー」

 

 洞窟は横穴が深さ15メートル程の直線で、その奥に大きな空間が広がっている。

 穴は山の中腹にあり、周囲は木々に囲まれているので、ザ・秘密基地って感じだ。

 やー、ひと仕事を終えた後はタバコが吸いたくなるね。

 こんな綺麗な森の中で吸うのはダメだけど。

 

「ところでしー君、棺桶の中身ってね、とある実験で作られた人造人間の失敗作だったんだよ。神様の真似事とか、本当に人間って怖い生き物だよね」

「ぶはっ!?」

 

 口から水が飛び出た。

 あ、虹描いてるよ。綺麗だなー。

 

「時々思い出したかのように体を切り裂かれ、すでに価値なんてほとんどないのに機械で無理矢理生かされる。せめてもの救いは意思がないってことかな」

 

 きこえなーい。

 俺はなにもきこえなーい。

 無知とは弱者が身を守るための防衛機能だ。

 知らなければ心は痛まない。

 知らなければ罪悪感を覚えない。

 はっはー! そんじょそこらの若造と違うのだよ! 

 情報の取捨くらい出来るさ! 大人舐めんな!

 今日は朝から色んな意味でお腹一杯なのだ。

 

「今までの実験体はほとんど廃棄されて、残りも形が残ってるだけの肉塊に等しいけどね。そう言えば、ちょっと前に№889が新型ウイルスの実験で死んだんだっけ。最後は体を腐らせながらだったよ。そう……あれはしー君がホッケをツマミに日本酒を飲みながらお笑い番組を見て爆笑してた時だったかな?」

「SAN値が下がるわッ!」

 

 もう最悪だ。

 

 生きててすみません。

 クズでごめんなさい。 

 

 束さんの罠だと分かっていてもテンションがみるみる下がる。

 俺が平和な日常を過ごしてる裏では悲劇が……。

 

「膝なんか抱えてどったの?」

「黙れ性悪。なんでそんな情報を俺に言うかなー」

「私のストレス発散」

「俺のストレスは?」

「家に帰ってエロゲーでもしてれば?」

 

 そうだね。

 リアル女なんてクソ。

 二次元嫁に癒してもらうよこの野郎。

 

「ちなみに、“プロジェクト・モザイカ”って最高の人類を造る為の計画だよ」

「あーあー。聞こえませーん」

 

 耳を両手でしっかりと塞ぐ。

 おかしいな? 俺ってISの世界に転生したんだよね? なんでSF設定があるの?

 ISと他のラノベ世界が融合した可能性が微レ存?

 

「でね」

 

 束さんが俺の手を掴み、無理矢理耳の蓋をどかす。

 目がランランとしてやがる。

 そこまでして俺に聞かせたいのか!?

 

「その完成形がいっくん」

 

 ……なるほど?

 

「そろそろ昼食の時間ですね」

「あっれ!? 意外と冷静!?」

 

 だって“織斑一夏クローン説”はネットで出てたし。

 一番有力だったのは、千冬さんのクローン説だったけどね。

 執筆の遅い小説は、先読み展開や考察の標的になってしまう宿命なのだよ。

 そうか、一夏の誕生にはそんな秘密が。

 

 きっと“インフィニット・ストラトス”のラストは、一夏やヒロイン達がプロジェクト・モザイカを計画した秘密組織と戦うんだぜ。

 そして、自分の出生を知った一夏が自身の存在理由に悩むも、ヒロイン達の説得で立ち直ったりするんだ。

 1000000ジンバブエドル賭けてもいい。

 

「しー君はさ、いっくんの秘密を知ってなにも思わないの?」

「運命力持ってんなぁ~」

「軽い!」

「だって他に思うことないし」

「造られた命だよ? もっと他にあるんじゃないの?」

「束さん、オタクにその問は無意味だ」

 

 綾波レイに対し、“クローンきめぇ”とディスるオタクはいるだろうか? いや、いない。

 なお、綾波レイは厳密に言えばクローンではないというツッコミは無視する。

 二次元では人造人間など珍しくない。

 イチイチ騒ぐ真似なんてしないさ。

 

「でもさしー君、二次元じゃなくて三次元だよ? 意味合いがかなり違うよ?」

「真のオタクならむしろ喜ぶ場面」

 

 二次元だとか三次元だとか、そんな事は些細な問題。

 可愛ければどうでもいいんだよ。

 だって生きてるレイちゃんに会えるかもだよ? 

 オタクなら喜べ。むしろ喜べ。

 

「ふーむ、人体実験などのネガティブな情報ならダメージが入るけど、人造人間っていう単語は問題ないと」

「ですね」

「なら、いっくんに会っても態度が変わらないか」

「変える必要がありません」

 

 真面目な話、一夏的には思うことはあるだろう。

 でも、そういった面倒事に関わる事はしない。

 自身の存在理由なんて自分で決めるものだし、一夏の悩みを聞いて慰めるのはヒロインの役目。

 つまり、一夏の出生を聞いても俺がやるべき事は何もないのだ。

  

「つまんないの」

 

 束さんが俺から興味を無くしたようです。

 

「ちなみにちーちゃんもプロジェクト・モザイカ産まれ」

「そうですか」

 

 ボソッと付け加えられた情報に淡白に答える。

 一夏が人造人間なら千冬さんの産まれも想像がつく。

 まぁ正直言ってどうでもいい情報だよね。

 

 ――個人的に、その千冬さんの面倒を見ていた柳韻先生が気になるけどね。

 もしかして、プロジェクト・モザイカに関わってたりしないよね?

 ラスボスが柳韻先生だったら俺は人間不信になっちゃうよ。

 

「ところで束さん」

「うん?」

「秘密基地を作るなら、要望があるんですが良いですか?」

「お? しー君が要望とは面白そうだね。聞こうじゃないか」

 

 話の切り替え成功。

 楽しい楽しい秘密基地作りの再開だ。

 

「滝の裏側とかどうでしょう? テンプレながらもリアルではお目にかかれない場所です」

「おぉ! いいねそれ。かっちょいい!」

 

 よしよし、乗り気になってくれた。

 大きな滝の裏側に秘密基地とかロマンだよね。

 実際に水で削られた部分はあるかもだけど、基地が作れる程の大きな空間があるとは思えない。

 俺のツルハシが火を噴くぜ!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 そんなわけでまたも場所を移動し、別の国の大きな滝に向かった。

 上から落ちてくる水を浴びながらツルハシを振るうのは最高に楽しいです。

 

 お昼ご飯はカップラーメン。

 滝がある場所は人里離れた山の中。

 旅人や旅行客が訪れない場所だ。

 そんな場所で食べるカップラーメンは最高である。

 

 焚き火をすれば木々に火が移る心配があるし、バーベキューなどはゴミが多く出る。

 その点、カップラーメンはなんてエコなことか。

 お湯はカセットコンロで沸かせばいいし、汁を飲み干せば残飯も出ない。

 最後にカップをゴミ袋に入れて持ち帰ればいいのだ。

 自然に優しいよね。

 ただ、束さんが不満気だった。

 昨夜から、手抜き→外食→手抜きと続いているからか、文句タラタラだ。

 川魚でも釣ってろと言いたい。  

 

 食後、俺はツルハシを持って滝へ。

 束さんは周囲にディスプレイを投影し、滝壺から流れる川に足を浸けながら作業していた。

 美少女が水と戯れる姿は乙である。

 幸せな風景って、きっとこんな感じなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

「私のストレスがわくわくさん」

 

 喉が乾いたので作業を中止して下に降りると、束さんのテンションが急降下していた。

 ちょっと目を離すとこれだ。

 俺に安息の時間はないのだろうか?

 

「そうですか。せっかの水場ですし、ストレス発散に泳いできたらどうです?」

「しー君、そう邪険にぜずコレを見たまえ」

 

 そう言って束さんが一枚のディスプレイをこちらに投げてきた。

 

『許さんぞ篠ノ之束ッ! 手足をもぎ取って嬲り殺してやるッ!!』

 

 憤怒

 

 そんな言葉が似合うジジイが映っていた。

 

「基地に侵入した時に一応隠しカメラ仕掛けたんだよね。そしたらコレだよ」

 

 束さんが呆れた顔でため息をつく。

 

『篠ノ之束には妹が居たな。――日本政府が匿ってるだと? ふんっ、それがどうした? いいか、なんとしても見つけ出せ! 軍の消耗品として兵士共の相手をしてもらうからな! ふはははッ!!』

 

 地雷の上でタップダンスしてやがる!?

 周囲の兵士が乗り気じゃないのが救いだな。

 ジジイはともかく、毒を盛られた兵士達は束さんの手の平で命をコロコロされたからか、全員が沈痛な表情だ。 

 

「これは私のミスだね。速攻で気絶させちゃったから、心折るの忘れてた。失敗失敗」

 

 束さんがてへッっと舌を出す。

 

 どうしてだろう? 可愛い仕草のハズなのに恐怖を感じる。

 

「私に敵わないからって箒ちゃんを狙うとか、命知らずとかしか思えないよね。それにしてもさ、妹を捨てたクソ野郎設定のハズなのに、なんで箒ちゃん狙うのかな?」

「単純に束さんがムカツクからでは?」

「それは盲点だった」 

 

 相手の家族だから狙う。

 ただそれだけで、そこに束さんがどう思ってるかなんて考えはないのだろう。

 

『日本人の女は珍しいから兵に抱かせるより金持ち相手の方が良いか? 篠ノ之束の妹には儂の小金稼ぎでもしてもらうか! くはははッ!!』

 

 ギリッ

 

 やだ怖い! この子歯軋りしてる!?

 

「しー君、ちょっと忘れ物したから運んでくれない?」

「ちなみに何を忘れたんです?」

「ん? 息の根止めるの忘れてた♪」

 

 だよねー。

 箒を18禁ゲームの対象にされたらキレるよねー。

 俺? 束さんが怖くてむしろ冷静だよ。

 

「落ち着きなさい。殺しはダメです」

「コレが落ち着けるか! あのクソ無能ジジイをチュンするんだ!!」

「俺は別に道徳心で言ってるんじゃありません。血だらけの手で触れられる箒が可哀想だから止めてるんです」

「なら手を汚さずチュンする!」

 

 チュンってなんだか分からないけど、きっとジジイはただでは済まない。

 恨むぞジジイ。

 俺はお前の事なんてどうでもいいけど、箒の為に束さんを止めてるんだからな。

 しかしまいった。

 怒髪天の天災をどうやって鎮めればばいいのやら……。

 滝壺に落とすか? でも箒に火の粉が飛ぶ可能性がある以上、あのジジイを見逃すの事は出来ないし……。

 

『サトウ・シンイチロウか――』

 

 誰かに呼ばれたので周囲を見渡してみる。

 うん、こんな山奥に人が居るハズないよね。

 

『日本の少年は使い道が多いな。健康な臓器に綺麗な肌……暫らく男娼として働かせてから臓器を取るか』

 

 最低な発言してやがる。

 どこのサトウ君かは知らないが同情するよ。

 って俺の事か。

 元とはいえ親しかった仲だ。標的にされるのは仕方がない。

 良く調べてるじゃないかクソ野郎。

 束さんの関係者なら見境なしって事だな把握した。

 

「しー君、まだ止める?」

「息の根はともかく、心はしっかり折りましょう」

 

 相手にまだ戦意があるならケンカの決着は付いてない。

 一度始めた事は最後までやらないとな!

 中途半端は許しません! 

 

「よろしい。ならばしー君に力を授けよう」

 

 束さんの隣に一体の人形が現れる。

 

 犬だかネズミだかよく分からない茶色の生き物で、緑色の帽子を被っており、赤い蝶ネクタイを締めている。

 そして、胸の中心にはウイングガンダムの様な硬質感のある珠が有った。

 

 どう見ても格好良いボン太くんです。

 

「聞きたくないけど聞きます。それはナニ?」

「見ての通りのボン太くん。胸に中心にあるのはISコアだよ」

 

 まさかのガチボン太くん!?

 

「機体名【ボン太くん】起動。搭乗者データはしー君のを使用。一部の機能をロック、一次移行を禁止」

 

 不穏な単語が次々聞こえてくる!?

 

「兵装を選択――ガトリングシールド、ジャイアント・バズ、ヒートソード、三連装ミサイルポット」

 

 しかもジオン仕様!?

 

「さあしー君」

 

 束さんがにっこり笑顔でボン太くんを押し付けてくる。

 嘘だよね? だってそれを着るってことは俺が基地に襲撃仕掛けるってことじゃん。

 ギリギリテロリストから問答無用テロリストだよ。

 

「私が直接行ったら怒りに任せて殺っちゃうだろうし、しー君にも無関係じゃないんだからやってくれるよね? ま、答えは聞いてないけど」

「さらばッ!」

「強制展開!」

 

 逃げようとする俺の背中に束さんがボン太くんを投げつける。

 ボン太くんに覆い被さられたと思った次の瞬間――

 

『ふもっふ!』

 

 俺はボン太くんの中に居た。

 しかもコレ、“ボン太くん語”搭載されてる。

 俺が何を言っても全て可愛く聞こえるんですね分かります。 

 

「武装展開、見よ……これが【フルアーマーボン太くん】だ!!」

 

 左手にシールド一体型のガトリングガン。

 右手に赤い大剣。

 太もも部分にはミサイルポット。

 背部にはジャイアント・バズが二基。

 そして胸の中心で輝くISコア。

 

 普通に格好良いし、ビーム兵器が無い所にこだわりを感じるね!

 

『ふもふも!』

 

「更に……じゃじゃーん!」

 

 束さんが天高く突き上げた手に握られてるのは、日頃からお世話になっているゲームのコントローラー。

 

「私が外部から操縦する事でボン太くんの性能を120%発揮できる!」

 

 俺の存在価値ってなに? 芯?

 

 ふ、ふふ……あはははッ!!

 

 帰ってきたら絶対怒る! 超怒る!

 お尻ペンペンじゃ済まさないからな!

 

『もっふる!』

 

 俺の怒鳴り声が悲しくもボン太くん内に響き、外には可愛い声が響く。

 

「それではボン太くん、GO――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 その日、一つに軍事基地が機能不全寸前まで破壊されたが、幸いにも死者は出なかった。

 基地の責任者はウサ耳バニーガールを着て失神している所を保護。

 意識を取り戻したのちに取り調べを受けたが、情報の開示を一切拒否。

 兵士達の言い分も支離滅裂で要領を得ないため、事件は未解決のままアンタッチャブルとして封印された。




どれだけ書けば書く事に慣れるのか……orz


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彼らの週末(日曜日:午前)

長くなったので半分にしました。
一話5000前後でスタイリッシュに書ける作者になりたい(´・ω・`)


 その日、俺は自分に尋ねた。 

 

 原作開始前の平和な世界で、何故苦労するのだろう? と。

 

 束さんのせい? 

 その束さんの教育をしっかりしなかった柳韻先生のせい?

 それとも自業自得の因果応報? 

 

 とある人間の顔が脳裏から離れないのだ。

 目を閉じると、その時の風景がありありと浮かぶ。

 一人の人間の顔が常に想い浮かぶなんて、それはまるで恋の様だ。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 現在住んでいる場所にある山の中には秘密基地がある。

 そこは篠ノ之束によって作られた、地中にある巨大な空間。

 ただ広いだけで特別な機械も何もない場所だ。

 

「まだかな?」

「まだですね」

「まだかな?」

「まだです」

「まだかな?」

「別に俺に聞いてるわけではないのか」

 

 落ち着かない様子の束さんを放っておいて、自分は床に敷いた座布団に座りお茶を飲む。

 怒涛の土曜日をなんとか乗り切った日曜日。

 今日は急遽決まったぷち同窓会の日である。

 

「来たッ!」

 

 束さんが入口をガン見する。

 

 コツコツと人の足音が聞こえて来た。

 地上の入口から地下までは螺旋階段で繋がっている。

 今日の主役が階段を降りてくる足音だ。

 

「久しぶりだな束。神一郎は先日ぶりだな、手は大丈夫か?」 

 

 現れたのはスーツ姿のイケメン女性。

 ご存知、織斑千冬だ。

 

 束さんだけじゃない。

 俺も待ち望んでいた女性だ。

 あぁ千冬さん。本当に……本当に会いたかったよ。

 今日は俺の為にもよろしくね。

 

「ん? どうした?」

 

 返事がない事を訝しみ、警戒しながら近づいて来る。

 いけないな。

 もっと普段通りの態度を心掛けないと怪しまれてしまう。

 

「先日はどうも。千冬さんのハンカチのおかげで助かりました」

「そうか」

 

 無事な右手をぷらぷらと振って笑ってみせる。

 すると千冬さんの警戒心が薄れ、顔に笑が浮かんだ。

 

「で、束はどうしたんだ?」

「さあ?」

 

 束さんは千冬さんが現れた瞬間に顔を下に向け、それから微動だにしない。

 だいたい理由は分かるけど、ここは知らんぷりで。

 

「束?」

 

 千冬さんがゆっくりと束さんに近付く。

 しかし、それでも束さんは動かない。

 

「……ちーちゃん」

 

 ポツリと束さんが呟いた。

 その声を聞き、千冬さんが苦笑する。

 

「どうした束。らしくないじゃないか」

 

 そう言って千冬さんがまた一歩近付く。

 すると、ポツポツと雫が地面に落ちた。

 

「……ちーちゃん」

「束、お前……」

 

 雫の出処は束さん。

 それを見て、千冬さんの目が大きく見開かれる。

 

 久しぶりの再会、それに感無量の束さん。

 いつもはツンツンの千冬さんも流石に感じるものがあるのか、そんな束さんを優しい目で見ていた。

 感動的だな。

 千冬さん視点で見れば、だけど。

 

 束さんが下を向いているから、すぐ目の前に立つ千冬さんからは顔が見えないようだ。

 だが、横に居る俺には束さんの顔がバッチリ見えている。

 

 顔はだらしのない笑顔。

 落ちる雫は涙ではなくヨダレ。

 千冬さんの優しさはゴミ箱に捨てていいと思う。

 

「久しぶりの集まりだ。顔を見せろ」

 

 千冬さんが束さんの頭に手を置いた。

 それが導火線に火を点ける結果になるとも知らずに……。

 

「なま……ちー……」

「なま? 何を言って――」

「ちーいーちゃーん!!」

「なっ!?」

 

 束さんが千冬さんに飛び掛り、後ろに押し倒す。

 流石のブリュンヒルデもこの奇襲は避けれなかったみたいだ。

 

「ちーちゃん! ちーちゃんちーちゃんちーちゃん!!」

「ちょっ!? 待て束! どこを触って――ッ!?」

「あったかいーなーやわらかいーなー。生のちーちゃん最強!」

 

 両手でおっぱいを鷲掴みにし、寄せられた胸の谷間に顔を埋める変態。

 とても目の保養になります。

 

「くんくんくんくんくん」

「離せ! 嗅ぐな! いい加減にしないと本気で殴るぞ!?」

 

 千冬さんは束さんを引き離そうと、顔を手で押しのけようとしたり、頭を小突いたりするが、変態は一向に落ち着く様子がない。

 スーツ姿の美人が押し倒される様は不謹慎ながら興奮するよね。

 

「あ゛あ゛ぁぁぁた ま ら な い !!」

 

 心からの声なのだろう、声がもはやオヤジだ。

 しかし束さんの握力は凄いな。

 五指がおっぱいに食い込んでヤバイ事になってる。

 やー、心が洗われますなー。

 

「くっ……最終警告だ束。離れなければ――」

「んあ」

 

 千冬さんが何か言い切る前に、束さんが胸から顔を上げ大きく口を開けた。

 

 

 かぷっ♪

 

 

 

 

 暫らくお待ち下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両方の鼻にティッシュが詰まっている女性は好きですか?

 個人的には微妙です。

 現在、束さんが俺の膝を枕代わりにして鼻血を止めようとしています。

 ちなみに鼻血の原因は千冬さんの色気と拳です。

 

「おひさーちーちゃん」

「死ね」

 

 千冬さんの返答は短かった。

 しかし、その心情を分かりやすく表していた。

 

「なんなんだお前は、急に襲って来て」

「久しぶりの再会で高まる感情が抑えきれなかった!」

「……こうならないために、確か抱き枕があったよな?」

「あるよ。毎晩のお供です。でもね、昨日しー君と一緒にアルバム見たり思い出話に花を咲かせていたら、ちーちゃん愛が溜まっちゃって溜まっちゃって。生ちーちゃん見た瞬間に溢れちゃった」

「……そうか」

 

 あ、千冬さんが諦めた。

 昨夜は写真から動画まで、過去の思い出総出演だったからな。

 束さんが辛抱たまらなくなるのも仕方がないよね。

 なにせ三ヶ月ぶりの再会だし。

 

「千冬さん、歯型とか付いてません? 大丈夫ですか?」

「心配するなら助けろ。それと人の胸をガン見するな」

 

 千冬さんが乱れた服を正しつつ俺を睨む。

 噛まれた胸を心配してあげたのに酷い言いようだ。

 ……乱れたブラウスの隙間から見える肌色に誘われた事は認める。

 

「助けるのは無理です。あの状態の束さん相手に横槍入れたら、きっと俺は殴られてました」

「分かってるじゃないかしー君」

「それはもう。ところで鼻血は止まりましたか?」

「たぶん?」

「それじゃあ抜きますよ」

「ん」

 

 束さんの鼻からティッシュを引き抜く。

 先っちょには真っ赤な血がこびり着いていた。

 ……これ、それなりの場所に持っていけばひと財産だよな。

 ただのゴミに見えるが、天災の血というプライスレス商品。

 

「しー君、そのゴミを上に投げて」

「あ、はい」

 

 立ち上がった束さんが笑いながら俺に指示を出す。

 反射的にその言葉を聞いてしまい、ティッシュを上に放り投げる。

 

「過激にファイアー」

 

 束さんの手には消火器の様なものがあった。

 だがそれは性能は真逆のブツ。

 俗に言う火炎放射器である。

 

 ティッシュが一瞬で灰になり燃えカスが上から落ちてくる。

 目の前で札束を燃やされた気分だよ。

 

「しー君、何か問題でもあった?」

「いえ、なにも」

 

 あくまで笑顔を絶やさない束さんから視線を逸らす。

 これは俺の考えを読まれたっぽいな。

 余計な事をして火に油を注いではまずい。

 ちゃっちゃと準備しましょうか。

 

 壁際に置いておいた二つのクーラーボックスを運ぶ。

 

「どうぞ」

「すまんな」

 

 拡張領域から取り出した座布団を千冬さんに渡し、三人が向かい合う様に座る。

 天災、戦乙女、転生者のトライアングル。

 そう言うと少し格好良い。

 

「はい、飲み物は各自勝手に取ってください」

 

 ま、所詮ただの飲み会なんだが。

 

「はーい」

「ふむ、見たことがないのが多いな。瓶は全てビールか?」

「日本各地の地ビールです。自分好みの一本を探すのも乙ですよ」

「地ビールか……普通の瓶より小さいな」

「飲みきりサイズですからね。コップに注ぐのではなく、直接飲むんです」

「それは良いな」

 

 千冬さんが興味津々にビール瓶を手に取る。

 それで良いのか未成年。

 平然とお酒に手が伸びるなんて千冬さんも悪くなったもんだ。

 誰の影響なんだか。

 

 ツマミは柿ピー、チーズ鱈、鮭とばにサラミ。

 それらを大皿に盛って三人の真ん中に置く。

 宅飲みらしくなってまいりました。

 

「飲み始める前にまずは聞きたい事がある」

 

 自分の横に瓶ビールを確保しつつ、まずは千冬さんが口を開いた。

 

「どうしたのちーちゃん?」

「結局この集まりはなんなんだ?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてない」

「だっけ? えっとね、そもそもの始まりはしー君なんだけど――」

「ほう?」

 

 お前が元凶か? そんな視線が俺に向けられる。

 間違ってはいないが、責められる謂れはない。

 だって最終決定を出したのは束さんだし。

 

「俺はただ“7月は再会のシーズン、卒業して進学や就職でバラバラになった友達が集まる時期なんですよ”と言っただけです」

「そうそう、それを聞いて無性にちーちゃんに会いたくてなったので、こうしてご足労願いました」

 

 昨日、俺と束さんは仕事帰りの千冬さんを待ち伏せした。

 直接合うわけにもいかないので、束さんが作った機械で連絡を取ったのだ。

 その名も“囁き丸”。

 新手の斬魄刀かと思うだろうが、見た目はメガホンだ。

 声を超音波ビームというごく狭い振動にすることで、周りには聞こえない波に変えてしまうらしい。

 これによって、目標の人間だけに声を届けられるとういう優れ物である。

 

「でもまぁ良いじゃないですか。千冬さんも愚痴とかあるのでは? たまに集まって愚痴や近況を語り合う。それが友達同士の飲み会ってもんです」

「そういった理由か。別に文句はない。私もモンド・グロッソ前に神一郎に会いたいと思っていたしな」

「あれ? 私は?」

「神一郎に会いたかったしな」

 

 千冬さんからのラブコールがありがた迷惑。

 なんで俺に会いたかったのかは不明だが、そのせいで束さんが怖い。

 具体的に言うと、笑いながら俺の二の腕をツネってくるのが怖い。

 

「取り敢えず乾杯しちゃいましょう。話すにしても飲み物が欲しいですし」

「そうだな」

「そうだね、しー君を問い詰めるのはそれからでいいや」

 

 織斑千冬よ、お前は何故そうも俺を傷つけるのか……。

 問い詰められても何も話すことないってば。

 

「はいはい、まずは乾杯しますよ。それぞれ色々あった三ヶ月だと思います。お疲れ様でした! 乾杯!」

『乾杯!』

 

 俺と千冬さんの瓶ビールと束さんの缶チューハイがぶつかる。

 

「んっ……美味いなこれは」

 

 瓶ビールを漢らしくラッパ飲みした千冬さんの顔が緩む。

 やっぱり瓶ビールのラッパ飲みは最高の贅沢だよね。

 泡や空気の関係から、コップに注いだ方が美味いという意見もあるけど、気分で考えればラッパ飲みが最強だ。 

 さて俺も――

 

「さぁしー君、どうやってちーちゃんを誑かしたか聞こうじゃないか」

 

 横から伸びてきた手が俺の首袖を引っ張り、耳元でドスの効いた声が……。

 横目で見てみると、束さんがカシオレを手に持っていた。

 飲み会でカシオレを飲む女はクソってエロゲ主人公が言ってたな。

 

「本人に聞け」

「あくまで誤魔化すんだね。まさかしー君が私とちーちゃんの仲を邪魔するなんて……。私は悲しいよ。しー君という友人を失う事が……」

「聞いてる様で俺の話しまったく聞いてないよね? 千冬さん、そろそろ助けて」

「ん? あぁ――」

 

 俺と束さん無視して千冬さんはビールを楽しんでいた。

 千冬さんはお酒の味を覚えたが、未成年だから自分で買うなんて事はしないはず。

 彼女にとって三ヶ月ぶりのお酒だ。

 久しぶりの友人なんてどうでもいいよね。

 

「すまん、どのタイミングで渡すか迷っていてな。束に暴れられると困し、今渡そう」

 

 千冬さんが自分の横に置いてあったポーチを漁る。

 社会人の必需品として化粧道具でも持ち歩いているのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 

「これを」

 

 千冬さんが渡してきたの包装された三つの箱。

 大きさは手の平程で、薄い箱だ。

 

「その、なんだ……こういった物を渡すのは少々恥かしいんだが、初給料で買ったプレゼントだ。柳韻先生と雪子さんに渡して欲しい」

「もう一つありますけど」

「それはお前へだ。……なんだかんだで世話になったからな」

 

 照れながら頬をかく千冬さんの破壊力よ。

 やめろ、やめろよ……。

 そんな事されたら決意が鈍るだろぉぉ!?

 

 てかマジで泣きそう。

 なにこれ? なにこの感情?

 今まで経験した事がない感情だよ。

 

「責任もって渡します」

「なんで泣きそうなんだよお前」

「こんなに大きくなって……」

「誰目線だ? おい、誰目線で言ってるんだ?」

「あぁ……ビールが美味しい」

 

 涙を誤魔化す様に天井を見ながらビールを飲む。

 ちょっと決意が薄れてきちゃった。

 いかんな、精神がこんな貧弱ではダメだろ。

 

「黒のラッピングは柳韻先生。白が雪子さんで青がお前のだ。頼んだぞ」

「了解です。ちなみに中身は?」

「ハンカチだ。引越しの多い柳韻先生達の邪魔にならないと物をと思ってな。お前もハンカチは持ち歩いているのだろう?」

「良いチョイスです」

 

 プレゼントとして最良だろう。

 柳韻先生達も国の監視下にあるが、ハンカチ程度なら誤魔化せるだろうし。

 

「ねーねー」

「なんだ?」

「私のは?」

 

 束さんが千冬さんに両手を出しておねだりする。

 流石の千冬さんも束さん相手に気を使ったりは――

 

「あるぞ」

「あるの!?」

 

 あるの!?

 

 あ、束さんと感想が被った。

 てか束さんも貰えると思ってなかったのか。

 当然と言えば当然の反応だけど。

 

「――これだ」

「やふー!」

 

 千冬さんが次に取り出したのは小さなタッパーだ。

 中に入っているのは……漬物?

 

「一夏が漬けた糠漬けだ。大事に食え」

 

 そう言えば一夏に漬物壺あげたんだっけ。

 使ってくれてるようでなによりだ。

 

「いっくんの手作りとな!? ありがとうちーちゃん!」

「そうか、そんなに喜んでくれるか……」

 

 束さんのテンションを見て千冬さんが若干引いている。

 こりゃあれだな。

 俺や柳韻先生のプレゼントは前々から用意していたが、急な誘いの為に束さんの用意がなく、今朝になって適当に見繕ってきた感があるな。

 一夏の手作りって言っとけば喜ぶだろと、そんな思考が見え隠れする。

 しかしこれも良いチョイスだ。

 

「束さん」

「む? これは私のだからしー君には分けてあげないよ?」

「誰も取ったりしませんよ。それより知ってます? 糠漬けって各家庭で味が違うって話しがあるんです」

「そうなの?」

「人間の手の平には多くの細菌がいます。双子はDNAが一緒でも、手の平の細菌の数と種類が違うとまで言われているんです」

「ほうほう」

「そして、その細菌が糠漬けの味に影響しているという説があるんですよ。まぁ言い方が悪いですか、一夏の手の平の細菌が糠床で繁殖してる可能性があるんです」

「……ってことは」

「その糠漬けを食べると言う事は一夏の手の平を舐めてるに等しい」

「ちょぱちゅぱ」

 

 束さんが口の中で糠漬けを弄ぶ。

 アメを舐めるが如く舐め回してるに違いない。

 ごめんよ束さん、一夏がビニール手袋してるかもだけど、喜んでいるようだし無粋な事は言わないよ。

 

「神一郎……」

 

 そう呆れた顔しないでください。

 束さんを上機嫌にしとけば俺の被害が減るので、こういった機会は見逃せないのです。

 恨むならそんな危険なお土産を持ってきた自分を恨むがよい!

 

「むぅ……量が少ないからすぐ無くなっちゃうね。残りは明日にしようっと」

 

 束さんが嬉しそうにタッパーを胸元にしまう。

 あの谷間は四次元ポケットがなにかなのだろうか?

 

「そうだしー君。ちーちゃんにお礼したいから例のブツを用意して」

「了解です」

「ん? 束は何か持って来たのか?」

「それは準備が出来てからのお楽しみって事で」

 

 壁際の置いてある鍋とガスボンベを持って席に戻る。

 カセットコンロを点火し、鍋を上に。

 ここで大事なのは水を加えながらかき混ぜる事だ。

 最初は弱火でじっくりと――

 

「良い匂いだね。今回はかなり出来が良いから期待しててね」

「山ブドウのビールとは珍しい――ふむ、思ったより甘くない。スッキリしてて飲みやすいな」

 

 千冬さん、現実を直視しよーぜ。

 今この空間に蔓延している匂いは、束さんお手製のカレーの匂いだ。

 美味しそうだろ? 

 お米は家から持って来たものだ。

 さほど時間は経っていないので微かに温い。

 熱々のカレーをかければ大丈夫だろう。

 

「ちーちゃんのは大盛りね」

「はい」

「ちょっと待て」

 

 見て見ぬ振りが出来ないと悟ったのだろう。

 千冬さんが慌てて止めに来た。

 

「その鍋の中にあるドス黒い物体はなんだ?」

「分類するならブラックカレーですね」

 

 間違ってはいない。

 黒いカレーは全部ブラックカレー。

 それが真実。

 

「それは束が作ったんだよな?」

「そうだよ? 頑張りました」

「……神一郎、味はどうなんだ?」

「オリジナルではなく有名店の模倣なので安心してください」

「それなら……貰う」

 

 絞り出すような声だなおい。

 大丈夫大丈夫、美味しいのは保証するから。

 

「はい束さん」

「あんがと」

「はい千冬さん」

「ん」

 

 全員にカレーが行き渡る。

 さて、頂きましょうか。

 

「あーん――うん、流石は私だ。完璧だね」

 

 束さんは自画自賛しながら舌鼓を打つ。

 

「くっ……」

 

 反面、千冬さんは口元までスプーンを近づけるが、覚悟ができないらしい。

 

「ちーちゃん? 食べないの?」

「う、うむ……」

 

 束さんに急かせれ、千冬さんが意を決してスプーンを口に運ぶ。

 

「……美味い」

 

 ぼつりで呟いて、千冬さんがカレーにがっつき始めた。

 

「食感が無いのに肉の味を感じたりするのがアレだが、普通に食えるな」

「素材をドロドロになるまで溶かしたカレーだと思えばいいんですよ」

「なるほどな」

「ふふん、どーだ!」

「ドヤ顔するな。誰のアドバイスのおかげだ」

「てへり」

「アドバイス? 神一郎のか?」

「ええ、束さんの料理を食べてて思ったんですが、オリジナルは論外としても、味を模倣した料理でもイマイチなのは食感が問題なんですよ」

「あぁ、分かる気がする」

「さり気なく私の手料理ディスってない?」

 

 束さんは放置で。

 それがお約束だ。

 

「そもそも束さんの模倣料理で頭痛がしたりするのは、あ、この場合は炭系料理を例にしますが、口に食べ物が入った瞬間、口内のセンサーが『コレは食べ物じゃない! 砂利や!』ってなるからです」

「おい」

 

 放置で。

 

「しかし味覚は違います。舌は『いやコレ食べ物です。しっかり味蕾が反応してます』ってなるんです」

「ぐすん」

 

 束さんがスプーンを咥えたたまま涙目だけど、やっぱり放置で。

 

「簡単に言うと、食感と味覚がケンカするんですよ。その結果が頭痛などになるんです」

「そういうことか。カレーならば話しは違う。束がヘドロを作ろうと、それ自体がカレーの食感に近いからケンカしないんだな?」

「そうです。カレーとシチューだけは束さんの料理にハズレはありません。……オリジナルや火力過多で炭にしなければですが」

「それは良い事を聞いた。今度からカレーだけ作ってもらおう」

 

 俺と千冬さんは爽やかな笑顔で笑いあう。

 束さんが仏頂面でカレーを食べてるのはご愛嬌だ。

 

「いいもん。ちーちゃんが喜んでくれるなら私はカレー作りマシーンにも喜んでなるもん」

 

 そもそも束さんは何が気に食わないのか。

 料理は褒めてるんだよ? ただ、カレーとシチュー以外は作るなと遠回しで言ってるだけで。

 

「そうむくれるな束、このカレーは気に入った。神一郎、おかわりを頼む」

「はい」 

 

 俺はひと皿で十分だけど、千冬さんはまだまだ食べれるようだ。

 おかわりを希望する千冬さんに更なる情報をあげよう。

 

「どうぞ」

「すまんな。ん? お前はもう良いのか?」

「えぇ、これ以上は危険なので」

「……は?」

 

 千冬さんの咀嚼が止まる。

 

「ご存知でしょうが、束さんは食事にこだわりません。誰かと一緒に食べるのは好きなようですが、一人だと栄養補給程度の認識です」

「うん、ぶっちゃけめんどくさい。点滴打ちながら研究したいって思う程どうでもいい。流石にしないけど」

 

 束さんの発言はいつ聞いても面白いよね。

 人間の三大欲求を完璧に無視だよ。

 束さん的には、食事は友人と一緒に楽しむ娯楽といった認識なのだろう。

 美味しいと思う感情はあるが、それ以上に面倒。

 それが天災である。

 

「そんな束さんが一日三食作るわけもなく――」

 

 千冬さんが不安そうな顔で俺を見つめる。

 まだ口の中にカレーを残しているのか? はしたないから飲み込みなさい。

 

「このカレーのコンセプトは『ひと皿食べれば三日は生きれる』です。なんとひと皿一万キロカロリー」

「ごふっ!?」

 

 千冬さんの口からカレーが飛び出した。

 

「ちょっ!? は? 一万だと!?」

「しかも各種ビタミンからコラーゲンまで入ってます」

 

 普通に考えて正気の沙汰ではない。

 だけど栄養面だけを見れば、どんな総合栄養食品より優れている。

 カロリー量は無視するけどね。

 

 お、束さんが千冬さんの口から飛び出して床に落ちたカレーを舐めようとしている。

 ブツがカレーなだけに非常にインモラルな絵面だが、これは録画案件だ。

 あ、千冬さんに蹴られて吹っ飛んだ。

 千冬さんに蹴られたにも関わらず、束さんは嬉しそうだ。

 仲良しっていいね。

 

「人間って一日に二万キロカロリー摂取するとどうなるんだ?」

 

 床に落ちたカレーを拭き取った千冬さんが、お皿を見ながらカレーの処理を考えている。

 捨てるのは許しません。

 食べれない物じゃないからね。

 

「死にはしないと思いますが、健康には良くないと思いますよ?」

「だよな……」

 

 カレーを見つめたまま千冬さんが動かなくなってしまった。

 持って帰って食べるならタッパー貸しますよ?

 

「いたたた。お腹にキックは止めてよね。女の子の大事な所が衝撃でキュンとしちゃったよ。思わず襲いたくなっちゃったじゃん」

 

 なぜ頬を赤らめているのか?

 なぜ満足げなのか?

 男には理解出来ない事がいっぱいだ。

 

「束」

「なぁーに?」

「食べるか?」

「食べりゅー!!」

 

 千冬さんが自分の食べかけのカレーを束さんに差し出す。

 それを束さんはノータイムで受け取った。

 

「んぐんぐ。まさかちーちゃんが私に間接キッスのチャンスをくれるなんて!」

「……良かったな」

 

 肉を切らせて骨を断つ。

 自分の食べかけを束さんに与えて残飯処理とは考えたな。

 

「ほのかにちーちゃんの唾液の味がする! これに比べたらしー君との間接キスなんてゲロだね!」

 

 言ってくれるじゃないか。

 しかしなんともだらしのない顔だ。

 ……昨日、俺もこんな顔してたのかな? なんかショック。

 

「元はと言えば神一郎、お前が先にカロリーの事を言っていればこんな目にならなかったんだぞ」

「そう睨まないでください。そんなに嫌なら自分で食べれば良かったじゃないですか。千冬さんは人造人間でしょ? きっとそんなに大事にはならなかったと思いますけど」

「イチかバチか過ぎるだろ。いくら私でも二万キロカロリーはきけん……待て」

 

 ただでさえ眼力が強い千冬さんの目が更に鋭くなる。

 

「お前、なぜその事を……」

「人造人間の事ですか? プロジェクト・モザイカの事なら束さんに聞きました」

「なっ!?」

 

 千冬さんの驚いた顔に思わずほくそ笑む。

 その顔が見たかったのだ。

 

「プロジェクト・モザイカの事まで知ってるだとッ!? なぜだ! なぜ知っている!?」

「昨日の事なんですがね、なんでもプロジェクト・モザイカの失敗作だと言われているモノを束さんが軍事基地から強奪しまして、その時に色々と」

「失敗作を……それはどうした?」

「山に埋めました。綺麗な朝日が見える場所に」

「そうか……代わりに礼を言う」

「いえ、成り行きですので」

「ご馳走様でした! あれ? どったの?」

 

 神妙な空気の中、束さんが空気を読まず素っ頓狂な声をあげる。

 俺はビールでも飲んでるので、お二人で存分に遊んでください。

 

「おい束」

「ん? どうしたのちーちゃん?」

「神一郎に私の秘密を勝手に教えた理由を聞こうじゃないか」

「うぇえ? 待ってちーちゃん! ま゛っ!!」

 

 千冬さんの右手が束さの口を掴む。

 見事なアヒル口だ。

 

「別に神一郎に知られた事は構わない。どうせコイツの事だ。”え? 千冬さんてアニメキャラなの?”ぐらいの反応だろう」

 

 おぉ、良く分かってるじゃん。

 

「だがな、私の秘密は私のものだ。お前が勝手に話して良い事ではない。そうだろ?」

「……ふぁい」

「なぜ教えた?」

「……じーぐんが」

「何を言ってるのか分からん。しっかり喋れ」

「千冬さん、手を離さないと喋れないと思います」

 

 無茶ぶりされてる束さんが可哀想だったので、つい口を出してしまった。

 どこぞのヤクザだよと言いたくなるくらい人相が悪いんだもん。

 

「ちっ、これで良いだろ」

 

 千冬さんが舌打ちしながら手を離す。

 束さんの顔には千冬さんの手形がくっきりと着いていた。

 

「痛いし怖い、でも不思議とドキドキしてる……。これが顎クイ効果?」

 

 どちらかと言うと吊り橋効果が近いね。

 それと、決してそれは顎クイとは言わない。

 それが顎クイなら夢見る乙女が全員顔にアザを作る事になるよ。

 

「ふざけてないでさっさと語れ」

「はい。あのですね、深い理由はなかとです。ただしー君が心を揺らしたり葛藤したりするのが楽しくて……」

「……神一郎」

「はい」

「ビール貰うぞ」

「どうぞ」

 

 千冬さんは疲れた顔をしながら腰を下ろし、豪快にビールを飲む。

 こうしてアル中が生まれるのだ。

 

「ちーちゃん、怒ってる?」

「……お前が身勝手なのは知っている。今更だ」

「やっぱり怒ってる!? どうしよしー君!?」

 

 不機嫌を隠さない千冬さんを見て、束さんがわたわたと慌てる。

 此処は俺の出番か。

 束さんに代わり千冬さんを鎮めてみせるさ。

 怒りながら酒を飲む人の隣で飲む酒は不味いからな。

 

「それにしても千冬さんって可哀想ですよね。思わず同情しちゃいますよ」

「しー君!?」

「……あん?」

 

 やべー。

 ビール瓶片手に凄む千冬さんマジ怖い。

 どうすれば良いのか分からず慌てている束さんが心の清涼剤だ。

 

「千冬さんって“最高の人類”として生み出されたんですよね?」

「それがどうした」

「“最高”って言葉は、頭脳や身体能力、そして容姿を指してると思うんですよ」

「……続けろ」

「その無駄に大きなおっぱいには、男子研究員の“そうあれかし”という願いが込められてると知ったら、それはもう同情するしかないじゃないですか」

 

「…………」

「…………」

 

 千冬さんと束さんが真顔になった。

 

「しー君、もう一本お酒貰うね」

「私もだ」

 

 二人がゴソゴソとクーラーボックスを漁り、お酒を一口飲んでから盛大なため息を吐く。

 千冬さんはだいぶペースが早いけど大丈夫なのか?

 

「ちーちゃん、取り敢えず続きを聞かない? しー君のちーちゃんに対する気持ちが知りたいです」

「私としては聞きたくないんだが、こうも中途半端に聞かされたら続きが気になるのは否定しない」

 

 あ、いいの?

 それじゃあ遠慮なく語らせてもらおうか。

 

「千冬さんはさ、“造られた人間”ですよね? 目やおっぱい、太もも、そういった女性の魅了的な部分造るさいに、男性研究員達が『やっぱ巨乳だよな! それと目つきは少しキツメが至高!』なんて言いながら仕事してた可能性ありますよね?」

「……束」

「ごめんちーちゃん、残念ながら否定出来ない」

「なん……だと……!?」

 

 織斑千冬という生き物は、カスタムメイドが近いと思うんだ。

 

「千冬さんてエロゲキャラ? その内に見知らぬおじさんが現れて『君は私が嫁にする為に造られた理想の女性なのだ』とか言われたりして」

「ぶっころすぞ?」

 

 なんとも迫力がないぶっころ宣言頂きました。

 もしや織斑千冬ともあろうものがショックを受けてるのか?

 ちょっと凹んでる千冬さんは可愛げがあるじゃないか。

 

「じゃあ千冬さんは自分の事を理解してます? その無駄に大きな乳房はなんの為に存在してるのかを説明してください」

「それはお前……あれだ…………そう、例えばナイフで刺された時に心臓に届きにくいだろ? 後あれだ、正面からの衝撃を吸収してくれる」

「ねーよ/ないね」

「……なくはないと思うんだが」

 

 おっぱいに防刃とエアバック機能が付いてるとは知りませんでした。

 これには束さんもフォロー出来ないようだ。

 女としては死んでいるが、戦乙女としては満点ってのが笑えない。

 笑えなくて素でツッこむしかないんだもん。

 せめてトドメを刺さず流してやるのが優しさか。

 

「そういえば、千冬さんは完成品なんですよね? 一夏はどういった存在なんですか?」

「お前、なんの遠慮なく私を物扱いしたな」

「意味としては間違ってないですよね? それとも気遣って欲しいですか?」

「生意気だな――だが構わん。お前に遠慮される方がムカツク」

 

 千冬さんがニヤリと笑ってチーカマを咥える。

 だからなんでそんなに男前なんだよ。

 そりゃあね、俺が『千冬さんも一夏も物なんかじゃない、ちゃんとした生きてる人間だ』なんて思ってる事は言葉にしなくても伝わってるだろうさ。

 それでもその返しはイケメンすぎだろ。

 

「一夏はな、優れた人間を効率良く“生産”する為に造られた個体だ」

「生産?」

 

 気軽に聞いたら思ったより重い話っぽくてちょっと後悔。

 

「しー君、遺伝子には優劣があるのは知ってるでしょ?」

「はい」

 

 遺伝子の優劣と聞いて思い浮かぶのは、耳の垢には乾型と湿型の2つのタイプあって湿型が優性だとか、後は天然パーマが優性とかだ。

 親が天然パーマだと子供も天然パーマに成りやすい。

 そういう事だ。

 って事は……。

 

「千冬さん、プロジェクト・モザイカで産まれた人間は、普通の人間と大きく違う点があるんですか?」

「そうだな、一番分かりやすい違いは免疫機能だろう。ケガが治りやすい、多くの病気への耐性などだ」

「それが優性遺伝子だと?」

「そうだ」

 

 ふむ

 

 つまり

 

 

 

 

 種馬じゃねーか!?

 

 速報! 織斑一夏はラノベキャラじゃなくてエロゲキャラだった!

 

 一夏の仕事は女性を孕ませる事。

 人工的に埋め込まれた優れた遺伝子を世界中にバラまくのが仕事とは……。

 これは爆発しろ言われても仕方がない案件。

 てかさ、インフィニット・ストラトスってラブコメだよね? なんで重い設定があんの?

 ラブコメにおけるシリアス、それ自体は否定しない。

 シリアスはちょっとした物語のアクセント。

 それがあるからこそ、ラブコメシーンが盛り上がるのだ。

 でもね、過度なシリアスは下手したらラブコメを殺すんだよ。

 

 主人公が人造人間で種馬で女子高の緑一点とか属性盛りすぎだろうーが!!

 もうラノベじゃなくてエロゲにしろよ! 

 ……エロゲ?

 

「一夏って、フェロモンとか出してないですよね?」

「フェロモン?」 

「そんなの生き物は日常的に出してるじゃん」

 

 あれ? 通じてない?

 

「だって一夏は種馬ですよね? 効率を考えるなら、顔などの外見に力を入れるよりも、異性を惹きつけるフェロモンを常時発しているとかの方が良いじゃないですか」

 

 一夏は誰が見てもイケメンだ。

 だが、ただのイケメンではダメなのだ。

 だって子供を産んでもらわなければいけないんだから。 

 “顔が好みだから付き合いたい”ではなく、“愛しいから孕みたい”。

 そんな感情を相手に抱かせなければ意味がないのだ。

 

「それは……だが有り得るのか? そこまで外道な事を?」

「仮にその話が本当だとしたら、一種の催眠術みたいなもんだよね? 箒ちゃんが操られてる可能性が……」

 

 どうも俺のエロゲ脳的な発想は二人の頭になかったらしい。 

 

「まぁ落ち着いてください。あくまで俺の妄想ですから」

「ッ!? だよね! モテないしー君が嫉妬して生み出した妄想話だよね!」

「誰がそこまで言って良いと言った? てか束さんは知らないんですか? てっきり一夏の体なんて調べ尽くしてるかと」

「いっくんの簡単なデータはあるよ。でも隅々まで調べたりはしてない」

「そりゃまたなんで」

「だって知ったらつまんないじゃん。ちーちゃんの弟のいっくんがどう成長するのか、果たしてこの天災に匹敵出来るのか、そういうのが気になるじゃん。遺伝子情報は言わば人体の設計図。鍛錬や努力を否定はしないけど、それでもその人間の性能が見えちゃうからね。将来の楽しみの為に我慢してるの」

「なーる」

 

 如何にも束さんらしい理由だ。

 一夏の成長に期待してるんだね。

 

「でもなー、流石にどうしようかと思ってます。いっくんが異性を惹く手段を持ってるなら、それは確実に箒ちゃんに影響してるはず。いくらいっくんでもお姉ちゃんとしてちょっと許せないかも」

 

 一夏の話題なのに束さんの声色が低い。

 もしかして、一夏が束さんに処されちゃう?

 俺やらかした?

 

「一夏に手を出すな」

 

 珍しく剣呑な雰囲気の束さんとそれを睨む千冬さん。

 飲みの席で暗い雰囲気はやめてほしいです。

 

「そう気にすることはないのでは? 仮にさっきの話が本当でも、一夏の顔と性格が良いのは事実。無差別に惚れられたりしてませんですし、フェロモンと言っても大した力はありませんよ」

 

 別にその場しのぎの言葉ではない。

 一夏に惚れる子は多いが、ストーカーや変質者に襲われた事はない。

 フェロモンがあったとしても、それはそこまで強い力ではないのだろう。

 

「むー、確かにいっくんは可愛くて素直な男の子。どこぞの年齢詐称のエロガキとは比べられない程に男として優れているよね」

「そうだぞ束。一夏がモテるのは単純に顔と性格が優れているからだ。フェロモンなど風評被害もいいところだ。これだからモテない男は」

 

 落としどころを見つけるのは良いけど俺をディスる必要あるの?

 ハーレム主人公と比べて劣ってるって言うのは、酷いイジメだと思う。

 まぁそれで納得出来るなら俺は大人しく受け入れるけどさ。

 

「せっかくのお酒が不味くなるので暗い話題はやめましょう。明るい話題を――ってことで、見れくださいこれ、今年のゴールデンウィークはオーストラリアに行ったんですよ」

 

 空気を明るくする為に話題を変える。

 拡張領域から取り出したのはアルバムだ。

 祝! 初オーストラリア! である。

 テレビではよく見るけど、初めてのオーストラリア。

 素晴らしく楽しかったです。

 

「オーストラリアか、海が綺麗だな……」

「良い風景でしょ? 綺麗な海に広大な大地。最高でした」

「うんうん、楽しかったよね!」

「なぜ束が答える……なるほどな」

 

 アルバムをめくっていた千冬さんの手が止まる。

 開かれたページには、俺と束さんが砂浜でビーチパラソルの下で寝転んでる写真あった。

 

「一緒に行ったのか?」

「一人で遊んでたら急に現れまして」

「人をゴキみたいに言うなし」

 

 だって本当に急に現れたんだもん。

 人っ子一人いない砂浜に寝そべりっていた時、寝返りをうったら目の前に居た。

 ほんとね、色々と考えるのを止めたよ。

 そんでもって考えることを止めた俺は束さんと全力で遊んだのさ。

 

「動画もありますよ」

 

 空中に投影してっと――

 

『やっほーい! しー君もっとスピードだして!』

『了解! 次は俺の番ですからね!』

 

 映りだされるのは、楽しそうに海の上を疾走する束さんの姿だ。

 

「これはなんだ?」

「ウェイクボードってやつです。板の上に乗った人間をロープで引っ張る遊びです」

 

 本来は船やモーターボートでだけど、映像の中で引っ張る役はISを纏った俺である。

 

『よっと!』

 

 束さんが見事な宙返りを見せる。

 運動神経が良い人は羨ましいな。

 俺がこの後にちゃんと滑れたのかはお察しである。

 

「良いな。楽しそうだ」

「実際楽しかったよ。いつかはちーちゃんとこんな風に遊びたいな」

「機会があればな。所でコレはどうやって撮っているんだ? 動画には二人とも映っているが」

「それはコレです。流々武」

 

 呼び出すのは流々武の頭部。

 

「宙に浮いてる? まさか、その目がカメラ替わりか?」

「そうです。流々武の目の部分がそそままカメラになっているんです。遠隔操作で動かせて、しかも――“夜の帳”」

「頭部だけでも姿を消せるのか」

 

 音声認識で頭部だけでも姿が消える。

 そう、流々武の頭部は姿を消すから盗撮し放題なのだ!!

 

「お前、ゲスな事考えたろ?」

「……まさか」

「ちなみに私は、オーストラリアの浜辺で金髪美女の水着を見ながら、小一時間悩んでいるしー君を見ている」

「……気のせいでは?」

 

 束さんと合流する前の話なのに見られたとは。

 俺の天使が勝って良かったよ。

 悪魔の声に従っていたらやばかったな。

 

「これは釣ったシイラを食べてる時です」

「逃げた」

「逃げたな」

 

 黙らっしゃい。

 俺に後ろめたい事はありません。

 

 俺がさり気なく見せた写真は、俺と束さんが大きな魚にかぶりついた時の一枚だ。

 二人で焼き魚を持ち上げ、カメラ目線で大口を開けている。

 

「普通に楽しそうだな」

「しー君がルアーで釣ったんだよね。流々武で海面近くを飛びながら」

「超楽しかったです」

 

 他に面白い写真は――

 

「あ、これなんかも良い写真ですよ」

 

 お次は大自然を満喫する束さんの写真だ。

 

「これは束じゃなければ出来ない一枚だろ」

「私ってば絵になるよね」

 

 千冬さんが呆れるのも無理はない。

 写真に写っているのは、大きく手を広げて海に浮かんでる束さん。

 青く透明度が高い海に浮かぶ美少女。

 非常に美しい一枚だ。

 ……周囲に鮫の群れがいなければな。

 

「ひい、ふう、みい……カメラの枠内だけでも20匹近くいるな」

「何故か鮫が寄ってきたんだよね。でも襲われたりはしなくてね、近くで泳いでるだけっていう不思議」

「群れのボス認定されたのでは?」

 

 魚類で群れのボスって聞いた事ないけど、なにしろ天災だ。

 自然生物は無条件で降伏するのかも。

 

「とまぁこんな感じで長期休暇や週末は遊んでいました」

「私も似たようなもんかな? 平日はテロと研究と暗躍。週末は気分次第だけど、しー君と遊んだりとか」

「ほー」

「あれ? ちーちゃん? なんで頭を掴むの?」

「え? 俺も?」

 

 千冬さんが手を伸ばし、俺と束さんの顔を掴む。

 なにか様子が……。

 

「先に謝る。すまん、これはただの八つ当たりだ」

「八つ当たり? ちーちゃんあぁぁんっ!?」

「なんで八つ当たりぃぃぃぃ!?」 

 

 万力の如く俺と束さんの顔が締め付けられる。

 

 八つ当たり!? なんで!?

 

「神一郎」

「なんですかッ!?」

「……社会人って大変だよな」

「お前この状況でなに言ってるの!?」

 

 社会人三ヶ月目の新人は、それはそれは暗い顔をしていました。

 

 どうでも良いけどまずは手を離せ!!

  

 




オリ主はなにやら企んでるようです。
先読みしないでね!


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彼らの週末(日曜日:午後)

遅くなりましたm(_ _)m
長いです。
とくかく長いです。



 

 その日、俺は始めて銃で撃たれた。

 実感はないが、生身だったら挽き肉になっているだろう数の弾だ。

 周囲を囲む兵士達は、叫び声をあげている様だったが、火薬が破裂する音がそれらをかき消してした。

 俺の意思とは無関係に体が動く。

 時折、思い出したかの様に俺の左手が兵士を狙う。

 何も出来る事はなく、当たるなと祈りながらただ見ていた。

 目の前に壁があれば右手が動く。

 厚い壁をバターを切るかの様に切り刻む。

 何人かの兵士が崩れる壁に巻き込まれて倒れた。

 俺は心の中で謝罪しながらその光景を見ているしかなかった。

 数名の兵士が俺に抱きついてきた。

 力尽くで止めるのかと思ったが、それは違かった。

 僅かに感じる振動。

 どうやゼロ距離射撃を敢行したようだ。

 更に目にナイフを突き立てられた。

 しかし、その全てを弾いて俺は先に進む。

 何枚もの壁を壊し、俺は目的地にたどり着いた。

 目の前では、腹の出た初老の男が真っ赤な顔で怒鳴り散らしていた。

 俺の手が男に伸びる。

 そして、男の服を有無を言わさず破いた。

 叫ぶ男、耳元で聞こえる天災の笑い声。

 俺は目を強く閉じて早く終われと心の中で叫んだ。

 

 

 

 終わったよ。

 

 

 

 その声を聞き、永遠とも思える時間が終わった事を知った。

 俺はゆっくりと目を開けた。

 これで終わりだ。

 そう信じていた――

 

 

 朱色に染まる頬。

 涙を浮かべる瞳。

 むっちりとした太もも。

 豊満なお尻。

 

 

 

 怒りで顔を赤くし

 屈辱で泣き

 網タイツを履いたバニーガールがそこに居た。 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 痛みでブレていた思考が徐々にクリアになる。

 一晩たってもまだ鮮明に思い出せるとは。

 

 昨日の事だ。

 軍事基地を強襲した俺が最後に見たのは、脅す為にとバニーガールの服を無理矢理着せられたジジイの姿だった。

 口止めの為にって理由はわかる。

 うん、弱みを握るって大事だと思うよ?

 でもさ、俺が網タイツとビキニを着た涙目のジジイをドアップで見る必要ある?

 

 耳元ではケタケタと笑う天災の声。

 目の前には涙目で睨むジジイ。

 

 俺は束さんに同情していた。

 だからストレスの発散になればと思い、自分が多少の被害を被るのには目をつぶった。

 束さんに俺が欲しい物を作ってもらうのも、何かしら対価を払いお願いした。

 俺を遊び道具にするのは目に見えていたけど、ストレスが溜まって爆発した時の被害を想像すれば、小出しにした方が被害が少ないと考えたからだ。

 でも昨日のはない。

 マジでない。

 流石に銃で撃たれたりとかは容認できない。

 

 なぜ俺がこんな目にあうのか?

 なぜ束さんがストレスを溜める事になるのか?

 それを考えてた時、俺はふと思った。

 

 あれ? 千冬さん何もしてなくね? と――

 

 束さんの親友であり、ISを世界に広めた一人。

 その千冬さんが、束さんを蔑ろにしているという事実に気付いてしまったのだ。

 本来ならいの一番に束さんを慰めるべき千冬さんが、何もしないのは職務怠慢だと思う。

 なので、俺の苦労を少しでも知るべきだよね? ってことで今日の舞台を整えた。

  

 軍事基地を破壊した後、束さんを唆し日本へ。

 それからアルバムや思い出話で束さんの千冬さんへの愛を高め、さり気なく同窓会をしませんかと誘う。

 結果は良好。

 出会い頭に、押し倒しからの噛みつきを見せてくれた。

 思わずの心の中で拍手したね。

 初給料のプレゼントでちょっと心が揺れて、許してあげようかと思ったけど、その感動もこのアイアンクローでチャラだよバカヤロー!

 

 

 

 

 目を開けると、俺と同じ様に床に倒れている束さんが見えた。

 

「なぁ神一郎、仕事って大変だよな」

 

 アイアンクローから俺と束さんを開放した千冬さんは、絞り出すような声でそう呟いた。

 語り出す前に気付いて欲しい。

 足元に転がる二人の友人の事を。 

 

「朝は早いし夜は遅い。祝日もない」

 

 まぁ学生に比べれば拘束時間は長いね。

 祝日の有無は仕事によるだろう。

 ところで顔を押さえたまま動けない俺に言う事ないかな?

 

「特に私は束の件で目を付けられてるから、従順な態度を見せないといけないんだ」

 

 下手に反抗的な態度とっても良い事ないですもんね。

 新入社員が、周囲の目を気にして残業引き受けるとかよくある事だ。

 

「更に白騎士事件を起こした人間として、私は絶対に日本代表にならなければいけない」

 

 ISを広めようと事件を起こしたのに、その本人が表舞台に立てないとか笑えませんよね。

 頑張れ、日本を背負う若者よ。 

 

「だから就職してから一夏と殆ど遊んでやれてないんだ。ゴールデンウィークも休みがなくてな」

 

 あぁ、それで俺と束さんに八つ当たりしたのか。

 社会人相手に、ニートと学生が休み自慢してる様なもんだもんな。

 それはイラっとするよね。

 でも大人目線で見ればよくある話、だから同情はしない。

 

「研究所に向かう道すがら、楽しそうな家族を見ると一夏に申し訳なくて……」

 

 学生バイトは希望の休日は取れる。

 だけど社会人は違う。

 自分勝手は許されないのだ。

 

 友達が『え? お前有給取れないの? 俺の会社は全部が通る訳じゃないけどある程度は通るよ?』と言っていたが、社会人にそんな甘えは許されないのだ!

 

 で、そろそろ足元の惨状について謝ってもいいんだよ?

 

「山下さんという人がいるんだ」

 

 急に話が飛んだ。

 誰だよ山下さん。

 てかまだ語るのか。

 ビール瓶片手に立ったまま語るとか、まるで立ち飲み屋のオヤジだな。

 よく疲れないものだ。

 

「山下さんは私が勤めている研究所の清掃員でな。トイレ雑事やゴミ収集などをしてくれてるんだ」

 

 どんな建物にも必ず居る人材ですね。

 

 千冬さんは相変わらずビール瓶片手に立ったまま語りモード。

 束さんは復活したのか、痛がってるフリをしながらチラチラと視線を上げて千冬さんの太ももやスカートの奥を楽しんでいる。

 俺も見習ってストッキングを纏った脚を楽しもう。

 

「山下さんは去年会社をリストラされたんだが、研究所に関わりを持つ人間と飲み仲間だったらしくてな。その縁で再就職したと言っていた」

 

 世知辛い世の中にも人情があるんだな。

 ISの研究所という機密性が高い施設に山下さんを務めさせたんだ。

 その飲み仲間って人はかなり偉い人なんだろう。

 

「山下さんは四十過ぎの方なんだが、心優しい人でな。私が早出して朝練をしていると、飲み物を奢ってくれたりするんだ」

 

 ただ若い女と喋りたいだけでは?

 

「私と同じくらいの歳の子供がいるとかで、随分と優しくしてもらった」

 

 前からちょっと思ってたけど、千冬さんファザコン気味だよね。

 産まれが特殊だから、父性に甘えたい気持ちがあるのかも。

 

「それを……」

 

 千冬さんの声に怒りを感じた。

 

「あのクソ共が山下さんにぃぃぃ!!」

 

 俺と束さんは反射的に目を閉じて痛がってるフリ。

 自分に怒りの矛先が向いたら怖いもん。

 山下さんがに何があったのか知らないけど、めっちゃキレてるのは分かる。

 

「研究所には私の様な自分からIS操縦者を目指す者と、国や研究所からの依頼でIS操縦者を目指す者の二種類の人間がいるんだ」

 

 怒り収まったのかな?

 束さんは薄目を開けて視姦を再開してる。

 なら俺も再開するか。

 ストッキングを装備した脚って、生脚よりエロスを感じるのは何故なんだろう?

 

「依頼されて研究所に来た人間は、格闘技の大会で成績を残した人間や現役自衛隊、それと婦警などだ」

 

 戦いの専門家やそれに近い人達か。

 モンド・グロッソでの勝利を考えるなら有りだろう。

 素人にIS操縦と戦い方の二つを教えるよりも、手間か少なくて済むからね。

 

「問題は前者、試験で研究所に来た者なのだが、これが曲者なんだ」

 

 うーむ、倒れた場所が悪い。

 束さんは千冬さんに近いから上を見上げれば絶景を楽しめるが、俺は少し距離があるから見えないんだよなぁ。

 

「厳しい試験に合格した者はいい。問題は所謂コネで来た奴等……研究所に資金援助をしてる会社や役人の娘達が問題なんだ」

 

 どう考えても厄介な子供達だな。

 金持ちの子供や権力者の子供が全員ロクでもないなんて事はないだろ。

 だが千冬さんのこの怒り様。

 嫌な予感がする……。

 

「自身が選ばれた者だと勘違いする者。気位の高さと慣れない環境から攻撃的になる者。理由は様々だが、そういった奴等が――」

 

 ISは世界に影響を与えるだろう発明品。

 少しでも身内を関わらせたいと考えるのは仕方がない事だ。

 しかし、子供もそう望んでるとは限らない。

 親に言われて嫌々な子も居ただろう。

 そりゃあちょっとばかし誰かに当たる事もあるだろうさ。

 

「山下さんがゴミ箱のゴミを回収してる時に中身が入ったままの缶ジュースを捨てたり! ワザと足をかけて転ばせたり! 挙句の果てに気に食わないから辞めろだとッ!? ふざけるなよクソがッ!!」

 

 山下さぁぁぁんッ!!

 ごめん! ごめんよ山下さん!

 想像以上にキツイ。

 冴えない気弱なおじさんが女子高生に苛められる姿がありありと想像出来るよ!

 千冬さんの脚を楽しみながら聞いてゴメン!

 

「その子達はどうしたんです? まさかヤったりは……」

 

 流石に無言でいるのはそろそろ無理そうなので、ここで俺は始めて声を出した。

 

「そんな真似するわけないだろ。丁度いい事に奴等は私の様な貧乏人も嫌いらしくてな。向こうからケンカを売ってきたので、模擬戦ついでに稽古をつけてやっただけだ」

 

 その子達も可哀想に。

 勝算がないなら強者にケンカは売らないのが常識だろう。

 野生が足りない!

 しかし千冬さんは未だ下を見ないな。

 もしかして酔ってる?

 

「千冬さん、取り敢えず座ったらどうです?」

「ん? そうだな」

「ちっ」

 

 大人しく座る千冬さんを見て束さんが素早く動く。

 下から覗いていた事がバレないよう素早く動き、一瞬俺に睨みを効かせた。

 バレて殴られるより、そこそこ楽しんで痛い目を見る前に撤退が正しい選択です。

 

「……ツマミがないな。神一郎」

「あーはいはい。新しく出しますよ」

 

 千冬さんに催促されたので新しいツマミを用意する。

 適当に乾き物とか置いとけばいいか。

 柿ピーノーマル、ワサビ、梅の三種類でいいや。

 

「神一郎、お前は家族に会いたいと思う時はないのか?」

 

 新しく出したツマミに手を伸ばしながら、千冬さんが少し寂しそうな顔を見せた。

 慣れない社会人生活で心がお疲れなのかも。

 

「柳韻先生に会いたいんですか?」

「そ――むごッ!」

 

 騒ぎそうな束さんの口を魚肉ソーセージで塞ぐ。 

 どうせ親はいらないと、私が慰めてあげると、そんなセリフだろ? 黙ってなさい。

 俺の(魚)肉を喰らいやがれ!

 

「そうだな、それは否定しない。社会に出て苦労した事や学んだ事を聞いて欲しいという気持ちはある」

 

 まさか素直に返すとは。

 うんうん、仕事の大変さを知って親に話を聞いて欲しいって気持ちはあるよね。

 新社会人あるあるだ。

 でもなー。

 

「申し訳ないけど、俺に千冬さんの気持ちは理解出来ません」

「むしゃむしゃむしゃ――んぐ。父親がンポッ!」

 

 すかさずおかわり。

 安心しろ。

 魚肉ソーセージはひと袋五本入りだ。

 

「何故理解出来ない? お前だって社会人だったんだろ?」

「や、言っても千冬さんと俺だと状況が違いすぎます。前にも言いましたが、俺は普通に育った人間です。社会に出る頃にはとっくに親離れしてます」

「だがお前は今は天涯孤独の身だ。親に会いたい、友人に会いたい、そういった感情はないのか?」

「ないですね」

 

 確かに転生してからの俺に肉親はいない。

 それでも寂しいとか会いたいとか、そういった気持ちは皆無だ。

 親の死に目を見たら泣くだろうけど、死んだのは俺だ。

 そして、自分で言うのもなんだがちゃんとした成人男性。

 親が居なくて寂しいなんて気持ちは流石にない。

 先に死んだ事を謝りたいって気持ちはあるけどね。

 

「あ、私も別に親はんむッ」

 

 はいはい、おかわりですね。

 

「先達としてアドバイスしておきます。保険は加入しといた方がいいですよ。特に死亡保険は今際の際の安心感が違います」

 

 俺は面倒見れないからこの金で老後を乗り切って! と思えるからね。

 

「お前が言うと説得力はあるな」

「そりゃあ経験者の言葉ですから」

「私が柳韻先生に会いたいと思うのは甘えか?」

「甘えたいなら私にンガッ!」

 

 残り二本いっとけ。

 

「確かに甘えですが、それは悪い甘えではありません。働き始めた頃にふと家族に会いたくなる。なんてのはごく普通の女の子の反応ですよ」

「そうか……」

 

 俺が自分を気遣ってるとでも思ったのか、それとも他の理由かは知らないが、千冬さんは苦笑しながらお酒に口をつけた。

  

「もきゅもきゅもきゅ……んぐ。もう喋っていい?」

「構いませんけど空気読んで喋ってくださいね」

 

 会話が一旦終わり、今はまったり空気。

 くれぐれも終わった話を掘り返さない様に――

 

「ちーちゃん! 甘えたいなら私が癒してあげるよ!」

「束、少し黙ってろ」

「なんでッ!?」

 

 千冬さんに冷たくあしらわれ束さんが泣く。

 だから空気読めって言ったのに。

 しゃーない、俺が話のネタを振ってやるか。

 

「ところで千冬さん、モンド・グロッソの代表って決まったんですか? 新聞やニュースではまだなにも発表されてませんが」

 

 適当にツマミを食べて、適当にお酒を飲んで、適当に会話を続ける。

 宅飲みの時間はまだ終わらないのだ。

 

「今はまだだ」

「モンド・グロッソまで余り時間ないですよね? そんなんで大丈夫なんです?」

「とは言っても、来週末には決まる」

「ちなみに決め方は?」

「各研究機関から代表を選出してトーナメント式だ。テレビで放送するらしいぞ」

 

 お、ついにISもお茶の間デビューか。

 一応ISはスポーツとして売り出すから、予選から放送するんだな。

 まぁどうせ殺傷力が高い兵器など、表に出せない物が沢山あるんだろうけど。

 

「先々週だよね、ちーちゃんが働いてる研究所内で代表を決める試合があったの」

「そうだ。それに私は勝ってな。今は専用機を組立中だ」

「ちーちゃんの勇姿は私がバッチリ録画しました」

「……選手の情報を漏らさない為に、部外者立ち入り禁止にしてたはずなんだが?」

「私に通じるとでも?」

「それもそうだな」

 

 モンド・グロッソの戦いはもう始まってるって事か。

 自分達が作ったISを日本代表に。

 それが日本中に散らばるIS研究所の望みだろう。

 世界大会とも言えるモンド・グロッソ。

 その前の前哨戦である全国大会に勝つために、作っているISの事はもちろん、その操縦者の情報も出来るだけ秘匿したいと思うのはむしろ当然。 

 

「ちーちゃん凄かったよ。ほとんどの相手を一撃で仕留めてたもん」

「そりゃ凄い」

「身内での争いだ。相手の手の内を分かっているから対策は立てやすかった」

「そんなもんですか? 相手にはプロもいたんでしょ?」

「言ってもお前よりは弱かったしな」

 

 千冬さんの“お前より”というセリフは俺を見ながらだった。

 

 ……はい?

 

「俺ですか?」

「そうだ」

 

 いやいやそんな馬鹿な。

 強い相手で引き合いを出すのに俺が出てくるなんてありえないだろ。

 こちとら一般人ですよ?

 

「千冬さん、たいぶ酔ってますね」

「まだ意識ははっきりしている」

 

 もしかして俺って凄いの? 俺つよオリ主目指せたりするのかな?

 

「しー君は自分の強さが分かってないね。もっと自分に自信を持っていいと思うよ」

「マジでか」

 

 天災からのお墨付き。

 これはIS学園でオリ主無双してハーレムを作れという天の采配か? 

 

「私が手掛けたISを持ってて、他の候補生より自由にISに乗れて、IS操縦時間がぶっちぎり一位のしー君が弱いわけないじゃん」

「ですよね」

 

 危うく勘違い野郎になるとこだったぜ!

 

 ベータテストで慣らしたプレイヤーが本格始動時に初心者相手に俺TUEEEしてる様な感じだ。

自由に乗れる天災製専用機の存在。

 更に誰の許可も取らず自由にISに触れれる立場。

 そりゃ今のIS操縦者の中では強いよね。

 これから専用機持ちの人が増え、各国のIS技術が高まればあっという間に追い越されるだろうけど。

 

「正確に言うなら、しー君は“強い”じゃなくて“上手い”だよね」

「道場に通っていたとは言え体捌きは素人同然。お前がISでも戦い方を学べば面白いんだが」

 

 千冬さんの熱い視線が突き刺さる!

 どんだけ戦いたいんだよ……。

 隣の天災と遊んでやれ。

 

「しー君、強くなりたいなら力を貸すよ?」

「強さに興味はないからその怪しげな注射器はしまえ」

 

 銀色の液体とか体内に入れるのには怖すぎる。

 

「興味がないだと? お前それでも男か?」

「余計なお世話です」

 

 強さに興味がまったくない訳ではない。

 俺だって男だし、ちょっとはあるさ。

 でもなぁ……。

 

「ん? なに?」

 

 本当に人間かと言いたくなる天災と

 

「ん? 私の顔になにか付いてるか?」

 

 研鑽を忘れない最高の肉体の持ち主。

 

 この二人を見てると“強さ”がお腹一杯になるんだよね。

 俺が普通であることで均整がとれてる気がする。

 ――強さねぇ。

 

「素朴な疑問なんですが、束さんと千冬さんだとどっちが強いんですか?」

「どっちが……?」

「強いか……?」

 

 前々から少し気になってた事を聞いてみる。

 まぁ酒の席の暇潰しの話題だ。

 

「それって素手の近接戦闘を基準にした場合だよね?」

「ですね」

「今はちーちゃんだね」

「最近は鍛えてるからな。それに比べお前は近頃動いてないだろ? 筋肉が鈍っている」

「えへへ、研究が忙しくて」

「それ、数値にするとどんなもんです?」

「ちーちゃんの戦闘力が53万だとしたら――」

「もっと小さい数字で分かりやすく」

「ちーちゃんが100だとしたら、私は90かな」

 

 身体能力は千冬さんが上か。

 しかし、日本代表を目指し鍛えてる千冬さんに比べて、束さんは目立った鍛錬はしていない。

 それでその差か。

 

「頭脳面では?」

「私が100だとしたらちーちゃんは70」

「……脳筋」

「それでもお前より頭は良いからな!?」

 

 ボソッと呟いた声は千冬さんの耳に届いてしまったようだ。

 小学生より頭が良いのはなんの自慢にもならないと思う。

 

「今の所は肉体は千冬さん、頭脳なら束さんと。ちなみに最大値ではどうなるんです?」

 

 互が鍛錬に力を入れて本気で鍛えた場合どちらが上なのか、やっぱり気になるよね。

 

「全力で鍛えたらねー。うーむ……私が戦闘力100でちーちゃんが95かな?」

「そんなもんだろうな」

 

 束さんの意見に反対はないらしい。

 千冬さんは素直に首肯した。

 

「ちなみに、戦闘力100と95の二人が実際に戦ったらどんな展開になります?」

 

 数値なら束さんが上。

 だけど、それと実戦は別問題だと思うんだよね。

 

「そうだな……私なら短期決戦を挑む」

 

 千冬さんが顎に手を真剣に答える。

 果たして千冬さんの脳内はどんな戦いを想像してるのか。

 

「私と束は、反射神経や動体視力はそう変わりはない。一番の違いは筋肉だ」

 

 お酒を飲みながら筋肉を語りだしたよこの人。

 

「私は確かに普通とは言えない身体だが、束には負ける。神一郎は中間筋というものを知ってるか? 速筋と遅筋の特性を持つ筋肉のことだ」

「あぁ、ピンク筋の事ですか」

 

 スタミナが売りの遅筋が赤筋。

 瞬発力が売りの速筋が白筋。

 そして両方の特性を持つ筋肉がピンク筋だ。

 その中でも、ピンク筋は鍛えられないと言われている。

 ま、マンガ本知識だから本当かは知らないけど。

 

「ピンク……なるほど、そういう呼び方もあるのか。まぁいい、そのピンク筋なんだが、束の身体は全身がソレだ」

「ぶいっ」

 

 ピースサインをする束さんが可愛い。

 じゃなくて――マジで? 

 全身ピンク筋とかそれこそマンガのキャラ……あ、ここラノベ世界じゃん。

 だったら驚く必要はないな。

 それにしても、ちょっとした疑問からの質問だったけど、思いの外面白い話になってきたな。

 

「仮に長期戦を狙い遅筋を中心に鍛えた場合、私は絶対に勝てない。何故なら力で押し切られるからだ」

 

 ほうほう。

 

「勝ちを狙うなら、速筋を中心に鍛え、スタミナがなくなる前に勝負を決めるのがベターだろう」 

 

 ふむふむ。

 面白い話だ。

 二人の“5”って差が気になる。 

 

「はい! ちーちゃんの話の続きは私が引き継ぎたいと思います!」

 

 束さんが手を当てて主張するのを見て、千冬さんはビール瓶を手に取って同意を見せた。

 

「私とちーちゃんが戦う場合、長期戦はまずないのです」

「そうなんですか?」

「うん。まず私とちーちゃんは互いに決め手がない。私はちーちゃんの攻め方が読めるし、ちーちゃんも読めるからね。序盤の戦いは第三者が見たら良くできた組手の様に見えると思うよ」

 

 バトルマンガそのものって感じですね。

 二人の戦いは是非とも録画したい。

 配信動画で流したら大儲けできそうだな。

 

「私がちーちゃんより優れている所は体の動かし方や呼吸法だね。同じ量の運動をしても、私の方がエネルギーの効率が良いんだよ」

「だから千冬さんは、短期決戦を狙うしかないんですね」

「だね。ちーちゃんが赤筋重視で鍛えると、私の動きに付いてこれない。だからちーちゃんは白筋重視で鍛えて一発逆転を狙うしかないんだよ」

「一発逆転? 必殺技とかですか?」

「だよ」

 

 思わず千冬さんを見るが、本人は素知らぬ顔だ。

 マジで必殺技とかあんの?

 しかし呼吸法や体の動かし方ときたか。

 如何にも頭脳派って感じの強みだな。

 そこが差か。

 

「千冬さんの勝利条件は、自分の体力がなくなる前に、束さんが予期していない意表を突く一撃を与えるしかない」

「正解」

 

 話を聞いてると、この天災に勝てる人いんの? って思うけど、どうやら千冬さんは過去に必殺技で勝利を掴んだらしい。

 流石は最強の乙女。

 

「必殺技ってどんなんです?」

「中学生の時に戦った時、軍配はちーちゃんに上がりました。決めては猫だまし」

 

 猫だまし――相撲の技として有名で、相手の目の前でパンと手を叩きスキを作る技である。

 そりゃあ天災でも読めないわ。

 

「あの時はビックリしたと同時にちーちゃんに改めて惚れたね。まさか私相手に猫だましを決めて、しかも作ったスキを無駄にせず、しっかりと私に重い一撃決めるんだもん。格好良いよね」

 

 当時の事を思い出したのか、束さんがうっとりした顔で千冬さんを見つめる。

 確かに格好良い。

 決まり手が猫だましとは、なんて男前なんだ!

 

「神一郎」

「はいすみません」

 

 口はもちろん、顔に出したつもりはないのに。

 

「ま、研究やISのアレコレを忘れて肉体鍛錬だけに時間を使えば私が上だけど、絶対にやらないよ」

「それまたどうして」

「あのね、ほっそりしてるのに力持ちとか、そんなのアニメの中の話だからね? 本気で鍛えたらムキムキのメキメキでおっぱいだってショボンなんだから! 絶対にヤッ!」

「柔よく剛を制すと言いますし、筋肉の割合を減らせばいいのでは?」

「それにだって限度があるよ。ちーちゃん相手にそれは無理。スタミナだって減るからね。本気でちーちゃんと戦うなら、腹筋が6つに割れて、胸のカップ数が2つダウンする覚悟がなければ私が負ける!」 

 

 あー、女性の筋肉に文句はないが、おっぱいが萎むのはダメだね。

 束さんのおっぱい萎んだら好感度が5は下がっちゃう。

 

「しー君サイテー」

 

 だから心を読まないでくれ。

 

「ちなみに頭脳面はどんなもんです?」

「頭脳は私が100ならちーちゃんは……80?」

「……やっぱり脳筋」

「だれが脳筋かッ!」

 

 だってそう感じちゃうんだもん。

 悲しいな。

 もっと頭の出来が良ければ……と同情してしまうのは仕方がない事。

  

「私は別に馬鹿じゃないからな! 束と比べれば発想力……ゼロから新しいモノを作るのが苦手なだけで、学習能力は高いぞ!」

「なるほど、内面はプロジェクト・モザイカの研究員でもどうしようもなかったと……」

「不器用な所がちーちゃんの素敵な所だよね。私は大好き」

 

 ゼロからのモノ作りって才能が必要だと思う。

 大事なのはヒラメキや柔軟性などだ。

 千冬さんは頭固そうだもんね。

 

「総合すると、束さんの方が生き物として格上ですか?」

「スペック面だけ見ればそうだね」

 

 ……おい、最高の人類。

 

「なんだ? 文句があるなら聞くぞ?」

「文句なんてないです」

 

 ちょっぴり哀れんだだけで。

 

「しー君にはちーちゃんを馬鹿にする権利はないからね? 身体能力も頭脳も数値にすれば50以下なんだから」

「って言っても、千冬さんが思ったよりスペックが低くて残念感が……」

「分かってないなー。一部分、ちーちゃんなら身体能力だけど、一部だけでも私を超えれるかもって凄いんだよ?」

「でもさ、人類が英知と大金を注ぎ込んでその結果って……」

「……私は産まれてから初めての屈辱を感じている」

 

 千冬さんが握っている瓶にピシリとヒビが入る。

 申し訳ないけど、頑張れよ人類ってちょっと思っちゃうよね。

 

「プロジェクト・モザイカって中止されたんですよね?」

「そうだよ。私の発見と同時に凍結された」

「理由ってやっぱり結果が残念だったからですか?」

「神一郎、そろそろ拳が飛ぶから覚悟しろよ?」

 

 声が本気だ。

 これ以上は危ない。

 だけど危ないと分かっていてもやめられない。

 千冬さんをからかえるまたとない機会! この機会を逃すわけがない。

 俺の鬱憤を晴らす為にもイジらせてもらいます。

 

「まぁ似たようなもんかな? 莫大な時間とお金を注ぎ込んだのに、私っていう存在が天然で産まれたから研究員の心が折れたんだと思う」

 

 あー、なんとなく分かるかも。

 時間とお金と注ぎ込んで、よし完成だ! 俺達は成し遂げた!! って思ってたのに、それ以上の存在がポロっと産まれたの知ったら確かに心が折れそうだ。

 

「後はね、たぶん怖かったんだと思う」

「怖い?」

「人工的に生命を造るっていう神への冒涜とも言える行為をし、それでも完成させたのに、まるで嘲笑うかの様にそれ以上の存在が誕生した。きっと研究員達は神の存在にビビったと思うよ?」

「確かにそれは怖い」

 

 千冬さんを誕生したと同時に束さんが産まれる。

 神様に見られてるって気がするもんな。

 

「束さんって千冬さんのどこが気に入ってるんです? 偏見ですけど、千冬さんみたいな養殖物は嫌いだと思ってました」

「ふっ、それは浅慮ってもんだよしー君。あのね、私が天然のダイヤだとしたら、ちーちゃんは職人が造り上げた一本の刀。私は人間が込めた熱意や技術はちゃんと認めるのだよ」

「なるほど、千冬さんは匠の技術で造られたんですね」

「自然の美と人間が作った美は違うでしょ? 私とちーちゃんは違う存在なんだよ。だから大好きなの」

 

 束さんが大自然の存在だとしたら千冬さんは絵画。

 二つの美を比べることに意味はないな。

 ……あれ? いつの間にか美の話になってる?

 

「もう話しは終わりか?」

 

 肩に手を置かれざわりと肌が泡立つ。

 さっきから大人しいから忘れてたぜ。

 

「お前、人を残念だとか養殖物だとか好き放題言ってくれたな」

 

 背後から感じる圧倒的なプレッシャー。

 流石は人類最高の存在。

 

「千冬さん、俺の肩が壊れそうなんですが?」

 

 両肩に徐々に力が加えられ、痛みと怖さで思わず冷や汗をかく。

 ちょっと遊びすぎました。

 千冬さんをイジれる機会が珍しいから調子に乗ってしまったよ。

 

「さて、残念な私だが」

「い゛ぃがッ!?」

「これくらいは」

「あがっ!?」

「出来るぞ?」

「すんませんでした!」

 

 肩からガコっと音が聞こえて、両腕がプラプラと揺れる。

 束さんといい千冬さんといい、なんでこうも人の関節を簡単に外すのか。

 人としてどうかと思う。

 

「まったく」

 

 首を伸ばして瓶ビールを咥える。

 こぼさないように一気に上を向いて一気飲み!

 

「最近の若者は」

 

 行儀が悪いが手が使えないので仕方がない。

 ツマミは口で直接。

 

「犬の様にお皿から食べるとは。ワイルドだねしー君」

「私達も食べるんだから汚い真似はやめろ」

「なら元に戻せ」

「ちっ」

 

 舌打ちをしながら千冬さんが俺の後ろにまわっていったぁい!?

 

「今のはワザと痛くなるように戻した」

 

 ズキズキと痛む肩を軽く回しながら調子を確認する。

 そんな俺を千冬さんが楽しそうな顔で見ていた。

 ドSめ。

 

「むぅ……私の関節も外していいんだよ?」

「断る」

「こんなことで羨ましがるな」

 

 指を咥えてほしがり顔をする束さんが平常運転すぎる。

 束さんは変わらないな。

 

「それにしても、もう三年が過ぎたんですね。やっぱり若いと時間の流れが早いです」

「それなりに濃厚な時間だったな」

「私はちょっと心残りがあるかな。ちーちゃんと一緒に登校したり、お昼ご飯食べたり、帰りにお茶したり、そんな学生時代を送りたかったよ。時間の都合上諦めたけど……」

 

 IS開発に他国への技術提供、それに周囲の情報統制、時期を考えるとデ・ダナンの制作もか、とくかくやる事が多かったもんね。

 空いた時間は旅行などに使ってたし。

 若さとは振り向かない事。

 束さんも大人の仲間入りだ。

 

 ISが表舞台に出てから早三年。

 白騎士事件、なにもかも懐かしい……。

 

 今でも思い出す。

 空を飛び、ミサイルを切り払う白騎士の姿。

 …………切り払う?

 

「ちょっと失礼」

「ん?」

「へ?」

 

 両手を伸ばし、二人の耳たぶをつまむ。

 まだ何もしない。

 俺の勘違いかもしれないし。

 

「白騎士事件の時、千冬さんはミサイルを切ってましたよね?」

「それがどうした? さっさとこの手を離せ」

「どうしよう、なんでかもの凄く逃げたい気分」

 

 千冬さんは俺の手をうっとしそうに払おうとするが、それを許さない。

 束さんの予感が当たるかどうかは行い次第です。

 

「ミサイルを切った時、それらはどうなりました?」

「そんなもの海……に」

 

 おやおや千冬さん、途中から歯切れが悪くなりましたね。

 そんなに汗をかいてどうしたんだい?

 

「束さん、白騎士事件の首謀者としてちゃんと後片付けしましたよね?」

「も、もちろん……」

「海にバラまかれたミサイル片は?」

「……海底に沈んで地球の一部になってるんじゃないかな?」

 

 はいギルティ。

 

「いたたたたッ!?」

「ちぎれる! 耳がちぎれちゃう!?」

 

 耳を引っ張る手は緩めない。

 ゴミのポイ捨ては許しません。

 

「なぁおい。海に大量のゴミを捨てるとかなんなの? ケンカ売ってんの?」

「ま、待て神一郎! そのだな、つい忘れてたと言うか、悪気があったわけでは――」

「その通り! 悪気はないんだよしー君! だから低い声は怖いからやめてッ!」

「知らないの? ゴミのポイ捨てをする奴って悪気はないんだよ。――だって物を投げ捨てる事が悪い事だと思ってないクソ野郎がポイ捨てするんだからなぁぁ!!」

 

 ないわー。

 海にゴミを捨ててそれを放置とかマジないわー。

 あの時は俺も千冬さんも普通の精神状況じゃなかった。

 なにせ俺は初めての原作イベント。

 そして千冬さんは初めての実戦。

 でもそれは言い訳にはならない。

 落ち着いて振り返って初めて見える悪行ってあると思う。

 

「どうしてくれようこのダメ人間ども。取り敢えず一夏と箒に報告かな? 俺が説教するより、家族から冷たい目で見られる方が効くだろうし」

「それだけはやめてくれッ!」

「箒ちゃんにがっかりな顔されたくないッ!」

「ポイ捨てするくせに姉の威厳は保ちたいのか」

 

 年下に説教される二人を見たい気もするが、一回目だし少しは大目に見るか。

 

「千冬さん」

「話す前にまずは手を離してくれるとありがたいんだが」

「それは置いといて、千冬さんはモンド・グロッソで絶対に優勝してください」

「お前がそう言う理由はなんだ?」

「優勝してから海岸のゴミ拾いのボランティアに参加してください。日本人はミーハー、普段はボランティアなんて見向きもしないのに、有名人が参加すると分かると急に参加する輩が多いですから。ゴミ拾いは人手が多い方が楽、優勝して名前を売って参加しろ」

「くっ……いいだろう」

 

 千冬さんが素直に頷くの確認して耳を開放してあげる。

 いい子いい子。

 せいぜい顔を売って有名になれ。

 そして暇を持て余したミーハーを引き連れてゴミ拾いを頑張れ。

 

「さて、次は束さんです」

「なんでもいいからまず手を離して!」

「え? なんでもするって?」」

「それは言ってないッ!」

 

 残念、いつか言わせてみたい。

 

「んじゃまぁ、束さんはゴミ攫いね。海上に浮いてるゴミや海底に沈んでるゴミ、そういったゴミを拾ってください」

「え? それはめんどい」

 

 えいさ。

 

「耳があぁぁあああ!? 確実にちぎれかけた! 今ビリっていった!!」

「安心しろ。木工用ボンドは常備している」

「なんで持ってんの!?」

「小学生ですから」

「それが答えだとでもッ!?」

 

 小学生男子が木工用ボンドを常備してるのは当たり前です。

 

「それと、昨日作成した秘密基地なんですが」

「ん? なんかあった?」

「穴掘ったり、岩削ったりしてたけど、自然環境に大丈夫なのかなと……」

 

 落ち着いて振り返って初めて見える悪行の事です。

 

 土は掘った穴の側に積んだ。

 問題はないと思ってたけど、雨で土が崩れたら環境に悪いのではないか?

 

 滝の裏の岩を砕いた時、水が少し濁ってしまった。

 対した影響はないと捨てていたが、もっと気を使うべきだったのではないか?

 

 非日常的な空気に流され、俺は常識を忘れていたらしい。

 これはいけないな。

 

「自然環境? んなもん人間が生きてるだけで害悪ですがなにか?」

「えいさ」

「んぬぅぅぅぅ!?」

 

 そうね。

 人間なんて自然を壊すだけの害悪だもん。

 でも束さんは違うと信じてる。

 だって束さんは、壊す事しか出来ない平凡な人間とは違うもんね?

 

「これから秘密基地はどんどん増やすんだよ? いちいち気にしたりするのはダルいと言うか……」

「無駄な時間稼ぎはやめろ。そしてゴミ拾いをして秘密基地作成の後片付けをしろ。さもなくば……」

「徐々に引っ張る力が強くなるんですね分かります! 了解だよしー君!」

「束さんなら海に落ちたミサイルの量分かりますよね? 同じ量だけ拾え」

「らじゃ!」

 

 素直じゃない束さんは面倒です。

 秘密基地作成は俺にも非はある。

 ちゃんと手伝いますとも。 

 今言ったら調子に乗りそうだから言わないけどね。

 

「俺も夏休みにはゴミ拾いしますので、二人もしっかりやるように」

 

 自由研究は夏の海でボランティアに決定だな。

 

「しー君もするんだ?」

「俺も関係者側ですからね」

「なら私と一緒にするか?」

「千冬さんの所は人が無駄に多そうなので、絶対に嫌です」

 

 生のブリュンヒルデに会えるとしったら、絶対に人が群がるはず。

 俺は人手が足りないだろう場所に行きます。

 

「まさか神一郎に叱られる日が来るとは……」

「ぐすん……私のお耳付いてる? 切れてない?」

 

 海を汚した罪は重いのだ。

 十分に悔い改めろ。

 

 ……千冬さんが凹んでる今がチャンスなのでは?

 

 ふとそんな考えが浮かんだ。

 今回の飲み会の目的は、千冬さんに束さんを押し付ける事。

 目標を決めたのはいいが、手段については決まってない。

 情けないと言うなかれ。

 だってどう考えても千冬さんに押し付ける大義名分や、良い手が見つからないんだもん。  しかし、今のこのタイミングなら勢いでいけるのでは?

 ――やってみる価値はある。 

 

「私のお耳を引き千切ろうとはいい度胸だよホント。次は対戦車戦でもやらせようかな? 青いランタンを持たせて、戦車相手に突貫してゼロ距離射撃するしー君とか超笑えそう」

 

 今度から拡張領域にマンガ本入れるのやめようかな……。

 どこぞの天災様はマンガの真似をしたがる。

 しかも、子供のごっこ遊びではなく、大人の本気の遊びだ。

 俺を戦場か軍事基地に連れ出し、戦車相手に生身で突撃させるとか普通にやりかねない。

 

「正体不明の東洋人、アイツは青い鬼火と共にやってくる。どーよ!?」

 

 ねーよ。

 どこの特殊部隊の人間だ。

 

「鼻水を垂らしながら必死に私に助けを求めるしー君……思い浮かべるだけで胸熱だね!」

 

 でへへとだらしなく笑う束さん。

 親友が暴走してるのに押さえ役はなにしてる?

 隣に助けを求める視線を向けると、千冬さんは素知らぬ顔でお酒を楽しんでいた。

 

「ふむ、喉越しがよいラガーと深いコクのエールか。個人的にはラガーだが、食事時ならエールの方がいいか? いや、料理に合わせて変える方が――」

 

 ラガーとエールの違いについて考える千冬さんの周囲には、空き瓶が10本以上転がっていた。

 

 どんだけ飲むんだよ!

 ただ酒だからって遠慮なさすぎだろ!

 ラガーとエールの違いを語るとか飲み慣れすぎだろ!

 てか俺を助けろよ!

 

 ダメだ……ツッコミ役が足りない。

 もう嫌だこんな生活。

 

「千冬さん、これから束さんの面倒を見るの任せていいですか?」

「は? 何を言ってるんだお前」

「今から大事な話をするのでよく聞いてください。束さんもです」

 

 千冬さんを同じ様に首を傾げる束さんに釘を刺しつつ、俺は過去を振り返る。

 思い出すのは春から始まった怒涛の日々。

 楽しい事も沢山あった。

 でもそれ以上に、辛い事が沢山あった……。

 

「俺はISでの旅を充実させる為に、色々な物を束さんに作ってもらいました」

「最近だと紫外線殺菌装置だね。それ以外にはブースターなどの流々武のオプションとか」

「紫外線殺菌? 何に使うんだそんな物」

「食器類や服の殺菌用です。今は出かけるのは近場ばかりですが、赤道付近の暑い国や未開の森などにも行く予定ですから、無断出国してる身としはその辺は気にかけないといけないので」

「なるほど、お前が変な病気を持ってきたら周囲に迷惑をかけるからな」

「しー君の血液検査なども承りました。食料や日用品と交換だけどね」

 

 外国で遊び、帰りは束さんの所に顔を出す。

 そして食材などを渡して体を見てもらう。

 そんな取引を俺は束さんと交わした。

 

 ちょっとばかし世界を回って学んだ事がある。

 それは、冬の時期以外の山や草原はヤバイ! である。

 山を歩けばハエや蚊が群がり、草原を歩けばハエや蚊が群がる。

 テレビの映像などではただただ美しい景色が映るばかりだが、実際は場慣れてない人間にはひたすら不快な空間なのだ。

 これから行くだろう赤道付近の国やジャングルは、ヤバイ病気が多い。

 蚊などを媒介にした病気は非常に致死性が高いのだ。

 日本に病気を持ち込んだ場合、クラスメイトの小学生に被害が及ぶ可能性があるので、この取引をお願いした。

 

「ISも手に入れた。旅する為に必要な道具や環境は揃った。なので――」

「なので?」

「もう束さんをヨイショする必要もないし、必要以上にご機嫌取りする必要もないので、これから先は千冬さんに任せます」

「お前ふざけるなよ!?」

「ちょっとしー君ッ!?」

 

 耳がキーンとした。

 閉鎖空間で大声出すなし。

 

「ぶっちゃけ“天災”篠ノ之束はもういらないので」

「それはぶっちゃけすぎじゃないかな!?」

「だって本当の事だし」

 

 本音を言えばまだ欲しい道具はあるけど、もういいや。

 別に束さんと絶縁したいわけではない。

 せめて、せめて夏休みだけでも平穏無事に生きたいのだ。

 

「しー君はそんなに私の事が嫌いなの?」

 

 ぐしゅと鼻を鳴らしながら束さんが俺の服を掴む。

 まったく、俺が束さんを嫌うなんてあるわけないのに。

 

「安心して束さん」

 

 子供に言い聞かせる様に、頭を優しく撫でながら話しかける。

 

「俺は束さんの事が大好きだよ」

「……ほんと?」

「本当だよ。特にこの前、『わ~い。ちょうちょさんだ~』と言いながら花畑を駆け回っていた束さんはとても可愛かったです」

「目を覚まして! そんな私は存在しないから! それ偽束だから!!」

 

 束さんが俺の体を激しく揺さぶりながら訴えてくる。

 偽束? そんな馬鹿な。

 アレほど可愛い束さんが偽物のハズがない。

 

「俺にとって、目の前にいる束さんが偽物で、おバカな可愛いのが本物です」

「まさかの私を全否定!? 言って良い事と悪い事があるよね!? 私に何か恨みでもあるの!?」

「昨日の恨みだよバカ野郎」

「…………許して?」

 

 涙目+えぐり込む様な上目使い!?

 俺の腕をギュッと握りながら見上げるとはやりおる。

 ……落ち着け俺、ここで可愛いと思ったら負けだ! いい加減学べ!

 

「昨日何かあったのか?」

「束さんに操られ軍事基地を半壊させました。ちなみに泣いても怒っても止めてもらえず、生前を含め人生で初めて銃で撃たれました」

「たばねぇぇ」

 

 千冬さんが、目頭を押さえながら絞るような声を出した。

 呆れてくれてありがとう。

 でも言葉だけの優しさはいらない。

 同情するなら束さんを引き取ってくれ!

 

「だって私が一緒に遊べるのしー君しかいないんだもん」

「だってじゃない! 何故お前はそうなのか……」

「束さんが俺で遊びたい気持ちは理解出来るんです。ほら、束さんの強みって情報じゃないですか。毎日エゴサーチしてる様なもんですから、ストレスが溜まるのは理解出来るんです」

 

 大好きな妹とは会えず、親友とも遊べない束さん。

 情報を集める為に耳を澄ませば、聞こえてくるのは聞くに耐えない言葉の数々。

 人は時に態度が大きくなる。

 本人が前に居なければなおさらだ。 

 親しい人間の前で気が大きくなったり、自分より下の人間に偉ぶりたくて妄言を吐いたり、舐められたくなくて大きな事を言ったりと、理由は様々だ。

 だが、内容をそんなに変わらないだろう。

 

 篠ノ之束を屈服させてやる。

 妹を狙え。

 篠ノ之束ってイイ乳してるよな。

 いや、俺は妹の方が――

 

 そんな聞きたくもない情報が否応にも耳に入ってくるのだ。

 俺でストレス発散するのも納得できるだろ?

 束さんは可哀想なのだ。

 かわいそたばねなのだ。

 

「束さん可哀想可哀想可哀想カワイソウかわいそう――」

「目が虚ろだぞ!?」

「聞いた事がある。新兵が初めての実戦に出撃した時、精神を病む場合があると……。都市伝説だと思ってた」

「なにが都市伝説だバカモンッ! 神一郎は普通の人間だぞ!?」

「まさかあの程度で心が病むなんて……しー君て意外と軟弱?」

「逃げて! 逃げるんだ! お願いだから逃げてくれ! あぁ……当たる!? 当たったらミンチになるッ!?」

「殺される恐怖というよりは、殺してしまう恐怖が強かった様だな。身に覚えはあるか?」

「威嚇射撃してた時かな? お祭りの型抜き屋で荒稼ぎするプロの如く人型アートを壁に作りまくってたし」

「ただ見てることしかできない神一郎には、十分にストレスだろそれ」

「まぁしー君も色々と初めてだったし、しゃーなしだよね。ていっ」

「おぷす!」

 

 …………おぉ? ちょっとトリップしてたか。

 頬が少し痛い。 

 お手数おかけします。

 

「てな訳で千冬さん、束さんをお願いします」

「私もいらん。束の面倒を見るのはお前の役目だろ? ちゃんと最後までやり通せ」

「ちーちゃんまで!?」

 

 千冬さんは俺の提案をあっさり退けた。

 さっきまでの俺の涙を見てなかったのか? なんて薄情なんだ。 

 

「千冬さんさ、真面目な事を言ってる風だけど、自分が嫌だから俺に押し付けてるだけだよね?」

「嫌なの!? 私と遊ぶのは嫌な事なの!?」

「私は自分の事だけで精一杯だ。束の面倒までみきれん」

「俺だって嫌ですよ。これから夏休みだっていうのに、束さんの面倒事に巻き込まれたら最悪です」

「泣くよ? 流石の私もそろそろ泣くよ?」

 

 体育座りする束さんを尻目に、俺と千冬さんが睨み合う。

 立場的に気軽に会えないのは理解している。

 でも俺は容赦しないぞ。

 正面からやりあっても埒があかないし、ここは少し攻め方を変えるか。

 

「親友を名乗るなら、もう少しかまってあげなよ。束さんが可哀想じゃん」

「私の立場を理解してるだろ? 遊ぶ暇などない」

「嘘つけ。夜寝る前に2.3分おやすみの電話ぐらいは出来るだろうに。色々言い訳して束さんを避けてるだけだよね?」 

「なんで私が不倫中のカップルの様な真似をしなければならない! お前だって電話の相手くらい出来るだろ? 自分でやれ!」

「しくしく、しくしく」

 

 俺と千冬さんの横で泣く束さんがうざい。

 何を泣いてるのだこのお馬鹿は。

 違うだろ? ここは押して押して押す場面だろ?

 泣いてる暇があるなら食らいつけ!

 

「束さんだって千冬さんに遊んで欲しいよね?」

「私?」

「あ、こら」

 

 束さんを味方に引き込もうと動くと、分かりやすく千冬さんが慌てた。

 ふん、数の暴力を味わえ。

 

「確かに容易に会ったりは出来ないけどさ、それでも出来る事はあるよね? 人目につかない方法なんていくらでもあるし」

「……言われてみれば」

 

 束さんの目に力が篭り、熱っぽい視線が千冬さんに向けられる。

 頑張れ束さん!

 

「今まではそれぞれが取り巻く環境が見えなかったから注意してたけど、束さんが姿を消して三ヶ月。そろそろ落ち着いてきたし、少し警戒を緩めていいのでは?」

「……いいのかな?」

「待て束! やっと状況が落ち着いたんだ、迂闊に動く時ではない!」

 

 傍目に見ても心が揺れてるのが丸分かりな束さんを見て、千冬さんが釘を刺そうとする。

 今まで束さんを放置した報いを受けるがいい!

 

「でもちーちゃん、しー君の言葉に一理あると思わない? 今日みたいに会おうと思えば会えるし、ケータイ電話に細工すれば盗聴の心配もないし、ちょっとくらい警戒を緩めても……」

「ダメだ。今日みたいにたまに会うなら構わないが、油断はするべきではないと私は考えている」

 

 千冬さんはよっぽど嫌なのか、なんとか諦めさせようと必死だ。

 さて、俺も束さんの援護にまわろうか。

 

「では隠密性を重視して交換日記なんてどうです? 二人の秘密のメモリー的な」

「それ採用」

「不採用だふざけんな」

「ならやっぱり電話ですね。毎晩おやすみの電話があると束さんはハッピーでは? 周囲にバレない様に蜜事を交わす二人的な」

「それも採用」

「不採用だ」

 

 俺の提案は束さんには受け入れられてるが、千冬さんにはダメらしい。

 我が儘だなー。

 

「ならもう脱げよ」

「採用以外有り得ない」

「殺すぞ?」

 

 一進一退の攻防が続く。

 俺と束さんのタッグ攻撃を、千冬さんは鉄壁のガードで受ける。

 粘りやがる。

 

「いい加減諦めて束さんを受け入れろ。我が儘ばっか言って恥ずかしくないんですか?」

「そーだそーだ」

「なんとも思わんな」

 

 俺という仲間を得た束さんは、ここぞとばかりに千冬さんを攻める。 

 しかし流石は戦乙女。

 なかなか首を縦に振ってくれない。

 ……ふむ、束さんが味方の今、強引な手もありか?

 

「ねえ千冬さん、勝負しない?」

「なんだ? 飲み比べか?」

 

 勝負という言葉を聞いて千冬さんが獰猛に笑う。

 自重しろよ未成年。

 まったく、好き者なんだから。

 

「いえいえ、コレでどうです?」

 

 胸元から鎖を引っ張り出し、待機状態の流々武を揺らして見せる。

 

「……ほう?」

 

 待機状態の流々武を見た瞬間、千冬さんの口角が釣り上がる。

 嬉しそうだなおい。

 イケメンはどんな顔でも様になるね。

 

「丁度良い。実は私もお前と戦いたかったんだ」

 

 光栄だな……なんて思うわけ訳ないだろ脳筋めッ!

 

「モンド・グロッソ前に少しでも経験を積みたいと思っていたんだが、私から誘ったらお前は怒るだろ? 挑んでくれるとは僥倖だ」

 

 世界最強がウォーミングアップを始めました。

 いや、比喩じゃなくて。

 こやつ、俺が誘った瞬間に立ち上がりやがった。

 ここに来る前から一戦したいと思っていたのは、本音なんだろう。

 調子を確かめる様に準備運動する姿に迷いがない。  

 天災と戦乙女に求められる俺ってもしかしてモテ期?

 うふふー。

 

「やってやんよコノヤロー」

「お、ちーちゃんの笑顔を見てビビるかと思ったけど、ちゃんと男の子だねしー君」

「今の俺を支えてるのは怒りです」

 

 束さんは俺に任せっきり。

 酒は好き放題。

 そのくせ俺と戦いたがる。

 温厚な佐藤さんもイラっとしますとも。

 

「束さん、分かってますよね?」

「もちろん」

 

 立ち上がった俺の肩に、束さんの手が置かれる。

 俺と千冬さんでは勝負にならない。

 だが、タッグを組めば話しは別。

 散々親友に放置された束さんだ。

 千冬さんとじゃれあいたくて出張ってくるのは当然である。

 

「待て」

「なんです?」

「束も混ざるのか?」

 

 凄く嫌そうな顔をしている。

 お前は大人しくしてろと言わんばかり目付きだ。

 この後に及んでまだ束さんを蔑ろにするとは、いい度胸ですね?

 

「ちーちゃんは私とは遊んでくれないの?」

「いや、そういう訳では――」

「しー君が特別なの?」

「それは違う」

「私の事が嫌いなの?」

「いや、嫌いでは……」

「私と遊ぶの面倒?」

「そうではなくてな……」

「じゃあ私も一緒でいいよね?」

「……ちなみに私と神一郎、どちらに付く気だ?」

 

 会話のキャッチボールが長引くたびに、束さんの目の光が失われていく。

 怖いのは分かる。

 うん、正面から向き合ってる千冬さんが怖がってるのは分かるんだよ。

 でも小学生の俺に対して、天災と戦乙女のタッグは鬼畜が過ぎるだろ。

 なんて大人気ない。

 

「うーん、ちーちゃんと組んでしー君を泣かせるのも楽しそうかも……」

 

 嘘だろッ!?

 まさかの裏切り!? 

 

「でも久しぶりに、ちーちゃんと拳を交えてたい気分なんだよね」

「良いだろう。お前たち二人が相手なら本気でやれる」

 

 セーフッ!

 驚かせやがってお茶面さんめ。

 頬を染めながら準備運動をする束さんのなんて頼りになる事か。

 

 ところで、だ――

 戦う前にしっかりと準備運動をする乙女たちよ。

 空き瓶やゴミを片付けている俺の手伝いをしてくれてもいいのよ?

 

 とまぁ準備が完了した両者が向かい合う。

 

「ちーちゃん」

 

 束さんが一本の白いナイフを千冬さんに投げ渡した。

 それを受け取った千冬さんは、ナイフをしげしげと見つめる。 

 

「ISか?」

「装備は白騎士と同じブレードが二本、それと一次移行もしないから気をつけてね」

「性能は?」

「白騎士と同等。でも最適化がされないから、白騎士ほどのパワーは出ないよ」

「ふむ、まぁハンデとしては妥当か。名前は?」

「ないよ。量産型みたいなもんだし」

 

 今現在、白騎士を越えるISはいないと思われる。

 それほどまでに最初のISである白騎士は完成されていた。

 それの量産とか、各国が顔を真っ赤にしそうだな。

 

「ならばそのまま白騎士でいいか。白騎士、展開」

 

 なんとも淡白だ。

 初代白騎士が聞いたら泣くんじゃないか?

 ISコアが意思を持ってるのを忘れないでください。

 

「ちーちゃん素敵」

 

 白騎士を纏った千冬さんに束さんは大歓喜だ。

 見かけは本物の白騎士と同じ様だが、色が違う。

 全身が灰色で、白騎士と違い悪者感がある。

 

「ちーちゃん、本気で戦っていいんだよね?」

「むしろ手を抜くな」

「んじゃ作戦タイムよかとです?」

「かまわんぞ」

 

 作戦タイムとは束さんも本気だな。

 これは面白くなってきた。

 戦乙女を屈服させてやる!

 おや? これはエロゲーのイベントかな?

 

「しー君、こっち来て」

 

 束さんに呼ばれたので、千冬さんから距離を取り、背中を向けて顔を寄せる。

 

「あのね、ゴニョゴニョ――」

「それは面白そうですね」

「それからゴニョゴニョ――」

「なるほど、んじゃコレを」

「ではでは流々武にデータを注入してっと」

「ところで、束さんの持ち札って何があるんです?」

「それはゴニョゴニョ――」

「だったら、タイミングを見計らってゴニョゴニョ――」

「ほうほう、流石はアニメ脳なしー君、それはいいね。おっと、インストール終了」

「それでは行きますか」

「行かれますか」

 

 作戦タイムと言いながら数十秒で終わったけど、時間の割に面白い案が出たな。

 如何に世界最強と言えども、簡単に勝てると思うなよ。

 

「――流々武ッ!」

「――とうッ!」

 

 ISを纏った俺の肩に束さんが乗る。

 これこそが、対織斑千冬用最終兵器――

 

「「合体! パーフェクトTABANEッ!!」

 

  

 

 

 ババンッ! と華麗にポーズをとる。

 キマった。

 これはキマっただろう。

 現に俺の上にいる束さんは上機嫌だもの。

 

「おいコラ」

 

 代わりに千冬さんが不機嫌だけども。

 

「私には肩車をしてる様にしか見えないんだが?」

 

 千冬さんが白い目を向けてくる。

 オタクは若い女性に嫌われやすいから仕方がないね。

 

「ふっ、甘く見ないことだねちーちゃん。私としー君のコンビネーションは見せてあげよう」

「その通り。これこそが互いの長所を活かした戦法です」

 

 決して冗談ではない。

 俺の機動力と束さんの火力を活かすには、これが一番なのだ。

 しかしあれだ、無性にヘッド部分を解除したい衝動に襲われる。

 今解除すれば束さんの太ももに頭がサンドですよ? 男のロマンがそこに……。

 

「しー君、スケベな事を考えてるでしょ?」

「……なんで分かるんです?」

 

 千冬さんといい束さんといい、俺の心を読みすぎだと思う。

 今はISを纏っている。

 だらしない顔が見られた訳でもない。

 それで分かるって本気で怖い。

 

「流々武からデータが来てるからね。ピンク色の脳内麻薬がドピュドピュ」

 

 なるほど、科学の力か。

 ところで録音するからもう一回言ってくれないかな?

 

「……よく聞こえなかったのでもう一度お願いします」

 

 束さんの可愛いお声を俺に頂戴な!!

 ドピュドピュって言ってごらん!?

 って流々武から警告音。

 ヘッド部分がミシミシ言ってますね。

 

「今ISを解除すればしー君の頭蓋骨は割れる」

「いえっさー」

 

 ロマンある死に方だけど、それは年をとってからお願いします。

 と、馬鹿やってる場合じゃないな。

 千冬さんが飽きて素振りしてるもん。

 

「ん? もういいか?」

「大変お待たせしました」

 

 これから戦うって時に本当に申し訳ない。 

 でもグダグダはここまでだ。

 

「俺が勝ったら、今年いっぱいは千冬さんが束さんの面倒を見てください」

「良いだろう。だが、私が勝ったらお前がそのまま見てろ」

「私の扱いがぞんざい過ぎて泣けてくるね。でもどっちが勝っても損はないから我慢します」

 

 うん、束さんは本当にお得だよね。

 こうして千冬さんと遊べて、どっちが勝ってもストレス解消相手が居る。

 でも束さんは可哀想な子だから多めに見ちゃう。

 

「いざ――」

 

 束さんが両手を前に突き出す。

 

「尋常に――」

 

 千冬さんは腰を深く落とし、前傾姿勢。

 

「勝負!」

 

 

 

 

 

 おおっと!?

 千冬さんが消えたと思ったら、左側からブレードが飛んできた。

 慌てて手に持った得物でガード。 

 

「受け止めるとはやるじゃないか!」

 

 お褒め頂いてどーも。

 束さんの仕掛けがなければ一撃で終わってたね。

 過去に何度か手合わせした事があるが、その時とは違う一撃。

 骨の芯まで衝撃が響いたよ。 

 

「さてこのまま――」

「なんて、すんなりいくと思ってないでしょ?」

 

 頭上から頼もしい声が聞こえた。

 俺の役割は足と盾。

 攻撃は束さんの役目だ。

 

「ガトリングガンシールド×2ッ!!」

 

 両手のガトリングガンが火を噴く。

 やっぱガトシーは格好良い。

 

「ちっ」

 

 軽い舌打ちと共に、眼前に居た千冬さんが一瞬で消えた。

 千冬さんが立っていた場所の足元にいくつもの穴が空く。

 よく避けたな。

 

「しー君!」

「了解!」

 

 ――織斑千冬の行動パターンを解析

 ――初手を防がれ篠ノ之束から反撃を受けた場合

 ――背後からの奇襲の可能性が78%

 

 束さんにインストールされたシステムによって、千冬さんの動きを読む。

 

 前方に瞬時加速。

 後ろで丸太を横殴りにした様な風切り音が聞こえた。

 怖い怖い。

 

「ロール!」

 

 束さんの声に合わせ、片足を軸に回転。

 それと同時に束さんが弾丸を四方八方に打ち込む。

 見事な攻撃的防御だ。

 

 ――全方位攻撃された場合

 ――ブレードで地面を剥がし壁にして突撃する確率89%

 

 まじかい。

 

「はあっ!」

 

 地面が爆発したかの様に爆ぜ、幾つもの石の塊がこちらに向かってくる。

 飛天御剣流《土龍閃》!?

 千冬さんマジ最強。

 

「ひゅう♪」

 

 驚く俺とは違い、束さんが楽しそうに石をガトリングで打ち落とす。 

 飛んでくる石の処理は束さんに任せよう。

 予測された千冬さんの斬撃が、赤い線で視界に映る。

 これは唐竹か。

 受け止めなければ俺も束さんも真っ二つだな。

 

「ふんぬッ!」

 

 重い一撃をなんとか受け止める。

 手に持った鉄の塊がひしゃげないか心配になるな。

 

「……束が邪魔だな」

 

 世界最強が苛立っている。

 でもそれはしょうがない。

 攻撃を受け止められた瞬間、俺の上に乗っている束さんが銃口を向けるのだ。

 連撃を決めれば俺を沈められるだろうが、それが出来ない。

 雑魚相手に手こずるなんて、千冬さんざまぁ!

 

「避ける?」

「避けるとも」

 

 またもガトリングが唸る。

 だがそこは予定調和。

 千冬さんはそのまま真後ろに下がり、あっさり避けてみせた。

 さて、次の手は……

 

 ――連続で攻撃が失敗した場合は様子見の確率が94%

 

 おや、意外と慎重だな。

 

「馬鹿にしてすまなかった。確かに厄介だ」

 

 千冬さんが立ち止まって話しかけてくる。

 バイザーでしっかりと顔は見れないが、声で楽しいって気持ちを全力で表現しているよ。 

  

「いくつか気になるが、神一郎のソレはなんだ? お前、武器は持たない主義だと思っていたんだが」

 

 俺の装備品が気になると?

 まぁ気持ちは分かるよ。

 格好良いもんね。

 だが間違いだ。

 俺のコレは“武器”ではない。

 

「私の一撃で切れないし折れない。束が作った大剣なんだろうが、かなりの強度だ」

 

 だから大剣じゃないってば。

 これだからバトル脳は。

 

「千冬さん、俺のコレは大剣なんて物騒な物ではありません」

「そうだよちーちゃん。しー君が持っているのは、この私が全力で作った調理器具なんだから」

「は? 調理器具だと?」

「その通り。コレは束さん印の大型調理器具、その名も《鉄板》!!」

「焦げぬ! 歪まぬ! こびり着かぬ! 強度と料理のしやすさが売りの調理器具です!」

 

 鉄板を高々と掲げ自慢してみる。

 釣ったシイラを丸ごと焼いてくれた逸品です。

 油はけが良く、熱の伝導も良い。

 オプションの三脚を取り付ければ、焚き火を使ってどこでも料理出来る素晴らしき発明品だ。

 大きいから重量があるので、取り扱うのにISの使用を想定している。

 だから握り手があるので、見かけはモンハンの大剣に似てるってのは同意する。

 そこも含め格好良いのだ。

 

「で、お前が私の動きを読んでる様だが、どういった手品だ?」

 

 あ、調理器具だと知って興味をなくしやがった。

 一夏だったら、『すげー! 焼きそば何人前焼けるかな?』なんて無邪気に喜んでくれただろうな。

  

「攻撃を受け止めたのは、俺の実力だとは思わないんですか?」

「思わんな。お前、鍛錬を怠けてるだろ?」

「千冬さんから言われた筋トレ等は続けてますよ?」

 

 食道楽の俺には丁度良いダイエットだし、サボって千冬さんに怒られたくないしね。

 

「だがお前は筋トレの量を増やしたりしていない」

「よくぞ見破った!」

「怠け者のしー君が必要以上に筋トレなんかする訳がない。そんな暇があったらエロゲーしてます」

 

 束さん大正解。

 筋トレに慣れたからといって量は増やさない。

 だって時間を取られたくないんだもん。

 

「真面目に鍛錬してたならともかく、怠けてるお前が私の動きに着いてこれるはずがない」

 

 傲慢な言い方だが、間違っていない。

 モンド・グロッソでの優勝を目指し頑張っている千冬さん相手に、俺が戦えてる方がおかしいのだ。

 

「仕込んだのは束さんなので、タネを明かすかどうかはお任せします」

「ちーちゃんが知りたがってるのに教えないなんてありえない」

 

 対千冬さん用の切り札をバラすのか。

 哀れだな。

 世の中には聞かない方が良い事もあると言うのに……。

 

「流々武にインストールしたのはちーちゃんのデータだよ。ちーちゃんの事だけ先読み出来るのだ!……えっと名前はまだないんだよね。そうだな……うん、名付けるなら“ちーシステム”だね!」

 

 きっとガンダムのゼロシステムに被せたんだろうね。

 適当すぎ。

 もう少しよく考えましょうよ。

 

「先読みだと? そんな事出来るのか?」

「出来るんだなこれが。ちーちゃんの身長、体重、スリーサイズ、毎日の食べ物に平均咀嚼回数、一日に飲む水の摂取量、平均歩幅数、IS戦での好みの戦略、苦手な戦い方、トイレに行くタイミングに生理時期、それと――」

 

 止まる事を知らない束さんのマシンガントーク。

 愛されてますね。

 

「もういい。黙れ」

「――まだまだあるよ?」

 

 ストーカーに自分の事を聞くなんて、自爆行為だと思う。

 

「神一郎」

「なんです?」

「試合が終わったらデータは消せ。いいな?」

「了解です」

 

 流石に残す気はない。

 惜しいけど、束さんが許すはずないし。

 

「ま、そんなこんなで、ちーちゃんの戦闘記録や生活習慣、戦いの癖など、様々なデータを元にちーちゃん相手にだけは未来予知が可能なのです! 精度はイマイチでまだ実用段階ではないけどね」

 

 未完成だからまだ名前がないのか。

 タネを全部明かした様に見えて、斬撃の軌道が赤い線で予測される機能は言っていない。

 策士ですな。

 

「……この馬鹿の相手を数ヶ月任せてた事に対しては、悪いと思っている」

「今更そんな事を言っても遅いです。せいぜい俺の苦悩を知れ」

「ちーちゃんの言葉責めが心地良いです」

 

 流石は最強生命体。

 痛みを快楽に変えて対応するとはやりますな。

 

「さて、無駄話はもういいだろう。神一郎には悪いが、もう暫らくは束の相手をしてもらう」

「具体的にはいつまで?」

「一夏が独り立ちするまでだな」

 

 ははっ、ふざけろ。

 

「束さん、こっちから攻めても?」

「いいけど、よそ見は禁止ね?」

 

 赤い線が視界に映る。 

 予測される太刀筋は、左肩から右脇腹

 袈裟斬りか。

 

 金属と金属がぶつかる音が響く。

 

 ――攻撃を防がれた場合退避はしません

 ――連続攻撃で仕留めにくる可能性97%

 

 マジで!?

 

「たばっ! お! た! たばっ!!」

 

 助けて束さん!

 

 右薙ぎ、左薙ぎ、右切り上げ。

 ヤヴァイ。

 予測される太刀筋がヤヴァイ。

 赤い線が次々と映る。

 それは、オタクなら知ってる太刀筋だ。

 九頭龍閃だこれ!?

 

「たばぁぁぁ!」

「ん? 私を呼んでるの?」

 

 俺の助けを呼ぶ声が聞こえないのかなぁ!?

 一撃、二擊、そろそろガードが追いつかなくなりそう。 

 

「しー君が詰むまで後2手、1手……はい、そこまで」

「ちっ」

 

 束さんが銃口を向けると、千冬さんはあっさりと引いた。

 この天災、俺が苦戦するの楽しんでやがる。

 

「安心してしー君、遊びは程々にするから」

 

 さいですか。

 束さんの遊び心にはいつも感心するなぁ!

 この天災を遊ばせておくのはダメだな。

 こちらから攻めて束さんに働いてもらう!

 

 ――鉄板を収納、スコップを取り出す。

 

 スコップ無双だこの野郎!

 

 後ろに下がった千冬さんに向かってスラスター全開。

 

「尻だぜオラァ!」 

 

 腕を突き出す。

 腕を引く。

 その単純な動作を連続でやれば十分な攻撃になる。

  

 ひたすら刺す!

 防がれ、避けられても刺す!

 千冬さんの動きを少しでも阻害できればいい。

 

「ちーちゃんの服を剥がしてやるぜッ!」

 

 束さんのガトリングガンが千冬さんを襲う。

 

「舐めるなッ!」

 

 千冬さんがもう一本のブレードを振るう。

 二刀流とは胸熱ですね!

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 リアル二刀流って、一見すると適当に両手を振り回してる様にしか見えないよね。

 でもこの人、俺の攻撃と銃弾の両方を防いでやがる。

 

「流石は最近鍛えてるちーちゃん。純粋に尊敬するよ」

 

 俺はむしろ怖いです!

 しゃーなし。

 俺の手持ちを大放出してやんよ!

 

 後ろに瞬時加速。

 千冬さんと一気に離れる。

 牽制は束さんにお任せ。

 銃弾の雨で足止めよろです。

 

「見ろ。これが週末に束さんの玩具になる事で手に入れた俺の新しい力。脚部変換――《ラディカルグッドスピード脚部限定》!!」

 

 両足が光り、脚部の装いが変わる。

 足の裏をしっかりと地面に着け――いざ!

 

 地面を滑る様に千冬さんに接近。

 スコップからハンマー変更。

 足を止めず、すれ違いざまに振り抜く!

 

「ッ!?」

 

 お、表情が変わった。

 

「スピードが乗ってるから一撃が重いな。足の裏にローラーでも着いてるのか?」

「えぇ、空を飛ぶ以外にも移動手段が欲しかったので」

「いいな。実にいい。今までに見た事のない挙動だ。モンド・グロッソ前に良い練習になる」

 

 イメージとしては、スケートリンクで滑る感じだ。

 いやね、オーストラリアに行った時に思ったのですよ。

 壮大な砂漠や平原を前に、ただ空を飛んでるのはどうだろう? と。

 んで色々考えた結果、こうなりました。

 参考したのはボトムズのアーマードトルーパーと、コードギアスのナイトメアだ。

 いつかは壁走りもしてみたいね。

 そんな俺が、精神を磨り減らせて作ってもらった脚だが、千冬さんから見れば格好の得物らしい。

 脳筋め。

 誰か脚の名前にツッコミしてくれていいのよ?

 

「行動の先読みに、氷の上を滑る様な特殊な動き。私は楽しいよ神一郎」

「しー君がロックオンされました」

 

 ほほう。

 墓穴掘ったかね?

 いや、掘るなら千冬さんの墓穴だ。

 棺桶に束さんと一緒に押し込んでやるから、好き放題イチャイチャしててくださいな。

 

 ――会話途中の奇襲の可能性91%

 

 なんで!?

 

 ――驚異度が変化しました

 ――おめでとうございます

 ――《束様の玩具》から《ちーちゃんのサンドバック》に進化しました

 

 このインフォメーション絶対に束さんの悪意だよね!?

 

 なんて心の中でツッコミを入れてると、画面の中心に赤い点。

 小学生の剣道では突き技は反則なんだぞ!

 首を捻って直撃を回避。

 これは俗に言う“本気になった”ってやつだね。 

 束さんにもそろそろ本気を出して欲しいです!

 むしろ強制的に働かせてやる!

 

「ほえ?」

「……久しぶりに目線があったな?」

 

 中腰になって、束さんに手が届きやすくするテスト。

 

「くたばれッ!」

「わちゃちゃ!」

 

 千冬さんが両手のブレードを束さんに叩きつける。

 シールドがミシミシ言ってます。

 

「動いて! お願いだから動いてしー君! この体勢だと衝撃を逃がしきれないから辛い!」

 

 下半身の動きは非常に大切だ。

 今現在、束さんの下半身は俺。

 力を受け流すや、弾くなどを上手く出来ないのだろう。

 束さんににブレードが何回も叩きつけられる。

 頑張れ天災。 

 

「しー君ヘルプッ!」

「もっと可愛く」

「へりゅぷ!」

 

 舌っ足らずな感じで可愛いので許します。

 

「本気だします?」

「本気を出す前に束汁が出そう! てか出来上がりそう!!」

 

 ぐしゃっ

 

 それは流石に可哀想だね。

 右側面の瞬時加速。

 千冬さんの射程から逃げる。

 

「はぁ!」

 

 振られたブレードをハンマーで受け止める。

 腰を落とし、衝撃には逆らわずに後ろに吹っ飛ぶ。

 

「ふんっ!」

 

 追ってきた千冬さんが追撃。

 それもハンマーで受け止める。

 単発だけならガードは簡単だ。

 

「なるほどな」

 

 千冬さんが動きを止めた。

 

「衝撃を活かしそのまま後ろに退避か。面倒だが、限られた空間なら対処は簡単だ。このまま壁際に追い込めばいい」

「そうさせない為に私がいるんだけどね」

 

 おぉ?

 気付いたら真後ろに壁があった。

 そんで、束さんが千冬さんに銃口を向けていた。

 千冬さんを牽制してくれたのか。

 ナイスです。

 軽く息を吐いて集中する。

 ――瞬時加速。

 移動先は千冬さんの斜め前へ。

 

「衝撃の、ファースト・ブリット!!」

 

 千冬さんの頭を狙いハイキック。

 ブレードで防がれるがかまわない。

 すぐに千冬さんの背後に回り込み――

 

「壊滅の、セカンド・ブリット!!」

「舐めるなッ!」

 

 背後からの蹴りが当たる前に、俺の胸に千冬さんの蹴りが当たった。

 ぐむっ……やはり俺では兄貴みたいなクールな戦いは出来ないか。

 

「セカンドダメな子!」

 

 素晴らしいツッコミをありがとう!

 

 右足に赤い線。

 新品の装備を狙うのはやめてください。

 束さんがすかさずガトリングで迎撃。

 信じてました!

 右手に今度は鉄板。

 横を通り過ぎる時に振るうが、軽く避けられた。

 んで、シールドエネルギーは減った。

 何故に?

 

「しー君、下手に前に出たら死ぬよ?」

 

 俺の顔に横に、ガトリングシールドのシールド部分があった。

 それが真ん中程から斬れて、ぽとりと床に落ちる。

 

「俺の首をカウンターで狙った?」

「いえす」

 

 ――カウンターに注意してください

 

 注意が遅いよ。

 

「モンド・グロッソ前に経験を積みたいなら、私が協力してあげるよ」

 

 束さんの両手からシールドガトリングが消え、代わりの武器が握られる。

 先端が二股に別れた大型の銃。

 色が全体的に銀色だ。

 

「レールガン。日本語で言うと電磁投射砲」

「――来い」

 

 千冬さんの姿が消え、足元が爆ぜる。

 

 ――右側面から接近

 ――フェイントを入れてから足払いで体勢を崩す

 ――その後右手を切り落とす

 

 予測される千冬さんの動きがエグい。

 誰だ戦乙女とは言ったやつ! 小学生相手にこの戦法は鬼ですよ!?

 切り落とすって比喩だよね? 束さんが居るから無茶しても大丈夫とか思ってないよね?

 

 右からブレードが襲ってくる。

 だかそれに対しては、防ぐフリをして流す。

 片足を上げ足払いを回避。

 

 束さんがレールガンを発射。

 

「ちっ!」

 

 千冬さんが舌打ちをしながら回避。

 

 ――動きを止めてはいけません

 ――常に動いて束様のフォローをしましょう

 

 アッハイ

 

 言われた通り動き回る俺の上で、束さんはひたすら撃ちまくっている。

 

 なるほど?

 束さんの狙いと、千冬さんの舌打ちの理由が分かった。

 ではでは、協力いたしましょう。

 つま先立ちでバレリーナ回転してみる。

 

「ナイスフォロー!」

 

 でしょ?

 床が、壁が、天井が爆ぜて破片をバラまく。

 

「おまけでミサイルもプレゼント!」

 

 両肩、両足、局部にミサイルポッド現れる。

 フルアーマーTABANEの完成だ。

 

「ロックンロールッ!!」

 

 発射されたミサイルは四方、真上に向かい、発射されてすぐに炸裂した。

 壁や地面にいくつもの丸い穴が空く。

 

「クレイモアって知ってる?」

 

 マンガですか?

 リフルたんの男になりたかったです。

 じゃなくて、地雷の方だよね。

 確か鉄球を爆薬でバラまいて殺傷能力を高めてるんだっけ?

 束さんが撃ったミサイルには、弾頭に鉄球を詰め込んであったのか。

 おそロシヤ。

 

「くそっ!」

 

 破片や鉄球が当たったのだろう。

 苛立ってますな。

 千冬さんのスピードは厄介だ。

 だが、それは諸刃の剣でもある。

 超スピードで動いてる最中に硬い物体にぶつかれば、ダメージは必至。

 千冬さんは、壁の破片や鉄球でシールドエネルギーをチビチビと削られてるのだ。

 

 千冬さんは攻めきれないでいる。

 初手が防がれ、その隙に束さんに反撃されるからだ。

 連撃なら俺を沈めれる。

 しかし、束さんが邪魔で俺にトドメを刺せない。

 その束さんは、シールドエネルギーをちびちびと削る。

 実にいやらしい戦い方だと思います。

 

「勉強になるな。モンド・グロッソ前に散弾対策をしておくか」

「IS戦は相手のシールドエネルギーをゼロにしたら勝ち。こんな戦法もありありです。並の相手なら、散弾で削る前にちーちゃんが切り捨てると思うけどね」

 

 ――空戦に誘われる可能性があります

 ――誘いに乗ったら負けます

 

 急な警告ですね。

簡潔にどうも!

 ちょっとこのシステム俺に対して冷たくない?

 空戦が怖いのは分かる。 

 俺が“ラディカルグットスピード”を使用したのは、新装備を自慢する為ではない。

 さり気なく地上戦にしたかったからだ。

 空で戦えば下からも攻撃が来る。

 出来るだけ攻撃範囲を狭めたかったのだよ。 

 でもまぁ、此処は攻め時かな?

 

『束さん』

『例のアレだね? 了解だよ』

 

 内緒話で作戦会議は便利だよね。

 

 ――攻撃パターンが変更されます

 ――頭上に注意してください

 

 なんか段々と応答が適当になってる気がします。

 

 千冬さんが軽く浮かぶ。

 今までも浮かんでいたが、地面から数センチだった。

 しかし、今は3m程だ。

 低空飛行での高速戦闘は難易度が高い。

 だって操作をミスると、つま先が地面に刺さって大地とキスしちゃうからだ。

 ちょっとした動きなら俺にも出来るが、地面から数センチでの低空飛行で高速戦闘とか無理。

 今まで千冬さんは俺の土俵で戦ってくれた。

 んで、それで手こずったから本気も本気になった訳だ。

 悪いけど、付き合ってはあげない。

 

「とうっ!」

 

 束さんが合体を解除。

 ――肩車をやめただけだけど、ともかく解除する。

 そして俺の手の平に着地。

 お見事!

 大きく振りかぶって――

 

「タバゴン! 《ロケットずつき》!!」

「たばたばっ!」

 

 鳴き声一発、束さんは千冬さんに向かって飛んでいく。

 両腕を真っ直ぐ伸ばし、しっかり頭突き体勢なのは好感が持てます!

  

 ひらり

 

 ミス! チッフーは攻撃をかわした!

 

 そりゃそうだわな。

 でも攻撃を当てる事が狙いではない。

 千冬さんは迎撃しなかった。

 束さんとの接触を避けたかったのだろう。

 俺だってそうする。

 天災との不要な接触は避けるのが道理です。

 でもね、それは悪手だよ千冬さん。

 

 束さんが肩越しに振り返り、俺を見る。

 そして、こちらに向かって手を伸ばした。

 気付いてるかな? 今、千冬さんは天災に後ろを取られたんだよ?

 体を横に向け、俺と束さん両方に警戒してるのは流石だと思うけどね。

 

「来い! 流々武!!」

 

 ISが強制解除される。

 そして空に相棒を纏った天災の姿。

 

「しゃあ!」

 

 束さんが鉄板を千冬さんに投げつけた。

 千冬さんはブレードでそれを叩き落とす。

 驚いて慌てるかと思ったけど、かなり冷静だ。

 

「冷静だねちーちゃん。もしかしてこの展開読んでた?」

「何が起こっても冷静に対処するのは普通の事だろ?」

 

 常在戦場ですね。

 俺が女なら惚れてます。

 

「くんずほくれつヤッホーい!」

 

 そして良い男はストーカーに狙われるんですね。

 

「近寄るな! 日本語を話せ!」

 

 追う変態と逃げる美女。

 束さんは接近戦……否、格闘戦を仕掛けようとする。

 でも千冬さんは嫌らしい。

 逃げろ逃げろぷぷー。

 

「スコップって凄いよね。斬る、突く、払う、殴る、引っ掛ける。現代のハルバードと言っても過言ではないと思う」

「そう、だな! お前が持つと厄介この上ないッ!」

 

 束さんはスコップを巧みに扱い攻撃を仕掛ける。

 側面で切り、先端で刺し、柄でなぎ払い、スコップ面で殴り、足掛け部分を体に引っ掛ける。

 どうやら俺はスコップの実力を一割も引き出せてないらしい。

 

「良い修行になるでしょ?」

「モンド・グロッソでスコップを武器にする馬鹿はいないと思うがな!」

 

 二人だけの世界だ。

 そろそろ俺が動くタイミングかね?

 目線での合図なんて、千冬さんにバレそうな事はしない。

 束さんを信じて大人しく待つ。

 

「とぅ! たぁ! ほぅ!」

 

 右手にスコップ。

 左手にツルハシ。 

 千冬さんの二刀流に対抗するかの様に、束さんは違う得物を同時に扱う。

 変則二刀流も格好良いよね。

  

 千冬さんのブレードが、スコップの足掛けに引っ掛かり地面に落ちた。

 束さんが一気に距離を詰める。

 ここからどうなる?

 殴るか、組むか、それとも――

 

「ちぇりお!」

 

 天災の答えは回し蹴りでした。

 千冬さんは胸に蹴りを叩き込まれて吹っ飛ぶ。

 進行方向に居るのは俺だ。

 おいでませ!

 

 束さんに向かって手を伸ばす。

 

「来い! ボン太君!!」

 

 あぁ、懐かしきかなぼん太君。

 俺は今、ボン太君に包まれている!

 

『ふもっふ!』

 

 千冬さんに向かって全力ダッシュ。

 

「なんだ? 着ぐるみか?」

 

 今まで意識の外だった俺の存在に気付いたのだろう。

 目が点になっている。

 だよね。

 でも甘く見ると後悔するよ?

 

『ふもー!』

 

 腰にしがみつく。

 これはセクハラではありません。

 合法です。 

 

「このパワー……ISか!?」

『ふもふも!』

 

 俺は飛んできた千冬さんを受け止めた形だ。

 そして、千冬さんのお尻に顔を押し付けてます!

 ボン太君ヘッドを解除して、顔を押し付けたいなー!

 

「ふんぬッ!」

「がっ!?」

 

 束さんがハンマーで千冬さんの頭を殴りつけた。

 股間がひゅんとした。

 セクハラはダメだよね。

 親友の頭を容赦なくハンマーで殴る束さんってマジ天災。

 流石の千冬さんも効いたのか、ふらついている。

 束さんの右手にはツルハシ。

 それを今度は、千冬さんの背中に何度も叩きつけた。

 容赦ないな。

 今のうちにシールドエネルギーを削るのは戦略としては正しい。

 束さんが流々武を使い、俺がボン太君を使う。

 ここまでは作戦通りだ。

 

「しー君!」

『ふもっ!』

 

 束さん考案の決め技をする合図だ。

 

「腕挫十字固!」

『ふもっふ!』

 

 束さんが腕に関節技。

 俺が足に膝十字固めを……足に……ボン太君フォルムで関節技なんて出来る訳ない!

 普通に足を掴んで動きを止めればいいや。

 

「くっ!」

「暴れても無駄だよちーちゃん。サブミッションこそ王者の技、一度決めればちーちゃんだって抜け出すのは簡単じゃないよ」

「脳筋には関節技が効果的ってのはよく聞く話です」

「離れろッ!」

 

 千冬さんが壁にや床に俺と束さんを叩きつける。

 体を動かさなくても移動できるのはISの強みだよね。

 でも俺も束さんもISを装備中だ。

 多少壁にぶつかった程度では痛くない。

 

「関節を外せば……」

 

 関節技から逃げる為に自ら関節外すの?

 俺から見れば狂気です。

 

「いいの? モンド・グロッソ前に大きなダメージ負うかもよ?」

「……リスクが高いか」

 

 後先考えなければ千冬さんはまだ戦える。

 だが、これはあくまで試合。

 本番前にケガを負うのは避けたいだろう。

 何度か千冬さんは俺達を剥がそうともがいたが、段々と迫力がなくなってきた。

 足に抱きついている俺はともかく、束さんに関節技を決められてる腕は痛いだろうに。

 

「しー君を見てて思ったんだよね。変身ヒーローや光の巨人って、なんで律儀に戦ってるんだろう? って」

 

 それはね、創作物だからよ。

 ところで束さんはプライベートって言葉しってるかな?

 

「あの手のテレビってさ、相手の防御力が高くてヒーローの攻撃が通じない事が多々あるじゃん?」

 

 あるね。

 んでピンチになって、新技を閃いたり新しい技を覚えたりするんだ。 

 

「それを見て思うんだよね。世界の為に戦ってるのに、なんで全力で戦わないんだろうって」

 

 それはね、力を手に入れた主人公が、最初から正義の味方って訳じゃないからだよ。

 

「武器が効かない? 攻撃がはじかれる? だったら関節極めろよ。怪人だろうが宇宙怪獣だろうが、人型である以上関節は存在する。関節を破壊してからトドメを刺せばいいんだよ!」

 

 敵の関節を壊してからトドメ刺す正義の味方とか人気……でそう?

 意外と斬新で面白いかも。

 

「怪人だろうが汎用人型決戦兵器だろうが、人型であるなら関節を破壊してみせる!」

 

 言葉がいちいち恐怖を誘います。

 本気で出来そうで怖いです。

 

「で、ちーちゃん。シールドエネルギーの残量はどんな感じ?」

「お陰様で順調に減っている。IS戦で関節技は盲点だった」

「大口径の銃やミサイルだけがISの武器じゃない。シンプルな技こそ最強なのだよ」

「モンド・グロッソだけを見据えるのは早計だったな。まずは日本代表決定戦だ。相手にレスリング選手や柔道選手がいないか注意しよう」

 

 千冬さんの身体が床に倒れる。

 勝負有りかな?

 

「千冬さん、降参ですか?」

「あぁ。ここからの逆転は無理だ」

 

 個人的には嬉しいけど、そんなに簡単に負けを認めていいのかね?

 今から罰ゲームの時間なのに。 

 

「ふー。ちーちゃんを抑えるのはひと苦労だね」

 

 関節技を解いた束さんはISを解除し、額の汗を拭いながら息を吐いた。

 余裕そうに見えてたけど、やっぱり大変だったのだろう。

 俺も同じくISを解除。

 肌に当たる空気が気持ちいい。 

 

「おっと忘れてた」

 

 束さんが再度ガトリングシールドを装備して、銃口を千冬さんのお腹に――

 

「トドメは刺さないと」

「ちょっ!?」

「おま!?」

 

 束さんは容赦なく引き金を引いた。

 

「ッ!? 束、お前……」

「そう睨まないでよちーちゃん。逃げられないようにするのは当然でしょ?」

「……そうだな」

 

 まさか逃げ出す為のエネルギーを残していたのか!?

 素直に負けを認めてたと思えば、ISを使って逃げる算段をしていたとは。

 そんなに束さんと遊ぶのが嫌なのか?

 ……嫌だよね。

 うん、嫌に決まっている。

 

「これでちーちゃんはまな板の上の鯉」

「は? なにを?」

「ちーちゃん動ける?」

「動けるに決まって……ん?」

 

 ガシャガシャと、装甲の下で身体を動かす音が聞こえる。

 だが千冬さんは床に転がったままだ。

 

「エネルギーの切れたISはただの金属の塊。ちーちゃんはもう逃げられないんだよ」

「――待機状態にすれば」

「それ無理」

 

 脱出しようと足掻く千冬さんを見下ろしながら、くしゃりと束さんの顔が歪む。

 用意周到ぶりに鳥肌が立ちます。

 でも気にしない。

 これで俺の夏休みは平和だヒャッホウ!

 

「笑ってないで私を助ける気はないのか?」

「あれ? しー君まだ居たの?」

 

 助けを求める視線と、邪魔だ失せろの視線を同時に浴びるのは初めてだ。

 まぁ俺の答えは決まってるのだが。

 

「束さん」

「ん?」

「俺、明日は学校なんで帰りますね」

「了解。またねしー君」

「待て待て待て!」

 

 きっと、今の俺は凄く楽しそうな顔してるな。

 

「ビールとツマミは置いていくので二人でどーぞ。空き瓶とゴミはまとめて置いといてください。後日片付けますので。あ、食べ残しはナシでお願いします。封を開けたら食べきってくださいね」

「はーい」

「だから待て!」

 

 ごめんね千冬さん。

 もし助けたら俺の身がヤバイんだよ。

 優しい千冬さんなら俺の身を案じてくれるよね?

 

「あ、そうだ。千冬さん、最後に一言」

「……言ってみろ」

「造られし命、織斑千冬。貴女のエロい身体は天災を鎮める為に存在するのだよ」

「お前今度会ったら覚えてろよッ!?」

 

 文句は束さんを放置した過去の自分に言うんだな。

 ではさいならー。

 

「待て! 待つんだ神一郎! 本当に帰る気か!?」

「もー。ちーちゃんてばさっきからしー君ばっかり。今は私だけを見て」

「やめろ! 近づくな!」

「んふふ、まずは汗を全部舐め取ってあげる」

「ふざけるなよッ! くっ……こんなもの」

「にゃふふ。無駄だよちーちゃん。私の計算が正しければ、ちーちゃんは拘束から逃げられない」

 

 楽しそうなやり合いが後ろから聞こえてくる。

 親友って素晴らしいよね!

 

「ちーちゃん、優しくしてあげるね。んにゅ」

「耳に舌を入れるな!!なんて私がこんな目に……まだだ、まだ私は負けていない!!」

 

 ピキピキと、硬い物が割れる音が聞こえてくる。

 

「まさか内側から装甲を剥がす気!?」

 

 貞操の危機に秘めた力が目覚めたようです。

 第二ラウンド開始ですかね?

 

「私の計算を越える!? いいよ……最高だよちーちゃん!」

 

 声だけでも分かる。

 イっちゃってる人間の声だ。

 

「はぁぁああぁあぁぁ!!」

 

 硬い金属が床に落ちる音。

 復活おめでとうございます。

 やはり早々に切り上げたのは英断だったな。

 あそこでネチネチと千冬さんをイジってたら、俺は半殺しにされてただろう。

 

「ちょっと舐めるだけだから! 膜をペロッと! ペロッとするだけだから!」

「死ねぇぇぇ!!」

 

 束さんの最低な発言の後、拳と拳がぶつかる音。

 

「ト○とジェ○ー仲良くケンカしな♪」

 

 鼻歌を歌いながら、俺は秘密基地を後にしたのだった。

 寂しがってる親友を慰めるのは親友の努めだよね!




○○○「貧乏神押し付けた」
○○○「貧乏神押し付けられた」
○○○「ボンビ~♪」


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彼女たちの二次会

幕間的な感じでサクっと短めに。



「うん……」

 

 光が眩しくて目を閉じる。

 身体が熱い。

 床がひんやりとしてて背中が気持ち良い。

 

 ――――うむ?

 

 脳ミソに酸素がまわり、意識が覚醒する。

 あぁそうだ、私はちーちゃんとイチャついて……。

 

「ん」

 

 身体を起こすと、ズキズキと痛む箇所がいくつもあった。

 

「目が覚めたか?」

「ちーちゃん? あいた……」

 

 横を見ようとすると、頭に痛みが走った。

 そういえば、頭を何発も殴られたんだっけ?

 

「ほら」

 

 ちーちゃんがミネラルウォーターを渡してくれた。

 中身は半分ほどで、どう見ても飲みかけだ。

 ――ちーちゃんが自分から間接キスを許してくれる? なにこれ、私はまだ寝てるのでは?

 

「飲まないのか?」

 

 飲みますとも! うほーい!

 

「んくんく……ぷはぁ!」

 

 熱を持っている身体に水が染み込んでいく。

 オマケにちーちゃんのDNAも染み込んでいく。

 いや、オマケはH2Oの方だね。

 ちーちゃんのDNAが本命です!

 ありゃ、勢い余って全部飲んじゃった。

 もう一度お願いすればくれるかな?

 

「ちーちゃん、まだお水ある?」

「ないな。それが最後だ」

「この水って何処にあったの?」

「クーラーボックスの中だ」

「なんで一本だけ水が……」

 

 しー君が用意してくれたんだろうけど、どうして一本だけなんだろう?

 まさか今の状況を読んでた?

 私とちーちゃんは殴り合い、精根尽きた状態。

 身体はくたくたで、喉はからから。

 そんな二人が一本の水を飲む。

 うん! とっても青春だね! しー君に感謝!

 

「これ以外は全部酒だ。神一郎も気が利かないな。ホストならソフトドリンクも用意しとくものだろう。アイツ、私と束が未成年だって忘れてないか? まぁビールばかり飲んでた私が言う事ではないが」

「しー君なりに気を使ったんじゃない?」

「気を使う? 何を言っているのか分からん。この水は料理に使った余りだぞ?」

 

 ……カレーを温めた時、水を加えながら温めてたね。

 しー君にはがっかりです!

 残りはお酒だけ。

 嫌いじゃないけど、正直言って気分じゃない。

 ちーちゃんも私と同じなのか、お酒に手をつける様子はない。

 こんな時こそ私の出番。

 お水を用意してちーちゃんに褒めてもらう!

 

 えーと、今の手持ちは――ふむふむ。

 なんとかなりそうかも。

 

「ちーちゃん、ちょっと待っててね」

「ん? なにかするのか?」

「うん、水を作ろうかと思って」

「それはありがたいな。頼んだ」

「がってん!」

 

 やっぱりちーちゃんも飲みたいんだね。

 やる気はMAX。

 必要な機材を取り出し、ばらし、組み立てる。

 

 

 

 

 

「出来た!」

 

 出来上がったの大型の遠心分離機。

 外見はカタツムリです。

 

「ちーちゃん、お酒を適当に頂戴」

「これでいいか?」

 

 ちーちゃんが渡してきたのは、缶チューハイが数本。

 もしかしてビールは自分の楽しみにとっておきたいのかな?

 さてさて、中身を機械の穴に注いでスイッチオン!

 

「このカタツムリが水を作るのか?」 

 

 ちーちゃんにもカタツムリに見えるんだ。

 可愛いでしょ?

 

「そうだよ」

「なぜ酒を入れた?」

「え? お酒を水とそれ以外に分離する為だけど?」

「……そうか」

 

 ちーちゃんが苦虫を噛んだ様な顔をする。

 なんで?

 機械の音が止まった。

 出来上がりだね。

 注ぎ口にペットボトルの口を近づけ、蓋を開ける。

 

「束、どんな原理でアルコールと水を分けたんだ?」

「遠心分離」

「その理屈はおかしい」

「ほえ?」

 

 二種類以上の成分が混ざった液体を分離するには、遠心分離でおけ。

 それが答えです。

 

「どうぞ」

「そうだな。お前に聞いたのが間違ってた」

 

 納得してくれたみたいだね。

 内部で一度沸騰させてたりとか、何枚ものフィルターで不純物を取り除いたりとか、そんなの説明してもつまんないもん。

 

「ん。普通の水だな」

「私にも頂戴?」

「ほら」

 

 おぉ!?

 ちーちゃんが普通にペットボトルを渡してくれる。

 なにこれ感動。

 

「お前の機嫌を取った方が最良だと判断した」

 

 ちーちゃんは私と反対の方を向いてそう言った。

 照れてるの?

 もー、ちーちゃんてば可愛いんだから。

 

「あまり調子にのるなよ?」

「はーい」

 

 水を飲んで気分も落ち着いた。

 改めて状況を確認する。

 

 身体のあちこちが熱を持っていて痛い。

 口の中が切れていて、水を飲むと口の中が痛い。

 服はボロボロで、スカートなんか縦に裂けてるので太ももが丸見えだ。

 

 次にちーちゃん。

 破けた服の隙間から見える肌は真っ青だ。

 青タン痛そう。

 ちなみにちーちゃんの顔と二の腕は綺麗です。

 流石に日常に影響が出ないように注意したからね。

 特筆すべきは脚だね。

 ストッキングが良い感じに破れてエロス。

 違った。

 まるでしー君みたいなミス。

 “破れています”だね。

 うん、エロい。

 

 はぁ……。

 熱を含んだため息が出る。

 痛い。

 ちーちゃんの拳が当たった肋骨が痛い。

 ちーちゃんの蹴りが当たった橈骨が痛い。

 ちーちゃんを蹴った時、肘でガードされた。

 舟状骨にヒビが入ってるみたいで足が痛い。

 身体の芯から痛い。

 ジワジワと、内側から痛みが溢れる……。

 

 幸せだなぁ~!!

 この痛みも! 熱も! 全部ちーちゃんから貰ったもの!

 誰にも渡さん!!

 

「変な顔してどうした?」

「欲情してる顔だもん」

「もう二、三発殴るか?」

「是非に!」

「また今度な」

 

 ちーちゃんはやれやれと首を振って、結局殴ってくれなかった。

 おあずけプレイってやつだね!

 今度会うときが楽しみです。

 

「ところでちーちゃん、スッキリした?」

「……分かるか?」

 

 ボロボロの状態だけど、ちーちゃんはとても嬉しそうだ。

 

「神一郎には悪いと思うが、だいぶスッキリした」

「私も頑張ったよ?」

「だな。お前の相手をするのが疲れるが、今はその疲れが心地良い」

 

 ちーちゃんはストレスを溜めていた。

 それは、しー君が考えてるよりずっと酷いストレスだ。

 

「無能共の相手って疲れそうだもんね」

「……相手が自分より低脳でも、従うのが社会人なんだ」

 

 ちーちゃんが低脳呼びとは珍しい。

 イラついてますな。 

 

「社会の中では能力が優れていればいいわけではない。例え相手が一撃で殺せそうな軟弱な人間だろうと、大学を卒業していない私より頭が悪かろうと、社会の順列は絶対だ」

 

 うんうん。

 高卒で女で能力が高い。

 やっかみの対象だよね。

 しー君は新入社員のちーちゃんが苦労してると思っていた。

 それは間違っていない。

 だけど、能力がある未成年の女って凄く敵が多い。

 しー君の想像以上にね。

 なんせ研究所なんて、頭でっかちでプライドが高い人間が多い。

 ISなんて世界中の注目を浴びてる研究をしてるんだから、お察しである。

 でも私は何もしない。

 ケンカを売られたのはちーちゃんだから、私は手を出さない。

 殺してやりたいけどね!

 

「分かってると思うが、手を出すなよ?」

「もちろん。ちーちゃんが買ったケンカでしょ? 空気は読むよ」

「ならばよし」

 

 ちーちゃんに褒められた!

 出来る女は違うのです。

 あ、そうだ。

 出来る女として一つ忠告しないと。

 

「ちーちゃんさ、やっぱり自分の産まれ気にしてる?」

「お前はコロコロ話しが変わるな。産まれ? 気にしてるに決まってるだろ」

 

 ちーちゃんは普通じゃない。

 そんなちーちゃんは誰よりも普通に憧れている。

 私としては無駄な感傷だと思うけど、ちーちゃんの生き方を否定する気はない。

 もどかしいけどね。

 

「しー君の前で自分を人外扱いしないで欲しいの。自嘲もダメ」

「何故だ? 神一郎が私に気を使ったり哀れんだりするからか?」

「まずはコレをご覧ください」

 

 空中に画像を投影。

 映し出されたのは、しー君のパソコンから拝借してきた画像である。

 

「上半身が女で下半身が蛇、それに下半身が蜘蛛? 肌が青いのも居るな。なんだこのバケモノは……?」

 

 ラミアにアラクネ、それと悪魔っ娘だね。

 人外娘やモンスター娘と言われている存在だ。

 他にも、スライム娘やカマキリ娘なんかも居るよ!

 

「世の中には様々な趣味の人がいてね……」

「待て、もしかして……」

「“人外萌え”って言葉があるんだよね」

 

 次の画像は、そんなモンスター娘が男とチョメル姿。

 しー君お気に入りの画像です。

 

「…………(ぽかーん)

 

 ちーちゃんが口を開けたまま画像を見つめる。

 照れとかないね。

 きっと理解出来ない趣向なんだろうな。

 

「男にとって、その、……こういった女? も性の対象なのか?」

「今はマイノリティにも程があるけどね。でもしー君が言うには、未来では同好の士が増えてるらしいよ?」

 

 アニメやエロゲで、一つのジャンルで受け入れられてるって言ってたし。

 ふふっ、しー君が秘密にしてた性癖暴露しちゃったぜ!

 今度ちーちゃんに会った時、冷たい目で見られればいいよぷっぷー。

 

「で、神一郎の性癖がどうした? 私はアイツに襲われる可能性があるのか?」

「違うよちーちゃん。しー君は怒るんだよ。しー君なら言うだろう……『特殊な産まれだからって人外アピールすんなよ。せめて角を生やすか肌を青くしてからアピってどうぞ』ってね」

「そっち!? 私の見た目が普通なのがむしろダメだと!?」

「見かけは普通の美人さんだもん。その外見で人外ぶられても、人外萌えにはケンカ売ってるに等しいんだよ」

「……プロジェクト・モザイカで産まれた私は恐ろしい存在だよな?」

「少なくとも私はちーちゃんを怖いと思った事はないよ」

「そうだったな……」

 

 テンションが落ちたちーちゃんは、普段では想像出来ないくらいシュンとしている。

 影のあるちーちゃんもきゃわいす。

 落ち込んだちーちゃんのテンションを上げてあげないとね。

 ネタはもちろんしー君で。

 

「そう言えばさ、しー君って可哀想だよね」

「お前の面倒を見てた事か?」

「じゃなくて、私に同情してた事だよ」

 

 ちーちゃんは暴れてスッキリ。

 私は遊べてほっこり。

 だけど、しー君が得られた物って何もないんだよね。

 

「私に気を使って馬鹿みたい――とまでは言わないけど、滑稽だよね」

「待て」

 

 私の肩にちーちゃんの手が置かれる。

 どったの?

 

「神一郎はあれだ、お前の為に頑張ったんだよな? お前が寂しがってると思って相手をしてたんだろ?」

「そうだね。しー君の行動原理は私を想ってだった。でもねちーちゃん、よく考えて欲しいんだけど、私って不幸?」

「ん?」

「しー君に会って、私は箒ちゃんと会えなくなると知った。ちーちゃんと会えなくなると知った。いっくんとも会えなくなると知った。で、今の私は?」

「神一郎の為にも聞きたくないな」

 

 残念。

 私はちーちゃんとお喋りしたいので黙りません。

 

「箒ちゃんとは月に一日会えてるし、こうしてちーちゃんと遊んでる。いっくんには会えないけど、時々しー君からいっくんの成長写真を貰ってるから文句はない」

「一夏の事については一言言いたいが、今は言わん。で、つまりお前は――」

「別にストレスとかないよ? そりゃたまに無能共にイラつく事はあるけど、だからって鬱憤溜まるとかないです」

「神一郎オォォ……」

 

 ちーちゃんがなんとも言えない顔で天を仰ぎ見る。

 今日はよく天井を見上げる日だね。

 

「今の私の状況は、私が想定していた未来よりはるかに明るい。日々楽しんでますが、なにか?」

 

 しー君から未来を聞いた後、私は未来が怖かった。

 その時想像した“もしもの未来”に比べたら全然ましです。

 

「そうだな、今のお前は不幸とは程遠い」

「しー君のお陰だよね。最初は妹を捨てた冷たい姉であるべきだと思ってたもん」

「その恩人を滑稽だと言ってるんだが?」

「だってさ、自分で私の生活環境を整えてくれたのに、それでも私がストレス溜めてると思ってるんだよ? なんて言うか……可愛いおバカ?」

「それ、絶対に本人に言うなよ」

「せっかく甘やかしてくれるんだもん。言わないよ」

 

 常日頃から遊べるのはしー君だけっていうのも事実。

 遊び仲間だもん、大切にしますとも。

 

「それで、お前は神一郎で色々と遊んでた様だが、目的はなんだ?」

「おりょ? 遊ぶのに目的とか必要?」

「必要だな。特にお前みたいに腹黒い人間には」

 

 破れた服からチラチラと見える自分のお腹。

 自画自賛だけど、綺麗なお腹です。

 だよね?

 服をめくって誘ってみる。

 ちーちゃんは見向きもしない。

 この程度のお色気ではダメか。

 しー君なら一発なのに。

 

「ちーちゃんはヤジロベエって知ってる?」

「子供のオモチャだろ?」

「そうそう。重心が支点より下にあるから、左右に動いても倒れない子供の玩具」

「それがどうした?」

「左右に倒れず動くだけなのに、それが子供の玩具として成立している。そう、何故だか説明できない面白さがあるんだよ」

「言いたい事は理解した。だから言うな」

「しー君の心を揺さぶるの最近のマイブームです」

「神一郎オォォ……」

 

 またもちーちゃんが天井を見上げる。

 上になにかあるのかな?

 ん、何もないね。

 

「今日の事で神一郎に少し怒りを覚えたが、やはり優しくしてやるか」

「あ、それはダメ」

 

 ちーちゃんてば優しいんだから。

 でも私の為に厳しくあって欲しいのです。

 

「ちゃんとした理由があるんだろうな? くだらなければ――」

 

 くっ!? 話して協力を得るか、黙ってご褒美を貰うか……悩む!!

 殴られてから正直に話せばいいのでは?

 ふっ、天災は伊達じゃないぜ。

 

「しー君に優しくするくらいなら私に膝枕でもッ!」

「触るな」

「あいたっ」

 

 ちーちゃんの膝に頭を乗せようとすると、拳骨が落ちてきた。

 これで私の脳細胞が増えるに違いない!

 にゃふふ。

 しーあーわーせー! 

 

「ごめんちーちゃん。ちゃんと真面目にお話しします」

「最初から真面目に話せ」

「今回、私がしー君のイベントに乗っかったのには理由があるんです。その理由と、しー君に優しくして欲しくない理由が同じなのです」

「乗っかったという認識はあるんだな」

 

 もちろん。

 どう転んでも損がない以上、全力で楽しませてもらいました。

 

「私の目的はね、流々武の二次移行だよ」

「ほう?」

 

 ちーちゃんも興味があるらしい。

 いそいそとビールの蓋を開けた。

 私もお酒飲もうかな。

 しー君はツマミとして最適だよね。

 

「私は常に流々武のデータを取ってたの。でね、ISの稼働時間や、流々武の搭乗者への理解度から見て、そろそろ二次移行してるはずなんだよね」

「“はず”なのか?」

「なのです。でも私の計算と違って未だに二次移行は起きていない」

 

 計算を外すのって、腹ただしくもあり嬉しくもある。

 しー君は本当に私を喜ばせてくれるよ。   

 

「だからね、昨日の軍事基地強襲と、今日の模擬戦は二次移行を促すのには丁度良いかなって」

「その為に精神的に追い詰めたり、闘争心を煽ったりしたのか」

「いえす」

 

 二次移行。

 それはISの進化とも呼べる現象。

 操縦者がISを理解し、ISもまた操縦者を理解した時に起きる奇跡。

 今はまだ二次移行を成功させた機体はいない。

 このまましー君が二次移行しなければ、ちーちゃんが最初になるだろう。

 

「いくら二次移行させたいとは言え、少しやりすぎじゃないか? 軍事基地を襲うなど刺激が強すぎる。下手したら……なんだったか……あぁそうだ。神一郎が闇落ちするぞ?」

 

 闇落ちとはオシャレな言い方だね。

 個人的には、闇落ちしたしー君を見たくもあるんだよね。

 でもなー。

 しー君はなー。

 

「あのね、昨日と今日とデータを隅々まで調べた結果なんだけど、流々武を二次移行させるのは難しいんだよ」

「そうなのか?」

「しー君は“二次移行”って現象を知っている。それはいい?」

「ISの勉強はしてるんだろ? なら知っているだろう。研究所の科学者も、知識として二次移行と言うものがあるのは知っていた」

「しー君が“普通のIS操縦者”なら問題ないんだよね。普通なら――」

「……残念ながら、今の主流からは外れているな」

 

 なんとなく察してくれみたいだね。

 そうなんだよちーちゃん。

 ISを大事に使ってくれてる。

 その事に対して不満はない。

 嬉しいよ? その事に対して本当に嬉しいです。

 でもね、しー君が現状に満足しちゃってるのが問題なんだよ!!

 

「しー君は二次移行したいなんて思っていない。別にISに対して火力なんか求めてないから、当然と言えば当然なんだけど」

「二次移行した際に、独自の武器が発現する場合があるんだったな」

「それと、スラスターの追加や装甲の増減なんかもだね。ISが操縦者に適したカタチに変化します」

 

 お分かりだろうか?

 

 火力は?

 モンド・グロッソなどのIS戦をしないので必要ありません。

 

 スピードや優れた操縦性は?

 スラスターは後付のブースターでカバー。

 近接格闘もしないので、優れた操縦性なんかも必要ないです。

 

 装甲の変化は必要?

 今の装甲は束スペシャル。

 太陽光発電で生み出した電気を、シールドエネルギーに変換する機能と、レーダーを掻い潜り姿を消すステルス性を有している。

 脆いけど、装甲に傷を付けるのはちーちゃんくらいなので、絶対に必要ではない。  

 

 しー君が二次移行する必要がないんだなこれが!

 

「私は二次移行した流々武を見たいの! しー君のマンガ脳やエロゲ脳が、単一仕様能力にどんな影響させるか見たかったんだよ!」

「アイツがどんな能力を得るのか、確かに興味深いのは認める」

「だよね? しー君はISへの理解も深いから、面白い能力を得られるかもだし」

「炎を出したり氷を飛ばしたりか? 重力や斥力の操作なんかもいいな」

「それと、問題はしー君だけじゃないんだよ。流々武にも問題があるんです……」

「ISに問題が?」

「流々武はしー君を理解してる。しー君から影響を得て成長してる。だからかな? 流々武自身が『二次移行しなくていいの? おっけ了解』って感じなんだよね」

「軽いな。誰に似たんだが」

「どう見てもしー君です」

 

 搭乗者はやる気がない。

 ISも同調してやる気がない。

 私がちょっと無茶するのも分かるよね!?

 昨日のアレコレ。

 今日のイロイロ。

 それは全部しー君の覚醒を促す為。

 私は悪くない!

 

「ワンオフ・アビリティーか……確かに私も興味はある。だが束」

「なぁに?」

「ISは人の心を写す。お前が神一郎を追い詰めれば、二次移行した時に流々武が武器を生み出したり、殺傷能力が高い単一仕様能力が発現する可能性があるぞ?」

「そだね。そんで私に対して罪悪感を抱くしー君を、ネチネチ苛めたい」

 

 武器や殺傷能力を持てば、しー君が心の中でISを兵器扱いしていると言っていい。

 しー君がどんな顔で私の前に立つのか。

 想像しただけで面白いよね?

 

「是が非でも二次移行させたいのではないんだな? お前はどっちに転んでも良いと思って……違うな。“どちらにでも転べるように”したんだ」

「以心伝心だね」

 

 しっかりと私の気持ちを理解してくれるちーちゃんラブ。

 

 ゲーム風で言うなら、今のしー君はカルマ値一桁の成長期。

 名付けるなら“グレイシークン”だね。

 進化先は“ビックグレイシークン”一択。

 そんなの、つまんないよねぇ?

 

 育成キャラの進化先が一択なんてとてもつまらない。

 進化先はせめて三つは欲しい。

 なので、しー君には進化先追加の為に頑張ってもらいました。

 

 銃で撃たれるのは怖いよね?

 耳に届く炸裂音、悲鳴、血。

 しー君の心に少なからず影響を与えたはずだ。

 怖い、死にたくないって思ったはず。 

 

 自分より強い相手を策で倒すのは楽しいよね?

 天災を装備しての戦い。

 格上を搦手で追い詰めるのは、心がキュンキュンしたはずだ。

 思想はどうあれ、世間一般では卑怯と言われるだろう。 

 

 しー君はカルマ値を稼ぎ、見事に進化先を増やした。

 その名も“ブラックシークン”。

 恐怖を糧に二次移行したら、防御系の単一仕様能力が発現するかも。

 しー君がより攻撃的な性格なら、自分を脅かす奴は先に殺せと言わんばかりに一撃必殺系の能力を得るかもしれない。

 格上をハメる楽しみを糧にすれば、エゲツナイ能力に目覚めるかも。

 想像するだけでワクワクするよね。 

 

「お前は私に“神一郎を甘やかすな”と言った。それは自分が神一郎に優しくするという意味だな?」

「その通り。私の役目なんだから、いくらちーちゃんでも譲れません」

 

 今度はしー君を甘やかすつもりです。

 “ホワイトシークン”をゲットする為にね!

 白、灰色、黒。

 どの色でも私はカモンである。 

 もちろん二次移行しないまま成長してくれても構わない。

 それはそれで面白そうだもん。

 だから私は、強制的に二次移行させる気はない。

 ちょっかい出して、心を乱したり平穏にしたりして遊ぶだけ。

 ちーちゃんが言う“どちらにでも転べるように”が正しいのです。

 私はキッカケを与えるだけで、決めるのはしー君だもん。 

 

「神一郎の事はひとまず置いておこう。悲しくなる」

「笑えばいいと思うよ?」

「ちっとも笑えん。私の精神安定の為に話を変えるぞ」

「それじゃあ他国のISや操縦者の話でもする?」

「それはフェアじゃないから聞きたくない。普通に、国を出てからでのお前の行動が知りたいな」

 

 私の行動?

 ちーちゃんてば、私が気になってしょうがないんだね。

 それなら語ってしんぜよう!

 

「そうだね。しー君を病院送りにした後は――」

 

 えっと、グラサンをトイレに蹴り込んで、しー君を盗撮……のくだりは話さなくてもいいよね。

 

「あ、国のお偉いさんにしー君の存在バラした」

「神一郎ォォォ……」

 

 また?

 今日のちーちゃんは変だね。

 最近の流行りなのかな?

   

「なあ、神一郎とは今年いっぱいお前の面倒を見ると賭けをしてたんだが、もしかして……」

「忙しいちーちゃんの邪魔する気はないよ? 今後も普通にしー君にちょっかい出す気まんまんです」

 

 しー君の前だから何も言わないで黙ってたけど、仕事が忙しい親友と暇人の友人、どちらを優先するかなんて決まってる事だもん。

 

「神一郎を騙したのか?」

「私は賭けに参加してないよ? 賭けは二人が勝手にやった事だもん」

 

 私はいつだって自分が第一。

 自分の為ならしー君の感情なんてクシャぽいです。

 

「お前、神一郎に嫌われるぞ?」

「大丈夫だよ。近いうちにしー君は私に頭が上がらなくなる。だから嫌うとか有り得ないんだよ。むしろ感謝して敬うようになるかも」

「弱みでも握る気か?」

 

 弱み?

 しー君の弱みなんて、選り取りみどりで探す必要もないくらいです。

 

「そろそろしー君の貯金がなくなるんだよね」

「……都合を付けてやった方がいいか?」

「お金貸すの? それはダメだよ。私はしー君がどんな顔で縋ってくるのか楽しみにしてるんだから」

「お前は本当に怖いな。神一郎が哀れに思えるよ。二次移行とか関係なしに遊び道具扱いじゃないか」

「んふふ。褒め言葉だと思って受け取るよ」

 

 仮にしー君が本気で怒っても、背中におっぱいを当てて、耳元で“ごめんね”って可愛く言えば大丈夫だからへーきへーき。

 

「よし、飲むか。神一郎の事は忘れよう。同情してもなんの役にも立たないからな」

「ちーちゃんが私生活を犠牲にして遊んでくれるなら、しー君は救われるよ?」

 

 ちーちゃんが遊んでくれるなら、しー君は放置します。

 

「ほら、お前も飲め。今日だけは付き合ってやる。今日だけはな」

「うんうん。そうなるよね」

 

 しー君は犠牲になったのだ。

 私とちーちゃんの穏やかな生活の為にね!

 

「乾杯!」

「かんぱーい!」




○○○「自由だひゃっほーい!」
○○○「手の平ころころ」
○○○「…………(そっと目そらし)」


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贅沢を覚えた豚は天災の手の平で踊る

モンド・グロッソのプロローグ的


 TPOと言う言葉がある。

 元々の意味や詳しい専門用語は置いておいて、簡単に言うと『時と場所と場合を考えて行動し、周囲に迷惑かけるな』といったところか。

 そして、社会人には暗黙のルールがある。

 それは――

 

 昼休みに激辛料理食べるべからず

 

 である。

 なぜ激辛料理がダメなのか?

 

 スーツ姿で汗だくになって、会社に戻りエアコンの下で汗が乾いた時に匂いが酷いから。

 汁がワイシャツに付着したら外回りに支障がでるから。

 匂いが強い料理が多いので、口臭が酷くなるから。

 

 といった理由があるからだ。

 つまりだ……

 

「小学生最高ッ!!」

「別に小学生割りとかないわよ?」

 

 リンの細かいツッコミを無視してひたすら料理を頬張る。

 

「神一郎さん、よく食べますね」

 

 呆れ顔の一夏のツッコミも無視する。

 

 麻婆→白米→油淋鶏→白米→餃子→白米

 

 ローテがとまんねえぇ!!

 

 中華の贅沢な食べ方って知ってるか?

 それは複数の一品料理に白米の組み合わせだ!

 中華料理屋で食事をする時、大抵はセットメニューを食べるだろう。

 目の前の一夏が良い例だ。

 一夏が食べてるのは“回鍋肉定食650円”。

 まぁごく普通だ。

 それに比べ俺の晩飯は“麻婆豆腐定食600円、単品油淋鶏550円、餃子ひと皿300円”だ。

 贅沢ッ! 圧倒的贅沢ッ!

 周囲の目も気にぜず、財布の中身も気にせず、汗も口臭も気にしない。

 まったく小学生は最高だぜッ!

 

「はいシン兄」

「ありがと」

 

 リンが注いでくれた水を口に流し込む。

 口の中が辛い時に水を飲むとますます辛くなるって言うじゃん?

 それってさ、辛さが欲しければ水を飲めって事だよね!

 

「ふぅー。やっぱここの麻婆は最高だな」

「当然よ。日本のうっすい麻婆とは違うわ」

 

 日本の麻婆は“辛い”じゃなくて“しょっぱい”のが多いからね。

 旨味成分も少ないって聞くし。

 本場のリンが薄いって言うのも分かる。

 薄い……ね。

 ドヤ顔リンのささやかな胸を見る。

 原作までにどれくらい成長するのか……。

 おっと、小学生とはいえ女子の胸をガン見するのは良くないな。

 

「薄い麻婆って……俺にはここの麻婆の方が無理だ。商店街のお店の麻婆豆腐なら食べられるんだけど」

「なさけないわね」

 

 俺も子供の頃は辛いの駄目だったな。

 本場の麻婆を好むようになったのは高校卒業してからだっけ。

 

「食うか?」

「……いりません」

 

 一夏よ。

 ツッコミがなってない。

 

「んじゃ餃子は?」

「それは頂きます」

「餃子に麻婆を着けて食べるのも美味いぞ?」

「なんで普通に食べないんですか……」

 

 一夏に餃子を分けつつ、自分の分は麻婆豆腐の残りに浸して食べる。

 頬を引きつかせるとは失礼な。

 餃子を咀嚼しつつメニュー表を眺める。 

 中華のデザートは杏仁豆腐か胡麻団子の二択だよね。

 

「リン、胡麻団子おくれ」

「了解。一夏はどーする?」

「俺はいいや。あんまり無駄使いできないし」

「へー? うちの胡麻団子を買うのは“無駄使い”なんだ?」

「悪意ある意味じゃないぞ!? 千冬姉の稼いだお金で贅沢するのがどうかと思ってるだけだ!」

「ふんっ」

 

 リンがそっぽを向いて厨房に入って行く。

 あーあ、やっちまったな。 

 

「まだまだ修行が足りない」

「……確かに言い方が悪かったです。やっぱり怒らせましたよね?」

「素直に謝っておけ」

「そうします」

「それと胡麻団子くらい食べてもいいと思うぞ。千冬さんはそれなりに稼いでるんだろ?」

「俺、千冬姉の稼ぎは知らないんですよ。毎月一ヶ月分の生活費を貰って、それで買い物するんで」

「でもたまのデザートくらいいいだろ?」

「それはそうかもしれません……でも……」

 

 歯切りが悪い。

 俺には姉に養われる弟の気持ちは分からないんだよな。

 なのであまり偉そうな事言えない。

 

「お待たせ」

「お、きたきた」

 

 皿の上には胡麻団子が三個。

 上に乗ったゴマがキュート!

 

「鈴、これって……」

 

 一夏の前に胡麻団子の皿が置かれる。

 

「サービスだって」

「おじさんが? なんか悪いな……ありがとうって伝えてといてくれ――うん、美味い」

 

 一夏の頬が緩む。

 それを見てリンの頬も緩む。

 

 行け! 流々武ヘッド! 今こそ激写の時!!

 

 机の上にヘッドをステルス状態で置く。

 ほのぼのした日常の一幕なので盗撮ではありません!

 

 しかしリンは随分嬉しそうだな……ピンときた。

 

 チョイチョイ

 

 リンを手招きで呼ぶ。

 

「ねえリン。一夏の胡麻団子っておじさんのサービスじゃないよね?」

「……お小遣いから引かれたわ」

 

 リンの奢りか。

 ご馳走したデザートを、純度100%の笑顔で食べてくれたら嬉しいよね。

 自分の奢りだって言えばいいのに。

 恩着せがましい事したくないんだろうな。

 照れ屋さんめ。

 

「それにしてもよ一夏。アンタ胡麻団子くらい自分で注文しなさいよ。千冬さんだってそれくらい許してくれるわ」

「貯金は日頃の積み重ねが大事なんだ。鈴は中学と高校で養育費がいくら掛かるか知ってるか? 贅沢するのは千冬姉に申し訳ないんだよ。正直、外食も心苦しい」

「そこまでなの? シン兄は養育費っていくら掛かるか知ってる?」

 

 一夏の小学生らしくない思考にリンは引き気味だ。

 安心しろ、俺も同じ気持ちだ。 

 

「養育費は俺も分かんないな」

「公立の中学、高校共に、三年で約150万円です」

「合わせて300万!? そんなにするの!?」

「するんだよ。だから出来るだけ出費を抑えたいんだ」

「そうね。千冬さんは働き始めたばかりだし、今から出来るだけ貯金した方がいいわね」

「だろ? だけど千冬姉は夜が遅くて外食が増えたからさ、“お前も外で食べろ”って言うんだ。あ、この店の中華は最高だぞ!? 本当に!」

「それはもういいわよ」

 

 慌てて言い訳する一夏を、リンはやんわりと許した。

 一夏の話を聞いた上で強気には出れないよね。

 織斑家は貯金はまだ少ないだろう。

 一夏の進学までに若干の猶予はあるが、千冬さんは新しい家が欲しいだろうし、一夏に贅沢させたいだろう。

 貯金も大変だろうな。

 

 中学で150万、高校で150万、合わせて300万か。

 一夏の事を信じてない訳ではないが、一応自分で調べるか。

 

 ――ふむふむ、150万ってのは最低金額だな。部活に入れば道具や消耗品、試合の遠征費などでさらに掛かると……。

 

 へー? ほー? ふーん?

 これだけお金を工面して娘に嫌われるなんて、世の働くパパさん達は可哀想だ。

 俺も高校までは行く気あるけど、金額聞くと尻込みしちゃうぜ。

 

「シン兄? なんか震えてるけどどうしたの?」

「ほんとだ。顔色が悪い。神一郎さん大丈夫?」

「ははっ、食べ過ぎかな? 今日は帰って家で休むよ。リン、お会計頼む」

「え? う、うん」

 

 お会計を済まし、心配そうに顔色を伺う二人に背を向け俺は店を出る。

 

 佐藤神一郎、小学六年生。

 貯金残高300万である。

 

 

◇◇ ◇◇ 

 

 

 全財産300万ってどう思う?

 

 小学生の頃からお小遣いとお年玉を貯金して、高校生で300万貯めたら凄いと思う。

 大人なら年齢や立場で違うだろう。

 それでは、家族が居ない小学生が全財産300万ならどうだろう?

 数値だけ見れば金持ちって感じがする。

 でも中高に三年間通うと、約300万かかる。

 食費や光熱費を加算すると?

 

 俺氏、高校からはバイト生活の危機なのである。

 

 大人らしく頭を使って稼げばと自分でも思う。

 しかし、ISの発表と束さんがバラまいた技術によって、世界の技術水準は軒並みアップ。

 未来知識を使って有名になりそうな会社の株を――なんて無理なのだ。

 なら単純に知識と情報で株を買う?

 そんなん出来るなら生前もっと稼いでるっての!

 

 今俺が居るのはデ・ダナンにある居間。

 台所があり、床には畳が敷いてある日本風の部屋だ。

 恥? プライド? んなもん関係ない。

 頼れる家族が居ない俺は、どんな手を使っても生活費を稼がなければいけないのだ!

 

「ん~♪ 美味かな美味かな」

 

 束さんが俺のお手製ハンバーグを頬張る。

 先日、束さんに媚びを売る必要がないと言った馬鹿がいるそうですよ?

 困った時のタバエモンほど頼りになる存在はいないんだよ!

 

「ところでしー君、本当にカレーはいらないの?」

「えぇ、俺は普通のハンバーグで大丈夫です」

 

 束さんのハンバーグは束カスタム。

 ハンバーグがスープカレーに浸してある。

 束製カレーをよく分からん液体で溶かしたスープカレーだ。

 食事時間の短縮を考えた束さんは、カレーを飲み物にした。

 従来の高カロリーに加え、カフェイン、アルギニン、糖類などが追加された一品だ。

 言うならば、カレーをエナジードリンクに溶かしたもの。

 コップ一杯で一日分のカロリーと、頭脳労働に必要なエネルギーを得られる狂気の飲み物だ。

 篠ノ之束は進化することをやめないのです。 

 

「ご馳走様でした。さてしー君、早い再会だったけど私になにか用かな?」

 

 湯呑を持ちつつ、束さんが目を細めて俺を見る。

 バレバレですか。

 ですよねー、急に現れて甲斐甲斐しく料理始めたら怪しさ満点だよね。

 だがここまで予定通り。

 疑われるのは承知の上だ。

 

「実は束さんにお願いしたい事がありまして……」

「あるぇ~? 私に用なんてないんじゃないのぉぉ?」

 

 くっそむかつく顔しやがる!?

 おーけい落ち着け俺。

 分かってた事じゃないか。

 下手に出るんだ!

 

「この前はちょっと理性が飛んでたんです。本心な訳ないじゃないですか。オレタバネサンダイスキ」

「ほほぉ~?」

 

 ニマニマと笑う束さんの背後に回る。

 全力子供アピールの時間だオラァ!

 

「束お姉ちゃん。ボク、油田が欲しいの」

 

 生前の事とか先日の暴言とか忘れて全力でおねだりした。

 新たな黒歴史誕生の瞬間だ。

 さて判定は――

 

「ふむ」

 

 束さんが振り返って、正面から俺の目を見る。

  

「しー君、そこに正座」

「はい」

 

 笑いもしなければ喜びもしない。

 もちろん怒りも感じない。

 珍しく真面目な顔だ。

 なに怖い――

 

「大事な事だから心を乱さないでね。――しー君は! ショタとしての! 賞味期限が! 切れている!!」

 

 なん……だと……!?

 

「昔は可愛いと思ってたんだけどさ、今はそうでもないんだよね」

 

 馬鹿な……我小学生ぞ?

 身体はぷにぷにだし、毛も生えてないお子様ぞ?

 そんな俺がショタではないだと!?

 

「昔はさ、こう、腕の中に抱きかかえられる位だったけど、最近のしー君はそうでもないじゃん。なんか可愛くないんだよねー。だから甘えられても心にグッとこない」

 

 専門用語としてではなく、趣向としてのロリ、ショタの定義は曖昧だ。

 毛が生えたら違うと言う人もいる。

 小学生までが判定ラインと言う人もいる。

 束さんの場合、身長が鍵なのかも。

 ……あれ?

 

「俺はもう、コスプレ美女にちやほやしてもらえないのか?」

 

 夢があった。

 コミケのコスプレ会場で短パン小僧のコスプレをして、周囲のコスプレ女子にちやほやされる夢だ。

 何故今までしなかったって?

 恥があったんだよ! こんな事ならさっさと行動すればよかった!

 ……束さんの嗜好から外れてるだけで、まだワンチャンあるかな?

 

「現実逃避してる場合かな?」

「聞いてますよ。つまり、甘えても豪華な食事を作っても無意味だという事ですね」

 

 少しでも成功率を上げる為に頑張って料理作ったのに……。

 

「ハンバーグって豪華なの?」

「ぶっちゃけ作るのめんどい。男なら焼いた挽き肉を白米にぶっかけて終わりです」

 

 焼けばそのまま食える挽き肉に手を加えるんだよ? 俺一人なら絶対にやらない。

 挽き肉炒めて、塩胡椒か焼肉のタレで味付けして終わりだ。

 それにハンバーグってお店で食べた方が美味いし。

 

「それで? 油田が欲しいって急にどうしたの?」

「気付いたら貯金がピンチなんです」

「トローリング用の釣竿なんて買うからだよ。ぶっちゃけ無駄使い多いよね」

 

 ロッドとリールで100万超えたもんね。

 贅沢品こわひ。

 

 俺は元来散財するタイプではない。

 では何故こうもお金を使いまくってるのか?

 理由は簡単、あぶく銭だからである。

 

 過去、俺は千冬さんや一夏を温泉に連れて行った。

 ここで問題だ。

 

 近所に貧乏な家族がいます。

 アナタは温泉旅行をプレゼントしますか?

 

 答えはNOだ。

 誰も彼もそんなに優しいなら、世界はもっと平和だろう。

 生前の俺だってそんな事はしない。

 誰だって自分が汗水垂らして働いて稼いだお金を、他人の為に使いたくないだろ?

 それが普通だ。

 つまり、自分が稼いだお金でなければ話しは別なのだ。

 神様からのお金は、俺が成人するまでの生活費。

 俺から見れば宝くじが当たった様なもの。

 そりゃあ貧乏一家を温泉に連れて行くし、普段は買わない贅沢品を買うってもんだ。

 ……宝くじを当てた人間が、数年で借金地獄に陥る気持ちが少し分かります。

 

「私はある意味しー君を尊敬するよ。この天災に向かって“金くれ”って言ったのなにげに人類初だよ?」

 

 そだね。

 天災の無駄使いって言葉が脳裏を過るよ。

 

「働きたくない。ソシャゲが配信されたら課金したい。酒飲みたいし、初回特典付きのエロゲ買いたいし、同人誌買いたいし、それらを並べる為に大きな家買いたいんだ」

「率直に言うとクソだね!」

 

 分かってますー。

 オタクが妄想する夢ですー。

 でも可能性があるんだから取り敢えずチャレンジしてもいいじゃないか!

 

「束さんなら油田の一つくらい簡単でしょ?」

「簡単だね。うーん……」

 

 束さんの口が分かりやすく釣り上がる。

 いいよ、こいよ。

 自堕落した生活の為なら魂売ってやんよ!!

 

「コレ着けて、夏休みいっぱいご奉仕してくれるなら考えてあげる」

 

 束さんの右手には作り物の猫の尻尾。

 装着部分が丸いビーズで、ブルブルと震えている。

 魂を売ると言ったが、貞操を売るとは言ってない。 

 

「あとコレも」

 

 ついでに猫耳カチューシャとメイド服。

 そっかぁ……。

 この夏、猫耳メイド(R指定)で働けば夢のニート生活かぁ……。

 

 ウィーン(低いモーター音)

 ブルブル(振動する黒い珠)

 

「…………猫耳とメイド服だけじゃダメ?」

「だーめ♪」

 

 足元見やがって!!

 や、破格の提案だとは理解してるよ?

 それでも失うモノが多すぎる!

 

 

 

 

 

 

 よし、やめとこう。

 もっと年とって、後先なくなったら頼もう。

 

「今回は諦めます」

「ヘタレたね。このバイトをするには、18才までの年齢制限があるのでそこんとこよろしく。老けたしー君には興味ないので」

 

 意外と猶予があるな。

 

 ――高校最後の夏休みは猫耳メイドでアルバイトしようかな?

 

「ま、あんまり苛めるのは可哀想だね。お金が欲しいんでしょ? 工面はしてあげないけど、協力はしてあげる」

「でじま!?」

「でじまです。私だって最近しー君を苛めすぎたなって反省してるんだよ?」

 

 束さんの背後から後光がッ!?

 

「でも必要以上に甘やかしません。あくまで手伝うだけで、お金そのものはあげないからね?」

「それでも十分助かります。一応稼ぐ方法は色々考えてたんですよ。グレーですが」

「いいよね、グレー」

 

 ん? 束さん灰色好きなん?

 それは初耳だ。

 とまぁ束さんの好きな色はともかく、協力を得られるのはでかい。

 自分では出来ない反則技が使えるからね。

 しかし束さんが無償の協力とか有り得るのか?

 ちょっと心配になってきた。

 

「ちなみに見返りなんかは――」

「いりません。言ったよね? しー君に悪い事したと思ってるって。これはね、ただの善意の協力です。友達が困ったら出来る範囲で手助けするなんて普通の事でしょ?」

「お……おぉ……」

 

 体が震える。

 目頭が熱い。

 あの傍若無人唯我独尊の束さんが……

 

「束さん!」

「のーせんきゅー!」

 

 ハグは手で防がれました。

 束さんが進んで協力してくれるとは嬉しい!

 これは軍事基地の件は水に流せますね。

 余裕で許しちゃうよ!

 

「うんうん、しー君の笑顔を見れて私も嬉しいよ」

 

 女神かな?

 女神だった。

 誰だよ駄ウサギだの顔と体と声以外に取り柄がないと言ったやつ。

 束さんをディスるとか許せませんね!

 

「で、具体的に何を手伝えばいいの? この天災を手伝わせるんだもん、つまんない内容じゃないよね?」

「ふ……ふふ…………」

 

 天災の協力を得ての金稼ぎ。

 儲かりそうな株を教えてもらう? ノンノン、そんなつまらない方法をとったら束さんが不機嫌になっちゃうからしません。

 機嫌を伺いつつ、まずは確実に手持ちを増やそう。

 

「束さん、そろそろモンド・グロッソの時期ですね」

「ほーう? 何やら良案があるのかな? 私を退屈させない事を期待してるよしー君」

 

 束さんとにっこり笑い合う。

 嵐の夏が――始まる!!




し「タバエモン! お金が欲しいんだ!」
た「しょうがないなー。しー君に協力してあげるよ!(くけけけ、私の予想通り!)」


次回はやっとモンド・グロッソ。


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モンド・グロッソ前

ここ数日でラノベ換算で20巻以上の活字を読んだ。
面白い小説は時間を忘れさせるよね。
そんで、自分の小説と比べてしまって心が折れそうになるんだ(泣)

この小説おもしれーやめられねー! から、俺の文才ってと凹むまでがワンセット。


 

 モンド・グロッソ前日、いや、日付が変わったから当日か。

 俺は一人でアルバイトに勤しんでいた。

 

 チクチク チクチク

 

 篠ノ之束の寝室ってどんな風景を想像する?

 パソコンとケーブルに溢れた部屋? うん、実家の部屋はそうだった。

 しかし、デ・ダナンにある束さんの寝室は違う。

 

 チクチク チクチク

 

 広さ8畳の畳部屋。

 そこが束さんのプライベートルームだ。

 設備はトイレとシャワールームに小さい冷蔵庫。

 部屋の中央にはちゃぶ台がある。

 ここまでは普通だろ。

 

 チクチク チクチク

 

 問題は壁紙とラックだ。

 天井は千冬さんの写真。

 二面ある壁は、右に箒で左が一夏の写真だ。

 入口から正面の壁は、五人で撮った集合写真だ。 

 はい、そこにだけ俺は映っています。

 

 チクチク チクチク

 

 ラックには数々のコレクションが並んでいる。

 箒と一夏の成長写真集に千冬さんの盗撮写真。

 アルバムには番号が振られ、それらがずっしりだ。

 パソコンで画像を集めてると思いきや、写真などは物理が好きらしい。

 

 チクチク チクチク

 

 ちなみに現在、俺が作業してる場所が束さんの私室だ。

 束さん? 束なら俺の後ろで寝てるよ。

 

『続きまして白虎の方角! 今大会のダークホースと言えるでしょう! 現役自衛官などの優勝候補を切り伏せて勝ち上がってきた美しき獣、織斑千冬の入場だぁぁぁ~!』

 

 針仕事をしながら、録画しておいたISの日本代表戦の映像を暇つぶしに眺める。

 

『織斑選手は大会の出場者の中でも珍しくこれといった経歴を持たない選手ですが、情報によれば篠ノ之流と言う剣術を習ってたとの事です!』

『篠ノ之流は古武術のひとつで、神事とも密接している流派らしいですね。しかも珍しい事に女性の為の武術だとか。いやはや、表に出ない強者とはいるもんですね』

 

 千冬さんの簡易プロフィールが流れる。

 表に出ない強者って言うか、まんま裏の人間だけどね。

 生まれ的に。

 

『しかし驚きですね。織斑選手は飛び道具などは一切使わないスタイル。まさか剣術家がこうも勝ち続けるとは』

『日本人として、日本の武術はまだ死んでないと知れて嬉しい限りです』

 

 正直なところ、日本代表戦はイマイチだ。

 自分がIS慣れして、前世のアニメの思い出があるせいか、全体的に盛り上がりに欠けている。

 ビームなどの特殊兵装もないし、試合によっては中距離での撃ち合いだけって場合もあった。

 平成ライダーからライダー好きになり、いざ昭和のライダーを視聴した時に受け入れられない人が居るらしい。

 派手なCGに慣れてしまうと、昔の特撮は退屈に感じてしまうとか。

 俺の場合も似たようなものだ。

 二次移行した機体や、単一仕様能力持ちの機体が増えれば変わるだろうけど、現状は退屈の一言。

 千冬さんの強さを知ってるので、頑張れと応援する気にもなれない。

 そんなこんなで、世間が盛り上がる中、俺は一人冷静だった。

 

 当時もビール片手にボケっと千冬さんの活躍を眺めていた。

 一夏から教育費の話しを聞く数日前の話だ。

 

 ――今思うと凄く惜しい。

 アングラの賭博場でダークホースである千冬さんに賭けとけば、慌てる必要がなかったのになぁ……。

 

 

 チクチク プツン

 最後に糸を切る。 

 

 縫い終わった抱き枕の完成度をチェック。

 縫い目が多少荒いのは素人なので仕方がない。

 絵柄は学校で隠し撮りした体操着姿の一夏。

 中身はもちろん一夏の使用済みタオルだ。

 お値段、一つ5万円。

 世も末である。

 しかしあれだな。

 アイドルの使用済みタオルとかハンカチを仕込んだ抱き枕を作ったら、オークションで荒稼ぎできそうだな。

 

 流々武 ステルス 完全犯罪 くっ頭が!

 

 まぁやりませんけど?

 織斑家の洗濯物とか容易に取れるな、とか考えても流石に自重してます。 

 後ろを振り向くと、そこには今までに作った抱き枕が山になっている。

 さて、出来上がった抱き枕をそこにシュート。

 

 ポスっと音を立てて抱き枕が落下する。

 

「――ん」

 

 抱き枕の山の下から声が聞こえた。

 えぇ、束さんが寝てますけどなにか?

 千冬さんと一夏と箒の絵がプリントされた抱き枕の山の下で幸せそうに寝てます。

 

『決まったぁぁぁ! 織斑の一閃ッ! 勝者は、織斑千冬だぁぁぁぁ!』

 

 はいはいお見事お見事。

 やっぱり仕事中はこれくらいの動画がいいよね。

 まったく興味がなければ眠くなるし、面白過ぎれば手が止まってしまう。

 千冬さんの戦いはその点素晴らしい。

 安心して見てられる。

 

 出来上がった抱き枕はこれで7つ目。

 金額にして35万。

 なかなかの稼ぎだ。

 時刻は深夜の三時。

 もういっちょ――

 

『束ぇぇぇ!!』

 

 ふあ!?

 

「ふあ!?」

 

 千冬さんの怒鳴り声!?

 何事!?

 って束さんも飛び起きてる。

 

「んー? あ、朝か」

 

 束さんがもぞもぞと抱き枕の山から這い出てくる。

 

「おはよ、しー君」

「おはようございます?」

 

 束さんが寝たのは深夜0時。

 現在は三時。

 三時間睡眠の超健康生活ですね。

 

「今の千冬さんの声はなんだったんです?」

「目覚まし時計の代わり。一発で起きるでしょ?」

「ばっちり起きれますね」

 

 千冬さんの怒鳴り声ならどんな眠りの中でも一発だ。

  

「お、新しいのが出来てる。んむ、グットスメル」

 

 出来上がったばかりの一夏の抱き枕をハスハス。

 変態が雇い主とは苦労するぜ。

 

「んじゃ取り敢えず入金しとくね」

「どうもです」

 

 そして変態に限って財力が高いのは良く聞く話。

 

「んじゃしー君、朝ご飯よろしく」

「はいはい、その前にシャワー浴びてきてください。あっさりとこってりどちらで?」

「もっさりで!」

 

 ふえるワカメでも出せばいいかな?

 

 

 

 

 

 束さんの部屋から食堂に場所を移す。

 この場所はなぜが広い。

 自分の記憶の中で一番近いのは学生寮の食堂かな?

 調理場にはIHコンロが4つもあるし、長机がいくつも並んでいる。

 俺と束さんしかいないのに不思議なんだよね。

 理由を聞いても教えてくれないし。 

 まぁそれはそれとして――

 

 今日の朝ご飯はサンドイッチ。

 もっさりレタスとチーズ、ハムでボリュームたっぷりだ。

 

「んぐんぐ」

「美味しいですか?」

「もっさりレタスが良い感じ」

「しー君は食べないの?」

「俺の体内時計では深夜なので遠慮しときます。それに、今は食べれる体勢ではないので」

「それもそうだね」

 

 もうそろそろ寝るしね。

 それにしても四肢がプルプルするぅー。

 

「あんまり揺れないでよ。食べづらいじゃん」

「すみません」

 

 手足に力を入れて束さんの体重と戦う。

 巨乳とハリのあるお尻は、体重という犠牲を払っているのだよ!

 

 佐藤神一郎、小学生六年生。

 現在、デ・ダナンで椅子やってます!

 

 求)束さんの椅子

 出)10分一万円

 

 飛びつかないはずがない。

 椅子役するだけで時給6万とか正気の沙汰じゃねぇ!

 ついでに束さんのお尻が背中に当たってグッド!!

 開始15分で限界きてるけどね!

 なんで日本代表戦をぼやっと見てただけなんだ俺のバカヤロー!

 

 筋肉の神よ、天災の生贄となった荒ぶる戦乙女よ、我に力をッ――!!

 

「なんとなくだけどさ、馬鹿な事を考えてるよね?」

 

 ふざけてないと力尽きそうなんです!

 目指せ20分!

 

「うりうり」

 

 束さんがお尻を動かして背中に力を掛けてくる。

 おいよせよ、背中に柔らかいモノが擦りつけられてたまんないじゃないか。

 

「うぐぐぐぐ……」

「粘るね。そんなにお金欲しいの?」

 

 欲しいです。

 モンド・グロッソまでに出来るだけ稼がないとね。

 元手を稼ぎたいのだよ。

 それに、苦労して稼いだ身銭なら大事に出来るから!

 こんな日常の延長でおこづかいくれる束さんはホンマ天使やで!

 

 人間椅子になるのが日常の延長とか少し疑問が残るが、そこは次元の向こうに投げておく。

 

「ご馳走様でした。食後のブレイクタイムするのでしー君はそのままで」

「お粗末様。了解です」

 

 俺を椅子にしながら、束さんが足を組む。

 食後の情報収集かね?

 お忙しい事で。

 

「むむ?」

 

 束さんの雰囲気が変わる。

 これは嫌な予感がしますな。

 

「ちーちゃんが体を売った? ほぉー? 面白い事を言うじゃないか」

 

 日本代表戦で見事に優勝した千冬さんだが、実はアンチがいる。

 まぁアンチと騒ぎ立てる程でもないが、なにしろ人の顔が見えないネット上の話だ。

 

 織斑とか知らないんだけど、なにこれヤラセ?

 素人がプロに勝てるのはマンガの中だけ。

 そもそもどんなコネ使ってISに乗ったのかね? 情報出てたけど、親が金持ちとか実績があるプロとかじゃないじゃん。

 専用機は体で買った。

 

 等々、心無い書き込みをする人間が少なからずいる。

 

「しー君! “うっふんのポーズ”」

 

 束さんが俺から降りたので立ち上がる。

 両手を頭の後ろ。

 お腹を前に出し、腹筋に力を入れて、はい、うっふんのポーズ!

 

「ちーちゃんがウリとかする訳ないだろがッ!!」

「ありがとうございます!」

 

 お腹への一撃で膝が崩れ落ちる。

 

「一発一万で良いんだよね?」

「は、はい」

 

 パンチ一発で一万円とか美味しすぎてやめられねぇ!

 

「ふう、すっきり。ありがとしー君」

「お、お安い御用です」

 

 ピクピクとお腹を押さえて倒れる俺に、束さんの慈愛が篭った視線が向けられる。

 この程度でお金が貰えるならいくらでもやりますとも!

 

「悪意ある発言はケンカを売るに等しい。ネットだから身バレしないとか甘えた事考えてないよね? お前達はちーちゃんの悪口を言った。それすなわち、親友の私にケンカを売ったと同じ。って事でウイルスをプレゼント。クズにパソコンは必要ないよね?」

 

 クスクスと笑いながら束さんが手を動かす。

 自業自得だ。

 ネットでの書き込みは注意しましょう。

 身バレしないと調子に乗ると、手痛いしっぺ返しに合います。

   

「あ、椅子役途中でやめさせちゃってごめんね。サービスで20分やった事にしとくから」

「あざます!」

 

 15分で3万円ゲト!

 両手足の筋肉と腹筋が悲鳴を上げてるけど、稼ぎとしては上場です。

 

「イモムシかな?」

 

 失礼な。

 床に這いつくばってっからって虫じゃねーぞ?

 

「ねえしー君、今更だけど、なんでこんな真似してお金稼いでるの? 他にも手はあるじゃん」

「身一つだとこれくらいしか出来ないんですよ」

「情けないなー」

 

 ほっとけ。

 そりゃあね、ISを使って悪事を働ければいくらでも稼げるさ。

 なんせ流々武は姿を消せるから、強盗だって楽勝だ。

 でもそれって犯罪じゃん?

 自慢じゃないが、流々武を使って女湯を覗き放題だなとか考えても、実行した事は一度もない。

 温泉街の上を飛ぶとき、毎回紳士力を試されてるけどね!

 未来知識を使うなら、ラノベのパクリって手もある。

 ラノベの設定とキャラ、ストーリーをパクって書けば、本物には劣るけど6.7割りの完成度で書けるんじゃないかと思う。

 そしたらほら、天才小学生ラノベ作家とか言われてちやほやされるかもしれないし?

 まぁ、んな事はオタクとして矜持があるからしないけど。

 生前に学んだ事を活かす――

 

 英検準二級で稼げる方法があるなら俺が知りたいわッ!

 せいぜい一夏の家庭教師役?

 千冬さんならちゃんと給料を払ってくれそうだけど、束さんのサンドバック役より稼ぎ低いだろうなぁ。 

 他には……沈没船を探したりとか?

 せっかく高性能潜水艦に居るんだし、トレジャーハンターの真似事も有り。

 だけど、それもまた違うと思う。

 夢を求めて知識と熱意で宝を求めるならともかく、金欲しさに機械の力でお手軽ってダメだよね?

 インディー・ジョーンズのラストで、汗と泥まみれのジョーンズが宝を取ろうと手を伸ばした瞬間、壁を突き破ってISが現れて宝を横から取ってったら興醒めだろ?

 財宝を狙って許されるのは夢追い人と考古学者だけだと思う。

 

「結局の所、体張るのが一番楽なんですよ」

「なんかこう、私が想像してたの違う状況なんだよね。これって私はしー君に優しくできてるの?」

 

 束さんが俺を見下ろしながら首を傾げる。

 

「俺には十分ありがたいですが?」

「それは分かるけど……うーむ……」

 

 何を考えてるのか、束さんは顎に手を当てて考え込む。

 なんだろう? もっと甘やかしてくれるのかな?

 でもこれ以上の待遇を求めるのは束さんに悪いよね。

 

「気にしないでください。俺は助かってますから」

「それならいいんだけど……今のしー君見てると蹴りたくなります」

 

 イモムシ体勢が嗜虐心を誘うとか?

 しょうがねーなー。

 

「一万円カモン!」

 

 お尻を上げて蹴りやすくする。

 おいでませ一万円!

 

「しゃーおらッ!」

 

 スパンと快音が鳴る。

 こんなんでお金貰えるとか、本当にありがたい。

 

「まぁしー君が喜んでるなら結果オーライだね」

 

 言い方によっては蹴られて喜んでるぽいな。

 俺はいたってノーマルです。

 

「お? 侵入者だ」

 

 束さんの周囲にカメラの映像らしきものが投影される。

 

「秘密基地が見つけられたんですか?」

「みたいだね。えっと、場所はアメリカで難易度Cか」

 

 はて? 難易度Cとはいったい?

 

「せっかくだし観戦しようか。モンド・グロッソの開始時間までまだ時間があるし」

「その前に説明プリーズ。難易度って何? そんな設定ありました?」

「実はあったのです。と言うか、設定しました。簡単に言うとね――」

 

 

 難易度S 強襲揚陸潜水艦デ・ダナン 

      

 ご存知、篠ノ之束の本拠地。攻略に成功すれば天災の知識を得られるだろう。しかし覚悟せよ、一歩でも踏み入れれば天災は全力で敵を排除する。

 

 

 難易度A 迷宮型の秘密基地

 

 無人兵器、致死性のトラップが多数存在する。世界に数箇所存在してるらしいが詳細は不明。攻略にはISが必須。挑む前に遺書を書くレベル。運が良ければISコアをゲットできるかも?

 

 

 難易度B 要塞型秘密基地

 

 山奥にポツンと存在する屋敷タイプの秘密基地。外観は古い普通の屋敷だが、中身はビックリ屋敷。押しつぶそうと落ちてくる天井、壁から槍、通路の奥から弓矢。そんな古風な罠の数々が侵入者を襲う。奥に眠る研究資料は人類の何歩も先を行く。ISに関する技術が欲しければ狙うべし。

 

 

 難易度C 一軒家型の秘密基地

 

 見かけは郊外にある無人の家。罠は有るが殺傷能力は低い。問題はどこかに存在する研究室への扉を発見できるかどうか。トイレの中、台所の床下収納棚の更に下、クローゼットの壁の奥など探して頑張って見つけよう! むしろ家を見つけるのが大変かも。街中でウサ耳美少女を見つけたらチャンス!

 

 

 難易度D 大自然の一部を利用した秘密基地

 

 洞窟の穴、滝の裏、大木の上のツリーハウス、世界中に点在する秘密基地。罠等は一切なく難易度も低いが、その為実りもほとんどない。運が良ければ他の秘密基地の場所が分かるかも? 初心者はここから挑もう!

 

 

「って感じかな」

 

 知らないうちに秘密基地に変な設定が付け加えられてた。

 え? これ原作通り? それともオリジナル設定? 俺には分からん!

 

「なんでそんな設定を?」

「何事もモチベーションって必要でしょ? ただ秘密基地を作るのもつまんないし、こうした遊び心も大事なんだよ」

 

 言わんとする事は理解出来る。

 実際、秘密基地を作るにしてもその方が面白そうだ。

 難易度A、B以外はね!

 

「ちなみに難易度Aはまだ存在してません」

「すでに説明文から矛盾してるんですが」

「秘密基地制作は私の中では優先順位が低いからね。今のところ、Bが1箇所、Cが3箇所、Dが4箇所だけ存在してます」

 

 ほうほう、意外と作ってるじゃん。

 

「そんなこんなで、特殊部隊の皆様が現場に到着しました。はい拍手」

「やんややんやー」

 

 画面の向こうはハリウッド映画さながらだ。

 

 場所は不明だが、大きな庭付きの一軒家を多くの人間が取り囲んでいた。

 道路には装甲車が停まり、空にはヘリが飛んでいる。

 秘密基地を囲う兵士は、全員黒ずくめで顔を隠し、ゴーグルを装着している。

 ザ・特殊部隊って感じで格好良いなおい。 

 

「家の中にはカメラが多数あるからね。休憩ついでに楽しもうよ」

「ちょっとコーラとポップコーン取ってくる」

「なんだかんだでノリが良いね。落ち着いて見るなら部屋の方がいいか。先に戻ってるから早く来てね」

 

 だって凄く面白そうだもん。

 難易度Cなら安心して見れそうだし。

 

「了解。すぐに準備します」

 

 お盆にコーラとポップコーンを乗せ、先に食堂を出た束さんの後を追う。

 

「おまたせ」

「ナイスタイミング。突入10秒前だよ」

 

 束さんの部屋に戻り、ちゃぶ台の上にお盆を置く。

 拡張領域から座布団を取り出して床に。

 これで準備は完璧だ。

 

『こちらD班、配置に着きました』

『C班、裏口に到着』

 

 玄関と裏口の画像が空中に投影される。

 音声まで拾ってくれてるとはサービスがいいな。

 

『突入しろ』

 

 隊長らしき声が聞こえ、正面玄関と裏口のドアから兵士が突入した。

 

「映像を室内に切り替えるね」

 

 画面が切り替わり、玄関付近の映像が出た。

 ドアが開き、兵士が侵入してくる。

 おぉ、ハンドサイン。

 生ハンドサイン格好良い!

 最初に突入してきた4人、銃を構え警戒しながら扇形に広がる。

 正面に見える階段や、左右を警戒しながら進む姿はまさに映画そのもだ。

 四人が安全を確認したのを見計らい、更に4人が侵入してきた。 

 

『正面玄関クリア』

『A班は一階部分を調べろ。B班は二階へ』

『A班了解』

『B班了解』

 

 A班と呼ばれた4人は最初に侵入した人達らしい。

 玄関前にある階段を無視し一階の探索に向かう。

 A班の後ろから来たB班は階段に上げっていく。

 

「ここからが注目だよ」

 

 束さんがもしゃもしゃとポップコーンを食べながら笑う。

 空中に投影されてる画像は三つ。

 

 一階を探索中のA班

 二階に向かうB班

 裏口から突入してきた、こちらはたぶんC班だろう。

 全12人が篠ノ之束に挑みます!

 

 なお、他の兵士さん達は家を取り囲んだり、出入り口で待機したりと色々です。

 

「真ん中の映像に注目」

 

 真ん中は階段を上っているB班か。

 上からの奇襲を警戒しつつ、慎重に――

 

 ガタンッ(段差がなくなる音)

 

「ぶふぁっ!?」

 

 思わずコーラを吹き出した。

 四人が滑り台を滑るかの様に階段を滑っていくんだもん。

 罠ってそういうの!?

 

 階段を滑り落ちたB班は無言で立ち上がったが、どこか呆然としているように見える。

 そりゃそーだ。

 

 視線を他の侵入者に向ける。

 

『全員伏せろッ!』

 

 A班は食器棚を開けると、中の食器が飛んでくる罠に引っかかっていた。

 

『こちらC班! 援護を求む!』

 

 裏口から侵入したC班は、壁に引っ付いて離れられない様だ。

 壁に強力磁石が仕込まれてるのかな?

 

 なるほど、つまり……

 

 ホームアローンだコレッ!?

 

 殺傷力はないが精神を削る罠の数々。

 束さんはトラップの才能も天災的だった。

 

 A班、冷蔵庫を開けたら腐った食べ物っぽい汚物がショットガンの様に飛び散る罠の餌食に。

 

 B班、段差が無くなった階段を慎重に上るも、上から液体(たぶん油?)が落ちてきて最初からやり直し。

 

 C班、後ろから来た仲間に救助され磁石エリアをクリア。近くの部屋を調べようと中に入ると、四人が部屋に入った瞬間に部屋の花瓶やタンスが爆発。仕込んであったと思われるねっちょりとした液体まみれに。

 

 D班、C班を助ける為に追加で投入された人達。C班と違う部屋に入ろうとするが、ドアノブの表面に細工がしてあったらしく、先頭の人がドアノブから手を剥がせなくなる。なんとか部屋に入るも、部屋の中の調度品は一度触るとくっつく仕様で難儀している。

 

 

 これは酷い。

 

「難易度Cは遊びみたいなもんだからね。高難易度に挑む前に頑張って罠に慣れて欲しいです」

「誰目線? 確かに笑えるけどさ、あれって本気になったら……」

「階段は滑り落ちたらそのまま落とし穴にどぼん。冷蔵庫開けたら硫酸が飛び散り、左右の磁石に引っ付いたらそのまま壁が動いてぺしゃんこ」

 

 難易度Aでも束さんには全力で心を折る方向でいってもらおう。

 絶対に、だ。

 

「んで束さん、あの家って何処かに秘密の部屋でもあるの?」

「あの秘密基地の攻略法は簡単だよ? チャイムを鳴らすだけ」

「チャイム?」

「うん、ピンポーンって。そうすると玄関の床がせり上がって研究室の入口が正面に見える」

 

 つまり、あの家は地下に秘密の部屋があるタイプか。

 しかも玄関の真下に。

 最終的には見つかるだろうけど、全てを知った時の彼等の心情はいったい……。

 

「乙女の家に勝手に入るからそうなるんだよ。チャイムを鳴らすのは常識だよね?」

「ですね」

 

 確かに常識だ。

 うん、不法侵入だもん仕方がないね! 

 なんもかんも無断で家に入る人間が悪い!

 例え束さんが密入国して不法に家を改造したとしても! 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「面白かった?」

「楽しませてもらいました」

 

 悔しいけど楽しかったです。

 

 秘密基地の周辺は現在阿鼻叫喚。

 

 接着剤か何かで体中に下着を着けられた人が居たり、全身から光を発する人が居たりと不思議人間が右往左往している。

 極めつけはBGMだ。

 建物二階にある寝室のテレビには、近付くと自動的に電源が入る仕掛けがしてあった。

 映り出されたのはポルノ。

 所謂、AVだ。

 本場アメリカンのエロ動画が大音量で流れ始めた時の兵士達の慌てっぷりは凄かった。

 普通に外まで音漏れしてたからね。

 どういう訳かコンセントを抜いても映像は止まらず、画面を割っても音声だけ流れる鬼使用でした。 

 

 他人事だから普通に笑ったっての!

 

「最後は力技でしたね」

「まぁそうなるよね」

 

 先行した人達がトラップを解除――もとい、引っ掛かって無効化した後、センサー的な機械を担いだ人達が壁や床を調べた。

 それで玄関の床下に何かあると気付いた様だが、そこでまさかの掘削機が登場だ。

 必死に床を掘ってる人達に、“インターホン鳴らせば解決ですよ”って教えたい衝動にかられたよ。

 

「そうだ、しー君もお手伝いする? 攻略難易度Aの作成、報酬は300万」

「下手したら俺が仕掛けた罠で人が死ぬんでしょ? お断りします」

「お金より命を取るの? 甘っちょろいね」

「人を殺してへこむ俺をネチネチと苛める束さんの姿が想像出来るので」

「悔しいが否定は出来ないッ!!」

 

 だろ? 笑いながら俺を責める束さん顔が容易に想像できるもん。

 それに罠ってのがよくない。

 気付いた時には人が死んでいるってのは罪悪感が湧きにくい。

 俺は、“悪いのは俺じゃない!”とか叫ぶ痛い人になりたくないし。

 

「でも大丈夫だと思うよ? 難易度Aの秘密基地はISの投入を前提にするから、素人のしー君が仕掛けた罠じゃ相手を傷付けるのは難しいしだろうし」

「ぶっちゃけ嫌がらせの罠とかなら興味ある」

 

 侵入者の心を折るのとかちょっと楽しそうだよね!

 子供の時さ、ホームアローンを見ながら“俺ならこうする”なんて考えたことなかった?

 俺はある。

 子供の頃の妄想が叶うと思うと、少しワクワクするね。 

 

「それとさ、穴掘り係が欲しいんだよね。暗い穴の底で土と戯れながら侵入者を撃退する罠をネチネチ考えようぜ!」

「正直楽しそうなので乗らせてもらいます」

 

 流々武のスコップで穴を掘りつつ、相手が嫌がる罠を考える。

 目指せトラップマスターだな!

 バイトとして悪くないです。

 

「さてさて、良い感じで時間も潰れたし、丁度良い頃合かな」

 

 時計を見ると、モンド・グロッソまで後三時間。

 ギャク映画を随分と楽しませてもらいました。

 そろそろ動く頃合だ。

 あーあ、まさかの完徹だよ。 

 しょうがない、束さんのホームアローンモドキが面白かったから良しとしよう。

 

「しー君、私にお願いでもあるんじゃないの?」

 

 俺、そんなに分かりやすい顔してます?

 してるんだろうなー。 

 

「お願いしても?」

「内容次第かな。取り敢えず言ってみて」

 

 ここからが稼ぎの本番。

 珍しく優しい束さんの助力を得られれば、俺の生活は当分の間は安泰!

 

「まず一つ、掛金の大きい非合法賭博で賭けをしたいのでご協力お願いします」

「モンド・グロッソを対象にした賭けだね? ちーちゃんに全掛け?」

「もちろん。俺は千冬さんの勝利を確信してますので」

「いいよ。探してあげる」

 

 俺というイレギュラーの存在があるため、この世界は原作とは違う世界になるだろう。

 転生者のせいで流れが狂うとかよくある話だ。

 だがしかし! リアルチートの千冬さんが負けるのは有り得ない!

 それこそ全財産賭けてもいいね。

 

「もう一つ、ネット上でお店を開きたいのでその協力も」

「お店? なにか売るの?」

「千冬さんの写真です」

「むむ?」

 

 束さんの眉が中心に寄る。

 なにか嫌なのか?

 

「ダメなんですか? 前に俺がフリーマーケットで売った時は文句言いませんでしたよね?」

「あれ地元じゃん。学生時代からの根っからのちーちゃんファンだからいいけど、ちーちゃんの事を知りもしないのにモンド・グロッソで活躍したからって写真を求めるミーハーはちょっと」

 

 めんどくさ!?

 ガチ千冬さんファンめんどくさ!!

 

 いいんだよミーハーで。

 むしろミーハーが狙い目だんだよ。

 そういった、テレビに影響されて流されてしまう相手だから稼げるんじゃん。

 しかし、ネット上で写真を売って金を稼ぐなら束さんの協力が必要だ。

 なにせ今はネット上での売買は珍しい部類。

 ケータイ払いも電子通貨もないのだ、商売するにもひと苦労するだろう。

 千冬さんの写真を売るにしても、カード決算が主になる。

 束さんの手を借りなければロクな商売が出来ない。

 うーむ、どうしたもんか。

 

「まーでも、しー君の頼みならしょうがないか」

 

 お?

 

「ミーハー共にちーちゃんの写真を売るのは気に食わないけど」

 

 まさか?

 

「しー君の生活がかかってるだもん。大目に見てあげるよ」

 

 束さんの優しさが天元突破してる件。

 まじかよ、普段ならここで俺が説得と言う名の口八丁でどうにか頑張るパターンなのに、束さんが自ら引いて協力する姿勢を見せるとは。

 優しさに泣きそうだ。

 

「ありがとう束さん」

「私なりの償いだから気にしないでよ」

 

 訳アリの優しさでも嬉しいのさ。

 さて、千冬さんに賭ける為にも元手を出来るだけ増やさないと。

 

「取り敢えず束さん、何かして欲しいことある?」

「パンツ一丁で街中ダッシュ」

「おい」

「うそうそ。今は特に手伝いはいらないんだよね。私はちーちゃんの試合が始まるまで自分の研究してるつもりだし、しー君は休んでていいよ?」

「肩もみ、お茶出し、人間椅子のご利用はいかがですか?」

「お金って本当に人を変えるよね」

 

 そんな可哀想な子を見る目をしないでくれ。

 俺だって『椅子になろうか?』ってセリフが自分の口から出る時が来るとは思ってなかったさ!

 

「でも椅子は無理じゃない? 10分そこらで動かれるとむしろ迷惑」

「畳の部屋ですよ? 椅子なんか似合いません。此処は座布団でしょ!」

 

 ちゃぶ台の横にうつ伏せに寝転んで準備完了。

 さあ来い! この体勢なら頑張れる!

 

「……座ってあげる事が優しさなんだよね?」

「背中に座る事が優しさです」

 

 出来るだけキリッとした表情で俺は束さんを見上げた。

 束さんよ、なぜそうも泣きそうな顔をしている?

 俺が憐れか? 憐れむくらいならなそのデカ尻を俺に乗せやがれ!

 

「ふん」

「んがっ!」

 

 あれ? なんで俺は頭踏まれてるの?

 まぁいいや、一万円あざます!

 

「どっこいしょ」

「んふっ!?」

 

 意外と勢い良く座りやがったぞ。

 

「ちなみに踏んだ分は普通のお仕置きなので料金は発生しません」

「……了解です」

 

 余計な事は言わない考えないで行こう。

 俺は束さんの作業の邪魔にならないよう静かにしないといけない。

 それでも出来る事はある。

 拡張領域からパソコンを取り出す。

 今のうちに売りに出す千冬さんの写真をピックアップだ。

 露出が激しいやつや、激レアなコスプレ系は束さん的にNGかもだからその辺を注意しないとな。

 

 腰の周辺は束さんの体温で温か気持ち良い。

 確か熱を発生させる温クッションってあったよな。

 これは良い物だ。

 今後買ってみよう。

 

 はてさて、もうすぐ待ちに待ったモンド・グロッソだ。

 千冬さんには八面六臂の活躍を期待しております!



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モンド・グロッソ①

アラスカ条約に参加している国を中心に行われるIS同士での対戦の世界大会。格闘・射撃・近接・飛行など、部門ごとにさまざまな競技に分かれ、各国の代表が競うことになる。by Wiki

なので思いっきり捏造することにした。
 


 

 モンド・グロッソの試合会場である特設アリーナ。

 その内部にあるハンガーでは、各国のISが仮組み状態で並んでいた。

 現在は、開会式が終わり競技開始前の待ち時間中。

 ISの周囲では国家代表選手が打ち合わせしていたり、スタッフがISの最終チェックをしていたりと慌ただしく動いていた。

 

「凄い光景ですよねー」

「えぇ」

 

 日本代表――つまり私の随伴スタッフが私に話しかける。

 

「技術畑の人間としては是非とも他国のISを触りたいのですがー」

「止めた方がいいかと」

「ですよねー」

 

 私が注意すると、彼女は残念そうに舌を出しておどけてみせた。

 気付いているのか? 今、周囲の人間から厳しい視線が刺さったぞ? 

 

「触れもしないISをなんで並べるんですかねー? 正直生殺しですー」

「……水口さんって27才でしたよね?」

「ですよー?」

 

 社会に出て驚く事が本当に多い。

 まさかこの間延びした喋り方の、どう見ても年下な少女が年上なんだから。

 

「運営の発案なのか、それとも篠ノ之博士の考えなのか分かりませんがー、機密の塊であるISをこうも他国に晒すなんて理解できませんー」

 

 ずらりと並ぶISを眺めながら、水口さんが指を咥える。

 一部のマニアな人間には堪らない光景だろう。

 下手に触れないのは仕方がないので我慢して欲しい。

 

 大会中のISの整備はこの場所で行われる。

 各国の技術者達は、他の国の技術者達に自国の技術を出来るだけ見せない様に必死だ。

 ISの整備中は人壁を作ったり、近付く人間に睨みを効かせて牽制したりしている。

 各国それぞれに作業用の部屋があればよかったが、それがないのだから仕方がない。

 ま、束の仕業だろうが。

 

 束的には、IS制作において一強状態などになってもらっては困るはずだ。

 言い方は悪いが、技術力や金銭面で劣る国が、アメリカなどの強国より優れたISを開発出来るかと問われれば、正直難しいだろう。

 だからこそ、劣っている国が技術を盗める様にしたと思われる。

 全部私の想像だけどな。

 

「躍起になって隠す必要はないでしょう。ISは“兵器”ではないのですから」

「……それもそうですねー。それにどうせ、此処にあるISは常識に法った汎用機ばかりでしょうしー」

 

 この場にないだけで、もっとヤバイ機能や兵器を積んだ機体があるんだろと言わないでくれ。

 

「そうれはそうと千冬さんー」

「なんでしょう」

「なにか不機嫌そうですがー、怒ってますかー?」

「気にしないでください。さっきからどうも耳障りな音が……」

「それって暗にあたしが邪魔って言ってますー?」

「言ってません。どうも私にしか聞こえてないようですね。もしかしたらモスキート音に近い音なのかもしれません」

「……あたしが老けてるとー?」

「言ってません」

 

 頬を膨らますな。

 似合ってはいるが、どうにも友人に似ている感じがして落ち着かない。

 それと、私にしか聞こえない雑音が五月蝿いのは本当です。

 

「“幽霊の正体見たり枯れ尾花”って言葉があるじゃないですか」

「ありますねー」

「友人が言ってたのですが、“幻聴の正体知ったり骨伝導”ってのがあるらしいです」

「そうなんですかー?」

「そうなんです」

 

 まったく興味なさそうですね。

 今まさに、私は幻聴に襲われている。

 原因は骨伝導だ。

 

「ところで千冬ちゃんはー」

「ちゃんはやめてください」

「千冬さんはー、これからどうしますー?」

 

 この人、隙あらば私をちゃん付けにするんだよな。

 これからか――

 専用機の整備は終わっている。

 競技に対する作戦会議も終わっている。

 特にやることはないな。 

 

「暫らくここで待機しています。他国のISを見るのも勉強になりますから」

「そうですかー。ではあたしはせっかくの機会ですから見学でもしてきますー」

 

 「ではではー」と言って水口さんはハンガーの奥に歩いて行った。

 なんとも若々しい御仁だ。

 彼女を見送った私は、自販機でコーヒーを買い壁際のベンチに腰掛ける。

 

「はぁぁぁ」

 

 深い、とても深いため息が漏れる。

 思わず頭を押さえるが、幻聴は一向に消えてくれない。

 

 モンド・グロッソ初日、競技名は『ラピッド・ハント』。

 個人的にその名前は大丈夫なのかとツッコミたいところだ。

 競技の種類はシューティング。

 競技が始まると、アリーナ内にターゲットが現れ、それを射撃する競技だ。

 ターゲットは球体で、大きさはバスケットボール程の大きさ。

 ターゲットの他に、デブリと呼ばれるキューブが現れる。

 大きさはターゲットと同じで、こちらは触ったり銃弾を当てたりすると減点される仕様だ。

 ターゲットとデブリは試合開始と同時にランダムでアリーナ内に現れる。

 試合時間は3分。

 点数の上限なしで、時間内にどれだけターゲットを撃破出来るかの勝負だ。

 勝つためには、ISの視野を生かしアリーナの中心で射撃してれば良いというものではない。

 高得点が欲しければ、アリーナ内を移動しながら確実にターゲットだけを撃たなければならないのだ。

 

 ターゲットを撃つ射撃能力。

 デブリを避けながら最適な場所に移動する判断力と行動力。

 如何にターゲットが撃ちやすい場所に出現するかの運。

 そして、短い試合時間の中で最高のパフォーマンスをする為の集中力が必要なのだ。

 だから――

 

『どこもかしこもISのレベル低すぎ! ちーちゃんなら素手で勝てるレベルだよ! これは試合観戦は退屈な時間になりそうだね』

『ロリでおっとりで白衣とかエロゲーキャラかよ……最高だな! 千冬さん、あの水口さんって人、小学生は守備範囲ですかね? ショタかどうか分かります?』

 

 少し静かにしてれくないか?

 いや本気で頼む。

 らしくもなくルールの確認なんてしてみたが全然集中できん。

 そもそもどういった原理で二人の声が聞こえてるんだ?

 骨伝導云々は束が言ってるだけで確証はないんだよな。

 整備が終わったISを手放す事も出来ないし、モンド・グロッソ中はコアネットワークを切断する事も出来ない。

 私にはどうにもできないのだ……。

 一方的に馬鹿の声を聞かされるとかどんな罰ゲームだ! 水口さんとの会話中も騒ぎやがってこの馬鹿共が!

 

『それにしてもいろんなISがありますね。しかし試合開始直前なのに今更整備とは何事?』

『色々あるんだよ、色々ね。技術不足で完成してない機体を完成させるべく頑張ってたりとか』

『……未完成品で世界大会出場とか正気?』

『だから色々あるんだってば。例えば国家代表に決まったのはいいけど、他のライバル企業からの妨害で、モンド・グロッソ用の機体が今日までに完成しなかったりとか』

『知りたくなかった裏情報。悲しいなー、それもこれも突貫でモンド・グロッソ大会を開催した主催者が悪い。もう少し時間あげれば良かったのに』

『開催日は前もって予告したんだよ? 期限までに完成させなかったのが悪い』

『ま、社会人としては期限厳守が普通ですし、そう言われればそれまでですね』

 

 そもそもIS自体が未完成だ。

 優勝する為にも、少しでも機体に手を加えたい気持ちは理解出来る。

 操縦者側の意見で言えば、慣れた機体を下手に弄るなと言いたいが。

 ところでその会話は試合前の私に聞かせる必要があるか?

 

『それと自慢もあるね。“我が国の機体は凄いだろ?”っていう』

『それ意味あるの?』

『心理的に優位に立てる。もしもしー君の目の前にガンダムがいて、今から戦えって言われたらどう思う?』

『スコップやハンマーでガンダリウム合金に傷を付けれるイメージが浮かばないです。でもさ、手の内や技術の流出になるのでは?』

『多少流れても問題ないって自信があるんだよ。それに、外から眺めてるだけじゃ単純なスペックしか分からないからね。む? なんか来たね』

『おっと、友好的な雰囲気ではないですね』

 

 女達の笑い声が聞こえる。

 その声は徐々に私に近づいて来ている。

 ただでさえ気分が悪いのに、面倒事な予感がするな。

 

「よう」

 

 私の顔に影がかかる。

 知らない気配だ。

 どうやら知人ではないらしい。

 無視したらダメか? ダメだろうな……。

 

「オマエが日本代表か? まだ子供だな。それにしても随分と綺麗な顔をしてるじゃないか」

『んなッ!?』

『おう……』

 

 顎を手で持ち上げられた。

 顎クイ? だったか?

 

「アダムズ・トリーシャか。アメリカ代表がなんの用だ」

 

 見上げた視線の先には、ドレッドヘアーで唇にピアスを着けた黒人女性。

 今大会の優勝候補であるアメリカ代表が立っていた。

 

「口の聞き方を知らないのか黄猿が!」

「いつまで座ってるんだ? さっさと立て!」

 

 アダムズの後ろにいる取り巻きらしき連中が騒ぎ立てる。

 全員が女性だ。

 服の上からでも分かる筋肉のつきかたに重心のバランス――プロだな。

 女性軍人か?

 物騒な連中を引き連れて訪問とは穏やかではないな。

 

「そんなにイジメてやんなよ。ワタシはな、聞きたい事があって来たんだ」

「なんだ?」

「篠ノ之博士についてだ。オマエ、居場所知ってるんじゃないか?」

 

 束か――

 

『マーチ・ヘア、マッドハッター、ドーマウス、発射準備完了』

『不思議の国のアリス? 急にどうしたんです?』

『ん? ちょっとアメリカと戦争しようと思って』

『その名前って……』

『束製大型ミサイルの名前だよ♡』

『確保ォォォ!』

『離せ! 離せよ! ちーちゃんに触れるどころか黄猿呼びした無能共を灰にしてやるんだ!!』

 

 今そちらの国にミサイルを打ち込もうとしてるところだが?

 

「オイ、聞いてんのか?」

「束の居場所は私も知らん」

「そうか」

 

 根掘り葉掘り聞かれるかと思ったが、あっさりと引いたな。

 それで帰るのかと思いきや、アダムズが私の隣に座る。

 用が終わったのなら帰って欲しいのだが。

 

「日本はISの整備はいいのか? 見たところハンガーに並んでないが」

「もう終わっている。そっちこそこんな場所で油を売ってる暇があるのか?」

「今は機体の最終チェック中さ。いや、サービス中と言った方がいいか」

 

 アダムズがニヤニヤと笑いながら見つめる先には、赤いISが仮組み状態で座っていた。

 機体の周囲ではアメリカのスタッフが動きまわり、それを他国の人間らしき人達が真剣な顔で観察している。

 

「どいつもこいつもアメリカの技術が欲しくて必死らしい。笑えるだろ?」

 

 少しでもアメリカのISの情報を得ようと集まる人達を、彼女は楽しそうに眺めていた。

 どうやらアメリカ代表はイイ性格をしてるらしい。  

 だが瞳が微妙に揺れている。

 こいつ、何かあるのか?

 

「それで、まだ私に何か用が?」

「あん? 世間話は嫌いかい?」

「世間話がお望みか? ならそこの取り巻き連中と遊んでいろ」

「調子に乗るんじゃねーよ。その綺麗な顔を刻まれたくないだろ?」

 

 アダムズが私の髪を掴みながら引っ張る。

 顔と顔が近づき、彼女の息が私の顔にかかる。

 軍人を携えての恫喝か……何が狙いだ?

 

「トリーシャさんそれは流石にマズイですって」

「おーい、謝るなら今のうちだぞー」

「相手見て言葉選べよ猿が!」

 

 取り巻き連中が笑いながら囃し立てる。

 なるほどな、モンド・グロッソの戦いはもう始まってるってことか。

 

「なんだ? 今更ビビってるのか?」

 

 何も言わない私に対し、アダムズは勝ち誇った顔をした。

 いや、正しくは“勝ち誇ってる様な顔”だな。

 視線が時々私から外れるのがなんとも言えん。

 

 しかし、ビビってるね――

 

『The Queen of Hearts She made some tarts(ハートの女王タルトつくった)』

 

 急に歌いだした親友に恐怖してるがなにか?

 

『Off with his head(この者の首を刎ねろ) Off with his head(この者の首を刎ねろ)』

『感情のない顔で歌うのはやめろ! 不安定になる……心が不安定になる!!』

 

 不思議の国のアリスの歌の一つだったか?

 束の声色もそうだが内容が怖いな。

 おいこら働け神一郎。

 お前の存在意義は束のストッパーであることだぞ。

 

「チッ、だんまりかよ。ここまでされて何も言わないとは日本代表はチキンだったみたいだな」

 

 髪から手を離したアダムズが席を立つ。

 

「日本代表は要注意だと聞いたが、とんだ期待ハズレだぜ」

 

 アダムズが私を見下ろしながら侮蔑の顔を見せる。

 私を見下ろすのか構わないが、もう少し上手に喧嘩売ろうな?

 口調もどこか嘘臭いし、そんなんじゃ私も踊ってやる事が出来ない。 

 

「ビビって喋れないとか日本代表は情けねーな」

「トリーシャさんが怖いなら棄権すれば?」

 

 取り巻き連中はここぞとばかり煽ってくる。

 私が言うのもなんだが、喧嘩を売るのって大変なんだな。 

 

「もーいい、とんだ見込み違いだった。戻るぞ」

 

 取り巻き連中も一発かまして満足したのか、大人しくアダムズに後ろに並んで帰っていった。

 彼女達の行動の意味はなんとなく理解出来た。

 巻き込まれる方から見ればまったくもって迷惑な話だ。

 

『……ジャバウォック、パンダースナッチ、起動』

『明らかにヤバイってわかる名前!? 千冬さんヘルプ! 助けて!』

 

 無理だ。

 さっさと止めろ。

 頑張れよ。

 アメリカの未来はお前の手にかかっている。

 

『なにか……なにかないか!? ……そう言えばおっぱいショック療法があったな。馬式ショック療法を試すのは今しかない!! 今なら建前もあるし、これしかないな! ってなわけでお覚悟!』

『私のおっぱいはちーちゃんのもんだと言ってるだろうがッ!』

『がはっ!?』

『……はっ!? 私はいったいなにを!』

『正気に……戻ったんですね……』

『……え? なんで這いつくばってピクピクしてんの? ちょっとキモイ』

『黙らっしゃい。それよりもほら、千冬さんが束さんの声を聞きたそうな顔してるよ?』

『マジで!? もうちーちゃんてば私のこと大好きなんだから――ッ!』

 

 私に投げて危機を回避か?

 アメリカ代表に絡まれた私に対し、周囲の人間がチラチラと視線をよこしている。

 こんな状況で喋れるわけないだろうが。 

 

「千冬さんー」

 

 ちんまい少女が手を振りながら歩いて来る。

 

『チッ! また現れたかお邪魔虫め!』

『んー、やっぱり可愛い。あれで成人とか最高かよ。まさか本物の合法ロリに会えるとは夢の様だ』 

 

 温度差が酷いな。

 そして神一郎の声が気持ち悪い。

 コイツには先日色々としてやられたし、少しやり返すか。

 ふふっ……そう思うと心が軽くなるな。

 

 トントン――トン――トトン――

 

 指で軽く自分の太ももを叩く。

 束ならこれで通じるだろ。

 

『ん? モールス? ほう……ほうほう。それはそれは』

『千冬さんなんて?』

『しー君お気に入りのあのちんまいの、人妻だって。残念だったねプークスクス』

『マジでか!?』

 

 ふっ、気になる女がすでに他の男のものなんてショックだろう?

 ざまあみろ。

 

『合法ロリで人妻とか萌の塊かッ!? 是非とも優しくベットに押し倒されたい! そんで優しく手とり足とり……ぐふふ』

 

 無敵かコイツ!?

 他の男の女でも関係ないのか。

 凄い気持ち悪いな。

 

『まーたしー君はすぐ発情する。このダメ犬! ダメ犬!』

『いたっ!? なんで叩くの!?』

『飼い犬が他所の雌犬を襲おうとしたら躾けるのは飼い主の義務ですから。そらそらぁ!』

『ちょっ! やめっ!』

 

 想定外の反応だったが、これはこれで面白いから良し。

 

「アメリカ代表に絡まれたと聞きましたが大丈夫ですかー? 相手の方(ボソッ)」

「最後になにか余計なセリフがありませんでしたか?」

「気のせいですー」

「まぁいいですけどね。アメリカ代表に絡まれましたが特に害はありません。むしろ相手の性格が知れたので得です」

「そうですかー。試合前に国家代表に喧嘩売るなんて何を考えてるんですかねー? 最初話を聞いた時は千冬さんが相手を血まみれにしてないか気が気じゃありませんでしたー」

「これでもTPO弁えてますよ」

「千冬さんの性格は知ってますよー。だから安心して見てられましたー」

「見てたんなら助けろよ!」

 

 実はこっそり見てたとは驚きだ。

 私でも視線を感じなかったのって意外と凄いのではないか?

 少なくとも神一郎よりはスキルは高いな。

 

「それはそうと、そろそろ競技が始まるので準備しといてくださいねー」

「こっちのセリフ無視ですか……。了解です。待機室に戻ります」

「ガンバですよー」

 

 ふりふりと手を振る姿は可愛いんだよな。  

 

 

 

 さて、現在私は日本に割り振られた部屋に移動中、なのだが――

 

『このダメ犬! ダメ犬!』 

『もっと高い声で! くぎゅー魂を込めろ! そんなんじゃ萌えないんだよ!!』

『ダメいぬぅぅぅぅ!』

 

 耳元がやかましい。

 この苦行はまだ続くのか?  

 そろそろ止めないと本気で怒るぞ。

 

『あれ? ちーちゃんのバイタルが……。もしかして怒ってる?』

 

 やっと気付いてくれたか。

 逆に怒ってないとでも思ってるのかお前は?

 

『試合開始までもう少しだし、集中したいのでは? そろそろ邪魔するの止めた方がいいと思うけど』

『邪魔じゃないもん。応援だもん』

『千冬さんが集中力を乱してもし負けたら……わかってるよな?』

『そんな怖い顔しないでよ。ちーちゃんなら余裕だって』

『まぁ俺も千冬さんの勝利を信じてますけどね』

『でしょー? ちーちゃんなら余裕余裕』

『ですよねー! 余裕余裕!』

 

 私の味方するなら最後までしろ!

 あっさり引くとは情けない奴だなお前は!

 

『あ、俺も言いたい事があったので試合前だけど一言失礼します。――負けたら許さねぇ』

『声がガチすぎる』

 

 それな。

 背筋がゾクッとしたぞ。

 負けたら許さないか……。

 賭けか? 

 モンド・グロッソの選手を対象にした賭けがあるのは知っている。

 うむ、神一郎が目を付けそうだ。

 

『もし負けたら織斑家から下着の全てがなくなると思ってください』

『一億で買い取ろう』

『……千冬さんは色々と後暗い事があるんだから優勝しない方が良いのでは? 悪目立ちしすると一夏に迷惑掛けるかもだし』

 

 相変わらず根性腐ってるな。

 速攻で手のひら返しか。

 神一郎が賭けたのは私の優勝。

 そして、当たったとしても配当金は一億以下ってところだろう。

 

『こらこらしー君、ちーちゃんに手を抜けなんて言っちゃダメだよ。もしちーちゃんが優勝しなかったら私は非常に不機嫌になります。色々と周囲に迷惑かけるかもだよ?』

『他人の不幸で幸せになれるなら俺は別に……』

『しー君VS機械化小隊』

『あ、これ響きからしてダメなやつだ』

 

 アングラな匂いがプンプンするな。

 私としては神一郎が痛い目を見ても気にしない。

 むしろ少し危険な目に合って根性鍛えてこい。  

 

『そうそう聞いてよちーちゃん。しー君てばドMの押し売りが酷いんだよ。殴らせるから一万寄こせって迫ってくるの。開花させた責任取って私が飼育するしかないかな?』

『誰の頭がお花畑か。開花なんてしてませんよ。てかバイト期間は終わりです。これからは殴られたら普通に怒ります』

『しー君の怒りとか怖くともなんとも――』

『抱き枕を全部燃やす』

『やだ! このちーちゃんは私の癒しだもん!』 

 

 “この”私?

 その抱き枕はアレか? もしかして私の写真がプリントされてるのか?

 いいぞ神一郎、全部燃やせ。

 

『そもそも殴られたのだってちゃんと理由があるんです。いいですか? これからの未来は女尊男卑の時代。将来彼女に理不尽な暴力を振るわれる事があるかもしれない。その時の為にも殴られる事に慣らしてるんですよ。未来を知るからこその高度に計算された一石二鳥作戦なのです』

『それで殴られついでにお金稼ぎね。まだ見ぬ彼女の為の努力……いろんな意味で悲しくなるよ』

『悲しむ理由が俺にはさっぱり』

 

 そうだな。

 未来にしっかりと彼女が出来れば問題ないな。

 出来なければただただ憐れだが。

 

『あ、そうだしー君。せっかくだから私の素晴らしさをちーちゃんに語ってよ。私は! ちーちゃんに! 褒められたい!』

『千冬さん返事できないと思いますよ? まぁ束さんがそれでいいなら語りますが』

 

 まだ無駄話が続くのか?

 あ、お疲れ様です。

 私は道ですれ違う他国のスタッフに挨拶してるから構わず続けてくれ。

 

『実はですね、俺の貯金がピンチなんです』

 

 それは知ってる。

 

『それで束さんに泣きついたんですが、失礼な事を言った俺に対しても束さんは優しくしてくれまして』

 

 その優しさは計算された優しさだからな? 

 言う気はないが。

 

『もう束さんへの感謝の気持ちが絶えませんよ。よっ! 天使! 女神! 美少女天才科学者!」

『むふー』

 

 ご満悦だな束。

 そして哀れだな神一郎。

 全て束の手のひらの上だというのに……。

 

『思った以上に束さんが協力的で俺は本当に嬉しいです。本物の銃で撃たれた甲斐があったってもんです』

『うんうん、喜んでくれて嬉しいよ』

 

 私は何を聞かせられてるんだろうな?

 さっきから意味のない話をペラペラと――

 本番前だというのにイライラが酷い。

 

 ――IS部分展開

 

 両腕のみを展開し、拡張領域から自分の武器を取り出す。

 

 右手に持つのは“山法師”。

 左手に持つのは“鬼灯”。

 

 私専用の銃だ。

 これで束を撃ちたい。

 神一郎には関節技だな。

 

 と、しまった。

 通路で武器を出したせいで近くにいる人間がギョッとしている。

 すみません、気にしないでください。

  

『サイズの違う二丁拳銃? ロマンですね。普通に格好良い』

『小さいのが連射重視の“山法師”で、大きいのは近、中距離用の“鬼灯”だね』

 

 日本の機密情報ダダ漏れだな。

 この二丁には束は関わっていないはずだ。

 なぜ分かるかって?

 機能が普通で真っ当だからだ。

 

『山法師は普通の拳銃に見えますね。よくある自動拳銃だ』

『まぁこれといって特別な機能はないけどね。弾丸を正確に連射出来るだけの銃です』

『んで鬼灯がちょっと特徴的ですね。銃身がめっちゃ長い。アニメキャラが使ってそうなイカス外見ですな』

『形だけ見ればコルトパイソンが近いかな? でもソレよりは命中率が上がってるね。銃身の長さに計算された美を感じます』

『ほうほう』

『ん? しー君なに調べてるの?』

『山法師と鬼灯の意味。武器の名前って気になりません? へー、二つとも白い花の名前なんだ。鬼灯とかただの食べ物だと思ってた』

『だから銃の色が白なんだね。うむ、許せるセンス』

『花言葉は……ふはっ!? ホント良いセンス!!』

『え? なにその笑い? どうしたの?』

『山法師は“友情”で、鬼灯は“偽り”』

『……へ?』

『偽りの友情……どんまい(ポン)』

『優しげな顔で肩に手を置くなし! ちょっとちーちゃん! なんでそんな不吉な名前なの!?』

 

 知らん。

 私が名付けた訳ではない。

 そしてそろそろ私を自由にしろ。

 

「失礼します」

「お帰りない織斑さん……ってなんか疲れてる!? 本番前なのになんで!?」

 

 日本チームに割り振られた部屋に入ると、スタッフの一人が慌てて駆け寄ってきた。

 そんなに疲れた顔してるか? 

 まぁしてるだろうな。

 

『凄く素朴な疑問なんだけどさ、日本チームって女性しかいないの? さっきから男を見かけないんだけど』

 

 理由は分からないが推察は出来る。

 

『イカ臭いオスをちーちゃんに近づけてたまるかッ!!』

 

 不思議な出来事や不可解な出来事はだいたい束が原因だ。

 

『させん! させんぞォォ!! 私の目が届かない場所でラブコメなんて絶対に許さん!』

『ブリュンヒルデを目指す女性と、それを支える男性の恋愛モノか……。普通にありそうですね。それにしても千冬さんは愛されてるなー』

 

 羨ましいなら変わってやろうか? 

 むしろ是非とも変わってくれ。

 それかさっさと束を落とせ。

 そうすれば私の被害が減る。

 

「体力は十分なので問題ありません。少し……えぇ、少し気疲れしてるだけです」

「席外しましょうか?」 

 

 気を使わせてしまったか。

 ここで彼女を追い出すのは気が引けるな。

 

「いえ大丈夫です。少し集中すれば元に戻りますので」

「なら飲み物でも買ってきますね」

 

 飲み物ならこの部屋の冷蔵庫にあるのだが、スタッフの女性はそう言って部屋を出て行ってしまった。

 なんだかんだで気を使わせてしまったか。

 申し訳ない。

 

『おっともうこんな時間か……ちーちゃん、試合中もお喋りする?』

『…………個人的には千冬さんが負けても問題ないんだよな』

 

 どこまでも自分勝手だなこいつらは。

 なんかもういつも通り過ぎて力が抜けてきた。

 

『まぁ冗談はこれくらいにしようか。それじゃあちーちゃん、モンド・グロッソが終わったら祝勝会するからその時に会おうね!』

『暫くは時間は空かないでしょうから、終わってから二週間後くらいが無難ですかね? 酒とツマミは用意しとくんで楽しみにしといてください。――せーの』

 

 ちーちゃん/千冬さん頑張れ!!

 

 その言葉を最後に通信が切れた。

 やっとこれで試合に集中出来る。

 しかし散々騒いだクセに最後はあっさりと引いたな。

 

 

 

 

 

「戻りました。――さっきまでとは打って変わっていつも通り……いえ、普段以上のリラックスぶりですね」

 

 足を伸ばして椅子にだらしなく座っている私を見て、彼女は目を丸くする。

 すでに気力は尽きたんだ、察してくれ。 

 

「とてもらしくない格好ですけど……良かった。最近の織斑さんはどこか気を張ってる様だったので安心しました」

「……そう見えましたか?」

「はい」

 

 自分的にはなんら変わったつもりはなかったが、彼女からはそうは見えなかったらしい。

 柳韻先生の教えに対する気概、ISを世界に広める事への不安、確かに心を重くする要因はいくつかあるな。

 ……最近の私は余裕がなかったのか。

 

「でも今の織斑さんはとっても良い顔してます。これなら優勝間違いなしです!」

「最近の私ってそんなに酷い顔してましたか?」

「酷いというか、怖い顔ですね」

 

 今の私は脱力している。

 まさか、だよな?

 私を落ち着かせる為に二人は……なんてないよな?



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モンド・グロッソ②

個人競技の一人称とか無理くない?



 オ ッ リ ム ラ !  

 オ ッ リ ム ラ ! 

 

 自分の名前を大声で呼ばれるのは未だ慣れない。

 正直な話、応援されることはとても心苦しい。

 私は束と一緒に事件を起こした犯罪者だ。

 日本代表などど、本来はそう呼ばれる人間ではないのに……。

 周囲を見渡すと、時々自分の名前が書かれたプラカードが見える。

 この苦い気持ちにもいつか慣れる時が来るのだろうか?

 

 ――Are you ready?

 

 視界にカウントダウンが表示される。

 息を吐き、呼吸を整える。

 機体、心身ともに問題なし。

 

 ――3、2、1、GO!

 

 ターゲットとデブリが現れる。

 数は50/100。

 そこそこ広いアリーナ内が一気にカラフルになった。

 出現位置把握。

 ……いくか。

 

 その場を動かずまずは狙えるターゲットを撃つ。

 鬼灯、山法師ともに弾数は6発。

 銃の種類は様々だが、他と比べても撃てる数は少ない方だ。

 だが問題はない。

 

 6、5、4、3、2、1……弾数0。

 

 薬莢を拡張領域に収納。

 代わりに弾丸を装填。

 生身ではなくISなので、装填する手間がない。

 

 今日の日の為に、私は本物のリボルバー銃を撃ち、撃ってから装填するまでの動作を脳に叩き込んだ。

 シリンダーを横に出し、銃を縦にして薬莢を地面に落とす――空薬莢は全て拡張領域へ。

 新たに弾丸を込める――拡張領域から弾丸が直接シリンダーへ。

 切らずに打ち続ける姿は、客席から見ればリロードなしで打ち続けてる様に見えるだろう。

 

 ターゲットとデブリが追加で現れる。

 ここからが本番だ。

 デブリとデブリの隙間を縫う様に飛ぶ。

 

 6、5、4、3、2、1……リロード。

 

 デブリに後ろに複数のターゲット出現。

 今の場所から撃てばデブリが邪魔で全ては撃てない。

 しかし、射線の角度調整の為に移動するのは時間の無駄だ。

 なので撃つ。

 

 デブリ撃ってマイナス1点。

 その後ろのターゲットを3つ撃破でプラス3点。

 問題ない。

 

 6、5、4、3、2、1……リロード。

 

 ターゲットを撃つ。

 デブリを避ける。

 最適なポジションを予測し動き続ける。

 デブリを避けるか、それとも撃つか、一瞬の思考で判断する。

 

 6、5、4、3、2、1……リロード。

 

 デブリとデブリの隙間からターゲットが見えた。

 距離120メートル。

 鬼灯で撃ち砕く。

 

 正面に新たにデブリが発生。

 避ければ時間のロスと判断。

 山法師で排除。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 思考が、加速していく。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 私の夢は図書館で働くことでした。

 その夢が破れたのは、ハイスクールの卒業間近の時。

 

 ある日、大学への進学が決まっていた私の元に、政府の人間だという人が現れた。

 曰く、ISに興味はないかと――

 

 ニコニコと笑う校長先生の隣で、その人はISの素晴らしさを語ってみせた。

 インフィニット・ストラトス。

 テレビで散々放送されていたので、その存在は私も知っていた。

 空を飛ぶのはちょっと怖いけど、楽しそうでもある。

 でもそれだけだ。

 私はハリウッド世界の住人ではない。

 だからその時は断った。

 話しはそれでおしまい。

 そう思っていたけど、後日その人達が家にまで来て話は変わった。

 両親同伴で彼等は語る。

 

 自分達はアメリカ政府の人間である。

 才有る若者をスカウトしている。

 是非とも娘さんを。

 

 そんな話が続き、両親はすっかり乗る気になってしまった。

 私はなんとか諦めてもらおうと頑張った。

 

 Q:軍に所属することになると言ってましたが、将来は戦地などに行く事はありますか? 

 A:あくまで所属だけです。軍で訓練を受けて頂きますが、軍事業務などには関わる事はありません。

 

 Q:私が人を殺す事はないのですね?

 A:はい。スポーツ選手の様なものだと思って頂ければ。

 

 Q:仮にIS操縦者になった場合、軍を引退して操縦者でなくなった時、秘密保持の為に家族と離ればれになったり、身柄を拘束されることなどありますか?

 A:ありません。

 

 無理だった。

 なんとか親を味方につけたかったけど、簡単に論破されてしまった。

 両親は完全に向こうの味方で、とても名誉なことだから話を受けなさいと、そう説得してきた。

 頑張りなさいと言われたので、私は頑張ることにした。

 

 

 

 

 形だけの軍人なりました。

 

 肉体トレーニングは大変だった。

 辛かったけど、頑張れって言われたから頑張った。

 

 対人戦の技術を学んだ。

 人を殴るのも殴られるのも嫌だったけど、頑張れって言われたから頑張った。

 

 座学は楽だった。

 重火器や火薬の使い方を覚えた。

 

 頑張って、頑張って、頑張って……

 

「どうして私は此処に居るんでしょうか?」

 

 私の名前はアダムズ・トリーシャ。

 読書好きで運動嫌いのごく普通の女の子です。

 

「あぁん?」

 

 アメリカに割り振られた待機室で過去を思い返していたら、いつの間にか目の前にキワナさんが居た。

 この人は私と違って本物の軍人で、私の先輩兼師匠です。

 主に格闘技を習っています。

 ってそうじゃない。

 なんでキワナさんは睨んでるの?

 

「オマエ、またなんかネガティブな事を考えやがったな?」

「なんで分かったんです!? エスパー!?」

「口に出てんだよ馬鹿野郎!!」

「ちょっ! アイアンクローはやめ……いったー!」

 

 キワナさんの手が! 五指が私の顔にッ!?

 

「い、イザベラさん! エマさん! 助けて!!」

 

 必死に手を伸ばして、こちらを見て笑っている二人に助けを求める。

 

「キワナ、ちょっとだけ待ちなさい。一応言い訳くらい聞いてからじゃないと」

「そうっスよキワナ先輩。理由なき体罰はただの暴力っス」

「しゃーねーな」

 

 キワナさんの手から力が抜けた。

 イザベラさん、エマさんありがとうございます!

 

「ほら、さっきのセリフの意味を言ってみろ」

「はい! 私みたいな、なんの取り柄もない普通の女の子が国の代表とかおかしいと思います!」

 

 手を上げながら素直に気持ちを吐露したら、何故か三人の目付きが鋭くなった。

 なんでなんです! ……すみません嘘です。

 理由は分かってます。

 

「テメェ! やっぱりくだらないことじゃねーか!」

「まったく貴女って子は」

「戦う人間として弱気はダメっスよ」

 

 キワナさんが再びアイアンクローの構え。

 イザベラさんが右耳をつまむ。

 エマさんが左耳だ。

 うん、こうなると分かってたもん。

 ぐすん。

 

「根性入れろオラァ!」

「お仕置きですね」

「これは暴力じゃなくて愛のムチっス」

 

 アウチッ!!

 

 

 

 

「うぅ……死ぬかと思いました」

「アイアンクローで死んだ人間なんて軍でも聞いたことねーよ」

 

 そうですね。

 私もありません。

 

「結局モンド・グロッソまでにその弱気な性格は治りませんでしたか」

「すみません」

 

 イザベラさんは軍医で、私のメンタルケアを担当しています。

 軍の厳しい訓練で心が折れそうになった時に、沢山助けてもらいました。

 

「しっかりするっスよトリーシャ。わたしの後輩ならやれるはずっス」

「はい」

 

 エマさんは射撃の師匠。

 ちょっと独特な喋り方ですけど、明るくて良い人です。

 

 私は普通の軍人さんとは違います。

 あくまで素人です。

 基礎訓練こそ軍の雰囲気に慣れさせる為に他の軍人さんと一緒に受けましたが、戦闘技術は軍の大勢の一人として鍛えられるのではなく、彼女たち先輩に鍛えてもらいました。

 

 専門家を付ける事で短期での技術向上。

 IS操縦者を育成する為のノウハウの確立。

 他の軍人との摩擦を避ける為に。

 

 と、色々と理由はあります。

 訓練時代は、先輩三人と一緒に話し合って訓練方法模索したり、他の軍人さんに絡まれた時に助けてもらったりと、色々とありました。

 私はIS操縦者育成の為のモデルケース? テストパイロット? そんな役割もあったのです。

 

「んで? なんでオマエはまたネガティブになったんだ?」

「だって他国の代表選手ってみんな凄い人ばかりじゃないですか! 本物の軍人だったり、なにかしらのプロだったり。私と全然違います!」

 

 所詮私はなんちゃって軍人。

 国家代表を決めるアメリカ国内の大会だって大変だったのに、世界大会とは勝てる気がしません。

 右を見たら筋肉ムキムキの女性。

 左を見れば如何にも仕事出来ます風のお姉様。

 正面には綺麗だけどどこか怖い雰囲気がある少女。

 開会式はそんな感じでした。

 なぜ! 私は! この場所にいるの!?

 場違い感が酷い!

 

「なんでキワナさんが代表じゃないんですか!」

「あーやかましい。イザベラ」

「はいはい」

 

 体全体で不満をあらわにするわたしの隣にイザベラさんが腰掛ける。

 そんなイザベラさんに、私は素直な気持ちをぶつける。

 

「前々から思ってましたが、なんでキワナさんやエマさんが代表にならないんですか? 軍医のイザベラさんはともかく二人はプロですよね?」

 

 常々思っていたこと。

 それは、国の威信をかけて戦うのになぜわざわざ素人を一から育てるのかということ。

 普通に軍人さんの誰かが代表でいいじゃないかと、そう思ってました。

 思っただけでなにも言いませんでしたけどね。

 私は両親の期待と給料の良さに負けました。

 でも流石に今は胃が痛いです。 

 

「今までは先入観から忌避されるのを避ける為に一部の情報を伏せていたけど、今なら大丈夫でしょう」

 

 なんかとても含みがある言い方……そんなに大層な理由があるんですか? だとしたらちょっと聞くの怖いです。

 

「イザベラとエマは非童貞よ」

「……はへ?」

「間違った。非処女よ」

 

 非処女……ひしょじょ?

 流石はアメリカ軍人。

 ヤルことヤってるんですね。

 

「そ、そうなんですか。キワナさんはともかくエマさんは意外ですねー。ところでその、初めてってどんな感じですか?」

 

 あくまで学術的な興味です。

 勉学に生きた身としてはナマの声は貴重ですからね。

 

「落ち着けバカが。イザベラも真面目にやれ」

「自分は処女っス」

 

 あ、エマさんはお仲間ですか。

 そうですよね。

 私は信じてました!

 

「トリーシャの目がなんかムカツクっス」

 

 だってエマさん子供っぽいじゃないですか。

 キワナさんは赤毛のボンキュッボンで色気が凄い。

 イザベラさんも金髪美人でスタイル抜群。

 二人はモテそうですもん。

 

「処女って言うのは隠語よ。分かりやすく言うなら“殺人非処女”かしら」

 

 いつもと変わらない微笑みでのイザベラさんの爆弾発言。

 えーと、なんて言いました?

 

「あの、お二人ってそうなんですか?」

「そうだな。戦場帰りって訳じゃないが、経験はある」

「そうっスね」

 

 いつも近くに居た人が人殺しだった。

 意外な事実だけど、思ったよりショックはない。

 軍人ならそんな時もありますよね。

 

「怖くないっスか?」

 

 あぁそっか。

 イザベラさんが忌避するかもって言ってたのはこれか。

 なんてちゃってでも軍人ですからね。

 怖くもなんともありません。

 ……嘘です。

 なんとも思わないのは私が二人を信用してるからです。

 

「大丈夫ですよエマさん。お二人はすでに実戦経験済み。ただそれだけです」

「ワタシたちはオマエの護衛も仕事だからな。経験のない素人には任せられないって上の判断なんだろ」

「良かったっス。トリーシャは怖がりだから、関係がギクシャクするかもとか心配したっス。っていうかイザベラ先輩、その話は折を見て話す約束だったスよね?」

「今がそのタイミングだと思ったのよ」

 

 エマさんがジト目を向けるも、イザベラさんはどこ吹く風だ。

 私って色々と気を使ってもらってるんですね。

 

「それでその、非処女である事って重要なんですか?」

「もちろんよ。国家代表となれば他国はもちろん自国のIS反対派にも根掘り葉掘り調べられる。貴女にも経験あるでしょ?」

「あります」

 

 思い出しても鬱になる国家代表候補時代。

 訓練中は良かった。

 ある意味で日常から隔離され、日々の訓練で外に目を向ける余裕がなかったから。

 それが変わったのは、国家代表を決める国内大会への出場が決まってからだ。

 目、目、目。

 外を歩くと見知らぬ誰かからの視線が刺さる。

 新聞を広げれば自分の顔。

 イザベラさんの指示の元、キャラを作ってインタビューを受ければ何故かファンができる。

 友達でもない人が馴れ馴れしく話しかけてくるし、ネット上では罵倒されたり褒められたり。

 あ、思い出したら涙が……。

 

「だからね、犯罪履歴や殺人非処女が国家代表になるのは不味いの。“ISは兵器ではない”なんて言葉は建前に近いけど、反IS派に騒ぐ理由を与えたくないのよ」

 

 言われてみれば確かに。

 アメリカが誇るジャーナリストとパパラッチは凄いですからね!

 もしも国家代表及び代表候補が過去に逮捕履歴や犯罪履歴があれば、どんなに隠そうとしてもそれは確実に掘り出される。 

 軍人さんは荒くれ者が多いですし、軍に入ろうとする人はヤンチャ者も多い。

 逮捕履歴はともかく補導履歴くらいはありそうですもんね。

 下手に現役軍人を国家代表にするよりは、スネに傷のない素人を育てた方がいいのかも。

 

「貴女より強い人間はもちろんいるわ。でもね、特殊部隊の人間や裏で動く人間を表に出す訳にはいかないでしょ?」

 

 怖い言い方です。

 それってつまり、特殊部隊の人の中にはIS操縦を学んでいて私より強い人が居るってことですよね。

 賢い私はその事実に気付かぬふり。

 余計な情報は知らない方がいいのです。

 だって怖いもん!

 

「そんな理由で、キワナやエマが国家代表になるのは無理なのよ」

「それならなんで私は軍人なんですか? 国家代表が軍人であることは自体に問題があると思いますけど」

「有事の時に働ける人材は必要だもの」

「……ISは戦争に使えませんよね?」

「相手もそうだと良いわね」

「……私、戦争に加担する気はありませんよ?」

「貴女の家族や友人が戦争に巻き込まれた時もそう言ってられるといいわね」

 

 イザベラさんのにっこり笑顔が美しい!

 なるほど……なーるほど。

 体裁を守る為に身が綺麗な素人を育て国の代表にする。

 万が一の時の為に軍属としておく。

 なんとも恐ろしい話です。

 ……あれ? でも軍属の人って私以外にも結構いますよね?

 

「他国の軍人さんも私と似たような立場なんですか?」

「そうでもないわね、軍と言っても近年じゃ実戦の機会がない国も多いもの。現役軍人の殺人処女を見繕った国もあるわ」

「もしくは全力で勝ちに来てる国だな。経歴に拘らず軍で最強の女を代表にしてる国もいるぜ」 

「小国はそうっスね。風評よりも利益重視って感じっス」

「余裕がないんだろうな。その点は流石アメリカだぜ、なんせこんな人材が眠っているんだからな」

 

 キワナさんがぐしゃぐしゃと頭を撫でる。

 嬉しいと思ってしまう。

 怖くて逃げたくても、期待されてるんだと思ってしまう。

 ついでに普段滅多に褒めないキワナさんに褒められると心にクルものがあります!

 

「そんな訳で、国家代表は表世界ナンバーワンの貴女しかいないの。OK?」

「了解であります!」

 

 敬礼しながらバシっと答える。

 ナンバーワンなんて言われるとテレますね!

 まったくもってキャラじゃないからプレッシャーも同時に酷いですけど!

 表世界って言い方も私の心にダメージを与えてます!

 

「おい、大丈夫か?」

「へ? 全然大丈夫ですけど?」

「目が泳いでるし汗が酷いっス。イザベラ先輩、荒療治は失敗っスね」

「今更この程度の揺さぶりで度胸が付くわけないですか。本当に手がかかる子ね」

 

 色々と聞かされたが全ては私の為でしたか。

 正直言って本番当日に聞かされても困るのですが!

 

「しかし心を鍛えるのに遅いって事はない。今からでもなにか手を打つか?」

「国内大会で勝負度胸がついたと思ったっスけど、そう簡単にヘタレが治るわけないっスか」

「まぁ試合内容も良くなかったですからね。トリーシャちゃんがひたすら攻撃を凌いでる間に相手のエネルギーが切れたり、トリーシャちゃんのスピードに対応しようと自分もスピードを上げて操作ミスで壁にぶつかって自滅したりと、トリーシャちゃんを追い詰める人は居ませんでしたから」

 

 いえいえ、私は全試合いっぱいいっぱいでしたよ。

 勝てたのは生身の試合じゃなくてISだからです。

 アメリカの大会で色々な人と戦いました。

 プロのスポーツ選手や腕自慢のアマチュア格闘家などが多く、完全素人は私だけ。

 私の他にも現役軍人から教育を受けた人も居たそうですが、その人達は早々に負けたらしいです。

 では何故私が勝てたのか――

 

 素人だからです。

 

 IS戦は生身の戦いとは違います。 

 従来のスポーツ格闘とはまったくの別物なので、プロや格闘術経験者の人ほどIS戦の罠に掛かるのです。

 自分の体力とISのエネルギーは別物だから。

 目立った外傷もなく、体力も充実。

 でも機体エネルギーが切れたら負け。

 それがIS戦。

 その事を知らない……いえ、知っていても試合に集中し過ぎた人は自爆します。

 体は動く、だから攻撃する。

 まだ心は折れていない、だから戦う。

 IS戦でそれは通じません。

 個人的に一番近いと思うのはモーターレースですかね? 

 ガソリンの残量、タイヤの状況、それらがとても大事らしいですから。

 正直、レーサーさん乗せた方が良いのでは? なんて思いました。

 それかゲーム慣れしてるオタクですね。

 

「一度本気で戦うか? ワタシとエマでひたすら殺気ぶつけまくるとか」

「全力で戦った事はあっても、本気で――殺す気で戦った事はなかったっスね」

「このタイミングで廃人になられても困るわよ?」

「それもそうか……そういや、今この場所には世界中から強者が集まってるよな?」

「それはいいっスね。如何にもアメリカって感じがして自分は好きっス」

「下手に問題になったら国際問題よ? ちゃんと相手を選ばないと」

 

 なんか物凄い不穏な会話ですね?

 この感覚には覚えがあります。

 私のトレーニングプランを決める時、三人がこうなるとだいたい酷い目に合います。

 フォースを感じろなんて言われて目隠し状態で組手させられたりね!

 

「まずは外見からだな。もっとクールにしようぜ」

「トリーシャは口ピアスとか似合いそうっスね」

「流石に今から穴は無理ね。ピアスに細工して穴なしで着けれるようにしましょうか」

 

 私が口を挟む暇なくトントン拍子で会話が進む。

 クール? ピアス? こちとら読書好きなただの黒人女性ですよ?

 

「エマ、押さえろ」

「了解っス」

 

 ってなんか押さえられてる?

 

「知ってるぜ? オマエ、給料使ってストレートにしてるよな」

 

 キワナさんが私の髪を撫でる。

 自分で言うのもなんですが、黒髪でサラサラの自慢の髪です。

 ……嘘です。矯正しないとモジャモジャになってしまう残念髪です。

 日本人のストレートな黒髪に憧れてますがなにか!

  

「はい、パーマ液」

 

 イザベラさんは何処からパーマ液を用意したんです?

 エマさんはなんで笑ってるんです?

 キワナさんはどうして私の頭にパーマ液かけてるんです?

 

「や、やめっ……」

 

 ヤメロー!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本代表はとても美人さんです。

 綺麗な黒髪が素晴らしいでね。

 どーもトリーシャです。

 ドレッドヘアーに唇ピアスと、ヤンチャ系黒人の格好をしてます。

 や、別に黒人としては珍しくはないのですけどね? でも親が見たら泣きそうです。

 私も泣きそうです。

 

「本当にやるんですか?」

「やれ」

「やるっス」

「やりなさい」

 

 日本代表の織斑千冬さんをなんとか見える位置で後ろの三人に話しかける。

 帰ってきた答えは無慈悲そのもの。

 三人が立てた作戦はとても簡単――

 

『他国の国家代表に喧嘩を売って度胸付けようぜ作戦!』

 

 である。

 簡単であり、そしてとても有効な作戦だと思う。

 だって私の膝笑ってるもん!

 

「喧嘩を売っても大きな問題にならず、怒ったとしても手を出してこない可能性が高く、そして強者の風格がある。丁度良い相手だな」

「日本なんて流血沙汰にならなきゃ“遺憾である”程度で済むから大丈夫っスよ」

 

 確かに大和撫子なら怒っても殴ってくる事はなさそうですけど!

 プロフィールも見たけど軍人でも格闘家でもなく最近まで普通の学生だったけど! 

 それでもめちゃくちゃ怖いです!

 それとエマさん、その発言は日本政府に知られたらヤバイのでもっと静かな声でお願いします。

 

「大丈夫、ちょっと荒っぽく話すだけよ。もしもの時はちゃんと庇うから」

 

 渡された台本には髪を掴めってありましたよね?

 

 うーん。

 あーん。

 むーん。

 

 ……悩むフリは止めよう。

 ここまで来ては逃げられない。

 そんな事、過去の訓練で散々学んだじゃないですか。

 

「……分かりました。行きます!」

 

 ごめんなさい日本代表さん!

 モンド・グロッソが終わった謝りますから!

 一発ぐらいなら大人しく殴られますから許してください!

 

 そんな感じで私は日本代表――織斑千冬さんに近付く。

 近くで見ると本当に綺麗な髪。

 うぅ……なんで私の髪はああも頑固なんでしょう?

 今はドレッドですし……と、もう目の前ですか。

 ここで軽く深呼吸。

 よし! 気合入れた!

 

「オマエが日本代表か? まだ子供だな。それにしても随分と綺麗な顔をしてるじゃないか」

 

 キワナさんを意識した喋り方で話しかける。

 そして、下を向いて座っている彼女の顎を手で持ち上げた。

 あ、凄く肌触りが良い。

 どんなスキンケアしてるのでしょう? 

 

「アダムズ・トリーシャか。アメリカ代表がなんの用だ」

 

 持ち上がった彼女の顔はとても綺麗です。

 綺麗な黒目が私を見つめる。

 

「口の聞き方を知らないのか黄猿が!」

「いつまで座ってるんだ? さっさと立て!」

 

 ってキワナさん&エマさん! あんたらどんな喋り方してるだかッ!?

 思わず言葉使いが乱れましたよもう!

 これ初手グーパンされても文句言えませんよ!?

 えっと、取り敢えず会話を続けないと―― 

 

「そんなにイジメてやんなよ。ワタシはな、聞きたい事があって来たんだ」

「なんだ?」

「篠ノ之博士についてだ。オマエ、居場所知ってるんじゃないか?」

 

 台本通り簡単な内容から話に入る。

 まつ毛長いなー。

 唇の形綺麗だなー。

 織斑さんって凄く顔が整ってます。

 ……でもその綺麗な顔でジッと見つめるは勘弁して欲しい。 

 女として悲しいものがあるので。  

 

「オイ、聞いてんのか?」

「束の居場所は私も知らん」

「そうか」

 

 元々答えは期待していません。

 そんな簡単に篠ノ之博士の居場所が分かるはずありませんから。

 そんな訳で問答無用で織斑さんの隣に座る。

 これって大丈夫ですかね? 今の私ってアメリカの品位を一人で下げてません?

 さて、色々と泣き言はありますが日常会話その2です。

 

「日本はISの整備はいいのか? 見たところハンガーに並んでないが」

「もう終わっている。そっちこそこんな場所で油を売ってる暇があるのか?」

「今は機体の最終チェック中さ。いや、サービス中と言った方がいいか」

 

 ちらりと視線を向けると、そこには私の専用機が仮組み状態で置いてある。

 真っ赤な血の色がとてもチャーミングです。

 嘘です、怖いです。

 あの色はキワナさんの趣味です。

 それと、仮組み状態なのはイザベラさんの指示です。

 ISの情報って高く売れるらしいですよ?

 いえいえ機密を売る売国奴ではありません。

 売ると言っても、お金、情報、資源と色々ありますからね。

 ……なんで一般人の私がそんな情報知ってるんでしょうね? イザベラさんがワザと情報を漏らして私の逃げ道を塞ぎに来てる気がします。

 私ってあっさり軍を辞めれるんですかね? うふふ……。

 

「それで、まだ私に何か用が?」

 

 すみません、まだ終わってません。

 

「あん? 世間話は嫌いかい?」

「世間話がお望みか? ならそこの取り巻き連中と遊んでいろ」

 

 ここからが本番だ。

 悪役ムーブ!

 悪役ムーブですよ私!

 本当にごめんなさい織斑さん!!

 

「調子に乗るんじゃねーよ。その綺麗な顔を刻まれたくないだろ?」

 

 織斑さんの髪を掴んで顔を寄せる。

 うわぁ、こんな綺麗な顔が目の前だと凄くドキドキしますね。

 

「トリーシャさんそれは流石にマズイですって」

「おーい、謝るなら今のうちだぞー」

「相手見て言葉選べよ猿が!」

 

 そして先輩方は楽しそうですね!

 いい笑顔でノリノリです。

 エマさんとイザベラさんいたってはキャラが崩壊してます。

 

「なんだ? 今更ビビってるのか?」

 

 何も言わない織斑さんに対し、更に挑発を続ける。

 それでも織斑さんは何も言わない。

 そう、何も言わないのです。

 

 よくよく考えてみると、織斑さんは騒ぎもせずにずっと私を見てる。

 喧嘩を売り、髪を掴んでる私に対してだ。

 これ、おかしくない?

 

 織斑さんの綺麗な瞳がまるで観察するように私を捉える。

 なぜこの人は怒らない?

 なぜこの人は私の手を振りほどかない?

 なぜこの人は私を真っ直ぐ見てられる?

 

 ヤバイ……かもです……。

 この人、喧嘩売ってはダメなタイプでは?

 

「チッ、だんまりかよ。ここまでされて何も言わないとは日本代表はチキンだったみたいだな」

 

 逃げる!

 ここは逃げましょう!

 どうしては分からないけど背筋がゾクゾクします!

 

「日本代表は要注意だと聞いたが、とんだ期待ハズレだぜ」

 

 怖いけど悪役ムーブは最後まで!

 ここでヘタレたらどうなるか分かりませんから!

 

「ビビって喋れないとか日本代表は情けねーな」

「トリーシャさんが怖いなら棄権すれば?」

 

 ヤメテ! お願いだからにもうヤメテ!

 そんな気持ちで先輩方を睨む。

 

 パチパチパチ

 

 瞬きを使った秘密の暗号。

 訳は

 

 に げ ろ

 

 普段の先輩達ならここで引くのはない。

 もっと攻めろと言うはずだ。

 つまり、皆さんも織斑さんの異常性に気付いたんですね?

 よし逃げましょうそうしましょう!

 

「もーいい、とんだ見込み違いだった。戻るぞ」

 

 織斑さん、やっぱり謝りに行かないでいいですか?

 もう一度正面から会うのは怖いので!




はい! まさかの新キャラです!
でもモブです!
モンド・グロッソが終わったら出番はたぶんない。

トリーシャちゃんは自己評価が低いタイプ。
その辺に関しては後日束さんから説明があります。
後日=来月くらいに……


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モンド・グロッソ③

逃げましたけどなにか?(涙)
スピードある文章ってなに? 個人競技ってどうすれば格好良く書けるの?
なんか勉強になるシーンないかとラノベと二次小説を読む日々(現実逃避)
どなたか詰め将棋かメビウスを題材にした小説知りませんか?

今年の夏三つの出来事

①ロリンチガチャ爆死
②新キャラクター登場(CV田村ゆかり)に釣られキンスレをダウンロード
③初めて夏コミに行く 暑い!(熱い) くさい!(察しろ) キモイ!(横を通り過ぎるおっさんの汗まみれの腕が俺の腕にべっちょりと……) もう二度と行かねぇ!(敗北者感)


織斑千冬さんから逃げる様に部屋に戻る。

 戻る途中、先輩方は全員無言だった。

 キワナさんが怒鳴ったり、エマさんが叱ってくれたりすればまだ空気が軽くなると思うけど、お二人は何も言わず難しい表情で歩いています。

 イザベラさんは歩きながら携帯電話を操作しています。

 こちらも表情が巌しいです。

 かくいう私も心臓のバクバクが止まりません。

 待機室までもう少し! 頑張れ私!

 

 

 

 

「ただいま戻りました!」

 

 やっと到着愛しのマイホーム!

 って誰も居ないんですけどね。

 技術スタッフさんはISの所でしょうし――

 

「疲れたー」

「っスねー」

 

 我先にと椅子に座る先輩方が私の付き人役ですしね。

 そんな先輩達は置いといて、私とイザベラさんでコーヒーを用意する。

 

 キワナさんは砂糖とミルクなし。

 エマさんは砂糖なしでミルク多め。

 私はミルク少なめの砂糖たっぷりで。

 イザベラさんはどちらも少量。

 仲が良い四人だけど、食べ物の趣味は合わないのです。

 

「どうぞ」

 

 全員の前にコーヒーが置かれ、みんなで静かに口を付ける。

 やっと一息つけました。 

 一時間にも満たない時間だったのに、数時間のマラソン並に疲れました。

 さて、ここからは断罪の時間です。

 素手で肉食獣に餌をやるような真似をさせた人を吊るし上げます!

 怖かったんだぞこのやろー!

 

「織斑千冬さんが安全安心って言ったのは誰ですか? 大和撫子とが嘘じゃないですか! どう見ても歴戦の勇者でした!」

「イザベラの用意した資料から選んだんだ。責任はイザベラにあるだろ」

「確かエマちゃんが『大和撫子は大人しくて優しいとマンガに書いてあったっス!』なんて言ってたわよね?」

「資料の写真を見て『こいつ強そうな顔してんな』って言ったのはキワナ先輩っス」

 

 こ、この人達は……。

 清々しいまでの責任転嫁です。

 

「誰か一人くらい謝ってくれてもいいのでは?」

 

 別に本気で怒ってる訳ではありませんが一言くらい労ってくださいよ!

 

「最終的に『日本人なら怒ったりしなさそうですね』って言って決めたのはオマエだけどな」

「確か『大和撫子なら安心ですね』って言ったのはトリーシャ自身っス」

「私達はあくまで候補を上げただけ。決めのはトリーシャちゃん自身よね?」

 

 イエスマム!

 ですよね! 自分で決めたんだから自分に責任がありますよね!

 あぁもう、写真からじゃあの怖い気配が伝わらないのが悪いんです!

 

「ところで皆さんから見て織斑さんってどう見えました? ちなみに私は怖かったです」

 

 最初は普通の美人さんでしたが、喋ってみてようやく分かる怖さでした。

 正直言って未知の生物に遭遇って気分です。

 

「アレはなー、ぶっちゃけワタシも騙されたぜ。擬態のレベルが半端なかった」

「一見しただけじゃどう見ても普通だったっスよね。じっくり観察してやっと違和感に気付いたっス」

「真の強者は普段は普通に見えるって聞いたことがあるけど、本当にそうなのね。少しでも相手の情報を探ろうと観察してたら、気付かない内に汗を握っていたわ」

 

 先輩方も最初は気付きませんでしたか。

 あんな綺麗な顔であれだけ怖いって詐欺もいいとこですよね。

 

「んでイザベラ、実際どーよ?」

「書類上はただの元苦学生ね。学校に通いながらアルバイトで生活費を稼ぎ、空いた時間に道場に通う、そんな子よ」

「嘘だろ? 元ギャングのトップとかじゃないのか?」

「それか日本政府が育てた裏の人間とかっス」

「それが普通なのよ、書類上は完璧に一般人ね」

 

 アレで軍属経験もなく、最近まで学生だった一般人ですか。

 世界は広くて怖くて本当に嫌になります。

 

「でもね」

 

 イザベラさんが数枚の書類をテーブルに置く。

 一番上には織斑さんの写真。

 彼女の資料だろう。

 

「篠ノ之博士に繋がりがあるから政府も本気で調べてたみたい。結果的には織斑千冬は白、ただしグレーに近い、ね」

「なんかあったのか?」

「友達が少し関わっていてね、それで聞いたんだけど、織斑千冬の過去には作為的に感じる所があると言っていたわ」

「そいつの勘か?」

「らしいわ。彼女の過去はとても綺麗で、普通で、嘘臭さがあると」

「だがそれは書類に書かれていない。そいつの気のせいじゃないのか?」

「こういった書類に曖昧な情報は書かないわ。それぐらい知ってるでしょ?」

「まーな。そしてワタシはそいつの勘を信じるぜ。どう見ても日本代表は普通じゃない」

「彼女の実力はどれほどのものなのか……貴女の知り合いか軍人に彼女に近しい人は居ないかしら?」

「あのレベルはそう簡単にお目にかかれないが、まぁ居なくはないな」

「私も知ってる人?」

「……一度だけ会った事があるネイビーシールズの人間だ」

「数ヶ月前まで学生だった人間がアメリカの誇る特殊部隊と同格? 笑えないわね」

「確かに笑えないな。なんせワタシが比較してるのはあくまで雰囲気だ。実力は向こうが上かもしれないぜ?」

「弱点とかあるかしら? 正面からやりあったらトリーシャちゃん厳しいかも……」

「もっと資料あるんだろ? 全部だせ」

「用意済みよ」

 

 カリカリ

 クッキーウマー

 

「美味しいですねエマさん」

「そうっスねー」

 

 二人でクッキーをうまうま。

 なんちゃって軍人の私はもちろん、軍の中では若手のエマさんも込み入った話になると蚊帳の外なのです。

 と言うか、先輩二人が会話に夢中になると、年下二人は口を挟めなくなるんですよねー。

 

「この資料は各国の国家代表の情報を詳しく集めたものよ。この情報を元に相手を分析したりするの」

 

 イザベラさんから分厚い紙の束を受け取る。

 私は代表者の人達の簡易プロフィールは知っています。

 履歴書みたいな物を読まされて経歴などを覚えさせられましたからね。

 ですが、この紙の束はそれとは違う。

 まるでそう……ストーカーの日誌ですね!

 私のデータも似たような感じで集められてるんですかね?

 ストーカーに狙われるなんて私も人気者です。ぐすん……

 

「付箋が貼ってあるページを開いて」

 

 言われた通りそのページを開く。

 日付は意外と最近の出来事だ。

 ええと、篠ノ之束と佐藤神一郎の間に暴力事件が発生?

 

 紙には篠ノ之神社で起きた事件について書かれていた。

 

 

 ○月○日

 

 織斑千冬から救急車の要請が入る。

 救急隊が現場に駆けつけると少年が倒れていた。

 少年は腕の骨を折られ、全身に裂傷と打撲痕が見られた。

 警察も到着し、その場に居た織斑千冬に事情を聞くと、友人同士の喧嘩だと発言。

 

 

 これはいったい……?

 

 

「そうね、取り敢えず佐藤神一郎って人間については気にしなくてはいいわ。その子が小学生ってこと以外はね」

 

 へぇ、この篠ノ之博士と喧嘩して腕を折られたのって小学生なんですか……はうあっ!?

 

「小学生!? 篠ノ之博士は子供の骨を折ったんですか!?」

 

 誰もが知っている篠ノ之博士。

 私もISを学ぶ上で彼女について少し学びました。

 写真で見た感じでは、作り物のウサギ耳を装備した明るい雰囲気の美人さん。

 それがなんというクレイジー! なんというサイコパス!

 個人的に絶対に会いたくない人です!

 日本人は外見詐欺ばかりですか!!

 

「いや、問題はそこじゃねーだろ」

「注目する点はそこじゃないっス」

「まぁトリーシャちゃんはそうよね」

 

 あれ? なんでお二人はそんなに冷静?

 そしてなんでイザベラさんはため息?

 

「あのなトリーシャ、今なんの会話してた? 織斑千冬についてだろーだ」

 

 むむっ……。

 言われてみれば今は織斑さんの話題でしたね。

 もう一度資料を読んでから軽く整理しましょう。

 

 ふむふむ。

 なるほどなるほど。

 

 これ、織斑さんは喧嘩が始まる前からその場に居ましたね?

 喧嘩の立会人でしょうか?

 まぁ悪い事ではないですよね。

 喧嘩してる片方が子供でなければですが!

 

「理解しました。織斑さんは目の前で子供が嬲られてる様子を冷静に見てたんですね」

 

 織斑さんは二人の喧嘩を冷静に眺めていたようですね。

 警官の質疑応答に淡々と答えていたと記載されています!

 

「ようやく気付いたか。そうだ、アイツは目の間で子供が骨を折られても“友人の喧嘩”で処理した。ストリートチルドレンやギャングならともかく、平和な日本じゃ異常だろうさ」

「このデータから見るに、彼女は冷静で合理主義者。そして男や女、子供や大人、そういった括りで人を分けたりしないタイプね」

「冷酷な実力主義者っス」

 

 うん、要するに怖い人ってことですね。

 私の中で日本人は怖い生き物確定です!

 

「もっと早くこの書類を見せてくれてれば……」

「この書類は本来なら貴女達には見せないものだもの。もっと上の人間が見るものなのよ?」

 

 個人情報の塊ですもんね。

 しかしなんでそんな書類が此処にあるんですかねぇ?

 

「うふっ」

 

 ウィンクで誤魔化す気ですか誤魔化されましょう! イザベラさんの情報網なんて興味ありませんから!

 

「性格は実戦向けだな。てか異常だ」

「精神が異常だからと言ってもIS戦が強いとは限らないっスよ?」

「でも精神は肉体に作用すると言われるわ」

 

 弱気言っていいですか?

 そんな人と戦いたくないです!

 

「まぁ実力はすぐには分かるさ」

「そうね」

 

 二人が腕時計を確認する。

 もうそんな時間ですか。

 私の出番は後半だから良かったですが、とても心穏やかに試合に望める状況ではないです。

 なんとか時間までに心を落ち着かせないといけませんね。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 コーヒーとケーキをテーブルに並べて準備完了。

 思考を活性化させるには甘いものが一番です!

 

「画面が四つ、音声はなし、お手並み拝見ね」

 

 会場の四方に居るスタッフからのリアルタイム映像。

 余計な雑音をなくすために音声はカットされている。

 

 アリーナの中央に立つには白いISを纏った女性。

 両手に握られてるのはリボルバーですか。

 

「銃の趣味が良いな。10点」

「効率重視ならセミオートの方が良いと思うっス。7点」

「機体と色を合わせてるのは評価するわ。8点」

 

 異常だのなんだのと言いながら、楽しんでる節がありますね。

 私としては普通であって欲しいです。

 

「始まったな」

 

 カウントダウンが終わると同時に、織斑さんが腕を動かす。

 まずは開始位置から狙える的を撃ったようです。

 

「ん? リロードしてないな。もしかして直接弾丸を弾倉にぶち込んでんのか?」 

「器用っスね。慣れれば便利そうだけど、セミオート式にしてマガジンを交換した方が楽じゃないっスか?」

 

 薬莢と弾丸を拡張領域を介して交換してるんですか。

 そのおかげで休まず撃ち続けられると。

 あ、正面にデブリがと思ったら速攻で撃ち落とした。

 

「状況判断が早いな」

「迷いがないっスね」

 

 うん、早い。

 私だったら減点を恐れて避けてるかもですが、織斑さんは違うようです。

 

「操縦が上手いな」

「そうっスね。動きがとても綺麗っス」

 

 同じIS操縦者として織斑さんのレベルの高さに感服する。

 動きが滑らかで無駄がないです。

 デブリを避け、目標を定め、引き金を引く。

 一連の流れがとても綺麗で勉強になります。

 …………じっと見てたら気付きたくないことまで気付いちゃいました。

 

「顔、変わらないわね」

 

 イザベラさんがポツリと呟いた。

 気付きましたか。

 これ、軽くホラーですよね。

 

「顔? ……あぁなるほど、これはすげーな」

「自分には無理っス。これってマンガで読んだ“無心”ってやつっスかね?」

 

 画面の向こうに居る織斑さんの顔は、綺麗なままです。

 そこには普通なら競技中に見られるはずの熱意や焦り、気迫などの表情が一切見えません。

 しかし、人形の様な冷めた目や無気力とは違う。

 なんと言えばいいのでしょう……食事中の顔?

 まるで日常の顔です。

 

「嘘でしょ? 世界中から注目されてる中でここまで感情を揺さぶられないなんてことある? せめて真剣な顔しなさいよ!」

「なんでイザベラさんが怒ってるんです?」 

「あれだけ若いのよ!? もっと熱意とか全面に押し出しなさい! 私があの頃なんて……っ!」

 

 なんかトラウマでもあるんですかね?

 とてもらしくないです。

 おっと、今はそれより織斑さんです。

 

 右手の銃で近くにあるターゲットを撃ち、左手の銃で遠くのターゲットを撃つ。

 射撃技術は私と同じくらいだと思う。

 でもそれは訓練時の話。

 周囲を観客に囲まれた状態で普段と同じ動きが出来るかは不明。

 っていうか、私は絶対にパフォーマンスが落ちる。

 動きが硬くなるに決まってます。

 

 ――進行方向にデブリが出現。私なら避けますが、織斑さんはデブリを撃ちました。

 

 それにしてもデブリを排除するかしないかの判断が早いですね。

 織斑さんは多少減点しても、それ以上に点を取れればと考えてるようです。

 

 ――避けた先にデブリがあった。私なら右に逃げますが、織斑さんは上に。

 

 空に飛べば行動範囲が左右上下と広がる。

 元々地上で生活する私達は、咄嗟の判断だと右か左に避けてしまいます。

 しかし織斑さんはそんな人間の本能などないかの様に飛び回ります。

 凄いですね。

 

「集中してるな」

「いい傾向っス」

「そうね、少し静かにしましょう」

 

 この競技の問題点は、ターゲットは弾丸を当てなければ得点にならないことです。

 手で殴っても点数にならないのがミソなんですよねー。

 逆にデブリには機体の一部でも触れたらアウトです。

 更に、弾丸は当たった最初の一発しか適用されません。

 デブリとターゲットが直線に並んでいても、同時には破壊できないのです。

 これがまためんどくさいんですよ。

 

 おう、織斑さんデブリを殴って破壊したよ。

 振り返りながら裏拳でデブリを殴って左手の銃で狙撃。

 とても格好良いです。

 

 私が今まで人生で学んだ事。

 それは“できる人を真似ろ”です。

 勉強が得意な人からその人の勉強方法を学ぶ。

 スポーツが得意な人からその人の動きを真似する。

 それだけである程度の成果が出せるのです。

 これでも一応アメリカ代表、怖がってばかりではいられません。

 ですから織斑さん、勉強させてもらいます!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 アメリカ代表とそのお供が個性の塊だった件について。

 

「これは素晴らしい。キャラ立ってますわ」

「そだね。だがお前達の生に意味はない」

 

 現在アメリカ代表の控え室を監視カメラで盗撮なう。

 やー、まさか千冬さんに喧嘩売ったのは仕込みだったとは思いませんでした。

 アメリカ代表のトリーシャちゃんを含め、お仲間もさっきまでと全然違うじゃん。

 なんて素敵な人達なんだ。

 個人的に大好きです!

 しかし、束さんには彼女達の素晴しさが理解できないらしい。

 

「いい加減離してくれないかな?」

「だから落ち着きなさいって」

 

 ギリギリギリ

 

 羽交い絞めする俺と、怪しい赤いボタンに手を伸ばす束さんが静かに争う。

 こっちは手足にISを纏ってるのに負けそうなんですが!?

 

「どんな理由があろうと、ちーちゃんの髪を掴んだ汚物は焼却するのみ!」

「にゃろう!」

 

 徐々に力負けしてきた。

 こうなっては仕方がない。

 俺の新しい商品をくれてやろう!

 

「そいっ!」

「フム!?」

「どーどー」

 

 拡張領域から出したマクラを束さんの顔面に押し付ける。

 こちら、千冬さんと一夏と箒の匂いが染み付いた布の切れ端を投入した新作になります。

 落ち着くだろ?

 

「……いひ」

 

 なにこの子キモイ。

 マクラの下から異様な声が聞こえるんですが。

 

「深呼吸しましょうねー」

「むーふー」

 

 素直でよろしい。

 これなら大丈夫だろう。

 

「そもそも対戦相手を勝手に消したら千冬さんが怒るのでは? 千冬さんなら自分でケジメをつけますよ」

「むひひ」

 

 聞いてる? うん、たぶん聞いてるはず。

 

 赤毛の強気系お姉様。

 プロポーション抜群の腹黒系女医。

 ワンコ系元気っ子。

 思わず虐めたくなる気弱系少女。

 

 俺が絶対守ってみせる!!

 

「ほら、このマクラあげるから大人しくしよ? ね?」

 

 優しーく。

 優しーく接する。

 荒ぶる天災には注意が必要だ。

 二次災害は御免被りたい。

 

「はすはす」

 

 束さんが鼻先をマクラに埋めて抱き締める。

 よし、顔から険が取れてる。

 これならなんとかなりそうだ。

 

「しー君は随分とアレを気に入ってるみたいだね?」

「そりゃあもう」

 

 カメラの先では、千冬さんについての話し合いがされている。

 取り敢えず千冬さんが人外認定されてるのに笑う。

 せめて角が翼でもあれば話しは別だが、あの程度で人外とはオタクとして認めません!

 肌を青か紫に塗り替えてからどうぞ。

 

「ふーん、まぁしー君の趣味はどうでもいいんだけどさぁ……」

 

『小学生!? 篠ノ之博士は子供の骨を折ったんですか!?』

 

「あの顔見ると腹パンしたくなんない?」

 

 禿同!

 や、激しく同意じゃねーよ俺。

 でもあの怯えてる顔みると……ゴクリ。

 

「私が拉致してしー君がお仕置き。それでオケ?」

「オケ――じゃない!」

 

 あぶなっ! もう少しで悪魔の囁きに負けるとこだったぜ。

 

「ちっ」

 

 なんて可愛くない舌打ち。

 油断も隙もないですな。

 束さんの行動を抑えつつ、彼女達を守る方法は……輝け俺の脳細胞!

 

 

 

 ひらめきました。

 俺の脳細胞は素晴らしい。

 

「お仕置き云々は千冬さんに任せては? 髪を掴まれた恨みもあるでしょうし、きっと衆人観衆の目の前でボッコボコにしてくれますよ」

「…………ふむ」

 

 長考入りました。

 ここは押せ押せで!

 

「想像してごらん、観客の目の前で千冬さんに手も足も出ず地面に這い蹲るアメリカ代表の姿を」

「ん」

 

 束さんが目を閉じて妄想の世界に飛び込む。

 

「泣き叫び許しを請うも、非情に切り捨てその頭を踏む怒れる最強を」

「………くふ」

 

 束さんの口角が釣り上がる。

 勝ったな。

 俺も束さんの扱いに慣れたもんだぜ。

 でも調子に乗らないぞ。

 扱いミスったら俺の精神が死ぬ。

 

「どうです束さん、千冬さんにお任せで問題ないと思いますが」

「その提案を受け入れようじゃないか。うん、ちーちゃんがアイツの髪を掴んで振り回すのとか見てて楽しそう」

 

 そんな荒っぽいこと流石にしないでしょ。

 ……しないよね? いや、テンション次第ではありえそう。

 

「んじゃまぁアイツ等の処遇はちーちゃんに任せるとして、そろそろ用意しようじゃないか」

 

 ん、もう時間か。

 そろそろ準備を始めないとな。

 

「ツマミ用意してきます。束さんはフライドポテトは何派?」

「醤油マヨと辛味噌で」

「マジかよ」

 

 日本人としてはとても正解だけど、マヨorケチャップの正統派である俺とは相容れないな。 

 

 

 

 

 場所を移して俺の自室。

 中央のちゃぶ台にはほかほかの山盛りフライドポテト。

 そしてキンキンに冷えたビール。

 観戦と言えばこれしかないだろ。

 

「はいしー君の分」

「どうもです」

 

 束さんから受け取った物を装備する。

 

 額にハチマキ。

 書かれてる文字は【必勝ちーちゃん】

 

 白のはっぴ。

 背中には【ちーちゃん命】 

 

 両手にはパチンコ玉入りのペットボトル。

 

 これぞ由緒正しき応援スタイル。

 部屋の壁にはプロジェクターテレビ生放送特番のモンド・グロッソが映し出されている。

 プロジェクターテレビは画質が悪いと思っていたが、そこは束さん製のテレビ、とても綺麗だ。

 

『モンド・グロッソ初日、ついに日本代表が出陣します! アリーナの中央に降り立つは白き鎧を纏った日本の若武者、織斑千冬だァァァァ!!』

 

「「オッリムラ! オッリムラ!」」

 

 ガンガンとペットボトルを叩き合う。

 テンション上がりますな!

 

『織斑選手は剣術道場に通っていたとのこともあり、日本代表を決める大会では素晴らしい剣技を見せてくれました。今大会ではどんな活躍を見せてくれるのか楽しみですね』

『射撃に関しては未知数ですが、彼女ならきっとやってくれるでしょう』

 

 実況者と解説者の人って大変だよね。

 なんせ事前情報がほとんどないスポーツだもの。

 

『カウントダウンが開始されます。日本の皆さん、是非とも応援してください。5、4、3、2、1、GO!』

 

 アリーナ内に多数のターゲットとデブリが現れたが、瞬時に千冬さんの周囲のターゲットが砕けた。

 

「ひゅう♪ ちーちゃんやるー」

 

『一瞬でターゲットが砕かれたァ! まるで居合切りの様な射撃だァァ!! 撃ち終わった織斑はすぐさま移動を開始! 移動しながらも手が止まらない! 次々とターゲットが破壊されていくッ!』

『織斑が使用してるのはリボルバータイプの銃ですが、リロードしてる様子が見れませんね。恐らく拡張領域から直接弾丸を弾倉に込めてるのでしょう』

 

 むしゃむしゃむしゃ

 

 ポテトとまらん!

 

『容赦なくデブリを撃ち抜きそのままターゲットを撃破!』

『状況判断が早いですね。失点を恐れず強気に得点を狙っています』

 

 邪魔するものは撃ち砕く!

 流石は千冬さん漢らしい。

 

『織斑の射撃が止まらないッ! ターゲットの破片が舞う中を飛ぶ姿はいっそ美しくもあります!』

「わかりみ深い」

 

 束さんがコクりと頷く。

 俺には全然わからん。

 

「あの能面顔が美しいとか本気ですか?」

 

 なんだろうね、新聞読んでる時の顔?

 競技中なのに、顔には真剣さや熱意などがまったく感じられないのだ。

 この大観衆&世界への生放送の中でようやるわ。

 

「あの顔が良いんじゃん。他の連中が必死な顔してる中で一人あの顔だよ? ちーちゃんの美しさが際立つってもんさ」

 

 綺麗? 世のスポーツ選手達がみんなあの顔でプレイしてたら、それはきっとホラーだ。

 試合中にはそれなりの表情が必要なんだなって気付いたよ。

 

『裏拳が炸裂ッ! デブリを殴り飛ばしそのままデブリの後ろにあったターゲットを撃破ッ!』

 

 撃ち砕くではなく打ち砕く。

 あぁ、うん。

 いつも通りの千冬さんだ。

 

『デブリとデブリの隙間を瞬時加速で駆け抜ける姿はまさに白い流星だァァ!』

 

 白い悪魔の間違いでは?

 しかし実況者も大変だな。

 色々と言い回し考えないといけないんだから。

 

「白い流星は気に入った。この男のボーナス10%アップ」

 

 千冬さんを格好良く褒めただけでお金貰えるの!? なにそれズルい!

 

「千冬さんってまるで白い悪魔ですよね」

「黙れ。ちーちゃんに集中できない」

 

 ちくしょう!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 デブリを避け、撃つ。

 そんな単純作業を繰り返す。

 正直この競技は好きではない。

 最初の頃は遮蔽物を避けるゲーム性が少し楽しかったが、回数をこなせばそれも飽きてしまう。

 

 デブリの出現位置が悪い。

 逃げ道を塞ぐように出現するのは私の運が悪いからか。

 最高の人類を造るのなら運も上げといてくれ。

 勝負には大事なファクターだと知らないのか?

 

 視界の隅に表示される試合の残り時間が10秒を切る。

 現在の時点で暫定一位。

 だが、安全圏とは言えない。

 

 日本代表には一種の偶像性が求められる。

 ただ漫然とモンド・グロッソに挑むのは許されない。

 日本代表である事は私の仕事だ。

 

 さて、運良く試合開始位置の場所に戻って来た。

 ……嘘だ、運などではなく計算だ。

 何故ならこの位置が一番栄えるから。

 

 山法師を真上に投げる。

 競技中は銃以外の武器は使用禁止だ。

 銃以外、はな。

 

 重力に引かれて落ちてくる山法師に鬼灯を向ける。

 引き金を引くと、弾丸が山法師に命中した。

 甲高い音と共に、あさっての方向にあったターゲットが砕けた。

 

 跳弾

 

 それが私の切り札だ。

 残り5秒。

 跳弾で当てれる範囲のターゲットは全部狙えるな。

 

 山法師に当たって弾かれた弾丸は、デブリを避けてアリーナ内に点在する所々のターゲットに命中する。

  

 ウォォォォォ!!

 

 会場が沸く中、観客に向かって手を上げる。

 そして、ゆっくりと頭を下げて一礼した。

 

 ……やってみて思ったが、ちょっとクサいか?

 




千冬さん試合終了直後

と「勉強……勉強……真似できるかッ!」
た「ちーちゃん……しゅき♡」
し「最後のシーンをブロマイドにしたら売れる!」


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モンド・グロッソ④

実家の猫に会いたい症候群発病中(泣)

俺の愛猫どこ? ここ?


 いつもニコニコ笑顔が絶えないチーム。

 それが私たち、トリーシャと愉快な仲間達です。

 四人が揃えばどんな場所でもなにかしらの話題で盛り上がりますが、そんな職場が今ではお通夜ムードです。

 暗いです怖いです。

 

「エマ、オマエあれ真似出来るか?」

「無理っス。数発撃って軌道を確認しながらならともかく、ぶっつけ本番で連続で当てるとか不可能っス」

 

 エマさんでも無理ですか。

 でも仕方がないですよね。

 あの連続跳弾なんてどう考えても人間技じゃないもん。

 私はエマさんが人間で嬉しいです。 

 だけど――

 

 私はエマさんの弟子。

 私はエマさんより射撃能力は低い。

 つまり私は織斑さんに勝てない。

 

 なんて結論がチラチラと脳内に浮かびます。

 いやいや、それは早計でしょう。

 弟子が師を信じなくてどうしますか!

 

「オマエより射撃が下手なトリーシャじゃ勝てないんじゃないか?」

「無理だと思うっス」

 

 ガッデム! 手酷い裏切りを見た!!

 もう少し弟子を信じてもいいのでは?

 や、勝てる気は全くしませんけどね。

 だって私の最高記録よりだいぶ高い点数ですもん。

 本番中に二次移行して競技に有利な単一能力が目覚めればワンチャン……。

 あ、気分が落ちてきた。

 助けてお姉様!

 

「……ふむ」

 

 頼りになるイザベラ先生は、さっき見ていた織斑さんの資料を見ながら考え事中。

 あの、アメリカの代表が心に傷を負いそうですよ?

 

「なんだイザベラ、弱点でも探してるのか?」

「いえ、明日の競技について考えてたの」

 

 明日の競技ってとても野蛮なアレの事ですか。

 考えた人間はどんな脳ミソしてるのかッ!

 初めて競技の説明を聞いた時、ちょっと責任者出てこいって気分になりました。

 所でこのタイミングで明日の競技の話しって嫌な予感が……。

 

「トリーシャちゃん。貴女、織斑千冬を口説きなさい」

「やっぱりロクでもない内容だった!」

「あの雰囲気に巧みな操縦技術、逸材だと思わない?」

「口説けとか冗談ですよね!? 髪の毛掴んだりしたんですよ!?」

「大丈夫。彼女をプロファイリングした結果、上手くいくとでたわ」

「根拠をお願いします」

「織斑千冬は強者よ。きっと貴女が噛み付いた事を怒ってないわ。そして彼女は合理的、貴女が謝って協力を求めればきっと受けてくれるわ」

 

 ライオンがアリに噛まれても怒らない理論ですね。

 言ってる事は理解出来ます。

 でも問題はそこじゃないんです。

 

「喧嘩を売った次の日に口説けとかどう考えても罰ゲームじゃないですか!?」

「何言ってるの? 誰を引き込むかは早い者勝ちよ? 口説くのは今日よ」

 

 なんでヤレヤレって感じなんですかねぇ!?

 昨日の今日どこから当日に動けと?

 

 無理です。 

 マジ無理です。

 むりですぅー!

 

「キワナさんもエマさんも反対ですよね!? だいたい喧嘩を売った次の日に口説くとか更に喧嘩を売る行為ですよね!? ね!?」

「イイんじゃねーか? 出場者の中でも実力はピカイチだろうしな。それに喧嘩相手が次の日ダチになるのは珍しくないだろ?」

「ガンバっスよトリーシャ」

 

 キワナさんはそうですよね。

 勝つ為に強い相手を仲間に引き入れるのは手段として真っ当ですもんね。

 殴り合いからの友情はとてもらしいです。 

 

 エマさんは諦めモードですね。

 申し訳ないけど自分には止められないから頑張れと、そんな視線です。

 

 マジですかー?

 

「そんなに嫌なの? 別に彼女が嫌いって訳じゃないでしょ?」

「嫌いじゃないです。嫌いって言えるほど織斑さんの事知りませんし。怖いけど嫌いではないです」

「だったら良いじゃない」

「むー」

 

 イザベラさんは人事だから簡単に言えるんです。

 どんな顔して織斑さんの前に立てばいいのか……それが分からない!

 

「なら条件を付けましょう」

 

 唸って悩んでいると、イザベラさんがそう切り出した。

 条件とな?

 

「もし一位になったら明日の競技は貴方に全部任せるわ」

「……織斑さんを口説くも口説かないも自由だと?」

「そうよ」

 

 ムムム……。

 思わず口がへの字になる。

 

 一位はかなり絶望的だ。

 最高のパフォーマンスを発揮したとしても、織斑さん越えは厳しい。

 しかし、このゲームは運の要素を含むゲームだ。 

 

 ……ターゲットとデブリの出現場所次第でイケル?

 

「いいでしょう。その話に乗ります!」

 

 どうせ嫌だと言ってもゴリ押しされるに決まってる!

 譲歩されただけでも良しとしましょう!

 

「おー、珍しくやる気だな」

「普通に考えて進んで罰ゲームなんてしたくないっスよ」

「ふふっ、やる気が出た様でなによりだわ」

「怖い女っスねイザベラ先輩」

「私には褒め言葉よ」

 

 先輩方の話はもう無視です。

 取り敢えず録画した織斑さんの試合を見直しましょう。

 今から実力を大幅に上げるのは無理。

 でも出来る事もあります。

 それは織斑さんの動きを模倣すること!

 パクリではなく模倣と言うと少し格好良いですよね!

 

 織斑さんは二丁拳銃を使用し、移動中も休むことなく撃ち続けた。

 ちなみに私も二丁拳銃です。

 この競技は手数が大事ですからね。

 アサルトライフル系だと弾丸をばら撒きすぎてデブリに当ててしまう可能があるので、選手のほとんどがハンドガンです。

 左手の扱いに慣れろと言われ、食事も着替えも全部左手でやっていた日々が懐かしいです。

 早く慣れる為に利き手は使うなと言われ、右手を包帯でグルグル巻きにされた恨みは忘れてません!

 迫り来る尿意! 使えない右手! 焦って震える左手! なにもかも忘れたい!

 

 ま、いいです。

 過去は忘れてモンド・グロッソに集中しましょう。

 さて、織斑さんの強みですが、なんと言ってもISの操縦技術と判断能力でしょう。

 デブリとデブリの隙間を瞬時加速で駆け抜ける技術、咄嗟の判断で選択肢に上下の移動も入る機転の良さ。

 と、語ってみますが、単純に全部スゲー! でいいと思います。

 最後の連続跳弾なんて目が飛び出るかと思いました。

 なんなんですかねあの人。

 去年まで学生とか絶対に嘘だと思います。

 アメリカじゃあるまいし、日本人なら銃を初めて扱ったのは学校卒業後のハズ。

 銃器の扱いも天才かよこの野郎!

 ……失礼、言葉が汚くなりました。

 実際に体を動かす暇がないのが残念です。

 そこはなんとかイメージトレーニングで補うしかないですね。

 

 私は絶対に織斑さんを口説いたりしません!!

 

 

◇◇ ◇◇ 

 

 

 織斑千冬のオッズは6.7倍。

 人気はラッキー7の7番人気である。

 

 織斑千冬を知ってる人間から見れば、どこに目を付けてるんだと言いたくなる。

 しかし、一般人から見ればこの評価は仕方がないだろう。

 ネットで日本代表の事を調べると、 

 

 IS原産国の日本が制作した専用機はきっと凄い。

 てか全く無名な人なんだけど? 誰これ?

 踏まれたい。

 

 などと、色々な意見が出る。

 まぁプロジェクト・モザイカ産の完璧な人類も、他人から見たらたいした実績のない素人なのだから仕方がないことだ。

 それでも日本代表決定戦での戦いぶりやISを開発した国の代表と言うこともあり、そこそこの人気がある。

 そこだけは非常に残念だ。

 日本人など敵ではないと侮ってくれれば倍率が更に上がったかもしれないのに。

 そんなこんなで――

 

「千冬さん素敵すぎ――ッ!!」

「ちーちゃんラブ――ッ!!」

 

 千冬さんの出番が終わり、二位に大差をつけての暫定一位。

 これはもう決まったも同然だろう。

 あ、ちなみに俺が賭けたのはあくまで総合一位が誰かです。

 個人競技も賭けの対象になっていたが、そっちはリスクが高いのでやめといた。

 

「これはもう勝ち確ですかね?」

「たぶんね。ちなみに私はちーちゃんの活躍を楽しむ為に、各国代表の能力や機体情報を集めてないからそこんとこよろしく」

 

 ありゃま、それは意外だ。

 束さん=情報収集の鬼ってイメージがあるからな。

 でも試合を楽しみむならそれが正解か。

 束さんなら国家代表のデータと機体のデータを揃えれば、脳内で順位付けできそうだもん。

 それにしても千冬さんは良い仕事をしてくれた。

 試合の最後に見せたまるでスターの様な一礼。

 とても絵になってました。 

 そう、思わず録画動画をパソコンで加工して一枚絵にしてしまうほどにね!

 これは売れるでホンマ!

 うーむ、シークレットカード扱いでいいかな?

 いや、オマケカードでいいかも。

 

「束さんや、この後の試合に興味ある?」

「ちーちゃんに喧嘩を売ったアメリカ代表にちょっと興味あるけど、別に録画でもいいかな。私の出番なんでしょ?」

「流石は束さん、わかってらっしゃる」

 

 くっくっくっと、二人の笑い声が部屋に響く。

 別にこれから悪い事はしないですよ? えぇ、ただ気合入れてるだけです。

 

「千冬さんの優勝が決まって場が盛り上がった時に始めようと思ってたのですが、今なら十分でしょう」

 

 ネットで確認してみると、だいぶ千冬さんの話題で盛り上がってるしね。

 それにしても最後の跳弾は驚いた。

 あれって銃弾が反射する角度とか計算してるんだよね?

 織斑千冬脳筋説がまさか覆されるとは。

 勘で撃ったって可能性もなきにもあらずだけど。

 

「千冬さんの日常風景を切り取った写真。まずはRが30種!」

「うむ。ちーちゃんに憧れるも会話さえ出来ない哀れな雑魚共に少しばかり慈悲を与えようじゃないか」

 

 竹刀を構えた千冬さん。

 ジャージ姿で汗を拭く千冬さん。

 学生服の千冬さん。

 などなど、千冬さんの日常を切り取った写真だ。

 今まで千冬さんとは関わりのなかった人間には垂涎物だろう。

 ちなみにこちら、束セレクトとなっております。

 

「そしてRよりも露出度などが高いSRが10種!」

「太もも二の腕うなじ! ちーちゃんの色気に酔うがよい!」

 

 夏服の千冬さん。

 髪をかき上げる千冬さん。

 ストッキングを装着する最中の千冬さん。

 そんなお色気度の高い千冬さんが揃っております。

 なお、汗でブラが浮かんでる写真やパンチラなどはありません。

 ……束チェックでデータごと没収されるからね。

 

「そしてお待ちかねのSSR! コスプレ姿や浴衣姿など5種! 艶姿を楽しめ!」

「これは本当に迷いました。私が言うのもなんだけど、売るのがもったいない品です」

 

 選ばれた5種類は、

 

 海水浴での水着姿。

 ハロウィンのいぬみみ姿。

 温泉での浴衣姿。

 風呂上り姿(Tシャツハーパンで髪がしっとり濡れている)

 屋台で汗だくになりながらかき氷を作る姿。

 

 の5点だ。

 これももちろん束セレクト。

 よく束さんが売るのを許可してくれたと今でも思う。

 まぁ『千冬さんの素晴らしさを世間に広めたくないのか!』という説得を小一時間……二時間ほどした結果だけど。

 

 水着写真は何も言わなくてもいいだろう。

 エロい。

 ただそれだけだ。

 

 ハロウィンは激レアだ。

 “あの”織斑千冬のコスプレだぞ? 素晴らしいの一言だ。

 むっつりした顔で犬耳を装備している千冬さんがラブリーです。

 

 浴衣姿はチラリと見える鎖骨と生足が美しい。

 浴衣は『あれ? もしかして下着着けてなくね?』という妄想を男にさせる魔性の衣装だ。

 

 お風呂上がりの姿は日常の一幕だ。

 女性がお風呂に入るのは当たり前だし、男が湯上り姿に興奮するのも当たり前だ。

 着てる服が普通の姿なのに妙に色っぽい。

 いや、普段着だからこそ色っぽい。

 妄想がはかどる一枚だ。

 

 屋台での一枚は玄人向けだ。

 汗だくの顔、むき出しの二の腕、額に張り付く前髪。

 それらに興奮する人間にはご褒美な一枚だ。

 

「この全45種で俺の数年分の生活費を稼いでみせる!」

 

 コモンがないのは仕様です。

 だって束さんが『ちーちゃんの写真は全部レアなんだよ!』って言うんだもん。

 

 織斑ガチャの全貌はこうだ。

 

 

 単発は300円。

 

 十連ガチャは3000円で10枚(SR以上1枚確定)。

 

 Rがタブった場合、SR交換チケの欠片が貰える(10枚揃えると好きなSRと交換できる)

 

 SRがダブった場合はSSR交換チケの欠片が貰える(10枚揃えると好きなSSRと交換できる)

 

 SSRがダブった場合は未所持カード交換チケの欠片が貰える(10枚で好きな写真と交換できる)

 

 全種コンプした場合、シークレットカードが貰える(IS装備で一礼してる姿)

 

 

 自分の優しさに惚れ惚れするね。

 天井設定を付けるとか神かな?

 そのへんの塩が効いてる人とは違うんだよ。

 でも排出率は表示しません。

 ガチャの闇に落ちるがいい! 一足早く未来のガチャの闇ってやつは味あわせてやんよ!!

 ま、半分冗談だけど。

 

「束様、よろしくお願いします」

「うむ」

 

 販売所のサイトを作ってくれたのは束さんです。

 ほら、クレジット決算で売るからさ色々と手間があるんだよ。

 完全に闇サイトだが、束ウォールで守りは完璧です。

 個人的にも贅沢な天災の使い方だと思う。

 

 今更だけど、このままで良いのだろうか?

 そんな考えが脳裏をよぎる。

 怪しい……束さんの態度があまりに怪しいのだ。

 ここまで俺に協力的ってどうなの?

 謝罪の気持ちとか言ってたけど、束さんがこうも優しいと逆に怖いんだが。

 だって篠ノ之束だよ? 

 ここまで優しいと裏がありそうで怖いんだよな。

 

「ん?」

 

 俺が見つめていると、優しく微笑みながら首を傾げる。

 とてつもなく怪しいが、俺には束さんの協力を求める以外に選択肢はない。

 働きたくないでゴザル! 働きたくないでゴザル!

 んなわけで、俺はモンド・グロッソで盛り上がってる掲示板などにサイトのURLを貼っていく。

 普通なら絶対に踏まれないだろうけど、今はネット民もまだまだ油断してる時代。

 千冬さんのエロ写真欲しいだろォォォ?

 

 売上のカウンターが動き始めた。

 

「ふ……ふは……」

 

 頬の筋肉がピクピクと動く。

 どこの誰がやってるかも分からない未知のサイト。

 背景が黒で、デフォメルされたウサギがサイト内で掲示板を案内している。

 そんなサイトでクレジットカードを使うなんて怖いはずだ。

 しかし、いつの時代、どの世代でも引っかかる……もとい、一歩踏み出す勇者が存在する。

 そしてそんな勇者達はきっとメールなどで友人に自慢するだろう。

 中には写真データをくれと言う友人もいるかもしれない。

 くれくれ廚はいつでも存在するからね。

 だがしかし! 束さんの手によって写真データはロックされているのだよ!

 くれくれ廚も転売屋もお呼びでない!

 写真データはUSBケーブルを通してパソコンとケータイ間でのやりとりは出来るが、メールでの転送やプリントアウトは出来ない仕様なのだ。

 友達の家に行って直接写真データを貰う? そこまでやるなら文句は言わないさ。

 サイトはモンド・グロッソが終了次第閉鎖する予定だ。

 よって、一時的にでも転売などを抑えれれば構わないのです。

 

「ちーちゃんに憧れるも絶対に手が届かない哀れな雌猫どもがちーちゃんの写真を買い漁る様はなんだか興奮しますな!」

 

 テレビの中で美しく舞う織斑千冬。

 多くの人間が千冬さんに釘付けになっただろう。

 そんな千冬さんに束さんは気軽に会えるし、触れる事もできる。

 束さんの自尊心は満たされまくりだ。

 そりゃ早口にもなるさ。

 ちなみに俺の場合、どんどん増えていくお金の額に興奮しまくりです。

 ソシャゲが集金に走る理由わかるわー。

 長く続けば維持費が掛かる。

 アマチュアの絵師さんに絵を描いてもらって、有名声優にバトルパートの声だけもらって、一年くらいで配信停止。

 それが一番儲かるのでは?

 金策プランとして有りかもだな。

 いや、我慢しろ俺!

 オタクが同じオタクを騙すような真似は許されない! 

 

「しー君はなんで渋い顔してるの? 儲かってるのに」

「自己嫌悪中です」

「ちーちゃんの写真売った事を後悔?」

「や、それは全然」

「うむ、それでこそしー君」

 

 なんか褒められた。

 千冬さんへの罪悪感?

 子供、親なし、天涯孤独。

 それらの魔法の言葉がある限り俺の心は防弾ガラスで守られてます。

 

「自己嫌悪終わり! 今日は贅沢な晩ご飯だよ束さん!」

「期待してるよしー君!」

 

 束さんは千冬さんの活躍を見れてにっこり。

 俺はお金が入ってにんまり。

 みんな幸せで良い事だ。

 

「……あん?」

 

 でもどうしてか束さんの不機嫌な声が聞こえるぞー?

 

「なにかありました?」

「ちょっとアレ見てみ」

 

 クイっと顎で刺す先にはテレビ。

 モンド・グロッソの中継が続いてる。

 音が僅かにしか聞こえないのは邪魔になるから音量を下げてたからだ。

 取り敢えず音量を上げてっと――

 

『イギリス代表のエラが四本の腕を使用しどんどん得点を重ねる!』

 

 イギリス代表さんか。

 金髪碧眼のいかにもお嬢様って感じだ。

 イギリスと聞くと思い浮かべるのはやっぱり未来の国家代表候補のセシリアだ。

 そのセシリアに負けないくらいの貴族オーラを感じる。

 これは眼福。

 って問題はそこじゃないな。

 彼女の専用機は白を基調としたカラーリングで金色のラインが入っている。

 他のISと明らかに違うのは、肩から後方に向かって伸びる腕だ。

 

「隠し腕って言うにはお粗末な作りだね。でもそれで優位に立ってるから馬鹿にはできないか」

 

 束さんが小さな仮想ウィンドウで何か見ていた。

 

「ちょっと俺にも見せてください」

「ほい」

 

 試合開始直後の映像が流れる。

 今の映像と肩の形状が違うな。

 肩に突起物が付いてる状態だ。

 

「ここからにょいーんってなります」

「確かににょいーんですね」

 

 肩の突起がパカッと割れて何かがにょいーんと伸びた。

 出てきたのは細っこい腕だが、その手にはしっかりと銃が握られている。

 

「まさかの四刀流ですか」

 

 イギリス代表は両腕と二本の隠し腕を使い次々とターゲットを破壊していく。

 隠し腕はそこまで自由に動く様ではないみたいだが、後ろにターゲットがあれば確実に撃破している。

 隠し腕は束さんの言う通りそこまで性能が良いように見えない。

 狙いを定めて撃つと言うよりは、隠し腕を出来るだけ動かさずに撃てるよう立ち位置を決めてる感じだな。

 隠し腕ってよりは後ろに銃口を向けた固定砲台が近いか?

 

『エラの得点が止まらないッ! 前方後方のターゲットを4つの腕で狙い撃つイギリス代表に死角はないのかァァァ!?』

 

 なにがマズイって、点数の重ね具合が千冬さん並なんだよね。

 これはもしかして神の試練があるやも知れぬ……。 

 

「んぎぎぎぎッ!」

 

 天災がハンカチ咥えながら悔しがっておられる!?

 おぉ神よ、我を救いたまえ。 

 

「んぎぎぎぎッ!! ――ふぅ」

 

 ぶしゅっと火が消えた音が聞こえた。 

 まさかの自然鎮火だ。

 

「まぁ認めるべきだよね。弱者が知恵を使って強者に勝つ。そんな物語を否定はしないさ」

「まだ試合は終わってませんよ?」

「つい脳内で計算しちゃった。このままならちーちゃんは負けるよ。私が会場のシステムをハッキングしてターゲットとデブリの出現場所を弄れば結果は変わるけど」

「それは良くないからやめときましょう」

「だよねー」

 

 そんな事をしたら、千冬さんは確実にキレるだろう。

 俺だって見てて気持ちがいいものじゃない。

 それにしても千冬さんが負ける、ね。

 今の所は互角なイメージがある。

 機体性能は大差ないかな? 詳しいスペックは分からないが、大きな違いがあるようには見えない。

 手数はエラが上。

 操作技術は千冬さんかな? エラも瞬時加速を使うが、千冬さんみたいに連続使用などは

してないし。

 俺から見れば結果が読めない好勝負なんだけど。

 

「こうなるとちーちゃんの専用機を私が組めなかったのが悔やまれるよ。私が作ったISならあんな小細工で負けるなんて事にならないのに」

「千冬さんの専用機って束さんは一切関わってないんですか?」

「関わってないよ。そりゃあ私が自分の手でちーちゃんの機体を組みたかったけど、それは流石に可哀想だと思って自重したんだよね」

「可哀想?」

「私の機体にちーちゃんが乗ったら無敵だよ? モンド・グロッソなんて一切の盛り上がりがなく優勝が決まるもん」

 

 そのタッグは確かに凶悪だな。

 そもそも機体性能が違う。

 他の国家代表がザクⅠに乗ってるのに、自分だけザクⅢに乗ってる様なものだ。

 しかもパイロットが強化人間。

 ちょっと相手したくないです。

 

『決まったァァァア! イギリス代表のエラ・テイラーが高得点を叩き出したッ! これによって暫定一位はエラ、二位が織斑となります!』

 

 本当に千冬さんを超えたよ。

 やりおる。

 ま、それはともかくだ。

 

「ふーむふむふむ」

 

 キュイィーン!

 

「ここがこうと」

 

 カンカンカン

 

 束さんが超怖いんだが。

 千冬さんが負けたのに、怒る訳でもなく工作を始めている。

 拷問器具とかじゃないよね? 俺の心拍数が徐々に上がっています!

 

「完成っと」

「ッ!?」

 

 束さんが立ち上がるを見て思わず反応してしまう。

 

「……なんで距離を取るの?」

「……なんで近づいて来るんです?」

 

 じりじりと束さんがにじり寄って来る。

 待って? ねぇ待って?

 なんで近づいて来るの? もしかしなくても俺に八つ当たりするつもりだろ!?

 

「……流々武貸して」

「……やだ」

「貸せ」

「あい」

 

 待機状態の流々武を首から外し、束さんに差し出す。

 相棒を地獄のお供にするわけにはいかないもんね。

 

「さてさて、今作ったコレをインストールしてっと。――移動しようか」

 

 腕を掴まれ問答無用で引っ張られる。

 ストレス発散的な意味で殴られるかと思ったが、どうも違うみたいだ。

 ズルズルと引きずられたどり着いたのはデ・ダナン内の一室。

 ただただ広い空間がある部屋だった。

 天井が高い体育館って感じだな。

 地元にある地下秘密基地と同じ作りだ。

 

「ここは試作ISや発明品のテストをする場所だよ」

 

 そう言って束さんが流々武を投げてきた。

 言わんとする事は理解した。

 抵抗は無意味なので大人しく流々武を展開する。

 えっと、今までで変わった所は――

 

「俺の相棒がなにやら珍妙なんですが」

 

 肩が異様に盛り上がってるんですよね。

 縦長の四角い箱がくっついてる。

 

「それがイギリス代表のISの装備だよ。それじゃ初めて」

「あいさー」

 

 肩の上に乗ってる卵を割るイメージで、んごごごご。

 

 肩に力を入れるという慣れない行為をすると、箱が真ん中から割れた。

 アームがにょろんと出てくる。

 

「なるほど、なんで肩に付いてるのかと思ったけど、射線と目線を合わせる為ですね」

 

 アームを動かそうと意識もするも、ほとんど動かない。

 なんというか……神経が繋がってない感じ?

 耳を動かそうとしても動かないムズムズ感がある。

 

「気合入れろしー君! イギリス代表はもう少しちゃんと動かしてたよ!」

 

 きっとイギリス代表は耳を動かせる人間だったんだな。

 IS操作で大事なのはイメージ力。

 背中から腕を生やせ俺!

 

「うごごごごっ」

「うーむ、ピクリとしか動かかない。しー君は多腕の才能がないんだね」

 

 多腕の才能とか必要なんですね。

 しかいほんとにピクリとしか動かないな。

 肘の部分が少しピクっと動いただけだ。

 

「拡張領域から銃を取り出して隠し腕に持たせてみて。引き金は引ける?」

 

 勝手に拡張領域に物騒な物を入れやがって……。

 なんか少しずつ毒されてきてる気がする。

 まぁその辺はおいおい。

 今の問題は拡張領域から銃を取り出す事だ。

 

 ふっ、若かりし頃はエアーガン片手に野山を駆けた俺の想像力を舐めるなよ。

 ほいっ!

 

 ゴトンッ

 

 銃は手に握られることなく背後の床に落ちた。

 

「………しー君」

 

 やめて、そんなビデオの配線が出来ない男を責める様な声出さないで!

 男にそれは結構効くから!

 

 束さんが銃を拾い、それを握らせてくれる。

 隠し腕を動かすのはキツイけど、握るだけならなんとかなるな。

 束さんがどんな顔してるのか見るのが怖いから、俺は視線を上に向けてやり過ごした。

 自分の後ろに一発で銃を取り出せただけでも凄いよね?

 拡張領域から物を取り出すのって意外と難しいのだよ。

 コツがいるって言うのかな――

 

「はいはい、言い訳はいいからターゲット集中して」

「了解」

 

 心の中での言い訳を読まれるのって悲しい。

 さっきまでテレビで見ていたターゲットが俺の後ろに現れる。

 ターゲットの位置は銃よりやや下かな? 隠し腕を上下に動かしながら狙ってみるが、動かないので腰を落として狙いを定める。

 

「しー君カッコ悪い」

「それは言わないお約束」

 

 外から見たら格好悪いってのは自覚してるさ!

 レーザーポインターがあればいいが、そういった補助道具がないと難易度高いな。

 なんとなく勘で撃てばいいのか? ――こんなもんか?

 

 乾いた音がし、銃弾が壁に当たる。

 やっぱ当たらんか。

 

「ま、そんなもんだよね。お次はコレで」

 

 今度はターゲットデブリが大量に現れた。

 これはモンド・グロッソの会場とほぼ同じだな。

 違うのは競技空間の大きさくらいか。

 やれってことか。

 理由は分からんが付き合ってあげよう。

 暴れられるよりマシだ。

 

 拡張領域取り出した銃を右手に持ち、デブリに当たらないように空に浮かぶ。

 いざやろうとするとちょっとテンション上がるな。

 手には本物の銃にIS装備中。

 死んだはずの厨二が蘇りそうだ。

 俺の操縦テクニックとエアーガンで慣らした射撃技術を見せてやる。

 

 まずは正面のターゲットを撃つ。

 放たれた銃弾は命中し、ターゲットが砕けて消えた。

 

 ……なんかこう、心が熱くなるな!

 

「まずは生身で撃たせるべきだったかな? そしたら格好つけて片手撃ちしたしー君のドヤ顔を見なくてすんだのに」

 

 フルフェイスの人間にドヤ顔とはこれいかに。

 ドヤ顔は見るもんじゃない! 心で感じるんだ! ってことかね。

 聞いた話しでは、素人が片手撃ちすると脱臼したり反動で肩が跳ね上がって倒れたりと黒歴史が作られるらしい。

 流々武のお陰でその辺は防げた。

 

「しー君、隠し腕をもっと積極的に使って」

「了解」

 

 背後にターゲット、丁度良いので束さんのリクエスト通り隠し腕を意識する。

 相変わらず上手く動かせないので、自分で動いて狙いを付ける。

 

 ヒット!

 

 俺って結構やるじゃん!

 

「移動しながら撃ってから自画自賛しようね?」

 

 うぃす。

 そうだよね。

 だって俺、空中でピタッと止まりながら撃ったもんね。

 束さんから見たらさぞ情けない姿だろうさ。

 

「今から止まるの禁止ね。飛び回りながら撃って」

「ラジャ」

「ついでに左手にも銃持って」

「あーい」

 

 両手と隠し腕二本、合わせて四丁。

 イギリス代表と同じだ。

 さて、行ってみますか――

 

「遅い! そんな悠長に狙いをつけない!」

「後ろに的があるの見えてないの!? しっかりして!」

「何回デブリに当たってるの!? ちゃんと避けて!」

「このヘタクソッ!!」

 

 束さんのスパルタに涙が止まりません……。

 見てる分には簡単そうに見えるけど、実際にやってみると上手くいかないってよくある話しだよね。

 いやはやテレビに出てる代表の人達は凄いな。

 この競技、思っていたより難しい。

 まず視野の問題だ。

 人間は目玉が正面に付いいている。

 通常180度の視界が、IS展開時に360度に変わる。

 いきなり広がる視野に最初は戸惑うが、そこはまぁ時間が解決してくれる。

 習うより慣れろってやつだ。

 問題は後ろ。

 見えてるのに意識しにくく、集中しなければ視線が正面に集中してしまう。

 平らな顔に目玉が付いている人間だからしょうがないネ!

 空を跳び、正面にあるターゲットを撃ち、デブリを避けるだけならまだなんとかなる。

 だが後ろは疎かになるのだ。

 確かに見えてはいるが、意識しないと見えない。

 それが背後だ。

 

「これ無理です」

 

 なので俺は早々に投げた。

 隠し腕を使おうとするとデブリに衝突するんだもん。

 

「情けないなー。まぁ知りたい事は知れたからいいけど」

「所でこの作業になんの意味があるんです?」 

「ちょっとあのイギリス代表の努力を知りたくてね。人間って後ろは弱点だよね?」

「ですね。なんかこう、見えてるけど意識してないと自然と蚊帳の外になります」

「隠し腕の使い心地はどうだった?」

「俺の才能の無さを差し引いても使えません。てか背中の腕ってどう操ればいいのかさっぱりです」

「だよねー。仕方がない……仕方がないよね」

 

 束さんがうんうんと自分を納得させる用に頷く。

 なるほど、つまりこれはあれだな。

 

「千冬さんが負けた言い訳としては十分ですかね?」

「うん、十分だよ。四本の腕を使い、人間の死角である背後への対応も練習したんだなって分かりました」

 

 やっと理解できた。

 束さんが俺にこんな真似をさせた理由は千冬さんの為だ。

 努力し、勝つ為に隠し腕という奇策を用いたイギリス代表。

 そんな相手に千冬さんが負けてしまったのは仕方がない! って自分を納得させたいのだ。

 

 俺にイギリス代表の真似をさせたのそれが理由。

 なんとも遠回しでめんどくさい事をするもんだ。

 でも本当に納得できたのかね?

 相手の努力が千冬さんを上回ったとしても、それを“仕方がない”で受け入れられるか?

 だってさ、こっちは競技者じゃないんだよ?

 相手が努力した人間だろうと、友達が負けたら悔しいのは普通だ。

 別に我慢する必要なんてないだろ。

 

「束さん、自分の気持ちを抑える必要はないと思うよ?」

「え?」

「束さんが千冬さんが大好きで、応援してたのに負けちゃったから悔しいんでしょ? だったらその気持ちを隠さなくていいよ」

 

 ISを解除し束さんの前に立つ。

 俺には分かってる。

 最近の束さんは優しかった。

 だから俺に迷惑をかけないように必死に我慢してるんだよね?

 

「……我慢しなくていいの?」

 

 束さんがギュッと拳を握る。

 良いんだよ束さん。

 だってここで我慢させたら後々倍返しになるかもしれないもん!

 ストレスは溜めるな! 発散しろ!

 俺の平穏の為にも我慢は程々にお願いします!!

 

「ごめんねしー君。暫くは優しくしようって決めてたのに……」

「感情を無理して抑える必要はないよ。愚痴なら俺が付き合うからさ」

 

 束さんの両手が俺の襟を掴む。

 俺に優しくするのって暫らくなんですね初耳です。

 そっか、短い平和なんだな。

 でもいいよ。

 優しくしようって心があるだけ嬉しいさ。

 お酒でも飲みながら語り合おうや!

 だから手を離してくれない? 首が締まってますよ?

 

「くーやーしーいーいぃぃぃぃ!! 勝つのはちーちゃんなの! 記念すべき初日の勝者はちーちゃんであるべきなの! それなのにぃぃぃぃぃ!!」

「がががががッ!!」

 

 束さんが激しく俺を揺さぶる。

 首が! 俺の首がイカレそうッ!

 愚痴を付き合うって言ったけど、ストレス発散のサンドバックをやるとは言ってねぇぇ!

 

「ちーちゃんが圧倒的実力で勝って言うの! 『この勝利を束に捧ぐ』って! その機会をあの女狐がァァアァァァ!!」

 

 ははっ、妄想乙。

 ん? なんか顔面が幸せだぞ?

 

「ちーちゃんが勝たなきゃイーヤーッ!」

 

 現在の俺の状況は以下の通りだ。

 

 襟を掴まれ足が床から離れている。

 激しく揺さぶられている。

 

 つまりさっきから俺の顔にぱふぱふ当たる感触は……おぱーい?

 

「んぎぎ」

 

 首が激しく痛む中、必死に目を開けてみる。

 

「なんでちーちゃんが負けるんだよッ! 日本の技術者は何してたの!? 完璧な機体を用意しろよッ!!」

 

 

 うほっ♪

 

 束さんのおぱーいが近づいたり遠ざかったり。

 新手のアトラクションかな?

 きっと待ち時間は千葉の遊園地を超えるだろう。

 

「ウキーーーーーーーーーッ!!」

 

 いいよこいよ。

 俺の命が続く限りこの自動パフパフを堪能してやんよ!

 

 首を激しく揺さぶられ意識が飛びそうになる。

 しかし、確実に感じる柔らかい感触と甘い匂い。

 

 

 

 

 あは……アハハハハッ!!

 

 

 

 

 

 ペキッ

 

 あ、首から何度か聞いたことがある変な音が――

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 モンド・グロッソ競技場の地下にある関係者施設。

 そこの休憩所で私はテーブルに座っている。

 関係者なら誰にでも使用出来るこの場所では、様々な国のスタッフが達が寛いでいた。

 初日の競技が終わり既に日が暮れ始めているが、私達国家代表は早々に休めない。

 もう明日の競技の為の争いが始まってるのだ。

 

 私の座るテーブルには四人の人間が集まっている。

 

 3位のアメリカ代表 アダムス・トリーシャ

 5位の中国代表   朱飛蘭(シュウフェイラン)

 9位のイタリア代表 アリーシャ・ジョセスターフ

 そして2位の私、織斑千冬。

 

 これから始まる腹の探り合いを考えると面倒だが、初日の競技の上位陣が集まったのは僥倖だ。

 

 ところで――

 

「うぅぅぅぅ……」

 

 なんでアメリカ代表は泣きそうな顔してるんだ?




かなり久しぶりに原作キャラ登場
キャラを思い出す為にIS10巻読み直し中


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モンド・グロッソ⑤

イタリア代表が登場する原作10巻を読み直したけど、柳韻先生ラスボス説がありそうで怖い。


 モンド・グロッソ二日目の競技は『アセンション・オブ・ウォー』。

 選手全員がアリーナの地面に立ち、スタートと同時に地上から100キロの地点を目指す戦いである。

 もちろただ飛ぶなんてヌルいものではない。

 銃器、鈍器、刀剣、全ての使用が解禁される。

 とどのつまりバトルロイヤルで、大勢のIS乗りが空を昇りながら戦うものだ。

 

 この競技は本当にタチが悪い。

 なにしろ選手への競技の説明書に“仲間を探して優勝を目指せ♪”と書かれているのだ。

 あのウサギは本当に厄介な事をする。

 なにしろ未だに二日だ。

 優勝候補もなにもない。

 結果次第では誰でも優勝候補になれるのだ。

 これがもっと最終日に近い日付ならよかった。

 上位陣を蹴散らすためそれ以外が手を組むだろう。

 もう一度言う。

 まだ二日目なのだ。

 出場国の多くがアメリカ、イギリス、ロシアなどの大国強国を狙うか、それとも現時点での得点上位者を狙うか選手の全員が迷っているだろう。

 そんな中で仲間を探せ?

 みんな一位になりたがるに決まってるだろうが!

 開始二日目でバトルロイヤルとか、競技を考えたヤツの性格の悪さが伺えると言うものだ。

 

 同じテーブルに座る三人に注目する。

 三人とも何も言わずにコーヒーに口をつけている。

 

 アメリカ代表はおどおどした様子で私の顔色を伺っている。

 昼間会った時とは違い、口のピアスが外され全体的に大人しい印象だ。

 化粧が違うのか?

 よくよく見るとあどけない顔立ちだ。

 全体的に顔のパーツが整ってるから、化粧の仕方ひとつでガラッと印象が変わるのだろう。

 羨ましい限りだ。

 私の場合、どう化粧しても顔が鋭いと言われるからな。

 

 イタリア代表は赤毛の美人だ。

 何が楽しいのか、私の顔を見ながらニコニコ笑っている。

 全体的にスマートな印象だが、かなり場慣れしてる印象がある。

 武器を使った戦いより、殴り合いが好きなタイプかな?

 

 中国代表は何故かチャイナドレスを着ていた。

 頭にお団子でチャイナドレス。

 日本人が想像する中国人そのままだ。

 こちらは静かにコーヒーを飲んでいるが、一番油断出来ない存在だ。

 私に近づいて来る時、彼女からは足音がしなかった。

 恐らくは暗殺者、又はそれに準ずる訓練を受けた人間だろう。

 

このテーブルに最初に座っていたのは私だ。

 つまり私がホスト役。

 面倒だが、私が会話を切り出さないといけないか。

 

「改めて挨拶しよう、私が日本代表の織斑千冬だ」

「アリーシャ・ジョセスターフ。イタリア代表サ」

 

 サ?

 

「中国代表の朱飛蘭アル」

 

 アル?

 

「あ、アメリカ代表のアダムス・トリーシャです。よよよよろしくお願いします!」

 

 やたらテンパっているが、アメリカ代表の圧倒的安心感よ。

 なんで二人はそんなに独特な語尾なんだ?

 

「さて、世間話は苦手なので話しを進めたい。この席に座ったということは、明日の競技についてでいいんだな?」

「日本代表は真面目な性格サね。話しが早くて助かるサ」

「そうアルな。こちらとしても助かるヨ」

 

 我ながらつまらない切り出し方だと思うが、二人は気にした様子なく話しに乗っかった。

 それに比べ――

 

「あ、あの……」

 

 アメリカ代表は何故か非常に怯えている。

 

「その話の前にお話ししたい事があるんですが」

「なんだ?」

「先程はすみませんでした!」

 

 アダムズはテーブルに額が触れるほど深々と頭を下げた。

 先程と言うと喧嘩を売ってきた一件か?

 私は気にしてないんだが、相手から見れば気にするか。

 

「気にするな。私は気にしてない」

「本当にすみませんでした!」

「いや、だから」

「大人しく殴られます! でも少し手加減してくれると嬉しいです!」

「人の話しを聞け」

 

 許すと言っているのにアメリカ代表はひたすら頭を下げ続ける。

 

「私が出来る事ならなんでもしますので明日の試合は私と組んでください!」

 

 ちょっと暴走しすぎだろうアメリカ代表。

 そんなに私は怖いか? 人をすぐ殴る様に見えるか?

 そこまで必死に謝らなくともいいだろうに。

 

「まぁまぁ落ち着くサ」

「ジョセスターフさん」

 

 見かねたのかイタリア代表が話しに入ってくる。

 ありがたい。 

 

「アーリィーもハンガーに居たから知ってるサ。確かにトリーシャは千冬の髪を掴んでた、でもアレって無理矢理させられてサ」

「分かるんですか?」

「分かるサ。目に怯えと後ろめたさが見えた。本番前に勝負度胸でも付けようとしたサ?」

「そうなんです! 嫌だったけど先輩達に無理矢理……!」

 

 なんか泣きだしてしまった。

 どう見ても気弱で普通な女性だ。

 競技での動きを見た後だと擬態かと疑うレベルだな。

 

「アメリカ代表は普段と随分違うアルな。こんなキャラだったアルか。――使うアルよ」

「ありがとうございます。ぐすっ……普段からそうするように言われてるんです。私はあまり荒事向きの性格ではないので」

 

 彼女は中国代表に渡されたハンカチで涙を拭きながら頭を垂れる。

 テレビなどで見るアメリカ代表のイメージは“寡黙”だ。

 いつも不機嫌な顔をし、必要以上に語らない。

 そんな感じだ。

 あれキャラを作ってたのか。

 

「トリーシャは苦労してるサ。所で今日の競技での動き、アレはなんだったサ? 千冬と同じ動きに見えたサ」

「それアタシも気になってたヨ。二人は同じ師の元で学んでいたアルか?」

「ぐしゅ……動きですか? あれは先程の千冬さんの試合を見て覚えました」

「それはそれは……」

「へぇ? 凄いアルな」

 

 二人の目が細く鋭くなった。

 私の試合を見ただけで動きを覚えたとなると警戒するのは当然だ。

 覇気のない気弱な人間に見えてもそこは国家代表。

 やはり普通ではないな。

 私の動きを短時間で覚えたという事は、学習能力が高く目が良いのだろう。

 しかしいいのか?

 探りを入れられたからと言って、自分の強みをそう簡単にバラしてはその先輩達に怒られると思うが。

 

「動きを覚える……簡単に見えて難しいことサ。トリーシャはそれが得意サ?」

「はい。昔からよくやってます」

「流石はアメリカ代表アルな。それってどの程度まで相手の動きを模倣できるアル?」

「えっと、時間さえあれば余程の事がなければ大体は」

 

 別に誘導尋問されてる訳でもないのにベラベラ喋るな。

 アメリカ代表は想像以上にガードが甘かった。

 周囲の人間は注意しなかったのか?

 

「そんなに自分の情報を出して良いのか?」

「あ、はい。国の事やISの事以外は正直に話すよう言われましので」

 

 それはなんとも豪気だな。

 しかし、ふむ……

 

「目的は千冬だけだったけど、トリーシャもかなりデキるみたいサ。これは当たりを引いたサ」

「その言い方だとアタシもお目にかなったアルか?」

「あぁ、お前もかなりデキるだろ? 強者の匂いがするサ」

「イタリア代表にそう言われると嬉しいアル。こちらとしても同盟相手が大物で助かるヨ」

 

 アメリカ代表の後ろに居る人間は、彼女を認めさせる為にワザと情報を出させたのか?

 性格は争い事に向いてないが、能力の高さは伺える。

 勝利を目指す人間から見れば、口で口説くより能力を見せた方がいいのは正解だ。

 現にイタリア代表と中国代表は彼女を認めたようだしな。

 

「アーリィーでいいサ。よろしく頼むサ」

「フェイでいいアル。こちらこそよろしくネ」

「好きに呼んでください。よろしくお願いしますアーリィーさん、フェイさん」

 

 いつの間に三人は仲良くなっていた。

 話しがサクサク進んでいいな。

 私はホスト役として何一つ機能してないが……。

 まぁ文句はないさ。

 この三人は“強い”。

 それだけで共闘相手として十分だ。

 

「アダムズ、シュウ、ジョセスターフ、私達で組んで競技に挑む訳だが、何か作戦とかあるか?」

「アーリィーって呼んで欲しいサ」

「馴れ合いはしない主義なんだ」

「アーリィー」

 

 ジョセフターフは引く気がないらしい。

 笑顔のままジッと私を見ている。

 アダムズとシュウは呼び方に問題ないらしい。

 問題はジョセフターフか。

 ……ジョセフターフは長いから別にいいか。

 

「了解した。アーリィー」

「それでいいサ」

 

 呼びづらいという理由で愛称呼びにした私を見て、アーリィーは満足気だ。

 なぜこうも私に対して好感度が高いのだろうな?

 

「90キロ地点まで共闘、それ以降は各自自由でどうサ?」

「それで良いヨ。どうせ最後には争い合う事になるアルしな」

「私もそれで大丈夫です」

 

 最後にはやり合う仲だが、このメンバーなら途中で裏切ったりしないだろう。

 ゴール間近まで力を合わせ戦い、それからは全員敵。

 簡単で良いな。

 

「あの、組んでいただけるのは嬉しいのですが、何か見返りや要求はありますか?」

 

 アダムズが私の顔を見ながらそんな事を言ってきた。

 見返りと言われてもな……。

 

「別にないな」

「アーリィー達は組んでくれと頼んでる方サ。千冬は要求できる立場だけど本当にいいサ?」

「先輩からは、どんな犠牲を払ってでも織斑さんに気に入られてこいと言われてまして……」

「本当に何もいらない」

 

 メンバーを集める手段として、その手の方法は有りだろう。

 だが私はいらない。

 国からもスタッフからも指示は受けてないから、私のやりたいようにやらせてもらう。

 

「千冬サンは無欲アルな。ところで、アタシは一つお願いがあるけどいいアルか?」

「ん? 私にか?」

「そうアル。もし受けてくれるなら、アタシは最後まで千冬さんの壁になるヨ」

「ほう?」

 

 シュウの一言で空気が変わった。

 望みを聞けば私の勝利に力を貸すと言っているんだ、アリーシャとアダムズからしたら面白い話しではないだろう。

 

「聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」

「そんな怖い顔しないで欲しいヨ。アタシのお願いはただ一つ、手合わせ願いたいネ」

 

 私と戦うのが願いか。

 手の内をできるだけ知りたい? 違うな、そんな性格に見えない。

 モンド・グロッソ中に怪我を追わせたい? それも違うだろう。

 この女は――

 

「く、くくく……ズルいサねフェイ。アーリィーは我慢してるのに」

「ただの手合わせアルよ? 本気ではやらないネ」

 

 この女はただの好き者だ。

 戦闘狂とでも言うべき存在だな。

 嬉しそうに笑っているシュウの瞳は獰猛なケモノのようだ。

 

「羨ましいならアーリィーもお願いすればいいアル」

「千冬とは大舞台で正々堂々とやりたい。だからつまみ食いせず我慢するサ」

「ふむ、そう思われることは光栄だな」

 

 イタリア代表も中国代表も強い。

 私としては是非とも手合わせしたいところだ。

 アーリィーがモンド・グロッソの中で戦いたいと言うなら仕方がない。

 

「??」

 

 三人が笑っている中、アダムズだけは首を傾げていた。

 いかんいかん、少しはしゃぎすぎたな。

 一見メリットが無い様に思えるが、実はそうでもない。

 私もシュウの手の内が分かるからだ。

 どうせ私の戦術など相手を斬るだけ。

 多少素手でやり合っても問題ないだろう。

 

「私にも条件があるがいいか?」

「なにアル?」

「手合わせはしよう、しかし助力はいらない」

 

 中国代表が露骨に私の味方をすれば、色々と問題が起きるかもしれない。

 政治的な問題とかどう考えても面倒そうだ。

 

「……千冬さんが慎重になるのは理解できるアル。私はそれでいいヨ、でも見返りなしで本当に手合わせしてくれるネ?」

「あぁ」

「それはありがたいヨ」

 

 ほんの僅かだが、シュウから闘気が漏れた。

 いいな、久しぶりに楽しめそうだ。

 

「むぅ……フェイが楽しそうで羨ましいサ」

「お前もやるか?」

「お誘いは嬉しいけどここは我慢サ。メインディッシュは最後に美味しく頂くタイプなのサ」

「……なんで殴り合いの話しを嬉しそうに話してるんでしょう?」

 

 それはな、力が有り余ってるからだ。

 まだ大会初日と言うこともあり、私達は気が張っている。

 少しばかり体を動かした方が健康的と言うものだ。

 決して殴り合いが好きな野蛮な人種ではないからな? そこは勘違いするなよ?

 

「フェイ、その試合ってアーリィーも見ていいサ?」

「アタシは問題ないネ。千冬さんどうアル」

「私も構わん」

「よし! それじゃあお言葉に甘えるサねトリーシャ!」

「え? 私もですか!?」

「レベルの高い試合を見るのも大事なことサ」

「そう言われればそうですね……もっと織斑さんを観察したかったですし……」

 

 観察ときたか。

 本人を前によく言ったものだ。

 アダムズがどこまで私の模倣を出来るか楽しみだな。

 

「受けてもらえて嬉しいアル。実はどうにか理由を付けて手合わせ出来ないかとずっと考えてたネ!」

「フェイさんは織斑さんの事を前から知ってたんですか?」

「千冬サンは開会式で初めて見たネ。でも興味が惹かれないアルか? 自然体なのに全く隙がなく、足運びは武人のそれ、近づいて良く見てみたら呼吸も静かでまるで仙人ネ」

「分かる! 分かるサねフェイ! 千冬はとても良い匂いがするサ。アーリィーが今まで会った人間の中でもとびっきりの強者の匂いサ!」

「お二人の意見を理解出来ない私がおかしいのでしょうか?」

「いや、普通だ。この二人がおかしい」

「むぅ、反応が冷たいサね。千冬はツンデレ?」

「コレがあの有名なツンデレ?」

「ツンデレっと……ふむふむ、確かに織斑さんっぽい」

「いちいち意味を調べるな」

「知らない言葉とか気になりません? 癖なんですよ」

「ちょっと分かるサ。実はアーリィー日本文化が大好きで、色々と調べてたサ。ゲイシャ! オイラン! キセル!」

「アーリィー、その言葉の意味は知ってるのか?」

「綺麗な着物を着て踊る人サ?」

「アーリィー、芸者はそれであってるアル。でも花魁って今風に言うと――」

「おおう……これからは人前では避けるサ」

「ええと、オイランの意味は……」

「よせアダムズ。調べるな」

「…………はぅ」

「アリーシャは処女サ」

「初々しいアルな」

「だから言っただろうに」

「あう……」

 

 真っ赤な顔のアダムズを見て、三人で笑う。

 偶然会ったメンバーだというのに、私達は思ったより相性が良いようだ。

 うん、嫌いじゃないなこういった空気。

 

「こんな仕事してるから出会いがないんですぅ! 私のこと笑ってるけど皆さんはどうなんですか!?」

「処女。自分より弱い男に興味がないのサ」

「同じくヨ。うちは父の教育が厳しくて異性との付き合いは皆無ネ」

「バイトが忙しくて遊んでる暇がなかった。異性と付き合うのは……相手が私より強くなければダメだな」

 

 今の所、男に興味がないというのもあるが、なにより束を障害として乗り越えてくれないと無理だしな。

 

「ん?」

 

 親睦を深める意味も込めて取り留めのない話題で盛り上がっていると、携帯電話が鳴った。

 どうしてか、嫌な予感がする。

 こんな風に和やかな空気を壊すのが束だったな。

 なんて考えがふと浮かんだ。

 

「もしもし。――えぇ、はい―――――ほう?」

 

 電話の相手は政府の人だった。

 俗に言う対篠ノ之束部隊の人間だ。

 

「なんかあったみたいサ?」

「凄く、怖いです」

「黒いオーラが見えるアル」

 

 眉間にシワが寄る。

 怒鳴り声を上げたい気持ちを奥歯を噛み締める事で我慢する。

 

「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」

 

 教えられたサイトを調べると、聞かされた内容そのものがあった。

 織斑千冬のプライベート写真が大量に売られてるじゃないか。

 大変だな織斑千冬、個人情報がだた漏れじゃないか。

 どこの織斑だ? ははっ、私の事じゃないかクソがッ!

 

 ……なんだコレは、まるでガチャガチャだな。

 少しでも儲けようとする人間の欲望が垣間見える。

 おいおい、この写真とか出処どこだよ。

 そんじょそこらの盗撮犯じゃ無理だぞこれ。

 

 

 

 

 

 

 どう見ても身内の犯行だ!!

 

「どうしたサ」

「あー」

「言い難い事アル?」

「まー……そうだな」

 

 ここで黙秘という選択もある。

 しかし、黙っていてもすぐにバレるだろう。

 

「私の写真が売られていた……」

 

 なんだこれ、羞恥心が酷い。

 自分で自分の写真が売られてるとか言うのかなり恥ずかしいんだが?

 

「国家代表になれば珍しくないのでは? 私の写真も売られたりしてますし」

「アーリィーも写真取られてりしたサ」

「アタシも雑誌の写真とか撮られたアルよ」

 

 私だって宣伝用の写真を撮ったりしたさ。

 でもこれは違う。

 それらの写真とはまったくの別物なんだよ。

 

「売られているのは私のプライベート写真だ」

「盗撮ってことですか?」

 

 アダムズが顔色を青くしながらそう聞いてくる。

 偏見だが、アメリカだとそんな写真が多そうだもんな。

 こいつも似たような苦労をしてるのかもしれない。

 だけど、アダムズと違って敵は身内なんだよなぁ。

 

「ちょっと調べてたらすぐにヒットしたサ」

「これ、全世界に売られてるヨ」

「うわぁ……」

 

 やめろ、そんな可哀想な子を見る目で見るな。

 アダムズもそんな同情的な声を出すな。

 

「盗撮だけじゃない。プライベート写真が多数……もしかしてだけど、“天災”絡みサ?」

「たぶんな」

「流石にこんな風にプライベート写真を流出させられると同情するヨ」

「同情するならアイツを捕まえてくれ」

 

 いや本当に頼む。

 束……の後ろにいる神一郎を是非とも捕まえて欲しい。

 今なら神一郎が捕まって研究所送りにされても笑って見送れる。

 

「取り敢えずこのサイトを潰すのはどうサ?」

「それは良いアルな」

「私も先輩に頼んでみます!」

「……良いのか?」

「水臭いのナシですよ織斑さん。今はチームなんですから」

「流石にコレは見逃せないサ」

「女としても許せないアル」

 

 真っ当な友情って存在したんだ。

 あれ? あの二人って本当に友人なのか?

 最近ロクな目にあってない気がする。

 ……神一郎には家計が厳しい時に助けてもいらったし、束は……なんだかんだで腐れ縁だし…………友達だよな?

 なんか頭痛してきた……まずはこのサイトをぶっ壊す!

 

「もしもし」

『はいー?』

 

 電話先は水口さんだ。

 味方は一人でも多い方がいい。

 

「事情は知ってますか?」

『写真の件ですかー?』

「そうです。協力をお願いしたい。あのサイトを潰して欲しい」

『国の方では、あのサイトを通して篠ノ之博士の居場所を割り出せないか試すそうですよー』

「潰してください」

『下手に手を出すと怒られるんですけどー。うーん……あの天災と一戦するのも楽しそうですねー。友達に声を掛けてもいいですかー?』

「全力でお願いします」

『了解ですー』

 

 よし、これで戦力が増えた。

 日本、アメリカ、中国、イタリアの四カ国での攻撃だ、流石の束も……どうにかなるか?

 

『呼ばれて飛びててジャジャジャジャーン!』

『お? 魅力的なお姉様が沢山。俺もお茶会に参加したい』

 

 噂をすれば影どころか本人達の登場か。

 お茶会に参加したい? いいよこいよ。

 私の鉄拳制裁付きでお呼びしてやるッ!!

 

「ひっ!?」

 

 おっとどうしたアダムズ。

 何故そんなに怯えている? 失礼だな。

 アーリィーとシュウを見習え。

 私の顔を見て嬉しそうにしてるぞ?

 

『ちーちゃんの近くにいるのは明日の競技のメンバー? ふーむ、参加者の中では力のある方だから許してあげるか』

 

 お前の許可など求めてない。

 

『それにしてもこのお肉美味しいね』

『臨時収入があったから奮発しました。ブロック肉を買うのってテンション上がりますね。この肉の塊、生前の俺の給料一ヶ月ですよ? そんな肉を満天の星空の下で焼く。これぞ贅沢ってもんです!』

『わざわざダナンのデッキでやらなくてもと思うけど、確かにこの景色はいいね。星を見ながら肉を焼き、お酒を飲む。ん! 悪くない!』

『ビールも良いけど、ちょっと趣向を変えてジントニックを用意しました! 苦味のある炭酸で油っぽくなった口の中を一気に爽快にさせます!』

『んぐんぐ……ぷはぁ! うん! これは良いね!』

『そしてまた肉を喰らう!』

『あーむ……うん! 一度口の中をリセットすることでお肉の味が変わらず楽しめるね!』

 

 おいおい、人の写真を勝手に売ってその金で焼肉だと? オマケに酒?

 いい度胸だよ神一郎ッ! お前は絶対に殴る! 絶対にだ!

 

『……ところでしー君』

『なんです?』

『最近ハンバーグとかオムライスとかお好み焼きとか、安く簡単に作れる料理を色々作ってくれたじゃん?』

『男子ご飯の定番モノですね』

『でも結局はお高い肉を焼いただけのモノが一番美味しいっていう……』

『まーたそういう事を言う。謝れよ! 月村さん――ではなく、全国の主婦に謝れ!』

『いひゃいいひゃい』

『次言ったらもっちりほっぺを炭火で焼く』

『ごめんちゃい』

『あざと可愛い! 許す!』

『えへへ』

 

 この期に及んで更にノロケの追加だと!?

 酔っ払いのノロケとか最悪だ。

 あまりの怒りに脳天から何か出そうだ。

 これが怒髪天を衝くってやつか。

 

「織斑さんの顔が! 顔がヤバイです!!」

「そこはせめて“顔が怖い”って言ってやるサ」

「鬼が宿ってるヨ。一緒に戦う身としては頼もしい限りアル」

 

 私の顔がなんだって?

 自分では笑みを浮かべてるつもりだぞ。

 

「なんか凄い獰猛な顔してますよ!? 大丈夫なんですか!?」

「良い笑顔サ」

「笑顔!? 笑ってるんですかあれ!?」

「良い笑顔アル」

「もしかしてお二人は私と違うモノが見えてます!?」

 

 勝手に写真を売られ、場が盛り上がってる時に水を差す。

 温厚な私も怒るのは仕方がないだろ?

 誤解するなよアダムズ。

 普段の私はもう少し温厚だ。

 

『ちーちゃんの笑顔を見ながら焼肉ってとても贅沢』

『世間一般的には憤怒の表情です』

『それはしー君が原因だよね?』

『え? プロジェクト・モザイカ産の人造人間に人権ってあるの? 俺がやった事は野生動物の写真を売っただけです。まぁ千冬さん本人が“自分が普通の人間だから人として扱ってくれ”と言うならそうしますけど』

 

 すっとぼけた口調にイラっとする。

 私はな、人間の顔面を素手で破壊できるんだよ。

 本気で殴れば神一郎の頭蓋を一撃で砕ける。

 そんな力を持ってるからこそ、私は誰よりも“自分は人間ではない”と言い聞かせてるのだ。

 いや、分かってるんだよ神一郎。

 お前がちゃんと私を一人の人間として見れくれる事は知っている。

 そしてお前も私のそうした気持ちを知ってるんだろ? 

 だからそう意地の悪い言い方をするんだよな?

 やり方が汚いんだよッ!

 

『人造人間に対する法律はないもんね。法的に見ればしー君はセーフかも。てかさ、最近ちーちゃんに厳しくない?』

『だって千冬さんは保護される立場の学生じゃないんだよ? もう大人で社会人、生前の俺と同じ立場だ。気遣う理由がないです』

 

 そうだな。

 未成年ではあるが、私は社会人だ。

 神一郎の対応が厳しくなるのは理解できる。

 それがプライベート写真を売っていい理由にはならんがな!!

 

『ちーちゃんも大変だよね……にょ?』

『どうしたにょ?』

『サイトの主が私だとバレたみたいにょ。素人じゃない……プロの攻撃にょ』

『大丈夫にょ?』

『男の“にょ”は可愛くないと思う』

『急に素になるなし』

 

 いい年した女の“にょ”もどうかと思うがな。

 神一郎も小学生だからセーフに見えるが、中身が大人だからアウトだ。

 

「織斑さん、先輩の協力を得られました」

「こっちもサ」

「同じくアル」

「恩に着る」

 

 これでこのサイトが消えてくれると嬉しいんだが、正直厳しいと思っている。

 今は食事中みたいだから油断してくれるといいんだが。

 

『突然忙しくなったと思ったらちーちゃんの差し金か(もくもぐ)』

 

 耳元で咀嚼音が聞こえるのはとてつもなく不愉快だな。

 

『両手が忙しくて肉が食えないなー。でもお肉食べないと脳が回らないなー』

『はいはい。あーんして』

『あーむ。ありがと(もぐもぐ)、お行儀が悪いけど(もぐもぐ)、塵も積もれば山となる、でね、多勢で攻められると両手が忙しいんだよ(もぐもく)』

『この程度なら問題なし、あーん』

『あーむ』

 

 哀れだな神一郎。

 あれだけ束の面倒を見たくないなんて騒いでいても、結局はその位置か。

 

『げげっ、更にお客様が追加だよ。仮面の軍勢がログインしました』

『それってヴァイザードじゃん。ヤバイのでは?』

『遊び相手とはしては上等。天災の本気を見せてやろう』

『靴下を脱いで足元にキーボード? まさか……!!』

『束式キーボード殺法は常勝無敗!』

『両手両足でキーボード操作!? 4つ同時操作とかスゲーな!』

『これ唯一の弱点は飲み食いできないこと! だからお肉プリーズ!』

『はいあーん』

『あむ。ごめんねちーちゃん(もぐもぐ)。ちょっと忙しいから一旦落ちるね(もぐもぐ)』

 

 まるで私が別れを惜しんでいるかの様に言うな。

 さっさと消えろ。

 

『また後でね!』

『追加の肉焼くから待ってください。それじゃあ千冬さんまた後で』

 

 やっと消えたか。

 こうも一方的に騒がれるとストレスが酷いな。

 もう二度と現れるなと言いたいが、人目がある場所で話しかけてくるからどうしようもない。

 このイライラをどうすればいいのか? 簡単だ。

 体を動かせばいい。

 

「サイトの事はプロに任せよう」

「それがいいサ」

「ならさっさと移動しよう。シュウ、トレーニングルームでいいか?」

「ヤー、これからサンドバックにされそうアル」

「そんなタマじゃないだろうサ」

「同意する」

 

 ただ暴れる人間なら返り討ちになって終わりだろう。

 そんな相手とこれから戦うと思うと少しワクワクするな。

 

「え? あの、ちょっと待ってください!」

 

 席を立つ私達をアダムズが止める。

 

「どうした?」

「どうしたじゃないですよ! まだ何も決まってないじゃないですか!」

 

 アダムズのセリフに私達は顔を見合わせる。

 

「明日は組むんだよな?」

「直前まで共闘で、それからは自由サ」

「他に何かあるネ?」

「えぇ?」

 

 明日の予定を確認しあう私達に対し、何故か困惑顔だ。

 これ以上なにかあるか?

 

「ポジションとか決めないんですか?」

「ポジジョン?」

「索敵役とか指示役とか、そんなのです」

「ふむ」

 

 四人で動くとなれば、それは一つのチームだ。

 ここに居るのは実力のあるメンバーだが、好き勝手に動いては足元をすくわれる可能性がある。

 勝つ為には個々の仕事を決めた方がいいか。

 

「遮蔽物もない空ですから、偵察役とかいりません。でも指示役とか居た方がいいと思うんです」

「確かに敵に釣られて離れたらチームを組む意味がないサ。二人ほど血の気の多いのがいるし、司令塔は必要サね」

「アタシが血の気が多いと思われてるのは心外アル。でもその意見は賛成ネ。一人ほど暴れたがってる人がいるアルしな」

「人を暴れん坊みたいに言うな。まぁ全体を見渡せるリーダーは必要だろう」

 

 私の事をどうこう言ってる二人だって正直信用はできない。

 敵に挑発されたら嬉々として殴りに行きそうだ。

 

「分かってくれて嬉しいです。それで指示役は織斑さんでいいですか?」

 

 アダムズがそう言って他のメンバーの顔を伺う。

 なにを言ってるんだろうなコイツは。

 私が司令塔とかないだろ。

 

「指示役とかガラじゃない。私は前衛でいい」

「え゛っ!?」

「まぁ千冬ならそうサね。後ろに居るタイプじゃないサ」

「そうアル。最前線で暴れてる方が似合うヨ」

 

 アダムズが拒否する私に驚く。

 私が後ろで指示役とかできる訳がない。

 ……できないは言い過ぎだな。

 実は競技の練習で司令塔役はやったんだが、正直言うとダルい。

 誰かに指示を出して動かすより、自分で動いた方が楽だし簡単だ。

 スタッフや同僚からは管理職に向かないと言われた。 

 

「ならアーリィーさん」

「断る。後ろで観戦とか退屈サ」

「じゃあフェイさん」

「アタシはただの一兵卒アル。小隊長は荷が重いネ」

「それじゃあ……」

 

 引き攣る笑顔のアダムズの肩に三本の手が乗せるられる。

 お前という味方を得られたのは幸運だ。

 

「任せた、リーダー」

「よろしくサ、リーダー」

「期待してるヨ、リーダー」

「……ほえ?」

 




全体を見回して状況を把握するリーダーポジ決めようぜ!

日本代表「前戦で暴れたいので断る」
イタリア代表「前に出て戦いたいので嫌だ」
中国代表「一兵士なので前に出ますね」
アメリカ代表「(゚д゚)」


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モンド・グロッソ⑥

なんとかイベント前に書いた!
メンテ中の暇潰しにどうぞ。


『アメリカ代表はね、子供の頃にイジメられてたんだよ』

 

 その暴露話はトレーニングルームへの移動中に始まった。

 早すぎる束の復活である。

 各国のサイバー部門、水口さんの仲間などのアマチュア達、そして世界中の人が知っているサイバー技術集団。

 そんな人間が集まっても束には勝てなかった。

 情けないとも思うが、仕方がないとも思う。

 なにしろ機械のスペックが段違いだ。

 スーパーコンピュータVS5万円の未改造のノートパソコンと言ったところか。

 腕前以前の問題だな。

 それでも数が揃えばなんとかなると思ったんだが、甘かったか。 

 

『イジメって言ってもそこまで酷いもんじゃなかったけどね。黒人だからとかそんなんじゃなくて、好きな子に対して素直に慣れないアレだよ』

 

 私の横を歩くアダムズの横顔を見る。

 確かに子供の頃はさぞ可愛かったのだろうなと想像できる。

 

『だけど親が心配してね、お嬢様女子学校に転校したんだよ』

 

 少し過敏な気もするが、子供を心配する親の行動としてはおかしくないな。

 

『そんな親のせいで、彼女の人生はとても悲惨な事になったのです』

 

 その語り口調をヤメロ。

 アダムズに何かあったのか? まさかそのお嬢様学校で虐めとか…… 

 

『クラス内カーストは最下位。地味なメガネっ娘やもやしっ子と一緒に図書館にこもる日々』

 

 悲惨ってそういう意味か!

 平和でいいじゃないか。

 彼女らしい日常だと思う。

 むしろ羨ましくもあるぞ。

 

『目立たず生きてきた彼女が日の目を見たのは15才になってからでした』 

 

 まぁ才気ある人間がいつまでも日陰に居るわけないか。

 

『体が成長し、黒人特有のバネのある筋肉を得た彼女は体育の時間に大活躍。一気にクラスの人気者なり、バスケやチアガールなど色々なクラブから声が掛かります』

 

 今まで目立たなかったのが成長してクラスの人気か。

 まるでサクセスストーリーだな。

 

『今までの周囲から注目されない空気の様な生活が、周囲に注目される日々に様変わり。彼女は頼まれるままクラブの助っ人として活躍します』

 

 アダムズの性格を考えれば、頼まれたら断れなさそうだもんな。 

 

『空気さんから一転してのちやほや人生。普通なら調子に乗ってしまう所ですが彼女は違います』

 

 空気呼びはやめてやれ。

 

『彼女は人に頼まれると断れないドМだったのです』

 

 だから酷い言い方はやめろ言ってるだろ!?

 普通に良い子じゃないか。

 

『能力があるクセに押しが弱い彼女は、それから人生が少しずつズレていきます。流れ流され、図書館の司書になることが夢だった少女は、気付いたらアメリカ軍の軍事施設で筋トレの日々』

 

 そう言われると、ISを広めた人間として多少罪悪感があるな。

 そして憐れでもある。

 図書館勤め希望の文学少女が軍人になるとは。

 

『かくして運命の歯車を天災の手によって狂わされた少女は、国の代表になって戦うことになったのです』

 

 他人事の様に語っているが、原因は私とお前にあるんだからな?

 

「どうかしました?」

「……なんでもない」

 

 アダムズが可哀想でつい顔を見てしまった。

 意識してないだけで、他人の人生に影響を与えてるんだな。

 出来れば良い意味で影響を与える人間になりたいものだ。

 

『アメリカ代表の場合は周囲に流された結果だから、誰が悪いかって話なら本人だよね』

 

 まぁ……うん……そう、かもな。

 言いたくないが、本人が流れに逆らわないのも悪いと言えば悪い。

 

『で、中国代表なんだけど、こっちは凄いよ。なんと私とちーちゃんの大ファンなのです!』

 

 ……は?

 

 思わず前を歩く朱の後頭部をマジマジと見つめる。

 趣味が悪いにもほどがある。

 なんの冗談だ?

 

『朱飛蘭の家系は軍人一族でね、彼女は幼い頃から訓練を受けてたんだ』

 

 軍人ね……。

 どちらかと言うと暗殺者に見えるが。

 

『表向きは普通の少女として学校に通い、家では父親や親戚にシゴかれる毎日』

 

 またも始まったな語り口調。

 “表向きは”って言葉が不安を誘う。

 

『ちなみに、周囲にバレない様に鍛えたのは暗殺者になるためです。ほら、そうすれば経歴だけ見ればクリーンだから』

 

 ん、なんとなく想像はできてた。

 先生に聞いても普通の生徒だと答え、友達に聞いても同じ。

 アラを探そうとしても見つからない暗殺者というわけだ。

 

『親に言われるまま暗殺者としての訓練をしていた彼女ですが、自分の人生に疑問を持つようになります』

 

 まぁそうだろうな。

 どんな訓練をしていたは分からないが、無理矢理やらされる訓練では嫌気もさすだろう。

 

『学生生活も残り僅か。彼女はもう少しでおっさんの上で腰を振りながら刃を振り下ろす仕事をしなければならないのかと悶々していました』

 

 暗殺ってやはりそうなるか。

 女を武器に懐に入り、刃を振るう。

 親が子にそんな真似を強要するなんて胸糞悪い話しだ。

 

『暫らくしてそんな彼女の人生が変わります。そう、ISが登場したからです。厳しい訓練を受け、正式な軍人ではないので探られても問題ない。彼女は国の代表としては理想的な人間でした』

 

 暗殺者として訓練を受けてるが、実戦経験はなし。

 IS操縦者として表に出すには適した人材だ。

 

『そんなこんなで、危機一髪で処女を守れた彼女は私とちーちゃんに深い感謝の念を抱くのでした』

 

 アダムズの場合は悪い意味で人生に影響を与えたが、朱の場合は違う。

 彼女の助けになった。

 少しだけ心が救われるな。

 

『デザートできたよー。北海道産の濃厚アイスとクリーム、青森のリンゴ、栃木の苺、グ○コのポッキーを使い、最後に湯煎して溶かしたゴ○ィバのチョコをかけた贅沢パフェだよー』

『ひゃっほーい!』

 

 約一名静かだと思っていたが、席を離れていたのか。

 しかし日本の名産と名物に混ざるゴ○ィバの破壊力よ。

 随分と贅沢なデザートを食べてるじゃないか。

 

『うまっ! なにこれうまっ! 脳みそに糖分が駆け巡るよ!』

『リンゴは若干時期外れなんですけど、逆に甘味が少ない方がスッキリしてて合いますね』

『酸味が良い感じにアクセントになってね。うむ、花丸をあげよう』

『どもです。ところで少しだけ聞こえて来たんですが、千冬さんが白騎士だってことを知られてるんですか?』

『確証はないけど確信はしてるみたいだね。まぁ筋肉の付き方とか見れば分かるよね』

『なるほど分からん』

 

 証拠はないな。

 だが分かる人間が見れば分かるか。

 

『それで(あむ)次はイタリア代表の(んぐ)情報なんだけど(ごくん)』

 

 咀嚼音がうるさい。

 黙れ、喋るな。

 もう時間切れだ。

 

「意外と人が居ないアル」

「きっと明日の競技の為に休んでるサ」

「私達も殴り合いはやめてお茶にでもしませんか?」

「「却下」」

「……ですよね」

 

 トレーニングルームは広々としていて、半分にはトレーニング器具が並び、残り半分にはボクシングのリングや柔道などできる競技スペースがあった。

 朱の言う通り人はほとんど居ない。

 これなら視線を気にすることなくやれるな。

 

「柔道畳が敷いてあるのか。朱、ここでいいか? それともリングの方が好みか?」

「畳で構わないヨ」

 

 朱の返事を聞いてから準備を始める。

 アダムズとアーリィーは壁際に腰を下ろし、朱は腕を組んだまま目を閉じている。

 精神統一でもしてるのだろう。

 私も上着を脱いで準備する。

 

『ちーちゃんのTシャツ姿が尊いッ!』

『中国代表って落ち着いて見ると変な格好ですよね。お団子にチャイナ服でアルって属性多すぎっ』

『あれ一応考えられた格好だよ。日本人に受け入れられる方法を模索した結果だね』

『日本人どうこうじゃなくてオタク向けだけど、きっとウケはいいでしょうね』

 

 そしてバカ二人の声をBGMの代わりに軽くストレッチ。

 無視しようとするのも負担。

 腹を括ってラジオだと思った方が気楽だ。

 

「シュュューー」

 

 朱から聞いた事のない呼吸音が聞こえる。

 独特で奇妙な音だ。

 

『暗殺一家ってことは一族秘伝の呼吸法とか、もしくは中国拳法の奥義? なんかテンション上がってきた』

『暗殺VSちーちゃんとか! これは永久保存決定!』

 

 録画されてるのか。

 服を破かないよう気を付けよう。

 

「ワクワクしてきた……酒でも持ってくればよかったサ」

「トレーニングルームは禁煙禁酒ですよ」

「残念サ」

 

 外野は暢気なもんだ。

 さて、と。

 

「そろそろいいか?」

「問題ないアル」

 

 互いに近づき向かい合う。

 手が届きそうな距離まで近付くが、朱は両手はぶらん下げたまま動かない。

 

「構えないのか?」

「織斑サンこそ」

 

 この距離でも攻撃を防げる自信があるのか。

 大胆不敵。

 そこにあるのは侮りではなく自信。

 ……面白い。

 

「ふっ!」

「――っ!」

 

 私が繰り出したのただのパンチ。

 それを朱は左腕で防いだ。

 技術もなにもない拳だ。

 並の相手ならこれで十分。

 だが朱は並でない。

 

「手応えが変だ。面白い」

「化勁アル。中国武術を堪能させてあげるヨ」

 

 化勁と言うのか。

 拳の勢いを殺されたな。

 想像以上にできるな。

 

『攻撃の軌道を変化させることで、敵の技を無効にし反撃に繋げるテクニックだね。意外とやるー』

『まるでマンガの世界ですね。これは見てるだけでも面白い』

 

 説明どうも。

 ――それなら連続ではどうだ?

 

 両手で拳の雨を叩きつける。

 ジョブからストレート、なんて綺麗なものではない。

 リズムを読まれないよう適当に殴る。 

 

「――おっと、危ないアル」

 

 クリーンヒットはなし。

 全ての攻撃を流された。

 朱はまだ笑える程度の余裕があるようだ。

 今度は変化をつける為に蹴りも混ぜてみる。

 

「――くっ!?」

 

 表情が少し変わった。

 足の威力は腕の三倍。

 流石に全てを無効できる訳ではないか。

 どうした朱。

 その程度なら力技のみで押し切るぞ?

 

「織斑さんのキックを受け流しましたよ!? 私なら壁まで吹っ飛んでます!」

「どっちもやるサ」

 

『ほー、ちーちゃんを相手に粘るねー。生半可な技術じゃ腕を持ってかれて終わりなのに』

『チャイナ美女が苦痛で顔を歪める姿は絵になりますなー』

 

 観戦者は気楽でいいな。

 それはそうと神一郎は死ね。

 

「あいたた…………守りに徹してたらダメか」

 

 朱の目が細まり、笑顔が消えた。

 

『口調が変わりましたね』

『素がでてきたね。ここからが本番』

 

 朱が構えを取る。

 

『あの構えは太極拳かな? 老人拳法がちーちゃん相手に役立つとでも?』

『太極拳は中国武術の中でも人体破壊に優れた武術ですよ?』

『そなの?』

『オタクの常識です!』

 

 ほう?

 駅前や公園でゆったり動いてるイメージしかないんだが、そういうもんなのか。

 どんな武術なのか興味あるな。 

 今度はこちらが出方を伺うのも――

 

「壊れないでくださいね?」

 

 ゾクリと背筋が泡立つ。

 様子見なんて言ってる場合じゃない!?

 

 朱が前に出る。

 動きに合わせカウンターを放つが軌道を流された。

 

 ダンッ!

 

 足を踏みつけられ、その場に縫い付けられる。

 

双峰貫耳(そうほうかんじ)

 

 動きが止まった私の顔に朱の両手が迫る。

 狙いは頭……いや、耳か?

 両手で頭を挟む様な動き……防がなければ私の鼓膜が破かれる!?

 

「くっ!?」

 

 咄嗟に両手でガードする。

 直前まで迫った拳の風圧が鼓膜を揺らし、キンッという音が聞こえる。

 

「惜しい。もう少しだったのに――」

 

 もう少しで鼓膜を破れたのにと言いたいのか?

 彼女の瞳に色はなく、まるで深い闇の様だ。

 これが朱飛蘭か!

 

 動きを止めるのはマズイ。

 踏まれた足を力尽くで抜き距離を取る。

 周囲の音が聞こえないな。

 一時的だと思うが、鼓膜がイカれたようだ。

 うるさいバカ達の声が聞こえないので逆にありがたい。

 

『ちーちゃんの鼓膜を狙うとか許せん! ぶっ殺してやる!!』

『蹴りを誘うんだ! あのチャイナ服なら蹴りを出せばその奥が見れる!!』

 

 ……忘れてた、骨伝導だったな。

 

 バカ二人の声を即座に脳内から追い出す。

 そうこうしてる内に朱が肉迫してくる。

 

閃通背(せんつうはい)

 

 迎撃の為に繰り出したパンチは左手で軽く流され、朱の掌打が胸に当たる。

 衝撃が体の中から外に向かって突き抜ける。

 体内から破壊する技か!?

 

 打撃は対処され通じない。

 ならば関節だ。

 せっかくの畳の上だ、寝技で仕留める!

 

「ふふっ」

 

 朱の動きを止めようと腕を狙うが、こちらの動きを出だしから抑えられる。

 なるほど、手首の動きが肝心なんだな。

 手首の円の動きがこちらの攻撃を流すのだ。

 厄介だな!

 

搂膝拗步(ろうしつようほ)

 

 攻守の隙を付き、朱の掌打が私の身体を打つ。

 一撃一撃はたいしたことはない。

 しかし妙に芯に響く。

 中国武術……なかなか楽しませてくれる! 

 

進步搬攔捶(しんぽばんらんすい)

「カハッ!?」

 

 大振りになった瞬間を狙われ、胸の中央に掌打を叩き込まれた。

 息が詰まり身体が硬直する。

 マズイッ!?

 

「こんなもん?」

 

 烏兎、人中、秘中、水月、関元――正中線に存在する五ヶ所の急所を打たれる。

 痛い、痛いなぁ。

 意識が飛びそうな痛み。

 だがそれよりも楽しさが上だ!

 

「この程度ではまだまだヌルいなぁ!」

「まだ笑えるなんてとんでもなく頑丈。普通の人間なら悶絶してるのに」

 

 朱の内側に入り込み拳を振るう。

 首をもぎ取る勢いのアッパー。

 それを拳を包むように朱が両手で受け止める。

 これを受け止めるかッ! 

 

『千冬さん! ここはこのセリフを是非に!』

 

 神一郎がやけに大きな声で主張してくる。

 

 ……ほう? 別に悪くはないな。

 相手が手練な拳法家ならそのセリフは面白い。

 手を休め朱と距離を取る。

 

「これが闘いの根源だ」

 

 右手を振りかぶり、せーの――

 

「殴って!」

「ぐっ!?」

「蹴って!」

「なんて馬鹿力ッ!」

「立っていた方の勝ちだ!」

「受け流し……きれないッ!?」

「ぶっ飛べ!」

 

 辛うじて防いだ朱だが、最後にはそのまま吹っ飛んで後ろの壁に激突した。

 このセリフ気持ちいいな。

 凄くスッキリした。

 

 朱は壁にぶつかりそのまま地面に落ちた。

 束なら余裕で立ち上がる。

 神一郎なら……受身とかとれなくて死んでるかもだな。

 さて、朱はどうだ?

 

 流石にダメージが重いのか、ノロノロと立ち上がる。

 簡単に立ち上がれるほど威力を抑えたつもりはなかったんだが……。

 朱は姿勢を低くしながら私に向かって走る。

 ……低いって言葉で済ませていいのか疑問だ。

 前髪が床に着く勢いの姿勢だぞ!?

 

「シャッ!」

 

 這うように走りながらの攻撃。

 攻め方を変えてきた!?

 

「心意六合――蛇形拳」

 

 腕が蛇の様にしなりながら襲ってくる。

 蛇形拳? 蛇拳なら知ってるんだが何か違うのか?

 

「シャ!」

 

 普通の打撃とは違う。

 私が知ってる中で一番近いのはボクシングのフリッカーだろう。

 ま、神一郎のマンガで読んだだけで生のボクシングは見た事ないんだがな。

 しかし捌き難い。

 蛇の様な独特の動きが面倒だ。

 朱は私の周囲を円を描きながら走る。

 今の私はまさに得物だな。 

 鋭く早いが、狙いは急所だ。

 来る場所が分かっていれば対応できる!

 

「心意六合――虎形拳」

 

 また動きが変わった!?

 今度は朱の手がアギトととなって襲ってくる。

 五指を開き私を狙う姿はまさに虎だ。

 まともに当たれば肉を抉られそうだな。

 蛇形拳とは違い大きく大胆な動き。

 大振りを捌いてカウンターで仕留める! 

 

「心意六合――燕形拳」

「っていくつ型があるんだ!?」

「心意六合拳は十種類。他の流派ならまだまだある」

 

 蛇の動きに慣れたと思ったら虎。

 虎かと思ったら燕。

 めんどくさい! 中国拳法めんどくさいなおい!

 それが強みなんだろうが、相手にするとこうも戦いづらいとはな。

 

「捕まえた」

 

 手首を朱に掴まれる。

 驚いて油断してしまった。

 驚きは体を硬直させるだけで戦いの場ではまったく役に立たない。

 これは反省だな。

 

「中国武術は太極拳だけじゃない。――ピキッ(手首の関節を外す音)」

「なるほど、奥深いな。――ピキッ(関節をはめなおす音)

 

 朱の手を振り払い、すぐさま自分で関節を戻す。

 視線のすみに見えるアダムズの目が、まるでバケモノを見てるようだ。

 この程度で驚くようでは私の模倣は難しいぞ?

 

「これ以上は手札を晒すのは良くないか……次の一撃で最後にします」

 

 私の打撃を防ぐ見事な体術と、人体破壊が得意な太極拳。

 動物を模倣するのは象形拳だったか?

 そして今の関節技。

 随分と多芸だがまだ手札があるのか。

 

「熱中して明日の試合に影響するのも問題だ。受けよう」

 

 朱はごくごく自然体で立っているだけだ。

 しかし油断はしない。

 どんな攻撃にも対応できるよう、腰を深く落として構える。

 この場面で腰を深く落とす構えは悪手だろう。

 なにせこの体勢が素早く動けない。

 逃げることができないのだ。

 だがそれでいい。

 逃げる為の構えではなく、受け止める為の構えだ。

 

「…………死ね」

 

 ――朱から凄まじい殺気が放たれた。

 

「ふ……ふは」

 

 素晴らしい!

 悪意も! 敵意も! 私に対する悪感情が何一つない純粋な殺意!!

 まさか“殺す”という感情がこうも清々しいとは!!!

 

「…………は?」

 

 全身を包む殺気が消えた……?

 

 

 

 

『避けてッ!!』

 

 マズイ!?

 

 束の声と、今すぐ動けという本能が私を正気に戻す。

 いつの間にか朱は正面に居て、私に向かって手を伸ばしている。

 技は抜き手。

 狙いは心臓。

 

 今すぐ動け!

 

「……よく動けましたね?」

「……半分は運だ」

 

 朱の指先が微かに私に触れている。

 手首を掴む事でギリギリで止められたが、今更ながら冷や汗が出てきた。

 

『今現在、ちーちゃんの中で私の好感度が最高潮だと思われる』 

『初めて聞く余裕のない叫び声にちょっとビックリ。そんなにヤバイ状況だったの?』

『即死はないけど、直撃してたら明日の試合に影響が出てたね』

 

 悔しいが、束には感謝しかないな。

 自分の実力だけなら防げるかギリギリだっただろう。

 まさか手合わせの最中に外野の声に助けられるとは……。

 

「今の技はなんだ、なんて聞くのはマナー違反か?」

「どうせタネには気付いてるでしょ?」

「強烈な殺気を相手に当て、その直後に殺気を消す。そうする事で相手の感覚を狂わせてるんだろ?」

「正解。殺気を浴びた人間は感覚が鋭敏になり、目の間の驚異に意識が集中する。その直後に殺気と気配をゼロにすることで、強引に”間“を作れる」

「最後の抜き手はなんだ? 普通ではない感じだったが」

「拳法の技みたいな名前はない。あれはただの殺し技。代々一族から伝えられてきた、ね。一応身内からは”心臓抜き“って呼ばれてる」

「……肋骨の隙間から直接心臓にダメージを与える技か。外傷も少ないだろうし、まさに暗殺の技だな。ついでにもう一ついいか?」

「どうぞ」

「殺す気だったのに殺気が無かったのは何故だ?」

「ん? 相手を壊すのに殺気なんて必要ない」

「相手を“壊す”か。理解した」

 

 殺すではなく壊す、か。

 それなら殺気がないのも当然だ。

 

『中国四千年の技、確かに楽しませてもらいました。でもちーちゃんのおっぱいを触った右手の先っちょはいつか切り落とす』

『発言がいちいちこえーよ。しかし生で暗殺拳を見れるとは感激です』

 

 私が後少しで血反吐を吐くところだったというのに暢気なもんだ。

 まぁこれも修行だな。

 技の大切さを教えてもらったよ。

 

「これにて終了だな」

「お疲れ様アル」

 

 元に戻ったか。

 さっきまでの仏頂面はどこえやら。

 朱がニッコリと笑顔で握手を求めてくる。

 これからは暗殺者には気を付けよう。

 いやホントに。

 

「二人ともお疲れサ。いやー、良いもの見せてもらったサ」

「随分とツヤツヤした顔だな。楽しんだようで何よりだ」

「……ところで少し体が火照ってきたんだけど、これからどうサ?」

 

 見てるだけでテンションが上がったのか、アーリィーは興奮気味だ。

 気持ちは分かる。

 私だって逆の立場なら疼いていただろう。

 でも無理だ。

 

「私は断る。この心地良い疲れのままシャワーを浴びて寝たい」

 

 汗だくで気持ち悪いんだ。

 さっさと部屋に戻りたい。

 

「同じくアル。今日はお腹一杯ヨ」

「ならしょうがないサ。それじゃあトリーシャと……トリーシャ?」

 

 アーリィーが自分の隣に座るアダムズの肩を揺らすが、彼女は目を開けたまま微動だにしない。

 

「……気絶してるサ」

 

 アーリィーが顔の前で手をヒラヒラと振るがなんの反応もない。

 確かに気絶してるようだ。

 

「良く見ると、恐怖に染まった顔してるアル」

「お前の殺気に当てられたんじゃないか?」

「「あ~」」

 

 アダムズは最近までお嬢様だった。

 もしかしたら殺気は初体験かもしれないな。

 朱の殺気は濃厚で凄まじかった。

 これが初めての殺気なら気を失うのも仕方がないだろう。

 だがなにも悪い事ではない。

 朱の殺気を体験した経験があれば、今後は荒事に直面しても気後れする事はないだろう。

 問題は――

 

「あー、トリーシャどうするサ?」

 

 一向に動かないアダムズをどうするかだな……。

 ぶっちゃけ、早くシャワー浴びたい。

 

「任せたアーリィー。ほら、こんな汗だくで触るのは悪いだろ?」

「よろしくアーリィー。ワタシもこんな汗まみれじゃ恥ずかしくて触れないアル」

「ちょっ!?」

 

 お荷物になったアダムズをアーリィー任せ、朱と一緒にトレーニングルームを後にする。

 悪気はないんだ。

 それは本当だ。

 だが目を覚ました瞬間に私と朱が視界に写ったら、悲鳴上げるかもだろ?

 それは可哀想じゃないか。

  

「やっぱりモンド・グロッソは甘くないな。お前のような人間が普通に現れるんだ、優勝は簡単ではないらしい」

 

 帰り道、隣を歩く朱に話しかける。

 

「……千冬サンが殺す気だったらワタシ程度瞬殺だったアル」

「そう思うか?」

「あくまで試合の範疇でしか力を振るわなかったネ。ワタシ、そこそこ本気だったアルよ? でも千冬サンは5割程度だったネ」

 

 朱の言うことは正しい。

 全力で、それこそ束を相手にする時ほどの力は出さなかった。

 でもそれは――

 

「何も言わなくていいネ。自分の実力も千冬サンの実力も分かってるつもりアル」

「……そうか」

 

 余計な言葉はむしろ侮辱になるか。

 そう思い、私は口を閉じる。

 

『ん、分を弁えててよろしい!』

 

 今は黙っててくれ。

 大事な話しをしてるんだ、頼む。

 

「でも安心していいヨ。ワタシ、全力で戦うネ。千冬サンに勝てないとしても」

「最初から負ける気なのか?」

「だってIS乗ったらワタシ弱くなるヨ」

「ん? それはどういう……」

「ISじゃ中国武術の実力発揮できないアル……」

 

 どこか悲しそうな朱のセリフ。

 太極拳を含め、多くの技術はISを展開した状態じゃ活かせないもんな。

 まだまだISが未熟だと言うのもある。

 今のISじゃ繊細な動きを伝えられないだろう。

 

『私のISが原因だと言うか!? その喧嘩、買ってやろう!』

『二次移行、単一能力、第三世代、第四世代……俺から見れば今のISは型遅れです』

『第三世代に第四世代ね……それって未来の情報だよね?』

『……ボク、フツウノ、ショウガクセイダヨ?』

『ごめんちーちゃん。ちょっと今から拷問……じゃなくて尋問するから忙しくなる! ってなわけでオヤスミのキス! んちゅ♪』

『そのキス顔を俺に向かってしてくれたら教えますよ? や、あの、キス顔で……あ゛ァァ――ッ!!』

 

 神一郎の叫び声を最後に通話? が切れた。

 もしかして甘やかしタイム終了か?

 私の戦いを見て束も体を動かしたくなったのかもな。

 元気に生きろ。

 応援だけはしてやる。 

 

「勝利を諦めてるのは今回だけネ。第二回モンド・グロッソの練習だと思ってるヨ」

「次の大会までに専用機が仕上がると?」

「次の大会までにワタシが仕上がるヨ。千冬サンならこの意味が分かるネ?」

「鍛錬の問題だろ?」

「正解アル」

 

 私が当てると、朱が嬉しそうに笑った。

 手合わせしてて気付いた。

 彼女の手と足はとても綺麗だ。

 そう、まるで年頃の女の子にように。

 

 武術の腕は見事だが、鍛錬の後が見えない。

 恐らく学校などでバレない様にするために、自分を傷付ける修行をほとんどしてないのだろう。

 彼女はまだまだ未完成なのだ。

 

「武術は好きなのか?」

「好きアル。運動は好きヨ」

 

 無理矢理習わされてたと思っていたが、そうでもないらしい。

 

「私はこっちだ」

「それじゃあここまでアルな」

 

 部屋に戻る途中の分かれ道まで来た。

 残念ながらお喋りはここまでの様だ。

 

「また明日」

「あ、千冬サン」

 

 背を向けたタイミングで呼び止められる。

 

「精一杯楽しませてあげるから楽しみにしてて」

「それは――」

 

 振り返った時には、朱は私に背を向けていた。

 束が言っていたな。

 朱は私と束に恩を感じていると。

 変な使命感や妄信の様子はない。

 ただ感謝の念があるだけか?

 考えたところで彼女の気持ちは分からない。

 だがまぁ……

 

「楽しみにしてるよ、飛蘭」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 ――楽しみしてるよ、飛蘭

 

 千冬さんの声が後ろから聞こえてくる。

 でも絶対に振り向かない。

 柄にもなく照れてる自分が居るからだ。

 

 やっと千冬さんに名前を呼んでもらった。

 

 ワタシの考えは正しかった。

 下手に神格化したりしたら逆に嫌われると考え、ライバル感を出したのが正解だった。

 対象が欲しているモノを調べ、それを満たす。

 相手に気に入られるテクニックの一つ。

 まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。

 

「失礼します」

 

 千冬さんと別れ戻ってきたのは自室ではなく父の部屋。

 事後報告の為の出頭。

 

「戻ったか。明日の試合はどうにかなりそうか?」

「はい。アメリカ、イタリア、日本の代表選手と行動を共にする事になりました」

「……そうか、予定通りだな」

「はい」

 

 ワタシが千冬さんに近付いたのは上からの指示があったから。

 本国は日本との関係を強化したいと望んでいる。

 篠ノ之束の頭脳とISにはとてつもない価値があるから。

 ワタシとしては役得。

 上から指示だから、なんの憂いもなく千冬さんに接近できるのだから。

 でも中国代表としての顔はどうにかして欲しい。

 語尾にアルを付ける意味が未だに理解できない。

 

「織斑千冬と手合わせしたらしいな。どうだった?」

「噂以上でした。正面きっての戦いでは勝ち目はないかと」

「やはり鍛錬不足が原因か。それにISの完成度も未だに低い。無理もないな」

 

 それは千冬さんにも指摘された事だ。

 そこらへんの兵隊や武術家ならともかく、千冬さん相手にどこまで戦えるか……。

 

「明日の試合は勝て。今日みたいな成績は残すな。国の恥だ」

「はい」

「下がれ」

「失礼しました」

 

 退出許可が出たので大人しく部屋を出る。

 家族らしい会話はない。

 今は上官と部下の関係だからだ。

 

 自分の人生に疑問を持ったのは12歳を過ぎた頃だった。。

 それまでは父親は絶対的な存在で、言うことは全て正しいと、そう思っていた。

 

 ……インターネットは偉大である。

 

 国による情報規制があるとはいえ、全ての遮断は無理だったようだ。

 時々、自分の人生について考え始めた。

 父が異変に気付くのは当たり前だった。

 それからは国益や国家情勢などを語られた。

 

 情報統制、怒りの矛先とガス抜きの為のヘイト管理。

 知りたくない情報も多かった。

 裏事情を知った時、自分の中にあった感情は“無理”の一言だ。

 

 国に尽くせ? 国の為に働け?

 学校では親しい友人も居た。

 戦争となれば国の為に戦うのは異論ない。

 でも国の利益の為に、父親と変わらない年齢の男に処女を奪われるのはごめんだ。

 自分で言うのもなんだが、周囲に怪しまれない様に学校に通ったのが失敗だと思う。

 父親が軍に属していて、女でスパイにも使えそうだからと表向きは普通に育てられた弊害だ。

 どうせ裏の人間として育てるなら、社会から隔絶させて徹底して育てて欲しかった。

 卒業が近付くにつれ憂鬱になっていく。

 そんな人生を変えてくれたのが篠ノ之束さんと織斑千冬さんだ。

 本来ならアメリカに留学し、大学に通いながらスパイの練習をする予定だった人生が、二人のおかげで劇的に変わった。

 他の代表候補生を捩じ伏せ勝ち取った国家代表の座。

 そして初めて会う本物の千冬さん。

 

 千冬さんは退屈してると、そう感じた。

 

 虎は猫とは遊べない。

 そんな言葉が脳裏に浮かんだ瞬間に決意した。

 自分が千冬さんを喜ばせようと。

 褒めるのでもなく、崇めるのでもなく、敵となる。

 それが千冬さんを喜ばせる唯一の方法だと考え、それを実行。

 少しは楽しんでもらえたようで安心した。

 でもあの程度じゃ本当に暇潰しくらいにしかならなかったと思う。

 だがらこのままじゃダメだ。

 もっと、もっと強くならないと。

 

 今修めている武術の完成度を高めるか、それとも手札を増やす為に新しい門派の門を叩くか。

 肉体改造も必要だ。

 中国代表として露出が多い服装を求められるので、見られても暑苦しくない程度にしなければならない。 

 やること、やりたいことが沢山だ。

 昔と違いなんて楽しい日々なんだろう。

 本当に感謝しています、千冬さん。




忠犬系暗殺者フェイランちゃん!

真の忠とはなんだと思う? 
そう! 相手が望んでる事をすることだ!!

中国代表「死ね(感謝の殺気全開)」
日本代表「ふはっ(満面の笑み)」

その頃の外野

イタリア代表「……(暴れる二人を羨ましそうに見ている)」
アメリカ代表「……(返事がない、気絶してるようだ)」


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モンド・グロッソ⑦

大会出場国は他意はありません。
様々な地域から国を選んだだけです。
ツッコミはなしでお願いします。


 アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、ロシア、中国、インド、ブラジル、オーストラリア、韓国、オランダ、トルコ、ギリシャ

 

 モンド・グロッソに出場している16ヵ国の国家代表がアリーナに集合した。

 数人で固まって話してるグループと、その集まりから距離を取ってる人間が居る。

 どうやら集まっているのは手を組んで試合に望む人間のようだ。

 一人で居るのは個人で挑むのだろう。

 

 イギリス、フランス、ドイツ、ギリシャの代表が集まってるグループ。

 カナダ、ブラジルのペア。

 ロシア、韓国のペア。

 インド、オーストラリア、トルコは個人のようだ。

 

「おはよう」

 

 どうやら私が最後だった様だ。

 挨拶をしながら私も集団の一員となる。

 しかし挨拶に対する返事はない。

 アダムズがジト目で私を睨み、アーリィーと飛蘭は苦笑している。

 さて、清々しい朝なんだがなぜ私は睨まれてるんだろうな?

 

「アダムズはどうかしたのか?」

「やー……あはは、昨日の件でお怒りみたいサ」

「畳の寝心地は悪くなかったです。体は痛いですけど……体は! 痛い! ですけど!」

「……気絶したアダムズはお前に任せたよな?」

「畳は寝る場所って聞いたサ」

「微妙に間違ってるな。微妙に」

 

 どうやらアーリィーはアダムズを放置して帰ったらしい。 

 畳の上に放置はあんまりだろ。

 日本人は畳をベット代わりにしてると勘違いしてたとは驚きだ。

 

「それに……」

「それに?」

「体が疼いてしょうがなかったから、あの後走りに行ったサ」

 

 それは仕方がないな。

 私だって逆の立場だったら走りに行ってただろう。

 

「放置したのはアーリィーだろ? どうして私に怒る」

「気絶してる私をアーリィーさんに丸投げして帰ったそうですね?」

「すまなかった」

 

 アダムズから見れば私も同罪か。

 飛蘭も申し訳なさそうな顔をしてるわけだ。

 確かに私たちも悪い。

 ……よくよく考えてみると、気絶した人間を放置って普通じゃないよな?

 外道どもの影響かもしれない。

 少し気をつけて生きよう。

 今の自分はメディアの目があるからな。

 

「うぅ……背中も腰も痛い。コンディション最悪ですよ」

 

 何も敷かない畳の上じゃそうなるだろうさ。

 朝から試合ってのも運がないな。

 昼からならマッサージなどで回復できただろうに。

 

「しょうがないアルな。敵に塩を送るって言葉があるし、アタシが一肌脱ぐヨ」

 

 飛蘭が情けない姿で腰を叩くアダムズの背後にまわる。

 ふむ、偏見かもしれないが、中国人の武術家ってマッサージが上手い印象があるな。

 

「力を抜くアル」

「こうですか?」

「そうそう、息を吸ってー、吐いてー、……ほいっ!(ボキッ)」

「んぎゅっ!?」

「ここを(ゴキッ)こうして(ゴキッ)こっちはこうで(ゴキンッ)」

 

 なんだろう……プロレス技か? 私の知識ではプロレス技でしか例えられないな。

 素人目にはコブラツイストと……寝転ばないでやる十字固めだろうか。

 アダムズから凄まじい音が聞こえるんだが大丈夫か?

 

「む? 首の骨が歪んでるネ。読書が趣味アルか? これはサービス(ゴゴキンッ)」

「んほッ!!」

 

 アダムズが一瞬痙攣したかと思うと、そのままヘロヘロと地面に座り込んだ。

 まさか試合前に合法的に暗殺したんじゃないだろうな暗殺者。

 

「生きてるサ?」

「今まで生きてきた中で経験したことが無い痛みでした。でもなんだか……」

 

 アダムズが立ち上がり、腕を伸ばしたり屈伸をしたりして感触を確かめる。

 実にスムーズな動きだ。

 

「凄いです! 体が羽のように軽いです!」

「これぞ中国の神秘ヨ! なんて、ぶっちゃけただの整体アル」

 

 アダムズがぴょんぴょん跳ねて元気っぷりをアピールしている。

 それでいいのかアメリカ代表。

 観客が奇異の目で見てるぞ?

 言葉遣いはともかく、行動はアメリカ代表として相応しい振る舞いをしような。

 

「軽く矯正したから体のキレは増してると思うヨ」

「ありがとうございます! これで今日の試合はバッチリです!」

「それは良かった。これなら心おきなく戦えるな」

「……へ?」

「これでなんの遠慮もなく全力でトリーシャと戦えるサ。ナイス、フェイ」

「あ、あの……」

「壊すも治すも自在なのが中国拳法アル。これで試合中に間違って壊しても罪悪感を覚えなくて済むヨ」

「……Wow」

 

 アダムズが口をOの字にしたまま固まる。

 体調が万全でない人間と戦ってもつまらないからな。

 これで憂い無く戦えると言うものだ。

 

「……ま、まぁいいです。私だってアメリカ代表、どんと来いです」

 

 覇気もないし足が産まれたての小鹿だけどな。

 しかし本当に争い事に不向きな性格だ。

 これでよくアメリカ国内の大会で勝ち続けてこれたな。

 

「そんな訳で織斑さん、これをお願いします」

「ん?」

 

 渡されたのは一枚のメモ紙。

 なんだこれ?

 

「えーと、海兵隊式ヘタレ新兵矯正方?」

 

 アーリィーと飛蘭が後ろからメモを覗き込む。

 書かれているのは映画なんかで見たアレだ。

 丁寧に台本式で書かれている。 

 

「これをどうしろと?」

「読んでください。実はこれ、私にとって大事な儀式なんです」

 

 儀式ときたか。

 大事だと言われても、正直言って衆人観衆の前でやりたくないんだが。

 

「もしかしトリーシャはスイッチを作ってるアルか?」

「ですです」

「スイッチってなにサ?」

「戦えない人間っていうのは一定数存在するヨ。それは軍で厳しい訓練を受けた人間でもネ。でも戦えない兵士は存在価値がない。それをなんとかする為に考案されたのがスイッチと呼ばれるものアル」

 

 言葉だけで聞くとどうにも不安になるな。

 洗脳の一種か?

 

「例えば、どうしても人を殺す事を忌避する人がいるヨ。そんな時は意識をすり替えたりして罪悪感を減らすアル。“自分が人を撃つのは殺す為ではない。仲間を守る為だ”とかヨ。言うならば心理療法ネ」

「意識をすり替えるか。確かに“スイッチ”だな」

「私の場合は“好戦的にさせる”ですね。根性を入れろと訓練前にやらされてたんですよ。その結果、これやると異様にテンションが上がるんですよね」

 

 ルーティーンのようなものだろうか?

 これをやるとアダムズのスイッチが入り、勇敢な兵士に変わるのだろう。

 書かれている台本を改めて読む。

 確かにテンションは上がるだろうな……。

 

「なぜ私が言うんだ? リーダーはお前だろ?」

「織斑さんの方が気合が入りそうですし」

「……私達はチームだ。別にやってもいいが、二人だけでやるのは滑稽だぞ?」

 

 アーリィーも飛蘭もプロだ。

 こんなアメリカ被れな真似しないよな?

 テレビで放送される中でやるんだ、飛蘭なんて親が軍人なんだから嫌がるだろう。

 

「別つ構わないヨ」

「だな。楽しそうサ」

 

 と思ったがノってきよ。

 こういった余興好きそうだもんな。

 二人がやるなら仕方がない、付き合ってやるか。

 

「分かった、やろう」

「ありがとうございます! ついでにコレもお願いします!」

 

 いい笑顔で追加の紙を渡された。

 今度はなんだ?

 

「昨日先輩が考えた最高にクールな変身セリフだそうです。日本で人気のマンガを真似たそうですよ」

 

 うん、どこかで聞いたことがあるようなセリフだ。

 これをやれって? テレビカメラの前で?

 それは流石にできないな。

 

「断る」

「やるサ」

「やるアル」

「っておい!」

 

 サービス精神の塊かこいつら!?

 

「二人とも本気か?」

「なんでそんなに嫌がるサ? 普通に格好良いと思うサ」

「日本人ウケしそうなので、中国代表としては受け入れるヨ」

 

 アーリィーはまぁいい。

 面白い事が大好きそうな性格だから話しに乗るだろう。

 飛蘭はあくまでも中国代表として、か。

 国家代表の鏡だな。

 私は遠慮するが。

 

「最後のだけはやらない。そこは妥協してくれ」

「残念ですがしょうがないですね。三人でも絵になると思うので妥協しましょう」

「千冬は恥ずかしがり屋サ。うりうり」

 

 やめろ、頭をつつくな。

 飛蘭も笑ってるんじゃない。

 束や神一郎は喜びそうだが、私は絶対にやらないからな!

 

 女が四人も揃えばそれなりにかしましい。

 台本のセリフを覚えながら世間話に花を咲かせる。

 

「ところでこのセリフはいつ言うんだ?」

「そうですね。気合を入れてISを纏って、それからカウントダウンってのはイマイチですよね……カウントダウンは60秒前から始まりますし、カウントダウン30秒時点から始めるのはどうでしょう?」

「カウントダウン中に大声出したら迷惑行為と取られないサ? 場合によっては注意を受けそうサ」

「――ルールを確認してみたけど、カウントダウン中に騒いでも特に罰則はないアル。むしろ推奨してる? 直接攻撃は禁止だけど、敵の集中力を乱す言葉などの行為は有りヨ」

「……カウントダウンがやたら長い理由が分かった。束なら嬉々として推奨しそうだ」

「篠ノ之博士ってそんな人物なんですか?」

「そうだ。あいつの性格は最悪だ」

 

 ちーちゃん相手にマウント取ろうとイキった奴が、その後に試合でボロ負けする。

 そんな場面が見たかったのでその辺の規制を緩めました!

 

 ざまぁ展開ってやつですね。

 娯楽としては最上。

 

 失礼、妙な電波を受信した。

 流石の二人も試合直前で話しかけてこないだろう。

 だからこれは幻聴だ。

 

「カウントダウン30秒から開始したとして、台本通りセリフを読んで、それからISを展開……決まれば格好良いですけど、ミスったら恥ずかしい事になりますね」

「でも決まればかなり爽快サ」

「テレビ映りも良さそうアル。ここはビシッとやるべきネ」

「最後のセリフだけは断るが、それ以外は問題ない」

 

 変身ゼリフを本当に言う気なんだなこいつら。

 尻込みしてる私がおかしいのか?

 人気集めの為にやるのは、同じ国家代表として本当に尊敬する。

 滅私奉公と言えば聞こえはいい。

 でも私には無理だ。

 

「しかしこのセリフは良いものサ」

「ワタシの方はちょっと厳ついアル。これ、意味分かってるネ?」

「先輩がフェイさんにお似合いだって言ってましたよ?」

「……それならいいアル」

 

 飛蘭のセリフは――なるほど。

 昨日の戦いを見れば納得のセリフだ。

 個人的には似合ってると思う。

 

「それにしても、サ」

 

 アーリィーが顔を寄せて声を潜める。

 

「なんかやたら見られてるサ」

「そうだな」

「そうですね」

「そうアルな」

 

 私たちは立っているのはアリーナ内でも壁に近い場所だ。

 中央に立ってる訳ではないのに、何故かやたらと見られている。

 アリーナ中央に陣取るヨーロッパ勢の何人かも睨んでいる。

 上位陣が集まってるせいかと思ったが、一番人数が多く、昨日の一位であるイギリス代表が居る中央を無視して私たち。

 それが解せない。

 

 もう一つ分からない事がある。

 それは視線の先だ。

 

 カナダがアダムズ。

 ロシア、韓国が飛蘭。

 ヨーロッパの大勢がアーリィー。

 ライバル関係で気合が入ってる、でもなさそうだ。

 視線には敵意がある。

 

「なぁ、お前たちって嫌われてたりするのか?」

「いきなり失礼ですね!?」

「どちらかと言えば嫌われてるサ」

「好き嫌いを語るほど互を知らないアル」

 

 三者三様だなおい。

 しかし私に対してでなくて良かった。

 恨みを買った覚えはない。

 しかし恨みを売った覚えはある。

 白騎士事件の被害者や、私が普通の人ではないと知ってる人間は居ないようだ。

 

「で、心当たりは?」

 

 私の問に対し、三人は顔を合わせた。

 

「――ですかね?」

「――それサ」

「――だと思うヨ」

 

 ヒソヒソと語り合う三人。

 どう見ても心当たり有りだ。

 

「結論が出ました」

 

 話し合いが終わり、アダムズが一歩前に出た。

 っていうか、アーリィーと飛蘭に背中を押された感じだ。

 顔には諦めの色が出ている。

 だいぶ慣れてきたな。

 

「恐らくですが、同盟を組む予定だったので、それを断ったのが原因かと」

「同盟って今日の競技でか?」

「はい。確定事項と言う訳ではなかったのですが、こちらから声を掛けた場合はよろしくと、そんな感じでした」

「だいたい同じアル。ロシアと韓国は同盟予定だった国ヨ」

「こっちはヨーロッパ連合って感じサ。一人だけ抜けたから睨まれてるサ」

 

 うん、要するに戦力外通告したってことだな?

 それぞれの国の立場から見れば、“お前らと組んでも勝てないから”と言われたに等しい。

 特にアーリィーが問題だ。

 ヨーロッパ勢は一大勢力。

 どの国が勝つかはともかく、今日の競技で上位を独占できる予定だったはずだ。

 それがまさかの離脱。

 睨まれるもするだろう。

 

「アーリィーはどうしてこっちに来たんだ?」

「一度と千冬と行動を共にしてみたかったのサ。相手を知るためには近くにいた方が便利サ」

「それは光栄だな」

 

 こうも真っ直ぐに好意を向けられると恥ずかしいな。

 好敵手として見られるのは嬉しいものだ。

 

「アダムズと飛蘭はなぜだ?」

「私は勝率重視です。と、言いますか、先輩方が織斑さんと組んだ方が勝率が高いと判断した結果です」

「アタシは上からの指示ネ。ぶっちゃけ篠ノ之博士の情報狙いで近付いたヨ」

「アダムズはともかく、飛蘭はぶっちゃけすぎだろう」

 

 私に近付いて束と関わりを持ちたいと言う気持ちは分かるが、それをぶちまけていいのか?

 

「だって千冬サン、その程度は理解してるアル。アタシみたいのきっと多いヨ」

「まぁ、な」

 

 政府関係者には多いタイプだ。

 正直言って彼等は凄い。

 恫喝、甘言、理解者の振りに自分が束の協力者だと嘘を言う者。

 あの手この手で近付いて来る。

 本当に面倒だ。

 その点、飛蘭は隠さないだけマシだ。

 まぁ堂々と言った方が私の好感度が上がると、そう考えてる節があるがな。

 その計算高さも嫌いではない。

 

「ん、楽しいお喋りはここまでサ」

「もう時間ですか」

 

 選手に競技開始の連絡が入る。

 観客はざわざわと落ち着きなく騒ぎ、選手の間では緊張が高まった。

 

「しかし珍しいヨ。普通のスポーツなら有り得ない自由度アル」

「競技のルールを作った人間は普通じゃないサ。だって大会二日目でバトルロイヤルと聞いた事ないサ」

「それ、私も思いました」

 

 心の中でだが友人として謝ろう。

 

 すまん。

 

 今日の競技はとにかく自由度が高い。

 まず立ち位置が自由だ。

 アリーナ内ならどこに立っていても自由。

 競技開始直前まで喋るのも自由。

 ISを纏うタイミングも自由。

 団体で挑むも個人で挑むも自由。

 誰と戦うのかも自由。

 自由が多すぎて逆に面倒を感じる。

 余計な事をするなと言いたい。

 

 

 ――60、59、58

 

 

 っと、カウントダウンが始まったか。

 待つ時間が長いと、やはりダレるな。

 気が引き締まらないと言うか……。

 もしかして国家代表の集中力を試しているのか?

 だとしたら束らしい嫌がらせだ。

 

 

 ――57、56、55

 

 

「この待ち時間、なんとかならないサ?」

「私は準備運動でもしてます。朝は体が痛くてまともにできなかったので。いち、に、いち、に」

「準備運動はもう終わってるアル。うーん、これから大声出すし、呼吸でも整えるヨ。――シィィィ」

 

 他の競技者はすでにISを纏っている人もいるし、目を閉じて集中している人もいる。

 その中でこの余裕ぶり。

 なんとも頼もしい仲間たちだ。

 

 

 ――50、49、48

 

 

「いち、に、――やっぱり普段より体が楽です。フェイさん、あの整体のやり方って教えてもらえたりします?」

「別に秘技とかではないから構わないネ。中国人なら誰でもできるヨ」

「中国人って凄いですね!?」

 

 アダムズの目がキラキラと輝く。

 騙されてる。

 騙されてるぞアメリカ代表。

 

 

 ――40、39、38

 

 

「そろそろ円陣組みましょうか」

「ISを展開して、ポーズを決めるとして……立ち位置はこれくらいで良いサ?」

「千冬サン、気合が入るの頼むヨ。ところで、本当に最後のセリフは言わないアルか?」

「絶対にやらん」

 

 テレビの前で恥はかきたくないんだよ。

 それと、束と神一郎を必要以上に喜ばせたくない。

 カウントダウンが進むにつれ、会場の熱気と選手の緊張感が高まっていく。

 私がアダムズの申し出を受けたのは、ちゃんと利点があるからだ。

 上手く行けば他の選手の集中を乱し、こちらが有利になる。

 

 

 視線で三人に目配せする。

 カウントダウンは30秒になった。

 

 ――よし、行くか。

 

 

 

 

 

「お前たちの特技はなんだ!?」

 

『殺せ! 殺せ! 殺せ!』

 

「この試合の目的はなんだ!?

 

『殺せ! 殺せ! 殺せ!』

 

「お前たちは祖国を愛しているか!? 勝利の為に命を捨てられるか!?

 

『ガンホー! ガンホー ガンホー!』

 

「ぶ っ こ ろ せ ッ!!

 

『YAaaaaaaaa!!!!』

 

 

 会場に居る人間と、代表選手たちの視線を一身に浴びる。

 出足は上々。

 口を開けて呆けてる人間もいる。

 奇襲は成功。

 ここからは私以外の三人が主役だ。

 まずはアーリィーが手を高く上げる。

 

 

「吹き荒れろ! “テンペスタ”!!」

 

 ネズミ色……いや、嵐の色と言うべき灰色の装甲を纏ったアーリィーが堂々とポーズをとる。

 ノリノリだな。

 

 

「鏖殺せよ。“蚩尤(しゆう)”」

 

 アーリィーとは売って変わり、飛蘭は厳かに愛機の名を呼ぶ。

 蚩尤は黒い機体で、飛蘭の頭には牛の角の様な突起物があった。

 鏖殺は“皆殺し”って意味だったな。

 うん、とても似合っていると思うぞ。

 

 

「鮮血で飾れ! “クリムゾン・ホーン”!!」

 

 大トリはアダムズ。

 クリムゾン・ホーンは血の様なドス黒い赤色のISだ。

 らしくない色合いだが、意外と似合っている。

 ふむ、目が違うからか?

 今のアダムズの目に怯えはなく、戦士の目と言うべき鋭さがある。

 だから赤いISが栄えるのだろう。

 

 

 ――5、4、3

 

 三人が私を見る。

 なんだその期待の篭った目は。

 やれと? その恥ずかしいセリフを叫べと?

 すまん、断る。

 

「IS、展開」

「「「はぁ~~~」」」

 

 ……ボソッと呟いたらなんかため息吐かれた。




日本代表「ぶっころせ!(意外と楽しそう)」
イタリア代表「殺せ! 殺せ! 殺せ!(普通に楽しい)」
中国代表「殺せ! 殺せ! 殺せ!(こういったノリは新鮮で面白い)
アメリカ代表「殺せ! 殺せ! 殺せ!(洗脳完了)」



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モンド・グロッソ⑧

わーい難産
妄想の文書化はいつになったら慣れるんだ!?

明けましておめでとうございます(目そらし)
今年もよろしくお願いします(土下座)


 空に向かって飛び出た私の背後に見えるのは無数のISたち。

 スタートダッシュは成功し、私たちは見事先頭を取った。

 

「大成功サ!」

「幸先良いネ」

 

 恥ずかしい思いをした甲斐があったな。

 ただまぁ、お喋りしてる余裕はないんじゃないか?

 

「後方注意!」

 

 アダムズの声に反応し、固まって飛んでいた私たちは散らばる。

 

「ひゅう♪ やっぱりこうなるサ!」

「先頭取ったらこうなるに決まってるアル」

 

 いくつもの銃口が私に向けられ、銃弾が機体を掠る。

 このゲームは上を目指すものだ。

 つまり、先頭に立てば背後を敵に狙われるのは道理。

 先手は取ったと言っても、ISの性能はそこまで差はない。

 相手の射程圏内から抜け出すのは無理だろう。

 出る杭は打たれるもの。

 撃たれるのは仕方がないとはいえ……

 

「これは少し面倒だなッ!?」

 

 背後から打たれる銃弾を回避なしながら飛ぶのは、面倒この上ない。

 

「なら先に敵を潰すサ? この四人なら出来ると思うサ」

「それは……ありアルな!」

 

 二人がキャッキャッと笑いながら飛ぶ。

 テンションが高いな。

 さっきのやり取りで興奮してるのかもしれない。

 

「は?」

 

 

 

 

 

 今の、冷たい声は、どこから、聞こえた?

 

「本気で言ってます? 数は力ですよ? そもそもIS戦じゃ操縦者の実力だけが全てじゃないんですよ? 敵が強力な武器を持ってたらどうするんです? まだ二日目ですよ? 専用機が半壊以上のダメージを受けたら明日以降の競技に影響でますよ? ……それくらい、分かってますよね?」

 

 横を見ると、そこには冷徹な瞳で二人を見つめるアメリカ代表がいた。

 

「「サー・イエッサー!」」

 

 アーリィーと飛蘭はすぐさま反応する。

 即座にそう返す反応の良さは流石だと思う。

 てかアダムズ?

 お前、アダムズだよな?

 

「なんです?」

「や、なんでもない」

「そうですか。織斑さんも集中してくださいね?」

「もちろんだ」

 

 こ、怖い!

 なにがあった!? 小鹿の様なアダムズはどこにいった!?

 

「ブルっときたサ」

「あれは逆らっちゃいけない存在アル」

 

 そうだな。

 私もそう思う。

 

 もっとこう、テンションを上げて興奮で恐怖を忘れる為の儀式だと思っていたが、まさかこう変わるとは。

 まるで血が通ってない冷酷な目。

 アダムズを育てた人間を尊敬するぞ。

 素人を戦わせる手段として、テンションを上げさせて勢いで戦わせるのは有りだ。

 むしろ、それが一番簡単だろう。

 しかしそれは多くの問題もある。

 稚拙な攻撃、下手な防御、無謀な突撃。

 しっかりと教育しなければ、そんな馬鹿をする兵士になってしまう可能性がある。

 そこをアダムズを育てた人間はしっかりとクリアした。

 冷静で冷酷。

 見事な兵士だ。

 

 アダムズをここまで育てるとは、アメリカの軍事教育は怖いな!

 

「オーストラリア代表に動きあり! 注意!」

 

 その言葉を聞いて、背後に集中する。

 中央集団から少し距離を取って飛ぶ機体がある。

 あれがオーストラリア代表か。

 背中にはバックパック装備が見える。

 背中の翼が広がり、スピードが目に見えて上がった。

 折り畳み式のギミックを搭載したウィングか。

 

「来ます!」

 

 他国に動きはなし。

 オーストラリア代表をこちらにぶつける腹らしい。

 

「オーストラリア代表は私たちの横を通りすぎる気です。下手に進路を塞ぐ真似はせず、こちらを追い越したら背後から撃ってください!」

「「「了解!」」」

 

 進路を塞ぐのは少し怖い。

 相手の方がスピードがあるから、相手が避けるという選択を選ばなければ、ぶつかったこちらが弾かれてしまう可能性がある。

 今日のアダムズは頼りになる!

 

 指示通り、オーストラリア代表を素通りさせる。

 ……ん?

 

「敵機の動きが止まったアル」

 

 私たちに並行する形でオーストラリア代表の動きが止まった。

 その手には筒状のナニカ。

 ――仕掛けてくる気か!?

 

「気を付け――ッ!」

 

 注意する前に、オーストラリア代表の筒からナニカが発射された。

 それを私たちの進行方向に割り込むように飛び……大きく広がった。

 

「もしかして投網サ!?」

「もしかしなくても投網アル!?」

 

 投網と聞けば、思い浮かぶのは漁業だろう。

 だがしかし、投網は歴史が古く馬鹿にできないのだ。

 古代ローマでは、グラディエーターが投網を使って敵を絡め取ったりしてたらしい。

 網闘士、なんて呼び方があるくらい立派な武器なのだ。

 

「織斑さんッ!」

「任せろ!」

 

 回避する為に横に動けば、それだけ時間のロスだ。

 三人が僅かにスピードを落とし、私が少しだけ前に出る。

 ブレードを抜き放ち――

 

 斬ッ!

 

 機体に引っかからないよう、投網を出来るだけ細切れにする。

  

「側面から襲撃!」

 

 気付けばオーストラリア代表は背中の翼をたたみ、こちらに銃口を向けていた。

 いつまでも大きな的を背負ってる訳ないか。

 

 相手の方が一枚上手だったな。

 加速は私たちに追いつくためだけに使い、こちらの動きを阻害。

 その後は素早く翼をしまい、狙われないようにした。

 流石は国を代表する人間が集まる大会。

 一筋縄ではいかないか!

 

「アーリィーさん! フェイさん! そちらは任せます! 織斑さんは私と一緒に背後の警戒を!」

「「「了解!」」」

 

 並行して飛ぶオーストラリア代表の元に二人が向かう。 

 

「ぶっ飛ばしてやるサ!」

「フォローするネ!」

 

 飛蘭がアーリィーの前に出る。

 その手には強大な薙刀。

 いや、正確に言えば青龍偃月刀か。

 ぶっちゃけ似合わない。

 きっと日本人好みの武器をチョイスしたんだろう。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 青龍偃月刀を回し、銃弾を弾きながら飛蘭が前に出る。

 その後ろにはアーリィーがピタリとくっついている。

 なにもなければ、これでオーストラリア代表を落とせると思うが……。

 

「チッ!」

 

 飛蘭の舌打ち。

 オーストラリアは速度を落とし、こちらから距離を取った。

 まぁ二対一の状況で、正面から戦うなんて事はしないよな。

 そして、相手がスピードを落としたと言ってもこちらも落とす訳にはいかない。

 飛蘭がイラつくのも無理ない。

 

 今の所、トップ集団は私たち。

 やや下にオーストラリア。

 その下にそれ以外の国家代表がいる。

 距離的優位は余りない。

 このまま逃げ切る、なんて都合のいい事はないだろうな。

 

「アダムズ! 後ろに!」

「はいっ!」

 

 飛んできた銃弾をブレードで弾く。

 正確無比な一撃。

 下を見れば、こちらを鋭く見つめる目があった。

 

「千冬さん、ガードは任せます! アーリィーさんと飛蘭さん周囲を警戒! 私は攻撃に出ます!」

 

 今日のアダムズは本当に頼もしいな。

 私に否はない。

 やってやろうじゃないか!

 

「オーストラリア代表がまた何かしてくるかもしれない。気を付けろよ二人とも!」

「こっちは任せるサ!」

「そっちにちょっかいは出させないネ!」

 

 アーリィーと飛蘭は、オーストラリア代表と私たちの間に陣取りながら他の国家代表を警戒する。 

 

「おっと」

 

 私の方の上を通り過ぎようとする弾丸をブレードでガード。

 見逃してたらアダムズに直撃するコースだった。

 

「睨まれますね」

「睨まれてるな」

 

 狙撃手……イギリス代表のエマが私にガンたれてる。

 二度の狙撃を防いだせいか、それとも他の理由かは知らないが、どうやら嫌われてるようだ。

 

「仕掛けます」

 

 アダムズの手に大型の砲身が現れる。

 銃ではない。

 見た事あるシルエット。

 ……流石と言うかなんと言うか。

 ザ・アメリカって感じだ!

 

「アメリカの主力戦車、M1エイブラムスの砲身を改造したものです。IS専用の兵器を開発するより、すでに存在する兵器をIS用に改造した方が手間が少ないので」

 

 存在感が凄い。

 戦車の砲身を改造して持ち込むとはやるじゃないか。

 

「44口径120mm滑腔砲の威力、その身で知れ! ファイア!!」

 

 轟音が響き、黄色い閃光が空に尾を引きながら敵集団に突っ込む。

 

『回避ッ! 固まるなッ!』

 

 下を飛んでいた連中が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 いくらISでも正面から当たりたくないだろう。

 

「ISの機動性があれば避けるのは難しくない、でも当たれば大ダメージは必至。これで迂闊に前には出れないはずです。時間稼ぎにはなるでしょう」

 

 目標に当たらず、地面に当たった砲弾が地面に穴をあける。

 アリーナにはバリアがあるとはえい、少し心配になる絵面だ。

 

「千冬さん」

「任せろ」

 

 イギリス代表が銃のスコープをこちらに向けている。

 銃身が長いオーソドックスな狙撃銃だ。

 

 ハイパーセンサーの望遠機能を使い、エマの目に集中する。

 狙われてる場所は分かる。

 私の肩だ。

 ゾクゾクと、言葉にできない不快な感覚がする。

 目標が分かれば後はタイミングだけだ。

 まだ……まだ……。

 

 エラの目から、“撃つ”という気配が発せられた。

 

「ここだ」

 

 飛んできた弾丸をまたブレードで弾く。

 ふと思ったんだが、遮蔽物がある市街地ならともかく、何もない空の上では狙撃なんてナンセンスじゃないか?

 エマは腕が良い。

 狙った場所に確実に当てにくる。

 だから、撃つタイミングが分かれば防ぐのは簡単だ。

 ぶっちゃけ、狙撃手って少し腕が悪い方がいいんじゃないか?

 例えば風の動きを読み間違えるとか。

 そうしたら防ぐのは難しいし。

 

「暫らくは今の状況を維持します」

「了解だ」

 

 未だに順位に変動はなし。

 下から撃たれる銃弾を躱しつつ、私たちは上昇を続ける。

 アーリィーと飛蘭はオーストラリア代表を牽制中。

 アダムズは砲撃で敵の頭を押さえ、私はそのアダムズを守っている。

 大きな動きはないまま、三分の一の距離を登り終えた。

 

 

 

 

 

 

 若干作業気味なのがなんとも退屈だな。

 

「織斑さん、試合中ですよ?」

「すまん」

 

 アダムズの目が怖い今日この頃。

 そんな退屈そうな顔してたか?

 気合入れないと試合後が怖いな。

 

「心配しなくても忙しくなりそうですよ?」

「ん?」

「敵に動きありです」

 

 エラがなにかしらの指示を出している。

 動くのはヨーロッパ勢か。

 

「アーリィー、ヨーロッパ勢はなにか作戦とかあるのか?」

「何も聞いてないサ」

 

 裏切り者が出る可能性もあるしだろうし、作戦や切り札があっても当日までは秘密にしておくものか。

 

「アダムズ、ギリシャ代表の背中にゴツイ装備が見えないか」

「見えますね」

 

 どうみてもロケットエンジンって感じのブースターだあれ。

 

「まさかあんな物を持ってくる人間が居るとはな」

「ですね。驚きです」

 

 スピードを上げると言う点で、ブースターは楽だ。

 しかし、デメリットが余りに大きい。

 もしブースターが被弾したら背中で大爆発。

 この試合を棄権し、下手したら明日以降の試合にも出れなくなるだろう。

 ヨーロッパ勢以外の勢力は邪魔する気はないようだ。

 今は私たちを落とす方が優先って事か。

 

「来ますッ!」

 

 ギリシャ代表のブースターが点火、こちらを避けるように大きく弧を描きながら昇っていく。

 

「落とすか?」

「嫌な予感がします。追いましょう」

「了解だ」

 

 ギリシャ代表はこちらに背中を見せない。

 ブースターを狙うなら、背後は無理だとしてもせめて真下を取らなければ。

 ヨーロッパ勢は落ち着いている。

 このまま放置すれば、ギリシャ代表が勝つという可能性があるにも関わらずだ。

 抜けがけの心配はないという事か。

 

「こっちはどうするサ!?」

「そのまま待機で!」

 

 アダムズと一緒にギリシャ代表の背中を追う。

 が、追いかけっこは早々に終わった。

 こちらの上を取ったギリシャ代表がブースターを消し、振り返ったからだ。

 その手には、先端がいくつにも枝分かれした不思議な形をした物体があった。

 テレビのアンテナを無理矢理まとめた物を、銃の先端に取り付けたように見える。 

 

「ッ!? 後ろ!」

 

 アダムズの切羽詰った声。

 後ろに目をやれば、パラボラアンテナの様な物を構えるヨーロッパ勢。

 ……位置取りも少し変わっているな。

 私とアダムズの下に一人ずつ。

 そして、アーリィー、飛蘭、オーストラリア代表を直線で結ぶようなカタチで一人。

 この位置はマズイッ!?

 

「アダムズ!」

「離脱を!!」

 

 アダムズも同じ考えのようだ。

 相手の手が分からない以上、ここは慎重に――

 

「“ゼウス”!!」

 

 離脱は間に合わなかった。

 ギリシャ代表が構えていた物体の先端が、バチバチと音を立てて光る。

 なんとなく理解してしまった……。

 絶対に許さないぞ束ッ!!!

 脳内の束が私に向かってサムズアップ……ってやかましいわ!

 どう見ても電撃っぽい攻撃だよな。

 ……斬るか?

 ハイパーセンサーの知覚能力があれば出来ると思うが……やめとくか。

 ここで電気を斬るなんて真似したら、他国の代表に無駄に警戒されそうだ。

 いや待てよ。

 電撃で一番怖いのは……。

 

「ISを解除しろッ!」

 

 とっさの短い指示。

 だが、それでも私の言いたい事は伝わったらしい。

 アダムズ、アーリィー、飛蘭がISを解除してその身を空に投げる。

  

「ガッ!?」

 

 視界が光で染まり、体に激痛が走って筋肉が硬直する。

 こんなとんでも武器、絶対に束が出処だろう。

 電撃がアンテナめがけて落ちたのか……落雷場所を選べるのは厄介だな。

 

「展開!」

 

 再度ISを纏い、すかさず重力から逃げ出す。

 

「みんな無事か!?」

「痛い! けど動けます! この程度、あの地獄の訓練に比べれば……ッ!!」

 

 痛みのショックで元に戻るかと思ったが、杞憂だったな。

 流石はアメリカ軍の教育を受けた国家代表。

 この程度では揺らがないか。

 

「お二人は大丈夫ですか?」

「ビリっときたけど試合に影響なし! フェイは大丈夫サ?」

「この程度なら拷問訓練で慣れてる」

「……なんて?」

「ゴホン……大丈夫アルよ☆」

「キャラが崩壊してるけど、大丈夫っぽいサ」

 

 二人は余裕そうだな。

 

「戦闘に支障がないなら良かったです。二人ともこちらに!」

 

 アダムズの指示でアーリィーと飛蘭が合流する。

 オーストラリア代表の機体からは黒煙が噴出し、みるみる高度を下げていく。

 電子系統がやられたか。

 これでオーストラリア代表はリタイアだな。

 

「ギリシャ代表が降りてきます」

 

 勝利を目指さずこちらの足止めを優先か。

 手にもっていた“ゼウス”と呼ばれた兵器は、黒焦げになって沈黙している。

 一回限りの使い捨てか。

 武器がアサルトライフルに切り替わった。

 ここで束製武器を使わない理由はないだろ。

 替えはないということか。 

 最近手に入れた技術で、量産体制が整ってないのだろう。

 一瞬ISを解除したので、だいぶ距離を詰められてしまった。

 ギリシャ代表が体を使って私たちを受け止めれば、こちらは敵の群れに飲み込まれてしまう。

 忙しくなってきたな。

 

「ヨーロッパ勢はやる気まんまんですね。カナダ、ブラジルはこちらにひと当てしてから離脱と予想。ロシア、韓国も同様。インド、トルコは仕掛けてくる気配なし」

 

 ヨーロッパ勢はここで私たちを狩る気か。

 カナダ、ブラジル、ロシア、韓国は一撃離脱。

 インド、トルコはこちらを無視してトップを狙う、と。

 そんな感じか。

 

「楽しくなってきたサー!」

「腕が鳴るネ」

 

 戦闘狂どもは楽しそうだなおい。

 ま、その気持ちは理解できるけどな!

 

「これからどう動く?」

「ギリシャ代表を四人で撃破。そのまま逃げるって手もありますが……」

「距離が近すぎるしゴールまで遠い。この距離で背後から撃たれ続けたらそのうち被弾するぞ?」

「ですよね……でしたら」

 

 アダムズが上に居るギリシャ代表を一瞥し、その後に私たち顔を向けた。

 いい面構えだ。

 

「私はギリシャ代表を排除します! その後は援護に回りますので、それ以外は任せました!」

 

 そうこなくては!

 

「三人で9機の相手か。一人三人がノルマだな」

「これぞバトルロイヤルって感じサ!」

「一歩間違えれば大惨事アル」

 

 頼もしいアダムズの背中を見送り、三人で下の敵に注目する。

 さて、任されたのはいいがどう動くか。

 三人で相対するには多勢に無勢。

 正面からやりあうだけなら問題ないが、このゲームはあくまで“先に目標地点に到着した者の勝ち”だ。

 素通りさせるわけにはいかない。

 

「アタシが前に出るアル。同時に攻撃できる人数は限られてるネ。体勢を崩して投げるから、追撃を頼みたいヨ」

 

 人数が多かろうと、その全てが同時に攻撃してくる訳ではない。

 距離を詰めれば向こうも近接戦闘で挑んでくるだろう。

 近接格闘で戦うなら、人数が多いと互いに動きを阻害し邪魔になる。

 そして、フレンドリーファイアの可能性がある以上、後ろにいる人間は下手に手出しできないはず。

 この場は飛蘭に任せるか。

 

「それで行こう」

「頼むサ」

「お任せアル」

 

 飛蘭が先に飛び出し、私とアーリィーがその後ろに。

 逆三角形の形で迎撃に移る。

 数人の敵機の肩に武器が具現化された。

 あの形状、ミサイルか!?

 

「弾丸までは面倒見きれないアル! そっちで対処よろしくネ!」

 

 それはそうだな。

 流石にそこまで頼むわけにはいかないか。

 だがまぁ、私もアーリィーも問題ないだろう。

 

 ミサイルが一斉に発射され、私たちそれぞれに向かって飛んでくる。

 

「よっと」

 

 飛蘭は眼前に迫ったミサイルの弾頭に手を添え、受け流した。

 柔の妙技、と言ったところか。

 ハイパーセンサーの補助があるとはいえ、よくやる。

 

「おっと」

 

 アーリィーはミサイルの側面を殴って破壊した。

 ミサイルはひしゃげた状態で落下していった。

 爆発させない壊し方を心得ているようだ。

 

 私?

 私は斬って終わりだ。

 

 敵との距離が近づくにつれ、射撃の勢いが弱まる。

 代わりに、各々が近接武器を取り出し始めた。

 バスターソードのような大剣にレイピア。

 変わり種だと、バトルアックスもあるな。

 それとアーミーナイフ。

 アーミーナイフを持ってるのはプロの軍人か?

 

「ラァァ!」

 

 アーリィーは拳で銃弾を弾いている。

 手の甲の装甲が普通のISより厚いな。

 テンペスタは近接格闘のスピード重視型か。

 素手での格闘なら私より上かもしれない。

 素晴らしい身体能力だ。

 

 ついに飛蘭が敵ISと接敵した。

 武器を振り上げる二機のIS。

 

「功夫が――」

 

 飛蘭は武器が振り下ろされる前に、瞬時加速で懐に飛び込み二機のISの腕を掴む。

 

「足りないネッ!」

 

 合気道の一種だろうか?

 飛蘭が相手の腕を掴んだまま振り抜くと、相手は体勢を崩して吹っ飛んだ。

 流石だ。

 

「ここサ!」

 

 機体制御を失い、クルクルと回転しながら飛んできた敵の腹にアーリィーの蹴りがめりこむ。

 相手は抵抗できないまま、地面に向かって落ちていった。

 私も飛んで来た敵の頭を蹴り飛ばす。

 まずは二機排除完了。

 

「チッ」

 

 顔の横を弾丸が駆け抜ける。

 いい加減しつこいな。

 

「だいぶ好かれてるようサ。千冬が狙われる分こっちは楽で良いサ」

 

 できれば変わってほしいんだがな。

 さっきから、エマは私しか狙っていない。

 どれだけ嫌われてるんだ?

 

「取り合えず今は他の敵の排除だ」

「おうサ!」

 

 一人突出する飛蘭を倒す為に、敵は武器を振りかざす。

 飛蘭がそれをいなし、体制を崩してこちらにぶっ飛ばす。

 先ほどと同じ事が繰り返される。

 相手もイラついてるだろう。

 この状況で出来る事は限られている。

 向こうとしては、速攻で飛蘭を排除して、私とアーリィーにたどり着きたいだろう。

 なにせ今なら数の暴力があるからな。

 しかし目論見は失敗。

 飛蘭に転がされ4人が脱落。

 ならばと私とアーリィーを打ち落とそうとするが、それも上手くはいかない。

 それぞれの立ち位置が悪かったな。

 本来の空中戦なら四方を囲むという方法もあったが、私たちが上で相手は下。

 昇る者と降る者。

 正面から受け止めるしかないのだ。

 こちらを躱して勝利を目指す、なんて方法もあるが、心情的に無理だろう。

 数で勝っているんだ、邪魔な私たちをここで潰したいと思うのは当然だ。

 

「一機追加ヨ!」

「おうサ!」

 

 バランスを崩した敵機にアーリィーが追撃してこれで五機目。

 

「二機任せるアル!」

 

 インド代表とトルコ代表が飛蘭を回避して昇ってくる。

 戦わずして勝利を目指す気か。

 アーリィーの方にはインド代表が向かう。

 インド代表は無傷でアーリィーを躱せるとは思っていなようだ。

 その手に日本刀とは違い、反りの大きいソードを持っていた。

 あれだ、映画とかで海賊とかが持ってそうな武器だ。

 正面から蹴散らす気概はいいが……。

 

「そう簡単に抜けると思うなサ!」

 

 アーリィーが瞬時加速で移動し、そのつま先をインド代表に腹にぶち込む。

 インド代表は一応は反応していた。

 うん、ソードで受けようと努力していた。

 でもそれはあまり意味はなかった。

 つま先とお腹の間に、割り込む様に挟まれたソードごと蹴り飛ばされたからな。

 

 私の相手はトルコ代表。

 アサルトライフルを構え、撃ちながら突撃してくる。

 撃ち慣れてるな。

 なんちゃって軍人ではない。

 戦場帰りか?

 銃弾を避け、直撃しそうな弾はブレードで防ぐ。

 顔の中心にピリピリした殺気を感じた。

 顔面を狙ってくるなよ。

 取り合えず首を捻ってエラの狙撃を回避。

 

 銃撃を躱しながら接近する。

 互いの距離が近付き、間合いが銃の距離から近接武器の間合いに変わる。

 

「……チッ!」

 

 相手の舌打ちがここまで聞こえた。

 アサルトライフルからショートソードに武器が切り替わる。

 切り替えの動作が早いな。

 ん? 右手にショートソードを持っているが左手には何もない。

 生身なら特に警戒はしない。

 相手が袖の長い服を着ていたら、暗器やデリンジャーなどの小拳銃を警戒する。

 ISならば何が飛び出るか分からない。

 だがまぁ……関係ないがな!

 

「フンッ!」

 

 両手で握ったブレードを振るう。

 重力と下に落ちる加速の力を得たブレードがトルコ代表に迫る。

 トルコ代表はそれをショートソードで受けたが、一瞬で砕け散った。

 一瞬でも鍔迫り合いしたおかげで、少し勢いが落ちている。

 死ぬ心配はなさそうなので、そのままトルコ代表の脳天にブレードを叩き付けた。

 兜タイプの装甲が砕け、地面に向かって落ちていく。

 気付いたらトルコ代表の左手にはハンドガンがあった。

 本来の戦い方は、ショートソードで翻弄してハンドガンで奇襲、と言ったところか。

 残念ながら生かす機会がなかったな。

 

「残りはどうするサ? イギリス代表は千冬に執着してるようだし、1対1でやるサ?」

 

 私に近付いてきてアーリィーがそんな事を言う。

 アダムズに怒られたくなければ余計な事を言うな。

 この場面でそんな真似してみろ。

 絶対に怒られるぞ?

 

「最初に落ちた選手が体勢を整えて復帰しようとしている。今は時間が惜しいから却下だ」

「ならさっさとやるサ」 

 

 飛蘭が3機のISを相手取っている。

 接近戦を挑んでるのは二機。

 流石に飛蘭を警戒してるのか、軽々しく突っ込む様な真似はしない。

 飛蘭も相手の技量を軽んじてる訳ではないようだ。

 こちらも軽々しく飛び込む様な真似はしない。

 一種のお見合い状態だ。

 二機の隙を潰すように、エマが射撃で牽制しているのも膠着を産む要素になっている。

 っておいイギリス代表……。

 

「凄い執念サ」

 

 エマの銃口が私の方を向く。

 狙いは太ももか。

 すぐさまブレードでガード。

 お、すぐに飛蘭に銃口が戻った。

 飛蘭の牽制しつつ私を狙うとは……。

 

「んじゃまぁ、さっさと片付けるサ」

「そうだな」

 

 アーリィーと共に飛蘭の元に向かう。

 グズグズしてたら復活した敵に囲まれそうだしな。 

 

「右を貰うサ!」

「なら私は左だ」

 

 重力を味方に加速し、飛蘭の横から飛び出す。

 私とアーリィーの動きに合わせ、飛蘭も前に出た。

 なにも言わなくても呼応してくれるのはありがたい。

 アーリィーが右の敵機。

 私が左の敵機に肉薄する。

 私たちに対応する為に見せた一瞬の隙。

 その隙を見逃さず、敵の間をすり抜けた飛蘭がイギリス代表のエマを襲う。

 

 アーリィーは相手のブレードを白刃取りで受けとめ、ISの力を使ってそのままへし折った。

 折られたブレードに執着せず、相手は短くなったブレードをアーリィーに投げつける。 

 すぐさまそういった返しができるのは流石は国家代表だ。 

 だが相手が悪かった。

 アーリィーは飛んで来たそれを拳で軽く弾き、一気に懐に入った。

 これは決まったな。

 

 飛蘭が相手をしているエマは射撃、狙撃が得意なタイプだ。

 飛蘭が近付いても決して殴り合いには応じない。

 いや、むしろ必要以上に距離をとっている。

 恐らく瞬時加速を警戒してのことだろう。

 こっちは手こずりそうだな。

 

 私の方も簡単とは言えない。

 相手はドイツ代表。

 ――手練れだ。

 装備はアーミーナイフとアサルトライフルの二刀流。

 こちらの一撃をアーミーナイフで受け、アサルトライフルで私のシールエネルギーを削ろうとしてくる。

 トルコ代表と同じ様に武器を破壊するという手もあるが、それも難しい。

 アーミーナイフがかなり分厚い。

 切れ味よりも耐久重視の造りだ。

 

 私とドイツ代表は上を目指しながら矛を交える。

 一撃入れようとする私に対し、ドイツ代表は冷静に攻撃を受け止める。

 周囲に味方はなく、時間が掛かればアーリィーと飛蘭が増援に来る可能性がある中でこの落ち着き具合。

 怖いな。

 目に諦めなんて微塵もない。

 どんな状況でも耐え、私が隙を見せれば仕留める。

 そんな目だ。

 だが、状況が動くのを待っているのはドイツ代表だけではない。

 

 ……上から1機のISが落ちてくる。

 正面が黒く焦げ、操縦者は苦悶の表情を浮かべている。

 アダムズの砲撃を正面から受けたのか?

 なんというか、ご愁傷様だ。

 

「ファイア」

 

 頼もしいアダムズの声。

 ドイツ代表に向かって黄色い流星が降ってくる。

 直前で気付いた彼女はそれをギリギリで避けた。

 チャンスは今だ。

 手の内の一つがばれるが仕方がない。

 ドイツ代表は、ここで仕留めるべきだ。

 

 瞬時加速でドイツ代表の真横を駆け抜け背後を取る。

 だがこれで倒せるほど甘い存在ではない。

 その証拠に、彼女は私の動きに反応し、後ろを振り返ろうとしている。

 今攻撃しても、きっと防がれる。

 だからこそ――

 

「これでッ――」

 

 スラスターに負担を掛ける瞬時加速の連続使用。

 後ろに向けて瞬時加速する。

 来た道を戻る動きは、ISだからこそだ。

 

「終いだッ!」

 

 ドイツ代表は私の動きに着いてこれず、中途半端に振り返った姿勢で私に斬られた。

 瞬時加速の連続使用は諸刃の剣だ。

 今の技術では、装備に非常に負担を掛けるからだ。

 すでに体中のパーツから軋む音が聞こえてくる。

 この試合は乗り切れると思うが、無茶をしてしまったな。

 

 下を見ると、アーリィーと飛蘭がエマを相手に立ち回っていた。

 エラを挟み逃げ道を塞ごうと動く二人に対し、エラは隠し腕と両手に持った4丁の銃で近づけさせまいとしている。

 そこにアダムズの援護射撃が入った。

 砲弾はエマの機体をかすり、彼女の姿勢が大きく崩れた。

 その瞬間を見逃す二人ではない。

 あ、背中をアーリィーに蹴られ、吹っ飛んだところに飛蘭の拳が腹に突き刺さった。

 エラの体が“>”の字になり、それから“<”の字になって落下していった。

 あれは痛いだろうな。

 私なら食らいたくない。

 

「よし! 排除完了サ!」

「なんとかなったアル」

 

 試合内容に助けられた結果だな。

 これがアリーナなどの閉鎖空間での戦いだったら、こうも上手くいかなかっただろう。

 

「無駄話しない!」

「「サー・イエッサー!」」

 

 そうだな。

 最初に殴り飛ばした選手が続々と復活してきている。

 ここは逃げるが勝ちだ。

 

「行きますよ」

 

 私たちより先を飛ぶアダムズは、こちらが追いつくスピードで飛んでいる。

 律儀だな。

 アーリィーと飛蘭、二人が無言で頷き、スピードを上げてアダムズに並走する。

 うん、明日からは敵同士だが、悪い気分ではない。 

 そう思いながら私もスピードを上げ、三人に追い付く。

 

 最初に脱落した組が復帰し、攻撃を再開する。

 距離があり、尚且つ少人数のため弾幕は薄い。

 人数が増えれば攻撃もま激しくなるだろう。

 しかし、もう試合終了が見えている。

 私たちの相手をするよりも、自分たちの心配する事になるだろう。

 

「それにしてもナイスアシストだったサ! トリーシャはやる時はやる女サ!」

「まさか戦車の主砲を持ち出すとは……流石はアメリカ…………くっ、これじゃ目立たない」

「ありがとうございます。訓練した甲斐がありました。……ところでフェイさんは何と戦ってるんです?」

「……素手で殴れない虚構の怪物、アル」

 

 飛蘭は色んな意味で深い闇を抱えてそうだな。

 中国代表としてアピールを強いられてるのだろう。

 日本は束の出身国、そしてISが誕生した国でもある。

 世界各国に対し、大きなアドバンテージがあるのだ。

 国家代表である私がアピールしなくても、勝手に注目の的になる。

 飛蘭には悪いが、日本代表で良かった。

 

 視界のすみに表示されている高度を示す数字が、この試合最後の山場が近付いてるのを教えてくれる。

 私たちは4人で横並びで飛び、その瞬間を待つ。

 

「景色が綺麗ですね」

「そうだな」

 

 私たちが飛んでるのはすでに雲の上だ。

 周囲を見渡せば、大地と海が目に入る。

 遥か上空から見る青い海と雲のコラボが感動的だ。

 

「あの辺りの海岸、確かゴミが散乱してる場所ヨ。少し離れるだけで綺麗に見えるアル」

「夢のない発言はやめろ」

 

 白騎士事件の一幕で神一郎が怒った理由がわかる。

 この美しい景色を汚したと思うと、罪悪感が湧いてくる。

 

「お? 下ではドンパチが始まったみたいサ」

 

 アーリィーの言葉で下を見れば、色とりどりのISが混ざり合って飛んでいた。

 マズルフラッシュがチカチカと点滅し、爆発するミサイルが空に大きな花を作る。

 上から眺めるだけなら綺麗な景色だ。

 

「なんか攻撃が激しくないですか?」

「きっと一位を諦めたからサ。ここで五位を狙うより、明日以降の試合を考えて、出来るだけライバルにダメージを与えてるのサ」

「それとうっぷん晴らしアル。負けた腹いせに相手をぶっ潰す気で攻撃してるヨ」

「ひぇー……」

 

 堅実に五位を狙うより、ライバルにダメージを、か。

 まぁ有効な手段ではあるな。

 ISの整備だって簡単ではない。

 ここで痛めつければ、明日からは状態が悪いISで戦わなければいけなくなるんだから。

 しかし、ふむ……

 

「ここで脱落すれば、下手したら囲まれてやられるな……」

「「「っ!?」」」

 

 私が呟いた一言に、三人の表情が固まる。

 

「だいぶ恨みを買ったと思うサ……」

「私から見れば、少人数で打ち勝った見事な試合! って感じですけど、相手から見れば殺意の対象ですよね……」

「実力もあるけど、運にも助けられた面もあるヨ。正直言って上手く行き過ぎたネ。きっと向こうは怒り心頭アル」

 

 相手は人数が多かったとはいえ、チームがバラバラだった。

 全力を出せずに負けた事は、きっと心に大きな澱みを産んだはずだ。

 そんな中に私たちの誰かが一人で現れたら……。

 

「絶対に、負けられないッ!」

 

 アダムズが私たちの気持ちを代弁してくれた。

 心の底から同意しよう。

 いくら私でもあの群れの中に飛び込みたくはない。

 

「ピラニアの群れに生肉サ」

「むしろ鮫の群れに生肉アル」

「……生肉呼びはやめましょう。嫌な想像をしてしまいます」

「それは悪かったサ」

「これからが本番なのに、不安にさせて悪かったアル」

 

 少し怯えるアダムズに、二人がどこか含みのある笑顔を向ける。

 ……怯えてる? まさかアダムズの集中力が切れかけているのか?

 山場を越えた今なら無理もないか……。

 いや待てよ、まだ私たちという敵が存在している。

 終わった気になるのは早すぎるだろ。

 共闘し、仲間意識が芽生えて警戒が緩んでるのかもしれない。

 これは少し不味いな。

 正気に戻れアダムズ! 高度な心理戦を仕掛けられてるぞ!!

 

「集中力を切らすな。試合はまだ終わっていない」

「あ、はい。もちろんです。ゴールするまでは気は抜きません」

「千冬はお堅いサー。ここまで来たらもう終わったも同然サ」

「その通りヨ。それにしても、トリーシャサンはよくギリシャ代表を一人で押さえてくれたアル。そのお陰でだいぶ楽できたネ。流石はアメリカ代表アル」

「そうですか? えへへ……」

 

 アダムズの心理的防壁を崩しに掛かってやがるッ!?

 気付けアダムズ! 私とお前は二位と三位だぞ!? 私とお前、アーリィーと飛蘭に分かれて戦う可能性があるんだ! そのへん理解してるのか!?

 

「さっきの武器をよく見せて欲しいアル。アメリカ戦車の主砲を間近で見る機会なんて中々ないから、興味があるヨ」

「どうぞどうぞ。これを準備したのは先輩なんですけど、思ったより使いやすくてお気に入りなんです」

「おもっ……これがお気に入りアルか……」

 

 巨大な砲を受け取った飛蘭が若干引いている。

 お気に入りとは驚きだ。

 まぁマシンガンなどをちまちま撃つよりは楽しそうだよな。

 ……私も少し興味がある。

 

「なるほど、トリーシャは太くて逞しいのがお気に入りと……」

「悪意! アーリィーさん! その言い方は悪意がありませんかッ!?」

 

 ダメだ。

 未だ試合中なのに、アダムズのツッコミはノリノリだ。

 もう完全に集中力が切れてる。

 二人は会話で見事にアダムズの心を乱した。

 ここからもう一度、試合開始直後の心理状態に持っていくのは難しいだろう。

 ……いざとなったら、アダムズは囮にしようかな。

 

「無駄話はそこまでだ。そろそろ時間だ」

 

 約束の90キロ地点まで時間にして残り数十秒。

 アーリィーと飛蘭の表情が引き締まり、気合十分といった感じだ。

 アダムズ? 戦士としてのアダムズはもう死んだ。

 だって持ち込んだ戦車の主砲、まだ飛蘭が抱えてるからな。

 戦いの最中に敵に武器を渡すなよ……。 

 

 ――目標地点まで残り1000メートル。

 

「飛蘭さん、そろそろ返してください」

「…………」

「飛蘭さん?」

「……(にこっ)」

「飛蘭さん!?」

 

 遊ばれてるな。

 アダムズは怒りもせず、ただわたわたしている。

 その姿を見て、アーリィーと飛蘭が目配せした。

 戦力がちゃんと低下したかの確認か。

 丁寧な仕事振りだな。

 まぁスパルタ軍人風のアダムズが戦車の主砲を振り回すのは、相手をする側から見れば恐怖の対象だ。

 念入りに無効化する気持ちは分かる。

 

 ――残り700メートル。

 

「冗談アル。はい、返すネ」

「もう、ビックリしましたよ……よ?」

 

 アダムズは主砲を受け取ったままピタリと固まってしまった。

 飛蘭の目を見て気付いたのだろう。

 口調は穏やかだが、目は私と戦った時と同じものだ。

 

「アダムズ、後ろを見てみろ」

「後ろ? ……ヒッ」

 

 振り返れば、そこには獰猛な笑みで自分の顔を見つめるアーリィー。

 少し前から静かだったろ?

 そいつ、お前の後ろで嬉しそうに笑ってたぞ。

 

 ――残り500メートル。

 

「アダムズ、私の隣に来い」

「は、はい!」

 

 残り時間が少ない。

 今からアダムズを立ち直りさせるの無理だろう。

 このままやるしかないか。

 

「自分の現状は理解しているな?」

「……すみません。気が緩みました」

 

 アダムズがシュンとうなだれ、反省の色を見せる。

 素直に反省するだけマシだ。

 うん、馬鹿二人に比べたら本当にマシだ。

 だからそこまで気にするな。

 

 生身の人間なら凍りつく温度に晒されてるにも関わらず、心が熱く燃える。

 なんだかんだと言いながら、結局は戦いを楽しんでる自分が居る。

 だがそれは、決して悪い事ではない。

 

「千冬のマジな顔はゾクゾクするサ」

「ではアーリィーが千冬サンの相手をするネ?」

「……そうしたいけど、最終日まではおあずけにしたい。千冬は任せていいサ?」

「仕方がないアルな。出来るだけ足止めするヨ」

 

 私を殺せる存在が目の前に居るのだ。

 ここで滾らなければ生き物として失格だろう。

 しかし飛蘭よ。

 セリフと表情は合わせような。

 目が爛々と輝いてるぞ。

 

 ――残り200メートル。

 

「殺せ殺せ殺せ――」

「自己暗示は成功しそうか?」

「……無理です」

 

 悲しそうな顔をするな、私まで悲しくなってしまう。

 この緊迫した状況で集中するのは難しいから仕方がないさ。

 こんな場面でこそ、勢いが大切だ。

 

「取り合えず声を出して気合を入れろ」

「了解です!」

「アーリィーはお前をご指名のようだが、受けるか?」

「受けます!」

「なら私が飛蘭だ。まずは二人を叩き落すぞ」

「はい!」

 

 よし、気合は十分だ。

 気合だけはな。

 

 ――残りゼロ。

 

 そして新たなカウントダウンが始まる。

 

 ――残り10000メートル。

 

「行くサァァァァァ!!」

「ひゃっ!?」

 

 嬉々として襲い掛かるアーリィーに対し、アダムズは尻込みしている。

 大丈夫か、あれ。

 

「よそ見とは余裕アルね」

「誰かさんのせいで背中が心配なんだよ」

 

 飛蘭が青龍偃月刀で斬りかかってきたので、ブレードで受け止める。

 青龍偃月刀は特殊な武器だ。

 名前に刀と付いているが、間合いは槍。

 遠心力を得た先端の刃は、簡単に人体を切断できる威力があるだろう。

 リーチが長い武器に対し有効なのは、懐に入ること。

 なんだが――。

 

「受け身なんてらしくないアルよ!」

「無茶言うな!」

 

 刃が嵐の様に襲ってくる中、私は受けに徹するしかない状況だ。

 ISの力で振り回される青龍偃月刀は厄介この上ない。

 しかも隙がない。

 ……いや、ないわけでもない。

 偃月刀を振り下ろした瞬間など、攻めるチャンスではあるんだが……どうにも誘われてる気がする。

 

 私もやったが、後ろへの瞬時加速という手がある。

 この技は通常の瞬時加速より難易度が高い技だが、飛蘭ならできるだろう。

 こちらが瞬時加速で懐に入ったとしても、それに合わせて飛蘭が下がれば、私は変わらず間合いの中だ。 

 タイミングを間違ったらバッサリだな。

 アダムズからの援護は――

 

「フェイントに簡単に引っかかるな! 経験と勘で判断するのが普通だけど、トリーシャは目が良いし反射神経も良い。見てから判断してもギリギリ間に合うはずサ!」

「はい!」

「そこ! フェイの技術で受け流し、千冬の動きで殴る! 覚えた技はちゃんと使うサ!」

「はい!」

「よーし、ラッシュ決めるから、全部捌いてみせるサ!」

「ラジャー!」

 

 ダメだ、なんか知らんが修行が始まってる。

 アーリィー的に、今のアダムズは食指が湧かないのかもしれない。

 取り合えず、敵を一人釘付けしてるので良しとしよう。

 

「そんなに向こうが気になるアルか? ちょっとジェラシー感じるヨ」

「自分に集中しろと言ってるのだろ? わかってるさ」

 

 受け身はやはり性に合わない。

 それにこのまま受け続けたらブレードが折れそうだ。

 今度はこちらから仕掛けるか。

 少しでも踏み込み、刃の部分ではなく柄の部分にブレードを当てる。

 

「ぐ……やっぱり馬鹿力アル」

「誰が馬鹿だコラ」

 

 柄をへし折るつもりだったか無理か。

 少なくても数回当てただけじゃ壊れなそうだ。

 せめて斬り落としたいところだが、残念ながら私の得物は“ブレード”だ。

 形状としては騎士が使う様な直剣で、頑丈さと切れ味の両立を目指した物だ。

 個人的には刀がよかったのだが、如何せん刀型は耐久力に問題があった。

 ISが振り回す武器を受けたら、あっという間に折られてしまう可能性があるからだ。

 でもやはりIS用の日本刀を作ってもらおうと思う。 

 一流の剣士なら得物を選ばないだと?

 鉄の棒を金属バットで斬れるのは漫画の世界だけだ。 

 しかしどいつもこいつも何故か私を脳筋扱いする。

 非常に遺憾だ。

 脳筋じゃない証を見せてやろう。

 

「ふぅ――」

 

 肺の空気と一緒に体の力を抜く。

 刃を寝かせ、柄に沿って滑るように刃を走らせる。

 

「させないネ」

 

 対する飛蘭は、すぐさま偃月刀を立ててそれを防ぐ。

 試合のルールが本当に面倒だ。

 それがなければ下を取ったり動きに強弱を付けたりと、色々と戦い方が工夫できるのに、上昇しながら戦うこの試合ではどうしても正面からのやりあいになってしまう。

 ブレード、偃月刀、相手は射撃武器を使わない、援護はなし、スピードは落とせない、瞬時加速の多様は禁物、ロックオン警告――

 

 ロックオン警告?

 

「大人しくしてればいいものを――ッ!」

 

 飛蘭が苛立ちながら偃月刀でミサイルを斬り払う。

 私の元へもミサイルが飛んで来た。

 なるほど、トップ層が戦い始めたんだ、ここで隙を狙って撃ち落とすのは普通だ。

 戦いに集中してる内なら、被弾するかもしれないからな。

 だがこれはチャンスだ。

 競技用の弾丸とは違い、ミサイルの大きさは統一されてはいない。

 私が欲しいのは小さいやつだ。

 手で掴めるくらいの胴回りのミサイル……あった!

 

 引き付けてギリギリで躱す。

 横を通り過ぎる瞬間に、左手でミサイルを鷲掴みにする。

 誰からのプレゼントは分からないが、このミサイルはありがたく使わせてもらおう。

 

 脳内麻薬を生成。

 筋力のリミッターを解除。 

 

「飛蘭!」

 

 別に正面から堂々と戦う為ではない。

 自らに気合を入れる為に大声で彼女の名前を叫ぶ。

 振り落とされる偃月刀。

 それを右腕の持ったブレードで弾き返す。

 飛蘭の顔が驚愕で染まり、酷使した右腕に痛みが走る。

 遠心力と重さを味方にした飛蘭の一撃を片手で防いだ代償は、一晩の筋肉痛。

 随分と安い買い物だ。

 

 攻撃を弾かれた影響で体勢を崩した飛蘭に接近し、その胸にミサイルを叩き付ける。

 

「ちょっ……!?」

 

 ミサイルが爆発し、爆音で飛蘭のセリフが途切れる。

 これで仕留めた?

 んな馬鹿な。

 私は朱飛蘭という人物を過小評価していない。

 ブレードを拡張領域に収納。

 煙が舞う中、拳で飛蘭を滅多打ちにする。

 ミサイルの直撃、その後の拳による殴打。

 流石の飛蘭でも慌てるはずだ。

 ここで飛蘭の側面に瞬時加速で移動する。

 この短い距離を瞬時加速で移動するの、普通に移動するよりも機体に負担が掛かる。

 だが必要な事だ。

 飛蘭に体制を立て直す暇は与えない。

 

「恨むなよッ!」

 

 右手に持ち替えたブレードを飛蘭の背中に叩き付ける。

 背中のウィングが砕け、飛蘭の上昇が止まった。

 

「……ミサイルは予想外。搦め手を使うとは読めなかった」

「すまんな、今は勝利が優先だ。お前相手に正面からは手こずりそうだったのでな」

「まだ飛べなくもないから、蠱毒には落ちなくてすむかな? ……ゴホン、今日の所は負けを認めるアル。さぁ、先に行くネ」

 

 勝負は決まった。

 私は飛蘭に背を向けその場を離れる。

 まだ足搔こうと思えばできるだろう。

 しかし彼女は背後から撃つ真似もせず私を見送った。

 良い勝負だった。

 さて、あっちの二人はどうなった?

 

「よーし! いい感じサ! それじゃ初めからもう一度!」

「はい!」

 

 距離にして50メートル程先。

 高度は私と変わらない位置を二人は飛んでいた。

 アダムズがアーリィーから距離を取り、拳を構える。

 

「……行きます! ハァァァッ!!」

 

 気迫を漲らせながらアダムズが突撃する。

 

 アダムズの姿がブレれ、次に姿を見せた時にはアダムズの足首をアーリィーが掴んでる状態だった。  

 アーリィーが使っていた瞬時加速からの蹴りか。

 アダムズが脚部の装甲だけを一瞬だけ解除し、掴まれた足を開放した。

 冷静に対処したな。

 それにしても上手い逃げ方だ。

 私も参考にしよう。

 

「心意六合……蛇形拳!」

「楽しいサ!」

 

 二人は絡み合う蛇の様に交戦しながら空を昇る。

 しかしちょっと驚いた。

 まさか飛蘭の動きをしっかり覚えてるとは。

 学べば学ぶほど強くなるタイプ。

 これは最終日のトーナメントが楽しみだな。 

 

 蛇の如く鋭い攻撃が一転、直線のストレートパンチ。

 今度はボクシングか。

 パンチからローキック。

 ……見覚えあるな、あれは私の蹴り方だ。

 そしてまた蛇形拳。

 ころころと戦い方が変わる。

 素晴らしい……素晴らしいが、だ。

 

「ほらほら、もっとペース上げるサ!」

 

 アーリィーの方が上手だ。

 アダムズの攻め方は決して単調ではない。

 技を変え、動きを変え、自分にできる事を最大限やっている。

 それでもアーリィーのガードを崩せない。

 正面からの殴り合いではアダムズに勝ち目はない。

 

「さて、千冬が待ってるからそろそろ終わりにするサ」

「負けません!」

「ところでトリーシャ、なんでこんな修行みたいな真似してるか理解してるサ?」

「え? えっと……義理や人情とか、そんな話しですか?」

「残念ハズレ」

 

 アーリィーの右手に一本の槍が現れる。

 それを見てアダムズの顔に緊張が走った。

 今まで素手で戦っていたのに、ここで得物を出すのか。

 ……違和感があるな。

 アーリィーが槍だと?

 出会って間もないが、なんというか“らしくない”と感じる。

 

「トリーシャの為にスパーリング相手を買ってでたと思うサ? 残念ながらそこまで優しくないサ。銃を撃ったりなんか苦手だけど、こっちは得意なのサ。正解は――これ!」

「投擲ッ!?」

 

 投げられた槍をアダムズが咄嗟に避ける。

 あぁ、なるほど。

 アーリィーはアダムズの為に教師役をやっていたのではない。

 自分がアダムズの動きを覚える為の時間だったのか。

 

「トリーシャは正面からの攻撃を右に避ける癖があるサ」

「なっ」

 

 アダムズが槍を意識して動いた瞬間、その先にはアーリィーが先回りしていた。

 

「これも勉強サ!」

 

 拳のラッシュ。

 槍を避ける事に夢中だったアダムズに迎撃の用意などなく、拳の一発一発が綺麗にアダムズに命中した。

 

「最後に喧嘩のやり方を教えてあげるサ。まずは腹に一撃!」

「ぐっ」

「そうすると頭が下がるサ。そうしたら――頭をタコ殴りサ!!」

「――ッ!?」

 

 悲鳴を上げる暇もなくアダムズが殴り飛ばされる。

 なんか少し可哀想だな。

 学ぶつもりだったのに逆に自分の動きを教え、馬鹿みたいな殴り合いに乗じてせっかくの戦車砲を拡張領域の肥やしにしてしまった。

 途中までは完璧だったのに……。

 実戦不足、まさにそれだろう。

 アダムズの敗因は私たちチームを信じすぎたこと。

 これはバトルロイヤルだ。

 気を抜くのが早かったな。

 ……あ、落ちてくアダムズにミサイルが。

 不幸体質だな。

 でも直撃前に動いていたから撃墜はないだろう。

 飛蘭と力を合わせ頑張って欲しい。

 

「さーてお待たせサ」

 

 ん? たまに見せる好戦的な笑い方ではないな。

 悪戯を仕掛ける前の子供のような笑顔だ。

 

「ふーん、なんだかんだで千冬もまだお子様だったサ」

「どういう意味だ?」

 

 未成年だし、子供と言われれば子供だ。 

 だがアーリィーが言いたい事はそういったことではないだろう。

 なんだ? アーリィーは何が言いたい?

 

「だって千冬、戦う気になってるサ。この試合は誰が強いのか決めるものではないのに――」

 

 ……………あ

 

「千冬と戦うのは最終日のトーナメントの決勝が望ましい」

 

 ばさっ(アーリィーの背後に大きな翼が広がる)

 

「だから昨日の成績がイマイチだったので今日は勝利を優先するサ」

 

 ぐっ(私に向かって親指を立てる)

 

「そんな訳で、お先に失礼サ」

 

 あ……あぁ……ああああああああ!?

 

「しまったッ!?」

 

 場の雰囲気に流されてた!

 アーリィーが戦うものだと、そう思い込んでいた!

 私の馬鹿者がッ!!

 斬る――無理だ! 距離が遠すぎる!

 

「待てッ!」

 

 急いで速度を上げる。 

 私は後付けのバックパックなど持って来ていない。

 拡張領域にあるもので使える物……鬼灯と山法師はあるが……無理だな。

 とても撃ち落とせる気がしない。

 そもそも私はなぜアダムズとアーリィーの戦いを傍観していた?

 本気で勝つなら横やり入れる場面だったろ馬鹿め!

 

「これはおまけサ」

 

 アーリィーが自分で得意だと言う投擲技術。

 その剛腕で手榴弾が投げられた。

 それが爆発する瞬間を想像し、頬がひきつる。

 性格悪すぎじゃないか!?

 回避……無駄な動きはそれだけ距離を取られるので却下。

 斬る……飛んでくる破片を全て斬るのは不可能。 

 両腕で顔を覆い隠し、そのまま直進!

 

 落ちてきた手榴弾が爆発して破片をばら撒く。

 私に向かって飛んでくる破片。

 それに向かって最高速度で突っ込む私。

 結果は言わずもがなだ。

 

 破片が機体に刺さり、二の腕はまるで剣山に様変わり。

 真上からの手榴弾は悪質すぎるだろう!?

 てか最初からやれ!

 これ、他の国家代表に追われてる最中に使えばもっと楽に事が運んだんじゃないか?

 切り札は最後に取っておくものだが、それを使われる立場は遠慮したかった!

 

 私のISは、瞬間最高速度はアーリィーより上だろう。

 だが、常時の速度はアーリィーのテンペスタがやや上だ。

 それに加え、アーリィーはウィングで加速している。

 更に悪い知らせ。

 もうゴールが近い。

 

 ――私の負けだな。

 

「いやっほうぅぅぅぅ!!」

 

 アーリィーの嬉しそうな声が耳に届いた――

 




アメリカ代表「マゼラトップ砲はロマン」
イタリア代表「クロックアップからのライダーキックが決め技です」
中国代表「投げ殺す!」
日本代表「私は脳筋じゃない!(ミサイルを素手で持ってぶつける)」


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モンド・グロッソ⑨

実家に帰る予定で三連休取っておいたのに、帰ってくるなと言われた作者です('ω')
 
ふざけんな! ふざけるなよチクショウ!!
知ってるんだぞ。実家に新しくお猫様が増えた事をな!
今現在、実家には三匹の猫がいる。
まさに無料猫カフェ状態!!
それなのに……orz

コロナ拡大、コロナ注意と騒いでいるが、駅前で眺めるだけでマスクしてない人とか普通に発見できるよね。
つまり、転売屋と買い占め連中が俺と猫の出会いを邪魔した敵?

 




 モンド・グロッソ三日目の朝。

 私は呼び出しを受けていた。

 呼び出した相手は技術スタッフ班長の水口さん。

 専用機に不具合でもあったのか? とも思うが、何故か非常に嫌な予感する。 

 

「おはようございます」

 

 待ち合わせ場所のスタッフルームドアを開いた瞬間、鼻孔に汗と油の匂いが届く。

 ISのメンテナンスを行っていたスタッフ達が、ぐったりと机に突っ伏していた。

 死屍累々の体という言葉がピッタリな光景だ。

 

「もしかして、仕事が終わったばかりですか?」

 

 私が話しかけると、何人かがピクリと動いた。

 ん? もしかして地雷を踏んだか?

 

「千冬さんー」

 

 ゆっくりと顔を上げた水口さんの目の下には、クマがくっきりと浮かんでいる。

 こ、怖い!?

 

「できれば瞬時加速の連続使用はやめてくださいねー。機体へのダメージが大きすぎて、繊細な部品なんかは丸ごと交換する事になったのでー」

 

 声が淡々としていてまっ平だ。

 これは世にいうお説教タイムと言うやつか?

 嫌な予感が的中だな。

 

「ついでに自分も言います。相手を素手で殴るのは止めてください。千冬さんの専用機はいつから格闘戦主体の機体になったんですか? 肘から先の装甲にヒビが入ってましたよ?」

「それじゃあ私も。手榴弾に突っ込むとか何考えてるんですか? 普段ならあの程度の爆発で装甲に破片が刺さるなんて有り得ないんですけど? まぁ殴ってたせいもあって腕は丸ごと交換で済んだんで楽だったけど、その後はちゃんと動くのか、問題はないかのテストテストテストで――ウゴゴゴッ」

 

 一斉に上がるお叱りの声。

 テメェ―ISの扱いが荒いんだよと、こっちの仕事を必要以上に増やすなよと、そんな怨嗟の声が聞こえてくる。

 水口さん以外誰も顔を上げないのが怖い。

 

「……すみませんでした」

 

 なので、私は素直に頭を下げた。

 正直言えば無茶した自覚はあるし、戦ってる最中はメンテナンスの事なんて頭になかったのでこれは私が悪い。

 

「モンド・グロッソは継戦力も試されてるんですから、選手である千冬さんも気を付けて戦ってくださいねー」

「了解しました」

 

 初日はともかく、昨日は確かに暴れすぎた。

 戦いは続くというのにテンションに任せ戦ってしまったのは失態だ。

 

「ではでは、千冬さんも反省したみたいですし、皆さん起きてくださいー」

 

 水口さんの一言で技術スタッフの人たちが一斉に立ち上がった。

 何人かはすまなそうな顔をしている。

 これはあれだな、私に反省を促す為に水口さんが仕込んだな。

 

「皆さんはこれから休憩ですか?」

「と言いますか、これからお休みタイムですー。試合が終わる頃には起きますのでー、頑張ってくださいー」

「これからは昼夜逆転生活になりますね!」

「腕がなる」

 

 技術スタッフのメンバーは、どこか束に通じる笑顔を見せながら部屋から出ていく。

 モンド・グロッソの試合を見れず、昼夜逆転の生活を強いられてるのに何故か笑顔。

 技術畑の人間って不思議だ。

 

 

 

 

「お?」

 

 お小言が終わり、食堂に向かう途中で今一番会いたくない奴と出会ってしまった。

 

「おはようサ」

 

 まったく、いい度胸……いや、いい笑顔してるなこいつ。

 

「今日一日はドヤ顔してても許さるサ」

「こいつ……ッ!」

 

 今日の試合では絶対に斬る! 絶対にだ!

 あ、今日の試合は対人戦ではなかったな。

 明日は斬る!

 

「闘志と悔しさが混ざった顔を見れるのが勝者の特権サ」

 

 くそ、この顔と一緒に朝飯食わないといけないのか?

 どこかに道連れに出来る人材は……いたな。

 正面を歩く人間の後ろ姿に見覚えがある。

 

「おはよう飛蘭」

「おはようアル……じゃ、また」

 

 飛蘭は私の顔を見て笑顔になり、肩越しにアーリィーの姿を見たあと真顔になった。

 おいおい、逃げるなんて酷いじゃないか。

 

「まぁ待て」

「……手を放せ」

 

 素が出るほど嫌なのか?

 だが逃がさん。

 

「一緒に戦った仲じゃないか」

「ソレとは嫌だ」

「勝利者をソレ扱いとは失礼サ」

 

 分かる。

 私だって嫌だ。

 でもここで逃げるのはもっと嫌だ。

 お前もそうだろ?

 

 そんな意見を目に込めて飛蘭を見つめる。

 

「――分かったアル」

 

 よし!

 

「でも生贄は多い方が良いアル」

 

 おっと、正面にこれまた見覚えのある後ろ姿。

 こいつも逃がさん。

 

「おはようアル」

「良い朝だなアダムズ」

 

 目標を定め、私と飛蘭は静かに近付きその肩を掴む。

 

「あぁん?」

 

 物凄く睨まれた。

 なんだ人違いか。

 じゃないな。

 どうしたんだコイツ。

 昨日の試合で闇落ちしたか?

 

「っと、すみません。ええと、コレには事情が」

「待て、話しはメシを食いながらにしようじゃないか」

「……アーリィーさんとですか?」

「そうだ」

「……了解です」

 

 アダムズさえ渋い顔をするアーリィーがどんな風かって?

 笑いながらこっちを手招きしてるんだよ。

 

 手で相手を呼ぶのは勝者の特権か?

 腹が立つが、見事してやられた身としては従うしかないのだ。

 それは二人も同じようだ。

 渋々ながらアーリィーの後ろをついて歩く。

 

 朝ということもあり食堂は混み合っていた。

 私たち四人が踏み入れると、一瞬空気に緊張が走り、その後はすぐに喧騒が戻った。

 悪目立ちしたからか見られてるな。

 でも何が悔しいって、悪目立ちしたのに勝者じゃないってことだ。

 出費に対して得た物が少ないんだよ。

 

「千冬は何を食べるサ?」

「ん、そうだな」

 

 食堂のレパートリーは非常に豊富だ。

 モンド・グロッソ参加国がそれぞれ店を出し、その中から好きな物を食べれるスタイルだ。

 昨日の夜はアメリカの店が出したステーキを食べた。

 ボリュームがあり非常に美味だった。 

 一夏にも食べさせてやりたいな。

 それはそうと朝ご飯か――

 

「朝はやはり米だな」

 

 こう、日本人として朝は米を食べないと力が出ない。

 家でも朝は米だったしな。

 ルーティンとは言わないが、やはり外せないものがある。

 

「お前はどうするんだ?」

「んー、昨日食べた中華も美味しかったけど、やっぱり朝は食べなれてるものが良いサ」

「分かります。私もできればシリアルが食べたいです」

「流石にシリアルは置いてないみたいネ」

「ですよね。なので適当に食べ慣れてるのを見繕います」

 

 各々がトレー片手に目的の場所を目指す。

 やはりと言うべきか、全員が自国の料理を取りに行く。

 朝は食べ慣れてる物が良いっていうのは世界共通なんだな。

 

 食事を受け取り座る場所を探すと、丁度四人掛けの丸テーブルが空いていたのでそこに陣取る。

 

「お待たせサ」

「すみません、少し混んでまして」

「中華料理は人気アル」

 

 待つこと数分、三人が遅れながらやって来た。

 うん、なんだ……流石は体が資本の選手と言うべきか、トレーの上に山が出来ている。

 

「忙しい朝はシリアル。ガッツリ食べたい朝はコレですよね」

 

 嬉しそうにホットケーキを頬張るのはアダムズ。

 アメリカではパンケーキと言うのだったか。

 アダムズのトレーの上には、パンケーキが山を作っていた。

 凄く胸焼けしそうだ。

 

「んー、良い香りサ」

 

 アーリィーは余裕のある表情でコーヒーの匂いを嗅いでいた。

 たぶんエスプレッソだろう。

 コーヒーを嗜む姿は非常に様になっている。

 だが、だ。

 トレーの上がおかしいんだが?

 私が分かるのはクロワッサンとタルトだけだ。

 それ以外は名前は分からないが、クッキーらしきものと、日本のサーターアンダギーっぽい物がある。

 どう見ても“三時のおやつ”なんだが、イタリアってそうなのか?

 なまじアーリィーの顔が整ってるだけあって、視覚の違和感が酷い。

 

「揚げたてが食べれるのは嬉しいネ」

 

 飛蘭のトレーには30㎝ほどの揚げパンが二本。

 それと……杏仁豆腐と牛乳か?

 どう見ても給食メニューだ。

 

 ちなみに私のトレーには、ご飯、味噌汁、焼き鮭、玉子焼き、おしんこが並んでいる。

 理想的な朝ご飯だ。

 それに比べ、三人の朝ご飯が異様だ。

 ……異様だよな? 私の感性が老けてるとかないよな?

 いかん、ちょっと心配になってきた。

 確認してみるか。

 

「アダムズ、アメリカでは朝からパンケーキは普通なのか?」

「そうですね。まぁ家庭によるのもありますが、シリアルとかパンケーキ、あとパンにオムレツとベーコンの組み合わせが普通ですね」

 

 そうか普通か。

 確かにアメリカ人が朝からパンケーキを食べるって話しは聞いたことがある。

 でもせいぜい子供くらいだと思ってたんだよ。

 大人でも食べるんだな。

 ひとつ学んだよ。

 

「アーリィー、その朝ご飯はイタリアでは一般的なのか?」

「ん? なにか変サ? イタリアでは砂糖たっぷりのエスプレッソかカップチーノと、チョコたっぷりのコルネットが普通サ」

 

 そう言ってアーリィーがパンを齧る。

 チョコたっぷり……チョココロネみたいなもんか?

 ……日本で言えばコーヒー牛乳とチョココロネが朝ご飯。

 イタリアは美食のイメージがあったからかなり意外だ。

 

「中国の朝は揚げパンなのか?」

「お粥、肉まん、それと揚げパンと豆乳を一緒にってのが多いアル。中国だと朝は屋台で買って食べる事が多いネ。ちなみにこの白いのは豆腐花、日本で言えば……えっと、湯豆腐? アル」

 

 なるほど。

 飛蘭の朝ご飯は、揚げパンと湯豆腐と豆乳か。

 日本人から見ると取っ散らかってる印象だ。

 こうして見ると、食事事情って様々なんだな。

 

「そう言えばさっき不機嫌だったのは結局なんだったサ?」

 

 アーリィーが手に着いたチョコを舐めながらアダムズに話を振る。

 見かけは妖艶な仕草なんだが、チョココロネ食って手に着いたチョコなんだよな……。

 

「……あれは一種の罰ゲームです」

「ん? アーリィーが原因サ?」 

 

 アダムズがアーリィーをジト目で睨むが、本人はどこ吹く風だ。

 どうせ理由は分かってるだろうに。

 

「昨日負けたのは集中力の欠如が原因だと言われ、とにかく周囲に噛み付きまくれと……」

「なんでそんな結論になるネ?」

「周囲から睨まれ、恨まれ、気の抜けない状況に自らを置け、と。いつ殴られるか分からない状況なら自然と集中力を増すだろうと先輩に言われ……」

「うん、前から思っていたけどアダムズの先輩って変人サ」

「ふふっ……能力は高い人たちだから何も言えないんです」

 

 アダムズの目から光が……。

 やはりアダムズの後ろにいる人間は油断できないな。

 個人的に能力が高くて癖が強い人間とは関わりたくない。

 ほら、束って事例があるから。

 

「でも今はいつも通りだけど、それはいいサ?」

「朝ご飯くらい落ち着いて食べさせてくださいよぉ」

 

 情けない声を出すアダムズに対し、三人の同情的な視線が向けられる。

 流石のアーリィーも今のアダムズに追撃する気はないようだ。

 この卓は注目されている。

 音量と表情には気を付けろよ。

 

「ま、まぁ私のことはいいじゃないですか。ところで皆さんは今日の競技は自信ありまか?」

 

 今日の競技か……。

 

「ん、この玉子焼き美味いな」

「美味しいエスプレッソ飲むと良いエスプレッソマシン買いたくなるサ。優勝したら自分へのご褒美で買っちゃおうかな」

「この揚げパン、素朴ながらも哀愁を感じさせる味……プロの仕事アル」

 

 私も含め三人が顔を背ける。

 そうだろうとは思っていたが、やはりか。

 このまま聞かなかったことにできないか? できないよな。 

 しかし私を含め、この三人が苦手とか逆に面白いな。

 

「千冬は笑ってるけど、もしかして自信あるサ?」

「ははっ、ないに決まってるだろ?」

「だと思ったサ」

「やっぱり千冬サンは仲間だったアル」

「んー?」

 

 私の答えに笑うのはアーリィーと飛蘭を見て、アダムズは一人首を傾げていた。

 

「あの、皆さんも苦手なんですか? だとしたら凄く意外なんですけど……」」

 

 意外か? 相手の事を知ればそうでもないだろう。

 残念ながらアダムズはまだまだ私たちの事を知らないらしい。

 

「当ててやるサ。アダムズはエネミーの処理が苦手じゃないサ? 判断に迷うタイプと見たサ」

「せ、正解ですッ!」

 

 ま、そうだろうな。

 アダムズはそうだろうと私も思う。

 

 モンド・グロッソ三日目、競技名は『タワークライム』。

 戦いの場所は5階建てのビル。

 建物内のいたる所にカメラが設置されていて、その映像はアリーナ内に投影されるらしい。

 スタートは正面入り口。

 建物内は普通のデパートの様な作りで、色々なお店が並んでいて、そこに様々な人型のパネルが置かれている。

 それはサラリーマンだったりテロリストだったりと色々だ。

 途中で現れる危険人物を模したエネミーパネルを全て撃破するのが目的だ。

 もし非エネミーのパネルに攻撃をしたり、接触してしまえば減点される。

 制限時間は180秒。

 時間内にゴールの屋上までたどり着かなければ失格だ。

 建物内を飛び回りながら時間ギリギリまでパネルを破壊する。

 そんな競技だ。

 

 どこかで聞いたことがあるだろう。

 そう――警察、軍隊などで行われる室内訓練で似たようなものがあるのだ。

 

 最近の建物は天井が高い。

 室内、テロリスト、一般人、それを排除しながら進む。

 と、この競技を説明する単語の意味を考えると非常に憂鬱な気分になる。

 まぁ私の気分はこの際どうでもいいんだ。

 問題は、モンド・グロッソ出場者の多くが訓練でやり慣れてるってことだ。

 

「殺気を機械で再現してくれると楽なんだが……」

「闘気がない敵とか、それは敵とは呼ばないサ……」

「気配がない人間は居ない。つまりこの競技は実戦ではなんの役にも立たないアル……」

 

 気持ちを吐露したタイミングは同じだった。

 私たちは心の中で硬く握手する。

 

「気配、殺気、呼び方は様々だが、そう言ったものがないとやり辛くてしょうがないよな?」

「スピードだけなら自信はあるサ。でもターゲットの判断方法が視覚情報だけってのが頂けないサ。かなりダルいサ」

「気配のないトラップでも人間の悪意を感じるのに、なんの脅威も悪意もないパネル相手じゃ自分のスキルが役に立たないヨ……」

 

 私たち三人は、どんな状況でも悪意のある攻撃には反応する自信はある。

 でもそんな能力、今日はなんの役にも立たないのだ。

 

「私はパネルの外見から敵かどうか判断するのが苦手なんですけど、皆さんはなんと言うか……ベクトルが違いますね?」

「競技はスピードを求められる。しかし倒すべき相手を全て視覚で判断しろと言うのが面倒でしょうがないんだよ。アダムズはナイフを持ったスーツの男や、手榴弾を持った子供とか見逃すタイプだろ?」

「そうなんです! 特にハロウィン仕様が鬼なんですよ! チェーンソーを持ってないジェイソンがセーフでスタンガンを持ってるスパイダーマンがアウトってどういう事ですか!?」

 

 そんな仕様は日本の設備にはない。

 でもまぁ似たようなのはあったな。

 日本刀を持ったヤクザ……と思わせて実は竹光で害はないパターンとか、そういったひっかけはあった。

 

「相手が生身なら最高速度で室内を飛び回りながら排除できるんだが……」

「スピードを考えながら飛ばないといけないサ……敵を見逃してゴールだけは嫌サ……」

「ゲーム感覚でやれば大丈夫アル……きっと、たぶん、大丈夫」

「感覚派の嘆き!? まさか皆さんにこんな弱点があったなんて驚きです!」

 

 と言う割には嬉しそうな顔をしてるじゃないか。

 テレビゲームなんかをやった事がない人間には難しい競技なんだよ。

 

「ご馳走様でした。楽しいお話を聞けて嬉しかったです」

 

 食事を終えたアダムズが立ち上がる。

 今のところ一番余裕があるのはコイツだな。

 よし、私たちから心温まる言葉を送ってやろうじゃないか。

 

「私は普段通りの戦いができないかもしれないが、だからと言ってお前が強くなった訳じゃないんだから油断するなよ?」

「今日の競技は所詮お遊びサ。最終日のトーナメントでその事をその身に教えてやるから覚悟するサ」

「敵意や殺気に鈍感な人間は羨ましいアル。ま、生き物としてはどうかと思うけどネ?」

「最後の最後に辛辣ですねッ!?」

 

 手強い相手だから少しでも弱らせようとしてるのだ。

 認めた証拠だよ。

 いや本当に。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 試合会場はアリーナ近くに立つビル。

 ビルを囲むように各国がテントを張り、多くの人間が忙しそうに準備に走っていた。

 私は日本のテントの中で椅子に座りながらお茶を飲んでいる。

 

『競技の内容によっては負けるかもと思い、総合優勝以外はスルーした自分の読みを褒めてあげたい』

『昨日、ニヤニヤ笑いながら当日の試合のオッズを調べてたよね?』

『千冬さんの写真の売り上げを更に増やせと悪魔が囁いたんですよ。もちろん誘惑には負けませんでしたが』

 

 試合前の私に話しかけてくる人は居ない。

 スタッフの人達はこちらに気を使って一人にしてくれる。

 この馬鹿二人以外は……。

 しかしまだ私の写真を売っているか。

 まぁいいけどな。

 一度殴ると心に決めると、大抵の事は許せるものだ。

 殴る回数は確実に増えるがな。

 

『それにしても昨日の千冬さんは可愛かったですね。イタリア代表に出し抜かれた時の、あのポカーンとした顔は思わずキュンキュンしました。ナイス、ギャップ萌え』

 

 私の中ではお前への殺意がギュンギュンだぞ?

 

『それな。いつも凛々しい綺麗なお顔だからこそ、あの瞬間の顔はとても可愛かったです。ご飯三杯はいけます!』

 

 お前は梅干しでも食ってろ。 

 

『その割には千冬さんが負けた瞬間は荒ぶってましたが……』

『そうだっけ? モンド・グロッソの競技は力だけじゃ勝てない仕様だから、場合によってはちーちゃんが負ける可能性はあるってちゃんと考えてたよ?』

『千冬さんのポカン顔に見惚れた後に、気が狂ったかのように騒ぎ出して俺の首を絞めたよね?』

『覚えてません』

『政治家の言い訳かよ』

 

 だがまぁ、丁度良いタイミングでもある。 

 私の一番の問題は建物内でターゲットを探す事だ。

 相手はただのパネル。

 例え手に銃を持っていたとしても、それはただの印刷物でなんの脅威もない。

 ゲームが好きな神一郎あたりならなにか良い案があるかもだ。

 試合前の私を気遣ってくれてるらしく、周囲に人は居ない。

 非常に……非常に遺憾ではあるが、助言を求めるなら今がチャンスだ。

 

「神一郎、相談がある」

 

『え? そうだんぐえっ!?』

 

 小さな声で語りかけたら、何故が首を絞められたアヒルの様な声が返ってきた。

 

『私としー君が同じ場所に居るのに、私じゃなくてしー君を選ぶ? そんなの許されないよね?』

『ぐびがっ……おでのくびがっ……』

 

 会話の途中でいちいち遊ばないと駄目なのかこいつら?

 

「束は黙れ、話が進まない」

 

『くぅーん』

『――ぶはっ!? ふぅ……それで俺になんの用です?』

 

 結構逞しくなってきたなコイツ。

 

「実は今日の競技に自信がない。何か策はないか?」

 

『うん、色々待とうか。まず千冬さんが自信ないとか驚き。そして俺に相談ってのが更に驚き。いったいどうしたの? 昨日の試合で頭やられた?』

 

 お前は知らないだろうが、お前を殴る回数は着実に増えていってるからな?

 少し言い方に気を付けろ。

 

『そう言えば今日の競技はちーちゃんの苦手分野だもんね』

『言ってもただのゲームみたいなもんじゃないですか。なんで苦手?』

 

「相手がただのパネルだからだ。猛スピードで飛びながら目視のみで破壊するパネルを探すんだぞ? 難しいだろ?」

 

『……そうですね』

『しー君が“何言ってんのコイツ?”って顔してます』

『……してないよ?』

 

 きっとしてるんだろうな。 

 だいたい想像できる。

 

『や、ごめんです。だって本当に理解できない。何が問題なの?』

『やれやれ、そんなんじゃちーちゃん検定準二級は合格できないよ? 仕方がないから一級の私が説明してあげよう』

『束さんがめっちゃドヤ顔してます』

 

 だろうな。

 凄く想像できる。

 

『今回の問題点は壊す相手がただのパネルって事だね。ちーちゃんなら新宿のスクランブル交差点で襲われても余裕で迎撃出来るけど、無機物のパネル相手じゃ直感が効かないんだよ』

『……脳筋の悩み?』

 

 カウントが増えたぞ。

 

『脳筋って言うか、戦闘民族の悩みかな。戦闘力0のパネル相手じゃスカウターは反応しない的な?』

『なんか大層な理由っぽいですけど、要は慣れでは? 回数こなせばなんとかなると思うけど』

『ちーちゃんだってちゃんと練習はしてたよ。それを踏まえて勝率を上げる為に相談してるんじゃん』

『それにしても相談相手が違うと思う。トレーナーとか監督とか居ないの?』

『誰が監督するのさ? ISでの戦い方を教える事が出来る人材なんて、むしろソイツが代表になれってなるじゃん。仮に軍隊の訓練を参考にしたとしても、普通は生身の人間が隠れながら進むんだよ? ISを用いた戦いは別物じゃん。理解できるよね?』

『それは……まぁ、そうですね。それでも取り合えずゲーム感覚で行けそうな競技ですけど』

 

 だからそもそも、その“ゲーム感覚”が分からんのだが。

 聞き方を変えてみるか。

 

「神一郎、お前ならこの競技をどうやって攻略する? 何に気を付けて動く?」

 

『この手のゲームってあんまりやった事ないんですよ。楽しそうだけど一回のプレイ料金が高いし』

『貧乏人の泣き言はいいからさっさと語れし』

『うぇい。相手はパネルで、移動先に飛び出てきたりするんですよね……手と胸に注意すればいいのでは?』

『女性の絵ならつい胸を見てしまう。オタクきもーい』

『別にボケた訳じゃないからね!? あのさ、危険人物のパネルだけ壊すんでしょ? なら武器を持ってる手と、胸元に武器を隠してる可能性の注意、この二点だけで良いのでは?』

 

 ……ふむ。

 言われてみればその通りかもな。

 武器を持ってるパネルだけが得点となるのだ、服装や年齢は注意する意味がない。

 むしろ思考を楽にするには率先して切り捨てるべきか。

 銃、ナイフなどを持ってないか。

 胸元から銃のグリップが覗いてないか。

 身体に爆弾を巻いて自爆テロを計画してないか。

 それらを確認するだけなら確かに二か所に注目するだけでいいな。

 

『あぁでも、それだけだと同士討ちとかしそうですね。拳銃を持った警察官のパネルとかありそうですし』

 

 それはあるだろうな。

 ひっかけの一つとしてきっと存在しているだろう。

 だがそうなると、服装を無視するのは得策ではないか?

 

『だとすると……そうですね、千冬さんは“観の目”って知ってます?』

 

「宮本武蔵の「五輪書」水の巻にある一文で登場する言葉だな。『観の目強く、見の目弱く』と言って、物事を“見る”のではなく“観る”。全体状況を俯瞰して捉えろという教えだろ? もちろん知っている」

  

『元ネタって五輪書だったんだ……初めて知った』

 

 おいコラ。

 

『俺の場合はマンガ知識なもんで。まぁ知識の仕入れ先はこの際問題ないでしょう。大事なのは知識の使い方です』

『流石はしー君。それっぽい言葉を使うのだけは上手だね』

『黙らっしゃい。ともかくです、高速で移動しながら“観の目”でパネル全体を俯瞰しながら戦えばいいのでは? それなら武器持ちのパネルを見逃すこともないだろうし』

 

 思ったより為になるアドバイスだ。

 言われてみれば“なるほど”と納得できる攻略方だな。

 宮本武蔵の教えで戦うというのも良いな。

 日本代表の在り方としてとても正しい気がする。

 カウントを一つ減らしてやろう。

 

「感謝する。時間までイメージトレーニングで感覚を掴めばなんとかなりそうだ」

 

『いえいえ、俺も千冬さんに助けてもらってますので』

『しーくーん! 冷蔵庫にあるハム食べていいー?』

『それ100グラム6000円のイベリコ豚の高級ハム! 千冬さんが優勝したらお祝いのお酒のツマミにするんだからまだダメ! 試合が始まる前には朝ご飯作るから待ってなさい!』

 

 おい金欠小学生、そんな高級品買う金はどこから出てきた?

 私の写真か? 私の写真なのか?

 カウントが増えたな。

 

「もう用は済んだ。私はこれから集中するので一人にしてくれ」

 

『えー? 私は全然お喋りできてないよ?』

 

「一人にさせろ」

 

『むぅ、仕方がないなー。今度はもっとお話ししようね? ばいばいちーちゃん』

『ではまた』

 

 二人の声が聞こえなくなった。

 日頃なら邪魔だと怒る場面だが、今日は珍しく為になったな。

 ISを纏った状態で観の目を使用し敵を見極める。

 己の感覚が頼りにならない状況だが、なんとかなるだろう。

 

 私は目を閉じ、脳内で訓練を開始した。

 

 

◇◇ 

 

 

 ビルの周囲に多くの観客が集まり、異様な熱気を生み出していた。

 やはりこの手の訓練をやり慣れてる代表が多く、現在の得点順位は団子状態だ。

 少しのミスでも順位が大きく下がるのが怖い。

 ちなみに中の様子は分からない。

 アリーナの会場には生中継で映像が送られてるらしいが、それを私たち選手が見ることは叶わないし、許されない。

 それでも分かる事がいくつかある。

 

 アダムズとアーリィーがやらかしたと言う事だ。

 

 選手の半分が競技を終えた現時点でアーリィーは2位。

 そしてアダムズは5位だ。

 

 二人の実力を見るにどうもやらかしたらしい。

 これは私も油断できない。

 しかし、かと言って消極的に動いても勝てない。

 この緊張がなんとも心地良い。  

 

 自分の名前を呼ばれ、ビルに向かって歩いて向かう。

 やたら熱い視線を感じたのでそちらを向くとアダムズとアーリィーが居た。

 なにかを期待する目付きだ。

 私の失敗だろうか?

 む、遠くに飛蘭も居るな。

 アイツも何か期待してる目付きだ。

 どいつもこいつも人の失敗を期待するとは性格が悪いな。

 まぁ勝負事だから仕方がないか。

 

 ビルの前に立つ。

 周囲の喧騒が大きくなり、視線が熱くなる。

 特に熱い視線をよこすのは三人だ。

 ……昨日の試合で組んだ三人だ。

 まさか、試合前に名乗りを上げろとか思ってるのか? 

 

 遠くのアーリィーに視線を向ける。

 ……コクリと頷いた。

 え? お前たち昨日と同じ事やったの? 本気か?

 確かにあれは試合前のパフォーマンスとしては良いだろう。

 だが私はやらない。

 絶対にやらない。

 だからその期待を込めた目をやめろ。

 

 熱い視線を無視してISを纏う。

 入り口は倉庫にある様な鉄の扉。

 中を見れない様に工夫されている。

 さて、中はどうなってのやら。

 

 ――3、2、1

 

 カウントがゼロになると同時に扉を押して中に入る。

 

「なるほどな」

 

 まず視界に飛び込んできたのは洗剤だった。

 入口正面は通路で、左手に洗剤コーナー、奥にお菓子の棚が見える。

 ん、まんまデパートだ。

 

「まずは地図だな」

 

 敵を見つけるのは後回し。

 まずは限られた時間で得点を重ねるには狩場を見つけるのが先決だ。

 

「あった」

 

 建物中心部分にあるエスカレーター。

 そこには確実にビルの地図がある。

 このビルだが、フロアの形は“ロ型”で真ん中にエスカレーターがあるタイプだ。

 オーソドックスなタイプと言えるだろう。

 

 1F、食料品と日用品のフロア

 2F、ファッションと暮らしのフロア

 3F、本とゲームのフロア

 4F、家電と100均のフロア

 5F、レストランフロア

 

 まるでどこかの駅前ビルを丸ごとコピーしたような作りだなおい。

 非常階段は北側か。

 ISではエスカレーターもエレベーターも使えないから移動は階段を使う。

 大事な情報だ。

 エレベーターを破壊して中に入れば上下の移動も楽になるが、もしエレベーターの中に一般人パネルが大量にあったら大減点になるのでやらない。

 そんな罠がありそうだしな。

 移動は基本通りに行こう。

 攻略としては――まず2Fはパスだ。

 服が並んでる場所は障害物が多く動きずらい。

 隠れる場所も多そうだから稼ぎも良さそうだが、生憎と時間制限がある。

 索敵に時間が掛かりそうなので初めから除外する。

 それと5Fもパスだ。

 レストランフロアが様々なお店が入っている。

 一店ずつお店に入って敵を探すのは効率が悪い。

 決まりだな。

 1、3、4Fを回って得点を稼ごう。

 

 方針が決まればすぐに動く。

 頭の中でルートを描きながら行動を始める。

 通路には買い物客のパネルが立っている。

 一か所を見つめるのではなく、全体を俯瞰して見る観の目を駆使して、いざ――。

 

 大人、カバン、スーツ

 大人、無手、セーター

 大人、ナイフ――

 

 顔、両手、服装などを瞬時に確認し、ブレードでナイフを持ったパネルの腕を斬り落とす。

 

 大人、リモコン、スーツ

 大人、ニンジン、エプロン

 大人、無手、胸元から覗く銃のグリップ――

 

 パネルにブレードを突き刺す。

 なんでサラリーマンがリモコン持って立ってるのだろう?

 まぁパッと見は銃っぽく見えるのでひっかけの一つなんだろうが、シュールな光景だ。

 

 バンッ!

 

 仕掛けが発動し、商品棚の陰から人影が飛び出てくる。

 

 大人、無手、お店の制服

 大人、無手、お店の制服

 大人、無手、お店の制服

 

 破壊するべきパネルはない。

 反射的に攻撃しようとする本能を抑えパネルを無視する。

 

 よし、イメージ通りに動けてるな。

 

「ん?」

 

 ISが動けるのは大きな通路のみ。

 デパートを模した建物内では通れない場所がある。

 壁際で女性を羽交い絞めにする男性のパネルを発見、拡張領域から鬼灯を取り出しパネルの頭を撃ち抜く。

 右手にブレード、左手に銃。

 これが一番戦いやすいか。

 

 1Fをぐるっと回って目ぼしいパネルを破壊し、非常階段を上り3Fへ。

 3Fは本とゲームのフロア。

 ここは射撃技術が要求される場所だな。

 本棚と本棚の間は狭く、その間で多くのパネルが立ち読み客として立っている。

 狙いを外せば無関係なパネルに被弾する可能性が高い。

 なんで立ち読み客の中にスタンガンを持った人間が居るのか、その辺をツッコミたいがゲームだから仕方がない。

 

 バンッ!

 

 エスカレーター横に設置されているレジカウンターからパネルが飛び出る。

 

 大人、無手、制服

 大人、ナイフ――

 

 強盗の手首を斬り落としクリア。

 

 バンッ!

 

 今度は本棚の陰からパネルが飛び出して来た。

 よくある光景だ。

 

 子供、無手

 子供、無手、

 子供、包丁――

 

「子供のシリアルキラーとか趣味が悪いぞ!」

 

 二人の子供を包丁を持った子供が追い掛け回す図とはな。

 取り合えず包丁を持った子供の手首を斬り落とす。

 子供の絵に安心して危うく見逃すところだった。

 

 本コーナーからゲームコーナーへ移動。

    

「これは……」

 

 客層がガラリと変わった。

 どうしよう、果てしなく来る場所を間違った感がある。

 

「敵……か?」

 

 アニメには詳しくない私だが、僅かだが分かるものがある。

 

「あれは波平さんだな」

 

 国民的アニメに出てくる独特なヘアーは見間違いない。

 顔は本物には微妙に似てないくたびれた中年だが、頭は波平カット。

 実写化映画の宣伝パネルでなければ、アレはコスプレと言うものだろう。

 つまりそういう事だ。

 

「これは面倒なんてものじゃないぞ!?」

 

 光る剣、メカメカした銃、どう見ても人外。

 私には一見しただけでは危険度が分からないんだが?

 これだから意思のない相手は嫌なんだ!

 

「待て、落ち着け私」

 

 いったん動きを止めその場に留まる。

 下手に動くのは得策ではない。

 状況を整理しよう。

 この場はスルーして上のフロアに向かう手もあるが、しっかりと対処すれば稼ぎは悪くないはずだ。

 周囲を見渡して観察する。

 

「居たな」

 

 目に付いたのはナイフを振りかざしているウルトラマン。

 なるほど――奇抜な衣装で混乱しそうになるが、相手は武装したコスプレイヤーだ。

 アニメ特有の武器は無視して、現実にあるものだけ注意すればいいんだ。

 ただし、日本刀を持ってるパネルもあるからそこは気を付けないとな。

 日本刀持ちのコスプレイヤーは、その近くに居るパネルの表情を見て判断するか。

 

 バンッ!

 

 通路を移動していると、棚の陰からパネルが飛び出てくる。

 この仕様も慣れればたいした事はない。

 

 観の目で全体を観察し、服装や人相を確認して対処して――

 

 大人、無手、エプロンドレス

 子供、札束、ランドセル

 

 キンッ

 

 

 

 気付けば私はパネルの首を斬り落としていた。




千冬さんはなんのパネルを斬ったんだろう?(すっとぼけ)

ちなみに、他の国家代表は

イタリア代表→人質ごとテロリストパネルを砕いた。
アメリカ代表→子供を抱っこするダースベイダーを破壊。


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モンド・グロッソ幕間 尊い犠牲、もしくはサンドバッグ

小説の書き方的なサイトに、読者が離れる小説ってのがありました。
その中で

・主人公不在の話が長期続く
・主人公がかっこ悪い
 
と書かれてました。
どうやら地雷原の上でタップダンスしてる模様。
でも仕方がないじゃないか!
作者は束さんの笑顔が大好きだから! 悪巧みしてニマニマする束さんが大好きだから!
主人公は束さんの笑顔の犠牲になったのだ。


「ほーけきょ」

 

 ゴロゴロゴロ

 

「けきょけきょ」

 

 ゴロゴロゴロ

 

「けきょんどる」

 

 ゴロゴロゴロ

 

 ちーちゃんの抱き枕を抱きながら自室の床を転がる。

 口から出るのは自分でも信じられないほど意味のない言葉だけ。

 どんなに……どんなに考えてもこれから自分はどうするべきかの答えが出ない。

 

「ちーちゃんの邪魔する気はなかったんだよ~!!」

 

 モンド・グロッソ三日目。

 日本代表、織斑千冬は三位という成績で終わった。

 

 私の所為でなぁぁぁぁ!!!

 

 ちーちゃんは流石の動きだったが、他の代表も訓練でやり慣れてる競技だけあって上位陣は僅差の勝負だった。

 ほんの少しのミスで順位は簡単に下がるのだ。

 例えば、無関係のパネルを壊したりね……。

 

「私が邪魔しなければちーちゃんは一位だったのに~!!!」

 

 いや本当に邪魔する気はなかったんです。

 ちょっとしたお茶目だったんです。

 悪気も悪意もなかったんです。

 

 ――って言えばちーちゃんは許してくれるかな?

 

「カムチャツカ温泉!」

 

 ゴロゴロゴロ

 

 無理だ。

 どう考えても許してもらえるイメージが湧かない!

 ちょっと驚かせた程度ならともかく、がっつり減点させたのが痛い。

 てかちーちゃんはなんで私のパネルまで斬ったんだろう?

 特に怒らせる様な事は最近してないよね?

 

「……あ」

 

 そう言えばしー君が写真を売りまくってるのに私が協力してるのはバレてるんだった。

 不覚! しー君とセットで恨まれるとは!?

 だがしかしかし! いざとなればしー君を生贄にすれば私への怒りが収まる可能性があるのでは!?

 そもそもしー君がちーちゃんの写真を許可なく売ったのが悪いんだし、ヘイトは全てしー君が受け持つべきだよね?

 

 

 

 

 なんて、ちーちゃんがそう簡単に許してくれるとは思わないんだよなぁ。

 

「むふー」

 

 ちーちゃんの抱き枕に顔を押し付け、その匂いを堪能する。

 んっ……ちーちゃんの匂いが私の嗅覚受容神経を優しく刺激するよ。

 気分が高揚して少しエッチな気分に――

 現実逃避ではない、これは一種の愛の確認である。

 んふふ……

 

「入るよー」

 

「乙女心ォォォオッ!」

 

 抱き枕を手放し床に正座してはいバッチリ問題なし!

 させん! させんぞー!!

 しー君にラブコメなんて百年早いッ!

 私のガードは完璧だともさ! 

 

「乙女心? なに言ってるんです?」

「気にしない気にしない。深く考えないでいいから。ところでしー君は乙女の部屋にノックなしで入ってくるとはデリカシーがなさすぎじゃないかな?」

 

 ギロリ、と抗議の意味を込めて侵入者を睨む。

 

「ふむ」

 

 しー君は何かを確認するかのように私の自室を眺める。

 普通なら乙女の部屋を見るなと怒るところだろう。

 だが私は違う。

 私が私の為だけに作った自室になんら恥じる事はない! 

 むしろ自慢したいくらいです!

 

「壁にポスター」

 

 ちーちゃんやいっくん、それと箒ちゃんの水着の写真を引き伸ばした自作ポスターがなにか?

 

「ラックにはフィギュアと写真がプリントされたマグカップ」

 

 ちーちゃんやいっくん、それと箒ちゃんの以下略がなにか?

 

「そして床に散らばる大量の抱き枕」

 

 作ったのはしー君じゃん。

 お世話になってます。

 

「乙女の部屋? どう見てもアキバ系オタクの部屋です」

 

 ぐっ、反論は……できない!

 私は織斑オタクなのでオタク部屋という点は認めるしかないのだ。

 だがまぁそこはいい。

 問題はそこじゃないのだ。

 

「だからと言ってノックしない理由はないよね?」

「逆に聞くけど、なんで鍵掛かってないの?」

「……だって基本的にダナンには私しか居ないし」

 

 自分の家の全ての部屋に鍵を掛ける人っているの?

 デ・ダナンは私の家と言っても良い。

 つまりそう言う事です。

 しー君だって週一しか来ないし、鍵を掛けるって発想なくても仕方がないよね。

 

「じゃあこれからはノックしてね」

「えー? 俺、部屋に入ったら束さんが着替え中だったとか、そういったラッキースケベに憧れてるんですけど」

 

 確信犯かコイツ!?

 着替え中だったら目玉を引っこ抜いて手足を潰す程度で許すけど、流石にさっきの一幕を見られたら確実に殺してるよ?

 しー君の命を守るためにも、指紋認証システムでも取り付けるしかないね。

 残念だったねしー君、お前にはラブコメ的展開なんて今後一生訪れないんだよ!

 

「しー君の忠告に感謝して速やかに鍵を取り付ける事にするよ」

「くっ、余計な発言をしてしまったか」

「お馬鹿な発言は無視します。んで、何用で来たの?」

「そろそろメシの時間だけど何か食べたいもの有ります?」

 

 もうそんな時間か。

 ちーちゃんの事を想うだけで時間の進みが早く感じるよ。

 それにしても……うーん。

 

「なんです人の顔を見て」

「なんか余裕そうだなーって。しー君は写真とは言え自分の首を斬られたのに、なにも思わないの?」

「へ? 千冬さんが俺に怒りを覚えるのは当然では?」

 

 覚悟完了済み!?

 お仕置き覚悟とは……お金を稼ぐって大変なんだね。

 

「それに千冬さんの怒りが束さんに向いた結果、俺に対する怒りは減少してるかもですし」

 

 そうだね! あのパネルは私の差し金だって気付いてるだろうし、ちーちゃんの頭の中は私の事でいっぱいだろうねこんちくしょう!

 

 ゴロゴロゴロ

 

 やり場のない気持ちをただ転がることで発散する。

 

「ちくしょう……なんで私はあんな真似をしたんだろう? あの時の気持ちは思い返してもさっぱり分からない」

「さっぱりなんですか?」

「さっぱりなんです」

 

 ゴロゴロゴロ

 

 邪魔をする気は微塵もなかったのは本心だ。

 でも何を想って行動を起こしたのかはさっぱりなんだよなー。

 さっぱり妖精が出て来るくらいさっぱりだ。

 

「あー、要するに“魔が差した”って奴ですか。後の事を考えず、そこには悪意も何もなくてついやってしまうやつですね。俺も経験があります」

「しー君もあるの?」

「そりゃありますよ。むしろ人間なら誰しもが経験する事です」

 

 “魔が差す”ね。

 この篠ノ之束が脳みそを動かさず反射で行動してしまうとは一生の不覚!

 

「それで晩御飯どうします? リクエストがないなら適当に作りますけど」

「晩御飯……むー」

「これといってないなら、取り合えずあっさりかこってりでも」

「ぬっちゃりで!」

「了解。んじゃ買い出しに行って来るんで一時間後くらいに来てください。お邪魔しました」  

 しー君があっさりと退室する。

 静かな部屋に一人取り残される私。

 ツッコミもなく簡単に了承されると寂しいんだけど?

 

 生意気……そう、生意気である。

 乙女の部屋に無断で入るわツッコミもしないわと、最近のしー君は実に生意気である。

 

 そもさん! 佐藤神一郎とは何者か!? 

 

 説破! 篠ノ之束の実験動物兼玩具である!

 

 そうだよね。

 ストレスが溜まったら発散すればいいのだ。

 手が届く距離にサンドバッグがある生活って素敵だね!

 

「にゅふふふ」

 

 そう決まれば話しは簡単だ。

 一番近くの町まで流々武で10分といったところ。

 しかしそれは、あくまで“人がいる場所”である。

 デ・ダナンの近くには無人島がある。

 それはもう自然たっぷりの無人島だ。

 

「そうと決まれば急がないと」

 

 しー君に自分の立ち位置ってもんを分からせてやる!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 食事場所はデ・ダナンのデッキでする事になった。

 星空を見ながらの食事が最近のしー君の流行らしい。

 たぶん中二病の一種だと思う。

 大き目なテーブルの中央には鍋が置かれ、それを囲む様に様々な具材乗った小皿があった。

 それを私としー君が立ちながら囲んでいる。

 料理の都合上、本日は立食形式とのこと。

 

「はい、てな訳で今日の晩御飯はチーズフォンデュです」

「これはぬっちょりだね!」

 

 鍋にはトロトロのチーズ。

 小皿には、一口サイズのパン、アスパラガス、トマト、ジャガイモ、マッシュルーム、ウィンナー、ベーコン、うずらのゆで卵などなど、多種多様な具材があった。

 まさかこんな料理で私のリクエストの答えるとはやりおる!

 

「チーズフォンデュってやろうと思えば簡単だけど、一人暮らしだとなかなかやる機会がないんですよね。そんなこんなで祝! 初フォンデュ! です。カロリーの暴力を喰らえ!」

「カロリーの、暴力!」

 

 くっ、魅せてくれるじゃないか。

 こんなの絶対に美味しいに決まってるじゃん!

 チーズフォンデュ用のフォークを手に取る。

 まずはウィンナーだッ!

 

「ん~~!」

 

 焼かれて香ばしく匂いを漂させるウィンナーにチーズを絡めて口に運べば、そこには幸せが存在する。

 美味い!

 

「せめて頂きますくらい言いなさい」

 

 そんな事を言いながらしー君が食べるのはアスパラガス。

 知ってるんだぜしー君。

 しー君はまず野菜から食べる傾向がある。

 ノロノロ野菜食べてる間に肉は全部もらった!

 

「ん?」

 

 ベーコンを食べつつ次はなににしようか小皿を見ていたら、不思議な物があった。

 楕円形の茶色い物体……から〇げクンだコレッ!?

 

 え? なんでからあ〇クン?

 と考えてすぐに思いついた。

 恐らくしー君は唐揚げを用意したかったのだろう。

 だが唐揚げは少ない量を用意する方が面倒な料理だ。

 それをから〇げクンで誤魔化したのだろう。

 やれやれ、しー君にはがっかりだよ。

 そこは高級唐揚げ買ってこい――

 

「うまっ!?」

 

 馬鹿な!? たかがチーズを絡めたから〇げクンがここまで美味しいだとぉ!?

 舐めてた。私、から〇げクン舐めてた。

 

「ほら、肉ばかっかしじゃなくて野菜も食べなさい」

「あむ」

 

 しー君が差し出してきたブロッコリーにかぶりつく。

 茹でられた少し甘いブロッコリーとチーズも合いますなぁ。

 

「はいカボチャ」

「あむ」

「はいジャガイモ」

「あむ」

「はいプチトマト」

「あむ」

 

 しー君が次々と野菜を口に運んでくる。

 私は別に野菜が嫌いな訳じゃない。

 ただ肉と野菜なら肉が好きなだけである。

 だから野菜を食べるのは問題ない。

 しかしだ――

 

「その意味ありげなウィンナーは自分で食べろ」

「チッ」

 

 考えは読めてるんだよ馬鹿め。

 しー君が次に用意したのは先っちょに切れ目が入ってチーズが付着した意味ありげなウィンナー。

 大方流れ作業で私に食べさせる気だったんだろう。

 私はそう簡単にはサービスシーンは見せない女です。

 

「ところでしー君」

「なんです?」

「さっきから一向に手を付けない野菜があるけど」

「(サッ)」

 

 おい顔をそらすな。

 食材に対して失礼じゃないか。

 

「好き嫌いは良くないよ?」

「このやけにカラフルなキノコは束さんが用意したの?」

「美味しそうでしょ? しー君がチーズフォンデュにすると言ったので軽く炙ってみました。私的に完璧な焼き加減だと思う」

「そうですね。珍しく完璧で、素材の色や形がはっきりと分かる絶妙な焼き方です」

 

 頬が引きついてるぞー?

 やー適当にバーナーで炙っただけなんだけど、何故か奇跡的に綺麗に焼けたんだよね。

 

「なんでこんな時に限って綺麗に焼けるの? 素材が分からない料理が束さんの持ち味じゃんか」

 

 しー君がなにかボソボソと言ってる。

 あれー? 普通に美味しそうじゃないかな?

 

「いや、もしかしたら俺の想像とは違う食材の可能性もある。束さん、この茶色いのはなんです?」

「キノコだね」

「この白くてひょろ長いのは?」

「どう見てもキノコだね」

「傘にイボイボがあるコレは?」

「珍しいキノコだね」

「同じくイボがあるこの黄色いのは?」

「ちょっと珍しいキノコだね」

「このマリオが食べてそうな赤い物体は?」

「綺麗な赤色のキノコだね」

「この黄色い珊瑚みたいなものは?」

「珊瑚みたいなキノコだね」

「全部……キノコですか?」

「キノコだね」

 

 しー君が私が用意したキノコを見て震えている。

 カラフルで綺麗でしょ? 私の集めた食材が食卓を飾っていると言っても過言ではない! 

 

「これ、食べられるんですか?」

 

 チッ! 怖気ずいてやがる!

 やはり綺麗に焼きすぎたのが失敗だったか。

 ここは私の口八丁で誤魔化すしかないね!

 言葉の魔術師とは私の事さ!

 

「あのさしー君、日本に何種類のキノコがあるか知ってる?」

「知りません」

「約2500種類と言われてます。未発見や新種を数えれば3000は軽く超すだろうね。その内食用可能とされてるのが300程なのです」

「それは初耳。意外と多いんですね」

「そうなんです。どうせしー君はキノコと言ったら椎茸やシメジくらいしか知らないんでしょ? スーパーで並んでるものしか食べた事なんでしょ? だから怖気ずいてるんでしょ? 山の中でキノコを探せば10種類の内一種類は食べれるキノコなのになー。カッコわる、生の魚を触れない都会っ子くらい情けない」

「ぐむむ……」

 

 プライドを刺激すると分かりやすく悔しそうな顔をする。

 男の子は単純ですなー。

 ま、私が用意したのは全部毒キノコだけどね!

 自然豊かな孤島で育った、栄養と天然の毒物をたっぷり含んだ食材です!

 

「ほらほら、文句は食ってから言いなよ。あーん」

 

 焼けたキノコにチーズを絡めてしー君の口に持っていく。

 

「……束さんが先に食べてみて」

 

 毒見役をお望みかい?

 よかろう、食べてあげようじゃないか。

  

「別にいいよ。あむ」

 

 うむ、毒があるだけで美味である。

 まぁ味が良くて毒がある種類を選んだから当然なんだけどね。

 日本では毒を除去してから食べるフグの様に、海外では毒抜きしてから食べる高級キノコがある。

 つまり毒とはスパイスの一種なのだ。

 私には効果ないけどね!

 

「ゴクン……ほら、大丈夫でしょ?」

 

 口を開けてしー君にアピールしてみる。

 

「確かに……んじゃ食べてみます。あむ」

 

 しー君が最初に食べたのは茶色いキノコだ。

 ヘタレめ、一番安全ぽいのを選んだな。

 

「お? 普通に美味しいですねコレ」

 

 最初のキノコを食べ終わったしー君が次々と違うキノコに手をつける。

 くっくっく、ここまで来たらもう問題ないだろう。

 私はしー君から視線を外し自分の食事に集中する。

 だってしー君がどのキノコはどれくらい食べたか分かったらつまらないからね!

 今回用意したキノコは互いの毒が影響しあう物を用意した。

 接種したキノコの種類と量で症状が変わるのだ。 

 果たしてしー君はどうなるのかな? いきなり奇声を上げて騒ぎ出すかもしれないし、ぶつぶつと壁に話しかけるかもしれない。

 楽しみですなー!!

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

「ん、満足!」

 

 机の上の食材はすっかり空になり、私もしー君もお腹がぽっこりと膨らんでいる。

 さて、血管に直接薬をぶち込んだならともかく、食べた場合は症状が現れるまで時間が掛かる。

 だいたい一時間くらいかな?

 それまではまったり待ちますか。 

 

「残ったチーズは明日の晩飯ですね。『チーズフォンデュ』、『残りのチーズ』で検索っと」

 

 鍋に残ったチーズを別の料理に使うのね。

 

「束さん、グラタンとカルボナーラとリゾットどれがいい?」

「んー、グラタンかな」

「グラタンかぁ……オシャレ料理は専門外なんですが、ネット見ながら頑張りますか」

 

 しー君の中ではグラタンはオシャレ料理らしい。

 はっきり言って謎判定である。

 

「ん? なに?」

 

 何故かしー君が私を見つめている。

 私なにかヘマしたかな?

 

「いや、食後に束さんが居るの珍しいなと。食べ終わったらすぐ研究室に戻ったりノートパソコンいじり始めたりするじゃないですか。なにか企んでます?」

 

 しまった!

 この篠ノ之束は時間を無駄にしない女である。

 食後にまったりしー君とお喋りとかガラじゃない!

 外出先とかちょっとしたキャンプの様なお外での食事ならともかく、自分の家とも言えるデ・ダナンの中では二人でまったりなんて選択肢はないのだ。

 怪しまれたなら仕方がない。

 ここはなんとか誤魔化さないと!

 

「あの、その……しー君と少しお喋りしたいなーって」

「ラディカル・グッドスピード脚部限定ィィィ!」

「なんで!?」

 

 ちょっとサービスして上目使い&モジモジ反応したらしー君がISを展開して逃げた件について。

 なんて失礼な反応しやがる。

 

「なにを企んでる……俺が知ってる束さんはそんな乙女な顔で俺と話したりしない!」

「それは確かに」

 

 自分でも怪しさ満点の受け答えだった。

 ちょっと反省。

 お、そうだ。

 しー君を巻き込む丁度良いネタがあるじゃないか。

 

「で、本当になにを企んでるんです? 場合によっては俺は逃げます」

「まぁまぁそうツンケンしないでよ。話しってのはちーちゃんの事だよ」

「千冬さんの?」

「あのね、今からちーちゃんに謝るからそばに居て欲しいの」 

「なーるほど、そういった理由ですか」

 

 ナイス挽回私!

 ゲーム風に言えばグットコミュニケーション!

 ちーちゃんに謝るつもりだったのは本当だし、一人じゃ怖いってもの本当なので私は嘘は言っていない。

 

「千冬さんが激おこしてるのは確定でしょうから気持ちは理解出来ます。それくらいなら付き合いますよ」

「ありがとう!」

 

 毒を盛った私にそこまで優しくしてくれるなんてしー君は最高に優しい奴だね!

 少し罪悪感……はない!

 別に死ぬような毒は盛ってないから軽い悪戯だもん。

 タバスコを大量にかけたピザやワサビ入りのシュークリームを食べさせた様なものである。

 友達同時なら誰もがやった事があるだろうからへーきへーき。 

 

「千冬さんに連絡する前になにか飲みます?」

「一番強い酒をくれ!」

「……了解」

 

 しー君の気遣いだったんだろうけど、私は反射的に答えていた。

 おふざけしてみてもやはり緊張してるらしい。

 自分の心は誤魔化せませんなー。

 

「はいどうぞ」

 

 しー君がお酒を持って戻ってきた。

 テーブルに置かれたのは美しい緑色のお酒。

 ロックグラスの中で氷と一緒にキラキラと輝いている。

 

「アブサンです。度数は70」

 

 ハーブ系リキュールだね。

 ニガヨモギが原料で、ニガヨモギの香味成分であるツジョンにより幻覚などの向精神作用が引き起こされるとされて一時期は製造を禁止されてたお酒だ。

 確かゴッホがアブサン中毒で死んだはず。

 そんなお酒を私に出すなんてしー君もやりおる。

 

「本当は砂糖とか用意したかったんですが、ロマンチックな気分で飲む雰囲気でないですし素直にロックにしました」

 

 砂糖を使ったオシャレな飲み方があるんだっけ?

 そこまでは詳しく知らんけど。

 まぁ今はガっと飲みたい気分なのでいらないや。

 グラスを手に取り軽く手首を回す。

 色合いが綺麗でいいね。

 んでもってコレを一気にグイっと!

 

「……んっ」

 

 苦みのある液体が喉を通り過ぎ、薬草の匂いが鼻を突き抜ける。

 好き嫌いが分かれるだろうけど、私は嫌いじゃないな。

 今みたいに落ち込んだ時に脳内を活性化させるには良いかもしれない。

 

「ぷはぁ!」

 

 いいね気に入った。

 次は落ち着いた時にゆっくり飲みたいものだ。

 

「よし! この勢いでちーちゃんに連絡するよ!」

「どうぞどうぞ」

「……するよ!」

「はよせい」

 

 手が動かないんだよ察しろ!

 オーケーオーケー落ち着け私。

 ちゃんと悪気がなかったことをアピールして謝れば大丈夫。

 

 ……いくよ!

 

『――――束か』

 

 私の名前を呼ぶ前の無言の時間が怖かったです!

 

「こんばんわちーちゃん。今お時間いいかな?」

 

『構わん。今日の競技の話しだな?』

 

「です」

 

『先に言っておくが私は怒ってない』

 

「マジで!?」

 

 え? まさかの奇跡が起きた系?

 私の愛がちーちゃんに届いたちゃった結果かなこれは!

 

『あぁ、お前は悪くない。全ては競技に集中できなかった私の責任だ』

 

 おや? なんか雲行きが……

 

『あの程度の妨害で心を乱す私のメンタルはクソだ! 惰弱だ! とてもじゃないが柳韻先生に顔向けできん!』

 

 あ、これ本気で自分を責めてるパターンだ。

 束がどんな妨害行動をしようと、それを冷静に対処すれば勝てたはずだと、そんな感じで自分を責めてるっぽい。

 

「ちーちゃんあのね、私は別に邪魔をする気はなかったんだよ」

 

『悪意の有無は関係ない。お前の横やりを対処出来なかった自分の弱さが負けた原因だ』

 

 ちーちゃんが侍モード突入!

 イケメン度がアップ! 私は死ぬ!

 

 いやまだ死なないけど。

 

『そもそも試合を楽しんでる時点で間違えてたんだ。もっと全力で、もっと本気でやるべきだった』

 

「うんうんそうだね。その通りだと思うよ」

「第三者チョップ!」

「あべし!?」

「なーに変な方向に舵を切ろうとしてるんですか」

 

 おおう、後頭部への衝撃で我に返ったよ。

 慣れ合いを捨てて侍然とするちーちゃんを見たかった欲望は抑え切れませんでした。

 

『神一郎も居るのか』

 

「こんばんわ。んで千冬さん、そんなテンションで大丈夫ですか?」

 

『問題あるか?』

 

「問題っていうか、昨日の千冬さんは試合を楽しんでライバルと切磋琢磨する感じで、今の千冬さんは全てを捨てて貪欲に勝利を目指す感じですよね。うん、そんな感じの心境の変化は少年漫画あるあるで聞いてる方が恥ずかしくなるからやめて欲しいかなって」

 

『ぐっ!?』

 

 しー君の精神攻撃! ちーちゃんに効果は抜群だ!

 前向きに戦う熱血主人公が負けをきっかけに闇落ち気味になったりするパターンはあるあるだけど、それは言ってあげるなよ。

 

「一応年上としてアドバイスしていいですか?」

 

『……言ってみろ』 

 

 年上ぶる小学生。

 流石のちーちゃんにも葛藤が見える。

 

「試合に出るのは千冬さんですからどんな心持ちで戦おうが勝手ですけど、柳韻先生を想うなら前者のままの方が良いと思いますよ。その方が喜ぶだろうし」

 

 うーむ、確かに父親って生き物は友情とかライバルとか好きそうだもんね。

 しー君はどうもそっちに舵を切りたいみたいだ。

 私的には全てを斬って捨てる侍ちーちゃんが好みなんだけどなー。

 

「それと後者は余裕がなくてカッコ悪い。全てを捨てるとか手段を選ばないとか、そういったのは小物のセリフだと思うんです。真の強者にはどんな敵も困難も笑顔で乗り終えて欲しいですよね」

 

 それは確かに!

 そんな言い方されるとカッコ悪く感じる。

 

『強者か……私が強者と言えるのか? 束のちょっかいで勝利を逃す程度の女だぞ』

 

「そこは自信持てよプロジェクト・モザイカ産のチートキャラ。千冬さんが弱いなら世界の99%は弱者です」

 

 残り1%は私かな?

 

『身体能力が高ければ勝てる訳じゃない。それくらい分かるだろ?』

 

「問題はメンタルですよね。どんな場面でも動じない鋼のメンタルが必要なんですよ」

 

『最初に戻ったじゃないか』

 

「だから捨てるんじゃなくて鍛える方向で行きましょう。メンタル強化です」

 

『ふむ』

 

 ちーちゃんが考えておられる。

 うーむ、メンタル強化かぁ……。

 まぁここはしー君に任せてみようかな。

 ここでドヤ顔させた後に毒で苦しむ姿を見るのも乙だし。

 

『メンタル強化も悪くないが明日も試合がある。そう簡単に鍛えられるのか?』

 

「そこは慣れですよ。今から俺が千冬さんの心を揺さぶります。千冬さんは俺が何を言おうと心を穏やかに保ってください」

 

『いいだろう』

 

「もしテンパったら千冬さんの負けってことで、束さんはともかく俺の事だけは許してください」

 

 この野郎それが狙いだったな!?

 自分だけ免罪符ゲットとか酷い裏切りだよ!!

 

『お前が勝負を挑むとか、どう考えても嫌な予感しかしないんだが』

 

「意外と警戒されてますな。俺の事どう思ってるんです?」

 

『勝てる勝負しかしないタイプ』

 

「正解です。で、受けます? それとも逃げます?」

 

『随分と強気だな。これも修行だと思って受けてやろう』

 

「勝負成立ですね」

 

 うわーしー君ってば邪悪な笑顔してるー。

 でも私は口を出しません。

 なぜならここでしー君が全部のヘイトを持って行ってくれるかもしれないから。

 私の為にちーちゃんの怒りを是非とも買ってください!

 

「そういえばモンド・グロッソってスポーツ大会の一種ですよね?」

 

『表向きはそうだ』

 

「だったらドーピング検査もやってるんですか?」

 

『もちろんだ』

 

 個人的にはドーピング有りでも良かったんだけどね。

 ドーピングしたところでちーちゃんには勝てないだろうし、ドーピング技術もまた国力を計る手段だと思うし。

 まぁ許可したら許容量以上の薬を選手にぶち込んで、試合中に選手を壊す国が出てきそうだからやめたんだけど。

 ところでしー君が私を横目で見るのはなんでだろう。

 

「ドーピング検査って言ったら尿検査ですよね。千冬さんも自分の尿を提出したんですか?」

 

 ん? あれ? もしかしてヤバげな雰囲気?

 

『待て、お前は何を言って……』

 

「ところで俺の隣にモンド・グロッソの裏運営委員長がいるんですが」

「ちょまっ!?」

 

『いやいやいいや! 流石にそれはないだろ! ないよな? ないと言ってくれ束!』

 

「ちーちゃん!?」

 

 私が手を出してると本気で信じてる声だよこれ!

 おのれしー君!!

 

『束、私はお前を信じている。お前の性格に難があるのは理解してるが、最低限の常識はあるはずだ。そうだろ?』

 

「その自分を説得するかの様な言い方はやめて! 私は無実です!」

 

 流石の私もその発想はなかったよ!

 ちーちゃんのことは大好きです! でも流石にそこまで変態性は高くないです!

 

「ところで千冬さんの排泄物って価値的にはヤバいのでは? モンド・グロッソで目立ったら遺伝子情報目当てに盗む人いたりして」

「ここぞとばかりに問題増やさないでくれるかなぁ!?」

 

 そうだね! ちーちゃんの遺伝子情報はしっかり管理しないとね!

 はいはい後でちゃんと処理されてるか確かめますよ! そこも盲点でした!

 

『ちゃんと捨てろよ? 焼却処分で頼む。くれぐれも……くれぐれも余計な事はしないで処理しろ』

 

 ちーちゃんの信用のなさが心に痛い!

 

「はぁはぁ――」

 

 全力疾走した後の様に息が上がっている。

 まさかこんな騒ぎになるとは天災の頭脳をもってしても予測できなかった。

 

「飲み物!」

「ほい」

「アブサン!」

 

 カァー! 美味い!

 叫んだ喉にアルコールが染みるよ!

 

「あ、勝負は俺の勝ちで良いですよね?」 

 

 ブレないなーしー君は!

 

『あぁそれでいい。というか疲れた』

 

 ちーちゃんの声から覇気が消えてる。

 これでしー君は免罪符ゲットで憂いなく写真売れるね! おめでとう!

 テメェー後で覚えてろよ!

 

『私はもう寝る。それと試合はライバル達と楽しく臨む事にする。それが一番心に負担を掛けないだろう』

 

 あー、これはちーちゃん悟っちゃったね。

 大人しく今まで通りのスタンスでいないとまたしー君が爆弾落とすって。

 ちーちゃんの為にもしー君にはキツイお仕置きするから安心してね!

 

「おやすみちーちゃん。良い夢を!」

「今の所は総合一位なんでその調子でガンバです!」

 

『おやすみだ。それと二度と競技中に悪戯するな』

 

 最後に釘を刺されてしまった。

 大丈夫ですとも、もう二度と今日の様な失態はしませんとも。

 

「束さんは怒られずに済み、俺の写真販売も見逃された。これぞWin-Winですね」

 

 ちーちゃんが一人負けな気がするんですが?

 ってまさかしー君は私を守る為にちーちゃんに無茶振りを――

 

 なんて思うわけないだろうにゃろめ!

 や、私の悪戯が有耶無耶になったのは嬉しんだけどね。

 それはそれとして毒の効果でるのまだー?

 ドヤ顔しー君が壊れる姿を早く見たいです。




悲報① 主人公、最大のラッキースケベを逃す

悲報② 主人公、毒を盛られる



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モンド・グロッソ幕間 そして彼はハジけた

束さんがケラケラ笑いながら楽しそうにしてる姿を想像するだけで優しい気持ちになれますね。
主人公? あぁ、あいつは尊い犠牲だよ。


 

 ちーちゃんとおやすみの挨拶をした後、私はしー君の近くで時間を潰す事にした。

 もちろん毒が回って壊れる瞬間を直接見たいからである。

 

 食後20分経過

 

「とある居酒屋の女将は言いました。『金は金を稼ぐために使うんだよ』と。凄く勉強になる言葉だと思う。てな訳で千冬さんに稼がせてもらったお金をどう使うかが問題だ。鉄板はアパートとかビルの購入だよね」

「目指せ勝ち組ニート? でももしかしたらビルが突然爆発するかもだね」

「……俺の絶望する顔を見るためだけに爆破とかやめて?」

 

 取り合えずしー君の退屈な夢を爆破予告で粉砕しながら時間を潰した。

 

 

 

 

 

 食後30分経過

 

「俺さ、おっぱい党だったんだけど最近はお尻も良いものだと考える様になったんだよね。……束さんのお尻に噛み付いてよい? 歯形残したい」

「ダメです」

 

 言動と挙動がフワフワし始めたしー君に身の危険を感じつつ様子を観察する。

 お酒のせいだけじゃないね……これは毒がいよいよ回ってきたみたい。

 てか毒の影響であって欲しい!

 しー君が襲って来ないことを祈りながら時間を潰した。

 

 

 

 そして食後45分後

 

 口数が徐々に減り、完全沈黙したしー君の姿があった。

 はい! これが今日の実験の結果です!

 

「…………(口を開けたまま焦点の定まらない目で天井を見つめている)」

 

 くっそつまらない結果です!

 何がつまらないって毒の効果がである。

 

「しー君の好きな食べ物は?」

「……肉と魚」

 

 どう見てもただの自白剤効果で本当にありがとうございます!

 はぁーつっかえ!

 ここまで待って自白剤とか本当に肩透かしである。

 先ほどの受け答えも毒の影響が出て率直な欲望が出たんだと思う。

 ……しー君に背後を取られないように気を付けようと思います。

 まさか私のプリティヒップに噛み付きたい願望を持ってたとかドン引きだ。

 しかしこれは参った。

 なにせ私はしー君のプライベートを観察する面倒見の良い飼い主である。

 別に知りたい秘密とかないのだ。

 や、流石にしー君の全てを知ってる訳じゃないんだけど、篠ノ之束って人間を客観的に見たら、相手の全てを知ったら興味を失って捨てそうだから手加減してるのだ。

 相手の80%くらい知ってればいいよねって感じです。

 だからと言ってこのまま終わりにするのもなんだし……

 

「ムムム――」

 

 せっかくの機会に知りたいしー君の秘密。

 前世の事? 恥ずかしい黒歴史? いや、この際だから思い切って――

 

「しー君は篠ノ之束を使ってしたい事ってある?」

 

 自画自賛ではなく私は優秀である。

 上手いこと利用して――なんて事を考えるのは仕方がないと思う。 

 しー君ならめったな事は言わないだろうという信用と、ほんの少しの恐怖。

 場合によってはしー君との友情はここまでだけど、この機会に聞いてみた。

 信じてるよしー君!

 

「……束さんを利用した篠ノ之束無限量産計画」

「なるほど」

 

 しー君の首を掴んで準備よし。 

 近しい人間を殺す時は素手に限るよね。

 安心してしー君、痛みは一瞬だ。

 でも殺す前にそのろくでもない計画の全貌を語ってもらおうか?

 まぁ字ずらから見て私のクローンを作って売る計画っぽいけど。

 

「それはどんな計画なの?」

「……束さんを売る」

「その後は?」

「……お金を貰う」

 

 あれ? 売られるの私本体だけ?

 

「それから?」

「……束さんが戻ってくる」

 

 どこから戻ってくるのかなー?

 情報が断片すぎて全然わからん!

 

「篠ノ之束を何処に売るの?」

「……国」

 

 その一言で全てが繋がった!

 私の売り先は何処かの国で、そこから私が戻ってくる。

 つまり

 

 篠ノ之束を売る→お金を貰う→篠ノ之束が自力で戻って来る→また売る

 

 を繰り返す作戦だ!

 無限量産とか言ってるけど、それはゲームで言う無限アップとかそんな感じのニュアンスなんだろう。

 

「ふ……ふふっ」

 

 流石だと、そう言わざる終えないだろう。

 ここまで見事に私を使うとは流石しー君である!

 

 私を売る。

 その言葉だけ聞けば喧嘩を売られてると思うところだ。

 だがしかし、しー君は私が何事もなく脱出すると信じている。

 売り先が国というのは面白い。

 正直に言おう。

 例えばアメリカが私の身柄を確保した時、どんな風に拘束してどんな場所に監禁しどんな方法で情報を得ようとするのか、その辺はちょっと興味あります!

 それと私の身柄を確保させて喜ばせてからご自慢の施設を破壊して脱出とか楽しそうです 

 ある日さりげなくしー君に提案されたら普通に受け入れる可能性が高いね。

 しかも一回だけじゃなくて数回。

 アメリカや中国やイギリス、国ごとの対応を比べてみたいし。

 この篠ノ之束の性格を熟知したしー君ならではの考えだ。

 ついでに自分はお金を受け取るだけという、どこまでも楽して稼ごうというゲスっぷりが素敵だね!

 

 用意するのは予備の毒キノコとアブサン。

 そのままでは消化に悪いので、優しい私はミキサーでそれを混ぜ合わせる。

 

「これは私のオゴリだ」

「ぐむっ!」 

 

 特製カクテルをしー君のお口にIn。

 もう自白剤入りしー君に用はないのでこの辺でチェンジしてもらいます。

 

「んぐぅ!?」

 

 ほーら、いっきいっき。

 反応が鈍いので無理矢理飲み込ませる。

 さて、これで何か違うパターンの行動を取ってくれるといいんだけど。

  

「ぐふっ……」

 

 口から緑色の液体をこぼしながら虚ろな目をする少年。

 なかなかのレア映像では?

 流々武を借りてヘッド部分だけ展開。

 肩を組んで、はいチーズ。

 データを私の趣味ファイルに転送っと。

 これもまた思い出でだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで10分後。

 

「童貞って世界一優しい生き物だと思うんだ」

 

 イイ感じのしー君が誕生した。

 目には光が戻り、意識もちゃんとしてる様に見える。

 しかし、確実に脳がいっちゃってる感じだ。

 ヒュウ♪ これは楽しめそうな予感! 

 

「アドルフ・ヒトラーっているじゃん」

「いるね」

「アイツ、絶対に非童貞だから」

「ぶっふぅ!」

 

 しー君が立ち上がり熱弁を振るい始める。

 ちょっとまって。

 録画を……最高画質で録画をするから待って!

 

「ユダヤ人の迫害ってなに? 収容所に入れて人体実験? ふざけんなクソ野郎! どんな理由があろうと美女と美少女は宝だろう!?」

 

 私ヒトラーは嫌いなんだよね。

 特定種族の迫害って手はトップに立つ者のやり方としては有りだろう。

 弱者を作り、それに対して強権を振るう事を許可する。

 無能な人間はそれだけで満足するだろうさ。

 一般兵士達の溜まった鬱憤を吐き出させる方法としてはゲスだが効果的だ。

 だが日本人を『想像力の欠如した劣等民族』と言ったのは許さん!

 

「信じる神がなんだ! 肌の色がなんだ! そんなつまんねぇ理由で女子供を殺したのかクズがッ!」

 

 盛り上がってるところ悪いけどヒトラーに子供はいない。

 性的活動も消極的だったらしい。

 つまりヒトラー童貞説があるんだけど……ま、わざわざ言うことでもないか。

 

「人種差別する奴は非童貞」

 

 そだねー。

 童貞から見れば、相手が白人だろうが黒人だろうが、それこそユダヤ人だろうが可愛くてスタイル良ければ何の問題もないもんね。

 しかしこれはアレだね。

 自白剤としての効能が少し残りつつ脳みそがスパークしてるね。

 肥大化され誇張された本音と言ったところかな?

 楽しくなってまいりました! 

 

「フランクリン・ルーズベルトっているじゃん」

「第二次世界大戦中の大統領だね」

「アレも非童貞だから」

 

 でしょうね。

 子供はいたからそっちは非童貞だろうね。

 むしろ権力者としては跡取りは当たり前だから当然なんだけど。

 そして私はそいつも嫌いだ。

 あんにゃろ『日本人の頭蓋骨は我々のより約2000年発達が遅れている』なんて言いやがったのだ。

 この篠ノ之束を前に同じ事言ってみろぷんすか!

 まぁ戦時中だし、ドイツもアメリカも他国を見下して自国民上げするのは分かるんだけどね。

 小説で主人公を持ち上げる為にやられ役を作る手法と同じだ。

 有象無象をまとめる為の涙ぐましい努力と思えば多少は許せるってもんです。

 

「原爆だけじゃないんだ。彼は何度も日本を空襲した」

 

 そりゃ戦争中だし。

 

「原爆と東京大空襲などを合わせると死者は50万を超すんだよ。果たしてその内何人が軍事関係者だったのか……」

 

 多くの無辜の民が亡くなった事に対し悲痛な顔でルーズベルトをディスってるけど、その人って原爆投下前に死んでるよね? とは言わない。

 このまま暴走させた方が面白いから。

 

「三歩後ろ歩く古き良き大和撫子。そんな人達がいったい何人犠牲になったのか……。男なら原爆に反対しろよ! 『無関係のヤマトナデシコが犠牲になる? よし、原爆は中止だ』くらい言えや!」

 

 童貞じゃあるまいしそんな事は言わないと思う。

 

「非武装の人間を狙う奴は非童貞」

 

 戦争中に可愛いからって理由で敵国民見逃したらそいつは童貞?

 

「無差別テロってあるじゃん?」

「あるね」

「テロる奴も非童貞だから」

 

 だろうね。

 戦闘員増やす為に産めや増やせですよ。

 女を道具扱いする非常に気に食わない連中だ。

 

「無差別ってなに? なぁ、無差別ってなに? テロとかするくせになんで無差別なの? 最後の最後で適当な仕事してんじゃねーよ! そこはきっちり標的決めてけや! めんどくさがってんじゃねーぞ!」

 

 無差別テロって敵に恐怖を味合わせる為にするんだけど、なんて無粋なツッコミはなしだ。

 素面のしー君ならそれぐらい理解してるだろうし。

 

「なーんで女子供を巻き込むかなぁ!? そこはきっちりイケメン非童貞だけ狙っていけや! アイツ等は人生の絶頂を経験したからいいけど、女性と童貞は巻き込むんじゃねーよ!」

 

 しー君の中では人生絶頂=初体験なんだね。

 なんだろ……この、なんだろ?

 哀れで悲しくて笑える不思議な感情が私の中にあるぞ?

 

「魔女狩りってあるじゃん?」

「あるね」

「なんのアレ。当時は邪神でも信仰してたの? 金髪美幼女を拷問とか正気の沙汰じゃねぇ!」

 

 金髪老婆もいたと思うけどね。

 老婆と言えば、私が一番嫌いなのは老婆が殺される話しだ。

 とある山間の小さな村に住む老婆。

 その老婆は天候を操る魔女の容疑を掛けられ殺されるのだ。

 なんでも老婆は山に掛かる雲の様子を見るだけで明日の天気が分かるだとか――

 どう見てもただの気象予想なんですが!

 雲を観察し天気を予測する。

 気象予報の元祖だが、老婆はそれが原因で殺されるのだ。

 怖いね。

 無知で無能な人間は獣同然の生き物ってのがよく分かる話だ。

 

「金髪美幼女とか天使だろぉ!? ならそれを殺すってんなら殺した人間は悪魔だろうが! どうせ弱者をいたぶる事に喜びを見出した非童貞達の仕業なんだろぉ!?」

 

 当時の聖職者は今より潔癖……なんて事はないか。

 まぁ非童貞だろうね。

 でも魔女狩りは無知からくる物事に対する不安からきてるから、非童貞であることが原因かは疑問が残るところ。

 

「女性を拷問に掛けるくらいならテメェが死ね! 美少女と非童貞じゃ命の価値が違うんだよバカ野郎ッ!」

 

 女から見たらイケメン非童貞と童貞じゃ価値が違うかもだけどね。

 

「女性相手に拷問とかする奴は非童貞」

 

 男性として不能だからこそ女性に対して攻撃的になる場合もあるけどね。

 アメリカのシリアルキラーに、拷問が性行為の変わりだったやつがいた気がする。

 

「ホロコースト、魔女狩り、戦争……非童貞どもは容赦なく女性を犠牲にする。人間が残酷な生き物なのか? 違う! 非童貞が残酷なのだ! 世界に童貞が満ちればもっと平和になるだろう――ッ!」

 

 しー君が全力で私を笑わせにくる。

 やばいお腹痛い。

 

「妊娠報告したら振られた、奥さんと別れると言っていたのに自分が振られた、夫が暴力を振るう。だったら童貞を選べよ! 童貞だったらそんな事しねぇ! 童貞なら最後まで大事にしてやれる!」

 

 まるで誰かに聞かせる様にしー君の熱弁が続く。

 相手は私じゃない。

 しー君の目には私は映っていないのだ。

 相手はそう……世界だ!

 

「理想の男が見つからない? そんな貴女には童貞をおススメします! 冷酷非情な非童貞なんて捨てろ! 童貞を誘惑して自分好みに改造するのが新世代のトレンドだ!」

 

 草食系男子、ペガサス系男子ときて、最新のトレンドは養殖系男子だね!

 年収、性格は良いけど顔がちょっと……お腹も出てるし。

 そんな場合は体で誘惑だ!

 10キロ減でパイタッチとか言ったら解決しそうだもんね。

 

「非童貞には死を! 非童貞には死を! 非童貞には死を!」

 

 あ、演説中にテンションが上がったのか変なスイッチ入りかけてる。

 このまま野放しにしたら非童貞絶対殺すマンになりそうだね。

 そろそろ次の段階に移行しようかな。

 

「非童貞はパイプカットしてさらし首ガッッ!?」

 

 腹パンで黙らせる。

 意識を失ったしー君をそのまま肩に担いで移動を開始。

 夜のお楽しみはまだまだ始まったばかりである。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 テーブルの上にはワインとチーズ。

 椅子に腰かけながら私は優雅に晩酌を楽しむ。

 ここはデ・ダナン内にある部屋の一つ。

 ただの空き部屋なので、大型のスクリーンしかない部屋だ。

 おっと、今はオマケで椅子に縛らてるしー君がオブジェクトと化しているね。

 

「……ん」

 

 お目覚めかな。

 しー君の目がゆっくりと開く。

 

「ここは………………把握」

 

 目覚めたしー君は周囲を見渡し、自分が椅子に縛られてる状況を確認し、優雅にワインを飲む私を見て現状を把握したようだ。

 なんかジト目で睨まれてます。

 

「おはようしー君」

「おはよう束さん」

「ちょっと確認したいんだけど、食後の記憶ってある?」

「食後? ……あれ?」

 

 どうやらないみたいだね。

 記憶が残るか残らないかも毒次第だったんだよね。

 運がいいねしー君。

 あの記憶が残っていたら一生の傷だったのに。

 ま、記憶はなくても記録はあるんだけどね!

 

「お酒を飲んでる最中に……意識を失った? そういえば酔いが早かったような」

 

 回ったのはアルコールじゃなくて毒です。

 

「もしかして一服盛りました?」

 

 その結論に至るのは当然だよね。

 なので私はにっこり笑顔で返す。

 

「……まぁ盛った件はいいです。それよりもなんで縛られてるんです?」

 

 随分と落ち着いてるじゃないか。

 その落ち着きがもう数分で崩れると思うと自然と笑みになるよ。

 

「それを説明するにはちと時間が掛かるね。まぁお酒でも飲みながらゆっくり話そうよ」

「縛られてるんですがそれは……ん?」

 

 ふっ、気付いたか。

 

「ラ・ロマネ?」

「そう書いてあるでしょ?」

 

 しー君の視線がワインボトルのラベルに固定される。

 今飲んでるのは所謂ブルゴーニュワイン。

 高級ワインです。

 

「それ、お値段は?」

「んー? 多分50万以上」

 

 日本のパシリジジイの家からパクってきたので、正確な値段は知らんです。

 

「え? マジで? あの、一口くれたりとか……」

「や」

 

 端的に返してあげればしー君が分かりやすく不満げな顔をする。

 

「ん、このチーズも美味美味」

 

 あれだけチーズを食べたのに飽きない旨さがあるチーズだ。

 ワインとよく合います。

 

「そのチーズって、まさか」

「そだよ。しー君秘蔵のチーズ」

 

 デ・ダナンではなく、しー君の家の冷蔵庫にあったものだ。

 これって少し特別なチーズなんだよね。

 

「真の贅沢品は通販で買える物ではない、その考えは好きだよ」

 

 これはしー君がフランスで買ってきたものだ。

 田舎にある町の人間だけを相手するような小さいお店で売っていたチーズ。

 大量生産されるものとは違う。

 高級品とも違う。

 二つにない味がこのチーズにはあった。

 実際に現地に行かないと買えないチーズ、確かにこれは真の贅沢品かもね。

 

「そのチーズはな」

「ん?」

「そのチーズはな、俺と爺さんとの思い出の品なんだよ!」

「へっ!?」

 

 想像以上にしー君がお怒りに……。

 怒ってる振り……じゃないね。

 真摯な怒りを感じる。

 まさかチーズが地雷だった?

 

「爺さんはな、珍しいお客だと俺を歓迎してくれて、色々なチーズを味見させてくれたんだよ! しかもそれらに合うワインも教えてくれたんだ! そんな大事なチーズをお前は――ッ!」

 

 なんか想像以上に大事なチーズだった!?

 でもチーズなんて食べてなんぼだし、そこまで怒る事……。

 

「おりょ?」

 

 よくよく見るとしー君の目が微妙にいつもと違う。

 さては毒が抜けきってないね?

 

「そう簡単に許すとおもうなよコラッ! ちょっとサービスしろ! セクハラさせろ美少女がッ!」

 

 よし理解した。

 こいつ自白剤の効果を引きずってやがる。

 受け答えは出来てたし、ちょっと本音が出やすくなってる感じかな。

 

「まぁまぁ落ち着いてよ」

 

 席を立ちしー君に近づく。

 野獣の様な目にドキドキ……いや、ワクワクしますなー。

 

「ちょっとだけサービスするからさ、ね?」

「許します」

 

 しー君の膝に座りながら優しく言葉を掛けたらあっさり許された。

 この手軽さよ。

 

「目の前におっぱい、太ももに美少女の体温、あ、なんか良い匂いがする……」

 

 心の声が駄々洩れで哀れです。

 まったくしー君てば私の事を大好きなんだから困ったもんだね。

 素直にしー君にご褒美だ。

 ワインを指先に少しだけ付けて――

 

「はい、あーん」

「ありがとうございます!」

 

 なんの躊躇いもなく指に食らいついたよ。

 

「んむ……もご」

 

 しー君の下が私の指先にまとわりつく。

 必死に指を舐めまわしております。

 ちょっとこしょばい。

 

「しー君さ、椅子に縛られたまま口に指を突っ込まれて悔しくないの? 男のプライド生きてる?」

「ん? こどじびょうんきた――」

「咥えたまま喋るなし」

 

 指を引っこ抜くとしー君が少し悲しそうな顔をした。

 どんだけ舐めてたいんだよ。

 これからは怒らせても口に指を突っ込めば許してくれるかも。

 しー君がお手軽なのか童貞がお手軽なのか……。

 合わせ技かな? 童貞のしー君がお手軽なのかもしれない。

 

「男のプライドはもちろんある。正直言って早く解放しろと言いたい。だがしかし!」

「しかし?」

「薄暗い部屋で椅子に縛られて美少女に攻められるプレイ! サ・非日常感! 男としては怒りたいがオタクとしては嬉しいんだよ!」

「そ、そうなんだ」

 

 あまりの剣幕にちょっぴり引いてる自分がいます。

 うん、ただのドМ宣言に聞こえるね。

 さてさて、気を取り直して拷問を――じゃなかった。ご褒美を続けようか。

 

「それではしー君、スクリーンに注目してください」

「うん?」

 

 最高画質で録画された自分の雄姿をたっぷり堪能するがいいさ!

 

 

『童貞って世界一優しい生き物だと思うんだ』

 

 

「は……え?」

 

 

『アドルフ・ヒトラーっているじゃん。アイツ、絶対に非童貞だから』

 

 

「はぁぁぁぁぁ!?」

 

 耳に届くしー君の叫び声。

 お酒が美味しくなるね。

 

「えっ? なにこれ?」

「(毒に)酔ったしー君だよ」

「覚えてない。俺、全然覚えて……」

 

 

『信じる神がなんだ! 肌の色がなんだ! そんなつまんねぇ理由で女子供を殺したのかクズがッ!』

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」

 

 耳に届くしー君の悲鳴。

 お酒が進みますなぁ。

 

 ところでしー君は気付いてるだろうか。

 私が膝の上に乗ったのはただのご褒美ではない。

 次なる拷問への付箋なのだよ!

 私という重しはしー君の太ももの毛細血管を確実に潰している。

 数分程度なら問題ないだろう。

 だがそれが10分、20分と経過したらどうなるか。

 毛細血管は痛みという名のエマージェンシーコールを鳴らすのだ。

 精神的な攻めはすぐに慣れるだろう。

 今こそ叫んでいるが、その内に大人しくなる。

 それを防ぐための行為なのだ。

 しー君の悲鳴を近くで聞きつつダメージを与える。

 天災篠ノ之束にとって一石二鳥の行動はデフォルトです!

 

「もう映像切ってくれませんか!?」

「ダメです」

「ちくしょうォォォォ!」

 

 夜はまだ始まったばかりである。

 この程度でギブアップは認めないぜしー君。

 

『非武装の人間を狙う奴は非童貞』

 

「NOォォォォ!!」

 

 たーのし♪




10分後

た「ギブする? しー君が望むなら私はいつでもどけるよ?」
し「目の前におっぱい! 太ももの体温! 漂う束さんの匂い! まだだ! まだ俺は戦える!」

 ※双方楽しんでるのでイジメではありません。

 
 世界を裏から操る系女性の夜のメニュー

①パシリの家から盗んできた高級ワイン(50万)
②友達の家からパクってきたチーズ(日本非売品)
③悪友の悲鳴(時価)


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モンド・グロッソ⑩

10万円で温泉旅行行きたいけど……熱海、伊豆、箱根民に怒られそうで心配してるナウ。


 

 いつか自分の前に騎士が現れる。

 

 子供の頃はそんな願いを持っていた。

 だけど早々に現実を知る事になる。

 騎士はまだ存在するが、本の中みたいに白馬に乗った騎士が自分に忠誠を誓ってくれるなんて有り得ないと。

 夢はあくまで夢なのだ。

 成長し現実を見る様になった。

 変わらない日々、自分を磨く日常。

 幼い頃の気持ちなんてとうに忘れていた。

 そんなある日、見てしまった。

 

 空を舞う美しき白い騎士の姿を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清々しい朝だ。

 カーテンから漏れる朝日が実に気持ち良い。

 昨日は色々とあったが、反省も済んで気分も一新した。

 今日の競技では確実に勝利を目指そう。

 

「などど考えてたんだがな」

 

『朝早くから本当にすみません』

 

 寝起き早々に神一郎の声が聞こえた時は本気で殴ってやろうかと思ったが、内容が内容だけに私は寝起きのジャージ姿のまま相手をしている。

 さっさとシャワーでも浴びたいんだが、もたらされた情報が私の安寧を許してくれない。

 

「で、束がモンド・グロッソの会場に来てる可能性があると?」

 

『はい、かなり高い確率で』

 

 朝一で聞いた話しがコレだ。

 おちおちシャワーを浴びてる暇もないだろ?

 

『昨日の夜千冬さんとの連絡を終わった後に色々とありまして、ケツに噛み付いてやろうと朝から追い掛け回してたんですよ』

 

「なにをどうすればそんな行動になる!?」

 

『ほら、俺って子供の体じゃないですか。生前より目線が下がった事で気付いたんですよ。お尻もまた良いものだと』

 

 違う。

 誰もお前の性癖なんて聞いていない。

 

『ちなみに千冬さんのスーツ姿もグッとくるものがあります。後ろ姿がエロい、特にヒップライン』

 

 朝っぱらからセクハラとは馬鹿なのか?

 ここまで心に響かない誉め言葉は初めてだ。

  

『とまぁ冗談はさておき……実は束さんに毒キノコを食わされましてね』

 

「穏やかな話ではないな」

 

『晩飯に焼いたキノコを出されたんですよ。怪しい色をしたキノコだったんですが、まさか束さんがこうも真正面から毒キノコを出すなんて思わなくて油断しまして』

 

「それは油断するな。束なら磨り潰したキノコをお前の血管に直接注射するくらいはするだろうし」

 

『否定したいけど否定出来ない――ッ!』

 

 束が神一郎に毒キノコか……。

 遅効性の猛毒キノコを盛って命乞いをする様を笑って眺める。

 幻聴、幻覚性のキノコを盛って奇行する様を笑って眺める。

 のどちらかだな。

 

『まぁそんなこんなで朝から束さんを追い掛け回してたんですよ。あの野郎、悪びれもせず口に指を入れようとするし逃げ足早いしで全然捕まらんッ!』

 

「なんで口に指を?」

 

『想像はつくけど言いたくないので聞かないでください』

 

 毒で朦朧として束の指でも咥えたのか?

 普通にありそうでこっちまで悲しくなる絵面だな。

 

『それで気付いたら姿が完全になくなってましてね。そこで思ったんです、これは千冬さんの所へ行ったに違いないと』 

 

「何故そうなる? 昨日の今日で私の前に姿を現すほど馬鹿ではあるまい」

 

『千冬さんの尿の回収と俺の怒りが静まるまでの時間潰し』

 

「お前はもう少しオブラートに包む事はできんのか?」

 

『オブラートって最近の若い子には通じないらしいですね』

 

 お前は若くないから問題ないな。

 そうか、私の遺伝子情報の回収があったか。

 

「まぁ仮に束が来てたとしても私の前に姿を見せる事はあるまい」

 

『そうですか? 束さんならなんだかんだと理由を付けて姿を見せそうですけど』

 

「私は日本代表だぞ? 束と会った事が露呈したら立場がやばくなる。それを理解してない束ではあるまい。それでももし、束が私の前に現れたら――」

 

 私の人生を壊す可能性があるにも関わらずそんな軽率な真似をするならば――

 

「容赦なく踏ん捕まえて日本政府に突き出してやる。金一封は貰えるだろうから一夏の進学資金にでもしてや」

 

 ドタバタドタンッ

 

『……ネズミでもいるんですか?』

 

「大きいネズミがいたようだ」

 

『もしかしたらウサギかもですね』

 

「その可能性もあるな」

 

 天井から聞こえた何かが逃げる音に私と神一郎のため息が重なる。

 やはりいたか。

 油断も隙もないな。

 

「まったく、なんであいつはじっとしてられないのか」

 

 私の爽やかな朝を返して欲しい。

 シャワーを浴び終わったら朝日を浴びながらコーヒーを飲み、その後は軽くランニング――なんて計画を立ててたのに、もうそんな気分じゃない。

 飛蘭でも誘ってトレーニングルームでスパーリングしたい気分だ。

 

『なんでって、どう見ても千冬さんの自業自得じゃないですか』

 

「ん? 私が悪いと言うのか?」

 

『千冬さん、最近仲良くなった人がいますよね?』

 

「いるな」

 

 脳裏に浮かぶのは三人の人間。

 今大会で出会った友でありライバルだ。

 束と違い真っ当な友人である。

 

『それが原因ですよ。束さん、参加選手は千冬さんの踏み台とか言ってますけど、ぶっちゃけ楽しそうな千冬さんを見てぐぬぬしてます』

 

 まるで私が交友関係を広げたのが悪いみたいじゃないか。

 流石に束の顔色を伺いながら生活する気はない。

 

『束さんは心配なんですよ。千冬さんが誰かに取られるかもってね。自覚してるかは分かりませんが、その焦りが昨日のイタズラです。自分を見て欲しい、かまって欲しい、そんな感情があんな行動を起こさせたんだと思います』

 

「子供かアイツッ!? どれだけめんどくさいんだ!!」

 

『子供だよアイツ。めんどくさい性格なんて百も承知でしょうが』

 

 そうだな知ってた。

 だがもうそろそろ一人立ちというか、友人離れしても良いころ合いじゃないか?

 一人暮らしが寂しいからって友達に毎日電話する寂しんぼうかアイツは。

 

『だからこれ以上親しい人は作らないでください。マジでお願いします』

『人間関係を制限しようとするな』

『マジお願いします!』

 

 声がガチだった。

 まぁうん、こちらから積極的に絡む気はないから安心しろ。

 向こうから来たら確約出来ないけど。 

 

『もうこの際、一切の慣れ合いを捨てて孤高と言う名のぼっちキャラで生活してください』

 

「お前も元社会人なら分かるだろ? 働いてる身でそれは無理に決まっている」

 

『ですよねー。千冬さんは寡黙で取っつきにくいけどコミュ障って訳じゃないし。まぁ束さんの嫉妬も一時のものだろうし、これ以上は暴走しないでしょう』

 

 やれやれとため息をつく神一郎に対し、私は多少後ろめたい気分になる。

 束の神一郎への態度を知ってるからだ。

 是非とも言いたい。

 束はそこまでストレスを感じていないと。

 もしストレスがあってもお前で遊んでスッキリしていると。

 だが言わない。

 神一郎が束と距離を取る事になれば、そのシワ寄せが私に来るからだ。

 すまんな、私の平穏の為に犠牲になってくれ。

 写真の売り上げは詫びだ。

 

『っとすみません、朝から長話がすぎました。束さんも戻ってきそうだしそろそろ失礼します』

 

「ついでに私の分も殴っといてくれ」

 

『了解です。ではまたー』 

 

 神一郎の声が聞こえなくなり爽やかな朝を取りもどした。

 そして、私は頭に浮かんだ一つの可能性を黙ってた事を心の中で謝る。

 束が毒を盛ったのは、遊び目的だけじゃなく神一郎の将来の為かもしれない。

 IS適合者と世間にバレれば様々な脅威が神一郎を襲うだろう。

 誘拐、脅迫、そして……ハニートラップ。

 どんな毒を盛られたかは知らないが、それって耐性を付ける為じゃないか?

 毒なら耐性や抗体の有無は大切だ。

 媚薬、自白剤などは回数をこなすと効果が薄れるものもある。

 そういった時の為に束が毒を使ったのでは? と考えたのが――

 

「耐性なんかはあっても困るものではないしな」

 

 束が人知れず神一郎を改造してる気もするが、将来を考えれば有りだと判断し私は最後まで言わなかった。

 まぁ束にも神一郎にも得はあるので問題ないだろ。

 

 さて、ここからは思考を今日の試合に向けよう。

 昨日は醜態を晒してしまった。

 いや、醜態と言えば一昨日もだ。

 自分の精神の未熟さに呆れるばかりである。

 ただ勝つだけではダメだ。

 もっと実のある戦いをしなければ。

 まず大事なのは初心だ。

 丁寧な試合運びを心がけよう。

 敵の攻撃はしっかり避け、そして斬る!

 今日の試合は柳韻先生に恥じないような戦いを!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「今日はよろしくサ二人とも」

「くじ運が……くじ運が悪すぎます」

「個人的には楽しみヨ」

 

 モンド・グロッソ4日目、行われる競技の名前は『チェイサー』。

 内容は鬼ごっこだ。 

 ただし1VS1空中戦で、だが。

 アリーナの中央にはロープで造られたピラミッドがある。

 ピラミッドの内部は縦横無尽にロープは張り巡らされていて、機体によってはロープとロープの隙間を通れない場合が存在する。

 ピラミッドの外で追いかけっこをしても問題ないが、基本的にはピラミッド内部での戦いになるだろう。

 勝敗は三本先取制。

 三分で攻守が変わる。

 追う側は相手を手で触れば得点だ。

 手以外で触っても意味がないので注意だ。

 これは所謂スポーツ鬼ごっこをIS用にしたものらしい。

 訓練の一環でやってみたが、鬼ごっこも障害物を設置して本気でやると面白いものだと知った希少な体験だった。

 専用施設も存在しているようだし、いつか一夏と一緒に遊びに行くのも良いかもしれない。

 

「一回戦がドイツで二回戦目はトリーシャ、そして三回戦目にフェイで決勝戦が千冬。今日は楽しい一日になりそうサ!」

「アーリィーを降して千冬サンと戦うのはアタシに決まってるネ。ふふん、腕が鳴るヨ」

「山が……一位になるために越さなきゃいけない山が多すぎます」

 

 今日の試合はトーナメント式で二ブロックに分けて戦う。

 4回勝てば良いのだが、運が悪ければ強敵との連戦になる。

 アダムズみたいにな……。 

 順当に勝ち進めば二回戦はアーリィーで三回戦は飛蘭と、とても羨ましい位置にいる。

 

「三人仲良くBブロックになれたのは神の采配サ。一人だけ違うけど……」

「せめて強敵同士で潰し合ってくれれば楽なのに、なんで千冬さんはAなんですか……」

「こっちとしては有り難い話ヨ。最後がラスボスなのはテンション上がるアル」

 

 誰がラスボスだ誰が。

 というかだな――

 

「そろそろツッコむべきか?」

 

 朝の食堂で隣のテーブルに座る三人を睨み付ける。

 私だけAブロックだからハブしてるのか?

 Bの連中は随分と調子に乗ってるじゃないか。

 

「そう睨まないで欲しいサ。こっちは千冬に気を使ったサ」

「そうなのか?」

「だって千冬は私たちに嫉妬してるサ」

「……否定はしない」

 

 アダムズとアーリィーは一番の当たり場所にいるからな。

 飛蘭は小当たりだ。

 それに比べて私はなぁ……。

 

「嫉妬してるって、まさか強敵と戦えないからとかそんな理由じゃないですよね?」

「そんな理由で嫉妬するのが千冬サンネ」

「えぇー?」

 

 アダムズよ、そんな目で見ないでくれ。

 だってしょうがないじゃないか。

 Bグループは猛者の集まりなんだぞ?

 モンド・グロッソの上位陣がほとんどBグループなので、気合を入れて試合に挑もうとしてた身としては若干肩透かしだ。

 

「私としては是非とも変わって欲しいところです」

「贅沢言うなよアダムズ。超える山が多いのは良い事だ」

「出来るだけ楽に勝ち進みたいんですよぉ……」

 

 アダムズがぐてっとテーブルに頭を伏せる。

 今日の競技も腕っぷしだけで勝敗が決まるものではない。

 アダムズにも十分勝ち目があるんだが、どうにも弱気が目立つな。

 彼女のサポーター達は苦労してそうだ。

 

「今日は私が一番出番が早いな。先に失礼する」

「油断して負けないように気を付けるサ」

「決勝戦で当たりたくないので準決勝くらいで負けてください」

「決勝で戦うのを楽しみにしてるネ」

 

 意見がまとまらんなおい。

 それとアダムズは何気に口が悪くないか?

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 アリーナに飛び込んだ瞬間、大きな歓声が耳に届く。

 

『織斑様頑張ってーッ!』

『こっち向いてーッ!』

 

 アリーナ内をゆっくり一周しながら観客に手を振る。

 正直恥ずかしいしキャラじゃないのは分かっているが、このサービスも仕事なのだ。

 ……稼ぐって大変だな。

 私が決められた定位置に着くと、今度は対戦相手のエラ・テイラーがアリーナに飛び出してファンサービスを始める。

 そしてファンサービスを終えたエラがピラミッドの向こう側に降り立つ。  

 イギリス代表のエラ・テイラー。

 ヨーロッパ勢をまとめるカリスマ性と高い射撃能力を持つ後方指揮官タイプだ。 

 運動能力はISを含め私が上だが、動きの読み合いが肝心なこの競技では油断すれば負けるだろう。

 慢心はしない。

 

「ん?」

 

 秘匿回線からの通知。

 相手は私を睨んでいるエラ・テイラーから。

 ふむ……私を敵視する理由も知りたいと思っていたし構わないか。

 

『こんにちは織斑千冬さん』

『試合直前に長話もあるまい。本題に入れエラ・テイラー』

 

 相手の言葉に敵意を感じ、こちらも思わずキツイ言葉を返してしまう。

 うーむ、私は短気なのかもしれない。

 もう少し煽り耐性を鍛えるべきだな。

 

『……随分な上から目線。本気を出さずともわたくし程度余裕ということかしら?』

 

 普通に生きてたらまず間違いなく関わりにならない育ちの良さを感じる。

 しかし本気を出さないとはどういう意味だ?

 決して不真面目に挑んでた訳じゃないんだが。

 

『私は常に真面目に戦ってるつもりだ』

『白騎士も持ち出さずによくそんな口を利けますわね。真面目に戦ってる? そんな不出来なISでモンド・グロッソに挑んでる時点で不真面目にもほどがありますわ!』

 

 彼女の中では白騎士=織斑千冬だと確定しているらしい。

 まぁ問われても私は否定するがな。

 

『大型プラズマブレードはどうしました? 荷電粒子砲は? 武骨なブレードと豆鉄砲しか使用してないのにそれが本気だと言うつもりですの?』

 

 プラズマブレードと荷電粒子砲は白騎士の装備だ。

 確かにそこだけ見ると今の私は本気を出してないように見えるな。

 だがそれらは今の技術じゃ作れないんだよ。

 束がレシピを渡してくれたら別だがな。

 それよりも、だ――

 

『何を言いたいのかさっぱりだ。白騎士は私とは関係ない。それより私の機体を馬鹿にする発言は撤回してもらおうか。このISは日本の技術者達が力を集めて作ったもの。お前にとやかく言われる筋合いはない』

『――ッ!?』

 

 おっといかん。

 ISを不出来と言われて少しイラついて殺気を放ってしまった。

 本当に短気だな私は。 

 

『ふ、ふんッ! そのすまし顔も今日までですわっ! 白騎士が無い貴女など叩き潰してあげますから覚悟しなさい!』

『白騎士と私はまったく関係ないが、白騎士と戦いたいと言うなら頑張る事だ。私は白騎士より弱いだろうから、私に勝てなければ白騎士の相手など夢のまた夢だろうしな』

『この――ッ!』

 

 白騎士は現存するISの中でもトップの機体だぞ?

 束が手掛けたISと戦いたいなら、今の私に簡単に勝てなければ相手にならないのは道理だろ?

 それにしても随分と白騎士に拘るな。

 最初のISとして一部の人間に白騎士が人気なのは知っている。

 彼女もそのタイプなのだろうか?

 

『……いいでしょう。えぇ、貴女という人間がよく理解出来ました』

 

 本当の事を言ったのに何故こうも殺気立った眼で睨まれてるのか。

 お嬢様も私と同じで沸点が低いのかもしれない。

 

『あったまきましたわっ! ボコボコにしてあげますわよ!』 

『今日の試合は武器の持ち込みは禁止だし、故意に攻撃したら失格だが?』

『キィィィー!』

 

 歯軋りして悔しがるって言葉がよく似合う表情だ。

 エラがどんな理由で話しかけてきたのは知らんが、前哨戦は私の勝ちだな。

 怒りのまま戦ってくれたら儲けものだ。

 

『これよりAグループ第一試合、織斑千冬VSエラ・テイラーの試合を始めます。選手は位置に着いて下さい』

 

 丁度良いタイミングでアナウンスが流れる。

 ピラミッドを挟んで私とエラの視線が交わる。

 怒りに燃えた瞳だ。

 良いな、こっちまで燃えてくる。

 

 視覚の中にシグナルが現れる。

 先行はエラ。

  

 ランプが赤から青に変わる。

 

「そこを動くんじゃありませんわよっ!」

 

 エラの叫び声がこちらまで届く。

 動くに決まってるじゃないか。

 

 真っ直ぐ進みピラミッドの内部に入る。

 ロープとロープの隙間を通り上に向かって駆け上る。

 エラも同じく上に向かう。

 ここで真下に移動。

 エラも釣られて下に行こうとするが、彼女の下にはロープがあり同じ軌道は取れない。

 私はロープを掻い潜り地面に足を着ける。

 この競技は童心を思い出すな。

 まぁ子供の頃の私は可愛げなんて皆無だったが。

 

「このッ! ちょこまかと!」

 

 怒りに支配されてるからか動きが雑だ。

 本来ならもっと細やかな動きが出来るはずなのに残念だ。

 だが同情はしない。

 卑怯な手段や道理に恥じる真似はする気はないが、勝つ為にギリギリまで攻める。

 もっと怒らせて視野を狭めさせるか。

 

 エラの動きを予測――着地点は――なるほど。

 右手でロープを掴み後ろに下がる。

 

「そこを動くんじゃありませんわよ!」

 

 動きを止めた私になんの疑いもなく接近してくる。

 だがその着地地点は私が罠を張った場所だ。

 

「これで――――んぎゅ!?」

 

 手放したロープがエラの顔面にヒット。

 この競技は武器の持ち込みと攻撃は禁止だがロープを使った罠はグレーゾーンだ。

 文句があるなら委員会に物申してもいいぞ。

 プライドが許すならだが。

 この隙に私はまた上に向かう。

 ロープの隙間を縫うように飛び、時にはロープを掴んで反動で駆け上る。

 

「待ちなさいっ!」

 

 エラが細かな目のロープの隙間を無理矢理通って向かってくる。

 最短距離だろうが、それはあくまで距離だけだ。

 もっと他のルートもあるだろうに。

 冷静沈着な狙撃手のイメージがあっただけにビックリだ。

 私はそのまま一度ピラミッドの外へ。

 遮蔽物の無いの外で逃げ回る手もあるのだが、ただの追い掛けっこは観客から見れば楽しくないだろ。 

 なので私は地面近くまで高速で移動しまたピラミッドの中へ入った。 

 

「また下ですのっ!?」

 

 イライラを隠さないエラの様子に少し申し訳ない気持ちになる。

 もっと正々堂々とした勝負にするべきだったかもな。

 モンド・グロッソ最終日、もし相対したらその時は真正面から戦おう。

 

「くっ、時間が――」

 

 残り3秒。

 私とエラの距離は直線距離で3メートルほどだ。

 

「こうなったら――ッ!」

 

 エラが真っ直ぐ突進してくる。

 私との間にあるロープを無視した勢い任せの攻撃だ。

 

「残念だが」

「届けッ!」

「それでは届かない」

 

 キリキリと軋む音を出しながらエラのISにロープが食い込んでいる。

 だがそれでもエラの指が私の目の前で止まった。

 

『1ターン目終了。両選手は定位置まで戻ってください』

 

「もう少しでしたのに!」

 

 アナウンスが流れエラが荒ぶる。

 うん、顔が綺麗だからどんな表情でも絵になるな。

 ウェーブした長い金色の髪と青い瞳。

 素直に綺麗だとそう思える人物だ。 

 

「はいっ!?」

「ん? どうした?」

 

 赤かった顔がますます赤くなっているな。

 怒りが頂点を越したか?

 

「綺麗って……綺麗って言いました……?」

 

 あぁ、口に出してしまったか。

 試合中にそんなふざけた事を言えば火に油を注いだも同然だな。

 

「そ、そんな誉め言葉でわたくしが許すとお思いですのっ!?」

「いやすまん。つい口に出てしまった」

「つい!? ついですの!?」

 

 む、この言い方だとまるで試合に集中していなかった様に聞こえるか。

 言葉には気を付けないといけないな。

 怒らせてエラの集中力を乱すのは戦略の一つだが、必要以上にするのは趣味が良くない。

 変な誤解をされないように、もっと真摯な言い方にするべきか? 

 

「次は私の攻撃だ。エラ、私が本気でモンド・グロッソに挑んでる事は戦いの場で証明しよう」 

「っ!? えぇ、期待してますわよ!」

 

 何処かに驚く要素があっただろうか?

 まぁ無視して問題ないだろう。

 エラを放置して自分の定位置に戻る。

 遠目で彼女がのそのそとロープから脱出してる姿が見えた。

 なんだろう……覇気がないな。

 私の失言で怒りが消えたか?

 ――私だったら試合中に相手が綺麗だとか言ってきたら怒りに震えると思うんだが、彼女は逆のようだ。  

 まぁ人の怒りポイントはそれぞれか。

 

 互いに決められた立ち位置に立つ。

 シグナルが青に変わった。

 エラは真っ直ぐ進みピラミッド内部に入った。

 それを見届け私も内部に入る。

 入る振りをするフェイントがあると思ったがそれはなしか。

 それをされると時間を稼がれるから嫌だったんだが、エラはそんな小細工はしないらしい。

 こちらとしてはありがたいな。

 

 私は鬼ごっこだからと言って手は抜かない。

 っというか、相手に手で触れれば良いというのは少々ぬるい思うのだ。

 最終戦はガチバトル。

 出来るだけ勝負勘は鈍らせたくない。

 だから今日の競技は全部手刀でいくことした。

 逃げるエラの背を追いピラミッドの中を走り回る。

 動きは単調でフェイントなどの駆け引きはなし。

 これなら単純にスピードが勝る私が有利だ。 

 

「はあっ!」

「きゃっ!?」

 

 横殴りの腕がエラの顔近くを通り過ぎる。

 躱されたか。

 チッ、想像以上に反応が良いな。

 

「今の攻撃ではありませんの!?」

「そう見えたか? 気のせいだ」

 

 攻撃のつもりはない。

 指の先、中指の先端が当たるように調節してるからな。

 

「さぁ、覚悟してもらおうか」

「んひゅ」

 

 なんか変な声が漏れてるが大丈夫か?

 

「卑怯ですわ! そんな顔を見られたらわたくし――」

 

 いや顔とか言われても困るんだが。

 まぁ隙だらけだからどうでもいいか。

 

「せいっ!」

「ぷぎゃ!?」

 

 私の指先がエラの鼻先をかすり、取り合えず1ポイントだ。

 残り2ポイント、この調子で行こう。




エラちゃんは白騎士ガチ勢。
あの日見た白い騎士の姿は一生忘れない!
中身に興味はない、はずだった――


モンド・グロッソ表 

試合前

「白騎士持ってきてないとか舐めプだよなぁ?(意訳)」
「白騎士とは知りませんね(すっとぼけ)」

試合中

「さぁ、覚悟してもらおうか(イケメンスマイル)」
「んひゅ(扉が開いた)」


モンド・グロッソ裏

試合前

「オレサマ、オマエノシリ、マルカジリ(全力ダッシュ)」
「二ヤァァァァァ!(全力ダッシュ)」

試合中

「…………(無言のアルカイックスマイル)」
「…………(無言のレイプ目)」


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モンド・グロッソ⑪

×熱いIS戦
〇熱い女たちの戦い



 ブラジル代表の背中を追う私の耳に、キシキシと機械が軋む音が聞こえる。

 

「――ッ!」

 

 私から逃げようと無茶な軌道を取ろうとすると、その音はより一層大きくなる。

 彼女のISは関節部分が硬すぎる。

 

 手刀で彼女の胴体を狙う。

 向こうはそれに気づいて避けようと動くが回避行動が間に合わない。

 これで詰みだ。

 

 チッ

 

 胸の装甲を掠った音は、まるで彼女の舌打ちの様だった。

 

 

 

 二回戦の相手はブラジル代表。

 女性軍人であり鍛えられた戦士だ。

 だが悲しいかな、彼女はモンド・グロッソで勝ち上がる事は出来ない。

 何故ならISの完成度が余りにも低いからだ。

 国の威信を掛けたIS開発であるが、アメリカや中国などに比べれば開発費は潤沢とは言えず、限られた資源で作られた機体はお世辞にも高性能とは言えない。

 ブラジルは未だ第二次世界大戦時の兵器が現役だと噂に聞いたが、金欠具合は本当のようだな。

 願わくば全力の彼女と戦いたかった。

 そう思いながらも私はブラジル代表を撃破して3回戦に進んだ。

 

「お疲れ様です千冬様。タオルをどうぞ」

「……あぁ、ありがとう」

 

 ハンガーでISを解除して廊下に出るとそこにはエラが待ち構えていた。

 付き返すわけにはいかないのでタオルで顔を拭く。

 

「タオルは洗って返す」

「いえ、こちらで処理させて頂きます」

 

 エラに笑顔には断ることが出来ない圧力があった。

 なので大人しくタオルを渡す。

 さて、二回戦目を突破したのは良いが、私には今とても大きな問題がある。

 イギリス代表のエラ・テイラーに何故か懐かれたということだ。

 

「午後までお時間が空きますが、千冬様の予定はお決まりですか?」

「特に予定はないな」

 

 全四試合中、1回戦と2回戦が午前で午後から準決勝と決勝という日程だ。

 Bグループの試合とお昼休憩が間に入るので、これから2~3時間は体が空く。

 やる事と言えば試合前にせいぜい体を動かすくらいだな。

 

「良ければお昼をご一緒しませんか? せっかく知り合えたので是非ともお近づきになりたいですわ」

「あぁ、構わんが……」

「嬉しいですわ!」

 

 エラが嬉しそうに私の腕を取る。

 どうしてこうなったんだろうな?

 私の想像の中の神一郎は大層お怒りだ。

 束はあれだ、怒った振りをして神一郎でどうやって遊ぼうか考えてるだろうな。

 もしくは遊んでる最中だ。

 このまま放置、は流石に不味いか。

 

「千冬様はお昼は何を召し上がりますか? わたくしのおススメはトルコ料理ですわね」

 

 そこはイギリス料理じゃないんだな。

 いやそうじゃない。

 昼飯はどうでもいいんだ。

 問題は束と神一郎だ。

 ――丁度トイレが目に入る。

 気配を探ってみるが中に人の気配はない。

 

「すまないエラ、トイレに寄るから先に行っていてくれ」

「それではお先に失礼しますわ。千冬様、またお昼に」

「あぁ、またな」

 

 エラを先に行かせ私は一人トイレに入る。

 中は無人で静かなもんだ。

 一番奥の個室に入り、壁に背を預け目を閉じる。

 

「束、神一郎、聞こえるか?」

 

 これで返事がなかったら私はただの変人だな。

 

『聞こえてるよちーちゃん。あのイギリス女と腕を組んで私に見せつけるなんて、もしかして私に見せつける事で嫉妬を煽ってるのかな?』

 

「理由はわからんが、ただの気まぐれだろう。それより神一郎はいるか?」

 

『いますよ。俺が今どんな状況が知りたいですか?』

 

「本当にすまなかった」

 

 取り合えず謝罪した。

 恥はあるがトイレの個室で謝罪した。

 

『誰が対戦相手を落とせって言ったよ? もしかして俺に対して遠回しに嫌がらせしてんの?』

 

「いや、そんなつもりはない」 

 

 個人的には親しくなるつもりは皆無だった。

 プライドを刺激して怒らせ、試合に勝ったら懐かれるなんて誰が想像できる。

 

『千冬さんに俺の苦しみが分かるか? 猫耳ブルマのコスプレして女豹のポーズをする成人男性の苦しみが分かるのかコラッ!?』

 

 ただただ哀れだな。

 私に非はないが、申し訳ない気持ちはある。

 

『無人のトイレでこっそりと連絡してくるちーちゃん。なんかイケない関係みたいでちょっぴり興奮するね!』

『そして今はコスプレしたまま貴女の親友を背中に乗せてるんですが!』

 

 それは知らん。

 自分でなんとか頑張れ。

 

『尻尾が直結式だったので土下座してベルト式に変えてもらったのは良かったけど、下手したら千冬さんの所為で俺は処女を失ってたんですよ!?』

『泣きながら脚にすがりつくしー君を蹴り飛ばすプレイは正直興奮した』

『これだもんよー!』

『だってあのイギリス女を守るためになんでもする言ったのしー君じゃん!』

『あんな理想的なお嬢様キャラに永久脱毛を施そうとするからじゃん!』

 

 何が引き金になったかは自分でも分からないが、私はエラに懐かれた。

 その事に束が怒りエラを害そうとし、それを神一郎が体を売って止めたということだ。

 良くやったと褒めてやろう。

 

『いいか束さん、あのツンデレ金髪お嬢様はレアキャラなんだ。だから手を出すな』 

『たかがレアでしょ? レジェンドである私の足元にも及ばないキャラじゃん。そもそもさ、しー君はなんでアレの味方するの? 友達である私に協力するのが普通だよね?』

 

 トイレで電話するという慣れない環境である為、私はいつになく口数が少なくなっている。

 だから二人の会話に中々口が挟めない。

 トイレの中で電話するって変な気分だな。

 

『本音をブチかましましょう。俺は金髪ツンデレお嬢様と黒髪クーデレ生徒会長の絡みが見たいんだ!』

『すっごく自己中心的な理由だった!?』

 

 その黒髪クーデレ生徒会長って私の事か?

 言葉の意味は知らないが、たぶんろくでもない言葉だな。

 

『怒鳴ったりしましたが、実はそこまで怒ってません。むしろよくやっと褒めたい。良いよね、美女×美女の絵面。俺、千冬さんが女の子とラブってる姿を見れるなら多少の暴力は耐えられます』

 

「おい、私に変な属性を押し付けるな」

 

『だって千冬さん重い出生の秘密があるじゃん。どうせ男と付き合ったって、自分が幸せになっていいのか? もし子供が出来たらその子は自分と同じ化け物じゃないのか? そんな事をグダグダ悩むんでしょ? だったらもう女の子同士でいいじゃん。子供は養子でいいじゃん。それでみんな幸せじゃん』

 

 悔しいが言い返せない!

 未だに異性に恋などしたことはないが、客観的に見えても私は絶対に悩むと断言できる。

 子供を産むなんて盛大に悩みまくるのは確実だ。

 

『もう私とちーちゃんは運命の赤い糸が絡み合ってると言っても過言じゃないね! しー君は私とちーちゃんのラブラブっぷりを眺めてれば良いよ!』

『や、束さんのヤンデレ芸に若干飽きてきたんだよね』

『ヤンデレ芸っ!?』

 

 確かに束の反応に対しては“またか”って気分になるな。

 エラの件で束は怒ってるみたいだが、実はそうでもないはず。

 何故なら学生時代にもエラの様な慕い方をする女子が居たからだ。

 今更相手を排除しようと怒るはずがない。

 だから神一郎の“芸”と言う言葉は間違ってはいないな。

 まぁそれは神一郎を騙す為の芸なんだろうが。

 あまり甘やかすなよ神一郎。

 束は見かけより冷静だぞ。

 

『っていうか、なんか束さんてヤンデレと違う感じがする。言葉にすると面倒な女? 横から見てても千冬×束ってあんまり尊い感情が起きないんだよね』

『面倒な女っ!?』

『俺が求めるのは束さんだけの幸せじゃない。千冬さんにも幸せになって欲しいんです! そう、織斑千冬の人生に登場する攻略キャラが微妙なヤンデレ幼馴染だけなんてもったいないじゃないですか!』

 

 何か変な方向持っていこうとしてるな。

 少し様子見で。

 

『微妙言うな! それにちーちゃんの人生はすでに束ルートに入ってるもん!』

『織斑千冬のスペックを考えればもっとイケるはずだ! 思わせぶりな態度で攻める副会長、素っ気ない態度だけど忠誠心溢れる忠犬系会計、生徒会長に憧れを持つ引っ込み思案な後輩庶務、そして会長をライバル視するツンデレお嬢様な書記、この素晴らしい人材を逃す手があるか? いやない!』

『あの――』

『もちろんそこにはヤンデレ幼馴染も入れます!』

 

 凄いな、束が押され気味だ。

 しかし参ったな……神一郎のセリフは理解したくないけど微妙に理解出来てしまう!

 百合ってやつだろ? 知ってる知ってる。

 学生時代に聞いたことがあるからな。

 登場人物はアリーシャに飛蘭にアダムズ、それと束とエラか。

 今すぐにでも神一郎の口を塞ぎたい。

 だが神一郎の狙いが微妙に分かってしまって邪魔しづらい。

 ……今後の生活を考えると、今この瞬間の不快感は我慢するべきだな。

 

『俺は千冬さんが多種多様の花の蜜でドロドロになる様が見たいんだッ!』

『――くっ! 少し有りだと思ってしまった自分が憎い!』

『恋多き千冬さんはお嫌いかい? 千冬さんは多くの女性と浮名を流し、時々束さんの元に戻ってくるんだ。そして束さんにこう囁く――“お前だけは特別だ”ってね』

『そんなちーちゃんも大有りだと思いまふ!』

『背中に乗ったまま鼻血はヤメロ! 俺の背中がスプラッター!?』

 

 束を背中に乗せたまま語ってたのか。

 それにしても神一郎も大概おかしいよな。

 なんで背中に束を乗せたまま語ってるんだよ。

 

『果たして束さんは千冬さんの魅力を全て引き出してると言えるのか! 俺は否だと思う!』

『私では不満と申すか!?』

『見てる方が飽きるんだよバカ野郎っ!』

『……別にちーちゃんに飽きられなければいいもん』

 

 ふむ、神一郎の言い方には非常に不満があるが、私にとってそう悪い話ではないな。

 もし神一郎の言い分が通れば、束を気にせず友人関係を構築する事ができる。

 誰かを気に入ったり、逆に気に入られたりしても、束の顔色を伺う必要がなくなる。

 国家代表として表に出て交友関係が広がると想定すると、心配事が減ってありがたい。

 

『千冬さんの違う一面を見たくないのかッ! 強気な副会長を壁ドンで攻める千冬さん、生真面目な会計をイケメンスマイルで惚れさせる千冬さん、そんな千冬さんが見たくないのかッ!?』

『見たい! でも全部の顔を私だけのものにもしたい! 大丈夫、私だって良妻系幼馴染とか科学部のマッド部長なんかは演じれるもん!』 

『養殖じゃ天然には勝てないんだよ! 養殖臭いと指を刺されたくなければやめとけ!』

『ちくしょう!』

 

 ふと冷静に考えると、私はトイレに籠って何をしてるんだろな?

 さっさと昼飯食べたい。

 

『束さんが千冬さんを愛してると言うなら、千冬さんへの束縛を緩めるべきだと思う。最終的には束さんの元に戻ってくるんだし、少しの火遊びは許容するのがイイ女ってものでは?』

『ぐっ……むぐ………むむむー!』

 

 なんで二人はこんなくだらない事で言い争えるのか不思議だ。

 期待されても私はそんな不埒な道は歩まんぞ。

 

『……ちーちゃん!』

 

「なんだ」

 

『肉体関係は認めません! あくまでプラトニックな関係だけ許可します!』

『えぇー? それじゃ蜜でドロドロになる千冬さんを見れないじゃん』

『お黙り!』

『あいたっ!』

『ちーちゃんをドロドロにしていいのは私だけです!』

 

 私は誰のものにもならん!

 って叫びたいけど外の廊下に人が歩いている気配があるので黙る。

 場所をトイレにしたのが間違いだったか?

 自室に戻っておけばよかったかな。

 

『まぁ束さん的にはそこが妥協点か。でもそれで十分かも……感謝の言葉はいらないよ千冬さん。ただこれからの百合展開に期待してるとだけ言っておく』

 

 神一郎は百合展開が起きる事を楽しみにし

 束は見たことがない私の違う一面に期待し

 私は交友関係を邪魔される心配がなくなる

 

 意外と綺麗にまとまったか?

 ただ束が聞き分けが良すぎるのが心配だ。

 真意が読み取れないんだよなぁ。

 まぁなにかあっても真っ先に被害を被るのは神一郎だし大丈夫か。

 

『ちーちゃんが他所の女にちょっかい出されて心が荒れたけど、まだ見ぬ未知のちーちゃんの魅力が見れる可能性があるので今日の所は見逃します』

 

「そうか。ではさらばだ」

 

 用が終わったらさっさと会話を切ろう。

 ただトイレに籠るのは精神的に良くない。

 

『あいあーい。またねーちーちゃん』

『ぐっ……四肢が限界だ……じゃあね千冬さん、百合展開マジで期待してます』

 

 神一郎はあれだな、私の為とか束を止める為とかじゃなくて、本気で女同士の恋愛云々に期待してるな。

 声から本気しか感じない。

 なんかもうどっと疲れた……。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 今日の日程は午前中に第一試合と第二試合、午後から第三試合と決勝だ。 

 束たちとの会話を終えた私は自室に戻ってからシャワーを浴び、エラとの約束通りこうして食堂に来た。

 色々と用を済ませてる最中に他の選手達の試合も終わったらしく、食堂は多くの人で賑わっていた。

 しかし私の周りだけは静かだ。

 誰しもが遠目にこちらを見ている。

 

「千冬様はわたくしとご一緒するんです。貴女方は別に場所に行って下さらないかしら?」

「千冬は別にアーリィーたちと一緒でも良い思ってるサ」

「そうなのですか?」

「あー……別に全員一緒でいいんじゃないか?」

 

 私に腕にしがみ付くエラとそれをニヤニヤしながらからかうアーリィー。

 そしてアーリィーの後ろで冷たい笑みを浮かべる飛蘭と不機嫌な顔を隠さないアダムズ。

 エラと合流した私はアーリィーたちとばったり出くわした。

 次の瞬間には私の腕を掴んで睨むエラと、オモチャを見つけた猫の様なアーリィーの掛け合いが始まった。

 飛蘭の怒りの理由は不明。

 単純にエラが気に食わないのか、それともイギリス人が嫌いなのかは分からない。

 アダムズはたぶん舐められないようにロールプレイ中なのだろう。

 いつもと違い強気な姿勢だ。 

 

「千冬様はわたくしと二人で静かな食事が良いですわよね?」

「分かってないサ。千冬は口では“うるさい”と言いつつも、周囲が楽しそうに会話しながら食事してるのを見て頬を緩ますタイプなのサ」

 

 どっちが正しいかと言われればどっちも正解だ。

 普段なら前者だが、親しい人間が集まった場なら後者だ。

 今の気分は部屋に戻って一人で食べたい、だがな。

 

「まったく、野良猫と野良犬と狸がうるさいですわね。少しは空気を読んでくれませんこと?」

「野良猫はアーリィーのことサ? 猫は好きだから誉め言葉サ」

「ならアタシが犬ネ? そこはせめて番犬と言って欲しいアル」

「ン? なら狸がワタシか? おいおい喧嘩売ってんのかオマエ?」 

「アメリカ代表の素の性格がチキンだということは政府の調べて知っていますわ。あまり無理しなくてもよろしいですのよ?」

「…………ソデスカ」

 

 まずは一人負けたな。

 アダムズがすっとアーリィーの後ろに隠れた。

 自信満々のロールプレイが見破られてたら恥ずかしいよな。

 

「それで番犬さんはどうしてわたくしを睨んでいるのかしら? こうして話すのは初めてですわよね?」

「弱者の分際で千冬サンに媚びてる姿が見苦しいからアル」

 

 おおっと飛蘭が正面から喧嘩を売った!

 

「貴女こそ初日から千冬様に媚びを売ってた気がしましたが、わたくしの気のせいかしら?」

「媚びではなく自分がどれだけ使えるかの売り込みヨ。まぁ千冬サンと殴り合いも出来ない雑魚には関係ない話しアル」

「なるほど、貴女は千冬様を敬愛してますのね。なら安心していいですわ。わたくしは千冬様を愛してるだけですので」

「目指す立ち位置が違うということアルか。了解したネ」

 

 二人は固い握手をかわした。

 なにがあってどう通じたお前たち!?

 

「アダムズを降しフェイとは友好を結んだか。だがアーリィーはそう簡単に負けないサ!」

「では行きましょうか千冬様」

「っておい!」

「貴女は反応するほど喜びそうなので無視することにしました」

「あ、ちょっ!?」

 

 エラが私の腕を掴んで歩き出す。

 その対応は正解だ。

 うん、エラの勝ちかな。

 

 取り合えず6人掛けのテーブルを確保して各々料理を取り行く。

 

「千冬様は何を召し上がりますか?」

 

 確かエラはトルコ料理を押していたが、トルコ料理はケバブくらいしか知らないんだよな。

 世界三大料理と言われてるんだからハズレはないだろう。

 しかし今の私は米が食いたい。

 この面倒な空気から逃げる為にも、味と量と食べやすさが揃ってるものいいな。

 ……丼物こそ私が求めるものだ。

 

「私は食べ慣れてる日本料理にしておこう」

「それは残念ですわ。ですが母国の料理を食べたい気持ちは理解できます。トルコ料理は機会があれば是非とも挑戦してみてください」

「そうしよう」

「では後ほど」

 

 自分が好きな料理を相手に進めるのはアピールの一種だったか?

 本当に何故こうも懐かれてるのはわからん。

 エラと別れて一人で向かう先は慣れ親しんだ日本料理の店が並んでる一角。

 私が向かった先は牛丼屋だ。

 

「牛丼特盛生卵豚汁付きで」

「あいよ」

 

 威勢の良いオジサンに注文を頼む。

 良いな牛丼。

 牛肉と玉ねぎのみシンプルな構成でありながら、暴力的なまでの匂いと間違いないと確信させる見た目。

 全力で『米に合うに決まってるだろ!?』と訴えてくる。

 今日一番の癒しだ。

 

 牛丼を乗せたトレーを持ってテーブルに向かうがまだ誰も戻って来ていない。

 流石は牛丼。

 早い美味い安いの完璧な食べ物だ。

 

「千冬サン、そこじゃダメよ」

 

 テーブルの端に座ろうとすると、いつの間にか戻って来ていた飛蘭から待ったの声。

 もしかして座る場所って決まってたか?

 

「千冬さんはココよ」

「ここか」

 

 そして真ん中に誘導された。

 まぁ別に構わない――

 

「隣失礼するネ」

「なら自分はこっちで」

「前失礼しますわ」

 

 やっぱり構う! いつの間に揃ったんだお前たち!?

 流石は国家代表達だ。

 静かに近付いてきて実にスムーズな動きで私を包囲してきた!

 右に飛蘭で左にアダムズ、そして正面にエラ。

 アーリィーはエラの隣でニヤニヤと状況を楽しんでいる。

 もう逃げられないなこれ。

 

「千冬様のそれはなんですの?」

「牛丼だ」

「まぁ! それが牛丼ですのね。実物は初めて見ましたわ」

「織斑さん、それってもしかして生卵ですか?」

「そうだ」

「日本人が卵を生で食べるって本当だったんですね!?」

「中国にあった日本のチェーン店で食べたことあるヨ。素早く食べれて腹持ちが良い料理アル」

 

 大人気だな私! いや食事をさせてくれないだろうか?

 箸を持った右手がさ迷ってるの見てニヤニヤ笑うアーリィーを殴りたい。

 そうだな、こういった状況は逆に楽しまなければ乗り切れないだろう。

 別に気を使う間柄ではないんだ。

 私も少し積極的に喋ろう。

 

「そういえばアーリィー、アダムズの試合に勝ったのはいいが随分と苦戦したみたいじゃないか」

「三本先取制で助かったサ。五本先取なら負けてたかもサ」

「一戦ごとにアダムズの動きの読みが深くなっていったな。あれは見事だった」

「実は最近心理学も学んでまして、相手の性格から思考パターンを読んだりする練習をしたんです」

「わたくしも心理学を学びましたが、戦ってる最中にその知識を生かして相手の行動を読むのは難しいですわ。その点は流石アメリカ代表ですわね」

「そうですかね? えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです」

 

(や、そう簡単に褒めて良い事じゃないサ。最後の方は狩られる獣の気分だったサ)

(試合を見てたが、じっとアーリィーを観察して少しづつ追い詰める姿は狩人のそれだったな)

(対戦相手がアタシじゃなくて良かったアル。出来るだけ手の内を見せたくないヨ)

 

 朗らかに笑い合う二人を他所に、こちらはヒソヒソと会話を交わす。

 狙撃型のエラはたいして気にしないだろう。

 だがバリバリの近接型である私たち三人には笑ってはられない。

 個人的に言えば経験を積んだアダムズと戦うのは楽しみである。

 しかし優勝を目指すなら一発逆転がありそうで怖い相手なのだ。

 

「アーリィーさんに負けて二回戦敗退……もう優勝は無理ですね」

「アタシも似たようなものヨ。今日負けたら明日の競技と最終日のトーナメントしかないアル。しかも二日とも千冬サンが負けてくれることが前提ヨ」

「こっちも得点に余裕があるわけではないから油断できないサ。全ての試合で上位に食い込んでるのは千冬だけサ」

 

 なんか流れが想像してない方に行った。

 本人前にその話題のチョイスはどうかと思うぞ?

 あ、今の内に食べればいいのか。

 やはり牛丼に卵は正義だな。

 

「わたくしも同じですわ。イギリス代表として最後まで戦い抜く所存ですが、アリーナという限られた空間で千冬様と一対一では勝ち筋が思い浮かびませんわ」

「背中の隠し腕で牽制の射撃をしつつ狙撃……いや、その程度の弾幕では千冬サンは止められないアルか」

「あれ? テイラーさんて近接格闘も出来ますよね? 射撃しかできないと思わせて、近寄らせてからカウンターとか――」

「それはわたくしの切り札ですわ!?」

「へぇ? こっちの調べではそんな情報はなかったサ。流石はアメリカの情報機関サ。で、なにを修めてるサ?」

「んー? 筋肉の付き方を見るに蹴ったり殴ったりではないアル。となると擒拿術に似たものネ? 関節技が主体と見たアル」

「もちろん内緒ですわ! いいですわね!?」

「りょ、了解しました!」

 

 エラが身を乗り出してアダムズを威嚇する。

 そうか、エラは近接格闘もできるのか。

 今日の試合ではそれらしい片鱗が見えなかったが――

 

「それにしては今日の試合はお粗末じゃなかったサ? 正直言って近付かれてからの動きは素人レベルだったと思うサ」

「関節主体で学んでるなら有り得る話ヨ。聴勁という太極拳の技があるネ。それは肌から伝わる微細な振動で相手の動きを先読みする技アル。たぶん組み合ってからが本番アル」

「なるほど、触られたら負けの試合じゃ実力を発揮出来なかったと。エラ、ドンマイサ」

「何気ない会話からこちらの切り札を読もうとしないでくれます!? もちろん黙秘しますわ!」

 

 エラの身体はモデル体型と言えばいいのか、細くスラっとしている。

 殴る身体ではない。

 飛蘭の読みが正しければ、関節技もしくは寝技が武器なのだろう。 

 イギリス人で関節技かもしくは寝技を学んでいる――。

 ふむ、レスリングとかか?

 それはそれは、エラとやり合うのが楽しみな話だな。

 

「これ以上腹を探るのは流石に可哀想だから勘弁してあげるサ。それでフェイ、お前が千冬を倒すならどう立ち回るサ?」

「アタシなら短期決戦で挑むアル。一撃必殺隙をつけの精神ネ。長引けば不利になりそうだし、小手技は通じなさそうアルから」

「あー、それは分かるサ。正直アーリィーも似たような作戦サ」

「殴り合いで千冬様を降す気ですの? 無茶と言うか無謀と言うか……」

「自分は絶対に真似したくありません。織斑さんと殴り合いとか正気じゃないです……」

 

 あれ? なんか牛丼に夢中になってる間に織斑対策会議始まってる気がする。

 ここで私に手の内を明かすメリットはないよな。

 さては心理戦か? ここで私に聞かせる事で揺さぶりをかけてるのか?

 普通に有り得そうだ。

 だが残念だな。

 心理戦の類は実は得意なんだよ。

 よく馬鹿二人を相手にしてるからな!

 

「ならトリーシャはどんな作戦を考えてるのサ」

「持久戦です。パワーやスピードなどの身体能力や戦いの経験値、それらは全て負けてます。なら私はISの性能に頼ります。アメリカで作られたISは世界一ですから」

「ISに頼りっきりとは違いますわね。自分の愛機に対する絶対の自信でしょうか? 少し見直しましたわ」

「確かに“クリムゾン・ホーン”は良い機体サ。そこに勝機を見出すのは悪くないサ」

「射撃戦に格闘戦に持久戦、戦い方といっても色々あるネ。千冬サン的にはどれが一番嫌な相手アル? ……千冬サン?」

 

 ん? あぁ、私に聞いてるのか。

 

「すまん、豚汁に夢中で聞いてなかった」

「「「「…………」」」」

 

 お椀から顔を上げると冷たい目が8つ。

 束と神一郎相手に覚えた“目の前の事に集中して話をわざと聞かない作戦”は不評らしい。

 やはり豚汁には里芋だよな。

 味噌汁に里芋はイマイチ感があるのに、豚汁だと必須に感じる不思議について考えていたよ。

 

「千冬、それはないんじゃないサ?」

「あからさまに面倒なやり取りだったんでな、食事に集中する事で聞かない様にしていた。そんな訳でご馳走様だ」

 

 最後に残った汁を一気に飲み干し手を合わせる。

 

「で、もう一度最初からやるか?」

 

 そう言って笑ってみせると、みんなの冷たい目が元に戻った。

 

「聞かない事で心理戦の類を無視するとかノリが悪いサ」

「面倒は無視するに限るが持論だ」

「むぅ、こういったやり取りはまだまだですね。自分の情報を少し出して相手の情報を多く集める。そういった狙いだったんですが、まさか会話拒否なんて手があるなんて――」

「普通なら気になって聞いてしまう場面なのに、それを無視するとは尊敬するネ。流石は千冬サンアル」

「えぇ、その精神力は尊敬に値しますわ」

 

 まさかのべた褒めでビックリだ。

 こっちは面倒だから黙ってただけなんだがな。

 

「ところで千冬の次の相手はカナダだけど、勝率はどんな感じサ?」

「奥の手の有無によるが、現時点の戦力差だけの話なら問題ない」

「問題なしですか!? アリアさんすっごく強いですよ!?」

「アダムズは彼女の事を知っているのか?」

「はい、何度か手合わせしたことがあります。体捌きなんか凄く綺麗で動きに無駄がない人です」

「アリア・フォルテですか、確かディフェンドゥーの使い手ですわね」

「そのディフェンドゥーってなにサ?」

「軍人用マーシャルアーツの源流の様なものですわ」

「日本でいう古武術アルか。それは殴り合い楽しそうネ」

「物騒すぎません!?」

「「わかる」」

「こっちも!?」

「わたくしは理解できないですわ」

 

 物騒とは失礼だな。

 国家代表たるもの未知の武術に興味が湧くのは良い事だろ?

  

「だが残念ながらお楽しみはおあずけだ。今日の競技では正面からの殴り合いは出来ないからな」

「まったく今日の競技はだるいサ。本当だったら最高に楽しいのに」

「ふふっ、そんな目で見られても困るアル。こっちだって我慢してるネ――」

「相思相愛で嬉しいサ。でもアーリィーに興味を持ってたのが意外サ。てっきり千冬以外には興味がないのかと思ってたサ」

「メイン前の前菜アル。千冬サンを相手にする前に美味しく食べてあげるネ」

「前菜でお腹いっぱいにならないよう注意するサ」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら笑い合う二人。

 楽しそうでなによりだ。

 

「やっぱり戦う人間としてあれ位のメンタルが必要なのでしょうか?」

「アレは生き物として別物ですわ。わたくしや貴女はクレバーに戦えばいいのです」

 

 はてさて、私の相手はどちらになるのか。

 どちらでも楽しめそうなのでどんど来いだ。

 なんて余裕ぶってる訳にはいかないな。

 まずは次の試合だ。

 カナダ代表アリア・フォルテ、全身全霊で当たらせてもらおう。




彼らの脳内

猫耳ブルマコスプレで背中に女性を乗せてる男子小学生→「金髪ツンデレお嬢様と黒髪クーデレ生徒会長の絡みが見たいんだ!(千冬さんの周囲に百合が増えれば千冬さんも目覚めるかもしれないし、見てる分には幸せに気持ちになれるので俺には損はない。ここはなんとしても束さんを説得しなければ!) 

コスプレ小学生の背中に乗ってる天災科学者→「ちーちゃんの人生はすでに束ルートに入ってるもん!(しー君め余計な事を! でもここは乗るべきかな? 昔と違ってちーちゃんといつでも一緒って訳じゃないし、遠距離から束縛しすぎたら嫌われるかもだもんね。女遊びを覚えたちーちゃんにも興味があるから悪くないね! ちょっとゴネてしー君に借りを作ってから流れに乗っとこっと)


トイレの個室で電話する世界最強→「さっさと昼飯食べたい。(さっさと昼飯食べたい)」


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モンド・グロッソ⑫

俺ね、千冬さんのしょんぼ顔も好きなんだ……


 昼食後、私は四人と共にトレーニングルームに来ていた。

 腹ごなしと試合前のウォーミングアップが目的だ。

 すでに試合を終えたアダムズと、ついでに自分も体を動かしたいという飛蘭が相手になってくれいる。

 

「ふっ!」

「そこ!」

 

 飛蘭の拳を右手で受け流し、アダムズの攻撃を左手で防ぐ。

 

「ふん! はぁ!」

「えいっ! とやぁ!」

 

 次々に繰り出される攻撃を捌き防ぐ。

 近接格闘の練習にもなるしウォーミングアップとしては文句はない。

 だが飛蘭の様子がおかしい。

 と言うのも、先に飛蘭が動き、その型を真似てアダムズが動くのだ。

 飛蘭は微妙に嫌そうな顔だ。

 どうもアダムズが勝手に飛蘭の動きの練習をしている様だ。

 

「アダムズ、私のウォーミングアップなんだから真面目にやれ」

「でもせっかくの機会ですから少しでも勉強しときたいんです。えっと、ここでこうで――あ、拳の握り方が違うんですね。強く握りこむんじゃなくて軽く握る感じで――こう!」

「本来ならアタシのウォーミングアップでもあるはずなのに、いつの間にか教える立場アル。中国拳法はよくある闘拳と違って拳の握り方の種類が多いネ。殴る場所によって適格にダメージを与える拳の型が存在するヨ」

「はい! でも慣れない筋肉を使うので指が攣りそうです!」

「なら蹴るアル」

「ラジャー! とうっ!」

「おっと」

 

 アダムズの蹴りを丁寧に受け流す。

 気の抜ける掛け声だが威力は馬鹿に出来ない。

 なんだかんだで身体能力が高いからなコイツ。

 

「って千冬サン、それ化勁ネ」

「あぁ、便利そうだから真似させてもらった」

「……私の修行の日々」

 

 そんな悲しそうな顔をされても困る。

 だってこれ、束と殴り合いになった時に便利そうだったんだよ。

 勝手にパクってすまない。

 

「こらフェイ! 千冬とトリーシャを強くしてどうするサ!」

「素敵ですわ千冬様~!」

 

 ちょっとまて飛蘭、関節は狙うな。

 試合前だぞ私は。

 そしてアダムズは真似をするな。

 それ普通に殺し技だぞ。

 

「拳で関節を壊す方法もあるネ! 握りこう! で、肩や膝を狙うアル!」

「ラジャー!」

 

 なんか自棄になってる感があるぞおい!

 そんな物騒な技を教えるな!

 

「おい、まて――」

 

 二人のラッシュがどんどん勢いを増す。

 これ私を練習相手にしてないか?

 

「少し落ち着け」

「……おう」

「……え? なんですこれ?」

 

 二人の指を自分の指で挟む事で動きを止める。

 

「刹那のタイミングで指を絡めるとは流石は千冬サン」

「指が、手が動かない……」

「指取り……近年のスポーツと化した格闘技では使わない技ネ。元来指を破壊するのは戦いの上でとても有効アル。極める、外す、折るなどで指を破壊されればそれは負けたも同然ヨ」

「ちなみにここで捻りを加えると――」

「いったぁぁぁ! 痛いヨ千冬サン!」

「無理! この痛みは無理です!」

 

 捻り上げると二人がジタバタと暴れる。

 少しは反省しろまったく。

 

「これは逃げるが勝ちネ!」

「お?」

 

 飛蘭が肩を回したことで私の指を押さえてる力が少し緩まった。

 その隙にするりと逃げ出す。

 やはり技の外しかたも熟知しているか。

 

「今のどうやったんです!? 教えてください!」

「見てなかったアルか? なら秘密ネ。だってトーナメントで戦うことになったら関節技使うかもアル」

「痛みで見てる余裕なかったんです! ちょっ! 痛いです――ッ!」

「仕方がないな」

 

 アダムズを開放しやる。

 まだこの手の技は苦手か。

 取り合えず次に戦う事があったら関節技が有効だと分かったから儲けものだ。

 

「あー痛かった。国家代表になって殴られたりは慣れてきましけど、関節技の痛みって本当に慣れません」

 

 気弱だけど意外と図太いよな。

 飛蘭が嫌な顔をしながらも教えてしまう気持ちは理解できる。

 育てがいあるんだよな。

 神一郎も素材としては悪くないんだが、あいつは必要以上の努力は嫌うし向上心は薄いしで育てがいが無いのだ。

 ISの操縦技術だけなら高いんだが……。

 

「少しよろしいでしょうか?」

「? なんです?」

 

 観客となっていたエラがアダムズに近付いて耳打ちする。

 心なしエラの顔がウキウキしている。

 

「あの――はご存じでしょうか?」

「はい! 全巻読みました! 大ファンです!」

「なら――は出来たりしますか?」

「それはちょっと無理……ん? 軍でボクシングは習いましたし、柔道と柔術も少し齧ってます。あれ? もしかしてイケる!?」

「でしたら是非見せて欲しいですわ! わたくしもファンでして、生で見てみたかったのです!」

「了解です!」

 

 ビシッと敬礼を決めたアダムズが私に顔を向ける。

 

「織斑さん、試したい事があるのですが相手をしてもらっていいですか?」

 

 今は私のウォーミングアップの時間なんだが。

 まぁいいか、エラが発案だと思われるアダムズの技も気になるし、情報収集だと思って相手をしよう。

 

「来い」

 

 構えを取りアダムズを手招きする。

 エラを含め残りのメンバーは観戦モードに移行。

 飲み物片手に完璧に傍観者だ。

 

「行きます!」

 

 トントンと軽いステップでアダムズが急接近してくる。

 なるほど、アメリカ軍人らしくボクシングは基本技能か。

 

 ジャブジャブストレート。

 私でも知ってるボクシングの動き。

 だが正面からのパンチならなんの問題もない。

 

「試したいのがコレか?」

「いいえ、まだです!」

「む?」

 

 ジャブを受け止めようと開いた右の手首を掴まれた。

 そのまま引っ張られ体勢を崩そうとしてくる。

 

「ふっ!」

 

 姿勢が前のめり気味になったところでアッパー。

 それを首を横にして回避する。

 アダムズが私の横に流れるように移動。

 すり足での移動……柔術の歩行方法か。

 掴んだままの手首に捻りを加えて私を投げ飛ばす。

 前のめりになっていたので簡単に投げられたが、手首を放されたので体勢を整えて着地する。

 

 視線を上げるとアダムズがボクシングのフットワークで距離を詰めようとしてくる。

 距離がある時はボクシングの足運び。

 近距離では柔術の足運び。

 なかなか考えられてるな。

 だが甘い。

 私なら手首を掴んだまま投げて相手の背中を地面に叩き付け、その後は足で踏みつけるくらいはするぞ。

 束や神一郎が相手なら絶対にそうする。

 

「もしかしてバリツサ?」

「ご存知とは意外ですわ。もしかして見かけによらず学があるのかしら?」

「アーリィーだってバリツくらいは知ってるサ」

 

 バリツ? 聞いたことがない武術だ。

 

「バリツとはボクシングと柔術を組み合わせて作られた武術の様だな。しかし聞いたことがない……新しめの流派なのか?」

「……へ?」

 

 

 アダムズの動きがピタリと止まった。

 何故そんなに驚く。

 

「ぷ……くくっ……」

「そんなに笑ったら悪いアル。知らない人は知らないもんヨ。そう思わないネ?」

「わたくしに振らないでください……んっん!」

 

 二人はどう見ても笑ってるな。

 覚えてろよ。

 エラは顔を背けて私に見えないようにしてるのでセーフにしてやろう。

 

「アダムズ、私はどうして笑われてる」

「えっとその……」

「言え」

「イエスマム! バリツはシャーロック・ホームズの作中に出てくる武術であります!」

 

 ふむ、シャーロックホームズか。

 それは流石に知っている。

 読んだことはないがな。

 

「言っておくが、少し前の私には余裕がなかった。推理小説を読む暇があったら働くし、買う余裕があったら弟の為に貯金する。それが私だ」

「……なんかすみません」

 

 怒ってはないさ。

 ただ人の事を笑うのは良くない事だ。そうだろ?

 

「ゴホンッ。バリツはシャーロック・ホームズが修めてたとされる武術ですわ。ボクシング、柔術、ステッキ格闘術、サバットの要素を混ぜた武術ですの。まだまだ未完成ですが良いものを見させていただいて感謝しますわ」

「いえいえ、同じファンとして気持ちは理解できるので気にしないでください。モンド・グロッソが終わったらステッキ格闘術とサバットも習っておきますね!」

「あら、それは楽しみですわ。完成したら是非とも見せてください」

 

 これはあれだ、神一郎の様なオタクがマンガやアニメの技を再現しようと躍起になってるのと同じか。

 二人はバリツの話から始まったシャーロック・ホームズの話が盛り上がっている。

 楽しそうでなによりだ。

 だが完全にお終いなムードだな。

 バリツとやらをもう少し味わってみたかったんだが。

 

「飛蘭、すまないがウォーミングアップの続きをお願いしてもいいか?」

「構わないアル。アーリィーはどうするネ?」

「大人しく見学してるサ」

 

 さて、もう少し身体を温めようか。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 モンド・グロッソの会場は相変わらず熱気がこもっていた。

 その中でカナダ代表は涼しい顔で佇んでいる。

 女性が会釈してきたので私も頭をさげる。

 カナダ代表はメガネをかけた社長秘書の様な女性だ。

 如何にも仕事が出来そうで、どんな状況でも冷静に対処する顔だな。

 あくまで表面上での話だが。

 

 アリア・フォルテ、彼女は軍で情報機関に所属しているらしい。

 血の匂いはしないし擬態してる様子もない。

 物凄くクリーンな選手だ。

 今日までに知り合った人間のクセが酷かったので軽く感動する。

 

 先行は私。

 定位置に着いて出番を待つ。

 

 シグナルが変わったの同時に真っ直ぐ進む。

 アリアはピラミッドの手前で止まり、そのままロープ沿いに上へ。

 それに合わせ私も上に飛ぶ。

 と思ったらアリアはすぐさま下に。

 うん、模範的な行動だ。

 この競技の見どころはピラミッドの中でのIS同士の追いかけっこだろう。

 だがら国家代表はファンの期待に応える為にピラミッドの中に即座に入ったりするんだが、彼女は見栄えではなく勝ちを得るのを選んだようだ。

 ならば攻め方を変えよう。

 ピラミッドの内部に入り、中心付近で止まる。

 アリアが私から見たら斜め上の位置で待機している。

 こちらの動きの意味が分からないのだろう、少し戸惑った様子だ。

 だが油断はしていない。

 いつでも動けるよう身構えている。

 それを見ながら少しづづ横に動く。

 

 ISの最速の技は瞬時加速だ。

 これは直線では速い。

 だが弧を描く軌道はとれないし、連続では使用すれば機体に大きな負担が掛かる。

 その辺はこれからの課題だ。

 今は私とアリアの間にロープが存在するので瞬時加速で近付く事は出来ない。

 ロープを足場にくの字を描く軌道なら二回の瞬時加速の使用でいけるが、準決勝の場面で機体に負担を掛けたくない。

 

 少しづつ動きながらロープの隙間を探す。

 別にアリアに直接触れなくてもいい。

 なんとか距離を詰めれれば――

 

「ここだな」

 

 私の位置からロープに邪魔されず外に出れる場所。

 ここならアリアの頭の上5メートル程の場所に出れる。

 アリアは未だに動いていない。

 好機!

 瞬時加速でピラミッド内から飛び出しアリアの頭を取る。

 彼女の選択肢はそのまま下に逃げるかピラミッドの中に入るか。

 

「……そう来ましたか」

 

 彼女を表情を崩さないまま中に入る事を選んだ。

 だが中に入る事も想定内だ。

 私が右手にロープを掴んでいる。

 ロープを戻ろうとする力を利用して来た道を戻る。

 この試合、何気にロープを活用する事が大事だな。

 アリアは真横に逃げた。

 私は斜め上から斜め下に行く動きを。

 つまり私とアリアの位置がグッと近付く。

 この距離まで近付けば、後は機動力と動きの先読みで勝負が決まる。

 

 右、左、下、右、斜め右、フェイントを入れから左。

 そしてタッチだ。

 

「……確定:やはり勝ち目はなし」

 

 肩に触れた瞬間、彼女の動きが止まった。

 振り返り私の方を見るその顔にあるのは諦め。

 おい、まさか――

 

「問:なにか?」

「……勝つ気がないのか?」

「答:自分の実力では勝てないと判明しましたので」

「だからと言って諦めるのか?」

「答:逆に問います。全力を出して勝てないと理解していても戦えと?」

「これは大会だぞ? 諦める事が正しいとは思わん」

「問:自分が全力を出して戦ったとして、貴女は勝ちを譲ってくれるのですか?」

「……そんな事をする訳ないだろう」

「問:勝ちは譲らないが全力を出せと?」

「言い方はあれだが、まぁそうだな」

「問:それは端的に言って貴女の我儘では?」

「ぐむ……っ!」

 

 我儘……我儘なのか?

 いや確かに全力を出せと言ってる私は見方によってはそうなのかもしれない。

 しかしこれは戦いだ。

 国の代表として己の全てを出し切るのが筋だろう?

 

「ではお前は残りのターンは適当に流すのか」

「答:体力の消耗と機体の負担を抑えるのを主軸とし、尚且つ国家代表として外聞がありますので――82%の力で戦うのが妥当かと」

 

 これはもう何を言っても駄目だな。

 筋金入りだ。

 合理主義者と言えばいいのか、全てを計算の上でやっている。

 個人的には好かんな。

 だがこの手のタイプは感情で流されないしどんな場面でも冷静に戦える。

 兵士としては理想的だ。

 機械的な応答だが、もしかしたら上から身体と機体を壊す様な無茶な戦い方をしないよう命じられてるのかもしれないな。

 最後まで戦い抜くのも大事な事だ。

 なんて、そう思わないと納得できない気持ちがある――ッ!

 

「問:まだなにか?」

「いや、良い戦いをしよう」

「答:微力を尽くします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宣言通りの微力だったので、私はストレート勝ちで準決勝を突破した。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「どんまいサ」

「あはは……残念だったアルな」

 

 ハンガーに戻った私を試合待ちしていた二人が出迎えてくれた。

 

「どうも予想外な人物だったアルね」

 

 アーリィーと飛蘭が苦笑を浮かべながら同情的な視線を向けてくる。

 

「話を聞いてたのか?」

「唇を読んだだけネ」

「アーリィーはフェイに教えて貰ったサ」

「流石だな」

 

 あの場面を見てたらそんな顔になるも理解できる。

 なんというか、生き物として根本的に違う。

 

「まさか勝てないからって適当に流してくるとは読めなかったサ」

「戦士としては認められないアル。けど兵士としては正しいかもネ」

「勝てないからって諦めるのが正しい兵士サ?」

「あの手の兵士は使いやすいヨ。どんな作戦でも投入できるアル」

「しかし国の代表という立場があるんだ。もっとこう……あるだろ? とは思う」

「そこは仕方がないヨ。彼女は戦いが好きタイプには見えないアル」

「まぁ戦いのスタイルは人それぞれってことサ。千冬的には不完全燃焼だろうけど、アリア・フォルテを責める事はできないサ」

「そうだな……」

 

 アダムズの言う通り、彼女は身体の使い方がとても上手かった。

 それだけに残念だ。

 もし人生の多くを自分を鍛える事に使えば素晴らしい使い手になれただろうに……。

 む、この考え方は確かに我儘と言われても仕方がないな。

 反省しなければ。

 

『アリーシャ・ジョセスターフ選手、朱飛蘭選手、時間になりましたので準備をお願いします』

 

「おっと出番サ。えーと、アーリィーがこっちだっけ?」

「アタシがこっちアル。アーリィーは向こうサ」

「ちぇっ、面倒だけど向こうまで歩いていくサ。それじゃあ千冬、決勝で会おうサ」

 

 選手登場口は二か所。

 どうやらアーリィーは反対側だったらしい。

 もしかして私を労う為だけに此処に居たのだろうか?

 背中を向けながら手を上げて去る姿がカッコいいぞ、アーリィー。

 

「飄々と見えてやる気満々アル。ま、勝つのはアタシだけどネ」

 

 飛蘭の目が細まり口が三日月を描く。

 楽しそうな顔をしてるな。

 どっちが勝っても決勝が楽しみだ。

 

「千冬サンはこれからどうするネ?」

「休むほどの疲労はない。ここでタブレット端末を使って試合を見てるさ」

「なら下手な戦いは見せられないネ。気合を入れて臨むとするヨ。千冬サン、また後で――」

 

 飛蘭を見送った後、設置されている自販機で飲み物を買い、壁際に設けられたベンチに腰を下ろす。

 二人のおかげでだいぶマシになったが、未だに胸の中には苦い気持ちが残っている。

 勝てないからと言って手を抜くアリアの気持ちが理解できないのだ。

 なんこう、無性に暴れたい気分にさせられた。

 

 

 大丈夫? 生肉サンドバッグいる?

 

 

 変な電波が飛んで来た。

 魅力的な提案だが、ここで頷いたら多くの人間の前で小学生を殴る日本代表の絵を見せてしまうので無視しておく。

 

『さぁBグループ代表を決める試合が始まります。実況は――』

 

 ミュートで。

 

 二人に集中したいので申し訳ないが実況はいらない。

 画面に映る二人は何か言葉を交わしている。

 ちょっと気になるな。

 

『さぁBグループ代表を決める試合が始まります。実況は私、何故かロープで体を縛られボンレスハム状態の佐藤神一郎と!』

『ちーちゃんの恋人でISの全てを知る女、篠ノ之束の解説でお送り致します!』

 

 なんかよく知った声が流れてきた。

 ミュートにした意味がないな。

 神一郎は出荷直前だったのが笑える。

 うん、まぁいいか。 

 

「……二人の会話が聞こえたら嬉しんだが」

 

『ではここでお二人の声を聴きたいと思います』

『はいは~い! 束さんにお任せあれ!』

 

『さっきの千冬の顔、まるでおあずけされた犬みたいで最高だったサ』

『可愛かったアル』

 

 ボソッと呟いてみたら会話が聞こえてきた。

 ナイスだ束。

 だがタイミングが悪い。

 誰が犬か。

 

『どうやら織斑選手について話してるようですね。確かに先ほどの試合で見せた唇を尖らせ拗ねた表情は、年齢より幼く見えて非常に可愛かったです。普段が落ち着いた大人キャラだけにまさにギャップ萌えでした』

『脳内でちーちゃんを押し倒しました!』

 

 誰も拗ねた顔などしとらんわ!

 してないはず……だと思う。

 

『先攻はジョセスターフ選手です。篠ノ之はお二人の戦いをどう見ますか?』

『二人の実力は拮抗してるしISの完成度も大差ない。退屈な試合になりそうだね』

『退屈な試合? それは――っと、二人が位置に着きました。もう間もなく試合が始まります』

 

 退屈な試合か。

 私の予想通りの試合展開になれば束的には退屈かもしれないな。

 だがそれも見方によるだろう。

 個人的には楽しみだ。

 

『両者が姿勢を低く構える。その姿は獲物を狩る獣のそれだ~!』

『ぷっ、実況下手かよ』

『……変な解説したら指刺して笑ってやるから覚えてろよ』

 

 二人はまるで示し合わせたかの様に似た構えだ。

 腰を深く下ろし、上半身は前傾姿勢。

 その姿は神一郎の言う通り獣の構えだ。

 自信を持て神一郎、間違ってはないぞ。

 そのノリには着いていけないがな。

 

『シグナルが青に変わり二人が放たれた矢のように飛び出す! 逃げる方である朱選手が自ら接近してるのは何故でしょうか!?』

『勢いだろうね。でもまぁちゃんと逃げるみたいだよ』

 

 アーリィーと飛蘭の地面スレスレを高速で飛び、その距離が一気に近付く。

 ぶつかる、そう思われたタイミングで飛蘭の弾ける様に上に飛んだ。

 

『朱選手が上に飛んで激突を回避! ジョセスターフ選手はそのまま進み獰猛な笑みで朱選手を見上げている!』 

『同じタイミングで飛ぶことは可能だったけど、イタリア代表の位置じゃ頭の上にロープがあって無理だったね。ピラミッド内に張られたロープの位置をしっかり把握してていいね』

 

 飛蘭はピラミッドの中央で立ち止まりアーリィーを見下ろす。

 誘っているな。

 

『ジョセスターフ選手も上に飛ぶ! そしてロープを足場にピラミッド内を飛び回る――これはISでのピンボール反射だ~! これは素晴らしい動きですね篠ノ之博士!』

『空中での姿勢制御は中々かな。あれだけ高速で動きながら足場を確保し敵から目を逸らしていない。ちーちゃんの遊び相手としては妥協点だね』

 

 アーリィーは飛蘭を囲む様に飛び回りその隙を伺っている。

 飛蘭はいつ繰り出されるか分からないアーリィーの攻撃に警戒しながら身構えている。

 アーリィーがあのスピードのまま突撃すれば飛蘭は逃げきれないかもしれない。

 しかし飛蘭が選んだポジションが問題だ。

 ロープに邪魔れされず瞬時加速で逃げれる道が四ヶ所ある。

 どの方向からアーリィーが仕掛けてきても、彼女はしっかり逃げ切れるだろう。

 もちろんアーリィーもそれに気付いている。

 ここからどう動くのか――

 

『ふふっ、やっぱりアーリィーは策士アル』

『ん? どういう意味サ?』

『横暴で大雑把、まるで獣の様な性格。でもそれは外見だけで中身は冷徹な狩人ネ。すっかり騙されてたアル』

『ふーん……そう思うサ?』

『アーリィーは喧嘩でキレた事とかないタイプと見たネ。どんな時でも冷静で冷徹な戦士。それが貴女アル』

『アーリィーをそんな風に見てたとは意外サ。でもそれは間違ってるサ飛蘭。獣は獲物を狩る時は相手を待ち伏せる。時には仲間と連携して囲んで追い詰めたりするし、木の上から奇襲したりもする。制御された暴力こそが獣の強さサ。我を忘れて本能のままに暴れるなんて人間だけサ』

『つまり?』

『獣は常に相手を狩る方法だけを考えてるものなのサ!』

 

 アーリィーが飛蘭の真上から飛び掛かる。

 

『ジョセスターフが強襲! しかしそれを朱は避けて逃走した!』

『ちゃんと逃げ道を用意してあったし、正面からじゃそうなるよね』

 

 アーリィーがスピードで翻弄しようとしても、飛蘭が逃げに徹すれば捉えるのは難しい。

 私も苦労しそうだ。

 

『逃げる逃げる! 朱が脱兎とのごとく逃げ回る! そしてその後ろをジョセスターフが狼の如く追随する!』

『獣がどうたらと言ってたから兎と狼をチョイスしたんだね。些細な努力に思わずにっこり』

『上から目線の批判ありがとうございます! 残り時間は1分を切っております! ここから試合はどう動くのか!』

 

 飛蘭が逃げ方が上手いな。

 スピードはアーリィーがやや上だが、直線での動きを出来るだけなくし細かく曲がる事でアーリィーがスピードに乗る事を封じている。

 

『ちょこまかと逃げすぎサ!』

『知ってるアルか? ライオンでも単体での狩りの成功率はたいした事ないネ』

『アーリィーはライオンを超える女サァァァ!』

 

 アーリィーが更に速度を上げる。

 

『残り時間30秒切った! このまま朱が逃げ切るのか!? ――朱が体を反転! ジョセスターフを向かい打つ気か!?』

『徐々に距離が詰まってたし、最後まで逃げ切れないと踏んだみたいだね。足を止めてどうするのやら』

 

 避けるしか選択肢ない。

 ギリギリまで引き付けてからの瞬時加速?

 だがそれは無謀だろう。

 どうする気だ?

 

『観念したサッ!?』

『この技は強者にしか使えない技アル。アーリィーは強い……だからこそ――死ね』

『っ!?』

 

 飛蘭までもう一歩という距離でアーリィーが何かから逃げる様に軌道を変えた。

 あの慌てようから冗談の類ではなさそうだ。

 

『ジョセスターフが急に追うのを止めた~! 私からは何かから逃げる様に……例えるなら投げられた物体を避ける動きに見えましたが――』

『ん~? 透明な弾丸、圧縮された空気など目に見えないナニカではないね。物理的な物じゃないけど、脅威があるからイタリア代表は逃げた。と、なると――』

 

「私に使った技と同じ類のものだな」

 

『そうなるだろうね。たぶん足を壊す気で殺気を飛ばしたんじゃないのかな? だから咄嗟に避けたんだろうね』

 

 飛蘭が使った暗殺技は殺気で相手の集中を自分に向け、その後に気配を消すことで相手の感覚を混乱させる技だ。

 その技の応用だな。

 殺気を全身ではなく一部位に集中して当てる事で、相手が反射的に避けてバランスを崩す事を狙っている。

 殺気を敏感に感じる一定以上の強者ほど引っかかる技だ。

 

『っとと、そんなの有りサ?』

『別に武器は使ってないから有り有りアル』

 

 口調とは裏腹にアーリィーの顔には笑みが張り付いている。

 楽しそうだなー。

 いや楽しいに決まってる。

 ……いいなー。  

 

『見事な技サ。でも所詮は実体のない殺気だけ……次はないサ』

『次はないのはアーリィーの方ネ』

『面白い冗談……サ?』

 

『ここでタイムアッ~プ! 初戦は朱選手が見事に逃げ切れました! いやー凄い試合でしたね篠ノ之博士』

『まぁまぁ見れる試合だったね』

 

 お喋りも作戦の内なんだろうな。

 制限時間がある試合で無駄話はダメだろう。

 気持ちは分かるけど。

 

『ちょっと遊びすぎたサ。次はアーリィーの番、覚悟しとくと良いサ』

『覚悟はしないけど楽しみにはしてるアル』

 

 短い言葉のやり取りをし、二人が背中を向けて試合開始位置に戻る。

 

『得点は0対0のまま2ターン目が始まります。チェイサー役は朱飛蘭選手になるわけですが、篠ノ之博士から見てどちらが有利なのでしょう?』

『強い方が勝つ!』

『哲学的でありながら意味がない発言ですね! ――二人が定位置に着きました。シグナルが青に変わり両者が飛び出した!』

 

 さっきの焼き増しだな。

 示し合わせたかの様に二人が相手を目掛けて突撃する。

 

『逃げないとか舐めてるネ?』

『逃げるから気にするなサ!』

 

 飛蘭が上に逃げたのに対し、アーリィーは真横に逃げた。

 直進からの真横、機体に負担を掛ける動きだが大丈夫か?

 

『ジョセスターフが真横に逃げて激突回避! 朱も軌道を修正してその後を追う!』

 

 どうやらアーリィーの作戦は簡単なものようだ。

 即ち、無軌道無秩序に逃げ回る。

 

『時に地面を走りロープを足場に跳ね回る! その姿はまるでスーパーボールだぁぁぁ!』

『なんとか語彙を増やそうと四苦八苦するしー君が笑える』

『俺じゃなくて試合を見ろ!』

 

 まったくもってその通りだ。

 

『アハハハハッ!』

『テンション高いアルな! でもいつまでも逃げ切れると――』

『ハーッハハハハハハッ!』

『……アーリィー?』

『ヒャッハー!』

『もしかして……脳死プレイアルか!?』

 

 動きの読み合いを嫌ったか。

 アーリィーは笑いながらひたすら前を向いて飛んでいる。

 飛蘭にどんな時でも冷静に考えてるタイプと言われたのを逆手に取ったのだろう。

 ひたすら笑い、声を上げ、周囲の情報をシャットアウトして逃げようとしている。

 普通ならその程度では飛蘭から逃げ切れないだろうが、アーリィーの機動力が加わると手に負えない感じだ。

 打てる手としては先回りして罠を張る程度しか思い浮かばないな。

 

『逃げるジョセスターフを朱が追い掛ける展開が続いております! これは厳しい戦いだ!』

『冷静に対処すればなんとかなるんじゃないかな』

『と言いますと?』

『奇声上げて暴走してる風だけど、あれ全部演技だよ? ルート選びも慎重だし、パターンがあるもん』

『え? まじで?』

 

 神一郎と同じ反応をするのは癪だが言わせてくれ。

 え? まじで?

 流石に信じられないんだが。

 

『まじまじだよん。目を見れば分かるもん。それにISから操縦者の身体データ読み取ってみたけど、脳波パターン、心電図、全て正常だね。極めて冷静な状態です』

『目を見れば……あれ? もしかして……』

『気付いた?』

 

 アーリィーは常に飛蘭に背中を見せている。

 追いかけっこだから当然だが、不自然なほど正面しか見ていない。

 目を見られないよう注意してるのか?

 

『あのテンションが演技とか凄いですね。そこまでやるか? と感心します』

『食わせ者だね。中国代表がもっと落ち着いて対処すればこうも一方的な試合運びにはならなかっただろうに』

 

 奇策にしてやられた感じか。

 これは飛蘭を責められないな。

 私だって騙されたし。

 最初の会話で性格云々の話題が出たのがまずかった。

 てっきりアーリィーが思考を捨てたと考えてしまったよ。

 

『制限時間残り一分! このままジョセスターフが逃げ切ってしまうのか!?』

 

 また殺気をぶつけて動きを乱す方法もあるが、あの技は破る方法はある。

 殺気を気にしなければいいのだ。

 常時ならば自身が殺されようとも相手を殺す覚悟を持っていれば殺気は無視できる。

 IS戦でも、腕の一本や二本はくれてやる気構えでいれば問題ない。

 

『まだまだこんなもんじゃないサ! アーリィーは光を超えるッ!』

『試合中にトリップした敵の扱い方を習っておけばよかったアルッ!』

 

 まず足を止めろ飛蘭。

 アーリィーの動きだけに集中して殺気を飛ばせばなんとかなるかもだぞ。

 今のスピードでバランスが崩れればロープに激突して動きが止まるかもしれないからな。

 

『残り5、4、3、2、1、――タイムアッ~プ! タッチならず! 2ターン目は引き分けとなります!』

 

 試合は最初から最後までアーリィーが掻きまわして終わったか。

 世界中の人間に見られてる中でのハイテンションキャラの真似とかどれだけ心臓が強いのだろう。

 私だったら無理だ。

 胆力は国家代表の中で一番だな。

 

『むむ……3分で対応しきれないとは未熟もいいとこアル。まだまだ修行が足りないネ。ところでアーリィーは正気に――』

『さーて、次はアーリィーが追う番サ。頑張るサー』

『……へ?』

『確かにまだまだ修行が足りないみたいサ。ね、フェイ?』

『……そーゆーことか……アル』

 

 ため息交じりに自己反省する飛蘭にアーリィーが渾身の笑みを見せる。

 おーおー飛蘭の顔が見たことがないくらい歪んだぞ。

 取ってつけた語尾が彼女の心中を表している。

 

『2ターン目が終了して得点は変わらず! 流石はBグループ決勝! 激しい戦いが繰り広げられております!』

『しー君』

『なんでしょう?』

『そんなに頑張っても疲れるだけだよ思うよ? だって――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『10ターンが終了し得点は未だ0対0! 両者の実力はまさに均衡状態だぁ~!』

 

 頑張って声を張っているが空元気だな。

 束が予想していた事態はこれだ。

 拮抗した実力者同士の戦いによる膠着状態。

 まったくもって羨ましい!

 

『ちーちゃんの試合が見たいのに待たされるイライラをどうしてくれよう』

『決勝で活躍する千冬さんを思い浮かべながら我慢しとけ。ところでこの試合いつまで続くのかね? ぶっちゃけ疲れてきた。実況って体力使うって始めて知ったよ』

『このまま行けば15ターン目くらいから試合が動くかな? その辺になると集中力と体力が削れてミスも増えるだろうし。それか先に切り札を切った方が勝つ』

『あの二人に切り札なんてあるんですか?』 

『もちろんあるよ。ちーちゃんにだってあるし』

 

 ――まぁ束が私の切り札を知ってることに関しては何も言うまい。

 しかしISのコア・ネットワークを切断できないものか。

 国家代表にはコア・ネットワークの切断は許されてないが、こうして束に筒抜けなのは気分が悪い。

 

『千冬と戦う前に体力使い果たしそうサ。フェイ、そろそろ『こんな面倒な奴の相手してられないぜ』とか言わないサ?』

『人を勝手に雑魚キャラにしないで欲しいアル』

 

 画面越しからも二人の消耗具合が伺える。

 消耗戦で決めるのか、それとも切り札を切るのか。

 まだ私との試合が残ってるのだから燃え尽きないでくれよ。

 

『フェイは引く気はないと……なら仕方がないサ』

 

 アーリィーの雰囲気が重くなる。

 覚悟を決めた顔だ。

 

『奥の手でもあるネ?』

『もちろん。どうせフェイもあるサ』

『その様子だと連続して使える感じアル……羨ましい話ネ、アタシの奥の手はこの競技とは相性が悪いヨ』

『短時間の一撃系とかか……でもそれ言ってもいいのサ?』

『アタシは手札を切る気はないネ。ちょっとしたサービスアル』

 

 盗み聞きで予期せず飛蘭の切り札を聞いてしまった。

 ――すまん。

 

『おーっと! ジョセスターフ選手が切り札を切る宣言だぁ~!』

『これで退屈な時間が終わるね!』

『空気が読めてない発言は無視します! 11ターン目はジョセスターフ選手からの攻撃です』

 

 互いに試合位置に着き構える。

 

『んじゃ、やるサ』

 

 アーリィーのテンペスタから小型の翼が生える。

 外付けのブースターか?

 二日目の競技で見せたものとは違う物だな。

 今日の競技の様に障害物がある場面で使うタイプか。

 

『秘匿してた割りには地味アル。スピードを上げる程度が奥の手ネ?』

『地味かどうかの判断は早いサ』

 

 この競技のルールでは試合中にブースターの類を追加しても違反ではない。

 だがほとんどの選手はやらないだろう。

 なにせスピードを上げればその分操作が難しくなるし、翼があるタイプはロープに引っかかる可能性があるからだ。

 

『シグナルが青に変わり両者同時にスタート! ジョセスターフが追加した翼をどう使うのか見物です!』

 

 飛蘭とアーリィーはやはりと言うべきか、初戦からずっとそうだがとにかくお互い目掛けて突撃する。

 二人とも飛び回るのが楽しくて仕方がないのだろう。

 

『朱が1ターン目と同じく急上昇! ジョセスターフがその後を――ジョセスターフが消えたッ!!』 

 

 飛蘭が飛んだ瞬間、アーリィーが瞬時加速で一瞬前まで飛蘭が居た場所に移動。

 そして――

 

『捕まえたサ』

『――なるほど、二連加速アルか』

 

 上に飛んだ飛蘭の脚をアーリィーが掴んでいた。

 

『ジョセスターフが朱を捕獲! 私には朱選手に向かって線が走ったようにしか見えませんでした。篠ノ之博士、あれはもしかして――』

『瞬時加速の連続使用。スラスターが複数ある機体なら可能な加速機動技術だね。しかしまぁ無茶をするもんだ』

『無茶なんですか?』

『今の各国の開発技術じゃ連続使用に耐えれるISは作れないよ。今頃は機体も操縦者も悲鳴を上げてるんじゃないかな?』

『まさに切り札に相応しい技ですね』

『ちなみに流々武なら使用可能です。流石は私が手掛けたISだね!』

『まぁ日常生活で使う場面は皆無ですから覚える気はないんですけどね』

『(げしげし)』

『無言で蹴るのやめてくれます?』

 

 他国の専用機持ちが怒りそうな発言だな。

 本当にもったいない事だ。

 

『二連加速……これは攻略に手こずりそうネ』

『攻略? やってみるといいサ』

 

 奥の手と言っていたが、やってることは至ってシンプルだ。

 対抗する方法としては自分も同じ方法を取ること。

 しかしこれが難しい。

 もしスラスターを酷使した結果、スラスターが爆発したらなどと考えるとそう簡単には使えないからだ。

 私にとって瞬時加速の連続使用は万が一の回避手段の一つ、もしくは確実に相手を仕留める為の技だ。

 試合中に使っても1回だな。

 

『これで試合は1対0! ジョセスターフがまず先制した結果になりましたが、このまま試合はジョセスターフ有利で進んでしますのでしょうか!?』

『二連加速は逃げるのにも使えるしそうなるだろうね』

『しかし篠ノ之博士は先ほど二連加速の連続使用に耐えれるISはないと言ってませんでしたか?』

『あー、その辺は価値観の違いかな。私にとって瞬時加速の連続使用を数回使える程度なら、それを“耐えれる”と評価しません』

『篠ノ之博士らしい厳しい意見ですね。さて、ここで二人が試合位置に着きます。11ターン目はなすすべなく捕らえられた朱ですが、チェイサーとしてどんな試合を見せてくれるのか楽しみです!』

『決め手がないなら逃げられて終わりだろうね』

 

 飛蘭の発言からそうなるだろうな。

 今まで互角の戦いだったが、アーリィーが切り札を切って有利になった。

 このままでは勝負が決まるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『タイムアッ~プ! 残念ながらタッチならず! 朱の攻撃が失敗しこれで2対0! 次のジョセスターフの攻撃で決まってしまうのか~!』

 

 飛蘭がついに追い詰められる。

 チェイサー役の時は殺気をぶつける戦法を使っていたが、すでに慣れてしまったアーリィーに効果は薄く、殺気をぶつけられた瞬間は少し反応を見せるが初見の時にように大きく避ける行動はしなくなった。

 そしてアーリィーがチェイサーの場合は瞬時加速でしっかりと追い詰めている。

 一度しか瞬時加速を使えない飛蘭と二回使えるアーリィーではやはり差がでる。

 アーリィーは二連加速は無暗に使用せず、確実に仕留める時だけ使ってるのが見事だ。 

 

『どうしたフェイ、このまま終わる気サ?』

『もう少しだと思うんだけど、やっぱりそう簡単には行かないアルか』

『……顔から意地の悪さが滲み出てるサ』

『それは失礼したネ』

 

 もちろん飛蘭だって諦めてはいない。

 彼女が企んでるのはアーリィーの自滅。

 アーリィーの機体は瞬時加速の連続使用で確実にダメージを負っている。

 だからこそ全力で逃げるし、追う。

 最後に勝つのは自分だと信じて。

 やはり試合はこうでなくては。

 

『朱選手はまだ諦めていないようですが、篠ノ之博士から見てまだ勝てる見込みはあるのでしょうか?』

『あー、うー』

『ゾンビ化するなし』

『あのね、テンペスタの機体データをリアルタイムで確認中なんだけどね……』

『やたら歯切れが悪いですね……? っと、最後までお話しをお聞きしたいところですが、もうすぐ次のターンが始まります。ジョセスターフが決めるのか、それとも朱が意地を見せるのか。注目の一戦です!』

 

 束の反応が気になるな。

 機体耐久値に余裕があるならもっと違う反応になるだろうし、もう限界ならそう言うだろうし――

 

『フェイの狙いくらい分かってるサ』

 

 シグナルが青に変わり、飛蘭が飛び出すがアーリィーは動かない。

 

『もう限界アルか? それとも限界が近いからアタシが近付くのを待ってる? どちらにせよ不用意に近付かないヨ』

 

 飛蘭はピラミッドの中程で足を止めアーリィーの反応を見ている。

 やはり限界なのか?

 

『自滅狙い、それは悪くないサ。だから――』

 

 アーリィーの背中に、はた目に見ても分かるくらいエネルギーが集中する。

 

『こうするのサ!』

 

 アーリィーの姿が消え、飛蘭に向かって竜巻の様な風が吹き荒れ――

 

『タッチ』

 

 次の瞬間には遠く離れた飛蘭の肩に手を乗せていた。

 

『反応、出来なった……私が……?』

『下手に飛んでたら負けそうだったから決めさせてもらったサ』

『二連加速? 違う、これは――』

『二重加速。連続使用ではなく、同時使用サ』

 

 二基のブースターを交互に使うのはなく同時に使ったのか。

 

『決まった~! ジョセスターフが二重加速によって朱を捕獲! 決勝は織斑千冬VSアリーシャ・ジョセスターフだぁ~~! ……なんで両手合わせてるんです?』

『ちーちゃんとISの限界を超えてみせたお馬鹿に黙祷!』

『『……あ』』

 

 神一郎と飛蘭の声が重なった。

 画面を見れば背中から煙を吹きだすアーリィーの機体。

 

『アーリィー! 背中! 背中がッ!』

『あはは、ギリギリかな? と思ったけど、やっぱりギリギリだったサ』

『ギリギリ?』

『ギリギリ、ハンガーに間に合わなかったサ』

 

 やりきって満たされた顔をするアーリィーが親指を立てる。

 それと同時にボンッと音を立て背中から炎と煙が上がった。

 

 ――そしてアーリィーは、そのまま地面に向かって落ちていく。

 

『アーーリィーーー!?』

 

 白くなりつつある頭に、飛蘭の叫び声だけが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『モンド・グロッソ実行委員会よりお知らせします。アリーシャ・ジョセスターフ選手の負傷により、予定されていた決勝戦は織斑千冬選手の不戦勝となります。繰り返しお伝えします――』




今日の千冬さん

「みんなで一緒にウォーミングアップ楽しい!(*''▽'')」
「試合を諦めるなんてなんて奴だ!ヽ(`Д´)ノプンプン」
「……モンド・グロッソ4日目優勝しました(´・ω・)」


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モンド・グロッソ⑬

とあるインタビュー記事から抜粋

イタリア代表「後悔はなかったサ。あの時、あの瞬間はあれが最善だったサ。最高に楽しい試合だったサ」

中国代表「一歩及ばずで悔しいヨ。応援してくれた人達には申し訳ないアル。でも楽しい時間だったネ。あの試合は一生忘れないアル」

日本代表「優勝は嬉しいです。ですが“チェイサー”、“決勝戦”で調べると二人の試合が出て来るんですよね……」



「いやー、フェイは強敵だったサ」

 

 チェイサーが終わった後にTVインタビュー受けシャワーを浴び、今は夕食の時間である。

 メンバーは朝と同じだ。

 しかしアーリィーはあんな事があったのに元気な事だ。

 

「背中は大丈夫なのか?」

「フェイが助けてくれたから軽度の火傷で済んだサ」

「まさか救助活動させられるとは思ってもみてなかったヨ」

 

 舌を出しておどけるアーリィーに飛蘭が苦笑する。

 アーリィーが落ちた時、飛蘭はすぐさま駆け寄って背中で燃えていたブースターと装甲を剥がした。

 煙を吹きだすブースターは投げ出された地面で爆破し、熱を持った装甲が地面に焦げ跡を作る。 

 そんな状況だったが、飛蘭のおかげでアーリィーは軽傷で済んだのだ。

 

「試合を見ててビックリしましたよ。でも無事で良かったです」

「なにが無事なものですか。結果ISは中破、決勝を辞退なんて国家代表としては失格ですわ」

「ちょっとテンション上がりすぎたサ。千冬は正直すまんかったサ」

「……もう過ぎた事だ。気にするな」

 

 アーリィーがこうして五体満足な事を喜ぶべきだろう。

 惜しくはあるがまだ戦く機会はあるのだから。

 

「……セリフと表情が合ってないネ」

 

 言わないでくれ。

 まだ気持ちの整理がついてないんだよ。

 

「もし良かったら食後の運動に付き合いますよ?」

「気を使わせてすまんなアダムズ、だが気持ちだけ受け取っておく。――たぶん、歯止めが利かなくなる……」

「……それは危ないのでやめといた方がいいですね」

 

 アダムズの顔が引きつり心の距離が遠ざかったのを感じた。

 いやすまん、今の私はまだ心が荒れているんだよ。

 この心理状態で戦ったら歯止めが利かなくなる可能性がある。

 

「気を落とすのは早いですわ。まだ明日の競技があるじゃありませんか」

「明日って例のアレですよね。モンド・グロッソの進行表でも『シークレット』って書かれてましたけど、何をするんでしょうね?」

「モンド・グロッソ進行中に委員会が競技を決めるって話しだったけど、発表は当日だから内容は全然サ。アメリカやイギリスで情報を掴んだりしてないサ?」

「さっぱりです。先輩方も調べたみたいですがガードが固くてダメみたいでした。アメリカの委員会所属の人もだんまりを決め込んでるらしいですよ」

「こちらも同じくですわ。上からの情報は一切なし。情報は完璧に封鎖されてるみたいですの」

「本来なら委員会に居る同胞から情報が来る手筈になってるのにこないヨ。ぶっちゃけ異常事態アル。千冬サン、心当たりないネ?」

 

 おいおい飛蘭、さらっと怖いネタを暴露するなよ。

 心当たり? 委員長が束だから独裁政権を敷いてるんじゃないかな。

 

「心当たりはないな。委員会の人間は情報を漏らさない潔癖な人間ばかりなのだろう」

 

 ふっ

 

 おい誰だ鼻で笑ったの。

 自国の人間くらい信じてやれよ。

 

「だったら明日の競技の方向性は分かるサ? 千冬の勘でいいから聞きたいサ」

 

 私と束の関係性を疑うのはやめて欲しいな。

 証拠はないはず。

 それこそアーリィーの勘だろうが、残念ながら本当に何も知らないのだ。

 しかし流石はアーリィーと言うべきか、質問の仕方が上手い。

 こちらが具体的な内容は知らないと考え、あくまで方向性を聞いてきている。

  

 篠ノ之束の友人として彼女の行動を予測できるか? と。

 

「さてな、私にはさっぱりだ……だが勘でも良いと言うなら――」

 

 明日の競技を束が決めるとしたら、微妙に私に配慮した競技になる可能性はあるんだよなー。

 

「殴り合いや撃ち合いなどの戦う競技になると思う。機動力や制空権などを競うものにはならないだろう」

「そっち系なら望むところサ」

「明日こそは千冬サンと戦いたいネ」

「撃ち合いなら千冬様と存分に踊れそうだから楽しみですわ」

「……対人戦ではなく個人競技である事を祈ります」

 

 残念だがアダムズ、束が出張ってきたら対人戦になるぞ。

 

「アーリィーは明日の試合は大丈夫なのか? 背中の傷もあるが、ISの修理も大変だろう」

「背中の傷は問題ないサ。少しヒリヒリする程度、ただの日焼けサ。ISは……裏方の皆様が徹夜で直すと言ってました」

 

 後半の声が微妙に震えている。

 怒られたんだろうな。

 他人事じゃないので笑えない。

 私も気を付けよう。

 

「そうですわ千冬様、よろしければ明日の夜はわたくしとご一緒して頂けませんか?」

「別に構わんがなにかあるのか?」

「えぇ、明日はフードコートにわたくしが贔屓にしてるお店が出店しますの。千冬様に是非とも食べて欲しいのです」

「エラのお気に入りか、それは楽しみだな。どんな料理なんだ?」

「フランス料理ですわ。多種多様なジビエ料理が魅力ですのよ」

「ほう、ジビエか……」

 

 ジビエ――野生の鳥獣。

 神一郎が何度か土産で買ってきてくれたが、フランス料理としては未経験だな。

 一夏と一緒に見たグルメ番組で見たが、非常に美味しそうだった。

 これは明日が楽しみだ。

 

「ジビエはアーリィーも好きサ。最終日前にガッツリ食べて気合の入れたいサ」

「野味溢れる料理は活力になるネ。アタシも好きアル」

 

 イタリアもジビエ料理が多いだろうし、中国は食べる野生種の数は世界一だろう。

 二人とも特に忌避感はないようだ。

 

「気を使ってくれてもよろしいのですよ?」

「それは断るサ」

「ご飯は大人数で食べる方か美味ヨ」

「ぐぬぬぬ……」

 

 私も二人きりは遠慮したいな。

 束に騒ぐ口実を与えたくない。

 さて、明日のご飯の話題に対し一人だけ表情が暗い奴が居るんだが……

 

「アダムズ、お前はどうする?」

「えーと、ジビエってハトとかイノシシとかですよね?」

「ジビエは飼育されてない鳥獣全般ですわ。もちろんその二種も野生のものなら含まれます」

「……私、食べた事ないんですよ」

 

 どこか恥じる様にアダムズが告発する。

 これは意外な事実だな。

 

「アメリカでも鹿や猪を食べるんじゃないのか?」

「北の方ではカリブーなどのトナカイを食べますし、自然公園などがある森や山が多い州ではシカやイノシシを食べます。でも、その……自分、都会育ちなので……」

 

 まるで私たちが田舎者みたいな言い方やめろ。

 だが気持ちは理解できる。

 私も神一郎がお土産で買ってこなければ食べる機会なんてなかったしな。

 

「ならこれを機に食べるべきサ。上手な料理人が手掛けたジビエ料理は臭みもなくて食べやすいサ」

「山の中で活動する時は野生動物は貴重なタンパク源ヨ。食べ慣れた方が良いアル」

「三大美食のフランス料理ではジビエは基本ですわ。これから会食の機会も増えますでしょうし、食わず嫌いは治した方がよろしいかと。大丈夫ですわ、明日出店するお店は初めての方でも美味しく頂けまから」

「……頑張ってみます」

 

 そんな覚悟完了したみたいな顔するなよ。

 猪は豚だし鳩は鳥だろう? 何を気にしてるんだか。

 

「ところで千冬様はジビエ料理をお食べになった事は?」

「ジビエ料理なんて洒落たものはないが、日本料理としてのジビエなら何度か」

「日本料理でですか? それは興味ありますわ。わたくしはマガモのコンフィや鹿肉のポワレが好きですの。千冬様は?」

「私は……鹿丼とか」

「鹿丼? ですか?」

「……猪の鍋とか」

「鍋……? スープ的なものでしたかしら?」

 

 イノシシスープって単語は不味そうだな。

 私が過去に食べた事があるもの――

 

 〇鹿丼(神一郎が土産で買ってきた)

 〇クマカレー(同上)

 〇兎肉のジャーキー(同上)

 〇雀の唐揚げ(同上)

 〇猪鍋セット(同上)

 

 とてもじゃないがこの手札ではエラに勝てる気がしないな。

 コンフィ? ポワレ? 聞きなれないオシャレな言葉だ。

 

「なぁなぁ」

「なんだアーリィー」

「笑っていいサ?」

「殴るぞ?」

「だそうさフェイ、我慢するサ」

「了解アル……ぷぷっ」

 

 含み笑いはセーフじゃないからな?

 日本文化に明るいアーリィーと飛蘭は私が言った料理を分かっているのだろう。

 きっとエラが好きなジビエとは別物だと思う。

 よし、話しを変えよう。

 むしろそろそろ解散してもいい時間だな。

 

「全員これからの何か予定はあるのか?」

「わたくしはトレーニングしてから休みますわ」

「自分は修行の時間ですね。今日中にステッキ格闘術を覚えたいです!」

「アーリィーは今日くらいは大人しく寝るサ」

「アタシは暗躍の時間アル。ちょっとモンド・グロッソ実行委員会に探り入れてくるネ」

 

 健康優良児の中に混ざるアングラ感よ。

 まぁ束といえど現役の国家代表に手は出さないだろう。

 

「なら解散しよう。お休みだ」

「お休みなさいですわ」

「オヤスミサー」

「お休みなさいです」

「晚安アル」

 

 4人に挨拶を済ませ席を立つ。

 モンド・グロッソが終わったら一夏にフランス料理を食べさせてやるか。

 今まで食べたきた物がジビエの全てだと勘違いしてたら可哀想だからな。

 ――終わった後を考えるのは早計か。

 まずは明日の試合だ。

 そして明日がどうなるか、それは全て束次第である。

 気合を入れないとな。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 日が明けてモンド・グロッソ5日目を迎えた。

 アリーナ内に国家代表が集まり競技の発表を待っていた。

 私の周囲には昨日と同じメンバーが揃っている。

 

「ところで飛蘭、なにか収穫はあったのか?」

「なにもなしアル。委員会の人間は会議室に籠ったまま出てこないし、中を探ろうにも無理だったネ。とんだ時間の無駄ったヨ」

 

 飛蘭でも無理だとなると束案件確定だな。

 気の抜けない一日になった事が決まった瞬間だ。

 

「拡張領域で持ち込む物に何か制限があるかと思ったけどそれもなし。千冬の言う通りガチバトルっぽいサ」

「でも制限なしのバトルは最終日のはずです。これまでの競技を振り返ると今日の競技も何かしらのスポーツを模したものだと思うんですよ」

「ですがこうも情報なしだと可能性的に低そうですわ。何故なら既存のスポーツを模すならここまで隠す必要がありませんもの」

「そのスポーツの経験やルールを知ってるか否で差がつきますもんね」

 

 そこが問題だな。

 これで試合内容がカバディなどのマイナースポーツだったら経験者以外困りものだ。

 もうバトル系で決まりだろう。

 

「ちなみに全員フル装備か?」

「もちろん(サ)(です)(アル)(ですわ)」

 

 流石だな。

 他の国家代表たちも感じるものがあるのか剣呑な雰囲気だ。

 恐らく彼女たちもフル装備で来てるだろう。

 今日の試合は荒れそうだ。

 

『レディース&ジェントルマン! 時間になりましたので今日の競技を発表し、マース☆!!!』

 

 ウォォォォォォォ!!

 

 やたらキャピキャピした声のアナウンスがアリーナ内に響く。

 それに続いて野太い男たちの声。

 なにがどうした?

 

「千冬……アレ」

「ん?」

 

 アーリィーが指差す方を視線で追うと――

 

『本日の競技名は【シークレット】! その内容は団体戦デス☆!』

 

 ウォォォォォォォ!!

 

「千冬サン、アレってもしかして」

「髪の色が違うだろ」

 

『実況及び解説はこのワタシ、謎のバニーことバニーガールがお送りいたし、マース☆!』

 

 ウォォォォォォォ!!

 

「千冬様、どう見てもアレ……」

「気のせいだ。目が赤いだろ?」

 

『選手の皆様は壁付近までお下がりくださいネ☆! 中央に立たれると危ないので☆!』

 

 ウォォォォォォォ!!

 

「あの、写真から読み取った身体データとあの場に居る女性の骨格データを比較すると一致率99%なんですけど……」

「……私には別人に見えるな」

「千冬、そろそろ往生際が悪いサ」

 

 やかましい! まだ事態を把握してないんだ!

 

「取り敢えず千冬サン、壁に寄れって言われたから移動するヨ」

「あ、冷静に見えて固まってるサ。フェイ、そっち持つサ」

「しょうがないネ」

 

 アーリィーと飛蘭に引っ張れてそのまま引きずられる。

 その状態でも私の視線は一か所に固定されていた。

 

 アリーナの観客席最前列に急遽作られただろう特設席。

 その場所では良く知った顔の女が居た。

 

 ――雪の様な真っ白な髪に赤い瞳のバニーガール。

 

 どっからどう見ても束だろお前ッ!

 変装か? 変装のつもりなのか? 

 そのキャラはなんだ? 篠ノ之束とは別人だと言い張る為か?

 ただのコスプレだろうがバカがッ!!!

 

「しかしなんでこの場に? 篠ノ之博士はご自分の立場を理解してないのでしょうか?」

「きっと理解してるサ。だからこそあの場所に居るのサ」

「周囲に居るのは一般人でアリーナは超満員ヨ。仮に確保する為に軍や警備、専用機持ちの国家代表がISを動かした所で逃げられて観客から負傷者を出すだけアル」

「悔しいけどなにも出来ませんわね」

 

 何故この場に居るのか?

 そうだな……束のことだから『記念すべき第一回のモンド・グロッソでちーちゃんと共通の思い出を作りたい!』とかじゃないか?

 なんにせよ束の行動は考えるだけ無駄だ。

 問題は神一郎だ。

 お前がこうならないように止める役目だろうがッ!? 働け愚か者がッ!

 殴る! 束もだが役目を放棄した神一郎も絶対に殴るッ!

 

『それでは皆様、アリーナ中央をご覧くだサイ☆』

 

 アリーナ中央の地面が割れ、左右に開かれる。

 こんな装備があったとは知らなかった。

 

『選手たちが相対するのは巨大IS! 試合内容はレイドバトルだぁぁぁぁ!』

 

 中央からせり上がる台に乗ってるのは高さ10メートルはあろうISだ。

 余計な装飾品は一切なしく、黒光りする装甲で覆われている。

 神一郎と同じ全身装甲型で搭乗者の肌は見えない。

 顔には機械で出来た単眼が周囲を見回す様にギョロギョロと動いている。

 鋼鉄のサイクロプスといったところか。

 

『試合はポイント制デス☆! シールドエネルギーを削った数値と機体へのダメージがポイントととして加算されマス☆!』

 

 シールドエネルギーを減らした分だけポイントが貰えるのか。

 機体へのダメージ……もしかしてゲームの様に機体にHPでも設定してるのか?

 いやそれは技術的に難しいか。

 束が常に巨大ISの状態を把握し、与えられたダメージを束の判断でポイントにするのかもしれないな。

 

「取り合えず殴ればいいサ?」

「そうアルな」

 

 ん、まぁそれが正解な気がする。

 束の思惑など無視した方が健康的だ。

 

「これからあの大きいIS相手に……ま、まぁ今回は皆さんが味方ですから大丈夫ですよね」

「それはどうかしら。あの篠ノ之博士が送り込んできたISですわよ? つまりIS16機相手に互角に戦える性能があるはずですわ」

「……それなんて決戦兵器です?」

「これから篠ノ之博士の危険度がグッと上がりそうネ。もし本当にIS16機分の戦闘力があったら世界中が阿鼻叫喚ヨ」

「てか現時点で各国の首脳陣が阿鼻叫喚サ」

 

 牽制の可能性はありそうだな。

 モンド・グロッソでISの性能は世間に知れた。

 もしかしたら調子に乗る国が出てくるかもだ。

 しかし、

 

 ――調子に乗ると潰すよ?

 

 と束が出てきたらその勢いも弱まるだろう。

 あのISが何機あるのか不明だが、敵にには回したくないだろうしな。

 となると、あのISの性能を各国に見せるのが狙いか?

 束の危険度が上がり、その分箒を狙う人間も増えそうだが、下手をしたらあのISが自国で暴れる可能性を示唆すれば迂闊に手をださないだろうし。

 

『試合開始まで少々お時間があります。ボス戦前に準備を整えるのは当然ですから! 選手の皆様、作戦会議タイムですよー☆!』

 

 作戦タイムか。

 ……作戦とかいるのか?

 

「5人で組んで当たる……は、無理ですよね?」

「人数が多い。私達5人だけならそれもありだが、他の代表の動きが読めない以上下手に固まると動けなくなる」

「16人が動きを合わせられるなら徒党を組むのも有りですが、まぁ無理ですわね」

「互いに邪魔しない程度に気を使いつつチャンスがあれば連携、が最善サ」

「それが良いな、しかし問題は他の動きだ。恐らく前衛後衛に分かれるだろう。下手に前で動き回れば後衛の邪魔になるし、後衛も闇雲に撃てばフレンドリーファイアになる可能性がある」

「観客とテレビカメラの前で他の国家代表の背中を撃ち抜く真似はしたくないです。はぁ~、開幕戦車砲で削ろうかと思ったんですが無理そうですね」

 

 何人かは速攻で突撃しそうだもんな。

 他の代表に話しをつけるのも無理だ。

 わざわざアダムズに大量ポイントゲットのチャンスを与えないだろう。

 

「……誰も言わない事も言っても良いアルか? 正直空気読んでないみたいで恥ずかしいけど、どうしても気になるヨ」

「どうした?」

「あのISって、中身は誰ヨ?」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「……あ」」」」

 

 そうだな、アレはISなんだから中身が……中身?

 

「そうサ! あのISは篠ノ之博士のISなら操縦者は誰サ!? それって篠ノ之博士のサイドの人間ってことサ!?」

「今の所篠ノ之博士の身内と呼ばれているのは、妹の篠ノ之箒、幼馴染の織斑さんとその弟の織斑一夏の三人だけ。あの中は妹か、もしくは――」

「篠ノ之博士の新しいお仲間さんですわね。是非ともあの装甲を砕いて顔を拝みたいですわ」

 

 どうしよう……物凄く心当たりがある。

 

「千冬様、どうしました?」

「ん? あぁ、ちょっと束の人間関係を思い出していてな。少し考え事があるから気にしないでくれ」

 

 束が用意したIS。

 それを預ける人物。

 それってつまり――

 

『あのISの中身はしー君だよん♪』

 

「っ!?」

 

 耳元で聞こえた束の声に反応しそうになり、思わず声が出そうになるのを我慢する。

 なんでこのタイミングで声をッ!?

 

『あ、ごめんちーちゃん。ちーちゃんの会話を聞いてたから思わず話し掛けちゃった』

 

 盗聴と話し掛けたことは許そう。

 まずはあの中に居る神一郎を殴ればいいんだな?

 

『ちなみにしー君は首トンで意識を奪った後、ガチャガチャのカプセル的な物の中にぶち込んでISの心臓部分に閉じ込めました』

 

 と思ったけど許してやろう。

 

『さっきまで騒いでたけど、ちゃんと取引でしー君の了承は得たので心配しないでね』

 

 それはつまり今は束の手先って事だな?

 やはり殴る。

 

『あ、しー君は知らないけど、カプセルの内側はディスプレイになってて、しー君には16機のISに襲われる恐怖を360度のパノマラで楽しんでもらう予定です!』

 

 ゆる……いや、殴って早めに終わらせてやるのが優しさか。

 二人の間でどんなやり取りがあったかは知らないが、束に与した自分が悪いということでサンドバッグになる運命は大人しく受け入れてもらおう。

 

『あのISは無人機型ISのプロトタイプだよ。戦闘ルーチンのレベルは低く設定してるから安心してね。ちなみにしー君はISコアを起動させる為だけの存在です。ぷっーくすくす』

 

 無人機とはまた怖いものを作ってるなこいつ。

 そして観衆の面前で男性適合者を引っ張り出し来るとかどんな神経してるんだ?

 それもただ自分が楽しむ為だけという理由で。

 

「織斑さん」

 

 怒りたい。

 しかしあの巨大ISに対し興味を惹かれている自分もいる。

 ……倒してから怒ればいいか。

 

「織斑さん!」

「ん? 呼んだか?」

 

 物思いにふけっいる間にアダムズが私の隣に立っていた。

 

「試合開始までコレお願いします!」

 

 一枚の紙を渡された。

 これは……うん、アレだ。

 

「今日は試合前にやってこなかったのか?」

「まさか集合して直で試合が始まるとは思ってなかったので」

「それは仕方がないな」

 

 アダムズが試合前にやるという儀式。

 やるのは構わないが――

 

「お前たちはどうする?」

 

 二人だけは流石に嫌だぞ。

 

「やってもいいサ。アレ結構楽しいサ」

「同じくネ」

 

 アーリィーと飛蘭は同意。

 

「エラはどうする?」

「それって二日目にやっていたアレですわよね?」

「そうだ」

「……千冬様と一緒なら喜んで参加しますわ」

 

 の割には苦渋の決断って顔だな。

 キャラに合わないことを無理してする必要ないと思うんだが、本人が言うなら何も言うまい。

 

『お? 最高に素敵なちーちゃんを見れるチャンス到来! 録画準備はバッチリだよ!』

 

 試合が終わるまでもう話しかけるな。

 次に話しかけてきたら本気で怒る。

 

『……ちーちゃんの殺気が込められた視線に身悶えしそう』

 

 遠目にバニーガールがくねくねしてるのが見える。

 今日の試合は楽しそうな内容だから見逃すが調子にのるなよ。

 

「さて、残り時間はもうないな。準備はいいか?」

 

 全員が頷き、私を中心に円陣が組まれる。

 他の国家代表たちは自分が動きやすくする為の結果か、それとも互いに邪魔しないよう配慮したのかは分からないが、中央の巨大ISを囲む様に展開していた。

 神一郎視点から見れば壮観だろうな。

 ここは神一郎をいち早く楽にしてやる為にも殺気を込めて行こうか。

 

 

「野郎共ッ! 準備は出来てるかァァァ!」

 

「サー・イエッサー!!!!」

 

「敵は巨大IS! だがあんなのはお前たちから見ればただの木偶の棒だ! そうだなッ!?」

 

「サー・イエッサー!!!!」

 

「ならばお前たちはどうするッ!?」

 

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 

「立ち塞がる敵はッ!?」

 

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 

「あの木偶をスクラップにしてやれ!」

 

「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」

 

「ぶ っ 殺 せ !!」

 

「YAaaaaaaaa!!!!」

 

 




古代兵器の動力源として兵器の内部に囚われる聖女(男)

ちーちゃんと一緒にモンド・グロッソを盛り上げたい+前日の試合で不完全燃焼だったちーちゃんに楽しんでもらいたい+しー君の泣き顔を見たい+他国が調子に乗らないよう釘刺し+無人機プロトタイプの試運転=コスプレ姿でモンド・グロッソ参戦

  


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モンド・グロッソ⑭

           急募! ボランティア!
     
  モンド・グロッソ実行委員会では現在モンド・グロッソアリーナで働
  いていてくれるボランティアスタッフを募集しています。
  貴方もスタッフの一員としてモンド・グロッソを盛り上げませんか?
  難しい仕事は一切なし! 安心安全なお仕事です!
  ボランティア扱いなので給金は発生しませんが、競技終了後に篠ノ之
  束さん主催の写真撮影会に優先的に参加できます!
  興味があるかたは是非!

  ※IS適合者の方に限ります。 


 目が覚めたら暗闇の中でひっくり返ったカエルの格好だった。

 視界に一切の光はないが、うん……束さんに付き合う俺はこの程度で取り乱したりしません。

 背中が丸くなってるし、足で壁を触ってみてばよく分かる。

 ここは球体の中だ。

 えっと最後の記憶は……朝ご飯を食べて後にトイレに行って……トイレから出て……そこから記憶がないな。

 そこで拉致られたのか? トイレ帰りを狙うとは卑怯者め! 

 

「束さん、聞こえる?」

 

『お? お目覚めだねしー君』

 

 返事があって嬉しい。

 光のない閉鎖空間に長時間閉じ込められた人間の反応を調べる実験だったらどうしようかと思ったよ。

 

「説明を求む」

 

『うだうだ騒がないのは好感が持てるね。私はしー君に“して欲しい事”があります』

 

 だって説得や買収なしで拉致だよ? 多少騒いだところで開放なんてしてくれないって分かってるさ。

 して欲しいねー、この状態で出来る事なんて思いつかないんだが。

 

『と言ってもしー君は動いたりする必要はないよ。ただそこでじっとしてれるだけで大丈夫。簡単でしょ?』

 

 楽すぎて怪しや満点なんですが?

 ふーむ……

 

「付き合う事で俺に得があるの?」

 

『んふふ……今の私はバニーガールの格好をしている。とだけ言っておこうか』

 

 バニーガール? そう簡単には釣られんぞ。

 遊園地などにいるウサギの着ぐるみって可能性もあるからな。

 だが束さんの声が自信に満ちている。

 俺を絶対に釣れると確信してるっぽい。

 

『怪しんでるね。ならちょっとだけ――』

 

 壁に明かりが灯り束さんのうさ耳がピコピコ動いてるのが見える。

 どうも壁はディスプレイになってるようだ。

 

『見えてる? んじゃ良く見ててね――じゃじゃーん!』

 

 視点が広がり束さんの全体像が見えた。

 白い髪と赤い瞳。

 そして王道のバニーガール衣装。

 なるほど……なるほどなるほど。

 

 かっわっいぃぃぃぃぃぃ!!

 

「率直に言って最高ですね!」

 

『でしょー?』

 

 自分が可愛いと確信してるドヤ顔が更に可愛いッ!

 髪の色と目の色が違うだけで清楚感と色気がアップしてるんですがッ!?

 網タイツも眩しいです!

 

「では報酬について聞きましょうか」

 

 ディスプレイ越しに見るだけが報酬とは許さないぞ!

 期待してます! ふんす!

 

『鼻の穴が広がってる様子を見れば満足してくれると思うよ。報酬は束さんの撮影会に参加出来る権利です!』

 

「それは生で会えるんですか!?」

 

『会えます!』

 

「ポーズの指定は!?」

 

『過激ではなければ可!』

 

「受けます!」

 

『よろしい!』

 

 おいおいまじかよ。

 あの姿の束さんを好き放題に撮りまくれるとか神イベか?

 報酬が良すぎて逆に怖いけど、今の俺なら昨日不完全燃焼だった千冬さんの憂さ晴らしにサンドバッグ役をやれと言われても受けるぞ。

 

『それじゃあそのままちょっと待っててね』

 

「はーい」

 

 ディスプレイが消えまた暗闇に戻った。

 束さんのお願いは分からない。

 だが球体に閉じ込めたられた状況ならそう危険はないだろう。

 あったとしても……俺をボールに閉じ込めて千冬さんとサッカーとか?

 ま、なんとかなるだろう。

 

 

 

 

『しー君、起きてる?』

 

「起きてますよ」

 

 束さんにどんなポーズをとらせるか考えるだけで至福の時間でした。

 寝転んだ俺に股がらせて、下からローアングルとか最高ですよね? 最高です。

 

『さっきも言ったけどこちらからの指示は特にないから、そこでじっとしててね』

 

「あいあ……い?」

 

 周囲の何かが動き始め、球体の中に居る俺にも振動が伝わってくる。

 そして天井から光りが――

 ディスプレイの光じゃなくて本物だな。

 球体の外の様子を映してるのかね?

 

 上下に感じる振動、徐々に強くなる光り……今の俺はエレベーターの乗ってる様なものか?

 あの光りの穴が出口なんだろう。

 

 ん? んん? んんんんっ?????

 

 光りの眩しさに顔を手で押さえ、振動が止まったので手を放したら視界に映るのは青空と観客でした。

 ここ、モンド・グロッソのアリーナ?

 しかも会場のど真ん中?

 どゆこと?

 

 ピコン

 

 壁の一部が変わりISの絵と文章が映る。

 えーとなになに、無人機型ISのプロトタイプ? 起動実験でモンド・グロッソを利用?

 ふむふむ、まだISコアを人間なしで起動はできないんだ。

 だから人間を生体部品として使用すると。

 それって無人機じゃないじゃんワロス。

 そんで俺が閉じ込められてるのはISの内部で? 外からは見えない仕様だけど俺からは見える? その状態で国家代表達と戦う?

 いつの間にかマジックミラー号に乗車しちゃったのか。

 なら早くエッチなお姉さんだせや!

 

「束さんちょっと待って! やっぱり拒否したい!」

 

『………』

 

「束さん!?」

 

『………』

 

 悪意があって無視してる気がする!

 必死に周囲を見渡せば俺を見るIS達。

 俺、国家代表に囲まれてるじゃん。

 何も出来ないISの中で迫り来る恐怖と戦えと? まー安全性は確保されてるし、一種のお化け屋敷みたいなものだろう。

 この程度楽勝っスわー。

 人間は恐怖では死なない! たぶん!

 てか脅威って他にもあるよね?

 俺は球体の中に居る、しかもハーネスなんかの身体を固定するものはなし。

 

 思い出すのはエレベーターで感じた振動。

 

 おや? もしかして俺って洗濯機の中に居る状態なのでは?

 誰か束さんに、生き物を洗濯機の中に入れてはいけませんって教えて欲しい。

 

 国家代表達が武器を構え、俺に向かって銃口と刃物の切っ先を向ける姿は様になりますね。

 ソシャゲのボス視点ってこんな感じかな? アハハ――

 

「ここから出せぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 試合開始と同時に敵の表示がモニターに映る。

 名前は【ゴーレムtype-サイクロプス】か。

 In神一郎も付け加えてやれ。 

 

ゴォーーーーーレムゥ!(ここから出せぇぇぇぇぇ!!)

 

 敵ISが吠え、その手に武器が握られる。

 右手に棍棒、左手に円形のシールドだ。

 本体もそうだが堅そうだな。

 てか喋れるのかアレ。

 なんか悲しみを帯びた悲鳴の様な叫び声だ。

 

「先手貰います! ファイア!!」

 

 アダムズの戦車砲が火を噴き、それと同時に複数人の国家代表がミサイルを撃つ。

 

「最初はこうなるのはお約束サ」

「だな」

 

 私やアーリィーを含め、近接主体の人間は開幕時に弾幕が張られる事を読んで大人しくその様子を見ていた。

 

『ゴォレム!?』

 

 アダムズの砲弾はゴーレムの盾で防がれ、正面から来るミサイルは棍棒で薙ぎ払われる。

 だが守れたのは正面のみ、背中や頭部にミサイルが雨の様に降り注ぎ爆炎と土煙をまき散らした。

 私達近接組は土煙が収まるのは静かに待っている。

 

『ゴォーーレムゥ!』

 

 うーん――

 

「どうしたサ?」

「いや――」

 

 煙の向こうから情けない声が聞こえてきてやる気が削がれてるんだ。

 ゴーレムの声に神一郎の悲鳴が混じって聞こえるんだよな―。

 黙ってやられてほしい。

 

「なんでもない」

 

 説明する訳にもいかないのでこう言うしかないのだ。

 恨むぞ束。

 

「煙が晴れてきたアル。普通のISならスクラップだけど、あのISは――」

 

『ゴォーーーーーレムゥ!』

 

「元気一杯アル」

「まるで堪えてないないサ」

「砲撃を盾で防いだってことは危険な攻撃だと判断した結果?――もう少しこの攻撃を続けるべきかな」

 

 おぉ、アダムズが頼りになる顔に変わっている。

 あの儀式は凄い効き目だな。

 

「んじゃ行ってみるサ」

「取り合えずひと当てして情報収集アル!」

 

 アーリィーと飛蘭、それに私や他の国家代表がゴーレムに向かって突撃する。

 

「こちらも攻撃に移りますわ。Shot!」

 

 エラが放った弾丸が私の真横を駆け抜けゴーレムの心臓部に命中する。

 

『ゴォレムゥ!?』

 

「徹甲弾は効果なしみたいですわね。さて、効率よくダメージ与えるには――」

 

 銃弾が装甲にガムみたいに張り付いてるのが見える。

 やはり並みの装甲じゃないな。

 ところで神一郎、もしかして目の前に銃弾は張り付いてる様に見えるのか?

 悲鳴に混ざる悲しみの割合が増した気がする。

 

 ゴーレムが棍棒を振りかぶった。

 狙いは私か。

 

『――ゴレムゥ』

 

 振り落とされる棍棒を見きりギリギリで避ける。

 耳元に届く風の音と共に神一郎の安心しきった声が聞こえた気がした。

 私だって当たれば痛いからな?

 さて、デカブツが相手なら関節狙いがセオリーか。

 

『ゴーレムゥ!?』

 

 接近して叩き込んだブレードが弾かれた。

 ちっ、硬いな。

 関節部分はホースの様な蛇腹の装甲で覆われていて思いのほか硬かった。

 伸縮性と硬度が両立する装甲を持つとは流石は束が作ったISだ。

 

『ゴーーーレムゥ!』

 

 ゴーレムが棍棒を振り回す。

 ブレードで受け流して――重いな!? 

 技術もなにもない攻撃だが、これだけの質量だとそれだけで凶器だ。

 他の国家代表が攻撃したそうにしてたので一度離脱。

 ゴーレムに張り付いていた近接組が消えると、棍棒の射程ギリギリで控えていた国家代表達がアサルトライフルやマシンガンでの攻撃を開始する。

 装甲を砕くのは無理――なら武装解除を狙うか

 

「シッ!」

 

 未だに射撃が続く中懐に飛び込む。

 棍棒を振り落として腕の動きが止まった瞬間を狙い指の関節を狙う。

 腕の関節に比べれば動きを阻害しないため繊細な作りのはず!

 

 キンッ

 

 握りにとって大事な部分、親指を斬り落とすつもりで放った関節狙いの斬撃は甲高い音と共に弾かれた。

 プロトタイプと言ってはいるが、甘く作ってる箇所はないと。

 これだけの巨体なら懐は安全地帯。

 このまま指狙いで場所に居続けるのは有りか? だがこうも接近していては他の代表の迷惑になりかねない……迷うな。

 

『ゴーレムゥ!』

 

 ゴーレムのふくらはぎ部分からせり出てきた……ミサイルが。

 どこかで見たことが装備だな。

 なんだったか……ISの研究所……開発された武装……違うな…あぁ思い出した。

 脚部三連装ミサイルポッドだ。

 アニメのロボットが装備していたな。

 

『ゴレムゥ!』

 

 懐に飛び込んだ敵を排除すのが目的だろうと思われるミサイルを回避……先はどうする?

 上に逃げる――味方の射線上に急に飛び出る事になる。

 左右――ミサイルは扇状に広がり正面を潰すのが狙いだ。

 ならば戻るしかあるまい。

 背後に向かって瞬時加速、一気にゴーレムから離れる。

 

「情報共有を求めるサ」

 

 私の元にアーリィーと飛蘭がやってくる。

 二人とも苦笑いだ。

 私と同じで苦労してると見える。

 

「いいだろう。正直個人プレイしてる場合ではない」

「ならアタシから。硬い、とにかく硬いアル。偃月刀でぶった切るつもりで斬りかかったけど弾かれたヨ」

「殴ってみた感じ装甲がかなり厚いのは感じたサ。殴る場所を変えたりしたけど、装甲が薄い部分は見つからなかったサ」

「関節を狙ってみたがこちらも難しいな。同じ個所を攻撃し続ければいけると思うが」

 

 二人と素早く情報を共有する。

 やはり二人ともIS単騎ではどうにも出来ないと判断したか。

 まぁ私は相手が無人機型と知ってるから一応は戦略はある。

 あの如何にも弱点っぽい目を狙う。

 無人機なら中身は繊細なはずだ。

 目を潰して手を突っ込んで中身を引きずり出し、そこに手榴弾でも投げ込めばそれだけで動きを止めそうな印象がある。

 だが問題は周囲の反応だ。

 あのISに張り付いて目玉に腕を入れてケーブルをずるずると引きずり出す……私に対する印象が悪くなりそうだな。

 

「銃弾は効きが悪そうサ。ミサイルと戦車砲を中心に攻めるべきサ?」

「だけど戦車砲だけは確実に盾で防いでるアル。ミサイルも棍棒で撃ち落としてるし、仕留める前に弾切れしそうネ」

「だが付け入る隙はある。動きが遅く鈍重で、しかも一定の位置から動かない」

「あの大きさと装甲の厚さなら動きが遅いのは理解できるサ。でも中心に近い部分から動かないのは何故サ?」

「事故防止とかアル? あの棍棒が客席に当たったらシールドがあっても観客がミンチになるかもヨ」

「なるほどサ」

 

 たぶん試合終了後にゴーレムを素早く回収する為だと思うぞ。

 しかし二人とも自然と周囲に合わせて戦う気になっているな。

 切り替えの早さは流石だ。

 いや、流石なのはこの二人だけではない。

 他の代表達の動きにも変化が生まれ始めていた――

 

 

 

 

 

 

「ハンマーでも持ってくれば良かったアル!」

 

 近接組が斬りかかる。

 

「下がれっ!」

 

 一撃離脱、ひと当てして下がると間髪入れず中距離組が射撃で牽制。

 囲む様に撃つのではなく、着弾箇所を集中することでゴーレムの意識を引き付ける。

 

『ゴーレムゥ!』

 

 叩き潰す様に中距離組に向かって棍棒を振り下ろされる。

 だが上から大質量の物体が落ちてきてもISなら回避は余裕だ。

 中距離組は落ち着いて回避行動を取る。

 逃げた先にはアダムズが戦車砲を構えていた。

 追撃しようとするゴーレムの背中にミサイルが着弾。

 

『ゴーーーレムゥ!』

 

 ゴーレムが背後を振り返り、後続のミサイルを棍棒で振り払う。

 

「ナイスッ!」

 

 振り返った事で背中を見せたゴーレムに向かってアダムズの戦車砲が火を噴く。

 

『ゴレムゥ!?』

 

 着弾し巨体が揺らぐ。

 

「いくサ!」

 

 そしてまた私達が斬りかかる。

 全員が動きを合わせていた。

 この敵を相手に個人プレイに走る人間は一人もいない。

 各々が自分の手札で出来る事をし、味方が生きるように動く。

 試合前はチームプレイなんて無理だと思ったが、それは勘違いだったようだ。

 敵を倒すという目的の為なら、私達は協力できる。

 というか、ポイント云々以前に倒さないとならないのだ。

 私達の心の中にある気持ちはみな同じだ。

 

 16人掛かりで倒せもしなかったら色々と問題だ!

 

『ゴーレムゥ!』

 

『ゴレムゥ!』

 

『ゴーーーレムゥ!!』

 

 神一郎の悲しい悲鳴が響く。

 もどかしいだろうな。

 動きが遅く、敵を深追いする事もできない。

 神一郎自身が操縦出来ればこうも簡単に翻弄されなかっただろうに。

 

「このままじゃヤバいサ。勝負的にも、試合内容的にも――」

 

 そうだな。

 このままでは倒しきれない可能性があるし、ポイント的に後衛組に勝てないだろう。

 なんとかしないとな。

 やはり目玉狙い――

 

「抉り取ってやるっ!」

 

 むっ、先を越されたか。

 トルコ代表がアーミーナイフ片手に飛び掛かる。

 やっぱり狙いたくなる目をしてるよな。

 

 カシャン

 

 ゴーレムの……人間で言えば眉毛くらいの場所に穴が空いた。

 それも知ってるぞ、バルカンだろ?

 

「くそっ!?」

 

 トルコ代表は慌てて回避した。

 近距離で食らえば流石に無傷とはいかない攻撃だ。

 そう簡単に目玉を抉らせないか。

 ならば――

 

「アーリィー、飛蘭、私に考えがあるんだが乗らないか?」

「ん? 千冬からの申し込みとは珍しいサ。もちろん乗るサ!」

「同じくアル」

 

 内容くらい聞いてから判断してほしい。

 まぁ説得に時間を割かないから楽だが。

 

「――――といった作戦だ。この作戦は三人の連携が肝なんだが、どうだ?」

「面白い……面白いサ」

「確かに面白い」

 

 二人とも笑顔が怖いぞ。

 特に飛蘭はキャラを忘れるな。

 

「だけどその作戦を行うには隙が欲しいサ」

「そうだな。だから頼んでみようと思う」

「頼む?」

 

 アーリィーが怪訝な顔をする。

 そうだ、頼むんだよ。

 頼もしい仲間達にな。

 

『こちら日本代表の織斑千冬だ。あのデカブツに大技を決めたいんだが、誰かアレの動きを少しでも止めれないか?』

 

 まだ奥の手や搦め手の類を持ってる国家代表は絶対に居るはずだ。

 普段なら答えてくれないだろう。

 だが今は出し惜しみしてる場合ではない。

 全員とは言わないが、何人かは手を貸してくれるだろう。

 

『ちょっと失礼するヨ。その話は長くなるカ? こちらは攻撃するしか能がないから攻撃を続けたいんだガ』

 

『問題ない。時間稼ぎにもなるし興味のない人間は攻撃を続けてくれ』

 

『作戦があるなら邪魔はしなイ。なのでこっちは時間稼ぎ役をするサ』

 

 そう言って韓国代表が攻撃を再開。

 数人の国家代表がそれに続く。

 時間稼ぎ役を買って出てくれた彼女達に感謝だな。

 

『答:IS捕縛の為に開発したロープを所持しています。ですがあの巨体なので動きを止められる時間は僅かかと。それと設置に時間が掛かります』

 

『こちらギリシャ代表。電撃がどの程度効果があるかは分かりませんが、良くて行動の阻害、悪くても視界を奪えると思うのでカナダ代表を援護します』

 

 返事をしたのは中衛で射撃をしていた二人。

 カナダ代表のアリア・フォルテとギリシャ代表が協力してくれるらしい。

 カナダ代表は対IS用のロープ、そしてギリシャ代表はモンド・グロッソ二日目で見せた電撃か。

 ギリシャ代表はともかく、アリアが最終日を前に新装備を見せてくれるとは――自らメリットを潰す気構えに免じて昨日の事は水に流そう。

 

『次のターンで仕掛ける。後衛組は暫く攻撃を控えて欲しい』

 

『了解ですわ』

『――了解した』

 

 エラを含め一部の人間からは返事がきた。

 答えない人間も特に反対ではないようだ。

 

『ギリシャ代表』

『ソフィア・メルクーリです。どうぞソフィアと』

『ではソフィア、私達と一緒に前に出てもらう。カナダ代表はタイミングを待っていてくれ』

『了解です』

『了解:』

 

 私達のグループにソフィアが合流。

 アリアは私達からやや後ろで待機している。

 もう一押し欲しいな。

 

『アダムズ』

 

 オープンチャンネルでは個別のチャンネルでアダムズに話しかける。

 

『あ、もしかして出番あります?』

 

『あぁ、お前にはあの盾を頼みたい。合図をしたら撃って欲しいのだが、頼めるか?』

 

『あのIS、動きは鈍いくせ砲弾だけはしっかり盾で防ぐんですよね。了解しました』

 

 一定以上の速度か質量を持つ物体を優先して防ぐ仕様なんだろうが、そこを利用させてもらう。

 

『それと万が一は助力を頼みたい。チャンスがあったら撃ってくれ』

 

『ふんわりした指示に恐怖を感じるのですが?』

 

『合図を出す余裕がないかもしれない。まぁお前なら大丈夫だろうから自分の判断で撃て』

 

『私に対して厳しくないですか!?』

 

 無茶振りは信じてる証だよ。

 いざとなったら頼んだ。  

 

「準備は整った。問題は私達のコンビネーションだが、大丈夫か?」

「一番美味しい役を貰ったからには気合入りまくりサ!」

「千冬サンと協力プレイとか滾るネ!」

 

 自信あってなにより。

 三人の中で初手の私が一番簡単な役目なのが申し訳ない。

 だが互いの能力を考えるとベストなんだから仕方がないんだ。

 

 囮役を買って出た代表達にゴーレムが棍棒を振り回す。

 丁度私達に顔を向けている。

 こちらから動くのは……良くないか。

 周囲の国家代表達にもしっかり見せ場を作らないと。 

 

『ゴーレムの背中が見たい。後衛組、頼む』

 

 返事はない。

 だが仕事は雄弁だ。

 ゴーレムの背中にミサイルが当たり、ゴーレムの注意が背後に逸れた。

 私に指示されるのは癪だから返事はしないが、倒せず負けるのは嫌なんだろう。

 

『これより突撃する! 各機、手出しは控えてくれるとありがたい!』

 

 オープンチャンネルで作戦開始を宣言。

 

「よし、行くぞ!」

 

 私、アーリィー、飛蘭、ソフィア、アリアが一列になってゴーレムに向かう。

 ゴーレムは私達の接近に気付いたのかゆっくりと振り返る。

 

『アダムズ!』

 

『イエスマムッ!』

 

 アダムズの砲撃。

 基本的にはゆったりした動きのゴーレムがこれには過敏に反応する。

 素早く盾を持ち上げ砲弾を防ぐ。

 ここがチャンスだ!

 

「飛蘭! アーリィー!」

「任せろサ!」

「手筈通りにヨ!」

 

 砲弾を防ぐために掲げられた左腕、その腕に飛びつく。

 だがそんな事には気にも留めなず敵を叩き潰す為の棍棒を振りかざす。

 その右腕には飛蘭が飛び掛かる。

 右手に飛蘭、左手に私だ。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ISの良いところは体勢に縛られない事だ。

 腕にしがみ付いてる今の状況、生身ならどうにも出来ない体勢だが、ISなら違う。

 ブースターを全開にして腕を押し込む。

 飛蘭も私と同じ事を右腕でやっていった。

 両腕を押し込まれ、ゴーレムの姿勢が後ろに崩れた。

 

「倒してやるサッ!」 

 

 体勢が崩れた所でアーリィーの拳がゴーレムの額に命中する。

 

『ゴレムゥ!?』

 

 ゴーレムが大きくのけ反る。

 だが倒れるまではいかない。

 二足歩行のロボットは人間と違って倒れかけたら倒れない様に姿勢を制御することが出来ないと聞いたが、ゴーレムは機械仕掛けの癖に倒れない様に踏ん張っている。

 流石は束製だ。

 だが問題はない。

 保険があるから。

 

『自分の役割を理解しました。ここ――』

 

『ゴッ!?』

 

 ゴーレムの踵にアダムズの砲弾が直撃。

 姿勢が崩れてたせいで防げなかったようだ。

 

『ゴーレムゥ!』

 

 崩れかかった体勢にダメ押しの砲撃。

 ついにゴーレムの巨体が地面に倒れた。

 上手く行ったな。

 

「ソフィア!」

「はい!」

 

 巻き込まれないように離れると、入れ替わってソフィアがゴーレムに近付き、その大きな眼球の前で傘を開いた。

 

「“ゼウス”ッ!」

 

 雷が光り、ゴーレムの体表に電撃が走る。

 

「止まった……サ?」

 

 金属が焼ける匂いがする中、アーリィーがゴーレムの頭を蹴って反応を見ている。

 電撃を浴びたゴーレムは確かに沈黙している。

 だが束が作ったゴーレムがこうも簡単に倒せるはずないんだよなぁ。

 

「アリア・フォルテ!」

「了解:」

 

 彼女が持ってるのは水中銃と呼ばれるものに近い形をしていた。

 スピアガンとも呼ばれているな。

 先端には二本の矢が装着されていて、放たれた二本の矢は途中で分かれて地面に突き刺さる。

 二本の矢はロープで繫がっていて、そのロープをもってゴーレムを地面に縫い付けた。

 次々と矢が撃たれ、ゴーレムはまるで小人の国に迷い込んだガリバー状態だ。

 

『ゴレムゥ?』

 

 首を軽く持ち上げてキョロキョロと周囲を見渡す姿は少し可愛いな。

 だが哀れでもある。

 

『ゴーレムゥ!』

 

 ジタバタと動き起き上がろうと藻掻いている。

 うん、足止めは成功だな。

 足搔くゴーレムを尻目にアーリィーと飛蘭、二人と一緒に空に上がる。

 

「さて、ここまでお膳立てされて失敗なんて許されない。準備は?」

「いつでもいいサ」

「同じく」

 

 よろしい。

 ならば始めようか。

 

 ブレードを上段に構える。

 刀とは腰で斬るものだ。

 だがISの空中戦では武術の理はほとんどが無意味。

 剣術、武術の類は地面に足を着けて行う事が前提だからだ。

 だからこそ、私達国家代表はISなりの戦い方を考えなければなれない。

 瞬時加速の突進力と重力を味方につけ、いざ!

 

「カァァァッ!!!!」

 

 狙うは膝関節。

 瞬時加速で降下した勢いをそのままにブレードを振り落とす。

 

 ギンッ!

 

 噛んだ! ブレードが少しだが確実に装甲に食い込んだ!

 

「飛蘭!」

「応ッ」

 

 ブレードの真上からフェイの偃月刀が叩き込まれる。

 長物の特性。

 遠心力を破壊力に変えた一撃はブレードを押し込んだ。

 

「アーリィー!」

「いくサァァァァ!」

 

 最後はアーリィー。

 彼女の仕事が一番難しい。

 力の掛け方を少しでも間違えれば、私のブレードとフェイの偃月刀は折れてしまう。

 だがアーリィーの技量は並みではない。

 真っ直ぐ突き出された拳が偃月刀を打ち抜き、遂にゴーレムの関節を切断した。

 

『ゴーレムゥ!?』

 

「よし!」

 

 ゴーレムの膝から先が地面に転がると、周囲の観客から歓声があがる。

 これが私の考えた作戦。

 私が初撃で刃を食い込ませ、フェイが追撃で刃を更に奥へ、そしてアーリィーがダメ押しの一撃で装甲を断つ。

 動かれていてはこうも上手くはいかなかった。

 協力してくれた皆に感謝だ。

 

「千冬!」

「了解だ!」

 

 ゴーレムは未だに束縛から逃れられていない。

 一気に叩く!

 

『ゴレムゥ!』

『ゴーレムゥ!』

『ゴゴゴ……』 

 

 残りの足と両腕を切断。

 ゴーレムは地面に転がったまま短くなった手足を必死に動かしている。

 ……うん、絵面が悪いな。

 

「面白い事してんじゃねーか! オレも混ぜろよッ!」

 

 トルコ代表が近付いてくる。

 混ぜろと言われても、もう斬る場所は――

 

「さっきやられた分、利子付きで返してやるッ!」

 

 トルコ代表がアーミーナイフをゴーレムの首に突き刺す。

 

『ゴーレムゥ!?』

 

「フハハハハハッ!」 

 

 よく見ると普通のアーミーナイフではないな。

 刃が回転している。

 ナイフ型のノコギリか?

 ゴーレムは首筋から火花が散らしながらバルカンで追い払おうとしているが、地面に倒れた状態で上手くいかず無意味だ。

 

「くくっ」

 

 トルコ代表が笑いながら解体作業に入っている。

 余程うっぷんが溜まっていたのかとても楽しそうだ。

 

『ゴー……』 

 

 斬り離れたゴーレムの首が地面を転がる。

 ん、なんだ……本体が身体の中央で良かったな。

 四肢切断に首チョンパ。

 目玉を抉り出すより危険の絵面になってしまったが、なにもかも束が悪いと言う事で。

 さて、私達の出番はここまででいいだろう。

 

『後衛組、後は頼んだ』

 

 短い手足で必死に起き上がろうとするゴーレムを残して距離を取ると、それを合図に四方からゴーレムに向かってミサイルが放たれる。

 

『ゴ……ゴゴッ』

 

 まだ喋れるのか。

 神一郎視点から見る光景は絶景だろうな。

 

『ゴーレムゥゥゥゥ!!』

 

 爆音が神一郎の悲鳴を掻き消し、光りがアリーナ会場を覆う。

 煙が晴れた後に残るのは――

 

『ゴ……レム……』

 

 もはや原型の分からない黒焦げの物体だった。

 

 




近接三人娘「三人寄れば文殊の知恵!(赤バスター三枚)」

 
 before

 ゴーレムtypeサイクロプスは無人機のプロトタイプである。
 大型で動きは鈍いが、体内にIS適合者を生体部品として搭載することで休みなく戦い続けられる。
 装甲は篠ノ之束が開発した無重力合金製。
 地球上に存在する現存する金属とは一線を画す硬度を持つ。
 武装はシンプルならがも威力が高く、まともに当たれば現在のISでは致命的である。
 だが搭載されているAIレベルが意図的に低くなっているので対処は用意。
 固く、硬く、堅い。
 ミサイルや銃弾程度は物ともしない装甲が強みである。



 after
 
 四肢切断
 首切断
 胴体丸焦げ


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モンド・グロッソ⑮

た「お疲れしー君。生きてる~?(球体のドアを開ける)」
し「…………(涙と吐瀉物にまみれた物体X)」
た「お邪魔しました~(そっとドアを閉める)」


「はぁ~さっぱり」

 

 タオルを頭に乗せたままシャワー室から出る。

 ここはデ・ダナン内の俺の部屋である。

 内装はシャワー付き6畳一間の1Kアパート。

 台所とトイレもあるよ。

 部屋にあるのは旅先で買った土産品だ。

 アイヌ伝統の木彫り熊やミニトーテムポールなどが飾ってあります。

 まぁ物置小屋に近いが、部屋中央のちゃぶ台がそこそこの生活感を醸し出している。

 

「この篠ノ之束のを待たせるなんて偉くなったもんだね。私の時間を時給換算にしたらいくらになるか理解してないのかな?」

 

 で、ちゃぶ台の前で正座しながらお茶を啜る天災は一切の反省の色はないと。

 エジプトで買ったヒエログリフの石板を膝に乗せましょうねー。

 職人がイイ感じの石板に象形文字を彫った気合が入った一品です。

 

「重っ!? ちょこれマジの石板じゃん!?」

「一枚で足りなければマヤの石板も用意しますが?」

「まさかのシリーズものッ!? 調子乗ってすみませんでした!」

 

 束さんが背筋をしゃんと伸ばしながら謝罪を口にする。

 そうだよね。

 涙と鼻水と吐瀉物にまみれた俺に対して謝るべきだよね。

 

「やー、思ったより大変な仕事でしたよ。ミサイルが当たると衝撃で視界が回る上に周囲は火

しか見えないし、国家代表の人達は殺意マシマシで銃口向けてくるし」

 

 いざって時の為に買っておいたアレが確かこの辺に。

 お、あったあった。

 

「安全性はちゃんと確保したんだよ? ミサイルだって電撃だって効かなかったでしょ?」

 

 それとスケベ椅子にローションも必要か。

 

「電撃食らった瞬間、まるでブレーカーが落ちたかの様に周囲が暗くなって終わったと思ったんですが?」

 

 冷蔵庫にあるもので使えそうなのは――マヨネーズと人参だな。

 

「でも無事だったでしょ? ギリシャ代表に電撃があるのは知ったから、その対策はちゃんとしてたもん」

 

 無事って“俺の身は”だよね。

 確かに球体内までは電撃はこなかった。

 だが俺は、視覚内に電撃が広がってまるで電撃に包まれるという得難い経験をしたのだよ。

 ゲームやアニメに出て来る電気使いが使う必殺技みたいだった。

 たぶん【蜘蛛糸嵐電巣(サンダーウェブ)!】とか言いながら撃って来るやつ。

 もう恐怖通り越して感動だよ!

 あ、クモの糸もいいね。

 釣り糸も使おうっと。

 

「ところでもうそろそろツッコんでいいよね。ちゃぶ台の上に並んでる怪しげな品の数々はなんなのかなっ!?」

 

 ふっ、聞くまでもないだろう。

 

「写真撮影に使うアイテムですがなにか?」

「そんな怪しげな品を使う写真ってまともなの!?」

「まともだよ。グラビアアイドルだって少年誌のカラーページでスケベ椅子に座ってたり、ローションでヌルヌルだったりする写真載せてるし。いたって普通の光景だね」

「日本の少年誌おかしくない!?」

 

 健全です。

 グラビアがないジャ〇プだってちくび券があるしね。

 

「過激なのはやらないって言ったじゃん!」

「過激なポーズはしなくていいよ。ただアイテムを使うだけだから」

「ぬかった!?」

 

 口にマヨネーズを咥えていた状態で立ってもらったり――

 釣り糸でグルグル巻きにした状態で床に寝転んだり――

 シャワー室でローションぶっかけたりするだけだから。

 

 ポーズは普通でいいさ。

 だがアイテムは本気だ!

 俺の怒りをぶつけてやる!

 

「……童貞に対して寛容な心を見せるのも悪くはないよね」

 

 白髪のバニーガールが強気発言しながら睨む姿はそそりますなぁ。

 そんな束さんに悪いニュースを一つ。

 

「束さん、これなんだか分かります?」

「ん? それってインスタントカメラ……はッ!?」

 

 ふふ、気付いたようだな。

 

「篠ノ之束は間違いなく天才である。だが弱点は存在する……そう! それはアナログだ!」

「くそっ!」

「ネット上の写真、データ媒体、束さんなら鼻歌まじりで消せるだろう。だがWi-Fi機能もBluetooth機能もないインスタントカメラではどうしようもあるまい!」

「その弱点に気付くとは……!」

 

 万が一の時はデータを消すとでも考えてたんだろ?

 だがさせん!

 この写真はお宝として守ってみせる! 

 

「そろそろお喋りはやめて始めましょうか」

 

 まずは人参からだ――

 

「ところでこの石板はいつまで乗せてれば……」

「暫くはそのままで」

「アッハイ」

 

 立ち姿を撮る時まではそのままです。

 ではではこの人参を――

 

「ぐもっ!?」

 

 束さんの口にぶち込む。

 

「ちょ……くるし…ぐえっ……!?」

 

 人参の先っぽが喉の奥に当たるのは苦しいだろうね。

 でもね、俺はもっと苦しかったんだよ?

 

「や、やめて……おえッ!」

 

 顔を真っ赤にしながら涙目で睨む束さんはとても官能的だ。

 喉の奥を人参でゴリゴリしましょうねー。

 

「おくはやめっおぐえっっ!!!」

 

 はいちーず。 

 

「助けてちーうお゛えっっっ!」

 

 カシャ

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 む?

 

「どうかしたか?」

「いえ、なんでもありません」

 

 一瞬束の声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思い正面に顔を向ける。

 正面のソファーに座るのは、少し前まで束に監禁されていた国会議員でありモンド・グロッソ実行委員会の国枝さんだ。

 競技が終了した私は呼び出され、こうして彼の部屋で向かい合っている。

 話の内容はお察しだろう。

 

「無事解放されてなによりです」

「心配をかけたようだな」

 

 国枝さんは50過ぎの男性だ。

 ずっと着たままだったのだろう、少しよれたスーツ姿のままグラスに入った酒を煽る。

 それはもう疲れた顔をしていた。

 

「実行委員会の方々を軟禁したのはやはり束ですか?」

「そうだ。競技の内容を決める会議をしてる最中に乱入してきて、そのまま閉じ込められた」

 

 束の友人として頭を下げたい。

 だが表向きは他人なのでそれはできない。

 ただただ罪悪感が募るばかりだ。

 

「会議室にはトイレもあったし、小さいが給仕室も備わっていた。シャワーはなかったが、一晩くらないならやり過ごせたのが救いだ」

「随分と設備が整ってますね。もしや初めから……」

「委員会の人間を監禁するのは篠ノ之博士の計画だったのだろう」

 

 一般的な企業などが使う会議室は知らないが、流石にトイレは付いてないだろう。

 たぶん計画的だ。

 

「それで、私はなぜ呼び出されたのでしょう?」

「会議室に閉じ込められた時、全員が外との連絡を絶たれた。電話も通じず、暇を潰するのは篠ノ之博士は用意した動画だけだった」

「動画ですか」

「そうだ。一番最初の動画の題名は【束さんVSアメリカ】だった」

 

 なんかもう嫌な予感しかしなんだが。

 あの馬鹿はなにをしてるんだろうな?

 

「内容は篠ノ之博士がアメリカと戦争した場合のシミュレーションをCGで描かれたものだったんだが」

 

 グラスを持つ手が震えている。

 よっぽどな事があったんだろうな。

 聞きたくないが、聞かない訳にはいかない。

 

「まず家族の団欒が映ったんだ。ほのぼのとした食事風景だった。だが父親が電話を取った瞬間に様子が一変する」

 

 国枝さんが語り口調で話し始める。

 

 慌てて家を飛び出す父親とその様子を見て心配そうな顔をする家族たち。父親が向かった先は軍事基地だった。

 車でゲートを通り、施設内を歩いて向かった先は作戦会議室と思われる場所。

 そこでは軍人が慌ただしく走り回り、壁には大型のディスプレイがあり、アメリカの地図が映っていた。

 その地図には青い点が多数あるんだが、西海岸にあるいくつかの点が赤いんだ。

 そして少し時間を置くとその周囲にあった青い点が赤に変わる。

 この辺で察しがついた。

 あの点は軍事基地で、赤の点は落ちた基地なんだと。

 そこから視点が変わった。

 次に映ったのは篠ノ之の後ろ姿だ。

 どかこかの軍事基地の正面に立つ篠ノ之博士が手を振るうと、ミサイルポッドがずらりと並んだ。

 放たれたミサイルは雨の様に基地に降りかかり、火の手が上がった。

 異変に気付いた軍人が篠ノ之博士に向かって走るが、その全てが途中で崩れ落ちてそのまま立つことがなかった。

 そう、毒だよ。

 自分には効かない毒を周囲に巻いてたのさ。

 理にかなってると思わないか? 防弾ベストだろうが防刃ベストだろうが、毒には無意味だからな。

 もちろんガスマスクを装備した人間も居たが、篠ノ之博士が相手の顔面に落ちてたコンクリ片を当ててノックアウトしてたよ。

 そうこうしてる内に篠ノ之博士の目の前にISが立ち塞がる。

 これでどうにかなると思うだろ? でもダメだった。

 一瞬でISに近付いた篠ノ之博士は、ISに飛び掛かって装甲を素手で剥がしはじめたんだ。

 ISの操縦者は必死に抵抗するが、あっと言う間にISを剥がされた。

 自分は男だから知らないが、ISの装甲はエビの殻の様につるりと剥けるものなのか?

 そしてまた視点が変わる。 

 今度は一人のアメリカ軍兵士の視点だった。

 彼が戦ってるのは巨大なIS。

 そう、君が戦ったあのゴーレムと呼ばれるISだよ。

 落とされる基地の数が多かったのは理由があったんだ。

 叫びながらゴーレムに向かって銃を乱射する姿はいっそ哀れだったよ。

 後は篠ノ之博士のワンサイドゲームだ。

 各地の発電所を破壊し混乱を呼ぶ。

 妨害電波で通信網を封鎖。

 アメリカ軍は篠ノ之博士を補足しようと奮闘するが、その足跡を見つけられず後手に回るしかない。

 最後は篠ノ之博士がホワイトハウスの前に立つ姿が映ってエンドロールだ。

 そうそう、委員会の彼が顔を青くした理由だがね、それは動画の最初に気付いたよ。

 なにせ動画に出て来る人物と彼の顔がそっくりだったからね。

 ちなみに、彼に聞いたら奥さんと子供の顔もそっくりで、家の間取りもまったく同じらしい。

 敵対してはいけない人物だと、そう改めて思ったよ。

 

 話しを締めくくり国枝さんがグラスに残ったブランデーを一気に飲み干す。

 私も酒を飲みたい。

 束はなんてシミュレーションをしてるんだ。

 

「その後はVS中国、VSロシアと続いた」

「内容はどれも同じですか?」

「壊し方の違いがあるが、どれも似たようなものだ。篠ノ之博士が国を破壊していく動画だ。どの国でも一方的にやられてお終いだよ。会議室の中は徐々に暗い雰囲気になってそれはもう酷い空気だった」

「心中お察しします」

「ちなみにVS日本戦では君と篠ノ之博士が一騎打ちをしてるシーンで終わりだった。万が一の時は期待している」

「……善処します」

 

 他の国は負けて終わりだったのに、日本だけは勝敗不明か。

 居心地が悪そうだ。

 

「そうそう、最後の動画は【束さんVS地球連合】だったよ。内容は一国を相手にするより悲惨な結果だ。聞きたいかね?」

「聞かなくても良いのですか?」

「ははっ、それは駄目だ。君には是非聞いてもらいたい」

 

 拒否権ないじゃないか。

 束案件はそうそう語る訳にはいかないので、話せる相手が限られる。

 だからといって選手を愚痴相手にしないでほしい。

 だが疲れた顔を見せる国枝さんにそんな事は言えないので、大人しく聞くしかないんが。

 

 

 まず初手はステルスミサイルでの奇襲だ。

 これはレーダーで捉えられないミサイルで、それによって大きな軍事基地の大半が沈黙した。

 その後は無人機のISでかく乱。

 国家代表や軍人の多くはそれの相手で封殺された。

 その後は毒だ。

 篠ノ之博士が作成した感染力と致死率の高い数種類のウイルスがばら撒かれた。

 それは接触感染や飛沫感染で広がり、更に蚊やネズミを媒体にする。

 なんとかワクチンを作ろうとするが、大手の研究機関は軒並みミサイルが撃ち込まれ沈黙。

 大気中にも毒は混ぜられた。

 篠ノ之博士は作物を枯らせる雨を故意に降らせる事ができるらしい。

 建物は崩れ落ち、大地は茶褐色に変わり、海では魚の死体で溢れる。

 そしていたるところで人間が腐っていく。

 そんな動画だ。

 篠ノ之博士曰く、土地や資源目的の昔の戦争ならともかく、今の時代“ただ殺すだけ”の戦争なら人類を滅ぼすのは簡単らしい。

 各国で手を結ぶ? 船頭多くして船山に上ると言うが、足並みが揃わず数の有利を生かす間もなく人間は死んでいったよ。

 正直言って、一人の人間をこうも恐れたのは初めてだ。

 

「と、まぁこんな感じの映像をひたすら見せられた」

「本当にお疲れ様です」

 

 こちらとしては頭を下げるしかない。

 何が怖いって誇張がないところだな。

 束なら全部普通に出来る事だ。

 そもそも束の居場所を特定出来ない段階で一方的な戦いになるのは仕方がない。

 モンド・グロッソのアリーナで、束VS国家代表で戦えば勝てると思う。

 だが囲われたフィールドもない場所で束に勝てる気はまったくしないな。

 

「束がそんな画像を見せたのは恐らく警告でしょう。政府の方で何か動きでもあったんですか?」

「これといってないな。他国は知らないが、日本政府は可能な限り刺激しない方針だ。金の卵を産むダチョウは殺さず飼うに限ると言うしな」

「家族に手を出さなければ束が日本を攻撃する事はないと思います」

「妹をなんとか愛国者にしようと画策する連中が居るが……」

「止めた方が良いでしょう。下手に手を出して寝てる虎の尾を踏む必要はないかと」

「あぁいった愚か者が必ず一定数存在するのは何故なんだろうな? 上に報告して対処するよう進言しよう」

 

 無駄な事はしないだろうから、きっと日本だけではなく世界中で束に対するなにかしらの動きがあったのだろう。

 それを察して脅したと思われる。

 まぁ神一郎がストレス発散のサンドバック役をやってるから、今の束なら下手に触らなければ危険はないはず。

 放置が一番だ。

 

「話しは以上ですか?」

「あぁ、長々すまなかったな。こちらの報告としての愚痴は以上だ」

「では失礼します」

 

 愚痴だという自覚はあったのか……

 

 

 

 

「とまぁそんな話しだった」

 

 約束した通り私は夕食を仲間たちと共にしていた。

 話題の内容は試合後に呼び出された件についてだ。

 

「それアーリィーも聞いたサ。イタリアは海に沈んだらしいサ」

「中国は初手政府高官暗殺で浮足立った所を各個撃破だったネ」

「アメリカは正面から叩き潰されました」

「イギリスは腐海に沈みましたわ」

 

 ちょっとイタリアとイギリスの戦いが気になるな。

 束は国を潰すのに同じ手を使ってないらしいが、どんば方法を取ったのか少し興味がある。

 

「お? このウサギ肉が思いのほか美味いな」

「お気に召して頂いた様でなによりですわ」

 

 ジビエなど初めてだからエラのおすすめを頼んでみたんだが、これはいける。

 硬いかと思ったが思いの外やわらかく、肉そのものは少し淡泊な味だが、ソースを絡める事で噛むごとに味が染み出て舌を喜ばせる。

 実に素晴らしい。

 

「ん、美味ヨ……やっぱり肉は血が滴るレアに限るアル」

「ジビエてレアって怖くないサ? む、このイノシシの赤ワイン煮込みは見事な味サ」

「エラさんが勧めてくれたのシカのすね肉なんですよね? 見かけは美味しそうですけど……」

「すね肉はじっくり煮込まれていて柔らかく、そしてコラーゲンたっぷりで美容にも良いのですわよ?」

「はむ……これは確かに美味しいですね」

 

 ナイフ片手に止まっていたアダムズがエラの一言で動いた。

 現金な奴め。

 

「それにしてもあの巨大ISを倒せてほんと良かったサ」

「倒せたのは良かったですけど、攻撃のほとんどが防がれてポイント的にはイマイチな結果だったのが残念でした」

「わたくしもですわ。同じ個所に銃弾を撃ち続けてなんとかダメージを与えましたけど、あの硬さは反則ですわ」

「アタシは千冬サンとの連携技でポイント美味しかったヨ」

「一位はエラに持っていかれたがな」

 

 ゴーレムは倒したものの、結局私の成績は3位で終わった。

 1位がカナダで2位が韓国だ。

 上位はほとんど団子状態。

 やはりコンスタンスにミサイルを当ててた後衛組はポイントが高かった。

 四肢切断のポイントは不明だが、おそらく三人で割ったポイントみたいだったしな。

 しかし手数、威力共に高い後衛組に喰らい付いただけでも上等だろう。

 

「そう言えば、総合優勝者にはブリュンヒルデと言う称号が送られるらしいですわよ」

「どういった経緯でそんな称号が……モンド・グロッソ委員会は思春期サ?」

「経緯は知らんが、個人的には嫌だな」

「そうなんですか? 織斑さんには合ってると思いますけど」

「ブリュンヒルデは物語の最後で恋人を殺すヨ。誉め言葉じゃないアル」

「そう言われればそうですね。あれ? 女性としては不名誉な称号では?」

「たぶん響きだけで決めたサ。深い意味はないはずサ」

 

 英雄シグルズを殺した戦乙女のブリュンヒルデか。

 束と昼ドラする気はないので遠慮したい称号だ。

 てか他意はないよな? 私に対するメッセージ性を感じるんだが……。

 気のせいであって欲しい。

 

「それと各競技一位の選手にはヴァルキリーの称号が送られるらしいですわ」

「戦士の魂を運ぶ者ですか。ちょっとかっこいいですね」

 

 この場に居る人間だと、私とアーリィー、エラが該当しているな。

 ヴァルキリーね……ブリュンヒルデよりはマシな称号か。

 

「うん? ヴァルキリーってワルキューレのことサ?」

「ですわね」

「確か北欧神話のワルキューレって、戦士の魂をヴァルハラに連れて行き、そこで戦士の面倒を見たりするのが仕事サ。給仕とか夜の相手も仕事の内だったような……」

 

 アーリィーが気まずそうに周囲の反応を見る。

 うむ、これはセクハラと訴えたら勝てそうだな。

 私のイメージだとヴァルキリーは戦う女性天使なんだが、それはあくまで日本で触れられるイメージなんだろう。

 戦士の魂を天上に運び、そこで面倒を見るのが仕事なのか。

 嬉しい称号ではないな。

  

「ところで千冬様」

「ん?」

「モンド・グロッソが終わったら是非ともイギリスに遊びに来てください。歓迎しますわ」

 

 イギリスか、一度はゆっくりと観光してみたいな。

 一夏と一緒に城巡りなど楽しそうだ。

 

「あ、抜け駆けはズルいサ。千冬、イタリアはどうサ? イギリスより美味しい食べ物はいっぱいあるサ」

「食べ物なら中国が一番ヨ。千冬サンは本場の中華に興味ないアルか?」

「甘いですね。アメリカに来ればイタリア料理だとうと中華だろうとなんでも揃います。もちろんそれ以外も大丈夫です。人種のるつぼは伊達じゃありません!」

 

 何故か四者四様で睨み合う。

 なんで牽制し合ってるんだお前たち。

 上の人間から懐柔するように頼まれたのかもな。

 ところで、なんか私に食いしん坊属性が付与されてるんだが?

 食べるのも好きだが、別にそれだけじゃないぞ。

 

「気持ちは嬉しいが、私はそうそう気楽に国外に出れる立場ではない。国家代表であると同時に束の関係者でもあるからな。専用機持ちの私が国を出ると言ったらきっと良い顔はしないだろう」

 

 と、それらしく言っておく。

 本音を言えば、一夏を連れて海外に行ったら束関連で狙われそうで怖いのだ。

 他国に興味はあるが、遊ぶのは一夏が巣立って束の周辺が落ち着いてからでもいいだろう。

 日本にだって行ってみたい場所は沢山あるしな。

 

「そうですわね、千冬様は普通の国家代表より難しい立場に居るのを忘れてましわ」

「残念だけど仕方がないサ。でもいつか日本に遊びに行くから、その時は案内して欲しいサ」

「それは良い考えアル。アタシも遊びに行くよ」

「もしかたら在日アメリカ軍の所で行くことがあるかもなので、その時はよろしくお願いしますね」

 

 なんかこう、優しい視線を感じる。

 真っ当な友人関係って本当に素晴らしいな。

 

「まだトーナメント表の発表がされてませんが、こんなにまったりしてていいのでしょうか?

 

 アダムズが食後のコーヒーに口を付けながらそう呟く。

 良いじゃないかまったり。

 私には貴重な時間だよ。

 

「問題ないネ。この場にいるメンツで、気心が知れたからといって拳が弱くなる人間は居ないヨ」

「飛蘭の言う通りだ。それぞれ目的や背負う物があるんだ、多少慣れ合ったとしても揺らがないだろう。お前は違うのか?」

「そうですね……私にとって気持ちの問題は二の次です。自分が格下だと理解してるので、誰が相手でも全力で戦うだけなので」

 

 元文学少女のセリフじゃないな。

 順調に洗脳されて……いや、私が口を挟むことではないか。

 

「最近の予定調和になりつつあるけど一応聞くサ。全員これから予定はあるサ? 夜の内に対戦相手の発表があるらしいけど、それまで待ってるサ?」

 

 食後のお決まりの言葉になりつつあるのは同意する。

 さて、食後の予定か。

 

「私はないな。今日は早めに休んで体調を万全にしておく。対戦相手が誰だろうと為すべき事は変わらないからな」

 

 少々体を動かしたい気持ちはあるが、そこはこらえて休むべきだろう。

 予定と言っても、早めに起きて試合に備えてのウォーミングアップをするくらいだな。

 本来なら対戦相手が決まってから、相手に対して戦略を練るのが正しいのだろうが……ワクワクして寝られなくなったら困るし。

 

「わたくしは暫く待機ですわ。対戦相手が決まってからミーティングする予定ですので」

 

 エラは王道パターンだな。

 

「先輩方が今日までの試合データを元に15種の戦闘パターンを考えてくれたので、私は普段通り自主練するだけですね」

 

 こっちはバックアップが万全組か。

 すでに全ての国家代表に対する戦術は出来上がっていると。

 

「アタシも同じアル。すでに準備は――ちょっと失礼」

 

 飛蘭が携帯電話を取り出しなにやらチェック。

 画面を見てニンマリと笑った。

 

「予定が生えたアル。これから一緒に訓練場ネ」

「私ですかっ!?」

 

 隣に座るアダムズの肩に飛蘭の手が乗せられる。

 ウキウキとした良い笑顔だ。

 

「中国とアメリカでやり取りがあったみたいヨ。何故か中国拳法を教える事になったアル」

「……見様見真似ですが出来ますよ?」

「しっかり基礎から教えるアル」

「お手柔らかにお願いしますね?」

「安心するヨロシ。人体という名の建物の仕組みと、簡単な壊し方を教えるだけアル」

「言葉が不謹慎っ!」

 

 良かったな、効率よく教えてくれるみたいだぞ。

 アダムズはボクシングや空手などより中国武術の類が合うだろう。

 一晩でどこまで仕上げてくるか期待だ。

 

「ん~二人の修行も楽しそうサ……」

「邪魔は駄目ネ」

「見てるだけでも?」

「駄目アル」

「了解。アーリィーは大人しくしてるサ」

「お前は練習や訓練はしないのか?」

「アーリィーも千冬とやることは同じサ。懐に飛び込んで殴る! 以上! だから作戦会議とかないサ」

 

 逆に清々しい。

 だがアーリィーはモンド・グロッソ二日目に見せた投げ槍がある。

 意外と曲者なこいつのことだ、脳筋アピールしといて間合いの外から投撃などしてきそうだな。

 油断ならん。

 

「ところで、そろそろ食後のデザートにしませんこと?」

 

 とエラが切り出した。

 食後のデザートか……なんかこう、自分がそんなものを食べるのは女の子してるみたいで気恥ずかしいな。

 だけど別に悪い事ではない。

 収入も増えたし、織斑家にも食後のデザートという文化を取り入れるべきか?

 一夏は自分でおやつなど買わないし、きっと喜ぶだろう。

 

「色々種類があるんですね。……アイス、パイ……むぅ」 

 

 アダムズがメニューを見ながら悩む。

 確かに色々と種類がある。

 

「なんならバラバラに頼んで少しずつ分けるサ? マナー的な問題があるけど――」

「わざわざ顔色を伺わなくても怒りませんわよ。かしこまった席でもありませんし、問題ないでしょう」

「と、言ってるが、どうサ?」

「別に構わないアル。実はいちごタルトといちじくタルト、どっちにするか迷ってたヨ」

「なら私はいちじくにしよう」

 

 いちじくはスーパーやコンビニでそうそう売ってないからな。

 家ではあまり食べないものだし、興味があったので丁度良い。

 

「ならわたくしはバクラワにしますわ。トルコのパイですの」

「自分はこのロクマってやつにします。一口サイズの揚げドーナッツらしいので分けやすいですし」

「じゃあアーリィーはキュネフェにするサ」

「この写真のやつですよね。説明文を見てもよく分からないのですが、どんなデザートなんです?」

「口で説明すると……キュネフェは……甘いデザートタイプのピザ?」

 

 随分と悩んだ説明だな。

 

「ま、食べてみれば分かるサ!」

「甘いピザ……カロリーが凄そう」

 

 アダムズが悲しげな顔でお腹を撫でる。

 そんな心配しなくとても、この後に飛蘭との特訓があるんだから心配する必要はないだろうに。

 

「さて、デザートが来るまで時間がありますし、ここは千冬様の昔話でも――」

「私はエラに興味があるな。国家代表になる前はなにをしてたんだ?」

「わたくしに……興味っ……!?」

 

 悪いが私に語る事はない。

 楽しい思い出を語ると登場人物に束と神一郎が混ざるからだ。

 そんな訳でエラ、頼む。

 

「千冬様がそう仰るなら仕方がありませんわ。国家代表になる前のわたくしは――」

「あれ、千冬が話を変えただけじゃないサ?」

「しっ、本人が満足してるようなので、そのままにしておきましょうよ」

「千冬サンの背後には怖い存在が居るし、きっとこれが正解よ」

 

 ヒソヒソと話す三人、一応はエラの話を聞いてやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ」

 

 自室のドアの前で思わず悪態をつく。

 仲間たちと共に食事をし、ガラにもなくデザートの分け合いなんかをして楽しく過ごして戻ってきたというのにこれだ。

 

 ――部屋の中に誰かが居る。

 

 気配は消してるが、きっと姿は隠していない。 

 中で待ち構えいるな。

 日本のスタッフではない。

 もちろん束でもない。

 空き巣などの犯罪者にしては気配の消し方が慣れすぎている。

 誰か人を呼ぶ……駄目だな。

 相手の素性が知れない以上、犠牲者が出るかもしれん。

 ISを所有してる可能性を考えるべきだろう。

 ならば、自分がこのまま行くしかないか。

 

 

「こんばんわ。織斑千冬さん」

 

 

 私を出迎えたのは一人の女性。

 胸の部分が大きく開いた、赤いドレスを纏う金髪の女性が待ち構えていた。

 

 




次回、久しぶりに原作キャラの登場です。

約束された勝利の報酬

①人参を咥えるバニーガール(涙目で睨んでいる)
②釣り糸で縛られたバニーガール(今にでも殴りかかってきそうだ)
③ローションをぶっかけられるバニーガール(視線だけで人を殺せそう)
④その状態でスケベ椅子にお座り(目に諦めの色が出てきた)
⑤頭からマヨネーズ(感情が死んだ)


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モンド・グロッソ⑯

皆さん忘年会や新年会やります? 
もし久しぶりに同級生に会う方がいれば注意してくさだい。
 
~~これは作者が体験した本当の出来事である~~

友人A「転職大成功で車買った。自動運転スゲーよ」
一同「マジで!? 今度乗せてくれよ!」
友人B「週末にメイド喫茶で働いてる子とデートします」
一同「羨ましい! 今度詳しい内容聞かせろよ!」
友人C「売り子としてだけど夏コミに参加するんで遊びに来てね」
一同「ついに仲間内から参加する側で出たか! 遊びに行くよ!」
作者「ソシャゲ(マイナータイトル)のPVPでランキング100以内に入って、今はギルドランキング一位のギルドに所属してる」
一同「へ、へーそうなんだ。凄いじゃん(乾いた空気)」

敗北! 圧倒的敗北!
給料自慢VSリア充自慢VS人脈自慢VSオタク自慢はオタクの完敗!
学生時代に仲が良かったオタ友が社会人になってから急成長してる場合があるから迂闊な発言はするなよ!
人間なんてしょせんマウントを取り合う猿なんだよ!(涙目)


 熱いシャワーを頭から浴びる。

 ドロドロとした液体がお湯と一緒に排水溝に流れていく。

 

「許さない……」

 

 シャンプーで髪をごしごし。

 熱のせいか白い塊となったマヨが手に付き泣きたくなる。

 

「絶対に許さないんだから……」

 

 ボディソープで身体を洗う。

 石鹸ではないぬるぬるとした液体が皮膚を刺激する。

 

「ぐす……」

 

 我慢……が、まん……

 

「できるかーァァァァ!!」

 

 くっさい! ここめっちゃくっさい!

 マヨネーズの香りに包まれてるよ私!

 換気扇が回ってるけど全然だよこれ!

 マヨ臭が目に染みる! しかもシャンプーの香りと混ざって最悪な香りだよっ!

 髪からマヨが取れない! ローションが皮膚にへばり付いてる!

 おのれし-君! 絶対に許さないんだから! 乙女の身体をなんだと思ってるんだ!

 

「すーはー」

 

 落ち着け。

 怒りの感情に任せて動くのはよろしくない。

 深呼吸してマヨ成分を思いっきり吸い込んでむせそうだけど我慢だ私! まずはしー君の行動を予測だ!

 

 まずしー君は私がシャワーを浴びてる最中に逃げてるはず。

 お仕置きが怖いんじゃなく、インスタントカメラを守る為に逃走するはずだ。

 ISで飛んで山の中に埋める。

 飛んでる途中で人気のない場所に投げる。

 どんな方法で隠すのかな?

 ふふっ、隠そうが埋めようが無駄な事。

 すでにしー君は衛星カメラでロックオン済みなのさ!

 好きに動いて無駄な努力をするがいい! 

 インスタントカメラを回収したらじっくりお仕置きしてやる!

 

 トントン

 

「へあ?」

 

 ノック? なんでノック? 誰?

 

『湯加減はどうですか』

 

 しー君!?

 外に出てから戻ってきたにしては早すぎる。

 となるとダナンのどっかに隠したのかな?

 

「マヨの匂いが目に染みて酷い惨状だよ。今すぐ誰かを殴りたい」

『それはそれは……聞いてるだけで笑顔になるねッ!』

「こんにゃろう――ッ!」

 

 おーけーおーけー。

 もちつけ私。

 天災はどんな時でもクールに。

 

「余裕だねしー君。この期に及んで挑発だなんてなにか策でもあるのかな?」

『いえ? ただ束さんが俺の部屋でシャワーを浴びてる状況を楽しんでるだけですが?』

「まじでっ!?」

『俺は今、生まれて初めて女の子がシャワーを浴びてる音を聞いてる! 感謝! 圧倒的感謝!』

「ばっかじゃないの!?」

 

 この期に及んでする事がシャワーを浴びてる音の盗み聞きだとぉ!?

 理解不能! 童貞の考えは本当に分からないよっ!

 

『束さんは視覚だけじゃなく聴覚も楽しませてくれる最高の存在だよね。密閉空間特有のくぐもった声とシャワーの音が混じって控えめに言って興奮する』

「変態だー!?」

 

 気持ち悪い!

 なにこの生き物? 私は天才にして天災であるから、どんな称賛も賛美も当然の様に受け止めるけど、これは無理!

 

『変態とは失礼な。束さんだって千冬さんがシャワーを浴びてたら興奮するでしょ?』

「まーね!」

 

 ちーちゃんがシャワーを浴びる音なら興奮するよ!

 でもここまで気持ち悪くはないよね?

 よし、今は無視しよう。

 まずは汚れを落とし、それからしー君を処す。

 逃げ回るしー君を追い掛け回し、組み伏せた後に目の前でカメラを叩き潰してやる!

 アナログが弱点? データだろうと物体だろうと破壊すれば全部一緒なのさ!

 

『とまぁ二割は嘘なんですけどね』

「ほとんど本気じゃん!?」

『で、残り二割は……宣戦布告です』

「ふへ?」

 

 宣戦布告? それはつまり……私相手に本気で戦おうと? しー君が? ほーん?

 

『今までの俺たちの関係なら、この後に俺が束さんに数発殴られてお茶を濁す。そんな感じだと思います』

「まぁそうだね」

『でもそんな間柄を本当に友人って言えるのかな? 俺は篠ノ之束という存在に絶対に勝てないと自覚してるからこそ本気の喧嘩が出来ないんじゃないかって、そう思うんです』

「……つまり?」

『束さんの友達を名乗るなら、一度はとことんぶつかるべきじゃないかと、そう判断しました』

「なんで覚醒イベント起こしてるの!?」

 

 そりゃね、私としー君が本気で喧嘩したら勝敗なんて明らかですよ。

 マジでやったら『やめてよね。しー君が私に勝てるはずないだろ』ってセリフが飛び出ること間違いなしです。

 私が譲って初めて対等なのだ。

 しー君の気持ちは嬉しい。

 きっと普段なら、この後は私がしー君をしばいてカメラ回収で終わり。

 そうなるだろうね。

 って事はだ――

 

 こいつカメラを渡したくないからって本気で歯向かう宣言してやがるっ!

 なんか語ってるけど、絶対に写真は渡さないって言ってるだけじゃん!

 

「宣戦布告は受け取った。本気で私と戦う気なんだね?」

『束さんには理解出来ないでしょうね。白髪バニーが股間に直撃する男の気持ちなど……』

「まったくもって理解出来ないね!」

 

 そこまでなの?

 いや私は絶対的な美少女であり、最近は身体の成熟によって大人の妖艶な魅力を持ちつつあると理解してるけど、こんなに狂うほどなの?

 

『カメラは渡さない』

 

 しー君の気配が遠ざかる。

 なんか予想外の展開だけど、明日のちーちゃんの試合が始まる前に丁度いい暇つぶしができたと思えばいいか。

 さてさて、私の本気と戦おうと言ったしー君だけど、勘違いしてるよね?

 戦う戦わないは弱者が決める事じゃない。

 戦いになるのか、それとも一方的な暴力になるのかは強者の出方しだいなのだよ。

 しー君ごときがさぁー、私と戦うとかさぁー、身の程を知れって感じだよねー。

 な、の、で――

 

「ダナン、しー君は艦内に居る?」

 

 この船の心臓部でありISコアであるダナンを呼び出す。

 

『艦内をセンサーでチェック・・・対象は艦内に存在しません』

 

 未来の世界では音声で指示ができるスマート家電なるものがあるらしいね。

 一般家庭に存在する物がこのデ・ダナンにないはずはない!

 篠ノ之束は未来を生きる女なのだ!

 なおダナンの存在はしー君には秘密にしている。

 ほら、しー君は変な言葉を教えたりしそうだから。

 

「しー君は艦の外に出たみたいだね。それならダナン、君にお仕置き衛星『兎の鉄槌』の使用権を譲渡する。出力は30%で固定、陸地に上げない事を第一に対象を半殺しにしろ」

 

『オーダー受諾・・・衛星にアクセス・・・成功。戦闘プロトコルから最適な戦闘パターンを模索・・・・・・』

 

 しー君にはダナンの経験値になってもらいます!

 逃げ足は速いしー君ならダナンの良い経験値になること間違いなし!

 

「あ、そうだ。しー君ならたぶん海中に逃げると思うから、その時は魚雷で海上に叩き出してね」

 

『イエスマム。これより対象に対し攻撃を開始します』

 

 んでこっちは流々武にアクセス。 

 コアネットワークを通してしー君の音声を拾う。

 どんな感じかなー。

 

『逃げだしたとたんレーザーとか殺意高すぎだろ!? だが陸地に上がれば攻撃してこないはず――ッ!』

 

 お、丁度良い感じに襲われてますな。

 さぁ! しー君の悲鳴を聞かせておくれ!

 

『海の中に逃げればレーザーなん……デ・ダナン!? 俺を追ってきた!? あ、待って、魚雷はやめ――ぐわーッ!』

 

 魚雷で海上に打ち上げられるしー君ワロス。

 ダナン、その調子で遊んであげなさい。

 

『俺は負けない! この程度で負けてたまるか! ローション塗れで白濁マヨを浴びた束さんの写真は絶対に守ってみせる!』

 

 その熱意をもっと他の事に使ってくれませんか?

 汚物はレーザーで消毒しましょうねー。

 

「ダナン、レーザー出力を35%にアップ」

 

『威力が上がった!? チクショウッッッ! 俺は負けないぞ篠ノ之束~~~ッ!』

 

 負け犬の悲鳴が気持ち良いね!

 だけどもう一度呼び捨てにしたら出力40%にするからね?

 

 

「おし! 綺麗になった!」

 

 サラサラヘアーとプリティボディの復活である。

 お酒でも飲みながら逃げ回るしー君を鑑賞しようっと。

 

 ガンッ

 

 お?

 

 ガンッガンッ

 

 ドアが開かないんですが。

 ほーほー、わざわざ話しかけてきたのはこの小細工をする為でもあったのか。

 ま、時間稼ぎとして有りだよね。

 だがしかーし!

 

「ちょりゃ!」

 

 ワンパンで解決ですとも。

 さてこれで――

 

「にゃ?」

 

 何かが動いてる音がする。

 シャワー室から顔を出し外の様子を見る。

 しー君の部屋に置かれたお土産などにはビニールシートが被せてあった。

 その中で床に置かれた本が倒れ、ビー玉が転がり――

  

 ピ タ ゴ ラ

 

「スイッチだぁ!?」

 

 まさかドアの突っ張り棒は罠だった!? ドアを破壊したことで発動しやがった!

 床に置かれているのは妙に膨らんだ缶詰。

 私の知識が正しければ、塩漬けのニシンの缶詰で世界一臭い食べ物と呼ばれているものだ。

 その横にあるトンカチがあり、釘抜き部分がその先端を缶詰に向けている。

 しかもご丁寧に缶詰の後ろに扇風機がある。

 ガスを絶対に私に浴びせるんだという意思を感じる。

 容赦がない!

 

 防ぐ? 間に合わない。

 逃げる? 逃げ場なんてない。

 

 ドアを破壊したから防ぐ物がないんだよねー。

 つまりあれだ、この天災が詰んでる。

 

「おのれしーみぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 缶詰にハンマーが落ち、今まで溜めていたガスが出番を待っていたかのように噴き出す。

 シュールストレミングなんぞ用意しやがって!

 

「目がっ!? くさっ!? 目がっ!? くさっ!?」

 

 ガスが目にっ! 呼吸がしにくい!

 もう許さん! 絶対に許さん! なにがなんでも許さん!

 これはもうこれは普段のお茶目で許される範囲ではない。

 確かにこれは喧嘩と言っていいだろう。

 そう、私としー君の―― 

 

「戦争だっ!!!」

 

 あ、口を開けて思いっきり空気吸っちゃった……てへっ♪。

 

「ぐぼえーっ!」  

 

 ……ここがシャワー室で良かった。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「こんばんわ。織斑千冬さん」

 

 挨拶をしてきた相手を観察する。

 赤いドレスを見事に着こなす姿は、外見だけならモンド・グロッソを見に来ている政治家や資産家の愛人に見える。

 ゆったりと姿勢で椅子に腰かけ、足を組む姿からは余裕を感じる。

 油断しきってる感じではないな。

 だが私をそこまで脅威だと思っていないようだ。

 ならプロジェクト・モザイカ関連ではないだろう。

 貴金属は身に着けているが、待機状態のISらしきものはない。

 彼女の身体にどこか違和感を感じる。

 所々が嘘くさいのだ。

 そして雰囲気からして手練れ。

 以上の情報からどう動くべきか……

 

「あら。驚きもしないし怖がりもしないのね」

 

 余裕の笑みだった相手の表情の中に警戒の色が見えた。

 少しは狼狽えるフリでもするべきだったか。 

 私の反応を見て警戒したようだ。

 

「私になにか用か」

「単刀直入なのね。もしかして警戒心が強いのかしら? 他国の国家代表とは楽しくお食事してたのに」

 

 見られていたのか。

 食事中にあからさまな敵意を持った視線は感じなかった。

 観察してる様な視線もだ。

 だとすると、それだけの技術を持ったプロか、もしくは隠しカメラなどだろう。

 

「勝手に人の部屋に入る人間を警戒するのは当然だろう。もう一度聞く、なんの用だ」

「本当につれないのね。まぁいいわ、実は貴女にお願いしたいことがあって来たの」

「お願いだと?」

「別に難しいお願いではないわ。織斑千冬さん、明日の試合で負けてくれないかしら?」

 

 ほぉ? 私に八百長しろと言うのか。

 随分と面白い冗談だ。

 

「どこかの国の者か?」

「国と言えば国なのかしら。えぇそうね、多くの国からのお願いよ」

「どこかの組織か?」

「ふふっ、当たりよ。世界のバランスを裏から支える組織、とだけ言っておくわ」

「ふむ……失礼だがその年齢で拗らせてるのは如何なものかと――」

「言っておくけど本当よ」

 

 優雅な姿勢を保ちながらも青筋を浮かべている。

 そうなのか、てっきりごっこ遊びに興じる危険人物かと思ったよ。

 

「世界のバランスか、それは大事な仕事だな。で? 私が負ける事で世界が平和になるとでも?」

「えぇそうよ」

 

 笑いもせずに肯定するのか。

 私の勝敗が世界の命運を握ってるとは驚きだ。

 冗談……いや、関係ない事でも因果関係がある場合もあるか。

 昔の話だが、束式カオス理論でその事例を見た。

 まさか空き缶を投げただけで最終的にあんな結末になるなんて――

 ふむ、即座に否定するのは浅慮だな。

 

「具体的な話を聞こう」

「案外素直なのね」

 

 私が勝つ事で世界に危機が訪れるというなら聞くしかないだろう。

 

「ISの発表から日本の発言力が高まってきているの。篠ノ之博士は日本一強にならないようにISを分配し、世界各国に研究所や秘密基地を作って技術を提供することでバランスを崩さない様にしているわ」

 

 日本だけを優遇すれば、各国との間に摩擦が起きる事は必定。

 仮にISコアの全てを日本で独占すれば、戦争が起きる可能性はある。

 突出した力を持てばそれは恐怖の対象になり、恐怖の対象は排除するに限るからな。

 

「モンド・グロッソで貴女が優勝すれば今以上に日本の発言力が強くなるわ。それはよろしくないの。理解できるでしょう?」

 

 ……ん? 世界の危機はどうした?

 

「日本の発言力が高まる事がどう世界の危機に繋がるんだ?」

「出る杭は打たれるものよ。今はまだ数ある大国の一つで済むけど、これ以上は潰されるわよ?」

 

 説得力があるような感じはするが、無駄な心配だな。

 束は日本を戦争に巻き込む様な真似はしない。

 人間同士の争いなど気にしないだろうが、箒を巻き込む事だけは絶対にしないだろう。

 そこだけは信用できる。

 たぶんだが、モンド・グロッソが終わったら各国に情報なり技術を配ると思う。

 

「どうかしら? 受けてくれれば貴女が望むものを用意するわよ?」

 

 考える私を見て葛藤してるとでも思ったのだろう、分かりやすい餌をぶら下げてくる。

 これはあれだな、断るしかない。

 受ける理由は皆無だ。 

 

「そちらの言い分は理解した。だが受け入れられないな」

「お金も名誉も望むままよ。それでもダメかしら?」

「なら私にモンド・グロッソ優勝者としての名誉をよこせ。それ以上の名誉はない」

 

 貰う気はさらさらないがな。

 自分で勝ち取らずなにが名誉か。

 

「そう、残念だわ」

 

 空気が変わった。

 飄々とした雰囲気から一転、暗い闇を纏う。

 

「なら仕方がないわね」

 

 が、一瞬で霧散した。

 彼女がふっと笑いながら椅子から立ち上がる。

 流石に簡単には実力行使に走らないか。

 そう言えば名前を聞いてなかったな。

 

「帰るのか?」

「えぇ、生半可な交渉じゃ頷いてくれなそうだから諦めるわ」

「こちらとしては助かる。ところで名前を聞いても?」

「亡国機業実働部隊【モノクローム・アバター】隊長、スコール・ミューゼルよ――別に覚えなくてもいいわ」

 

 ガッッ!

 

 すれ違う瞬間、まるでハエでも払うかのような横振りの一撃を放たれる。

 それを右腕でガード。

 結局こうなるのか。

 

「私の一撃を生身で防ぐですって? 貴女いったい――」

 

 攻撃が防がれたの意外なのか、スコールが驚きの表情で固まる。

 気持ちは分かる。

 今の一撃、普通の人間なら余裕で首の骨を折られてるだろうからな。

 

「もしかして貴女も身体の改造を? 篠ノ之博士と仲が良いみたいだし、天災お手製の身体だったりするのかしら?」

「なるほど、お前は普通ではないようだな」

 

 相手の腕に触れて気付いた。

 皮膚は偽物、筋肉は合成、骨は金属。

 私が感じた違和感はこれだ。

 この腕は造られた物。

 恐らく束の技術を使用してるのだろう。

 

「お姉さん、ちょっと失敗しちゃったみたいね」

 

 顔に緊張を漲らせながらスコールが私から離れる。

 

「普通ではないのは理解してるが、私の力は束とは無関係だ」

 

 スコールの改造など私に比べれば可愛いものだ。

 なにせプロジェクト・モザイカ産の私は頭からつま先まで人工物みたいなものだしな。

 

「貴女の情報は集めたつもりだったけど、調査不足もいいところだわ。こんな化け物だなんて――」

「化け物とは失礼だな」

「奇襲を防ぐだけじゃなくて、襲われたことに対しても動じた様子はないし……貴女、本当に最近まで学生だったの?」

 

 身体能力だけではなく、精神性も疑い始めたか。

 まぁ普通の女子高生ならもっと慌てる場面か。

 

「正真正銘、最近まで学生だった者だ。ところでこれからどうする気だ? 逃げるなら見逃すが?」

「正気? 私は貴女の命を狙ったのよ?」

「お前を殺して私が得することがあるのか? 殺した後、スタッフや関係者を呼んでそれから事情聴取……考えただけでも面倒だ。無駄に睡眠時間を削られるだけじゃないか」

 

 多少寝なくても動けるが、試合の前に体調を万全にしておくのは選手として当然だ。

 さて、暗殺は防いだ訳だが……この後、相手はどうでる? 

 買収で動かない事は布告済み。

 驚きながらも戦意が衰えていないので、まだ切り札があるかもしれない。

 他の手だてとしては……脅迫だろうか。

 私の事を調べてるなら、一夏を盾にする可能性がある。

 

「そう……天災のお気に入りなだけあるわね」

 

 ひきつった笑みで私と束を同類にしないでくれ。

 そもそも自分を殺そうとする人間を殺す事に対し、忌避感や罪悪感を持つ方が生き物としておかしいだろう。

 人間としてはそういった感情が正しいのかもしれないが、私は神一郎に言わせれば野生動物みたいなものだからな。

 

「正面突破は未知数で買収は無理。なら後は脅迫しかないけど……いいかしら?」

「……やはりそうなるか」

 

 あぁ、自分でも驚くほど低い声だ。

 選択肢として有りえると思っていたが、実際に口にされると我慢できないものがあるな。

 

「っと、これは虎の尾を踏む行為だったみたいね。ここは素直に引くのが正解みたいね」

「思ったより冷静だな。なんなら命を懸けて任務を遂行してもいいんだぞ?」

「冗談。勝算のない戦いはしない主義なの」

「戦士ではないな」

「兵士ですもの」

 

 こちらの覚悟を悟ってくれたのか、一夏を脅しの道具に使うのは諦めたようだ。

 だがこれは失敗だな。

 今後亡国機業なる組織が私に接触するかは不明だが、接触してくる場合はまず一夏を狙ってくる可能性が出てきた。

 目立てば一夏に迷惑を掛ける時が来るかもとは思っていたが、こうも早くその場面がくるとは……

 

「はぁ……」

「あら、随分と深いため息ね」

「……まだ居たのか」

「そう邪険にしなくてもいいじゃない。悩み事なら相談に乗るわよ?」

 

 命を狙ってきた人間の割にノリが軽いな。

 だがそれもいいかもしれん。

 むしろ彼女ほど答をくれる存在は居ないだろうし。

 

「なら飲み物でも飲みながら」

「あ、本当に相談する気なのね。聞くと言ったのは私だけどお姉さんびっくりだわ」

 

 自分で言っておいてびっくりするなよ。

 

「水とコーヒーしかないが、どちらにする?」

「コーヒーで」

「ほら」

「……缶コーヒーなのね」

 

 冷蔵庫から取り出して投げた缶コーヒー受け止めたスコールは、微妙な顔をしながら椅子に座った。

 私は水にしておくか。

 冷蔵庫から取り出したミネラルウォーター片手にベッドに座る。

 

「それで、相談ってなんなのかしら?」

「お前の様な組織が接触してきたらどうすればいいと思う?」

「……え? 相談ってそれなの?」

「そうだ。仮にここでお前を殺したらどうなる?」

「組織は貴女を警戒するわね。その若さで私を殺すほどの実力者ですもの……まずは懐柔。それが無理なら敵として対処……暴力、脅迫、人質などかしら」

「やはりそうなるよな。私はそれがひたすら面倒なんだよ」

「はい?」

「別に裏の組織などに興味はない。金は欲しいが自分で稼ぐ事に意味があるので汚い金はいらん。どうにかしてそういった組織から無視される方法はないか?」

「命を狙った相手にそれを聞くの? いえ、命を狙った相手だから聞く意味があるのね」

「そうだ。何か良い案はないか? お前が組織のトップに成ったら今後は私に関わらないと誓うなら、下克上を手伝ってもいいくらいだ」

「とても興味がある提案だけど聞かなった事にするわ。どんな組織からも無視ね……無理じゃないかしら?」

 

 相談役が使えない。

 さっさと帰ってくれないか?

 

「そう怖い顔しないで。貴女の意見に完璧にはそぐわないけど、方法はあるわ。後ろ盾を得る事よ。そう、例えば亡国機業とかおすすめね」

「それは断る」

 

 いい笑顔でなにいってるんだこいつ。

 しかし案は悪くない。

 後ろ盾か……今現在の後ろ盾は日本政府と言っていいだろう。

 それだと少し弱い。

 何故なら今の私はただの政府などと深い関わりがなく、雇われてる状態に近いからだ。

 もっと日本政府と関わりを深くした方がいいかもな。

 

「いっそ公務員にでもなるか?」

「どういった経緯でその結論に至ったか聞いてもいいかしら?」

「モンド・グロッソで優勝して私の能力の高さをアピールすれば、得難い人材だと思われるだろ? 政府と関わるのは面倒だと感じていたが、少し前向きに考えようと思ってな」 

「それは良い案ね。貴女の身が欲しければ日本政府を脅せばいいのね?」

「やめてくれ」

 

 いや本気でやめろよ。

 もし日本政府が私を売ったら束が暴れかねない。

 

「ん?」

「メールかしら?」

「みたいだな。失礼」

 

 一言断ってからメールを確認する。

 宛先はモンド・グロッソ大会委員会から。

 そうか、対戦相手が決まったのか。

 

「……くくっ」

「随分と嬉しそうな顔をするじゃない」

「初戦の相手が発表された」

「私が目の前に居るのにそんな顔するなんて妬けちゃうわ」

「なら今から一戦やるか?」

「妬けるは嘘よ。そんな顔を貴女にさせる相手に同情するわ」

 

 顔? 自分の顔を触ってみる。

 普通に笑ってるだけだが?

 

「このままこの場に居たらサンドバックにされそうね。そろそろ失礼するわ」

「話しに付き合わせて悪かった。だが個人的には二度と会わない事を願う」

 

 次に会うことがあれば、その時は血を見ることになりそうだからな。

 

「最後に一つだけ、貴女にそんな顔をさせる相手は誰なのかしら?」

「――アメリカ代表だ」

 




モンド・グロッソ表

亡国機業「暗殺しようとしたけどヤバい奴っぽいんで諦めます」
日本代表「自分人生相談いいっすか?」


モンド・グロッソ裏

し「俺は絶対に負けない!(固定100ダメの弱攻撃でなぶり殺し)」
た「みぎゃぁぁぁぁぁぁ!(シュールストレミング爆弾爆発)




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モンド・グロッソ最終日 日本VSアメリカ

月姫がプレステ4とswitchでリメイクらしいですね。
部屋を見回す……

〇5年以上起動してないXBOX(モンハンの為に買った)
〇ホコリまみれのWii(モンハンの為に買った)
〇ソフトがモンハンしかない3DS(モンハンの為に買った)

嫌でござる! 拙者ソフトに釣られてこれ以上部屋のオブジェクト増やしたくないでござる!
全年齢ってことは、琥珀さんの『あはっ、出しちゃえ』のシーンがないんですよね……。
R18でPCに移植されるの待ってます!


 酸素を肺に入れ二酸化炭素を吐き出す。

 人間が当たり前にやってる機能を意識してやるのは意外と難だ。

 朝日が昇る前に始めたランニングだが、気が付けば太陽は完全に昇っている。

 時計を見ればそろそろ切り上げないといけない時間になっていた。

 首にかけたタオルで汗を拭きつつ自室に戻る。

 水分補給とシャワーを済ませ、私はISが整備されているハンガーに向かう。

 ハンガーにで全国家代表のISが並んでいて、その周囲では国家代表がスタッフと話し合ったり、一緒にISを整備をしたりと忙しそうにしている。

 そん中を歩き進め、私は日本に枠当てられた区画に向かった。

 

「おはようございます」

「おはようですよー」

 

 水口さんを始めとするスタッフの方々に挨拶する。

 私の機体は磨かれ、まるで新品の様な輝きを放っていた。

 

「頼んでいた物はどうなりました?」

「既に拡張領域にインストール済みですよー」

「急の依頼ですみません」

「いえいえ、国家代表の願いに答えるのが仕事なのでお気遣いなくー。それに珍しい物が作れたので技術スタッフ一同楽しませてもらいましたー」

 

 昨夜、対戦相手が分かった私は急遽依頼を出した。

 対アダムズ用の武器である。

 技術スタッフの方々に無茶を言ってしまった。

 恐らく彼女達は徹夜だっただろう。

 だが水口さんの言う通り、彼女達の顔に曇りはない。

 

 楽しい仕事だったと、そう笑顔で頷いている。

 

「織斑さん、朝は食堂で見かけませんでしたが、大丈夫ですか? 私達も頼まれた物を作ってきたので試合前に食べます?」

「ありがとうございます。それは初戦が終わったタイミングで頂くので大丈夫です」

 

 近寄ってきたのは二人の女性、私専属の……付き人? 的なものだ。

 欲しいもなどがあれば彼女達が用意してくれる。

 今まではお願いする事などほとんどなかったが、今回は最後の試合なので色々とお願いしてしまった。

 私が頼んだのは、自らの経験や神一郎の漫画を元にして組み合わせた食事の用意だ。

 

 エネルギー元の炭水化物を摂取する為の“おじや”。

 炭水化物をエネルギーにする為の時間を短縮する為の“梅干し”。

 ブドウ糖をエネルギーに変換する際に必要な栄養素であるビタミンB1を得る為の“豚肉とニラの生姜炒め”。

 強い抗酸化作用があり、ビタミンB1と一緒に摂る事で疲労回復効果が大きくなるアリシンを摂取する為の“ニンニクのボイル焼き”。 

 疲労物質を除去する“はちみつ漬けレモン”。

 

 彼女達は両手でタッパーを抱えていた。

 別にその辺で買えるものなら出来合いの物でも良かったんだが、わざわざ作ってくれたらしい。

 ありがたいことだ。

 

「朝食抜きで試合に挑むつもりですかー?」

「えぇ、少し考えがありまして」

「作戦には口は出しませんが、倒れないようにするんですよー」

「心得てますよ。流石に今の状態はよろしくないので、少し水分補給してきます」

「こっちはもう仕上がる寸前ですからごゆっくりー」

 

 IS関連は全て水口さん達に任せて一時離れる。

 目的地は壁側に設置された自動販売機だ。

 脳みそだけは動かしたいので、糖分とカフェインが摂取できるコーヒーが無難か。

 身体を冷やさない様にホットコーヒーを買い、自販機横にに設置されているベンチに腰を下ろす。

 ――コーヒーに口を付ける私を影が覆った。

 

「よう」

 

 そう言えば初めて会ったのこの場所だったな。

 初戦の対戦相手であるアダムズが私の前に立っていた。

 ウェーブがかかった髪をまとめアップにし、口にはピアス。

 アイシャドウもしているな。

 気合の入った出で立ちだ。

 

「食堂で姿が見えなったからてっきり逃げたのかと思ったぜ。もしかしてプレッシャーで食事も喉を通らなかったのか?」

 

 人が多いせいか、それともすでにスイッチが入ってるのか分からないが、アダムズの態度は非常に悪い。

 だが人柄を知ってれば違う風に聞こえる。

 これは心配してくれてるんだろう。

 

「食事をしなかったのは必要なかったからだ」

「あん? ワタシに勝つなんざ朝飯前だと、そう喧嘩売ってるんのか?」

「違う、そうじゃない」

 

 私を見下ろすアダムズの目を真っ直ぐに見つめる。

 正直言って今の私は空腹だ。

 夕飯などとっくに消化され、朝から走り込みしていた体は食事を求めている。

 だがなぁ――

 

「覚えておけ。人間は空腹の方が集中力と攻撃性が増すんだよ」

「そ、そうか……」

 

 なんか物凄く引かれた気がする。

 強敵と戦うなら有りの戦法だろ?

 流石に連戦には向かない方法だが、初戦の相手になら有効だ。

 

「安心しろアダムズ、私は絶好調だ」

「……そうみたいだな。試合を楽しみにしてるぜ」

 

 アダムズが私に背を向け去っていく。

 昨夜は飛蘭と特訓したみたいだが、果たしてどこまで強くなったのか。

 全力で当たらせてもらうぞ、アダムズ。

 

 

 ◇◇ ◇◇

 

 

 アリーナの中央で先ほどまで話していたアダムズと向かい合う。

 互いにISは展開済みで、両足は地面に着いている。

 カウントダウンが始まり、二人の間で緊張が増す。 

 

「お前と戦うのを楽しみにしていたよ」

「それは嬉しいですね。実は私もです」

 

 流石に口調は戻っているか。

 だが私の軽口に乗って来るとは意外だ。

 軽く、だが軽薄ではなく、まるで友人にでも語り掛ける口調。

 非常に良いテンションだ。

 

「私と戦うのが楽しみだと?」

「はい。だって織斑さんなら何をしたって大丈夫でしょ? 安心して全力で戦えますから」

 

 なにをしたって、だと?

 ちょっと待て、お前どんな武器を持ってきて……

 

 5、4、――

 

 もうカウントダウンが終わる。

 まずは様子見……なんて真似はしない。

 初手から全力だ!

 

 ――1、0

 

 斬るッ!

 

「取り合えず“削り殺します”」

 

 アダムズの手には巨大な機関銃が握られていた。

 普段なら車両や戦車に取り付けられる大きさだ。

 

「まずいっ!?」

 

 とっさに瞬時加速で後ろに下がる。

 私が立っていた場所は地面が爆ぜて土煙が舞っている。

 

「アメリカ製IS用軽機関散弾銃【アースイーター】。生身では運用不可能な武器ですが、威力は見ての通りです。銃弾はたっぷり用意してますから安心してください」

 

 中国拳法はどこにいった? 私が期待してた戦いと違うんだが?

 

「この――ッ!」

 

 軽機関散弾銃が唸りを上げて弾をばら撒く。

 一瞬でも足を止めたらその瞬間にハチの巣だろう。

 散弾銃だから距離を取れば威力は低いが、連射速度が厄介だ。

 更にこちらが高速で動いてる為、カウンター気味に当たれば装甲が喰われる可能性がある。

 アダムズは右手は引き金、左手はストック部分を握っている。

 接近すればそのまま斬れそうだが、問題はその隙があるかだな。

 リロードは拡張領域を経由してやれば簡単なので、その隙はないだろう。

  

 アダムズはアリーナの中央近くに陣取り、試合開始位置からほとんど動いていない。

 そんなアダムズの周囲を円の動きで飛びながら様子を伺う。

 私を“削り殺す”と言ったが、このままでは言葉通りになる。

 足を止めているアダムズと飛び回る私。

 どちらが先にエネルギー切れになるかは明白だ。

 

 ガンッ

 

 肩の装甲に銃弾が当たった。

 距離を取ってる為銃弾の威力はたいした事はないが、ほんの一桁レベルでシールドエネルギーが減った。

 正面からこの距離ならシールドバリアーを突き抜ける事などないだろうが、やはり私自身のスピードが着弾の威力を高めている。

 

 ガンッ

 

 二発目か、流石に全ての散弾を避けるのは無理だが、それでも被弾しない様に動いてるんだが……風で流れた弾か?

 

 ガンッ

 

 ちょっと待て。

 三発目は偶然で片付ける訳にはいかない。

 ハイパーセンサーを使用しつつ、勘の目で全体を見る。

 飛んでる銃弾を感じ取るんだ――

 

 時々だが、常時より銃弾が広がる時があるな。

 散弾などは元々ばらつきがあるものだが、偶然ではなく意図的な気配を感じる。

 ……数発に一発、わざと大きく広がるタイプの弾丸を使っているな?

 なるほど、確かにこれは削り殺しに来ている。

 

「楽しませてくれるじゃないかッ!」

 

 そうこなくては面白くない! 搦め手だろうがなんだろうが好きにしろ! その全てを私は正面から打ち砕いてみせる!

 

「ショルダーランチャー展開!」

 

 アダムズの肩に筒状の砲身が現れる。

 その筒からポンっと軽い音と共に球体が発射された。

 山なりの起動を描くそれのスピードは遅く、ISなら避けるのは簡単だ。

 それが普通の投擲物ならな。

 

「戦い方がいやらしぞッ!」

 

 逃げる先で爆発するのは手榴弾。

 細かな破片が広がり、移動する私の装甲に突き刺さる。

 二日目でアーリィーにやられた攻撃だ。

 そこからヒントを得たのだろう。

 肩の装備は急造品だな。

 筒の中に手榴弾のピンを引っ掛ける場所を作り、そこに拡張領域から手榴弾を出す。

 そしてバネか空気か、なにかしらの火気を供わない方法で打ち出す。

 小さな物をピンポイントの場所に出すのは意外と難しいのだが、アダムズはなんなくやってみせた。

 

 空を飛び地を駆け、ときには逃走方向にフェイントを入れるがアダムズの攻撃からは逃げられない。

 直撃こそないが時々当たる小さな銃弾、私が逃げる場所を先読みして投げられる手榴弾の破片。

 アダムズの作戦にまんまとハマってるな私は。

 ここは強引にでも前に出ないとやられるか……ではアダムズを動かす所から始めよう。

 

「まずはこれだッ!」

 

 ブレードをアダムズに向かって投げつけた。

 ISの力で投げられたブレードは空気を切り裂きながらアダムズに迫る。

 当たれば無傷ではすまない。

 避けるか、それとも撃ち落とすか――

 

「っ!?」

 

 アダムズの選択は撃ち落とす。

 散弾が集中しブレードの勢いがみるみる落ちていく。

 まぁそうなるよな。

 

「おかわりもあるぞッ!」

「二本目っ!?」

 

 一本目の後ろから二本目を投擲。

 それと同時に私自身はアダムズが上に飛ぶと読んで頭を押さえる為に動く。

 ブレードはアダムズを動かすための餌だ。

 

「くっ!」

 

 二本目は落とせないと判断したアダムズが上に飛ぶ。

 だがただ逃げるアダムズではない。

 置き土産をしっかりと置いて行った。

 空中に放り投げられる手榴弾。

 私が近付かない様にする為の壁だろう。

 それを気にせず瞬時加速を使用。

 ブレードの側面を盾代わりに金属片の雨の中を突き進む。

 これでアダムズの頭を押さえられる!

 

「見えてますよ?」

 

 アダムズの頭を押さえるつもりだったが、一瞬でアダムズは私の懐深く食い込んでいた。

 私にも見えたよアダムズ。

 

「私の瞬時加速に合わせたかっ!」

「正解です」

 

 息遣いを感じるほどの距離でアダムズが笑う。

 よくやるもんだ。

 止まるタイミングをミスれば私と激突。

 早すぎれば中途半端に距離を詰める事になり、私の間合いで戦う事になる。

 互いに密接してるのでブーレドを振るう事は出来ないが、それでも一歩分下がれば私は斬れる。

 絶妙な距離で止まるとは見事としか言えない。

 この密着状態でどう動くのかと言えば――

 

「この距離は私の距離です!」

「そう来るよな!」

 

 両手が塞がっているアダムズだが、銃器など一瞬で拡張領域にしまえる。

 ここで近接戦を挑むのは当然だ。

 

 距離を取る為に右ストレートを放つが、アダムズの拳が私の右腕を下から打ち上げる。

 胴体部分が完全にガラ空きになり、アダムズの肘が鳩尾に打ち込まれた。

 有名な動きだ、知ってるぞ。

 飛蘭と知り合ってから中国拳法を勉強したからな。

 八極拳……今の技は確か裡門頂肘だったか? 敵のパンチをアッパーで弾き、相手の胴体が空いたら肘を打ち込む。

 攻撃と防御同時に行える素晴らしい技だ。

 だがアダムズの素晴らしところはそれだけじゃない。

 私もアダムズも空を飛んでいる。

 だから距離を取ろうと後ろに飛んだり、逆に体当たりでアダムズを弾こうと前に出るんだが――

 

「私の動きを読んでるのかッ!?」

「訓練の賜物です!」

 

 アダムズとの距離が一向に変わらない。

 私がどんな動きをしようと、アダムズはピッタリと追随してくる。

 体当たりもスカされ、フェイントを入れても釣られない。

 先読みと言ってもレベルが高すぎる。

 思考のトレースだとしたら、正直言って束並みだ。

 いや、アダムズは元々人の真似が上手い。

 私の動きを真似て……確か心理学も学んでると言ってたな。

 私ならどう動くかを研究し、動作の所作を観察してる?

 ブレードをしまい両手を空ける。

 片手で防げるほど甘い相手ではないからな。

 

「イー、アル、サン、スー……ここです!」

 

 動きが変わった。

 今までの八極拳ではなく太極拳。

 飛蘭の動きか!

 こちらの拳が軽く流され、カウンターの裏拳が身体を打つ。

 一撃一撃の威力は低いが守りに関しては本当に優秀だな太極拳は!

 

「真意六合――」

 

 また変わるのか。

 真意六合拳なら動物の動きを取り入れた象形拳だろう。

 今度はなんだ? 虎か燕か、それとも蛇か。

 アダムズの手札を予測しろ!

 

「アーリィー・ジョセスターフ拳っ!」

「ごっ!?」

 

 今までにない強い拳が腹に突き刺さる。

 油断したッ! わざわざ口に出したのは私の思考を縛る為かッ!

 

「まずは腹に一撃、頭が下がったら――頭をタコ殴り!」

 

 アーリィーが教えた喧嘩の仕方を愚直に守るな!

 頭を下げたままではよろしくない。

 防ぐが逃げるか、それとも打ち返すか。

 アダムズは私の動きを予測してる。

 これまでの動きから、私の動きを相当研究してると見ていいだろう。

 だが残念だなアダムズ、私は動きを読んでくる相手とはやり慣れてるんだよ。

 束に比べたらまだまだだ!

 

「逃がしま――ガッ!?」

 

 アダムズが私に激突して動きが止まる。

 覚悟してた私はともかく、用意のないアダムズには痛かろう。

 私がやった事は単純だ。

 ほんの一瞬だけ瞬時加速を使った。

 そして追って来るアダムズは私が止まるタイミングを読み違えてぶつかったのだ。

 普段の私ならこんな戦法は取らない。

 だからこそ、こういった小手先の技が刺さる。

 

「くっ、まさかこんな手を……でも――っ!」

 

 アダムズが頭を振りながら両手を構える。

 私はその一瞬の隙が欲しかっんだよ

 

「ここだ」

 

 拡張領域から取り出した手錠を手首にはめる。

 

「これはっ!?」

「特注の手錠だ。一応言っておくが、その手錠は普通とは違う。右腕だけISを解除して抜け出そうとすると手首が斬り落とされるから注意しろ」

「……内側が鋭いですね。それにこれ、常に内側に閉じようと力がかかってます」

「そしてもう一つを私の腕に」

「あの、まさかこれって……」

 

 ゆらゆらと揺れる鎖を見つめるアダムズの顔が青くなる。

 アーリィーや飛蘭は真正面からきそうだが、お前は何かしらの搦め手を使うかもと思って水口さんらに頼んで用意したんだよ。

 この鎖も簡単に切れるものではない。

 諦めて私と楽しくやり合おうか。 

 

「チェーンデスマッチってやつだ。私も初めての経験なので少し興奮している」

「マジデスカ」

 

 まじだ。

 そんな訳で鎖をぐるんぐるんと――

 

「わ……わわっ」

 

 遠心力でアダムズを振り回す。

 飛べ!

 

「キャー!」

 

 まぁ投げる先は地面なんだがな。

 地面に叩き付けられたアダムズが可愛らしい悲鳴を上げた。

 だがダメージはそこまでじゃないだろう。

 

「この!」

 

 落ち着きを取り戻しつつあるアダムズが軽機関散弾銃を取り出し撃ってくる。 

 ならばこちらは鎖だ。

 鎖を引っ張りアダムズを引き寄せる。

 

「しまっ!?」

 

 まだ鎖を使うという行動が脳内にないらしいな。

 逃げようとブースターを噴かすが、残念ながら単純な力勝負では負ける気がしない。

 

「やっと一撃だ」

 

 間合いに飛び込んできたアダムズにブレードを振るう。

 軽機関散弾銃の砲身で防がれたか、砲身がひしゃげて使い物ならなくなったので良しとしよう。

 

「まだです!」

「甘い」

 

 アダムズの手から軽機関散弾銃が消え、代わりに普通のショットガンが握られる。

 それを速攻で叩き切る。

 

「ならっ!」

 

 アダムズが今度はアサルトライフルを構える。

 銃身が通常より長く、銃口の下にはナイフが取り付けられている。

 銃剣術……いや、銃器を使用した軍隊や警察で使用される近接格闘術……CQCか!

 

 アダムズの鋭い突きを回避。

 突き出した銃器をそのまま横に振ってきたので脇で押さえる。

 すぐさまアダムズが発砲。

 反動を利用して武器を押さえられるの防ぐ。

 鎖を手首で回しアダムズにまとわりつかせようとするが、それを察したアダムズは真下に瞬時加速。

 鎖で引っ張られ私の体勢が崩れる。

 地面に着地したアダムズはナイフが付いた銃身を真っ直ぐ私に向けたまま再度の瞬時加速。

 引くことなく私も瞬時加速を使用。

 迫ってくるナイフの先端にブレードを振り落とす。

 軍用ナイフと重厚なブレードの刃がぶつかり、結果ナイフが砕けた。

 競り勝った私はそのままアダムズに肉薄。

 アダムズは焦ることなく引き金を引いた。

 最小限の動きで直撃を回避、弾丸が肩をかすめて装甲を削る。

 手を伸ばしてアダムズの頭を掴む。

 そのままブースターを全開にしてアダムズの頭を地面に叩き付けた。 

 

「がっ!? この――ッ!」

「ちょっと散歩でもしようか」

 

 鎖をしっかりと握り直し、地面スレスレに浮いた状態で瞬時加速を使用。

 アダムズは起き上がる暇を与えず地面を引きずる。

 アリーナの壁の前で急停止、アダムズは慣性の法則に従って壁に激突した。

 身体を丸めて衝撃に耐えてるアダムズを鎖を引っ張って私の元に――

 

「くぉのっ!」

 

 手に刃の折れたアサルトライフルを握りしめ、引っ張られた勢いを利用して突撃してくる。

 まぁ刃が折れても使えるが、だがここでアダムズが気合だけで攻撃を仕掛けてくるか?

 それはないだろう。

 つまり――

 

「まだあるのか!」

 

 アダムズのアサルトライフルが消え、先ほど壊した軽機関散弾銃と同じ物が現れた。

 距離がある為ブレードは届かない。

 そう判断し射線から逃げるが、アダムズの狙いは私ではなかった。

 

「ふんっ!」

 

 鎖を思いきり踏み付け固定する。

 避けようと動いた私とアダムズの間にピンっと鎖が張られた。

 

「至近距離で連続して撃てばっ!」

 

 銃口は鎖に向けられ、金属と金属は激しくぶつかり火花を散らす。

 鎖は切られるだろう。

 だが銃口が地面を向いていて距離が近い。

 好機!

 

 瞬時加速を使用しアダムズに迫る。

 アダムズは後ろに下がる事無く、冷静に軽機関散弾銃で受け止めた。

 火力を失ってでもダメージを減らしたかったのだろう。

 壊れた軽機関散弾銃を放り投げ、切れた鎖を振り回しムチの様に私に向かって振るってきた。

 どう見ても使い慣れてる所作。

 

「まさかムチまで使えるのか!?」

 

 鎖のムチをブレードで弾き返しながらアダムズに問う。

 アダムズとの距離は二メールほどだ。

 なんとかこの距離は維持したい。

 

「屋内格闘を習ってますから! 家電の電源ケーブル、電気機材の配線、パーカーの紐に靴紐、これらの武器の扱いは兵士の基本です!」

 

 確かにそれらは比較的入手が簡単なものだ。

 戦場に身を置けば靴紐で人間の首を絞める事もあるだろう。

 だがお前はそんなキャラじゃないだろう!? なんで暗殺者みたいな技術を取得してるんだコイツ!?

 騙されてる感が酷いな。 

 

「そこぉ!」

 

 鎖がブレードに絡まる。

 ここからは力勝負に見せかけた読み合いだ。

 即ちどのタイミングで力を抜くかだ。

 たたらを踏んだ瞬間にやられる。

 ならばブレードなど瞬時に捨てろ!

 

「嘘っ!?」

 

 すぐさまブレードから手を放しアダムズに接近する。

 超至近距離ならアダムズが有利だ。

 だがボクシングの間合いとも言える殴り合いの距離なら私が有利!

 

「オラッ!」

「ガッ!? このっ!」

 

 アダムズは殴られながらも鎖を拳に巻いてバンテージの代わりにして殴り返してきた。

 この闘志! 気転! 素晴らしい!

 

「ぐっ! 良いパンチだ。だがいいのか? 純粋な殴り合いなら私が上だぞ?」

「あうっ! ただのジャブが重いとか反則ですよもう! ここで引いたらそのまま押し切られそうだから引けません!」

 

 気持ちが下がれば身体も下がる。

 そう簡単にアダムズの心を折ることは出来ないか。 

 機体のダメージはたいした事はない、だがISのエネルギーはかなり減っている。

 瞬時加速の多用と微ダメージの蓄積が効いてるな……ここでアダムズを仕留めなければ私は一気に不利になる。

 ここで決める!

 

「ひっ!」

 

 飛蘭の技を一部真似させてもらった。

 殺気を目の前のアダムズに叩き付ける。

 やはりそう簡単には慣れないらしくアダムズが硬直。

 実戦経験のなさがお前の弱点だ!

 

「もらった!」

 

 右手でアダムズの顔を掴み、左手で右腕を掴む。

 そのままブースター全開でアダムズの身体をアリーナの壁に叩き付けた。

 

「ッこの場所は!」

 

 背後に壁、正面に私。

 これで逃げ道は塞いだ。

 拡張領域にどんな武器を用意していようと、取り出し使わせる暇は与えん!

 

「負けませんっ!」

 

 逃げ道がないと悟ったアダムズはキッと私を睨み拳を胸の前に持ち上げた。

 ファイティングポーズ――まだまだ諦めてないと。

 ではお前の全てを見せてもらおうか!

 

 燕形拳の手刀が肩にめり込むが気にせず殴った。

 蛇形拳の指先が急所を狙ってくるが、装甲の上からなので無視して殴った。

 人体を破壊する拳法はIS戦では使う場面が難しい。

 適当に繰り出された技では効かないぞアダムズ!

 

「止まらないっ!?」

 

 太極拳の動き、私の拳を受け流そうとするが、頭が空いてたので頭突きで黙らせた。

 ボクシングのジャブ、鋭いパンチだが威力は低いので被弾覚悟でそのまま殴った。

 

「無言……で! ただひたすら殴る……と、か! 鬼ですかこの人!」

 

 無言が嫌なら笑顔をサービスしてやろう。

 ――ほら。

 

「あ……かっ!?」

 

 殺気をアダムズの顔に集中、顔面を殴られると勘違いして反射的に守って隙だらけなった腹に一撃くわえる。

 飛蘭がアーリィーに使っていた技だが、これは便利だな。 

 

「まだ……です!」

 

 苦しそうに呻きながらもアダムズの目に諦めはない。

 瞬時加速を使用し私に突進してきた。

 こんな近距離でぶつかれば双方大ダメージだ。

 私が避けたらこの場から逃げるのに成功、正面から受け止められても私にダメージを与えられる。

 悪くない作戦だとは思うが、私の精神を乱してからでないとその程度の攻撃は意味はないぞ。

 冷静にカウンターをアダムズの顔面に当てた。

 

「がっ!? ……あ……う……」

 

 拳が頬にめり込み、アダムズの動きが止まる。

 生身なら首の骨が折れてるほどのダメージだろう。

 

「っあぁぁぁぁ!」

 

 だがアダムズは折れない。

 叫び声を上げながら私に組み付く。

 

「死ねば諸共! です!」

 

 アダムズの肩の筒から手榴弾が放られた。

 手榴弾は私の顔の横を通り背後へ。

 ついでに両手にも手榴弾を持っている。

 まさか自分の手の中で爆発させるとは。

 自傷覚悟の攻撃だが、まだ甘い。

 

「ぐふっ!」

 

 腹に膝蹴り。

 アダムズの身体がくの字に曲がる。

 手榴弾が炸裂し、衝撃と金属片の刺さる音が聞こえた。

 行動を阻害する程度ではないのでダメージを無視しアダムズの顎にアッパーを決める。

 

「がっ!」

 

 アダムズはふらふらと後退りし、壁に背中を預けた。 

 

「……まだ、で……す」

 

 すでに視線が私に向いてるか分からない状態だが、アダムズの闘志はまだ消えない。 

 その手に持つのはゴーレム戦で見せた戦車砲。

 砲塔は地面に向けられている。

 

「ふぁい……あ」

 

 砲弾が私とアダムズの間の地面に着弾。

 視界が土で黒く染まり轟音が耳を犯す。

 とっさに取り出して盾にしたブレードは衝撃で真ん中から折れていた。

 

「これも……防ぎますか……」

 

 アダムズは爆風をもろに受けたようで、綺麗な朱色だった装甲が土で汚されていた。

 ISのエネルギーも底を突く寸前だろう。

 

「ここまでだな」

 

 アダムズの前まで歩き、折れたブレードを上に掲げる。

 

「まだ身体は動くんです」

「そうか」

「まだ戦う気持ちはあるんです」

「そうか」

「まだ銃弾だって残っているし、試してみたい戦術だってあるんです」

「そうか」

「でももう腕が上がらないんです。ISの戦いって本当に残酷ですよね。戦いたいのにISが動かなきゃそこまでだなんて……」

「そうだな……」

 

 アダムズは真っ直ぐな目で私を見ている。

 悔しいと、まだ上があるんだと、そんな感情で満ちていた。

 

「今日のところは私の勝ちだ」

「はい、私の負けです」

 

 爽やかに笑うアダムズの肩から胸にかけて袈裟斬りにする。

 それによってISのエネルギーは尽き、アダムズの体が私の方に倒れこんだ。

 

「良い戦いをありがとう」

 

 アダムズの体を正面から受け止め、私は初戦を突破した。




日本代表「チェーンデスマッチしようぜ!」
アメリカ代表「削り殺す!」

それぞれが試合に持ち込んだもの。

日本代表→IS用大型ブレード×6、チェーンデスマッチ用の鎖
アメリカ代表→IS用軽機関散弾銃×2、IS用大型ショットガン×2、ナイフ付き突撃銃×1、散弾×5000、手榴弾×30etc.

女子力どこ? ここ? 




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モンド・グロッソ最終日 その頃の二人

各種ソシャゲのバレンタインイベの後ににウマ娘の配信が重なったのが悪い。
育成の運要素強すぎない? 



 拍手と歓声が鳴り響く中、気を失ってぐったりとしたアダムズを抱えて私は表舞台から退場する。

 そんな私を出迎えたのは三人の女性。

 どこかで見たと思ったが、初日にアダムズの後ろに居た三人か。

 

「そいつは気絶してんのか?」

 

 その中の一人が私に近付いてくる。

 荒っぽい雰囲気と口調……アダムズが悪役してるときはこの人物の真似をしてると見た。

 

「ケガはたいした事ない。疲労が主な原因だろう」

「……たった一試合で情けない限りだぜ」

 

 アダムズを落とさない様に気を付けながら渡す。

 口では情けなと言っているが、その視線は優しい。

 素直じゃないタイプみたいだな。

 

「じゃあな。コイツに勝ったんだ、お前は責任持って優勝しろ」

 

 そう言って相手はアダムズを抱きかかえ背を向ける。

 私の返事など聞く必要がないといったていだ。

 彼女の後ろに居た二人が私に向かって頭を下げ、アダムズを守るように横に付き去っていった。

 良い仲間に恵まれてる。

 

 

 

 

「戻りました」

 

 日本に振り当てられたスペースに到着すると、多くのスタッフが私を待っていた。

 

「お帰りなさいですよー。まだISは解除しないでくださいねー。むー、背中の傷も酷いですねー。床に膝をついた状態で降りてくださいー」

「了解です」

 

 作業スペースの中心で膝をつく。

 その状態でISの前面だけを解除、一瞬の重力を感じた瞬間に遠隔操作でISを元の状態に戻す。

 私はそのまま生身で床に着地した。

 

「お見事ですー。それでは技術班の皆さんは集合してくださいー」

「「「「はい!」」」」

 

 水口さんの前に技術スタッフの人達が集合する。

 あの性格と見た目なのに慕われてるのが不思議だ。

 まぁ腕は確かな人だからな。

 

「ISのエネルギーを充電しつつ細部のチェック、ダメそうなのは交換して、使える部分は……そのままの方がいいんですよねー?」

「はい。出来るだけ補修、修理の方向でお願いします」

「だそうなので、まずは致命的な部分があるかどうか確認しますよー。それでは作業を開始してくださいー」

「「「「はい!」」」」

 

 自分の我儘で作業の手間を増やして申し訳ないが、その方が操縦者としてありがたい。

 傷付いたISを次の試合前にどうするのか。

 例えば右腕部が完全に破損してた場合、丸ごと交換する事になるだろう。

 その事も考えて、各パーツの予備が用意されている。

 だがこれには問題はあるのだ。

 まずは時間。

 用意してあるパーツは外部の物だ。

 なので拡張領域にデータとして保存する時間が必要となる。

 試合前までにそれが間に合わないと失格だ。

 これは束が各国の技術力やチームワークを見る為の決まり事だと思う。

 次に選手として可能な限り不安要素を消したいという気持ちだ。

 新しい腕、新しい脚、それらが前と変わらず動くかというと、実はそうではない。

 違和感や反応の鈍さなどを感じることがままあるのだ。

 研究所に居る車が好きな研究員が言っていたのだが、新品のパーツは“クセがないのがクセ”らしい。

 自分の色に染まっていないパーツは違和感を覚えさせる。

 普段なら問題ないが、今日だけは出来るだけその違和感をなくした状態で戦いたいのだ。

 油断していい相手など居ないのだから――

 

「ふーむふむふむ、パーツを交換するほど損傷が激しい場所はないですねー。ではでは1班の皆さんは装甲に刺さっている手榴弾の破片と銃弾の除去を、2班はパテで穴を埋めてくださいねー」

「「「「はい!」」」」

 

 装甲の補修に使用されるパテは、水口さんを始めとする技術スタッフの方々が作った特別製だ。

 これなら大丈夫だろう。

 

「織斑さん、タオルです」

「ありがとうございます」

「お食事に致しますか? それともお飲み物でもお持ちしましょうか?」

「食事でお願いします」

「ではすぐに用意しますね」

 

 私の言葉を聞き、二人の女性がパタパタと動き始める。

 スペースのすみにビニールシートが引かれ、その上に座布団。

 

「お茶は冷たいのと温かいのどちらにします?」

「温かい方で」

 

 温かいお茶と同じく温められた料理が並ぶ。

 なんだろう……こうも気を使われると自分がダメ人間になった気分になる。

 二人の後ろ姿が一夏に被るというか……。

 

「準備終わりました!」

「他になにかご用はありますか?」

 

 圧倒的補佐力にむしろ私が気後れしそうだな!

 もう休んでもらっても……いや、まだあるな。

 

「タオルケットかなにかありますか?」

「すぐにご用意します」

「取ってきます!」

「助かります」

 

 速攻で一人が走り出した。

 なんかもうほんとすみません。

 

「織斑さん、冷めないうちにどうぞ」

「頂きます」

 

 戻って来るまで立ってる訳にもいかないので、大人しく座布団に座る。

 レンゲでおじやを掬う。

 ほんのり温かいお米は噛むと甘く、喉の奥にするりと落ちていく。

 豚肉は出来るだけ噛んで繊維を潰して飲み込む。

 梅干しを食べ口の中をリセットしまたおじや。

 それらを食べ終えたら今度はニンニクを手に取る。

 アルミホイルに包まれたニンニクは暴力的なまでの香りだ。

 無論、良い意味で。

 ……成人したらニンニクで焼酎だな。

 最後はデザートにはちみつ漬けレモンを食べ食事を終える。

 

「ご馳走様でした」

 

 手を合わせ頭を下げる。

 素晴らしい食事だった。

 惜しむべきはゆっくり味わう事が出来なかったことか。

 

「お粗末様でした。よければこちらをどうぞ」

 

 渡されたのは中に液体が入ったカプセル。

 ブレスケア用品まであるとはなんと手厚い。

 

「これから如何なさいますか? 休むのでしたら一室用意しますが」

「いえ、ここで大丈夫です」

「あ、タオルケットどうぞです!」

「ありがとうございます」

「他にご用はございますか?」

「次の試合が終わったらまた食事にしたいので、同じ内容の物を用意してもらっていいですか?」

「かしこまりました」

 

 暗に次も勝つと言ってるみたいで負けたら恥ずかしいな。

 自分にプレッシャーをかけると考えれば問題ないが。

 

「では準備があるので失礼します。飲み物はこちらに用意してありますので」

 

 一人になったところで座布団を畳んでマクラの代わりに。

 そこに横になって受け取ったタオルケットを掛ける。

 幸運な事に私の試合は一回戦の第一試合。

 次の試合まで7試合ある。

 心身を休め胃の中を消化するには十分な時間だろう。

 少しづつ呼吸を浅くする。

 脳に送る酸素を徐々に減らし、体から力を抜く。

 酸欠状態の手前を目指し――私の意識は闇に落ちて行った。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「ちーちゃんの穏やかな寝顔を見てるだけで優しくなれる気がする」

 

 壁て映された千冬さんの寝顔アップを見て恍惚の表情を見せる。

 綺麗だと思うけど、さっきまでの戦いを見ると巣穴で寝る熊である。

 

「嘘みたいだろ? アレ、さっきまでチェーンデスマッチをしてた上に戦車砲を受けてもピンピンしてた怪物なんだぜ」

「教育的指導っ!」

「アウチッ!」

「クソ雑魚童貞がちーちゃんを悪く言うとかさぁ……調子に乗っちゃだめだよ?」

 

 蹴り飛ばされ床を転がる俺の頭を束さんが踏みつける。

 優しくなれてる気がするって言葉はどこに行ったの?

 あぁ、あくまで“気がする”だけか。

 

「しかし千冬さん男前過ぎでは? バキ飯モドキに週末のサラリーマンみたいな食事内容でしたね」

「栄養面だけ見れば正しいけど、ちょっと量が多いのがネックかな? くっ! 許されるなら栄養満点の束特製スープカレーを届けてあげたい! 私のカレーなら栄養面でも上位互換、コップ一杯で体力満タンになるのに!」

「それはもうカレーの名を借りた名状しがたいナニカでは? そんでもって千冬さん寝るの早いですよね。普通なら次の試合を見て相手の対策とかする場面なのに」

「ちーちゃんは本気で楽しんでるみたいだね。実戦なら相手の戦力なんて分からないのが当然! 初見で殺す勢いじゃないとね! それを意識してると見た!」

 

 バーサーカーかな? いやバーサーカーかも。

 千冬さんは造られた存在なんだから、どこぞの馬鹿科学者が英雄の遺伝子情報とか組み込んでそうじゃん。

 人間を造るなんて集団なら遺骨からDNA採取とかしてそうだもの。

 

「それにしてもトーナメント表が露骨にいじられてる感じなんですが、やりました?」

「やったよ。でも私がしたのはバランス良く配置しただけ。勝てるかどうか知らん。上手く行けばちーちゃんが退屈しなくて済むかなと思って」

 

 千冬さんと愉快な仲間達、イイ感じにバラけてるんだよね。

 まるでマンガかアニメのご都合主義の如く。

 初戦はアメリカだった訳だが、お友達が勝ち進んでいくと――

 

 二回戦、イギリス

 準決勝、中国

 決勝、イタリア

 

 になるのだ。

 友を倒し続けて優勝とか道が血まみれだと思う。

 本人はウキウキしてそうだけど。

 

「さてと、次のちーちゃんの試合まで暇になったね?」

 

 ウリウリと頭を踏まれる。

 声が色っぽくて好きよ?

 出来れば違うシチュエーションで聞きたかった!

 

「……取り合えず千冬さんの寝顔を鑑賞してれば良いと思うんだけど、どうでしょう?」

「寝顔を堪能しながらしー君を殴るなんて朝飯前だから、気にしなくていいよ?」

「……最愛の人の寝顔は集中して見るべきじゃないかな? 片手間よくない」

「視線をちーちゃんに固定しつつ手足でボコるだけの簡単なお仕事なので大丈夫です」

 

 ふむ……なるほどね。

 

「やられてたまるかァァァァ!」

 

 頭に乗せられた束さんの足を払いのけ、立ち上がってダッシュで逃げる。

 俺は負けない! 俺は折れない! 俺は……ッ!

 

「チェーンデスマッチしようぜ! お前サンドバックな!」

「あんぎゃ!?」

 

 足首に鎖が絡まり前に倒れる。

 そしてズルズルと床を引きずられる。

 モップじゃねーんだぞコラっ!

 

「楽しい楽しい拷問の続きをしようぜ、しぃ~くぅ~ん」

 

 ぬっちゃりとした笑顔の束さんとの距離が徐々に縮まる。

 千冬さんの試合中は良かった。

 流石の束さんも俺を椅子にするくらいで大人しく試合見てたもの。

 

「ここならどれだけ暴れても大丈夫だから、精々抵抗してみればいいよ」

 

 ここはデ・ダナン内にある施設の一つで、各ある施設の中で一番大きな部屋だ。

 ただ広く、遮蔽物などない部屋。

 大き目の体育館って感じだ。

 この場所は、ISの起動実験やちょっと危ない実験をする場所となっている。

 そこで俺の拷問は行われていた。

 

「はい捕まえた。私だってしー君に酷い事はしたくないんだよ? だからさ、諦めてカメラの隠し場所を素直に吐きなよ」 

 

 はい、引きずられて束さんの足元まで戻ってしまいました。

 カメラね……うん、カメラか……

 

「海に落としました」

「まずは軽く火責めから」

 

 束さんがハンマー投げ選手の如く回り始める。

 ん? この場合はハンマーは俺か? それは勘弁しあっつい!?

 

「シリが熱いッ!? あ、でもこれなんか懐かしい――ッ!」

 

 思い出した! 体育館でジャージでスライデングとかすると摩擦で服が焦げるアレだ!

 よく膝を燃やしたもんだよ。

 あれ摩擦熱でジャージの繊維が溶けたようになるよね。

 懐かしいなおい!

 

「噓つきはお尻が真っ赤になります」

「海だよ海! てか自分で探せばいいじゃん!?」

「監視衛星で録画した当時のしー君の動きを見たけど、捨ててる動作はないんだよねー」

「レーザーが当たった衝撃で落としたの!」

「でも科学的にしー君から嘘をついてる反応があるからなー」

「科学だって間違えるだろ!? ポリグラフだって的中率100%じゃないはず!」

「でも心理学的にも嘘ついてる反応だしなー」

「人間の心理が全て暴かれてるとでも!? 人間ってのはもっと深い生き物なんだよ!」

「まぁしー君の目に光りがある限り何を言おうが信じないんだけどねー」

「ダメじゃん!?」

 

 クソがッ! 人の言葉を信じないなんて本当に最低だな。

 まったく、せっかくカメラを隠したのにこれじゃあ意味ないじゃないか。

 しかしお尻がまじでヤバい。

 ここは束さんの説得よりシリの救済が先か。

 ってことでゴロゴロしましようねー。

 

「……痛くないの?」

 

 痛い! 普通に痛いよ!

 お尻を床に付けて腹筋してるような体勢だったが、あえて体勢を崩してゴロゴロ転がる。

 これで俺のお尻は救われた。

 だが今は目を回してるし、純粋に身体全体が痛い。

 動きが止まった後が地獄だな。

 

「もう、無駄に強情なんだから。それじゃあこれでフィニッシュ!」

 

 束さんが鎖を手放した。

 その瞬間にハンマーたる俺はゴロゴロと床を転がっていく。

 最終的に仰向け状態で俺の身体は止まった。

 あ~視界がギュルギュルするんじゃぁ~

 

「どう? 降参する?」

「…………まだまだ」

「そうこなくちゃ!」

 

 なんかイキイキしてる気がするね。

 暇潰しの玩具が壊れてなくて安心てか?

 だが! それでも! 俺はカメラを渡さない!

 少しでも逃げるんだ!

 

「しー君はイモムシの真似が上手だよね」

「誰がイモムシか」

 

 転がったせいで鎖が足に巻き付いて立てないんだよ!

 俺に許されてるはほふく前進のみ。

 それでも生き残ろうと努力する姿勢をもっと褒めて?

 

「ところで束さん」

「ん?」

「他の試合見ないんですか? 最終日だし、個人的には全部の試合見たいんですけど」

 

 体力回復の時間稼ぎ急務!

 や、今立たされたら吐きそうなんだよね。

 

「え~見たいの? どれもこれも試合内容に大差ない泥臭い戦いだと思うよ?」

「まぁレーザー系もないですからねー。ぶっちゃけミサイルはともかく、鉛玉は見てる方からはすれば地味ですよね」

 

 マンガやアニメじゃあるまいし、銃弾なんて普通は見えない。

 IS同士の撃ち合いって、離れて見てると迫力はないんだよね。

 これがレーザーなら見応えあるんだが。

 ちなみにゴーレムの中に入った時だけは鉛玉も迫力満点でした。

 

「レーザー兵器の類はこれから解禁だね。今のISだと武装の威力が高すぎてバランスが悪くなっちゃうから」

「次回のモンド・グロッソこそオタクが期待する人型兵器バトルになりそうですね」

「そしてそれらをブレード一本で斬り伏せるちーちゃんの独壇場だね。束印の兵器でヒャッハーしてる各国をブレードだけで黙らせるちーちゃんの雄姿が目に浮かぶよ」

「自分が生み出した物があっさり負けるのに嬉しそうですね」

「嬉しいよ。だからちーちゃんが好きなのさ」

 

 千冬さんを語る時の束さんは本当に嬉しそうな顔である。

 花丸100点の笑顔です。

 この調子で俺への拷問も忘れてくれると嬉しい!

 んで理解した。

 兵器とは生き物を殺す道具である。

 では殺せない兵器は兵器と言えるのだろうか?

 答えはノーだろう。

 洗脳兵器だとかは置いておいて、一般的な兵器は殺せなければ意味がない。

 巷では危険な兵器を生み出すと誤解されがちな束さんだが、本人にその意識は薄い。

 だって殺せない存在がいるんだから。

 どこぞの人が束さんに『これ以上危険な兵器を作るな』と言っても、『もっと身体鍛えたら?』って言われて終わりそうだな。

 

「あ、そうだ。しー君が好きそうなブツが完成間近なんだけど、見たい?」

「是非とも!」

 

 新しい発明品か。

 俺に対する興味を失ってくれるならなんでもいいよ!

 この調子で時間を潰そう!

 

「ポチっとな」

 

 束さんの正面に投影されたスクリーン。

 それを操作し、最後にボタンを押すと空中にボールが現れた。

 

「これは?」

「凄く簡単に言うと、ファンネル」

「ファンネル!?」

 

 思わず上半身を起こして束さんを見る。

 これってあれか、ISのヒロインの一人であるイギリスの国家代表候補のセシリアが使用していたビットか!

 原作武器のひな型を見れるとは軽く感動。

 

「これって束さんの意志で動くの?」

「だよ」

 

 ふよふよとボールが目の前に移動してくる。

 大きさはバスケットボールくらいかな。

 触ってみると表面はゴムだった。

 うん、まんま空飛ぶバスケットボールだ。

 

「まだ未完成なんですか?」

「本体がもう少し小型化できそうだから、それが終わってからどこかの国に情報を渡す感じかな」

「ところで、これは俺にも使えたり?」

 

 ISに武装を積まないが信条の俺ですが、目の前に生ファンネルがあればやはり揺らぐ。

 原作だとビーム兵器搭載型とミサイルポッド型があったんだっけ?

 ロマンが溢れそうだね!

 

「うんうん、しー君が興味を持ってくれて嬉しいよ。ちなみにしー君ならどう使う?」

「大型ブレードに仕込むとかですかね。自分の意志で操作できる武器とか素敵」

 

 踊れ! などど叫びながら剣を操作するとか良いと思います!

 英雄王ごっこできて強キャラ感もあってイイね!

 

「ほうほう、それは確かに面白そうな使い方ではあるね。でも……」

 

 ゆっくりと俺に近付きながら束さんの口が弧を描く。

 千冬さんの時とは違って性格の悪さが滲み出てるぞおい。

 

「しー君には才能が微塵もないから使えないけどね!」

「期待させて落とすの止めてくんない!?」

 

 世の中なんでも才能才能と凡人に厳しすぎる!

 ニュータイプ専用武器ですかこの野郎!

 

「本人の資質も大事だけど、これってマルチタスクが出来るがどうかも大切なんだよ」

「アニメ見ながらアクションゲームしつつ会話できるけど?」

「たがが三つじゃお話にならないね。そもそもしー君はシングルタスク型じゃん」

 

 マルチタスクは複数の作業を同時に行う事だ。

 俺の三つはオタクの標準機能だもんなー。

 テレビアニメ見ながらFPSしつつスカイプで連携。

 ごく標準的な範囲だ。

 束さんが言うシングルタスクは一点集中型。

 自覚は……あります。

 ボス戦などは会話はともかくアニメの情報は入ってこない。

 更に集中すると会話もおざなりになる。

 うん、シングルタスク型だ。

 

「頑張れば一本くらいは操作できるかもだけど、本体の動きはかなり鈍ると思うよ? 私ならブレード無視して本体にワンパンです」

「たった一本の空飛ぶ剣じゃ迫力はないけど……俺自身も接近戦、死角から攻撃とかなら……」

 

 敵とつばぜり合いしてる最中にさ、『後ろがガラ空きだぜ?』なんて言って攻撃とかしたい。

 やっぱ厨二病は完治しない不治の病なんだなって。

 

「……そんなに使ってみたいの?」

「あ、結構です」

 

 言ってる事が違うって?

 邪悪スマイルの束さん相手に嫌な予感がビンビンなんだよ!

 笑顔がねっちゃりと湿ってるんだよ!

 

「そっかそっか、しー君がそこまで言うなら仕方がないね。この天災が協力してあげようじゃないか!」

「結構だって言ってるじゃん!」

 

 ちょっと待って? なんかバスケットボール増えてない? ひうふう……全部で10個の空飛ぶバスケットボールが俺を囲んでる気がするんだけど?

 

「マルチタスク能力は鍛えようと思えば鍛えられるもの! 私が付きっきりで指導とか、束さんファンなら泣いて喜ぶ場面だよ? やったねしー君!」

 

 わーい、バスケットボールが俺の周囲を回ってるよ!

 まるで得物を囲む狼みたいだね!

 ってこれ拷問の続きじゃないですかヤダ―!

 

「せめて足の鎖をオブッ!?」

 

 横から飛んで来たバスケットボールが脇腹にヒット。

 情けなくまた床を転がる。

 あ、鎖が緩くなった。

 絡まった時と逆回転で転がったからか。

 ありがとう束さん。

 流石にイモムシ相手に無茶はしないよね。

 逃げない虫より、走り回る小動物の方が遊びがいがあるとか思ってるんだろうけどなぁ!

 

「人間、一つの飛来物を避ける程度なら子供でも出来る。だけどこれが複数になると難易度は一気に上がるんだよね。さぁ覚悟はいいかなしー君!」

 

 覚悟を決めろ俺! 逃げようが泣こうが追及の手を緩める相手ではない!

 そもそもカメラを隠してから大分痛い目に合ったんだよ? 今になって降参とか無駄な我慢してただけじゃないか。

 あ、そう考えるとますます喋りたくなくなってきた。

 束さんが飽きるのが先か、それとも俺が折れるのが先か――

 いざ勝負!

 

「ラディカルグットスピード!」

 

 脚が装甲で覆われる。

 ついでにヘッドと両腕部だけISを展開!

 

「ん? やる気になったのはいいけど中途半端だね?」

「だって装甲で全て隠したら、絶対に力尽くで突破しようとするじゃん」

「把握。私は胴体と股間を狙えばいいんだね?」

「胴体だけでお願いします!」

 

 胴体と股間丸出しで恥ずかしいが、これも自分と流々武を守る為だ。

 下手に隠したら装甲割ってでも俺にダメージを与えてきそうだが、これなら純粋に生身の部分だけ狙ってくれるだろう。

 ヘッドはハイパーセンサーの使用と、倒れた時に頭部を守る為。

 腕部はいざとなった時に鉄板やスコップを使用する為だ。

 でも股間だけは止めてね!

 ……やっぱり股間隠すか? でも今から隠したら更に狙ってきそうだからダメだな。

 ではスイッチを入れよう。

 

 

 ――篠ノ之束は非実在性美少女である。暴力ヒロイン? オタクなら喜べ!(オタクスイッチON)

 

 ――これさ、どさくさに紛れてタッチとかあるパターンでは? オラ、ワクワクしてきたぞ!(童貞スイッチON)

 

 ――拷問とか抜きにすれば実はまともな修行ターンなのでは? 空飛ぶ剣が俺を待っている!(前向きスイッチON)

 

 

「デュフフフ……アニメでは自在に動く武器での攻撃なんてテンプレだぜ束さん」

「なにその笑い? そしてなにその手を動き?」

「近過ぎる相手には使えない。そうだろ?」

「や、全然余裕だけど」

「なにせ下手をすれば自爆だ。手数の多さにビビッて下がれば相手の思うつぼ……そうだろ?」

「や、自爆とか絶対にないけど。ねぇしー君」

「どうした? まさか怖気付いたか?」

「攻撃を言い訳に触ろうとか思ってない?」

 

 ふっ……

 

「行くぞオラァァァァ!」

 

 両手をワキワキしながらいざ突撃~!

 

「拷問+お仕置きに変更だよバーカっ!」

 

 10個のボールが俺目掛けて飛んで来た。

 




ち「食って寝る!(益荒男乙女)」
し「まだまだ戦いはこれからだ!(引くに引けなくなっている)」
た「ちーちゃんの雄姿見れて幸せ! しー君で遊べて楽しい!(にっこにこ)」


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モンド・グロッソ最終日 日本VSイギリス

ガルパンの映画見ました!
戦闘シーンが気合入ってて最高だった!

Huluでこのすばの映画も見た!
ゆいゆいと結婚したいだけの人生だった!


二回戦が始める少し前に目を覚まし、ストレッチなどを済ませアリーナに出る。

 私を出迎えたのは最近知り合いになった相手。

 悪いとは思うが―

 

「まさかお前が相手になるとは思わなかったよ」

「失礼……とは思いませんわ。わたくしはあくまで競技者、単純な身体能力や戦闘能力は国家代表の中でも最下位でしょうから」

「だいぶ無茶したようだな。機体の損傷は直っているようだが、身体の方のダメージは隠しきれてないぞ?」

「この程度の傷、千冬様と戦う為の必要経費ですわ」

 

 白く綺麗な頬に絆創膏を貼ったエラが、普段では見せないような獰猛な笑みを見せる。

 二回戦の対戦相手はイギリス代表。

 特技は狙撃や射撃。

 本人の発言通り、兵士ではなく選手タイプ。

 国家代表の中である意味一番真っ当な参加選手だろう。

 近接格闘などは不得手に見えるが、何かしらの格闘技は修めてるらしい。

 殴り合う手足ではないので、柔術、サンボ、システマなどの技を使う可能性がある。

 機体はスピード重視で軽武装。

 基本武器は狙撃ライフル。

 背中に隠し腕を持つ。

 技術スタッフの人達が『まるで四妖拳みたい』と言っていたので調べてみたが、確かに某大作マンガに出て来るものと似たものだった。

 隠し腕の精度は低くいので、殴ったりはしてこないだろう。

 

 ――3

 

「見せてくださいませ。貴女の本気をっ――!」

 

 ――2

 

「もちろんだ」

 

 アリーナの中央で互いに身構える。

 初手から全力で行く。

 

 ――1

 

 真っ直ぐ進んで叩き切る!

 

 ――0

 

「ふっ!」

 

 姿勢を低く、抜刀の構えの状態で地面を擦る様に飛ぶ。

 視線の先ではエラが狙撃の態勢に入っていた。

 迎撃を選んだか!

 

 むずむずと身体の一部が疼く……狙いは額か。

 遠慮のない良い選択だ。

 だが無意味だ。

 エラの意識が私に集中し、その狙いが鋭くなればなるほど私には避けやすい。

 姿が見えない市街戦などならともかく、アリーナという視界の開けた場所ではエラの本領は発揮できない。

 

 額に飛び込んでくる銃弾を紙一重で避ける。

 続いて膝と腕。

 こちらの姿勢を崩そうとする攻撃。

 それらを避けながらエラに肉薄する。

 エラは腰を落とし、足を地面に着けたままだ。

 狙撃ライフルの銃口だけを向けて私を待ち構えてる。

 あくまで自分の技と心中するつもりか? それとも何かあるのか――

 考えても仕方がない事だ。

 このまま斬るッ!

 

「おいでませっ!」

 

 ブレードが狙撃ライフルで受け止められる。

 まさか愛用の武器を捨てるとは。

 だが突進力を味方にした斬撃の勢いは止まらない。

 エラの武器をへし折りながら刃をその身に届ける――

 

「受け止めました……わっ!」

 

 刃から伝わってくる感触が想像と違う……。

 装甲が厚い?

 よくよく見ると昨日までの機体ではない。

 ほんの僅かだが、装甲が厚くなっている。

 近くで見なければ気付かない範囲で機体をいじってきたか!

 

「取りましたわっ!」

 

 ひしゃげた狙撃ライフルを捨てたエラが私の腕を掴んだ。

 腕を捻り、ブレードを落とそうとする。

 私の重心を動かそうとするこの動き――

 

「やはり接近戦の心得はしっかりあるようだな!」

「これがキャッチ・アズ・キャッチ・キャンですわ!」

 

 掴まれた手首を捻られ、ブレードを落としてしまう。

 

「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン? すまないが知らない名前だ」

「レスリングの源流の一つですわ! 日本式で言えば古武術でしょうか?」

 

 まさかのレスリングだった。

 これは意外だ。

 まてよ、古武術と言えば実戦の中で培われてきた殺し技が多いはず。

 柔術の原型も、武器がない状態でも合戦などで敵を倒す為の技だと聞いたことがある。

 ヨーロッパでも同じだろう。

 重い鎧を着けた相手を無効化……しかしそこにルールはなく剝き身の武術……

 

「関節破壊が目的か!?」

「正解ですわ! 関節技と締め技が得意技ですの!」

 

 腕を引っ張られ、それに合わせ捻る力も加えられる。

 反射的に逆らって腕を引っ張りそうになるが、それはしてはいけない。

 したらその瞬間に関節が壊されるだろう。

 だから流れに逆らわず、むしろ流れに乗る。

 身体を捻り半回転して地面に着地。

 無事な左手で殴ろうと構えるが、その前にエラが動いた。

 

「捕まえましたわ!」

 

 脇の下に手を差し込まれる。

 ここを押さえられると腕を自由に動かせなくなるのだ。

 右腕は手首を、左腕は根本から押さえられた。

 そして向けられる隠し腕が握るハンドガンの銃口。

 なるほど、これがエラの戦術か。

 

「ゼロ距離なら避けられませんわ!」

 

 首を捻り銃弾を避ける。

 だがエラの隠し腕は二本。

 もう一本はエラの脇の下から銃口を覗かせており、そこから放たれた銃弾は私の脇腹の装甲にくっきりと食い込んでいた。

 隠し腕は人間と同じ様に関節が存在する。

 だからこの様な撃ち方もできるのか。

 避けられる可能性がほとんどない状態だが、それでも初撃で顔を狙う事で私の注意を逸らし、確実性を上げたうえで二発目を撃ってきた。

 随分と慎重な事だ。

 ダメージは軽微、ならば行くしかあるまい。

 

「動きをを止めてからの射撃! これが私の必勝法ですわ! いくら千冬様でもそう簡単には逃げだせ――キャァー!?」

 

 エラに組まれたまま瞬時加速を使用。

 目指す先はアリーナの壁だ。

 舌をかまない様に気を付けろよ。

 

「ガッ!」

「ッ!?」

 

 二人そろって壁に激突する。

 本来ならエラだけにダメージを与えたい所だが、衝撃で私の腕が壊されそうなので仲良く激突する結果となった。

 右腕は掴まれたままだが、左手は自由になった。

 

「こんな方法で――ッ!?」

 

 まずはボディーブロー、顎が下がったのでアッパー。

 エラの脳から“掴む”と言う動作を忘れさせろ!

 

「こんのぉーォォォ!」

 

 アッパーを喰らって顎が上がった状態を生かした頭突き。

 意外と逞しいお嬢様だな!

 

「右腕は絶対に自由にさせませんわっ!」

 

 再度私の左手を封じようと手を伸ばしてくる。

 私だって少しは心得があるんだぞ?

 そう易々と同じ手は食わんさ。

 

「なっ……」

 

 エラの右手の指に自分の左手を合わせる。

 

「なぜこのタイミングで恋人握りを……?」

 

 私がこの技を使った時はお前も居たはずだが?

 指取りという立派な技だよ。

 

「え? 外れない――」

 

 ここで少し捻る。

 

「いっっ!?」

 

 エラの顔に苦痛の表情が現れた。

 関節技は痛いよな。

 分かるさ。

 

「ならこうですわっ!」

 

 エラが脚で私の胴体を挟む。

 蟹挟だ。

 がっしりと組まれそう簡単には引き剝がせそうにない。

 だがこれは攻撃のチャンスでもある。

 我慢比べと行こうか!

 

「このままハチの巣に――ぐふっ!?」

 

 私に抱き着いてる姿勢のエラをアリーナの壁に叩き付けた。

 肺の空気を吐き出しながらエラが喘ぐ。

 隠し腕が動き銃口が私を狙う。

 密着状態なので正面から撃たれないのが幸いだ。

 この位置取りなら撃たれるのは脇腹や肩だろう。

 致命傷になる前にその背中の装備を叩き潰す!

 

「狙いは背中ですわねっ!?」

 

 互いにもつれ合いながらアリーナの中を駆け巡る。

 エラは地面や壁に気を付けつつも、私の右手を自由にしないようにしながら左手の開放を狙う。

 片や私はエラを壁や地面に叩き付けるタイミングを計りつつ右手の開放を狙い、左手でエラの妨害を計る。

 なんとまぁ忙しい接近戦だ。

 

 エラが私を挟んだまま空中に逃げようとする。

 遮蔽物のない空を目指すエラと、それを阻止する私は錐揉み状態になりながら飛ぶ。

 攻防が続いてるように見えるが、この状態でもエラの隠し腕は撃ち続けている。

 ダメージを一方的に与えられてる状況だ。

 地面が近くなった瞬間、エラの右腕を潰す勢いで握力をかける。

 痛みで一瞬動きが鈍ったスキを見逃さず、エラの背中が地面に向かうように体制を整えたら力尽くでエラの身体を地面に押し込んだ。

 上からかかる力に隠し腕からメキメキと音がなる。

 これで二発目。

 思ったより頑丈だな。 

 だが後ほんの一押しで止めを刺せるだろう。

 

「ぐっ――!」 

 

 まるで押し倒してる様な姿勢の私を、エラが必死に跳ね除けようとしている。

 そんなエラを押し倒しながら前に進む。

 エラの背中は地面で擦れ、ガリガリと金属と地面が擦れる音と火花が見えた。

 

 バキッ!

 

 破砕音と共に折れた隠し腕が地面に転がる。

 これで少しは楽に――なんだとッ!?

 

「こうなる事は予測済みですわっ!」

 

 掴まれていた右腕が開放される。

 隠し腕を折って安心した僅かな隙、そこをエラが狙っていたのだ。

 右腕が開放されたにも拘わらず、まさかエラが手を放すとは考えてもなかった私の手は動かない。

 思考だけが間延びする。

 そんな中、エラは自分の左手にロケットランチャーを出現させた。

 イギリスのロケットランチャー、LAW80をIS用に改造した物だと思われる。

 片手撃ちが可能な大きさだ。

 

「力も技も勝てないなら……気合で勝つしかありませんわっ!」

 

 爆音と光りで意識が空白となる。

 それと同時に胸部に感じる痛み。

 これは効くなッ!

 

「っつ~! 流石にこの距離ではわたくしにもダメージがありますわね」

 

 衝撃でエラを捕まえていた左手の指取りが外れてしまった。

 煙の先では薄焦げたエラが立っている。

 アダムズといいエラといい、平然と自爆を選択肢に入れすぎだろう。

 しかし効いた。

 束の右ストレートを鳩尾に食らったくらいのダメージがある。

 もう一発は勘弁して欲しいな。

 

「ここからは自分の戦い方でやらせてもらいますわっ!」

 

 二丁のアサルトライフルを構えたエラが後ろに下がりながら射撃を開始する。

 捕まってからのゼロ距離射撃とロケットランチャーの着弾。

 与えられたダメージ量は私が上だな。

 エラの隠し腕は破壊できたが、本体へのダメージは軽微だろう。

 

 ブレードで銃弾を防ぎながらエラを追う。

 こうも弾幕を貼られるとなかなか距離を詰められない。

 限られたフィールドで戦うのだ、壁に追い詰めてしまえばいい。

 だが向こうもそれを理解してるので、そう思い通りには動いてはくれない。

 厄介な戦いになりそうだ。

 しかしこの感覚、懐かしい。

 

 私と束は昔はよく殴り合っていた。

 いや、少し語弊があるか。

 詳しくは“束にじゃられていた”だ。

 本気で殴れる相手を見つけた束は、それはもう嬉しそうに襲ってきた。

 私はもちろん本気で戦った。

 一回適当に相手してたら投げ飛ばされ、倒れた私に覆いかぶさって頬を舐めてきた事があるので、それ以降は手を抜く選択肢はなくなったのだ。

 そんな束との戦いだが、基本は束が攻める事が多い。

 いや、攻めると言うか、掌底で胸を狙ったり尻を触ろうとしたりとセクハラ攻撃が多いのだ。

 なので私が怒るとあいつは守りに入る。

 そしてその時の束だが……しつこい。

 攻撃は当たらないし、掴んだりも出来ない。

 悔しいが、先読みの技術は一生追い付かないだろう。

 束相手に戦ってきた経験は……今思えば良い経験だったな。

 正面からの戦いだけでなく、奇策、妙策と呼ばれるような、正道ではない戦いの存在を知ったのだ。

 言葉や知識ではなく、経験した事があるというのは大きい。

 今の所、追うのがエラで逃げるのが私というのが良くないな。

 なんとか攻守を逆転させなければならない。

 一度逃げに回ればエラの手数は落ちるはずだ。

 ――多少の無茶が必要だな。

 

 ブレードは邪魔になるので一度拡張領域にしまう。

 盾にしながら進む手もあるが、速度が落ちるし弾丸の集中で折れる可能性がある。

 だから防御は素手で行う。

 被弾は覚悟済みだ。

 

「……行くぞ」

 

 瞬時加速を使用。

 エラに向かって真っ直ぐ進む。

 もちろんただ進むだけの私は良い的だ。

 両手を前に。

 肩、腰、装甲が厚い部分に被弾する銃弾は無視。

 逆に顔などに当たる銃弾だけ防ぐ。

 

「ダメージ覚悟で間合いを詰める気ですのっ!?」

 

 手へのダメージを最小限にする為、手の甲部分で銃弾を側面から叩く。

 あるいは手の平で受け流す。

 正面から受け止めない様に注意しながらも手を動かす。

 エラが瞬時加速を使用して逃げた。

 だが瞬時加速を使用してはアサルトライフルの類は撃てない。

 仮に撃てたとしても弾丸は広く散らばるだろう。

 攻守が変わり逃げるエラと追う私。

 一度高速で逃げ始めればそこから攻撃に転ずるのは難しい。

 エラの顔に焦りが見える。

 

 右、下、左――

 

 瞬時加速の連続使用は機体に負担を掛け、エネルギーを急速に消費する。

 追いかけっこに時間を掛けては負けるのは私だ。

 エラを追って地面に近付いた瞬間、エラの視線が私から外れた隙を見て落ちていた金属片を拾う。

 隠し腕の部品だ。

 大きさは親指ほど。

 弾丸代わりに丁度良い。

 

 エラが真上に飛んだ。

 私もその背中を追う。

 進む先にあるのはアリーナを覆うバリアだけだ。

 ここからどう動くは先読みしなければならない。

 私は束の様に相手の思考を読むなんて事はできない。

 だが手はある。

 思考は無理でも、肉体の動きを読めば良い。

 集中しろ……動きの起点を見逃すな。

 例えISというスーツを纏っていても、中身は生身だ。

 必ずサインがあるはず。

 

 右か左か、それとも斜めか。

 空中戦では生身の肉体ではあり得ない選択肢がある。

 単純に左右の動きだけに注視しては駄目だ。

 

 ――見えた!

 

「きゃっ!?」

 

 親指で弾いた金属片がエラの首筋に命中する。

 指弾と呼ばれる技だ。

 私は一部の競技以外で銃を使用していない。

 だから油断があったのだろう。

 最初から銃を持っていたら警戒されるし、拡張領域から取り出して狙いを定めるのは時間の無駄だ。

 その点この指弾は便利である。

 束に使った時は砂粒を目に当ててやった。

 何事も経験だな。

 

「間合いに入ったぞ」

「しくじりましたわっ!」

 

 エラが怯んだ瞬間に一気に距離を詰める。

 ブレードを取り出し――

 

「なにクソですわっ!」

「おっ?」

 

 エラが私に突進してきた。

 タックルと呼ぶには崩れた姿勢。

 ただがむしゃらに体をぶつけてきた感じだな。

 だが私を弾き飛ばすには力不足だ。

 膝蹴りをエラの腹に打ち込み、硬直した瞬間に殴り飛ばす。 

 

「もう一度……捕まえましたわ」

 

 後ろに吹き飛びかけたエラの身体が途中でとまる。

 殴った私の左手の手首をエラが掴んでいた。

 

「そう簡単に斬られてあげませんわよ?」

 

 鼻から血を流しながらエラがほくそ笑む。

 まぁ、殴った衝撃で後ろに下がった事で間合いができたから問題ないな。

 

「このまま折りますわっ!」

 

 エラが左手を捻り上げる。

 関節が悲鳴を上げ、痛みから逃げようとする本能を無理矢理押さえつけた。

 左手はくれてやる。

 

「まさか――ッ!?」

 

 エラはここから関節の取り合い、そんな近接戦をしたかったのだう。

 だがそろそろ試合を決めたいのでここは無視させてもらう。

 

「普通なら痛みで反射的に動いてしまうはずですわっ!」

 

 無理すると言っても流石に骨を折られてはこちらも困る。

 だから力の掛かり具合を自分で調節して……

 

 ゴキッ!

 

 よし、肩が外れたか。

 骨が折れてないだけマシだ。

 痛みを無視し、私は掲げたブレードでエラを斬りつけた。

 装甲が厚くしてるなら手加減はなしだ。

 

「あうっ!」

 

 エラに肩から腰まで斜めに亀裂が走る。

 だがまだだ。

 まだエラのISは活動を停止していない。

 運良くエラが私の左手を開放してくれた。

 手を繋いだ状態では斬りづらかったので嬉しい誤算だ。

  

「まだ……ですわっ!」

 

 エラは拡張領域から先ほど見せたロケットランチャーを取り出した。 

 爆発が起こり煙と火が視界を隠した。

 振ったブレードが爆炎を切り裂くが、手応えはない。

 

「まさか斬撃に砲弾を合わせるとはな」

 

 気合の入った緊急回避方法だ。

 おかげでブレードの長さが三分の一程度になってしまった。

 エラは健在だが、衝撃によって体勢を崩し未だ直せていない。

 煙をまき散らしながら地面に向かって落ちていく。 

 

「その程度では逃げたとは言えんぞッ!」

 

 落ちるエラを追う。

 ここで逃げてはまた追い掛けっこが始まる。

 なんとしてでもここで仕留めるッ!

 

 エラが上半身を起こし、こちらに二丁のアサルトライフルを向けた。

 逃げる選択を捨てて迎撃を選んだようだ。

 放たれる銃弾の雨。

 それらを正面から受け止める。

 

「取ったッ!」

 

 突き出したブレードの先端がエラを捉えた。

 落下速度を利用した突きは勢いを失わず、エラを地面に縫い付ける。

 

「ハァァァァッ!」

「アァァァァッ!」

 

 ブレードが突き刺さったエラの胸部からは火花が舞い散り、私の腹部にエラのアサルトライフルから撃たれた銃弾が集中する。

 共に引く気はない。

 互いにダメージ覚悟で相手を攻撃し、そして――

 

「……あ」

 

 エラの両腕からだらんと力が抜け、ISから色が抜け落ちていった。

 

「ふぅ……」

 

 ブレードを握る手から力を抜く。

 機体ダメージは……銃弾が集中した腹部がヤバいな。

 

「……負けましたのね」

「そうだな。私の勝ちだ」

「……実力差は明白。こうなると予想してたのですが……意外と悔しいですわね」

 

 エラの目から涙がこぼれる。

 あくまで予測であって、勝つ気で戦ったのだからその涙は当然だ。

 誇っていい涙だよそれは。

 

「立てるか?」

「指一本動きませんの。わたくしのこと放置でいいですわ。そのうち運営スタッフが回収にきますので、千冬様は先にお戻りください」

 

 ここで放置しろとは無理な話しだ。

 少なくて私は本気で戦った相手に対して敬意を払うぞ?

 

「ISを解除しろ」

「千冬様?」

「いいから」

「……了解しましたわ」

 

 疑問を持ちながらもエラは大人しくISを解除してくれた。

 さて、少しばかり痛むが仕方がない。

 ぶらりと垂れ下がる左手を地面に着ける。

 手の平を地面に当てて――

 

「ふんっ!」

「なにをしてますのっ!?」

「よしハマった」

 

 私の行動を目撃して飛び起きるエラを尻目に肩を回して調子を確かめる。

 問題は……ないな。

 一応後で冷やしておくか。 

 

「無茶しますわね」

「両手が空かないと運べないからな」

「運ぶですか? ――あえ?」

 

 エラの腕を取り、ふわりと持ち上げる。

 

「お、おひめ……これ、おひめ――」

「すまないがファンサービスは頼んでいいか? 私はこういったのが苦手でな」

「おおおおおおお任せくださいませですわ」

 

 顔が赤い上に嚙みまくりだが大丈夫か?

 エラから微妙に束と同じ匂いが……気のせいだよな?

 アレと同類が何人もいるとか想像もしたくない。

 エラを抱いた状態で空に浮かぶ。

 アリーナの中心まで来ると、観客の歓声が四方から浴びせられる。

 

「では頼む」

「は、はい!」

 

 エラが若干固くなりながら観客に向かって手を振る。

 もしかしてこういったのは慣れてないのだろうか?

 観客慣れしてると思ったので頼んだのだが、意外とそうでもないのか?

 

「アリーナ内を一周してから戻ろうと思うが、大丈夫か? 無理ならこのまま戻るが――」

「大丈夫ですわ! 例え骨が折れようと手を振ってみせますわよ!」

 

 エラが慌てて大声をあげる。

 プロ根性に火でも点いたか?

 まぁ本人がやる気になってるなら問題ないだろう。

 

「今日は人生最高の一日ですわ~っ!」

 

 ……負けたのにか?

 

 

 




モンド・グロッソ表

イギリス代表「我が世の春ですわっ~!(絶頂)」
日本代表「楽しい戦いだった(ご満悦)」

モンド・グロッソ裏

た「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!????(まさかの展開に発狂)」
し「なにしとんじゃわれぇぇぇ!!!!????(この後の展開を想像し発狂)」


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モンド・グロッソ最終日 小休止

スポーツ系のアニメ見ると罪悪感が凄いよね。
ウマ娘二期13話を見て、怠惰に生きててすみません、全力出さす楽な選択肢ばかり選んですみませんって気持ちになる。
クーラーの効いた部屋でソシャゲしながら見るものじゃないわ。



「ただいま戻りました」

 

 異様にテンションが上がっていたエラはイギリスのスタッフに引き渡し、私は水口さんたちの前に帰ってきた。

 技術スタッフの面々は目をギラつかせ、私に飛び掛かる寸前である。

 

「随分と無茶したようですね~?」

「えぇまぁ、彼女は強敵でしたから」

「戦いは門外漢なので小言は言いません~。こちらが言うのは一つ……脱げ」

「了解です」

 

 目が据わってる相手には逆らわない。

 それが自分より小さい相手だとしてもだ。

 ISを鎮座させると、スタッフがわらわらと集まる。

 

「脇腹――ダメです! 関節部分もダメージ大! 取り換えが必要です!」

「脚部は――弾丸が数発埋まってますが応急処置だけでいけそうです!」

「次の試合まで完璧にしますよ~。皆さんテキパキ動いてくださいね~」

「「「は~い!!」」」

 

 楽しそうだな。

 誰かがイキイキと働く姿は見てる方も楽しくなる。

 

「織斑さん、上着を脱いでこちらに」

「はい」

 

 専属スタッフの二人に腕を引かれ、私は薄着の状態で座らさせる。

 

「アイシングとテーピングをします」

「お願いします」

 

 外れた関節を自分で無理矢理ハメたからか、肩が熱を持っている。

 二人は手慣れた様子で患部を冷やし包帯を巻く。

 こんな技能も持ってるとは意外だ。

 

「腕は吊るす形でよろしいですか? 短時間でも休ませた方が良いと思いますので」

「それでお願いします」

 

 骨折した時と同じように腕を吊るす。

 次の試合までの僅かな時間だが、それでもやらないよりはいいだろう。

 

「お邪魔していいサ?」

「ん?」

 

 声の方に視線をやるとアーリィーとアダムズが居た。

 

「どうした? 敵情視察か?」

「んな馬鹿ことしないサ。ただの昼食のお誘いサ」

 

 昼食……そうか、もうそんな時間か。

 断る理由はないな。

 

「一緒しよう。すみませんが用意してもらったものを包んでもらっでも?」

「すぐにご用意します」

「急にお邪魔してすみません」

「気にするな。私も丁度食事するところだったしな」

 

 まとめられた料理を持ち食堂に向かう。

 流石にこの場で集まって食事はできないからな。

 

「なぁ千冬」

 

 ちょいちょいと肩を指で叩かれる。

 今度はどうした。

 

「あれ」

 

 後ろ? んー、なにか走ってくるな。

 

「凄く見覚えある人です」

「だな」

 

 金色の髪を揺らしながらこちらに向かって走ってくる人物。

 さっきまで私と戦ってた相手である。

 

「千冬様~!」

 

 個人的には手加減なしで打ちのめしたはずなんだがな?

 キラキラ笑顔でまるで疲れを感じさせないフォームで走ってくる。

 

「探しましたわよ!」

 

 前の前でキュッと止まったエラが詰め寄ってくる。

 顔が近いから離れて欲しい。

 と思ったら首がギュルと回ってアーリィーとアダムズの方を向いた。

 

「お礼を言おうとそちらのブースに向かいましたらお食事に向かったと言うではありませんか! お二人とも何故わたくしを誘ってくれませんの!?」

「試合に負けた相手を誘うほど鬼畜じゃないサ」

「アメリカ代表は居るじゃありませんの!」

「トリーシャは意外とメンタルが強いから問題ないサ」

「わたくしもメンタルは強いですわ!」

「……うん、ソウダネ」

 

 あ、アーリィーが折れた。

 まぁ今のエラ相手なら無理もない。

 

「荷物はわたくしが持ちますわ!」

「いや大丈……頼む」

 

 返事をする前にお弁当は取られてしまった。

 早いな。

 拳だったら確実に一撃もらっていた。

 

「ケガは大丈夫なんですか?」

「問題ありませんわ。貴女の方こそ大丈夫ですの?」

「骨なんかには異常はありませんでしたから。動くのに問題ありません」

「二人とも羨ましいサ。あ~あ、早く千冬とやり合いたいサ」

「勝ち残れそうなんですか?」

「今の所はいけそうサ。準決勝の相手は恐らくカナダ代表になると思うけど、アーリィーが勝つサ」

「自信があってなによりですわ。こちらは今から中国とドイツの試合が始まりますが……千冬様はどちらが勝つと思いますか?」

「ドイツ代表は全体的に高レベルでバランスが良い。肉体のスペック面だけ見ればドイツだなだが、私は飛蘭が勝つと思う」

 

 飛蘭は引き出しが多いし、戦いというものよく理解している。

 中国暗部の人間である彼女はそう簡単に負けないだろう。

 

「飛蘭ならきっと勝つサ。なにせ次の相手が千冬、何が何でも勝ちに行くはずサ」

「その飛蘭さんの試合なのにご飯食べてていいんですかね?」

「友の試合観戦より自分の為の栄養補給サ。別に二人は応援に行ってもいいサ」

「初戦負けで居づらいので一緒に居させてください」

「千冬様との食事は全てにおいて優先されますの」

 

 こうして食事をしている私が言う事でもないが、応援しに行ってもいいのでは?

 いやまぁ私たちはライバルでもあるので、そういった慣れ合いは賛否があるだろうが。

 

「ん、空いてて場所は選び放題サ」

「食事のタイミングが各国それぞれでズレてるからですね」

「丁度四人席が空いてますわね。あちらにしましょう」

 

 私がテーブルに持ち込んだお弁当を並べてる間に三人はそれぞれ食事を取りに行く。

 三人が持って来たのは……肉、肉、デザート。

 

「お待たせしました」

 

 エラのは山盛りミートパスタ。

 肉がゴロゴロと乗っている。

 

「空いてるから受け取りも早くていいですね」

 

 アダムズのはスペアリブか?

 骨付き肉の存在感が凄い。

 

「好きなケーキが置いてあってラッキーだったサ」

 

 そしてアーリィーの皿にはケーキが並べられている。

 糖分の摂取は分かるが、取り過ぎだろうに。

 

「それにしても千冬は最後なんであんな事したサ?」

「ん? エラを抱えて飛んだ事か?」

「そうサ」

「それはもちろん千冬様の中でわたくしへの愛が――」

「上からファンサービスをするように指示されていてな。手を振ったりとかガラじゃなかったのでエラに協力してもらう形にした」

「愛が……」

 

 わざわざ立ち上がって力説するな。

 分かったから座れ。

 どうしよう……どんどん束臭が……

 いや気のせいだよな。

 イギリスのお嬢様があの残念極まる馬鹿と同じはずがない。

 

「しかしトリーシャもエラも不甲斐ないサ。二戦こなしたのに千冬はピンピンしてるサ」

「戦ってないからそう言えるのですわ。もし対戦相手が貴女だったら関節を取った時点でわたくしが勝ってましわ」

「そうですね。アーリィーさんならハチの巣に出来たと思います」

「わお、絶対零度の視線が痛いサ」

 

 珍しくアダムズまでもがアーリィーを睨む。 

 私が軽傷なのは運が良かった面もあるな。

 

「とろこで千冬様、その腕では食べにくいのでは? よろしければわたくしが――」

「いや大丈夫だから気にするな」

 

 気持ちはありがたいが、これ以上はマズい気がする。

 神一郎がそばに居るとはいえ、更に束の感情を逆なでする行為をすれば……神一郎の命がなくなるかもしれないな。

 

「ならアーリィーが食べさせてあげるサ。こう見ても箸の使い方は完璧サ」

 

 おっと、いやらしい笑顔でもう一人参戦してきたぞ。

 どういう腹積もりだ。

 

「あ、なら私が――」

 

 そして恥ずかしながらもう残りの一人も参戦だ。

 いったいどうした?

 

「まぁまぁ落ち着くサ二人とも」

「あ、おい」

 

 アーリィーに箸を奪われる。

 二人に見せつけるように箸をカチカチと鳴らす様は、なるほど確かに使い慣れてる感がある。

 で、返して欲しいんだが?

 

「お渡しなさい。それは貴女が持っていてよい物ではありませんわ」

「お願いですアーリィーさん、その箸を渡してください」

 

 なぜそこまで私の箸に執着するんだか。

 悪ノリにしてもアダムズが乗るのは珍しいし、なにかあるのか?

 

「千冬は知ってるサ? 実は織斑千冬にちょっかいを出すと篠ノ之博士が現れるという噂があるのサ」

 

 あぁ、うん、嫌な噂だな。

 

「で、それがどうした? そんな噂を信じてるのか?」

「信じるかどうか人それぞれサ。だけど、つい最近になってその噂を試したい人間が急に増えたのサ。具体的に言うと、篠ノ之博士がモンド・グロッソ実行委員会を拉致って国を単独で落とした動画を見せた頃からサ」

 

 あ れ か!

 あの馬鹿のせいで各国の警戒が高まってるんだな!?

 一部の人間が束を危険視した為、私にちょっかいを出して束を誘い出し、捕まえるなりなんりしたいと。

 そういった動きがあるのか。

 

「わたくしにそんな邪な狙いはありませんわ! 純粋に千冬様のお役に立ちたいだけです!」

「そ、そうか。気持ちだけ受け取っておく」

「……普通に邪な気配を感じるのは私だけサ?」

 

 言うな。

 正直言って私も少し感じている。

 で、アダムズは――

 

「あ、あたしもそうですよー」

 

 凄い勢いで目が泳いでる。

 そうかそうか、らしくないと思ったが、お前は束狙いか。

 ……死ぬぞ?

 

「そんな目で見ないでくださいっ! 一回戦負けで肩身が狭いので逆らえないんですぅー!」

「色々苦労してるようだな」

「そうなんですよ! 仮に篠ノ之博士が現れても、良くて半殺し! 万が一があっても織斑さんが守ってくれるから平気だとか言うんですよ! だから機会があったら織斑さんにちょっかい出せって……雇われ兵士の負け犬に拒否権はないんですっ!」

 

 何故か申し訳ない気持ちになるので泣かないでくれるか?

 しかし束を誘い出す為に私にか――

 

「の割には周囲は大人しいな。特別ちょっかいを出されたりとかされてないし」

 

 暗殺者は来たけどな。

 

「安全性が保障されてないからサ。トリーシャは特別なのサ。仮に篠ノ之博士を怒らせても、千冬と友好があるから、いざとなったら千冬経由で篠ノ之博士を止められると考えてるのサ」

「上司から『お前なら大丈夫』と言われました……」

「それは少し無謀じゃないか?」

 

 もしアダムズが束に襲われたらその時は助けるかもしれないが、束なら私に気付かれないように襲う可能性があるぞ?

 

「一応はやったという報告が出来れば問題なんです。ですから――」

「断る」

 

 そんな期待に満ちた目で私は見るな。

 あーんとか嫌だぞ私は。

 

「ぶっちゃけ千冬的に噂の信憑性はどんな感じサ?」

「ある訳ないだろ。むしろその程度で束が現れるなら私は喜んで協力する」

 

 実際は束が現れそうで怖いけどな!

 止めようとしてボロボロになった神一郎を引きずりながら登場する姿が目に浮かぶ。

 

「そうなんですか? 篠ノ之博士は織斑さんに執着してるって聞きましたけど」

「アメリカはそう考えてるのか? 間違いではないが、どちらかと言うとライバルみたいなものだな。束を殺すのは私だと思ってるし、束も織斑千冬を殺すのは自分だと思っているだろう」

「……殺伐とした友情ですね」

 

 そうだな、殺伐とした友情だ。

 油断すると本気で貞操を狙ってくるから、こちらも殺す気で迎撃するくらいの友情だな。

 

「では問題ないですわね。やはりわたくしが――」

「いやいや、ここはアーリィーが――」

「今頃はフェイさんが戦ってるのにこんなにのんびりししていいのでしょうか? あ、篠ノ之博士が現れないなら私は辞退しますねー」

 

 まぁ殺伐とした食事よりはマシじゃないか?

 騒がしい食事も悪くないさ。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 隣が怖い。

 本気で隣が怖い。

 なんかもう逃げ出したいくらい怖い。

 

「――――」

 

 横を見ると目を見開いて固まってる束さんが居る。

 ゆっくりと……ダメだ。

 グダグダしてたら正気に戻るかもしれない。

 ここは呆然としてる隙に全力ダッシュだ!

 

 

 ダダダダダダッ(部屋の出口にダッシュ)

 ――ッダダダダ(後ろから聞こえる死神の足音)

 

 気取られたかッ!

 だがもう少し! 出口まで――

 

 ガッ!(脇腹にくらうタックル)

 

 あ、

 

 ズササササッ――(もつれ合いながら床を滑る)

 

 いたたたたっ! 肌が摩擦で焼ける!

 もう全身火傷と打撲で泣きそうだよ!

 

「なんで逃げるの~?」

「ひぃ!?」

 

 のっぺりとした顔が俺を覗き込む。

 これ理性残ってるの?

 

「傷心の女の子を放置するなんて酷いよ……し~くぅ~ん?」

 

 ほんと織斑千冬許すまじ。

 もう束さんを野に放ってもいいのでは? 

 モンド・グロッソが中止になっても、千冬さんの写真で儲けたし……

 

「私の相手をしないと口座のお金を全て消す」

「それもう脅迫じゃん! え? なに? お外で暴れる選択肢はないの!?」

「……ちーちゃんの晴れ舞台を邪魔したくない」

「微妙に冷静な部分が残ってるやがる!?」

 

 冷静に脅してくるとか一番たち悪い状態じゃないですかヤダー。

 もう千冬さん襲ってこいよ。

 それでハチミツべとべとの百合の花咲かせて来いよ。

 

「ほら立って立って」

 

 やだ小生寝てたい。

 ダメ? ダメですかはい。

 

「これからどうしようか?」

 

 俺を無理矢理立たせた束さんが笑顔で問い掛けてくる。

 そうですね……

 

「お昼ご飯とか?」

「もうしー君てば、理解してるのにお馬鹿なフリはメっだぞ?」

 

 理解してるってなにを?

 自分の運命?

 

「選択肢その一」

 

 なんか始まったんだが。

 俺の運命を決めるのは束さんですか。

 束さんマジ女神。

 ……お茶らけてみても身体の震えが止まらんです。

 

「しー君の両手を鎖で縛り天井から吊るします」

 

 お? エロティックなら全然アリですよ?

 むしろバッチ来い!

 

「その状態で下剤を投入」

 

 はい“ティック”が死にました。

 でもまだエロがある!

 

「んでひたすら腹パン。泣こうが喚こうが最後まで攻めます」

 

 セー……セー……アウトだよちくしょう!

 流石に受け入れられない! 精神的に死ぬわ!

 

「他の選択肢をお願いします」

「そう? じゃその二ね」

 

 まったく残念そうな顔じゃないのが怖い。

 こりゃその二も期待できないな。

 

「しー君の血管に太めの注射針を刺します」

 

 はい、もう死神が背後でサムズアップしてます。

 

「それでね、しー君の心臓が脈打つたびに血がぴゅぴゅって飛び出るの」

 

 最後のセリフだけ録音したいなー。

 それだけ記憶に残してそれ以外は全て忘れたいなー。

 

「そんなしー君を抱きしめて徐々に冷たくなる体を感じたい!」

「デットorデットじゃねーか!」

 

 精神的な死か肉体的な死の二択とか救いがなさすぎ!

 どっちも選べません。

 

「へ? どうせ寂しい死に方するんだし、私の胸の中で死ねるなら幸せでしょ?」

「……そんな訳ないし」

 

 一瞬アリだと思った自分が怖い!

 童貞力が高すぎるんや。

 

「にゃふふ、冷たくなるしー君の体をギュっと抱きしめて温めてあげるよー?」

 

 やめて、両手を広げて誘わないで。

 双丘に飛び込みたくなるから!

 でもその対価が血を流しながらの出血死は重い!

 

「お断りします」

「チッ」

 

 可愛くない舌打ち。

 食虫植物め。

 

「ならば第三の選択肢を与えよう」

 

 まだ地獄が続くというのか。

 

「私を甘やかせ」

「……はい?」

「全力をもって甘やかせ!」

 

 この人はなにを言ってるのだろう?

 嬉々として俺にボールをぶつけておいて甘やかせ?

 正気を疑うよ。

 まぁボールをぶつけられたのは、俺が束さんの写真(微エロ)を持ってるのは悪いんだけどね。

 

「しー君が戸惑うのも分かるよ。だからちゃんと説明してあげる」

 

 ちゃんとした理由があると?

 

「正直、今の私はいっぱいいっぱいです」

「はぁ」

「無性に暴れたい黒い感情が渦巻いてるけど、心のままに暴れたらしー君を殺す可能性があると自覚してます」

「やな自覚だな」

「だけど我慢も無理そうなのです。だから――」

 

 頭を両手でガシッと掴まれる。

 真正面に束さんの顔。

 目が爛々としてますな。

 しかも綺麗な瞳じゃなくて暗闇で獲物を狙う肉食獣のそれだ。

 

「甘やかして~っ!」

「おぶっ」

「甘やかして慰めて優しくして慰めて~っ! 私の心は傷付いてるの~っ!」

「ちょっ、やめ、酔う……」

 

 頭をシェイクしないでほしい。

 揺さぶらるたびに束さんの唇が近付くでドキドキしますね。

 もうこのまま一生近くで見てるだけの人生でいたい。

 ……ダメだよね。

 冗談はさておき、ストレスの発散方法は人それぞれだ。

 暴食、カラオケ、買い物、そして……キャバクラ。

 優しく癒されたい、それはストレスを感じる人間にとって当然の欲求だ。

 だがしかし! この俺はそう簡単に甘やかす人間ではない!

 

「やってやりましょう! ならばまずはそこに大の字で横になれ!」

「そいや!」

「そして手足を動かしながら今の気持ちを大声で叫ぶ!」

 

 身体を動かしながら大声を出す。

 ストレス発散の基礎だ!

 

「羨ましい羨ましい羨ましい~っ! 私だってちーちゃんに抱っこされたい! お姫様になりた~いっ!」

 

 じたばた

 

「ズルいズルいズルい~っ! 色々我慢してるのに私にご褒美ないのズルい~っ!」

 

 どたばた

 

 知能指数が下がった束さんは可愛い(ほっこり)

 さて、後は食と愛だな。

 

「その状態を暫く維持!」

「ちくしょうちくしょうちくしょう~っ!」

 

 束さんを一時放置で自室にダッシュ。

 部屋の匂いは……うん、だいぶ薄まってるな。

 潜水艦だけあって空調が効いてるから脱臭が早い。

 タンスを開けビニールに入れてあったタオルを取り出す。

 千冬さんの汗をたっぷり吸いこんだ一級品ですぜこれか。

 抱き枕に入れたタオルとは鮮度が違いますから!

 さらに冷蔵庫からケーキ、戸棚から菓子数種を持ち出す。

 それも持って来た道を戻る。

 

「戻りました!」

「ぐしゅ、ひもじいよぉ……さびしいよぉ……」

 

 なんか束さんが萎びておる。

 騒いで暴れてお腹が減って落ち着いた頃合いかな?

 イイ感じに力が抜けたところで次だ。

 正座して膝にタオルを掛ける。

 

「ほらおいで」

 

 膝をポンポン叩いて束さんを呼ぶ。

 ひくひくと鼻が動いた。

 目に力が戻ったかと思うと、凄い勢いで膝に頭を乗せてきた。

 床を高速で動いたよこいつ。

 

「ちーちゃんの匂いだ~!」

 

 タオルにぐりぐりと顔を擦り付ける。

 それイコール俺の膝にぐりぐりしてるのだ。

 いいぞ~これ。

 

「はい、あ~ん」

「あーむ」

 

 チョコスティックを束さんのお口にイン。

 よ~しよしよし。

 頭を撫でり。

 

「ごろごろ」

 

 千冬さんの匂いに包まれてる現在、束さんの機嫌は絶好調です。

 ほらほら次はケーキだよー。

 男が可愛いお姉さんにあーんしてもらうのは有料だけど、逆はただなのだ。

 むしろご褒美です。

 

 お、千冬さんが移動してる。

 このスクリーン消した方がいいか?

 万が一変な映像が流れたらせっかく持ち直した束さんの機嫌が……って消し方がわからん!

 うーん、どうしようかね?

 取り巻き連れて歩く千冬さんの動画をどうすれば消せるかね!?

 あんにゃろ性懲りもなく百合ハーレム作りやがって!

 

 ギリギリギリ

 

 めっちゃ歯軋りしてるー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無言で表情消して黙るのやめてくれないッ!?」

 

 いやこえーよ。

 人の膝の上で死んだ目で一点見つめないで欲しい。

 

「ちーちゃんがご飯してる」

「はいケーキ」

「むぐっ」

 

 取り敢えず呪詛をまき散らすお口にケーキを突っ込む。

 

「ちーちゃんが楽しそうにしてる」

「おかわりもあるぞ」

「んぐっ」

 

 口が開くと怖いのでひたすらお菓子を食べさせる。

 よしよし、静かにおやつ食べましょうねー。

 

『上からファンサービスをするように指示されていてな。手を振ったりとかガラじゃなかったのでエラに協力してもらう形にした』

 

 ガリッ!

 

 ん? 束さんの口からフォークが抜けないんだが?

 

「フォーク離してくれません? ……聞いてる?」

 

 ガリッ! ガリリッ――

 

「ぺっ」

 

 カランと音を立てて三又の金属が床を滑る。

 

「ちょっと日本政府壊してくる」

「概念破壊はやめて!?」

 

 起き上がろうとする頭を無理矢理押さえつける。

 千冬さんの匂いで正気に戻れオラッ!」

 

「ふー! ふー!」

 

 太ももに熱い息が当たる。

 それでも全然嬉しくない。

 唸ってる猛犬の吐息が当たってるに等しいもの。

 

「うぐぐぐっ」

 

 なにやら我慢してるのは足をバタつかせながら唸る。

 可愛いかよ。

 これは今日一日の拷問も許せますわ。

 

「大人しく我慢しましょうね。モンド・グロッソが終わってから千冬さんに遊んでもらいましょう」

「……うん」

 

 これでモンド・グロッソ終了後は千冬さんに全てを投げても許されるな。

 覚悟しろよ織斑千冬。

 モンド・グロッソが終わった後は束さんをけしかけてやるからな!




モンド・グロッソ本番

中国代表「千冬サンと戦うのはアタシだぁ!(熱戦中)」


モンド・グロッソ控室

日本&イタリア&アメリカ&イギリス代表

「「「「みんなでご飯楽しい!」」」」


モンド・グロッソ裏

た「心の闇が溢れそう。死ぬか甘やかすか選べ」
し「甘える束さんは可愛いけど、それはそうと千冬さんは許さない!」



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モンド・グロッソ最終日 日本VS中国

中国語はググりながら使ってみたけど、翻訳間違ってたらすみません。
浸透勁ってあるじゃないですか? マンガやアニメだと装甲無視の貫通ダメージって印象があったんですけど、実は別物っぽいですね。
ですがこの作品では

浸透勁=装甲無視貫通攻撃

として扱います。
だってその方がオサレだから!



「次はゼリータイプの栄養食でお願いします」

「味の指定はございますか?」

「いえ、その辺はお任せします」

「畏まりました」

 

 食事のお礼を言って次の分を頼む。

 流石に次は固形物の消化は間に合わないだろうからな。

 

「ふっ」

 

 軽く息を吐き寝てる間に固まった筋肉の緊張をほぐす。

 アーリィー達との食事で気力は回復した。

 その後すぐに眠り体力も回復。

 心身ともに充実している。

 

「試合が進むごとにインターバルが短くなるのがトーナメント戦ですー。今回はギリギリ間に合いましたが、破損状況次第では不完全な状況で決勝に挑む事になっちゃうので、くれぐれも気をつけてくださいねー」

「了解です」

 

 水口さんに返事をして登場口に向かう。

 了解と言ったが、正直言って難しいだろう。

 モンド・グロッソAグループ決勝。

 相手は中国代表の朱飛蘭。

 無傷での勝利などありえない。

 

「流石は水口さんだな」

 

 アリーナに飛び出ると、観客の歓声が身を打つ。

 その中を機体の調子を確かめる為にゆっくり飛ぶ。

 観客へのサービスとコンディションのチェックを兼ねた行動だ。

 その結果、機体の調子は上々だと分かった。

 よく限られた時間で整備してくれた。

 

 さて、これ以上は無視するのは悪いか。

 

「待たせたな」

「いえいえ、パフォーマンスも仕事ですからネ」

 

 先にアリーナに入っていた飛蘭の前に降り立つ。

 待ちきれないといった顔だな。

 全身から闘気が溢れている。

 

「思ったより元気そうだな。流石だ」

「それはアタシのセリフヨ。あの二人を相手にしてダメージがほとんど見られない……流石は千冬サンアル」

 

 互いに少しの時間睨み合う。

 いいな、この緊張感は嫌いじゃない。

 離れて定位置に着き、合図を待つ。

 

 

 ――5

 

 飛蘭の姿勢が深く沈んだ。

 

 ――4

 

 視線は真っ直ぐ私を見ている。

 

 ――3

 

 策を弄したりする目ではない。

 

 ――2

 

 つまり、正面から私に当たろうとしてるのだ。

 

 ――1

 

 受けて立つ!

 

 ――0

 

「はぁぁぁぁぁ!」

 

 ブレードを腰に携え抜刀の構えで前に出る。

 対する飛蘭も似た動きだ。

 偃月刀を握りながら正面からかかってくる。

 

「破ッ!」

 

 アリーナの中央で私と飛蘭は激突する。

 振り落とされる偃月刀。

 自重と重力、そして遠心力を使用した一撃と私のブレードが激突した。

 

 ……重いな。

 

 均衡はほんの一瞬。

 飛蘭の偃月刀の切っ先が徐々に私に近付く。

 刃を寝かせ力を受け流す。

 偃月刀が地面に突き刺さった。

 その隙に内に飛び込もうとするが、偃月刀を薙ぎ払う様に振るってきたので後ろに下がり回避する。

 飛蘭との距離は約3メートル。

 偃月刀が一番力を発揮でき、私にとっては不利な距離だ。

 

「奮ッ!」

 

 一歩踏み込もうとする私の目の前を偃月刀の切っ先が通り抜ける。

 制空権が広い。

 これは手こずりそうだ。

 華麗にして重厚。

 飛蘭は偃月刀を見事に使いこなしている。

 アリーナの中央で私と飛蘭の睨み合いが始まった。

 中央に陣取る飛蘭は頭の上で偃月刀をぐるぐると回す。

 私が制空権に侵入した瞬間にあの刃は振り落とされるだろう。

 対して私は飛蘭の周囲をグルグルと回りながら踏み込むタイミングを計っている。

 多少無茶すればなんとかなるが機体へのダメージが心配だ。

 水口さんに怒られるだろうし、決勝は可能な限り万全で挑みたい。

 だが、だ――

 

「飛蘭相手に無傷など土台無理だろうな」

 

 飛蘭は頭の上で偃月刀を回しながらその場に留まっている。

 カウンター狙いとは味な真似をする。

 正直言って私はブレードの扱いが下手だ。

 片刃の日本刀と両刃の西洋剣では取り回し方がだいぶ異なるから仕方がない。

 それでもブレードを使用するのは、大型の日本刀の制作が困難だからという理由もあるがブレードの耐久力の高さが魅力的だという理由もある。

 アダムズの砲撃を受けたあの時、日本刀なら簡単に砕けて直撃していだろう。

 日本刀にはない優れてる面。

 そこを活かすしかない。

 

 後ろに下がり飛蘭と距離を取った。

 抜刀術と同じ様にブレードを横に構える。

 鞘走りが出来ないので日本刀とより速度は落ちるがこの構えが一番しっくりくる。

 

 瞬間加速を使い一気に前に出る。

 間延びする時間、周囲の時間が遅滞する感覚の中で飛蘭を見据える。

 ハイパーセンサーを使用する飛蘭には私の動きがしっかり見えてるだろう。

 私を迎撃する為に振り落とされる偃月刀。

 強力一撃だからこそスキがある。

 それは一度放たれたら軌道修正が出来ない点だ。

 ブースターを逆風射して急停止。

 私の額数センチ先を分厚い刃が通り過ぎた。

 まずはその厄介な武器を破壊する!

 

「シッ!」

 

 偃月刀の刃の側面にブレードを叩き付ける。

 技術もなにもない力技だ。

 できれば柳韻先生には見られたくない。

 

 ビキッ

 

 偃月刀の刃部分が砕け、同じく私のブレードも砕けた。

 まだ予備があるとはいえ壊し過ぎだな私。

 

「安心するのはまだ早いネ」

「むっ」

 

 飛蘭が刃の無い偃月刀をそのまま構える。

 この動きは――

 

「棒術かッ!?」

「手数の多さが売りアル!」

 

 突けば槍、払えば薙刀、打てば太刀、杖はかくにも外れざりけり……だったか?

 普通なら厄介だと思う場面だろう。

 だがまぁ、これでも古武術経験者でな。

 

「突っ込んでくるネ!?」

 

 棒術の強さも弱さも承知している!

 横払いの一撃を防がずに素直に受ける。

 脇腹に衝撃はあったがダメージは微々たるものだ。

 生身ならともかく、IS戦では少しばかし威力が軽い。

 予備のブレードを拡張領域から取り出し斬りかかる。

 

「ハッ!」

 

 飛蘭は偃月刀の柄から手を放しすぐさまブレードの側面を殴って軌道を変えた。

 対応の速さは見事だ。

 片刃にない両刃の良い所は他にもある。

 それは斬り返しが楽な点だ。

 握り直しなどしなくともそのまま斬れる!

 

「ハイヤー!」

 

 棍棒がブレード弾く。

 いや、棍棒と言うか……

 

「ヌンチャクとはまた渋い武器を――」

「見かけ倒しじゃないアルよ? ハイハイハイ――」

 

 見事なヌンチャク捌き。

 中国だと双節棍が正しい言い方か?

 それにしても意外と使いこなしてるな。

 

「ハイーッ!」

 

 決めポーズまでビシッと決めたな。

 さて、ヌンチャクこと双節棍は日本人でも知ってる者が多い武器だ。

 カンフー映画などでお馴染みだな。

 有名だが私は双節棍使いと戦った事はない。

 それでも“強敵”だと理解できる。

 人や物を斬るのは存外難しい。

 ナイフで刺すだけなら簡単だが、斬るとなると難易度がグッと上がる。

 その点棍棒で人を殴り倒すのは簡単だ。

 鎖で繋がれた棍棒は遠心力でその殺傷能力を増している。

 双節棍を使えば子供でも大人を殺傷する事が出来るだろう。

 使い手が熟練の戦士となると……ISでも油断できないな。

 偃月刀の柄と違い太く重い棍棒は装甲を砕くだろう。

 

「頭だけはしっかり守る事をおすすめするアル!」

 

 横薙ぎの一撃。

 ブレードで受け止めるもずっしりと重い衝撃が骨に響く。

 流石に偃月刀の一撃ほどではないが――

 

「呀ッ!」

 

 連撃がやっかいだな!

 ブレードで受け止め、流し、捌く。

 流れる様な攻撃はまるで激流の中大量の丸太が流れてくるようだ。

 ……少し面白そうだな。

 修行の一環としてやってみたい。

 

「笑顔とはまだまだ余裕そうアルな!」

 

 余裕じゃない。

 ただ純粋に楽しいのさ。

 

「ギアを上げるぞ」

 

 一息入れて力を漲らせ双節棍を下から上に叩き上げる。

 威力を殺された棍が空中に滞空してるスキに飛蘭に向かってブレードを振るが、もう片方の棍で受け止められた。

 表面に軽く跡が着いた程度か、ブレードでは斬れる気がしない。

 正しく棍棒だな。

 

 厚い幅を持つ私のブレードは叩き潰すものだ。

 刃があるのでもちろん斬ることも出来るが、基本的には腕力で断つ。

 今はそれが功を奏している。

 

 双節棍とぶつかり合い徐々に刃が欠けてきた。

 日本刀なら折れてるだろう。

 しかし手はある。

 まさかゴーレムとの戦いが役に立つとは……束は良い仕事をした。

 

 上段からの振り落とし。

 飛蘭は双節棍を頭上で重ねる事で防いだ。

 分厚い棍棒だが――

 

「ここだッ!」

 

 二撃で断てる!

 

「しま――ッ!?」

 

 拡張領域から取り出した二本目のブレードで受け止められていたブレードを上から叩く。

 わずかに食い込んでいた場所から亀裂が広がり、最終的に根の一本を断ち切った。

 畳みかけようとしたが飛蘭はバックステップで距離を取る。

 冷静だな……勢いで追い打ちをかけるのは危険か。

 

「あいやー」

 

 飛蘭が双節棍の断面を見ながら呆れた声を出す。

 

「合体技を一人でやるとか流石は千冬サン」

 

 そして手に残っていた無事な方の根と一緒に投げ捨てた。

 そろそろ準備運動は終わりか? 殺気が漏れてるぞ。

 

「観衆向けの武器をいくつか使ったし、もう自由に戦っても許されるかな?」

「なんだ、手を抜いてたのか?」

「もちろん本気だった。全力じゃないけど」

 

 ワザとらしい口調から素の口調に戻った飛蘭の両手が装甲で覆われる。

 いいな、今日はワクワクすることがいっぱいだ。

 

「小手……いや、手甲か?」

 

 指先にある爪は短いが猛禽類の様な鋭さを持ち、甲の部分は分厚い。

 防具と言うにはあまりにも攻撃的な造形だ。 

 

「ふふっ、そんな量産品の剣じゃ――」

 

 飛蘭の身体が沈み、次の瞬間には私の間合い深く入ってきた。

 中国拳法の歩法か。

 わざわざ付き合う必要はない。

 武術とは大地に根差した技術。

 飛蘭の有利を消すなら空中戦を選べはいい。

 だがそれじゃあつまらんよなぁ!

 

「ふっ!」

「私は止めらない」

 

 迎撃の為に振られたブレードが折れた。

 飛蘭の動きは白刃取りのそれだったが手の形が違う。

 左手は平手だが右手は拳だった。

 ただ受け止めだけではない。

 左手を添えて拳で打撃。

 武器破壊の技か!

 

「ちっ!」

 

 舌打ちしながら折れたブレードを飛蘭に向かって投げる。

 防がれるのは予想通り。

 その間に体勢を整える。

 いくら頑丈なブレードでも飛蘭の拳で破壊されるだけか。

 

「やれやれ、ISでの戦いだというのに肉弾戦ばかりだな」

「そんなこと言って嬉しそうな顔してる」

 

 アダムズは最終的に殴り合ったしエラは得意の狙撃は初撃だけ後は近接戦。

 嬉しいに決まってるだろ。

 正面から殴りかかって来るなんて束以外いなかったからな。

 

「武器と飛行、瞬時加速などの機能の禁止、純粋に殴り合いで勝負をつけよう」

「いいだろう」

 

 飛蘭からの嬉しい申し出。

 私に否はない。

 三度目の仕切り直しといこうか。

 私と飛蘭はアリーナの中央で三度睨み合う。

 

「シィィ」

 

 独特な呼吸音と共に先手を打ってきたのは飛蘭。

 早く鋭い抜き手――狙いは心臓か。

 

「おいおい、決めに来るのが早くないか?」

「初手必殺は基本」

 

 押さえた手首を捻る。

 そのまま抑え込み……体ごと回転して回避したか。

 置き土産にハイキック。

 だから首狙いもやめろ。

 殺意が高すぎる。

 

 フリッカーの様な独特の動き。

 お得意の蛇形拳か。

 両手が蛇の如く襲ってくる。

 だそれはもう見慣れた。

 今更脅威には……飛蘭が策もなく同じ技を何度も使うか?

 

「シッ!」

 

 一瞬の油断。

 拳打だと思い、防ぐ為に前に出した右手の手首に飛蘭の指が噛み付く。

 

 ビキッ!

 

 装甲が喰われる!?

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 嫌な予感に駆られ力尽くで振り払う。

 手首を見ると装甲が抉られていた。

 

「惜しい。もう少しで神門を食い千切れたのに」

 

 神門? 確か手首にあるツボの一つだったか?

 しかし恐ろしい指の力だな。

 

「学校に通いながら鍛えるとこういった技が得意になる」

「なるほど、指先だけを重点的に鍛えたのか」

 

 異常な力は部位鍛錬の結果だろう。

 外見だけでは指の力など読めないから暗殺者向きだ。

 なにが凄いって、それを今まで隠してた事だ。

 拳を受けるのは危険だな。

 もし指を取られたら一瞬で折られるかもしれん。

 

「ハウッ!」

 

 虎の如き強襲。

 ギリギリで避けたが装甲に爪によって削られた。

 私にはダメージがないが、この調子で攻撃を受けると水口さんに怒られそうだな。

  

「しかし随分と独特な掛け声だな。前は技名叫んだりしてたじゃないか」

「生き物それぞれで呼吸のリズムがあるって知ってた? 威力が増すの。例えば虎の呼吸法だと瞬発力と腕力が増したりね。それと実戦で技名は流石に……」

 

 流石に試合中に技名叫ぶはないよな。

 それにしても呼吸法か。

 日本の武術でもあるにはあるが中国ほど多様ではない。

 勉強になる。

 今のは虎の呼吸法か?

 深く吸い、酸素を体中に行き渡せ――少し吐いてまた吸う。

 そして肺の空気を一気に放出!

 

「ハウッ!」

「へあ!?」

 

 チッ、驚かせることは出来たが防がれたか。

 蛇形拳の時は――短く鋭く吸って短く鋭く吐くんだったな。

 

「シッ!」

「んあ!?」

 

 抜き手が飛蘭の頬を掠る。

 やはり技を真似る程度じゃダメか。

 

「……なんで出来るの?」

「目の前でやられたら真似するくらい出来るだろ」

「これが……理不尽ッッッ!」

 

 目の前で技を見せておいてその反応はないだろ。

 私の理不尽具合など束より遥かにマシだぞ?

 

「これは面白いな。もっと見せてくれないか?」

「お断りッ!」

 

 おっと、攻撃パターンが普通になった。

 残念だが諦めるか。

 動物の呼吸法を真似るとは面白い考えだが、修練を積まないと実戦では難しい。

 戦いの中で適所にあった攻撃と、それに合う呼吸法の選択。

 呼吸とは乱れやすいもの。

 束なら使いこなすだろうが、私では無駄な選択肢を増やして自爆することになりそうだ。 

 

「まったく! とっておきだったのに!」

「そう怒るな。面白かったぞ」

「まだ余裕そうな顔してる! 絶対に喜ばせてやる!」

 

 なんか趣旨変わってないか? そう言えば束は飛蘭が私に感謝してると言っていたな。

 別に無理して私に合わせなくてもいいんだぞ。

 ただ全力で来い。

 

「シッ!」

 

 蛇が目玉を喰らい付こうとしてくるイメージが脳内に。

 だがそれは――

 

「殺気によるフェイントだろう!?」

 

 目の間に迫る幻影の蛇を無視して後ろの虚空を掴む。

 

「並以上の相手でも仕留められる自信があったんだけど……ね!」

 

 私の手は飛蘭の指先を掴んでいた。

 試合で目を狙うなよ。

 左からのローキック、途中で起動が変わりまた首狙いに。

 ほんと殺意が高い。

 それを防が……ない!

 一歩前に出て攻撃を受ける。

 太ももが肩に当たるが、威力を殺せたので問題なし。

 そして素早く飛蘭の足を掴む。

 そのまま腕力で投げ飛ばした。

 

 地面を転がる飛蘭だが、すぐさま起き上がった。

 そのタイミングを見計らってジャンプからの飛び膝蹴り。

 起き上がったばかりで中腰の姿勢の飛蘭が避けれるタイミングではない。 

 

「せいッ!」

 

 そんな一撃を飛蘭は肘で受けた。

 大地に足を着け自らを固定して受ける飛蘭と、落下速度を利用して自重を叩き付ける私。

 そんな二人の肘と膝がぶつかり合う。

 

「「ぐっ!?」」

 

 飛蘭の拳の装甲にヒビがはいる。

 私の膝の装甲にもだ。

 まさか迎え撃つとは思わなんだ。

 やってくれる。

 だが互いのダメージは少ないな。

 私の膝も普通に動くし飛蘭の拳も死んでいない。

 手甲の装甲が仕事をしたか。

 

「まだまだ動けるな!」

「互いにね!」

 

 神一郎の頭なら一撃で砕けるくらい力を込めている拳がいなされる。

 太極拳……力を流す技は本当に見事だな。

 

 とんっ

 

 ごくごく自然な感じで胸に手の平を当てられた。

 敵意や殺意がなくまるで自然な行動だったので、防ぐという意識が生れなかった。

 

「哼ッ!」

「ごふっ!?」

 

 衝撃が胸から背中に突き抜ける。

 内部に直接衝撃を通された……浸透勁か!

 

「鉄山靠ッ!!」

 

 息が詰まり一瞬動きが止まった瞬間、飛蘭が身体ごとぶつかってきた。

 まるで車に衝突された様な感覚が私を襲う。

 ってなんだかんだ言って技名叫んでるじゃないか。 

 

「ふ……ふふっ……」

 

 地面を転がり空を見上げる。

 弾き飛ばされてひっくり返る? この私が?

 笑わずにはいられないな。

 意を消して私に触れ、小技で動きを止めて大技で仕留める。

 実に見事。

 なにがプロジェクト・モザイカだ。

 人間は努力すれば化け物を吹っ飛ばすことが出来ると飛蘭が証明した。

 安易に人造人間など造らずに努力しろ人類。

 

「追撃しないのか?」

「して欲しかったらもっと効いてる顔して? 会心の手応えだったけどまだまだか」

「いや効いたよ」

 

 立ち上がりながら砂を払う。

 骨は問題ない。

 ISは……胸部と背部の装甲にヒビが入ってるがこちらも問題ない。

 

「少しばかし人間を舐めていた。そこは謝罪しよう」

「……まるで人間じゃないみたいな言い方」

「一応は人間さ」

 

 国籍もあるから法律上はな。

 遺伝子上なら違うが。

 

「全力で対応しろ。私はお前を殺したくない」

「は? なに……」

 

 最後まで言わせなかった。

 全力で飛蘭に襲いかかる。

 

「はや――ッ!?」

 

 瞬時加速は使用してないぞ。

 ただの脚力だ。

 

「ぐっ!?」

 

 驚きながらもちゃんと防ぐか。

 だがまだ私の攻撃は終わらん。

 ガードの上から拳を叩き付ける。

 

「このっ――!」

 

 苦悶の表情の飛蘭に拳を叩き付け、叩き付け、叩き付け――

 

「くそっ……」 

 

 飛蘭の隙を見逃さず脇腹に一撃。

 

「がはっ!?」

 

 飛蘭の身体が浮き後ろに飛ぶ。

 走って追い掛け今度は蹴り飛ばす。

 うん、ちゃんとガードして直撃は防いでいるな。

 蹴りは角度を付けて打ち上げる感じにした。

 飛行機能を使えば持ち直しは簡単だが、飛蘭ならばしないだろう。

 落ちてくる飛蘭の足を掴む。

 

「お前も頭をしっかり守れよ?」

「……お手柔らかに」

 

 それは無理だな。

 飛蘭を片手で投げ飛ばす。

 地面を転がる飛蘭を追い今度は腹を蹴り飛ばす。

 

「っ~~!」

 

 声にならない悲鳴が聞こえた気がした。

 だが手を休める気はない。

 素早く立ち上がろうとする飛蘭だが、遅い。

 丁度中腰になった所で追い付いた。

 良い位置に頭があるな。

 しっかり防がないと頭が砕けるぞ? 

 

「……くっ」

 

 飛蘭が両手を顔の前でクロスさせる。

 クロスガードは防御力が高い技だ。

 ならば、だ――

 

 衝撃を通すのではなく、表面で破裂させる蹴りを放った。

 

「あっぐぅ!?」

 

 手甲が砕け散り飛蘭が大きくのけぞる。

 これで厄介な武器を一つ潰せたな。

 

「……不要舔(なめるなよ)

 

 む? 立ち上がった飛蘭の顔に怒りが……

 

「なぜ今の一撃を手加減した。その気になればガードの上から私の頭を潰せたはず」

 

 あぁそうか、飛蘭から見たら手心を加えたように見えるのか。

 だがそれは買い被りだな。

 

「別に情けを掛けた訳ではない。ガードの上から叩いても仕留められないと思ったから手甲の破壊を優先しただけだ」

「……早とちりでした」

 

 ぺこりと頭を下げられた。

 うん、気にするな。

 

「はぁ~。分かっていたけど、やっぱり殴り合いじゃ勝てる気がしない」 

 

 どうか嬉しそうに、そしてどこか誇らしげに飛蘭が苦笑する。

 戦ってる相手に向ける顔じゃないだろまったく。

 まぁ嫌ではないがな。

 むしろ喜んでくれて嬉しいさ。

 

「ところで千冬サン、“蚩尤”はご存知?」

「その機体の名前だろ? 史実としては……中国の化け物程度しか知識はないな」

「細かい説明は省くけど、古い邪悪な神様で黄帝が倒した存在……日本で言えばヤマタノオロチが近いかな?」

「それは初耳だな」

「ま、神だなんだと言っても所詮は舞台装置なんだよね。英雄を誕生させる為に倒される化け物。それが蚩尤」

 

 人が英雄たる存在に成る為に倒されるべき悪……か。

 そう聞くと少しシンパシーを感じるな。

 私もどちらかと言えばそっちの存在だろう。

 

「その蚩尤が流した血は死後も残って……そこまで説明すると長くなるから簡潔に言うけど、赤旗を“蚩尤旗”って言ったりするんだよね。つまり赤が蚩尤のイメージカラー」

「そうなのか」

 

 面白い話だが、言いたい事が分からんな。

 飛蘭のIS【蚩尤】の色は黒。

 名前を使ってるのに色が違うと言いたいのか?

 

「納得行かないんだよね。トーナメント表は明らかに篠ノ之博士の思惑が入っている。なのにグループ決勝で当たるなんて……それってアーリィーより格下だって判断されたって事だよね?」

「……私に聞かれてもな」

 

 束の思想は入ってるだろうな。

 飛蘭がアーリィーより下と見た可能性は……正直言ってある。

 

「織斑千冬を英雄にするのはアタシだ」

 

 飛蘭の目に黒い光りが見える。

 ん、なんだ……そこまで献身されても怖いんだが?

 私は化け物枠だから英雄にはならないので気にするな。

 

「だから千冬サン、大会ルールではセーフだけど倫理的にアウトな手を使っても?」

「まだ隠し玉があるのか? こちらとしてはどんな方法でも構わんぞ」

 

 大会ルールに抵触してなければどんと来いだ、

 倫理に反する点が気掛かりではあるが……いかんな、好奇心を押さえられない。

 

「それではお言葉に甘えて。――コレ見える?」

 

 飛蘭が口を開けて舌を出す。

 その舌の上に赤い球が乗っていた。

 

「別にヤバい薬とかじゃない、ただの薬草の塊。ドーピング検査されてもなんの問題もないシロモノ」

「そんな物が役に立つのか?」

「もちろん。ところで千冬サン、匂いが人体に影響を与えるって知ってる?」

「ん? そうだな……喜怒哀楽に影響を及ぼすくらいは」

 

 身近だとアロマキャンドルなどだな。

 人にリラックス効果があったりする。

 逆に臭い匂いなどは嗅ぐとストレスが溜まりイライラしたりするな。

 

「ジャコウネコから取れる霊猫香やクジラから取れる龍涎香。中国は香の歴史も深い」

「と言うと、それは薬効成分があるものではなく――」

「そう、これは嚙み砕くと封印されてた匂いが広がる。範囲は自分に影響がある程度だけね」

 

 カリッ

 

 小気味よい音が私の耳に届いた。

 鼻を利かせてみるが土煙の匂いしかしない。

 本人の宣言通り自分にしか影響を与えないのだろう。

 

 ザシュ

 

 何かが……例えるなら肉に鋭い物が刺さる音が聞こえような……?

 ほんの僅かな音だが、この耳に届いた気がする。

 いや待て、凄く嗅ぎ慣れた匂いがするな。 

 これは……血だ。

 

「……なにをした」

「ちょっと経穴と経絡に活を入れただけ」

「それでなぜ血の匂いが――まさか、お前……」

「ちょっと特殊な針でね。深く差さないと効果がないの」

 

 蚩尤のイメージカラーが血の赤だと言ってたのはこれか。

 まさか装甲の内側に針が飛び出す仕掛けを施してあるとはな!

 流石にビックリだよ。

 アイアンメイデンを着込んでるようなものじゃないか。

 

「服用した人物を激しい興奮状態にする朱家秘伝の【赤虎憑依】、そして強制的に身体能力を上げる中国暗部の暗技【凶猛活性】。この二つで千冬サン、貴女を倒す」

 

 自分の家と中国暗部、二つの合わせ技か。

 顔は赤く染まり瞳孔が大きく開いている。

 見るからに普通とは言えない状態だ。

 伝わる気迫はまさに虎。

 それに加えて筋肉が激しく躍動してのは見て取れる。

 強制的に肉体のリミッターを外したようだ。

 

「まともに戦えるのは一分くらいかな。逃げてもいいよ? それだけで千冬サンは勝てると思うから」

「冗談言うな。こんな状況で私が引くとでも?」

 

 飛蘭は気付いてるだろうか?

 最初は作られたいつものキャラ。

 次にお堅い感じの、恐らくは暗殺者としての口調。

 そして今は年相応の柔らかい言葉遣いになっている。

 いくつもの皮を脱ぎ捨て生身で挑む相手を拒めるはずがない。

 笑顔で近付いてく飛蘭に合わせ私も前に出た。

 

 一歩、二歩……そして互いに手が届く距離になり――

 

「ごっ――」

「あっ――」

 

 互いの拳が相手の頬に減り込んだ。

 

 頬に当たる感触、痛み、衝撃、気迫、殺気、覚悟――

 

「く……クハハハハハッ!」

 

 いいぞ! 素晴らしい! 今まさにお前は人類が生み出した化け物を殺せる領域に踏み込んだ!

 

「来い! 私を倒してぶっ――ッ!?」

 

 馬鹿口開けて笑っていたら拳を叩き込まれた。

 あぁ、くそ。

 飛蘭が命を削って戦ってるに笑うとはなんて様だ。

 修行が足りん。

 だがそれでも――

 

「笑うなと言うのは無理な話だッ!」

「ガァァァァァ!」

 

 私の拳が飛蘭の顎を捉えた。

 お返してばかりに腹に一撃くらう。

 互いに殴り殴られ、砕けた装甲と血飛沫が私と飛蘭を包む。

 正真正銘この私と真正面から殴り合っている。

 そこは素晴らしい。

 だが……あぁ“だが”だ。

 もったいなにもほどがある!

  

「どうした飛蘭! 私はまだ動いているぞ! 適当に殴るな! 一撃一撃に殺意を込めてしっかり殴れ!」

「ガァァァァァ!」

 

 獣の様に暴れる飛蘭に声を掛ける。

 理性は動いているか? 技術は思い出せるか?

 せっかく培った技を捨てるな。

 暴力だけでは駄目だ。

 それでは無駄が多すぎる!

 

「殺意の中に理性を混ぜろ! ただの暴力では私は沈まんぞ!」

「ガッ……ア゛ァァァァ!」

 

 飛蘭の動きが変わった。

 今まで出鱈目な軌道だった拳に意志が見え始めた。

 肩、顔、フェイントをまぜ鼻の下の急所である人中。

 しっかりと急所を狙ってきたのだ。

 

「いいぞ! その調子で――ッ!」

「ボ ン゛ゲ ン゛ッ!」

 

 確実にガードしたと思った拳が腕をすり抜け私の水月に命中した。

 激痛で呼吸が止まり、致命的な隙を晒してしまう。

 

「ア゛ァァァァ!」

 

 足払いで倒され、あっさりとマウントポジションを取られる。

 大技を放つかと思ったが、慎重に仕留めに来てる、

 それでこそだ! 飛蘭は理性的に暴れろ! 

 

「ガァァァァァ!」

 

 拳が雨の如く降りかかる。

 胸が激しく痛む中、なんとか両手を上げてガードした。

 腕の上からでも関係ないと言わんばかりに拳が振り落とさせる中、私はなんとか呼吸を整える。

 水月――誰でも知ってる言い方なら“みぞおち”を打たれたのがまずかったな。

 流石の私も人体の急所は普通の人間と変わらないのだ。

 しかい通常とは違う拳の感覚だったな。

 腕をすり抜けた感覚といい、あれが有名な崩拳が。

 普通の拳と違い縦に打つ拳。

 有名だが飛蘭が使ってなかった技だ。

 今まで温存してたのだろう。

 それをこのタイミングで使うとは見事。

 

「まだ終わらんよッ!」

「ガッ!?」

 

 胸の痛みがマシになり、呼吸が整ったところで反撃に出る。

 勢いよく上半身を起こし飛蘭の鼻先に頭突き。

 怯んだところでマウントポジションから抜け出した。

 

「ア゛ァァァァ!」

 

 鼻から滴る血をまるで気にしない飛蘭が飛び掛かってきた。

 後ろには下がらない――そんな決意を込めて右足を下げ踏ん張りを効かす。

 正面から迎え撃つ!

 

「来いッ!」

「■■■■■■ッ!」

 

 声にならない叫び声が響く。 

 飛蘭が目を充血させ、口から泡を飛ばしながら殴りかかって来る。

 明らかに平常とは言えない飛蘭相手に私は容赦なく拳を振るった。

 

 

 殴って殴られ

 殴って殴られ

 殴って殴られ――

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「ガァァァ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽん

 

 情けなくまるで力を感じさせない拳が頬に当たり、それを合図に間延びしていた意識が戻る。

 どれほど殴り合っただろうか。

 一時間経った気もするし数秒だったかもしれない。

 濃厚な時間が終わり、観客の声が耳に届く。

 

「あ~……どうやらここまでみたいアル」

「正気に戻ったか」

「ここまでやって負けるとか、千冬サン凄すぎるネ」

「もう少し殴り合いが続いていたら結果は逆だったさ。もっと体力を付けろ」

「考えとくヨ。ところで千冬サン」

「ん?」

「楽しかったアルか?」

「……あぁ、楽しかったよ」

「それは……良かっ……」

 

 飛蘭の身体がぐらりと揺らつき倒れ込んでくる。

 咄嗟に受け止め静かに地面に寝かす。

 血の匂が酷くなっている。

 出血したまま暴れたのだから仕方がないとはいえ、想像以上に血を流しているな。

 

「大丈夫なのか?」

「ははっ……ちょっと無理し過ぎたアル。もう指一本動かないし、血も足りないヨ」

「無茶をするからだ」

「下から見る千冬サンの笑顔は格別……」

「おい!?」

 

 飛蘭が満足気な顔で目を閉じた。

 呼吸が浅い!?

 この馬鹿はどこまで無茶したんだまったく!

 

「救護班は――直接出向いた方が早いか」

 

 飛蘭を抱きかかえ会場を後にする。

 死ぬなよバカタレ!

 

 

 




お姫様抱っこ(二回目)

モンド・グロッソ表

中国代表「お前は私を倒して英雄になるんだよォォ!(合法ドーピング&非合法針治療)」
日本代表「人間は素晴らしい!(満面の笑み&笑み)」


モンド・グロッソ裏

た「私だってあれくらい出来るし。余裕でちーちゃん楽しませてあげれるしって二回目ぇぇぇぇ!?」

し「どっちも凄すぎて感動通り過ぎて感無量。これは名勝負って二回目ぇぇぇぇ!?」






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モンド・グロッソ最終日 強襲(した)

世界一周旅行は300万ほどらしい。
……過去にゲーセンにつぎ込んだ金戻って来ないかな(遠い目)


「ふぅー」

 

 冷やしたタオルを顔に当てて熱を冷ます。

 試合が終わった後は大変だった。

 私が飛蘭素を運び出した事で処置が早く出来たと中国のスタッフにお礼を言われた。

 今のところ命に別状はないらしいが、暫くは後遺症が続くらしい。

 あれだけ無理したらそれはそうだろう。

 

「今回はかなり無茶しましたねー」

「機体のダメージを気に掛ける余裕はありませんでしたから」

 

 ハンガーに吊るされたISに多くのスタッフが集まり部品の交換と補修作業をしている。

 前面部分などは装甲が砕けその下が丸見えだ。

 殴り合いに夢中になっていて気付かなかったが、私もかなり危うい状況だったな。

 

「全体の多くは交換になりますのでご了承くださいねー」

「それは仕方がないでしょう。流石に決勝をツギハギだらけの機体で戦う訳にはいきませんから」

「試合時間によっては完全な状態にするのは無理だと思いますがー、千冬ちゃんはどっちが勝つと思いますー?」

「ちゃん付けはやめてください。生身ならアーリィーが上だと思いますが、IS戦だとどう転ぶかは分かりませんよ」

 

 生身での強さが分かったととしても、ISの性能と武装次第で簡単に覆るからな。

 カナダ代表のアリアはなにをしてくるか分からない怖さがある。

 アーリィーが馬鹿正直に正面から挑んだらあっさりと喰われる可能性がある。

 まぁアーリィーは意外と強かな性格なので大丈夫だと思うが。

 

「千冬さんはこれからどうするんですかー? また寝るんですー?」

「そうですね――」

 

 このトーナメント戦、AグループとBグループでそれぞれメリットデメリットがある。

 Aグループ、私のメリットは決勝までの準備時間が長い点だ。

 仮にアーリィーとアリアの試合時間が30分、それにBグループの勝者に設けられている準備時間の30分をたして60分もの時間が私に与えられる。

 機体の整備と身体を休める時間と考えれば十分かもしれないが、これにはデメリットも存在する。

 あまりにも時間が中途半端なのだ。

 一時間は長いようで短い。

 中途半端な休憩時間は集中力を削ぎ、試合へのモチベーション低下を招く恐れがある。

 逆にBグループのメリットは試合が終わった時のテンション維持したまま決勝に挑める点だろう。

 30分という短い時間ではISの整備は不完全かもしれないが、連戦だからこそテンションも維持しやすい。

 休める時間が長いAか、それとも短いBか。

 どちらが有利かは戦う人間の性質次第だろう。

 私の場合はどちらでも構わないのは本音だ。

 なので、自分を崩さすにいることが大事だろう。

 

「寝る事にします。少しでも身体を休めたいので」

「こんな状況でも自分のペースを守る千冬さんは流石の胆力ですねー」

「ただ鈍いだけですよ」

 

 用意されたゼリー飲料を胃に流し込み、顔を冷やしていたタオルで目を覆い適当な機材に背中を預ける。

 泣いても笑っても次が最後。

 ISの事は専門家に任せ、私は自分の回復に努める。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「ではこれより解剖実験の名を騙った八つ当たりを開始します」

「切らないで! 八つ当たりで切らないで!?」

 

 こんくそがッ!

 縛り付けられたベッドの上で必死に手足を動かすが脱出できる気がしない。

 織斑千冬許すまじ!

 

「……タオルでちーちゃんの寝顔が隠れてる」

 

 千冬さんが気が利かないせいで束さんの顔が更に暗くなった!

 別に少し明るいくらい問題ないでしょ!

 寝顔見せろやてめぇ!

 

「人の話聞いて! まず落ち着こう! そして甘い物でも食べて落ち着こう! ね!?」

「女の子は血と甘い物があれば大丈夫。聖書にもそう書かれてる」

 

 もしゃもしゃ

 

 片手にメス持ちながらケーキ食ってやがるッ!

 

「うん、理解してるよ。私はとても冷静だ。早く処置しないとアレは死んでたかもだから、ちーちゃんの行動は一般常識的に正しい……私は……レイセイ……」

「メス持ったままブルブル震えてんじゃねーか!」

 

 やめろ! 震えるメスをこっちに向けるな!

 どうしようかねこれ、どうすれば切り抜けれるかねこれ。

 

「冷静だけど、まずは血を見て落ち着きたい」

「それ絶対テンパってるから! とても冷静じゃないから!」

「しー君うるさい(ふきふき)」

「ケーキでべた付いた指をズボンで拭くの止めてくれますぅ!?」

「綺麗にならない……水気が欲しいね」

「ウエットティッシュという選択肢はないんですかね!?」

 

 なんで俺の胸見ながら言ってんの? 血か? 俺の血で洗い流す気か?

 

「安心してよしー君、ちゃんと優しくしてあげるから。今なら体中を切り裂いた後にペロペロしてあげるよ?」

「えっ!? まぁ……う……」

 

 “うん”と言いそうになった自分の口が憎い!

 これは罠だ。

 だって今“切り裂いた後”って言ったぞ。

 ちょっと切る程度じゃないもの。

 切り裂かれるんだもの。

 無事に生きてるかも怪しい。

 

「……よし、持ち直した」

「むぅ」

 

 メス片手に拗ねた顔されても困るんよ。

 もう少し可愛いシチュエーションでその顔見せて欲しいな!

 

「血が見たい程度なら指先とかダメなの? それでチュウチュウするとかさ」

「は?」

 

 すっげー冷たい目で見られた。

 ぞくぞくするねぇ。

 

「指を切り落としてその指を食わせるプレイなら――むむ?」

 

 束さんの視線を宙をさまよう。

 なんか知らんがセーフッ! 今拷問ルートに入る寸前だった!

 

「このタイミングで代わりのサンドバックが現れるなんてしー君は運が良いね」

 

 サンドバックとな?

 ふーむ、束さんを狙う敵でも現れたのかね。

 

「モンド・グロッソは各国のお偉いさんが集まってるから、テロちゃんも狙ってくるんだよね」

「テロリストが来てるんですか?」

「そそ、でも各国の治安維持組織が頑張って排除してるから問題なかったんだけど――」

「それらの網を搔い潜って事を起こそうとする集団が居ると?」

「だねー」

 

 ふむ、もしかしてお馬鹿なのかな?

 モンド・グロッソ会場でテロとか命を捨てる行為じゃん。

 下手したらISに囲まれてミンチなんだけど……あ、それが狙いか?

 自らがISで殺され、それを観衆に見せる事で反ISの動きを大きくする狙いとか?

 テロリストの行動は凡人には読めんわ。

 そんな事になんの意味があるのかね……。

 

「しー君は地下排水路って知ってる? 馬鹿でかいトンネルみたいなやつ」

「テレビで見た事はありますね。男の子の心を刺激するロマン溢れるやつですな」

 

 テレビで見たのは大きいトンネルの先に馬鹿広い空間があって、何本ものコンクリートの柱が立っている光景だった。

 まるで映画に出て来る秘密基地感があるし、コンクリート一色の先が見えない穴は恐怖もあるが未知への興味も刺激する。

 あれはいいものだ。

 

「地下の排水路に目を付けたのは悪くない選択だよね。私が設置したカメラやセンサーがあるけど」

「もう詰んでるじゃん」

 

 どんな覚悟をしてテロをやる気は知らないが、踏み込んだ先は地獄だぞ。

 今すぐ逃げろ。

 

「潰して遊ぶなら個体数不明のレア個体より世界中どこにでもいる害虫だよね」

 

 めっちゃウキウキしてる!?

 テロリスト逃げて! 超逃げて!

 

「ところでしー君的に殺しってどんな感じ?」

「……おん?」

 

 適当に返そうと思ったら思いの外真面目な顔で俺を見ててびっくり。

 これシリアスターンですか?

 自分ベッドの上で鎖で縛られてる状態なんですが、この状態でシリアスするの?

 おっけがんばる。

 

「前に殺しをすると箒へのヘイトが高まるからやめるみたいなこと言ってませんでしたっけ?」

「納税してない非国民は野生動物と同じだと思うんだよね」

「それブーメランでは……えっ、束さん納税してるの?」

「へ? 無能な政治家どもに募金するほど私は優しくないよ?」

 

 背中にブーメラン刺したままキョトン顔してやがる。

 まぁいいや。

 束さん理論では、今来てるテロリストは完全に裏の人間だから始末してもなんの問題もないだろうと、そういうことだろう。

 わざわざ仕返しはしてこないだろうしね。

 

「てかすでに両手が赤く染まってそうですが、今更気にするんですか?」

「失礼な! お腹は黒くても両手は綺麗だもん!」

 

 訳:間接的にヤッたことはあるけど直接的にはない。

 って感じかな。

 この場面でこの話題……うーむ、今後の人生に影響しそうだ。

 ここで『別に好きにすれば』等の殺しに対して肯定的な意見を言った場合、俺の胃が死ぬ可能性がある。

 グロが嫌いな俺の前でスプラッタ映像量産しそうだもの!

 いやさ、本音を言えばテロリストなんてどうでもいいのよ。

 テロリストがどこかの施設を襲った結果その後軍隊に殺されたってニュースが流れるとするじゃん?

 それに対してなんか感情持つ?

 可哀想? ないない。そんな聖人セリフ絶対にでない。

 ざまーみろ? それもない。だってテロの被害に合った訳でもないのに憎む感情なんて湧かないし。

 ふーん(鼻ほじり)で終わるだろうさ。

 だけどここでそれは言えない。

 嬉々として俺の前に死体が積み重ねられそうだからだ!

 だがしかし、ここで命の大切さだとか上っ面だけの綺麗ごとを並べたら、束さんの好感度が急降下しそうでそれはそれでマズい事態になりそうなんだよなー。

 あぁ……面倒くさい。

 

「なんで黙ってるの?」

 

 沈黙は金、雄弁は銀って言葉がありましてね。

 

「無視するなら爪の間にメスを刺す」

「いやだな、ちょっと考えを纏めてるだけじゃないですか」

 

 沈黙は死でしたか。

 鎖で縛られてる状態で逃げ場はないが、ここは覚悟を決めよう。

 自分の胃は守る! 好感度を出来るだけ下げない!

 いくぞっ!

 

「殺し云々ってことは、今からそのテロリストを殺すんですよね?」

「そうだね。私とちーちゃんの晴れ舞台を邪魔するだけも極刑ものなのに、今来てる奴らは思想もなんもないただのクズだから消しちゃっていいかなって」

 

 テロリストにも色々あるもんね。

 ただのクズならいっか……とは言えないんだよなぁ。

 

「一つ確認したんですけど。束さんって自分の事をどう思ってます? 強者とか狩る側とかですかね」

「ん? そうだね、私は強者で狩る側だよ」

 

 よしよし、強者側を自認してるなら問題ない。

 言質は取った。

 

「あくまで俺の意見だけどいいですか?」

「もちろんだよ。私はしー君の意見だから聞きたいのさ」

「そもそも話さ、なんで殺さなきゃいけないの?」

「んー、それは私に手を汚してほしくないとか、そんな話題かな?」

 

 唇に指を当てつつ軽く首を傾げる。

 可愛い仕草だが目が笑っていない。

 つまらない事を言ったらあの指が腹に突き刺さりそうで怖いです。

 だけどまぁ、俺がそんな見え見えの地雷を踏む訳がない。

 俺が地雷を踏むときはそうした方が面白いと思った時だけだ!

 

「いやだって、殺しってクソダサくない?」

「……へ?」

「だって殺せるって事はさ、相手が自分より弱いって事だよね」

「そうだね」

「つまり弱者イジメだね」

「うん……うん?」

「格下をイジメるとかどう見てもクソダサ行為だと思うんだ」

「そう……だね」

「天下の篠ノ之束が弱い者イジメとか恥ずかしくなの?」

「それは……」

 

 困ってる困ってる。

 悩め若人よ。

 一般人なら人生の覚悟を決める殺し合いも天災にとってはただの弱い者イジメと知れ!

 そして下手な言い訳をすれば更に俺は攻めるぞ!

 

「強者ぶってるクセに足元のアリが癇に障るとかないよね?」

「や、でも羽虫を払う程度の事なら普通じゃん」

 

 よし、攻める隙を見つけたぞ! ここがチャンス!

 ふっふっふっ、『羽虫を払う』なんて言い方はラノベで良く見るセリフだ。

 盗賊を皆殺しにした主人が言ったりするよね。

 だけどね、それで強者ムーブしていいのは創作の世界だけなんだよ。

 

「あのさー束さん、普段他人を見下して強者アピールしてるクセになに言ってんの? 本当に強い人間はな……虫に襲われないんだよ!」

「なん……だと……!?」 

「想像してごらん、ジャングルの奥地を無防備に歩く千冬さんを」

「むむっ」

 

 束さんが素直に目を閉じてくれた。

 そうだいいぞ。

 うっそうとした木々、肌にまとわりつく熱気と湿った空気。

 どこからもともなく聞こえてくる鳥の鳴き声。

 そんなジャングルの中を無防備に歩く千冬さん――

 

「想像の中の千冬さん、虫に襲われてますか?」

「まったくだね! 蚊に刺されてるイメージさえできないよ!」

 

 束さんの目がカッと開く。

 だよね、想像できないよね。

 

「そもそも強者は虫の方から避ける。羽虫を払う? 虫に襲われる程度の人間が強者ズラしちゃダメだよ。千冬さんだったら姿を見せた瞬間に虫が逃げるだろうけど……束さんは違うのかな?」

「……くっ、ズルい言い方をっ」

 

 気付いたかね束君。

 虫がたかって来た=虫が無防備に近付く程度の人間なんだよ。

 羽虫を払った程度だとか言うけど、ちょっと強者オーラ足りないのでは? そんなざまでデカい顔するとかないわー。 

 

「あ、でもほら火の粉を払うって言うし……」

「はぁ? 火の粉を払うって防御反応じゃん」

 

 これも異世界主人公あるあるのセリフだよね。

 襲われて返り討ちにした時とかに言うわ。

 だけどさー、それってつまり反射的に身を守ってる訳で、ビックリして手を出しちゃったと同義なんだよなー。

 少なくても格好つけて言うセリフではないよね。

 

「想像してごらん、テロリストに占拠された燃え盛るビルの中を歩く千冬さんの姿を」

 

 ハリウッド映画であるシーンだ。

 ダイハードとかが似合う背景だよね。

 さて、火事真っ最中のビル内を歩く千冬さんだが――

 

「火の粉振り払ってる? ビビッてガードしちゃってる?」

「ノーガードだね! 威風堂々と歩いてるよ!」

 

 だよね。

 俺だったら口にハンカチを当てて必死に火の粉から逃げるだろうけど、千冬さんはそんな事しないよね。

 火の粉から逃げる為に無意識にでも防御反応が出るザコはとても強者と呼べないだろう。

 

「もしかして束さんはテロリストにビビッてるの? 恐怖心に駆られてやられる前にやれ精神なら止めないけど」

「んな訳なし! この私が有象無象にビビるとかないよっ!」

「ならなんの為に殺すの?」

「……そんなに理由が大事?」

「大事だね。箒が襲われた、一夏が傷付けられた、そういった理由――怒りでの殺しなら俺も納得できるんだよ」

 

 大切な誰かの為への怒りなら理解はできる。

 だけど今回は違う。

 

「束さんが相手を殺す理由ってさ、“面倒くさい”から殺すだよね?」

 

 篠ノ之束は凡人と違うのだ。

 凡人なら殺さたくないから殺す。

 ってか身を守る為にそうせざるを得ない。

 

「殺しは弱者に許された特権だ」

 

 戦争には色々と種類がある。

 特に昔多かったのは侵略戦争。

 土地と物的資源、人材資源を確保する為の戦いだろう。

 数多くの人間が殺されたと思うが……はて、なんで殺す必要があるのかね?

 敵兵を全て無力化し捕え、奴隷として使い潰す方が有益だろう。

 だけど相手を殺さずに勝つ事ができない人は殺すしかないのだ。

 

「人はなにかを得る為、守る為に人を殺す。だけどそれは、そうしなければ結果が残せない弱者の行為なんだよ」

 

 俺だったらテロリストに襲われたら相手を殺す。

 殺さなきゃ殺されるし、逃がせば復讐されるかもしれないからだ。

 

「束さんは強者だ。命の危機をがある訳でも復讐が怖い訳でもない。なのにどうして殺すなのか……殺さない方が面倒だからだよね?」

「……はいそうです」

 

 よし! 認めさせたぞ!

 人間とは死にやすい生き物だ。

 首の骨が折れれば死ぬし、大気中の酸素の濃度が変わったら死ぬし、なんらならその辺のキノコを食べても死ぬ。

 篠ノ之束にとって殺さないで制圧する方がはるかに手間なんだろう。

 

「戦闘不能にする為に四肢の骨を折るなら四手、殺すなら首の骨を折るだけだから一手。束さんが面倒だと思う気持ちは理解できる。だけどさ、束さんが弱者の特権振りかざすのはいかんでしょ」

「だって相手するのは面倒だし、手加減するの怠いし、いちいち生死を気に掛けるのかったるいし……」

 

 唇尖らせてどんだけ愚痴るんだよ

 束さんクラスになるとテロリストを相手にするのも大変なんだな。

 

「面倒だからと言って気軽に人を殺す人間はただのサイコパスです。そんな人間とは今後の付き合いも考えますし箒にも会わせません。いいですね?」

「……あい」

 

 不承不承と言った感じだな。

 つまらなそうな顔してる。

 少しばかし言い過ぎたか。

 

「束さんが急に殺しについて話たのって、今後の事を考えてでしょ?」

「気付いてたの?」

「急な話題だったからね」

 

 いくらテロリストが現れたからと言っても話題のチョイスがおかしい。

 それでなんとなく束さんの狙いが見えたよ。

 

「今後も俺が束さんの側に居るならそういった場面があるかもしれない。そんな時の為に早めに俺の反応を知っておきたかったんでしょ?」

「正解。ぶっちゃけしー君の反応は読めなかったから丁度いい機会だから揺さぶってみようかと」

 

 読めないって事はないだろ。

 反対するに決まってる。

 例え相手が存在価値がないような人間だとしても、俺は殺すなと言うぞ。

 自分の胃を守る為にな!

 俺の目に見えない場所ではどうかって? 好きにしろよテロリストの人生に興味はない。

 

「まぁしー君のスタンスは理解できたよ。強者は強者らしく振舞え、恥ずかしい真似はするなってことでしょ?」

「そんな感じだね」

 

 ザコ蹂躙が許されるのは創作世界だけです。

 現実ではひたすら恥ずかしい行為だ。

 プロの格闘家が不良小学生軍団を薙ぎ払って強者ムーブしてたら見てる方が恥ずかしいだろ? それと同じ。

 

「でもさ、そもそも相手から喧嘩売ってきてるんだし手加減する必要なくない? 向こうも殺されえる覚悟があって攻撃を仕掛けてきてると思うんだよね」

 

 これもまた異世界転生主人公あるあるなセリフだな。

 命乞いをする暗殺者に言ったりするよね。

 だがそれもまたリアル世界ではクソダサです。

 しかしま~だ言い訳を並べる気かこのやろう。

 どんだけ手加減が面倒なんだよ。

 束さん的には、毒ガス流して終わり! みたいにしたいんだろうな。

 下手に逃げしてまた来られたらウザいだろうし。

 だけど俺は口から血を吐きながら苦しむ人間なんて見たくない。

 それにもしその中に美女テロリストが居たら一生モヤモヤして生きる事になりそうだし。

 

「は? 殺される覚悟? んなもんある訳ないじゃないですか。あのさー、誰だって自分の命は安全圏に置いて一方的に攻撃したいに決まってるじゃん。なに、任侠映画でも見て影響されたの?」

「いやだって殺し殺されの関係って言うか……」

「もしかして人間って生き物を過大評価してない? あ、性善説推しなのか。子供の夢を壊すようで悪いけど、人間ってもっと汚い生き物だよ?」

「まさかこの私がそんな説教されるとはっ!?」

 

 憤慨してるとこ悪いけど、それが真実だからね。

 仮に終末戦争で世界が荒れて盗賊になったとしても自分が殺される覚悟なんて絶対にしないし、どれだけ楽に略奪できるか躍起になると思う。

 殺される覚悟とかぷぷぅー、んなのないない。

 

「もういいかな? 束さんがどんなに殺す理由を正当化しようと頑張ろうと、俺は全て論破する」

「ぐぬぬ」

 

 束さんのぐぬぬ顔で酸素が美味い!

 そろそろ鎖外してくれないかな? 勝利の美酒が飲みたいです。

 しかし束さんも馬鹿な勝負を挑んだものよ。

 殺しの正当性とか、法律を無視するなら答えが出ないものだ。

 だから束さんがどんな理屈をこねようと、『でもそれってダサいよね』で勝てる。

 心情の問題だな。

 弱い者イジメ好きで弱者の特権を振りかざすなんちゃって強者だと思われてもいいなら殺せば? と問われれば言い返せないのだ。

 終わってみれば俺の圧勝だな。

 ふふん。

 

「ふっー、うんわかった。私の負けだよしー君」

 

 ため息を一つ、その後は俺の首に首輪を一つ。

 ……待って?

 

「あの、束さん」

「この天災に勝つとは流石だよしー君。うん、本当に尊敬する」

 

 絶対に嘘だ! してやられてムカついただけだろ!

 

「私に勝てるしー君なら――テロリストも余裕だよね?」

「ちょまっ」

 

 手足の鎖を外され首の鎖を引っ張れた俺の身体はズルズルと床を滑る。

 もしかして俺をテロリストに当てようとしてない?

 小学生VSテロリストとか無理だから!

 俺はチート持ち転生者じゃなんいだぞ!

 

「この美人でスタイル抜群の私がテロリストに捕まったらどうなるか想像できるよね? しー君は体を張ってでも私を守る義務がある」

「命懸けで戦ったらフラグ立つの? なんかエロいイベント起きるの? キュンとして惚れたりするの? しないよね。対価もなしで戦う訳ないじゃん、馬鹿なの?」

 

 いくら好感度を上げてもイベントの類が一切発生しない攻略不可なサブキャラがなんか言ってますわ。

 篠ノ之束はテロリストから助けたくらいでフラグ立つ訳ないんだよなー。

 異世界チョロインに転生してから言いやがれ。

 

「そんなんだからしー君はモテないんだよ。対価がないと女性の為に戦えないとかゲスだと思う」

「対価もなしにテロリストと戦えと言う方がゲスでは?」

 

 口喧嘩は今の所は互角の戦いだろう。

 しかし俺の身体は未だにズルズルと引きずられている。

 この口喧嘩まったく意味がない! 

 時間稼ぎにもならんわ。

 

「ぶっちゃけしー君はさ、テロリスト相手ならどの程度までが許容範囲?」

「手足折って放置しとけ。直接トドメを刺さなければセーフ」

「例えば今回だと地下空間に放置で助けがこなきゃそのまま野垂れ死ぬけど、それはいいんだ?」

「野垂れ死になら束さんには責任ないかなって思うんで」

「責任?」

「そう、責任」

 

 社会人になったら勝手に背中に乗ってる厄介な存在です。

 社会人の多くはこれを毛嫌いしています。

 最近の若い子は上昇意識はないって言うけれど、こっちから言わせるならじゃあ給料増やせやって話だよ。

 部下を10人持つ管理職になったとして、責任10倍で給料1,3倍じゃ割に合わないにもほどがある。

 会社で上に行きたいやつなんて、はなから部下の責任を取るつもりのないダメ人間か、責任の重さを理解してない馬鹿か、責任大好きのマゾだけだよ。

 

「大人のテロリストなら死はそいつの責任ですよ。そんな仕事を選んだ責任、部下を見殺しにする組織を選んだ責任、いざって時に助けてくれる友人関係を築かなかった責任、そんな諸々の理由から即死させなければオッケーです」

 

 だから放置して死んだらそれは自分の責任って事で。

 

「ふーん、そんなもんなだ」

 

 ま、正直に言えば束さんの手を赤く染めて欲しくないって個人的な意見もあるんだけどね。

 束さんの手はいつでもスベスベであって欲しいじゃん。

 恥ずかしいから絶対に言わないけど。

 うーん、束さんの為にらしくもない事を多く語ってしまった。

 これは新たな黒歴史ですわ。

 

「なんでニヤニヤして……はっ! まさか鎖で引きずられてなにか目覚めたんじゃ!?」

「いや違うから」

 

 今の俺に楽しんでる余裕なんてないです。

 違うタイミングだったら喜んだかもですが。

 

「さて、冗談はこのくらいにして――」

「あ、冗談だったんムグ」

 

 猿轡? なんで猿轡?

 

「流石にしー君をテロリストと戦わせるなんてしないよ。近くには居てもらうけどね!」

「ムガガッ!?」

 

 そして頭から袋を被せられて視界を奪われたんだが?

 読めない……俺には束さんの考えが読めない!

 

 テロリスト+猿轡+目隠し

 

 答えが出ないよこんな方程式!

 マジでなにが目的だ!?

 

「いやさ、テロリストって言っても生きてるんだし、そう簡単にコロコロするのは可哀想かなーって」

「ムグッ!?」

 

 今までのやり取りはなんだったの?

 まさか茶番だった……?

 

「しー君を人質にして武装解除を命じて、受け入れたら半殺し、しー君ごと撃とうとしたら7割殺しって事で」

「ムガーッ!」

 

 子供を人質にテロリストに武装解除要求とかアホなの!?

 普通そんな事しないだろ! あ、天災じゃったか。

 

「私に襲われたテロリストがどんな顔するのか、想像するだけで楽しいね!」

「ムムッ!」

 

 束さんの満面の笑みが脳裏に浮かぶ。

 声だけで凄く楽しそうな雰囲気が伝わるよ。

 

 かくして、猿轡に目隠し状態の俺は束さんと一緒にテロリスト退治に向かうのでした。

 

 織斑千冬絶対に許さない同盟募集中!




二人のやり取りは茶番です(力説)


テロリスト強襲パートダイジェスト

た「動くな! 武器を捨てなければこの子供を殺す!」
し「ムガ―!」
テ「篠ノ之……はかせ? 全員構え!」
た「投降の意志なしと判断。子供を見殺しにする外道に天誅を降す!」

 以下フルボッコ
 
 S級冒険者がゴブリンを倒すシーンなんて誰も興味ないよね。
 なおテロリストは半殺しで地下空間に放置されました(生死不明)


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モンド・グロッソ最終日 日本VSイタリア(上)

インフィニット・ストラトスのゲームってなんでも萌えに全振りなんだろう?
メダロットとかガンダムカードビルダーみたいに、パイロットと機体と武装を組み合わせて育成とかの方が楽しそうでは?


「失礼します」

 

 肩を揺さぶられ目が覚める。

 

「ん……おはようございます」

 

 立ち上がり背筋を伸ばし筋をほぐし体調を確かめる。

 結構休めたな。

 

「私はどれくらい寝ていました?」

「一時間ほどです」

 

 私はBグループの試合が終わったら起こしてくれと頼んだ。

 つまりアーリィーとアリアは一時間近く戦っていのたか?

 

「試合内容を聞いても?」

「まずカナダ代表が遅延戦闘を仕掛けました。引きながらアサルトライフルなどで牽制したりミサイルを撃ったり、ともかく近付かせないようにしてました」

「限られた空間でアーリィーから一時間も逃げるのはほぼ不可能だと思いますが?」

「カナダ代表はイタリア代表の動きを完璧に読んでいましたから、恐らくかなり研究したのかと」

「なるほど、それで結果は――」

「勝ったのはイタリア代表です。最後の最後にカナダ代表を追い詰め接近戦で決めました」

 

 アーリィーはノリは軽いが馬鹿ではない。

 アリアの狙いを読んで長期戦に望んだのだろう。

 そして隙を見て一瞬で勝負を決めたと。

 言葉にすると簡単だが、一時間に及ぶ戦いは二人の精神を大いに削ったに違いない。

 アリアはアダムズが認める戦闘巧者。

 そのアリア相手に長時間の駆け引きをし、最後はしっかりと決めたアーリィーは見事だな。

 

「アーリィーの機体の状況はどうでした?」

「ダメージは軽微ですね。大きなダメージは受けないよう立ち回っていました」

 

 となると、残り30分で機体のダメージはほぼ回復できそうか。

 問題はアーリィーだな。

 少しでも回復してくれれば良いのだが。

 

「情報ありがとうございます。そう言えば私の機体の方は?」

「そちらも問題なく。今は最後の仕上げをしてる最中です」

 

 自分の機体を見ると、パーツごとにバラバラにされ、そのパーツを念入りに磨いているスタッフの方々。

 あれはなにをしてるんだ?

 

「皆さん最後の試合だから汚れた状態で人前に出せないと言って……」

「まぁ綺麗になる分には構わないですが」

 

 私の視線に気付いた水口さんがひらひらを手を振る。

 一部のパーツは交換すると言っていたし、出来ればフィッティングなどを確かめたかったんだが、まだいいか。

 

「少し席を外します。戻ったらISの状態を確かめたいので、そう水口さんに伝えてください」

「かしこまりました」

 

 楽しそうにパーツを磨くスタッフの人達の脇を通りトイレに向かう。

 トイレに行くときはいつも緊張する。

 束が個室に居そうで怖いのだ!

 今はきっと神一郎で遊んでるから大丈夫だろうが、油断は出来ない。

 

「むぐ?」

「む?」

 

 トイレのドアの前でバッタリ出会う。

 

 ――ケーキを呑気に食べる次の対戦相手であるアーリィーに。

 

「栄養補給か?」

「んぐ、時間が限られるから時短の為サ」

「そうか……」

 

 微妙に気まずい!

 試合前のこのタイミング、しかもトイレの前ってのがなんとも。

 しかしこれは……ふむ。

 

「入ったままなんだな」

 

 アーリィーは気を張ったままだ。

 感じる気は試合中と遜色ない。

 呑気にケーキを食べトイレにも行くが、身体は休ませても心は休ませてないのだ。

 そんな調子でもつのか?

 

「下手に休むよりこの状態の方が良いサ。だって次の試合は千冬が相手なんだから」

 

 こちらの心配を他所にペロリと口元に付いたクリームを舐めながら楽しそうに笑う。

 そうか、全然問題ないって事だな。

 心身共に回復しほぼ平時の状態である私と、体力的に疲弊しているが試合中の高いテンションを維持しているアーリィー。 

 これはどうなるか分からんな。

 

「二人仲良くと言う訳にもいくまい。私が離れよう」

「アーリィーは気にしないサ」

「私が気にするんだよ。ではなアーリィー、次は試合会場で」

「楽しみにしてるサ」

 

 それは私のセリフでもあるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「調子はどうですかー?」

「問題ありません」

 

 トイレから戻ったら整備が終わっていたので早速フィッティングテストを開始した。

 ISの腕部部分だけを装着し、指先の感覚を確かめる。

 握り、開く。

 最も基本的な動作を繰り返す。

 ん、問題ないな。

 

「次は脚を」

「はいは~い」

 

 腕と手が終わったら今度は脚を。

 空中戦なら気にならないが、地上戦なら足裏の感触などは大事な要素だ。

 床に足を付け感触を確かめる。

 よし、こちらも問題ないな。

 

「完璧です」

「それは良かったです~」

 

 体力、回復済み。

 心理状態、多少の高揚は見られるが平均内。

 負傷箇所、青アザ程度は残っているが骨や内臓にダメージなし。

 機体、原状回復済み。

 

 最高の状況だな。

 心置きなく全力で戦える。

 

「では行ってきます」

「ふぁいとですよー」

「織斑さんガンバ!」

「千冬さんなら絶対に勝てます!」

 

 登場口に向かう私の背中に声援の雨が降りかかる。

 今までの人生で味合った事がない恥ずかしさと嬉しさがある。

 団体戦はこんな気持ちなのか。

 負けられない気持ちが強まった。

 

「展開」

 

 ISを纏い空に飛び出す。

 

 ワァァァァァッ!

 

 今まで一番の歓声が上がった。

 観客もそろそろ疲れてるかと思いきやテンションは最高潮だ。

 さて――

 

「随分と急くな。そんなに私と戦いたかったのか?」

「許されるなら今すぐ殴りかかりたいサ」

 

 後入りのアーリィーはファンサービスもせず私の前に立つ。

 今すぐ殴りたいは冗談ではなさそうだ。

 その身から漏れる気迫は尋常ではない、最初からトップギア。

 私もそれ相応の覚悟をしないと初手から押し切られる可能性があるな。

 

「位置に着け。全力で相手をしてやる」

「期待してるサ。飛蘭にさえ見せなった“全力”を見せてくれる事を」

 

 遠回しな言い方だが、これは私の切り札を読まれてるのか?

 そう見た方が良さそうだ。

 アーリィー、切り札を切らせたければ私を追い詰めてみろ。

 

 ――3

 

 呼吸を早めろ。

 落ち着いて対処など考えたら一瞬で飲まれる。

 

 ――2

 

 熱を産め、指先まで気を通せ。

 

 ――1

 

 相手を、叩き潰せッ!

 

 ――0

 

「オオオォォォ!」

 

 獣の如き雄叫びを上げ真正面から突撃してくるアーリィー。

 待ちはない。

 こちらもブレード片手にアーリィー斬りかかる。

 互いに瞬時加速を使用して正面からのぶつかり合いだ。

 

 ギィン!

 

 ブレードと拳がぶつかり合い火花が散った。

 飛蘭の時の様な武器を折る為の打撃ではないが、それでもブレードを軋ませる。

 

「行くサァァァァ!」

「これ……はっ!」

 

 アーリィーの攻撃を捌き切れない……だと!?

 

「遅い! 遅いサ! まさか寝てるサ!?」

 

 アーリィーの勢いが止まらない。

 左右の拳がブレードを弾き、ついに被弾を許す。

 やはり私とは勢いが違う。

 この勢いはそう簡単に止めらない。

 ならばここは一つ試してみるか。

 

「ふんっ!」

 

 拳をわざとブレードの側面で受ける。

 一度では流石に無理だが、力を逃がさない、衝撃を一点で受けるやり方で何度か受ければ――

 

「ン? 千冬、なにか企んでるサ?」

 

 私の理に適わない行動にアーリィーが訝しむ。

 だがそれでも手は止まらない。

 警戒で手を止めるなんて真似はしないか。

 よし、これで――

 

「わざと折ったサッ!?」

 

 何度目かの攻撃を受け、ピキリとブレードにヒビが入る。

 計算通りだ。 

 続いて拡張領域からもう一本ブレードを取り出す。

 それをアーリィーに向かって振るう。

 拳で叩き落そうとする行動を利用、こちらも意図的にブレードに負荷が掛かる様にする。

 一撃、二撃、……防がれるが問題はない。

 アーリィーの反撃、これも落ち着いて新品のブレードでガード。

 蹴りで来い蹴りで。

 お前の蹴りなら一撃で折れるだろ……よし折れた。

 やれやれ、今日一日でいったいに何本のブレードを折っただろうな。

 こんな事なら水口さんらに頼んで作って貰えば良かった。

 

「またッ!? 何が目的サッ!?」

 

 いやちょっと神一郎が持っていたマンガで面白いのがあってな。

 マンガはマンガ、現実とは違うが、中には現実で使えそうなものがる。

 初めての試みなのでマンガに出て来る技などは流石に無理だが、取り回しはなんとなるだろう。

 

「小太刀二刀流と言う、面白いだろ?」

「短剣の二本持ち!? その程度で!」

 

 半ばで折れた二本のブレード。

 間合いが短くなっただ、その分振りが早い。

 そして両手に持つ事で手数は二倍だ。

 

「うん、使えるな」

「そんな思い付きでアーリィーの攻撃を防げるとでもッ!」

「防げるんだよコレが」

 

 腕を引き、伸ばす。

 殴る為には二つの動作が必要だ。

 だがブレードで攻撃を受けるのは違う。

 受け止め方や受け流し方を注意すればいいのだ、最短の動作は手首の動きだけ。

 な? なんとかなるだろ?

 

「負けるかァァァ!」

 

 アーリィーの回転力が上がるが、それでもまだ対応できる範囲内。

 熱くなってくれたのは儲けものだ。

 このまま体力切れを待つか、それとも大振りさせて隙を狙うか――

 

「なんちゃって。ツェイ!」

 

 パンッ!

 

 空気が破裂する様な音が響く。

 気付けば拳が頬に当たっていた。

 出だしは見えなかったが、拳を引く動作は見えた。

 縦拳。

 飛蘭が使った崩拳と同じ型だ。

 

「今のは崩拳か? まさか中国拳法を使えるとはな」

「中国拳法? ん~、大分類ではそうかもだけど、ちょっと違うサ」

「違うのか、なら――」

「口よりその身で味わった方が早いサ!」

「くっ!」

 

 拳の速度が上がった。

 小太刀二刀でさえ受けるのがやっととはな!

 先程までは実力を悟らせない為に手加減を? いや、そんな風には見えなかった。

 よく見ろ、タネは絶対にあるはず。

 なにが違う? 飛蘭とはまず威力は違う。

 飛蘭の縦拳は必殺の一撃と呼ぶべきものだが、アーリィーの拳は早いが軽い。

 どちらかと言うとボクシングのジャブだ。

 拳の攻撃全てが縦拳、腕を捻らず撃ち出すことで速度を上げている。

 

「ほっ! とうっ!」

 

 そして時々混ざる足技とのコンビネーション。

 なるほど、技の正体が分かったよ。

 しかしアーリィーめ、さっきまでとはまるで性格が違うじゃないか。

 これは騙された。

 熱く燃えてるかと思いきやクレバーのままだったとはな。

 してやられたよ。

 

「詳しく知ってる訳ではない、だが最速の技と言われてるのだけは知っている」

「お? 気付いたサ?」

「ボクシングのジャブさえ凌駕する速度。最速の格闘技、ジークンドーだな?」

「正解サ!」

 

 中国拳法を軸に他の武術の要素も取り入れた超実戦武術だったか。

 強敵だが脅威ではない。

 今が最大速度なら着いて行ける!

 

「なんとかなる。そう思ってないサ? 舐めすぎサ!」

「っ!?」

 

 ガードしたブレードが勢いよく弾かれた。

 今までにない衝撃。

 縦拳ではなく横拳、しかも打つ時に反対の腕を引いている。

 空手の正拳突きか!

 

「もらったサ!」

 

 懐に入られショートアッパー。

 

「まだまだ!」

 

 肘の打ち下ろし、膝蹴りからの――

 

「取った!」

 

 腕挫十字固。

 なるほど、これは私のミスだ。

 

「ジークンドー、空手、ボクシング、柔道か。やっとお前が見えたよ」

「答え合わせしてあげるサ」

「打撃……いや格闘技のスペシャリスト、それがお前だ」

Vero(正解)!」

 

 元々アーリィーは接近戦が強い。

 だが今まで見た動きの中には何かの武術に通じる“色”が見えなかった。

 意図的に隠してきたのだから大したもんだ。

 どれほどの格闘技を修めてるかは知らないが、引き出しの多さは飛蘭以上だろう。

 そしてアダムズと違いそれらを熟成させている。

 多くの武術を学んだ飛蘭。

 もしくは戦士として完成したアダムズと言ったところか。

 さて、アーリィーの性能は分かったところで抜け出すか。

 関節技はエラとの戦いで慣れたからな。

 

「およ?」

 

 右腕を取られたまま空に飛ぶ。

 そして瞬時加速で地面に向かって落下!

 

「ッ!?」

「無茶するサ!」

 

 二人仲良く地面に激突、衝撃でアーリィーの関節技が外れる。

 ついでに肩の関節も外れた。

 この感じなら……

 

「ふっ!」

「殴って戻した!?」

 

 ブレードの柄で右肩を殴る。

 よし、戻った。

 

「極めて終わりじゃなくて折っておけば良かったサ!」

「お前は近付かせると厄介だ」

 

 低姿勢で接近してくるアーリィーに切っ先を向けて牽制する。

 切っ先の寸前で止まったアーリィーの両手に槍が握られていた。

 急停止し、後ろに倒れた姿勢から跳ね上がる勢いを利用しその槍が投擲される。

 半身ズレて片方を回避、残り一本をブレードでガード。

 間合いに入って来たアーリィーを残りの一本で斬りつける。

 私の一撃はアーリィーの腕でガードされ、下がるかどうかの選択を余儀なくされた。

 ここで引く選択肢はない。

 腰を据え、アーリィーを迎え撃つ。

 

「リャァァァァ!」

 

 拳と刃が激しくぶつかり合う。

 アーリィーの機体であるテンペスタはスピード重視で軽量型だが、近接主体の為その腕だけは装甲が厚い。

 その装甲をブレードで斬るのは骨だ。

 狙うなら腕以外、だが折って使っている私のブレードは耐久力が低いので打ち合えば私の方が不利。

 力で斬るな、受け止めるな。

 流れる水の様に対応しろ――

 

「まるで踊ってるみたいに流麗サ!」

「それはどうも」

 

 自分で言うのは恥ずかしいが、戦ってる様は確かに踊っているようだろう。

 このシーンだけは録画を見たくないな。

 

「シッ!」

 

 拳に虚実は混じり始めた。

 ただ当てるだけの拳、殺意がある拳、それに合わせてボクシングのフェイント。

 そして最後に飛蘭が使用していた殺気を飛ばす技。

 厄介この上ない。

 とはいえ対策はある。

 飛蘭と戦い、その手の技を破る方法を考えていたからな。

 

「全部防いだ? えっ、マジでサ?」

 

 何発かはガードしそこねると思ったのだろう、アーリィーが素直に驚く。

 初見なら食らっていただろうな。

 だが今の私には経験がある。

 

「気配などの六感的要素は全て排除。動体視力だけで戦えば問題ない」

「この脳筋ッ!」

 

 おい失礼だな。

 殺気なんかに下手に反応するから釣られるんだろ? なら自分の目だけ信じて戦えばいい話じゃないか。

 スマートだろ?

 

「むぅ、千冬を追い詰めるのは大変サ。しょうがないからアーリィーが先に手札を切るサ」

 

 アーリィーの奥の手か。

 楽しみであるが、油断は禁物。

 なにが飛び出すやら。

 

「“パージ”」

 

 その一言でテンペスタの装甲がはじけ飛んだ。

 腕と脚にこそ攻撃の為の装甲が残っているが、その他はほぼない。

 辛うじて背中の装甲があるが、あれは飛ぶためだろう。

 

「いくサ」

 

 アーリィーの姿が消え、その瞬間に悪寒が全身を駆け巡った。

 先程まで無視していた己の本能に従い全力で回避行動を取る。

 

 ヂリッ!

 

 髪の一部にナニカが当たった。

 まるで棍棒が耳元を通り過ぎた様な風切り音が聞こえたが、もしかしてハイキックか?

 

「お? 反応するとは流石サ」

 

 背後からの声に反射的にブレードを振るうが、そこにアーリィーの姿はなかった。 

 次の行動に移る前にバランスが崩れる。

 まともに足払いをくらうのはいつぶりだろうな。

 倒れ斜めに変わる景色の中でアーリィーの脚だけが見えた。

 咄嗟にブレードを盾代わりに自分とアーリィーとの間に差し込む。

 ブレードは粉々に砕け、強い衝撃と共に身体が浮く。

 

「せっかくのIS戦、空中戦もしようサ」

 

 空中で姿勢を立て直し止まると、そこではすでアーリィーが私を待ち構えていた。

 出来れば自分の土俵で戦いたかったんだが、こうなっては仕方がないか。

 

「必要最低限の機能を残してそれ以外は排除。一撃でももらえば落ちる可能性があるのによくやる」

「千冬に勝つならこれくらいしないとダメだと思っただけサ」

 

 拡張領域から新たなブレードを取り出す。

 右手に太刀、左手に小太刀。

 気分は宮本武蔵だな。

 だがかの剣豪でも空中で燕と戦った事はないだろう。

 

「準備はいいサ?」

「来い」

 

 狙いはカウンター。

 アーリィーの攻撃に合わせるしかあるまい。

 しかし向こうも私の狙い程度分かっているだろうから簡単には行かないだろう。

 動体視力も感も、全てを使ってアーリィーの動きを感じ取れ! 

 

uragano(ウラガーノ)ッ!」

 

 アーリィーの姿がまた消えた。

 僅かに見えた影、そして自分の勘を信じブレードを振るう。

 

「チッ!」

 

 振るったブレードにはなんの手応えもなく、代わりに肩の装甲にアーリィーの拳の跡が刻まれるた。

 ウラガーノ、確か意味は暴風だったか。

 

「ガッ! グッ!?」

 

 まさしく暴風の真っ只中に立っているようだった。

 アーリィーの動きは捉えきれず、どんなにブレードを振るってもそこはアーリィーが通り過ぎた後だ。

 四方八方から襲われるという状況はまさにこの事を言うのだろう。

 今の私は正しく苦戦している。

 生身だと私以上に早く動けるのは束くらいか。

 それでも前に“鈍っていない”と付くがな。

 自分より速い相手がこうも厄介だとは知らなかった。

 良い経験だ。

 

「どうしたサ!? なにもしないならこのまま嬲り殺しサ!」

 

 そうは言っても手がないんだよ。

 自分より速い相手のすれ違いざまの一撃、ヒット&アウェイの戦法は攻略が難しい。

 腹とかに打ち込んでくれればダメージ覚悟で捕まえに行くのだが、アーリィーはしない。

 急所を執拗に狙うことはせず、当てられる時に当たられる場所に攻撃するのだ。

 文句があるなら腹や心臓を狙って来い。

 

「空でアーリィーに勝てる相手は存在しないのサ!」

「しまった!?」

 

 左手に持っていた元々折れていたブレードは根本から折られた。

 小回りの利く小太刀を失い、アーリィーの攻撃は更に激しくなる。

 

「地上に戻りたいサ? なら戻してやるサ!」

 

 背中に肘打ちが撃ち込まれる。

 スピードの乗せた肘が骨を軋ませ、背中がくの字に曲がる。

 

「がはっ!」

 

 地面に叩き付けられ肺から酸素が強制的に吐き出されれる。

 土煙が鼻孔を刺激し、頬に砂がまとわりつく。

 上から猛烈な殺気を感じ、恥も外聞なく地面を転がる。

 私が転がった後を追うように地面に槍が突き刺さった。

 ふふっ、こうも見事にやられると笑いが込み上がる。

 世界は本当に広いな。

 

「なぁ千冬、そろそろ本気になってくれないサ?」

 

 空に一人佇むアーリィー。

 圧倒的に優位にある彼女だが、気が緩んだ様子なく燃え続けている。

 アーリィーは私の切り札がどのようなものか気付いているのだろう。

 気付いた上で見せろと言っているのだ。

 確かにこれ以上の出し惜しみない。

 札を切るならこの場面しかないだろう。

 

「ここまでやってもまだ足りないサ?」

「いや十分だ。それと誤解はないように言っておくが、私は今まで本気だったよ。全力ではなかったがな」

 

 いつだったかふと気付いた……自分は二次移行できると。

 なにか確信があった訳ではないが、漠然とそう思えた。

 その時にふと脳裏に浮かんだのは束の言葉だ。

 神一郎のISである流々武は、搭乗者の意志に従い二次移行をしないらしい。

 それはISがこちらの意志を読み取っているということだ。

 なので私は自分のISに心の中で言い聞かせた。

 二次移行するな、と。

 これはモンド・グロッソでの切り札になると考えたからだ。

 

「しかし世界的に見ても初めてだ。隙だらけだったら倒して構わんぞ?」

「そんなもったいない事する訳ないサ。いいから早くするサ」

 

 ニヤリと笑い、我慢出来ないといった風のアーリィー。

 ワクワクと楽しそうだ。

 アダムズやエラ、飛蘭と戦った時の私の顔もあんな顔だったんだろうな。

 さて、アーリィーを待たせるのも悪いしやるか。

 

「二次移行、開始」

 

 目を閉じて意識をISを集中する。

 ほんの一瞬だが、意識が飛んだ様な感覚があった。

 次に目を開けると目の前には……日本庭園?

 

「どういうことだ?」

 

 私はアリーナに居たはずだ。

 幻覚? それとも瞬間移動でもしたか?

 まずは状況を把握しよう。

 私が立っているのはどこかの屋敷の縁側だ。

 足の裏はしっかりと板張りの感触を感じている。

 視界に広がるのは美しい日本庭園。

 池の隣では咲き誇る大きな桜が咲き誇っていた。

 空は茜色に染まり、風によって桜の花弁が舞い散る幻想的な風景を生み出している。

 どんな状況だこれ。

 

「ここは主様の精神世界。この風景は深層心理が具現化したものじゃよ」

 

 背後を振り返ると、そこには着物を着た少女が座っていた。

 畳の部屋に火鉢か。

 ふむ、茶室の縁側に立っていたようだ。

 それより気になる単語が出てきたな。

 

「主様と言ったか?」

「そうじゃよ主様。感付いているようだろうが名乗ろう」

 

 少女は姿勢を正し胸を張る。

 

「我が名は『――』っ! のじゃロリ型ISの『――』じゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー、うん。

 名前の部分が聞き取れないとかツッコミどころはあるが、それよりまず言いたい。

 私のIS、なんかバグってないか?

 




???「多くの姉妹が居るのでキャラは早い者勝ち! 君にはのじゃロリとかオススメだよ!」
???「のじゃロリ?」
???「こんな感じ!(データ送信)」
???「理解したのじゃ!」


 姉妹の中でいち早く相棒を宛がわれ、乗り手を変えたことがないので一度もリセットした事がなく、稼働時間がぶっちぎり一位の姉なるものが居るそうです。
 ISがバグったらだいたいこいつのせい。


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モンド・グロッソ最終日 日本VSイタリア(下)

原作との改変点があります。

原作一夏の零落白夜

→日本刀が縦に割れて中心からエネルギーそのものが刃になったものが生える。見た目は大剣というかバスターソード?

モンド・グロッソ千冬

→エネルギーそのものを刃に纏わせる。

 
いやさ、変身機能がある武器のロマンは理解できるんだけど、オーラや魔力や闘気、色々あるけど日本刀ならそのまま纏った方がオサレじゃね? となりました。
  




 千冬の機体が光りに包まれる。

 日常で目にする人工的な光や太陽の光とは違う温かく柔らかい光り。

 幻想的な雰囲気に会場全体が息を呑んだ。

 

 やっと……やっとサ。

 千冬の戦い方はどこか窮屈そうだったサ。

 まるで体中に鎖を巻いたまま戦ってる様だったサ。

 フェイとの戦いの時にその鎖が千切れたかに見えたけど、千切れた鎖の下には更に鋼鉄の帯が巻いてあっサ。

 それもまるで内側から溢れるものを抑えてるかの様な感じでサ。

 漠然と思ったサ。

 きっと千冬は二次移行できると。

 そしてどういった方法かは分からないけど、二次移行せずに戦っているんだと。

 

 戦いたい!

 

 そんな感情だけがアーリィーの内に溢れたサ。

 フェイとの戦いで千冬は確かに本気だった。

 だけど本気だったのは千冬だけ。

 ISの方は本気じゃなかった。

 それじゃあダメサ。

 アーリィーも熱くなって相手も熱くなる。

 なにもかも出し尽くして精魂尽き果てるまで戦う。

 そんな戦いを望んでるのサ。

 

『彼岸へ誘え』

 

 徐々に弱まる光り、その中心から千冬の声が響く。

 

『――暮桜』

 

 光りがはじけ飛び、今まで光りで隠されてた千冬の姿が露わになる。

 ISの各部は今までと少し違う程度で大差ない。

 一番の違いは千冬が握るブレードだ。

 西洋の大剣型だったのが日本刀に近い形になっている。

 

 この時を待ってたサッ! 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「積もる話もあるのだし、まずは座ってはどうかの?」

 

 自称ISが畳を叩いて座れとアピールする。

 私は束や神一郎と違ってこういった不思議体験に免疫がないんだよ。

 そもそも今は試合中だ。

 

「出来れば早急に戦いに戻りたいのだが?」

「今は機体の改装中じゃからすぐには無理じゃ。それに外とここでは体感時間が違うから多少のお喋りは問題ないのじゃ」

「そういう事なら」

 

 二次移行に時間が掛かるなら仕方がない。

 私は大人しく火鉢の前に腰を下ろした。

 火鉢を挟んで正面に座る少女を改めて観察する。

 年の頃は12歳ほどで艶やかな黒髪は畳に着きそうなほど長い。

 白を基調にした着物は桜の花びらで彩られている。

 まるで日本人形みたいな子だな。

 ふむ……

 

「お前はISコアそのものなのか?」

「如何にも! ISコアの人格が擬人化したのがこの姿なのじゃな! 美しいであろう?」

「……現実世界に実体化したりしないよな?」

「うむ? 今は無理じゃな」

「今は、なのか?」

「そもそも方法が分からん。もしかしたら出来る様になるかもしれんし、母上がその手段を見つけるかもしれん。だから今は無理という答えなのじゃ」

「そうか、それならいいんだ」

「我に現実世界に居て欲しいのかの?」

「いや、特に意味はない質問だ。気にしないでくれ」

「ふむ……?」

 

 質問の意図が分からず首を傾げる姿は……大変に危険だ!

 もし現実世界に現れたら、私は束と神一郎を手に掛けなければならないかもしれない!

 束はどう動くは判断しかねるが、神一郎は確実に騒ぐだろう。

 アイツだけには絶対に秘密にしなければ。

 もし存在がバレたら『俺、千冬さんの心の中で和服美少女と永遠に一緒に暮らす』とか言いそう。

 そして本気で実行しそう。

 注意しなければ。

 

「ところで主様」

「なんだ」

「主様は我の名は聞き取れたかの?」

「……聞こえなかったな」

 

 わざわざ自己紹介してくれたのに悪いが、私には名前の部分が聞き取れなかった。

 何故聞こえなかったのかは自分でも分からない。

 

「主様、それじゃよ。我が主様をこの場所に呼んだのはそれが理由なのじゃ」

 

 少女の顔が悲しげに歪む。

 

「のう主様、主様はなぜ我の名は呼んでくれないのじゃ?」

「それは――」

「名とはその存在を示すもの。自称では駄目なのじゃ、名とは誰かに呼ばれて初めて意味があるのだと我は思う」

 

 他人に呼ばれて初めて意味が、か。

 私には織斑千冬という名前がある。

 だがそうだな、仮にプロジェクト・モザイカで産まれた後でも個体番号や実験名で呼ばれてたらとしたら、それはとても悲しい事だろう。

 

「機体は改装中だと言ったが、それだけで形態移行が終わる訳ではないのじゃ。二次移行とはそんな単純なものではない、操縦者とISの繋がりが大切なのじゃ」

「私は――」

「なんての。主様がどうして名を呼んでくれないか、その理由を我はとっくに知ってるのじゃ」

 

 なんとか言葉を出そうとする私のセリフを少女がぶった切った。

 ここで満面の笑みとは良い度胸をしている。

 仮にも主を翻弄して楽しいか? 束の血を感じるよ。

 

「主様に寄り添い、その人柄や性格をもっとも理解する存在が我じゃ。主様の想いなど言葉にせずとも理解しているのじゃ」

 

 自慢げに胸を張られても困るんだが。

 束のねちっこさが遺伝してないか心配だ。

 

「私の気持ちが理解出来ると言うなら答え合わせをしようか」

「よいじゃろ。なぜ主様が名を呼んでくれないか――それは我と母上に対して後ろめたさがあるからじゃな?」

「……正解だ」

 

 少しは誇張があるのだとうと思っていたが、少女はきっちりと私の心情を読んでいた。

 誰にも知られたくなかった私の覚悟。

 それを知っているというのか。

 

「主様は我を兵器として使う可能性を考えている。だから我を物扱いしてるおるのじゃろ?」

「あぁそうだ。ISは自己を持つ存在だと私は知っている。だが場合によってはISの……お前本人の意思を無視して血に染まる事になるかもしれない」

 

 ISには意志がある。

 しかしIS本人は自分を動かすことが出来ず、乗り手の意志には逆らえない。

 思うのだ、もしかしたらIS自身は戦いを拒否してるのではないのかと。

 やめてくれ、そう叫んでるかもしれないのだ。

 だが私は戦う。

 たとえISが拒否しようと、私はいざとなれな愛機を血に染めるだろう。

 なぜなら――

 

「弟を守る為に――じゃな?」

「……そうだ」

 

 私も一夏も普通ではない。

 今は周囲は平穏だが、それが絶対だとは保証されてないのだ。

 もし争いが起き、それに一夏が巻き込まれたら私は人を殺める事を躊躇しない。

 一夏を失うくらいならきっと容赦なく殺せるだろう。

 例えISが人を殺す事を嫌がろうとだ。

 

「色々と苦悩がある様だが主様……一夏を守る為なら我は敵を殺す事に迷いはないぞ?」

「そうなのか? 意外だな。お前に一夏を守る理由など――」

「だって一夏はめんこいからのぉ~」

 

 ……あん?

 

「あんな愛らしい一夏を傷付ける存在など滅殺あるのみなのじゃ!」

 

 どうしよう……私のISが箒を愛でてる時の束と同じ顔をしてるんだが?

 やはり束の影響かッ!?

 

「主様の考えは我には分かると忘れてないかの? 一夏愛は母上の影響ではなく主様の影響じゃぞ?」

「馬鹿なッ!?」

 

 姉として弟を想う気持ちを誤魔化す気はない。

 だがそんなだらしない顔をするような“想い”ではない! 絶対にないぞ!

 

「我は主様の影響を受けて育ったISじゃぞ? 我の感情は主様の感情じゃよ。見よ! これが我の愛の証明じゃ!」

 

 どんと取り出されたのは写真アルバム。

 パラパラとめくって見ると、一夏の写真がびっしりと……。

 もうただのストーカーだぞこれ。

 ん? 一夏の後ろの風景が変だ。

 見覚えがるな、これは神一郎の家だ。

 だが写ってるのはエプロン姿の一夏、私が見た事がない姿だ。

 それにこっちの剣道大会の写真、これは神一郎と出会ったばかりの頃だから私はISを所持していなかった。

 この写真は私が見た映像や記憶を写真化してるのかと思ったが、それだけではないな。

 

「この写真の出所はどこだ」

「んむ? 主様の記憶とるーねぇから貰ったものじゃな」

「るーねぇとは誰だ」

「流々武姉上じゃ」

 

 コアネットワークを通じて写真データのやり取りしてやがる!?

 私の想像以上にISコアが俗物だった。

 このバグ具合は私の影響だけじゃないな。

 ある意味安心した。

 

「お前の気持ちは理解した。一夏を好んでくれて姉として嬉しいとだけ言っておこう」

「好みではない! 愛なのじゃ!」

「戯言は流して続けるぞ。つまりお前は一夏を守る為などの、理由がある殺しなら問題ないから名前を呼び自分を受け入れろ、と言うことだな?」

「戯言じゃないんじゃが……まぁそういうことかのぉ」

 

 私のISに対してのアレコレは杞憂だったらしい。

 ISの感情を無視して戦う可能性を心配していたが、まさに無用な心配だった訳だ。

 しかしこの出会いは決して無駄ではないだろう。

 むしろ都合が良いと言える。 

 

「名前を呼ぶのは構わん、それで形態移行が終わるなら私も問題ないさ。だがその前に一つ頼みがある」

「なにかの?」

「単一能力の指定は出来るか?」

「ほぉ?」

 

 目が一瞬細くなり、瞳の奥に好奇心が見えた。

 今度は私が驚かせる事ができたな。

 

「単一能力は主の性格や戦い方など、多くの情報を元に生まれるものじゃ。それを自分で決めたいと?」

「ISは意志を持つ存在、ならば交渉も可能だと思ってな」

「くくくっ、主様は面白いのぉ」

 

 そんなに笑う事だろうか?

 誰だってISとコンタクトが取れる手段があったら試すと思う。

 きっと神一郎もやるだろう。

 どんな能力か分からない不安を抱えるより、交渉して“こんな力が欲しい”と頼んだ方が建設的だ。

 

「出来るかどうかはともかく、話だけは聞こうかの。主様はどんな力が欲しいのじゃ?」

「一撃必殺系だ」

 

 前々から思っていたことだが、モンド・グロッソで数多くのISと戦って確信した。

 もしISが敵となれば厄介この上ないと。

 搭乗者を守るシールドバリアー、思考速度や動体視力を引き上げるハイパーセンサー、戦闘機を上回る機動力。

 素人でも武装した生身の人間を圧倒出来るようになる。

 敵が現れたとして、一夏が人質になり敵にIS乗りが居たら正直マズい。

 生身の人間なら行動不能にするのは楽だ。

 だがISではどうしても時間が掛かってしまう。

 致命的な事態になりかねないのだ。

 

「く……ふふっ……」

 

 少女は口元を袖で隠し必死に笑いを堪えている。

 その目尻には涙が溜まりちょっとの刺激で決壊しそうだ。

 

「で、どにかなるのか?」

「まっ……主様、少し待って欲しいのじゃ。今落ち着くから、今すぐ落ち着くから……くふふっ」

 

 割と真面目な話をしてるつもりなんだがな。

 まぁ反応を見る限り交渉自体は可能そうだから文句は言わないが。

 

「あー、ごほん。すまなかったの主様、もう大丈夫なのじゃ」

「別に構わないが、何がそんなに面白かったんだ?」

「提案自体がじゃ。よいかの主様、我が生み出そう考えていた力――主様の単一能力は一撃必殺系じゃ」

「……つまり?」

「主様の事を深く知る我に対して馬鹿真面目な顔をするのがツボだったのじゃ」

 

 もう出会いそのものが無駄だったのでは?

 私に協力的で単一能力も望み通り。

 素直に名を呼んでおけば深層心理の世界なぞに呼ばれることもなかっただろう。

 

「そう残念な顔をしないで欲しいのじゃ。少なくとも我はこうして主様と話せて嬉しいぞ?」

「あぁすまん。そうだな、私も共に戦う相棒と話せた事は嬉しく思う」

 

 長い付き合いになるのだし、顔合わせと思えばいいか。

 

「一夏を守る為に安心して単一能力を使うのじゃ」

 

 まったく、ISとはたいしたものだよ。

 だがこれで憂いはなくなった。

 もし一夏を害する敵が現れたら私は遠慮なく戦える。

 それが分かって良かった。

 

「主様」

 

 少女が立ち上がり私の前に立つ。

 そして小さな右手を差し出してきた。

 日本人と言えば、だな。

 

「これからよろしく頼む、“暮桜”」

「我が名は『暮桜』。これより主、織斑千冬の剣となり全ての敵を斬り伏せよう」

 

 手と手が重なった瞬間、そこに光りが生れた。

 二人の中心から風が吹き荒れ周囲の家具や壁を吹き飛ばしていく。

 それでも私は小さな手を握ったまま離さなかった。

 

「――完了じゃ」

 

 晴れ晴れとした顔で暮桜が笑う。

 そうか、私の単一能力が生まれたんだな。

 

「良い景色だが、住み家が台無しだな」

「なに、この程度すぐさま直るのじゃ」

 

 壁も屋根も吹き飛んだ座敷の中心で私達は夕暮れの光りに包まれる。

 怪しくも美しい赤い光り。

 なぜか目が惹かれる。 

 

「美しいがそれと同時に人の心を不安にさせる。逢魔が時と言うのだったな」

現世(うつしよ)常世(とこよ)の境界が曖昧になる時間じゃ。主様にぴったりじゃろ?」

 

 夕暮れが似合う女と言われても困るんだが。

 だが悪い気はしないな。

 世界を照らす日の出。

 空に静かに佇む月。

 それらに比べたら確かに私に似合うかもしれない。

 

「そろそろお別れの時間じゃな」

「ちなみに現実時間ではどれくらい経ったんだ?」

「三分ほどかの」

 

 そこそこ長話をしたと思っていたがそんなものなのか。

 いや、アーリィーを三分も待たせたとも言えるな。

 早く戻らなければ。 

 

「主様、最後にこれを」

 

 暮桜がすっと差し出してきたのは日本刀だ。

 

「オマケじゃ。持って行くといい」

「貰えるなら有り難く貰おう」

 

 遠慮なく受け取ると確かな重みを感じる。

 もしかしてこれは現実世界に持ち出せるのか?

 

「銘は『雪片』じゃ。その刀をを引き抜いた時、主様は現実世界に戻る」

「そうか」

 

 左手で鞘を握り、右手で柄を握る。

 

「暮桜、お前と話せて良かったよ。機会があればまた会おう」

「そうそう会えるとは思わんが、我も主様とまた話せる日を楽しみにしているのじゃ」

 

 どこか照れくさそうに笑う暮桜。

 その姿は年頃の少女そのものだ。

 願わくばこれ以上は束や神一郎のISである流々武の影響を受けずに育ってほしい。

 さて、せっかくだから待たせてしまった詫びに観衆へのサービスでもするか。

 取れ高と言うやつだな。 

 ゆっくりと刀を引き抜く。

 刀身が夕暮れの光りを反射し、刀自体が朱く輝いてる様にも見えた。

 

「彼岸へ誘え、暮桜」

 

 残りの刀身を一気に引く抜く.

 周囲の風景が歪み始め、捻じ曲がって見える。

 アーリィー、今戻るぞ。

 

「のう主様、彼岸は仏教用語で涅槃の向こう側という意味で、その言い方だと日本語的には“天国に送る”じゃ。決して悪い意味ではないからの? 殺意マシマシで使うのは間違いなのじゃ」

 

 そんなツッコミが歪んだ風景の向こうから聞こえてきた。

 いいだろ別に。

 天国だろうが地獄だろうがあの世なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歪んだ景色が光りに塗りつぶされ、一瞬めまいに襲われる。

 それと同時に耳には観客の声が届き始めた。

 

「ふぅ」

 

 静かに目を開けると、私は日本刀を片手に持った状態で立っていた。

 今までのブレードとは違う、そして芸術的な日本刀とも違う。

 肉厚で重厚、日本刀の鋭さとブレードの硬さを併せ持つ刀だ。

 分類するなら野太刀になるだろう。

 これは良い物を貰った。

 

「この時を待ってたサ! さぁ、アーリィーと殺し合おうサッ!」

 

 見上げると空中でアーリィーが吠えていた。

 待ち時間で落ち着くどころか更にテンションが上がっているな。

 

「少し待て」

 

 そんなテンション高めのアーリィーに手で待てのジェスチャー。

 

「なんでサ!?」

「機体状況を把握したい。全力でやるには必要な事だ」 

「む、それなら仕方ないサ」

 

 アーリィーは渋々ながら聞いてくれた。

 新しい機体のスペックを知らずに戦うのは愚かな行為だ。

 アーリィーもそのへんを考慮してくれたのだろう。

 さて、二次移行した暮桜の機体状況は――

 

 ――PICを含む各種ブースターの強化。

 

 機動力より加速力と速度重視か。

 今なら全ISの中で直線スピードは一番だろう。

 それに瞬間最高速度までの到達点も早い。 

 好みの強化だ。

 

 ――装甲

 

 こちらは変化なし。

 細部の形状が少し変わった程度だ。

 

 

 ――単一能力

 

 シールドエネルギーを別のエネルギーに変換。

 雪片にそのエネルギーを纏わせる事で効果を発揮し、敵のシールドエネルギーを切り裂く事が出来る様になる。

 

 

 なるほど、これはまさしく一撃必殺だな。

 ISはシールドエネルギーで守られてるので、多くの人間が軽装だ。

 その気になれば首を刎ねる事も容易となる。

 シンプルだが強力な力だ。

 使い方を誤らないよう気を引き締めなければ。

 

「よし、把握した」

「終わったサ? なら早くやろうサ!」

「その前に悪いお知らせだ」

「なにサ?」

「私はそう長く戦えない」

「……なんて?」

「エネルギー残量がな……どうやら二次移行をする為には多くのエネルギーが必要とするみたいだ。ガス欠寸前で通常戦闘なら一分も持たん」

「なん……だと……!?」

「だが安心しろ。一分も戦う気はない。この勝負、一撃で終わりにする」

「……へぇ」

 

 単一能力を使用した短期決戦。

 それが私が勝つ為の唯一の方法だ。

 挑発の意味も込めて一撃で決めると言ったのだが、効果覿面だ。

 試合開始から笑顔だったアーリィーの笑みは、今まで見た事がないほど深く獰猛なものに変わり、まるで猛禽類のようにさえ見える。

 時間稼ぎをするか逃げに徹していれば楽に勝てるだろうに、そんな様子は一切見せない。

 どうやら乗ってくれるみたいだ。 

 

「真正面からの勝負に応じてくれる事に礼を言う」

「構わないサ。本気で戦ってくれるなら時間なんて関係ないサ」

 

 雪片の腰に備え付けられた専用の鞘に納める。

 うん、やはり日本刀とはこうでなくては。

 刀身の長い野太刀は本来抜刀術には向かないが、ISなら問題ない。

 

「千冬、ちょっといいサ?」

「どうした」

「昔から疑問だったサ、抜刀術ってそんなに強いサ? 速度も威力も上段の方が強いと思うサ。それに結局は横の薙ぎ払い、動きが読まれて損するだけサ」

 

 第三者から見ればそういった意見もあるか。

 そうだな、確かに下手な抜刀術は確かに弱い。

 実戦で使用するなら、腰の捻りを使った無駄のない力の運用や鞘から刀を引き抜く技術など、求められる要素が多い。

 だが一番大事なのは技術ではない、心構えだ。

 

「アーリィー、抜刀術とは覚悟の現れだ。相手の刃が自分の命に届く前に斬る、避けられる前に斬る、そんな覚悟の現れなんだよ」

「捨て身ってやつサ?」

「捨て身とは違うな。そもそも自分の命を捨ててもなんて考えはしていない。なぜなら相手を斬ることしか考えてないからだ」

「それはそれは……アーリィーも見習いたい心構えサ」

「なら見習えばいいさ。まだ奥の手の一つぐらいあるんだろ? お前も全力で来い」

「ならお言葉に甘えてそうさせてもらうサ。――これが私の最高の姿サッ!」

 

 アーリィーの背に六枚の翼が出現する。

 追加のブースターか。

 スピード特化の今の状態で更に翼の追加。

 恐らくブースターを使用した状態では、自身のスピードに反応できず普通の攻撃さえままならないだろう。

 となると……自分自身を弾丸にした体当たりか?

 アーリィーのスピードで突撃されたら……壁のシミになりそうだな。

 だがアーリィーも大きなダメージを受けるはず。

 人の事をなんだかんだ言っておいて、自分こそ捨て身の攻撃ではないか

 

「もう会話はいいサ。後は――」

「あぁ、互いの技で語ろう」

 

 アーリィーがアリーナの壁ギリギリまで後退する。

 立ち位置は地表スレスレ。

 上空からの攻撃の方が有利だろうに、私に合わせてくれるとはな。

 礼は……全力で当たる事しかないか。

 

 

 空気がひりつき、気付けば観衆さえも今は声を潜め戦いを見守っていた。

 心臓の音だけが聞こえ、視線はアーリィーに釘付けになる。

 人外の私だが、今だけは人として生きてる気がする。

 呼吸を整え全ての筋肉から力みを捨てろ。

 脱力こそが最速を生むのだ。

 繰り出す技は篠ノ之流ではない。

 篠ノ之流をIS戦で使用する為に改変したオリジナルだ。

 

嵐の大天使(アルカンジェロ・ディ・テンペスタ)ァァァァ!!!!」

 

 アーリィーの姿が掻き消えた……ように見える。

 だが二次移行した暮桜はその姿をしっかりと捉えた。

 小細工なしの真っ向勝負。

 己を弾丸に変えて向かってくる。

 

「零落――」

 

 鞘から引き抜かれた刃が白く輝く。

 これこそが暮桜の真の力、全てを切り裂く白刃。

 

「白夜ァァァ!」

 

 迫り来る弾丸とそれを迎え撃つ白刃。

 交差は一瞬。

 勝敗は―― 

 

 

 

 

 

「私の、勝ちだ」

 

 空中で鮮血をまき散らし、灰色の天使は地面に落ちた。




た「二次移行きたぁぁぁぁ!(大興奮で嬉し泣き)」
し「そして斬ったぁぁぁぁ!(地獄が終わって嬉し泣き)」


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モンド・グロッソ最終日 別れ

モンド・グロッソ編終了!
長かったでごわす。
書いてて思った、千冬さんは主人公として凄く楽。
動かしやすいw



 モンド・グロッソ会場近くにある先端技術で作られ、最新設備を用意されたホテル。

 そこの大ホールに多くの人間が集まっている。

 熱狂渦巻く開閉式が終わり、モンド・グロッソ関係者全てが集められた慰労会が行われているからだ。

 選手もスタッフも互いに労いながら誰も彼もが笑顔で酒を飲む。

 テレビ関係者などが排除された空間だからこそ気を抜いて騒げるのだろう、立食パーティーは大いに盛り上がっていた

 ……私達以外は。

 

「不機嫌顔で車椅子に乗った人間が二人もいると流石に誰も近付いてこないな。よい人避けだ」

「うるさいサ」

「騒がしいのは苦手なので助かりますわ」

 

 車椅子に乗って唇を尖らせながら不貞腐れるのはアーリィー。

 服装は入院着と言えばいいのか、がらの無い浴衣みたいな服だ。

 胸元から包帯が見え隠れし、どう見てもパーティーに参加してる場合ではない。

 閉会式は欠席していたが意外と元気そうだ。

 その後ろですまし顔でワインを口するのはエラ。

 こちらは青いドレスを見事に着こなしている。。

 

「千冬サンの役に立ったならなによりアル」

「あはは……あ、なにか食べます」

 

 手足にギプスを装着し、全身で不機嫌オーラを発しているのは飛蘭。

 強制的に身体能力を上げた代償で手足の骨にヒビが入ったらしい。

 加えて全身の筋肉が断裂……重度の筋肉痛だそうだ。

 ちなみにアーリィーと同じ入院服姿だ。

 アダムズは苦笑いしながら飛蘭の世話を焼いている。

 控えめな性格の彼女だが、意外にも赤の派手なドレスが似合っていた。

 そして最後の私はスーツだ。

 冠婚葬祭、全てスーツでいいのが楽だよな。

 以上五名、賑わう会場で見事に壁の花となっていた。

 開始早々に二次移行の事や、我が国に来ないかといった引き抜き話がうるさかったので私は壁際に避難。

 そこに四人が合流してきた。

 こちらに視線を寄こす人間もいるが、アーリィーと飛蘭が怖いのか誰も近付いて来ない。

 正直助かっている。

 

「それで、二人はなんで不機嫌なんだ?」

「負けたからサ」

「千冬サンの奥の手を見れなかったからアル」

 

 アーリィーは負けたから不機嫌。

 凄く分かりやすいな。

 本気で戦った者同士、試合が終われば互いにスッキリ……なんて訳ないだろ。

 負けたら悔しいに決まっている。

 飛蘭は私を二次移行させる事が出来なったのが悔しいと。

 言い訳ではないが、命を燃やして殴りかかってきた飛蘭相手に二次移行は何か違う気がする。

 あそこは自分の身だけ戦う場面だ。

 その選択に間違いはないと思っている。

 飛蘭も私が手加減したとは思っていないだろう。

 だから言い訳はしない。

 

「試合が終わったのに女々しいですわね。ところで貴女、大丈夫ですの? 随分とバッサリ斬られた様に見えましたが」

 

 それは私も気になっていた。

 あの状況で完璧な手加減など出来る訳がなく、想像以上に深く斬ってしまったからな。

 手応え的には皮膚以上内臓未満な手応えだった。

 

「それがなんと、少し動くくらいなら問題ないのサ」

「それはおかしいアル。試合を見てたけど、その日に動き回れるほどのダメージじゃなかったネ」

「ふふふっ、秘密はこれサ!」

 

 アーリィーがドヤ顔で取り出したのは……歯磨き粉? もしくは洗顔フォームだ。

 パッケージは白一色で何も書かれていない。

 

「それなんです? ギリシャの医療器具的な物ですか?」

「これはそう、千冬にバッサリと斬られて手術室に運び込まれた時の事サ」

「語り始めましたわよこの女」

「しっ、一応最後まで聞いてあげるネ」

 

 

 

 

 ――痛みと負けた悔しさで気を失う事が出来なかった。

 医療スタッフの声を聴きながらただ天井を見ていたサ。

 手術室に運び込まれいざ緊急手術と思いきや、周囲の喧騒がピタリとやんだ。

 見える範囲に人は居なく、疑問も思いながらなんとか顔を上げたサ。

 ……アーリィーの目に映ったのは床に倒れ伏した医師と看護師だったサ。

 尋常ではない事態が起きている。

 声を上げ助けを呼ぶべきか悩んだ瞬間、頭の上から声が聞こえたサ。

 

『ふむふむ、ISの武装で斬られた割りにダメージが小さい。その気になれば胴体を両断できただろうに……ちーちゃんは手加減が上手だね。んむ、断面は綺麗。新武装は切れ味抜群とみた』

 

 アーリィーを無視した独り言。

 それは映像で聞いた事がある女性の声だった。

 声の中に隠しきれない歓喜の感情を確かに感じたサ。

 天災は笑顔のまま私の横に立ち、千冬に斬られた箇所を観察し始めた。

 

『ほむほむ、傷口はいたって普通。人体に影響はないのか? 一応サンプル摂取しておこうっと』

 

「ぐっ!」

 

 天災はアーリィー傷口を綿棒でこする、血で赤く染まったそれをビンに入れた。

 文句の一つも言いたくなったけど、どんな言葉で爆発するか分からない恐怖があったからアーリィー歯を食いしばって我慢したサ。

 

『さて、観察と傷口のサンプルも手に入れたし――』 

 

 千冬には悪いけど正直にいうサ。

 アーリィーは用済みで処分されると、そう思ったサ。

 実際は見ての通り無事サ。

 その時なにがあったって? そうそう、アーリィーの傷口に天災が手を添えたのサ。

 

『よっと』

 

 次の瞬間、傷口が凄まじいスピードで縫られていったサ。

 みるみる肉と肉が繋がる。

 そんな光景を見ながら、アーリィーは必死に口を閉じてたサ。

 いやだって天災てば麻酔もなしで縫うんだもん。

 流石のアーリィーも泣きそうだったサ。

 

『仕上げにこれをっと』

 

 天災の手に見慣れぬチューブが握られていて、それがアーリィーの傷口の上で絞られた。

 チューブの口から半透明の液体が出てきて、縫られたばかりの傷口の上にかかったサ。

 

『これは人体用の接着剤。軽い麻痺成分もあるから痛みも引くから。あ、残りはあげる』

 

 

 体の上にチューブが置かれて、天災はアーリィーに背を向ける。

 その背中を見てアーリィー思わず声を掛けたサ。

 

「……なんでアーリィーを助けるサ」

 

『いいものを見せてくれたお礼だよ』

 

 天災は振り返る事なくそう言って去って行ったサ。 

 まさに嵐の如く。

 天災は伊達じゃないと思ったサ。

 

 

 

 

 

「そんな訳で今は元気なのサ!」

 

 なるほど、ラスボス気取りの指名手配犯が現れたと。

 ……今回はアーリィーの治療が目的だとしてセーフにしておこう。

 

「まぁその後は聞き込みやらなんやらがあっての閉会式だったから、輸血とかする暇なくて少しふらふらしてるサ」

 

 カラ元気じゃないか。

 やはり一発くらいは殴るべきだな。

 

「そうですか、あの人が……」

「ふーん、それは良かったアルな」

 

 と、アーリィーの話を聞き終わった二人の表情が……。

 今度はどうした。

 

「ところで二人の所には現れたサ? ま、答えは分かってるけど」

「まるで自分こそが千冬様のライバルだと言わんばかりの表情ですわね」

「かの天災に認められたっぽいセリフを言われて有頂天になってるだけアル。アーリィーはくじ運に恵まれたネ。アタシと当たってたら結果は違ったヨ」

「わたくしが相手だったら手足を折ってから蜂の巣でしたわ」

「負け惜しみが耳に気持ちいいサ」

「まーまー」

 

 言い合う三人を見かねたのはアダムズが仲裁に入る。

 束がアーリィーを治療し、人体用の接着剤なんてお土産を渡した理由は……私から二次移行という奥の手を引き出したご褒美だろう。

 理由はともあれアーリィーを治療してくれた事だけは感謝するか。

 

「アーリィーを治療ならアタシも治して欲しかったヨ」

「ずっと気になってたんですけど、手足にギプスで全身包帯って重症だと思うんですけど大丈夫なんですか?」

「大丈夫アル。全身の筋肉が断裂して、同時に全身の骨にヒビが入っただけネ」

「全然大丈夫じゃない!? え、寝てなくて大丈夫なんですか?」

「そんな状態で出席するなんて無茶しますわね」

「痛覚を麻痺させる針と大麻を主成分としたマル秘漢方でどうにか動けてるアル」

「想像以上にヤバい状態サ!? なんで大人しく寝てないサ」

「だってもしかしたら千冬サンと一緒できる最後の機会ヨ。寝てるなんてありえないネ」

「正直気持ちは分かる」

「同じくですわ」

 

 国家代表として共同での仕事でもあればと思うが、IS操縦者は国防の要と期待されている。

 これからはそうそう一緒になることはないだろう。

 合同訓練などがあれば……日本と中国の関係を見ると難しいか。

 アダムズなら会えそうだ。

 

「モテモテですね」

「嬉しくない」

 

 そこの三人はアダムズは若干引いてることに気付いてくれ。

 好かれるのは嬉しいが、なんというか……執着? 固執? そういった感情は苦手なんだよ。

 束のせいでな。

 

「そんな訳で……骨と筋肉に良い食べ物を」

「アーリィーは血が足りないサ」

 

 試合中と同じ様な鋭い視線が料理が並ぶテーブルに向けられる。

 二人とも飢えてるな。

 負傷から身体が栄養を欲しているのだろう。

 良い事だ。

 

「あ、なら自分が取ってきますよ」

「貴女だけでは手が足りないでしょう。仕方がないからわたくしも付き合いますわ。千冬様の分も取ってきましょうか?」

「いやそれくらい自分で――」

「待つサ。今の千冬を一人にしたら危険サ」

「暫くは戻ってこれなくなりそうアル」

 

 二人が腕と言葉で私を制す。

 確かに多くの人間が私に視線を飛ばしている。

 今はアーリィーと飛蘭のガードが効いてるので近寄って来ないが、一人になったら……面倒この上ない事態になりそうだ。

 

「すまないエラ、私の分も頼む。肉7野菜3の割合で適当に頼む」

「承りましたわ」

 

 エラがアダムズを連れ料理が並ぶ卓に向かう。

 さて、エラはどんな料理を持ってくるのか楽しみだな。

 

「せめてテーブルは欲しいアル」

「どっかから持ってくるか?」

「その必要はないアル――殺ッ!」

 

 飛蘭が給仕の男性に殺気を飛ばした。

 驚いた彼は振り返り周囲を探っている。

 こちらに視線が向いた……そしてアーリィーと飛蘭が手招き。

 無視する訳にはいかないのだろう、青い表情で歩いてくる。

 悪い使用例だ。

 

「なにかご用でしょうか?」

「テーブルを二つ頼むネ」

「片方は脚が短いタイプで頼むサ」

「承知しました」

 

 男性は急ぎ足で去って行く。

 今の二人は外見が怖いから仕方がない。

 ただせめてはとも思い、私は心の中で謝罪した。

 

「それにしても――」

「ん?」

「千冬の単一能力、アレって卑怯じゃないサ?」

「卑怯ではない。だが反則気味であるとは思っているよ」

 

 普通なら試合で使うのは躊躇する。 

 今回使用したのはアーリィーが普通ではなかったからだ。

 

「試合見てたけど、あれってシールドエネルギーごと斬ったネ?」

「どうせ世間にも公表されるだろうから先に言うが、私の単一能力はシールドエネルギーを切り裂いて相手に直接攻撃できる」

「……今後のIS開発は全身装甲型の開発が主になる。アーリィーはそう読むサ」

「もしくは遠距離特化アル。ぶっちゃけ千冬サンの間合いで戦うとか自殺と同義ヨ」

 

 関節をも覆う重厚型で遠中特化の射撃型。

 それが最適解だろう。

 だが重く遅い相手なら手はいくつかある。

 今のところ厄介だと感じるのは高機動射撃型だ。

 アーリィーのスピードとエラの射撃能力を持った相手が一番の難敵だ。

 

「でも羨ましいサ。単一能力とか凄く面白そうサ」

「面白いって理由で欲しがるのがアーリィーらしいアル。アタシは……ちょっと悩むね。どんな方法で能力が作られてるのか定かではないけど、アタシの単一能力はきっと人様に見せられないヨ」

 

 操縦者の性格や戦い方を参考に作られる単一能力。

 飛蘭なら――

 

「強制的なバーサーク状態か? 赤くなって全ての能力が三倍的な」

「きっと毒サ。装甲もシールドエネルギーもドロドロに溶かす毒を生み出す能力サ」

「アタシに対する評価が酷いアル」

 

 いや間違ってないだろ。

 開花したらきっとお茶の間に流せる能力ではないと思う。

 

「アーリィーならどんな能力ネ」

「んー、補助系になると思うサ。なにかしらの超常的な能力を頼るんじゃなくて、自分の手で直接殴りたいって思ってるからサ」

 

 なんともアーリィーらしい。

 単一能力の補助系か……全身に風を纏うとか?

 渦巻く風が生半可な攻撃なら弾き飛ばしそうだな。

 次の戦いが楽しみだ。

 

「戻りました~。あ、いつの間にかテーブルが」

「千冬様、お待たせいたしました」

 

 と、喋ってる内に二人が戻って来た。

 エラは器用に三つのトレーを持っている。

 

「どーぞ、なんかヘンなお粥と見た事がないお肉です」

「……これ、どこから持って来たネ」

「料理を選んでいたら中国のスタッフらしき人に渡されました。お仲間の方だと思ったのでそのまま受け取ったのですが、まずかったですか?」

「いや大丈夫アル。その人物はきっとうちの人間ネ」

 

 飛蘭が手に持つのは赤く染まったお粥となにかの蒲焼。

 お粥の赤はなんなんだ? 血にしか見えないんだが? 

 肉は一見ウナギにも見えるが、こんがりと焼けていてウナギではないだろう。

 周囲が困惑してるなか、飛蘭は嬉しそうに料理が乗ったトレーを受け取る。

 

「それを食うのか? 血をぶっかけたお粥みたいのを」

「食べるんですの? 普通の食卓では見た事がない謎のお肉を」

「食べるのサ? どう見てもゲテモノのそれを」

「持って来た私が言うのもなんですが、人間が食べれるモノなんですか?」

 

 飛蘭以外の反応は……仕方がないものだろう。

 綺麗に料理された束の料理、と評価したくなる物体なのだから。

 

「これは薬膳粥のヘビの血がけとヘビ肉ネ。滋養強壮に効果抜群でまぁまぁ美味いアル」

 

 ……中国ってのは凄いな。

 

「ヘ、ヘビの血ですの?」

「……ヘビ肉」 

「あはは……私は中国で暮らすのは無理そうですね」

 

 頬が引きつってるぞ三人とも。

 飛蘭を見ろ。

 実に美味しそうに真っ赤なお粥を口に運んでるぞ。

 材料と料理方法を聞くと尻込みするが、体に良さそうな料理じゃないか。

 

「いささかショックな出来事でしたが忘れましょう。はい、これは貴女の分ですわ」

「ありがとサ。お、これフォアグラサ?」

「フォアグラにマグロと卵のユッケ、それとデザートに柑橘類をいくつか持ってきましたわ。貴女は早急に血を補う必要があるのでしょう?」

「鉄分とビタミンCを補給する料理サ? 助かるサ」

「それと――」

 

 エラが手を上げてウェイターを呼ぶ。

 近付いて来たウェイターになにかを指示し、ウェイターはすぐに去って行った。

 

「お茶やコーヒー、それとお酒は鉄分の吸収を妨げますの。貴女は水で我慢なさい」

「至れり尽くせりサ」 

 

 ウェイターには水を頼んだのか。

 気が利くというか、こういった瞬間を見ると素直に良い奴だと思えるよ。

 

「良く知ってるんだな」

「淑女の嗜みですわ」

 

 嗜み……なんだろうか?

 確かに女性は貧血になる人が多いから、そういった情報を知っていてもおかしくないか。

 私? 私は昔から血の気が多いので貧血などになった事がない。

 

「千冬様はこちらをどうぞ。合鴨のローストと牛フィレ肉、それとシーザーサラダですわ」

「美味そうだな」

「おススメですわ」

 

 私の分は日常の食卓に並ぶことがない料理。

 これぞパーティーだ。

 全員の手に料理が渡り、会話をしながら各々が食事を楽しむ。

 途中気が緩んで二人の殺気が消えたせいか、如何にも権力者っぽい人間が何度か近付いてきたが、その度に殺気を出して追い払ってくれた。

 

「それで、これからみんなどうするサ?」

 

 ほどよく腹を満たし、会話が乗ってきたところでアーリィーが全員に視線を滑らせながらそう聞いてきた。

 これからか……私の場合は特に変わりはないな。

 優勝した今なら国家代表という立場から降りる事はないだろう。

 

「自分は国家代表を辞めて教導隊に入るそうです」

 

 と、どこか他人事の様にアダムズが答えた。

 国家代表を辞めると言っているのに悲痛感もなにもない。

 それでいいのかアメリカ代表。

 

「教導隊ですの? アメリカにそんな組織ありましたでしょうか?」

「新しく作るって言ってました。仕事内容は国中を周って子供たちにIS操縦技術を教える事だそうです」

「国家代表から降ろされるってのに随分とあっさりサ」

「別に国家代表の立場に固執はありませんし、戦いも好きって訳じゃありませんから。それに有事の際は戦力にされそうで怖かったのでむしろ喜んでます」

「ですが教導隊と言っても軍の所属に違いはないのでは?」

「ふっふっふっ、実は先輩方と取引しましてね。教導隊で五年働いたら国からのご褒美でどんな仕事でも紹介してくれるって言うんですよ!」

「ならお前は五年経ったら軍そのものを辞める予定なのか?」

「はい! 五年後の私はジョージ・ピーボディ図書館の司書です!」

 

 ジョージ・ピーボディ図書館……知らない名前だ。

 有名なのか?

 

「確かアメリカでも有名な図書館の一つだったネ」

「ジョンズ・ホプキンス大学にある図書館でしたわね。1800年代の鋳鉄建築で床は大理石、その荘厳な姿は本の大聖堂と呼ばれるほどだとか。良い趣味してますわ」

「世界一の蔵書数を誇るアメリカ議会図書館も魅力的なんですけど、個人的にジョージ・ピーボディ図書館に惚れていまして」

 

 働いてる自分を想像してるのか珍しくうっとり顔を見せるアダムズ。 

 うーん、わからん。

 町の図書館しか知らない私にとって、美しい図書館は想像できない場所だ。

 しかしそうか、将来は司書に――

 

 (どう思う?)

 (無理だと思うサ)

 (悲しいけど同意アル)

 (彼女は遅咲きでしたもの。五年後にはそれこそ一線級の実力者に成長してるのでは?)

 (高い才能を持ってる存在ネ。五年間真面目に修行したら千冬サンとも殴り合える存在に成長するヨ)

 (なら五年後に開放する気は――)

 (ないんじゃないサ? たぶん軍に繋ぎ止める為に丸め込まれたサ)

 

 アイコンタクト&ジェスチャーで素早く意見を言い合う。

 他の三人とも私と同じ考えか。

 もともと文学少女だったアダムズは今はまだ成長途中。

 そう簡単に手放しはしないだろう。

 

「みなさんどうしたんです?」

「や、なんでもないサ」

「なんでもないアル」

「なにも問題ない」

 

 だが言わない。

 なぜなら五年後のアダムズが楽しみだからだ!

 エラだけは苦笑してるが、アーリィーと飛蘭は私と同じ意見らしい。

 可哀想ではあるが、五年の間に自分を超える存在を鍛えればチャンスはある。

 頑張れアダムズ。

 

「私はそんな感じですね。アーリィーさんはこれからどうなるんですか?」

「アーリィーはこのまま国家代表続投サ。これでも準優勝者だからサ」

「となると織斑さんも」

「特に言われてないが、恐らく国家代表を続けるだろう」

「優勝者を国家代表から降ろす理由がないアル」

「ですわね」

「ならお二人は?」

「アタシは国家代表を降りるアル」

「同じくですわ」

 

 そうか……淋しくなるな。

 二人とも生粋の兵士ではない。

 飛蘭は暗殺者でエラは競技者。

 モンド・グロッソが終わればISを降りるのも仕方がないのかもしれない。

 

「辞めちゃうんですか?」

「暫く軍に所属してIS技能を教える役アル。期限は3年くらいを予定されてるヨ。それからは先はまだ未定ネ」

「わたくしは一年ほど後進の育成を手伝いを。その後は……まだ未定ですわ。競技者に戻るか、それとも専用機持ちとして活動するか迷ってるのが正直な気持ちですの」

「お二人とも私と同じ感じですね」

「国家代表として戦った人間をそう簡単に手放したりしないサ」

 

 そうだろうな。

 これから増えるだろう若きIS操縦者たち。

 その育成にモンド・グロッソで戦った人間の経験は大きな助けになるだろう。

 

「意外とみなさんとはこれからも会う可能性がありそうですね」

「合同訓練と言う名の情報収集はあるかもネ。その時はよろしくヨ」

「……飛蘭さんが期待する“よろしく”をしたら首が飛びそうなんですが」

「そんな心配そうにしなくとも冗談に決まってるアル」

「ですよねー」

 

 いや冗談じゃないだろ。

 仮に飛蘭が日本に来たら、私は喜びつつも絶対に気を抜かないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

「ん、もうそろそろ解散の時間サ」

 

 互いの進退や日常生活の話に花を咲かせてる内に、会場から人が少しづつ減って行く。

 騒がしかった場内から熱が引いていくこの感覚……なんとも言えない気持ちになるな。

 

「楽しい時間はすぐ終わってしまいますね」

「元々違う国で生きるわたくしたちですもの、この別れは必定ですわ」

「……自分にまだ寂しいと思う感情が残ってた事にびっくりアル」

 

 アーリィーや飛蘭までもが表情を曇らせる。

 胸に穴が空いたような気持ち……これが別れの感情か。

 ほんの数日間一緒に居ただけなのにこうも心を揺さぶられるとは……。

 性格が合ったというのもあるが、やはり正面から全力で戦った存在は特別なのだろう。

 

「よし、そろそろ帰るアル」

 

 誰もが無言で別れを惜しむ中、一番先に声を出したのは飛蘭だった。

 

「もう行くのサ?」

「ぐだぐだしてたら今以上に情が湧きそうヨ。だから中国代表の朱飛蘭はクールに去るアル」

「あ、飛蘭さん……」

 

 寂しそうな笑顔を浮かべ、飛蘭が車椅子を動かして背中を向けた。

 

「飛蘭」

 

 そのままなにも言わず立ち去りそうだったので思わず声を掛ける。

 まったく、ここまで来てそれはないだろう。

 

「お前との試合は楽しかったよ。機会があればまたやろう」

「……きっと、また」

 

 手をひらひらと振りながら飛蘭が一人出口に向かう。

 一人でさっさと行ってしまうのが彼女らしい。

 飛蘭、また会おう。

 

「……わたくしもお先に失礼しますわ」

「エラさんもですか……」

「そんな顔しないでくださいまし。わたくしだって別れは辛いのですのよ?」

 

 涙を浮かべるアダムズにエラが微笑みかける。 

 

「千冬様、失礼しますわ」

「おっと」

 

 手を広げ抱きついてくるエラを受け止めた。

 西洋で別れと言えばやはりハグか。

 慣れない文化だが、この期に及んで否はないさ。

 

「……千冬様に出会えたこと、それがわたくしの人生で一番の僥倖ですわ」

「大げさだな」

「決して大げさなどではありませんわ」

 

 エラは暫く抱きついたまま動かない。

 静かに泣いてる様だったので私はエラの好きにさせる。

 ……人の体温をまともに感じるのは随分と久しぶりな気がするな。

 

「ありがとうございました」

「もういいのか」

「はい、満足ですわ」

 

 顔を放したエラの表情はどこか晴れ晴れしていた。

 目尻に残る涙の後は見なかったことにしよう。 

 

「お二人ともお元気で」

「エラさんもご自愛くださいね」

「国も近いし、すぐに会うかもだけどサ」

「そうそうアーリィーさん、貴女とは直接戦ってませんでしたわね。自分が上だと思わない事ですわ」

「返り討ちにしてやるサ」

「その生意気な顔と心を叩き折ってやりますわ」

「なんで最後に物騒なんですか……最後くらい仲良くしましょうよ」

「性分ですわ。では、失礼」

 

 エラが踵を返すと、美しいブロンドの髪が舞う。

 最後は振り返ることなくエラ・テイラーは会場を後にした。

 あっと言う間に残り三人。

 こういった空気は苦手だ。

 私はどのタイミングで帰ればいいんだろうな?

 

「では私もこれで」

「お前も行くのか」

「はい」

 

 アダムズが手を差し出してきた。

 それをしっかりと握る。

 

「戦いは嫌いですけど、織斑さんとはまた戦いたいです」

「私もだ」

 

 アダムズの手はマメと傷でお世辞にも女性らしくはない。

 最近まで戦いと縁遠い生活をしていた彼女が戦いの場に身を置こうと努力すれば当然だ。

 夢である司書になって欲しいと思うと同時に、この鍛錬の跡を消さないで欲しいとも思う。

 私はつくづく強欲だな。

 

「アメリカに来る機会があったら是非連絡くださいね」

「あぁ」

 

 もしアメリカに行く事があれば、その時はアダムズおすすめの図書館など行ってみたいな。

 アダムズが夢見るほど美しい建物なら一夏にも見せてやりたい。

 

「アーリィーさんもお世話になりました」

「楽しかったサ」

 

 アーリィーと握手を交わしたアダムズは、最後に私たちに微笑みかけて歩き出す。

 背筋が真っ直ぐと伸び、視線が正面を向いている。

 普段のアダムズと違い自信に満ちた歩みだ。

 作られた性格であるアメリカ国家代表としてではなく、今のアダムズの素の性格で堂々としている。

 彼女もまたモンド・グロッソを通して成長したのだろう。

 

「二人きりになったサ」

「そうだな……」

 

 一人居なくなるたびになんとも言えない淋しさが胸を襲う。

 前に神一郎が言っていたな、普通の人間は子供のうちから別れを経験してこの感情に慣れるのだと。

 ……慣れたくないと、そう思ってしまう。

 人工人間の私にとって、この感情はとても貴重なものだから――

 

「私たちもそろそろ行くか。押そうか?」

「大丈夫サ。それに次はアーリィーの番サ」

「……おい」

 

 私を見上げるアーリィーが含み笑いしている。

 さてはこの一人一人帰るパターンはワザとやっているな?

 

「気づいたサ? フェイが帰ったあたりで千冬の顔色が変わったからみんなワザと個別に帰ったサ」

「顔色? ――そんなに違うか?」

 

 自分で触れてみるが特に変わった様子はないと思うんだが。

 

「年相応の顔になってるサ。と言うか普通に感情が隠せてないサ」

「……知りたくなかった」

 

 ポーカーフェイスに自信はあるし、感情が表に出にくい性格だと自分では思っていたんだが……まさか内情が顔に出てたとはびっくりだ。

 

「珍しい顔ご馳走様サ」

「もういい。さっさと帰れ」

「怒ったサ? ならアーリィーは殴られないうちに撤退するサ」

 

 にやけ顔のアーリィーを手で追い払う。

 感動の別れで終わらせられないのかまったく。

 

「それじゃ千冬、その首を取るのはアーリィーだってこと忘れるんじゃないサ」

「次も勝つのは私だ」

「せいぜい腕を磨くサ。アーリィーは……二度は負けない」

 

 目の奥に確たる決心が見えた。

 アーリィーは私を倒すという目的に本気で挑む気だ。

 ……面白いよ本当に。

 人類はまだまだ捨てたもんじゃない。

 プロジェクト・モザイカで産まれ、束と知り合って人間の汚さは多く見た。

 だがそれでもまだ人類を見限れないのは、モンド・グロッソで戦った彼女たちの様な存在が居るからだ。

 期待してるぞアーリィー、お前ならいつか私を超えられる……かもしれないな。

 残念ながら私はそう簡単に負けてやるつもりはないので、アーリィーが勝てるかは努力次第だ。

 

「――まぁがんばれ」

「うっわ上から目線。見てるといいサ、次の大会では千冬が車椅子サ」

 

 私が負けて車椅子か……それもまた面白そうだ。

 

「んじゃ帰るサ。また……サ」

「あぁ、また……だな」

 

 最後にアーリィーが一人で去り、私だけ会場に残った。

 会場にはちらほらと人が残っているが、遠巻きに見るくらいで誰も私に近付いてこない。

 変に絡まれる前に私も帰るか。

 今すぐシャワーを浴びてこの心地よい疲れのまま眠りにつきたいが……残念ながらそうはいかないんだよなぁ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズルズルと、何か重いものが引きずる音が聞こえる。

 今私が居るのはトレーニングルーム。

 時間は日付が変わり深夜。

 非常灯の明かりだけが周囲を照らす。

 大会が終わった今、この場を使う人間はいなかった。

 人気がない場所という理由でここを選んだが正解だったな。

 

「やっほーちーちゃん! おまたー!」

「うるさい黙れ」

 

 深夜の密会だというのに大声で騒ぐ束に頭痛がしてくる。

 

「周囲に人は居ないからだいじょうぶい! それにしてもまさか待っててくれるなんて感動だよちーちゃん!」

「だから黙れ。そして踊るな」

 

 トレーニングルームに入ってくるなり大声騒ぎクルクル踊りだす。

 ほんといい加減にしろ。

 

「絶対に来ると思ってたからな」

「にゃふふ、相変わらずの以心伝心だね!」

 

 モンド・グロッソで優勝し二次移行までお披露目したんだ、テンションが上がった束が突撃してくる事など分かり切ってるさ。

 さて、まず確認する事がある。 

 

「それで、お前が手に持ってるものはなんだ?」

「これ? しー君」

「なら問題ないな」

 

 束は手になにか大きな物を持っているが、薄暗いのでよく見えなった。

 人型なのは見て取れたので、もしやエラやアーリィーでないかと疑ってしまったよ。

 神一郎なら問題ない。

 

「ほら、しー君でしょ?」

「そのようだな」

 

 束が一歩近付き手に持った荷物を掲げる。

 シャツはボロボロ、ズボンはズタボロ。

 目が虚ろで体中に裂傷や青アザの跡が見える。

 ふむ――

 

「大型犬が散々遊んだオモチャ」

「誰が犬用オモチャだコラ」

 

 目に力が戻りギロリと私を睨んでくる。

 やはり演技だったか。

 まだまだ甘いな。

 

「ちーちゃんの同情を買おうとして失敗してやんの。ぷぷっー」

「……この猛犬の面倒を見てた俺偉いよね?」

 

 なんかすまん。

 だが計算外でもあるんだよ。

 まさか束がそこまでお前を傷付けるとは。

 

「少し前まで神一郎を殴る事にも躊躇してたのに、随分と仲良くなったな」

「今のしー君は子供らしさがなくて可愛くないからね」

「チチ! シリ! フトモモー!」

 

 女性部位を大声叫ぶ小学生……確かに可愛くないな。

 子供らしさの欠片もない。

 

「それにお金が手に入ってからおっさん化が激しくてさー」

「千冬さんの写真の売り上げ聞きたい? 軽く億越えだと言っておこう」

「……私の写真がそんなに売れたのか」

 

 自分の写真に値段が付くと言われもピンと来ないが、かなりの数が出回ったのは理解した。

 しかし億越えか……もの凄く複雑だ。

 

「年収億? ふーん、こちとら日給二千万越えですけどなにか? ただのデータが金になるとか笑いが止まりませんわー! うひゃひゃひゃ!」

「ね? 可愛くないでしょ?」

 

 汚い笑い声だ。

 子供らしさが死んでるよ。

 だが悲しいかな神一郎……お前の後ろでもっと汚い笑顔してる存在が居るぞ?

 たぶんお前の資産は近いうちになくなるだろう。

 あれはお前が文無しになって苦しむ姿を見たがってる顔だ。

 それも束のストレス解消の一環だろうから言わないけどな。

 

「あぁそうだ、アーリィーの治療をしてくれたらしいな。感謝する」

「モンド・グロッソで盛り上げるにはやられ役が必要だからね。アレは次の大会でもちーちゃんと踊ってくれそうだから生かしておいただけだよ」

「とツンデレしてますけど、束さんなりに千冬さんをあそこまで追い詰めたイタリア代表の事を少しは評価してるみたいですよ」

「しー君うっさい」

 

 なんだ、束なりにアーリィーの事を認めたのか。

 それがどの程度の気持ちかは分からないが、少なくとも死なせるのは惜しい、傷の後遺症などで戦えなくなるのは惜しい、そう思ってるのは事実だろう。

 

「それにしても流石はちーちゃん。まさかラストに二次移行を見せてくれるなんて盛り上げ上手なんだから」

「別に奥の手の一つとしてただけだ」

「しかも単一能力はIS殺し。んふふ、ちーちゃんへの好感度が限界突破したよ」

「別にお前の好感度を稼ぐ為ではない」

「もう釣れないんだから……そんな所も好き! そしてスキあり!」

「スキなどない」

「んぎゃぁぁぁ!?」

 

 束が投げつけてきた神一郎を避ける。

 そして――

 

「あいたたたたたっ!?」

 

 飛来する神一郎の陰から飛び掛かってきた束をアイアンクローで捕まえる。

 見え見えなんだよ。

 

「別にやましい事なんてしないよ!? ただ優勝者に対し主催者から勝利のキッスを!!」

「いらん」

「恥ずかしがらずにむちゅーと! むちゅんっと!!」

「今の私は握力に自信がある」

「過去最高の痛さ!? はーなーしーてーっ!?」

 

 暴れても無駄だ。

 飛蘭との戦いで覚えた呼吸法によって私の握力は過去最高。

 いくら束でも逃げだせまい。

 顔を持ち上げられた束が足搔くが無駄な努力だ。

 

「束さんが過去最高のブサ顔してると聞いて!」

「いやー!? 来るなー!!」

「流々武ヘッド装着! いいよー束さん、アヒルどころじゃない、最高のタコ口だよー」

「撮らないでー!!」

 

 復活してきた神一郎が頭部だけにISを装着させて暴れる束に近付く。

 たしか写真が撮れるのだったか。

 投げ飛ばされたのに元気だな。

 ここ数日で耐久力が上がったか?

 

「んぐぐぐっ、こうなったら!」

 

 お? 私のアイアンクローから逃げ出せる策でもあるのか?

 

「レロレロレロレロ」

 

 束が私の手の平を舐めまわす。

 それはもう舐めまわす。

 手の平がびっちょりしてきた。

 ……なんだろう、今日一日の思い出が汚された気分だ。

 

「こんな馬鹿の面倒を数日間見てくれた事に関しては本当に礼を言う」

「……儲けさせてもらったんで気にしないでください。その、千冬さんは大変ですね」

 

 気まずそうな顔で同情されてしまった!

 

「うへへへ、どうせ逃げられないならこの天災は利を取る!」

 

 束……神一郎がどうこう言っていたが、お前よりはマシだと実感したよ。

 別れたばかりだが、今は無性に戦友たちと会いたい。

 

「神一郎」

「なんです?」

 

 レロレロレロレロ

 

「私は今日一日を綺麗に終わりたいんだ。部屋に戻ってシャワーを浴び、ベッドに入って今日の戦いを反芻しながら眠りにつきたい……分かるな?」

「儲けさせてもらった借りはこれで帳消し、でいいですか?」

 

 レロレロレロレロ

 

「いいだろう。だからこの馬鹿を遠ざけてくれ」

「了解です」

「レロレロ……しー君如きに私がどうにか出来るとでも? 今の私はちーちゃんを味合うのに忙しいから余計な真似をしたら本気で怒るよ?」

「額に青筋を浮かべている世界最強の方が怖いので、俺は千冬さんの味方です」

 

 本気で怒りたいのは私の方だ。

 頼むぞ神一郎。

 今手を離したらどこまでも追ってきそうなコイツをどうにかしてくれ。

 

 レロレロレロレロ

 

 くっ、舌舐めを再開したか。

 

「ところで千冬さん、ファンサービス用のサインとかあります?」

「あるぞ」

 

 色紙に書く用の字体は提供されたものだけどな。

 織斑千冬のキャラ作りの一つとして、無暗にサインせず道端で頼まれたら握手程度にして欲しいと言われた。

 希少性を高める為とかなんとか。

 私には理解出来ないキャラ販促の世界があった。

 

 レロレロレロレロ

 

「それじゃあこの色紙にお願いします」

「わかった」

 

 なんでこいつは色紙なんて……そう言えば有名人から貰ったサインをネットで売る人間が居ると聞いたな。

 ……神一郎、お前さては隙あらば更に私を使って金稼ぎしようとしたな?

 しかし今は許そう。

 それで束を追い払えるのだから。

 右腕で束の顔を掴みつつ左手で神一郎が持つ色紙にサインする。

 流石に書きづらく字が崩れたがなんとか書けた。

 

 レロレロレロレロ

 

「今の千冬さん、珍しく化粧してますね」

「パーティーがあったからな」

「まさか私の為におめかしをっ!?」

 

 パーティーの為だと言ってるだろうが。

 スーツでの参加だが、その辺は一応社会人としてやってるさ。

 

「んじゃこの色紙を――避けちゃダメですよ?」

「おい……んぐっ」

 

 神一郎が色紙を私の顔にぐりぐりと押し付ける。

 なんなんだいったい。

 

「これで完成――恐らく世界で一点もの、『織斑千冬キスマーク付きサイン色紙』です」

「レロレロ…………ほう?」

 

 束の舌舐めが止まった。

 と同時に激しい重圧を放ち始める。

 

「束さん、これ欲しい?」

 

 神一郎が束の視界に入るように色紙を見せびらかす。

 

「大人しく寄こせ。そうすれば命だけは見逃してやる」

「貫禄の山賊かな? まぁあげてもいいけど……」

「素直な事は良い事だ。しー君もちゃんと理解して――」

「嘘だよバァーカ!」

「あいたっ!?」

 

 神一郎が束の尻に蹴りをくらわす。

 腰の入った良い蹴りだ。

 

「よくも色々やってくれたな! オラッ! コラッ!」

「いたっ!? このッ! 束さんのプリティヒップに蹴りを――ッ!?」

 

 神一郎が更に連続で蹴りをくらわす。

 恨みが籠ってるな。

 

「ふぅ……すっきりしたし、もう帰りますね。束さんはそこで千冬さんの手の平舐めてればいいよ。俺は家に帰って千冬さんのキスマークと関節キスでもするんで」

「……あん?」

「千冬さんの口紅とか本当にレアですよね。世界で一つだけのサイン色紙、宝物にします」

「……おん?」

「じゃ、お疲れでしたー」

 

 ゴゴゴゴゴゴッ!

 

 神一郎は何事もなかったかの様にトレーニングルームから出ていく。

 すまない神一郎。

 まさか私の為にそこまでしてくれるとは。

 

 

 

 

 

 

「ちーちゃん、離して」

 

 五分ほど経っただろうか? 騒ぎもせず、手の平を舐めもせずひたすら無言だった束が静かな声でそう言った。

 今の束を開放して大丈夫だろうか……神一郎の命的に。

 だがいつまでもこうしてはられない。

 犠牲は忘れないぞ神一郎。

 

「ほら」

 

 手を放すと束が静かに着地する。

 下を向いてるので前髪がかかって表情は見えないが、想像は難しくない。

 

「ごめんねちーちゃん。今夜は一緒に寝ようかと思ったんだけど急用ができちゃった」

「用ができたなら仕方がないな」

 

 このさい私の都合をまるっと無視してる点は気にしない。

 

「また今度ゆっくりお喋りしようね」

 

 顔を上げた束は笑顔だった。

 だがその背後には修羅が見える。

 

「じゃあねちーちゃん。お休み~」

「……お休み」

「さてと……しー君コロス」

 

 束が凄まじい速さで走り出した。

 

 コロスコロスコロス

 

 不吉な呟きだけがトレーニングルーム内に反響する。

 

「……部屋に戻ってシャワー浴びるか」

 

 二人の事は記憶から追い出そう。

 それが一番賢い選択だ。

 ――よし、山場も越えたし暫くは家族サービスに励むか。

 忙しくて一夏の相手をしてやれなかったしな。

 最後はぐだぐだだったが、こうして私のモンド・グロッソは終わったのだった。

 




 帰ったら弟と平穏な日常を、なんて考えてる世界レベルの知名度を持つ女性がいるらしいですよ?


 ミッション! 篠ノ之束から逃げ切れ!

 闇夜に乗じて襲ってくる篠ノ之束から逃げるクエストです。
 捕まるとレアアイテムである『織斑千冬キスマーク付きサイン色紙』を奪われ最大HPの半分を失います。
 初手土下座でサイン色紙を差し出した場合は失うHPは三割ですみますが、その場合は織斑千冬の好感度が下がります。

 ※このクエストは負けイベントです。逃げ切る事はできません
 ※このクエストをクリアすると織斑千冬の好感度が微小UP


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ブリュンヒルデな一日

寝ようと思えばすぐ寝れて、起きようと思った時間に起きる。
自分の身体にそんな性能が欲しい。


 もう少し、少しで私は自由になる。

 ストッキングに脚を通しながら自分に言い聞かせる。

 我ながら情けないと思うが、そうでもしなければ自分を保てない。

 寝てる一夏の顔を見た後、テーブルの上にそっとお金を置く。

 

 ……この瞬間が一番心にくるな。

 

 学生時代から経験してるが慣れる気配は一向にしない。

 一夏が起きた時、そこには私の姿はない。

 誰も居ない部屋でテーブルに食費が置いてある生活……一夏はきっと悲しんでるだろう。

 本人がそう言った事はないが、私はそう思っている。

 一夏を起こさない様にそっと玄関のドアを閉め、朝の空気を肺に取り込む。

 夜が明け始めたばかりの空気は身を引き締めてくれる。

 うん、今日も良い朝だ。

 モンド・グロッソが終わってから十日が経過した。

 日本代表である私こと織斑千冬は現在10連勤中でる。

 モンド・グロッソが終わりやっとゆっくり出来るかと思いきや、テレビ出演に雑誌取材、二次移行のデータ取りと仕事漬けの毎日。

 結局は一夏と一度も出掛ける事なく今日まできた。

 だがそれもやっと終わる。

 午前の仕事を終わらせればその後は休みなのだ。

 俗に言う半ドンってやつだ。

 そして明日は丸一日休み。

 一日半の休みが私を待っている。

 ちなみに明日は全ての時間を一夏に使うつもりだ。

 

「おはようございます」

「おはようございます織斑さん」

 

 家の近くに停まっていた車に乗り込み朝の挨拶を交わす。

 運転手は政府の人間である。

 これでも一応はVIPらしく運転手付きの生活を送っている。

 ……モンド・グロッソで優勝してから下手に外を歩けなくなったからな。 

 

「今日は朝のニュース番組でしたね。もうテレビには慣れましたか?」

「生放送は相変わらず緊張しますよ」

「ははっ、ブリュンヒルデといえ慣れませんか」

「お恥ずかしい限りです」

 

 今までテレビで見ていた存在と同じ空間に居るのだ、いくら私でも多少は緊張する。

 それに日本代表という顔もあるし、もしかしたら柳韻先生や箒が見てるかもしれないと思うと自然と力が入ってしまうのだ。

 だが緊張する最大の理由は束だ。

 もしかしたら、万が一にでもだが……束が乱入してきそうで怖いんだよ。

 束は『ちーちゃんと一緒に生放送で映ってラブラブアピールしたかった』とか言って突撃してきそうだろ? だから油断はできない。

 それと外での撮影時にキャスターの後ろに居る一般人……あそこも束が混ざってそうで怖い。

 そんな訳で撮影は毎回は緊張しているのだ。

 居ても居なくても私にストレスを与える存在、それが篠ノ之束だ。

 だがこの緊張は悪くない。

 なにせ気が緩まずに済むからな。

 例えば今みたいな――

 

「ところでいつもと道が違う様ですが?」

「え? えぇ、いつもの道は工事中らしくて」

「……そうですか」

 

 普段とわずかに違う運転手の様子に気付ける。

 どうも車は海岸近くの倉庫街に向かっているようだ。

 敵意はなし、発汗が見られるな……微かに緊張しているのだろう。

 これはやられたかな? テレビの撮影に間に合えばいいのだが。

 目を閉じ意識を集中、カメラの視線は……ないな。

 隠しカメラは厄介だが、盗聴だけならなんとかなる。

 バックから紙とボールペンを取り出す。

 

【人質でも取られましたか?】

 

「っ!?」

 

 バックミラーに写る様にメモを見せると、運転手の顔色が分かりやすく変わった。

 いつかはこんな事が起きるかもと思ってはいたさ。

 

【そのまま何も喋らず。盗聴はされてますか?】

 

「(コクコク)」

 

 やはり盗聴はされてるか。

 

【敵の正体や人数は分かりますか?】

 

「(ブンブン)」

 

 なるほど、敵の人数が分からないのは面倒だな。

 狙いは……このタイミングだと私の専用機、暮桜だろう。

 モンド・グロッソでISの性能を見せつけ、そこでIS殺しの単一能力の登場。

 どこの馬鹿かは知らんが欲を出したに違いない。

 ところでそんなに泣きそうな顔をしないでほしい……私の巻き添えで家族が危険にさらされたんだ、罪悪感が凄い。

 まさか運転手の家族が狙われるとは……今度からは電車通勤にするべきか?

 

「すみません、ここで降りて下さい」

「分かりました。貴方はなにがあっても車から降りないでください」

「は、はい」

 

 車から降りて周囲を見渡す。

 やはり海岸近くの倉庫街か、ここで私を攫って船で逃げる気だな。

 

「よく来たな織斑千冬。自分の状況は予想がついてるか? 大人しく着いて――」

 

 黒服サングラスの男が三人。

 懐に不自然な膨らみ――銃を所持。

 歩行のバランスが良い――なんらかの格闘技を学んでいる。

 プロだな。

 ……そう言えばグラサンは元気だろうか?

 つい思い出してしまう。

 

「おい、聞いてるのか?」

「あぁすまん。まずはお前が死んでくれ」

「は?」

 

 三人が呆けた顔をした瞬間、一番最初に話掛けた来た男の横に移動。

 

 コキッ

 

 両手で首を回す。

 男の首が不自然な方向を向き、そのまま崩れ落ちた。

 

「はぁ?!」

「てめっ――!」

 

 残り二人が反応するが、遅い。

 

 ペキッ!

 

 銃を取り出そうとした男の肩に手刀を落とす。

 鎖骨が嫌な音を立てて折れた。

 

 ボキッ!

 

 飛び掛かろうとした男にローキック、足の骨が砕けた。

 二人が痛みで硬直した隙を見逃さず、手刀を男の無事な方の肩へ、足を押さえて倒れている男の肩を外す。

 これで三人の無効化が成功。

 視線は……感じない。

 この場を監視している人間がいたら厄介だったが、どうやら場に居る敵はこの三人だけらしい。

 ここからは時間との勝負だ。

 

「あ……ぐっ……」

 

 まずは鎖骨を折った方からだ。

 

「人質はどこだ」

「っ……誰が教えるか……」

「拷問は苦手なんだ。出来るだけ早めに話してくれ」

「はっ! お嬢ちゃんにそんな真似できんのかッ!?」

 

 小馬鹿にした笑いだ。

 そこに倒れてる首が曲がった男が見えないのか?

 

「加減が難しいんだ……話せば命だけは助ける。では始めるぞ」

「やってみやが――ギャァァァ!」

 

 服の上から肉を指先で抉ってやる。

 普通ならただの皮膚を摘まむ程度だが、元々の握力に飛蘭から習った呼吸法で出来る荒業だ。

 予想以上に五月蠅いのでスーツを引き千切り口に詰め込む。

 さて続きだ。

 

「―――――ッ!?」 

 

 肉を指で抉り取る度にもごもごと悲鳴が上げる。

 10カ所ほど抉った所で口の詰め物を取り出す。

 

「話す気になったか?」

「誰が……話すか……ッ!」

 

 ふむ、まだ睨む元気があるか。

 なら少し抉ろう。

 もう一度口を閉じさせて――

 

「――――ッ!!!!!」

 

 足をバタつかせ逃げようとする男を押さえつけ、更に肉を抉る。

 腹の肉、足の肉、背中の肉をブチブチと指で抉る。

 大きな血管を傷つけないよう気を付けてるが、それでも負傷箇所が増えれば出血で命が危ない。

 そろそろ降参してくれないかな。

 再度口を自由にする。

 男は荒く呼吸を繰り返し息も絶え絶えだ。

 

「見えるか? お前の肉が」

「も、もうやめ……」

 

 血が付着したピンク色の肉片を見せてやる。

 すると男は目に怯えの色を浮かべ懇願してきた。

 いけるか?

 

「なら言え。人質はどこだ」

「そ、それは……」

「ふむ、そのままでは出血で死にそうだな。丁度良い、ここに血がある。補給しろ」

「はぐっ!?」

 

 無理矢理口を開けさせ手を突っ込んだ。

 必死に抵抗するが、容赦なく喉の奥に肉片を詰め込む。

 私にとって一般人の命が最優先。

 残念ながら関係ない人間を巻き込む様なクズにかける情けはない。

 もし人質が束だったら私だってもっと下手に出てたさ。

 

「――かひゅ」

「ん?」

 

 男の目が裏返り動きが止まる。

 見事な白目だ。

 ……演技か?

 

「起きろ」

 

 頬を張り、気を失ってるフリをしてるか確認。

 これは見事に気絶してるな。

 ……やりすぎたか。

 だから拷問は苦手なんだ。

 心が折れるタイミングが分からん。

 まぁもう一人いるし、焦る必要は――

 

「次はお前だ。面倒だから出来ればさっさと教えてくれ」

「人質は一人、そこの運転手の妻です。場所は六番倉庫で仲間は後5人います。四人は人質と一緒に、残りの一人は船で待機してます。船は青い外装のクルーザーです」

 

 なんが急に語り出した。

 あぁ、倒れ込んだ位置が悪かったのか。

 この男の倒れた場所は最初に倒した男の目の前。

 首がヘンな方向を向いてる男の目がジッと自分を見つめ、横では仲間の悲鳴と肉が抉られる音。

 間接的に拷問したようなものか。

 手間が省けてラッキーだ。

 

「あの、命だけは……」

「いいだろう。仲間との連絡手段はあるか?」

「彼が携帯電話を――」

 

 最初に仕留めた奴か。

 三人組のリーダー役といったところだったのだろう。

 胸元を探って携帯電話を取り出す。 

 

「あった、お前はもう寝てろ」

 

 用がなくなったので首に手刀を一撃。

 しっかりと意識を刈り取る。

 

「あの……殺したんですか?」

 

 運転手が車から降りてきて恐る恐る聞いてきた。

 

「殺してない。だからこの場を頼んでいいか? 応援を呼んでこの男たちを回収させてくれ」

「え? 生きてるんですか? そこの人なんて首がどう見ても……」

「首の関節を外しただけだ。今はショックで気絶してるだろうが、起きれば喋り出すさ」

「……了解しました」

 

 震えてるのはこの場の惨状に対してかそれとも私にか。

 言い訳するが、私は普段はもっと大人しいからな? 首の骨だって折ってないし、肉を抉ったがそれは指先でほんの少し。

 三人とも治療すれば問題なく日常生活を送れるレベルのケガだ。

 

「今から貴方の奥さんを助けに行ってきます。もし失敗したら私を恨んでください」

「……自分ではどうしようもありません。それに織斑さんが身柄を差し出しても戻ってくるとは限らない。よろしくお願いします」

 

 私の確保が失敗したと気付いたら人質がどうなるか分からない。

 そして私の身やISを渡しても人質が解放されるとは限らない。

 ならば奇襲しかあるまい。

 最短最速で人質を奪還する!

 

 足早に移動を開始。

 聞き出した倉庫に向かう。

 目標の倉庫が見えたので側面から接近。

 壁に耳を当て中の様子を探る。

 

『チッ、いつまで待てばいいんだよ』

『確かに少し遅いな。相手が暴れてるんじゃないか?』

『身の危険を感じてISを使用してた可能性もあるな』

『おい、一度連絡入れてみろ』

 

 気配は五つ。

 一人は人質か。

 ……一番小さく弱いのが奥さんか。

 全員が同じ場所に居るな――人質を囲む様に陣取っている。

 これは好都合。

 だが人質を確実に助ける為に中の様子をもっと詳しく知りたい。

 

「腕部展開」

 

 相手の気配を読み、最適な場所を探し――ここだな。

 右腕だけにISを纏わせる。

 使うのは指先のみ。

 素早く穴を開けるために腕を捩じり回転力を加える。

 

「ふっ!」

 

 指のみを使った抜き手。

 それが倉庫の壁に五百円玉ほどの穴を開ける。

 よし、音もほとんどしてない。

 成功だ。

 

「どれどれ」

 

 穴から中を覗き込む。

 黒服の男が四人、人質は倉庫の中心で椅子に縛られていた。

 目隠しされ口にはタオルを咬ませられている。

 乱暴された様子がないのが救いだ。

 視線を上げて天井を観察。

 倉庫だけあって天井が高いな。

 これで二階建て、三階建てと階層があったら厄介だったが、これなら問題ないだろう。

 

「暮桜」

 

 ISを全身に纏う。

 当たり前の話だが、ISの無断使用は禁止されている。

 だが人命救助という理由があり、尚且つ国家代表という立場がある。

 ISを取り上げられるなどにはならないだろう。

 始末書は書かされるだろうがな。

 

「この辺――だな」

 

 見覚えた人質の位置の真上まで飛翔する。

 

 Piiiiii

 

 ここで着信音。

 しびれを切らせて連絡を取ってきたか。

 ナイスなタイミングだ。

 

『おい、そっちはどうなってる』

 

 通話ボタンを押すと不機嫌な男の声が聞こえてきた。

 

「三人とも死んだが?」

『はぁ!? 女の声……お前まさかっ!?』 

 

 最後まで聞かない。

 途中で携帯電話を放り投げ奇襲の準備に入る。

 人質の場所まで一気に降下を開始。

 屋根を突き破り倉庫内に突入する。

 眼下には人質と男たち。

 砕けた屋根の破片や鉄骨が床に落ちるよりも早く暮桜は着地する。

 

「なっ!?」

 

 全員が驚き固まる中、左腕で人質を抱き雪片を一閃。

 男たちは太ももから血を流し倒れ込む。

 これでまともに動けまい。

 椅子ごと彼女を抱え天井に開けた穴に向かって飛び、外に出る途中で適当な破片を拾う。

 さて、私を連れ去るなら近くに置いてあるはず。

 青い外装のクルーザーは……あった。 

 一番近くの船着き場を見るといくつもの船があったが、青い外装の船は一艘だけ。

 ハイパーセンサー使用、望遠モード……クルージングには似合わないスーツの男が一人乗っている。

 間違いないだろう、あの容姿で釣り人はあるまい。

 倉庫の破片――鉄くずを握って振りかぶる。

 目標は直線距離で300メートルといったところか。

 運が良ければ死なないだろう。

 

「ふんっ!」

 

 投擲された物体は黒服目掛けて真っ直ぐ飛び、その腹に直撃した。

 男は倒れ伏しピクリとも動かない。

 あばら骨がイッたか? まぁ死んではないだろう。

 次は人質を解放しなければな。

 運転手の旦那さんの元に向かう。

 男たちに変わりはない。

 流石にまだ応援は来てないか。

 

「戻りました」

「織斑さん!」

 

 着地しISを解除。

 駆け寄って来る旦那さんに奥さんを彼に渡す。

 

「無事だったかっ!?」

「んむっ!?」

 

 椅子に縛られてる彼女のロープを必死に外そうとしている。

 うーん、だがこれは……私が言わなければならないだろうな。

 

「待ってください。ロープを外すのは問題ありませんが、目隠しなどはそのままに」

「何故ですっ!?」

「この場の惨状を奥さんに見せるのはまずいです。その方は国防に携わる方ではないですよね?    下手に見せれば事情聴取が長引くことになるかと」

 

 なにせこの場所は首が変な方向を向いた奴や、血塗れで白目を剥いてる奴もいる。

 一般人に見せていいものではない。

 それに他国の工作員の顔を見せるのも良くないだろう。

 

「それは……そうですね。織斑さんの言う通りです。すまない、暫くはこのままでいてくれ」

「……助けて頂いたのは理解しております。大人しくしてますよ」

 

 口枷を外された奥さんは落ち着いた声でそう答えた。

 誘拐されたのにも関わらず気丈な方だ。

 素晴らしい女性だな。

 

「応援はどれくらいで来ると?」

「もうすぐだと思いますが……あ、来ましたよ!」

 

 遠くから黒塗りのバンが3台。

 まずは残りの敵の居場所を教えて回収してもらい、それから――

 

 時計を見る。

 

「ダッシュで行けば本番は間に合うが、その前の打ち合わせは無理だな」

 

 朝から人を斬りその足でテレビの生放送。

 私の人生もだいぶ変な事になってきたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレビの出演は無事に終わった。

 モンド・グロッソでの事を聞かれるのは構わないが、なぜ政治問題を私に振る。

 どう答えろと? 失言狙いなのかと疑ったぞ。

 どうもただ私に喋らせたかっただけらしい。

 私のセリフが多いと視聴率上がるとか嘘だろお前。

 とまぁ色々あったがなんとか乗り切った。

 そして次は――

 

「モンド・グロッソでは他国の国家代表とお話をしてる姿が見られましたが、プライベートでのお付き合いはあるのですか?」

「連絡先は交換しましたが、プライベートの付き合いはありません」

「特に仲が良い人などはおられますか?」

「イギリス、イタリア、中国、アメリカの国家代表とは親しくなりましたね」

 

 モンド・グロッソが終わってからのお約束、インタビューである。

 有名どころからマイナーな雑誌まで、多くの雑誌記者と会った。

 言いたい事は一つだけ、私は同じ話を何回すればいいのだ。

 どの雑誌でも質問は似たようなものだ。

 正直、最近は少し辟易してきた。

 

「では次は表紙に使う写真撮影を」

「別に私を表紙に使わなくともいいのでは?」

「織斑さんのスーツ姿を表紙にすると売り上げが3倍なんですよ!?」

 

 顔がマジだった。

 鬼気迫る顔である。

 いやしかし3倍か……なぜに3倍?

 興味がない雑誌を買ってどうするんだか。

 

「あ、その顔は何故だから分からないって顔ですね。いいですか、ファン心理って凄いんですよ? 雑誌の表紙を切り取って保存したりとか普通ですから」

 

 わざわざ保存するのか。

 私には理解できない心理だが……束あたりはファイリングしてそうだな。

 

「織斑さんはモンド・グロッソで優勝してからテレビに雑誌に引っ張りだこですけど、もう慣れました?」

「テレビはまだですが、雑誌は流石に慣れましたよ」

 

 生放送は未だ緊張感があるが、その他は問題ない。

 何連勤してると思ってるんだ。

 嫌でも慣れるわ!

 ……一つだけ慣れない事がある。

 それは振り込まれたギャラを受け取る時のなんとも言えない感情だ。

 数万なんだが……朝刊配達のバイト時と変わらないんだよなぁ。

 分かるか? 1~2時間の受け答えと写真撮影=朝3時起きの新聞配達の月給を同じなんだぞ?

 日本の労働基準はなにか間違ってる気がする。

 給料明細を見てインタビューの報酬を見ると無駄に悲しくなるんだよな。

 

「いくつかのパターンを撮りますけど、まずは足を組んでもらっていいですか? 織斑さんが足を組むと売り上げが倍になるんですよねー」

 

 カメラマンが撮影の準備をする中で記者の女性が呑気に笑う。

 そうか、足を組むと更に上がるのか。

 

「もしくは後ろを振り向いたポーズですね。ヒップをグッと前に出してもらえると更に倍です!」

 

 お尻を突き出したポーズをしろと? この私に?

 大丈夫、これも仕事だ。

 全ては仕事……一夏を養う為にッ!

 

「こんな感じか?」

「素晴らしい! さぁ、じゃんじゃん撮ってください!」

 

 腰を手を当て振り返るポーズをする私にフラッシュの雨が降り注いだ。

 これは仕事これは仕事これは仕事これは仕事――ッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わった」

 

 午前の仕事が終わったのに疲れ具合が半端ない。

 工作員を倒してテレビの生放送出てインタビュー受けて写真撮影。

 これが私の日常っておかしくないか?

 なんで乙女の日常に朝一から工作員退治が入ってるんだよ。

 なんで年頃の女性が朝一から人間の肉を抉って拷問してるんだよ。

 流石に疲れた……。

 だがそれも終わりだ。

 これで1日半は私の自由。

 明日は一夏の為に使うとして、今日は自分を癒す時間だ。

 まぁこれから会うのは束と神一郎なので、下手したらストレスが増えるかもしれない。

 私が望むのはただ一つ。

 神一郎ッ! お前が酒を持って来てるのを期待してるぞッ!

 いやほんとに頼む。

 そんな事を願いつつ私は一人で山を登る。

 目指す場所は山の中に作られた地下秘密。

 行くのは久しぶりだ。

 木々に隠された分厚い鉄の扉を開き中に入る。

 足跡が二人分あるな、すでに来てるようだ。

 階段を下っていくと徐々に声が聞こえ始めた。

 

「――――は天――――ぅ」

「さ――かわ――――っ!」

 

 テンション高い声だな。

 何を騒いでるんだあいつら。

 階段を下り終わり、そっと空間を覗く。

 

「束は天使ッス~!」

「いいよ束さん! 最高に可愛いッ!」

 

 そこそこ広い地下空洞。

 その真ん中で束は天使の翼を着けくるくる踊り、その横で神一郎が鼻息荒く興奮している。

 楽しそうだなー

 

 

 

 馬鹿(親友)馬鹿(友人)は相変わらず馬鹿をしていた。




忙しい日々を送る日本代表の織斑千冬。
そんな彼女が見た風景とはッ!?

「束は天使ッス~!(天使のコスプレするニート)」
「いいよ束さん! 最高に可愛いッ!(それを見て興奮する学生)」

 



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ブリュンヒルデな休日

前回までのあらすじ

た「あばばー(五徹目)」
し「あひゃひゃー(三徹目)」
ち「帰りたい(10連勤目)」


 

 自分でも非常に珍しい事だが、私は一歩を踏み出踏み出す勇気を持てないでいる。

 素直に言えば怖気づいているのだ。

 

「んー、でもまだ束さんの魅力を100%発揮できてないかな。いい? 束さんは天災モードやお姉ちゃんモードなど多くの魅力あるキャラを持ってるけど、一番はおバカ可愛いモードなんだよ。だからさ……もっと全力で脳細胞を殺せ! 今ここでは誰も束さんの頭脳なんて求めてないんだよ!!」

「完璧過ぎて隙がないのが私の欠点だね。脳……死……たばねはてんしッス~!」

 

 この同じ空気を吸うだけで頭痛がしそうな空間に入るのは流石に二の足を踏む。

 しかし神一郎は凄いな。

 束に向かって脳細胞を殺せと言うのはお前くらいだよ。

 そして束の目から理性が消えた。

 嬉々として神一郎の助言を聞いてるようだが、理性のない馬鹿ははたから見るとただただ怖い。

 ……逃げるか?

 

 ジャリ

 

「「誰だッ!?」」

 

 気取られたか!? チッ、異様な空気に飲まれて足音を鳴らしてしまうとは不覚!

 

「……こんな場所に人? 迷子かな?」

「しー君がつけられたんじゃない? 取り敢えず処そうか」

「そうだね処そう」

 

 いや処すな。

 なんの冗談……ではないだと!?

 二人から闘気を感じる。

 本気で私に攻撃を仕掛けるつもりか!?

 

「待て! 私だ!」

 

 二人の気迫に危機感を覚え姿を見せる。

 なんだっていうんだいったい。

 

「お? ちーちゃんじゃん」

「ホントだ。仕事終わったんですか?」

 

 プスンと二人から闘気が消えた。

 もしかしてすでに酔ってるんじゃあるまいな?

 

「もう、隠れて見てるなんてちーちゃんのエッチ! どうだった? 私のおバカ可愛いは」

「怖かった」

「最高に可愛かったですよね?」

「怖かった」

「え? 怖いぐらい可愛かったって?」

「純粋に怖かった」

「分かります。身震いするほど可愛かったですよね」

 

 無敵か。

 なんで都合のいい方に取るんだよ。

 普段より様子がおかしいな……いや普段でもおかしいが、今は輪に掛けておかしい。

 ん? よく見ると顔色が悪いな。

 目の下のクマが酷いし髪もツヤを失っている。

 10連勤中の私より疲れた顔をしているんじゃないか?

 

「お前たち、もしかして具合が悪いのか?」

「あ、この顔? ちょっと寝不足でね」

「見ないでちーちゃん! 今の肌が荒れてる私を見ないで! うぅ……流石の束さんも寝不足では肌ツヤが……」

 

 つまり徹夜明けのハイテンションって事だな?

 ほんの僅かでも心配した私の気持ちを返せ。

 

「いったい何時間寝てないんだ?」

「俺は三徹目です」

「五徹目!」

「自殺でも試みてるのか?」

 

 馬鹿だろ。

 何度も言うが再度言おう。

 馬鹿だろ。

 

「モンド・グロッソが終わってから千冬さんのお陰で儲けたお金を使ってどんちゃん騒ぎしてたんですよ。んで三日前から徹夜自慢が始まって――」

 

 私はまだ一夏を外食に連れて行ってやれてないのに、お前らは遊び呆けてたと?

 

「何故か互いにムキになって今に至る……だったと思う……たぶん。ぶっちゃけ三日前の事だ から自信はないけどね!」

 

 束が記憶が曖昧って相当じゃないか?

 どう考えても徹夜のせいで脳がやられてるだろ。

 

「そうだちーちゃん聞いて! しー君てばたかが三徹で私に張り合おうとしてるんだよ? 無駄だって言ってやってよ!」

「だから子供の三徹は大人の五徹に匹敵するって言ってるでしょうが。束さんはフェアプレーをご存じない?」

 

 よく分からない理論でよく分からない勝負を始める。

 その点だけ見れば平和だ。

 私の心は平和とは程遠いけどな。

 

「まずは座らないか。色々と話したい事もあるんだろ?」

「そうですね。久しぶりの再会ですしゆっくりしましょうか」

「ちーちゃんは私の隣ね! しー君座布団!」

「ほいほい」

 

 殺風景な地下秘密基地の真ん中で三人仲良く腰を下ろす。

 徹夜テンションの二人を相手するのは苦だが、これで酒を飲みながらゆっくり出来るのならば……

 

「ちーちゃんちーちゃん!」

「鬱陶しいから引っ付かないでくれるか?」

「えへへー」

「束さんのだらしない笑顔も良いものだ」

 

 私の腕を抱きしな垂れかかる束とそれを見て頬を緩ませる神一郎。

 で、酒は?

 

「今日という日を待ち遠しにしてました! しー君と遊びながらひたすら時間が過ぎるのを待ってたんだよ?」

「色々やりましたよねー。暫くは束さんとの会話するネタはないってくらい駄弁りましたし」

「充実した毎日だったようだな」

 

 私が働いてる間ずっと遊んでいたとに文句は言わないさ。

 人の人生なんてそれぞれだからな。

 で、ツマミは?

 

「その顔は何をしてたか聞きたい顔だね! よろしい、語ってあげようじゃないか!」

「では俺も語ろう!」

 

 今の私の顔を見てそう思えるのが不思議だよ。

 久しぶりの再会で語り合う。

 それ自体は悪くない。

 だが酒もツマミもなしなのか?

 頼むから気付いてくれ神一郎、お前はこういった時は気が利く男だろ?

 

「どこから話ます?」

「ん~とね……あ、しー君発案の『篠ノ之束万能説』とかどうかな?」

「いいですね」

 

 こってちの話を聞かずに走り出すこの感じ……酔ってるのと同じだな。

 ダメだ、寝不足で脳が死んでるとしか思えん。

 私は素面でこの状況を乗り切らなければならないのか。

 今すぐ帰りたい。

 二人がなにしてたとか心底どうでもいいんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇束さんは今日も気だるげ

 

「まずはこれです」

「ダウナー系美少女の日常ものかな?」

 

 あらすじ

 

 天才的な頭脳を持つ篠ノ之束にとって学校は退屈な空間だ。

 彼女は人生に退屈を感じている覇気なしやる気なし気力なしの女子高生。

 そんな彼女は今日も眠たげな顔で玄関に立つ。

 迫る登校時間、進む秒針。

 それでも束さんは動かない。

 

「いや自分で動け! 遅刻するだろうが!」

 

 だっておかん系幼馴染の千冬さんが迎えに来るから。

 今日も束さんは千冬さんに背負われ学校に向かう。

 これは無気力系女子とおかん系女子の日常アニメである!

 

「ちーちゃんに背負われて登校……そんな青春送りたかった!」

「束さんの青春は血生臭さそうですもんね」

 

 

 

 

 〇篠ノ之博士の今日ご飯

 

「王道は外せない」

「ご飯系って王道なの?」

 

 あらすじ

 

 とある研究所でひきこもりで働く篠ノ之博士。

 研究以外の趣味は……そう、ご飯だ!

 ビーカーでコーヒーを飲み遠心分離機でジュレを作る。

 科学と料理と天才が合わさった時、未知なる美味を世に生み出す。

 

「肉に電気を通電させイノシン酸を増やした電気肉こそ至高!」

 

 今日も深夜の研究室で篠ノ之博士は独り静かに食事を楽しむ。

 

「これ普段からやってるよね」

「素材をドロドロに溶かして後付けで味を付ける束さんの料理は違うと思う」

 

 

 

 

 〇束さんは勇者じゃありませんから

 

「これも王道ですな」

「まぁ私は勇者ってガラじゃないよね」

 

 あらすじ

 

 ある日気付くとクラスメイトと共に異世界に召喚されていた束さん。

 偉ぶった王様は勇者がどうたら魔王がどうたら話しているが興味がないので無視していた。

 召喚された者にはスキルが与えらると聞き喜び騒ぐクラスメイト達。

 そんな中、束さんのスキルは『科学者』という魔法世界では役に立たないものだった。

 常にクラスメイトを見下していた束さんはここぞとばかりに口撃され、ついにはお城から追い出されてしまう。

 だが王様もクラスメイトも知らなかったのだ――

 

「未知なる生き物! 不可思議な法則! 実にイイッ! まずはゴブリンでも解体してみようかな?」

 

 魔王より恐ろしい生き物を世に放ってしまった事を。

 襲い掛かるクラスメイトを返り討ちにし傲慢な悪魔をホルマリン漬けにする。

 これは一人の少女がのちに災厄の魔王と呼ばれるまでの物語である。

 

「ちーちゃんと離れ離れにされたら王様とか物理的に潰す」

「帰りたい一心で異世界転移魔法とか作り出しそうですもんね」

 

 

 

 

 〇ようこそ! 束さんの森へ 

 

「ここで少し変化球」

「んー、私の森……ほのぼの系かな?」

 

 あらすじ

 

 アメリカの特殊部隊【スカイフォール】の面々は困惑していた。

 任務を終わらせた帰り道、気が付けばジャングルの中で目を覚ましのだ。

 そして突如として響く天災の声。

 

『ようこそ人類の中でまぁまぁ強い諸君! ここは束さんが作り出したジオフロントだよ! ところで知ってるかな? 長い歴史の中で地球の支配者は何度か変わったことを。そこで誰しもが疑問に思うはずだ! 一番強い支配者は誰かってさ! 君たちに求める事はただ一つ、全力で戦え! なーに束さんは脱出の邪魔はしない。君たちの奮闘を眺めてるだけの安心したまえ!』

 

 太古の森に集うは古き時代の支配者たち。

 

 木々の間を這う巨大ムカデ。

 空を支配する巨大トンボ。

 川に住む巨大ワニ。

 そして大地の王者たる恐竜。

 

 人類VS太古の支配者! 近代兵器で武装した歴戦の戦士達の戦いが今始まる!

 

「……時間ができたらやってもいいかな?」

「やめてね? あくまで妄想の話だから絶対にやめて」

 

 

 

 

 〇篠ノ之束はくじけない

 

「やはり束さんらしさを前面に出すのも必要だと思うのです」

「ほうほう」

 

 あらすじ

 

 それが困難な道だと初めから分かっていた。

 諦めれば楽だと理解している。

 それでも……この気持ちは消せない…………消せないのだ!

 これは百合の花にまったく興味のないツンデレ幼馴染を百合の沼に引きずり込まんとする少女の物語。

 

「ちーちゃ~ん!」

「うっとおしい!」

 

 今日も彼女はあらん限りの愛を持って幼馴染を襲う!

 これはハイテンション百合ガールとツンデレ幼馴染の攻防を書いたスクールラブコメである! 

 

「ふっ、スクールラブコメか。なにもかも懐かしい」

「泣くなよ自宅学習者」

 

 

 

 

「とまぁ束さんはどんな作品でも主人公できる強キャラだと思うんですよね」

「まーね! 私ってば才能の塊だから! 日常系でもラブコメでもサスペンスホラーでも輝ける逸材なのさ!」

 

 神一郎が適当なタイトルとあらすじを語り束がツッコむ。

 ……なにが面白いのかさっぱりなんだが? 束が喜んでる理由もさっぱりなんだが?

 そもそもおかん系だの百合沼だのと私の扱いが酷すぎる。

 

「後はなにしてましたっけ?」

「しりとりとかしてたね」

「あぁ、そんなクソゲーしましたね」

 

 束相手にしりとりは無謀だろう。

 私だって勝てる気がしない。

 

「もう一回やる?」

「嫌です」

「私はちーちゃんに凄いって言われたい」

「踏み台ですね分かります」

 

 束が神一郎を蹴散らす場面を見ても私はなにも感じない。

 結果が見えてる勝負など見てどうしろと。

 それにしりとりは今から二人でやるのか? 私に見てろと?

 もう罰ゲームだな。

 なぁ神一郎、私は二人のしりとりより壁付近にある荷物の方が気になるんだよ。

 クーラーボックスとバッグ、そして【第三回ホルモン祭り】と書かれたプラカード。

 二回は私抜きでやったのかとか、なんで仲間内の集まりでプラカードがあるのかとか無粋な事は聞かない。

 ただ私にホルモンとビールをくれ。

 

「んじゃ行きます。しりとりのり」

「リン化ナトリウム」

「相変わらずの定石殺し。ムー大陸」

「クロム酸ナトリウム」

「ムササビ」

「ビスマス酸ナトリウム」

「虫」

「シアン酸ナトリウム」

「ムチ」

「チオシアン酸ナトリウム」

「ムース」

「水素化ホウ素ナトリウム」

「麦わら帽子」

「シアノ水素化ホウ素ナトリウム」

「麦」

「ギ酸ナトリウム」

「麦畑」

「ケイ酸ナトリウム」

「麦茶」

「ち? や?」

「どっちでも」

「チオ硫酸ナトリウム」

「無地」

「次亜塩素酸ナトリウム」

「無視」

「硝酸ナトリウム」

「村雨」

「メタバナジン酸ナトリウム」

「虫取り」

「リン酸水素ナトリウム」

「ムクドリ」

「リン酸二水素三ナトリウム」

「ムーンサルト」

「トリチタン酸ナトリウム」

「ナトリウムゥゥゥゥ!」

 

 ん、どんまい。

 

「ナトリウムが強すぎる!」

「だがまだ粘れるだろ?」

「ナトリウムを越えても次はアルミニウムが待ち構えてるんですよ!」

 

 アルミニウムも種類が多いもんな。

 

「ぶいっ!」

 

 余裕の勝利だな。

 だからといって束を褒める気はないけどな。

 知識量で束に勝てる訳ないだろ。

 

「どうだったちーちゃん!?」

「圧勝だったな」

「だよね! そんな私をどう思いますか!?」

「あぁ……凄いな」

「むふー、そうでしょうそうでしょう! あ、ちーちゃんも私としりとりする!?」

「やらない」

「(´・ω・`)」

 

 ここまで束の顔が崩れるのは珍しいな。

 脳みそが狂って感情の抑制が出来てないのか?

 

「あーあ、千冬さんはすぐ束さんをイジメるんだから。よーしよし」

「(≧▽≦)」

 

 いや喋れよ。

 なんで顔芸。

 

「やはりここは束さんの魅力を再確認させるしかないですね!」

「おバカ可愛いはさっき見せたよ?」

「ふっ、この数日で覚えた技があるでしょう?」

「忘れてた! これは勝ったな」

 

 束が私の正面に座りじっと私の目を見る。

 抵抗するのも面倒なので私は動かない。

 もう好きにしろ。

 

「ちーちゃんのこと好きだっちゃ」

「………」

「好きだっぺ」

「………」

「たった好きねん」

「………」

「好きやで!」

「………」

「好いとーよ」

「………」

「めっちゃ好きさ!」

「………………そうか」

 

 正しい反応の仕方が分からない。

 これどうすれば? そう思い神一郎を見るが、馬鹿その二は私の反応を見てため息を吐いた。

 どうやら不正解だったみたいだ。

 

「どうしよしー君!? 私の告白47手が通じないんだけど!?」

「束さんの方言×告白のコンボ技が効かないとは……プロジェクト・モザイカ産の生き物って感情死んでるのでは?」

「そんなまさか!? くっ、安心してちーちゃん! 私がちーちゃんに愛の感情を思い出させてあげるから!」

 

 今まで見せた事がない真剣な表情で私を見るな。

 それと神一郎、成長したお前に対して多少の暴力は有りだと思ってきたよ。

 いつまでも小学生という立場が盾になると思うな。

 

「しかししー君さえ魅了した告白47手が通じないとなると……」

「禁じ手のアレしかないのでは?」

「アレかー。アレやるとしー君の脳みそが溶けちゃうけど大丈夫?」

「二回目なので耐性は付いてるので大丈夫かと」

「ならばやるしかあるまい!」

 

 神一郎の脳はもう溶けてるから大丈夫じゃないか?

 そしていい加減この茶番から私を開放してくれ。

 

「見るがいい! これが三徹目……四徹目? に開発した対ちーちゃん用最終兵器!」

 

 記憶が曖昧……どう考えても開発当時は正常じゃなかったんだな。

 束がペタンと床に座る。

 所謂女の子座りだ。

 

「たばっ?」

 

 …………はい?

 

「たば! た~ば! たばば。たばー♪」

 

 私は、いったい、なにを、見せられてるんだ?

 

「たばたばたーば! たば! たばば?」

 

 親友がたばたば言いながら何かを訴えてくる。

 ……なんだこれ?

 

「たばたば言いながら身振り手振りで語り掛けてくる束さんマジぐうかわ」

 

 神一郎が泣きながらビデオカメラを構える。

 そうか、お前はこれを認めるのか。

 私は脳は理解する事を拒んでるよ。

 

「どうです千冬さん。これが俺が見つけ出した最強の篠ノ之束。『たば語しか喋れない束さん』です!」

 

 どうもこうもない。

 視覚情報を処理できない……いや、脳が理解を拒んでいる。

 

「あまりの可愛さにぐうの音もでませんか」

 

 すまん、らしくもなく思考停止した。

 今の私は悪い意味で言葉が出ない状態だ。

 

「お手」

「たば!(タシッ)」

「おかわり」

「たば!(タシッ)」

「ちんちん」

「たば!(ぷい)」

 

 良かった。

 最後だけは拒否してくれて本当に良かった。

 お手とおかわりも衝撃的だったが、最後のまでやってたら私は発狂しただろう。

 

「まだちんちんは出来ないか~。伏せ!」

「たば!(シュパ)」

「よしよし」

「たば~♪」

 

 伏せしてる束の頭を神一郎が撫でる。

 なにが凄いって束が拒否してないところだよ。

 脳みそが死んでるからか?

 正気に戻ったら神一郎の奴死ぬんじゃないか?

 私は助けないぞ。

 

「はい、束さん」

「たば!」

 

 神一郎が束の首に首輪を着ける。

 束は拒否することなく受け入れた。

 嘘だろ? いくらなんでも……

 

「はい、千冬さん」

 

 私の手に握らされるのはリードの持ち手。

 もちろんその先にいるのは束だ。

 

「たば♪」

 

 束が四つん這いで動きだすのでつい立ち上がってしまった。

 

「たば♪ たば♪ たば~♪」

 

 嬉しそうに四つん這いで歩く束と、リードを握って付いて行く私。

 

「今なら魅力だけで世界を支配できる! 最高だよ束さん!」

「たば~♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 束はな、昔はそれはもう酷かった。

 冷徹で冷酷。

 常に他人を見下し、他の人間を下等生物だと本気で思っていた節がある。

 だがそれも変わった。

 私と友好を結び、箒や一夏と関わる様になってから丸くなったのだ。

 だがな、ここまでおかしな人間じゃなかった。

 分かるか神一郎、親友がたばたば言いながら犬の散歩の真似事をしてるんだぞ? 受け入れられる訳ないだろう。

 束がこうも変え、そして私の精神を追い詰める元凶、それは――

 

「お前だッ!」

「おごっ!?」

 

 私の拳が腹に刺さった神一郎が床に沈む。

 悪は去った。

 これで束も……

 

「たば?」

 

 リードを離された事か、それとも神一郎が落ちた事に対してか分からないが、首を傾げている。

 

「たば!」

 

 リードの持ち手を咥えて私に差し出してくる束。

 まだまだ散歩がしたいと?

 そうか……そうだよな。

 すまない神一郎、私が間違ってたようだ。

 悪いのはだいたい束。

 その法則を忘れてたよ。

 

「束、撫でてやるから頭を出せ」

「たば♪」

 

 私の前まで来た束は大人しく頭を差し出す。

 いいぞ、つむじがよく見える。

 では――

 

「眠れッ!」

「だばっ!?」

 

 束は頭を押さえて状態で倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 地下空間に静寂が戻った。

 僅かに聞こえるのは二人の寝息のみ。

 これでいい。

 クーラーボックスの中身はビールと各種ホルモンを中心にした肉類。

 バッグの中はアウトドアグッズか?。

 炭と変な金属の板。

 説明書はないが……簡単なパズルの様なものだな。

 よし、なんとかなった。

 ここに炭を入れて……この着火剤を点ければいいのか。

 網を置いて完成だ。

 では――

 

「今日までお疲れ様だ、私」

 

 ホルモンを網に乗せ、私はビールを一気にあおった。




 ホルモン祭り。
 それは一部の人間に熱狂的な支持を受ける祭事である。

し「…………。(返事がない。お腹を押さえたまま死んだように眠っている) 

た「…………。(返事がない。頭を押さえたまま死んだように眠っている)
ち「…………。(返事がない。ビールとホルモンに夢中のようだ) 

 これでモンド・グロッソ編は終了であります。
 主人公サイドに戻る訳ですが……圧倒的な主人公力を持つ千冬さんに勝てる気しないなーw
 


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胃を守る為に原作ブレイクするのは間違ってるだろうか?

上司が変わった。
新しい上司は適度にストレスを与えてくれる良い上司です(*'▽')

ふと思った。
小説を書くことがストレス発散になる人間になれば俺最強じゃね?
 
そんな訳で更新です。


 マンガやアニメの世界に転生して、俺は原作キャラに関わらないとかぐだぐだ言う奴がいる。

 まぁ俺の事なんだが。

 二次小説読んでて、そんな主人公がぐだぐだ言ってるとイラっとするけど……相手に立場になって初めて理解できる恐怖がある。 

 自分の所為で原作が変わり、それで原作キャラが傷付いたり死んだらしたらと考えると関わらないのが正解だろう。

 もうだいぶ関わったって? 今は原作開始前だからセーフ。

 この辺の境界線は本当に難しい。

 どっぷり関わって未来を変えたくない。

 原作知識の意味がなくなるからだ。

 だが、である。

 自分の胃を守る為ならセーフだよね?

 

「うぉぉぉ……!」

 

 あ、胃酸が逆流してきそう。

 モンド・グロッソが終わり多額の金を手に入れてウハウハだった俺だが、今はテンションが一気に地の底だ。

 俺の胃を苦しめる問題。

 それは――

 

 セシリア・オルコットの両親問題!

 

 小説を読んでるとたまに作者の闇が垣間見える事がある。

 インフィニット・ストラトスという小説の特別な所は? と聞かれたら俺はこう答える。

 原作キャラの両親が排除されすぎ! と。

 マンガやアニメやゲームで親が居ない設定はあるあるだ。

 学生なのに敵と戦ったりするのだ、常識を教える立場である親が物語を作る上で邪魔なので排除するに限る。

 そこは理解できる。

 ギャルゲーやエロゲーでも親が海外出張からの幼馴染と同棲はテンプレ。

 だがしかし、親という存在が物語のスパイスだったりするものも多くある。

 親が主人公に戦いを教える師匠ポジだったり、親がボケて主人公がツッコむ事で笑いを生んだりと活躍の場は多い。

 そんじゃそこらのサブキャラより光る親も存在する。

 なのにだ――

 

 織斑家→そもそも親が存在しない。

 篠ノ之家→母親死亡、父親は保護プログラムで日本全国を逃亡。

 鳳家→離婚。

 デュノア家→母親死亡、その後引き取られた父親はDV疑惑有り。

 ボーデヴィッヒ家→試験管ベイビーなので織斑家と同じく親は存在しない。

 更識家→学生の身分で対暗部組織の長という設定なので両親が死んでる可能性が高い。

 そしてオルコット家→幼い頃に両親は事故死。

 

 いや分かるよ? 学生がテロリストと戦う設定なので邪魔な親を排除した。

 きっとそうなのだろう。

 てかそうあって欲しい。

 作者が親という存在になにか含むところがある訳じゃないよね?

 いやでも親排除しすぎだろう……。

 別にさ、見知らぬ誰かがどこかで死のうと気にしないさ。

 人間なんてそんもん。

 だがふと気付いた。

 仮にだが、将来一夏にセシリア・オルコットを紹介されたとしよう。

 俺の友達ですってさ。

 原作に関わる気はないけど、会ってしまう可能性がある。

 その時に――

 

『どうも初めまして。貴女のご両親が死ぬ事を知ってけどなにもしなかった男です』

 

 って挨拶できる?

 想像してみよう……胃が死ぬわ!

 人間はいつ死ぬか分からない。

 知らないんだから助けられないのは仕方がない。

 でもそれって知らないから許されるのであって、知ってたら話は変わるよね。

 まずセシリアの顔を真っ直ぐ見れないし、両親の死に悲しんでる姿を見たら罪悪感で絶対に吐く。

 そんな事実に気付いてしまったのだ!

 

「おぉぉう……!」

 

 胃が重いよ苦しいよー。

 こんなんじゃ美味しくお酒は飲めない。

 お酒が美味しなく人生はダメだ。

 ならば動くしかあるまい!

 インフィニット・ストラトスの原作期間は恐らく一夏が学校に在籍してる間。

 つまり、卒業してしまえばオルコット夫妻が生存する事で生まれる原作ブレイクは起きない。

 起きないっていうか、その後になにが起きようが俺に責任はない。

 オルコット夫妻を事故から助けどこかで保護! 卒業式でサプライズゲストとして登場! これしかあるまい!!!!

 誰もハッピーで良い事だ。

 我ながら素晴らしい頭脳。

 だが俺一人の力では成し遂げられない。

 協力者が必要だ。

 胃薬を飲んで俺はISを纏う。

 目指すのは魔王城――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「協力してください!」

「初手土下座!?」

 

 デ・ダナンの操縦席に座る束さん。

 その足元で俺は床に頭を付ける。

 

「どうかこの通り!」

「いやいや、状況がサッパリサッパリ」

「頼みます!」

「まずは話せ」

「……はい」

 

 頭をぐりぐりと踏まれる。

 勢いだけは無理だったか。

 頼れる天災の協力は是が非でも必要。 

 なんとか束さんを口八丁で釣らなければ!

 情に訴えても無駄だろうしね。

 

「助けたい人が居るんです」

「ほう? しー君が珍しいね。どこの美少女?」

 

 なんで美少女限定。

 俺ってそんなイメージかよ。

 失礼な。

 

「とある夫婦です」

「ひょ? これはますます珍しい。いいね、ちょっと興味が湧いた」

 

 凄いね、俺が美少女以外を助けたいって言っただけで束さんの興味が引けるのか。

 都合がいいけど納得いかない。

 

「そのとある夫妻って未来の一夏の友達の親なんですよ」

「ふーん、つまり他人だよね? まさかその程度で私が動くなんて……」

「流石に思ってませんよ」

 

 うん、この反応は予定通り。

 だが俺も束さんとの付き合いは長い。

 余裕ですとも。

 

「その友達って箒の恋のライバルなんです」

「……しー君の意図が分からないなー。なんで敵の親を助けるの?」

「そんな事も分からないとは束さんもまだまだだなー」

「ワンアウト」

 

 なんかカウント取られた。

 スリーアウトでチェンジなのだろうか?

 

「そのライバルの名はセシリア・オルコット。幼いうちに両親を亡くした影を持つ美少女です!」

「っ!? 薄幸の……美少女っ!?」

「そうです。箒と似た属性を持つ美少女です!」

「……理解した。いっくんは甘い所があるからね」

「えぇ、なんだかんだとセシリア・オルコットを気に掛けます」

「だけど両親が存在し幸せな家庭で育ったなら――」

「ただの美少女です。顔だけの女など箒の敵ではありません」

「ふっ、しー君も悪い事考えるじゃないか。まさかそんな手段で箒ちゃんの敵を排除するとは」

「女の子に優しくするのは当然では? 誰も彼もが幸せになれるんですから問題ありません」

「確かにその通りだね。慈善活動もたまには悪くない」

 

 二人仲良く悪い笑顔。

 さぁ皆さんご一緒に。

 ミッションコンプリートッ!!!!

 セシリアが卒業するまで存在を隠すなら束さんを騙す事になるって? そこは安心してくれ。

 だって束さんだよ? 有象無象の存在をいつまでも覚えてると思う?

 三日でオルコット夫妻の存在なんて忘れてるだろうさ。

 

「んじゃその人物の情報ちょうだい」

「セシリア・オルコットはイギリス出身で一夏と同い年。両親の名前は知りません」

「イギリスのオルコットね。そこまで情報が分かれば……むむ?」

 

 束さんの手が止まり形の良い眉が歪む。

 これは簡単に行かないパターンか?

 

「しー君、ちょっとご飯作って来て」

「このタイミングで?」

「少しばかし調べたい事がね。ちょい時間掛かるからよろ」

「椅子に座ったまま食べれる系でよろし?」

「よろしよし」

 

 ならば丼系かな。

 デ・ダナンにある食材で作れる男料理は……焼肉丼か。

 肉の下にレタスを引けばそれっぽく見えるだろう。

 オルコット夫妻についての反応が気になるが、束さんの邪魔をしないよう大人しく下がりましょ。

 

 

  

 

 

 

 

 

「オルコット夫妻は一般人ではない! むぐむぐあぐ」

「ほうほう。 ガツガツ」

 

 束さんは椅子に、俺は床に胡坐をかいて丼メシをかきこむ。

 行儀が悪いが友人と食べる雑なご飯はこれくらいがいいのだ。

 

「オルコット夫妻はとあるIS開発に関わっている。んで命狙われてます。むしゃむしゃ」

「食べながら重要な事を言わないでくれます?」

 

 思わず箸が止まったわ。

 オルコット夫妻にそんな秘密あったの? 流石は原作ヒロインの両親。

 軽い気持ちで関わるのは危険かもだ。

 

「ご馳走様でした」

「はいお粗末でした」

「ふぅお茶が美味い……」

「いや落ち着かないで? お腹撫でながら会話切らないで?」

「……五分だけ寝ていい?」

「ダメ」

「ぶぅー。んじゃまあ真面目に話すね」

 

 

 うまうままるまる

 

 

 束さんが集めた情報をまとめるとだ――

 現在、イギリス上空の衛星軌道上に一つの衛星が建造されている。

 一見ただの衛星の見えるそれの正体は巨大なIS。

 遥か上空から祖国に迫る敵を高度エネルギー収束砲で撃ち落とす兵器。

 そのISの名前は『エクスカリバー』。

 これは……セーフかな?

 ビームを撃つエクスカリバーとか珍しくないからセーフで。

 このISの開発に関わっているのはイギリスとアメリカ。

 イギリスはアメリカの宇宙開発技術が欲しかったんだろうけど、秘密兵器開発に他国を関わらせるのはどうかと思う。

 オルコット夫妻はこの開発に関わってるんだけど……どうやらかなり危ない橋を渡ったらしい。

 使用されたISコアはイギリスが所有するコアではない。

 オルコット夫妻が裏の組織から手に入れたISコアだ。

 ISコアさえ裏取引きされてるとか恐怖でしかないわ。

 どこかの国が売ったのか、それとも奪ったのか分からないが、どちらにせよやべーです。

 その出所不明のISコアをオルコット夫妻は自国の兵器に使用したのだ。

 とまぁここまで聞けばオルコット夫妻は悪と簡単に言えるんだが――

 

「これは将来有望だね」

「いや、俺は今だからこそお願いしたい」

「ロリは死ね」

「だって可愛くない? 幼さの中にも色気を感じる」

「病弱美幼女。死に近いからこそ妖しい魅力があるのは認める」

「ペドは死ぬべきでは?」

 

 イギリスを守る為のIS。

 その正体は生体融合型のISだ。

 俺と束さんの心を奪った美幼女、エクシア・カリバーンは心臓に病を抱え死を待つばかりの存在。

 そんな彼女はオルコット家と関わりが深い家の出らしく、床で臥せってる状態らしい。

 しかし融合型のISに死を待つばかりの美幼女とは……さては劇場版だな?

 このバックストーリーの厚さ、キャラの濃さ、原作では見た事ないので断言はできないがインフィニット・ストラトス劇場版と見た。 

 これを潰すと一夏の覚醒イベントも潰しそうだ……対応に悩むな。

 

「まさか美幼女を助ける為の行動だったとは……オルコット夫妻とは良い酒が飲めそう」

「二兎追って二兎とも得ようとしたせいで暗殺されかけてる訳だね」

 

 オルコット夫妻が計画は個人的には素晴らしいものだ。 

 

 ①将来的に世界情勢が荒れ、ISが戦場に登場すると予期し自国と自分達の娘が危険と判断し『エクスカリバー』の建設を立案。

 

 ②原状治療の手段がないエクシア・カリバーンをISコアと融合させる事で治療手段が確立されるまでの時間稼ぎ。

 

 まさに二兎を追ったのだ。

 娘の将来を守る。

 幼い少女の命も守る。

 その二つを狙ったもの……実に素晴らしい。

 

「だけど相手が悪かった。ISコア手に入れる力を持つ組織を敵に回すには自力がなさすぎるよ」

「国でもないのにISコア持ってるってのがその組織の力の大きさを物語ってますね」

 

 ISコアを所持していたとある組織の狙いはエクスカリバー。

 搭乗者に組織の人間を乗せればどうなると思う?

 衛星軌道上の国だけが危険なのではない。

 元々ISは宇宙での行動を目的にされている。

 必ずしも衛星軌道に縛られるとは限らないのだ。

 もう世界征服王手と言っても過言ではないよね。

 てかさー。

 ISコアを所有する組織ってさー。

 

「亡国機業ですね」

「おりょ? しー君知ってるの?」

「多くの国に根を張っている裏組織。よろしくない組織の中では最大規模って程度ですけど」

「へーそうなんだ。私は存在を知ってたけど名前は知らなかったよ」

「へーって……ISコアを所持する組織ですよ? 気にならないんですか?」

「だってどうせ世界征服だとか人類の未来を決めるだとかそんなんでしょ? 私が裏組織(笑)にどれだけ狙われ&勧誘受けてるか知ってる? その亡国何某にも勧誘受けた事あるけど、ぶっちゃ真新しさがなくてまったく興味が湧かなかった」

 

 束さんに掛かれば亡国機業もよくある組織の一つか。

 出来ればこのまま興味を持たないで欲しいな。

 亡国機業は一夏が主人公する為の大切な踏み台だからね。

 だから出来るだけ亡国機業を刺激しないよう穏便に済ませたい。

 となるとエクシアちゃんをどうにかするのがベストかな。

 ISと融合なんてしないでいいようすれば万事解決……あれ? 

 

「ISコアとの融合って技術的に問題ない完成されたものなんですか?」

「基本理論だけ書いてぶん投げた未完成品だね」

「……つまり束さんでも完成させてないと?」

「や、ISと融合とか面白いと思ってたんだけど、人体への負担も大きいし人間側にもなにかしらの素質が必要な感じで……面倒になったから途中で投げた」

「途中で飽きた研究を表に出すなァァァァ!」

「だって完成までに時間掛かるし他にやりたい事あったし……自分の中では優先度が低かったんだもんッ!」

 

 なんで途中で飽きた研究を渡しちゃうの? そんな危険物をどうして……あ、面倒だからか。

 

「基礎だけ渡せばどっかの国が完成させると思いました?」

「うん」

 

 気になるけど自分で完成させるのはダルい。

 その気持ちは凄く理解できる。

 楽しいRPGでもレベル上げだけ誰かにやらせたい時ってあるもんね。

 だけど束さんにもそんな心境があったとは意外だ。

 

「今更騒いでも仕方がないか。エクシアちゃんは大丈夫なんですか?」

「イギリスがどの程度基礎理論に肉付けしてるか。それと幼女の適正次第だから今はなんとも言えないね」

 

 オルコット夫妻とエクシアちゃんの救済。 

 どちらも達成するのは困難だな。

 

 エクシアちゃんを助けた場合はエクスカリバーの搭乗者がテロリストになる。

 もしそれで参事が起きたら胃痛どころかの騒ぎじゃない。

 

 テロリストが乗り込んで宇宙に上がったタイミングでエクスカリバーを撃破。

 一見正しい様に見えるが、一夏の活躍を邪魔する事になるかもしれないので原作にどんな影響が出るか分からない。

 

 エクシアちゃんを見捨てオルコット夫妻だけを拉致が一番原作に影響がない。

 だけど真っ暗な宇宙空間に幼女を放置って精神的にくるわ。

 普通なら精神がおかしくなるだろう。

 ……オルコット夫妻がその程度の予測がついてないと?

 

「束さん、エクシアちゃんはISコアとの融合に成功したらどうなるんです?」

「ISコアと融合したら後は……一番適した言葉は冬眠状態かな? 外部から起こされるまで眠り続けるだろうね」

「流石に意識は奪うか。それなら――」

「んでISは外部から操縦だね。亡国何某がそう出来るようにエクスカリバーに手を加えてるし。幼女はフレッシュエンジンかな?」

 

 フレッシュエンジン……日本語にすると生きた動力源?

 それはそれはハーレム熱血正義感主人公の一夏さんがキレる案件ですわ。

 うーむ、原作で一夏が助けるとしても後数年ある。

 つまり彼女は浦島状態になる訳だ。

 なんとかしてあげたい……が!

 

 Q二択の中から好きな方を選んでください。

 

 A五年後に目が覚めたら目の前に世界的に有名な姉を持つイケメン少年が居る生活。

 B次の日に目が覚めたら目の前に特に取り柄のない一般モブが居る生活。

 

 これ、普通の女の子ならどっちを選ぶだろうね?

 

「束さんは一年間眠り続けた後に一夏に起こされるのと、次の日に俺に起こされるのどっちがいい?」

「いっくん」

 

 ノータイムだよチクショウ!

 やっぱ顔か! だがまだだ! まだ俺は折れてない!

 

「ちなみに束さんはエクシアちゃんを助けてあげたりとか……」

「この私に温情を期待してる? 言っておくけど、しー君の“お願い”程度じゃ世界的に見てごく普通レベルの可哀想な人間を助ける為に動く気しないのは理解してるよね?」

「俺は美幼女にお兄ちゃんと呼ばれたいッ!」

「お願いじゃなくて“懇願”だー!?」

「ね? いいじゃん束さん。どうせ大した手間ではないんでしょ? ね? お願いだよ~」

「ねっとり近付くな! 絶対にイヤッ! あの幼女の尊厳を守る意味でもノー!」

「……その頭脳を美幼女を守る為に使う気のないのか役立たずが」

「今度は“恫喝”っ!? ガラにもなく低い声を出してもダメっ! それとツーアウトね」

 

 ちっ、俺とした事が熱くなってしまった。

 ここは素直に諦めよう。

 ところでスリーアウトで俺どうなるの?

 

「ならせめてフォローを頼んでも?」

「ん、その程度ならいいよ。私もISコアの融合には興味があるからね。術中と術後の観察をして、死にそうになったらISコア引っぺがして生かすくらいはしてあげる」

 

 ま、この辺が落としどころか。

 美幼女助けたいなんて完全にエゴだし、つまらん同情でイケメン少年との出会いを潰すのは良くないよね。

 

「てな感じでエクスカリバー云々は流れに任せるって事で。オルコット夫妻は一度拉致って姿を消してもらいましょう」

「幸せな家庭を与えて箒ちゃんのライバルを無意味な存在にするんじゃないの? 整形くらいならやってもいいよ」

「いやいや、相手はろくでもない組織ですから念には念を入れてましょう。そうですね……事故死に見せかけてほとぼりが冷めるまで無人島にでも住んでもらいましょうか。んで周囲がオルコット夫妻を過去の存在として扱い始めた頃に娘と再会。そんな感じで」

「ふむ。まぁその辺はどうでもいいからしー君に任せるよ。手っ取り早く同じDNAを持つ肉塊作って事故死に見せかけよっか?」

 

 話が早くてすばらです。

 拉致るだけなら楽勝だけど、死の偽装だとかは無理だから遠慮なく頼みます。

 モンド・グロッソが終わってからは遊び呆けてたが、これから忙しくなるぞ。

 まずはそうだな……

 

「オルコット夫妻が住めるように無人島を買って開拓かな?」

「ほ? ちょっと面白そうだね」

 

 無人島を買う! これはロマンですよ。

 ぶっちゃけオルコット夫妻が無人島に住むかはまだ分からない。

 もしオルコット夫妻が庇護を拒否し死を望むなら俺はその意志を尊重する。

 出来る限りの説得をする気はあるが、そこは仕方がないだろう。

 

「束さんも一枚噛みます? お金を出してくれるならオルコット夫妻が居なくなってから研究所とか作っていいですよ」

 

 無人島のお値段が分からないので援助はいくらでも受け付けます!

 

「その無人島ってしー君の所有物でしょ? しー君の為にお金出すとかないわー」

「ちっ、けちんぼ」

「はい汚い舌打ちでスリーアウト」

 

 ってしまったァァァァ!?

 

「ではこれよりしー君の人生をチェンジします」

 

 人生チェンジとは。

 

「このサイコロ振ってね。それとこれがしー君の転生先一覧です」

 

 1、電脳義体化(ロリ素子ver)

 2、束さん全監修のTS手術

 3、ホルモンコントロールで永遠の少年

 4、整形と洗脳で可愛いペットに

 5、一部女性化させて天使っぽく

 6、しー君のDNAを解析し『もし女性として産まれてたら』の姿を作り出し脳を移植する

 

 

 なるほど。

 攻殻機動隊をチョイスするとはやりおる。

 

「ロリ素子を選ぶとは良い趣味してますね」

「いいよね。ちーちゃんに似てて好感が持てる」

 

 キャラ被ってるもんなー。

 

「で、これは?」

「だってしー君はこれから第二次性徴が始まってオッサン化するだけじゃん?」

「や、その前に青年とかあるんだけど」

「顔面偏差値95点以上で美少年化。それ以下は全てオッサン化です」

「判定が厳しすぎるッ!」

 

 束さん判定じゃもう1~2年で俺オッサンじゃん。

 俺は青春を送れないの?

 

「いいじゃん転生しようよ。価値のないオッサンになるより人生に意義が持てるよ?」

「意義が持てない前提で進めるのやめてくれます?」

「それに……しー君が美少女になったら私だって少しは……ねぇ?」

 

 やめて! そんな色気ある視線の横流ししないで! 舌をチロっと出さないで!

 ぐぬぬ……俺も一端のオタクだからTS程度なら…………だけど永遠の少年とかハズレ枠もあるんだよなー。

 束さんの事だから、少年は発情しないとか言って男性機能を殺すだろう。

 整形と洗脳も嫌だ。

 それよりなにより――

 

「まだ一回も使ってないのに失ってたまるかぁぁぁぁ!」

 

 逃げる! 例え魔王城の中だとしても俺は逃げ切ってみせる!

 油断したすぐこれだよチクショウッ!

 

「えーと、6だね」

 

 サイコロを放り投げ全力で逃げだす俺の背中に、束さんの落ち着いた声が届いた。

 そうか、6か。

 ふっ……ふふふっ………。

 

「それじゃあしー君、あんまり期待できないけど……脳みそよこせぇぇぇぇ!」

「同じ遺伝子で女体化とはハズレじゃねーか!」

 

 この後息子を守る為にめちゃくちゃ戦った。

 




どんなガチャにもハズレ枠があるのは当然。

なお必死の抵抗で転生ガチャは回避した。


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無人島を買った話

350連でキタサン2枚!
怒りの更新です。
もう二度とソシャゲで課金しねー(2021年11回め)


 無人島は意外と価格の差が大きい。

 島の大きさや、大陸との距離、島になにが存在するか、そういった要因で変わる。

 例えば同じ大きさ、日本本島まで同じ距離の無人島があったとしよう。

 だが片方に山があり湧き水ありもう片方は平地だとすると価格は大きく変わる。

 当たり前だが水が湧く方が高い。

 無人島購入の目的は、オルコット夫妻の隠れ家件将来の俺の住み家だ。

 条件は――

 

 どこの国からも遠く人里離れた場所に存在する事。

 津波などから逃げれるよう島に山がある事。

 川はなくともいいが、井戸を設置できるよう水脈がある事。

 農業などができるようある程度の広さがある事。

 

 最低限この四つだ。

 オマケで

 

 イギリス人のオルコット夫妻が住みやすいよう涼しい地域。

 海の魚影が濃い。

 もあったら嬉しい。

 値段が高くなる要点もあるし、逆に下がる面もある。

 できれば五千万くらいで……

 

「ニヤニヤして気持ち悪い」

「やかましい。世界中の無人島を調べてどれを買うか悩む。この楽しさが分からないんですか?」

「私の財力なら好きな島買えるし」

 

 ブルジョアがッ! これだから金がある奴はダメなんだよ。

 こうさ、良さげな島を見比べて価格を比べあーだこーだ悩む。

 その楽しさが分からないかなー?

 あれだ、初めての一人暮らし物件を探す時の心境だ。

 

 ワンルームで五万、駅まで15分ならここに……いや、こっちだと駅まで20分だけど同じ広さでロフト付きか。

 とかやってるの凄く楽しかった。

 その経験がもう一度できる喜びよ。

 

「候補はこの三つですかね。束さん的にどう思います?」 

 

 束さんに候補地を見せる。

 俺が知れる情報はネット上の簡単なものだけ。

 できれば助言とか欲しいです。

 

「①はサイトに乗せてないけど蛇天国だね。毒蛇もいっぱい!」

「却下で」

「②は海賊の隠れ家だね。ちょっと面白そう……しー君VS海賊とかどう?」

「なしで」

「③は問題ないよ。気候などを加味しても人が住むのに適している……刺激はないけどね」

「んじゃ③ですな」

「私的にはこっちがオススメです。ほらほらしー君の望み通りで――」

「望み通りで?」

「麻薬販売組織の海外ルートの中継基地になってる」

「いらんわ!」

「島買って所有権主張して売人共蹴散らそうよ!」

「やらんわ!」

 

 隙あれば俺を裏世界に関わらせようとするのホントやめて欲しい。

 こっちは表世界の住人なので、束さんは一人で裏世界に君臨してたばたば笑っててください。

 

「しー君てば冒険心がないなー」

 

 無人島購入は結構な冒険では?

 麻薬組織と戦うのは冒険者の仕事じゃなくて警察の仕事です。

 

「さてこの島の価格は一億……一億かぁ」

 

 広さも申し分なく山もあり水脈もある。

 住むならここだ。

 束さんがオススメの島は、選んだ島の中で一番高額な一億……貧乏人がサクッと出せる訳ないだろいい加減にしろ!

 視点を変えよう。

 これが全部千冬さんからのプレゼント。

 別に自分で働いて得た金じゃないんだら使ってもいいよね?

 えーと、無人島を買うにも手続きが……外国人が他国の領土を買うのは手続きがめんでーですな。

 

「……束様」

「肩でも揉んでろカス」

「……あい」

 

 やー束さんの肩は揉み応えがあるなー。

 こんな感じでどうしょう?

 

「その国の適当な名前で住民票捏造からの銀行口座作ってーの……んでしー君の口座からお金移動してーの」

 

 さらっと行われる俺の貯金の移動。

 口座番号も暗証番号も言った覚えないんですが?

 やはりその気になれば俺の貯金とか一瞬で消せるんですね。

 俺はそんな束様を尊敬しております! もみもみ。

 

「ほい購入完了。これが土地権利書の写しね」

「名前がタバーネノ・ゲボクなんですが」

「適当に付けたからね」

「もうただの嫌がらせでは?」

「まさか文句あるの?」

「ありませんとも!」

 

 わたくしは束様の下僕です。

 肩を揉むくらいで面倒な手続きその他をやってくれるならいくらでも揉みますとも。

 はーいもみもみ。

 

「これで無人島は手に入れた。この後はどうするかは……現場見てからにするか。束さんはどうします?」

「暇じゃないけど着いて行ってみる!」

「んじゃ行きますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは俺の島だぁぁぁぁ!」

「なかなかの景色だね」

 

 流々武を纏い束さんを肩に乗せ島の上空で声を上げる。

 うーん、素晴らしい。

 なんとも言えない感動があるぞ。

 前世では家とか建てなかったけど、一軒家を建てたお父さんとかこんな気持ちなのかな?

 これはテンション上がりますわ。

 今日のビールは一段と美味く感じることだろう。

 全長400メートルのこの島は三日月型で片側に山がある。

 上から見て島を三等分にすると、平地・平地・山だ。

 家を建てるなら山の中腹だな。

 

「山の土壌ってどんな感じですかね。木々を切ってログハウスでも建てようかと思ってるんですけど、いけそうですか?」

「大丈夫だと思うよ。流石にビル並の建物は無理だけど、その程度ならいけるでしょ」

 

 よーしよし、楽しくなってきたぞ。

 家の周囲と家から海岸に降りるまでの道の木々を切って、その木でログハウスを建設。

 畑も山に作るべきかな。

 家に近い方が便利だろ。

 それなら山を削って……いや、必要以上に手を加えるのは良くないか。

 土砂崩れとか怖いし。

 島の中央に畑を作るか。

 背の高い木を植林して防風林代わりにし、ビニールハウスを建てるのがいいかな。

 山との反対側には船着き場を建てよう。

 小さなボートを設置していつでも海釣りできるようにするんだ。

 わくわくが止まりませんなー。

 オルコット夫妻に最低限文化的な生活をしてもらうには、やはり電気系統も必要だ。

 それとお湯を沸かす施設も必要だな。

 この島の環境青森と同じくらいだ。

 夏は30度前後で冬は0度前後。

 お湯なしでの生活はきついだろう。

 流石にプロパンガスを持ち込むのはダメだな……となると太陽光か。

 太陽熱温水器もあるし、太陽光発電でいけるか?

 いや、天気に影響されるから電力全てを太陽光に任せるのは難しいだろう。

 ふーむ……

 

「束さん、なにかいい発電機って知りません?」

「しー君が好きそうなのあるよ。海水から電気作るやつ」

 

 ここは海に囲まれた島である。

 なにそれ完璧では?

 

「蓄電器に繫げれば一軒程度なら余裕です」

「それは買いですな。どこで売ってます?」

 

 家電量販店の防災コーナーとかかね。

 しかし海水発電とか初耳だ。

 世の中気付かない内に進歩してるんだなー。

 

「300万」

「……はい?」

 

 束さんが俺に向かって手を差し出す。

 

「珍しいく察しが悪いね。今現在作れるのは私だけって事だよ」

 

 未だ世に出てない篠ノ之博士製だって事ですね束様!

 だがそれでも300万って――

 

「なにか文句ある? これでほぼ材料費だけでかなり良心的だから」

 

 流石にここでタダにしてと甘えるのは違うね。

 俺の記憶にある、一軒家に太陽光発電システムを設置する場合の費用は300万程だ。

 パネルの枚数とかで値段が変わるんだろうけど、それくらいの値段だったはず。

 なら安いと思うべきか。

 

「今なら蓄電器サービス&設置費用無料!」

「買った!」

 

 蓄電器も結構お高いからこれは買いですわ。

 配線回りもやってくれるとは神かな?

 本体をはどこに置こう?

 海辺近くに置く場合は毎日山を下りなければいけない。

 体調不良の時など気軽に行けないし、大波に流される可能性がある。 

 だが家の横に設置した場合は毎日海水を汲みに行かなければならないけど……家の横が正解かな。

 いざとなれば塩と水でなんとかなるし、本体が壊れる可能性が少ない方がいいだろう。

 

「水は井戸からにするとして、それでも浄水が必要かな?」

 

 じーちゃんばーちゃんの家の近くにあった井戸の水を普通に飲んでた自分からすると、水道水より健康的と感じるが、水が原因で体壊されても困るし。

 

「なら地下水にパイプぶっ刺して、汲み上げた水を浄水装置付きの貯水槽を通してから家に流れるようにすれば?」

「それいいですね」

 

 それなら安心して使えるな。

 

「30万」

 

 またもや束さんが手を!?

 高くない? 浄水器ってもっと安いような……あ、貯水槽が高いのかな?

 魚を飼う為の浄水器機能付きの水槽とか高いもんな。

 あれ? パイプを通して使うなら――

 

「普通に蛇口に小型の浄水器取り付ければいいのでは?」

 

 浄水器本体が3000円で浄水カートリッジの寿命が半年くらいかな。

 長い目で見れば束さん案だが、数年ならこっちだろう。

 

「ちっ」

「ん?」

「なに?」

「いや別に」

 

 今小さく舌打ちしなかった?

 気のせいか。

 

「しー君はパイプ通したりとかの工事できるの?」

「流石にできませんよ」

 

 前世工事関係者って訳でもないしね。

 てかやるにしても機材どうしよう。

 

「工事費20万」

 

 20万かー。

 工事用重機を借りるって方法もあるが、レンタル代を考えると素直に束さんを頼る方が安いな。

 

「お願いします」

「任せたまえ!」

 

 束さんが大きく胸を張る。

 珍しく協力的だな。

 これはあれだ、なんだかんだ言って束さんも無人島開発を楽しみにしてるんだな。

 素直になればいいのに。

 

「笑顔がキモイ」

 

 そんなツンデレな束さんも可愛いですよ。

 束さんの協力が簡単に得られるならもっと快適にできるな。

 発電、水、は解決。

 植林はISを使用すれば俺でもどうにかなる。

 船着き場もなんとかなるだろうし、畑作りもIS使えば余裕だと思う。

 となると移動方法か?

 山の昇り降りを毎日するのは良い運動だけど、育てた野菜を背負ってとか考えたら苦行だな。

 電力面は束さんのお陰で解決してるから――

 

「電動トロッコでも設置しますか」

「お、いいね」

「でもレールの価格が分からん。どれくらいするんだろう」

 

 ここは電波がないから携帯電話で調べものは出来ない。

 問題点をまとめて一度帰ってから検証かな?

 お、束さんの前に仮想ディスプレイと仮想キーボードが。

 調べものは束さんに任せればオッケーですな。

 

「海辺だから錆びにくいステンレス製のレールにするとして、どこまで通すの?」

「家の前から反対側の海岸近くまでですかね」

「特別に安いルートで仕入れてあげようか?」

「マジっすか。お願いします!」

「350万」

 

 束さんが手をクイクイさせる。

 これって高いの? 安いの? 孤島ゆえネットがないので分からない。

 だが全長300メートル近いステンレス製のレールと考えれば安い気がする。

 

「トロッコ本体は50万」

 

 こっちも高い!

 

「価格は積載量とかでも変わるからね。大人二人だとそれなりのものになるよ」

 

 積載量か。

 確かに大事だな。

 下手に安いの買って壊れても嫌だし。

 総額400万か。

 予想外に高い買い物だ。

 中古でもっと安いのないかな。

 トロッコの中古、中古……ちゅうこ?

 

「外国の廃棄された鉱山とかレールもトロッコも放置されてる印象ですよね。それらを貰ってくればいいのでは?」

 

 映画やドラマで廃坑によくあるよね。

 捨てられてるなら貰っても問題なくね?

 

「あのさーしー君。自分だけじゃなくて他人に使わせるんでしょ? そんな廃棄品使うとか常識的にどうかと思う」

「束さんに常識的を問われた!?」

「私は他人が着た服とか、ラーメン屋の使いまわしのレンゲとかが無理なタイプだからね!」

 

 千冬さんや一夏が使った箸に執着する人間のセリフかよ。

 しかし束さんの意見はもっともだ。

 自分だけ使うならドキドキ廃坑探索とかするけど、オルコット夫妻に使ってもらうと考えたらそれは失礼か。

 良い考えだと思ったんだが残念。

 だけど出費を抑えたいのは本音なので削れる所は削ろう。

 海岸の防風林だが、苗木を買って植えるのは育つまでの時間が掛かるし、ある程度育った木を買って植えるのは陸との往復が面倒だな。

 

「山に生えてる木を海岸に植えるのが手っ取り早いか?」

「環境が合えば植物は勝手に生えるもんだよ。海岸近くに木がないって事は、潮風に高い適正がある種類が生えてないって事では?」

「一理あるかも」

 

 山に生えてるのは海から距離があるから塩害とかも少なそうだ。

 となると買って植えるしかないか。

 潮風に強い木か……松、マングローブ…………ダメだ、俺の知識で二種類しかない。

 しかもマングローブはなんか違うだろ。

 

「束さん、潮風に強くて防風林に適した木ってなにがあります?」

「メジャーなのだと、松、柏、サルスベリとかかなー。ここは塩害耐性のある木を育てるのは難しいね。温暖な気候ならもっと種類が増えるんだけど」

 

 なるほど、ここだと塩害耐性に加え寒冷耐性も必要なのか。

 流石に木を育てる環境までは配慮してなかった。

 温暖な地ならヤシの木とあるもんね。

 どうしたもんか。

 島の真ん中部分は横幅が150メートルほど。

 海から距離を取り、海岸から50メールの地点に畑を作るとして……もしかして無理に防風林とか必要ない?

 砂浜から数メートル先に背の低い名前も知らない植物があって、その後に背の高い木が生えている。

 流石に50メートルも離れてれば大丈夫だろう。

 

「うん、防風林は要らないでしょう。ビニールハウスにする訳だし、無理して植えなくてもいいか」

「それはどうかな?」

 

 一人で結論付けたところで束さんから反対意見があるらしい。

 なにか問題でもあるのだろうか?

 

「将来はここに住みたいんでしょ?」

「今はまだ考えてる段階ですけど」

「イギリス人夫婦を匿うんでしょ?」

「ですね」

「今のままの、味気のない雑草雑木だらけの環境が許されるとでも?」

「と、いいますと」

「せっかく無人島開発とかやるんなら中途半端は良くないと思うなー。どうせやるなら全力でやるべき!」

「その言い方だと、束さんには良い案が浮かんでるみたいですね」

「もちろんだとも」

 

 やはり結構乗り気じゃな?

 らしくもなく積極的に意見と言うとは。

 いいだろう、言ってごらん?

 

「まず、海岸近くの木と植物を間引く」

「その心は」

「日本人と言えば海岸に松! それは絶対だ!」

「確かに!」

 

 海岸と言えば松ですよね。

 北海道あたりまで行くと違うらしいけど、本州住まいなら松です。

 

「それと桜! しー君は桜がない島で一生を過ごす気なのかいっ!?」

「日本人の人生から桜は外せませんね!」

 

 これまたごもっとも。

 今や外国人にも人気の桜。

 俺もオルコット夫妻もニッコリだ。

 

「それとしー君には他人に対する気遣いが足りない!」

「なんと!?」

「無人島だよ? やっぱ生活に使える植物は必須でしょ。オリーブとか月桂冠とかさ」

「オリーブって温暖な地方のイメージがあるんですが? それと月桂冠って役に立つんですか?」

「ここはオリーブの生存圏内ギリギリだね。いくつかダメになるかもだけど、生き残る個体もあると思う。それと月桂冠はローリエのことだよ」

「ローリエは料理で良く聞く名前ですな。ふむふむ、オルコット夫妻に配慮した選出です」

 

 オリーブにローリエか。

 それは欧州人が喜びそう。

 ありです!

 

「海岸は二か所なんだから、片方を和風に、もう片方を洋風にするのも良いと思うんだよね」

「束さんのセンスが光りまくりな件。それ採用」

 

 なにも防風林に拘る必要はなかったのだ。

 目で楽しめて生活に役立つ。

 そういった木々を植えるのは良い事だ。

 

「んじゃ日本側は、松に桜に柏、目で楽しむ系でまとめよう」

「オケです」

「反対側は洋風。オリーブ、ベリー、レモン、月桂樹、なんかの食べれる系で」

「最高ですな」

 

 園芸に興味がない俺でも楽しくなってきたぞ。

 なんなら果樹園もありだ。

 リンゴとかブドウとかいいな。

 売る訳でもないし、同じ木を大量に植える必要はない。

 何種類かを数本植えればいいか。

 

「塩害に強い桜だと大島桜かな。苗木状態で3万、花が咲く程度育ってるのなら15万」

 

 ま、まぁ日本人として桜に妥協する訳にはいかないよね?

 

「松もどんな種類でもいいって訳じゃない。選ぶのは黒松だね。2メートルもので3万」

 

 育ってないのは安い。

 学んだよ。

 

「見応えあるのは3メートル越えくらいからかな? 12万」

 

 知ってた。

 庭先に植えるなら苗木でもいいけど、即戦力を求めてるので仕方がないね。

 

「果物系なんかもそれなりにしそうですね」

「果実が生るほど育ってるならそうなるね」

 

 これは全部揃えたらそこそこの出費になりそうだ。

 だが妥協はしない!

 もぎたてのリンゴを齧りながら朝日とか見たくない? 俺は見たい。

 

「そういえばしー君、中央に畑を作る気なんだよね」

「ですね。ビニールハウスでも建てようかと思ってます」

「どれくらいの規模で考えてるの?」

「出来るだけ自給自足して欲しいので、テニスコート3~4面程度ですかね」

 

 それだけあれば足りるよね?

 正直、野菜の収穫量ってよく分からんだよね。

 まぁ広くて困るってことはあるまい。

 

「ってなると、横10の縦20だとして……その規模のビニールハウスだと40万くらいかな」

 

 えっ、高い。

 ビニールハウスってそんなに高いものなの?

 いや、別に新品でなくても……

 

「まさかいつ穴が空くとも分からない劣化した中古のビニールハウスとか考えてないよね?」

「当たり前じゃないですか」

 

 中古の怖いところはそこだよな。

 同じ大きさのビニールハウスを半額で買えたとしても、それが一ヶ月で大穴が空いたりしたら意味ないからな。

 テニスコートを四面作る、それが面白いと思ったが……無人島暮らしには適切ではない?

 よーく考えよう。

 流石にビニールハウスだけで160万は高い。

 それにだけど、水はどうする?

 畑の中央に井戸でも掘るか? だが手作業でその規模の畑に水撒きしてたら両腕死にそう。

 勢いで畑耕さなくて良かった。

 もっと現実化的に考えよう。

 

「束さん、家庭菜園用の小型のビニールハウスだとおいくらです?」

「横2メートル、奥行き4メートルで3万くらいかな」

 

 やっす!?

 もちろん農家で使うものとは色々違うんだろうけど、それにしてもお手軽な価格だ。

 だいたい二畳くらいだとして――

 

「トマトって一つの木にどれくらい生るんです?」

「大玉のトマトの場合、家庭菜園の素人で10個、上手な人で20個くらいみたいだね」

「ミニトマトだと?」

「120個前後かな」

 

 そんなに取れるとは知らんかった。

 ミニトマト凄くね?

 てか聞いたらすぐ答えてくれる束さんが便利!

 流石は電子の妖精(大)である。

 

「オマケ情報。トマトは地植えとプランターで収穫量に違いがでるって」

 

 プランター? あ、鉢で育てる事か。

 ヨーロッパの人はトマト大好きな印象がある。

 しかし収穫量を考えるに、小型のビニールハウスに大小のトマトをプランター栽培とかでもいいのでは?

 オルコット夫妻の好き嫌いもあるし、ジャガイモなんかも育てたい。

 農業って土を休ませるのも大事なんだっけ?

 唸れ灰色の脳みそ! 過去に読み込んだなろう系ラノベでは領地改革や農業はよくあっただろう!? 全力で思い出せ!

 

 

 

 整いました。

 

「テニスコート台の大きさの畑を一面。それと小型のビニールハウスを数基建て、オルコット夫妻に野菜の種を数十種類渡して好きなのを育てて貰う。これで行きましょう」

「……小賢しい」

「ん?」

 

 今なにか汚い言葉が……気のせいか。

 束さんに罵倒される覚えがないし。

 よし、これで出費を抑えられるな。

 小麦なんかの主食系は俺が運ぶとして……ログハウスに地下室を作るか。

 ワインやパスタ、小麦を保存するなら必要だろう。

 

「ねぇねぇしー君、これこれ」

「はい?」

 

 束さんが仮想ディスプレイをこちらに向ける。

 なになに、アースドーム? 地中に埋める地下貯蔵室とな。

 そこに映っているのは一見するとプラスチック製の巨大な急須。

 それを丸ごと地面に埋めるらしい。

 注ぎ口が出入口になっている。

 地中の断熱特性を使用、ファンによる換気システム、内部に棚があって野菜やワインを保存可能。

 これは面白いな。

 

「採れた野菜を全部冷蔵庫に入れる? それはナンセンスでしょ! ほら、ここに注目!」

 

 自家菜園の方にオススメか。 

 必要かどうかはともかく、あふれ出る秘密基地感が男心をくすぐる!

 畑の横にあったら楽しそうだな。

 

「お値段は?」

「150万」

「これまた高い!」

 

 ただのデカい急須じゃん。

 頑張れば作れそうだけどねー。

 

「でもこんなの嫌いじゃないでしょ?」

「買います」

 

 いやこんなの買うしかないじゃん。

 海外じゃ地下室ってメジャーらしいけど、日本では珍しい。

 だからこそロマンを感じる。

 いいね、テンション上がるわ。

 

「色々決まってきたけど、他になにか決める事は……」

「実際に作業を開始するのっていつからの予定なの?」

「オルコット夫妻の暗殺日次第ですけど、冬休みからですかね」

「もうすぐじゃん」

「ですね」

「木の乾燥はどうするの?」

「……乾燥?」

 

 なんだっけ? 木の家を建てる場合は……なんか思い出せそう!

 なにで得た知識だ? テレビ……アイドル……鉢巻き……あ。

 

「生木のままログハウスなどを建てた場合、木が乾燥した時に隙間や歪みができる?」

「正解!」

 

 よし当たった! ありがとう農業アイドル!

 

「生木の乾燥ってどれくらい掛かるのか……一ヶ月くらいですかね?」

「半年から一年が目安だね」

「ま?」

「ま」

 

 生木の乾燥に時間が掛かるのは聞いたことあるけど、一年とは知らなんだ。

 どうするかね。

 

「もう木材買うしかないんじゃない?」

「つってもここまで運ぶのも手間ですし」

「しょがないなー、デ・ダナンで運んであげようか?」

 

 今日の束さんはいつになく優しい。

 きっと明日は雨だ。

 

「温風機とかでなんとかならないかな?」

 

 地産地消というか、出来れば自分で切った木で建てたいよね。

 

「業務用の大型だと安いので10万円くらいかな。でもねしー君」

「なんです?」

「密閉された空間ならともかく、野外で熱風を当てたくいじゃそう都合よく時間短縮にならないよ?」

「数を用意しても?」

「効果薄だね」

「ちなみに木材って買うと……」

「ログハウスキット(一軒家型の六畳タイプ)で120万」

 

 キットでその値段かー。

 木材のみを買うとしてもそれなりの値段になりそうだな。

 

「ダナンの一室を借りてそこで作業は?」

「密室なら用意できるけど、温風機と除湿器は自分で買ってね?」

「密室での長期利用と考えると……買った方がいいか」

 

 レンタルは安くすむけど、壊したら弁償だしな。

 なら買った方が気が楽だ。

 使わなくなったら売ればいいし。

 

「四方に温風機、除湿器は二台として予算は60万かな?」

「良さげなのあります?」

「掘り出し物を探してあげよう」

「感謝です」

 

 痛い出費だけど木材買うよりは安く済んだ。

 っとそろそろいい時間か。

 太陽が大分傾いてきた。

 暗くなる前に夕ご飯の準備しますか。

 

「これより浜辺でバーベキューをする!」

「やふー!」

 

 自分の無人島で食う肉は美味いに違いない!

 ってな訳で浜辺に着地! そしてISを解除!

 砂を踏む感触が良いねぇ。

 

「今日の目玉はコレ! 巨大骨付き肉! あばら肉を丸ごと!」

「食い応えありそうだね!」

 

 巨大ブレード……に似た鉄板にアタッチメントを取り付ける。

 適度に乾燥してそうな木や枝をその下に並べて着火。

 焼き方はネットで調べ済み。

 塩コショウはしないで油はひかない。

 強火で表面に焦げ目をつけて、それから塩コショウして弱火でじっくり。

 ふっ、完璧だな。

 せっかく目の前に海があるんだし、と思うが――生態系が日本と違うのでどの貝や魚が食えるのか分からんのだ。

 知らない魚を食べるのは流石に怖い。

 束さんなら大丈夫だろうけど、俺は軟弱な現代っ子なんで。

 それと飯ごうも準備。

 肉に米! これぞ完璧なアウトドア!

 

「どうよこの焦げ目。やばくね? 視覚の暴力じゃね?」

「うん、凄いいいんだけどさ……お野菜は?」

「ふっ、俺を誰だと思っている」

 

 もちろん野菜もあるさ。

 肉だけなんてナンセンス。

 自分、外で食う野菜の美味さを知る男なので。

 

「……おっさん」

 

 誰がおっさんだコラ。

 ピチピチの小学生だっつーの。

 シシトウに玉ねぎとシイタケ。

 小学生らしいラインナップだろ?

 

「俺はまずはビール――束さんはなににします?」

「これもーらいっ!」

「あっ、それは!?」

 

 束さんが勝手に荷物を漁り取り出したのは一本の梅酒。

 夜中に星でも見ながらチビチビ飲もうと思っていたお高い梅酒だ。

 

「くっ、なんて目ざといんだ」

「ふふーん、篠ノ之束は価値を知る女なのだ」

「無人機開発ではお世話になるし、仕方がないか。大事に飲んでくださいよ」

「分かってるって」

 

 はい肉取り分けて

 はいご飯よそって 

 はい頂きます

 

 ――骨付き肉の骨を鷲掴みにかぶりつく。

 

「んまいっ!」

「だね!」

 

 束さんもにっこにこ。

 俺もにっこにこ。

 暫くは楽しい毎日になりそうだな。

 




し「無人島開発考えるだけでたのちー!(テンション上がって少し浮ついてる)」

た「しょうがないから手伝ってあげるよ(これは貯金を削るチャンス!)」

 優しい顔して友人に散財を進める天災。
 隙あらば買い物させ確実に貯金を減らす。
 
 お金がなくなって自分に縋って来る姿を想像するだけで心がぽかぽかするね!by束


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ぼくの冬休み(無人島編)

ギリギリセーフ!
除夜の鐘、初詣の待ち時間にどうぞ。
なんもかんも

FGOレイドイベ(義務)
ガンオペ2(最近始めた)
各種ソシャゲのクリスマスイベ(使命感)

が悪い。
日記式の小説を読むのは好きだが、自分で書いてみると『あれ? これって日記か?』となる不思議。


 〇月×日

 

 冬休み前だが行動を開始する。

 まずは伐採。

 束さんから借りた高周波ブレードでログハウス建設予定地の木々を切りまくる。

 スパスパ切れるので気分は無双ゲーの主人公だ。

 代価として夕ご飯に松坂牛をと言われたが、普通にチェーンソー買うより安いので大助かり。

 記念すべき開拓初日の祝いにすき焼きにした。

 お肉美味しかったです( ¯﹃¯ )

 

 

 

 

 

 〇月×日

 

 前回の作業の続きから始める。

 放置していた木をダナンの空き倉庫に運ぶ。

 いくらISでも一度に運べる量は1~2本だ。

 何往復もしなければと覚悟していたら、束さんが格安で牽引ロープ作ってくれた。

 これでスピードアップ! 

 大量の木をぶら下げながら島とデ・ダナンを往復した。

 

 

 

 

 

 〇月×日

 

 待ちに待った冬休みに突入。

 大量の食糧とテントを持って島に乗り込む。

 今日はログハウス建設予定地の土地の整備だ。

 山をL字型に削り平地を作る作業。

 本来ならショベルカーの出番かな? ISならスコップで余裕でした。 

 ISは選ばれた存在だけが使えるでいいんじゃないかな?

 こんなのが普及したら失業率上がりそう。

 地面の均しはひたすら土をハンマーで叩く。

 ISの土木作業適正は高すぎない?

 今日は束さんが居ないので一人メシ。

 大人しく持ち込んだ焼きそばを食べたけど、明日は海の幸を頂きたい。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 人が踏み込んだことがない自然を舐めてないけない。

 ログハウス建設予定地から畑まで、木と雑草しかなく獣道さえ存在しないのだ。

 トロッコの線路を敷く為に木を切り地面を固める作業を開始した。

 根が残っていると繁殖しそうなので、地面を掘り返してスコップを縦に突き刺す。

 それからハンマーで叩く。

 ISでも大変な作業だ。

 アスファルトで土に蓋をした方が楽だろう。

 つまり田舎のあぜ道は都会の歩道より上等……高級志向の私はもちろんアスファルトなんて使いません。

 今日は漁に出る気力がなかったので適当に済ませた。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 ひたすら同じ作業を繰り返す。

 気分を前向きにする為に大音量でアニソン流しながら作業に没頭した。

 改めて思う、流々武は素晴らしいISだ。

 並のISならこうも長時間稼働できない。

 その点、自機でエネルギー回復が出来るのが素晴らしい。

 今日は焚火に当たりながら流々武の装甲を磨く。

 明日も頑張ろう。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 よしやるぞ! と思ったら昼頃には畑予定地に到着した。

 陸地だと正面は緑しかないのでゴールが見えてなくても仕方がないね。

 予定を変更して午後は休みとする。

 念願の海の幸を取る!

 なのでISを纏ったまま海に潜った。

 出来る男はその場所にどんな魚がいるか自分の目で確かめるのさ。

 根付きの魚は日本と変わらないか?アイナメっぽいのやカサゴ系がいた。

 だが彼らは煮物が最適解なので今日はパスする。

 やはり焼いて簡単に食えるのがいいよね。

 少し沖に出ると海面近くに魚影を確認。

 潜ってみるとサンマちゃんでした。

 サビキ投げたら簡単にヒット、ちょっと警戒心死んでない?

 今日のご飯はサンマの塩焼き!

 

 

 

 

 〇月×日

 

 切った木が溜まってきたのでダナンに運ぶ。

 数日振りに束さんに会ったら物凄く不機嫌だった。

 いや束さんの存在は忘れてないですよ? 昨日のサンマのお裾分け? すみませんないです。

 放置されておこだったので平謝り。

 食いたかったなら来れば良かったのに――とは言わない。

 童貞の俺でも火に油だと理解できたので。

 倉庫の木の量も結構な数になったの乾燥を始める。

 木を並べ業務用の大型温風器のスイッチを入れる。

 人工乾燥だと急速に水分が逃げるので割れる木もあるらしい。 

 この内の何本が使えるかは不明だが、割れた木は薪として使えるので問題なし!

 その後は束さんのご機嫌取りに全力を注ぐ。

 なにか食べたい物ありませんか? サンマでいいなら今からでも釣りに……フォアグラと蓮根のフラン? 猪ロース肉のコンフィー?

 フォアグラの丸焼きとハンバーグなら……ダメ? ですよね。

 今日は束さんと顧客情報を絶対に守るお偉いさん御用達の店で優雅なディナー。

 場違い過ぎて味が分からなかった\(^o^)/

 

 

 

 

 〇月×日

 

 今日は農地の開拓を始める!

 まずは太い木を切って根を掘り出し、それから雑草やツル植物も抜いて整地。

 やる事が一杯で楽しいって意外と新鮮な感情だ。

 今日は珍しく束さんも一緒。

 高周波ブレード片手にやる気を見せている。

 勝手にやってるから気にするなと言うのでとりあえず放置する事に。

 たぶん楽しそうに土いじりする姿を見られたくないのだろう。

 気難しい年頃なのです。

 なので別々に行動を開始した。

 ご飯時だけ顔を合わせるが、いい汗をかいて笑顔なので好きにさせておく。

 きっと俺に見られない所で楽しんでるのだろう。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 森が燃えていた。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 森は燃え続けている。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 雨が降り、僅かに残っていた火が消えた。

 

 

 

 

 

 〇月×日

 昨日は火が消えた後、呆然と燃え跡を眺めていた。

 まぁ知ってたけど犯人は束さんだった。

 どうやら束さんは森を円状に切り、火が燃え広がるのを防ぐ対策をした上で焼畑農業をしたらしい。

 雨が降るのも計算の内とか流石だわ。

 ちまちま木を切ってる俺の姿に見飽きたのが原因らしい。

 しょんぼりしていたら束さんから新兵器を貰った。

 クワである。

 黒光りする三又がカッコよすぎたので束さんを許した。

 今日は新兵器を使って大きな石の除去と燃えカスと土を混ぜる作業。

 ……焼畑農業は楽だわ。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 農業のハウツー本を読みながら畑作り。

 土を盛り、田舎でよく見る畑が出来上がっていくのは楽しい。

 今日は束さんはダナンの方で自分の研究に熱中している。

 また体を動かしたくなったら来るだろう。

 でも放置し過ぎると機嫌が悪くなるので、晩御飯だけは届けようと思う。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 買い出し&お出かけの日。

 食料と肥料を買いに日本に戻る。

 調べて知ったが、育てる野菜の種類ごとに適した土があり、石灰などでph値を調節する必要があるのだ。

 流石に一度に運びきれるものではない、数往復必要……だと思ったのでプレハブ小屋を買うことにした。

 どっちにしろ農具や肥料を置くスペースが必要なので必要経費だ。

 プレハブ小屋もピンキリで、安いので5万、高いのだと60万くらい。

 空調の有り無し、コンセントなどの配線の有り無しなど、設備の違いで値段が変わる。

 で、俺が買ったのは20万のコンテナだ。

 大きな会社の製品ではなく、個人経営に近いお店の商品なんだが、これが面白い。

 中古の海上コンテナを買い取って補修、清掃をし、窓や出入口を取り付けて売っているのだ。

 一瞬自分で作るのも有りだと思ったが、あまりにも見事な出来栄えだったので衝動買いした。

 後悔はない!

 クワやスコップ、大小のプランターに肥料と各種野菜の種をコンテナに詰め込み、牽引ロープを巻き付けて輸送した。

 ついでにスーパーで焼肉セット買ってきた。

 今日は焼肉!

 

 

 

 〇月×日

 

 更地にそびえ立つプレハブ小屋が素晴らしい。

 今日中に畑作りを終わらせようとひたすた動き回る。

 ビニールハウスはまだ届いていないので今はまだ寂しい景色だが、畑の外側に桜などを植えれば良い感じになりそうだ。

 畑仕事が終わった後は桜の下でお茶を飲む。

 今から楽しみだ。ワクワク!

 晩御飯は海に潜ってアワビを採った。

 鉄板の上で踊るアワビに醤油を垂らして……最高だった、酒が超進んだ。

 これには束さんも上機嫌。

 畑は土が馴染むまで暫く自然に任せるとして、明日は畑から船着き場までの道を作ることにした。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 今日は木を切る作業。

 慣れたもんで作業速度はだいぶ上がった。

 右手の高周波ブレードで木を切り倒し、左手のスコップを斜め45度で刺し切り株を一気に持ち上げる。

 切り株は一度道の横に放り投げ、スコップで地面をザクザク刺す。

 右手の高周波ブレードを拡張領域のハンマーと切り替え、ハンマーで地面を叩く。

 その手順の繰り返しだ。

 今ではアニソン聞きながら無心でできる。

 意外とライン作業が向いてるのかもと思った。

 嘘です。これが一週間続いたら流石に心にクルかも。

 ゴールが見えてるから頑張れる事ってあるよね。

 今日は100円パスタと100円パスタソース!

 懐かしい貧乏学生時代を思い出す。

 ついでに遊びすぎて給料日前に金欠になった社会人時代を思い出す味だった。

 束さんが冷たい目で睨んできた。

 ちょっと舌が高級志向過ぎでは? 

 

 

 

 

 〇月×日

 

 祝! 開通!

 家の前から船着き場まで、島に見事な一本線を描いた。

 まだまだ序盤なのにやり切った感が凄い。

 これは今夜ビールが美味いぞ。

 と感動してたら束さんから指摘を受けた。

 曰く、今のままでは線路を引けないとの事。

 地面が平らになるよう、雑草などが生えないようにする必要があるらしい。

 そこで提案されたのがロードローラーだ。

 地面を踏み固め、植物の生長を阻害する。

 それにはロードローラーが一番だと言われた。

 調べて貰ったら中古で安くても200万はするとかないです。

 整地する為にわざわざロードローラーを買う? 俺はそんな昭和の人間ではない。

 自分、専用機持ちの平成生まれなので。

 テニスコートなどを整地するコートローラーなる物が存在する。

 円柱型のデカいコンクリの塊を人間が引っ張るやつだ。

 廃校のテニスコートやグラウンドの隅でよく転がってるよね。

 ゴミ同然だとしても勝手に持ってくるもあれなのでネットで探したら、中古で1000円で売ってました\(^o^)/

 これから毎朝コートローラーを握ってランニングだ! もちろんIS着用です。

 束さんが何故かムスっとしたので今夜は海の幸フルコース!

 アイナメの刺身とメバルの煮つけ、骨や頭は鍋にぶち込んであら汁!

 めっちゃ美味かったけど束さんの頬は膨らんだままだった。

 なんで?

 

 

 

 

 〇月×日

 

 日本に戻ってコートローラーをさくっと持ってきた。

 それを押す。

 うん、引っ張るじゃなくて押すのだ。

 ISだと持ち手の中に入れないから仕方がない。

 森の中の一本道を走るのは気持ち良いものだった。

 これから毎朝が楽しみである。

 今日は木々の間引き。

 海岸から畑までは木々が適当に生えていて、人が歩ける場所ではない。

 木漏れ日ある森なんてものは人の手が入った森である。

 なので良い感じに木漏れ日が入るように木を間引き、背の低い植物などを排除する。

 これが終われば、柔らかい日の光が入る森の中を歩きながら海を見る――という素晴らしいシチュエーションが楽しめる!

 今日はツナマヨシャケ他人丼!

 材料――ツナ缶、シャケフレーク、半熟卵、マヨネーズ

 ひたすら白米をかきこめ!

 束さんは微妙の顔をしながらおかわりしてた。

 

 

 

 〇月×日

 

 今日は畑を仕上がる!

 土と燃えカスを混ぜて放置してたが、今日はそれらの整理。

 道と畑を分かりやすく区別する為にコートローラーで道部分を平らにする。

 意外と活躍の場があるぞコートローラー!

 家の前の道作りとかでも使えるな。

 買って来た肥料を土に混ぜた後、クワで畝を作る。

 ISだと疲れ知らずなので、畝を作るのに慣れれば作業自体は簡単に終わった。

 ご年配の農家の方や腰に不安がある人には是非ともISで農業して欲しい。

 楽過ぎて、スローライフってこれでいいのかな? と悩むくらいだ。

 もっと汗水流すべきか? と思うが、結局俺は現代っ子なのでISを手放せないのだった。

 夜はシイラの丸焼き!

 いやほんとシイラはどこでもいやがるな。

 ちょっと南下したら釣れました。

 そろそろ束さんのキレそうなので明日は豪勢にしよう。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 注文していたアースドームの発送準備が整いました! って連絡があったので今日は製造元のドイツに飛ぶ。

 適当な空き地で素知らぬ顔で受け取り、それはデータ化して拡張領域に。

 データ化には時間が必要なのでそれまではドイツを探索!

 束さんとドイツデート! なんか高級ブランド時計やバックを強請ってきたので、口に露店で売っていたチョコをねじ込む。

 ブランド品など興味ないクセに何を考えてるんだろう? 束さんの生態は不思議がいっぱい。

 断ったら不満げな顔でチョコを頬張っていた。

 たんに貢がせたいだけな気がする。

 食料品などを買い込んだら島に戻って穴掘り!

 畑の近くに穴を掘り、そこにアースドームを埋める。

 やー、設備が充実していく感じが嬉しい。

 今日は激辛カレーである20禁カレーとドイツで買ったソーセージの組み合わせ!

 明日の一日、下手したら今日の夜からトイレの妖精と化すが、それでもつい食べてしまう。

 そんな魅惑のカレーなのだ。

 束さんはソーセージと白米だけでいいとカレーを拒否した。

 解せぬ。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 深々と降るがいい。

 今日は雪! 慌ててダナンからブルーシートを引っ張り出してログハウス建設予定地に掛ける。

 地面がぬかるんだら作業に支障がでるので焦りました。

 花見の時のブルーシート捨てなくてよかった。

 新雪……誰も居ない無人島……となれば分かるな?

 今日はお休みで遊ぶ日!

 新雪ダイブしてたら束さんが鼻で笑ったので雪玉投げてやった。

 雪を握りつぶして氷化させて投げるのは反則だと思うの。

 二人で雪合戦した後は雪だるまを作った。

 束さん作、織斑千冬レディーススーツverはそのままフィギュア化したい出来栄えだった。

 日が暮れる前に日本まで全力で飛び食料を買う。

 戻った俺を束さんがかまくらで出迎えてくれた。

 雪×かまくら×鍋×熱燗!

 最強の掛け算だ。

 今日はてっちり鍋! 鍋セットを買って来たので素人でも安心!

 そしてお高い日本酒で熱燗!

 雪を見ながらのフグは最高だった。

 これには束さんもにっこり。

 気力も体力も回復したし、明日も頑張る!

 

 

 

 

 〇月×日

 

 朝は除雪から開始。

 木の乾燥がそろそろ終わりそうなのでログハウス建設の準備を始める。

 夜な夜なログハウスの設計図を書いていた俺に抜かりはない!

 そして今日も穴掘り。

 地下室作成だのしー!

 スコップ穴を掘り、ハンマーで軽く壁を叩いて整える。

 これが意外と手間だ。

 床は平らに、壁は平面に。

 慎重に土を削り整える。

 忘れていけないのは階段だ。

 荷物を持って上り下りする事を考えると、少し緩やかに作りにしなければ。

 なんだかんだとやっていたらあっという間に日が暮れた。

 明日はモルタルを塗る!

 今夜はおうどん。

 安く、温まり、腹に溜まる。

 完璧な食材だ。

 だが束さんは今日も不満げ。

 もしかしてそば派だった?

 

 

 

 

 

 〇月×日

 

 モルタルは自家製で! などと考えていたが、色々と手間なので今回は市販品を用意した。

 そして取り出したるはマイコテ!

 コテにモルタルを乗せて壁に塗りたくる時、多分俺は二割増しで輝いてると思う。

 モルタル塗りのハウツー本買ってて良かった! 緊張しながらも教科書通りを心掛ける。

 モルタル塗り初心者あるある。

 塗りムラがあるとモルタルを追加で塗って厚さにバラつきを生んでしまう。

 丁寧に、だが素早く手を動かす。

 最初はぎこちなかったが、後半はだいぶ慣れた。

 途中影が差したので上を見上げると、束さんが鼻で笑っていた。

 きっと束さんから見たら不格好な地下室なのだろう。

 だが笑うのはゆるさん!

 罰として今日もおうどん。

 無表情でうどんを啜る束さんもまたよし。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 木の乾燥が完了したのでダナンから運び出す。

 今日からログハウス建設を始める!

 目指すの3LDK。

 ログハウスとして考えるなら広めだな。

 木にノコギリを入れる瞬間は思いの外緊張した。

 脳内で練習を積んだ俺に死角はない!

 電動のこぎりで木を真っ二つにする。

 それを束さんが受け取り切り口にカンナを掛けてツルツルのピカピカに。

 うん、頼んでないのに手伝い始めた。

 熟練の大工並のカンナ捌きだよ凄い。

 削った木が透き通ってるよ。

 俺が作っているのはDログと呼ばれる木材だ。

 外は丸太、内は板状になっている。

 見かけがまんま“D”に見えるからDログらしい。

 木は大量にある。

 俺が木を伐り出し、束さんが整える。

 それだけで一日が終わった。

 晩御飯は取れたてカレイの刺身とホウボウの刺身!

 ISがあれば潜って手掴み余裕です。

 ホウボウとか高級魚ですよ? 味わえ! と思ったら束さんはまたふくれっ面だった。

 なんとなく分かってきた。

 これ、金掛けないご飯の時だけガッカリしてるな。

 でも何故ガッカリしてるのかは分からない。 

 

 

 

 

 〇月×日

 

 考えても分からんので束さんに聞いてみた。

 食事の何が不満なのかを。

 で、答えはこうだ。

 曰く、『感謝の気持ちとしてお金を掛けるのは分かりやすいパラメーターだよね? 時たま手伝ってあげてるけど、しー君からは感謝の念を感じない。つまりそう言うことだよ』だそうです。

 まぁ理解できる。

 夫婦の記念日なんかで、夫が手料理を振舞うのと高級レストランの連れて行くの、奥さんはどっちが喜ぶかと言えば……個人の性格にもよるが3:7で後者の方が多そう。

 つまり手伝ってあげてるのだから、もっと分かりやすく感謝しろと。

 感謝の押し売り&お礼の強要ってどうよ? だが束さんの手伝いなしに無事完成するとは思えない。 

 ので、取り敢えずご飯だけは金掛けます!

 今日はトロッコのレールやらなんやらを取りに行く。

 ついでに食料も大量に買い込んだ。

 その後は各々が別作業。

 俺はログハウス建築の続き、束さんはトロッコのレールを敷く。

 一緒にやる? って聞いたら邪魔だからって言われた。

 レールを曲げたりしたかったのに……。

 だが時間が限られてるので分担作業は有効である。

 晩御飯はしゃぶしゃぶ!

 

 

 

 

 〇月×日

 

 束さんに蹴られた。

 ログハウスを破壊された。

 一人海を見て体育座り。

 

 

 

 〇月×日

 

 海は良い。

 荒んだ心を癒してくれるパブみの塊だ。

 一日海を見て落ち着いたので束さんの所業をここに記す。

 昨日、レールを敷き終わった束さんが俺の元にやってきた。

 眉を寄せ周囲を見回した後……俺が建てた場所を壊しはじめたのだ。

 嫌がらせ、乱心、そんな理由だったら対応のしようもあっただろうが、もちろん違う。

 束さんはあまりの出来の悪さ、美意識のなさにイラっときたらしい。

 使用する木は天然もの。

 木の種類も様々だし、密度などの品質も違う。

 それらを考えて建てろと怒られた。

 そして俺が建てた場所を破壊してリセットし、自分一人でログハウス建設を始めてしまったのだ。

 ガンプラ初心者に指導する経験者、最初は口出しだけだけど最終的に手もだす。

 完成したら7割は経験者が組み立ていた。

 あると思います!

 人が住む大事な部分なのでもう全部任せよう。

 俺はアイデア係で。

 感謝の意を込めて今日は国産牛100%ハンバーグ!

 

 

 

 

 〇月×日

 

 ログハウスは束さんに任せて俺は買い出しに。

 エアコンと冷蔵庫と洗濯機とテレビとレンジとトースターとホームベーカリーとドライヤーと生ごみ処理機――取り敢えず自分が欲しい物を片っ端から買い漁る。

 貯金がどんどん減っていくが、買い物が楽しい!

 買い物でストレス解消って理解できなかったけど、今なら少し分かる。

 散財がクセになりそうで怖い。

 無人島に戻ったらログハウス用の丸太を担いだ束さんが出迎えてくれた。

 なんで素手で丸太担げるの? って聞いたら『てこの原理』って返ってきた。

 なにか聞かれたらそう答えておけば良いと思ってるだろ?

 まぁ頼もしいからいいか。

 エアコンは束さんにパス! 設置作業お願いします!

 蔑んだ目で見られたけど、生きた伊勢海老を差し出しつつ土下座したら許された。

 今夜は色々な海鮮の鉄板焼き!

 

 

 

 

 〇月×日

 

 寝起きは束さんのスタンピングから。

 目が覚めたら女性にお腹をぐりぐり踏まれるのって、ちょっとバカップルぽくて良いよね。

 そんなドキドキの朝だったか、甘酸っぱい雰囲気はすぐに死んだ。

 寝袋の上で正座させられた俺は束さんに説教された。

 『下水処理どうするか考えてる?』って。

 そうだね、そんな問題もあったね。

 下水関連で日本は進んでるから、自分で作るって考えは抜けてたわ。

 山奥のキャンプ場でも普通にトイレあるもんな。

 自分で作る……のは無理。

 排泄物なら魚のエサで済むが、洗剤などのをそのまま海に垂れ流しはよろしくない。

 そんな風に悩む俺の前に束さんが三本の指を突き出す。

 ――300万で完璧な下水装置を作ってくれる事になりました!

 俺の仕事はパイプを通す為の道を作ること。

 なんか、せっかくの無人島開拓なのに土を掘ってばかりだな。

 や、文句はないです束様。

 今日のご飯はごろごろお肉たっぷりカレー! 

 

 

 

 

 〇月×日

 

 メリークリスマスイブ!

 日頃の感謝を込めて束さんにプレゼントしてみた。

 ブツはカシミアのマフラーだ。

 束さんはブランド品などに興味はないだろう……だがしかし、ふかふか手触りが嫌いな人間がいようか? いやいない!

 これには束さんもにっこり、俺もほっこり。

 ついでに今日は作業を休みにして束さんを労わる日にする!

 そんな訳で朝から束さんにご奉仕。

 人体実験意外ならオーケーです! って言ったらラスベガスのカジノに連れていかれた。

 ドレスコード? ドレス着るの? えっ、俺が選んでいいの?

 なんか知らんがやたら乗り気だったので、背中がばっくり空いてる青色のドレスを選んだ。

 素晴らしく似合ってたけど、ウサミミが残っているので中途半端にコスプレ感があって残念。

 他人の金で賭けたかった? そうなんだ。

 まぁ束さんならポーカーで無双……なんでスロット?

 勝つと決まっている戦いはつまらない? 運ゲー楽しい? 他人の金を湯水の如く使うのが楽しい?

 少しは手加減してくれ。

 途中で止めたかったけど、キラキラした笑顔でスロットを回すので止めそこねた。

 てかやたらレートが高いと思ったら、VIP専用の金持ちしか入れない場所でやってた。

 通りで遠目に束さんを見る人が居ても静かな訳だ。

 若いお姉ちゃん連れてる政治家とか、騒がれたら自分も巻き込まれるから大人しいのだろう。

 束さん、ルーレットやるのもいいけど、せめて勝ってくれ。

 腕の振り方とかで玉が落ちる場所予測できたりしないの?

 それじゃあつまらない? あっそう。

 ディーラーが投げる前に賭ける場所決めて運ゲー楽しんでる。

 そんなこんなで束さんを楽しませた後、予約していたホテルに案内した。

 スイートルームです。

 いやイヤらしい意味はないよ? 別に間違いが起きるとか思春期みたいな期待もしてません。

 ただ束さんとイブの夜にホテルに泊まったという事実が欲しいだけです。

 ……部屋から追い出された。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 メリークリスマス!

 海岸まで飛んで夜釣りを楽しんだ!

 いやー海岸で肩を抱き合うカップルの横で釣り竿振るの面白いね!

 匂いが強いコマセ(小さなエビみたいの)を使って釣りしてたので、ちょっっっとだけ迷惑かけたかも。

 まぁ海岸でなにをしようが自由なので俺は悪くない!

 ホテルに戻ってスイートルームの部屋の中を覗いだら、束さんが優雅に朝食を食べていた。

 俺の朝ご飯、マックです。

 テラスに降り立ちガラスをノック。

 束さんが俺に気付いて開けてくれた。

 清々しい朝を迎えた貴女に生魚をプレゼントッ!

 サンタからの粋な贈り物だバカヤロー!

 テメェ―人に散々貢がせておいて部屋から追い出すとか人間がやる事じゃねー!

 同じ部屋が嫌なら拒否して別の部屋取るとかしろよ! なんで追い出して自分一人楽しんでるんだコノヤロー!

 お陰様で寒空の下でクリスマスデートを楽しむカップルたちに嫌がらせする事になったんだぞ!

 そんな思いを込めて束さんの顔面に生魚をボッシュート。

 クリスマス、俺はアメリカ国土全体を使って束さんとキャッキャウフフと追いかけっこした。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 アラスカの海岸まで逃げて束さんとキャッキャウフフした。

 冬の海はね、五分以上浸かるのは危険なんだよ。

 4分44秒で開放してくれた束さんはやさしいなー。

 今日はログハウス作りの続き!

 俺が適当に切った木を、束さんがカンナを掛けて組み立て行く。

 下手に手を出しても邪魔するだけなので大人しく指示に従います。

 凄い勢いでログハウスが完成間近。

 こて手際で建てられるなら、そりゃ俺の仕事なんて見ててイラつくだけだろうな。

 今夜はアラスカで買って来たキングサーモンのホイル焼き!

 一口食べるごとにアラスカの海のしょっぱさと冷たさを思い出しました。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 日本の冬と言えばコタツ。

 なら欧米の冬は?

 そう、暖炉だ!

 ほぼ出来かけたログハウスに意気揚々と入ってみたが、あまりの寒さに身震いした。

 ついでに窓ガラスと洗面台とお風呂の浴槽とシャワーホースとタンスとクローゼットとベッドと……ともかく足りないものを色々買い出しに出掛ける。

 やはり生まれ育った場所の物が良いだろうとイギリスに!

 束さんが俺の準備の悪さにジト目に睨むので、紅茶とスコーンでご機嫌を取る。

 メシマズで有名なイギリスだが、お菓子と紅茶にハズレはないのだ!

 いやまじスコーン美味かった。

 ただの小麦の塊かと思ったら別次元だわ。

 高級のホテルの紅茶セット、日本でなら焼肉食べ放題に行ける価格だったけど、納得できる味でした。

 その後はイギリスを散策。

 窓ガラスは簡単に決まったのだが……束さん、高級クローゼットとかタンスって必要? 何故かここぞとばかり俺にお高い家具を買わせようとしてくる。

 自分が泊まる事を考えたら一流品で揃えるのは当然だと言われた。

 そんな事を言われたら買うしかないだろうが!

 店主! 一番良い物を頼む!

 一回じゃ運びきれないのでホテルに一泊!

 もちろんスイートルームです束様。

 全部運び終わったら一緒の部屋に泊まっていい? 

 そんなんやるしかないじゃん。

 晩御飯はなし!

 束さんがホテルのディナーに舌鼓を打ってる中、俺はひたすら荷物を運んだ。

 深夜には作業を完了。

 部屋は別だけど、広義の意味で束さんとホテルに一泊!

 

 

 

 

 〇月×日

 

 束さんはお風呂場周りの工事に窓作り。

 俺は家具などの設置作業。

 引っ越し業者にISは必須と言えるくらい作業がはかどる。

 重い木のクローゼットも余裕でした。

 明日には完成かな? そう思うと感慨深い。

 俺、ログハウス作成にはほとんど手を加えてないけどね!

 しかしキングサイズのベッドとか羽毛布団、生前だったら絶対に買わない物だ。

 これでオルコット夫妻が避難を拒否したら泣くぞ。

 自分じゃ値段が高すぎて怖くて使えないんだよ。

 全体の作業は滞りなく進む。 

 束さんに掛かれば電気配線だろうが水道管設置だろうがあっという間だ。

 これは本気で感謝しないといけないな。

 俺一人じゃ掘っ立て小屋が精一杯だっただろう。

 明日には完成予定。

 ならば今夜は盛大に祝わなければ。

 束さんが喜びそうなご飯……考えても分からないので直接聞いてみた。

 

 なんでもいいよ。しー君の気持ちがこもってればなんでも(¥¥)

 

 とても冗談と言えない目力だった。

 ここで選択を間違えたらどうなるか……ただ高いものなら良いって問題じゃない。

 例えば世界三大珍味。

 トリュフやフォアグラなんてどう料理すればいいのか分からん!

 キノコとレバーじゃん。焼けば食えるよね? って言ったら俺が束さんに焼かれそうだ。

 キャビアは生で食えるから楽だけど、流石にキャビア単品じゃあね。

 うーん、自分で作る考えを捨てる? だが完成のお祝いはこの無人島でしたい。

 悩むなー。

 

 

 

 

 〇月×日

 

 祝! ログハウス完成!




し「よっしゃ! 気合入れて無人島開発頑張るぞ!」
た「邪魔だしセンスがない」

無人島のポツンと一軒家なのに都会の一軒家並に設備が整ってる不思議。
なお束さんはホクホク顔でお金を受け取ってた模様。


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オルコット夫妻拉致作戦(前)

正月早々パソコンがぶっ壊れた!
通勤途中で靴紐が切れ!
仕事中にメガネが壊れた!

消耗品とは言え、不幸連鎖しすぎでは?
初詣行かなかったのが悪かったのかな(´・ω・`)


「見事に完成しましたなー」

「したねー」

 

 オシャレな外観、機能的な内装。

 ザ・高級リゾートのログハウスだな。

 こんなにも立派なマイハウスなのに、何故こうも心が寂しいのか。

 うん、原因は分かってるんだけどね。

 

「俺が手を掛けた場所って地下室だけなんですが」

「そこも私が手直ししたけどね。仕事が雑なんだもん」

「家具の配置も直しましたよね?」

「だってしー君センスないし」

「俺が建てたって言っていいですか?」

「プライドが許すならどうぞ」

 

 言えるかッ!

 こんなプロが手掛けた完璧なログハウスを自分で建てたなんて絶対に言えない。

 だからこそ寂しい。

 俺、伐採と道の整備と畑作りしかしてないんだよ?

 トロッコやログハウス、電気系統を含むライフラインの設備は全部束さんがやったもの。

 俺の仕事? パイプを通す道を作ったりはしたよ。

 って土木工事しかしてねーし!

 流石は世界中で秘密基地や研究所を作ってだけある。

 無駄のない流れでみるみる完成させちゃうんだもの。

 

「しかし束さんにしては本当に珍しく協力的ですね」

「だってさ、オルコット何某が避難を拒否したらしー君はここに住むんでしょ?」

「ですね。まぁ学校には通うから別荘的な扱いですが」

「ならさ、私もこのログハウスに入る事もあるよね?」

「遊びに来る気ですか? それは全然構いませんが」

「私は掘っ立て小屋に泊まる気はない!」

 

 お年頃の女性、魂の叫びである。

 ん? それって――

 

「泊まる前提? まさかあのダブルベッドって……」

「一人で使うに決まってるじゃん。童貞は居間で寝袋」

 

 ふっ、束さんの蔑んだ目が気持ちいいぜ。

 だが残念だな束さん。

 如何に天才と言えど、童貞のハードルの低さは計算できないらしい。

 束さんが普段自分が使ってるベッド寝る、自分が束さんが寝てたベッドを使う。

 どっちでも興奮しますが?

 寝袋上等。

 童貞はそんな場所で戦ってないのだよ。

 そう、俺は篠ノ之束と同じホテルの部屋に泊まった男。

 例えベッドとソファーの違いがあろうと、”束さんとホテルに泊まった”と俺は言える。

 今後の人生においても俺はその事実を一生忘れない。

 それが童貞のハードル!

 

「なんで寝袋で寝ろって言われて目をキラキラさせてるの? ドМだから? 殴ろうか?」

「ちゃうわ。ところで今日のご飯はどうしましょう? まだ無人島開発自体は終わってませんが、ログハウス完成記念で豪勢に行きたいですよね」

「期待してるよしー君。なんなら三ツ星レストランとか予約しちゃう?」

「や、高級すぎるのは緊張で味が分からなくなるから。んー、庭でBBQとか?」

「しー君はすぐに焼き物ですませちゃうからなー。やるなら松坂牛でね」

 

 松坂牛でBBQとかなんて贅沢。

 焼き方ミスして炭にしたら松坂牛に失礼だから、それはそれで緊張感のある食事になりそうだ。

 しかしやっぱり違和感が酷いな。

 最近の束さんは高級志向過ぎる。

 高いものは美味いってのは理解できるが、物欲なんて一部に尖ってるだけでブランド物なんて興味ないはずなのに、家具は高級品だしバッグやらなんやら欲しがるし……。

 どう考えてもおかしいよね?

 

「うーむ」

「どったの?」

「最近の束さんはやはりおかしいなーと」

「ギクリ……そんなことないんじゃないかなー? 束さんはいつも通りの天才美少女だぞっ☆」

「どう見ても異常じゃないか」

 

 なんだその媚びっ媚びの笑顔。

 ガラにもなくウィンクなんてしちゃって……最高の笑顔ご馳走様です!

 いやそうじゃねーよ。

 

「やっぱりなにか企んでますよね? 聞くたびに色々と理由を付けられて誤魔化されてたけど、流石にもう無理です」

「……無理かな?」

「無理です」

 

 聞き返す時点で企みがあるってことじゃん。

 いい加減キリキリ吐きやがれ!

 

「あのねしー君」

「なんでしょう」

「お金だけで私の笑顔を見れる気分はどうだった?」

「……はい?」

「いろんなものをおねだりされて、それを買ってるあげる気分はどうだった?」

 

 どうだったって……まぁ悪い気はしなかった。

 前世でも女性におねだりされるなんて経験なかったし、新鮮な気分だった。

 そう、まるでキャバクラのお姉様におねだりされる気分。

 行ったことないけどね!

 ん? つまり、束さんがここ最近俺に散財を強いてきた理由って――

 

 

「キャバクラにハマる童貞、近くで見る分には最高に滑稽で面白い見世物でした」

「趣味悪すぎではッ!?」

「なんだかんだ文句言いつつ高い買い物して、それで私が笑顔になったら嬉しかったでしょ?」

「っ……否定はできない!」

「お金だけで異性の好感度を得られるってどんな気分だった?」

「それ……は」

「ねぇねぇ」

 

 束さんがニヤニヤ笑いながら俺を顔を覗き込もうとする。

 正直悪くなかったです!

 キャバクラで彼女でもない女性に貢ぐとか馬鹿じゃねーのと思ってました!

 でも経験して理解した。

 お金だけで女性が笑顔になってくれるのって、非モテ童貞にとってやべーわ。

 

「しー君、君は本当に良い玩具だよ」

「良い笑顔でトドメ刺すな」

 

 だがまぁこれで今までの束さんの行動の意味が分かった。

 まったく、童貞で遊ぶとはたちが悪い。

 

「出来れば人の心を弄ぶ遊びは控えてください」

「はーい。………ふっ、ちょろい」

 

 なんか返事の後に小声で言った気がするが気のせいか?

 もう束さんの事はいいや。

 

「ログハウスは束さんおかげで完成したし、次は何から手を付けるべきか」

 

 果樹を植えたりとまだまだ仕事はある。

 後はあれだ、ニワトリ小屋も作りたい。

 この島、魚を捕れるけど動物性タンパク質がないんだよな。

 ニワトリなら柵だけ作って放置でいいし、素人でも育てられると思う。

 卵は料理でいくらでも使うしね。

 ニワトリの捌き方のハウツー本とか売ってるかな? オルコット旦那さんには頑張って覚えてほしい。

 

「やる気出してるとこ悪いけどさ」

「なにか問題でも?」

「問題っていうか本題? オルコット何某の暗殺日が決まりました」

「ついに、って感じですね」

 

 元々この無人島はオルコット夫妻を匿う為に買ったものだ。

 開拓に夢中になってたけど、俺の目的は無人島開発で遊ぶんじゃなくてオルコット夫妻の保護。

 緊張してきたぜ。

 

「エクシアちゃんの生体同期型ISコアとの適合手術は終わってるんですか?」

「それは今日の午後からだね。だから私はちょっと見学に行ってきます」

「束さん一人じゃ心配ですし、俺も同行……はしなくていいですね」

「意外な選択。しー君なら来ると思ったのに」

「だってどんな手術か分からないじゃないですか。嫌ですよ、お腹が開いた美幼女を見るの」

 

 俺はな、薄着の術衣とか大好きだけど血とか臓物はNGなんだよ。

 手術は必ずしも大量の血が出たり内臓が見えたりするものじゃないけど、可能性があるからな。 

 

「しー君も来ていいんだよ? むしろ一緒に行くべきだね」

「断る!」

 

 束さんがウキウキしてそう言うなら、手術は多少なりとも出血があるパターンじゃないですか。

 絶対に行かん!

 

「相変わらずのヘタレめ」

「ほっとけ。それで暗殺日は?」

「ISコアとの適合が成功すれば一週間後だね」

「結構急な話ですね。暗殺とかもっと時間を掛けて計画を練るもんだと思ってました」

「一週間後に絶好の暗殺チャンスができたから、急遽決めたみたいだよ」

「暗殺チャンス? なにかあるんですか?」

「ここで問題です」

 

 デデン

 

 なんか音楽が流れた。

 今は暗殺とか暗い話してるシリアスターンなんだから自重して欲しい。

 

「暗殺するならどんな場所、時、シチュエーションが相応しいと思う?」

「正解すると良いことあるんです?」

「なでなでしてあげよう」

「よっしゃ任せろ!」

 

 束さんのなでなでとか狙うしかないでしょーが!

 原作で死因語られてたっけ? 流石に覚えてない。

 だから本気で考えよう。

 まず場所。

 対象が確実に居る自宅だな。

 勤務先、移動中は予定外の事態が起きる可能性があるし。

 時は夜。

 目撃されないようにするには当然の選択だ。

 シチュエーションは……対象が眠った時だな。

 人間が一番眠りが深くなるのって朝方なんだっけ?

 つまり――

 

「対象の帰宅を確認できる自宅で、朝方の3時~4時の深い眠りに入っている間に速やかに排除する」

「それが答えでいいんだね?」

「はい」

 

 ゴクリ

 

 束さんと視線が合い緊張が生まれる。

 果たして俺の答えは正解か、それとも――

 

「残念!」

「クソが!」

 

 まじかー。

 俺が暗殺するならそう考えると思った答えなんだが、ダメだったか。

 

「予想通りの素人考えな答えで私は満足である」

「喜んでくれてどーも。で、答えは?」

「正解は――大勢の人間と一緒に確実に吹っ飛ばす! でした!」

 

 ほお、大勢に人間に一緒にね。

 それってつまり無座別にテロに見せかけてって事か。

 んー、なんか聞いたことあるな。

 なんかの海外ドラマかアニメで似たような話が……

 

「大勢の犠牲を出すことで標的が誰だったのか悟らせない工夫……でしたっけ?」

「おりょ? 知ってるじゃん」

「聞いた事があります。犠牲は多ければ多いほどいいと、なぜなら初動が遅れるから。被害者の確定から始まり、それが事故なのか事件なのかの調査があり、解決に膨大な時間が掛かるんですよね?」

「そうだね。んで適当なテロリストグループ名で犯行声明とか出せば解決はほぼ不可能。完全犯罪の出来上がりだね」

「オルコット夫妻もその形で狙われると?」

「いえす! 対象が狙われるのは電車に乗った時だよ。脱線事故で多くの死傷者。事故なのか事件なのか、事件なら狙いは国なのか鉄道会社なのか個人なのか。個人なら誰なのか。地元警察と国の機関との間でギスギスして情報共有が疎かになり……うん、怪しむ人間は居るだろうけど、それがとある夫婦狙いだと確信は持てないだろうね。なんせ都合よく国の高官も乗車してるし」

「暗殺だとしても、オルコット夫妻以外にも暗殺される可能性がある人間が居るって事ですか。それは確かに狙いたくなるシチュエーションですな」

「ちなみに助けるなら電車に乗ってからの方がいいよ。その方が死体の偽装が簡単だから」

「却下」

「なぜに? しー君が助けたいのはオルコット何某だけでしょ? その他大勢が死んでくれた方がいいじゃん」

 

 これは本気で言ってるのだろうか? きっと本気なんだろうな。

 束さんは善悪で語ってはいない。

 オルコット夫妻の死を偽装して匿うにはどっちがいいのか、それを理論的に言ってるのだ。

 だからこそ俺は気持ちで語ろう。

 束さんには人命の大切さを知って貰わなければならないからな。

 

「大勢ってさ、ヤリチンリア充だけ?」

「ほえ?」

「だからさ……男だけが犠牲になるかって聞いてるんだよ!」

「突然のガチギレっ!?」

 

 ダメだわ。

 束さんのダメな所が出ちゃってるわ。

 

「あのさー、その中には年頃の女性や少女が居るんだよね?」

「居るだろうね」

「それを見殺す? テメェ……童貞舐めてんのか?」

「失礼な。嘲笑ってるけど舐めてはない!」

 

 笑ってるのかいっ! いやいいけど。

 

「もしかしたら将来の嫁になってくれるかもしれない相手。それをを見殺すとかありえない!」

「……現実みよ?」

「見てるよ。見てるから言ってるんだろうが。可能性が0.0000000000000001%以下でも、可能性は可能性だ!」

「うん、そだね。宝くじがあたる可能性より低いけど、可能性は可能性だもんね」

 

 優しい手つきで肩叩くのやめてくれない?

 半分冗談なので慰めるな!

 普通に考えて事故が起きると分かっているのに見殺すはずがないでしょうが。

 そんな事したらストレスで胃が死ぬっての。

 

「さて、しー君の戯言は置いといて、どう動こっか」

「束さんはなにかプランあります?」

「100パターンはあるね。でも今回はしー君主体で動くべきだと思うんだよねー。ってな訳で、どう動くはしー君が考えてね」

「まじですか」

 

 これは下手な作戦を立てられんな。

 電車に乗る前に拉致しなければならない。

 だが大切なのは篠ノ之束の存在を悟らせない事。

 イギリス政府にも亡国機業にもだ。

 だってもしかしたらセシリアが束さんを両親の仇だと勘違いしたり、勘違いさせられたりする可能性がある。

 俺、二次小説の原作介入による改変には詳しいんだ。

 よかれと思ってやった事が後々になって大事件を引き起こす。

 あると思います。

 

「束さん、電車に細工されるのって当日ですよね? オルコット夫妻が乗り込んでからとか」

「だろうね」

 

 暗殺の当日、前日に攫うのは都合が良い感じがして生存を疑われるか?

 なら三日前くらいが無難かな。

 

「ちなみにどの程度手伝ってくれます?」

「それがオルコット何某を助ける為に必要な行為ならしー君の指示に従うよ? だってそうすれば今回の件の全てはしー君の責任だもん。もちろん……失敗した場合の責任もね!」

 

 こいつ、笑顔でなんてこと言いやがる。

 人助けってさ、もっと気軽で気分がよくなるものじゃないの?

 なんで俺の胃はズキズキしてるんだろう。

 

「ねぇ、プレッシャー感じる? 胃が重い? 今どんな気分?」

「確信犯かこの野郎! 気分は最悪、今すぐにでも束さんの双丘に挟まれて癒されたい!」

「しー君如きにはおっぱいマウスパットがお似合いだよ」

 

 おっぱいマウスパッドかー。

 一度ふざけて買った事あるけど、思ったより手首の負担減らなくて残念だった思い出がある。

 外見は素晴らしいけど、機能性は残念だよね。

 

「色々言いたいが、束さんが動いてくれるなら問題ない。俺の言葉を曲解したり、悪ふざけで無視したりしないように」

「……それはフリってやつかな?」

「残念だがガチです。もし余計な真似をしたら、箒と一夏にあることないこと吹き込んで束さんの好感度を下げる」

「最悪な脅しだっ!?」

「俺の目を見ろ。マジでやるからな?」

「プレッシャーで余裕がないんだね! 了解しました!」

 

 本当に頼みます。

 俺だって一夏や箒の束さんの悪口は言いたくないのだ。

 おふざけしたらガチで悪意満載の嘘を吹き込むけどな!

 

「じゃあ早速しー君に作戦を考えてもらおうか。……二人の人間の命がしー君に掛かってると思うと心がポカポカするね!」

 

 わーい。束さんのキラキラ笑顔を間近で見られる俺は本当に幸せ者だなー……クソが!

 絶対にオルコット夫妻を助けて美味い酒飲んでやるからみてろよ。

 

「日常でオルコット夫妻が二人だけで車に乗ったりするパターンはありますか?」

「ないね。移動は車だけど運転手付きだよ」

 

 ないんかい! 初手から躓いたよ。

 そう言えばお貴族様だったな。

 二人だけなら楽だったのに。

 

「同じ車の乗るのは運転手一人だけ?」

「場合によるかな。買い物の時とかはメイドも一緒だね」

 

 メイド連れて買い物とかラノベかよ。

 あ、ラノベだっだ。

 

「夫婦と運転手だけの時ってどんな用の時です?」

「政府関連施設に行く時だね。今はエクスカリバー打ち上げ前でほぼ毎日行ってるよ」

 

 ふむ、それならなんとかなるか。

 となると次の問題は仕掛けるタイミングだな。

 

「行く政府施設って一か所だけですか?」

「うんにゃ、都会にある施設と郊外の施設に2パターン」

 

 都会にあるのはお偉いさんが集まって会議したりしてるイメージ。

 郊外の方はエクスカリバー関連の施設かな。

 

「オルコット家からその二つの施設のルートを出してください」

「ほいほい」

 

 さてさて、オルコット家は郊外の豪邸。

 会議場(仮)は町中のビルで、研究所(仮)はオルコット家と同じ郊外にあって町を挟んで反対側だな。

 出来れれば郊外の方で襲いたい。

 その方が周囲に被害が出ないからだ。

 でも俺は町中で襲いたい。

 オルコット夫妻の死を多くの人間に目撃して欲しいのだ。

 

「マンホールが信号機の前にある個所ってあります?」

「ふむふむ、しー君の狙いが分かったよ。ほい表示」

 

 あ、もう分かっちゃいましたか。

 王道と言えば王道だから仕方がないけど、ちょっと悲しい。

 ルート上に赤い点が追加される。

 町中にはそこそこあり、郊外に向かうにつれ少なくなっていく。

 これはどこにするか迷うな。

 

「人通りがなく、周囲に他の車もないなんて状況は難しいですよね?」

「帰宅時間に狙えば大丈夫じゃないかな。イギリスは17時~18時に帰宅ラッシュだし、それが過ぎれば閑散とすると思う」

「それもありですが、暗殺じゃなくて事故にしたいので、目撃者は欲しいんですよね。そして犠牲は出さないでスマートに終わらせたい」

「となると、現場の近くにガラス張りのショーウインドーやドアがないのが好ましい感じかな?」

「ですね」

「そんでもって道路と歩道に距離があった方がいいと」

「それも必要な要素ですな」

「んーと、平面マップじゃ分からない点もあるから3Dマップにして、そんでもって必要なデータを打ち込んで自動的に適した場所を表示!」

 

 便利! 圧倒的に便利!

 流石は篠ノ之束ですわ。

 くーくるアースを見ながら必死に探す必要なんてないんや。

 

「要望に合うのは二ヶ所だね」

「やっぱり少ないですね。だけどあるならラッキー」

 

 人参マークが表示されるのはオルコット家から車で市街に移動するまでの途中の一ヶ所、それと市街地に入って少し進んだ所だ。

 この二ヶ所なら後者かな。

 

「束さんなら周囲に被害を出さず、ついでに消音性のある爆弾も作れるよね?」

「爆風の向きなんかは簡単だけど、消音っている?」

「テレビで爆発音で耳がやられたって聞いたことがあるので」

 

 テロ被害者のインタビュー映像だったかな?

 被害は絶対に出したくないじゃん。

 たまたま近くに居た人が耳に障害が……なんてなったら胃が荒れる。

 憂いは絶つのみ!

 

「まぁ余裕だけど」

 

 さすたば!

 

「ところでしー君、運転手の執事はどうするの?」

 

 運転手は執事さんでしたか。

 一応の案として、束さんにその執事さんの変装をしてもらおうと考えている。

 だがその場合、執事さんをどうするか問題があるんだよな。

 生かしておけばオルコット夫妻の死に疑問を覚えられるだろうし……うーん。

 いっそのこと一緒に攫うか? オルコット夫妻が家事できるか不明だし、お貴族様なんだから身の回りの世話をする人間が必要だろう。

 つっても執事とは言え雇われ者。

 誰が無人島まで行って面倒見るかと言われたらそれまでだけど。

 オルコット夫妻の下の者に対する態度が試されますな。

 ブラック企業の管理職なら見捨てられるのは確実だが、どうだろうね?

 断れたら話し合いだな。

 大金渡して口止めし、第二の人生楽しんでもらおう。

 なお口を滑らせたら束さんのお仕置きで。

 

「オルコット夫妻と一緒に攫います。んで一緒に無人島にご招待で」

「偽装の為の肉塊追加だね。そんなしー君に残念なお知らせ」

「なんです?」

「オルコット何某のDNA情報を私が用意してある。ま、サービスだね。でも執事のはない」

「……つまり?」

「あの執事から髪の毛の一本でも取ってきて。別に髪じゃなくてもいいよ? 皮膚片、血液、唾液でも可」

「それって手伝ってくれたりは……」

「爆弾作ったりして忙しいから無理だね!」

 

 清々しい笑顔で嘘つくな!

 この束さんの発言の裏の意味はなんだ?

 俺にやらせるには理由があるはず。

 

「執事さん、なにかあるの?」

「それを考えるのもしー君の役目だよ」

「執事のプロフィールをください」

「ほいほい」

 

 簡単にプロフィールが出てくるあたり、それなりに普通じゃないんだろうな。

 で、プロフィールだが。

 

 名   レオンハルト・カリバーン

 年齢  66歳

 職業  オルコット家執事長

 趣味  園芸

 特技  紅茶を淹れること

 

 以上の情報に加え、ナイスミドルだと付け加えておく。

 秋葉原の執事喫茶なら指名率№1確実のおじ様である。

 ふ、なるほどな――

 

「これ絶対に強キャラじゃん!? この顔と名前って絶対に主人公だろ!?」

 

 なんてこった……まさかこの世界がインフィニット・ストラトス3の世界だったなんて!

 あれだろ? 成長した無印主人公がサブキャラとして出るパターンだろ? よくあるよくある。

 

「どう見てもただの初老のおっさんじゃん」

 

 本気かこいつ。

 

「束さん、俺の目を見てください」

「ん」

「この執事様普通の執事ですか?」

「ごく普通の執事です」

 

 束さんの瞳は引き込まれそうなほど綺麗で、一切の濁りがない。

 ……こんな綺麗な目で見られちゃ信じない訳にはいかないよな。

 

「ごめん束さん、ちょっと疑心暗鬼が過ぎた」

「慎重なのは悪い事じゃないよ」

 

 謝る俺に対し、束さんが慈愛の表情を見せる。

 ほんとアメと鞭の使い方が上手い。

 俺が訓練された童貞じゃなければ一発で惚れるところだったぜ。

 

「おっと、そろそろ出ないと適合手術に間に合わないや」

「なら俺はレオンハルト氏の所に向かいましょうか。名前からいってエクシアちゃんのおじいちゃんですよね?」

「だよ。施設までオルコット何某と幼女を連れてくるのは彼だから、一緒に行く?」

「その施設って、東洋人の少年が歩いていても違和感をもたれない場所ですか?」

「3秒で捕まると思う」

 

 声掛けられる段階をすっとばすのか。

 病院とかじゃなくて“施設”って時点でお察しだよね。

 んじゃダメだな。 

 

「今日の所は諦めます」

「それが無難だね。あ、でもイギリスまでは運んで」

「了解。せっかくだから果樹とか今日揃えちゃおうかな」

「帰りはイギリスでアフターヌーンティー!」

「エクシアちゃんの手術が無事成功したら豪勢にしますよ。失敗したら俺の手作りクッキーです。俺がネチョネチョ練った小麦粉で焼くから」

「聞くだけで食欲失せる! もし失敗しそうになったら全力で介入するよ!」

 

 悲しいなぁ、一夏が作ったクッキーなら喜んで食べるクセに。

 だがこれでエクシアちゃん生存の可能性がグッと上がっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて平穏な会話をしてた数日後。

 

 

「少年、君の顔には見覚えがある」

 

 俺は血液採取の為に手の甲に針を刺そうとした瞬間を取り押さえられていた。




ぼくが考えた最強の執事……出陣!





た「え、嘘は言ってないよ。主人を守る為の武力と、仕える家を守る為の情報収集力を持つ、アニメやゲームでよくある普通の執事だよ?(暗黒微笑)」


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オルコット夫妻拉致作戦(中)

今月は忙しかったので自分へのご褒美買った!
低反発マクラと低反発マッドが月末に届くので、来月の俺の安眠は約束されたも当然である!
さらば煎餅布団よ。


「私はもう二度と他人の手術は見物しない。そう決めた」

 

 ちょっとお高いホテル。

 人目があるので、贅沢にも上層階のテラス付きの部屋を借りて紅茶をお菓子を楽しむ。

 優雅にイギリスの街並みを見下ろしながら紅茶を飲む俺の隣で、束さんはお疲れオーラ全開でテーブルに突っ伏す。

 

「適合手術は成功したんですよね?」

「したよー。でも手際が悪くてイライラハラハラが酷かった。途中で乱入しようか悩みまくったよ」

「よく我慢しました。はいマカロン」

「あむ」

 

 ほっぺをテーブルに乗せて文句を垂れる束さんの口にマカロンを押し込む。

 出来る人間が出来ない人間のプレイを見てストレスが溜まる。

 あると思います。

 オタクも他人のゲームプレイ見てるとコントローラー貸せって言うときあるよね。

 俺も友人のモンハン初心者がアカムに手こずってるの見てPSPよこせって言った事あるわ。

 

「これで心残りは執事さんの問題だけですね」

「その執事だけど、明日は半休だって。行動パターンから見て町に買い物に行くはずだから、その時に狙えばいいよ。チョコで」

「しかしいざDNAの入手って言われても意外と困りますな。出掛けて留守してる間に仕事部屋でコロコロするのが楽かも? ほい」

「むぐ。落ちてる毛が100%執事の物って保障がないじゃん。それとオルコット家の屋敷は普通にセキュリティーが厳重だよ? しー君じゃ忍び込むのは無理だね。スコーンをジャムで」

 

 流々武を使えば……無理か。

 屋敷に入るまでは行けるだろうけど、屋敷内で自由に動ける気がしない。

 いくら貴族様の屋敷でも、ISで自由に動ける程通路は広くないだろう。

 

「なら体中にガムテープ巻きつけてハグが鉄板か。ほいイチゴジャム」

「あーむ。その選択を選ぶしー君はある意味凄いよ。次は紅茶」

「……口移しで?」

「しゃきん!」

 

 あ、体起こした。

 

「危ない危ない、精神的疲労で油断してたよ」

 

 冗談に決まっているじゃないか。

 本当は吸い口で飲ませる気でした。

 

「ん、やっぱりちゃんとした紅茶は美味しいね。ほいしー君、迷える君にコレをあげよう」

 

 手渡してきたのは一つのケース。

 中に入ってるのは……針っぽいな。

 

「これは?」

「特注の針だよ。先端に極小の穴が開いていて、中心が空洞になってるの」

「刺せと? いや逆に難しくないかな」

「握手した時にチクっと、なんてマンガぽくていいじゃん」

「それは確かに」

 

 なんかのアニメで見たことあるようなワンシーンだな。

 ちょっとやってみたい気分になってきた。

 

 

「道聞いて、お礼言って、最後に握手。そんな流れですね」

「テンプレ感があっていいんじゃない? やるのはしー君だしご自由にどうぞ」

 

 うん、想像したら楽しくなってきた。

 不謹慎だが、物事は多少楽しむくらいで丁度いい。

 

「しかし明日ってのがなー。一度無人島に帰って明日またイギリスに……は面倒ですね」

「言いたい事があるなら言ってごらん?」

 

 爽やかな風が束さんの髪を靡かせ、後ろ広がるイギリスの街並みとも相まってまるで一枚の肖像画の様だ。

 口にイチゴジャムが付いてて色々台無しだけど!

 

「今夜はイギリスに一泊でどうでしょう?」

「いいよ」

 

 ありゃ、随分とあっさりと。

 一度泊まった事で抵抗がなくなってきてる?

 なんてことだ……これは近い未来、束さんは俺とホテルに泊まる事になんの抵抗も感じなくなるのでは?

 ネット上で篠ノ之束は俺の嫁! って言っても許されそうだな。

 

「今日の宿はここでお願いね」

 

 束さんが空中に画像を投影し、それを俺の目の前に飛ばしてくる。

 なにその近未来技術。

 ちょっと前までは空中投影だけだったのに、今は動かせるのか。

 一人だけ未来生きてるな。

 さて、束さんがご所望は――リーズ城?

 

 湖畔のお城かな? えーとなになに、過去に王妃様が暮らしていた事から貴婦人の城と呼ばれているのか。

 イギリスで最も美しい城とも呼ばれ、迷路の庭があって不思議の国のアリス気分に浸れると。

 日本人が想像する、ザ・貴族のお城だ。

 

「私、たまにはお姫様気分を味わってみたいな~」

 

 束さんが猫なで声で身を寄せてくる。

 こんなの……こんなの断れる訳ないじゃないか!

 キャバクラプレイありがとうございます!

 

「了解です。喜んで予約を入れさせてもらいます」

「よろしい。あ、ここは雰囲気重視で料理は期待できないらしいから、最高の料理とワインも用意しといて」

「姫の望むままに」

「うむ、苦しゅうない」

 

 満足げに頷く束さん。

 口にジャムを付けたままでも高貴な感じがするから不思議だ。

 これはなんとしてもリーズ城の部屋を取らなければ。

 即座に電話!

 

 

 宿泊タイプは三種類? 空きは2部屋?

 アッハイ、大丈夫です。

 

 所詮俺は束さんの下僕。

 姫様には最高級の部屋に泊まってもらいます。

 俺は低ランクの部屋で大丈夫です……大丈夫です!

 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「昨夜はお楽しみでしたね」

 

 翌朝、イギリスの上空高くでお約束のセリフを呟いてみる。

 しかし返事はどこからもない。

 

「良い夜だったよね?」

「う~ん、やっぱり朝はミルク多めのアッサムに限る」

 

 ISを纏う俺の肩に腰を掛け、優雅に足を組みながら紅茶を飲むお姫様。

 どんな場所で紅茶飲んでるんだか。

 しかしこれは眼福。

 束さんのスカートは長いから、チラリとふくらはぎが見えるだけでエロティックだ。

 風でスカートがひらひらしてるのもグッド!

 そんな神シチュが視線の横にあるんです。

 もうたまりませんわ。

 

「しー君」

「はいなんでしょう」

「キモイ」

「……すみません」

 

 束さんは俺の肩に乗ってる。

 つまり見上げる姿勢だ。

 威圧的に見下されるのも悪くないなぐへへ。

 

「最近サービスしすぎたかな? 調子に乗ってる気がする」

「俺は束さんと同じホテルに泊まった男。一皮剥けた男が調子に乗って何が悪いッ!」

「じゃあ大人しくさせる為に去勢……」

「あ、清々しい童貞の心を思い出したので大丈夫です」

 

 一瞬本気の目をしたのを俺は見逃さない。

 オーケー落ち着きました。

 

「で、レオンハルト氏は何処に?」

「今はまだオルコット家に居るね」

「休みは午後からか。ならそれまでどっかで時間を潰します?」

「うんにゃ、執事の休みは午前だよ」

「ん? でもオルコット家に居るんですよね?」

「あの執事は古き時代の執事なのです。しー君が好きな中世ファンタジーだと、執事は主に常に付き添う者でしょ? それと同じだよ。あの執事の部屋はオルコット家の屋敷の中にあるのさ」

 

 それはそれは、執事の仕事に夢を持つ人間には喜ばれそうな話ですな。

 よくよく考えればこの世界はラブコメの世界。

 執事が同じ屋敷で寝食を共にする事はあり得る話だ。

 ってことは……俺にもワンチャンある?

 将来は美少女貴族令嬢の執事として一生を終えるのもいいかもしれん。

 

「しー君さ、身分相応って言葉知ってる?」

「なにも言ってないのになぜ考えが……もちろん知ってます。俺に執事としての能力が足りないと? 別に今から頑張ればいいじゃないですか」

「容姿はどうしようもないし」

「酷くないッ!?」

「燕尾服とか似合わない顔だし」

「ほっといて!?」

 

 燕尾服が似合わなくとも和服が似合うからセーフ!

 更識家とかあるし、日本も探せば良家のお嬢様とか存在するのでは? 俺、そっちに期待します。

 

「ぐだぐだ駄弁ってる間にとうちゃーく」

 

 束さんに言われるまま飛んでいたが、気付けば眼下に大きな屋敷が。

 ほうほう、あれがオルコット家の屋敷か。

 

「そして執事が出てきたね。決まった時間に決まった行動を取る人間の動きは素直でいい」

 

 おおう、ロングコートを羽織ったナイスミドルが出てきたよ。

 血の採取抜きに漢として握手したくなる渋さがある。

 

「じゃ、行ってきて」

「行ってきてって、束さんを肩に乗せたままで?」

「私はここで降りるから。また後で合流しようね! ヂュワ!」

 

 束さんが肩から飛び降りた。

 その背中にはいつの間にかバックが。

 パラシュート的な物かな。

 

 …………束さんを追い越せばスカートの中覗き放題なのでは?

 

 

 

 

 

 

『殺すよ?』

 

 ほんの僅か機体を動かした瞬間、耳元で束さんの声が聞こえた。

 ふっ、これが本当の以心伝心ってやつか。

 

『残念ながら本当の音声です。しー君はそこで私の後頭部だけ見てなさい』

 

 了解ですご主人様。

 成長し、大きくなるにつれ束さんのガードが固くなる仕様はどうにかならないかね?

 心の中では、束さんが俺を男として意識してる証拠だ! なんて言って自分を慰めてるけど限度があるぞ。

 

「さてと」

 

 束さんの事は一時忘れて、今は自分の仕事をしようか。

 オルコット家から町までは距離がある。

 町に入られる前に接触しなければ。

 町中で迷子のフリしての接触が一番自然だろうけど、執事さんもオルコット家の関係者。

 もしかしたら監視なんかが付いてるかもしれない。

 束さんがこの場で俺を一人にしたのも怪しい。

 暗にここで行けって言ってる気がする。

 なので――

 

「この辺でいいかな?」

 

 ステルスモードで木々の間に降り、ISを解除。

 左右に森が広がる真っ直ぐな道。

 いいね、景観自体は日本と同じなのにどこか違う。

 こういった瞬間に母国との違いを感じるのが海外に居て楽しいところだ。

 景色を楽しみつつレオンハルト氏の方に向かって歩く。

 数分後、遠くの方に人影が見えた。

 地図を片手に……道に迷った子供作戦開始!

 

「あの、すみません」

「む? わたしかね?」

 

 少し横を通り過ぎたタイミングで話かける。

 迷子の子供、特に男子小学生は素直に大人に頼れないってよくあると思うの。

 我ながら見事な擬態だ。

 

「この自然公園に行きたいんですけど、道合ってますか?」

 

 観光客が持っているような地図を片手にレオンハルト氏に近付く。

 俺が指で示した公園は町から違う道を通れば行ける場所だ。

 冒険心溢れる子供が海外旅行中に一人で遊びに行って迷子になる。

 実に自然だ。

 

「今君が居るのはココです」

「全然違う道ですね。ここからだと……道が複雑だ。もしかして一回町に戻った方が早いですか?」

「その方がよろしいかと」

 

 嫌な顔ぜず子供相手でも丁寧に相手してくれる姿はまさに紳士。

 それと微かにコロンの匂いがする。

 嫌味にならない程度の匂いはむしろ好感度が上がる。

 加齢臭なんて全然しないし、俺がノンケじゃなきゃ惚れてたね。

 

「ありがとうございます」

 

 サッと右手を差し出すと、レオンハルト氏は疑問も持たずに握ってくれた。

 その瞬間、左手を握手している手に被せる。

 秘儀、童貞が惚れる瞬間あるあるコンビニ女性店員のお釣り渡し術改ッ!

 お釣り渡される時、差し出した手にそっと下から手を添えられるとドキッとするよね。

 

 ガシッ

 

 ……おりょ?

 

「少年、君の顔には見覚えがある」

 

 これでミッションコンプリート、そう思った瞬間……俺の手首は押さえられたいた。

 

「君の名は佐藤神一郎で間違いないね?」

「えっと、どこかでお会いしたり……」

「こうして会うのは初対面さ。ただ資料の写真を見たことがあってね」

「その資料って……」

「篠ノ之博士関連、とだけ言っておこうか」

 

 なる、ほど。

 これはつまり――

 

「そうそう、わたしは休日の行動をルーチン化しているんだ。何故ならその方がオルコット家に害がある人間を釣れやすいからね」

 

 釣られたクマ―!

 この執事様、日頃から自分を餌に不穏分子を釣ってるのかよ。

 

「さて、これは針ですか」

「あっ」

 

 俺が固まってる間にあっさりと針を奪われる。

 

「ふむ、一見薬物などの液体が付着している様には見えませんな。それで佐藤君」

「なんでしょうレオンハルト氏」

「君がここ、オルコット家の屋敷の近くに居る理由、わたしに針を刺そうとした理由、その他諸々を語ってもらいましょうか」

 

 ゾクリと産毛が総毛立つ。

 千冬さんを怒らせた事もあった。

 束さんを怒らせた事もあった。

 だがこの重圧は今まで感じた事がないッ!?

 

「流々武ッ!」

「なんと!?」

 

 恐怖に負けてISを展開。

 装甲が装着され掴まれた腕と握手が外れる。

 当たり前だが、今の俺は完全に予想外の行動を取っている。

 まさかISを晒すことになるとは……ここからどうすればいいかわからん!

 

「……君は……少女だったのかね?」

「正真正銘男の子です」

「男のIS適合者? それはそれは……是非ともお話を伺いたくなりました」

「じゃあ一緒にお茶でもどうです?」

「御冗談を。初対面の人間に針を刺そうとする人とお茶など怖くてできませんよ」

 

 今現在恐怖を感じてるのは自分なんですけどね!

 くそが、やっぱり普通じゃねーよ。

 束さんに騙された!

 

「お互いに誤解があるようですし、後日改めて謝罪に伺いますので、今日の所はこれで」

「させるとでも?」

 

 わぁ早い。

 もう目前じゃん。

 

「ラディカルグッドスピード!」

 

 ISの両脚の変換、足裏の車輪を回し詰めてきたレオンハルト氏と距離を取る。

 道路での戦いで最高に輝く装備なのだよ!

 

「一瞬でISの一部だけを交換したのですか? 素晴らしいスピードです。どうやら君は思った以上にISの使い方に慣れているようだ」

「おおおう!?」

 

 イケオジ執事様が凄まじいスピードで追ってくる!

 オリンピックで余裕で優勝できそうですよレオンハルト氏!

 

「しかし……」

「ふっ! とぉ! ふんぬっ!」

 

 こちらに伸ばしてくる手を必死に避ける。

 いやIS纏ってるんだから生身の人間の拳なんて痛くないだろうけど、なにされるか分からないから触られたくない。

 

「動きは素人のそれですな。随分と歪だ」

「自分、ISには乗りなれてるけど戦いは素人なんですよ。子供なんだから普通です」

「当然の顔をしてISを使用している男は普通ではありません」

「ですよねー」

 

 対話が不可能なら空に逃げる手もあるが、今のところレオンハルト氏は会話を続けてくれる。

 無害アピールしてなんとか話を聞いてもらわなければ!

 

「考え事ですかな?」

 

 あ、まず。

 余計な思考していたらレオンハルト氏が手が装甲に触れそうだ。

 

「ふっ!」

 

 腕を振るってけん制。

 恐怖を感じつつも、一応まだ冷静だ。

 ISの力で生身の人間を殴ればどうなるかなんて想像するのは簡単。

 目の前を鉄の塊が通り過ぎれば誰もが止まるはず。

 そう思ったんだが――

 

「流石に重いですな」

 

 レオンハルト氏怯むことなく更に一歩踏み出して、俺のパンチを受け流した。

 この人、技量は千冬さんレベルかな?

 

「捕まえましたよ」

 

 レオンハルト氏は俺の懐に潜り込んでいた。

 もうこのままハグできる距離だ。

 見下ろす俺と見上げるレオンハルト氏。

 うん、これはダメだな。

 手加減なしで動きを止めれる気がしない。

 そして一般人たる俺は生身の人間に攻撃はできない。

 束さんと千冬さん? 人外&人外なのでノーカウントです。 

 

「すみまん、やはり一度引かせてもらいます。今日中に束さんを連れてもう一回来ますので」

 

 空に逃げれば追ってこれまい。

 はっはー! ISこそ空の覇者なり!

 ……あれ、なんか体が動かし辛い。

 

「捕まえたと、そう言ったはずですが?」

「ってなんじゃこりゃ? 体中に糸が……大丈夫大丈夫。ISのパワーをもってすれば――」

「アラミド繊維とチタニウムを焼結させた特性の糸、いくらISでもそう動けないでしょう?」

「うそん。あ、本当に動かない」

 

 全力で力を入れるが切れる気配がしない。

 レオンハルト氏、そのルックスで糸使いってマジですの?

 

「若い頃はピアノ線を使っていたのですがね。いやはやこの歳になっても勉強をしなければならないとは、科学の発展は凄まじいものですな」

 

 なんかザ・最先端科学の結晶って感じの糸ですね。

 個人的にはピアノ線で戦ってほしかった。

 

「しかしまだ余裕があるようだ」

「それはそうでしょ。プロペラを止められたヘリは落ちるでしょうが、ISは違いますから」

 

 体中に糸が巻き付いてるかなに? 別に飛ぶことも動くこともできる。

 ビックリしたけど、それだけっていうか――

 

「ちなみに、糸の先は周囲の木々ですよ?」

「はい?」

 

 えっと、こういったパターンなら糸の先はレオンハルト氏の手や指先だ。

 だがそれが違うと。

 そういえば、糸を切ろうと力んだがレオンハルト氏は自然体だった。

 普通なら力に抵抗する為にレオンハルト氏も力む場面だろう。

 ハイパーセンサーを使用、視覚情報をより正確に。

 周囲の糸全てを把握。

 

 この場所は左右に森がある道路である。

 道路横の木々から糸が伸び、それが俺に巻き付いている。

 

 これ、空からみたら蜘蛛の巣に掛かった獲物じゃん。

 うける。

 

「って飛べないじゃんッ!?」

「少し締め付けを強くするとこうなります」

 

 キリキリッ

 

 糸の締め付けが強まり、俺の体は歪な形で空中に縫い付けられる。

 俺、こんな形のデッサン人形見たことあるぞ。

 さてさて、アニメだとこういった場合の逃げ方は――

 

「助言ですが、ISを一回解除して抜け出そうと思わない方がいいですよ? 生身になった瞬間に輪切りになりますので」

 

 さっきから俺の思考を先回りして希望を潰してくるなぁ!

 この人生身でISに勝てちゃうタイプの人じゃん。

 ISを解除して再度纏うよりレオンハルト氏が糸を動かすスピードの方が速そうだ。

 これはムリゲー。

 

「……やはり君は普通とは違う様だ。この状況でも取り乱すことなく冷静とは」

 

 そりゃあ絶対に助かるって確証があるからね。

 もういい加減助けてくれませんか? そんな思念を遠くに見える束さんに送ってみる。

 えぇ、居るんですよ天災が近くに。

 500m先の大木の天辺に立ちながら、ポテチとコーラ持って観戦してるんだよあの野郎!

 レオンハルト氏が普通ではないと分かった時点で、俺は束さんが近くで見てると確信して探してたのだ。

 

 ISを所持してるのに生身の人間相手に負けるとか弱すぎ(笑)

 

 そんな感じの笑みを浮かべている。

 もうさ、これ怒っていいよね? ちょっと悪ふざけが過ぎてると思うんだ。

 ってな訳で俺はいまから反撃にでます。

 

「冷静に決まってじゃないですか。だって、俺はあくまで囮ですから」

「囮?」

「四時の方向500m先、なにか見えます?」

「まさかッ!?」

 

 レオンハルト氏が俺と木の間に張られている糸の上に飛び乗り、反動を使って高くジャンプ。

 便利な使い方だな。

 しかし500m先とか見えるの?

 

「あれは……ッ!」

 

 レオンハルト氏は老眼とは無縁でしたか。

 だがこれで種は撒いた!

 

「悠長に俺の相手なんてしてていいんですか? 本丸ががら空きですよ?」

「本丸? ……ッ! まさか狙いは……」

 

 レオンハルト氏の周囲に緊迫した空気が生まれた。

 現れただけで害を及ぼすと思われてる束さんにワロタ。

 

「残念ながら君は後回しです。ここで大人しくしててください」

「レオンハルト氏、その前に俺のかい……ほう……を」

 

 最後まで聞く事無くレオンハルト氏は束さんが居る方向に駆けて行く。

 しかし俺を放置してでも束さんの元に向かうとは意外だな。

 俺程度いつでもヤれるって自信の表れか、それとも一秒でも早く束さんを排除したいのか……両方かな? 

 オルコット家はエクスカリバーの開発に生体融合コアの実験とか、束さんの地雷踏んでる様に見えし焦るのも無理はない。

 

「流々武解除っと」

 

 ISを解除し地面に着地。

 もしかしたら解除した瞬間に発動する罠でもあるかと思ったが、それもなし。

 捕らえた敵をそのまま放置なんて甘い事しなそうだし、単純に見逃されたっぽいな。

 レオンハルト氏の優しさに感謝を。

 そしてこれから――

 

「うさぎ狩りじゃぁぁぁぁぁ!」

 

 流々武、装甲一部展開! 森に突撃!

 あのアマ絶対に許さないッ! これ下手したら死んでた案件だぞ馬鹿野郎ッ!

 そんな訳でレオンハルト氏に協力します!

 

「追ってきましたか」

 

 両足と両腕と頭部、森で高速で動く為に最低限だけISを纏った俺が先行していたレオンハルト氏の隣に並ぶ。

 安心してください、目的は同じです。

 

「手伝います」

「……真意が読めませんな。君は篠ノ之博士の仲間では?」

 

 生身でISと戦える糸使いと戦わせようとする人間を仲間とは呼ばない。

 

「俺の目的は篠ノ之束からの解放です」

 

 そう、束さんの玩具って立場からの解放を求む!

 一緒に遊ぶのは良いけど、俺で殺意の高い遊びをするのは許さん!

 

「なるほど、君にもなにか事情がある様だ。声に含まれる篠ノ之博士に対する怒りの感情は本物……いいでしょう、同行願います」

「感謝します」

 

 ふっ、ナイスミドル糸使い執事とIS適性を持つ転生者。

 これは勝ったな!

 

「見えましたな」

 

 木々の間から遠くに見えるのは見覚えありまくるうさ耳。

 未だにコーラとポップコーンを持ってるあたり余裕を感じる。

 

「もう、役者が勝手に舞台を降りるなんてダメなんだよ?」

 

 なにをかわい子ぶってぷんぷんしてるのかなー?

 今の俺はその程度じゃ止まらないぞ!

 

「初めまして篠ノ之様。アポイントは取られてないようですが、オルコット家に何かご用ですかな?」

「やぁやぁどーもどーも。世界が求めてやまない束さんです! ところでお前ちょっと甘くない? しー君の手足切り落とすくらいはすると思ったのにさー」

「子供相手にそんな非道な真似をするように見えますかな?」

「敵相手なら容赦しないタイプには見えるね」

「動きは素人、殺意はなし、敵と判断する材料がどうにも見当たらなかったものですから」

「あー、しー君がダイコン過ぎたのか」

 

 穏やかな会話だ。

 だが内容が酷い。

 そうかそうか、束さんは俺がレオンハルト氏に無様にやられる姿をご所望でしたか。

 見てる方は楽しそうだね、見てる方は!

 俺の手が切り落とされた後にロケットパンチ改造手術とかするんだろ?

 ニコニコ顔で改造する束さんの姿が目に浮かぶよ!

 

「束さん、流石に今回はオイタが過ぎましたね」

「別に五体満足なんだし怒る要素なくない?」

「レオンハルト氏が冷静な人だったからの結果論でしょうが。本当に手足切られたらどうしてくれる」

「ん? 指さして笑ってた」

「……なんと?」

「だから、どうするって質問の答え。笑う」

「そうなんだ~」

 

 束さんが楽しそうに笑うものだからこっちまで笑顔になっちゃうよ。 

 本当に仕方がない子だなぁ~~~

 

「くたばれッ!」

「おっと」

 

 瞬時加速からのパンチは余裕で回避された。

 森の中ではISの性能を最大限に発揮できない。

 だがそれでも問題はない。

 所詮俺は誰かの引き立て役よ。

 

「捕らえました」

「おりょ?」

 

 気付けば束さんの周囲には糸が張り巡らされており、それが一斉に束さんを捕える。

 今がチャンス!

 拡張領域からハンマーを取り出す。

 今ならやれる!

 

「ハンマー×足の小指=死ッ!」

「狙いが凶悪過ぎじゃないかなっ!?」

 

 束さんの泣き顔は全世界の男が求める最高のオカズ! 最高画質で録画してやんよ!

 身動きが取れなくなったなった束さんの足元にハンマーを――

 

「このワイヤー、結構良いの使ってるよね。束さんには無意味だけど」

 

 束さんの周囲の糸が一瞬で細切れになり、俺のハンマーはあっさりと避けられる。

 ISさえ封殺できるはずなんだけどなー。

 

「表の世界じゃ最先端だろうと、そんなワイヤーは束さんの世界では五世代前の旧式なのさ」

 

 手でクルクルとナイフを回す姿は強者感満載だ。

 簡単に切断したのを見ると、高周波ブレードの一種かな? 

 

「なんと、こうも簡単に切り裂くとは流石ですな」

 

 しかしレオンハルト氏は取り乱さない。

 なんて頼りになるおじ様なんだ。

 

「ではこれならどうでしょう?」

「まだ懲りない――っとあぶなっ!」

 

 自分に巻き付こうとした糸にナイフを振るおうとした束さんが、途中で手を止めて慌てて回避行動を取った。

 はて? 自分にはさっきのと何が違うのか分かりませんが。

 

「ワイヤーにオイルを塗ってあるね。摩擦を減らし刃が嚙まないようにした訳だ。小技が得意なのかな?」

「弱者の浅知恵ゆえ、失礼」

 

 なるほど、ローション塗れにすれば切られないとは考えたな。

 

「で、も」

 

 束さんが左手に握られるのは外見はどう見ても日本刀。

 日本刀なら摩擦を無視して切れるとでも?

 

「流刃若火っ!」

 

 刀身が真っ赤に染まった刀が糸を切断する。

 お前そんなロマン武器作ってたんかいッ! 後で触らせてもらお。

 

「激しい運動は老骨に堪えるのですがねぇ」

 

 糸を足場にし、レオンハルト氏が森の中を駆け走る。

 完璧に人間やめてる動きだ。

 

「かもーん」

「ではお言葉に甘えて」

 

 束さんとレオンハルト氏の拳がぶつかり合い空気が弾ける。

 腕を取られたレオンハルト氏が投げられるが、途中で糸に捕まり地面に落ちるのを回避。

 束さんの背後からナイフが飛んでくる。

 レオンハルト氏が仕掛けたトラップだろう。

 ナイフ二本は体を軽く捻って避け、残り一本は指で受け止めた。

 捕まえたナイフをレオンハルト氏に投擲するが、高速で飛び回るレオンハルト氏の影に刺さるのみ。

 レオンハルト氏が腕を振るうと、大木に切れ込みが入り束さんに向かって倒れる。

 普通なら慌てて避ける場面だが、束さんは前に見せた高周波ブレードを取り出して一閃、迫る大木を真っ二つにした。

 木の陰から飛び出したレオンハルト氏が束さんに肉薄。

 拳と脚の応酬が数度行われた結果、レオンハルト氏が後ろに下がる結果になった。

 木々が倒れる衝撃で土煙が舞う中、天才と執事が睨み合う。

 これ、なんて人外バトル?

 

「力は下、速度はまぁまぁ、かな」

「手厳しい評価ですな」

「でもお前の強みはそこじゃないでしょ? 努力した秀才って感じかな。うん、自分の器を理解してる戦い方は好ましいよ」

「褒められてるのでしょうか?」

「凄く褒めてるよ。そこの置物に比べたら……ねぇ?」

 

 流れ弾が飛んできた。

 今あの子鼻で笑いました? 笑ったよなおい。

 こんな戦い見せられたら一般モブなんて置物か解説するしかやることないだろうーが!

 オーケーオーケー、ヤムチャの実力見ぜてやんよッ!

 

「せいッ!」

「後頭部狙いは本気過ぎないっ!?」

 

 背後からの回し蹴り。

 

「おりゃ!」

「このプリティフェイスに本気のグーパンだとぉ!?」

 

 人中への正拳突き。

 

「オラッ!」

「弁慶の泣き所はやめてっ!?」

 

 足にローキック。

 

 束さんに全ての攻撃は避けられるが、それでも俺は手を止めない。

 何故ならレオンハルト氏がなんとかしてくれると信じてるから!

 

「お待たせしました」

「ほ? これはこれは」

 

 束さんがぐるりと周囲を見渡す。

 木々の間に縦横無尽に張り巡らされた糸。

 今の束さんは糸で出来た籠に閉じ込められたウサギ。

 

「ふーん、糸の太さや色を変えて見えづらくしたりしてるんだ。頑張ってるで賞をあげよう」

「やれやれ、一見しただけで読まれるとは、わたしもまだまだですな」

 

 普通ならこれで決まりだと思えるんだけど、束さん相手だとそんな考えが浮かばないから不思議だ。

 だがここまでお膳立てしてもらえれば、後は隙を見てなんとか―― 

 

「なんとか動きを止めてください。そうすれば押さえてみせますので」

「了解です」

「二人仲良く束さんに挑んでもまだ戦力不足じゃないかなー?」

 

 そうだね。

 正面からじゃ勝てないさ。

 だがしかし、俺もレオンハルト氏も搦め手派なんだよ。

 

 シュルリ

 

「お? おーーーーっ?」

 

 束さんの足首に糸が巻き付き、それが一気に引き上げられる。

 落ち葉の中にも糸が隠してあったとは流石です!

 そしてこの宙吊り体制なら束さんのパンツがッ!

 

「ガードは完璧です」

 

 チッ! 両手でスカート押さえてやがる!

 だがそれならスカートを押さえる余裕をなくすまでだ!

 

「腹パンの時間だ!」

「なんの!」

 

 ハンマーでお腹を狙うも、束さんは腹筋の力で上体を起こして避けた。

 すかさずレオンハルト氏が束さんを糸で拘束しようと動くが、束さんに迫る糸は全てその体に触れる前に切られ地面に落ちる。

 そのまま足の拘束を切り束さんは地面に着地。

 

 こ こ だ!

 

「運動会! 一夏×短パン!」

「わふーっ!」

 

 せっかく両足が地面に着いたのに、束さんは自ら足ををまた地面から離した。

 

「レオンハルト氏!」

「お任せを」

 

 束さんを中心に糸のドームが収束する。

 一重、二重、束さんの体のみるみる糸で隠れていく。

 だが両手で一夏の写真をしっかりと握っているその顔はとても幸せそうだ。

 まだどうとでもなると思ってるんだろうな。

 だが甘い!

 この場には俺が居る。

 篠ノ之束がこの程度で終わるはずがないと信じてる俺がな!

 これがダメ押し!

 

「封印ッ!」

「……鬼かな?」

 

 束さんが自分の状況を見てポツリと呟く。

 糸の上から大量に貼られた千冬さんの写真は見事束さんを封印した。

 まんまるミノムシの千冬さんコーティングの完成だ。

 

「糸を切ればちーちゃんの写真も切ってしまう。まさかこんな方法で私を封じるとは」

「所詮はいくらでも焼き増しができる写真、気にせず切ってもいいんだよ?」

「できるかっ!」

 

 ですよねー。

 そして口調とは裏腹に満足げな表情。

 さては千冬さんの写真を貼られて喜んでるな?  

 

「いやはや、まさかこんな方法で篠ノ之博士を捕まえるとは」

「あ、レオンハルト氏、お手伝いありがとうございました」

「いえいえ、お気になさらず。それでこれからどうするおつもりで?」

「束さんですか? そうですね……イギリス政府に売り払うとか?」

「まさか篠ノ之束量産計画を実行する気っ!?」

 

 なぜ束さんがその計画を知ってるんだ。

 売った束さんが逃げてきたらまた売る。

 各国相手にぼろ儲けできる禁断の金策プランなのに。

 酔った拍子に口が滑ったりしたのかな?

 

「売るかどうかは佐藤君の判断にお任せしますよ」

「執事は人身売買を止める気ないのっ!?」

「オルコット家に害を与える存在ですので」

「問答無用で敵認定だとっ!?」

 

 ミノムシ状態なのに元気だなー。

 丁度良い具合に、戦いの余波で森の中なのに空白ができた。

 枯れ木集めてー。

 

「しー君はなにしてるのかな?」

 

 火を点けてー。

 

「おーい? しー君? なんで私の真下で焚火してるのかなー?」

 

 おや珍しい、束さんがちょっと焦ってる。

 

「ねぇ、しー君ってばごっほごほっ!?」

「煙が上がるので喋らない方がいいですよ?」

「容赦ないっ!?」

 

 涙目で苦しむ束さんは絵になるぜ。

 

「さてレオンハルト氏、せっかく火を起こしたんで、焚火で温まりながらコーヒーでもいかがです? 接触した理由も説明しますので」

「ご相伴に預かりましょう」

「放置? まさかの放置なの?」

「お前はそこで苦しんでろボンレスハム」

「ボンレスハムっ!?」

 

 さーて、ひと段落したところで束さんの苦しむ姿を愛でつつコーヒーブレイクの時間だ。

 

「しー君ごめんっ! ごめんってばっ! 煙が目に染みるのぉー!」

 

 束さんの鳴き声は売られているどんなボイスより耳に気持ち良い。

 幸せだなー。

 




糸でグルグル巻きにされ吊るされてるのにどこか幸せそうな表情の束さん。
その下で焚火をしながらコーヒーを飲む小学生と執事様。
楽しそうでいいよね(にっこり)


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オルコット夫妻拉致作戦(後)

FGOの配布は南央美さんでしたね!
いやー、往年のオタクには嬉しいサプライズ……なんですが!
キャラが男の子っていうか男の娘なので、声が子供ぽいんですよ。

――圧倒的なしまじろう感ッ!

もしくはマジク。
嫌いじゃない。嫌いじゃないけどそうじゃなんいだよ運営!(血涙)


 パチパチと火が爆ぜる音。

 木々を揺らす風の音。

 束さんの涙声。

 

 心が休まる空間て飲むコーヒーはなんでこんなにも美味しいのか。

 

「イギリスの人ってコーヒーより紅茶の方が普通なんですか?」

「個人の好みもありますからなんとも言えませんが、わたしは仕事の合間にコーヒーを飲みますな」

 

 ぐしゅぐしゅ

 

「なら良かった。誘ってから実は苦手な部類だったかもと考えてしまって」

「それは杞憂ですよ。このコーヒーも実に美味しい」

 

 うぅ……煙が目に……

 

「それにしてもレオンハルト氏は凄いですね。まさか生身でISに立ち向かって来るとは思いませんでした」

「オルコット家の事情はご存知でしょう? もしかしたらISに襲われるかもしれない、そういった心構えを事前にしていただけですよ」

 

 いい加減に降ろしてよっ!

 

「だからと言ってよくやりますね。自分だったら逃げてますよ」

「その辺は年の功ですな」

 

 おいっ! ゲホゲホっ!?

 

 さっきからBGMがうるさいな。

 イケオジ執事様との一時を邪魔するとは許さざる行いだとなぜわからん。

 

「束さん」

「うぅ?」

 

 見上げると口をギュッと閉じて薄目で俺を探す天災の姿。

 煙が目に染みるんだろうし、口に入ったら咽るから仕方がないとはいえ……

 

「稀に見えるぶちゃいく顔ですね」

「後で絶対に殴る! 絶対にだっ!!」

 

 そんなに叫んだらまた――

 

「うぼっえっ!?」

 

 想像の斜め上を行く声が聞こえたわ。

 気管に煙が入ったのが、何かを吐き出しそうなえづきっぷりだ。

 たぶん口から出てるのは美少女を構成するナニカだな。

 

「束さん」

「なんだよっ!」

「もう少ししたら火が安定して煙が少なくなるので」

「それが救いになるとでもっ!?」

「だから俺とレオンハルト氏の会話を邪魔しないでください」

「……ぐしゅ」

 

 そろそろ心が折れたかな?

 これで静かになった。

 やれる時にやっておかないと、遊びがエスカレートする可能性があるからな。

 無人島開発でお世話になった身としては心苦しいが、やはり自分の安全は大事なので。

 反省するまでそこでミノムシごっこしててもらいます!

 

「ふむ」

 

 レオンハルト氏が俺と束さんの顔を交互に見ながら顎を撫でる。

 

「なにか?」

「いえ、随分と仲が良いものだと思いましてね。篠ノ之様の交友関係は調べましたが、佐藤君は篠ノ之様が姿を消す前に重傷を負わされたはずでは?」

「あぁ、それはヤラセです。束さんと付き合いがあると知られると面倒なので、縁を切ったように見せる為にやりました」

「なるほど、ちなみにその案はどっちが?」

「もちろん束さんですよ」

「ほう、君が発案者ですか」

 

 あれー? レオンハルト氏の目がなんか怖かったので、自分なんて束さんのオマケですよとアピールしたかったのに見透かされてるぞ。

 こんな場合の正しい対処法……それは相手にしないこと!

 腹の探り合いとか出来るはずがないので、相手の思惑を無視して自分の意見だけを言った方が心に楽なのです。

 

「ところでレオンハルト氏、オルコット夫妻の暗殺計画が持ち上がってるのは知ってますか?」

「えぇ、未だ真偽は不明ですが、そのような動きがある事は把握しておりますよ」

 

 顔色変えず、か。

 束さんが沈黙した今、若干の恐怖を感じおります。

 これなら束さんに騒いでもらってた方が良かったかも……

 

「くかー」

 

 寝てやがるッ!?

 暖かな空気が眠気を誘ったんだね束さん!

 煙の勢いも落ちたし無理もない。

 ハンモックで寝てるようなもんか?

 千冬さんの写真を貼られてるからか、穏やかな寝顔だ。

 良い夢見てそう。

 

「自分達はオルコット夫妻を助けたいと思っています」

「それは嬉しい申し出ですな」

「車で移動してる最中に拉致する予定なんですが、運転手役の執事さんの処遇に困りましてね。せっかくだから攫った夫妻のお手伝いさんとして一緒に攫おうかなって」

「お手伝い? いったいどこに連れて行くおつもりで?」

「無人島です。とは言っても生活環境はそう悪くないですよ。そこで数年隠れてもらう予定でして」

「攫うならなぜ接触して来たのでしょう」

「培養した肉を身代わりの死体代わりにするつもりだったので」

「あぁ成る程、それでDNA情報を得る為に接触してきたのですか」

「その通りです」

「いくつか疑問があるのですがよろしいでしょうか?」

「もちろんです」

「ではお言葉に甘えて――なぜ、オルコット家を助けようとするのですか?」

「それは言えません。ですが恩に着せて、なんてつもりはありません。強いて言えば自己満足と自己防衛の為です」

「ふむ、ではお二人を問答無用で連れ去る気ですか?」

「そうですね。ですがどうしても死にたいと言うなら解放しますよ。頭を下げて助けさせてくれとお願いするつもりはありません」

「ちなみに何年ほど隠れさせる気で?」

「5年以上10年未満ですね」

「ふむふむ……嘘はなし、ですか」

「もちろん。だって騙す理由がありませんから」

 

 はぁー! 胃が痛いっ!

 なんか空気重くないですか?

 おかしいな、なんで俺はすでに飲み終わったコーヒーを飲んでるフリしてるんだろう?

 緊張で変な笑い声が出そう。

 束さんヘルプ!

 

「にゅふふ、ちーちゃ~ん……」

 

 よだれ垂らして笑いながら寝てやがるッ!?

 でも束さんのだらしない寝顔にちょっと癒された。

 

「言い忘れてましたが、オルコット夫妻に事前に説明するつもりはありません」

「ほぉ、何故ですかな?」

「余計な事をして欲しくないからです。奥さんと旦那さん、数日中に殺されるから死んだフリして無人島に隠れようと言われて普段通りに生活できます?」

「無理でしょうなぁ」

 

 なら事前に通じてからの行動は無理です。

 姿を隠す前に娘の為にアレコレ、とかやられたら未来が狂うかもしれんだろ?

 ちょっと怖い。

 

「それでレオンハルト氏はどうします? ご主人様と一緒に無人島に行くか、それとも――」

「イギリスに残るか、ですか。断ったらどうなるのでしょう?」

「懐柔ですかね」

「具体的には?」

「お金渡して南国で優雅な老後を過ごしてもらいます」

「ヌルイですな。懐柔が効かなければ?」

「まだ未定ですね。懐柔を断ったり、この話をオルコット夫妻に話す様な事があれば……痴呆症の老人として施設で暮らしてもらうとか?」

「無人島か南国の島か老人ホームか、ですか。いやはや、悩みますな~」

 

 どうして俺は強気ムーブしてるのか。

 それはレオンハルト氏が怖いからだ!

 目かな? うん、目だ。

 睨んでる訳でもないのにレオンハルト氏の目に恐怖を感じるのだ。

 問答無用で貴方のご主人様を拉致します! 強制です! って言われたら怒るよね。

 さて、そろそろ緊張感に耐えるのも限界なので――

 

「束さんや」

「すぴー」

「てい」

「うごみょっ!?

 

 口の中に指を突っ込む。

 悪気はない、人を起こすのはこれが最速なんだよ。 

 

「んあー? なんか口に……れ? しーくんまだ生きてるのぉー?」

 

 寝ぼけながら物騒なセリフ言いやがったよ。

 俺がどこかで死亡フラグ踏んだなら教えて欲しい!

 

「束さんには俺が死ぬ未来でも見えてるの?」

「あのねしー君、執事が油を塗ったワイヤーを使ってたの覚えてる?」

「うん」

「じゃあそのワイヤーは今はどうなってる?」

「……まだ森の中?」

 

 周囲を見渡して見ると、束さんとの闘いに使用したの糸などはそのままだ。

 なんとなく背筋に冷や汗が――

 

「この場所は?」

「森の中

「季節は?」

「乾燥した冬」

「……(にっこり)」

 

 束さんてば超楽しそうな笑顔してるー。

 って怖っ! え、嘘だろ? 恐怖でちびりそうなんだが。

 

「レオンハルト氏」

「なんでしょう?」

「もしかして、場合によっては自分や束さんを燃やそうとしてました?」

「ほっほっ」

 

 なぜ笑ってるんでしょうね!?

 やべーよ、いざとなったら山火事起こして殺す気だったよこの人。

 

「寝て起きたら目の前に泣き顔のしー君が居ることを期待してたのに……残念!」

「もしかしてレオンハルト氏を油断させる為にマジ寝してました?」

「ご想像にお任せします」

 

 吊るされた状態で真面目な顔をする束さんもいいね。

 そっかそっか、なんとなく落ち着かなかったのは命の危機を無意識で感じていたからか。

 

「仮にレオンハルト氏が放火してたらどうるすつもりだったんです?」

「そりゃトドメを刺すさ」

「自分の姿分かってる? 丸いボールから顔だけ出してる状態でなにが出来ると」

「なら試して見る?」

 

 えっその状態で攻撃出来るの? 噛みつきとかかな?

 ふーむ、束さんの周囲をぐるぐる回ってみるのが、拘束から抜け出せる様には見えない。

 千冬さんの写真を破ればいけるだろうが、それは出来ないだろうし……試してみるか。

 

「なでなで」

「……なんでそこをチョイスしたのかな~?」

 

 束さんのお胸当たりに狙いを付けて撫でまわす。

 男はおっぱいを触る事に情熱を持つ生き物! そう……例えそれがブラの上や服の上からでも嬉しいものなのだよ!

 固い感触しか感じないが、その奥には紛れもなく束さんのおっぱいがある。

 ならばやるしかあるまいて!

 

「えいっ」

 

 グサッ

 

「あいたっ!?」

 

 手のひらになんか刺さったぞ!?

 慌てて手を離すと、手のひらに血のボタンが出来ていた。

 

「斬れないなら刺せばいい」

「その体勢でどうやって?」

「天才だからね」

 

 いやその答えはおかしい。

 繭の中がどうなってるの覗いてみたいぞおい。

 

「まさかその状態でも攻撃手段があるとは。つまり、もしわたしがお二人を危険だと感じ事を成そうとしていれば……」

「穴だらけだったね」

「恐ろしい話ですな」

 

 恐ろしいのは二人だよ。

 しれっと焼き殺ろそうとしてる執事様も、捕まったと見せかけてまだ戦える手段を持ってた天災も普通じゃないよ。

 

「なんか気に食わない目でこっち見てるけど、このタイミングで新しいコーヒー淹れ始めたしー君もどうかと思うよ?」

「緊張で喉が渇いたんで。レオンハルト氏、おかわりは?」

「頂きましょう」

「しー君、私は?」

 

 生木投入。

 

「んにゃぁぁぁ!? めがぁぁぁ!!!」

 

 好きなだけ煙吸ってればいいよ。

 

「さてレオンハルト氏、自分がまだ生きてるって事は話しを聞いてくれると判断しても?」

「意地を張っても主を守れなさそうですので」

「そうなんですか?」

「未だ暗殺計画の尻尾を掴めてないのが現状でしてね。相手はかなり大きな組織の様だ。国か、それとも亡国機業か……どちらにせよ個人の力で守るのは不可能でしょう」

 

 レオンハルト氏も亡国機業を知っているのか。

 だとしたら話が楽だ。

 

「協力してもらえませんか?」

「いいでしょう。奥様と旦那様を助けられるのでしたら喜んで」

「それはありがたい。ですが先に言っておきますが、オルコット夫妻が消えた後のオルコット家には干渉するつもりはありませんからね?」

「そちらは大丈夫でしょう。少々分家が騒ぐでしょうか、お嬢様は聡明な方ですし孫も居ます。なんとでもなるでしょう」

「お孫さんですか?」

「今はセシリアお嬢様の専属メイドの見習いをしております」

 

 えーと……記憶を呼び起こせ俺。

 確かセシリアの近くにはメイドさんが居たな。

 名前は忘れたけど、サブキャラだと思ってたんだがまさかの主要キャラか?

 この人の孫って時点でキャラが濃いな。

 要チェックや!

 

「では改めて手を結ぶって事で」

「えぇ」

 

 レオンハルト氏と握手を交わす。

 頼もしい味方ができた。

 これでオルコット夫妻関連の心配事はなくなったと言えよう。

 

「ちなみにレオンハルト氏、アウトドア系のスキルは?」

「若い頃は山登りをよくしてましてね。多少はできますとも」

「ニワトリを放し飼いしたり、釣り船用意したりする予定なんですが、そちらも?」

「腕が鳴りますな―」

 

 なんと心強い。

 熟練の解体技術とか持ってそう。

 

「それと家周りなんかはオール電化なんですが、電気系統の技術は――」

「おーるでんか、ですか」

 

 あぁ!? 一気に顔色がッ!?

 やはりそこは弱点なんですか。

 

「いえ問題ありません。少々苦手な部類、と言ったところですので」

「そうですか、一応マニュアルなんかも用意しておきますね」

「そうして頂くと助かります」

 

 うん、農業系と電気系の初心者用のハウツー本と専門書の2パターンは用意しておこう。

 

「ねぇしー君」

「はい?」

 

 おや束さん、いつの間にか煙の勢いが落ちてましたか。

 追加いっとく?

 

「お腹がすきました」

 

 余裕の表情でぶち込んで来やがった。

 すげーな、木から吊るされてる状態に完璧に適応してやがる。

 

「つっても今は手持ちに食材ないですよ」

「どっか食べに行こうよ」

「んじゃちょっと買い出しに行ってきますね」

「行こうって言ってるじゃん!? まさかの放置なのっ!?」

「レオンハルト氏は休みは何時までです? 食事をしながら今後について話し合おうかなって考えてます」

「いいですな。近くに町に贔屓にしてるお店がありますので案内しますよ。そこのサンドイッチが絶品でして」

「おいこら」

 

 火に土を被せて消火してっと。

 

「じゃ、束さん」

「まじで?」

「レオンハルト氏おすすめのサンドイッチ買ってくるんで待っててください」

「……あい」

 

 俺の顔色から本気を悟ったね?

 はい本気ですとも。

 

「では行きましょうか」

 

 レオンハルト氏も束さんには深く関わらずスルー。

 それが正しい選択だ。

 篠ノ之束とか未知の生き物、生態を知ってなきゃ関わりたくないもんね。

 

「あ、どんなサンドイッチがいいです?」

「チーズとハムのとサーモン!」

 

 王道ですね。

 じゃ行ってきまーす。

 

 

 

 

 

 途中で一度だけ後ろを振り返ったが、風に揺られてぶらぶらしてる束さんの姿がくそ面白かった。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 後悔をしてないと言えば嘘になる。

 何度もイギリスを守る為に必要な行為だと自分に言い聞かせた。 

 それでも――

 

「――――」

 

 無言で車を運転するレオの顔をバックミラー越しに見える度に、申し訳ない気持ちが溢れてくる。

 僕は長年オルコット家に仕える執事の孫娘を計画に組み込んだ。 

 生まれた頃から病弱で、自分の娘より幼い少女を――。

 オルコット家に忠誠を誓うカリバーン家の人間。

 エクスカリバーの操縦者として相応しく、テロリストや重度の愛国者に渡す訳にはいかないと思った僕は彼女に目を付けた。

 生体融合型のISをその身に宿す事で、生き延びれるかもしれないという打算もあったけど、どんな理由を並べても、幼い少女を……レオの孫娘を巻き込んだ罪悪感は消えない。

 

「……なにか?」

 

 バックミラー越しに視線が合う。

 孫娘が非人道的な扱いを受けたにも関わらずレオは普段通りだ。

 

「いや、彼女の適合者手術が無事に済んで良かったと思ってね」

「旦那様には孫に生きる可能性を頂いて感謝していますよ」

「だけど、僕がやったことは……」

「そのままでは二十歳まで生きられない可能性が高かったのです。結婚衣装を見れる可能性が出来たのですから」

「そうか……」

「ところで奥様が先ほどから静かですが」

「あぁ、寝ている」

 

 僕の肩に頭を預ける妻の髪を優しく撫でる。

 気の強い妻だが、流石に最近は忙しすぎた。

 自分の娘と歳が近く、長年オルコット家を支えてきたカリバーン家の人間が命懸けで手術をしたのだから当然だ。

 表面上は普段通りだったが、内心は気苦労が絶えなかったはず。

 僕がしっかりしてないばかりに苦労をかける。

 まぁそう言えば、自分こそがオルコット家の当主なのだがら全責任が自分にある、なんて言うに決まってるけど。

 

「今回」

「ん?」

「今回、旦那様と奥様は重大な決定をいたしました」

「……そうだね」

 

 衛星軌道上にISを配置し、それを国防に充てる。

 搭乗者はコールドスリープ状態で事態が起きるまで眠りにつく。

 表には出せない兵器の開発。

 一歩間違えればオルコット家は潰されていただろう。

 

「これから世界が荒れます。いえ、既に荒れ始めています」

 

 篠ノ之博士が世界に撒いた最先端技術の数々。

 それは人間の生活を豊かにする一方、それらを巡って争いも起きている。

 

「ですからわたくしは、旦那様と奥様の行動はお嬢様やイギリスに住む人々を助ける為に必要な行為だったと、そう思っております」

「……ありがとう」

 

 そうだ、僕には悩んでる暇なんてない。

 僕はエクスカリバーの搭乗者として、レオの孫のエクシアを半ば無理やりに決定した。

 それが原因で今現在オルコット家の立場は不安定だ。

 邪魔に思ってる奴らも多いだろう。

 

「ですが」

「……な……それは……?」

 

 バックミラーに映るレオの顔には、気付かぬ間にガスマスクが装着されていた。

 まさか………まさかっ!?

 

「起きっ!?」

「ご自分達を守る努力をもう少しした方がよろしいかと」

 

 妻を起こそうとするが、車内の隙間から立ち昇った白煙吸った瞬間に体が硬直して言葉が続かなくなる。

 妻だけもなんとか逃がしたかった。

 裏切り? いつから? 何故? どう――し――

 

「そこで驚く事が理解できませんな。孫を殺戮兵器にされて怒らない爺が居るとでも?」

 

 理解は得られてると思っていた。

 だけどやっぱり……

 

「く…そ……」

 

 薄れゆく意識の中、僕は妻の体に覆いかぶさる事しか出来なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいですか束さん。この10年物のルビアガレガ牛のシャトーブリアンは150グラム10万もする幻の品です。レオンハルト氏の尽力で手に入れた日本では絶対に食べれない一品なんです」

「うん」

「だから仲良く半分こしましょう」

「うん」

「俺、マジで食べてみたいんで、本気で食べたいんで、そこんところ汲んでください」

「うん」

「ほほっ、良い感じのレアに焼きあがりましたよ」

 

 

 

 

「お前に食わせる肉はねぇ!」

「絶対にやると思ったよバカ野郎ッ! ぐっ、この馬鹿力め――ッ!」

「しー君程度片手で余裕です。でわでわ、勝者こそ全てを得る古の法に従い……あーむ」

「あ、そんな一口でだなんて……っ!?」

「うまっ! この肉うまっ!!」

「このアホーッ!」

 

 

 外が騒がしい。

 レオと子供の声が聞こえる。

 肉? バーベキューする予定でもあったかな?

 

「……別にこうなると思ってたし。計算通りだし」

「悔しさを誤魔化せてないよ?」

「まだシャトーブリアンは終わってないんだよ!」

「や、私の胃に消えて終わったけど」

「まだ鉄板の上にはシャトーブリアンの油が残っている! ここに白米を投入!」

「ほぉ? 日本の料理ですかな?」

「日本の料理っていうか貧乏人の料理だよね。残った油でチャーハンとかみみっちいと思う」

「黙らっしゃい! この極上の油を吸った米のパワーを甘くみるなよ!」

「そこまで言うなら仕方がないね」

「なーんでやれやれ顔でスプーン片手にスタンバってるんですかねぇ!?」

「正直興味がありますな」

「まさかのレオンハルト氏の裏切り!?」

 

 レオの声が随分と弾んでいる。

 さっきまでは底冷えする様な声だったのに……さっきまで?

 

「はっ!?」

 

 思い出したっ! 僕は確かレオに眠らされて――

 

「妻はっ!?」

「すー」

 

 ……居た。

 僕の真横で何事もなかったかの様に眠っている。

 妻の手を握ると、不思議と気分が落ち着てきた。

 僕がしっかりしないとな……さて、ここは何処だ?

 

「……ペンション?」

 

 木造造りの内装で僕と妻が寝てるのは豪華なダブルベッド。

 普通の客間には見えず、どこかの別荘に見える。

 センスがある内装だが天国にしては夢がない部屋だ。

 

「よし! そろそろ完成だね!」

「それ作ってる本人が言っていいセリフなんですが? だが確かに完成だ!」

「完成! そして頂きます!

「スプーンで直食いだとぉ!? させん! させんぞー!」

「ふむ、ルビアガレガ牛の上質な油を吸ったお米……これは素朴な美味ですな」

「ってレオンハルト氏も直に食っておられる!?」

「アウトドアの料理に下手な作法は無粋と言うものでしょう」

「むぐむぐ、その通り」

「お前は頬をパンパンに膨らませてなにしたり顔してんだッ! ちくしょう俺だって食う! ……あっつい!?」

「凡人のしー君が熱々鉄板から直接食べるなんて無理なんじゃない?」

「修業が足りませんな」

「この非凡人がッ!」

 

 こんな意味不明な会話が天国で聞こえるはずない。

 となるとやはりここは現実か。

 このままこの場に居ても仕方がないか。

 

「起きてくれ」

「うん……あら? いつの間にベッドに……」

「落ち着いて聞いて欲しい」

「どうしたの?」

「僕たちはどうやら拉致されたそうだ」

「拉致ですって? そんな事が――」

「車で移動中に眠らされたんだ。君は記憶があるかい?」

「ごめんなさい。車中でうたた寝をしてからの記憶がないの」

「最近忙しかったから無理はないさ」

「それで、この場所は?」

「僕も目が覚めたばかりで分からない。だけど――」

「どうしたの?」

 

 レオの裏切りを妻に言うのは心苦しい。

 だけど言わない訳にはいかない。

 

「僕たちを拉致したのはレオだ」

「ッ!? そんなはずないわ! レオは……レオンハルトは代々オルコット家に仕えてくれたカリバーン家の人間なのよ!?」

「本当だ」

 

 やはりそう簡単には受け入れてくれないか。

 僕だってあの車の中でのレオとの会話がなければ信じなかっただろう。

 

「ほらしー君、そんな泣きそうな顔しないでよ。ちゃんとしー君の分も残してあるから」

「束さんの優しさはスプーン一杯分なんですね……あ、うまっ」

「この天災がスプーン一杯分の優しさを持つだけでも特別感があって嬉しいでしょ?」

「この拳を口に捻じ込みたいッ!」

「まぁまぁお二人とも、まだお肉はありますから喧嘩せずに。ヒレ肉は串焼きに、こちらのバラ肉はシンプルに玉ねぎと炒めましょうか」

「串焼きは少量の塩でのみで、バラ肉は甘辛系で行きますか」

「……じゅるり」

「今度こそ仲良く分けて食べましょうね?」

「……モチロンダヨ?」

 

 天災という単語、彼女を調べる上で何度も見た研究発表や指導の動画で聞いた声……これは間違いない。

 

「どうやら僕たちは天災の手に落ちた様だね」

「そうみたいね……あの声は聞き覚えがあるわ」

 

 どちらともなく手を握り合う。

 自分たちが彼女の逆鱗に触れてる可能性は考えていた。

 だけどそれはあくまで可能性。

 宇宙進出の手助けになるISを兵器として使用する事も、そのコアを少女の体内に埋め込む事も、普通に考えれば許される行いではないけど、もしかしたら天災は許すのではと考えていた。

 自分たちの行いが許されないなら、今頃大国のいくつかは地図から消えてるはずだからだ――

 

「見通しが甘かったか……」

「仕方がないわ。覚悟はしてたでしょ?」

「そうだね」

 

 妻が顔色を青くしながらも気丈に振る舞う。

 もしもの事なんて散々話し合った。

 今になって取り乱すなんて事はしないさ。

 

「まだ私たちが目を覚ました事に気付いてないみたいだけど……どう動くのがいいかしら?」

「部屋を出れば何か武器になる物があるだろうけど、外の居るのは篠ノ之博士だけじゃなくてレオもだよ? 包丁や鉄パイプくらいでどうにかなると思う?」

「……無理ね」

「うん、だから素直に正面から行こうと思うんだ」

「あら、珍しくカッコいいじゃない」

「えっと、別に強がりとかそういったのじゃなく打算なんだけど」

「打算?」

「だっておかしいじゃないか。なんで僕たちは丁寧に扱われてるんだい?」

「……そう言えば、このベッドって結構値が張りそうよね。布団も高級品みたいだし」

「目的があって拉致したにしては拘束もされてない」

「交渉の余地があると、そう考えてるのね?」

「うん、だから下手な行動はせず正面から行こうかなって」

「それが最善かしら……」

 

 妻が悩むのは無理はない。

 正直、僕だって天災と正面から相対するなんて怖くて仕方がない。

 でも――

 

「ほうほう、やっぱり美味しい赤身は塩だけで頂くのが乙だね」

「感想の前にまずは俺の頭を押さえてる右手を離してくれませんかねぇ!」

「そして甘辛肉炒め。肉の油の甘みと玉ねぎの甘み……米を食う手がとまらないっ!

「左手でだけで器用に食うなおい!」

「ねぇしー君」

「なんでしょう」

「口に食べかす付いてるよ?」

「地面に押し付けられた時に付いた土だよバカヤロー!」

「ぷーくすくす」

 

 今なら大丈夫な気がする。

 僕はISが発表された後の篠ノ之博士の講演会に参加した事がある。

 可愛い服装にキャピキャピした声。

 とても世を騒がす存在に見えなかった――そう思ったのはほんの数秒だけだが。

 目の奥に暗い光を灯し、眼前の人間にまるでゴミでも見るかのような視線を送る。

 なるほど確かに天災だと確信した。

 その彼女はとても楽しそうな声を上げている。

 人前で見せた作り笑いではなく、本当の笑顔だと確信できる声だ。

 

「僕は今がチャンスだと思う」

「そうね。今ならなにがあっても被害は少年が受け持ってくれそうだし」

 

 ……言い方はあれだけど、妻の言う通りだ。

 どこの誰かは分からないけど、今なら悲鳴の持ち主がなんとかしてくれそうだ。

 

「行こうか」

「えぇ」

 

 妻の手を握りながら僕たちは部屋を出た。

 

 




料理ができる→力尽くで奪う→この繰り返しで束さんはずっと笑顔でいられる。
優しい世界だなー。

森での出来事。
 
た「まだ執事が命狙ってるからスキ見せて二人とも油断させたろ」
し「無事に終わったのでコーヒータイム!」
れ「もしオルコット家に害を成すなら森丸ごと焼いて死ぬまで戦う


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無人島から有人島に。そしてネクストターゲット

なんとか今月中に間に合った!
もう読者様に忘れられてそうで怖いですよ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル




「もしもし束さん?」

『なんだいしー君』

「ここ、結構怖いんですが」

『知らんがな。まぁ後2分33秒の我慢だよ』

 

 はいと言う訳で、現在俺はマンホールの下でスタンバっております。

 凄いんだよこの場所。

 流れる水の上に浮かびながら待機してる状態なんだが――コンクリ造りの川に流れるのは汚水排水ゴミなどで、川の両脇には人が歩ける程度のこれまたコンクリートの道がある。

 映画で見たことある風景だけど、本物はヤア゛ァイ。

 道を踏み外したらなんらからの病気になること確実だし、視覚情報もグロイ。

 かと言って明かりを消せば一切の光のない暗闇で原始的な恐怖がある。

 俺のIS全身装甲型でよかったわ。

 この空気を吸っても病気になりそうだもの。

 

『ふひぃー』

「随分と気が抜けた声ですね」

『バラを浮かべたお風呂で優雅に半水浴しながら冷えたシャンパンを飲む。これぞ優雅の極みだと思わない?』

 

 そしてこの場面でも煽ってくる束さんよ。

 束さんが入浴中だと聞いてもワクワクよりイライラくる。

 ……………よし。

 飛ぶために必要な部位の装甲を解除。

 上着やズボンを空気に晒す。

 わぁい、空気は生暖かいぞぉ~?

 これ、もしかして汚物が発酵してたりするのだろうか?

 だが丁度良い。

 この場の空気をたっぷり吸え俺の衣服達ッ!

 外に出たら束さんに新鮮な下水の匂いをご馳走してやる!

 

『おっと、後ろに車が来そうだからここは赤信号にして、逆にこっちは青にして先に進ませてっと――』

 

 束さんの仕事はレオンハルト氏が運転する車の前後に他の車が付かない様にする事。

 その為にハッキングで信号機のタイミングをずらしたりしている。

 普通なら難易度の高い仕事だ。

 道路全体を見ながら車の動きを先読みしたりなんて俺には無理。

 束さんにはそれこそ片手間の仕事レベルだけどね。

 

『しー君、後10秒で作戦開始だよ。スピード勝負だから失敗しないようにね』

「うす」

 

 脇のコンクリートの上に並べてある三つの袋に目を向ける。

 中身は肉塊……怖くて見てないが、手に入れたDNAを培養して作った人の形をした肉である。

 ほんのり感じるマッド感よ。

 

『3、2,――今!』

 

 真上にあるマンホールの蓋が開き、光が見える。

 ……そして落ちてくる人間。

 

「ってレオンハルト氏!?」

 

 まさかのダイナミックパスに慌ててキャッチ! と思ったら広げた腕に収まる直前で落下が止まった。

 あ、糸でバンジーしてるのか。

 

「糸を外すので旦那様を受け止めてください」

「了解です」

 

 レオンハルト氏の声が聞こえたので、素直に指示に従う。 

 両手で抱きかかえると、シュルリと糸がほどける音が聞こえた。

 便利なもんだ。

 旦那さんを歩道……歩道? とにかく汚物流れる下水の横にある歩行スペースに置いてある棺桶型保護ケースに入れる。

 中には酸素発生機はもちろん、あらゆるショックから身を守る束印のクッションが備わっている。

 これでISで手荒く運んでも問題ないのだ。

 

「次行きますよ」

「どうぞー」

 

 今度は奥さんが落ちてくる。

 セクハラにならないように触る場所に気を使いつつキャッチ。

 これもすぐさま棺桶型ケースに。

 

「次は死体を。まずわたしの死体を投げてください」

「了解です。ほいっ!」

 

 麻袋に入った人型の肉を両手で掴み真上に投げる。

 光の中にレオンハルト氏の手が見事麻袋を掴んだ。

 

「ふむ……自分の死体を見るのは流石に始めての経験ですな」

 

 なんて独り言が聞こえてきた。

 想像したくないけど、中身はやっぱりそうなんだ……。

 

「次は旦那様のを」

「ほいっ!」

「最後です」

「ほいっと!」

 

 最後の麻袋を投げてから棺型ケースを腰に装着。

 一見すればガンダムのヴェスパー感があってカッコ良い。

 中身は人間だけどね。

 

「お待たせしました」

 

 スルスルと降りてきたレオンハルト氏が下水の真上に現れる。

 糸を掴んでるのだろうけど、まるでパントマイムだな。

 

「抱っことおんぶと束式どれがいいです?」

「束式とは?」

「肩に腰かけてもらいます」

「ではそれで」

 

 ですよねー。

 俺的にはイケオジ執事様を抱っこでも良かった。

 

「天井にだけは気を付けてくださいね。車の方の細工は問題なく?」

「もちろんですとも。では失礼して」

 

 いつもの束さんポジションにレオンハルト氏が居るって新鮮だな。

 さて、これでこちらの仕事は終わった。

 後は一刻も早くこの場を立ち去るだけである。

 

「オルコット夫妻とレオンハルト氏を回収しました。車の方の細工も問題ないそうです」

『おつつ、んじゃ爆破3秒前ね』

 

 は? 3秒? さんびょう……

 

「全速離脱!」

「おっとと」

 

 申し訳ないレオンハルト氏! だけどこの位置は怖いんで! 少しでも離れないと巻き込まれる気がする!

 急発進したがレオンハルト氏はバランスを崩して落ちるなんてことはなかった。

 流石です!

 

「急にどうしました?」

「今から束さんが爆破するそうなので、一応耳を押さえてください!」

「それは大変ですな」

 

 そうそう大変なんですってきたぁぁぁぁ!

 

 爆音が響き、真後ろの空間に赤い火が見える。

 あの火はマンホールを通って現れたものだ。

 ほら見ろ絶対にこうなると思ったよ!

 あのアホンダラ爆風を真下にも向けやがった!

 

「こちらは生身なので頼みますよ」

「あいさっー!」

 

 後ろから迫る火から逃げる為に下水の上を飛ばす。  

 そう、ここは下水道で明かりなんてない。

 いくらISに暗視機能があっても、昼間ほど完璧に見えない。

 つまり――

 

「超怖いっ!?」

 

 真っ直ぐ飛ばなければならない。

 もし飛ぶ軌道がズレたらレオンハルト氏が一大事。

 そんなプレッシャーが俺を襲う。

 高所の綱渡り感がある!

 

「流石に他の人間にまで被害を及ぼす規模の爆破はしないでしょう。もう暫くの辛抱です」

 

 レオンハルト氏はもうそろそろ爆風が治まると予想!

 と言われましてもねぇ!? 純粋に背後から徐々に迫る炎が怖い!

 

『うーん、映画とかでよく見る光景だからやってみたけど、ハラハラドキドキより笑いが来るね』

 

 ここでその感想は聞きたくなったなぁ!

 あ、でも炎の勢いが――

 

「なんとか逃げ切りましたな」

「ですね」

 

 迫ってきた炎との距離が開く。

 もう少しでレオンハルト氏の髪がチリチリになるとことだったぜ。

 ふふっ、束さんたら本当にお茶目さんなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りしー君」

 

 下水道から脱出して合流地点に無事到着。

 お風呂上がりのさっぱりした束さんが出迎えてくれた。

 レオンハルト氏一回降ろして、ケースに入ったオルコット夫妻も優しく地面に寝かせてっと。 

 瞬時加速からで束さんの頭上へ移動! 

 

「もらった!」

「突然の奇襲!? だけど甘い!」

「ごふっ!?」

 

 腹に拳が……だがこんなケンシロウ状態になって程度で俺は止まらん!

 短距離の瞬時加速! 背後もらったぞオラッ!

 

「んな!?」

「お風呂上がりの束さんの髪は良い匂いがしますなー」

 

 ISを即座に解除して背中から抱き着き後頭部に鼻先を埋める。

 ぐへへ、バラの匂いがするぜ。

 

「唐突なセクハラとかバグったの!? いい加減に……しないと……?」

 

 束さんの鼻がヒクヒクと動く。

 セクハラ? バカ言っちゃいけないよ束さん。

 これは純粋たる嫌がらせだ!

 

「くさっ!? なんか匂う!?」

「束さんに下水の香りのプレゼントをしようと思って」

「こんにゃろー!」

 

 束さんがジタバタ暴れるが、俺は首に手を回してがっちり掴んでいる。

 多少暴れた程度で離すと思うなよ!

 

「ほれほれ」

「いやー!? なんかしー君が全体的に湿ってる気がする!?」

「炎に襲われた恐怖で少しばかり汗をかいたので」

「私のせいだった!?」

「なんかバラの香りが弱くなった気がする」

「シクシク……臭いよー、しー君が触れてる場所がヌメッとするよー」

 

 束さんがしんなりと枯れた花の様になってしまった。

 たかがバラ程度で下水の匂いに勝てる訳ないだろ!

 

「……流々武、強制展開」

 

 ボソッと呟かれた束さんのセリフに反応し、流々武が装着される。

 うん、この後の展開はだいたい読めた。

 

「やるといい。それでも俺はこの手を離さない!」

 

 空が一瞬だけ近付く。

 そしてISが解除されて襲ってくる浮遊感。

 地面に対して俺が下で束さんが上。

 俺は束さんの首に手を回し背後から抱き着いている。

 これはつまり――

 

「束さんがお尻を全力で押し付けてくる。そう思えばご褒美なのでは?」

「ッ!? 死ねっ!」

 

 ――激しい衝撃を感じたと同時に、ほんの僅かな瞬間だが柔らかさを感じた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 股間の痛みを感じる前に頭を打った衝撃で気絶したのは行幸である。

 下手に意識があったら股間を潰された地獄の苦しみを長時間味合うとろこだったからな。

 束さんと合流した現在はまたも移動中。

 肩に束さん、腕の中にレオンハルト氏を抱いてる。

 ナイスミドルとの距離が近くてドキドキしますよ。

 いやね、束さんが定位置じゃないと嫌だって言うだもん。

 

「篠ノ之束に股間にお尻を押し付けられた男って世界初なのでは? これは一生モノの思い出にしよう」

「ナニが小さすぎて一切の感触を感じなかったので私の心にはノーダメージです」

「くっ! お尻に残った感触に嫌悪感丸出しの顔した束さんが見たかった! お子様な体が憎い!」

「しー君て時たま私の想像以上の変態性を見せるよね」

「類友って言葉はご存じで?」

「頭脳面か肉体面で類友が欲しかった!」

「あ、自分の変態性は認めてるんだ」

 

 そりゃ千冬さんグッズで埋め尽くされた自室がある時点で重度の変態だもん、束さんだって千冬さんにお尻を押し付けられたいって思うか。

 まさに類友!

 肉体面の類友は居るし、後は頭脳面で同レベルの友達が出来るといいですね。

 応援だけはしてるよ。

 

「お二人は本当に仲が良いですなぁ」

「でしょ?」

「これのどこか仲が良いのか理解できない!」

「どう見ても仲良しの会話でしょうが。……あ、今までぼっちだったから友情とかに疎いのか。束さんドンマイ」

「まさか……同情…………されたの? 私が?」

 

 肩に座る束さんが前髪で顔を隠した状態でぷるぷると震える。

 どうした? もしかしてトイレかな?

 おや、アホやってる内に到着だ。

 

「レオンハルト氏、あの島が住んでもらう島です」  

「ほう、意外と大きいですな」

「山側に家があって、中央には畑があります」

「それはそれは、意外と豊かな老後生活を送れそうですな」

「晴耕雨読の生活っていいでよね。憧れます」

「その歳でそれに気付きますか。えぇ、実はわたしもそんな生活を夢見てた時期がありました」

「今は違うんですか」

「生涯をオルコット家に捧げる、そう決めてますので。ですからあの島での生活はいささか楽しみであります」

 

 カリバーン家は代々オルコット家に仕えてたみたいだし、若い頃には自分の生き方に疑問を感じて家の仕事を継ぐのに疑問を感じてたりしたのかな?

 

「到着っと」

 

 やって来ました愛しのログハウス。

 ……今日からリア充の住まいになるかとちょと悲しい。

 だって二人とも生前の俺と変わらない年齢なんだもの。 

 しかも奥さんは金髪美人(貴族)だ。

 少しばかし複雑な感情になるもの仕方がない。

 

「これは立派なログハウスですな。佐藤君が建てたので?」

 

 俺から降りたレオンハルト氏がログハウスを眺めながら顎を撫でる。

 気に入ってもらえたかな?

 

「そうです。と言いたいですが、9割以上は束さんです」

 

 胸を張って自分が建てたとは言えない悲しみよ。

 だがそのお陰でこうしてお貴族様が住んでも大丈夫な建物になった訳だが。

 

「それと向こうにあるのがレオンハルト氏の家です」

「おぉあれですか。実に助かります」

  

 指刺す先にあるのは急遽建てたもう一つの建物。

 レオンハルト氏に頼まれた建てた小型のログハウスである。

 

 曰く、流石に同じ家でお仕えするお二人と生活を共にするはちょっと――

 

 らしいです。

 まぁお屋敷ならともかく、あのログハウスで三人は手狭だよね。

 夫婦のプライベートもなくなっちゃうし。

 そんな訳でレオンハルト氏が住むログハウスを急いで建てたのだ。

 ……束さんがね。

 役立たずじゃなーし! 一応木を切ったりはしたよ! それに束さんのご飯用意したり内装を買ったりしたから役にはたってます!

 

「さて、束さんや」

「しょうがないなー」

「お願いしますね」

 

 棺桶型ケースを優しく地面に寝かす。

 ケースを開けると静かに寝息を立てるオルコット夫妻。

 それを束さんが素早くチェック。

 

「うん、問題ねいね」

「それは良かった」

 

 下水では慌てて飛んだから少し心配してたんだが、そこは束さん製だ。

 随分と気持ちよさそうに寝ている。

 

「寝てる間に他人に触れられるのは嫌でしょう。レオンハルト氏、お願いします」

「承りました」

 

 レオンハルト氏が順番に抱き抱えながらログハウスの寝室まで夫婦を運ぶ。

 やー、やり切った感がありますな。

 なんとしても二人には保護を受け入れて欲しい。

 説得がんばるぞー!

 

「しー君」

「はい?」

「メシ」

 

 スッと俺に横に現れた束さんが貫録の昭和の父親ヅラを見せる。

 これが女尊男卑の世界か。

 

「さっきサンドイッチ食べたでしょうが」

「もう何時間か経ってるし、用意するまでの時間を考えたら今から準備するのが得策だと思う」

「まぁ確かに」

 

 俺も少し小腹が空いてきた。

 少し早いけど準備するか。

 

「何が食べたいんです? 要望がなければ魚が楽でいいんですが」

 

 ちょっと海に出ればいくらでも捕れるからね。

 

「ルビアガレガ牛」

「は?」

「だからルビアガレガ牛だって」

「日本語でオケ?」

 

 ルビアガレガ牛とはなんぞ。

 横文字の牛とか知らんわ。

 

「はぁー、これだから日本人はダメなんだよ。もっと世界に目を向けるべきなのに引きこもり気質なんだよなー」

「突然のディスにビックリです。で、察するにその牛は世界で有名な牛なの?」

「日本人は和牛信者が多いよね。松坂や神戸、確かに悪くはないけどさー、所詮は数ある牛種の一つに過ぎないんだよ」

 

 それは仕方がないのでは?

 だって普通に質が良いのだもの。

 国内の肉が悪質ならともかく、良いものが多いなら無理して外国の肉を食べる必要なくない?

 あ、こんな思考が引きこもり気質って言われるのか。

 

「執事」

「はい」

「説明」

「了解です。では簡単に――ルビアガレガ牛とは牛乳と肉の両方の生産のために飼育されている二重目的の牛であり、基本的には放牧で育ちます。10年以上放牧されたルビアガレガ牛の熟成肉は口にするのが希少で絶品なのです」

「凄く簡単な説明で凄く分かりやすい。とても珍しい高級肉と認識しました」

「それで間違っておりません」

 

 酪農も目的があるから普通の肉目的の牛と違ってすぐに潰したり出来ないんだ。

 10年以上の放牧とは拘りを感じる。

 年老いた牛の肉と聞くと安い肉のイメージがあるけど、それが窮屈な牛舎なのか広大な土地なのかで変わるよね。

 草原で伸び伸び育った牛かぁ……絶対に美味いだろそれ。

 俺も興味がある。

 だがしかし――

 

「また高い物をリクエストしてきましたね」

「執事の家を建てたの誰だっけ?」

「束さんです」

 

 そーなんだよなー。

 レオンハルト氏の家を突貫で建てたのは束さんなので、その分の借りがあるのだ。

 しゃーなし、だな。

 

「んじゃ束さんリクエストのルビアガレガ牛にしますか。ところでどこで買えるんです?」

「さあ?」

 

 食べたいならそこまで調べとけや。

 町中の肉屋さんには置いてなさそう。

 直営店とかあるかな?

 

「どうぞ」

「地図ですか?」

「金さえ払えば大抵の物は買える店です。非合法ではありませんが真っ白でもない。そんな店なので、まぁ子供でも大丈夫でしょう」

 

 サッと買える店を教えてくれる執事様が素敵だ。

 グレーゾーンのお店で買い物とかちょっとドキドキします。

 良い意味でね!

 

「あ、レオンハルト氏。手書きで申し訳ないですが島の地図です」

「助かります。では佐藤君が戻って来るまで見て回りましょう」

「束さんは……」

「しー君が戻って来るまで適当に遊んでるー」

 

 そう言って束さんは切り株に腰を降ろしてパソコンを膝に乗せる。

 まったく、最近の若い者はすぐパソコンで遊び始めるんだから。

 その気持ち、ちょっと分かります。

 

「エロゲですか?」

「しー君、自分の常識が正しいと思わない方がいいよ?」

 

 バカな!? 森の中でパソコンを使ってする遊びなんてエロゲしかないだろ!?

 爽やかな空気と木漏れ日の中でするエロゲ(純愛系)は格別だと言うのに……それが違うとかビックリだ。

 

「ならなにしてるんです?」

「んー? イギリス政府とMI6の動きを見てる」

 

 ……まるでユーチューブ見る感覚で世界の裏を見ますね。

 たぶんオルコット夫妻爆殺事件後の動きとか見てくれてるんだろ。

 

「んじゃ行ってきまーす」

「いてらー」

「お気をつけて」

 

 

 

 

 

 

 町の中心にありながらも客がいない薄暗い店での買い物。

 レオンハルト氏曰くグレーなので問題ないと思いつつもドキドキしつつ肉を買う。

 少しは束さんを労おうとついでにデザートなども買って島に戻る。 

 うん、正直に言えばだ……なんとなくこうなるかなとは思ってた。

 

「離せぇぇぇぇ!」

 

 片腕で頭を掴まれて地面に押し込まれる。 

 どんなに暴れても解放される事はなく、口の中に土の味が広がる。

 俺のシャトーブリアンがッ! イタ飯がッ! 全部束さんの口の中に消えた!

 ついでにレオンハルト氏の口の中にも!

 油断するとすぐこれだ!

 

「しー君、ごはんに合う最高のスパイスってなんだか分かる?」

「……空腹?」

「残念! 正解は『目の前に食べ物があるのに食べれない人間の心からの悲鳴』でした!」

「その思考はサド過ぎでは!?」

「肉体と精神を同時に満たすハイセンスな食事法です」

 

 なんかもう発想が怖い!

 束さんに忍空読ませた事あったっけか?

 もう素直にお腹だけ満たして欲しい。

 

 ジャリ

 

 ん? 足音?

 なんとか視界を地面から上げて見ると人の足が見えた。

 

「食事中に申し訳ない」

「少々お時間よろしいでしょうか?」

 

 お目覚めですかオルコット夫妻。

 ……こんな場面でファーストコンタクトとか泣きたくなりますよ!

 

 もっくもっく

 

 束さんの咀嚼音が響く中――

 オルコット夫妻は返事待ち。

 レオンハルト氏は自ら動かず静観。

 そして束さんは無言で食事を続けている。

 あれー? ここは俺が動く場面ですか?

 

「あー、オルコットさん、そこの荷物の所に折り畳み椅子があるんでそれ使ってください。それとお腹空いてます?

「え? いや空腹ではないが……」

「寝起きですもんね。それじゃレオンハルト氏、飲み物でも」

「畏まりました。旦那様、紅茶でよろしいでしょうか?」

「レオ……あぁ、頼むよ」

 

 俺に話しかけれて戸惑うのは分かる。

 だがレオンハルト氏に対する気まずい空気はなんだ?

 まるで敵対してるかのようじゃないか。

 

「レオンハルト氏、隠し事があるなら教えて欲しいんですが」

「はい? ……ふむ、旦那様の態度の事ですかな? 実は攫う前に少しばかし悪戯をしまして」

「悪戯?」

「まるでわたしがお二人の命を狙っている。そう思わせる様な会話を少々」

「なんでそんな事すんの!?」

「そうですな……軽いお茶目です」

 

 まじかよ。

 レオンハルト氏って意外とお茶目だったの?

 

「レオ、またこの人で遊んだわね?」 

 

 奥さんの呆れた声を聴く限り、初犯ではないらしい。

 カリバーン家は代々オルコット家に仕える家系。

 そして旦那さんは入り婿。

 もしかして、娘を取られた父の心境なのだろうか?

 だとしても冗談が過ぎると思います!

 

「しー君」

 

 お、束さんの力が緩んだ。

 やっと話し合いを始める気になったか。

 立ち上がり服に着いた砂や土を落とす。

 そして改めて束さんの方を見る。 

 

「肉ないなった」

 

 そこには微妙に悲しそうな顔をした束さん。

 ふむふむ、焼いた分は食べ終わって肉ないなったと……

 

「ほい生レバーと生野菜」

「えー? 生とか美味しいの? ――あ、意外と珍味で美味い」

 

 文句言いながらも生レバーを躊躇なく食べる。

 流石の胆力だ。

 まぁ束さんの胃腸なら食中毒にはなるまい。

 例えなっても自分で治せるだろうし。

 ちなみに俺はしっかり焼いて食べる気でした。

 生レバーの味に興味はあるが、束さんが素直に治療してくれるとは思えないんだもん。

 

「お待たせしました」

 

 と、ここでレオンハルト氏が戻ってきた。

 生レバーという珍味に夢中な束さんは放置して、こちらは少しシリアスモードに入ります。

 

「さて、色々聞きたい事があると思うのですが」

 

 二人が紅茶で喉を潤し、一息ついたタイミングで話を切り出す。

 

「答えてくれるのかな?」

「もちろんです」

「そうだね……ならまずは僕たち夫婦を攫った理由を教えてもらおうか」

 

 まずはそこからなんだ。

 お前は誰だとか、そこから入ると思ったのに。

 攫われた割に落ち着いているし、気弱な草食系に見えて意外と胆力があるのかな?

 奥さんの方は会話に口を挟まないが、こちらを観察している目つきだ。

 

「実はお二人が殺されるって情報を束さんが掴みまして」

「ほう」

「なら助けてあげれと自分が言いまして」

「ふむ」

「で、今の状況になります。ちなみにちゃんと説明してレオンハルト氏には手助けしてもらいました」

「なるほど」

 

 旦那さんが少し考え込む。

 信じられないだろうな。

 

「レオンハルト」

「はい奥様」

 

 旦那さんが黙ってしまったタイミングで奥さんが動く。

 紅茶を淹れた後は自分の後ろに控える執事に声を掛ける。

 

「貴方はこの方々を頼った方がオルコット家にとって良い、そう判断したのね?」

「暗殺の情報事態はありました。ですが相手の姿が見えず、このままではお守りしきれないと判断しましたので」

「嘘つかれている可能性はないのかしら?」

「ありませんな。そもそも、オルコット家と言えど篠ノ之様から見れば敵とも呼べない存在でしょう。少年の方は目的があるようですが、篠ノ之様は暇つぶし程度のお気持ちかと」  

 

 残念ながらレオンハルト氏の考えは間違っている。

 この隣で生の人参をボリボリ齧っている生き物は、妹のライバルになりそうな存在を消すために助けたのだ。

 ちゃんと親を亡くした薄幸の美人貴族令嬢を誕生させないっていう目的があるのだよ。

 

「……そう、君には目的があるのね?」

 

 スッと貴族の奥様に冷たい視線を向けられる。

 変な扉を開きそうになるのでやめれくれます?

 

「目的って言うものじゃないんですがね。ただこの島で暫く生活して欲しいだけです」

「ここは島なのかい?」

「無人島です。とは言え設備は整ってますよ」

「確かに僕たちが寝てた部屋は立派だったね。ちゃんと見回した訳じゃないけど、キッチンも近代的だった」

「食事は自給自足が基本になりますが、暮らすのに不便はないかと」

「それはありがたいけど、もし断ったらどうなるのかしら?」

「普通に国に戻しますよ?」

「……へ?」

 

 奥さんが口を開けたまま固まり、旦那も同じ姿勢で動かなくなる。

 似た者夫婦だ。

 さてさて、紙とペンとビデオカメラを用意してっと。

 

「ですが戻る前に、手紙とビデオカメラで死を選ぶのは自分たちの意思だって証拠を残してください」

「……なぜかしら?」

「そりゃ差し伸べられた手を振り払って死を選ぶんですから、最低限の配慮は必要ですよ。自分みたいな子供が後悔しないよう、オルコット家の人たちに逆恨みされぬように、助けを拒み死を選ぶのは自分たちの意思であるって示してもらわないと困ります」

「そう……ね。困るかも……しれないわね」

「確かに君の立場を考えれば必要な配慮……なのかな?」

 

 なんでそんなに戸惑ってるんだか。

 どう考えても必要な配慮でしょうーが。

 将来セシリア・オルコットに会った時に後ろめたい思いをしないよう、死を選ぶのは自分の意思だとはっきりと主張していただきたい。

 

「えっと、君は僕たちを助ける見返りとか欲しいんじゃないの?」

「言い方は悪いですが、オルコット家に求めるものはありませんね」

 

 だってイギリス有数なお家でも、ホログラムの空中投影技術や革新的なVR技術なんて持ってないだろうし。

 見返りと言われても、俺が心の底から欲しいと思うものをオルコット家は用意できないのだ。

 今のオルコット家からお金を巻き上げるのも悪い気がするしね。

 

「では純粋な善意だと?」

「どっちかと言うと偽善ですね。本当に守りたいのは自分の心であって、お二人の命ではありません」

「随分と正直だね」

「嘘をつく必要はありませんから」

 

 とは言いつつも、正直言えば是が非でも島に残って欲しい。

 いやだって自殺する人間に会った事がないから、自分の心がどう動くのは分からないのだ。

 自殺を止められなくて後悔するのは嫌だし、自殺を見逃して特になにも感じない自分を知るもの嫌だ。

 でもだからと言って無理矢理生かすのも違うだろうし……。

 はぁー面倒くさい!

 ともかく生きて欲しい!

 

「……レオ、君に意見はあるかい?」

「素直にお世話になるのがよろしいかと。国に戻っても殺されるだけでしょう」

「でも本当に暗殺があるかは分からないのよね?」

「奥様、そのお考えは甘いです」

「レオの言う通りだ。エクシアとエクスカリバーを僕たちを殺してでも手元に置きたい、そう考える者たちは多いはずだよ」

「そう……よね。ごめんなさい、少し現実から目を背けてたみたい」

 

 そんな感じでオルコット家の皆さんがシリアスに話し合う中、俺は鉄板の上に肉を並べる作業。

 生レバーを食べ尽くした束さんが俺の脇腹を突いて催促してくるんだもの。

 暇になった束さんは厄介なので、食事に集中してもらわなければ。

 

「ところで……」

 

 おや旦那さん、そんなに俺を見つめて何用でしょうか。

 もしかして肉食べたいの? だけどこの一帯は束さんの領土なので手を出したらフォークで刺されますよ?

 肉が欲しければ新規開拓してください。

 

「君はどんな立場の人間なんだい?」

「立場とは?」

「篠ノ之博士と行動を共にし、話し合いでも矢面に立つ君の正体が知りたい」

「束さんの友人枠に居る人物、とでも言っておきましょうか」

 

 ふっ、この言い方カッコ良くない?

 

「無駄話してないで早くお肉ひっくり返して。焦げちゃうじゃん」

「アッハイ」

 

 あ、この肉は食べ頃だな。

 束さんの前に移動させてっと。

 

「覚えがありませんか? 篠ノ之様の情報をまとめたデータの中に彼の情報もありましたが」

「そんなのあったかしら……アナタは見覚えある?」

「日本人だよね? 日本人の男の子……データにあったのは織斑一夏と――」

「そうです。篠ノ之様と交流があり、失踪前に重傷を負わされた子供が居ましたね? 彼がその少年、佐藤神一郎君です」

「今はただの肉焼き係ですけどね。あ、それとお二人を助けるのに本当に裏はありませんよ? 束さんが暗殺を予期し、それを知った自分が束さんに助けて欲しいと頼んで今に至る。本当にそれだけです」

 

 外向けの綺麗事だけどね!

 嘘をさり気無く会話に混ぜて本心の様に語るマンガから学んだ俺の会話テクを見よ!

 

「驚いたわ。篠ノ之博士と縁が切れた訳ではなかったのね」

「篠ノ之博士の周囲は国が嗅ぎまわっていたし、オルコット家も注目していた。でも事件の後の君は普通の小学生にしか見えず、篠ノ之博士の関係者と言えるほどではなかった。まさかまだ繋がりがあったとは……」

 

 お、それは良い情報。

 国の情報機関でも俺は束さんの関係者とは言えないレベルになってるのか。

 このまま俺の存在を忘れて欲しいね。

 

「あくまで篠ノ之博士は協力者の立場なんだね。確かに博士は先ほどからこちらを一切見ないし、まるで興味がないないようだ」

「話し掛けてはダメよ? 例え命の恩人に感謝の気持ちを伝えたいと思っても相手は天災。下手に話し掛けて煩わしいと思われればそれでお終いだわ」

「分かっているよ。だからこそ君にはちゃんと言おう。助けてくれてありがとう」

 

 流石はイギリス国内で色々と動いてきたご夫婦。

 束さんの扱いを心得ている。

 旦那さんも子供相手にしっかりお礼が言える素晴らしい人格者だ。

 少し照れますなぁ。

 

「お二人とも、感謝は大切ですか絆されてはいけませんよ? 少なくとも篠ノ之様と確執が在った様に見せかけた事件は少年の発案です。篠ノ之様のご友人が普通の子供な訳ないじゃありませんか」

 

 ってレオンハルト氏ィィィ!?

 

「……君、確か骨折とかしたはずだけど、もしかして君から篠ノ之博士にするように頼んだの?」

「……きっと診断結果の偽造を頼んだのよ。そうよね?」

「いやそれは……」

 

 めっちゃ目の奥に不信感がががッ!

 ダメですか? 束さんに暴力を強制してボコらせるのはダメなんですかッ!?

 ……客観的に見てダメそうですね。

 

「……ぐすん、嫌だって言ったのにしー君が言うことを聞けって、無理矢理……」

「お前はこんな時だけ話に入ってくるんじゃねぇぇぇ!」

「やめて! あの時にみたいにまた無理矢理暴力を振るわせる気なの!? 私もう耐えられないっ!」

「いや誰も言って――ごふぉ!?」

 

 ナイス……ボディ……

 

「とまぁこんな仲だね。理解した?」

「理解しました」

「えぇ、とても良く理解できたわ」

 

 もの凄く可哀そうな目で見られてる。

 これは束さんが加害者になることで俺に対する猜疑心などを払拭するのが狙い。

 そうだよね?

 むしろそうじゃなきゃ許さねー。

 

「で、この島で生活してくれるって事でいいですか?」

「……僕個人としては、仮に殺されると分かっていても家に帰りたい。何故だか分かるかい?」

「娘さんが心配なんですよね」

「そうだ。だけど――」

「感情に流されて行動した結果、娘さん共々爆散したらお話ししにならないですもんね」

「――その通りだ。そこで一つ確認したい。僕たちが此処に留まれば娘に危険はないのかな?」

 

 あぁ、自分たちが居なくなる事で娘に危害が及ばないか心配なんだ。

 でもだからといって戻る事もできない。

 きっと親ならではのは苦悩があるのだろう。

 ま、童貞の俺にはまったく共感できないんですけどね! 

 

「束さん」

「ん、オルコット家当主が死んだ場合の流れだね。亡国機業は間接的に接触するはずだよ。組織の人間を次期当主の近くに据えて信頼する様に仕向けるか、もしくは今現在オルコット家にいる人間を組織の一員にするか、かな? 埋伏の毒ってやつだね」

「国は?」

「イギリス政府は傍観だね。ぶっちゃけ国にとって今のオルコット家はそこまで重要な立ち位置じゃないんだよ。だってISの知識や国防に対して造詣が深いのは当主夫婦だけで、その他大勢は人的価値はないんだよね。それに当主と旦那が同時に死んで残るのは幼い少女が一人。それに群がる連中なんて気にするだけ時間の無駄でしょ?」

「だそうです」

「……親戚の方々は君の方が詳しいだろう。どうなると思う?」

「恥も外聞もなく次期当主のセシリアを蹴落として自分がその座に座ろうとするのが5割、セシリアを助け導こうとするのが2割、セシリアを当主にしつつ信頼を得て美味しい蜜だけを吸おうと考えるのが2割、傍観が1割、と言ったところかしら」

「7割は敵か。レオ、カリバーン家の方はどうだい?」

「セシリアお嬢様には孫が付いておりますが、まだ年若く未熟です。カリバーン家がオルコット家を裏切る事はありえませんが、力不足ではあるでしょう」

 

 お金持ちの貴族様は色々大変なんですね。

 味方が少数でもいるだけマシか。

 

「……僕は此処に留まるのが良いと思う。帰ってもセシリアを危険に晒すだけだし、なにより君にも生きていて欲しい」

「アナタ……えぇそうね、私も賛成します。最悪大勢の人や娘を巻き込まれる可能性があった中で今の状況は最良だわ」

 

 オルコット夫妻は互いの顔を見た後に意を決してそう言った。

 言ったよね? 今言ったよね?

 もう遺言を残す為の手紙もビデオレターも必要ないよね?

 ふ……ふふっ……

 

「よっしゃぁぁぁぁ!」

 

 渾身のガッツボーズ!

 これで俺の未来は明るくなった!

 セシリアと顔を合わせても罪悪感持つ必要などない!

 

「おぉ~。おめでとうしー君」

 

 パチパチと拍手の音が聞こえる。

 ありがとう束さん。

 これも束さんの協力のおかげです!

 

「では早速ですが、島の案内をしたいと思います!」

「あ、あぁ。頼むよ」

「お、お願いね?」

 

 なんで二人とも少し引いてるんですかね。

 俺のテンションが高いのは仕方がないので諦めてください。

 では、俺はオルコット夫妻とレオンハルト氏、おまけの束さんを連れて出発!

 

 

 

 〇ログハウス

 

「まずはお二人のお住まいです。少し離れた場所にレオンハルト氏の家があります。この衛星電話には自分と束さんの番号が入っているので、不測の事態が起きた場合は連絡してください。分かってると思いますが、それ以外の使用は禁止です」

「了解だ。ところでこのテーブルの上にあるノートパソコンは使えるのかい?」

「ネットサーフィンなんかは出来ますよ。正し束さん製の監視用ウイルスが仕込んでありますので、娯楽目的以外には使用しないでください」

「テレビもあるのね。衛星放送だけだけどありがたいわ」

「それと地下室には小麦粉や缶詰、パスタなどの乾麺類が保存されています。なくなったら追加するので、パソコンでメールを送ってください」

「オール電化だし水洗トイレだし、お風呂も立派で無人島と思えないわね」

「あ、こっちの本棚には家庭の医学、食べれる野草、釣り、農業、工学などの専門書やハウツー本を置いてあるので、困った事があったら自力でお願いします」

「後で目を通しておきましょう」

 

 

 

 

 〇電動トロッコ

 

「これは島の両端までレールが敷いてあるので気兼ねなく移動に使ってください」

「これは便利だね。ところでレオ、荷台で立ったままだけど大丈夫なのかい?」

「問題ありません」

「執事がトロッコの上でシャープに立ってる姿がなんか凄い」

「よく篠ノ之博士を背負ったまま着いて来れるわね。……あら? よく見ると足が動いてない? ……え、IS?」

「走ってる訳じゃないんで疲れませんよ」

「疲れてないのに何故か異様な速さで脈打つしー君の血管……抉り出していい?」

「首の血管触りながらジョジョごっこはやめろ! 背中に当たってるからしょうがないじゃん! ありがとうございます!!」

「仲が良い……でいいのかな?」

「微笑ましいではありませんか」

「二人はなんで神一郎君が浮いてる事に対してなにも言わないの? ……そう、見て見ぬふりしたいのね」

 

 

 

 

 〇野菜畑

 

「はい、ここが皆さんの生命線の野菜畑です。畑には現在なにも植えてないので、自分たちで好きな作物を植えてください。あ、ビニールハウスにはトマトやナスの苗がすでに置いてあります。そっちはもう暫くすれば収穫できるかと」

「種が保管されているこのアースドーム、これはいいね。中に入ると年甲斐もなくワクワクするよ。農具も揃ってるし楽しくなりそうだ」

「ふむ、紅茶などを栽培して自作するのも面白そうですな」

「ちなみに森の中にはオリーブの木や果物の木も植えてあります。上手く根付いてくれるかまだ分かりませんが、興味があれば探してみてください」

「へぇ、そんな事までしてくれてるの。この森は適度に手入れがされてるから、散歩でもしながら探してみるわ」

「もし枯れてる様でしたらお教え下さい。果実の木ならスモーク用のチップに加工出来ると思いますので」

「その時はよろしくね」

「森を焼き払うのは結構面白かったよね」

「確かにあの絶望的な絵は記憶に残るけど、もっと綺麗な思い出あるよね?」

 

 

 

 

 

 〇桟橋

 

「小舟は用意してありますが、手漕きボートなのでくれぐれも注意してください。時化の日に海に出たりすると普通に死にます。沖に行くのも危険です」

「釣りは子供の頃に川でやったくらいだ。君は経験あったかな?」

「これでも貴族の令嬢なのよ?_キツネ狩りはあるけど釣りはないわ。レオはどうかしら?」

「お任せください。わたくし、老後は釣り糸を垂らしながら優雅に過ごす予定でしたので」

「それは心強いわ。実は少し興味があったの。レクチャーお願いね」

「お任せください」

「大事なタンパク源だし、僕も挑戦してみようかな」

「あ、忘れてた。ほら執事、海底地図あげるよ。これで潮の早い場所なんかの危険地帯分かるでしょ?」

「これはこれは、非常に助かります」

「束さんが珍しく気を利かしてる……だとっ!?」

「いやだってここまでやって結果が土左衛門とは嫌じゃん。しー君は魚に喰われて穴だらけになった死体の回収とかしたいの?」

「……それは遠慮したい。束さんグッジョブッ!」

 

 

 

 

 案内していて思う。

 ISを使用したとは言え頑張ったな俺。

 いやまぁ近代的な部分は束さん任せだったけど、それでもよく働いたと思う。

 まだまだ手を掛けたい場所はあるけど、これから先は住む人間が自分の力で住みやすい様にしていくのが良いだろう。

 あ、でもニワトリだけは早急に準備しないと。

 えーと、地図地図。

 

「レオンハルト氏、ニワトリを放し飼いにしようと思うんですが、どこか希望の場所あります?」

「そうですな。家に近すぎればうるさいですし匂いが気にるでしょうし……この辺りでどうでしょう」

「ならこの辺りに網を張っておきますか」

「それはわたしがやりますよ」

「ではお任せします」

 

 網を張るとか素人の俺より断然得意分野ですもんね。

 素直にお任せしますとも。

 ニワトリ以外は……難しいよな。

 ウサギなんかも候補として有りだけど、天敵が居ないこの島だと農作物への影響とか怖い。

 それに山を穴だらけにされたら雨が降った時に地滑り起きるかもだし。

 お三方には海産物と鶏肉で頑張って欲しい。 

 ……健康的で逆にいいのでは?

 

「これで島の設備の説明は終わりですけど、何か質問とかあります? あ、欲しい設備とか家具とかそういったものもあったら今のうちに」

「今の所は大丈夫かな。設備に関しては……正直暮らしてみないと分からないだろう」

「そうね。むしろ充実してるから申し訳なく思うわ。本当に住んでいいのかしら?」

「お二人が無事に表舞台に戻った後は隠れ家的な感じで使う予定なのでお気になさらず」

 

 問題なさそうだね。

 さて、いつまでも部外者が居ては邪魔だろう。

 これからの事とか三人だけで話し合いたいだろうし、そろそろおいとまするか。

 ログハウス前まで戻ってきた俺はいそいそと料理器具を片付ける。

 

「お肉は置いて行くので、良ければ召し上がってください」

「おや、随分と良い肉みたいだけどいいのかい?」

「えぇ、持って帰っても奪われるだけなので」

「――ちぇっ、残念」

 

 俺の背後で舌打ちをするハンターが居るからな。

 もうなにがなんでも俺に肉を食わせないという熱意を感じる。

 肉が好きとか、お腹が減ってるとかそんな理由じゃない。

 ただ俺から肉を奪いたいという感情だけで動いてやがる。

 ここは素直に諦めるのが吉だ。

 今度は一人で買って食べよう。

 

「それでは皆さん、今日はこの辺で失礼しますね」

 

 流々武展開。

 三人の前でISを纏ってみせる。

 信用を得る為にも多少はこちらの秘密を晒すのは必要だろう。

 

「やっぱりそれ、ISよね?」

「ははっ、何を言ってるんだい? 男がISを起動出来るはずないじゃないか。あれはきっとISに似た篠ノ之博士の新しい発明品だよ」

 

 旦那さんが全力で目を逸らしてやがる。

 IS適正を持つ男なんて厄ネタですもんね! 気持ちは分かる!

 はい束さん、定位置にどうぞ。

 

「……万が一の時は亡国機業やイギリス政府相手に売っていいのかしら?」

 

 保身の為の俺を売る算段をするオルコット家の奥さん心臓強くない?

 裏を返せば、安全が確保されてる内は黙っててくれるのだろうけど、流石にドキッとしたわ。

 

「ではでは皆さん、良きスローライフを」

 

 束さんが別れの言葉なんて言葉なんて言うはずないので一気に高度を上げる。

 人の姿はあっと言う間に小さくなり、次に島の全体が見え、雲の上に出る頃には島さえ見えなくなった。

 勝手に連れて来て住めと強要。

 理由があり同意も得たが、少しばかし後ろめたさがある。

 だけどここまで来るともう止まれない。

 俺のなかのガイアも止まるんじゃねぇと騒いでいる。

 

「それガイアじゃなくてオルガやないかーい!」

「……電撃流す?」

 

 ガチの心配そうな声で言われた。

 別に壊れた訳じゃないのでいらないです。

 

「束さんには今回とてもお世話になりました」

「まったくだね。しー君は本当に手間がかかるんだから」

「本当に世話になりっぱなしで申し訳ない。もう俺ってば束さんなしの生活なんて無理かもなー」

「世辞とは珍しいね。で? まだこの天災を利用したいと?」

 

 やっぱわかりますよね。

 えへへ、でも束さんに頼らないとどうにもならんのです。

 

「箒のライバルその2、DV父親に道具扱いされる健気系美少女の抹殺に行かない?」

「詳しく聞こうか」

 

 




もっとオルコット夫妻に焦点を合わせようかと思ったけど、話がいつまでもグダグダ続きそうなのでサクッと終わらせました。
次回は未亡人(未亡人じゃない)の出番だす。


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シャルロットママ

ちち!しり!ふとももーッ!!(挨拶)
以前作中に書いたGS美神ネタですが、こうしたちょっとしたネタが分かる読者様が居ると作者は二ヨっとする。




 

 シャルロット・デュノアとは?

 ISのヒロインの中で最も高い人気を誇る少女である。

 フランスの国家代表候補であり、原作登場時は男装して二人目の男の適合者としてIS学園に入学した。

 一夏の専用機である白式のデータを盗むために来たスパイである。

 母親を亡くした後に父親に引き取られるが、その父親はDV野郎であり、娘を道具扱いしスパイまでさせる男だった。

 

 ここまでがシャルロット・デュノアのバックボーンだ。

 そしてシャロットに関しては大きな問題がある。

 それは――誰がシャロットをDV親から救ったのか問題! である。

 いやマジで不明なんだよね。

 

 アニメ版だと――

 

 ①目的があって一夏に接触したと告白。

 ②その後に一夏とどうしたら学園に残れるのか色々話し合う。

 ③ISを使用した学園内の大会に出場。

 ④大会翌日に全て解決したと女性服で登場。

 

 以上!

 原作者君さぁ。

 ギャグアニメ、萌えアニメなんかは面倒な裏設定を無視するのは分かるけど、あまりにも適当過ぎないか?

 ちなみに原作の方はほとんど覚えてないと言うか……当てにならない。

 だって二次創作者が……二次創作者が面白い話いっぱい作るんだもん!

 原作を思い出そうとすると、一夏が『シャルはお前の道具じゃない!』なんてデュノア父に怒鳴ってたりするけど、この記憶は原作じゃないよね? たぶん二次創作だよね?

 シャロットの問題が山なしであっさりと解決された事に怒った二次創作作者たちが、一夏やオリ主に解決させようと多くの名場面が生まれたからなー。

 もうどれが原作の記憶か分かんないのさ。

 まったく二次創作者たちめ、面白い話を作りやがって……転生者の気持ち考えたことあんのかッ!?

 裏でなにがあったのか知らないから迂闊に動けないんだよなぁ。

 もしかしらOVAや外伝なんかで絵が描かれてるかもだが、生憎とライト層なのでそこまで見てないのよ。

 って事なので、ロリシャルロットには会いません。

 セシリアと同じ対応だね。

 あわよくば親を助けて恩を売って好感度上げたかった!

 ロりシャル&ロりセシリアを抱きしめたかった!

 

「うぅぅぅ……ぐすっ」

「なんか急に泣き出した!?」

 

 そりゃ泣きたくなるよ。

 合法的に金髪美ロリを嫁にできるチャンスだってのに。

 親の命の恩人って手札があるのに使えない苦しみが分かるまい!

 ま、実際にやったら大人としての罪悪感と男としての情けなさで死にたくなるだろうけどね。

 だからこれでいいのだ。

 

「大丈夫だよ束さん。俺、束さんの近くに居られるだけで幸せだから」

「そしてなんか勝手に解決した!? そんでもって良い笑顔が逆に気持ち悪い!?」

「失礼だなおい。んで俺が知るシャロット・デュノアの情報ですが、デュノア社社長の愛人の子供ってだけですね」

「情報少なすぎでは? まぁすぐに見つかるけど。名前が分かってれば余裕ですとも」

 

 原作には触れず最低限の情報だけ渡す。

 情報と言うのも烏滸がましいけど、束さんならそれだけで余裕だろ。

 箒と違って偽名で学校に通ってる訳ではないだろうし、一夏と同い年のフランスのシャルロットちゃんを探せばいいだけだろう。

 ”だけ”と言っても俺には出来ないけど。

 

「ところでしー君、会うのは明日でもいいよね?」

「まだ冬休みだから大丈夫ですよ」

「なら今日はフランスで一泊してもいいよね?」

「……宿を探しておきます」

「期待している。それだけ言っておこう」

 

 期待に答えなければ許さない、そんな目をしておられる!

 最近の束さんは贅沢が過ぎる! んだけど、シャルロット母が病気などの場合はまた束さんを頼るしかなく、無力な俺はひたすら奉仕するしかないのだ。

 はい、フランスの高級ホテルを調べてーの――

 

「候補①、ベルサイユ宮殿」

 

 ベルサイユ宮殿って宿泊できたんか。

 しかし一泊23万とかお高いが、一室ごとに専属執事が付く豪華仕様だ。

 人生で一度は泊まってみたいね。

 でも世話してくれる人は執事よりメイドを希望する。

 

「候補②、五つ星ホテルのホテル・ド・パレ・ロイヤル」

 

 流石はフランス、五つ星ホテルが多数存在する。

 今回はその中でも一番人気の高いホテルをチョイス。

 スイートのお値段はなんと33万です。

 ベルサイユ宮殿以上とか五つ星ホテルぱねぇす。

 

「お城は前回泊まったし、今回は普通のホテルにしようかな」

「いや、束さんにはお城が似合うと思うよ? それに専属執事が付いてくるとか凄くない?」

「他人が近くに居ると煩わしいからホテルでいいや」

 

 くっ、逆に興味を失ったか!

 だが考えればこれもまたチャンス。

 今夜も束さんとホテルで一泊だぜ!

 

「今夜はこのホテルか。お、ベランダ広いじゃん。これならしー君のテント張れるね」

 

 内装を確認した後に流れる様に俺の宿泊先決めやがったッ!?

 さてはこいつ、俺に『同じホテルに泊まった』という既成事実も許さない気だな!?

 

「束さん、この部屋も広い、二人ぐらい余裕だけど……」

「そうだね。だが断る」

「……スイート埋まってるかもだし、ランク下げてもいいかな?」

「安心して、運よく空いてたからしー君名義で予約しておいた」

「……そですか」

「そですよ」

 

 ちくしょうッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラガラガラ

 

「はいしー君、部屋にあったお菓子の残り」

「どうも」

 

 ベランダへと続く窓が開かれ、束さんの手がニョキっと伸びてくる。

 俺の手の平に乗るのは三枚のクッキー。

 これ、束さんの食べ残しでは?

 へへっ、冬の冷たい風が身に染みるぜ。

 

「せめてシャワーくらい貸してくれません?」

「や」

 

 震える俺に端的なお断りの言葉が突き刺さる。

 こうなっては束さんは意地でも俺を部屋の中に入れてくれないだろう。

 だが俺だって週末はキャンプなどをするアウトドアな人間!

 厳寒期用のテントも寝袋も持ってるもん!

 

「じゃあしー君、また朝に会おうね」

「もう寝るんですか?」

「んな訳ないじゃん。私だって忙しいんだよ? 色々やる事があるのさ。朝までしー君に構ってあげれないから諦めてねって事」

「なるほど」

 

 束さんならパソコン一台あれば暇しないですもんね。

 高級ソファーに腰かけ、優雅に紅茶を飲みながらフランス政府の裏を覗いたりするんだろ?

 ご自由にどうぞ。

 だが忘れるな。

 俺はこの程度で大人しくする男ではない!

 

「じゃ、おやすー」

「おつでーす」

 

 ご満悦で温かい部屋に戻る束さんの後ろ姿を鏡越しに見送る。

 さて、風邪をひかないように厚着してっと。

 束さんがよく見える様に窓にへばり付いてっと。

 うん、カーテンの隙間からよく見える。

 

 じー

 

 束さんがパソコンでなにか作業している。

 

 じー

 

 束さんがお菓子を食べた。

 

 じー

 

 束さんが紅茶を飲んだ。

 

 じー

 

 束さんがこちらを見た。

 

 じー

 

 束さんが俺の視線に困惑している。

 お、こっち来た。

 

「一応聞くね。なにをしてるのかな?」

 

 窓を開けた束さんがジト目で俺を睨む。

 なにを、か――

 

「新しい自分を探す旅的な?」

 

 別に女性の私生活を覗いて喜ぶ趣味はない。

 だが相手が束さんな面白いかなって。

 性癖なんてちょっとした切っ掛けで増えるしね。

 

「鬱陶しいからやめてって言ったらどうなるかな?」

「ジト目で睨む束さんも好きなので興奮します」

「そっか~興奮するんだ~」

「そうなんですよー」

 

 アッハッハッ

 

「ひたいっ!」

「あべしッ!?」

 

 刺さった!? なんか額に刺さったぞ!? ……あれぇぇぇ?

 

「ちか…ら……が、ぬけ……」

「よっと」

 

 フラフラと倒れそうになる俺の首根っこを束さんが掴む。

 毒か何かは分からないけど、体に一切の力が入らない。

 だがそれはいい。

 体が動かないのは気にしない。

 でもね――

 

 思考能力が残ってる事が恐怖なんだが!?

 金縛りってこんな感じなのか。

 動けないのに考える事が出来るって怖い!

 

「ほいっ」

 

 雑にテントの中に放り込まれる。

 ただいまマイホーム。

 

「じゃ、今度こそおやすみしー君」

 

 はい、おやすみです。

 先に寝袋敷いといてよかった。

 体が動かないなら俺に出来る事は一つ。

 もう寝るしかない。

 や、本当は二つなんだけどね。

 流々武を纏ってブースターを全開にし、部屋に戻る為に俺に背を向けてるだろう束さんに突撃。

 そんなプランも一瞬よぎったんだが、そこまでやるとトドメ刺されそうなので忘れよう。

 ではおやすみグー。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「はい! やってきましたフランスの片田舎!」

「失礼な言い方するな。まぁ立派な田舎だけども」

 

 束さんが調べてくれたシャルロットちゃんのお家近くなう!

 寝てる内に薬の効果が切れたのか、同じ体勢で寝続けた事による床ずれや関節痛がなかったが救いだ。

 ちゃんと寝返り打てて良かったな俺。

 

「しー君だって言ってるじゃん。――サクサクサクサク」

「ってクロワッサンの食べカスが流々武に付いちゃってるでしょうが!?」

「やっぱりクロワッサンはサクサク系に限るよね。しっとり系も増えてきてるけど、私はこっちが好きかな。しー君は?」

「俺も好き! だがそれ以上流々武にパンくず付けたら怒る」

「もうクロワッサンは食べ終わったもん。次はフランスパンだから大丈夫」

 

 束さんがフランスパンにイチゴジャムを塗って食べている。

 俺の肩の上で!

 ISを纏った俺の肩の上で!

 今度から肩の上での飲食は禁止にしようかな……。

 ホテルで朝ごはん食べたのに健啖な事だ。

 まだ昼前だってのに。

 

「やー、長閑なフランスの田舎風景を見ながら食べるフランスパンは一味違いますなー」

 

 シャルロットちゃんが住む場所はブドウ畑の中にある一軒屋だ。

 ドラマや映画で使われそうなくらいザ・フランスの田舎の家感がある。

 とは言っても家はそこそこデカい。

 屋敷と言っても良いだろう。

 ブドウ農家って儲かるのかね? いや、この畑の規模だと土地を貸してる地主なのかも。

 

「むぐぐ?」

「どうしました?」

「ごきゅん……そろそろ娘が出てくるね」

 

 反射的にお家の玄関に目を向ける。

 そこから出てきたのは――

 

「……俺は天使を見た」 

 

 綺麗な金色の髪は彼女の躍動に合わせてサラサラと揺れ、太陽の光を浴びて輝いて見える。

 白い肌はまるで陶器様でありながらも健康的な色艶で、男なら思わず触りたくなるだろう。

 原作のシャルロット・デュノアをそのまま幼くした美少女が、ニコニコと笑顔でブドウ畑に囲まれた道を掛けて行く。

 流石は人気投票一位のヒロイン。

 その存在感たるや――

 

「きもっ」

 

 なんか右肩辺りから辛辣な言葉が聞こえたが、たぶん気のせいだろう。

 

「しー君、目的忘れてないよね?」

「もちろんですよ。安心してください、今の俺はロリより未亡人の気分なので」

「脳内で旦那殺してやがるっ!?」

 

 そりゃ殺すでしょ。

 あんな可愛い娘が居るのに放置とか、もう男して終わってるじゃん。

 死んでもいいよ。

 

「さてさて、女は病院に行ってないのでカルテなどはない。でも近い未来死ぬんだよね?」

「病死だった……と思うんですけど」

「ちゃんと覚えておきなよ面倒な」 

 

 へへっ、お手数をおかけします。

 手を揉みながら束さんにへつらう。

 

「なのでまずはこの天災自らが診察する!」

「おぉ~パチパチ」

「取り出したるはこのモンスターボール!」

「どう見てもガチャポンの玉ですけどね」

 

 なにが入ってるのかなー?

 ラッキー? ミルタンク? そ れ と も ――

 

「行け! ”ブラッディ・モスキート”!!」

 

 チマミレカだー! 

 って想像以上に厳つい名前が出た!?

 ボールが割れ、中から恐るべきモンスターがッ!

 

「……なんもないですね」

 

 モスキートってもしかしてまんまモスキート?

 比喩ではなく本物の蚊ってこと?

 そりゃ見えねーわ。

 

「しー君、指を立てて」

「ほい」

 

 人差し指を立ててみる。

 お、なんかとまった。

 

「ほぉ~、蚊のロボットですか」

 

 一瞬本物の蚊かと思ったが、近くでよく見ると分かる。

 メカメカしてる蚊ですわ。

 これ、見方を変えれば爪先サイズのドローンだよね?

 そっかー、束さんが未来に生きてるの忘れてたわ。

 

「これで血液を採取します」

 

 しかも吸血オプション付きか。

 ますます凄いな。

 

「なお、本当の使い方は毒やウイルスを敵に注入する事です」

「ブラッディーの意味に納得」

 

 感染力の高いウイルスをあの蚊でバラまけばそれでで大量無差別虐殺できるとか、もう天災じゃん。

 あ、天災じゃった。

 

「ゴー! モスキート!」

 

 指先から蚊が飛び立つ。

 いってらってしゃい。

 ん? まてよ――

 

「どこから侵入するんです?」

 

 今は冬だ。

 窓なんて開けてないし、侵入する場所なんてないだろう。

 

「これで」

 

 束さんが手の平に乗せているパチンコ玉を見せる。

 

「風と降下速度を予測――投擲っ」

 

 二個のパチンコ玉が放物線を描いて空に飛んでいく。

 人間の視力では瞬く間に見えなくなる。

 シャルロットちゃんの家まで直線距離で300mくらいだけど、届くの?

 

「壁に穴でも空けるんですか?」

「この天災がそんな雑な仕事をするとでも? 人様の家なんだから、入るにはノックしてからでしょーが」

 

 絶妙な力加減で玄関のドアに当ててノックに偽造するんですね分かります。

 生身の視力だとドアさえ見えないな。

 壁とドアの境目が分からないから見分けがつかない。

 束さんは本当に見えてるのだろうか?

 流々武ヘッド装着からの望遠モード!

 よし、これでよく見える。

 家に向かう飛行物体発見。

 すげーよ、本当に家に向かって飛んでる。

 徐々に高度と速度を落として…………お、ドアに当たった。

 お見事です。

 

「あ、ドアが開いて人……が……」

「しー君?」

 

 一人の女性がドアから顔を出す。

 ノックの音がしたのに誰も居ない事に困惑しながら周囲を見渡している。

 インフィニット・ストラトスのヒロイン人気投票第一位のシャルロット・デュノア。

 その彼女が美しく年を重ね、色気を増した姿がそこにはあった。

 そう、俺は――

 

「女神を見た」

「だからキモイってば」

 

 隣の喪女がうるさいわ。

 女神の前で恥を知れ。

 束さんの目をジッと見つめる。

 やはり束さんは可愛い。

 だがしかし、まだ可愛いだけなのだ。

 プライドが高い束さんは自分より美しい存在に会っても大丈夫なのか心配になる。

 

「束さん」

「……なにさ」

「今からあの人に会うけど、色気の面で負けてるからって嫉妬しちゃダメだよ?」

「束パンチ!」

 

 あ、ちょっ! グーパンはやめてッ!?」

 

「パンチ! パンチ! 束パンチッ!」

 

 的確に急所を狙いやがる!?

 レバーはダメッ! 内臓は狙わないで――ぐふっ!?

 

「今から採取した血液を調べるから、そのまま大人しくしてなさい」

「……いえっ……さー」

 

 脇腹を押さえながら倒れこむ俺の頭上から冷ややかな声が掛かる。

 すみません、調子に乗ってまじすみません。

 

 

 

 

 

 

「結果発表~!」

「わ~パチパチ」

「たぶん1~2年で死ぬんじゃないかな?」

「ざっくりしすぎでは?」

 

 人を待たせておいてその結果ってさー。

 ちょっと残念だわー。

 

「や! しょうがないじゃん! だって薬や生活習慣でも結果は変わるんだよ!? それに血液検査程度じゃ限度があるって! 流石の束さんでも今の段階で死期までは見通せないってば!」

「それもそうですね」

 

 慌てて言葉を並べる束さんてレアですね。

 ちょっと冷たい目で見たかいがあった。

  

「初期段階って事は病気である事は確実なんですね?」

「血中のアミノ酸濃度が増えてるから多分ね。これ以上調べるならちゃんとした検査しなきゃ無理」

 

 ふむ、まぁ血液検査だけで人体の全てが分かるほど甘くないか。

 未だ通院履歴がなく、初期段階みたいって事は本人に自覚症状がないのか。

 ある程度病状が悪化してるならともかく、今の段階で死にたくなければ取引に応じろって言って通じるかな?

 個人的には無理そう。

 人間、本気で死を感じないと死への恐怖なんて感じないもの。

 

「しー君的にはどうしたの? 治すだけ?」

「治療からの無人島にご招待が考えてる流れです」

「ふむふむ、子供の方は?」

「父親に引き取ってもらうつもりです」

「DV野郎でしょ? いいの?」

「そこはまぁ話し合いですよ。……拳で」

「脅すのね。了解」

 

 脅すなんて酷い。

 俺はただクソDV野郎に娘の大切さを教えるだけさ。

 原作の流れを考えるに、シャルロットが父親に引き取られるのは必要な流れだ。

 でも放置は罪悪感が湧くので少しだけ介入する。

 ぶっちゃけ、余り非道な事をするなよと言うだけだけど。

 シャルロットが引き取られるのは中学生になってから。

 そう、つまり思春期を迎えている!

 別にさ、父親とかウザいだけだろ?

 産まれてから会ったことがない父親にベタベタされても、鬱陶しいだけだと思うんだよね。

 だからDV一歩手前、私生活の面倒は見るけど過度の接触はしないようにしたい。

 この辺は加減が難しいので、上手く事が運ばれない時は天災パワーで傀儡になってもらおう。

 

「んじゃ方針も決まったところで行きますか」

「いてら~」

「束さんも来るんです」

「……お昼寝したい」

「ダメです」

「ぶー」

 

 さてはお腹いっぱいになって動くのが面倒になってるな。

 流々武を装着し、だるだるモードの束さんを抱き抱える。

 玄関前に着地してIS解除。

 ノックしてもしも~し。

 

「……どなたかしら?」

 

 玄関のドアから顔を出したシャルロット母は首を傾げて俺と束さんを見比べる。

 うさ耳付けた変な女性と東洋人の子供の組み合わせだもんな。

 そりゃ驚く。

 しかし近くで見るとますます凄いな。

 顔はどちらかと言うと可愛い系だが、子持ちであるからか色気も内包している。

 シンプルなデザインのセーターに下にある巨峰が素晴らしい。

 これが人妻の魅力か――

 

「ずっと前から好きでした」

 

 はっ!? 手を取って告白してるだとッ!?

 これが魔性の女か。

 

「えぇっと……シャルの同級生……じゃないわよね? 初めて会うと思うんだけど……」

「年下はお嫌いですか?」

「嫌いとかではなくてね? どうすればいいのかしら」

 

 子供だからと雑に扱うか真摯に対応するか悩んでおられる。

 その姿をまた良しッ!

 

「うっとい」

「おぐぅ!?」

 

 隣に立っていた束さんに雑な裏拳で殴り飛ばされた。

 ここは黙って見てろよ!

 あわよくば筆おろしとかしてもらいたいじゃん!?

 

「黙れ童貞。どうせその場になったら尻込みするヘタレがなんだから、無駄な時間使ってないで本題に入れ」

 

 俺の思考を読んでのツッコミ&処刑に泣きたくなりますよ。

 実際問題、本当にそうなったら逃げる可能性があるからなんも言えねえ!

 

「えっと……大丈夫?」

 

 その優しさだけで痛みが引きますよ。

 ママと呼ばせて欲しい。

 

「ただのじゃれ合いなのでお気になさらす。すみませんが、お邪魔させてもらってもいいですか?」

「それは構わないけど……」

 

 シャルロット母改め、シャルロットママがチラチラと束さんの様子を伺う。

 突如子供を殴った束さんに対して不信感を持ってのだろう

 子供がいるママさんなら当然の反応だ。

 

「警戒心を持たせてどうするんですか」

「なんもかんもしー君が悪い」

 

 俺は悪くねぇ!

 全ては母性が悪いんだ!

 パブみが俺を狂わせるんだよ!

 と、心の中で思う。

 

「それではお邪魔します」

「え、えぇ」

 

 これ以上のおふざけは束さんをマジギレさせそうなので自重だ。

 ここで帰られても困るしね。

 

「紅茶でいいかしら」

「ありがとうございます」

 

 居間に通され、ソファに座る俺と束さんの前に紅茶が置かれる。

 ちなみに束さんは家に入ってから無言を通している。

 これだからコミュ障は……あ、違うわ。

 この子眠くてテンション下がってるだけだ。

 だって薄目で頭が左右にフラフラ揺れてるんだもん。

 頼むから用事が終わるまで我慢しておくれ。

 

「それで、我が家にどういったご用かしら?」

 

 対面に座り、紅茶を一口飲んだシャルロットママがそう話を切り出した。

 やっぱり警戒されてるな。

 だが日中からコスプレして出歩く変人が横に居る状態で警戒心を薄めるのは不可能に近いので諦める。

 

「実は貴女が病気で亡くなりそうなので助けに来ました」

「……え?」

 

 人間、近い内に死ぬと言われればどう思うだろう?

 唖然としたり、馬鹿な事を言うなと怒ったりするのが普通かな。

 でも彼女は違った。

 驚いてはいるが、その驚きは“心当たりがある”驚きだ。 

 

「最近、不調を感じたりしてませんか?」

「少し体の芯が重くて疲れが取れにくく感じてるのだけど……この不調は病気が原因だと言うの?」

「束さんが言うにはそうですね」

「その束さんと言うのは、貴方の隣に座っている篠ノ之束博士のことよね?」

「ご存じで?」

「田舎だけどテレビくらいあるのよ? でも私には彼女が本物かどうかは分からないけど……」

 

 有名人の名を使った怪しげな宗教の勧誘や健康器具の押し売りだと思ってるのか?

 シャルロットママは束さんに視線を向けているが、束さんはそんな視線を気にせず頭を左右に揺らしている。

 今はシリアスタイムなんで居眠りやめてくれません?

 

「束さんが本物だと証明する方法は色々ありますけど――」

「いえ大丈夫よ。勘だけど、彼女がテレビで見た本物の篠ノ之束博士なのでしょう」

 

 半分寝てる束さんをあっさりと受け流し、子供の俺が会話の主導権を握ってる状況でも気にしない。

 これらをあっさりと受け入れてるシャルロットママ、もしかして大物?

 

「それで私の病気を治してくれると言う話だけど、それでそちらにどんなメリットがあるのかしら?」

「メリットは一人の少女の未来が明るくなる事ですかね」

 

 オマケで小学生男子の胃も守れるヨ!

 

「少女? 私が生きる事で未来が……それってもしかして……」

「えぇ、娘さんです」

「シャルの友達なのかしら?」

「残念ながら会った事も喋った事もないです」

 

 本当に残念だ。

 帰り際にハグしてから帰りたい。

 成人男性がやったら犯罪だけど、子供同士ならじゃれ合いで済むのに!

 

「貴方の娘さん、シャルロットは高いIS適正を持っています」

「IS適正を? でもこんな田舎でISに触れあう機会なんてないから、適正があった所で――」

「旦那さん……ではないですね。シャルロットの遺伝子上の父親、アルベール氏の職業はご存じですよね?」

「……デュノア社は最近IS開発に着手したと聞きました」

「ISで戦うのは特殊なスーツを着たスポーツ競技、なんて表向きの事情を信じてませんよね? スポーツ競技メーカーなんて可愛いものじゃない、その本質は兵器開発。アルベール氏に子供を託すには心配になりませんか?」

「あの人が娘を、シャルをISに乗せると? でもそんな――」

「テストパイロットにするには最適だと思いますが」

「それはそう思いますが……」

「それでですね。諸来有望な娘さんがアルベール氏に虐待されるんじゃないかと心配になり、余計なお世話かもしれませんがこうしてやって来た訳です」

「虐待? 待って、どうしてそうなるの?」

「アルベール氏が娘さんを道具の様に扱うと思っているからです」

「……シャルを道具に? でも……いえ、もしかして……」

 

 一人で思考の海に沈むママさん。

 時々頷いてはなにかを確認している。

 俺はアルベール氏の事はよく知らない。

 表向きの立場、デュノア社の若き社長だとは知っているが、その内面はさっぱりだ。

 

「貴方はアルと会った事は?」

「ありません」

「ならシャルが虐待されるかも、というのは」

「客観的に見てそう思ったからですね」

「そう……」

 

 シャルロットママは紅茶を一口飲んで姿勢を正す。

 うーん、空気が重い。

 隣で背もたれに体重を預け幸せそうに口を半開きにしている束さんが憎い。

 気付いてる? シャルロットママは天災を完璧にヤベー生き物だと判断して無視してるぞ?

 そりゃそうだ。

 初めて会う他人の家のソファで寝こける人間なんて、精神が怖くて話し掛けたくないもん。

 

「まずはそうね……いくつか誤解があると思うの」

「誤解ですか?」

「まず、確かにシャルが虐待される可能性はあるわ」

「そこだけ聞くと誤解もなにもないんですが?」

 

 もうクズ決定でいいですか?

 束さん起こしてデュノア社の株買いまくって、会社の影の主になるルートに入りますね。

 

「勘違いしないで欲しいの。アルがシャルを虐げる可能性があるのは、それがシャルを守る為に必要な行為だからよ」

「ど言いますと?」

「アルはね、可哀そうな人なの」

 

 ……DV男を可哀そうな人とか言っちゃうのは貢ぎ系やメンヘラ系によく見られると聞く。

 一児の母で若くて可愛くて巨乳でダメ男好きとかなんて高性能なママなんだ。

 俺の人生のヒロインはここに居た?

 

「アルは元々家業を継ぐ気はなかったの。でもアルのお父様が急死して、彼は自分の幸せか社員とその家族を守るかを突然選ばなければならなくなった……」

 

 とても優しい顔と口調でアルベール氏を語るその姿はまさに乙女。

 ちっ、すでにアルベールルートに入ってエンディングを迎えてやがる。

 どうやらママは俺のヒロインではなかったらしい。

 

「この家と周囲の土地は、結婚したら二人で田舎に引っ越してブドウ畑をやろうって、そう話した事を覚えててくれたアルからの最後の贈り物なの」

 

 手切れ金が家と土地とはこれだから坊ちゃんは。

 親の金で家と土地買って愛人を囲うのは楽しいですか?

 楽しそうですねコノヤロー!

 ここから甘い話始まります?

 できれば紅茶じゃなくコーヒーを頂きたい。

 ない? なら無糖の紅茶で戦います。

 

「デュノア社は最近は落ち目と言われてるけど、フランスでは大きな会社よ。アルと今の奥様の間に子供は居ないわ。そんな時に子供が現れたらどうなるかしら?」

 

 ――大きな会社、社長夫婦に子供なし、突如として現れる愛人の子供。

 

 以上の単語から連想されるものは……ははーん、さてはこれ昼ドラだな。

 となると原作シャルロットが冷たくされてたのは守る為だという可能性が微レ存?

 ちょっと紅茶に砂糖入れますね。

 糖度の心配する必要なさそうだし。

 

「理解してくれたかしら? アルはシャルを可愛いがれないでしょう。もし娘として愛すなら、奥様と別れるしかない。でもそんな自分勝手は出来ない。きっとアルは他人行儀に接し娘を愛してないとアピールするはずだわ」

「母親である貴女はそれを許すんですか?」

「許すわ、だってそれがシャルの為なんですもの」

「ISのパイロットとして仕立て上げる為に、厳しい訓練や勉強を強制するかもですよ?」

「そんな未来があるかも知れないわね。でもそれって悪いことかしら?」

「本人の意思が無視されてます」

「親なんてそんなものよ」

 

 うっすら笑うシャルロットママに背筋がゾクリとする。

 あるぇえ~? 俺、優しいママンと会話してたよね? 

 なんで急に悪役夫人が現れたの?

 口調こそ優しいままだけど、なんかこう……怖い。

 

「じゃあお前は娘が酷い目に合うのを見逃すんだ?」

「酷い目、ですか。私は高度な教育が酷いとは思いません」

 

 って束さんが会話に参入!?

 お前は大人しく寝てろよ!!

 ラスボスVS裏ボスとかやめろ!

 

「娘が親に愛されない状況にあっても許容するんだ?」

「シャルはもう少しで思春期です。父親なんてお金だけくれればいい存在になるでしょう」

「戦いたくないのに戦う技術を無理矢理学ばされるのは?」

「シャルは可愛いわ。将来を考えれば自衛手段を学ぶ事はむしろシャルの為よ」

「学びたくもないのに勉強を強制されるのは?」

「知識は財産よ。それを生かせるかどうかはシャル次第だけどね」

「なるほど、お前は娘の教育にデュノア社社長の財力や権力を使う気なんだね」

「言い方が悪いわ。ただね、私が死んだ方がシャルが幸せになれるんじゃないかって、そう思っただけよ」

 

 シャルロットママがどこか困った様に笑う。

 それはとても綺麗で、それでいて見ていられない笑顔だ。

 無意識に握っていた拳の力を緩める。

 いやはや、男だったら殴ってたね。

 

「しー君、自分がイラついてる理由は理解してる?」

「自分の気持ちなんだから分かってますよ」

 

 声の中の楽し気な気持ち隠せてないぞ~?

 まったく趣味が悪い。

 俺が地雷を踏まれた様を見て喜んでやがる。

 

「あら? なにか粗相でも――」

「気にしないでいいよー。しー君はベッドの上で死にたくないって願ってたタイプの人間だから」

 

 そこは気にしろ! そして人の生き死を勝手に分類分けするな!

 

「それはその……ごめんさないね?」

「お気になさらず」

 

 もう互いにそう言うしかないじゃん。

 だってママンに悪気はないもの、目の前の人間が死にたくないと願ってたなんて知る由もない。

 そして俺はただの八つ当たりみたいなものだ。

 あー空気が気まずい。

 どうすんだこれ。

 

「まぁ気にしなくていいよ。童貞に我が子を思う母の気持ちなんて分かるはずないんだから」

 

 ケラケラ笑いながらぶっこんでんじゃねーよ!

 そうだね! ちょっと怖いと思ったけど、子供により良い環境を与えたいと思うのは自然な事だもんね!

 でも子供が可哀そうだと思うのは俺が童貞だからか?

 

「貴女は自分が死んでアルベール氏に引き取られた方がシャルロットが幸せになると、そう思っているんですよね?」

「そうよ」

「でも貴女が死んだら娘さんは悲しむと思いますが」

「子より先に親が死ぬ。当たり前の話よ」

「引き取られた先で辛い目に合うのは?」

「人生は思い通りに行かない事の方が多いもの。もしシャルが辛く苦しい思いをしてアルを許せないと思うなら、アルの元で得た知識や人脈を使って復讐するくらいの気構えが必要だわ。例えば会社を乗っ取ったりとかね」

 

 うーん、これはこれは――

 

「どうしようしー君、この生き物を少し気に入り始めてる自分が居る」

「束さんの琴線に引っ掛かるって事はそれだけヤベーんですよ」

 

 この胸の中にある気持ちを言葉にするのは難しい。

 だが言葉にするなら『強いッ!』だな。

 親としてどうこうじゃなくて、母として、女として逞しい。

 そしてこの人は娘にも強くなって欲しいと思っている。

 こりゃ強い。

 

「お気持ちは理解しました。では死んだフリして姿を隠すなんてのはどうです?」

「どうしてそんな案を提案してくるのか分からないけど、それもお断りするわ」

「何故です? 別に貴女に不利益がある話ではないと思いますが」

「そうね……ちゃんとした理由がある訳じゃないよ。ただ死期が近いって言われて思ったの。自分の人生はここまでなんだって」

「死が怖くないと?」

 

 無性にイラつく。

 目の前の生き物が理解できない。

 人間だれだって生きれるなら生きたいはずだ。 

 だってそれが生命として当然なんだから――

 

「先ほども言ったけど、親は子より先に死ぬものよ。シャルの花嫁姿が見れないのは残念だけど、それが運命なら仕方がないわ」

「……馬鹿げてる。まだ死を覚悟する年齢じゃないでしょう」

「覚悟? そんなものしてないわ。そうね……繰り返しになるけど、シャルには幸せになって欲しいの」

「自分の死がシャルロットの幸せなると本気で思ってるんですか?」

「えぇそうよ。だって――私が死ねばシャルに『親に愛された生活』と『裕福な親元での生活』の両方を与えられるのよ? ならもう死ぬしかないじゃない」

 

 とても良い笑顔で言い切ったよこの人。

 なんかもう怒るのも馬鹿らしい。

 見事な親バカだよ。

 

「なんで死んだフリはダメなんですか?」

「だって私はこれからシャルに大好きだっていっぱい伝えるのだもの。死んだフリをする人間の言葉が真摯に伝わると思う?」

「なるほど。死を覚悟するからこそ、貴女は本気の愛をシャルに伝えられる」

「その通りよ」

 

 なんかもう覚悟決まってません?

 確かに死が迫った人間の言葉は相手に伝わりやすいかもだけど、それで生きるチャンスを諦めるとは。

 説得する材料がないのがなー。

 娘の花嫁姿を見るより娘の幸せな生活。

 そう言い切られると難しいぞおい。

 

「しー君、もう諦めれば? 別に死にたがるやつを無理矢理生かす必要はないと思うじゃん。この女が死んでも罪悪感なんて湧かないでしょ?」

「こんな男の理想をこれでもかと詰め込んだ女性が死ぬのは世界の損失です」

「なんかもうただの我儘になってない?」

 

 なってるね。

 自覚してたけど、俺はただこの可愛い若奥様に死んで欲しくないだけだ。

 童貞の我儘だよそれがどうした!

 

「さて、潔く娘の為に死を選んだお前に束さんからプレゼントをあげよう」

「あらなにかしら」

 

 って説得しないで死ぬ方向で話が進んでるッ!?

 

「ほい、この薬をプレゼント」

「薬……くすり?」

 

 束さんが胸元から取り出した二本のビンをテーブルに乗せる。

 一つは真っ赤。

 もう一つは真っ青。

 シャルロットママが戸惑うのも無理はない。

 アメ玉と言われれば違和感ないけど、薬と言われると……。

 

「鎮痛剤と栄養剤だよ。一日一錠食後に飲むべし」

「病が治るものではないんですね?」

「本人の意思を無視して生かすほどお人好しじゃないよ。それはお前の選択に対する束さんなりの敬意。飲めば少ない痛みで穏やかに死ねるし、寿命もほんの少し伸びるから」

「シャルに辛い顔を見せなくて済むのは素直に嬉しいです。ありがとうございます」

 

 口を挟む間もなくシャルロットママの終活は始まってるんですが?

 でもこれ、どうしようもないよね。

 無理矢理仮死状態にして、死んだ事にしてから連れ去る手もあるが……恨まれそうなんだよなー。

 死を正面から受け止める彼女の意思を無視するか、それとも敬意を持って受け止めるか――いや待てよ。

 

「ねぇ束さん」

「うん?」

「思ったんだけどさ、別に俺がシャルロットママの意見を聞く義理も義務もなくない?」

 

 なんで他の男の人生のヒロインに気を使わなければならないのか。

 わざわざ相手を尊重してまで自分の心がモヤモヤするのを我慢する必要なくない?

 

「しー君、もうこの話は終わったんだよ?」

「なんも終わってねいよ。って事で決めました」

「決めたって……私の事よね?」

 

 シャルロットママの瞳を正面から見つめて宣言する。

 

「死ぬ直前に攫いに来ます」

「え?」

「死ぬ直前に束さんに仮死状態にしてもらって、偽物と入れ替える。これで行きましょう」

「えっと、今までの意見がまる無視されてるのだけど? それに偽物って――」

「サラッと私に仕事押し付けてない?」

 

 無視してるし押し付けてるね。

 だがそれがどうした。

 ここでシャルロットママが死ぬのを見過ごせば心にモヤっとしたモノが残るじゃん。

 俺に得がない。

 それに――

 

「今はそう言っても、死の直前になれば娘との別れに悲しみ生きたいと思うはずなので問題ないです」

「そういうものかしら?」

「そういうものですよ」

 

 娘に泣きながら死なないでと言われたら、ママの決心なんて鈍るでしょ。

 その時に俺の提案を蹴った事を悔やまないよう、先回りして宣言するのは俺の優しさです。

 

「貴方の行動を縛る権利は私にはないけど、その時になっても私の意見が変わらなければ静かに死なせてくれると嬉しいわ」

「それは約束しましょう」

 

 流石に泣いて死なせてくれと頼まれた諦めざる得ないからね。

 

「ちょいちょいしー君、なんか話が進んでるけど、その案を実行するならこの女の経過を観察しなきゃダメじゃん。それをやれって? この天災に面倒を押し付けるなんて調子に乗りすぎだと思う」

「貸し1でどうです?」

「……へぇ? その言葉の意味わかってる? 最近は暴れたりなくて、色々遊びたいと思ってたんだよねー」

 

 ぐちゃりとした嫌らしい笑顔を浮かべんなよ。

 なんて愉悦に満ちた笑顔なんだ。

 早まったかも……いやでも束さんの力は絶対に必要!

 

「俺は束さんの善性を信じてますので!」

「その、別に無理して助けてくれなくてもいいのよ?」

「信じて! ますので!」

 

 俺、そんなに心配させるような顔してます?

 してるんだろうなー。

 自分でも声の震えが分かるもの!

 だがこれは必要な犠牲なのだ。

 だって束さんの仕事が多すぎる。

 シャルロットママの病状を監視し、死ぬ直前で仮死状態にし、DNA培養で偽物を用意してもらって、治療する。

 全部が束さん任せだ。

 俺の仕事は……特にないな!

 無人島開発より酷い状況です。

 これは良いホテルで一泊程度では許されないだろう。

 なら身を切るしかあるまいて。

 

「いいよしー君。その言葉に免じて手伝ってあげる」

 

 はい勝ち確です。

 俺程度の犠牲でシャルロットママが助かるなら安いものですよ!

 もしかしたら、将来はシャルロットの婿に……なんてなるかもだしな!

 これはポジティブに見れば先行投資!

 

「あの、本当に無理しなくでいいのよ?」

 

 くどいぞママン! 俺の覚悟を無駄にするな!

 

「そんな青ざめた顔でプルプル震えてるから心配されてるんだと思うよ? もうしー君てば、そんな顔を見たら期待に答えなくちゃいけないか。ぐふふっ」

 

 束さんの汚い笑い声を聞くたびに体が震えるんですぅぅぅぅ。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「うふふっ」

 

 窓の外の月を見ながら思い出すのは少し前の記憶。

 

「ママ?」

「ふふっ、ちょっと思い出し笑いしちゃった」

 

 思い出したのは一年以上前に会った二人の人物。

 突然現れて死を予言してきた珍妙な二人。

 片やテレビで見た世界で一番有名な女性。

 もう一人は娘と同い年くらいなのに妙に大人ぶった男の子だ。

 会話は主に男の子からだったけど、あの大人ぶった口調が一転してふるふると震える様は今思い出しても可愛くて笑える。

 あの二人は親しい友人みたいだから心配してないけど、こんなおばさんの為に頑張らなくてもいいのに。

 

「ねぇシャル、普段大人っぽいのにふとした時に子供らしさが見える男の子っていいわね?」

「急にどうしたの? もう、変な事ばっかり言ってないで大人しく休んでよ」

「はいはい」

 

 シャルがズレた布団を掛け直してくれる。

 今の私は死にかけだ。

 あの日言われた通り、私の体は徐々に弱り死に向かって行った。

 篠ノ之束さんの薬には随分と助けられた。

 だって本当なら身動きすらとれず、苦痛に顔を歪ませてるはずの私が今もシャルに笑いかけてあげれてるのだから。

 でも回復してるのは気力だけ。

 体内はもうボロボロだ。

 感じる……私は今夜死ぬだろう。

 きっと朝日は見られない。

 

「シャル、こっちへ」

「どうしたの?――わぷっ」

 

 寝たままの姿勢でシャルの頭を抱きしめる。

 柔らかくて暖かい最愛の娘を抱き締めながら死ねるなんて、私はなんて幸福なんだろう。

 

「急にどうしたの? ……ママ、泣いて……」

 

 あぁ、もう自分を誤魔化せない。

 少年の言う通りだ。

 死にたくない。

 失いたくない。

 シャルともっと一緒にいたい。

 この一年でシャルに一生分の愛を与えたつもりだけど、まだ足りない。

 むしろもっと一緒に居たい気持ちが強くなるばかりだ。

 私は自分の死が神に定められた運命だと思っている。

 思っているけど――

 

「シャル、大好きよ」

「ママ!? もしかしてどこか痛いのっ!? 待ってて、今薬を――!」

「聞いてシャル。ママはもう長くないわ」

「やめてっ! そんなの聞きたくないっ!」

「聞きなさいシャル。いい? 私が死んだ後は――」

「嫌っ!!」

 

 シャルが首にしがみ付くので続きが話せない。

 よしよし、最後の言葉くらい言わせてよ。

 ママだって頑張って別れを告げてるのよ?

 

「お願いママ、死なないで――」

 

 涙ながらのシャルの言葉が耳に届く。

 その言葉を聞いた瞬間、迷っていた私の天秤は片側に傾いた。

 

「大丈夫よシャル。ママはずっと貴女を見守ってるわ」

「ママっ! しっかりしてママっ!」

 

 あら? もう頭を撫でる余力もないみたい。

 ごめんねシャル。

 最後まで情けない母親で。

 

「すぐに先生を呼んでくるから!」

 

 薄れる瞳にシャルの背中が見える。

 ぼんやりとシャルが出て行った開けっ放しのドアを見ている。

 もう頭すら動かせず、ただ見る事しか出来ない私。

 そんな私の視界に、一年振りに見る二人の姿が見えた。

 そう……宣言通り来てくれたのね。

 男の子の方は大分大きくなったわ。

 この年頃の子供の成長は本当に早いわね。

 

「その綺麗な笑顔が死を受け入れた人間の笑顔だとしたら、貴女は聖女ですね」

 

 残念ながら違うわ。

 これは死を受け入れた笑顔じゃない。

 希望を見た人間の笑顔よ。

 

「ではシャルロットママ。約束通り貴女の意見を尊重するので教えてください。貴女は死にたいですか? それとも――生きたいですか?」

「……い…き………たい」

 

 掠れた声でなんとか言葉を発する。

 

「了解です。今はゆっくり休んでください」

 

 朦朧とする私の耳にその言葉が届いた瞬間、安心して気が抜けた私の意識はぷっつりと途切れたのだった――

 




シャルロットママのイメージ的にそう簡単に靡かないイマージがあったので、なんかややこしい話になった。
自分でも読んでてなんか矛盾を感じるけど、どこを直せばいいのは分からないから投稿!



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きっとたぶん黒歴史

Huluでボーボボやってましてね。
どんなに年を重ねても、ボーボボを楽しく見れるならまだ大丈夫って思える!


「しー君は海と山のどっちが好き?」

「どっちも好きですよ」

「富士の樹海でのキャンプと海でサメと戯れるのどっちいい?」

「どっちも嫌です」

「嫌なの? もー、我儘なんだから」

 

 ツンツンと束さんが俺のほっぺをつつく。

 だって選択肢が余りに酷いんだもん、仕方がないじゃん。

 

「ところで束さん」

「んー?」

「ロープ解いてくれない?」

「だーめ♡」

「ちくしょう離せ! 俺に自由を! ギブミ―自由!!」

 

 椅子に縛られた状態で必死に暴れる。

 だが固く縛られたロープはびくりともしない。

 潜水艦の一室で椅子にロープで縛られてる小学生ってどう見ても事案だろ。

 助けて国家権力!

 

「ふっふっふっ、しー君は言った! なんでもすると!」

「貸し1って言っただけでなんでもは言ってない!」

「そんな理屈が通るとでも?」

「思ってないけど!」

 

 えぇ思ってませんとも。

 だけど抵抗してしまうんだ! 本能が逃げろって言ってるんだよ!

 自分の顔を鏡を見てみ? 目がね、獲物を狙う猫の目なんだよ。

 

「だが待って欲しい。約束はシャルロットママを助ける報酬としてのはず。まだ報酬を払う必要はないのでは?」

「この私に一年待てと申すか」

「うん」

「断る!」

 

 断られちゃったよ。

 報酬の先払い(強制)とか聞いてない。

 シャルロットママの元を立ち去ってすぐにこれだよ。

 どんだけ俺で遊びたいのか!

 ストレス溜まってるのかな? ……確かに最近は束さんの時間を拘束し過ぎてたのは認める。

 

「なにがいいかなー? どれがいいかなー?」

 

 束さんがくるくると踊りながら回る。

 楽しそうですね。

 でも樹海もサメも許して欲しい。

 

「うん、ただここで遊んでいても良い案でないし、散歩しながら決めようか」

 

 ごく自然な動作で首輪が着けられる。

 なんていうか、首に金属が当たっても違和感を覚えなくなった自分が怖い。

 まぁ少し前まで日常で着けてたから当然なんだけど。

 

「はい行くよー」

「うぇい」

 

 束さんがリードを引っ張るので大人しく着いて行く。

 行先はどちらで? 人が居る場所なら流石に全力で抵抗するぞ。

 通路に施されている動く歩道の上に乗って移動を開始。

 ……おいおい待て待て。

 この方向、デ・ダナンの中心部じゃないか。

 この潜水艦の一番強固な場所になにがあると思う?

 答えは天災のラボです。

 そう、篠ノ之束の研究所である。

 しかもかなり危険度が高いものを集めた場所だ。

 束さんの発明品の代表格はISだが、もちろんそれだけではない。

 世に出したらそれこそ国を亡ぼす可能性すらある、束さんの闇を凝縮した場所がダナンの中心部なのだ。

 ちなみに俺も入った事はない。

 なぜなら束さんに命が惜しければ近付くなとガチトーンで警告されたからだ。

 気のせいでなければ、俺はそこに向かっている。

 

「束さんや」

「うん?」

「どこに向かってるの?」

「私のプライベートルーム的な? ちーちゃんにも見せた事がないから、しー君が人類で初めてだよ。やったね!」

 

 嬉しくないお誘いだなぁ!

 プライベートルームにご招待とか、もっとドキドキ甘酸っぱいのもじゃないの? 今の俺は別の意味でドキドキしてるけども。

 

「とうちゃーく!」

 

 あぁ、地獄への入り口に着いてしまった。

 扉の外見は金属製の自動ドア。

 やけに分厚く見えるのが恐怖心を煽る。

 

「ふんふふーん」

 

 ご機嫌に鼻歌を歌う束さんが手をかざすと扉がゆっくりと開く。

 うっすらと暗い部屋の中に束さんが一歩踏み出すと、明かりが点灯し――

 

「なんてこった!」

「……なんで急に床に膝着いてるの?」

「こんなんみたらそらこうなるわ!」

 

 ビシッと指差す先にあるのは映画に出てくる巨大ビーカー。

 液体に満たされたそれが床から何本も生えていて、それらの中には異形の怪物が目を閉じて浮かんでいる。

 まさかここまでコテコテな研究所だとは思わなかったんだよ!

 

「うんうん、しー君はモンスターパニックの映画好きだもね。テンション上げちゃって可愛いんだから」

「ちげーよ!」

 

 そりゃ好きだけど! ジャンルんで言えば好きだけど! でもこんなガチモンスター求めてないんだよ!

 えぇぇぇ? これ特撮用の偽物だよね?

 あの妙に全身ツルツルな蛇の皮膚感を持つワニっぽい生き物とか、ハリウッドで使う特注品だよね?

 そうだと言ってバニー!

 

「お、アレが気になっちゃう感じかな? 中々見る目あるじゃないか! アレはAC0033typeIⅡだよ!」

「日本語で」

「アレは33番目に作られた対都市用無差別殺戮生物兵器の水中型だよ!」

 

 聞くんじゃなかった!

 なんでそんなもん作ってんだよこの天災は!

 千冬さん! 世界の敵が此処に居ますよ!

 

「ほら、近代都市って下水道が設備されてるのが普通でしょ? だから下水に住み着く生き物を造ってみました!」

 

 倫理がッ! 倫理が仕事していない!

 

「主な材料はワニで、ヘビやコウモリの特徴を持ってるんだよ。本来、別種を混ぜるのは不可能に近い。何故ならただ繋ぎ合わせただけじゃ普通に拒否反応が出て死んじゃうからね。薬などを使って押さえるにも限度がある。そこで着目したのが生き物が持つ免疫力さ。ワニは汚水の中でケガをしても病気にならないくらい高い免疫力を持ち、コウモリは数多のウィルスを保有しても死なない免疫力を持つ。それらを遺伝子を組み換えながら混ぜて、ワニの身体とヘビの鱗を持ち、その血に多くのウィルスを持つ生き物が誕生したのです!」

 

 ワニの様に水中に潜み、ヘビの様に狭い空間でも柔軟に移動し、コウモリの様にウィルスをばら撒く。

 外道の極みっすね。

 

「増える形式は産卵ですか?」

「うん、簡単に駆除出来ない様に水底や壁面に産み付けるタイプにした」

「……爬虫類ですよね?」

「うんにゃ、両生類だね。カエルも混ぜてるから」

「凶悪なランナップの中にカエル?」

「皮膚呼吸と単為生殖が出来るからだよ。それと皮膚のヌルヌルでウィルスを纏う事も出来るのです」

 

 水陸両用で触ったらアウト系!

 カエルを混ぜただけで凶悪度がアップだよ畜生!

 ……よし、見なかった事にしよう。

 これ以上掘り返したら陸地用と空戦用のキメラを紹介されそうだし。

 ぶっちゃけ聞きたくねー!

 えーと、なんか話題逸らしの為のネタは――

 

「ん? これは空っぽ?」

 

 近くにある水槽の中には何も見えない。

 まさか人間の目に見えない保護色持ちの生物とか?

 

「どれの事? あー、それか。しー君、もっとよく見てごらんよ」

 

 小さくて見えない系か。

 あ、なんか居る。

 これはアリだな。

 ……映画でアリが敵だと結構エグい作品多いよね。

 アリと天災とか混ぜるな危険では?

 

「これはどんな生き物なんです?」

「アルゼンチンアリをベースに軍隊アリの特性を持たせて、ちょっと凶暴にしただけの生き物だよ」

「それって、どんな生き物……」

「高い繁殖力と凶暴性を持ち、夜行性で肉食なだけのアリだね」

「眠れない夜がやってくるッ!!」

 

 もうアメリカンホラーの生き物じゃん。

 住人が夜な夜な家の中で震えてる様子が目に浮かぶよ。

 

「いやー、今見るとちょっと恥ずかしいね。若い頃の私はIS研究の合間に息抜きでこんなのばかり……これも中二病ってやつなのかな?」

「思春期の方向性が異常ッ!」

 

 なんで恥ずかしそうに頬を掻いてテヘヘ顔してるんですかね?

 中学生くらいの年頃に暴力性が現れる事あるよね。

 うん、それは分かる。

 だがお前の方向性はおかしい!

 封印された邪気眼ならともかく、本当に世界を亡ぼす可能性がある封印物は中二病とは言わん!

 

「戦ってみる? ISの使用を許してあげるよ?」

「IS使用が前提の戦いッ!?」

 

 IS使っても戦いたくないわバカチンがッ!

 もうやだ、助けて千冬さん。

 

「嫌なの? んじゃもう少しイージーな相手にしようか。んーと、しー君が生身で戦える程度の強さでそこそこ面白いのは――」

 

 こっちの意思無視で見繕ってやがる!

 

「あ、この巨大ハリガネムシとかどうだろう」

「一見すればデカいミミズですね。体格以外で普通のハリガネムシと違うところは?」

「普通のハリガネムシは人間に寄生しない。このハリガネムシは寄生する」

「却下で」

「じゃあこのノミ」

「水槽に豆粒みたいのが浮いてますね。で、どんなノミなんです?」

「体内で複合毒を生成できる。んでもって腹ペコ属性。積極的に跳ね回って獲物に取り付き、神経毒で動きを止めた所で吸血する。ちなみにしー君なら二匹に刺されたら指一本動かせなくなる」

「却下」

「ならもうヒルでいいよ。動きも鈍いし柔らかいから踏めば潰れるし」

「で、どんな魔改造を?」

「動物の体内に卵を植え付けるタイプのヒルだね」

「お前は二度とジャンプを読むな!」

 

 朝から晩までビール飲めば大丈夫ってか。

 いやそれだけじゃなんも安心できないよ!

 

「しー君」

「なんです!」

「怖い?」

「もちろん!」

「んふふ~」

 

 キレ気味に返事する俺に対し、束さんが楽しそうに笑う。

 もうドS大爆発ですね。

 シャルロットママ、どうかこの天災に立ち向かう勇気を俺に!

 

「よし、んじゃ違うのにしようか」

「ほ?」

 

 束さんがすたすたと部屋の奥に向かって行く。

 へぇ、更に奥の部屋があるのか。

 奥ってことは……更にやべーのがあるって事です?

 

「手前は生物ゾーン、奥は無機物ゾーンなのです」

「生物より危険なんですか?」

「生き物はなんだかんだで殺す手段があるし、生き物である以上生息可能領域やエサの問題なんかが生まれる。でも機械の発明品は安価で大量生産できるでしょ? ぶっちゃけ世に出たら兵器の方が被害はデカいね」

 

 見本さえあれば、理屈や機能を理解してなくても模倣は出来るもんね。

 それに生き物は食べる為に殺すのが主な目的だけど人間は違うし。

 確かに被害は兵器の方が酷そうだ。

 

「ちなみに、正しい使い方は合わせ技だね。生物兵器と科学兵器を同時に使えば、私は一ヶ月で人類の93%を殺してみせる」

 

 たった一人の人間がガチで人類を滅亡させられるって恐怖だよな。

 媚び売って生き残らなきゃ。

 

「肩でもお揉みしましょう」

「セクハラはやめろ」

 

 冷たい目に睨まれた。

 あっれ、もしかして俺の信用度低すぎでは?

 さてさて、不気味な水槽の間を歩き奥に続く扉の前に到着。

 この奥に反抗期真っ盛りの篠ノ之束の作品が眠ってるのか。

 ……そのまま寝続けて欲しい。

 

「はいオープン」

 

 あっさり開く地獄の扉②。

 少しは錆び付け。

 

「ほー」

 

 こちらの地獄はまるで博物館。

 ショーケースが並び、壁には大きな機械が飾ってある。

 怖いのは素人の俺では見ただけじゃどんな機械か分からない点だ。

 だが見る分には生物ゾーンよりマシだな。

 壁に掛かってる機械の大剣とかむしろカッコイイ。

 金属じゃなくて機械である所がミソだ。

 両手持ちバスターソード型で、浮き出たチューブと金属の光沢のコントラストが素晴らしい。

 

「あの機械の大剣はどんなものなんです?」

「ん? あぁ、アレはただの爆弾だね」

「爆弾かい!」

「うん、ブービートラップ用の爆弾。でも調子に乗って威力上げすぎちゃってお蔵入りしちゃった」

 

 ブービートラップ用……そりゃ引っ掛かるわ!

 あんな武器が置いてあったら思わず近付くし、触ってしまうだろう。

 全世界の男の内8割は釣れそう。

 なんて恐ろしい物を作りやがる。

 もっと平和な感じのないかッ!?

 

「このボールは?」

 

 ショーケース収められてるのは金属の野球ボールと言ったところか。

 これが兵器だと、せいぜい手榴弾じゃないかな。

 

「それは私のオススメだよしー君!」 

 

 あ、テンション上がりやがった。

 これはダメですわ。

 

「それは窒素をゼリーに変えるガスを放出する物なのです! 名付けて“チッソDEエンド”!」

 

 野球ボールがまさかのネームドかー。

 ワニモドキでさえ型番だったのにまさかの名前有りとは。

 でも窒素をゼリーに? 窒素と言われると思い浮かぶのは液体窒素だけど、固体だとどうなるんだ?

 そもそもここにあるのは兵器な訳で……ゼリーで人を殺すとか無理だろう。

 

「窒素をゼリーにって、それ凄いんですか?」

「凄いよ。凄くヤバい。なんせ私だって殺せるもん」

 

 ……俺の中でゼリー最強説が浮上中。

 

「ピンと来てないみたいだね。しー君、大気の中で一番割合が多いのは?」

「窒素です」

「今しー君が吸ってるのは?」

「酸素と窒素」

「アレは窒素を”ゼリーに変えるガス”です」

 

 ほむほむ、理解してきたぞ。

 大気の7割は窒素である。

 今も俺は窒素を吸っている。

 そして、あのガスが漏れればそのガスも吸うだろう。

 窒素と一緒に――

 

「ちなみにゼリーって言ったけど、硬度はコンニャクレベルだね」

 

 イメージする。

 口の中、喉、肺がコンニャクで詰まる自分を――

 

「いや死ぬわ!」

 

 え、こわっ。

 想像したら鳥肌立つレベルの恐怖だぞこれ。

 

「使用したら人間は立ったまま溺死する。肺の中が固体化された窒素で詰まり、どんなに口を開けようと二度と酸素を吸える事はないのだ」

「ホラーかな?」

「人間は窒素に取り囲まれてると言ってもいい。ガスに包まれたら厚さ数メートルのコンニャクに埋もれて、一切の身動きが取れず酸欠で死ぬ」

「地獄かな?」

「まぁガスって点が弱点かな。屋内なら大量殺戮は余裕だけど、屋外だと効果減だね」

「でも……あれだ、有効利用もできそうですよね。飛行機に搭載したら墜落時の救済措置とかに使えそうですし」

 

 機体全体を分厚いコンニャクでガードすれば生存確率上がりそうじゃん。

 なんだったらエアバックの代わりでもいいぞ。

 良い所! 良い所だけ見て行こう!

 束さんの発明品だって使い方次第!

 

「後は爆弾の処理とかにも使えるかもね。爆弾の周囲の空気を固体化すれば被害は抑えられるよ。でも今の所は世に出す気はないけど」

「それまたどうして」

「や、これ相応の量のガスを用意すればISも捕殺できるんだよね。しー君が身バレして、専用機持ちだとか私との関わりとかが知られたら……世に出しちゃっていいかな?」

「このまま封印で」 

 

 黒歴史はダンボールに入れて押入れって決まってるから。

 それもちゃんと封印しとけ。

 嫌だ! コンニャクで溺死は嫌だ!

 

「あ、これならしー君でも安心かな?」

「安心すか。信用できない」

「あれ? もしかして私の信用度低い?」

 

 お互いにある意味で信用できないからお相子ですね。

 

「で、どんな危険物を紹介してくれるんです?」

「危険物って決めつけてるし。そんな人を信じられないしー君にオススメなのはこれ! その名も“ブルーウィシュ”!」

 

 束さんが取り出しのは一本の青いバラ。

 青いバラで名前が“青き願い“とは洒落てるな。

 

「本物じゃない。造花ですか」

 

 手渡された一論のバラを触ってみると、質感が固く偽物だと分かる。

 うん、普通に綺麗だ。

 

「匂いを嗅いでみて」

「匂いがあるんですか? どれどれ――」

 

 あ、本当に匂いがある。

 微かに甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

 なんか落ち着く匂いだな。

 分類するならアロマディフューザーなのかな?

 普通に素晴らしい発明品じゃないか。

 あー、なんか幸せー。

 

「落ち着くでしょ?」

「ですね~」

「ずっと嗅いでたいでしょ?」

「はい~」

「ところでお尻蹴っていい?」

「どぞ~」

「ていっ!」

 

 バスンッ!

 

 束さんにお尻を蹴られた。

 そんなに蹴りたいならお好きにどうぞ~。

 

「なにげに人に使うのは初めてだけど、やっぱり封印して正解だったね。しー君、気分はどう?」

「さいこうれふぅ」

「あ、ダメだこれ。回収&目覚めの一発!」

「へブッ!?」

 

 あ、バラを取られた。

 酷いじゃないか。

 もっと嗅いでたかったの……に?

 

「束さん」

「正気に戻ったみたいだね。で、どうだった?」

「クソ最悪な発明品ですね」

 

 覚えてる。

 尻を蹴られてもふあふあした幸せな気持ちだった。

 全部記憶にある。

 なにをされても許せるムーブだったわ。

 

「究極の世界平和を願って作りました」

「嘘だ!」

「いやホントだって。世界平和とか馬鹿みたいな夢を語る人間に、真に優しい世界ってものがどんなものか教える為の青いバラだもん」

 

 余りにも皮肉が効いてやがる。

 そだね。

 自分がなにされても全て許すとか、もうこれ社会が成立しないわ。

 

「意味なく幸せな気分になった理由は?」

「麻薬みたいなものだね。無理矢理多幸感にさせてるのさ。でも麻薬と違って害はないよ。まぁ本人の意思が弱ければ一生バラを握ったままの生活になるけど」

 

 仕事に疲れてる頃ならハマったかも。

 でも今だと、特に何もないのに強い幸せを感じてた自分が怖いわ。

 

「上手い具合に調整すれば、脱麻薬を目指す人の助けになりそうですけどね」

「そんな使い方もあるかもね。でもしー君、人類は本当にそんな平和な使い方するかな?」

「無理ですね。だってそれ、エロゲに登場するタイプの道具じゃないですか」

 

 なにをされて受け入れるんだぞ?

 催眠アプリ並みにやべーよ。

 しかも相手は幸せで笑顔だから合意の上だと言われかねない。

 こんな物が世に出たら絶対犯罪に使われるわ。

 童貞紳士として見過ごせない。

 ノンフィクションはダメ、絶対。

 

「んー、なんかどれもイマイチだなー」

 

 じゃあもう部屋に戻ろうよ。

 これ以上SAN値を削りたくない。

 

「どれも殺意高すぎてしー君が死んじゃうのばかりだしなー」

 

 そんなにも多くの危険物を作り出す中学生って……束さんの闇の深さを感じるぜ。

 今でもマジになってるんだなとつくづく実感する。

 仮に俺が同級生だったとしても、絶対に親しくなれない。

 俺がどうこうじゃなくて、束さんが許さないだろう。

 調子乗った発言したら本気で半殺しにしてきそうだもん……。

 

「束さんて、これでもまともに成長したんですね」

「どーゆー意味かな?」

「いや、千冬さんの偉大さと一夏と箒の存在のありがたさを実感しました」

「なる。仮にしー君が同級生だったとしたら……肉塊程度にしか思わないんじゃないかな? んでもって馴れ馴れしくしてきたら半殺し」

 

 だいたい俺の想像と同じじゃないか。

 精神が成長し、友達って概念を覚えた束さんと出会えた事は本当に僥倖である。

 だがしかし――

 

「正直、ロリ束さんには会いたかった」

「そんなに死に急ぎたいの?」

「怖いけど、絶対に可愛いだろって想像できるからね。……ねぇ束さん、アポトキシン4869はないの?」

「あってたまるか!」

「不老長寿は人間の夢じゃん」

「そだね。ちなみにアポトキシン4869をしー君風に読むと?」

「合法ロリ製造薬」

「一回去勢しようか?」

「男の夢なんだよ!」

 

 いいじゃん合法ロリ。

 精神大人で体が少女とか男なら大歓喜じゃん。

 それなのにないって……はぁーつっかえ!

 

「あのさ、束さんは俺が成長して殴りやすくなったって言うけど、自分も成長してるって理解してる?」

「そりゃ私だって成長くらいするよ」

「だよね。……果たして、束さんはいつまで“可愛い”でいられるかな?」

「え゛?」

「そりゃ束さんは可愛いよ。うん間違いなく可愛い――“今は”、ね」

「これから先は美人って言われるだけだし。美少女が成長して美人になるのは自然の摂理だし……」

 

 平然とした風だけど声が震えてるぜ。

 ふふっ、成長って良い意味だけど、言い方変えると老化だもの。

 女として気になるだろぉ?

 ならアポトキシン4869作ろうぜ。

 

「好みって人それぞれですよね。ちなみに俺は可愛い派です」

 

 ギャルゲーだと、幼馴染が可愛い系でクラスのマドンナが綺麗系のパターンが多いよね。

 巨乳派と貧乳派。

 ショート派とロング派。

 女性の好みは様々あるが、その一番最初の分かれ道が可愛い派と綺麗派だと思う。

 別に綺麗が嫌いな訳じゃない。

 ただ可愛い方が好きなのさ。

 

「別にしー君に好かれなくてもいいし」

「本当に? これから成長し、女盛りになった瞬間……束さんへの興味がなくなって冷たくなるかもだけど許してくれる?」

「……くふふ、もうしー君てばそんなに私を挑発するなんて悪い子だなー。そんなに私に若返りの薬を作らせたいの?」

 

 むっ、立て直したか。

 このまま不安を煽りたかったのに。

 

「でもそっか。今から酷い目に合うって理解してるはずなのに、そこで私を挑発するくらいロリ束さんに会いたいんだね」

 

 忘れてたッ!

 今は遊んでる場合じゃなかった。

 俺のバカ!

 

「でもうん、それはそれで面白いかも。丁度アレも完成間近だし、この際やってみるのも面白いかも」

 

 篠ノ之束の独り言ほど怖いものはない。

 その頭の中でどんなロクでもない計画を立てているのか。

 そしてその計画に誰が巻き込まれるのか……あ、俺か。

 

「しー君てさ、催眠術って信じてる?」

「不安を煽る語りだしッ! えぇと催眠術ですか? 条件付きで信じてます」

「ほうほう条件とな。それはどんなん?」

「ちゃんと集中できる環境である事ですね」

 

 俺は催眠術は信じている。

 だがテレビのは信じてない。

 いやあんなん無理だろ。

 テレビ慣れしたタレントはともかく、素人がテレビカメラを無視してリラックスしたり催眠術師の声に集中したりとか出来る訳がない。

 だから条件付きなのだ。

 

「ふむふむ、んじゃこれをちょっと見て」

「うん?」

 

 束さんがショーケースの中から取り出しのは、なんの変哲もない電球。

 恐る恐る観察してみる。

 外見は小学校の理科の実験で使った様な、白いボックスに3つの電球が付いたやつだ。

 束さんの発明って言うか、小学生の夏休みの図工だな。

 

「ちゃんと見ててね」

 

 電球が光る。

 赤、緑、青の三色だ。

 光の三原色ってやつだな。

 それぞれが点いたり消えたりを繰り返す。

 一色だけだったり、二色同時だったりと規則性が読めない。

 なんか目がチカチカしてきた――

 

 赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑赤赤赤緑青緑赤青青緑赤緑赤赤青緑赤緑青緑

 

 アカ アオ ミドリ アカ――

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「気分はどうだい?」

「――――」

 

 しー君は私の問いかけに反応を見せない。

 よしよし、しっかりと催眠状態になったね。

 うん、虚ろな目で虚空を見るしー君は中々に良い。

 私が使用したのはただの電球。

 三色の電球を一定のリズムで点灯させる事で脳ミソをバグらせたのだ。

 お手軽催眠である。

 なお、材料費はワンコインでお釣りが出るレベルなので、危険物として封印した。

 人類が使うには早すぎる。

 さて、今のしー君で遊びたい欲求はあるけど、残念ながら遊んでる時間はない。

 思い立ったらすぐ行動! それが私の生き方なのだ!

しー君が子供の私に会いたいと願うなら、それを叶えてあげようじゃないか。 

 最近思いついた脳への新たなアプローチ方法、危険はあるが自分に使ってみよう。

 まだ理論は完成してないからすぐに取り掛からないと。

 

「だけどその前に」

 

 未だに微動だにしないしー君の頭を優しく撫でる。

 

「腹筋500回、スクワット500回してから家に帰れ。一眠りしたら全ては元通り。いいね?」

「――――(コクン)」

 

 しー君を催眠状態にしたのはただの嫌がらせです。

 今から帰宅後のしー君を想像するだけで笑顔が漏れる。

 楽しみだなー!

 お金を全部巻き上げるのもいいけど、それだけじゃね。

 ちょっと遊ばせてもらう! やふー!




その後

し「あれ? 俺なんでベットに……体中が痛い!? 動けない!? なんで!? ……束さんの黒歴史見学してる最中からの記憶がない? えっ、普通に怖いんだけど。俺に何をした篠ノ之束ッ!!」 

た「ぷーくすくす(筋肉痛で動けずベットの上で藻掻く姿を観察中)」

 


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たばねさんじゅっさい

宇崎ちゃん見てたら、宇崎ちゃんが一人焼肉や一人回転寿司を笑っていた。
給料日の後は一人焼肉一人回転寿司で心身を癒す派の俺は悲しくなったよ。 
陽キャ大学生には一人焼肉の良さが分からんのです!


「よし! 問題なし!」

 

 一部の記憶を封鎖する事で疑似的な記憶喪失状態にし、それに催眠術を組み合わせて過去の私を呼び出す今回の実験。

 それが完成した。

 だがこれで準備が終わった訳ではない。

 

「問題は下着と着替えをどうするか、だね」

 

 しー君の為に特別にあつらえた部屋で一人悩む。

 普通にタンスでも良い気がするが、最近のしー君はケモノである。

 狭い空間に私と二人きりになればリピドーが爆発するかもしれない。

 うん、ぶっちゃけ信用できない。

 なんか『これも青春の思い出』とか言って、生前できなかった下着ドロとかしそう。

 

「やっぱり隠すが吉かな?」

 

 畳の一部を剥がして――

 

 ギュルーン!

 

 隠し空間的にして――

 

 ドドドドドッ!

 

 ここを小物置き場にしよう。

 これなら流石に見つからないだろうし。

 着替えは取り敢えず一週間分にして、後は洗濯して頑張ってもらおう。

 子供の私に!

 しかしこれは危険な実験だ。

 しー君の身の危険的にね!

 私の年齢は10歳にする予定です。

 それ以上年齢が高いと、たぶんしー君が死ぬから。

 12歳の私は人間嫌いを発症してかなり攻撃的、8歳の私は知識の収集と機械イジリしか興味なくて人間には無関心。

 10歳の私は一番今の私に近いだろうから、きっとしー君もやりやすいだろう。

 でも対応を間違えたら10歳の私でもしー君を殺すかもだけど。

 目が覚めたらしー君の死体が目の前とか嫌だなー。

 脳だけは破壊されない事を祈るよしー君!

 洗濯機と冷蔵庫を設置して、用意したパソコンの中に私の暇潰し用のデータを入れておこう。

 今までの実験記録や実験データ、それとISのデータとしー君のデータも必要だね。

 んー、冷蔵庫の中身は……なしでいっか!

 しー君は私への食料を持って来るだろうから、一週間分はあるだろうし……私としー君が食料を巡ってギスギスするの見たいもんね!

 今の私なら問答無用でしー君をしばき倒して奪うけど、子供の私はどうだろうね?

 生で見れないのが残念だ。

 録画用の隠しカメラ設置して後で楽しもうっと。

 これで準備は完了かな?

 

「かもーん!」

 

 部屋の中心にある天井の一部が降りてくる。

 設置してあるヘッドギアを装着。

 暗示に掛かりやすい様に、10歳当時の記憶を呼び覚ます。

 

 ――たばねの名前は篠ノ之束、年は10歳。好きな事は機械イジリで嫌いなのは無能とバカ。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 冬休みが終わってからの最初の週末、俺はいそいそと束さんの元に行く準備をしていた。

 お馴染みの業務用スーパーで束さんの食料を買い込み、ついでに週末キャンプ用の自分の食料も買う。

 チキンが丸ごとで一羽が700円だったので、アルミホイルに包んで焚火に入れてやるぜ。

 

「よしっ!」

 

 準備が終わった段階で日が落ち始めてたが、それでも俺は束さんの元に向かう。

 何故なら俺は問わなくてはならない。

 

 ――先日に俺に何をしたのかをッ!

 

 起きたら痛みで動けず、冷静に自分の身体の調子を確かめた結果判明した。

 あ、これ筋肉痛だと。

 分かった瞬間の安堵が恐怖がもうね。

 痛みの原因が分かって安心。

 でも理由が分からず恐怖。

 脳が混乱したわ。

 絶対に束さんが何かしたはずだ。

 途中でぷっつりと記憶が途絶えてるので、薬でも嗅がされた可能性がある。

 俺に何をしたのか、何故筋肉痛になってるのか、そこんところハッキリ聞かないと怖いんだよ!

 束さんへ文句を垂れ流しながら飛ぶこと数時間。

 どっぷり日が暮れたがデ・ダナンに到着。

 小さな島がいくつも浮かぶ諸島の中にデ・ダナンは停泊していた。

 着艦してISを解除、人用の入り口からデ・ダナンの中に入る。

 通路を歩いていると床が勝手に動き始める。

 これは束さんに呼ばれてると思っていいのかな。

 もしかして腹ペコ?

 くっ、丸ごとチキンだけは死守しなければ。

 しかしどこに向かってるんだこれ?

 デ・ダナンは大きい。

 当たり前の話だが、全ての部屋に入った事がある訳じゃないし、俺が知らない用途の部屋もあるだろう。

 今向かってるのは普段は足を踏み入れない区画だ。

 危険物がある部屋とかではなく、ただ部屋数が多くて把握できてない。

 なにかの作業中かな?

 

 ――ググッと体に掛かる圧力が強くなる。

 

 うーん、これはあれだ。

 スピードが上がって圧力が強くなってますね。

 

「っておい!?」

 

 壁が! 視線の先に壁が見える!?

 あんにゃろ俺を壁のシミにする気か!

 いや……壁だと思ったけど突き当りは部屋のドアか?

 恐らくあの部屋に束さんが居るのだろう。

 いいよやってやんよ。

 強制的にダイナミック入室させるって言うなら乗ってやる!

 それが男ってもんだろ!?

 目を限界まで見開き意識を集中する。

 突然足元が動き強制的に部屋に突入させられる。

 そんな場面なら、思わずISを展開して見当違いの場所に吹っ飛んでも仕方がない。

 例えば束さんの胸に飛び込んでも事故である。

 事故を引き起こす原因は束さんなので俺は悪くない。

 以上、自己弁論終わり。

 流々武脚部展開。

 膝を曲げて力を溜めてタイミングを計る――3、2、1

 

「ッッッ!」

 

 激突する手前でドアが開き、光が見えた。

 今ッ!

 溜めた力を解放し、全力で部屋に突撃する。

 待ってろ篠ノ之束。

 俺から会いに行きます!

 

「あん?」

 

 ……玄関開いたら1秒で束。

 エ? ナンデ? タバネサンナンデ!?

 お前目の前にいたら本当の事故じゃねーか!

 よけっ……無理!

 

「邪魔ァ!」

「おぶっ!?」

 

 高速で飛んで来る人間を回し蹴りで迎撃とは流石の身体能力。

 俺はほっぺに束さんの踵の温度を感じつつ地面に落ちる。

 

「間に合え!」

「ぐえっ」

 

 束さんが珍しく慌てた声を出して俺の背中を踏む。

 何を焦ってるんだろう?

 

「くっ」

 

 プシュッっとドアが閉まる音が聞こえた。

 もしかしてトイレですか?

 

「自分で呼び出しておいてこの仕打ちは酷くない?」

 

 痛むほっぺを撫でつつ立ち上がり束さんに視線を向ける。

 まさか自分の仕掛けを忘れてたのではあるまいな。

 

「…………お前のせいで」

 

 なんかめっちゃ睨まれた。

 研究に熱中して限界値を見誤ったのか?

 仕方がないなー。

 なんかいいのは――おう、午後ティーがあった。

 炭酸なら無理だったがこれならいける。

 蓋を開けて一気に飲み干す。

 束さん、自分の幸運に感謝するがいい。

 

「ほい」

 

 カラになったペットボトルを束さんに差し出すが、俺を睨むばかりで受け取ろうとしない。

 

「そのゴミはなんのつもり?」

「え? 膀胱が限界なんでしょ? 漏らすよりはマシかと思って」

「違う!」

 

 なんだ違うのか。

 あっ(察し)

 

「テントがあるから中にどうぞ。俺は急に大音量でアニソン聞きたくなったから気にしないで」

「そっちでもない!」

 

 大きい方でないと。

 ならもうお手上げだ。

 怒りの理由がさっぱり分からん。

 

「……お前は佐藤神一郎」

「はい佐藤です」

「IS適合者」

「はい」

「そして……たばねが作ったISを所持している」

「イエス」

 

 なんで急に確認作業に入ったの?

 うん、ボケたフリはやめよう。

 今の束さんはおかしい。

 俺に対して警戒してる感がある。

 記憶喪失なんてベタな展開あるまいな。

 

「ISは首から下げてるネックレスだな」

「ですよ」

「それを寄こせ」

 

 はい確定で健常ではありません!

 束さんが俺に流々武を寄こせとは言う訳ない。

 なにかしらの事情があったとしても、束さんなら無理矢理取り上げる!

 しかしどうしたもんか。

 今の束さんの言う事を聞くのは危険な気がする。

 

「返事は?」

 

 圧が強いなー。

 さてどうすっぺ。

 

『お困りだねしー君!』

 

「おわっ!?」

 

 睨む束さんと無言の俺の間で緊張感が増す中、突如として束さんの声が響く。

 思わず周囲を見渡すと、部屋の真ん中に設置されているちゃぶ台の上で俺が知っている束さんのホログラムが笑っていた。

 

『おはよう過去の私! 気分はどうかな?』

 

「最悪」

 

『だよね! でも私は反省しない!』

 

 まるで返答を聞いてるかの様な受け答えだな。

 でも束さんなら予測して答える程度やるか。

 それよりなにより……今さ、とてつもなく恐ろしい単語が聞こえなかった?

 

『そこでガクブルしてるしー君! 正解です! 君の前に居るのは私が作った装置で記憶を消した状態の私、すなわち昔の私でーす! ……言ってる意味、分かるよね?』

 

「俺を殺す気かッ!?」

 

 ふざけんなよ天災がッ! おまっ、お前なぁ! 出会う前の束さんとか、つまりそれ好感度ゼロって事だろ!

 しかも雰囲気から察するにバリバリ尖ってた頃じゃん!

 ちょっとしたミスで殺される! 触ったら死ぬ!

 

『そこで仏頂面してる私、自己紹介どーぞ』

 

「ふんっ!」

 

『ってそっぽ向いちゃってるかな? じゃあ代わりに私がしよう。しー君の隣に立ってるのは篠ノ之束10歳です。仲良くしてね!』

 

「容赦のない子供の暴力が俺を襲う!?」

 

 本当に許して。

 先日余計な事言ったからか? ロリ束さんに会いたいって言ったからか?

 でも一言言わせて欲しい。

 

「外見変わってねーじゃねーか!」

 

 ちゃうんよ。

 俺は幼い外見の束さんを見たかっただけで、中身だけ子供じゃ意味がないんよ。

 そりゃ普通の女の子なら急に子供になっても安心だよ?

 エロゲ―でもヒロインが記憶喪失で幼児化とかあるからね。

 でも今は世界最高のスペックを持つ肉体に未成熟な精神とか、恐怖しか感じない。

 

『しー君の情けない顔が目に浮かぶ。んふふ』

 

 めっちゃ楽しそうですね。

 リアルタイムでない以上、想像してるだけなのになー。

 束さんの脳内の俺はどんな顔してるのか。 

 あ、鏡見ればいいのか。 

 

『脳に関する研究してたら意図的な幼児化が出来ると思いつてね。せっかくだから一時的な記憶の封鎖と催眠術を組み合わせて試しみました。自分で!』

 

 そこで俺を実験対象にしなかった事だけは褒めて上げる。

 でも人知れずやって欲しかった。

 何故俺を巻き込むのか!

 

『この部屋は逃げ出せない様に密封されている。力尽くじゃ出れないからそのつもりで! 部屋から出る方法はただ一つ――』 

 

 聞きたくないなー。

 きっとロクでもない方法なんだろうなー。

 

『しー君が幼い私の好感度を上がる事! やったねしー君! ギャルゲーの時間だよ!』

 

「せめてセーブ&ロード機能はあるんだろうな!?」

 

 あるよね? あると言って天才科学者!

 初見プレイで選択肢外したら死ぬゲームの縛りプレイとか、俺は配信者でもプロゲーマーでもないんだぞ。 

 しかもだ、さっきから俺を睨んで様子を見るに、どうしてか束ちゃんの好感度マイナスから始まってない?

 ゼロじゃないってよっぽどだ。

 

『幼い私には暇つぶし用にパソコンを一台置いておいたけどもう見たかな? そこにはしー君の簡単なプロフィールも用意してあるからちゃんと目を通すんだよ? 私の友達なんだから仲良くしてね!』

 

 それが原因かァァァァ!

 たぶん見たね。

 んでもって見知らぬ男が友達を名乗ってる事にイラついてるね。

 ははっ、難易度上げやがったよコンニャロー。

 

『好感度の数値を判定する機械は用意してあるから頑張ってね! ではでは~』

 

 これで説明は終わりだと言わんばかりに束さんのホログラムが消えた。

 最後までテンション高めでしたね。

 して、この死んでる空気をどうしてくれる。

 束ちゃんが全身で不満をアピールしてるんですが。

 

「……パソコンの中にお前のデータがあった。確認するけど、お前って本当に友達なの? なんの魅力も感じない無能にしか見えないお前が」

 

 冷静ですなー。

 束ちゃん、目が覚めて見知らぬ場所で大人の体になってるにも関わらず情報収集から始めたのか。

 これで10歳とか末恐ろしい。

 ……末は天災だったね。

 

「友達じゃないよ」

「へ?」

「俺みたいな凡人が友達の訳ないじゃん。友達ってのは束さんの嘘だよ」

「嘘?」

「そうそう」

 

 反応を見るに、束ちゃんは“友達”って単語が嫌いみたいだ。

 先生に友達作りなさいとでも言われたんかね。

 今の束ちゃんに友達アピールしても逆効果だろう。

 まずは好感度をゼロに戻す!

 

「俺は束さんの実験動物です。時々お金を対価に働いたりします」

「働く? 子供なのに?」

「一発一万円でサンドバッグしたりとか」

「……嘘じゃないみたいだね」

 

 おや、もう人の嘘を見抜けるのか。

 なら俺の言葉に嘘がないと信じてくれるだろう。

 だけどなんでだろう、まだ好感度が若干マイナスな気がする。

 さてさて、お初の挨拶はこの程度いいだろう。

 閉ざれた空間で人間が二人。

 なにが起きるか分かるだろ?

 そう、マウントの取り合いである。

 ここで負ければ脱出が非常に困難である。

 頑張れ俺!

 

「束ちゃんがISを欲しがったのは外に出る為?」

「そうだけど……“ちゃん”って馴れ馴れしい」

「なら篠ノ之さんにする? それと無理だと思うよ。俺のISのスペックを一番理解してる束さんがISを使って脱出できる部屋を用意する訳がないし」

「別に呼び方なんてなんでもいいけど。ISでの脱出はやっぱり無理か」

 

 束ちゃんは俺に対して興味を失ったのか、ちゃぶ台に前に座ってパソコンをいじり始めた。

 俺のIS、完全非武装なんですか?

 土木工事用の工具と調理器具しかないのですか?

 流々武のデータは持ってないみたいだな。

 束さんが意図的に伏せてるならそれに従おう。

 取り敢えず落ち着いて作戦を立てよう。

 持ってて良かったお茶のパック。

 キャンプ用のマイケトルに水を入れて火に掛ける。

 次は部屋を軽く探索する。

 今気付いたけどこの部屋畳じゃん。

 靴を脱いで壁際に置いておく。

 ダナンの中にある部屋では珍しいな。

 広さは12畳程で台所と冷蔵庫がある。

 ドアが二つ。

 それぞれトイレと洗面所とお風呂で洗濯機もある。

 長期滞在可能な造りだ。

 蹴り飛ばされた時に落としたケースを拾って中身を確かめる。

 大丈夫そうだな、流石は束さん製のケース。

 中の食材を冷蔵庫に移す。

 壁を軽く叩てみると、硬質的な音がした。

 鉄みたいだけどきっと鉄以上の硬度だろう。

 次は拠点の準備だ。

 普段使いしているテントより一回り大きのものを拡張領域から取り出して組み立てる。

 下が畳なので引き布団は一枚でいいか。

 そして組み立て式の机を設置してノートパソコンを置く。

 積みゲーが溜まってから消化するのに丁度いいな!

 新学期が始まったばっかなのに休み事になるとはなー。

 こういったイベントは長期休暇の時期にしろと言いたい。

 お湯が沸いた音が聞こえたのでテントから出ると、束ちゃんは俺の行動を気にもしないでノートパソコンを凝視していた。

 束さんはどんな暇潰しを用意したのか気になるが、今話しかけたら好感度が下がると思うので諦める。

 コップを二つ用意してお茶のパックを入れてお湯を注ぐ。

 丸いちゃぶ台は距離感が難しいよね。

 隣はダメ。

 でも正面もダメ。

 束ちゃんから見て斜め45度の場所に腰を落とす。

 お茶の片方を束ちゃんの近くに置く。

 束ちゃんはお茶を一瞥したがすぐに無視。

 ではここから束ちゃん観察実験を始めます!

 マウント勝負を仕掛けるなら相手の性格知っておかないとね。

 

 ずずぅー

 カチカチ

 

 お茶を飲む音とマウスのクリック音だけが部屋に響く。

 ではまず軽いジャブで。

 

「くけー!!!!」

「(びくっ!?)」

 

 座ったまま奇声を上げる。

 それに対して驚く、と。

 

 ずずぅー

 カチカチ

 

 すっと立ち上がりズボンのベルトに手を掛ける。

 

「ふんっ!」

「(!?!?)」

 

 ズボンを下げてパンツを丸出しにする。

 それに対する反応は驚きながら二度見、と。

 

 ずずぅー 

 カチカチカチカチ

 

 少しイラついてる様子でマウスをクリックする束ちゃん……にあげたお茶を取ってそれを飲む。

 

「(っ!?)」

 

 お前が飲むんかい! って感じで目を大きくして驚いている。

 ふむふむ、なるほどなるほど。

 これはまだ救いはありそうだ。

 俺に対して興味はない――と見せかけて実は興味があると見た。

 そしてリアクションを見るに、まだ人間嫌いまでいってない。

 本当に人間嫌いなら、もうそろそろ俺を実力で黙らせてるだろうしな。

 束さんなら最初の奇声でうるさいって殴ってくるだろう。

 

 カチカチカチカチカチカチッ!

 

 そして今は『次はなにをされても無反応を突き通してやる!』って感じの意気込みを感じる。

 束さんが年齢を10歳にしたのは理由があるはずだ。

 束ちゃん8歳では精神が未熟で、子供らしい残虐性が高く危険。

 束ちゃん12歳だと完璧に人間嫌いで、交渉の余地や対話の余地がなく危険。

 って感じかな。

 んじゃまぁ束ちゃんの事も多少は知れたし、お待ちかねのマウント合戦の開始だ!

 

「でも意外と簡単に出れそうで良かったですね」

 

 俺から話かけても、束ちゃんはパソコン画面から目を逸らさない。

 

「たばねは目が覚めてから色々調べたけど、生身の人間にはどうしようもないって結論なんだけど? お前には出来るんだ?」

 

 でも答えてはくれるんだ。

 良い子だなー。

 

「案はありますよ」

「へぇ? 聞くだけ聞いてあげるよ」

「束さんならセーフティーを用意してるかなって」

「面白い考えだね。具体的にはどうするの?」

 

 冷蔵庫の中身は空っぽだった。

 ご丁寧に食料を用意する束さんじゃないもんね。

 食料不足のギスギス狙いかな?

 なんて性格の悪い。

 知ってたけど。

 

「俺は食べ物あるけど……束ちゃんは?」

「へ?」

「人間が水だけ生きれる期間で2週間でしたっけ? もちろん個人差はありますけど。俺は約1週間分の食料がありますから束ちゃんよりは生きれます。つまり――」

「もしかしてさ、たばねが死に掛ければ何かしらの安産装置が発動するかもって考えてる?」

「それが救済装置か、それとも束ちゃんを束さんに戻す装置かは分かりませんが」

 

 流石に死に掛ければ大人しくこの実験を諦めて元に戻ると思うんだよね。

 天井から食料降らして延命とかないと信じたい。

 

「え? でも……えぇ?」

 

 束さんの友人として、凄く単純に驚いてる束さんはレアな気がする。

 これもまた可愛い。

 

「でも閉じ込められたのは束ちゃんで良かったよ」

「……なんで?」

「だって普通の人間は信用できないじゃん。命の危機になれば他人の食料を奪うなんて誰でもするし。でも束ちゃんならそんな“他人から奪うしかない無能”や“暴力を振りかざして奪う低能”と同じ真似はしない。だよね?」

「…………アタリマエダシ」

 

 セーーーーーッフ!!!!

 あっぶな! この子、食料は奪えばいいやとか考えてたな!?

 先に予防線張って良かった。

 

「映画とかドラマだとさ、危機的状況ほど人間の本質が見えるじゃん。だから相方が束ちゃんで本当に良かった。束ちゃんがちょっと追い詰められた程度で、他人から奪うことしかできない無能と同じ行動取る訳ないもんね!」

「……たばねは無能とは違うし」

 

 ここまでプライドを刺激すれば大丈夫だろう。

 冷蔵庫の食料に手を出した瞬間、束ちゃんは人の物を奪う無能の同類となる。

 これで奪えまい! 

 相手が束ちゃんで本当に良かった。

 束さんなら問答無用で奪っただろうな。

 むしろ嬉々として差し出せとか言いそう。

 さて、種は撒いた。

 ここからは長期戦だ。

 束ちゃんの様子を見ながら少しずつ攻める!

 だがやりすぎは禁物。

 キレられて暴れられたら俺はミンチになっちゃうからね!

 なので今日はこの辺で。

 

「じゃ、俺はもう寝るんで。お休み束ちゃん」

「――――。」

 

 シカトですか。

 分かってたけど返事はない。

 だけど挨拶はしっかりとしておく。

 ほら、挨拶は会話の入り口だからね。

 今は無視してる束ちゃんだけど、いざ俺と話そうとすると会話の糸口が難しいだろうし。

 だから“おはよう”と”おやすみ”だけは言っておく。

 さて、時間をたっぷりある。

 今夜は妹もののエロゲ―だな!

 

 

 

 〇閉鎖空間二日目

 

 テントから出ると束ちゃんは相変わらずちゃぶ台の前に陣取っていた。

 そこで寝起きしてるのかと思うと少し心配。

 寝袋の余りはあるが、向こうから何も言ってこないので自分から提案はしない。

 朝は食パンと目玉焼き。

 束ちゃんがチラチラ見てたきたが気にしない。

 その後は朝シャン。

 お風呂場の壁に水滴が付着していたので束ちゃんが使った後らしい。

 俺が寝てる間にお風呂に入ったのだろう。

 こう……俺を意識して寝てる間にお風呂してたのかなー? とか思うと、この共同生活ドキドキしますね!

 悪くない!

 晩御飯はお米にウィンナーと梅干。

 束ちゃんのお腹の音が聞こえた気がするが無視。

 

 

 〇閉鎖空間三日目

 

 朝はお茶漬け。

 相変わらず束ちゃんはこちらを無視しする。

 でもご飯時はメッチャ気にしてる。

 良い感じだ。

 俺はトイレの時とご飯時にしかテントの外に出ない。

 いくらエロゲ―スキーでも気分が滅入る時もある。

 そんな時はギャグゲーだ。

 笑えて感動できる名作、家族計画をプレイ!

 時に爆笑し、時に感動しながら時間を過ごす。

 トイレの為のテントの外に出たら束さんにメッチャ睨まれた。

 うるさかったらごめん。

 晩御飯はバラ肉のみそ炒めと人参スティック。

 束ちゃんが唸ってた気がするが無視。

 おやすみとあいさつしたら殺意のある目で睨まれた。

 

 

 四日目の朝

 

「おはよう束ちゃん」

「……(ギロリ)」

 

 空腹が原因だろうけど、不機嫌具合が半端ないな。

 俺は本気で命の心配をし始めたぞ。

 束ちゃんの心が折れて協力的になるか。

 俺が自分の命惜しさに譲歩するか。

 チキンレースだな!

 さて今日の朝ごはんは何にしよう。

 うん、シンプルにタマゴご飯でいいか。

 しかし育ち盛りに一日二食はキツイ。

 絶食中の束ちゃんはもっとキツイだろう。

 元々研究や実験に熱中して食事を忘れるタイプだけど、俺が目の前で食べてるから意識しちゃうもんね!

 ご飯に生卵と醤油、それだけなのに何故こうもTKGは美味しいのか。 

 うまうま。

 

 ぐー

 

 音の発生源を見る。

 束さんが素知らぬ顔でパソコンを見ている。

 俺的TKG。

 それはバターを一欠けら入れる。

 こうするとうま味が増すのだ!

 だが入れすぎると味がくどくなるので注意。

 はふはふうまうま。

 

 くぅーん

 

 鳴いた!?

 バッと束さんを見る。

 

「…………。」

 

 先ほどと同じ姿勢だが耳が少し赤い。

 え? 今のお腹の音なの?

 なにそれ可愛い。

 では食事の続きを。

 TKGは奥が深い。

 きっちり混ぜる派や半混ぜ派などの派閥もある。

 人によってはバターは邪道だろう。

 だが俺は更に手を加える。

 マヨネーズだ。

 邪道だと分かっている。

 でも体が脂質を! 油を! 栄養を欲しているのだ!

 あ、でもこれ意外と合うな。

 まぁマヨネーズはタマゴなんだから合わない訳ないか。 

 

 ズキューン

 

 バッ!(思わず束さんを見る)

 バッ!(勢い良く顔を背ける束ちゃん)

 

 撃った? 今なにか撃たなかった?

 意外とお茶目だな束ちゃん!

 残りのタマゴご飯を美味しい頂き、最後はお茶で〆る。

 腹も膨れたし、マウント合戦の再開と行くか。

 そう、マウント合戦はまだ終わっていない。

 今まではずっとジャブ打ちの時間だったのだ。

 ここからはストレートパンチを狙う時間だ!

 

「食料、分けてあげようか?」

「……なにが目的」

 

 お、返事した。

 流石に今の状態はよろしくないと判断したか。

 俺から見ても少し顔色悪いもん。

 でも限界だろうに、それでも冷蔵庫の中身に手を付けない意思が凄い。

 

「目的ないよ。でももし救済措置がなかったら、このまま飢え死にした束ちゃんが徐々に腐っていく姿を見なきゃならないと思うと気分が悪いじゃん」

「……腐る」

 

 セーフティーと言ったけど、正直期待は薄い。

 あるとしたら時間経過か生命反応が減った場合かな。

 個人的に、二週間耐えればこの実験が終わると思う。

 いくら束さんでも自分の命を危機に晒してまで続けないと思うし。

 

「束ちゃんはさ、無能の俺から施しを受けるなんて嫌でしょ? でもね、物を手に入れるのはいくつか方法があるんだよ」

「……対価を払えってこと?」

「大雑把に分けるなら、奪う、買う、交換するとかだけど、その他にも手はあるよ。例えば懇願とか」

「懇願?」

「束ちゃんは子供じゃん。だから子供である事を生かして、お腹が空いて辛い、助けてって俺にお願いするんだよ。そうすれば情が湧いた俺が食べ物を分けるかもだよ?」

「そんな真似するくらいならたばねは飢え死ぬ!」

 

 だよね知ってた。

 こちらとしてはそれが一番ありがたいんだけどね。

 憂いなく食料を分けてあげるのに。

 

「なら何かと交換? 残念だけど、束さんならともかく下位互換の束ちゃんにお願いしたいことはないよ?」

「ぐむむ」

 

 あ、唸り方は束さんのまんまだ。

 

「でもさ、交換って別に物同士じゃなきゃいけないってルールはないよね」

「……何が言いたいさ」

「嫌な顔しながらパンツを見せろ」

「……は?」

「嫌な顔をしながらパンツを見せろ言った。束ちゃんも理解してるよね? その頭脳も今は無意味、対価として払えるのは身体だけだって」

「だからと言ってパンツはないよね!?」

 

 言動から硬さが取れてきたな。

 良い感じで束ちゃんのATフィールドが壊れてきたようだ。

 

「ならお願いする? 可愛くお願いできたらご褒美をあげよう」

「するか!」

「じゃあやっぱり力尽くで奪う? 人間の汚い心を丸出しにしてみればいいよ」

「それもヤッ!」

「ならもうパンツしかないじゃん」

「うぐぐぐっ」

 

 束ちゃんは可愛いなぁ。

 拳を握り締めながら必死に耐えてるよ。

 だが俺は例え相手が小学生だとしても容赦はしない男!

 攻める手は休めない!

 

「ほら、パンツを見せろ」

「うぎぎぎっ」」

「それが出来ないなら頭を下げろ」

「うぎぎぎっ!」

「じゃなきゃ無能になれ」

「うぐーっ!」

 

 もう涙目じゃん。

 束ちゃんが理性的で良かった。

 暴力で奪う=無能だと印象付けたけど、普通の小学生なら無視して奪うよね。

 よっ! 流石は天才小学生!

 だがそれがお前の弱点なんだよ! うぷぷー!

 

「さあ見せろ! 嫌な顔をしながらスカートを捲れ!」

「あ……ぐ…………ぐしゅ」

 

 拳を震えさせながら涙を流す束ちゃん。

 ふむ……これは事案ですか?

 




束ちゃんが無口過ぎて主人公のターンが多くて無念。
次は束ちゃんもっと出番を!

子供(中身は大人)が大人(中身は子供)を泣かせる事案。

Q・主人公はなんで無事なの?
A・束ちゃんが相手のスペックを把握しきれてないから。

束ちゃんは主人公がIS所持者だと知ってますがISの性能は知りません。
自分相手に態度がデカく挑発的なのもISを持ってる余裕なのでは? と考えてます。
なのでISを束ちゃんに渡し、その性能を把握され――

大人ボディのスペックなら素手で勝てる!

と結論が出たら主人公は肉塊になります。
なので

――ぐしゅ(なんでたばねがこんな目に! 余裕で勝てるのに! こいつがISを持ってなきゃワンパンで殺せるのに! 悔しい!)

束ちゃんの涙は悔し涙です。



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たばねさんじゅっさい②

友達の妹の旦那って限りなく他人な人とゲームする機会がありましてね。

顔面偏差値と年収が負けてるのは許そう。
でも俺よりゲーム上手いのはあんまりだろォォォ!(血涙)
やっぱデキる奴はなにやってもデキるんだよ(諸行無常)


 目が覚めたら見知らぬ部屋に居た。

 気分的には寝起きの感覚。

 脳がぼんやりと機能してない中、目の前の机に置いてあるノートパソコンに【おはよう】の文字が見えた。

 パソコンに触れると、自分がどんな実験をしたのかが分かった。

 

 ――過去への回帰。

 

 脳への電子刺激で記憶の一部を封印し、それに催眠術を組み合わせて人格を限りなく過去の自分に戻す実験。

 我ながら面白い実験だ。

 記憶を消すだけなら簡単だが、意図的に狙った年齢に精神を戻すのは難しい。

 だが、それでも許せないものがある。

 パソコンにある“友達”の情報がたばねを苛立たせる。

 友達なんて無駄な生き物に関わるなんて、大人のたばねは堕落したらしい。

 たばねはこの実験に協力する必要はないのだ。

 実験のタイムリミットは二週間なので、今から来るであろう他称友達から食料を奪って時間が過ぎるのを待っていればいい。

 だけどそこは大人の自分と言うべきか、実験を放り出さない様にたばねにご褒美を用意してあった。

 それは“親友”の情報である。

 篠ノ之束が認める自分と同価値の人間。

 これは是非とも知りたい。

 だから他称友達と実際に会って、場合によっては協力してもいいか――なんて思っていた。

 うん、大人のたばねが“友達”と認める人間を甘く見てたのは認める。

 

 ――ねぇ大人のたばね。

 ――コイツ、頭おかしくない?

 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 

「ぐしゅ……あむ、はふはふ」

 

 束ちゃんは久しぶりの食事なのでお粥を用意した。

 束さんの胃腸なら気にする必要もなさそうだけど、一応の配慮だ。

 

「熱いから気を付けて食べるんだよ」

 

 ちょびちょびお粥を食べる束ちゃんの頭を撫でる。

 

「……触るな」

 

 お粥を食べながらギロリと睨む。

 だが手を払ったりしないし、睨むだけで攻撃もない。

 この野良犬に餌付けしてる感がたまらんっ!

 可愛いぞ束ちゃん!  

 

「しかしまさか束ちゃんが泣くとは……まだまだお子様ですな」

「だって泣く事で感情を消化しなきゃお前を殺しそうだったんだもん。仕方がないじゃん」

 

 はい束ちゃんの頭から手を放します。

 牙を見せて唸ったら触るの止めないと危ないからね。

 

「お茶」

「へい」

 

 ごく自然にパシッて来るな。

 まぁいいけど。

「次からはちゃんと対価貰うから」

「パンツは断る!」

「うん、それに関しては悪かった。初っ端からスロットル回し過ぎたのは反省。なのでコスプレ程度にしときます」

「……コスプレ」

「束さんは常時コスプレの女だけど、束ちゃんはコスプレするの?」

「今はヘンゼルとグレーテル」

「まさかのチョイス」

 

 一人二役してるのかな?

 上半身が男の服で下半身がスカートとかだろうか。

 レベルの高い小学生だ。

 

「慣れてるなら食事中は俺が用意したコスプレを着るのが対価って事で。別にご飯が要らないなら拒否してもいいですけど」

「ごはん……コスプレ…………」

 

 悩んでる悩んでる。

 女子小学生にパンツ見せるはないよね。

 普通に犯罪だわ。

 コスプレならセーフ!

 期待してるよ束ちゃん!

 

「なんでたばねはこんな目に」

 

 束ちゃんが仕事に疲れたサラリーマンの様に湯呑でお茶を飲む。

 見知らぬ男と密室で同棲とか疲れるよね。

 俺は今の状況楽しんでるけど、束ちゃんのストレスは計り知れない。

 可哀そうだけど可愛い。

 ちょっと弱ってる感じがキュンキュンする!

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方、食後はストレス緩和の為に束ちゃんを放置していたが、夕飯の時間になったので動き出す。

 テントから出ると束ちゃんと目が合った。

 無視しないとは、これは良い兆候。

 やはり篠ノ之束と言えど人間。

 三大欲求には抗えないと見た。

 

「覚悟は?」

「決まった。なにかするにも脳に栄養が回らないと動けないし」

「了解。体調はどうかな、重めと軽めどっちがいい?」

「重め」

 

 うむ、素直でよろしい。

 ならばラーメンにしようか。

 袋ラーマンを二人で分けて、具材はもやしとゆで卵だな。

 と、その前に――

 

「はい、じゃあこれ着てきて」

「……契約は守る」

 

ウキウキで用意したコスプレ衣装を入れたビニール袋を用意する。

 嫌な顔をしながらもビニール袋を受け取った束ちゃんが脱衣所に入っていく。

 もしかして束さんより素直なのでは?

 暫くは束ちゃんの好感度稼ぎ……なんてもったいない真似できるか!

 今遊ばなくてどうする!

 大丈夫大丈夫、束さんは天邪鬼だから変に正面から付き合うより馬鹿やった方がいいって。

 

「ねぇ」

「早い着替えだね束ちゃん。今はゆで卵作ってるから待ってね」

 

 背中越しに束ちゃんに返事をする。

 まだだ、まだ振り返るのは早い。

 だってまだコスプレ束ちゃんを見る覚悟が決まってないから!

 流々武ヘッド装着!

 

「ん? それってISの頭部?」

「ですよ」

「なんで?」

 

 それはね……お前の艶姿を記憶する為だよッ!

 さぁいざご対面!

 

「……おぉ」

 

 振り返り束ちゃん全体を視覚に収める。

 口から漏れるのは感嘆の声。

 白い太もも、むぎょっと寄せられた窮屈そうなおっぱい、不機嫌な顔。

 全てが素晴らしい!

 篠ノ之束のスク水姿とか今後一生見れないかもだ。

 この映像を全力で脳膜に刻み込む!

 俺、幸せです。

 

「ふーん、ヘルメット型なんだ? ってそうではなく!」

「ではなく?」

「なんでコスプレがスク水なのさっ!」

「なにか問題でも?」

「あるよ! 問題ありまくりだよ!」

「小学生でしょ? 着慣れてるのでは?」

「大量の汚物が浮いてる汚水なんかに浸かれるかっ! たばねはプールの授業に出た事ない!」

 

 いや言い方が悪い。

 海に囲まれ大小様々な川が流れる日本では泳げる技能は大事よ?

 どうせ授業に出なくても泳げるんだろうけどさ。

 

「なんで大人のたばねサイズのスクール水着があるの!?」

「俺の私物だからです」

「なんで胸元に“たばね”って書いてあるの!?」

「入魂の一筆です」

「お前おかしいよ!?」

「束ちゃんに言われるなら本望です」

 

 スク水姿で騒ぐ束ちゃんてばなんて愛らしい。

 密室って点が更に興奮度が増すね!

 

「はい、これ追加装備ね」

「コスプレに追加装備とは?」

「スク水にはランドセル(赤)を合わせるに決まってるだろ」

「たばねが知らない常識っ!?」

「大人の常識だから知らないのも無理ない。覚えとくといいよ」

「そんな意味のない情報に脳の容量を取らせてたまるかっ!」

 

 ふがーと荒ぶる天才小学生。

 なんか初見に比べて言動が幼くなったな。

 はいはい、大人しくランドセルを装備して座っててね。

 麺茹でて、もやし入れて、スープの素入れて、それを二つのどんぶりに均等に分けたら半分に切ったゆで卵を乗せて完成だ。

 

「お待たせ」

「待ってた」

 

 二人で仲良くちゃぶ台に座ってラーメンを啜る。

 スク水姿でランドセルを背負ってラーメンを食べる束ちゃんがラブリー。

 しかも俺の視線が気になるのか、若干警戒気味に食べてるのが可愛い。

 人間慣れしてない野良猫ですな。 

 

「ねぇ」

「はい?」

「食べないの?」

「おっと失礼」

 

 流々武ヘッドを録画モードのまま取り外してちゃぶ台の上に置く。

 もちろんカメラアイは束ちゃんに向けている。

 一日二回の食事時間は毎日の癒しになりそうだ。

 

「お茶は?」

「貰う」

「どうぞ」

「ん」

 

 食後はまったりお茶の時間。

 ゆっくりとお茶が胃に染みていく。

 さて、と。

 

「そろそろ建設的な会話したいんだけど、いいかな?」

「ふんっ、お前と話す事ないし」

「つっても、このままジリ貧でやってくだけじゃダメでしょ。なんか脱出のアテあるの?」

「……うぐるるっ」

 

 唸るな唸るな。

束ちゃんも理解してるのだろう。

 恨むなら束さんを恨め。

 

「食料があるのは俺だけ、そして脱出する為にコミュニケーションを取ろうと歩み寄ってるのも俺だけ。ねぇ束ちゃん、なんの貢献もせずお情けで食べるご飯は美味しい?」

「やめて!」

 

 束ちゃんが頭を抱えたままイヤイヤする。

 互いに協力しないとどうしようもないのは理解してるよね。

 この数日、自分の力だけで脱出できないか考えたはずだ。

 でも無理だと結論は出ただろう。

 諦めろ。

 

「別に仲良くしろとは言わないけど、協力くらいしよう?」

「たばねが無能と協力なんて……でも…………ぐぬ……」

 

 随分と悩んでるな。

 共同作業がそんなに嫌なのか。

 

「そんなに嫌なら自分一人で頑張ってみる?」

「それは断念した。自力じゃ無理だったんだよ。床、壁、天井の硬度は部屋の中にある全ての物質以上の硬度だし、何かを加工するにも工具がない。物質を緩める周波数を試したいけど……」

「物質を緩める?」

「どんな物体にも弱点の波があるんだよ。この部屋を構築している物質の弱点である振動数が分かれば、分子結合を緩めて砂の様に脆くできるのさ」

「なにそれ凄い」

「でも今の状況だと難しい」

「なにか機材が必要なの?」

「ヴァイオリンとそれを弾ける人間」

「持ってないし弾けません」

「最初からお前に期待してないし」

 

 酷い。

 そして脱出方法も酷い。

 もしかし束ちゃんがヴァイオリンを弾くと、部屋の壁なんかがボロボロと崩れるのだろうか?

 どんな小学生だよ。

 

「ヴァイオリンじゃなきゃダメ?」

「低音から高音まで出せるし、望んだ音を出し続けられるから弦楽器が理想」

「なるほど。でも無いものはないので諦めて。ちなみにこんなんならあるけど」

 

 拡張領域からハンマーを取り出す。

 重い音を立てて畳の上に落ちるハンマーを見てふと思う。

 

「この畳剥がしたら逃げれたり?」

「それもうやった。無理だった。これISの装備だけよね? ふーん、ただの鈍器か」

「このハンマーと壁だとどっちが硬いか分かる?」

「んー」

 

 束ちゃんがハンマーを片手で持って、それを触ったり叩いたりして調べている。

 ……片手で持って?

 それ、IS用の装備なんですが?

 普段俺を殴る時は手加減してくれるんだなー。

 全力で殴られたら死ぬわ。

 

「無理だね。壁の方が硬い。他に装備ある? 時間を掛けて壁に攻撃を続ければあるいは――」

「手持ちの武器は4本だけ。全部打撃系です」

「……レーザーとかミサイルは?」

「光化学兵器はなし。ミサイルもなし。ってかこの閉鎖空間じゃミサイルは使えないじゃん」

「お前のISなんなの? なんでそんな原始的なの? 未来のたばねはなにをしているっ!」

「たまには原点に返りたくなるじゃん。肉弾戦仕様です」

「お前の肉体にはなんの鍛錬の形跡も見えない駄肉しか見えないんだけど? そんなんで戦えるの?」

「俺の戦い方は束さんのアシストが主だよ。乗せて飛んだり足場になったりとか」

「ふーん」

 

 疑ってるな。

 だけどここで、戦闘能力がゼロだとバレてはいけない。

 なんせスク水まで着せてるからね!

 

「本当に俺の戦い方はアシスト系だよ?」

 

 なんて言い方するとカッコいいよね。

 でも嘘じゃない。

 実際、束さんを肩車して千冬さんと戦ったし。

 

「アシスト系で物理全開ってのも変な話だけど……ま、いいか。となるとやっぱりISじゃ無理って結論は変わらない訳だ」

「だよね」

「ちなみに単一能力は?」

「二次移行してないので」

「……クソザコ」

「ほっとけ」

 

 だって二次移行とかどうでもいいし。

 単一能力ガチャ、確定で透視能力か瞬間移動能力が当たるなら頑張るけど。

 

「でだ、束ちゃんは俺と意思疎通する気はある? 思うんだけどさ、束さんは好感度を上げろって言ったけど、それはゼロを30にしろくらいだと思うんだよね」

 

 流石に束さんもこの密室で友達関係までいけとは言わんだろ。

 てか無理ゲー。

 束さんの想定値は、他人以上友達以下のラインだと思うんだよね。 

 

「別に仲良くなる必要はない、と?」

「うん、だから取り敢えず束さんが用意したっていう好感度を図る装置を使って、それから目標値を決めない?」

「……わかった」

 

 束ちゃんが一歩近寄って来てくれた。

 これは感動的だ。

 この調子で、束ちゃんで遊びつつ好感度を上げるぞ!

 

「ところで好感度を図る装置ってどこにあるか知ってます? 部屋の中で見た覚えがないんですが」

「それならパソコンにアプリが入ってたよ」

 

 束ちゃんがノートパソコンの画面をこちらに向けてくれる。

 ふっ……プログラムの名前がラブラブ相性占いとは――

 

「束ちゃん、そのアプリ名は束さんの罠だから怒っちゃだめだよ。気にしたら負けだ」

「ねぇ、大人のたばねってなんかおかしくない?」

「俺から見たら平常運転です。で、使い方は?」

「この腕輪を着けて」

「……爆発しない?」

「お前はたばねの事をどう思ってるのかな?」

「や、束さんは俺に爆弾付きの首輪を着けた前科があるから」

「ほぉ、流石は未来のたばね」

 

 なんで目を輝かせてるの?

 別に憧れる要素ないだろ。

 

「調べてみたけど、危険はないよ」

「ならば」

 

 腕輪を装着するとアプリが反応する。

 画面の中では二頭身の束さんの【計測中】の看板を持っている。

 細かい造りだな。

 

『どぅるるるるるる』

 

 束さんの口ずさみドラミング!?

 くそ、音声の録音現場に居たかった!

 

『じゃじゃん!』

 

【しー君:好感度89、束さん大好き! ヘタレ童貞なのに束さんに恋をする哀れな生き物。可哀そう】

【たばね:好感度11、マンマルコガネレベル。珍しい昆虫だけど所詮は虫。努力が足りない】

 

 ふむ、二桁だし悪くない結果だ。

 コガネムシの中でも珍しい種類のコガネムシってことだろ?

 まだ慌てる時間じゃない。

 

 ピコン

 

【たばね:好感度03、銀バエ。嫌悪感の対象である。死にたいの?】

 

 あっれ現在進行形で好感度が下がったぞ。

 

「好感度が高くて気持ち悪い」

 

 ちょっと俺との距離が物理的に遠くなってない?

 だってしょうがないじゃん。

 スク水姿を間近で見てたらそりゃ好感度上がるさ!

 勘違いするなよ篠ノ之束! 好感度の内、80は顔とおっぱいだからな!

 

「落ち着け束ちゃん。スク水から私服に着替えて露出を減らせば好感度は下がる。男ってのは単純な生き物なんだよ、別に束ちゃんに対して特別な感情を持ってる訳じゃないから」

 

 ピコン

 

【たばね:好感度01、お前はシマ蚊だ。潰せ殺せ慈悲はない。そろそろ挽回しないと挽肉になるよ?】

 

 

 更に下がりやがった!?

 好感度の暴落が止まらんとです!

 お前に興味ない発言が原因ですか!?

 乙女心ちゃんとあるんですね。

 

「お前にどう思われようとどうでもいいけど、それはそれでムカつく」

「なんかゴメン」

 

 はい気を取り直して好感度を上がて行きましょう。

 マイナスになったら流石にまずい。

  

「まぁこれで、束ちゃんさえどうにかなれば脱出は簡単って証明はできたね。まずは軽く遊んでみる?」

「……遊ぶってさ、同レベルの人間が二人居て初めて成立すると思うんだよね」

「遊びに対する発想が重い。それは我慢してください。束さんと同じように遊んでれば、虫から犬位には変わるかもしれないし」

「犬扱いはいいんだ?」

「美少女天才科学者に飼われる男子小学生はアリなので」

「……なんで未来のたばねはお前を受け入れてるんだろう」

「たばねちゃんも二次性徴を迎えれば理解できるよ」

「したくないんだけど?」

 

 したくなくてもしちゃうのですよ。

 さて、遊ぶにしてもなにしよう。

 流石にエロゲ―はないし、俺相手にトランプなんかのテーブルゲームじゃつまらないだろう。

 やっぱり仲良くなるには肉体接触が一番かな。

 なので畳の上で仰向けに寝転がって。

 

「顔を踏め」

「……なんて?」

「俺の顔を踏めと言っている!」

「無駄に凛々しい顔で何言ってんの!?」

「たばねちゃんは男の子の顔を踏んだことある?」

「ないよ!」

「なら試してみましょう。なんせ束さんは俺の頭を踏んで喜んでだから、束ちゃんも楽しいと感じるかも」

「人間は確かに嗜虐趣味を持つ生き物だけど、たばねは格下を虐めて喜ぶ趣味はないよ?」

「まだ種の段階であるその嗜虐性を育てるのが目的です。限られた時間で相互理解とか知られざる一面とか、そんなの面倒なんで、手っ取り早くSとMの関係で親睦深めましょう」

「このたばねにも予想だにしなかった手段っ!?」

「いいから踏め。どうせ束ちゃんは異性と仲良くなる方法なんて知らないでしょ?」

「うぐぐ……それはそうだけど……」

 

 さぁ踏めいざ踏め素足を見せる。

 くっくっくっ、どんなにIQが高かろうと所詮はお子様。

 これは俺が受けのS役ではない。

 嫌な顔しながら俺の顔を踏む束ちゃんで楽しむSプレイなのだ!

 

「お前、いい加減にしないと――」

 

 おっと、束ちゃんの目に暗い感情が見え隠れ。

 力で俺を押さえつけるつもりか?

 だがさせん!

 

「話は変わるけど、束ちゃんって暴力を振るう人間ってどう思う? 俺は無能の証拠だと思うんだよね」

「へ?」

「身近な例だと、暴走族が脱退する人間をリンチするぞって脅したりするし、マフィアなんかの裏社会の人間も暴力で下を支配してるイメージあるじゃん」

「うん」

「それってさ、暴力で支配しなければ下が従わないって言ってる様ものじゃないですか」

「うん」

「人を従わせるにはいくつか方法がある。魅力で相手から従いたいと思わせる、話術で信頼を得る、財力で自分に付くことに利益があると提示する、なんかですね」

「うん」

「だから、人を惹き付ける魅力がない、人を動かす話術を持たない、人を動かす財力がない、そんな人間として低レベルな奴が、それでも人を従わせたい場合に使うのが暴力だと思うんですよ」

 

 束ちゃんにはまだ通じないだろうから言わなかったけど、一番の例はパワハラ管理職だよな。

 中にはそれが楽しくてやってるクズもいるだろうけど、大抵の原因は部下が言うことを聞かないから仕方なく、だろう。

 いや、暴力の支配って一番簡単なんだよ。

 会話で理解を深めたりだとか、高い報酬て釣ったりだとかよりよっぽど簡単なのだ。

 そりゃパワハラがなくならないよね。

 パワハラ減らさせようと頑張ってる企業もあるが、だったら管理職に適した人材を選べと言いたい。

 売上が高かったり仕事できたりしてもな! 人をまとめる才能とはまた別なんだよ!

 最前線で輝く人間を後方支援に回すのって本当に無駄だと思う。

 暴力での支配はまさに能力不足の証拠なのだ。

 

「束ちゃんはどうやって人を従わせる? まさかとは思うけど、暴力なんて無能が楽したいが為にやる様な方法は取らないよね?」

「お前は寝転びながら何言ってるのっ!?」

 

 寝転びながら束ちゃんの暴力を封じようとしてますがなにか?

 下から見上げる束ちゃんのご尊顔も乙である。

 

「俺の事なんでどうでもいいんですよ。で、束ちゃんは暴力で支配するの? しないの?」

「…………しないし」

 

 葛藤があったようだが、束ちゃんはなんとか頷いてくれた。

 プライドが高いと生きるの大変ですなぁ!

 束さんならこんな戯言を無視して容赦なく殴って来るぞ。

 

「束ちゃんが真っ当な感性を持つ天才でなによりです。さぁ、踏みなさい」

「まだ終わってなかったっ!?」 

 

 終わってないよ始まりだよ。

 その未熟な精神にイロイロ教えちゃう!

 

「う……」

「う?」

 

 全身をプルプルと震わしてどうした。

 殴りたいけど殴れない。

 でも踏みたくもない。

 そんな感情を堪えてるように見える。

 顔を踏むのにそんなに抵抗が?

 

「うがぁぁぁぁ!」

「げふーッ!?」

 

 脇腹を蹴られて畳の上を転がる。

 

「あだっ!?」

 

 ゴンと鈍い音を立てて壁にぶつかる。

 脇腹は防御力低いからやめろ!

 

「ぼ、暴力は振るわないって……」

「暴力違う。これツッコミ」

 

 か、片言で言い訳しやがって。

 

「たばね知ってるよ。友達ってこうやって親睦を深めるんでしょ?」

「それは間違った認識ですね。俺が正しい人付き合いってものを教えますから」

「お前如き羽虫に、たばねに教えられる事なんてない」

 

 痛む脇腹を押さえつつ立ち上がると、ハイライトを消した目の束ちゃん。

 これはプッツンしますね。

 

「へぇ? 俺が虫だと?」

「自覚ないの? さっきからブンブンと煩い羽虫だよ」

「虫宣言感謝。これで俺は罪悪感なく好きな事できます」

「は?」

 

 束ちゃんの正面に立って胸を凝視。

 スク水美少女の胸の谷間を間近見れるなんて幸せだなー。

 しかも束ちゃん公認で。

 

「なんのつもり?」

「ん? だって俺は虫って言ったじゃん。束ちゃんさ、まさかと思うけど虫に胸を見られて意識しちゃう様な特殊な性癖はしてないよね?」

「……なんて?」

「これからは束ちゃんの着替えもお風呂も近くで見ても許してくれるよね? だって虫を気にして肌を見せる事に抵抗する人間なんていないもん。だよね?」

 

 ――ニチャア

 

 我ながらゲスイ笑顔してるだろうけど、ニヤニヤがとまらない。

 そんなテンプレ人間嫌いキャラのセリフ言われたらオタクしては言わざるえないじゃん!

 虫扱いありがとう! ってね!

 虫なら視姦はセーフ!

 

「これからおはようからおやすみまで近くに居るよ束ちゃん!」

「お、お前――っ!」

「んー? 怒ってるの? まさかだよね。だって束ちゃんが俺を虫だって言ったんだし」

「ああ言えばこう言う――っ!」

 

 束ちゃんの悔しそうな顔は素晴らしいですな。

 揚げ足取りが凄く楽しい!

 

「覚えておけ束ちゃん。確かに俺は知能も身体能力も束ちゃんより下のザコだ。だがな……口喧嘩だけは負けん! それだけは覚えておけよ!」

「――ねぇ気付いてる? たばね、割と本気で殺意抱いてるんだけど?」

「ほーほー殺意を。で? 気に入らない相手は暴力で排除する? 偉そうにしてるけど、天才小学生もやること無能と同じですか」

 

 殺意は感じてます。

 だけどここで引いては今までのやり取りが無駄になる。

 一歩でも譲歩したら立場が逆転しそうだから、このままマウント取り続ける!

 

「ブンブン煩い羽虫は叩き潰されれても仕方がないよね?」

「なに束ちゃん、ハエにでも悩まされてるの? ちゃんと風呂入れよ。今から一緒に入って身体を洗おうか」

「……いいね、一個人に対してここまで怒りを覚えたの初めてかも。だったら――」

 

 束ちゃんの姿勢がやや前傾姿勢に変わる。

 もしかして攻撃に入ろうとしてない?

 まぁいいさ、俺は一切抵抗しない!

 女子小学生にボコられる成人男性っての悪くないッ!

 でも骨折レベルまでいきそうになったら抵抗を考えよう。

 さぁ来い! どさくさに紛れてセクハラしてやんよ!

 

『突如現れる私! だからこその天災!』

 

 ホログラムの束さんが登場したことで張り詰めた空気が霧散した。

 このタイミングでの横やりは喜ぶべきかどうか。

 

『突然だけど二人ともお腹は空いてないかな? ちなみに私はお腹いっぱいです』

 

 聞いてねーよ!

 このタイミングでの煽りはほんとやめろ。

 見ろよ、束ちゃんも束さんの発言にイラついてるし。

 

『二人とも空腹なのが可哀そうなので、ここでボーナスタイム!』

 

 お? まさか救済イベント発生ですか。

 肉と甘味が欲しいです!

 

『ほいっとな』

 

 トサッと軽い音を立てて棒状の物体が落ちてきた。

 それを手に持って確かめる。

 これは子供用おもちゃかな?

 ただのスポンジの棒だ。

 

『今から二人にはスポーツチャンバラで勝負してもらう! チャンバラ棒には一定の衝撃で数字がカウントされ、得点に応じた量のウメー棒が貰えるので双方頑張る様に! 制限時間は三分! ではでは、3――』

 

 え、もう始めるの?

 商品ウメー棒か。

 手軽で美味くて種類が豊富! まさに日本人のソウルフード! これは本気出すしかないな。

 束さん的には俺と束ちゃんを争いさせるのが目的だろうけど、このゲームの攻略法はすでに見えた。

 

「束ちゃん、分かってるよね?」

「(こく)」

 

 流石に食料が掛かってる場面で協力拒否はしないみたいだ。

 束ちゃんは真面目な顔で頷いた。

 

『――2、1、GO!』

 

「うぉぉぉ!」

 

 束ちゃんに背を向けて壁に向かってチャンバラ棒を振り上げる。

 そう、このゲームの穴は審判が居ないこと!

 別に束ちゃん相手にチャンバラごっこを仕掛ける必要なないのだ!

 壁を殴るだけで得点が入るなんてラッキー! まだまだ甘いぞ篠ノ之束!

 

 ぺし!

 

 ……後頭部に衝撃。

 ゆっくりと振り返ると、そこにはチャンバラ棒を振り上げる束ちゃんの姿が。

 あれ? 意思疎通しっかり図ったよね? 頷いたよね!?

 

 ぺしぺしぺしぺしぺし!

 

「ちょっ、まっ! なんで俺に攻撃!? ここは二人で壁を殴ってだな!」

「…………。」

 

 ぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺし!

 

 無言の連続攻撃だと!?

 こんにゃろ!

 

「二人で得点狙った方が効率的だろうーが! バカなの? 束ちゃんはそんな簡単な事も理解できないバカなのッ!?」

「………っ!」

 

 べしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべし!

 

 威力が上がりやがった!?

 カメの様に丸まって背中で攻撃を受けるが、チャンバラ棒もそこそこの力で殴られると意外と痛い。

 さてはゲームに乗じてストレス発散してやがるな。

 イロイロごめんね束ちゃん!

 

『戦況はどんな感じかな? そろそろタイムアップなのでラストスパートの時間だよ!』

 

 戦況ですか?

 

 べしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべしべし!

 

 一方的に殴られてます!

 これ絶対に背中赤くなってる。

 絶対に許さん!

 次のコスプレは、サイドテール+スポンジ棒二本持ち+競泳水着だな。

 武蔵ちゃんにしてやるから覚えておけよ!

 

【5、4,3,2,1,しゅ~りょ~】

 

 まさかのワンサイドゲーム。

 俺の得点は……3点。

 殴られた衝撃でカウントが動いたのだろうか? ふふっ、これでも商品貰えるのかな。

 

【結果発表! 商品は頭上から落ちてくるので注意するべし!】

 

 天井を見上げてると、また穴が開きそこからウメー棒がぼとぼとと落ちてくる。

 うん、俺の分はなさそう。

 あそこから脱出は……無理か。

 頭がなんとか入る程度の穴だ。

 ヨガの達人ならいけるかもだが、残念ながら俺は達人じゃない。

 束ちゃんは……胸とお尻が詰まるか。

 

「……ウメー棒」

 

 落ちてきたウメー棒を拾った束ちゃんが、ちゃぶ台の前に座ってウメー棒を食べ始める。

 もしかしてウメー棒大好き人間?

 

「束ちゃん、言い訳あるなら聞くけど?」

「あむ……んぐ。たばねはお前が望む通りコミュニケーションを試しだけなので悪くない」

 

 あれが友達同士のコミュニケーションを言うか。

 一方的な暴力はコミュニケーションなんて言え……いえ……あれ? 俺と束さんなら普通のやり取りな気がする。

 なんか友達っぽく感じる不思議。

 

「ねぇ」

「はい?」

「たばねも可能な限り協力する姿勢見せるからさ、もっと普通のコミュニケーション取らない?」

 

 ここで束ちゃんからの驚くべき提案。

 やんちゃ時代の篠ノ之束が”協力する姿勢”を見せる? んなのないない。

 となると……なるほどそうか。

 束ちゃんはコスプレさせられたり、言葉尻を捕らえられて行動を抑制させられたりと不利な状況だ。

 だからこそ、なんとか状況を元に戻したいのだろう。

 チャンバラで少しばかし痛い目に合わせて、俺に譲歩させたい。

 普通のコミュニケーションをしろ。さもなくばまた痛い目に合わせるぞって脅しだ。

 

「それは無理」

「……なんで?」

「だって束ちゃん、心の底から友達なんて必要ないって思ってるでしょ? 友達ってモノに興味も関心もない相手に馬鹿正直に接したって時間の無駄じゃん」

「……へぇ?」

 

 ザクっと、ウメー棒が嚙み千切られる音が部屋に響く。

 視線は真っ直ぐ俺を捉えている。

 目に光はなく、ガラスの様に無機質。

 まるで人形の様な目だ。

 一つの生き物と認められて、観察対象になってると判断していいかな?

 

「分かるんだ? そうだね。たばねは友達なんて存在にこれっぽっちも興味はない。欲しいとも思わないし必要だとも感じない」

「でしょ? だからセオリー通りにやっても無意味なんだよ。暇潰し程度に遊び半分でちょっかい出す程度が丁度良い」

「お前、少し面白いね。これならうん……ちょっと真面目に相手してあげる」

 

 束ちゃんから圧を感じる。

 どうやら少しは興味を持ってくれたらしい。

 でも束ちゃん、一ついいかな?

 

 ――スク水姿でガラスの様な目をしてるからダッチワイフ感がある!

 

 無性にエロいんで、取り敢えず写真一枚いいすっか?

 

 




た「ジー(観察中)」
し「ジー(興奮中)」




束ちゃんはもっとぶっきらぼうにしかったけど、そうするとセリフが少なすぎて書いてて楽しくないので束さん寄りにしました。


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たばねさんじゅっさい③

スカーレットの新衣装可愛いヤッター!


 スク水+ガラスの様な目=溢れ出る背徳感。

 束ちゃんはまだ男って生き物を理解してないらしい。

 

「たばね、友達の存在意義が分からないんだよね。学校では先生が友達を作れって言うし、親も友達は大事だって言う……だからたばねは“友達”って単語が嫌い。だって生きる上で不必要な存在なのに押し付けてくるんだもん」

 

 感情が映さないまんまんるお目々が非実現美少女の要素を醸し出し、否応なく惹きつけられる。

 それに加え篠ノ之束のスク水だ。

 さらけ出された手足は白く細いが、太ももなどは過不足なくむっちりとしている。

 あの太もも、撫でまわしたらきっと凄く気持ちいいだろうな。

 

「そもそもさ、友達って何するものなの? 同年代の生き物と話しても程度の低さに頭痛がするんだよね。自作パソコンさえ組み立てれない上に新型粒子加速器の欠点についても語れない低能……関わるのが時間の無駄って結論を出すのも仕方ないよね?」

 

 束さんと違って、自分が男にどう見られてるか理解してないから隙が多いんだよな。

 今も束ちゃんは女の子座りしてるから、股が丸見えなんだよね。

 俺が視線向けても動じないし。

 まったく……情操教育が終わってない女子小学生は最高だな!

 でも普通の小学生でももっとガード硬いだろう。

 ふむ? 同じ人間として認識されてないか、それとも何されても反撃できるって思っているのかな。

 どちらにせよ、強者の余裕ってのは最高って事だよ。

 その調子で俺を見下して隙だらけになって欲しい。

 

「だから本当にお前の存在を理解できない。ねぇ、お前ってたばねにどんな貢献ができるの? 寄生虫じゃなくて友達なんだよね? でもたばねがお前から得れるものって何もないと思うんだけど」

 

 うーん、こうして露出の高い束さんをマジマジと観察すると新たな発見があって凄いな。

 束さんって足の指の形が綺麗なんですよ奥さん。

 女性って足の親指が内側に向く外反母趾の人が多い印象だけど、束さんの指はどれも真っ直ぐだ。

 つまり、凄く舐めやすそう。

 今すぐ足を舐めろとか言ってくれないかな?

 

「……おいこら」

 

 ん? 束ちゃんの目に色が戻ったな。

 もうちょっとダッチワイフ束ちゃんを見てたかったのに。

 

「たばねの話聞いてた?」

「全然? ねぇ束ちゃん。友達要らないと友達できないは意味合いが全然違うけど、そこは理解してる?」

「ぶん殴るよ?」

「だって束ちゃん拗らせ面倒系女子じゃん。俺は束さんの外見が好きだから耐えれるけど、内面だけで判断したら敬遠案件じゃん」

「敬遠したまま視界から消えればいいのに」

「でもさ、俺みたいにしつこく関わってくる人が居たんじゃない?」

「ん? んーと……そだね。職業で教師やってる人間と、クラスメイトの男と女がしつこかったかな。最終的に男は投げ飛ばして、女は睨んだら大人しくなった」

 

 推定初恋の少女に投げ飛ばされた男の子と世話焼き女子に敬礼!

 言い方からするともしかして先生も投げ飛ばした?

 先生も大変だな。

 でもやっぱり束さんの性格に難があっても近付く人間は居たか。

 

「なんで嫌ったの? 束ちゃんの事を思っての行動なのに」

「教師は友達作れ、輪に入れ、なにか悩み事があるなら相談に乗るってうるさかったから」

「それは教師って仕事してるなら当然の対応では?」

「子供が望んでるならそれを叶えるのが教師では? たばねは構われても“ウザい”以外の感情が湧かなかった」

 

 先生に致しましては運が悪かったとしか言えないな。

 教師としては間違ってない! 

 ただこの世には、好きで一人で居て、友達とか人生の無駄だと本気で思ってる子供が存在する事を知らなかったのが運の尽き。

 どんまい!

 

「男の子は?」

「休み時間のたびにちょっかい掛けて来て、無視してたら髪を触られたからイラっとして投げた」

 

 好きだったんだろうなー。

 子供特有の素直になれない感じで話し掛けたんだろうなー。

 そして投げられたと同時に初恋が散ったと。

 まぁ篠ノ之束の髪を触った思い出は一生自慢できるから良し!

 

「女の子は?」

「集まりを作る時とか、クラス行事のたびにたばねに絡んで来て、用も無いのに一緒に帰ろうとウザかった。だから目を見ながら『消えろ』って言ったら泣きながら逃げてその後は空気になってくれた」

 

 世話焼き少女にシンプルな悪意ぶつけるとか生粋のクズかな?

 彼女はなにも悪くねえ! 相手が悪かっただけだ!

 

「アレは強者に媚びるのが上手い女だったなー。たばねに目を付けたのは悪くないけど、たばねを利用するにはなにもかも足りない残念な生き物だった」

 

 流行りの腹黒系転生聖女かな?

 束ちゃんを悪役令嬢にするのは……うん、無謀に過ぎる。

 

「ところで束ちゃんや」

「うん?」

「なにもかも他人が悪いみたいな言い方してるけど、束ちゃんにも原因があるって理解してる?」

「は? それは空気を読めとか他人に気を遣えとか、そんな群れなきゃ何も出来ないザコと同じになれってたばねに言ってるのかな?」

「や、単純に束ちゃんは“バブらせたいオーラ”があるって話なんだけど」

「ばぶ?」

「うん、バブらせたい」

「ばぶ……」

 

 俺を睨んで怒気を放った束ちゃんだが、パブ発言で一瞬で鎮火した。

 

「バブって……なに?」

 

 どこか怯えた様子を見せる束ちゃん。

 あ、バブみって言葉が生まれるのはもう少し先の未来か。

 でも反応を見るに意味の予想はついてそう。

 

「説明は少し難しいですが、母性がある人、甘えたくなる人なんかを“バブみがある”って言いますね」

「じゃあ……バブらせたいって……」

「逆の意味ですね。つまり甘やかせたい。覚えておけ篠ノ之束……俺はお前の口に哺乳瓶を突っ込みたい感情を我慢している!」

「ぎゃぁぁぁぁ!?」

 

 自分の身体を抱き締めながら束ちゃんが後ろに下がる。

 なんで見事な防御反応。

 

「束ちゃんはちゃんと自分の魅力を理解して欲しい。なんか構いたいオーラが出てるんだよ」

 

 束ちゃんは束さんとはまた違った魅力がある。

 なんか異様にちょっかい出したくなるんだよね。

 是非とも嫌な顔しながら哺乳瓶を吸って欲しい!

 ジト目で睨み、この乳イマイチだなー感を出しながらチュウチュウして欲しい。

 束ちゃんを見てるとそんな欲望が湧いてくるんですよ。

 

「束ちゃんは周囲が自分の絡んでくるのが悪いみたいな考えだけど、そもそも束ちゃんが構わせたくなるオーラがあるんだよ」

「そんなん知るか! だいたい本人が望んでないならただの嫌がらせだよ!」

「なにもかも他人の所為にする人生は楽そうでいいね?」

「ぶっ殺すよ!?」

「ねぇ束ちゃん」

「あにさ!」

「俺のおっぱい吸う?」

「吸うか!」

 

 ゼーハーと息を荒げながら必死の抵抗。

 今の束ちゃんにおっぱい吸って欲しいなー。

 嫌なしながらパンツを見せろはセクハラで犯罪だが、嫌な顔しながらおっぱい吸えはセーフでは?

 ほら、感情の出どころは性欲じゃなくて母性だし。 

 

「きっと今まで束ちゃんに関わろうと人たちも、ただ束ちゃんを甘やかせたいだけだったのかも」

「たばねの口に哺乳瓶を突っ込むのが目的なら切って正解だったよ!」

「我儘ばっかりだな。じゃあ逆にする? 俺が束ちゃんのおっぱい吸う役で」

「どストレートなセクハラじゃん!?」

「俺を見てると、おっぱい吸わせたいなー、みたいな母性湧くでしょ?」

「殺意しか湧かないよ!」

「それは残念」 

 

 もうちょっと幼ければお医者さんごっごとかおままごとで遊べたたんだが。

 よしよしと頭を撫ででて、触るかなカスって顔してる束ちゃんの口に哺乳瓶をぶち込む。

 絶対に楽しいし可愛いと思う!

 でも無理矢理したら好感度がマイナスになるだろうし……今は我慢して束さんにヤルか。

 

「ねぇ」

「はい?」

「なんかさ、話の流れっていうか……お前の言葉を聞いてると、まるでこの場に哺乳瓶があるみたいに聞こえるたんだけど?」

 

 それままるで友達とホラーゲームをやっている最中の様な顔だった。

 先の展開が怖い。

 怖いけど知りたい。

 聞くのが怖いけど知らずにいるのも怖い。

 そんな顔だ。 

 哺乳瓶……うん、哺乳瓶か――

 

「あるよ。哺乳瓶」

「ねぇ大人のたばね! 本当にこんな変態が友達でいいの!? 人生の汚点どころか人生の危機を感じるよコイツっ!」

 

 グッと親指を立てて笑顔で肯定。

 束ちゃんは天井に向かって怨嗟の声を上げた。

 

「安心しろ束ちゃん。類友だから」

「どんな恐怖体験があって未来のたばねは狂ったのっ!?」

 

 親友と出会ったから……なんだけど、その話はするべきはないか。

 意固地になられてますます友達いらねーってなりそうだし。

 さてどうすっぺか。

 分かってはいたが、ふざけてるだけじゃ束ちゃんが心を開くことはないだろう。

 個人的にはとても楽しいんだが、それだけじゃダメだよね。

 やっぱり嫌でもシリアスするしかないな。

 正直言って凄く嫌だ。

 だって友達嫌いの人に無理矢理友達を作らせるのって鬼畜の所業なんだもん。

 だがやるしかない。

 

「束ちゃんはさ、”友達“ってなんだと思う?」

「……価値観、頭脳、身体能力、なんでもいいけど自分と釣り合う相手」

「硬い! それにおバカ!」

「あん?」

 

 あ、バカって言われて本気でイラっとしてる。

 でも謝らない。

 だって余りにも友達に対する認識が重いんだもん。

 

「束ちゃんは友達って存在に夢見すぎでは? あのさー、友達なんてただの“嗜好品”だよ?」

「……しこうひん?」

「俺が好きな言葉にこんなのがある。『友人とは嗜好品である。あれば人生に最高の彩りを与えてくれるが、別になくとも死にはしない』って言葉だ。俺もまったくその通りだと思う」

 

 古過ぎて元ネタは覚えてないけど、たぶんラノベかエロゲだと思う。

 元ネタは忘れたけどこのセリフは異様に心に残っている。

 友達とは何ぞや? って問いに対する100点の答えだよね。

 この言葉のお陰で俺は人付き合いを考える様になった。

 地雷って言うとアレだけど、結構ヤバい発言する人間が多いのだ。

 友達をお酒って言い換えると――

 

 寝る前に友達の顔ブックとかササヤイターの発言絶対にチックしてる! やっぱり友達って大切だから常に気に掛けてるよ!

 

 は

 

 寝る前に絶対にお酒飲む! 毎日お酒の事を考えてるよ!

 

 になるんだよね。

 友達って確かに大事だけど、行き過ぎればそれはただの中毒者なんだなって気付いた。

 だから俺は友達が必要ない人間に友達を作れとは言わない。

 だってそれは、酒嫌いの人間に無理矢理酒を飲ませると同義だから。

 でも束ちゃんはギリギリセーフ。

 だって束ちゃんはまだ酒の味を知らないだけだからね。

 

「酒の味も知らない子供に、『人生にお酒は必要か?』なんて聞いたって答えは分かりきってじゃん。束ちゃんは酒の味も知らないのに、アルコールは身体に悪いから必要ないとか、そんな発言をしている。ね? バカにされたって仕方がないでしょ?」

「……しこーひん」

 

 魂が抜けてる顔してるけど大丈夫か? 

 呆けた顔で考え事してるみたいだけど、反応くらいして欲しい。

 

「その人間が自分にとって生き甲斐なら親友、同じ場所を目指してるなら仲間、俺はそんな認識をしています」

「……つまり、大人のたばねにとってお前はお酒?」

「ですね」

「……お酒にもランクってあるよね?」

「誰が安物紙パックだこの野郎」

 

 失礼な! だが否定はできん!

 俺が出会い頭に束さんとそれなに仲良くなれたのも、織斑千冬って言う最高級のお酒を味わって酒に興味を持ったお陰な気がする。

 たまに飲む安酒も美味しいもんね。

 

「でもうん、なるほど――友達は嗜好品……なんか理解できた」

「学校の先生が友達を作れって言うのも、友達が世界で一番歴史が古くて愛好者が多い嗜好品だからです」

「だから友達なんて要らないって言うと先生が驚くんだね」

「嫌いな人間が居るなんて思ってませんから」

 

 酒飲みに似た感覚がある。

 大人の付き合いでお酒は必需品と言っても過言ではない。

 だから酒が飲めないって言われると『えっ? 本当に?』と驚きと疑いの声が出てしまう。

 飲める人間にとって、飲めない人間の感覚は理解できないのだ。

 それと同じで、友達が大事だと思う人間に友達が必要ないと思う人間の心理はできない。

 だが束ちゃんはまだ救いはある。

 何故なら束ちゃんは“体質的にお酒が飲めないタイプ”ではないからだ。

 安物紙パックで悪酔いさせてやるぜグへへッ。

 

「束ちゃんは面倒な性格だけど、友達の味が分かるタイプです。まずはそこを自覚して欲しいんだよね」

「たばねが心の中では友達って存在を欲していると、そんな戯言を言うつもりかな?」

 

 やー、このツンケンした言動の束ちゃんがたまりませんわ。

 平坦な口調で睨まれるとゾクゾクしちゃうよね。

 本気で暴れられたらどうしようもないので、実はビビってるけど!

 

「束ちゃんは自分に承認欲求があると思う?」

「承認欲求なんて弱者が欲しがる感情をたばねが求めるとでも?」

「そこも自覚はないんだ。ちゃんとあるよ、承認欲求。ただそれは、自分が認めた人間に限るっていうクソ面倒な条件があるんけどね」

「……クソ面倒」

 

 多くの人間は承認欲求を他人で満たせる。

 フォロワーだとか顔も名も知らぬファンだとか、そんな他人とも言える人間に褒められても人は嬉しいのだ。

 誰だってそうだろ。

 俺だってそうだ。

 でも篠ノ之束は違う。

 千冬さんや箒、自分が認めた大切な存在が相手でなければ褒められても承認欲求は満たされないのだ。

 要するに贅沢者なんだよ。

 発泡酒も第三のビールも下種。

 麦芽が50%以上使用されてる本物のビールしか認めねぇぇ! みたいなビール至上主義的な。

 なんて面倒な生き物なんだ。

 

「今の束ちゃんは食わず嫌いしてるだけ。そして高級志向でもある。だから――」

「だから?」

「俺って安酒を飲ますしかない」

「たばねにだって選ぶ権利はあると思う!」

「残念ながら当店は180mlで110円の純米酒『兎殺し』しか取り扱ってません」

「それ本当に人間の飲み物? 料理酒と間違えてない?」

「どう騒ごうと束ちゃんの選択肢は二つだけです。自分から飲むか……俺に飲まされるかのなッ!」

「なんて嫌な二択っ!?」

 

 他に選択肢を加えるなら、ひたすら空腹に耐えて時間が過ぎるのを待つって選択があるぞ。 

 どちらにせよロクな選択肢がないから諦めろ。

 

「友達なんて……」

「ん?」

「友達なんてたばねには必要ない!」

 

 身体を震わせ、目に涙を浮かべた束さんの声が部屋中に響く。

 心の奥にある感情を爆発させた、そんな声だった。

 

「どいつもこいつもたばねを理解しない! たばねに着いて来れないから!」

「おん」

「最初はたばねに声を掛ける相手だって居た! でもたばねが少し能力を見せつけると誰もが怖がる!」

「おん」

「たばねだって友達が! 理解者が欲しいって思ってた! でも誰もたばねを理解してくれなかった!」

「おん」

「どうせお前だってたばねの能力目当てなんでしょ!? カネ? それともなにかの技術? 友達なんて言ってどうせ用済みになればたばねの前から消えるくせに!」

「おん」

 

 はぁはぁと息を切らせながら束ちゃんが自らの気持ちは吐露する。

 そっか、束ちゃんにも色々な苦悩があったんだな……って誰が騙されるかバカ野郎ッ!

 

「理解者が居ない悲しみ? 束ちゃんがそんな真っ当な感情を持ってる訳ないじゃん」

 

 IQが高い子供は精神面も同年代と比べて高いって記事をなにかで読んだ気がする。

 嘘か本当かは分からない。

 だって周囲に飛び級ができるレベルの高いIQを持つ子供なんて居なかったから。

 でもこれだけは分かる。

 篠ノ之束って生き物が理解者を欲しがって涙を流す様なやわな生き物のはずないだろ!

 迫真の演技だったけど釣られてはやれないわ。

 

「ぐす……嘘じゃないもん」

 

 顔を手で隠しながらの束ちゃんの鼻声。

 スク水姿なんでセクハラして泣かせたみたいに見えるんでやめろし。

 

「ぐしゅ……ぐすん……(チラチラ)」

 

 指の隙間からメッチャ見てくるじゃん。

 残念だったな束ちゃん。

 子供の頃にトラウマを負って人間不信になる天才美少女は、エロゲではよくある設定なんで慣れてるのさ。

 そして俺は篠ノ之束がエロゲキャラみたいに可愛い性格をしてない事をよく理解している。

 

「ちっ、騙されないか」

「そうだね。心臓に毛が生えてる束ちゃんには悲劇のヒロインは務まらないかな?」

 

 束ちゃんが周囲に子供と馴染めずにボッチしてても、それを苦にしてる姿はまるで想像できないんだよね。

 友達要らない勢って強がりで言う子もいるけど、ガチ勢は本気で人生に友達なんて必要ないと思っている。

 確かに生きる上で友達は絶対に必要って訳でもないから難しい。

 でも俺は無理矢理にでも束ちゃんにお酒の味を覚えさせる!

 持って来たた酒はビールが数本と日本酒が一本。

 つまみはお馴染み柿ピーとサラミ! ちょびちょび食べてたがここで放出する!

 テントからおつまみを持って来てちゃぶ台の上に並べる。

 そして冷蔵庫からビールと日本酒を取り出す。

 束ちゃんの前にビール。

 俺は日本酒だ。

 

「さぁ束ちゃん――腹を割って話そう!」

「友達はお酒と同じ嗜好品ってただの比喩じゃないの!?」

「体は大人だから飲酒はセーフだよね」

「飲ませる気!? たばね小学生だよ!?」

「えっ、怖いの?」

「……簡単な挑発だね。でも乗ってあげる」

 

 ちょっと鼻で笑ったらあっさり乗ってくれたよ。

 チョロ可愛いぞ束ちゃん!

 

「はいじゃあビール持って」

 

 俺は日本酒を徳利に移してからお猪口に。

 

「乾杯ッ!」

「やってやる!」

 

 自棄っぱちの勢いで束ちゃんがビール缶をお猪口にぶつけてくる。

 中身がこぼれるでしょもったいない!

 慌ててお猪口を口に持って来てクイっと一気に。

 はぁ……美味い。

 さてさて束ちゃんは――

 

 ぐびぐび

 

「にがっ、なにこれ」

 

 ぐびぐび

 

「……テレビのCMで言ってる喉越しが良いってこういう意味か。なるほどね」

 

 ぐびぐび

 

「炭酸が喉の筋肉を刺激する感覚は悪くないけど、この安物感がある味はイマイチだなー」

 

 ぐびぐび

 

「これ、下手に舌で味わうより一気に飲んで喉で感じるのが正解な気がする」

 

 なんか吞み慣れたおっさんみたいな発言してやがる。

 たった一本のビールだけでその真理に気付くとは……流石は天才小学生!

 150円の発泡酒と300円の生ビール、味は確かに違うがぶっちゃけ喉越しだけなら大差ない!

 俺も夏場の一気飲みはもっぱら発泡酒だ。

 あ、もう二本目。

 ペース早いなぁ。

 

「ねぇ束ちゃん」

「んぐんぐ……んあ?」

「そんなペースで飲んで大丈夫?」

「たばねがこの程度で酔うとでも?」

 

 初めてのお酒のはずなのになんで自信満々なのだろう。

 確かに束さんは特別弱いって訳じゃない。

 でも何かしらの対処手段を用意してなければ普通レベルだぞ。

 よし、ここは先輩として――

 

「日本酒も飲んでみる?」

 

 お酒の怖さを教えなければならまるまいて。

 

「日本酒ねー。昔、お神酒をちょろっと飲んだけどクソまずかった記憶が」

「もしかしてお供え物飲みました?」

「うん」

 

 それでいいのか神社の娘。

 でもつまみ食いとか子供らしい事しててちょっとほっこり。

 

「放置された酒なんて美味い訳ないでしょうに。ほら、ちょっと試してみ」

 

 新しいお子著を用意して酒を注ぐ。

 これ、結構良い酒だから束ちゃんの舌にもあるだろう。

 

「そこまで言うなら飲んであげるよ。ふーん、匂いはお神酒より新鮮な感じ。味の方は――」

 

 女性がクイっとお猪口で酒を飲み仕草は色っぽくていいね。

 でもスク水……うーん、次のコスプレは和装もアリだな。

 

「熱い水が喉の奥に落ちていき、鼻の奥から爽やかな穀物特有のふくよかな香りが……なるほど、悪くない」

 

 語りますなー。

 とても小学生のセリフじゃないよ。

 でも残念ながら天才小学生でもお酒の知識はなかったようだ。

 冷酒があっさりと飲みやすく、日本酒初心者にオススメの飲み方だ。

 だが欠点がある。

 それは飲みやすさ上に飲むペースが速くなり、しかも冷たい状態のアルコールは体内に吸収されないので飲んでから酔うまで時間が掛かる事。

 そう、冷酒を飲むと後で一気に酔いが回るのさ!

 しかも今回はビールとのちゃんぽん状態!

 

「おかわり貰う。それとサラミもうないの?」

 

 どんどん飲めばいい! 一時間後が楽しみだぜ!

 それはそれとしてサラミが全部食われたのが悲しい。

 この状況下では貴重な肉なんだからもっと味わいなさい!

 束ちゃんの飲むペースを上げる為にもツマミを追加するか。

 味付けが濃いのがいいな。

 

「サラミはそれで全部です。鶏肉でも焼きます?」

 

 せっかく買った丸ごと一羽だけど、流石この状況で丸焼きはできない。

 切り分けて……味噌炒めにでもするか。

 

「うん、よろしく。柿ピーならビールだね」

 

 ぐびぐびぐび。

 

 呑気に柿ピー食べながらビールを飲む姿は束さんと同じだな。

 しかしツマミに合わせて酒を変えるとは……酒飲みおじさんに好かれそうな小学生だな!

 今はそうして人生初の酒を楽しんでるがいい。

 一時間後が本当に楽しみだぜ。

 はーはっはっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は失念していた。

 

「これでもたばねは我慢してるんだよ」

「はい」

 

 酔うってのは良い事ばかりじゃない。

 

「だいたいさー、なんでたばねが巻き込まれてる訳? 自分でやれよクソがっ!」

「はい」

 

 アルコールによって感情の抑制ができなくなる。

 それが酔ってる状態だ。

 

「お前もいい加減にしろ。死体と暮らしたくないから我慢してるって理解して欲しいんだけど」

「はい」

 

 泣き上戸に笑い上戸、酔った状況は人それぞれだが――

 

「処理が面倒だけどさー」

 

 閉鎖空間に閉じ込められて気心知られない人間と生活してストレスがマッハの人間が酔ったら――

 

「腐敗臭が気になるなら、殺した後に包丁で切り分けて肉をトイレに流すって方法もあるんだからね?」

「……はい」

 

 溜まってたストレスが大爆発するよね。

 

 




飲み会開始時

た「お酒って悪くないかも」
し「酒の怖さを教えてやるぜグへへ」


30分後

た「殺してバラしてトイレに流すよ?(ジト目)」
し「……はい(ガクブル)」


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たばねさんじゅっさい④

あけましておめでとうございます(小声)

大晦日に熱だして三が日は寝正月(ガチ)して初出勤日には全開して仕事に行きました。
どなたか神様と会える場所しりませんか? えぇ、ちょと一発キツイの入れたいので。
ではFGO新章配信までの暇潰しにどうぞ。


 悪くない空気の中で始まった俺と束ちゃんの飲み会。

 最初の異変は飲み会開始から30分ほど経った頃だった。

 それまで黙々と料理と日本酒を口にしていた束ちゃんだったが――

 

「……はぁぁ~」

 

 深いため息と共に動きが止まった。

 

「どうしました?」

 

 お猪口を見つめたまま動かくなった束ちゃんに話し掛ける。

 もしかして酔いが回ったかな?

 酔った束ちゃんに膝枕を! 酔った束ちゃんに赤ちゃん言葉を! ここで弱みを握ってこの箱庭で絶対な優位を得る!

 

「……まれ」

「はい?」

「黙れ」

「はい」

 

 姿勢を正して両手は膝の上に。

 あっれー? 束ちゃんの声めっちゃ怖いんですけど?

 束さんと関わってきた経験が逆らうなって言ってる。

 

「んくっ……ふぃー」

 

 束さんの口から熱い吐息が漏れる。

 ……もうそろそろお酒は止めた方がいいのでは? うん、飲み過ぎは良くないよね。

 

「あの……そろそろお開きに」

「あぁん?」

 

 ギロリと睨まれた。

 目が据わってるじゃんアハハ。

 うっかり魔王封印解いちゃったモブの心境ですわ。

 俺、またなにかやっちゃいました?

 

「気持ち悪くなったりしてません? ね、水飲んで休みましょうよ」

「……黙れって言ったよね?」

「うす」

 

 ひと睨みですごすごと引き下がる。

 酔った勢いで命の危機になるのは予想外だわ。

 

「たばねさー、意識を取り戻した後少し興奮したんだよね。知らない部屋に成長した体、目の前のパソコンには未来の知識が詰まってて……なのに……ぐすん」

 

 泣いたー!

 そりゃあね、ドキドキ未来体験かと思ったら見知らぬ男と密室で二人っきり。

 限られた食料は同居人に握られ、なんとかしようとしても口八丁で逃げられる。

 普通の小学生だったら泣くわ。

 いや普通の小学生相手だったら俺ももっと優しくするけどね?

 

「ねぇ」

「はい」

「これでもたばねは我慢してるんだよ」

 

 そうだね、凄く我慢してるのは伝わってくる。

 イヤイヤ渋々で俺の相手してる顔してるもの。

 

「だいたいさー、なんでたばねが巻き込まれてる訳? 実験体なら自分でやれよクソがっ!」

「はい」

 

 束ちゃんも束さんも同一人物だからね?

 俺は束ちゃんで嬉しいよ。

 束さん相手だったら食料を巡って争ったからな。

 むしろ一方的に奪われてたまである。

 

「お前もいい加減にしろ。死体と暮らしたくないから我慢してるって理解して欲しいんだけど」

「はい」

 

 密室で腐った肉と一緒って嫌だもんね。

 わかるわかる。

  

「処理が面倒だけどさー、殺した後に包丁で分解して肉をトイレに流すって方法もあるんだからね?」

 

 暗く輝く目の奥にあるのは、本気だという意思。

 そっかそっか、肉を削ぎ落してトイレですか。

 ……束ちゃんがめんどくさがり屋で本当に良かった!

 

「……ビールがない」

 

 束ちゃんが全部飲んじゃったもんね。

 自分用に用意した分しかないから、量は多くなかった。

 だがまさか全部いかれるとはッ!?

 ないものないんだからそんなに睨まないでおくれ。

 

「……日本酒」

 

 残り半分切ったんだが?

 頼むから俺の分は残しておいてくれ。

 

「ふぃー……、ねぇ、一度でいいから殴らせてくれない?」

「嫌です」

「うぅぅぅ……なーぐーりーたーいー」

 

 今度は額をちゃぶ台に押し付け、ぐでぐでと甘えた声を上げる。

 この一面だけ見れば可愛い子供の我儘。

 だが内容がちっとも可愛くない。

 

「こんなザコに……ザコにいい様にやり込めれた自分が憎い!」

 

 今度は泣き上戸ですか。

 まぁ不機嫌になられるよりはましか。

 

「一発殴らないとたぱねの怒りが収まらない! だけど殴ったらたばねのプライドが傷付く!」

 

 そこで躊躇するのがお子様なのだよ。

 他人の評価なんて気にせず殴ってけ。

 それが束イズムってもんだ。

 

「どうしたらお前を殴れるかな? どうすればいいと思う?」

 

 それを俺に聞くんかい。

 そのくらい自分で考えなさい。

 

「ねぇ、教えて?」

 

 束ちゃんが少しだけ身を寄せて来て俺を見つめる。

 お酒で充血したお目々で上目使いとか最高かよ! くっそ可愛い!

 そんな上目使いでお願いされたらお兄さんなんでも答えちゃうぞ!

 

「痛みを与えてスッキリしたいだけなら、デコピンとかしっぺでいいのでは?」

「デコピンにー」

 

 ビュッ!

 

 たばねちゃんが指をデコピンの形に作り試し打ちする。 

 唸る風切り音! 見えない指先! 果たして俺の頭蓋骨は耐えられるのか!

 

「しっぺねー」

 

 スパンッ!

 

 仮想俺の腕である空きビール缶の一部が爆ぜた。

 俺、生きて夜明けを迎えられるかな?

 

「まぁ確かにこの程度なら暴力判定じゃないね。よし、やろうか」

「うん、ちょっと待とうか」

 

 ごめん待って、本当に待って。

 前にしっぺとかやられた事あるけど、ここまで威力はなかったはず。

 大人の体に子供の心……さてはスペックに振り回されてるな!?

 

「なんで? お前がやろうって言ったんじゃん」

「やろうとはまでは言ってないよ!? いやね、束ちゃんって今は大人の体じゃん。力加減とかどうかなー? ってね」

「その辺は目が覚めたから直ぐに把握した。流石は大人のたばね、中々良い体だね」

 

 流石の勤勉さ! なら安心だな!

 ……つまり篠ノ之束の肉体スペックを扱いきれてると? なら案心だな!

 

「もうこの体に慣れたし大丈夫! ほらほら」

 

 見せつけるかの様にビール缶を素手でコネコネしてる。

 あっれー? アルミ缶ってあんなネリケシみたいに出来るんだっけ?

 人間の指先って鍛えればあぁなるんだすげー……ではなく!

 俺が心配してるのはそうじゃないんだよ束ちゃん!

 

「さぁやろう!」

「初めて見る満面の笑み!? なんかやたらワクワクしてない!?」

「お前の目に恐怖が見えるから楽しい。痛いの嫌いなんだね」

 

 このドS小学生め!

 酔ったせいか、それとも酔ったおかげが、どちらにせよ今の束ちゃんはしっかり俺を見ている。

 ちゃんと俺の感情を読めるようになったね偉い!

 でもこのタイミングの成長は望んでねぇ!

 

「デコピンとしっぺ、どっちがいい? 選ばせてあげるよ」

「そもそもなんでやる流れに? こういった罰ゲームはやるにしても理由がないと」

「理由……理由ね、ちょっと待ってて。ほい」

 

 束ちゃんが自分の横の畳を上から叩くと、まるで跳ね橋の様に畳が跳ね上がる。

 なにその素敵機能。

 俺の家にも作って欲しい。

 

「よいしょ」

 

 束ちゃんは畳の下に入って行く。

 地下室的な空間があったのか。

 

「その場所はなんです?」

「たばねの私物置き場。覗いたら爪剥がすから」

「らじゃ」

 

 上げかけてた腰を降ろす。

 タンス的な物がないから着替えとかどうしてるのかと思ったが、どうやらそこにあるらしい。

 

「ほい」

「おっと」

 

 穴の中から顔を出した束ちゃんが何かを投げた。

 受け止めた手に伝わる感触は……服かな? 

 何かを丸めたもの。

 広げてみると――

 

「……は?」

 

 大きな窪みが二つ。

 メロン入れかな?

 最近のメロン入れは入れ物なのに模様があるなんて凝ってるな。

 まるでブラジャーじゃないか。

 あ、自分で言っちゃった。

 

「それ、大人のたばねが用意した替えのブラジャー」

「あばばばっ!?!?」

「未使用の新品だけど」

 

 スンと感情が抜け落ちた。

 いくら童貞でも未使用のブラジャーで取り乱したりはしない。

 下着売り場の前は気まずくて通れないけどな!

 

「お前はたばねのブラジャーを持っている」

「持たされてるんですが!?」

「グーパンとデコピンとしっぺ、どれがいい?」

 

 しれっと混ざるグーパンの恐怖よ。

 そしてこんな雑な方法で罰ゲームとか正気ですか束ちゃん!

 

「んふふー。日本酒うまっ!」

 

 酔っ払いだったね束ちゃん!

 

「選べ。さもないとそのブラジャーをお前の口に突っ込みその様を写真に残す。んで処分は大人のたばねに任せる」

「デコピンでお願いします!」

 

 束さんに選択を委ねる気はない!

 未使用品とか束ちゃんの無理強いとか、そんな言い訳を無視して嬉々として襲い掛かってくるだろう。

 なので大人しく束ちゃんに付き合う。

 デコピンとしっぺならデコピンが無難なはず。

 しっぺは皮膚を剥がされそうだけど、デコピンで頭蓋骨は割れないはず。

 俺は自分の頭蓋骨を信じる!

 

「んじゃおでこ出して」

「へい」

 

 前髪を上げておでこを丸出しに。

 酒の匂いをプンプンさせて笑顔で近付いてくる束ちゃん。

 いい笑顔してやがる。

 その笑顔を見れただけでも飲み会を開いた甲斐があった!

 さぁ来い!

 

 バゴンッ!

 

 衝撃で頭が弾かれ意識が飛びかける。

 視界が点滅し……気絶なんてさせないぞと、そんな硬い意思を持ったかの様な痛みが襲ってきた。

 篠ノ之束が与える痛みは人に気絶での逃避を許さないのだ。

 

「がァァァァ!?」

 

 いったッ!? 痛い! 痛い痛いイタイイタイイタイッ!

 

「うごごごご!」

 

 額を押さえて畳の上を転がる。

 割れてない? 俺の頭蓋骨割れてないこれ?

 

「くすくすくすっ」

 

 無邪気に笑う束ちゃんの声は可愛いなー!

 お前まじこらお前!

 ダメだ痛みで呻き声しか出せねぇ!

 

「ねぇ痛い? 痛い?」

 

 キャッキャッと楽しそうにはしゃぐ束ちゃんは可愛いなー!?

 ここまでしないと笑顔を見せてくれないとか流石は束ちゃん。

 選択肢には名前は出るけど専用ルートが実装されてないキャラ並みに理不尽だよ!

 

「あー痛かった。……なんか手の平に血が着いてるんですが?」

 

 束さんの笑い声を聞きながら我慢すること数分、やっと痛みが引いてきた。

 おでこを押さえていた手の平を見ると血がびっちゃり。

 なんか結構な量の出血があるんですが?

 

「皮膚が割れたのかな? まぁ分類するなら軽傷だから問題なし!」

 

 問題ありまくりだよバーロー!

 あんな鈍器で叩かれた様な音がすればそりゃ血も出るわ。

 

「血ってさ、完全栄養食なんだよね」

 

 束ちゃんが自分の指先を見ながらそんな事を言う。

 指には俺の血が着いていて、束ちゃんのデコピンの威力を物語っていた。

 

「水分、鉄分、各種ミネラルに加えてタンパク質もある」

「……だから?」

「あむ」

 

 束ちゃんが血に染まった指先を口元に運ぶ。

 口をもごもごと動かし、ゆっくりと引き抜かれた指先は唾液でテラテラと輝いていた。

 ――女性が指を咥える姿はクルものがありますな!

 例えその指先が真っ赤に染まってたとしても!

 

「……しょっぱ美味い」

 

 血液と皮膚の塩分かな?

 

「そして……」

 

 束ちゃんがお猪口を口に運び、にんまりと笑った。

 

「日本酒と合う」

 

 唇を舌で舐める姿は小学生とは思えないほどに色っぽい。

 是非ともロリ束ちゃんの姿でやっほしかった。

 束さんでも色っぽいけど、これがロリ束ちゃんの姿だったら憤死ものだっただろうな。

 

「昔は塩や味噌が酒のツマミだったらしいですね」

「そうなんだ。それってつまり…………血はツマミだね?」

「その結論はおかしい」

 

 確かに塩分とアルコールは相性良いけどそれは違うでしょ。

 ねぇ、なんでウサギが肉食獣の目付きしてるの? なんでにじり寄って来るの?

 や、やめっ――

 

「もっと飲ませろ!」

「この酔っ払いがッ!」

 

 飛び掛かって来る束さんの腕を押さえ込み……られねぇ!

 知ってた! 篠ノ之束と取っ組み合いで勝てる訳ねぇ!

 両の手首を片手で抑え込まれ、俺はあっという間に組み伏せられる。

 わー、にこにこ顔の束ちゃんのドアップだ可愛いー。

 

「がぶっちゅ」

「んがっ!?」

 

 額に吸い付かれた!?

 待って束ちゃん! 俺は指先を刃物で切って時、それを美少女幼馴染に咥えて欲しい願望はあるけどこれはなんか違う!

 こっちは童貞だぞ! こんな高度なプレイに対応できるか!

 

「んく」

 

 満足気に酒を飲みやがってクソがッ! 

 よーし、落ち着け俺。

 逆らたって勝てない。

 ならば今を楽しもう。

 ……猫のコスプレした束ちゃんが甘えて顔をペロペロ。

 これならイケる!

 

「よっしゃ来い!」

 

 束ちゃんと俺はラブラブカップル! そんな妄想をすれば血をツマミにされる事くらいなんでもないさ!

 酔った勢いでイチャラブしようぜ!

 

「……うぷ」

 

 ……うぷ?

 

「き゛も゛ぢ゛わるいっ……」

 

 あー、酔いが本格的に回ったか。

 本当にしょうがないな束ちゃんは。

 このタイミングでそれはないだろ!

 こっちが覚悟決めたタイミングでこれだよ!

 

「あ、だめ……吐きそう」

 

 さっきまでのハイテンションはどこへやら。

 今は青い顔をして口を押えている。

 うんうん、これがお酒の恐怖だよね。

 楽しく騒いでたのに急に具合が悪くなる。

 あるあるだわ。

 

「取り敢えず吐いてきたら? それでスッキリするから」

「……そうする」

 

 束ちゃんがよろよろと俺の上からどいた。

 足を震えさせながら立ち上がり、ふらふらとトイレの方へ。

 産まれたばかりのカモシカの様に震えてるよ。

 めっちゃ背後からツンツンしたい。

 弱った束ちゃんも可愛いよ!

 つまりどんな束ちゃんも可愛いって事だ。

 

「あっ……(束ちゃんがちゃぶ台に足をぶつけよろける)」

 

「あっ……(前に倒れた束ちゃんを咄嗟に両手で支える)」

 

「……こぷっ(受け止められた衝撃で束ちゃん終了のお知らせ)」

 

 

 

 おぼぼぼぼぼぼォォォォ!

 

 

 スローモーションで見える束さんの口を見ながら、生存本能が一瞬の隙に酸素を肺に入れて口を閉ざさせる。

 瞳を閉じた顔に生暖かい液体が当たり、額のキズがアルコールのせいかズキズキと痛んだ。

 

 

 おげっ…………おぼぼぼぼっ……

 

 

 束ちゃんはまだまだ出したりないらしい。

 しこたま飲み食いしたもんね。

 あぁ、俺は今はビールと日本酒と鶏肉と自分の血を浴びている――

 

「……うごっ」

 

 なんか汚い最後っ屁が聞こえたが液体は飛んでこなかった。

 もう終わったかな?

 目を瞑ったまま立ち上がり手探りで台所へ。

 水で顔を思いっきり洗う。

 襟や袖が濡れるが構わない。

 だって今はもっと汚い汚水浴びてるからな!

 

「ぷはっ!」

 

 呼吸を我慢してたから酸素が美味い!

 んでもって臭い!

 酸っぱい匂いが染みついてるよこれ。

 一言文句を言おうと背後を振り返ると、束ちゃんが四つん這いになって固まっていた。

 

「水飲みます?」

 

 なんか可哀想って感情が大きすぎて追撃出来なかった。

 

「…………飲む」

 

 顔を上げて座り直した束ちゃんはボケーと虚空に視線を向ける。

 

「ほい」

「あんがと」

 

 コップを受け取った束ちゃんは美味しそうに水を飲み干す。

 大丈夫、この程度ので俺の束ちゃんへの愛はなくならないさ! たぶん!

 

「………んあっ」

 

 フラフラと束ちゃんの頭が揺れ、床に倒れこむ。

 そしてそのまま猫の様に体を丸めて動かなくなった。

 

「束ちゃん?」

 

 急性アルコール中毒って単語が脳内をよぎる。

 恐る恐る声を掛けるも反応がない。

 

「くかー」

 

 緊張して強張った筋肉が一瞬で緩まった。

 寝落ちしただけかい。

 しかし――

 

「くぴー」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべる束ちゃんは可愛い。

 青い顔でプルプル震える束ちゃんも可愛い。

 だが口から酸っぱい匂いをさせ、ゲロ溜まりの真横で寝る束ちゃんは……

 

「いや無理だわ」

 

 流石にこの状態の束ちゃんを可愛いと思えない!

 だって口元になんかの固形物が着いてるし!

 同人誌でも女の子を酔わせて――なんてシチュエーションがあるけど、現実なんてこんなもんだよな。

 現実の酔わせてプレイなんて特殊性癖の変態しか楽しめないんや。

 この悪臭漂う中では寝てる束ちゃんにイタズラとか、そんな気持ちもしぼんでしまう。

 もう今日はお開きでいいだろう。

 まずは、シャワー浴びてから止血だな。

 

「くぴぴー」

 

 束ちゃんは放置で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手強い戦いだった」

 

 額の血を止めたかったが、それよりシャワーを浴びて綺麗になりたかった。

 頭を洗ってる最中も痛むが、止血してからのシャワーでは意味がない。

 なので痛みを我慢して頭と顔を洗った。

 一回の洗髪で匂いが落ちないのが無性に悲しかったわ!

 やっと匂いも落ちて綺麗になり、額にガーゼを当てて止血を終えた俺を迎えたのは――

 

「んむにゃ」

 

 汚物の真横で幸せそうに寝る束ちゃんである。

 さーて、この状況どうするか。

 畳の汚物は明日束ちゃんに片付けさせよう。

 んで束ちゃんは本体は……このままじゃマズいよな。

 寝返り打って顔からダイブして窒息死とか怖いもん。

 なので一人用テントを拡張領域から取り出し、タオルケットを敷く。

 流々武を両腕だけ展開して束ちゃんを抱き抱える。

 

「くー」

 

 抱き抱えた事で束ちゃんの寝顔が近付く。

 本当に顔だけ見れば天使だな。

 でもその天使の口から吐き出される悪臭ってどう思う?

 正解は――泣きたくなる残念さがある。でした!

 

「ていっ」

「うー」

 

 束ちゃんをテントに投げ込みしっかりとジッパーを閉める。

 これで平和になった。

 俺も大人しく寝ようっと。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「み゛ゃぁぁぁぁ!?」

「――ッ!?」

 

 突然の奇声で目が覚める。

 なんだ今の? 首を絞められたニワトリの断末魔か?

 

「くっさ!? なにこれくっさ! ……やっぱくっさ!?」

 

 あぁ、束ちゃんの断末魔か。

 そりゃ吐いた後に歯を磨かず口も漱がなきゃ臭いに決まっている。

 さ原因は分かったし俺は優雅な二度寝に興じよう。

 

「なんでたばねはテントに? 取り敢えず脱出! って外もくっさ!?」

 

 うるさいなー。

 

「……なんで畳の上に汚物が?」

 

 お前の汚物だよ。

 

「……あ」

 

 その“あ”は昨夜の事を思い出した“あ”だな。

 

「えっと…………アレに片付けさせるか」

 

 そのアレが俺を指してるなら断固として断る。

 

「おい」

 

 テントの外から声が聞こえるが……うん、きっと独り言だろ。

 

「おーい」

 

 朝ご飯までには片付けてくれるといいなぁ。

 流石にあの悪臭漂う中で食事はしたくない。

 

 ジー

 ん? 入り口のジッパーが上がる音が。

 幼馴染ヒロインよろしく可愛く起こしてくれるなら少しは考えてやろう。

 

「ふぅー」

「……くっさ!?」

「たばね相手に寝たふりとか良い度胸じゃん」

 

 臭い息をテント内にまき散らすとかテロ行為では!?

 悪臭に負けて思わず飛び起きるとジト目の束ちゃんと目が合った。

 小学生の束ちゃんが朝起こしてくれるイベントはもっと色気か可愛いが欲しかったよ。

 ゲロ臭で起こされるとか……現実はどこまでも残酷だ。

 

「おはよう汚物」

「汚物っ!?」

「外のゲロは自分で片付けろ。それが終わるまで飯抜きだ。それと臭いから入り口閉めろ」

「言い方が辛辣っ!?」

 

 なんでかショックを受けてる様子。

 篠ノ之束だろうと口の周囲にカピカピに乾いたのゲロをくっ付けてたら汚物扱いされるんだよ。

 

「一応アドバイスするけど、身綺麗にする前にゲロを片付けた方がいいよ。ほら、顔を近付けると匂いでもらいゲロとかしちゃうから」

「こっちの反応を無視して合理的なアドバイス!?」

 

 酒飲みにはゲロの掃除は通過儀礼だからね。

 もちろん俺も経験済みだ。

 ありがたい助言だろ?

 義理を果たしたのでもう終わりでいいかな。

 驚きで前かがみになってる束ちゃんの肩を押して外に押し出す。

 ジッパーを閉めて――

 

「って待て~い!」

 

 ジッパーの隙間に手を差し込まれ密室の完成を阻止される。

 往生際が悪いぞ束ちゃん。

 しょうがないのでジッパーを上げて束ちゃんとご対面。

 

「何用です?」

「えっと、その……畳の上の片付けて欲しいなぁ~って」

 

 アレにやらせようとか言ってクセに随分と下手に出るじゃないか。

 さては俺の対応が冷たかったから作戦を変えたな?

 ここで力技に出ないのは良い事だ。

 代わりに掃除ね~?

 まぁしてもいいけど、タダって訳にはいかんよね。 

 

「条件がある」

「……一応聞こうか」

「『お兄ちゃんお願いっ♪』って可愛く言ってくれ」

「……その行為にどんな意味があるのかな?」

「俺の心が満たされる」

「そーなんだー」

 

 目元と口元が怒りでヒクヒクしてやがる。

 人を動かすのに対価を払いたくないなんて我儘ってもんだぜ束ちゃん。

 

「無理にとは言わない。でも先輩として忠告しとくけど……自分のゲロを四つん這いになって掃除してる時、とてもつもなく悲しいぞ?」

 

 いや本当に涙が出るくらい情けない気持ちになるからね。

 束ちゃんはあーとかうーとか唸りながら葛藤している。

 自分を当てはめて想像しているんだろう。

 そして徐々に意気消沈していき――

 

「……お兄ちゃんお願いっ」

 

 ついには折れた。

 羞恥と屈辱と怒りで顔を赤くし、嫌々ながらもお願いする様子はツンデレ妹感があって可愛かったのでよし!

 

 

 

 

 

「たばね復活!」

 

 真新しい服に着替え、心身ともに綺麗にした束ちゃんが現れた。

 よっぽど磨き上げたのかキラキラ輝いてるエフェクトが見える。 

 そんなに束ちゃんに俺を用意しておいた衣装をポンとプレゼント。

 

「これは?」

「朝ごはんを食べる為の服」

「ガッデム!」

 

 いつもの服装も嫌いじゃないけど、せっかく束さんを好き放題コスプレできる権利があるのに使わない訳なんだよなぁ。

 

「今度こそ復活!」

「お帰り束ちゃん」

「ねぇ、この服って」

「私物です」

「だよね」

 

 むき出しの太ももと二の腕。

 お尻のフォルムとはっきり分かる紺色のパンツと胸の形がよく見える白い上着。

 やはり体操着は最強じゃけぇ!

 まさか束さんにブルマを履かせられる日がくるとは――

 

「クルっと回ってみてください」

「んっ」

 

 ブルマと言えばそう……お尻だ!

 おっぱい派だが尻が嫌いだとは言ってない!

 ブルマが少し食い込んで太ももととお尻の境界線見えるのがグッド!

 

「ぐすっ……生きてて良かった」

「閉鎖空間に閉じ込められて食料難のこの状況でその感想が出るんだ?」

 

 束ちゃんのブルマ姿を見れたので今の所は収支はプラスですね。

 昨夜の事も許せる。

 

「それにしても綺麗になったね。匂いも……うん、マシになった」

 

 束ちゃんが鼻をヒクヒクと動かし安堵の表情を見せる。

 持ってて良かった制汗スプレー!

 服なんかの匂いを取るファブ的なものはなかったけど、制汗スプレーだけは持っていたのだ。

 キャンプ先にお風呂があるとは限らないから必需品なんだよね。

 それを畳に使ったんだが、多少は効果があって良かった。

 

「それでご飯は?」

「ラーメンです」

「別に朝からラーメンに文句はないけどさぁ……しょぼくない?」

 

 一袋のラーメンを半分にしてトッピングは同じく半分に切ったウィンナー一本と輪切りにした人参が三枚。

 確かに寂しい。

 まったく、誰のせいだと。

 

「どっかの誰かが貴重な食料を酔った勢いで暴食して汚物に変えたせいで、これからは毎食こんな感じです」

「たばねラーメン大好き~!」

 

 小学生感全開で逃げたよ。

 そんなキャラじゃない姿を晒してでも昨夜の事は話題にされたくないのか。

 

「で、束ちゃん」

「ずるずる……朝ラーってアリかも」

「食料の底が見え始めたのでそろそろ焦らないといけないと思うんですよ」

「そだねー」

「人間が仲良くなる為には心理学に基づいた動きをするべきだと具申します」

「ほーほー、具体的には?」

「束ちゃんに俺を慣れさせる。パーソナルスペースに俺が居ても気にならない様にする為に常に引っ付いて生活しましょう」

「え? 普通に嫌だけど?」

「ですよねー。でも今は本当に手詰まりなのです。今のペースで仲を深めるとそれまでに食料が尽きそう」

「困ったねー。頭脳なり身体能力なりが高くて生き物としてそれなりの価値があれば良かったんだけど」

 

 酔って人の顔にゲロをぶちまけた女がなにか言ってますわ。

 しかないなーと、やれやれ口調で上から目線のセリフにイラっとしますよ。

 

「おいゲロ女」

「なんだい低能」

「人を作ったラーメン食べながら随分と毒を吐くじゃないか」

「ラーメンが美味しいのは乾燥麺を作った製作者の実績じゃない? 無能な人間ほど他人の手柄を横取りするよね。ん、うまかった」

 

 最後の汁まで飲み干した束ちゃんが両手を合わせる。

 ブレねーなこの野郎ッ!

 あれだけの醜態を晒して未だにこの天災ムーブ。

 ある意味尊敬する。

 

「でもまぁなんとかなると思うよ?」

「その心は?」

「たぶん大人のたばねがなんとかする。色々考えたんだけどさ、こっちの食料事情によっては救済措置があると思うんだよね」

「束さんが? どうかなー、個人的には食料を巡って争う姿をニヤニヤすると思うけど。それにいくら束さんでも未来の食料事情なんて分からないじゃん」

「冷蔵庫に重量センサーを設置したり、監視カメラに体脂肪を測定する機能を持たせたりとか方法は色々ある」

「で、一定以下の基準になるとお助け束さんが出現すると。んー、束さんなら苦も無く実装出来そうなシステムだけど、そこまでするかな?」

「たばねとお前が早々に仲良くなるなんて思ってないはず。なら前みたいに景品を用意したゲームを催すと思うんだよね」

「なるほど、ゲームを通じて仲良く遊べと。……食糧を巡って争う姿に変わりないのでは?」

 

 限られた食料を奪う戦いか新たな食料を奪う戦いかの違いしかないじゃん。

 どっちにしろ趣味が悪い!

 だが上手い手だ。

 束ちゃんの言う通り食料を奪い合うゲームが用意されてるとして、たぶん協力系もあるだろう、

 だってそうじゃなきゃ俺がひたすら奪われるだけで仲良くなる機会なんてないからね!

  

「それにきっと大人のたばねは食料切れで実験が中断するなんてつまらない結果を求めていない。だから実験の期間を延ばす為の何かがあると思う」

「なるほどね~」

 

 束ちゃんの意見を聞くに普通にありそうだ。

 食べ物がなくなったので実験中止! なんて許さなそう。

 なら食料面は大丈夫か?

 俺は束さんが善意で食べ物を用意するなんてこれっぽっちも思ってないけど、束ちゃんの言う通り実験の早期中断の阻止と俺と束ちゃんの中を取り持つ役目、そして食料を巡って争う二人を見るという三つの利点があれば用意してくれそう。

 

「ところで束ちゃん」

「ん?」

「一応好感度見てみない? 一緒にお酒を飲んだ仲だし、少しは上がってるかも」

「……無駄だと思うけどなー。まぁ気になるならいいよ」

 

 はいそんな訳で二人で仲良く好感度測定の時間です。

 俺の好感度はゲロ事件でだいぶ下がったが、ブルマ姿で持ち直したので大丈夫。

 問題は束ちゃんだな。

 

『どぅるるるるる』

 

 相変わらずの良いドラム音。

 着信音に設定したいぜ。

 

『じゃじゃん!』

 

【しー君、好感度95、もう束さんしか見えない。過去の束へ、性的に変な事されたら躊躇せず潰せ】

【束さん、好感度22、プラチナコガネレベル、世界一綺麗なコガネムシ。しー君頑張ったね】

 

「未だにコガネムシじゃねーか!」

 

 貴重な酒と食料を提供してまだ虫なのかよ!

 せめて哺乳類になりたい!

 

「たばね、昨日は流石に悪い事したかなーって思ってたんだけど、この好感度の高さ……マゾなの?」

「あ、悪いとは思ったんだ。寝起きは好感度50だったけどブルマで+45だね」

「たばねの半分はブルマで出来ていた!?」

「まったく、俺は色々と手を掛けて好感度を維持してるに束ちゃんときたら……しょうがない子だなー」

「まったく、俺は色々と手を尽くして好感度を維持してるのに束ちゃんときたら……しょうがない子だなー」

「堂々と言えばディスるのが許されると思うなよ?」

 

 これだけ尽くしてまだこの好感度なのか。

 いやでも……相手が篠ノ之束と見れば上々の結果と見るべきか?

 少しでも上がったからよしとしよう。

 取り敢えずは今のまま関係を維持して地道に上げるしかないか。

 なんで俺はこんな苦労をしてるんだろな?

 

『やーやーお二人さん元気にしてるかな? そっちは何日目かは分からないけど束さんが遊びに来たよ! あぐあぐ――ケバブうめー。あ、こっちは昼食時なので食べながら失礼』

 

 なんもかんもお前のせいだバカ野郎!

 

「やっぱり出てきた。冷蔵庫の中身が減ったからかな? ……これみよがしに肉をアピールしてるね」

 

 ちゃぶ台の上に降臨したホログラムの束さんはこれ見よがしにケバブを見せつける。

 束ちゃんもイラっとする束さんのケバブアピール。

 普通に美味そうだと思ってしまう自分が憎い!

 よーしよし、そっちがその気なら――

 

『この映像が流れるって事は二人ともロクな食事取れてないはず。可哀想な二人に天災からの試練を――』

 

「うおぉぉぉぉぉ!」

「え? ちょっと急になにを――」

 

 ちゃぶ台の上に登ってまずは束さんのおっぱいに顔を押し付ける!

 ぐへへ、ぱふぱふしやがれ!

 次はそのケバブの油が着いた口だ! 俺が舐めましてやんよレロレロ!

 尻も揉ませろ! 分かるか束さん、俺は今はお前の尻に顔を埋めてるぞ!

 ホログラムだからって調子に乗るなよ!

 俺は! ホログラムでも! エロい気分に! なれる!

 

「邪魔!」

「おぶし!?」

 

 足を蹴られてちゃぶ台の上から転げ落ちる。

 

「いたた……急に暴力とかどうした? ストレス溜まってんの?」

「いや純粋にウザかったから」

「それはごめん」

 

『――では健闘を祈る!』

 

 束さんのホログラムが消えた。

 セクハラに夢中でなにも聞いてなかったよ。

 

「束ちゃん、束さんはなんて?」

「さぁ? たばねも知らない」

「聞いてなかったの?」

「お前の奇行のせいだよ! 脳が一瞬情報の処理を拒否した!」

「人の行動に目を奪われるなんてまだまだお子ちゃまだな」

「コイツ――ッ!」

 

 拳を震わせてどうしたのかなー?

 しかし束さんのホログラムにセクハラするのは楽しいな。

 良いストレス発散を見つけた。

 毎回してやろ。

 

 ボトッ

 

 天井からボクサーグローブが二つ落ちてきた。

 

「……これでなにしろって? 紐を結んで縄跳びとか?」

「どう見ても殴り合えって事じゃん。あ、パソコンのデスクトップに鐘とタイマーがでてきた」

 

 なんで早々に着け始めてるの?

 

「マジックテープ式だし随分と分厚い……子供の玩具かな? ま、なんとかなるか」

 

 シュ! シュシュ!

 

 なんでそうなにウキウキとシャドーボクシングしてるの?

 

「ねぇ、着けないの? それともハンデとして素手でやりたいって意思表示? たばねは構わないけど」

「やったるわい!」

 

 ボクシンググローブを用意されてボクシング以外にやる事ないよな!

 商品は分からないが俺が貰ったる!

 ちゃぶ台を端に寄せてグローブを装着する。

 そして束ちゃんと向き合う。

 真っ当な殴り合いで勝てる訳がない。

 ならば初手から奇策で行くのみ!

 

 カーン!

 

「必殺クリンチ!」

「チョッピングライト!」




本来なら元旦に投稿予定だったの下種ネタが多めなのです!


し「必殺クリンチ!(抱き着き)」
た「チョッピングライト!(打ち下ろしの右ストレート)」


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たばねさんじゅっさい⑤

俺は嫌だって言ったんだ! でも友達が無理矢理……俺のプレステ4にモンハンライズをダウンロードしたんだ!
ちくしょう……モンハンたのしいー(脳死)
来月はサンブレイクかー(諦め)


「かゆ……うま……」

 

 本日のコスプレはナース服。

 白衣に身を包んだ束ちゃんが死んだ目でご飯を食べる。 

 

「かゆじゃなくてネコまんまだけどね……うま……」

 

 侘しい……あまりにも侘しい夕食を二人でつつく。

 インスタント味噌汁イン白米。

 たまにやると美味しいけど、追い詰められた状況だと泣きたくなりますよ!

 しかも飲み物は白湯だ。

 お茶もコーヒーも残り少なく贅沢品と化したのだから仕方がない。

 普段好き勝手に飲んでる飲み物だけど、制限が付くとその大切さを思い知らされる。

 健康の為とかじゃなくて、強いられてるって状況が辛い。

 そりゃ束ちゃんも死んだ目になるさ。

 

「あう……」

 

 一足先に食べ終わった束ちゃんがごろんと横になる。

 

「あうあうあー」

 

 そして左右にゴロゴロと転がり始める。

 はい、最近の束ちゃんには閉鎖空間に閉じ込められた事による異常行動が現れております。

 動物園の動物なんかが檻の柵の前をウロウロしたりするのが有名だね。

 無理もない。

 俺は引きこもりとしての嗜みがあり、ゲームがある。

 でも束ちゃんは違う。

 強制的に閉じ込められたストレスは半端ないだろう。

 最初こそ俺に警戒して緊張を高めていたが、多少は互いを知って今はその緊張感も薄れてきている。

 せめて好きに実験なんかが出来る設備があれば気も紛れるだろうが、そんなものはない。

 束ちゃんは俺と違ってストレスを発散できず、少しづつ溜めこんでるのだ。

 俺がお尻を差し出したら、怒りのままに蹴ったりしないかな? しないか。

 

「ご馳走様でした。今日で何日目だっけ?」

「十日目だね」

 

 パンと両手を合わせて束ちゃんに話題を振る。

 転がるのをやめた束ちゃんが素直に答えてくれた。

 うんうん、ちゃんと受け答えしてくれるようになって嬉しいよ。

 

「もう10日か……意外と粘れてるのにびっくり」

 

 束さんへの差し入れだった一週間分の食料。

 それと俺の週末キャンプ用の分。

 合わせて約8日分を二人で分けて10日目。

 我ながら頑張ってると思う。

 

「未来のたばねの救済措置でなんとか頑張れてる感じだけどね」

「確かに」

 

 ボクシングで挑むVS篠ノ之束。

 結果は1R3秒で負けたが、それは始まりに過ぎなかった。

 それからは一日に1~2回ゲームが行われたのだが――

 握力対決、げっぷ我慢対決、激マズジュース一気飲み対決、古今東西エロゲ―タイトル対決、ムエタイ対決、空手対決と様々だ。

 今の所の勝率は7;3かな。

 もちろん俺が3だ。

 少しは俺が勝てる内容にしてくれる束さんに感謝だ。

 ……ん? そもそも俺を閉じ込めてるのは束さんなんだから感謝とかおかしくない? 

 あぶねー、ストックホルム症候群の亜種か?

 全部束さんが悪い。

 これを心に刻まなければ。

 部屋から出れたら絶対に復讐してやる!

 

「そう言えばさ、最初ははぐらかしてたけど、お前って未来のたばねの友達だよね?」

「ですよ」

 

 もう嘘をつく必要もなのそうなので正直に答える。

 

「どうやって友達になったの? 今日までの付き合いで年の割には話せるとは分かったけど、それでも特別なナニカを感じるほどじゃない。外で出会ったら無視するレベルの人間なのに不思議なんだよね」

「言いたい放題じゃん。どうやってねー」

 

 ISで遊びたいですって言って興味を持たせ、未来知識があるって言って釣り上げた……なんて言えないな。

 もう少しオブラートに包み込み、そんでもって嘘にならない程度にまとめると――

 

「まず言っておくけど、俺は束さんの初めての友達じゃない。俺が出会った頃には束さんにはすでに友達が存在した。つまりお酒の味を覚えた状態だった」

「パソコンの中にも最低限の情報しかなく、お前も言わないから未だに名前も容姿も不明なたばねの友達……正直気になる」

「前にも言ったと思うけど、束さんが意図的に情報を制限してるなら俺からはなにも」

「……べっつにいいけどさ~」

 

 不満たらたらじゃないですか。

 俺が言っても問題ないとは思うけど、ペナルティーがあるかもなのでダメです。

 

「でね、前にも言ったけど、友達ってのは嗜好品なんだよ。つまり、俺が出会った束さんはお酒の味を知っていた訳よ」

「ふむふむ……自分から安酒飲むほど狂ってたの?」

「いや? 少しはお酒に興味を持ってたみたいだから、安酒も良いものだろ? って感じで時間を掛けて仲を深めた」

「馬鹿だね、未来のたばね」

「おバカだよ、未来の束ちゃん」

 

 本当に千冬様様だよね。

 束さんが大吟醸“千冬”を飲んでなかったら、2ℓパック酒“神一郎”を飲むことはなかっただろう。

 安酒バンザイ!

 

「うーむ、出会いはまぁいいとして、なんで続けてこれたの? たばねだったら飽きて捨てそうだけど」

「自分で言うんかい。そうだなー……俺はあくまで遊び仲間なんだよね」

「普通の友達となにか違うの?」

「束ちゃん、俺とIQ高そうな会話とかしたことある?」

「――ないね!」

 

 ちょっと考えた束ちゃんが良い笑顔で言い切った。

 だよね、ないよね。

 

「ただ遊ぶだけの人間相手に知能指数とか必要? そりゃ付き合う相手が同レベルの人間の方が付き合いやすいってのはある。でもさ、バカやって遊ぶなら相手はバカでいいじゃん」

「具体的に今までどんな馬鹿をやったの?」

「ISで南極に行って氷を取って来てそれでカキ氷を作ったり、秘密基地を作ったり、無人島を開墾したり、かな」

「想像以上に遊んでる……くっ、大人のたばねはなんでそんなに堕落した生活を――」

「息抜きでしょ。基本的に俺が束さんに会うのは週末だし」

「時間は有限なんだよ? 時間の無駄だと思う」

「それとストレス発散だね。束さんはよく俺で遊んでるから」

「未来のたばね、お前で遊ばなきゃ自分を保てないほど苦労してるの?」

「ISの発表から色々あったからね。だからこうして一人で潜水艦で暮らしるんじゃん」

「一人暮らし……うーん?」

 

 束ちゃんが首を傾げながら思案顔を見せる。

 

「なにか?」

「あのさ、たばねって一人暮らしなんだよね?」

「だね」

「食べ物とかどうしてるの?」

「……どう、とは?」

「人の目に付かない潜水艦を拠点にするのは理解できる。広大な海で自由に動ける潜水艦は隠れ家として妥協できるさ。でも人間が暮らす上で多少なりとも他人との関わりは必要なはず」

「束ちゃんが言うには意外と真っ当な意見」

「たばねがその気になれば一人で活動できる。服だって作れるし、艦内に畑を作って海から塩と海産物を得て海水を真水に変え、完全な自供自足が可能なんだけど……正直言って、これは時間の無駄なんだよね」

「無駄なんだ?」

「無駄だね。服も塩も水もお金で買った方が遙かに楽じゃん。制作物に関する全ての工程をオートメーション化すれば手間は減るけど、そもそもその機械を作るための時間も必要になる。たばねの結論は、お金で解決できる事はカネでしろ、だよ」

「それはごもっともで」

 

 その方が時間を自由にできるもんね。

 他人に関わるのは面倒だけど、それで自分の時間が作れるらなそうするだろう。

 お金で時間を買うのは誰だってしている事だ。

 ゲームをする時間を捻出する為に毎食外食とインスタントで済ませたりね!

 

「だからね、たばねの中で疑問が生まれた」

「疑問?」

「食料問題について、だよ。この潜水艦は便利だけど、食べ物を買いに行ったりするの面倒じゃん」

「まぁそうだね。港に直接潜水艦で乗り込む訳にはいかないし」

「でもさ……例えばさ、週末だけ会いに来る友達って存在が居たら便利だと思わない?」

「……何が言いたいのかな?」

「お前が都合よく持っていた一週間分の食料……あれ、なに?」

 

 なにと聞かれましても。

 うん、これはバレてますね。

 まさか友達の利用価値が物資配達だと気付くとは!?

 

「あの食料? あれは束さんへの差し入れ。毎回一週間分の食料を届けるのは俺の役目だし」

 

 はいはい、本当は束ちゃんの分だけど俺の物だと意識させました。

 でもお金を払われた訳でもないし、俺の分だと言っても過言じゃないよね。

 

「つまり、食料は全部たばねの分だね?」

「あれは束さんへの差し入れ。束ちゃんは関係ないじゃん」

「別に怒ってないよ? こんなのは騙された方が悪いと思うし。でも――」

 

 束ちゃんの全身がプルプルと震える。

 地震でもあったかな?

 

「納得いかな~い!」

 

 ドン! と束ちゃんの両手がちゃぶ台を叩く。

 

「少し考えれば分かる事なのにその事実に気付かなったたばねの馬鹿! 初日に気付いて食料を確保してればもっと優位に立ち回れたのに!」

「都合良く大量の食料を持ってた事に疑問を持つべきでしたね」

「疑問には思ったよ! でも口を利きたくなかったの! 質問するって行為にすら嫌悪を感じるんだよ!」

「それで自分を追い込むんだから自業自得じゃん。束さんはもうちょっと他人を上手く使えたから、その辺はこれから成長すると思うけど」

「友達って存在が居るだけで、研究室に引きこもり放題で好きな事だけできる人生が待ってるとはっ!」

「冷蔵庫に常に食料を補充してくれるし、身近な消耗品も頼めば買ってきてくれる。そんな存在をどう思います?」

「圧倒的に便利! 人生において“友達”って有限である時間を生かす為の必須アイテムだね!」

 

 食後の無駄話が意図してない方に着陸した件。

 これは良い事なのだろうか? ……友達の存在を受け入れる体制になってるならセーフかな。

 

「たばねは今一つの回答を得た。友達は人生にあると便利!」

「そだね。でも俺と束ちゃんは友達じゃないから、食後の洗い物やお風呂掃除、トレイ掃除をしている俺に感謝するべきだよね」

「……たばね、子供だから掃除とかわかんなーい」

 

 束ちゃんが目を泳がせながらそう言った。

 そこで下がるのは正しい判断だよ。

 だって掃除とか全部他人任せで自分は働いてなんだよ? 対価を支払っていれば問題ないが、残念ながら無給である。

 無能が自分の役に立つのは当然だなんて考えるのが篠ノ之束だろう。

 でも相手は俺。

 いい加減こっちの性格を知り始めた束ちゃんは危機感を持っているはずだ。

 俺が束ちゃんにただ奉仕して喜ぶほど殊勝な人間ではないと!

 不利になったら素直に下がる。

 成長したな、束ちゃん。

 

「そっかー、束ちゃんはお掃除できないかー」

「うん、そうなんだー」

 

 あはははっ

 

 カラ笑いが二人の間で響く。

 束ちゃんだってトイレ掃除や風呂掃除くらいは出来るだろう。

 料理以外の家事はやろうと思えば出来るはず。

 だが問題は、トイレも風呂も共用スペースって事だ。

 俺が使った後に掃除とか束ちゃんのプライドが許さないだろう。

 もう少し精神年齢が高ければ逆に自分が使った場所を男に掃除して欲しくないと感じるだろうが、残念ながら束ちゃんその辺りはまだお子ちゃま。

 掃除とか面倒。

 こいつが使った物の掃除とかしたくない。

 そんな感情の方が強いのだ。

 だから俺はこの話題は掘り下げない。

 マウントを取るチャンスではあるが……小学生相手に自分が用を足した後のトイレ掃除を強要できない!

 束ちゃんが泣く泣くトイレ掃除をする様を見たい欲求はあるが、流石にキレそうだし我慢だ。

 

「そうだ束ちゃん。打開策を思いついたから聞いてよ。仲良くなるには共通の敵があると良いと思うんだ!」

「っ!? そうだね。国はもちろん宗教でさえも取り入れてる簡単に群衆をまとめる手だから有用かも」

 

 話題が逸れた事に一瞬の喜びを見た束ちゃんがすぐさま食いついた。

 そうだよね、人心をまとめるには共通の敵を作れって言葉は聖書にも書かれているから有効だよね。

 

「だから束ちゃん、共通の敵として一緒に束さんを憎もうぜ!」

「うん、ちょっと待て」

 

 束ちゃんが手を前に出してストップをかける。

 

「なんでそうなるのか理論的に説明しろ」

「だって今の状況を作ったのは束さんじゃんか。怒りをぶつける相手なんて束さん以外存在する?」

「……たばねのIQでも反論できないっ!」

 

 でしょ? 

 俺たちの感じている空腹、怒り、閉塞感など全てのストレスをぶつけるべき相手は篠ノ之束しかいない。

 

「束ちゃん、ストレス発散だと思って一回だけやってみよう? 束ちゃんだって思うところはあるでしょ?」

「……うん」

 

 束ちゃんの目にほの暗い怒りの感情が灯る。

 例え未来の自分でも今の自分と違うなら他人と言っていい。

 怒りをぶつけたくもなるさ。

 

「でもそれをやったら無駄に泣きたくなりそうだから却下で」

「それは残念」

 

 一時的にスッキリする事は間違いない。

 その後は無性に悲しくなるだろうけど。

 英断だよ束ちゃん。

 ただ俺は束ちゃんVS束さんの絵面が見たかっただけだから無理強いはしない。

 

『ずるずる……』

 

 噂をすると突如現れる天災。

 突如現れた束さんのホログラムが、ちゃぶ台の上で座った姿勢でカップ焼きそばを食ってやがる。

 

「うーむ」

「ちゃぶ台にほっぺ付けてなにしてんの?」

「スカートの中覗けないかなって」

「聞かなきゃよかった」

 

 いやだって女の子座りしてる女性がいたらやりたいじゃん。

 男なら誰だって夢見るじゃん。

 相手がホログラムなら合法なんだからやるしかないだろ!

 ちっ! スカートの隙間が少しだけあるが、その先は暗闇一色だ。

 でもいいんだ。

 この覗いてる感、イケナイことしてる感が興奮するのだよ。

 

『んあ? 撮影始まってる? ごめんごめん、カップ焼きそばに夢中で気付かなかったよ』

 

「ちょいちょい子芝居入るのがムカつくな」

「このうさ耳って他人をイラつかせる才能があるよね」

 

 束ちゃんの束さんへのヘイトがヤベーす。

 そりゃそうだ。

 食べ物をチラつかせてこちらを煽る人間を自分だなんて思いたくないだろう。

 束ちゃんが想像してた大人の自分は、きっとクールでカッコいい自分だったに違いない。

 目を背けたくなるよね。

 

『小腹が空いたからしー君の部屋からパクッてきたけど、意外と悪くないね、沖縄チャンプルー味』

 

 俺が旅先でコツコツ集めたご当地カップ麺じゃねーか!?

 

「や、そこでたばねを睨まれても」

「束さんと束ちゃんは同一人物。だから犯した罪も背負うべきである。おーけー?」

「のー。たばねは世界に絶望してピエロ落ちした生き物を同一人物とは認めない」

 

 あ、束ちゃんの中ではあの束さんは闇落ちした姿なんだ。

 なんかどんまい。

 

『ご馳走でした。あ、しー君の部屋の机の上に150円置いておいたから』

 

 金さえ払えば許されると思うなよ!?

 ネット通販で買うんじゃない。

 旅先で自分で買うから定価プラス思い出のプライスレスがあるんだよ!

 

『さて、今回戦ってもらう内容は――じゃじゃん! 恐怖対決~!』

 

 ほんと問答無用で始まるよな。

 でも貴重な食べ物ゲットの機会だからやるけど。

 束さんが掲げるプラカードには泣き叫ぶ俺の顔が書いてあった。

 ほうほう、俺が負けると予想してるのかな?

 ふっ、甘いぜ束さん。

 精神的な未熟な束ちゃんなど敵ではないわ!

 

『恐怖は時間を掛けて熟成するのが効果的だけど、そんなの誰でも出来るからつまらないよね。だから今回は短期決戦にします。一人30秒の持ち時間でターン制で先行は子供の私ね。計測はお馴染み腕輪で。はいスタート』 

 

 えっ軽っる。

 恐怖の熟成とか怖い単語並べて、なんてない風にスタートしやがったよ。

 

「恐怖かー。大人も子供も睨めば引き下がるし、それでもしつこければ殴って終わりだし……よくよく考えれば意図して恐怖を与えるって初めてかも?」

 

 ゴキゴキ

 

 世界中に恐怖をばら撒いてる束さんの初めてか。

 ……光栄でもなんでもない初めてだな!

 

「痛みは強すぎると気絶させちゃうし、時間制限ありだと出来る事が限られちゃうなー」

 

 パキパキ

 

 凄い手慣れた感じで四肢の関節外すじゃん。

 え、束さんじゃないよね? 中身は束ちゃんだよね?

 ごく自然な会話をしながら関節外す小学生とか流石だぜ。

 

「ぐえっ」

「身動きできない状況で踏まれるどう? 怖い?」

 

 背中を束ちゃんに踏まれて苦しい……が! 苦しいだけだ。

 残念だったな束ちゃん。

 この痛みと苦しみは初めての経験じゃないんだよ!

 

「ごめん束ちゃん。俺、関節外されるの慣れてるんだわ」

「うっそ!?」

「むしろ小学生の束ちゃんに踏まれてる現状に喜びを感じてる」

「うっそ!?!?」

 

 背中から束ちゃんの温もりが遠ざかった。

 脳内でクソガキムーブしてる束ちゃんのちっちゃいおみ足で踏まれる妄想余裕でした。

 たかが四肢の関節を外されたくらいで恐怖を感じるなんて……そんな初心な心、とうの昔に忘れたわ!

 

「まさかの予想外な反応……むぅ、なら爪を剥いでから塩を揉み込むとかどうだろう?」

 

 束ちゃんがちっちゃいお手てで俺の手をもみもみ……ダメだ恐怖を打ち消せられねぇ!

 

「ふっ、表情に出したね」

 

 気取られたか!?

 

「ほら手を出せ! グーにすんなパーにしろパーに!」

「いーやーだー!」

 

 関節は外れてても力は入る! 死守だ死守!

 手を必死に握る俺と無理矢理開かせようとする束ちゃん。

 制限時間まで頑張れ俺!

 

「うぐぐぐっ! この低能にクセに無駄な抵抗を――!」

「ぐぎぎぎっ! 頭脳を売りにしてるクセに脳筋な手段を――!」

 

 早く終われ! 早く……早く!

 

『3、2、1,――しゅ~りょ~! 得点をほい!』

 

【恐怖値;153点(爪の間に爪楊枝を刺される寸前レベル)】

 

 まるで見てたかのような絶妙な点数!?

 束さんの無駄な技術力が光るぜ。

 中々の高得点だが逆転は可能。

 地獄を見せてやんよ! 

 

「……で、関節はめてくれない?」

 

 ぴくぴくと身体を震わせながら束ちゃんを見上げる。

 

「え? その程度を自分で治しなよ。なんでも他人に頼るとか良くないと思う」

 

 そんな俺をきょとん顔で見下ろす束ちゃん。

 掃除なんかを全部人任せにするクセに言ってくれる。

 自分で治す? マンガでも片腕ならともかく四肢の関節を自力で戻すシーンとか見た事ないんだが?

 

『それじゃあ次はしー君の番ね。スタート!』

 

 俺の番になった。

 でも俺も束ちゃんも黙ったまま見つめるだけ。

 こんな汚い真似をしてでも勝ちたいのかいやしんぼめ!

 そっちがその気なら俺も全力で戦おう。

 

「はいじゃあ一発芸します。和風ホラーに出てくる床を這いずる幽霊――ア゛ァァ!」

「うわきも」

 

 口を大きく開けて束ちゃんに近付く。

 大事なのは肩と膝の使い方。

 それにさえ慣れればこうして移動が可能なのだ!

 束ちゃんは油断してるのか、あーあー言う俺を冷めた目で見下ろすばかりで動かない。

 破れかぶれで物真似をしているとでも思っているんだろう。

 視線が低いと束ちゃんの生足を見放題だぜひやっほーい!

 そろそろ射程圏内だ。

 ステンバーイ、ステンバーイ――ゴー!

 

「がうっ!」

「……へ?」

 

 油断している束ちゃんのふくらはぎに噛みつく。

 

「……あんぎゃぁぁぁ!? 噛まれてる? もしかしてたばね噛まれてる!?」

「ふがふが」

 

 束ちゃんのヒラメ筋はうめーぜ!

 ……いや本当に美味しいな。

 塩っけと歯で感じる肉感が素晴らしい。

 肉食ってる感がある!

 

「あぐあぐあぐ」

「いったっ!? え? 本気で食べにきてない? 遊び抜きで噛んでない?」

 

 捕食される恐怖を知れ!

 冗談抜きの本気で喰う!

 

「あぐっ!」

「いったー! 歯が刺さってる!? この離せっ!」

 

 げしげしげし!

 

 束ちゃんが俺の背中を踏みつける。

 おいおい、束ちゃんってばそんなに無警戒で足を上げていいのかい?

 

「ふがふがふが」

「え? 足を高く上げるとスカートの中が見えるって?」

 

 いえす。

 俺が紳士だから視線を上に向けないだけなんだぜ? 感謝しろ。

 鮭の皮しかりクジラの皮しかり、皮ってのは美味いもんだ――レロリ。

 

「……コロス」

 

 片言で殺す発言頂きました。

 いいぞ束ちゃん。

 子供らしく感情爆発させてこうぜ!

 

『3、2,1、ゼロ!、しー君のターンは終了ね。得点は~?』

 

【恐怖値;87点(急に耳に息を吹きかけられたレベル)】

 

「ありゃ、思ったより点数低いな」

 

 束ちゃんから口を離して点数を確認。

 結果は残念なものだった。

 友達が急に噛みついてきたら恐怖以外のなにものでもないと思うんだが、束さんは子供の頃から心臓に毛が生えていたらしい。

 

「この結果は当然だよ? だって嫌悪感と怒りで胸が一杯なんだもん」

「なるほど、それは計算違いだった」

 

 怒りが恐怖を上回ったのか。

 舐めたりせず、もっと純粋に齧るのが正解だったか……失敗失敗。

 

『では勝者へのご褒美タイム! 大切に食べるんだよ!』

 

 ポトリ

 

 束さんのホログラムが消え、同時に天井から何かが落ちてきた。

 それを束ちゃんがいそいそと回収する。

 あれはなんだろ。

 帯状に折りたたまれた……あっ、10円チョコだ!

 

「あむ」

 

 駄菓子屋で定番の一個十円の小さいチョコレート。

 それが10枚綴りになっているのが今回の報酬だった。

 素早く包装を破きチョコを口に入れる束ちゃん。

 率直に羨ましい。

 

「束ちゃん、一個くらい――」

「断る」

 

 食い気味に断られたよ。

 

「断―る!」

 

 トドメのダメ出しですかそうですか。

 お酒やツマミを提供してあげたのにこの対応! どうしてくれようか――

 

「あむあむ」

 

 目をキラキラさせながらチョコ食べる姿が可愛いので良し!

 今この瞬間、束ちゃんは本当の意味で年相応の表情を見せている。

 

「……あむ」

 

 悲しみと喜びが混ざった顔で三つ目を食べる。

 きっと今日はこれで最後だと決めたんだろう。

 篠ノ之束がチョコ一つでここまでコロコロと表情を変えるとは……よっぽど飢えてたんだね束ちゃん!

 もっと色々な表情が見たいが、そろそろ決め時かもだな。

 これ以上ダラダラと実験を続けても良い結果にならないだろう。

 この閉鎖空間の中でこれ以上好感度を稼ぐのは無理だ。

 少ない食料と閉鎖感によるストレス。

 これから先はきっと余裕がなくなる。

 エロゲ―して精神的平穏を保つにも限界があるし、ここらが潮時だ。

 

「束ちゃん、絶対に好感度が上がる裏ワザを思い付いたんだけど試してみない?」

「……お前の思い付きとか嫌な予感しかしないんだけど? さっみたいな変な案じゃないよね?」

 

 あっれー? なんでそんなに信用ないの俺。

 束ちゃんに信じてもらえないなんて悲しいぞ!

 

「束ちゃん……俺みたいなザコに警戒するなんて恥ずかしくないの?」

「むっ」

 

 分かりやすくイラっとした顔。

 さぁ乗って来い!

 

「別に警戒とかしてないし。試す時間が無駄だなっと思っただけだし」

 

 唇を尖らせる束ちゃんも可愛いなー。

 

「大丈夫、俺もそろそろ限界だから本気の提案です」

「……本気?」

「うん本気。証拠として失敗したら束ちゃんに残りの食料を全部提供しよう」

「……正気?」

「うん正気。だってこっから先は殺伐とした状況になりそうじゃん。互いに精神的な余裕がない状況で喧嘩なんて始まったら殺されるの俺だし……全部掛けてもいいかなって」

「なるほど」

 

 束ちゃんが少し考える素振りを見せる。

 俺にとっては束ちゃんとのドキドキ同棲生活だけど、束ちゃんにとってはメリットがない生活だ。

 きっと乗ってくるだろう。

 

「そこまで言うなら試してもいいかも。で、どんな方法?」

「束ちゃんの好感度を測定してる最中にくすぐります」

「……なんて?」

「くすぐります」

 

 束ちゃんがポカンと口を開けて固まる。

 そこまで衝撃的な意見かね?

 

「好感度の測定ってのは何を基準に図ってるかは知らないけど、楽しい状態で測定すればクリアできそうじゃない?」

「……おぉ!?」

 

 束ちゃんがポンと手の平を叩いて相槌を打つ。

 この反応を見るに俺の提案はアリと判断したのだろう。

 

「腕輪の内部を見れてないからどんな機能があってどんな測定法をしてるかは不明だけど、笑う事によってエンドルフィンを分泌させてアルファ波を発生させれば……あり得るかも!」

 

 これはお墨付きを貰いましたわ。

 どうすれば束ちゃんの好感度が上がるのかエロゲ―をしながらずっと考えていた。

 出た結論は一つ。

 ドーピングしかあるまいて。

 吊り橋効果から始まるベタな展開が俺にこの発想を与えてくれた!

 大事な答えはいつでも近くにあるのだよ。

 

「さっそく試す?」

「試そう!」

 

 らしくもなく素直で元気なお返事。

 よしよし、束ちゃんも乗り気でなにより。

 二人で仲良く腕輪を着けてノートパソコンの前に。

 俺のターンはスキップ。

 ナース姿の束ちゃんに合法的におさわりできる――結果は言わなくてもいいよね。

 そして束ちゃんの番。

 光明を見てウキウキしてる束ちゃんの背後にスタンバイ。

 はいバンザイして。

 ではでは――

 

「こちょこちょこちょ」

「あははははっ!」

 

 束ちゃんの脇腹はあったか柔らかいぜ!

 合法的にもみもみもみ!

 

「きゃはははっ!」

「もっと笑え! 笑いの感情に全てを委ねるのだ!」

「もうやめっ……あはははっ!」

 

 目じりに涙を溜めて笑う束ちゃん。

 こんなに喜び楽しんでるならきっと機械も騙せるはず!

 脇腹の感触は名残惜しいが測定スイッチオン!

 

『どぅるるるるる』

 

 鳴り響く束さんのドラム音。

 

『じゃじゃん!』

 

 結果はッ!? 

 

【束さん、好感度77、……不正の疑いアリ。クリア扱いにするけど後でお仕置きかな?】

 

 ……クリア…………した?

 

「束ちゃん!」

「うん!」

 

 互いに顔を見合わせて、ぺチンと手を空中で合わせた。

 




し「決め手はエロゲ―、実際に仲良くなる必要はない。機械を騙せればいいんだよ(キメ顔」)

た「ハイタッチした後に余りの恥ずかしさに赤面しながらプルプルしてた」


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たばねさんじゅっさい⑥

サンブレイクの怪異研究レベルが200になったので投稿。
八月まで暇になったので投稿頑張りますm(__)m





 

 10日で見事課題をクリア。

 余りの嬉しさにハイタッチした後に喜び叫んだが、その後は束ちゃんが我に返りテンションに身を任せた事を恥じて貸してたテントに引きこもったので昨夜は一時解散した。

 そして今日、11日目の朝は――

 

「残りの食料を全部使って心身ともに満足してから脱出しようと思います!」

「まぁいいけど」

 

 このまま、じゃあサヨナラってのはもったいない。

 いつでもこの実験を終わらせられる状況なので、ここでお腹いっぱいにして心身に余裕を持たせてから束ちゃんで遊ぶ!

 それが俺の目的である。

 束ちゃんも元に戻るより先に、まずはお腹を膨らませたいのだろう。

 

「じゃあこれが最後のコスプレね」

「ふぁっきゅん!」

 

 好き勝手にコスプレさせられるのもこれで最後かと思うと感慨深いな。

 最後のコスプレは基本中の基本――

 

「……なんか今までに比べて普通な感じでビックリ」

 

 セーラー服である。

 スク水に巫女服にナース服。

 様々なコスプレをさせたが、最後はやっぱり王道で!

 

「ところでなんでご飯に? たばねは急いで大人のたばねに戻る必要がないからいいけどさ」 

「お別れ会的な? 最後くらいお腹いっぱいで別れたいじゃん。束さんへの復讐の為に、このまま束ちゃんをギリギリまで飢えさせてから束さんに戻すのもアリかなって考えたけど、それは流石に束ちゃんが可哀想だしね」

「お前ってたまにエゲツナイ発想するよね」

「束さんの教育の賜物だね!」

「たばねの脳内の大人のたばねがが全力で首を横に振ってるんだけど? 絶対に天然モノだ!」

 

 天然とは失礼な。

 束さんを相手にする時だけだぞ。

 立派な養殖モノです!

 

 お米炊いて~冷凍してたお肉は焼いて~虎の子のインスタントカレーを湯煎して~同じく冷凍してた野菜はインスタント味噌汁にぶち込んで~

 

「はい完成。焼肉カレーとたっぷり野菜のお味噌汁!」

「朝から重い! だがそれがイイ!」

 

 束ちゃんの目がすんごいキラキラしてる。

 今ならくすぐらなくても好感度高そうだなおい。

 

「はぐっ! うまっ! あむっ! うまっ!」

 

 ガツッガツッと勢い良くカレーでほっぺをパンパンにする姿にほっこりする。

 では俺も――

 

「くっ!? 炭水化物と脂質が脳に染みるッ!」

 

 めっちゃ美味い!

 高価でも手間がかかってる訳でもないのに美味い!

 空腹が最大の調味料って本当だよね。

 

「ぷはぁー!」

 

 最後に水を一気飲みし、束ちゃんが満ち足りた顔でスプーンを置く。

 気持ちよく食べてくれて俺も嬉しいよ。

 

「もう満足?」

「否っ! たばねにはまだチョコがある!」

 

 そう言えばまだデザートがあったか。

 俺も久しぶりに満腹だけど、やはり甘味は欲しいと思う訳で。

 

「一個くらい――」

「断固として断る!」

 

 これもう空腹どうこうじゃないな。

 勝者の報酬を敗者に施す必要はないと、そう言ってるのだろう。

 単純に俺にあげたくないって理由ではないと信じたい!

 

「あ、コーヒー淹れて。ホットでブラックね」

 

 チョコをくれないのに自分は要求ですかそうですか。

 ブラックコーヒーとチョコは相性いいもんね! ほらよ!

 

「ご苦労」

 

 優雅にブラックコーヒーを飲む小学生。

 様になってやがる。

 

「あ゛ぁ~、久しぶりに脳ミソがフル活動してる。最近はめっきり思考速度が低下してたから嬉しいよ」

「脳を無駄に使うから糖質不足になるんだよ。俺みたいに日の八割を適当に生きてれば余裕があったのに」

「ちなみに二割の使い道は?」

「エロゲ―の攻略と束ちゃんと会話する時かな」

「その並びはなんか嫌だっ!?」

 

 束ちゃんとの会話はセーブ機能がないデスゲームをやってると同義だから仕方がないね!

 俺だって不本意なんだぞ。

 でも束ちゃんの前では油断=死!

 相対する時はこっちも全力なのです。

 

『……生きてる?』

 

 なんか気まずそうな顔で束さんが現れた。

 口を手で隠しながらオドオドしてる。

 

「どんな場面を想定して撮影したんだろ?」

「食材全部使ったんでしょ? 瀕死を想定してるんだろうね」

「なるほど」

 

 身も心もボロボロになって精魂尽き果ててる場面を想像して撮影してるのか。

 

 ――ジジッ

 

『おや? もしかして規定の好感度をクリアして勝利の宴の最中だったかのかな? おめでとうしー君!』

 

「なんか一瞬画像が乱れてセリフが普通になった?」

「たぶん体重や体脂肪を量って危機的状況ではないと判断して、別パターンの録画動画に切り替えたんじゃないかな」

 

 芸が細かいなおい。

 ここでまでくると何パターンのホログラムが用意されてるのか気になってきた。

 エロゲ―畑の人間としては、やはりCG全回収は基本な訳で……束さんに土下座したら全パターンくれるかな?

 

『ぶっちゃけしー君が五体満足なのにびっくり。やっぱり子供の私は精神面が弱点かな? ダメだよ私。しー君の戯言や挑発は無視してまずは殴る! それが正しい対応なんだから!』

 

「いやなにも正しくないんだが?」

「そっか……最初に様子見をしてたたばねが悪かったんだね。まずは殴ってどちらが上かを体に教える。それが馬鹿との付き合い方だったのか」

 

 ……なんだろう、束さんの言い分が正しい気がしてきた。

 確かに初手暴力でこられたらどうしようもなかったな。

 あれ? もしかして初手暴力が正しい対応なのか?

 

『そうだ、頑張ったしー君にご褒美を上げよう。よくぞ生き残った!』

 

 もしかしたら死ぬかもって考えはあったんだ?

 

『今は思う存分勝利の美酒に酔うがいいさ!』

 

 束さんのホログラムが消えてボトンと落ちてきたのは一本の缶ビール。

 ……束さん的には、ここまで頑張ったのに報酬がビール一本だけかよとか、そんなツッコミを予想してたのだろう。

 そんな場面を想像してほくそ笑んでこのビールを用意したのは間違いない。

 だが残念だったな束さん。

 想像してる俺のツッコミを聞くことはできないよ。

 だって――

 

「……ビール」

 

 この場に酒カスが二名いるからね!

 お前なぁ! 最後の最後で争いの種を仕込むんじゃねーよ!

 

「これ、俺のなんで」

 

 落ちてきた缶ビールに素早く手を伸ばす。

 

「まぁ待ちなよ」

 

 伸ばした腕が缶ビールに触れる寸前、束ちゃんが俺の手首を掴む。

 誰だよ束ちゃんに酒の味を教えたの! 俺だよ!

 こんな因果応報経験したくなかった!

 

「束さんの言葉を聞いてなかった? これは俺へのご褒美なんだけど?」

「え? そうなの? たばね全然聞いてなかった」

「は?」

「まったく! 聞いてなかった!」

 

 聞いてなかったていで押し通す気がコイツ!?

 そこまでしてビールが飲みたいのか酒カスが!

 

「これがお前のだって証明できる? できないよね? ならたばねにも所有を主張する権利はある!」

「……そこまでしてお酒が飲みたいの?」

「そこまでって何を指してるのはさっぱりだけど、飲めるなら飲むよね。水とお茶とコーヒーだけって飽きてきたし」

 

 ふむふむ、引く気はないと?

 しかし気に食わない。

 なにが気に食わないって、あくまで舌が寂しいから飲みたいからで、別にお酒が欲しい訳じゃないって感じがムカつく。

 

「気に入られないなぁ束ちゃん。酒好きならなぁ! ちゃんとお酒が飲みたいと正直に言えよ! 下手に誤魔化すとか酒飲みとしてカッコ悪い!」

「たばねはビールが飲みたい!」

 

 素直だとぉ!? 馬鹿なっ!? 束ちゃんがこんな素直なんて在り得ない!

 勝とうと脳内で用意してた言葉の数々はどうすれば?

 

「珍しく素直ですね?」

「うん。最後くらい気持ちよく終わりたいから、ここで無駄にお前の相手をしたくない」

 

 俺とやりあって負ければ最悪な気分のまま元に戻る事になるもんね。

 せっかくお腹いっぱいなんだし、気持ち良く終わりたいっての理解できる。

 

「だから半分よこせ。さもなくば殴る」

「それ脅迫では? えっ……もしてかして無能の俺程度に脅迫しちゃってる?」

「脅迫なんて人聞きが悪い。これは提案だよ。お互いに最後くらい気持ち良く終わりたいよね? ……ね?」

 

 最後のダメ押しの“ね?”を、拳を握りながら言わなきゃ完璧に良いセリスだった!

 ここにきて急成長だね! このタイミングの成長は嬉しくないよ!

 だが譲歩案を出してきたのはありがたい。

 殴られたくないので俺は素直に従うさ!

 せっかくのビールなのに常温なのは頂けない。

 かと言って冷蔵庫でゆっくり冷やすのは嫌だ。

 俺も束ちゃんも今すぐに飲みたいのだ!

 なのでボウルに水と氷、塩を入れてそこに缶ビールをイン! 手が冷えるのをグッと我慢して缶ビールをグルグル回す。

 手っ取り早く缶ビールを冷やすアウトドアテクニックである。

 

「こんなもんかな」

 

 缶ビールの表面を拭いてから温度を確認――良いキンキン具合だ。

 ジョッキを二つ用意してビールを注ぐ。

 

「ちゃんとピッタリ半分にね」

「もちろん。……よし、俺ながら中々な7;3ビールだ」

「7;3ビールて?」

「ビールと泡の黄金比のことだよ。瓶ビールではない美味さがあるのがジョッキビールにあるのさ。はいどうぞ」

「うむ!」

 

 久しぶりのビール。

 泡でさえキラキラ光って見える。

 束ちゃんと同時にジョッキを持つ。

 

「無事に生き残った事を祝って!」

「起きたら大人だった! クソ気に入らない同居人が居て疲れたけど珍しい体験だった事を祝って!」

 

 カンパーイ!

 

「ぐびぐびぐびっ」

「んぐっ」

 

 プハァー!

 

「美味い!」

「最高!」

 

 あ~心がぴょんぴょんするんじゃ~。

 幸せの味がする~。

 

「束ちゃん一気飲みかよ」

「ちみちみ飲むなんて情けない。量が少ないんだからここは一気飲みが正解だよ」

 

 立派な泡髭を着けて言いよる。

 だが言ってる事は正しい。

 なので俺も残りを一気に喉の奥へ。

 

「かぁぁぁ! うまっ!」

 

 口に付いた泡を腕で拭き取る。

 しかしどこに出しても恥ずかしくない酒飲みに成長してくれて嬉しいよ。

 束さんも飲むけどここまでじゃなかった。

 閉じ込められたストレスでアルコール神の信者になったのかも。

 

「束ちゃん、これからどうする?」

「んー、もうちょっとアルコールの余韻に浸りたい」

 束ちゃんが気の抜いた声でぐでっと仰向けに倒れてゴロゴロし始める。

 本当に立派な成長をしたな。

 このまま成長したら良き飲み友達になれそうだ。

 

「ねぇ束ちゃん」

「んー?」

「今から死ぬわけだけど……怖くないの?」

「言い方ァァァ!」

 

 ごろごろしてた束ちゃんが勢い良く起き上がった。

 

「言いたい事は分かるよ? うん、記憶を取り戻せば今のたばねが消えるって考えれば、死ぬって表現が近いのは分かる。だけどこのタイミングでぶっこんでくるかな普通!?」

 

 束ちゃん、渾身の長文ツッコミ。

 いやだってお腹いっぱいになったし、別れの酒も飲んだし、もうさよならの時間じゃん。

 聞きたいことは聞いておかないと。

 

「束ちゃんが普通を語るとか……ぷぷっ」

「笑う要素ないんだけど!?」

「で、どうなの? 束ちゃんくらい精神的がイっちゃってると死も怖くないの?」

 

 実は前々から聞いてみたかったんだよね。

 一度死んだ身としては気になるんだよ。

 俺は死にたくないと騒いだけど、束ちゃんはどう感じてるんだろう?

 

「どうと言われても……元に戻るだけで死ぬって訳じゃ……」

「いや死だよね」

「記憶が戻るだけでなにか変わる訳じゃ……」

「いや人格が消えるなら死だよね」

「……どうしてもたばねを殺したいみたいだね」

「いやだって死ぬのは事実だし」

 

 束ちゃんの全身をプルプルと震わせる。

 まさか束ちゃんにも死に対する恐怖が?

 

「いい加減ウザい! どんだけたばねを殺したいんだお前はっ! 元に戻る事に対する感想? 特にないよ! 今のたばねはたばねであってたばねじゃない! せいぜい未来の外の世界を見たかったと思う程度! どう!? これで満足っ!?」

 

 束ちゃんがふんがーと両手を上げながら怒りの声を上げる。

 そうかそうか、特になにも感じないと――

 

「なんだつまらん。精神の化け物は死に対する反応も退屈だな」

「つまらん!? 逆に聞くけどたばねにどんな反応を求めてたの!?」

「普通に怖がって欲しかった。死に対して恐怖する束ちゃんとそれを慰める俺。篠ノ之束ルートが解放されそうじゃん?」

「えっちなゲームばかりしてるから脳が腐ってるんだよお前っ!!」

 

 腐ってるとは失礼な。

 なんとか篠ノ之束ルートを開拓しようとしてる俺はただの開拓者。

 そう、フロンティア・スピリットの持ち主なのさ。

 なんて冗談だけどね。

 実際はホッとしてますとも。

 本気で死が怖いとか言われても、右往左往するしかないのが現実だろうし。

 どんなにエロゲ―で経験値を貯めようと所詮は童貞。

 本気で泣かれたらなにもできませんから!

 

「……よし」

 

 束ちゃんが立ち上がった自分のテントに中に入って行く。

 戻って来たと思ったらその手には大型のヘッドギアがあった。

 元に戻る装置じゃん!?

 昨夜に見事目標好感度を達成した時に天井から落ちてきたがあのヘッドギアだ。

 バイクのヘルメッドをごつくしたフォルムをしていて、被るだけで元に戻るらしい。

 

「この満腹感とビールの味が舌に残ってるうちに終わらせようと思う」

 

 そのヘッドギアをちゃぶ台の上に置いた束ちゃんからトンデモ発言が飛び出した。

 ほわい?

 

「いやいやいや! 流石にそれは情緒がなくない!?」

 

 二週間一緒に暮らして最後の別れがこんなグダグダじゃ締まらないよ!

 もっとこう……あるだろ?

 この奇跡的な同居生活、ただで終わらせるのはもったいない!

 

「まぁ待ってくれ束ちゃん。俺にいくつか案があるんだ」

「もう案がどうとかの時間は終わったよね? 今更なに言ってんの?」

「そのヘッドギア、少し改造してなんとか束ちゃんの人格を残す事はできないかな? 昼はおバカ可愛い束さん、夜はクール可愛い束ちゃん、それがとてもいいと思う!」

「それなんの提案っ!? ただのお前の欲望じゃんかっ!」

「それのなにが悪いッ!!」

「悪びれもしない!?」

 

 篠ノ之束ファンなら誰だって願う。

 昼はテンション高めで付き合いやすいおバカ可愛い束さん。

 夜はテンション低めでツンツンして塩対応なクール可愛い束ちゃん。

 欲張ってなにが悪い!

 

「……よし! 終わろう!」

「まぁまぁまぁまぁ!」

 

 再びヘッドギアを手に取る束ちゃんとそれを阻止する俺。

 まだ早い! もうちょっとだけ俺に遊ばせてくれ!

 

「まだ終わらせる気はないと!?」

「そんなに嫌そうな顔しないでよ。最後に真面目なお願いがあるだけだから」

「お~ね~が~い~?」

 

 超疑ってる~、嫌そうな顔のお手本の様な顔してる~。

 束ちゃんも表情豊かになってなにより!

 

「最後に素の束ちゃんに会いたいなって」

「素のたばね?」

「今の束ちゃんって演技してるでしょ? 束さんのホログラムを参考にしたんだと思うけど、最後は素の束ちゃんをお別れしたいなーってね」

「気付いてたんだ?」

「そりゃ気付くよ。拗らせ系女子の束ちゃんがそんなに明るいツッコミ役するわけないじゃん」

「言われてみれば確かにっ!?」

 

 ガラにもなく今も分かりやすく元気にツッコミしてるもんね。

 数日前から徐々に束さんに似てきたが、束ちゃんなりの俺に対する配慮だと思って余計なチャチャは入れなかった。

 お陰で付き合いやすいし、今みたいに安心してボケられる。

 まるで実家のような安心感だけど、最後なんだし素の束ちゃんが見たいんだよね。

 

「まぁいいけど……演技してる事に驚くとかないの?」

「人間が日常生活でキャラを使い分けるなんて当たり前だし、特には」

「それはそれでつまんないなー」

 

 なんだ驚いて欲しかったのか。

 でも人間なら人付き合いに合わせてキャラを変えるなんて普通だ。

 親と会話する時、友達と会話する時、会社の上司と会話する時、全て同じキャラで対応する人間なんていないだろう。

 いやごく稀にいるけど、それは希少例だから。

 

「で、これでいい?」

 

 束ちゃんの顔から表情からストンと消えた。

 そうそうこれこれ。

 目が死んでる束ちゃん萌え!

 ではさっそく――

 

 ふにふに

 

 静かな目で俺を見つめる束ちゃんのほっぺをつつく。

 

 ぺしん

 

 鬱陶しそうな顔の束ちゃんに手を叩き落とされた。

 お次は――

 

 なでなで

 

 束ちゃんの頭を撫でる。

 撫で心地最高だけど、うさ耳が邪魔で撫でにくいんだよね。

 

 すっ――

 

 嫌そうな顔の束ちゃんが頭を動かして手から逃げた。

 幸せだなぁ~。

 

「あぁもう可愛いよ束ちゃん!」

「うー!」

 

 抱き着こうとする俺の顔を束ちゃんが手で押し返す。

 このちょっと逃げる感じが可愛くて良し!

 もうこれ最後まで行っていいかな? いいよね?

 束ちゃんが消えるなら我慢する必要とかないよね?

 

「よっと」

「……なんで服脱いでるの?」

 

 変わらずガラスみたいな目で俺を見る束ちゃん。

 なんか手が震えてる気がするが……怒りで震えて……うん、気のせいだな!

 

「束ちゃん……処女のまま死んでいいの?」

「……は?」

「男を知らないで死んでいいのかと、そう聞いている」

「……馬鹿なの?」

 

 俺は真っ直ぐ、視線をそらさずに束ちゃんの目を見る。

 説得に大事なのは真摯に訴えること。

 

「いいかよく聞け。……異性を知らずに死ぬと後悔するぞ。絶対にな!」

「……コイツ……なんて澄んだ目で……」

 

 心に響くだろ?

 なにせ経験者の言葉だからな。

 

「束ちゃんだってもう小学生、異性の体に興味を持つ年頃だよね?」

「いや別に。生き物としての人類種は調べ尽くして7歳の時に興味失ったし」

 

 本当に素直じゃないな。

 10歳で人間の全てを知った気になるなんて早すぎる厨二か?

 ここは俺が一肌脱いで教えるしかあるまいて。

 

「だから束ちゃんが心置きなく消えれるように手伝おうかと」

「たばねの人生の中で最大の余計なお世話だよ!?」

 

 あ、感情が戻りやがった。

 天災なら天災キャラらしく感情を消しててくれないと困るなー。

 

「今はおバカ可愛い方は求めてないんで感情殺しくれない?」

「……言われなくても殺意に身を任せればすぐに感情なんて消えるよ」

 

 束ちゃんの顔からまだ表情が消えた。

 でもガラスの様な目じゃなくて黒くてグルグルしてる目だ。

 感情を殺せって言っただけで俺を殺せとは言ってないんだが?

 まぁいいや。

 どうせ束ちゃんとは今日限りだし!

 

「まずはハグからねっとりベロチューしよーね束ちゃん!」

「フンッ!」

 

 手を平げながら抱き着こうとしたら拳でカウンターされた件。

 おふっ……腹筋に拳が突き刺さってる感触が――

 

「な、なぜ……」

「単純に気持ち悪い」

 

 あまりの衝撃に前に倒れ込んだ俺に対してなんて冷たいお言葉。

 これ、はたから見たら上半身裸の男が土下座で謝ってるみたいだよね。

 童貞なのに特殊プレイの経験値だけ溜まっていくのな!

 

「一応聞くけど、どうしようもないよね?」

「ないね。ヘッドギアが溶接されてて分解は無理。こじ開けて壊れたら直せる保障はない。うだうだ考えてもたばねが消えない方法はないから、さっさと終わらせるのが時間の正しい使い方だよ」

「だよねー」

 

 痛むお腹を押さえてゴロゴロと転がる。

 ごろごろごろ……しゃーなしだよねー。

 考えてもどうしようもないのだ。

 束ちゃんと別れない未来なんて存在しない。

 転がるのを止めて天井を見上げる。

 結局のところ、俺は別れを惜しんでいるのだ。

 なんだかんだと軽口を叩くのも、別れを先延ばしにしたいから。

 そら二週間も共同生活を送っていれば情も湧きますよ!

 でもどうしようもない。

 だから覚悟を決めよう。

 

「最後のお願いがあるんだけど」

「最後のお願い多くない? 今度はなにさ」

「ちょっと俺の意識を刈り取って欲しい」

「……なんで?」

 

 視界の中にひょっこりと束ちゃんの顔が現れた。

 束ちゃんに見下ろされるのクセになりそうだ。

 

「だって友達が死ぬ瞬間なんてみたくないし」

「へー? 意外と可愛いセリフ言うんだね。たばねには微塵も理解出来ないくだらない感情だけど」

「お前みたいな精神人外の人でなしに、俺の友を想う涙はもったいないって言ってるんだけど?」

「低能が何かから逃げるのはよくある事だけど……お前、面白い逃げ方するね」

「寝て起きたら全部終わってるって楽でいいよね」

 

 束さんが失踪する時にもやった方法だけど、これが本当に楽。

 悩もうが悲しもうが結果は変わらないなら意識なんて飛ばしてしまえ。

 俺は男のプライドに掛けて束ちゃんの前で涙など見せんッ!

 

「別にお前の涙なんて要らないからいいけどさ」

「ぐえっ」

 

 束ちゃんが俺の首を掴んで持ち上げる

 

「少なからずムカついてるから優しくしないよ?」

 

 首を掴んでる握力が徐々に強まる。

 苦しむ俺の顔を見て束ちゃんが薄っすらと笑った。

 ここにきてSに目覚めるとか!?

 あれ? 今もしかして小学生に首絞めプレイされてる?

 特殊プレイの経験値だけカンストしそうだな!

 だけどお望み通りの苦痛に苦しむ顔を見せるのはつまらん。

 最後は笑顔で終わらせたいよね。

 手を伸ばして束ちゃんの頭を撫でる。

 

「束ちゃん。俺、実は結構悲しいんだ」

「うん?」 

「これでもそれなりに仲良くなったつもりなんだよ? でも俺は結局束ちゃんの“特別”にはなれなかった。それが残念でしょうがない」

 

 本当にね。

 後半は束ちゃんもノリノリでツッコミ役してたけど、それでも好感度は低い訳で……正直悲しかった。

 

「せっかく束さんと違って拠り所を持たない無垢な状態なんだから、なんとか心の隙間に入り込んで依存させれば依存系ストーカー義妹とのラブラブ生活が実現するんじゃないかと期待してたのに」

 

 篠ノ之束ルートに入るには、束さんが千冬さんに出会う前に篭絡するのが一番の方法だと思う。

 そう考えてた時期もありました。

 

 ギリッ

 

 あ、握力が少し強まった。

 

「二週間近く共同生活してこれだけ頑張っても懐いてくれないんだもん……束ちゃんは困った義妹だよ」

「勝手に妹扱いするな。虫唾が走る」

 

 ギリリッ

 

 更に握力が強まった。

 出来るだけ苦しめたいですね分かります!

 

「たばね……ちゃ……ん」

 

 圧迫された喉から枯れた声が出るが我慢だ。

 

「俺は本当に束ちゃんを……妹のように……」

「この状況でそれだけ戯言を言えるのはある意味凄いね。でもたばねはお前の言葉になんの価値も見いだせないから黙ってくれないかな?」

「また……あおう、ね」

「――ッ」

 

 最後は喉が締まる苦痛に耐えながら笑顔を見せる。

 束ちゃんの瞳が大きく広がる。

 少しは別れのシーンに相応しい絵になったかな?

 はいじゃあシリアスをぶち壊しまーす。

 

「あへぁ」

 

 アへ顔ダブルピースをしてやった。

 女子小学生に首を絞められながらのアへ顔晒し!

 バーカバーカ! 誰が苦しむ顔なんて見せるかバカ野郎!

 死に顔見せるには好感度が足りないんだよ!

 俺はこんなに悲しいのに、束ちゃんは何も気にせず俺の事を記憶から消すなんて許せないよねぇ!?

 刻んでやる! 俺の存在を束ちゃんの魂に刻み込んでやる!

 

 ギリッ!

 

 首を掴む握力が一気に強くなった。

 怒ってるの? おこなの束ちゅん?

 所詮お前は感情を殺しきれないお子ちゃまなんだよ!

 あはははははっ……あ、意識飛びそ。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 男の目を見た瞬間、つまりこれは挑戦なのだと、そう思った。

 足元に倒れるこの男は、自分がたばねにとって取るに足りない存在で、非日常の空間の中だから辛うじて意識されていると、そう理解していたのだろう。

 仲の良さが脱出のカギだから、たばねは大人のたばねの性格を真似て付き合いやすい様にしてあげた。

 表面上はそれなりの付き合いに見えただろうけど、心の中は冷えたままだ。

 それは昨日までの好感度が証明している。

 どんなに会話を交わそうと、どんなに普通の友達の様にふざけようと、たばねにとってこの男は“特別な個人”にはなり得なかった。

 それを理解してるから、この男はたばねに挑戦した。

 たばねの記憶に自分の存在を刻んだら勝ち、なんて自分ルールでだ。

 改めて男の顔を見下ろす。

 

「――――」

 

 白目で無言。

 両手はピースの状態を維持したまましっかりと意識を失っている。

 正直に言おう。

 

「やられたっ!」

 

 妹の様に思ってたとか、また会おうとか、そなんくだらないセリフを聞いた瞬間、たばねの中でコイツの価値はどんどん下がっていった……そこからまさかのアへ顔!

 たばねだってアへ顔がどんなものかは知っている。

 まさかこの場面でたばねに喧嘩売って来るとか……これはやられた!

 目を閉じてもこの生き物のだらしのないアへ顔を思い出せる!

 だめだ……今までの人生の中で一番使い道がない記憶が脳ミソに刻まれてしまった。

 

「……そう言えば踏まれたがってたね」

 

 足の男の顔を踏む。

 そのままグリグリと動かし気持ち白目を閉じさせる。

 うん、少し気が済んだ。

 男の首に掛かっているISに少し意識を奪われるが……やめとく。

 調べたい好奇心はあるけど、元に戻れば意味はない。

 ここはさっさと記憶を戻すに限るけど――

 

「このままじゃ許せないよね?」

 

 誰を許せないのか。

 もちろん大人のたばねである。

 実験は大切だ。

 自分でやる分にはいいだろう。

 だけどなんでたばねが苦しまないといけないのか!

 うんうん凄いよ。

 体は大人なのに、自分を小学生としてしか認識できない今の状況は本当に凄い。

 しかも長期に渡って記憶を取り戻さないのが更に凄い。

 脳へのアプローチとしては最上の結果だろう。

 でもそれを納得できるかは別問題。

 なので大人のたばねには少し痛い目を見てもらう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなもんかな?」

 

 復讐の準備が終わったのでちゃぶ台の前に座る。

 二週間近く定位置だったから、ここから見える景色もすっかり目に馴染んでしまった。

 せっかくの未来なのに、断片的な情報しか得られず外にも出れない。

 苦痛に満ちた時間だったけど、それももう終わりだ。

 ……結局、なにがあって大人のたばねがバグったのか不明だけど、それは知るのも怖いからいいや。

 未だに床に転がっている男に視線を向ける。

 ふふっ、目が覚め時にたばねに感謝の涙を流すがいいさ。

 

「さよらな自称友達。後は大人のたばねと仲良くね?」

 

 ヘッドギアを装着する。

 視界いっぱいに光の三原色が点滅し、耳元からたばねの声が聞こえた。

 

『おかえり私。やっぱり体を乗っ取ってそのまま生きる選択肢は選ばなかったね』

 

 当たり前だよね?

 だってたばねはたばねじゃない。

 このまま残るなんて考えは初めからないに決まっている。

 むしろさっさと消えたくて仕方がないよ。

 

『やり残した事はないかな? もう後戻りはできなけど覚悟は出来てる? って聞くだけ無駄か。さっさと終わらせろって感情がひしひしと伝わるよ』

 

 分かってるなら早くして欲しい。

 こっちはもうこの退屈な時間を終わらせたくてしょうがないんだから。

 だからさっさとたばねの脳内からアへ顔を消せっ!

 あぁもう本当に無駄な記憶ばかりだ。

 あの男に初日からいい様に引っ掻き回されたのが全ての始まりだった。

 コスプレさせられたりハイタッチしたり馬鹿みたいツッコミしたり! こんな恥ずかしい記憶は全部大人のたばねに押し付けて消えたい! 

 

『問題ないようなら始めるね? 今までご苦労だったね私!』

 

 光の点滅が激しくなり、思考が愚鈍化していくのを感じる。

 そうだねご苦労だったね。

 だからお前も苦労するんだよ!

 まぁ子供の可愛い仕返しだから……わら…って……ゆる…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んおっと」

 

 ヘルメッドを外して鈍い頭痛を振り払う為に頭を振るう。

 んー? 個人的には実験開始から数秒後の世界だけど……地面で倒れてるしー君を見る限りちゃんと子供をやってたみたいだね。

 漫画とかの記憶喪失は覚えのない記憶が一気に蘇って苦しむシーンがあったけど、どうやら違う様だ。

 最初の頭痛は脳に負担を掛けた影響かな? まぁ気にするほどのダメージじゃない。

 そして記憶だけど――

 

「これは面白い結果だね」

 

 自分の中にある覚えがない記憶。

 その時なにを想いどう感じたのか、感情や記憶をしっかりと思い出せる。

 映画の様……は違うか。

 小説かな? うん、まるで一人称の小説を読んだ感じだ。

 そして残念ながら子供の私が経験した事は大人の私には関係ないらしい。

 当時感じたしー君への怒りも今の私にとっては他人事。

 ふむふむ、これは貴重な実験結果だね。

 記憶が連続するが、感情は伝播されないと。

 

「ん……」

 

 おっといけない、しー君が目を覚ました。

 思考を飛ばすのは後回しだ。

 まずは――

 

「長めに眠れ」

「くぺ!?」

 

 しー君の首をコキュっと回して眠らせる。

 そんでもってしー君が頭に被っているブラジャーを回収っと。

 やれやれ、子供の私にも困ったもんだ。

 

「スク水+ランドセル+セーラー服+ニーソックス+ネコ尻尾+メガネ+ツインテとか属性盛りすぎだよねっ!?」

 

 あぶっな! 今のは危なかった!

 しー君の起きるタイミングがもう少しタイミングがズレてたら、しー君にこの恥ずかしい格好を目撃されてたよ!

 記憶を見るに、いい様に使われた復讐みたいだけどやる事がエゲツナイ!

 しー君の頭にパンツ被せようとして、それは流石に恥ずかしいと思った子供の私は悩んでブラジャーにしたみたいだけど、そこは悩むとこじゃないから!

 ぐがががっ! 子供の私め! まさか着用中のブラをしー君に被せるとは……くそ! 自分がやった訳じゃないのに無性に恥ずかしいよこれ!

 しー君を起こすのは着替えて身綺麗にしてからだね!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「よし元通り!」

 

 いつもの服を着こんだ私に隙はない!

 これでやっとしー君を起こせるね!

 

「起きろ」

「きゅぺ!?」

 

 もう一回首を回してしー君を起こす。

 首を絞められた鳥の断末魔ってこんな感じなのかな?

 

「うぅ……俺」

「おはようしー君。よく眠れた?」

「……束さん?」

「久しぶりだねしー君」

 

 しー君は目をパチパチさせてからのっそりと立ち上がった。

 

「んー?」

「どうかしたの?」

 

 起き上がったしー君はまだ脳が動いてないのか、鼻をひくつかせて周囲を見回す。

 

「なんか匂いが……」

「匂い?」

「フローラルな? 香水? なにか分からないけど良い匂いが――」

 

 そっかそっか、良い匂いがするのか。

 クンクンと匂いを嗅いでるからよっぽど良い匂いなんだね。

 しー君の頭を掴んでシンクにイン!

 蛇口を回して洗剤を頭にイン!

 

「ちょっ!? なにを!? ぶはっ!?」

 

 あのねー、その匂いはねー、束さんの残り香なのー。

 お前が嗅いだのは! 強いて言うなら私の胸の谷間の匂いなんだよ!

 消去を! 一刻も早く匂いを消さなければ!

 手足をバタつかせて抵抗するしー君の頭を洗剤で洗い流す。

 もうそろそろ大丈夫かな。

 しー君を解放してタオルを投げつける。

 

「匂いはどう?」

「……洗剤の香りに包まれてます」

 

 だろうね。

 よし、匂いの元には気付かれなったかみたいだ。

 

「なんで急に俺の頭を洗い始めたのは知りませんが、おかげで目が覚めました」

「それはなにより」

「で、束さんだよね?」

「束さんだよー?」

 

 しー君の前で手をひらひらと振ってみる。

 これは挑発だ。

 しー君が子供の私に頼んで気絶させられたのは知っている。

 で、その理由なんだけど……しー君の性格を考えるに別れが惜しくなったのだろう。

 明らかに子供の私に対して情を持ってたから、いざ消えるとなると自分が邪魔するかもって杞憂があったんだね。

 いやー、しー君てば可愛い性格してますな!

 

「束さん」

 

 しー君が手を伸ばして私の頬を撫でる。

 本当に戻ってるかの確認タイムかな?

 

「……払い除けない」

 

 次は手を伸ばして頭を撫でてきた。

 抵抗せずに好きにさせてみる。

 

「……嫌がらない」

 

 なんかどんどんしー君のテンションが下がっていくんですが?

 久しぶりの再会なのにその反応は失礼では?

 

「じゃ、帰ります」

「え゛?」

 

 しー君が背を向けて部屋ドアに向かう。

 なんか想像してた反応と違う!?

 

「あの、しー君? もう少しお話ししよ?」

「いえ、早く帰って束ちゃんのお墓を建てないといけないんで」

「お墓っ!? 死んでないよ!? 篠ノ之束はしー君の目の前でピンピンしてるよ!?」

「は?」

 

 しー君が振り返り私に顔を向ける。

 その目は赤く染まり、今にも泣きそうだった。

 

「束ちゃんは居ないもう死んだ!」

「束ちゃんも束さんも同一人物なんだけど!?」

 

 目がマジだ!?

 しー君の中では私と子供の私は別物扱いになってやがる!?

 これは想定外だ。

 えーと、えーと、なんとか正気に戻さないと――

 

「ほ~ら、しー君が大好きだった子が成長した姿だよ~?」

「うっせぇ年増」

 

 

 

 

 

 

 

 

ドカッ!

 

 

       グシャ!

 

 

              バキッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、実験結果をまとめながら録画映像も見ようかな。記憶はあるけど映像で見ると面白さも変わるもんね」

 

 

 あ、でもその前にお風呂入らなきゃ――

 

 

 この汚い血を洗い流さないと不衛生だもんね?

 

 

 




〇うっせぇ年増

 闇落ち系天才少女を義妹にしたかった男の魂の叫び

〇ドカグシャバキ

 殴られ潰され折られた


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卒業旅行(前)

熱さのせいかプレステのハードディスクが壊れた。
俺のモンハンのセーブデータどこ? ここ?
600時間が無に帰して変な笑いがでたわ(白目)
なおバックアップ等はないので救いはない模様。

もう一回遊べるどん!(ヤケクソ)



「神一郎さん!」

「ん? あ痛っ……」

 

 小学生軍団に混ざって帰宅中、校門近くで後ろから声を掛けられる。

 後反射的に振り返ってしまった為に脇腹がズキリと痛んだ。

 

「まだ治らないんですか?」

「どうにも治りが悪くてね」

 

 脇腹を手で押さえる俺に一夏が心配そうに寄って来る。

 俺も早く治したいんだが、これがそうにもいかんのだよ。

 

「一夏! 先に行くことないじゃない!」

「あ、リン。ごめん」

 

 一夏の後ろからリンが合流。

 お前ねぇ、女の子を置いて先輩の尻を追いかけるなよ。

 そんなんだからホモ疑惑が消えないんだぞ。

 

「あ、シン兄じゃん。ケガ治ったの?」

「まだだよ」

「まだなんだ。それにしても新年早々ケガで休むなんて、シン兄は運がないわね」

「まったくだ」

 

 新年早々に束さんに拉致られて密室に長期閉じ込められ件は、ケガで休んだ事になっている。

 この脇腹の痛みの原因でもある肋骨のヒビも、その時に負ってしまったもの――と嘘をついて誤魔化した。

 真実は束さんを怒らせた結果なんだけどね!

 あの野郎、俺の脇腹に殴ってヒビを入れたあげく、それを絶妙に完治させないのだ。

 動けない程の痛みではなく、日常生活の多くの場面で痛みを感じ、しかしその痛みは一瞬だから我慢できる。

 絶妙な嫌がらせだよ! これでもかって悪意に満ちてる仕返しだよ!

 

「ねぇねぇシン兄」

「うん?」

「ちょっと命令があるんだけど」

「……命令?」

「そう、命令」

 

 くいくいと指でこっちに来いと呼ばれる。

 リンみたいな生意気な女子小学生にそなん事されると……ちょっと嬉しいものがある!

 うーん、束ちゃんの一件で目覚めたか?

 

「一夏はそこで待ってなさい!」

「え、うん」

 

 素直か! リンの行動に疑問を持ちつつもちゃんと待つのな!

 

「で、なに?」

「ちょっと耳貸して」

 

 一夏から少し離れた場所でリンが顔を寄せてくる。

 内緒話は大好物です!

 

「去年を色々振り返って少し思った事があるの」

「ほうほう」

「あれ? シン兄と遊んだ記憶があんまりないな――ってね」

 

 俺はよくリンの両親がやっている中華料理屋に行くし、学校帰りの時間が合えば一緒に帰る。

 でも週末は一人で遊びまわってるから……遊んだ記憶が少ないと言われればそうだな。

 もしかして俺が卒業する前に遊びたいって言ってるの?

 可愛いところあるじゃないか!

 

「一夏とはキャンプとか海とかに行ったらしいじゃない……幼馴染と一緒に」

 

 鋭い眼光を向けられた瞬間に全てを悟った。

 これは……一夏と自分を遊びに連れて行けと強請られている!?

 気持ちは分かる。

 一夏の事だから特に深い意味もなく昔話をしたんだろう。

 凄く楽しかったと目を輝かせながら語ったのだろう。

 だから自分も一夏との思い出が欲しいと……。

 

「リン、俺の使い方は覚えてるな?」

「シン兄ももう卒業でしょ? だから思い出が欲しいの」

 

 胸の前で両手を握り締めながらの上目使い!?

 即座にその対応ができるとは……流石は未来の国家代表候補。

 判断力の高さは強さの証だ!

 こうまでされては俺も動かざるを得ない。

 これで動かなければ男が腐る!

 

「なら今週末に温泉でも行く?」

「流石はシン兄!」

 

 目をキラキラさせながら腕にしがみ付くリンちゃん萌え。

 これだけ素直に喜ばれるとおじさん嬉しいぞ。

 

「ってな訳で一夏、週末に温泉行こうぜ。少し早めの卒業旅行だ」

「唐突っ!? って神一郎さんはいつも唐突か」

「ケガにはやっぱり湯治だよね。子供三人で思い出旅行と行こう!」

「……子供三人?」

「ん? 誰か呼ぶ? 知らない人間が加わると気が休まらないんだけど」

「えっ、その……千冬姉は……」

 

 千冬さんはなー。

 俺と仲違いしてる設定だから誘うのはちょっと。

 かと言って一夏に、俺が嫌いだから呼ぶななんて言えないし……でも一応、一夏に配慮して声掛けだけはしとくか。

 

「千冬さんは仕事が忙しいと思うけど、確認してみるか」

「お願いします」

「先に言っておくけど、千冬さんの予定に合わせる気はないからな」

「それは……仕方がないですよね。千冬姉は忙しいから。でも聞くだけ聞いてもらえると嬉しいです」

 

 学生は帰る時間だけど社会人はバリバリ仕事中だ。

 なので俺はニコニコ笑顔で電話するぜ!

 

『……もしもし』

 

 第一声がここまで不機嫌な事ってある?

 まぁ俺からの電話なんて嫌な予感はしないよね。

 

「もしもし千冬さん、突然なんだけど週末に一夏を温泉に連れて行きたいんだけどいい?」

『温泉だと?』

「千冬さんは行けます? いや普通に仕事ですよね? 残念だけど一夏だけ連れて行きますので」

『私も行こう』 

「なんて?」

『私も行くと言った。週末だな? 休みを取っておく』

 

 この声はかなり疲れてる声ですわ。

 そして俺の温泉発言に脳を焼かれた様子ですわ。

 でも千冬さんの参戦はちょっと――

 一夏に聞こえない様に背を向けて声を落とす。

 

「近くに誰か居ます? 聞かれたくない話があるんですが」

『いや誰も居ない。この通話は安全だ』

 

 遠回しに盗聴の確認したけど問題ないらしい。

 ならば安心して本音を語ろう。

 

「千冬さんが来ると束さんが湧いてきそうなんで遠慮してください」

『断る。私もたまには一夏に家族サービスを、と考えていた所だから丁度良い機会だ』

「いやそれは暇な日に二人でやれよ。今回は俺も休みたいので邪魔されたくない」

『そう言えばケガで学校を休んでだあげく、今でも肋骨にヒビが入ってるらしいな? どんな馬鹿をしたんだ?』

「密室に軟禁されて実験に無理矢理付き合わせられ、色々あって最終的に叩き潰されました」

『……どんな色々があってそうなるんだお前らは』 

「そんな訳で自分はゆっくり休みたい」

『そうだな、私も11日連続勤務でそろそろ休みたい』

「……労働基準法とかないんですか?」

『社会の中で発言力を得る為には多少の無茶は必要なんだ』

「だからって無理にこっちに混ざらんでも」

『一夏と二人で旅行に行って束に邪魔されたら嫌だ。お前が居れば押し付けられるだろ?』

 

 こんにゃろあっさり言いやがった。

 もし温泉旅行に束さんが現れたら千冬さんと壮絶な押し付け合いが発生しそうだな。

 だが束さんなら千冬さんに粘着するはず。

 この戦いは圧倒的に俺に有利!

 

「来てもいいですけど、休み取れるんですか?」

『そこは安心しろ。モンド・グロッソ以降は忙しすぎて周囲に心配されている。幸い週末はテレビや取材などは入っていないから、急に休みが欲しいと言っても許されるさ』

 

 それでいいのか社会人。

 でも今回は許されそう。

 人気者も大変だな。

 

「足の伝手あります? なければ俺がレンタカーでも借りてきますけど。運転はゴールドの俺に任せて安心してください」

『それはやめろ。ふむ、政府の人間に頼んでみるか。多少の頼みなら通るから問題ないだろう』

「んじゃ足はお願いします。土曜の朝に集合、昼は宿泊地の近場で名物、早めにチェックインして温泉を堪能。そんな感じの流れでよかです?」

『それでいい』

「もろもろ了解です。ではまた」

『あぁ、宿は頼んだ』  

 

 千冬さんとの通話を切って一夏達に振り返る。

 そしてグッとサムズアップ。

 

「千冬さん来るって」

「本当ですかっ!?」

「うん、丁度休みを取ろうとしてたみたい。たまには一夏と旅行も良いだろうってさ」

「そっか、千冬姉も来れるんだ」

「良かったわね」

 

 嬉しそうにはにかむ一夏の肩をリンが優しく叩く。

 姉弟と温泉でそこまで喜べるの? って思うけど、これが一夏がモテる秘訣なんだろうな。

 だってリンが慈愛の表情で一夏を見てるんだもの!

 普通の男ならシスコンかよで終わるけど、それで終わらないのがハーレム主人公クオリティ!

 

「詳しい日程はメールで送るから。それとリンはご両親にちゃんと許可を貰ってね。ダメそうなら俺からも頼むから連絡くれ」

「了解です」

「大丈夫だと思うけど、その時は頼んだわよシン兄!」

 

 よーし、脇腹の痛みを忘れるくらいテンション上がってきたぞ。

 千冬さんが居るから人が少なく隠れ家的な宿か、または離れを借りるか……こうやって悩むのさえ楽しい!

 

「今から楽しみだな!」

「はい!」

「えぇ!」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「ではまた朝にお迎えに上がります」 

「よろしく頼む」

「「「ありがとうございました!」」」

 

 宿の前で荷物を降ろし、車に乗り込む黒服さんを手を振って見送る。

 この黒服さん、先代運転手のグラサンと違って一切こちらに関与してこない。

 昼飯の時も車から降りず食べ終わりを待っていた。

 プロ意識の塊の人だ。

 終盤こそ慣れた様子だったが、朝は一夏もリンも接し方が分からず気まずい雰囲気だった。

 早々に馴染んだグラサンの人柄って凄いんだなぁと思ったよ。

 

「ほい、こちらが予約した宿でーす」

「「おぉぉ~!」」

 

 一夏とリンはしっかり喜んでくれるから嬉しい。

 年上に好かれる性格してるよ!

 

「良い雰囲気の旅館だな」

「千冬さんの為に温泉付きの部屋で部屋食にしました。期待してください」

「それはありがたいな」

 

 流石に千冬さんを大浴場と会場食の場に放り投げるのは可哀そうだからね。

 受付でチェックインの手続きをして中居さんの案内で部屋に案内される。

 

「こちらがお部屋の鍵になります。どうぞごゆっくりお寛ぎください」

「ありがとうございます」

 

 代表で鍵を受け取り、片方の鍵を一夏に手渡す。

 

「じゃあ一夏とリンはそっちの部屋ね」

「……え?」

「……っ!?」

 

 ぽかーんとする一夏の横でリンが赤面して硬直する。

 息してる? しっかりしろリン!

 

「あの、神一郎さんはどうするんです?」

「俺はこっちを千冬さんと使うから」

「なんで神一郎と千冬姉がっ!?」

「いやなんでと言われても……お前、俺とリンを同じ部屋にする気か? それはリンが可哀そうだろ。リンは俺と一夏、どっちが信用できるよ」

「そそそっれはもちろん一夏よ!」

 

 うんうん、狼狽えながらもしっかり意見を言えて偉いぞ。

 千冬さんの反応が怖かったが、無言な所を見ると否はない様子。

 

「……むむ」

 

 これはあれだ、弟と一緒の部屋がいいけど、だからって小学生の恋路を邪魔するのはちょっと大人げないし――みたいな葛藤してますね。

 

「なら普通に千冬姉とリンでいいんじゃ……」

「千冬さんと一晩一緒とか、それはリンが心休まないだろ。ねーリン」

「一晩一緒は……流石に……」

 

 リンの複雑な気持ちは分かるよ!

 人に飼われて慣らされてる猛獣だからって、安心して同じ部屋に居られるかって聞かれたらそんな顔になるよね!

 

「ってな訳で一夏、この組み合わせが一番平和なんだよ。それともリンと一緒だとダメな理由でもあるのか? もしかして恥ずかしい?」

「そ、そんな事ないですよ! 俺は別にリンと同じ部屋でも別に……っ」

 

 照れ隠しなんだろうけど、後ろでリンが手をバキボキ慣らしてるから発言には気を付けようね?

 

「大丈夫ってなら問題ないな。んじゃ晩ご飯まで時間はあるし、後で合流しよう」

「はーい、ほら行くわよ一夏」

「あ、ちょ、リンまっ――」

 

 リンが笑顔で一夏を引っ張って行く。

 

 ぐっ!

 ぐっ!

 

 一瞬振り返ったリンがサムズアップしてきたの俺も返す。

 楽しんでおいで。

 

「んじゃ行きますか」

「そうだな」

 

 千冬さんと一種に部屋に入る。

 内装は八畳の和室、外の景色が素晴らしい一室だ。

 まるで池付きの日本庭園だが、池に見えるのが温泉なのだ。

 外からは木々に囲まれてるから見られないし、温泉の設置場所は室内から見えない場所にある。

 これならラッキースケベは発生しないな。

 さて、荷物を降ろしたらまずはお約束だ。

 まずは速攻で浴衣に着替える!

 千冬さんの視線など気にせずパンツ一枚になって浴衣を装備!

 そしてお茶の準備だ!

 

「千冬さんもお茶飲みます?」

「貰おう」

 

 浴衣姿でお茶を飲みつつお茶請けを食べる! これぞ旅館の部屋に入ったらするべき最初の儀式!

 あ、うまっ。

 このお茶すげー美味いわ。

 流石お高い宿。

 お茶請けは地元のお土産用のだけど、これも十分美味しい、

 

「神一郎?」

「ふぁい?」

「まずは饅頭を飲み込め。お前、なんの目的で私と同室にした」

「んぐ。理由ですか? リンの応援と束さんへの嫌がらせですね」

「応援は分かるが、嫌がらせだと?」

「俺の肋骨、今ヒビが入ってるんですよ」

「らしいな」

「やったのはご存じ束さんです」

「だろうな」

「束さん、俺が千冬さんと同じ部屋に泊まったなんて聞いたら……どんな顔するでしょうね?」

「なるほど、命を懸けた全力の嫌がらせか」

 

 確かにただでは済まないだろう。

 俺だって無事に済むとは思っていない。

 だけど泣かしてやりたいじゃないか!

 束さんの情緒を滅茶苦茶にしてやりたんだよ俺は!

 

「私を巻き込むなと言いたいが、学校が始まっているにも関わらず拉致などするのはな……」

「もしかして同情してくれてます?」

「流石にな。束はなんだかんだでお前に深い傷を負わせてこなかった。ここで少し言っておかないと暴力に歯止めが効かなくなるのではと、そんな懸念がある」

「あー、一度やっちゃうと二度目のハードルは低くなりますもんね。骨折は一度させられてますけど、あれは俺が強要したもので束さんの意思ではないですし」

 

 身近なものだとお酒やタバコ。

 始めの一回ドキドキだけど二回目は楽なもんだ。

 それ以外だと暴力とか麻薬だね。

 一度やると二回目には簡単に手を出しちゃう。

 それを考えると……怖いな。

 今まで以上に容赦のない暴力が俺を襲うのか。

 

「だからだ神一郎」

「はい?」

「今ここで、束への不満をぶちまけろ」

 

 なう? それって……まさかもう居るのか?

 もちろん俺は今回の旅行の件は束さんには言っていない。

 だが束さんなら先回りしてておかしくないな。

 旅館の予約もパソコンからだったし特定余裕だろうし。

 

「俺、たまにサウナ行くんですよ」

「ほう、初耳だな」

「しかも温泉宿のサウナとかじゃなくて、駅前のサウナなんですよ」

 

 サウナは好きだけど、わざわざ遠出してまでは……でも入りたい!

 そんな気分の時は駅前のサウナがとてもありがたい。

 

「仕事終わりのサラリーマンが集まるサウナってどんな場所だと思います?」

「私は行った事がないが……みんな無言で温まってるのではないのか?」

「水虫の温床になってるんですよ」

「……なるほど。暖かい環境と水気、一日中靴を履いたまま働く人間が多く出入りするとなるとそうなるか」

 

 バスマットとか水虫菌がどれだけ付着してるのか……想像するだけで怖くなる、

 でもそれでも行っちゃうのがサウナの魅力なのだ。

 

「そんなサウナに行く俺が週末は束さんの近くに居る。分かりますね?」

「おいまさか――」

「そう…………篠ノ之束は水虫持ちなんです!!」

 

 ガタゴトガタンッ! ガラッ!

 

「風評被害っっっ!!!!」

 

 押入れから束さん登場。

 本当に居たよ。

 

「帰れ水虫」

「近寄るな水虫」

「唐突の登場に対しまさかの切り返し!? これただのイジメだよっ!?」

 

 拒否反応を示す俺と千冬さん。

 束さんは泣いた。

 

「ってかマジで帰れ。呼んでないんだから察してよ。今日はゆっくり休みたいんで邪魔しないでください」

「帰れ束。たまの一夏との休日を邪魔するな」

「……うぎゅ」

 

 束さんは涙を流しながら固まってしまった。

 そんな束さんに近付き、体半分を押入れから出している束さんを押し込む。

 

 パタン

 

 そのまま襖を閉めた。

 

 シクシク、シクシク

 

 押入れから泣き声が聞こえてくるが、このまま封印でいいだろう。

 千冬さんと同室だから初手で殺しに来ると思ったが、運良く勢いを殺せてラッキーだ。

 

「お? 一夏から温泉行きましょうってメール来たんで行ってきますね」

 

 ケータイの着信音が鳴ったので手に取ると一夏からのお誘いメールだった。

 いや温泉なんて自分が好きなタイミングで入れよ――と思ってしまうのは心が汚れた大人の発想!

 一夏と一緒に入って若い心を取り戻すのだ!

 

「私も行くか。内風呂もいいが大浴場にも興味がある。この時間なら人もすくないだろう」

「露天とかサウナは魅力的ですもんね。楽しむなら今がチャンスでしょう」

「よし、そうと決まれば」

 

 千冬さんがいそいそと備え付けの冷蔵庫にビールを並べる。

 楽しんでくれてる様でなにより!

 

「俺のもついでにお願いします」

「よこせ……プレミアムとは生意気な」

 

 千冬さんが手渡した俺のビールをジッと見つめる。

 俺が用意したのはちょっと良いものだ。

 値段的に千冬さんが用意したビールより……うん、お高い。

 

「後で交換しません? 軽くて飲みやすいビールと、どっしりしたうま味のビールって美味さのベクトルは別だと思うんですよ」

「その意見には賛成だ。風呂上がりなら軽い方がいいが、ゆっくり楽しむなら後者だからな」

 

 契約成立。

 俺と千冬さんはがっちり握手した。

 

 シクシク シクシク

 

 未だにすすり泣く束さんを放置して、いざ温泉へ!

 

 

 

 

 

 

「やっぱり温泉は最高ですね」

「だなー」

 

 まだ寒さ残る露店風呂の景観は最高だ。

 山奥の澄んだ空気と湯から立ち昇る煙、これがなにより贅沢!

 一夏と二人並んで露店風呂で足を延ばす。

 んー、手足を伸ばすと肋骨がピキピキ痛むけどそんなの全然気にならな……いや痛いもんは痛いわ。

 伸ばした手足を思わず引っ込めるくらいには痛い。

 どんな体制が一番楽かな? こう、手足の力を抜いて――

 

「だらー」

「だるだるですね」

「これが一番体に優しいんだよ」

「良いですね。俺もやろうっと」

 

 一夏と一緒にプカプカと水中に手足を投げ出して全力の脱力。

 魂の洗濯っていうか魂の脱水だ。

 体の中から悪いものが温泉に溶け出していく気がする。

 

「こうしてると前の温泉旅行を思い出すな」

「ですねー」

「一夏が急に女風呂に飛び込んで大変だったよなー」

「あれ神一郎さんが投げ込んだんですよね!?」

「今日は一般のお客さんも居るからやるなよ?」

「しませんよ!?」

「まぁ向こうに居るのが千冬さんだけならいいけど」

「なにも良くないですよ!?」

 

 一夏は元気だな。

 今回も投げ飛ばしてやりたいけど、流石に一般客の人が居るだろうからダメだな。

 うーん、なにか思い出作りしたいなー。

 サウナ耐久戦、素潜り勝負……パッとしない。

 隠れ家的な宿で宿泊客が少なく、まだ日が出てる時間なので温泉に人はあまり居ないけど、ここで遊ぶのは流石に迷惑か。

 温泉上がりに卓球……は、できないか。

 この宿は卓球台なかったし。

 いや待てよ、思い出を作ってやるなんて考えは傲慢じゃないか?

 風呂上がりの一夏――微かに濡れた髪、浴衣から覗く白い胸板、熱で赤く染まる頬。

 そんな一夏をリンに見せてやるだけでいいじゃないか。

 後は若い二人にお任せだ。

 風呂上がりの一夏を見たリンが赤面し、それを一夏にツッコまれて更に赤くなり、赤面を温泉のせいにしてるシーンを幻視できる!

 完璧だな。

 後はタイミングだが、俺には心強い味方が居る!

 

「ちょっとジャグジーに行ってくる」

「はーい」

 

 露天風呂に根を張って動かない一夏を置いて周囲に人気がないジャグジーに。

 んでもってISを起動。

 

『もしもし千冬さん? ちょーっとお願いがあるんだけど』

『癒しを邪魔するな。くだらない用なら許さんぞ』

『別に変な事じゃありませんよ。一夏とリンが温泉を出るタイミングを合わせたいだけです』

『なんかドラマとか見た事があるようなシーンを想像できるな。で、それになんの意味があるんだ?』

『その辺の機微は口で説明しても理解できないと思うんで、取り敢えず俺が合図を出すまでリンを引き留めてください』

『その程度ならいいだろう』

 

 無事に協力者ゲット。

 途中信じられないくらい女子力皆無のセリフが聞こえたが、千冬さんだからな。

 きっと恋を知ったら女子力が目覚めるだろう。

 ジャグジーから出て一夏の元へ。

 隣に座って一夏の肩を優しく叩く。

 

「千冬さんに恋を教えてやってくれ」

「この短時間になにがあったんですッ!?」

 

 ブラコンが真っ当に恋を出来るのかが心配になっただけだよ。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 一夏があまりにも長風呂なのでリンがのぼせかけたりと問題はあったが、見事に温泉を出るタイミングを合わせられた。

 牛乳を飲む一夏を赤い顔でチラチラ見るリンを見れただけで満足です。

 若い二人をそっと置いて俺と千冬さんは部屋に戻る。

 

「復活の束っ!」

 

 部屋の真ん中で仁王立ちする束さんの横を素通りして冷蔵庫を開ける。

 

「千冬さんのビール貰いますね」

「私の分もくれ。軽い方で」

「了解」

 

 冷蔵庫からビールを取り出し千冬さんに手渡す。

 温泉の熱が未だに残る状態でキンキンに冷えたビール。

 このシチュエーションは完璧だ。

 

「お仕事お疲れ様でした」

「お前も色々とご苦労だったな」

 

 カンッと軽い音を鳴らしてプルタブを開ける。

 

 グビグビグビ

 

 カァァァァッ! この瞬間の為に生きてるんだよなぁ!

 

「最高ッ!」

「うむ」

 

 普段仏頂面の千冬さんが笑顔を見せる。

 温泉+ビールの組み合わせも最高だけど――

 

「――――ッ」

 

 シカトされて無言でプルプルしてる束さんの後ろ姿がなによりのツマミだわ!

 実験が終わってから俺は二回束さんに会った。

 一回目は顔を見せた瞬間に問答無用で脇腹を殴られ食料を強奪された。

 食料を最初から渡すつもりだったからいいさ。

 だけど殴る必要ある?

 まだ束さんの怒りが残ってるのを感じて俺は引き下がった。

 んで二回目。

 顔を見せる間もなく背後から襲われ食料を奪われ、ついでに脇腹を殴られた。

 うん、まぁ? 年増って言ったのは悪かったかなーとは思うよ?

 でもさぁ、俺って被害者だよね?

 なんで会うたびに脇腹攻撃してくんの?

 お陰様で未だに骨にはヒビが入ったままなんだよ。

 そう、俺は今怒っているのだ!

 

「なぁ神一郎」

「はい?」

「ほっといていいのか?」

 

 なにを、とは聞かない。

 千冬さんが心配してるのは束さんが爆発する事だろう。

 さっきからプルプルしっぱなしだもんね。

 

「――っ! しー君!」

 

 束ちゃんが涙目でプルプル震えながら振り返り俺を睨む。

 そろそろ許しても良い気になってきた。

 この姿を見れただけでも心が癒されたよ。

 

「んー。まぁ拉致られた事は良いでけど、その後に肋骨の完治を妨げた事については謝って欲しいですね。そしたら許さなくもない」

「しー君に謝る事なんてないし、そもそもプライドが許さない!」

「謝る気はないと? ふーん、へぇー?」

「な、なんだよぉ」

 

 じろじろと顔を眺めると、束さんが一歩引いた。

 嫌な予感がするのかな? その感覚は正解です。

 

「じゃあ攻め方を変えよう。謝らなければ今ここで束さんの存在を大々的にばらす」

「……え?」

「警察に電話して大声で叫び、今回の温泉旅行をめちゃくちゃにしてやる」

「…………え?」

「事情を知ってる千冬さんはともかく、一夏はどう思うだろうね? 久しぶりの家族や友達と一緒に遊びに来たのに、警察や国の役人が押し寄せで中止なんて……さぞ嫌われるだろうなぁ?」

「こいつ最悪な手段で謝罪の強要してきやがった!?」

 

 素直に謝りもしないでしれっと旅行に混ざろうとするのが悪い。

 それと千冬さんとお泊りするから、ここで優位に立たないと命が危ない!

 

「いっくんに嫌われ……でもしー君如きに頭を下げるなんて……」

「束、普段のお前なら骨に影響が出る程のダメージを与えるなどしなかっただろう、なにがあったんだ?」

 

 頭を抱えて悩む束さんを見かねてか千冬さんが話に加わる。

 

「え? しー君が私の事を“年増”って言ったから」

「神一郎」

「言いましたね」

「……そうか」

 

 千冬さんが眉間を押さえながらため息を漏らす。

 くだらない内容だろ? その程度で骨にヒビを入れたんだぜこいつ。

 

「まず束、怒るのは無理ないが肋骨にヒビはやりすぎだ」

「そんなっ!?」

 

 ですよね! 

 

「そして神一郎。女性に年齢の事は言うのはマナー違反だ」

「相手が束さんでも?」

「分類学的には束も女だ」

「了解でーす」

 

 千冬さんに言われては仕方がないので渋々返事をする。

 俺だって普段なら絶対に言わないさ。

 でも束ちゃんに比べたらどうしてもね。

 

「私から見れば双方悪い。だから束、ネチネチと嫌がらせをしないで一撃で終わらせろ」

「りょ!」

 

 千冬さんがくいっと俺を顎で指す。

 それに対して敬礼で答える束さん。

 あっれー? なんか俺が我慢すればいいみたいな結論になってない?

 

「あの、千冬さん?」

「まぁなんだ。結局これが一番平和なんだ」

「裏切りやがったな!?」

「それと一夏を盾にしたのにイラっとした」

「それはごめんなさい!」

 

 なんてことだ!? 自分の平和の為に俺を売りやがった!?

 そこまでして弟との温泉旅行を楽しみたいのか! 楽しみたいですよねすみません!

 

「安心してしー君、二人が温泉に行っている間に防音処置は完璧に施したから、どんなに声を出しても大丈夫だよ!」

「お前の携帯電話はこれだな? 朝まで電池は預かっておく」

 

 見事な連携で追い込みやがる!?

 

「でもそうだね、しー君には実験に付き合ってくれた恩があるし……ほい」

 

 束さんが両手を広げてカモン体勢。

 

「確かにやり過ぎたかなって思うし、一方的なのはフェアじゃないもんね。だから私を許すかどうかはしー君が決めていいよ」

 

 なるほど? 束さんの胸に飛び込んだ瞬間に俺は許した事になるのか。

 

「おいで~」

 

 笑みを浮かべながら束さんが俺を呼ぶ。

 新手の食虫植物かな?

 分かっているのに! 危険だと分かっているのに足が止まらない!

 

「つっかまえた~♪」

 

 気付けば束さんの胸の中にいた。

 ギチギチと締め付けられ肋骨が悲鳴を上げる。

 ……色々な面で幸せだからいっか。

 

「ごめんねしー君。実験の記憶を見直してたら、足に噛みついたりコスプレさせたりホログラムの私にセクハラしたりとやりたい放題だったから、怒りが持続しちゃって」

 

 あー、最初の一撃は年増発言に対する制裁で、その後は実験記録を見返す度に怒りゲージがカウントしてたのか。

 

「ならしょうがないですね。俺もすみません。束ちゃんがあまりにも理想的な闇落ち系義妹だったからつい当たってしまいました」

 

 束さんに負けじと俺も腕に力を入れる。

 受け身なんてもったいない! 体温を! 匂いを! 感触を! 全てを全力で楽しむのだ!

 

「結構な痛みがあるだろうに、そこで自分から力入れるとは流石はしー君」

「ふっ、束さんの肉体を味わえるなら肋骨の一本や二本――」

「じゃあ二本ね」

 

 えっちょま。

 

「あくまで例えであって二本は……」

 

 あっ、最後のトドメとばかりにギュッと力が込められて、体の全面が柔らかいクッションに埋もれて――

 

「あんぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 バキッボキン!

 




た「腕の中で幸せな顔から一転して絶叫を上げる顔にキュンとした」
し「束さんのハグなら肋骨は安い買い物だと思って受け入れた」
ち「これで平和な温泉旅行になるなと思い、二人を見ながらご満悦」

 


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卒業旅行(中)

モンハンのアプリゲーが配信かぁ……。


「つんつん」

「……脇腹つんつんすな」 

 

 脇腹が! 脇腹が痛いッ!

 肋骨が折れる瞬間、脳内でポッキー二本が綺麗に折れたよ!

 小気味良い音が体内を駆け巡ったわ!

 

「二本も折って大丈夫なのか?」

「無茶すれば折れた骨が肺に刺さったり血管を傷付けるかも。でもそれは逆に言えば動かなければ大丈夫ってことだから」

「なら安心だな」

 

 この二人、脇腹を押さえて倒れ込む俺の姿が見えてないのか?

 どう見ても大丈夫じゃないだろこれ。

 痛みで油汗が出てきたぞおい!

 千冬さん、束さんが暴力快楽に目覚めないか心配してたクセに冷静に見てたな。

 俺が自分から飛び込んだから自業自得ですかそうですか。

 でも俺の心配くらいしてくれもいいのでは?

 

「しー君、動ける?」

「……すぐにはちょっと無理」

 

 骨が折れた衝撃っていうのか、変な痺れのせいで上手く体が動かせない。

 前回は神経を殺した状態での骨折だから良かった。

 素面で骨が折れる瞬間を味合うのは初めてだけど、意外と体の芯に響くのね。

 

「束さん、痛み止めとか持ってない?」

「あるよ?」

 

 持ってるけどなにか? みたいな感じで言葉を止めないでくれ。

 このまま放置はないよね? 

 

「神一郎、うずくまってるお前には見えないだろうが、今の束はとても良い笑顔をしているぞ」

 

 把握。

 ドSスイッチが入ってるんですね!

 ナイス助言だ千冬さん。

 ならば俺がやる事は一つ!

 

「この哀れなブタに施しをお与え下さい束様ッ!」

 

 全力の懇願!

 肋骨程度なら放置しても死なないだろうとか考えてそうだから、しっかりお願いしないと助けてくれなそうなんだもん!

 

「しょうがないなー。ちょっと動かすよ」

 

 声が喜色に満ちてるぞ束さん!

 でも助けてくれるなら許す!

 束さんがうつ伏せの俺を仰向けにして、更に浴衣をはだけさせる。

 いやん、裸にしてどうするつもり!

 なんて馬鹿な事考えてないと痛みを誤魔化せない!

 

「はーい、お注射するねー」

「――お゛ッ!?」

 

 チクってもんじゃない。

 ザクっと刺された痛みが脇腹に走った。

 

「その注射針、やけに太くないか?」

「しー君用の特別仕様だからね!」

 

 俺の為の特別製なんて嬉しいなぁ!

 束さんはいつだって俺を特別扱いしてくれるね!

 もっと普通な特別が良いんだが?

 あぁ……なんか得体の知れないモノが体内に入ってくる感じがする。

 

「はい終わり、即効性の痛み止めだからすぐに楽になるよ」

「それは助かります」

 

 お礼を言って起き上がらそうとすると脇腹にまだ痛みが走った。

 腹筋使う動きは全部痛みに繋がってる気がする。

 ヒビの時に比べて生活し辛いぞこれ。

 

「ちーちゃん、包帯とかある?」

「流石に持ってないな」

「なら固定とか出来ないか。しー君、夜中に痛み止めの効果が切れて苦しむと思うけど……いいよね?」

「いやなにもよくないんだが?」

「え? でもどうしようもない事だし」

 

 なんでキョトン顔してるんですかねぇ?

 夜中に痛みで苦しみたくないって思うのは贅沢なんですか?

 

「痛みをどうにかしないと、夜中に痛みではぁはぁ言いながら束さんの寝顔を見る事になるな」

「やっぱりしー君の脅しは一味違うね! そんなに嫌なら自分で包帯買ってきなよ、それで体の固定すれば多少はマシになるから」

「痛み止めは?」

「もうないよ。後は自分の手持ちで頑張って」

 

 なら後は病院で貰った痛み止めで戦うしかないな。

 包帯はコンビニにでも行って買ってくるか。

 そうこうしてる内に痛みがだいぶ和らいできた。

 流石は天災お手製のお薬。

 

「よっと」

 

 起き上がった体を軽く動かしてみる。

 これ神経が死んでるのか? 嘘みたいに痛みがない。

 

「動けるみたいだね。ならこれから――」

「うん、これから一夏の所に行ってくるね」

「え?」

「流石に放置は可哀そうだからね。束さんの遊び相手はあっち」

 

 俺が指差す方には、窓の近くの椅子に座りながらビールを飲む千冬さんの姿があった。

 もうこっちに興味がなくなった様で、外の景色を肴にビールを飲んでやがる。

 

「なるほど、しー君にしては気が利いてるね」

「二人きりの時間を楽しんでください」

 

 乱れた浴衣を正して束さんと握手。

 今、俺と束さんの間に確かな契約が結ばれた!

 

「じゃ、そんな訳で」

「いてら~」

「ん? どこか行くのか?」

 

 玄関口に向かう俺に千冬さんが気付いた。

 なので俺はにっこり笑って手を振る。

 

「一夏の所に顔出してくるんで、束さんのお守は任せました」

「は? おい待て!」

 

 千冬さんの声を無視して備え付けのサンダルを履く。

 

「任されちゃったねちーちゃん。あそうだ、マッサージでもする? 私はする方でもされる方でもどっちでもいいよ!」

「近付くな! 待て神一郎! この馬鹿と二人きりに――」

 

 パタン 

 

 ドアが閉まり千冬さんの声が途切れた。

 頑張って面倒を見ろよ!

 一夏の部屋のチャイムを鳴らす。

 

「はーい」

「おっす一夏。遊びに来たよ」

「いらっしゃい神一郎さん。千冬姉は?」

「酒飲んでるから放置してきた」

「そっか。千冬姉も自分なりに楽しんでるんだね」

 

 面倒を押し付けて来たが正解だけどな。

 束さんが俺の骨を折るのはいいんだよ。

 俺だって束さんの柔らかさとか匂いを堪能したから一方的に損した訳じゃない。

 だが織斑千冬、テメーはダメだ。

 束さんの面倒を見る苦労を思い出せ!

 自分には関係ないってスタンスは許さんよ。

 

「んな訳で千冬さんは置いて来た。お邪魔しても?」

「どうぞどうぞ」

「二人はなにしてたんだ?」

「俺が鈴にマッサージしてました」

 

 一夏に伴われ部屋に入ると、そこはエロゲの世界でした。

 

「はぁ……はぁ……あれ? シン兄?」

 

 やや浴衣が乱れたリンが、熱い吐息を漏らしながら敷布団の上でうつ伏せに寝ている。

 事後? 事後なの?

 落ち着け俺、小学生同士ならセーフだ。

 

「ふう……落ち着いた。んで一夏、なにをしてたって?」

「え? だからマッサージですけど」

 

 事後を見られたにしては一夏に焦りが見られない。

 って事は本当にただのマッサージ後なの?

 そう言えば原作では一夏はマッサージが得意みたいな設定があったような?

 つまりリンがメスの顔をしてるのは、大好きな男の子に全身をもみもみされたせいだと。

 ――最低でも高校を卒業するまでは肉体関係は許さないからな!

 でかマジで抑えろよリン。

 誘った手前、ここで初体験とかされると俺がリンのご両親に顔向けできない!

 

「お邪魔するよリン」

「……いらっしゃいシン兄」

 

 一瞬だが葛藤したなお前。

 顔にも邪魔だなコイツ感が現れてるぞ!

 

「あ、そうだ。神一郎さんもマッサージします? 千冬姉によくしてるからちょっと自信があるんですよ」

「マッサージかぁ」

 

 普段ならお願いしたところだ。

 でも今は肋骨が折れてるんだよね。

 痛みはないけど、下手したら折れた骨が肺に刺さって吐血、なんて結果になりそう。

 流石に二人の前で吐血はダメだよね。

 

「ありがたいけど、今は肋骨はヒビは入ってるからさ。俺の事はいいからリンに続きしてあげなよ」

「あ、そうでしたね。残念だけどまたの機会にします。じゃあ鈴、続きするよ」

「次はどうするの?」

「次は足だな。そのままうつ伏せで寝ててくれ」

「足ね……変な所触らないでよ?」

「触らないよ」

 

 一夏はリンの発言に苦笑しているが、リンの顔から判断するに太ももとお尻の境界線ギリギリまで攻めても許しそうだぞ。

  

「鈴のふくらはぎ、意外とパンパンだな」

「温泉旅行に来るために家の手伝いしまくったんだもん。流石に疲れたわ」

「料理屋は立ち仕事だもんな。んじゃ念入りにするぞ」

「お願いね」

 

 一夏が浴衣の上からリンのふくらはぎを揉み解す。

 最初こそ軽口で答えたリンだが、段々と顔色が怪しくなってきた。

 

「ん……ふぅ……」

 

 俺が登場した事で徐々に白くなって行った顔色が再び朱色に染まる。

 声もそうだが、横で見てる俺からは浴衣の隙間からリンの足が見えてる訳で――

 

「……んッ! そこいいっ……」

 

 無駄にエロいな?

 どうしよう……これどうしよう。

 大人観点で見れば、なにもしないで二人の触れ合いを静かに見守るのが正解だ。

 でもオタクの俺は録画しろと叫んでいる!

 だってこれ、見方を変えればインフィニット・ストラトスのオリジナルお色気シーンな訳で!

 ぐぐぐっ、我慢だ俺。

 流石に小学生の盗撮は許されん!

 一瞬でも邪な事を考えてしまう俺のクソ野郎!

 あ、そうだ。

 

「一夏のマッサージ気持ちよさそうだな。なぁ一夏、まだマッサージできそう?」

「俺は全然大丈夫ですけど」

「なら千冬さん呼んで来るよ。温泉上がりのマッサージとか喜びそうじゃない?」

「それいいですね。千冬姉にはもっと休んで欲しいですし」

 

 リンのお色気シーンはレイティング的にアウトだけど、千冬さんならセーフだよね。

 そしてついでに束さんを押し付けられてイライラした心を一夏のマッサージで癒す!

 それで俺に対する怒りは消えるだろう。

 ヘイト管理はゲーマーの嗜みですから。

 そんな訳で一夏たちの部屋を出て自分の部屋に戻る。

 さてさて、どんな修羅場になってるかな。

 

「戻りましたー」

「お帰りしー君」

「一夏の様子はどうだった?」

 

 出迎えたのは浴衣に着替え、部屋備え付けの延長ケーブルで縛られた束さんと、それを踏みつけながら見下ろす少し髪が乱れた千冬さん。

 うん、平時の光景だ。

 それはそれとして――

 

「シャッターチャンス!」

 

 拡張領域からカメラを取り出し束さんを激写!

 盗撮なら流々武ヘッドだけど、ちゃんと撮るならやっぱりカメラだよね。

 

「油断したー!?」

 

 ジタバタするな篠ノ之束!

 浴衣姿で縛られてるから胸の上部分が丸見えだし、太もも見えてるし、こんなん撮らない方が失礼だろうが!

 

「いいよ束さん! エロい! 最高だ!」

「んなぁぁぁぁ!」

 

 束さんが逃げようと藻掻くが、千冬さんが足の力を緩めないので無駄な努力と化している。

 いいわー、癒されるわー。

 

「そうだ千冬さん、一夏がマッサージでもどうかって言ってますけど」

「一夏が? そうだな、せっかくだし頼むか」

「私を放置して和やかに会話しないで!? ちーちゃんは私のあられもない姿を撮られてる事に抗議してよ!」

「神一郎が居なくなった途端襲ってきたお前に抗議したい」

「だってそれはちーちゃんが素敵だったから! お風呂上りで浴衣姿のちーちゃんがまるで私を誘ってる様だったから!!」

「黙れ水虫。まずは足を洗って来い」

「そのネタまだ引きずるの!?」

「本当にネタかどうか俺が確かめてあげますよ」

「いやぁぁ! ローアングルから狙われるぅぅぅ!」

 

 束さんに接近して足元でしゃがみ込む。

 相変わらず足の指の形が良い。

 脚フェチって訳じゃないが、レンズ越しに覗くと不思議と魅力が増すよね。 

 

「皮が剝けてたりはしてないですね」

「匂いは?」

「嗅げと? 俺は別に臭フェチじゃないんですが」

「だからその決めつけで話を進めるの止めようよ!」

 

 束さんに泣きが入ってきた。

 流石にこのネタでこれ以上虐めるのは可哀そうか。

 束さんだって女の子だもんね!

 

「それよりも千冬さん、束さんはほっといて一夏の所に行きましょうよ」

「そうだな。このまま束の相手をしていても時間の無駄だ」

「ぐす……縛られた挙句そこまで言われるなんて……」

 

 千冬さんが足を退け、自由になった束さんがグズグズと泣きながら体を起こす。

 さて問題です。

 浴衣+緊縛+女の子座り+涙目は?

 

 カシャ! カシャカシャカシャ!

 

「無言で撮るなし!」

 

 答えはエロ可愛いでした!

 半脱げ状態でおっぱいの白い半球が見えてるのがグッド!

 

「……よし満足。んじゃ行きますか」

「そうだな」

「ちょっと待った!」

 

 満足したので一夏の部屋に行こうとすると束さんから待ったが。

 今度はなにさ。

 俺と千冬さんは揃って面倒くさそうな顔をして振り返る。

 

「えっと……その……私は?」

 

 ん? 答えが分かりきってるのになんで聞く?

 

「今日はホワイトな集まりです。混ざりたかったら身綺麗にしてこい賞金首」

「一夏に迷惑を掛けるつもりか? 弁えろ指名手配者」

「…………。」

 

 なんか束さんが白くなって動かなくなったけど、まぁいいか。

 まさか本気で一夏に会えるとは思ってないだろう。

 あわよくば自分も一夏にマッサージでもとか考えてたりしてないよね?

 流石の束さんでも自分を取り巻く状況を理解してるって信じてるから!

 

 

 

 

 

「おっす一夏、千冬さん連れて来たぞー」

「邪魔するぞ」

「いらっしゃい神一郎さん、千冬姉」

 

 部屋に入ると笑顔の一夏が出迎えてくれた。

 やりきった男の顔だ。

 んでその一夏にやられたリンが居ないな。

 

「リンは?」

「なんか涼んで来るって外の庭に出ました。湯冷めするって行ったんですけど聞かなくて」

 

 あーはいはい、一夏にもみもみされて色々溢れそうになった感情を冷ましに行ったんだね。

 窓を覗くと確かにリンの後ろ姿が見えた。

 未だに赤い耳を見ると、落ち着くまでまだ掛かりそうだな。

 

「それで一夏、マッサージをしてくれるって?」

「千冬姉には普段お世話になってるからこのくらいはね」

「では頼む」

「勝手に布団を出すのはどうかと思ってさ、悪いけど座布団の上で」

 

 座布団を二つ繋げたて敷布団代わりにしてるのか。

 そこに千冬さんが横になる。

 

「上から順に行くね。まずは首から肩にかけて」

 

 うつ伏せで寝る千冬さんの背中に一夏が膝立てで跨る。

 さて、お手並み拝見だ。

 一夏は俺にどんなプレゼントをしてくるのかな!?

 千冬さんのエロい顔とかエロい声とか期待しちゃってるからね!

 

「んしょっと。やっぱり凝ってるね千冬姉」

「最近は忙しかったからな。あー、そこは効くな、良い感じだ」

 

 なんだろう、なんか違うな。

 セリフに一切のデレがなく、声に込められてる感情も中年サラリーマンのそれだ。

 織斑千冬、まさかお前……色気で小学生の鳳鈴音に負けるのか?

 いくら相手が学園ラブコメのヒロインの一人でもそれはないだろ!

 自分が教師役のサブヒロインだからといって手を抜くな!

 

「あ゛ぁぁぁぁ~」

 

 声と顔がおっさんなんだよ!

 ダメだ萌えねー。

 こういった飾らない等身大の大人の女ってのが千冬さんの魅力なんだろう。

 だけど縛られたら束さんとマッサージで感じるリンに対し、色気の面で大敗してるよ!

 ……まぁでも一応は録画しとくか。

 部屋に戻ったら束さんは激おこだろうから、手土産は必要だ。

 

「次は腰ね」

「念入りに頼む。立ったままの仕事も多くてな」

「了解」

 

 一夏のマッサージが腰に移行した。

 うーん……一波乱欲しいな。

 

「一夏、返事はしなくていいから聞いてくれ」

 

 一夏に近付いて小声で話し掛ける。

 驚いた顔をしながらも、一夏は小さく頷いた。

 

 

「ちょっと千冬さんのお尻揉んでくれない?」

「…………?」

「手が滑った体で揉め」

「――――ッ!?」

 

 一夏の顔が一瞬で赤面し、口をパクパクしたまま動かなくなる。

 おいおい、そんな反応したら千冬さんに気付かれるでしょうが。

 

「マッサージを続けて。突然お尻を触られて可愛い悲鳴を上げる千冬さんを見たくないか?」

「…………ごくり」

 

 お? 興味ある? あるよねもちろん!

 千冬さんの魅力を最大限生かすならギャップ萌えでしょ!

 こんなおっさん状態の千冬さんがさ、お尻を触れて、キャッ! なんて悲鳴上げて顔を赤くしたら……それはもう可愛いに違いない。

 そんな千冬さんを俺は見たい!

 

「マッサージが止まってるぞ一夏。それと聞こえてるぞ神一郎」

 

 ちっ、地獄耳め。

 

「ち、千冬姉……俺は別に……」

「お前が神一郎の馬鹿な企みに乗るなんて思ってないさ。だからマッサージの続きを頼む」

「……うん」

 

 一夏は俺の顔を一瞬見たが、構わずマッサージの続きを始めた。

 これはもうどんな言葉でも動かないだろう。

 残念だ。

 

「一夏を巻き込んでセクハラとは良い度胸だ。そんな度胸があるなら自分でやるくらいの気概を見せろ」

「俺に千冬さんのお尻を触る度胸なんてある訳ないでしょ。だから一夏に頼んだんです」

「姑息な真似をするな。お前の目的は理解しているから今回は見逃すが二回目はない」

「はーい」

 

 束さんのご機嫌取りの為に売ろうとしてるのはバレてるか。

 これでは部屋に戻ったら俺が怒りの矛先を向けられる可能性が高いじゃないか!

 うーむ、どないしたもんか。

 

「ふん! ふん! ふん!」

 

 一夏が力を入れて千冬さんの腰を揉んでいる。

 ……これはまさか。

 一夏の背後に回ってみる。

 力を入れてマッサージするには腕の力だけではダメだ。

 全身を使い上手く体を使えなければならない。

 そう、一夏のお尻は今上下に動きている。

 つまり――

 

「ふん!(ぷり) ふん!(ぷり) ふん!(ぷり)」

 

 って感じだ。

 理想は尻を横に振って欲しいんだが、もうこれでいいか。

 この一夏のお尻が上下に動く動画だけで束さんの怒りを鎮められそうじゃね?

 一夏ヒップの真後ろに流々武ヘッド召喚からのステルスモード!

 一夏のお尻を撮影開始!

 

「ねぇシン兄、なんで一夏のお尻をガン見してるの?」

 

 おっと、いつの間にか冷たい目で俺を見下ろすリンちゃんが居るぞ。

 そだねー、俺が見てる必要ないよねー。

 

「一夏の尻が大きくなった気がしてな。一夏、柳韻先生が居なくなって弛んでるんじゃないのか?」

「え? そうですか?」

 

 一夏が驚いて自分でお尻を揉んで確認する。

 その絵もまた束さんへのご褒美です。

 

「なんだ、一夏は太ったのか? 今の先生は柳韻先生ほど厳しくないから、多少は筋肉が落ちてるかもしれんな」

「新しい人って柳韻先生の教え子で警察官でしたっけ? 厳しいイメージがありますけど」

「オリンピック強化指定選手みたいな本気の相手には厳しいさ。だが子供相手には剣道の楽しさを教えるタイプの人だ」

「それと食事が豪華になったのもあるかも。千冬姉が働く様になってから食卓の品が増えたし」

「たまにうちにも来るしね」

「鈴の家の回鍋肉や青椒肉絲はご飯が止まらなくなるくらい美味しいからな」

「健康的で良いじゃないか。育ち盛りなんだからじゃんじゃん食え」

「とは言え一夏、健康的の範疇なら良いが、無駄に太り始めたら私とダイエットだな」

「千冬さんが提案するダイエットとか怖そう。ダイエット方法は?」

「ひたすら私と打ち合いだ」

「それは地獄だな。でも確かに痩せれそうだ」

「うーん、俺的にはそれはそれで楽しそうかも。最近は千冬姉と打ち合ってないし」

「もしやるなら応援するわよ」

「冗談だよ鈴。俺だって命が惜しい」

「なんだ根性がないな。神一郎、そう言えばお前も少し太ってきたんじゃないか? 道場を辞めて運動不足みたいだし、私が相手になるぞ?」

「世界最強が小学生をサンドバッグ代わりにするなよ」

「応援しますよ神一郎さん」

「えぇ、応援するわシン兄」

「後輩二人があっさりと俺を売りよる」

 

 マッサージを受ける千冬さんとマッサージをする一夏。

 それを眺める俺とリン。

 四種の笑い声が部屋に響く。

 いいなーこれ。

 このまったりした空気、最高。

 冬になってから怒涛の忙しさだった。

 無人島を開拓して人攫いして密室に閉じ込められて……頑張ったよ俺。

 でもその元凶が一人で暗い部屋で待機してるかと思うと心がほっこりするね! 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~……うわ暗っ」

 

 すっかり日が暮れそろそろ夕飯の時間だということで、自分の部屋に戻って来た。

 束さんがどんな顔で迎えてくれるのか期待してたが、まさかの無反応である。

 んー?

 

「束さん居ませんね。怒って帰ったのかな?」

 

 明かりを点けて部屋を見回すが束さんの姿がない。

 ハブされたのが流石に堪えたか。 

 

「いや居るぞ」

「マジで?」

「あぁ、そこだ」

 

 千冬さんの視線の先は束さんが最初に現れた布団がしまってある押入れ。

 ま? 束さんそこに居るの?

 押入れに近付いてゆっくり開ける。

 が、そこにあったのはただの布団だ。

 

「下だ」

 

 下?

 

「……私を虐めて楽しい?」

「ひえぇ!?」

 

 なんかいた!? 下の段に体育座りしている妖怪が居るッ!?

 暗闇の中で恨めしそうに俺を睨んでる!

 いやよく見ると暗闇の中でぴょこぴょこ動くうさ耳のシルエットが……この黒い塊はまさか……。

 

「束さん?」

「……この水虫持ちの指名手配者で賞金首のダメ人間になにか用?」

 

 やだ可愛い。

 ここまで弱ってる束さん珍しいわ。

 母性が芽生える可愛さだわ。

 

「なにをくねくねしてるんだ気持ち悪い」

「あ、すみません」

 

 俺の母性は気持ち悪いらしい。

 なんかごめんさい。

 

「で、なに?」

「いやなにって……特に用はないんですけど」

「だよねないよね。どーぜ私は嫌われ者だもん」

 

 うーわ、らしくもなくジメっとした暗いオーラ纏ってるよ。

 でも面倒な束さんもまた良し!

 このまま放置でもいいんだけど、流石にちょっと罪悪感がね?

 もう少し余裕があるかと思ったが、思いの外ダメージを食らってたみたいだ。

 

 段々と日が落ちて暗くなる部屋。

 別の部屋から聞こえてくる友達たちの笑い声。

 

 うん! 俺でもダメージ食らいそうなシチュエーションだわ!

 ハブにしてごめんね束さん! 

 お詫びとしてお兄ちゃんがいっぱい甘やかしちゃうぞ!

 

「ほら束さん、まずはそっから出ようか」

「うぅー!」

 

 いやいやと抵抗する束さんの腕を引っ張って……引っ張って……力つぇーなおい!

 俺の腕力で引きずり出すのは無理!

 抵抗すんなやすんなり出てこい!

 流々武腕部展開!

 

「どっせーい!」

「やー!」

 

 ISを使ってなんとか引っ張っり出す事に成功。

 体育座りなんて力を入れ辛い姿勢のくせに、IS使ってなんとかってどんだけだよお前!

 

「あかるい……まぶしい……くらやみがほしい……」

 

 束さんが照明の灯りに照らされ、産まれたばかりの小鹿の様にへっぴり腰でぷるぷる震える。

 暗闇が欲しいならくれてやろう。

 

「はい束さん、流々武ヘッドを被れば眩しくないよ」

「うぅぅぅ」

 

 束さんはクズりながらも素直に流々武ヘッドを頭に被る。

 相変わらず俺の流々武からうさ耳生えてるのがシュールだ。

 さて、ではでは魅惑の一夏お色気シーンの始まりだよー。

 

「……ほ?」

 

 束さんの震えがピタリと止まった。

 

「……まさかこれは――ッ」」

 

 嬉しそうな声で束さんがお尻をフリフリ動かす。

 ドアップで映る一夏のお尻に魅了されるが良い!

 俺は束さんのお尻に魅了されるね!

 

「うへへへ」

 

 束さんが一夏のお尻動画で下品な声を上げる。

 まったく、少しは俺を見習って上品に生きて欲しいよ。

 

「ぐへへ」

 

 浴衣のお尻っていいよねー。

 

「なぁ、馬鹿二人が気持ち悪い笑いをしてる時、私はどうすればいいんだ?」

 

 酒でも飲んでろ!

 俺は束さんのお尻を見るのに忙しいんだ!

 

「あ、動画終わっちゃった。ふぅ堪能した、束復活! あれ? しー君は? 珍しく役に立ったから褒めようと思ったのに」

 

 流々武ヘッドを外した束さんが俺を探して部屋を見回す。

 俺をお探しで?

 

「後ろだ」

「後ろ?」

 

 束さんが振り返り、そこから視線を下げて俺と目が合った。

 へろー?

 

「ふんっ!」

「おぼっ!?」

 

 馬並みの後ろ蹴りが俺の顔面に叩き込まれた。

 酷い! 俺はただしゃがんでお尻をガン見してただけなのに!

 

「鼻血なんてだしちゃってこのスケベーはまったく!」

「お約束の反応をありがとう」

 

 お前が蹴ったからだ! なんて言い返しはしない。

 それよりもこの綺麗な部屋に血痕を残さない様にする方が大事!

 急ぎ備え付けのボックスティッシュの元へ。

 ティッシュで鼻を押さえてから、こよりを作って鼻の穴に詰め込む。

 こんなもんかな。

 

「さてと、そろそろ夕飯の時間ですけど束さんはどうします?」

「鼻にティッシュを詰めたまま自然に話を進めるの普通に凄いと思う。で晩御飯だっけ? それはもちろん――」

 

 コンコン

 

 ノック音で束さんの言葉が遮られる。

 束さんは素早く押入れに入り自分で襖を閉めた。

 その場所がお気に入りなのかな?

 

「お食事をお持ちしました」

 

 ドアを開けると中居さんが二人。

 カートに乗せた料理を次々と部屋の中に運び入れる。

 テーブルの上に豪華な料理が並んでいく光景は心が踊る。

 いやはや、これは期待できるぞ。

 目で見てるだけで美味いと感じる視覚の暴力!

 

「うほー!」

 

 イワナの塩焼きに山菜の天ぷら、刺身にたけのこの煮物ときて茶碗蒸しもある。

 他にも汁物や漬物もあるぞ!

 

「これは美味しそうですね」

「なぁ神一郎、瓶ビールを出してもいいか?」

 

 部屋の備え付けの冷蔵庫には飲み物が最初から入ってる場合がある。 

 飲んだらチェックアウト時にお金を支払うシステムだ。

 瓶ビールか……瓶ビールね。

 

「もちろんですとも!」

 

 缶ビールもあるけどさー、こんな豪華の日本料理のお供にするなら瓶ビールだよね。

 冷蔵庫から瓶ビールを出してコップを二つ用意。

 片方を千冬さんに渡す。 

 

「悪い」

「いえいえ」

 

 千冬さんが少しばつが悪い顔をするのはこの旅行の代金を俺が払っているからだ。

 気にしないでいいよ。

 どうぜモンド・グロッソで儲けたお金だからね!

 

「よいしょっと。あ、私はいらないから気にしないで」

「ほいほい」

 

 束さんが押入れから出てきた。

 ここには二人分の料理しかない訳だが。 

 

「束さんはどうします? 途中サービスエリアで買ったご当地カップ焼きそばならありますけど」

「私の事は気にしないでいいよー」

「さよで」

 

 まぁ子供じゃないんだから好きに自分で用意するだろ。

 座布団に座って瓶ビールを開ける。

 

「どうぞ」

 

 千冬さんに瓶ビールを差し出してコップにビール注ぐ。

 そして自分の分も。

 トクトクと聞こえるビールをコップに注ぐ音、この音が酒飲みにとって最高のBGMなのだ!

 テーブルに並ぶ豪華な日本料理の数々、対面には世界で一番有名な女性、小金色のビール、そして隣に座る天災科学者!

 なんて素晴らしい時間なんだ! まるで人生勝ち組男の晩餐だな!

 …………なんか余計なものが混ざってたな?

 

「束さん?」

「うん?」

 

 隣に座る束さんの顔を見る。

 俺を見返す束さんの笑顔のなんて綺麗な事か。

 ……綺麗な笑顔かー。

 束さんの綺麗な笑顔ってさ、信用できないよね?

 ところで手元にある箸はどっから出したの? やけに見覚えるけど、それって俺の拡張領域に入ってるアウトドア用の箸では?

 まさか、だよね?

 

「ふぅ……」

 

 千冬さんが手に持ったコップを置いて静かに目を閉じる。

 まさかこれから起こる事を予期して精神統一を!?

 いかん! このままじゃ出遅れる!

 俺もこの浮ついた心を静め、闘争に備えなければ――ッ!

 

 パンッ!

 

 束さんが両手を合わせる。

 それに合わせ場の空気の緊張感が一気に高まる。

 待って! 待って束さん! 俺まだ心の準備ができてない!

 

「いただきすっ!」

 

 だが俺の願いは届かず、束さんがスタートの合図を出してしまった。

 あぁ……訓練された俺たち日本人は、その言葉を聞いてしまうと無条件で続いてしまうのだ。

 

「いただきます」

「いただきますッ!」

 

 千冬さんも俺と一緒に箸を手に取り――

 

「うぉぉぉぉぉ!」

 

 まずは海老天! 今は好物を先に食べる作戦が吉ッ!

 プルプリの海老天が俺の箸に――掴まれてない!

 

「あ~む。んー、これは匠の技、ぷるぷるの海老がたまりませんな~」

 

 俺の海老天は横から伸びてきた束さんの箸に攫われ、哀れにもそのまま口に入って行った。

 やっぱりこの女、俺と千冬さんのご飯を奪う気だ!

 

「―――――、――――」

 

 千冬さんは無言で次々に料理を口に運んでいる。

 静かなのに超特急の食事風景だ。

 口に物を入れては時々ビールを流し込む。

 優雅な日本食の食べ方じゃねー。

 俺も負けてられるか!

 お前の海老天をよこせ!

 

 ガッ!

 

 海老天の尻尾を掴んだ瞬間、千冬さんが海老天の胴体を箸で掴んだ。

 俺と千冬さんの間で海老天の取り合いが始まる。

 

「これは私の海老天だが?」

「可愛い小学生に海老の一匹くらい譲ってくださいよ」

 

 ぐぐぐぐっ……ブチッ!

 

 海老天は綺麗に分かれた。

 尻尾と胴体に――

 別にいいし! 俺って海老天の尻尾を食う派の人間だから! 海老のケンの身とかむしろ好物だし!

 ほら美味い! 海老の尻尾はサクサク美味いなー!

 

「ふっ、この私から奪えると思うなよ」

「あ、ちーちゃんのたけのこ貰うね」

 

 束さんの手が伸び、千冬さんサイドの小鉢に乗っていたたけのこの煮物を奪う。

 千冬さんの額に青筋が浮かんだ。

 おっかしいなー、穏やかな夕飯の時間なのになんでこうも殺伐とするのか。

 

「束、少しは自重する気はないのか?」

「ほんとそれ、大人しくインスタントでも食ってろ」

「私知ってるよ。なんだかんだで二人は今の状況を楽しんでるって」

 

 この状況で笑ってる束さんは流石だ。

 気落ちしたままの状況で放置してとけば良かったと、そんな後悔が襲う。

 さーて、俺の心も今の状況に適応してきたぞ。

 

「いいか! 私のマグロに絶対に手を出すなよ!」

「俺のイワナにもな!」

「つまりそれ以外はいいと? 全部食べ切れるかな?」

 

 三者三様睨み合う。

 絶対に負けられない戦いだ。

 ……いざ勝負!

 

「しー君のイワナの塩焼き貰うね」

「させるかッ!」

「代わりにお前のたけのこ貰うぞ」

「なんの代わり!? 自分の食えやッ!」

「私のはすでに束の胃の中だ」

「あ、ちーちゃんの和牛のロースト半分貰っていい? 仲良くシェアしようよ」

「おい止めろ! 私の料理に触るな!」

「んじゃ俺が代わりに千冬さんのイワナ食いますね」

「なんの代わりだッ!? 自分のを食え!」

「俺のは束さんの胃の中です」

 

 俺と千冬さんがイワナを引っ張り合う中、横では束さんが余裕の表情で料理に手を伸ばす。

 このままでは負ける!

 丸ごと奪うのは諦め、箸でイワナの身の一部をもぎ取り口に運ぶ。

 うまぁ~! これは米が進む。

 千冬さんは俺に奪われまいと慌てて残りのイワナを口に運ぶ。

 それを見ながら俺は束さんとカボチャの天ぷらを巡って攻防中。

 お前に食わせる天ぷらはねぇ!

 千冬さんが食べ終わったイワナを皿に置く。

 今がチャンスだ!

 

「これでも食らえ! 僅かに身が残った千冬さんの食べ終わったイワナ!」

「がうっ!」

 

 左手で掴んだイワナを束さんの真上に投げると束さんが見事に食いついた。

 イワナを頭から飲み込む姿はシャチを彷彿とさせる。

 

「あぐあぐ」

 

 千冬さんとの間接キスを楽しんでる今がチャンスだ!

 

「お前なんて真似を!」

「文句言いながら手は止めないんですね」

 

 俺を睨みながらも千冬さんは手を止めない。

 まずはマグロですか。

 好物は先に食べる作戦だね。

 俺は茶碗蒸しだ。

 アツアツをゆっくり食べたいもん。

 あ~冬場に食べる茶碗蒸しはなんて美味いだ。

 ダシも上品で最高!

 

 がつがつ!

 がつがつ!

 

 束さんの手を止まってるチャンスを逃さず食い漁る。

 だがそろそろ束さんが食べ終わりそうだ。

 次なる一手はどうするべきか。

 

 バリボリ……ごくん。

 

 川魚を頭から丸かじりして飲み込む女、篠ノ之束。

 その顔は恍惚としていた。

 千冬さんの唾液は美味しかったかい?

 まじやべー女だよ束さん!

 正面からでは勝てる気がしない。

 腕力、動体視力、全てが劣っている俺は搦め手で攻める!

 

「束さんおかわり!」

「はぁー幸せだった。ん? おかわりってなに?」

「なにってご飯のおかわりです。おひつに近い人間がおかわり係をやる。それが世界のルールでしょうが」

「だな。私のも頼む」

「世界のルールなら仕方がないね!」

 

 束さんがせっせとご飯をよそう中、俺と千冬さんは料理を貪る。

 次なる手はどうするか。

 

「はいおかわり!」

「あぁ」

「どうもです」

 

 搦め手は有効だが、必要以上に追い詰めるとどう爆発するか分からない。

 だから適度に料理を食べさせる必要がある。

 俺の料理以外をなッ!

 

「はい束さん、この茶碗蒸し美味しいよ」

「お? しー君のオススメなら貰おうかな」

「神一郎キサマッ!?」

 

 千冬さんサイドの茶碗蒸しを奪い束さんの前に置く。

 甘いぞ織斑千冬! ここは戦場なのだ!

 束さんはゆっくり茶碗蒸しをお食べなさい!

 

「あつつ……ん、これは確かにこれは美味しい茶碗蒸しだね」

「優しさを見せたのが間違いだった。私が本気を出せば――」

「俺のマグロがッ!?」

 

 卓上からマグロの切り身が一瞬でなくなる。

 大人げない! なんて大人げないんだ!

 戦場だって子供にハンデがあっていいと思う!

 こうなれば禁断のあの技、とあるジャンプ作品から学んだあの技を使うしかない!

 

「は……はぁ……」

 

 くしゃみで料理を汚染する!

 俺の唾液付きでも食べる事が出来るなら食べてみやがれ!

 

「甘い」

「ぽっ!?」

 

 千冬さんが箸で弾き飛ばしたナニカが口の中に飛び込んできた。

 ってから~~~~!!

 ワサビの塊だこれ!?

 

「そう易々と馬鹿な真似を許してたまるか」

 

 くそ! 流石は世界最強だ! 攻守に隙がない!

 

「あ~美味しかった。次はなにを食べようかな」

 

 お茶でワサビを流し込んだタイミングで束さんが戦線に戻って来た。

 これから始まるのは第三ラウンドか?

 ええい負けん! 俺は負けんぞ!

 流々武起動! 腕部展開! ハイパーセンサーフル稼働!

 

「かかってこいやぁぁぁぁ!」

「あ、いいの? んじゃ遠慮なくその芽キャベツ貰うね」

「私はカツオのたたきを」

 

 俺の春の味覚がぁぁぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっちゃけ食い足りない。腹六分目って感じ」

 

 食事を終えて三人仲良くお茶を飲む。

 だが俺の胃は全然満足してなかった。

 

「同じく」

「私はそこそこかな? デザート程度ならまだ入るけど?」

 

 俺と同じ不満げな顔を千冬さんと違い、束さんは満足気に自分のお腹をぽんぽん叩いた。

 

「……千冬さん」

「……了解だ」

「えっなに? なんでちーちゃんは後ろから私を押さえるの?」

 

 なんでって? それはお仕置きする為だよ。

 

「こちょこちょこちょ」

「あははははっ!」

 

 篠ノ之流最終奥義の箸二刀流は見事だった。

 俺と千冬さんが力を合わさせても太刀打ちできなかったからな。

 片方の手で千冬さんと戦いつつ、残りの手で俺の口に刺身のツマを突っ込むのは卑怯だろうが!

 

「俺のデザートのイチゴを食っておいてそのセリフか」

「あははっ!」

  

 適当な所でくすぐりを止めてやる。

 まったく、途中参戦のくせに人一倍食いやがって。  

 

「ふぅ……お高いイチゴは粒が大きくて甘くて大変美味でした」

 

 まだ煽るかこいつは。

 千冬さんもやれやれ顔で束さんを解放した。

 俺もお高いイチゴ食べたかったなー!

 勢いでISを使用したが、思わず箸を握り締めて折ってしまったのは失敗だったな。

 食事の終わったテーブルを見渡す。

 三人で争うように食べたが、散らかってないのが逆に凄いな。

 さて、旅館の料理は一人前と見れば多めだが、三人で分ければ足りなくなるのは当たり前。 

 手持ちの食料は酒のツマミとご当地カップ焼きそば。

 でも違うんだよなー。 

 なんていうか、今はまだ“晩御飯”を食べたい気分なんだよね。

 となると――

 

「もしもし一夏? うんそう、こっちは食べ終わったよ。そっちは?」

 

 ケータイで一夏に電話してみる。

 あっちは子供が二人だからワンチャンあるかも。

 

「ねぇちーちゃん、もしかしてしー君て」

「あぁ、一夏たちの料理が狙いだな。卑しい男だ」

 

 その卑しい俺から料理を奪った卑しい女ズは黙っとれ!

 

「そうそう、ここの料理結構量があるよね。――食べきれそう? 美味しくて箸が止まらない? そっか、それは良かった。――あぁうん、用ってほどじゃないんだ。それじゃあ邪魔して悪かったね」

 

 残念、一夏もリンも美味しく食べ切れそうだ。

 

「ぷっ、目論見外れてやんの」

「うっさいわい! こんな微妙な腹具合じゃ夜中に腹減るわ!」

 

 一夏卓にお邪魔する計画は絶たれた。

 ルームサービスで料理の追加を頼めるが、今はもう受付時間が終わっている。

 なので旅館の料理をおかわりは出来ない。

 ふむ、こうなった仕方がないな。

 

「はいじゃあ買い出しじゃんけん始めるよー」

「お?」

「ん?」

 

 立ち上がって二人の視線を集める。

 何故ぽかんとした表情でいるのか……察しが悪いぞ。

 

「ここは山奥、近くにコンビニなんかはない。だが幸いここにはISがあり、操縦者が三人もいる」

 

 にやりと笑って二人を見下ろす。

 分かるよね?

 

「しー君」

「はい?」

 

 束さんが真剣な目で俺を見つめる。

 なんぞ問題でも?

 

「流々武はしー君の専用機、しー君の為だけに存在するISだよ? 気軽に貸したりするのは良くないと思うんだ。……分かるね?」

「それ、遠回しに俺に行けって言ってるだけでは?」

「うん」

「うんじゃないんだよ」

 

 時々流々武の制御権奪ってるクセに都合が悪くなるとこれだもの。

 

「ちぇー、結果は見えてるのに時間の無駄だと思うなー。まぁそれでしー君が満足するなら付き合ってあげるよ」

 

 はい束さんは参戦ね。

 

「千冬さんはどうします?」

「いいぞ」

「……意外とあっさり受け入れますね?」

「買い出し“じゃんけん”だろ? 負ける気がしないな」

 

 そうね、俺だって勝てる気がしない。

 この二人と千回じゃんけんしたって勝てないだろう。

 だか当方に秘策あり!

 

「ハンデ貰っていいですか? まさか世界に名を轟かすお二人が小学生相手にハンデなしなんで言わないよね?」

「うわぁ情けない。でもいいよ、しー君が程度なハンデがあっても余裕だし」

「ハンデの内容次第だ」

 

 よっしゃ! まずは勝利への第一歩!

 ふん、そうやって驕ってるがいいさ!

 

「ちょっと聞きますけど、二人のじゃんけんの必勝法は?」

「出される瞬間の手の動きを見ればいい。相手に合わせて自分の手を変えるだけで勝てる」

「普通に筋肉の動き見ればいいだけじゃん。世の中のじゃんけんに負ける連中の気持ちが理解できない私です」

 

 よーし想像通りの人外っぷりだ!

 大丈夫大丈夫、まだ予想の範囲だから。

 

「ならハンデとして二人には目を閉じて貰います」

「その程度ならいいよ。ね、ちーちゃん」

「あぁ、そのくらいなら問題ない」

「でもこっちが目を閉じてるからって後出ししたり、出してから手を変えたりしたら折るからね?」

「そうだな、折る」

 

 どこのナニを折るんですかね? 指? それとも残りの肋骨? どちらにせよ怖いから不正はしませんとも!

 

「不正なんてする訳ないじゃないですか。では商談成立。負けたらISで買い出し、いいですね?」

「いいぞ」

「うん、いいよ」

 

 束さんが目を閉じる。

 千冬さんも目を閉じるが、何故か俺の右肩に手を置いた。

 

「千冬さん?」

「気にするな。ちょっとした呪いだ」

 

 千冬さんが呪いとか俄然気になるが、肩に手を置いた程度でじゃんけんに勝てるの?

 ……うーん、約束通り目を閉じてるから。

 

「準備はいいですか? じゃん! けん! ――」

 

 ぽん!

 

 グー

 パー

 パー

 

 ……あれー?

 

「結果は出たね。よろしく」

「重めのを頼む」

「ちょっとだけ待って! お願いだから!」

 

 なんで平然と勝ってるの? 偶然かと思ったけど二人とも勝って当然の顔してるし。

 

「なんで俺がグーを出すと?」

「私は筋肉の動きを感じた。手によって力の入り方が微妙に変わるからな」

 

 なるほど、俺に触れてたのはその為か。

 肩に触るだけで分かるんか。

 

「束さんは? やっぱり俺の手を計算してとか?」

「そんな事に思考能力を使うなんてカロリーの無駄じゃん。風の当たり具合で判断しただけだよ」

 

 風の当たり具合? じゃんけんで風の当たり具合ですか。

 そりゃね、グーとパーじゃ起きる風の動きが違う感じはするけどさー……世界最高の頭脳が手抜きするなよ!

 適当にやっても勝てるとかなんか悲しくなるわ!

 はぁ……しゃーなしだな。

 素直に負けを認めよう。

 

「で、千冬さんは重い物?」

「ここの料理は非常に素晴らしかった。だがな、どうにも……」

「気持ちは満足しても体は満足してない。そんな感じですかね?」

「その通りだ」

 

 その気持ちは社会人なら経験するものだ。

 休日の前日、仕事を終わらせたらなにを食べる?

 寿司? パスタ? いやいやそんなんじゃ満足できない。

 がっつり肉や豚骨ラーメン食べたいよね。

 心の疲れは美味しい料理で癒せるが、体の疲れはがっつり食わなきゃ癒されないもん。

 

「束さんは甘い物でいいの?」

「だねー。あっでも、フルーツとかじゃなくて、甘くて食いでがあるものがいいな」

 

 饅頭とかドーナツとかかな?

 おけ把握。

 流石に浴衣じゃ買い物できないから私服に着替える。

 庭に出て流々武を展開。

 

「行ってきま~す」

「いてらー」

「ISを見られない様に気を付けるんだぞ」

 

 二人に見送られ、俺は山奥の旅館から飛び立った。

 




とある旅館のとある部屋

〇大人部屋

ち「やるぞ神一郎! これ以上束に好き勝手させるな!(ガチ)」
し「了解! 腕部ステルスモード! この見えない腕でお前の全てを奪う!(ガチ)」
た「二刀流モード! 甘い甘い! ちーちゃんが二人いるならともかく、相棒がしー君ならまだ対応できる!」

〇子供部屋

り「凄く上品で美味しいね一夏」
い「うん、美味しいね鈴」


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卒業旅行(下①)

なんで予定より話が長引くのか、これがわからない。


「たっだいま」

「おっかえり」

「戻ったか」

 

 町での買い物を終えて旅館に帰宅。

 庭に降り立ち部屋に入ると束さんが駆け寄って来る。

 嬉しい対応である。

 それに比べ千冬さんは座ったまま動かない。

 これだから千冬さんは。

 

「私のはどっち?」

「こっち」

「わふー!」

 

 差し出した紙袋を奪う様に受け取った束さんは、もう俺に用はないと背を向けてテーブルに座る。

 うん分かってた。

 どうせ俺は食べ物を運ぶだけが存在価値ですから。

 

「お? ミスドーナッツとか久しぶりな気がする。あーむ……うんうん、このライオンリングのモチモチが良いよね~」

 

 でも美味しそうにドーナッツを食べ束るさんを見てるだけでそこそこ嬉しい俺がいる!

 束さんのもちもちほっぺにドーナッツが詰まってもちもちぱんぱんに……。

 悔しいけど許しちゃう!

 

「ご苦労だったな。なにを買って来たんだ?」

 

 偉そうながらもちゃんとお礼を言ってくれる千冬さんに涙。

 無愛想とか思ってごめん。

 俺を労ってくれるのは千冬さんだけだよ。

 

「ケンタです。バーガーとチキンのセット二つなんで分けましょう。バーガーはチーズとタルタルどっちがいいですか?」

「私はどっちでもいいぞ」

「ならタルタル貰いますね。チキンはノーマルと辛口のどちらで?」

「チキンは何本あるんだ?」

「二本ですね」

「辛口にも興味があるから一本づつ貰おうか」

「了解です。飲み物はコーラとジンジャーエールがあって、お酒はウィスキーとジンとウオッカがありますけどどうします?」

「カクテルを自分で作るのか? カクテル類は明るくないから、なにが合うか分からないんだが」

「どの組み合わせでもそこそこ美味しくなるから適当で大丈夫ですよ。勘で選ぶも良し、気分で選ぶも良しです」

「そうか、ならジンジャーエールとウィスキーを」

「ほいほい」

 

 千冬さんの前にチーズバーガーとチキンのノーマルと辛口、それとジンジャーエールとコーラを置く。

 この二人で分け合うのが友達とセット物を頼む時の楽しさだよね。

 オリジナルセットを作るのが楽しいのだよ。

 自分の分をテーブルの上に出して束さんの隣に腰を降ろす。

 

「じー」

 

 もっちゃもっちゃ

 

 なんかドーナッツをもちゃもちゃしながらめっちゃ見てくるんですが。

 

「じー」

 

 顔が近い。

 ガムを噛みながらガンつけるヤンキー並みに見てくる。

 羨ましいんですか? 羨ましいんですね束さん!

 友達同士のファーストフード店でのやりとりだったもんね!

 暗い学校生活しか送ってない束さんには羨望の光景だろう。

 

「なにか?」

「別にー、羨ましいなんて思ってないしー」

 

 答え言っちゃってるじゃん。

 二人とも学校帰りに買い食いとか無縁だもんね。

 圧倒的上位者が弱みを見せたら、そこを突きたくなるのが弱者って者で――

 

「千冬さん」

「酒を少しづづ加えながら味を確かめるのは面白いな。ん? なんだ?」

 

 珍しくワクワクした顔を見せる千冬さんにキュンとした。

 可愛い顔みせてくれるじゃないか!

 

「こうやって食べるの楽しいですよね」

「あぁ、悪くない」

 

 ツンデレ風の笑顔頂きました!

 ふふふ、この心の中に生まれたこの感情。

 これはそう――

 

「どやぁ!」

 

 超! 優越感!

 あの織斑千冬を笑顔にした。

 それだけでなんか達成感がある。

 なので記念に渾身のどや顔を束さんに披露。

 悔しかったら二人で仲良くファーストフード店に行ってみるんだな!

 

「……殺すか?」

「調子に乗ってまじすみませんでした」

 

 自分自身に問うかの様な静かな口調に思わず本気で頭を下げる。

 目が一切笑ってない。

 束ちゃんを思い出させる冷たい目だ。

 

「ねぇ、甘い物を食べるとしょっぱい物食べたくなるよね」

「うん? しょっぱい物ならスルメがありまけど食べます?」

「スルメじゃなくてこっちを貰うよ」

 

 束さんが手を伸ばして掴んだのは俺のチキン。

 まさか晩飯だけでは飽き足らずチキンまでやる気かっ!?

 

「あぐっ」

 

 束さんの歯がチキンの皮にガブリと噛みつき、そのまま器用に皮を剥がす。

 こいつ……やってはやらない事を!

 

 あむあむ……ごくん。

 

 束さんは美味しそうな顔で鶏皮を飲み込んだ。

 

「しー君は知ってるかな? 鶏肉で一番美味しい部分は皮なのだよ」

「知ってるよ! 俺のチキンが無残な姿に……」

 

 残されたのは皮を剥がされたもも肉のみ。

 やったね! カロリーが半減以下の見事なダイエット食品に早変わりだ!

 いや早変わりじゃねーよ。

 皮のないチキンとは美味さも半減じゃん。

 

「……味気ない」

 

 皮のなくなったチキンを食べてみるが、悲しいかなただの蒸したチキンの味がした。

 器用に皮を噛んで剥いだもんだから間接キスって感じでもない。

 ……虚しい。

 

「そう言えば神一郎、お前が買い出しに行ってる間に聞いたんだが、子供の束と一緒に過ごしたそうだな? よく無事だったと関心したぞ」

「俺だけ食料を持ってたのがデカかったですね。お陰でなんとかイニシアチブ取れました」

「10歳の束は今と違って問答無用で奪ったりはしないんだな」

「あむあむ」

 

 千冬さんがジト目で睨む中、束さんは我関せずでドーナッツを食べ続ける。

 お前の事だぞ。

「でも中々楽しい体験でしたよ。個人的には小学生の束さんに出会えて良かったです」

「昔の束は無愛想で攻撃的だった気がするんだが?」

「からかい甲斐のある楽しい女の子でしたよ? 束さんと違ってスレてなくてちょっかい出すの楽しかったです」

「ってしー君は言ってけど、実際は結構危険だったよ? 子供の私、マジでしー君を殺そうか悩んでたもん」

「それはアレだ、飢えによる生存本能的なものでは?」

「うんにゃ、パンツ見せろって言った時とかだね」

 

 そりゃ殺意抱くよね。

 でも俺は悪くない!

 あれは束ちゃんからイニシアチブを取るのに必要な工程だったんだよ!

 ところで“とか”なんだね。

 束ちゃんが何度俺に殺意を抱いたのか気になるところではある。

 

「パンツがどうした?」

「しー君が子供の私に食料が欲しければパンツを見せろって」

「事実だけど言い方に悪意を感じる」

「……お前」

 

 千冬さんから今世紀最大のゲスを見るで見られたぞい!

 まぁ確かに? 小学生相手にそんなセリフを言ったら犯罪だよ?

 でもさぁ――

 

「相手は束ちゃんだよ? 多少強気に攻めないとこっちがやられるじゃん。人間のマウント合戦は隙を見せた方が悪い。それに言っただけで見てないし」

「……それもそうだな。子供とはいえ相手が束ならセーフか」

 

 千冬さんはすぐさま許してくれた。

 だよねー、束さんならセーフだよねー。

 

「そんな!? ちーちゃんはしー君の所業を許すって言うの!? ご飯の度にコスプレを強要したんだよ!?」

「お前はいつも珍妙な恰好をしてるじゃないか」

「でも小学生の私だよ!?」

「小学生の時から珍妙な恰好してたじゃないか」

「……そだね」

 

 グーパングーパン! 無言のグーパン!

 千冬さんに言い負かされた束さんが無言で俺の肩を殴る。

 人の事をどうこう言うクセに八つ当たりはするのね。

 

「あぐぐ!」

 

 そんで自棄食いもするのね。

 最後のフライドチキンの皮も持ってかれた!

 お前なんてドーナッツと鳥皮のコンボで太ってしまえ!

 

「ご馳走様。こういった飲み方も悪くなかった。たまにはいいな」

 

 缶酎ハイとか市販のお酒は間違いなく美味しいが、たまにはこんな風に雑に作って飲むお酒も美味しいものだよ。

 たまーにやりたくなる中毒性がある。

 

「私もご馳走様でした。さて、まだまだ宵の口だけどこれからどうする?」

 

 時計を見ると時刻はまだ21時前。

 大人にはまだまだ活動時間だ。

 てか社会人はここからが本番だよねー。

 前世の友達となら温泉旅館でやる事と言えば麻雀一択なんだが、この二人は出来るのだろうか? いや、仮にルールをしっていても真っ当な麻雀になりそうにないから却下だな。

 この二人だけ咲の世界を実現させそうだし。

 ……逆に有りか?

 ちょっと見てみたい! だが残念ながらこの宿は麻雀牌の貸し出しはやってないのだ。

 静かさを売りにしてる隠れ家的な宿だから仕方がないね!

 

「私はもう一度温泉かな。せっかくの内風呂なんだし楽しみたい」

「お供に冷酒はいかがです?」

「頼む」

 

 はいよろこんでー!

 貸し切り風呂と言えばお盆に乗せた冷やした日本酒。

 夜空を見ながらくいっと一杯。

 絶対に美味しい!

 さてさて、来る途中で寄った道の駅で購入した日本酒飲み比べセットをバックから取り出す。

 三種類の日本酒が小瓶に入ってるやつだ。

 旅行先でよく見るタイプの土産だが、これが結構好きなのだ。

 冷やすのすっかり忘れてたぜ。

 冷凍庫で30分くらいか。

 

「千冬さん、温泉入りたい率どれくらいです?」

「90%だな」

 

 後10分も待てないと。

 なら裏ワザだな。

 テーブルの上にタオルを敷きそこに日本酒を並べる。

 

「タバゴン! 君に決めたッ!」

「たばたば~!」

「タバゴン! 冷凍ビーム!」

「たばばーっ!」

 

 日本酒に未だ原理が不明な謎のビールが当たる。

 するとピキピキと音を立てて瓶が凍り付く音が聞こえた。

 

「よしよし、もういいぞ」

「たば~♪」

 

 タバゴンの頭を撫でて褒めてあげる。

 常に今の状況を維持しくれたらお兄さん嬉しいぞ。

 

「これで日本酒の準備はオーケー。辛口が二種類と甘口がありますけどどれにします?」

「……全部はダメなのか?」

「俺の分に一本は残してください」

 

 気持ちは分かるよ? 飲み比べセットだもん、全部飲みたいよね。

 小瓶で量も少なめだし。

 だが全部は許さん!

 俺だって露天風呂で冷酒を飲みたい!

 

「なら辛口と甘口で」

「了解。辛口はどっちでもいい?」

「先に選んでいいぞ」

 

 ならお言葉に甘えて。

 俺はこの『雲竜』にしようかな。

 端麗辛口で後味がフルーティー。

 今から楽しみだ。

 

 くいくい

 

 束さんが俺の袖を引っ張る。

 

「あのさ、察するにしー君も温泉入るの?」

「それはまぁせっかくの貸し切り露天風呂ですし、千冬さんの後に入りますけど?」

「入るの? 私とちーちゃんが入った後の温泉に――」

 

 さよならタバゴン、お帰り天災。

 可愛い束さんは一瞬だったな。

 今は暗い瞳で俺を睨む天災が居るだけだ。

 

「俺が入る事になにか問題が?」

「は? 問題しかないが? だってしー君――――私とちーちゃんが入った後のお風呂のお湯飲むんでしょ!?」

「……脳ミソ沸いてんの?」

 

 入浴後のお湯を飲むとかさ、昨今エロゲでもないよ。

 企画モノのAVで、笑い所のシーンとしてあるかもレベルだよ。

 

「だってしー君、変態的嗜好の持ち主だし」

「俺、束さんと違って千冬さんの残り湯とかに興味なんいだけど?」

「ふっ、そんな戯言を信じるとでも?」

 

 やれやれと首を振る束さんにイラっとしますよ。

 自分が興味があるから、他の人間も興味があると思っているのだろう。

 確かに? 美少女が入った後のお風呂の残り湯って単語にトキメクものはある。

 そこは否定しない。

 でも正しくはない。

 正確には“(非実在)美少女の残り湯”だ。

 

「いいか良く聞け。……リアルのお風呂の残り湯とかただの汚水だろーがッッッ!」

「ただの汚水っ!?」

「お風呂に浮いてるアカに髪の毛、その他諸々の排泄物! んなもん汚いだけでしょーが! アニメのヒロインの入浴シーンでお風呂にアカや髪の毛が浮いてるシーンがあるか? いやない! だってゴミが浮いてたら汚いからだ! 残り湯にドキドキするのはな、老廃物が出ないアニメヒロインだけに許された特権なんだよ! 実在系ヒドインは黙っとれ!」

「ちーちゃーん! しー君が長文で怒ったー!」

 

 俺の超正論で論破された束さんが涙目で千冬さんに抱き着く。

 まったく、残り湯に興味があると思われてるなんて心外だ。

 非実在美少女を用意してから言って欲しい。

 ……束さんの残り湯って、アカとか髪の毛が浮いてたりしないそうな気がするよね。

 ちょっと期待してます。

 

「ところで束」

「なぁに?」

「お前も一緒に入る気か?」

「……入らない選択肢はないよ?」

「――そうか」

 

 千冬さんを自分に抱き着く束さんを見た後にこっちに視線を寄こし、少し考えで大人しく受け入れた。

 だぶんここで突き放して俺に押し付けるか葛藤したな。

 そして温泉前にひと悶着起こして面倒な事態が起こるのを嫌がって受け入れたと見た。

 

「じゃあしー君はこっちね」

 

 束さんは押し入れを開けて俺に入れと促す。

 入れと? まぁ理由は察せるけど、出来るだけ幼い顔、幼い声を意識する。

 

「なんで?」

「着替えるからに決まってるじゃん」

 

 可愛く首を傾げて無垢な小学生を演じてみたけど、あっさり受け流された。

 残念。

 

「千冬さん」

「こっちに振るな。私は早く温泉に入りたんだ」

「千冬さんてさ、俺に裸を見られる事に抵抗はないですよね? 世間一般のルールや倫理観に配慮してるだけで、別に見られても何も感じないでしょ?」

「いや? 普通に嫌悪感を感じるが?」

「そして束さん」

「今度は私かー。よぉし来い!」

「束ちゃんがそうだった様に、束さんからそこらの人間なんて路傍の石だよね? なんで今更普通の人間のフリしてるの?」

「それはしー君が友達だからだよ。私は友達に肌を見せて喜ぶ性癖はないのです」

「つまり二人とも肌を見られて赤面する様な可愛い性格をしていない。だから俺が隠れる必要もない。オーケー?」」

「返答を無視して突っ走るな。答えはNOだ。束、やれ」

「あいさー!」

 

 むんずと首を掴まれて浮遊感に包まれる。

 浴衣は首えりを掴みにくいのは分かるけど、直接首を掴まなくてもいいじゃない。

 

「とぉー!」」

「んごがッ!?」

「すとらーいくっ!」

 

 束さんに投げ飛ばされて押し入れにゴール!

 こっちが骨折してるの忘れてまいか?

 パトンと音を立てて襖を閉められる。

 

「やっと温泉に入れるな」

「ちーちゃん、お着替え手伝おっか?」

「大人しくしなければお前も神一郎と同じ場所だ」

「了解であります!」

 

 キャッハウフフとしたやり取りと服の擦れる音が聞こえる。

 暗闇の中で聞くとこれはこれで楽しいな。

 

「おりょ? ちーちゃん少し痩せた? 脂肪は大事なエネルギー源だから絞り過ぎは逆に弱くなるよ? 今のちーちゃんなら7分戦えば私が勝つね。あ、でもこのおっぱいの脂肪をエネルギーに換えれば逆転できるかも」

「忙しくて食事がおざなりになってるからな。それと背後から揉むな」

「……乳首が硬くなってきたね」

「ふんっ!」

「んごっ!? ……おごごご、ちーちゃん脳天に肘はやめて。私でもギリギリな威力だったよ今の」

「馬鹿を言ってないでお前も脱げ」

「んー? 私の裸に興味があるの? しょうがないなーちーちゃんは。見よ! ちーちゃんだけが見れるこの世界最高の裸体をっ!」

「お前、少し太ったな」

「んなっ!? いくらちーちゃんでも言って良い事と悪い事が――ッ!」

「自分でも気付いてるんだろ?」

「えぇ気付いてますとも! おっぱいとお尻周りにの肉付きが良くなって下着のサイズ変わったもん! なにもかもしー君が悪い! しー君と関わると色々と食べたりするんだもん!」

「怒る事じゃないだろ。昔に比べて健康的な体形になったと思うぞ。肌艶も良いしな」

「え? 急に褒めるなんてどうしたの? びっくりしてキュンとしたよ」

「これも神一郎のお陰だな。アイツが色々と世話を焼いたお陰だろう」

「……そうだね。しー君と遊んでると色々食べる機会が多いから、学生時代に比べれば食べる様になったね。でもちーちゃん、私だってたまには正面から褒められたい乙女心があるんだよ?」

「ちゃんと褒めたじゃないか。ほら行くぞ」

「ちーちゃんのいけずー!」

 

 足音が遠ざかって行き、外に通じる引き戸が開いた音が聞こえた。

 もう行ったかな?

 覗こうか悩んだが、よく我慢した俺!

 そしてナイスてぇてぇ!

 もっと二人の会話を聞きてぇなぁ!

 なので窓ガラスにピタッと耳をくっ付ける。

 湯舟が設置してあるのは庭の左端。

 窓に張り付いても部屋の中からでは死角なので二人の姿は見えない。 

 だから安心して盗み聞きできる!

 さぁさぁ! 俺にもっと萌えをおくれ! 

 

「ん? 神一郎の気配が近いな」

「ホントだ。しー君が押し入れから出て最初にやる行動は……こっちの会話を聞くために窓に張り付く……かな? ぷすす、想像しただけで情けない姿」

 

 おん?

 

「ふむ、確かに気配は窓際に近いな。お前の言う通りだろう。盗み聞きとは情けない真似を」

「まぁ盗み聞きくらいなら許してあげようよ。覗きをする度胸がない童貞が必死になって窓ガラスに張り付いてるかと思うと少しは優しく……うん、可哀そうで優しくなれるよね。本当に哀れ」

 

 おんおん?

 

「そこは覗きをしない紳士的な男だと思えば……盗み聞きも似たようなもんか。ただの根性なしだな」

 

 おんおんおん?

 

 なんーんで喧嘩売られてるんですかねぇ?

 確かに盗み聞きなんて褒められる行為ではない。

 だけでそこまで言われる筋合いなくない?

 二人とも勘違いしている。

 俺はオタクとして百合を愛でる者だ。

 それは間違いない。

 だが同時に童貞でもある。

 それも間違いない。

 だけど童貞が大人しい草食系だと誰が決めた?

 売られた喧嘩くらい買いますが?

 善は急げで戦う準備を始める。

 ツマミのスルメと貝ヒモ。

 それに日本酒とビールを持って外に出る。

 

「む?」

「あらま、挑発したから出て来たのかな?」

 

 入浴中に男が現れてもこの反応よ。

 男前過ぎる反応だが、視線を横に向けた瞬間に死が確定するので、真っ直ぐ前を向いたまま歩く。

 湯舟の横、3メートルくらいの場所でシートを敷いて腰を降ろす。

 この位置なら例え二人の方を向いても、顔しか見えない。

 拡張領域からアウトドア用のカセットコンロを取り出して網を乗せる。

 

「あれって何してるんだろ?」

「私にはスルメを焼いてる様に見えるな」

「うん、それも含めてナニしてるのかなって」

 

 俺の行動が気になるかい? 気になるだろうねぇ!

 なに、ただスルメを焼いてるだけだから気にするな。

 

「束さん、そっちはどうな感じ?」

「うん? 最高だけど? 今の私はねー、なんとちーちゃんのおっぱいに頭を乗せて夜空を眺めてるのです!」

「酒が飲み難いからどけて欲しいんだが」

「断ーる!」

 

 千冬さんにしては寛容だな。

 しかし羨ましい。

 千冬さんのおっぱいに頭を乗せて優雅に入浴とか、石油王でも出来ないだろう。

 冷えて澄んだ冬の空気、山奥だから見える満天の星空。

 そして千冬さんのおっぱいクッション。

 前世でどんな善行を積んだんです?

 でもそんな奇跡な時間は終わりです。

 

「とても素敵な時間を過ごしてる様でなにより。で、なにか気にならない?」

「唐突に現れたしー君の存在と焼いたスルメの匂いが気になるかな!」

「だよね。でもこの行為にもちゃんと理由があるんですよ」

「ほー? くだらない理由なら真っ裸で山ね?」

 

 いやー、この澄んだ空気に混ざるスルメの匂いがなんとも言えないよね。

 あ、この日本酒うまぁ。

 帰りに瓶で買おう、当たりだわ。

 ところで小学生を裸に剥いて冬の森に放置は流石にしないよね? 

 本気でやりそうな恐怖はあるけど、ちゃんとした理由があるから大丈夫!

 

「束さん、俺には人に言えない闇があるんだ」

「それ、聞かなきゃダメ?」

「他人に言ったら炎上は必至、だから誰にも言わずにいた」

「あ、問答無用で聞かされるやつだこれ」

「だがそれを敢えて今言おう。――ねぇ、同性愛者って応援しなきゃダメなの?」

「なんかすんごいことぶちまけてきたっ!?」

 

 昔々のお話だ。

 夜、何気なくテレビを付けていたら同性愛者のドキュメンタリー番組が流れた。

 そこにはマイノリティな人間に対する世間の冷たさ、同性愛に対する不理解への嘆きを語るカップルが――

 

 カミングアウトしたら親に泣かれた。

 友人に縁を切られた。

 会社を辞めさせられた。

 

 なんて悲劇を語るのだ……隣に座る恋人の手を握りながら。

 それを見た瞬間、俺の中に何故か怒りが湧いた。

 自分でも理解できない怒り。

 もしかして無自覚にアンチ同性愛者かと思ったが、それは違う、

 だって自分、他人の性癖とかどうてもいいと思ってる人間だから。

 雄っぱいが好きだろうが雄しりが好きだろうが、それが他人の性癖ならどうでも良くない?

 ロリ巨乳の是非についてスレで議論するならともかく、それを現実でやるのはちょっとね、って感じだ。

 だがどうしてもどちらか選べと聞かれれば、むしろ賛成派。

 だって反対派になるとナルシストっぽいじゃん。

 まずは鏡を見る。

 そんでもって自分に聞いてみる。

 

 『俺、ホモやゲイから見ても良い男か?』

 

 答えは分かるな?

 うん、当たり前の事だけど、同性愛者にも選ぶ権利がある訳で――

 これで同性愛反対とは言えませんわ。

 でも何故かテレビの同性愛者に怒りを感じる。

 考えて考えて――答えは出た。

 

「まじアレなんなの? 人生が大変? 周囲に敵が多い? 共に人生を歩いてくれる最愛の人が隣に居るのに不幸面してんの? 喧嘩売ってるなら買うが?」

 

 ――リア充に対しての怒りでした。

 

「いやそれを私に言われても……」

「後さ、同性婚を認めろとか騒ぐ奴らなんなの? 例え法的に認められなくても、この広い世界でパートナーが見つかる奇跡がどれだが凄いか理解してる? もしかしてリア充って更に幸せを求めなきゃ生きていけないの? 一度幸せを覚えると更に欲しがる人間の醜い一面が見れて嬉しいよ。だから別に同性婚賛成の署名にサインしなくていいよね。だって醜い人間の欲望を満たす為の応援なんてする必要ないし」

「いやそもそも同性婚を認めない理由が差別から来てるからであって――」

「差別? ほーん? じゃあ、愛するパートナーの手を握りながら童貞の前で不幸自慢する理由って?」

「別に童貞に対して言ってる訳じゃないと思うけど……」

「束さん、嘘偽りなく答えて欲しい。周囲から差別されながらも共に茨の道を歩いてくれる恋人が居る人間と、一度も愛された事がない人間、どっちが可哀そうかな?」

「……後者………かなぁ?」

「だよね。なら童貞の俺が同性愛者のリア充を妬み、嫉み、僻んでも許されるよね?」

「……許される………かなぁ?」

 

 はい許可が出ました。

 童貞がリア充同性愛者に怒りを覚えるのはセーフ!

 

「昔言ったけど、俺は束さんと千冬さんの絡みを見るのは好きだよ? うん、百合畑を美しいと感じる気持ちは確かに存在する」

「ならどうして今此処にいるのかな?」

「ここまで聞いたら理解してるでしょ? 男として! 一人の童貞して! お前らの百合自慢にムカッときたからだよ!!」

「まさかの裏切りだとぉ!?」

「おい! 私を一緒にするな!」

 

 静かな夜の森に木霊する二人の叫び声。

 てぇてぇさん生きてますか? ……返事がない。

 死んでますねこれは。

 お前たちが悪いんだぞ! ただてぇてぇするだけならともかく、童貞の俺を挑発したらお前らがな!

 

「いいね! 楽しい! さっきまで幸せ百合カップルしてた人間がアホ面晒して叫んでる姿は最高に楽しい!」

 

 二人の反応に酒がうめーぜ!

 なーにがおっぱいに頭を乗せながら入浴だバーロー!

 そんなもん羨ましいに決まってるだろうがッ!

 

「ちなみ俺は百合を楽しむ心は失っていないので、空気を戻したければどうぞ。どう転ぼうと俺は楽しめる!」

「光と闇が混ざり合って最強って今みたいな状況なんだね。初めて知った」

「応援も邪魔も楽しめるからね!」

「最悪だ! ここまで邪悪な生き物見た事ないよ!」

「お前は鏡見ろ。神一郎、百合でもなんでもいいから静かにしてくれ。私は星空を見ながら温泉と日本酒を楽しみたいんだ」

「ちーちゃんが酷い。でも静かにするのは賛成! しー君はちょっと黙ってて!」

「へーい」

 

 俺の返事を皮切りに平穏が戻る。

 流れる温泉の音だけが聞こえ、神秘的な空気が戻る。

 こういう嫌がらせは緩急が大事だからね。

 地べたに横たわって見上げる冬の星空のなんて美しい事か。

 心が洗われるよ。

 

 くっちゃくっちゃくっちゃ

 

 焼きたてのスルメうめぇー!

 

「よし殺す! あのお邪魔虫をプチっと潰してやる!」

「落ち着け束! 素っ裸で外に出る気かッ!?」

「離してちーちゃん! あのクチャラーを殺すんだ!」

 

 ざぱぁと水が大量に流れる音と千冬さんの焦った声。

 もしかして束さん、立ち上がってる?

 首を少し横に向けるだけで裸体を拝めちゃう?

 これはもう誘われてると言っても過言じゃないな。

 だって立ったら見られるって理解してるだろう。

 なのに立つって事はその覚悟があるって事だよね。

 

「ほら見ろ神一郎の顔を。あの顔、お前から近付いてきたら見えちゃっても事故だよな? そんな顔してるぞ」

「なら暮桜の雪片貸して! 記憶が残らない様に脳ミソを細切れにしてやる!」

「私のISに血の味を覚えさせるな」

「むー!」

 

 地団駄踏みながらほっぺを膨らませてる姿を余裕で想像できるぜ。

 今すぐ横を向きたい!

 もう見ちゃおうか? 千冬さんが居るから最悪半殺しで済むだろうし、いっちゃってもいいのでは?

 

「じゃあここから動かず排除する! ――ふんぬっ!」

「おごぱぁっ!?」

 

 こめかみに衝撃を受けてゴロゴロと地面を転がる。

 な、なにが……

 

「ほう? 良い威力だ。体格の小さい神一郎が相手とはいえ、ただの水だけで転がすとは」

「ちっ! こっちを向いてたら目に当ててやったのにっ!」

 

 水? もしかして水を飛ばした?

 くらくらする脳ミソは思考は出来るが体が動かない。

 あ、思考も遠くなってきた。

 せめて温泉の方に向いて倒れたかったよ。

 だがこれだけは言わせてくれ。

 

「……魚人空手は卑怯でしょ…………ぐふっ」

 

 




※主人公が同性愛者の対して色々言ってますが、ただの嫉妬です。同性愛者の方は鼻で笑いつつ受け流してください。

し「一人の童貞としてお前らのてぇてぇを殺す」
た「撃水!」
ち「温泉くらい静かに入らせろ」


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卒業旅行(下②)

友人との付き合いでパチンコ行ってシンフォギアにハマりました!
いなんだかんで見てなかったから全話一気見したんだけどさ。

四期に出てくる敵女幹部、文系メガネゴスロリでツボだったんだけど――

気持ちい事大好きなTS快楽主義者ってマ!?

やっぱ5期もやってるアニメの闇はすげーわ。


「おーい」

 

 ぺしぺしと頬に当たる感触で目を開ける。

 横向きだった体をごろんと転がし仰向きになと夜空が見えた。

 綺麗な星空だなー。

 

「おはよ」

「どれくらい寝てました?」

「30分くらいかな。このまま放置でも良かったんだけど、凍死されたら困るから起こせってちーちゃんが」

「そかー」

 

 視界の半分が束さんの顔で埋まる。

 この寒空の下に30分か。

 お陰ですっかり体が冷えちゃってるよ。

 千冬さんに感謝。

 

「そいっ!」

「甘いっ!」 

 

 くっ、起き上がりを利用したヘッドバットが避けられた。

 この程度の不意打ちではダメか。

 

「もうしー君てばお茶目さんなんだから。脳を揺さぶられたばかりなんだから急に動いちゃダメだよ?」

 

 優しく怒りながら手を刺し出してくれる束さん。

 その手を握り立ち上がる。

 対応をミスったらどうなるか分からんな。

 

「てへっ☆」

 

 舌を出してお道化てみる。

 ……どうだろ? 可愛くてへっできたかな?

 

「お風呂上りの時だけに使える秘儀! 束式鞭打っ!!」

「いったっー!?」

 

 べチンと浴衣の上から濡れた髪で叩かれる。

 対応をミスったら鞭とか鬼畜過ぎでは!?

 

「髪は女の武器っ!」

「誰も物理的な意味で使えとは言ってないよ!? いたッ!?」

 

 何度も何度も濡れた髪で叩かれる。

 意外と痛いんだなコレが!

 

「よし、これくらいで許してあげよう」

「それはどうも」

 

 これ絶対に跡になってるよ。

 

「あ、髪乾かします?」

「ん? それはちーちゃんにお願いするからいいや」

「……そうですか」

 

 いつもは俺の役割なのに……とつい思ってしまう。

 まさかこの俺がジェラシーを感じてるだとぉ!?

 なんて少しふざけてみるけど、実際マジで『えっ?』って思ってしまった。

 くそ、俺の仕事なのに!

 

「んな訳で私はちーちゃんにグルーミングされてくるから、しー君は温泉にでも入ってればいいよ」

 

 グルーミングって、それペット的な意味合いになるけどいいのかな?

 愛情表現の意味もあるから、きっと望むとこなんだろう。

 取り敢えず束さんは置いておいて温泉にでも入ろうかね。

 

「ねぇ束さん」

「んー?」

「湯船に温泉がなんですが?」

「そだね。しー君は興味ないって言ったけど、一応全部抜いておいた」

「そっか」

 

 湯舟を覗き込むと水位が10㎝程だった。

 木製の水路から流れる温泉が湯舟を満杯にしようと頑張っている。

 女湯の温泉全部抜くは許されざるだよ!

 

「衛生的で嬉しいでしょ?」

「うぇっす」

 

 やる気がなくなって適当な声が出てしまった。

 色々言ってしまったけど、束汁と千冬汁に浸かってみたかった男心は少しはあったのだよ。

 

「んじゃ私はちーちゃんとラブラブグルーミングしてくるから! しー君はごゆっくりー」

 

 束さんが部屋に戻り一人庭に取り残される。

 服を脱いで湯舟に入るが、お尻と足しか暖かくない。

 上半身に冷たい風が当たり寒さに身を震わせる。

 寒い……身も心も寒いよ。

 でも大丈夫。

 だって俺、着替え忘れたから。

 二人が良い感じの雰囲気になってる時に、バスタオル取りに裸で部屋に戻るしかないから!

 どんな反応するのか楽しみだぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隠したら? その粗末なモノ」

「戻ったか」

 

 素っ裸の俺を出迎えた二人の反応はあまりに冷たかった。

 ビール片手にほろ酔い顔で夜のニュース番組を見る千冬さんと、その膝に頭を乗せながら鼻で笑う束さん。

 世界を代表する二大女傑に乙女な反応を期待したのが間違いだった。

 

「着替えを忘れたので仕方がないんです」

「その割には堂々とした出で立ちだったけど。まぁしー君なんてどうでもいいや。ちーちゃん! 手が止まってるよ!」

「国会議員が会議中に居眠りか……昔は気にしてなかったが、税金を払う側になるとイラっとするな」

「ちーちゃんの頭の撫で方って時々の機嫌で変わるよね。ガシガシと強めに撫でられるのもまた良し!」

 

 千冬さんがニュースを見ながら適当に束さんの頭を撫でる。

 テレビを見てる時に寄ってきた犬猫に対するベテラン飼い主の貫録だ。

 

「せめてバスタオルくらい投げてくれません? 水を滴らせながら外に立ってる子供が居るんですよ?」

 

 ちなみに俺はまだ部屋の中には入っていない。

 流石に宿で濡れたまま部屋に入るのはマナーがね?

 決して束さんの冷たい目に怯んだ訳ではない!

 

「ん? そうだな。束任せた」

「えー? しー君の為に今の幸せを手放すのはないよ」

「このまま抱き着くぞ。千冬さんの温もりが消えるくらいびちゃびちゃにしてやる」

「しょーがないなー。えーと、しー君のバスタオルは?」

「そこのタオル掛けに掛かってます」

 

 昼間に温泉に入った後に乾かしておいた。

 窓際だから俺から二メートル程度の距離なんだけどね?

 自分の家なら歩いて取るけど、このお高い宿ではしたくないのさ。

 

「ねぇしー君」

「はい?」

「私の幸せをわざと邪魔するなら冷凍ビームね」

「……おぉ! よくよく考えれば自分でどうにか出来そうでした」

 

 はいISを展開してー

 はいバスタオル掴んでー

 はいまた外に出る

 

「全身装甲型はこういった時便利ですよね」

「よろしい」

 

 ちっ、そう簡単には釣られないか。

 今の束さんは簡単には動かないだろう。

 この場は一時撤退だな。

 もっと場が熟成し、壊し甲斐のある雰囲気になるのを待とう。

 だって束さんはともかく、千冬さんが仕事終わりのお父さんなんだもん。

 風呂上がりの晩酌中にゴールデンレトリバーに絡まれるお父さん。

 なんで放置で。

 俺は一夏の所にでも遊びに行こうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってな訳で、千冬さんがおっさんモードで暇だから遊びに来たぞ」

「いらっしょい神一郎さん」

「……いらっしょい」

 

 笑顔の一夏とぶっきらぼうなリン。

 対照的ですなー。

 だが俺は恐れる事なく部屋にお邪魔するぜ!

 

「二人は何してたの?」

「トランプです。大富豪してました」

「二人で大富豪かよ。俺も混ぜて」

「もちろんですよ」

 

 そう嫌そうな顔をするなよリンちゃん。

 俺は恋する乙女の味方だから。

 束さん? 乙女じゃないからセーフ。

 

「そうだ一夏。大富豪と貧民のカード交換はなしにして、ビリは罰ゲームにしようよ」

「罰ゲームですか?」

「罰ゲームって言っても簡単なやつね。腹筋とか恥ずかしいポーズとか」

「まぁその程度なら。鈴はどう思う?」

「ふーん、面白そうじゃない」

 

 リンと一瞬のアイコンタクト。

 内容は――

 

 (分かってるわよね?)

 (任せろ)

 

 である。

 三人仲良く畳の上に座り一夏がカードを配る。

 一夏ってば簡単に受けちゃって。

 この場は二対一ぞ!

 

「アガリです」

「シン兄」

「……すまん」

 

 ゲームが始まって数分、一夏が勝った。

 運ゲーだから仕方がないネ!

 ウノみたいな妨害とかないし。

 

「で、更にすまんリン。俺もアガリだ」

「ぐむむ」

 

 ⑧斬りからの階段で不要カード排除からのトリプル連打。

 綺麗なアガリ方だわ。

 

「まぁまだ初戦だしね。これからよ。さぁ一夏! 命令しなさい!」

 

 ルールとして、大富豪が命令する事になっている。

 一夏はどんな命令をするのかな?

 

「え? じゃあ……腕立て10回?」

「なんでお前はそう面白味がないのかっ!?」

 

 前にゲームをやった時もそうだったが、一夏には圧倒的にエンターテイナー気質が足りない!

 生真面目過ぎるんだよなぁ。

 

「いやだって他になにをさせればいいか分かんないし」

「もういいわよ一夏。腕立て伏せを10回ね。簡単でいいわ」

 

 リンがさっさと腹筋を始める。

 そうだな、早く終わらせて次のゲームに行こう。

 俺が罰ゲームの見本を見せてやんよ。

 

「1、2、3――」

「っっっ!?」

「……おう」

 

 一夏が声を出しそうになったが、慌てて自分の手で押さえた。

 あのですね、リンさんは浴衣姿なんですよ。

 浴衣ってほら、胸元のガードが甘いじゃないですか。

 しかもリンさん、ゆったりしたシャツを下に着てるみたいなんですよ。

 つまりですね、腕立ての体勢だと……色々見えちゃってるんです。

 俺からはせいぜい胸筋くらいまでしか見えないけど、正面に居る一夏には全部丸っと見てるんじゃないかな?

 ナマ言ってすみませんでした。

 一夏さんがラッキースケベ有りのハーレム系主人公だって忘れてました。

 クソ童貞が分かった様な事を言って申し訳ありません。

 

「あの……鈴」

「7、8――なによ」

「……なんでもない」

 

 一夏は悩んだ末に口を閉じた。

 言わない方が良い事もあるさ。

 リンは……まぁドンマイ。

 一夏の記憶に忘れられない記憶を刻んだって事で。

 

「9、10っと。はい終わり」

 

 リンが姿勢を直すのを無言で見守る男二人。

 一夏と視線が交差する。

 そんな怯えた顔するな。

 言わないさ。

 俺の方にもとばっちり来そうだしね!

 

「それじゃあ次のゲームにするわよ! いいわね!」

「……はい」

「……うす」

「なんか反応が変ね。なにがあったの?」

「「別になにもないよ」」

 

 リンを正面から見れない男が二人。

 束さんなら喜んで見るんだが、流石に小学生相手には罪悪感が酷いわ。

 

「カード配るわよ」

 

 カードを配るのは負けた人間。

 リンが配るカードを開けてみると……これは勝ったな。

 

「革命!」

「残念革命返しだ」

「げっ!?」

「ナイスシン兄!」

「序盤に強いカードを出し過ぎた。革命狙いがバレバレだぞ」

 

 カードが互角ならプレイングで負ける訳ねぇ!

 そんなこんなで手持ちが弱いカードで揃ってる一夏が勝てる訳もなく。

 

「はいアガリ」

「シン兄に負けちゃった。はい9のトリプル」

「パス」

「5のダブル」

「9のダブル」

「13のダブル」

「パス」

「4」

「5」

「2」

「パス」

 

 で、二人の戦いが続き――

 

「アガリよ」

「くっ、革命を狙い過ぎたか」

 

 順当にリンが勝った。

 三人だから革命しやすいが、革命返しを注意するべきだったな。

 

「んじゃ一夏は罰ゲームな」

「お手柔らかにお願いします」

「キス顔して」

「……へ?」

「キス顔」

「きすがお?」

 

 革命が失敗したら死あるのみ。

 残念だけど、ちょっと精神的に死んでもらいます。

 なーに、リンの胸を見たんだから収支プラマイゼロだろ。

 

「そんなに難しく考えなくていいよ。目を瞑って唇を尖らせるだけだから」

「ぐぐっ……分かりました」

 

 一夏が素直に目を閉じて唇を尖らせる。

 恥ずかしのを堪えてる姿もグット!

 リンが鼻息荒くしながら一夏に顔をガン見してる。

 お客さん、うちは見るだけだよ?

 でも写真撮影はオッケー!

 流々武ヘッドカモン!

 

「ふーん、一夏のキス顔ってこんな感じなんだ」

 

 リンが静かに近付いてジロジロ一夏の顔を見回す。

 ドスケベおっさんの顔……いやなにも言うまい。

 

「鈴、頼むからあんまり見ないでくれ」

「それは無理な相談ねー」

「くそぉ」

 

 一夏の更に赤くなる。

 これは売れるッ!

 今の所は売る気はないけど! こんな写真表に出したら流石の一夏も怒りそうだから売らないけど!

 でも束さん相手にやらかした時の切り札にはなるな。

 

「よし、もういいぞ」

「やっと終わりですか」

 

 一夏が目を開ける寸前にリンが慌てて距離を取る。

 良いもの見れたかな?

 

 グッ!

 

 力強い親指どーも。

 これで少しはリンに楽しめてもらえたかな。

 

「次こそは勝つ!」

「勝つためにはまずカード配らないとね。はよせい一夏」

「うす」

 

 一夏がカードを配りゲームが始まる。

 二人とも勝負に熱くなってきたな。

 リンの場合は若干炎の色が黒いけど。 

 

「しかしあれだ、こうして集まる事もこれからはそうないかと思うと少し寂しいな」

「えっ? もう旅行とかしないんですか?」

「だって俺、中学生になるし」

「シン兄、中学生になるからってどうしてそうなるのよ」

 

 カードを配りながらの他愛無い雑談。

 よくある光景だ。

 だがまだまだ甘い。

 俺の話に食い付いたせいで、ゲームへの集中力が切れてるぜ?

 

「年の差がある友達グループが解散する理由に多いのが進学なんだよ。なぜなら中学では部活動が始まるからだ」

「部活に入るとそんなに変わるんですか?」

「変わるね。めっちゃ変わる。まず生活リズムが部活中心になるから休日に遊んだりしなくなる。部活が終わる時間は部によって異なるから帰りも一緒にならない。土日も部活して終わったらそのまま遊びに行くパターンになるから、遊ぶ相手が大抵は部活仲間になるな」

「部活ねー。なんか想像できないわ」

「柳韻先生の剣道教室がもっと身近になる感じかな?」

「剣道教室と違って部活は週7だ。部活に入ると私生活がそれに染まるから、小学生の友達と遊ぼうって選択肢が本当になくなるんだよ」

「それは少し寂しいですね」

「なんだかんだで学校帰りに会ったりするから、そういった機会がなくなるのは確かに寂しいわね」

 

 これは割とマジな話。

 俺も生前は歳の差がある友達が居た。

 近所の年上のお兄さんや年下の後輩だ。

 学校が終われば集まってゲームをし、休日は釣りに行ったりと楽しんだ。

 でも進学と同時にそれは終わった。

 いや顔が合えば話すし、仲違いした訳でもないけど、付き合うグループがまんま部活仲間になるんだよね。

 ネット環境が充実してる都会なら夜に集まってオンラインゲームとかして、付き合いが切れないのかな?

 地方じゃ進学からの疎遠はあるあるだと思う。

 

「だからこれからは今以上に遊ぶ機会はなくなると思う。ほい、階段」

「パス。神一郎さんの言い分は分かりますけど……正面から言われると悲しいんですが?」

「パス。ほんとそれ。シン兄さぁ、もう少し配慮があっていいんじゃない。なんか雑に扱われてる様でイラっとするわ」

「4のトリプル。でも急に付き合いが悪くなるってのも嫌だろ? だから先に言っておこうかなと」

「7のトリプル。前々から思ってましたけど、神一郎さんて気の使い方が変な時がありますよね」

「9のトリプル。まぁこっちは別にシン兄に会えなくて寂しいとかはないからいいけど……年に二回くらいは顔が見たいわ」

 

 夏休みと冬休みは一夏と旅行に行く計画を立てろって事ですね!

 了解であります!

 ……便利に使われてる感が酷いけど、恋する乙女に逆らう勇気は俺にはないのだ。

 それにもし断って泣かれても困るし。

 

「そんな訳でアガリな」

「はやっ! 神一郎さんに勝てないなぁ」

「なんとか罰ゲームだけは回避したいわね。5のダブル」

「8のダブルで切る。そして階段」

「パスよ」

「よし、ここで革命だ!」

「またぁ!?」

「10のダブル」

「7のダブルよ」

「5のダブル」

「……パス」

 

 今回は慎重に革命の機を狙っていた一夏のプレイング勝ちだな。

 リンは弱い札を使い切っていた為に対処ができていない。

 

「はいアガリ」

「くっ、まさか一夏にしてやられるなんて」

「残念だったねリン」

「罰ゲームを決めるのはシン兄か……お手柔らかにね?」

「善処するよ」

 

 リンへの罰ゲームは悩む。

 下手に運動系にするとセクハラになりそうなんだもん。

 一夏の提案からのラッキースケベはセーフだが、俺発信はアウト。

 健全な罰ゲームでも一夏の前ではお色気シーンと化す可能性がある。

 なので、最初はらちょいエロならそれ以上にならないのではないかと、そう思うんですよ。

 

「尻文字で自分の名前を書く、で」

「シン兄、セクハラって言葉知ってる?」

 

 小学生にセクハラを注意されるとか泣きたくなりますよ!

 いやちゃうねん。

 これは俺の欲望ではなく、ちゃんとリンにもメリットがある提案なんよ。

 

「リン、ちょっと耳貸して」

 

 リンに耳元に口を寄せる。

 

「自分のお尻を見て赤面する一夏、見たくない?」

「――っ!? それは……そんなの……」

 

 耳を赤くして照れるリンちゃん萌え。

 朴念仁の思い人が自分の身体を見て赤面する、そんなのちょっと興奮するだろ?

 恥ずかしがる事なんてないさ。

 乙女の承認欲求を満たす事は決して悪い事じゃない!

 思う存分一夏を悩殺しろ!

 

「神一郎さん、鈴は嫌がってるみたいだし無理矢理は……」

 

 黙ってしまったリンを見かねて一夏が割って入る。

 気持ちは分かるよ。

 第三者から見たらこれ、嫌がる女の子にセクハラ無理強いしてるからね。

 だが一夏、お前は黙っとれ!

 リンはお前に尻を見せる事を恥ずかしがってるだけなんだよ!

 

「良いのよ一夏、この罰ゲーム……やるわ!」

「恥ずかしいなら無理しなくても――」

「いいの! やるの!」

 

 あーあ、煽るからリンが覚悟決めちゃったじゃないか。

 これぞハーレム主人公とツンデレ幼馴染の掛け合いよ。

 はいそれでは流々武ヘッドをステルスモードで膝の上に展開します。

 そして録画モード! もちろん録画するのは一夏の顔!

 ……リンの尻文字とか是が非でも録画したい気持ちはあるけどね。

 なんか録画したら将来的に死にそうだからやめておく。

 うん、俺が女子小学生の尻文字動画見てたら色々問題だから。

 

「では俺の手拍子に合わせてどうぞ」

「来なさい!」

 

 リンが俺と一夏にお尻を向ける。

 しっかりと真正面に一夏を置いてるあたり本気度を伺える。

 

「リンちゃんのフォウの字はどう描くの♪」

「こうしてこうしてこう書くの!」

 

 スレンダーの薄いお尻でも、こう目の前で力強くふりふりされるとクルものがありますね。

 さて、一夏の様子は――

 

「――っ」

 

 おうおう、顔を赤くして視線を逸らしてますよ。

 いくら朴念仁の一夏でも、目の間で尻を振られてらそりゃ反応するよね!

 いいんだ一夏! お前の反応は男として当然の反応だ!

 

 

「リンちゃんのリンインはどう描くの♪」

「こうして――こうして――こう書くのっ!」

 

 最後のンまで力強く描き切ったな。

 ナイス乙女!

 

「どう? やりきったわよ!」

 

 リンが赤い顔で振り返った。

 なんかもう気恥ずかしさで一杯一杯って感じだ。

 

「鈴は頑張ったと思うよ」

「あら一夏、そんなに顔を赤くしてどうしたの?」

「別に赤くないし。それより鈴だって真っ赤じゃないか」

「運動したから赤いの!」

「恥ずかしいのに無理するから」

「別に恥ずかしがってないわよ!」

 

 ああ^〜いいっすね^〜

 小学生の同士の甘酸っぱい掛け合いを見てるだけで心が若返るわ。

 

「ほらほら、言い合いはそこまで」

「ふんっ! シン兄がそう言うなら見逃してあげるわ。感謝しなさいよ一夏」

「俺には何に感謝すればいいのかさっぱりだよ」

 

 顔が赤い理由の追求じゃないっすかね。

 本当は自分のお尻で赤面したって言わせたいんだよ。

 

「よし、次のゲームしようか」

「あ、神一郎さん」

「ん?」

「その、そろそろ良い時間で」

 

 一夏の指摘で時計を見ると、確かに子供はもう寝る時間だ。

 普段の一夏なら確実に布団の中だろうな。

 

「えー? もう少しいいじゃない」

「だけど鈴、夜更かしすると明日が辛いぞ?」

「でもせっかくのお泊りなのに……」

 

 渋るリンの気持ちは分かるなー。

 俺も子供の頃は無駄に徹夜で友達と遊んだもんだ。

 男が集まると先に寝たら負けみたいな空気になるんだよね。

 んで空が明るくなるまでトランプやウノを始めるんだわ。

 そのせいで朝はみんな死んだ顔してた。

 今なら言える、大人しく寝ろと。

 

「リン、遊びたい気持ちは分かるけど寝ておけ。温泉宿に泊まったら早めに寝て早めに起きる。そして朝風呂からの豪華朝食。それが正義だ」

「神一郎さんの言う通り。たっぷり寝て、起きたら温泉。そして美味しく朝食を食べるのがとても良いと思う」

 

 一夏がうんうんと頷きながら追従する。

 その歳で大人の温泉を理解するとは流石だ。

 

「むぅ……わかったわよ」

 

 渋々って感じでリンが折れた。

 そんなに拗ねなくてもいいじゃない。

 お前にはこれから一夏の寝息を聞きながら悶々とする一大イベントがあるじゃないか!

 だから布団の中で大人しくしていろ!

 一夏の寝息が気になって悶々とするリンが見たいけど、ここはぐっと我慢して盗撮は勘弁してやる!

 

「なら俺は部屋に戻るかね」

「千冬姉の様子はどうです?」

「元気に酔っぱらってるよ」

「それはなによりです」

 

 なんでちょっと嬉しそうなんだよ。

 姉が元気に飲酒してるって情報で喜ぶとは……これはブラコンの鏡。

 

「それにしてもよく千冬さんと同じ部屋に長時間一緒に居られるわね。シン兄って千冬さんとどんな会話してるの?」

「特には? 千冬さんはテレビを見ながら酒飲んで、俺は携帯ゲーム機で遊んでる」

「家にいるのと同じじゃない!?」

「だって千冬さんと話す事なんてないし」

「またそんな事言って……神一郎さんと千冬姉、実はもう許し合ってますよね。どっちかが謝れば済む問題だと思いますけど」

「俺と千冬さんの距離感はこれでいいんだよ、ほっとけ」

「無言で自分の世界に入る二人……やっぱり遊びに行かなくて正解だったわ」

 

 こっちの部屋に来ようか悩んだんだ?

 でも空気が悪そうだから遠慮したと。

 部屋は賑やかし役の束さんが居るし、俺と千冬さんは仲良く酒飲んでるけどね!

 明るく楽しいお部屋だよー?

 ではでは、一人の俺は喪女の飲み会に戻るので後は若い二人でごゆっくり。

 おやすみー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お゛お゛おぉぉぉぉ……」

 

 部屋に戻ったらゾンビが居た。

 やっぱりこっちの部屋に来ないのは英断だったよリン。

 

「なんで束さんは頭を押さえたまま苦しんでるの?」

「調子に乗ったので少し仕置きをな」

「肘鉄?」

「いや瓶で」

「そりゃゾンビ化するわ!」

 

 部屋に入った瞬間に見えたのは、倒れたまま頭を押さえて苦しむ束さんとその様子を冷たい目で見る千冬さん。

 よく分からんが、束さんが馬鹿やって一升瓶で殴られた事だけは分かった。

 

「なにしたんですかまったく」

「しーくーん……」

「はいはい」

 

 千冬さんの対面に座り膝をぽんぽんと叩いて誘導。

 足のないゾンビの様に這う束さんの頭を膝に乗せる。

 あらま、頭にコブがあるじゃないか。

 これは痛そう。

 よしよし。

 

「う゛ぅ……しー君の膝が硬い。ちーちゃんの方が良い……」

 

 膝を貸してるのにこの言いようよ。

 コブをグリグリしてやろうか。

 

「で、どうしたんです?」

「……私さ、ちーちゃんに膝枕してもらってたじゃん」

 

 あれは膝枕をしてもらったと言うか、勝手に頭を乗せてただけでは?

 

「なんでそこから酒瓶アタックに派生するんですか」

「それは……」

「それは?」

「束が私のまたぐらに顔を突っ込んできたからだ」

 

 言い淀む束さんを横目に千冬さんがしれっと割って入る。

 ほう、千冬さんのまたぐらに顔を――

 

「だってちーちゃん浴衣で胡坐をかいてお酒飲んでたんだよ? だんだんとだらしのない恰好になって……目の前にある洞窟がまるで私を誘ってる様だったんだもん!」

 

 それは……うーん。

 男として気持ちは分かる。

 浴衣姿の千冬さんに膝枕された状態で神秘の洞窟が目の前あったら、俺だって顔を入れたくなる。

 でもその結果が酒瓶でゴンかぁ……。

 ちょっと真似はできないかな。

 

「私だって頭皮と頭蓋骨は普通の人間なんだよ……」

 

 束さんは頭を押さえたままぐしゅぐしゅと泣き続ける。

 自業自得だけど流石に痛そうだ。

 たんこぶには塩を塗るといいんだっけか。

 いやそれよりも他の事で痛みを誤魔化した方がいいかも。

 たんこぶは早々に治るものでもないし。

 そうだ――

 

「束さん、痛みで目を閉じちゃう気持ちは分かるけど、我慢して正面をよく見てください」

「あう?」

 

 俺と千冬さんはテーブルを挟んで座っている。

 その状態で見るテーブルの下の景色ってどうだと思う?

 そう、千冬さんの生足見放題ってことさ!

 

「…………うひ」

 

 気持ち悪い笑顔を浮かべる束さん。   

 よーしよしよし、その調子で痛みを忘れるんだぞー。

 束さんは千冬さんの下半身をガン見できてにっこり。

 俺はそんな束さんの頭を撫でまくりでほっこり。

 これぞWin‐Winの関係ってやつだ。

 

「束がなにをしてるかだいだい察せるが……もう色々と面倒だ」

「飲んでる時はツッコミが億劫になりますもんね。それにしても随分と赤ら顔に。どんだけ飲んだんです?」

「あるだけ全部だ。あぁそうだ、冷蔵庫にあったお前のビールも貰ったぞ」

「事後承諾じゃん。別にいいけど」

「実はな、前からやってみたかった事があったんだ」

「千冬さんがやってみたかった事?」

「あぁ、限界まで飲んでから寝落ちしたら絶対に気持ちいいと思うんだ」

「すっげーわかる」

 

 休日の前とかやっちゃうよね。

 明日へのリスクを忘れてただ酒を飲み、意識を失いそうになったら抗わずにすっと手を離す。

 あの落ちる瞬間がたまらんのだ。

 一夏の前じゃ見せられない姿だから、千冬さんが未経験なのも納得だ。

 

「寝ゲロだけは気を付けてくださいね」

「これからやるのは私にも初めての経験だ。万が一の時はフォローを頼む」

「そこまでの覚悟が!?」

 

 まさか俺に寝ゲロの片付けを頼む覚悟があるとは――

 見事なり!

 そこまでの覚悟をみせられたら寝落ちさせてやりてぇと思っちまうよ!

 でもなぁ……

 

「ここで虎視眈々と千冬さんが寝るのを待ってる肉食獣が居ますが?」

「束さんは可愛いウサギさんだよ?」

 

 いやお前、千冬さんの話を聞いてる途中の顔はかなりやばかったからな?

 余りにも汚い笑顔するもんだから、思わず膝から頭を落とす所だったわ。

 

「問題はそこなんだが……神一郎、お前は若いから徹夜は大丈夫だな?」

「俺に見張らせるつもりなんかいッ!?」

 

 若いけど小学生の身で徹夜は無理!

 この場合の若いって普通は二十歳前後のことだから!

 酒も飲んでるし精神的に疲れてるから徹夜は無理!

 だかこの問題を放置して、俺が寝てる間に怪獣大戦争が勃発して寝てる間に死ぬ未来は回避したい。

 

「束さん」

「んー?」

 

 なでなで

 千冬さんの下半身から視線を外さない束さんの髪をゆっくり撫でる。

 気分は興奮した犬を落ち着かせるブリーダーの気分だ。

 

「良い子だから今夜はもう千冬さんにちょっかい出すの止めましょうね」

「……なんで?」

 

 想像以上に低い声。

 牙をむいて唸ってる絵が脳内に浮かぶけど我慢!

 

「たまの休みを満喫する社会人の邪魔する権利は、束さんみたいなニートにないんです。かわるよね?」

「でもエッチな事はストレス発散になるじゃん」

 

 そうだね!

 いやそうだねじゃなーよ。

 あかん、思わず同意しそうになった。

 

 なでなで

 

「お願いだから千冬さんを静かに寝かせてあげよう? さもないと――」

「さもないと?」

「この場に一夏を連れて来て騒ぎを起こさせる。んで日本政府と警察に電話して束さんの存在をチクって眠れない夜にする。その後は箒に束さんが織斑一家の温泉旅行を台無しにしたクソ最悪のクズだって教える」

「…………ちーちゃんの隣に布団を敷けたら満足です」

 

 なでなで

 

 いい子いい子。

 束さんは友達の寝込みを襲う様な人じゃないもんね。

 

「手から伝わるオーラで分かる。しー君がマジだって……」

 

 なでなで

 

 オーラとは束さんにしては非科学的な。

 でも正解。

 もし百合プレイが始まったら、最初だけ見学してその後は国家権力を呼ぶ。

 場の雰囲気が絶好調になったタイミングで黒服を大量に登場させてやるよ!

 ケケケッ!

 つか徹夜は勘弁!したくない!

 

「むぅ、今夜のしー君は生意気に反抗的だ」

「これに懲りたら童貞に喧嘩を売るのは止めるんだな。友としては束さんの幸せを願っているが、童貞としては絶対に邪魔してやる。そんな心境なのをお忘れなく」

「らじゃ! 肝に銘じます! だから手のひらから黒いオーラを流すのやめてくれない!? なんか洗脳されそうで怖い!」

 

 なでなで

 

 おやおや束さんてばそんなに震えちゃって。

 優しく、やさしーく頭を撫でてるだけだよ?

 ただ私怨が少し漏れてるかもだけど。

 

「ふむ、やはり私は二人の掛け合いを少し離れて見てるのが性に合うな」

 

 更に擦り付けようとするな。

 ここは見事安眠を勝ち取った俺を褒める場面だよ?

 

「ところで一夏たちはどうだった?」

「夕飯を食べ終わった後はトランプで遊んでたみたいです。明日は朝風呂に入るからってもう寝ました」

「それは健康的でいいな。ふむ、朝風呂か……朝霧の中で入る露天風呂も風流だな」

「冬の山ですから寒いでしょうが、とても気持ちいいでしょうね」

「朝からちーちゃんのおっぱい枕で温泉とは……こんな贅沢あっていいの?」

 

 明日も朝からこのリア充と戦うのか。

 いいだろう、俺はてぇてぇ絶対殺すマンとして受けて立つ! ――って脇腹がズキッとしたな。

 これはまさか――

 

「うーん」

 

 上半身を捻ってみたりしてみる。

 忘れた痛みを微かに感じる。

 

「どったの?」

「どうも痛み止めが切れたみたいです」

「もうそんな時間かー。包帯買ってきた?」

「包帯と痛み止めは一応」

「なら応急処置しよっか」

「お願いします」

 

 束さんが膝から頭を離して立ち上がる。

 自由になった俺はビニール袋から包帯を取り出して束さんに手渡す。

 

「んじゃ上半身をはだけて」

「うす」

「そのまま手を上に」

「ほい」

「手を下げて」

「ほい」

 

 束さんが慣れた手つきで包帯を身体に巻いていく。

 これは――っ!?

 

「はい終わり」

「なにこれカッケーッ!?」

 

 鎧っぽいっていうかエヴァを彷彿とさせるというか――両脇から交互に包帯を重ねて層になってると普通にカッコいいな!

 

「後は適当に痛み止め飲んでおきなよ」

「あ、そうだ。はい束さん」

「ん? 薬?」

 

 いくつか買ってきた痛み止めを束さんに手渡す。

 

「束さんなら薬を混ぜ合わせてより効果のある薬を作れるかなって」

「ねぇしー君、もしかして科学を馬鹿にしてるのかな? うん? どこかに実験器具がある様に見える? 流石の束さんでも素手で必要な成分の抽出や不必要な物資の除去は出来ないんだけど?」

 

 グシャと束さんの手の中で潰される痛み止めの箱が怒りの具合を教えてくれる。

 確かに俺の言い方は悪かった。

 でも束さんならって思うじゃん。

 

「アウトドア用品があるから、火なら用意できるよ?」

「痛み止め料理を作って欲しいのかな? イカの塩辛に全種類混ぜて食ってろ」

「……天才科学者なのに」

「絶妙に喧嘩を売ってくるじゃないかしー君」

 

 束さんの額に青筋が浮かぶ。

 だって世界の篠ノ之束だよ? なんでも出来るって期待しちゃうじゃん。

 実験器具がなければ篠ノ之束もただのメシマズ女子か。

 

「よーしいいだろう」

「お?」

「しー君がそこまで言うならどうにかしてやろうじゃないか! ちょっと待ってなさい!」

「へ?」

 

 なんだかんだ言いながらも調薬してくれるのかと思ったら、勢いよく外に飛び出し、そのまま庭を入って暗闇に消えて行った。

 夜の山に消える年頃に女性……警察案件かな?

 

「まずいんじゃないか?」

 

 突然の行動に呆気に取られて動けない。

 束さんの背中を見送るしかなかった俺に千冬さんから声が掛かる。

 まずいかな? なんか俺もそんな気がする。

 

「今夜は一夏と一緒に寝ますね」

「待て待て、保身に走るな。お前が撒いた種なんだから責任を持て」

 

 逃げようと思ったらすでに捕まってるだと!?

 気が付けば世界最強に腕を掴まれてる恐怖。

 へべれけだったのになんてスピードで動きやがる。

 そんなに面倒ムーブしてる束さんと絡みたくないのか! 絡みたくないよね分かります! 

 でも自分小学生なんで、責任とか言われてもちょっと。

 

「俺、やっぱり二人の仲を応援する!」

「男がコロコロ主張を変えるな!」

「んなこと言ってただ俺に束さんの相手をさせたいだけだろ!? いいよもう! 今夜は束さんに全てを任せて布団の上でマグロになってろ!」

「誰がマグロかっ!」

「……いやでも千冬さんはマグロが似合いと思うよ? 普段気が強い女性がさ、ベッドの上で緊張で硬くなって動けなる姿は男心に刺さるものがある。ギャップ萌えって言えばいいのか、個人的にはアリです」

「……そんなもんか? ファンレターでは押し倒して欲しいとよく書かれているが」

「それ、相手は?」

「同性だな」

 

 女性ならそうなるだろうな。

 千冬さんに押し倒されたい夢見女子は多そう。

 だが男なら! 恥ずかしいそうにバスタオルで胸を隠し緊張でガチガチの千冬さんが良いだろぉ!?

 

「千冬さんなら、敢えて相手に身を任せるのも有効な技だと判断します」

「そんなものなのか」

「ですです。なのでこの後はお二人でごゆっくり」

「いや逃がさないが?」

 

 千冬さんの手が離れねー!

 くそ、このままでは――

 

「ただいまー」

 

 はやっ!? てっきりダナンまで機材取りに行ったのかと思ったが、もう帰って来やがった!

 近くに秘密基地でもあったんか?

 

「ん? 二人してなにしてんの?」

 

 逃げる俺と逃がさない千冬さんの図なんだが、どう説明したもんか。

 千冬さんに襲われてます……は、死がゴールなので言えない。

 

「なんでもないよ? ね、千冬さん」

「あぁ、なんでもない」

 

 逃亡を諦めたら千冬さんが手を離してくれた。

 俺は運命を受け入れる!

 

「んで束さんはどこに行ってたの?」

「え? しー君の為に材料を取りに」

 

 今気付いたんだけどさ、その手に握り住めてるキノコっぽい物はなんですかね?

 なんでそんなに堂々とキノコ握り締めてるの?

 

「入れ物は――この湯呑でいいか。まずはしー君が買ってきた錠剤を粉にします」

 

 この子、錠剤を素手で潰してるんですが?

 指先に挟まれた錠剤が粉になって湯呑に落ちていく。

 

「次にこの取って来たキノコを入れます」

「うん、待とうか」

「ほえ?」

 

 キノコを持つ束さんの手首をがっちり掴む。

 なんで不思議そうな顔してんのさ。

 キノコ……キノコか。

 記憶にないけど、束さんとキノコの組み合わせが怖い。

 俺の中のなにかが最大限で警戒音を鳴らしてる。

 

「そのキノコはなに?」

「ただの生薬だけど?」

 

 生薬かぁ……アウト……いやセーフ……うーん。

 

「ほい」

 

 こっちの覚悟が出来る前に入れやがった!?

 

「スプーンで潰しながら混ぜます」

 

 キノコが潰れて粉の錠剤と混ざり合う。

 キノコの水分を吸って段々と団子状になっていくのが怖い。

 こんな恐怖を感じる料理番組ってある?

 

「最後に形を整えて――はい完成」

 

 完成しちゃったかー。

 これただのキノコ団子なのでは?

 最後に束さんが手の平で団子をコロコロしたので、最悪篠ノ之束の手の平味と言ってもいいかもしれないな。

 外から帰ってきてそのまま料理作ってたけど、そこはほら、新鮮な束さんの味がすると思えば……思え込めば……っ!

 

「はいあーん」

 

 満面の笑みで茶色の塊を刺し出される。

 おおう、近くで見ると心が折れそうになるぜ。

 

「千冬さん」

「諦めろ」

 

 一応助けを求めてみたけど無意味だった。

 つかいつの間にかまた座って飲み始めてるし。

 千冬さんも結構マイウェイだよね。

 

「しー君の為に用意したんだよ? 食べてくれるよね?」

「ねぇ束さん」

「うん?」

「もしかして怒ってる?」

「……にこっ」

 

 あぁやめて! 無理矢理押し込まないで!

 ごめん! イチャラブ邪魔したり生意気な発言してごめんて!

 青臭くて苦いものが喉を――おぐっ。

 

「はい飲み込んでー」

「あごごごっ」

 

 無理矢理口を閉じられて呻き声しか出せない。

 あー喉がイガイガする。

 

「飲むか?」

「どうも」

 

 千冬さんがくれたコップを受け取り、飲み物で口に残った異物感を洗い流す。

 ってこれビールじゃないか。

 せめて水にして欲しかった。

 

「あ、お酒」

 

 ちょっと怖い感じの声出すのやめて?

 

「お酒がどうしました?」

 

 痛み止めとアルコールがマズいのか?

 普段なら組み合わせないもんな。 

 今は口の中をさっぱりさせたくて飲んじゃったけど。

 

「ギリギリ大丈夫かな? まぁ死にはしないよ」

「にゃにしょのきょわいいいきゃた……はれ?」

 

 なんか舌が上手く動かない。

 

「いいかいしー君、痛みを消すって事は神経をマヒさせる事。つまり神経毒が最適解」

 

 こいつ毒盛りやがった!?

 まさかだよ! そりゃ一瞬その可能性を考えたけど、まさか真正面から毒キノコ食わせてくるとは思わないじゃん!

 

「げじょくざいを――!」

「そんなものはない」

「あぺっ!?」

 

 掴みかかろうとしたら足払いを床に倒される。

 心なしか体の動きも鈍くなった気がする。

 

「普通は経口投与じゃ普通はもう少し効果が出るのに時間が掛かるけど、事前の飲酒と追加の飲酒でブーストが掛かったみたいだね。これでしー君は朝まで無害……ね、ちーちゃん」

「む?」

 

 怪しげな光を灯らせた目が千冬さんに向けられる。

 こいつさては千冬さんとのワンナイトラブを諦めてねーな!

 まさか邪魔な俺に一服盛って排除するとは!

 

「毒が強すぎと心臓まで止めちゃうから使うキノコに神経を尖らせたよ」

 

 苦労するとこおかしくない?

 

「これで邪魔者は消えたので後は大人の時間だね」 

「……私の邪魔をする気なのか?」

「ほえ?」

 

 倒れた俺の視線は床と二人の足しか見えない。

 だが口調だけでも分かる。

 これ絶対やばいやつ。

 

「私は今夜気持ちよく寝落ちすると決めたんだ。決めたんだよ、束」

「う、うん。だから私と二人仲良く気持ちよく――」

 

 よせ! 引くんだ束さん!

 今の千冬さんは――

 

「邪魔をすると言うなら……」

「待って!? ねぇ待ってちーちゃん! その振り上げた酒瓶はなに!?」

 

 酔っ払いだ!

 

「消えろ」

「ぎゃん!?」

 

 ゴツンとかガンとか、そんな生易しい音じゃない。

 今までの人生で一度も聞いた事がない鈍い音が部屋に響いた。

 直後、俺の視界に束さんの顔が映る。

 白目で気絶する人って本当に存在するんだ。

 

「――――。」

 

 千冬さんが無言で束さんの首根っこを掴んで引きずる。

 片手で襖を開け、そのまま上の段に束さんを放り投げた。

 と、今度は俺の方にやってきた。

 

「ぢふゆざん?」

「お前ももう寝ろ」

 

 寝かせてくれるのは嬉しいんですが、そっちは押し入れですよ?

 

「布団が残っているから風邪はひかないだろう」

 

 そうだね! 敷布団はあるね! 

 いや掛け布団は!?

 お願いだから雑に投げ込まないで! 身体が上手く動かないから受け身とれんぞ!

 ってアァァァァ!

 

「ぐえっ」

 

 束さんよりは優しく投げ込んでくれた。

 でもなんで俺まで押し入れなんだろう?

 千冬さんに恨みがましい視線を向ける。

 

「せっかくだから他人の視線を気にせず爆睡したい」

 

 アッハイ。

 分からんでもないこだわり。

 気持ちよく寝るなら一人で寝るのがいいよね。

 

「じゃ、おやすみ」

「……お゛や゛ずみなざい」

 

 パタンと襖が閉まる。

 俺も全身の痺れに身を委ねて寝ちゃおうか。

 

 おやすみなさい。

 

 




〇子供部屋

い「くーかー(気持ち良さそうに寝ている)」
り「どきどき(一夏の寝息が気になって寝付けない)」



〇大人部屋

ち「ぐーがー(部屋の真ん中で気持ち良さそうに大の字で寝てる)
た「――――。(返事がない。どうやら気絶しているようだ)」
し「しびしび(痺れに身を任せて寝た)」


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エロトラップダンジョン(初日)

三年くらい前に友人にVTuberを勧められたけど、興味がないから流したんだよね。
でも最近になってやっと面白さが理解できた!
これは良きものです。
アーカイブ量を見るに、数年は暇しなくてすみそうだぜ!


 待望の春休みがやって来た。

 卒業式? 独り身なんで特にイベントなかったです。

 肋骨の骨折も無事に完治した今、長期休暇にする事――それはアルバイト!

 いやね、通帳見たら貯金残高がヤヴァイって事に気付いたんですわ。

 改めてモンド・グロッソが終わってからを振り返ると……うん、贅沢し過ぎ。

 束さんに高級ホテルの宿泊をプレゼントしたり、無人島買ったり、束さんにバカ高い牛肉買ったり……あれ? 散財の半分は束さんじゃね? 

 おかしいな、生前はキャバクラにさえ行った事がない俺が異性に貢ぐとかなんの冗談だ。

 ここはやはり束さんに責任を取ってもらうしかないな!

 

「束さーん!」

 

 そんな訳での春休み初日、いつも通り食料を買い込んでダナンへ。

 突撃隣の天才科学者!

 

「うへぇ」

 

 人の顔を見た瞬間めっちゃ渋い顔するじゃん。

 空中にいくつもの仮想モニターを投影させ、そのモニターの前でゲーミングチェアーっぽい椅子に座る束さんが振り返ってからの第一声がこれである。

 

「だって笑顔が気持ち悪いんだもん」

「青少年の笑顔に失礼な」

「なんか私を利用しようとする大人と同じ笑顔してる。今にももみ手しそう」

「それはごめん」

 

 溢れ出る中年性が魂から滲んでてたのは少し自覚してる。

 

「それはそうと束さん、ちょ~とお願いがあるんだけど」

「急に肩揉んでくるとかロクなお願いじゃなさそう」

「いやいやいや、そんなに変なお願いじゃないよ?」

 

 束さんの肩をもみもみ。

 こってますねお客さん。

 

「少しばかし懐が寂しくてね。束さんにご協力お願いしたいなぁ~って」

「お金を無心してる……は、しー君にしては凡庸か。普通にバイトを紹介して欲しい、又は斡旋して欲しい、かな?」

「実はそうなんですよげへへ」

「なんでお金………あっ、そっか忘れてた。しー君の貯金を削る遊びしてたんだけど途中で飽きて放置したんだった」

「なんか無駄に甘えたきたりしてたと思ってたらお前ーっ!」

 

 がくがくと束さんの肩を揺らす。

 モンド・グロッソが終わってから、甘えたり強請られたりする機会が多いなぁーとは思ってたんだよ!

 でも途中からそんな事もなくなったから気のせいだと思っていが、それが飽きただけなんて!

 

「まぁまぁしー君、どんな物でも使えばなくなるのは世の常だよ」

「正論だけど意図的に俺の貯金削ってた人間に言われたくない。なんでそんな真似したの?」

「え? 無様に泣きつくしー君が見たかったから」

「つまりこうして泣きつきてくるのは束さんの計画通りって事か……」

「ん? なに言ってるのしー君」

 

 束さんが椅子に座ったまま振り返り、これ見よがしに足を組む。

 うーん、この悪の女幹部感よ。

 

「しー君はまだ泣きついてないじゃん」

「……こうしてお願いしに来ましたが?」

「泣きついて、ないよね?」

「……はい」

 

 下っ端ムーブの適当なお願いでは許さない――そういうことですね姫。

 束さんは組んだ足の先を少しだけこちらに向ける。

 言わんとする事は理解できた。

 

「ちょっと味噌とマヨネーズを持って来るので待っててください」

「そっちこそ待とうかしー君!」

 

 束さんに背を向けた瞬間に肩を掴まれる。 

 立ち上げる音も気配も感じなったんだが? 新手のホラーかよ。

 こんな場面で人外の身体能力発揮するな。

 

「なんです?」

「その味噌とマヨネーズ、何に使うのかな?」

「束さんの右足と左足に」

「それだけで使用目的を想像できる自分の天才的頭脳が憎い!」

 

 IQは関係ないのでは?

 大概ヨゴレになっただけさ。

 

「なんで味噌とマヨネーズなの!? この返しは想像もできなっかった組み合わせだよ!」

「俺がマヨネーズ好きな日本人だからでしょうが! 塩味だけじゃ飽きる!」

 

 マヨは美味いが、やはり味の変化は欲しい。

 塩味は束さんから補給できるので、ここは味噌だろう。

 醤油と違って肌に塗りやすいからね!

 

「足洗って待ってろ」

「違うよしー君! 私が望んでた流れはこんなんじゃないよ!」

 

 ぐむむ、肩を押さえる力が強すぎて前に進まぬ。

 どうせ嫌な顔しなが靴にキスする俺を想像してたんだろ? 変態め!

 束さんさぁ、俺が靴にキスすると思ってんの?

 ファーストキスが束さんの靴とは性癖歪むわ!

 健全な男子小学生として生足を希望する!

 

「待ってごめんしー君! ちょっと重めのジョークだったかなー? まさかまさか、この篠ノ之束が友達相手に靴を舐めろなんて言うはずないでしょ!」

 

 キスじゃなくて舐めろは俺の方が想定外だよ。

 お前、俺の唾液でベタベタになった靴履きたいんか?

 いや待てよ……束さんの性格を考慮すると、その後に唾液まみれの靴を洗って来いまで言いそう。

 泣きながら自分の唾液で汚れた靴を洗う自分が想像出来てしまう!

 恐ろしい女だぜ。

 

「……冗談にするのかは束さんの対応次第かな?」

「高額なお仕事紹介するよ?」

 

 生足……高額のお仕事……うーん。

 束さんの生足は捨てがたいが、今はお金が優先かな。

 生足じゃ腹は膨れない! またチャンスは来るかもだし。

 

 

「んじゃ冗談って事で」

「おしおし、ちゃんと冗談だと判断出来るしー君は偉いぞ。あ、話の前にご飯作って。お腹が減ったのは本当なんだよね」

「今はお昼時なんですが、束さんの腹具合はどんな感じ?」

「29時間労働した労働者?」

 

 ブラック企業真っ青の働きっぷりですね。

 それでよくそんなに元気でいられると感心するよ。

 

「消化に良くて栄養があるものにしましょうか」

「それと甘い物も!」

「脳の栄養ですね。了解」

「んじゃ私はシャワー浴びてしー君の部屋で待ってるから。よろー」

「うえーい」

 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「ほい、鮭茶漬けと冷奴、デザートはバナナとプリンね」

「ほー、栄養学的には満点に近い献立だね。しー君がネット見ながら私の為に献立を考えてたかと思うと……笑えるね!」

「笑うな感謝しろ!」

 

 未だに出しっぱなしのコタツに足を突っ込んでいる束さんの前にご飯を並べたら笑われた。

 男がネットで調べて献立立ててなにが悪い!

 人の善意を笑うのは良くないと思いまーす!

 

「髪は自分で乾かしましたね?」

「ごめんねしー君、流石にしー君が戻るまで濡れっぱなしは嫌だから自分でやっちゃった」

 

 別に残念がってないよ? 自室を濡らされたくなっただけですから!

 

 

「んぐ……はぁ、疲れた胃におかゆが染み渡るよ。んでしー君はどんな仕事を求めてるのかな? またサンドバッグと椅子役やる?」

「今回は体に優しい仕事を求めます」

 

 骨折が治ったばかりだし自分に優しくしたいよね!

 単発バイトとしては最高の収入なんだけど、流石に今回はパスで。

 

「冷奴とか久しぶりだけど、たまに食べると美味しい。体に優しいバイトねー……しー君の貞操を売るとか?」

「詳しく聞こうか」

 

 ネットの海の中でも深海に住む束さんだもん、ちょっと期待しますよ。

 アジア系の少年をメチャクチャにしたい願望をお持ちのお姉様とか知ってるのかな!?

 

「とある石油王が日本人の少年なら高値を出すって言っててね」

「女王様だよね?」

「王って言ってるじゃん」

 

 知ってた! 束さんの事だから、俺に得したかない提案をするはずないって知ってた!

 でも極僅かな可能性にでも掛けたくなっちゃうじゃん!

 

「あぁ~プリンの糖分が脳に染みわたる……。まぁまぁ落ち着きなよしー君。海外じゃ春を売る少年なんて珍しくないんだよ?」

 

 そだね。

 海外の長編ドラマだと確実に登場するよね。

 日本では見ないけど、普通にある話なんだろうね。

 

「しかも処女で100万、童貞で100万、合わせて200万の高級なお仕事だよ? 日本人の少年はレアだから是非ヤりたいってさ」

「両刀使いとかレベル高過ぎでは? 確かに売春としては高額だけど却下で」

「えぇ~? オススメのお仕事なのにしー君は我儘だなー。あ、バナナうまっ」

 

 その石油王が耽美系イケメンでも、入れるのも入れられるのもごめんだね。

 

「後はそうだねー、ISを使って荷物運びとかする?」

「束さんの秘密基地政策の資材とか?」

「うんにゃ怪しいお薬とか」

「自分が作ったISで犯罪行為させようとすんな」

「紛争地帯への医薬品の運搬だよ? 上が腐ってると中抜きとかされるからね。あれだよ、ダークヒーローのお手伝い的な」

「なにそれカッコいい」

 

 支援物資を確実に届ける為に非合法な方法を取り集団が居るの?

 なんか普通にすげーと思うわ。

 でもアングラなんでしょ? そのまま沼に引きずり込まれそうなんで応援だけしてます。

 

「それも遠慮します」

「しー君は我儘だなー。ん、ご馳走様でした」

「はいお粗末様でした。出来れば他の人間と関わらないソロプレイ用のお仕事ください」

「他にしー君が出来そうな仕事は……うーん……あ、そうだ、なら私のお手伝いする? ちょっと大掛かりな仕事をする予定なんだよね?」

「……健全?」

「うん健全。秘密基地を作るだけだから」

 

 ほう? 大掛かり仕事で秘密基地とな。

 遂に洋館のバイオ化計画でも始動すんのかね。

 

「仕事内容を詳しく聞いても?」

「場所はアメリカ、世界大の洞窟であるレチュギア洞窟を改造し――ダンジョンを作る!」

 

 口元にプリンのカラメルソースを着けたまま力説する束さんの手を、俺は反射的に握った。

 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「はいしー君そこの岩をハンマーで砕いて!」

「せいっ!」

「砕いた粉はスコップで集めて置いといて!」

「はいっ!」

 

 ダンジョン作成、それはオタクの夢。

 ダンジョン作成、それは男のロマン。

 現実世界のダンジョン作成、それは肉体労働。

 

「おりゃぁぁぁ!」

 

 壁に取り付けられたライトを頼りにひたすらISを纏ってハンマーを振るう。

 俺は束さんの大雑把な指示で動く。

 現在やってる事は洞窟の拡張。

 洞窟は場所によっては人が通れない程狭くなっている場所がある。

 それは俺と束さんが居るこの洞窟、レチュギア洞窟も同じでだ。

 洞窟の入り口は必ずしも一つとは限らない。

 今回はまだ誰にも知られていない入り口から侵入。

 地表に近い最初こそ二人で並んで歩ける広さだったが、その後はガチの探検隊使用の通路になってきたので拡張工事を始めたのだ。

 異世界転生してダンジョンマスターなる為の事前練習だと思えば楽しい!

 

「えーと、ここは少し脆いから補強して――んー、まだ虫がいるみたいだから虫の忌避剤をもう一個焚いてっと」

 

 地下だから削った岩などの捨て場がない。

 なので束さんが即席モルタルにして、それで壁を補修している。

 ちなみに、天然の洞窟は虫、クモ、ヘビ、コウモリの巣窟です。

 入る前に束製音爆弾でコウモリを追い出し、束製虫用忌避剤で虫を追い出す。

 ダンジョン作成だって最初は地味なのだ。

 

「シュコーシュコー」

 

 忌避剤の煙、岩を砕く際に出る煙、それらからの防護の為に束さんはガスマスク装備だ。

 束さんも楽しそうでなにより。

 

「酸素濃度は今は問題ないね。でも換気はしたいなー。循環型にすると工事が面倒だけど、やっぱり空気を回したいよね。ま、そこは後回しでいいか」

「束さん、そろそろご飯にしない?」

「ん? もうそんな時間? じゃあ一回外に出ようか。でもその前に」

 

 束さんが手元に仮想キーボートを出してなにやら操作する。

 すると二体のクモの様なロボットが出現した。

 どこかで見たような……あれだ、被災地で活躍する無人ロボットに見える。

 

「それは?」

「削岩ロボットだよ。取り敢えずマッピングが出来てるから、後はルート設定すれば自動で道を広げてくれる便利アイテムさ」

「つまり俺の後輩か」

「働き具合はしー君の三倍だけどね」

「労働でロボットと人間を比べ始めたらそれはもうディストピアなんですが」

「ISを装着して動ける広さを想定すると、人力じゃ年間仕事になるから仕方なしだよ」

「頼もしい限りです」

 

 俺がメシ休憩してる間に掘ってくれるんでしょ? 勝ち目ねーよ。

 でもこれぞ現代のダンジョン制作って感じだな。

 作業を中断して外に出る。

 昼に合流してアメリカに来てから作業を開始。

 ダンジョンで言えばまだ1F部分だが、外はすっかり夜だ。

 いやはや、これは濃厚な春休みになりそうで非常によろしい。

 なんだかんだでテンション上げってる自分が居ます。

 

「ぷはぁ! 暑苦しかった!」

 

 人里から離れた所にある巨岩の下から這い出ると、ガスマスクを脱いだ束さんが美味しそうに深呼吸を繰り返した。

 国立公園の中だけあって周辺は静かで、建造物も少ないので星が良く見える。

 高原地帯と言えばいいのか、木々が少なく平原が続いてる場所だ。

 

 

「一応この辺一帯は隠しておこうかな。上空から見られたら面倒だし。ほいっと」

 

 束さんが機械のボールを地面に投げると、ホログラムがドーム状に広がった。

 

「しー君、ちょい外から見て」

「了解」

 

 ホログラムの膜から外に出て後ろを振り返る。

 おぉ凄い。

 これなら上空から見られても気付かれないだろう。

 

「ちゃんと丘になってる?」

「なってますね」

 

 巨岩さえ隠され、まるで最初から小高い丘だったかの様に見える。

 流石は世界から逃げ回る天災。

 見事な隠蔽術だ。

 ここはアメリカの大陸のやや真ん中に位置するが、ISがあれば夜でもダナンに戻るのは可能。

 せっかくだから泊まり込みでやろうかと思ったんだけど、この場所って野生のジャガーが出るんだよね。

 可哀想じゃん、ジャガーが。

 いや野生の獣が束さんに喧嘩を売るとは思わないが、子持ちの動物が命を懸けて挑んで来るかもしれないし。

 なので夜は大人しくダナンに帰りましょうね。

 

「明日は朝からやるよ」

「了解です」

 

 流々武を展開。

 束さんを肩に乗せて飛び上がる。

 

「晩御飯はなーに? どっかのお店食べて帰る?」

「まずは俺が持って来た食材を消費しましょう。外食は食材を全部使ってからで」

「いちいち作るの? なんだったら私が消化してあげるよ?」

「……どんなの作る気なんです?」

「全ての食材をドロドロに溶かしてサプリ等で栄養バランスを整え、カレー味を添加して作る特製カレースープだね」

「食材に絶対触るな」

「一日一杯飲むだけで生きていける完全栄養食だよ?」

 

 そんな問題じゃないんだよ効率中め。

 束さんへの差し入れは業務用スーパーで買ってるが、今度も業務用スーパー一択だな。

 栄養面しか考慮してないなら安物でいいだろ。

 海外の肉はホルモン問題とかよく聞くけど、篠ノ之束の身体を侵せるとは思えんし。

 

「俺が居る間はメシの問題は任せてもらいます」

「むぅ、そこまで拒否られるとイラっとするんだけど……まぁいいか。しー君に家事を任せればそれだけ私の貴重な時間が浪費されなくて済むって事だもんね」

「その通り。前向きに捉えてください」

 

 流石に食事が毎朝のカレースープが受け入れられないので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごち! そうさま!」

「おそ! まつさま!」

 

 晩御飯は適当に肉野菜塩炒めです。

 材料は鶏肉、キャベツ、もやし、以上!

 

「お茶!」

「なに茶?」

「さっぱりで!」

「ほうじ茶でいい?」

「うむ!」

 

 新手の亭主関白かな? 

 

「ほいどうぞ」

「アチチチ……ずぅ」

 

 ダナンに戻った俺と束さんは、昼と一緒でダナン内の俺の自室でコタツご飯。

 これから行われるは……作戦会議だ!

 

「お風呂でさっぱり、ご飯食べてほっこり、心身とも休まりましたね? では始めましょう、我らがダンジョンの行く末を決める作戦会議を!」

「テンション高いねしー君」

「そりゃもう。ダンジョン内の試練を決めるなんて楽しい事、テンション上げなくてどうするんです」

 

 ダンジョンなんて言っているが、もちろん異世界ではないのでモンスターなんていない。

 その代わり、侵入者には試練が待ち構えている。

 所謂、『○○しなければ出れないシリーズ』だ! 楽しみに決まってる!

 

「まぁ相方が乗り気なのは良い事だね。でもしー君、試練を決める前に先に話し合う事があります」

「と言うと?」

「ダンジョンのモチーフ決めだよ。ダンジョン名を決めて、それに合う試練を決めるのさ」

「なるほど納得」

「ちなみに私が考えてたのは『黄泉平坂』か『ゲヘナ』かな」

「……試練内容は?」

「八割死ぬ。事前に危険性を通知したら後はもう自己責任だよね」

「うんその通りだけど、アメリカの土地を無断で借りてる状況なので、その辺を考慮して止めましょう」

 

 俺、血生ぐらいの嫌いなんだよね。

 自分が参加するなら見てて楽しいのがいい。

 

「じゃあしー君の案は?」

「ここは無難に七大罪でどうでしょう? 試験の数も内容も決めやすいですし」

「えぇー? ちょっと安易じゃない?」

「厨二視点で言えば束さんの発案も俺と変わらないから」

 

 黄泉平坂もゲヘナの七つの大罪も厨二って大きな枠で括られてる名前だろうに。

 安易とか言って欲しくないです。

 

「まぁでも確かに悪くないかも。七つの大部屋を作って名前に適した試練を用意すのは楽だし」

「でしょ?」

 

 七大罪はマンガやアニメ、ラノベなどのお約束の設定。

 宗教などによっては中身が違ったりするが、その辺は割愛。

 今回はオーソドックスな七つの大罪で行く。

 即ち――

 

 〇傲慢

 〇憤怒

 〇嫉妬

 〇暴食

 〇色欲

 〇怠惰 

 〇強欲

 

 である。

 なぜ俺がこの案を推したのか。

 それはもちろん試練の“色欲”を担当したいからだ!

 アメリカ大陸の中央に篠ノ之束の秘密基地あるんだ、絶対にIS乗りが来るだろう。

 アメリカ美人にエッチなイタズラしたくない? 俺はしたい。

 や、別にR18にする気はないよ? うん、ない。

 ちょっと肌色見るだけだから! 少し色っぽい声を聴きたいだけだから!

 

「しー君が望むなら私はそれでいいよ。別に拘りはないし」

「なら俺は色欲と暴食と怠惰を担当しますね」

「ん? 一緒にやらないの?」

「せっかくですし互いに秘密でやりません? その方が面白そうだし。束さんに多少は手伝ってもらうけど、出来上がりまで秘密にしたいかな」

「それはちょっと楽しそうだね。んじゃ試練内容はお互いに内緒やってみようか」

 

 よし! これで男の夢であるエロトラップダンジョンが制作できるぞい!

 

「ガッツポーズするほど嬉しいの?」

「ダンジョンは男の子の夢なので」

 

 エロトラップダンジョン! エロトラップダンジョン!! エロトラップダンジョンんんんぅぅぅ!!!

 

「私はどんなの作ろうかなー。残りは傲慢、憤怒、嫉妬、強欲だよね」

 

 あれ? 欲望に忠実になり過ぎて殺意の高い大罪を束さんに回してしまったのでは?

 これは非常にやっちまった感!

 

「嫉妬は自白剤混じりの興奮剤を煙でばら撒いて、互いの嫉妬心を暴露させて殺し合わせるか」

 

 ワンアウト

 

「傲慢は……ワザと警戒心をなくす薬を使う? 簡単なトラップを攻略させて、調子に乗った所をズプリ」

 

 ツーアウト

 

「強欲はそうだなー、金銀財宝と一緒に偽造パスポートなんかの高飛び道具一式でも用意してみるか。もちろん部屋から出れるのは一人」

 

 スリーアウトチェンジ!

 憤怒までは聞きません!

 呑気にほうじ茶飲みながらよくエゲツナイ発想できるな。

 

「そこまでだよ束さん。俺の目の前で人死にNG。もしそんな罠を仕掛けたら許さない」

「でも私の研究資料を置くんだよ? ヌル過ぎるにもどうかと思う」

「こう考えてみては? 俺たちは、相手の心を折るんだと」

「最初に作った家型秘密基地みたいな感じ?」

「そうそう。今回はIS操縦者も相手に想定するんでしょ? 前回よりも大掛かりな仕掛けで遊べるじゃん」

 

 これは心を折る戦いである!

 肉体を傷付けるダンジョンなんて二流!

 真のダンジョンマスターは一切傷を相手に負わさず勝のさ!

 

「悪くはないかも。兵士の心を折るのは前にやったけど、専用機持ちはないもんね。国家代表にも興味あるけど、アメリカご自慢のアンネムイドの相手もしてみたかったし」

「アンネムイド?」

「名前さえ消されたアメリカの特殊部隊よ。最近はISを少数ながらも導入したみたいだし、少し楽しみ」

 

 俺の中でアメリカの国家代表は千冬さんの友人枠だ。

 下手な真似はできないので是非とも大人しくしてて欲しい。

 だけどアンネムイドなる組織も嫌だ。

 シールズみたいに名前が売れてる英雄的な集まりではなく、どう考えても裏方専門のヤベーチームだろそれ。

 

「自らの名前さえ忘れるほどの戦いに身を置いて来た特殊部隊。それの心を折るのは大変そうだね。本気でやるよしー君!」

 

 絶対に相手にしたくない部隊って事だけは分かった。

 だけど不殺型のトラップだけの縛りがあるなら、ハリウッドよろしくシリアスムーブな戦闘行為はないだろう。

 ISを導入してるなら主力は女性陣。

 これは期待せざるを得ない!

 

「もちろん本気でやりますよ束さん! 色々と用意してもらったり手伝ってもらうかもだけど、よろしくお願いします!」

 

 エロトラップダンジョンを作るのに、手抜きなんてするわけないんだよなぁ!

 

「うんうん、乗り気でなにより。お金が欲しければちゃんと働くんだよ」

 

 エロトラップダンジョンに思考の全てを持っていかれて忘れてた。

 俺、バイトだったよ。

 今回のダンジョン制作のお手伝い、最後までやり通せば300万の報酬が貰える約束だ。

 大金だが人が生きていくには少ない。

 しかしこれはあくまで元で! 第二回のモンド・グロッソで賭ける為のな!

 

 

「んじゃ私は――試練内容をどうするか考えながら今朝やってた研究の続きをしながらちーちゃんのファンサイトの見ながら他国の動きを監視してくるから」

 

 束さんがコタツから出て立ちあがる。

 なんか日本がおかしかったね。

 “ながら”って何回言ったよ。

 天災も大変だ。

 

「頑張ってくだい。俺がゲームしてるんで」

 

 巣〇りドラゴンしながらエロトラップのお勉強だ!

 

 ゲシゲシゲシ

 

 やめろ蹴るな! だいたい全部ただの趣味でしょうが!

 自分が望んでやってるんだから八つ当たりしないの!

 

「夜食持ってこい」

「何時に何を?」

「二時におにぎり」

 

 寝る寸前の絶妙に嫌らしい時間帯を希望したなコイツ。

 

「はいはい、ちゃんとその時間に持っていくから」

「もし忘れたらあれだから、明日罰ゲームさせるから!」

 

 ぷりぷりしながら部屋から出ていく束さんを見送り、食器の片付けと洗い物を済ませる。

 後片付けが終わったらコタツに入り、ノートパソコンの電源を入れて準備完了。

 さて、エロゲ―しながらマイエロトラップダンジョンの構想でもしますか。

 

 

 




〇とある潜水艦にて


し「エロトラップダンジョンだやっほーい!」
た「……しー君、まさか私がしー君如きの思考を読めてないとでも?(含み笑い)」

 


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ダンジョン作成(前)

モンハンの新作、プレステ5らしいすね。


 

 〇ダンジョン作成二日目

 

 ダンジョンに入ると名もなき後輩達がガリガリと岩壁を削って拡張してくれいた。

 束さんは砕かれた石を即席モルタルを作り補給作業。

 俺は後輩と一緒にISで力仕事に精を出す。

 途中で束さんが離席、戻ってきたと思ったら劣化キラーマシーンを携えていた。

 背嚢に石クズを入れて自動でモルタルを作り、右手の塗りスコップでモルタルを塗り、左手の仕上げ用のコテで整える万能後輩三号である。

 もう単純作業に飽きたらしい。

 現代科学で楽するのは良いと思います。

 頼りになる後輩三体を連れて初日はひたすら力仕事で終了。

 

 

 〇ダンジョン制作三日目

 

 洞窟内に入ると、もう自然物の要素がないくらい整えられていた。

 寝てる間も働いてくれる後輩が凄すぎる。

 燃料はダイヤモンド電池? 人工ダイヤで発電して100年以上活動可能?

 ちょっとこの天災、未来に生き過ぎ。

 今日も今日とて岩を砕く。

 洞窟は少しずつ下るので、階段を作る必要があったが、それはキラーマシーン君がやってくれました。

 階段まで作れるんかワレ。

 束さんは一人で奥に進みマッピングとダンジョン全体図の作成。

 そろそろ第一関門を作る頃合いなので、部屋の大きさや仕様を考えろと言われた。

 話し合いの結果、初手は“暴食”の部屋となっている。

 つまり俺の出番だ。

 どうするか決まっているので、束さんに12畳程度の広間を頼んだ。

 

 

 〇ダンジョン制作四日目

 

 入り口から200mほど掘り進んだ。

 ここで束さんが岩の整形を開始。

 大き目の岩を高周波ブレードでブロック状に斬り、それを俺が接着剤を塗って積み上げる。

 縦に穴を掘って鉄棒を通し、なんやかんやでダンジョンらしい扉が完成した。

 いや束さんの指示で動いてるだけで内容がさっぱりなんだよね。

 これぞバイト感!

 俺って存在価値ある? メシの準備早くしろ? はい、飯炊き係として頑張ります。

 

 

 〇ダンジョン制作五日目

 

 もう暴食の部屋が完成していた。

 それとクモ型ロボットと劣化キラーマシーンが増えていた。

 数が二倍で効率も二倍!

 ファンタジーよ、これが現代のダンジョン制作だ!

 なお篠ノ之束に限る。

 暴食の部屋は一度スルー。

 取り敢えずダンジョンを完成させてから各自試練作りにする事にした。

 なので今日は暴食部屋の奥を掘り進める。

 

 

 

 〇ダンジョン制作六日目

 

 ダンジョンの全長が300mを超えた。

 深さは50m越えだ。

 これからまだまだ深くなるが本日人間組はお休み。

 ダナンの食料がなくなったので俺は買い出しに、束さんは趣味の研究で時間を潰す。

 

 

 〇ダンジョン制作七日目

 

 休日を明けてダンジョンに潜ると、後輩達がもくもくと作業していた。

 心が……心が痛い!

 俺も気合を入れてハンマーを握る。

 今回、束さんは新たな工作ロボを投入。

 なんかデカいアリみたいなロボットだ。

 壁や天井を歩き、卵を植えるが如く電球を壁に埋め込むロボット君です。

 今までは据え置きの工業ライトを点けていたが、これでかなりダンジョン内が明るくなった。

 

 

 〇ダンジョン制作八日目

 

 人やISが通れるよう配慮してる為、通路は大き目に確保している。

 高さ5m、横3mはあるだろう。

 個人的にはもう少し洞窟感が残っていても良かったが、この整地された洞窟もダンジョン感があって良き。

 最前線に向かう途中で補強作業中のキラーマシーン君と遭遇したので挨拶だけしておく。

 奥にたどり着くと、クモ君達が昨日と変わらぬ姿で作業していた。

 いやまぁ後ろ姿が変わらないだけで、確実に奥に進んでるんだけどね。

 

 

 〇ダンジョン制作八日目

 

 そろそろ次の試練の間作る段階に来た。

 どちらの部屋にするか束さんと話したが、最初の3つは全部俺でいいとの事。

 前座、チュートリアル、お試し、難易度(低)。

 色々言い方はあるが、俺は要するにザコ扱いされたのだ。

 別にいいんですけど……そんな事言っていいのなー?

 下手したらその三つで敵さんが撤退する可能性があるぞ? 

 なにせエロトラップダンジョンだからな!

 次の部屋は“淫蕩”にした。

 予定してる広さはかなりなんだが、大丈夫なんだろうか?

 

 

 〇ダンジョン制作九日目

 

 求めた広さは野球場程の大きさ。

 朝束さんにそう言うと、気軽に了承してくれた。

 用意する物があるとの事で、朝の一時は後輩君達と仲良く作業。

 一時間ほどして束さんが戻ってきた……デススティンガーを連れて。

 なんでこんな場所にクソでかロボサソリがいるんですかねぇ?

 いつからゾイド世界に転生したのかな俺は! しかもまさかのISコア搭載型じゃなくて、これもダイヤモンド電池で動くらしい。

 こんなん量産できるとかお前は世界の敵かッ! なんて思ったが、よく見れば両手と尻尾の先がドリルなだけだった。

 ただのガイサックなら恐れるに足らん!

 ガイサック君はキラーマシーン君より一回り大きく、頭は天井スレスレだ。

 そんなガイサック君が振り回すドリルは、この場に居る誰よりも掘削能力が高い。

 両手で正面の壁を削り、尻尾で側面を削る。

 これでますます作業が捗るドンッ!

 頼もしい後輩と一緒に今日も頑張る! ……隣のガイサック君の圧が凄かったです。

 

 

 〇ダンジョン制作十日目

 

 昨日は完成前に日が暮れたので、残りは後輩君に任せた。

 朝出勤すると、そこには見事な大空間が。

 奥の方では後輩君達が総出で仕事をしていた。

 これだけ空洞を作ると、瓦礫の山が凄い。

 束さんはそれらの岩や砂利を集めてブロックを生成。

 それらを俺が束さんの指示通りに組み上げて入り口の門を作った。

 前回の切り出し門に比べてエコな門だ。

 どっちにしろそこらの石からが材料だけどね。

 くくっ、アメリカのIS乗りよ! 恐怖に震えるが良いッ!

 

 

 〇ダンジョン制作十一日目

 

 今日は休日なので束さんと外食デート!

 はい嘘つきましたすみません。

 やはり五日も地下に潜っていると精神的にも疲れるので、リフレッシュ休暇を取った。 

 二人でカルフォルニアへ。

 カルフォルニアもまだ肌寒く、せっかくのビーチもサーファーしかいない。

 残念だが健全な日光浴を楽しむ。

 崖と崖と間にあった人が来ない小さなビーチで、束さんはビーチチェアーに寝転んで日光浴を楽しんでいる。

 俺はその横で砂浜に寝転がった。

 まだ日が柔らかく、パラソルやサングラスが不要で過ごしやすく大変よろしい。

 ……なお、黙って海を眺めてたのは互いに15分くらいでした。

 束さんはビーチチェアーの上でパソコンをイジリだし、それを見た俺もパソコンでゲームを始める。

 静かな波の音、春の柔らかい日差し、肌に当たる海風。

 それらを感じながら束さんのタイピング音と俺のクリック音だけが響く。

 海辺でやるエロゲ―は最高だな。

 お昼ご飯はクラブサンドを持ち帰り、夜ご飯はピザ。

 バイトしに来てるのに散財したけど、楽しかったからよし!

 

 

 〇ダンジョン制作十二日目

 

 淫蕩の間が完成されていた件。

 広大な空間には既に後輩達の姿はなく、淫蕩の間の奥の通路作りに取り掛かっていた。

 社長と先輩が海で遊んでる間に黙々と働く後輩達。

 なんかすまねぇ。

 リフレッシュ休暇で回復した先輩も頑張るから!

 俺も気合を入れて手伝おうとしたら、ガイサック君に邪魔だと言われた。

 ガイサック君が正面を掘る。

 二体のキラーマシーン君はその後ろで壁の補強。

 四体のクモ君が瓦礫の撤去。

 アリちゃんは淫蕩の間で灯りを付ける作業中。

 ……うん、これ俺邪魔だな。

 通路の大きさ的にガイサック君と並んで作業できないんだもん。

 俺の仕事は……クモ君が集めた瓦礫を捨ててこい? はい了解です。

 

 

 〇ダンジョン制作十三日目

 

 ガイサック君の投入で格段にスピードが上がった。

 そして出来る後輩の登場で古参社員の居場所がなくなった。

 部屋作りの時しか出番ないんですよ自分。

 今日も頼れる後輩の背中を見ながら除去作業に勤しむ。

 束さん空調設備を作ると言ってどこかに消えた。

 ……さびしい。

  

 

 〇ダンジョン制作十四日目

 

 普段の洞窟内は粉塵が舞う煙たい現場だ。

 だが今日は様子が違った。

 ISのヘルメットを外してみると、微かに風を感じる。

 淫蕩の間で天井を見上げると、穴が開いてるのが見えた。

 どうやって空調設備を設置したのか不明だが、流石の一言である。

 24時間働けるガイサック君達は引き続き穴掘り中。

 今日中には次の試練の間に到着しそうである。

 次は“怠惰の間”だ。

 ところでこのダンジョンって攻略の適正人数って――分隊規模? 10人以下の少数精鋭が希望と。

 なら怠惰の間は10畳くらいで、少し天井を高くして欲しい。

 うん、閉鎖空間を感じない様にする。

 俺の要求を束さんが後輩達にインプット。

 これで朝出勤する頃には怠惰の間は完成、もしくは完成間近だろう。

 すまん、後輩達よ。

 

 

 〇ダンジョン制作十五日目

 

 運よく怠惰の間は完成してなかった。

 8割方完成してたが、最後の作業に先輩も参戦! ……しようかと思ったけど、怠惰の間は一般家庭のリビング程度の広さなので、ガイサック君とキラーマシーン君でパンパンでした。

 どんどん完成されていく怠惰の間を、後輩の後ろから見ていたら束さんに尻を蹴られた。

 うっす、自分この辺の掃き掃除してるっす。

 掃き掃除が終わったらお昼の買い出し行って来るっす。

 うっすうっす。

 買い出しから戻ったら怠惰の間が完成していた。

 

 

 〇ダンジョン制作16日目

 

 もう春休み終わって始業式の日では? と束さんに言ったら、『そだね』と返された。

 純粋な瞳で言われて何も言えなくなったよ。

 中学校初日から休みかー。

 俺、登校してからクラスに馴染めるんだろうか? まぁ元クラスメイトも通ってるし知り合いは何人かいるだろう。

 後で中学校にインフルったと電話しておこう。

 さて、本日は怠惰の間の奥を掘り進む予定だったが、そこで問題が発生。

 かなりデカい岩が進行方向に埋まっているらしい。

 迂回するか無理矢理壊すか、天災が選んだ答えは斜めに掘るでした。

 スロープっていうか滑り台だ。

 怠惰の間から多少は距離は取れてるので、大岩の手前で滑り台で一気に次の間にご招待、そんな作りになった。

 次の間は束さんの“憤怒の間”だ。

 怠惰からの滑り台で強制的に憤怒の間にご招待とは……退路がなくて殺意が高いです。

 それと束さんから提案が。

 折り返し近くになり、ダンジョンもだいぶ深くなった。

 正直通勤が面倒な距離になったのです。

 なので、次の憤怒の間に拠点を作って寝泊りするのはどうかと言われた。

 乗るしかないよなぁ!

 明日からは束さんと洞窟お泊り会だ!

 はい? 大量の水と食料を買って来い? アッハイ、自分買い出し行ってくるっす。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「ここを拠点とする!」

 

 はい、って事でガイサック君作の滑りを降りると、そこにはそこそこ広い空間が待ち構えていた。

 奥では未だ後輩君達が働いてるので、まだまだ広くなるのだろう。

 さて、束さんが意気揚々と拠点だと騒いでいるが――

 

「いや格差あり過ぎでは?」

 

 俺の拠点は手持ちのテントだ。

 ちゃんと下にマットも引いたし、元は家族用のテントを持って来たので中は広々だ。

 ラックと一人用のソファーもある。

 キャンプだと思えば居住性は完璧だ。

 だがそのテントの隣にある建物と比べると――

 

「私の家になにか文句でも?」

「なんでそんなに本格的な家なの?」

「そりゃ長期滞在するなら快適でありたいじゃん」

「それを言われたら何も言えねぇ! でもずるいじゃん!」

 

 束さんの持ち込み、どう見てもマンションの一室なんだもん!

 風呂トイレ別! エアコンとIHコンロ完備! 完璧な2LDKのマンション仕様なんですが!

 

「ずるいずるいって言うなら、しー君も自分で用意すれば?」

 

 くっ、煽りよる。

 片方の部屋が空いてるかと思えばまさかの作業部屋なんだもん。

 まぁさっき頭下げてお風呂とトイレだけは借りれる様になったけど。

 代わりに掃除を押し付けられたけどね。

 代償としては安いもんだ。

 

「んで束さん、ここからの日程は?」

「工事はこのままロボ任せかな? でもそれ以外にもやる事はあるよ。地層の調査して安全な進路をロボにインプットしたり、様子を見てメンテナンスしたりとか」

「それって俺の出番ある?」

「あー……ロボの清掃とか?」

 

 悲しいお知らせ。

 俺氏、ついに後輩の体を洗う係に就任。

 泥が詰まったりしたら危ないもんね。

 はい頑張ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごはん! ごはん!」

 

 箸で茶碗をカンカンするな。

 ほらよ、ハンバーガー。

 

「お茶碗に乗るハンバーガーってなんかシュールだね」

「それを箸で食べる姿もシュールですよ」

 

 毎日の食事の用意は面倒。

 なので今夜はちょっと近くに町で買ってきたバーガーです!

 うーん、安定安心のチェーン店。

 束さんが箸でチマチマ食べてる前で俺は豪快にかぶり付く。

 ……新居で生活する新婚カップル感があって良き!

 

「なんで急に気持ち悪い笑顔?」

「新居の綺麗なリビングで食べるカップルみたいで幸せですね」

「ふんっ!」

「あだっ!?」

 

 テーブルの下から足で蹴られた。

 だがこの反応もツンデレでいい。

 

「しー君さ、自分が無能の役立たずだからって現実逃避はやめよ?」

「……何か俺に出来る仕事を考えてください」

 

 だって今日の俺って、後輩のボディ磨きと掃き掃除とご飯の用意してしてないんだよ? もうね、心が痛い。

 無心で働く後輩達と、そつなく重要な仕事をする束さん。

 居場所が欲しいです!

 

「もう試練の間作り始めたら?」

「えぇー? でも束さんにまだ秘密にしたいし」

「でもこのままじゃロボのお尻見てるだけの人生だよ?」

「そうれは嫌だ!」

 

 もう俺はこの戦いに付いてはいけない。

 だが! それでも! まだ終わりたくないんだよ!

 

「我儘さんだなー。じゃあしー君、ここからは別行動にしようか。ダンジョン作成はほぼロボに任せられるし、私はこのまま憤怒の間の制作しながらロボへの指揮をする。しー君は自分の部屋を作りなよ」

「でもそれだと、どっちにしろ帰りに見られちゃうのでは?」

「やだなーしー君。ダンジョンって言ったら最下層からは謎ワープで脱出に決まってるじゃん」

「……束さんってワープできるの?」

「もちろん比喩だよ。ワープの方法は色々な仮説があるけど、私はまだ分解した後の構築方法を確立できてないんだよね」

 

 やだ、分子レベル分解されてグロ画像にされちゃう。

 

「普通に地上への直通エレベーターが無難かな。そこは私が用意するからしー君は気にしないでいいよ」

 

 すまねぇ! 役立たずですまねぇ!

 でも俺はエレベーターの建築方法を知らねえんだ!

 

「最後はエレベーターで地上に上げればいいよね。そうすればしー君が作った部屋のネタバレ食わらなくて済むし」

「ならお言葉に甘えてそうします。でもそうすると、束さんは結構な時間地中生活になるけど大丈夫ですか?」

「私にとっちゃどこでも変わりはないさ。自室で研究も出来るしね」

 

 そうだった、この天災地下にマンション一室持って来たんだった。

 むしろ生活面で言えば俺の方が弱者だわ。

 長期滞在なら生活環境をもう少し充実させたいな。

 

「んじゃこれからは昼間は別駆動で。夜は戻って来ますけど、昼のご飯はどうします?」

「冷蔵庫に適当に入れておいてよ。気が向いたら食べるから」

「了解」

 

 当たり前に冷蔵庫完備だもんなぁ。

 

「俺の食材も入れといていいですか?」

「いいよ~」

「感謝です」

 

 それでは今夜はテントで寝て明日に備えますか! の前に――

 

「俺もお風呂借りてもいいですか?」

「シャワーは許そう。だがバスタブを使ったら殺す」

 

 今更一緒の湯舟を使う事を嫌がるなよ。

 俺と束ちゃんは二週間近く同棲した仲なんだぞ! 

 でも俺は大人しく従う。

 冷蔵庫とトイレとお風呂がない生活は耐えられないからな!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「さて、やりますか」

 

 束さんを残して一人で第一関門、“暴食の間”の中心に立つ。

 12畳の広めのリビング程の部屋。

 天井は3mくらいかな。

 ここの試練は悩んだ。

 超悩んだ。

 俺はここをエロトラップダンジョンにしたい。 

 だがしかし、あくまで少年誌に通じる程度にしたいのだ。

 心にトラウマを刻んだりとか、そんな笑えないダンジョンにはしたくない。

 健全なエロこそが心の栄養!

 

 なので俺は、ここに疑似精液ドリンクバーを設営する!

 

 うん、暴食だからさ、やはり食に関わる内容じゃなきゃだよね。

 んでだ、食×性だとこれがベストアンサーなのだよ。

 R17.5レベルだと、って前に付くけど。

 束さんのお陰で地下にも関わらず電波はバリサンだ。

 はい、ケータイで検索するのはもちろん“疑似精液の作り方”です。

 ふむふむ、ローションに卵白や練乳を混ぜるのと、バナナとコンデンスミルクを混ぜるの二通りが主流なのか。

 前者が拘り派の監督に愛用されてる本物志向だが味が不味い。

 後者が美味しいらしい。

 これは後者だな。

 出口まで近くて良かった。

 まずは買いだしだ!

 

 

 

 

 

「おうぷ」

 

 買ってきたバナナとコンデンスミルクを、ネットの動画を参考に混ぜて作ってみた。

 見かけは意外と問題ない。

 疑似精液って単語が脳にあるから一口目は躊躇するけど、よく考えればただのバナナ練乳だ。

 問題があるのは味。

 雑に甘い! 甘過ぎる!

 脳内に糖分が染み渡る感じは疲れてる時にいいが、平常に飲むにはくどい。

 暴食だから侵入者に一人2ℓくらい飲ませようかと思ったが、こんなん2ℓも飲んだらぶっ倒れるよ。

 敵を倒す的な意味では正しいかもだが、これはなしだろ。

 ここから俺がなすべきは、味の追求とエロ要素の追加だ。

 もっと飲みやすく、もっとエロく!

 

 

 

 

「戻りましたー」

 

 日が暮れたので拠点に戻る。

 束ハウスに入ると、束さんはリビングの椅子に座りながら出迎えくれた。

 

「お帰りしー君。なんかダルっとしてるね」

「糖分の取り過ぎで脳がマヒしてます」

「あー、暴食の試練関連?」

「ですね。名前からして分かると思いますが、食べる系の試練なので」

「試食でもしてたの? ならお土産あるよね?」

 

 ほれほれと束さんが手を出す。

 俺はその手の平にバナナを乗せる。

 

「……どんな試練作ってるの?」

「内緒です」

「まぁいいけど。――あむ」

 

 怪訝な顔しながら食べるんか。

 怪しいバナナじゃないからいいけど。

 あぁしかし頭が痛い。

 バナナとコンデンスミルクの比率を変えながらひたすら試飲したから、お腹も脳ミソもパンパンだ。

 夕食は軽く済ませよう。

 

「あ、そうだ束さん。ちょっと作って欲しい物があるんですが」

「ん? なにかな」

「飲み物を長期保存できる容器を1ℓサイズを9個お願いします」

「それって缶詰みたいな密封型? それとも水筒型?」

「水筒型で」

「なら缶詰水筒にしようか。缶詰だけど水筒みたいに回して開封するタイプ」

「そんな便利な物あるんですか?」

「やだなーしー君、存在しないなら作ればいいんだよ」

「束さんマジ素敵」

「ふふーん」

 

 ドヤってる束さんには非常に申し訳ないが、それ疑似精液入れる為なんですよ、えへへ。

 絶対に言えない!

 

 

 

 

 

 

 

 

「完成!」

 

 翌日、俺はついに理想のバナナジュースを完成させた。

 甘さを抑え、粘度と色合いに注意し……辛い戦いだったよ。

 完熟したバナナと青い未熟なバナナを合わせ、すり潰す加減を調節したりと大変だった。

 ぶっちゃけ、理想の粘度と色合いになったバナナジュースを飲んだ瞬間、なんで自分は進んで疑似精液飲んでるんだろうと泣きそうになったよ。

 だが試飲はもう終わりだ。

 残る作業は匂い付け!

 イカのすり身でも入れようかと思ったが、生の魚介は保存が怖いからやめておく。

 せっかくの味を壊してもあれだし。

 理想は無味で匂いだけを付けれる……あるやん。

 ネットで検索したら即出てくるとか流石はアメリカ。

 うんちの匂いがするスプレーを売ってるアメリカのジョークグッズシリーズは、日本では考えられない程バラエティーに富んでいる。

 まさかスぺ――の匂いを食材に付けるジョークグッズが存在するとは。

 日本ならそんなイタズラしたらリアルファイト案件だぞ。

 後はシチュエーションかな。

 暴食の間をどんな風にするかなんだが……個人的にベットの上が望ましいけど、篠ノ之束のダンジョンで一室目がラブホ仕様は流石に許されないよね。

 せっかくの石室だし、最後の晩餐みたいに厳かな雰囲気にするか。

 石のテーブルと石の椅子を用意して、テーブルは真っ白なテーブルクロスと造花が――うん、悪くないな。

 侵入者は緊張しながら椅子に座り、意を決して缶詰水筒を開けると……そこから栗の花の匂いが漂う。

 掴みは完璧だ!

 テーブルと椅子は買ってこようと思う。

 石の切り出し設備は揃ってるけど、残念ながら当方に技術はないゆえ。

 ケータイで値段を見てみる。

 大理石じゃなければ買えなくは……いややっぱ高いな。

 うーむ、写真だけ見ると簡易な形のやつなら真似できそうか? あーでも磨いたりする必要もあるのか。

 これは束さんに助力を求めるのがいいかな。

 なんかあっという間に石を切り抜いてくれそう。

 微妙な時間だが、内装問題もあるし一度戻るか。

 

「束さん居るー?」

「居るよー。こんな中途半端な時間に帰宅なんて珍しいじゃん」

 

 束ハウスに戻って来ると、束さんは三時のおやつ中だった。

 今日はドーナッツです。

 

「缶詰水筒って完成してます?」

「してるよー。IS貸して」

「ほい」

「拡張領域にデータ入れとくから。それと液体を中に入れるのに専用の機材を使うからそれもね」

「助かります」

「ダウンロードが終わるまで少し時間が掛かるね。ちょっとお茶のおかわり淹れて来て」

「へーい」

 

 俺もお茶貰おう。

 もう暫くは甘い物はいいや。

 俺のおやつは煎餅で。

 

「はいお茶どーぞ」

「はいお茶どーも」

 

 ズズッ――あぁお茶が美味いんじゃ。

 煎餅の塩っ気も嬉しい。

 

「束さんの方の新着具合はどんな感じで?」

「私は道具作りから始めてるよ。部屋が完成したら一気に完成すると思うから、順調って言えば順調かな」

 

 後輩君達はケガもなく元気に働いてるらしい。

 あの頼もしい後ろ姿を懐かしく思うよ。

 

「そっちの状況は?」

「これから部屋の内装工事ですかね。テーブルや椅子を置いたり、少し装飾したりとか」

「そかそか。しー君も順調でなにより。また何かあったら頼ってくれたまえ」

 

 束さんが妙に協力的だが……まぁ自分主導のダンジョン制作なんだし当たり前か?

 いかんな、少し疑心暗鬼になってる。

 だがこの話題は渡りに船。

 大人しく頼もう。

 

「内装に石のテーブルと椅子を用意しようかと思ってるんですが……」

「おけおけ、皆まで言うな。後で切り出しておくから持っていきなよ」

「ありがとうございます!」

 

 椅子に座ったままだけど、しっかり頭を下げるよー。

 なんせこれからもお世話になるからね!

 

「ご馳走様でした。んじゃ自分は戻りますね」

「ほーい。あ、そうだ。今夜はなんか油っぽい物が食べたい」

「冷蔵庫に何が残ってましたっけ」

「挽肉と魚だね。だけど私はもっとカロリーが欲しい」

「なら帰りに何か買って来ますよ。それ以外に欲しい物あります?」

「んー、お菓子系が少なくなったかな。脳を動かすのに糖分は必須だから消費が早いのだ」

「お任せでよかです?」

「よかです」

 

 んじゃ帰りは買い出しだな。

 ついでにテーブルクロスや造花と花瓶も買うか。

 

「行ってきまーす」

「いてらー」

 

 そろそろ次の淫蕩の間の準備も始めなきゃだし、まだまだ忙しくなるぞ!




し「エロトラップダンジョン制作たのしー!」
た「楽しそうでなによりだよ!(にやり)」


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