俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~ (GJ0083)
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プロローグ

 気が付いたらベッドで寝ていた。目に映る天井は見慣れた病院のものではなく、寝起きのぼんやりとした頭で周りを見渡せば目に入るのは白い壁のみ、六畳ほどの部屋にベッドが一つ置いてあるだけの部屋、自身の現状に疑問を覚えながらもフラフラとドアに向かい扉を開ける、隣の部屋は居間らしい、こちらは広さは八畳ほど、真ん中にテーブル、それを挟むようにテレビとソファーが置いてあるだけの質素な部屋、だんだんと目覚めてきた頭の中は疑問符で一杯になった。

 

 自分の最後の記憶は、病院のベッドの上で、“マジ恋の新作をやるまで死ねるか!” と言いながら病気の痛みに耐えてた所までだ。ここは何処だ? 病院ではないのは確かだが見たことのない部屋、色々と疑問は尽きないが次の瞬間それらも霧散した。

 

 真っ暗なテレビ画面……そこには見覚えのあるアホヅラした子供の顔が映っていた。

 

 いったい何分その子供と見つめ合っていただろう、思わず後ろを振り返ったがやはり誰も居ない。うん、認めよう。アレは俺だ。だって写真で見たことある顔だし、さっきから視点が低かったの気になってたんだよな~。子供じゃ視点低いのはしょうがないな、子供じゃしょうがない。

 

 思わず目を瞑って布団の中に戻りたくなるが、いや思考放棄はいけない、非常時こそオタクはクールになるべきだ。そう数々の名言はこんな時こそ。せーの。

 

「なんでさ」

 

 うん、無理やりネタに走ったおかげで落ち着いてきた。これは夢━━ではないんだろうな、夢にしてはリアルすぎる。一度深呼吸して改めて部屋を見回してみると、テーブルの上に紙切れが置いてある。そこには━━

 

『テレビを点けろ』

 怪しい、怪しさ満点である。でもこれなんかのフラグだよね? きっとテレビを見れば元に戻るんだよね? よし、テンション上げろ俺! 俺達の戦いはこれからだ!

 

「テガカッテニ~」

 

 ピッと音がしてテレビが点く、テレビ画面には金髪ロングで、磁器の様な白い肌で、吸い込まれそうな翡翠の目をした美女が……。 

 

「全国百万人の転生者の皆さん、こんにちは~☆」 

 

 非常にうざいテンションで映っていた。

 

 うん?何万人の何だって?

 

「私の名前はラケシス。運命を司る女神の一柱で~す☆ これから皆さんに、転生した理由と転生先での注意事項など説明致しまっす☆」 

 

 思わずテレビを消そうとしたが、消せない……だと……

 

「少し長くなるので静かに聞いてくださいね☆ 先に言っておきますが、この放送は録画放送なので、質問やクレームは一切受け付けられないのでご了承下さいね☆」

 

「「「「生放送じゃないのかよ!!!」」」」

 

 あ、思わず叫んじゃったけど、ここにはいない同じ被害者達と心が通じた気がする。

 

「結論からいいますと、皆さんは死んでしまいました☆ 今いる場所はすでに転生先なので諦めて第二の人生を楽しんでくださいね☆」 

 

 大事な事をさらっと言いやがった……

 え? マジで? 俺死んでるの? 

 

「ちなみに、死んだ原因ですが、皆さんの人生が書かれた紙、どんな人生を送って何時死ぬのか、そんな皆さんの人生が書かれた紙……を纏めたノートを丸ごと一冊、粉☆砕☆ してしまったからなんですね。あ、ヤったの私の姉なんで、私に文句言わないでくださいね☆」 

 

 あ~よくある転生もの(ただしノート一冊分)か。

 

「転生先はアニメやゲームの世界が基本になります。が、完全ランダムです☆ オブザデッドな世界から、のんのんな世界まで、原作知識がある人はそれを駆使して頑張ってくださいね☆」

 

 原作知識のない奴は生き残れないんですね分かります(諦め)

 のんのんな世界がいいなぁ~、第二の人生は田舎でまったり暮らしたいなぁ~

 

「次に転生先での注意事項です☆ 世界には『主人公』と呼ばれる人がいます。主人公を中心に、世界の滅亡だったり、甘酸っぱいラブコメだったり、様々な事が起きますが、それに関わるかは貴方次第です。関わろうと思えば主人公と友達になれますし、原作に関わることもできます。原作に興味ない人は、別に関わらなくても問題ありません。思うがままに生きてください。まぁ生き残るのが難しい世界に転生した人は、主人公と一緒にいた方が生存率が高いと思いますよ☆」

 

 転生先、アニメな世界じゃなきゃダメって縛りでもあるんですかね? 話聞いてると嫌な予感が止まらないんだが。 

 

「それと、今回は皆さんに家族はいません。本来の転生は、誰の子供として生まれるか。から決めるのですが、流石に転生者の人数が多いので、その辺は省略、代わりにある程度成長した体と、生きるのに必要なお金、そしてこれは凄いですよ? なんと、神様ご都合主義能力をプレゼント☆」

 

 お金はありがたいね。別に新しい家族とかはいらないけど、てかなんで子供? まず大人な身体よこせや。

 んでご都合主義とはいったい?

 

「皆さんは今、子供になってるんですが、子供の一人暮らしとか普通おかしいですよね? なにかしらの契約をするのだって親のサインなど必要になりますし、ですが安心してください。この“神様ご都合主義能力”があれば問題ありません☆ 親のサインがなくても、貴方のサインさえあれば契約できます。学校の三者面談、親が来なくても先生は不審がりません。ご近所さんも、子供の一人暮らしに疑問を持ちません。そんな素晴らしい力なんです☆」 

 

 ふむふむ、確かに子供として生きていくには便利な力だな。 

 最初から大人の身体をくれれば問題ないんだけどね?(ニッコリ)

 

「ただし注意点があります」 

 

 おっ、いきなり真面目な声になった。なんかすげー不安になんだけど。 

 

「このご都合主義能力は、所謂「主人公補正」とは違います。ピンチになっても仲間は助けに来ません。銃弾は胸のペンダントに当たりません。あくまでも、『親という保護者がいなくても問題が起きない』力なので、くれぐれも過信しないでくださいね☆」 

  

 そこはもう「主人公補正」もサービスしてくれてもいいだろ。まだこの世界がどんな世界か分からないが、七騎の英雄が集う戦争や、異世界から人食いの化け物が来る世界だったら……生き残れる気がしないな……

 

「お次は皆さんお待ちかね、転生特典の説明しますね☆ コレを楽しみにしてた人も多いのではないでしょうか?」

 

 転生特典……それだ!!! 王の財宝かスタンド全種、いや……サイヤ人の体か、それくらいのチート能力があれば死亡フラグも回避出来る!

 

「転生特典は『そこそこの頭脳』と『そこそこの身体能力』です☆」 

 

 は? なんだって?

 

「本来なら、アニメやゲームの能力をプレゼント☆ って言いたいんですが、転生者の人数が人数なので、めんd、ではなく。公平にするために、特典は全転生者同じものをご用意致しました☆」

 

 こいつ最後の最後で本性出しやがった。え? まじで? 公平ってなに? 特典を公平にする意味あんの? ないよね? 

 

「では最後に、皆さんの転生先をお教えしますね☆ テーブルの上に注目してください☆」

 

 光を感じて、ふと上を見上げると、無駄に神々しい光と共に、一つのアタッシュケースがテーブルの上に落ちてきた。

 

「その中には、通帳、印鑑や、様々な書類等に、転生先の名前が書かれた紙が入っています。いや~開けるのドキドキですよね? そのケースを開けた瞬間から、皆さんの第二の人生がスタートします☆ それでは皆さん、良い人生を☆ この放送は、“みんなの恋人”ラケシスちゃんがお送りしました☆」

 

 ピッと音を立ててテレビが消える。部屋に響くのは自分の呼吸音だけ、怒涛の展開に、流石に脳がオーバーヒートしそうだ。夢だと思いたいが、自身の目に映る、丸みを帯びた子供特有の手が、“これは現実だ”と訴えてくる。そう、落ち着こう、オタクたるもの非現実を楽しまなくてどーする。例え死亡フラグが乱立するような世界でも、夢にまで見た二次元の世界だ。全力で楽しむ気構えで臨まなければ。

 

 ゆっくりとケースに手をかける。 

 ねだるな!勝ち取れ!

 

「ゆゆ式おねティ咲瀬戸の花嫁ベン・トーみなみけまほろバカテスけいおん生徒会の一存生徒会役員共俺妹のうりんはがないゆるゆり藍蘭島ニセコイスクランD・Cラブひなtoloveるとらドラれでぃばとつり乙恋姫マジ恋グリグリなせ~~か~~い~~!!!」

 頭に浮かんだラブコメアニメを叫びながらケースを開けた。

 そこには。

 

 『I・S(インフィニット・ストラトス)の世界にようこそ』

 

 きっと砂を噛んだような顔をしてたと思う。

 

 

 

 




 『女神ラケシス』

 女神三姉妹の次女。地上のアイドルに興味がある。
 
 転生者が百万人と言ったなそれは嘘だ!
 実際は一万人だったが百万の方が語呂が良かったらしい。
 
 姉のミスの尻拭いで転生担当者になる。
 
 担当したのは『成人したオタク』
 姉は『未成年全員』
 妹は『ラケシスが担当しなかった成人』
 人数が多くめんどくさかった為
『大人なんだから、お金があれば後は自分でどーにか出来るよね?』
『オタクなんだからアニメな世界ならどこでもいいでしょ?』
『大人より子供の方が可愛いよね』
『特典?一人一人から話聞くのはめんどい』
 という理由からやっつけ仕事になった。




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人生目標と事前準備

 女神のテレビ放送が終わり静まり返った部屋。そこでソファーに座ってこれからの行動を考える。

 『I・S(インフィニット・ストラトス)』の世界、それは学園ラブコメである。主人公が女子高で寮生活を送りながら無自覚ハーレムを作りイチャコラする世界。まぁバトル有り、テロ屋あり、オマケに女尊男卑と色々と問題もあるが、コメディ要素のせいか、はっきりとした死亡フラグは少なく、原作介入するとしても、チート級の神様特典がなくてもやって行けるだろうう。    

 でも正直、原作には介入したくない。

 美少女達とラブコメは男の夢だが鈍感系主人公のモテモテぶりにイライラしながら女子高で寮生活とか、非モテ男子には拷問に等しい。

 確かにヒロインズは可愛いよ? 薄い本でお世話になったよ? でも、そんな娘達がいちゃいちゃしてるのを目の前で見せられたら……うん、ワンサマー死すべし慈悲はない。

 なので“原作はスルー”の方向にしたいんけど。

 

「ISは欲しいな」

 

 『インフィニット・ストラトス』は『マルチフォーム・スーツ』の名前である。元々は宇宙空間での活動を目的としたもので、スーツと言っているが、見た目は結構ロボロボしている。要はすごい機能をたくさん積んだ宇宙服だ。原作開始時には兵器として認識されている可哀想な子でもある。なぜか女性しか使えず、それが原因で女尊男卑の風潮が広がったり、なぜか動かせた主人公が、IS専門の学校に強制入学させられたりするのだが、それはどーでもいい。大切なのは

  

「俺もISに乗れる?」 

 

 女神は言った『“原作”に関わることもできます。』と。 

 原作は主人公が、IS専門の学校、IS学園に入学するところから始まる。つまり、俺もISを動かせる可能性がある。脳裏に浮かぶのは、テレビ画面の中で、自由に空を飛ぶ少女達。

 

 前世の夢を叶える為にもぜひISが欲しい。

 せっかくの第二の人生、せっかくのアニメの世界、神の所為で死んだんだ、幸福を求めてもいいだろう。

 つまり、自分専用のIS手に入れる&原作スルーが答え!

 

「よし!」

 

 声を出して気合を入れる。

 これからの方向性は決まった。後はそれを目指して行動するのみ!

 ISを作った人が『天災』と呼ばれる変人だったり、ISの心臓部、ISコアが決められた個数しか作られてなかったりするが――今は考えるな! なんとかなるよ、絶対大丈夫だよ!

 

 気合を入れてソファーから立ち上がり、家の中を見て回る。部屋は2LDKで冷蔵庫や洗濯機さえなかった。改めてケースの中身を漁る。

 

 通帳には、なるほど、かなりの金額が記載されていた。ネット環境とか生活家電を揃えないとな。って、服も買わなきゃダメじゃん! 新生活に夢馳せながらいそいそと準備するのであった。               

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 ぶっちゃけご都合主義舐めてました。人に道を訪ねながら家電量販店に行き、家電を選び、ネット工事の予約したが、店員は誰もツッコんでこなかった。ケータイの契約も『お父さんとお母さんは?』なんて聞かれることもなかった。いや流石、神様印の能力である。

 

 ここ数日は忙しかった。日用品や服を買い、街の道を覚えたり小学校の入学手続きしたり。 正直に言おう。楽しかった! と。

 新生活の準備ってなんでこんなにテンション上がるんだろね?

 

 しかし浮かれるのはここまでだ。

 生活の基盤は出来た、ここからが本番だ。

 

 買ったばかりのパソコンデスクに向かいパソコンを操作する。

 検索項目は『白騎士事件』 

 ISを世界中に知らしめた事件である。

 日本に大量のミサイルが撃たれる→IS『白騎士』が迎撃→ISスゲー(兵器化待ったなし)

 って感じの流れだ。ここから物語が始まると言ってもいい分水嶺、しかしテレビではまだ一度も“IS”の名前を見ていない。

 ――検索の頭に来たのは、ゲーム、アニメにプラモデル。まだ事件は起きてないらしい。 

 

 白騎士事件は原作開始の十年前位の話だ。つまり、主人公は俺と同い年か年下……産まれてないってことはないよな?

 

 次の検索項目は『○○町』『篠ノ之』 

 そう、ISの開発者『篠ノ之 束』の実家を調べる為である。ISを手に入れる為には束さんに近づかなければならない。

 検索結果の頭には、『篠ノ之神社』そして『篠ノ之道場』 

 思った通り、この街に主人公とヒロイン、そして『篠ノ之 束』が住んで居るようだ。

 さてと、篠ノ之道場では剣道を教えてるみたいだな。これは利用しない手はないよね? 最悪、転生者バレすれば、束さんの興味を引けるかもしれないが、解剖エンドも有り得る。地道に外堀から埋めて、自然に仲良くなれれば最善。 

 外はうっすらと暗くなっている。時刻は――うん、まだ大丈夫だろう。

 電話番号はっと。

 

 ガチャ

「もしもし、篠ノ之でございます」

「夜分に申し訳ありません。ワタクシ『サトウ』と申します。是非、篠ノ之道場で剣道を学びたく思い――」

 

 あ、気合入れすぎて仕事モードの口調になっちゃった。



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原作キャラとの初対面

「初めまして、佐藤 神一郎です。本日からお世話になります」

 

 お辞儀の角度は四十五度、目の前にいる先輩と先生にしっかりと挨拶する。

 第一印象は大切だからね。

 

「俺は織斑 一夏」

「篠ノ之 箒です。よろしくお願いします」

「随分としっかりしてるんだな。織斑 千冬だ。一夏の姉になる。柳韻先生が居ない時は私が稽古を見ることになっている。そう固くならんでいい」

 

 目の前に原作キャラがいる。この感動を誰かに伝えたい! 

 束さんはいないけど……。 

 

 年上のお姉さまにモテそうなショタ。もとい、この世界の主人公、織斑一夏。

 その姉で、将来は世界最強になるブラコン姉、織斑千冬。

 そして、ヒロインのモッピー。

 うん。テンション上がるな!

 

「一夏と箒でいいかな? 俺のことは名前でいいよ」

「おう! よろしくな神一郎さん」

「待て一夏。佐藤さんは年上だ。敬語を使え」  

「箒、ここでは俺が後輩なんだから、気にしなくていいよ」

 

 俺の言葉に一夏が少し嬉しそうな顔をする。後輩欲しかったのかな?

 箒の方は納得してないみたいだが、敬語は止めてくれた。お堅いね。

 

「そういえば引っ越して来たばかりだったな。今三年だったか?」

「いえ二年生です」

「となると、一夏と箒の一つ上か、剣道は未経験だと聞いている。なぜやろうと思った?」

「単純に前から興味があったのと、知り合いが誰も居ないので、友達作りになるかと思いまして――だから」

 一夏と箒に顔を向け 

「仲良くしてくれると嬉しい」

 できる限りの笑顔で笑いかけた。

 

 すると一夏が爽やかな笑顔で握手を求めてきた。

 それを握り、モッピーに握手を求めてみる。

 戸惑いながらも、手を握ってくれた。人見知りな性格なんだっけ?

 しかし、おててが! モッピーのおててが、かぁいいよ~。

 っと、いけないいけない。名残惜しいが、怪しまれないうちに手をはなす。 

 

 ここでは出来るだけ慎重に動かなければならない。

 先ほど千冬さんも言ったが、なぜか俺は一夏と箒より年上だった。きっと女神様が適当したんだろうな……。

 つまり、ほぼ道場でしか原作メンバーと関われない。

 束さんは此処にいる三人に特別な感情を持っている。彼女に近づく為にはある程度仲良くしなければならない――束さん目的だから罪悪感があるが……。 

 せめて剣道は真面目にやろう。

 

「えーと、織斑さん? まずは何をすれば?」

「千冬でいい」

「では千冬さんと」

「それでいい、まずは素振りからだ。一夏、箒、年齢は神一郎が上だが、ここではお前達が先輩だ。しっかりと手本みせろよ」

「「はい!」」

  

 

◇◇ ◇◇ ◇◇   

 

 

「今日はここまでだ」

「「「ありがとうございました!!!」」」

  

 初日は無事終了。束さんはこなかった……。

 あれ~? このメンバーは束ホイホイじゃないの? このメンバーなら飛んでくると思ったんだけど。俺が居たせいかな? 

 などど考えていると。千冬さんが話かけてきた。

 

「なかなか筋がいいな神一郎。なにか習ってたのか?」

「いえ、特になにも(多分、神様特典のおかげです)」

「そうか、で、初日はどうだった? やって行けそうか?」

「はい。楽しくやっていけそうです」

 

 初日だからか、千冬さんは、かなりこちらに気を使ってくれた。

 お陰様で、当初の目的を忘れて普通に楽しんでしまった。ただ一つ、問題があるとしたら……

 

「あの、千冬さん?」

「なんだ?」

「一夏と箒って……」

 

 ちらっと二人を見る。そこでは。

 

「一夏、タオルを貸せ。そんな拭き方では汗が残る」

「汗ぐらい自分で拭けるから! それに後で風呂に入るから大丈夫だって!」

「いいから貸せ。ほら、後ろ向いてろ」

「ちょ、痛い! 俺の頭皮剥がれそうだ! 箒、もう少し優しく――」

 

 イチャイチャしてんじゃねーよ!

 まさか原作開始前からこんな光景を見せられるとは…… 

 

「別に付き合ってる訳ではないぞ」

「箒の片思い。でいいんですかね?」

「あぁ、愚弟はどうにも女心に鈍いみたいでな」

  

 まぁ小学生に女心とか無理だよな。

 てかワンサマーには無理。 

 

「千冬さん的には、二人が付き合うの有りなんですか?」

「まだ小学生だぞ。早すぎるだろう」

 

 やっぱブラコンなんですね(にっこり)

  

「何か言ったか?」

「いえ何も」

 

 ギロリと睨まれた。勘が良すぎませんかね? 

 

 

 

◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

 帰る準備をして四人一緒に外へ出る。

 千冬さんが道場に鍵を掛け。

 

「では鍵を返して来る。少し待ってろ」

 

 この場を離れる。

 束さんの事を聞くなら今のうちだな。

 

「そういえば、箒にはお姉さんがいるんだっけ? 今日は家に居るのかな?」

「姉さんか? たぶん家に居ると思うが、何か用か?」 

「うん、挨拶したいなぁって。柳韻さんと雪子さんに挨拶したんだけどね。お姉さんにはまだ会ってないんだよ」

 

 柳韻さんは箒のお父さん。雪子さんは叔母である。

 

「ね、姉さんに挨拶? いや、それは……」

 

 いきなり挙動不審になったな。やはり原作通りのキツい性格なのか?

 

「あ~、神一郎さん? 束さんてかなり気難しい人でさ。会うのは止めといた方がいいと思うんだ」

 

 むう……正面から会うのは止めた方がいいか。

 

「わかった。二人がそう言うなら会うのは止めておくよ」

 

 俺の返事を聞いて、露骨にホッとした表情を見せる二人。

 そこに。

 

「いやいや、束さんも話してみたいと思ってたんだよ?」

 

 どこからともなく声が聞こえてきた。

 一夏や箒も驚いて周りを見回すが誰も居ない。

 

「ふっふっふっ。驚いてるね? 箒ちゃん、いっくん、束さんだよ~」

 

 俺達の目の間に急に人が現れる。

 その人は、不思議の国のアリス風のエプロンドレスに、機械のうさみみを着けた少女。

 会いたいと思っていた、篠ノ之 束さんだった。

 

「やーやー、君が『サトウシンイチロウ』だね? ちょ~っとお話しようぜ~」

 

 会いたいと思っていたが、突然の登場に思わず固まってしまった。

 しかし何処から現れた? 目の前に急に現れた様にしか見えなかった。

 

「束さんスゲー! 今のなに!? 手品!?」

 

 俺とは違い、一夏は大喜びだ。

 

「うんうん、いっくんに喜んで貰えて、束さんも嬉しいよ。これは束さん製『ミエナクナ~ル君』使ったからだよ。透明人間になれるのさ!」

 

 さらっと言ったが、光学迷彩ってことですかね? 

 

「それで姉さん、佐藤さんにお話とは?」

 

 一夏が大はしゃぎ、俺が固まっている横で、箒が話を進めてくれた。

 

「?そのままの意味だよ? ちょっとお話してみたくてね。君も束さんに会いたかったんでしょ? 束さんの部屋でお話しよ~ぜ」

「お誘いは嬉しいのですが、いきなり女性の部屋に入るのは良くないと思うんですよ。それに挨拶したかっただけですし。初めまして束さん、佐藤 神一郎です。以後よろしくお願いします」

 

 束さんに会えたのは嬉しいよ? 顔可愛いよ? 声も可愛いよ? でもね? 口調と裏腹に目が凄く怖いんだなこれが。これ絶対付いていったらダメなパターンだよ。

 では。と言って帰ろうとする。

 

「残念。大魔王からは逃げられないんだよ?」

 

 帰ろうとする俺の腕をガシっと掴む束さん。そのまま引っ張られる。

 ちょ! 力つよっ! 抵抗するがズルズルと引きずられる。

 

「一夏! 箒!」

 

 思わず二人に助けを求めるが、二人も突然の展開にオロオロしている。

 

「そうそう、いっくん。ちーちゃんが、“戻るの少し遅くなるから箒と遊んでろ”だって。良い子にしてるんだよ?」

 

 ではでは~と言ってそのまま俺を引きずる束さん。

 脳内ではドナドナが流れました。



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ゲットするんじゃなくてゲットされた。

 現在俺は、束さんの部屋に居る。部屋の中は年頃の少女らしさの欠片もなく、壁際はディスプレイが並び、足元は機械とケーブルコードで溢れていた。

 しかしなんで呼び出された? 近付こうとしたのがバレたのか? だが、一夏や箒とは今日初めて会った。特に怪しまれる行動もしていない。

 

「いっくん以外の男を部屋に入れるのは初めてだよ。さあさあ座って座って」

 

 これから何が起きるかわからない。覚悟を決めて束さんの前に座る。

 

「お話とは何でしょう?」 

「そうだね。単刀直入に行こうか。君は。何者なんだい?」

 

 言われた瞬間、心拍数が上がった。

 

「束さんはね? ちょっと前に“IS”って言うのを作ったんだよ。宇宙空間での活動を目的としたマルチフォーム・スーツなんだけどね。それを学会で発表したんだよ。まぁ凡人共には束さんの凄さが理解できないみたいでさ。認められなかったんだけどね」

「それと俺に何か関係が?」

「まぁまぁ話は最後まで聞いてくれたまえ」

「分かりました」

「でもね。全てが認められなかった訳じゃないんだよ。技術の一部は盗まれたりしてさ。アイツ等の私腹を肥やす結果になった」

 

 それは知っている。ISは最初認められなかった。その事が束さんを傷つけた事も……。

 束さんは俺が黙ってるのを見て話を続ける。

 

「それからかな? 束さんに監視が付くようになったのは。大方、束さんの技術を盗む機会を狙ってるんだろうね。だけどね。今は監視だけだけど、その内、箒ちゃんやいっくんに近付く奴が出てくるかもしれない。だから近づいてくる奴の事を調べるようにしているんだよ」

 

 束さんの眼光が俺を射抜く。

 改めて思う、この人“天災”だ。

 

「最初はさ、普通の子供だと思ったんだよ? でも一応ね、ハッキングしてパソコンの中身を見せてもらったのさ。中身は問題なかったけど、検索履歴が問題でね……どこでISの事を知ったのかな?」

 

 何も言えず黙り込む俺に、束さんはさらに追い打ちをかける。

 

「確かにISは発表したよ? でもね。アイツ等は束さんの技術を盗む為にその全てを無かった事にしたのさ。世間の目に触れれば盗んだ事がバレちゃうからね」

「えーと、実は父が科学者で――」

「君に親は居ないよね?」

 

 最後まで言わせろよ。てか親居ないのバレてるし。ご都合主義能力仕事しろよ!

 必死に言い訳を考えている中、さらに状況が悪化する。

 

「姿を隠していろ。などと言うからなんだと思ったが、なるほど、普通の子供ではないと言うことか。それで束、親が居ないとはどう言う事だ?」

 

 後ろからの声に振り向けば、腕を組んでこちらを睨んでいる千冬さんが居た。

 ブリュンヒルデが参戦しました。

 あれ? もう死ぬんじゃね? 泣きたくなってきた……。

 

「そのままの意味だよちーちゃん。そいつに親は居ない。死んでるとかじゃなく、文字どおり居ないんだよ。戸籍もなにもない。普通なら有り得ないけど、事実だよ」

「お前が調べたのなら間違いないだろう。さて神一郎、話してくれるな?」

 

 逃げ場はないか。

 

「束さん、千冬さん、少しだけ考える時間を下さい」

 

 そう言って目を閉じ、ゆっくり深呼吸する。

 元々どうやって束さんにISを貰うかはノープランだったんだ。これはある意味チャンスでもある。

 下手な言い訳は通じない。でも、千冬さんが居るから、最悪殺される事はないだろう。

 ゆっくりと目を開けて言う。

 

「未来から来た転生者です。どーぞよろしく」

  

 

 

 

 

「「は?」」

 

 おぉ、この二人を驚かせる事ができるとは。

 実際には異世界人の方が近いけど、未来を知ってるのは嘘ではない。

 

「ちーちゃん、どう思う?」

「どうと言われてもな。これは流石に想定外だ」

 

 あれ? 思ってた反応と違う。

 

「自分で言っておいてなんだけど。信じるんですか?」

 

 俺の問いに二人は当たり前の様な顔で答える。

  

「ちーちゃんの野生の勘の前に嘘など無意味なんだよ」

「束は嘘発見器でも使ってるんだろ? なら嘘などすぐバレる」

 

 凄い信頼感だな。

 

「未来から来たってのは少し嘘かな。何かを誤魔化している感じ? でも“白騎士”の名前

を知ってるんだから、未来を知ってるのは本当だと思う」

 

 そこまで分かるのか。流石にラノベ云々の説明は避けたい所なんだが。

 

 俺の顔を見ていた束さんがニンマリ笑った。

 

「まぁ今は誤魔化されてあげるよ」

 

 “今は”ね。とりあえ今すぐ何かされる訳ではないらしい。

 

「束、白騎士とはなんだ?」

 

 まだ千冬さんは知らないのか。

 

「ちーちゃん用に作ったISだよ。まだ完成はしてないんだけどね。白騎士って名前は既に決まってるんだよ~」

「そんな物を作っていたのか。私をISを乗せてどうするつもりだ?」

「その話は、白騎士が完成したら改めて……ね?」

「良いだろう。まずは神一郎の問題を片付けてからだ。さて神一郎、まだ説明が足りないと思うが?」  

「そうですね。下手に嘘を付いても無駄みたいですし。可能な限りお話します」

「“可能な限り”か?」

「ええ、全ては話せません」

「ちーちゃん、いざとなったら束さん特製の自白剤使うからね?」

「だそうだ。死にたくなければ素直に話せ」

 

 止めてくれないんですね。

 まあ一夏や箒に害が有る可能性がある限り、そんなに甘くないか。

 

「ではまず、私がどんな存在かと言うと。今より十年後の世界で生きていました。死にましたが、今の時代に子供の姿で生き返りました」

 

 大きな嘘がないからか、二人は無言で続きを促す。

 

「私が此処に来たのは束さんに会うためです」

 

 俺の発言に二人の顔色が変わる。 

 千冬さんはこちらの真意を探るように。

 束さんは面白そうに微笑んでいる。

 

「束さんに会いに来た理由は、夢を叶える為です」

 

 束さんの目を見つめ、頭を下げる。

 

「私にISを譲って下さい」

 

 頭を下げたまま束さんの言葉を待つ。

 

「君はISで何をしたいのかな?」

 

 口調は変わらないが、“つまらない理由なら容赦しない”そんな声色だった。

 だけどここまで来たらもう引けない。

 

「私はISに乗って旅がしたいんです」

  

 二人がポカンとした顔をする。

 そこにさらに畳み掛ける。

 

「ISは元々宇宙空間での運用を目的としてますよね? ですがそれだけでは凄く勿体無いと思うんです。束さんは自然遺産とか見たことありますか? 日本だと知床や白神山地ですね。普通に見ても素晴らしいでしょうが、ISに乗って空から見る景色は絶対凄いと思うんですよ。それに、普通じゃできない事も沢山できますよね。大雪山の山頂で味噌ラーメンを食べ、渡り鳥と一緒に空を飛び、グランドキャニオンの谷間を走り抜け、朝日が照らすマチュピチュを空から見下ろしながらコーヒーを飲む。凄く、凄く楽しいと思うんです」

 

 一気に言い切って二人の反応を見る。

 千冬さんは、相変わらずポカンとしていた。

 束さんは笑っていた。

 

「うんうん、どんな事を言い始めるかと思ったけど。確かに楽しそうだね」

「じゃあ!?」

 

 思いの外好感触で声が上ずる。

 

「だが断る!」

「なん……だと……」

 

 あれ? 断られた?

 

「なにを驚いてる? お前の夢は素晴らしいと思うが、だからと言ってISを簡単に譲れるはずないだろう?」

 

 千冬さんの冷静なツッコミが耳に届く。

 でも……。

 

「束さんはチョロい。そうSSでも言ってたのに」

「誰が言ってたのか知らないけど。束さんがチョロいなんて喧嘩売ってるのかな?」

「ロリショタぼっちの束さんは、年下に頼られたら甘い顔するって……」

「束、二度と一夏に近づくな」

「ちょ、ちーちゃん? 信じるの!?」

 

 二人の掛け合いを横目に次の手を考える。

 最後の手段はこれしかないか。

 

「分かりました。確かにタダで貰おうとするのは虫が良すぎますよね。脱ぎます」

 

 いそいそと上着を脱ぐ。

 

「って何で脱いでるの? 束さんにそっちの趣味はないんだよ!?」

「束、もう一度言う。二度と一夏に近づくな」

「だから誤解だよちーちゃん! 君も脱ぐの止めてよ!」

 

 なにやら誤解されたようだ。

 

「違いますよ。そんな意味で脱いだ訳ではありません。まぁ、体を売るのに違いはありませんが……したいんでしょ? 解剖」

 

 千冬さんがいればバラバラ死体にされる事はないだろう。

 夢の為とはいえ、解剖される日が来るとは……。

 

「いやいやいや、しないよ!? 君の中では束さんはどーなってるのかな!?」

「ロリショタぼっちのマッドサイエンティスト。ですかね?」

 

 違うの? 違わないよね?

 

「大体合ってるじゃないか。良かったな束? こいつはお前の理解者だぞ」

 

 千冬さんは実に楽しそうに笑っている。

 

「ちーちゃん、笑い事じゃないよ。まったく、真面目な話したいのに。それと、解剖はしないから君は服を着てよ」

 

 解剖はされないらしい、原作より若いせいか、意外とまともだな。

 束さんに言われ服を着なおす。

 束さんは俺が服を着たのを確認して話を進める。

 

「さて、話を戻すよ。君はISが欲しい、それはISで旅をしたいから。間違いないね?」

「はい、間違いありません」

「うん。信じるよ。その言葉に嘘はない。でもね? だからってISを作ってあげる義務は束さんに無いのは理解してるよね?」

「はい、理解してます」

「ところで、等価交換の原則って知ってるかな?」

「何かを得ようとするなら、それと同等の代償が必要。ってことですね」

 

 有名なセリフだ。ISをタダで貰えないかと考えてた自分には耳に痛い。

 

「そこで、束さんと取引しない?」

「ISの対価になりそうな物なんて無いですよ?」

「そうかな? 束さんから見たら君は宝の山だよ?」

 

 束さんの瞳が怪しく光る。

 ゆってくりと顔が近づいてくる。

 思わず目を瞑ってしまった。へタレじゃない、慣れてないだけなんだ。

 いつまでたっても期待していた感触はなく、束さんが離れる気配を感じ目を開ける。 

 

「ふっふっふっ、何を期待したのかな?」

 

 束さんが笑いながら、どこから出したのか鏡をこちらに向けてきた。

 そこには、顔を赤くした自分と。

 

「首輪?」

 

 首に何か巻かれていた。黒一色で喉元辺に赤い宝石の様なものが付いている。

 

「首輪と言うか、チョーカーだね。機能的には首輪だけど」

「つまり?」

「それを着けてる限り、居場所が何時でも分かるし、束さんから逃げれなくなる。無理やり取ったら、ボンッ! だね」

「千冬さん!」

 

 静観していた千冬さんに助けを求める。

 

「お前に敵意が無いのは理解した、しかしまだ隠している事がある以上野放しも出来ん。諦めろ」

 

 だからって首輪はないだろ、どこぞの囚人じゃないんだから。

 

「安心してよ。等価交換って言ったでしょ? 君には束さんのそばに居て欲しんだよ。転生とか未来とか、色々聞きたいしね」

「ペット的なポジションですかね?」

「実験動物的なポジションだね」

「なん……だと……」

「転生者、ゲットだぜ!」

 

 束さんは実に良い笑顔でした。



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夢の為に身売りしました。

 拝啓、父さん母さん、息子は現在、年下の女の子に首輪を付けられ動物扱いされてます。俺何か悪い事しましたかね? 夢の為とはいえちょっと泣きそうです……アハハハ。

 

「おい神一郎、大丈夫か?」

 

 ちょっと現実逃避していたら千冬さんが心配してくれた。

 

「大丈夫です。えぇ、これぐらいで夢を諦める訳にはいかないんですよ。例え飼い主が子供に首輪を付ける変態でもです」

「夢の為に変態に身売りか、見事な覚悟だ」

「束さんを変態扱いしたまま話を進めないでくれるかな?」

「「黙れ変態」」

「ちょっ! 二人して酷いよ!」

 

 俺と千冬さんの返事に束さんがブー垂れてるが気にしない。

 

「所で束さん、大事な話がまだ終わってないですよ?」

「ほえ? なんかあったっけ?」

「実験動物の期間とか、ISを譲ってくれる時期とか、その辺をはっきりさせましょう」

 

 ほえ? じゃねーよ。この人、契約とか約定とか言葉知らなそうだもんな。その辺決めとかないと、一生飼い殺しか、飽きたら解剖とかになりそうだ。

 

「期間ね~、束さんが飽きるまで、じゃダメかな?」

「あははダメに決まってるじゃないですか」

 

 こいつ本気で油断できねぇ。

 

「束さんはいつかこの家を出ますよね?」

「ん? そーだね。いつかは出て行くよ」

「それでは、その日にしませんか? 束さんがこの家を出て行くその日が契約終了の日、でどうでしょう? ISもその時に戴きます」

 

 時期的には約三年後、妥当な所だろう。

 

「君は束さんが居なくなる日を知ってるね?」

「そうですね。私が話してもタイミングは変わらないと思うので言いますが、数年後です」

「その辺詳しく聞きたいなぁ~」

「未来の事はそうそう話す気はありませんからね?」

「え~なんで~?」

「それはですね、仮に、仮にですよ? 俺が千冬さんの、将来の旦那さんの名前を知ってたらどうします?」

「あ? ちーちゃんに付く虫なんてぶっ殺だよ! 自白剤使ってでも聞き出すよ!」

 

 だよね。知ってた。

 

「そんな訳で千冬さん、束さんが無理矢理未来の事を聞き出そうとしたら、その時はお願いします。下手したら誰かの人生が終わります」

「まかせろ。その時は私が止める」

 

 本当に頼りになるなこの人。凄い漢らしい。

 

「あ?」

「なんでもありません」

 

 そして勘の良さが凄い怖い。

 

「では、束さんがこの家にいる間は、実験動物します。ですが、命に関わるような実験は禁止、転生や未来の事は話せることは話しますが、他の人の人生に影響が出そうな事などは話せません。対価のISは後払いで。以上の約束を破った場合、千冬さんの制裁。よろしいですね?」

「ちーちゃんの制裁は怖いからね。それでオッケーだよ」

「束のストッパー役はかまわん。いつもの事だ。しかしいいのか? 数年もこいつに付き合うのはキツいぞ?」

「他にもお願いがありまして、そっちは時間掛かりそうなんで――束さん、等価交換についてもう少し話したいんですが?」

「まだ何かあるのか?」

「えぇ、対価が払えれば、お願い聞いてくれるんですよね?」

「払えればね」

「“ISの欠陥について”なんてのはどうでょう?」

「“男にISは使えない”の事かな?」

「やっぱり知ってましたか。知ってて黙ってるなんて趣味が悪いですよ」

「束さんにも原因は分からないんだけどね。君があまりにも自然にISが欲しいなんて言うから、未来では男もISが使えるもんだと思ったんだよ」

「いえ、未来でも男は乗れないままです。むしろ束さんが意図的に男に乗れない様にしているのでは? なんて噂がありましたね」

「束さんがそんな面倒な事するはずないじゃん」

「ですよね~。それでですね? 俺は“ISに乗れるかもしれない男”なんです。もし乗れたら、良いデータが取れると思いませんか?」

「おい待て神一郎、お前“かもしれない”でIS欲しいと言って身売りしたのか?」

 

 千冬さんが呆れ気味だ。

 

「たぶん、きっと、九分九厘大丈夫なハズです」

「大丈夫じゃなかったら無駄死にだな」

 

 ISに乗れないのにIS世界に転生……笑えない。本当の無駄死にだ。

 

「くっ……あはは」

 

 千冬さんと話してると束さんの笑い声が部屋に響いた。

  

「IS欲しいなんて言うからまさかとは思ったけど、うん。本当に乗れるなら貴重なデータだね。んじゃこれに触ってみて」

 

 どこから取り出しのか、束さんの手のひらには、こぶし大程の球体が乗っていた。

 

「まさか、ISコアですか?」

「手っ取り早く実証検証してみようか」

 

 大丈夫だよね? 信じてるよ神様!

 そっと指先がコアに触れる。その瞬間。

 ――PIC、ハイパーセンサー、操作の仕方、様々な情報が流れてきた。

 

 軽い目眩がして頭を振るう。

 

 「本当に動かせるんだね。ただの珍しい検体程度の認識だったけど、転生者だから反応したのか、それとも君の特性なのか……うん、これは興味深いよ”しー君”」

 

 初めて名前を呼ばれた。認めれたと思っていいんだろうか……実験動物からレア実験動物に変わった位にしか思えないが。でもこれで――。

 

「随分嬉しそうだな」

「夢に一歩近づきましたからね。千冬さん、名前を呼ばれたって事は、少なくても命の心配はしなくていいですよね?」

「束は気に入った相手しか名前を呼ばない、気に入った相手に無茶はしないだろう」

 

 ここに連れてこられた時はどうなるかと思ったが、本当に良かった。当初の予定とは大分違ったけど……。

 

「それでしー君、なんでISが使えるのか色々調べたいんだけど、その対価は?」 

「あ、すみません、対価はですね。ISの事を教えて欲しいんです」

「ISの何を知りたいのかな?」

「えっとですね。将来的には、ISが旅の相棒になりますよね? だから日常のメンテナンスや旅先でISが壊れた時に、せめて応急修理が出来る位の知識が欲しいんです」

「ふむふむ、先を見据えた良い願いだね。その願い、束さんが叶えてしんぜよう! ISコアさえ無事なら、その辺の車からISを作れる様にしてあげるよ!」

「やっ、そこまでは求めてねーです」

 

 フレンドリーになったのは嬉しいけど、飛ばしすぎです束さん。

 あ、でもバイク型に変形したりしたらかっこいいかも。

 

「ちなみに束さん、ISに付けて欲しい機能があるんですけど、聞いてくれます?」

「ばっちこいだよ! って言いたいけど、しー君が他にどんな引出しがあるか気になるから、あえて対価を求めてみるよ~」

 

 束さんがキラキラした瞳で見てくる。期待させて申し訳ないが、これ以上俺に出せる物はないんだが……。

 いや、原作ブレイクになる可能性があるが、ワンチャンあるな。

 

「俺自身の引出しはもう品切れですよ。所で、束さん、千冬さん、自分の夢の為に、他人の人生を犠牲にするのは有りですか?」

「無しだな。神一郎、何を考えてる?」

「有りだね。無能共の夢なんてどーでもいいよ」

 

 すまんなワンサマー、俺の夢の為にハーレムは諦めてくれ。

 半分以上は嫉妬だけどな!

 

「一夏と箒の事なんですが」

 

 おふっ、二人の目が怖い。千冬さんはともかく、束さんもか、名前を呼んでくれたけど、流石に箒の方が大事みたいだな。だが、だからこそのこの一手。

 

「箒が一夏の事が好きなのはお二人共知ってますよね? 甲斐甲斐しく一夏の世話したりして、初々しいですよね?」

「それがどうした?」

「あの二人、“十年後もあんな感じだ”って言ったらどうします? いや、今より酷い状況ですね」

「どーゆー意味かな? 言葉通りだと、十年後も初々しいけど、喧嘩しちゃってる感じ?」

「十年後も箒が色々アピールするも一夏がそれに気付かず友達のまま、むしろ第二次性徴を迎えた箒が一夏に接触するのを恥ずかしがって今より不器用なアピールしてますね」

 

 

 

 

「「え???」」

 

 そうなるよね。あの二人見てればそう遠くない未来に付き合いそうだもんね。

 

「ちょっと待て神一郎。いくらなんでも普通気付くだろ?」

 

 残念ながら、貴女の弟は普通違います。

 

「未来の話を少しだけしましょう。未来の一夏は、外国の女の子にキスをされても“外国のキスって挨拶だよな”と言い。私のご飯毎日食べてよ。って言葉には“え?毎日ご飯奢ってくれるの?”と言う男です」

 

「…………」

 

 千冬さんは呆然としている。

 

「いっくん……」

 

 すごいな一夏、天災も言葉を失ってるぞ。

 

「それでですね束さん、箒の恋を応援しよう思うのですが、どうでしょう?」

「それは、うん、箒ちゃんの事を思えば有り難いけど……」

「一夏に何かする訳ではないんだな?」

「はい、一夏には何もしません。あくまで箒のお手伝いだけです」

「でもでも、お姉ちゃんとしては、束さんがお手伝いしたいよ」

「恋愛経験のない束さんには、一夏に惚れ薬を仕込むのが精一杯では?」

「束、一夏に変な事をしたら、分かっているな?」

「ちーちゃん、流石の束さんもそこまではしないよ」

 

 いえ、やりそうだから釘刺してるんだと思いますよ?

 

「束さん、千冬さんを“お義姉さん”って呼びたくないですか?」

「ちーちゃんが……おねえちゃん?」

 

 これはもらったな。

 束さんに手を差し出す。

 ガシッと握り合う。

 

「しー君、君に逢えたことを幸運に思うよ」

「俺もです束さん」

 

 二人でニヤッと笑い合う。

 その横で、千冬さんは深いため息をついた。




※タグ追加しました。


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箒の妹力は53万

 束さんとの契約から数日たった。さっそく実験台にされると思ったが、白騎士の開発が目前らしく、今はそちらに力を入れたいらしい。なので現在、道場に通いながら箒に近付くタイミングを見ているのだが。

 

「一夏、大人しくしていろ」

「だから箒、痛いってば! もう少し優しくしてくれ!」

 

 モッピーは今だ“頭拭いてあげる攻撃”を繰り返していた。年齢を考えればアレが最大限のアピールなんだろうな。だが、それぐらいじゃ駄目なんだよ。

 

「箒、ちょっといいかな?」

 

 一夏の頭を拭き終わり、満足げにしている箒を手招きする。

 

「神一郎さん? なんですか?」

「いきなりだけど、箒は一夏の事好きなんだよね?」

「な、なにを突然!?」

「実はね、束さんに箒の恋を応援してくれって頼まれたんだよ」

「姉さんに? 神一郎さん、姉さんと仲良くなれたのですか?」

「この前話した時にちょっとあってね。それから仲良くさせてもらってるよ」

 

 実験動物としてね。

 

「凄いですね。たった一日で姉さんと話せる様になるとは」

「自分でも驚いてるよ」

「気持ちは嬉しいですが、一夏が好きなんて誤解です。私が一夏のことが好きなんて事ありません」

 

 ほう?

 

「そうなんだ、実は知り合いの子に一夏の事を紹介して欲しいと頼まれてたんだけど、箒に悪いと思って断ったんだよね。でも、箒にその気がないなら……いいかな?」

「べ、別に一夏が誰と付き合おうが、私には関係ない!」

「箒、頼むからそんな泣きそうな顔しないでよ。今のは冗談だから」

 

 口調とは裏腹に泣きそうな顔をする箒。

 モッピーとか言ってごめんね。そうだよね。箒には大切な初恋だもんね?

 うん、流石に小学生を泣かすのは罪悪感が半端ないな。

 

「でもね、箒も学校とかで知ってると思うけど、一夏がモテるのは本当なんだよ? 箒は一夏が別の女の子の所に行ってもいいの?」

「それはいやだ……」

「だからね箒、箒が一夏と付き合えるように、俺にお手伝いをさせてくれないかな?」

「でも良いんですか? いくら姉さんの頼みとは言え……」

「束さんから頼まれたって理由もあるけど、俺自身が箒を手伝いたい気持ちもあるんだよ?」

「そうなんですか?」

「うん、箒の一夏に対するアピール見てたからね。応援したくなっちゃった」

 

 これは本当。横から見てる身からすれば、箒の健気さは応援したくなる。

 

「その……そう言って貰えるのは嬉しいです。誰にも相談出来なかったので……」

 

 同門で歳上の俺だから一夏への気持ちを話してくれたが、箒は気難しい性格だ、学校の女の子などはライバルだろうし、姉はアッパパーだし、本当は誰かに相談したかったんだろうな。

 

「箒、さっそくだけど、俺の案を一つ聞いてくれないかな?」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「ここが神一郎さんの家か」

「今日は誰も居ないからゆっくりしてってくれ」

「お邪魔します」

「ほら、箒も入って」

「おじゃまします……」

 

 顔を赤らめてうつむく箒を先に促す。

 現在、箒と一夏を自宅に招き、箒と一夏をくっつけよう作戦を実行中である。作戦内容はすでに箒に話している。そのせいで箒がだいぶ緊張しているようだ。頼むからテンパって一夏を殴ったりしないでくれよ。

 

「一夏、そこのソファーに座って待っててくれ、カメラはちゃんと持って来た?」

「言われたから持って来たけど、何に使うんです?」

「それは後でのお楽しみ、箒はこっちの部屋においで」

「はい……」

 

 箒、いい加減覚悟を決めろ、合流した時からそんな感じだから、一夏がさっきから不審がってるぞ。

 寝室に移りドアを閉める。そこには、いくつもの箱が置いてる。

 

「さて箒、まずはコレから行こうか、着方が分からなければ、そこの紙を見てくれ、書いてあるから」

「神一郎さん、これで上手く行くんですか?」

「流石に今日明日にでも付き合える、って事にはならないよ、今日の作戦は、まずは一夏に“箒は可愛い女の子”ってことを意識させる事だから」

「かっ可愛いですか?」

 

 おう、顔を赤くする箒マジ天使。この子、子供の時の方が女子力高くない? 原作だと残念美人感が凄いのに。

 

「箒は可愛いよ、自信持って。俺は一夏の所に戻るから、頑張るんだよ」

 

 箒を残し部屋を移る。さてと、一応一夏に釘刺さないとな。

 

「一夏、箒の準備が終わるまで少し時間がかかる。今日の事は箒に聞いてるよね?」

「えっと、神一郎さんは服を作るのが趣味で、それを箒に試着してもらうんですよね?」

 

 大嘘だけどね。服? 通販ですが何か?

 

「そうそう、それで一夏が写真が趣味って聞いたからさ、束さんにあげる写真を撮ってもらおうと思ってね」

「束さんにあげる用ですか、でも俺、あくまで趣味みたいな物だから上手な訳ではないですよ?」

「スタジオで撮るんじゃないんだから、そこまで拘らなくて大丈夫だよ。それと一夏、箒が出てきたら、ちゃんと、可愛いって言ってあげるんだよ?」

「それは……」

 

 俺の声に微妙な反応の一夏、まぁ、そんな事を言うのが恥ずかしい年頃だもんな。

 

「一夏は千冬さんに料理を作った時に、美味しいって言われたら嬉しいよね? それと同じで、箒は一夏に可愛いって言われたら嬉しいと思うよ?」

「ガンバってみます……」

 

 期待しているぞ一夏。

 その時、トントンッ、とノックが聞こえた。

 さあ一夏、幼馴染の実力を見るがいい。

 

「どうぞー」

 

 おずおずと入ってくる箒、そこには……。

    

「似合う……かな?」

 

 白ゴスを身に纏った箒がいた。そう白ゴスである。箒はキャラ的に黒ゴスが似合いそうだが、長く綺麗な黒髪を目立たせる為に、あえての白!

 何時もの凛とした姿はなく、うつむいてモジモジしている箒。マジ可愛い、妹にしたい!

 普段は絶対にこんな服を着てくれないだろう、しかし、“一夏に可愛いって言ってもらいたくない?”って言ったらあっさり了承してくれた。顔は真っ赤だったけど。

 

「…………」

 

 一夏は沈黙している。よく見れば頬が少し赤くなっていた。

 肘で一夏をつついて正気に戻す。

 

「き、きれいだぞ箒」

「っ、そんなにまじまじと見るな馬鹿者」

 

 うんうん、良かったな箒。

 

「ここからは一夏主体な、ほらほら一夏、いつまでも見とれてないでカメラ構えろ」

 

 まあ、写真撮るのは一夏だけじゃないんだけどね。

 俺もカメラを構える。子供同士なんだから犯罪じゃないからな!

 

 白ゴスから始まり、サクラ色の浴衣→束さんとお揃いのアリス風エプロンドレス→バンド女子高生の制服→白ワンピに麦わら帽子。

 

 箒の衣装が変わるたびに一夏はちゃんと褒めている。箒もそのたびに頬を緩ませている。

 今回の作戦は成功だな。

 

「さて、次が最後だよ。一夏は――はい、この服に着替えてね」

「俺も着るんですか?」

「女性物だけ作ってる訳ないじゃないか」

 

 一夏が着替えてる間に箒と一緒に部屋を移る。

 

「どう?写真撮られるのも悪くないでしょ?」

「はい、最初は恥ずかしかったですが、カメラ越しに一夏が真剣に私を見てくれるのを感じて……」

「惚れ直した?」

「その……はい……」

 

 この子は本当にアノ篠ノ之 箒なんだろうか? 原作時は難しい年頃だとはいえ、同一人物に思えない程素直で可愛いじゃないか。

 

 なでりなでり。

 思わず頭を撫でてしまった。あ~さらさらで気持ちいい。

 

「あの?」

「束さんが羨ましい、俺も箒みたいな妹が欲しかったよ」

「そうなんですか? 私なんて姉さんに比べたら……」

 

 束さんにコンプレックスがあるんだっけ?

 箒の頭から手を離し、屈んで目線を合わせる。

 

「箒は束さんのどんな所が凄いと思う?」

「全てです。美人だし頭が良いし、それに剣だってすでに父さんを超えてるって……」

「良い歳してコスプレしてるし、常時うさみみだし、常識知らないし、ロリショタだし、コミュ障だけどね」

「……神一郎さんは、姉さんが嫌いなんですか?」

「好き嫌いで言えば好きだよ」

 

 俺の夢を叶えてくれる人だからね。

 

「箒、束さんに勝つ方法を教えてあげよう。いい? いつか彼氏を紹介してやれ、それで『姉さんはいつになったら結婚するんですか?』って言ってやるんだ」

「そ、そんなこと言えません!」

「何が言いたいかというとだ、女の子としての魅力は箒の方が高いってこと」

「魅力ですか? でも姉さん美人ですよ?」

「中身の問題だよ。アノ性格じゃ男はできないだろう」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。さて箒、束さんに勝つ為にも、一夏に頑張ってアピールしよう」

 

 箒の頭を撫でて笑いかけ部屋を出る。

 一夏はすでに着替え終わっていた。

 

「神一郎さん、ネクタイの付け方がわかんなくて」

「俺が付けるよ、ちょっとアゴ上げてくれ」

 

 一夏からネクタイを受け取り付けてあげる。

 しかしあれだな、一夏はなんで照れてるのかね? そんなんだからホモ扱いされんだよお前は、一夏ルートとかないからな?

 一夏と話しながら箒を待っていると。

 

「お待たせしました」

 

 赤いドレスに身を包んだ箒が出てきた。

 装飾は抑えたシンプルな赤い衣装。子供用ながらプロが作った一品で、新型のPC並の値段がした今回の目玉である。

 ちなみに一夏はスーツ姿である。そろそろ俺が作ったって嘘に気づいてほしんだが。

 

「…………」

「…………」

 

 見つめ合ってらっしゃる。

 

「…………」

「…………」 

 

 二人共顔が真っ赤でござる。

 

「ほ、箒、凄くきれいだ」

「あ、ありがとう。い、一夏も似合ってるぞ」

 

 砂糖吐きそうだ。

 

「とりあえず、最初は並んで撮ろうか」 

 

 俺の言葉に、ビクッっと反応する二人、俺の存在忘れてましたか? 別に構わないけど、見てない所でやってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

「今日は助かったよ二人共。一夏これはお礼だ」

「これは?」

「“ハムの人”だよ」

「“ハムの人”!? 貰って良いのですか?」

「うちじゃ食べ切れないから、良かったら貰ってくれ」

 

 織斑家は千冬さんと一夏の二人暮らし、生活費は千冬さんが稼いでいる。元社会人として本当に尊敬する。出来れば現金とか渡したいけど、千冬さんは受け取らないだろう、なので苦肉の策で現物支給である。食べ物なら受け取り拒否はしないだろ。

 

「箒にはコレだよ」

 

 一夏に見えないように箒に渡す。

 

「ロケットですか?」

「そうだよ、開けてみて?」

 

 箒がロケットを開けるとそこには。

 

「さっき撮った二人が並んだ写真だよ。プリントアウトして加工してみた。どう?」

「嬉しいです。ありがとうございます」

 

 ロケットを胸の前でギュッと握る箒。

 

 なでりなでり。

 いちいち反応が可愛いなこの子は。

 

「箒、何かあったら相談してくれ。出来るだけ力になるから」

「神一郎さん……」

「そして出来れば“兄さん”と呼んで欲しいな」

「はい?」

 

 最初は束さんとの約束だったから箒の応援したけど……鈴&ラウラ、すまん、ファンとして二人を応援したかったけど、子供箒が可愛すぎるんだ。本気で応援せずにはいられない。

 箒がポカンとしてる中、まだ見ぬヒロインに謝罪した。




箒と一夏の子供の時の口調がわからない……。
でも、二人共年上にタメ口とかないよな? と思いこんな感じに。
似た口調が三人とか、読みづらかったらすみません。


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白騎士は男前だった

 篠ノ之神社の境内の地下にひっそりと作られた篠ノ之束の秘密の研究所。白騎士完成の知らせを受け束さんに呼び出された俺は此処に来たことを後悔していた。

 

「束、私の聞き間違いか?」

「ちーちゃんが聞き逃すなんて珍しいね。そんなちーちゃんの為にもう一度言うよ。『日本めがけてミサイルを撃つから白騎士で撃ち落として欲しいんだよ』」

「冗談ではないんだな?」

 

 研究所の雰囲気は最悪である。千冬さんは今にも束さんに掴みかかりそうだ。

 千冬さんが怒るのは無理もない。言ってることはテロ宣言だもんな。説明足らずはワザとなのか素なのか、どちらにせよ。

 

「俺には関係なさそうなんで帰っていいですか?」

 

 キャットファイトを見るのはテレビの中だけで十分です。

 

「ダメだよ。しー君にはちーちゃんの説得を手伝ってもらうんだから」

「お前は束がやろうとしている事を許すのか?」

「束さん、千冬さんを巻き込む以上、説得は自分でやるのが筋ですよ。千冬さん、俺は一応束さん所有の実験動物ですよ? 無理言わないで下さい」

 

 とは言ったものの、白騎士事件が起きれば箒が悲しむし、かと言って原作には深く関わりたくないし、どう動くか迷う。やはり原作重視で、箒には後で何かしらのフォローをする方がいいのかな?

 

「手伝ってくれないならもぎ取る」

 

 何を?

 

「束側に付くなら容赦せん」

 

 なんで?

 

「中立を希望します」

 

「ダメだ(だよ)」

「二人共、親友同士なら説得くらい自分でやって下さい」 

「神一郎、束が巫山戯た事を言うのはいつものことだ、しかし今回は度が過ぎている。別に説得しろとは言わん、だがお前は何も思うところが無いのか?」

「有りますが、本心を話した結果、束さんを怒らせ約束の無効とか言い出したら責任取ってくれます?」

「それは……」

「大丈夫だよしー君、束さんは約束は破らないよ」

 

 本当に? 信じるよ?

 

「IS発表の為とはいえ正気を疑います。やろうとしている事はテロですよ? 貴女は箒をテロリストの妹にする気ですか? 手伝ったら俺や千冬さんだって同罪です。犯罪者になりたいならお一人でガッッ!!!」

 

 体に激痛が走り言葉が途中で止まる。膝が崩れ額には脂汗が浮かんだ。

 

「躾は最初が肝心だと思うの」

「た、束様? 今のはなんでございますか?」

「しー君のそれは電流を流せる機能もあるんだよ」

 

 実に良い笑顔で首輪を指でトントンと指す。

 約束は破らない、けど空気読んで発言しろや。って事ですねご主人様。

 

「千冬さん、束様の説得はご自分でお願いします」

「お前はもう少し頑張れないのか」

 

 呆れたような口調の千冬さん。

 電流を流された事あるかい? 無理だから、これマジ痛い。

 

「さてちーちゃん、これで二対一だね。賛成多数によりちーちゃんには白騎士に乗ってもらいます」

「あまり調子に乗るなよ束」

「ちーちゃん、私はもう我慢出来ないんだよ」

 

 さっきまでのお調子者の雰囲気が消え失せ、いつになく真面目な顔をした束さんがそこにいた。

 

「無能共にISを認めさせるにはこれくらいのインパクトがないとダメなんだよ。絶対に無視出来ない方法じゃないとね」

「だからと言って一般人を巻き込むつもりか?」

「ちーちゃんと白騎士、それに束さんがいれば被害なんて出ないよ」

「――ダメだ、それでも承諾できん」

「しー君、君が知っている“白騎士事件”について話してくれないかな?」

 

 なるほど、その為に俺を呼んだのか。

 

「“白騎士事件“か、神一郎、お前が知ってる未来では、束はミサイルを撃ったんだな?」

「そうですね。撃ちました」

「被害は?」

「死者は0です、負傷者の有無や建物への被害がどの程度あったのかは知りません」

「ISは世界に認められるんだな?」

「ええ、兵器としてですが」

「兵器か……束、お前はそれでいいのか?」

「しー君、ISは兵器としてしか見られてないの?」

「一応はスポーツ競技としての側面もあります。世界大会が開かれてIS同士で戦ったりしてますね」

「十年で世界大会か、うん、まぁまぁの浸透率だね」

「一度目の世界大会は白騎士事件から四~五年後ですからね。俺から見たら異常なんですが」

「どーせ上の連中がはしゃいだんでしょ?」

「だと思いますよ。なんせIS数機で国が落とせますからね」

「その辺までは束さんの計算どおりだね」

 

 IS兵器化も見越してるのか。だけど箒の将来も見えてるのか?

 

「束さん、ミサイルを撃った結果のメリット、デメリットは全部理解してますか?」

「なにかあるのかな?」

「個人的にはミサイルは撃って欲しくありません。なので俺が知っているお二人の未来を少しだけ話します。覚悟はいいですね?」

「覚悟? え? しー君は何を言うつもりなのかな?」

「私も何かあるのか?」

 

 さて束さん、貴女の覚悟を見せてもらいましょうか。

 

「束さん、ご自身の重要性を理解してますか? 確かに今回の件はISを世界中に広める事になります。が、ISが女性にしか乗れない事もあり女尊男卑の考えが同時に広まっていきます。それに加え貴女の頭脳が欲しがる奴らが大量に出てきます。なので頭脳目的の奴らから人質にされないよう、逆恨みした男共に危害が加えられないよう、箒は国の保護プログラムで日本各地を転々としながら政府の監視の下での生活を余儀なくされます。家族離散に加え一夏とも会えなくなるんですから束さんへの好感度はかなりヤバイですよ? 『は? 姉さん? 顔も見たくありません。誰の所為で一夏と離れ離れになったと思ってるんですか?』って感じですね」

 

「がふっ!」

 

 流石に箒に嫌われるのは堪えるのか、束さんは両手と膝を床に付けボディブローを食らったボクサーの様になっている。

 

「次に千冬さんですが」

「な、なんだ?」

 

 俺の言葉に身構える千冬さん。

 安心してください。一夏は貴女のことが大好きですから。

 

「千冬さんは織斑家の為にもまずお金稼ぎが優先ですよね? それならIS関連は美味しいですよ? なにせこれから世界中で最優先で開発される分野ですからね。それを束さんと二人で先頭に立って発達させて行くのですから利益は膨大です。未来の一夏もお金に困った様子はありませんでした。ですが、忙しすぎて中々家に帰れず、一夏に寂しい思いをさせてしまいます。将来一夏が反抗期に入ったら『俺と仕事どっちが大事なの?』とか言い出さないといいですね」

 

 千冬さんは一夏に言われた場面を想像したのか、苦い顔つきになった。

 大丈夫ですよ。一夏は心の中で思っても口には出さないと思いますから。

 

「箒ちゃんに……箒ちゃんに……」

 

 未だにショックから抜け出せない束さんが何やらブツブツ言っている。

 

「箒ちゃんに嫌われるなんて嫌だよ~~(ポチッ)」

「ギガガガギゴ!?」

 

 またも電撃に襲われ、床に倒れる。

 

「な、なぜに?」

「束さんもちーちゃんも心に傷を負ったんだから、しー君も負うべきなんだよ(ポチッ)」

「ゴギガガガギゴ!!」

 

 床に倒れビクンビクンと体が跳ねる。

 ただの八つ当たりだよね? もう嫌だ帰りたい。

 

「い、いや、だから、箒に嫌われたくないならミサイルは止めましょうよ」

「う~~でも、他の手段じゃ時間が掛かりすぎるんだもん」

 

 昔誰かが言ってたっけ、迷ってる時はすでに答えが出ているって。つまり箒に嫌われても引く気はないって事か。

 

「ISと箒、どちらが大切なの? なんて野暮なことは聞きませんが、我を通すなら箒のこともちゃんと考えて下さいね」

「うん、箒ちゃんのことだもん、ちゃんと考えるよ」

「千冬さんはどうします?」

「私は……」

「ちーちゃん、ちーちゃんは今の環境に満足してるの? 私はちーちゃんに埋もれてて欲しくないんだよ。ISが広まれば私の顔と名前も広がる、けど私だけじゃ嫌なんだよ。ちーちゃんには私の隣に居て欲しいんだよ」

 

 千冬さんの肉体スペックを考えれば、今のバイト三昧の人生なんて宝の持ち腐れだもんな。束さんはそれが我慢できないんだろう。

 そんな束さんをジッと見ていた千冬さんの口元は僅かに微笑んでいた。

 

「ISはお前の夢だったな。いいだろう、乗ってやる。神一郎の話を信じるなら、一夏が大学に行けるくらいは稼げそうだしな。だだし、絶対に被害がでない方法を考えろ。私とIS、上手く使いこなしてみせろ――それと、白騎士の正体は秘密にしろ。お前の隣くらい自分の力で立ってやる」

 

 素直に、お前の夢の為に手伝ってやる。って言えばいいのに。

 

「ちーちゃ~ん」

 

 束さんがルパン飛びで千冬さんに飛び付く。

 

「ふんっ!」

 

 それを見事な右ストレートのカウンターで撃退する千冬さん。束さんはそのまま壁にぶつかり――何事もなかった様にニコニコしながら戻って来た。

 パンチで人間を吹き飛ばす方も、壁に激突してノーダメージな方も、同じ人間に思えん。

 

「なんの真似だ?」

「ちーちゃんがデレてくれたからイケルかなって」

「お前はいつもいつも――」

 

 二人がじゃれあってるのは見てる分には微笑ましいんだけど。

 

「結局テロるんですね? それで一夏と箒はどうするんです? 一夏の方は千冬さんが気にかければいいですが、箒の問題は簡単じゃないですよ?」

 

 俺の問い掛けに二人の会話がピタリと止まる。

 なんだろう、束さんの笑顔は怖い。

 

「それはしー君に任せるよ」

「はい?」

 

 ちゃんと考えろって言ったよね?

 

「束さんも考えたんだけどね、ほら、束さんて人の心とか分かんないからさ、どうすれば箒ちゃんの為になるのか分からないんだよね」

 

 おぉ、意外と冷静な自己分析。

 

「白騎士がちーちゃんだって事をバラして、いっくんを箒ちゃんと同じ立場にする。ISで国を脅して今の生活を守らせる。いっくんを誘拐して箒ちゃんと二人を束さんが面倒を見る――どれがいい?」

「箒の幸せを考えればどれも有りですか、千冬さんが許さないかと」

 

 個人的には一考の余地有りなんだけどね。

 

「束、一夏を巻き込むな」

「うん、ちーちゃんに怒られたくないからね。だからしー君に頼むんだよ。しー君は箒ちゃんを妹にしたいんだよね?」

「なんで知ってるんですか? 妹にしたいと言うか、妹の様に可愛がりたい。ですが」

「箒ちゃんから聞いたよ。写真も自慢されちゃったよ~。あの箒ちゃんの笑顔を作ったしー君の手腕に期待してるんだよ」

 

 別に知られてもいい事だけど、微妙に恥ずかしいな。笑顔は一夏のお陰だと思うけど。

 

「了解です。断ってまた電流流されるのも嫌ですし、何かしら考えときます」

「うんうん。期待しているよしー君」

「それで束さん、ミサイルはいつ撃つんですか?」

「ん? 準備は出来てるよ。ちーちゃん次第だね」

「そうか、それでは今からやるぞ」

 

 なんの迷いもなくそう言い切った千冬さん。

 格好良すぎです。



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白騎士事件の開始です。

「ちーちゃん、どこか不具合とかあるかな?」

「ふむ」

 

 ISを展開し、ギュギュっと手を握り感触を確かめる千冬さん。

 

「大丈夫だ。問題ない」

「ふっふっふっ、それじゃあ準備は良いかな二人共?」

 

 束さんはさっきからニコニコしっぱなしだ。逆に千冬さんは随分落ち着いている。白い装甲に顔を隠すバイザーをつけて静かに立っている。その様はまさに騎士。うん、格好良いな。

 

「待ってください。千冬さん、ちょっと、ポーズお願いします」

「お前は何をしている?」

「記念写真です。ん~騎士と言ったらお姫様抱っこですよね。束さん姫役お願いします」

 

 ケータイを構えながら指示をだす。

 

「えっ!? ちーちゃんと写真!? やるやる~」

 

 千冬さんに向かって、ぴよ~んと飛び付く束さん。

 流石にISを展開した腕で殴るのはマズイと思ったのか、千冬さんは苦々しい顔で抱きつかれた。

 首にぶら下がってるだけだから、お姫様抱っことは言えないが、まぁいいか。

 

「目線おねがいしま~す(パシャ)」

 

 片方はしかめっ面、片方は満面の笑み、この二人は本当に対照的だね。ただ――

 

「これからテロ行為をする人達には見えませんね」

「それを言うな」

「さーて、今度こそ良いかな? ポチッとな」

 

 千冬さんから離れた束さんがパソコンのキーボードを押す。

 早い、早すぎるよ束さん。今こっちの二人はおしゃべりしてたよね? どんだけミサイル撃ちたいんだよ。

 今頃、基地の皆さんは阿鼻叫喚だろうな。鳴り止まない電話、飛び交う怒号、責任問題、うっ胃が。

  

「では行ってくる」

 

 天井が開き青空が見える。

 まるでコンビニにでも行くかのような気軽さで千冬さんは出撃した。

 

「「いってらっしゃ~い」」

 

 それを二人で手を振って見送る。

 

「しー君、こっちでちーちゃんの活躍を一緒に見よーぜ」

「これは千冬さん視点の映像ですか? 良い絵ですね」

 

 画面一杯に広がる青空に白い雲。

 いいなぁ。俺も早くISが欲しい。

 

「ちーちゃん、聞こえてるかな?」

『聞こえている』

「手はず通りまずは西に向かってね」

『了解だ』

「世界よ、私とちーちゃんとISの力を思い知るがいい!」

 

 どこぞのラスボスの様なセリフを吐く束さん。本当にノリノリだな。

 さてと、大人しく見学するか。

 

 

 

 

「ちーちゃん次はそこから北に150キロ地点にミサイル135発」

『あと三分で到着する』

「よろしく~、おっと、生意気にも束さんからミサイルの制御を取り返す気かな? その程度で束さんに挑もうとは片腹痛いんだよ~」

 

 千冬さんに指示を出しながらキーボードをカタカタと打ち込む束さん。

 画面では白騎士がミサイルを切り払って無双している。

 さっきからこの繰り返しだ。まるで出来のいい映画を見ているかのような気分になる。でもこれ現実なんだよね。

 

「しー君さ、さっきからつまんなそうだよね?」

 

 心の内が顔に出ていたのか束さんが訪ねてきた。

 別につまらない訳じゃないんだけどな。

 

「つまらないって訳じゃないですよ。ん~なんて言えばいいのかな? 勿体無い?」

「“もったいない?” なにが?」

「ISの使い方……ですかね。あんなミサイルを追いかけ回すより、海に飛び込んでマグロの群れでも追いかけた方が面白そうじゃないですか?」

 

 俺の返事が意外だったのか、束さんは手を止めてクスクス笑っている。

 

「確かにそっちの方が面白そうだね。それで夜はマグロパーティーでもする?」

「良いですね。解体は千冬さんにお願いして、一夏と箒と俺で料理して、束さんは……あれ? 出番なくね?」

「束さんだって料理くらいできるよ!」

「それじゃあ料理対決でもしますか。束さん製ダークマターは千冬さんに処理してもらいましょう」

「しー君、束さんを料理できないキャラだと思ってない?」

「料理した事あるんですか?」

「ないよ?」

 

 それはメシマズフラグだよ束さん。

 

『束、終わったぞ』

 

 束さんと話しているうちに、千冬さんは全てのミサイルを撃ち落としたらしい。

 

「お疲れ様だよちーちゃん。んふ、お偉いさん達はどこもかしこも白騎士と軍施設へのハッキングの話題で持ちきりだよ~」

『その結果がアレか?』

 

 千冬さんを通して見る空には飛行機らしき物が見える。

 

「“某国の戦闘機っぽい正体不明の戦闘機”だね。目的は白騎士だよ。流石ちーちゃんモテモテだね」

『IS目的か、アレはほっといていいんだな?』

「ちーちゃん目的の奴らなんて落としちゃっていいよ?」

『このまま帰ってもいいが、白騎士を探して日本上空をウロウロされても邪魔だな。飛行不能にしてから戻る』

「ちーちゃんは優しいね。了解だよ。早く帰って来てね~」

 

 白騎士事件はこれで終了か。

 

「さて、俺は先に帰りますね」

「ちーちゃんが戻って来るまで待たないの?」

「俺が居ても邪魔でしょうし、束さんもこれから忙しいでしょ? 今回の騒ぎが落ち着いたら連絡ください」

「落ち着いたらしー君の体を調べたいしね。わかったよ」

「調べるのは構いませんが、手加減してくだいね? それと……色々頑張ってください」

「ふぇ? うん、がんばるよ?」

 

 何に対して応援してるのか理解してないっぽいな。でも口で言ってもしょうがない。とりあえず後で一夏に連絡しとくか。

 せめて俺みたいなダメ人間じゃない、ちゃんとした味方が現れる事を祈ってますよ束さん。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 早いもので白騎士事件と呼ばれた出来事から一週間たった。

 事件の夜にはテレビに束さんが出ていた。そこで改めてISを発表、ISを認めなかった学者共を小馬鹿にし世間を沸かせた。その一方、篠ノ之家には連日テレビ局と野次馬が群がり箒は学校を休んでいた。

 しかし、今日になってやっと政府の介入が入り神社周辺からテレビ局が消え、野次馬は警察に注意され渋々離れて行った。そんなある日。

 

「お待たせしました。千冬さんからの呼び出しとは珍しいですね」

 

 俺は千冬さんに呼び出されて篠ノ之神社に来ていた。

 

「わざわざすまないな。実は柳韻先生から連絡があった。束が帰って来ているらしいんだが、どうも様子がおかしいみたいでな。箒の呼び掛けにも答えず部屋に引きこもってるようだ」 

「箒を無視するのは信じられないですね。それで様子を見に行こうと?」

「あぁ、お前の力が必要になるかもしれん」

「何が出来るかわかりませんが。了解です」

 

 二人で境内の家に向かいチャイムを押す。

 

『はい、篠ノ之です』

 

 インターホンに出たのは箒だった。ここ数日何人もの人が訪ねて来たのだろう、声は小さくどこか怯えている様だった。

 

「箒? 神一郎だけど開けてもらっていいかな? 千冬さんも一緒にいるよ」

『神一郎さん!? 今開けます』

 

 鍵が開く音が聞こえ、玄関から箒が出てきた。

 

「千冬さん、神一郎さんお久しぶりです。今日は姉さんに御用ですか?」

「うん、千冬さんと様子を見に来たよ。大変だったみたいだね。箒は大丈夫?」

「今は外出してますが、家に来た人の対応はお父さんがやってくれました。電話は全部雪子さんが出てくれましたし……私なんて全然役に立たなくて……」

「箒はまだ子供なんだから無理して大人の会話に混ざらなくてもいいんだよ。箒の仕事は別にあるよ――はいお土産。柳韻先生と雪子さんが帰ってきたら、お茶とお菓子を出してあげて」

「はい。ありがとうございます」

 

 箒を残して外出か、国のお偉いさんとでも会っているんだろうか?

 

「それで、束さんは部屋にいるのかな?」

「はい、昨日帰って来たのですが、いくら話しかけても部屋から出て来てくれなくて……私、姉さんに嫌われてしまったのでしょうか……」

「束さんが箒を嫌うなんてありえないよ。ね? 千冬さん」

「そうだな。あいつがお前を嫌うなど決してない。多方疲れて寝ているだけだろう」

 

 千冬さんがそう言って優しい顔をする。

 一夏以外にもそんな顔するんですね。

 

「千冬さん、ありがとうございます」

「何がだ?」

「一夏の事です。最近、毎晩電話をくれるのですが」

「それは神一郎の差金だ」

「そうだったんですか。神一郎さんありがとうございます」

「箒も疲れてると思ってね。好きな人とお話すれば少しは気も落ち着くでしょ?」

「はい」

 

 嬉しそうに微笑む箒、うんうん、一夏に毎晩の電話するように言っておいて良かった。電話料金代わりに干物詰め合わせを渡したかいがあったな。一夏も箒が心配だったらしくあっさり了承してくれし。

 

 箒を残し二人で束さんの部屋に移動する。

 

「束、入るぞ」

 

 ノックもせずにドアを開けようとする千冬さん。

 しかし、鍵がかかってるらしく、ドアはガタガタッと動くが開く気配はない。

 

「束、開けろ」

 

 千冬さんが呼びかけるもさっきから束さんの反応がない。

 本当に部屋に居るんだろうか? あまりの無反応ぶりにそう思っていたら。

 

「ちっ」

 

 舌打ちと共に、ドンッ! と何かを破壊する音が隣から聞こえた。

 なんて事はない、千冬さんがドアに向かってヤクザキックをかましただけだ。

 そのまま部屋に入る千冬さん、大きな音にビックリしたんだろう、箒の心配そうな声が聞こえる。それに大丈夫だよと答え自分も束さんの部屋に入る。

 

「千冬さん、流石に今のはどうかと思います」

「居留守する方が悪い。お前もそう思うだろ? 束」

 

 部屋には灯りが点いてなく、窓からの光も真っ黒なカーテンで遮光されいた。

 パチッと灯りが点く、千冬さんが壁のスイッチを入れた。

 改めて部屋を見回して絶句した。並んで置いてあったモニターは全て画面が割られ、あちらこちらに何かの機械であっただろう物が粉々になって床に転がっていた。部屋の中は破壊尽くされていたのだ。

 

 そして、その破壊を行ったであろう本人は体育座りで壁に寄りかかりっていた。

 

「こんにちは、ちーちゃん、しー君」

 

 髪はボサボサ、目の下ににクマを作り、悲しげに笑っている束さん。

 茶化す雰囲気でないのは百も承知だが、紳士としては見逃せない。

 

「とりあえずスカートでその座り方は止めましょう。パンツが丸見えです」

 

 自分の部屋だからか油断してたのか、外見を気にする余裕が無いのか分からないが、スカートが大きく捲れ、白い太ももと白いパンツが丸見えでしたご馳走様です。



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天災の悲しみ

 無音、圧倒的な無音である。誰も言葉を発せない。注意した俺も言葉が続かない、だって、女の子に『パンツ見えてますよ?』なんて言ったの二十年以上生きてきて初めてだもん、ここからどうすればいいかなんてわかりません。頼む、誰か何とかしてくれ。

 

 三人が固まってる中、一番最初に動いたのは束さんだった。

 

 サッとスカートを直し。

 

「こんにちは、ちーちゃん、しー君」

 

 少し頬を赤くした束さんは、テイク2をお望みのようだ。

 

「ほう、お前にも羞恥心があったんだな」

 

 しかし、普段いじられ役の親友はこの機を逃がす気がないらしい。ニャっと笑い束さんをからかう。

 これは乗るしかないな。具体的には電流の恨み的に。

 

「白って意外でしたね。大人ぶっての黒か服に合わせて青やピンクかと思ってました」

「こいつは下着には拘らない。この前まで箒とお揃いのキャラモノを履いていたしな」

「キャラモノですか、年齢考えると痛いですね。でもちゃんとした白で良かったです。薄汚れた白だったらどんな顔すればいいのか困りますから」

「その辺は箒がちゃんと洗濯に出すように言ってたからな」

「妹に言われないと洗濯しないとか女として終わってますね。まぁ、研究に没頭して数日は風呂なし着替えなしとか普通にありそうですけど」

「普通にあるな、風呂ぐらい入れといつも言っているんだが」

「自分で作った消臭剤とか使ってそうですよね」

「お、お前、それは流石に」

 

 口を抑えて笑いを我慢している千冬さん。

 束さんは膝に顔を埋めぷるぷると震えている。

 

「賭けます? 俺は箒に臭いって言われたくないから使ってると思うんですよ」

「い、いや止めておこう、負けが見えてる」

 

 千冬さんスゲー楽しそうですね。手で口元も抑えるどころか背中を丸めてピクピクしている。

 と、調子に乗ったのが悪かった。

 

「んだらしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 束さんが乙女として大事な何かを失った声を出して立ち上がった。

 それと同時に。

 

「サンダガ!?」

 

 バリバリと電流に襲われ床に倒れる。

 こちらに向かって、ゆらりゆらりと近づいてくる束さん。

 倒れてる俺の顔を覗き込み。

 

「遺言どーぞ」

 

 あかん、正気じゃない、目から光が失われてる。その証拠に未だに電流が止まらない。

 だがもう後には引けないんだよ。

 

「な゛い゛す゛は゛ん゛つ゛」

「シ・ネ」

 

 そう言って俺に向かって腕を伸ばす、しかし、今回は俺には味方がいる。

 

「やめんか」

 

 ズゴンッと束さんの頭に鉄拳が落ちる。

 

「あいたっ!?」

 

 人間の頭からしちゃいけない音を鳴らせ、束さんは頭を抑えしゃがみ込む。

 今度は頭を抱えぷるぷると震えている。

 

「束、話を聞いてやるからまずは座れる場所を作れ」

 

 そこに追い打ちを掛ける千冬さんマジ恐ろしい。確かに床は機械片などが散らばり座れる場所がないけれど、なにも今言わなくても……流石に同情する。

 電流が止まったので立ち上がり、束さんに視線を向ける。

 

「…………」

 

 頭を抱えながら負のオーラを発している。

 いつもなら千冬さんの鉄拳にも大喜びなのに、かなり重症だな。

 少し言いすぎたかな? そう思い謝ろうとした時。

 

「なんで優しくしてくれないの~~!?」

 

 勢いよく立ち上がり束さんが吠えた。

 

「私落ち込んでたじゃん? いつもと違う感じだったじゃん? なのになんなんだよ二人共!? パンツ見えてるとかお風呂入ってないとか消臭剤使ってるとか! そんな事より慰めてよ甘やかしてよ優しくしてよ! なんでちーちゃん拳骨されなきゃいけないんだよ~!?」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる束さん。思ったより元気そうで安心した。

 

「パンツ見えてたのは事実だし、お風呂入ってないのも本当だし、消臭剤も実際使ってるじゃないですか」

「パンツは見えないフリしてよ。お風呂は入ってないけどシャワー浴びてるもん。消臭剤なんて事実無根だよ! 束さんはいつだってフルーティーな匂いだもん!」

「汗がスイカの匂いの人とかいますもんね。束さんもそのタイプで?」

「ちっが~~う!」

 

 両手で顔を抑えサメザメと泣く束さん。

 いいわぁ。かわいいわぁ。

 

「束さんて涙目似合いますね。ちょっとしゃがんで上目遣いお願いします」

「しー君はなんでケータイ構えてるのかな!?」

「束さん、この世は弱肉強食なんです。隙や弱みを見せる方が悪いんです。さぁ、理解したなら早くポーズお願いします」

「束さんは時々しー君を理解出来ない時があるよ……」

 

 シクシクと泣きながら希望通りのポーズをしてくれた束さんって素敵。

 

 

 

 

 床を軽く片付け三人で座る。

 

「束、バイトの時間を削ってここに来ているんだ。さっさと話せ」

 

 セリフこそ辛辣だが、千冬さんの声に刺はない。

 

「ちーちゃんも優しくないし、束さんの心はヒビだらけだよ。とは言え何処から話せばいいのかな? ん~と、しー君は束さんの夢は知ってるかな?」

「多少の予想は出来ますが、ちゃんとは知りませんね」

「ISを世界に認めさせる事。そしてISで人間が宇宙に進出する事だよ」

「普通に良い夢ですね」

「うんうん、しー君ならわかってくれると思ったよ。それなのにアノ無能共ときたら!」

 

 話している内に語尾が強まる束さん。

 ISの兵器化の可能性は考えてたはずだし、白騎士事件でISの知名度は広がってる。

 一体何があったんだ?

 

「束、この一週間に何があった?」

 

 千冬さんも同じ事を考えてたらしい。

 

「私はねちーちゃん、国の代表や軍事企業、様々な研究所の奴らと会ってたんだよ。無能ばかりだったけどね」

 

 ISを世界に広める手段としては普通だな。セクハラでもされたのか?

 

「それで? まさかその程度で荒れてた訳ではないんだろう?」

「だってアイツ等、ISを戦争の道具か金儲けの道具程度にしか見てないんだもん!」

 

 あれ?

 

「その辺は納得済みじゃないんですか?」

「しー君、ISの兵器化は納得してた訳じゃないよ。だけど無能共がISの力を見れば兵器として見るのは予想出来たからね。最初は兵器として見られるのはしょうがないと思った。だから、これから少しずつ方向修正して行くんだよ」

 

 とりあえずISを広めて、最初は兵器として見られるが、それから徐々に本来の宇宙服として使われるように誘導するつもりだったのか。

 ますます何で荒れていたのかわからんな。

 

「それで結局、何が気に食わなかったんです?」

「それは……」

 

 言葉に詰まる束さん。本当に何があったんだろう?

 そしてなんでチラチラと俺を見る?

 

「束さん、俺が何かしましたか?」

「やっ、しー君が何かした訳じゃないんだけど……」

 

 そんな反応されたら俺に原因があるみたいじゃないか。でも俺に対して怒ってる感じじゃないし。

 俺と束さんの間に微妙な空気が流れる。

 

「束、お前さては期待していたな?」

 

 その様子を見ていた千冬さんは何かに気付いたようだ。

 

「ちーちゃん、もう帰らない? 私そろそろお腹すいたな~」

 

 もの凄い下手な話のそらし方だ。目が泳いでるし冷や汗かいてる。

 それにしても、期待とはいったい?

 

「神一郎はわからないようだな。教えてやろうか?」

 

 楽しげな口調で千冬さんが聞いてくる。

 

「降参です。教えて下さい」

「こいつはな、ISの兵器化も予想していたし、金儲けの道具として見られるのも理解していた。だが、それが全てではない、中には純粋にISを認め自分と同じ夢を見てくれる同志が居ると思っていたんだろう。だが、お前が会った人間の中にそんな奴は居なかった。違うか束?」

「その通りだよちーちゃん。私はこの一週間で会った奴らの中にISの凄さを理解出来る奴なんて誰もいなかったよ」

 

 疲れた顔でそう言葉を吐き出す束さん。

 なるほど、仲間が出来ると期待してたけど、いざ会ってみたら結局はぼっちのままだったと。それで流石の天災も傷ついちゃったのか。

 

「けどそれに俺が関係あります?」

「お前は束の仲間みたいなものだろ? お前という存在が居たから束は他にも仲間がいると期待した。結果はダメだったみたいだがな」

「別に今は宇宙進出とか考えてませんよ?」

 

 将来はわからないが、まずは地球を楽しみ尽くしたいし。

 

「でも……しー君はISを兵器として見なかった」

 

 束さんが真っ直ぐな目でこちらを見てくる。

  

「俺は政府の人間でも軍人でもありませんからね。束さんが会ったのは権力者ばかりですよね? 一般人なら束さんと同じ夢を見てくれる人はいると思いますよ?」

「本当に?」

「たぶんきっとMaybe」

 

 ごめん。ラノベの世界だから断言出来ない。

 

「グスン」

 

 束さんはまた体育座りで落ち込んでしまった。

 千冬さんと目が合う。

 

「何をしている。早くなんとかしろ(ひそひそ)」

「ここは親友の出番では?(ひそひそ)」

「やれと言っている(ギロ)」

「イエスマム」

 

 千冬さんに脅されたらしょーがない。

 束さん後ろに回り込み。

 

「束さん、ちょっと失礼」

「しー君?」

「足伸ばして――頭をここに、そうそう」

「えっとこれは……」

「膝枕ですね」

 

 そう膝枕、こういうシチュエーションなら膝枕でしょ。

 束さんの頭をゆっくりと撫でる。

 

「話は変わりますが、俺はお二人の二倍は生きていたんですよ」

「そ、そうなんだ」

 

 恥ずかしいのか、束さんの声が上擦っている。

 

「なのに何でお二人に敬語だと思います?」

 

 敬語と言うかタメ敬語だけど、初めて会った時から言葉使いは変わっていない。たまに素が出そうになるけど。

 

「元々の口調じゃないの?」

「ちょっと違いますね。理由はですね。お二人が年齢の割に精神が大人なので一人前扱いしているからです」

「そうなんだ」

「そうなんです。だけど、今から少しだけ子供扱いするけど許して下さいね?」

「しー君?」

 

 ゆっくり、ゆっくり、優しく髪を梳かす。

 

「束、俺は本当に嬉しいんだよ」

「ほえ?」

 

 束の目が驚いて大きくなる。

 

「束が作ったISは本当に凄いよ。俺はさ、本当に楽しみでしょうがない。束にISを貰ったら何処に行こうか、何をしようか、考えるだけでテンションが上がる。世界中の観光地を巡り、絶景スポットを見る。普通の人間には出来ない事だよ? なにせ時間と金が掛かりすぎるし、場所によっては、特殊な訓練や資格がいる。けどISが有れば問題なくなる」

 

 今度はぐしゃぐしゃと強めに頭を撫でる。

 

「ISが有れば、飛行機代も入国審査も特別な訓練も無しで何処でも行けるからな!」

「しー君、それ犯罪だよ?」

「バレなきゃ犯罪じゃないって邪神様が言ってたから大丈夫」

 

 前髪に隠れた束の顔は少し笑ってる様に見える。

 

「ISの兵器化? こんな素晴らしい物をただの人殺しの道具にするとか勿体なさすぎる」

「『ミサイルを追いかけるよりマグロの群れを追い掛けた方が面白そう』だったか?」

 

 白騎士事件の時の会話の事だろう。千冬さんも聞いていたらしい。

 

「あぁ、確かにその方が楽しいと思うぞ? なにせ実際にミサイルを追い掛けてた私が言うんだから間違いない」

「ちーちゃん、しー君」

 

 束の顔に笑みが広がる。少なくとも、ここにはISの兵器化なんて望まない人間が二人いる。その事が嬉しいんだろう。

 

「なんだ束、随分嬉しそうだな。そんなに神一郎の膝枕が嬉しいのか?」

 

 ニヤニヤとしながらからかう千冬さん。

 

「ち、ちがうもん!」

 

 慌てて身体を起こそうとする束。その頭を抑えつけ無理矢理膝枕を続行させる。

 

「しー君!? は~な~し~て~」

 

 ジタバタと暴れる束の頭を撫でて落ち着かせる。

 

「千冬さん、あんまり束を虐めちゃダメだよ」

 

 今の束を弄りたくなる気持ちはわかるけどね。

 

「しー君はさ」

「うん?」

 

 暴れていた束が大人しくなる。

 

「宇宙に興味ないの?」

 

 宇宙でやってみたい事あんまりないんだよね。無重力体験や某CMみたいに無重力でカップラーメン食べるとか、そのくらいしか。いやもう一つあるな。

 

「宇宙か……そうだな、最近ちょっと考えた事がある」

「なになに?」

 

 目をキラキラしながら食いつく束さん。

 

「将来、老後は火星で畑を耕しながらのんびり暮らしたい」

 

 どこまでも続く赤い大地に鍬を振り下ろし、木々を植え野菜を育てる。まさに至福の老後だろう。

 しかし。

 

「老後って。しー君老けすぎ」

 

 束は爆笑。千冬さんもこちらに背を向け笑っている。

 

「お前ら、笑っていられるのも今のうちだぞ。ハタチ過ぎたら人生なんてあっという間なんだからな」

 

 人の老後の夢を笑うなんて失礼な奴らだ。

 

「ごめんしー君。馬鹿にした訳じゃないんだよ? むしろ嬉しいんだよ」

「そうだな、神一郎の夢はいつも楽しそうだ」

「俺は二人が楽しそうでなによりだよ」

 

 二人に笑われながら束の頭を撫でる。

 二人の笑い声が止まり、まったりとした雰囲気が部屋を包む。そのうち、スゥスゥと寝息が聞こえてきた。

 

「寝たのか?」

「そうみたいです」

 

 俺の膝の上では束が静かに眠っていた。

 疲れていたんだろう、とても穏やかな寝顔だ。

 

「こうして見るとこいつも可愛いんだが」

 

 千冬さんが寝顔を見つめながら微笑む。

 

「そのセリフは起きている時に言ってあげて下さい」

「断る。起きているこいつは可愛くない」

 

 二人で寝顔を見ながら笑い合う。

 

「千冬さん。少し代わってくれません? 足が痺れてきました」

「ん? しょうがないな。たまにはいいか」

 

 束さんを起こさないよう気をつけながら頭を持ち上げ千冬さんと代わる。

 足が痺れたと言ったなそれは嘘だ!

 束さんの頭を撫でながら優しい顔をする千冬さん。もらった!

 

「カシャ」

 

 レアシーン頂きました。

 千冬さんの動きが止まる。

 

「神一郎、なんの真似だ?」

「思い出に一枚撮っときました――おっと、下手に動くと束さんが起きますよ?」

「くっ」

 

 動こうとする千冬さんに釘を刺す。

 

「それでは俺は箒とお茶でも飲んで来ますので、お二人はごゆっくり」

「お前、覚悟しとけよ?」

 

 こちらを睨みながらも、その手は相変わらず束の頭を優しく撫でている。まったく素直じゃないな。

 二人を置いて部屋を出る。

 さびしんぼうの天災に良い夢を。



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天災をからかうには覚悟が必要

 薄暗い地下室、そこは異質な部屋だった。

 四方は剥き出しのコンクリートに囲まれ、中央には簡素なベッドが一つ。その上には子供が一人横になっている。

 その子供は小学生くらいの男の子だった。手術着の様な服を着て、四肢を鎖でベッドに繋がれいる。

 少年が鎖から抜け出そうと藻掻くたびにジャラジャラと音が鳴る。

 その側には白衣を来た女が楽しそうにその少年を見下ろしていた。

 

「そろそろ覚悟できたかな?」

 

 女は、今から自分のする行為が楽しみでしょうがない。そんな様子だった。

 

「くっ……殺せ!」

 

 少年はそんな女を睨み付ける。その顔に恐怖はない。あるのは怒りの表情である。お前を喜ばせるくらいなら死を選ぶ。そんな覚悟を持った顔だ。 

 

「往生際が悪いね。殺さないし、死なせない。君の体は私のモノだ。諦めるんだね」

 

 見せつける様に手にゴム手袋を着ける女。

 そしてその手を少年に伸ばす。

 

「よせ! やめろ! 俺にはまだ無理だと言っているだろう!?」

 

 鎖を激しく鳴らしながら少年を身を捻ってその手から逃げようとする。

 

「無理かどうかを確かめる為の実験だよ? 人間やってみなくちゃ分からないじゃない?」

 

 少年の怒りの声を聞き、女の笑はさらに深くなる。

 恐怖を煽るかのように、ゆっくりと女の手が少年に触れる。

 

「これが人間のやることかよぉぉぉぉぉ」

 

 

 

 

 

 つぷっ

 

「アーーーーーーー!!!!」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 話は少し巻き戻る。

 

 

「それではこれから、しー君の健康診断を始めます」

 

 前に会ってから数日後、まだまだ忙しいはずの束さんに呼び出されたいた。

 すっかり元気になったみたいで、いつものエプロンドレスに白衣を着てメガネを掛けている。

 完全武装だな。後で一枚お願いしよう。

 それよりも。

 

「健康診断もいいですが、そんな事やってる暇あるんですか? 白騎士事件からそう時間は経ってないんですから、今が大事な時期なんですよ? その辺わかってますよね?」

 

 何しろこれからISコアの製作や、IS関連の知識を広めるなど色々やる事があるはずだ。こんな事している暇なんてないだろうに。

 

「それではこれから、希少実験動物“転生者”の解剖実験を始めます」

「束さんの白衣姿って素敵ですね。メガネも良く似合ってますよ」

「しー君のそうゆう性格嫌いじゃないぜ」

 

 一瞬感じた殺気は嘘だと思いたい。

 

「しー君、束さんは最近色々やってました」

「はい?」

 

 急にどうした?

 

「具体的には、自称科学者(笑)にISの事を教えたり。ISを独占しようとする馬鹿共を制裁したりしてました」

 

 ふむふむ。

 

「ふふふ……アイツ等はね、やれ日本語じゃなくて英語で話せとか、やれISの技術を提供しないと家族に手を出すぞとか……」

 

 束さんの目から光が失われていく。

 

「ふっざけんな~! 教わりに来たんだろ? なら相手の母国語くらい覚えて来いや! 箒ちゃんに手を出す? 社会的に殺してやるから掛かって来いや!」

 

 ふんがーと叫ぶ束さん。

 色々溜まってるんだね。

 

「しー君、束さんはね、やりたい事しかやりたくない派なんだよ」

 

 うん。そうだろうね。

 

「だからね、最近ストレスが半端ないのさ……なので、ストレス解消の為にも、やりたい事をやろうと思います!」

「それが健康診断なんですか?」

 

 解剖されなきゃ別にいいけど。

 

「しー君の身体を調べたい! その欲求をもう我慢出来ないんだよ!」

 

 テンション高いなぁ、楽しそうでなによりです。

 

「契約ですからね。了解です。くれぐれも常識の範囲内でお願いしますね?」

「いやっほ~! まずは血を頂くぜ~!」

 

 人の話聞こうぜ先生。

 

 

 

 

 血を抜かれた後、病院の手術着の様な服に着替えさせられベッドに寝かされる。

 体にはペタペタとコードを付けられ、ベッドの周りは見たことのない用途不明の機械に囲まれてる。

 

「さてさて、手は忙しいけど口は暇だからね。お喋りしよーぜしー君」

 

 束さんはベッドの横に立ちながら空中にディスプレイを出しせわしなく手を動かす。

 

「俺も横になってるだけで暇ですからね。賛成です」

 

 思いの外良心的な検査で気が緩み、眠くなってきたし丁度いい。

 

「よろしいならば尋問だ! しー君の秘密を全部暴いてやるぜ~」

 

 今日の束さんは本当にテンション高いな。

 

「ばっちこーい」

「しー君の好きな食べ物、嫌いな食べ物は?」

「好きなものは多いですね。甘いのも辛いのも好き、肉も魚も好き。てか食べるのが好き。嫌いなものはホヤ」

「しー君の好きなタイプは? 逆に嫌いなタイプは?」

「綺麗系より可愛い系、年齢はあまり気にしません。できれば趣味が合う人がいいな。嫌いなタイプは、アウトドアにヒール系を履いてくる人とマナーを守らない人」

「しー君てオタク趣味だよね? PCの中身もそんな感じだし。なのにアウトドアも好きって珍しいよね?」

「オタクのPCの中身は女子供が見て良いものじゃないぜお嬢さん」

 

 体が子供だから性欲がない、だからそんなにエグいのは入ってないが、後数年もすれば……うん、年頃の女の子に性癖モロバレとか死にたくなるな。

 

「それとアウトドア趣味とオタク趣味は一緒に楽しめるんですよ」

「そうなの?」

「例えば近くの山にキャンプをしに行くとしましょう」

「うんうん」

「自転車にテントとキャンプ道具を積みアニソンを聞きながら山を登ります。キャンプ場に着いたらテントを張り、湖に釣り糸を垂らしながらゲームをします。夜は釣った魚を焚き火で串焼きにして食べます。最後に寝袋に入りランタンの灯りでラノベを読んで就寝します」

 

 語っていたら行きたくなってきた、子供には夏休みと冬休みがあるからな。今から楽しみだぜ。ビバ義務教育。

 

「しー君も結構変わってるね」

 

 束さんの顔は少し呆れ気味だ。

 

「マイノリティなのは理解してますよ」

 

 今は時代が追い付いてないだけさ。

 十年後にはそれなりに同好の士がいるはず。

 

「そういえばしー君の口調戻ったね? 呼び捨てじゃなくなってるし」

 

 今更じゃない?

 

「アレはあの時だけの特別サービスです」

 

 オタクは女性にタメ口とか難しい生き物なんや。

 

「別に束さん的にはあのままでも構わないけど?」

「残念好感度が足りない」

 

 前世でもタメ口で話す女性なんて片手で足りる程度だったからな~。

 全員オタ友の女子だったけど。

 

「ふ~ん束さんはまだ好感度足りないんだ?」

 

 なぜか束さんの目付きが怖い。

 

「えーと、なんで怒ってるんです?」

「べっつに~、怒ってないし~」

 

 白地(あからさま)に不機嫌なんだが、これはまさか……。

 

「束さん、束さんにとって俺ってなんです?」

「ん? 急にどうしたの?」

「いいから教えて下さい」

「実験動物に決まってるんじゃん」

 

 フンッと顔を背ける束さん。

 やはりこれはアレか?

 

「そうなんですか。俺は束さんと友達になりたいと思ってたんですが……」

 

 寂しそうな顔をしてみる。

 

「そ、そうなんだ? まあ? しー君がどうしてもって言うなら考えてもいいけど?」

 

 落ち着き無く自分の髪を触る束さん。

 なんだろうこれ、心がホッコリしてきた。

 

「よくよく考えれば自分達はただの契約関係、IS貰ったら二度と会うこともないでしょうし、無理して仲良くする必要ないですね」

 

 少し意地悪なこと言ってチラリと横目で様子を観察する。

 そこには涙目で何かを我慢する女の子がいた。

 こうして見ると年相応の可愛い子だな。

 

「束さんはそんなに俺と友達になりたいの?」

「なっ!?」

 

 からかう様に問いかける。

 束さんは顔を赤くして口をパクパクさせてる。

 切っ掛けは前回の篠ノ之家での出来事だろうな。あの時、束さんの中で俺の立ち位置が変わったに違いない。

 それにしたって。

 

「ちょっと優しくされたくらいで簡単に心を許すなんてチョロ過ぎだろ。お兄さんは束ちゃんの将来が心配だよ」

 

 いやホント、俺がハーレム系転生者なら美味しく頂いてる所だよ。

 

「しー君?」

 

 ニヤニヤと笑っていたら、束さんの冷たい目がこちらを射抜く。

 

「血液の他に体液も欲しんだけどいいかな?」

 

 体液ってなんだろ。汗? 唾?

 俺の疑問顔を見ながら天災が笑う。

 

「精液だよしー君。精神的には大人なんだし、体は早熟だと思うんだよね」

 

 こいつは何を言っているんだろう?

 

「流石にまだ精通してないよ?」

 

 残念ながらまだお子ちゃまなんだよ俺は。

 

「う~ん、とりあえず前立腺刺激してみようか? それでイケルかもしれないし」

 

 可愛いお口から漏れる言葉が呪詛に聞こえるのは疲れてるからかな?

 ジッと束さんと見つめ合う。

 うん、こいつ本気だ。

 

 ダッ(ベッドから飛び起きて逃げる音)

 ガシッ(その肩を掴む音)    

 

「前にも言ったよね? 魔王からは逃げられないんだよ?」

 

 その言葉を耳に届くと同時に意識が薄れる。

 

「くそっ……たれ」

 

 そうして俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後、俺は部屋の角で体育座りしていた。

 夢だと思いたいがお尻の痛みがそれを否定する。

 久しぶりに泣いたよ。男として大事な何かを失ってしまったよ。

 

「しー君、ごめん、束さんが悪かったよ。だから機嫌直してよ」

 

 悪いと思ってるなら、さっきの俺の記憶を消してください。

 

「束さん、本当に悪いと思ってます? 束さんから見れば一夏に浣腸されたようなもんですよ?」

 

 束さんは頬に手を当て考えている。

 頬が紅く染まる。

 そのうち頬に手を当てたまま体をクネクネさせ始めた。

 駄目だこいつ早くなんとかしないと。

 

「篠ノ之さん、少しは反省してくださいね?」

「しー君?」

「何でしょう箒のお姉さん?」

「なんで名前呼んでくれないのかな~って」

「はっはっはっ。人の尻の穴を狙う変態と仲良くなりたくないからだよ」

「うわぁ~ん、しー君ごめんてば~」

 

 束さんが抱きついてくる。

 頭に当たる柔らかい感触に全てを許しそうになるのはしょうがないと思う。

 

「束さん、反省してます?」

「うん。流石の束さんも悪乗りが過ぎたよ。お詫びに近いうちにISを作ってあげるから許して?」

 

  いきなりの提案で驚いた。

  

「流石にそこまでしなくていいですよ? 反省してくれてるならそれでいいですから」

 

 気持ちは嬉しいけど、約束は約束だ。いくら親しくなったとは言えそこは破るべきではない。

 

「理由があるんだよしー君。なんでしー君がISに乗れるのか。それを調べるには身体データだけじゃなくて起動データなんかも欲しいんだよ」

 

 それは……わからないでもない理由だな。

 

「しー君、頬が緩んでるよ?」

 

 束さんがニマニマとしながらホッペをつついてくる。

 どうやら俺は笑っているらしい。

 

「さっきから束さんのおっぱいが当たってて気持ちいいからです」

 

 素直にお礼が言えないのはこの人が悪いと思う。

 束さんはゆっくりと俺から離れてにっこり笑った。

 

「少し頭冷やそうか?」

「ライディン!?」

 

 名言と共に電撃も貰う。

 桃色レーザーじゃないだけましか。

 電撃喰らいながら笑っている自分に苦笑しながらゆっくり意識を手放した。




友人A:プロローグとかと今だと書き方違いすぎない?
作者:最初はあんな感じで書きたかったんだけど、書きづらくて今の感じに落ち着いた。
友人A:習作だからって適当すぎね?
作者:ごめんなさい。

 少し直しました。m(_ _)m


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剣道大会

 現在俺は小学三年生。

 一夏と箒は二年生になった。

 

 季節は夏、今いるのは近所の体育館、今日は剣道の大会がある、篠ノ之道場の門下生である一夏達が参加するため応援に来ている。

 館内は子供達の声で大変賑やかだ。若いって良いよね。

 

「神一郎、お前は本当に参加しないのか?」

 

 応援席に座り観戦していたら隣の人から話しかけられた。

 

「千冬さん、年齢的に子供に混ざるのキツいです」

 

 隣にいるのは千冬さん。今日はバイトを休み一夏の応援に来たらしい。

 

「なんだ、箒に負けるのが嫌なのか?」

 

 ニマニマと意地悪な質問をしてくる千冬さん。

 俺の実力は一夏相手だと勝ったり負けたり。箒には勝った事がない。

 その事を微妙に気にしているのを知っていて聞いてくるんだから趣味が悪い。

 

「そうですね。子供になっているとはいえ、大衆の前で子供に負けるのは恥ずかしいので参加しませんでした」

 

 こういう手合いは相手にしないに限る。

 案の定、千冬さんはつまらなそうな顔をしている。

 

「ところで千冬さん、せっかくの一夏の晴れ舞台なんですから、お弁当くらい作って来てますよね?」

「む、それは……」

 

 視線を外し気まずそうな顔をする千冬さん。

 先に喧嘩を売ったのは貴女ですよ?

 

「はいはい、どーせ一夏でしょ? 今日試合がある弟に作らせたんですよね? はは愚姉め」

 

 心底馬鹿にした感じで煽ってみる。

 

「誰が愚姉か」

 

 ゴツンと拳骨され、鈍い痛みが頭いっぱいに広がり悶絶する。

 

「お前最近生意気じゃないか?」

 

 こちらをギロリと睨む千冬さん。

 

「年齢云々の話なら生意気なのはそちらなんですがそれは」

「あん?」

「ナンデモナイデス」

 

 親しくなってきた所為で最近互いに遠慮がなくなってきた。

 こんなやりとりが日常化し始めている。

 べ、別に女子高生に睨まれたり殴られたりするのが癖になってる訳じゃないんだからね。

 なんて馬鹿な事を考えていたら、目の前の千冬さんの顔が急に真面目になる。

 

「昨日の晩はソーメンだったんだ」

「夏の定番ですね」

「一昨日はアナゴ丼だった」

「旬のアナゴは美味ですよね~」

「その前はイワシと小アジの天ぷらだった」

「お酒が進みますな」

「私は未成年だーーそれで、なんのつもりだ?」

 

 なんで食料を差し入れするのかを聞いているのかな?

 

「せっかくの夏休みなんで、最近海釣りに行ってるんですよ、それでついつい釣りすぎちゃって。キャッチ&イートが基本な自分としては残すのは論外なんで、食べてくれそうな人に差し入れようかと」

「ソーメンは?」

「ついつい買いすぎちゃった」

 

 テヘッ☆ とウインクしてみた。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつく千冬さん。

 お疲れなのかな?

 

「お前には感謝している」

 

 がんばって空気を変えようとしたけど無理だった。

 

「お前のお陰で食卓が豊かになって一夏は喜んでいる」

「それは良かったです」

「お前のそれは同情か?」

「同情ですね」

 

 下手な嘘は無意味なので素直に言う。

 

「私は……私だけの力で一夏を育てると誓った」

「立派ですね」

「だから、もう差し入れなどするな」

 

 なんでこんな場所でこんな重い雰囲気を醸し出すんですか?

 周り見てみろよ。子供も大人も距離置いてるよ。

 

「断ります。貴女が誰に誓ったのか知りませんが俺には関係ありません」

 

 俺の目をジッと見ていた千冬さんはまたため息を吐いた。

 

「そう言うと思っていた。だが、こちらとしてもあまり借りを作ってばかりは決まりが悪い」

 

 そんな事か。

 

「安心してください。ちゃんと下心有りますから。その内まとめて返してもらいます」

「ちょっと待て。どういう意味だ?」

 

 ただの同情だけだと思った? 甘いよ千冬さん。

 

「おっ、あっちで一夏の試合が始まりますよ。さあ応援しましょう」

 

 隣で慌てている千冬さんを無視して観戦した。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「千冬姉はなんで怒ってるんだ?」

 

 順調に勝ち進んでいる一夏と箒と一緒に昼食中。

 一夏がやたら心配している千冬さんは、午前中俺に散々無視されたからやたら不機嫌だ。

 

「お腹が空いてるんだよ。千冬さんの為にも早く食べよう」

「神一郎、覚えていろよ?」

 

 それは俺への借りを忘れないって意味ですよね?

 千冬さんを無視して一夏と箒にお弁当を出す様に促す。

 

「約束通り作ってきた」

 

 一夏がお弁当箱を開ける。

 

「一夏、おにぎりだけなのか?」

 

 千冬さんが意外そうな声を出す。

 一夏のお弁当箱にはおにぎりがぎっしりでオカズがない。

 

「千冬姉、今日はみんなで手分けしたんだよ」

 

 なあ? と言って箒を見る一夏。

 

「千冬さん、一夏はおにぎり担当なんです。オカズは私と神一郎さんが」

 

 箒がお弁当箱を開ける。箒の箱には、卵焼きやポテトサラダなどの軽いオカズが入っていた。

 

「んで、俺の方がこれです」

 

 俺のには唐揚げやミニハンバーグなどのオカズが入っている。

 今回、箒が一夏にお弁当を作りたい。けどまだ凝った料理が作れない。そんな理由から企画したイベントだ。

 一人手ぶらの千冬さんは少し居心地が悪そうだが、自業自得だ。これを機に少しくらい料理を覚えて欲しい。

 

「さて、みんな手を合わせて」

 

 四人とも手を合わせる。

 

「「「「いただきます」」」」

 

 

 

 

「一夏のおにぎり美味しいな」

 

 箒はニコニコと一夏のおにぎりをパクついている。

 

「箒の卵焼きも美味しいよ。一夏もそう思うだろ?」

「あぁ、美味いぜ箒」

「そ、そうか? 口に合ったならなによりだ」

 

 一夏は美味しそうに卵焼きを食べ楽しそうに笑っている。

 そんな一夏を見て嬉しそうに笑う箒。

 良い雰囲気だ。とてもIS世界だと思えん。

 お喋りしながらもみるみる無くなっていくお弁当。

 

「「「「ご馳走様でした」」」」

 

 あっという間にカラになるお弁当。

 まったりとお茶を飲みながら食後の余韻を楽しむ。

 

「午後からは準々決勝だったな。箒と一夏が当たるとしたら決勝か。二人共自信のほどは?」

「俺はこの日に為に千冬姉と特訓したからな、箒には負けないぜ」

 

 自信満々に答える一夏。

 

「私だって負けるつもりはない」

 

 そんな一夏をキリッとした表情で返す箒。

 

「じゃあ勝った方にはプレゼントあげるよ」

 

 そして無駄に煽りに入る俺。

 千冬さんがなにか言いたげだがスルーで。

 

「カモン一夏」

 

 一夏を呼んで二人から少し離れる。

 

「一夏、お前が勝ったら――ーー」

「神一郎さん、それホント?」

「おう、お前だって姉孝行したいだろ?」

「千冬姉とーーか、絶対に負けられないな」

 

 いつになく真剣な顔の一夏。これは楽しめそうだ。

 

「次、箒おいで」

 

 箒がトコトコとやって来る。

 

「箒が優勝したら――ーー」

「神一郎さん。嘘ではありませんね?」

「もちろん、ちゃんと誘うところまでフォローする」

「負けられません」

 

 箒は静かに闘志を燃やしていた。

 

 二人を見送り観客席に戻ると、千冬さんが呆れた顔をで座っていた。

 

「それで今回はなにを企んでいる?」

「せっかくの夏休みなのに、なんのイベントもないとかつまらないですよね? なのでちょっとしたサプライズを」

 

 さてさて、どっちが勝つか楽しみだね。

 

「千冬さん、どちらが勝つと思います?」

「一夏だ」

 

 即答したよこのブラコン。

 

「俺は箒です。それなら賭けません?」

「なんだと?」

「弟が信じられませんか?」

「いいだろう」

 

 負けた場合の内容も聞かずに決めたよこの人。

 こっちには都合がいいけど、束さんとは別の意味で心配になるな。

 

「とりあえず、二人共決勝に進出することが前提なんですけどね」

「相手の動きを見る限り練習通りに動ければ負けないだろう」

 

 流石将来のブリュンヒルデ言う事が違う。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 会場はもの凄い緊張感で覆われている。

 原因は会場の真ん中に立つ二人だ。

 

「箒、俺は負けるわけにはいかないんだ」

「それはこちらのセリフだ一夏」

 

 ゴゴゴッ

 そんな効果音が似合いそうな雰囲気だ。

 なにしろ二人共、準々決勝、準決勝を開始と同時に勝負を決めている。

 千冬さん曰く『覚悟が違う』らしい。

 正直言って煽り過ぎたかもしれん。

 

「神一郎、二人になにを言ったんだ?」

 

 千冬さんは二人の気合の入れように若干引いているように見える。

 

「一夏には温泉のチケット、箒には遊園地のチケットを譲ると……もちろん最終的に両方共にあげるつもりだったんですが」

 

 今更そんなこと言えないな。

 二人が前に出て構える。

 

『はじめ!』

 

 審判の声が響くと同時に。

 

「はぁぁぁ!」

「やぁぁぁ!」

 

 互いに正面からぶつかり合う。

 ギリギリと鍔迫り合い一夏が箒を押す。

 力は一夏が上のようだ。

 しかし、

 

「甘い!」

 

 箒が絶妙のタイミングで力を抜き一歩下がる。

 

「くっ」

 

 一夏が前のめりになり体制が崩れる。

 

「めえぇぇぇん!」

 

 その隙を箒の竹刀が襲う。

 

「だぁぁぁぁぁ!」

 

 一夏は頭を横に振り肩で受ける事により難を逃れる。

 

「ちっ!」

 

 箒はそのまま後ろに下がり一夏の様子を見る。

 互いに距離を置き牽制し合う箒と一夏。

 

「今のは決まったと思ったんだが」

「言っただろ箒、俺は勝たなきゃいけないんだ!」

 

「「はぁぁぁ!!!」」

 

 またも正面からぶつかる両者。

 手数、技量共に箒が上である。

 一夏はなんとか防いでいるがそれも時間の問題に見える。

 

「負けられないんだよ。千冬姉と温泉に行くために!!」

 

 ん? あいつ何言ってんの?

 

「私だって、一夏と遊園地に行くためにも負けられん!!」

 

 こいつも何言ってんの?

 

「「うぉぉぉぉぉ!!」」

 

 激しくぶつかり合う二人。

 

「千冬姉と温泉千冬姉と温泉千冬姉と温泉千冬姉と温泉千冬姉と温泉千冬姉と温泉千冬姉と温泉んんんん!!!」

「一夏と遊園地デート一夏と遊園地デート一夏と遊園地デート一夏と遊園地デート一夏と遊園地デートおぉぉぉぉ!!!」

 

 今俺の目の前で、

 主人公が実姉と温泉に行くためにヒロインを本気で倒そうとしています。

 ヒロインは主人公とデートするためにその主人公を倒そうとしています。

 

 あ、うん、IS世界ってこんな感じだっけ?

 てか箒の叫び声が一夏に届いてないとか凄い集中力だな。

 ちなみに千冬さんは俯いたまま微動だにしない。

 とりあえずあれだ、録画しておこう。将来なにかの役に立つかもしれないし。

 

 ちなみに試合は箒が勝ちました。



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織斑家のぶらり温泉旅行

 日本のどこにでもあるような山間の温泉街。

 そこを私、織斑千冬は弟の一夏と一緒に歩いている。

 

「千冬姉! 早く早く!」

「一夏、危ないからちゃんと前を向いて歩け」

 

 はしゃぐ一夏に思わず苦笑しそうになる。

 辺りには硫黄の匂いと露店の食べ物の匂いが混ざり合い混沌としている。

 初めてな場所なのに心が落ち着くのは日本人の血のせいか。

 

「千冬姉、あれ、あれ食べよう」

 

 一夏が指差す先には露店の温泉まんじゅう屋。

 蒸したてなんだろう。良い匂いはこちらまで漂ってくる。

 

「宿に着いたら食事だ。あまり食べ過ぎるなよ」

「わかってるよ」

 

 そう言って店に向かう一夏。

 一夏は出来た弟だ。

 我が儘は言わないし、買い食いなどもしない。

 その一夏が自分から食べ歩きしようとするなど今まで無かった事だ。

 癪だが神一郎には感謝しなければならない。

 

 事の始まりは神一郎に渡された電車のチケットとプリントされた旅館までの地図だ。

 剣道大会の時に言っていた一夏へのプレゼント、どうやら本気だったらしい。

 それを私は断った。これ以上アイツの施しを受けたくなかったからだ。

 しかし、神一郎は私の答えを予想していたんだろう。笑いながらこう言った。

 

『千冬ちゃんは一夏の笑顔と自分のプライドどっちが大事?』 

 

 一瞬殴りそうになったがグッと堪えた。殴ってしまえば負けた気がするからだ。

 言われるまでもない、大事なのは一夏だ。

 そんな私を見ながら神一郎は笑っていた。

 正直こいつの笑顔は苦手だ。精神年齢が年上だと知っているが、まるで頑固な妹を見ているかのような優しい目付きをする時があるからだ。

 神一郎が背伸びをして私の頭を撫でる。

 

『借りだと思うなら、『ありがとうお兄ちゃん』って言ってごらん?』

 

 結局私は神一郎を殴った。ついでにチケットと地図も奪い取った。

 何が兄だ。私の家族は一夏だけだ。

 思い出したらイライラしてきた。帰ったらもう一発殴ろう。

 

「千冬姉、買って来た!」

 

 物思いに耽っていたら一夏が戻ってきた、その手には小さな紙袋が握られている。

 

「はい千冬姉の分」

 

 一夏の手には小さなまんじゅうが一つ乗っていた。

 

「いらん、お前が食べろ」

 

 言ってから後悔した、一夏の顔が歪んだからだ。

 私はただ、私の事を気にぜず一夏に美味しいもを食べて欲しかっただけなのに。

 自分はなぜこんなにも不器用なのだろう。これでは束の事を笑えんな。

 

「一夏、私はまだお腹が空いていないだけだ。だからお前が全部食べて良いんだ」

 

 なんて見苦しい言い訳。本当に嫌になる。

 一夏が悲しんでいないか恐る恐る確認する。

 

「千冬姉、これ読んで」

 

 その一夏はなにやらポケットから紙を取り出し渡してきた。

 手紙? なぜこのタイミングで?

 疑問に思いながら手紙を開く。

 

『不器用なお姉さんへ

 実はここ最近、一夏は俺の所でバイトしてました。内容は、部屋や風呂場の掃除、釣った魚の下ごしらえなど、まあお手伝いですね。ちなみに、一夏がお金を欲しがった理由は『せっかく旅行に行くなら千冬姉に何かしてあげたい』だそうですよ。健気な弟だよね? だけど、千冬さんの性格を知ってる身としてはちょっと心配だったので、“千冬さんが一夏の気遣いを断った場合”この手紙を渡すように言ってあります。この手紙を読んでる時点で俺の心配は大当たり。まったく愚姉なんだから、千冬さん、貴女は“一夏が貴女の為に一生懸命働いた気持ち”を無駄にするつもりですか? さっさと一夏に甘えなさい。

                                    by賢兄より』

 

 グシャ

 

 思わず手紙を握り潰してしまった。

 一夏がビクッとして私から距離をとる。

 なんだアイツは、アレか? 全ては手のひらの上なのか? 

 賢兄とか喧嘩売ってるとしか思えないな。よし、買ってやろう。

 そういえば、脚力は腕力の約3倍らしい。次会ったら蹴ってやろう。

 いや、アイツはアニメや漫画が好きだったな。壁に減り込ませてやろう。

 蹴り込ませると言ったところか。ふふふ……。

 

「ち、千冬姉?」

 

 おっといけない、最愛の弟を怖がらせるとは姉としていけない。

 

「なんだ?」 

「えっと、手紙になんて書いてあったの?」

「なんでもない、気にするな―ーそれより一夏、やはり一個貰っていいか?」

「うん!」

 

 一夏が笑顔でまんじゅうを渡してくる。

 一口齧る、しっとりした皮に包まれた優しい甘みの餡、一夏が私の為に働いて買ってくれた物だという事がさらに美味しさに拍車を掛ける。

 

「美味いな」

 

 思わず口から漏れた言葉を聞いて一夏が満面の笑みになる。

 この笑顔を見れただけでも来たかいがあったな。

 神一郎は許さないが。

 

 それから先が大変だった。宿に着くまでの道のりで、一夏は事あるごとに何か買おうとした。しかも断ると悲しい顔するのだから怒れない。

 

「千冬姉! 次はあれ食べよう!」

 

 またも露店に向かって行く一夏。

 流石にそろそろ止めないと不味いな。神一郎は恐らく大金を渡したりしていないはず。このペースだと一夏の小遣いはすぐに無くなってしまうだろう。

 

「一夏、宿に着いたら食事だと言っただろ。宿の人達が一生懸命作った料理を残すのは許さんぞ?」

「うっ……」

 

 一夏の動きがピタッと止まる。

 生真面目な一夏は出された料理を残す事を嫌う。こう言えばもう買い食いはしないだろう。

 だが、その顔には不満そうな表情が残っている。

 それも私の為だと思えば嬉しいものだ。

 だから

 

「帰りもここを通るんだ。その時でいいだろう」

 

 せめて、ここにいる間は一夏の好意に甘えるとしよう。

 

 

 

 

 

「うぉぉ~」

 

 一夏が初めての旅館に感嘆の声を上げる。

 

「一夏、行くぞ」

 

 一夏を連れてロビーに入る。

 ロビーに従業員の姿がなかったので、フロントのベルを鳴らす。

 

「大変お待たせいたしました」

 

 奥から初老の女性が姿を見せた。

 

「予約していた織斑です」

「はい、織斑様ですね。只今ご案内致します」

 

 中居さんに案内された先は旅館の奥部屋。

 部屋を見て驚いた。広さが十二畳ほどの大きな和室だったからだ。正直もっと小さな部屋を想像していた。

 隣では一夏が目を輝かせている。

 

「こんな広い部屋を良いんですか?」

 

 二人で使うには広すぎる気がする。

 

「織斑様は当旅館の家族プランでご予約されてますよね? ですのでお部屋もご家族用のお部屋になっております」

 

 家族プラン? 最近はそんなものがあるのか。

 

「すみません。予約を入れたのは別の人間でして、詳しく聞いてませんでした。何か違いがあるのですか?」

「お部屋が家族用の内風呂付き大部屋になります。料理の方も家族プランですと通常宿泊されているお客様より品数が多くなっております」

 

 予想以上の高待遇だな。

 

 宿について一通りの説明をして仲居さんが部屋から出ていく。それと同時に。

 

「うぉぉぉぉ~~~~」

 

 一夏が叫びながら畳の上を転がり始めた。

 そのまま転がり続け壁に当たる。

 

「一夏?」

 

 弟が奇行を始めた場合どうすれば良いのだろう。殴れば治るか?

 一夏はガバッと立ち上がり。

 

「千冬姉! 温泉行こう!」

「おっ、おう」

 

 どうやらテンションが上がり過ぎているみたいだ。

 

「一夏、私は内風呂を使う」

 

 中居さんの話によると、内風呂は露店風呂で、こちらも立派な温泉らしい。風呂は静かに浸かりたい派の私には有り難い。

 

「え~、大浴場だよ? 大きなお風呂だよ? 行かないの?」

「なんだ一夏、私と入りたいのか?」

 

 ふむ、年齢的にはまだセーフか?

 

「それでは一緒に行くか? 女風呂になるが」

「行ってきます!」

 

 顔を赤くして一夏は部屋を飛び出して行った。

 その後ろ姿見て、一夏の成長を喜ぶと同時に寂しく思う。

 どうやら一緒に入りたかったのは私の方らしい。

 

 気を取り直して露天風呂を確認する。

 すでに湯が張ってあり何時でも入れそうだ。

 一夏は長風呂だ。私もゆっくり楽しませて貰おう。

 

 

 

 

 テーブルの上に並ぶのは豪華な料理。

 刺身、山菜の天ぷら、鮎の塩焼き、そして鉄板の上でジュウジュウと音を立てるステーキに、一人一つ用意された猪鍋。

 はしたないと思うが、喉の奥から唾液が出てくる。

 一夏の方は驚きすぎて逆に冷静になったようだ。ただ一心に料理を見ている。

 そんな私たちを見て中居さんが頬を緩ませている。

 

「料理は以上になります。どうぞお楽しみ下さいませ」

 

 二人で手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 刺身―ーマグロも然ることながら海老が素晴らしい。ねっとりとした触感に海老特有の甘みが舌を喜ばせる。

 天ぷら―ーミョウガ独特の苦味が癖になる。タラの葉はサクサクと香ばしい。

 鮎の塩焼き―ーほくほくとした身にかぶりつけば、口の中一杯に広がる繊細な美味しさ。

 ステーキ―ー今まで食べた事のない柔らかなお肉、肉に歯を立てても抵抗なく噛み切れる。噛むたびに肉汁が口の中に溢れ噛むのを止められない。

 猪鍋―ー猪肉は初めてだが、少しクセのある肉が辛味噌ベースの出汁と良く合い、ご飯がすすむ。

 

 私と一夏は夢中で食べた。ふと我に返り互いに目が合った瞬間二人で笑ってしまった。

 

「一夏、全部食べれそうか?」

 

 流石に小学生の一夏には量が多すぎるだろう。

 

「大丈夫。残したりしないよ」

 

 そう言う一夏だが、無理しているのは明らかだ。

 昼間の一件を気にしているのだろう。

 ここは姉としてフォローせねば。

 

「一夏、私には少し物足りない。お前のを寄越せ」

 

 うん? この言い方は乱暴すぎか?

 

「じゃあこれ」

 

 一夏が半分ほど食べたステーキを寄越してきた。

 結果が同じなら問題ないか。

 

 

 

 

 

 

 

 食後、二度目の温泉に入ったり、卓球をしたりして過ごした。

 そして就寝。これだけ広い部屋なのに、なぜか並んで布団を敷く。

 横を見れば一夏がこっちを見ていた。

 

「寝れないのか?」

「千冬姉、今日は楽しかったね」

「そうだな」

「また来たいね」

「あぁ」

「千冬姉」

「うん?」

「いつもありがとう。俺、千冬姉の弟で幸せだ」

「ーーーー急にどうした?」

「本当は内緒って言われたんだけどね。神一郎さんに言われた」

「神一郎に?」

「うん―ー千冬姉に感謝しているなら言葉にするべきだ。って、その方がきっと喜ぶからって。だから千冬姉、いつもありがとう」

「そうか、なら私も礼を言うべきなんだろうな。一夏、いつも家事をやってくれてありがとう。家事が苦手な私には本当に助かっている」 

 

 クスクスと二人の静かな笑いが部屋に響く。

 

「明日は朝風呂に行くんだろ? 早く寝たほうがいい」

「そうだね。お休み千冬姉」

「お休み一夏」

 

 そうして姉弟は穏やかな眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻・某所

 

 薄暗い部屋で、空中に映し出された映像を眺める二人の人間がいた。

 

「ちーちゃんちーちゃんちーち~ゃん!!! 束さんはちーちゃんの寝顔だけで丼三杯はいけるんだよ!!!!」

「はい、白米」

「米! 食べずにはいられない!」

 

 むしゃむしゃがつがつ

 

 親友の寝顔を見ながら白米を食べているのは、ご存知、“天災で変態”篠ノ之束。

 そして

 

「しかし千冬さんもまだまだ甘いね。旅館は俺が予約したもの。つまり敵の陣地に侵入したも同然なのに隠しカメラに気づかないとは」

 

 クックックッと、笑いながら丼にご飯をよそい、ラスボス感を出しているのは、“転生者”佐藤神一郎。

 

「わざわざ家族プランで予約を入れて、束さん製の隠しカメラのある部屋に誘導し、一夏に入れ知恵して注意力を散漫させる」

「いや~上手くいって良かったよ」

 

 いえ~い、と言ってハイタッチする二人。

 

「それにしても千冬さんは寝相悪いな。布団蹴っ飛ばして浴衣が捲れちゃってるよ。太もも丸見えじゃん。誘ってるのか? 誘ってんだよね? もう我慢できないぞ俺は」

「ちーちゃんの太もも!? 舐めたい触りたいしゃぶりつきたい!」

「束さん、最高画質で録画しているよね? 抱き枕作るよ。無論、今の千冬さんの映像で」

「まじでか!?」

「こちとら暇を持て余した学生だからね。布にプリントする所だけ頼むよ」

「まっかせろーい!」

 

「「わ~はっは」」

 

 今日もIS世界は平和でした。




 ※千冬入浴シーンカットの理由

「しー君、目を開けたら抉るからね?」
「束さん、俺から見たら千冬さんも子供みたいなもんですよ? 少しは信用してください」
「ちーちゃんの白い胸、ほどよく引き締まったお尻」
「っーー」
「ギルティ」
「あべしっ!」

 主人公が気絶していたから。


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そうだ、遊園地に行こう。

 セミが鳴く篠ノ之神社の早朝の境内、そこに四つの人影があった。

 

「点呼!」

「いち!」

「に!」

「さん!」

 

 俺の前に並ぶのは二人の子供と一人の大きな子供。

 

「一夏、今日の目的地は?」

「はい! 隣の県にある遊園地、ディステニーランドです」

 

 元気よく答える一夏、うん、子供らしく実に元気だ。

 

「箒、注意事項は?」

「はい! 夏なので水分摂取はこまめに、また、団体行動になるので勝手な行動は禁止です」

 

 口調こそ硬いが、今日の箒はキマっている。この前俺がプレセントした、白いワンピースに麦わら帽子をかぶり手にはお弁当のバスケットを持っている。これでもう少し柔らかい笑顔ができるようになれば一夏もイチコロだと思うんだが。

 服は完璧俺の趣味だけど、嫌いな男はいないはず……いないよね?

 

「束さん、貴女の役割は?」

「はい! いっくんと箒ちゃんを愛でる係りです!」

 

 二人よりも元気一杯に返事をするのは束さん。

 服装はいつも通りだが、今日は箒とお揃いの麦わら帽子ををかぶっている。

 うさみみが帽子を突き抜けているのがシュールだ。

 

「違います。貴女は保護者兼記録係です。年長者としてしっかりしてください」

「え~、年ならしー君の方が」

「千冬さんの抱き枕が完成間近(ボソッ)」

「二人共、今日は束お姉さんの言う事をしっかりきくんだぞ☆」

 

 一夏と箒がまるで変質者を見る目だが、本人がやる気になってくれたからいいや。

 

「それじゃあ移動するよ~」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 ディステニーランド、近年子供に大人気の遊園地である。

 気が強くぶっきらぼう、でもなんだかんだで人助けをしてしまうツンデレ黒オオカミのシンくん。

 その親友で、いつも物静か、冷静にシン君をサポートするキツネのレイくん。

 二人の友人で姉御肌の紅一点、犬のルナちゃん。

 うん。たぶん経営者は転生者じゃないかな? そう思わずにはいられない設定だ。

 

「さて、二人共なに乗りたい?」

 

 無事遊園地に到着したので一夏と箒に訪ねてみる。しかし。

 

「一夏? 確かジェットコースターに乗りたいと言ってなかったか?」

「向こうは混んでそうだからな、まずは箒の乗りたい物でいいぜ」

 

 二人共互いに遠慮して行き先が決まらない。

 ここは誰かが率先して決めるべきかな?

 

「じゃあ、マスドライバーマウンテンに行ってから、箒が行きたがってた体感脱出ゲーム、タケミカズチ危機一髪に行こうか」

 

 そう提案すると二人共笑顔で頷いてくれた。

 

「ほら行きますよ束さん」

 

 さっきから大人しい束さん、なんてことはない、非常に不機嫌なだけだ。

 

 原因は二つ。

 

 一つは束さんに話しかけてくる人達の存在。

 ISを作り、テレビに出演していた束さんはちょっとした有名人だ。握手やら写真やらを求めてくる人もいる。束さんにはそれが凄くウザったいらしい。

 

 もう一つは。

 

「そ・こ・だ~!」

 

 何かを人混みに向けて投げる束さん。

 ボールの様な物がマスコットキャラのレイ君の頭に当たり、バタッと倒れる。

 

「レイ君!?」

 

 箒の悲痛な叫び声が聞こえる。

 

「束さん何してるんです!?」

 

 一夏は怒りながらレイくんに駆け寄る。

 

「束さんご乱心?」

「なわけないじゃん。アレはそう……スパイなんだよ!」

「な、なんだって~」

「姉さんも神一郎さんもふざけないでください!」

 

 ぷりぷり怒る箒。

 

「まぁまぁ落ち着いてよ箒ちゃん。スパイは本当だから」

 

 そう言って、一夏が介抱しているレイくんに近寄ると。

 

「そーれ」

 

 ポンっとキツネの頭が外れる。

 

「グラサン?」

 

 そこにいたのはグラサンのお兄さんだった。

 

 俺と一夏と箒が驚いてる間に、束さんはどんどん着ぐるみを脱がしていく。

 周りには子供もいるのに着ぐるみ脱がすとか、流石天災。子供の夢をみるみる破壊していく。

 最終的にそこにいたのはメンインブラックだった。

 すなわち、グラサンスーツの男だ。

 

「ぐっ……」

 

 グラサンが目を覚ます。

 

「やーやーお目覚めかな?」

「ひっ! 篠ノ之博士!?」

 

 おいおい、どんだけ怖がられてるんだよ。

 

「博士、これは――」

「あぁ、いいよいいよ。事情は分かってるから。だけど、次はないからね?」

「はい! 失礼します!」

 

 お兄さんは脱兎のごとく逃げ出した。

 

「姉さん、知り合いなんですか?」

「知り合いじゃないよ。でも誰かは知っている。国の下っ端だよ」

「なんでそんな人がここに?」

 

 この様に、束さんには国の監視が付いている。

 せっかくのプライベートなのに常に見られていたらそれはもうイライラするさ。

 それにしても夏場にスーツで着ぐるみとは、なかなか根性のある人だったな。将来大成しそうだ。 

 

「はいはい、二人共言いたい事もあるだろうけど、束さんの相手をしてても時間の無駄だからね。行きますよ~」

 

 わざわざ監視されている事を二人に言う必要はない。

 遊ぶ時は頭を空っぽにするのが大切なのだから。

 

 

 

 以下ダイジェスト

 

 

 マスドライバーマウンテン

 

「もの凄く高いな」

「一夏、怖かったら手を繋いでもいいぞ?」

「束さんには子供騙しなんだけどなぁ~」

「南無大慈大悲救苦救難広大霊感白衣観世音」

「「「おいやめろ!」」」

 

 

 タケミカヅチ危機一髪

 

「箒、ここはまかせて先に行け!」

「一夏を置いて先に行けるか! 私は最後まで一緒にいるぞ!」

「ねえねえしー君。二人共楽しそうだね」

「静かにしてください。トダカ司令官に黙祷中です」

「「「誰だよ!?」」」

 

 

 ウエスタンランド・シューティング・エルスマン

 

「あんただけは、おとす!」

「顕現せよ! 我が力、魔を滅せんがため!」

「これが私の全力全開」

「グゥレイト!!」

 

 

 

 

 

 

 

 時間が進みお昼時、四人で木陰に腰を下ろしシートを広げる。

 

「それじゃあ箒、頼むよ」

「はい」

 

 箒が手に持っていたバスケットを開けると、そこには色とりどりのサンドイッチが詰まっていた。

 

「「おぉ~」」

 

 俺と一夏の感嘆の声が上がる。

 

「全員分作って貰って悪かったね、大変だったでしょ? この借りは一夏が返すから」

「って俺かよ神一郎さん!?」

「俺は遊園地のチケットの貸しがあるからな。一夏はタダ飯する気か?」

 

 そう言うと一夏がバツの悪そうな顔をする。

 

「わかったよ神一郎さん。箒、何かあったら言ってくれ。この借りはちゃんと返すから」

「べ、別に見返りが欲しかった訳じゃないんだが、一夏がそこまで言うなら……そうだな、今度買い物に付き合って欲しい」

「買い物? 荷物持ちならいつでもいいぜ」

 

 いいぞ箒、例え買い物をデートと思わない朴念仁でも、今はできるだけ一緒に居る時間を増やすのが得策。その調子だ。

 

「さて、さっそくいただきますかね」

 

 手を合わせて。『いただきます』そう言おうとした瞬間。

 

「あっ、しー君には別のを用意してあるから」

 

 そう言って束さんが差し出してきたのはお弁当箱。

 

「これは?」

「ふっふっふっ、しー君のために束さんが作ってきたんだよ」

 

 なにそれ聞いてない。

 箒を見る。

 箒は俺と目を合わせようとしない。

 束さんにしては今日は随分大人しいと思ったら、そうか、ここでこんな罠か。 

 

「自信作なんだよ」

 

 目をキラキラさせながらお弁当を渡してくる美少女。

 ダメだ。これは逃げれない。

 恐る恐るお弁当箱を受け取る。

 

 パカッ

 

 お弁当箱を開けると、そこには黒々とした何かがあった。

 

 箒を見る。

 冷や汗を流したまま横を向いている。

 

 一夏を見る。

 目があった瞬間凄い勢いで顔をそらした。

 

「なぁ一夏、お前も「一夏! これなんてオススメだぞ!」「美味そうだな! 貰うよ箒!」」

 

 箒はもう少し俺に優しさをくれてもいいと思う。

 

「見かけは悪いけど、味には自信あるんだよ」

 

 束さんの笑顔が眩しい。

 覚悟を決めて、黒い塊を箸で摘む。

 

 ザクッ

 じゃりじゃり

 

 口の中に広がるのは、まるで砂を噛んだような食感と、豊かな海の味、そうこれはキングオブ赤身――

 

「マグロの刺身?」

 

 俺がそう呟いたら、一夏と箒が信じられないと言った顔で見てきた。

 

「しー君はお魚好きでしょ?」

 

 うん、好きだね。でも問題はそこじゃないんだよ。

 

「束さん、これって元はなんなの?」

 

 マグロの刺身じゃないことだけは確かだ。

 

「それ? ツナおにぎりだよ?」

 

 今度は三人でギョっとした。

 なんでおにぎりが炭になってるのだろう?

 

「これは?」

 

 炭の一つを指差し聞いてみる。

 

「それは卵焼きだね」

 

 良かった。これはちゃんと火が通っている。

 しかしあれだ。これはもしかして“これは卵焼きじゃない。かわいそうな卵だ”ってやつ じゃないか?

 すげーな、マンガ肉レベルのレアモノじゃん。

 

 ガリッ

 じゃりじゃり

 

 口に入れると不快な食感と共に広がるのは、秋の味覚の代名詞、みんな大好きイクラだった。

 

 箸を置きお茶を一口飲む。

 

「束さん。貴女はこの食材に何をしたんですか?」

 

 聞きたくないけど、これ以上は怖くて無理だ。

 

「ちょっと失敗しちゃったから、束さん特製の調味料で味付けを」

「調味料?」

「そそ、そもそも味覚は~って話は長くなるから省略するけど、所詮は電気信号だから、束さんにかかれば舌に好きな味を感じさせる事ができるんだよ」

 

 えっへん! と胸を張る束さん。

 一夏と箒は哀れみの表情で俺を見てくる。

 

 元はただの食材、味が変なのは束不思議科学の所為。

 それが分かれば問題ない。

 一夏、見てろよ。漢の生き様ってやつを。

 

「誤解されない様に言っておきますが、決して美味しいから食べる訳ではありません。食感とか最悪です。しかし“美少女の手作り”で“かろうじて食べれる味”だから食べます。束さんは親に美少女に産んでくれた事を感謝して箒に料理を習うように」

 

 それでは……いただきます!

 

 むしゃむしゃ

 じゃりじゃり

 

 黒い塊を口にかき込めば、マグロ、イクラの他に、イカ、ウニ、サーモンの味もしてくる。そう、これは――海鮮丼!

 口の中の不快な食感にも関わらず味は美味い。

 なんだか頭が痛くなってきた。

 これ脳味噌が拒否反応起こしてるんじゃないか?

 

 残りをお茶で一気に胃に送り込む。

 

「ごちそう……さまでした……」

 

 あぁやばい、ふらふらしてきた。

 だがまだ倒れるわけにはいかない。

 

「一夏、箒、俺は少し寝るから。午後は二人で楽しんでくれ。束さんは俺と荷物番ね」

 

 元々、午後からは迷子になったフリをして、一夏と箒だけにする予定だった。それは束さんには言ってあるから、上手い事やってくれるだろう。

 

「それじゃあ……おやすみ」

 

 俺はそう言って意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと目を覚ますと、目の前には心配そうに顔を覗く束さんの顔があった。

 

「え~と、おはようございます?」

 

 目を動かして辺りの様子を探ると、すでに日が傾きかけている。

 

「おはようしー君、もうそろそろ起こそうかと思ってたんだよ」

「一夏と箒は?」

「二人共今はお土産を買いに行ってるよ」

「そうなんだ――でなんで膝枕?」

 

 できるだけ平静を装う。

 正直もの凄い恥ずかしい。

 ただ、だからと言ってこの頭の感触はできるだけ味わっていたい。

  

「しー君が倒れたの私の所為でしょ? だから、そう、お詫び的な?」

 

 よくよく見ると束さんも恥ずかしがってるようだ。

 恥ずかしいのは自分だけじゃない。そう思うと余裕ができてきた。

 

「そうなんだ。それなら楽しませてもらうとするか」

 

 頭をグリグリと太ももに擦りつけてみる。

 

「ちょっ……」

 

 束さんの頬がみるみる赤く染まる。

 流石にこれ以上はかわいそうだから止めておくか。

 

「…………」

「…………」

 

 無言の時間が続く。

 先に静寂を破ったのは束さんだった。

 

「しー君、私ね、遊園地なんて初めてだったんだよ」

「どうだった?」

「人は多いし、乗り物はショボイし、何が良いのかわかんない」

「つまらなかった?」

「それがね、びっくりした事に、また来たいと思ってるんだよ」

 

 なんでだろうね?

 と首を傾げる束さん。

 天災のクセにたまにアホの子になるなこの子は。

 

「一夏と箒と一緒に遊んだ。って事が大切なんじゃないかな? 大事なのは、何処で遊ぶか、ではなく、誰と遊ぶか。だと思う。束さんは二人と遊んだ事あまりないでしょ?」

 

 ちょっかいかけたり、会話もするけど、今日みたいに一緒に遊んだりしてるのは見たことがない。きっと彼女は妹と弟分と遊ぶのが楽しかったんだろう。

 

「言われてみればそうかも。そっか、なるほどね~」

 

 納得したのか、うんうんとしきりに頷く。

 

「でも――」

「うん?」

「しー君が居たって事も重要なんだからね?」

 

 そう言って笑う束さんの笑顔は、夕日に照らされてとても綺麗だった。




 俺に砂糖製造機の才能はない! 上手くなるには……純愛モノとは読んだ方がいいのかな? オススメあったら教えてください。


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ISゲットだぜ!

 カリカリ

   カリカリ

 

 ひたすらペンを走らせる。

 

 カリカリ

   カリカリ

 

 白いノートが黒く染まっていく。

 

 カリカリ

   カリカリ

 

 なぜ自分は苦痛に思いながらこんな事をしているのだろうか?

 

 カリカリ

   カリカリ

 

 人生は常に勉強だと言う奴がいる。だが、そんなのは一部のドМの自慰行為に近いと思う。

 

 カリカリ

   カリカリ

 

 だって俺はこんなにも辛いのだから。

 

 カリカリ

   カリカリ

 

 関係ないが小学生は世界一自由な生き物だと思う。

 

 カリカリ

   カリカリ

 

 だからそう。京都に行こう。

 ペンを置き、財布とケータイをポケットに突っ込む。

 着替えなんて向こうで買えばいい。

 着の身着のまま玄関のドアノブに手が掛かる。その瞬間。

 

 『♪~~♪~~』

 

 某電波な少年番組のプロデューサーが登場しそうな音楽が鳴る。

 ケータイのディスプレイを見ると、そこには。

 

 『篠ノ之束』

 

 無視したい。無視したいけど、その後が怖い。

 大人しく電話にでる。

 

「もしもし」

『やっほーしー君』

「何用です?」

『それはこっちのセリフだよ。しー君こそ外に何の用があるのかな?』

 

 自分が首輪付きって事忘れてたよ。

 

「束さん、脳ミソがとろけそうなんです」

『しー君ってそこまで頭悪くないよね? 世間一般では秀才レベル程度だけど、前世の知識もあるんだし、そんなに難しい?』

「俺の脳は、体育系6文系4で出来てるんで、理系? 知らない子ですね」

『それでよくISの勉強をしたいなんて言えたね?』

「だって必要な事なんだもん」

『だもん。じゃないよまったく。早く机に戻りなさい』

 

 束さんに怒られ渋々机に戻る。

 まぁ、自分から教えを請うておいて逃げようとしたのだから、怒られるのはしょうがない。

 ケータイをハンズフリーにして机の上に置く。

 

「所で束さん、そっちの調子はどうよ」

『ISはデウス・エキス・マキナで、地上の全ての戦争を終わらせる為に神から遣わされた機神だ! って言う科学者が現れたね』

「束さんはついに神になったのか。確かに、束さんは俺を転生させた女神に似てるかも」

『も~、束さんが女神みたいに綺麗だなんて、しー君てば褒め上手なんだから』

「いえ、その女神も束さんみたいにうざい感じでした」

『ひどっ!』

 

 束さんは何やら作業中らしく、取り留めのない会話をしながら俺もISの勉強に戻る。

 内容はあって無い様なものだ。

 束さんの愚痴だったり、最近の一夏や箒の様子だったり。 

 

 どれくらい喋っていただろうか。

 そろそろ寝ようかな? そう思った時。

 

『ねーねーしー君、しー君てさ、前世では束さん達と知り合いだったの?』

「急にどうしたんです?」

『しー君があんまり聞いて欲しくなさそうだったけど、しー君は束さんやちーちゃんに詳しいし、知り合いだったのかな~って』

 

 ペンを動かす手が止まってしまった。

 

「ノーコメントで」

『しー君はある意味タイムスリップしてるんだよね? だとしたら、この世界にしー君が二人居るはずなんだけど、調べてみたらしー君はこの世界で一人だけなんだよね』

「ノーコメントで」

 

 心の中は汗だくだ。

 いつかは聞かれると思ってたけど、日常会話の延長で聞いてくるとは。

 

『そもそもしー君はなんで自分がISを動かせると知っていたの?』

「ノーコメントで」

 

 今まで聞かれなかった事が不思議なくらいだが、原作云々は本当に話したくない。

 『この世界は創作の世界で、読み手として一夏や千冬さんのプライベートを覗き見してました』なんて事は絶対に知られたくないのだ。

 アニメで箒やヒロインズのお風呂シーンも見てるしな。

 もしバレたら……束さんに記憶をデリートされる可能性もある。

 

 気まずい沈黙が続く。

 

 

 

 

『う~ん、しー君の脳みそ一回開いてよい?』

「勘弁してください束様」

『冗談だけどね。しー君、束さんは別に無理矢理聞き出す気はないんだよ?』

「本当に?」

『ホントだよ。だってしー君の脳波が可哀想なくらい恐怖に怯えてるんだもん。束さんだって情けはあるんだよ?』 

 

 記憶を消される恐怖が束さんの同情を買ったみたいだ。

 

『そんなこんなで、お喋りしている内に完成なんだよ!』

 

 束さんは本当に見逃してくれるらしく、あっさりと話題を変えた。

 ありがたく乗っかるとしよう。

 

「おっ、新しい発明品ですか?」

『残念ハズレ。答えはしー君のISだよ』

 

 今なんと? 

 

「束さん。本当に? 冗談ではなく?」

『いえーす。やったねしー君、これで夢が叶うよ』

 

 一度深呼吸をして腹に力を貯める。

 

「よっしゃぁぁぁぁ~!!」

『ぴゃ!?』

 

 突然の大声に束さんの悲鳴が聞こえるが気にしない。

 

「それで!? 束は今どこにいる!? 今から会えるのか!? それとも今から来るのか!?」

『しー君落ち着いてよ! 耳が! 束さんの鼓膜が破れちゃうから!』

「おーけい、落ち着く。で? いつIS貰えるの? ハリーハリーハリー!」

『全然落ち着いてないじゃん。しー君、素が出るほど嬉しいのはわかったから、もう少し声のボリューム下げてよ』

 

 おっといけない。興奮しすぎた。

 

「すみません、落ち着きます」

『完成したけど、今すぐは無理だよ。そうだね。二日後迎えに行くから待っててよ』

「二日後ですか……そちらにも都合があるでしょうし、了解です。束さんが来るのを心待ちにしています」

『うんうん、束さんに会えるのがそんなに嬉しいなんて。しー君てば素直じゃないんだから』

 

 会いたいのはISなんだが、もうなんでもいいや。

 

「そうですね。待ってますから」

『それじゃあ、束さんはまだやる事あるから。また二日後にね。おやすみしー君』

「はい。楽しみにしてますよ束さん。おやすみなさい」

 

 電話を切って背もたれに寄りかかる。

 ついにこの時が来た。

 IS……自分だけの翼。

 興奮が収まらず、とても寝る気分ではない。

 だけど丁度いい。旅の計画でも立てておこう。

 パソコンを立ち上げコーヒーを入れる。

 

「さてさて、まずは日本からだな」

 

 カタカタとキーボードを鳴らしながら、夜が更けていった。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 二日後、街近くの山の地下にある束さんの秘密基地。

 そこに俺と束さんがいた。

 

「しかしまぁ、よくこんな場所作りましたね」

 

 学校の体育館ほどの何もない広い空間。

 壁はコンクリートなのか。灰色で味気ない。

 

「ここはしー君がISの練習をする為に作ったんだからね。感謝するんだよ?」

 

 胸を張ってドヤ顔する束さん。

 俺の為にわざわざ作ってくれたのか。

 本当にありがたい。

 

「束さん素敵です。最高です。束さんに足を向けて眠れません」

「そうそう、もっと感謝したまえ」

 

 ニコニコと上機嫌な所悪いのだが。

 

「それで、ISは?」

 

 申し訳ないが、俺はISが楽しみで寝不足なのだ。

 早く実物を見てみたい。

 

「もうちょっと待ってよ。今日はしー君の先生も呼んでるから」

「先生?」

 

 俺が首を傾げて聞き返した時。

 コツ、コツ、と、地下に続く階段を歩く音が聞こえて来た。

 入口に目をやると。

 

「千冬さん?」

 

 織斑千冬がそこにいた。

 

「久しぶりだな。神一郎、束」

 

 千冬さんは高校生になってからできるバイトが増えた為、前以上に忙しい日々を送っている。実際会うのは剣道大会ぶりだ。

 

「先生って千冬さんがですか?」

「そうだよ? しー君はちーちゃんみたいにいきなり操縦は無理だと思うから。ちーちゃんにお願いしたんだよ」

 

 それは凄くありがたい。

 将来のブリュンヒルデに教えて貰えるなんて光栄だ。

 だけど、千冬さんにそんな暇あるのか?

 

「千冬さんは忙しいと思うんですが、時間を割いてもらって良いのですか?」

「気にするな。家庭教師の様なものだ」

 

 千冬さんが腕を組みながら束さんに視線を当てる。

 その束さんは笑いながら俺の方見ている。

 なるほどね。

 

「バイト代は世間一般の平均額でいいですか?」

「あぁ、それでいい」

 

 これでいいんでしょ?

 そう束さんに視線で訴えれば、束さんは笑顔で頷いてくれた。

 世の中持ちつ持たれつ。これで俺も気兼ねしないし、千冬さんも時間を無駄にしない。

 束さんもなかなか考える様になったもんだ。

 

「みんなそろった所で、しー君のISのお披露目を始めるよ~」

 

 束さんが腕を高く上げ、俺と千冬さんに笑いかける。

 

「上を見たまえ!」

 

 そう言われて上を見れば……なにもない。

 

「実はしー君の後ろだったり!」

 

 ばっと振り返る。

 

「うおっ!」

 

 思わず声が出た。

 いつの間にか、目と鼻の先、黒い塊が鎮座していたからだ。

 後ろに下がり全体を見る。

 色は黒、装甲は黒光りしていて、大きな翼が付いている。

 

「これが、しー君のIS『黒騎士(仮)』なんだよ!」

 

 ばば~んっと効果音がしそうなほど声を高らかに上げる束さん。

 

「これが俺のIS……ん? (仮)って?」

 

 普通に“かっこかり”って名前に付けてたけど。

 

「しー君は自分で名前を付けたがると思ってね。さぁしー君、この子にカッコイイのを頼むよ」

 

 そうか、俺に付けさせてくれるのか。

 

「流石束さん、わかってらっしゃる」

 

 そう言ってサムズアップすれば、束さんもやり返してくれた。

 千冬さんは呆れた目をしているが、まだ彼女には早かったみたいだ。

 しかし名前か、うん、実は考えたりしてました。

 この名前ならこの子に合うだろう。

 そう……。

 

「このISは『流々武』だ!」

 

 これしかないだろうと、自信満々に言うも。

 あれ? 二人の様子がおかしい。

 

「なんですか? ダメですかね?」

 

 だとしたら困るんだが。

 

「えーとね、しー君、束さんが言うのもなんなんだけど、それって目に見えない巨大な力に殺されそうな名前じゃない?」

 

 束さんは冷や汗をかいている。

 

「神一郎、その名前を使う覚悟があるのか? 下手すれば死ぬぞ?」

 

 千冬さんもなにやら恐怖している。

 

「じゃあ、『邪乱』とか『紅き男爵』とか?」

 

 それぐらいしか候補がないんだけど。

 

「しー君が良いならそれでいいよ」

 

 束さんはどこか疲れ顔だ。

 IS開発が忙しい中作ってくれたんだ。今度なにか甘いものでもご馳走しよう。

 

「早速やってみようか? しー君、ISの動かし方は勉強してきたね?」

「もちろんです」

 

 流々武に触れる。

 

「これからよろしくな相棒」

 

 まるで俺の声に答える様に体が光に包まれる。

 眩しさに目を瞑る。

 光が収まるのを感じて目を開けると。

 

「おぉぉ」

 

 本日二度目の驚きだ。

 視線が高い。それだけではない、まるでゲーム画面を見ている様な感覚。

 これはフルフェイスだからだろう。

 

「しー君、どんな感じ?」

「動いてみていいですか?」

「いいけど、ゆっくりだよ?」

「了解です」

 

 ISの操縦で必要なのは想像力。

 そして想像力はオタクならば誰しも持っているもの。

 

 流々武がゆっくり歩き出す。

 一歩、二歩と確実に歩く。

 うん、これなら。

 

 少しだけ浮くイメージする。

 それと同時に流々武も浮く。

 

 そのまま、ゆっくりと空を飛ぶ。

 焦る気持ちがあるが、基本は大事な事だ。まずはスピードを出さず空を飛ぶ事が当然だと脳に覚えさせる。

 慣れてきた所で束さんの前にゆっくりと着地した。

 束さんは、空中ディスプレイを出し。データを確認していた。

 

「問題ないみたいだね? お次はしー君の希望した機能を使ってみようか」

「了解です」

 

 ISに搭載された機能を発動する。

 が……これって自分じゃよくわからないな。

 

「どーです? 消えてます?」

「ちょっと待て神一郎。それはなんだ?」

 

 千冬さんが驚くとは珍しい。

 

「何ってステルス機能ですが?」

 

 これが束さんに頼んで付けてもらった機能。

 

「ちゃんと消えてるよしー君。ちーちゃん、これはその名も『新ミエナクナ~ル君』だよ」

 

 束さん、その名前はやめて欲しい。

 

「しー君、音声発動できるようにした方がいいでしょ?」

 

 いや、本当にわかってらっしゃる。

 またもサムズアップする二人。

 

「では、『夜の帳』で」

 

 あ、これは理解されなかったみたいだ。束さんは首を傾げている。

 闇夜に消えるが如く姿を消す。ってイメージだったんだけど。

 まだ厨二は理解できないか。

 

「よくわかんないけど、登録できたよ――次は拡張領域に入ってる物を出してみようか」

「俺が頼んだ三つですか?」

「そうだよ、束さんが責任を持って作ったからね。その辺に売ってる物より丈夫だよ」

 

 それは楽しみだ。

 まずは――

 

「ハンマー」

 

 右手に現れたのは黒いハンマー。

 その感触を確かめる様に握る。

 うん、働く漢の道具だけあって無骨で格好良い。

 

「次、ツルハシ」

 

 左手に現れたのは黒いツルハシ

 まるで三日月の様なフォルムは厨二心をくすぐる。

 

 その二つを消し、最後に。

 

「シャベル」

 

 これも今までと同じく色は黒。

 黒光りする先端がどんな土でも容赦なく掘れそうだ。

 

「完璧です束さん」

 

 流石職人気質の科学者。

 文句のない出来だ。

 

「気に入ったみたいだね。それで、それの名前は?」

「ありませんよ?」

「ないの?」

「ないです。これはあくまで道具ですから、名前はありません。ハンマーはハンマーだし、シャベルはシャベルです」

「そっか、そうだね」

 

 束さんは嬉しそうに微笑んだ。

 

「束、神一郎のISはなんなんだ?」

 

 今まで口数の少なかった千冬さんが束さんに問いかける。

 確かに用途がよくわからないよね。

 

「しー君のISは“ステルス性”に主眼を置いた機体だよ。現存するあらゆるレーダーに写らず、姿を消すから目視もされない。もちろんISのハイパーセンサーも誤魔化せる仕様なんだよ。まぁそっちの方に力入れすぎて、機動性なんかは白騎士の半分位だけどね」

「なぜそんな機体に?」

「そこからは俺が説明します。ISで旅に出るには、誰にも見つかる訳にはいかないからです。だから何よりもステルス性が重要でして」

「あのハンマーやらは?」

「あったら便利かな~と思って」

 

 シャベルがあれば雪山でビバークが楽だろうし。

 ツルハシとハンマーとかは洞窟探検で必要になるかもしれないしね。

 

「お前は本当にISを兵器として見る気がないんだな」

 

 千冬さんがしみじみと言う。

 なにを今更。

 

「ISを兵器にするか否かは乗り手次第ですよ」

「そうか、そうだな」

 

 千冬さんは何が面白いのか笑っていた。

 

「それじゃあ、本格的に訓練始めようか。ここからはちーちゃんの出番だよ」

「任せろ」

 

 そう言う千冬さんは、白騎士を纏いブレードを構えていた。

 あれ? 良い事いったはずなのにガチバトルの匂いがしないか?




やっと専用IS出せました。
イメージはガンダムのフラッグカスタムかパトレイバーのグリフォンをイメージしてもらえれば。

ルビ振りのやり方がイマイチわからなかった。
あった方がいいよね?勉強しときます。


ポケモンGO始めたけど、ポケモンの鳴き声がゲームボーイ版と同じで凄い懐かしい気持ちになった。
楽しすぎる。


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天災+1VS白騎士

 おかしい。

 なにがおかしいって、ISの操縦を教えるのに白騎士を装着し武器を構えてる千冬さんがおかしい。

 

「千冬さん、何をするつもりです? 『ISの練習を始めるよ~』ではなく『おい、デュエルしろよ』って雰囲気なんですが」

 

 気のせいでなければ目付きもやや鋭くなっいる。

 

「決闘か、それもいいが……これから行うのは一方的な暴力だ」

「なっ!?」

 

 その言葉と気迫に押され、思わず後ずさる。

 

「ちーちゃん? らしくないね。どーしたの?」

 

 親友の剣呑な雰囲気に束さんも普通ではないと感じたらしい。

 俺を庇う様に一歩前に出る。

 

「“温泉旅行の件”と言えばわかるな?」

 

 こちらにブレードの切っ先を向け怒気を飛ばしてくる千冬さん。

 

「なんの事でしょう?」

 

 顔を隠す全身装甲型のISで良かった。

 今、絶対顔に出てた。

 これは……バレてる!?

 

「お前は、”一夏が私の為にバイトをしていた”と手紙に書いていたな?」

「それが何か?」

 

 焦る気持ちを抑え、ハイパーセンサーで出口を確認する。

 出口は自分の真後ろ、千冬さんの後ろじゃなくて良かった。

 

「一夏の気持ちは嬉しいが、まだ小学生のアイツに何度もバイトをさせる気はなかったのでな、私は一夏に確認した。『またバイトをするのか?』と」

 

 千冬さんの話を聞きながらどうやって逃げるか考えてる最中、ハイパーセンサーで一つの動きを確認した。

 ――束さんが、少しずつ俺から距離を取っている。

 

「一夏は言った『またやりたいけど、あの時は神一郎さんに言われてやったから、次はいつになるかわからない』と――おかしいよな? まるでお前から一夏にバイトしないかと誘ったみたいじゃないか?」

 

 一夏!? 内緒って言ったじゃん!?

 その通りです俺から誘いました。

 

「一夏は“しまった”って顔をしたのでな、なにかあると思い一夏から聞き出した――随分と一夏を利用したみたいだな? 温泉街についてからの行動や手紙を渡すタイミングまで指示を出していたとは思いもしてなかったぞ」

 

 そんな一夏にキュンキュンしてたくせに。

 ツンデレブラコン美味しかったです。

 

「とは言っても、一夏もお前の裏の行動は知らなかったようでな。神一郎、裏で何をしていたか、全て吐いてもらうぞ」

 

 暗躍してた事は決定ですか。

 正解なんですけどね。

 

「話しますから落ち着いてください。ね?」

 

 優しく話しかけながら、右手で今も少しずつ移動する束さんを掴む。

 

「へ?」

 

 束さん? 貴女一人を逃しませんよ?

 大きく振りかぶって――必殺

 

「束ミサイル!!」

「ぎにゃぁぁぁ!?」

 

 説明しよう! 

 束ミサイルとは、人外的強度を持つ篠ノ之束を的にぶつける荒技である。

 

 着弾を確認する前に体をターンさせ。

 

「トランザム!」

 

 別にトランザムが使える訳ではない。

 ただ、“もの凄い早いスピード”を意識する為である。

 

 ぐんぐんと近付く出口。

 もう少しで!

 

「もう瞬時加速が使えるとは、見直したぞ」

 

 声が隣から聞こえる。

 右を見ると、死神が並走していた。

 

「速すぎるだろ! “夜の帳”」

 

 ステルスを発動し不可視状態になる。

 その間に、千冬さんは俺を追い越して出口の前に陣取る。

 

 右か左かそれとも上か、一瞬の思考。

 ここはあえての真ん中、ステルスのまま正面から白騎士を弾き飛ばす!

 

 必殺技其ノ二

 ひき逃げアタック!

 

 声を出さず、脳内で叫ぶ。

 腕をクロスさせ、白騎士に突撃する。

 

 ぶつかる――その瞬間、白騎士の左手が一瞬ブレた。

 

「がっ!?」

 

 首を白騎士に掴まれ動きが止まる。

 

「いくら姿を消そうと、気配、視線、風斬り音などは誤魔化せない。詰めが甘いな神一郎」

 

 まるでどこぞの達人の様なセリフを吐く千冬さん。

 

「だからって正面から突撃するISを片手で止めるとか化物すぎ」

 

 つい心からの言葉を言ってしまった。

 千冬さんの殺気が強くなった気がする。

 

「神一郎、お前に壁への減り込み方を教えてやろう」

「はい?」

 

 一瞬、白騎士の背中が見えた気がした。

 次の瞬間

 

 ドゴンッ!

 

「ぐあぁぁぁぁ!」

 

 胸部に衝撃を受け後ろに吹っ飛ぶ。

 どんどん小さくなる白騎士の姿。

 今のは……回し蹴りか!?

 

 なんとか体勢を立て直そうとするが、そう広くない地下施設、そのまもなくゴールに着いた。

 

「がはっ!?」

 

 背中に強い衝撃を受け肺の中の空気が漏れる。

 酸素を求め荒い呼吸を繰り返す。

 

 落ち着いた所で正面を見れば、千冬さんがゆっくりとした足取りでこちらに近づいて来ていた。

 すぐに動こうとするが、体が動かない。

 そしてやっと自分の状況がわかった。

 壁に減り込んでいたのである。

 

「まじか……」

 

 思わず口から漏れる。

 なにか手はないかと辺りを見回すと――隣にお尻が生えていた。

 

「束さん、薄い本の表紙みたいですね。流石あざとい」

 

 束さんは上半身を壁に減り込ませ、下半身だけ外に出していた。

 今流行りのシチュとはわかってらっしゃる。とりあえずISで録画しといた。

 

「ン~! ンン!」

 

 なにやら叫んでいる束さんを無視して、スラスターを全開にして壁から脱出する。

 無事に助かるには仲間が必要だ。

 

「束さん、抜きますよ?」

 

 束さんの足を持って引っこ抜く。

 

 ズボッ 

 

 と音がして束さんが引っこ抜かれる。

 

「にゃ!?」

 

 足を持っているため。逆さまになってスカートが捲れている。真っ赤な顔でそれを必死に手で押さえてる姿はとてもそそる。

 

「しー君! 降ろして! 早く!」

 

 もう少し眺めてたいが、時間の余裕がないため大人しく従う。

 

「しー君、言い訳があるなら聞くよ?」

 

 地面に降ろした束さんは腰に手を当て何やらご立腹だった。

 

「何を怒ってるんです?」

 

 むしろ助けてあげたのは俺なのに。

 

「なんで束さんが壁に減り込んでたと思ってるのかな?」

 

 ニコニコしながら青筋を立てている束さん。

 なんでって。

 

「千冬さんにやられたんでしょ?」

「違うよ! しー君が束さんを投げたからだよ!」

 

 ぷんすかって擬音が合いそうに怒ってらっしゃる。

 残念、束ミサイルは避けられたのか。だけどそれは。

 

「束さん、俺を置いて一人で逃げようとしましたよね?」

 

 俺は見てたぞ? 

 

「ぎくっ」

 

 視線をそらしわざとらしく口笛を吹く束さん。

 それで誤魔化せるとでも?

 

「一蓮托生です。共に力を合わせ戦いましょう」

「でもちーちゃんの狙いはしー君だけだよね?」

 

 千冬さんは束さんが関係者だって事は知らない。

 だからって自分だけ助かろうとは酷いじゃないか。

 

「千冬さ~ん」

「しー君!?」

 

 こちらに歩いてくる千冬さんに話かける。

 束さんは俺が何をしようとしているのか感づいたらしく焦っている。

 

「束さんは千冬さんが温泉に入っている所を盗撮してました」

「ほう?」

 

 千冬さんの背後に三面六臂の鬼神が見えた。

 

「さて束さん、共に力を合わせ頑張りましょう」

「こんちくしょぉぉぉぉ」

 

 泣きながら構える束さん。

 流石の天災もいまの千冬さん相手は怖いらしい。

 

「てゆーか、『ISを兵器として使いたくない』って言っておきながら、千冬さんと戦うなんて思ってませんでしたよ」

 

 こんな事になるならカッコつけた物言いしなければよかった。

 

「それならISを解除して素直に制裁を受けろ」

「制裁=死がありそうなんで断ります」

「そうか、ならば――」

 

 白騎士の姿が消える。

 

「実力行使しかあるまい」

 

 突然目の前に現れる白騎士。

 気付いた時には眼前に刃が迫る。

 

「はぁ!」

 

 それを束さんが弾く。

 おそらく白騎士のブレードのストックだろう。

 束さんの右手には千冬さんと同じ武器があった。

 

「ちっ」

 

 千冬さんが舌打ちと共に後ろに下がり距離をとる。

 

「しー君、油断しないでね。肉体的スペックは私とちーちゃんは同じくらいだけど、近接戦闘の才能はちーちゃんが上だから」

 

 え? この人外戦に混ざんなきゃダメ?

 

「お前を先に仕留めないと神一郎には手は出せんか、ならば」

「ちーちゃんと戦いたくないけど、しー君と束さんの身の安全の為には」

 

 二人の姿が消える。ハイパーセンサーを持ってしても影を捉えるのがやっとだ。

 ただ打ち合う音だけが地下室の響く。

 うん、無理だ。

 俺の出番はどこにもない。

 とりあえず、邪魔にならない様に端っこにいよう。

 

「夜の帳」

 

 姿を消して移動しようとする。

 そこで異変を感じた。

 胸の中心、恐らく千冬さんに蹴られた場所だろう。

 そこだけが上手く消えず歪んで見えている。

 よくよく見ると、装甲に少しヒビが入っていた。 

 

 オタク、マニアと呼ばれる人は多種いる。

 車マニア、電車オタク、フィギュアオタクなどである。

 趣味や嗜好も違う人達だが、一つ共通する物がある。

 

 車マニアの車に傷を付けたら?

 電車オタクの電車の模型を壊したら?

 フィギュアオタクのフィギュアの腕を折ったら?

 念願のISを手に入れ喜んでいるオタクのISを傷付けたら?

 どうなるか。

 答えは簡単だ。ブチギレる。

 

「てめぇぇぇ!」

 

 ハンマーを右手で持ち、僅かに見える影に殴りかかる。

 

 ガキンッ

 

 千冬さんのブレードでガードされたが運良く当たったらしい。

 千冬さんが目を見開いている。

 

「しー君?!」

 

 急に殴りかかった俺の行動に束さんも驚いている。

 

「あんまり調子に乗るなよ千冬」

 

 ギリギリとハンマーとブレードがつばぜり合う。

 

「調子に乗っているのはお前ではないか?」

 

 俺の豹変に動じながらもこちらを睨んでくる。

 

「言うじゃないか、とりあえず……弁償してもらうぞ!」

 

 左手にスコップを持ちそれを突き刺す。

 普段の千冬さんなら当たる事はないだろう。しかし気迫に押されたのは白騎士の動きは鈍っており、スコップの先端が白騎士の肩に刺さり動きが止まる。

 

 その瞬間を見逃がす天災ではなかった。

 

「束キッ~ク」

 

 千冬さんの側面から束さんの蹴りが白騎士を襲う。

 

「っ!」

 

 見事に命中し吹っ飛ぶ千冬さん。

 そのまま壁に激突する。

 

 千冬さんの動きに注意しながら隣に並び立つ束さんに話かける。

 

「束さん、これなんですが、直ります?」

 

 胸の傷を指差しながら確認する。

 

「ちーちゃんにやられたの? まだ説明してなかったけど、しー君のISの装甲はステルス性の特殊装甲だから少し脆いんだよ。でもそれぐらいならすぐ直せるから大丈夫だよ」

 

 シールドバリア―を突破して装甲に傷を付けるなんて流石ちーちゃん。と束さんは喜んでいるが、俺から見ればたまったもんじゃない。

 

「束さん、ちなみに修理費はおいくら万円?」

「え? タダでいいよ?」

「それはダメです。その辺は馴れ合いにしちゃいけません」

 

 修理費無料だと、壊したり傷つける事に鈍感になりそうだからな。

 

「でも、結構高いよ?」

「安心してください。払うのは千冬さんです」

「ちょっと待て神一郎! なぜ私が!?」

 

 土煙を掻き分け千冬さんが姿を現す。

 

「壊したの千冬さんですよね?」

 

 傷を指差しながら確認する。

 

「それはそうだが、元はと言えばお前たちが原因だろ」

「だからと言って人の物壊して良いのですか? 一夏にもそう教えるんですか?」

 

 さっきまでの勢いはどこへやら、千冬さんはあたふたし始めた。

 

「束さん。正直に言ってください。修理費はいくらですか?」

「材料費だけなら……300万円かな?」

 

 材料費だけ、か。随分優しい物言いだな。

 

「では千冬さん、300万円払ってください」

 

 束さんが何か言いたげだが、視線で黙ってろと訴える。

 

「そもそも束は私の入浴シーンを見たんだろ? ならおあいこじゃないか?」

 

 急にお金の話になったせいか、しどろもどろに言い訳を始める千冬さん。

 まだまだ甘いね。

 

「へ~、千冬さんは自分の入浴シーンに300万円の価値があると? それは自意識過剰じゃないですか?」

 

 そう言えば千冬さんが押し黙る。

 しかしまだ口撃は止めない。

 

「300万の借金か、一夏の食事はこれからメザシ一匹だけですかね?」

 

 悲惨な未来を想像したのか、千冬さんの顔色が青ざめる。

 踏み倒すとか考えない所が真面目だな。

 

「払えないなら……そうですね。300万円分の働きでどうでしょう?」

「……なにをすればいい?」

 

 千冬さんは一瞬考え込むが、現金の支払いが無理だと思ったのか素直に話を聞く姿勢になった。

 

「直すのは束さんですからね。束さんに決めてもらいましょう」

 

 そう言って束さん耳打ちする。

 

「しー君、それ最高だよ」

 

 目をハートにし、口から涎を垂らす天災が、千冬さんに怪しく微笑んだ。



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マッド・ティーパーティー

「ふんふ~ん」

 

 鼻歌を歌いながらテーブルにクロスを敷く。

 篠ノ之家の私の部屋は国の研究所に行く時に空っぽにしたため準備が非常に楽だ。

 壁紙はピンク

 カーペットは赤

 テーブルクロスは青

 目に優しくない色合いだけど、今日の私は狂っている設定だからこれくらい良いだろう。

 

 しー君がちーちゃんにISの弁償を求めた後、二人の間で舌戦が繰り広げられていた。

 ISの修理費は300万円。ちーちゃんは私の笑顔を見て顔を引きつらせた後、なんと値引き交渉してきたのだ。

 曰く、プライバシーの侵害であるから慰謝料を求める。

 曰く、覗きの慰謝料を求める。

 曰く、修理費の友達割引はないのか?

 

 ちーちゃんはお金に困っている。が、お金に汚いタイプではない。

 あんなちーちゃん初めて見た。まさに『必死』って言葉が似合う有様だった。

 しー君もちょっと引いていた。

 そんなに私の笑顔が怖かったかな?

 そうしー君に聞いたら、『貞操の危機を感じたんでしょう』と言われた。

 失礼な。しー君が私に『代価を体で払ってもらえば?』って言うから思わず笑ってしまっただけなのに。

 関係ないがソープの平均相場は3万円らしい。ちーちゃんと100回お風呂に入れたね。関係ないけど。

 

 しー君が慰謝料の平均相場をネットで調べた結果、予想以上の高額でちーちゃんがガッツポーズしていた。

 物的証拠がないから知らんぷりしようとしたけど、しー君に『それはない、流石に友達なくすよ?』と怒られてしまった。解せぬ。

 そんなこんなで借金を減額したちーちゃんにお願いしたのは、『お茶会』 

 ちなみに企画発案byしー君である。

  

 ピンポーン

 

 チャイムが鳴り、箒ちゃんが玄関のドアを開ける音が聞こえる。

 テーブルにお菓子を並べ、最後に帽子を被る。

 部屋のドアが開き、ちーちゃんと箒ちゃんが見えた。

 私は満面の笑みを浮かべ――

 

「ようこそ束さんのお茶会へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人に着替えてもらい、みんなでテーブルに腰掛ける。

 箒ちゃんは恥ずかしそうにハニカミ。

 ちーちゃんは目を閉じて眉間に皺を寄せている。

 

「うんうん、可愛いよ箒ちゃん。その耳も良く似合ってるし」

「あ、ありがとうございます。姉さん」

 

 恥ずかしそうに俯く箒ちゃん。

 それにならうように頭のうさみみがお辞儀する。

 今日の箒ちゃんは、しー君から貰った白ゴスロリにうさみみと尻尾を付けている。

 その様はまさに天使! 心の鼻血が止まらないんだよ!

 

「ちーちゃんも似合ってるよ」

 

 むっつりと黙っているちーちゃんに話しかける。

 ちーちゃんの服装は灰色のパジャマである。

 一見すると、まるで寝起きの王子様にも見えるが。

 ピクピクフリフリと動くその――

 

「ネズミ耳と尻尾がとてもキュートなんだよ~」

 

 しー君に提案されて作ってみたが、これは堪らない!

 感情を読み取り動く耳と尻尾。

 喜楽は普通に動き、怒で激しく、哀でゆっくりと。

 今、ちーちゃんの耳と尻尾は激しく動いている。

 怒っているのはわかる。でも。

 ピクピクピクピク、フリフリフリフリ。

 

「ち~ちゃ~ん!」

 

 我慢できず飛びかかる。

 ダメだ、これはダメだよ。

 殴られるとわかっていても飛びかからずにはいられない!

 

「ふんっ!」

 

 予想通り迎撃される。

 頬に当たるちーちゃんの拳の体温が肌に気持ちいい。

 

「束、契約違反だ」

「えへへ~」

 

 ちーちゃんとの約束で、どんな服装でもするがおさわり禁止、となっている。

 触れないのは残念だけど、こんなちーちゃんを見れただけでも良しとしよう。

 

 今回私はいつもの服装にシルクハットを被っている。

 役所がアリス兼帽子屋だからだ。

 ちーちゃんが眠りネズミ

 箒ちゃんが三月ウサギ

 そう、これはただのお茶会ではない。

 

「それじゃ、束さん主催『マッド・ティーパーティー 』を始めま~す」

 

 

 

 箒ちゃんが紅茶を煎れてくれたのでお礼を言って一口飲む。

 飲食に拘らない派の私でも愛妹が入れてくれた紅茶は格別である。

 コーヒー派のちーちゃんも一口飲んだら眉間のシワが薄くなった。

 流石私の天使だ。

 紅茶を飲んで幸せな気分に浸っていたら、ちーちゃんが口を開いた。

 

「束、今日は神一郎はいないのか?」

「しー君? しー君は旅に出たよ?」

 

 ISの修理が終わった後、しー君はISの練習を二日程徹夜でやり、笑顔で旅立っていった。

 まだまだちーちゃんには及ばないけど、基本的な事は覚えたから大丈夫だろう。

 

「『ちょっと旅行に行ってくる。お土産楽しみにしてて』ってメールが来ましたが、神一郎さんはどこに行ったんですか?」

 

 箒ちゃんが紅茶を飲みながら小首を傾げる。

 

「さあ? たぶん日本のどこかにいると思うけど」

 

 慣れるまでは遠出はしないって言ってたし。

 

「それに今日は男子禁制の女子会だからね。しー君もいっくんも呼んでないんだよ」

 

 いっくんがいたら聞けない事もあるしね。

 

「むふふ、さあ箒ちゃん。せっかくの女子会だからね。箒ちゃんの恋バナ聞きたいな~」

「はう!? 恋バナですか!?」

 

 箒ちゃんの顔が一気に赤くなる。

 

「そうそう、こないだいっくんとデートしたんでしょ? お姉ちゃんその辺詳しく聞きたいんだよ」

「そう言えば、一夏が箒と買い物に行ったと言っていたな」

 

 年上二人に見つめられ、あうあうと唸る箒ちゃん。

 

「その、特別な事はなにもしてません。二人で買い物して、帰りにお茶を飲んだだけです」

「腕を組んだり?」

「してません」

「手を繋いだり?」

「してません」

「わかった! 一つの飲み物を二つのストローで飲んだり?」

「してません!」

「ムムム、しー君てば、箒ちゃんに何を教えてるんだか、なんの進展もないじゃないか」

 

 やっぱり私の出番かな? 姉として箒ちゃんの為にいっくんに素直になれる薬を!

 

「姉さん、心配してくれるのは嬉しいですが、大丈夫です」

 

 箒ちゃんが自信満々に一冊のノートを取り出した。

 

「そ、それは!?」

「これが神一郎さんに頂いた私の切り札。その名も『愛され系幼馴染への道』です!」

 

 でで~ん

 

 高々とノートを掲げる箒ちゃん。

 ノートにはやけに達筆な字で名前が書いてあった。

 私が言うのもなんだけど、もの凄い胡散臭い。

 

「箒ちゃん、見せてもらっていい?」

「どうぞ」

 

 ノートを受け取りペラペラとめくる。

 ちーちゃんも興味があるのか身を寄せて覗いてきた。

 

 えーとなになに。

 

 目指すのはナンバーワンではなくオンリーワン。一夏の一番ではなく、一夏の特別になりましょう。

 一夏は弱音や愚痴を言える友達がいません。姉に迷惑をかけないよう強がる時もあるでしょう。そんな時、箒が弱音を聞いてあげてください。

 一夏はモテます。嫉妬する事もあるでしょう。そんな時は『私の幼馴染は沢山の女性に好かれる良い男なんだ』という寛大な気持ちを持ちましょう。

 一夏は恋愛感情に鈍い男です。一緒に出掛けても、『デート』ではなく『ただの買い物の付き合い』と考える男です。そんな一夏にヤキモキしたり怒ってしまう時もあるでしょう。しかし、良く言えば天然です。そんなちょっとダメな所も愛してあげてください。

 

 意外と書いてあることはまともだ!?

 

「最近、このノートに書いてある通りにしているのですが、前より一夏との距離が近づいた気がします」

 

 紅茶片手に微笑む箒ちゃんからはなにやら余裕が感じられる。

 

「箒の太刀筋や体捌きに最近落ち着きが出てきたと思ったが、なるほど。これが原因か」

 

 ちーちゃんも感心した様に頷いている。

 長期戦の構えなんだ。私としてはもどかしいけど。箒ちゃんが喜んでるならそれでいいか。

 

「次は姉さんと千冬さんの話が聞きたいです」

 

私とちーちゃんの目が合う。

 

「特にないね」

「そうだな。つまらん男しかいない」

 

 きっぱりと言い放つ二人。

 箒ちゃんから同情の視線を感じるのは気のせいかな?

 

「私は、姉さんは神一郎さんの事が好きだと思ってました」

「ごふっ!?」

 

 思わず口に入れたクッキーを飛ばしてしまった。

 ちーちゃんが睨んでくるが、それどころではない。

 

「ほ、箒ちゃん? なんでその結論に至ったのかな?」

「え? だってお弁当作ったりしてますし。一夏とも接し方が違いますし」

「確かに作ったりしたけど、箒ちゃんやちーちゃんが望むなら何時でも作るよ?」

「いらん(いりません)」

「接し方の違いは、いっくんは弟分でしー君が友達だからじゃないかな?」

 

 男友達って初めてだから、箒ちゃんに誤解されてもしょうがない。

 

(千冬さん、実際の所どうなんでしょう?)

(正直私もわからん――試してみるか)

 

 む、私をのけ者にしてヒソヒソ話をするなんて。

 

「そういえば、神一郎は束みたいなのがタイプらしいな」

「ぶはぁ!?」

 

 今度は紅茶を吹き出してしまった。

 ちーちゃんが拳を握りしめているが、それはご褒美なので問題ない。

 

「ちーちゃん、それは誰に聞いたの?」

「一夏だ」

「ほうほう、詳しく聞きたいね」

 

 ぐいぐいとちーちゃんに迫る。

 

「あー、確かそう。胸の大きい女が好みらしい」

「それは当てはまるね」

 

 自分の胸を見る。

 おそらく同年代よりは大きいそれ。

 正直邪魔になる時も多いのだけど。

 

「くふふ、しー君の視線を感じた事が何度かあったけど。そうなんだ。しー君が束さんの胸にね~」

 

 

(千冬さん、神一郎さんの株が下がってもおかしくない所でしたよ)

(すまん、とっさに思いつかなかった)

(それで、どう思います? 私には気があるようにしか見えないのですが)

(人間として好きなのか、異性として好きなのか。それがわからんな)

 

「む~、また二人で内緒話して、束さんも混ぜてよ~」

「あっ、ちょ、姉さん」

 

 箒ちゃんを抱きしめて頬ずりする。

 

「ぷにぷにぽっぺが気持ちいいんだよ~」

「うぷっ、姉さん、息が……」

「束、箒が胸で窒息してるぞ」

「箒ちゃん!? しっかりして~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人でお茶を飲んでお菓子を食べて。

 笑って怒られまた笑う。

 そんな楽しい時間。

 いつまでもこのままで。

 そう思ってしまう幸せな時間。

 けど、それはもう叶わない。

 だって私、篠ノ之束は妹より夢を取ったから。

 別れの時期はそう遠くない。



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山中に響く叫び

 木々の間から柔らかな光が差す中、小川のせせらぎを聞きながら大きな岩の上で大の字になる。

 季節は春、まだ肌寒い山中で白い吐息を吐き出しながらCDプレイヤーのスイッチを入れる。

 ここはやはりAIRの曲だろう。個人的に山や海にとても合うと思う。

 綺麗な歌声が森の中に響く。

 胸から下げている黒い片翼型のネックレス、待機状態の流々武を指で触りながら目を閉じる。

 

 至福。

 そう至福である。

 転生前の自分は、今頃満員電車の中に詰まって仕事に向かってるかと思うと笑いが込み上げてくる。

 

 神様貯金と小学生と言う社会的責任がほとんどない立場、そしてどこにでも行けるIS。

 もうね、幸せすぎて怖くなる。

 

 心配は貯蓄額かな? 織斑家への援助だったり、外遊費などでかなり貯金が減った、これからの事を考えると少し心許ない。

 一応、金欠回避策として千冬さんの写真が多量にある。ISの大会『モンド・グロッソ』で千冬さんが優勝したら売り捌く予定である。眠りネズミのコスプレも束さんに写真を頼んでいるのでこれも高値間違いない。

 完璧な計画だ。

 

 ISで家を飛び出してから十日、現在俺が居る場所は住んでいる場所から50キロ程離れた山の中、川が流れ、テントを貼るスペースがある良さげな場所をたまたま見つけ現在キャンプ中。

 

 最初は北海道辺りを、と思っていた。

 正直に言おう、地下の訓練場ならともかく、大空を飛ぶのめちゃくちゃ怖かった!

 最初はテンションが高かったから良かったけど、雲の上からふと下を見たら、感じるはずのない重力に引っ張られる感覚に襲われビビリました。

 低空飛行しようと思ったけど、ステルスモードはエネルギー消費が激しい為、万が一に備え止めといた。

 泣く泣く近くの山に降りた俺は運良くこの穴場を見つけ今に至っている。

 

 ちなみに、春の山中は冬眠明けのクマや猪が大変危険なので、ISか猟銃を持ってない人は真似しなでください。

 

 テントまで戻りお茶を入れ朝食の準備をする。

 ご飯はここで釣ったヤマメ。調味料は塩と空腹。

 朝っぱらから焼き魚とか幸せだな~。と思いなが魚にかぶりついていたら、目の前にいきなり画面が現れた。

 

「しーく~ん。た~す~け~て~」

 

 目の下のクマにぼさぼさの髪、久しぶりのお疲れモードの束さんだった。

 

「お久しぶりですね。随分酷い有様ですがどうしたんです?」

 

 束さんが助けてとはただ事ではない。

 

「早く帰ってきて~」

 

 束さんが泣きながら予想外のお願いをしてきた。

 

「箒ちゃんが可愛くて小悪魔なんだよ~」

「落ち着いて初めから説明しなさい」

 

 箒が可愛いのは俺も知ってます。

 

 

 

 

 

 

 束さんの話を要約すると。

 

 お茶会したら箒との心の距離が縮まった。

 それから電話が来る様になった。内容はノロケ話と俺との仲の勘ぐり。

 ISコアの製作で忙しいが、愛する妹を邪険にできない、と頑張って誤解を解こうとしたがなかなか勘違いを直せず連日質問攻めにされているらしい。

 

「俺との仲って、一体なぜそんな事に?」

 

 箒も女の子って事か、まさかそんな勘ぐりされるとは。

 それにしても箒と恋バナとは、束さんも成長したね。

 

「そんなの束さんが知りたいよ~。『別に普通に好きなだけだよ?』って言っても納得してくれないし」

 

 あぁ、うん、普通に誤解されそうな事言ってそうだよこの人。

 女の子が男に対して簡単に好きって言葉を使ってはいけません。

 

「箒ちゃんが言うにはね、好きって種類があるんだって、ねえしー君、束さんて、しー君の事を人として好きなのか、男として好きなのか、どっちだと思う?」

 

 それ俺に聞くんですか?  

 なんの罰ゲームだよ。

 束さんの表情を観察する。

 画面越しとはいえ、真面目な顔をしていて、そこに一切のテレや恥じらいはない。

 下手に誤魔化さない方がいいか。 

 

「そうですね、束さんにとって、俺との思い出で一番楽しかった事、嬉しかった事はなんですか?」

 

 束さんの気持ちがloveなら、答えは遊園地になると思うけど――

 膝枕とか手作りお弁当とか、一番それっぽいイベントだし。

 

「う~ん、温泉でちーちゃんを盗撮した時かな?」

 

 うん、これやっぱり勘違いしたら恥ずかしいやつだ。

 

「理由を聞いても?」

「しー君が束さんに向かって『千冬さんを盗撮するの手伝ってくれません?』って言った時、なんでか嬉しかったんだよね。あと、ちーちゃんの動きを予測しながらカメラ仕掛けたりするのすごく楽しかったんだよ」

 

 納得できる理由だ。

 千冬さんは親友だが、二人の仲は『ライバルと書いて親友と読む』ってのが近い。

 その点俺は違う。一緒に悪巧みして一緒に怒られる。『遊び仲間』って感じ。

 そう、束さんにとって初めての『遊び仲間』

 いや、ほんとこれなんの罰ゲーム? 自画自賛でもの凄い恥ずかしいんだが。

 

「次に箒に聞かれたら「友愛」って答えてください――それで? 他にも何かあるんですよね?」

 

 それだけの理由で帰って来てなんて言わないだろう。

 案の定、束さんの顔が曇る。

 

「えっとね、箒ちゃんの事はオマケなんだよ。本当の理由はコレ」

 

 束さんが気まずそうに一枚の紙を取り出す。

 流石に何が書いてあるかは見えない。

 

「それは?」

「契約書……内容は『流々武の修理費を無料にする』だよ」

「なんで壊れる事前提の話なんですか?」

 

 流々武の名前を知ってるって事は相手は千冬さんだろう。

 俺なにかしたっけ? まさかコスプレの復讐? 次はないぞって言う警告? 

 

「ちーちゃんがね、帰って来ないと白騎士使って無理矢理連れ戻すって……それでちーちゃんに無理矢理この契約書を……」

「なんで!? 白騎士なんで!?」

 

 まじで何かしたか俺?

 いや、落ち着くんだ。怒りや恨みを買っていたら今頃俺の目に前には白騎士がいるはず。

 

「束さん、千冬さんは何か言ってましたか?」

「うん、あのね、『学校をさぼるな』とか『道場をさぼるな』とか、色々言ってたけど、ちーちゃんの本音は最後の一言だと思う――」

 

 ゴクリと喉が鳴る。

 

「『神一郎がいないと一夏の食事が寂しくなる』って」

 

「餌付けの弊害!?」

 

 誰だよ千冬さんに『一夏の笑顔と自分のプライドどっちが大事?』なんて偉そうなこと言って奴!? 俺だよ!

 完璧予想外だよ。まさかそんな理由とは。

 いや、予想外か? 考えてみよう。

 

 千冬さんが学校帰りにバイトに行く(千冬さんの晩飯は一夏のお弁当かバイト先のまかないと仮定)

 夜帰宅すると一夏が夕食中。

 ポリポリと漬物だけでご飯を食べる一夏。(本人は節約&ただ好きなもの食べているだけで悪気はない)

 

 うん、白騎士持ち出してもおかしくないな。

 お土産はご飯に合うオカズ系にしよう。

 

「了解しました。今日の夜には帰ります」

 

 箒の誤解も俺から言っておいた方がいいだろうし。

 白騎士怖いし。

 

「ごめんねしー君」

 

 しょんぼりとする束さん。

 疲れてるからだろうか、今日はいつもよりテンションが低い。

 

「別に束さんが悪い訳じゃないですよ?」

「でも、しー君は今夢を叶えてる途中でしょ? なのに邪魔しちゃったから」

 

 なんとも可愛いこと言ってくれるなこの子は。

 

「束さん、友達に余計な気遣いはいりませんよ」

 

 束さんのお陰で俺は今ここにいる。

 その恩くらいは返したいしね。

 

「うん。ありがとうしー君」

「いえいえ、それと一つ聞きたいんですが?」

「なにかな?」

「これから先、遊園地の時みたいに一夏や箒と遊ぶ機会があったら来たいですか?」

「その聞き方だと……わかってるんだね? 束さんがそろそろ家を出ようとしてる事」

 

 原作では、一夏と箒が小学三4年生の時に束さんは失踪した。

 時期的にはそろそろ考えてると思ったけど、そうか、もう計画してるのか。

 

「いつかはまだ決まってないんですか?」

「うん、箒ちゃんの事とか相談してから決めようと思って」

「俺もその事で話があります。でも、こんな画面越しで話す内容じゃない」

「そうだね。束さんもしー君と会ってお話したい」

「ゴールデンウィーク明けにみんなでキャンプに行こうと思ってるんです。なので、参加してくれませんか?」

「それは……」

「箒と会うのが怖いですか?」

 

 束さんがビクッとする。

 束さんが憔悴している理由、それは箒との電話が辛かったんだろう。

 恋バナしたり、妹のノロケを聞いたりしてる中、心の中では妹を捨て身を隠す準備をしている。妹大好き束さんには酷だな。

 

「束さん、キャンプだけでも参加してくれませんか? なんせ束さんがいないとキャンプ場まで行く足がない」

「しー君が運転すればいいじゃん――それに束さんも免許ないよ」

「千冬さんが許さないかと。束さんにお願いするのは運転出来る人材の確保です。束さんから頼めばお国の人借りれません?」

「それは出来ると思うけど……」

「だったら、ね? みんなの為にも」

「――わかったよ」

 

 渋々頷いてくれた。

 束さん的には、お茶会が箒と顔を合わせる最後の機会のつもりだったかもしれない。

 だけど、そんなの寂しいじゃないか。

 しかしアレだな。

 真面目な話すると疲れるな。

 

「所で束さん。最後にお風呂に入ったのいつです?」

 

 こんな真面目な話で会話が終わるのは俺達らしくないよね。

 

「ほえ!? いきなりなにさ!?」

「随分と髪が傷んでるみたいだし。忙しいんでしょ? あれですか、一週間くらいですか? 大台ですか?」

「き、昨日入ったもん」

 

 プイッと目を逸らした。

 なんてわかりやすく嘘を吐くんだろう。

 

「それじゃあ――今から会いに行っていいですか? あ、通信は繋いだままでお願いします」

「え!? でも、ほら、ここは関係者以外立ち入り禁止の場所だし?」

「今すぐ束さんに会いたいんです(キリッ)」

「しー君、そんなに束さんの事を……って、騙されないもん! しー君! 何が目的!?」

「束さんの匂いを嗅ぎたい(キリッ)」

「まさかの匂いフェチ!? でもしー君が望むなら……」

「そんで指差して『やーいスイカ女~』って言いながらそこの研究員さん達と笑い合いたい」

「しー君は最近調子に乗りすぎだと思うの(ポチ)」

「ピッカッチュウ!?」

 

 久しぶりの電撃を味わう。

 画面に映る束さんは怒っているようで笑っていた。




 先週まで、評価バーが無色だったのに、いきなり色が付くしお気に入りが3倍近くなるしで嬉しい悲鳴でした。
 読者の皆様、ありがとうございますm(_ _)m


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キャンプはよい文明

同じキャンプの話でも3パターン書いてしまった。
これはスランプではない、プレッシャーだ……。
文に違和感を感じる人がいるかもしれません。
なんかもう自分でも「あれ? どう書いてたっけ?」みたいになりました。
とりあえず、キャンプ前半をどうぞ(T ^ T)


 織斑家にお土産を届けたり、箒の誤解を解いたり。ゴールデンウィーク中は暇を見つけてはISで空を飛んだりと充実の日々が過ぎて、五月半ば。

 

「おはよう」

「「おはようございます」」

 

 返事を返してくれたのは一夏と箒。

 千冬さんは少し離れた場所で塀に寄りかかり目をつぶっていた。

 挨拶はちゃんとしなさい! と言いたくなるが、ゴールデンウィーク中は学生には稼ぎ時だ。平然としてる様に見えるけどまだかなり疲れが残ってるのだろう。

 朝早くからの集合なので千冬さんには申し訳ない。なのでここはいい意味で放置しておく。

 

「一夏、箒、忘れ物はないかな?」

「大丈夫です、昨日のうちに準備しておきましたから」

「俺も大丈夫です」

「よろしい」

 

 現在俺達は篠ノ之神社前で束さん待ち。

 一人旅も良いけど、やっぱりみんなで行くキャンプも良いよね。一夏と箒も楽しみらしく、キャンプ場に着いたら何をするか話し合っている。

 と、二人を微笑ましく見ていたら一台の黒いミニバンが見えた。

 

 その車は俺達の目の前で止まると。

 

「箒ちゃん久しぶり~。いっくんはもっと久しぶり~」

 

 後ろのドアが開き束さんが飛び出してきた。

 飛び出した勢いで二人をムギュっと抱きしめる。

 

「ね、姉さん、そんなに久しぶりでもないです」

「束さんにとって、箒ちゃんに1日会えなければそれはもう久しぶりなんだよ」

「た、束さん、苦しいです」

「いっくんてばつれなーい、ほらほら久しぶりの束さんだよ? もっとギュッとしてもいいんだよ?」

 

 いつもよりテンション高いな。無理矢理上げてるのかもしれないが、暗い顔してるよりはよっぽどマシだ。

 

 三人は好きにさせて運転手の方に挨拶に向かう。

 運転席には、青白い顔をしたグラサンのお兄さんがいた。

 この人、前に遊園地で束さんに着ぐるみ剥がされた人じゃないか?

 顔が青いのは車酔いじゃないよね? きっと束さんと二人っきりが怖かったんだね。

 上司の人、この人には臨時ボーナス出してやってください。

 

 こちらの視線に気付いたお兄さんは窓を開け。

 

「こんにちは、自分はた「おいグラサン、お喋りは禁止って言わなかったかな?」なんでもないです」

 

 た、なんとかさんは束さんに怒られ口を閉じた。

 この人は泣いていいと思う。

 力のあるコミュ障って本当に怖いよね。

 とは言え、この人には今日明日とお世話になるし、束さんの暴言に一夏と箒も気まずそうだし。

 

「一夏、箒、俺達をキャンプ場に連れて行ってくれる人だ。挨拶しようね」

 

 そう言うと二人が笑顔でこちらに来る、逆に束さんが不機嫌になるが、車内で楽しく過ごす為には必要な事です。

 

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

「篠ノ之箒です。姉がわがまま言ってすみません」

「佐藤神一郎です。お世話になります」

 

 三人で頭を下げる。

 

「よろしく、自分はた「一夏、箒、この人はグラ=サンだ」」

「グラ=サンさんですか?」

 

 箒が首を傾げ、一夏は目を丸くしている。

 お兄さんも『えぇ!?』って顔してるが、我慢してください。名前で呼び合ったりしたら、向こうで睨んでいる束さんがさらに不機嫌になるんで。

 

「日系外国人なんだよ。親しみを込めて『グラサン』と呼んであげて」

「グラさんですね。わかりました。よろしくお願いしますグラさん」

 

 箒の純粋な笑顔にグラサンは何も言えず訂正するのを諦めた。

 

「さてと、それじゃあ荷物積んで出発しようか。皆、荷物積むの手伝ってくれ」

 

 荷物を積み込み車に乗り込む。

 千冬さんと束さんが二列目。

 一夏と箒が俺が三列目だ。

 

「それじゃあ、しゅっぱ~つ」

「「「「おー!」」」」

 

 震えながら運転しているグラサンと、お疲れ気味の千冬さん以外の元気な声が車内に響く。

 グラサン、事故だけは気を付けてね。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 途中、スーパーで食料や飲み物を買い、下道を一時間、高速を一時間、車で山道入って一時間と少し、キャンプ場の看板が見えてきた。

 

「もうそろそろ到着だね。一夏、ここは温泉があるから楽しみにしとけ」

「温泉!? 本当に!?」

 

 一夏のテンションが一気に上がる。

 

 温泉があるキャンプ場は注意が必要だ。

 キャンプ慣れしてないと、大自然の中でまったり露天風呂。なんて夢見る人が多いが、実際はそんな良い物じゃない、なにせ落ち葉や虫がプカプカ浮いてるのが当たり前だ。

 夏場なんかは排水口にセミの死骸が詰まったりしてる時もあるしな。

 まぁ、慣れるとそんなもの気にならなくなるけど。ここのキャンプ場は建物の中に風呂場があるタイプだから問題ない。

 

 車が駐車場に入る。

 ゴールデンウィーク明けだからか、駐車場は半分も埋まってなかった。

 

 車が止まり、グラサンが後ろ向き。

 

「…………(パクパク)」

 

 なんか口パクしてきた。

 

「えーと、降りていいんですか?」

 

 俺がそう確認すると。

 

「…………(パクパク)」

 

 今のは『どうぞ』かな?

 そうか、会話を禁止されてるからそんな荒技を……。

 

 車を降りて荷物を降ろす。

 

「それでは博士、私はこれで、明日は12時に迎えに来ます」

 

 そう言って束さんに向かって頭を下げるグラサン。

 哀れすぎる。

 

「グラサン、今日はありがとございました」

 

 俺がそう言うと。

 

「「グラさん、ありがとうございました」」

 

 一夏と箒が続いた。

 そんな俺達に手を振って答えたグラサンは、車に乗り込み帰って行った。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 受付を済ませ、テントの設置場所にテントを張る。

 テントは三つ、篠ノ之家テント、織斑家テント、そして自分のテントだ。

 テント設営が終わりみんなで集合する。

 

「ここからは自由時間です。夕方5時になったらテント前に集合で。それじゃあ解散!」

 

 みんながポカンとしてる中、そこからさっさと離れる。

 ここにはアスレチック場や山道の散歩道あり、そばには小川が流れている。

 この様な場所では余計な事は言わない。子供は放っておいても勝手に遊び始めるだろう。むしろここで『何をすればいいの?』なんて言い始める方が問題だ。

 もちろん、山に入ったりしない様に注意も必要だが、あの二人なら心配ないだろ。

 

 周囲に人がいない事を確認して拡張領域から組立式ハンモックを取り出す。

 それを小川の近くに設置して――

 

「くはぁ~」

 

 ゆらゆら揺れるハンモックに身を任せるこの幸せ。たまらん。

 

「随分オヤジ臭いな」

 

 おろ? 上を見上げると千冬さんがいた。

 

「しー君、それ束さん達の分ないの?」

 

 その後ろには束さんもいた。

 

「ありますよ~」

 

 そう言って拡張領域からさらに二台のハンモックを取り出す。

 

「二人共こっちに来て良かったんですか?」

 

 ブラコンシスコン過保護のお二人にしては珍しい。

 

「箒ちゃんの邪魔したくないしね~――よっと」

「私も今日は英気を養うさ――っと」

 

 二人が俺の隣でハンモックに乗る。

 

「ほうほう、これはなかなか」

「ふむ、結構良いものだな」

 

 どうやらお気に召したようだ。

 三人でのんびりと風に揺れる。

 このメンツでは珍しいくらい静かな空気が辺りを包む。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……神一郎?」

 

 沈黙を破ったのは千冬さんだった。

 

「なんです?」

「その……怒ってるか?」

 

 千冬さんにしては珍しくこちらの心情を窺う様な質問だな。

 

「怒ってはいませんよ。ですが、頼み事は次からは素直に正面から言ってください」

「お前に借りを作るのは怖いんだが……流石に今回は悪かったと思ってな。すまなかった」 

「今回は許します」

 

 俺の返事を聞いて千冬さんがホッとした感じで吐息を吐き出した。

 俺から見れば、まぁ、千冬さんの甘えみたいで可愛いものなんだけどね。

 

 

 山から帰った時、世間はゴールデンウィーク間近だった。

 織斑家にお土産を渡したり、箒の誤解を解いたりした俺は、さてゴールデンウィークはどこに行こうかと悩んでいた時、千冬さんにハメられたのだ。

 

 ゴールデンウィークは学生には稼ぎ時だ。

 だが、彼女には面倒を見なければならない弟がいる。

 篠ノ之家に頼む方法もあるが、長い期間頼むのは迷惑だと考えたんだろう。しかし、都合よく暇な奴がいた。それが俺だ。

 ゴールデンウィーク中は千冬さんがほぼ留守にして朝から晩まで働いてる。と一夏から聞いた俺は、ISで遠出したいけど流石に無視は出来ない。と思い、一夏の様子を見たり、一夏にご飯食べさせたり、一夏と箒と遊んでいるのを見守ったりしていた。

 そして気付いた。

 あれ? 俺に帰って来いって言ったのはこの為じゃね? と。

 

 利用されたみたいで最初は気分が良くなかったが、アノ千冬さんが一夏の面倒を誰かに頼むなんて大した成長だよね。

 

 

 

 そして、また静かな時間が訪れる。

 聞こえたのは風の音と川の音だけ。

 

 

 

「ねぇ、しー君」

 

 次に沈黙を破ったのは束さんだった。

 

「なんです?」

「今夜は……一緒に寝てくれないかな?」

「「ごふっ!」」

 

 俺だけじゃなくて千冬さんも呼吸を間違えた様だ。

 今コイツなんて言った?

 

「えっと、なんでですか?」

 

 変な期待をしちゃダメだぞ俺! 落ち着いて対処するんだ!

 

「だって……だって……箒ちゃんと二人っきりで寝るなんて辛いんだよ~!」

 

 あぁ、うん、そうだね。

 今の束さんは箒に対して罪悪感があるから、二人でテントで寝るとか怖いんだね。

 でもね?

 

「やかましい! こんな気持ちのいい場所でそんなネガティブな事考えるな! 風を感じながら心静かにするのが醍醐味なの!」

 

 なんでこの二人は静かに自然を楽しめないかね。

 

「だって~だって~」

 

 束さんはハンモックに揺られながら顔を手で抑えシクシク泣いていた。

 

「そんなに嫌なら千冬さんに代わってもらえば?」 

 

 無理だと思うけど。

 

「ちーちゃん……一緒に寝てくれる? もしくはいっくんと寝ていい?」

「断る。お前と一緒のテントは嫌だし、一夏とお前を一緒にしたくない」

「ちーちゃんの意地悪! 束さんには味方がいないんだよ~」

 

 キッパリと断る千冬さんとさらに泣き出す束さん。

 だよね。せっかくのキャンプだもん。弟と一緒に居たいよね?

 

「それと神一郎、お前、さっきからよからぬ事考えてるだろ? 借りがあるから見逃してるが、あまり調子に乗るなよ?」

「イエスマム」

 

 おっと、風が強まったかな? 一段とハンモックの揺れが強くなったぜ。

 

「それはそうと束さん」

 

 束さんの方に顔を向け話かける。

 

「なんだよしー君」

 

 しかし、束さんは俺からプイっと顔を背けた。

 あ、ちょっとイジケモード入ってる。

 

「俺と千冬さんはいつでも束さんの味方ですよ?」

「っ!?」

 

 耳を赤くする束さんを千冬さんと二人でニヤニヤと見守った。



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とりあえず嫌な事は飲んで忘れよう

 丸太に座り目の前に目を向けると焚き火がパチパチと音を立てて燃えている。

 その音を聞きながら空を見上げれば満天の星空。

 これぞキャンプの一番の魅力。

 なのに――

 

「なんでアイツ等は早々にダウンしてるかな」

 

 そりゃあね、子供に焚き火や星空をただボンヤリ見つめるだけなんてつまらないかもしれないけど、ちょっと寂しいものがある。

 

「そう言うな。ある意味都合がいいじゃないか」

 

 隣では千冬さんが俺が買って来たおつまみのスルメを囓っている。

 凄く様になって格好良い。

 こう、焚き火の火に照らせれてスルメを囓る姿が様になってると、男としてちょっとジェラシー。

 

「だからって、こっちが気を利かせて二人きりにしてあげたのに、山道を散歩デートでもしてるかと思いきや、まさかひたすらアスレチック場で走り回ってるとは思いませんでした」

 

 ここのアスレチック場 全長100mほどあり、木でできたジャングルジムや川にはイカダを数珠つなぎにした橋があったりと子供心をくすぐる物が沢山ある。

 そこで一夏と箒はずっと遊んでいたらしい。

 どっちが早くゴールするかと言う遊びで。

 つまりアスレチックタイムアタックだ。

 確かにね、一夏と箒には子供らしく遊んで欲しいと思ったよ?

 それがまさか、集合時間ギリギリまで走り回ってるとは思いませんでした。

 テント前に現れた一夏と箒は汗だくで息も絶え絶え、俺が作ったカレーを食べ、温泉に入ってすぐに寝てしまった。

 これからがキャンプの本番だったのに……。

 まぁ確かに千冬さんが言う様に都合が良いと言えば良いんだけどね。

 

「ただいま~。辺りに人影なし。万が一の備えも万全、いつでも始められるよ~」

 

 周囲の様子を見に行ってた束さんが戻って来た。

 束さんは俺の隣にドカリと腰掛け。

 

「それじゃあ始めようか、私と箒ちゃんがより良い未来を掴む為の話し合いを」

 

 

 

 

 

 

 

 なんか偉そうに言ってきた。

 

「神一郎、もう一度温泉にでも行くか?」

 

 千冬さんもイラっときたらしい。

 すくっと立ち上がり去ろうとする。

 

「いいですね。お供します」

 

 俺も立ち上がり千冬さんの後を追う。

 

「ごめんなさい。まじごめんなさい。束さんちょっと調子に乗りました」

 

 束さんは慌てて俺と千冬さんの腕を掴み引き止めようとする。

 

「束、二度目はないぞ」

 

 千冬さんはため息を吐きながら座りなおす。

 仕方がないので俺も席に戻る。

 

「酷いよ二人共、束さんのちょっとしたお茶目だったのに」

 

 束さんは唇を尖らせぶーぶー言ってる。

 

「束さん、ちゃんとしましょうね」

「は~い」

 

 いかにも渋々と言った感じの返事だ。

 ふむ。

 

「それでは改めて、束さんが箒にできるだけ嫌われない様にするための会議を始めましょうか」

「はうっ!」

 

 束さんが胸を抑えて蹲る。

 やはり現実逃避してたか。

 

「千冬さんは束さんの話って聞いてるんですか?」

「あぁ、この前あらかた事情は聞いた」

「そうなんですか、それで束さん、貴女はこれからどの様な行動を起こすつもりですか?」

 

 胸を抑えて唸っている束さんに問いかける。

 

「うん、あのね」

 

 束さんはゆっくりと顔を上げる。

 

「まず、姿を消すタイミングなんだけど、ちゃんとは決まってないんだよ。まだISコアの数も多くないし、行動に移すなら来年かな? それと箒ちゃんの事なんだけど――」

 

 束さんはジッと焚き火の火を見つめている。

 普段のおちゃらけた雰囲気は消え去り、そこには一人の姉としての姿があった。

 

「私は……私は箒ちゃんに謝りたい。しー君に未来の箒ちゃんの事を聞いても自分の夢を譲らなかった酷い姉だけど、許されなくてもいい、ちゃんと謝りたい」

 

 火を見つめながら自身の気持ちを吐露する束さん。

 束さんは人の気持ちを分からない人間だと言われている。確かに、他人はまったく眼中に入れない人だ。けど、身内には違う。

 たぶん原作の束さんは、ヘタレて、嫌われたくなくて箒を避けた。

 それが姉妹の不仲に繋がったんじゃないかな?

 

「しー君、しー君には『箒ちゃんの事考えてね?』って頼んだよね? 何かあるかな?」

 

 束さんは俺に視線を向ける。 

 けど、まるで答えを期待してない顔だ。

 

「すみません、色々考えてみたのですが、箒の身の安全を考えるとやはり国に任せるのが一番かと」

「だよね」

 

 考えた事は一緒だったんだろう。

 俺の情けない答えを束さんは笑顔で許してくれた。

 

「国に任せる以外の選択肢はないのか?」

 

 千冬さんが首を傾げながら聞いてきた。

 

「はい、情けないですが、それが『箒の無事が保証されてる』手段なんです。仮に他の方法を取った場合、どうなるか分からないですから」

 

 俺はISを持っている。ここで恰好良く『俺が箒を守ります』なんて事を言えればどんなに良いか、だが俺は所詮素人、ISを持っていても海千山千のプロ達には適わないだろう。

 でも、国に任せれば箒の身の安全は原作で保証されてる。

 だから、俺がやるべき事は――

 

「束さん、俺が箒の為にできる事は多くありませんが、箒に謝りに行く時は俺も居させてください」

 

 箒の心のケアと姉妹が仲良くできる様に間に立つのが大人の務めだろう。

 

「うん、心強いよしー君」

 

 束さんはどこかホッとした顔をした。

 嫌われる覚悟をしても、流石に一人で箒と向かい合うのは怖かったのかな?

 

「そうそう、束さん、箒に謝るのは姿を消してからにしてくださいね」

「ほえ? なんで?」

 

 束さんは目をパチクリしている。

 

「箒の身の安全を守る為です。箒は束さんが消えた後に国に保護されますが、ただの善意で保護される訳ではありません。『お前は篠ノ之束の所在を知ってるんじゃないか?』と尋問されたり、『篠ノ之束は妹の前に現れるのでないか?』と思われ監視されたりします」

 

 束さんは拳をギュッと握る。

 

「箒は子供で、まだ腹芸なんてできないでしょう、情報目的で束さんの事を聞かれた時、『姉さんは泣きながら謝ってくれました』『いつか迎えに来ると言ってくれました』なんて事を答えたら……最悪、箒を盾に脅迫してくる可能性があります」

 

 篠ノ之束は妹を溺愛している。その妹を盾に取れば手綱を握れるかもしれない。 

 そんな事を考える馬鹿がいるかもしれないし。

 まぁ、あくまで『かも』なんで、そう殺気立たないでください。

 束さんだけじゃなくて千冬さんからも圧を感じる。

 

「だから束さん、貴女は、これからも箒と仲良くして、たまに一緒に遊んで、時期が来たら何も言わず姿を消して――そして箒にゲロの様に嫌われてください」

 

 

 

 

 

 

 時間が止まった気がした。

 

 

「……ゲロ?…………箒ちゃんに……ゲロ?……」

 

 束さんは産まれたての小鹿の様にカタカタと小刻みに震えだした。

 

「束さん、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫大丈夫、箒ちゃんの為だもん、そのくらい覚悟できてるんだよ」

 

 どう見ても大丈夫に見えないが。

 

「なぁ神一郎、箒の為にあえて何も言わないのは理解できるが、一緒に遊ぶ必要あるのか? 箒の人質としての価値を心配するなら、あまり二人を一緒にしない方が良いのではないか?」

 

 千冬さんの疑問は当然だ。

 

「それも箒の為です。楽しい思い出が多いと、束さんが消えた時に受けるショックも大きいでしょう、でも、二人が仲直りした時、それは全部良い思い出に変わりますから」

 

 箒が許さなかったら取り返しがつかなくなる可能性があるけど。

 

「箒の未来が笑顔で包まれてるかは束さん次第です。頑張ってください」

 

 そう言って束さんの頭を撫でる。

 束さんは地面を見ているため表情は見えないが、嫌がる素振りを見せないのでそのまま撫で続ける。

 

「ねぇ、しー君、今までの話でなんとなくは察してるけど、ちゃんと言葉で聞きたい」

「なんです?」

「箒ちゃんはさ、いっくんと未来で会えるんだよね?」

 

 あ、そういえばその辺なにも言ってなかったかも。

 

「近い未来ではありません。長い別れになります。でも、箒がもっと大きくなった時にまた会えます」

「そっか」

 

 束さんはそのまま黙ってしまった。

 箒と一夏が出会えるのはIS学園からか。

 正直、黙っているのは二人に心苦しい。

 特に千冬さんには。

 でも、一夏は将来この世界を救うかもしれない勇者的立場の人間。

 原作でそんな描写があった訳ではないけど、俺が知っているのは一夏が一年生の時まで。

 その先の未来を知らないが、万が一、世界を救う的な事件があったら原作ブレイクの責任取れないし。

 一夏には箒をヒロインとして立派な主人公になって欲しい。

 他のヒロイン達には申し訳ないが――あれ?

 

 そこでふと、二人が付き合った場面を想像した。

 ――もしかして俺やっちまったか?

 つらいわ~。こんな時想像力のあるオタクって損だよね。

 バッドエンドが頭に浮かんだよ。Nice boatもありえるけど、それよりヤバイのが……。

 

「神一郎? どうした?」

 

 俺の様子がおかしかったんだろうか、千冬さんが心配そうに俺の顔を覗いてきた。

 

「な、なんでもないですよ~」

 

 思わず目をそらしてしまった。

 

「いやしー君。それなんでもない反応じゃないよね!?」

 

 復活した束さんにツッコミされた。

 どうしよう、このまま誤魔化す? でも下手したら千冬さんに殺されるかもだし……。

 

「一夏の命に関わる事なんですが……」

 

 ガシっ

 

 千冬さんが肩を掴み俺の体を寄せる。

 目の前には千冬さんのおぱーい。

 仄かに甘い匂いがする。

 そして――

 

「話せ」

 

 耳元でそんな男前なセリフ言われたら惚れちまうだろ。

 ははっ、現実逃避ダメですか? 話しますから力抜いてください。肩が痛いです。

 

「例え話になりますが」

「また例え話か?」

「すみません、ですが、現実的な例え話です」

 

 千冬さんが怖い。

 なぜ昔の俺は軽率な事をしてしまったのか。

 

「未来の一夏が買い物に行きました。一夏の側には4人の女の子がいました。その子達は一夏の事が好きな子達で、みんな恋のライバル、隙あらば一夏を狙うハンターです」

 

 二人は黙って聞いてくれる。

 

「一夏は買い物前に銀行に寄りました。しかしなんと、そこで一夏は銀行強盗に遭遇してしまいます」

 

 千冬さんから殺気が放たれる。

 まだ大人しくしててください。

 

「その銀行強盗は逃げる際に子供を人質に取りました。これに怒った一夏はなんと銀行強盗に立ち向かいます」

 

 千冬さんはそろそろ肩から手を離してくれないかな?

 肩に指が食い込んで痛いです。 

 

「強盗が拳銃で一夏を狙う! 一夏を襲う銃弾! その一夏を間一髪で押し倒し助ける女の子!」

 

 束さんがワクワクした様子で聞いている。

 まさか束さんに安らぎを感じる時が来るとは。

 

「強盗は舌打ちしながらまた一夏に拳銃を向ける。その時、強盗の隙をついて別の女の子達が強盗を取り押さえる!――まぁこれでハッピーエンドなんですけど」

 

 二人共なんとなくでも分かってくれたかな?

 

「もし、一夏に箒って恋人がいたら……」

「いっくんを助ける存在がいなくなるかもしれない?」

 

 理解してくれたか、そう、この世界では、一夏のピンチを助ける仲間はヒロインも兼任している。

 一夏が特定の彼女を作ったらバットエンドになる可能性があるとかIS世界めんどくさいよ。

 俺はなぜもっと考えて行動しなかったのか。

 

「神一郎、それは一夏が箒と付き合ったら死ぬという事か?」

「あくまで可能性ですが」

 

 鈴とセシリアは『寝取ってやんよ』って言いそうだし。

 シャルロットとラウラは『二番目でもいい』とか言いそうだし。

 

「しー君、箒ちゃんはいっくんと付き合えないの?」

 

 束さんの悲しそうな声が耳に届く。

 

「それは……」

 

 男として責任は取るべきだよな。

 

「俺はこのまま箒を応援します。そして二人が付き合って万が一があれば、その時は俺が一夏を助けます」

 

 これ原作介入フラグかな? 嫌だな、IS学園行くのとか超嫌だ。でも箒の失恋を望むとかできないし。

 

「神一郎」

「ちょっと待ってください。今色々考え中です」

「神一郎」

「だから待ってください」

 

 自分でも心の整理とかしたいんで。

 

「一夏の事は心配しなくていい」

「はい?」

「ちーちゃん?」

 

 俺と束さんが首を傾げる。

 

「お前は未来を知っているから責任を感じてるのだろうが、一夏を守るのは姉である私の仕事だ。そして、一夏も男だ、自分の命の責任くらい自分で負えるだろう」

 

 なんて男前のセリフ。

 

「そうだよしー君、いざとなったら束さんがいっくん助けるし」

 

 束さんが笑顔で肩を叩いてくる。

 うん、その銀行強盗は束さんが雇った噂もあるんですけどね? まぁいいか。

 

「そうですね、未来は変わるかもしれないですしね」

 

 今考えてもしょうがない事だ。

 全てはこれからの箒と一夏次第だしな。

 よし。

 

「とりあえず今夜はもうこの辺で大事な話は終わりましょう」

 

 足元のビニール袋から飲み物とツマミを取り出す。

 

「待て神一郎、それ酒じゃないか?」

「ビールですがなにか?」

「お前未成年だろ」

 

 やれやれ、生真面目なんだから。

 

「大人ってのは、楽しい事があれば飲んで喜び、辛いことがあれば飲んで忘れる生き物なんです。まあ? 酒の味もわからんお子様には理解出来ないでしょうが」

 

 そう言って千冬さんの顔の前で缶をプラプラと揺らしてみる。

 

「っ寄越せ」

 

 千冬さんは俺からビールをひったくりそのままプルタブを開け一気にグビグビと飲む。

 

「ぷはっ」

 

 おぉ、いい飲みっぷり。

 

「しー君、束さんも飲みたい」

「はいはい、こっちの甘いお酒どーぞ」

 

 束さんには酎ハイを渡す。

 

「わ~い」

 

 束さんもクピクピと飲み始めた。

 

「千冬さん、こっちの鮭とば美味しいですよ。束さん、これウサギ肉を使ったきりたんぽです。焼きます?」

「おぉ、美味いなこれ」

「共食い!?」

 

 共食いになるんだ。

 

「今夜は飲むぞ~」

「「おぉ~」」

 

 

 

 

 

 

 翌朝、朝霧に包まれ、寒さから身を守る様に三人で寄り添って寝ていた所を一夏と箒に発見された俺達は、その後めちゃくちゃ二人に怒られた。




五人の人間を同時に動かすのが難しかったので、一夏と箒には早々にリタイアしてもらいました。
キャンプの魅力を文で説明するのも難しい。
文才欲しいっす(;_;)


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天災の片鱗

唐突なギャグパート
天才を天災にしたかった。
今回はネタ発言多めですm(_ _)m


 風邪

 それは全ての人間が一度はなった事があるだろう病。

 症状も様々で、身近な病気だが特効薬がなく、開発すればノーベル賞ものと言われている社会人の天敵。

 

 学生から社会人になると風邪との付き合い方が変わる場合が多い。

 具体的には、

 

 38°までが微熱。

 38.5°は座薬入れて働け。

 39°はインフルの可能性があるから病院行け、となる。

 

 悲しいかな大人になると風邪程度で仕事は休めない。

 どんなに体が怠くても、『風邪で休むとか子供かよ自分www』と自身を叱咤し頑張るのだ。

 だから、アニメやラノベの『風邪をひいたら美少女が看病しに来てくれるイベント』は見ててイラっとする。は? なに甘えてんの? って気分になる。

 風邪をひいた日に、アニメやゲームでそのシーンを見て、思わず舌打ちした同志は多いはずだ。

 

 だからーー

 

「ふんふふ~ん」

 

 美少女が台所で料理しているのは寂しいオタクの妄想だし。

 

「しー君、おかゆできたよ~」

 

 その美少女が笑顔で寝室に入ってくるのゲーム脳が見せる都合のいい幻想だし。

 

「はい、あ~ん」

 

 炭と墨汁をミキサーにかけた様な食べ物を食べさせようとしてくるのは、風邪で弱った心が見せる悪夢だ。

 

 なぜこんな事になったのか、理由は簡単、酒飲んで五月の山中で寝てたら風邪もひくというもの。

 誤算は子供の体のせいか、大人の時に比べて体が動かない事と、この――

 

「ほら、しー君てば、お口開けてよ」

 

 頑なに口を閉ざす俺のほっぺにグリグリとスプーンを押し当ててくるこの天災の存在だ。

 どこで知ったのか急に部屋に現われたと思ったら、この調子で良妻幼馴染のまねごとを始めてしまった。

 

「束さん……食欲……ないんで」

 

 のどが痛くて喋るのも億劫だ。掠れた声しか出ないため束さんと意志の疎通が中々できない。

 のど飴が欲しい。

 そんな、真っ黒なおかゆなどいらないから。

 

「もー、我儘はダメだよしー君、このおかゆは栄養満点で風邪薬入りなんだから」

 

 腰に手を当てて、メッっと怒る束さん。

 気持ちは嬉しい。不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。

 でも風邪薬入りおかゆとかないと思う。

 せめて見た目がまともなら……。

 

「あの……せめて……もう「隙あり」ごぼっ!?」

 

 口の中にドロドロした物が入ってきた。

 

「!!!!????」

 

 アツいアツいアツい!

 喉にゴツゴツした硬い塊が当たって痛い!

 口の中がドロドロとしたものでいっぱいになる。

 呼吸ができず、苦しさから逃げる為にそのドロを飲み込む。

 

「ごほっごほっ」

 

 せき込みぜーぜーと荒い呼吸を繰り返す。

 この人実は俺を殺しに来てるんじゃないのか!? 

 

「たーんと召し上がれ」

 

 束さんは実に爽やかな笑顔でスプーンを差し出してくる。

 

「つっ!」

 

 それを歯を噛み締める事で抵抗する。

 

「あ~ん」

 

 左手で下顎を掴まれ無理矢理口を開けられる。

 こんなの俺が知ってる『あ~ん』じゃねぇ!?

 

「おっへ、たぼねざんおっへ」

 

 顎を掴まれ言葉にならない声を出す。 

 しかし 

 

「がぽっ!?」

 

 無情にも次々と口に入ってくるドロ。

 苦しさからそれをを泣きながら飲み込む。

 喉が痛くて叫ぶ事させできず、ただ為すがままになる。

 涙が溢れる。なんで俺がこんな目に……。

 

 

 

 

 

 いったいどれくらいの時間がたっただろうか、気が付いたらベッドに横たわっている自分がいた。束さんはいなくなっていた。

 意識がハッキリして最初に思った事は、今の自分はレイプ目してんだろうなって事と、このままでは殺されるって事だ。

 

「ふむふむ、なるほどなるほど」

 

 台所から束さんの声が聞こえてきた。

 

「卵酒ってのが風邪に効くんだ? お酒好きのしー君にはピッタリだよ。えーと、冷蔵庫にビールと生卵があったよね」

 

 

 

 

 

 逃げよう、俺は今日の為にISを手に入れたに違いない。

 待機状態の流々武は同じ部屋の机の上に置いてある。

 それを取ろうと立ち上がろうとして――

 ベッドから立ち上がれない……だと……!?

 体にまるで力が入らない。

 下半身は特に力が入らない。

 まるで腰砕け状態だ。

 

 台所からは束さんがなにやら作業している音が聞こえる。

 残された時間は少ない。

 なんとかISの元にたどり着こうと上半身を動かしてベットから抜け出そうとするが、中々上手く行かない。

 

 ヒタヒタと近づいてくる足音。

 

 

 頼む流々武。

 

 

「しー君入るよ~」

 束さんが笑顔で部屋に入ってくる。

 

 

 お前に自我が有るというなら。

 

 

「ほらほら、しー君の大好きなお酒だよ~」

 その手にあるのはビールに生卵を混ぜたナニカ。

 

 

 俺の気持ちに答えてくれ!

 

 

 必死に流々武に手を伸ばす。

 その指先から光に包まれISの装甲が装着される。

 

 ありがとう流々武。

 これなら!

 

「ちょっとしー君、風邪ひいてるんだから大人しくしなきゃダメだよ」

 

 あれ?

 

 今まさに飛びだとうとする体がベッドに釘付けになる。

 ふと見ると胸の上に束さんの手が添えられていた。

 

 いくら風邪で力が出てないとはいえ、片腕で押さえつけられるだと!?

 

「まったく、風邪が治るまでISは没収します」

 

 束さんのそのセリフと共にISが勝手に解除された。

 

 嘘だろ? 待って流々武、俺を見捨てないで!

 

 俺の手から待機状態になった流々武が束さんに没収されてしまった。

 

「しー君、汗かいて喉渇いたでしょ? はい、コレ飲んで」

 

 束さんが元はビールだったモノを俺の口元に近付けてくる。

 なんで今日の束さんはちょいちょい良い女風なんだろ? 行動に中身が伴ってないから恐怖を感じる。

 

「た…ばねさん……ある…こうるは……」

 

 お粥でさらに喉がヤられてる!?

 熱出してる子供にアルコールとか死ぬから!

 いくら神様からそこそこな体を貰ってても死ぬから!

 

「え? なんて?」

 

 殴りたいその笑顔。

 とりあえず口を閉じ、無理矢理顎を開かれない様に手で口元を隠す。

 

「ん? 飲みたくないの?」

 

 そうそう! わかってくれた!?

 必死にコクコクと首を動かす。

 

「でも、卵酒って体に良いんだよ? 早く治すなら飲んだ方がいいよ?」

 

 それ卵酒じゃないから。

 

「ん~」

 

 それでもガードを外さない俺を見て、束さんは頬に手を当て何やら考えこんでいる。

 

「あ、そうだ」

 

 束さんがポンと手を打つ。

 なんだ? どうした? 

 

「えい」

「がはっ!?」

 

 お腹を殴られ、顎が上がり口が開く。

 

「ほい」

「がぼっ!?」 

 

 その瞬間、口の中にビールの苦味と卵の味がする少し粘り気のある液体を流し込まれた。

 

「や…たば……ごふっ…じぬ……」

 

 無理無理無理!

 誰か助けて!

 

 頭が痛くなって意識が朦朧としてきた。

 視界は涙で歪み束さんの顔が歪んで見える。

 その、歪んだ顔した束さんの笑顔はまるで――

 

 

 

「しー君? 寝ちゃった? まぁいいか。えっと後は何が効くのかな? えーと、なになに、ほーほー、ネギにそんな効果があるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今波打ち際にいる……と思う。

 目が開かないが、下半身が水に浸かってるし、一定のリズムで水が体に当たるからそうなんだろう。

 頬に当たる砂が冷たくて気持ちいい。

 体に波が当たるたびに体の体温が奪われてる気がする。

 でも寒くはない、むしろ心地いい。

 このまま眠ったらきっと凄く幸せだろうな。

 

 

 

 ゆさゆさと体を揺らされてる気がする。

 誰だ? 俺を寝させてくれ。

 

 ゆさゆさ

 

 ごめん、今凄く幸せな気分なんだ。邪魔しないでくれ。

 

 ゆさゆさ(――ろう!)

 

 頼むから構うな。いい加減にしないとキレるぞ。

 

 ゆさゆさ(――いちろう!)

 

 なんか聞いたことある声だな。

 

 ゆさゆさ(神一郎!)

 

 この声は……千冬さん?

 

 

 

 

「しっかりしろ! 神一郎!」

 

 あれ? 目を開けたら目の前に千冬さんが――

 ってやばい!?

 なんか胃の中が、ぐるんぐるんしてる!

 トイレは……間に合いそうにない!

 

 千冬さんに抱きかかえられた状態だったみたいだが、そこから飛び起き、ベッドの側に置いてあったゴミ箱に顔を突っ込み。

 

「う☆☆☆☆ー」

 

 胃の中身をブチまけた。

 

「おい、神一郎、それ……」

 

 千冬さんがゴミ箱の中身を見て驚愕している。

 女性の目の前でリバースして、しかも中身見せるとかすみません。

 ですが、できれば中身については触らないでください。

 だって――青いゴミ箱の中身が真っ黒に染まってるとか、俺自身怖くて忘れたい光景だから。

 

「すみません千冬さん、水を取って来てもらえませんか?」

「あぁ、水ならここにあるぞ、ほら」

 

 千冬さんがペットボトルを渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言って喉を潤す。

 そういえば、普通に喋れる様になったな。

 あれ? 

 

「あの、束さんは? それになんで千冬さんが居るんです?」

 

 てか、俺なんで千冬さんに抱きかかえられてたんだ? 

 

「私が来たのはお見舞いだ。一夏が心配してたのでな。束はそこにいる」

 

 千冬さんの視線の先には、部屋の隅で、涙目で正座している束さんがいた。

 

「お前、束に何されたか覚えているか?」

 

 はて? 何と言われても。

 

「えーと、確か…………真っ黒なお粥を食べさせられて、腹パンされて、ビールに生卵を混ぜたのを飲まされました」

 

 今の今まで忘れてた。

 きっと俺の脳みそは記憶を無かった事にしたかったんだろうな。

 激しい吐き気はビールのせいか。

 

「そうか、そんな事もされてたのか」

 

 千冬さんが哀れみの視線を向けてくる。

 

「そんな事『も』ってなんですか?」

 

 寝てるうちに何かされたんだろうか?

 

「その……なんだ、世の中には知らない方が良い事もあるだろ?」

 

 ねぇ、笑ってよ。

 なんで千冬さんは俺から視線をそらしてそんな悲しい表情してるの?

 聞きたくないけど、知らないでいる事も怖いな。

 

「束さん、俺に何したんです?」

 

 未だに正座中の束さんに話を振る。

 

「何って、ネットでネギが風邪に効くって書いてあったから――」

「あぁ、首に巻くと効果があるとか言いますもんね。もしかして、勢い余ってネギで首絞めたりしちゃいました?」

 

 それなら千冬さんが取り乱してたのも理解できる。

 

「ううん」

 

 束さんが首を横に振る。

 

「ネットのサイトには、ネギを首に巻くって書いてあったけど、束さんにはイマイチ意味わかんなくて」

 

 まぁ最近の若い子にはそうだよね。

 俺が子供の頃は結構普通だと思ってたけど。

 

「そもそもさ、風邪に効く成分があるなら皮膚接触とかおかしいよね?」

 

 ちょっと待って?

 

「最低でも粘膜接触が妥当じゃん?」

 

 なんか体の一部がゾクゾクしてきた。

 

「だから、お尻と口からネギを刺したんだよね。そしたらさ、急に現れたちーちゃんにいきなり殴られたんだよ? 酷いと思わない? 束さんはしー君の為にやった事なのに、それからずっと正座させられるし」

 

 束さんは頭を抑えながら千冬さんに不満そうな視線を送る。

 その様子を見る限り、悪い事をしたと思っていないようだ。

 

「千冬さん、貴女は何を見ました?」

 

 怒るのは後からでもできる。

 だから落ち着け俺。

 

「……玄関の鍵が開いていたのでな、悪いと思ったが嫌な予感がしたので勝手に入らせてもらった」

 

 千冬さんはため息混じりで話し始めた。

 おそらく束さんかな?

 どこから来たかと思ったけど、ピッキングかよ。

 

「居間にはいなかったから寝室を覗いたんだ。そこで……ズボンを脱がされ尻にネギが刺さった状態のお前と。そのお前の口に笑顔でネギを刺し出しする束がいた」

 

 そうか、俺の口と尻にネギをね。

 尻に感じた違和感はそのせいか。

 これはあれだな。ミックミクにされたって事かな?

 オタク冥利に尽きるな。

 

「束さん、今日はいつもと違った感じだったけど何でです?」

「あ、やっぱり気付いた? えへへ~、箒ちゃんの『愛され系幼馴染への道』の看病編に書いてあったの実践してみたんだよ~」

 

 『愛され系幼馴染への道』

 俺の持ちうる、エロゲー、ギャルゲー、アニメ、ラノベの知識を活かし作った、男の理想と妄想が詰まった一品。

 なるほど、確かに最初はまともな行動だったな。

 

「束さん、腹パンしろとは書いてなかったはずですが?」

「だってしー君に飲んで欲しかったんだもん」

 

 このやり取りの間、束さんはずっと笑顔だ。

 全ては善意からきてるのだろう。

 そうだ、相手はまだ子供の面もある。

 ここは怒るのではく、注意し――

 

「それにしても束さんにもこんな気持ちがあったんだね~」

 

 うん?

 

「熱で唸ってるしー君を見てたら、こう、モヤモヤ? むらむら? した気持ちになったんだよね~。これが保護欲? ってやつなんだね!」

 

 なんか違うよね?

 

「特にしー君の涙目が最高だったんだよ~」

 

 束さんが頬を染めて愉悦に浸っている。

 そうかそうか。

 目覚めたのは保護欲じゃなくてS心か。

 

「束さん、流々武を返してもらっていいですか?」

 

 いいよ~と言って束さんが流々武を返してくれた。

 

「神一郎。怒る気持ちはわかるがまだ体調が万全ではないだ。あまり無理するなよ?」

 

 千冬さんは俺が何をするか理解してるんだろう。

 巻き込まれないように部屋から出ようとする。

 申し訳ないが手伝ってもらいますよ? IS使っても束さんを押さえられないだろうから。

 

「束さん」

「何かな?」

「おばぁちゃんが言っていた。『掘られたら掘り返せ』と」

 

 流々武を右腕だけ装着しスコップを装備する。

 

「えっと、しー君、掘るってなにを?」

 

 束さんはお尻を押さえながら後ずさりする。

 なんだわかってるじゃないか。

 

「千冬さん、束さんを押さえてください」

「私を巻き込むな」

 

 千冬さんはとても嫌そうな顔だ。

 だが逃がさん。

 

「これ、キャンプの時の写真なんですが、飲酒が学校にバレたらどうなりますかね?」

 

 そこには赤ら顔でビールを飲む千冬さんが写っていた。

 

「悪魔か貴様!?」

 

 千冬さんが歯をむき出して怒っている。

 悪魔だっていいよ。悪魔らしい方法で束さんを掘るから。

 

「離脱!」

 

 俺が千冬さんと話しているのをチャンスだと思ったんだろう。

 束さんが窓に向かって走り出す。

 

「そうはさせん」

 

 それを千冬さんが飛び付き捕獲した。

 ナイスタックル。

 

「ちーちゃん離して~」

「お前が悪い。諦めろ」

「全部しー君のためだもん!」

「だからってやり過ぎだバカモン」

 

 千冬さんは束さんを脇の下で押さえ込み俺の方に尻を向けさせる。

 

「ちょっ!? 本気なのしー君!? しー君今体調良いでしょ? それ束さんのお陰なんだよ!?」

 

 ジタバタと暴れる束さん。

 まだ万全ではないが、確かに体調は回復してる。

 認めたくないが、それは束さんの薬入りお粥のお陰なのかもしれない。でも――

 

「ネギは?」

「へ?」

「ネギをお尻に突っ込む必要あったの?」

「……てへっ」

 

 束さんが舌を出してウインクする。

 

「ISCQC裏百式」

 

 スコップの先端を束さんのお尻に向け高々と掲げ。

 

「天災を突き掘る漆黒のトライアングル!!」

 

 グサッ

 

「ひぎぃぃぃぃぃっ!?」



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ISを有効利用しよう(でもIS本人には不本意かもしれない)

 季節は夏。

 めでたく夏休みを迎えた俺は目の前のソファーに座る二人に目を向ける。

 そこに居るのはご存知、織斑姉弟。

 二人はなぜ呼ばれたのかわからず怪訝な顔をしている。

 

「という訳で、明日の篠ノ之神社の夏祭りでお店を出したいと思います」

 

 俺のセリフにポカンとした顔をする二人。

 まぁ、という訳も何も説明一切無しで話を切り出したんだけどね。

 しかしこの二人は本当に似てるな。一夏に千冬さんのコスプレさせれば一儲けできるかな?

 

「質問がある人は手を挙げてください」

「はい!」

 

 一夏が勢い良く手を挙げた。

「はい、一夏」

「お店って何の店ですか?」

 

 一夏は満面の笑みでそう聞いてきた。

 うんうん、そこまで喜んで貰えると企画した側としても嬉しい。

 祭りでお店とか男としてテンション上がるよな。

 

「店はかき氷屋とイカ焼き屋だよ」

 

 うぉぉと喜ぶ一夏。

 それに比べ――

 

「千冬さんは何かありませんか?」

 

 何も言わず、じっと俺を見ている千冬さんに話を振る。

 

「一つ一つ聞くのは面倒だ。神一郎、さっさと全部話せ」

 

 ため息混じりで言う千冬さん。

 なんだろ、信用なのか慣れなのかわからないが、こう反応が薄いと寂しいぞ。

 

「えーでは、まず今回の目的ですが、ズバリ金です」

 

 千冬さんと一夏の表情が真面目なものになる。

 

「一夏、かき氷屋とイカ焼き屋の共通点ってわかる?」

「え? 共通点?」

 

 一夏が腕を組んで首を傾げる。

 流石にわからないか。

 

「正解はね。材料費がほぼタダって事」

 

 俺の答えを聞いても一夏はピンとこないらしく、まだ首を捻っている。

 

「一夏、氷って水だろ? 水なんてどこにでもあるものだろ?」

 

 一夏はコクりと頷く。

 公園の水や山の湧水を飲めるのは国と自然を守る人達のお陰だ、本当にありがたい。

 

「そしてシロップ、まぁシロップ自体は安い物も多いけど、自分で作ればさらに安い」

 

 一夏は感心した様にウンウンと頷く。

 

「そしてイカだが、さて一夏、ここまで聞いてて何か閃かないか?」

 

 一夏は目を瞑り――

 

「わかった!」

 

 カッと目を開いて笑顔を作る。

 

「釣れば良いんだ!」

「その通り、釣れば元手は0円だ」

 

 一夏は、スゲーそんな方法が、と喜んでいる。

 

「神一郎、機材はどうする?」

「かき氷機は廃棄されてた奴を修理して使います。イカを焼くのは、俺の持っている大きめのバーベキューコンロがあるのでそれを」

「売り上げは折半か?」

「もちろん」

「ふむ」

 

 千冬さんは顎に手を当て何やら考え込んでいる。

 また借りがどうとか考えてるんだろうな。

 

「千冬姉……ダメかな?」

 

 そんな千冬さんに一夏が上目遣いでおねだりする。

 

「滅多にできない経験だし、たまには良いだろう」

 

 おおう、チョロいな。

 あっさりとOK出たよ。

 

「千冬姉、ありがとう!」

 

 一夏が満面の笑みを千冬さんに向ける。

 千冬さんはその一夏から視線をそらす。

 照れてるんですねわかります。 

 

「それで神一郎さん、これから何をすれば良いんですか?」

 

 一夏は俺にも笑みを向けてくる。

 楽しそうな顔してるのに非常に申し訳ないけど。

 

「特にないよ?」

「え? その、準備とかは?」

「一夏のやる気に水を差す様で悪いんだが、事前準備はほとんど終わってるんだよ。これからするのは、シロップ作り、氷の確保、イカを釣ってくる。の三つだけ」

 

 一夏は少し気落ちした顔をしてしまった。

 祭りって事前準備も楽しいもんな。わかるよ一夏の気持ち。

 だって俺も楽しんで準備してたから。

 楽しすぎて一夏のやる事が無くなってしまったけど。

 

「その三つは手伝う事ないんですか? シロップ作りとかなら手伝えると思いますけど……」

「それなんだが、格安にする為にある人に頼んじゃった」

「ある人?」

 

 一夏が首を傾げ、千冬さんはその人物が思い当たるのか眉を寄せる。

 その時。

 

『ふっふっふっ』

 

 部屋に声が響く。

 一夏は素直に驚いて辺りを見回し、千冬さんは深くため息をついた。

 

『そう、私こそが、かき氷機の修理からその他のアレコレまで請け負った影の立役者――』

 

「たっばねさんだよ~」

 

 ぎゅむ

 

 千冬さんが座っていたソファーの後ろから現れた束さんは、千冬さんに覆いかぶさるように抱きつき、その両手で千冬さんの胸を鷲掴みにした。

 俺と一夏の視線が一部に集中したのはしょうがないと思う。

 

「あれ? ちーちゃん怒んないの?」

 

 千冬さんがノーリアクションのをいい事に束さんはさらにムニムニと――

 なんて命知らずな。

 

「束、私はちゃんと学んでいる」

 

 千冬さんが束さんにゆっくりと手を伸ばす。

 

「なにお゛!?」

 

 その手は束さんの顔面をしっかりと掴む。

 

「部屋の中で殴り飛ばせば神一郎の私物を壊す可能性がある」

 

 見事なアイアンクロー。

 冷静な判断で家主として嬉しいです。

 

「ちょ、ちーちゃん、顔が、束さんのキュートなお顔が潰れちゃう!?」

「安心しろ束、お前は言うほど可愛くない」

「ひどっ! そして痛いっ!」

 

 メキメキと擬音が聞こえそうなほど千冬さんが力を入れる。

 

「ごめんないごめんなさいごめんなさ~い!」

「そのまま逝け」

 

 泣きながら謝る束さんに千冬さんは無情にもトドメを刺そうとする。

 

「千冬さん待って、今回は束さんの力が必要だから」 

「ちっ」 

 

 俺の言葉を聞いて千冬さんが舌打ちしながら手を放す。

 

「うぅ~、束さんの頭が割れる所だった。しー君ナイスだよ」

 

 束さんは床にへたり込みながら自分の顔ペタペタと触る。

 こちらこそ良いもの見れました。ナイス束さん。

 

「あの~、神一郎さん?」

「どうした一夏?」

 

 今まで黙っていた一夏が手を上げる。

 

「その……シロップって束さんが作るんですか?」

 

 一夏の顔色が若干青くなっている。

 過去の事案を思い出せばそうなるよね。 

 

「そうだよ。まぁ一夏の心配も理解できる。だから一度試してみようか」

 

 台所に向かい、自前のかき氷機でかき氷を二つ作る。

 さらにコップに水を入れ、それを居間のテーブルに置く。

 

「それでは二人共注目してください」

 

 二人が俺に注目する。

 

「まず、色付けの為の粉を水に加えます」

 

 用意した小瓶に入っている粉を水に入れスプーンでかき回す。

 そうするとコップの水が鮮やかな青に変わる。

 

「では束さんお願いします」

「は~い」

 

 いつの間にか隣に立った束さんにコップを渡す。

 束さんはコップを左手で持ち、右手でコップに何か入れる仕草をする。

 

「アブラ~カタブラ~」

 

 そのコップを両手で持ち上げ呪文を唱える。

 

「しー君できたよ~」

「了解」

 

 束さんからそのコップを受け取り、スプーンでかき氷に出来上がったシロップをかける。

 それを二人の前に置き。

 

「「ブルーハワイおあがりよ」」

 

 手のひらを上にし、束さんと二人でポーズを決める。

 

 

 「食えるか!」

 

 予想通り千冬さんにツッコまれる。

 

「まぁまぁ落ち着いて、毒じゃありませんから」

「さっきの粉はなんだ?」

「着色料です」

「束は何をした?」

「味付けだよ~」

「千冬さんの心配はわかります。だけど、これは本当に無害なんです。俺が保証します。だから――」

 

 束さんとの一瞬のアイコンタクト。

 

「ほら千冬さん、あ~ん」

「はいいっくん、あ~ん」

 

 二人でスプーンをそれぞれの口元に持って行く。

 

「おい、なんの真似だ神一郎」

「た、束さん?」

 

 急な展開に目を白黒する二人。

 

「千冬さん、騙されたと思って」

「いっくんは食べてくれるよね?」 

 

 さあさあ、とスプーンをさらに近づける。

 

「はぁ、しょーがない」

「束さん、食べますから! ちょっと離れてください」

 

 恐る恐る口を開く織斑姉弟の口にスプーンを入れる。

 しゃくしゃくと咀嚼音だけが聞こえる。

 

 

 

 

 

「普通だな」

「そうだね千冬姉。普通のかき氷だ」

 

 驚いた顔をしながら、二人は、二口、三口と自分からかき氷を食べ始めた。

 

「しかし神一郎が水に入れた粉はなんなんだ? 着色料と言っていたが、普通に作るより安くなるものなのか?」

「千冬さん、着色料は気にしないでください」

 

 着色料について考えてはいけない。調べてはいけない。

 それが現代社会に生きる者のルール。

 本当は怖い着色料ってね。

 今回使ってるのは無害だけど。

 

「まぁ、そんなこんなで準備は全部任せてください。二人の力が必要なのは明日からなんで」

 

 千冬さんと一夏はさっきのシロップ作りで若干不安がってる様だが、俺は笑顔で押し切った。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 太平洋某所。

 現在、流々武を装着し海面近くを飛びながら移動している。

 周囲に灯りは一切なく、夜空の月明かりがとても綺麗だ。

 

「束さん、この辺ですか?」

 

 流々武の右肩に座っている束さんに話かける。

 

「うん、この辺だね。束さん特製『イカスメルたん』に反応有りだよ」

 

 ギリギリなネーミングだ。

 イカ匂い探知機と言いたいのかな?

 

「それじゃあこの辺でやりますか」

 

 移動を止め海面に近付く。

 真っ黒な海を指差し。

 

「いけタバゴン! フラッシュだ!」

 

 束さんに指示を出す。

 

「タバタバ~♪」

 

 束さんが鳴き声をあげると、周囲にライトが展開され、それらは一斉に海面を照らす。

 やだこの子、ノリが良い!? 

 

 イカが光に誘われ集まってくるまで束さんと会話をして時間を潰す。

 ものの数分だろうか、気付いたらイカの姿が海面近くに見えるようになった。

 できれば竿でイカ釣りを楽しみたいが、いかんせん必要数が多いし、時間が余りないため今回は断念する。 

 拡張領域から直径1メートルの木製の桶を取り出し海に浮かべ、少し海水を入れる。

 さらに拡張領域から投網を取り出し。

 

「そ~れ」

 

 海に投げ入れる。

 それを引っ張ると。

 

「「お~」」

 

 俺と束さんの声が重なる。

 網の中はイカで一杯だった。

 それを桶の中に入れる。

 この調子ならすぐ目標数を達成しそうだ。

 数回投網を投げると、桶の中がそこそこ一杯になった。

 こんなもんかな。

 桶の中でイカ達が暴れていた。

 今すぐ刺身で食べたい気持ちをグッと我慢する。

 今度は桶を指差し。

 

「いけタバゴン! れいとうビームだ!」

「タバ~♪」

 

 束さんが鳴き声と共に拡張領域から取り出したのはSF映画に出てくるような一品。

 アンテナに棒を刺した形状をしている銃の様な物だった。

 

 束さんがカチッとトリガーを押す。

 するとピキピキと音が聞こえた。

 よく見ると桶の中の海水が凍り始めている。

 だけどこれは……。

 

「ねぇ束さん」

「ごめんしー君、これ不可視なんだよ」

「今度までに色付けお願いします」

「うん、やっとくよ」

 

 束さんが神妙に頷いてくれた。

 ハイパーセンサーで何か照射されてるのは確認できるんだが、いかんせん絵面が寂しい。

 

 桶の中が完全に凍りついたのを確認してから、桶にロープを通して右手から桶をぶら下げる様にロープを持つ。

 

「それじゃ次の場所に向かいますか」

「は~い」

 

 

 

 

 

 場所を移動して現在地は南極。

 気温は-23℃

 ISがなければ凍え死んでいるだろう。

 轟々と吹く吹雪が流々武を濡らす。

 できれば南極点に行ってみたいが。南極を楽しむのは次の機会にしておこう。

 

「束さん、この辺りの氷はどうです?」

 

 束さんはしゃがんで地面を調べている。

 ISなしでよく平然としてられるな。

 

「うん、ここの氷は大丈夫だよ」

 

 束さんの許しが出たので氷の掘り出しにかかる。

 まずはツルハシを手に持って。

 

「よいせ!」

 

 地面に打ち下ろす。

 いや、地面は正しくないか。

 ここは氷の上なんだから。

 氷に丸い穴があく。

 そこから間隔をあけてさらに円状に穴をあけていく。

 次にスコップを持ち。

 

「ほいさ!」

 

 ツルハシで空けた穴と穴を繋ぐ様にスコップを刺す。

 同じ作業を繰り返し。

 

「どっせ~」

 

 スコップで氷の塊を持ち上げる様に掘り出す。

 直径2m程の塊が取れた。

 それにロープを巻きつける。

 

「束さん、お願いします」

「ほいほい」

 

 束さんはぴょんと氷の上に飛び乗り――悲しい顔をした。

 

「お尻がちゅべたい」

 

 そりゃ氷に直に座ったら冷たいよ。

 

「はい、これ下に敷いてください」

 

 拡張領域から座布団を取り出し束さんに渡す。

 

「ありがとうしー君」

「いえいえ」

 

 右手のロープの先にはイカが入った桶。

 左手のロープの先に氷の塊とそれに座った束さん。

 準備はできた。

 ゆっくりと上昇する。

 

「やっぱり日本につく頃には完璧に日が昇っちゃますね。束さん、予定通りお願いします」

「任せたまえ」

 

 束さんが腰に手を当てえっへんと威張る。

 

「夜の帳」

 

 流々武は自身は消せるが持っているものは消せない。

 だから今他人が見たら桶と氷が宙に浮いてる様に見えてしまう。

 なので。

 

「ミエナクナ~ル君」

 

 束さんもステルスを発動させる事でその二つも見えなくなる。

 

「さて、日本に向けて飛ばしますよ。落ちないでくださいよ」

「おうさ」

 

 あと数時間で祭りが始まる。

 どんな一日になるか楽しみだ。



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夏祭り

お気に入りが3000超えました。
ありがとうございますm(_ _)m
正直驚いています。だって、今のところISらしさのない話ばかりなのにねΣ(ノ≧ڡ≦)
ハーメルン住人は日常話が好きな人達が多いんだなぁ~って実感しました。




 今日の篠ノ之神社は普段の厳かな雰囲気が消え去り、活気溢れる場所となっている。

 境内は子供の声と集まった人々の喧騒に包まれ、周辺の木に設置さているスピーカーからは祭囃子が流れている。

 女の子達は様々な色の浴衣で着飾り、非常に眼福だ。

 

「だから俺はこう思うんですよ。『お姉ちゃ~ん』って後ろから思いっきり抱きついて、浴衣のお尻に顔を埋めても、子供だから許されるんじゃないかと」

 

 現在小学四年生、心身共に健やかに成長し始めて、最近ちょっと懐かしい感情が心に産まれるようになりました。

 男なら当然の発想だと思うが――

 

「馬鹿な事を言ってないで手を動かせ」

 

 そんな俺を千冬さんは氷の塊を切り出しながら睨み。

 

「あはは」

 

 一夏はシロップの入った瓶を並べながら空笑い。

 

「しー君、そろそろ体液搾取できる体になったかな?」

 

 束さんは笑いながら俺のお尻をロックオン。

 

 俺と同じ男心がわかる仲間が欲しいと思う今日この頃。

 

「冗談ですよ冗談。だからそこの天災は俺の尻を凝視するな」

 

 そう言いながら作業を再開。

 イカを捌き、内蔵――ワタを取り出す。

 取り出したワタを鍋に入れ、それに醤油、みりん、酒などを加え火をかける。

 これを焼いたイカに塗るととても美味いのだ。

 

「炭よし、イカよし、タレよし、こっちは準備完了です。そちらは?」

「こちらも準備は完了だ」

 

 千冬さんが氷で濡れた手をタオルで拭きながら答える。

 ちなみに、今日は束さん以外お揃いの格好をしている。

 黒のタンクトップに頭にねじり鉢巻をしたシンプルな衣装だ。

 一夏は大人ぶっている様な愛嬌を、千冬さんからは健康的なエロスを感じる。

 束さんが千冬さんの二の腕を見ながら涎を垂らし、動き回る一夏を見てハァハァ言っている姿を見れば、どれくらい似合っているか伝わるだろう。

  

「それじゃあ最終確認しますね」

 

 みんなの視線が俺に向く。

 

「まず、かき氷機係は千冬さんです。手動なので大変だと思いますがよろしくお願いします」

「あぁ、任せろ」 

「一夏はお会計とかき氷を渡す係、笑顔を忘れずにな?」

「はい」

「束さんはイカの解凍や氷の準備とか、皆のフォローよろしく」

「は~い」

 

 時刻は午前10時。

 並んでいる屋台の半分はまだ開いてないが、稼ぐためには早くお店を開いた方が良い。 

 三人の元気な声を聞き、自身もテンションを上げる。

 

「今日は稼ぐぞ!」

「「「おぉ~!!」」」

 

 

 

 

 千冬さんの声が一番大きかった気がする。

 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「「いらっしゃいませ~」」

 

 店頭で俺と一夏が声をあげる。

 今回、屋台は遊び半分で始めた訳ではない。

 織斑家にとって、生活費稼ぎは文字通り死活問題。

 だが、この方法なら、織斑家の力を最大限に発揮しつつ、楽しみながら稼げる。

 さあ、見せてくれ一夏、お前のハーレム系主人公の力を!

 などと馬鹿な事を考えていたら。

 

「嘘? 織斑君!?」

「え? 本当? どこどこ!?」

「あれ、あそこに!」

 

 Fish!

 

 一夏の同級生だと思われる女の子三人があっという間に釣れた。

 また、別の方からは。

 

「あの子、千冬様に似てない?」

「あ、ホントだ! 似てる似てる」

「待って、あの子の後ろに居るの……」

「「千冬様!?」」

 

 こちらは千冬さんの後輩かな?

 女の子が二人、屋台に駆け寄る。

 二人の人気は流石の一言だ。

 それに比べ、俺のイカ焼き屋は暇だ。

 売れるのはお昼時、そして日が傾いてからが本番だからしょうがないけど。

 

「お父さん、私かき氷食べたい!」

「あそこのか? やたら並んでるな。別の店にしないか?」

「やだ! あそこがいいの!」

「わかったわかった。お父さん待ってるから行ってきなさい」

「うん!」

 

 一夏と同い年だと思われる女の子が興奮気味に列に並んだ。

 お父さんも大変だな。

 よし、俺も二人を見習って頑張らないと。

 

「おじさん、イカ焼きいかがです?」

 

 列から離れて子供を見守っているおじさんに話かける。

 

「うん? お~美味そうだな。けど朝からイカはな~」

 

 おじさんは苦笑しながら手を横に振る。

 ですよね~。

 朝っぱらからイカ丸ごとは重いですよね。

 だが、まだ俺のターン!

 

「今なら隣のビールとセットで安くなりますよ?」

 

 チラッと隣のお店を見る。

 隣は、飲み物屋とでも言えばいいのか、ビールやソフトドリンクを売っている。

 そこの店主の初老のおじさんは、俺の顔を見てニヤッと笑った。

 今回、隣のおじさんとは協力関係にある。

 ビールとイカをセットで買うと値引きされる。と言うものだが、値引きはあくまでイカ焼きからなので、おじさんは快く承諾してくれた。

 セット、お得、そんな言葉に弱い日本人を釣る為の作戦だ。

 

「いや~、朝からビールはなぁ~」

 

 なんて言いつつも目線がビールに行くおじさん。

 そう、季節は夏、日が昇りすでにビールが美味しい時間帯だ。

 そして、ビールにイカが合わない訳がない!

 

「『朝だから』美味しいって事も有りますよ?」

 

 元社会人の俺は知っている。

 朝からビールなんて世間体や家族の目が怖いから自粛してるだけで、働くパパは休日の朝からビールを飲みたいって事をね。

 

 おじさんの視線が網で焼かれているイカに向かう。

 網の上ではイカがパチパチと音を立てて焼かれている。

 そのイカにタレを塗るとタレが炭の上に落ちてジュッっと音が鳴った。

 

 それと同時に香ばしい匂いが周囲を包む。

 おじさんの喉がゴクリの鳴ったのは気のせいではないだろう。

 

「そうだな、せっかくの祭りだし一つ貰おうか」

「まいど」

 

 ふっ、勝った。

 イカをパックに入れおじさんに渡す。

 おじさんはさらに隣の店でビールを買いホクホク顔だ。

 娘さんに怒られないと良いけど。

 

 さて、これでまた暇になった。

 とりあえず「いらっしゃいませ~」と声出しだけしてたら。

 

「む~」

 

 後ろから唸り声が聞こえた。

 振り向くとそこには。

 

「む~」

 

 束さんが仕切りから顔を出していた。

 

 店の裏手には外から見えないように仕切りが作られている空間がある。

 お笑い番組で生着替えする時に使う円形の簡易脱衣場を想像してもらえばわかりやすいと思う。

 もちろんそれより大きものだが、束さんはその空間でかき氷用の氷が溶けないように見張ったりしている。

 

「む~」

 

 なんのアピールなのか、頬を膨らませこっちを見ている束さん。

 なにそれ可愛い。

 ほっぺをつつきたい。

 

「束さん、むーむー唸ってどうしました?」

 

 相変わらず客足が無いので近づいて束さんに話かける。

 

「しー君、アレはどういう事かな?」

 

 ほっぺたを膨らませたままの束さんの視線の先には笑顔で接客する一夏。

 かき氷屋の方は10人程の女の子が並んでいる。

 大盛況でなにより。

 

「アレってなんです?」

「いっくんの態度だよ! あんな有象無象共に笑顔を振りまくなんて!」

 

 頬を膨らませたまま憤慨する束さん。

 笑顔無しの接客しろとは無茶をおっしゃる。

 

「いや、笑顔は接客の基本ですよ?」

 

 まぁ、一夏には常に笑顔でいるように言ったけどね。

 それだけではなく、一夏には、お釣りを渡す時は相手の手の下に自分の手を添え、相手の手のひらに優しくお釣りを乗せるように言ってある。

 別名『マック渡し』と言われている秘技だ。

 俺の中の話だけど。

 それが恋する少女にはどう感じるかというと、『織斑一夏が手を握りながら微笑んでくれる』となる。

 今のところ作戦は成功だな。

 かき氷を食べながら並んでる猛者もいるし。

 一夏と千冬さんは大変そうだが。

 

「わかってるよ。アイツ等が落としたお金がちーちゃんといっくんの生活費になるんでしょ?」

「わかってるなら見逃してください」

「む~」

「てい」

 

 我慢できなくなって束さんにほっぺをつつく。

 これはなかなかのつつき心地。

 

「ほっぺを膨らませたまま『ぷっぷくぷー』って言ってくれません?」

「ぷっぷくぷー」

 

 くっ、可愛いじゃねえか。

 中身が残念なのが非常に残念だ。

 

「束さん、もしかして暇なの?(ぷにぷに)」

「束さんだけこんな狭い場所で待機なんてつまんない」

「接客できるなら店頭にどーぞ(ぷにぷに)」

「それは無理」

「なら文句言わない(ぷにぷに)」

「しー君はいつまでつついてるのさ。てか、しー君も暇してるよね? ちーちゃんのお手伝いとかしないの?」

「おっと失礼」

 

 クセになる感触だった。

 また今度隙を見てつつこう。

 

「千冬さんの手伝いですか」

 

 千冬さんは黙々とハンドルを回して氷を削っている。

 表情はまだまだ余裕そうだ。

 

「必要以上に手伝うと千冬さんは売上を受け取らなくなりそうですし」

 

 事前準備は全部こっちでやったしな。

 お節介はこの辺がギリギリだろう。

 

「やっぱり全自動式にした方が良かったんじゃないかな?」

「屋台のかき氷で自動は邪道です、手動こそ至高」

 

 実際は、楽な作業にし過ぎると千冬さんが遠慮するだろうと考えた上での配慮だ。

 お金とは汗水たらして手に入れる物。

 舗装された道よりあぜ道を選ぶ。

 それが織斑千冬。 

 時々、束さんよりめんどくさい人だと思う時があるのは内緒だ。

 いや本当に千冬さんの事を考えての事だから、邪道とか冗談だから、そんな目で見ないでください束さん。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 午後3時。

 休憩中の看板を出しみんなで遅めの昼飯中なのだが、現在、大変重苦しい空気に包まれています。

 

 千冬さんは束さんを睨み。

 その束さんは千冬さんに対して笑顔を向けたままだが、その身からは不機嫌なオーラを発している。

 一夏と箒はハラハラしながらそれを見つめ。

 そして柳韻先生は苦笑しながら佇んでいる。

 

 事の始まりは箒と柳韻先生が店に来た時だ。

 箒は神社のお手伝いで忙しいのに、わざわざおにぎりを作って来てくれた。

 ならお昼にしようという話になり、箒は嬉しそうに一夏の世話を焼き、俺と千冬さんは柳韻先生に場所を提供して頂いたお礼を言ったりしていた。

 その頃はまだ雰囲気的には大丈夫だった。

 空気がおかしくなったのはその後だ。

 柳韻先生がおもむろに束さんに話しかけた。

 『調子はどうだ?』と。

 年頃の娘を持つ父親が言うセリフのベスト3に入る言葉だと思う。

 正直、柳韻先生は悪くない。

 問題は束さんだ。

 束さんはそれにこう答えた。

 『邪魔だから消えろ』と。

 俺の脳内でゴングが鳴った。

 千冬さんが束さんに噛み付き、柳韻先生の味方になる。

 それがさらに束さんを不機嫌にする。

 なんかもう負のスパイラルだ。

 

 そんなこんなで。

 

「束、柳韻先生に謝れ」

「なんで私が謝らなきゃいけないのさ? 空気を読めないそいつが悪いのに」

「柳韻先生の何が悪いと言うんだ?」

「私の前に姿を見せた事、私に話しかけた事、だね。せっかく楽しかったのに台無しだよ」

「束!」

「良いんだ千冬君、束の邪魔をした私にも非がある」

「しかし柳韻先生」

「わかってるなら最初から来るなよ。これだから凡人は」

「束、いい加減にしろよ?」

 

 凄いヒートアップしてるな。

 おっ、箒のおにぎり美味しい。

 ほら、一夏も箒もおいで、先に食べちゃおうぜ。

 ん? なに二人共? 俺は何もしないよ?

 だってこれ巻き込まれたら絶対めんどくさい事になりそうだし。

 確かに喧嘩してるように見えるけどさ、ほら柳韻先生を見てごらん。

 『喧嘩できる友達っていいよな』って感じの慈愛の表情で二人を見てるし、余計な事するべきじゃないんだよ。

 

「神一郎、お前も束が間違ってると思うよな?」

「しー君は束さんの味方だよね!?」

 

 知らん、こっちを巻き込むな。

 そして一夏と箒はなんで俺の袖掴んでるの? 

 姉ズが怖い? 

 あぁもうしゃーない。

 

「そこの愚姉二人、こっち来なさい」

「「あ゛あ゛ぁ?」」

 

 どこのヤンキーだよ。

 今にも噛み付きそうな目をしている二人の腕を引き一夏達と距離を取る。

 

「ふんっ」

「つーん」

「はいケンカしない」

 

 俺を挟んで悪態を吐く二人の間に入る。

 

「まず千冬さんは何でそんなに怒ってんです?」

「私は柳韻先生に恩がある。恩人を悪く言われたら怒るのは当然だ」

「だからと言って、親子ゲンカに口出しするのはお節介が過ぎませんか?」

「むっ」

 

 千冬さんは自覚があったようで、バツの悪そうな顔した。

 

「そして束さん」

「束さんは悪くないもん」

 

 束さんはぷいっと顔を背ける。

 こんな状況じゃなければ可愛い仕草なんだけどなぁ。

 とは言え、せっかく楽しんでた一夏と箒の良い雰囲気を壊した罪は重い。

 

「束さんはさ、本当に一夏と箒が好きなの?」 

「好きだよ?」

「無理しないでいいよ。本当は好きじゃないんでしょ?」

「何でそうなるのさ」

 

 鋭い目付きで睨まれた。

 懐かしい視線だ。

 初めて会った頃を思い出す。

 

「だって、現に一夏と箒を悲しませてるじゃん」

「それはアイツが!」

「アイツって柳韻先生の事ですよね?」

「そうだよ」

「ほらやっぱり、束さんは一夏と箒が好きじゃないんだよ」

「だから、なんでそうなるのさ」

「柳韻先生を悪く言えば、一夏と箒が悲しみ、そして千冬さんが怒る事はわかってましたよね? それなのに束さんは皆の目の前で柳韻先生に悪口を言った。ほら、二人を見てください」

 

 束さんが一夏達に視線を向ける。

 一夏と箒は心配そうな顔でこちらを見ていた。

 

「さっきまで楽しそうだった二人にあんな顔させといて、好きとか言われても説得力ないよ?」

 

 束さんは俺の方をゆっくり振り返り――目を潤ませてた。

 やっべ、ちょっと言いすぎた?

 

「束さんて悪者?」

「いや、悪者と言うかですね」

「束さんは邪魔者?」

「いやいや、今日店を出せたもの束さんのお陰ですから、邪魔なんて事は」

「束さんは本当にいっくんと箒ちゃんの事好きだもん」

「束さんが二人の事を大事に思ってるのはちゃんと知ってますから」

 

 千冬さん、何その目。

 『さっきと言ってる事が違う?』

 これ以上追い詰めたら可哀想だろ。

 『こいつ弱っ』って目で見ないで。

 泣く子には勝てないんだよ。

 冗談で弄るならともかく、こう、ガチで悲しい顔されると心にクルものがあるんだよ。

 なんだよその笑みは。

 元はと言えば自分にも非があった事忘れてないか?

 よろしい、ならばお前も道連れだ。

 

「束さんは別に柳韻先生の事は嫌いじゃないんですよね?」

「うん、別に父親って生き物は嫌いじゃないよ。どうでもいいと思ってる」

 

 シュンとしながらも毒舌だ。

 アイツ呼びしないのは気を使ってると見るべきか。

 柳韻先生を見ると、そんな束さんを微笑ましく見ている。

 やはり柳韻先生は束さんの性格を受け入れ、うるさく言う気はないようだ。

 『わんぱくでもいい、元気に育ってくれたら』って感じかな?

 

「束さんは何で千冬さんが怒ったかわかりますか?」

「さっきちーちゃんが言ってたじゃん、恩があるって」

「それは半分嘘です」

「おい待て」

 

 千冬さんがストップをかけるがもう遅い。

 

「だっておかしくないですか? いくら恩があるとはいえ、親友の束さんにケンカ売るなんて」

「確かに!」

 

 束さんはパァと明るい顔をする。

 このコロコロ変わる表情は見てて飽きないな。 

 

「いいですか? 千冬さんはね、柳韻先生に父性を感じているんです。心の中では第二の父と思い、慕っているんです!」

「「「な、なんだって~」」」

 

 束さんだけじゃなくて一夏と箒もノってくれた。

 その調子で元気に育って欲しいね。

 

「おいコラ」

 

 ドスの効いた声が聞こえるが、無視だ無視。

 

「千冬さんの年を考えれば父性を求めるのは普通の感情、むしろ当然――それだけではないんですよ束さん、千冬さんはね、父性だけではなく、母性も求めているんです!」

「「「な、なんだって~」」」

 

 二回目のお約束。

 ありがとう、本当にありがとう。

 みんな大好きだ。

 

「束さんは今回、自分が好きな人が集まっている環境に柳韻先生が入って来た事が気に入らなかったんですよね? でもね、無理矢理排除しようとすれば箒達を悲しませてしまう。ならどうすればいいか――答えは母性! 束さんの母性で自分に釘付けにすれば良いんです!」

「なるほど!」

 

 束さんが満面の笑みを見せる。

 めちゃくちゃな理論だが、今はノリで突っ走るべき。

 

「いい加減にしろ」

「あでっ!?」

 

 千冬さんの鉄拳が頭に落ちる。

 だが負けん。

 

「普段お世話になっているお礼に、俺も一肌脱ぎましょう――ほ~ら千冬、パパだよ~」

 

 手を広げ、ハグカモン体勢。

 

「殺すぞ?」

「母性ってイマイチわからないけど、ほ~らちーちゃんママだよ~」

 

 束さんも手を広げ受け入れ体勢になる。

 

「よし殺す」

 

 千冬さんはゴパァと白い息を吐き出しながら指をバキバキと鳴らすした。

 

「「こわっ!?」」

 

 やばい、やりすぎた。

 俺と束さんは互いに抱き合いながらガクブル震える。

 

「まぁまぁ、千冬君、その辺で」

 

 おぉ今まで黙って見守っていた柳韻先生から救いの手が。

 

「ちっ」

「束さん、メッ」

「おっとそうだった。ほらちーちゃん、ママだけを見て!」

「安心しろ束、今は貴様等しか見えん」

 

 俺も入ってるんですね。

 

「祭り中だから道場が空いてるな、柳韻先生、少し借りますね」

「手加減してやってくれ」

 

 柳韻先生が笑いながら道場の鍵を千冬さんに渡す。

 

「よし、行くぞ。お前らの根性を叩き直してやる」

 

 千冬さんに首根っこを掴まれズルズルと引きずられる。

 

「ちょ、俺は悪くない! 元はと言えばケンカしてた二人が悪い!」

「やん、ちーちゃんてば過激」

「黙れ神一郎、男なら覚悟を決めろ。束は呼吸すらするな」

 

 約一名だけ喜んでるが災難だ。

 やはり関わらなければ良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、一夏と箒がお祭りデートしたり、めでたく氷を使い切り、完売おめでとう会をしたりと盛り上がったが、俺と束さんは燃え尽きて両方参加出来なかった。

 今日の教訓、親子ゲンカに口出すのは自重しましょう。

 そして冗談が通じない人をからかうのは程々に。




難産でした。
柳韻先生を出そうとしたのが間違いだったかなと。
読み辛い、話の継がりがおかしいと思う方がいると思います。
少しずつ書いたからか、前後で書いた時のテンションが違うんですよね。
次回のハロウィンネタは素早く書きたい(><)


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ハロウィン(上)

納得いかなくても投稿するスタイル!
自分が納得できるまでこだわっていると読専に戻りそうなので(><)



 残暑も過ぎ去り肌寒さを感じる秋の夜。

 周囲に街灯はなく、月明かりを頼りに夜道を歩く。

 今回は千冬さんをハロウィンパーティーに参加させるために、俺と束さんはバイト帰りの千冬さんを待ち伏せしていた。

 待ち伏せは見事成功し、まぁ歩きながら話しましょうと言う事になり。

 

「うさみみが最強。それが真理なんだよ」

「ケモみみに上下はない。大事なのはその人物にどれだけ似合うかです」

 

 俺と束さんはどちらが千冬さんのハロウィン衣装を決めるかで争っていた。

 

「へー? ならばちーちゃんにうさみみが似合わないと?」

「それは似合うと思います。千冬さんはスタイルが良いですから、バニーなど最高でしょう」

「なら――」

「ですが、千冬さんに似合うのはそれだけでしょうか?」

「やれやれ、往生際が悪いんだから。でも一応聞いてあげるよ」

「いぬみみです。それも可愛い系ではなく、シェパードみたいな凛々しいのが良いですね」

「う~ん。似合うと思うけど、うさみみに比べたら……」

「想像してみてください。千冬さんの頭に生える黒く立派なみみ、そのキリッとしたみみが、『コラ! 千冬!』と怒鳴られた時に、しゅんとして、へたっとなった時のそのみみと千冬さんの表情を」

「――――悪くはないね(ぽたぽた)」

「はいティッシュ。鼻血拭こうぜ」

「ありがとしー君」

「いぬみみの良さがわかってもらえましたか?」

「一考の余地があるのは認めるよ」

「ならば」

「後は」

「「本人に決めてもらおう」」

 

 後ろを振り返り、我関せずの姿勢をとっている千冬さんに意見を求めてみる。

 

「千冬さんは、『セーラー服&いぬみみ』と」

「『バニーガール』どちらが良いかな? もちろん、うさみみは私とお揃いだよ」

「頼むから黙ってろ」

 

 千冬さんにゴミ虫を見るような目で見られた。

 酷い話だ。

 こっちは本気で考えてるというのに。

 

「そもそも、私は参加するとは言ってない」

 

 千冬さんは疲れた顔でため息をついた。

 今日もお疲れのご様子。

 これは是非ともハロウィンパーティーで美味しいものを沢山食べて欲しいね。

 

「参加しません?」

「あぁ、と言いたいところだが、どうせ逃げられないよう手を打っているんだろ?」

「もちろん」

 

 素直じゃない千冬さんの為にも言い訳の準備はばっちりです。

 

「はぁ……まぁいい、毎度の事だ。しかし、仮装はもう少しなんとかならんのか?」

 

 結構良心的な衣装を選んだつもりなんだけど。

 まぁ、初めてのコスプレは誰しも恥ずかしいものだしな。

 ここは乗り気にさせる方向で。

 

「束さん、アピールタイムです。それぞれの衣装の素晴らしさを語って、千冬さんに選んでもらいましょう」

「ならば先手は貰った! ちーちゃん! バニーにするとエッチな感じで私が大喜びなんだよ!」

 

 束さん、それアピール違う。

 

「さらに! 親友の私とお揃いのうさみみ! これはバニーしかないよね!」

 

 鼻息荒く千冬さんに絡みつく姿はもはやセクハラオヤジ。

 あ、さりげなくお尻触ってる。

 オチは見えたな。

 

「束……」

 

 千冬さんは束さんの顔を両手で優しく掴む。

 

「ちーちゃん……」

 

 まさかの百合展開!?

 束さんはうっとり顔で千冬さんを見つめている。

 その姿はどう見ても――

 

「飛んでこい」

「ほえ?」

 

 千冬さんは顔を持ったまま、勢い良く回り始めた。

 どう見ても――首投げです。

 

「もげる! ちーちゃん! 私の大事な部分がもげちゃう!?」

「お前ならもげても大丈夫だ」

 

 ブオンブオンと風を切りながら、束さんがグルグルと回る。

 

「い~や~! し~ちゃ~ん!」

「そら、飛べ」

 

 千冬さんが手を離すと。

 

 「へにゃぁぁぁぁ!?」

 

 束さんはそのまま10m近く空を飛んでいき、

 

 べシャ!

 

 そのまま顔面から地面に落ちた。

 潰れたカエルの様になったままピクリとも動かないが、生きてるのだろうか……。

 

「神一郎」

「はい!」

 

 思わず直陸不動で返事をする。

 

「お前はもう少しまともな意見だよな?」

 

 髪が影になっていて顔が良く見えないが、不機嫌なのはわかる。

 そして下手したら俺も首投げされるのもわかる。

 

「Sir! 女子高生には一般的なセーラー服に、みみと尻尾を付けるだけなので、初心者向けです! そして一夏にも同じ物を付ける予定であります! コンセプトは『人狼姉弟』となっております!」

「一夏とお揃いか……悪くないな」

「ありがとうございます!」

 

 すかさず頭を下げる。

 男としてのプライド?

 そんなのは死んだ時に三途の川に落として来たよ。

 

「それと一応聞いておく、今回はどんな手を使った?」

「今回は千冬さんが働いてる間に、一夏に千冬さんがハロウィンパーティーに参加すると言ってあります。ついでにハロウィンの料理特集の本もあげました。今頃は『千冬姉はどんな料理だと喜ぶかな~』と考えながら眠りについてるかと」

「つまり、不参加になれば一夏が悲しむか」

「『千冬姉が働いてるのに、俺だけが楽しむなんてできない!』なんて暗い気持ちで参加する事になるか、一夏も不参加になるでしょうね。その場合、今度は箒が悲しみます」

「……お前も飛ぶか?」

「千冬ちゃんがもう少し素直だと、お兄ちゃんもこんな事しなくてすむんだけどなぁ~」

 

 つい言ってしまった。

 だって、毎度毎度、いかに千冬さんに断られないように考えるの少しめんどくさくなってきてたから。

 

「ちゃん付けは止めろ、そして兄ヅラするな(蹴り)」

 

 お尻を蹴られ体が宙に浮かぶ。

 この、ブワッと浮く瞬間が気持ちいい。

 思ったよりお尻に痛みはなく、千冬さんの優しさを感じた。

 眼下には地面に張り付いたままの束さんがいる。

 このままだと束さんにぶつかってしまうが、俺は空気を読めるオタク。

 ISを使えばどうとでもなるけど、お約束は守る。

 束さん、俺達、ズッ友だよ?

 

「「ぐぇっ!?」」

 

 秋の夜、虫の声に混ざって、踏まれたカエルの様な声が夜空に響いた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 女性は男性より早熟と言われている。

 一夏という好きな男がいるせいか、箒の女としての成長は早い。

 あどけない笑顔の中に女の顔を見せながら、レンズの先では箒がハニカミながら微笑んでいる――巫女服に猫耳を付けて。

 

 俺、生まれ変わって良かったと思う。

 本当に、心から。

 自宅で小学生のコスプレ写真撮影とか、前世だったら逮捕待ったなし。

 でも今は俺も小学生。

 道徳的に問題はあっても、法律的にはセーフ。

 やましい気持ちは一切ないしな!

 

「可愛いよ箒! 次は床に座って――そうだね、足を伸ばしてみようか、太もも――は流石に止めておいて、膝小僧辺りまで見せる感じで――そうそう!」

 

 ひらすらシャッターを切る。

 箒は恥ずかしがりながらもまんざらではない様子。

 私見だが、束さんにコンプレックスを持っている箒は、誰かに褒められたり、求められたりする事を強く望んでいる気がする。

 少女の心の隙を突くようで罪悪感があるが……いや、箒の可愛さの前ではそんな感情吹っ飛ぶな。

 

「次は上から撮るね。上目遣いを意識して、首をかしげてみようか」

 

 恥ずかしながら首をかしげる様子がもうたまらん!

 黒く綺麗な髪に丸い瞳。

 あぁ、可愛いよ箒。

 膝の上に乗せてひたすらなでなでしたい!

 

 たっぷり箒の可愛さを堪能した後、それらのデータをパソコンに取り込み、今日撮った写真一覧を表示する。

 画面は箒の素晴らしい写真で埋め尽くされた。 

  

 ミイラ女(ビキニタイプの水着の上から包帯を巻いた)

 小悪魔(角付きカチューシャと黒のキャミソールに短めのスカート)

 魔女(トンガリ帽子に黒とオレンジのドレス風の衣装に黒ストッキング) 

 赤ずきん(童話の赤ずきんそのままの王道)

 猫耳巫女(猫耳+巫女服)

 

 正直、趣味に走りすぎた気がしない訳でもない。

  

「さて、箒はどれがいいと思う?」

 

 隣でパソコン画面を見て、また顔を赤くしている箒に判断を委てみる。

 

「神一郎さん、ハロウィンって本当にこんな格好しなければならないんですか?」

「絶対ではないけどね。でもせっかくの機会だし、一夏に違う自分を見せるチャンスだよ?」

「それは……そうなんですが、この姿を一夏に見られるのは恥ずかしすぎます」

 

 今にも顔から火が出そうだ。

 少し落ち着かせた方がいいかな?

 

 一夏の写真の一部を切り取り箒の写真に貼り付ける。

 

「ほらほら箒、猫耳巫女いちか~」

「ぶっ!?」

 

 ただ箒の写真に一夏の顔を貼り付けただけのもの、加工などもしていないので、コラ画像、などと言うにはおこがましい出来だが、箒の笑いはとれたみたいだ。

 

「神一郎さん、や、止めてください。そんな一夏を見せないでください」

 

 などと言いながらも、箒はクスクスと笑いながら写真を見ている。

 

「やっぱり露出が高いのは恥ずかしいかな?」

「そ、そうですね。ちょっと恥ずかしいです。くくっ」

「どれも可愛いと思うんだけど。う~ん、それじゃあ、赤ずきんか猫耳巫女にする?」

「プッ、ゴホン! 猫耳もちょっと」

「それなら赤ずきんだね」

「はいそれにシマス!?」

「箒、ちゃんと写真見て決めてる? 客観的に見るために写真を撮ったんだよ? ちゃんと自分に似合ってるのを決めないと」

「ちゃんと見ました。赤ずきんで良いですから――お願いですから、もう」

 

 箒は口を押さえながら必死に笑いを堪えている。

 今の会話の間に、セクシー包帯いちか、小悪魔いちか、魔女いちかを作ってみたが、なにげに気に入ったか箒よ。

 

「ちょっと休憩しようか。箒は一夏の写真でも見ててくれ」

「見ません!」

「普通の写真だよ?」

「……ありがたく見させてもらいます」

 

 素直な箒は可愛いなぁ。

 一夏の写真を見て頬を緩ませてる箒の頭をひとなでして、静かに寝室へのドアを開ける。

 ドアを開けた瞬間、寝室から鉄の匂いが漏れ出した。

 箒にその匂いが届かないよう、素早く部屋に入りドアを閉める。

 寝室のベッドは血で真っ赤に染まっていた。

 

「しー君、箒ちゃんのピンク色だったよ……」

 

 どこから持って来たのか、輸血パックで輸血中の変態の血で。

 

「束さん、落ち着いた?」

 

 この変態、箒がミイラ女の衣装に着替えているのを覗いていたらしい。

 それで鼻血を吹き出してから現在隔離されている。

 箒の情操教育のために。

 

「うん、箒ちゃんの匂いを嗅いでるととても落ち着くんだよ」

 

 束さんが手に握っているナニカをクンクン嗅いでいる。

 落ち着くのは良い事だが、鼻血がいっこうに止まる気配がないのはなぜだ?

 

「束さん、それは?」

「これ? 箒ちゃんの使用済み水着」

「死ねよ変態」

 

 思わず男友達と話す時と同じノリで言ってしまった。

 仮にも女の子に暴言を吐いてしまったよ。

 気を付けなければ。

 

「そうだね、このまま死ぬのも悪くないかも」

 

 束さんを水着を鼻に当てたまま恍惚の表情をしている。

 確かに、俺と違って、そのまま逝けたら幸せかもしれない。

 けど、篠ノ之束が死んだら、原作ブレイクどころの話じゃないんで止めてくれ。

 もうそろそろパーティーの準備を始めたいし、しょうがない、少し荒療治するか。

 

「束さん」

「なにかな? 私はこのまま「姉さんなんか大嫌い」……え?」

 

 できるだけ箒の声を意識して。

 

「姉さんは洗濯しないし」

「え? ちょっ」

「姉さんはお風呂入らないし」

「あの」

「姉さんはいい歳して恥ずかしい格好してるし」

「いやこれは……」

「足臭いし」

「臭くないもん!」

「息臭いし」

「臭く……ないよね?」

「なんか服も臭うし」

「……グス」

 

 あ、泣き出した。

 鼻血出したり涙出したり忙しい人だ。

 

 

 

 

 

「ほら、ちーんしてちーん」

「ちーん」

「はい、顔拭くよ」

「むぎゅ」

 

 テンションも下がり、落ち着いた所で束さんの顔を拭いて身支度させる。

 服にも血がべっとり付いていたのに、どうやったのかあっという間に綺麗な服に戻った。

 その技術でちょっとした殺人現場になっている俺のベッドも綺麗にして欲しいよ。

 

「束さん、そろそろ準備始めるよ?」

「オッケーだよしー君。しー君のおかげで落ち着いたしね。ホントしー君のおかげで……」

 

 ちょっと根に持ってるみたいだが、俺は悪くない。

 居間に移動してパソコンに釘付けの箒を呼び、三人でパーティーの準備を始める。

 束さんに飾り付けを任せ、俺と箒で料理を作る。

 とは言っても、簡単な料理はすでに冷蔵庫の中だ。

 今作ってるのは目玉のパンプキンケーキ。

 俺もデザート系は得意ではないが、ネットを見ながら箒のサポートに徹する。

 

 

 

 

 

「一夏は喜んでくれるでしょうか?」

 

 パンプキンケーキが焼かれているオーブンを見ながら、箒がポツリと呟いた。

 

「大丈夫だよ箒ちゃん。箒ちゃんが作ったんだもん。いっくんは大喜び間違いなしだよ」

 

 飾り付けが終わったのか、いつの間にか束さんが後ろに立っていた。

 

「姉さん……そうですね。料理は愛情と言いますし、きっと喜んでくれますよね」

 

 愛情か、俺と束さんがいるのに口に出すとは、箒も成長したな……ちょっと一夏が羨ましいよ。

 

「束さん、飾り付け終わったの?」

「終わったよん。そして後3分でちーちゃんといっくんが到着するよ」

 

 なぜわかるのか。それは気にしない方向で。

 

「それじゃあお出迎えしましょうか、箒は先に着替えてて」

「わかりました」

 

 箒を着替えに行かせ、束さんと二人で玄関で待機する。

 

「束さん、はいコレ被って」

 

 束さんにかぼちゃの被り物(うさみみ穴付き)を渡す。

 

「合体!」

 

 スポッとそれを被ると、うさみみが頭から生えている珍妙なジャックオーランタンが出来上がった。

 手抜きと言うなかれ、俺はもっと簡単だ。

 上下黒一色の服に黒いマントを羽織るだけ。

 バンパイアの格好のつもりです。

 作り物の牙さえ無しのお手軽コス。

 

 ピンポーン

 

 チャイムの音を聞き、束さんと頷き合う。

 

 ガチャ

 

 ドアが開いて。

 

「「トリック オア トリート!」」

 

 パーティーの始まりだ!




箒のハロウィン衣装の参考に
ハロウィン コスプレ 小学生
で検索かけたら……うん。
検索履歴を誰かに見られたらと思う恐怖((((;゚Д゚))))


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ハロウィン(中)

ギャグパートです。
ハロウィン編終わったら真面目な話になりますので、今だけはお付き合い下さいm(_ _)m


 ハロウィンパーティーは大いに盛り上がった。

 赤ずきんの衣装を纏った箒と、学ランにいぬみみと尻尾を付けた一夏は互いの料理を褒め合いながら笑顔で食事し、かぼちゃヘッドの束さんがはしゃげば、いつもより表情の柔らかい、いぬみみ千冬さんがそれを拳で嗜める。

 パーティー会場になっている俺の家は暖かな空気に包まれ、皆に笑顔は絶えなかった。

 

 テーブルに並んだ料理をあらかた食べ終えた時、誰かが言った。

 『ゲームをしよう』と。

 それに反対する声がでなかった、むしろ皆乗り気だった。

 さらに、『せっかくだから罰ゲーム有りにしよう』と言う意見が出た。

 無論、それにも反対する人はいない。

 そう、俺達は皆浮かれていたのだ。

 

 まず、皆で思い思いの罰ゲームを紙に書いて箱に入れ、その中から一夏と箒が一枚ずつ引く。

 負けた二名がその罰ゲームを受けるというルールが最初に決まった。

 

 友達と罰ゲームを考える時、“特定の人物にやらせたい罰ゲーム”、“悪ふざけでみんなが嫌がる罰ゲーム”、“自分が負けた時を考えてヌルめの罰ゲーム”など、人によって考える内容は様々だろう。

 俺はノリで書いた。

 分類するなら“悪ふざけでみんなが嫌がる罰ゲーム”になるだろう。

 この場にいる人間は5人、その内、真面目なのが3人。

 最悪の状況を考えるべきだった。

 

 

 

 

 

 

 罰ゲーム①

 バニーガールの服を着て写真撮影(男女問わず)

 

 罰ゲーム②

 おしゃぶりによだれかけを装備して、赤ちゃんの真似をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――誰だバニーガール(男女問わず)とか馬鹿な事書いた奴。

 

 

 

 

 

 一夏と箒が引いた紙を見て、場の空気は一瞬にして冷えた。

 一夏と箒は青ざめ。

 千冬さんは一気に不機嫌に。

 そんな中、束さんだけニンマリ笑っていた。

 うん、犯人は最初からわかっていたよ。

 俺に対して三人から冷たい視線を感じる。

 正直すまんかった。

 

 

「えっと、これは引き直しかなぁ~なんて……」

「一夏の言うとおり引き直しが良いと思います!」

 

 我に返った最年少組が慌ててやり直しを要求してきた。

 焦るのも無理はない。

 なにせ相手は色々チートな姉二人、罰ゲームを受ける確率が高い弟妹は、もっと楽な罰ゲームを想像してただろうし、そんな罰ゲームを紙に書いていたのだろう。

 二人の心の中を代弁するなら。

 

『ナニソレ聞いてない』

 

 だと思う。

 

 バニーガールに面食らったけど、なに慌てる事はない。

 要は勝てばいいのだ。

 ぶっちゃけ、千冬さんの赤ちゃんプレイとか束さんのバニーが見たい。

 いや、逆でもいいな。

 これは面白くなりそうだ。

 

「まぁまぁ、一夏、箒。まだゲーム内容も決めてないし、ちょっと俺の意見を聞いてくれないか?」

 

 二人が心配そうな顔で俺を見てくる。

 安心しろ二人共、俺は敵じゃないよ。

 

「ゲーム内容はランダム性の強いもの、なおかつ、皆に勝つチャンスがあるものとかどうだろう? それならいいだろ?」

「神一郎さん、俺、千冬姉に勝てる気しないんだけど」

 

 一夏の隣で箒もコクコクと頷いている。

 まったく、やる前から気持ちで負けるなよ。

 

 

「一夏、千冬さんにも苦手な事があるだろ? それを勝負の内容にするんだよ」

「それって束さんやちーちゃんがハンデをつけるって事?」

「いえ、それはフェアではないので、勝負はくじ引きで決めませんか?」

 

 四人が首を傾げる。

 

「罰ゲームを決めた時と同じですよ。一人二つ勝負の内容を紙に書いて箱に入れます。箱の中には10枚の勝負内容が書いてある紙があります。その箱から一人一枚ずつ紙を引いて、書かれてる内容で勝負するんです。“ゲーム”ではなく“勝負”なのは、順位を決められるなら一般的なゲームじゃなくても良しとするからです。そうですね、五回くらいがダレなくて丁度いいかと」

「なるほどね~、それならいっくんと箒ちゃんに勝ち目がある……かもだね」

 

 束さんが不敵に笑う。

 負ける気はさらさらないらしい。

 

「束さん、油断できませんよ? 五回の勝負の内、一夏と箒が決めた勝負が4つ来たら束さんが負ける可能性もありますし」

「ふふん、どんな内容でも束さんに負けはないよ」

 

 憎たらしい笑顔だ。

 一夏と箒もちょっとムッとした顔をしてる。

 普段の束さんなら二人にこんな顔を見せないだろう。

 煽っていくスタイルですね。

 グッジョブだよ束さん。

 

「千冬さんもそれで良いですか?」

「構わん」

 

 あっさりと了承された。

 嫌がると思ったんだが。

 もしかして、一夏の赤ちゃんプレイでも見たいんだろうか?

 流石シスコンの鏡。

 

「意外ですね。もっと嫌がると思いました」

「なに、私だって空気を読むさ。それに――お前の滑稽な姿を見るチャンスだしな」

 

 千冬さんがニヤリと笑い俺を見る。

 いいね。盛り上がってきた。

 だけど、俺も負けてやる気はないよ? 

 

「さて、始める前にちょっと一夏と箒に助言したいんだけど良いですか?」

「いいよ~」

「それぐらいなら良いだろう」

 

 了承を得たので一夏と箒を手招きして呼ぶ。

 今のうちに少しで二人に入れ知恵しないとな――俺の勝率を上げるために!

 

「二人共いい? 格上の相手に勝つには“自分が絶対勝つゲーム”か“相手が苦手なゲーム”、もしくは“運の要素が強く、プレイヤーの実力に影響されないもの”を考えるんだ」

「神一郎さん、言ってる意味はわかるんですが、千冬姉に苦手なものってあるんですか?」

「姉さんが苦手なもの……常識?」

 

 一夏は姉を神聖視しずぎ、箒は中々いい案だと思う。

 

「一夏、今回はさ、別にトランプなんかを使った物だけじゃなくていいんだからね?」

「って言われても……」

「例えば『家事勝負』なんてのも有り」

 

 一夏はハッとした顔で俺を見てきた。

 そうだよ一夏、千冬さんは万能じゃない。

 

「それじゃあ、ゲームのルールを決めましょうか」

 

 

 

 

 ルール①

 ゲームは五回、全員が一回ずつくじを引く。

 

 ルール②

 ポイント制とする。

 一位2P 二位1P 三位0P 四位-1P 五位-2P (五戦終了して、罰ゲーム対象者が二人以上出た場合はその人達だけで延長戦をする)

 

 ルール③

 ゲームの基本的なルールはそのくじを書いた人が決める。

 細かい所は相談しながら。

 

 ルール④

 戦闘系のゲームは禁止。

 

 ルール⑤

 罰ゲームからは逃げられない。

 

 

 

 

 暫く話し合って、ざっくりと決まったルール。

 

 穴だらけに感じるが、それが良いのだ。

 身内でやるゲームでがっちりルールを決めるのはつまらない。  

 ある程度穴がある方が色々と楽しめるってもんだ。

 

 勝負の内容を考えていると、束さんと目が合った。

 もの凄くいやらしい笑みだ。

 あれか? 俺のバニーでも想像してるのか?

 バニーを着させるのは着る覚悟があるやつだけだよ束氏。 

 俺は赤ちゃんプレイはゴメンだけどな!

 

 

 

 

 全員が書いた紙を箱に入れ、軽く上下に振って混ぜる。

 

「みんな準備はいい?」

 

 姉達は静かに笑い、一夏と箒を緊張した面持ちで頷いた。

 

「最初は一夏が引いてみる?」

 

 一夏に箱を差し出して引くように促してみる。

 

「俺から!? いやでも……」

「大丈夫だ一夏。自分を信じろ」

 

 お前なら主人公補正があるからきっと大丈夫!

 

「神一郎さん……わかった。俺、引くよ!」

 

 おおう、無意味に主人公らしいセリフだな。

 

 一夏が箱に手を入れ、半分に折りたたまれた紙を一枚引き、それをゆっくり開けた。

 紙を開いた瞬間、一夏の顔が喜びに染まった。

 

「俺が引いたのは――『料理勝負』です!」

 

 一夏の尻尾がぶんぶん振られている幻想が見えたよ。

 ナイス一夏! 信じてた!

 箒もガッツポーズをしている。

 一夏の為に料理の練習しといて良かったな箒。

 

 それに比べ――クックックッ。

 千冬さん、顔色が悪いですよ?

 そこの天災がなぜ自身満々の顔をしているのかがわからないけど。

 

「一夏、ルールは?」

 

 場合によっては横槍も辞さないよ俺は。

 ここは確実に勝ちたい。

 

「ちゃんと考えてましたよ。お題は“卵焼き”です。料理は二人ずつ順番で作りましょう」

 

 中々良いチョイスだ。

 作るのに時間かからないしな。

 それより問題なのは――

 

「一夏、判定は誰がするの?」

「え? みんなで食べ比べて、一番美味しかった人に票を……」

「それさ、みんなが自分に票を入れたら意味なくない?」

「あ……」

 

 気付いたか一夏。

 まぁそんな小狡い事する人はここにいないだろうけどね。

 

「だからさ、判定は一夏がすればいいよ。一夏なら信じられるし」

 

 利用しといて悪いが一夏、俺は彼女の料理はできるだけ食べたくないんだよ。

 

「そうだな、一夏なら信用できる」

「あぁ、一夏に任せれば問題ないだろう」

 

 俺と同じ発想に至った箒と千冬さんが味方になった。

 一夏は、え? え? と事体を把握できなかったみたいだが、ある場所を見て動きが止まった。

 

「料理は久しぶりだよ~。夏祭りはひたすらシロップ作ってただけだしね」

 

 束さんは腕捲くりしてやる気満々だ。

 

 一夏……シロップはね。

 俺が必死に『くれぐれも余計な事をしないで下さい』と頼み込んで味付けだけをしてもらったんだよ。

 タガが外れた束さんは……凄いよ?

 

 一夏は愕然とした表情のまま周囲を見回し、助けがないと悟ったのかガクリと肩を落とした。

 

 

 

 ~料理中~

 

「一夏と箒の卵焼きは見事でしたね」

「そうだな」

「あの、千冬さん。それ卵焼きじゃなくてスクランブルエッグなんですが?」

「…………チッ」

「味付け塩コショウとか新しいですね」

「お前、ワザと私と組んだな? 一夏や箒が余計な事をしないように」

「二人共優しいですから、千冬さんに助言とかしそうだったので」

「そこまでして勝ちたいか?」

「勝ちたいですね」

「お前今に見てろよ」

「卵焼きもちゃんと作れない奴が偉そうに――痛ッ! ちょオタマで殴るのは反則でしょ!?」

「手が滑った」

「勝てないからって大人気ない(ボソッ)」

「いやお前が言うなよ」

 

 

 

 

「お待たせ~」

 

 最後に料理を作っていた束さんが台所から出てきた。

 束さんがテーブルに皿を乗せ、これで全員分そろった。

 

 一夏作、普通の卵焼き(甘め)

 箒作、だし巻き卵

 千冬さん作、スクランブルエッグ

 束さん作、なんか黒い塊

 俺作、卵焼き(しょっぱめ)

 

 

 これは良い戦いになりそうだ――色んな意味で。

 

「えっと、それじゃあ……箒のから」

 

 一夏が箒の卵焼きをひと切れ箸で掴み、パクッと食べる。

 

「うん、やっぱり箒の卵焼きは美味しいな」

 

 一夏は嬉しそうにもぐもぐと口を動かしている。

 

「そうか? ちなみにだ、一夏の好みの味とかあるのか?」

 

 こんな時でもリサーチを忘れない箒の女子力が凄い。

 

「今のままで十分美味しいぞ? むしろ箒の卵焼きが一番好きだ」 

「一番好き!? んっんん、そうか、私が一番か」

 

 箒がとても幸せそうな顔をしている。

 誰かブラックコーヒーをくれ。

 口の中が甘ったるいよ。

 

「次は、神一郎さんのを」

  

 お前がしょっぱいの食べるんかい!?

 って超ツッコミたい。

 

「神一郎さんのは、ご飯が欲しくなる味ですね」

 

 まぁ、酒のツマミにもなるおっさん仕様の卵焼きだし。

 

「次は……」

 

 一夏は残りのお皿を見つめ――

 

「自分のを……」

 

 安牌に逃げた。

 そのままもそもそと自分の卵焼きを食べ。

 

「その、普通です」

 

 だよね。

 自分で作った料理の評価とかそんなもんだよな。

 

「次は千冬姉のを……」

 

 千冬さん作のスクランブルエッグを箸で摘み、一夏は恐る恐る口に運ぶ。

 ゴクンと嚥下音が聞こえたが、一夏は何も言わなかった。

 時間にして数秒だが、部屋に静寂が訪れる。

 一夏は僅かに口を開き。

 

「凄く……スクランブルエッグです」

 

 姉の手料理なんだからもっと喜んでやれよ。

 千冬さんが心なし悲しそうな顔をしてるぞ。

 

「でも、千冬姉の手料理初めて食べたけど、これで初めてなら上出来だよ千冬姉! そうだ! こんど俺と一緒に料理しようよ!」

「……気が向いたらな」

 

 一夏が慌ててフォローに入るが、千冬さんの反応が淡白だ。

 安心しろ一夏、千冬さんは怒ってる訳じゃない。

 心の中では『愛する弟に不出来な料理を食べさせるとは私はなんてダメな姉なんだ!』とか考えてるだけだから。

 まぁ、俺から言える事は一つ。 

 ブリュンヒルデざまぁぁぁWWW

  

 バシンッ!

 

「あだ!?」

 

 いきなり頭をひっぱたかれた。

 

「なぜ叩くんです? 千冬さん」

 

 思わず犯人を睨む。

 

「お前の笑顔がムカついた」

 

 どうやら気付かないうちに笑っていたらしい。

 

「最後に束さんのを……」

 

 千冬さんと漫才をしてるうちに覚悟を決めたらしい一夏が、手を震わせながら、束さん作の黒いナニカに手を伸ばす。

 

「ふっふっふ、自信作だからね。いっくん、たーんと召し上がれ」

 

 語尾にハートが付きそうなほど上機嫌だ。

 それに比べ、黒い欠片を箸で摘んでいる一夏が涙目なのが悲しみを誘う。

 

 ジャリ

 ジャリジャリ

 

 一夏は口を何度か動かした後――バタリ。

 

 横に倒れた。

 

 

「い、一夏~!?」

 

 箒が慌てて一夏に駆け寄る。

 

「束、何を作ったんだ?」

「え? えーと、古今東西の卵焼き?」

 

 どゆこと?

 

「色んな味がした方がいいと思って、鶏卵から魚卵まで、世界中で食べられてる卵を一つにまとめてみました」

 

 どーだ! と笑顔でドヤ顔している束さんが怖い。

 

 

 一回戦終了。

 現在の順位。

 

 一位 2P 箒 

 二位 1P 神一郎 

 三位 0P 一夏

 四位 -1P 千冬

 五位 -2P 束




誰が罰ゲームを受けるのか!?

実力的には一夏と箒か?
はたまた大波乱が起きて千冬と束か?
いや、安定の落ち担当、束&神一郎か?



本当、落ちどうしよう……。


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ハロウィン(下)

気づいてる人もいるかもしれませんが、この話の元ネタはマジ恋です。
個人的に『ホームパーティなどで集まってゲーム』などは、あるあるネタだと思っていたんですが、よくよく考えてみると、日常系ラノベでさえ余り無いシーンなんですよね。
あってもトランプだけとか。
なんで書かれないのかちょっとだけ理解できました。
こんなん真面目に書いたら文字数多いは、上手く書かないと読者様がダレそうだは……。
もうね、ゲーム五種とはバカじゃないの俺?
とこの三週間思い続けてました(><)


 一夏が暫く動けなくなったり、負けた束さんが駄々をこねたりと、色々あったがやっと場が落ち着いて二回戦目。

 

 引き手 箒

 

 勝負内容 『絵』

 

 ルール 絵が上手な人が勝ち

     判定は話し合い

     人物、無機物なんでもOK

     制限時間は15分    

           

 

 

 最初、この勝負が束さん発案だという事に全員驚いた。

 俺は違う意味でだが……。

 一夏と箒は悩んだ挙句、互いに似顔絵を書く事にしたらしい。

 二人の画力は年相応、普通だったが、箒がやや迫力のある絵になっている。

 男塾的な? なんか一夏の顔が若干濃ゆい。

 そして、束さんと千冬さんは――

 

「ねぇちーちゃん。あれなんだろ? 束さんでも知らない物があるとは思わなかったよ」

「ふむ、女の幽霊か? ほら、たまにテレビに映るじゃないか、長い髪を振り乱し、人を襲うタイプの怪談。それにしても目が異様に大きいが」

「なるほど、今にも人に襲いかかりそうだね」

 

 絵を書かずに俺の後ろ駄弁ってた。

 

「ちーちゃん、しー君が角を書き始めたよ?」

「角なのか? 先端が丸いぞ?」

 

 外野、うっさい。

 

「お二人共、残り時間5分切りましたよ? 大丈夫なんですか?」

 

 てか、この二人って絵は得意なんだろうか?

 束さんは発案者だから自信あるんだろうけど、千冬さんとか苦手そうなのに。

 

「うん、せっかくだからトリにしようと思って。あ、いっくんと箒ちゃん書き終わった? 見せて見せて。そうだ。書き終わった順から発表しちゃおう」

 

 まぁ構わないけどね。

 俺も書き終わったし。

 

 

 

 

「俺が書いたのは箒です」

 

 一夏が画用紙を見やすいようにテーブルに乗せる。

 正直、上手いとは言えない。

 けど、丁寧に箒の特徴を書こうとしてる気持ちが伝わる作品だった。

 

「私は一夏を」

 

 次に箒が画用紙を出す。

 箒の絵はやや劇画風の濃ゆい一夏だった。

 漢らしいのが好きらしい。

 

 そして次は俺の番。

 俺が書いたのは、長い髪にエプロンドレス、ニヤけ顔の人物。

 

「俺は束さんを書きました」

 

 見せたくないが、しょうがないので見せる。

 

「「「「へ?」」」」

 

 その反応は予想通りだよチクショウ。

 

「しー君、コレ……私?」

 

 どうした束さん?

 笑うなり喜ぶなりしろよ。

 

「束さんは俺が絵が苦手だと知っていてこの勝負にしたんでしょ? 何を驚いているんです?」

 

 あぁそうさ、俺は絵が苦手なんだよ!

 オタクが全員絵が得意とか思うなよ!

 俺狙いで勝負を決めるとは思わなかった……。

 

「まさかここまでだとは思わなかったんだよ」

 

 束さんが絶句してた。

 他の三人は同情的な視線を向けている……束さんに。

 

「神一郎、服が真っ黒なのはなんでだ?」

「鉛筆で書いたらこうなるんです」

「角は?」

「うさみみです」

「髪がなんであんなに乱れているんだ?」

「束さんの髪は書くのが難しいんです」

「そうか……」

 

 千冬さんは少し質問した後黙ってしまった。

 もういいだろ?

 俺の絵には触れないでくれ。

 

「束さん、残り時間があと数分ですが大丈夫なんですか?」

「ん? そうだね。ちーちゃん、やるよ?」

「わかった」

 

 意気消沈して下を向いていた束さんが顔を上げた。

 やたら暗い顔しているな。

 なに? そんなにショックな絵か?

 あぁ、自分で襲いかかりそうとか言ってたもんな。

 よく特徴を捉えているだろ?

 

「よし!」

 

 束さんがパンパンと自分の顔を叩いて気合を入れ、袖を捲り手を高く上げた。

 千冬さんが、その斜め後ろで同じように鉛筆を構える。

 

 ザザーーッ

 

 束さんと千冬さんが凄い勢いで何かを書き始めた。

 

 

 

 

「できた」

 

 数十秒後、束さんが動きを止め、絵をこちらに見せる。

 

「私が書いたのは“アスワンツェツェバエ”だよ」

 

 束さんが書いたのは、まるで図鑑の1ページのような出来栄えの絵だった。

 ハエという題材にも関わらず、神々しくもある一品だ。

 

「束さんて、銃弾を素手で掴めるの?」

 

 まさかだよね。

 いかに束さんとはいえ……。

 

「(ニヤッ)」

 

 無言で笑った!?

 まじで? 出来るの? 

 いや、気にしない気にしない。

 天災だしこれくらいはね?

 

「千冬さんは何を書いたんです?」

  

 束さんと同じ動きをしていたから、もしかしたら同じかも知れない。

 この人も人類最強だし有り得る。

 

「私は束のを真似てみた」

 

 そう言って千冬さんが見せた絵は、束さんとまったく同じ“アスワンツェツェバエ”だ。

 しかし何故わざわざ束さんと同じ絵を書いたのか。

 

「流石ちーちゃん。と言いたいところだけど、ちょっと荒いね」

「無理言うな。筋肉の動きを観察しながら同じ動きをするのは疲れるんだ」

 

 お兄さんちょっと言ってる意味がわかんないな~。

 

「千冬さん、もしかして……後ろから束さんの手の動きを真似たんですか?」

「あぁ、私は絵心などないからな。これが手っ取り早い」

 

 はは、この世界の女の子は凄いな~。

 片方はリアルスタンドで片方写輪持ちとか。

 やったね一夏。

 この二人に守られるんだ。

 お前の未来は明るいよ。

 驚いている一夏達に、『筋肉の動きを読めば誰にでもできる』とか『脳内のイメージをそのまま紙に書くだけ』とか言ってる二人はどう見ても人外です。

 

 

 

 

 判定

 

 一位 束

 二位 千冬 (束さんの絵より荒い為)

 三位 箒  (一夏よりオリジナリティがあった為)

 四位 一夏

 五位 神一郎

 

 

 二戦目終了

 

 一位  2P 箒 

 二位  0P 千冬 

        束 

 四位 -1P 一夏 

        神一郎

 

 

 

 

 三戦目。

 

 引き手 千冬

 

 勝負内容 『サイコロ』

 

 ルール サイコロを三回振り、合計が一番高い人が勝ち。

 

 

 

 

 箒発案の運任せのゲーム。

 入れ知恵した甲斐があった。

 こちとら転生者ですよ? 運で負けるわけがない。

 と、思ってた時期がありました。

 

「しー君、二、二、二の、合計6だね」

「馬鹿な……」

 

 束さんが笑いながらサイコロを回収する。

 その後ろでは千冬さんも笑っていた。

 一夏と箒の顔にいたっては、『これなら勝てる!』って顔に書いてあった。

 

「ささっ、ちーちゃんも振って振って」

 

 唖然とする俺を横目に束さんが場を進行させる。

 

「私は余り運が良い方ではないんだが」

 

 千冬さんが三つのサイコロを同時に投げる。

 

「ちーちゃんは、一、一、一の、合計3だよ」

「なんだと!?」

 

 千冬さんが珍しく声を荒げた。

 

「ドンマイ」

「やかましい」

 

 慰めたら怒られた。

 ゾロ目とかある意味凄いんだけどね。

 如何せん単純な合計数だから意味がないけど。

 

「はい、いっくん」

「神一郎さんと千冬姉には悪いけど、これなら」

 

 一夏がサイコロを転がす。

 

「お~、いっくんは六、六、六の合計18だね」

「よし!」

「やったな一夏! 私も続くぞ」

「箒ちゃんは、四、四、四で、合計12」

「うん、悪くはないな」

「これで全員終わりだね。私は、五、五、五で15だったから、いっくんが一番だね」

 

 サイコロを振るだけだから、とても早く終わった。

 これおかしくないか? 全員がゾロ目って。

 めだかボックスと似たような設定とかあったっけ?

 そんな事を考えていると、束さんがサイコロに手を伸ばした。

 サイコロを手に収め、また開い時にはサイコロは消えていた。

 拡張領域にしまったのだろう。

 変な所はない。

 だが、束さんのその口元が笑っている事に強い違和感を覚える。

 まさか、と思う。

 けど、一つの可能性が脳裏に浮かんで消えない。

 

 勝負を始める前に、自室からサイコロを取ってこようとした俺を制して、サイコロを差し出してきたのは誰か?

 束さんだ。

 

 束さんが用意したサイコロは三つ。

 最初に束さんが三つのサイコロを同時に投げて、『自分は15』だと言った。

 一つ一つ投げるのも面倒だし、その次の俺も迷う事なく三つ同時に投げた。

 もしかしたら、これは誘導だったのかもしれない。

 五人の人間がサイコロ一度投げるだけ、勝負はあっという間につく。

 そう、結果に疑問を感じて口を挟む前に。

 今回、束さんがさりげなく進行役になった。

 振ったサイコロを拾い、別に人間に渡したりもしてた。

 手のひらに収めた瞬間、拡張領域から、グラサイ――決まった目が出る細工がされているサイコロに交換しても誰も気付かないだろう。

 

 眉間にシワを寄せている千冬さんと目が合った。

 どうやら同じ考えに至ったらしい。

 サイコロはもう束さんの手の中だ。

 今からイカサマを指摘しても、普通のサイコロに変えられるだけだろう。

 

 束さんを見ていたら、俺の視線に気付いた束さんが笑いながら近づいて来て、俺の耳元に顔を寄せた。

 

「しー君、敵の用意した道具を使うなんてまだまだ甘いよ?」

「くっ」

 

 思わず歯を噛み締めた。

 束さんを甘く見ていた俺の落ち度だ。

 全てゾロ目で揃えたのは、いつイカサマに気づくか試していたのかもしれない――心の中で笑いながら。

 もう油断も慢心もしない。

 束さん、俺も全力で相手してやる。

 

「しー君、これで罰ゲームに一歩前進だね。ところで哺乳瓶とかあるかな?」

 

 当店はそのようなサービスはやっておりません。

 

 

 三回戦終了。

 現在順位。

 

 一位  2P 箒       

 二位  1P 束

        一夏 

 四位 -1P 千冬

 五位 -2P 神一郎

 

 

 

 

 四回戦。

 

 引き手  神一郎

 

 勝負内容 『喜怒哀楽ゲーム』

 

 

 ここに来て運は俺に向いた!

 これを待っていたんだよ俺は! 

 

「神一郎さんが書いた紙なんですか? どんなゲームなんです?」

 

 いかんいかん、余りの嬉しさに紙を握り締めたまま我を忘れてた。

 

「そうだよ箒。っと、ルールを説明する前に、束さんにちょっと借りたい物があるんですが」

「なにかな?」

「千冬さんが付けてたあの感情を読み取るネズミ耳まだあります?」

「あるよ~」

「それを、耳が動くんじゃなくて音が鳴るようにして欲しいんですが、お願いできます?」

「そんなの10秒で終わるよ」

 

 束さんは拡張領域から取り出しただろうネズミ耳カチューシャをプラプラ揺らしながら答えた。

 機械系はホント頼りになるな。

 

「ありがとうございます。では勝負のルールを説明しますね」

 

 束さんに余計な事をされないようにしっかり決めないと。

 

「今回の勝負は、“相手の感情を揺さぶった人が勝ち”ってゲームです」

「そこでコレの出番って事だね」

「そうです。まず相手にカチューシャを付けてもらい、その相手の感情を揺さぶって音を鳴らせばいいんです」

「神一郎さん、感情を揺さぶるってよくわからないんだけど」

「そんなに難しい事はないよ一夏。悪口を言って怒らせたり、褒めて喜ばせたりすればいいんだから」

「神一郎、当たり前だが、相手への接触は無しか?」

「いえ、暴力行為やくすぐりじゃなければ可とします」

 

 頭を撫でたりするのも戦法の一つとしたい。

 言葉だけじゃつまらないからね。

 

「肝心な勝敗の決め方ですが、時間で決めます。一人に対する制限時間は60秒。例えば、俺が一人も成功しなかった場合は、タイムが240、逆に一夏が一人20秒で成功すればタイムは80で一夏の勝ちになります。この勝負は、いかに相手の心を揺さぶれるか、そしていかに心を静かに保てるかが肝ですね」

 

 

 ルール 相手に対しての持ち時間は60秒

     薬物や暗示、洗脳禁止。てかイカサマ禁止

     相手への接触は一部可。(くすぐり等は禁止)

     秒数は小数点以下は四捨五入で計算

 

「ルールはこんな感じですね」

 

 ルールを紙に書いて皆に見せる。

 イカサマ禁止あたりで一夏と箒が首を傾げていた。

 純って良いよね。

 俺と千冬さんは気付いてしまったからやられた感が凄い。

 だが、今回は負けないよ束さん。

 

「最初は俺から行きます」

 

 

 ~神一郎のターン~

 

「まずは一夏、コレ付けて」

「はい」

 

 一夏がネズミ耳を装着する。

 それを見て束さんが一夏をガン見していた。

 千冬さんと箒がチラチラと一夏を見ている。

 その視線に気付いた一夏の顔は真っ赤だ。

 今にも音がなりそうだな。

 

「一夏? その調子だと始まった瞬間に音がなるぞ? 落ち着いて深呼吸しな」

「は、はい」

 

 一夏が、スーハーと深呼吸してキリッとした表情を見せた。

 うん、真面目な顔してるのに頭のネズミ耳がピクピクと動いてるのがとてもシュールだ。

 まったく、ナイスだよ束さん。

 千冬さんや箒の番が楽しみじゃないか。

 

「一夏、準備はいい?」

「はい、大丈夫です」

「束さん、スタートの合図をお願いします」

「ほいほい、それじゃあしー君対いっくん――スタート!」

 

 束さんの合図を聞き一夏が表情を固くする。

 その一夏の頭に手を乗せ――

 

「一夏は少しずつ強くなってるよな」

「そ、そうですか?」

 

 頭を撫でられる事に慣れてないのか、一夏はちょっと挙動不審だ。

 

「あぁ、お前ならいつか千冬さんを守れる立派な男になると思う」

「本当にそう思いますか!?」

 

『ピー』

「いっくん“喜の感情”が規定値越えのため、アウト~」

「あ……」

 

 一夏の口から気の抜けた声が出た。

 悪く思うなよ一夏。

 

「時間は9.14だから、タイムは9秒だね」

 

 よし、まぁまぁだ。

 

「さて、次は――箒、いいかな?」

「私ですか? わかりました」

 

 箒が一夏からカチューシャを受け取る。

 

「次は箒ちゃんか、頑張ってね。よーい、スタート」

 

 束さん、今の箒は録画してるよね?

 後でデータを貰おう。

 

「箒」

「なんでしょう?」

「箒は可愛いね」

「っ!? そうですか? ありがとうございます」

「最近は料理も覚えて性格も落ち着いてきたし、良いお嫁さんになりそうだね――一夏の」

「はうあ!?」

 

『ピー』

 

「箒ちゃん、“喜の感情”が規定値越えでアウトだよ。記8.70だから9秒だね」

 

 箒にだけ聞こえるように、最後だけ小声で言ったが効果は抜群だ。

 やはり箒には赤面が似合いますな。

 ここまでは順調、問題は次からだ。

 

「千冬さん、行きますよ?」

「来い、神一郎」

 

 ネズミ耳を付けて凄む千冬さんマジ千冬タン。

 って言ったらすぐ勝てそうだけど、報復が怖いから止めておこう。

 まぁどっちにしろ怒らせるんだけどね。

 

「目玉カードだね。しー君対ちーちゃん、始め!」

 

 速攻で決める!

  

「千冬、少しは女磨けよ」

 

 肩に手を置き、出来るだけ優しい声で言ってあげた。

 

『ピー』

 

「ちーちゃん、“怒の感情”が規定値越えでアウト! 記録は2秒、流石だねしー君」

「………」

 

 千冬さん、怒ってるんだよね?

 無言無表情は怖いから止めて。

 

「最後は束さんですね」

「しー君に天災である束さんの感情を揺さぶれるかな?」

 

 過去何度も泣き顔見せた事あるのに、どこからその自信が来るのか。

 

「また泣かせてあげましょう」

「……私、泣かされちゃうんだ」

 

 恥ずかしそうに意味深な事言うなよ。

 箒と一夏の視線が――哀じゃなくて別の方法にしよう。

 

「ちーちゃん、よろしく」

「あぁ」

 

 二人がそれぞれ、ストップウオッチとネズミ耳を交換する。

 束さんがそれを装着し準備完了だ。

 しかし頭にウサギとネズミの耳とかハチャメチャだな。

 

「では始めるぞ」

 

 千冬さんの声を聞き、目を閉じ集中する。

 思い出すのは、生まれて初めて泣いた映画『ランボー』だ。

 山にこもるランボーに元上官が説得を試みるのだが、ここでランボーは泣きながら戦争での体験を語るシーンがある。

 まさかだよ。

 小学生で男泣きするとは思わなかった。

 ランボーが泣きながら過去を語るシーンを思い出すだけで……。

 

「スタートだ」

 

 ゆっくりと熱くなった目を開ける。

 

「しー君?」

 

 束さんは困惑していた。

 それはそれはそうだろう。

 俺の目が涙目になっているのだから。

 恥は捨てろ。

 全ては勝つ為だ。

 

「束お姉ちゃん、大好きだよ?」

 

 

 

 

『ピー』

 

 少しの間の後に音が鳴った。

 

「束、アウトだ。タイムは6秒」

 

 千冬さんの声にも反応ぜず、束さんはジッと俺を見ている。

 音が鳴るまでの間といい、一体どうした?

 

「しー君が……」

「はい?」

「しー君がデレた!?」

 

 デレてねーし。

 

「これは貴重なんだよ。私、この動画大切にするね」

「ごめんなさい勘弁してください」

 

 思わず頭を下げる。

 録画のことすっかり忘れてた。

 この黒歴史を残すのはホントやめてくれ。

 

「神一郎さんもそんな事するんですね」

「あぁ、驚きだ。神一郎さんがここまでするなんて」

 

 後ろで一夏と箒も驚いていた。

 俺ってそんな真面目キャラかね? 自分で言うのもなんだが、どちらかと言うとお茶目だぞ?

 自分の恥<束さん&千冬さんの恥虐プレイ、だからな。

 

「二人共、今日の事忘れるように。それで次は誰が行きます?」

 

 さっさと次の人に振ってこの場の雰囲気を変えよう。

 

「俺がやります」

 

 一夏がすかさず手を上げた。

 へー、自信有りげな顔だ。

 秘策があるのかな。

 

「じゃあ、一夏の番な」

 

 

 ~一夏のターン~

 

「箒、いいかな?」

 

 一夏は一番最初に箒を指名した。

 

「いいだろう」

 

 箒はどこか期待している顔で一夏の前に座った。

 どんな事を言われるか、期待半分怖さ半分ってとこかな。

 

「いっくん対箒ちゃん、スタートだよ」

 

 進行役に戻った束さんの声を聞き、二人の表情が引き締まる。

 一夏は軽く深呼吸して――

 

「ほ、箒ってさ、可愛いよな」

「か、かわ!?」

 

 多少どもりながらも、見事箒の求めるセリフを言った。 

 

『ピー』

 

「箒ちゃん、喜の感「姉さんは黙っててください!」――はい、いっくんのタイムは4秒です」

 

 束さんは箒に怒られシュンとしてしまった。

 傍から見れば、『よく言った一夏!』って感じなんだけど、なぜそこで箒を見ない?

 すでに一夏は、千冬姉勝負だ! と言いながら千冬さんと対面している。

 顔が赤いし、照れ隠しもあるんだろうけど、そこは箒見てやれよ。

 真っ赤な顔であうあう言ってる箒は本気で可愛いのに。

 しかし一夏らしくないやり方だな。

 さっきの自信有りげな顔といい、もしかして俺の真似をする作戦かな?

 

「次は私か」

「いくよ、千冬姉」

 

 姉弟対決か。

 俺の真似をするなら姉大好きな一夏にとってかなり言辛いと思うんだが。

 

「いっくんがちーちゃんに勝てるか期待なんだよ。それじゃあ、スタート」

 

 頑張れ一夏、お前なら言える。

 

「ち、千冬姉はもっと女の子らしくした方がいいと思うんだ」

「ほう? 私は女らしくないか?」

 

 一夏は勇気を出して言ったが、俺よりオブラートだ。

 千冬さんの音が鳴ってないって事は口調とは裏腹に落ち着いてるらしい。

 これはダメかな?

 

「その――」

 

 お、一夏はまだ諦めてないようだ。

 

「せめて下着は脱ぎっぱなしにしないで欲しいな~って」

「ちょっと待て一夏」

「別に俺だけなら問題ないんだけど、たまに家に誰かが来た時にそれを見られるのは弟として恥ずかしいって言うか……」

「わかった一夏、今度からちゃんと洗濯カゴに入れるからその話題は」

「千冬姉、前にもそう言ったよね? 神一郎さんが家に来たときに、神一郎さんが千冬姉の下着を踏んだ事もあったんだよ?」

 

 あったなそんな事、一夏のなんとも言えない顔を見た瞬間、ボケに走ることも出来ず、そのまま一夏にパンツを手渡して二人で気まずい思いをしたもんだ。

 

「そもそも千冬姉は――」

「いや、それはだな――」

 

 千冬さんの言い訳は一夏のスイッチを押したらしい。

 喋りながら一夏の語尾が強くなっていく。

 

「だいたい、前にも約束したろ? 風呂上がりは裸で歩き回らないって、それなのに千冬姉は」

「すまん、一夏、私が悪かった……」

 

『ピー』

 

「ちーちゃん“哀の感情”規定値超えでアウト! タイムは57秒だけど、頑張ったねいっくん」

 

 制限時間ギリギリとは言え、一夏は見事千冬さんに勝った。

 最後の方は計算じゃなくて本音だったみたいだが、だからこそ千冬さんの心に響いたんだろう。

 弟に私生活をガチで説教されるって……ドンマイ千冬さん。 

 

「次は神一郎さん、お願いします」

 

 千冬さんに勝って自信を持ったのか、一夏からの熱烈なご指名を受けた。

 

「よし、勝負だ一夏」

 

 俺相手にどんな方法で来るのか楽しみだ。

 

「これもまた楽しみな一戦だね。それじゃあ、いっくん対しー君、スタート!」

「失礼します!」

 

 スタートの合図とともに一夏が俺の頭に手を乗せてきた。

 気合入れすぎだろ。

 ちょっと痛いぞ。

 

「神一郎さんは凄いよね。俺と一歳しか違わないのに、落ち着いてて大人っぽいし」

 

 一夏は俺の頭を撫でながら褒め始めた。

 いやね? 気持ちは嬉しんだが、勝負だとわかっているからそこまで心に響かないんだよね。

 こんな時に冷静でいると子供と大人の違いを感じるな。

 

「あと、その、神一郎さんは俺の憧れみたいなところもあって――」

 

 何の反応も見せない俺に対し、一夏は戸惑いながらも言葉を重ねる。

 俺を喜ばせようと必死な一夏を見ていたら心がほっこりしてきた。

 縁側で孫を見るお爺さんって、きっとこんな気持ちなんだろうな。

 

 

 

 

『ピー』

 

 はっ!? 

 

「しー君、“楽の感情”が規定値超えだよ。油断したみたいだね?」

「え? “楽”なんですか?」

 

 一夏が驚きの声を上げた。

 そりゃそうだ。

 喜だと思いきや楽なんだもん。

 油断してほっこりしてしまった俺のミスだ。

 

「最後、束さんお願いします」

「やっと束さんの出番だね。かかっておいでいっくん」

 

 もし、束さんに尻尾が生えていたら、きっとブンブン振っていただろう。

 もの凄くいい笑顔だ。

 一夏の作戦は俺の真似。

 つまり、さっきの俺と同じ事をするわけで。

 

「一夏、準備はいいな?」

 

 千冬さんに話しかけられて、一夏は慌てて目を瞑った。

 準備時間をあげるとは、千冬さんは優しいな。

 特定の人物だけにだけど。

 

「一夏対束、スタートだ」

 

 一夏はゆっくり目を開け――

 

「た『ピー』……さん?」

「束、アウトだ」

 

 あぁ、うん、そうなるよね。

 だって今の束さんは、目の前にエサをチラつかされた犬。

 その状態で勝負開始したらそりゃ音もなるさ。

 ほんの少し涙目を作ることに成功した一夏は、束さんを見たまま呆然としている。

 

「し、しまったぁぁぁぁ!? いっくん、もう一回! もう一回やろう!? ね!?」

「一夏、0秒だ。良くやった」

「……千冬姉、素直に喜べないよ」

 

 束さんの悲鳴を横に千冬さんが一夏を褒める。

 やり直し無しだね。

 束さんドンマイ。

 

「そんな……いっくんの告白が……グスン」

 

 告白じゃないし、てか泣くなよ。

 

 

 その後、箒と千冬さんがチャレンジしたが、不器用な二人は上手くいかず手こずっていた。

 

 箒は全員に対して褒め殺しを実行、一夏、千冬さん、俺は制限時間ギリギリまで粘れた。

 束さんはここでも瞬殺だが。

 

 千冬さんは、一夏と箒に対しては褒め殺し、俺と束さんに対しては怒らせようと罵倒してきた。

 一夏も箒も千冬さんを尊敬している。

 普通に褒めれば千冬さんの勝ちも見えたが、如何せん口下手な人、『一夏、その……最近頑張ってるようだな』とか、言い方が回りくどく、制限時間内に二人を喜ばせる事は出来なかった。 

 そして千冬さんの悪口など悪質な大人に比べれば軽いもの、俺は余裕で流せた。

 ここでも束さんが瞬殺された。

 なぜか“喜”の感情でだが。

 

 そしてこのゲームもついにラストを迎える。

 

 

 ~束のターン~

 

「やっと束さんの出番だね――先に言っておくけど、しー君、束さんは本気だすから覚悟してね?」

 

 目の前に座る束さんが意味ありげな笑みを見せる。

 今回のゲームは、口下手&短気な人間が多いから一人勝ち出来ると思っている。

 現に今の所俺の一位は揺るぎない、束さんにできる事は多くないはず、せいぜい褒め殺しが精一杯だと思ったんだが。

 

「束さんも何か作戦があるんですか?」

「うん、あるよ~。出来れば早めに降参してね」

「降参? そんなルール有りませんよ?」

「束さんに話されたくない、そう思ったら自分で怒るなり悲しむなりすればいいんだよ」

「話されたくないって……嫌な予感しかしないんですが?」

「しー君が考えたこのゲームは良く出来てると思うよ? みんなの性格を考慮したうえでしー君自身が勝ちやすくなっている――けど、それは後先考えなければどうとでもなるよね?」

 

 確かに、相手に本気で嫌われる覚悟か、恥ずかしい思いを我慢し、本音で相手を褒めるなりすればどうにかなる。

 だが、それが出来る人間がここには居ないと思ったからのこのゲームだ。

 

「束、神一郎、そろそろいいか?」

 

 千冬さんの声で思考が中断された。

 ここまで来たら俺に出来る事はない。

 どんな言葉にも揺れず、平穏を心がけるのみ!

 

「俺は大丈夫です」

「私も~」

 

「神一郎対束、スタートだ」

 

 かかってこいや天災。

 

「君が望む永遠、グリーングリーン、歌月十夜」

「負けました!『ピー』」

 

 心の中を怒りと悲しみで満たし、頭を下げる。

 いや、これはもうDOGEZAだ。

 

「神一郎アウト、タイムは3秒だ」

「うんうん、しー君は判断が早くて偉いね」

 

 一夏と箒は、なぜ俺のセンサーが反応したかわかっていないから首を傾げていた。

 

「神一郎さん、今のは何です?」

「箒、今のはね、俺が絶対知られたくない事だよ」

 

 束さんが言ったのはエロゲーのタイトルだ。

 ただし、比較的マトモな部類のだ。

 あれ以上続けられたら、“辱”とか“淫”とか、小学生の耳には入れてはいけない単語が出てくるだろう。

 束さんが俺のPCの中身を知っている事は驚かないが、まさか暴露してくるとは。

 

「二人共、束さんは本気だ。覚悟した方がいい」

 

 俺の言葉にゴクリと喉を鳴らす一夏と箒、その様子を見ながら、束さんが薄く笑った。

 

「次は――いっくん、いいかな?」

「は、はい」

 

 一夏相手なら手加減するかな? 

 

「夜、布団、ちーちゃんの服」

「参りました!」

 

 手加減なんてなかった。

 一夏は青ざめて床を見つめている。

 やたら不穏な単語だが、それらにどんな意味があるのかわからない。

 だけど触れてやらないのが優しさだろう。

 千冬さんも気にしてる様子だが見逃す方向みたいだし。

 

「次は箒ちゃんだね」

「お、お手柔らかにお願いします」

 

 箒は俺と一夏がどんな事をされているか感づいたのか、額から汗を流している。

 

「写真、日課、お休み前」

「私の負けです『ピー』」

 

 箒も正座したまま頭を下げた。

 その単語だと、もしかして一夏の写真にお休み前のちゅーとか? 

 なにそれ、そのシーン超見てみたい。

 

 それにしても一夏と箒にも手加減なしとは。

 本気過ぎだろう。

 

「束さん、一夏と箒に嫌われても知りませんよ?」

 

 嫌われるは言い過ぎかもしれないが。

 

「しー君、私はね、ちーちゃんのバニーや、いっくんと箒ちゃんの赤ちゃんプレイが見たいんだよ――そう、ちーちゃんの痴態を眺めながらいっくんと箒ちゃんを膝に乗せて『ママ』と呼ばれたい! 例え嫌われようと、私は自分の欲望を叶える為に手段は選ばない!」

 

 拳を高く突き上げ、堂々と宣言する束さん。

 ここまで自分に素直だと逆に格好良いな。

 

「それに、万が一嫌われたとしてもしー君がなんとかしてくれそうだし」

 

 そう耳元で囁かれた。

 ここでそのセリフは卑怯だよ束さん。

 

「だからちーちゃん、私の為に散ってもらうよ」

「何でも貴様の思い通りになると思うなよ束」

 

 竜虎相搏つ。

 は言いすぎかな?

 この手の勝負で千冬さんが束さんに勝てるとは思えない。

 千冬さんがどこまで粘れるかが勝負どころだろう。

 

「俺が審判やりますね。千冬さんはネズミ耳を付けてください」

「あぁ」

「それでは、千冬さん対束さん、開始です」

 

 千冬さんの一体どんな秘密があるのか、ちょっと楽しみです。

 

「IS、ミサイル、『ピー』」

「――千冬さん、アウトです」

 

 こいつ“白騎士事件”をエサに使いやがった!?

 

「千冬姉、ISで何かあったの?」

「お前は気にするな」

 

 一夏の質問を千冬さんは両断した。

 一夏は少し不満げな顔だが、これはしょうがない、流石に一夏に言えることではないからな。

 

「お前、普通ここまでやるか?」

 

 千冬さんが苦々しい顔付きで束さんを睨む。

 

「ちーちゃん、私はね、ちーちゃんのバニーが見れるなら、神にでも悪魔にでもなれるんだよ」

 

 千冬さんの体を舐め回すように見つめる束さんに対して俺達はこう思う。

 『狙われてるのが自分じゃなくて良かった!』と。

 

 

 

 

 第四戦終了。

 

 一位  束   12秒

 二位  神一郎 26秒

 三位  一夏  91秒

 四位  箒   156秒

 五位  千冬  187秒

 

 

 現在順位

 

 一位  3P 束 

 二位  1P 一夏

        箒 

 四位 -1P 神一郎

 五位 -3P 千冬    

 




参考ラノベはバカテスといぬかみっ


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ハロウィン(完)

上中下で終わらなかったんですm(_ _)m


「ふんふふふ~ん」

 

 すでに罰ゲーム回避が決定している束さんが上機嫌でくじを引く。

 一夏、箒、俺の書いたくじを引いてくれれば勝利の目があるんだが。

 

「これに決めた!」

 

 束さんがみんなに見えるようにくじを取り出す。

 そこには――

 

『腕相撲』

 

 この脳筋が!

 

 小学生三人がキッと千冬さんを睨む。

 

「千冬さん、大人気ない」

「千冬姉、そこまでして勝ちたいの?」

「千冬さん、酷いです」

「……私は勝負事には手を抜かない主義だ」

 

 言ってる事は格好良いけど視線が横を向いてるよ?

 しかし最後に力勝負か。

 一夏と箒には負けないだろうし、俺も罰ゲーム回避かな?

 力勝負なら余計な事されない……よね?

 

「ではルールを説明する」

 

 千冬さんは一夏と箒の視線から逃げる様に説明を始めた。

 

「ルールは簡単だ。総当たり戦」

「勝率が同じ場合は?」

「そいつらだけでもう一度だ――それと、薬、薬物の使用とドーピングは禁止だ」

 

 束さんにとって消化試合だけど油断できないもんな。

 正しい判断だ。

 二人は素の力は同じくらいらしいけど、千冬さんを陥れる為に何かしてくるかもしれないし。

 

「さっさと始めるか。神一郎、来い」

 

 千冬さんがテーブルに肘を付き俺を呼ぶ。

 なぜ俺なのかわからないが、俺の作戦は2勝2敗の三位狙い。

 万が一に備え余計な色気は出さずさっくり負けよう。

 

「お手柔らかにお願いします」

 

 同じくテーブルに肘を付き、千冬さんの手を軽く握る。

 互いににらみ合い準備完了だ。

 

「一夏、レフリーを頼む」

「え? えーと」

 

 千冬さんに呼ばれ一夏は戸惑いながら重ねてる手に自分の手を置いた。

 

「レ、レディ―ゴー!」

 

 

 

 

 あれ? 

 

「千冬さん?」

「なんだ?」

「どうして力入れないんです?」

 

 俺と千冬さんは手を握り合いながらどちらも動かなかった。

 千冬さんが罰ゲームを回避するには全勝する必要がある。

 なのになぜ……。

 

「それはお前もだろ?」

「づっ!?」

 

 手からメキメキと音が聞こえ始めた。

 

「やはりワザと負ける気だったか。お前には色々世話になっているが、そういう打算的な計算をする所が気に食わん。男なら常に全力でやれ」

「ち、千冬さん?」

「簡単に負けれると思うなよ?」

 

 ギリギリと手に掛かる力が強くなる。

 俺の手が潰れる!?

 

「あ゛あ゛っ! ギブ! ちょっ!」

「この勝負にギブアップはない。もちろん私がやってる事もルール違反ではない」

「この野郎!?」

「私は女だ」

 

 ズカンッと音を立てて俺の右手がテーブルにぶつかる。

 

「っつ~」

 

 右手がジンジンと痛む。

 あぁ、俺今泣いてる。

 痛みで泣くって久しぶりだな。

 

「千冬さん、俺に恨みでもあるんですか?」

「別に恨みはない。ところで神一郎、今右手は使えるか?」

 

 千冬さんにそう言われ右手を動かそうとするが。

 

「つ!?……」

 

 右手が痛くて動かせない。

 なんかもの凄く赤くなってるし。

 

「その手で腕相撲とは大変だな」

 

 千冬さんはまるで他人事の様にほくそ笑む。

 こいつ、一夏達を勝たせる為に俺の手を壊しやがった!?

 だがまだ甘いぞ世界最強。

 俺にはまだ左手が残っている! 

 

「もう、ちーちゃんてば、あんまりしー君を虐めちゃダメだよ。しー君大丈夫?」

 

 涙目で千冬さんを睨んでいたら横から束さんが俺の手を優しく触って来た。

 

「こんなに真っ赤にしちゃって。痛そうだね」

「あの、束さん、大丈夫なんであんまり触らないで」

 

 やめて、こんなタイミングで優しくされたら勘違いしちゃうじゃないか。

 

「しー君、次は私とやろうか? 左手なら大丈夫でしょ?」

 

 なんたる優しいお言葉。

 俺、束さんを勘違いしてたよ。

 

「えぇ、左手なら問題ありません」

「いっくん、またレフリーお願いね?」

「了解です」

 

 俺と束さんの左手が重なる。

 

「レディ―ゴー」

 

 

 

 

 

 なんかデジャヴ。

 

「束さん?」

 

 束さんは開始したままの姿勢でニコニコと笑っている。

 

「あのね」

「どうしました?」

「さっき束さんがさ、ちーちゃんのバニーやいっくんと箒ちゃんの赤ちゃん姿が見たいって言ったよね?」

「はい」

「あれ、半分嘘なんだよ」

 

 メキメキ

 

「いっくんと箒ちゃんの赤ちゃん姿も見たいけど、今一番見たいのは――」

「束さん、冗談だよね?」

「しー君の束お姉ちゃん呼びが火を付けたんだよ?」

「あ……あぁ……」

 

 嘘だよね?

 だって束さんは一夏と箒が大好きだもんね?

 

「ごめんね」

 

 束さんは惚れ惚れする笑顔で――俺の左手を壊しに来た。

 

 ゴギッ

 

「あだだだだ!?」

「しー君、暴れちゃダメだよ? 危ないから」

「あ、危ないって?」

「骨が」

 

 骨ってなに?

 俺の手は今どうなってるの!?

 

「せいや」

 

 気の抜けた掛け声と共に左手がテーブルに叩きつけられる。

 

「あぐっ!?」

 

 今度は左手から激痛が走る。

 

「まったく、甘いよちーちゃん。やるなら徹底的にやらないと。危うくしー君が勝っちゃうところだったよ」

「すまん、助かった」

 

 そっか、俺は間違えていた。

 この二人を敵に回してはいけないんだ。 

 

「姉さん……」

「千冬姉……」

 

 流石の二人も姉達のキチガイぶりにビビっていた。

 俺にはもうこの二人だけが癒しなのかもしれない。

 

「一夏、ここで神一郎に哀れみを見せればお前がバニーか赤ちゃんになるんだぞ? いいのか?」

「箒ちゃんもだよ? 別にお姉ちゃんとしては箒ちゃんにママって呼ばれたいけど、箒ちゃんはそれでいいの?」

 

 一夏と箒は少し考えた後――

 

「神一郎さん、次は俺とお願いします」

「その次は私と」

 

 罰ゲーム回避の為に弱者から狩るのは当然だよな?

 

 

 

 

 現在、俺は4敗して罰ゲームが決まっている。

 一夏が2勝2敗

 箒が1勝3敗

 

 そして

 

「やはりお前が立ちはだかるか」

「最後と言ったら束さんの出番だよね」

 

 3勝同士の試合が始まろうとしていた。

 ここで千冬さんが負ければ箒と同順になり延長戦。

 二人で再度くじを引き戦う事になる。

 千冬さんは是非ここで勝ちたいだろう。

 

「千冬姉、束さん、準備はいい?」

 

 気迫に押され緊張気味の一夏が二人に確認する。

 

「私は大丈夫だ」

「…………」

 

 即答する千冬さんに比べ、束さんは無言で目を閉じていた。

 

「束さん?」

「うん、もう大丈夫だよいっくん」

 

 いつもの笑顔はどこにやら、束さんは至極真面目な顔で千冬さんと相対していた。

 その様子を見て千冬さんも喉を鳴らす。

 これは、千冬さんヤバイんじゃ――

 

「最終試合、レディ―ゴー!」

 

「はぁぁぁぁ!」

「せい!」

 

 二人の試合はあっさりとついた。

 

「なん……だと……」

 

 千冬さんの敗北によって。

 

「ふ、ふふふ」

 

 束さんは自分の右手を押さえながら笑っていた。

 いったい何が起きたんだ?

 

「束さん、その右手……」

 

 一夏の声に釣られて束さんの右手を見ると、ビクビクと小刻みに震えていた。

 

「いっくんも覚えておくといいよ。人間はね、普段は二割程度しか筋肉の力を使ってないんだよ」

「二割ですか?」

「そうだよ。いっくんは素手でコンクリートの壁を殴って穴を空けられるかな?」

「出来ません」

「普通はそうだよね。でもね? いっくんが本気を出せば出来るんだよ? もちろん副作用的なものがあるんだけどね」

 

 そう言って束さんは太めのマジックの様な物を取り出し、その先端を自分の右腕を刺した。

 

「それは何です?」 

「これは最新の回復剤だよ。副作用ってのはね、筋肉がズタズタになったり、筋力に負けて骨にヒビが入ったりしちゃう事だよ」

 

 束さんの右腕は暫くは使えないね。

 と笑顔で語っているが、とんでもない話だ。

 漫画などで聞いた事はあるが、まさか本当にリミッターを外せるとは。

 

「千冬姉は出来ないの?」

「いや、出来る――しかし」

 

 千冬さんが悔しそうに唇を噛む。

 

「ちーちゃんにはバイトもあるしね。こんな事で右腕を使い物にならなくする訳にはいかないもんね」

 

 束さんは千冬さんに近づいて肩に左手を置き――

 

「ちーちゃんのバニーが見れるなら右腕程度安いもんだよ」

 

 罰ゲームが決定した千冬さんににこやかに笑いかけた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「くふふふ」

 

 笑いが止まらない。

 今日はなんて幸せな日なんだろう。

 目の前では赤いバニー服を来たちーちゃんがしかめっ面で胡座をかき、そのちーちゃんの髪をいってくんが弄り、箒ちゃんが化粧を施している。

 

 負けたのがちーちゃんとしー君で良かった。

 色々言ったけど、実際いっくんと箒ちゃんが負けちゃったら困る所だった。

 だってバニーの箒ちゃんを見ながら膝にいっくんを乗せたら確実に理性が飛ぶもん。

 その衣装が逆になったらちーちゃんの理性も飛んでたかもしれないし。

 

 ちーちゃんとしー君は、どちらがどの格好をするかで少し揉めていた。

 しー君は、『二十歳過ぎの女装はまだセーフ、赤ちゃんプレイだけは勘弁してください』とちーちゃんに言っていたが、結局“言いだしっぺ”と言う事でしー君が赤ちゃんになる事になった。

 

 その後の二人は覚悟を決めたのか大人しかった。

 テキパキと着替え始め、今ちーちゃんはいっくんと箒ちゃんに身だしなみを整えてもらっている。

 ちーちゃんの、バニー+ポニーテールとか反則過ぎる。

 

 私としー君には、とある共有財産がある。

 『666』と名付けられた拡張領域だ。

 その中には、ちーちゃんや箒ちゃん用のコスプレ衣装が保存されており、私としー君が各々の趣味で中身を増やしている。

 その中から、私が用意したバニー衣装(赤、黒、白)と、しー君が用意した、スクール水着+黒ストッキングから自分で選んでもらった。

 ちーちゃんは頬を引きつらせた後、赤を選んだ。

 個人的にはしー君のスクール水着も捨てがたかったけど。

 しかし、しー君は流石だ。

 『666』の中にはいっくん用の水着もあるのだ。

 しかも『いちか』と書かれたスクール水着が。

 それはいっくんが着る機会あるの? って聞いたら、『こんなこともあろうかと』用らしい。

 年上だけあって見習うとこがあるよね。

 まぁ、そのしー君も今は――

 

「あぶ」

 

 死んだ魚のような目をして私の膝の上にいるんだけどね。

 

 おしゃぶりを咥えたしー君は、もの凄く元気だった。

 恥ずかしさから逃げる様にばぶばぶ言いながら動き回っていた。

 でも違う。

 私が望んでいたのはそんなしー君じゃない。

 あの、涙目で上目遣いしてきた可愛いしー君だ。

 だから、私は奥の手を使った。

 しー君が着けている首輪、それに付いてる隠し機能だ。

 電撃はあくまでオマケ。

 首輪の真骨頂は装着者の動きを封じる事。

 頚椎の神経系に干渉し、相手の首から下を動けなくする機能。

 

 最初しー君は暗い目をしながらも止めろと騒いだので、『しー君のしっこポーズ』と言ってひざ下から手を入れ、がぱぁと股を広げてあげた。

 そしたらすっかり大人しくなった。

 若干理想と違うけど、膝の上で大人しくなってるしー君は可愛いなぁ。

 

「ねぇしー君、ママって言って?」

「あぶ」

 

 むう。

 やっぱり言ってくれないか。

 少しやりすぎたかもしれない。

 

「むぎゅー」

 

 お詫びの気持ちも込めて後ろから抱きしめる。

 なんだかんだ言って、しー君もやはり子供だ。

 子供特有の高い体温がぽかぽかして気持ちいい。

 

「束さん、用意できたよ」

 

 光の無い目であぶあぶ言ってるしー君の髪を撫でていたら、いっくんからお呼びがかかった。

 ちーちゃんの準備が終わったみたいだ。

 

「ちーちゃん、今夜は泊まっていかない?」

 

 思わずそんな言葉が出てしまった。

 だって――普段隠されてるうなじ、白く大きな胸、引き締まったお腹、ほどよく肉付きのあるお尻、そして網タイツに覆われたすらりとした足が……私の理性を蒸発させる!

 

「束、罰ゲームは写真撮影だ。いいか? お前はそのまま動くな。もし動いたら殺す」 

 

 本気の目だった。

 ふ~んだ。

 いいもん。

 今はしー君がいるし。

 

 しー君の髪の毛に鼻を埋めながらカメラを用意する。

 しー君を膝に乗せながら、ちーちゃんの艶姿を取る。

 どう見ても今日は束さん得の一日だよね。

 

「いっくん、箒ちゃん、カメラの準備はいいね?」

「ごめん千冬姉、これも思い出の一枚だから」

「ごめんなさい千冬さん。神一郎さんに撮影をお願いされてるので」

 

 ひゃっは~撮りまくるぜ~!




ここまでダレずに呼んで頂いた読者の皆様ありがとうございます。
次はちょっとだけシリアスします。


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今回、主人公の在り方に嫌悪感を持つかもしれません。
フィクションなので過度の反応はしないでくださいm(_ _)m
一部残酷な描写があります。
ご注意ください。



「よ~しよしよし」

「あぶ」

 

 人間とは慣れる生き物だ。

 例えば、精神が病みそうなプレイを強要されてもいつかは慣れる。

 

「ほ~らしー君、むぎゅ~」

「あぶ」

 

 そして、その“慣れ”は決して良い事だけではない。

 辛い事や苦しい事から逃げる事が出来なくなってしまうからだ。

 

 仮に、高所恐怖症の人をいきなり地上100mのガラス板の上に立たせるとしよう。

 その人が恐怖のせいで気を失ったとしたら幸せだと思う。

 恐怖を感じる時間が一瞬で済むのだから。

 だが、5回、10回と同じ事を繰り返せば果たしてどうなるか?

 最初の1回と同じように気を失うことができるのか?

 俺は否だと思う。

 だって人間は慣れる生き物だから。

 

 つまり何が言いたいかと言うとだ……。

 

「それじゃあオムツ替えましょうね~」

「オムツなんて着けてねぇーよ!」

 

 だれか俺の意識を奪ってください。

 又は記憶の消去でもいいので……。

 

「しー君てばつれな~い」

 

 束さんが唇を尖らせてブー垂れている。

 

 そういえばJKリフレとかJK散歩とかアキバで人気だったな。

 これは所謂JKベビーシッターか。

 世のJK好きには堪らないだろう。

 ただし、首から下が一切動かせずこっちの話をまるで聞いてくれない悪質シッターだけどな!

 

「束さんさ、何がそんなに気に入ったの?」

 

 罰ゲームでやってからと言うもの、こうして時々襲われている。

 俺だって男だ。

 背中に当たる感触も好きだ。

 でも、ご丁寧に体の動きを封じてから後ろから抱きしめられるのは色々生殺しなんだよな。

 終始赤ちゃん扱いしてくるから素直に喜べないし、いい加減に止めて欲しいんだが。

 

「ん~? こうさ、後ろからギュッと抱きしめると暖かくて気持ちいいし」

 

 それにさ、と言葉が続いた。

 

「しー君が無防備で私の腕の中にいるってさ、しー君の命を握ってるって気がしてとても嬉しいんだよ」

 

 ――――ファッ!?

 

 え? 命?

 俺ってもしかしてヤバイ状況?

 

「んふふ、そんなに怖がんなくてもいいんだよ? 別に殺す気はないから」

 

 束さんはそう言いながらさらに強く抱きしめてくる。

 ニッコニコだけど、これ放置したらダメだよ。

 事案になっちゃうよ。

 落ち着いてクールに、そしてスピーディーに解決しなければ。

 

「俺の命ってどういう事です?」

「ん? しー君は体動く?」

「動きません」

 

 今まで知らなかった首輪の機能。

 簡単に言うと疋殺地蔵だ。

 四肢の動きを奪う的な機能のせいでピクリとも動かん。

 よくもまぁ一年以上こんな怖いの着けてたな俺。

 

「しー君は今どこにいる?」

「束さんの膝の上です」

 

 正確には炬燵に入りながら束さんに抱き抱えられている。

 

「つまりしー君の生殺与奪は束さんの手の平の中でしょ? それが嬉しんだよ。なんかこの前の罰ゲームで束さんは新しい扉を開いちゃったみたい」

 

 えへへ~、と笑いながら俺の頭を撫でてきた。

 

 これは……難しいな。

 恋愛感情からのヤンデレとかではなく、ただの独占欲っぽい。

 元々気に入った相手には依存しがちな人だったけど、まさかこうなるとは。

 

「それでね~、しー君にお願いがあるんだけど?」

「この状況でお願いはお願いじゃありません。脅迫です」

「束さんと裏社会科見学行かない?」

 

 ……助けて千冬さん。

 

 思わず年下の女の子に助けを求めた俺は悪くないと思う。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「やって来ましたアメリカへ!」

「やっほ~!」

 

 数時間後、俺はアメリカに居た。

 アメリカ本土は初上陸の為、否応なくテンションが上がる。

 目の前には有刺鉄線、その先には銃を持った筋骨隆々の男達がいるけど、ここはアメリカ。

 辺りに町などはなく、目的地までずっと雲の上を飛んでいた為、アメリカらしさを全く感じないけど、一応ここはアメリカなんだ。

 

「――もう帰っていいですか?」

「だ~め、さぁしー君、ゴーゴー!」

 

 束さんは流々武の肩に乗りながら頭をペシペシと叩いてくる。

 

「こんな真昼間に真正面から行くんですか?」

 

 時刻は昼過ぎ、太陽が一杯だ。

 あんな怪しげな施設に入るより観光したい。

 

「何言ってるのさしー君、私達の前に昼も夜も関係ないよ」

 

 ステルスチートですね分かります。

 

「はぁ、それで俺はどうすればいいんです?」

「えーとね――今マップを送ったから、赤いマーカーの所までそこまでよろしく」

「アイマム」

 

 視界に映るマップを見ながら、ゆっくりと兵士の上や建物の間を飛ぶ。

 しかし、ここは本当になんだ?

 周辺は見通しの良い荒野、遠くに見えるのは山だけ。

 山に囲まれてる所を見ると盆地なのだろう。

 大きい建物でも三階建て程度、それが約10棟。

 その建物郡を囲う様に鉄線が張れ、四方に見張り台がある。

 まるでFPSの世界だ。

 

「ここで?」

「うん――よっと」

 

 マーカーが点いてる場所に着くと、束さんは肩から降りて目の前の建物に近付く。

 そこには扉があった。

 

「この程度で国家機密の場所とか笑わせるよね」

 

 そう言いながら扉の横にあったタッチパネルに数字を入力していく。

 ピーと言う機械音を鳴らしながら扉が開く。

 

「これは……」

 

 扉の先は階段だった。

 しかも上ではなく下の。

 

「しー君、地上の建物はほとんど意味のない物なんだよ。これから行くのは地下研究所。驚いた?」

 

 アメリカ、国家機密、地下研究所、そして天災。

 もうね、ゾンビでも出てきそうなフラグだよ。

 俺さ、パンピーなんよ?

 非日常に憧れはあるけど、方向性が違う。

 俺が求めるのは異世界とか、魔法とか、モンスター娘であって。

 ゾンビとかはノーサンキュウー。

 

「束さん、俺の役目はアッシーですよね? 近くで待ってるんで」

 

 じゃ、と言ってその場を去ろうとしたが。

 

「覚悟を決めなよしー君」

 

 パチン

 

 束さんが指を鳴らすと、俺の足元が消えた。

 

「あいて!?」

 

 ISで少し浮いてた為、解除されると同時に尻を地面にぶつけてしまった。

 

「しー君は丸腰でここから逃げれるかな~?」

 

 密入国、しかも現在地は束さん曰く国家機密を取り扱う秘密の研究所。

 拷問からの死刑かな?

 あはは――いつか絶対泣かす!

 

「さて、行くよしー君」

 

 束さんに腕を掴まれズルズルと引きずられる。

 

 男は度胸。

 せめて美少女ゾンビに出会える事を祈りつつ、俺は人生初の基地侵入に臨んだ。

 

 

 

 

 

 結論から言うと、very easyでした。

 

 監視カメラ→すでに束さんの手中。

 見張り→束ステルスでスルー

 

 伝説の傭兵もビックリする位の難易度だった。

 最初こそ音を出さない様に神経を使い、銃を肩から提げた兵士とすれ違う度に緊張したが、そんなもんもすぐ無くなった。

 

 侵入して5分くらいだろうか。

 エレベーターで一気に最下層に到着した俺と束さんは一枚の巨大な扉の前にいた。

 

「到着だね」

 

 ここが最終目的地らしい。

 確かにここは雰囲気が違う。

 まず人がいない。

 見張りも、通路を歩く人間も誰もいないのだ。

 

「束さん、ここは何です?」

「ここはね……保管室だよ」

 

 束さんが扉の横のタッチパネルに近付く。

 なんか映画で見たことある形をしていた。

 数字を押すパネルの他に、おそらく指紋を調べるための装置らしき物と、レンズは網膜スキャンだろうか?

 こういう装置って本当にあるんだ。

 

「もう、めんどくさいな――えい!」

 

 ルパン三世みたいに、網膜スキャンを誤魔化すコンタクトレンズでも使うと思ったが、科学の天災の選択はまさかの力技だった。

 

 束さんが手に1m程の刀を持ったかと思うと、それで扉を切りつけた。

 

 キッン、と音を立てて扉に四角い穴が空く。

 

「ふっ、私の高周波ブレードに斬れぬものなし」

 

 ドヤ顔でポーズを決めている所悪いが。

 

「束さん、警報的なモノは大丈夫なんですか?」

「ここのシステムはもう乗っ取ってるからね。ちゃんと切ってるよ」

 

 無駄な心配だった。

 今更だけど、ホントこの人には常識が通じないな。

 

「さてと、しー君、覚悟決めてね?」

「え?」

 

 束さんが先に進むため、慌てて後を追う。

 

 

 

 

 薄暗い倉庫の様な部屋。

 そこで俺が見たものは――円柱のガラスの中に浮かぶ人間だった。

 

 部屋の中は規則正しく円柱のガラスケースが並び、その全てに人間が浮いていた。

 しかも普通ではない。

 全員が体の一部分が欠損していた。

 まるで切り取られた様に腕の無くなった男。

 太ももから下が無い女。

 全ての指が切り落とされた老人。

 欠損部分はそれぞれだが、断面が機械で蓋をしたようになっているのだけは共通していた。

 

「束、説明しろ」

「しー君、口調が怖いよ?」

 

 あぁもう。

 今は口調とかどうでもいいんだよ。

 

「いいから、話せ」

「私に怒んないでよ。ここはね、人体と兵器を結合させる実験をしているんだよ」

「――義足や義手の代わりに銃やミサイルを取り付ける感じか?」

「大体そんな感じだね。将来的にはターミネーターが目標らしいよ?」

「――現実的に可能なのか? この死体の山を見ると無駄に見えるが」

「それができるんだな~。束さんの知識を使えば――だけどね」

 

 わざわざ姿を隠して侵入したんだ。

 この研究所は束と直接的な関係はないんだろう。

 とすると――

 

「論文か研究データでも流用してるのか?」

「良くわかったね。そうだよ。私が小学生の時に書いた論文、テーマは『人間の体を機械で再現した場合のなんたらかんたら』だったかな?」

 

 “なんたらかんたら”までが論文の名前かな?

 束が直接関わってないなら良かった。 

 

「――なに?」

 

 束が少し驚いた顔でこっちを見ていた。

 

「意外と冷静なんだね?」

 

 死体を見るのは初めてじゃないし。

 社会人ともなれば棺桶に収まった知人を見る事もあるさ。

 ――そっか、スプラッター系が苦手な俺が落ち着いてるのはここが綺麗だからだ。

 

 視界一杯に死体があるが、全てガラス瓶の中。

 血も臓物も見えないからまるで人形の様に見える。

 だから俺もある程度落ち着いてられたのか。

 

 ――――よし。

 

「束さん、なぜ俺をここに連れてきたんです?」

「おりょ? 調子が戻ったみたいだねしー君。色々説明したいけど、その前にやる事やっちゃうから待ってね」

 

 そう言って束さんは両手でスカート軽く持ち上げた。

 すると、ぼとぼととスカートの下から何かが床に落ちた。

 

「さあ行け! 『タバネボンバーカー』

 

 束さんの合図で足元に落ちていた何かが動き始めた。

 目を凝らしてみると――なんて言えばいいんだろう?

 ウサギ型ミニ四駆?

 それらは次から次へと束さんの足元に落ちては走りだしを繰り返す。

 

「束さん、スカートを持ち上げる仕草が格好良いと思ってるかもしれないけど、横から見るとまるで粗相してる様に「だっしゃぁ!」おごっ!?」

 

 率直な感想言ったら顔面にウサギが飛んできた。

 

「しー君、調子が戻ったのはいいけど、余り調子に乗らない方がいいよ? その爆弾と一緒に此処に残る?」

「……すみません」 

 

 ガチで怖い顔されたので素直に謝る。

 てか、これ爆弾なんだ。

 

「束さん、ここ爆破するんですか?」

「そうだよ」

「――ここのお偉いさんと会って話したりは?」

「小学生の私が書いた論文を使ってこんな結果しか出せない無能な研究者と会う意味あるの?」

 

 そう言って束さんは俺の手を掴んで歩き始めた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 基地近くの山の中、その中の一際大きい木の枝に腰を下ろしながら、燃えている基地を見下ろす。

 基地からはサイレンが鳴り響き、建物から次々と人間が飛び出している。

 

「しかし意外ですね」

「皆殺しにしなかった事?」 

「えぇ」

 

 地下での火災、しかもセキュリティ面は束さんに掌握されている。

 出口の扉をロックされれば消火装置も使えないまま焼け死ぬだろう。

 

「しー君、今回の火災での人死は0人だよ」

「束さんは優しいなぁ~」

「でしょ~?」

 

 二人でアハハと笑い合う。

 

「さて束さん、説明プリーズ――まずは、あの研究所を破壊した理由から」

「それはね――」

 

 遠くを見ながら、束さんは語り始めた。

 

 ISを発表してから、束さんの過去の論文や研究、発明などが見直され始めたこと。

 その中でも軍事的に利用出来そうな技術を盗み、完成の為に多くの命が実験で奪われていることを。

 

「つまり、実験の犠牲になった人やその家族から、束さんや箒が恨まれない様にするために研究所を潰したんですか?」

「彼らにとって憎しみの対象は研究者だけじゃない、元の理論を作った束さんまでが対象だからね」

 

 予想以上に重い話でなんとも言えない。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとは言うが――束さんを憎むのは筋違いだと思う。

 だけど、被害者から見れば、“『篠ノ之束』がいなければ自分達が酷い目に合うことはなかった”と思うだろう。

 

「あそこの研究者や兵士を殺さなかったのは?」

「しー君、私はね、“人の思いの力”って奴は過小評価していないんだよ」

 

 眼下で逃げ惑う人々を見つめらながら、束さんが話を続ける。

 

「私はね、別にあそこの人間なんて虫と同じにしか見えない。けど、私にとっては虫でも、他の人から見れば大事な存在かもしれない。別に私が恨まれるなら問題ないんだけど、箒ちゃんに牙が向くのは困るからね」

「でも、それだと束さんは個人はともかく組織や国に狙われませんか?」

「相手をするなら個人より組織の方が楽なんだよ。大勢で動けば隙が出来るし、妨害工作も簡単だしね」

 

 そう言ってにゃははと笑っているが、それはつまり、ここの様な研究所を放置すればその被害者に恨まれ、研究所を破壊すれば国や組織に恨まれるってことだよな?

 

「束さんて、意外とヘビーな人生送ってるんですね」

 

 普段の姿では想像出来ないくらい重い。

 よく笑っていられるな。

 

「でね。ここからが本題。なぜしー君をここに連れて来たかなんだけど」

 

 そういえばその話もまだだったな。

 

「しー君」

 

 束さんがこちらを見ながら手を差し出してきた。

 

「私が姿を消す理由の一つが、私の考えた理論や発明なんかを悪用している研究所や組織を潰すためなんだよ。それをしー君にも手伝って欲しい」

 

 さっきから驚きの連続だが、まだ驚かされるとは。

 

「断る」

 

 束さんの事情に俺は関係ないしな。

 

 

◇◇ ◇◇

 

「断る」

 

 しー君は私の目を見ながらはっきりとそう言った。

 私が望んでいた答えだけど、まだ判断はできない。

 

「私の頼みを断るんだもん。ちゃんと理由があるんだよね?」

 

 しー君が何を考え、何を思っているのか。

 私はそれを知りたい。

 

「理由って言われても……怒らない?」

 

 しー君は頬を書きながら上目遣いで私を見てきた。

 私が怒りそうな理由? まさか“めんどい”とか言わないよね?

 

「怒るかどうかは話を聞いてからだね」

「いや、簡単な話なんだけどさ……俺が束さんに付き合う義理はないかな~と」

 

 言いながらも、しー君が私から少し距離を取った。

 多少自分でも酷い事を言ってる自覚はあるみたいだね。

 でも、ダメだよしー君。

 その答えじゃ私は満足出来ない。

 

「しー君は私が心配じゃないの? これからも国とかにケンカ売るんだよ?」

「え? 別に?」

 

 脈拍、脳内信号、共に変化なしだね。

 ほーほー、しー君は本気で心配してないよチクショウ。

 

「しー君は私の味方だって言ったじゃん。あれは嘘だったの?」

 

 少し悲しげな顔を作ってみる。

 しかし――

 

「束さんは夢でも見たんじゃないかな?」

 

 こいつ、無かった事にしやがった!?

 どうしてくれよう。

 やっぱりIS没収しちゃおうか?

 

「あの? 束さん?」

「うふふ、なにかなしー君?」

 

 今お仕置き内容考えてるからちょっと待ってね?

 

「もしかして本気で誘ってました?」

「私はいつだって本気だよ?」

「あ~、それはすみません」

 

 どうやら冗談だと思っていたみたいだね。

 

「束さんが本気の様なので、俺も本音を喋りますね?」

 

 しー君が体ごとこちらに向き直し、私の目を真っ直ぐ見つめる。

 

「俺は束さんの事が好きですよ。妹と仲良くしたいと願うならその間を持つくらいには、でもごめん、人生や夢を捨ててまで束さんと一緒に居たいとは思えない」

 

 ――まるで愛の告白だね。

 内容的には振られたも当然だけど。

 ここ最近赤ちゃんプレイでしー君の好感度を上げようと頑張ったのにダメだったか。

 でももう少し粘ってみようかな。

 

「別に私と一緒に世界を見て回ればいいじゃん?」

「束さんはさ、完璧に姿を消す気じゃないでしょ? だって痕跡も残さず消えたら、束さんを引きずり出す為に箒を狙う奴が増えてしまうから」

「正解だよ」

「今はまだ大丈夫だけど、その内にIS部隊とか出て来て追い掛け回してくるんでしょ?」

「それも正解」

「じゃあ無理です。俺は束さんの為に命を掛けて戦う気もないですし、それに俺がしたいのは落ち着いた旅です。束さんと一緒だと観光地でゆっくりできなさそうなんで」

 

 あくまでも自分の夢が優先なんだ。

 そして最後のセリフは照れ隠しだよね? 

 

「しー君はIS持ってるよね」

「持ってますね」

「IS――流々武で多くの人を助けることが出来るのに、見殺しにするの?」

「それは……」

 

 しー君の頬が引き攣る。

 自分で言っておいてなんだけど、私が言えるセリフじゃないよね。

 

「ISで人助け……」

 

 顎に手を当てて考え込んでいる。 

 ここで即答しないのはポイント高いね。

 

「俺個人はISで人助けするつもりはありません。束さんには悪いですが、俺の夢――欲を満たすためだけに使います」

 

 あぁ、思わず笑いそうになる。

 私の話を聞いて、一般人が知らない世界の闇を見て、まだしー君はそう言ってくれるのか。

 嬉しい、嬉しいけど、やはりしー君には側に居て欲しい。

 だから私の追求はまだ終わらないよしー君。

 

「助けられる命を見捨てて、しー君は気持ちよく景色を見れるかな?」

 

 私がそう言うと、しー君は思いっきり嫌そうな顔をした。

 

「おまっ、それは言っちゃダメでしょ。だいたい、束さんこそ――」

「で、その辺はどう思うの?」

 

 話をはぐらかせはしない。

 ふふ、逃がさないぜ。

 

「はぁ~」

 

 しー君は深い溜め息をついた。

 

「適切な言葉が見つからないんで、ちょっと支離滅裂になりそうですけど、聞きます?」

「うん、聞かせて」

「束さんは日本で毎日どれくらい残飯が出てるかわかります?」

「わかんないね」

「じゃあ、毎日どれくらいの命が飢餓で死んでるかわかります?」

「――わかんないね」

「まぁそうですよね。テレビでも放送されたりしてるけど、興味がなければ覚えない数字です。束さん、『助けられる命を見捨てて見る景色は気持ちよく見れるか』と言いましたね? 答えは、“見れる”」

 

 そう言うしー君の顔が大人びて見えた。

 やっぱり中身は大人なんだと実感する。

 

「大人はみんな知ってるんですよ。外食してる時、酒を飲んでる時、友達と遊んでる時に、世界のどこかで泣きながら死んでる子供が居ることを――でもね、そんな顔も名前も知らない人間が死んだところで心は悲しまない。束さん、俺達はね、常に誰かを見捨てながら生きてるんです。それに対して今更罪悪感を持つとでも? とは言え、流石に箒や一夏が目の前で車に轢かれそうになったらIS使ってでも助けますけど」

「――そっか」

 

 あぁ、ダメだ――

 もう我慢出来ない。

 

「あは……あはははは!」

 

 突然笑い出した私にしー君は目を見開いて驚いている。

 

「しー君はISを兵器にしたくないって言ってたけど、それは束さんの為だよね?」

「――さあ?」

 

 誤魔化そうとしても無駄だよしー君。

 

「だって、しー君て別に平和主義って訳じゃないよね?」

 

 しー君は普通に殴られたら殴り返すタイプだ。

 そして、ちーちゃんやいっくんの世話を焼いたりする所を見ると道徳心もある。

 なのになぜ私と一緒に来てくれないのか。

 それはISで戦う事を避けてるんだよね?

 私と一緒に裏の世界に飛び込んだらISで戦う場面が必ず来る。

 そして、ISを兵器として使えば私が悲しむと思ってるに違いないんだよ。

 

「しー君、今回はしー君を試したんだよ?」

「俺の何を試したんです?」

「しー君がISを持つに相応しいかどうかを」

 

 しー君が首を傾げる。

 意外と鈍いなしー君は。

 

「この程度――うん、ちーちゃんに聞かれたら怒られそうだけど、敢えて言うよ。この程度の世界の闇を見たくらいで、『ISの力で世界を変える』とか、『ISの力で戦争を止める』なんて言い始めたら……私はしー君からISを没収するつもりだったからね」

 

 用途はどうであれ、ISの力を求める奴は沢山いる。

 私はしー君にそんな使い方を望んではいないんだよ。

 

「しー君はどこまでも自分の夢を追いかけてね。自分勝手に、我儘に、どこまでも自分の夢だけを見て。もし横道にそれたら……しー君を剥製にしちゃうんだから」

 

 しー君はぽかんと口を開けたまま固まっていたが、暫くするとククッと笑い始めた。

 

「結構最低な事言ったつもりなんですが、束さんはそれを認めるんですね。ISで人助けとか普通に考えれば善行なのに」

「しー君には、ISを“力”以外の目的で使って欲しいからね。そっちの方は――うん、ちーちゃんに任せよう」

「そうですね。その辺は千冬さんに任せましょう」

 

 そうしてまた二人で笑い合う。

 

 私の今回の目的はしー君の勧誘としー君がこれからどうISを使って行くかを知るためだ。

 しー君に一緒に来て欲しい。

 でも、ISを“力”として使って欲しくない。

 そんな二律背反な気持ちがあったから、私はしー君に裏の世界の一部を見せつつも判断を任せた。

 結果は――ある意味悲しいけど、私の望むものだった。

 だから大丈夫、これから何があってもしー君はISで人を殺したりしない。

 

「まぁでも、万が一俺の正体、IS操縦者だとバレたら、その時は束さんに匿ってもらうのも悪くないですね。荒事はお断りですが」

 

 笑いながらしー君がそん事を言った。

 しー君が私と一緒に来てくれないのは、荒事だけじゃなくて、平和な日常が好きってのもあると思うんだよね。

 だけど、男性適正者だと世間にバレたら――そんな日常とはお別れだね。

 

「んふ」

 

 思わず笑いが漏れる。

 無理矢理連れてくのは嫌われそうで嫌だったけど、しー君から匿ってと頼まれたらしょうがないよね?

 

「束さん?」

「んふふ、なにかな?」

「その意味深な笑いはなんです?」

「気にしない気にしない」

「まさか……俺の情報を流したりしないですよね?」

「気にしない気にしない」

 

 しー君がもの凄く睨んでくる。

 安心してよ。

 今はまだそこまでする気はないから。

 

「それにしてもお腹空いたね」

 

 ここ最近食べてなかったから、お腹がくーくー鳴っている。 

 こんな時、人間の体は面倒くさいと思う。

 食べずに生きれればもの凄く楽なのに。

 まぁそれも――

 

「俺もですよ。せっかくアメリカに来たんですから、何か食べて帰りませんか?」

 

 誰かと一緒に食事する事を考えれば楽しみに早変わりだ。

 

「しー君はどこか行きたいお店ある?」

「えぇ、『フーターズ』ってお店なんですが」

「美味しいの?」

「ハンバーガーとバッファローウィングってのが売りらしいです。あ、ハンバーガーでもいいですか?」

「お腹に入れば何でもいいよ」

「んじゃ近くの店を調べますね」

 

 ハンバーガーか、アメリカらしね。

 

「束さん、移動するんで肩に乗って」

「は~い」

 

 流々武を展開したしー君の肩にぴょんと飛び移る。

 このポジションも随分慣れてきたね。

 それにしても、バッファローウィングってなんだろ?

 気になったので調べてみる。

 ついでにしー君が言っていた『フーターズ』ってお店も。

 

 しー君が移動を開始した。

 頬に風を当てながら、しー君の頭に置いた自分の手が徐々に強まるのが分かる。

 

「あの……束さん? 流々武から警告音が出てるんですが?」

「しー君、この『フーターズ』ってお店はなにかな?」

 

 検索結果にタンクトップの金髪巨乳が接客している写真があるんだけど、何かの間違いだよね?

 しー君は黙ったまま何も言わない。

 

「しー君にISを譲ったのは、こんなお店に行かせる為じゃないんだよ? そう、アメリカで言えば、グランドキャニオンとか、モニュメントバレーとか、そんなロマンを見るためなんだよ?」

「束さん――金髪巨乳は男のロマンなんだよ」

 

 うん、ギルティ(ポチ)

 

「ママラガン!?」

 

 久しぶりのお仕置きだよしー君。

 

「流々武、このまま日本に帰るよ」

「いっ! あ゛……ぐ! 束さん! 電流止まってないんだけど!?」

「ISは私が外部から操縦するから、しー君は日本に着くまでそのままね」

「ま゛じ で !?」

「ふんだ」

 

 まったく、今までの雰囲気を台無しにしてくれちゃって。

 何が気に入らないって、『金髪巨乳は男のロマン』ってのが本気で言ってるとこだよね。

 日本に帰ったら、しー君には今はまだ私の所有物だって分からせないとダメだね。

 

 しー君の悲鳴を聞きながら、私はこれからの教育について考えた。




明日、フェイトGOのイベントですね。
ついにソロモンですよ奥さん。
自分ルールで、『書き終わらなければイベントやらない』ルールを作って書いておりました。
なので最後は少し雑かも……。
でもこれで絆上げできる!


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新年と抱負と

明けましておめでとうございます。


 

「はぁぁぁ!」

 

 左から相手の胴に向かってスコップを振り抜く。

 その攻撃も相手が一歩下がるだけで避けるが、ここで手は止めない。

 今度は右からの袈裟斬りからの切り上げ、そして、相手が動く前にスコップをハンマーに切り替えつつ右斜めに瞬時加速。

 

 陸ジムの三連QDが最強なんだ!

 

 そう思いながら相手の後頭部に向かってハンマーを叩きつけた。

 これで決まれば――なんて思うのはフラグだよな。 

 

「ふむ、今の動きは中々良かったぞ」

 

 ハンマーの下から声が聞こえた。

 

 ググっ

 

 徐々にハンマーが押し戻される。

 相手――千冬さんは、ハンマーを右手一本で受け止めていた。

 

「だが、まだまだだ。もっと本気で来い」

 

 ハンマーを片手で受け止める相手にどないせいと?

 

「来ないのか? ならこっちから行くぞ」

 

 しまった。

 この人相手に動きを止めるのは失策だ。

 

「次は私の番だな。しっかり受けろ!」

 

 千冬さんのブレードが流々武を掠める。

 

「くっ! ちょっと! 少しは! 手加減」

 

 右、左、時々突き。

 襲って来る刃からひたすら逃げる。

 

「そらどうした? ちゃんと避けないと大事なISに傷が付くぞ?」

「趣味が悪いぞちくしょう!?」

 

 心底楽しそうに笑いながら千冬さんが襲ってくる。

 これ絶対ストレス発散だよ。

 

「そら!」

「なんの!」

 

 上から振り落とされるブレードをスコップの柄で受け止め、ギリギリとつばぜり合う。

 

「ところで千冬さん?」

「どうした?」

「なんで俺達ISで戦ってるんですか?」

 

 今日は正月の予定を話し合うための集まりだ。

 なのに気付いたらこの有様。 

 地下訓練室に入る→千冬さんが部屋の真ん中で仁王立ち→無言でISを展開して襲いかかってくる←今ここ

 どこでフラグが立ったのかがわからない。

 

「お前の訓練の為だろ?」

 

 本当にそう思ってるならそのニヤケ顔やめろ。

 

「冗談だ。そう……怒るな!」

「ぐっ!」

 

 力に負けて後ろに吹き飛ばされる。

 壁に激突する前に空中で姿勢を制御し両足で着地するも、勢いが止まらず両足が地面を削る。

 地面に数メートルの二本のラインを作り、やっと止まった。

 

「千冬さん、いい加減にしないと怒りますよ?」

 

 いくら温厚な俺でもこうも一方的に襲われたらイラッと来るもんがある。

 

「だから怒るな。ちゃんと理由はある」

「聞きましょう」

 

 もしかしたら、万が一にも俺に非があるかもしれないし。

 

「私もそろそろ卒業後を考える時期だ」

「ですね」

「卒業後はISの操縦士になるつもりだ」

「ふむふむ」

「今やIS関連は人気職、しかもIS操縦士は宇宙飛行士になるより難しいだろう」

「――で?」

「こうしてライバルよりも多くISに乗れる事と、対戦相手がいる事。これはかなりのメリットだろう?」

 

 まぁそうだね。

 周りが素人ばかりの中で、一人だけIS経験者、しかもIS同士の戦闘も経験済み。

 かなりのアドバンテージだ。

 

「せめて事情を話してからにしてください。なんでいきなり襲って来たんです?」

「――だってお前、逃げるだろ?」

 

 俺じゃなくても逃げるよ。

 

「まぁなんだ、これも私を助けると思って頼むよ『お兄ちゃん』」

 

 ゾクッときた。

 こんな上から目線の妹ねーよ。

 ――ないよね? ゾクッと来たけど俺Мじゃないし。

 

「しょうがないですね。くれぐれも力加減を間違わないようにしてください」

「感謝する」

 

 再度スコップを構え対峙する。

 千冬さんは俺の出方を伺ってるようで、待っていてくれてる。

 さて、どう攻めようか――

 

 

 パチパチ

 

 

 ん?

 拍手の音が聞こえたのでそちらを見ると、出入り口近くの壁に寄り掛かった束さんがいた。

 

「しー君も結構ISに慣れてきたよね。今の瞬時加速も道具の切り替えスピードもまあまあだったよ」

 

 作り主からお褒めの言葉を頂いた。

 ちょっと嬉しいな。

 でもまぁ、それはそれとして。

 

「死ねぇぇぇぇ!」

 

 束さんに向かってスコップを力の限り投げる。

 

「なんで!?」

 

 束さんはそれをしゃがむ事で避けた。

 こしゃくな。

 

「千冬さん、いきますよ?」

「わかっている」

 

 俺はそのままハンマーを取り出し、瞬時加速で一気に束さんに肉薄。

 一切の躊躇なく振り落とした。

 

「にゃ!?」

 

 今度は横に飛びやがった。

 だが逃がさん。

 

 壁に突き刺さったスコップを引き抜き、束さんに再度投げつける。

 

「おっと――しー君、なんのつもりかな?」

 

 そのスコップもあっさり躱した束さんから冷たい視線が刺さる。

 流石に怒ってるらしい。

 怒りは冷静な判断を失わせるって、なんかのマンガかアニメで言ってたな。

 俺の役目はここまでだ。

 

「束さん、束さん、後ろ」

「ほえ?」

 

 束さんが振り向くと、そこには毎度お馴染みの修羅が居た。

 

「捕まえたぞ」

 

 千冬さんはガシっと両腕で束さんを捕獲。

 

「ちーちゃん? なんで?」

 

 流石に親友にまで狙われるのは想定外だったのか、束さんは珍しく狼狽えてる。

 

「なんでだと? わからないか束?」

 

 そう言いながら千冬さんは束さんを持ちながら大きく振りかぶり――

 

「お前が、馬鹿な事をしたからに決まってるだろーが!」

 

 そのまま勢い良く投げた。

 

「なんでぇぇぇぇ!?」

 

 凄まじいスピードで俺の方に飛んでくる束さん。

 出来るだけ優しく――

 

「にゃご!?」

 

 左手で顔面をキャッチ。

 

「し……しー君?」

 

 束さんの胴体を右手で掴み。

 

「そーれ」

「またぁぁぁぁ!?」

 

 今度は千冬さんにパスする。

 

「へぶっ!?」

 

 真っ直ぐ飛んで行った束さんはそのまま千冬さんの左手に収まった。

 これ、力加減の練習に中々いいな。

 

「はにゃぁぁぁ!?」

 バシン!

「ひにゃぁぁぁ!?」

 バシン!

「ふにゃぁぁぁ!?」

 バシン!

「へにゃぁぁぁ??」

 バシン!

「ほにゃぁぁぁ!!」

 

 あ、段々楽しみだしたぞこいつ。

 束さんは手を前に突き出し、スーパーマンごっこをやり始めた。

 

「千冬さん、そろそろラストにしましょう」

「そうだな――」

 

 千冬さんは飛んできた束さんの頭ではなく、足を掴み束さんを止める。

 

「あれ?――ってちーちゃん!? スカートが!?」

 

 見たことある景色だな。

 束さんは必死にスカートを抑えつつ、ぶらぶら逆さまで揺れている。

 

「いくぞ神一郎――絶」

 

 千冬さんが大きく振りかぶる。

 

「天狼――」

 

 マサカリ投法ばりに足が高く上がり。

 

「抜刀牙!」

 

 千冬さんの気合が入った声と共に、束さんが凄まじい勢いで発射された。 

 

「ぎゃぁぁぁ!?」

 

 縦に回転しながら叫び声を上げる束さん。

 

 ごめんね束さん。

 それ必殺技だから。

 しかも俺に投げるって事は当たったら俺が死んじゃうから。

 

「回避!」

 

「受け止めてよォォォ!?」

 

 束さんの叫び声が俺の頭の上を通り過ぎる。

 その一瞬後、後ろで何かが壁に激突する音が聞こえた。

 

 

 

 

「痛いよぉ、頭が割れちゃうよぉ」

 

 数分後、束さんは頭を押さえながら正座していた。

 よほど痛かったらしく、ぐすぐすと泣き始め、少し幼児化してしまった。

 

「束、なぜ私と神一郎が怒ってるか理解しているな?」

 

 そして、千冬さんには泣き落としは効果がないようだ。

 俺も今回は止める気はない。

 

「な、なんでって? なんで?」

 

 うむ、やはり束さんの涙目上目遣いは秀逸だな。

 

「――クリスマスの事だ」

 

 そんな束さんを、千冬さんは見下ろしながら睨み付ける。

 

 そう、『クリスマス』

 本来なら、パーティーの一つでもやろうとしていたが、千冬さんの予定が埋まっていたため、今回はお流れになった。

 箒は残念がっていたが、千冬さんが不参加じゃ一夏も気後れするだろうと説得し、今回は我慢してもらった。

 だから、今年のクリスマスは各々が家族と過ごすまったりした聖夜にしようと。

 そんな方向で話しは纏まっていた。

 

「くりしゅましゅ?」

 

 束さんは、本気で分かってないようで首を傾げている。

 

「――お前が、クリスマスの朝やった事を思い出せ」

「えっと、サプライズでいっくんにプレゼントを」

 

 おや?

 俺の名前がないぞ?

 

「束、お前はあの巫山戯たプレゼントを貰った一夏が、本気で喜ぶと思ってるのか?」

 

 千冬さんの目付きは更に鋭くなり、拳は強く握り締められ腕の血管が浮かんでいる。

 

「だって、いっくんの独り寝が寂しそうだったから……」

「だからと言って“抱き枕”はないだろうが!!!」

「ひゃい!?」 

 

 千冬さんの怒鳴り声が周囲に響く。

 束さんは目に涙を溜めてプルプル震えている。

 一夏の部屋に無断で侵入した上にあんなモノを置いていくとは! と怒っていたのを見たが、まさかここまでとは。

 

「束さん、興味本位で聞きますが、どんな抱き枕を?」

 

 流石にちょっと可哀想になってきた。

 俺も束さんに思うことはあるけれど、動機としては悪くないので少しフォローしてあげようか。

 

「? 前にしー君と一緒に作った『チフユ・リリー』を元に作った『チフユ・サンタ・リリー』をプリントしたやつだよ?」

 

 おーい?

 なんて物作ってるの?

 千冬さんの前で言うなよ。

 そして俺にもそれをくれ。

 

「神一郎」

「――はい」

「座れ」

「はい」

 

 大人しく束さんの横に座る。

 今はどんな言い訳も通じないだろう。

 

「お前も一口噛んでるみたいだな? それで? その『リリー』とはなんだ?」

「簡単に言いますと、千冬さんを子供にして、愛嬌をました感じです」

 

 最初は純粋に好奇心だったんだ。

 束さんに千冬さんの数少ない子供の頃の写真を見せてもらったのだが、可愛いは可愛いが、如何せん目付きが悪い子供だったので、それを修正し、フリフリの服を合成した。

 『チフユ・リリー』の誕生の瞬間だった。

 

「お前達に言っておく。全てのデータ及び写真を破棄しろ。あぁ――別に今の状況から逃げる為に口約束をして隠して持っていてもいいが、次私の目に入ったら……持ち主を切り殺す。いいな?」

 

「「了解しました」」

 

 俺と束さんの返事が被る。

 これまじ無理。

 白騎士のブレードで頬をペチペチされながら、『いいな?』なんて言われたら嘘もつけない。

 

「あの~ちーちゃん? 抱き枕はどうしたの?」

「細切れにしてゴミにした」

「なんで~!?」

 

 束さんの目から涙がドバッと溢れる。

 

「あんな可愛いらしいちーちゃんを細切れにするなんて!? なにが気に入らなかったの!? いっくんが可愛想だよ!」

「一夏が気に入るわけないだろ? 私は姉だぞ?」

 

 束さんの勢いに押されて千冬さんが一歩下がる。

 

「いっくんは気に入ってたよ?」

「は? なにを言って――」

「気に入ってたんだよ?」

「なに――を――」

「はい! そこまで!」

 

 千冬さんと束さんの立場はいつの間にか逆転していた。

 だが、それ以上はいけない。

 一夏が千冬さんだと知っていて気に入ったのか。 

 気づかずに同い年の可愛い子だと思っているのか。

 それともサンタコスが良かったのか。

 それは一夏のみぞ知る。

 ここで暴いても誰も幸せにならないだろう。

 

「で、束さん、俺へのアレはなんのつもりですか?」

 

 千冬さんの為にも話をぶった切る。

 

「アレって……アレレ?」

 

 おいこら忘れてるのか。

 

「俺の部屋のパソコンとか電話を弄りましたよね?」

 

 クリスマス前に、俺の家の家電が変になった。

 意味が分からなかったが、束さんのなりのクリスマスプレセントかな? と思ったんだが。

 

「ん~、家電? ってアレかな? 束さんの嫌がらせの事かな?」

 

 ……まさかの嫌がらせだった。

 俺は束さんに対して甘すぎたのかもしれん。

 

「神一郎は何をされたんだ?」

「――アメリカに行った事は話しましたよね? その時の会話を録音してたらしく、家電からその音が聞こえるんです」

「正確にはしー君の告白だね」

「束さんは黙っててください」

 

 隣に座っている束さんを睨むも、束さんはニマニマと笑うだけだ。

 俺なんか怒らせる様な事したか?

 

「家電から声? どんな状況だそれは」

「電話やメールの着信音が、『俺は束さんの事が好きです』って音声なんです。そしてパソコンのスクリーンセーバーが罰ゲームでやった赤ちゃんプレイの動画になっていました」

 

 夜、パソコンでネットサーフィンをしていたら急に電話から自分の声が聞こえてかなりビックリした。

 それに驚いて、パソコンから目を離したら、虚ろな目であぶあぶ言う自分が映っていた。

 スクリーンセーバーらしかったので直そうとしたが、変更不可。

 しかも5秒パソコンに触らないと始まる鬼仕様だった。

 

「別にしー君の事が嫌いなわけじゃないんだよ? でもさ、アメリカか帰って来てからさ、『あれ? 私って振られたのかな?』って思ったら、モヤモヤイライラした気分になっちゃったから。ストレス発散の為の嫌がらせをしちゃった」

 

 とても良い笑顔でそんな事言われてもね。

 これはどうすればいいのか。

 

「神一郎、ちょっと来い」

 

 悩んでいると、千冬さんに腕を掴まれ引っ張られた。

 

「千冬さん?」

「束、そのまま座っていろ。余計な事は何もするなよ?」

「はーい」

 

 腕を掴まれたまま束さんから離れた所まで連れてかれる。

 

「神一郎、余り束のことを怒らないでやってくれ。いや――怒ってもいいが、その後はちゃんとフォローしてやってくれ」

 

 至極真面目な顔で、千冬さんは変なことを言ってきた。

 

「いきなりなんの話です?」

「いいか? 束が気に入ってる相手に純粋な嫌がらせをするのは普段ないことなんだ。基本的には“良かれと思って”の精神があるからな」

「確かに、千冬さんや一夏には純粋な嫌がらせはしませんね。結果はほとんど嫌がらせですが」

「だろ? アメリカでの出来事が契機だと思うが、私はこれをチャンスだと思っている」

「チャンスですか?」

「そうだ。“友達に嫌がらせをする”決して良い事と言わないが、まるで普通の人間じゃないか?」

 

 束さんは一応人間ですよ?

 でもまあ、言わんとすることは分かる。

 友達にちょっとした悪戯をするなんて良くある話しだ。

 

「私はこれを機に束に普通の人間らしい感情を持たせたいと思っている。別に特別な事をしろとは言わん。ただ――これからも束を頼む」

 

 千冬さんはまるで娘を嫁に出す父親の様だ。

 

「千冬さんて、束さんのこと意外と好きですよね」

「――ただの腐れ縁だ」

 

 そう言って、ぷいっと顔を背ける千冬さんの耳は僅かに赤くなっていた気がした。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 1月1日

 神社関係者の元日は忙しい。

 

 

「こらそこ! 列からはみ出るな!」

「きゃぁ~千冬様に怒られちゃった~」

 

 千冬さんは初詣参拝者の列を整理し。

 

「織斑君! 恋愛成就のお守りください!」

「えっと、色々種類があるんだけど――」

「一番高いの!」

 

「おみくじは一回百円です。一万円ですか? 少々お待ちください。姉さん、お釣り用の小銭が切れそうなので準備お願いします」

「お安い御用だよ箒ちゃん」

 

 一夏、箒、束さんは売店で売り子を。

 

「甘酒は一杯百円です。温まりますよ~」

 

 俺は売店の横で甘酒を売っていた。

 

 忙しいと言っても、都会みたいに夜から朝まで引切り無しに人が来るわけではない。

 テンションの高い若者などが多いが、ご年配の人は日が昇ってから来る人が多い。

 つまり、深夜2時を過ぎたあたりから人は一気に減る。

 

 そして深夜3時過ぎ。

 

「疲れた~」

「ほら一夏、お茶だ」

「ありがとう箒」

「なんか去年より人多くなかった?」

「束さんのせいだと思うよ? ネットで『篠ノ之束の巫女姿見れるんじゃね?』って書き込みあったし、束さんを見てがっかりしてた男性が結構いたよ」

「外見だけは良いからな束は」

 

 境内の裏に集まるいつものメンバー。

 

「それで神一郎さん、今から何をするんです?」

 

 一夏がワクワクした顔で聞いてきた。

 その隣では箒が目を輝かせている。

 急な集合やイベントに慣れてきてくれてお兄さんは嬉しいよ。

 

「今から富士山に登って、初日の出を見ます!」

「「え?」」

「今から富士山に登って、初日の出を見ます!」

 

 大事なことなので二回言いました。

 いやね、若い頃は、『富士山で初日の出ってダサくない? どこのミーハーだよ』とか思ってたんだけどね。

 いざ自分が年取ると、なんか凄く素敵な事に思えてきたんだよな。

 

「あの…でも……」

 

 一夏が申し訳なさそうにチラチラと千冬さんを見る。

 

「一夏が心配してるのは千冬さんのバイトだろ?」

「――はい、千冬姉は朝からバイトを入れてたはずです」

「大丈夫なんだなコレが。ね? 束さん」

「うん、大丈夫だよいっくん、バイトが始まる前に戻ってこれるから」

「だそうだ。一夏、時間は気にするな」

 

 束さんの笑顔を見て、一夏がほっとした顔を見せる。

 

「さて、まずはカゴを用意します」

 

 束さんが指を鳴らすと、熱気球に付いている様な、大きなカゴが現れた。

 

「それじゃ、三人は先に乗ってね」

 

 束さんに促され、一夏、箒、千冬さんがそれに乗り込む。

 

「次に、いっくんと箒ちゃんはこのアイマスクを付けてください」

「姉さん? なぜアイマスクを?」

「いいからいいからお姉ちゃんを信じて」

 

 二人の疑問に答えず、束さんは強引にアイマスクを付けさせた。

 今回ばかりは千冬さんも束さんを見逃した。

 

「寒くないよう毛布を被せるね。ちょっと揺れるかもだから、二人共ギュッと抱き合った方がいいかも」

「姉さん、からかわないでください。でも、危ないならしょうがないですね。一夏、もう少しこっちに」

「ほ、箒?」

 

 おぉ! 大胆だな箒。

 アイマスクで見えてないからこその行動なんだろうけど。

 

「ちーちゃん、二人をよろしくね?」

「あぁ、お前の方こそ頼むぞ」

「まっかせなさ~い」

 

 最後に千冬さんが乗り込み準備完了だ。

 

「あれ? 神一郎さんは乗ってます?」

「俺なら千冬さんの隣にいるぞ?」

「千冬姉の? でも声が聞こえる場所が――」

「一夏、大人しくしてろ。時間は限られている。そろそろ出るぞ」

 

 危ない危ない。

 さてと、『流々武』展開。

 

 ISが展開されると同時に、束さんが肩に飛び乗る。

 

(束さん、二人に負担が掛からないように頼みますよ?)

(がってんだよしー君)

 

 声を聞かれないようにISコアのネットワークでやり取りする。

 そして、俺はゆっくりとカゴを抱きかかえた。

 

「富士山に向けてしゅっぱーつ!」

 

 束さんの声で、流々武は元旦の空に飛び立った。

 

 

 

 

 安全運転を心掛け、1時間と少し、俺は富士山の中腹近く、木々の間に降り立った。

 カゴを揺らさないように、静かに地面に降ろす。

 中を覗くと、一夏と箒は互いに寄りかかりながら寝息をたてていた。

 写真は……ダメだ。

 フラッシュで起こしてしまう。

 いや、どっちにしろ起こさないといけないんだからいいか。

 束さんとアイコンタクトの後、二人でカメラを構える。

 

 パシャ

 パシャパシャ

 

 二人が光で目を覚ます僅かな時間が勝負!

 連続で撮りまくる。

 

「う~ん」

「あれ? もう朝ですか?」

「二人共起きな。着いたよ」

 

 目を擦る二人が周囲を見回した後、驚いた顔をした。

 

「ゆっくり深呼吸してごらん」

 

 俺に言われ、一夏と箒は気持ちよさそうにゆっくりと呼吸する。

 夜の静寂に包まれた森はとても神聖だ。

 冬の澄んだ空気が体を一気に目覚めさせる。

 

「先頭は千冬さんと束さん、その次に一夏と箒、俺が最後尾な。暗いから足元に気をつけてね。目的地までは歩いて15分ほどだから」

 

 今回の目的地は頂上ではない。

 人が多い所は束さんが嫌がるので、人気がない場所を選んだ。

 直接そこに行くのもいいけど、二人には冬の森を感じて欲しかったので、わざと少し離れた場所に降りた。

 

 虫も動物もいない静かな森の中に、五人の足音だけが響く。

 誰も何も喋らない。

 だけど、気まずい訳ではない。

 とても居心地の良い静けさだった。

 そして、ついに目的地に着いた。

 

 俺達の目に前に現れたのは大きな岩だ。

 周囲に生えている木よりも高さがある。

 つまり、これに乗れば、木々に邪魔されることなく朝日が見れる。

 千冬さんが一夏を。

 束さんが箒を抱きかかえ、岩に駆け登る。

 俺は二人にバレないよう足だけISを展開し後に続く。

 

 まだ日の出でまだは時間があるので、岩の上で腰を下ろしながらその時を待つ。

 そして――その時が来た。

 

 中腹とはいえ、ここは十分見渡しが良い。

 地平線の向こうの空が白ずむ。

 ゆっくりと、太陽が顔を出した。

 

 みんな静かだった。

 束さんでさえ何も言わず太陽を見ていた。

 何を考えているかはわからないが、横顔を見る限り退屈してる訳ではなさそうだ。

 

「そろそろ帰るか」

 

 太陽が完全に姿を見せたあたりで千冬さんがそう切り出した。

 確かにもうそろそろ帰らないといけない時間帯だ。

 だが、俺にはまだやりたい事があった。

 

「最後に、千冬さん、ちょっとここに立ってもらえます?」

「ここか?」

「そのまま腕を組んで、足を少し開いてください――はい、オッケーです」

 

 普通に見れば、ただ初日の出を見てるように見えるが、見方を変えるとちょっと違うのだ。

 束さんを手招きで呼んで、千冬さんの後ろでしゃがむ。

 

「しー君! これは!」

「束さんへの日頃の感謝のお礼です。後、俺も一度はやってみたかったので」

 

 俺と束さんは、千冬さんの後ろから日の出を見ている。

 正確には、千冬さんの足と足の間と言うべきだが。

 そして、自分で角度を変えて見ると、千冬さんの股間に太陽が重なり――

 

「最高だよしー君。私は初めて『神々しい』の意味を知ったよ」

「作法としては手を合わせるべきです。一緒にやりましょう」

 

 パンパン

 

 二人で柏手を二回し、頭を下げる。

 千冬さんのお尻に向かって――

                                                                          

 

 

「なぁ? さっきまでの神聖な気持ちはどこにいった?」

 

 いつの間にか千冬さんがこっちを向いていた。

 俺と束さんは頭を掴まれ、ギリギリと頭蓋が軋む音が聞こえる。

 俺にいたっては身長差もあって、足が少し浮いている。

 

「ちーちゃん待って! なんか耳から出そう! 今回は私は悪くないもん! 発案はしー君だよ!」

「あ゛ぁ! 俺もなんか出そう! 落ち着いて千冬さん! 子供の軽い悪戯じゃないですか!」

「そうか、子供の悪戯か――ならお仕置きが必要だな」

「「あ゛あぁぁぁ!」」 

 

 千冬さんの指が頭にめり込んでる錯覚を受ける。

 だが俺は謝らない。

 俺の今年の抱負は、『束さんに笑顔の一年を』だからだ。

 それが、束さんを見捨てる俺が出来る謝罪の気持ちだ。

 だけど、ちょっとやり方間違ったかも――

 

 その後、俺と束さんは、初めて『痛みで気を失う恐怖』も知った。




なんか、一話一話の綺麗な終わり方がわからなくなってきた。
自分で読んでてもコレジャナイ感が(><)


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最高の一年を君に(春)

 私、篠ノ之箒には友達がいない。

 クラスメイトや同級生の女子は全員がライバル。

 男の子はすぐにからかってくるのでとても仲良く出来ない。

 そして、それ以外の人間は、私が篠ノ之束の妹と知ると近づいて来なくなる。

 

 二人だけ――友達と言える人がいるが、正直、友達と言っていいのか分からない。

 

 一人は織斑一夏。

 剣の道ではライバルで、友達ではなく、それ以上の関係になりたいと思う男の子。

 

 もう一人は佐藤神一郎さん。

 道場では後輩で、学校では先輩。

 そして日常では――

 

「そっか、ちゃんと手を繋いでデートできたんだ?」

「はい、“迷わないように”って言ったらあっさりと繋いでくれました」

 

 まるで兄の様な人だ。

 

 道場での稽古後、一夏は家事があるため早々に帰ってしまうが、神一郎さんは残って私の話を聞いてくれる。

 今や私の日課の一つだ。

 

「良かったね」

 

 神一郎さんの手が私の頭を撫でる。

 姉さんと違ってとても優しい手付きは、触られるととても安心する。

 もちろん姉さんに撫でられるのは嫌いじゃない。

 だけど、姉さんはたまに力加減を間違う時があるから安心できない時がある。

 

「ところで箒、今度の日曜日は空いてる?」

「えっと――いつも通り午前中は稽古がありますが、午後は空いてます」

「なら良かった。んじゃさ、午後からお花見しない? 境内の桜も丁度いい感じだし」

「お花見ですか? 良いですね。今は丁度見頃ですし。あ、お弁当はどうしますか?」

「う~ん、三人で手分けしようか? 俺と箒と一夏で2人前作る感じで」

「私が全部作ってもいいですよ?」

「箒は一夏の手料理は嫌い?」

「――その言い方はずるいです」

 

 一夏の料理は好きだ。

 女としてどうかと思うが、とても美味しい。

 一夏の料理は食べたい。

 でも、一夏に手料理を食べて欲しい。

 両方共私の素直な気持ちだ。

 それなら神一郎さんの言う通りにした方が良いだろう。

 考え込んでいると、神一郎さんがニコニコ笑いながら私を見ていた。

 

「箒は可愛いな」

 

 そう言って神一郎さんはまた私の頭を撫でてきた。

 

 いつからだろう。

 神一郎さんに“可愛い”と言われても照れなくなったのは。

 

 いつからだろう。

 神一郎さんが手を伸ばした時、撫でられやすい様に頭を差し出すようになったのは。

 

 いつからだろう。

 神一郎さんの事を『兄さん』と呼びそうになったのは。

 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 春の日差しが暖かい神社の境内の片隅で、いつものメンバーが桜の木の下に集まった。

 ブルーシートの真ん中には、一夏作の煮物中心の料理、私の揚げ物中心の料理、そして神一郎さん作のマッシュポテトや和え物中心の料理が並んでいる。

 それを囲むように私達は座っていた。

 

「みんな飲み物は持ったかな?」

 

 神一郎さんが紙コップを手に音頭を取る。

 そういえば、こういう時は年長者が動くと思うが、私達の場合は神一郎さんが仕切る場合が多い。

 なんでだろ?

 

「まず、一夏、箒、そして千冬さん。進級おめでとうございます」

「しー君、私は?」

「束さんは学校に行ってから言ってください」

 

 姉さんも一応千冬さんと同じ学校に在学している事にはなっている。

 一度も行った事はないみたいだけど。

 

「まぁめんどくさい挨拶は抜きにして、新しい一年頑張りましょう! 乾杯!」

「「「「かんぱ~い」」」」

 

 このメンバーで集まってお弁当を食べるのは珍しくない。

 今までの経験が私を急かす。

 飲み物を早々に降ろし、私は箸と紙皿を構える。

 狙いは一夏の料理だ。

 今日は三人で作った為、一夏の料理はそう多くない。

 うかうかしているとあっという間に無くなってしまう。

 

 まずは筑前煮だ。

 旬の筍と色取り取りの野菜。

 そして艶やかな鶏肉がとても美味しそうだ。

 

 そう思って箸を伸ばすと、私よりも先に一夏の料理に手を付けた人がいた。

 千冬さんだ。

 余り表に出さないが、千冬さんの一夏への愛情は本物だ。

 今日みたいな場でも千冬さんは一夏の料理に率先して手を伸ばす事が多い。

 もちろん、ちゃんと私の料理も食べてくれるんだけど。

 

 私と千冬さんの紙皿は一夏の料理で一杯になった。

 その事に満足して横に座る一夏の方を見ると、一夏が私の作った唐揚げを食べようとしている所だった。

 思わず一夏の口元を凝視してしまう。

 一夏がガブりと唐揚げを食べる。

 緊張の一瞬だ。

 

「ん~~。美味いなこの唐揚げ」

 

 一夏が頬を緩ませながらそう言ってくれた。

 それが嬉しくてつい顔を背けてしまう。

 

 ありがとうございます雪子さん。

 貴女の教えてくれたレシピで一夏を喜ばせる事が出来ました!

 

 顔の火照りが冷めるまで一夏から顔をそらしていると、ふと気付いた。

 二人の声が聞こえない事に――

 

 普段なら姉さんはうるさいくらい騒いで料理を褒めてくれるだろう。

 神一郎さんもだ。

 なのにさっきから二人の声が聞こえない。

 もしかして食べる事に夢中になっているのだろうか?

 そう思って、対面に座る二人を見ると。

 

「ちっ――」

「(ニコニコ)」

 

 神一郎さんは不機嫌そうだった。

 逆に姉さんはニコニコ笑っていた。

 

 ちょっと待って欲しい。

 私が知らない間に何があったのだろう?

 あんな不機嫌そうな神一郎さんを見たことがない。

 

 神一郎さんがしかめっ面で箸を伸ばした。

 神一郎さんが掴んだのは私の唐揚げだ。

 その唐揚げが神一郎さんの口に――運ばれる前に消えた。

 

 え? 今のなに?

 影のようなものが見えたと思ったら、神一郎さんの箸から唐揚げが消えていた。

 

「束さん」

「しー君(もぐもぐ)次はいっくんの煮物がいいな(もぐもぐ)」

「俺は箒の唐揚げが食べたいんです」

 

 神一郎さんの箸がまた唐揚げを掴む。

 まさかと思うけど――

 

「ふっ!」

「がう!」

 

 次の瞬間。

 身を乗り出して神一郎さんの箸にかぶりつこうとしている姉さんと。

 その姉さんの頭を左手で抑える神一郎さんがいた。

 

「いい加減自分で食べてくれませんかねぇ?」

「箒ちゃんの手料理をしー君に食べさせてもらう。束さんは幸せ者だよ」

「『食べさせる』と『食べられる』じゃ全然意味が違うんですが?」

「やだなーしー君。そんな事知ってるに決まってるじゃん」

「よーし、ケンカ売ってるんだなコノヤロー」

 

 会話をしながらも二人の攻防は止まらない。

 姉さんは笑いながらも口を開き、隙あらば唐揚げに食いつこうとしている。

 その姉さんの頭を、神一郎さんが力一杯押さえつけていた。

 神一郎さんは右手の唐揚げを口の運ぼうとするが、気を抜くたびに姉さんの頭が唐揚げに近づくため、なかなか食べられないようだ。

 

 だが、その拮抗もすぐに終わった。

 

「えい」

 

 姉さんが右手で神一郎さんの脇腹を突く。

 神一郎さんの体がビクっとなり、体勢が崩れた。

 

「しまっ!?」

「いっただき~」

 

 その隙を姉さんが見逃す訳もなく。

 

「もぎゅもぎゅ」

 

 神一郎さんの箸の先には、姉さんがしっかりと食いついていた。

 

「ふ……ふふ。篠ノ之束。お前は俺を怒らせた。今日はもう何も食べられないと思え」

「無駄だよ。今日のしー君は、私の“あ~ん係”だと私が決めたんだから」

 

 そこからは始まるのは醜い言い争いにド付き合い。

 二人共最近ケンカが多くなった気がする。

 でも――

 

「くっくっく、私に力で勝てるとでも? さあしー君。次はいっくんの煮物だよ」

「なにこの二人羽織モドキ!? もう自分で食べるのとほとんど変わらないじゃん!?」

 

 神一郎さんを後ろから抱きしめ、力ずくで二人羽織ごっこをしている姉さんはとても楽しそうだ。

 

「あぶっ!? 俺の口に無理矢理押し込むな! え? 最後の唐揚げ? くっ――束お姉ちゃん。僕唐揚げ食べたいな――って、なんで一口囓ってるんだよもー!」

 

 神一郎さんの犠牲がとても大きいけど――

 

 

 

 

 暫くして、目の前には空のお弁当箱ばかりになった。

 作り手としては、やはりお弁当が空っぽになるのは嬉しい。

 今はみんなでお茶を飲みながら桜を見ていた。

 ただ――

 

「箒の唐揚げ……一夏の筑前煮……」

 

 神一郎さんだけは、ほとんど何も食べれず肩を落としていた。

 姉さんの行動を見逃してた罪悪感があるが、下手に手を出したら被害が広がりそうだったんです。

 ごめんなさい神一郎さん。

 

「もうしょうがないなしー君は、本当は箒ちゃんの為に作って来たけど、しー君にも分けてあげるよ」

 

 姉さんがそう言って胸元をゴソゴソと探る。

 まったりとした雰囲気は一変して緊張したものになった。

 

「え~と、あったあった。じゃ~ん」

 

 姉さんが取り出したのはタッパーだ。

 大きさは普通のお弁当くらいで、中身は真っ黒なヘドロらしきものが入っている。

 

「箒ちゃん。ちょっと前にテレビに紹介されてた桜餅を食べたがってたでしょ? お姉ちゃん作ってきちゃった。ちゃんとテレビに出てたお店の味だから安心してね」

 

 姉さんはそう言うが、ちょっと待って欲しい。

 確かにこの前、○○散歩を見てた時に紹介されたお店の桜餅を食べてみたいと思ったけど、なぜ知っているんだろう? あの時は姉さんは居なかったはずなのに。

 あ、父さんですね? 父さんに聞いたんですよね?

 

「もちろん、お姉ちゃんなりの工夫も入ってるんだよ」

 

 どうしよう――姉さんの笑顔が眩しい。

 

「料理の『味』に関してはすでに完璧だと思うんだよね。だけど、そこで止まるのは凡人。束さんが次に目を付けたのは『匂い』だよ。束さんは研鑽を止めないのさ!」

 

 姉さんの料理には当たり外れがある。

 オリジナルを作られるととても人の食べ物と思えないが、味を真似ているなら大丈夫だと思う。

 匂いに関しては、確かに料理に大切な一因でもあるので反論はない。

 だけどなんでだろう。

 本能がここから逃げろと言っている。

 

「箒ちゃんが食べたがっていた桜餅に、お姉ちゃんが至高の匂いを付けたからね。喜んで箒ちゃん」

 

 姉さんはそう言って、とても無邪気な顔でタッパーの蓋を開けた。

 次の瞬間、私達を襲ったのは――私の人生で嗅いだことのない悪臭だった。

 

「「「「くさっ!?」」」」

 

 私だけじゃない。

 一夏と千冬さん、そして神一郎さんも反射的に鼻を摘んでいる。

 なんて言えばいいのか……。

 まるで、生ゴミを三日程外に置いて、それを鍋に入れ煮込み、腐った魚を加え、また外に出して、ゴキブリが群がったら完成する様な匂いだった。

 あ、でもなんだろう? 何か甘い匂いもする。

 とは言え悪臭には変わりなく、鼻を摘んでいる為口呼吸していても、あの匂いが肺に入ってると思うだけで具合が悪くなってしまう。

 

「束さん? この悪臭が“至高の匂い”なの?」

 

 私達の心情を神一郎さんが代表して聞いてくれた。

 

「そうだよしー君。真に人の心に作用する匂い――それがこの匂いなんだよ! 嗅ぐだけで人に快楽を与え、甘美な世界に誘惑する。しー君、私はね。人の感情に最も影響を与える匂いが、世間一般では悪臭と呼ばれる物だと知ったんだよ!」

 

 姉さんは自信満々言うが、その姉さんでさえ鼻を摘んでいるので説得力がないです。

 

「まぁまぁ、騙されたと思って食べてみてよ。ね? 箒ちゃん」

 

 姉さんがタッパーを片手に近づいてくる。

 どうしよう。

 姉さんを悲しませたくないが、今回は流石に遠慮したい。

 助けを求め周囲を見渡すと、神一郎さんと目があった。

 

(食べれる?)

(無理です)

 

 そんなアイコンタクトが成立した。

 

「束さん。俺の空腹が限界です。先に貰ってもいいですか?」

「もう、しー君でばそんなに私の手料理食べたいの? しょうがないな~」

 

 口調とは裏腹に、姉さんはニコニコ顔で神一郎さんにタッパーを差し出した。

 

 流石です神一郎さん。

 これからは神一郎さんの家に向かって足を向けて寝れません。

 

「近くで見るとさらに桜餅には見えないな」

 

 神一郎さんが手に持ったタッパーを軽く揺らすと、中身が揺れていた。

 それはつまり、アレは固形物ではなく、粘度はあるが飲み物に近い物なんだと教えてくれる。

 桜餅とはいったい……。

 

「さて、それじゃあ――千冬さん。お願いします」

「了解だ」

「あれ?」

 

 神一郎さんからの要請に千冬さんが素早く反応し、背後から姉さんを拘束した。

 

「ちーちゃん? なんで私を抑えてるのかな?」

「ん? それは知らん。何をするのかは神一郎に聞け」

 

 神一郎さんの要請にすぐさま答える千冬さん。

 目的も聞いてないのに姉さんを取り押さえる千冬さんからは、神一郎さんへの信頼を感じます。

 見事なコンビネーションです。

 

「しー君? なんでソレを私に近づけるのかな?」

「だって、捨てたらもったいないでしょ?」

 

 私も神社の娘として、食べ物を粗末にしてはいけないと教えられていますが……神一郎さん、その邪な笑顔はいががなものかと。

 

「ほら、自分で処理しろ」

 

 そう言って神一郎さんは――

 

「ンンン!?」

 

 姉さんの口にソレを流し込んだ。

 

「ほれ、一気一気」

「しー君待っ――くさっ!? あ、でもうまっ!? あ、やっぱりくさっ!?」

 

 姉さんは『臭い』と『美味い』を交互に叫びながら、ソレを飲み干す。

 

「ごきゅごきゅ――けぷ……くさっ!?」

 

 全てを飲み干した姉さんは、最後に軽くゲップをして、そして自分の息の臭さに泣いていた。

 姉さん、それは女として色々アウトです。

 

「しかし、まだ匂いが無くならないな」

 

 神一郎さんが眉を寄せながらパタパタと手を振る。

 

 原因の桜餅は全部姉さんの胃袋に収まったが、周囲の悪臭は一向に収まらない。

 未だ鼻から手を離せない状況が続いています。

 

「一夏、悪いんだけど、ちょっとコンビニ行ってくれないか? スプレー型の消臭剤と、服用に○ァブリーズ。後、束さん用に口臭用のタブレットを買ってきてくれないか?」

「わかりました!」

 

 神一郎さんにお金を渡された一夏が喜んで此処から離れて行った。

 私も離れたいが――

 

「酷いよぉ。臭いよぉ」

 

 ブルーシートにペタンとお尻を付けて、ぐすぐすと泣いている姉さんを放置はできない。

 

「束さん、自分でも泣くほど臭いのになんで作って来たの?」

「理論上はコレが人を虜にする匂いなんだよ。ここまで臭いのは予想外だったけど……」

 

 どうやら姉さんも予想外の臭さだったようだ。

 試しもしないで人に食べさせようとするのはどうかと思うけど、ある意味姉さんらしいです。

 それにしても“人を虜にする匂い”ですか。

 確かにさっき感じた、あの悪臭の中の甘い匂いはクセになりそうでしたが。

 

「取り敢えず、束さんは一夏が帰って来るまで喋らないでください。束さんが口を開くと悪臭が広がるので」

「ふんだ。またそんな事言って」

「束さんは知らないんですか? 口臭は胃の内容物にも影響されるんですよ? アレを食べた束さんの口臭は臭いに決まってるじゃないですか」

「――――箒ちゃん」

 

 神一郎さんに指摘された姉さんが私の方を向く。

 

「お姉ちゃんとお喋りしよう?」

 

 そう言って姉さんは立ち上がり、私に近づいて来る。

 

「箒ちゃん?」

 

 ごめんなさい姉さん。

 別に姉さんの息が臭いと思ってる訳ではありませんよ?

 ですが、この匂いはちょっとキツいんです。

 

「ほら、箒も鼻から手を離さないでしょ? だから束さんは大人しくしてください」

 

 止めてください神一郎さん。

 そんな言い方したら姉さんが――

 あぁ、今にも泣き出しそうなくらいプルプル震えています。

 姉さん、鼻から手を離す勇気がない愚妹ですみません。

 

「ふ……ふふ……箒ちゃんに嫌われた……」

 

 いえ、別に嫌ってませんよ?

 

「私だけが箒ちゃんに嫌われるなんて許されないんだよ……」

 

 姉さんの目から光が消えた。

 これはヤバイかもしれない。

 

「あの、姉さ「道連れだよ。しー君」」

 

 私が意を決して話しかけようとしたら、姉さんが何かを持ちながら神一郎さんの方にグルンと振り返った。

 髪が顔にかかっていて少し怖いです。

 

「束さん、それはまさか――」

「誰が作ったのはアレだけだと言った?」

「おかわり……だと……」

 

 神一郎さんの目が、姉さんの右手に釘付けになる。

 そこには、先ほどのより小さいタッパーがあった。

 

「待て、落ち着いて話をしよう」

「私は十分落ち着いているよしー君」

「くそっ!」

 

 神一郎さんが姉さんに背を向け走り出す。

 だけど、天災と言われる姉さんから逃げられるはずもなく、あっという間に組み伏せられてしまった。

 

「つっ!? 千冬さんヘルプ!」

 

 神一郎さんが千冬さんに助けを求めるが――

 

「悪いな神一郎。束はもう私を警戒している。今抑えようとすれば、タッパーの中身が私に掛かる恐れがある。まぁなんだ……諦めろ」

 

 千冬さんの容赦のない言葉が神一郎に止めを刺した。

 姉さんに押さえつけられてた神一郎さんは、そこで抵抗を止めてしまった。

 

「束さん……優しく……してね?」

「ん~? それは無理かな~」

 

 そう言って姉さんは、とても可愛らしい笑顔で神一郎さんの口にタッパーの中身を流し込み始めた。

 

「くさっ!? あ、でも確かにうまっ!? あ、でもやっぱりくさっ!?」

 

 神一郎さんは、さっきの姉さんと同じ様に、『臭い』と『美味い』を繰り返しながら草餅を飲み込んでいった。

 

 

 

 

 シュ―

 

 一夏の買ってきた消臭剤を周囲に振りまく。

 隣では、千冬さんが自分の服に○ァブリーズをかけていた。

 服に匂いが移ってそうで気になるそうだ。

 私も後でやろうと思う。

 それにしても――

 

「おら!(シュ)」

「とりゃ(シュー)」

 

 姉さんと神一郎さんは本当に仲が良い。

 

「なぁ箒、二人共なにをしているんだ?」

「何と言われてもな――見ての通り、消臭剤の掛け合いだ」

「――なんで?」

「私にも分からない」

 

 二人は互いにポーズ取りながら消臭剤を掛け合っている。

 

「消臭界のキングオブキング。数多の消臭剤の頂点に立つ、この○ァブリーズに勝てるとでも?」

「そんなのただのロートルじゃん。私が作ったこの“イレイザー”に勝てる訳ないんだよ」

 

 姉さんが作った消臭剤“イレイザー”は、『どんな匂いも一撃で消し去る』がキャッチコピーらしい。

 一夏が帰ってくる少しの間にそんな物を作ってしまう姉さんは流石です。 

 

「ちょっと待ってしー君。○ァブリーズって“キング”じゃなくて“クイーン”って感じじゃない?」

「――言われてみればそうですね。そこは同意します」

 

 二人の言い分はまるで意味が分かりませんが、ここで口を挟むのは野暮と言うものでしょう。

 

「そこだ!(シュ)」

「甘いよしー君(シュー)」

 

 仲が良いのは良い事ですが、顔に掛かったりしないように気をつけてくださいね?

 まぁ、姉さんなら無駄な心配だと思いますが。

 

 

 

 それから暫くして、やっと悪臭から開放された私たちは、ブルーシートに寝転がっていた。 それも、一夏の膝枕でだ。

 

 きっかけはやはり神一郎さんだった。

 最初に神一郎さんが『枕が欲しい』と言い始め、それに姉さんが乗り。

 あれよこれよという間にみんなを巻き込み――

 

「千冬姉、俺やっぱり少し恥ずかしいんだけど」

「黙って寝てろ」

「――はい」

 

 まず、千冬さんの太ももに一夏が頭を乗せて寝っ転がる。

 

「一夏、重くないか?」

「? 別に平気だぜ?」

「そ、そうか」

 

 その一夏の太ももに私が頭を乗せ。

 

「ん~箒ちゃんの匂い。お姉ちゃんは幸せだよ~」

「ひゃあ!? 姉さん。くすぐったいので頭をこすりつけないでください」

 

 私の太ももに姉さんが頭を載せている。

 

「束さん、嬉しいのは分かりましから、足をバタつかせないでください。落ち着いて寝れません」

「おっと、ごめんよしー君」

 

 そして、姉さんの太ももには神一郎さんが。

 上から見たら、まるで蛇のように見えるだろう。

 

 優しい春風が頬を撫でる。

 頭に下には一夏の体温がしっかりと感じられ、嬉しい半面、心地よくてそれが眠気を誘う。

 今寝たら凄くもったいないと思う。

 だけど、今寝たらとても良い夢を見れそうだ。

 

 少し考えた後、私はそっと目を閉じた。

 きっと、今日みたいな日がこれからも来ると信じて。

 

 それでは、おやすみなさい。




原作箒のイメージが強すぎて、子供箒の口調の違和感が凄い(><)


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最高の一年を君に(夏)

 暗いトンネルの先には光る出口が見える。

 窓を開けると、湿気った風が体全体に当たった。

 

 少しずつ近付く出口

 ――それを超えれば

 

 

 

 

 

「海だ~~!!」

「ひゃっほ~!!」

 

 窓から身を乗り出して拳を突き上げる。

 後ろの席に座っている束さんも、窓から顔を出して叫んでいた。

 山の中のトンネルを抜ければ、眼前に広がるのは青い空、白い雲。

 その先に僅かに見える海。

 季節は夏、今日は嬉し恥ずかし海水浴の日です。

 

「風が鬱陶しいから窓を閉めろ」

「「はい」」

 

 束さんの隣に座る千冬さんの髪が、風に煽られバサバサと乱れていた。

 申し訳ない。

 

 俺が助手席。

 千冬さんと束さんが二列目。

 最後尾に一夏と箒。

 そして――

 

『途中どこかに寄りますか?』

 

 運転しながら、手作りプラカードでそう聞いてくるグラサンが今日のメンバーだ。

 

「一夏と箒は何か買いたい物とかある?」

「ありません」

「俺も大丈夫です」

「だそうです。このまま目的地まで行っちゃってください」

 

『分かりました』

 

 ――うん、意外と便利だなプラカード。

 朝会った時に、『おはようございます』とプラカードを掲げながら現れた時は頭を心配したけど。

 この人はきっと銀魂ファンに違いない。

 

 

「ちーちゃんの水着、箒ちゃんの水着、いっくんの半裸。今から楽しみだね~」

 

 目をハートにしながら涎を垂らす束さん。

 男子の水着を半裸言うなし。

 

 

「一夏、海に着いたら一緒に泳がないか?」

「? 海で泳ぐのは当たり前だろ?」

 

 

 微妙に噛み合わない会話をする一夏と箒。

 一夏よ、今日はお前に女体の素晴らしさを教えてやる。

 

 

「海か――美味い魚を食いたいな」

 

 色気より食い気の千冬さん。

 帰りは近くの道の駅にでも寄りましょうね。

 

 以上のなんとも頼もしくも心配になるメンツで夏の海を満喫します!

 

 

 

 

 

 そんなこんなで。

 

「海だ~~!!」

「「「海だ~~!!」」」

 

 今回は一夏と箒も声を上げてくれた。

 やはり海が眼前にあるとテンションが違うよね。

 

「――う~ん、海は良いけど、ちょっとゴミが多くない?」

 

 周囲を見渡しながら、束さんがそう呟いた。

 確かに日本の浜辺はゴミが多いけど、この場合の”ゴミ“って――

 

「よし、取り敢えず焼き払おうかな。えっと、一番近い軍事基地は――」

「やめんか!」

「ぐぺらっ!?」

 

 何やら怪しい行動を取る束さんの頭上に千冬さんの拳骨が落ちる。

 

「束、お前今なにをしようとしていた?」

「――近くの軍事基地にハッキングを……」

「お前は何を“ゴミ”と認識している?」

「それは! あの! ゴミだよ!」

 

 束さんが声を荒げて指差す方向にあるのは――

 

「お姉さん可愛いね。もしかしてモデル?」

「お父さん、あっちに空いてる場所があるよ」

 

 わいわいガヤガヤと騒ぐ――どう見ても一般人です。

 

「なんでなんでなんで~!? 何でなんだよしー君! もっと人が居ない場所とかあるじゃん! なんでこんな場所に!?」

 

 なんでなんでとうるさいなぁもう。

 

「耳元で騒がないでください。てか言ってませんでしたっけ?」

「言ってない! 聞いてない!」

 

 まぁ、言ったら怒りそうなので言わなかったんですがね。

 今回の目的の為には人が居ない場所じゃダメなんで。

 

「そっか、束さんは嫌ですか……そっかそっか」

「――なんだよ?」

「一夏、箒、この海水浴場は嫌?」

「え? えっと嫌ではないです」

「私も人が多い場所は苦手ですが、その……一夏が一緒ならどこでも」

「うんうん、二人は聞き分けいいな。そんな訳で束さん。嫌ならグラサンと一緒に車待機でどーぞ」

「ぐぬぬ」

 

 あら可愛い。 

 ここで束さんの『ぐぬぬ顔』が見れるとは。

 

「いいもん。人間が邪魔だけど、『人要らず君』を使えば大丈夫だし」

「名前が怪しいんですけど……また悪臭を発するモノじゃないでしょうね?」

 

 蘇る花見の悪夢。

 俺だけではなく、全員が顔をしかめる。

 

「これは匂いじゃなくて“フェロモン”だから大丈夫だよ。ちーちゃんの魅力に誘われる奴が出てくるかもしれないからね。“話しかけたいけどなんか話しかけにくい”そんな感情を相手に持たせるモノだよ。だから、はいちーちゃん」

「むっ……」

 

 束さんが千冬さんにスプレーをかける。

 千冬さんは嫌そうな顔をしながらも大人しく受けれた。

 千冬さんにスプレーした後、束さんは自分にもそれを吹き付けた。

 その後、浜辺の空いてるスペースにビニールシートを引き、パラソルを立てる。

 これで準備完了だ。

 

「それじゃあ着替えましょうか。向こうに着替えの為の建物があるのでそこで着替えてください。束さんはどうします?」

「ここで荷物番してるよ」

「了解です。一夏、行くよ?」

「あ、はい」

 

 こんな時、男は楽だ。

 荷物なんて脱いだ服を入れる為のビニール袋一つで事足りる。

 水着は既に着てるしな。

 それに比べ、女性陣は大変だ。

 千冬さんと箒はあれやこれやと荷物を抱えている。 

 そんな二人を振り返り、歩みを止める一夏。

 紳士だね。

 だが、今は大人しく付いて来てもらおうか。

 

「ほら一夏」

 

 一夏の腕を掴み引っ張る。

 

「あの? 待たなくていいんですか?」

「いいのいいの。千冬さん、箒、先に行ってますよ」

「あぁ、こっちは待たなくていい」

「一夏、また後で」

 

 一夏を連れて行く先は公共の脱衣所だ。

 余り大きくなく、一度に入れる人数は5人程だろう。

 それが男用と女用が並んで建っている。

 男用の方はガラガラだが、女用の方は10人ほどの列が出来ていた。

 ここまでは計画通り。

 

「一夏は海って初めてだっけ?」

 

 脱衣所に入った俺と一夏だが、ズボンの下に水着を着てきたので、ただ服を脱ぐだけ。

 なので暇つぶしも兼ねて隣の一夏に話かける。

 

「はい、初めてです。だから今日は凄く楽しみで」

 

 にっこりと純粋な笑顔を見せる一夏。

 これが将来、『嫌いなラノベ主人公』中に名前があがる存在になるんだから怖い。

 安心しろ一夏。

 俺がまっとうな男にしてやる。

 原作ブレイクは避けたいが、箒の為に少しでもお前を矯正してやる。

 

 水着に着替え終わり外に出る。

 女性が並ぶ列を見ると、箒と千冬さんが居た。

 あれでは着替えが終わるまでにかなり時間がかかるだろう。

 そして、束さんが二人の着替えを見逃すはずがない。

 ステルスドローンか何かを使って、今か今かと待ち続けてるだろう。

 今がチャンスだな。

 

「一夏、ちょっと付いて来てくれ」

「? そっちは荷物を置いた場所と逆方向ですよ?」

「なに、二人が着替え終わるまでのほんの暇つぶしだよ」

 

 そう言って歩き出すと、一夏は慌てて付いて来た。

 さて、時間は余り無駄に出来ない。

 どの娘がいいかな――

 

 歩きながら周囲を見渡すと、ちょうど目の前を歩いていた黒髪でセミロングの子が手を振りながら声を出した。

 

「お待たせ~。飲み物買ってきたよ~」

「お帰りアツコ。ありがとう」

「アツコ、背中にサンオイル塗って~」

「マキはなんで塗る前に焼き始めてるの?」

 

 アツコと呼ばれた女の子の先には、高校生くらいの女の子が2人いた。

 パラソルの下で日焼け止めを塗っている茶髪でロングの子。

 その横で寝転んで肌を焼いている茶髪のショートの子だ。

 三人ともビキニタイプの水着で非常に眼福である。

 どこかで見たことある人達だけど――まぁいいか。

 

「一夏、今から俺の話しに全力で合わせろ。いいな?」

「え? いきなりなんです?」

「い・い・な?」

「……はい」

 

 急な話に戸惑う一夏に対し、語尾を強めて言ったら素直に言う事を聞いてくれた。

 お前のアドリブ力に期待してるぞ。

 

 よし、何も恥かしい事はない。

 俺は子供。

 小学5年生の生意気盛りなお子様。

 いくぞ一夏。

 しっかり付いてこいよ。

 

「お姉ちゃん」

 

 そう言って、俺は『アツコ』と呼ばれていた女の子の手を掴んだ。

 後ろで一夏がビックリしている。

 頼みから余計な事言うなよ。

 

「え? なに?」

 

 アツコと呼ばれていた子が驚いて振り返る。

 

「あ、ごめんなさい。間違えました」

「あれ? アツコ、なにその子? お持ち帰りしてきたの?」

「ち、違うよ! えっと、君って迷子とか?」

 

 アツコ――いや、アツコちゃんの方が似合うな。

 アツコちゃんがしゃがんで俺と目線を合わせてくれる。

 それに合わせておっぱいがギュッと寄せられる。

 中々素晴らしいモノをお持ちで。

 

「あの、姉と来てて、向こうの建物で別々に着替えたんですけど――」

「あ~アツコ、その子のお姉さんはまだ着替え中だと思うよ? だいぶ混んでたから」

「えっと、どうすれ――あ、ハルカなら――」

「すー」

「ハルカなら既に寝てるよ」

「そんなぁ~。妹がいるハルカならなんとかしてくれると思ったのに」

  

 見てて面白いなこの子達。

 アツコちゃんは子供が苦手な様だ。

 嫌ってはいなそうなので一安心。

 

 マキと呼ばれたショートの子は中々良い性格をしているようだ。

 困るアツコちゃんをニマニマと眺めている。

 

 ハルカと呼ばれたロングの子はマイペースな子かな? 

 さっきまで起きていたのに気付いたら寝てるし。

 

「あの、姉が来るまでここに居ていいですか?」

「えぇ!? あの、えっと、マキ~」

「ん~? いいんじゃない? ところで君、『お姉ちゃん』を待つんでしょ?」

 

 マキ、うん、こいつは呼び捨てでいいな。

 マキがニマニマと俺にそう言ってきた。

 お姉ちゃん呼びが恥ずかしかったから姉に変えてみたのに。

 しょうがない――

 

「人前で『お姉ちゃん』呼びは恥ずかしい年頃なんです」

「見たところ小学生の高学年ってとこ? まぁそんな年頃だよね。それで君たちはなに、そんなにアツコのおっぱいを見ていたいの?」

「ちょっとマキ、子供相手に何言ってるの!?」

 

 そう言いながらもの、アツコちゃんは腕で胸を隠しながら立ち上がってしまった。

 残念。

 

「いえ、人違いしてしまったお詫びに、サンオイル塗るのを手伝おうかと思いまして――弟の一夏が」

「――俺!?」

 

 今まで静かだった一夏が驚きの声を上げる。

 

「さっきから静かな子だよね? へ~随分と将来性がありそうな可愛い子だこと」

「学校でモテモテの自慢の弟です」

「ちょっ、し『お兄ちゃん』――お、お兄ちゃん。いきなりそん事言われても」

 

 よしよし。

 その調子だ一夏。

 くれぐれも呼び方には気を付けろよ。

 

「ふむふむ――いいね。そこの君、こっちに来て私の背中に塗りなさい」

「マキ!?」

「まぁ落ち着きなよアツコ。見てごらん、この子の顔。将来有望でしょ? 今のうちの唾付けるのも有りじゃない?」

「ないよ! もう、小学生相手に何を言ってるの」

 

 乗り気なマキに疲れ顔のアツコちゃん。

 マキとはノリが合いそうだ。

 出来ればお友達になりたいね。

 でも、残念だけどそれは別の機会に。

 今は一夏が優先だ。

 

「ほら一夏。ご指名だぞ」

「え? その、俺は――」

「男の子なんだから覚悟決めなさい。ほらおいで」

 

 マキが戸惑う一夏の手を引っ張り、無理矢理連れて行く。

 それを見て、アツコちゃんがあうあう言っている。

 このスレてない感がなんとも可愛いな。

 

「アツコさん、でしたっけ? よければ僕が塗りましょうか?」

「え? 私は別に――」

「アツコもだ塗ってないから、頼むよ少年。あ、アツコは日焼け止めね」

「了解です。アツコさん、行きますよ」

「あの、手を引っ張らないで……」

 

 アツコちゃんの手を引き、マキの隣に無理矢理座らせる。

 子供相手に大きく言えないのか、アツコちゃんは多少の抵抗を見せるものの、大人しく寝そべってくれた。 

 

「それじゃあ頼むよ一夏君」

 

 マキは意地悪そうな笑みを浮かべて、一夏にサンオイルのボトルを渡した。

 

「――わ、わかりました。出来るだけ頑張ります」

 

 ボトルを手に持ちながら俺を見ていた一夏だが、助けがないと知ると、しぶしぶとマキの背中にオイルを垂らし始めた。

 

「あの、やっぱり私は――」

「アツコさん、水着のヒモ解きますよ?」

「へ? きゃあ!?」

 

 未だに乗り気ではないアツコちゃんの水着のヒモを外し、立てなくさせる。

 これだけやっも訴えられない。

 まったく、小学生は最高だぜ。

 

「一夏君、女子高生の玉の肌だ。念入りに頼むよ」

「頑張ります」

 

 さあ一夏、家族や知り合いではない女子高生の肌を堪能するがいい。

 

「うぅ、なんでこんな事に……」

 

 俺も美味しい思いさせてもらうけどね。

 

「アツコさんは肌綺麗ですね。これは丁寧にやらないと」

 

 俺も手にクリームを載せ、ニュルニュルと馴染ませる。

 しかし、アツコちゃんは本当に綺麗な肌してるな。

 この背中にシミを作るなんてお兄さんは許しません。

 では、失礼して――

 

 

  

 

 

「なにを――してるのかな?」

 

 女子高生の柔肌に指先が触れようとした瞬間――底冷えする声が耳に届いた。

 

 俺と一夏の動きがピタリと止まる。

 ギギッ、と首を声のした方に向けると――

 

「にぱー」

「(ピキピキ)」

 

 にぱ顔の束さんと、黒のビキニに着替えたピキピキ顔の千冬さんがいた。

 

 

  

 

 

 

 

「俺は無実だ」

 

 女子高生三人から引き離された俺は砂から首だけ出しいる状態だ。 

 まさか砂浜に縦で埋まる事になるとは――

 マンガとかで見たことあるけど、実際に自分がやられるとは思って無かったよ。

 ちなみに、縦穴は束さんがスコップ一本で掘ってくれました。

 俺のサイズにジャストフィットするところに匠の技を感じる。

 

「何が無実だ。さっさと目的を吐け。なぜ一夏にあんな真似をさせた」

「しー君、早く話した方がいいよ?」

 

 千冬さんと束さんに尋問されてる中、一夏は少し離れた場所で箒と砂遊びをしている。

 未遂だと言う事でお咎めなしだそうだ。

 羨ましい。

 

「それはそうと、随分と早い到着でしたね。予想外でした」

「私が言うのもなんだけど、しー君なら私に気を使って、プライベートビーチや無人島にでも行きそうなのに、こんな普通の海水浴場なんて怪しむに決まってるじゃん。しー君が怪しい行動を取ったからね。すぐにちーちゃんに連絡させてもらったよ」

「束のスプレーはかなり強力でな。後ろから睨んだらすぐに行列が無くなったぞ」

 

 確かに普段の俺ならそうしたかも。

 それと、前に並んでた人が居なくなったのは純粋に千冬さんが怖かったからだと思う。

 マキとアツコちゃんも凄いビビってたし。

 

「ほらしー君、キリキリ吐きなさい」

 

 束さんが裸足の足を俺の頭に乗せる。

 力が入っていないので“踏む”より“乗せる”が正しいだろう。

 しかし良かった。

 俺は今喜んでいない。

 むしろイラっとしてる。

 自分がМじゃなくて嬉しいよ。

 

「話しますから足をどけてください」

 

 少し不機嫌な声を出しつつ、束さんを睨むと――

 

「しー君の頭に私の足が……私、なんだかんだで人の頭踏んだの初めてだよ……これはちょっとクセになるかも……」

 

 なんかはぁはぁ言いながら凄い事をつぶやいてるんですけど!?

 

「千冬さん、お願いですから横の変態をどけてください」

「ん? あぁ――大丈夫だろう、たぶん」

 

 味方はいない。

 分かってた事じゃないか。

 

 千冬さんと話して間に、徐々に束さんの力が強くなっていく。

 これはマズイ。

 

「束さん、落ち着いて足をどかしてください」

「――なんだろうこの気持ち。しー君は私の中の色々な扉を開いてくれるよね」

 

 自分で勝手に開けているだけだろ変態め。

 

「俺の今回の目的は――『一夏の性教育』です」

 

 束さんの扉が開ききる前に話しを進めよう。

 

 

 

 

 

「「はぁ?」」

 

 やはり年頃の女性には理解出来ないか。

 そして束さんはいい加減足をどけろし。

 

「未来の一夏の話は覚えてますね? 俺はふと思ったんです。一夏は性に対して問題があるのではないかと――つまり、『精神的な病気』ではないかと」

「――それは本気で言ってるのか?」

 

 呆れた顔で俺の話しを聞いていた千冬さんだが、病気発言を聞いた瞬間、その目が鋭くなった。

 束さんも俺の目を見ながら驚いた顔をしている。

 

「千冬さん、弟を病気扱いされて怒るのは理解できますが、落ち着いて聞いてください。精神病ってのはやっかいなんです。特に本人に自覚症状が無い場合は」

「だが、それはあくまでも『かも』の話しだろ?」

「危機感が足りないですね。一夏は裸の女の子に抱きつかれても、『友愛の表現』だと考えるんですよ? 同じ男としてありえません」

「――その話しが本当ならお前の心配も理解出来る……しかしそれは……」

「ちーちゃん」 

 

 弟の未来を信じられず言い淀む千冬さん。

 そんな千冬さんを束さんが心配そうに見ていた。

 そしてやっと頭から足がどけられた。 

 

「だから俺は動いたんです。一夏に女体の素晴らしさを教える為に!」

 

 性教育は年上の男として大事な役目だろ?

 子供は父親や兄が隠したエロ本で性を学ぶもの。

 一夏に父や兄がいないなら、なおさら『近所のチョイ悪お兄さん』ポジションの俺の出番だ。

 

「待て、お前の考えは理解できたが……一夏はまだ小学生だぞ? 早すぎないか?」

「俺が一夏の歳の頃には、既に女体にも興味あったし、拾ったエロ本読んでましたよ?」

「一夏をお前と一緒にするな!」

 

 そんなに力一杯否定しなくても――

 これだからブラコンは。

 

「束さん、貴方なら分かってくれますよね?」

「私? ん~、そうだね。箒ちゃんの為になるならいっくんには性に目覚めて欲しいね――ところでしー君、なんでしー君まで一緒に触ろうとしてたの?」

 

 おっと、風向きが変わったぞ。

 

「――ほら、一夏だけやらせるのもかわいそうだし?」

 

 上目使いを意識して、ちょっと可愛らしく言ってみる。

 判定は――

 

「にぱー」

 

 あ、ダメですね。

 

「にぱー」

 

 止めろ! 近づいて来るな! 来るなぁ!

 にぱ顔はトラウマだから! 

 

「待て束。神一郎を処すのは後でも出来るだろ? 今は一夏の問題が先だ」

 

 束さんの手が俺に触れる直前、千冬さんから待ったが入った。

 てか俺は処されるんですか?

 未遂なんだからそこまで怒らなくていいじゃないか。

 

「取り敢えず、一夏には女性に慣らせる必要があると思います。他人がダメなら――千冬さんしかいないのでは? 箒はまだ子供ですし」

「ふざけるな。なぜ私が」

「その役目、この束さんに任せてもらおうか! 私のパーフェクトボディでいっくんをイチコロだよ!」

「お前は引っ込んでろ」

「ぶーぶー」

「なら俺がやりますか? 未来の一夏にはホモ疑惑があるんですよね。今のうちに本当かどうかを確かめるのも悪くないでしょう」

「ますますやらせるか!」

「やっぱり私が」

「いや俺が」

「お前達にやらせるなら私がやる!」

「「どーぞどーぞ」」

「あ……」

 

 ここまでがテンプレである――って本気で引っかかるとは。

 これだからお笑い番組を見ないお堅い人はチョロい。

 ――千冬さんの尊厳の為に、それだけ一夏の事に真剣なのだと思ってあげよう。

 

「それじゃあ、一夏の性教育係りは千冬さんって事で」

「意義なーし」

「いや! ちょっと待っ――」

 

 トントン拍子に話が進むので、千冬さんがたいそう慌ててるが、もう遅い。

 

「一夏~! 箒~! ちょっとおいで~」

 

 俺が呼ぶと、一夏と箒がこちらにやってくる。

 

「さてと――周囲にホログラムを展開! これで周囲の人間にはちーちゃん達がただ寝てるようにしか見えない! そして――変☆身!」

 

 一夏と箒がブルーシート近くまで来ると、周囲の空間が一瞬歪んで見えた。

 その歪みはすぐに無くなったが、問題はその後だ――

 

 束さんの体が光に包まれる。

 その光は徐々に収まり――

 

「リリカルマジカル――がんばります!」

 

 ここまで気合の入った『がんばります』がかつてあっただろうか。

 いや、そんな事はどうでもいい――

 

「束――お前――」

 

 千冬さんが驚きの表情で束さんを見る。

 一夏と箒もポカンとした顔で束さんを見ていた。

 

 俺達の目の前には、真っ赤なビキニを着て、腰にパレオを巻いた束さんがいた――

 

 引きこもりなだけあって、肌は白い。

 そして、引きこもりのクセになんたるスタイルの良さ。

 まぁ……束さんだし、きっと自分の体を改造してるんだろう。

 

「しーいーく~ん? 何か失礼なこと考えてないかな?」

「しゅいません」

 

 頬を足の指で抓まれる。

 Мじゃないのにドキッとしたのは、下から見上げた束さんの水着姿が素晴らしかったからだと信じたい。

 

 

 

 

 

「眼福です」

 

 目の前には寝そべって背中を晒す美少女が二人。

 もちろん水着のヒモはすでに外されている。

 

 『はみちち』ってエロいよね?

 二人共かなりのモノをお持ちなので、体重に潰されたおぱーいが、こう、むにゅっと潰れている。

 

「しー君の視線がこそばゆいぜ」

 

 束さんがニマニマと俺を見てくるが――言い返せない。

 今だけは恥辱に甘んじよう。

 束さん……最高です。

 だってしょうがないじゃん。

 出会って二年近くだけど、いつものエプロンドレス以外見たことないもん。

 千冬さんでさえ驚いていたしな。

 

「千冬姉、日焼け止めでいいの?」

「あぁ」

 

 隣では、千冬さんの横に腰を降ろした一夏が、少し顔を赤めながら手に日焼け止めクリームを持っていた。

 正直、俺は一夏のブラコン度を高めるだけだと思うんだが……。

 この際、取り敢えず姉相手とは言え性を感じてくれればいいか。

 

「な、なぁ一夏。私にも……その、日焼け止め塗ってくれないか?」

 

 千冬さんを羨ましそうな目で見ていた箒が、果敢に一夏を攻める。

 しかし――

 

「箒にはいらないだろ? どこか塗れない場所があるのか?」

「――ないな」

 

 箒は自身の体を見回した後、がっくりと肩を落とした。

 残念ながら、箒は白を基調にしたワンピースタイプの水着。

 露出部分は全部手が届く。

 小学生にビキニはまだ早い! と、俺と束さんの話し合いの上での結論だ。

 がっかりしてる箒にはちょっと悪い事したな。

 

「しー君は私の背中を頼むよ」

「ご指名は嬉しいんですが――なんで?」

 

 お仕置きどころかご褒美なんですが?

 

「それはね~。しー君が顔を真っ赤にして、私にはぁはぁする姿を見たいから」

 

 ――やっぱりお仕置きなのかもしれない。

 今、一時の感情に流されたら、数年後にこれをネタに盛大にからかわれる気がする……。

 

「しー君、はいコレ塗って」

 

 迷う俺に束さんが日焼け止めを渡してきた。

 束さんは横に座る俺に渡すため、軽く背中を反り、右手を伸ばす――おぱーいがカタチを変えた――

 

「やります」

 

 後でからかわれるか、この機を逃して後悔するか――

 

 男ならこっちの道だよな?

 

 

 

 

 

「んっ……あっ……いち……か」

「くっ……いや……しー……君」

 

 それはとてもエロかった。

 そして、俺と一夏、ついでに箒も顔が真っ赤だった。

 

 それもこれも――

 

「千冬姉――ちょっと我慢して。コレ全然伸びなくて」

「んんっ!? 出来るだけ早く終わらせろ」

 

 この、やたら伸びの悪い日焼け止めと、くすぐったがり屋の二人のせいだ。

 

 なにこれ?

 やたら塗りが悪いんだけど?

 日焼け止めの善し悪しはわかんけど、コレは安物なんだろうか?

 

「あっ!? い……ちか……」

「んあ!? し……くん……」

 

 これなんてエロゲ?

 あぁ――インフィニットなんちゃらってエロゲーか。

 エロゲーなら遠慮はいらないな。

 

 きめ細かい束さんの肌にクリームをすり込むようにこすりつける。

 ただひたすら束さんの肌に集中する。

 

「■▲■▼■」

 

 束さんが何か言ってるが、気にしない。

 気にしないったら気にしない――

 

 

    だから――

 

 

 

         静まれ俺の海綿体(リヴァイアサン)

 

 

 

 

 ダメですね。

 ネタに走ってみたけどダメだこれ。

 俺は一夏と違って性に目覚めてるからな!

 ――だからと言ってこのタイミングはないだろ。

 年下相手に何やってるんだよ俺! と思うが、この二人は肉質だけなら大人だしな。

 いや、原因は分かってるんだ。

 たぶん――俺は溜まっている。

 俺は自分が精通してるか分からない。

 でも、おそらく精通していると思う。

 ただ、試したことがないのだ。

 だって――パソコンの前でズボン下ろしたら、窓を突き破って束さん現れそうで怖かったんだもん。

 そう、俺は悪くない。

 悪いのは束さんだ――

 

 

 

 

 

「しー君?」

 

 束さんの声にふと我に返る。

 束さんを見ると、目をパチクリさせながら俺を見ていた。

 どうやら考えに夢中になって手が止まっていたみたいだ。

 そして、束さんの手首辺りに小さいウィンドウが空中に投影されていた。

 ウィンドウの中は脳波パターンぽいいくつものグラフが見えた。

 

「…………」

「…………」

 

 見つめ合う二人。

 そして――

 

 ニヤリ

 

 

 あ、バレてますねこれは。

 

「ねえしー君。ちょっと立ってみてくれない?」

 

 海綿体(リヴァイアサン)ならすでに鎌首持ち上げてますが?

 そっちじゃない?

 ですよね。

 

 一夏達に気付かれたくないので、素直に立ち上がる。

 

「しー君はなんで中腰なの?」

「それは腰が痛いからだよ」

 

「しー君はなんで汗だくなの?」

「それは夏だからだよ」

 

 俺と束さんの掛け合いを、一夏や箒は不思議そうな顔で見ていた。

 

「私の魅力にやられたくせに」

「少しばかり顔と声が可愛くてスタイルが良いからって調子に乗るなよ?」

 

 箒は『やっぱり神一郎さんは姉さんのことを!?』と言っているが。

 やはりってなんだやはりって。

 

「ふう――せっかくのバカンスなのにひと仕事しなくちゃいけないとは」

 

 束さんの言葉を聞いた瞬間、悪寒が走る

 これは逃げないとマズイな――

 運良く束さんは水着だ。

 それもヒモを外している。

 逃げるなら今がチャンスだな。

 そう思いながら少しずつ束さんと距離をとっていたら――

 

 

 パチン

 

 

 指パッチンひとつで見慣れた姿に着替えが完了した。

 

「よっと」

 

 束さんが立ち上がり、俺の方に顔を向ける。

 

「束さんはなんでゴム手袋を着けているの?」

「それはね、これからしー君を搾るからだよ」

 

「束さんはなんで中指をクイクイ動かしてるの?」

「それはね、しー君の為に指使いの勉強をしたからだよ」

 

 話しをしながら逃げる算段を立てる。

 束さんにバレないように、拡張領域から物を取り出す。

 

「しー君、忘れてないよね? しー君は私の“実験動物”なんだよ?」

 

 来る!?

 そう感じた瞬間、俺は手に持った写真をばら蒔く様に投げた。

 

「くらえ! 『涙目一夏とにゃんこエプロン』!」

「えっ~!?」

 

 一夏が叫ぶが、それは尊い犠牲なのだ。

 

 俺の料理のレパートリーは多くない。

 所詮は独り身男子の家庭料理だ。

 ついこの間、俺が料理で教えられる事は全て教え終わった。

 料理を教えるのはこれで最後だ。って言ったら、一夏が泣きながら今までのお礼を言ってきたもんだから、つい撮ってしまった一枚だ。

 

「エプロンいっく~ん!」

 

 束さんがその写真に飛びついた。

 後ろで箒と一夏も回収しようとピョンピョン飛んでいる。

 今がチャンス!

 

 人波を避けながら、海岸の砂浜を右に真っ直ぐ向かう。

 俺達が陣取ってた場所は砂浜の端に近い。

 ここから200メートル程行くと、そこで砂浜は終わり、そこから先は丘。

 更に先に行くと、崖になっている。

 腰を低くしながらひたすら走る。

 

 砂浜を終わった辺りで肩ごしに後ろを見ると、砂柱が立っていた。

 束さんが動き始めた様だ。

 

 ここまで来れば人はほとんどいなくなる。

 両足に流々武を装着し、それと同時に夜の帳を発動。

 これで万が一人に見られても、最悪幽霊で済む――といいな。

 

 流々武で一気に丘を駆け抜け――

 

「アイ・キャン・フ・ラーイ!!」

 

 そのまま崖から飛び降りた。

 

 海面にぶつかる前にセンサーで周囲を見る。

 辺りに船など目撃者がいない事を確認し、流々武を全身に装着し海に飛び込む。

 

 崖から少し離れた場所で待機。

 束さんの出方を見る。

 

 あの場で海に向かって、子供が潜ったまま浮いてこないと騒がれれば、ライフセイバーの出動がありえる。

 人も多かったしな。

 空に飛んでも束さんなら追いついて来そうだ。

 だからこそ、この選択肢。

 海中ならどんな生き物も遅くなる。

 いくら束さんでも海中を魚並みに泳げないだろう。

 束さんが落ち着いた頃合を見計らって千冬さんに助けを求めてみよう。

 そう思いハイパーセンサーに注意を向ける。

 

 話は変わるが、俺のISは全身装甲だ。

 目に見える景色も、裸眼で見ているわけではない。

 画面越しに見ているのだ。

 視界に文字が浮かんだ――

 

 

 ――製作者権限による命令を受諾

 ――ISコアNo.2 登録名【流々武】の制御権を製作者に移行

 ――浮上します

 

 

 うん、そもそもIS使って束さんから逃げるのが無理って話だった。

 いやいやいや。

 ちょっと待って! 

 待って流々武!

 少しは抵抗しよう?

 たまに装甲磨いてあげたりしたじゃん!?

 

 俺の意思とは無関係に流々武が動く。

 海中を進み。

 落ちるとき見た崖の壁面を昇り。

 崖の上に着くと、そこには――

 

「おかえり」

「た、ただいま」

 

 語尾にハートマークが付きそうなほど上機嫌な束さんがいた。

 

「しー君。ここは静かだね(クイクイ)」

「そ、そうですね」

 

 人が居ない場所に来たのも間違いだったか。

 

「恥ずかしいけど、私、がんばるね(クイクイ)」

「束さん、お願いだから許して。それと女の子が中指を卑猥に動かさない」

「しー君のパソコンに入ってたエッチィDVDにいた、ゴールンデン鷹って人の指使いを学んだ、この“束フィンガー”でしー君を――」

 

 頼むから話しを聞いてくれ。

 

「尻をだせ~い!」

「いや~!?」

 

 アレ? 流々武が解除されない? ありがとう流々武! コラ流々武! 言う事聞かないと装甲全部ピンクにしちゃうよ! あ、装甲が――

 

 

 

 

「アッーーーーー」

 

 

 その後、とある海水浴で、崖に向かってダッシュする子供の幽霊と、助けを求める子供の声が聞こえるとの噂が流れた――




モブの女子高生はみなみけから
チョイ役なので、完全オリジナルより、他作品のキャラの方が読み手は想像しやすいかな? と思いやってみました。
不快に感じる方がいましたらすみませんm(_ _)m



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最高の一年を君に(秋)

投稿が遅れて申し訳ありませんm(_ _)m
自分の作品を読み返していたら、話しのぶつ切り感の酷さや、深夜テンションで書いたネタの滑り具合にへこんでました。

今回は加筆修正版に近いです。
書いたり消したり繰り返してました。
そのせいで文字数が過去最多……。
これ以上はエタりそうなので投稿します。
休日に書いた5千文字を次の日に消す。
変な笑いが漏れましたウケケヽ(;▽;)ノ


 秋には魅力が一杯だ。

 

 食欲の秋

 スポーツの秋

 読書の秋

 

 秋に何をするかは人それぞれだと思う。

 ちなみに俺の場合だと――

 

 ①織斑家に山菜の差し入れをする(松茸は入ってない)

 ②一夏と一緒にグルメ番組を見る(松茸が美味そう)

 ③織斑家にインスタント食品を届ける(松茸のお吸い物と松茸の炊き込みご飯の素)

 

 などをやっていた。

 

 誤解しないで欲しいんが、これは別に嫌がらせではない。

 貧乏な学生に『お前は松茸食ったことないもんな~』なんて煽ってる訳ではないのだ。

 これはいつも通りの素直になれない千冬さんへの対策だ。

 

 夏に千冬さんに貞操を守ってもらったので、その恩返しにまた温泉でもと考えているのだが、正面きって誘っても断られるのは目に見えてる。

 だからまず、一夏から落としにかかっている。

 予約した旅館は山菜が美味しい宿で、秋は松茸の土瓶蒸しなどが目玉だ。

 一夏の松茸に対する期待値を高めた後、千冬さんに『一夏に松茸食べさせたくないですか?』と振って、断りづらくさせるのが目的。

 

 くっくっくっ。

 織斑千冬、お前は素直に俺の接待を受けるしかないのだよ!

 

 

 

 

 

「随分長い独白だったね。だそうだよ。ちーちゃん」

「はぁ、相変わらず回りくどい事を」

「もう立っていいですか?」

「まだ座ってろ」

「イエスマム」

 

 なんて、偉そうな事を言っておいて、早々に俺の行動がバレて呼び出しからの正座&尋問が始まってるんだけどね。

 

「しー君。その宿ってどんなとこ? 夏の海水浴場みたいに、また人が多いの?」

「安心してください。部屋数は3つしかない隠れ家的な宿です。部屋は全部予約してあるので、俺達の貸切ですよ。なので秘密の話しをするのにも持ってこいです。これから先の事もそろそろ話したいですし」

「それはいいね。ちーちゃん、せっかくの好意だし素直に受けたら?」

「――お前は簡単に言うがな。体裁ってものが……だいたい、未来のことを話すなら別に此処でもいいだろ?」

「「風情がない」」

「お前らはまったく――」

 

 貸切と聞いて笑顔になる束さんに比べ、千冬さんは未だ迷っているようだ。

 年齢的にはこちらが上だから気にしなくていいにの。

 それに、真面目な話しをするならそれなりの場所がいいだろ?

 

「千冬さん。あの夏、俺は全てを失うところでした。貞操、男の尊厳、それらを守ってくれたのは他でもない、千冬さんです。どうか俺の気持ちを受け取ってくれませんか?」

「しー君、辛かったんだね」

 

 束さんがわざとらしくハンカチで涙を拭いているが、自分が元凶だと分かっているのだろうか?

 

「――そうか、そこまで言うならお前の気持ちを受け取ろう」

 

 正座中の俺を渋い顔で見下してた千冬さんだったが、初めて笑顔が見れた。

 

「だが、何度も言っているが、私を動かすのに一夏を巻き込むな。一夏がテレビで松茸を見るたびに、『松茸も食べさせられないなんて』と暗い気持ちなるのは私なんだぞ」

「そしたら俺に『お兄ちゃん、千冬、松茸食べたいの』って言えば解決しますよ?」

「バカを言うな。私の家族は一夏だけだ」

 

 千冬さんにコツンと頭を叩かれる。

 さっきまで殺伐とした空気はなくなり、穏やかな雰囲気になった。

 良かった良かった。 

 

「それで、これからどうします? ISで模擬戦でもしますか?」

 

 せっかくの地下秘密基地なんだし、少しISを動かしたい。

 

「そうだな。時間もあるし、少し体を動かすか」

「了解で――っ!?」

 

 立ち上がろうとして、失敗した。

 そう言えばずっと硬い床で正座したままだった。

 

「ん? 痺れたのか? 足を崩して少し休んでろ」

「そうさせてもらいまっ!?」

 

 足を触られ、ビクッとする。

 後ろを振り向くと――

 

「つんつん」

 

 真剣な顔で俺の足をつんつんする束さんがいた。

 さっきまで千冬さんの後ろにいたのに、いつの間に後ろに? そしていつの間に俺の靴を脱がした!?

 

「なにしてるんです?」

「ん~? 検証? 私って正座で足が痺れた事ないんだよね」

 

 天災は正座にすら強いのか。

 

「ところで束さん。もう俺の尻は諦めましたよね?」

「――ちーちゃんにしこたま怒られたからね」

 

 俺の足を触っている束さんの指がぶるぶると触れえている。

 一夏や箒の前でふしだらな事をするとは! ってめっちゃ怒られてたもんな。

 

「当たり前だ。一夏や箒がいるというのにお前等ときたら」

「俺は被害者なんですが?」

「一夏と箒の前でやましい事を考えてたお前も同罪だ」

 

 しょうがないじゃん。

 束さんがエロかったんだよ。

 

「あ、そうそう、ちーちゃん」

「なんだ?」

「しー君は色々言ってたけど、宿の予約は去年からしてたからね? そんなに都合よく貸切とか出来るわけないじゃん。騙されちゃダメだよ?」

「――ほう?」

 

 なんで余計な事言うかな?

 せっかく上手く話しがまとまりそうだったのに。

 だってさ、千冬さんの、『くっ、悔しいが一夏の為だ』って顔が大好きなんだもん。

 気の強い女の子が悔しそうな顔をして下唇を噛む姿って萌えない?

 俺は萌える。

 

「言っておきますが、恩返しの気持ちは本当ですよ?」

「そうか、一度受けると言ったんだ。取り消す気はないが――」

 

 千冬さんが俺の後ろに回り込み、束さんの隣にしゃがみ込む。

 なんだ?

 

「やはりその性格は矯正するべきだな」

「あいっ!?」

 

 ぬぉ、足の裏をグリグリと!?

 

「束、左は私がやる。お前は右だ」

「お任せだよちーちゃん」

「ひゃい!?」

 

 今度は左をグリグリと!?

 

「反省しろ」

「これも実験だよしー君」

 

 って足つぼ押してるじゃないですかやだー

 

「あだだだだ!?」

「ふむ、内蔵が弱いな。外食ばかりするからだ」

「しー君は流々武で色々行ってるもんね。春先には日本全国のラーメン食い倒れツアーとかやってたし」

「朝は函館で塩ラーメン。昼は仙台で味噌。夜は博多豚骨。幸せでしたぁあだだだ!?」

「少しは体に気を付けろ。また早死したいのか?」

 

 正論だけど酷い!?

 せっかくどこにでも行けるんだからちょっとの贅沢くらい良いじゃないか!

 

「まったく、美少女二人にモテモテで辛いぜ」

「1ミリもそんな事思ってないから。捏造は止めろ」

 

 まるで俺の心のセリフの様な嘘を言うなし。

 

「ほうほう、ちーちゃん、私達って可愛くないらしいよ?」

「みたいだな、もう少しお仕置きが必要だ」

「勘弁してくださいお姉さま方!?――あいだだだ!?」

 

 

 

 

 なんだかんだありながらもIS世界は今日も平和です。

 

 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 

 

 そして一泊二日温泉旅行当日。

 いつも通りにグラサンの車でやって来たのはとある山の麓。

 山の入口から山中の旅館まで歩いて30分ほど。

 せっかくの秋の山なので、紅葉狩りを楽しみつつ、歩いて山中の旅館に向かう事になった。

 舗装されてないとは言え、道幅は大人二人が並んで歩けるくらいある。

 一夏と箒もこれくらいならたいして疲れないだろう。

 運動の後の温泉最高だしな!

 

「そんなこんなでやって来ました秋の山! これから山を登りますが、舗装された道ではないので足元に注意するように。猪などに遭遇する可能性があるので、エンカウントしたらすぐに千冬さんの後ろに隠れること。分かった?」

「「はい!」」

 

 一夏と箒は姉と違って素直で良い子だな。

 

「おいこら」

「いっくん、箒ちゃん。束さんも頼ってね?」

 

 千冬さんは不満げな様子だが、最高戦力だからしょうがないね。

 束さんは――猪の命が可愛想なので頼るのはダメです。

 

 千冬さんと束さんが先頭。

 一夏と箒がその少し後ろ。

 そして俺が最後尾を歩く。

 

 サクサクと落ち葉を踏みしめ、視線を上げれば紅葉が目に入る。

 気温も暑くなく、寒くもない丁度いい気温だ。

 やはり秋の山は最高だよ。

 獣道を掻き分けながら歩くのも楽しいが、こういう道をのんびり歩くのも良いな。

 正面を見れば、束さんが千冬さんにちょっかいだしては殴られ、一夏と箒は笑顔で喋りながら歩いていた。

 いや本当に平和だ。  

 

 歩き始めて15分程たったころ、一夏の様子がおかしくなった。

 さっきまでは箒と喋りながら景色を楽しんでいた様だが、今は足元や木の根元をキョロキョロと見ている。

 

「一夏は何か探してるのか?」

「あ、神一郎さん。ちょっとキノコを」

 

 俺に向けて満面の笑顔を向ける一夏の手にはキノコの本が……。

 キノコっておい。

 

「神一郎さん、一夏は食べられるキノコを探してるんです。食費の足しになるかもって」

「図鑑に乗ってる食べられるキノコを探してました」

 

 うーむ。

 心意気は買うが、キノコを甘く見てるな。

 図鑑で判断とか怖すぎる。

 

「一夏、その本はどうしたの?」

「学校の図書館で借りてきました!」

 

 笑顔が眩しいな。

 一夏が採ったキノコなら千冬さんは喜んで食べそうだけど、流石にやばいだろ。

 やる気も殺る気もまんまんか。

 

「あのな一夏、素人のキノコ取りは止めておけ。本気で死ぬぞ?」

「でも店で売ってるキノコと同じようなの沢山ありますよ?」

 

 一夏の中ではキノコのほとんどが食用可だと思っていたみたいだな。

 いや、それよりもキノコで死ぬって発想がないのか?

 ここは実演でキノコの怖さを教えるべきかな。

 

「一夏、簡単な毒キノコの判別方法教えてあげようか?」

「そんな方法があるなら是非!」

 

 おおう。

 目がキラキラしとる。

 そんなに期待されたらお兄ちゃん頑張っちゃうぞ。

 

「一夏的に食べられそうなキノコ持ってきて」

「分かりました」

 

 一夏は周囲をキョロキョロと見回した後、近くの倒木に近づいていった。

 

「これなんかどうですか? シイタケに似てて、地味な色で普通に美味しそうですけど」

 

 一夏が俺に渡してきたのは確かに店に売ってそうな地味なキノコだ。

 

「毒があるかは一見では分からない。ならどうすればいいか――見て分かんないなら食べてみればいいじゃない」

「「はい?」」

 

 一夏と箒の驚く顔をよそに、キノコの表面を水筒の水――ではなく、お茶で洗い流す。

 そんな都合よく水筒に水なんて入っるわけない。

 まぁお茶でも問題ないだろう。

 

「まず毒見役には篠ノ之束を用意します」

 

 商品を紹介するように、右手をハイっとやると、そこにシュパっと束さんが現れた。

 10mほど先を歩いていたはずなのに、一瞬でこれだよ。

 驚かない俺もだいぶラノベ世界に順応してきたと思う。

 

「そして――」

 

 シイタケに似たキノコ束さんの口にぽいっとな。

 

「キノコを篠ノ之束の口に入れます」

「あ~ん――もぎゅもぎゅ」

 

 ゴクンと飲み込む音が静かな森の響く中、一夏と箒は唖然とした表情で束さんを見ていた。

 

「イルジンだね。いっくんが食べたら嘔吐や下痢でトイレから出れなくなるよ? 最悪死ぬ」

「ね、姉さんは大丈夫なんですか?」

「お姉ちゃんの胃袋――『束袋』は鉄壁だから安心して箒ちゃん」

 

 箒の心配を他所に、余裕の表情を見せる束さん。

 流石の一言だ。

 

「とまぁこんな感じで、一見無害ぽく見えても普通に毒があるのがキノコだから。一夏は絶対に食べちゃダメだよ? プロならともかく、素人は食べてみないと分からない物が多いから」

「気をつけます」

 

 なんの変哲もないキノコ一つで死ぬ。

 その恐怖は少し伝わったみたいだ。

 一夏は真剣な顔で頷いてくれた。

 

「どうしてもって言うなら、いっくんが束さんを買うしかないね。束さんが一日手伝ってあげるよ?」

「――でも、お高いんでしょう?」

「それが今ならなんと! いっくんが温泉で背中を流してくれるだけで、『束さん一日券』をプレゼント! これは安い!」

 

 温泉で背中流すってご褒美やん。

 しかもそれで天災を一日自由に使えるって――世の科学者や権力者は泣いて喜ぶだろうな。

 

「一夏? まさか姉さんと一緒に温泉などと考えてないだろうな?」

「そ、そんな事するはずないだろ!?」

「姉さんも、あまり一夏を苛めてはダメです」

「は~い」

 

 箒や、穏やかに見えて背後に鬼が見えてるよ?

 

 

 それから一夏と一緒に風景写真を撮ったり、箒に足を捻挫させたフリをさせ、一夏におんぶさせたり、その一夏が途中で力尽きて千冬さんにおぶられたりと色々あったが、みんなで予定通り宿に着いた。

 

 宿は木造二階建てで旅館としては小さな建物だ。

 二階部分が客室となっており、一階部分の奥は経営しているご夫婦の家に繋がってるらしい。

 一階部分にテーブルが置いてあるリラックスルームがあるが、遊具などは一切ない。

 あくまでも山の静かな雰囲気を楽しむのが売りの宿だからだ。

 宿の人に挨拶したりと色々あるが、そこは語るまでもないだろう。

 なので――

 

 

 

 

 かぽーん

 

 温泉シーンからスタート。 

 

 

「なぁ一夏、なんで温泉に入ると脳内に鹿威しの音が聞こえるのかな?」

 

 ここの温泉には鹿威しなんて無いのに。

 

「――日本人だからじゃないですかね?」

「なるほど、日本人だからか~」

 

 一夏は良い事いうな~

 

「「はぁ~」」

 

 一夏と二人、頭にタオルを乗せた状態で口から幸せの溜め息を出す。

 温泉はいい――

 リリンが生み出した文化の極みだよ。 

 

『ちーちゃんと温泉♪ ちーちゃんと温泉♪』

『ひっつくな暑苦しい』

『一夏め、先に行かなくてもいいじゃないか』

『まぁまぁ箒ちゃん。混浴じゃないし、しょーがないよ』 

 

 女性陣が温泉にインしました。

 隣でくつろいでいる一夏を見ると――

 

「はぁ~」

 

 女性陣の登場など気づいていない様だな。

 仮にもラブコメ主人公なんだから、隣の温泉に幼馴染が入ってきたら、少し顔を赤くするくらいのリアクションをして欲しいよ。

 

「一夏は好きな人とかいないの?」

「はい? えっと、千冬姉と箒と束さんと――」

「あ、もういい」

 

 やっぱり一夏には早急に性教育が必要だと思うんだよね。

 と言っても、正直、そこまで急いで一夏の性を目覚めさせる必要はないと思っている。

 一夏は千冬さん相手に少しばかり性を感じている節があるしな。

 原作一夏を思うと一抹の不安はあるが、ほっとけば目覚めると思う。

 だけど、箒や同世代だとその辺はさっぱりだ。

 箒は一夏と手を繋いだり、触れていたいと思っている。

 もちろんキスだってしたいだろう。

 仮に箒が迫った時、一夏との温度差で箒が悲しい思いをするかもしれない。

 それを回避する為にも、俺は一夏に女体に興味を持って欲しいと思っている。

 

 

 ――よし、理論武装完了。

 

 

 千冬さんや束さんに語った話しは半分嘘だ。

 いや、全て話さなかったと言うのが正しい。

 二人とも夢にも思わなかっただろう。

 俺が夏のリベンジを考えてる事を!

 

「一夏、ちょっと立ってくれない?」

「なんです?」

 

 疑問顔をしながらも一夏は素直に立った。

 いい子いい子。

 

 ここでこの温泉を簡単に説明しよう。

 温泉は二箇所。

 当たり前だが、男湯と女湯である。

 広さは結構広く、五畳ほどの露店風呂だ――温泉の広さは畳でいいのか分からないが……。

 そして、男湯と女湯の間には簡単な仕切りがある。

 屋根などは無く、覗き易い――ではなく、俺の目的には理想的な温泉だ。

 

「動くなよ?」

「え? あの!?」

 

 騒ぐ一夏の目をタオルで隠す。

 

「ちょっと神一郎さん!?」

「いいから、そのまま動くな」

「――分かりました」

 

 裸で目隠しされオロオロする一夏。

 ――取り敢えず一枚撮っておこう。これは高値で売れそうだ。

 

 両腕にISを装着。

 そして一夏の脇の下から手を入れ持ち上げる。

 

「持ち上げられてる!? でもこれ神一郎さんじゃない!? え? 誰!?」

 

 流石に機械の感触で怪しまれるか。

 でも目隠ししてるからどうとでも誤魔化せるだろう。

 

 そしてここから――

 

「まわってる!? 俺まわってる!?」

 

 現在、温泉の真ん中で人を回していますが、周りの人の迷惑になるのでくれぐれも真似しないでください。

 

 束さんを投げて身につけた俺の投擲技術を見るがいい!

 

「逝ってこい!」

「えぇ~!?」

 

 一夏をぶん投げる。

 もちろん、女湯へ。

 

「浮いてる!? いや……飛んでる!?」

 

 一夏、お前は俺を恨むかもしれない。

 だが、10年後――いや、5年後にはお前は俺に感謝するだろう。

 中学生になったら『俺、女湯に入ったことあるし』と自慢するがいい。

 ついでに後で俺に女湯の詳しい感想聞かせてね!

 

「うあぁぁぁ~!?」

 

『親方! 空から男の子が!?』

『誰が親方だ! っておい、あれ一夏か?』

『なんで一夏が空から!?』

『ひとまずキャッチしないとね――ひゃっほ~! いっくんゲットだぜ!』

『いてて、束さんありがとうございます――って前! 前隠してください! 見えてます!』

『一夏! お前が目を閉じればいいだろ!?』

『そうだな箒――っ!?』

『見たな!? 今見ただろ一夏!?』

 

 いやはや、女湯は楽しそうだな。

 そして箒の声は若干嬉しそうな感じだ。

 これは良いツマミになる。

 

 脱衣場に戻り、服の下から隠していたお酒を取り出す。

 この辺の地酒の日本酒だ。

 旅や旅行の楽しみといったらこれだよな。

 

 ISの拡張領域から、お盆、お猪口、徳利を取り出す。

 徳利に酒を注ぎ、湯船にお盆を浮かせて準備完了だ。

 あ、もう少しツマミを増やしておこうかな。

 

「束さ~ん。箒~。一夏は体は洗ったけど、頭はまだだから洗ってあげて~」

 

 女湯に向かって声を掛ける。

 

『なんだ、体を洗う必要なかったね』

『姉さん。このまま頭も洗いましょう』

 

 どうやらすでに洗われてるみたいだ。

 羨ましいね。

 

『神一郎さん助けて~!』

 

 聞こえな~い。

 ここの酒美味いなぁ~。

 

『神一郎、後で話しがある。逃げるなよ?』

 

 大きい声ではないのに耳に届く千冬さんの声が本気で怖い。

 しかし――

 

『いっくん。目を開けちゃダメだよ?』

『そうだぞ一夏。泡が目に入るからな』

『目に泡が入るのを気にしなければ束さんと箒ちゃんの裸体が見れるけどね(ボソッ)』

『千冬姉! 助けて!』

『――今は諦めろ』

 

 いくらブラコンの千冬さんでも、今の束さんと箒から一夏を取り上げる事は出来ないだろう。

 

『姉さん。私、髪を洗い忘れた気がします』

『奇遇だね箒ちゃん。お姉ちゃんもだよ。せっかくだからいっくんに洗ってもらおうよ』

 

 だって凄く楽しそうだもん。

 箒の気持ちを知っている千冬さんにはどうしようもできまい!

 

『神一郎さんヘールプ!!』

 

 あ~酒が美味いんじゃ~。

 

 

 

 

 その後――

 顔が真っ赤な一夏に恨み言を言われ。

 同じく顔が真っ赤な箒にお礼を言われ。

 上機嫌な束さんとハイタッチをし。

 千冬さんに殴られた。

 

 それからみんなで夕食タイム。

 楽しみにしてた松茸を見て目を輝かせる一夏――を見てほっこりする千冬さんと箒と束さん――にニマニマしながら美味しい山の料理を頂いた。

 

 モミジの天ぷらとか存在は知っていたけど食べたの初めてだよ。

 出来ればお酒も飲みたかったけど、流石に一夏と箒の前なので自粛した。

 

 

 夕食後は自由時間。

 一夏と箒は二度目の温泉へ。

 千冬さんは夜景を見ながら散歩したいと外へ。

 束さんもそれに着いて行った。

 そして俺は部屋に敷かれた布団に寝転びながら読書中。

 もちろんラノベだ。

 

 部屋は六畳程の畳部屋で、備え付けの家具は小さなちゃぶ台があるだけの質素な部屋だ。

 窓の外では木々が風に揺られ、静かな部屋にザワザワと葉が揺れる音が聞こえる。

 

 温泉に入り、美味しい料理を腹いっぱい食べ、浴衣で布団に寝転びながら静かな雰囲気の中でラノベを読む。

 こんな幸せな事はない。

 

 しかも、それだけではない。

 今読んでるのは前の世界に無かった作品だ。

 俺の楽しみの一つがマンガやゲーム、ラノベなどのオタク趣味だが、転生しからはさらに楽しくなった。

 なぜなら、ここは俺が暮らしていた世界ではないから未知のアニメやラノベがある。

 まさにオタク大歓喜。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 トントンとノック音が聞こえた。

 ふと時計を見ると、時刻は22時。

 つい読み耽ってしまった。

 

 ドアを開けると、いつも通りの笑顔の束さんが――

 

「おじゃましま~す――からの~ぐで~」

 

 人の部屋に入るなり、ちゃぶ台に突っ伏してしまった。

 散歩中に千冬さんと何かあったのか?

 

「なんで疲れてるんです?」

「別に疲れてる訳じゃないんだよ~」

 

 ありゃ。

 顔も上げない。

 

「箒はもう寝たんですか?」

 

 内緒話してる時にうっかり話を聞かれたりするのは勘弁して欲しいんだが。

 

「…………箒ちゃん」

 

 なぜますます元気がなくなる!?

 う~ん、これはもしや――

 

「箒の笑顔が眩しすぎて、後数カ月でその笑顔を曇らせると思うとお姉ちゃん泣いちゃう?」

 

 ビクっ!

 

 あ、動いた。

 当たりか。

 

「箒ちゃん凄く楽しそうだった。温泉でね、いっくんに髪を洗ってもらってた時の箒ちゃんは凄く幸せそうな顔をしてたよ……」

 

 箒の幸せな姿を見るほど悲しくなる。

 難儀な話しだ。

 束さんの問題はどうしようもない問題だ。

 解決するには、権力者の要望を全て聞いて従順な犬になるか、逆にそれらを全て消すかの二択しかないと考えてしまうほどに。

 

「……しー君と会ってまもない頃にさ、しー君から未来の事ちょっと聞いたでしょ?」

「懐かしいですね」

 

 すっかり馴染んだ首輪を撫でつつ、初めての電撃を思い出す。

 そう、アレは電撃記念日。

 

「実はさ、しー君の話しを聞いた時、あんまり深く考えてなかったんだよね。むしろ『しー君が知っている束さんはなんて不甲斐ない! だがこの束さんは箒ちゃんを守ってみせる!』とか考えててさ」

 

 あ~なるほど。

 あの時、随分とあっさりしてると思ったけど、そう言う理由か。

 

「だけど、いざやってみたら上手くいかなくてさ……束さんの論文やら発明やらを悪用する奴等が次から次へと……研究所を焼いて潰して時には遠隔操作でデータベースをバンさせてムカつくから殺したいけど箒ちゃんの為に我慢しながらプチプチプチプチ――」

 

 おおう。

 顔が見えないが、酷い顔してるなってのは分かるね。

 箒との別れが近いせいか、だいぶナイーブになってるな。

 

「愚痴なら聞いてあげますから。ちょっと俺のお願いを聞いてください」

 

 ずっとラノベを呼んでいたので、体が凝り固まてちょっと辛い。

 できればもう一度温泉に行きたいが、千冬さんが来るのでそんな時間はない。

 なので――

 

「取り敢えず。首輪の機能使ってください。体が動けなくなるヤツを」

「ほえ? なんで?」

「まぁまぁ。いいからお願いします」

 

 枕に頭を乗せて、布団に横になる。

 

「よく分かんないけど分かったよしー君。ポチッとな」

 

 ――スっと体に力が入らなくなる。

 これだよ。

 最高の気持ちだ。

 

「しー君はなんで気持ち良さそうなの?」

 

 束さんはテーブルに頬を付いた状態でマジマジと俺を見ていた。

 開発者なのに分からんとは情けない。

 

「束さん。俺って今は全身動かないじゃないですか?」

「うん。首から下はね」

「ってことはですね。俺は今、強制脱力状態なんですよ」

「脱力? ――なるほど。理解できたよ」

 

 束さんは興味深そうにふむふむと頷いていた。

 体に一切力が入らない状況。

 それは肉体的にはリラックスしてると言える。

 つまりだ……コレ、超気持ちいい。

 

 この状態が気持ちいい事に気付いたのは、束さんに執拗な赤ちゃんプレイを強要されてた時だから、複雑な気持ちもあるけどね。

 あぁ~、固まった筋肉が喜んでるのが分かる。

 

「出来ればこのまま温泉に入りたいんですけどね~」

 

 溺れそうだからやんないけど。

 しかしこのまま寝てしまいそうだ。

 

「私が言うのもなんだけど、しー君も変わってるよね。まさかの使い方だよ。それ本来の使い方は逃亡防止用だよ?」

 

 なにが面白いのか、束さんはクスクスと笑っている。

 なんか機嫌良くなった?

 

「うん。しー君のおかげでちょっと元気でたよ。でもさ、それって人の話を聞く姿勢じゃないよね?」

 

 失礼なのは重々承知だけど、別に耳が空いてるから話を聞くのには問題ないじゃん?

 ――なんてのは冗談で、こう、暗い雰囲気の時ほど軽口や軽率な行動とりたくなっちゃうんだよね。

 心が弱い証拠かな?

 

「束さんも寝っ転がったらどうです? ゴロゴロしながらお話ししましょうよ」 

「んー? そうだね。それもいいかも」

 

 どーん

 

「ごふっ!?」

 

 効果音付きで束さんがボディプレスしてきた。

 座ったまま飛ぶとか、こいつまさか波紋使いか!?

 

 束さんはそのまま自分の頭を俺の太ももに乗せて――なにその顔?

 

「むぅ」

 

 凄く微妙な顔なんですが。

 俺の太ももに何か文句でも?

 

「硬い。硬いよしー君。気持ちよくない(ぺしぺし) 」

「人の太ももをぺしぺし叩かないでください」

「なんで硬いの? 筋肉に目覚めたの?」

「――この筋肉には理由があるんですよ」

 

 そう、とても悲しい理由がね。

 

「あれ? しー君なんで泣きそうなの? 何かあったの?」

 

 語れって?

 愚痴を聞くつもりだったけど、逆に俺の愚痴聞いてくれるの?

 その優しさに甘えさせてもらうよ。

 そんなに長い話しじゃないし。

 

「これはですね。『千冬式筋トレ』の成果です」

「ちーちゃん式?」

「えぇ、話を伸ばす気はないので簡潔に言います。ある日、千冬さんが俺にこう言いました。『お前にもっと力があれば、一夏の荷物持ちとして役に立つな。ついでに私の模擬戦相手としても』と――」

 

 夏休み中、近くの街の大型デパートのバーゲンに行った俺と一夏は、主婦と言う名の戦士達の前に敗北した。 

それでもボロボロになりながらも色々買ったんだけど、今度は荷物が重くて、帰り道は二人で両腕の筋肉をパンパンにしながら帰路についた。

 一夏はその日の夜に千冬さんにこう言ったらしい。

 『せっかくのバーゲンだったのに、俺はおばちゃん達に力で負けるし、荷物が重くて想像より沢山買えなかったし……千冬姉、俺はもっと力が欲しいよ』と。

 それを聞いた千冬さんはブラコン全開の結論に至った。

 一夏の為に俺を強化しようと……。

 その後、筋トレのメニューを渡された俺は、『サボったら分ってるな?』と脅され、私生活の合間を見ては、泣く泣く筋トレに励んでいた。

 

「――最近のちーちゃんて、ブラコンを隠さなくなったよね」

「それは俺も思いました」

 

 昔はブラコンめと心の中で思っただけでもツッコまれたのに、最近は開き直ってる気がする。

 

「それにしてもそっか。そのせいで太ももがカチカチに」

「男として筋肉は嫌いではないんで不満はないんですけどね」

 

 原因はアレだけど、結果的には男らしい体になったからね。

 オタクとは筋肉に憧れる時もあるのさ。

 

「まったく。こんな太ももじゃ癒されないよ」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、束さんは俺の横に並んで寝転がった。

 まさか筋肉で文句言われる日が来るとは。

 

 

 

 

「ねぇしー君。私って頑張ってるよね?」

 

 天井を見つめながら束さんがぽつりと呟いた。

 その声は普段の様子から想像出来ないくらい弱々しい。

 

「後悔してるんですか?」

「――どうだろう? そうなのかな?」

 

 篠ノ之束は天災だが、人間だ。

 ISの開発、自分の力欲しさに擦り寄って来る人間の相手、過去の研究などを悪用する奴等の排除、そして弱点である箒を狙う奴の駆除。

 束さんは疲れてるのかもしれないな。

 

「しー君ならさ、ISを発表するのにどんな方法を選ぶ?」

 

 どうにも本気でお疲れの様だ。

 過去を振り返り、しかも他人に意見を求めるなんてらしくなさすぎる。

 とは言え、無視も出来ないし、おちゃらける雰囲気でもないし。

 どこに行った俺の癒しの時間。

 

「普通に宇宙遊泳してみたり、実際にISで月に行ってみたりとがが王道かなと」

「――しー君、正直に答えて欲しいんだけど、白騎士事件の時、私のとった手段は馬鹿らしいと思った?」

 

 束さんは俺は何を求められてるんだろう?

 気分転換に軽くおしゃべりと考えてたのに、気付いたら下手なこと言えない空気が……。

 

「最初はそう思いましたが、今は違います。白騎士事件は正しかったと思ってます」

「え?」

 

 そりゃあさ、最初はIS使ってテロ紛いとか馬鹿だと思ったけど、現実的に見れば良い手だと思う。

 まぁ、そう思う様になったのは白騎士事件から結構時間が経った後なんだけど。

 

「『え?』って、束さんは自分なりに考えた上での行動でしょ? なんで驚いてるんです?」

「だって……肯定されると思わなかったんだもん」

 

 束さんの顔が見れないのが残念だ。

 首を動かしたら今の空気が壊れそうで動かせない。

 

「仮に平和的方法でISを広めようとしても、今と大して変わらない結果になってたと思いますよ? それは束さん自身が分かってたことでは?」

 

 なにしろ束さんは金のなる木だ。

 その知識を、ISを、金目的で使えたとしたら、その利益は計り知れない。

 平和的な方法?

 そんなの周囲から甘く見られるだけだ。

 束さんの身柄欲しさに有象無象が群がるだけだろう。

 だからこその白騎士事件だと俺は考えている。

 ISの力を見せる事により、『篠ノ之束に手を出せば、ISで復讐されるかもしれない』と思わせる事で、力の無い奴等は黙るだろうし、力が有る者でも慎重にならざるを得ない。

 もちろん、束さんを危険視する人間も増えるだろうが、『天才で甘い人間』と『天災で危険な人間』、どっちの束さんでも必ず“敵”は出てくるだろう。

 下手したら、甘い方が敵は多いかもしれない。

 人間は天災からは逃げるが、甘い水には群がる生き物なのだから――

 と、格好良いこと言っても、俺も群がる人間の一人だから始末が悪いな。

 

「……しー君。ありがとう」

「何に対してのお礼ですか?」

「ん? ん~話を聞いてくれてたお礼? あ、言葉だけじゃ足りないね」

 

 ――腕が暖かく柔らかい感触に包まれた。

 目線を左腕に向けると、束さんが俺の左手を抱いていた。

 

「あの、当たってますよ?」

「当ててるんだよ」

 

 うん、すっかり元気になったみたいだ。

 視界に映る束さんの口元は、楽しそうにニヤついてるもの。

 まったく、ちょっと優しくされたくらいで女の子がそんな行動をとるなんて……。

 

 ――ありがとうございます最高です!

 

「しー君は最近流々武でなにしてたの?」

 

 話題が変わるの早すぎない?

 脈絡なさすぎ、あと顔近すぎ。

 この状態で妙な雰囲気になっても困るからありがたいけど。

 

「束さんなら把握してると思ってました」

「流々武でどこに行っていたかは知ってるよ? でも何をしてたかは分かんないんだよ。最近忙しくて確認する時間が無かったからね」

 

 遠まわしにストーカー宣言されてるし。

 いやまあ、束さんに私生活を見られるのは実験動物として覚悟の上だけどさ。

 

「最近って言われても……どこから話せば?」

「夏からお願いするよ」

「夏ですか? それじゃあ、無人島でバカンスを楽しんでた時の話を」

「――私が忙しかった時にしー君はバカンス……ちょっと納得いかないんだよ」

 

 ギューと頬を抓られた。

 話せって行っておいてその反応は酷いと思う。

 

「ついでにちょっと前に行った日本全国の港の話もしましょう。北から南、全国の港の食堂で、美味しい海の幸を食べまくった話です。ISの機動性があれば、登校前の朝市なんかも余裕だったので」

「いい度胸だねしー君」

 

 隣から刺さる束さんの視線が痛い。

 それを俺は天井の木目を見つめる事でスルーした。

 

「まずは無人島の話ですね。束さんは知ってます? 日本には6000以上の島があるんです。その中でも――」

 

 隣でふむふむと頷きながら相槌を打つ束さんが少しでも楽しめるよう、俺は出来るだけ当時を思い出しながら語り始めた。

 

 

◇◇ ◇◇

  

 

「随分と楽しそうだな?」

 

 束さんと寝転びながら話し始めて小一時間はたった頃、やっと千冬さんが現れた。

 秋の港四国編を話してる最中だったが、この話はここまでだな。

 

「ちーちゃんいらしゃ~い」

「遅くなってすまないな。一夏が中々寝付かないもんでな」

 

 そう言って千冬さんは座布団に腰を降ろした。

 口調こそ、ヤレヤレって感じだが、頬が緩んでいた。

 どうやら楽しい姉弟の時間を過ごせたようだ。

 

「束さん。そろそろ起きましょうか」

「そだね」

 

 ――体に力が戻る。

 グッと体を伸ばすと、体が凄く軽くなっていた。

 温泉と脱力は最高の組み合わせだな。

 

 三人でちゃぶ台を囲い、買い物袋から食べ物を並べる。

 

「千冬さんはやっぱりビール?」

「――――――あぁ」

 

 ビール缶を差し出してから、受け取るまで随分と葛藤があったな。

 それでも素直に受け取るだけ成長したと思う。

 

「束さんはやっぱり甘い系?」

「うん」

 

 ちゃぶ台の上に並ぶのは各酒類に乾き物などのおツマミ。

 夜はこれからが本番だよね。

 

「今年も残りわずかです。来年には千冬さんの就職、束さんの失踪などがあります。なのでこれからも油断せずに行きましょう。乾杯!」

 

「――乾杯」

「かんぱ~い!」

 

 カンと音を立て、缶とお猪口がぶつかる。

 そのままお猪口の酒をグイっと飲み干す。

 

「くぅ~」

 

 たまらん!

 

 徳利からまたお猪口に酒を注ぐ。

 ここの地酒は辛口で非常に俺好みだった。

 これならいくらでも飲めちゃうよ。

 

 お猪口を口に付けようとした時、ふと視線を感じた。

 頭を上げると、千冬さんが呆れた顔で俺を見ていた。

 

「どうしました?」

「お前、温泉でも酒を飲んでたんだろ? よくそんなに飲めるな」

「なぜそれを!?」

「束に聞いた」

 

 束さんの方を見ると、サッと顔をそらしやがった。

 こいつ、男湯を覗いてやがったな?

 まぁいいけどさ。

 

「前世から酒に強かったのか?」

「えぇ、まぁ……そこそこ」

 

 嘘です。

 ぶっちゃけ、前世の大人の時より強くなってます。

 俺も子供なのにと不思議に思ってた。

 そして、ふと気付いた事がある。

 俺は一応、神様特典を貰っている。

 【そこそこの肉体】だ。

 つまりだ――俺は神様特典で肝臓が強くなっていると考えられる。

 意外と役に立ってるな神様特典!

 

「さて、酒もいいが、そろそろ真面目な話しをしよう」

 

 キリッとした顔でそう切り出す千冬さんだが、その手元には空き缶が二つ。

 締まらないな。

 

 此処に集まったのはただ酒を飲む為だけではない。

 これから先の事を話し合う為だ。

 情報を共有する為でもあるし、失踪するにあたって、一夏や箒に迷惑がかかったら嫌だから、事前に色々教えろコラ。と言う千冬さんの要望を叶える為でもある。

 

「うんとね。姿を消すのは3月辺りにするつもり。それから箒ちゃんは国に保護されることになるんだけど、春休みを挟むから箒ちゃんが落ち着く時間もとれると思うし」

「国の保護か……尋問されると聞いていたが、箒は大丈夫なのか?」

「そもそもね。箒ちゃんや父親って生き物を保護しますよって言ってきたのは国なんだよね。まぁ、善意3割、私への人質7割って感じなんだけどさ」

「そこまで手荒なまねはされないと?」

「うん。向こうとしても、私の恨みを買うより、恩を売りたいはずだからね――って言っても、国としても私が居なくなるのは痛いからね。箒ちゃんに当たる奴らが多少は出てくると思うけど」

 

 そこまで話して、束さんは悲しそうな顔でお酒に口を付けた。

 無責任にも、それじゃあ箒も連れてってやれと言いたくなってしまうな。

 

「そうか、それで、その際に一夏はお前の問題に巻き込まれたりしないんだな?」

 

 千冬さんが暗い顔で酒を飲む束さんに視線を向ける。

 傍から見れば、とても冷たく感じる。

 だが、千冬さんの手が固く握られてるのを見れば、それが誤解だと分かる。

 千冬さんは箒の事が心配じゃない訳ではない。

 ただ、優先度の問題だ。

 千冬さんにとって、なにより優先しなければならないのは一夏。

 それだけの事。

 

「う~ん? 特にないと思うんだけど」

 

 千冬さんの問いに束さんは首を傾げる。

 確かに束さんが言うように、束さんが失踪しても一夏には特に迷惑はかからなかったと思う。

 

「神一郎。お前は何か知らないか?」

「俺ですか? 特に無かったと思いますけど?」

「本当か? 信じていいんだな?」

 

 束さんの信用がないって事が良く分かるね。

 

「本当です。千冬さんは、まぁ多少は迷惑かかると思いますよ? 束さんの友人として目を付けられるでしょうから。一夏は特に思いつかないですね。箒や柳韻先生がいなくなって寂しがるとは思いますが」

 

 一夏は未来でいろんな意味で目を付けられるが、今は語らなくてもいいだろう。

 

「そうか、それなら良いんだ。箒も心配ではあるが、そこは柳韻先生がいれば大丈夫だろう」

 

 千冬さんは安心したのか、ビールをグビグビと飲み干す。

 手元の空き缶は五本目だ。

 しかし、今何か違和感が……なんだ?

 

「あ、まだ言ってなかったね。アレと箒ちゃんは別々だよ?」

「――なんだと?」

 

 千冬さんが手に持っていた缶がベキっとヘコんだ。

 そうだ。

 違和感はこれだ。

 千冬さんにその辺の説明するのすっかり忘れてた。

 

「束。それはつまり、箒と柳韻先生はバラバラに暮らすことになると言っているのか?」

「そうだよ」

「雪子さんは?」

「アレと一緒にするつもりだよ?」

「お前は何を考えている!?」

 

 千冬さんの怒鳴り声が部屋に響く。

 このままじゃマズイな。

 

「千冬さんストップ。騒ぐと一夏と箒が起きちゃうから」

「ちっ」

 

 立ち上がりかけてた腰を座布団に下ろし、千冬さんはヤケ気味に酒を呷った。

 

「神一郎。お前は知っていたのか?」

「すみません。言い忘れてました。確かに俺の知っている未来でも、箒と柳韻先生は別々に保護されてました」

「――なぜそれを許す?」

 

 なぜって言われてもな。

 篠ノ之束って人物を知っていれば許せちゃうから?

 あくまで想像、勘なんだけど。

 

「私も聞きたいな~。しー君にもこの事は初めて話したよね? 知っていたのになんで怒らないの? しー君なら怒ると思ってたのに」

 

 二人の視線が俺に集中する。

 千冬さんからは怒りの視線。

 束さんからは興味の視線。

 ――これ、答え外したら恥かしいな。

 

「箒の為ですよね?」

 

 それ以外に家族をバラバラにする利点が見つからないし。

 

「柳韻先生はオトリでしょ?」

「――正解だよ」

 

 束さんは笑いながら肯定した。

 逆に千冬さんの不機嫌具合がやばい。

 

「柳韻先生をオトリにするだと? 納得いく説明をしてもらおうか?」

 

 千冬さんが目力を込めて睨み付ける――

 なぜか俺を。

 

「俺ではなく束さんに聞いてくださいよ」

「私はしー君から聞きたいなぁ~。どれくらい私の事を理解してるか採点してあげるよ」

 

 実に良い笑顔でパスされてしまった。

 これは本気で間違えられないな。

 

「たんに束さんの事を考えただけですよ。束さんが大事なのは箒でしょ? それなら箒を守るために柳韻先生を利用するのも考えられます」

「お前がそれを良しとする理由はなんだ?」

「一つは箒の為ですね。たぶんなんですが、束さんは柳韻先生の情報をワザと漏らして、それに釣られた奴らを狩るつもりなのでは? そうして敵の数を減らすのが目的。もう一つは柳韻先生の無事は保証されてるも同然だからです」

「オトリなのにか?」

「千冬さん、一夏と離れ離れになって箒の心証は最悪になるんですよ? そこで更に柳韻先生に万が一があったら箒との仲は修復不可能です。だから、束さんは柳韻先生を利用すると同時に、必ず守らなければいけないんです」

 

 束さんの好き嫌いは関係ない。

 人の心が分からないと巷で噂の束さんでも、間接的にでも親殺しをしてしまったら、箒に受け入れられない事くらいは理解してるだろう。

 

「流石しー君。大当たりだよ」

 

 束さんの花丸笑顔を頂きました。

 恥をかかずに済んだな。

 これで解決、だと思ったんだけど――

 

「なるほど、理解は出来た……だが、しかし……」

 

 千冬さんはビール缶を握り締めながらテーブルを見つめていた。

 千冬さんにとって、柳韻先生は恩師で恩人だ。

 束さんが守ると言っても、オトリにすることは心が許さないんだろう。

 だが、このオトリ作戦は原作通りの可能性が有る。

 ここで仏心を出せば、箒にどんな影響が出るか分からない。

 だからこそ、今は心を鬼にする。

 

「千冬さん、柳韻先生が心配なら、束さんにこう言えば良いと思いますよ? 『もし柳韻先生が死んだら、箒にお前が父親を殺したと吹き込んでやる。そして、親殺しが姉にいる箒を、二度と一夏に会わせない』と」

 

 これなら束さんはどんな手を使ってでも守るしかないね。

 

 我ながらナイスな案だと思って、気分良く酒を飲んでいたら、会話が止まってることに気付いた。

 はて?

 

「…………」

「…………」

 

 なんか凄い目で見られてる。

 

「ちーちゃん。父親って生き物は必ず守るよ。箒ちゃんの為に」

「あぁ、頼む。箒の為に」

 

 あれー?

 なんか非難の目が……。

 

「しー君って時々怖いよね。天災と言われる束さんもガクブルだよ」

「そうだな。見かけが子供なだけに、言葉と思考の黒さがなんとも――」

 

 なんか俺が悪者っぽくない?

 悪いのは世の中なのに!

 

「――ところで束。箒と柳韻先生は連絡を取ったり出来るのか?」

 

 千冬さんが俺の視線から逃げる様に束さんに話しかける。

 話題の変えた方が露骨すぎないか?

 だけど残念、まだ俺のターンです。

 

「連絡役は俺がやります」

「お前が?」

「えぇ、IS使って手紙のやり取りをしようかと。手紙を拡張領域にデータとして保存すればバレませんからね。流々武も隠密向きですし。とは言え束さんの協力が必要ですが」

「監視カメラのハッキングや防音なんかだね。任せてよしー君」

 

 グッと束さんとサムズアップ。

 

「――いいのか? 下手したらIS適正者だとバレるぞ?」

「覚悟の上です」

 

 うん、本当に覚悟の上だよ。

 流石にさ、箒の状況を放置して遊び呆けるのは罪悪感が凄い。

 せめてこれくらいはね。

 

「ふむ、お前が一枚噛むなら束に全て任せるよりは少しは安心だな」

「箒の心が予想より追い詰められてピンチだった場合は、全て束さんが悪いとして、箒を復讐者にするつもりです。『束? 次会ったら殺す!』な感じで。心が病むよりはマシだと思うんで」

「それ病んでるよね!? え? しー君本気? 本気でそんな事考えてたの!?」

「良い案だな。塞ぎ込んでしまうよりはマシだ。それに、そうなったら束が一生箒の前に姿を見せなければいいだけだし」

「ちーちゃん!?」

 

 俺の悪ノリに乗っかってくれる千冬さんナイス。

 隣で束さんがギャーギャーと騒いでいるが、ほんと、塞ぎ込むよりはマシだよね。

 

「束さん。冗談ですよ。冗談」

「本当に?」

 

 いいね。

 両手で缶酎ハイを持って、涙目な束さんは女子力3割増しだね。

 

「本当です」

「――ならいいんだよ」

 

 ホッとした顔を見せる束さんは年相応だな。

 常にこの状態なら可愛げがあるのに。

  

「それじゃあ、次は俺の番ですね」

「なんだ、お前も何かあるの?」

 

 千冬さんが意外そうな声を上げる。

 どうやら千冬さんは俺に対する理解力がまだまだ足りてないようだ。

 

「まず道場辞めます」

「おい、しょっぱなから何言ってるんだ?」

「や、そもそも、俺が道場に通ってたのは『一夏と箒に近づいて、そこから束さんと仲良くなってIS貰えないかな?』って理由ですから、柳韻先生が居なくなるならもう義理も義務もないかなって」

 

 剣道は嫌いじゃないが、このままだと惰性になりそうだし。

 ここはスパッとね。

 なにしろ時間は有限だ。 

 

「……お前の人生だ。私に止める権利はないか」

 

 あれま。

 意外な反応だ。

 千冬さんがちょっとだけ寂しそうにビールを飲む。

 もしかして、俺に剣道を続けて欲しかったんだろうか?

 理由は分からないが。

 

「それと、それを機に千冬さんと一夏とは距離を置きます。理由は千冬さんです」

「私と近いと不都合があるのか?」

「千冬さんはIS操縦者として有名になりますからね。千冬さんと親しいと思われるとちょっとめんどくさいんですよ。まぁ露骨に距離を取ったりはしませんけど、今回みたいな旅行はこれが最後になるかと」

「そうか、一夏が寂しがるな――」

 

 非常に申し訳ないが、俺としても女尊団体とか怖いんだよ。

 下手に目を付けられたくない。

 

「後、束さんには俺とケンカしてもらいます」

 

 今度は顔を束さんに向ける。

 束さんは流石に想定してなかったのか、目をパチクリさせていた。

 

「私とケンカ? なんで?」

「束さんと仲が良いと思われると、俺の夢には都合が悪いからです」

 

 これは俺の人生を左右する大事なこと。

 恐らく、俺も束さんの関係者として目を付けられてるはず。

 束さんの失踪後は監視が付くかもしれない。

 それじゃあ旅なんか行けないしな。

 骨の一本くらいは折ってもらうつもりです。

 

「なるほどね。確かにしー君は国に目を付けられてるし。私が失踪したら監視が付くかもしれないけど……」

 

 ジトーと、束さんが俺を見つめる。

 

「しー君のヘタレ」

 

 おっと、可愛いお口からなにか聞こえたぞ?

 

「しー君の考えは理解はできるよ? 私やちーちゃんと関わりがあると思われるとめんどくさいんだよね? でも、だからと言ってケンカしてまで仲が悪いフリするなんて……つまんない!」

 

 ダン!っとテーブルを叩き、束さんが憤慨する。

 

「しー君ならもっと面白い解決策出してくれると思ったのに! ちーちゃんと距離を取るとか私とケンカするとか、そんなつまんない話ばっかり――しー君のヘタレ!」

 

 束さんは鼻息荒く騒ぎ立てる。

 さっきから暗い話ばかりだもんな。

 束さんは、俺がもっと面白い解決策を出すと思ってたんだろう。

 だけど、これは俺にとって必要なこと。

 一番勝率が高い案を通させてもらう。

 

「束さん。俺の夢は世界中を旅すること、大事なものは自分の命です。俺は自分の夢の為なら妥協する気はありません」

「むぅ。それはわかってるけどさ」

 

 唇を尖らせながら、束さんがそっぽを向く。

 

「やっぱりしー君の個人データをどこかに流そうかな」

 

 ボソッと聞き流せない事を呟く束さん。

 まったく、この子は――

 

「束さん。こっち向いてください」

「なんだよしーっ!?」

 

 束さんのほっぺを両手で掴む。

 柔らかほっぺをもっと伸ばしましょうね。

 

「ひーくん? いひゃい! いひゃいよ!?」

 

 ほーら、ぐーにぐーに。

 

「あうあう」

 

 ほっぺが赤くなるまで、揉みしだく。

 時々、捻りを入れながら引っ張る。

 

「束さん。何か言いましたか? まさか俺の平穏を邪魔する気じゃなですよね? つまんない? 俺の何がつまんないって?」

「ごめん。ごめんしーくん」

 

 束さんの目尻に涙が溜まってきたので、手を放してあげる。

 

「束さん。もう一度聞きますね。俺のこれからの予定に何か文句でも?」

「うぅ……ないです」

 

 束さんは涙目で自分のほっぺを押さえている。

 理解してくれてなによりだ。

 お礼に俺の骨をバキボキに折らせてあげるよ。

 身内に甘い束さんが、どんな顔で俺の骨を折るのか今から楽しみだぜ。

 

「さて、これで全員の話は終わりですかね?」

「私は特にないしな。束も話し忘れなどはないな?」

「ないと思うよ」

 

 ふぅと息を吐き、お酒で喉を潤す。

 会話はピタリと止まってしまい、三人の間に微妙な空気が流れる。

 やっぱり真面目な話ばかりじゃ疲れるな。

 

「ここからは話題変えましょう。千冬さん。何かないですか?」

「ふむ――神一郎。最近学校はどうだ?」

「会話下手なお父さん!?」

 

 千冬さんに振ってみたら、まさかのチョイスだった。

 

「文句があるならお前が考えろ」

 

 酔ってるのか、それとも恥かしいのか、千冬さんは赤い顔を隠すようにそっぽを向いた。

 しょうがない、ここは俺が。

 

「なら、未来の事を話しましょう。千冬さんと一夏は平穏無事に暮らせる。束さんは箒と仲違いなんてしない。そんな未来で二人は何をしたいですか? まず束さんから」

 

 ifの話しなんて束さんは嫌いかもしれない。

 だけどさ、“もし”を想像するなら、楽しい方が良いじゃないか。

 

「もし、箒ちゃんと仲違いしなかったら――だよね」

 

 束さんの眉が僅かに眉間に寄る。

 話題のチョイスを間違ったかな? そう思った時。

 

「うん。そうだね。やりたい研究や作りたい物が沢山あるから。それをしたいかな」

 

 束さんは、俺に向けて笑顔を見せてくれた。

 これは俺の考えが読まれてるっぽいな。

 気遣いがバレるのって恥かしい。

 

「例えばどんな?」

 

 恥ずかしいくても今更引けないよね。

 

「えっとね。ISの発展はもちろんなんだけど、まずはナノマシンの実用化だね! それと重力発生装置と光合成を機械で再現する事とヒトゲノムの完全解析と――」

 

 だって、楽しそうに話す束さんに水を差すのも悪いし。

 

「束。その重力発生装置とやらなんだが……」

 

 黙してお酒を飲んでいた千冬さんが、急に束さんの会話に割り込んだ。

 

「あとね……って、ちーちゃん。重力発生装置に興味あるの?」

「前に神一郎の家で読んだマンガにあったんだが――それは鍛錬にも使えるか?」

 

 まさか――Z戦士の本か?

 

「んふふ、ちーちゃんもアレ読んだんだ? 私もしー君が読んでたから目を通してみたけど、あれは中々面白かったよ。色々と参考になったしね。ちーちゃん。結論から言うよ? ちーちゃんが望んでるのは作れるよ。もちろんすぐには無理だけど」

 

 なん……だと!?

 え? 本気で?

 

「ちょっと待ってください束さん。それ是非俺にも」

「待て神一郎。こっちが先約だ」

 

 俺と千冬さんの視線がぶつかる。

 だが、俺も引けない。

 ファン歴20年以上のオタクの俺が、ニワカに負けるわけにはいかないんだよ!

 

「ちーちゃんとしー君が私を取り合ってる……これがモテ期!?」

 

 俺と千冬さんがギリギリと睨み合い。

 その横では束さんが体をくねくねさせる。

 

 ――こんなに楽しい日常は後何日続くんだろう?

 楽しくて寂しい。

 きっと、今この三人に共通している感情だ。

 だからこそ俺達は、その日朝まで騒ぎ続けた。



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最高の一年を君に(冬)

お待たせしましたm(_ _)m

文章ってただ量を書けば良いってことはないんです。不必要な部分を削ることも大事なんです。

なにを言いたいかと言うと……今回は長いです。
無駄に長いです。
しかも日常オンリーです。
電車やバスで移動中の人は寝落ち注意!



「「おおきなノッポのあ~いえす。たばねさんのあいぼう~」」

 

 流々武を展開した俺の右肩に乗った束さんと、歌を歌いながら海面スレスレを飛ぶ。

 左右、そして前後、視界を遮るものはなく、海と空しか見えない。

 冬の澄んだ空気が景色をよりいっそう輝かせていた。

 

「「たばねさんといっしょにチク・タク・チク・タク。いまは、もう、うごかない。そのあ~いえす~」」

 

 そんな空を飛びながらの歌を歌う。

 幸せだな~。

 

 歌の内容は少し悲しいけど……。

 

 右に視線を向けると、束さんが楽しそうに足をぶらぶらさせている。

 左を見れば、千冬さんが真剣な表情で手に持った画面付きのDVDプレイヤーを見つめていた。

 まさに両手に花。

 いや、両肩に花か。

 

 今日はクリスマスイブ。

 去年は何もしなかったので、今年は派手にやる事になった。

 どんなクリスマスにしようか? それを千冬さんを交え、三人で話し合った結果、今年はお泊会も兼ねて、一泊二日で遊び倒そうという事になった。

 今はその準備の真っ最中である。

 

「千冬さん、どうです? なんとかなりそうですか?」

「――あぁ、しかし日本の職人とは凄いな。一見簡単に見えて難しいぞこれは」

 

 千冬さん周囲の風景に目も向けずそう答えた。

 流石の集中力だ。

 

「なら計画の変更はなしですね」

 

 良かった。

 これなら計画通りのサプライズパーティーができるな。

 

「箒ちゃんといっくんの驚く顔が楽しみだね」

「ですね」

 

 今、箒と一夏はデートの真っ最中。

 楽しい時間を過ごしているだろう。

 そして、日が暮れる前に俺の家に来るように言ってある。

 そこで待ち受けるのは俺達三人。

 そういう計画だ。

 

「しかし、料理一つにここまでやるか?」

 

 千冬さんが呆れた顔で俺の方をチラリと見てきた。

 

「別に千冬さんは来なくても良かったんですよ? お疲れでしょうし、事前準備くらいは俺と束さんの二人でなんとでもなりますから」

「――お前と束の二人だけじゃ信用できんからな」

 

 視線を手元に戻し、千冬さんがぶっきらぼう気味に呟いた。

 まったく、ツンデレなんだから。

 

 千冬さんはこの二日の休みを得るために、ここ最近働き詰めだった。

 パーティーは夜から。

 だから、千冬さんは部屋の飾り付けをのんびりやりながら休んでても良かった。

 実際、そう提案したのだが、千冬さんはそれを断った。

 理由は俺と束さんの二人だけだと、心配だとかなんとか――

 こちらの目も見ず、視線を逸らしてそう語る千冬さんに、俺と束さんは思わず笑いそうになってしまった。

 だって、千冬さんの気持ちが分かるから――

 三人で何かを成す。

 残り少ないソレを、千冬さんも楽しみたいんだと思う。

 

「むむ? 『ツナ感』に反応有りだよしー君」

 

 束さんからストップが入る。

 その声を聞き、海上に浮遊した状態で動きを止める。

 周囲を見回すが、鳥山さえ見えない。

 素人考えだが、大物の魚を狙うなら、まず鳥山を目印にするだろう。

 だが、それさえ見えないのだ。

 そんな状態でも発見出来るとは、流石は束さん印のマグロ探知機『ツナ感』だ。

 

「それじゃあこの辺を拠点にしますか」

 

 拡張領域からタライを取り出す。

 もちろん、ただのタライではない。

 直径5メートルの大きな金ダライ。

 それを海に浮かべる。

 

「よっと」

 

 束さんと千冬さんがそれに飛び乗る。

 俺もISを解除し、タライの上に着地した。

 三人の人間が乗ってるにも関わらず、タライのバランスは崩れない。

 束さん製のオートバランサーを積んだこのタライは、上でブレイクダンスをしようと、台風の中にいようと、ひっくり返らない……らしい。

 更に、波で揺れてもタライの底は微かな凹凸が有り、しっかりと立つことが出来る。

 欠点と言えば、屋根が無い事だけ。

 実に素晴らしい。

 

「千冬さん、ISで捕獲するのと釣竿で釣るの、どちらにします?」

「ISで直接捕獲――と言いたいところだが、ここは釣竿にしておこう。魚に余計な傷がついても困るからな」

 

 そっかぁ~。

 釣竿かぁ~。

 

 

「……どうぞ」

 

 千冬さんに渡すのは、拡張領域から取り出した釣竿。

 トローリング用の大きな釣竿だ。

 トローリングロッドとは、普通は大きな竿を船に固定し、船を走らせながら使う物だ。

 だが、大きく重い釣竿も――

 

「ほう、これがルアーと言うものか、結構大きいのだな」

 

 白騎士を装着した千冬さんにはジャストフィットだ。

 だけど、ルアーをマジマジと見つめる姿を見ると不安を覚える。

 

「で、お前はなんで嫌そうな顔してるんだ?」

 

 千冬さんが俺を見下ろしながら首を傾げる。

 やっぱり顔に出てたか……。

 

「それ、買ったばかりで俺もまだ使ってないんです。その竿はまだ処女なんですよ」

「しー君、竿なのに処女とはこれ如何に」

「なるほど。言い直します――その竿はまだ童貞なんです」

「おい、言い方に気を付けろよ?」

 

 ドスの効いた声が上から聞こえた。

 アカン。

 白騎士を装着してる千冬さん相手にボケるのは危険だ。  

 

「つまりねちーちゃん。しー君はその子の童貞がちーちゃんに奪われるのがちょっとだけ嫌なんだよ。しー君は出来れば自分で奪いたっかのさ」

 

 しかし、そこでブレーキを踏まないのが天災である。

 と言うか巻き込み事故だ。

 

「おい、言い方な?」

 

 千冬さんと一緒に束さんを睨む。

 だが、その本人はケタケタと楽しそうに笑うばかりだ。

 まったく。まるで俺が男色かの様な言い方は非常に不愉快だ。

 イエスロリ! ノーショタ! 

 それが俺。

 だから千冬さん。

 ちらちらと俺の顔をうかがうの止めてくれません?

 

「ゴホンッ! えっとですね。つまり、その新品の竿を釣り素人でがさつな千冬さんに使わせるのがちょっと心配なんですよ」

 

 トローリング用の竿とはいえ、竿は竿だ。

 無理矢理マグロ等の大型魚を竿の力だけで持ち上げようとすれば、ポッキリ折れてしまうだろう。

 

「――大丈夫だ……たぶん」

 

 千冬さんが地平線を見つめながら答えた。

 せめて目を見て話そうぜ?

 しかしながら、心配ではあるが、一夏の為にと気合の入っている姉から没収する気はない。

 ただ、出来るだけ大切に使って欲しい。

 

「使い方は白騎士に送っておきましたから、ちゃんと読んでくださいね」

「了解だ」

「ちーちゃん。マグロの位置は白騎士に表示されてるから。頑張ってね」

「うむ。それでは行ってくる」

「「いってらっしゃい」」

 

 飛び立つ千冬さんを手を振って見送る。

 ISで海上を飛びながらルアーを走らせる――楽しそうで羨ましい限りだ。

 

「さてと、俺はここで適当に釣り糸でも垂らして千冬さんを待つつもりですが、束さんはどうします? 一緒にやります?」

 

 拡張領域から普通の釣竿を取り出しつつ束さんに尋ねる。

 

「私? そうだね……うん。私も箒ちゃんに美味しいもの食べて欲しいから、ちょっと行って来る!」

 

 行って来る?

 どこに?

 そう聞こうとした俺に、束さんは背を向け。

 

「行ってきま~す」

 

 ザバンッ

 

 海に飛び込んだ。

 服を着たまま――

 

「まぁいいんだけどね……」

 

 束さんの奇行にツッコミ入れてたら日が暮れる。

 ってか、ツッコミを入れる前に居なくなっちゃったけど。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「よっと」

 

 生き餌が無いので、ただ遠方にルアーを投げ、糸を巻き上げる。

 半分暇つぶしの釣りだ。

 運が良ければ何か釣れるだろう程度。

 だが、360度を海に囲まれた今のシチュエーションを考えれば、最高に贅沢な暇つぶしだ。

 

 音楽を流しながら、ひたすらルアーを投げ続ける。

 そんな状況を楽しんで少し時間が立った時。

 

 グン!

 

「おっと!?」

 

 急な手応えに、思わずたたらを踏む。

 油断してたとは言え、体ごと海に持って行かれそうになった。

 足場がツルツルだったら危なかったな。

 

「ぐっ!?」

 

 ヤバイ。

 とてもじゃないが竿を立ててられない。

 今まで経験した事のない手応え。

 これは小物じゃない。

 小型の魚を食べる大型の肉食魚。

 その中でもかなりの大物と見た。

 普通、その手の魚を釣る時はそれなりの装備が必要だ。

 何の装備もないと、今の俺みたいに――

 

「あででで!?」

 

 力負けした時に、釣竿のグリップが股間に当たって非常に痛い目に合います!

 あかん!

 この痛みは我慢出来ない!

 “釣りとは魚との戦いである”って誰かが言っていた気がするが、これはしょうがない。

 邪道かもしれんが許せよ。

 

「流々武!」

 

 ISを装着し、竿をしっかりと握りなおす。

 ふははは。

 普通の竿がまるでおもちゃじゃないか!

 

「よっしゃ!」

 

 竿をしっかりと立て、リールをゆっくり巻き上げる。

 この竿も糸も大型用ではない。

 無理をすれば、あっという間に糸が切れてしまうだろう。

 

 少しずつリールを回していて、ふと気付いた。

 それは魚の抵抗が余りにも弱いこと。

 根がかりではない。

 確かな手応えを感じる。

 だが、動き回ったり、飛び跳ねたりもせず、大人しいもんだ。

 まさか、マンボウなんかの大人しい魚の体に針が刺さった、スレ状態じゃないだろうな?  これでゴミだったら笑っちゃうよ。

 

「あれ?」

 

 手応えが変わった。

 今までは、重いナニカを引っ張ってる感じだったが、それが軽くなった。

 リールを回す手が早くなる。

 

「おいおい」

 

 魚がすごい勢いでこってちに向かって来てる。

 脳内ではジョーズのBGMが流れ始めた。

 桶に衝突するまで、あと、5、4、3、2、1、――

 

「おら!」

 

 気分はカツオの一本釣り。

 気合と共に竿を勢い良く上げる。

 

 ドスンっと音を立てて、釣り上げたナニカはタライの上に落ちた。

 後ろ振り返りると――

 

「んぺ」

 

 口からルアーを吐き出した天災がドヤ顔のY字ポーズを決めていた。

 よくもまぁ針が刺さらないように咥えてられたもんだ。

 そして服も髪もビシャビシャじゃないか。

 本当にこの子はもう――

 

「お帰りなさい。中々の獲物ですね?」

「ただいましー君。結構美味しそうでしょ?」

 

 束さんには一匹のタコが絡み付いていた。

 美少女とタコ。

 字面だけならエロいが、リアルで見るとちょっとグロいな。

 

「本当は蟹とかエビを取ろうとしたんだけどさ。海の底を歩いていたら急にこいつが襲ってきたんだよ」

 

 ニュルニュルと自分の体を這うタコを放置して、束さんは上機嫌に笑っている。

 タコの種類は分からないが、かなりの大きさだ。

 足を広げれば2mはあるんじゃないか?

 大きなタコと言えば、水タコかな?

 流石に見ただけではタコの種類は分からない。

 種類の分からないタコはちょっと怖いな。

 

「そのタコ食べれるんですか? 毒とか怖いんですが」

「ん? ちょっと待ってね」

 

 そう言って、束さんは腕に絡みついたタコの足をベリべりと剥がし――

 

「あぐ」

 

 そのままタコ足に齧り付いた。

 

 ワイルドだろぉ? 

 でも流石にお前それはどーよ?

 ――いや、俺はもうツッコミはしないと心に決めたんだ。

 俺も束さんを見習ってボケ倒して行こう。

 その方が人生は面白い。

 

「んぎぎぎ」

 

 ブチッと音を立ててタコの足がちぎれた。

 生きてるタコの足を食い千切る現役女子高生。

 千年の恋も冷めるな。

 いや、ある意味漢らしくて惚れるけども。

 さてと、一応持ってきたアレを――

 

「あ~ん」

「んむ? あ~ん」

 

 束さんの口に醤油を流し込む。

 

「おぉ? 気が利くねしー君」

 

 束さんが美味しそうにモグモグと口を動かした。

 足を食われたタコが必死に束さんに絡み付いている姿が哀愁を感じさせる。

 弱肉強食は世の摂理。

 タコよ。世界最強の生き物に喧嘩売った自分を恨め。

 

「うん。大丈夫だよ」

 

 どうやら美味しく食べれるタコらしい。

 

「かなり食いごたえがありそうですね。刺身に酢の物、タコパ。色々できますね」

「タコパ?」

「たこ焼きパーティーの略です」

「へー」

 

 会話をしながら、拡張領域から取り出したクーラーボックスにタコを入れる。

 ついでにタオルを取り出してっと。

 

「はい、これで頭くらい拭いてください」

「…………(スっ)」

 

 なぜか無言で頭を俺の方の向けてきた。

 拭けってことなんだろうか?

 

 別に断る理由も無いので、束さんの後ろに回って拭いてあげる。

 む、うさみみが邪魔で拭きづらいな。

 髪が長くて全部拭けないから、取り敢えず頭皮をゴシゴシっと。

 

「えへへー」

 

 束さんから嬉しそうな声が漏れた。

 意外な反応だ。

 

「気持ち良いんですか?」

「箒ちゃんがよくいっくんにやってるからどんなもんかと思ったけど――これは良いね。今度からお風呂上がりはしー君に拭いてもらおうかな?」

 

 俺は今なにを試されてるんだろう?

 甘い声で俺を誘ってくる人は、さっきまでタコの足を食いちぎってた人と同一人物だとはとても思えん。

 

「あれ? 手が止まってるよ? なにか想像しちゃったのかな?」

 

 クスクスと意地の悪い声が聞こえる。

 顔が見れないが、きっと良い笑顔してるんだろうな――

 しかし残念だな束さん。

 俺はツッコミを放置することにした。

 俺もボケ倒して行く!

 

「いやね、束さんがいつお風呂に入るのか考えてました。束さんって週一でシャワーが基本でしょ? お風呂って言われても機会ないな~と思いまして」

 

 笑いで揺れていた束さんの体がピタっと止まった。

 そのままゆっくりと頭が上がる。

 目がパッチリと合った。

 

 うん。笑顔だ。

 目は笑ってないけど――

 

「ちょいさ~!」

 

 声を上げて束さんが抱きついてくる――って!?

 

「おまっ!? 濡れた状態で抱きつくな!」

 

 うあ、ジメジメして磯臭い。

 俺の頭が束さんの胸に埋まるが、海水に濡れた服の不快な感触と磯の匂いしかしない。

 しかもなかんかヌメってる……これ、タコのヌメリじゃ……あ、今度は生臭い。

 女の子が甘い匂いだなんて嘘だった。

 

「ねぇしー君、束さんにケンカ売ってる? それとも束さんに構って欲しくてワザと意地悪言ってるのかな? 可愛いなぁ~しー君は」

 

 束さんがグリグリと俺の頭を撫でる。

 そこに優しさはなく、俺の頭皮がピンチだった。

 しかもこれ結構本気で怒ってる……一人称が変わってるし。

 

「ごめっ……束さん、俺が悪かったから離して!」

「遠慮しなくていいんだよ? しー君の大好きな束さんのお胸を堪能するといい!」

「頬に当たる感触が気持ち悪い。なんかべっちょりしてる。あと生臭い」

「――――しー君は一回転生してるんだし。一度あることは二度あるから大丈夫だよね」

 

 ググっと束さんが俺の頭をさらに自分の胸に押し付ける。

 ――知ってるか? 濡れたタオルで口を覆う行為は拷問の一種だし、下手したらそのまま窒息死するんだよ?

 

「もがが!?」

 

 呼吸をしようと口を開き酸素を吸おうとするが、湿った服が口に張り付いて酸素が口に入ってこない。

 手足を暴れさせるが、体格の差があるためどうしようもない。

 

「んんんっ!」

「しー君てば暴れるほど喜んじゃって……しー君の脳波が恐怖と苦痛に染まってるのは――うん。計器の故障だね」

「ん~!?」

 

 束さん、まさかのドSモードだった。

 なにが地雷だっのか分からないが、こんな時、男に出来る事は一つだけだ。

 

「ん―!(ごめんなさい束さん! 俺が悪かったです!)」

 

 言葉が通じるとは思えないが、取り敢えず謝るのみ!

 

「しー君がなんで謝ってるのかちょっと分かんないな~」

 

 通じてる!?

 流石は天災!

 でも謝るのは選択ミスだったらしい。

 神様、神様特典は選択肢が見える能力が欲しかったです! 

 美少女の胸の谷間で窒息死とか、男のロマンだけど、今俺の口を塞いでるのは海水をたっぷり含んだ布と、軟体動物の分泌液だ。

 ロマンと真逆の死に方だよ!

 

「しー君が窒息するまで後30秒かな? ダメなしー君にヒントあげるよ。『素直なしー君は可愛い』」

 

 素直な俺?

 離せコラが正直な気持ちだが……うん、これは違う。

 と、なるとだ――

 

「んー!(束さんに抱き締められるなんて俺って幸せ者だな! 束さんの胸の感触が素晴らしい!)

 

  『素直に束さんを褒めなさい!』が正解とみた!

 

「ん~?」

 

 束さんの判定は――

 

「ま、そろそろ許してあげようかな」

「ぷはぁ!?」

 

 頭を開放され、久しぶりの酸素を吸い込む。

 あぁ……顔がネチョってる。

 

「まったく、しー君はもう少しデリカシーを覚えるべきだよ」

 

 束さんがぷりぷりと怒っている。

 まったく、からかわれて怒るなら身なりに気を使えばいいのに。

 

 「戻ったぞ。なんで束はびしょ濡れなんだ?」

 

 千冬さんの声が聞こえた。

 上を見上げると――

 左手にマグロ。

 右手に折れた釣竿を持った千冬さんが――

 

 折れた?

 

「千冬さん?」

「な、なんだ?」

「取り敢えず、降りてきてください」

「あ、あぁ」

 

 束さんが隣で、しー君から黒いオーラが! っと騒いでいるが、勘違いしてはいけない。

 俺はまだ怒ってはいないのだから。

 

「見事なマグロですね」

 

 千冬さんが釣ってきたマグロを桶の上に置く。

 体長は1m50cm程。

 マグロにしては小柄かもしれないが、これも立派なマグロだ。

 

「それで千冬さん、なんで俺の新品の竿が折れてるのかな?」

 

 思わず、かな? かな? っと問い詰めたくなる気持ちを抑え、マグロの横で正座している千冬さんに視線を向ける。

 

「――釣ったマグロを銛で突いた後、血抜きをしてたんだが、その時、サメに襲われたんだ」

 

 千冬さんがらしくもなく、目線を合わせず話し始める。

 と言う事は、サメが原因だとは言え、千冬さんにも何か非があると見た。

 

「恐らく血に誘われたんだろう。マグロを守る為にとっさに釣竿でサメの鼻っ先を殴ってしまってな」

「なんで白騎士のブレードを使わなかったんです?」

「マグロを守る為とはいえ、食べもしないのに殺すのは悪いだろ?」

 

 白騎士のブレードじゃ、手加減してもサメを殴り殺しそうだもんな。

 峰打ちしても、鉄パイプで殴る様なもんだし。

 それなら木刀で殴る方が良いと思ったのか。

 ――俺の釣竿が木刀扱い……。

 タコといいサメといい、少しは野生を磨けよ。

 なぜ最強の動物にケンカを売るのか……。

 

「で、俺の竿を折ってしまったと?」

「あぁ、すまなかった」

 

 千冬さんが素直に頭を下げた。

 謝れると怒れないじゃないか。

 それにしても――

 

「はぁ」

 

 折れた釣竿を片手にため息をこぼす。

 まだ一回も使ってなかったのに……。

 

「まぁまぁしー君。それも拡張領域に戻せば直るからさ。ね? そんなに落ち込まないでよ」

 

 束さんが俺の肩をポンポンと叩いて慰めてくれる。

 ISの技術は今も進歩している。

 最近開発されたのが、ISの自動修復機能だ。

 ISの装甲や、拡張領域内の物を自動で直してくれる。

 もちろん、なんでもかんでも完璧って訳ではないが、釣竿程度なら問題なく修復してくれるだろう。

 束様々だ。

 

「だそうです。今回は許します」

「すまんな」

 

 よし、ならこの話はここまでだ。

 

「鮮度が落ちる前に捌いちゃいましょう。束さん、高周波ブレード貸してください」

「ほい」

 

 流々武を身にまとい、束さんから受け取ったブレードを握りる。

 マグロの首筋から刃を入れると、なんの抵抗も無く、スっと身に刃が入った。

 一般人がマグロの解体する時、問題になるのはマグロの大きさだろう。

 分厚い身は普通の包丁では歯が立たず、日常で触る魚と違う大きな体に戸惑う。

 だが、ISを装着し、切れ味抜群の刀を持てば――

 

 まるでマグロが小魚じゃないか!

 ――小魚は言い過ぎか。

 でもまぁ、鯉程度に感じるな。

 これなら三枚おろしも楽勝ですよ。

 

 中骨にそって刃を入れていく。

 マグロを、頭、半身の右側と左側、そして中骨の四部位に分ける。

 

「束さん、例の物を」

「ほいほい」

 

 束さん軽く手を振ると、2メートル程の箱が目の前に落ちてきた。

 巨大な筆箱に見えるソレを開け、マグロの半身と中骨を中に入れる。

 頭はクーラーボックスに入れた。 

 

「それはなんなんだ?」

「あれ? 千冬さんに言ってませんでしたけ? これは熟成装置ですよ」

「違うよしー君。それは『カレーが進む君』だよ」

 

 そんな名前なんだ。

 福神漬からっきょに同じ名前がありそうだ。

 訴えられないといいけど。

 熟成→加齢→カレーって感じかな?

 相変わらず謎のネーミングセンスだ。

 

「熟成? せっかくの釣りたてを熟成させるのか?」

「釣りたてが美味しいのは刺身だけです。刺身で米を食うなど俺は許しません」

 

 釣りたての魚でほかほかご飯とか絶対に許さない。

 それは互いの味を殺す組み合わせだ。

 生魚と白米を合わせるには、それ相応の準備が必要なんだよ。

 

「それじゃあ撤収しましょうか」

 

 両手でマグロが入った『カレーが進む君』を握り、タライを拡張領域に戻す。

 束さんと千冬さんがまた肩に乗り、それぞれタコとマグロの頭が入ったクーラーボックスを抱えた。

 

「帰りは飛ばしますよ。しっかり掴まっててくださいね」

「――掴まるって……どこに?」

「――私達は今両手が塞がってるんだが?」

 

 ――――今更だがこの二人、ただ肩に尻を乗っけてるだけだった。

 それで落ちないんだもん凄いバランス感覚だな。

 

「出来るだけ丁寧に飛びます」

「よろしくね。しー君」

「宙返りなどされると困るが、少しくらいならスピードが出てもこっちは問題ないぞ?」

 

 こちらの心配を他所に、二人は余裕の表情だ。

 なんとも頼もしい二人を肩に、俺は帰路に着いた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 首筋を触ると、ふかふかとした感触が指先に当たった。

 気持ちよくて自然と笑みが浮かぶ。

 

「箒? 何か面白いものでもあったか?」

 

 正面に座っていた一夏が不思議そうな顔で私の顔を見てきた。

 

「いや、良いクリスマスプレゼントを貰ったと思ってな」

「だな。ちゃんと千冬姉にお礼言わないと」

「神一郎さんと姉さんにもだぞ?」

「もちろん分かってるよ」

 

 一夏は自分の首に巻かれた白いマフラーを撫でながらくすぐったそうに笑った。

 一夏には白いマフラー、私には赤いマフラーが巻かれている。

 お金を出してくれたのは神一郎さんと千冬さん、そして姉さんだ。

 三人がお金を出し、一夏に選んで貰ったマフラー。

 つまりこれは4人からのプレゼントだ。

 ちなみに、一夏のマフラーは私が選んだ。

 本当に神一郎さんには世話になりっぱなしだ。 

 

 今もそうだ。

 神一郎さんに言われ、私と一夏はクリスマスデートの真っ最中。

 一夏はデートだと思ってないだろうが……。

 いや、一夏がどう思おうが関係ない。

 私と周囲がデートだと思えばデートなのだ。

 今いるのは駅前のオシャレなカフェ。

 周囲を見渡せばカップルばかり。

 私と一夏も周りから見ればカップルに違いない。

 もしかしたら学校の人間に見られて、冬休み明けには、私と一夏がデートしていたと噂が流れるかもしれないな。

 ふふ、一夏攻略はまず外堀からですよね神一郎さん!

 

「箒? 今度は拳を握り締めたりしてどーしたんだ?」

「ん? あぁ、なんでもないぞ?」

 

 危ない危ない。

 つい力が入ってしまった。

 マフラーを撫でて気分を落ち着かせる。

 

「ところで箒、今日は何すると思う?」

「神一郎さんの事か?」

「だって夕方になったら家に来いってさ、やっぱり期待しちゃうよな?」

 

 一夏の言ってる事は理解出来る。

 去年は何も無かったクリスマス。

 今年は何かあるのではと私も期待している。

 いや、きっと何かあると確信している。

 

「あの顔は、きっと『いらずら小僧の顔』と言うんだろうな」

 

 思い出すのは、一夏に私と買い物に行って来いと言う神一郎さんの顔。

 普段の大人っぽい顔付きが一変して、あれはそう、まるで姉さんみたいな笑顔。

 アレは絶対に何か企んでるに違いない。

 

「時期を考えればクリスマスパーティーだと思うが……正直、神一郎さんだからな。私は『雪見でもしながら温泉入ろーぜ』と言って、北海道に連れて行かれる事があっても驚かない」

「そっか、冬休みだし、泊まりで旅行ってのもあるかもな」

 

 一夏の顔に笑みが広がる。

 私と一緒にいる時より良い笑顔しているのがちょっと……。

 いや、神一郎さん相手に嫉妬なんて……。

 

「夜が楽しみだな!」

 

 ごめなさい神一郎さん。今ちょっと嫉妬しました……。 

 

「そろそろ映画の時間だな。行こうぜ」

「あ、あぁ」

 

 一夏が伝票を手に立ち上がった。

 

「一夏? 待て、まだお金を――」

 

 一夏はこんな時、割り勘が基本だ。

 私も一夏の家庭の事情を理解している。

 だから、一夏を止めようとした。

 

「ん? あ、言い忘れてた。実はさ、マフラーを買ったら、お釣りは遊び代に使えって神一郎さんに言われたんだよ。断ったんだけどさ。たまには箒に良いところ見せろって」

 

 流石は神一郎さん。

 フォローも完璧ですね。

 そんな神一郎さんに嫉妬するとは……。

 

「今度神一郎さんにお礼しないとな。――冬休み中で時間もあるし、手編みのマフラーとかいいかな? どう思う箒?」

 

 神一郎さん。

 私の為に色々と気を利かせてくれたりしているのは理解していますが、もしかしたら最強のライバルは神一郎さんかもしれないです……。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「しー君、上がったよ~」

 

 帰宅後、潮風にさらされた俺達は、順番でシャワーを浴びていた。

 一人目は海水にどっぷり浸かった束さん。

 その束さんが――

 

「びっちょびちょじゃねーか!?」

 

 髪から水滴を垂らしながら、いつもの格好でお風呂場から出てきた。

 

「しー君の為に拭かないでおいたよ」

 

 そう言って、束さんは俺に背を向け腰を降ろした。

 しょうがないな。

 甘えられてる内が花とも言うし。

 

「ドライヤー取ってきますからちょっと待っててください」

「は~い」

「神一郎、私もシャワーを借りるぞ」

「どぞ」

 

 千冬さんと一緒に脱衣所に向かい、洗面所の棚からドライヤーを取る。

 あ、そうだ。

 

「千冬さん、服は洗濯機に入れといてください。着替えはジャージで良いですか?」

「助かる――が、なんで私のサイズのジャージがあるんだ?」

 

 千冬さんが拡張領域から取り出された黒色のジャージを訝しげに見つめる。

 

「“こんなこともあろうかと”ってやつです」

 

 言えない。

 女体育教師のコスプレ用だなんて口が裂けても言えない。

 

「まぁいい。ところで神一郎、お前に頼みがある」

「頼み? 千冬さんが頼みとは珍しいですね」

「束を見張ってて欲しい」

「はい?」

 

 束さんを見張る?

 穏やかではないな。

 なにか束さんがやらかしそうなのか?

 俺も原作の全てを知ってる訳ではない。

 もしかしたら、なにか原作に関わる重大な事件でも起こる前兆なのかも。

 

「私がシャワーを浴びる……言いたくないが、後は分かるな?」

 

 うん、相変わらずの平和だった。

 さっきまでのシリアスが恥ずかしい。

 

「そこまで気にしなくて――減るもんじゃないし」

「お前、逆の立場で考えてみろ」

 

 逆?

 ――思い出すのは前世のオタク友達。

 新作のゲームが発売された日は、友達と集まってゲームをしたりした。

 次の日に仕事があるときは泊まり込みだ。

 もし、その時、俺がお風呂に入っている時に、その友達が俺の入浴を覗いていたら……。

 うぁぁ、ゾクッときた。

 

「出来るだけ頑張ってみます」

「頼んだぞ」

 

 

 

 

 居間に戻ると。

 

「しー君おっそ~い」

 

 

 さっきと変わらない束さんが頬を膨らませていた。

 せっかく着替えたのに、服もまた濡れちゃってるし。

 

「ちょっと千冬さんと話してました」

 

 ドライヤーのプラグをコンセントに差しスイッチを入れる。

 

「良きかな良きかな」

 

 温風を当てながらタオルで髪を拭いてると、束さんが上機嫌で鼻歌を歌い始めた。

 考えてみれば、女の子の髪を乾かすなんて初めてだな。

 相手が天災とは言え、ちょっと感慨深い。

 

「しー君、ぱっぱと頼むよ。ちーちゃんはカラスの行水だからね。早くしないとシャワー浴び終わちゃう」

 

 千冬さんの心配は大当たり。

 人がちょっと嬉しい気持ちになってるのに、当の本人は覗きをしたくてしょうがない様だ――

 

「ダメですよ。千冬さんが出てくるまで大人しくしててください」

「む~、らしくないじゃんし―君。ちーちゃんに悪戯したくないの?」

 

 俺ってどう思われてるんだろう?

 人を変態みたいに…………過去を振り返ると否定はできないな。

 

「気持ちは分かります。しかしここは俺の家です。千冬さんが暴れた結果、お風呂が崩壊したらシャレにならないので我慢してください」

「むぅ……」

 

 束さんの口から不満げな声が漏れる。

 それに合わせるかのように、束さんのウサ耳がピコピコ動く。

 噛みごたえがありそうな作り物の耳。

 ――歯が疼くな。

 子供に戻ったことで、色々と懐かしい事が多い。

 乳歯が抜ける感覚は子供の時にしか経験できないものだろう。

 つまり、俺はいま凄く歯がウズウズしている。

 

 ピコピコ

 

 誘ってるとしか思えないんだよなぁ。

 

「ガジガジ」

「ふぁっ!?」

 

 我慢できなくて思わず噛んでしまった。

 

「ちょっ!? なにしてるのしー君!?」

「乳歯が抜けそうで疼くんですよ。硬い物を噛みたい気分でして」

「言いながら噛まないで! いや~!」

 

 束さんが暴れるので、頭をへッドロックでがっちりと固定する。

 これで逃げられまい。

 

「良い歯ごたえですな」

「や~め~て~!」

 

 束さん立ち上がり、頭をブンブンと振る。

 俺の足は床から浮いて、束さんの動きに合わせて左右に揺れた。

 いくら俺が子供でたいした体重ではないとはいえ、頑丈な首してるな。

 

「束さん、落ち着いてください。暴れると噛めません」

「噛んじゃダメなの! ん~!」

 

 束さんがグルグルと回り始めた。

 やばい、ちょっと楽しい。

 

「しー君、離さないと酷い目に合うよ?」

「今離したら壁に激突するので嫌です」

「そう……ならしょうがないね」

 

 ガチャ

 

「上がった……ぞ?」

 

 居間のドアが開き、千冬さんが現れた。

 珍しく目が点になっている。

 ドアを開けたら親友が部屋の真中でグルグル回っていたらビックリするよね。

 それにしても、黒のジャージを着て、無造作に頭をタオルで拭く姿はとても様になっているな。

 男として本当に羨ましいイケメン具合だ。

 

「しー君、いくよ?」

 

 あれ? そう言えば、さっきより回転が速くなってる気がする。

 これもしかして……。

 

「ふん!」

 

 束さんが勢い良く頭を振る。

 そしてすっぽ抜ける俺の手。

 体が飛ぶ先には千冬さん。

 ――なるほど、これは酷い目に合うな。

 

「なっ!?」

 

 ポカンとしていた千冬さんも事態に気付いたらしい。

 だが遅い、もう既に千冬さんの胸が目の前だ。

 室内でISを展開するのはTPOに反するしな。

 俺の顔が千冬さんの胸に当たってもしょーがないよね。 

 俺に出来ることは、目を瞑って素直に運命に従うことだけだ。

 

 

 バシンッ!

 

 

 ありゃ? 顔に当たる感触は硬い。

 目を開けると、視界一杯に肌色が見えた。

 そして頭に鈍い痛み。

 これは柔らかいクッションじゃないな。

 

「よく一瞬で掴めましたね?」

「言い訳はそれだけか?」

 

 見事にアイアンクローで俺の頭を掴んだ千冬さんが、ジロリと俺と束さんを睨む。

 

「束さんが覗きをしようとしていたので、止めました」

「しー君が悪いんだもん」

「もういい。束はさっさと髪を乾かせ。私もドライヤーを使いたい」

「は~い。しー君、続き頼むよ」

「了解です」

 

 罰なしで開放されたので、再度ドライヤーを手に取り、また束さんの後ろに回る。

 今度はクシで髪を梳かしつつ温風を当てる。

 

「それにしても、なんで二人とも髪を伸ばしてるんです?」

「ほえ?」

「ん?」

「だって、束さんは身なりに頓着しない方だし、千冬さんだって働いたり動いたりするのに、その髪邪魔じゃありません?」

 

 二人の髪は背中の中程まで伸びている。

 似合うんだけど、キャラじゃないっていうか――

 

「しー君なら分かるでしょ? コスプレは髪も――だよ」

「私はただの節約だ。床屋代がもったいなくてな。伸ばすだけ伸ばしてその内切りに行こうと思っていたら、タイミングを逃して今の長さになった」

 

 束さんの理由は理解できる。

 髪型もまたコスプレの一部なんだろう。

 そして、残念ながら千冬さんの言い分も理解できる。

 オタクにありがちな理由なんだもん。

 

「なんとも残念な乙女達ですね。もう少しなんとかなりません?」

「しー君に言われたくないんだけど……」

「まったくだ。お前の髪型だってずっと変わってないだろう。神一郎、お前はどこで切っているんだ?」

「千円カットです。髪に金使うとかありえない」

 

 見せる相手も居ないのに魅せる必要がない。

 俺達同類じゃん?

 だから左右からほっぺ引っ張るの止めてくれません? 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 身なりを整えた俺と束さんが台所に立つ。

 千冬さんは居間でツリーの飾り付け中だ。

 

「束さん、あくまで俺のフォローですからね? 余計な事はしないように」

「――それはフリかな?」

 

 やめて。

 お願いだからやめてください束様。

 

「フリじゃないです。俺だってビーフストロガノフなんてシャレれたもの作るの初めてなんですから。邪魔はしないでください」

「でも、味付けは私がするんでしょ? 最初っから私が作った方が早くない?」

「料理は見た目や食感も大事なんです。束さんにはそれが足りない」

「ぶーぶー。別に味が良くて、栄養があればイイじゃん」

「はいはい。束さんは冷蔵庫から玉ねぎとパプリカ、マッシュルームを取ってきてください」

「は~い」

 

 プリントアウトしたレジピを見ながら、束さんに指示を出す。

 テキパキと動いてくれるし、これなら心配ないかな?

 

「持ってきたよ~」

「それじゃあ、その玉ねぎをみじん切り――」

 

 チャキ

 

「は俺がやるので、束さんはこの包丁でマッシュルームを半分に切ってください」

「ラジャ」

 

 みじん切りと聞いて束さんが構えたのは、高周波ブレードだった。 

 まな板どころかその下まで真っ二つにする気かコイツ。

 

 

 そして――

 

 

「完成です」

「わ~パチパチ」

 

 鍋の中には美味しそうなビーフストロガノフ。

 初めてにしては中々上出来じゃないか。

 

「てな訳で、味見してみましょう」

「いただきま~す」

 

 小皿によそったストロガノフをペロッと舐める。

 

「うん。これは――」

「ふむ。これは――」

 

「「普通だ(ね)」」

 

 不味くはない。

 悪くもない。

 自分ひとりで食べるなら問題ないけど――

 

「特別な日にしてはイマイチですね」

「やはりここは天災で天才な私の出番だね」

 

 束さんが腕を捲り、ふんすと鼻息をもらす。

 手には白い粉が入った小瓶を握っていた。

 どう見てもあやしい薬にしか見えないな。

 

「粉を入れて、まぜまぜしましょうねっと」

 

 束さんが鍋に粉を入れ、オタマでかき混ぜる。

 

「今回の味付けもどこかのお店の味なんですか?」

「うん。研究所でご飯が出るんだけどさ。そこで『三ツ星シェフのビーフストロガノフを持って来い。は? 束さんが食べに行く? シェフ呼べよ。IS開発やめるぞテメー』って言ったら、グラサンが青い顔して連れてきた有名シェフの味だよ」

 

 グラサンはやはり苦労しているのか。

 なんとも悲しい味だ。

 

「ほい。味見どーぞ」

「頂きます」

 

 束さんに渡された小皿をペロっと舐めてみる。

 

「これは!?」

 

 さっきより味が濃厚で、それでいてしつこくなく――ダメだ。俺の語彙じゃ説明できん。

 ここはシンプルに行こう――

 

「束さん、超グッジョブ」

「ふふ~ん」

 

 ドヤ顔の束さんにグッっとサムズアップ。

 これだけで全てが伝わる。

 

「神一郎、こちらも終わったぞ」

 

 丁度いいタイミングで千冬さんも準備が終わったようだ。 

 

「これで今できる事前準備は終わりですね。一夏と箒が帰って来るまで数時間ありますし、昼飯でも食べます?」

「そうだな。正直この匂いを嗅いでたら腹が減った」

 

 千冬さんが鼻をヒクヒクと動かす。

 台所には、ビーフストロガノフの良い匂いが充満しているのだから無理もない。

 

「ちーちゃんの胃袋を私の愛で満たすチャンス!? ちーちゃん。ちょっと待っててね。今とびっきりのを――」

「束は動くな。神一郎、頼めるか?」

「了解です」

「あれれ?」

 

 千冬さんは束さんの首根っこを掴み台所から出て行った。

 束さんが疑問顔しているのが疑問だよ。

 

 さてと――

 まず『カレーが進む君』からマグロの中骨を取り出す。

 色合いも変わって、熟成が進んでるのが見た目で分かる。

 マグロの骨に付いた身――中落ちを、スプーンでほじりながらボールに落す。

 丁寧に、骨に身が残らないように――

 三人分の身を取り出したら、夜のために練習で作っておいた酢飯を丼によそう。

 その上に中落ちをたっぷりと乗せる。

 汁物はインスタントのお吸い物。

 それらをお盆に乗せ――

 

「へい、手抜き簡単中落ち丼おまち。醤油とわさびはお好みでどーぞ」

「中落ち? 初めて食べるな」

「骨周りの身のことです。美味しいですよ」

「わざわざ骨を『カレーが進む君』に入れてたのはこの為だったんだ」

「中落ちはまだありますから、明日の夜は中落ち丼とかぶと煮を一夏達にご馳走する予定です。今回は試食も兼ねてます」

「なるほどな。では有り難く頂こう」

 

 三人で手を合わせ――頂きます。

 

「これはイケルな!」

「美味しいよしー君」

 

 二人が笑顔で丼をガッツく。

 それはもう見事な食べっぷりだ。

 丼を片手に持ち、箸で口の中にご飯をかき込む姿はとても上品とは言えない。

 だけど、これこそが丼の正しい食べ方だと俺は思う。

 『美味い美味い』と言いながら箸を休まず食べ続ける姿は、見ていてとても気持いものだ。

 思わずにっこりしちゃうよね。

 

その後、昼飯を食べ終わった俺達は、食休みも兼ねてゆっくりとした時間を過ごしてた。

 俺はソファーに座りながらラノベを読み、千冬さんは胡座をかきながらマンガを、束さんはカーペットの上に寝転んでキーボードをカタカタと打ち込んでいた。

 

 他愛もない話しをしながら時間を過ごし、そして、日が傾きかけた――

 

 

 

「しー君、いっくんと箒ちゃんが移動を開始したよ。後30分で到着」

 

 束さんが立ち上がり、体を伸ばした――

 

「もうそんな時間か――」

 

 本をパタンと閉じ、千冬さんも立ち上がった――

 

 事前準備最終戦の開始である。

 

「束さんはテーブルにクロスを掛けて食器の準備を。千冬さんは駅前のお店で予約した商品を貰って来てください。千冬さんなら15分で戻ってこれるはずです」

 

 千冬さんに引換券を渡しながら指示を出す。

 サプライズパーティーは、相手が到着した時点で準備は終わってなければならない。

 だからと言って、早く準備して料理が冷めてるなんてのは許されない。

 

「ここからはスピード勝負です、各自散開!」

 

 ザッと二人が動きだす。

 さて、俺も準備しないとな――

 

「食器は並べ終わったよ!」

「次はご飯を冷ますのを手伝ってください。この団扇で横から――待て、その冷凍ビームはしまえ」

 

 束さんに指示を出し――

 

「戻ったぞ。次はどうする?」

「ビーフストロガノフを温めてください――強火で放置するんじゃなくて、中火にしてオタマでかき混ぜながらです」

 

 千冬さんに指示を出し――

 

「束さん! 冷蔵庫からミニトマト取って!」

「了解!」

「神一郎。レタスは洗い終わったぞ」

「水をきってボールに適当に入れてください!」

 

 慌ただしく準備を進める。

 

「二人がエレベーターの乗ったよ。到着まで後30秒!」

 

 来たか。 

 丁度こちらも最後の準備を始めるところだ。

 

「束さん、メイクアーップ!」

「よっしゃ! リリカル・トカレフ・ノーバディ・ノークライ!」

 

 怪しげな呪文と共に、束さんの体がペカーと光る。

 束さんの呪文は、俺の部屋のマンガのものだ。

 いつの間にか物色していたらしい。

 ある意味でとても束さんに似合う呪文だ。

 

「とう!」

 

 シュパっとポーズを決めた束さんは、見事なサンタコスを見せてくれた。

 ウサ耳付きのサンタ帽子に、赤いミニスカ、そしてなにより――生足が素晴らしい!

 

「あえての生足……分かってらっしゃる!」

「でしょ?」

 

 束さんがクルンと回ると、スカートがふわっと舞った。

 ――生臭い胸じゃなくて、是非ともあの太ももに顔を挟んでもらいたいもんだ。

 

「出迎えは俺が行きます。束さんは脅かせ役頼みます」

「任された!」

 

 ピンポーンっとチャイムが鳴った。

 それに合わせ、束さんが窓から飛び出す。

 ――さあ、行こうか。

 

 トナカイのツノを頭に装着し、赤いつけっ鼻を付ける。

 実年齢を考えると少し恥かしいが、一夏と箒の為にここはグッと我慢だ。

 

 玄関のドアに手をかけ、扉を開ける――

 

「いらっしゃい」

「こんにち……は?」

 

 出迎える俺に対し、箒は笑顔の表情で固まってしまった。

 

「箒? どうしたんだ?」

 

 ドアの影に隠れてた一夏が、ひょこっと顔を出した。

 

「あ! 神一郎さ……ん?」

 

 一夏も、俺の姿を見た瞬間嬉しそうな顔をするが、そのまま固まってしまった。

 無理もない。

 俺だって、赤鼻まで付けてウキウキな格好をしてる奴が、何も言わず真顔をしていたら困惑する。

 

「どうした? 入れよ」

 

 笑顔を見せないよう、歯を噛み締めながら二人を玄関に入れる。

 

「は、はい」

「おじゃまします……」

 

 戸惑いながら二人が靴を脱ぎ始めた。

 ここまでは計算通り。

 二人は手を離したのに玄関のドアが閉まってないことにも気づいてない。

 一夏達の後ろ、二人に代わりドアを押さえている束さんとアイコンタクトを交わす。

 

(いくよ?)

(どうぞ)

 

 靴を脱いだ二人が、脱いだ靴を揃えようと振り向いた瞬間――

 

「メリークリスマス!」

 

 束さんがガバっと二人に抱きついた。

 

「もが!?」

「むぐ!?」

 

 手を広げ、驚く二人を自分の胸の中に抱きしめる。

 二人の顔が束さんの胸に埋もれた。

 今の束さんは生臭くないだろうし、羨ましいかぎりだ。

 

「ね、姉さん!?」

「箒ちゃん久しぶり~」

 

 いち早く胸から顔を出した箒に対し、束さんが満面の笑みで自分のほっぺを擦りつける。

 微笑ましいな。

 その横で一つの小さな命が消えかけようとしてるけど……。

 

「束さん、一夏がそろそろヤバイです」

「あや?」

 

 束さんが自分の胸元に視線を向ける。

 そこでは一夏が激しく手足をバタつかせていた。

 

「姉さん、そろそろ一夏を開放してください」

「う、うん」

 

 箒の目が細くなり、背後に黒いプレッシャーが見えた。

 好きな男が他の女の胸に頭を埋めていたらイラってくるよね。

 それが例え実姉でも。

 これには束さんもビビったようだ。

 素直に一夏を開放した。

 

「ぷはっ!? た、束さん、お久し――」

「一夏? 随分と顔が赤いな? そんなに姉さんの胸が良かったのか?」

「え? ち、違う! これは苦しくて――」

「いっくんは束さんのお胸嫌いなの?」

「うぇ!? いや、その、嫌いでは――」

「一夏?」

「いっくん?」

 

 おう。

 ほのぼのクリスマスがあっという間に修羅場になった。

 箒に言い訳したいが、束さんの寂しげな視線に大きく言えず一夏はしどろもどろだ。 

 

「――まぁいいだろう。だが一夏。私の目の前で姉さん相手にデレデレするな。妹として反応に困る」

「あ、あぁ。気をつけるよ」

 

 修羅場と思いや、箒が一歩引いた。

 箒の心は健やかに成長しているようだ。

 

「姉さんも、一夏をからかうのはそのへんで」

「は~い」

 

 箒に嗜められ、束さんは素直に身を引く。

 ここまではお約束ってやつだ。

 

「ほら、いつまでも玄関で喋ってないで」

 

 二人を連れて居間のドアを開ける――

 

「――!?」

「――!?」

 

 一夏と箒がまたも固まってしまった。

 

 テーブルの中心にあるのはもちろんクリスマスケーキ。

 真中にある、砂糖菓子のサンタクロースがとてもキュートだ。

 その左右にはあるのは、湯気を立てて存在を主張するビーフストロガノフと、子供の憧れ、カーネルおじさんのフライドチキンのバケツだ。

 ポイントはやはりカーネルおじさんだろう。

 一夏は家庭の事情から、箒も神社の娘だし珍しいだろうと用意した一品だ。

 だが、これはまだ序章。

 ――あ、そうだ。

 

「一夏と箒にはまだ言ってなかったな。今日はクリスマスパーティーやるから」

「「見れば分かります!」」

「そ、そうか」

 

 大事な事なので伝えたのに、思いのほか強い口調でつっこまれてしまった。

 

「――大声だしてすみません。あの、なにかあるとは想像してたんですが、その想像より本格的だったもので。な、一夏」

「パーティーするかもとは思ってたけど、ここまでとは……」

  

 二人の口から呆れたような声が漏れた。

 あれ? 想像とリアクションが違う。

 もっとこう『神一郎さんすげー』みたいな反応を期待してたんだが……。

 

(チラ、チラチラ)

 

 おや? 二人が見ているのは料理じゃない。

 視線の先は部屋の隅――

 ふむ。

 

「そんなにクリスマスツリーが珍しいか? 一夏の家にも箒の家にも、クリスマスツリーくらいならあっただろ?」

「「こんなクリスマスツリーありません!」」

「お、おう」

 

 なんだか今日の二人は随分と塩対応だな。

 

「神一郎さん……なんなんですかそのツリーは!」

 

 箒が大声を上げて俺に詰め寄る。

 隣では一夏がうんうんと頷いていた。

 

「なにって、モミの木だよ。初めてのクリスマスパーティーなんだし、ちょっと贅沢してみたんだけど……気に入らなかった?」

 

 部屋の隅にあるのは高さ2mはあるモミの木。

 その枝には、千冬さんの手によってカラフルな粧飾が施されている。

 自分で言うのもなんだけど、立派なクリスマスツリーだと思うんだが――

 

「――もういいです」

 

 箒が疲れた様なため息をこぼしてしまった。

 なにが気に気わなかったんだろう? 

 ――あれか? 無駄だと言いたいのか?

 クリスマスが終わったら無用の長物だもんな。

 だが安心してくれ箒。

 今日はまだイブだ。

 朝日が昇る前に、保育園か孤児院の庭先に埋めてくるつもりだから。

 ついでにちょっとしたクリスマスプレゼントでも置いて、『伊達直人より』と一言手紙を添えれば問題ない。

 ISのシャベルでサクっと穴を掘れば、短時間で済むからバレないだろうしな。

 まさに一石二鳥だ。

 

「神一郎、着替えるために少し寝室借りたぞ――なんだ、まだ座ってなかったのか?」

 

 背後からの声に振り返ると、そこには黒のTシャツとジーパンという懐かしい組み合わせな着替えた千冬さんがいた。

 

「ちーちゃんも来たし早く始めようよ。箒ちゃんもいっくんも座って座って」

 

 束さんが、さあさあと二人を席に座らせ、自分も腰を降ろした。

 一夏の横に箒、その対面には千冬さんと束さん、そして俺が座った。

 人数分のジュースを入れたコップが全員に行き渡ったのを確認して――

 

「クリスマスにどんな音頭を取ればいいか分からないので余計な事は言いません。なんで――メリークリスマス!」

『メリークリスマス!』

 

 五つのコップがテーブルの上でぶつかり合う。

 

「箒ちゃん! これ食べて! お姉ちゃんが作ったんだよ!」

 

 喉を潤す間もなく、束さんが箒の隣に移動して、お皿にビーフストロガノフを盛り付け始めた。

 箒の口元がヒクついてるのはご愛嬌だ。

 

「箒、安心していいよ。それは俺と束さんの合作だから」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。だからいっくんも食べてね」

「はい、頂きます」

 

 それぞれのお皿にビーフストロガノフが盛られ、一夏と箒がスプーンでお肉を口に運んだ。

 

「っ!? 柔らかくて美味しいです!」

「コレは凄いですよ束さん!」

 

 二人の顔に驚きに染まった後、満面の笑みに変わった。

 と、一夏の様子がおかしい。

 テーブルに並んだ料理をキョロキョロと見回している。

 一夏よ――俺にはお前が何を探してる理解できるぞ。

 

「一夏、お前が探してるのはご飯かな?」

「!? はい……その、あはは……」

 

 一夏が恥ずかしそうに頬を掻いた。

 恥ずかしがるな一夏。

 その柔らかいお肉を齧って、口一杯に白米を頬張る――男ならそう食べたいよな。

 だがけど悪い。今日は普通の白米はないんだよ。

 ま、代わりはあるけどね。

 

「千冬さん、そろそろメインを準備しましょうか」

「そうだな」

 

 俺と千冬さんが席を立って台所に向かう。

 俺達の行動に、一夏と箒は不思議そうな顔をしていた。

 ふっふっふっ。

 期待してろよ二人とも。

 

 熟成を終わらせ、冷蔵庫に入れておいたマグロの切り身――それを包丁で切る。

 人肌で温まらないように、出来るだけ素早く。

 赤い身、ピンクの身、そして白いスジが入った身。

 それぞれ切り分け、木の板に乗せていく。

 それを持って一夏達の所へ戻る。

 千冬さんは後ろからお米の入ったおひつをを持って付いて来た。

 

「お刺身――ですか?」

「残念ながら違うんだな。先生、お願いします」

「あぁ」

 

 ちょっと残念そうな顔をした一夏の前で、千冬さんが額にねじりはちまきを巻く。

 相変わらずの似合いっぷりだ。

 

 千冬さん手に取ったのは――白いスジの入った身だった。

 初っぱなからそれですか千冬さん……。

 普段と変わらない顔付きだが、千冬さんもテンションが上がってるのかもしれないな。

 

 千冬さんがおひつから、右手に親指大ほどのお米を手の平に乗せる。

 左手にマグロの切り身を持った。

 

「千冬姉――もしかして――」

 

 一夏が興味津々に千冬さんの手元を凝視する。

 流石にここまでくれば分かるか。

 

 千冬さんはネタとシャリを合わせ――

 

 スッ――シュ――

 

 マンガ知識だが、寿司は握る時間が短い方が良いものらしい。

 ネタに体温が移ると、味が落ちるからしいが――千冬さんの動きはあまりにも早い。

 早すぎて、手の動きが良く見えなかった。

 一夏の為に自分でマグロを釣り、一夏の為に海の上でDVDを見て職人の技を模倣した――そんなブラコン魂全開の一品だ。

 一夏よ、全力で味わえ!

 

「さぁ食え」

 

 トンっと一夏の前の小皿に寿司が置かれた。

 

 ――え? それだけ? 

 

 あまりにもぶっきらぼうな言い方に、一夏を含め一同ポカンとしてしまった。

 おいコラ。

 この空気どうするんだよ。

 一夏も食べていいものか悩んでるじゃないか。

 本当にこの子はもう――

 あれ? なんかデジャブ?

 ――まぁいい。取り敢えず空気変えよう。

 

「一夏、そのマグロはな、千冬さんが釣ったんだぞ?」

「マジで!?」

「おい神一郎、その話しは――」

 

 千冬さんの視線が俺をロックオンした。

 だけどしょうがないね。下手なテレ隠しをする愚姉が悪い。

 

「しかもな、自分で寿司を握る為に、DVDを見て握り方を勉強したりしたんだぞ?」

「おぉ!?」

「更にだ――なんと、今一夏の目の前にあるのは……大トロだ!!」

「おぉぉ!?」

 

 一夏のテンションが一気に上がる。

 やはり美味しいものを食べるときはそれなりのテンションがなきゃな。

 

「一夏は大トロ食べたことあるか?」

「ないです!」

「そうか、なら喜んで食べろよ?」

「はい!」

 

 よしよし。

 一夏は素直で良い子だ。

 それにくらべ――

 

「ちっ」

 

 せめて頬を染めて舌打ちしてくれたら可愛げあるんだけどな~。

 

「千冬姉、頂きます」

 

 そっぽを向く姉を他所に、一夏が寿司を箸で摘んだ。

 その箸が震えている様に見えるのは気のせいではないだろう。

 

 一夏が震える手で醤油を付け、一気に口に寿司を持って行った。

 

「ん~!」

 

 一夏の表情を例えるなら……アヘ顔?

 美味し過ぎる物を食べた時、人間は快感を覚えると言うが――おう、束さんの鼻から出ちゃいけないものが出てるよ。

 

「凄い! 凄いよ千冬姉! 口の中で溶けて無くなった!」

「そうか、良かったな。ほら箒、お前も食べろ」

「は、はい!」

 

 一夏の顔を凝視していた箒の前に、同じ大トロが置かれた。

 

「お、美味しいです!」

 

 箒は自分の頬に手を当て、表情を緩める。

 この笑顔、プライスレス――

 

「む~」

 

 なんだけど、何故か束さんの頬が膨れた。

 

「箒ちゃん! お姉ちゃんの料理ももっと食べて!」

「待ってください姉さん。まだ口に中にご飯が――」

 

 束さんがスプーンを箒に向かって差し出す。

 どうやら、妹の感心を取られたのが悔しい様だ。

 

 俺の目の前で、千冬さんが甲斐甲斐しく一夏に寿司を握り、束さんは箒にビーフストロガノフを食べさてせている。

 これは大成功と言ってもいいよな?

 

 寿司にビーフストロガノフ、そしてフライドチキン。

 今回はあえて料理の系統をバラバラにした。

 このゴチャ混ぜ感がなんともいい感じだ。

 綺麗に系統で揃えるのではなく、敢えてバラバラにすることで、とても日本人らしいクリスマスになったと思う。

 しかしだ――

 

「箒ちゃん箒ちゃん。次はお姉ちゃんに食べさせて?」

「はい姉さん。あ~ん」

 

「一夏。次は何を食べる?」

「えっと――」

「中トロもなかなか良いものだぞ?」

「じゃあそれで」

 

 織斑家と篠ノ之家でイチャつかれるとお兄さん一人になるんだけど?

 

 脳裏に浮かぶのは生前のクリスマス。

 仕事が終わって、コンビニでケーキとiTunesカード買って、家に帰ったらソシャゲのクリスマスガチャに課金して、その後はクリスマスイベント走って――また仕事に行く……

 

「姉さん。次はサラダが欲しいです」

「はい! 小皿に分けたよ!」

 

「千冬姉も何か食べたら?」

「ん? そうだな。握ってばかりだった。一夏。適当によそってくれないか?」

「了解。ちょっと待ってて」

 

 ――寂しくなんかない。

 でも、ほら、俺が一人だとみんな気兼ねして楽しめないよね?

 

「箒、俺にもあ~ん」

「む? 邪魔しないでよしー君!」

「まぁまぁ束さん、そう言わないでよ。俺が箒に食べさせてもらう。束さんが箒に食べさせてあげる。そして俺が束さんに食べさせれば――ね? みんな幸せでしょ?」

「――はっ!?」

 

 束さんが“その発想はなかった!”的な顔をした。

 最初は姉妹のイチャラブを邪魔されて不機嫌な顔をしていたが、どうやら俺の案に乗ってくれるようだ。

 

「あの、神一郎さん? 流石に姉さん以外にやるのは恥ずかしいんですが?」

「箒、まずは俺達三人で食べさせ合いっこをする。それから一夏と千冬さんも巻き込む……後は分かるな?」

「――はっ!?」

「箒は一夏にあ~んしたい? それともされたい?」

「――神一郎さん」

「ん?」

「私は神一郎さんに出会えた事を神様に感謝します」

 

 ――自然と三人の手が重なった。

 

 しののの しまいが なかまになった!

 

 しかしまぁ、箒もやはり束さんの妹なんだなとしみじみ思うよ。

 まさかこうも簡単に乗ってくるとは。

 

「【浮かれたクリスマス作戦】開始!」

「はい!」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 テンションの上がった箒に一夏が引いたり、調子にノった束さんが千冬さんにちょっかい出して怒られたり、色々あったがクリスマスパーティーは終始笑顔に包まれながら進んだ。

 

 そして、粗方の食事を食べ終わり、俺達はお茶を飲みながらまったりしていた。

 

「二人とも、今日のパーティーはどうだった?」

「「楽しかったです!」」

 

 うんうん。

 そう言ってもらえると頑張った甲斐があったな。

 

「でも、そろそろ――」

 

 一夏が寂しそうな顔で壁の時計を見つめる。

 時刻は夜の八時過ぎ。

 普段なら解散の流れだ。

 だけどな一夏、まだサプライズは終わってないんだよ。

 

「確かにそろそろいい時間だな。一夏、箒、ちょっとテーブル片付けるの手伝ってくれないか?」

「あ、はい。えっと、俺は大皿を運ぶから、箒は小皿を頼む」

「分かった」

 

 三人でテーブルを素早く片付ける。

 その横では、束さんと千冬さんが素知らぬ顔でお茶を飲み続けていた。

 

「洗い物はしなくていいから、水にだけ浸けといてくれ」

「洗わなくていいんですか?」

「うん、だってこれからゲームするし」

「え?」

 

 一夏はポカンとする。

 

「ほれ」

 

 俺が視線をテーブルに向けると、テーブルの上には、トランプやUNO、それに人生ゲームなどのクリスマス定番のカードやボードゲームが置かれていた。

 

「あの、もしかして――」

「サプライズ第二弾だ。喜べ二人とも、今日は泊まりだ。遊び倒すぞ」

「「ッ!?」」

 

 寂しそうだった二人の顔が段々と笑顔に変わる。

 

 ――驚きから喜びへ

 ――寂しさから喜びへ

 

 この表情の変化を見れるのがサプライズの醍醐味だよな。

 

「千冬姉、いいの?」

「私だってクリスマスくらい休みを取るさ」

 

「姉さん、父さんには――」

「あっちにはお姉ちゃんから連絡してあるから大丈夫だよ」

 

 弟妹が、笑顔で姉達の隣に座る。

 

「今のうちの明日の予定は言っておく。午前中は市運営のテニスコートを借りてテニス! お昼は俺の家に戻ってたこ焼きパーティー! 午後からは街に繰り出してカラオケとボーリング! 夜はまた俺の家で豪華な食事を食べてから解散! 一夏、箒、体力の配分に気を付けないと最後まで着いてこれないと思うから、今から覚悟しとけよ?」

「「はい!」」

 

 元気な返事が部屋に響く。

 二人へのサプライズはここまでだ。

 これからは明日という一日を楽しみにして過ごして欲しいから。

 まぁ、テニスやカラオケは俺の趣味なんだけどね。

 束さんなら妙技“綱渡り”なんかもやってくれそうだし、千冬さんはリアル波動球を見せてくれるだろう。

 カラオケは俺以外の全員が主役だ。

 全員がイイ声してるのは間違いない。

 惜しむは時代――

 まだオタク文化に火が着き始めたばかりだから、俺が生きてた頃ほどアニソンの種類ないんだよなぁ……。

 とは言えだ、楽しみなのは俺も一緒だ。

 

 さて、最後のサプライズを始めるか!

 

「時間も惜しいし、そろそろ始めようか――王様ゲームを」

「「……は?」」

 

 今度は束さんと千冬さんが目を丸くした。

 それも無理ないこと。

 なんせ、元々の計画ではテーブルに乗っているなにかしらのゲームで遊ぶ予定だったからな。

 もちろん二人にもそう言ってあった。

 

「束さん、クリスマスって言ったら王様ゲームだよね?」

「――そうだね。クリスマスって言ったら王様ゲームじゃないかな?」

 

 ほんの一瞬の間。

 その瞬間、束さんは俺の考えを読み取ったのだろう、目が怪しく光った。

 

「まて、そんな話しは聞いた事が――」

「箒もそう思うよな?」

「そうですね。小学生の間でもクリスマスは王様ゲームが一般的だったと思います」

 

 王様ゲームをやる小学生とかナニソレ怖い。

 それにして、箒も千冬さん相手に平然と嘘をつくようになったか。

 千冬さんが反論しようとするが、残念ながら今日の篠ノ之姉妹は俺の味方なんだよ。

 ちなみに、一夏は話について行けなくて右往左往している。

 

「――神一郎、お前もやった事があるのか?」

「もちろんですよ。暇な時は(脳内で)暇つぶしでやったり、他人(アニメやエロゲ主人公)がやってるのを見てたりもしました。(二次元では)王様ゲームは意外と一般的なんですよ?」

「くっ――」

 

 千冬さんが悔しそうに唇を噛む。

 俺の言葉に嘘を感じなかったから反論出来なかったのだろう。

 千冬さん自身が、若者のクリスマスパーティーなど知らないからなおさらだ。

 ――俺もやったことないけどネ!

 

「民主主義らしく多数決でもします?」

「――好きにしろ」

 

 千冬さんは周囲を軽く見回した後、諦めたようにため息をついた。

 これでうるさい保護者は沈黙。

 一夏は状況の変化に着いてこれない。

 ここからが真のお楽しみってね。

 

「束さん、割り箸を――」

「ふっ、もう準備は終わってるよしー君」

 

 束さんに視線を向けると、その手には人数分の割り箸が握られていた。

 

「流石は束さん、準備が早いですね。一応言っておきますが、今回はイカサマなしですよ?」

「分かってるよしー君。誰が王様になるかは運次第、今回はそれが面白い」

 

 ニヤリ

 

 俺と束さんの顔が喜色で歪む。

 

「じゃ、始めましょうか?」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 王様ゲームのルール

 

 ①罰ゲームの内容は常識の範囲内で。

 ②王様以外の4人がその罰ゲームはやりすぎだと判断した場合、王様の命令は無効とする。

 ③命令を出してから指名すること。その逆は不可。

 ④罰ゲームを受けるのは最大2名、人数は王様の配慮で決める。

 

 

 

「へぇ、王様ゲームってそういうルールなんだ」

 

 一夏にルールを説明しつつ、簡単なルールを決める。

 ③は一夏や箒の為のルールだ。

 二人は表情に出やすい為、先に番号を言われたら反応してしまうかもしれない。

 自分で言うのもなんだが、一夏や箒が罰ゲームを受けると分かったら面白おかしい案を出すに決まってる。

 なので出来るだけ不公平をなくすためのルールを導入した。

 ④も同じような理由だ。

 罰ゲームを受けるのが一人だけだと、一夏なんかはピンポイントで連続で当たりそうだからな。

 それを回避する為のルールだ。

 

「じゃ、始めようか?」

 

 束さんが右腕を前に出す。

 

 一夏、箒と順番に割り箸を引いていく、書いてある番号を見られないように、慎重に割り箸の先端を隠している。

 これはドキドキするな。

 

 最後に千冬さんが引き終わり、全員が緊張した面持ちになる。

 割り箸は五本、当たりは一本。

 いざ尋常に――勝負!

 

「王様だ~れだ?」

 

 俺の声で全員で一斉に手元を確認する。

  

「王様です」

 

 一夏が割り箸を全員に見せる。

 やはりコレ系のゲームはギャルゲ主人公の独壇場なのか――

 

「えっと、罰ゲームは、腕立てなんかの肉体系か、自分がやられて嫌なことなんかを――」

 

 一夏は“命令するならこんな命令を”と教えた内容を思い返しているようだ。

 個人的にはヌルい気もするが、最初はこんなもんか。

 

「肉体系……」

 

 ポツリと呟いて一夏を周囲を見回した。

 今日のメンツは――

 

 世界最強の女剣士

 世界最高の体を持つ天災

 剣道少女

 神様特典持ちの転生者

 

 ――うん、腕立て伏せの10回や20回じゃ罰ゲームにもならないな。

 さて、一夏はどうするのか――

 

「あ、そうだ。罰ゲームは『人を背中に乗せて腕立て伏せ10回』にします」

 

 ナイス案だ。

 それなら流石の二人も疲れるだろう――たぶん。

 でも、箒に当たったらちょっとキツそうだな。

 

「んーと、一番が腕立て伏せ、二番が背中に乗ってください」

 

 自分の番号を再度確認する。

 俺は3番。

 運良く回避できた。

 

「最初の罰ゲームは束さんだね――さあ! 誰でも背中に乗ると良いよ!」

 

 束さんはキメ顔でそう言った。

 ――ご褒美ですね分かります。

 

「あれ? 二番は?」

「私は四番だ」

「俺は三番」

 

 もう一人が名乗り出ないので、一夏が首を傾げる。

 その一夏に向かって俺と箒は割り箸の番号見せた。

 俺と箒ではない、となるとだ――

 

「私だ」

 

 千冬さんがとても嫌そうな顔で立ち上がった。

 その目付きはまるでゴキブリを見るかの様だ。

 

「上に乗るのはちーちゃんか。束さんが人を乗せて腕立て伏せをするんて世も末だよ」

 

 千冬さんが見下ろす先にいるのは、口調とは裏腹に意気揚々と腕立て伏せの体制に入っているゴキ――ではなく束さん。

 真の罰ゲーム対象者は千冬さんだな。

 

「乗るぞ?」

「かも~ん」

 

 束さんが挑発するようにお尻を振る。

 それを見て千冬さんの眉間のシワが更に深くなった。

 ミニスカでそんな真似をするとは――是非とも後ろに回り込んで覗きたい。

 

「さっさと済ませろ」

 

 ドスンッ

 

「はふんっ♪」

 

 千冬さんが背中に乗った瞬間、束さんの口からナニカ出た。

 

 一夏、箒、こっちおいで。

 俺が一夏の耳を塞ぐから、一夏は箒の耳を塞いでくれ。

 そうそう、出来れば目も閉じて。

 うん、素直だな二人とも。

 

 ここからはR15指定だ。

 

「ふぉぉぉ!? ちーちゃんのプリケツが束さんの背中に!?」

「ッ!? 黙ってろ!」

 

 ガスンッ!

 

「ぐへへ」

 

 殴られても束さんの笑顔は崩れなかった――千冬さんの拳骨も今の束さんにはただのご褒美です。

 ほんと残念な美少女だな。

 

「いつまでも楽しんでいたいけど、いっくんと箒ちゃんを待たせるのも悪いし――いっ……かい!」

 

 束さんが腕を曲げ、そこから一気に腕を伸ばした。

 すると――

 

「っ!?」

 

 腕を伸ばした反動で千冬さんの体が50cm程浮いた。 

 そして、重力の力で落下した――

 

 ドスン

 

「ふへっ♪」

 

 あぁ――千冬さんが全てを諦めた目で天井を見つめている。 

 凄いな、千冬さんのお尻の感触を楽しみたいからと言ってそこまでやるのか。

 

「に……かいっ!」

 

 ドスン

 

「ふひ♪」

 

 

「さん……かい!」

 

 ドスン

 

「くひ♪」

 

 ――

 ―――

 ――――

 

「じゅっ……かい!」

 

 ドスン

 

「んふ♪――堪能したよ」

 

 見事腕立てをやりきった束さんが、ふうと息を吐きながら額を拭った。

 千冬さんは――うん、触らずにいてあげよう。

 一夏と箒の肩を叩き、終わったことを教える。

 

「気を取り直して二回目やろうか?」

「は~い!」

「「――はい」」

 

 元気なのは一人だけ。

 千冬さんは返事すらしない。

 ――王様ゲームとはここまで盛り下がるものなのか? まだ一回やっただけなのに、このままじゃいかんな。

 

「束さん! ネクストゲームの準備を!」

「ほいきた」

 

 束さんが割り箸を握り手を前に出す。

 俺か箒が王様になればまだ盛り上がるハズ。

 頼むぞ――

 

「王様だ~れだ?」

 

 自分の番号を確認する。

 番号は③

 うーむ、どうやら俺に主人公属性はないらしい。

 

「はい、王様です」

 

 手を挙げたのは箒。

 大事なところで決める。

 流石メインヒロインだ。

 

「では――『王様にマッサージする』で」

 

 箒の命令はオーソドックスな内容。

 だが、肝心なのはこれからだ――

 

「三番と四番の人にお願いします」

 

 一人は俺、もう一人は――

 

「あ、俺だ」

 

 手を挙げたのは一夏。

 

 箒さん大勝利~!

 思わず拍手したくなるな。

 

「箒、マッサージはどんな風にやる? 俺が肩で神一郎さんが足とかか?」

「ふむ、それが無難か――」

「箒が横になって一夏が上に乗って背中から肩を揉む感じでいいんじゃないか? 俺は足担当で」

「――ではそうしましょう」

 

 箒がそそくさと横になった。

 うむ、束さんが喜んでいたから箒はどうかなって思ったけど、これは――いい成長なのかな?

 

「さあ一夏、乗れ」

 

 箒が至極真面目な表情で一夏を誘う。

 ――きっといい成長に決まってる。

 

「いいのか? それじゃあ失礼して――」

 

 一夏が箒にのしかかった。

 

「んっ」

「悪い箒、重かったか?」

「いや、気にするな。この程度問題ない」

 

 箒って束さんの残念さと千冬さんの生真面目さを併せ持ったハイブリットヒロインだよな。

 誰だよ箒を暴力ヒロインだのモッピーだの言った奴。

 一夏を背中に乗せて顔を赤らめてる箒の顔を見てから言いやがれって話しだ。

 

「それじゃあ始めるぞ」

 

 グッグッと一夏が箒の背中を親指で押し始めた。

 

「箒、気持ちいいか?」

「あぁ、気持ちいいぞ」

 

 箒の目尻が下がり、束さんとはまた別種のナニカを口から出している。

 箒のは幸せのため息かな?

 ――そう言えば外野が静かだ。

 

 疑問に思い視線を変えると、千冬さんはふてくされ気味にお酒を飲んでいた。

 ――ん? 酒?

 

「千冬さん? それ――」

「冷蔵庫にあったただのジュースだ。海外の炭酸飲料は日本のビールの様な柄をしているな」

「アッハイ」

 

 何も言うまい。

 束さんの背中で飛び跳ねた事が余程辛かったのだろう。

 

 次に束さんに視線を向けると――

 

 ジー

 

 束さんは無言で一点を凝視していた。

 一夏は箒の腰近くにお尻を下ろしている。

 そのせいで、一夏のお尻と箒のお尻がちょっとだけ触れ合っている。

 

 ジー

 

 束さんはそこを凝視していた。

 ――また新たな扉を開いたんだね。

 こちらも何も言うまい。

 

 俺もそろそろ混ざらないとな。

 箒の足を見る――

 幼いながらも剣道で鍛えられたしなやかな足。

 ここはやはり太もも――はっ!? 殺気!?

 バッと視線を感じた方を見ると。

 

 ジー

 

 束さんが俺をガン見していた。

 ここは大人しく足の裏にしておこう。

 乙女の太ももは無闇に触っていいものではないからな。 

 ――お姉ちゃん超怖い。

 

「箒、俺も触るぞ? 痛かったら言ってくれ」

「はい、お願いします」

 

 箒の了承を得たので、足の裏を両手でを軽く掴み揉んでいく。

 

「痛くないか?」

「大丈夫です。すみません、神一郎さんにこんな事を――」

「気にするな。ただのゲームじゃないか」

「そうだぜ箒、このくらいならお安いご用さ」

 

 恐縮する箒を和ませつつマッサージを続けた。

 

「ありがとうございました」

 

 3分後、箒が顔をテカテカと光らせながら立ち上がった。

 これで場の雰囲気を多少良くなったっだろう。

 

「よーし次行ってみよ~!」

 

 何故か箒と同じように顔をテカテカとさせている束さんがノリノリで割り箸を持った腕を突き出した。

 おそらくこの人が一番今を楽しんでるな。

 

「王様だ~れだ?」

 

 三回目のゲーム、しかし――

 

「――」

 

 誰も手を上げない。

 一夏や箒、千冬さんも不思議そうな顔で周りを見渡す。

 そんな中、一人だけ俯いたまま肩を震わせる者がいた。

 ――神よ、これが試練なんですね。

 

「ふふ、私が……私こそが……神だ!」

 

 王様だよバーロー。

 

「ま、冗談はさておき、誰にでも命令できる権利か――これは悩みますな」

 

 束さんが一人一人の顔を舐める様に見回す。

 束さんの命令は、自分では絶対に当たりたくないが、他人が当たるなら見る分には非常に面白いだろう。

 天国か地獄か、はたして――

 

「命令は――そうだね、『束さんに甘える』にしようかな? 甘え方はお任せで、『束お姉ちゃ~ん』と言いながら抱きつくも良し、『束が居ないと寂しいんだ』と言いながら抱きしめるも良し、そこは任せるよ」

 

 束さんが、ニタァと笑いながら命令を下した。

 ――残念ながら、思っていたよりはマトモだ。

 これでは命令を却下できない。

 俺達に出来ることは自分に来ないよう祈るのみ。

 個人的には千冬さんに当たって欲しいところだが――

 

「番号は――1番と4番にお願いしようかな」

 

 ――自分の番号を確認する。

 番号は、④

 思わず脳内で神様に中指立てても許されると思う。

 

「1番と4番は誰かな?」

 

 束さんの問いに手を挙げたのは――

 

「箒、頑張ろうな」

「もう一人は神一郎さんでしたか、はい、頑張りましょう」

 

 箒が束さんの顔を一瞥した後、悲しそうな顔で俺の顔を見た。

 あのだらしない顔してる姉に甘えるなんて、頑張らなきゃできないよな。

 

「束さん」

「うへへ、ダメだよ箒ちゃん、姉妹でそんなこと……」

 

 話しかけるも見事にスルーされた。

 “箒が甘える”それだけでこの変態はトリップできるらしい。

 

「おいこら」

「――んあ? っとごめんよしー君、ちょっと幸せに浸ってたよ。あ、しー君にも期待してるから頑張ってね?」

 

 俺はついでの様な存在らしい。

 箒だけでいいんじゃね? ダメ?

 

「神一郎さん、邪な考えが顔に出てますよ? 逃しません」

 

 箒が俺の服を掴みながら上目使いで睨んでくる。

 俺ってそんなに顔に出やすいかな? 

 それにして服の裾をちょんと摘む箒は可愛いなぁ~。

 

「あの、それで――」

 

 箒が手を離さずになにかモゴモゴとなにか言っている。

 ――ふむ。

 

「束さん、ちょっと箒と作戦立てるのでタイムください」

「どぞ~」

 

 束さんの了承を得て、箒と一緒に部屋の隅に移動する。

 

「すみません神一郎さん、助かります。正直どうしたらいいのか迷ってました」

 

 やっぱり箒は甘え方を悩んでいたか。

 余り人に甘えるのが得意ではない箒は、甘え方が分からないと思ったが、想像通りだった。

 

「だと思ったよ。そこでだ、箒はこんな感じで(ゴニョゴニョ)」

「――それなら私でもなんとかなりそうですね。さすが神一郎さんです」

 

 箒が感心した様に頷いた。

 安心しろ箒、お前がソレをやれば、束さんは幸福絶倒間違いなしだ。

 

 

 

 

 作戦会議が終わり、俺と箒が束さんの前に立つ。

 

「さぁ箒ちゃん、お姉ちゃんに甘えて?」

 

 箒の前で、束さんが両手を広げ慈愛の表情を浮かべた。

 さっきまでだらしない顔は消え失せ、見かけだけならまさに理想の姉そのもの。

 その姉に向かって、箒がゆっくりと近づいていく。

 

 ギュ

 

 そのまま箒はゆっくりと束さんの腰に腕を回し、自分の顔を束さんのお腹に埋めた。

 

「箒ちゃん?」

 

 俺が箒に出した指示は『正面から抱きつきて、束さんのお腹に顔を埋めジッとしていろ』だ。

 喋らないし、顔は隠れるから周囲の視線も気にならない。

 これなら箒でも簡単にできると踏んだからだ。

 だが――

 

「箒ちゃん」

 

 目の前で予想外な事が起きている。

 最初こそ戸惑い気味だった束さんが、優しい笑顔で箒を抱きしめたのだ。

 正直、鼻血でも出しながら騒ぐと思っていたんだが――

 

「――」

 

 誰も何も喋らない。

 一夏も千冬さんも、静かに姉妹の抱擁を見つめていた。

 束さんは今どんな気持ちで箒を抱きしめているのだろう?

 後数カ月で来る別れ――それに思いを馳せているのか、それとも……。

 どちらにせよ、なにかこう、とても神聖な物を見ている気分に――

 

 

 

 

 

 あ、ダメだ、神聖な気分に浸ってる場合じゃないぞこれ。

 

「くっ! 尊い!」

 

 わざとらしく腕で涙を拭く仕草する。

 

 キッ!

 

 ――織斑姉弟に睨まれた。

 

 いや待てよ二人とも、この後俺がやるんだぞ?

 

 

「――」

 

 見ろよ、無言で箒の髪を梳いている束さんの表情を。

 あんな光景見せられたら後攻の俺が困るんだよ!

 ボケに走ってこの雰囲気を壊したい俺の気持ちを理解してくれ!

 

 ――あ、千冬さんが俺の目を見て首をかき切るジェスチャーをした。

 今邪魔したら俺を潰すってことですね分かります。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

「名残惜しいけど――」

 

 時間にしては2、3分位経っただろうか、束さんが箒から離れた。

 

「あ……」

「ん? どうしたの箒ちゃん?」

「いえ、なんでもないです……」

 

 箒の手が束さんに伸びるが、その手は途中で止まってしまった。

 本当はもっと抱きしめてもらいたいんだろうに……束さんが気付かないフリをしたのは自分の為かな――

 何にせよ、良いもの見せてもらいました。

 

 で、だ。

 

「らしくないじゃないか束、まるで普通の姉の様だったぞ?」」

「私はいつだって箒ちゃんのお姉ちゃんだもん」

 

「一夏、さっき見たことは誰にも言うなよ?」

「別に言いふらさないよ。でもあんな顔の箒って初めて見たな」

「――私はどんな顔をしていた?」

「言っても怒らないか?」

「――すまん、止めてくれ」

 

 この幸せ一杯な空間の中で俺がやるの?

 俺は『しんいちろう、さんちゃい』とか言うつもりだったんだぞ?

 

 眼前では、千冬さんがいつになく優しい顔で束さんを労い、束さんは静かに笑いながら先程の余韻に浸っている。

 箒は顔を赤らめながらも嬉しそうに一夏と喋り、一夏は笑顔の箒を見て自分の事に様に喜んでいる。

 

 ――本当にこの雰囲気の中で俺が束さんに甘えるの?

 もういいんじゃね? これで王様ゲーム終わりでいいだろ? これより理想的な終わり方ないって!

 

「次はしー君の番だね?」 

 

 さっきまでの束さんは幻想じゃないらしい。

 とても綺麗な笑顔ご馳走様です。

 ここで『しー君はどんな甘え方してくれるのかな?(ニヤニヤ)』と言ってくれたら、俺もギャグに逃げれるんだけど……。 

 

 一夏と箒が何かを期待した目で俺を見つめている。

 千冬さんも嫌味のない笑顔で俺を見ている。

 

 子供の真似はこの雰囲気の中では出来ない。となると……俺に残されてる手は……月9キムタク顔? 大人の魅力をここで発揮! が無難な気がする。  

 オタクがどのツラ下げて言ってんだと自分でも思うが、この雰囲気でボケに走るのは流石に無理だ。

 覚悟を決めるしかない!

 

「束さん、俺に背を向けて座ってください」

「こう?」

 

 束さんが俺の前に来て、クルンと背を向け、腰を下ろした。

 

 ――どんなに恥ずかしくても絶対に笑ってはいけない。頑張れ俺!

 

「――束」

「ひゃい!?」

 

 束さんの首に手を回し、髪に鼻を埋めらながら話しかける。

 もちろん表情はキリッと月9イケメン主人公のイメージだ。

 束さんも予想外だったんだろう、素っ頓狂な声を上げた。

 掴みはオッケーだ。

 

「俺は束に出会えて本当に幸せだよ。お前が居れば俺は何もいらない――」

 

 ここで更に腕に力を入れ、俺の存在感を束さんにアピール!

 

 個人的には会心の出来だと思う。いや、思った――

 

「くっ……くくっ」

 

 俺の腕の中で必死に笑いを堪えてるの感じた瞬間、俺は失敗を確信したよ。  

 

「ごめっ……しー君……ぷぷ!」

 

 ――そうか、俺が真面目なこと言うとそんなに面白いのか。

 

「束、そんなに笑ったら神一郎に悪いだろ」

 

 千冬さんが束さんを嗜める様な事を言っているが、その千冬さんも実に良い笑顔でビールを飲んでいる。

 他人のちょっとした不幸は酒の良いツマミになるもんな。

 

「私はてっきり『ぼく、さんちゃい』とか言いながら抱きついてくると思ってたのに……ぶふっ!」

 

 束さんは激しく肩を揺らしながら笑っている。

 ――笑いってさ、何故か伝播するよね。

 

「こら束、そんな風に言ったら頑張った神一郎に失礼だろ。神一郎なりに頑張って……キリッとした顔で……ククッ」

 

 千冬さん――お前こそ真面目なセリフ言うなら最後までやれよ。

 

 一夏と箒は俺の方を見ないで二人揃って壁を見つめていた。

 きっと今俺を見たら笑い出しそうなんだろうな。

 それでも――

 

「しー君が……束って……束って……真面目な顔で呼び捨てに……」

「束に会えて幸せか……いや、さすがは神一郎だ、良い事を言う」

 

 クスクスニヤニヤと笑う姉達に比べたらマジな対応だよ。

 あーくそ、自分でも分かるほど顔が熱い。

 

 なんだか段々と怒りが込み上げてきた。

 そこまで笑うことなくね?

 

「いやー思いがけず面白いのが見れたね」

「そして、未だに赤い顔して束にしがみついてる姿が更に笑いを誘うな」

「笑っちゃダメだよちーちゃん。これはしー君がずっと束さんと一緒に居たいって現れなんだから」

 

 言われるまで気付かなかった。  

 俺は未だ、コアラの様に束さんに抱きついたままだった。

 どうも自分で思ってるより動揺しているみたいだ……。

 

「あ、離れちゃった。ちーちゃんが余計な事言うから」

「ふむ、からかわれ好きな女から離れるとは、神一郎もまだまだ子供だな」

「てれりこ」

 

 好きな女発言で束さんがテレた。

 でも本気じゃないな、凄い余裕そうだし。

 しかし、本当に楽しそうだなこの二人。 

 ――お兄さん本気でイラっときたぞ☆

 

「束さん、そろそろ次のゲームしましょう」

「ん? そだね。十分笑わせてもらったし、次のゲームにしようか、ほらほら、いっくんも箒ちゃんもおいで」

「「はい……っ!?」」

 

 一夏と箒は、俺の見た瞬間、口を抑えて横を向いた。

 思い出し笑い――あると思います。

 まぁ、本人の目の前で笑わないだけ二人の優しさを感じるよ。

 

「はい、みんな引いて」

 

 人は時に神頼みをする。だが実際に本気で神様を信じて神頼みをする人は少数だろう。

 当たり前だが、俺は神様を信じてる。

 この世界で一番と言っていいほどに! だってテレビ越しとはいえ神様を見たしね。

 

 ――お願いだ神様、俺を王様に!

 

「王様だ~れだ?」

 

 俺以外のメンバーが自分の手元を確認する。だが誰も手を上げない。

 信じていたよ神様。なんせ俺の脳内では、フラグの神様と笑いの神様が肩を組みながらサムズアップしていたからな!

 

「はい、王様です」

「お次はしー君か。どんな命令を出すか楽しみだね」

 

 堂々と手を上げるも、周りの反応は鈍い。

 束さんだけではなく、一夏も箒もなんの心配もしてないようだ。

 俺って信用さてれるな。

 

「それじゃあ『王様がタイキックする』で」

「「「「え?」」」」

「『王様がタイキックする』で」

 

 大事なので二回言いました。

 俺がそんな事言うと思ってなかったのだろう、一同が唖然としていた。

 

「番号は――」

 

 ここまで来たら大丈夫、きっと俺は勝てる!

 

「1番と4番で」

「あの……しー君もしかして怒ってる?」

「1番と4番は手を上げて」

 

 恐る恐る俺に声をかける束さんを無視して話を進める。

 

「えっと、4番だよ」

「私が1番だ」

 

 手を上げたのは束さんと千冬さんだ。

 ふっ、これこそが約束された勝利。

 

「じゃあ千冬さんから行きましょうか。しっかりお尻を突き出してください」

「――お前絶対怒ってるよな?」

 

 千冬さんが文句を言いつつ、立ち上がってお尻を突き出す。

 なんだかんだで素直だな。

 

 一夏と箒が心配そうに俺の顔を見ている。

 すまん二人とも、我儘を許してくれ。

 

「ねえ千冬さん」

「なんだ?」

 

 周りに聞こえないように、千冬さんの耳元で囁く。

 

「なんで勝手に酒飲んでるの? 俺だって一夏達の前だから自粛してたのに――そして、人の頑張ってる姿を随分と笑ってくれやがったなコノヤロウ」

「――ま、待て神一郎、一度話し合わないか?」

 

 言い訳無用死刑執行

 

「この恨み晴らさずおくべきか――はっ!」

 

 スパンッ!

 

「っ!?」

 

 心地よい快音を鳴らし、千冬さんのお尻に俺の蹴りが当たる。

 ――女の子のお尻を蹴るなんて初めてだけど、意外と罪悪感ないな。

 俺の蹴りでもそれなりに痛かったのだろう、千冬さんはお尻を押さえながらキッと俺を睨んだ。

 ふふ、今はまったく怖くないぜ。

 

 さて次は――

 

「あわわわ」

 

 俺の顔見てガクブルと震えている束さんに近付く。

 ちなみに一夏と箒は肩を抱き合いながら、俺から離れて行った。

 

「束さん」

「し、しー君は束さんに酷い事しないもんね? だって好きなんだよね?」

「束さん、ちょっと耳を貸してください」

「む?」

 

 ちょっとだけ警戒を解いた束さんに耳元に口を近づける。

 

「束さんさ、このパーティー録画してるよね?」

「うん。バレないようにカメラで隠し撮りしてるよ? それはしー君も知ってるでしょ?」

「それ今見れます?」

「出来るけど……なんで?」

「さっきの、千冬さんがお尻を蹴られたシーンをスロー再生で見てみてください」

「んん?」

 

 束さんが首を傾げながら、正面にスクリーンを映し出す。

 

「はいそこでスロー」

「ん~? これがなんなのしー君?」

 

 蹴りが当たる瞬間を、束さんが眉を寄せながら見つめる。

 束さんともあろう方が、察しが悪いな。

 

「いいですか? ここから俺の足が千冬さんのお尻に当たります――そう、千冬さんのプリケツに、俺の足がむにゅっと減り込んで行きます」

「――こ、これは!?」

 

 画面一杯にズームされた千冬さんのお尻。

 そのお尻が、俺の足に押され徐々にカタチを変える。

 ――新手のエロスですよこれは。

 

「はっ!? まさかしー君はこの為に!?」

「俺が束さんに酷い事するはずないじゃないですか。この映像を束さんに見て欲しかったんですよ」 

「しー君……」

 

 束さんの目尻に涙が浮かぶ。

 そこまで感動してもらえるとは嬉しいよ。

 代わりに千冬さんの目付きがヤバイが――

 

「束さん、一応罰ゲームなんで、軽く蹴りますよ?」

「おうさ! この画像のお代がお尻を蹴られる事ならドンと来いだよ!」

 

 束さんが立ち上がり、クイッとお尻を突き出した。

 蹴りがいのある良い尻してやがるぜ。

 

「そうそう、束さんは知ってるかな? イタリアマフィアは敵と戦争する前に、相手に贈り物するのが伝統らしいですよ?」

「……ほえ?」

   

 ブスリ

 

「ひぎっ!?」

 

 油断して力が抜けていた束さんのお尻に俺の蹴りが突き刺さる。

 千冬さんの時とは違った鈍い音と、束さんの情けない叫び声が部屋に響いた。

 本来、何かを蹴る場合、人は足の甲で蹴るだろう。サッカーだろうとムエタイだろうと、基本それだ。

 しかし、世の中にはトゥキックと言うものが存在する――所謂、つま先蹴りと言われるものだ。

 

 ここで問題です。

 

 人のお尻をトゥキックで蹴ったらどうなるでしょう?

 

 答え

 

 お尻を押さえながら床に崩れ落ちている束さんがその答えだ。

 

「おっと、ちょっとミスしてしまいました。足の指が運悪く束さんのお尻の谷間に刺さってしまいましたね。持病の痔は大丈夫ですか?」

 

 親指から小指まで、テトリスの棒の様にお尻の間にすっぽりと入っていった。

 我ながら見事だ。

 

「ふ……ふふ…………なんのつもりかな?」

 

 束さんがお尻を抑えつつ立ち上がった。

 実にイイ声色だ。ゾクゾクするねぇ。

 

「なにって、罰ゲームですよ。あ、やっぱり痔が悪化しちゃいました?」

「美少女は痔になんかなんないもん! ってそうじゃなくて! なんでお尻蹴るんだよしー君!?」

「罰ゲームだからに決まってるじゃないですか」

「……ふ~ん。なるほどなるほど」

 

 

 お尻を押さえながら騒ぎ立てるという器用な真似をする束に対し、極めて冷静にそう言うと、束さんは体全体から殺気を放ち始めた。

 

「次のゲームしますか?」

「もちろんだよ。ちーちゃんはどうする?」

「殺るに決まってる」

 

 ――副音声でナニカが聞こえた気がする。

 今更だが、俺は生きて王様ゲームを終わらせることできるのだろうか?

 

「箒ちゃんといっくんもこっちにおいで。続きしようよ」

 

 壁を背に、ガタガタと震える二人に対し束さんは最上級の笑顔を見せて安心させる。

 

「ほら、しー君も引きなよ」

「はい」

 

 それぞれが割り箸を引く中、部屋は奇妙な雰囲気に包まれていた。

 言葉に表すなら一瞬即発、そんな言葉が似合う雰囲気だ。

 

「王様だ~れだ?」

「私だ」

 

 間髪いれず手を挙げたのは千冬さんだ。

 う~む、神様パワーも底切れかな?

 

「命令は『王様が蹴りを入れる』だ」

「「え??」」

 

 ここで疑問の声を挙げたのは一夏と箒だった。

 俺と束さんは、さも当然とばかりの顔をして千冬さんに続きを促した。

 当たり前だ、千冬さんがやられってぱなしで黙ってるわけないし。

 

「番号は……そうだな、2番と3番にするか」

 

 千冬さんはそう宣言しながらも俺から目を話さなかった。

 いやー人気者は辛いね。

 

「残念1番です」

「――チッ」

 

 千冬さんに見えるように割り箸の番号を見せつけると、とても綺麗な舌打ちを貰った。

 そこまで俺を蹴りたかったのかこの人は――

 

「はいは~い! 2番で~す。ちーちゃんのご褒美ゴチになります!」

「千冬姉の蹴りか……俺、生きてられるかな?」

 

 立ち上がったのは、欲しがりやの天災と暗い顔の一夏だ。

 

「安心しろ一夏、いくら千冬さんでも流石に本気で蹴ったりしないはずだ」

「……箒、千冬姉に手加減って言葉あるのかな?」

 

 箒が一夏を励ますも、効果は薄いようだ。

 一夏は千冬さんの顔を見てぐったりと項垂れてしまった。

 

 今の千冬さんはいつもとちょっと違う。

 千冬さんが怒る時は、眉を寄せながら腕を組むという分かりやすいポーズをとる。

 しかし、今の千冬さんよく見れば口元が僅かに上がってるのが分かる。

 笑顔とは元来威嚇の意味があるとかないとか……。

 これには流石の一夏もビビリまくりだ。

 

「一夏、ここに立て」

「……はい」

 

 一夏が死刑宣告を受けた囚人の如く足取りで千冬さんの前に立つ。

 そんな一夏を箒が心配そうに見つめるが、正直心配はいらないだろう。

 

 ポン

 

「よし、これで終わりだ」

 

 案の定、千冬さんは一夏の足を軽く小突いて終わりにした。

 怒っててもブラコン魂は忘れないのが千冬クオリティ!

 

 ギロッ!

 

 おおう、千冬さんの視線が更に強まったよ。

 相変わらず人の心読んでますな。

 まぁ、心が読めるなんて――

 

「うほ~い! ちーちゃんかも~ん!」

 

 時と場合によってはただの苦行だけどね。

 今の束さんの脳内なんて頼まれても読みたくないだろう。

 

「束はそのまま黙って立ってろ」

 

 ニヤっと笑い笑いながら千冬さんは束さんの斜め後ろに移動した。

 ――おかしい、千冬さんが束さんを蹴るのに笑顔? ありえないだろ。

 これはなにか企んでるのか?

 

 千冬さんの足が上がる。

 

「ちーちゃんは~や~く~」

 

 束さんがお尻を振る中、俺の視線は千冬さんの足に集中していた。

 千冬さんの足先が曲がっていたのだ。

 普通、蹴るとき足は真っ直ぐになる。

 つまりそういう事だ――

 

 南無

 

 俺は心の中で合唱した。

 

 ズプッ!

 

「ひぎっい!?」

 

 千冬さんの足は死神の鎌のように、束さんのお尻に突き刺さった。

 ――束さん、本日二回目のダメージだ。

 

「お尻がァァァ!? 私のお尻がァァァ!?」

 

 よっぽど痛かったのか、束さんがお尻を押さえながら床を転がり回った。

   

「そこまで本気で蹴ったつもりはないんだが……あぁそうか、痔だったな。すまないことをした」

「び、美少女は痔になどならん!」

 

 なんで武士?

 

「ぐぬぬ」

「――そんな目で睨むな。私に蹴られるのはお前的には嬉しい事なんだろう? なら喜べ」

 

 床に伏せながら、束さんはキッと上目使いで千冬さんを睨んだ。

 ――嵐の予感だ。

 

「ふ……ふふ。おかしいな、ちーちゃん蹴られて嬉しいはずなのに……違う、嬉しいは嬉しいんだ。でもなんだろうこの気持ち……」

 

 自分の感情が処理できないのか、束さんは床を見つめながら何やら独り言のように呟いていた。

 髪が顔にかかってるため、正直言って少し怖い。

 

「ちーちゃんからの痛みは嬉しい……けど!」

 

 ガバっと顔を上げた束さんは、瞳をランランと輝かせながら――

  

「今はなんだか、ちーちゃんの泣いた顔がみたい気分だよ♡」

 

 珍しく千冬さんにヤル気を見せた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 王様ゲーム、それはとても楽しいイベントだと思っていたのに、なぜこんな事に……。

 原因は姉さんと千冬さん――いや、私と一夏も含まれるかもしれないが、真面目にやっていた神一郎さんを笑ってしまった事だろうか……。

 しかし、その前の姉さんの所業も一つの布石だったのかもしれない。

 そんないくつかの不幸が重なって―― 

 

「王様だ~れだ?――あ、俺でした。罰ゲームは『ケツバット』で。番号は3番と4番――織斑家ですか。オラケツ出せ、まずは一夏な(ポン)――んじゃ千冬さん、行きますよ? オラ!(スパン!)」

 

 神一郎さんがどこからか取り出したスポンジ製のバットを千冬さんのお尻をフルスイングで打ち込めば――

 

「王様だ~れだ?」

「私だ。罰ゲームは『しっぺ』、番号は1番と3番だ。――ほう、一夏と神一郎か、一夏、手を出せ(ペシ)――神一郎、動くなよ? しっぺは力ではなく速さが大事だ。ムチの様に腕をしならせ、ふん!(べちん!)」

 

 千冬さんが渾身のしっぺを神一郎さんにお見舞いする――

 

「王様だ~れだ?」

「はい! 束さんのターン! えっとね『王様のヒップアタックを受ける』にしよう。おっと、箒ちゃんとちーちゃんか、箒ちゃんにどーん(ぽふ)――ちーちゃん、動いちゃダメだよ? 助走をつけて~~~どーん!(ぼふん!)」

 

 神一郎さんと千冬さんの間に火花が散ったかと思えば、姉さんがダイビングヒップアタックで千冬さんの顔に自分のお尻を押し付けるという、とても正気とは思えない事をしでかしたりしていた。

 

「腕が~! 腕がぁ~!」

「どうした神一郎、そんなに痛かったか? あぁ……私の指の痕がくっきりと付いているな。

次からか痕が付かないように気を付けよう」

「格好良いセリフを言ってるちーちゃんだけど、なんでか涙目だったり。そんなに私のヒップアタックが痛かったの? それとも愛しの束さんのお尻の感触が嬉しくて嬉し涙かな?」

「目に当たっただけだ。瞬きしたら負けだと思ったんでな」

「ところで千冬さん、一人だけ無傷なのはどう思う?」

「許せんな」

「……二人にお尻蹴られてるんだけど? まぁいいか、かかってこいやぁー!」

 

 カオス

 

 神一郎さんが正気だったらきっとそう言うでしょう。

 王様ゲーム、結構楽しみにしてたのに、なぜこんな事に……。

 

「王様だ~れだ?」

「――俺です」

 

 どうやって三人を宥めようか、それを考えてた時、隣の一夏が泣きそうな顔で手を上げた。

 情けないとは思わない。

 

「一夏、分ってるな?」

「いっくんは束さんの味方だよね?」

「何言ってるんだよ二人とも、ここは男同士、俺に協力するのが正解だろ」

 

 6つの目に見られてしまえば萎縮してしまうのはしょうがないと思う。

 だがこれはチャンスだ。

 

(一夏、ここは――)

(あぁ分かってる。なんとかしないとな)

 

 頼むぞ一夏、私はポッキーゲームとかしてみたいんだ!

 

「命令は……『お皿洗い』にします! まだ洗い物終わって(ギロ×3)なかったです……よね?」

 

 一夏が自信満々に命令を出すが、三人の眼力に押され尻すぼみ気味だ。

 頑張れ一夏!

 まともな命令で少しずつ元の雰囲気に戻そう!

 

「一夏、洗い物は俺がやるから、もっと別の罰ゲームしようか?」

「あの、でも……」

「もし千冬さんに当たって、千冬さんが洗い物中にお皿割ったら弁償してもらうことになるけど――いいのか?」

「うっ……でも、いくら千冬姉でも洗い物くらい……」

 

 ベコ!

 

「ふむ、今日は力加減が上手くできんな」

「――じゃあ『互いに蹴り合う』で、1番と3番でやってください」

「おっしゃぁぁ! 3番出てこいや!」

「私相手に随分な意気込みだな神一郎」

 

 一夏は頑張った。

 頑張ったと思う……。

 だが、神一郎さんの笑顔の脅迫を受け、さらに千冬さんが目の前で空き缶を潰すという行為を見せつけられ、一夏は半ばヤケクソ気味に命令を出してしまった。

 

「オラッ!」

「効かん、効かんなぁ神一郎。その程度では私は倒せんぞ!――次は私の番だ……ふんっ!」

「ぐあっ!?」

 

 神一郎さんの蹴りが千冬さんの太ももに当たるが、千冬さんは顔色変えず受け止めた、そして、返す刀で神一郎さんの足を刈るように蹴った。

 その結果、神一郎さんは空中で回転して背中から床に落ちた。

 本当にどう収拾をつければ……。

 

「ぷぷ、しー君負けてやんの~」

「おいおい、あまり笑ってやるなよ束、神一郎はまだ小学生だぞ? 私達に勝てるわけないじゃないか」

「そうだね。しー君はまだ小学生だったよ。しー君痛い? 大丈夫? 束お姉ちゃんが慰めてあげようか?」

「――コノヤロウ」

 

 倒れた神一郎さんを見下しながら、姉さんと千冬さんが挑発する。

 神一郎さんの顔が見たことがないぐらい歪んでいるのですが?

 

「よし、次行こうか」

 

 神一郎さん立ち上がり、私と一夏に微笑んだ。

 ここで王様ゲームを終わらせる――無理だ。

 神一郎さんの顔を見てそんな事をとてもじゃないけど言えない。

 なので、ここは大人しく割り箸に手を伸ばす。

 まだだ、まだなにか手があるはず!

 

「王様だ~れだ?」

 

 神一郎さんの声に合わせて手元を確認する。

 頼む、私に来てくれ!

 

 現れた文字は……王!

 

「はい! 私です!」

「今度は箒ちゃんか。私達姉妹の絆の力を今ここに!」

 

 姉さんが手を突き上げてアピールしているが、ここは我慢してもらおう。

 一夏は失敗した。

 だが私はここで流れを変えて見せる! そう――ポッキーゲームのために!

 

「命令は『互の好きなところを言う』です。2番と4番の人にお願いします」

「ん~~~、箒ちゃんの命令ならお姉ちゃんは従うよ。はい2番だよ」

 

 姉さんは少し葛藤したようだが、反対はしなかった。

 最後の問題は、罰ゲームに一夏が当たってないかだが――

 

「箒の命令じゃ断れないな。俺が4番です」

 

 もう一人は神一郎さんだった。

 よし!

 良い組み合せだ!

 ここで二人で褒め合ってもらって、場の雰囲気を甘酸っぱいものに!

 

「束さんから行くね。んと、しー君の好きなところは――私を理解しようとしてくれるところ、大人ぶってる割に可愛い所があるところ、弄りがいがあるところ、色々イベントやってくれるところ、ISが好きなところ――まだあるけどこんなもんでいいかな?」

 

「じゃあ俺の番ですね。束さんの好きなとこは――まず普通に顔、それに声、あと突拍子のないところ、見てて飽きないところ、一緒にいると楽しいところ、あぁ、これが一番か、ISを誕生させてくれたこと――こんなもんかな?」

 

 ―――私の願いは届かず、姉さんと神一郎さんは、互いに睨み合いながら褒め合うという奇妙な行動を見せてくれました。

 

「なぁ箒」

「なんだ一夏?」

「こっちに被害はないし、疲れるまで好きにやらせればいいんじゃないか?」

「――そうだな」 

 

 これはもう無理かもしれないし……あぁ……ポッキーゲームしたかった……。 

 

 

 

 

「束さん、3、2、1、でデコピンしますからね? 3、2、(べちん!)おっと手が滑りました」

「特製の衝撃吸収板を壁と床に貼ってっと――しー君、暴れちゃダメだよ? 束式投げっぱなしジャーマン!」

 

 ゲームの正常化を諦めてからも争いは続いた。

 私と一夏が命令を受ける場合もあるが、私達は混ざる事が出来ず、ただ割り箸を引いては罰ゲームを眺めるの繰り返しだ。

 

「束と神一郎が相手とは運が良い。ではスネを出せ。いいか? 拳のこの尖った部分でスネを殴るから目をそらすなよ?」

 

 千冬さんが笑顔で拳を作り、それを姉さんと神一郎さんに見せつける。

 千冬さんの拳を見て、二人の顔が青くなった。

 今回の罰ゲームはかなり痛そうだ。

 

「んふ。ちーちゃんのドS顔も素敵だよね。でもそんな顔を泣き顔に変えたい」

「本当に良い笑顔してますよね。小学生ビビらせてなにが楽しいんだか、性格悪すぎ。俺も後で泣かせてやる」

 

 顔を青くしながらも、二人は気丈に振舞った。

 そしてずっと見ていて気付いたことがある。

 さっきからなんとなく感じていたが、もしかして――姉さん達は楽しんでる?

 

「そうか、それは楽しみにしておこう」

 

 ガツンッ!

 

「「っっつ!?」」

 

 弁慶の泣き所に千冬さんの拳が当たる。

 鈍い音が響く中、姉さんと神一郎さんが口を固く閉じて痛みに耐えている。

 

「し、しー君、我慢しないで叫んでもいいんだよ?」

「束さんより先に醜態を見せたくないんで」

「……いっせーのせでどう?」

「……乗りましょう」

 

 いっせーの

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃ!!!」

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!! 私の骨がぁぁぁ!!」

 

 そうとう我慢してたのか、姉さんと神一郎さんがゴロゴロと床を転がる。

 そんな二人を千冬さんがニマニマと笑いながら見下ろしていた。

 

 ――やはりおかしい。

 

「一夏」

「なんだ?」

「姉さん達が楽しそうに見えるのは私の気のせいか?」

「確かに千冬姉は笑っているけど……」

「いや、そういう意味ではなく、なんて言えばいいのか……」

「悪い、ちょっと巫山戯た。箒の言いたいことは分かるよ」

 

 未だに転がっている二人を見ながら笑っている千冬さんを見ながら、一夏は少し寂しそうに笑った。

 

「これってさ“友達同士の悪ふざけのケンカ”なんだと思う」

「――だいぶ過激な内容だが、ケンカで済ませて良いのか?」

「いや箒、ケンカしてるのは千冬姉達だから、むしろこれくらいなら被害は少ない方だと思うぞ? 暴れてるけど、部屋の家具とかは壊してないし」

 

 確かに、騒いでいるが部屋が壊れたりはしてない。

 つまり、姉さんは理性的だということだ――

 

「なるほど、だから“悪ふざけのケンカ”か」

「あぁ、三人はケンカしてるようで、実はじゃれあいを楽しんでるんだと思う」

「……一夏は千冬さんとケンカしたことあるか?」

「軽い口ケンカならってところだ。箒は?」

「私はない」

 

 姉さんも千冬さんも普通とは違う。

 もし本気で……いや、多少手加減しても、私と一夏は怪我をする恐れがある。

 二人とも私達を大事に思ってくれている。

 だから今までケンカなんかした事なかったし、たまに姉さんが千冬さんに殴られたりするが、そんな時は拳骨一発で終わりだった。

  

 ――さっきから私の胸にある少し暗い感情、これは……。

 

「嫉妬……なのかな?」

「ん?」

「どうも私は、姉さんと楽しそうにケンカしている神一郎さんと千冬さんに嫉妬しているようだ」

 

 認めたくなないが、きっとそうなのだろう。

 一夏の顔を見ると、少し驚いた顔していたが、なにか納得した様に頷いた。

 

「そっか、なにかモヤモヤすると思ってたけど、これは嫉妬か……俺も千冬姉と一度はケンカしてみたいって思ってたみたいだ」

 

 今の私達はある意味で仲間はずれだ。

 このケンカに混ざりたいけど、きっと姉さんや千冬さんは本気で私達とケンカしてくれないだろう。

 

 少し寂しいな……。

 

「あ~痛かった。よし次のゲーム行こうか」

「うふふ……ちーちゃんの涙を絶対にペロペロしてやるんだ」

 

 神一郎さんと姉さんが、膝を笑わせながら立ち上がった。

  

「王様だ~れだ?」

 

 懲りずもぜず次のゲームが始まる。

 よく考えてみると、これって終わりはあるのだろうか?

 

「王様は俺でした。ん~命令は『スパンキング』で」

 

 すぱんきんぐ?

 初めて聞く言葉だ。

 

「神一郎さん、すぱんきんぐって何ですか?」

「え゛?」

 

 知らない言葉だったので聞いてみたら、神一郎さんの顔が変になった。

 聞いてはいけなかった?

 

「一夏は知ってるか?」

「いや、俺も初めて聞く」

 

 一夏も知らないか、なら――

 

「あの……姉さん?」

「えっと……ここはちーちゃんに!」

「言いだしっぺの神一郎に聞け」

 

 一周してしまった。

 姉さんや千冬さんが言い淀むとは、そんなに怖い罰ゲームなのか?

 

「分かりやすく言うと、相手を叩くことだよ」

「ビンタの事ですか?」

「顔って決まりはないんだよ。まぁアレだ、取り敢えず体のどこかを叩くって覚えておけばいいから」

「はぁ……」

 

 イマイチはっきりとしないが、神一郎さんが言い淀むならなにか理由があるのだろう。

 帰ったら父さんに聞いてみようと思う。

 

「スパンキングとは“体罰や性的嗜好により、平らな物や平手でお尻を叩くこと”……しー君の変態」

 

 姉さんがボソッと呟いた。

 なんて言ったのだろう?

 

「姉さん、なにか言いました?」

「ん? なんでもないよ?」

 

 むぅ、やはり姉さんは私に隠し事が多い気がする。

 

「と、取り敢えず、ゲームに戻ろうか。番号は3番と4番で」

 

 神一郎さんが焦った様に番号を言った。

 すぱんきんぐ……気になります!

 あ、3番は自分だった。

 

「はい。3番です」

「――私が4番だ」

 

 もう一人は千冬さんでした。

 千冬さんがもの凄く嫌そうな顔をしている……そして姉さんが目からビームでも出しそうな勢いで神一郎さんを睨んでいる。

 

 なぜ?

 

「あ~、まずは箒からにしようか」

 

 姉さんからの視線を気にしつつ、神一郎さんが私の背中に回った。

 叩くと言っていたが、はたしてどこを――

 

 ポン

 

「はい、終わり」

 

 軽く背中を叩かれて、私の罰ゲームは終わってしまった。

 ――やはり私は気を使われているな。

 

「ではお楽しみ、千冬さんの番ですね」

「――チッ」

 

 ニンマリと笑う神一郎さんと、それに対して舌打ちをする千冬さん。

 背中を叩かれるのがそこまで嫌なのか?

 ――そう言えば、叩く場所は決まってなかった。

 

「千冬さん、ちょっとお尻突き出してもらえます?」

 

 千冬さんが無言でお尻を軽く突き出した。

 もしかして神一郎さんが叩こうとしている場所は――

 

「一夏、目を閉じていた方がいいんじゃないか? 千冬さんも弟には見られたくないだろうし」

「――そうする」

 

 一夏も神一郎さんが何をするのか分かったのか、事が起きる前に目を閉じた。

 

「チャー」

 

 神一郎さんが腕を振りかぶる。

 

「シュー」

 

 それを、姉さんがワクワクした表情で見つめる。

 

「メン!」

 

 スパンッ!

 

「ぐっ!?」

 

 神一郎さんが千冬さんのお尻を引っぱたいた。

 

 ――なるほど、スパンと音がするからスパンキングと言うのですか。

 しかし、凄い音が……目を閉じていた一夏も、音に反応してビクッとしていた。

 

「束さん、一瞬ですが千冬さんのお尻に触った手です」

 

 神一郎さんが姉さんの顔の前に自分の手を近づけた。

 

「クンクン」

 

 姉さんは神一郎さんの手の平の匂いを嗅いで……。

 

「ペロペロ」

 

 舌で舐めた……。

 

 姉さんとケンカできる神一郎さんと千冬さんが羨ましいと思ったのは気の迷いですね。

 本当に……本当に姉さんは……。

 

「えーと……箒、ドンマイ」

 

 本来なら慰めるべき一夏に慰められてしまった。

 あの様な奇行さえしなければ、心から尊敬できるんですが――

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「あぐっ!?」

 

 千冬さんの蹴りの一撃で束さんが床に沈んだ。

 やばい……これはやばい!

 

「覚悟はできているんだろうな? 神一郎ォォォ!」

  

 指をポキポキと鳴らしながら千冬さんが近づいて来る。

 足元では束さんが太ももを抑えて悶絶していた……。

 

 罰ゲーム『太ももにローキック』は想像以上にやばかった。

 束さんが俺の手の平の匂いを嗅いだりするからだまったく!

 

「さあ、覚悟を決めろ」

 

 千冬さんが俺の前に立ってニヤリとサディスティックな笑顔を浮かべた。

 受けて立ってやるよ。

 

 腰を下ろし、右の太ももに力を込める。

 千冬式筋肉トレーニングの成果を見せてやる!

 

「ほう? トレーニングはサボってないようだな。いいぞ、そのまま力を抜くなよ? フンッ!!」

 

 

 

 脳内に鈍い音が響いた。

 俺が千冬さんを蹴った時は切れ味の良い音がした。

 しかし……本物の、体の芯にまで効く蹴りは鈍い音がするものらしい。

 ――そして、痛みは遅れてやってきた。

 

「っ!?」

 

 足に力が入らず倒れこむ。

 お腹を蹴られたわけでもないのに、肺の酸素が徐々に抜けていく。

 痛みで声が出ないってこういうことか……。

 

 さっきの蹴りって千冬さんなりに手加減してくれたんだな。

 足を刈るように蹴られて背中から床に落ちたけど、これはその痛みの比ではない。

 太ももが破裂した幻想が見えたもの。

 

 束さんと二人、暫らく床に転がったままジッと痛みに耐える。

 そんな俺達を、千冬さんが勝ち誇った目で見下ろしていた。

 

「なんだ? 立たないのか? なら王様ゲームもここまでだな。情けないものだ」

 

 ――随分と言ってくれるじゃないか。

 消えかけたて闘志に火が着くってもんだ。

 

「束さん、ケツを真っ赤に腫らしながらキメ顔してる人がいますな?」

「ちーちゃんの真っ赤なお尻? じゅるり――これは束さんが舐めて冷やさなければ!」

「誰の尻が赤いだこら」

 

 三者三様睨み合う。

 だが、その沈黙も長くは続かなかった。

 

「――キリッとした顔の下で尻を赤くしてるとか笑えるよね」

「痛くても顔に出さない。それがちーちゃんなんだよ。でも、キリッとした顔でお尻が真っ赤とか確かに笑えるかも」

「キリッとしたキリッとしたとうるさいぞ。さっきの仕返しか? だいたいお前達、今の自分の格好分かっているのか? いつまで太ももを押さえたまま床に這いつくばってる気だ?」

 

 クスクスと笑いが広がる――

 あーダメだ、我慢できん。

 

「くっ……くく」

「――ダメだよしー君。今しー君が笑ったら私……ふひ」

「ふひってなんだ束、変な笑い方をするな。私を笑わせる気かお前……クッ」

 

 笑いの伝播が始まった――

 

「ち、千冬さん、マジでズボン脱いでみてよ。本気で赤いお尻見てみたい」

「私も見たい!」

「巫山戯るな馬鹿共が。人の尻を力一杯叩きおって」

「それにしてもしー君はお尻関係の罰ゲーム多すぎ! しー君のエッチ」

「顔にビンタとか腹パンとか言えないからしょうがない」

「私のお尻に重大なダメージを負わせた恨みは忘れない!」

「束さんだって俺を壁に投げやがって、あれメッチャ痛かった!」

「なんだまだ続けるのか? いいぞ、相手になってやる」

「「ケツの赤い人は黙ってろ」」

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

『アハハ!』

 

 あー楽しい。

 こんな馬鹿げたケンカなんていつぶりだ?

 馬鹿な意地張って、馬鹿なケンカして、最後は馬鹿笑い。

 やっぱりこの二人は面白い。

 

「やっと痛みが引いてきたよ。ちーちゃん本気出しすぎ」

 

 太ももを抑えながらも、束さんが立ち上がった。

 

「でさでさ、ちーちゃんはホントのところお尻どうなの?」

「皮膚とは人が一番鍛えづらい部分だ。さすがの私もこれは効いた」

 

 千冬さんが珍しく弱音を吐いながら自分のお尻を擦る。

 ちょっとやりすぎたかな?

 

「一夏、ちょっとビニール袋に水と氷入れて持ってきてあげて」

 

 ぷい

 

「一夏?」

 

 一夏に話しかけたらそっぽを向かれてしまった。

 あれ? なんで?

 

「箒?」

 

 一夏の態度に疑問を覚え、一夏の隣に立つ箒に話しかける。

 

 ぷい

 

 箒にもそっぽ向かれてしまった……。 

 あれー?

 

「束さん、俺なにかしたっけ? なんか二人が俺に冷たいんだけど」

「どさくさに紛れて箒ちゃんのお尻触ったんじゃないの?」

「束さんの視線が怖かったから触ったのは足や背中にしましたよ」

「ん~? なんだろうね? 箒ちゃん、しー君が何かしたの? もしそうならお姉ちゃんが責任もってしー君を壁に埋めるよ?」

 

 ぷい

 

 束さんが箒に無視された。

 

「ほ、箒ちゃん!?」

 

 束さんの心にクリティカルヒットした。

 

「なんだ? 束も箒に何かしたのか? しょうがない奴等だな。一夏、箒はなにされたんだ?」

 

 ぷい

 

 今度は千冬さんは一夏に無視された。

 

「い、一夏?」

 

 千冬さんは心に会心の一撃をくらった。

 

 ――これ、もしかして非常事態?

 

(集合!)

 

 小声で号令をかけると、二人が俺の側に駆け寄って来た。

 

(おい! なんで私が一夏に無視される!?)

(んなこと知りませんよ! だから俺の首を掴むな!)

(箒ちゃんに無視された……箒ちゃんに無視された……)

(戻って来い束さん! まずは落ち着け!) 

 

 一夏達から距離を取り三人話し合おうとするが、千冬さんは俺の首をガタガタを揺らし、束さんは光のない目でブツブツと呟いてる。

 王様ゲーム中の勢いはいったいどこに!?

 

「内緒話ですか? 姉さん達は本当に仲がいいですね」

 

 三人で話していると、箒がそんな事を言ってきた。

 顔は笑顔だ……しかし、目が笑っていない。

 箒のこういう顔は束さんそっくりだな。 

 

「どうしたんです? 私に構わずお話の続きをどうぞ?」

「ひぃ!?」

 

 束さんが悲鳴を上げて俺の背中に隠れた。

 まぁこれも嫌われる練習だと思って今のうちに慣れてもらおう。 

 

「箒」

「なんでしょう?」

「その、俺達なにかしたかな?」

「いいえ、でも……そうですね、強いて言うなら“なにもしなかった”でしょうか?」

 

 “なにもしなかった”か――なるほど、そういう事か。

 

(二人が怒っている理由が分かりました!)

(原因が分かったのか!?)

(グスン……箒ちゃんに睨まれた……)

 

 再度集合し三人で頭を突き合わせる。

 その瞬間、箒と一夏の目が僅かに揺らいだのを確認した。

 

(俺達、さっきまで王様ゲームしてたじゃないですか?)

(それがどうした?)

(別に怒らせる様な事してないよ?)

(――俺達がしてたのって、本当に王様ゲームですかね?)

(??)

 

 束さんと千冬さんが首を傾げる。

 

(あのですね、さっきまでのって、箒達から見ればまるで自分達がハブにさてた様に見えません?)

 

 そう、そうなのだ。

 互が互いにイラっとした俺達は、箒と一夏をほっといてはしゃいでいた。

 二人から見れば、のけ者にされた気分だろう。

 

(つまり、二人は拗ねているのか?)

(だと思います。なんせ二人をそっちのけで遊んでましたから)

(確かに箒ちゃんの事をちょっとないがしろにしちゃったかも……)

 

 三人でチラリと箒と一夏の顔を盗み見る。

 

 三人で固まって話している俺達を見ながら、二人は少し不機嫌そうな顔をしていた。

 

(問題はどうやって二人の機嫌を取るかですね)

(ふむ……神一郎、任せた) 

(しー君ならきっとなんとかしてくれると信じてるから!)

(おい愚姉ズ)

 

 いざって時に使えんなこいつ等!

 

(……私は怒った一夏を宥めた事がないんだ)

 

 一夏はシスコンだから、姉に対してそうそう怒らないもんな。

 

(箒ちゃんがあんな顔で私を見たのは初めてなんだよ……)

 

 束さんの震えながら、俺の袖をギュッと握る。

 そんな調子で別れを迎えて大丈夫かね。

 しょうがないな、ここは俺がなんとかしないと。

 

(分かりました。俺がなんとか空気を変えますから、二人はアドリブで付いて来てください)

(待て! 何をするのか教えろ!)

(そんな時間はありません。こうやって内緒話してる内に、二人の機嫌はますます悪くなってるんですよ?)

 

 千冬さんと束さんが顔を上げてチラリと見る。

 

 ジトー

 

 箒と一夏はとてもつまらなそうな目でこちらを見ていた。

 ――クリスマスに子供がしちゃいけない目だよこれ。

 

(よし! なんでもいいから早くやれ神一郎!)

(箒ちゃんの笑顔はしー君の手腕にかかっている!)

 

 ……この二人のこんなに頼られたのは初めてかも。

 お兄さん、嬉しいやら悲しいやらで複雑だけど頑張るよ!

 

「一夏、箒、そろそろ王様ゲームを終わりにしようと思うんだけどいいかな?」

「は、はい、構いませんが」

「俺も別にいいですけど……」

 

 二人がちょっと気まずそうな顔をした。

 仲間に入れなかったから少し意地悪な顔してみたけど、だからって本気でゲームを止められると、それはそれで気まずいんだよな。

 俺も昔通った道だ。二人の心は手に取るように分かるよ。

 安心しろ箒、せっかくのクリスマスイブを暗い顔のまま終わらせない!

 

「時間も遅いし、先に布団を敷いてみんなでトランプでもしようか――ってことで俺端っこな!」

 

 手を挙げてしっかりと自己主張する。

 更にここで束さんと千冬さんにアイコンタクト。

 付いてこい二人とも!

 

「私も端がいい。その方が落ち着くからな」

「はい! ちーちゃんの隣を貰います!」

 

 視線に気付いた二人が俺と同じように手を挙げて発言した。

 ここまでは予定通り。

 

「あの、神一郎さん」

 

 今度は箒がおずおずと手を挙げた。

 

「なにか質問でもあるの?」

「寝るって、何処で寝るんですか?」

「此処でだよ」

「みんなで?」

「みんなで」

「一夏と神一郎さんも?」

「俺と一夏も」

 

 質問を重ねる箒の顔がみるみる笑顔に変わっていく。

 本来は隣の空き部屋に女性陣、寝室に男性陣のつもりだった。

 けど、今回は非常事態につき男女の同衾を許可せざる得ない!

 

「さて、残る場所は俺の隣か束さんの隣だ。もちろんだが場所は早い者勝ちなので変更は不可、二人はどちらにする?」

「はい! 私は姉さんの隣にします!」

 

 悪魔の囁きに箒は元気よく答えた。

 俺の後ろでは、束さんが勝利の雄叫びを挙げていた。

 千冬さんと箒に挟まれて寝るとか、束さんは見事に棚ぼたをゲットだ。

 それにしても、一夏は相変わらず場の流れに着いていけずポカンとしている。

 ――ちょっと鈍すぎないか?

 

「一夏は俺と箒の間になるけどいい?」

「あっ、大丈夫です」

 

 そうか、箒が隣でも大丈夫なのか。

 余りにもあっさりと言うものだから、箒の目が一瞬細くなったけど本当に大丈夫なのか?

 しかしなるほど、一夏のここぞという鈍感ぶりはギャルゲ主人公だからかもしれないな。

 これは箒や未来のヒロイン達が苦労するわけだ。

 

「なぁ一夏、随分と簡単に機嫌直ったけど、なんで?」

 

 箒は分かる。

 一夏の隣で寝れるなんてウキウキもんだもんな。

 だが、一夏には対してメリットは無いと思うんだが……。

 

「え? だってみんなで並んで寝るなんて楽しそうじゃないですか?」

 

 ――眩しい。

 俺の邪な考えを他所に、一夏はとても純粋な笑顔を見せてくれた。

 

「一夏、お前はそのまま育ってくれ」

「はい? よく分からないけど分かりました」

 

 一夏の頭を撫でつつ、心の中で思う……頑張れヒロイン達!

 俺にはどうしようもない!

 

「神一郎、布団でゴロゴロしながらトランプをやるんだな?」

「そうですよ」

「なら先に風呂に入って寝巻きに着替えないか? 多少汗をかいたのでな、一度さっぱりとして着替えたい」

 

 ふむ、千冬さんの言うことも一理あるな。

 

「じゃあそうしましょうか。ではこれから指示を出します。一同注目!」

 

 手をパンパンと叩きながら視線を集める。

 

「まず、千冬さん」

「なんだ?」

「元々隣の部屋で寝てもらうつもりだったので片付けてありますが、さすがに五人には狭いので、邪魔な物を居間に移してください」

「分かった」

「次に一夏」

「はい」

「一夏は風呂掃除を頼む」

「分かりました」

「次に篠ノ之姉妹」

「「はい!」」

「二人は布団を敷いてください」

「「了解(です)!」」

(布団は流々武の拡張領域に入ってるんで、よろしくです)

(ほいほい)

  

 最後にISコアのネットワークを使って一言付け足して終わりだ。

 

「俺はお皿洗いなどの後片付けします。各自行動開始!」

 

 号令をかけると、各自が一斉に散っていく。

 俺も台所に向かい、洗い物の前に立つ。

 さて、片付けますかと思ってた時――

 

「あの、神一郎さん」

 

 お風呂掃除に行ったはずの一夏が戻ってきた。

 

「一夏? どうした?」

「その……お風呂が変なんです」

 

 一夏がなにか言いづらそうにそう漏らす。

 変? お風呂が変って意味分からんな。

 

「一夏、変って具体的には何が?」

「えと、その……取り敢えず一緒に来てください」

 

 一夏が俺の手を掴んで歩き出した。

 なんだ? 俺の風呂に一体なにが?

 

 一夏と一緒にお風呂場に入るが、なにも変わった様子はない。

 はて? 

 

「一夏、特に変わってないと思うんだが?」

「これが神一郎さんの“普通”なんですか?」

 

 一夏がそう言って、お風呂の蓋を開けた。

 するとどうでしょう――

 

 味気のないシンプルなお風呂は、浴槽の底に砂利が敷きしめられ、一瞬海を幻想させるさせ仕上がりになっている。

 さらに、水に揺れる海藻が見る者の心を癒す。

 ポイントは真中に置かれた大きめな岩だろう。

 これが見事に男心をくすぐっている。

 

 一夏が指差す方を見ると、浴槽の角には蛸壺らしき物が水に沈んでいて、その中にはタコが自身の身を守る様に丸くなっていた――

 

「……一夏、これ、なに?」

「……水族館の生き物ふれあいコーナーですかね?」

 

 一夏にしてはとても分かりやすい例えだ。

 

「一夏、そのタコが明日の昼飯だ」

「――そのタコどこから持ってきたんです?」

「束さんが釣ってきた」

「あぁ……束さんですか……」

 

 だいたい答えは出たな。

 全てあの天災が悪い。

 それが答えだ。

 

 この仕掛けを施したのはシャワーを浴びてた時かな?

 俺も千冬さんもわざわざお風呂の蓋を外して中を確認したりしないし、一番最初にシャワーを浴びた束さんなら余裕で出来ただろう。

 

「一夏、ちょっとお仕置きしに行ってくる。これ片付けないと風呂に入れないし」

「お供します」

 

 普段は温厚な一夏も、お風呂おあずけは許せないらしい。

 

 ドスドスと怒りの足音を立てて、男二人で女性陣が作業している場所まで歩く。

 

「シーツを掛けて――」

「これで終わりですね姉さん」

「まだだよ箒ちゃん。枕を並べないとね」

「あ、そうですね。忘れてました」

「私とちーちゃんと箒ちゃんは、三人同時に頭を乗せられるこのロング枕使おうか?」

「――姉さん、なぜ姉さんの絵がプリントされてるのでしょう?」

「だって抱き枕だし」

「さすがに恥かしいので、できれば普通のでお願いします」

「えぇ~? せっかくのお泊りだし――おや? しー君といっくん、どったの?」

 

 箒と仲睦まじく布団の用意をしている束さんに近づき、抱き枕を手に取る。

 

「しー君?」

 

 よくもまぁ人の家のお風呂を水族館風にしといて笑ってられるものだ。

 お風呂にタコを住ませてるなら、一夏が掃除しに行った時に一言言えよ。

 あれだろ? 束さん自身もタコの存在なんて忘れてるんだろ?

 

 てな訳で――

 

「オラッ!」

「もっふ!?」

 

 抱き枕を束さんの顔面にフルスイング。

 

「し、神一郎さん!?

「なんだ? また束が何かしたのか?」

 

 箒がわたわたする中、千冬さんがため息混じりで部屋に入ってきた。

 

「……しー君は最近DV多すぎ……」

 

 束さんが鼻を押さえながらそんことを言うが、これはお仕置きであってDVではないので気にしない。

 

「箒、千冬さん、お風呂は束の所為で入れなくなりました。お風呂に入る為には束さんに働いてもらわないといけません――てことで、ほら束さん、早く片付けてこい」

「――や」

「は?」

「い・や!」

 

 束さんがぷいっと顔を背けた。

 このヤロウ――

 

「束さん、片付けてくれるんですよね?」

「むぐぐ……」

 

 ほっぺを掴んでこちらを向かせようとするが、束さんは一向にこちらを見ようとしない。

 いい度胸じゃないか。

 

「待て神一郎、一度落ち着け、束が何をしてんだ?」

「そうですよ神一郎さん! 落ち着いてください!」

 

 千冬さんと箒が、束さんの頭に手を置き無理やり前を向かせようとする俺の肩を掴み、止めようとする。

 

「口で説明しても信じてもらえないと思うので、自分の目で見てきてください」

「ですね。その方が早いと思います」

 

 お風呂が水族館になった。

 口で言うなら簡単だが、それをあっさり信じてくれる人は果たして何人いるやら。

 

「千冬さん、神一郎さんと一夏がそう言うなら何か理由があるんだと思います。お風呂場に行ってみませんか?」

「そうするか、一夏も神一郎を止める気はないようだしな。よっぽどの事があったのだろう」

 

 千冬さんは俺の後ろで疲れた顔をして立っている一夏を一瞥して、箒と一緒にお風呂場に向かった。

 

「で、束さんはいつになったらこっちを見てくれるのかな?」

「つーん」

「束さん、お願いですからお風呂に入れるようにしてください」

「――いっくんのお願いでも今回だけは聞けないもん」

  

 俺は無視するのに一夏には返事するのか。

 それにしても、一夏のお願いでもダメとは意外だ。

 あのタコがそんなに気に入ったのか――まさかこのまま飼う気じゃないだろうな?

 そんな事を考えていると、二人分の足音が聞こえてきた。

 

「束、お前が悪い。さっさと元に戻してこい」

「姉さん、神一郎さんにあまり迷惑をかけてはダメです。素直に片付けましょう?」

 

 足早に戻って来た二人は、開口一番に束さんへの非難を始めた。

 天災とはいつでも孤独な者なのだ。

 

「嫌だもん」

 

 だが、親友と愛妹でも束さんの守りを崩すことが出来なかった。

 

「姉さん、なんでそんなに――」

「それはね――」

 

 束さんが至極真面目な顔で口を開いた。

 一夏、そして箒や千冬さんも束さんの頑なな態度が気になっていたのだろう、ゴクリと息を飲んで束さんに集中した。

 

「あのタコは普通のタコじゃないからだよ」

 

 え?

 

「あのタコはね、束さんの開発途中のナノマシンを注入された――そう、ネオ・タコなんだよ!」

 

 ん?

 

「いっくんと箒ちゃんにいつでも美味しいタコは食べて欲しいと思った束さんは考えました……そうだ! タコに無限再生機能を搭載しようと!」

 

 は?

 

「ナノマシンはまだ不完全、定着してタコに影響を与えるまで時間がかかる――だから束さんはしー君のお風呂をタコが住みやすい環境に改造したのさ! 明日のタコパはタコの足は食べ放題だから期待しててね!」

 

 ――なるほどね。

 

「足だけなんですか?」

「さすがに死んだら再生はできないからね」

「ナノマシンは食べられるんですか? 人体に影響は?」

「ちゃんと手は打ってあるよ。人体に影響はないのはもちろん、万が一に備え、一定の温度で活動を停止するようにしてあるからね。食べる前に火を通せば大丈夫! お湯くらいの温度でナノマシンの活動が止まる仕様なんだよ!」

 

 語り尽くして満足したのか、束さんが胸を張ってドヤ顔をした。

 でも他の4人の顔は真っ青だ。

 無限再生するタコ? 新種のクトゥルフの邪神かよ天災め。

 

「一夏、ちょっとタコを洗濯機にぶち込んできてくれ、塩をかけて洗濯機で回せばタコは死ぬし、下準備の手間も省けるから」

「了解です」

「待って!?」

「ちょっ、離してください束さん!」

 

 チッ! お風呂場に行こうとする一夏の足に一瞬で組み付きやがった!

 

「千冬さん! 箒!」

「了解だ」

「はい!」

 

 千冬さんが脇から手を差し込み引き離しにかかる。

 

「は~な~し~て~!」

「暴れるな! まったくお前という奴はいつもいつも!」

「や~の~!」

 

 次いで、俺と箒が左右の足をそれぞれ掴み、完璧に引き離した。

 

「いっくん殺さないで! 束さんのタコ殺さないで!」

「――いってきます!」

 

 涙ながら一夏を呼び止める束さんに対し、一夏は背を向けることで答えた。

 ――その背中はまさに主人公、今なら隕石に立ち向かう漢達の中に混じれそうだ。

 

 

 ジタバタと暴れる束さんを押さえつけながら待つこと数分。

 

「取り敢えずタコを洗濯機に入れてきました。でも石なんかも片付けないとお風呂には入れませんね」

 

 勇者が帰還した。

 

「ぐしゅ……束さんのタコが……ネオ・デビルが……」

 

 束さんは押さえつけられたまま、ぐしゅぐしゅと泣いていた。

 いつの間にか名前が付けられてるし、束さんに名前を付けられるとは――あのタコを放置してたらやばかったな。

 

「これで脅威はなくなりましたね。それでは束さん、片付けてきてください」

「しー君の鬼! 悪魔! 変態!」

「誰が変態だ。いいから片付けてこい」

「やだ! 絶対やだ!」

 

 束さんが駄々っ子モードに入りました。

 ウザかわいいな。

 

「ネオ・デビルの仇!」

 

 束さんが自分の絵がプリントされている抱き枕を投げてきた。

 

 避けた。

 

「ぐもっ!」

「一夏!?」

「いっくん!?」

 

 後ろにいた一夏に当たった。

 一夏と箒にバレないように拡張領域から普通の枕を取り出し、千冬さんにパスしてみた。

 

「にゃぴ!?」

 

 俺からのパスを受け取った千冬さんは、流れる様な動きでそれをそのまま束さんの顔面に投げつけた。

 

 これは――流れが来てるんじゃないか? そう思ってしまうほどの理想的な空気。

 乗るしかないな、このビックウェーブに!

 

「いてて」

「一夏、大丈夫か? む、少し鼻が赤くなっているな」

「ほ、箒、近い! 顔が近い!」

「す、すまん」

 

 拡張領域から枕を取り出す。

 俺のことなんて眼中にないみたいだから問題ないね。

 さて、遊びとは全力でやるもの、でないと楽しくないから。

 だから許せよ、箒。

 

「箒」

「はい? なんで……しょう……」

 

 一夏から俺に視線を変えた箒は、枕を振りかぶる俺の姿を見て固まってしまった。

 遊びは全力で、だが、相手に怪我をさせたら意味はない。

 なので、7割程の力を込めて――

 

「てりゃ」

「ッ!?」

 

 俺が投げた枕は、箒の顔面に当たり、ぼとっと床に落ちた。

 おー、箒の顔は見事に驚きの表情で固まっている。

 ナイスリアクション。

 んではお次は一夏に――

 

「箒ちゃんになにするかぁ~!」

「ぐぼらっ!?」

 

 何か硬い物が後頭部にぶつかり、前のめりに倒れる。

 後ろを振り向くと、妹を攻撃されて怒り狂う姉がいた。

 

「しーいーく~ん? 箒ちゃんになにしてるのかなぁ~?」

 

 束さん、激おこである。

 

「何って、枕投げですが?」

 

 悪びれるもぜす、さも当然のように言う。

 さて、このままいけるかな?

 現在の状況は――

 

 束さん  →俺を睨む。

 千冬さん →一夏を攻撃しようとしたのがバレてるみたいだ。同じく俺を睨む。

 一夏   →何故か俺を睨む。

 箒    →やはり俺を睨む。

 

 ――あれ? やりすぎた?

 てかなんで一夏も俺を睨んでるの?

 

「神一郎さん、いくら枕投げがしたいからって、女子の顔に当てるのはいけないと思います」

 

 一夏の怒りポイントはそこか。

 フィミニストもいいけど、過保護は嫌われるぞ?

 まぁ結果オーライだからいいか。

 

「ねぇちーちゃん、枕投げってなに?」

「枕を投げ合う遊びだ。今回は神一郎にぶつければOKだ」

「とても分かりやすいルールだね」

 

 全然OKじゃなーよ。

 本当は小学生組VS姉ズでやりたかったが、現状は四面楚歌、見事に囲まれている。

 四人が枕を手に持ち、投げるタイミングを計っている――計っているんだけど……。

 

「みんな口元が歪んでるのは、なんでです?」

 

 なぜかみんなが笑いを堪えてるんだよね。

 

「束、お前が言ってやれ」

「それはねしー君、ここまでの流れが露骨だったからだよ」

 

 そっか、露骨か……。

 バレテーラってことですね。

 

「一夏と箒もなんとなく察しがついてるのか?」

「俺は落ち込んでた束さんを慰める為に、気分転換で枕投げさせようとしてるのかと」

「私は、王様ゲームであまり遊べなかった私達に気を使って始めたのかと思いました」

  

 一夏と箒にもバレてるのね。

 これは恥ずかしい。

 

「しー君、勢いで始めたでしょ? ちょっと無理矢理すぎたね。さすがに気付いたよ」

「――なら、なんで今、俺は囲まれてるんですかね?」

「箒ちゃんに枕をぶつけた事は許さない!」

 

 あ、そこは譲れないですか、そうですか。

 

「実は俺、剣道以外でも神一郎さんと戦ってみたかったんです」

 

 いや、これゲームだけどね?

 

「剣の道を行く者として、やられっぱなしではいけませんから」

 

 箒、枕投げと剣道は関係あるの?

 

「……私は空気を読んでみた」

 

 千冬さん……余計な成長しやがって。

 

 どうも逃げ道はないらしい。

 意外と乗り気な四人は笑いながら枕を投げる体制に入る。

 まじで4対1でやる気か……ならば、俺も切り札を切ろう。

 

「始める前にちょっと待ってください。見ての通りこちらには枕がないんで。束さん、俺の分の枕を出してください」

「ほいほい――ふぇ?」

 

 束さんは、何が起こったのか分からないという顔をしていた。

 俺がやった事は至極単純、束さんが動く前に、自分で拡張領域から枕を取り出しただけだ。

 俺の正面に3つの抱き枕が落ちてくる。

 

 ふははは、俺の財宝の一部を見せてやろう。

 

 

 海で撮った千冬さんの水着姿の抱き枕。

 ハロウィンで撮った猫耳巫女コスの箒がプリントされた抱き枕。

 そして、温泉で撮った、裸で目隠しされるてる一夏の抱き枕。

 

 これぞ至高の芸術よ!

 

「た~ば~ね~!!」

「姉さん?」

「束さん……」

「うぇっ!? ち、違うよ? これは――」

 

 三者三様に睨まれ、束さんがあうあうと言い訳をしようとする。

 

「聞く耳持たんッ!」

「にゃっ!?」

 

 しかし、言い訳する間もなく千冬さんに枕を投げられた束さんは、それを避けて俺の隣に転がってきた。

 

「ウェルカム」

「殴りたいその笑顔!」

「これで2対3。やったね束さん、こっちの主力は束さんだ!」

「鉄壁のしー君ガードで完勝してやんよ!」

 

 馬鹿な掛け合いをしつつ、俺と束さんは背中を合わせて構える。

 

「束さん、防音は大丈夫ですか?」

「もちろんだよ。至福のひとときを邪魔されたくないからね。前後左右の部屋に音が漏れないようにしてあるよ」

 

 いざって時はやっぱり頼りになるね。

 これで憂いはなくなった。

 

「一夏、箒、今楽しい?」

「――はい、楽しいです。一夏と千冬さんと力を合わせて、姉さんや神一郎さんと何かを競う。滅多にできない経験ですから」

「俺は千冬姉とも戦ってみたかったんだけど、それは明日まで我慢して、今日は神一郎さんと束さんに対して全力を尽くします」

 

 ――そうか、それは良かった。

 二人のその笑顔を見れただけでお兄さんは嬉しいよ。

 

「しかし、枕投げとはどうやって勝敗を決めるんだ? 相手が立ち上がれなくなるまで枕を当てれば良いのか?」

「相手の心を折る戦いだね。これは燃える!」

 

 こっちはほのぼのした会話をしていると言うのに、後ろでは殺伐とした会話をしていた。

 明日もあるのに元気だなこの二人は。

 ――そうだ、こんな時にピッタシのセリフがあるじゃないか。

 楽しみは今日だけじゃない。

 明日だってテニスやカラオケをやるんだ、ここで使わないでどうする。

 

「行くぞ束さん! 俺達の戦いはこれからだ!」

「しー君それダメなやつだから!?」

 

 

 

 

 クリスマスイブの夜、そしてクリスマス、そこで何があったのか、それは5人だけの秘密だ。




打ち切りじゃないヨ?

作者自身もどこで区切ればいいやらで、最後は強引に終わらせました。
元々クリスマスイブだけ書く予定だったのですが、書いてるうちに色々と付け足したくなってしまい……ここまで読んで頂いた読者様ありがとうございます(><)


ここから物語も少しずつ進みます。

一夏に料理を教えるシーンとか、主人公の学校のシーンとか、その辺はカット! 


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バレンタイン

 年が明けた2月、俺には一つの心配事がある。

 それは箒と一夏のことだ。

 箒の別れは間近まで来ている。

 別れのその時までに、箒は告白するのか、一夏と付き合うのか、それが問題だ。

 結果によっては色々とやらなければいけない事があるからな。

 とは言え、告白しろ、するなを俺に決める権利はない。

 俺が出来る事は、箒に一夏と一緒にいられる時間をあげて、見守るだけ……まぁ『成り行き任せ大作戦』って感じだ。

 だが、束さんの失踪計画を知ってる俺は最近箒と会いづらかったから、その辺の事情を中々聞けずにいた。

 そんな折、箒から電話があった――

 

 

 

 

 バレンタイン……生前ではまるで縁のない行事だったが、今年は違う。

 隣からトントンとチョコを刻む音と共に、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「神一郎さん、ボウルはどこに置いてあります?」

「流しの下に入ってるよ」

「ありがとうございます」

 

 赤いエプロンを着て台所に立つ美少女……素晴らしい!

 なんかもう、神々しささえ感じる。

  

「それにしても、父さんと雪子さんは困ったものです」

「二人とも箒が可愛いんだよ」

「それは……分かっていますが……」

 

 箒は今日なぜ俺の家にいるのか――それは台所を借りに来たからだ。

 家で作ろうとしたら、柳韻先生や雪子さんが生暖かい視線が送ってきて、それが箒には恥ずかしかったらしい。

 娘がいそいそと手作りチョコを作っていたら、そうなるよね。

 俺だって今そんな視線を箒に送ってるし。

 

「箒、俺は部屋に戻ってるから、頑張ってね」

「はい、ありがとうございます。神一郎さんの分も作りますから、受け取ってくださいね?」

「喜んで受け取るよ」

 

 あぁもう可愛いな。

 こんな子にチョコ貰えるなんて、転生して本当に良かった。

 あるかも分からない本命チョコより、美少女の義理チョコだよな。

 さて、台所を借りに来て少し恐縮気味だった箒の緊張も和らいだことだし――

 

「ところで箒、チョコを渡しながら告白したりとかするの?」

 

 聞く機会は今しかないでしょ。

 

「…………神一郎さん、部屋に戻るのでは?」

 

 チョコを刻む音がピタリと止まった。

 これはもしかするともしかするかも――

 

「で、するの?」

「……しません……たぶん」

「たぶん?」

「その……一夏に好かれてる自信はあります。ですが、それは友人としてです。女としては……それに……」

「それに?」

「――正直、今の関係が壊れるのが怖いんです……」

 

 箒が悲しそうな顔をしながら、チョコをまた刻み始めた。

 関係が壊れるのが怖い……なんて当たり前な感情なんだろう。

 ここで、『告白しないと後悔する』なんて事は言えないよな。

 一夏が気持ちに答えるなんて保証できないし……。

 もどかしいな。

  

「でも、たぶんって事は、少しは考えてるんだよね?」

「……はい、バレンタイン当日、一夏を私の家――神社に呼び出します。さすがの一夏も感づくかもしれませんから」

 

 箒が顔を上げ、俺の顔を見ながら微笑み――

 

「その時の反応を見ながら、イケそうなら行きたいと思います!」

 

 グッと拳を握り、そう宣言した。

 そっか――

 

「ん、頑張れ」

「はい!」

 

 頭を撫でると、箒が目を細めながら頷いた。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「なんて事が昨日ありました」

「……もぐもぐ」

「聞いてます?」

「聞いてる。しかし美味いなこれは――」

 

 聞いてないやん。

 篠ノ之神社の境内の茂みに身を隠し、束さんと千冬さんは美味しそうに箒のチョコをパクついていた。

 

「ふぅ、ご馳走様でした。さてしー君、私に内緒で箒ちゃんと二人きりになるなんて許した覚えはないよ?」

「怖い顔する前に口の周りを拭きなさい」

「むぐっ」

 

 口の周りをチョコでベトベトにしていたでハンカチで拭いてあげる。

 なんてベタな状況だ。

 

「お前、ハンカチとか持っていたんだな」

「意外ですか?」

「正直言ってな」

「千冬さんも社会人になれば分かりますよ。生活習慣てのは早々抜けないもんです」

 

 寝起きのコーヒー、トイレで新聞、学校帰りのビールとかね。

 

「そんなもんか。それで、なんで私までここにいるんだ?」

「え? だって一夏に初めて彼女ができるかもなんですよ? そりゃ見守らないと」

「え? だって箒ちゃんの一大事だよ? そりゃ見守らないと」

 

 俺と束さんを睨む千冬さんにそう返せば、千冬さんの眉間のシワがより一層深くなった。

 

「ま、冗談はさておき、万が一の場合は分かってますね?」

「箒ちゃんが振られた場合だよね。うん、大丈夫……だと思う」

「今回ばかりは一夏の行動は読めん。離れ離れになる前に軽率な行動は控えるべきだと思うんだが……いやしかし……」

 

 二人が難しい顔で黙り込む。

 告白が成功してもしなくても、箒には別れという悲しみが待っている。

 別れを回避することは出来ない。

 それは箒の命に関わる事だからだ。

 箒にはできるだけ心の傷が少ない別れ方をして欲しい。

 今日俺達3人がここにいるのはただの出歯亀ではない。

 万が一、箒が告白して、一夏が振りそうになったら、俺達が飛び出して場の雰囲気をぶち壊す。

 箒には余計なお世話かもしれないが……。

 

「束さん、箒と一夏は?」

「もうすぐそこまで来てるよ。後2分ってとこかな」

「……なんか無駄に緊張してきました」

 

 自分の事でもないのに心臓がバクバクだ。

 友達が告白された時を見てしまった時の様な、気恥かしさとかが混ざった奇妙な高揚感。

 まさか小学生の告白シーン――あくまでも“かも”だけど、それを前にしてこんな気持ちになるなんて――

 

「箒ちゃんの告白シーン……どうしようしー君! なんかドキドキしてきた!?」

「……少し落ち着けみっともない」

「千冬さん、腕を組んで人差し指をトントン動かす癖なんてありましたっけ?」

「…………日常的にやっている」

 

 どうも千冬さんも落ち着かないらしい。

 これ、箒が振られそうになったら絶対に邪魔しなきゃダメだよ。

 こんな恋愛経験値0集団で失恋した女の子を慰められるはずないからね!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「箒、今日は練習日じゃないはずだろ? なんで神社に?」

「それはまだ内緒だ」

「なんだよそれ」

 

 学校の帰り道、用件を言わない私に一夏が少しだけ苛立つ顔をした。

 すまない一夏、一夏が怒るのも理解できる。だけどしょうがないじゃないか……。

 

「ぐっ……そろそろ腕が限界だ……」

 

 まさか両手に大量のチョコが入った紙袋を持ってるとは思わなかったんだ!

 この状況でチョコを渡したいから来てくれなんて言えるか!

 去年までは多くても片手で持てるくらいの量だったのに……荷物を持ってあげたいが、貰い物を女の私に持たせる一夏ではないし――

 雰囲気を作りたくて、放課後の人気のない神社を選んだのは完全に失敗だ……。

 

 石造りの階段を上がり、境内に入る。

 ここまで来てしまって後には引けない――

 

「一夏、ここで少し待っててくれ」

「分かった」

 

 玄関の外で一夏を待たせ、一人家に入り、用意しておいたチョコを手に取る。

 父さんも雪子さんも神社の方に行っているらしく、家には誰も居なかった。

 音が一切ない空間にいるせいか、心音がやたら大きく聞こえる。

 

 私は一夏が好きだ。

 一夏の笑顔が、たまに見せる凛々しい顔が大好きだ。

 だから、今日こそは……。

 

 一夏の所に戻る前に、神一郎さんに頂いた『愛され系幼馴染への道』を手に取る。

 今まで何度も読んだ箇所だ。内容はほぼ頭に入っている。

 だけど、やはり心配だ――

 

 

 一夏に遠まわしに告白しても通じません。告白するなら目を見て、はっきりと『好きです』と伝えましょう。

 

 一夏は好きと言われても、友達の好きと勘違いするかもしれません。恥ずかしくても勇気を出して、『自分は女として一夏が好きなんだ』その気持ちを伝えることが大切です。

 

 

「よし」

 

 告白の一文を目に通し、本を閉じる。

 

「一夏、待たせたな」 

「おう」

 

 一夏はバレンタインなどまるで気にしていないらしく、気軽の片手を上げて答えた。

 ある程度予想はしていたが、もっとこう、あるだろ?

 ……いやいや、こんな天然な所も一夏のチャームポイントだ。

 

「一夏、今日はなんの日か知ってるか?」

 

 まずは軽く牽制して様子を見よう。

 

「今日? ――あ、今日はバレンタインだな」

 

 一夏はバレンタインなど自分に関係ないといった感じで、どこまで気楽だ。

 一夏の足元にあるチョコは全てライバル達の努力の結晶――援護する筋合いはないが、さすがに少しかわいそうだ。

 私のチョコもアレの一部になったりしないよな?

 

「じゃあ、バレンタインは何をする日かは?」

「? 好きな人やお世話になった人にチョコを渡す日だろ?」

 

 良かった。

 ここでお菓子会社の陰謀だとか言われたらどうしようかと思った。

 

「そうだ、“好きな人”にチョコを渡す日だ。だから一夏、これを受け取ってくれないか?」

 

 白のラッピングに赤いリボンが付いたシンプルな包装。

 手の震えがバレない事を願いつつ、それを一夏に差し出した。

 

「……ありがとう箒」

「あ……」

 

 一瞬面食らった顔をした一夏だが、すぐに笑顔になり、私のチョコを受け取ってくれた。

 これはチャンスだ!

 

「一夏、私とつきあっ「これ、友チョコってやつだろ?」……は?」

 

 あれ? 私は何か間違えただろうか?

 自分のさっきのセリフを思い返してみる。

 

 私、好きな人って言ったよな?

 ……自分なりに勇気を出したけど、この程度では一夏に気持ちが届かないのか?

 

「最近は友チョコって流行ってるらしいな」

 

 一夏が足元の紙袋を見ながらそう言った。

 

「……一夏、それ全部義理チョコなのか?」

「そうだけど?」

「……それだけあるんだ、本命チョコとかあるんじゃないか?」

「本命? ないない」

 

 一夏は笑いながら手を振って否定した。

 

「なぜ分かるんだ?」

「だってそう言ってたし」

「チョコを渡した本人がか?」

「あぁ、『これ義理チョコだから、勘違いしないでよね』とか『この前、荷物持ってくれたお礼だよ』とか言ってたし」

 

 ……なんだっけ?

 えっと……そうだ、ツンデレだ。

 そうか……一夏は素直になれない女子の言葉をそのまま鵜呑みにしたのか。

 

「……一夏、すべての女子がそう言ったのではないだろ?」

「だいたいそんな感じだったぞ? なにも言わない子もいたけどな。最初にチョコくれた子が『義理だ』って言ったら、その後に次から次へと『義理チョコだ』って言いながら渡してきたんだよ。みんな律儀だよな」

 

 最初に渡したのがどこかのツンデレ、その後、周囲にいた女子が負けずと渡したが、恥ずかしくて最初の子の真似をしたんだろうな……。

 

 おのれツンデレめ! 

 

「さすがに量が多いけど、箒のチョコはちゃんと食べるから」

 

 なにやら聞き捨てならないセリフが聞こえたな?

 

「一夏、他のチョコは食べないのか?」

「いや、さすがに全部は無理。千冬姉もたぶん沢山貰ってくるだろし、去年だって大変だったのに、この量はちょっと……」

 

 一夏の視線に釣られ、足元の紙袋に注目する。

 数は両方合わせて50はあるだろう。

 千冬さんもモテるから……二人合わせて100個くらいか?

 ――確かにちょっとキツい数だな。

 一夏自身が、すべて義理チョコだと思ってるからのセリフだろうけど……。

 

「捨てる――はないか、余ったチョコは誰かに渡すのか?」

「せっかく貰ったのにそんな事しないよ。食べきれない分は調味量代わりに使うつもり」

「調味料?」

「俺も知らなかったんだけどさ、チョコって調味料代わりになるらしい。カレーの隠し味とか、回鍋肉に入れたりとか、結構使い方が色々あるみたいでさ」

 

 それは知らなかった。

 ちゃんと一夏の口に入るなら作った女子達も本望だろう。

 

「箒、用事はこれだけか?」

「――そうだ」

 

 告白?

 この空気で? 

 ……無理ですよね神一郎さん。

 神一郎さんがいたら、きっとストップをかけること間違いない。

 

「そろそろ帰るよ。夕食前に買い物行かなきゃいけないし」

「……あぁ、今日はわざわざ家に来てもらって悪かったな」

「気にすんなよ。あ、ホワイトデーにはちゃんとお返しするから期待しててくれよ?」

「っ!?」

 

 沈んだ心が、一夏の笑顔と、一夏からの贈り物という二つだけで浮上する。

 私も大概単純だと思うが、嬉しく思ってしまうのはしょうがない。

 なに、時間はまだ有る。

 きっと春休みには、また神一郎さんが何か大きなイベントやってくれるだろうし。

 慌