【完結】アストルフォルート (雪化粧)
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Act.0 《Ignorance is bliss》

 人生とは選択肢の連続だ。中には人生を大きく変えてしまうものもある。

 大抵の場合、人は未来を知る術を持たない。それ故、そうとは知らずにそうした選択をしてしまうものだ。

 衛宮士郎にとってのそうした選択は実に些細なものだった。

 

「図書室に行こう」

 

 切っ掛けは同じクラスに在籍する後藤くん。彼は見たドラマによって性格(キャラ)を変える。今日の彼はフランスを舞台に活躍した英雄だった。

 普段の士郎なら彼の奇行を見慣れたものとスルーしていた事だろう。だが、今日の彼は違った。ちょっとだけ気になった。後藤くんの今日のキャラの元ネタを調べてみようと思う程度の好奇心が湧いた。

 

「三銃士の本は……っと」

 

 アレクサンドル・デュマ・ペールが書いた小説《三銃士》。《ダルタニアン物語》の第一部であり、物語の主人公ダルタニアンの最初の冒険を描いたものだ。

 大まかなあらすじは知っているけど、実際に読んだ事は無かった。

 

「うーん」

 

 図書室で本の背表紙を追う事三十分弱。士郎は本を発見する事が出来ずにいた。

 その姿を見兼ねたのか、少し離れた場所で読書に耽っていた少女が声を掛ける。

 

「何かをお探しか?」

「え?」

 

 少女の名前は氷室鐘。冬木市市長の娘であり、クラスは別だが士郎と同学年だ。

 

「ああ、氷室か。《三銃士》の本を探してたんだよ」

「三銃士? それならそこに……、無いな。貸出中なのではないか?」

「そっか……」

「衛宮もそういう本を読むのだな。少し意外だ」

「そうか? まあ、確かにあまり読まないな」

「ならばどうして急に?」

 

 氷室は人間観察を趣味としている。普段読まないジャンルの本を急に読もうとする士郎の行動に彼女の中の好奇心が疼いた。

 

「大した理由じゃないよ。うちのクラスのヤツが少し話してて気になっただけだ」

 

 本当に大した理由ではなかった。残念に思いながら、氷室は近くの本を手に取る。

 

「フランスの文学は中々奇抜で奇怪で奇矯で面白い。興味が湧いたのならこういう本も読んでみるといい。三銃士が返却されるまでの慰み程度にはなるだろう」

「《シャルルマーニュの伝説短篇集》? 短篇集の割に随分と分厚いな」

「有名なものだと《恋するオルランド》なども載っている。読み応えは十分だ」

「そっか。なら折角だし読んでみるよ。ありがとな」

「礼には及ばんよ。三十分に渡る君の奇行が気になったが故のお節介だ」

「……はは、どーも」

 

 奇行扱いされ密かに傷つく士郎。氷室から渡された本を手に図書委員の下へ向かう。

 

「あれ?」

 

 図書委員が取り出した貸し出しカードには見知った名前があった。

 

「慎二も借りたのか」

「間桐くんの事? 最近、こういう本をいっぱい借りて読んでるみたいだよ。この前もアーサー王関連のものとかギリシャ神話の本を借りてたし、ちょっと意外だったなー」

 

 士郎の言葉に図書委員は処理をしながら言った。

 

「アイツは趣味が多彩だからな」

「デート中の会話のネタ作りかもしれないけどね。はい、これでオーケーだよ」

「ありがとう」

 

 そのまま帰宅し、家に突撃してくる猛獣と可愛い後輩と団欒した後、士郎はいつもの日課をこなすために家の敷地内にある土蔵に潜った。

 いつものように座禅を組み、瞼を閉じる。意識を集中し、自らの内に新たなる擬似神経を生み出す。

 衛宮士郎は魔術師だ。今、彼は人でありながら人ではないナニカに変わろうとしている。

 それは一歩間違えれば命を落としかねない危険な行為。もし、この事をさっきまで共にテーブルを囲っていた二人が知ればすぐさま止めようとする筈だ。それでも、きっと士郎はこの行為を続ける事だろう。彼には夢がある。その夢の為にどうしても必要な事なのだ。

 その日課を終えると近くに置いたタオルで汗を拭い、士郎は持って来た本を開いた。明かりを灯し、脱力した体を壁に預け読書に耽る。

 面白かった。この短篇集に登場する人物達は誰も彼もが自由奔放。正義や悪を語る事などナンセンスと言わんばかりに全員が好き勝手暴れまわっている。

 

「奇抜で奇怪で奇矯か……」

 

 氷室の言葉を思い出す。まさにその通りだ。

 気付けば深夜になっていた。月明かりが灯の届かない土蔵の一画を照らしている。そこに奇妙な光が走る。

 士郎は気づいていない。訪れた眠気に誘われ、夢の世界に旅立った後だからだ。その間にも光は強さを増していく。

 やがて光が収まると、そこには一人の少女がいた。

 

「やっほー! ボクの名前は――――って、あれれ?」

 

 少女は名乗るべき相手がスヤスヤと寝息を立てている事に気付く。近寄り、その頬をツンツンつついてみるが起きそうにない。

 彼女と同じ立場の他の者なら問答無用で叩き起こした筈だ。だが、彼女は優しかった。

 

「うんうん。気持ちよさそうに寝ているね! 邪魔をしちゃーいけないね! というわけで、ボクも一緒に寝よ―っと!」

 

 士郎の隣に腰掛けると一緒になって寝息を立て始めた。 

 翌朝、健康的青少年の悲鳴が土蔵に轟いた。

 朝起きたら隣で女の子が眠っている。それもそんじょそこらにいるようなレベルではない。全世界を探し歩いても見つからないかもしれないレベルの超絶的美少女。

 

「むにゃ……あれ? あ、起きたんだ! おはよう、マスター!」

 

 鈴のような愛らしい声。咲き誇るような可愛らしい笑顔。マスターと呼ばれた事。

 衛宮士郎はその衝撃的起床体験を生涯忘れる事が出来なかった。何故なら、それは彼が恋に落ちた瞬間だったからだ。

 十年前に起きた大火災。そこで全てを失った少年。正義の味方という理想を義父から受け継ぎ、今日まで生きてきた。

 壊れた心を必死に取り繕い人間の振りをしている機械。そんな彼が人間らしく恋に落ちたのだ。それほど、彼女の笑顔は眩しかった。

 

 そして、それから数日以内に彼は知る。この世に奇跡や魔法はあるかもしれない。だが、希望など無いのだという事に……。



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Act.1 《The calm before the storm》

 目が覚めたら隣で美少女が眠っている状況。人間として壊れた部分のある衛宮士郎だが、この時ばかりは実に人間らしく慌てふためいた。

 彼女が何者なのか。どうして隣で眠っているのか。その格好はコスプレなのか。聞きたい事が山積してパニックを起こしている。

 そんな士郎の姿を見て、少女は怒るでも、困惑するでもなく、ただただ愛らしく微笑んだ。

 

「落ち着いてよ、マスター」

 

 士郎の胸が高鳴る。ときめいたのだ。太陽の下咲き誇るひまわりのような彼女の笑顔に魅入ってしまった。

 まるで底なしの沼だ。一度踏み込めばどこまでも沈み込んでいってしまう。

 彼女が声を発する度、笑顔を浮かべる度、彼は引き返せなくなっていく。

 

「わ、悪い……」

 

 ドキドキしながらも少女に諭された士郎は表面上を取り繕った。みっともない所をあまり見せたくない。男の意地だ。

 

「聞きたい事があるのなら1つずつ頼むよ」

「わ、分かった。えっと、じゃあ……、君は何者なんだ?」

 

 ぶっきらぼうな言い回しに嫌な顔一つ浮かべず、少女は居住まいを正す。

 

「うん、そこからだよね。ボクの名前はアストルフォ。シャルルマーニュ十二勇士が一人さ!」

「アストルフォって……。それに、シャルルマーニュ十二勇士?」

 

 疑問に答えてもらった筈が更に疑問を増やすことになった。

 士郎は改めてアストルフォを見つめる。軽装ながら甲冑を身に纏い、腰にはレイピアのような細身の剣を携えている。確かに勇士を名乗るに相応しい格好かもしれない。

 だが、ここは現代日本。時代的にも国的にもシャルルマーニュ十二勇士が存在する筈がない。

 

「あれ?」

 

 更に見つめていると不思議な事が起きた。目の前に奇妙な光景が浮かび上がったのだ。

 まるでテレビゲームのステータス画面のようなものが視界に映り込んでいる。

 

「な、なんだこれ!?」

「どうしたの?」

「いや、目の前に変な映像が……」

 

 アストルフォもピンと来なかったようだ。彼女の立場ならば知っているべき情報だが、ピンと来なかったのなら仕方がない。

 

「なんだろう」

「なんだろうね」

 

 二人揃って首をかしげている。

 

「……それで、君はどうしてここにいるの?」

「それはとてもむずかしい質問だね。ボクがここに存在する理由。強いて言うなら世界がボクを望んだから……、かな?」

 

 質問の仕方が悪かったのかもしれない。ここに居る理由ではなく、存在する理由を答えられてしまった。

 だが、士郎は惚れた弱みか世界が望んだという彼女の言葉に納得の表情を浮かべる。寝起きで頭が働いていないのかもしれない。

 それから二人は色々な事を話した。士郎は山積みの質問を一つ一つアストルフォに投げ掛ける。アストルフォはどんな質問にも丁寧に応えた。丁寧だが答えになっていない回答も多々あったが士郎は彼女に惚れている。つまり何も問題無かった。

 

「つまり、アストルフォはサーヴァントって事か」

「うん! クラスはライダーだよ」

 

 そもそもサーヴァントとはなんなのか? その質問には丁寧に「よく分かんない!」という回答を貰った。

 ただ、彼女は士郎に魔術で召喚された存在だという事だけは伝わった。

 

「ボクは君のサーヴァントだよ。そして、君はボクのマスター! よろしくね!」

 

 差し伸べられる白魚のような手。

 彼女がどうして召喚されたのか、サーヴァントとはなんなのか、彼女の服をどうするべきなのか、疑問や悩みは尽きない。

 それでも、士郎はズボンで手を拭った後にその手を取った。

 それが何を意味しているのかを知らないまま、彼はただ好きになった女の子と握手を交わした。

 

 土蔵から出るとヒンヤリとした風が吹いた。まだ夜が明けたばかり。士郎はアストルフォを母屋に招いた。

 

「ここが居間。食事とかをする場所」

 

 士郎は既にアストルフォがフランスの代表的な騎士道物語の登場人物である事に疑いを持っていない。

 彼の得意とする解析魔術で彼女の装備品を鑑定した結果、彼女の出自を断定するに至った。

 驚かなかったと言えば嘘になる。だが、その動揺を抑えこむほどの圧倒的な感情が彼の心の中で暴れまわっていた。

 過去の英雄が現代に現れた事よりも好きになった女の子に家の中を案内する事の方がよっぽど一大事なのだ。

 

「へー! この床は草? あ、タタミっていうんだね!」

「畳を知ってるの?」

「知らないよ。でも、頭のなかに浮かんだの」

 

 案内をしている間にも疑問が増えていく。

 分からない筈の知識が頭の中に流れこんでくる状況は明らかにおかしい。

 だが、そもそも言葉が通じている事自体がおかしい事に気付いた士郎は解明を後回しにした。

 

「えっと……。アストルフォの部屋も必要だよな?」

「ボクはシロウと同じ部屋でも一向に構わない!」

「アストルフォには洋室の方が良さそうだな!」

 

 士郎は一番上等な洋室をアストルフォに宛てがった。同じ部屋で寝るなどとんでもない。健全な男子高校生として、そこだけは譲れない。毎晩睡眠不足になってしまう。

 

「ボクはシロウと同じ部屋が良かったのになー」

「よ、洋室も良い部屋なんだ! っと、一応掃除はしてるけど布団とかは干しておいた方がいいか」

 

 クスクスと微笑むアストルフォ。慌てふためく士郎の姿を見て実に楽しそうだ。

 二人は離れの洋室を訪れ、アストルフォが生活する為の環境を整えた。

 

「じゃじゃーん! どう?」

 

 部屋を掃除して、布団を干した二人はアストルフォの服を見繕った。街中を甲冑姿で歩くわけにはいかないからだ。

 新たに買うにしても、買い物に出掛ける為に仮の服が必要になる。迷った挙句、士郎は自分の古着を貸すことにした。

 この家にはわけあって二人の女性が頻繁に出入りするが着替えの類は置いていない。士郎に母親や姉妹はいないため、必然的に選択肢が狭められてしまった。

 少し大きいみたいだが、アストルフォはゴキゲンだ。何度も回転して士郎に感想を求めている。

 

「そ、その……、ごめんな。俺の古着なんかで……」

 

 自分の古着を好きな女の子が着ている。その状況にドキドキしつつ、士郎は謝った。年頃の女の子が着るにはあまりにも地味だし、そもそも仕方のない事とはいえ男の古着を着せるなんて失礼だ。

 

「ボクは気に入ったよ! 現代の服は不思議な手触りだね。それに色合いやデザインはシンプルだけどボクはキライじゃないよ」

 

 この日何度目かのクリティカルヒット。士郎の心はピンク色に染まっている。大抵の人は士郎の服を地味だとか野暮ったいだとか言うのだ。

 士郎本人は気に入っているのだが、それが世間一般の評価。にも関わらずキライじゃないと言ってくれるアストルフォ。無意識に頬が緩むのも仕方のない事だった。

 そうこうしている内に時間が経ち、試練の時が訪れた。

 この家にはいつも二人の女性が訪れる。特に片方は士郎が美少女に自分の服を着せ、部屋まで用意している状況を見て、《はいそうですか》と流してくれる相手ではない。

 アストルフォが何故召喚されたのかは分からない。いつまで一緒に居られるのかも、どこか帰るべき場所があるのかも分からない。

 だが、少なくともしばらくの間は一緒に暮らす事になるだろう。その説明をしなくてはならない。士郎の胃はキリキリと痛んだ。

 

「大丈夫かい?」

 

 朝食の準備を終え、正座をする士郎。その表情は不安で翳っている。そして、そんな彼をアストルフォは心配そうに見つめている。

 その気遣いに元気づけられ、士郎は決意を固めた。そして、最初の試練が扉を開けて入って来た。

 そこに現れたのは一人の少女。常に穏やかな表情を浮かべ、士郎を慕う後輩。間桐桜は居間に入った途端、呼吸を止めた。

 いつもより早い時間帯。今日は士郎よりも先に朝食の準備を始め、彼に楽をさせてあげようと企んでいた。それなのに、既に朝食が揃っている。そしてなにより、彼の横に彼の服を着た女がいる。

 桜は悟った。恐らく、同じ状況に立たされた時、他の人間では悟りきれないような事まで全て悟った。

 

「……先輩」

 

 部屋の空気が一気に下がる。士郎は恐怖した。ラスボスが来る前にあわよくば桜を説得し仲間に引き入れようと企んでいた彼は目の前の存在こそがラスボスを超えた存在……いわゆる、裏ボスである事を悟った。

 いつも聞く慈愛に溢れた声。なのに、何故か地獄の底から響くような悍ましさを感じた。

 いつも見つめてくる穏やかな瞳。なのに、何故か闇を何重にも重ねたような昏い光が見えた。

 いつも空気を和ませる彼女の存在。なのに、何故か全身の震えが止まらない。

 

その女はなんだ?(そちらは)

「ボクはアストルフォ! シャルルマーニュ十二勇士が一人さ!!」

 

 そして、士郎にとっても、桜にとっても予想外の事をアストルフォはしでかした。

 本来隠すべきものなのに、堂々と自らの身分を明かしたのだ。

 この瞬間、少年と少女の脳内に様々な思考が駆け巡った、

 

 実はこの二人、どちらも魔術師である。そして、互いに自らの正体を隠している。

 特に桜は様々な事情があって、何があっても士郎に自らの正体を悟られるわけにはいかない。

 アストルフォの暴挙によって、修羅場は高度な頭脳戦に様相を変える。

 

「やっほー! お姉ちゃん、参上!!」

 

 そこへ更なる火種が現れる。正体がバレてはまずいと思考を巡らせる二人の魔術師。何も考えていない英雄。そして、場を確実に混沌化させる猛獣。

 もはや数秒先すら見通せない状況。

 今、衛宮家の家族会議が始まる――――ッ!!!



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Act.2 《The die is cast》

 空気が冷え切っている。いつも穏やかな笑顔を絶やさない桜が無表情になっている。いつも騒がしい藤村大河が一言も喋らない。

 士郎はまさに蛇に睨まれたカエル状態だ。別に悪い事をしたわけじゃない。なのに、言い訳をしなければいけない気がする。正義の味方を目指す者にあるまじき思考だ。

 

「あの……、藤ねえ」

「その子は誰なの?」

 

 アストルフォは何も言わない。ピリピリとした空気を感じ取り士郎の背中に隠れている。その光景が二人の女性を更に苛立たせる。

 昨日の晩も三人で過ごした。美味しい食事を食べ、お笑い番組を見て、学校での出来事を話し合った。実に温かくも楽しい団欒。その中にアストルフォはいなかった。

 隠れていたのか、それとも昨晩の内に現れたのか、どちらにしても気分が悪い。

 

「その子が着ている服。それって、士郎のよね?」

 

 大河と士郎は十年に渡る付き合いだ。だが、彼女のこれほどまえに冷たい声を士郎は聞いた事がない。

 

「ねえ、士郎。正直に答えてちょうだい。その子を泊めたの?」

 

 大河が疑っている事。それは士郎の不純異性交遊。

 実は彼女は彼が通う高校の教師……それも、担任なのだ。保護者として以前に教師として、士郎の行動を黙認する事は出来なかった。

 

「いや、泊めたというか……、その」

 

 その歯切れの悪い言い方が大河にはショックだった。

 士郎は心優しく誠実な少年だ。何か問題を起こしたとしても、そこには必ず理由があった。

 彼女は彼の夢を知っている。彼女は彼の心根の良さを知っている。だからこそ、悲しくなった。

 

「言い訳なんてしないで」

 

 その声は震えていた。その瞳は士郎の影で呑気に笑っているアストルフォを睨んでいる。

 

「ねえ、シロウ」

 

 緊迫した空気を打ち破るようにアストルフォが口を開いた。

 

「どうして誤魔化そうとしてるの?」

 

 不思議そうに彼女は言った。

 

「誤魔化す……?」

 

 大河の眉間に皺が寄る。

 

「い、いや、別に誤魔化そうとしてるわけじゃなくてその……」

 

 冷や汗がダラダラと流れる。士郎が真実を口に出来ない理由。それは彼が魔術師である事に起因する。

 魔術とは隠匿すべきもの。一般人に神秘が漏洩すれば漏らした者も漏らされた者も罰を受ける事になる。

 士郎は我が身可愛さに黙っているわけじゃない。目の前に座る二人の家族を守る為に口を閉ざしているのだ。

 だが、そうした理由さえ、今の状況では口に出来ない。それはつまり、アストルフォの口を閉ざす事も出来ないという事。

 

「ボクはシャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ! シロウに召喚されたサーヴァントだよ」

 

 彼女は実にあっさりと爆弾を投げ込んだ。士郎だけではない。桜も悲鳴を上げそうになった。

 このサーヴァントは神秘を秘匿する気が一切無い。

 

「しょ、召喚って……。それにシャルルマーニュ十二勇士は知ってるけど、それは昔話の登場人物でしょ?」

「チッチッチ! 疑うのならば御覧あれ!」

「お、おい! 何をする気だ!?」

 

 士郎はついに悲鳴を上げた。だが、アストルフォは止まらない。

 

「これぞ! ボクがロジェスティラから譲り受けた知恵の書! 名を《魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)》!」

 

 アストルフォが自らの正体を示す証拠として掲げたもの。それは彼女が生前に魔女ロジェスティラから譲り受けた魔道具の内の一つ。

 彼女自身はその魔道具の真名を忘れている。故に真の力が発揮される事はない。だが、その力の一端でさえ現代の魔術師が紡ぐ魔術程度ならばアッサリと無効化する事が出来る究極の対魔術礼装。

 アストルフォがその宝具を証拠として選択したのは単なる偶然。だが、その偶然が一人の魔術師に致命的な一撃を与えた。

 突如、室内に響き渡る苦悶の叫び。誰もが目を見開く。下手人たるアストルフォさえ目を丸くしている。

 

「な、なになに!? なにをしたの!?」

「ええ!? ボ、ボクじゃないよ!! これはあらゆる魔術を消し去るだけのもので……」

「い、いや、お前が何かしたからじゃないのか!?」

 

 みんな混乱している。だが、その混乱も長くは続かない。悲鳴が聞こえなくなると同時に桜が倒れたのだ。

 これは桜自身も知らなかった事。彼女の心臓部には彼女の祖父である間桐臓硯の本体たる刻印蟲が潜んでいた。

 魔術によって自らの魂を蟲に定着させていたのだ。だが、アストルフォの礼装はその術式を一瞬の内に解いてしまった。意識を他の蟲に移す暇さえ無かった。

 

「さ、桜ちゃん!!」

「桜!!」

「ど、ど、どうなってるの!?」

 

 桜の呼吸を慌てて確かめる大河。

 

「き、気絶してるだけみたいね……」

 

 桜が気絶した理由は臓硯の死と共に彼女の体内の刻印蟲が一瞬暴れた為だ。

 その激痛から逃避する為に脳が意識を強制的に切断しただけの事。

 

 それから十分。布団に寝かせられた桜が目を覚ました。間桐の家に連絡をしたり、病院に連れて行く為にタクシーを手配したりとてんてこ舞いの士郎達を彼女は呼び止めた。

 彼女は悟ったのだ。自らを縛るものが消えた事を。

 まさか、自らの体内に潜んでいるとは思わなかった。だが、十数年に渡り、彼女の人生を縛っていた存在が消えた事を実感した。

 

「……先輩。それに藤村先生。二人にお話したい事があります」

 

 アストルフォの様子を見て、桜は考えたのだ。恐らく、士郎は彼女を召喚してしまった意味を理解していない。そして、大河も魔術の事を遠からず知ってしまうだろう。

 恐ろしい未来を予感した。

 この家での素敵な時間が終わりを迎える。何もかも壊れてしまう。

 幸いというべきか、まだ時間が残されている。それなら、いっそ……。

 

「初めに……、言わなきゃいけない事があります」

 

 言いたくなかった。知られたくなかった。

 だけど、士郎は既に巻き込まれてしまっている。助けてあげられるのは自分だけ……。

 縛る者が消えた事、放置するにはあまりにも危うい目の前のサーヴァントの事、好意を抱く少年の事。

 巡らせた思考の果てに彼女は少しだけ勇気を出した。そこにはちょっとした下心もあったが、彼女にとっては大きな決意の要る選択だった。

 

「私は魔術師です」

 

 いつも夢を見ていた。この小さな幸せの中で生きる自分。

 きれいであたたかな優しい毎日がいつまでも続く事を……。

  

「……先輩」

 

 夢は終わるもの。

 だけど、今この瞬間、足を一歩踏み出せば可能性が広がる。

 夢が夢でなくなっても、夢のような現実を歩めるかもしれない。

 

「……聖杯戦争が始まります」



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Act.3 《Bad luck often brings good luck》

 聖杯戦争。たった一つの聖杯を巡り、七人の魔術師が七人のサーヴァントを使役して殺し合う戦いの儀。

 桜が一連の説明を終えると、いつもは賑やかな衛宮家の居間が静まり返った。

 

「そっか……。もしかして、最近噂になってるガス漏れ事故とか通り魔も?」

「はい。十中八九、聖杯戦争の参加者が引き起こした事件だと思います」

 

 士郎は手の甲に視線を落とした。そこには真紅の模様が浮かんでいる。

 令呪と呼ばれる三回限りの絶対命令権。これを使えば、サーヴァントに対していかなる命令でも強要する事が出来る。

 これは殺し合いの為のもの。

 

「桜ちゃんが魔術師……。士郎も魔術師……。しかも、街中で殺し合い……」

「藤村先生。信じられない話かもしれませんが、事実なんです」

 

 なんなら証拠を見せますよ。そう言い掛けた桜を手で制して大河は言った。

 

「桜ちゃんの言葉だもの。疑ったりしないわ。ただ、ちょっと整理し切れていないの……」

 

 普通の人ならこんな話、冗談か嘘だと断じて取り合わない。だが、大河は疑う素振りすら見せなかった。信じたからこそ、考え込んでいる。

 桜は複雑だった。荒唐無稽とも言える話をアッサリ信じてくれた事を嬉しく思うと同時に大河を魑魅魍魎が跳梁跋扈する魔術の世界に引き込んでしまった事に恐怖を感じている。

 後悔はしていない。大河はおおらかな性格だが、その実鋭い感覚の持ち主でもある。彼女は決して人を騙さず、決して人に騙されない。召喚とか、サーヴァントという単語を聞かせてしまった時点で、いつか辿り着かれてしまう。その時、彼女は思うだろう。士郎の身の安全や街の保安の事を。

 その時、桜や士郎が傍にいればいい。だけど、どちらも傍にいられなかった時、彼女が動けば最悪の未来が待ち受けている。魔術協会や聖堂教会は神秘の漏洩を決して善しとしない。良くて記憶の消去、悪ければ……。

 寒気がする。桜にとって、この家は特別だ。一緒に団欒して過ごした士郎と大河。二人の内、どちらを失っても耐え切れなくなる。

 

「先輩。藤村先生。出来れば、二人には逃げて欲しい……、です。しばらく、この街を離れてくれればいずれ闘争に決着がついていつもの日常が戻って来ますから……」

「……でも、人が死ぬんだよな?」

「この街が……」

 

 この街から離れて欲しい。だけど、二人の性格を考えると……。

 二人はどこまでも善良だ。赤の他人の不幸を見捨てて置けない程優しい性格をしている。

 

「なあ、桜。一つ聞かせて欲しい」

 

 士郎は言った。

 

「十年前の火災。あれもひょっとして……」

 

 士郎の言葉に大河が目を見開く。

 桜は震えながら頷いた。

 

「……そうか」

 

 士郎は何度も悪夢を見ている。子供の頃から何度も、何度も、何度も……。

 その事を桜と大河は知っていた。そういう時、二人は必死に励まそうとしてきた。

 家族や友達、住んでいた家すら失った少年。その原因が聖杯戦争にあると分かり、彼の意思は固まってしまった。

 

「なら、俺は……」

 

 士郎の瞳が黙って三人の話に耳を傾けていたアストルフォに向けられる。

 

「戦う。戦わなきゃいけない……」

 

 事情を完全に把握出来たわけじゃない。それでも、その瞳に宿る強い意思を見て、アストルフォは微笑んだ。

 

「一緒に……、戦ってくれるか?」

「もちろんだよ、マスター! その為のサーヴァントさ」

 

 過去に偉業を為した英雄。その絶大な力に抗うには同じ力を持つ存在をあてがうしかない。

 桜にそう説明されたが、イマイチ実感が湧かない。なにしろ、アストルフォは花のように可憐な少女だ。守るというより、守られるべき存在に見える。

 

「うーん……」

 

 大河は悩んでいる。出来れば士郎に危ない事などしてほしくない。だけど、何もしなければ死人が出てしまう。

 生まれ育った街で誰かが悲劇に見舞われる。

 彼女の実家は藤村組という極道組織であり、彼女自身は教師だ。それ故に横の繋がりが果てしなく広い。この屋敷や藤村邸が彼女の家なら、冬木市全体が彼女の庭なのだ。

 単なる正義感ではない。親愛なる隣人達を守りたいという情が彼女を悩ませる。

 

「……今から、私もサーヴァントを召喚します」

「え?」

「はい?」

「おー!」

 

 反応は三者三様だった。

 

「ちょ、ちょっと待てよ桜!」

「桜ちゃん! サーヴァントを召喚するって、それってつまり、桜ちゃんも聖杯戦争に参加するって事でしょ!?」

「いいねいいね!」

 

 止めようとする二人。煽る気まんまんの一騎。

 桜は手をパンパンと叩いて静かにさせた。時折、大河は暴走する。士郎も稀に暴走する。そういう時、彼女はこうして二人を止める。

 

「私が二人を守ります」

 

 聖杯戦争に参加する理由なんてなかった。ただ、命じられたからその為の準備をしていただけだった。

 今は違う。参加する理由が出来た。

 桜は縁側に出ると、置いてある中庭用の靴を履いて土蔵に向かう。士郎や大河、アストルフォも慌てて追い掛ける。

 土蔵の中に入ると、桜は地面を見つめた。そこにはサーヴァント召喚用の魔法陣が刻まれている。

 これは家の持ち主である士郎も管理していた大河も知らなかった事だが、十年前にここでサーヴァントの召喚が行われた。

 士郎の父である衛宮切嗣はこの場所でセイバーのサーヴァントを召喚し、迫り来る敵を悉く完封したという。

 未遠川という冬木市を二分する川の中腹にある壊れた船は当時の名残だ。あそこで切嗣が召喚したセイバーが天空を舞うドラゴンに跨る騎士を打ち倒した。

 

「……桜。やっぱり、お前は遠くに逃げて―――――」

「お断りします!」

 

 士郎の言葉を遮り、桜は自らの意思で初めて魔術回路を起動した。

 

「先輩と先生は私が守ります!」

 

 この二人を置いて逃げるなんて、出来るわけがない。この家があるから、この二人がいるから私は人であれた。

 桜は決意を固めて陣の前に立ち、呪文を唱え始める。

 士郎は必死に止めようと声を荒らげた。大河も同様だ。それでも、桜は止まらない。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 その祝詞が土蔵を満たした時、明らかに空気の質が変化した。

 士郎がアストルフォを召喚した時、彼は眠っていた。だからこそ、この変化に大河と同じくらい驚いている。

 渦巻くエーテルが嵐のように荒れ狂い、その空間を異界化している。

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応えよ!」

 

 サーヴァントを召喚する際、英霊の触媒が必要となる。

 桜は知らない。大河も知らない。士郎は気づいていない。

 この場にサーヴァントの触媒となる聖遺物が《二つ》も混在している事に――――。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」

 

 光が迸る。二つの聖遺物は二騎の英雄に糸を伸ばした。その二つの内、桜が自らの意思を持って手繰り寄せた縁は一つ。

 光の中からそのサーヴァントは姿を現した。

 

「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した。……ふむ、こういう事もあるのか」

 

 金糸の刺繍が交じる真紅の外套。褐色の肌。逆立つ白い髪。

 アーチャーのサーヴァントは皮肉げに笑みを浮かべながら自らのマスターに頭を垂れる。

 

「これより我が身は御身の剣となり、盾となる。ここに契約は完了した」

 

 ◆

 

 それから殆ど間を置かず、衛宮邸から少し離れた場所で知り合いの神父にせっつかれた一人の少女が召喚を行った。

 現れたサーヴァントは青い衣に白銀の鎧を纏う少女。

 

「問おう。貴方が私のマスターか?」

 

 最強のマスターが最強のサーヴァントを引き当てていた。



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Act.4 《Nothing ventured, nothing gained》

「マスター。一つだけ質問をしてもいいか?」

 

 アーチャーのサーヴァントは頭を垂れるまでの僅かな時間に多くの事を考えた。

 その結論がこの質問に集約されている。

 

「な、なんですか?」

「君にとって、勝利とはなんだ?」

「勝利とは……」

 

 彼女が聖杯を望むというのならば構わない。憎き相手を滅ぼしたいと願うのならば、それでもいい。

 だが、もしも彼女がアーチャーの想像した通りの解答を返せば、その時は……。

 

「生き残ることです」

 

 桜は言った。

 

「私は先輩と先生を守って、これから先も一緒にいたいんです!」

 

 不思議な感覚だった。相手は聖杯を求めて召喚に応じたサーヴァント。ただ生き残りたいなどと言っても呆れられるだけだ。

 分かっているのに、何故か口から本心が飛び出した。隠したり、偽る気になれなかった。

 

「――――そうか」

 

 アーチャーは瞼を閉じた。彼には一つの目的があった。それだけを希望に絶望の中を彷徨い続けてきた。

 腕をほんの一振りするだけ……いや、それすら必要ない。ただ、念じるだけで彼の望みは叶う。それほど、彼の標的は無防備だ。

 主である少女の背後に立つ少年。彼を殺す事こそが彼にとっての至上目的。

 

「勝てば……君は幸福になれるのか?」

「え……? は、はい!」

 

 その強い決意を宿した眼差しを見て、アーチャーは自らの目的を果たす事を諦めた。

 なぜなら――――、

 

「ならば、是非もない。サーヴァント・アーチャー。名はエミヤシロウ。如何なる難敵も討ち倒し、君を……君達を守り通そう」

 

 家族(サクラ)の幸福を踏み躙る事など、もう二度と御免だからだ。

 

「……え?」

 

 桜はキョトンとした表情を浮かべている。

 それは背後に控える大河や士郎、アストルフォも同様だ。

 

「……あの、聞き間違いですか? その……、今……」

「エミヤシロウ。それがオレの真名だよ、桜」

 

 彼女の幸福を守れる可能性がある。ならば、自らの《自分殺し(よくぼう)》を満たす機会を期待する暇などない。

 全身全霊を持って、あらゆる敵を殺し尽くす。

 

 嘗て、彼は彼女を切り捨てた。ずっと一緒に居た癖に彼女の苦しみを分かってやれず、挙句の果てに命を奪った。

 その彼女に召喚され、その彼女が幸福になろうとしている。

 ならば、選択の余地などない。

 

「せ、先輩……? だって……、え?」

 

 桜は混乱している。後ろに立っている士郎を見て、助けを求めている。

 

「……お前が、俺?」

 

 士郎も混乱している。だが、その混乱は桜や大河達のものと些か異なる。

 アーチャーがエミヤシロウである事。その事に何の疑問も抱かず納得してしまった。

 目の前の存在が己自身であると理解してしまったが故に混乱している。

 

「し、士郎……?」

 

 大河も混乱している。彼女もアーチャーが士郎と同じ存在である事に納得してしまった。

 獣の勘とでも言えばいいのか分からないが、彼がエミヤシロウだと理解してしまった。

 だからこそ、許容量を超えてしまった。

 

「どーいうことなのー!?」

 

 ひっくり返る大河をアストルフォが慌てて支える。この中で一番冷静なのは皮肉にも理性が蒸発していると謳われる彼女だった。

 

「……あー、君達。とりあえず落ち着け」

 

 大混乱を巻き起こした張本人が咳払いと共に言った。

 

「落ち着けって……あの、本当に先輩なんですか? ど、どうして……、その」

 

 おどおどしている桜にアーチャーは少しだけ後悔した。

 真名を名乗ったのは一種の決意表明だった。二心など持たず、彼女の味方として戦い抜く為の……。

 

「そこの未熟者の夢を知ってるか?」

「……えっと、正義の味方ですか?」

 

 恐る恐る答える桜。士郎自身があまり語りたがらない為にあまり口外した事は無かった。

 

「その夢をいい年して追いかけ続けた結果がオレだよ」

「せ、正義の味方になれたって事か?」

 

 士郎の言葉にアーチャーは不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「目的は果たせんが、矯正くらいはさせてもらうか」

「は?」

 

 アーチャーは士郎の頭を掴んだ。

 突然の暴挙に全員が声を上げるが、彼は直ぐに手を離した。

 戸惑う士郎にアーチャーは言った。

 

「今夜見る悪夢の内容は全て事実だ。そこから先は悩み続けろ。少しはマシになる筈だ」

「あ、あの……えっと、先輩?」

「私の事はアーチャーでいいよ、マスター。些かハメを外し過ぎたな」

「で、でも――――」

 

 その時だった。突然、大河が悲鳴を上げた。

 

「どうした!?」

「どうしました!?」

「どうしたんだ!?」

「どうしたの!?」

 

 一斉に顔を向けられた大河は泣きそうな顔をしていた。

 

「ど、どうしよう……。もう、こんな時間……。遅刻だぁぁぁぁ!!」

 

 揃ってズッコケそうになった。

 

「遅刻って、どこか行く予定だったの?」

 

 一人呑気なアストルフォ。

 

「学校よ! どうしよう……。急いでも絶対に間に合わない……」

 

 しおれていく大河にアストルフォはふふんと胸を張った。

 

「なんだかよくわからないけど、ボクに任せておきたまえ!」

 

 そう言うと、ライダーは虚空に向かって声を張り上げた。

 

「おいでー!」

 

 すると、上空にまるでガラスをトンカチで叩いたかのような亀裂が走った。

 そこから一頭の幻馬が姿を現す。鷲の顔と馬の体を持つ幻想の生物が今、衛宮邸の庭に降り立った。

 

「この仔に乗れば地球の裏側だってひとっ飛びさ!」

「ちょ、ちょっと待て、アストルフォ! 真っ昼間からそんなのに乗ったら――――」

「間に合う!? 間に合うのね!! 乗せて、アストルフォちゃん!!」

「ちょ、藤ねえ!?」

「よしよしオーケイ! マスターも何か心配事があるなら一緒に乗ればいいさ! 行くよ、二人共!」

「ちょちょ、ちょっと待ってくれ!!」

「ゴー!! この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)!!」

 

 アストルフォの華奢な体躯からは想像もつかない力で幻馬に強制的に跨がらされた二人は一瞬の内に天空高く舞い上がった。

 あまりの事態に呆気に取られるアーチャーと桜。

 

「……桜。ところで、アイツが召喚したのは誰だ?」

「え? えっと、アストルフォさんですけど……」

「……セイバーじゃないのか」

 

 もはや見えなくなった主従プラスワン。

 アーチャーは今更な疑問を抱いたのだった……。

 

 上空三千メートル。普通、生身の人間がそんな場所にいたら凍死してしまうが、何故か三人は快適な空の旅に興じていた。

 

「いや、どこに向かってるんだよ!?」

「え? ……どこだっけ?」

「学校!! 学校よ!!」

「学校って、どこにあるの?」

 

 結局、学校に辿り着けた時、完全に遅刻の時間帯になっていた。

 アストルフォは一人にしておくと何をしでかすか分からない。僅かな時間でその事を実感した士郎は一人煤けた背中で歩く大河を見送り二人で再び天に舞い上がった。

 

 ◆

 

 その光景を一人の少女が見ていた。

 

「リン。たった今、ライダーを捕捉しました。マスターと思しき者が二人居ますが、どうします?」

 

 大河が泣きながら駆け込んだ学校。その屋上に佇む少女がラインを通じて自らのマスターに問い掛ける。

 

『思しき者が二人って、どういう事?』

「言葉の通りです。ライダーは幻想種を操り、一人の女性を裏の林で降ろすと、別の男性を乗せたまま天に駆け昇って行きました」

『ちなみにその女性の特徴は?』

「些か目を引く装いでした」

 

 少女が告げた女性の特徴を聞き、リンと呼ばれた彼女のマスターは該当者を割り出した。

 

『藤村先生……? うーん、接触してみるべきか否か……』

「ちなみにどういった人物なのですか?」

『竹を割ったような人。裏表が無くて、私が知る限り魔術師とは正反対の人柄よ』

「……ですが、ライダーと繋がりがある事は確実です。なんらかの対処をすべきでは?」

『……考えてみるわ。とりあえず、使い魔で監視をしておく』

「それでは手緩いのでは?」

『あの人の事、少し苦手なのよね……。って、好き嫌いしてる場合でもないか。そうね、様子見は一晩だけにする。それで何も分からないようなら仕掛けるわ』

「では、今晩は昨日と同じく?」

『ええ、新都に足を伸ばして敵捜しよ。なんなら、ちょっと挑発でもしてみましょうか』

「……それも悪くありませんね」

 

 セイバーのサーヴァントはマスターとの念話を終えると街を見下ろした。

 嘗て、彼女はこの地に来た事がある。今回と同じく、聖杯戦争に招かれたサーヴァントとして……。

 

「のどかだ……」

 

 聖杯戦争が始まっても、学生としての生活を維持すると主張したマスター。

 前回のマスターとは似ても似つかない。人質を取ったり、無関係な一般人を巻き込むような手を彼女は厭う。

 戦争を勝ち抜く為には捨てるべき甘さだと思うが、同時に好ましいあり方でもある。

 

「……必要ないか」

 

 彼女は前のマスターとは違う。影で動く必要などない。甘さを捨てる必要もない。

 真正面から堂々と勝ちにいける強さを持っている。

 ならば、彼女の剣として己の為すべき事はひとつ。

 

 その夜、未遠川に沿う遊歩道で彼女は挑発行為を行った。何の事はない。殺意と魔力を適当にばら撒いただけだ。

 その挑発に乗った者が一人。

 

「いいね、その殺意。最高だぜ」

 

 青き槍兵が真紅の槍を携え現れた。

 

「よくぞ来たな。貴様が今回の聖杯戦争の最初の脱落者だ」

  

 戦端が開く。マスターから供給される莫大な魔力を糧に、最強のサーヴァントが最初の獲物に牙を剥いた。



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Act.5 《Love is blind》

 アストルフォが士郎と大河を連れ去り天高く舞い上がった後、残された桜とアーチャーは居間に移動した。

 

「……先輩を守る為にサーヴァントを召喚したのに、召喚されたのも先輩で……。私はどうしたらいいんでしょうか……?」

 

 思いつめた表情を浮かべて何を言い出すかと思えば、アーチャーは苦笑した。

 

「悩む必要はない。私とヤツは同一であって、同一ではない存在だ。君にとっての先輩はヤツ一人なんだよ。だから、私の事を気にかける必要はない」

「どういう意味ですか?」

「簡単な話だよ。私も聖杯戦争に参加した経験がある。だが、その時に召喚したサーヴァントはセイバーだった。それに、君が《エミヤ(わたし)》を召喚する事も無かった。この時点で既に未来が分岐している。起源は同じでも、私達は別人なんだよ」

「……でも、先輩です」

 

 桜の言葉にアーチャーは心の中でため息をこぼした。

 こんな風に困らせるつもりはなかった。ただ、決して裏切らない存在だと認めてもらい、全力で頼ってもらいたかった。

 

「……マスター。私は君のサーヴァントだ。君に守られる存在じゃない。君を守る存在だ」

 

 ジッと桜の瞳を見つめながら、アーチャーは一言一句を刻みこむように言った。

 

「安心したまえ。これでも強くなったんだ」

 

 微笑みかけると、桜はポカンとした表情を浮かべた。

 少しキザな言い方だったかもしれない。呆れられてしまったかと思い、アーチャーは頬を掻いた。

 

「これだけは信じて欲しい。……オレは桜を守る。どんな敵からも、どんな運命からも絶対に。何が起きても、これだけは譲れない。君の幸福の為なら、どんな事でもするつもりだ」

 

 アーチャーは少し勘違いをしている。桜は呆れてなどいない。

 彼女は恋する乙女だ。他ならぬ意中の男性が成長した姿で己の前に現れ、己の事を守る為に全力を尽くすと言った。

 その衝撃たるや、核弾頭が頭上で爆発したかのようだ。みるみるうちに桜の肌は真っ赤になった。

 

「さ、桜!?」

 

 目を回す桜。アーチャーは慌てて倒れそうになる彼女を支えた。

 その鍛えぬかれた腕に包まれ、桜は今の状況が夢なのではないかと疑い始めた。

 己を抱き留めるエミヤの顔を見つめる。よく見れば、今の士郎の面影が色濃く残っている。

 

「……先輩。髪をおろしてもらってもいいですか?」

「は? か、構わんが……」

 

 困惑した様子で髪を撫で付けるアーチャー。

 

「……本当に先輩なんですね」

 

 逆立てていた髪をおろすと、それは童顔である事を気にしている彼の顔よりも少し大人びていたが、士郎の顔だった。

 

「なんだ。信じていなかったのか?」

 

 憮然とした表情を浮かべるアーチャーに桜は微笑んだ。

 

「だって、先輩は今でも凄くかっこいいんです。なのに、成長したらこんなに……、ますますかっこよくなるなんて……驚いちゃいまし……た」

「桜!?」

 

 突然意識を失う桜。慌てて呼吸と脈拍を確認するが異常は見当たらない。

 やがて静かな寝息を立て始めた。

 

「……召喚の疲れが出たか。色々聞きたい事もあったのだがな……」

 

 持ち上げると、見た目に比べてその体重は酷く軽かった。

 細い腕。失礼を承知で解析の魔術を使うと彼女の体内に蓄積している物が見て取れた。

 

「桜……。今度は絶対に助けるからな……」

 

 安らかな家族(さくら)の寝顔を見て、アーチャーは決意を新たにした。

 

 ◇

 

 大河を学校で降ろしたアストルフォは士郎を後ろに乗せたまま高度六千メートルで遊覧飛行を楽しんでいた。

 

「どうだい? ヒポグリフの乗り心地は!」

「……凄い」

 

 語彙力が足りないのではない。その光景やその体感を他に言い表せる言葉が無かったのだ。

 どんな言葉もこの鮮烈な体験を表現しきれない。

 人が生身では到達出来ない場所。外気圏という、宇宙空間との境界面。そこからの光景はただ……ただ、凄い。

 

「地球が見える……」

「美しいよね」

 

 地球という惑星(ほし)が球体である事実を肉眼で確認する事など普通は出来ない。

 その美しさを分厚い窓やカメラを通さずに見る事が出来た。その感動に心が揺さぶられる。

 

「アストルフォは月に行ったことがあるんだよな?」

「うん! まあ、その時は別の馬車を使ったけどね」

「今は無いのか?」

「うん……。ごめんね」

 

 ショボンとするアストルフォに士郎は慌てた。

 ちょっとだけ月旅行に惹かれてしまっただけで、どうしてもという程ではない。

 

「こ、こっちこそ無理を言って悪かった。……えっと、月ってどういう所だったんだ?」

「すべて……」

「え?」

 

 アストルフォは夢見るような表情を浮かべて言った。

 

「そこにはすべてがあったよ。ローランの理性だけじゃない。なにもかもがあったの……」

「なにもかもが……?」

「そう……。人類という種が持つ叡智を遥かに超えた存在(モノ)。……ムーンセル」

「アストルフォ……?」

 

 士郎はアストルフォの雰囲気がさっきまでと異なっている事に気がついた。

 

「アレを見て」

 

 彼女が指を差した先にあるものは《月》だった。

 

「月に近づいたから、少しだけボクの理性が戻って来ているんだ」

 

 ヒポグリフの背中で器用に座り方を変え、士郎に顔を向けるアストルフォ。

 

「折角だから、お話しようよ」

「あ、ああ」

 

 大き過ぎる地球を眼下に収め、星の海を漂い、可憐なお姫様と幻馬の上で語り合う。

 まるでお伽話の世界に迷い込んだような気分だ。

 

「シロウ」

「なんだ?」

「シロウ!」

「な、なんだよ……」

「シ・ロ・ウ!」

「……本当に理性が戻ってるのか?」

 

 いきなり名前を連呼され、少し頬を赤くしながら疑るような目つきをする士郎。

 

「もちろんさ。今、ボクは数奇な運命によって主となった君の名を胸に刻んでいるところだよ。ねえ、シロウ。君はどうしてボクを喚んだの?」

「……喚んだっていうのは、ちょっと違うかもしれない。だって、俺は桜から説明を受けるまで聖杯戦争の事を何も知らなかったんだ。いつもみたいに魔術の鍛錬をしていて、その内に眠って……気付いたらアストルフォが隣で寝てた」

 

 士郎の言葉にアストルフォは笑った。

 

「まさしく運命的だね! 君は召喚しようと思ったわけじゃない。呪文も唱えていない。なのに、ボクは君と出会えた! とても素敵な事だと思うよ」

「……ああ、そうだな。聖杯戦争の事は色々考える所もあるけど、俺もアストルフォと出会えた事は素直に嬉しい」

 

 それは嘘偽りのない本音。士郎は目の前の可憐な少女に恋をしている。この出会いはまさしく奇跡だ。

 

「ねえ、君の事を教えてよ。ボクは君の事をたくさん知りたい」

 

 その声は、表情は、言葉は魔力を秘めていた。

 どんな事でも話してしまいたくなる。己の全てを知ってほしい。そう思わせる魔力がある。

 恋の魔力はいかなる呪詛よりも強力だ。

 

「えっと、どんな事を聞きたいんだ?」

「そうだなー。まずは君の夢を教えてよ」

「夢……?」

「うん!」

「……俺の夢は」

 

 それをあまり人に言った事がない。この歳になって、それを理想と語るのは少し照れくさいからだ。

 だけど、聞かれたからには答えないといけない。

 

「正義の味方になりたいんだ」

 

 それが如何に難しい事かも知っている。それでもなりたいと思った。

 炎の記憶に色濃く刻まれた養父の笑顔。彼が掲げた理想。それを月夜の晩に受け継いだ。

 みんなが笑顔でいられる世界。それが望みだと士郎は言った。

 

「この歳になって、何言ってんだかって思われるかもしれないけど……。それでも、俺は正義の味方を目指してる」

 

 そう締めくくる士郎にアストルフォは言った。

 

「いいね、その夢! 君のようなマスターに召喚された事を幸福に思うよ! ボクはその夢、大好きだ!」

「あ……、ありがとう」

 

 それはまさしく致命傷だった。

 彼がその後、どんな真実を識っても、この時点で後戻り出来なくなってしまった。

 大好きだと、士郎の夢を断じたアストルフォの笑顔。そこに嘘偽りや冗談の色は欠片もない。

 心からの言葉だと理解して、士郎は赤くなる顔を隠す為にそっぽを向いた。

 

 人に話しても、呆れられたりバカにされる事の方が多かった。

 こんな風に真っ直ぐに肯定された事は初めてだった。

 

「アストルフォはどうなんだ……?」

「ボク?」

「ああ。夢とか、好きなものとか、そういうの」

 

 己の事を知りたいと言ってくれた彼女の事を士郎も知りたくなった。

 

「ボクの夢か……。いつでも自由気ままに生きてるからねー。でも、好きなものなら言えるよ! 全部!」

「ぜ、全部?」

「そう! この世界にある物なら嫌なこと以外全部!」

「……じゃあ、逆に嫌いなものは?」

「うーん、ないね! 世界の全て! 大抵のものは好きだよ!」

 

 その曇りない笑顔が眩しく感じた。この世の全てを愛する。そこに彼は己の理想に対する答えがあるように感じた。

 

「シロウはある? なにか好きなモノ!」

「俺か……? 俺は……」

 

 答えが中々口に出せなかった。好きなものを聞かれて、具体的に答えを出すことが出来なかった。

 

「なになに? ひょっとして、ボクの事とか?」

 

 からかうように言われ、士郎は顔を真っ赤に染め上げた。

 するとアストルフォはガバッと士郎を抱き締めた。

 

「嬉しいよ、シロウ! ボクもキミが大好きだよ!」

 

 その体の柔らかさと鼻孔をくすぐる甘い香りに頭が蕩けてしまいそうだった。

 

「ボクは弱い」

 

 アストルフォは士郎を抱きしめながら言った。

 

「それでもボクはキミのサーヴァントだ。キミがボクを信頼してくれるなら、ボクは全力で応えるよ」

「アストルフォ……」

「誓うよ、マスター。ボクはキミの剣であり、キミの刃であり、キミの矢だ」

 

 契約が完了した。マスターとサーヴァントは互いを見つめ合い、全幅の信頼を相手に預け合う。

 普段は何をしでかすか分からないところがあるサーヴァントだが、どんな時でも彼女を信じよう。そして、信じてもらえるように頑張ろう。そう、士郎は心に誓った。

 

 ◇◇

 

 士郎とアストルフォが遊覧飛行を終えて衛宮邸に戻って来た時にはすっかり日が暮れていた。

 その頃、丁度眠りから覚めた桜が夕飯の準備を進めていて、士郎も慌てて手伝いに向かった。すると、そこには既に先客としてアーチャーが居座り、まるでその場の主が如く鍋を振るっていた。

 

「いいか、桜。中華鍋を振るコツは――――」

 

 その実に楽しそうな表情を見て、士郎はなんとも言えない気分になった。

 

「……あれ、俺なんだよな?」

「あはは! 楽しそうだね!」

 

 まるで自分の城を奪われた王のような気分。

 どんよりとした空気を漂わせる士郎にアストルフォは後ろからハグをした。

 そこにゴジラでも出たかと思うような大きな足音を立てて大河が現れる。

 

「うえーん! 怒られたよぉぉぉ」

 

 泣きべそをかく大河の到来。そこにアーチャーが現れた。

 皿には麻婆豆腐が盛られている。

 

「……相変わらずだな」

 

 どこか嬉しそうな表情だった。

 皿を食卓に並び終えると、アーチャーはそのまま縁側に出た。

 

「どうしたの? 赤士郎」

「その赤士郎というのはなんだ!?」

 

 大河に変な呼び方をされ嫌そうな表情を浮かべるアーチャー。

 

「だって、士郎も士郎なんでしょ? でも、士郎は士郎で士郎がいるし、士郎と士郎じゃ混乱するから士郎は士郎のまま、士郎は赤士郎って呼ぶ事にしたわけよ!」

 

 まるで早口言葉のようだ。アーチャーは深々とため息をこぼした。

 

「アーチャーでいいよ」

「でも、士郎なんでしょ?」

「そうだが、赤士郎よりはマシだ」

「えー! 怒られながら必死に考えてたのに―」

「……怒られている時は反省する事に集中するべきだぞ」

 

 アーチャーはまたもため息をこぼした。

 

「ため息ばっかり吐いてると幸せが逃げるんだぞー」

「今更逃げる幸せなんてないよ。それより、何か用があったんじゃないのか?」

「えーっていうか、どこに行くの? アーチャー士郎も一緒にご飯食べるでしょ?」

「アーチャーだけでいい! それと、私はサーヴァントだ。サーヴァントに食事は不要なんだよ」

「え? でも、アストルフォちゃんは食べてるけど? っていうか、みんなで《いただきます》するまで待ちなさい!!」

「えー!」

 

 ぶーたれるアストルフォを牽制しながら大河はアーチャーを見つめる。

 

「食べれないわけじゃないのよね?」

「それはそうだが……」

「アーチャー! マスターとしての命令です! 一緒にご飯を食べましょう!」

 

 渋るアーチャーに桜が言った。

 目を丸くするアーチャー。士郎や大河も驚いている。

 

「駄目ですか……?」

 

 途端に不安そうな顔をする桜。

 アーチャーは苦笑した。

 

「命令ならば仕方ないな」

「アーチャー! はやくしてよ! ボク、はやく食べたい!」

 

 アストルフォにも急かされ、アーチャーは桜の隣に座った。



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Act.6 《The sky's the limit》

「なんか、妙な気分だな」

 

 士郎の言葉にアーチャーは肩を竦める。

 

「当然だろう。ドッペルゲンガーと食卓を囲む機会など早々あるまい」

「……中華料理作れるんだな」

「色々あってな。料理のレパトリ―も無駄に増えてしまったよ。精々味わう事だな。貴様では未だ到達出来ぬ高みの味だ」

「……食べてやろうじゃねーか」

 

 挑発的なアーチャーの視線に士郎も負けじと睨み返す。

 二人を見つめる周りの目は実に温かいものだった。自分同士で張り合う人間など早々いない。温かいというより、若干生温かい。

 

「……クッソ」

 

 士郎は一口食べて敗北を実感した。

 そのマーボーはまさしく至高の逸品。麻味と辣味を極めた料理人の繰り出す味だった。

 舌の上で弾ける旨味に悶絶しそうになる。未だに手を出した事の無い中華という世界。そこに王者の如く君臨する目の前の(じぶん)

 その狭間に広がる距離はあまりにも遠い。一体、如何なる研鑽を積めばこの領域に辿り着けるというのか……。

 

「美味しい!!」

 

 アストルフォの歓喜の叫びに士郎は苦悩の表情を浮かべる。

 彼女の《美味しい》を出来る事なら自分の料理で聞きたかった。

 

「……アーチャー」

 

 士郎は未来の己を睨む。

 

「なんだ?」

 

 アーチャーは過去の己を見下す。

 睨み合う同一人物達。周りは楽しそうにヒソヒソ話をしている。

 やがて、士郎は言った。

 

「……必ず、超えてみせる!」

「吠えたな。だが、世界中の名のある料理人とメル友になった私の領域に辿り着けるものかな」

 

 何をしているんだコイツ。士郎以外の面々が若干冷静になってツッコミを入れそうになった。

 

「せ、世界中の料理人と……、だと?」

 

 戦慄の表情を浮かべる士郎。

 周りでは「楽しそうだね、二人共!」とか、「仲いいねー」とか、「先輩凄いです!」とか言われているが、二人の耳には入っていなかった。

 そうこうして、楽しい団欒の一時が過ぎていく。

 

「さて、私は偵察に出るとしよう」

 

 食事の後片付けが終わると、アーチャーが言った。

 

「偵察ですか?」

「生き残るという事は勝利するという事と同義だ。そして、勝利するにはまず敵を知らねばならない。幸い、此方には二騎のサーヴァントがいる。ライダーには私が留守の間、この家の守護を頼みたい」

「まっかせといてー!」

 

 若干不安そうな表情を浮かべるアーチャー。

 

「いいか、未熟者。貴様に出来る事など高が知れている。無闇に手をのばそうとするな。守るべきものを見定め、その為に全力を尽くせ」

「……ああ」

 

 士郎が険しい表情を浮かべながら頷くと、アーチャーは大河に向かって言った。

 

「言いそびれていた。出来れば、聖杯戦争が終わるまでこの家に来る事は控えたほうがいい」

「それは駄目よ! 士郎と桜ちゃんが危ない目にあってるのに、保護者として放置する事は出来ないもの!」

 

 言うだけ無駄だと分かっていたが、あまりにも予想通りの言葉にアーチャーは苦笑した。

 

「ならば、あまり私やライダーと離れないでほしい」

「……分かったわ、アーチャー士郎」

「そのアーチャー士郎もやめてほしい。アーチャーだけでいいと言っただろ!」

「えー」

「えー、じゃない! おい、未熟者! その辺の事をしっかり説得しておけ!」

「別によくないか? アーチャー士郎でも赤士郎でも」

「なら、貴様がアーチャー士郎を名乗れ」

「遠慮しとく」

 

 睨み合う同一人物同士。やがて、士郎がため息をこぼした。

 

「わかったよ。ちゃんと言っとく」

「……ならば、私は行くぞ」

「ああ」

「無茶はしないでね!」

「気をつけてくださいね!」

「がんばってねー!」

 

 飛び去るアーチャーにそれぞれ声を掛けた後、士郎達はしばらくの間彼の立ち去った夜空を見つめ続けた。

 

「とりあえず、アーチャー士郎ってのはやめような」

「えー」

「やめような?」

「……はーい」

 

 ◆

 

 時刻は22:00。人や車の往来があって当たり前の時間帯にも関わらず、辺りは静かだった。

 聖杯戦争が始まり、街は本能的に怪異を恐れ身を隠している。

 

「それじゃあ、おっ始めようか!」

 

 その掛け声と共に戦闘が始まった。

 遠坂凛は目の前で繰り広げられる英霊同士の激突に魅入っている。目で追い切れない程のスピード。剣と槍が激突する度に粉砕するコンクリートや街路樹。

 人智を超えた存在による、人智を超えた戦い。

 彼女がまばたきをする一瞬の間に彼等は何度も相手に死を送り、自らの送られた死を乗り越える。

 

「これが……サーヴァント同士の戦い」

 

 鳥肌が収まらない。

 二騎の放つ気迫が突風となり大気を揺るがす。

 そして、鳴り響く金属音はまるでオーケストラが紡ぐ名曲の如く心を揺さぶる。

 

「ッカァァッァァァアア!!!」

「ハァァァァァアアアア!!!」

 

 ランサーの槍は点である筈の攻撃を壁の如く繰り出す。

 そして、セイバーの剣はその壁を一撃の下に粉砕する。

 これはもはや天災同士の激突。嵐と嵐が互いの存在を喰らい合う。

 

「その程度か、ランサー!!」

 

 すでに凛は何時間も戦っていたかのような疲労を感じている。

 だが、戦闘が始まってから今の時点で経過した時間は僅か十五秒。

 

「ぬかせ、セイバー!!」

 

 それは互いの実力を測るのに十分過ぎる時間だった。

 セイバーは勝利を確信する。目の前の槍兵の技量は目を瞠るものがあるが、その程度では――――、

 

「我が剣には届かんぞ、ランサー!!」

 

 形勢は一気にセイバーへと傾いた。一撃ずつランサーは劣勢に立たされていく。

 起死回生を狙うが、その悉くを阻まれ、ランサーは舌を打った。

 その一気呵成、怒涛の勢いにランサーの殺意が極限へ達する。

 

「――――ッセイバー!!」

 

 凛が叫ぶ。

 極大な魔力がランサーの槍に収束していく。

 間違いない。それは宝具発動の前兆。

 だが、セイバーは止まらない。直感の囁きのまま、彼女は声を張り上げた。

 

「リン!!」

 

 その声に凛は応えた。寄せられた信頼。それに応えずして、何がマスターか!

 彼女は宝具発動の前にランサーを叩くつもりだ。その為にはあと一歩疾さが足りない。

 ならば、その一歩を後押しするのが自らの役目。

 

――――使うなら、今!!

 

「セイバー!!」

 

 令呪の発動に必要なものは意思の力。今、凛とセイバーの思考はシンクロしている。

 

――――もっともっと疾く!!

 

「いっけぇぇぇぇぇ!!」

 

 重なり合う二人の意思に二人を繋ぐ令呪(キズナ)が輝く。

 青き光がセイバーを包み込み、この瞬間、最強のサーヴァントが更なる高みへ到達する。

 一歩。その尋常ならざる速度によって生み出された歩みは大地に巨大な亀裂を作り、空気を軋ませた。

 そして、繰り出される必殺の一撃。

 

「……楽しかったぜ」

 

 宝具の発動直前だったランサーは静かに微笑んだ。

 ここに至るまで、気に入らない事だらけだった。だが、この戦いに関してだけは文句のつけようがない。

 強いて言うなら、もっと戦っていたかった。

 

「ッハァァァァァ!!」

 

 振り下ろされる斬撃はランサーの体を真っ二つに引き裂いた。戦闘続行のスキルを持って尚、決定的な致命傷だった。

 これでは仕切りなおす事も出来ない。

 聖杯戦争開始から一日目。早くもサーヴァントが一体脱落した。

 

「さて、残るは五人。どうしますか?」

 

 一戦を終えて尚消耗した様子を見せず、セイバーは己が主に問う。

 

「さーて、どうしたものか……っと、あれ?」

 

 凛は瞼を閉じた。そして、ニヤリと笑った。

 

「使い魔を通して他のサーヴァントを一騎捕捉したわ。いけるわよね?」

「無論!」

 

 敵を一人討ち倒した直後にも関わらず、二人の闘気は冷めることを知らない。

 

 その圧倒的な光景を一人の男が見つめていた。

 目を見開きながら、アーチャーは自らの主に報告した。

 

「……ランサーが死んだ!」




今日のポケモンが楽しみ過ぎる!
遂にサトシゲッコウガが完全体に!


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Act.7 《Mighty warrior》

 白い髪の少女が鼻歌を歌いながら街を歩いている。その背後にあまりにも異質な存在を従えながら。

 真紅の瞳が爛々と輝いている。雪に閉ざされたアインツベルンの城で今日という日を待ち侘びた。今宵、待ち望んでいた相手と会える。

 それなのに――――、

 

「どうして、邪魔をするのかしら?」

「あら、邪魔とは言ってくれるわね。こうしてわざわざ出向いてあげたのに」

 

 現れた少女の事を彼女は知っている。

 遠坂凛。この聖杯戦争を始めた御三家の一画である遠坂家の末裔。

 いずれ相見えることになるのは必定。打ち倒すべき障害。

 だが、今はただひたすら邪魔なだけの存在だ。

 

「アナタと遊んでいる暇はないのよ。そこを退きなさい」

 

 十年待った。もう、これ以上待ってなどいられない。

 一分一秒でも早く彼に会いたい。会って、彼を殺したい。それだけを夢見て今日まで生きて来たのだ。

 

「急ぎの用事でもあるのかしら? でも、マスター同士が対峙した以上、戦う以外の選択肢なんてない。違うかしら?」

「違うわ、リン。《戦う》なんて選択肢は存在しないの。だって、私のバーサーカーと《戦い》が成立するサーヴァントなんていないもの」

「言われてるわよ、セイバー」

 

 リンは背後に控えるセイバーに視線を投げかけた。

 

「驕ったな、メイガス。ならば、その傲慢さを抱えたままここで朽ちろ」

 

 相手は幼き少女。それでも、セイバーに容赦や油断など一欠片もない。

 一蹴りで少女の眼前に迫り、その首に刃を振る。

 

「……バーサーカー」

 

 その刃を聳える巨人が阻む。

 凛が戦闘の場に選んだ場所はマンションの建設予定地前。

 そこまで来るのを待ってから姿を現した。

 セイバーはバーサーカーに猛攻撃を仕掛け、巨体を建設予定地に叩き込む。

 

「なるほど、虚勢ではないみたいね」

 

 髪の毛を数本引き抜き、バーサーカーのマスターであるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは微笑んだ。

 彼女の前では凛が複数の宝石を指にはさみ、中国拳法の構えを取っている。

 遠坂家は元々《武》に重きを置く一族だった。《無我の境地》に至る事で根源へ渡ろうとしていたのだ。

 時と共に在り方が大きく変質しているが、それでも遠坂家は武を尊ぶ。

 

「アンタはここで脱落よ、アインツベルン」

「……遊んであげるわ」

 

 その激突こそが頂上決戦。今聖杯戦争の参加者の中に彼女達以上の魔術師(マスター)は存在せず、彼女達の相棒を超えるサーヴァントも存在しない。

 すでに建設予定地は爆心地かの如く巨大なクレーターを作り出し、尚も破壊の嵐を巻き起こしている。

 そして、その手前の道路では今聖杯戦争における最高水準の魔術戦が始まろうとしている。

 

「Ein KÖrper ist ein KÖrper――――!」

 

 輝く黄色の宝石。燃え盛る炎はとぐろを巻く竜の如くイリヤスフィールに迫る。

 だが、イリヤスフィールの余裕は崩れない。

 

「――――その程度?」

 

 彼女の前に銀の光が走る。紅蓮の炎はその光を嫌がるかのように四散した。

 その光の正体は彼女の髪。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはアインツベルンの造り上げた至高のホムンクルス。その肉体は細胞一つに至るまで最高品質の魔術礼装となる。

 その髪で編まれた盾は凛が長い年月の間に溜め込んだ膨大な魔力で築いた炎龍を容易に阻んだ。

 そして、その直後に銀糸は姿を変える。

 

「私に戦いを挑むなら、もう少し頑張りなさい」

 

 銀糸の剣が迫る。凛は緑の宝石に溜め込んだ魔力を解放し、その剣を打ち落とした。

 そのまま彼女は青い宝石を投擲する。

 

「無駄よ」

 

 氷結の呪詛が発動する寸前、銀糸で編まれた鷲が宝石を咥えて上空に舞い上がった。

 破裂する青い光。空中に精製された氷塊に凛は嗤う。

 

「――――掛かった!」

 

 氷塊が破裂し、無数の氷片に変わる。

 

「vox GottEs Atlas――――!」

 

 上から下に向かう重力の法則が書き換わる。

 氷片は一斉にイリヤスフィールへ向かう。

 

「無駄と言ったわ」

 

 その氷片を悉く銀糸の盾で防ぐイリヤスフィール。

 余裕の笑みを浮かべる彼女に凛は言った。

 

「チェックメイトよ」

 

 盾の構築によって視界が塞がれたイリヤスフィールの頭上で紫の宝石が破裂する。

 

「……ふーん。少し見直したわ」

 

 精製された巨大な水晶を銀糸の剣で両断しながら、不敵な笑みを浮かべてイリヤスフィールは言った。

 直後、彼女の表情が凍りつく。

 

「なっ―――――」

「セイッ!」

 

 眼前に凛が迫る。彼女の繰り出す掌底を防ぐ術を用意する余裕がない。

 氷結の呪詛を放った時から現在に至るまでの攻防は全て凛の計画通り。

 全ては接近戦に持ち込む為のエサ。

 

「あっ……がっ」

 

 双纒手。八極拳の一手であり、相手の守りを抉じ開け、足から送り出された力を背中の筋肉で増幅させて放つ双掌打。

 体内で爆弾が爆発したかのような衝撃。

 恐らく、宝石魔術によって強化されていたのだろう一撃によって呼吸器官が機能を停止し、その激痛によってイリヤスフィールの思考が白一色に染め上げられる。

 あまりにも致命的な隙を見せたイリヤスフィールに凛は追撃を放つ。

 

「ハイッ!」

 

 双纒手の体勢から体を捻り、遠心力を加えた裏拳と回し蹴りを同時に繰り出す。張果老と呼ばれる技が炸裂。

 魔術どころか身動き一つ、受け身一つ取る事の出来ないイリヤスフィールの体はコンクリートの壁に激突した。

 強化の魔術による保護があって尚、そのダメージはあまりにも甚大。

 ここに至り、イリヤスフィールは悟る。魔術戦ならば己が勝つが、肉弾戦に持ち込まれては敗北が必至である。そして、既に肉弾戦に持ち込まれてしまった以上、残された道は一つ。

 

「バーサーカー!!」

 

 令呪を一つ使い潰し、目の前にバーサーカーを召喚した。

 

「殺しなさい!!」

 

 狂戦士が神殿の柱を削り作られた斧剣を振るう。

 セイバーは此方に向かって来ているが間に合わない。令呪の発動も手遅れだ。

 万事休す。凛は舌を打った。

 二撃も繰り出して、仕留められなかった己の失態だ。

 

「ごめん、セイバー」

 

 間近に迫る死に凛は覚悟を決めて瞼を閉じる。

 だが、そこでありえない事が起きた。

 甲高く響く金属音に目を見開く。ナニカが斧剣に激突し、弾いた。

 直後、セイバーが彼女の下に辿り着き、その身を抱えると戦場を離脱した。

 

「セイバー。今のって……」

「アーチャーの狙撃ですね。恐らく、ここで私達が脱落してはまずいと判断したのでしょう」

「……バーサーカーはそんなにヤバイ奴だった?」

「ええ、一度殺しましたが直ぐに蘇生しました。アレはもはや魔術の領域ではない。恐らく、彼の宝具なのでしょう。ステータス、技量、宝具、どれをとっても超一流のサーヴァントだ。アレとまともに打ち合えるサーヴァントは多くない」

「なるほど、利用する気満々ってわけね」

 

 凛は忌々しげに狙撃が行われたであろう方角を睨みつけた。

 

「貸しにはしないわよ」

「当然です。アーチャーの狙撃位置が分かりますか?」

「……深山町に狙撃出来る高台やビルなんて無いわよね」

「恐らく、新都の高層ビルからの狙撃です。そこからあの精密射撃……。弓兵の名に恥じぬ技量の持ち主というわけだ。貸しだのと言っている余裕はありませんよ、リン」

「みたいね……」

 

 去って行く凛とセイバーを尻目にイリヤスフィールは狙撃手の居るであろう方角を睨みつけた。

 

「追撃が来ない……。こっちも利用する気満々ってわけね」

 

 苛立ちに満ちた表情を浮かべ、イリヤスフィールは踵を返す。

 

「帰るわよ、バーサーカー。……こんな格好、お兄ちゃんに見せられないもの」

 

 血と土で汚れた服に彼女は泣きそうな表情を浮かべた。

 楽しみにしていた時間を奪われた。その怒りたるや果てしない。

 

「リン……。それに、アーチャー。絶対に許さないわ。次に会ったら必ず殺す」

 

 そうして、聖杯戦争一日目の戦いは終わりを告げた。

 

 ◇

 

 新都の高層ビルの屋上でアーチャーは溜息を零す。

 

「マスター二人を始末した方が手っ取り早いのだがな……」

 

 魔術戦に興じている二人を撃ち殺す事など彼にとっては造作も無い事。

 だが、どうしてもその選択肢を選ぶ事が出来なかった。

 

「ヤツを未熟などと言っている場合ではないか……。あの団欒に当てられたか……、まったく」

 

 二心無く仕えると誓っておきながら、この体たらく。

 

「……だが、モノは考えようだ。強敵は彼女達だけじゃない」

 

 アーチャーは今一度溜息を零すと夜の街に溶けて消えた。



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Act.8 《All's well that ends well》

 それは嫌な(モノ)だった。

 街を覆い尽くす業火。それは少年(シロウ)にとっての始まりの景色。

 歩く度、人々の苦悶の声が聞こえる。苦痛に歪める顔が見える。

 

『助けて』

『手を貸して』

『苦しいよ』

『生きたい』

 

 士郎は彼等の声を尻目に歩き続けた。幼子の力では彼等を救ける事など出来ない。だから、それは仕方のない事だ。

 やがて、彼も力尽きる。倒れ込み、曇天を見上げる。頬に水滴があたった。徐々に大きくなっていく。

 大火災によって発生した上昇気流が大気を掻き乱し、局所的な雨雲を造り出したのだろう。

 次第に炎が鎮まっていく。それでも、少年は動かない。動けない。既に死が間近まで迫って来ていた。

 

「――――生きている?」

 

 誰かの声が耳に届く。

 薄汚れた男が士郎を見下ろした。

 

「生きている……。ああ、生きている……」

 

 男は士郎を救った。その時の彼の表情ときたら、まるで救われたのは己の方だと言わんばかりの嬉しそうな笑顔だった。

 そして、少年は男の下で暮らし始める。

 

 地獄から救い出された少年は平穏な日常を取り戻した。

 辛い目にあったのだ。その分、幸せになるべきだ。

 士郎は健やかに成長していく。普通の子供とは少し違う所もあるが、普通の子供と同じように育っていく。

 いつしか、義父が家から姿を消した。どこか遠い国に出掛けているようだ。時折帰って来て、士郎にお土産を渡す。

 それはとても寂しい光景だった。この広い武家屋敷に士郎は一人だけ。時折、隣家に住む少女が様子を見に来るが、少年は孤独だった。

 漸く、家に留まるようになったかと思えば、義父は病床についた。起き上がる事さえ億劫に感じ、申し訳無さそうな表情を浮かべる。

 そして時を置かず、彼は帰らぬ人になった。士郎に己の理想(ユメ)を託し、どこか満足そうに頷きながら……。

 

 また、孤独になった。隣家の少女も大人になり、教職についた事で顔を出す頻度が下がり、一人ぼっちの時間が続いた。

 高校生になると、その孤独が少しだけ晴れる。一人の少女が士郎の家に通うようになった。

 間桐桜。初めは彼女の兄が士郎に負わせた怪我の償いの為だった。一人暮らしの士郎に代わり、家事をこなすためにやって来た。

 ところが、桜には何も出来なかった。料理も洗濯も掃除すら上手く出来ない。見兼ねた士郎が怪我をおして彼女に家事を教える事にした。

 築かれた師弟関係は二人の間に絆の種を植えつけた。徐々に成長していく絆と桜の家事の腕前。

 出会った時は死人のように表情が抜け落ちていた少女が笑顔を浮かべるようになり、たくさんの表情を作るようになった。士郎の怪我が癒えても彼女は士郎の下に通い、彼に教えられた料理を作る。

 それはとても幸せな光景だ。このまま、この光景が永遠につづいて欲しい。そう願わずにはいられない程、この光景は完成されている。

 

 運命とは残酷なものだ。甘酸っぱい青春を送り、平凡な人生を歩ませてあげればいいのに、運命は士郎を血に染めずにはいられないようだ。

 聖杯戦争が始まる。夜の学校で激突するサーヴァント。士郎はその内の一人に胸を刺し貫かれた。

 

――――こんなの知らない。

 

 士郎は誰かに命を救われ、朦朧とした意識の中で家に帰ってくる。そこに死神が追い掛けて来て、彼は土蔵に追い立てられる。

 召喚されたのはライダーではなく、蒼き衣と白銀の鎧を纏うセイバーのサーヴァント。

 平穏は崩れ、地獄が始まった。襲い来る敵を討ち倒し、血を流し、己の理想の限界を突きつけられる。

 

――――ああ、こんなのは嫌だ。

 

 平穏の象徴だった少女が変わり果てた姿で彼の前に立つ。

 世界を救うか、一人の家族を救うか。

 そんな、普通の人間ならしなくていい選択を迫られる。

 

 少年の慟哭に胸を締め付けられた。血に染まる家族。手を下したのは士郎自身。

 血の涙を流し、彼は修羅の道を歩き始める。

 体を剣に、心を鉄に……、奈落へ沈んでいく。

 

 地獄を見た――――。

 中東で起こった紛争。そこで傷つけられた人々。

 疫病で苦しむ幼子。その子を生かしておけば、多くの人命が失われる。

 魔術師が大勢の人間を使い実験を行った。死にたくないと涙を流す死徒をその手に掛けていく。

 

 これは(シロウ)が未だ至らぬ未来。

 これは(エミヤ)が経験した過去。

 

 より多くの人々を救うために何もかもを捨てて突き進んだ彼は数百人を救うために己の死後さえ得体の知れぬナニカに明け渡した。

 人を救って、救って、救って……救って、救い続けた彼に待ち受けていたものは死刑台。

 絞首刑台に立たされて尚、彼に後悔はない。彼は希望を持っている。死後も人々を救い続ける事が出来ると……。

 そして、裏切られる。

 

 地獄を見た――――。

 それは取り返しの付かない破滅的状況。

 人という種そのものが世界にとっての邪魔者となった時点で彼は召喚される。

 そして、殺し続ける。

 人々を救う筈だった彼に課せられた使命は人々を殺し尽くす事。

 慟哭を聞き届ける者はなく、永劫苦しみ続けるしかない。

 

―――――ああ、これは嫌なモノだ。

 

 報われず、苦しみだけが募り続ける永遠。

 そんなもの……、嫌だ。

 

 ◇

 

 悪夢を見た。

 

『今夜見る悪夢の内容は全て事実だ。そこから先は悩み続けろ。少しはマシになる筈だ』

 

 士郎は溜息をこぼした。

 

「ひゃん」

「……ったく、アイツ。こういう事かよ……」

 

 今見たもの。あれはアーチャーの過去だ。そして、いつか己が至る未来だ。

 

「あっ……、そこでそう動かれると……」

 

 アーチャーは後悔した。理想を追い求め、走り続けた果てに何の報いを得る事も出来ず。与えられたものは呪いに塗れた永遠。

 認めたくない。この理想が如何に歪か、そんな事は十年前から解っている。それでも突き進むと誓った。その果てに何が待ち受けていても後悔だけはしないと……。

 アーチャーは士郎だ。彼は未来だ。彼も昔は士郎と同じ思いを抱いていた筈だ。

 

「シロウ……、大丈夫?」

 

 体が震える。なのに、どうしてだろう……。

 柔らかくて、あたたかいものに包まれている。

 この絶望的な気分と裏腹に体はとてもあたたかい。

 

「……ん?」

 

 そこで違和感に気がついた。鼻孔を嗅いだ覚えのある甘い香りが擽る。それに、このぬくもりは決して布団に包まれているが故のものではない。

 瞼を開く。すると、目の前に白い布があった。

 

「なんだ、これ?」

「あひっ……、ちょっと、シロウ! そう動かれると困っちゃうよー」

「え?」

 

 さっきから聞き慣れた声が聞こえる。幻聴かと思っていたが……。

 

「……アストルフォ?」

「なーに?」

「なにをしてんだよ!?」

 

 漸く、士郎は今の状況を理解した。

 今、彼はアストルフォに抱きしめられている。目の前にある白い布地はアストルフォに貸した寝間着だ。

 士郎は思いっきりアストルフォのお腹に顔を押し付けていたらしい。

 

「エヘヘー、来ちゃった!」

「お、おお、おま、おま、来ちゃったじゃないだろ!?」

 

 絶望的な気分が一気に吹き飛んだ。その衝撃たるや、未来に待ち受ける絶望などどうでも良くなる程の破壊力だった。

 

「えー! シロウはボクの事嫌いなのー?」

「そんなわけないだろ!!」

 

 つい反射的に答えてしまった士郎。顔がみるみる内に赤くなっていく。

 

「あはは! 嬉しいな―!」

「だ、抱き締めるな! 当たる! 当たっちゃうから!」

 

 大慌ての士郎にアストルフォは一切容赦が無かった。

 散々暴れて、サーヴァントに力で勝つ事は出来ないのだと悟った士郎。しばらくすると大人しくなった。

 

「……シロウ」

「なんだ?」

 

 高鳴る心臓を必死に押さえる士郎。そんな彼にアストルフォは言った。

 

「怖い夢を見たの?」

 

 その声に顔が引き攣った。

 

「そっか……」

 

 ああ、そうか……。

 士郎はアストルフォの奇行の理由を悟った。彼女は士郎を慰める為に来てくれたのだ。

 桜の話によると、マスターとサーヴァントの間にはラインという繋がりが生まれるらしい。そこから感情が伝わったのかもしれない。

 

「ありがとう、アストルフォ。でも、俺は大丈夫だからさ」

 

 そう言って、アストルフォの拘束を解こうとするが、彼女は彼を解放しなかった。

 

「ダメだよ、シロウ」

「な、なんでさ……」

「だって、ボクも怖い夢を見たんだもん」

 

 その声はとても哀しい響きを含んでいた。

 

「アストルフォ……?」

「とても嫌な夢を見たんだ。ねえ、言ったよね? ボクはこの世界の大抵の物が大好きだって……」

「……ああ、嫌なこと以外全部って言ってたな」

「嫌なことは嫌いなんだよ、ボク」

 

 アストルフォは士郎の背中を優しく叩いた。

 

「だから、今はこのままでいさせてよ」

「……ああ」

 

 そのあまりにも深い優しさに士郎は抵抗する事が出来なかった。

 気付けば、瞼が重くなってきた。まだ、夜が明ける前なのだ。

 

「おやすみ、シロウ。今度は楽しい夢を見ようね」

「……ああ」

 

 今度の夢は楽しい夢だった。

 光差す森の中でヒポグリフと戯れる彼女の姿は永遠に見ていて飽きない光景だった。



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Act.9 《Go for broke!》

 爽やかな朝。間桐桜は浮き足立っていた。

 想い人の家で一晩を明かしたのだ。特に色気のある事があったわけじゃない。それでも高校生の女の子としては一大事だった。

 昨日の疲れが出たのか、いつも朝食の支度を始める時間に士郎は起きてこなかった。数少ないキッチンを占領出来る好機に桜はご満悦だ。

 腕に縒りを掛け、完璧な朝食を作る。会心の出来だった。

 

「先輩!」

 

 桜は幸せを噛み締めていた。つい昨日まで己を縛り付けていた老獪が消え、解放された事を実感した。

 後ろめたい気持ちを抑えこむ必要も無く、ただ士郎の為だけに生きる事が出来る。その事のなんと嬉しい事か!

 そうして、浮かれ調子の桜は士郎の部屋を訪れる。ちょっとした冒険。朝食を準備し、旦那様を起こしに行く妻の気分を少し味わってみたかった。

 その結果……、

 

「……あれ?」

 

 そこにオカシナ光景が広がっていた。

 士郎が寝ている。そこは普通だ。おかしな点などない。彼を起こしに来たのだから、寝ていてくれなくては逆に困る。

 整理整頓が行き届いた和風の部屋。時々掃除をする時に入るけれど、いつもと殆ど変わりない。

 だが、一点だけおかしなものがある。

 

「……あれー?」

 

 おかしいな……。

 どうして、ここにアストルフォ(コノオンナ)がいるのかな?

 センパイを抱きしめて、幸せそうに寝ている。

 

「いけないんだー、先輩」

 

 幸せな気分が一気に急落してしまった。

 

「男の人と女の人は結婚するまで一緒に眠っちゃいけないんですよー」

 

 感情の乗らぬ声。士郎は体を震わせている。実は起きていたのだ。起きていたのだが、アストルフォに抱きしめられた状態のままだった為に抜け出す事が出来なかったのだ。

 決して、彼女に抱き締められている感触があまりにも心地よいから抜け出したくなかったわけではない。

 

「先輩……」

 

 士郎は恐怖した。そこにある桜の瞳は闇を何重にも重ねたような禍々しい光を宿していた。

 

「……ち、違うんだよ、桜」

 

 疚しい事などしていない。それでも、言い訳せずにはいられなかった。

 

「違うって、何の事ですか? 私、バカだからわかりません」

 

 ニッコリと微笑む桜。どうしてだろう……、いつもなら心癒される彼女の笑顔が今日はどこまでも恐ろしい。

 

「さ、桜はバカなんかじゃないぞ!」

 

 とりあえず否定しておくが、今の問題点はそこではない。

 

「そうですか? バカじゃないなら、私の考えている事って勘違いじゃなくて……、事実ですか?」

「な、なんの話だ……?」

「先輩が昨日召喚したばかりの女の子(サーヴァント)を布団の中に連れ込んで……ぅぅ」

 

 途端に桜の表情が崩れた。

 

「さ、桜……?」

 

 アストルフォに抱き締められている士郎の姿があまりにも衝撃的過ぎたのだろう。

 ポロポロと涙を流す桜。士郎が何かを言う前に走り去って行った。

 

「さ、桜……」

「……貴様というヤツは」

 

 呆然とする士郎を入れ違いのように入って来たアーチャーが見下ろした。

 

「あ、アーチャー……」

 

 アーチャーはまるで汚物を見るかのように顔を歪めた。

 

「……一応言っておくけど、疚しい事はしてないぞ」

「だろうな。あの光景を見た直後にそんな事をする神経があるならこうはならんだろうさ」

 

 アーチャーは溜息を零した。

 

「やっぱり、あの夢はお前のせいかよ……」

「……感想を聞くつもりだったが、アフターケアを受けた後では意味がないな」

 

 再び深々と溜息を零すアーチャー。

 

「まったく……。マスターのメンタルケアなどサーヴァントの職務規定には書いてないぞ」

「職務規定なんてあるのかよ……」

「さあな……。折角桜が作ってくれた朝食が冷めてしまうぞ。さっさと起きて来い、未熟者」

 

 そう呟くとアーチャーは立ち去った。

 士郎は溜息を零す。

 

「……疚しい事はしてない。けど……、うーん」

 

 間近にあるアストルフォの寝顔をずっと見ていた事は果たして疚しい事の内に入るのだろうか?

 

「ぼ、煩悩退散。おーい、アストルフォ! 起きろ! 朝だぞ!」

「うーん、もうちょっと……」

「駄目だ、起きろ!」

 

 自分に言い聞かせるように士郎はアストルフォを起こした。

 正義の味方を目指す者なら、もうちょっと堪能していたいなどと考えてはいけないのだ。

 

 ◇

 

 結果的に言い訳大会が開かれる事は無かった。むしろ、朝食の席につくと桜に開口一番で謝られてしまった。

 どうやら、アーチャーが士郎の悪夢について簡単に説明してくれたらしい。

 あくまでも桜のメンタルケアの為だが、士郎は胸をなでおろした。

 

「ぅぅ……、とんでもない勘違いをしてしまいました」

 

 真っ赤になって縮こまる桜。

 

「そう自分を責める必要は無い。一人で立ち直れないこの未熟者が全て悪いのだ」

「元を正すとお前が原因だけどな……」

 

 悪夢を見せた張本人に反論するもその語気は弱々しい。

 疚しい事はしていない……。だが、何故か少し後ろめたい。

 

「未熟者」

「……うるせぇ」

 

 そうこうして、なんとか平穏無事に朝食を終えた士郎は道場にやって来た。

 今日も学校がある。大河は支度を終えると学校に向かった。士郎と桜も本来ならば登校しなければならないのだが、聖杯戦争中という事もあって二日連続のズル休みをした。

 道場の真ん中で士郎は瞼を閉じている。

 

投影開始(トレース・オン)

 

 昨日の夢はただの悪夢ではない。

 これから衛宮士郎が歩む可能性(ミライ)の一つ。そこには士郎の人生の集大成があった。

 

「……出来た」

 

 夢の中でアーチャーが握っていた二振りの短剣を手の中に造り出す。

 出来る事は解っていた。だが、実際に手の中で双剣の重みを感じると思考が乱れそうになる。

 今まで殆ど上手くいく事の無かった魔術がアッサリと成功し、夢の中で見ただけの双剣を造り出すことが出来た。

 これはあの夢が事実である何よりの証だ。

 

「……ッハ! ッフ! ッタァ!」

 

 夢の中の(アーチャー)を自己に投影し、双剣を振るう。

 剣を使う経験など殆どない。昔はこの道場で義父に稽古をつけてもらっていたが、ここ何年か竹刀をまともに握っていない。

 なのに、シックリときた。剣の柄に掌が吸い付き、重い筈の双剣を軽やかに操る事が出来る。

 

「おー! 凄い! かっこいい!」

 

 壁際で士郎の剣舞を見ていたアストルフォが絶賛する。だが、士郎の表情は優れない。

 これは単なる模倣に過ぎない。ある程度は真似をする事も出来る。だが、この剣技はアーチャーの積み重ねがあって初めて完成されるものだ。

 力も理解も技術も足りない。

 だが、それでも何もしないよりはマシだと思い、士郎は剣を振るった。

 

「やめておけ……」

 

 その声に士郎は動きを止める。

 道場の入り口にアーチャーが立っていた。

 

「アーチャー」

「貴様が何を考えているか、当ててやろうか?」

 

 アーチャーの視線には苛立ちが混じっている。

 きっと、己の視線にも同じものが混じっているのだろうと士郎は思った。

 

「自分が戦う。あの夢を見て尚、私と同じ徹を踏もうとしている。違うか?」

「え?」

 

 アストルフォが戸惑い気にアーチャーと士郎を見る。

 

「どういう事?」

 

 首を傾げるアストルフォにアーチャーは言った。

 

「聖杯戦争では当然ながら敵と戦わなければならない。だが、この男は君に戦いをさせたくないと考えているのさ」

「……俺は別に」

 

 顔を背ける士郎。

 

「あー、そっか! だから、いきなり道場で素振りを始めたんだね!」

「……俺は」

「もう! もう、もう、もう!」

 

 いきなり、アストルフォが士郎に抱きついた。

 目を丸くする士郎とアーチャー。

 

「な、なな、なんだ!?」

「ボクを守りたいってわけ?」

「……いや、えっと……その」

 

 しどろもどろになる士郎にアストルフォは言った。

 

「このこのー! 可愛いヤツめー!」

 

 朗らかな笑みを浮かべながら士郎を振り回すアストルフォ。

 

「お、おい、いいのか? この男は身の程知らずにも程がある事をしようとしているんだぞ。それに、サーヴァントである君にとって、この男の考えは誇りを汚すものなんじゃないのか?」

「え? どうして? ボクを守りたいっていうシロウの気持ちとボクの誇りが汚れる事に何か関係があるの?」

 

 アーチャーの言葉に不思議そうな顔をするアストルフォ。

 

「ボクとシロウは相棒同士(パートナー)さ。互いに背を預け合うのは当然だよ。ボクをシロウが守ってくれるなら、ボクもシロウを守る。それって、凄く素敵な関係だと思わない?」

「し、しかし、サーヴァントを相手にこの男がまともに打ち合えると思うのか?」

「どうかなー。そこはシロウの頑張り次第だと思うよ。でも、まともに打ち合う必要なんて無いさ!」

「なにを言って……」

「シロウの足りない部分はボクが補うんだ! そして、ボクに足りない部分はシロウに補ってもらう! 一人で出来ない事は二人でやればいい。ボクでも解る簡単な話だよ」

「論点がズレている。そもそも、この男は君に戦わせるつもりがない。助け合いなんて殊勝な考えは抱いていない」

「それこそズレてるよ。だって、ボクはボクで勝手にシロウを守るもの」

 

 話が噛み合っていない。アーチャーは疲れたように溜息を零す。

 

「この男の考えは君の足を引っ張るだけだぞ」

「誰かを守りたいっていう気持ちが誰かの足を引っ張るなら、ボクはその背中を押すだけさ」

 

 その言葉に士郎とアーチャーは息を呑んだ。 

 違う。論点はズレてなどいない。話も噛み合っている。

 この英雄は士郎の無謀を肯定している。そして、その手助けをしようとしている。

 

「馬鹿な……。そこまでする必要があるのか?」

 

 普通なら止める。もしくは諦めて好きなようにさせる。

 それほど、士郎の考え方は無謀なだけで愚かだ。

 

「あるに決まってるよ。だって、ボクがそうしたいんだもの」

 

 アーチャーはもう何も言えなかった。

 

「シロウ。キミがボクを守ろうと立ち上がってくれた事がとても嬉しい。だから、ボクはキミがボクを守る事に力を貸すよ!」

「……アストルフォ」

 

 手を取り合う主従。その光景をアーチャーは黙って見つめていた。

 

「……おい、未熟者」

 

 アーチャーは言った。

 

「貴様は昨日言ったな。《超えてみせる》……、と」

「あ、ああ……」

 

 それは食事の席での会話。単なる冗談のようなもの。

 

「超えてみせろ」

 

 アーチャーは言った。

 

「言っておくが、私の猿真似をしても私を超える事など出来んぞ。所詮、アレもコレもと手を出した挙句、何一つ芯を持てなかった半端者の(ワザ)だ」

「で、でも……」

 

 アーチャーの剣技は衛宮士郎が理想の末に至った一つの極みだ。それ以上のものなど……。

 

「私の剣技は確かに衛宮士郎にとって最適なものだ。だが、最強ではない」

「最強ではない……?」

「そもそも、私の技術は手数で敵を仕留める為のもの。今の貴様では精々一つの技術を身につける事が出来るかどうかだ。ならば、一つの最強を見つけてみろ」

「……けど」

 

 それが容易な事では無い事を士郎も……無論、アーチャーも理解している。

 そもそも、彼には才能と呼べるものがない。才能が無いから手数を増やし、工夫するしかなかった。

 

「けど、これが衛宮士郎(おれ)の限界なんだろ?」

 

 手元の干将莫邪を見つめ、士郎はつぶやく。

 人生を費やして得たもの。それ以上のものに手を伸ばす事など出来る筈がない。

 

「限界なんてないよ」

 

 それはアストルフォの言葉だった。

 

「え?」

 

 戸惑う士郎に彼女は言った。

 

「ボク達人間はどこまでだって行けるんだ! 限界なんてどこにも無いよ! ねえ、忘れちゃった? 昨日、ボク達は限界を超えたんだよ! 雲の上のそのまた上、人が決して立ち入る事の出来ない世界に二人で行ったじゃない!」

「それはライダーが連れて行ってくれたからだろ……?」

「なら、一緒に限界を越えようよ!」

「一緒に……」

「言ったでしょ? 一人でダメでも、二人でなら出来るって! キミにはボクがいるんだよ! だから、出来ない事なんて何もない! 限界なんて言って、諦める必要はないんだよ!」

 

 諦める。そうか、限界っていう都合のいい言葉を使って、諦めようとしていたのか、俺は。

 立ち止まらない。諦めない。歩み続ける。そう決めていた筈なのに……。

 

「俺にとっての最強か……」

「……私の過去を見た筈だ。それをお前の中の始点(ゼロ)にしろ。そこからどう限界を越えていくか、二人で相談でもするんだな」

「簡単に言いやがって……」

 

 言いたい事だけ言って立ち去るアーチャーに文句を言いながら、士郎はアストルフォを見つめた。

 

「アストルフォ」

「なーに?」

「……ありがとう。これからもよろしくな」

「うん! もちろん!」

 

 己の限界(アーチャー)を超える。それは容易い事じゃない。

 だけど、一度己に絶望した筈の彼が己を超えてみせろと言った。その意味を士郎は噛み締めた。



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Act.10 《A relationship formed due to a strange turn of fate》

 アーチャーを超える。決意したのはいいものの、その道はあまりにも険しい。

 人生を研鑽に費やして得たモノ。その更に先を目指す事は正しく霧の中を突き進むようなものだ。

 正解を超える解答。1+1が2である以上の答えを見つけなければならない。

 

「うーん……」

 

 衛宮士郎には才能と呼べるものが全くない。剣技を鍛えても、槍術を鍛えても、一流には決して届かない。

 答えを見出す事が出来ぬまま、時が過ぎていく。

 

「あー、ダメだ」

 

 士郎は頭を掻き毟ると立ち上がった。

 己を見つめ直す必要がある。だが、主観的な観点ばかりでは意味が無い。

 

「……藤ねえに相談してみるか。でも、帰ってくるのは夕方だしな……」

 

 ヒントはある筈だ。そして、それを識っている可能性が一番高い人は現在学校で授業の真っ最中。

 

「……買い物でも行くか」

 

 そう言えば、冷蔵庫の中身が空っぽだ。それにアストルフォの服を買う必要がある。

 

「おーい、アストルフォ!」

 

 道場の片隅で居眠りをしている彼女に声を掛ける。

 

「……むにゃ。なーに?」

「ごめんな、起こして。買い物に行こうと思うんだ。アストルフォの服とかも見に行くつもりだから一緒にどうかと思ってさ」

「行く!!」

 

 跳ねるように起き上がり、アストルフォは言った。

 

「わーい! 可愛い服がいいなー!」

「ああ、好きな服を買ってやるよ」

「やったー! シロウ、大好き!」

「……お、おう」

 

 アストルフォのストレート過ぎる言葉に士郎はドキドキしながら出掛ける準備を始めた。

 母屋に財布と上着を取りに向かう。

 途中で桜に会った。

 

「あ、桜。買い物に行ってくるけど、何か買ってくるものはあるか?」

「買ってくる物ですか……。そういえば、洗濯用の洗剤が少なくなってました。あと……、アーチャーが中華包丁くらいあってもいいのではないかって」

「……わかった。洗剤は買ってくる。中華包丁に関しては……、時間があったら見てくるよ」

 

 中華料理は大雑把なイメージが先行して、どうにも手を出しかねていた。だけど、昨日のアーチャーの料理は悔しいけど見事というほかなかった。

 これからは未知の領域に踏み込む事も必要なのかもしれない。

 それこそが己の限界を超える一歩となる可能性もある。

 

「先輩。私もお昼から少し出掛けてきます」

「わかった。ただ、今は色々と物騒だし気をつけろよ」

「はい。アーチャーも居ますから大丈夫です」

「ああ」

 

 中庭に戻ると、アストルフォが待ちきれない様子でヒポグリフに跨っていた。

 士郎は咳払いをする。

 

「あーっと、アストルフォ。今日はヒポグリフじゃなくて、バスで行こう」

「バス……? あ、この時代の乗り物だっけ! いいね! ボク、乗ってみたい!」

 

 そのアストルフォの言葉にヒポグリフがガーンという表情を浮かべた。

 

「というわけで、キミは帰りたまえ!」

 

 トボトボ歩きながら次元の亀裂に帰っていくヒポグリフ。

 去り際に恨みの篭った目を士郎に向けた。

 

「……なんか、ごめん」

 

 だが、真っ昼間からヒポグリフで空を飛ぶ事は出来るだけ避けたい。

 誰かに見られたらいいわけ出来る自信がないからだ。

 

「さー、行くよ!」

 

 アストルフォに手を握られ、士郎の心臓が大きく跳ねる。

 太陽に照らされ、輝く彼女の笑顔に士郎は見惚れた。

 

「ま、待ってくれよ」

 

 常人の数倍も優れた彼女の足に追いつくのは大変だった。

 門を出て、歩き慣れた道を二人で走る。

 

「はやくはやくー!」

「い、急がなくても店は逃げたりしないぞ!」

 

 繋いだ掌から彼女の体温を感じる。

 不思議だ。いつも見ている世界が何倍にも色鮮やかに見える。

 バス停に到着すると、丁度バスがやって来た。中はガラガラでおばあさんが一人奥に座っているだけだった。

 士郎とアストルフォも奥に向かう。二人掛けのイスに座ると、おばあさんがクスクス笑った。

 

「デートかい?」

「え? い、いや、その……」

 

 顔を真っ赤にする士郎。

 

「ねえ、シロウ! デートって、なーに?」

「え!? いや、それはだな! えっと……、その……」

「好きな子と出掛ける事だよ、お嬢ちゃん」

 

 おばあさんの言葉に士郎は更に顔を赤くする。そして、アストルフォは嬉しそうに微笑んだ。

 

「なるほどね! うん、ボク達はデートしてるんだ!」

「カハッ」

 

 士郎はダウンした。まるで茹でダコのような彼におばあさんとアストルフォは揃って笑う。

 そうしている内にバスは深山町と新都を結ぶ大橋に辿り着いていた。

 

「うわー、凄い! キレイ!」

 

 窓に顔を擦りつけながら興奮した様子で叫ぶアストルフォ。士郎はその姿に頬を緩ませた。

 そして、同時に言い知れぬ不快感を感じた。

 

「……どうかしたのかい?」

「い、いえ……」

 

 心配そうに声を掛けるおばあさんに士郎は曖昧な笑顔を返した。

 理由を言ったところで理解などされない。

 幸福を感じた事に嫌悪感を感じて、自分の首を締めたくなったなど……、理解してもらえる筈がない。

 

「シロウ」

「な、なんだ?」

「デートを楽しもうね!」

「……ああ!」

 

 幸せになる資格など持っていない癖に……、

 多くの人を見捨てた癖に……、

 それでも……、それでも……、それでも……。

 

「楽しもう」

 

 この時間を幸福に感じてしまう。あたたかくて、うれしくて、失いたくないと思ってしまう。

 好きになった女の子と一緒にいられる。彼女の笑顔は士郎の中の足りないものを埋めていく。

 焼け野原に草花の芽が少しずつ生えていく。弱々しく、直ぐに枯れてしまいそうな儚い命。だけど……、

 

「着いたぞ」

「やっほーい! 可愛い服がボクを待っているー!」

 

 飛び出していくアストルフォを士郎は慌てて追い掛けた。

 

「デートを楽しんでおいで」

「……はい!」

 

 手を振るおばあさんに手を振り返し、士郎は笑顔を浮かべた。

 例え、荒野だろうと彼女の笑顔(ひかり)彼女の優しさ(あめ)があれば草木は育つ筈。

 弱々しい芽もやがては大きな大樹となるかもしれない。

 

「とりあえず、ヴェルデに行こう」

「ヴェルデ?」

「ショッピングセンターって言ってわかるか? 要するに服とか雑貨を売ってるところだよ」

「おー! そこにボクの服があるんだね! 行こう行こう! ヴェルデにレッツゴー!」

 

 冬木市で最大級のショッピングセンター《ヴェルデ》。

 そこには年頃の女の子も十分に満足出来る店舗が揃っている。

 士郎は人生初の体験をいくつもした。

 好きな子の服を選んであげたり、逆に選んでもらったり。

 アストルフォはどんなモノにも興味を示した。ゲームセンター、音楽ショップ、電化製品の店、どこに行っても目を輝かせる。そんな彼女に誰もが見惚れた。

 男も女も子供も老人も彼女の姿から目を逸らせずにいる。

 

「……こうして見ると、本当にアイドル顔負けだな」

「ん? どうしたの?」

「あ、いや……、なんでもない」

 

 女の子らしい服に着替えたアストルフォはまさに絶世の美少女だった。

 天真爛漫な笑顔で士郎を引っ張る。

 突き刺さる嫉妬の視線に士郎は苦笑いを浮かべた。

 

「シロウ! あれはなに!?」

「ああ、あれは――――」

「あれはあれは!?」

「あれは――――」

 

 結局、午前中に出掛けたのに、深山町に戻ってくる事には空がすっかり茜色に染まっていた。

 そこで漸く、士郎は気付く。

 

「やっべ! 調味料と中華包丁買い忘れた……」

 

 桜に頼まれていたものをすっかり失念していた。

 ちなみに貯金を叩いて買った洋服や雑貨は家に送ってもらっている。

 

「わるい、アストルフォ。ちょっと、商店街に寄らせてくれ」

「商店街? ムム! 面白そうな気配がするね! もちろんオーケーさ!」

 

 バスを途中下車して昔ながらの店が立ち並ぶ深山町の商店街《マウント深山》にやって来た二人。

 スーパーで買い物を済ませると、道路の真ん中で白い髪の少女が立ちすくんでいるのが見えた。

 

「あれ? あそこにいるのは……」

 

 その姿に見覚えがあった。

 

「……イリヤ?」

 

 思わず漏らした声に少女が反応する。

 そこにはアーチャーの夢で見た義姉の姿があった。

 

「……え?」

 

 イリヤは目を大きく見開く。

 

「お、お兄ちゃん……? 今……、イリヤって」

「あっ……、悪い! あの、俺は……」

 

 士郎は何か言わなければと思いながら、何を言えばいいか分からなかった。

 目の前にの少女の事を一方的に識っている。だが、その出処は到底話して信じてもらえる事じゃない。

 まごついていると、イリヤの背後から冷たい声が聞こえた。

 

「……ふーん。ちょっとビックリしたわ。まさか、イリヤスフィールとあなたが知り合いだったなんてね」

「え?」

 

 そこに立っていたのは同じ学校の生徒だった。

 名前は遠坂凛。その傍には金髪の少女が立っている。

 

「こんにちは、衛宮君」

「と、遠坂……? えっと、こんにちは」

 

 奇妙な空気が漂う。

 

「えっと……、話の真っ最中だったみたいだな。俺はこの辺で……」

「待ちなさい」

「……はい」

 

 士郎は識っている。目の前に立つ二人の少女は聖杯戦争に参加している魔術師であり、凛の傍にいる少女は紛れもなく《本来士郎が召喚する筈だったサーヴァント(セイバー)》であることを。

 

「良いタイミングね。これから、あなた達に会いに行くつもりだったのよ」

「え?」

 

 凛が目を細める。そこで違和感に気付いた。

 いつの間にか、周囲から人の気配が消えている。

 

「あなた達をずっと監視していたわ、ライダーのマスター。その途中でイリヤスフィールを見つけちゃったから、方針を変えようか迷っていたところなの。だけど、その必要は無さそうね」

 

 そこに立っていたのは学校のマドンナではない。

 聖杯戦争を始めた御三家の一画。遠坂の末裔。セイバーのマスター。

 夜に生き、真理を探求する魔術師(ヒトデナシ)

 

「もうすぐ日が沈む。聖杯戦争の時間よ」

「……待ちなさい」

 

 士郎に殺意を向ける凛。その視線をイリヤが遮った。

 

「貴女の相手は私よ、リン」

 

 濃厚な殺意が場を満たす。二人の魔女が互いを殺す為に思考を組み立て始める。

 

「お、おい、ちょっと待て――――」

「そこまでだ、凛。それに、アインツベルンのマスターよ」

 

 背後から声が響いた。

 振り向くと、そこにはカソックを着た長身の男が立っていた。



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Act.11 《Full of courtesy,full of craft》

「……綺礼」

「教会の神父が何の用?」

 

 途端に殺意が乱れる。二人の魔術師は現れた神父を目の前の宿敵以上に警戒している。

 言峰綺礼。アーチャーの記憶にも登場した人物だ。聖杯戦争の監督役であり、新都にある教会の神父でもある。

 夢の内容はノイズが混じる上にシーンが飛び飛びで細かい人物像を把握出来た者は一握り。

 この男については油断ならぬ相手という事しか分からない。

 

「このような往来での戦闘行為は控えたまえ。如何に人避けの結界を張ったところで限界がある。サーヴァント同士の交戦などもっての外だ。それに……」

 

 綺礼は士郎とイリヤを見た。

 

「未だに監督役の承認を受けていない不心得者(マスター)が三人も……。まったく、嘆かわしいものだ」

「うるさいわね。監督役の承認なんて形だけでしょ」

「それを言うな、凛。監督役の運営は聖杯戦争を続行する上でも重要な事だ。規律があるからこそ、この戦いは存続を赦されている。それを乱すとなれば、さすがに魔術協会も聖堂教会も黙ってはいられなくなる。それはお前達の望むところでは無いだろう?」

「……ふん」

 

 あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべる凛とイリヤ。

 

「……まあ、これも神の導きというものだ。この場で監督役としての責務を果たしてしまおう。……っと、少し小腹が空いたな。話は店の中でしよう」

「店の中……?」

 

 綺礼がすぐ近くの店に入って行く。

 

「早くしろ。元々、私は夕飯を食べに来たのだ」

「なんで、アンタと夕飯を食べなきゃいけないのよ!」

「……余裕がないな、凛」

 

 やれやれと溜息を零す綺礼。青筋を立てる凛。その様子を冷淡な眼差しで見ているイリヤ。

 

「リン」

 

 膠着状態を解いたのはセイバーのサーヴァントだった。

 

「ここで問答をしていても埒が明きません。その神父の言葉が本当ならば、正当な手続きを踏むべきかと」

「……セイバー。この店の料理が気になってるとかじゃないわよね?」

 

 ジロリとセイバーを睨みつける凛。セイバーの目が泳いでいる。どうやら図星だったようだ。

 凛は溜息を零す。

 

「仕方ないわね……。後で文句は受け付けないからね」

 

 そう言って、凛は店の中に入って行く。後ろからセイバーもついていく。

 

「さて、君達はどうするのかね? ものの数分を惜しみ、要らぬ敵を作りたいのならば何処へなりと去るがいい。もっとも、それが賢明か否かは計れんがね」

 

 士郎はアストルフォとイリヤを見る。アストルフォはセイバーと同じく目の前の店が気になるようだ。

 イリヤは相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべている。

 

「えっと……、イリヤはどうする?」

「……お兄ちゃんこそ、どうするの?」

「とりあえず……」

 

 アストルフォが入りたいとアピールをしている。

 

「規定には従っておこうかと……」

 

 その店には出来れば入りたくない。だが、綺礼の言葉ももっともだ。避けられるのに要らぬ敵を作る事は賢明とは言えない。

 

「……なら、わたしも行く」

 

 そう言って、店に入って行くイリヤ。

 

「はやく行こうよ、シロウ!」

 

 その後に続き、士郎に手を振るアストルフォ。

 

「……とりあえず、餡掛けを注文しよう」

 

 士郎は店の看板を見上げる。

 マウント深山に唯一存在する中華料理屋。名は『紅洲宴歳館・泰山』。

 真昼間のかきいれ時だというのに、カーテンで窓ガラスが締め切られ、店内の様子が見えない。一見さんが悉く逃げ帰るという商店街きっての魔窟だ。

 

「いざ……」

 

 店内には敵であるマスターが二人。サーヴァントもいる。そして、胡散臭い神父まで……。

 だが、士郎はそれ以上の存在を識っている。

 覚悟を決める。

 ちびっこ店長と親しまれる謎多き中国人・魃さんとは町内会のボランティア活動の時にちょくちょく会うのだが、彼女が振るう中華鍋の中身を見た日以来彼女の店の半径十メートル以内には決して近づくまいと心に誓っていた。

 

「いらっしゃいませアル!」

 

 相変わらず胡散臭い。語尾にアルを付ける中国人など実際にはいない。

 この人を前にすると神父の胡散臭さすら霞む。いや、同じくらいか……。

 席に座るとみんなメニューを開いていた。

 

「アストルフォ。それに、イリヤ。ここでは甘酢あんかけ系にしておくんだ」

「えー! ボク、この麻婆豆腐っていうの食べてみたい!」

「ダメだ!」

「え?」

 

 今日一日、どんな我侭にも笑顔で答えてくれた士郎が却下した。その事にショックを受けるアストルフォ。

 

「アストルフォ。とにかく、俺を信じてくれ。甘酢あんかけ系にするんだ」

「無いわよ、甘酢あんかけ系……」

「……え?」

 

 凛の絶望に満ちた声に士郎は目を丸くする。

 

「ああ、撤去したアルよ! 甘酢あんかけ系」

「……嘘だろ」

 

 士郎は戦慄した。メニューを見る。そこには禍々しき文字が踊っている。

 麻婆豆腐。剁椒大蝦球。刀削麺。泡菜魚片。剁椒大蝦球。地獄炒飯。

 写真を一切載せていない。なんと濃密な悪意。メニューから迸る濃厚な殺意に士郎は恐怖した。

 

「無いならしょうがないね! ボク、コレとコレとコレ!」

「あ、アストルフォ!?」

 

 目の前に特大の地雷が埋まっている事も知らず、アストルフォはいくつも注文をしてしまった。

 その隣でセイバーも負けじと注文をしている。

 凛の顔が青褪めていく。

 

「せ、セイバー? 注文したのはアンタだからね?」

 

 サーヴァントは胃袋も強靭なのだろうか……。

 そうである事を望む。

 

「わ、わたしはお兄ちゃんと同じものにするわ」

 

 イリヤは士郎と凛の様子が明らかにおかしい事に気づき、警戒心を露わにした。

 

「じゃ、じゃあ……、ほ、回鍋肉で!」

「私は青椒肉絲……」

 

 魃さんが去って行った後、綺礼から聖杯戦争における諸注意などを聞かされた。

 だが、殆ど右から左に流れていってしまう。なにやら、いい笑顔で何かを言っていたが士郎はそれどころじゃなかった。

 これから現れるだろう、泰山の料理に意識が集中している。

 

「……喜べ少年。君の望みはようやく叶う」

「お待たせしたアル!」

 

 来てしまった……。

 

「ヒッ」

 

 イリヤが悲鳴を上げる。

 そこに並べられたものは何もかもが赤かった。

 それはあたかも溶岩を思わせる。グツグツと煮えたぎり、蒸発した赤い霧が目を突き刺す。

 セイバーとアストルフォも言葉を失っている。漸く、士郎と凛の言葉の意味を悟ったのだろう。

 真紅の麻婆豆腐。真紅の剁椒大蝦球。真紅の刀削麺。真紅の回鍋肉。真紅の青椒肉絲……。

 辛くない筈の回鍋肉や青椒肉絲までもが赤い。

 

「そうだ! 初めてのお客さんもいるみたいアルから、言っておくネ!」

 

 魃さんが言う。

 

「一口足りとも残す事は許さんアルよ」

 

 その瞳に冗談の色は欠片もない。残したら殺す。そう書いてある。

 セイバーが恐る恐る麻婆豆腐を口に運ぶと顔を歪めた。声も出せないようだ。呻きながら水を飲む。

 その惨状にアストルフォとイリヤが震えている。

 

「……大丈夫だ、二人共」

 

 こうなる事を予期していた。二人の前にある皿を自分の前に寄せる。

 

「ちょ、ちょっと……? 何をしているの、お兄ちゃん!?」

「だ、ダメだよ……、シロウ!」

 

 目の前に並ぶ中華料理という名の狂気。士郎はレンゲを振り上げる。

 その姿に綺礼は「ほう……」と関心した様子を見せ、セイバーは「なんと……」と驚嘆する。

 そして……、

 

「も、もう無理……。死ぬ……」

 

 四皿を完食した時点で士郎は倒れた。

 お腹が痛い。喉が痛い。口が痛い。全身が痛い。

 まるで内側からナイフを突き立てられているようだ。

 

「シ、シロウ! 死んじゃダメだよ!」

「うう……、なんてことなの……」

 

 倒れこむ士郎を介抱する二人。その様子に凛は呟いた。

 

「……ここ、飲食店よね?」

 

 ただ、飲食店で注文したものを食べただけの筈なのにこの惨状。

 隣を見ると、汗を掻きながら三皿目の麻婆豆腐を完食して良い笑顔を浮かべている兄弟子がいる。

 

「セイバー」

「……なんですか?」

「アンタもさっさと食べなさいよ。注文したんだから……」

 

 セイバーは泣きそうな顔をしている。こんな筈ではなかった。

 一口食べた瞬間、生まれ故郷で食べた最低の食事を懐かしんでしまう程、この中華料理は強烈だ。

 もはや、これは食べ物ではない。一種の攻撃だ。

 

「……り、リン。その……、一皿だけ」

「自分で食べなさい」

 

 冷酷なマスターにセイバーは嘆いた。

 召喚されてから今日まで、凛とセイバーは非常に良好な関係を築いてきた。

 最強のマスターである凛にセイバーは不満など持たず、最強のサーヴァントであるセイバーに凛も不満を持たなかった。

 凛はとある事情から霊体化が出来ないというセイバーの為に衣食を用意する事も厭わなかった。

 食事の時だけ仮面が取れたかのように色々な表情を見せるセイバーが面白く、凛は張り切って彼女の為にたくさんの料理を作って上げた。

 凛の料理は基本的に中華が多く、セイバーは中華料理店という文字を見た瞬間、期待してしまったのだ。

 店を構えるプロの腕前。素人である筈の凛の料理があれほど美味しいのなら、この店の料理は一体どれほどのものなのか……、と。

 嘗て、肉を焼くだけという雑な料理を主食にしていた彼女にとって、凛が作る料理はまさしく奇跡の一品だったのだ。

 

「……辛い。痛い。苦しい。ぅぅ……」

 

 五皿目を必死に胃袋に詰め込むと、セイバーはテーブルに突っ伏した。

 彼女の他にもアストルフォとイリヤが最期に残った一皿を二人で懸命に処理して倒れ伏している。

 

「……今ならライダーとバーサーカーを同時に撃破出来るわね」

「構わんぞ。既に承認が完了している。ここから先はお前達の自由だ」

「――――駄目ですよ、遠坂先輩」

 

 凛は目を見開いた。そこに彼女のよく知る少女が立っていた。

 間桐桜。彼女はジッと凛を見つめている。

 右の頬が少し赤い。

 

「……喧嘩でもしたのかしら?」

「遠坂先輩には関係の無い事です。それよりも先輩に手を出したら絶対に許しません」

 

 そこにあったのは明確な敵意だった。

 

「……メイガス。そちらこそ、リンに危害を加えるつもりならば覚悟する事です」

 

 いつの間にか立ち上がったセイバーが桜を睨みつける。

 

「待ちなさい、セイバー。さすがに三対一は無謀よ。どうやら、イリヤスフィールも衛宮君にご執心のようだし」

 

 イリヤは起き上がり、凛とセイバーを睨みつけていた。

 

「モテモテね、衛宮君」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべ財布から二人分の食事代を出すと、凛はセイバーを連れて店から出て行った。



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Act.12 《There's no way out》

「さて、君達はどうするのかね?」

 

 綺礼が問う。

 

「……帰るわ」

 

 イリヤは未だに突っ伏したままの士郎を複雑そうな表情で見つめて言った。

 立ち上がり、店を出て行く彼女を桜は警戒したまま見送る。その姿が完全に見えなくなって初めて安堵の表情を浮かべた。

 

「間桐桜だな?」

 

 綺礼はレンゲを持ち上げた。彼の前には四皿目の麻婆豆腐が置かれている。

 

「……食うか?」

「遠慮しておきます」

「そうか……。では、手短にいこう。監督役として、君を聖杯戦争におけるマスターと認める。以上だ」

「……テキトウですね」

「こんなものだ」

 

 桜は綺礼を警戒したまま士郎に近寄る。

 

「先輩。起きて下さい、先輩」

「うぅ、辛い……」

 

 グッタリした様子の士郎。桜は溜息を零し、隣で呻いているアストルフォに声を掛けた。

 

「起きて下さい」

「ぅぅ……、口の中に溶岩が……」

 

 こちらもグロッキーなまま。英霊すら沈黙させる泰山の料理に桜は顔を引き攣らせた。

 

「……タクシーを呼んだほうが良さそうですね」

「電話ならばトイレの横にあるぞ」

「ど、どうも……」

 

 店の構造を完全に把握している常連さんのアドバイスを受け、桜は電話を掛けに行く。

 すると入れ違いのように一人の少年が店内へ入って来た。

 

「……ほう」

 

 少年は桜の姿を見ると僅かに眉を上げた。

 

「どうした? 貴様がわざわざこのような場所まで足を運ぶとは」

「いやー……、ボクとしてもこんな場所には来たくなかったのですが……」

 

 少年の視線が綺礼の手元にある麻婆豆腐に注がれる。

 嫌そうな表情を浮かべ、少年は言った。

 

「ちょっと興味を惹かれまして」

「ほう……、貴様の興味を惹くものがここにあると?」

 

 綺礼は少し嬉しそうな声で麻婆豆腐を見つめる。

 

「違います」

 

 少年は笑顔でキッパリと否定した。

 

「……そこのお兄さんですよ」

 

 少年は言った。

 

「これは中々に興味深い。贋作風情が本物になろうとしている」

「どういう意味だ?」

「言葉の通りですよ。……うん。《あの人》はセイバーにしか興味がないみたいですけど、ボクは彼にこそ興味がある。アナタも余計な手出しはしないように」

 

 真紅の瞳が綺礼を見据える。

 

「……全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)か。どこまで視えている? いや、視えているのならば見る必要は無いのではないか?」

「情緒というものですよ。ラジオよりもテレビ。テレビよりも映画。映画よりも実体験。ボクは確かに座っているだけで森羅万象を見通す事が出来る。現在過去未来……果ては平行世界の可能性を視る事も出来る。でも、それではあまりにも無機質に過ぎる。面白みがない」

「なるほど……。全知全能も良い事ばかりではないという事か」

「そういう事です」

 

 見る者を惑わせる魔性の笑みを浮かべ、少年は踵を返す。

 

「見たいものは見れました。ボクは帰ります。アナタは……まあ、ごゆっくり」

「……これは?」

 

 テーブルには一本の瓶が置かれている。

 

「治癒の秘薬です。彼女に渡して下さい。要らぬ言葉で惑わせてしまった。それに、ボクの乾きを潤してくれたお兄さんへの感謝の(しるし)です」

「……なるほど、随分な入れ込みようだな」

 

 少年が去ると、丁度桜が戻って来た。

 

「先輩。もうすぐタクシーが来ますからね」

 

 士郎を介抱し始める桜。

 綺礼は少年の置いていった瓶を取り上げた。

 

「間桐桜」

「……なんですか?」

「これを渡しておく」

「これは……?」

 

 渡された瓶に首を傾げる桜。

 

「治癒の秘薬だ。これを飲めば、君の内にある穢れは浄化される」

 

 その言葉に桜は目を見開いた。

 

「何を言って……」

「疑うのならば捨てても構わん」

 

 そう言って、綺礼は席を立った。

 重ねられた麻婆豆腐の皿の数は六。綺礼の顔は実に満足気だ。

 

「……やはり、この店は至高だ」

「そ、そうですか……」

 

 価値観の違いがここまで決定的だと笑うしかない。

 桜は苦笑いを浮かべた。

 

「では、私も失礼させてもらう」

 

 そう言って、綺礼も去って行った。

 残された桜は渡された瓶を見つめる。

 

「……私の内にある穢れを浄化してくれる」

 

 桜は瓶を大切そうに鞄に仕舞いこんだ。

 

 ◇

 

 夜、士郎は気が付くと布団の中に居た。

 頭がボーっとする。

 

『■■■』

 

 ……これは、夢?

 体は眠っている。自分の意思では指一本、折り曲げる事が出来ない。

 それなのに、足だけが勝手に動いている。

 おかしな耳鳴りが響き続けている。

 

『■■で』

 

 寒い。

 まるで、北国に居るかのように寒気を感じる。

 身を切るような悪寒が走る。

 

『お■■』

 

 道を歩いている

 誰もいない。普段なら、真夜中であろうとそれなりに人の気配がある通りにも誰もいない。

 無人となった街を足が勝手に歩き続ける。

 

『おい■』

 

 喋る事さえ儘なら無い。

 衛宮士郎の意思を無視して、衛宮士郎の体は動く。

 

『お■で』

 

 辿り着いたのはクラスメイトの自宅近く。

 街のシンボルとも呼べる山。

 円蔵山の麓にある柳洞寺へ通じる石段を一歩、また一歩と足が登る。

 

『さあ、ここまでいらっしゃい、坊や』

 

 耳鳴りが確かな声に変化した。

 否、変化したのでは無く、意識が声を声であると漸く認識したに過ぎない。

 初めから耳鳴りは同じ文句を繰り返す女の声だった。

 頭蓋を埋め尽くす魔力を伴いし魔女の声。

 山門が見える。その奥に寺が見える。そこに何かがいる。

 駄目だ。あの山門を超えたら、もう、戻れない。生きて帰る事は出来ない。

 

――――アストルフォ。

 

 相棒の顔が脳裏を過ぎり、意識が一気に覚醒に向う。

 起きろ、そして、逃げろと叫ぶ。

 けれど、手足は士郎の意思に反して山門を潜った。

 

「――――……ぁ」

 

 寺の境内の中心に陽炎のように揺らめく影がある。

 影から現われたるは御伽噺の魔法使い。人ならざる気を放ちし、古の魔女。

 

「――――止まりなさい、坊や」

 

 女の命令に対し、士郎の体は従順に従った。

 まるで、自らの主が士郎の意思では無く、目の前の女の意思であるかのように――――。

 

「……ゥ」

 

 サーヴァント。恐らく、クラスはキャスター。魔術師の英霊。

 

「ええ、そうよ。私はキャスター。ようこそ、我が神殿へ」

 

 涼しげな声。

 必死に体を動かそうと力を篭めるが、身動き一つ取れない。

 アーチャーを超えると決意しておきながらこのていたらく。士郎が表情を歪めた。

 

「……っめる、な」

 

 意識を研ぎ澄ます。どんなカラクリであろうと関係無い。

 キャスターの呪縛から逃れる為には奴の魔力を体内から排除する必要が――――。

 

「可愛い抵抗だ事。でも、無駄よ。まだ、気付かないの? 貴方を縛っているのは私の魔力ではなく、魔術そのもの。一度成立した魔術を魔力で洗い流す事は不可能」

 

 馬鹿な……。

 奴の言葉が真実だとすると、己は眠っている間にキャスターに呪われたという事になる。

 けれど、魔術回路には抗魔力という特性がある。その為、魔術師が容易に精神操作の魔術を受ける事は無い筈だ。

 よほど、接近されて呪いを打ち込まれでもしない限り、あり得ない状況。

 

「それを可能とするのが私。理解出来たかしら、私と貴方の次元違いの力量の差が――――」

「……だま、れ」

 

 キャスターは嘲笑した。

 

「ああ、安心なさい。この町の人間は皆、私の物。魔力を吸い上げる為に容易には殺さないわ。最後の一滴まで搾り取らないといけないから」

「な、んだ……と?」

 

 聞き逃せない言葉があった。

 今、この女は冬木の街の住人達から魔力を吸い上げると言ったのか……?

 

「キャ、スター。お前、無関係な人間にまで手を――――」

「あら、知らなかったの?」

 

 口元に手を当て、わざとらしく言うキャスターに怒りが湧いた。

 

「キャスターのクラスには陣地形成のスキルが与えられる。魔術師が拠点に工房を設置するのと同じ事。違うのは工房の格。私クラスの魔術師が作るソレはもはや神殿と名乗るに相応しいもの。特に、ここはサーヴァントにとっての鬼門だから、拠点としても優れているし、魔力も集め易い。漂う街の人間達の欠片が分かるかしら?」

 

 目を凝らせば分かってしまう。そこに漂う魔力が人の(かがやき)によって出来ているという事が――――。

 

「キャスター!!」

 

 怒りを声に乗せて叫ぶ。だが、体はやはり動かぬまま……。

 

「さあ、そろそろ話もお仕舞いにしましょう。貴方の事を見ていたわ。面白い能力があるみたいじゃない。まずは令呪を引き剥がしてから、適当に刈り込んで、投影用の魔杖にでも仕立て上げてあげるわ」

 

 何を言っているのか理解出来ないが、このままでは不味いという事だけは分かる。

 手足が千切れようと構わない。それだけの意思を篭めて暴れようとしているのに、手足がピクリとも動かない。

 

「あらあら、この期に及んでまだ抵抗する気力があるなんて……。ふふ、中々面白い坊やだわ。セイバーやバーサーカーを倒すために少しでも手駒を増やそうと思って招いたのだけど……、貴方も立派な武器として使ってあげる」

 

 手駒……。その言葉で魔女の真意が読めた。

 この女はアストルフォをセイバーやバーサーカーに対する捨て駒に使うつもりだ。

 炉に火が灯る。込み上げてくる途方も無い怒りに身を任せる。

 キャスターが指先に禍々しい魔力光を灯して向けてくるが無視する。

 

「さあ、運命を受け入れなさい。坊や」

「――――ざける、な」

「あら……」

 

 投影する。アイツの剣を投影して、この女の首を切り落とす。

 躊躇いは無い。この女を今ここで確実に――――、

 

「可愛いわ。本当に、可愛いわ。まだ、そんな抵抗をしようだなんて……、ますます、気に入った」

 

 愕然となった。投影をしようと回路に魔力を流した瞬間、それを何かに塞き止められた。流れを歪められた魔力が全身を突き刺す刃となる。

 堪え切れず、吐き出されたのは赤い塊。

 

「でも、そろそろいい加減にしないと――――」

 

 その時だった。突然、キャスターが頭上を見上げた。

 そこに彼女がいた。



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Act.12.5 《Spare the rod and spoil the child》

 士郎がアストルフォとデートをしている頃、桜は傍にアーチャーを従え間桐邸に帰って来ていた。

 数百年もの間、一人の老獪に支配されてきた伏魔殿。

 

「行きますよ、アーチャー」

「……ああ」

 

 間桐臓硯の生死を確かめる。その為に彼女は忌まわしい記憶に満ちたこの屋敷に帰って来た。

 玄関ホールを通り過ぎ、奥へ向かう。

 

「あれ?」

 

 応接室から光が溢れていた。

 アーチャーが無言のまま扉に近寄り、音もなく開く。

 そこには一人の少年がいた。

 

「兄さん……」

「……お前!」

 

 桜の兄、間桐慎二は桜の顔を見るなり立ち上がった。

 その形相は怒りと憎しみで歪んでいる。

 振り上げられる拳をアーチャーが抑えた。

 

「な、なんだよお前!」

 

 途端に怯えた表情を浮かべる慎二。アーチャーは溜息を零した。

 嘗て、彼とは親友同士だった。昔から口が悪く、奸計を巡らせる事に長けていたが心根の優しい男だった。

 魔術師の家系に生まれながら魔術師としての才能に恵まれず、養子である桜に後継者の座を奪われた事。それが肥大化した自尊心の持ち主である慎二の心を大きく歪ませてしまった。

 悲しく思う。魔術の才能が無かろうと、彼は天性の才に恵まれている。それこそ、どんな事でも極めようと思えば極められてしまう程の逸材だ。

 彼が桜を救うために行動していたのなら、あるいはとっくの昔に桜は救われていたかもしれない。

 

「は、離せよ! 離せって言ってるだろ!」

「……離してあげてください、アーチャー」

「いいのか?」

「はい……」

 

 アーチャーが手を離すと、慎二は桜を見た。

 その瞳を見て、彼は怒りに震える。

 

「またかよ……。また、僕をそんな目で見るのかよ!!」

 

 桜の瞳にあったもの。それは哀れみだった。

 嘗ては彼女の兄として彼女を守ろうとした事もあった。

 だが、間桐の後継の座を奪われた時、彼女に向けられた哀れみの目が彼を決定的に歪ませた。

 謝り続ける彼女に彼は怒り、憎み、鬱憤をぶつけた。

 

「やめろよ……。僕をそんな目で見るな!!」

 

 桜を殴る慎二。

 異様な光景だ。殴った慎二は逆に追い詰められたような表情を浮かべ、殴られた桜は慎二に対して申し訳無さそうにしている。

 これが間桐の兄妹の関係。二人の傍に居たくせに、その歪みに気付いてやる事が出来なかった。

 

「……妹を殴るなよ、慎二」

「な、なんだよ、馴れ馴れしく僕の名前を呼ぶな!!」

 

 虚勢を張る慎二にアーチャーはつぶやく。

 

「兄妹は仲良くするべきだ」

「う、うるさいぞ! これは僕達兄妹だけの問題だ! 部外者は黙ってろ!」

「……そうはいかない。部外者だろうと、君達二人をこれ以上放っておく事は出来ない」

 

 ジッと慎二を見つめるアーチャー。

 

「君達は互いに唯一無二の兄妹なんだ。失ってから気付いたのでは手遅れになるぞ」

「うるさい!! 黙れよ!! 黙れ!!」

 

 喚き立てる慎二。アーチャーは尚も口を開こうとして、桜に止められた。

 

「……アーチャー」

 

 桜は言った。

 

「少しだけ、二人で話をさせて下さい」

「しかし……」

「お願いします」

 

 桜の瞳には固い決意が秘められていた。

 アーチャーは溜息を零すと頷いた。

 

「了解したよ、マスター。私は少し席を外す」

 

 アーチャーはそう呟くと姿を眩ました。

 サーヴァントがいなくなり、圧迫感が幾分か和らいだ室内。

 慎二は桜を睨みつけた。

 

「……なんだよ」

「兄さん……。お祖父様は死にました」

「……は?」

「今日、ここに来たのもお祖父様が完全に死亡した事を確かめる為です。……今、アーチャーから報告がありました。やはり、地下からも魔性の気配が消えていると……」

「嘘だろ……」

「本当です」

 

 呆然とした表情を浮かべる慎二に桜は言った。

 

「兄さん……。私はこの家が嫌いです……」

 

 その言葉に慎二は大きく目を見開いた。

 

「……知ってるよ」

 

 臓硯の死。その衝撃が彼の感情を抑制している。

 何時以来だろう。こうして桜と《会話》をするのは……。

 

「ここに連れて来られた日の事を今も鮮明に覚えています。何も説明されないまま、地下に連れて行かれて……、そこで蟲に……」

 

 それは今まで語られる事の無かった桜の本音だった。

 怖かった。辛かった。悲しかった。寂しかった。苦しかった。助けて欲しかった。

 それは彼がずっと聞きたかった言葉だった。もし、もっと早く、その言葉を口にしてくれていたら……。

 慎二は黙って彼女の言葉を聞いていた。

 

「私はもう……、この家には戻りたくありません」

「そうか……。衛宮の所に行くんだな?」

 

 桜は頷いた。いつもなら激昂した筈だ。ふざけるなと怒鳴りつけていた筈だ。

 だけど、慎二はただ「そうか」とつぶやくだけだった。

 

「桜……」

 

 慎二は言った。

 

「僕もお前が大嫌いだ」

 

 その言葉に桜は頷いた。

 

「……知っています」

「いつも下ばっかり向いて……。本音を隠して……。僕を哀れんで……」

 

 その言葉に桜は体を震わせた。

 

「……行けよ」

「兄さん……?」

「何処へでも行っちまえ! もう二度と戻ってくるな!」

 

 慎二の言葉に桜は涙を流した。

 この家は嫌いだ。だけど……、

 

「兄さんのことだけは……、嫌いじゃありませんでした」

「……早く行けよ」

「はい……」

 

 声を震わせながら去って行く桜。

 その後姿に何度も手を伸ばしかけた。

 

「……ちくしょう」

 

 桜の姿が見えなくなってからしばらくして、慎二は絞り出すような声で呟いた。

 

「僕だって……」



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Act.13 《Heaven helps those who help themselves》

 深夜零時――――。

 アストルフォは寝かせられていた洋室のベッドから抜け出した。こそこそと怪しい動きを見せる彼女にアーチャーが声を掛けた。

 

「なにをしている?」

「ほあ!?」

 

 大袈裟に驚くアストルフォ。

 

「あ、アーチャー! びっくりしたじゃないか、もう!」

「……それで、何をしているんだ?」

「ひ・み・つ!」

「小僧の部屋に忍び込もうとしているのか?」

「……な、なんの事かなー」

 

 目線を逸らすアストルフォ。アーチャーは呆れたように彼女を見つめる。

 

「何故だ?」

 

 アーチャーが問う。

 

「何故、君はヤツに入れ込む? 召喚されてからまだ二日しか経っていない。命のやりとりがあったわけでもなく、どうしてなんだ?」

 

 アストルフォは呆れたような表情を浮かべる。

 

「……キミって、めんどくさく考える天才だね」

「めんど……っ」

 

 ショックを受けるアーチャー。だが、アストルフォはお構いなしだ。

 

「理由が無いと誰かと仲良くなっちゃいけないの?」

「そ、そうは言っていない……。だが、出会って間もない相手をそこまで気遣えるものか?」

 

 アーチャーの過去を夢で視た士郎を慰める為に一晩中彼を抱き締めたり、士郎の夢を後押ししたり、召喚されたばかりの筈の彼女の行動が彼にとって実に不可解なものだった。

 

「ボクの心はいつだってボーダーレスだよ! この世界の全てを愛しているんだ!」

 

 アストルフォが言った。

 

「シロウはボクに好意を向けてくれている。だから、ボクは応える。簡単な話さ」

「それだけか……?」

「それだけだよ。それじゃあ、ボクは行くからね! バイバイ!」

 

 そう言って、再びコソコソと移動を再開するアストルフォ。

 彼女の背中を見て、アーチャーは漸く納得を得る事が出来た。

 士郎の話によれば、召喚の時に彼は《シャルルマーニュの伝説短篇集》という本を読んでいた。恐らく、それが召喚の触媒となったのだろう。

 だが、何故アストルフォだったのかが分からなかった。シャルルマーニュ伝説には数多くの英雄が登場する。

 触媒が二人以上の英雄に縁を持っている場合、よりマスターと近しい性質を持った英雄がサーヴァントに選ばれる。

 だが、士郎とアストルフォは似ても似つかない。そう思っていた……。

 

「この世界の全てを愛している……、か」

 

 それはある意味でヒトデナシの考え方だ。

 彼女は個ではなく、全体を愛している。士郎に向けられている好意もそうした全体に対する好意の一部でしかない。

 個ではなく、全体に重きを置き、正義の味方を貫いたエミヤシロウの在り方に通じるものがある。

 

「……皮肉なものだ」

 

 万象を愛する者。

 彼女ほど英雄らしい英雄も少なかろう。

 彼女の在り方こそ、正義の味方の理想と言える。

 

「鏡に映す理想としては完璧だな。だが……」

 

 隣に立とうと思うなら一筋縄ではいくまい。

 アーチャーは苦笑した。

 

「嘗ての己とはいえ、恋路にまで口を挟む筋合いは無いな」

 

 見張りに戻ろう。アーチャーがそう考えて縁側から外に出るとアストルフォの叫び声が家中に響き渡った。

 

「ア、ア、ア、アーチャー!!」

「どうした!?」

 

 突然のことに目を剥くアーチャー。

 アストルフォは言った。

 

「シ、シロウがいないの!!」

「……なに?」

 

 アーチャーは屋敷の屋根へ上った。

 

「これは……、あの間抜けめ」

 

 月下の下、一筋の糸が屋敷の外から士郎の部屋に張られている。屋敷の結界すら欺く程の細い糸。

 

「アーチャー!! シロウは!?」

「……どうやら、魔女に魅入られたようだ」

「魔女!?」

 

 アストルフォはアーチャーの視線の先を追う。そこには一際大きな山がある。

 円蔵山。脳裏に山の名前とその中腹にある寺の存在が浮かび上がる。

 

「来い!!」

 

 次元の亀裂から幻馬が現れる。その背に跨ると、アーチャーの静止も無視してアストルフォは上空へ飛翔した。

 

「シロウの下へ!!」

 

 ヒポグリフに命令を下す。幻馬は嘶くと同時に宙を蹴った。

 夥しい魔力によって汚染された山。その上空を渦巻くように怨霊が旋回している。

 それらは山を根城にした魔女が街から掻き集めた魔力。剥離された精神が訪れたものを喰らう為に牙を剥く。

 人もサーヴァントも関係ない。

 

 否――――、その場所はサーヴァントにとってこその《死地》である。

 

 ヒポグリフが嘶く。主に確認を求めるが如く。

 幻馬の主は叫ぶ。

 

「シロウ!! 今、助けにいくからね!!」

 

 予想通り。ヒポグリフは再び嘶いた。

 今度の叫びは眼前に渦巻く怨霊に向けたもの。

 

 ――――そこを退け!! 我が主はその先に用がある!!

 

 幻想種の嘶きによって怨霊達が道を開ける。だが、そこには更なる魔女の結界が存在する。

 その視えざる壁に触れればサーヴァントであろうと消滅しかねない。

 

「キミの真の力を見せてみろ! 《この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)》!!」 

 

 それを理解して尚、ヒポグリフは恐れる事なく結界に向けて突き進む。

 自暴自棄になったのではない。主の命令に盲目的に従っているわけでもない。

 

 グリフォンと雌馬の間に生まれる半鷲半馬の幻獣ヒポグリフ。

 神代の獣であるグリフォンの仔という《在り得ざる存在》である彼は真名をもってその在り方を誇示するほどに非実在性存在としての認識が強まり、この次元から昇華される。

 

 その意味は――――、異次元への跳躍。

 

 結界に触れる寸前、ヒポグリフと彼に跨るライダーの存在が完全にこの世界から消滅した。

 魂だけが向かう事の出来る異次元世界。あらゆる事象、あらゆる観測の手を逃れ、幻想種の棲まう場所に踏み込んだ一騎と一匹はその直後、再び現世に姿を現す。

 地上を見下ろすアストルフォ。彼女の視線は主である少年に向けられる。

 

「シロウ!!」

 

 幻馬の疾走は止まらない。

 己の構築した最上級の結界を破壊する事なく突破したライダーに吃驚(きっきょう)するキャスターを踏み砕くべく降下していく。

 音を彼方に置き去る神速。だが、神代の魔女も伊達ではない。咄嗟に転移の魔術を行使して難を逃れた。

 

「ライダー……」

 

 キャスターは忌々しげにアストルフォを睨みつける。

 フランスの英雄。シャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ。その英雄の真価は旅の途上で手に入れた数々の武器や道具にある。

 彼女が開いた一冊の本。善の魔女と謳われるロジェスティラが与えた魔術の秘奥が刻まれている知恵の書。その本が開かれればあらゆる魔術が解かれてしまう。

 だからこそ、彼女は士郎を攫ったのだ。アストルフォの宝具はセイバーが持つ対魔力などとは比べ物にならない程厄介なものだ。魔術師にとって、まさしく天敵と呼ぶほかない。

 敵として現れれば、逃げる以外の選択が無い。だからこそ、手中に収める必要があった。

 

「シロウは返してもらうよ!」

 

 高らかに宣言するアストルフォ。

 キャスターは己の手駒を呼び寄せようとして、舌を打つ。

 手駒は現在戦闘中。どうやら、山門にも別のサーヴァントが現れたようだ。

 

「行け、ヒポグリフ!!」

 

 来た時同様、ヒポグリフは神代の魔女であっても手の出せぬ異次元を潜り抜け、魔女の領域から離脱した。

 

「忌々しい……」

 

 まるで、己が構築した結界を嘲笑うかのように易々と突破し逃げていくアストルフォをキャスターはその姿が見えなくなっても睨み続けた。



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Act.14 《Fire is a good servant but a bad master》

「――――ッハ、小気味よい」

 

 雅な陣羽織に身を包む端正な顔の男。握る太刀の刀身は物干し竿に例えられる程長い。

 名は佐々木小次郎。此度の聖杯戦争において、アサシンのクラスを得て現界したサムライがその妙技をもって敵の境内への侵入を阻んでいる。

 

「――――どうやら、雌狐が一杯食わされたようだ」

「そのようだな」

 

 剣戟は止むことなく続いている。一手仕損じれば命を落とす激戦の真っ只中であるにも関わらず、門番と侵入者は軽口を叩き合う。

 

「しかし、二刀流と剣を交える機会を得られるとは」

「生憎、君の好敵手たる剣聖には遠く及ばぬ児戯に過ぎん」

「そのようにつまらぬ謙遜をするな。その首、六度は落としたつもりだが、未だついていようとは」

 

 アサシンの顔に浮かぶものは喜悦の笑み。召喚され、この寺の門番を任されて数日。槍を使うもの、岩を削った奇剣を振るものと戦った。

 だが、こうも胸が踊るのは相手が己と同じ剣の使い手であるからか――――、あるいは《実際には会った事もない》好敵手と同じ二刀流の使い手であるからか。

 否、己が全力を振るうに値する敵が現れたからこその愉悦。

 ランサーはマスターの命令によって縛りを受けていた。バーサーカーは狂気によって本来の精細な剣技を失っていた。

 どちらも紛れもない強者だったが、どちらも本力ではなかった。

 

「僅かに剣気が弱まったな、アーチャーのサーヴァントよ。目的は達せられたという事か?」

「君に見逃してもらえたらパーフェクトだな」

「……っふ、そうはいかんぞ。貴様のおかげで昂って仕方がない。之を鎮めるにはその首級を落とすほかあるまい」

 

 研ぎ澄まされた殺意に大気が凍てつく。気付けばアサシンとアーチャーは同じ段に立っていた。

 今まで常に有利な上段を決してアーチャーに譲らなかった彼がその優位を捨てた。

 その意味を悟り、アーチャーの表情が険しくなる。

 

「――――我が秘剣を披露しよう」

 

 この戦いが始まってから初めて見せる構え。それが必殺の構えである事に疑いの余地はない。

 一秒にも満たない刹那、アーチャーは思考する。

 回避は悪手。何処へ避けようと秘剣が繰り出される前に彼の間合いから逃れる事は不可能。

 ならば――――、

 

「秘剣――――」

 

 踏み込む。懐に入ってしまえば長刀はその長さが仇となる。

 その瞬間、アーチャーは凍りついた。

 その視線の先には彼を見下ろす魔女の姿がある。

 

「……余計な真似を」

 

 アサシンは激情に表情を歪めた。

 

「アサシン! その男を生かしたまま捕らえなさい! 両腕両足は切り落としても構いません!」

 

 その言葉にアサシンは舌を打った。

 

「……水を差しおって」

 

 構えを解き、アサシンは空間ごと体を縫い止められたアーチャーの片腕を切り落とした。

 更に反対の腕を切り落とす為に長刀を振り上げる。

 その時だった。

 

「……なっ!?」

 

 驚愕の声。その視線は石階段の遙か下方を見ていた。

 そこに輝ける剣を構えた騎士の姿があった。

 

約束された(エクス)――――」

 

 それはあまりにも彼女達にとって好機だった。

 なにしろ、敵のサーヴァントが三体も固まっている。加えて魔女の眼が目前の敵に絞られている。おまけに場所は石階段。射線上に憂うべき障害物はなにもない。

 魔女の根城故に寺そのものへの影響も考えずに済む。

 上空をアストルフォのヒポグリフが駆ける姿を見て、その目的地が柳洞寺である事を悟った彼女達は息を潜めてこの瞬間を待っていたのだ。

 気付いた時には既に遅い。

 

――――束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流。

 

「――――勝利の剣(カリバー)!!」

 

 眩い光が迸る。遠坂凛という最高クラスのマスターから潤沢に魔力を供給されたセイバーの宝具は極大の威力を発揮した。

 約束された勝利の剣(エクスカリバー)。かの騎士王が湖の乙女より借り受けた星の鍛えし聖剣。

 その真名が解き放たれた時、究極の斬撃があまねく敵を斬り捨てる。

 小賢しい細工などこの一撃の前では無力。キャスターに出来た事と言えば転移によって自らの命を繋ぎ止める事のみ。

 それすらも間一髪。残されたアーチャーとアサシンには回避する術すらない。

 

「……ここまでか」

「すまない……、桜」

 

 キャスターが山門に置いた守護が斬撃を僅かに阻む。だが、それは刹那にも満たない一瞬。

 直後、彼等はチリ一つ残らず消滅する。

 万に一つも助かるまいと死を覚悟する二騎。そこへ――――、

 

「アーチャー!!」

 

 声と共に衝撃が走る。直後に視界が捉えた映像は光の斬撃などではなかった。

 そこは虹色の光に満たされた幻想の世界。伝説に謳われる魔獣、神獣の類が跋扈する異次元世界。

 

「これは……」

 

 一秒後、再びアーチャーの視界には現実世界の風景が映り込んだ。幻想種も虹色の光もない普通の光景。ただ一点、高度三千メートル上空という事を除けば。

 

「……令呪を使ったのか?」

「ああ……」

 

 アーチャーは過去の自分に腕を掴まれていた。その手の甲にあるべき三つの刻印の内一つが消えている。

 

 ◇

 

 セイバーの聖剣が煌めいた瞬間、士郎の眼はアーチャーの危機を捉えていた。その瞬間、アストルフォが彼に問いかけた。

 

――――どうする?

 

 答えは決まっていた。

 

「俺はお前を超えるんだ。それまで……、消えるなんて許さない」

「……愚か者め」

 

 互いに目を逸らす。その姿に笑う者が二人。

 

「アハハ、相変わらず仲良しだね!」

「はっはっは! なんとも青臭い光景だ」

 

 士郎とアーチャーは見つめ合った。

 

「ん?」

「あれ?」

 

 二人は揃って聞こえる筈のない声の方に顔を向けた。ヒポグリフの尾の先。そこに敵である筈のアサシンがへばりついていた。

 

「アサシン!?」

「何してんだ!?」

「助かったぞ、ライダーよ。いや、間一髪であった」

 

 アサシンはカカと笑った。どうやら、士郎とアストルフォがアーチャーを救出した際に便乗して離脱したらしい。

 

「おまけに山門が破壊されたおかげか雌狐の縛りも解けたようだ。うむ、一石二鳥とはこの事よな!」

「なんだかよく分からないけど、良かったね!」

「うむ! 重ね重ね感謝するぞ、ライダー」

 

 そう言うと、アサシンはヒポグリフの尾から手を離した。

 

「なっ!?」

 

 士郎が咄嗟に手を伸ばす。だが、アサシンは笑みを浮かべたまま夜の街へ落ちていく。

 

「アーチャーよ! 今宵の決着は次に預けようぞ!」

 

 その姿はまるで闇に溶けるかのように消えた。

 

 ◆

 

「……逃げられた?」

「そのようですね」

 

 凛は彼方を飛行するライダーの姿に地団駄を踏んだ。そこにはアーチャーとアサシンの姿が視える。

 目的は不明だが、倒せた筈の敵を横から掻っ攫われた事実は動かない。

 宝具を開帳して尚もお釣りが来る程の好機だった。にも関わらず、一騎も落とす事が出来なかった。

 

「ヒポグリフ……。あの少年が堂々と口にしていたライダーの真名は本当だったようですね」

「……あー、むかつく。絶対にこっちを揺さぶる罠だと思ってたのに! 今回の事も含めて倍むかつくわ!」

 

 悔しがる凛。セイバーも苦い表情を浮かべている。

 彼女にとって、宝具の真名開放は自身の名を明かすも同然の行為だった。

 故に戦果が一つも無い状況に苛立ちを覚えている。

 

「眼前には魔女の神殿……。どうします?」

「決まってるでしょ。こうなったら何が何でもキャスターを討つわ!」

 

 完全に隠れられたら厄介だが、これほどの拠点を早々簡単に切り捨てられるとも思えない。

 凛はセイバーの背中に捕まる。石階段は先の一撃で消し飛び、人間の足では登れなくなった。

 セイバーが数度の跳躍で山門があった場所まで到達するとそこに魔女が待ち構えていた。

 

「……計画変更。死になさい、お嬢さん」



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Act.15 《The good you do for others is good you do yourself》

 ヒポグリフが下降を開始する。衛宮邸の庭に降り立つと、桜と大河が駆け寄ってきた。二人は士郎の無事を確認すると安堵し、アーチャーの姿を見て悲鳴を上げた。

 

「アーチャー……、その腕」

 

 桜は声を震わせながらアーチャーに近寄る。失われた腕。その痛々しい姿に涙が溢れた。

 

「すまない、しくじった。あの魔女は些か厄介だぞ」

 

 まるで片腕の欠損など大した事ではないとでも言うかのようにアーチャーは軽薄な口調で言った。

 だが、桜の表情は崩れたままだ。

 

「……元に戻るのか?」

 

 士郎が問う。

 

「難しいな……」

 

 アーチャーは桜と大河を見つめた。二人共、俯きながら恐怖と悲しみで身を震わせている。

 

「……少し付き合え」

 

 アーチャーは顎で土蔵を指し、歩き始めた。

 

「どうするんだ?」

 

 後を追い掛けながら士郎が問いかける。

 

「今のままでは戦闘に支障が出るし、なにより、あの二人の精神に負担を掛けてしまう。協力してもらうぞ」

 

 ◇

 

 士郎とアーチャーが土蔵に入った後、残された桜、大河、アストルフォの三人は様子が気になり入り口付近で待機する事にした。

 意気消沈している大河と桜。アストルフォも不安そうに扉を見つめている。

 誰も声を発しない。ただ、ジッと二人が出てくるのを待っている。

 風の音だけが響く。

 

『――――服を脱げ』

 

 そんなアーチャーの声が聞こえた。

 瞬間、ピシリと空気が凍りつく。三人は顔を見合わせた。

 

『……触るぞ』

「!?」

 

 中で何が起きているのか、三人はとても気になった。さっきまでの重たい空気が一転している。

 扉に耳をくっつけて、中の物音を拾う。

 

『……お、おい、アーチャー』

『やかましいぞ。黙って身を任せろ』

「!?!?」

 

 桜は顔を真っ赤にしながら両手を頬に当てている。

 大河は頭を抱えながら体を捩っている。

 アストルフォは更に中の様子を探ろうと扉の隙間に目を押し当てている。

 三人共、音一つ立てない。何故か、ここにいる事が後ろめたくなった。

 

『……く、は!?』

『変な声を出すな。痛みは無い筈だ』

『い、いや、だって……、入って』

「!?!?!?」

 

 桜は鼻血を出した。大河は地面を転がりながら悶絶した。アストルフォは明り取りから中を覗こうと壁を攀じ登っている。

 

『……出た』

「何をしているんですか、先輩!! アーチャー!!」

「え?」

「は?」

 

 ついに堪忍袋の緒が切れた桜。突入してきた桜に目を丸くする士郎とアーチャー。

 士郎は上半身裸で床に座り込んでいる。

 そして、アーチャーは……、

 

「あ、あれ?」

「どうした?」

 

 その手に黄金の鞘を持ち上げていた。

 

「ちょ、ちょっと、桜ちゃん! 中はどうなって……」

「うわぁ、キレイ!!」

 

 興味津々である事を悟られないように必死な大河を押しのけ、アストルフォが中に入って行く。

 アーチャーが持つ黄金の鞘に瞳を輝かせている。

 

「なにこれ!?」

「……全て遠き理想郷(アヴァロン)。アーサー王が持つ聖剣の鞘だ」

「聖剣の鞘……?」

 

 桜が首を傾げる。

 

「ああ、これを小僧の体内から取り出していた」

「士郎の体内から?」

 

 大河は困惑している。明らかに人の体内に入るサイズや大きさではない。

 

「これは現存する数少ない宝具の内の一つだ。持つ者に加護と治癒能力を付与する。十年前、衛宮切嗣はコレを瀕死の小僧の体内に溶かし込んだ」

「それが……、聖剣の鞘」

 

 衛宮士郎の命を繋いだ騎士王の宝具。士郎はまるで魅入られたように鞘を見つめた。

 

「この聖杯戦争には持ち主であるアルトリアが現界している。おかげでアヴァロンも起動状態になっている。例え、彼女と契約していなくても持ち主を癒してくれる筈だ」

 

 鞘を己の胸元に近づけるアーチャー。すると、鞘は光の粒子に代わり、彼の体内に溶け込んだ。

 

「……さすがに一晩は掛かりそうだな」

 

 完全に起動していれば瞬く間に肉体を再生してくれた筈だが、それは贅沢な悩みというものだろう。

 

「ライダー。今晩は私に付き合え。さすがに今の状態では万全な警戒態勢を取る事が困難だからな」

「ノンノン! 怪我人はゆっくり休むがいい! この家の守りはボクにどーんと任せたまえ!」

 

 途端に不安そうな表情を浮かべるアーチャー。

 

「……見張り程度ならば今の私にも務まる。君はいざという時に三人を守れるよう待機してくれればいい」

「あー! ボクの事を信用してないなー!」

「いや、そういうわけではないが……」

「だったら怪我人は大人しくしなきゃダメ! 今の君にとっては安静にしている事も大事な仕事なんだぞ!」

 

 曇り無き善意の言葉にアーチャーは悩ましげな溜息を零した。

 

「しかし……」

「大丈夫!」

 

 アストルフォは言った。

 

「……もう、絶対にシロウを渡したりしない」

 

 アストルフォの瞳には静かに燃える決意の炎が宿っていた。

 アーチャーは諦めたように肩を竦める。

 

「了解した。だが、何かアレば必ず報せろ」

「オーケィ! その時はコレを使うよ!」

 

 そう言って、アストルフォは腰に提げた角笛(ホルン)を手に取った。

 すると、ホルンはみるみる内に大きくなっていく。やがて、アストルフォの体を囲う程のサイズになった。

 

「……それはもしかして」

 

 顔を引き攣らせるアーチャー。

 

「そう! これぞ我が宝具《恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)》さ! これを一吹きすれば熟睡中の赤ん坊も眠れるお姫様もドラゴンだって飛び起きるよ!」

「却下だ!」

「えー!」

「えー、じゃない! ちょっと声を張り上げてくれれば分かる! そんな音響兵器を住宅密集地で使うんじゃない!」

 

 その後、ますます不安そうな表情を浮かべるアーチャーを桜が宥め、一同はそれぞれの部屋に戻って行った。

 

 屋根の上で腰に手を当て夜の街を見つめるアストルフォ。

 しばらくすると飽きてきたのか欠伸をし始める。

 

「おっと、ダメダメ!」

 

 気を引き締めるアストルフォ。だが、如何せん暇過ぎた。

 

「うー、暇だよー! でもでも、シロウをまた攫われたらイヤだし……」

 

 ジレンマだった。だが、これでも頑張っている方なのだ。

 理性が蒸発しているアストルフォにとって、こうして来るかも分からない敵を警戒し続ける事は苦行に等しい。

 そうしてしばらくジッとしていると誰かが母屋から出てくるのを感じ取った。

 梯子を掛けて登ってくる。

 

「シロウ?」

 

 登ってきたのは士郎だった。お盆の上にオニギリとお茶を乗せている。

 

「どうしたの?」

「夕方に結構寝ちゃったから、目が冴えちゃってさ。差し入れを作って来た」

 

 そう言って、士郎はオニギリをアストルフォに差し出した。

 瞳を輝かせ、彼女はオニギリを口に運ぶ。

 シンプルな料理。アーチャーが作った中華料理とは雲泥の差だが、アストルフォは心底美味しそうにオニギリを食べた。

 

「どうだ?」

「おいしい! すごくおいしいよ、シロウ!」

「そっか、ありがとな」

 

 お茶を注ぎ、士郎が湯呑みを差し出してくる。

 口に運ぶと広がる苦味に悶絶した。

 

「なにこれ、にがーい!」

「その苦味がいいんだけど、苦手だったか?」

「うーん……」

 

 アストルフォは渋い表情を浮かべながら湯呑みをすする。

 そして、オニギリの残りをがっつく。

 

「やっぱり苦いよー」

「そっか……。じゃあ、代わりにジュースでも持ってくるよ」

「……いい」

「え?」

 

 アストルフォは苦い苦いと言いながらも緑茶をすすった。

 

「苦手なんだろ?」

「でも、折角持って来てくれたんだもん」

「……そっか」

 

 士郎も自分の湯呑みに緑茶を淹れる。

 渋味を味わいながら、彼は言った。

 

「ごめんな、迷惑掛けて……」

「迷惑って?」

「……キャスターにむざむざ攫われた事」

 

 アストルフォは大げさな溜息を零した。

 

「な、なんだよ……」

「違うよ、シロウ」

「え?」

「そういう時は《ありがとう》って言うのさ!」

 

 アストルフォは言った。

 

「ボクは君を助けたいと思ったから助けたんだよ。だから、迷惑なんて掛けられてない」

「……アストルフォ。でも、俺は……」

「シロウ。キミは正義の味方を目指してるんだよね?」

「あ、ああ……」

「ねえ、キミは誰かを助けた時、迷惑だと感じるの?」

 

 士郎はハッとした表情を浮かべた。

 

「誰かが誰かを助ける時、そこにあるのは感謝の気持ちだけさ。キミはボクに《助けてくれて、ありがとう》って言うんだ。そうしたら、ボクはキミにこう言う」

 

 アストルフォは笑顔を浮かべて言った。

 

「助けさせてくれて、ありがとう」

「なんで……」

「キミが死んでしまったら、ボクはとても哀しい。キミが苦しんだら、ボクもとても苦しい。だけど、キミが無事ならボクは嬉しい! キミが幸せなら、ボクも幸せさ! もし、キミを助けられなかったらボクは絶望してしまう。だから、キミを助けられた事が嬉しくてたまらない! シロウ! 助けさせてくれて、ありがとう!」

 

 士郎は大きく目を見開いた。

 嘗て、己を救い上げる時に養父が見せた笑顔。いつか自分も……、そう思い続けてきた。

 その笑顔(こたえ)が目の前にある。

 

――――ああ、それが答え。

 

 ただ、助ける事を義務だと感じている愚者には決して辿り着けぬ正解。

 それを彼女はアッサリと口にしてみせた。

 

「……アストルフォ」

「なーに?」

「助けてくれて、ありがとう」

「こちらこそ!」

 

 まるで、咬み合わないギアがカチリと音を立てて嵌ったような気分だ。

 荒野に草木が芽吹き始める。

 

「ありがとう……、アストルフォ。俺、お前と出会えて本当に良かった」

「……こちらこそ!」

 

 まるで、生まれて初めて笑ったような気分だ。あまりにも嬉しくて、思わず零してしまった本当の笑顔で士郎はアストルフォを見つめ続けた。

 そして、アストルフォも彼を見つめ続けた。

 夜が更けていく。

 士郎とアストルフォは一晩中語り合った。

 殆どが他愛のない話だ。

 今まで、こういう事があって楽しかった。こういう事があって辛かった。こういう事があって、嬉しかった。

 つまらない筈の時間が楽しくて仕方がない。気付けば、夜が明けていた――――……。



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Act.16 《Blade Works》

 森のなかを歩いている。木々が生い茂り、足元にも草花が咲き誇っている。

 鬱蒼としているが、木々の狭間から差し込む光のおかげで見通しは良い。

 ただ、とても静かだ。人の声も、獣や鳥の鳴き声も、風の音すら聞こえない。

 どこから来たのか、どこへ向かっているのかも分からない。

 いつしか、広々とした空間に出た。

 円形の広場の中心にはナニカがあった。

 不思議だ。そこにナニカが存在している事は分かる。だけど、解らない。

 それを形容する言葉が見つからない。目の前にある。見えている。なのに、理解出来ない。

 触れようと手を近づけると目眩がした。頭が割れそうな程に痛む。

 

――――体は剣で出来ている。

 

 ナニカが……、流れ込んでくる。

 

 記憶。記録。過去。現在。未来。宝具。アルトリア。桜。藤ねえ。切嗣。約束された勝利の剣。

 英雄王。勝利すべき黄金の剣。熾天覆う七つの円環。螺旋剣。慎二。正義の味方。

 竜の炉心。破戒すべき全ての符。ロンドン。後藤くん。アインツベルン。遠坂。マキリ・ゾォルケン。殺人。

 狙撃。心臓。カレン。サーヴァント。言峰。抑止力。シールダー。霊長の守護者。

 リーゼリット。イスラエル。エーデルフェルト。ロード・エルメロイⅡ世。根源。干将莫邪。

 料理。カレー。第七聖典。聖骸布。絞首刑。時計塔。死。宝石魔術。死徒。円卓。オセアニア。吸血鬼。英霊。

 クー・フーリン。赤原猟犬。聖杯。セイバー。ガラハッド。暗殺。大神宣言。

 弓。悪意。鶴翼三連。メデューサ。ナインライブズ。イリヤ。殺人貴。イラク。

 合衆国。アンリ・マユ。AK-47。戦争。平等。固有結界。世界。第六架空要素。座。

 森羅万象。投影魔術。王の財宝。ハルペー。デュランダル。聖痕。掃除機。

 壊れた幻想。宝石翁。魔術回路。風王結界。天の杯。鍛冶。佐々木小次郎。

 

――――血潮は鉄で、心は硝子。 

 

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

 

――――幾たびの戦場を超えて不敗。

 

 これはアイツ(おれ)過去(げんかい)だ。

 今更、こんなモノに用はない。

 超えると誓った。アイツとは違う道を進むと決めた。

 

『誰かが誰かを助ける時、そこにあるのは感謝の気持ちだけさ』

 

 忘れるな。救うという事は救われるという事だ。

 人を救う事を義務にしてはいけない。《ありがとう》。その言葉の意味を重視しろ。

 

――――■を■■る■■に、

 

 暴風に押し返される。

 ここより先は未だ未踏の世界。これから歩み出す未来(あした)

 無限でありながら、ただの伽藍堂(ゼロ)

 

――――■を■■■■う■、

 

 遠ざかっていく。闇に飲み込まれていく。

 足りない。今のままでは辿り着けない。

 最善を捨て、最強に至る。その為には探さなければいけない。無限(ゼロ)を超える術を……。

 

 ◇

 

 目が覚めると、既に正午を過ぎていた。

 結局、アストルフォと朝まで語り通してしまい、腕の復元が完了したアーチャーと入れ替わる形で布団の中に潜り込んだ。

 全て遠き理想郷(アヴァロン)は再び俺の中に戻っている。

 

「……起きるか」

 

 居間に向かう。そこにはミカンを競うように食べているアストルフォと大河がいた。

 

「藤ねえ。ちょっといいか?」

「なになに?」

 

 アーチャーは自らの剣を指してこう言った。

 

『所詮、アレもコレもと手を出した挙句、何一つ芯を持てなかった半端者の業だ』

 

 だが、それが最善の道。才能など持たないエミヤシロウが最強に挑む為に組み上げた戦闘論理。

 完成された城郭を破棄し、同じ素材で全く違う建造物を組み上げるような作業。素材を熟知していなければ、完成するのは単なる劣化品。

 理解しなければならない。自分自身を……。

 

「士郎にとっての最強……、うーん」

 

 この世で最も己を理解してくれている人。

 笑われるかもしれない事を覚悟して聞いたが、彼女は真剣に考えてくれた。

 だが、一縷の望みを掛けて縋った相手は渋い表情を浮かべる。

 

「士郎。どうしても、剣じゃなきゃダメなの?」

「……そこまでか?」

 

 大河の言葉に士郎はへこんだ。

 

「シロウ」

 

 落ち込む彼にアストルフォが声を掛ける。

 

「ん?」

「シロウは剣士になりたいの?」

「え?」

「剣じゃなきゃダメなの?」

 

 大河と同じことを言う。

 

「でも、俺はアイツを超えるって決めたんだ。だから……」

「シロウはアーチャーの剣技を超えたいの?」

「……いや」

 

 違う。別に剣技でアイツを超えたいわけじゃない。

 

「士郎は剣よりも弓の方が合ってると思う」

 

 大河が言った。

 

「そうなの?」

 

 アストルフォが大河に問う。

 

「うん! 士郎ってば、剣の才能はからっきしだけど、弓は本当に神業染みてるのよ! 文字通りの百発百中!」

「……でも、それは」

 

 最強を追い求める事にはならない。何故なら、士郎にとって弓とは中って当たり前のもの。百発百中という事はつまり、既に上限に達しているという事。

 

「アーチャーも百発百中だ。それじゃあ、アイツを超える事にはならない……」

「……さらっと凄い事言うわね、士郎。世の弓道家が聞いたら怒るわよ?」

 

 大河がジトーっとした目で睨んでくるが、実際にそうなのだから仕方がない。

 

「……シロウは魔術師なんだよね?」

「あ、ああ」

「なら、魔術を極めればいいんじゃない?」

「魔術を……?」

 

 アストルフォは大きく頷いた。

 

「アーチャーも言ってたじゃない。『一つの最強を見つけてみろ』って。別に武術に限定する必要はないと思うけど?」

「……でも、俺の魔術は特殊なんだ。固有結界《無限の剣製(アンリミテッド・ブレード・ワークス)》。一度見た《剣》を複製する事が出来る剣製の魔術。これをアーチャー以上のものに仕上げるなんて想像もつかない。それに、魔術を独学で研究するとなると……」

 

 士郎は手の中にアーチャーが好んで使う黒塗りの短剣を投影した。

 その光景に驚きながら、大河は言った。

 

「士郎。宮本さんに話を聞いてみたら?」

「宮本さん……?」

「商店街の金物屋さんよ。確か、趣味で鍛冶師みたいな事もしてるみたいよ。お爺ちゃんの部屋に飾ってある刀も宮本さんが造ったものらしいし。なにかヒントになるかも」

 

 なんだかどんどんあさっての方向に向かっている気がする。

 

「……そう言えば、中華包丁を見に行かなきゃいけないし、行ってみるか」

「行くなら、連絡しておいてあげようか?」

「うーん。じゃあ、頼んでいいか?」

「オッケー!」

 

 ◇

 

 まさに五里霧中。藁にもすがる思いで士郎はアストルフォと共にマウント深山の金物屋に向かった。

 ゴチャゴチャとした店内に入ると包丁類の並ぶスペースがあった。我が家の包丁は基本的に新都のホームセンターで購入している。だから、こうして金物屋を訪れたのは初めてだ。

 包丁というものは歴史を遡ると2300年も前の中国に行き当たる。庖丁と呼ばれる剣の達人だった料理人が愛用していた調理用の刀が庖丁刀と呼ばれるようになり、やがて現代の包丁になった。

 人類種にとって初めての料理は火で肉を焼くというもの。そこから無限にも等しい調理法が生まれた。

 その進化の歴史において、包丁の存在は欠かせない。人を殺す為の武器であった剣が人を生かす為の調理器具に姿を変え、人類種の歴史を支える礎の一つになった。

 その在り方は実に美しい。並べられた包丁に士郎は魅入られた。

 

「そんな目で包丁を見るヤツは初めてだな」

 

 しばらく見つめていると、店の奥から声がした。

 振り向くと、そこにはガタイのいい中年の男が立っていた。

 

「藤村組のお嬢から聞いてるぞ。鍛冶に興味があるんだってな!」

 

 嬉しそうに男は言った。

 

「は、はい。出来れば、少し教えてもらえたらなって……」

「遠慮をするな! 少しと言わず、確りと教えてやるよ。ついてきな!」

 

 顔を見合わせる士郎とアストルフォ。言われた通りについて行くと、店の外に出てしまった。

 

「おーい! 俺はちょっと出掛けてくるぞ! 店番を頼む!」

「はーい!」

 

 建物の二階から女性の声が返って来た。

 

「あの出掛けるって……?」

「少し離れた場所に鍛冶場があるんだ」

 

 トラックに乗せられ、揺られる事十分。気付けば田園地帯を抜けて郊外の森付近まで来ていた。

 そこに掘っ立て小屋と鍛冶場らしき場所があった。

 

「店では売っとらんが、趣味で色々造ってるんだ。結構面白いぞ」

 

 あれよあれよと言う間に厚手のエプロンを着させられ、士郎は炉の前に立たされた。

 

「えーっと……」

 

 士郎は困ったようにアストルフォを見る。すると、彼女は心底楽しそうに目を輝かせていた。

 鍛冶に興味津々のようだ。

 はたして、こんな事をしている暇があるのかと思いながら、士郎は宮本の指示に従っていく。

 

「日本刀を見た事があるか?」

「えーっと、ちょっとだけ」

「そうか! ならば、あの美しさも分かるか? 折れず、曲がらず、よく切れる。その三つの条件を追求した一種の芸術品だ。切れる為と曲がらない為には鋼は硬くしなければならん。だが、逆に折れない為には鋼を柔らかくしなければいけない。矛盾しておるだろ?」

 

 水へしや小割り、積み沸かしまでの工程は既に終わっている。元々、今日は鍛冶を行う予定だったようだ。

 宮本は鉄塊の炭素含有量を調整し、不純物を取り除く《鍛錬》と呼ばれる工程を士郎に見せながら語る。

 

「この矛盾を解決する方法。それは炭素含有量が少なく柔らかな心鉄を炭素含有量が高く硬い皮鉄で包む方法だ。これは日本独自の製法だぞ」

 

 誇らしげに語る宮本。

 

「柔らかな心鉄を硬い皮鉄で包む……」

「そこまでいけば、後はひたすら叩くだけだな。燃やし、叩き、冷やし、また燃やす。そして、打ち続ける。信じられるか? これは初め、単なる砂粒だった。無数の粒子が一本の刀に変わる」

「無数の粒子が一本の刀に……」

「砂鉄をたたらで玉鋼にしてな。それを熱し、薄べったくのばす。そして、無数の断片に変え、その中から良質な材料となるものを選び焼き固める。見極めも大事だ」

「無数の断片から見極める……」

 

 士郎の心に彼の言葉が染み渡っていく。

 

「やってみるか?」

「はい!」

 

 最初は乗り気ではなかった。

 だが、士郎は宮本の指示に従いながら夢中になって鉄を打った。

 打ち込む度、確かな手応えを感じる。何かを掴めそうになる。

 その日、士郎は日が暮れるまで鉄を打ち続けた。

 アストルフォはそんな退屈な光景を実に楽しそうに見つめていた。



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Act.17 《Heaven helps those who help themselves》

 ――――夜が明けた。

 石室に差し込む微かな光が停止していた時間を緩やかに動かし始める。

 

「ん――――ッ、く……ぁ……」

 

 セイバーのサーヴァントは囚われていた。

 主を人質に取られ、魔女の苛立ちを晴らす為に恥辱を受け入れている。

 

 柳洞寺に攻め入った彼女達を待ち受けていた敵はキャスターだけではなかった。

 負ける筈が無いと高を括った挙句、サーヴァントではなくキャスターのマスターである人間に後れを取った。

 誰が想像出来る? たかが人間如きが最優のサーヴァントを相手に一歩も引かず、その首を鷲掴みにして投げ飛ばすなど……。

 時間にして一秒。セイバーが投げ飛ばされてから体勢を整えるまでに要した時間がそれだ。その一秒があまりにも致命的だった。

 凛は類まれな才能に恵まれた稀代の魔術師だ。だが、相手が悪過ぎた。

 キャスターのサーヴァント。彼女は女神ヘカテに教えを受けた神代の魔術師。彼女と凛を比べた場合、蟻と象を比べるよりも大きな差が開いている。

 アサシンを失い、拠点にも甚大な被害を被ったキャスターには後がなかった。故に弄ぶ事もせず、凛の自由を奪い、その身に宿る令呪を簒奪した。

 そのまま、彼女の身柄は何処とも知れぬ空間に封じられている。

 逆らえば、彼女は殺される。故にセイバーはキャスターの言いなりになる他ない。

 マスターとサーヴァントが戦えば、サーヴァントが勝利する。その条理を凛は覆す事が出来ず、セイバーは覆された。責を負うべきはどちらか……、セイバーは苦悶の表情を浮かべる。

 

「……ああ、可愛いわ」

 

 男として生きて来た少女。女としての歓びも知らず、ただ国の為に戦い続けてきた騎士の王。

 その凛とした表情が崩れる。自身が女である事を身に教えこまれ、耐え切れず口から零れた声に涙が零れ落ちる。

 ここに連れて来られて、丸一日が経過した。

 

「そうだわ……」

 

 まるで名案を思いついたとでも言うかのように、魔女は彼女の頭に手を乗せる。

 すると、セイバーの表情が大きく歪んだ。

 そこには、嘗て殺した者がいた。嘗て、共に戦場を駆け抜けた者達がいた。

 

「裏切り者。忠臣。敵。反逆者。師。義兄。貴女が歩んだ王としての道。彼等はその証」

 

 これはキャスターが見せる幻覚だ。だから……、本当に彼等に犯されているわけではない。

 理解していて尚、セイバーは狂ったように悲鳴を上げる。

 

「やめろ!! やめろ、キャスター!! やめてくれ……、こんな……くっ」

 

 キャスターは愉悦の笑みを浮かべる。凛を人質に取り、令呪で縛りを与えても、彼女の対魔力と英雄としての格は侮れない。

 だから、徹底的に壊す事にした。多少時間が掛かっても構わない。

 セイバーが完全に堕ちれば、この戦いは勝ったも同然だ。アサシンなどとは比較にならない戦力が手に入る。

 バーサーカーは油断ならないが、付け入る隙も大きい。脆弱なマスターを殺してしまえば、後は勝手に自滅する。

 

「嘗ての仲間から聞かされる恨み事はどうかしら? 高潔を謳う身が穢される気持ちは? 安心なさい。貴女の心が壊れるまで、悪夢は決して終わらない」

 

 如何に高潔であろうと、女は女。その心の壊し方など幾らでも識っている。

 魔女の根城と知りながら踏み込んだのはお前達だ。私の神殿を台無しにしたのもお前達だ。

 お前達のせいで拠点を移さなければならなくなった。

 お前達のせいでこんな場所に来る事になった。

 

 普段の彼女ならばここまではしなかった。心を壊すにしてもやり方を選んだはずだ。

 彼女の心を怒りで染め上げた原因はこの聖域にある。先ほど始末した神父が隠していた聖域にならぶ者達。

 体が溶け、腐臭を放ちながら、ただナニカに食べられる為に生きている死人達。

 趣味に合わないそれらを片付ける為に大きく消耗した。その憤りが彼女を凶行に走らせている。

 セイバーの口から零れ落ちる蠱惑的な声。魔女の心を慰める天上の調べを奏でさせる為に彼女は更なる責め苦を聖女に与え続ける……。

 

 ◇

 

 宮本の下での鍛冶体験に夢中になってしまい、士郎が帰って来たのは早朝だった。

 

「先輩。私、今日は学校に行きます」

 

 朝食を食べながら桜が言った。

 

「今更かもしれませんけど、藤村先生を一人にするのは危険かもしれないので……。それに、少し気になる事もありますし」

「そっか……。悪い、桜。今日は俺……」

「宮本さんの所に行くんですよね? 藤村先生から聞いています」

「ああ……。もう少しで何かを掴めそうなんだ」

 

 そう言って笑う士郎に桜は嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「なんだか先輩、生き生きとしてますね」

「……そうかな?」

「そうですよ。それでは、行ってきますね」

「ああ、藤ねえの事を任せるぞ」

「はい! 任されます」

  

 登校する桜を見送った後、士郎は一度寝る事にした。

 一晩中夢中になって鍛冶に取り組んでいたから全身に疲労が溜まっている。

 

 昼過ぎになり、昼食をアストルフォと二人で食べると士郎は外に出た。

 昨日と同じ場所で宮本は待っていた。明らかに学校をズル休みしている士郎に宮本は何も言わない。

 この街を影から取り仕切っている藤村組の組長の娘であり、士郎の担任教師でもある大河のお墨付きがあるおかげだ。

 二人は早速昨日の続きを始めた。

 

「昨日は心鉄と皮鉄を組み合わせた。ここから素延べと火造りを行う」

 

 炉に既に昨日散々叩いた鉄の塊が入っていた。取り出し、再び叩く。 

 小槌で形を整えていく。

 

「センスが良いな! これを初めてでこなせる人間は早々いないぞ」

 

 感心したように褒める宮本。士郎は少しだけ頬を染めながら、懸命に、丁寧に、細心に、心を仕舞いこむように鉄を打ち続ける。

 素延べが終わると、次は火造りだ。

 

「日本刀には(むね)鎬筋(しのぎすじ)、刃先の三つの線がある。ここからが正念場だぞ。まずは刃を薄くしていく」

 

 徐々に刀の形に整っていく。冷却する為に藁灰の中に入れ一息吐いていると、鍛冶場から少し離れた場所に見慣れた髪が視えた。

 隠れているつもりなのだろう。こそこそしている。

 士郎はそっと近づくと、声を掛けた。

 

「なにしてるんだ?」

「ほにゃ!?」

 

 可愛らしい悲鳴を上げるイリヤ。

 

「お、お兄ちゃん!?」

「お、おう。どうしたんだ?」

「……お、お兄ちゃんこそ何してるの?」

「何って……、鍛冶」

 

 イリヤはとても難しい表情を浮かべた。

 この場所は彼女の拠点から近い場所にある。本来ならバーサーカーを連れて、昨晩の内に襲撃を仕掛けても良かった。

 実際、従者であるホムンクルス(セラ)がそれを進言して来た。

 だけど、イリヤは動かなかった。

 不思議だったのだ。一晩中、寝る間も惜しんで熱した鉄をトンカチで叩き続ける士郎の奇行が気になって仕方がなかった。

 使い魔を通して見たそれは本当に異様な光景だった。

 

「お兄ちゃん」

「ん?」

「今って、聖杯戦争中よね?」

「おう」

「お兄ちゃんって、魔術師よね?」

「おう」

「……なんで、鍛冶なんてやってるの?」

 

 怪訝な表情で言われ、士郎は頬を掻いた。

 

「説明すると時間が掛かるな。お茶飲みながらでいいか? 丁度、休憩中なんだ」

 

 そう言って、士郎はアストルフォが手を降っている方を指差した。

 

「……う、うん」

 

 宮本は一度店に顔を出すと言ってマウント深山に戻っている。

 この場所には士郎とアストルフォ、それにイリヤの三人しかいない。

 士郎はイリヤに持参して来たお菓子と紅茶を渡しながら口を開いた。

 

「俺の魔術って、剣を投影する事に特化してるんだ」

 

 イリヤは紅茶を吹き出した。

 

「ど、どうした!?」

「どうしたじゃないわよ! なんで、いきなり自分の魔術について語りだしてるの!?」

「え? だって、鍛冶をしてる理由が知りたいんだろ?」

「そ、そうだけど……。そっか、お兄ちゃんの魔術に関係する事なのね」

「そうなんだよ。俺の魔術は固有結界《無限の剣製(アンリミテッド・ブレード・ワークス)》って言ってな。剣を無限に内包した世界を創る事が出来るんだ。投影もそこから取り出してるって感じかな」

 

 再びイリヤは紅茶を吹き出した。今度は更に咳き込んでいる。

 

「だ、大丈夫か!? 紅茶もお菓子もいっぱいあるから慌てなくても大丈夫だぞ」

 

 ハンカチを優しく口に添える紳士な士郎。

 だが、イリヤは爆発した。

 

「大丈夫じゃないのはお兄ちゃんの方よ! 固有結界!? 魔法に匹敵する大禁呪じゃないの! 例え本当だとしても、軽々しく口外するなんてもっての外よ! キリツグに教わらなかったの!?」

「え? いや、そうなのか……。俺、切嗣からはあんまりちゃんと習わなかったからな……。でも、全く知らないヤツに教えたりはしないぞ。イリヤなら教えても大丈夫だと思ったから教えたんだ」

 

 真っ直ぐな瞳でそんな世迷い言を言い出す士郎にイリヤは言葉を失った。

 体は幼いが、実は士郎よりも年上で乙女な彼女。

 ずっと会いたかった人、気になる人に『イリヤなら教えても大丈夫だと思ったから』と言われた。

 言ってみれば、クリーンヒット。

 

「……た、例え信用出来る相手でも無闇に教えちゃダメよ。約束しなさい、……シロウ」

「お、おう。って、呼び方……」

「トンチンカンな事をやらかす人をお兄ちゃんとは呼びません! これからはシロウって呼ぶわ」

「ト、トンチンカン……」

 

 ショックを受ける士郎にイリヤは微笑みかける。

 

「でも、わたしの事を信用してくれた事は評価してあげる」

「評価って、イリヤを信じるのは当たり前の事だろ?」

「……言ってくれるわね。そう言えば、わたしの事を知ってたのね。キリツグに聞いたの?」

「いや……、切嗣(おやじ)はあんまり昔の事を話さなかったからな」

「なら、どうして?」

「……アーチャーって、俺なんだよ」

「……ごめん、何言ってるかわからないわ」

 

 イリヤは頭を押さえた。

 

「桜が召喚したサーヴァントなんだけど、召喚の時に俺が触媒になったみたいで、未来の俺が召喚されたんだ。なんでも、サーヴァントは現在過去未来とあらゆる時間軸から召喚されるらしくてさ。英霊になった俺が召喚されたんだ」

「……ごめん、ちょっと頭のなかを整理させて」

 

 本格的に頭を抱えだすイリヤ。

 凛を殺す邪魔をしたアーチャー。必ず殺すと決めていた相手が未来の士郎。士郎は殺す事になってるけど、でも殺したくない。アーチャーを殺さないと聖杯戦争は終わらないけど、アーチャーも士郎で、士郎が士郎で士郎も士郎で……。

 

「だ、大丈夫か?」

「大丈夫?」

 

 士郎とアストルフォが心配そうに声を掛ける。すると、イリヤは立ち上がった。

 

「……帰る。疲れたわ……」

「だ、大丈夫か? 家まで帰れるか? なんなら送るぞ」

「大丈夫よ……。ちょっと、一人になりたいの」

「そっか……」

「シロウ」

「ん?」

「……また来るわ。鍛冶……、頑張ってね」

「おう!」

 

 去って行くイリヤを見送った後、入れ違うように宮本が戻って来た。

 

「よーし! 今日はこのまま土置きと焼き入れまで演るぞ!」

「はい!」

「がんばれー!」

 

 奮起する士郎。応援するアストルフォ。その様子を使い魔越しに見つめながら、悩ましい表情を浮かべるイリヤ。

 そんな彼女を見つめる影が二つ。

 

「――――安心しました。ここでちょっかいを出すようなら退場してもらう予定だったけど、あの様子なら大丈夫そうですね」

「そのようだな。しかし、良いのか?」

 

 笑みを浮かべる少年に端正な顔立ちの男が問う。

 

「マスターがあの雌狐に殺されたというのに、あの少年の方が気になるのか?」

「ああ、あの人がそう簡単に死ぬわけありませんよ。結構しぶといから今頃こそこそ暗躍してると思います」

「なるほど、サーヴァントがサーヴァントなら、マスターもマスターという事か」

「そういう事です」

 

 少年は士郎を見つめる。

 

「あと一歩か……。行きますよ、小次郎。早ければ明日、遅くても明後日には働いてもらう事になります」

「……ふむ、それは重畳。待ち遠しいものよ」

 

 アサシンのサーヴァント《佐々木小次郎》は主に付き従いながら笑みを浮かべた。



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Act.18 《Walls have ears; wall have ears, sliding doors have eyes》

 学校に辿り着くと、校門の傍に立っていた美綴綾子が桜に声をかけてきた。

 

「おーい!」

「美綴先輩。おはようございます」

「おう、おはよう! じゃなくて、どうしたんだ? 二日も続けて無断欠席なんて、らしくないじゃん。心配したんだからね?」

「すみません……。今日からは普通に登校しますので」

「まあ、深くは聞かないけどさ。それと、慎二の事で何か知らない?」

「……兄さんの事ですか?」

「うん。今日、誰よりも早く来て、ずっと弓を引いてるの。普段なら一年生をイビったりとか、やかましく女子とお喋りしてるのに」

 

 あんまりな物言いに苦笑しながら、桜は首を横に振った。

 

「私も詳しくはわかりません」

「そっか……。まあ、アイツの事だし単なる気まぐれかもね。それにしても、これで心配の種が一つ減ったよ」

「他にも何か?」

「衛宮と遠坂だよ。二人共……っていうか、衛宮についてはどうなの? 何か知ってる?」

「先輩ならちょっと用事があって……。病気とか怪我ではないのですがしばらく休む事になると思います」

「……慎二の事は知らなくて、士郎の事は知ってると」

「え!? いや、それはその……」

 

 真っ赤になる桜に綾子は遠い目をした。

 

「ついにあのブラウニーがキラーパンサーになったのかい?」

「違います! 何を想像してるか知りませんが、違います!」

「おやおやー? 私はドラクエの話をしてるだけだよ? なーんで、赤くなっちゃってるのかなー?」

「もう、美綴先輩! それより、遠坂先輩がどうかしたんですか?」

「おっ、強引に話を切り替えたね。いやー、大人になったんだねー。寂しいような、嬉しいような……」

「せ・ん・ぱ・い?」

「……えっと、遠坂の事でしたね」

 

 桜から得体のしれないオーラを感じ、綾子は冷や汗を流しながら言った。

 

「遠坂が来てないんだよ」

「来てない?」

「いつもならとっくに来てる時間なのに教室にもいないし……」

「たまたまじゃないんですか……?」

「……そうなのかもしれないけど、なーんか、胸騒ぎがするんだよね。虫の知らせってヤツ? だから、ずっとここで待ち構えてるわけよ」

 

 恐らく、聖杯戦争に関連している事は確実。

 最後に彼女が現れたのは士郎がキャスターに攫われた晩。その後の事は解らない。

 

「……心配ですね」

 

 あの人が易々と敗北するとは思えない。

 士郎の事が気に掛かる。ランサーを討伐し、バーサーカーと戦い、アーチャーとアサシンを纏めて消し飛ばそうとした。恐らく、キャスターとも戦った筈。

 彼女が戦っていない唯一の相手。それは士郎のサーヴァントであるライダー。

 もう少し校門で待ってみると言う綾子と別れ、桜はアーチャーに念話を送った。

 

『先輩の下に向かった可能性は?』

『……十分に考えられるな。あれだけ好戦的な性格だと何をしでかしても不思議じゃない。セイバーなら、大抵の敵と真っ向から打ち合っても負けないだろうしな。だが、ライダーの機動力なら特に心配する必要も無いだろう。異次元空間に潜るあの幻馬の疾走を止められる者はいない』

『でも……』

『言っておくが、君から離れる事は出来ない。マスターを狙う事は聖杯戦争の定石だ。特にキャスターには前科がある』

『……ここから先輩の居る場所は視えますか?』

『問題なく射程範囲内だ。いざとなれば逃走の猶予くらいは作れるさ』

『その時はお願いします』

 

 アッサリと言いのけるが、その視力の良さは尋常ではない。

 本当に人ではなくなってしまったのだと桜は胸を痛めた。

 夜、寝る度に彼の夢を見る。当然、己の末路も視た。この世全ての悪と呼ばれる存在と同化し、全てを壊そうとしていた。

 可能性の一つに過ぎず、今の自分がああなる事はないと分かっていても、恐怖で涙が零れた。

 

『アーチャー……』

『どうした?』

『……ありがとう』

『ん? あ、ああ』

 

 私を殺してくれて、本当にありがとう。あんな醜い姿になって、その挙句、先輩を傷つけたりしたら……。

 他の誰でもなく、彼が止めてくれたからこそ、間桐桜(わたし)は救われた筈だ。

 

 私を殺した人。

 私を選んでくれなかった人。

 私を救ってくれた人。

 

 今度こそ守ると言ってくれた。私を選んでくれた。

 

『アーチャー』

『なんだ?』

『……ありがとう』

『ど、どうかしたのか?』

『ふふ……、なんでもありません』

 

 ラインを通じて彼の困惑が伝わってくる。彼の今の顔を思い浮かべると、自然と笑みがこぼれた。

 

 ◇

 

 昨日と同じように士郎は帰ってくると同時に布団に倒れこんだ。

 調子に乗って、行けるところまで行こうと躍起になった結果だ。

 後は曲がりや反りを直して鑢を掛けるだけだ。明日には完成品を拝む事が出来ると宮本に言われた。

 楽しみだと思った。こんな風に感じるとは思わなかったけれど、胸が高鳴っている。

 

「楽しみだね!」

 

 アストルフォは士郎の隣で寝転びながら言った。

 

「ああ!」

 

 アストルフォは思った。

 楽しみで仕方がない。

 

 何度も夢を視た。とても嫌な夢だ――――。

 嘆きと悲しみと苦しみばかり。

 炎の中を歩く少年。広い屋敷で一人過ごす男の子。 

 何度も抱きしめてあげたいと思った。慰めてあげたい。許してあげたい。一緒にいてあげたい。

 

 彼の未来を視た。とても嫌な未来だ――――。

 決して救われない、報われない人生。

 死後も永遠に終わらぬ苦しみを背負わされ、その果てに自らを憎むようになる。

 それは人として、哀しい程に歪んで(くるって)いる。

 

「シロウ」

 

 アストルフォは言った。

 

「明日、デートしない?」

「デ、デート!?」

 

 おかしいくらい真っ赤になる士郎。

 アストルフォはクスクスと笑った。

 

「ボク、シロウとデートしたいなー」

「ぅぅ……、わ、分かった! デートだな! うん、行こう!」

「わーい!」

 

 もう、寂しいなんて思わせない。

 一人で苦しませたりしない。自分を憎ませたりしない。

 

『俺、お前と出会えて本当に良かった』

 

 あの時の言葉が心に染み渡る。

 

「一緒だよ! ボクと一緒だからね!」

「わ、わかってるよ。デートだもんな、うん」

 

 何があってもキミを守ろう。

 何があってもキミと共にあろう。

 ボクはシャルルマーニュ十二勇士。ボクはアストルフォ。ボクはライダー。ボクは……キミの、キミだけの相棒(サーヴァント)だ。

 

 ◆

 

 魔女は嗤う。これで準備は整った。

 彼女の前には海を思わせる紺碧を闇を思わせる漆黒に塗り替え、聖剣を魔剣に貶めたセイバーの姿があった。

 魔女に心を壊され、その属性を反転させられた嘗ての騎士王はただ盲目的に主に忠誠を誓う。

 

「――――待っていなさい、ライダー。あの時の屈辱は何倍にもして返してあげる」

 

 魔女の掲げる水晶の中にはマスターと歩き笑顔を浮かべるアストルフォの姿があった。

 

 ◆

 

 生を受けたモノがやがて等しく死を迎えるように、始まりと終わりは同義であり、どんな旅もいつかは終わるもの。

 その結末を幸福なものに出来るか、不幸なものにしてしまうかは本人次第。

 ただ一つ。途上で足を止め、諦めてしまうモノには決して幸福など訪れない。

 

「さあ、試練の時ですよ、お兄さん」

 

 万物を見通す者。聖杯戦争において、あり得ない筈の存在。

 第八のサーヴァント。アサシンのマスター。原初の理を司る覇者。

 英雄王ギルガメッシュ。彼もまた手駒と共に動き出す。



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Act.19 《Sunny days》

 前のように明確な目的があるわけじゃない。純粋なデート。バスで新都に向かいながら、士郎は激しく緊張していた。

 隣を見ると、前に士郎が選んだ洋服に身を包み、窓の外を眺めて楽しそうに笑うアストルフォがいる。

 

「シロウ! ねえ、シロウ! ここからの景色はやっぱり最高だね!」

 

 バスは冬木大橋の上を通り、新都に入ろうとしている。

 深山町と新都に挟まれた未遠川。その光景は冬木市でも三指に入る美しさだ。

 だけど、士郎の視線はより美しいものに縫い止められている。

 アストルフォの笑顔。眩しい程に輝く天真爛漫な彼女の表情は嘗て彼女と共に見た星の海すら凌駕する。

 

「シロウ? おーい! 反応が薄いぞー!」

「……キレイだ」

「でしょでしょ!」

「ああ、とっても……」

 

 バスに揺られること十分弱。駅前に到着すると、士郎は勇気を出してアストルフォの手を握った。

 

「シロウ?」

「デ、デ、デートの時は手をつなぐもんだ」

「そうなの? そうなのかー。うん! つなごう!」

 

 そう言って、腕に抱きついてくるアストルフォに士郎はただでさえ赤かった顔を熱でも出ているのかと心配になるほど真っ赤に染め上げる。

 必死に頭を働かせて、来る直前に頑張って考えたデートコースを思い出す。

 

「まずは水族館に行こう! て、定番だしな!」

 

 デートの達人である慎二のおすすめスポットだ。

 

「よーし、レッツゴー!」

「お、おー!」

 

 新都を歩く。そんな事、衛宮士郎にとっては日常茶飯事だ。

 バイトや買い物、それ以外の用事でもしょっちゅう来ている。

 なのに、そこにアストルフォがいるというだけで異世界のように感じてしまう。

 日常が非日常に成り代わる。

 

 もうとっくの昔に後戻り出来なくなっている。

 初めて彼女を見た時、既に恋をしていた。それから彼女と話す度、一緒にいる度にますます深みに嵌っていった。

 

 道行く人々は一人残らずアストルフォを見る。そして、士郎を見る。

 釣り合っていない。彼等の心の声が聞こえてくる。

 わかっている。それでも一緒にいたい。

 

「シロウ!」

「なんだ?」

「シ・ロ・ウ!」

「な、なんだよ」

「えへへー、呼んでみただけー」

 

 周りから凄い勢いで舌打ちの音が聞こえる。

 士郎は腕に抱きつくアストルフォの手を握りしめた。

 

「い、行くぞ!」

「オー!」

 

 水族館に対するアストルフォの反応は中々だった。

 水の中を優雅に泳ぐマンタやサメに歓声を上げ、ガラスにへばりつくタコを見て笑い、ふわふわと漂うクラゲを見て和んでいる。

 クラゲのアイスクリームなるものを売っていて、二人で食べた。コリコリとした食感が美味しい。

 士郎はバニラ。アストルフォはストロベリー。互いにアイスを分け合う二人に近くの老人が微笑んだ。

 

「次はどこに行くの?」

 

 水族館を後にすると、今度はゲームセンターに行く事にした。

 最新の設備が揃っている。格闘ゲームは操作の方法がよく分からず、シューティングやレースゲームを愉しんだ。

 

「ねえねえ! アレはなに!?」

 

 アストルフォが指差した先にあるのはプリクラだった。

 士郎が説明すると、アストルフォは瞳を輝かせる。

 知り合いの女生徒が目を丸くして見ている事に必死で気付かぬ振りをしながら士郎はアストルフォとプリクラを撮った。

 

「えへへー、星がいっぱいだね!」

 

 出来上がったシールを見つめながらニコニコと笑顔を浮かべるアストルフォ。

 士郎は知り合いに絡まれないようにそそくさとアストルフォを連れてゲームセンターから離脱する。

 それから近くのアクセサリーショップに入った。

 

「こ、これ、どうかな?」

 

 そこに桃色の石が入ったロケットがあり、士郎は奮発した。

 

「わー! わー! とっても嬉しいよ! ありがとう、シロウ!」

 

 士郎が慣れない手つきでロケットをアストルフォの首に掛けると、そこにさっき撮ったプリクラを入れた。

 

「わーい!」

 

 心底嬉しそうにロケットを見つめるアストルフォ。

 なんて幸せな時間だろう。このまま、永遠に時が止まってしまえばいいのに……。

 そう思わずにはいられない程の時間を過ごした。

 

「シロウ」

「な、なんだ?」

「笑顔がひきつってるぞー!」

 

 そう言って、士郎の頬をグリグリするアストルフォ。

 気付けば、士郎は泣きそうな顔をしていた。

 

 幸福を感じる程、死にたくなる。

 多くの命を見捨てたお前(おれ)が幸せを噛みしめるなんて許されない。

 自分で自分の首を絞め殺してやりたくなる。

 それなのに、アストルフォと一緒に歩いていると、やっぱり幸せだ。

 どんなに自分を憎んでも、彼女と一緒にいたいという気持ちは変わらない。

 その後も士郎はアストルフォを連れて色々な場所を歩いた。

 趣味の骨董品屋、ぬいぐるみを売っているファンシーショップ。

 

 やがて楽しい時間も終わりを告げる。

 宮本と約束した時間が近づいてきていた。

 バスで揺られながら新都を後にする。

 

「シロウ」

 

 乗客は二人だけ。傾きかけた日差しが窓から差し込み、彼女をより輝いてみせる。

 

「楽しかったよ! ありがとう!」

「……アストルフォ」

 

 息苦しい程、刃を心臓に突き立てたい程、士郎は幸せだった。

 嬉しそうに、哀しそうに、苦しそうに涙を流し、笑う士郎。

 アストルフォはニッコリと微笑んだ。そして、そっと士郎の唇に自らの唇を押し当てた。

 

「な!? な、なな、何を!?」

「へっへー! 今日、楽しませてくれたご褒美だよ」

「ご、ご、ご褒美って……」

 

 顔を真っ赤にして動転する士郎。そこにさっきまでの昏い感情は鳴りを潜めている。

 コロコロと笑うアストルフォを軽く睨みながら、士郎は言った。

 

「……アストルフォ」

「なーに?」

「俺……、お前の事が好きだ」

 

 ムードもへったくれもないぶっきらぼうな告白。

 士郎は咄嗟に顔をそむけた。

 身の程知らずにも程がある。彼女は英雄。世界の誰よりも美しい人。

 とても釣り合わない。

 

「ボクも好きだよ、シロウ」

 

 勘違いするな。そう、自分に言い聞かせる。

 彼女の好きは己の好きとは違う。ラブじゃなくて、ライクだ。

 必死に心を宥めすかしながら、笑顔を浮かべる準備をした。

 そして、頭を上げると、呼吸が止まった。

 

「シロウ。ボクはキミが好きだよ」

「なんで……」

 

 抱き締められた。

 

「キミの過去をみた」

 

 アストルフォは士郎を抱き締めたまま言う。

 

「キミの未来をみた」

 

 アストルフォは声を震わせた。

 

「キミと今を過ごした」

 

 明確な理由を言葉にする事は難しい。

 全てを失った少年。崩れてしまった積み木(じぶん)を必死に組み直している彼が真っ直ぐに好意を寄せてくれる。

 幸福を感じる度に苦痛を感じる彼がそれでも自分と一緒にいたいと思ってくれる。

 泣きそうな顔で、震えた声で、必死になって手を伸ばしてくれる。

 

「ボクはキミを愛しく思うよ」

 

 同情したわけじゃない。哀れんだわけじゃない。

 嬉しくおもった。

 だって、この世でこんなにも純粋な愛があるだろうか、こんなにも深い思いがあるだろうか――――。

 

「アストルフォ……。俺は……」

「ボクはずっとキミの傍にいる。キミを一人になんてさせてあげないよ」

 

 士郎は……、恋に落ちた。

 何度も何度も好きになって、彼はアストルフォを愛した。

 ガチャリと音を立てて歯車が動き出す。

 

 ◇

 

 宮本の鍛冶場に到着すると、そこには先客がいた。

 

「イリヤ?」

「あ、シロウ! 遅いじゃない!」

「え?」

 

 戸惑う士郎に宮本が笑う。

 

「はっはっは! お嬢ちゃんはずっとお前さんを待っていたんだぞ。ほれ、最後の仕上げを始めようじゃないか」

 

 士郎は厚手のエプロンを身につける。

 イリヤとアストルフォは揃って彼の作業を見つめた。

 本来敵同士である筈の彼女達。だが、今ここで争う気持ちにはなれなかった。

 だって、今この瞬間、衛宮士郎は変わろうとしている。

 贋作が本物に生まれ変わろうとしている。

 

「刀身に傷や割れ目がないかを入念にチェックするんだ。どうだ?」

「……うん。大丈夫みたいです」

「そうか! ならば、中心を鑢で仕立てるんだ」

「はい!」

 

 刀身は既に完成している。鑢を掛け終えると、目釘孔を入れた。

 

「よーし! いよいよ最後の工程だ! ここにお前さんの名前を入れるぞ」

「え!? でも、これは――――」

「お前さんのだ」

 

 宮本は言った。

 

「ここには作者の銘を入れるんだ。お前さんの名前を」

「……俺の名前」

 

 士郎は気を引き締め、丁寧に文字を彫っていく。

 衛宮士郎。その名が刻まれた刀身が月の光を受けて滑らかに輝く。

 白金、切羽、鍔、柄を付けていく。

 荒削りで、素人目で見ても酷い出来だ。それでも、初めて造り上げた真作。

 士郎は涙を流した。

 

「その様子だと楽しんでもらえたみたいだな」

 

 宮本は嬉しそうに笑った。

 

「一応、そいつを持って帰るには手続きが必要なんだ。それに、鞘も用意しないとならない。一旦預かるぞ」

「は、はい!」

 

 名残惜しそうに刀を宮本に渡す士郎。そこにイリヤとアストルフォが駆け寄ってきた。

 

「これがシロウの造った刀……」

「凄いわ、シロウ」

 

 二人共、感動したように士郎の刀を見つめる。

 

「あ、ありがとう」

 

 士郎は照れたように頬を掻いた。



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Act.20 《Over drive》

「――――さて、待たせてしまったかな?」

 

 学校からの帰り道、桜が衛宮邸に続く路地を通ると、そこには青い陣羽織を纏った侍が待ち受けていた。

 アーチャーが実体化して、干将莫耶を構える。

 油断なく睨みつけるアーチャーにアサシンのサーヴァントは心底嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「……どうやら、新たなマスターを見つけたようだな」

「ああ、雌狐などよりいくらか上等な主を見つけたよ。おかげで、こうしてお前と再び剣を交える事が出来る」

 

 あまりにも突然の事に動揺する桜を背に庇い、アーチャーは戦術を組み立て始める。

 一度戦った相手ならば、アーチャーは相手の性格や癖から勝利に至る道筋を見出す事が出来る。

 それの道筋を大抵のサーヴァントは乗り越えてくるが、この男はそれ以前の問題だ。

 この男の剣筋からアーチャーは癖や性格を見出す事が出来なかった。そんなモノを悟らせる程チャチな剣は振るっていないと言わんばかりの卓越した技ゆえだ。

 だが、関係ない。初見と変わらぬ相手だろうが、勝利するのがサーヴァントの役目。

 守ると誓った。

 

「貴様はここで倒す。いくぞ、アサシン!!」

「来い、アーチャー!!」

 

 二騎のサーヴァントの激突。それを遠目に見ながら、少年は微笑む。

 

「これで一人、邪魔者は遠ざけた。後は……、ボクも一仕事しますか」

 

 そう呟くと、少年は闇に紛れて消えた。

 

 ◇

 

 炉を片付け、宮本はトラックでマウント深山に帰っていった。

 家まで送ると言ってくれたが、歩きたい気分だと士郎達は断った。

 

「そうだ! 折角だし、お祝いをしようよ!」

 

 アストルフォが言った。

 

「お、お祝い?」

「うん! シロウの剣が完成したお祝い!」

「い、いや、そんな大袈裟にする必要は……」

「あるの! それとも、シロウはお祝い……、イヤ?」

 

 不安そうな表情を浮かべるアストルフォ。士郎の答えが決まっていた。

 

「イヤなわけない。……そうだ。イリヤもどうだ?」

「え?」

 

 目を丸くするイリヤ。

 

「その……折角だし、一緒にどうかな? 俺の家でパーティー」

「……わたしは」

 

 陽は落ちた。本来なら、ここに二人のマスターがいる以上、すべき事は一つ。

 だが、イリヤはバーサーカーを喚び出す気になれなかった。

 ずっと会いたかった相手。ずっと殺したかった相手。

 目の前にいるのに、彼と話した回数分、接した回数分、あまりにも純粋であまりにも儚くてあまりにも無防備な彼を殺したくなくなってしまう。

 

「……ええ、折角のお誘いだもの」

 

 イリヤは彼の手を取ろうとした。

 そして――――、

 

「……あっ」

「どうした?」

 

 突然、血相を変えるイリヤ。彼女の視線は遙か森の向こうを見つめている。

 

「バーサーカー!!」

 

 現れる巨人は士郎やアストルフォに目もくれず、イリヤを持ち上げると森の中へ走って行く。

 

「イ、イリヤ!?」

「ごめんなさい、シロウ! パーティーには出席出来ないわ!」

 

 そう言って去って行く彼女の後ろ姿を呆然と眺めていると、不意に尋常ならざる殺意を感じ取った。

 振り返ると、そこには見覚えのある少女が立っていた。

 だが、様子がおかしい。

 

「セイ、バー……?」

「逃げて、シロウ!!」

 

 セイバーが動く。咄嗟に士郎の前に割り込んだアストルフォの体から鮮血が飛び散る。

 

「あ……、え?」

 

 頬に付着した生温かい彼女の血液に目眩を感じる。

 

「アストルフォ……?」

 

 倒れこむアストルフォに士郎は呆然となった。

 

「簡単に殺してはなりませんよ、セイバー」

 

 頭上から降り注ぐ声には聞き覚えがあった。

 

「キャスター……」

 

 濃紫のローブに身を包んだ魔女が士郎を見下ろしている。

 

「ご機嫌よう、坊や。いつぞやの返礼をしに来たわ」

「なんだと……? また、アストルフォを手駒にしようとしてるのか!?」

 

 士郎の言葉に魔女は嗤う。

 

「もう、そんな雑魚に興味はないわ。ただ、私に屈辱を与えた罰を与えるだけよ」

 

 そう言って、魔女が降りてくる。士郎が掴みかかろうとすると、セイバーに殴り倒された。

 たったの一撃で呼吸が出来なくなり、士郎は立ち上がる事さえままならなくなった。

 そうしていると、魔女はアストルフォに手を伸ばす。

 

「ただでは殺さないわ。この私を愚弄した罪はその身で払ってもらいます。痛みと屈辱を存分に……、あら?」

 

 魔女は驚いたように言った。

 

「あなた……、男だったのね」

 

 魔女の蛮行に怒りを燃やしていた士郎はその言葉に目を丸くした。

 

「ああ、その様子だと坊やも知らなかったのね」

 

 アストルフォは魔女を睨む。

 

「とんだ英雄様ね。女の格好をして、あんな純情な坊やを誑し込むなんて」

「何を言って……」

 

 アストルフォが男。何を言っているのか、士郎には理解が出来なかった。

 だって、彼女は女だ。そうじゃなきゃおかしい。辻褄が合わない。

 

「なら、この場で脱がしてあげましょうか?」

「……やめ、ろ」

 

 アストルフォが拘束から逃れようと身を捩る。

 だが、セイバーから受けたダメージが大き過ぎる。苦痛に表情を歪め、悲痛な声をあげる。

 

「ア、アストルフォに手を出すな!!」

「あらあら。自分を騙していた相手を気遣うなんて、優しいのね。でも、残念ね。あなたの恋は決して叶わぬ禁断の――――」

「離せって言ってるんだ!!」

 

 士郎は起き上がった。魔女の言葉が真実かどうかなんてどうでもいい。

 それよりもアストルフォが苦しんでいる事が気に入らない。

 セイバーに与えられた痛みなど無視する。その程度で寝転がっている暇などない。 

 炉に火を入れるように、魔術回路に魔力を流し込む。

 

「呆れたわ。この期に及んで抗うなんて……」

 

 魔女はアストルフォの傷口に指を突き立てながら言った。

 

「遊んであげなさい、セイバー」

 

 アストルフォの苦痛の声が聞こえる。それだけで怒りが頂点に達した。

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!!」

 

 作り出したのはアーチャーの双剣。

 干将莫邪で襲いかかるセイバーを迎え撃――――、

 

「その程度の宝具で我が剣が止められるとでも?」

 

 アッサリと砕かれた。そのまま、腕を掴まれて乱暴に振り回される。

 

「ぁ……」

 

 禍々しく変貌した嘗ての聖剣が士郎の体を引き裂く。舞い散る血潮に魔女は嗤う。

 

「どうかしら、ライダー。嬉しいでしょ。己を騙したあなたを必死に守ろうとして、彼は死ぬわよ」

「……ぃやだ。シ、ロ……ゥ……ヤダ、死んじゃ……」

 

 体を必死に動かそうとするが、魔女は彼女の足に精製した巨大な氷を落とした。

 強力な対魔力を持つアストルフォにも有効な一撃だ。

 悲鳴が響く。その声に士郎は再び立ち上がった。胴を斜めに斬られ、夥しい血を流しながら、それでも彼は新たな剣を投影する。

 

「……無駄な足掻きだ」

 

 セイバーは魔剣を振り上げた。

 再び砕かれる干将莫耶。

 死が迫る。今度こそ、彼女の魔剣は士郎の命を終わらせる。

 

 

 その瞬間――――、

 

             彼は己の中の時を止めた。

 

 

 衛宮士郎の内部を総加速させ、刹那を永遠に偽装する。

 最優のサーヴァント。この聖杯戦争において、紛れも無く最強の白兵能力を持つ彼女に衛宮士郎が勝てる道理などない。

 そんな事は先刻承知。それでも尚、抗わなければならない。

 一秒後に彼は死ぬ。これは確定した運命だ。

 この状況に陥った時点で詰んでいる。

 それでも尚、諦めてはならない。

 何故なら、彼の死は愛する者の苦痛に満ちた死を意味するからだ――――。

 

 撃鉄が落ちる。     

 

――――検索する。

 

 そんな暇はない。

 

――――アルトリア・ペンドラゴンに対向する手段を模索。

 

 そんな都合の良い物などない。

 

――――ならば、創り出せ。

 

 アストルフォを救いたい。その為の手段が存在しないなら、新たに創り出すしかない。

 

――――既にヒントは十分に得た。

 

 意識がぶれる。現実を見ながら、夢を見ている。

 迫るセイバーの魔剣。森の中にあるナニカ。

 

――――体は剣で出来ている。

 

 己を造り変える。

 

――――血潮は鉄で、心は硝子。

 

『超えてみせろ』

『今の貴様では精々一つの技術を身につける事が出来るかどうかだ。ならば、一つの最強を見つけてみろ』

 

――――幾たびの戦場を超えて不敗。

 

『ボク達人間はどこまでだって行けるんだ! 限界なんてどこにも無いよ!』

『誰かが誰かを助ける時、そこにあるのは感謝の気持ちだけさ』

 

――――剣を鍛えるように、

 

『日本刀を見た事があるか?』

『ならば、あの美しさも分かるか? 折れず、曲がらず、よく切れる。その三つの条件を追求した一種の芸術品だ。切れる為と曲がらない為には鋼は硬くしなければならん。だが、逆に折れない為には鋼を柔らかくしなければいけない。矛盾しておるだろ?』

 

――――己を燃やすように、

 

『この矛盾を解決する方法。それは炭素含有量が少なく柔らかな心鉄を炭素含有量が高く硬い皮鉄で包む方法だ』

『そこまでいけば、後はひたすら叩くだけだな。燃やし、叩き、冷やし、また燃やす。そして、打ち続ける。信じられるか? これは初め、単なる砂粒だった。無数の粒子が一本の刀に変わる』

『砂鉄をたたらで玉鋼にしてな。それを熱し、薄べったくのばす。そして、無数の断片に変え、その中から良質な材料となるものを選び焼き固める。見極めも大事だ』

 

 意識が遠のいていく。視界が真っ白にスパークする。

 気にするな。己の事など度外視しろ。お前が死のうと、アストルフォを救え。それ以外の事など考えるな。

 心を鋼で包みこめ、無数の粒子を見極め、一つに纏めろ。

 

――――彼の者は鉄を打ち続ける。

 

『……私の過去を見た筈だ。それをお前の中の始点(ゼロ)にしろ。そこからどう限界を越えていくか、二人で相談でもするんだな』

 

 限界(ゼロ)を超えろ。新しい世界を創造しろ。

 これは空の器。これは無限を内包する。

 無限にして、零。零にして、一。一にして、無限。

 

『私の剣技は確かに衛宮士郎にとって最適なものだ。だが、最強ではない』

『所詮、アレもコレもと手を出した挙句、何一つ芯を持てなかった半端者の業だ』

 

 選択肢は無限。されど、選べるものは一つのみ。

 ならば、その一つに全てを集約しろ。

 

――――収■こそ、理■の■。

 

 ここに幻想を紡ぐ。

 これこそが衛宮士郎に赦された魔術の真髄。

 魔術回路が臨界を超える。

 例え、このまま己が壊れても構わない。アストルフォを救ける。だって――――、

 

「俺はアストルフォが好きなんだ!!」

 

――――是、■戟の■■也(リ■■ッド・■ロ・■ーバー)

 

「――――な、に?」

 

 セイバーのサーヴァントは瞠目する。

 

「―――――ッ、セイバー!! 今直ぐに坊やを殺しなさい!! はやく!!」

 

 聖剣を阻んだもの。それは一振りの太刀だった。

 それは士郎が鍛えた剣。銘に彼の名が刻まれた不出来な真作。

 だが、セイバーはまるで威圧されたように後退る。

 

「ぁ……ぁぁ……ッ」

 

 細く、貧弱な太刀。

 だが、彼女の目には違うものが映り込んでいた。 

 竜の眷属を必ず殺す。一つや二つではない。無限の殺意が彼女に重圧を掛ける。

 そして――――、

 

「ァァァアアアアアアアアアア!!!」

 

 太刀はセイバーの片腕を斬り裂いた。

 

「――――馬鹿な!?」

 

 その瞬間、アストルフォは死力を尽くし、声を張り上げた。

 

「来い!!」

 

 次元の狭間から幻馬が飛び出す。

 幻想種の嘶きはキャスターのサーヴァントをわずかに怯ませ、その隙に主を攫った。

 

「……撤退よ、セイバー!!」

 

 キャスターが叫ぶ。セイバーは片腕でキャスターを抱えると猛スピードで士郎とアストルフォから離れた。

 片腕を失った今、あの得体の知れない力と戦うのは危険過ぎる。

 それは彼女の未来予知にも等しい直感の囁きだった。

 

「《竜殺し(ドラゴンキラー)》……だと、馬鹿な」



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Act.20.5 《Have an ulterior motive》

「バーサーカー!!」

 

 瓦礫と貸した城。そこで二騎の大英雄が戦闘を繰り広げている。

 

「……ふむ。さすがはヘラクレス。このボクがここまで手こずるとは」

 

 バーサーカーのサーヴァントは唸り声を上げる。

 この少年の姿をしたサーヴァントはあまりにも常軌を逸している。

 無数の宝具を操り、バーサーカーの命のストックを一つ、また一つと削っていく。まるで此方を弄んでいるかのように余裕を讃えた笑みを浮かべながら――――。

 

「なんなのよ……」

 

 イリヤは少年を睨みつける。

 

「なんなのよ、アンタは!!」

「……人形よ」

 

 少年は不快そうに表情を曇らせる。

 

「仮にも淑女なら慎ましさを覚えなさい。無闇に声を張り上げるものではありませんよ」

「――――ッ」

 

 完全に此方をコケにしている。

 

「……さて、目的は達成した」

 

 そう言うと、少年は虚空から鎖を引き出した。

 

「君達にはまだ役割が残っている。だが、それまでは大人しくしていてもらいますよ。この国では《鉄は熱いうちに打て》と言うそうですが、叩き折ってしまったら本末転倒だ」

 

 鎖がバーサーカーに巻き付いていく。

 

「バ、バーサーカー!?」

「コレは神を律する為だけにあるもの。神性が高い程、この宝具は効果を発揮する。暫くの間、ジッとしていて貰いますよ」

 

 幾ら身を捩ろうと、鎖はビクともせずに狂戦士を拘束した。

 イリヤが令呪を発動するが、それすらも無効化する。

 あまりにも圧倒的過ぎる力を前にイリヤは膝を折った。

 

「時が来たら解放してあげますよ。それまでは精々人並みの日常とやらを楽しむといい。では、ボクはこの辺で失礼します」

 

 言いたい事だけ言い終えると、少年は少女を置き去りにしてアインツベルンの城跡を後にした。

 物語には始まりと終わりがある。どちらが欠けても、物語は成立しない。

 人類最古の英雄王が集めた宝物は世界中に散らばり無数の伝説を築き上げた。

 そして――――、

 

「――――素晴らしい。なんという奇跡だ」

 

 少年は冬木全体を見通せる高層ビルの頂上に立つ。

 

「一騎当千、万夫不当の英雄達よ! 我は原初の王(ギルガメッシュ)! お前達の綴った伝説はここに収斂される。積み重ねられた歴史の真価がここに問われるのだ!」

 

 哄笑する英雄王。彼の森羅万象を見通す眼はヒポグリフによって衛宮邸へ運ばれる主従に注がれている。

 

「ああ――――、楽しみだ」

 

 ◇

 

 アーチャーとアサシンの激闘は日を跨いで尚続いていた。

 決着をつけると言いながら、アサシンは奥の手を隠している。アーチャーに攻め入らず、引かせず、何かを待つように剣を振るう。

 だが、それもここまでだ。アサシンの剣筋が唐突に研ぎ澄まされた。アーチャーの双剣が彼の手を離れて天を舞う。

 

「――――待ちかねたぞ」

 

 主から許しが出た。時間稼ぎに徹しろという命令。それが今、解かれた。

 アーチャーのサーヴァント。数奇な運命の下で巡り会えた好敵手に対して、あまりにも非礼が過ぎる。

 これで心置きなく真剣勝負が出来るというもの。

 アサシンのサーヴァントは新たな双剣を投影するアーチャーに対して、あの時と同じ構えを取った。

 柳洞寺に続く石階段での死闘。その果てに披露する筈だった秘剣の構え――――。

 

「いざ――――」

 

 長刀が揺れる。一足で間合いを詰める。

 新たな双剣を構えるアーチャー。だが、如何に守りに特化した剣の使い手とて、この業の前では無力。

 佐々木小次郎という実在したかも曖昧な不透明の英雄の名を冠した無名の侍。

 彼がその存在全てを懸けて練り上げた究極。

 この秘剣の前ではあらゆる守りが意味を成さない。

 その秘剣の名は――――、

 

「――――燕返し」

 

 それはあり得ぬ剣筋。

 一振りの太刀が繰り出せる斬撃は一つ。それが条理というもの。

 にも関わらず、そこに三つの剣筋が同時に存在していた。

 一念鬼神に通じる。それは燕を断つという思い付きを為す為に剣を振り続けた男の起こした理不尽。

 サーヴァントすら凌駕する神域の業。逃げ場を断ち切る剣の牢獄。

 多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)。それが人の身で神仏に挑んだ男の魔剣の正体。魔術師でもない癖に第二魔法に至った剣鬼の秘剣。

 躱す事など不可能。かの騎士王のような卓越した剣技があれば、あるいは生き残る道もあったかもしれない。

 だが、生憎とアーチャーのサーヴァントに剣の才能など無かった。バーサーカーのような不死性もない。キャスターのように転移の魔術を使う事も出来ない。

 故に待ち受けているものは《不可避の死》。

 背後に庇う少女が悲鳴を上げる。

 

「――――さらばだ」

 

 アーチャーは口元に笑みを浮かべる。

 

「……なんと」

 

 アサシンは目を見開いた。

 彼の剣がアーチャーに届く事はなく、彼の背中に漆黒の刃が突き立てられていた。

 死者に剣は振るえない。

 

「さらばだ、アサシン」

 

 干将莫邪。アーチャーが最も信頼を寄せる双剣。

 中国の刀匠が己の妻を贄にして鍛え上げた離つ事無き夫婦剣。

 その性質は磁石のように互いを引き寄せる。

 アーチャーの手に干将がある限り、莫耶は彼の手に戻ってくる。

 アーチャーの手に莫耶がある限り、干将は彼の手に戻ってくる。

 必殺故に生じる隙。相手が勝利を確信した時こそ、エミヤという英霊の真価が発揮される。

 簡単な話だ。新たに双剣を投影した瞬間、アサシンが弾いた干将莫邪はアーチャーの手元に戻ろうと飛来し、その射線上にある障害物に突き刺さった。

 ただ、それだけの事。

 アサシンがアーチャーの双剣を弾いた時、既に決着はついていた。

 

「……ッハ。これだから双剣使いという輩は……」

 

 宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島での決戦は有名な逸話だ。実際に剣を交えたわけではないが、その逸話の中で武蔵は様々な奇策を用いたという。

 満足気に微笑むと、アサシンのサーヴァントは光になって消滅した。

 

 ◇

 

 拠点である教会に戻ったキャスターはその憤りをセイバーにぶつけた。

 片腕を失い、疲弊している彼女に容赦のない責め苦を与える。

 

「……赦さないわ。この私を二度も虚仮にした。あの主従だけは必ずこの手で殺す」

 

 魔術師として、士郎の作り出した太刀に興味がないわけではない。

 だが、それ以上の憎しみが彼女に殺意を抱かせる。

 

「この私に二度も屈辱を与えた事を後悔させてあげるわ」



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Act.Ex 《Legend of Astolfo》

 英雄・アストルフォ。

 いつだったか《シャルルマーニュの伝説短篇集》を薦めてくれた友人が言っていた通り、彼の伝説は《奇抜で奇怪で奇矯》だ。

 

 イングランド王の長男として生まれた。彼は生まれた瞬間から神に愛されているとしか思えないほど恵まれていた。

 性格は自由奔放。その衝動の赴くままに大冒険を繰り返す。

 ナルシストであり、口だけ達者で腕っぷしはからっきしな彼は仲間の騎士達から敬遠されがちだった。

 そんな彼の旅路を支えたもの、それは――――、《美貌》と《財力》と《幸運》。

 勇気や武勇などではなく、この三つである。

 

 ある所にアンジェリカという類まれな美貌を持つ女がいた。

 彼女の為に生まれた戦乱は数知れず、狂人や死者が続出した程の美女だ。

 ある時、大帝シャルルが開催した御前試合に彼女が現れ、弟のウルベルトに負けた者は捕虜にする。逆に勝てたら己を差し出すと宣言した。

 実は彼女、アンジェリカというのは偽名であった。その正体は遠い異国(スキタイ)の女王。ちなみにウルベルトも偽名であり、本名は《アルガリア》という。彼女は国王の命により、シャルルマーニュを堕落させる為に参上したのだ。

 彼女の正体に気付く者もいた。マラジジという名の魔法使いだ。他の者達が彼女の美貌に籠絡される中、女性に興味を持たない彼は彼女の真実を悟り、計画を阻止しようと動いた。

 そして、捕まってスキタイに送られた。計画を阻止するどころか、アッサリと捕虜にされてしまった。彼の勇敢な行動は誰にも気付かれず、結局、計画はそのまま進行する。

 

 そして始まる御前試合。最初に登場したのがアストルフォだった。

 彼は戦った。そして、一瞬にして負けた。御前試合に出るにはあまりにも弱過ぎた。

 だが、そんな彼に熱いまなざしを向ける者がいた。そう、アンジェリカことスキタイの女王である。

 捕虜になったアストルフォにとても手厚いもてなしを部下に命じ、試合そっちのけでアストルフォとお喋りをしていた。

 ところが、二番手として登場したフェローという戦士がアッサリとアルガリアを倒してしまった。突いたら確実に馬から落とすという馬上槍試合において反則的な能力を持つ武器を使っていたアルガリアだが、馬から落とされても『来いよ、ウルベルト。槍なんか捨てて掛かって来い!!』と挑発する彼に『野郎!! ぶっ殺してやらぁ!!』と折角の魔法の槍を捨てて剣を使って挑んでしまった事が運の尽き。フェローの圧倒的な力を前にアルガリアはアッサリと敗北してしまった。

 すると、アンジェリカはフェローと結婚する事を拒み、さっさと魔術で姿を消してしまった。こうなるとまずい立場に立たされたアルガリアも馬に跨がり必死の逃走。そんな事は許さんと鬼の形相でフェローが追い掛ける。

 取り残されたアストルフォ。アルガリアが投げ捨てた魔法の槍を勝手に使い、再開された御前試合で無双した。その後、彼が魔法の槍をアルガリアに返す事は無かった。彼は追いかけて来たフェローに殺されてしまったから仕方ない。

 ちなみに彼の従兄弟のローランやリナルドもアンジェリカに一目惚れしていた。くじ運悪く、順番が回ってこなかったが、フェローから逃げたという事は自分にもチャンスがある筈だと悟り、全力で彼女を追い掛け王の御前である御前試合の会場から脇目もふらずに走り去って行った。

 

 近くの森でローランとフェローとリナルドとアンジェリカが恋のバトルロイヤルを繰り広げる中、シャルルマーニュの国を付け狙う者達がいた。

 セリカンの軍が攻めてきたのだ。特に何の理由も無くスペインを滅ぼしたセリカン軍はシャルルマーニュに宣戦布告をする。

 いろいろあってアンジェリカが嫌いになり、更にいろいろあってアンジェリカから好意を抱かれ、彼女を振った後に森から戻って来たリナルド。早速出陣を命じられるが、いろいろあってリナルドが好きになったアンジェリカに決闘中に誘拐されて異国に持ち帰られてしまい、シャルルマーニュ軍は一気に劣勢になっていく。

 ローランもとっくに居なくなったアンジェリカを求めて森の中を走り回り戻ってくる気配がない。

 最期、シャルルマーニュ本人も敵の前に敗れてしまう。

 主君や仲間達が惨敗する中、戦力外通告を受けていたアストルフォが立ち上がる。

 

『ボクが相手だ!!』

『ハッハッハ!! 貴様のような雑魚にこのセリカン王グラダッソが負ける筈無い!!』

 

 そして、魔法の槍によって馬からアッサリと落とされるグラダッソ。

 魔法の槍というイカサマを知らない彼は素直に敗北を認めた。捕虜を解放し、颯爽と去って行く。

 救国の英雄になったアストルフォ。誰もが彼を讃えようとした。だが、彼は従兄弟(リナルド)の愛馬・バヤールを主人の下に連れて行ってあげようと東へ向かい出発していた。

 

 旅の途中、何故かアストルフォに惚れ込んだサクリパン王にストーキングされつつ、道端で出会った騎士に決闘を挑まれた。

 騎士は出会ったら決闘するものなのだ。

 

『勝負だ!』

『いくぞ!』

『勝った!』

 

 名馬バヤールが巧みに騎士の槍を避け、その間に魔法の槍をてきとうに振って騎士を倒すアストルフォ。

 そのまま馬で東へ進む。

 そこには橋があり、その先には魔法の城があった。

 橋の上で乙女が言う。

 

『あの城で出された杯は飲んではいけません』

 

 乙女は通る者全てに忠告を与えていた。アストルフォは彼女の言葉に従い、城に行っても杯を断った。

 すると、忠告されたにも関わらず杯を飲んでしまったローラン含む騎士達(バカども)が現れる。

 

『友と戦うなど、ボクには出来ないよ! というわけで、さらば!』

 

 颯爽と逃げ去るアストルフォ。そこに躊躇いは無かった。

 そして、漸くリナルドがいるはずのアンジェリカの城に到着するが、そこにリナルドはいなかった。リナルドはとっくの昔に逃げ出していたのだ。

 するとアストルフォは何故かアンジェリカの軍に入ってしまう。そして、そのままアンジェリカの親衛隊に任命されてしまう。

 アンジェリカの親衛隊として戦うアストルフォ。その後、なんやかんやで敵として現れたリナルドを見て、アッサリとアンジェリカの下を去り、彼と共に国に帰っていく。本来の目的は忘れていなかった。

 

 ところが、帰る途中で魔女アルシナに出会う。そして、アッサリと彼女の甘言に騙されて身包みを剥がされ木に変えられてしまう。

 その後、ヒポグリフに乗ったロジェロという騎士が彼の前に現れる。リナルドから事情を聞き、数少ない心優しい人物であるロジェロは彼を助けようとする。

 だが、ロジェロもまた……、バカだった。

 魔女アルシナの悪行を散々聞かされていたにも関わらず――――、

 

『美人に悪い人なんかいるわけねーだろ!!』

 

 と、美人な魔女にアッサリ籠絡されてしまう。

 だが、彼には味方がいた。恋人と師匠が彼を救い、ついでにいろいろなものに変えられていた騎士達をも救った。

 アストルフォも救われた。

 道中で出会った善の魔女と謳われるロジェスティラ。彼女からあらゆる魔術の秘奥が記された知恵の書と窮地を打破する魔法の角笛をプレゼントされ、意気揚々と紆余曲折の後に巨人に襲われピンチになっているロジェロの下に向かう。

 ロジェスティラがくれた便利なアイテムと一生借りた魔法の槍を使い、彼はロジェロの窮地を救った。そして、ロジェロが乗っていたヒポグリフに勝手に跨がり飛び立っていく。

 近くにロジェロの恋人はいたが、彼女は何も言わなかった。

 ヒポグリフの行き先は誰も知らない。乗ってる主人すら分からない。だから、彼女は恋人にあまり乗らないで欲しかったのだ。アストルフォが乗ってくれて助かったとさえ思っている。

 

『アイツなら何処に行こうがどうでもいいしね』

 

 彼女は数少ないアストルフォよりも恋人を優先する女性だった。

 

 一方、主だった騎士達が国をほっぽり出して全く関係ない場所で大冒険なり、大恋愛などをしている間にシャルルマーニュの国は大惨事に見舞われていた。

 あまりにもまずい事態にシャルルマーニュを救うため、天から聖ヨハネがアストルフォの下へやって来る。

 異教徒であるアンジェリカに対してのストーキング行為が目に余った為に呪いを受けて正気を失ったローランの思慮分別を保存している月に取りに行って来いと命じられる。

 

『よーし! このアストルフォに任せたまえ!』

 

 そうして、彼は月に旅立った。

 それからも彼は波瀾万丈の大冒険を繰り返す。

 

 夢から起きた時、士郎は昨晩セイバーに斬られた所よりも腹筋が痛くて呻いたのだった――――。



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Act.22 《Confidence is a plant of slow growth》

 士郎が起き上がると、目の前にアーチャーが座っていた。

 

「随分と愉快な夢を見ていたようだな」

「……朝から何の用だ?」

 

 ムッとした表情で睨む士郎にアーチャーは肩をすくめた。

 

「ライダーに聞いたぞ。随分と無茶をしたようだな」

「ライダー……、そうだ! アストルフォは大丈夫なのか!?」

 

 士郎は昨夜の事を思い出し、アーチャーに詰め寄った。

 アストルフォは士郎を庇ってセイバーに斬られた。その時に飛び散った彼の血潮を思い出し、士郎は青褪めた。

 

「安心しろ。全て遠き理想郷(アヴァロン)ほどではないが、治癒能力を持つ宝具を使った。回復のために眠っているが徐々に回復している。私のように部位欠損ダメージを受けたわけでもないからな。直に目を覚ます」

「そっか……。悪いな、アーチャー」

「気にするな。それより、ライダーが自慢気に話していたぞ。セイバーを撃退したらしいな」

「ああ……」

 

 士郎は体を起こすと右手に視線を落とした。

 あの時はアストルフォを救ける為に必死だった。

 一瞬の間にいろんな人の言葉を思い出し、気付けば宮本の下で鍛えた刀を投影していた。

 

「どうやら……、完全に道は分かたれたようだ」

 

 アーチャーは言った。

 

「思ったより、早かったじゃないか」

 

 詳しい原理は士郎も理解していない。だが、ただのナマクラでセイバーを撃退する事など不可能だ。

 あの時、士郎が投影した刀には特別な力が宿っていた。それはアーチャーの辿り着けなかった高み。

 

「嬉しそうだな」

「嬉しいよ。これで少しは希望が見えた」

「希望……?」

 

 アーチャーは言った。

 

「結局、私は偽物だ。借り物の理想に縋り、借り物の武器に頼り、遂には絶望した。だが、お前は本物を作り出した。お前の手で鍛え、お前の魂が宿った真作を造り上げた。英霊の身となった私をお前は確かに超えたんだ。衛宮士郎(オレ)にはこうなる以外の可能性があった。そう思うと、希望が湧いてくる」

「アーチャー……」

「ライダーには感謝しないといけないな」

「え?」

「彼女がお前の夢を支えると口にした時、私は賭けてみようと思えた。結果はご覧のとおりだ」

 

 そう言うと、アーチャーは立ち上がった。

 

「そう言えば、彼女に告白したらしいじゃないか」

 

 皮肉気に笑うアーチャー。

 

「随分と嬉しそうだったぞ」

 

 そう言い残すと、部屋を出ていこうとする。

 

「そう言えば……」

「ん?」

 

 士郎は赤くなった顔を手で覆い隠しながら言った。

 

「アストルフォって、男だったんだな。俺、全然気付かなくてさ……」

「……は?」

 

 アーチャーは士郎の下に戻るとおでこを触った。

 

「……ふむ、熱があるな。もう少し寝ていろ。まったく、彼女が男などと……。本人に聞かれたら嫌われてしまうぞ」

「いや、俺もキャスターが嘘を吐いたんだと思ってたんだけど……。さっきアストルフォの過去を夢で見て、確かにアイツは男だったんだよ」

 

 アーチャーの表情が歪んでいく。

 

「落ち着け。落ち着くんだ。そんなわけないだろう。あの可憐な顔を思い出してみろ。どう見ても女性じゃないか!!」

「うーん……。確かにそうなんだよな」

 

 その時だった。障子が勢い良く開かれ、アストルフォが飛び込んできた。

 

「シロウ!! 大丈夫!?」

「アストルフォ! お前こそ、大丈夫なのか?」

「ボクは大丈夫さ! そんな事より、どこか痛い? 気分はどう!?」

「うーん。少しボーっとするかな……」

「なら、ちゃんと寝てなきゃダメだよ! なんなら添い寝してあげるよ?」

 

 勢い良く現れたアストルフォに気圧されていたアーチャーだが、添い寝と聞いては黙っていられなかった。

 大きく咳払いをすると、アーチャーは言った。

 

「ライダー。君も女性なら節度というものを弁えるべきだ」

「え、そうなの? でも、ボクは男の子だから関係ないよね!」

「……え?」

 

 アーチャーは得体のしれない恐怖を感じた。言うなれば、数メートル先すら見通せない霧の中をアテもなく彷徨っていると、近くに崖があると教えられたような気分。

 そんな筈はない。冗談に決まっている。

 脂汗が流れる。鼓動が早まる。体が震える。

 

「……は、はは、中々面白いジョークだな。だが、君はどう見ても女性じゃないか」

 

 頑なに信じようとしないアーチャー。

 アストルフォは困ったように彼を見つめ、それから「よし!」と士郎の手を取った。

 

「ちょっ、アストルフォ!?」

 

 アストルフォはその手を自らの胸に誘った。

 

「どう?」

「どうって……、その……、うん」

 

 士郎は頬を赤くしながらアーチャーに言った。

 

「とりあえず、胸は無いみたいだな」

「……やめろ」

 

 アーチャーは声を震わせた。

 

「もう! ボクは男の子だから、節度なんて守らなくていいんだよ! だから、シロウと添い寝するの! なんなら脱いで……見せるのはイヤかな……、シロウ以外」

 

 その言葉に顔を真っ赤に染め上げる士郎。そして、青褪めるアーチャー。

 

「……男なのか?」

 

 アーチャーが問う。

 

「うん!」

「……本当に?」

「本当に!」

「……マジで?」

「マジで!」

 

 アーチャーは戦慄の表情を浮かべ、士郎を見た。

 

「男だそうだ」

「おう」

「……男なんだぞ?」

「お、おう」

「今でも好きなのか?」

「……おう」

 

 アーチャーは立ち上がると部屋を出た。そして、悲鳴を上げた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 頭を抱え、無我夢中で走り回るアーチャー。

 彼の心にあるもの。それは恐怖だった。

 

「アイツは別人、アイツは別人、アイツは別人!!」

 

 そうだ。ついさっき納得した事じゃないか! アイツは全くの別人だ。オレを超え、超えちゃいけないラインまで超えた……、知らない人だ。

 無関係の別人。だから、アイツが男同士の不毛な恋愛関係になろうと、オレには何の関係もない。

 オレは女の子が好きだ。改めて考える必要すらない。生前はいくつものロマンスも経験している。

 

「……あれ? 馬鹿な……、甘い展開が一度もなかった……? いや待て、いくらなんでもそんな筈は……!」

 

 過去のロマンスを思い出そうとして、アーチャーは頭を抱え始める。

 

「そ、そんな馬鹿な!? そんな筈があるまい!! 女性と付き合った事など幾らでも……」

 

 確かに女性と付き合った事はある。だが、学生時代を含めて半年以上もった相手は一人もいなかった事に気づき、アーチャーはうずくまった。

 

「嘘だ!! そんな筈ない!! あり得ない!! オレは……、オレは!!」

 

 その時だった。直ぐ傍の扉が開いた。ハッとして顔を上げると、心配そうな顔をした桜がいた。

 

「ど、どうしたんですか? アーチャー……」

 

 どうやら、彼女はお風呂に入っていたらしい。顔だけを出している。

 アーチャーは彼女を見つめた。そして、内なる衝動のまま扉を開いた。

 

「え!? きゃっ」

 

 そこにはバスタオルに身を包んだ桜の姿があった。

 

「ど、どうしたの、アーチャー!? なんか、凄い切ない叫び声が聞こえたわ……、よ?」

 

 その時、アーチャーの悲鳴を聞きつけた大河が現れた。

 彼女は見た。お風呂から出たばかりの桜と彼女をガン見している変態の姿。

 

「な、何してるの、アーチャー!」

 

 虎のように吠える大河。そんな彼女にアーチャーは言った。

 

「藤ねえ。オレ、大丈夫だった」

「……な、なにが?」

 

 あまりにも爽やかな笑みを浮かべるアーチャーに大河は少し引いた。

 

「オレ、ちゃんと桜を見て興奮出来た」

「何言っとるんじゃ、変態野郎!!」

 

 大河の拳が唸る。

 変態(アーチャー)は宙を舞った。

 

「あ、アーチャー!?」

 

 桜が悲鳴を上げる。それほど見事な一撃だった。

 

 ◇

 

「……というわけで、小僧は男であるアストルフォと恋仲になったわけだ」

「そして、自分の性癖に不安を抱いてあんな蛮行に及んだと……」

 

 身支度を整えた桜と大河の前で正座になり、アーチャーは事情を説明した。

 彼の頭にはたんこぶが三つ在る。話を聞いてもらう為に受けた傷は大きい。

 

「……そうですか」

 

 桜は寂しそうな声で呟いた。

 

「先輩がアストルフォさんと……。そうなる気はしていました……。でも……、男の人だったんですね」

 

 重い空気を漂わせる桜。

 

「なんだろう……。どこにショックを受ければいいのか分からない……」

 

 大河は頭を抱えた。

 

「……先生は先輩とアストルフォさんの事、どう思います?」

「私は……、本人同士が納得している事なら見守ってあげたいと思うわ。けど……、桜ちゃんはどう?」

「私は……」

 

 愛しい人が他人に奪われてしまった。それだけでもショックだが、その相手が男だった。

 いろいろなダメージが重なって、桜は今の自分の感情を形容出来る言葉が見つけられなかった。

 

「……確かに私を超えろとは言った。だが……、そのラインは超えないでほしかった」

 

 顔を両手で覆うアーチャー。

 

「あ、アーチャー」

 

 桜はそんな彼が心配になり声を掛けた。

 

「……すまないな。このような事で動揺するとは鍛錬が足らないようだ」

 

 如何なる鍛錬を積めば今の状況で平静を保てるのかは疑問だが、桜は気にしなかった。

 

「私は大丈夫です。確かに、ちょっと……かなり……、すごくショックですけど……」

 

 若干涙ぐんでいる。

 

「でも、先輩は変わりました」

「あ、ああ。変わってしまったな……」

「あ、いや、そうじゃなくて!」

 

 沈痛な表情を浮かべるアーチャーに桜は慌てながら言った。

 

「明るくなったと思うんです」

「明るく……?」

「はい! えっと、別に今までが暗かったわけじゃなくて……、すごく幸せそうな笑顔を浮かべてくれるようになったなって……」

「幸せそうに……、か」

「先輩。いつも何かを押し殺しているみたいで……。でも、アストルフォさんと一緒に居る時は本当に嬉しそうに笑うんです! その笑顔を見てると……、嬉しくなります」

「桜……」

 

 桜は深く息を吸った。

 

「だから……、敵わないなって思いました」

「桜ちゃん……」

「桜……」

「……正直に言えば、私を選んで欲しかった。でも、相手がアストルフォさんなら……」

 

 泣きながら微笑む桜にアーチャーは何も言う事が出来なかった。

 

「……部屋に戻りますね」

「さ、桜……!」

「少しだけ……、一人にして下さい」

 

 桜が去って行った後、アーチャーは溜息を零した。

 なんだかんだ言っても、アストルフォの存在が士郎を大きく変えた。それによって、アーチャー自身も救われた部分がある。

 だから、彼等の関係に口を挟むつもりはない。

 それでも、桜を悲しませてしまった事が心を重くする。

 

「士郎」

「……アーチャーだ」

「さっき私の事を藤ねえって呼んでたわよね?」

「……なんだよ、藤ねえ」

 

 大河は微笑んだ。アーチャーはやはり士郎なのだ。

 

「桜ちゃん。ああは言っても色々考えちゃってると思うの……」

「……だろうな」

「だから、慰めてあげてよ」

「……私が何を言った所で」

「士郎」

「……なんだよ」

「士郎は桜ちゃんの事をどう思ってるの?」

「……さあな」

 

 まるで逃げるようにアーチャーは立ち上がった。

 

「ちょっと、士郎!」

 

 呼び止めようとする大河に士郎は言った。

 

「……藤ねえ。オレは一度桜を切り捨てたんだ」

 

 泣きそうな声で彼は言う。

 

「助けられた筈なのに、彼女の苦しみに気付く事も出来なかった」

「何を言って……」

「オレに彼女を想う資格は無いんだ……」

 

 そう言い残すと、アーチャーは姿を消した。

 

「……資格はない。つまり……、素直じゃないなー」

 

 大河はやれやれと肩を竦めた。

 

「やっぱり、いくつになっても士郎は士郎なんだねー」



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Act.23 《Blood is thicker than water》

 衛宮邸に用意された自室の中で桜は物思いに耽っていた。

 数えるのも馬鹿らしくなるくらい溜息を零し、鼻を鳴らす。

 

「……私の方が先に好きになったのに」

 

 完全な負け惜しみだ。好きになった順番に意味などない。

 何も行動しなかった人間には結果に対して文句を言う資格などない。

 

「だって、私は穢れてるし……」

 

 もし、己の過去を彼に語ったとしても、嫌悪感など持たれなかった筈だ。

 彼はそういう人なのだ。知らなかった事、救えなかった事に後悔する事はあっても、失望したり、嫌悪するような人じゃない。

 それでも何も言えなかった。臓硯(おじいさま)の影に怯えなくて済むようになった後も彼に自分を曝け出す勇気が持てなかった。

 綺麗だと思われたい。同情などされたくない。彼の方から愛してもらいたい。

 身の程も弁えず、我儘を押し通した結果がこれだ。勝手に期待して、願望を押し付けて、失望している……。

 

「最悪……」

 

 嫌いだ。臓硯よりも、鶴野よりも、遠坂の家の人達よりも、己自身の事が大嫌いだ。

 無意識の事とはいえ、臓硯から解放してくれたアストルフォに嫉妬して、恨んで、最低だ……。

 

『おーい、桜ちゃん』

「……先生?」

 

 コンコンとノックの音が聞こえ、大河の声が扉の向こうから聞こえてきた。

 

『ちょっとだけ、お話しない?』

「……ごめんなさい。今は一人になりたくて……」

 

 今だけはそっとしておいてほしい。今の自分は何を言うか分からない。

 大好きな人に最低の言葉をぶつけてしまうかもしれない。

 

『……桜ちゃん。あんまり、自分の事を嫌いにならないでね』

「……え?」

 

 桜は大きく目を見開いた。

 まるで、心を見透かされたのかと思った。

 

「どうして……」

『私は先生だけど、桜ちゃんの家族のつもりなの……。だから、桜ちゃんの事はなんとなく分かっちゃうんだ……』

 

 大河は言った。

 

理由(わけ)も知らない癖にって思われるかもしれないけど、それでもこれだけは伝えておきたいんだ』

「何を……、ですか?」

『私は桜ちゃんの事が大好き。士郎も同じ。桜ちゃんの好きとは違うけど、それでも士郎は桜ちゃんの事が大好きなの』

「……やめてください、先生」

 

 声が震える。涙が溢れてくる。

 

『桜ちゃんは良い子なの。優しくて、笑顔が可愛くて、努力が出来る子で、料理も上手になって――――』

「やめてください!!」

 

 怒鳴ってしまった。

 彼女は知らない。私が今までどんな人生を歩んで来たか……。

 彼女の知っている私はこの家で手に入れた仮初のものでしかない。

 先輩や先生から与えてもらった、この家や二人の前でしか被れない薄っぺらな仮面。

 良い子だなんて、とんでもない。本当の私は……。

 

『私の言葉は信用出来ない?』

 

 ずるい。あまりにも卑怯な言い回しだ。

 この世で私が信用出来る人間なんて数える程しかいない。

 藤村大河を信用出来なくなったら、他の誰も信用出来なくなってしまう。

 

「……卑怯です。そんな言い方……」

『えへへー、兵法と言って欲しいなー』

 

 大河は扉の向こうでコロコロ笑った。

 怒りや後悔の気持ちが薄くなっていく。この人の傍にいると、何もかも剥がされてしまう。取り繕ったものがボロボロと落ちていく……。

 

『この家にいる時の桜ちゃんは正真正銘の桜ちゃんだよ』

「……先生は心が読めるんですか?」

『生徒の悩みを分かってあげられない人に教師は務まらないのだよ!』

「……答えになってませんよ、先生」

 

 桜はクスリと微笑んだ。

 

『桜ちゃん。士郎はアストルフォちゃん……、くん? を選んだわ。だけど、桜ちゃんの事が嫌いになったわけじゃない。その事だけは勘違いしないでね』

「……はい」

『それだけ言いたかったのよ。ごめんね、お節介だとは分かってるんだけどさ。桜ちゃんが悲しんだり、苦しんだりするのはイヤなんだ……』

 

 そう言い残すと、大河は去って行った。

 

「先生……」

 

 桜は涙を拭った。

 簡単に自分の事を好きになる事なんて出来ない。だけど、彼女が好きだと言ってくれた自分を大切にしたい。

 この家で得たものを仮初のままにしたくない。

 もう、縛るものはなにもないのだ。なら、この家での自分を本物にしよう。

 

「……変わろう」

 

 士郎の笑顔を思い浮かべる。彼に憧れた。彼に恋した。そんな彼がここ数日で変わった。なら、自分も変わらなきゃいけない。

 誰かを羨んだり、妬んだり、自己嫌悪に浸る自分を卒業しよう。

 いつか、自分を褒めてあげられるように、自分を好きになれるように……。

 

「よーし、がんばるぞ!」

 

 桜は立ち上がった。向かう先は屋根の上。そこに己の相棒がいる。

 

「アーチャー!」

「ど、どうした!?」

 

 目を丸くする彼に桜は意を決して言った。

 

「姉さんを助けに行きます。力を貸してください!」

「……それは神代の魔女に挑むという事だぞ?」

「分かっています」

 

 ここ数日、遠坂凛は学校に来ていない。色々探ってみたけれど、彼女の行方は分からなかった。

 昨晩、士郎とアストルフォがセイバーに襲撃を仕掛けられるまでは……。

 彼女はキャスターに囚われたのだ。

 

「それでも、助けに行きます」

 

 桜は幼少の頃、遠坂の家から間桐の家へ養子に出された。

 遠坂凛は桜にとって実の姉にあたる人物だ。

 己を見捨てた人。助けてくれなかった人。それでも、桜は救けると誓った。

 桜は士郎が好きだ。そして、士郎なら凛を必ず助けようとする。だから、救ける。そうすれば、きっと自分を今より少しだけ好きになれる気がする。

 

「……桜」

 

 アーチャーは頬を緩ませる。

 彼は彼女の事情を知っている。それ故に、彼女の決断に秘められた思いを悟った。

 

「なんだか、少し変わったな」

「そ、そうですか? ……まだまだこれからです!」

 

 アーチャーは桜の前で跪いた。

 

「あ、アーチャー!?」

 

 目を丸くする桜にアーチャーは誓いの言葉を紡ぐ。

 

「了解した、我が主よ。君の道は私が開く。どんな敵が来ても、どんな苦難が待ち受けていても、必ず君を守るよ。だから、共に戦おう」

「あっ……うぅ……」

 

 桜は真っ赤になった。この人は時々すごくキザなことを言う。

 一体、どこでこんな悪い癖を覚えたのか先生と相談する必要があるかもしれない。

 そんな風に彼女が考えていると、アーチャーは笑った。

 

「なーんてな」

 

 彼は立ち上がるとポカンとした表情を浮かべる桜に言った。

 

「今のは単なる決意表明さ。相手は稀代の魔女。その守り手は騎士の王。挑む相手としてはコレ以上ない程の傑物コンビだ」

「……アーチャー」

 

 不安そうな表情を浮かべる桜にアーチャーは微笑みかける。

 

「安心したまえ。前にも言ったぞ。これでも強くなったんだ。大船に乗ったつもりでいてくれ。君は私を信じてくれさえすればいい」

「アーチャー……」

 

 桜は微笑んだ。

 

「はい、信じます」

 

 その笑顔は彼が生前見たものよりも、今世で見たどの笑顔よりも美しかった。

 ああ、なんてもったいない事をしたんだ、衛宮士郎。こんなにも素晴らしい女性が目と鼻の先にいたというのに……。

 

「ありがとう、桜」

 

 ◇

 

 その日の放課後、桜はアーチャーと共に街中を駆けずり回った。

 凛を救ける為にはまずキャスターの根城を特定する必要がある。

 

「柳洞寺にあれだけ人が集まっていたらキャスターも戻っては来ませんよね」

 

 一応、以前の根城である柳洞寺にも向かったが、そこには業者の人がたむろしていた。

 地滑りという事になった山門へ続く石階段跡地。そこを修復する為の人達だ。

 

「絶対とは言い切れないが、可能性は低いな。だが、そうなると……」

 

 雲隠れした魔女を見つけ出す事は至難の業だ。気配など微塵も見せない。

 

「……おい」

 

 困り果てていると、不意に声を掛けられた。

 顔を上げると、そこに立っていたのは桜の兄である慎二だった。

 

「道のど真ん中でボーっとするなよ。相変わらず愚図だな」

「に、兄さん……」

 

 慎二はジッと桜を見つめる。

 

「……どうかしたのか?」

 

 いつも浮かべる人を小馬鹿にしたような笑みは無かった。

 桜が目を丸くすると慎二は舌を打った。

 

「今のは忘れろ。じゃあな、桜。あんまりトロトロ歩くなよ」

「兄さん!」

「……なんだ?」

 

 桜は思わず呼び止めていた。

 心配してくれた。あの兄が……。

 

「兄さん……、助けてください」

 

 その言葉に慎二は目を見開いた。

 

「……実は今――――」

 

 桜は事の経緯を説明した。

 凛がキャスターの手に堕ちた事。彼女を救うためにキャスターの根城を探している事。

 

「……バカバカしい」

 

 慎二はそういい捨てた。

 

「あんなヤツを助けてどうすんだよ。そもそも、まだ生きてるって保証があるのか? セイバーを支配下に置いたのなら、マスターなんてさっさと始末している筈だろ」

「それは……」

 

 考えないようにしていた可能性。凛と桜の関係を知るアーチャーが提案しなかったのも、凛が既に死亡している可能性が高いと判断したからだ。

 

「でも、私は……」

 

 桜は真っ直ぐに慎二を見つめた。

 

「助けにいくって決めたんです」

「……そうかよ」

 

 その目を見て、慎二は舌を打つ。

 

「変わったな、お前……」

「え?」

「衛宮のヤツと上手くいってるのか?」

「いえ、その……。振られちゃいました」

「……え? はぁ!? どういう事だ!?」

 

 目を白黒させる慎二に桜は苦笑いを浮かべながら士郎とアストルフォの事を話した。

 

「ア、アイツ……ッ! 僕の妹よりも男を取ったのか!?」

 

 そう言って怒る慎二に桜は曖昧に微笑んだ。

 

「前々から怪しいとは思っていたんだよ。柳洞とも怪しい雰囲気だったし」

「それは冤罪だ! 撤回を要求する!」

「って、お前は桜の!?」

 

 いきなり実体化するアーチャーに慎二は驚愕した。

 

「あ、アーチャー……」

「よく聞け、慎二。別に男が好きなわけじゃないんだ。たまたま、好きになってしまった相手が男だったんだ。そこを履き違えてはいけない」

「な、なんなんだよ、お前!?」

 

 いきなり訳の分からない事を言い出すアーチャーに慎二が怯える。

 

「あー……その、アーチャーは――――」

 

 桜はアーチャーの事を説明した。説明が終わると、慎二は口をポカンと開けながらアーチャーを見た。

 

「お、お前が衛宮?」

「あ、ああ」

「……本当に衛宮か?」

「そうだ」

「……マジかよ」

 

 慎二は頭を抱えそうになった。

 あまりにも衝撃的な事実が多過ぎて処理に困っている。

 

「あー……、いいや。深く考えると頭が痛くなりそうだ。おい、桜」

「は、はい」

 

 慎二は言った。

 

「僕が以前調べた限り、この地には優秀な霊地が柳洞寺の他にも幾つか在る。遠坂邸や新都の公園、それに……、言峰教会だ。遠坂邸には行ったか?」

「は、はい。でも、特にキャスターの根城になっている様子はありませんでした」

 

 桜の言葉にアーチャーも頷く。

 

「……新都の公園は拠点にする上で不向きだ。言峰教会には行ったか?」

「いえ、行ってません」

「なら、そこに行ってみろ。一番可能性が高い」

「わ、分かりました!」

 

 桜があまりにも嬉しそうに笑うものだから、慎二は苦い表情を浮かべると逃げるように背中を向けた。

 

「ありがとうございます、兄さん!」

「……お前はトロいんだから、あんまり無茶すんじゃねーぞ。危なかったら直ぐ逃げろよな。あと、衛宮!」

 

 慎二はアーチャーを横目で睨みつけた。

 

「……その、頼むぞ」

「ああ、任せてくれ」

 

 アーチャーの返事を聞くと、慎二は去って行った。

 その後ろ姿を桜はいつまでも見つめていた――――……。



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Act.24 《Limited Zero Over》

 思っていた以上に疲弊していたようだ。目を覚ました時、外はすっかり暗くなっていた。

 アストルフォを起こして部屋を出る。居間に向かうと桜が夕飯の支度をしていた。

 

「あ! 起きたんですね、先輩」

 

 お玉を片手にニッコリと微笑む桜。いつもと少し雰囲気が違う。

 

「なんか、機嫌がいいな。何かあったのか?」

「いろいろと」

「そっか……。料理運ぶの手伝うよ」

 

 夕飯の準備が終わった頃、慌ただしく大河も帰って来た。

 アーチャーも実体化して桜の隣に座る。いつもの風景だ。

 三人で使っていた机が少しだけ小さく感じる。

 

「うーん! いつ食べても我が家のごはんは最高ね!」

 

 大河の言葉にアストルフォがうんうんと頷く。

 

「美味いな……」

 

 桜が来るようになる前は大河と二人きりだった。

 大河が教師になる前は彼女も忙しくて、一人の時間が多かった。

 家族がいる。それが如何に素晴らしい事か、今更になって気がついた。

 

「……先輩」

「ん? どうした、桜」

 

 夕飯を食べ終えた後、桜は意を決したように切り出した。

 

「今夜、キャスターの根城に踏み込みます」

「……え?」

 

 あまりにも唐突で、あまりにも物騒な、いつもの彼女からは想像も出来ない言葉が飛び出てきた。

 

「どうして急に? それに、キャスターの根城がどこにあるのか分かってるのか?」

「居場所に見当はついています。そこに……、姉さんもいると想うんです」

「姉さん……?」

 

 士郎は首を傾げた。桜に姉がいるなんて話は初耳だ。まさか、慎二が実は兄じゃなくて姉だったなんて事もあるまい。

 アストルフォの前例があるから完全に否定も出来ないが……。

 

「遠坂先輩です」

「遠坂……?」

「今まで黙っていましたが、私は養子なんです。幼い頃、遠坂の家から間桐の家に引き取られたんです」

「そうだったのか……」

 

 あの遠坂凛と桜が姉妹だったなんて全然気付かなかった。

 

「姉さんを助けたいんです。その為に……」

 

 桜は頭を下げた。

 

「私を助けてください、先輩」

「ああ、もちろんだ」

 

 迷うことなく、士郎は頷いた。

 予想通りの反応に桜はクスリと微笑む。

 

「ありがとうございます、先輩」

 

 ◇

 

 一時間後、衛宮邸の庭にヒポグリフが姿を現した。タクシーに乗っても多少時間が掛かる距離だが、ヒポグリフならば一瞬でたどり着ける。

 士郎と桜がそれぞれの相棒と共に彼の背中に跨る。

 

「みんな、気をつけてね!」

 

 心配そうに見つめる大河に手を振り、彼等は天高く舞い上がった。

 僅か一秒弱で目標地点の上空に到達する。

 

「どうやらビンゴのようだな。結界が張られている」

「ボクの出番だね!」

 

 アストルフォが善の魔女ロジェスティラから献上された知恵の書を開く。

 

「道を拓け、《魔法万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)》!」

 

 それは知恵の書の本来の名前ではない。理性の蒸発しているアストルフォは宝具の真名を忘却してしまっている。

 だが、知恵の書は間違った名前で呼ばれて尚、その真価の一端を発揮する。

 ヒポグリフが近寄ると、知恵の書はあっという間に結界を破壊してしまった。

 

「さあ、キミの真の力を見せてみろ! 《この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)》!!」

 

 ヒポグリフが猛烈な勢いで疾走を開始する。

 その瞬間、地上に漆黒の騎士が姿を現した。莫大な魔力を剣に籠め、領空を犯す不届き者を睨みつける。

 

「――――約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)

 

 嘗て、ブリテンを混沌の渦に貶めた卑王ヴォーティガーンに鉄槌を下し、国を再建した騎士の王アーサー・ペンドラゴン。

 その清廉なる身は魔女によって穢され、その魂は堕落した。

 暗黒に染まった聖剣。その剣に宿る力は嘗て彼女が討伐した魔竜の息吹と等しい。

 あまねく光を呑み込む暗黒が士郎達に迫る。

 

「行け!!」

 

 アストルフォの掛け声と共にヒポグリフが嘶く。

 暗黒が迫る寸前、彼は異世界に潜り込んだ。如何なる必殺も当たらなければ意味が無い。

 異世界から飛び出した彼は聖堂内に直接侵入した。

 

「なっ――――!?」

 

 結界やセイバーの存在をまるごと無視して最深部まで潜り込むというヒポグリフの暴挙に魔女は目を見開いた。

 その一瞬の間にアーチャーが動く。

 彼は確信した。彼女は奸計を巡らせる事に長けた優秀な魔術師だ。だが、戦上手ではない。

 

「ッハ!」

 

 弧を描き、干将(つるぎ)がキャスターの首に向かって迫る。

 

「そうはいかん」

 

 その一撃はキャスターに命中する前に撃ち落とされた。

 驚愕は誰のものか――――、そこには誰にとっても予想外の人物がいた。

 

「葛木先生……?」

 

 桜が呆然とした表情を浮かべてつぶやく。

 その男の名は葛木宗一郎。士郎と桜が通う高校の教師だった。

 

「キャスター。さっさとマスターを狙え」

 

 葛木の指示を聞き、キャスターは咄嗟にAランクの魔術を発動する。ところが、その攻撃はライダーのサーヴァントによって防がれる。Aランクの魔術を持ってしても、彼女の対魔力を超える事は出来ない。

 だが、それで構わない。その一瞬が彼等にとって致命的なのだ。

 

 士郎達の目の前に魔神が姿を現す。

 アーチャーは葛木によって足止めされ、アストルフォもキャスターの魔術を相殺する為に動きを封じられている。

 この瞬間、マスターである二人は完全に無防備だった。

 

「桜!?」

「シロウ!!」

 

 サーヴァント二人が叫ぶ。

 桜には何も出来ない。彼女は魔術師としての教育を全く受けていない。

 だから、現状を打破出来るとしたら、それは――――、

 

「体は剣で出来ている」

 

 桜を背中に庇い、士郎は撃鉄を落とした。

 

――――血潮は鉄で、心が硝子。

 

 炎の中から救い出され、進むべき理想(みち)を教わった。

 

――――幾たびの戦場を超えて不敗。

 

 その理想の果てに待ち受ける苦難や絶望を見せられた。

 

――――剣を鍛えるように、己を燃やすように、彼の者は鉄を打ち続ける。

 

 この理想は現実の前ではあまりにも儚い。

 

――――収斂こそ理想の証。

 

 故に矛盾に塗れた心を鋼の刃に仕舞い込む。 

 

是、剣戟の極地也(リミテッド・ゼロ・オーバー)

 

 前は無我夢中で造り上げたもの。

 今度は確かな信念の下に鍛え上げた。

 

「……二度も同じ手は通じん。それでも尚挑むというのなら、来るがいい」

 

 魔神は目の前の非力な少年を敵と定め、魔剣を構える。

 

「行くぞ、騎士王」

 

 士郎はゆっくりと刀を構えた。



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Act.25 《All for one. One for all.》

 士郎が鍛え上げた太刀。その本質を真っ先に理解したのは士郎でも、彼と睨み合っているセイバーでも、彼の未来であるアーチャーでもなかった。

 キャスターのサーヴァントこそがアストルフォの足止めをしながら真実に気がついた。

 

「……嘘でしょ」

 

 あり得ない事が起きた。

 それは固有結界の亜種。術者の心象風景を《刀》として結晶化したもの。

 

「それって、つまり……」

 

 魔女は戦慄する。

 心象風景とはその者の心の奥底にある《無意識》を形に表したもの。

 家族や友人と過ごした時間。苦痛や苦悩を感じた記憶。心に刻まれた理想や信念。五感を通じて感じ取った世界。

 現在に至るまで、彼が歩んできた人生。その経験が反映されたもの。 

 その者が歩んできた歴史と言い換えてもいい。

 それが形を得たモノ。

 それを魔術(この)世界では――――、

 

 《宝具》と呼ぶ。

 

「――――創ったというの? この時代の魔術師が!?」

 

 元々、士郎とアーチャーは宝具を造り出す事が出来た。

 だが、《造る(コピー)》と《創る(クリエイト)》では意味が全く違う。

 それはまさに人を超えた業。

 

「何者なのよ……、あの坊や」

 

 ◇

 

 リミテッド・ゼロ・オーバー。衛宮士郎が己の限界を超えて手に入れた新しい力。

 刀から伝わる真髄を汲み取り、士郎は目の前の魔神を睨みつける。

 

「行くぞ、騎士王」

「……来い」

 

 この刀は心象風景を結晶化したもの。その本質は《無限の剣製(いぜん)》のまま。

 

――――選択する。

 

 目の前の敵に対して有効な武器。

 彼女は竜の因子を持つ。それ故に呼吸をするだけで莫大な魔力を精製する事が出来る。

 それ故に決定的な弱点を持っている。

 エミヤシロウ(アーチャー)の記憶に保存されていた武器の記録から必要なものを選び出す。

 

 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)

 魔剣・グラム。

 力屠る祝福の剣(アスカロン)

 刺突剣(ネイリング)

 天羽々斬剣(アメノハバキリ)

 無毀なる湖光(アロンダイト)

 

 竜殺し(ドラゴンキラー)と呼ばれる魔剣や聖剣を一刀の内に束ねる。

 竜の因子を持つ以上、影響が無い筈がない。

 

「……以前と同じ。二度は通じぬと言った筈だぞ、メイガス」

 

 だが、目の前の魔神はその道理を容易く捩じ伏せる。

 与えられる恐怖(プレッシャー)を踏み越え、更なる殺意をもって魔剣を振る。

 

「同じじゃない」

 

 太刀はまるで来る事が分かっていたかのように魔剣を阻んだ。

 セイバーの目が見開かれる。

 彼女はキャスターから莫大な魔力を供給されている。更にその魔力が彼女の内に秘められた竜の炉心を通り増幅されている。

 極大の魔力が魔力放出のスキルによって付与された一撃だ。

 その威力は並のサーヴァントならば守りごと両断する。

 

 その一撃が防がれた。

 

 驚愕が刹那の空白を生み出す。

 士郎は増幅(・・)された脚力で一気に踏み込む。

 

「ハァァァァァッ!!」

 

 アルトリア・ペンドラゴン。世に名高き騎士の王。百鬼眷属(ワイルドハント)を束ねる頭領。

 シャルルマーニュ、イスカンダル、ヘクトール、カエサル、ヨシュア、ダビデ、マカバイ、ブイヨンと共に九偉人に数えられる大英雄。

 本来、士郎が相手にしていい相手ではない。その一振りは鉄を両断し、その踏み込みは音を置き去りにする。

 剣士としての格など、語ることすらおこがましい。

 

――――間違えるな。

 

 元よりこの身は剣士にあらず。剣技を競うなど、見当違いも甚だしい。

 衛宮士郎は魔術師だ。故に魔術をもって、目の前の敵を打ち砕く。

 本来、人の手は二つのみ。故に握る事が出来る剣も最高で二つ。だが、この刀はその条理を覆す。

 

 力屠る祝福の剣(アスカロン)

 無毀なる湖光(アロンダイト)

 絶世の名剣(デュランダル)

 燦然と輝く王剣(クラレント)

 

 一でありながら無限。無限でありながら一。

 その矛盾こそ、この刀の《真髄》。

 それぞれが担い手のステータスを向上させる能力を持つ至高の宝具達。その能力を束ねる。

 

――――(おまえ)が一騎当千を謳うなら、此方(おれ)は千騎を束ね、一と為す。

  

 今や向上された身体能力は人の域を脱し、遙か高みに君臨する王に刃が届く。

 

「――――舐めるな、メイガス!!」

 

 それがどうした。有象無象が集った所で、この身に傷一つつける事は叶わない。

 破格の(パワー)に研ぎ澄まされた技術(スキル)が重なる。

 侮る無かれ――――。

 彼の者は敵が千の兵を揃えようと、万の軍勢を率いろうと、退く事を知らぬ常勝無敗の王。

 勝利を約束された聖剣の主。

 

「ウォォォォォオオオ!!」

「ハァァァァァアアア!!」

 

 戦いは一進一退。士郎がやや押されている。

 それは当然の結果。むしろ、今尚その命を繋ぎ止めている事実こそが奇跡。

 だが、それも長くは保たない。この攻防の結末は直ぐそこまで迫っている。

 残り七合。それでセイバーの勝利が確定する。

 時間にして二秒。

 

「セイバー」

 

 それで十分。

 

「俺達の勝ちだ」

 

 この戦いはチーム戦だ。士郎が勝つ必要などない。

 拮抗した戦況をいち早く誰かが崩せば勝敗が決する。

 アストルフォは桜や士郎をキャスターの魔術から守る為に動けない。

 キャスターもアストルフォの動きを縫い止める為に高ランクの魔術を発動し続けなければいけない。

 故に戦いの行末を決めるのは二騎のサーヴァント。

 

 本来、人間とサーヴァントではその圧倒的な実力差によって戦闘にならない。

 その条理を覆す化け物二匹。

 セイバーとアーチャー。どちらが先に目先の化け物を始末出来るか、それが全て。

 

 士郎がセイバーを相手に持ち堪えている間にアーチャーが体勢を立て直し、葛木の腕を切り落とした。

 如何にキャスターの魔術の恩恵を受けようと、生身で宝具の一斬を受け切る事など出来ない。

 そのまま葛木の体を壁に向けて蹴り飛ばし、同時に干将をキャスターに向けて投げる。

 

「ライダー!!」

 

 叫ぶと同時にアーチャーはキャスターに接近した。

 魔女は魔術で盾を形成し、アーチャーの莫耶を防ぐ。

 だが、この男の持つ双剣は二つで一つの夫婦剣。その手に莫耶がある限り、干将は必ず担い手の下に帰ってくる。

 キャスターには死角(はいご)からの一撃を防ぐ事が出来なかった。

 背中を切り裂かれれば、魔術を維持する事も出来なくなる。アーチャーは容赦無く、その体を斜めに引き裂いた。

 

 ◇

 

「シロウ!!」

 

 アーチャーがキャスターを仕留めた事で自由を手に入れたライダーは一本の槍を握る。

 

「――――ッハ、その程度の技で」

 

 士郎の相手をしながら、セイバーは槍を避ける。

 まさに怪物だ。サーヴァントとサーヴァントに匹敵する化け物を同時に相手取り、尚も余裕の笑みを浮かべる。

 だが、二方向からの同時攻撃をいつまでも無傷で回避する事は出来ない。

 故に対竜宝具の力が宿る士郎の刀をより明確な脅威と判断し、セイバーはアストルフォの槍に対する優先度を下げてしまった。

 それが敗因。

 

 英雄アストルフォを英雄たらしめるもの。

 それは《魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)》ではなく、《恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)》でもなく、《この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)》ですらない。

 それは《触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)》。

 彼が偶然手に入れた魔法の槍。その力で彼は無数の賞賛(かんちがい)を手に入れた。

 

 それは人を殺すものではない。故に殺意もない。だからこそ、彼女はより明確に殺意を纏う士郎の刀を優先してしまった。

 傷をつけられたわけでもない。優先度を下げたとはいえ、その肌に一筋足りとも切り傷など作らせない。

 だからこそ、セイバーは驚愕した。

 まさか、鎧に少し触れるだけで下半身が強制的に霊体化させられるなど誰が想像出来る?

 そもそも、彼女は本来の意味での英霊ではない。その実、死亡する前に世界と契約を交わした事で生きたまま聖杯戦争にサーヴァントとして参加している。

 無論、彼女に実体が在るわけではない。その身を構築するものは他のサーヴァントと同じエーテル体だ。だが、本当の意味で死亡していない彼女には霊体化する事が出来ない筈なのだ。

 

「何故だ……ッ」

 

 その驚愕は士郎が聖剣を持つ彼女の腕ごと両断するには十分過ぎる隙を生み出した。

 

「答えは一つ! ボク達がキミより強かった。それだけの事さ!」

 

 会心のドヤ顔だった。



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Act.26 《A journey of a thousand miles begins with a single step》

 勝敗が決した。セイバーのサーヴァントは観念したように頭を垂れる。

 

「お前達の勝利だ。……殺せ」

 

 その言葉に士郎は表情をこわばらせる。

 こうなると分かっていた筈だ。聖杯戦争の参加者として、敵のサーヴァントと戦う以上は殺すか殺されるかの二択を迫られる。

 そもそも魔術師とはそういう生き物だ。死を容認し、ヒトデナシとして生きる事を是とした者。

 この選択をアーチャーは何度も迫られた。その度により良い未来を信じて間違い(えらび)続けた。

 

「シロウ」

 

 アストルフォが士郎に微笑みかける。

 

「キミはキミの思うままに」

「……ああ」

 

 どちらが正しい選択なのか、いくら考えても出てこない。

 そもそも正しい選択などあるのだろうか? 

 

『僕はね、正義の味方になりたかったんだ』

 

 一人の男は道半ばで諦めた。最後に望みを託した《奇跡》に裏切られた時、彼は立ち止まった。

 

『超えてみせろ』

 

 一人の男は迷い続けた。その果てに彼は己の《理想》からも裏切られ、絶望した。

 

「――――俺は」

 

 正道とは先人が切り拓いた道。その先人が迷い、立ち止まり、絶望に暮れている。ならば――――、

 

「殺さない」

 

 自ら新しい道を切り拓くしかない。

 それが如何に困難な道であろうと突き進む。

 それが如何に矛盾に塗れた思想だろうと貫き通す。

 

「馬鹿な……。ならば、どうするつもりだ?」

「こうするだけだ」

 

 士郎は刀をセイバーに突き立てた。

 セイバーの目が見開かれる。彼女の心を支配していた蜘蛛の糸が解けていく。

 

「セイバーのサーヴァント。お前には選択肢が二つある」

 

 士郎が告げる。

 

「このまま魔力切れで消滅するか、本来の主の下へ戻るか」

 

 セイバーは片腕を士郎に切り落とされた上、アストルフォの槍によって下半身が霊体化させられている。

 主なき状態で肉体の修復を行えば魔力は一気に底をつく。だが、今の状態では新たな主を捜しに行く事など不可能。

 

「本来の主だと……?」

「俺達は遠坂を助けに来たんだ」

 

 ◇

 

 アーチャーはキャスターに数本の剣を突き刺した。

 それぞれが対象に縛りを与える呪詛の魔剣。

 魔力を封じられ、魔術の行使を阻まれ、魔術回路を乱され、肉体の自由を奪われた魔女にアーチャーが告げる。

 

「遠坂凛を解放しろ」

 

 その言葉に意表を突かれた魔女は目を丸くした。

 

「……お嬢さんを?」

「解放しろ」

 

 アーチャーは彼女の首筋に干将の刃を押し当てた。

 

「……滑稽ね」

 

 これ以上なく追い詰められた状況で尚、魔女は嗤う。

 

「よりにもよって、自分を捨てた姉を助けに来るなんて……」

 

 魔女の目はまっすぐに桜を射抜いた。

 心を見透かされたように感じた桜は目を見開く。

 

「どうして……」

「そんな事はどうでもいいわ。それより、どうして? 恨んでいる筈でしょ?」

「私は……」

 

 魔女の問いに桜は苦笑いを浮かべる。

 その反応がよほど予想外だったのか、キャスターはポカンとした表情を浮かべた。

 

「恨んでますよ」

「……あら?」

 

 更に予想外の言葉が返って来た。

 助けに来たのなら、恨んでいないと答える筈。

 

「なら、どうして?」

 

 アーチャーは奇妙に思う。何故、この魔女はそんな事を気にするのだろうか?

 策を巡らせている可能性がある。そう判断し、アーチャーは警戒心を強めた。

 壁に背を預け、此方を静観している葛木からも目を離さない。

 

「助けるって、決めたからです」

「はい?」

 

 意味がわからない。

 

「私は変わるって決めたんです。誰かを恨んで、妬んで、羨んで……。そんなウジウジした自分から卒業するって決めたんです」

 

 桜は言った。

 

「私は強くなるんです」

「そう……」

 

 この少女は自分を捨て、助けに来なかった姉を恨んでいる。それでも、彼女を助ける理由は一つ。

 彼女を許し、今までの自分から脱却する為だ。

 いっそ清々しい。彼女は自分の事しか考えていない。その為に愛する少年を危地に同行させ、自分は何もしないまま夢見がちなセリフを吐く。

 

「……そうなんだ」

 

 魔女は微笑んだ。その在り方は彼女が生前出来なかったもの。

 最期まで周囲を恨み続けた魔女が果たせなかった望み。

 

――――故郷に……。あの楽しかった日々に戻りたい。

 

 桜とキャスターの境遇はとても似ている。

 大きな力によって翻弄された人生。ある日突然幸福な生活から切り離され、苦難と絶望の毎日を送る羽目になった。

 

「羨ましいわ、お嬢さん……」

 

 心の底からそう思った。

 やり直すチャンスを得られた事。手助けをしてくれる人達がいる事。立ち上がる勇気を持てた事。

 何もかもが羨ましい。

 

「あなたのお姉さんは柳洞寺の地下にいる。生きているから安心なさい」

 

 そう言うと、キャスターはアーチャーを見上げた。

 

「マスターの命だけは助けてちょうだい」

「……了解した」

 

 裏切りの魔女メディア。

 英雄イアソンによって国から引き離され、長い放浪の果てに《裏切りの魔女》としての烙印をおされた悲運の女。

 彼女は旅路の果てに違う道を歩んだ己の姿を垣間見た。

 

「お嬢さん。もう、無くさないようにね……」

 

 そう呟くと、魔女は光となって消えた。

 桜は思わず手を伸ばしていた。そこに過去の己を見た気がした。

 異なる道を歩み、アーチャー(せんぱい)に殺された己の姿。

 

「あっ……」

 

 涙が零れ落ちた。

 

「桜……」

 

 アーチャーは彼女を抱き締めた。肩を震わせる彼女に少しでも力を与えてやりたかった。

 

「……貴様のサーヴァントは消えた。もう、戦う理由は無い筈だが?」

 

 アーチャーは立ち上がった葛木に言った。

 

「戦う理由ならばある」

「彼女はお前を助けて欲しいと言った」

「それでも私は戦わねばならん。まだ、望みを叶えていないからな……」

 

 葛木が走る。アーチャーは桜を抱き締めたまま数本の刀剣を投影し、彼に向けて撃ち放った。

 

「キャスター……」

 

 倒れこむ彼の体から命が消えていく。

 それでも立ち上がろうとする。

 彼には叶えなければいけない望みがある。

 石階段の下で拾った女を故郷に返す。その為にまだ死ぬわけにはいかない。

 

「さらばだ、葛木宗一郎」

 

 意識が闇に溶けていく。魔女と過ごした日々を追憶しながら、男は眠りについた。

 

 ◇

 

 キャスターと葛木宗一郎の死を見つめ、セイバーは溜息を零した。

 己の刃を向けながら、彼等の死に哀しみを抱く少年を見上げ、彼女はつぶやく。

 

「嘆く必要はないぞ、メイガス。彼等は自らの意思を貫いた」

 

 魔女の末路を脳裏に浮かべる。あんな顔をされては恨む事も出来ない。

 結局、己の力不足によって二人の主を失った。

 

「これも私の意思だ」

 

 だが、一人目の主は生きている。彼等に任せれば憂う必要もない。

 セイバーは片手で自らの心臓を引き抜いた。

 

「……え?」

 

 目を見開く士郎にセイバーは告げる。

 

「少年よ。闇に身を窶した私の言葉では説得力が無いかもしれんが……。悩みながらも前に進み続ければ、やがてその道に真の光明が現れる。結果を焦る必要はありません」

 

 やがて、セイバーの体は光の粒子となり広がっていく。

 

「そうだ……。そう信じていた筈なんだ……」

 

 ◆

 

 これでセイバー、ランサー、キャスター、アサシンの四騎のサーヴァントが脱落した。

 残る正規(・・)のサーヴァントは三騎。

 

「さて、そろそろ終わりも近い」

 

 原初の王は教会から出て来る四人の男女の姿を遙か天上から見下ろしている。

 

「……残る試練は二つ。その前に……」

 

 無邪気な笑みを浮かべ、少年は姿を消した。



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Act.27 《Ordeal of love》

 教会を後にした士郎達はその足で円蔵山に向かっている。キャスターから聞いた遠坂凛の居場所はその地下に広がる龍洞。

 

「シロウ、大丈夫?」

 

 アストルフォが心配そうに声を掛ける。教会を出てから士郎の顔色が良くない。

 

「……少し診せてみろ」

 

 アーチャーは士郎のおでこに手を当てた。

 

「どう?」

「単純に魔力切れだな」

 

 その言葉にアストルフォは胸を撫で下ろした。

 

「なら、休ませてあげれば大丈夫なんだよね?」

 

 アーチャーが頷くと、アストルフォはヒポグリフを喚び出した。その背中に士郎を乗せる。

 

「……アス、トルフォ」

「シロウ。頑張ったね」

「お前こそ……」

 

 微笑み合う二人。

 

「……お前達は先に家に帰っていろ」

「え? でも、サクラのお姉ちゃんは……」

「彼女の事は私達に任せろ。キャスターとセイバーが脱落した以上、戦闘になる事も無かろう」

「うーん……」

 

 アストルフォは桜を見つめた。

 

「大丈夫ですよ、アストルフォさん」

 

 桜は言った。

 

「どうか、先輩をお願いしますね。助けてくれて、ありがとうございました」

「……サクラ」

 

 アストルフォは言った。

 

「任せて」

 

 片方は託し、片方は託された。

 アストルフォは自らもヒポグリフに跨ると天に向かって駆け出した。

 その姿を見つめながら、桜は寂しそうな表情を浮かべる。

 

「……桜」

「行きましょう、アーチャー」

「ああ……」

 

 しばらく歩いていると、桜が口を開いた。

 

「……もうすぐ、終わりですね」

「そうだな……」

 

 残る敵はバーサーカーのみ……。

 それは聖杯戦争の終わりが近い事を意味する。

 

「アーチャー」

「なんだ?」

「サーヴァントを聖杯戦争終了後も維持する方法はありますか?」

 

 士郎とアストルフォは愛し合っている。

 だけど、今の生活はやがて終りを迎える。

 

「……難しいな。アストルフォは比較的負担の少ないサーヴァントだ。だが、聖杯の補助無しに維持し続けるとなれば相当の魔力が必要になる」

「どのくらいですか……?」

「単純計算でも小僧の約二十倍。それでもギリギリだな」

「二十倍……」

 

 それはあまりにも絶望的な数字だ。桜の魔力をもってしても、二騎(・・)の英霊を維持する事は不可能。

 暗い表情を浮かべる桜にアーチャーは困ったような表情を浮かべた。

 

「聖杯が正しく機能してくれていたら簡単に解決する問題なのだがね」

「でも……」

「ああ、聖杯は穢れている。第三次聖杯戦争でアインツベルンが犯した反則行為によって……」

 

 嘗て、アインツベルンは本来喚べない筈の神霊を召喚しようと企んだ。

 結果として、試みは失敗。神霊(アンリ・マユ)の名を背負う一人の少年が喚び出され、開戦四日後に死亡する。

 その時、全ての歯車が狂ってしまった。

 魔王であれと願われた少年は聖杯の力で本物の魔王になった。その力に汚染された聖杯は全ての願いを呪いに変える魔の杯に変貌してしまった。

 

「……アーチャー」

「なんだ?」

「私は我儘になっちゃいました」

 

 桜は言った。

 

「私はアストルフォさんに残ってもらいたい。それに……、アーチャーにも」

「桜……。だが、私は……」

「先輩……」

 

 桜はアーチャーの胸に飛び込んだ。

 

「……あなたの夢を見ました」

 

 その言葉にアーチャーは苦悩の表情を浮かべる。

 

「異なる道を歩んだ私の未来も……。先輩がその事に苦しんだ事も……。全部、見ました……」

「だったら分かるだろ!」

 

 アーチャーは桜を引き離し、叫んだ。

 

「私が如何に救い難い愚か者か! 勝手に諦めて、君を……、君を斬り捨てた」

 

 あの時、本当に見捨てる以外の選択肢は無かったのか?

 この世界の己を見つめながら、アーチャーはいつも考えていた。

 

「散々苦しんだ君を殺し、自己満足に耽った男だ! 私が苦しんだ? 君の苦しみに比べたら、そんなものに価値などない!」

 

 もっと、努力していたら……。

 もっと、足掻いていたら……。

 もっと、考えていたら……。

 救えたかもしれない。その可能性を彼は見てしまった。

 

「本当なら君の傍にいる資格すらないんだ……」

「先輩」

 

 桜はアーチャーの手から抜け出す。まるで壊れ物を扱うように触れるものだから簡単に振りほどく事が出来た。

 そのまま彼の傍に寄ると、爪先立ちになって、戸惑う彼の唇を啄んだ。

 

「さ、桜!?」

 

 目を白黒させるアーチャー。

 

「資格なんて要りません!!」

 

 桜は叫んだ。

 

「私を見てください!!」

 

 涙を流しながら、桜は訴えかけるように言った。

 

「私はあなたに何度も救われました! あなたがいたから、私はここにいるんです!」

「……違う。君の思っている男は私では――――」

「先輩です!」

 

 桜は言った。

 

「衛宮士郎! 私に料理を教えてくれた人です! 私に笑顔を教えてくれた人です! 私の為に泣いてくれた人です! 私の為に怒ってくれた人です! 私が好きになった人です!」

「違う……。違うんだ……。私は君を悲しませた。苦しませた。死なせてしまった……」

「一度もあなたに苦しめられた事なんてない!!」

 

 その言葉にアーチャーの目が見開かれる。

 

「あなたがいるから、私は笑顔になれるんです。どんなに苦しくても、辛くても、あなたに会えるだけで私は幸せになれるんです。あなたが斬った時、私は嬉しかった筈です。だって、他の誰でもない、あなたが私を終わらせてくれたから!」

「やめてくれ……。お願いだ……。オレは……、オレは……」

 

 アーチャーは顔を歪めた。まるで幼子がイヤイヤするように首を横に振り続ける。

 

「私の傍にいて下さい!」

 

 それは彼女が今まで内に秘めていた本心(ことば)

 

「私をもっと助けてください!」

 

 抑えていた蓋が外れれば、もはや止まらない。

 

「私を幸せにして下さい!」

「……桜」

 

 気付けば、アーチャーは桜を抱き締めていた。

 許されない。許されてはいけない罪。

 なのに、彼女は赦した。

 

「桜……。オレは……」

 

 桜を守りたい。

 桜を助けたい。

 桜を幸せにしたい。

 

「オレは……」

 

 その感情は果たして単なる義務感なのか……。

 否、そんな筈はない。

 むしろ、己を突き動かす正義の味方(しょうどう)はその感情を否定する筈だ。

 不特定多数よりも個を尊重するなど、彼の歩んだ理想(みち)は決して許さない。

 

 だから、この感情は彼にとって特別なもの。

 人間の振りをするロボットが初めて手に入れた(きもち)

 人はそれを――――、《愛》と呼ぶ。

 

「――――ああ、実に感動的だ」

 

 その光景を嘲笑う者がいた。

 月の光を浴び、一人の少年が拍手を送る。

 

「貴様は――――ッ」

 

 アーチャーは桜を背中に庇い、干将莫耶を投影する。

 

「アーチャーのサーヴァントよ。キミでは役者が違う。力不足だ」

 

 少年は堂々とアーチャーに距離を詰める。なのに、アーチャーは迎え撃つ事が出来ない。

 足元から這い寄る暗闇が彼の体を縛っている。

 

「やあ、久しぶりですね」

「あなたは……?」

「以前お会いした時、ボクはこう言いました。『今のうちに死んでおけ』と」

 

 その言葉に桜は目を見開く。

 

「あの時の……? え、でも!?」

「今は若返りの秘薬を使っています。そんな事よりもコレを御覧なさい」

 

 そう言って、彼は一本の瓶を彼女に見せた。

 

「これを使えばアーチャーを受肉させる事が出来る」

「え?」

 

 それは今まさに桜が欲していたものだった。

 

「条件を呑み、ボクの頼み事を完遂してくれたら、これをアナタにあげましょう」

「条件……?」

「衛宮士郎とそのサーヴァントを殺しなさい」

「……え?」

 

 少年は言った。

 

「アナタを選ばなかった者とアナタから愛しい男を奪った者。躊躇う必要などない。彼等を殺せば、アナタはアナタを愛する男と共にいられるようになる」

 

 それは甘い言葉で人を誑かせる悪魔の囁きだ。

 

「お断りします」

 

 桜は言った。

 

「先輩の事も、アストルフォさんの事も私は大好きです! その人達を殺すなんて、出来る筈がありません!」

「……なるほど、まるで別人だ」

 

 嬉しそうに少年はクスクスと笑う。

 

「なら、仕方ありませんね」

 

 そう言って、影で彼女を縛ると、彼は別の瓶を彼女に飲ませた。

 

「桜!!」

 

 アーチャーが幾ら藻掻いても影はビクともしない。

 瓶の液体が彼女の体内に全て入ると、少年は言った。

 

「さっき、彼女に言った事を今度はアナタに言いましょう。アーチャーのサーヴァントよ。衛宮士郎とライダーのサーヴァントを殺しなさい。さもなければ……、一週間。それが期限です。時が過ぎれば君の愛する少女は死ぬ」

「なっ……!?」

 

 少年は微笑んだ。

 

「時間はたっぷりあります。精々、後悔しない選択をしなさい」

 

 そう言って、少年は闇の中に消えた。

 すると彼等を縛っていた影も消える。

 アーチャーは慌てて桜に駆け寄った。

 

「……先輩」

「桜……」

「……お願いします、先輩」

 

 桜は言った。

 

「一週間。ずっと私の傍にいて下さい。私が死ぬ時、一緒に笑顔で振り返る事が出来る一週間を過ごしましょう」

 

 その言葉と共に彼女は意識を失った。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!」

 

 アーチャーのサーヴァントの悲痛な叫び声が夜の闇に延々と響き渡った。



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Act.28 《Golden Days》

 夢を見ていた。遠い昔の夢だ。まだ、私に妹がいた頃の記憶。

 公園でお母様に見守られながら走り回った。時には取っ組み合いをした。宝石のような日々だった。

 ある日、妹は赤の他人になった。お父様の決定だ。魔術師の家に後継者は二人も要らない。先に生まれたからという理由で私は残され、妹は捨てられた。

 私はただ見ているだけだった……。

 

「……ここ、どこ?」

 

 遠坂凛は見知らぬ場所で目を覚ました。

 頭がボーっとする。体がダルい。

 

「えーっと……」

 

 なんとか前後の記憶を取り戻そうと眉間に皺を寄せる。

 寝起きは頭が働かない。もどかしく感じながら、唸り声を上げる。

 

「……あっ、そうだ! セイバー!」

 

 五分掛けて漸く頭が冴えてきた。記憶はセイバーと共に円蔵山へ向かった所で途切れている。

 山門で固まる三騎のサーヴァントに宝具を使った事までは覚えている。その後から現在に至るまでの記憶がない。

 

「……なるほど、負けたわけね」

 

 瞼を閉じる。魔術回路を起動し、全身の状態を確認する。回路、刻印、共に問題なし。

 

「逆に怖いわね……」

 

 周りを見回す。和風の部屋だ。

 

「柳洞寺……?」

 

 ゆっくりと立ち上がる。すると立ち眩みを覚えた。足に上手く力が入らない。

 

「肉体に異常は無い筈……。どのくらい寝ていたのかしら……」

 

 気合を入れなおして部屋を出る。すると、ここが柳洞寺ではない事が分かった。

 明らかに住宅街の一画だ。

 

「ここは……」

 

 何度か来たことがある。こっそりと中の様子を伺う為に……。

 

「桜が通っている……」

 

 一つ下の後輩が足繁く通う男の家だ。

 

「どうして……」

 

 分からない。どうして自分がここにいるのか、見当もつかない。

 

「……起きたか」

 

 突然、目の前に赤い外套を纏う男が現れた。

 

「サーヴァント!?」

 

 咄嗟に身構える。そして、漸く自分の身に起きた異変に気がついた。

 目を見開き、腕にある筈の刻印を探した。

 

「セイバー……?」

「彼女は死んだ」

 

 アッサリと男は言った。

 セイバー。十年待った彼女の聖杯戦争のパートナー。

 彼女が抱いていた理想を体現したような少女だった。最優のサーヴァントと呼ばれるに相応しい最高のサーヴァント。

 

「死んだ……? セイバーが……」

「私も詳しい事は知らない。故に推測が混じる事を許してくれ。君達は山門を宝具で消し飛ばした後にキャスターを討つべく柳洞寺に乗り込んだ。そこでキャスターと彼女のマスターである葛木宗一郎に反撃を受け、敗北した。あの男の拳法は少々特殊で、初見ではまず見切る事が出来ない。恐らくセイバーは彼に足止めを喰らい、その間にキャスターが君を拘束したのだろう。その後、奴の宝具によって君達の契約は断たれた。アレの宝具は《破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)》と言って、あらゆる魔術契約を解除してしまう。その後、君を人質に取られたセイバーはキャスターによって精神を汚染された」

 

 淡々とした口調で埋められていく空白の時間。

 嘘だ。そう叫びたかった。

 だけど、彼の話は筋が通ってしまっている。

 

「……セイバーを殺したのはアンタ?」

「違う。彼女は自らの手で命を絶った。敵対し、戦った事は事実だがね……」

 

 悔しい。セイバーが自害した。そんな結末を迎えさせてしまった事が腹立たしい。

 国の為に戦い続けた少女。例え自分の存在が歴史から消え去る事になっても、故国の繁栄を聖杯に願おうとした王。

 間違っていると思った。彼女は十分によくやった。なら、もう休んでいい筈だ。

 絶対考え方を改めさせてやる。そう思っていた。

 

「……冗談じゃないわ」

 

 サーヴァントの癖に食べる事が何より大好きな子だった。

 凛が作る料理に毎回瞳を輝かせ、お代わりを何回もして、その時ばかりは仏頂面が崩れる。

 その顔を見る事が何より楽しかった。

 

「冗談じゃないわよ!! なんで……、セイバー……」

「……ここは安全だし、その部屋は君の為に用意されたものだ。落ち着くまで休んでいるといい。必要なら食事を運ぶ」

 

 その言葉に凛は困惑した。

 

「安全……? ねえ、私はどうしてここにいるの?」

「桜が君を助けると決めた。そして、助けた。それだけの事だ」

「……桜が?」

 

 目を見開く凛にアーチャーが頷いた。

 

「桜が……、私を」

 

 立っていられなくなった。

 だって、それは理屈に合わない。

 

「あの子が……」

 

 間桐の家に引き取られていく背中を私は見ているだけだった。

 彼女と同じ学校に通うことになっても、私は彼女を見ているだけだった。

 

「どうして……?」

 

 赤の他人として接してきた。姉として、彼女の為に何かしてあげた事など一度もない。

 

「……知りたいのなら彼女自身に聞くことだ。今は朝食を作っている最中だから、その後ならここに呼ぶ事も出来る」

「桜が……、ご飯を?」

「食べるか?」

 

 凛はゆっくりと立ち上がった。

 

 ◇

 

 桜はいつも通り起きて、いつも通り朝食の準備に励んでいた。

 

「うん! 会心の出来!」

 

 スープの味見をしてガッツポーズを決める彼女の顔に悲壮の色は欠片も見えない。

 一週間後に死ぬ。そう告げられた筈なのに……。

 

「桜……」

「アーチャー。姉さんはどう……、姉さん」

 

 振り向くと、そこに姉がいた。不安そうな顔で桜を見つめている。

 桜はニッコリと微笑んだ。

 

「おはようございます、姉さん」

「桜……。お、おはよう」

 

 凛は泣きそうな顔で挨拶を返した。

 姉さん。再びそう呼んでもらえる日を何度も夢に見た。

 

「座って待ってて下さい。もうすぐ支度が出来るので」

「う、うん。分かったわ」

 

 素直に食卓の前で正座をする凛。何度も台所に視線を向けている。

 

「……手伝うよ」

「はい、お願いします」

 

 アーチャーは彼女が手渡す食器を机に並べていく。今日は洋食のようだ。

 

「アーチャー……」

「ん?」

「ありがとうございます。姉さんの事……」

「君の決めた事だ。サーヴァントとして、マスターの選択を尊重したまでだよ」

「……そこは『君のために頑張ったよ』くらい言って欲しいです」

「さ、桜!?」

 

 目を丸くするアーチャーに桜はクスクス笑った。

 

「抱きしめてくれましたね」

「……お、おう」

 

 スープを手渡しながら、桜は言った。

 

「私の勘違いじゃないですよね?」

「……う、うん」

「じゃあ、恋人同士って事ですよね」

 

 笑顔でとんでもない事を言い出す桜にアーチャーは咳き込んだ。

 

「違うんですか?」

「ち、ち、違わないぞ!」

 

 哀しそうな顔をされて、アーチャーは咄嗟に否定してしまった。

 

「良かった」

 

 途端に笑顔を浮かべる桜。

 

「……ず、ずるいぞ」

「だって、こうでもしないと誤魔化したり、無かった事にするでしょ?」

「そ、そんな事は……」

「だって、先輩だし」

 

 唇を尖らせる桜にアーチャーは負けた。

 こんなに可愛い顔をされたら、もう何も言えない。黙って従う以外の選択肢などない。

 

「……君のために頑張ってお姉さんを助けに行ったよ。これでいいか?」

「うーん。特別に合格点にしてあげます。でも、自分から言い出せなかったから赤点ギリギリですよ?」

「しょ、精進する」

 

 スープを乗せた盆を持って凛の待つ食卓に向かうと彼女はジトーっとした目でアーチャーを睨んだ。

 

「今の会話は何かしら?」

「……き、聞こえていたのか?」

「なんで聞こえてないと思うのよ……」

 

 凛は溜息を零した。

 

「……アナタ、サーヴァントよね?」

「そうだが?」

 

 凛はしばらくアーチャーを見つめた後、再び溜息を零した。

 

「なんでもない。今の言葉は忘れてちょうだい」

「ん? あ、ああ」

 

 凛はアーチャーが並べたスープを見つめながら思った。

 何を言うつもりだったの? そんな資格があるとでも思っているのかしら……。

 

「おはよー!」

 

 ドタドタと足音を立てて大河が現れた。

 

「やっほー、遠坂さん!」

「ふ、藤村先生!?」

 

 凛は目を丸くしながらアーチャーを見た。

 

「彼女は一般人だが事情を知っている」

「せ、先生が……」

「おはようございます、先生」

 

 驚く凛を尻目に台所から出て来た桜が大河に挨拶をする。

 すると、士郎とアストルフォが縁側の方の障子を開いて入って来た。

 

「おはよー!」

「おはよう、みんな。遠坂! 本当に無事だったんだな」

 

 揃って食卓に座る衛宮家の面々。凛は不思議な光景を見るような表情を浮かべた。

 

「どうした?」

 

 士郎が尋ねる。

 

「えーっと、なんでもない」

 

 まるで家族の団欒に紛れ込んでしまったような気分だ。

 桜の料理に釣られて来てしまった事を少し後悔した。

 

「それじゃあ、いっただきまーす!」

 

 大河の掛け声と共に食事が始まる。サーヴァントとマスターが当たり前の顔をして食事を取り、談笑している。

 戸惑いながら、凛は桜の料理を口に運び、セイバーと過ごした日々を思い出した。

 

「美味しい……」

 

 桜の料理は今まで食べたどんな料理よりも美味しかった。

 

「……姉さん。ありがとうございます」

 

 思わず漏れてしまった声を聞かれ、凛は顔を真っ赤に染め上げた。

 そして、桜の笑顔に曖昧な笑顔を返す。

 

「料理……、上手なのね」

「えへへ、先輩に教えてもらったんです」

 

 ドヤ顔を浮かべる桜に凛は目を丸くした。

 学校ではこんな表情を浮かべる彼女を見た事が無かった。

 

「うーん。でも、完全に追い越されたな……。洋食に関しては完敗だ……」

 

 へこむ士郎をアストルフォが「よしよし」と慰めている。

 

「世界中の料理を食べ歩いたものだが、桜の料理はまさしく絶品だ」

 

 真剣な表情を浮かべ、まるで戦いに挑むように料理を食べるアーチャー。

 その妙な迫力に凛は少し引いた。

 

「うんうん。サクラの料理は世界一!」

「桜ちゃんの料理が食べられるだけで私の世界は満天の青空よ!」

「照れちゃいます……。えへへ」

 

 嬉しそうな笑顔を浮かべる桜。

 

「そうだ! 藤村先生。その……、少しお願いがあるんですけど」

「なになに? なんでも言ってごらん! 桜ちゃんの為なら不詳藤村大河! なんでもする所存だぞー!」

 

 ドーンと胸を張る大河に桜は少し照れたような仕草をしながら言った。

 

「わ、私も……その、藤ねえって呼んでもいいですか?」

「……へ?」

 

 目を点にする大河。士郎達も固まっている。

 

「駄目ですか……?」

 

 哀しそうな表情を浮かべる桜。

 まさに一撃必殺。誰も逆らえない。

 

「だ、駄目じゃないですよ! も、もちろんオーケーよ! 他ならぬ桜ちゃんだもん! た、試しに呼んでごらん」

「は、はい! じゃあ、藤ねえ!」

 

 その瞬間、大河はよく分からない感情に襲われた。

 感動とか、感激とか、そういう言葉が脳裏を過ぎる。

 今まで彼女からは《先生》か《藤村先生》とばかり呼ばれていたから一気に距離が近づいたように感じた。

 

「も、もう一回」

「藤ねえ!」

「もう一声!」

「藤ねえ!」

「バイプッシュだ!」

「藤ねえ!」

「余は満足じゃー」

 

 至福の笑みを浮かべながら寝転ぶ大河。

 普段ならだらしないと叱る士郎も今回ばかりは目を瞑った。

 

「今日は元気だな、桜」

「……はい! 元気です、先輩」

 

 その笑顔に士郎も釣られて笑った。




恐らく、後十二話前後です


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Act.29 《A boy meets a girl》

 どうにも視線が突き刺さる。

 

「私の格好はどこか変なのだろうか……」

「変? いいえ、とってもかっこいいですよ」

「そ、そうか?」

「そうです!」

 

 彼女がそう言うのならそうなのだろう。アーチャーのサーヴァントは頬を緩ませた。

 今、彼はマスターである少女とデートの真っ最中だ。

 

「……桜。次はどこに行く?」

「そうですねー……、うん! 海岸の方に行ってみましょう!」

「海岸? そんな所でいいのか?」

「いいんです! さあ、行きますよ!」

「お、おう!」

 

 海岸にやって来ると、二人は埠頭に向かった。おじいさんが一人釣りに励んでいる。

 どうやら、引き上げる準備をしているようだ。

 溜息を零している。あんまり成果が出なかったようだ。

 

「釣れなかったみたいですね」

「……みたいだな。この立地条件なら色々な獲物が手に入りそうなものだが」

「詳しいんですか? 釣り……」

「これでも慣らしたものだよ。昔、海外で活動していた時期があってね。サバイバルをする事もあった。その時に少々ね」

「ふーん。なら、釣り道具を持ってくれば良かったですね」

「いや、釣りは基本的に一人で黙々とするものだ。デートには向かないよ」

「そうですか? でも、私は見てみたかったなー」

「そうか?」

「はい」

 

 アーチャーは少し考えた後、「投影開始(トレース・オン)」と呟いた。

 すると、彼の手の中に最新の釣具が現れた。

 

「そこまで言われたら披露しないわけにはいかないな!」

 

 そう言って、アーチャーは値段が一括で二十万とんで三千円もする釣具を使い釣りを開始する。

 それからの一時間、桜はあまりにも愉快なアーチャーの一面を愉しんだ。

 

「ッフ、イナダが釣れたぞ! これで十匹目、フィッシュ! まさか、冬木にこれほどの漁港があったとは! 面白いように魚が釣れる。っと、十一匹目フィィィィィイッシュ!」

 

 今度はサバが釣れた。そこにアーチャーのサーヴァントはいない。いるのは釣り師(グランダー)のサーヴァント。

 今まで見た事がないようなイキイキとした顔をしている。

 

「ハッハッハ! 見てくれ、桜! また、イナダが釣れたぞ!」

 

 ヒャッホーと子供のように歓声を上げている。

 桜は思った。彼に聞いた話によると、剣以外の投影は性質上難しい筈。よほど、その物の構造や性質を熟知していないと形だけで中身の無いレプリカになってしまうらしい。

 彼が今使っているリールやその他のオプションは電子制御の物も含まれている。専門の人でも無ければどういう構造をしているのかチンプンカンプンだ。

 

「好きなんですね、釣り」

「え? いや、これは生きる上で必要だったから覚えただけであってだな」

 

 どうやら正気に戻ったようだ。目を泳がせながら言い訳を始めた。

 

「そ、そうだ! 折角だし、釣った魚を食べてみるか?」

「え? でも、ここに調理器具は……」

「任せろ!」

 

 そう言って、アーチャーは「投影開始」とつぶやく。そして現れる調理器具の数々。

 まな板、包丁、七輪、赤い刀身の魔剣。

 

「……あの、この剣は?」

「炎を吐き出す魔剣だ。これが実に優秀でね。物資の補給がままならない地でのサバイバル中は重宝したものだよ。まるで最新のコンロのように火加減が自由自在なんだ」

 

 恐らく、この魔剣も名高き英雄のシンボルとして活躍していた時期もあったのだろう。

 まさか、港で七輪の底に置かれ、薪代わりにされるとは英雄も剣自身だって思わなかったに違いない。

 手際良く魚を捌いていくアーチャー。そこには職人の技があった。

 

「よし、食べてごらん」

 

 アーチャーに渡された焼き魚と刺し身を口に運ぶ。とても美味しい。

 

「投影魔術は実に便利だ。宝具クラスとなると難しいが、物体の構造を理解出来ていれば釣具程度ならばどこでも造り出す事が出来る」

「でも、凄いです。あのリールって電子制御なんですよね?」

「ああ、最新型だ。今の時代にはない未来の技術が詰まっているぞ」

 

 得意気な表情を浮かべるアーチャー。

 桜が食べている間、彼は饒舌に物体の構造についての持論を語った。

 

「私が見てきた物の中で最も美しいもの。それはハンドガンだ。その機能性……、まさに工夫と合理性を突き詰めた……、芸術だ」

 

 芸術……、芸術と言った。

 桜はポカンとした表情を浮かべた。

 

「分かるかい? 例えば、日本刀。アレが伝統と技術による工芸品なら、ハンドガンは正に技巧による工芸品だ。鉄と機能美が織りなす調和が実に素晴らしい。ライフルやマシンガンまでいくと、さすがに戦争兵器として言い逃れ不可能だが、ハンドガンには兵器としての合理性と道具としての芸術性がある」

 

 ただ、そのあまりにも楽しそうな語り口調に聴き惚れていた。

 

「その武器形態において、必要最低限の機能だけに留めたものには時に……、魂が宿る。江戸時代のサムライが使った刀然り、西部開拓時代のガンマンが使ったリボルバー然り、中世ヨーロッパの騎士達が使ったレイピア然りだ。殺し合いの道具だが、決闘の時は自らの誇りと出自を示すアートだった。まあ、命が安い時代だったからこそだろうけどね。己の命より、便りとする武器に高値をつける……」

「男の世界ですね……」

 

 少し困ったように言う桜。だが、アーチャーは嬉しそうに頷いた。

 

「ハンドガンこそ、遥かな昔に廃れていった、そうしたモノ達の生き残りだ。まさに、ロマンなんだよ」

 

 悩ましげに溜息を零すアーチャー。

 

「だが、ハンドガンも詰まる所は戦争兵器だ。第一に求められたものは耐久性。硬く、強いほどに一級品とされている。アートなどと謳っておきながら、無骨な話に聞こえるかもしれないが、これが実に不思議でね。耐久性だけを突き詰めて作られた銃身は――――、溜息が出る程に美しい」

 

 実際に溜息を零した男の言葉は説得力が違う。

 

「――――極限を求めた結果、そこには耐久性とは異なる別の価値が生まれる。それは鉄の滑らかさだけに留まらないんだ。単純化された内部構造の一分の隙もないアクション。僅か一ミリにかけた重心に対する想い。分かるかい? 多くの者を魅了するハンドガンのこのデザインは、その実、デザインから生まれたものではないんだよ」

 

 アーチャーの瞳の奥に炎が宿る。

 

「より安定した機能。より効果的な射撃を求めた結果、その姿となった。誰にも媚びず、あのカタチとして創造されたのだ。野生の生き物達と同じなんだよ。ただ、ある事が美しい……。無論、銃にもそれぞれ個性がある。例え、同じ銃種であっても、出来上がりによっては良品と粗悪品に別けられる。だけど、それがまたいいんだよ。ガンスミスによるワンオフも、マスプロによる量産品も共に違った味わいがある。前者は職人の技巧による奇跡。後者は工場が生む偶然の奇跡だ」

 

 気がつけば日が傾き始めた。

 ハッとした表情を浮かべるアーチャー。

 

「す、すまない! いつの間にか、こんなに時間が……」

 

 慌てた表情を浮かべるアーチャーに桜は嬉しそうな笑顔を向けた。

 

「先輩の新しい一面が見れて、とっても嬉しいです。先輩って、無趣味に見えるけど意外と趣味が多いんですね」

「……あー、うん。物体の解析は私の魔術を行使する上で重要な手順だ。だから、暇さえあれば機械なんかをバラしていた。分解して、再構築する。それが物事を理解する一番の近道だからね。そうしている内、器物に宿るモノが見えてきた。歴史や製作者の魂、存在理由。私達が普段使っている時計や掃除機などにもそうしたモノがある。それは確かな重みを感じさせてくれた。気付けば、夢中になってしまう程に」

 

 二人は後片付けを済ませると帰路についた。その間、桜はアーチャーにさっきの話の続きをせがんだ。

 困ったような、嬉しいような表情を浮かべ、彼女の希望に沿う。

 そうして楽しい時間を過ごしていると、急に声を掛けられた。

 

「あれー? もしかして、間桐さん?」

 

 そこには桜が通う高校の制服を着た女生徒達がいた。

 

「学校に来ないと思ったら、もしかして、デート? でも、なーんか怪しい感じ」

 

 そこに親愛はなく、女生徒達はどこか桜を蔑んでいる様子だった。

 

「もしかして、援助交際ってヤツ? いっけないんだー」

「おい、君達……」

 

 アーチャーが注意しようとすると女生徒達はケタケタと笑った。

 

「うわー、近寄らないでよ、おじさん。女子高生に手を出すとか、ロリコン?」

 

 あまりにもあからさまな悪意にアーチャーは目を見開いた。

 桜を見る。そこには怒りも悔しさもなかった。ただ、いつもある光景を見つめているような諦観の表情があった。

 アーチャーの表情が歪む。

 知らなかった一面。同じ高校の生徒に悪意を向けられる事をまるで日常茶飯事のように受け止めている姿に震えそうになった。

 

「おい、そこで何をしてるんだ?」

 

 その時、また違う方向から声を掛けられた。

 

「え?」

「あ……、間桐先輩」

「やばっ」

 

 慎二がいた。明らかに怒っている。

 

「お前等……、僕の妹に何をしてるんだ?」

「えっと……、別に」

「ち、違うんですよ、先輩! その……、間桐さんがイケない事をしてるから注意してあげてただけでー……」

「その男の事は僕もよく知ってる。その上で聞くけど、何してた?」

「あ、あの、私達用事があるので……」

「し、失礼しまーす」

 

 まるで気圧されたように女生徒達が去って行く。

 その背中を睨みながら、慎二は言った。

 

「まだ、あんなのが居たのか……」

「あの、兄さん……」

「あんな奴らに好き勝手言わせてるんじゃない!」

 

 慎二は怒鳴り声を上げた。

 

「あっ……」

 

 怯んだ様子を見せる桜を尻目に慎二はアーチャーを睨みつけた。

 

「言ったよな? 任せるぞって」

「……すまない」

「ったく、しっかりしろよな」

 

 溜息を吐くと、慎二は言った。

 

「後、デートで海岸に行くな。何時間も埠頭から動かないなんて、完全に事故だぞ」

「……うっ」

 

 呆れたように言う慎二にぐうの音も出ないアーチャー。

 

「あれ? どうして、兄さんがその事を知ってるんですか?」

「あっ……」

 

 途端、表情が崩れる慎二。

 

「……見てたんですか?」

「ち、違うぞ! 単に道端でお前達を見掛けて、どこに行くのか気になってだな……、えっと」

「見てたんですね」

 

 ジトッとした目で見られ、慎二はそっぽを向いた。

 

「お前等……、付き合ってんの?」

「はい!」

 

 笑顔で即答する桜に慎二は溜息を零した。

 

「嬉しそうに言いやがって……。ほらよ」

 

 慎二は桜に財布を押し付けた。

 

「え?」

「次はもっとマシな場所に行け」

「で、でも、兄さん! これ……」

「黙って受け取れよ、ノロマ。小遣いだ」

「兄さん……」

 

 慎二は再び溜息を零した。

 

「……桜」

「は、はい」

「……すまなかったな」

「え?」

 

 慎二の言葉に桜は目を見開いた。

 

「……償いはする。一生掛かっても償いきれないけど、必ず償う」

「に、兄さんが償う必要なんて……」

「あるに決まってるだろ!」

 

 慎二は叫んだ。

 固まる桜に慎二は声を抑えて言う。

 

「……桜。そっちでは楽しくやれてるか?」

「は、はい」

「そっか……。なら、いい。楽しく暮らせているなら何よりだ。こ、こんな事を言う資格は無いけどさ……。その……、幸せになれよ? その為なら、僕はなんでも協力する。そ、それだけだ!」

 

 そう言い残すと、慎二は走り去って行った。

 

「に、兄さん!」

 

 桜の呼び止める声も聞かず、彼は繁華街に姿を消した。

 

「兄さん……」

 

 立ち尽くす桜。その内、涙が溢れてきた。

 

「兄さん……」

 

 アーチャーに抱きつき、涙を流し続ける桜。

 

「慎二……。桜……」

 

 兄妹の間にあった歪みが正されようとしている。

 それはまさに奇跡だ。

 このまま、何事もなく聖杯戦争が終われば、まさにハッピーエンドが待っている。

 

「……ぁ、ぁぁ」

 

 アーチャーは桜に寄り添いながら衛宮邸に戻った。

 そして、彼女が眠った後、再び夜の街に出かけて行った。

 

――――なるものか!

 

 必死の形相を浮かべ、街中を飛び回る。

 

――――せて、なるものか!!

 

 折角、兄妹の絆が在るべき姿に戻ろうとしている。

 彼女はこれから幸福な人生を歩んでいける。

 

――――死なせて、なるものか!!!

 

 一週間の命だと!? ふざけるな!! そんな事、許せる筈がない!!

 あの男を探し出す。例え、相手がどんなに強大な力を持っていようが関係ない。必ず、彼女に飲ませた毒を解毒させる。

 どんな手段を使ってでも、必ず……。

 

「桜……。今度こそ、絶対に救って見せる!!」



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Act.30 《Fate/stay night》

 無限という言葉は無知故に生まれたものだ。この世に真の意味での無限など無きに等しい。

 人間の数は兆に届かず、星の数とて限りがある。宇宙そのものにも寿命があり、その果ての情報世界に記録されている森羅万象すら有限だ。

 人類が発見する知識とは、創世の刻に既に確立されたものを認識しているだけに過ぎない。いずれは枯渇する。

 ならば、無限とは虚構なのか?

 

「――――いいや、そんな事はない」

 

 この世にはたった一つ、真の意味での《無限》がある。

 

物語(ストーリー)

 

 それこそが唯一無二の《無限》。

 知恵を持った生物のみが創造出来るもの。

 生まれてから死ぬまでの間に人は多くの物語を空想する。大抵の場合、それらは個人の脳内で完結するが、時折、《書物》という形で世の中に出回る。

 それらを基に《二次創作》、《三次創作》、《四次創作》としての物語が生まれる事もある。

 この時間軸における無銘の死者が並行世界では世界的な文豪になっている可能性もある。同一人物が異なる世界では違う人生を歩んだ事で全く異なる物語を空想する事もあり得る。

 この世界に一度も実在した事のない者も人類の持つ《想像力(しんこう)》は英霊という形で創造する。そして、その創造された英霊もまた新たな物語を創造する可能性を秘めている。

 

「まさしく、無限……」

 

 一冊の本を愛でながら、彼は微笑む。

 

「我が蔵は人類の知恵の原典にしてあらゆる技術の雛形を収集したもの。故に、そうした虚構の英霊の架空の宝物さえ我が宝物庫にストックされる」

 

 だからこそ、良しとした。

 死後、宝物庫を暴かれ、世界中に財宝を散らばる事を識りながら、容認した。

 一にして無限なるもの。全ての始まり。あまねく英雄譚の原典。

 それが――――、英雄王ギルガメッシュ。

 

「……その終着点。散逸し、広がった《物語》が一つに収斂される」

 

 彼は嗤う。

 

「あらゆる物語には始まりと終わりがある。ウィリアム・シェイクスピア、ダンテ・アリギエーリ、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、ハンス・クリスチャン・アンデルセン、シャルル・ペロー、ルイス・キャロル、ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン、グリム兄弟。世の名だたる作家にボクも習う」

 

 読んでいた《ペロー童話集》を閉じると、彼は高らかに叫んだ。

 

「さあ――――、物語を書き上げよう!」

 

 ◆

 

 時は容赦無く過ぎ去っていく。

 時計の針を無理矢理止めようと、太陽と月が朝と夜を交互に運んでくる。

 デートをした。学校に行った。初めての事をたくさん経験した。一生分の笑顔を浮かべた。

 それでも、運命(タイムリミット)が足音を立てて近づいてくると、恐怖を感じる。

 

「藤ねえ」

 

 桜はその夜、大河の寝室を訪れた。

 

「どうしたの?」

「……その、一緒に寝てもいいですか?」

 

 少し戸惑いながらも大河は桜を布団に招き入れた。

 不安な気持ちを押し殺せなくなった彼女は一番信頼がおける女性の下で肩を震わせた。

 大河は何も聞かず、彼女の頭を眠るまで撫で続けた。

 

 それが昨夜の事だ。一晩中外出していた甲斐性無しを土蔵に呼び出し、大河は問いかけた。

 

「……ねえ、桜ちゃんの様子が変なんだけど」

 

 いつになく真剣な表情を浮かべる大河。

 初め、アーチャーのサーヴァントははぐらかそうとした。だが、大河は尚も問い詰めた。

 

「最近、桜ちゃん……まるで、生き急いでいるみたいに感じるの……」

 

 その言葉にアーチャーの表情は大きく歪んだ。

 

「士郎……。お願いだから教えてよ。何があったの!?」

 

 怒気を篭めて問い詰める大河にアーチャーは震えた声で言った。

 

「……後、一日しかない」

 

 涙を流し、嗚咽を漏らしながらアーチャーは言った。

 

「桜は敵に毒薬を飲まされた。今日の夜までに小僧とライダーを殺さなければ、桜が死ぬと……」

「……うそ」

 

 ガチガチとうるさい音が聞こえる。それが自分の歯の音だと気付いた時、大河は絶叫した。

 突然、人が変わったように明るくなった桜。この一週間、暇さえあれば新しい事をしようとしていた。

 凛に中華を習ったり、アーチャーを連れてゲームセンターに行ったり、大河に剣道を教わったり……。

 

「なんで……?」

 

 大河は幼子のように蹲りながら呟いた。

 

「なんで……、桜ちゃんが……。どうして……」

 

 理不尽だ。あんなに良い子がどうしてそんな酷い目に合わなければならないのか理解出来ない。

 

「……何が何でもギルガメッシュを見つけ出す。後一日……。桜を頼む」

 

 そう言って、彼は飛び出して行った。

 大河はふらふらと外に出た。まるで異世界に迷い込んでしまったような気分だ。

 今夜、桜が死ぬかもしれない。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

 母屋から飛び出してくる桜。心配そうな顔をしている。

 大河は桜を抱き締めた。

 死なせたくない。どこにも行かせたくない。

 そうした気持ちが伝わったのだろう。桜は大きく溜息を零した。

 

「アーチャーですね?」

「桜ちゃん……」

 

 桜は泣きべそをかく大河を抱きしめながら言った。

 

「先輩や姉さんには言わないでください」

「どうして……?」

「だって、最期の日ですから……。後悔したくないんです。みんなの泣き顔が最後の記憶なんて、イヤですから……。だから、藤ねえも笑って下さい」

 

 それはあまりにも残酷な言葉だった。

 それでも、大河は必死に頬を吊り上げた。

 

「……こ、こう?」

「ありがとうございます、藤ねえ」

 

 涙と鼻水だらけの顔で笑う大河に桜は心底嬉しそうな笑みを浮かべた。

 その日、大河は士郎とアストルフォ、凛を無理矢理引っ張り、桜と共に街中を歩きまわった。

 いつもと変わらない風景。いつもと変わらない日常。それらを一つ一つ見て回った。

 困惑する士郎達に構わず、大河は桜とみんなで必死に遊び回った。

 日が暮れて、家に帰って来ると、玄関先にアーチャーが立っていた。その涙で濡れた顔を見て、士郎達は驚きの声をあげる。

 

「あっ……、あ゛あ゛……」

 

 大河は立っていられなくなった。

 突然、道端で泣きじゃくり始めた大河に士郎達は慌て出す。桜も必死に彼女を慰めようとした。

 だから、彼の行動に気付く事が遅れてしまった。

 

――――So as I pray, unlimited blade works.

 

 炎が走り、アーチャーと士郎の姿が忽然と消えた。

 その意味を悟り、桜が悲鳴をあげる。

 

「やめて……、やめて下さい!」

 

 咄嗟に令呪を使おうとした。だが、その直後に彼女の体から令呪が消えた。

 契約を断ち切られた。それを可能とする宝具の存在に彼女は心当たりがあった。

 

 ◇

 

 炎の壁によって区切られた世界。曇天から歯車が顔を出し、大地には無限の剣が突き刺さっている。

 固有結界《無限の剣製(unlimited blade works)》。

 英霊エミヤの持つ切り札。魔術における最大の禁忌。

 

「……何があった?」

「刀を構えろ、衛宮士郎」

 

 その手に干将莫邪を握り、アーチャーが告げる。

 

「貴様が死ねば、次はライダーを殺す」

「……答えろよ。何があったんだ?」

「問答無用!」

 

 襲い掛かってくるアーチャー。

 士郎は迎え撃つべく魔術回路を起動する。

 

「答えろ、アーチャー(えみやしろう)!!」

 

 士郎は紡ぎ上げた刀でアーチャーの双剣を両断し、その胸ぐらを掴んだ。

 

「……愛する者を救いたければ、手段など選ぶな!!」

 

 アーチャーは士郎の体を蹴り飛ばし、無数の刃を滞空させる。

 

「アーチャー……、お前!」

「死ね!」

 

 無数の刃が降り注ぐ。その瞬間―――――、



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Act.31 《The beginning and the end》

 狂乱したように騒ぐ桜。

 

「お、落ち着きなさい、桜!」

 

 凛が必死に宥めようとするが、桜は頭を掻き毟りながら叫び続ける。

 

「ヤメテ!! お願いだからヤメテ!!」

 

 話を聞く事も儘ならない。

 

「……ねえ、サクラ」

 

 アストルフォが桜の腕を掴んだ。抜けだそうともがく桜にアストルフォが言った。

 

「どうして、アーチャーはシロウを殺さなくちゃいけなくなったの?」

 

 その言葉に桜の動きが止まる。凛と大河もアストルフォを見つめる。

 

「……桜ちゃんが死んじゃうの」

 

 大河が震えた声で言った。

 

「ど、どういう事!?」

 

 取り乱す凛。

 

「私にも分からないわ!! ギルガメッシュっていうヤツに桜ちゃんが毒を飲まされたって……」

「……つまり、アーチャーがシロウを殺さないとサクラが死ぬって事だね。ひょっとして、ボクも?」

 

 唖然とした表情を浮かべて頷く桜。

 今のアストルフォからは普段の彼の面影を一欠片も感じる事が出来ない。

 その瞳には確かに理性の光が宿っている。

 

「……サクラはどうしたい?」

「私は先輩を死なせたくありません。アーチャーにも先輩を殺させたくありません!!」

 

 その答えにアストルフォは哀しそうな笑みを浮かべる。

 

「……ああ、何故このタイミングなんだろう」

 

 彼は天を見上げる。

 今日は2002年の2月12日。月はその姿を闇の中に隠している。

 狂気を誘う月が隠れる新月の晩、英雄は一時理性を取り戻す。

 研ぎ澄まされた思考が状況を理解してしまう。ああ、なんて残酷な運命だ。なんて哀しい運命だ。

 この女神のような女性と彼を天秤に乗せなければいけない。

 

「ボクはキミの決意に敬意を示す。そして、大いなる感謝を捧げるよ」

 

 彼は一冊の本を取り出した。それは善の魔女(ロジェスティラ)が彼に与えた知恵の書。

 あらゆる魔術の秘奥が記された対魔術宝具がその真価を発揮する。

 

「その真の力をもって、我等の道標となれ……。解放(セット)――――、《破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)》」

 

 紙片が舞う。

 騎士は悲運の姫に手を伸ばす。

 

「――――手を」

 

 桜は頷きながら彼の手を取る。

 

「待って、桜!!」

 

 手を伸ばす凛。桜は儚い笑みを浮かべ、彼女に言う。

 

「姉さん! こう呼べて、嬉しかったです!」

 

 その言葉に凛の表情が歪む。

 やめてよ。そんな……、まるでこれで最後みたいな言葉……。

 

「行かないで!! お願いだから!!」

 

 あの時、ただ黙って見ていた。

 死ぬと分かっていて、同じようにジッとしている事なんて出来ない。

 

「姉さん。それに、藤ねえ」

 

 桜は凛と大河を見つめる。二人は泣いていた。

 

「最後は笑顔がいいな」

 

 そう笑顔で言うと、彼女は彼と共にヒポグリフに跨る。

 

「待って!!」

 

 ヒポグリフが嘶く。凛を近づかせまいとしている。

 

「……なんで、こんな」

 

 大河は両手で顔を覆った。笑顔なんて、とてもではないが作れない。

 あまりにも深い嘆き。味わった事の無い程の絶望。

 これから、長年一緒に過ごした少女が死ぬ。彼女を救うには、同じくらい大切な少年を死なせなければいけない。

 どちらも選べない。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 幻馬が舞う。

 

「キミの真の力を――――、《この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)》!」

 

 幻馬は空間を跳躍する。その道を知恵の書の紙片が切り拓く。

 そして、二人は常人の至れぬ地。一人の男が創造した異世界へ侵入を果たす。

 紅蓮の炎に囲まれた荒野。無限の剣が墓標の如く連なる英霊エミヤの心象世界。

 

「――――死ね!!」

 

 そこで彼女達が見たものは無限に等しい刃に立ち向かう士郎の姿だった。

 

「シロウ!!」

 

 アストルフォが叫ぶ。その声に応えるように士郎は刀を振るった。

 並の英霊ならば為す術無く滅ぶが必定の死の嵐を彼は尋常ならざる力で捩じ伏せる。

 剣と刀が交差する度、その動きは切れ味を増していく。

 

「アーチャー!!」

 

 桜が叫ぶ。その声でアーチャーは上空を見上げた。

 そして、泣きそうな顔を浮かべた。

 

「……何故、来たんだ」

 

 桜とアストルフォを乗せたヒポグリフが戦場の真ん中に降り立つ。

 アストルフォは士郎に寄り添い、桜はアーチャーに向かって歩き出す。

 

「アーチャー」

「……どうして、邪魔をするんだ」

 

 泣いている。生涯、ただの一度も泣く事が無かった男が泣きじゃくっている。

 

「……先輩」

「君を生かすには他に方法が無いんだ!!」

 

 そう言って、正義の味方は理想に反する言葉を口にする。

 

「……士郎さん!」

 

 桜はニッコリと微笑んだ。

 

「先輩を殺しちゃダメですよ」

「殺さなければ君が死ぬんだぞ!!」

「それでもダメです」

「うるさい!!」

 

 まるで癇癪を起こした子供だ。桜は困ったように苦笑した。

 

「士郎さん。先輩はあなたにとっての希望です。ずっと苦しんできたあなたの救いなんです。それを自分で壊すなんて、そんなのダメです」

「オレの事なんてどうでもいい!! お前が死ぬくらいなら、オレの希望なんて要らない!!」

 

 ああ、なんて嬉しい言葉だろう。

 ああ、なんて哀しい言葉だろう。

 

 それは彼女が望んでいた言葉。

 それは彼女が望んではいけなかった言葉。

 

 彼は彼女を愛した。

 彼女は彼に愛させてしまった。

 

「士郎さん」

 

 正義の味方として報われない人生を歩んだ人。

 何度も絶望して、後悔して、遂には自分自身の抹消を願った人。

 そんな人がやっと得られた希望。

 

「私は十分です」

 

 それすら要らないと言い捨てる程、彼は彼女を愛した。

 それがどんなに嬉しい事か……。

 

「私は幸せになりました」

「冗談じゃないぞ!!」

 

 アーチャーは怒鳴り声を上げた。

 

「何が幸せだ!! これからなんだぞ!! これから!! これから、君は幸せになるんだ!! やっと、慎二と仲直り出来たんだぞ!! もっと、これから、もっと!! もっと、楽しい事や嬉しい事が待ってるんだ!!」

「あなたが幸せになれなかったら、私はちっとも幸せじゃありません」

 

 桜は言った。

 

「こんな私を大切に思ってくれて、ありがとうございます。普通、嫌がりますよ? こんな穢れた女」

「穢れてなんていない!!」

 

 アーチャーは叫んだ。

 

「そこを退くんだ!! もう、時間が無い!!」

「退きませんよ。折角だし、最期の一瞬まであなたと一緒にいます」

 

 そう言って、桜はアーチャーに近づいた。

 彼の胸に抱きつき、幸せそうな笑顔を浮かべる。

 

「笑顔を見せてください。とびっきりの笑顔を」

「……無茶を言うな」

 

 アーチャーは桜を抱き締めた。

 世界の境界がぼやけていく。

 炎の壁が消え去り、夜の街に戻った。

 

「桜!」

「桜ちゃん!」

 

 凛と大河が駆け寄ってくると、桜は少しバツの悪そうな表情を浮かべた。

 

「えへへ……、まだ生きてます」

 

 そんな彼女に士郎は言った。

 

「桜……。本当に……」

 

 彼はアストルフォから事情を聞いた。それでも信じられなかった。信じたくなかった。

 

「先輩。間違っても自殺なんてしないで下さいね。アストルフォさんまで巻き込むことになるんですから」

 

 それだ。自分の命で済むなら喜んで捧げよう。だが、アストルフォの命が天秤に乗せられた時、士郎は動けなくなった。

 それはアストルフォも同じだ。彼も彼女の為なら喜んで自らの命を捧げる。それでも、士郎の命は渡せない。

 それぞれの泣く声が夜闇に溶けていく。

 現在の時刻は19:03。もう、残された時間は少ない。

 

『――――やれやれ、期待外れですね』

 

 道の中央に一人の少年が立っていた。

 街灯に照らされた髪は金色に輝き、その瞳は赤々と輝いている。

 

「……お前は」

 

 それは誰のものだったのだろうか……。

 その声には濃厚な殺意が滲んでいた。

 

『……あなたの事を些か見くびっていましたよ、お姉さん』

 

 その瞳は桜を見つめていた。

 そこにアーチャーが飛びかかる。憤怒の形相を浮かべる彼を少年は嘲笑する。

 

『正義の味方がそんな顔を浮かべていいんですか?』

 

 アーチャーの振り下ろした干将はまるで靄を裂いたように少年を通過した。

 

『コレは単なる幻影。本物のボクは違う場所にいます。だから、このボクを斬った所で無駄ですよ』

 

 まるで此方を煽るように少年は言う。

 

「お前の目的は何なんだ!?」

 

 士郎が叫ぶ。すると、彼は微笑んだ。

 

『お兄さんですよ』

「……は?」

『あなたが試練を乗り越え完成された時、ボクは原初の王として……、裁定者としてお兄さんを見定める。その為にアーチャーをけしかけました』

「……何を言って」

 

 理解出来ない。理解したくない。

 完成? 何を言っている……。そんな事の為に桜を?

 

『……ふむ、こうなると方針を変える必要がありますね』

 

 少年は言った。

 

『こうしましょう。残り四時間四十七分。その間にボクの下まで来なさい。そこで最後の試練を乗り越える事が出来たら、彼女を救う方法を教えてあげましょう。どうします?』

「だ、駄目です、先輩! その子はアーチャーでも歯が立たなかったんです!」

 

 桜の言葉に士郎は腹を決めた。

 

「おい。俺はどこに行けばいいんだ?」

 

 その言葉に少年は微笑む。

 

『郊外の森。そこに小さな城があります。そこで待っていますよ』

「ああ、直ぐに乗り込んでやる。待ってろ」

 

 士郎が言うと、少年の幻影は薄くなり、やがて消えた。

 

「せ、先輩!」

「……桜。絶対にお前を死なせたりしない」

 

 士郎はアーチャーと大河、そして、凛を見つめた。

 

「桜を頼む」

「ま、待て! 私も行く!」

 

 アーチャーが立ち上がるが、士郎は首を横に振った。

 

「お前は桜の傍に居てやってくれ。それにアイツは俺を御指名だ」

 

 そう言って、士郎は彼等に背中を向ける。

 すると、正面でアストルフォが胸を張って待ち構えていた。

 

「もちろん、ボクは一緒に行くよ! ダメって言っても行くからね!」

「……ああ、頼む」

 

 二人は幻馬に跨る。

 

「行ってくる」

 

 英雄王ギルガメッシュ。アーチャーの夢で存在自体は知っていた。

 だが、直接会った事は一度も無く、特に何の感情も抱いていなかった。

 それもここまでの話。今は闘志が際限なく燃え上がっている。

 

「行くぞ、アストルフォ!」

「おうともさ!」

 

 この日、最後の戦いが始まる。

 この地における『戦い』は多くの人を巻き込み、多くの出会いと別れを産み、遂に最後の瞬間を迎えようとしている。

 始まりと終わりは同義であり、どんな旅もいつかは終わるもの。

 ヒトはその終わりにどこに辿り着くのか……。

 

 その日は全てが終わり、全てが始まる日。

 運命の再誕……、絶望と希望が渦巻く聖杯戦争の最終幕。



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Act.31.5 《Gather ye rosebud while you may》

 瓦礫に腰掛ける少女。彼女の前には鎖に繋がれた大男がいる。

 偉大なる英雄を繋ぎ止めているモノ。それは太古の王が持つ対神宝具。少女の手に負えるものではなく、彼を解放する事は出来ない。

 

「――――おや、自由に過ごして良いと言った筈ですが?」

 

 声を掛けてきた少年を少女は睨む。

 

「酔狂なものですね」

 

 少年は嗤う。

 

「時が有限である事をキミは誰よりも理解している筈だ。それなのに、物言わぬ傀儡を前に無駄な時を過ごしている」

「黙りなさい」

 

 少女は嫌悪感に満ちた眼差しを少年に向けた。

 

「……嫌われたものだ。異なる世界では異なる道を歩んだ君と手を取り合う事もあるというのに……」

 

 少年は虚空を見つめ、クスクスと微笑む。

 

「何を言って……」

「ああ、キミやボクとは関係のない物語だよ。だから、キミの態度はとても正しい。嫌悪するといい。恐怖するといい。憎悪するといい。憤怒するといい。敵に向ける感情とは、そうあるべきだ(・・・・・・・)

 

 少年は少女に近寄っていく。

 

「憤怒を与えた。使命を与えた。だが、足りない」

 

 少年は言った。

 

「憎悪を抱かせるには至らなかった。もう少し、彼女が生に執着してくれれば理想的な状態に持って行けたのですが……」

 

 やれやれと肩を竦める。

 

「思った以上に芯が強い。おかげで保険を使う事になった」

「保険……?」

「キミに役割を与える」

 

 そう言って、少年は少女を虚空から喚び出した十字架に呑み込ませた。

 

「熱量が足りないのなら燃料を補充してあげればいい」

 

 少年は瓦礫の山を見回す。

 

「さて――――、少し模様替えでもしておくか」

 

 ◆

 

 夜天を駆ける幻馬。ものの数秒で目標地点の上空に到達した。

 

「……シロウ」

 

 アストルフォは小さな声で愛すべき主の名を呟いた。

 

「どうした?」

 

 士郎は彼の様子がいつもと違う事に気がついた。

 その瞳が揺れている。

 

「……大丈夫か?」

 

 アストルフォは怯えている。

 月が完全に姿を隠した事で彼の理性が蘇り、彼は恐怖の感情を思い出してしまった。

 地上で待ち受けている者は人類最古の英雄王。士郎を介して視た、アーチャーの記憶に彼の姿があった。

 

「シロウ……」

 

 あの男は全てが規格外だ。アストルフォが持つ多彩な宝具さえ、彼の所有する財宝の数々には敵わない。

 死ぬかもしれない。為す術無く嬲り殺しにされるかもしれない。

 それだけでも十分に怖い。だけど……、

 

「ねえ、シロウ……」

 

 それ以上に恐ろしい事がある。

 もし、士郎が目の前で殺されたら……。

 想像しただけで涙が溢れてくる。

 

「ボクはキミを失いたくない」

「ああ、俺もアストルフォを失うなんて考えたくもない」

 

 士郎は後ろからアストルフォの体を抱き締めた。

 

「あっ……ぅゎ」

 

 理性は厄介だ。普段なら気にもならないスキンシップがすごく恥ずかしい。

 頬を赤く染める彼に士郎は言った。

 

「アストルフォ。俺はお前が好きだ。心から愛してる」

「ちょっ、だ、だ、大胆過ぎるよ、シロウ……」

 

 あまりにもストレートな告白に心臓が高鳴る。

 

「……なんか、今日のアストルフォはいつも以上に可愛いな」

「シ、シロウ……。ボク、今ちょっと新月の関係で理性が戻って来ちゃってて……」

「そうなのか……。なら、聞かせて欲しい」

「な、なにをかな?」

 

 耳元で囁かれる彼の声に脳髄が蕩けてしまいそうだ。あまりの心地よさに目眩がする。

 

「お前の気持ちを聞きたい。理性が戻った今でも、アストルフォは俺の事を好きでいてくれるか?」

 

 理性よ、Go back!!

 ああ、なんて事だろう。自分の性別が脳裏を過ぎる。彼の近過ぎる吐息と背中越しに響く鼓動が気になってしまう。

 

「教えてくれ」

 

 心臓が口から飛び出してしまいそうだ。

 

「……わ、分かってる癖に」

「それでも、教えてほしい。アストルフォの口から聞かせてほしい」

 

 なんて我儘なマスターなんだろう。そして、なんて鬼畜なマスターなんだろう。

 正義の味方を名乗るなんておこがましいにも程がある。悪魔だ! サディストだ! バカタレだ!

 

「す、好きに決まってるじゃん! もう! もう、もう! 世界で一番愛してるよ!」

「嬉しいよ」

 

 更に強く抱き締めてくる情熱的なマスターにアストルフォは怒った。

 

「もう!」

 

 彼の腕を無理矢理解くと、体を器用に反転させる。

 真正面から見た彼の顔に赤面しながら、その唇に自分の唇を重ねた。

 恥ずかしい思いをさせられた分のお返しだ。舌を絡めとり、歯茎の形まで確かめ、彼の涎を飲み下す。

 

「プハー」

 

 たっぷり一分掛けて堪能させてもらった。士郎の顔も茹でダコみたいになっている。

 

「死んだりしたら許さないからね!」

「こっちのセリフだ」

 

 士郎とアストルフォは笑い合う。

 

「行くぞ」

「うん!」

 

 アストルフォがヒポグリフに指示を出す。

 やっと終わったのか……。背中で何を始める気かとヒヤヒヤしていた彼はホッとしながら地上を見下ろす。

 そこには濃密な死の気配が漂っている。

 

「行け! ヒポグリフ!」

 

 関係ない。この身は英雄アストルフォの騎馬。如何なる死地も恐れはしない。

 漂う怨霊達を蹴散らし、地上へ舞い降りる。異次元を通り、指定された城の内部へ侵入した。



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Act.32 《 Limited / Zero Over 》

 絢爛豪華なホールに降り立つ士郎とアストルフォ。彼等の前には鎖で繋がれた巨人と鎖を手繰る少年。

 

「ようこそ」

 

 士郎は酷薄な笑みを浮かべる少年を睨む。

 

「言われた通りに来た。桜に飲ませた毒を解毒しろ!」

「言った筈ですよ? それはお兄さんが試練を乗り越えられた時の話だと」

「貴様……」

 

 士郎は魔術回路を起動した。流れるような動作で刀を創造する。

 数日前まで強化の魔術でさえ中々上手くいかなかった事が嘘のように調子が良い。

 

「……素晴らしい」

 

 少年が感嘆の声を漏らす。

 衛宮士郎。彼の魔術は異端だ。元々、異界の創造は精霊種にのみ許された反則技。

 魔術理論・世界卵により、魂に刻まれた《世界図》をめくり返す大禁呪。

 人の手によって顕現する《心象世界(いせかい)》には当然の如く世界からの修正が働く。現在(いま)の世界を破壊している為、抑止力による排斥対象となる。

 故、その維持には莫大な魔力を要する。トップカテゴリーの魔術師でも数分が限度。何のバックアップも持たずに固有結界として彼が能力を発動したら一秒も保たない。

 士郎は一本の刀に心象風景を収斂させる事で世界からの修正を逃れている。

 

 それは磨き上げられた宝石のようだ。

 嘗て、アーチャーのサーヴァントは恋人にハンドガンの素晴らしさを語った。

 

『その武器形態において、必要最低限の機能だけに留めたものには時に……、魂が宿る』

『――――極限を求めた結果、そこには耐久性とは異なる別の価値が生まれる。それは鉄の滑らかさだけに留まらないんだ。単純化された内部構造の一分の隙もないアクション。僅か一ミリにかけた重心に対する想い。分かるかい? 多くの者を魅了するハンドガンのこのデザインは、その実、デザインから生まれたものではないんだよ』

『より安定した機能。より効果的な射撃を求めた結果、その姿となった。誰にも媚びず、あのカタチとして創造されたのだ。野生の生き物達と同じなんだよ。ただ、ある事が美しい……』

 

 その言葉はあの刀にも当て嵌まる。効率と能力を突き止めた結果、あの形態として収斂された。

 最小の魔力で最大の力を発揮する。一つの世界が結晶化した刀。その在り方は生物の進化の果てを見るようだ。

 ただ、ある事が美しい。

 

「その刀に名前はありますか?」

「名前……? そんなモノはない」

「ならば、つけてあげるべきだ。アナタにとって、その刀はまさしく象徴。英霊にとっての宝具に等しい。無銘のままでは格好がつきませんよ」

「余計なお世話だ」

 

 士郎が吐き捨てるように言うと、少年は濃密な殺意を向けた。

 一歩後退った後、士郎は自分が後退った事に気付いた。

 

「名付けなさい。今、ここで」

 

 分からない。何故、そこまで名付けに固執するのかが理解出来ない。

 

「シロウ……」

 

 アストルフォが心配そうに士郎を見つめる。

 彼は刀身に視線を落とす。

 日本刀の名前は製作者の名前だったり、切れ味に対する例えであったり、刃紋や形状から取る場合もある。

 

「……《衛宮》だ」

 

 それは製作者の名であり、彼に理想(みち)を教えた恩師の名であり、理想の果てまで歩んだ男の名。

 名付けた瞬間、刀が鼓動したように感じた。

 より大きな力を感じる。

 

「それでいい。名付けとは魂を吹き込む事。有象無象ではなく、個である事を認める行為。そのモノの実在性を高める儀式」

 

 それは創造主が創造物に果たすべき責務。

 これで、衛宮士郎の生み出した《宝具》はこの世界に定着された。

 

「――――さて、試練を始めましょう」

 

 少年が指を鳴らす。すると、彼等の頭上に黒い十字架が現れた。

 

「イ、イリヤ!?」

 

 士郎が叫ぶ。十字架は薄っすらと中が透けて見える。そこにイリヤがいた。

 

「ギルガメッシュ! イリヤに何をした!?」

 

 その言葉と共にアストルフォが悲鳴をあげる。

 

「アストルフォ!?」

「な、なにこれ!?」

 

 影の中から突然黒い物体が現れた。

 それはイリヤを捉えている十字架と同じものだった。

 一息の間に彼を呑み込むと、士郎が駆け寄る前に浮かび上がりイリヤの十字架と背中合わせになる。

 

「アストルフォ!!」

 

 手を伸ばす士郎に少年が告げる。

 

「あの十字架(おり)は聖なる呪詛。聖なる加護に包まれた大いなる災い」

 

 士郎は少年に斬りかかる。だが、少年はまるで靄のように実体がない。

 

「お前……、また!」

 

 少年はクスクスと嗤う。

 

「アナタはまだ資格を得ていない」

「資格だと!?」

「王に拝謁したければ、試練を乗り越えなさい」

 

 少年が再び指を鳴らす。すると、巨人を縛っていた鎖が解かれていく。

 巨人は怒りを篭めた一撃を少年に振り下ろすが、少年の余裕は崩れない。

 

「エミヤシロウ。そして、大英雄ヘラクレス。殺し合いなさい。勝った方にボクと戦う権利を与えよう」

 

 そう告げると少年の姿が消えた。浮遊していた十字架も消える。

 残された士郎とヘラクレスは互いを見つめた。

 

「……俺はアンタに恨みなんてない」

 

 士郎は言った。

 

「だけど、時間がない」

 

 残り時間は四時間余り。今から行方を眩ませたギルガメッシュを探している時間などない。

 そもそも時間があったところでアーチャーが一週間掛けて見つけられなかった相手を士郎に見つけられる筈がない。

 故に道は一つ。

 

「だから――――」

「■■■■■――――!!」

 

 ヘラクレスが猛る。問答など不要。勝った方が彼女達を救う。それだけだ。

 斧剣を振り翳し、狂戦士が士郎に襲いかかる。

 

「ああ、そうだな。いくぞ、大英雄!!」

 

 迫る凶刃を避け、士郎は神速でバーサーカーの懐に飛び込む。

 

――――選択。肉体の保護、並びに強化を優先。

 

 数多の宝具を束ねる。あの英雄の肉体はランクB以下のあらゆる攻撃を無効化させる。

 だから、付与する剣は全てBランク以上。

 その心臓をつらぬ――――、

 

「■■■■■――――!!」

 

 本当に狂っているのか!?

 バーサーカーは膝を曲げ、その歯で士郎の刀に噛み付いた。

 一瞬の硬直。その隙にバーサーカーは立ち上がる。

 如何に筋力や敏捷を高めた所で素の体重は変化しない。刃ごとバーサーカーは士郎を持ち上げた。

 

――――失敗。

 

 戦いを選択した事自体が失敗。

 増長していた。セイバーと打ち合い、アーチャーの剣を引き裂いた事で自分が強くなったと勘違いしていた。

 基礎能力を底上げする事は出来る。相手に弱点があるならそこを突く事も出来る。だが、それだけだ。

 圧倒的な技量。桁外れの経験値。それらに裏打ちされた真の強さを前に衛宮士郎は無力。

 

「■■■■■――――!!」

 

 浮き上がる肉体。あの化け物は体重58Kgの士郎を鉄の塊である刀ごと顎の力だけで放り投げた。

 そこに容赦のない一撃が迫る。空中で回避する術など持っていない。この一撃に耐え切る方法が思いつかない。

 

「■■■■■――――!!」

 

 このままでは死ぬ。何も出来ないまま、無惨な肉塊に成り果てる。

 桜を救えないまま――――、

 イリヤを助けられないまま――――、

 アストルフォを取り戻せないまま――――、

 

――――足りないなら補え。

 

 これほどの窮地さえ、英雄と謳われた者達は事も無げに乗り越える。

 

――――お前に出来ない事は他の誰かを頼ればいい。

 

 そうだ。一人で全てを為そうなど、おこがましいにも程がある。

 この身はちっぽけの人間に過ぎない。

 

――――思い出せ。

 

 彼の言葉が蘇る。

 

『シロウの足りない部分はボクが補うんだ! そして、ボクに足りない部分はシロウに補ってもらう! 一人で出来ない事は二人でやればいい。ボクでも解る簡単な話だよ』

 

 そうだ。簡単な話だ。

 それを理解出来ない愚か者(おのれ)の末路を視た筈だ。

 

――――選択。

 

 忘れるな。衛宮士郎は剣士ではない。あくまでも魔術師に過ぎない。

 

――――危険。これは体に毒を取り入れる事と同義。

 

 分かっている。だが、それがどうした。

 例え、それが銃口を口の中に入れ、引き金を引くような行為であっても迷う暇などない。

 覚悟は出来ていた筈だ。正義の味方という人の身では成し得ない奇跡を成し遂げようと思うなら、相応の代償を払う事になる。

 アーチャーは死後の魂を代価にした。なら、俺は――――、

 

――――完了。

 

「憑依経験、共感完了――――!」

 

 呑み込まれた。刀に付与した聖剣魔剣に宿る膨大な経験則を取り込み、逆に取り込まれた。

 知らない風景が視える。知らない敵が映る。知らない勝利に酔う。知らない敗北に涙する。

 窮地は脱した。とある侍の剣捌き。迫る刃を受け流し、軽やかに舞う。

 代わりに自我が薄まる。手足の感覚が無くなり、耳が聴こえなくなる。

 眼球が機能を停止した時、その向こうに無数の英雄が立っていた。

 そこには見知った顔もある。

 赤い外套の男。白銀の鎧を纏う少女。ローブを纏った魔女。

 

 愛しくて堪らない相棒――――。

 

「ああ――――」

 

 何を安心しているんだ。まだ、何も成し遂げていない。

 失いたくないモノがあるなら立ち止まるな。無様に呑み込まれている場合ではない。

 

『切れる為と曲がらない為には鋼は硬くしなければならん。だが、逆に折れない為には鋼を柔らかくしなければいけない』

 

 無限の剣に内包された膨大な知識と経験に身を委ねろ。余計なものは削ぎ落とせ。だが、大切な部分(しんねん)は硬い鋼に仕舞い込め。

 眼球が燃える。全身が発火したように熱くなる。太刀を握る手はそれこそ紅蓮。

 

 迫る巨人の腕を引き裂く。意識は顔も知らぬ英雄の本能に譲る。無意識はただ只管勝利を渇望する。

 間違えるな。目の前の敵などどうでもいい。

 

――――衛宮士郎の戦いは精神の戦い。己との戦いでしかない。

 

 刀が動く。士郎はその邪魔をしない事だけに集中する。

 嵐のような猛攻を柳のように受け流し、ここぞという瞬間に必殺の一撃を放つ。

 

――――足りない。

 

 刀が要求してくる。まだまだ足りない。

 

――――もっともっと速く!!

 

 刀に付与する強化能力持ちの刀剣を増やす。

 体内の二十七の魔術回路が悲鳴をあげる。如何に燃費の良い能力とはいえ、これ以上は無茶だ。

 

――――もっともっと鋭く!!

 

 刀に情け容赦を期待する方が間違っている。

 相手は無機物だ。目的の為に必要なものを要求しているだけだ。

 要求に応えられなければ死ぬ。シンプル過ぎる解答。

 

――――もっともっと!!

 

 士郎の肉体はもはや人の目で視認出来る段階を過ぎている。

 その一撃はバーサーカーに匹敵し、それでも尚、足りない。

 如何に怪物染みた力を持とうと、本当の怪物には届かない。

 

――――届かせる!!

 

「ウォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 負けたら愛する人が死ぬ。守るべき家族が死ぬ。救うべき人が死ぬ。

 それを容認するくらいなら、お前が死ね。

 

――――馬鹿を言うな! お前が死ねば先が無い。この怪物とて、前座に過ぎない事を忘れるな!

 

 死ぬ事さえ許されない。英雄達(カタナ)はひたすら極限を超えて強くなる事を要求してくる。

 壊れていく。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、記憶、骨、神経、内蔵、血管、なにもかもが壊れていく。

 

――――ならば、治せ!

 

 体内に眠る聖剣の鞘に魔力を流し込む。本来の使い手ではない士郎に鞘が力を貸す義理などないが、聖杯が起動状態にある事でマスターである士郎は英霊アルトリアと繋がっている。その微かな繋がりを餌に鞘を働かせる。

 同時に刀に治癒の能力を持つ刀剣を揃える。

 壊れた端から修復していく。

 血を吐き出し、肉体を剣に変え、限界を超える。神経と同化している魔術回路が肥大化した事で皮膚に浮き上がる。

 

 繰り返される死。幾度と無く崩壊する魔術回路。その度に《全て遠き理想郷(アヴァロン)》を含めた治癒宝具が壊れた部分を鍛え直す。

 極限状態の死闘。

 

――――もっともっと強く!!

 

「イクゼェェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエ!!!!」

 

 刀の要求が止む。狂戦士の首が飛び、心臓が燃え、脳髄が溶け出し、その心臓に大穴が開く。

 大英雄ヘラクレス。彼は生前挑んだ十二の難行の分だけ生き返る。

 

――――その生命を悉く打ち砕く。 

 

「ハァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 知る限りの聖剣魔剣霊刀妖刀が集う。

 

――――その身は鋼で出来ている。

 

 破裂し続ける心臓。折れ続ける骨。壊れ続ける脳。

 

――――血潮を燃やし、脆く儚い心鉄を仕舞い込む。 

 

 痛みにはもう慣れた。

 

――――剣を鍛えるように、己を燃やすように、彼の者は鉄を打ち続ける。

 

 容赦の無い刀の要求にも慣れた。

 

――――束ねるは剣の息吹、輝ける魂の奔流。

 

 後は目の前の敵を倒すだけだ。

 

――――収斂こそ理想の証。

 

 要求は満たした。

 これこそが最強。これこそが究極。

 

「――――是、剣戟の極地也(Limited / Zero Over)

 

 無数の中の一振り。目の前の難敵の剣から経験則を汲み取る。

 壊れ続ける肉体に構わず、心はただ目の前の敵に対する勝利のみを望む。

 十一の死を超えて尚止まらぬ激流の如き殺意に向けて一歩踏み出す。

 狙うは八点の急所。

 

是、射殺す百頭(ナインライブズ・ブレイドワークス)――――!」

 

 巨体に見合わぬ音速を、神速を以って凌駕する。

 その生命を打ち砕く。

 全身を引き裂かれた狂戦士の胸に太刀を埋め込む。それで終わりだ。

 

「……よもや、我が剣技を模倣するとはな」

 

 その声はどこまでも穏やかだった。

 完全なる死を受け入れた巨人は己を討ち倒した少年を見据える。

 

「若さ故か、節操を知らぬ」

 

 巨人は笑みを浮かべた。

 

「イリヤスフィールを頼む」

「……ああ」

 

 漸く狂気の枷が外れたというのに、男は多くを語らなかった。

 

「言伝の一つくらい言えばいいのに……」

 

 語らぬ下僕。それこそが自らの在るべき姿と言うかのようにその存在を霞に変え、霧散した。



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Act.32.5 《A person whose love is insane》

 地の底で戦いの行末を見つめていた少年の下に一人の男が近づいていく。

 

「――――ああ、やっぱり生きていましたか」

「随分と忙しなく動き回っているようだな」

 

 魔女に殺された筈の男。言峰綺礼は何食わぬ顔をして現れた。

 その事に少年もさして驚かない。

 あの魔女はツメが甘い。なにもかもが中途半端だ。だから、戦力で圧倒的優位に立っていたにも関わらず敗北した。

 出自故に悪ぶっていても、彼女は根が善良過ぎた。

 

「何しろ手駒が居ませんからね。ボク自身が動かなければ舞台を用意する事も儘ならない」

「そこまでの手間暇を掛ける必要があるのか?」

「愚問ですね」

 

 ギルガメッシュは言う。

 

「これは英雄譚ですよ。英雄とは悲劇を乗り越え、試練に耐え、難敵を打ち砕くもの」

「……打ち砕かれたいのか?」

「ええ、もちろん」

 

 微笑む少年に綺礼は肩を竦める。

 

「分からんな。お前は何がしたいんだ?」

「ボクの瞳はこの世の全てを見通す。幾重にも隠された真実さえ、この眼には明瞭に映ってしまう」

 

 嘗て、名君と呼ばれた少年王はつまらなそうに言う。

 

「わかりきった結末に価値などない」

 

 一時、錆びた心を動かす出会いも会った。唯一《友》と呼べる存在と出会い、様々な冒険を繰り広げる日々に魂を震わせた事もある。

 だが、絶対的な力を持つ王にも定められた運命を覆す事は出来なかった。

 土塊に還った友。その姿を見た時、彼は大いに恐れた。

 

「運命とは絶対的なもの。その条理を覆したくて、不死の霊薬を求めた事もあった。可能性を求め、あらゆる英知や宝物を集めた。それでも、この心を満たすものは見つからなかった」

 

 それは全知全能故の絶望。

 瞳に映る全てのものが無価値に視えた。

 

「――――だけど、漸く出会えた」

 

 これは一つの奇跡だ。

 あまねく物語は彼から始まった。

 無限に枝分かれした物語。それは人類という種の価値を見出す唯一の可能性。

 人の可能性が収束し、一人の英雄が生まれようとしている。

 

「彼がボクに勝てる可能性は万に一つも無い。だが、それでもボクを討ち倒せたのなら……」

 

――――ボクは漸く人間を愛する事が出来るかもしれない。

 

「なるほど……。どちらに転んでも破滅的だ。巻き込まれた者達にとっても悲劇でしかない」

「そうでもありませんよ」

 

 クスクスと少年は笑う。

 

「それより、余計な事はくれぐれもしないように」

 

 少年の言葉に神父は応えない。

 

「……何を企てても、ボクが先に潰しますよ」

「分かっている。言わずとも分かる事だから黙ったのだ」

「だったら、頭の中で変な陰謀を巡らせないで下さい! 戦いが終わるまで、泰山で一人麻婆祭りを開催してていいですから!」

 

 そう言って、札束を綺礼のポケットに仕舞い込むギルガメッシュ。

 

「……この私を金で動かすつもりか?」

「動かないようにしてるんです! これも付けますから!」

 

 王の財宝から世界各国の“辛味”を追求した調味料を取り出し、綺礼に持たせる。

 

「あの怪しいお姉さんと怪しい中華料理の研究でもしてて下さい!」

「……っふ、必死だな」

 

 嘲笑う神父に英雄王は眉間を痙攣させる。

 

「……全部没収した上で牢獄に一生繋いでおいても構わないのですが?」

「まったく、ユーモアが分かっていない」

 

 やれやれと肩を竦めて去っていく綺礼。

 

「……まったく」

 

 近い将来、『紅洲宴歳館・泰山』という中華料理店から人死が出るかもしれないが、考えないようにする。

 それよりもアインツベルンの城の戦いが終わったようだ。

 

「――――7.23%の勝利を引き当てましたね。そう来なくては」

 

 その確率は彼の能力が完成に至る確率だ。バーサーカーを討ち倒せたという事はそういう事。

 口元が緩む。まるで恋を楽しむ思春期の子供のようだ。

 この出会いに運命すら感じている。

 

「さあ、ここに来て」

 

 門を築き、彼を誘う。

 微笑みながら、ギルガメッシュは士郎を歓迎した。

 

「こんばんは。はじめまして。会えて嬉しいですよ、お兄さん」

 

 天使のように微笑む彼に士郎は怒りを滾らせる。

 

「ギルガメッシュ……」

「いかにも、この身は世界最古の英雄王ギルガメッシュ」

 

 遙かなる天蓋へ昇る黒い柱を背に英雄王は歩き出す。

 

「――――さあ、人類の持つ可能性(カチ)をボクに見せて下さい」



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Act.33 《Futile killing shalt quit》

 衛宮士郎は既に満身創痍だった。度重なる無茶のツケだ。肉体そのものは治癒宝具の力でほぼ回復しているが、左半身の魔術回路に異常をきたしている。強引に魔力を流し込まれた事で破損と再生を繰り返した結果、魔術回路が肥大化した状態で安定し、士郎の意思によるオンオフの切り替えが出来なくなっている。

 魔術回路を起動する事は常に体内を魔力という異物が駆け巡るという事。その不快感と痛みは普通の人間が普通に暮らす上で決して味わう事のないもの。魔術回路をオフに出来ないという事はその痛みが常に術者を苛み続けるという事だ。

 もっとも、その魔力自体も枯渇しかけている。魔力とはすなわち生命力だ。ある程度ならば自然に回復する。だが、一定のラインを超えれば命そのものを削る事になる。

 士郎は既にラインを大幅に超えてしまっている。大英雄を倒すという事はそういう事。残せる余力などなかった。

 

「――――いくぞ、英雄王」

 

 それでも、士郎は刀を構える。

 あの刀には無数の英雄の魂が宿っている。アレこそが完成形。刀剣に宿る英雄達の研ぎ澄まされた殺意のみを濃縮した意思。

 貪欲に士郎の命を吸い上げ、限界を超え続ける事を強要する。

 その在り方はまさしく《妖刀》。

 

「その前にこれを飲みなさい」

 

 ギルガメッシュは蔵から一本の瓶を取り出す。

 あまりにも隙だらけだ。

 士郎は音を超える疾さで近寄り、刀を振るった。

 

「――――飲みなさい」

 

 気付いた時、ギルガメッシュは背後に立っていた。

 

「固有時制御!?」

 

 刀が囁きかけてくるギルガメッシュの瞬間移動の正体。

 それは限定空間における時間操作。5つの魔法に匹敵する大魔術の一つ。

 

「なるほど、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)に宿る魔女の知恵ですね。ですが、少し違う」

 

 ギルガメッシュはクスクスと笑う。

 

「この宝具は《聖なる刻告げるモノ(ヒエロファニー)》。通常の時間流から切り離された限定空間を造り出す。聖なる刻の円環を知覚出来るモノは神の血を引く者に限定される」

 

――――選択。宝剣《陽光剣(ジュワユーズ)》により《聖なる刻告げるモノ(ヒエロファニー)》に対抗。

 

「正解です。ジュワユーズの柄に埋め込まれた聖槍の破片。それは担い手に加護と最低ランクの神性を与える」

 

 ギルガメッシュは悦んだ。あの刀に宿る殺意は衝動的でありながら、実に理性的だ。

 

「でも、このままだと午前零時を待たずにアナタは死ぬ。その結末はあまりにもつまらない」

 

 肉体的には万全でも中身が無ければ生きられない。限界まで命を擦り減らし、既に意識も朦朧とし始めている。

 視界はぼやけ、思考も鈍い。

 

「黙れ……」

 

 それでも、士郎は殺意を燃やす。

 残された時間は少ない。弱音を吐いている暇など無い。

 

「アストルフォを……、桜を……、イリヤを……、俺は!!」

「だから、これを飲みなさい」

 

 影から伸びる腕、虚空から現れる鎖、風を束ねた紐が彼の動きを止め、ギルガメッシュは士郎の口に瓶の中身を流し込んだ。

 途端、異常な程の高熱に全身が焼かれた。まるで、内側でダイナマイトが断続的に爆発しているようだ。

 眼球が溶け落ち、神経が削られ、骨が砕ける。そして……、

 

「……あ、あれ?」

 

 熱さと痛みが去った後、士郎の体はスッキリとしていた。

 十時間以上も眠った後、冷たい水で顔を洗ったような清々しい気分。

 澄み渡る五感。研ぎ澄まされた思考。充実した魔力。

 

「どうです? エリクサーの味は」

「……エリクサーだと?」

 

 それは錬金術の分野における至高の創造物。賢者の石を溶かし込んだ万能薬。

 飲んだ者を不老不死にするとか、あらゆる病を癒やすとか……。

 

「お、お前!」

「ああ、安心して下さい。まだまだストックはありますから」

 

 そう言って、ギルガメッシュは新しい瓶を取り出した。

 削り取られた命さえ癒やすエリクサー。

 それは神の毒さえ無力化する。

 

「《黄金秘薬(エリクサー)》は《神人合一(アルス・マグナ)》の理念を掲げる錬金術における到達点。口にした者の魂を浄化し、その肉体を神のモノに近づける」

「それを使えば……」

「ええ、コレを飲めば彼女は助かります。なにしろ、効果が絶大だ。健常な者が飲めば病や毒では死ねなくなり、半永久的に生きる事が可能になる」

「死ねなく……」

 

 人間の死因とは大きく分けて《二つ》しかない。

 肉体の損壊(けが)細胞の変質(びょうき)

 寿命とは細胞分裂の限界。それはある種の病であり、エリクサーはあらゆる病を退ける。

 

 エリクサーを飲んだ者は怪我以外では死ねなくなる――――。

 

――――それは人間ではなくなるという事。

 

「ああ、安心して下さい。彼女は既に猛毒を口にしている。エリクサーと効果を打ち消し合う程の強力な毒です。だから、彼女は人間のままですよ」

 

 天使のように微笑みながら、ギルガメッシュは言った。

 

「これを使えば間桐桜は助かる。シンプルな答えでしょう?」

「……ああ、そうだな」

 

 ギルガメッシュはエリクサーの瓶を懐に仕舞い込む。

 

「――――これが欲しければ、奪うがいい」

「後悔するなよ。俺にエリクサーを飲ませた事」

「させて下さい」

 

 残された時間は三時間弱。

 最後の戦いが始まる――――……。

 

 ◇

 

 時計の針は容赦無く頂点に近づいていく。士郎とアストルフォがアインツベルンの森に向かって既に四時間が経過してしまった。

 後三十分しかない。午前零時を過ぎれば、桜は死ぬ。

 凛は体の震えを止められずにいた。折角、また昔のように話が出来るようになったのに、また手の届かない場所に行ってしまう。

 今度は二度と帰って来れない。

 

『……ヤツが飲ませた毒は極めて強力だ。完璧に解析出来たわけではないが、アレを現代の医学や魔術で解毒する事は出来ない。魔力で編まれたものでもないから、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)で破戒する事も出来ない……』

 

 悔しげに語るアーチャーの姿が脳裏にこびりついている。

 それが怪我なら、例え心臓を貫かれていても癒やす術がある。結局、最後まで使わず仕舞いだった切り札を使えば……。

 だけど、あの毒を無効化する事は出来ない。青酸カリだとか、トリカブトだとかなら可能だが、《解析魔術》というカテゴリーにおいて凛よりも高い能力を持つアーチャーが解析し切れなかった毒を解析し、除去する事は不可能。

 アーチャーの固有結界に記録されている治癒宝具も大部分が刀剣である為、大半は傷を癒やすものばかり。病を与える事はあっても病を癒やすものは無いようだ。

 

「……なんでよ」

 

 魔術師として破格の才能をもって生まれて来た。研鑽を重ねて、一流を名乗れる程度の実力も身につけた。

 それなのに、妹一人救えない。

 

「なんで……」

 

 目の前の現実から逃げ出すように凛は自室に籠り、震え続ける。

 後悔する事になる。もしかしたら、この僅か三十分が彼女と過ごせる最後の時間かもしれない。

 分かっているのに、動けない。

 認めたくない。彼女がこの世から居なくなってしまうなんて……。

 

「……いつもこうだ」

 

 いつも一番大事な事ばっかりしくじる。二番や三番とか、そういう事はさらっと出来る癖に、一番大事なものだけは手こずる。

 葛木に負けて、セイバーを奪われた時もそう。ここ一番で致命的な失敗をする。

 セイバーがいれば、士郎と共に戦えた。治癒の魔術を学んでおけば桜の毒を解毒出来たかもしれない。

 何もかも手遅れだ。IFの話を幾ら頭で考えても現実は無常だ。

 

『姉さん』

 

 彼女がそう呼んでくれた事がどれほど嬉しかった事か……。

 

「桜……」

 

 もしも、桜が生きている事で世界が滅びるかもしれないと言うのなら魔術師として遠坂凛は覚悟を決める事が出来る。

 だけど、あの娘が死ななければいけない理由なんてない。 

 

「セイバー……」

 

 別れの言葉すら交わせなかった相棒。

 今の自分の姿を彼女が見たら何と言うだろう……。

 

『どうしたのですか? らしくありませんね。膝を抱えて悩む暇があるなら最善の行動を取る。それがアナタでしょう』

 

 一緒に過ごした時間は短かったのに、やけに鮮明なイメージが浮かんだ。

 慰めの言葉など一切無い。容赦の無い鼓舞。

 少しだけ、体の震えが収まった。

 

「……後、十五分」

 

 凛はそっと立ち上がる。ふらふらとした足取りで桜達の下へ向かう。

 彼女は望んだ。

 

『最後はみんなの笑顔に見送られたいんです』

 

 それが彼女にしてあげられる唯一の事なら……。



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Act.34 《My Sword》

 なんて、楽しい時間だろう。少年は嬉しそうに空間を凍結させる。

 

「……それは二度目だぞ」

 

 剣鬼の握る刀が炎を吐き出す。

 

「アハッ」

 

 今や――――、士郎の性能(スペック)はサーヴァントと比較しても群を抜いている。

 そのスピードとパワーはギルガメッシュの行動を大幅に制限している。

 おまけにギルガメッシュが如何なる宝具を取り出しても、刀に宿る英雄達の経験則が如何なる現象に対しても最適解を提示する。

 

「……ぁぁ、素晴らしい」

 

 無数の拘束宝具をけしかける。それぞれが神を縛り、巨人を縛り、英雄を縛り付けた名高き縛鎖。

 全て、呆気無く斬り裂かれた。

 

「なら……」

 

 稲妻を落とす。炎を撒き散らす。

 

――――選択。雷切、天叢雲剣。

 

 それはアーチャーのサーヴァントが記録したものではない。最初の攻防でギルガメッシュ自身が見せたものだ。

 数える事すらバカバカしくなる程の刀剣を彼は最初の二時間、只管ばら撒き続けた。それを最後の仕上げとするべく。

 結果、ここまで来た。

 

「アッハッハッハッハッハ!!」

 

 衛宮士郎が初めて刀を鍛えた時の感動。それと同じものをギルガメッシュも感じている。

 ボクが鍛えた。ボクが創り上げた。確定的運命を打ち砕く可能性を秘めた、ボクの刀。

 愛しさを抱きながら、無数の武器を飛ばす。

 空間を飛び越えるもの。どこまでも追尾するもの。因果を操るもの。

 

「ほらほら! ボクにもっと見せてください! アナタ(ボクのかたな)の可能性を!」

「ッァァァアアアアア!!」

 

 悉く叩き落とされ、ギルガメッシュは踊るように更なる武具を展開する。

 夢のような一時だ。これほどまでの全力を出した相手は後にも先にも《友》一人。

 なのに、押されている。

 

「アハァ……」

 

 戦いの余波で山が崩れ始めている。大聖杯もとっくに崩壊している。

 無数の宝具が乱舞する空間に鎮座している方が悪い。そこを戦場に選んだのはギルガメッシュだが、それはここが互いの全力をぶつける上で都合が良かったからだ。

 落ちてくる山。

 

「邪魔だ!」

 

 山を巨大な剣が斬り裂いた。それはギルガメッシュの蔵の中で最大級の宝具。

 後に女神の剣として伝承を残す事になる翠の刃。

 その名は、千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)

 斬山剣という異名を持つ、文字通り山を斬る剣だ。

 

「ォォォォオオオオオオオ!」

 

 天蓋に大穴が空いて尚、落ちてくる山の残骸を足場にしながら二人は戦い続ける。

 

「ギルガメッシュ!!」

「エミヤシロウ!!」

 

 それはまさしく神話の再現。人の空想の中でのみ実現出来る馬鹿げた光景。

 既に聖杯戦争は破綻している。大本である大聖杯は徹底的に破壊された上に大量の土砂の下敷きになっている。

 それでも、彼等の戦いは止まらない。

 

「アァ……、アァァァァァァ!!!」

 

 ギルガメッシュは歓喜の悲鳴をあげる。己の限界を超え、ゲート・オブ・バビロンを展開する。

 天上に広がる無数の宝具が豪雨の如く降り注ぐ。

 それらを平然と捌き切り、士郎はギルガメッシュに斬り掛かる。

 

 その時だった。

 

「……おや、午前零時を過ぎましたね」

 

 ギルガメッシュがなんてこと無い口調で呟いた。

 それを聞いた士郎は目を見開いた。

 

「……え?」

 

 その絶望に満ちた一言にギルガメッシュは笑みを深める。

 これが本当に最後の仕上げとなる。

 

「残念。間に合いませんでしたね。ご愁傷様です」

 

 朗らかに告げるギルガメッシュ。

 士郎は刀を取り落とした。

 

「おやおや、いけませんよ。まだ、ボクを倒せていないじゃありませんか」

「桜……」

 

 声を震わせる士郎。

 午前零時を過ぎたという事は桜に仕込まれた毒が発動した事を意味する。

 

「桜が……、死んだ?」

「ええ、死んでいる筈ですよ。エリクサーを飲まない限り、あの毒からは助からない。巨人やケンタウロス、果ては大英雄すら死に至らしめたヒュドラの毒ですから」

「き……、き……、貴様!!」

 

 士郎の瞳に憎悪の炎が燃え上がる。それこそ、ギルガメッシュが待ち望んでいたもの。

 武器は与えた。怒りも与えた。使命も与えた。そして、憎悪も抱かせた。これで衛宮士郎は更に強くなる。

 憎しみこそ、人間を最も強くする感情なのだから。

 

「キサマァァァァァァ!!」

 

 襲い掛かってくる士郎。その顔は見事な程に歪んでいる。

 これでより強く……、

 

「真面目にやって下さい」

 

 確かに速度は目を瞠るものがあった。

 だが、あまりにも真っ直ぐ過ぎた。激しい中にも繊細な技が光ったさっきまでの彼とは雲泥の差だ。

 

「ボクを倒せなかったら、アナタの大切な人が死ぬんですよ? サクラさんのように」

 

 怒りと憎しみを煽る。

 ただの蒐集品じゃない。ボクの創った、ボクだけの刀。

 もっと、強く! もっと、速く! もっと、鋭く!

 

「そうだ。アナタが負けたらアナタの家に住んでいる女性も殺しましょう。確か、名前は藤村大河と言いましたね?」

「ァァァアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 その姿はまさに鬼だった。

 触れるもの全てを両断する妖刀。

 一息の内に百を超える斬撃が走る。

 

「……遊んでいるんですか?」

 

 あまりにも雑な攻撃だ。そして、あまりにも隙だらけだ。

 ギルガメッシュの取り出した雷鳴を纏う槌によって、士郎の体は彼方まで跳ね飛ばされる。

 

「ボクを殺したいのでしょう? なら、もっと激しく! もっと、繊細に! アナタの全力(すべて)をボクに見せて!」

「ウァァァアアアアアアアア!!」

 

 戻った。激しくも繊細。多くの矛盾を抱える彼だからこその芸当。

 ああ、なんて素晴らしい。

 でも、もうすぐ終わる。彼の力は臨界に達した。ボクを完全に上回った。残り数分でボクは敗北する。

 ああ、これは運命ではない。

 

 元々、ギルガメッシュという存在は古代メソポタミアの神々が人類の圧倒的な数によって世界に変革を齎される事を恐れ、神と人の両方の視点を持つ次代の王に据え、神と人の関係の決壊を防ぐための《楔》として生み出した存在だ。

 故に裁定者として絶対的な力を与えられた。人の身ではどう足掻いても届かない圧倒的な力。

 

 今、人が裁定者である彼を超える。それは神々の定めた運命という名の束縛を人類が打ち破る瞬間だ。

 彼の刀が届いた時、祝福の言葉を捧げよう。

 

「ハァァァァアアアアアアア!!」

 

 残り四合。三合。二合……、これで最後。

 迫る刀身。

 

「ああ、これでボクは――――」

 

 瞼を瞑る。これで漸く……、

 

「■■!!」

 

 ゾッとした。聞こえる筈のない声が聞こえた。

 既に届いている筈の刀の感触を感じない。

 誰かが拍手をしている。

 

 瞼を開き、拍手をしている人間を見た。

 

「――――ああ、それだ。その表情が見たかったのだ」

 

 そこに立っていたのは言峰綺礼だった。

 彼は招かれざる客を引き連れ、実に愉しそうな笑みを浮かべていた。



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Act.35 《Malice》

 タイムリミットまで後五分。その時、チャイムの音が響いた。

 初め、私達は衛宮君が帰って来たのかと思った。だけど、すぐに気付いた。この家の主である衛宮君がわざわざチャイムを鳴らす理由がない事に。

 例え彼が特別律儀な性格だったとしても、今の状況ではチャイムを鳴らす手間すら惜しい筈。それほど事態は急を要している。

 

「……私が見てくるわ」

 

 アーチャーも立ち上がるが手で制した。もしかしたら、近所の人が顔を見せに来ただけかもしれない。

 もし、敵が来たのなら、彼には桜達を連れて逃げてもらう必要がある。間違っても私を守られては困る。

 

「姉さん……」

「……直ぐに戻ってくるわ」

 

 必死に笑顔を取り繕う。廊下に出ると、私は心のどこかで安堵している事に気付いた。

 来訪者への対応で時間を取られれば、桜の死に目を見ずに済むかもしれない。そんな事を考えている自分が嫌になる。

 それでは駄目だ。万が一の時は姉として彼女を看取る。それすら出来なければ、私は……。

 

「――――ふむ。チャイムを鳴らした客人をあまり待たせるものではないぞ、凛」

 

 あまりにも予想外の男が立っていた。

 

「き、綺礼!?」

「消沈しているようだな。まるで通夜の最中のようだ」

「……何しに来たの?」

 

 驚いたおかげで少し冷静になれた。

 この男が何の用もなく、しかもこのタイミングで現れるとは考えられない。

 身構える凛に綺礼は言った。

 

「朗報を伝えに来た相手に随分な態度だな」

 

 相変わらずいけ好かない笑みを浮かべる男だ。

 

「朗報……?」

「ああ、君達にとっては紛れもない朗報だ」

 

 そう言うと、綺礼は当たり前の顔をして上がり込んできた。

 

「ちょ、ちょっと!」

「なんだ? 私としても急いでいる。残り二分を切ったのだからな」

「二分って……」

「間桐桜のタイムリミットだ。急げ、時間がない」

 

 その真摯な眼差しに凛は目を見開いた。

 まさか……。凛の中で驚愕と期待の感情が同時に沸き起こる。

 

「間桐桜はどこにいる?」

「……こ、こっちよ!」

 

 桜が待っている部屋に綺礼を案内した。それが正しい判断なのかは分からない。だけど、もしも綺礼が桜を救う術を運んできてくれたのだとしたら……。

 迷っている時間など無かった。

 居間に入ると、誰もが目を丸くした。衛宮邸にカソックは果てしなく場違いだ。

 

「い、急ぎなさいよ! あと、一分を切ったわ!」

「え? ね、姉さん、それって……」

 

 目を見開く桜。綺礼は彼女を見つめた。そのあまりにも真剣な表情に誰もが息を呑む。

 やがて……、

 

「つまらん」

 

 そんな巫山戯た事を口にした。

 

「……は?」

 

 誰もがポカンと口を開けている。

 そうしている間に時間が過ぎていく。

 

「ちょ、ちょっと、綺礼! アンタ、桜を助けに来たのよね!?」

「……ん? 誰がそんな事を言った?」

「え?」

 

 頭が真っ白になった。疑い半分のつもりだったのに、私は自分が思っている以上の期待を抱いてしまっていたらしい。

 息をする事すら出来なくなった。

 そうしている間に時計の針がゼロに近づいていく。

 待って……、待ってよ!! 

 心の中で幾ら叫んでも、時が止まる事は無かった。

 そして――――、

 

「……あれ?」

 

 桜は時計の針を見つめながら首を傾げた。

 

「え? 零時……、過ぎたわよね?」

 

 大河も目を丸くしている。

 

「桜……、生きて……」

 

 アーチャーは桜の肩を掴み、彼女の顔をまじまじと見つめた。

 

「シ、シロウさん!?」

 

 顔を真っ赤にする桜。実に微笑ましい光景だ。

 だが、今は呑気に見守っている場合じゃない。

 

「どういう事!?」

「ん?」

 

 呑気に自分で淹れた茶を啜り始めたエセ神父に掴みかかる。

 

「どういう事かって聞いてるのよ!」

「……見ての通りだと思うが? 間桐桜は生きている。それ以上の何を聞きたいと?」

「だ、だって!」

 

 桜が死ぬ。そう思って、幾つもの感情を押し殺した。

 なのに、桜が今も生きている。喜ぶべきなのに、疑問が先に立ってしまう。

 

「……簡単な話だ。そもそも、何故気付かない?」

「は?」

「仮の話だが、ただの人間が宝具クラスの毒を口にして、一週間も生きていられる筈が無かろう」

「そ、それは時限制だから……」

「時限制の毒などない。あるとしたら、それは呪詛だ。そして、呪詛ならばアーチャーが解呪出来た筈だ」

「なら、どうして……」

「彼女には既に解毒薬が飲まされていた。だからこそ、ヒュドラの毒を口にしても生き長らえている」

「解毒薬……?」

 

 綺礼は桜に視線を向けた。

 

「私が泰山で渡した薬をキチンと飲んだようだな」

「……アレが!?」

 

 どうやら、桜には心当たりがあったようだ。

 

「アレはギルガメッシュがお前の為に用意した治癒の薬。万能の霊薬と謳われるエリクサーだ」

「エ、エリクサーですって!?」

 

 凛が素っ頓狂な声をあげる。だが、無理もない。

 エリクサーと言えば、錬金術の分野における到達点。飲めば不老不死になり、あらゆる病魔を退ける事が出来る奇跡の薬。

 錬金術士ではなくとも、魔術師ならばその価値に悲鳴をあげざる得ない。

 

「……だ、だが、ならギルガメッシュの目的は何だ? 何故、エリクサーを渡した? それに、エリクサーを渡した以上、毒が効かない事も分かっていた筈だ」

「それも簡単な話だ。初めからヤツは誰も殺さないつもりだった」

「は?」

 

 アーチャーが目を見開く。

 

「それは一体……」

「……お前達は成熟した状態の英雄王を知っているらしいな。ならば、その反応も頷けよう。だが、若かりし頃のギルガメッシュという英雄は心優しき名君だった。罪人ならば殺す、反逆者は迎え撃つ、だが、罪なき者に対する無益な殺生など、ヤツの最も憎むべきものだったのだ」

 

 綺礼は語る。

 

「ヤツの目的は二つある。一つは衛宮士郎を鍛え上げ、その刀で己を殺させる事」

「殺させる……?」

 

 理解が出来ない。

 

「少年王ギルガメッシュはまさしく全知全能の存在だ。現在過去未来、はては平行世界のあらゆる可能性さえ見通す神眼を持っている。それ故に運命という鎖の存在に気付いてしまった。あまねくモノの存在価値を見失ってしまった。要は飽きたのだ。全てを見通せるが故に全てが運命という名の路線をなぞるだけの作業に見えてしまった。凡人には……。いや、稀代の天才にも分からぬ絶望だ」

 

 綺礼は言う。

 

「だからこそ、ヤツは歓喜した。衛宮士郎の可能性。それはヤツの全力すら上回るものだったからな」

「ギルガメッシュを!?」

 

 その驚きはアーチャーのものだった。彼と衛宮君の関係性を知った時は驚いたが、綺礼の言葉はその驚きすら凌駕した。

 人類最古の英雄王。文句なしの最強を上回る可能性。あまりにも途方のない話に聞こえる。

 

「事実、衛宮士郎は既に大英雄ヘラクレスを単騎で打倒している。如何にサーヴァントの枠に貶められ本体より劣化しているとはいえ、人間はおろか、並の英霊にも不可能な偉業だ」

「ヘラクレス……。バーサーカーを倒したの!?」

 

 凛は言葉を失った。バーサーカーとは一度戦った事がある。セイバーすら単独で挑めば敗色濃厚な狂戦士(バケモノ)

 アレを打ち破るなど、人間業ではない。

 

「ギルガメッシュは喜んだ。衛宮士郎が己を殺せた時、無価値と断じた人類の新たな価値(かのうせい)を見出す事が出来るかもしれないと考えたからだ」

「……ば、馬鹿馬鹿しい!! そんな事の為に桜を脅したって言うの!?」

「無論、それだけではない。わざわざヒュドラの毒を選んで飲ませた事には理由がある」

「え?」

 

 綺礼は言った。

 

「エリクサーが強力過ぎたからだ」

「……どういう事?」

「アレは人間を神に近づける霊薬だ。間桐の魔術による汚染を浄化する為に与えたが、些か効き過ぎた。あのままでは間桐桜は人間ではなくなってしまっていた。故に強過ぎる効果を中和する為の(どく)を飲ませる必要があった。もっとも、エリクサーと同時に与えなかった理由は衛宮士郎を煽る為だが」

「つまり……、助けるついでに利用したってわけ?」

 

 眉間に皺を寄せながら大河が言った。魔術についてはチンプンカンプンだが、必死に話の流れに追い縋っている。

 

「そういう事だ。同時に与えて飲み間違える可能性を憂慮した事も事実だが、後回しにした理由の大部分はそれだ」

「……アンタが言ってた朗報って」

「朗報だろう? 間桐桜は初めから死なぬ運命だった」

「だったら、なんであんなに急いでたのよ!?」

「……いや、死を宣告した者がその時を迎え、どのような表情を浮かべるのかが気になってな」

 

 私は拳を振るった。

 綺礼は避けた。

 

「避けんな!!」

「いかんぞ、凛。淑女たるもの、直ぐ暴力に訴えては――――」

「黙れ、エセ神父!!」

 

 怒りで目眩がする。こういうヤツだって分かっていたのに……。

 

「行き場に迷え、糞神父!!」

「……ふむ。その口調も直した方がいいな」

「うるさい!!」

「さて、そろそろ本題に入りたいのだが?」

 

 殺す。絶対、殺す。この男だけは例え他の原因で地獄に堕ちたとしても、追い掛けて殺す。

 

「現在、衛宮士郎はギルガメッシュと戦闘中だ。このままではどちらかが死ぬ。互いに譲れぬものがあるからな」

 

 その言葉に桜の表情が歪んだ。

 

「どこですか?」

「ちょっと、桜!?」

 

 桜は咄嗟に手を伸ばした私に微笑んだ。

 

「私の為に先輩は今も頑張ってくれている。でも、もう頑張らなくていい。それに、ギルガメッシュが初めから私を殺すつもりじゃなくて、生かすつもりだったのなら……」

 

 桜は言った。

 

「私はお礼を言わなきゃいけないんです」

 

 その言葉の真意が私には分からなかった。ただ、アーチャーには理解出来たみたいだ。

 間桐の魔術による汚染。綺礼はさっきそう言った。それが何を意味しているのかは分からない。

 ただ……、わざわざエリクサーなんてものを持ち出す必要があるような事だったのだろう事は分かる。

 

「場所は円蔵山だ。行くつもりなら急ぐがいい。戦いは既に始まっている」

「……行きます」

 

 桜は立ち上がり、綺礼と共に歩き出した。

 アーチャーも後に続き、その後を大河が追う。

 

「……ああ、もう!」

 

 私も慌てて追い掛けた。

 そして――――、

 

 ◆

 

 桜が士郎に無事である事を告げる姿を神父はどこまでも嬉しそうに微笑む。

 その姿はまさしく清廉なる聖職者のもの。

 

「――――キレイ」

 

 怒りに顔を歪ませるギルガメッシュ。

 

「随分と良い顔をしているな」

 

 綺礼はシレッとした態度で言った。

 

「やってくれましたね……」

「何の事だ?」

「彼女達をわざわざ連れて来た事です!」

 

 その怒鳴り声に誰もが彼等を注視した。

 

「――――はて、何をそんなに怒っている? 私は聖職者として己の責務を真っ当しただけだ」

「どの口が……」

「心優しき少年の尊き命を救う事は聖職者の使命だ」

 

 慈愛に満ちた表情を浮かべる綺礼。

 ギルガメッシュの心は憤怒と憎悪に満たされていく。

 

「アナタの命を奪う事にボクが躊躇うと思いますか?」

 

 その言葉に綺礼は笑った。

 

「その言葉は手遅れだ。お前達が大聖杯を破壊してくれたおかげで私の時間ももはや残っていない」

 

 そう言って、綺礼は胸を抑えた。

 そこには在るべきものがない。十年前の聖杯戦争で彼は敵のマスターに心臓を撃ち抜かれた。一度死亡した彼を救ったのは大聖杯だった。大聖杯が存続する限り、心臓を聖杯の泥が代替してくれていた。

 だが、大聖杯が機能を失った今、彼の心臓もまた再び機能を停止する。

 

「だが、お前の絶望は実に心地よかったぞ、英雄王」

 

 綺礼は言った。

 

「大人のお前なら間違えなかった。目的の為に手段を選ぶからこうなる。全て、お前の心根の善良さが招いた事だ」

 

 表情を歪めるギルガメッシュに綺礼は告げる。

 

「ああ――――、満足だ」

 

 そうして、言峰綺礼は息を引き取った。

 とうの昔に死んでいる体を腕に宿る魔術刻印(れいじゅ)で無理矢理動かしていたようだ。

 ギルガメッシュは士郎を見る。彼の瞳にさっきまでの殺意や闘気は目に見えて弱まっていく。

 

「……ああ、なんという事だ」

 

 ボクの鍛えたシロウではなく、ギルガメッシュ(あのひと)が鍛えたキレイにボクは負けた。

 友を失った時に味わった絶望を再び味合わされた。

 

「キレイ。アナタ達は本当に……、最悪だ」

 

 その言葉を賞賛とでも受け取ったかのように言峰綺礼の死体は微かに微笑んだ。



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Act.final 《Eternal Immortality》

 三日前、士郎はアストルフォとデートに出掛けた。

 

『どう? ポニーテール!』

 

 回数を重ねて、士郎も緊張が薄れていた。それでも、ブティックで買ったシュシュを使ってポニーテール姿を披露するアストルフォに心臓を射抜かれた。

 どんな髪型になっても、アストルフォの魅力は変わらない。世界で一番可愛い。

 

『シロウ! 今度、ここにプールが出来るんだって!』

 

 工事中の看板札を見ながらアストルフォが言った。冬木市は外国人が多く、看板にも多国籍な文字が踊っている。

 聖杯がもたらした知識の中にはプールの事も含まれていたようで、彼は興奮している。

 

『絶対、一緒に行こうね!』

 

 その言葉に頷きながら、士郎は泣きそうになった。

 それは……、きっと叶わない約束だ。

 

『アストルフォ……』

 

 アストルフォは人間ではない。英霊の座にいる本体から分かれた分霊(サーヴァント)に過ぎない。

 サーヴァントは聖杯戦争の為に招かれた存在だ。当然、聖杯戦争が終わればサーヴァントの役目も終わる。

 今、サーヴァントを維持出来ているのは大聖杯のバックアップがあるおかげだ。

 そんな事、アーチャーの記憶を見た時から分かっていた事。

 

 士郎にアストルフォを聖杯戦争後も維持出来る魔力はない。

 

『少し、話がしたい』

 

 二人で話をする為に川沿いの公園にやって来た。そこで、士郎はその事を語った。

 

『……そっか』

 

 哀しそうに彼は微笑み、士郎を抱き締めた。

 

『……ごめんね、シロウ』

 

 一緒にいたい。別れたくない。生まれて初めて抱いた衝動。

 

『ごめん……』

 

 ◇

 

 ギルガメッシュはアストルフォとイリヤをアッサリ解放した。黒い十字架から飛び出して来た二人を士郎とアーチャーがそれぞれ抱き留める。

 二人共、無事だった。

 

「ギルガメッシュ……」

「……まったく、あの人達は」

 

 士郎が声を掛けると、ギルガメッシュは溜息を零しながら綺礼の死体を見た。

 死体の傍には凛がいる。複雑そうな表情で彼を見つめている。

 

「シナリオが破綻してしまった以上、今回は諦めます。……でも、いずれまた」

 

 意味深に微笑むギルガメッシュに士郎は警戒心を抱いた。

 

「……ん、んん」

 

 しばらくすると、腕の中でアストルフォが動いた。どうやら、目を覚ましたみたいだ。

 

「……シロウ? えっと……、おはよう?」

「ああ、おはよう」

 

 寝ぼけた顔まで可愛い。ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのに……。

 

「……シロウ」

 

 アストルフォは空を指差した。

 

「とっても綺麗だよ」

 

 つられて天を見上げると、確かに見事な星空が広がっていた。

 月が隠れたおかげで星々の輝きが一層強くなっている。

 涙が出る程、美しい。

 

「イリヤ!?」

 

 アーチャーの焦りを含んだ声が聞こえた。

 視線を向けると、彼はイリヤを揺すっていた。

 

「……そうだよな」

 

 こうなると分かっていた。

 イリヤは聖杯戦争が続く限り人間としての機能を失っていく。

 バーサーカーが倒れた事で聖杯に五つの魂が注がれた事になる。

 既に聖杯を起動させるだけなら十分な量だ。

 それはつまり……、

 

「シロウ」

 

 アストルフォは士郎の手を握った。

 

「キミは正しいと信じる道をボクも正しいと信じているよ」

「……アストルフォ」

 

 士郎はアストルフォの手を握り返し、言った。

 

「聖杯戦争を終わらせよう」

 

 それ以外に彼女の命を救う方法はない。

 彼女の命を見捨て、いつまで続くかも分からない仮初の幸福を享受する事など許されない。

 それに、万が一にも聖杯が起動してしまえば、十年前の災厄が再びこの地を焼き尽くす。

 それだけは絶対に駄目だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え? いや、聖杯戦争はもう終了してますよ」

 

 決意の言葉に水を差された。

 呆れたような表情を浮かべるギルガメッシュに士郎はキョトンとした表情を浮かべる。

 

「え?」

 

 アーチャー達も目を点にしている。

 ギルガメッシュは陥没した地面を指差す。

 

「ボク達の戦いの余波で基盤たる大聖杯が消し飛びましたからね。終わらせるも何も……」

「……え? いや、それはおかしいだろ。だって、アストルフォが今もここにいるじゃないか!」

 

 士郎の言葉にアストルフォもうんうんと頷く。アーチャー達も頷く。

 

「それはお兄さんが現界を維持出来るだけの魔力を供給出来ているからですよ」

「え?」

 

 目を丸くする士郎にギルガメッシュは苦笑した。

 

「今のアナタの魔力は以前と比較にならない程増大している。ライダー程度のサーヴァントなら楽に維持出来る程に……」

 

 士郎はアストルフォと顔を見合わせた。歓喜の表情が互いの瞳に映り込む。

 

「あと、これは景品です」

 

 そう言って、ギルガメッシュは士郎に一本の瓶を投げ渡した。

 

「これは……」

「あと一歩でしたが、ほぼ決着はついていました。約束通り、そちらは差し上げますよ。どう使うかはお兄さん次第ですけどね」

 

 そう言って、ギルガメッシュは背中を向ける。

 士郎はエリクサーを見つめた。

 

「ギルガメッシュ、その――――」

「礼は不要ですよ。それはアナタが勝ち取ったものだ」

 

 その言葉を最後に彼は姿を消した。

 士郎は急いでイリヤに駆け寄ると、その口にエリクサーを流し込んだ。

 イリヤの顔色がみるみる良くなっていく。

 

 その光景は聖杯戦争において、あまりにも異常だった。

 聖杯戦争が終わり、参加者達の殆どが生き残り、喜びを分かち合っている。

 

 そして……、月日は流れていく。




次回、エピローグにて最終話とさせていただきます!


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Act.after 《HERO》

 薄暗い地下。そこにはガラスの箱が並んでいる。箱の中には犬や猫、人間の子供が入れられている。

 そこは魔術師の工房。根源に至る為、日夜研究が続けられている。

 

「――――ふむ」

 

 生物の魂は死後に根源へ還る。魔術師はその原理を利用する為に実験を重ねている。

 種族、体重、性別、年齢、魔術回路の有無、心理状態など、様々な条件を設定している。

 

「やはり、直前の精神状態によって結果が大きく変わるな」

 

 魔術回路の有無も《門》の大きさに影響を与える。

 だが、それ以上に精神状態が大きく関与している。

 恐怖、苦痛、悲哀、快楽など、あらゆる精神状態を検証した。

 

「……やはり、魔力か」

 

 記憶、感情、生命力。そうした魔力の基となるものが多い程、門に大きな影響を与えるようだ。

 年老いた者は重ねた記憶によって大きな門を開く。

 感受性豊かな若者は感情を揺さぶる事で年老いた者以上の門を開く事が出来る。

 拷問による苦痛は最も手っ取り早く、効果も大きい。

 薬物や性感帯の刺激による一時的かつ中毒的快楽も比較的大きな結果を残す。

 

「複数の門を束ねる事は出来ない。より大きな苦痛を与える方法を探らねば……」

 

 酸性の液体の中で少しずつ体を溶かす。

 激しい痛みを伴う毒物の投与。

 酸素濃度を下げ、恒常的に呼吸困難を誘発。

 電気的刺激による性感帯の常時刺激。

 眉や髪を含めた全身脱毛と整形手術による精神的苦痛を付与。

 

「……肉体的苦痛よりも精神的苦痛の方が効果的」

 

 魔術師は淡々と結果を記録していく。

 

「そろそろ検体の調達が必要だな」

 

 ガラスを必死に叩き助けを求める少女を見下ろしながら呟く。

 小型の蟲に生きたまま食べられる苦痛と恐怖はさぞ素晴らしい結果を残してくれる筈だ。

 

「……ん?」

 

 突然、結界が破られた。二重三重にも防壁を張っているから焦る必要はないが、侵入者が現れた事実に動揺が走る。

 ここで行われている研究はあまり目新しいものではない。それに、場所も隠蔽している。現れる理由も手段も無い筈だ。

 

「何者だ……」

 

 胸騒ぎがする。

 ここ数年、数々の魔術師の工房が破られている。

 如何に高名な魔術師でも、その襲撃者を退ける事は出来ない。

 

「まさか……」

 

 一瞬の間に防壁が全て破壊された。衝撃と共に粉塵が舞い上がり、その向こうから2つの人影が近づいてくる。

 幻想種に跨がる仮面の男女。

 

「……お前達が噂の《正義の味方(ヒーロー)》か?」

 

 魔術世界のみならず、表舞台のテロリズムや紛争にも介入する謎多き存在。

 その正体を見破ろうとした魔術師がいた。だが、彼等の纏う絶対的な対魔力に膝を屈した。

 神秘の漏洩を気にも留めず、暴れ回る彼等を危険視しながら、魔術協会と聖堂教会は揃って足踏みしている。

 なにしろ彼等は強い。死徒さえも彼等の存在に怯えている。

 

 抵抗しても無駄だった。彼等には如何なる魔術も通用しない。

 話によると、異次元に身を隠しても無駄らしい。

 

 ◇

 

「いっちょあがりー!」

 

 被害者達を協力者達が立ち上げたNPOに預けた後、アストルフォと士郎はフランスの街を歩いていた。

 聖杯戦争が終結して五年。二人は正義の味方として活動していた。

 止めた紛争は数知れず、監獄に入れた悪人の数も三桁に上る。

 間に合わず、救えなかった人間もいた。それでも、多くの人間を救う事が出来ている。

 

「それにしても……」

 

 士郎は数年前にイタリアで購入した仮面を見下ろす。

 

「正義の味方か……」

 

 知らない人からヒーローと呼ばれるようになり、初めて会う筈の悪党に畏れを抱かれる。

 もちろん、反発する人達も大勢いるけど……。

 

「そう言えば、また届いてたみたいだ」

 

 NPOの職員から渡された手紙を開く。

 それは以前助けた人達からの感謝の言葉。

 

「嬉しいね、シロウ」

「……ああ、そうだな」

 

 感謝して欲しくて助けたわけじゃない。

 それでも、助ける事が出来た事を実感出来る。彼等の気持ちを受け取り、嬉しく思う。

 

「アストルフォ」

「なーに?」

「……ありがとう。俺と一緒にいてくれて」

「エヘヘ。ボクの方こそありがとう! ボクと一緒にいてくれて!」

 

 二人は見つめ合う。

 アストルフォは変わらない。いつまでも美しいまま、一緒にいるだけで幸せな気分になる。

 士郎は少しだけ変わった。身長が伸びて、表情も凛々しくなった。

 この生活が後何年続くかは分からない。

 だけど、終わりは当分先になる筈だ。嘗て、ギルガメッシュが士郎に飲ませたエリクサー。桜と違い、彼は中和する為の毒薬を飲んでいない。

 もう直、彼の成長は止まる。そして、永い年月を生きる事になる。

 多くの人が彼を置いて死んでいくだろう。

 それでも、彼の傍にはいつでも愛しい相棒がいる。

 

「……そう言えば、慎二から聞いたんだけどさ。桜とアーチャーが来月――――」

 

 それは一つの英雄譚。

 全てを失った少年がいた。

 多くの矛盾を抱えた彼は険しい道を歩み続ける。

 それでも、彼は決して立ち止まらない。

 彼には愛しい人がいる。常に背中を支えてくれる素敵な相棒がいる。

 一人で歩めば挫折していただろう道も二人で歩めばどこまでだっていける。

 

「ねえ、シロウ。ボクの事、好き?」

「ああ、愛してる」

 

 どのような物語にも始まりと終わりがある。

 違いがあるとすれば、それは終わり方だ。

 彼等はこの先百年経っても同じようなやりとりを続けるだろう。

 そして、いずれ終わりを迎える。その時、彼等はきっと笑顔を浮かべる筈だ。

 如何なる結末であっても、重ねた幸福の記憶が彼等に幸せな終わりを迎えさせる。

 そう、この物語は――――、

 

                      Happy End




これにて完結となります!
ここまでの御愛読、ありがとうございました!

アストルフォを聖杯戦争終了後も現界させる為に色々回り道になりましたが、なんとか書き終える事が出来ました。
リミゼロや小ギルの試練も全てはこの為でしたヽ(°▽、°)ノ


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