問題児と精霊使いが異世界から来るそうですよ? (白ウサギ@FGO)
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プロローグ

 森の中、袴を着た髪の長い綺麗な人が歩いていた。

 その人物の外見は十人中十人が振り返るほどの美少女だった。

 その人物は袴を着ており、森を歩くのには適していない。

 その周りには、たくさんの屍が転がっている。

 そのどれもが、人の形をしていなかった。

「レスティア、エスト。ここらへんのやつらはあらかた片付いたし、ご飯にしない?」

 そう呟く。周りに答えるものは誰もいない。

 少しすると、その呟きに答える声があった。

『さすがにここでの食事は、衛生上よくないんじゃない?』

『私もそう思います』

 そんな返事が帰ってくる。

「それなら、もう少し離れるかな」

 そう言い、屍が見えない辺りまで移動する。

「フェンリル」

 そう言うと目の前に、白銀の毛並みの狼が現れた。その人物にフェンリルと呼ばれた狼が口を開けると、中からさまざまな道具や食べ物が出てくる。

「ありがとね。フェンリル」

 そう言うと、フェンリルは光の粒子となり消える。

「さて、さっそく作りますか」

 そう言って料理を作り出す。

 しばらくたち、料理が出来上がったようだ。

 もう一度フェンリルを呼び、道具やあまりの食材をしまう。

「レスティア、エスト」

 そう言うと、さっき狼が現れた時と同じように二人の少女が現れる。

「ご飯出来たから、一緒に食べよう」

 そう言うと、二人の少女はうなずく。

 そしていざ食べようとした時、空からなにかが落ちてきた。

「ん?なんだろうこれ」

 そう言って、その落ちてきたものを拾う。

「これは………封書?」

 封書には、達筆な字で『神代朔夜殿へ』と書かれていた。

「まあ、ひとまずご飯を食べてからにしよう」

 そう言って、その人物………神代朔夜は食事を再開した。

 

          *

 

「ふー、お腹一杯。すー、すー」

 そう言った朔夜は手紙のことを忘れたように眠り始めてしまう。

「朔夜、さっきの手紙はいいの?」

 そう聞くレスティア。それでも動こうとしない。

「朔夜、私もあの手紙が気になります」

 そう言うエスト。

 二人にそう言われ、しぶしぶ起き上がり手紙を読み始める。

 その近くに行き、二人も一緒に読み始める。その封書にはこう書かれていた。

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能(ギフト)を試すことを望むのならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、

 我らの“箱庭”に来られたし』

 

「!?」

 

 手紙を読んだ瞬間、周りの景色ががらりと変わる。

 

 世界の果てを彷彿とさせる断崖絶壁。

 

 縮尺を見間違うほど巨大な天幕に覆われた未知の都市。

 

 目の前に広がる世界は───完全無欠に異世界だった。



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第一章 YES!ウサギが呼びました!
第一話


 ~朔夜side~

「エスト、レスティア」

 そう呼ぶと、意図を察して戻ってくれる。

 急がないと、このままでは水に濡れることは間違いない。そうなると色々とこまる。

「シムルグ」

 そう呼ぶと近くに大きな鳥が現れ、朔夜と近くにいる三人と一匹も回収する。

 さすがにシムルグだけでは全員をのせて飛ぶのは無理なので、風の精霊魔術を使う。

 何とか無事、着地できた。

 僕が地面に降りると、他の三人と一匹も降り始める。

「ありがとね。シムルグ」

 そう言って、シムルグを戻そうとすると、猫を抱えた少女がこちらを見てくるのに気づいた。

「僕の顔に何かついてる?」

「その動物………さわっていい?」

「シムルグのこと?」

 そう言うと、こくりとうなずく。

「シムルグ、いい?」

 そう聞くとシムルグはこくりとうなずく。

「いいって」

「ありがとう」

 そう言って、シムルグを触りだす少女。

「――――――もしかしてお前達にも変な手紙が?」

 いつの間にか話が進んでいたみたいだ。

「そうだけど、まずは“オマエ”って呼び方を訂正して。―――私は久遠飛鳥よ。以後は気を付けて。それで、そこの動物をさわっている貴女は?」

「………春日部耀。以下同文」

「そう。よろしく春日部さん。最後に野蛮で凶暴そうな貴方は?」

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

「最後に私達を助けてくれた貴女は?」

 うーん、自己紹介なんて何年ぶりだろう。まあ、無難に返すかな。

「僕は神代朔夜。呼び方はお好きにどうぞ。後、さっきのことは自分を助けたついでみたいなものだから気にしなくていいよ」

「そう。よろしく朔夜さん」

「うん。よろしく、飛鳥」

 そう言うと、レスティアが話しかけてきた。

『朔夜、さっきから誰かがこっちを見てるんだけど』

(十中八九、この世界に呼び出した人だろうね)

 そんなふうに会話をしていると十六夜が苛立たしげに言う。

「で、呼び出されたはいいけどなんで誰もいねえんだよ。この状況だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねえのか?」

「そうね。なんの説明もないままでは動きようがないもの」

「………。この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」

 そう言った耀はまだシムルグをさわっている。

「耀、シムルグを戻したいんだけどいいかな?」

 そう言うと、驚いた顔をする。

「えっ、僕変なこと言った?」

「ううん、耀って呼ばれるのあまりないから」

「駄目だった?」

「大丈夫。そのかわり、私も朔夜って呼んでいい?」

「うん。いいよ」

 そう言うと、シムルグから離れる。このままずっと出してるわけにもいかないのでシムルグを戻す。

「―――仕方がねえな。こうなったら、そこに隠れている奴にでも話を聞くか?」

 十六夜がそう言うと、茂みががさりという。

「なんだ、貴方も気づいていたの?」

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?そっちの二人も気づいていたんだろ?」

「風上に立たれたら嫌でもわかる」

「気配がまったく消せてないからね」

「………へえ?面白いなお前ら」

 そう言って軽薄そうに笑う十六夜の目は笑っていない。

 なかなか出てこないので、声をかけてみることにしよう。

「そこに隠れてる人、早く出てきてくれない?」

 そう言うと、ようやく出てくる。

「や、やだなあ御三人様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ?ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいでございますヨ?」

「断る」

「却下」

「お断りします」

「………」

「あっは、取りつくシマもないですね♪というか最後の人、無言はやめてください!」

 だってあのウサ耳が気になるし。

『さわってきたら?』

 そう言うレスティア。よし。

 モフッ

「えーっと。何をなさっているのですか?」

「君のウサ耳が気になったからさわってる。他の三人もどう?」

「へえ?なら半分よこせ」

「私も」

「じゃあ私も」

 僕は満足したので離れたけど、他の三人は彼女のウサ耳を力いっぱい引っ張っている。

 かなり痛そう。

 三人にウサ耳を引っ張られた黒ウサギの悲鳴が近隣に木霊した。

 

          *

 

「―――あ、あり得ないあり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうために小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないデス」

「いいからさっさと進めろ」

 そう言われた黒ウサギは目尻に涙を浮かべている。

 黒ウサギは咳払いをし、両手を広げて、

「それではいいですか、御四人様。定例文で言いますよ?言いますよ?さあ、言います!ようこそ、“箱庭の世界”へ!我々は御四人様にギフトを与えられた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせていただこうかと召喚いたしました!」

「ギフトゲーム?」

「そうです!既に気づいていらっしゃるでしょうが、御四人様は皆、普通の人間ではございません!その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその“恩恵”を用いて競いあう為のゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大な力を持つギフト保持者がオモシロオカシク生活できる為に造られたステージなのでございますよ!」

 ギフトゲームか………僕にできるかな?

 そんなことを考えていると飛鳥が挙手をする。

「まず初歩的な質問からしていい?貴女の言う“我々”とは貴女を含めた誰かなの?」

「YES!異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭で生活するにあたって、数多とある“コミュニティ”に必ず属していただきます♪」

「嫌だね」

「属していただきます!そして『ギフトゲーム』の勝者はゲームの“主催者(ホスト)”が提示した賞品をゲットできるというとってもシンプルな構造となっております」

「………“主催者”って誰?」

「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試すために試練と称して開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもございます。特徴として、前者は自由参加が多いですが“主催者”が修羅神仏なだけあって凶悪かつ難解なものが多く、命の危険もあるでしょう。しかし、見返りは大きいです。“主催者”次第ですが、新たな“恩恵(ギフト)”を手にすることも夢ではありません。

 後者は参加のためにチップを用意する必要があります。参加者が敗退すればそれらはすべて“主催者”のコミュニティに寄贈されるシステムです」

「後者は結構俗物ね………チップには何を?」

「それも様々ですね。金品・土地・利権・名誉・人間………そしてギフトを賭けあうことも可能です。新たな才能を他人から奪えばより高度なギフトゲームに挑む事も可能でしょう。ただし、ギフトを賭けた戦いに負ければ当然―――ご自身の才能も失われるのであしからず」

 これは気を付けないとな。仲間を失いかねない。

 疑問に思った事があったので黒ウサギに聞く。

「ねえ、黒ウサギ。僕も質問させてもらっていいかな?」

「どうぞどうぞ♪」

「ゲームそのものはどうやったら始められるの?」

「コミュニティ同士のゲームを除けば、それぞれの期日内に登録していただければOK!商店街でも商店が小規模のゲームを開催しているのでよかったら参加していってくださいな」

「………つまり『ギフトゲーム』とはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかな?」

「ふふん?中々鋭いですね。しかしそれは八割正解の二割間違いです。我々の世界でも強盗や窃盗は禁止ですし、金品による物々交換も存在します。―――が、しかし!『ギフトゲーム』の本質は全く逆!一方の勝者だけが全てを手にするシステムです。店頭に置かれている商品も、店側が提示したゲームをクリアすればタダで手にすることも可能だということですね」

「へえ。中々野蛮だね」

「ごもっとも。しかし“主催者”は全て自己責任でゲームを開催しております。つまり奪われるのが嫌な腰ぬけは初めからゲームに参加しなければいいだけの話でございます」

 黒ウサギは一通りの説明を終えたのか、一枚の封書を取り出した。

「さて。皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の世界における全ての質問に答える義務がございます。が、それら全てを語るには少々お時間がかかるでしょう。新たな同士候補である皆さんを何時までも野外に出しておくのは忍びない。ここから先は我らのコミュニティでお話させていただきたいのですが………よろしいです?」

「待てよ。まだ俺が質問してないだろ」

 そう言って、静聴していた十六夜が威圧的な声を上げて立つ。ずっと刻まれていた軽薄な笑顔が無くなっている。

 そのことに気づいた黒ウサギは、構えるように聞き返した。

「………どういった質問です?ルールですか?ゲームそのものですか?」

「そんなものはどうでもいい。腹の底からどうでもいいぜ、黒ウサギ。ここでオマエに向かってルールを問いただしたところで何かが変わるわけじゃねえんだ。世界のルールを変えようとするのは革命家の仕事であって、プレイヤーの仕事じゃねえ。俺が聞きたいのは………たった一つ、手紙に書いてあったことだけだ」

 十六夜は視線を黒ウサギから外し、僕達を見まわし、巨大な天幕によって覆われた都市に向ける。

 彼は何もかも見下すような視線で一言、

 

「この世界は………面白いか?」

 

「―――――」

 僕達も無言で返事を待つ。

 僕達を呼んだ手紙にはこう書かれていた。

『家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い』と。

 それに見合うだけの催し物があるのかどうかこそ、僕達にとって一番重要な事だった。

「―――YES。『ギフトゲーム』は人を越えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」

 それを聞いて………僕は少しだけ笑みをこぼした。



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第二話

 天幕につくまでの道のりを歩いていると十六夜が、

「ちょっと世界の果てを見てくるぜ!」

 と言いながら、走っていった。

 黒ウサギは十六夜がいなくなったことにまったく気づいていない。

(これ、話した方がいいかな?)

 そう話しかけると、

『言わなくていいんじゃない?』

『気づいていないので、言わなくていいと思います』

(それもそうか)

 そんなふうに話していると、どうやら目的地に着いたみたいだ。

「ジン坊っちゃーン!新しい方を連れて来ましたよー!」

「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性三人が?」

 女性認定された。まあ、この見た目じゃあしょうがないか………

「はいな、こちらの御四人様が―――」

 こちらを見た黒ウサギは固まった。

「………え、あれ?もう一人いませんでしたって?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から“俺問題児!”ってオーラを放っている殿方が」

「ああ、十六夜君のこと?彼なら“ちょっと世界の果てを見てくるぜ!”と言って駆け出して行ったわ。あっちの方に」

「な、なんで止めてくれなかったんですか!」

「“止めてくれるなよ”って言われたもの」

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

「“黒ウサギには言うなよ”と言われたから」

「嘘です、絶対嘘です!実は面倒くさかっただけでしょう御二人さん!」

「「うん」」

「さ、朔夜さんはなんで教えてくれなかったんですか?」

 そう聞いてくる黒ウサギ。

「言わなくてもいいと思ったから」

 そう言うと黒ウサギはガクリとうなだれる。

 そんな黒ウサギとは対照的に、ジンは蒼白になって叫ぶ。

「た、大変です!“世界の果て”にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が」

「幻獣?」

「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に“世界の果て”付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」

「あら、それは残念。もう彼らはゲームオーバー?」

「ゲーム参加前にゲームオーバー?………斬新?」

「それは、ゲームとしてどうなの?」

「冗談を言ってる場合じゃありません!」

「はあ………ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが、御二人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「わかった。黒ウサギはどうする?」

「問題児を捕まえに参ります。事のついでに―――“箱庭の貴族”と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります」

 そう言って、黒ウサギは髪を緋色染めていく。

 飛び上がった黒ウサギは外門の柱に水平に張り付き、

「一刻程で戻ります!皆さんはゆっくりと箱庭ライフを御堪能ごさいませ!」

 そう言って、あっという間に僕達の目の前から消え去った。

「………。箱庭の兎は随分速く跳べるのね。素直に感心するわ」

「ウサギ達は箱庭の創造者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが………」

 飛鳥は心配そうにしているジンに向き直り、

「黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」

「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします。二人の名前は?」

「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのと、髪の長い人が」

「春日部耀」

「神代朔夜」

 ジンが礼儀正しく自己紹介する。僕達はそれに倣って一礼した。

「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね。軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」

 飛鳥はジンの手を取ると、笑顔で箱庭の外門をくぐっていった。

 

          *

 

 外門をくぐると、ぱっと僕達の頭上に眩しい光が降り注ぐ。

『お、お嬢!外から天幕の中に入ったはずなのに、御天道様が見えとるで!』

「………本当だ。外から見たときは箱庭の内側なんて見えなかったのに」

 どうやら耀は動物と話せるギフトを持っているみたいだ。

 何を言っているのか気になったので通訳をお願いする。

(オルトリンデ、通訳お願いしてもいい?)

『はい。マスター』

 そう言って、三毛猫の会話を通訳してくれる。

 オルトリンデの通訳を聞いていると、ジンが耀の発言に対して答えてくれる。

「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。そもそもあの巨大な天幕は太陽の光を直接受けられない種族のために設置されていますから」

「それはなんとも気になる話ね。この都市には吸血鬼でも住んでいるのかしら?」

「え、居ますけど」

「………。そう」

 いるんだ、吸血鬼。

『しかしあれやなあ。ワシが知っとる人里とはえらい空気が違う場所や。まるで山奥朝霧が晴れた時のような澄み具合や。ほら、あの噴水の彫像もえらい立派な造りやで!お嬢の親父さんが見たらさぞ喜んだやろうなあ』

「うん。そうだね」

「あら、何か言った?」

「………。別に」

 耀のギフトが少し気になる。動物としゃべるギフトだけとは思えないし。

「お勧めの店はあるかしら?」

「す、すいません。段取りは黒ウサギに任せていたので………よかったらお好きな店を選んでください」

「それは太っ腹なことね」

 僕達は近くにあった“六本傷”の旗を掲げるカフェテラスに座る。

 注文をとるために店の奥から素早く猫耳の少女が飛び出てきた。

「いらっしゃいませー。ご注文はどうしますか?」

「えーと、紅茶を二つと緑茶を二つ。あと軽食にコレとコレと」

『ネコマンマを!』

「はいはーい。ティーセット四つにネコマンマですね」

 ………ん?と飛鳥とジンが不可解そうに首を傾げている。

 それ以上に驚いている耀が店員に問いただす。

「三毛猫の言葉、分かるの?」

「そりゃ分かりますよー私は猫族なんですから。お歳のわりに随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスさせてもらいますよー」

『ねーちゃんも可愛い猫耳に鉤尻尾やな。今度機会があったら甘噛みしに行くわ』

「やだもーお客さんったらお上手なんだから♪」

 猫耳娘は長い鉤尻尾をフリフリと揺らしながら店内に戻る。

 その後ろ姿を見送った耀は嬉しそうに笑って三毛猫を撫でる。

「………箱庭ってすごいね、三毛猫。私以外に三毛猫の言葉が分かる人がいたよ」

『来てよかったなお嬢』

「ちょ、ちょっと待って。貴女もしかして猫と会話ができるの?」

 そう言った飛鳥に、耀はこくりとうなずく。

「もしかして猫以外にも意志疎通は可能ですか?」

「うん。生きているなら誰とでも話は出来る」

「それは素敵ね。じゃああそこに飛び交う野鳥とも会話が?」

「うん、きっと出来………る?ええと、鳥で話したことがあるのは雀や鷺や不如帰ぐらいだけど………ペンギンがいけたからきっとだいじょ」

「ペンギン!?」

「う、うん。水族館で知り合った。他にもイルカ達とも友達」

 まさか生きているなら可能とは。僕が出来るのは精霊ぐらいだから、少し羨ましい。

「ねえ、ジン」

「はい、なんでしょう?」

「箱庭にも精霊とかっているの?」

「居ますけど、それがどうかしたんですか?」

 不思議そうに聞いてくる。

「うん、僕の仲間に精霊がいるから」

「精霊がいるんですか!?」

「う、うん。そうだけど、どうかした?」

 そう言うと、飛鳥が

「じゃあ、あの時の大きな鳥は精霊かしら?」

「うん、そうだよ。他にもいるけど」

「見せて」

 耀がそう言ってくる。なら、フェンリルがいいかな。

「フェンリル」

 そう言うと、目の前にフェンリルが現れる。

 それを見て、ジンは唖然としている。

「これでいい?」

「ありがとう。さわっていい?」

 そう言ってきたのでフェンリルに聞く。大丈夫みたいだ。

 その事を耀に伝える前に耀はさわり始める。精霊ともしゃべれるみたいだ。

「飛鳥達もさわる?フェンリルはいいって言ってるし」

「私は遠慮しておくわ」

「わかった」

 そんな会話をしていると、ジンが

「もしかして、朔夜さんは精霊と会話出来るんですか?」

「うん。まあ、耀ほどすごくないけど」

 そんな会話を四人でしていると、

「おんやぁ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュ“名無しの権兵衛”のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」

 そんな声が聞こえてくる。振り返ると、変な男がいた。

 その男はどうやらジンの知り合いらしい。

「僕らのコミュニティは“ノーネーム”です。“フォレス・ガロ”のガルド=ガスパー」

「黙れ、この名無しめ。聞けば新しい人材を呼び寄せたらしいじゃないか。コミュニティの誇りである名と旗印を奪われてよくも未練がましくコミュニティを存続させるなどできたものだ―――そう思わないかい、お嬢様方」

 そう言って僕の隣に座り、僕達に愛想笑いを向ける。

 なんで僕の隣に座るの?もう少し離れてほしい。

『殺してもいいかしら?』

『朔夜、気持ち悪いです』

『マスター、この失礼な男はなんなんでしょうか』

 三人とも、ガルドと呼ばれた男のことは嫌いみたいだ。

「失礼ですけど、同席を求めるならばまず氏名を名乗ったのちに一言添えるのが礼儀ではないかしら?」

「おっと失礼。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ“六百六十六の獣”の傘下である」

「烏合の衆の」

「コミュニティのリーダーをしている、ってマテやゴラァ!!誰が烏合の衆だ小僧オォ!!!」

 ジンにそう言われ、ガルドは肉食獣のような牙と瞳を向ける。

 ガルド、舐められすぎでしょ。

「口慎めや小僧ォ………紳士で通っている俺にも聞き逃せねえ言葉はあるんだぜ………?」

「森の守護者だったころの貴方なら相応に礼儀で返していたでしょうが、今の貴方はこの二一〇五三八〇外門付近を荒らす獣にしか見えません」

「ハッ、そういう貴様は過去の栄華に縋る亡霊と変わらんだろうがッ。自分のコミュニティがどういう状況に置かれてんのか理解できてんのかい?」

「ハイ、ちょっとストップ」

 そう言ったのは飛鳥だ。

「事情はよくわからないけど、貴方達二人の仲が悪いことは承知したわ。それを踏まえたうえで質問したいのだけど―――」

「ねえ、ジン君。ガルドさんが指摘している、私達のコミュニティが置かれている状況………というものを説明していただける?」

「そ、それは」

「貴方は自分のことをコミュニティのリーダーと名乗ったわ。なら黒ウサギと同様に、新たな同士として呼びだした私達にコミュニティとはどういうものなのかを説明する義務があるはずよ。違うかしら?」

 飛鳥の発言を聞いたガルドは獣の顔を元に戻す。

「レディ、貴女の言う通りだ。コミュニティの長として新たな同士に箱庭の世界のルールを教えるのは当然の義務。しかし彼はそれをしたがらないでしょう。よろしければ“フォレス・ガロ”のリーダーであるこの私が、コミュニティの重要性と小僧―――ではなく、ジン=ラッセル率いる“ノーネーム”のコミュニティを客観的に説明させていただきますが」

「………そうね。お願いするわ」

「承りました。まず、コミュニティとは読んで字のごとく複数名で作られる組織の総称です。受け取り方は種によって違うでしょう。人間はその大小で家族とも組織とも国ともコミュニティを言い換えますし、幻獣は“群れ”とも言い換えられる」

「それぐらいはわかるわ」

「はい、確認までに。そしてコミュニティは活動する上で箱庭に“名”と“旗印”を申告しなければなりません。特に旗印はコミュニティの縄張りを主張する大事な物。この店にも大きな旗が掲げられているでしょう?あれがそうです」

 ガルドはそう言ってカフェテラスに掲げられた旗を指さす。

「もし自分のコミュニティを大きくしたいと望むのであれば、他のコミュニティに両者合意で『ギフトゲーム』を仕掛ければいいのです。私のコミュニティは実際にそうやって大きくしましたから」

 そういわれて、疑問に思った事を口にする。

「あれ?でもジンのコミュニティは“ノーネーム”って言われてたけど、もともとそうだったの?」

「いえ。貴女達の所属するコミュニティは―――数年前までは東区画最大手のコミュニティでした」

「へえ、意外」

「とはいえリーダーは別人でしたけどね。ジン君とは比べようもない優秀な男だったそうですよ。ギフトゲームにおける戦績で人類最高の記録を持っていた、東区画最強のコミュニティだったそうですから」

 ガルドが一転してつまらなそうな口調で語る。

 彼にしてみればどうでもいい話なのだろう。

「彼は東西南北に分かれたこの箱庭で、東のほかに南北の主軸コミュニティとも親交が深かった。いやホント、私はジンの事は毛嫌いしてますがね。これはマジですげえんですよ。南区画の幻獣王格や北区画の悪鬼羅刹が認め、箱庭上層に食い込むコミュニティだったというのは嫉妬を通り越して尊敬してやってもいいぐらいには凄いのです。―――まあ先代は、ですが」

「……………」

「“人間”の立ち上げたコミュニティではまさに快挙ともいえる数々の栄華を築いたコミュニティはしかし!………彼らは敵に回してはいけないモノに目を付けられた。そして彼らはギフトゲームに参加させられ、たった一夜で滅ぼされた。『ギフトゲーム』が支配するこの箱庭の世界、最悪の天災によって」

「天災?」

 僕達は同時に聞き返した。

 それほどの組織を滅ぼしたのが、ただの天災というのはあまりに不自然だ。

「此れは比喩にあらず、ですよレディ達。彼らは箱庭で唯一最大にして最悪の天災―――俗に“魔王”と呼ばれる者達です」

 

          *

 

 ある程度の話をガルドから聞き終え、それぞれに出されたカップを片手に飛鳥が言う。

「なるほどね。大体理解したわ。つまり“魔王”というのはこの世界で特権階級を振り回す神様etc.を指し、ジン君のコミュニティは彼らの玩具として潰された。そういうこと?」

「そうですレディ。神仏というのは古来、生意気な人間が大好きですから。愛しすぎた挙句に使い物にならなくなることはよくあることなんですよ」

 ガルドは椅子の上で大きく手を広げて皮肉そうに笑う。

「名も、旗印も、主力陣の全てを失い、残ったのは膨大な移住区画の土地だけ。もしもこの時に新たなコミュニティを結成していたなら、前コミュニティは有終の美を飾っていたんでしょうがね。今や名誉も誇りも失墜した名も無きコミュニティの一つでしかありません」

「……………」

「そもそも考えてみてくださいよ。名乗ることを禁じられたコミュニティに、一体どんな活動ができます?商売ですか?主催者(ホスト)ですか?しかし名もなき組織など信用されません。ではギフトゲームの参加者ですか?ええ、それならば可能でしょう。では優秀なギフトを持つ人材が、名誉も誇りも失墜させたコミュニティに集まるでしょうか?」

「そうね………誰も加入したいとは思わないでしょう」

「そう。彼は出来もしない夢を掲げて過去の栄華に縋る恥知らずな亡霊でしかないのですよ」

 そう言ったガルドは、豪快な笑顔でジンとコミュニティを笑う。

「もっと言えばですね。彼はコミュニティのリーダーとは名ばかりで殆どリーダーとして活動はしていません。コミュニティの再建を掲げてはいますが、その実態は黒ウサギにコミュニティを支えてもらうだけの寄生虫」

「……………っ」

「私は本当に黒ウサギの彼女が不憫でなりません。ウサギと言えば“箱庭の貴族”と呼ばれるほど強力なギフトの数々を持ち、何処のコミュニティでも破格の待遇で愛でられるはず。コミュニティにとってウサギを所持しているというのはそれだけで大きな“箔”が付く。なのに彼女は毎日毎日糞ガキ共の為に身を粉にして走り回り、僅かな路銀で弱小コミュニティをやり繰りしている」

「………そう。事情は分かったわ。それでガルドさんは、どうして私達にそんな話を丁寧に話してくれるのかしら?」

「単刀直入に言います。もしよろしければ黒ウサギ共々、私のコミュニティに来ませんか?」

「な、何を言い出すんですかガルド=ガスパー!?」

「黙れ、ジン=ラッセル。そもそもテメェが名と旗印を新しく改めていれば最低限のコミュニティに残っていたはずだろうが。それを貴様の我が儘でコミュニティを追いこんでおきながら、どの顔で異世界から人材を呼び出した」

「そ………それは」

「何も知らない相手なら騙しとおせるとでも思ったのか?その結果、黒ウサギと同じ苦労を背負わせるってんなら………こっちも箱庭の住人として通さなきゃならねえ仁義があるぜ」

「………で、どうですかレディ達。返事はすぐにとは言いません。コミュニティに属さずとも貴女達には箱庭で三十日間の自由が約束されています。一度、自分達を呼び出したコミュニティと私達“フォレス・ガロ”のコミュニティを視察し、十分に検討してから―――」

「結構よ。だってジン君のコミュニティで私は間に合っているもの」

 そう言って、耀に笑顔で話しかける。

「春日部さんは今の話をどう思う?」

「別に、どっちでも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだもの」

「あら意外。じゃあ私が友達一号に立候補していいかしら?私達って正反対だけど、意外に仲良くやっていけそうな気がするの。朔夜さんもどう?」

「うん、僕も君たちとは友達になりたかったから。耀も僕と友達になってくれる?」

「………うん。飛鳥達は私の知る女の子とちょっと違うから大丈夫かも」

『よかったなお嬢………お嬢に友達ができてワシも涙が出るほど嬉しいわ』

 ホロリと泣く三毛猫。そんなふうに飛鳥達と話していると、ガルドが大きく咳払いをして聞いてくる。

「失礼ですが、理由を教えてもらっても?」

「だから、間に合ってるのよ。春日部さんは聞いての通り友達を作りに来ただけだから、ジン君でもガルドさんでもどちらでも構わない。そうよね?」

「うん」

「朔夜さんは?」

「僕はレスティア達がガルドのことを嫌ってるし、飛鳥達が入るなら僕もジンのコミュニティの方がいいかな」

「レスティアって誰?」

 耀が聞いてきたので答える。

「僕の相棒」

「そうなんだ」

 そして、飛鳥がまた喋り始める。

「そして私、久遠飛鳥は―――裕福だった家も、約束された将来も、おおよそ人が望みうる人生の全てを支払って、この箱庭に来たのよ。それを小さな小さな一地域を支配しているだけの組織の末端として迎え入れてやる、などと慇懃無礼に言われて魅力的に感じるとでも思ったのかしら。だとしたら自身の身の丈を知った上で出直して欲しいものね、このエセ虎紳士」

 ピシャリと言い切る。それを聞いてガルドは

「お………お言葉ですがレデ

「黙りなさい」

 ガチン!とガルドは不自然な形で、勢いよく口を閉じて黙り込む。

「………!?……………!??」

「私の話はまだ終わってないわ。貴方からはまだまだ聞きださなければいけないことがあるのだもの。貴方はそこに座って、私の質問に答え続けなさい」

 どうやら、これが飛鳥のギフトのようだ。

 その様子に驚いた猫耳店員が僕達の方に駆け寄る。

「お、お客さん!当店でもめ事は控えてくださ―――」

「ちょうどいいわ。猫の店員さんも第三者として聞いていって欲しいの。多分、面白いことが聞けるはずよ」

 首を傾げる猫耳の店員を制して、飛鳥は言葉を続ける。

「貴方はこの地域のコミュニティに“両者合意”で勝負を挑み、そして勝利したと言っていたわ。だけど、私が聞いたギフトゲームの内容は少し違うの。コミュニティのゲームとは“主催者(ホスト)”とそれに挑戦する者が様々なチップを賭けて行う物のはず。………ねえ、ジン君。コミュニティそのものをチップにゲームをすることは、そうそうあることなの?」

「や、やむを得ない状況なら稀に。しかし、これはコミュニティの存続を賭けたかなりのレアケースです」

 聞いていた猫耳の店員も同意するように頷く。

「そうよね。訪れたばかりの私達でさえそれぐらい分かるもの。そのコミュニティ同士の戦いに強制力を持つからこそ“主催者権限”を持つ者は魔王として恐れられているはず。その特権を持たない貴方がどうして強制的にコミュニティを賭けあうような大勝負を続けることができたのかしら?教えてくださる?」

 ガルドは悲鳴を上げそうな顔になるが、口は意に反して言葉を紡ぐ。

「き、強制させる方法は様々だ。一番簡単なのは、相手のコミュニティの女子供を攫って脅迫すること。これに動じない相手は後回しにして、徐々に他のコミュニティを取り込んだ後、ゲームに乗らざるを得ない状況に圧迫していった」

「小物らしい手だね」

「そうね。けどそんな違法で吸収した組織が貴方の下で従順に働いてくれるのかしら?」

「各コミュニティから、数人ずつ子供を人質に取ってある」

 ピクリと飛鳥の片眉が動く。

 かくゆう僕も表情には出さないが、かなり不快だ。

 レスティア達もかなり不快そうにしている。

「………そう。ますます外道ね。それで、その子供達は何処に幽閉されているの?」

「もう殺した」

 その場の空気が瞬時に凍りつく。

 それでもガルドは飛鳥に命令された通り言葉を続ける。

「初めてガキ共を連れてきた日、泣き声が頭にきて思わず殺した。それ以降は自重しようと思っていたが、父が恋しい母が愛しいと泣くのでやっぱりイライラして殺した。それ以降、連れてきたガキは全部まとめてその日のうちに始末することにした。けど身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。始末したガキの遺体は証拠が残らないように腹心の部下が食

 

「黙れ」

 

 ガチン!!とガルドの口が先程以上に勢いよく閉じられる。

「素晴らしいわ。ここまで絵に描いたような外道とはそうそう出会えなくてよ。流石は人外魔境の箱庭の世界といったところかしら………ねえジン君?」

 飛鳥の視線に慌ててジンは否定する。

「彼のような悪党は箱庭でもそうそういません」

「ねえ、ジン。今の証言で箱庭の法がこいつを裁くことはできる?」

「厳しいです。吸収したコミュニティから人質をとったり、身内の仲間を殺すのは勿論違法ですが………裁かれるまでに彼が箱庭の外に逃げ出してしまえば、それまでです」

 確かにリーダーであるガルドがコミュニティを去れば、烏合の衆でしかない“フォレス・ガロ”が瓦解するのは目に見えている。

 しかし飛鳥はそれでは満足できないようだ。

「そう。なら仕方がないわ」

 そう言って飛鳥が指をパチンと鳴らすと、怒り狂ったガルドがカフェテラスのテーブルを壊し、

「こ………この小娘がァァァァァァァァ!!」

 雄叫びとともに変化させる。

「テメェ、どういうつもりか知らねぇが……俺の上に誰が居るかわかってんだろうなァ!?箱庭第六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞ!!俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るってことだ!その意味が

「黙りなさい。私の話はまだ終わってないわ」

 ガチン、とまた勢いよく黙る。しかしそれだけでは止まらず飛鳥に襲いかかろうとする。だが、

「それ以上動けば殺すよ?」

 そう言ってガルドの首もとに剣を突きつける。

 そうすると、ようやくおとなしくなる。

「ありがとう。朔夜さん」

「気にしないで、僕もちょっとすっきりしたし」

 それを聞いて、飛鳥は楽しそうに笑う。

「さて、ガルドさん。私は貴方の上に誰が居ようと気にしません。それはきっとジン君も同じでしょう。だって彼の最終目標は、コミュニティを潰した“打倒魔王”だもの」

 その言葉にジンは大きく息を呑む。

 自分達の目標を飛鳥に問われ、我に返ったようだ。

「………はい。僕達の最終目標は、魔王を倒して僕らの誇りと仲間達を取り戻すこと。今さらそんな脅しには屈しません」

「そういうこと。つまり貴方には破滅以外のどんな道も残されていないのよ」

「く………くそ……!」

「だけどね。私は貴方のコミュニティが瓦解する程度の事では満足できないの。貴方のような外道はズタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ。―――そこで皆に提案なのだけれど」

 そう言うと、飛鳥は悪戯っぽい笑顔でガルドにある提案をする。

「私達と『ギフトゲーム』をしましょう。貴方の“フォレス・ガロ”存続と“ノーネーム”の誇りと魂を賭けて、ね」



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第三話

 日が暮れた頃に黒ウサギ達と合流し、話を聞いた黒ウサギは案の定怒っていた。

「な、なんであの短時間に“フォレス・ガロ”のリーダーと接触してしかも喧嘩を売る状況になったのですか!?」「しかもゲームの日取りは明日!?」「それも敵のテリトリー内で戦うなんて!」「準備している時間もお金もありません!」「一体どういう心算があってのことです!」「聞いているのですか四人とも!!」

 

「「「「ムシャクシヤしてやった。後悔も反省もしていない!!」」」」

 

「黙らっしゃい!!!」

 そんな言い訳を聞き、激怒する黒ウサギ。

 それを見ていた十六夜が止めに入る。

「別にいいじゃねえか。見境なく選んで喧嘩売ったわけじゃないんだから許してやれよ」

「い、十六夜さんは面白ければいいと思っているかもしれませんけど、このゲームで得られるものは自己満足だけなんですよ?この“契約書類(ギアスロール)”を見てください」

「“参加者(プレイヤー)が勝利した場合、主催者(ホスト)は参加者の言及する全ての罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後、コミュニティを解散する”―――まあ、確かに自己満足だ。時間をかければ立証できるものを、わざわざ取り逃がすリスクを背負ってまで短縮させるんだからな」

 ちなみに僕達のチップは“罪を黙認する”というものだ。それは今回に限ったことではなく、これ以降もずっと口を閉ざし続けるという意味である。

「でも時間さえかければ、彼らの罪は必ず暴かれます。だって肝心の子供達は………その、」

「そう。人質は既にこの世にいないわ。その点を責め立てれば必ず証拠は出るでしょう。だけどそれには少々時間がかかるのも事実。あの外道を裁くのにそんな時間をかけたくないの」

 ついでに僕も一言言う。

「黒ウサギ」

「なんですか?」

「僕はね、道徳云々よりも、あいつが僕達の活動範囲内にいることが許せないんだ。ここで逃がしたら、いつか僕達を襲ってくるかもしれないでしょ?」

「ま、まあ………逃がせば厄介かもしれませんけれど」

「僕もガルドを逃したくないと思っている。彼のような悪人は野放しにしちゃいけない」

 ジンも同調する姿勢を見せ、黒ウサギは諦めたように頷く。

「はぁ~……。仕方がない人達です。まあいいデス。腹立たしいのは黒ウサギも同じですし。“フォレス・ガロ”程度なら十六夜さんがいれば楽勝でしょう」

「何言ってんだよ。俺は参加しねえよ?」

「当たり前よ。貴方なんて参加させないわ」

「だ、駄目ですよ!御二人はコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと」

「そういうことじゃねえよ黒ウサギ」

 十六夜が真剣な顔で黒ウサギを右手で制する。

「いいか?この喧嘩は、コイツらが売った。そしてヤツらが買った。なのに俺が手を出すのは無粋だって言ってるんだよ」

「あら、分かっているじゃない」

「………。ああもう、好きにしてください」

 そう言って黒ウサギは肩を落とすのだった。

 

          *

 

 コホンと咳払いした黒ウサギは僕達に切り出してきた。

「そろそろ行きましょうか。本当は皆さんを歓迎する為に素敵なお店を予約して色々とセッティングしていたのですけれども………不慮の事故続きで、今日はお流れとなってしまいました。また後日、きちんと歓迎を」

「いいわよ、無理しなくて。私達のコミュニティってそれはもう崖っぷちなんでしょう?」

「も、申し訳ございません皆さんを騙すのは気が引けたのですが………黒ウサギ達も必死だったのです」

「もういいわ。私は組織の水準なんてどうでもよかったもの。朔夜さんと春日部さんはどう?」

「僕は別に怒ってないよ。野宿じゃなければどこでもいいし」

「私も怒ってない。そもそもコミュニティがどうの、というのは別にどうでも………あ、けど」

「どうぞ気兼ねなく聞いてください。僕らに出来る事なら最低限の用意はさせてもらいます」

「そ、そんな大それた物じゃないよ。ただ私は………毎日三食お風呂付きの寝床があればいいな、と思っただけだから」

 ジンの表情が固まる。

 その表情を見て耀は慌てて取り消そうとしていたけど、先に黒ウサギが嬉々とした顔で木の苗を持ちあげる。

「それなら大丈夫です!十六夜さんがこんな大きな水樹の苗を手に入れてくれましたから!これで水を買う必要もなくなりますし、水路を復活させることもできます♪」

 一転して明るい表現に変わる。これには僕達も安心できる。

「私達の国では水が豊富だったから毎日のように入れたけど、場所が変われば文化も違うものね。今日は色々とあったし、お風呂には絶対入りたかったところよ」

「それには同意だぜ。あんな手荒い招待は二度と御免だ」

「あう………そ、それは黒ウサギの責任外の事ですよ………」

 僕達の責めるような視線を受けて怖じ気づく黒ウサギ。ジンも隣で苦笑する。

「あはは………それじゃあ今日はコミュニティへ帰る?」

「あ、ジン坊っちゃんは先にお帰りください。ギフトゲームが明日なら“サウザンドアイズ”に皆さんのギフト鑑定をお願いしないと。この水樹の事もありますし」

 僕達四人は首を傾げて聞き直す。

「“サウザンドアイズ”?コミュニティの名前か?」

「YES。“サウザンドアイズ”は特殊な“瞳”のギフトを持つ者達の郡体コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますし」

「ギフトの鑑定というのは?」

「勿論、ギフトの秘めた力や起源などを鑑定する事デス。自分の力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるでしょう?」

 同意を求める黒ウサギに僕以外の三人は複雑な表情で返す。思う事はそれぞれあるのだろうが、拒否する声はなく、僕達は“サウザンドアイズ”に向かう。

 道中、僕達四人は興味深そうに街並みを眺めていた。

 日が暮れて月と街灯ランプに照らされている並木道を、飛鳥が不思議そうに眺めて呟く。

「桜の木………ではないわよね?花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合いの入った桜が残っていてもおかしくないだろ」

「………?今は秋だったと思うけど」

「今は春じゃなかったっけ?」

ん?っと話の噛み合わない僕達は顔を見合わせて首を傾げる。黒ウサギが笑って説明した。

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所があるはずですよ」

「へぇ?パラレルワールドってやつか?」

「近いですね。正しくは立体交差平行世界論というものなのですけども………今からコレの説明を始めますと一日二日では説明しきれないので、またの機会ということに」

 曖昧に濁す黒ウサギ。どうやら店に着いたらしい。商店の旗には、蒼い生地に互いが向かい合う二人の女神像が記されている。あれが“サウザンドアイズ”の旗なのだろう。

 日が暮れて看板を下げる割烹着の女性店員に、黒ウサギは滑り込みでストップをかけようとして、

「まっ」

「待った無しです御客様。うちは時間外営業はやっていません」

 ………ストップをかける事も出来なかった。

 流石は超大手の商業コミュニティ。押し入る客の拒み方にも隙がない。

「なんて商売っ気の無い店なのかしら」

「ま、全くです閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」

「文句があるならどうぞ余所へ。あなた方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です」

「出禁!?これだけで出禁とか御客様舐めすぎでございますよ!?」

 キャーキャー喚く黒ウサギに、店員は冷めたような眼と侮蔑を込めた声で対応する。

「なるほど、“箱庭の貴族”であるウサギの御客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいでしょうか?」

「………う」

 一転して言葉に詰まる黒ウサギ。しかし十六夜は何の躊躇いもなく名乗る。

「俺達は“ノーネーム”ってコミュニティなんだが」

「ほほう。ではどこの“ノーネーム”様でしょう。よかったら旗印を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 ぐ、っと黙りこむ黒ウサギ。

 すると、店内から誰かがこちらに向かって来る気配がしたので店の方を見ると、凄い勢いで走ってくる着物姿の少女がいた。

「その………あの…………私達に、旗はありま「危ない!黒ウサギ」へっ?」

 そう言って、黒ウサギを突き飛ばす。

「いぃぃぃやほおぉぉぉぉぉぉ!久しぶりだ黒ウサギイィィィィ!」

 そんなことを言って、突っ込んで来る少女。

 避ける暇もなく、鳩尾の辺りに激突する。

「ぐふっ」

 そのまま、少し離れた所に落ちる。

「ちょ、どいて………」

「黒ウサギではないが、今回はおぬしにするかの」

 そう言いながら、色んな場所をさわってくる。

 プチンッ

 そんな音が聞こえた気がした。

 次の瞬間、くっついていた少女は吹っ飛んでいった。

「朔夜にさわらないでください」

「朔夜から離れなさい」

「それ以上マスターを困らせるのは許しません」

 そう言って、少女を吹っ飛ばしたのは僕の契約精霊。

「えっと、その子達は?」

 そう聞いてくる飛鳥。

「えーっと、左からエスト、レスティア、オルトリンデだよ」

 そう言っていると、少女が戻ってくる。

「おんしら、初対面の美少女を吹っ飛ばすとはどういうことじゃ!」

「貴女の方こそ初対面の男性をさわりまくるとはどういうことかしら?」

 そうレスティアが言った途端、五人が固まる。

 そう言えばまだ、男だって言ってなかったな。

 そんなことを考えていると、

「だ、男性って誰のことですか?」

 そう聞く黒ウサギ。それに対して、

「朔夜のことに決まってるじゃない」

 そう言ったレスティア、次の瞬間。

「「「「「えぇぇぇぇぇぇ!!」」」」」

 そんな言葉が辺りに響き渡った。

 

          *

 

 ようやく落ち着き、レスティア達を戻した後、僕達は少女に連れられ少女の私室に来ていた。

「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 そう言うと、白夜叉は大きく背伸びをしてから僕達に向き直り話しはじめた。

「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている“サウザンドアイズ”幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

「はいはい、お世話になっております本当に」

 投げやりな言葉で受け流す黒ウサギ。その隣で耀が小首を傾げて問う。

「その外門、って何?」

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達がすんでいるのです」

 黒ウサギが描く上空から見た箱庭の図は、外門によって幾重もの階層に分かれている。

 その図を見た僕達は口を揃えて、

「………超巨大タマネギ?」

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」

「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」

「僕的には木の年輪かな」

 そう言う僕達を見て、ガクリと肩を落とす黒ウサギ。

 対照的に、白夜叉は呵々と哄笑を上げて二度三度と頷いた。

「ふふ、ワシもバームクーヘンに一票じゃな。バームクーヘンに例えるなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分に当たるな。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は“世界の果て”と向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持ったもの達が棲んでおるぞ―――その水樹の持ち主などな」

 白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。

「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ?知恵比べか?勇気を試したのか?」

「いえいえ。この水樹は十六夜さんがここに来る前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ」

 自慢げに黒ウサギが言うと、白夜叉は声を上げて驚いた。

「なんと!?クリアではなく直接的に倒したとな!?ではその童は神格持ちの神童か?」

「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見れば分かるはずですし」

「む、それもそうか。しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、互いの種族によほど崩れたパワーバランスがある時だけのはず。種族の力でいうなら蛇と人ではドングリの背比べだぞ」

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 白夜叉っていくつなんだろ?僕達と同じくらいだろうか。

 そんなことを考えていると、十六夜が物騒に瞳を光らせて問いただす。

「へえ?じゃあオマエはあのヘビよりも強いのか?」

「ふふん、当然だ。私は東側の“階層支配者(フロアマスター)”だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者(ホスト)なのだからの」

「そう………ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

「無論、そうなるのう」

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 僕以外の三人は剥き出しの闘争心を視線に込めて白夜叉を見る。

「抜け目ない童達だ。依頼していきながら、私にギフトゲームで挑むと?」

「え?ちょ、ちょっと御三人様!?」

 慌てる黒ウサギを右手で制す白夜叉。

「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」

「ノリがいいわね。そういうの好きよ」

「ふふ、そうか。―――しかし、ゲームの前に一つ確認しておく事がある」

「なんだ?」

 

「おんしらが望むのは“挑戦”か―――もしくは“決闘”か?」

 

 刹那、僕達の視界に爆発的な変化が起きた。

 様々な情景が脳裏で回転し始める。

 僕達が投げ出されたのは、白い雪原と凍る湖畔―――そして、水平に太陽が廻る世界だった。

「……なっ………!?」

 余りの異常さに、僕達は同時に息を呑んだ。

 唖然と立ち竦む僕達に、今一度、白夜叉は問いかける。

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は“白き夜の魔王”―――太陽と白夜の精霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への“挑戦”か?それとも対等な“決闘”か?」

「水平に廻る太陽と………そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、オマエを表現してるってことか」

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私がもつゲーム盤の一つだ」

「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤………?」

「如何にも。して、おんしらの返答は?“挑戦”であるのならば、手慰み程度に遊んでやる。――だがしかし“決闘”を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」

「……………っ」

 飛鳥と耀、そして自信家の十六夜でさえ即答できずに返事を躊躇った。

 かくゆう僕も彼女に勝てるか分からない。

(僕でも勝てるかな?)

 そう聞くと、返事が返ってくる。

『切り札を使えば可能だと思うわ。見た感じ、相手は炎のギフトを使うみたいだもの』

『でも、契約精霊にすれば心強いと思うわよ?』

 その言葉を聞いて、どうするか決める。

 しばしの静寂の後―――諦めたように笑う十六夜が、ゆっくりと挙手し、

「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」

「ふむ?それは決闘ではなく、試練を受けるという事かの?」

「ああ、これだけのゲーム盤を用意出来るんだからな。アンタには資格がある。―――いいぜ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」

 苦笑と共に吐き捨てるような物言いをする十六夜。

 それを見て白夜叉は堪え切れず高らかと笑い飛ばした。

「く、くく………して、他の童達も同じか?」

「………ええ。私も、試されてあげてもいいわ」

「右に同じ」

「僕は………決闘にする」

 その発言を聞いて、黒ウサギは

「な、何を言ってらっしゃるんですか、このお馬鹿様!?」

 そう言われた。それに対して白夜叉は、

「くく、ではお主は決闘ということでよいのじゃな?」

「うん」

「ならまずはお主からじゃの」

「うん。僕が負けたら君の言うことをなんでも一つだけ聞くよ。その代わり、僕の言ったことを一つだけ聞いてくれない?」

「ふむ。つまり、一回だけの命令権ということか?」

「うん」

「それではギフトゲームを始めるとしようかの」

 パンパンと白夜叉が拍手を打って現れた羊皮紙を手に取る

 

『ギフトゲーム名 “決闘”

 

 ・プレイヤー一覧 白夜叉

          神代 朔夜

 

 ・勝利条件 相手を戦闘不能にした場合

       相手がリタイアした場合

       相手が死亡した場合

 

 ・敗北条件 戦闘不能になった場合

       リタイアした場合

       死亡した場合

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します                         〝サウザンドアイズ〟印』

 

 羊皮紙を読み終え白夜叉の方を向く。

「先手はお主に譲ろう」

「だったら………」

 そう言い、エストとレスティアを呼ぶ。

 両手には二本の剣が現れた。

「ほう………」

「じゃあ、行くよ」

 そう言って白夜叉に向け死を呼ぶ雷閃(ヴォーパル・ブラスト)を放つ。

 それを余裕で躱される。

 そして、躱した方向に走りながら、白夜叉に向かって剣を降り下ろす。

「むっ」

 それもまた避けられる。

 流石、元とはいえ魔王。一筋縄ではいかなさそうだ。

 何度か剣を当てようとしているが、ほとんど当たらない。

(さて、どうしたものかな………)

「どうした?たったのそれだけか?」

「レスティア」

 そう言うと、片方の剣が消える。

「なに?」

 訝しげにする白夜叉。その少し離れた場所にレスティア場所にレスティアが現れる。

「っ」

 やはりすぐに気がついたようだ。

 だけど、

「逃がさないよ」

「何!?」

 そう言い、白夜叉のからだを捕まえる。

「レスティア!」

「ええ、わかっているわ」

 そう言って闇魔閃雷(ヘルブラスト)を放つ。

「くっ」

 そう言って白夜叉は炎で防ごうとする。だが、

「何だと!?」

 今度は本気で驚いているようだ。それはそうだろう、自分の出した炎が燃えているのだから。

「これで終わりだ」

 そう言い、僕共々レスティアの闇属性最強クラスの精霊魔術が直撃した。

 

          *

 

「これでも倒せないか………」

 そう言った僕の目の前には体のあちこちがボロボロになった白夜叉が立っていた。

 僕自身も身体中怪我だらけでこれ以上は動けそうにない。

「いや、お主の勝ちだ。さっきの攻撃を受けて、一瞬でも気を失っていたからな」

 そう言う白夜叉。あまり納得は出来ないけどそう言うのなら。

「分かった。それじゃあ、僕の勝ちということで………」

 取り敢えずレスティアとエストを戻し、自分に対して治癒の魔術を使う。

 他の四人を見てみるとかなり驚いているみたいだ。

 黒ウサギが呟く。

「先ほどのギフトは………」

「あー、ギフトの説明は後でね。それで白夜叉、賞品のほうは他の三人のゲームが終わってからにしよう?」

「うむ、分かった」

 そんな会話をしていると、ようやく三人も復活したみたいだ。

 そのとき、遠くの方で甲高い叫び声が聞こえてきた。

「何、今の鳴き声。初めて聞いた」

「ふむ………あやつか。おんしら三人を試すのには打って付けかもしれんの」

 そう言って向こう岸にある山脈に、チョイチョイと手招きをする白夜叉。

 すると、鷲の翼と獅子の下半身持つ獣がこちらに滑空してくる。

「グリフォン………嘘、本物!?」

「フフン、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。“力”“知恵”“勇気”の全てを備えた、ギフトゲームを代表する獣だ」

 白夜叉が手招きし、グリフォンが近くに降りる。

「さて、肝心の試練だがの。おんしら三人とこのグリフォンで“力”“知恵”“勇気”の何れかを比べ合い、背に跨がって湖畔を舞う事が出来ればクリア、という事にしようか」

 そう言った白夜叉がカードを取り出す。すると虚空から輝く羊皮紙が現れ、それに記述する。

 

『ギフトゲーム名“鷲獅子の手綱”

 

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

 

 ・クリア条件 グリフォンの背に跨がり、湖畔を舞う。

 ・クリア方法 “力”“知恵”“勇気”の何れかでグリ

        フォンに認められる。

 ・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満

       たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

               “サウンドアイズ”印』

 

「私がやる」

 そう言ってピシ!と綺麗に挙手したのは耀だった。

『お、お嬢………大丈夫か?なんや獅子の旦那より遥かに怖そうやしデカイけど』

「大丈夫、問題ない」

「ふむ。自信があるようだが、コレは結構な難物だぞ?失敗すれば大怪我では済まんが」

「大丈夫、問題ない」

 そう言った耀の瞳は子供のようにキラキラと輝いていた。

 それを見た十六夜と飛鳥は、

「OK、先手は譲ってやる。失敗するなよ」

「気を付けてね、春日部さん」

「多分耀なら大丈夫だと思うけど、頑張ってね」

「うん。頑張る」

 耀はグリフォンの近くにより話しかける。

「え、えーと。初めまして、春日部耀です」

『!?』

 ビクンッ!!とグリフォンの肢体が跳ねた。どうやら耀のギフトは幻獣等にも効果があるようだ。

「ほう………あの娘、グリフォンと言葉を交わすか」

 白夜叉は感心したように扇を広げる。

 シムルグに言葉が分かるか聞いてみたところ、どうやら一応分かるみたいだ。

 耀は話を続ける。

「私を貴方の背に乗せ………誇りを賭けて勝負をしませんか?」

『………何………!?』

 耀は返事を待たず、話を続ける。

「貴方が飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。貴方は強靭な翼と四肢で空を駆け、湖畔までに私を振るい落とせれば勝ち。私が背に乗っていられたら私の勝ち。………どうかな?」

 耀は小首を傾げる。

 その発言を聞いてグリフォンは鼻を鳴らす。

『娘よ。お前は私に“誇りを賭けろ”と持ちかけた。お前の述べる通り、娘一人振るい落とせないならば、私の名誉は失墜するだろう。―――だがな娘。誇りの対価に、お前は何を賭す?』

「命を賭けます」

 即答だった。その発言に黒ウサギと飛鳥から驚きの声が上がる。

「だ、駄目です!」

「か、春日部さん!?本気なの!?」

「貴方は誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私は貴方の晩御飯になります。………それじゃ駄目かな」

『………ふむ……』

 耀の提案に慌てる飛鳥と黒ウサギ。それを白夜叉と十六夜が制す。

「双方、下がらんか。これはあの娘から切り出した試練だぞ」

「ああ。無粋な事はやめとけ」

「そんな問題ではございません!!同士にこんな分の悪いゲームをさせるわけには―――」

「大丈夫だよ」

 耀がこちらを振り向きながら頷く。

 グリフォンはしばし考える仕草をした後、頭を下げて乗るように促した。

『乗るがいい、若き勇者よ。鷲獅子の疾走に耐えられるか、その身で試してみよ』

 耀は頷き、手綱を握って背に乗りこむ。そして、満足そうに囁く。

「始める前に一言だけ。………私、貴方の背中に跨がるのが夢の一つだったんだ」

『―――そうか』

 そう言い、前傾姿勢を取るや否や、大地を踏みぬくようにして空に飛び上がった。

 そして、グリフォンと耀が飛び去り少したった後、耀達が見えてきた。

 そして、耀の勝利が決定した瞬間―――耀の手から手綱が外れた。

『何!?』

「春日部さん!?」

 飛ばされる耀を助けに行こうとした黒ウサギの手を、十六夜が掴む。

「は、離し―――」

「待て!まだ終わってない!」

 そう言って、十六夜が黒ウサギを止める。

 ふわっと、耀の体が翻る。

 耀の体は湖畔に触れることなく飛翔した。

「………なっ」

 みんな絶句する。レスティア達も少なからず驚いているみたいだ。

 そんな耀に近寄ったのは、呆れたように笑う十六夜だった。

「やっぱりな。お前のギフトって他の生き物の特性を手に入れる類だったんだな」

 そう言われ、むっとしたような声音で耀が返す。

「………違う。これは友達になった証。けど、いつから知ってたの?」

「ただの推測。お前、黒ウサギと出会った時に“風上に立たれたら分かる”とか言ってたろ。そんな芸当はただの人間には出来ない。だから春日部のギフトは他種とコミュニケーションをとれるわけじゃなく、他種のギフトを何らかの形で手に入れたんじゃないか………と推察したんだが、それだけじゃなさそうだな。あの速度で耐えられる生物は地球上にいないだろうし?」

 そう言った十六夜の視線をフイっと避ける。その傍に駆け寄っていく三毛猫。

『お嬢!怪我はないか!?』

「うん、大丈夫。指がジンジンするのと服がパキパキになったぐらい」

 そんな会話をしている耀に、パチパチと拍手を送る白夜叉と、感嘆の眼差しで見つめるグリフォン。

『見事。お前が得たギフトは、私に勝利した証しとして使って欲しい』

「うん。大事にする」

「いやはや大したものだ。このゲームはおんしの勝利だの。………ところで、おんしの持つギフトだが。それは先天性か?」

「違う。父さんに貰った木彫りのおかげで話せるようになった」

「木彫り?」

首を傾げる白夜叉に三毛猫が説明する。

『お嬢の親父さんは彫刻家やっとります。親父さんの作品でワシらとお嬢は話せるんや』

「ほほう………彫刻家の父か。よかったらその木彫りというのを見せてくれんか?」

 頷いた耀はペンダントにしている木彫り細工を取り出し、白夜叉に渡す。

それを見て白夜叉は急に顔を顰める。

「複雑な模様ね。何か意味があるの?」

「意味はあるけど知らない。昔教えてもらったけど忘れた」

「………。これは」

 白夜叉だけでなく、十六夜と黒ウサギも神妙な顔をしている。

 黒ウサギは首を傾げて耀に問う。

「素材は楠の神木………?神格は残ってないようですが……この中心を目指す幾何学線……そして中心に円状の空白……もしかしてお父様の知り合いには生物学者がおられるのでは?」

「うん。私の母さんがそうだった」

「生物学者ってことは、やっぱりこの図形は系統樹を表してるのか白夜叉?」

「おそらくの………ならこの図形はこうで………この円状が収束するのは……いや、これは……これは、凄い!!本当に凄いぞ娘!!本当に人造ならばおんしの父は神代の大天才だ!まさか人の手で独自の系統樹を完成させ、しかもギフトとして確立させてしまうとは!これは正真正銘〝生命の目録〟と称して過言ではない名品だ!」

 興奮した声を上げる白夜叉。耀は不思議そうに首を傾げている。

「系統樹って、生物の発祥と進化の系譜とかを示すアレ?でも母さんの作った系統樹の図はもっと樹の形をしていたと思うけど」

「うむ、それはおんしの父が表現したいモノのセンスが成す業よ。この木彫りをわざわざ円形にしたのは生命の流転、輪廻を表現したもの。再生と滅び、輪廻を繰り返す生命の系譜が進化を遂げて進む円の中心、即ち世界の中心を目指して進む様を表現している。中心が空白なのは、流転する世界の中心だからか、生命の完成が未だに視えぬからか、生命の完成が未だに視えぬからか、それともこの作品そのものが未完成の作品だからか。―――うぬぬ、凄い。凄いぞ。久しく想像力が刺激されとるぞ!実にアーティスティックだ!おんしさえよければ私が買い取りたいぐらいだの!」

「ダメ」

 耀はあっさり断り白夜叉から取り上げる。

「で、これはどんな力を持ったギフトなんだ?」

「それは分からん。今分かっとるのは異種族と会話ができるのと、友になった種から特有のギフトを貰えるということぐらいだ。これ以上詳しく知りたいのなら店の鑑定士に頼むしかない。それも上層に住むものでなければ鑑定は不可能だろう」

「え?白夜叉様でも鑑定出来ないのですか?今日は鑑定をお願いしたかったのですけど」

 ゲッ、と気まずそうな顔になる白夜叉。

「よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだがの」

 困ったように髪を掻きあげ、僕達の顔を両手で包んで見つめてくる。

「どれどれ………ふむふむ………うむ、四人ともに素養が高いのは分かる。しかしこれではなんとも言えんな。おんしらは自分のギフトの力をどの程度把握している?」

「企業秘密」

「右に同じ」

「以下同文」

「ある程度」

「うおおおおおい?最後はともかく、仮にも対戦相手だったものにギフトを教えるのが怖いのは分かるが、それじゃ話しが進まんだろうに」

「別に鑑定なんていらねえよ。人に値札貼られるのは趣味じゃない」

 十六夜の発言に同意するように頷く二人。

 困ったように頭を掻く白夜叉は、突然妙案が浮かんだとばかりにニヤリと笑った。

「ふむ。何にせよ“主催者(ホスト)”として、星霊のはしくれとして、試練をクリアしたおんしらには“恩恵(ギフト)”を与えねばならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いとしては丁度良かろう」

 白夜叉がパンパンと拍手を打てば、目の前に光輝くカードが現れる。

 他の三人にもあるようだ。

 

 コバルトブルーのカードに逆廻十六夜

 ギフトネーム“正体不明(コード・アンノウン)

 ワインレッドのカードに久遠飛鳥

 ギフトネーム“威光”

 パールエメラルドのカードに春日部耀

 ギフトネーム“生命の目録(ゲノム・ツリー)

       “ノーフォーマー”

 ブラックのカードに神代朔夜

 ギフトネーム“精霊使い”

       “半精霊”

       “凍える焔華(フロスト・ブレイズ)

       “終焉の真紅(エンド・オブ・ヴァーミリオン)

       “テルミヌス・エスト”

       “レスティア・アッシュドール”

       “スカーレット/オルトリンデ”

       “フェンリル”

       “シムルグ”

       “ゲオルギウス”

 

「ギフトカード!」

「お中元?」

「お歳暮?」

「お年玉?」

「商品券?」

「ち、違います!というかなんで皆さんそんなに息が合ってるのです!?このギフトカードは顕現しているギフトを収納できる超高価なカードですよ!耀さんの“生命の目録”だって収容可能で、それも好きな時に顕現できるのですよ!」

「つまり素敵アイテムってことでオッケーか?」

「だからなんで適当に聞き流すんですか!あーもうそうです、超素敵アイテムなんです!」

 それにしても、契約精霊の名前も書かれるのか。

 そんなことを考えていると、

「そのギフトカードは、正式名称を“ラプラスの紙片”、即ち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームとはおんしらの魂と繋がった“恩恵(ギフト)”の名称。鑑定は出来ずともそれを見れば大体のギフトの正体が分かるというもの」

「へえ?じゃあ俺のはレアケースなわけだ?」

 ん?と白夜叉が十六夜のギフトカードを覗き込む。

 それを見た白夜叉の表情の変化は劇的だった。

「………いや、そんな馬鹿な。“正体不明(コード・アンノウン)”だと…………?いいやありえん、全知である〝ラプラスの紙片〟がエラーを起こすはずなど」

「何にせよ、鑑定はできなかったってことだろ。俺的にはこの方がありがたいさ」

 そう言ってギフトカードを白夜叉から取り上げる。

 そして、十六夜のギフトについて色々と考察しているようだ。

「白夜叉」

「ん?なんじゃ?」

「僕の賞品なんだけど」

「そうじゃったな。それで、いったい何を命令する?」

「うん。僕の契約精霊になってよ」

「契約精霊?」

「うん。あ、別に今じゃなくても良いよ?コミュニティから出るのにも色々準備が必要だろうし」

「分かった。脱退したらおぬしの契約精霊になろう」

 白夜叉がそう言うと、ギフトカードに白夜叉(仮契約)と書かれていた。

「これでよいか?」

「うん。ありがとう」

「それであの時使ったギフトはいったい何だったんじゃ?」

「あの時って、白夜叉の炎を燃やしたやつ?」

「ああ」

「あれは、終焉の真紅(エンド・オブ・ヴァーミリオン)っていうギフトで一言で言うと炎を燃やす炎なんだ」

 そう言って、さっさと話を終わらせる。

 ギフトについて少し話した後、僕達は暖簾の下げられた店前に移動し、一礼した。

「今日はありがとう、また遊んでくれると嬉しい」

「あら、駄目よ春日部さん。次に挑戦するときは対等の条件で挑むのだもの」

「ああ。吐いた唾を飲み込むなんて、格好付かねえからな。次は渾身の大舞台で挑むぜ」

「一応今は仮とはいえ、僕の契約精霊なんだけど………」

「うむ。〝サウザンドアイズ〟を抜けたらすぐにおぬしのところに行って契約しよう。まあいくらこの状態とは言え、負けてしまったものは仕方が無いからの」

「うん。これからよろしくね」

「うむ。後、今さらだが一つだけ聞かせてくれ。おんしらは自分達のコミュニティがどういう状況にあるか、よく理解しているか?」

「ああ、名前とか旗の話か?それなら聞いたぜ」

「ならそれを取り戻す為に、“魔王”と戦わねばならんことも?」

「聞いてるわよ」

「………。では、おんしらは全てを承知の上で黒ウサギのコミュニティに加入するのだな?」

「そうよ。打倒魔王なんてカッコいいじゃない」

「“カッコいい”で済む話ではないのだがの………全く、若さゆえのものなのか。無謀というか、勇敢というか。まあ、魔王がどういうものかはコミュニティに帰ればわかるだろ。それでも魔王と戦う事を望むというなら止めんが………そこの娘二人。おんしらは確実に死ぬぞ」

 予言するように断言する白夜叉。

 二人は一瞬だけ言い返そうと言葉を探していたが魔王と同じく“主催者権限(ホストマスター)”を持つ白夜叉の助言は、物を言わさぬ威圧感がある。

「魔王の前に様々なギフトゲームに挑んで力を付けろ。そちらはともかく、おんしら二人の力では魔王のゲームを生き残れん。嵐に巻き込まれた虫が無様に弄ばれて死ぬ様は、いつ見ても悲しいものだ」

「………ご忠告ありがと。肝に銘じておくわ。次は貴方の本気のゲームに挑みに行くから、覚悟しておきなさい」

「うむ。小僧………いや、マスターの許可が下りればいつでも来い。………ただし、黒ウサギをチップに賭けてもらうがの」

「嫌です!」

 黒ウサギが即答で返す。それを聞きながらこちらに向き、

「では、色々と準備が終わったらそっちに行くからの………待っていてくれ」

「うん。ずっと待ってるよ」

 そう言って白夜叉を撫でると驚いた顔をする。

 癖で、他の契約精霊と同じようにしてしまったようだ。

「あっ、ごめん」

「いや、もう少しやってくれんか?」

 そう言われたので、もう少しだけ撫でる。すると、白夜叉は嬉しそうな顔をしていた。

 何故かレスティア達が不機嫌そうにし、エストが

『マスターは節操がありませんね』

 と言われた。

「じゃあね」

「ああ」

 そう言って、女性店員に見送られながら“サウザンドアイズ”を後にした。

 

          *

 

 白夜叉とのゲームを終え、僕達は“ノーネーム”の移住区画の門前に着いた。

「この中が我々のコミュニティでございます。しかし本拠の館は入口から更に歩かねばならないので御容赦ください。この近辺にはまだ戦いの名残がありますので………」

「戦いの名残?噂の魔王って素敵ネーミングな奴との戦いの名残か?」

「は、はい」

「ちょうどいいわ。箱庭最悪の天災が残した傷跡、見せてもらおうかしら」

 飛鳥は機嫌が悪そうに言う。プライドの高い彼女からしてみれば虫のように見下されたのが気に食わなかったのだろう。

 黒ウサギが躊躇いつつ門を開けると、乾ききった風が吹き抜けた。

「っ、これは………!?」

 街並みに刻まれた傷跡を見た飛鳥と耀は息を呑み、十六夜はスッと目を細める。

(ねえ、みんな。こんな風に出来る?)

 そう聞くと、返ってきた言葉は否定だった。

「………おい、黒ウサギ。魔王のギフトゲームがあったのは―――今から何百年前の話だ?」

「僅か三年前でございます」

「ハッ、そりゃ面白いな。いやはやマジで面白いぞ。この風化しきった街並みが三年前だと?………断言するぜ。どんな力がぶつかっても、こんな壊れ方はあり得ない。この木造の崩れ方なんて、膨大な時間をかけて自然崩壊したようにしか思えない」

 どうやったらこんな風に出来るんだろう?みんなも無理って言ってるし。

「ベランダのテーブルにティーセットがそのまま出てるわ。これじゃまるで、生活していた人間がふっと消えたみたいじゃない」

「………生き物の気配も全くない。整備されなくなった人家なのに獣が寄ってこないなんて」

 二人の感想は十六夜の声よりも遥かに重い。

 黒ウサギは廃墟から目を逸らし、朽ちた街路を進む。

「………魔王とのゲームはそれほどの未知の戦いだったのでございます。彼らがこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊び心でゲームを挑み、二度と逆らえないよう屈服させます。僅かに残った仲間達もみんな心を折られ………コミュニティから、箱庭から去って行きました」

 黒ウサギは感情を殺した瞳で風化した街を進む。飛鳥と耀も、複雑な表情で続く。

 流石に僕でも思わないことがないとは言えない。

 しかし十六夜だけは瞳を爛々と輝かせ、不敵に笑って呟いた。

「魔王―――か。ハッ、いいぜいいぜいいなオィ。想像以上に面白そうじゃねえか………!」



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第四話

 僕達は廃墟を抜け、水樹を貯水池に設置するのを見に行く。

 そこにはすでに先客がいたらしくジンと子供達が水路を掃除していた。

「あ、みなさん!水路と貯水池の準備は調っています!」

「ご苦労様ですジン坊っちゃん♪皆も掃除を手伝っていましたか?」

 ワイワイと騒ぐ子供達が黒ウサギの元に群がる。

「黒ウサのねーちゃんお帰り!」

「眠たいけどお掃除手伝ったよー」

「ねえねえ、新しい人たちって誰!?」

「強いの!?カッコいい!?」

「YES!とても強くて可愛い人達ですよ!皆に紹介するから一列に並んでくださいね!」

 パチン、と黒ウサギが指を鳴らせば子供達は一糸乱れぬ動きで横一列に並ぶ。

(こんなに人がいるとは思わなかったな。やっていけるかな?)

 そんなことを考えていると、黒ウサギがコホン、と仰々しく咳き込んで僕達四人を紹介する。

「右から逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さん、神代朔夜さんです。皆も知っている通り、コミュニティを支えるのは力のあるギフトプレイヤー達です。ギフトゲームに参加できない者達はギフトプレイヤーの私生活を支え、励まし、時に彼らの為に身を粉にして尽くさねばなりません」

「あら、別にそんなのは必要ないわよ?もっとフランクにしてくれても」

「駄目です。それでは組織は成り立ちません」

 飛鳥の申し出を、黒ウサギはこれ以上ない厳しい声色で断じる。

 今日1日の中で一番真剣な表情と声だった。

「コミュニティはプレイヤー達がギフトゲームに参加し、彼らのもたらす恩恵で初めて生活が成り立つのでございます。これは箱庭の世界で生きていく以上、避ける事が出来ない掟。子供のうちから甘やかせばこの子達の将来の為になりません」

「………そう」

 黒ウサギは有無を言わさない気迫で飛鳥を黙らせる。

「此処にいるのは子供達の年長組です。ゲームには出られないものの、見ての通り獣のギフトを持っている子もおりますから、何か用事を言い付ける時はこの子達を使ってくださいな。みんなも、それでいいですね?」

 

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 

 キーン、と耳鳴りがするほどの大声で二十人前後の子供達が叫ぶ。

 それはまるで音波兵器のような感覚だった。

「ハハ、元気がいいじゃねえか」

「そ、そうね」

「………」

(帰りたくなってきた)

 ヤハハと笑うのは十六夜だけで、僕達三人はなんともいえない表情をしている。

「さて、自己紹介も終りましたし!それでは水樹を植えましょう!黒ウサギが台座に根を張らせるので、十六夜さんのギフトカードから出してくれますか?」

「あいよ」

 十六夜が水樹を植える準備をしていると、耀が石垣に立ちながら物珍しそうに辺りを見渡している。

「大きい貯水池だね。ちょっとした湖ぐらいあるよ」

『そやな。門を通ってからあっちこっちに水路があったけど、もしあれに全部水が通ったら壮観やろなあ。けど使ってたのは随分前の事なんちゃうんか?どうなんやウサ耳の姉ちゃん』

 黒ウサギは苗を抱えたままクルリと振り返る。

「はいな、最後に使ったのは三年前ですよ三毛猫さん。元々は龍の瞳を水珠に加工したギフトが貯水池の台座に設置してあったのですが、それも魔王に取り上げられてしまいました」

 十六夜はキラリと瞳を輝かせた。

「龍の瞳?何それカッコいい超欲しい。何処に行けば手に入る?」

「さて、何処でしょう。知っていても十六夜さんには教えません」

 そう言って黒ウサギははぐらかし、ジンが話を戻す。

「水路も時々は整備していたのですけど、あくまで最低限です。それにこの水樹じゃまだこの貯水池水路を全て埋めるのは不可能でしょう。ですから移住区の水路は遮断して本拠の屋敷と別館に直通している水路だけを開きます。此方は皆で川の水を汲んできたときに使っていたので問題ありません」

「あら、数㎞も向こうの川から水を運ぶ方法があるの?」

「はい。みんなと一緒にバケツを両手に持って運びました」

「半分くらいはコケて無くなっちゃうんだけどねー」

「黒ウサのねーちゃんが箱庭の外で水を汲んでいいなら、貯水池をいっぱいにしてくれるのになあ」

「………。そう。大変なのね」

(よく今まで生活してこれたな………)

 そんなふうに飛鳥達がしゃべっていると、準備が終わったようだ。

「それでは苗の紐を解いて根を張ります!十六夜さんは屋敷への水門を開けてください!」

「あいよ」

 黒ウサギが苗の紐を解くと、根を包んでいた布から大波のような水が溢れ返り、激流となって貯水池を埋めていった。

「ちょ、少しはマテやゴラァ!!流石に今日はこれ以上濡れたくねえぞオイ!」

 そう言って十六夜は慌てて石垣まで跳躍する。

 彼にとってはこれ以上濡れるのは嫌なのだろう。

「うわお!この子は想像以上に元気です♪」

「凄い!これなら生活以外にも水を使えるかも………!」

「なんだ、農作業でもするのか?」

「近いです。例えば水仙卵花などの水面に自生する花のギフトを繁殖させれば、ギフトゲームに参加せずともコミュニティの収入になります。これならみんなにも出来るし………」

「ふぅん?で、水仙卵花ってなんだ御チビ」

 え?とジンは半口を開いて驚いている。

「す、水仙卵花は別名・アクアフランと呼ばれ、浄水効能のある亜麻色の花の事です。薬湯に使われる事もあり、観賞用にも取引されています。確か噴水広場にもあったはず」

「ああ、あの卵っぽい蕾のことか?そんな高級品なら一個ぐらいとっとけばよかったな」

「な、何を言い出すのですか!水仙卵花は南区画や北区画でもギフトゲームのチップとしても使われるものですから、採ってしまえば犯罪です!」

「そうだよ、十六夜。盗みはあまりよくないよ」

「おいおい、細かい事を気にするなよ朔夜と御チビ」

 そう言われて言い返そうとするジン。

 十六夜は右手でそれを制し真剣な顔でジンに向き直る。

「黒ウサギにも言ったが、召喚された分の義理は返してやる。箱庭の世界は退屈せずに済みそうだからな。だがもし、義理を果たした時にこのコミュニティがつまらねえ事になっていたら………俺は躊躇いなくコミュニティを抜ける。いいな?」

「あれ?じゃあ僕のことは認めてくれてるの?」

「当たり前だろ?」

 そんなふうに言ってくる。そう言われると少し照れるな。

 それを聞いて、ジンは強く頷いて返す。

「僕らは“打倒魔王”を掲げたコミュニティです。何時までも黒ウサギに頼るつもりはありません。次のギフトゲームで………それを証明します」

「そうかい。期待してるぜ御チビ様」

 そう言って、十六夜はケラケラと笑うのだった。

 

          *

 

 屋敷に着いた頃には既に夜中になっていた。

 耀は屋敷を見上げ感嘆したように呟く。

「遠目から見てもかなり大きいけど………近づくと一層大きいね。何処に泊まればいい?」

「コミュニティの伝統では、ギフトゲームに参加できる者には序列を与え、上位から最上階に住む事になっております………けど、今は好きなところを使っていただいて結構でございますよ。移動も不便でしょうし」

「そう。そこにある別館は使っていいの?」

「ああ、あれは子供達の館ですよ。本来は別の用途があるのですが、警備の問題でみんな此処に住んでます。飛鳥さんが一二〇人の子供と一緒の館でよければ」

「遠慮するわ」

 そう言って、飛鳥は即答した。

 取り敢えず、コミュニティや箱庭に関する質問よりも『今はともかく風呂に入りたい』という強い要望の下、黒ウサギは湯殿の準備を進める。

 しばらく使われていなかった大浴場を見た黒ウサギは真っ青になり、

「一刻ほどお待ち下さい!すぐに綺麗にいたしますから!」

 と叫んで掃除に取り掛かった。それはもう凄惨な事になっていたのだろう。

 僕達はそれぞれに宛がわれた部屋を一通り物色し、来賓用の貴賓室に集まっていた。

『お嬢………ワシも風呂に入らなアカンか?』

「駄目だよ。ちゃんと三毛猫もお風呂に入らないと」

「そうだよ。猫でも風呂には入った方がいい」

 僕の言葉に三人と一匹が視線を向けてくる。

「僕、変なこと言った?」

「朔夜も三毛猫の言葉が分かるの?」

「ううん。これは僕の精霊に通訳してもらってるだけだから」

「もしかして猫の精霊もいるのかしら?」

「うん。出そうか?」

 そう言うと、三人は頷く

「スカーレット」

 そう言って、目の前に赤い毛並みの猫を呼び出す

「色んな精霊と契約してるのね」

「後、一体いるけどね」

 そんな会話をしていると廊下から黒ウサギの声が聞こえてくる。

「ゆ、湯殿の用意ができました!女性様方からどうぞ!」

「ありがと。先に入らせてもらうわよ、十六夜君、朔夜君」

「俺は二番風呂が好きな男だから特に問題ねえよ」

「僕も問題ないよ」

 女性3人は真っ直ぐに大浴場に向かう。

 十六夜と二人きりになり、暫く寛いだ後、

「さてと―――今のうちに、外の奴らと話しをつけておくか。朔夜も来るか?」

「うん。僕も一緒に行くよ」

 

          *

 

 館を出た僕達は、コミュニティの子供達が眠る別館の前で立っていた。

「おーい………そろそろ決めてくれねぇと、俺達が風呂に入れねえだろうが」

 そう言って、十六夜は面倒くさそうな顔をしながら話す。

「ここを襲うのか?襲わねえのか?やるならいい加減に覚悟決めてかかってこいよ」

 そう言って、十六夜は石を幾つか拾い、木陰に向かって投擲した。

「よっ!」

 ズドガァン!と爆発音が辺りの木々を吹き飛ばし、同時に現れた人影を空中高く蹴散らせる。

(十六夜って何者なんだろう?本当に人間なんだろうか)

 そんなことを考えていると、別館からジンが出てきて十六夜に問う。

「ど、どうしたんですか!?」

「侵入者みたい。例の“フォレス・ガロ”の連中じゃないかな?」

 空中からドサドサと落ちてくる黒い人影がこちらを見つめる。

「な、なんというデタラメな力………!蛇神を倒したというのは本当だったのか」

「ああ………これならガルド奴とのゲームに勝てるかもしれない………!」

 そんなことを侵入者達は言う。その視線には敵意らしきものは感じられない。それに気づいた十六夜は侵入者に近づく。

「おお?なんだお前ら、人間じゃねえのか?」

 侵入者の姿はそれぞれの一部が人ではなかった。

 それらを十六夜は興味深く見つめる。

「我々は人をベースにさまざまな“獣”のギフトを持つ者。しかしギフトの格が低いため、このような半端な変幻しかできないのだ」

「それで、君達は何か話をしたくて襲わなかったんでしょ?だったら、早く話してくれない?」

 僕がそう言うと侵入者は意を決するように頭を下げ、

「恥を忍んで頼む!我々の………いえ、魔王の傘下であるコミュニティ“フォレス・ガロ”を、完膚なきまでに叩きつぶしてはいただけないでしょうか!!」

「嫌だね」

「お断りします」

 僕達がそう言うと、侵入者は絶句してしまう。

「どうせお前らもガルドって奴に人質を取られている連中だろ?命令されてガキを拉致しに来たってところか?」

「は、はい。まさかそこまで御見通しだとは露知らず失礼な真似を………我々も人質を取られている身分、ガルドには逆らうこともできず」

「ああ、その人質な。もうこの世にいねえから。はい、この話題終了」

「―――――………なっ!?」

「十六夜さん!!」

 ジンが慌てて割って入る。

 それに対して十六夜は、

「隠す必要あるのかよ。朔夜達が明日のギフトゲームに勝ったら全部知れ渡る事だろ?」

「そ、それにしたって言い方というものがあるでしょう!!」

「ハッ、気を使えってことか?冗談きついぞ御チビ様。よく考えてみろよ。殺された人質を攫ってきたのは誰だ?他でもないコイツらだろうが」

 そう言う十六夜。確かに僕もそれには同意だ。

「悪党狩りってのはカッコいいけどな。同じ穴のムジナに頼まれてまでやらねえよ、俺は。朔夜もそうだろう?」

「うん。僕もだいたいそんな感じ」

「そ、それでは、本当に人質は」

「………はい。ガルドは人質を攫ったその日に殺していたそうです」

「そんな………!」

 侵入者は全員その場でうなだれる。

 そして十六夜はクルリと振り返り、まるで新しい悪戯を思いついた子供のような笑顔で侵入者の肩を叩く。

「お前達、“フォレス・ガロ”とガルドが憎いか?叩きつぶされて欲しいか?」「あ、当たり前だ!俺達がアイツのせいでどんな目にあってきたか………!」

「そうかそうか。でもお前達にはそれをするだけの力はないと?」

 ぐっと唇を噛みしめる男達。

(もしかして………)

 その辺りで十六夜が何をしようとしているのかだいたいわかった。

「ア、アイツはあれでも魔王の配下。ギフトの格も遥かに上だ。俺達がゲームを挑んでも勝てるはずがない!いや、万が一勝てても魔王に目を付けられたら」

「その“魔王”を倒す為のコミュニティがあるとしたら?」

 え?と十六夜と僕以外の全員が顔をあげる。十六夜はジンの肩を抱き寄せると、

「このジン坊ちゃんが、魔王を倒すためのコミュニティを作ると言っているんだ」

「なっ!?」

 侵入者とジンが驚愕した。

 十六夜の話を聞いて侵入者は困惑した表情を浮べている。

「魔王を倒すためのコミュニティ………?そ、それはいったい」

「言葉の通りさ。俺達は魔王のコミュニティ、その傘下も含め全てのコミュニティを魔王の脅威から守る。そして守られるコミュニティは口を揃えてこう言ってくれ。“押し売り・勧誘・魔王関係御断り。まずはジン=ラッセルの元に問い合わせください”」

「じょ、」

 冗談でしょう!?と言いかけたのジンの口を塞ぐ。

 僕がジンの口をふさいでいると十六夜は立ち上がって腕を広げる。

「人質の事は残念だった。だが安心していい。明日ジン=ラッセル率いるメンバーがお前達の仇を取ってくれる!その後の心配もしなくていいぞ!なぜなら俺達のジン=ラッセルが“魔王”を倒すために立ち上がったのだから!」

「おお………!」

 大仰な口調で語る十六夜を見る侵入者一同。

 ジンは僕の腕の中で必死にもがくが、動けないよう押さえつける。

「さあ、コミュニティに帰るんだ!そして仲間のコミュニティに言いふらせ!俺達のジン=ラッセルが“魔王”を倒してくれると!」

「わ、わかった!明日は頑張ってくれジン坊ちゃん!」

「ま………待っ………!」

 そう言って、あっという間に走り去る侵入者。

 腕を解かれたジンは茫然自失になって膝を折るのだった。

本拠の最上階・大広間に十六夜を引きずりこんだジンは、堪りかねて大声を上げた

 

          *

 

「どういうつもりですか!?」

「“打倒魔王”が“打倒全ての魔王とその関係者”になっただけだろ。“魔王にお困りの方、ジン=ラッセルまでご連絡ください”―――キャッチフレーズはこんなところか?」

「全然笑えませんし笑い事じゃありません!魔王の力はこのコミュニティの入口を見て理解できたでしょう!?」

「勿論。あんな面白そうな力を持った奴とゲームで戦えるなんて最高じゃねえか」

 大広間に備え付けられた長いすに座った十六夜は、背もたれに踏ん反りかえるようにもたれかかる。

「お、面白そう?では十六夜さんは自分の趣味の為にコミュニティを滅亡に追いやるつもりですか?」

「違うよ、ジン。これはコミュニティの発展に必要不可欠なことだよ」

 そう言うと、ジンがこちらを見る。

 十六夜は僕の言葉に頷き、普段通りの軽薄な笑みを浮かべ、

「ああ、朔夜のいう通りだ。先に確認したいんだがな。御チビは俺達を呼び出して、どうやって魔王と戦うつもりだったんだ?あの廃墟を作った奴や、白夜叉みたいな力を持つのが“魔王”なんだろ?」

 そう言われジンは黙りこむ。

「まず……水源を確保するつもりでした。新しい人材と作戦を的確に組めば、水神クラスは無理でも水を確保する方法はありましたから。けどそれに関しては十六夜さんが想像以上の成果を上げてくれたので素直に感謝しています」

「おう、感謝しつくせ」

 ケラケラと笑う十六夜を無視してジンは続ける。

「ギフトゲームを堅実にクリアしていけばコミュニティは必ず強くなります。たとえ力のない同士が呼び出されたとしても、力を合わせればコミュニティは大きくできます。ましてやこれだけ才有る方々が揃えば………どんなギフトゲームにも対抗できたはず」

「期待一杯、胸一杯だったわけか」

「それなのに………それなのに、十六夜さんは自分の娯楽の為だけにコミュニティを危機に晒し陥れるような真似をした!!魔王を倒すためのコミュニティなんて馬鹿げた宣誓が流布されたら最後、魔王とのゲームは不可避になるんですよ!?そのことを本当に貴方は分かっているのですか!?」

 そう叫ぶと同時に壁を強く叩く。

 それを見る十六夜は侮蔑するような目を向ける。

 これは僕も呆れた。

「呆れた奴だ。そんな机上の空論で再建がどうの、誇りがどうのと言っていたのかよ。失望したぜ御チビ」

「な、」

「ギフトゲームに参加して力を付ける?そんなもんは大前提だ。俺が聞いているのは魔王にどうやって勝つかだ」

「だ、だからギフトゲームに参加して力を付けて」

「それじゃあ僕からも質問だけど、前のコミュニティは力を付けていなかったの?」

「そ………それは」

「俺も聞くが、前のコミュニティが大きくなったのはギフトゲームだけだったのか?」

「………。いえ」

「俺達には名前も旗印も無い。コミュニティを象徴出来る物が何一つないわけだ。これじゃコミュニティの存在は口コミでも広まりようがない。だからこそ俺達を呼んだんだろ?」

「……………」

「今のままじゃ物を売買するときに、無記名でサインするのと大して変わらねえ。“サウザンドアイズ”が“ノーネーム”を客として扱わなかったのは当然だろうよ。“ノーネーム”ってのは所詮、名前の無いその他大勢でしかない。だから信用すると危険なんだ。そのハンディキャップを背負ったまま、お前は先代のコミュニティを超えなきゃいけないんだぜ?」

「先代を……超える………!?」

 言い返す事が出来ないジンに、呆れたように十六夜は言う。

「その様子だと、ホントに何も考えてなかったんだなオマエ」

「……………っ」

 ジンは顔を上げない。

 十六夜はジンの肩を力強く握りしめ、悪戯っぽく笑い、

「名も旗もないとなると―――他にはもう、リーダーの名前を売り込むしかないよな?」

 ハッとジンは顔を上げる。

 ようやく十六夜の意図が分かったようだ。

「僕を担ぎあげて………コミュニティの存在をアピールするということですか?」

「ああ、悪くない手だろ?」

「た、確かに………それは有効な手段です。リーダーがコミュニティの顔役になってコミュニティの存在をアピールすれば………名と旗に匹敵する信用を得られるかも」

「けどそれだけじゃ足りねえ。噂を大きく広めるにはインパクトが足りない。だからジン=ラッセルという少年が“打倒魔王”を掲げ、一味に一度でも勝利したという事実があれば―――それは必ず波紋になって広がるはず。そしてそれに反応するのは魔王だけじゃない」

「そ、それは誰に?」

「同じく“打倒魔王”を胸に秘めた奴らに、だ」

 十六夜にそう言われ、ジンは胸を高鳴らせているみたいだ。

「僕の名前でコミュニティの存在を広める………」

「そう。今回の一件はチャンスだ。相手は魔王の傘下、しかも勝てるゲーム。被害者は数多のコミュニティ。ここでしっかり御チビの名前を売れば」

 少なくとも十六夜が言った通り、この付近ぐらいに波紋は広がるはずだ。

「まあ、ジンが懸念するように他の魔王を引き寄せる可能性は大きい。でも魔王を倒した前例もある。そうでしょ?」

 黒ウサギはこう説明していた。“魔王を倒せば魔王を隷属させられる”と。

 つまり、過去に魔王を倒した者がいて、同時に強力な駒を組織に入れられるチャンスということだ。

「今のコミュニティに足りないのはまず人材だ。俺並みとは贅沢言わないが、俺の足元並みは欲しい。けど伸るか反るかは御チビ次第。他にカッコいい作戦があるなら、協力は惜しまんぜ?」

 そう言って十六夜はニヤニヤと笑い、ジンはそれを見つめ直す。

「一つだけ条件があります。今度開かれる“サウザンドアイズ”のギフトゲームに、十六夜さん一人で参加してもらってもいいですか?」

「なんだ?俺の力を見せろってことか?」

「それもあります。ですが理由はもう一つあります。このゲームには僕らが取り戻さなければならない、もう一つの大事な物が出品される」

「もしかして昔の仲間?」

「はい。それもただの仲間ではありません。元・魔王だった仲間です」

 十六夜の瞳が光る。軽薄な笑みに凄みが増し、危険な香りのする雰囲気を漂わせ始めた。

「へぇ?元・魔王が昔の仲間か。コレの意味する事は多いぜ?」

「はい。お察しの通り、先代のコミュニティは魔王と戦って勝利した経験があります」

「そして魔王を隷属させたコミュニティさえ滅ぼせる―――仮称・超魔王とも呼べる素敵ネーミングな奴も存在している、と」

「そ、そんなネーミングで呼ばれてはいません。魔王にも力関係はありますし、十人十色です。白夜叉様も“主催者権限(ホストマスター)”を持っていますが、今はもう魔王とは呼ばれていません。魔王とはあくまで“主催者権限”を悪用する者達の事ですから」

 そういえば、まだジンに白夜叉と仮とはいえ契約したこと言ってなかったな。この話が終わったら言っとこう。

「ゲームの主催はその“サウザンドアイズ”の幹部の一人です。僕らを倒した魔王と何らかの取引をして仲間の所有権を手に入れたのでしょう。相手は商業コミュニティですし、金品で手を打てればよかったのですが………」

「貧乏は辛いってことか。とにかく俺はその元・魔王様の仲間を取り戻せばいいんだな?」

 ジンは頷いて返す。

「はい。それが出来れば対魔王の準備も可能になりますし、僕も十六夜さんの作戦を支持します。ですから黒ウサギにはまだ内密に………」

「あいよ」

「うん。分かった」

 十六夜が席を立ち、自室に戻る時、ふと閃いたように僕とジンに声をかける。

「明日のゲーム、負けるなよ」

「はい。ありがとうございます」

「うん。僕も頑張るよ」

「負けたら俺、コミュニティ。抜けるから」

「はい。………え?」

 そう言って、さっさと行ってしまう。

 呆然とするジンに僕は声をかけた。

「大丈夫だよ。負けなければいいんだし」

「はい。ありがとうございます」

「あ!それと、白夜叉仲間にしたから」

「はい?」

 そう言って、ジンの返事を待たずに部屋から出ていく。

 もう飛鳥達もお風呂から出てると思うし、僕もお風呂に入るかな。



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第五話

 翌日になり、僕達は“フォレス・ガロ”のコミュニティの移住区を訪れる道中、昨日のカフェテラスで声をかけられた。

「あー!昨日のお客さん!もしや今から決闘ですか!?」

『お、鉤尻尾のねーちゃんか。そやそや今からお嬢達の討ち入りやで!』

 ウェイトレスの猫娘が近寄ってきて、僕達に一礼する。

「ボスからもエールを頼まれました!ウチのコミュニティも連中の悪行にはアッタマきてたところです!この二一〇五三八〇外門の自由区画・移住区画・舞台区画の全てでアイツらやりたい放題でしたもの!二度と不義理な真似が出来ないようにしてやってください!」

 ブンブンと両手を振り回しながら応援する猫娘。

 飛鳥は苦笑しながら強く頷く。

「ええ、そのつもりよ」

「おお!心強い御返事だ!」

 満面の笑みで返す猫娘。だがしかし、急に声を潜めてヒソヒソと呟く。

「実は皆さんにお話があります。“フォレス・ガロ”の連中、領地の舞台区画ではなく、居住区画でゲームを行うらしいんですよ」

「居住区画で、ですか?」

 答えたのは黒ウサギ。初めて聞く言葉に僕は首を傾げる。

「黒ウサギ。舞台区画ってなに?」

「ギフトゲームを行う為の専用区画でございます」

「しかも!傘下に置いているコミュニティや同士を全員ほっぽり出してですよ!」

「………それは確かにおかしな話ね」

 僕達は顔を見合わせ、首を捻る。

「でしょでしょ!?何のゲームかは知りませんが、とにかく気を付けてくださいね!」

 熱烈なエールを受け、僕達は“フォレス・ガロ”の居住区画を目指す。

「あ、皆さん!見えてきました………けど、」

 僕は一瞬、目を疑った。僕以外のメンバーも同様。

 それというのも、居住区が森のように豹変していたからだ。

 ツタの絡む門をさすり、鬱蒼と生い茂る木々を見上げて耀は呟く。

「………。ジャングル?」

「虎の住むコミュニティだしな。おかしくはないだろ」

「いや、おかしいです。“フォレス・ガロ”のコミュニティの本拠は普通の居住区だったはず………それにこの木々はまさか」

 ジンはそっと木々に手を伸ばす。

「やっぱり―――“鬼化”してる?いや、まさか」

「ジン君。ここに“契約書類(ギアスロール)”が貼ってあるわよ」

 飛鳥がそう言う。門柱に貼られた羊皮紙には今回のゲームの内容が記されていた。

 

『ギフトゲーム名“ハンティング”

 

 ・プレイヤー一覧 久藤 飛鳥

          春日部 耀

          神代朔夜

          ジン=ラッセル

 

 ・クリア条件 ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパー

        の討伐

 ・クリア方法 ホスト側が指定した特定の武具でのみ討

        伐可能。指定武具以外は“契約(ギアス)”によっ

        てガルド=ガスパーを傷つける事は不可

        能。

 ・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満

       たせなくなった場合。

 ・指定武具 ゲームテリトリーにて配置。

 

  宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

               “フォレス・ガロ”印』

 

「ガルドの身をクリア条件に………指定武具で打倒!?」

「こ、これはまずいです!」

 ジンと黒ウサギが悲鳴のような声を上げる。

 何か不味いんだろうか。飛鳥も心配そうに問う。

「このゲーム八そんなに危険なの?」

「いえ、ゲームそのものは単純です。問題はこのルールです。このルールでは飛鳥さんのギフトで彼を操る事も、耀さんのギフトで傷つける事も、朔夜さんのギフトで攻撃する事も出来ない事になります………!」

「………どういうこと?」

「“恩恵(ギフト)”ではなく“契約(ギアス)”によってその身を守っているのです。これでは神格でも手が出せません!彼は自分の命をクリア条件に組み込む事で、御二人の力を克服したのです!」

「すみません、僕の落ち度でした。初めに“契約書類”を作った時にルールもその場で決めておけばよかったのに………!」

「敵は命がけで五分に持ち込んだってことか。観客にしてみれば面白くていいけどな」

「気軽に言ってくれるね………条件は結構厳しいな。指定武具はガルドの近くにあるとして、ギフトがほとんど効かないのがなんとも………」

 そう言うと、十六夜以外が首を傾げている。

「ん?どうかした?」

「どうして指定武具がガルドの近くにあるって分かるの?」

「簡単だよ。自分を倒せる武器を近くに置いておけば、取られそうになっても邪魔できるし、取って油断したところを攻撃する事も可能だろうからね」

 そう言うと驚いた顔をする、四人。

「朔夜って、頭よかったんだね」

「まあ、それくらい考えてないとすぐに死にかねないからね。それよりも速く行こう?」

 そう言った後、十六夜がジンに何か言い、僕達四人は門をくぐった。

 

          *

 

 門の開閉がゲームの合図だったのか、生い茂る森が門を絡めるように退路を塞ぐ。

 緊張した面持ちのジンと飛鳥に助言する。

「大丈夫だよ。周りに生き物の気配はまったくしないから」

「貴方、生き物の気配が分かるの?」

「うん。これでも森の中で暮らしてたからね」

 そう言うと、ジンがこちらに訪ねてくる。

「詳しい位置は分かりますか?」

「さすがにそれは無理。たぶん、何処かの家にでも隠れてるんじゃない?」

「ではまず外から探しましょう」

 そう言って、僕達は森を散策し始める。

「彼にしてみれば一世一代の大勝負だもの。温存していた隠し玉の一つや二つあってもおかしくないということかしら」

「ええ。彼の戦歴は事実上、不戦敗も同じ。明かさずにいた強力なギフトを持っていても不思議ではありません。耀さんはガルドを見つけても警戒は怠らないでください」

 散策する飛鳥とジンとは別に、耀は一番高い樹に乗って警戒している。

 僕もシムルグに頼んで探してもらっている。

「………駄目ね。全然見つからないわ。春日部さん、朔夜さんガルドは見つかった?」

「見つけた」

 そう言った耀を飛鳥とジンは目を向ける。

 ちょうどシムルグも帰って来た。

「本拠の中にいる。影が見えただけだけど、目で確認した」

 そう言った耀の目は普段と違い、金の瞳になっていた。

「そういえば鷹の友達もいるのね。けど春日部さんが突然異世界に呼び出されて、友達はみんな悲しんでるんじゃない?」

「そ、それを言われると………少し辛い」

 しゅん、と元気をなくす耀。

 それを見て、飛鳥は耀の肩を叩き、僕達は警戒しながら本拠の館へ向かい始めた。侵入を阻むように道を侵食している木々はまるで命じられたかのように絡み合っている。

「邪魔だな………燃やすか」

「え?」

「ううん。何でもない」

 そんな話をしていると、どうやら館に着いたようだ。

「見て。館まで呑みこまれてるわよ」

「ガルドは二階に居た。入っても大丈夫」

 中に入ると内装は酷いことになっていた。

「この奇妙な森の舞台は………本当に彼が作ったものなの?」

「………わかりません。“主催者(ホスト)”側の人間はガルドだけに縛られていますが、舞台を作るのは代理を頼めますから」

「代理を頼むにしても、罠の一つも無かったわよ?」

 その疑問に耀が答える。

「森は虎のテリトリー。有利な舞台を用意したのは奇襲のため………でもなかった。それが理由なら本拠に隠れる意味がない。ううん、そもそも本拠を破壊する必要なんてない」

 やはり、何かあるのだろうか。そう考えながら、僕達は二階に行く。

「二階に上がるけど、ジンと飛鳥はここにいて」

「あら、どうしてかしら?私達もギフトを持っているから、足手まといにはならないと思うけど」

「違う。上で何が起こるか分からない以上、二手に分かれる方がいい。二人にはこの退路を守ってほしいんだ」

 そう言ったが、飛鳥達は不満そうだったが、退路を守る重要性を彼女らは分かっているようで、階下で待っていてくれる。

 耀と僕は階段を物音たてずにゆっくり進む。階段を上った先にあった扉を開け、中に入る。

 中には、

「ギ………」

 

「―――――………GEEEEEYAAAAAaaaa!!!!」

 

 言葉を失った虎の怪物が、白銀の十字剣を背に守って立ち塞がった。

 

          *

 

 目にも留まらぬ突進を僕達は咄嗟に左右に避ける。

「飛鳥、ジン、逃げろ!」

 階段を守っていたジンと飛鳥にそう言うと、飛鳥はジンの襟を掴んで逃げる。

 標的を飛鳥達に定めたガルドも階段から飛び降りて立ち塞がる。

「っ、スカーレット」

 そう言うと、手の中に鞭が表れ、ガルドの足を止めさせる。

 そうすると、ガルドはこちらを先に倒すべきだと思ったのかこちらに向き、鞭を振りほどいて襲いかかってきた。

 それを避けると、ガルドは僕の方ではなく、耀の方に向かっていく。

「っ………!」

 耀の方を向くと、耀は剣を取るのに夢中でガルドに気づいていない。

「危ない!!」

「え?」

 そう言って、剣を取った耀を突き飛ばす。

 耀は助けられたけど、直撃したせいで暫く動けなさそうだ。

 何とか意識を保ち、自分に治癒の精霊魔術を使う。

 これをゲーム中に治すのは厳しいだろう。

 そんなことを考えていると、耀が僕をつかんで外に出る。

 少し走り、飛鳥達のところに着く。

「誰?」

「………私」

 そう言って茂みから出てきた血だらけの僕達を見て、悲鳴のような声を上げる。

「さ、朔夜君と春日部さん!大丈夫なの!?」

「私は大丈夫。でも、朔夜が………」

「一応、休んでいれば大丈夫………でも、このゲーム中はほとんど動けないと思う」

 そう言うと、飛鳥は立ち上がり、剣を取って僕達に告げる。

「今からあの虎を退治してくるわ。ジン君達はここで待っていて」

「あ、飛鳥さん!?駄目です、一人じゃ無理です!」

「大丈夫よ。どんなに強くても知性のない獣に負けないわ。―――それに、悔しいじゃない?朔夜君達は、私達じゃ勝てないと思って二人だけで戦ったのよ?一〇分で決着をつけるわ」

 そう言って飛鳥は、館に向かっていった。

 

          *

 

 飛鳥が館に向かって少したった後、ゲーム終了を告げるように、木々は一斉に霧散した。

 少しして、黒ウサギと十六夜が走ってくる。

「黒ウサギ!こっちだ!」

 ジンがそう言うと、黒ウサギは僕を見て息を呑む。

「もう血は止まってるから大丈夫。血だらけだけど、治癒の精霊魔術もかけてるから」

 僕がそう言って、黒ウサギに背中を見せると安心したような顔になる。

「よかっのです。ですが、血が足りなくなっていると思うので、工房で治療しましょう」

「うん。おねがい」

 そう言って黒ウサギは僕を抱え、いったん本拠に戻るのだった。

 

          *

 

 その後、工房で治療を受けて僕はベッドに寝かされている。

 精霊魔術でゲーム中ずっと治していたからか、血が少し足りないだけですんだ。

 動くのも問題なさそうだったけどレスティア達が、

『少しの間でいいからじっとしていて』

 と言われてしまった。

 暫くして飛鳥達が帰って来て、ゲーム後何があったか教えてくれた。

 ジン達は他のコミュニティに名と旗印を返したそうだ。

 話が終わり、飛鳥がこちらに聞いてくる。

「傷は大丈夫なの?」

「うん。少し血が足りないだけだで、問題ないよ」

「そう。よかったわ」

 そんな話をしていると、

「さっきはゴメン」

 と、耀が言ってくる。

「何が?」

「さっきのゲーム、私のせいで朔夜は怪我をした。私がちゃんと気を付けていれ

ば―――」

「えい」

 ビシッ

 何か言おうとした耀の声を遮って頭にチョップする。

「いたい………」

「普通そこは“ありがとう”じゃないのかな?仲間なんだからさ」

「うん………ありがとう」

 うん。それでいい。

 そんな話をしていると黒ウサギがこちらにやって来て、何があったのか説明し、“サウザンドアイズ”に行くことになった。ジンはここに残るそうだ。



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第六話

“サウザンドアイズ”の門前に着いた僕達を迎えたのは例の無愛想な女性店員だった。

「お待ちしておりました。中でオーナーとルイオス様がお待ちです」

「黒ウサギ達が来る事は承知の上、ということですか?あれだけの無礼を働いておきながらよくも『お待ちしておりました』なんて言えたものデス」

「………事の詳細は聞き及んでおりません。中でルイオス様からお聞きください」

 定例文にも似た言葉に憤慨しそうになる黒ウサギ。

 けどまあ、店員の彼女に文句を言っても仕方がないことだ。

 店内に入り、中庭を抜けて離れの家屋に僕達は向かう。

 中でこちらを迎えた男―――ルイオスは黒ウサギを見て盛大に歓声を上げた。

「うわぉ、ウサギじゃん!うわー実物初めて見た!噂には聞いていたけど、本当に東側にウサギがいるなんて思わなかった!つーかミニスカにガーターソックスって随分エロいな!ねー君、うちのコミュニティに来いよ。三食首輪付きで毎晩可愛がるぜ?」

 ルイオスはそう言って、黒ウサギの全身をなめまわすように見てはしゃぐ。

 なんなの?“サウザンドアイズ”って偉い人みんな変態なの?

 黒ウサギはさっと脚を両手で隠すと、飛鳥は黒ウサギの壁になるよう前に出る。

「これはまた………分かりやすい外道ね。先に断っておくけど、この美脚は私達のものよ」

「そうですそうです!黒ウサギの脚は、って違いますよ飛鳥さん!!」

「そうだぜお嬢様。この足は既に俺のものだ」

「そうですそうですこの脚はもう黙らっしゃい!!!」

「違うよ、十六夜。黒ウサギの脚は誰のものでもなく、皆の物だ」

「黒ウサギの物です!!」

「よかろう、ならば言い値で」

「売・り・ま・せ・ん!あーもう、まじめなお話をしに来たのですからいい加減にして下さい!黒ウサギも本気で怒りますよ!!」

「馬鹿だな。怒らせてんだよ。」

 スパァーン!とハリセン一閃。

 僕達のやり取りが終わるまで唖然と見つめ、唐突に笑いだした。

「あっはははははははは!え、何?“ノーネーム”っていう芸人コミュニティなの君ら。もしそうならまとめて“ペルセウス”に来いってマジで。道楽には好きなだけお金をかけるのが性分だからね。生涯面倒見るよ? 勿論、その美脚は僕のベッドで毎夜毎晩好きなだけ開かせてもらうけど」

「お断りでございます。黒ウサギは礼節も知らぬ殿方に肌を見せるつもりはありません」

 黒ウサギが嫌悪感を吐き捨てるように言うと、隣で十六夜がからかう。

「へえ? 俺はてっきり見せる為に着てるのかと思ったが?」

「ち、違いますよ! これは白夜叉様が開催するゲームの審判をさせてもらう時、この格好を常備すれば賃金を三割増しにすると言われて嫌々……」

「ふぅん?嫌々そんな服を着せられてたのか。………おい白夜叉」

「なんだ小僧」

 キッと白夜叉を睨む十六夜。両者は凄んで睨み合うと、同時に右手を掲げ、

「超グッジョブ」

「うむ」

 ビシッ! と親指を立てて意志疎通する二人。話が進まず、ガクリと項垂れた黒ウサギを見かねたのか、先ほどの女性店員が家屋の外から助け船を出す。

「あの………御来客の方も増えましたので、よろしければ店内の客間に移りましょうか?みれば割れた食器の破片も散らかってますし」

「そ、そうですね」

 一度仕切り直す事になった僕達は、“サウザンドアイズ”の客室に向かうのだった。

 

          *

 

 座敷に招かれた僕達は“サウザンドアイズ”の幹部と向かい合う形で対面に座る。

 長机の対岸に座るルイオスは舐め回すような視線で黒ウサギを見続けていた。

「―――“ペルセウス”が私達に対する無礼を振るったのは以上の内容です。ご理解いただけましたでしょうか?」

「う、うむ。“ペルセウス”の所有物・ヴァンパイアが身勝手に“ノーネーム”の敷地に踏み込んで荒らした事。それらを捕獲する際における数々の暴挙と暴言。確かに受け取った。謝罪を望むのであれば後日」

「結構です。あれだけの暴挙と無礼の数々、我々の怒りはそれだけでは済みません。“ペルセウス”に受けた屈辱は両コミュニティの決闘をもって決着をつけるべきかと。“サウザンドアイズ”にはその仲介をお願いしたくて参りました。もしも“ペルセウス”が拒むようであれば“主催者権限(ホストマスター)”の名の下に」

「いやだ」

 唐突にルイオスは言った。

「………はい?」

「いやだ。決闘なんて冗談じゃない。それにあの吸血鬼が暴れ回ったって証拠があるの?」

「それなら彼女の石化を解いてもらえば」

「駄目だね。アイツは一度逃げ出したんだ。出荷するまで石化は解けない。それに口裏を合わせないとも限らないじゃないか。そうだろ? 元お仲間さん?」

 嫌みったらしく笑うルイオス。

 けど筋は通っている。

「そもそも、あの吸血鬼が逃げ出した原因はお前達だろ?実は盗んだんじゃないの?」

「な、何を言い出すのですかッ!そんな証拠が一体何処に」

「黒ウサギ、これ以上は無駄だよ」

 そう言うと黒ウサギはぐっと黙り込む。

 白夜叉に迷惑がかかることに気づいたのだろう。

「じゃ、さっさと帰ってあの吸血鬼を外に売り払うか。愛想のない女って嫌いなんだよね、僕。特にアイツは身体も殆ほとんどガキだしねえ―――だけどほら、あれも見た目は可愛いから。その手の愛好家には堪たまらないだろ?気の強い女を裸体のまま鎖で繋いで組み伏せ啼かす、ってのが好きな奴もいるし? 太陽の光っていう天然の牢獄の下、永遠に玩具にされる美女ってのもエロくない?」

 そう言われ、黒ウサギは案の定ウサ耳を逆立てて叫んだ。

「あ、貴方という人は………!」

「しっかし可哀想な奴だねーアイツも。箱庭から売り払われるだけじゃなく、恥知らずな仲間の所為でギフトまでも魔王に譲り渡す事になっちゃんたんだもの」

「………なんだって?」

 僕がそう言うと、ルイオスがこちらを見て言う。

「報われない奴だよ。“恩恵(ギフト)”はこの世界で生きていくのに必要不可欠な生命線。魂の一部だ。それを馬鹿で無能な仲間の無茶を止めるために捨てて、ようやく手に入れた自由も仮初めのもの。他人の所有物っていう極め付けの屈辱に耐えてまで駆け付けたってのに、その仲間はあっさりと自分を見捨てやがる!目を覚ましたこの女は一体どんな気分になるだろうね?」

「………え、な」

 黒ウサギは絶句し、見る見るうちに蒼白に変わっていった。

 ルイオスはにこやかに笑うと、蒼白な黒ウサギにスッと右手を差し出す。

「ねえ、黒ウサギさん。このまま彼女を見捨てて帰ったら、コミュニティの同士として義が立たないんじゃないか?」

「………?どういうことです?」

「取引をしよう。吸血鬼を“ノーネーム”に戻してやる。代わりに、僕は君が欲しい。君は生涯、僕に隷属するんだ」

「なっ、」

「一種の一目惚れって奴?それに“箱庭の貴族”という箔も惜しいし。そっちの君でもいいよ?」

 そう言って、こちらを見てくるルイオス。

 飛鳥は長机を叩いて怒鳴り声を上げる。

「外道とは思っていたけど、此処までとは思わなかったわ!もう行きましょう!こんな奴の話を聞く義理なんて無いわ!」

「待って、飛鳥」

「ま、待ってください飛鳥さん!」

 そう言って座敷を出ようとする飛鳥。

 だが、黒ウサギは動かない。

 はっきり言って、僕自身も悩んでいた。

 それに気づいたルイオスは厭らしい笑みで捲まくし立てる。

「ほらほら、君は“月の兎”だろ?仲間の為、煉獄の炎に焼かれるのが本望だろ?君達にとって自己犠牲は本能だもんなあ?」

「………っ」

「ねえ、どうしたの?ウサギは義理とか人情とかそういうのが好きなんだろ?安っぽい命を安っぽい自己犠牲ヨロシクで帝釈天に売り込んだんだろ!?箱庭に招かれた理由が献身なら、種の本能に従って安い喧嘩を安く買っちまうのが筋だよな!?ホラどうなんだよ黒ウサギ

「黙りなさい!」 

 ガチン! とルイオスの下顎が閉じ、困惑する。見かねた飛鳥の力が原因だ。

「っ………!?………!!?」

「貴方は不快だわ、そのまま地に頭を伏せていなさい!」

 混乱するように口を押さえたルイオスは体を前のめりに歪める。

 しかしすぐに体を起こすと、何が起こったのかを理解した彼は強引に言葉を紡いだ。

「おい、おんな。そんなのが、つうじるのは―――格下だけだ、馬鹿が!!」

 そう言ってルイオスは懐からギフトカードを取り出すと、光と共に現れた鎌を飛鳥に向かって振り下ろす。

 ギリギリのところで、シムルグを槍に変えて受け止める。

「な!」

「いったん落ち着いて。話し合いで解決するんでしょ?あとさっきの話、僕でも問題ないかな?少し考える時間が欲しいんだけど」

 そう僕が言うと、黒ウサギが驚いた表情をする。

「ああ。僕的にも君でよかったし。そうだな………一週間だけ待ってあげる」

 にこやかに笑うルイオス。

「それじゃあみんな、行くよ」

 そう言って、さっさと屋敷を出ていった。

 

          *

 

“サウザンドアイズ”支店を後にして噴水広場を歩いている僕に黒ウサギは何か言おうとしてくる。

「あの、朔夜さ

「十中八九、あいつの物になるつもりだったんじゃないの?」

「っ………」

 そう言うと、図星だったようで顔をうつむかせる。

「やっぱりそうだと思ったよ」

「ですが………」

「僕なら、一応男だからそこまで酷いことにはならないと思うしね。それに一応一週間は売られるまでに時間があるわけだし、打開策の一つや二つ見つかるでしょ」

 そう言うと、驚いた顔をする。

「そこまで考えていたのですか………」

「うん。当たり前でしょ?」

 黒ウサギはそんなことも考えていなかったようだ。

 そんな会話をしていると、飛鳥達がやって来て、色々と問い詰められた。

 ただし一人、十六夜は僕の考えを察していたようだったが。



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第七話

 次の日、僕と十六夜は白夜叉のところに来ていた。

「白夜叉、“ペルセウス”への交渉材料についての情報をちょうだい」

「ず、随分と唐突じゃな………まあ、おぬしが言うのなら渡すが」

「おねがい」

 そう僕が言うと、白夜叉が説明してくれた。

 そして、僕と十六夜は二手に分かれてゲームをクリアしに行くのだった。

 

          *

 

 ―――それから三日後

 僕と十六夜はゲームをクリアした後、黒ウサギの部屋に来ていた。

 部屋の中から飛鳥達の声がし、何故かドアノブがなくなっていた。

 取り敢えずドアを開けようとすると、

「邪魔するぞ」

 そう言って、十六夜はドアを蹴り破る。

「なんで破壊したかな………」

 僕はため息をこぼしながら呟く。

 黒ウサギはそれに驚いて声を上げる。

「い、十六夜さんと朔夜さん!今まで何処に、って破壊せずに入れないのでございますか貴方達は!?」

 どうやら飛鳥達も壊して入ったようだ。

「だって鍵かかってたし」

「あ、なるほど!じゃあ黒ウサギの持っているドアノブは一体なんですかこのお馬鹿様!!!」

 そう言って、黒ウサギは十六夜にドアノブを投げつける。十六夜は笑いながら風呂敷で受け止めた。

 それを不思議そうに耀が見る。

「朔夜も持ってるけど、それ、何が入ってるの?」

「ゲームの戦利品。見る?」

 風呂敷を少しだけ広げて耀に覗かせれば、珍しくその表情が変わる。

 十六夜の方も、飛鳥に見せているようだ。

「―――――………これ、どうしたの?」

「だから、戦利品」

「もしかして………貴方達、二人でこれを取りに行ってたの?」

「うん。もう少し早く終わらせるつもりだったんだけどね」

「ふふ、なるほど。けど、こういう面白いことを企むなら………次からはちゃんと一声かける事。いいわね?」

「そりゃ悪かったな。次は声をかけるぜお嬢様」

 二人は悪戯っぽい笑みを交わす。

 最後に僕と十六夜は黒ウサギの目の前に風呂敷を突き出す。

「逆転のカードを持ってきよ。これで僕も黒ウサギも“ペルセウス”に行く必要はない。後は君次第だよ、黒ウサギ」

 黒ウサギはこちらを信じられないという表情をしながら見ていた。

「まさか………あの短時間で、本当に?」

「あぁ。ま、ゲームそのものよりも時間との戦いが問題だったけどな。間に合ってよかった」

 肩を竦めて軽薄に笑う十六夜。実際、倒すのは難しくなかったけど見つけるのに時間がかかった。

「ありがとう………ございます。これで胸を張って“ペルセウス”に戦いを挑めます」

「礼を言われる事じゃねえさ。むしろ、面白いのはここからだな」

 黒ウサギは涙を拭き、勢い良く立ち上がる。僕達の顔を見回した黒ウサギは、高らかに宣言する。

「ペルセウスに宣戦布告します。我等の同士・レティシア様を取り戻しましょう」

 

          *

 

 僕達は“ペルセウス”の本拠に行き、謁見の間で僕達は向かい合う。

 ルイオスは終始にやけた顔で僕と黒ウサギに熱い視線を送っていたが、黒ウサギは無視して話を切り出す。

「我々“ノーネーム”は、“ペルセウス”に決闘を申し込みます」

「何?」

 ルイオスの表情が変わる。

「決闘の方式は“ペルセウス”の所持するゲームの中で最も高難度のもので構いません」

「………はぁ?何?そんなつまらない事を言いに来たの?つーか決闘なんてしないって言ったじゃん」

 ルイオスは決闘を拒否し、手の平で追い払う仕草を向ける。

「それが用件ならとっとと帰れよ。あーマジうぜえ。趣味じゃねえけど、あの吸血鬼で鬱憤でも晴らそうか。どうせ傷物でも気にしねえような好色家の豚に売り払うんだし―――」

 ―――ドサッ、と黒ウサギはルイオスの前で風呂敷を広げる。

 それを見て傍で控えていた“ペルセウス”の側近達は叫び声を上げる。

「こ、これは!!?」

「“ペルセウス”への挑戦権を示すギフト………!?まさか名無し風情が、海魔(クラーケン)とグライアイを打倒したというのか!?」

 困惑する“ペルセウス”一同。

「ああ、あれか。そこそこ面白くはあったけど、あれじゃヘビの方がマシだ」

「同感。僕が戦うまでもなかったよ」

 そう言って僕達は首を竦める。

「ハッ………いいさ、相手してやるよ。元々このゲームは思いあがったコミュニティの身の程を知らせてやる為のもの。二度と逆らう気が無くなるぐらい徹底的に………徹底的に潰してやる」

 そう言ったルイオスを黒ウサギは睨み、宣戦布告する。

「我々のコミュニティを踏みにじった数々の無礼。最早言葉は不要でしょう。“ノーネーム”と“ペルセウス”。ギフトゲームにて決着をつけさせていただきます」



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第八話

契約書類(ギアスロール)”文面

 

『ギフトゲーム名  “FAIRYTALE in PERSEUS”

 

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

          神代 朔夜

 

 ・“ノーネーム”ゲームマスター ジン=ラッセル 

 ・“ペルセウス”ゲームマスター ルイオス=ペルセウ

                 ス

 

 ・クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒 

 ・敗北条件 プレイヤー側のゲームマスターによる降 

       伏。

       プレイヤー側のゲームマスターの失格。

       プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせな       くなった場合 。

 

 ・舞台詳細・ルール 

  *ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最   奥から出てはならない 。

  *ホスト側の参加者は最奥に入ってはいけない 。

  *プレイヤー達はホスト側の(ゲームマスターを除

   く)人間に姿を見られてはいけない。

  *失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うだけでゲ

   ームを続行できる 

 

  宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                                           “ペルセウス”印』

 

 

          *

 

“契約書類”に承諾した直後、僕達の視界は間を置かずに光へと呑まれた。

 ギフトゲームの入り口に案内してくれたらしい。

 門前に立った僕達が不意に振り返ると白亜の宮殿の周辺は箱庭から切り離され、未知の空域を浮かぶ宮殿に変貌していた。

「姿を見られれば失格、か。つまりペルセウスを暗殺しろってことか?」

 そう言って、十六夜は楽しそうに呟く。

「それならルイオスも伝説に倣って睡眠中だという事になりますよ。流石にそこまで甘くは無いと思いますが」

「YES。そのルイオスは最奥で待ち構えているはずデス。それにまずは宮殿の攻略が先でございます。伝説のペルセウスと違い、黒ウサギ達はハデスのギフトを持っておりません。不可視のギフトを持たない黒ウサギ達には綿密な作戦が必要です」

“契約書類”を見ていた飛鳥が難しい顔で復唱する。

「見つかった者はゲームマスターへの挑戦資格を失ってしまう。同じく私達のゲームマスター―――ジン君が最奥にたどり着けずに資格の場合、プレイヤー側の敗北。なら大きく分けて三つの役割分担が必要になるわ」

 飛鳥の隣で耀が頷く。

「うん。まず、ジン君と一緒にゲームマスターを倒す役割。次に索敵、見えない敵を感知して撃退する役割。最後に、失格覚悟で囮と露払いをする役割」

「春日部は鼻が利く。耳も眼もいい。不可視の敵は任せるぜ」

 十六夜の提案に黒ウサギが続く。

「黒ウサギは審判としてしかゲームに参加することができません。ですからゲームマスターを倒す役割は、十六夜さんにお願いします」

「あら、じゃあ私は囮と露払い約なのかしら?」

 飛鳥が不満そうな声を漏らす。

「悪いなお嬢様。俺も譲ってやりたいのは山々だけど、勝負は勝たなきゃ意味がない。あの外道野郎の相手はどう考えても俺が適してる」

「………ふん。いいわ。今回は譲ってあげる。ただし負けたら承知しないから」

 飄々と肩を竦める十六夜。

 だが、一つ気になることがあった。

「ねえ、僕の役割は?」

「朔夜は自由に動いてくれ。その方がやりやすいだろ?」

 十六夜はそう言う。

 まあ、否定はしないけど。

 だが、黒ウサギはやや神妙な顔で不安を口にする。

「残念ですが、必ず勝てるとは限りません。油断しているうちに倒さねば、非常に厳しい戦いになると思います」

 僕達の目が一斉に黒ウサギに集中する。飛鳥がやや緊張した面持ちで、

「………あの外道、それほどまでに強いの?」

「いえ、ルイオスさんご自身の力はさほど。問題は彼が所持しているギフトなのです。もし黒ウサギの推測が外れていなければ、彼のギフトは―――」

「隷属させた元・魔王様」

「そう、元・魔王の………え?」

 言葉を失い、驚いている黒ウサギに素知らぬ顔で構わず十六夜は続けた。

「もしペルセウスの神話どおりなら、ゴーゴンの生首がこの世界にあるはずがない。戦神に謙譲されているはずだからな。それにもかかわらず、奴らは石化のギフトを使っている。―――星座として招かれたのが、箱庭の“ペルセウス”。ならさしずめ、奴の首にぶら下がってるのは、アルゴルの悪魔ってところか?」

「………アルゴルの悪魔?」

 いまいち、よく分からない。

 飛鳥達も同じだったようで首を傾げている。しかし黒ウサギだけが驚愕していた。

「十六夜さん………まさか、箱庭の星々の秘密に………?」

「まぁな。このまえ星を見上げた時に推測して、ルイオスを見た時にほぼ確信した。後は手が空いた時にアルゴルの星を観測して、答えを固めたってところだ。まあ、機材は白夜叉が貸してくれたし、難なく調べる事が出来たぜ」

 フフンと自慢げに笑う。あの時、白夜叉に借りてた機材はそのためか。

「もしかして十六夜さんってば、意外に知能派でございます?」

「何を今さら。俺は生粋の知能派だぞ。黒ウサギの部屋の扉だって、ドアノブを回さずに開けられただろうが」

「………。いえいえ、そもそもドアノブが付いてませんでしたから。扉だけでしたから」

 黒ウサギは冷静にツッコミを入れる。十六夜も気が付いて補足した。

「あ、そうか。だけどドアノブが付いていても、俺はドアノブを使わず扉を開けられるぞ」

「…………………………………。参考までに、方法をお聞きしても?」

 やや冷ややかな目で黒ウサギは十六夜を見つめる。

 十六夜はヤハハと笑いながら宮殿の門の前に立ち、

「そんなもん―――こうやって開けるに決まってんだろッ!」

 轟音と共に、宮殿の門を蹴り破った。

 

          *

 

 飛鳥達が宮殿に向かった後、僕はシムルグを呼び出して空の上にいた。

 流石に空を飛んでるとは思っていないようで誰もこちらに気づかない。

 高さ的にも鳥が飛んでいるようにしか見えないし、見たとしてもシムルグの体で僕は見えないはず。

 そんなふうに空を飛んでいると、ルイオスの姿が見える。

 彼も空を飛んでいるみたいだ。

 すぐに見つかったのでシムルグに言って、そこに向かう。

 僕が空から降りてくると、ルイオスは驚いた顔をしていた。

 黒ウサギも安堵した表情をしている。

 暫くして、十六夜とジンも来た。

「―――ふん。ホントに使えない奴ら。今回の一件でまとめて粛清しないと。まあでも、これでこのコミュニティが誰のおかげで存続出来ているのか分かっただろうね。自分達の無能っぷりを省みてもらうには良い切っ掛けだったかな」

 そう言って、僕達の目の前に降りてくる。

「なにはともあれ、ようこそ白亜の宮殿・最上階へ。ゲームマスターとして相手をしましょう。………あれ、この台詞を言うのってはじめてかも」

 つまりルイオスの部下はかなり優秀で、突然の決闘でさえなければもっと苦戦させられていたのだろう。

 十六夜は肩を竦めて言う。

「ま、不意を打っての決闘だからな。勘弁してやれよ」

「フン。名無し風情を僕の前に来させた時点で重罪さ」

 そう言って再び空に上がる。ルイオスはギフトカードを取り出し、光と共に燃え盛る炎の弓を取り出した。

 それを見て黒ウサギの顔色が変わる。

「………炎の弓?ペルセウスの武器で戦うつもりはない、という事でしょうか?」

「当然。空が飛べるのになんで同じ土俵で戦わなきゃいけないのさ」

 そう言って壁の上まで飛び上がり、首にかかったチョーカーを外して付属している装飾を掲げた。

「メインで戦うのは僕じゃない。僕はゲームマスターだ。僕の敗北はそのまま“ペルセウス”の敗北になる。そこまでリスクを負うような決闘じゃないだろ?」

 ルイオスの掲げた装飾が光始める。

 光が強くなった瞬間、十六夜はジンを背後に庇い臨戦態勢をとる。

 

「目覚めろ―――“アルゴールの魔王”!!」

 

 光は褐色に染まり、僕達の視界を染める。

 白亜の宮殿に共鳴するかのような甲高い女の声が響き渡った。

「ra………Ra、GEEEEEEYAAAAAAaaaaaaaa!!!」

 現れた女は身体中に拘束具と捕縛用のベルトを巻いており、女性とは思えない乱れた灰色の髪を逆立たせて叫び続ける。女はベルトを引き千切り、半身を仰け反らせて更なる絶叫を上げた。

「ra、GYAAAAAaaaaaaa!!」

「な、なんて絶叫を」

「危ない、黒ウサギ!」

 黒ウサギを抱き抱え、その場を飛び退く。十六夜もジンを抱き抱え、その場を飛び退く。

 直後、上空から巨大な岩塊が山のように落ちてきた。

 僕達が避けてるのを見て、ルイオスは高らかに笑う。

「いやあ、飛べない人間って不便だよねえ。落下してくる雲も避けられないんだから。今頃は君らのお仲間も部下も全員石になっているだろうさ。ま、無能にはいい体罰かな」

 不適に笑うルイオス。僕は十六夜の方に行く。

「十六夜、僕がルイオスをやるからあっちの悪魔を倒してきて」

 僕がそう言うと、十六夜はアルゴールに向かっていく。

 残った黒ウサギ達はもしもの事があっても大丈夫なように、シムルグを呼んで背中にのせる。

「シムルグ、何かあったら二人をのせて空に逃げてね」

 僕がそう言うと、シムルグは頷いてくれた。

 そして、ルイオスの方に向く。

「行くよ、ゲームマスター」

 僕はそう言ってレスティアを呼び出し、真実を貫く剣(ヴォーパル・ソード)を手に持つ。

 ルイオスはかなり高く飛び、炎の弓を引く。

 蛇のように蛇行する炎の矢を終焉の真紅(エンド・オブ・ヴァーミリオン)で燃やす。

「炎を燃やしただと!?」

 そう言って驚いているルイオスに死を呼ぶ雷閃(ヴォーパル・ブラスト)を放つ。

 ルイオスはそれを何とか避け、弓をしまう。

 代わりにギフトカードから鎌を出して攻撃してくる。

 それを避け、お返しに真実を貫く剣(ヴォーパル・ソード)で切りつける。

「くっ………」

 そして少し離れ、アルゴールの方を見た。

 ちらりと十六夜の方を見るとかなり楽しそうにしている。

「ハッ、いいぜいいぜいいなオイ!!いい感じに盛り上がってきたぞ………!」

 十六夜はそう言い、その場でねじ伏せる。

「GYAAAAAAaaaaaa!!」

「ハハ、どうした元・魔王様!今のは本物の悲鳴みたいだぞ!」

 十六夜は笑みを浮かべ、ねじ伏せ、腹部を幾度も踏みつける。それだけで闘技場全体に亀裂が入る。

 黒ウサギ達を避難させて正解だった。

 そんな十六夜を見てジンは慌てて叫んだ。

「い、今のうちにトドメを!石化のギフトを使わせては駄目です!」

 しかし、ルイオスの選択は違った。

「アルゴール!宮殿の悪魔化を許可する!奴らを殺せ!」

「RaAAaaa!!LaAAAA!!」

 ルイオスがそう言うと、白亜の宮殿は黒く染まり壁が生き物のように脈を打つ。

 黒いしみから蛇の形をした石像が数多に襲ってくる。

「ああ、そういえばゴーゴンにはそんなのもあったな」

 それを避けながら、十六夜は言う。

 僕も、周りに死を呼ぶ雷閃を放って石像を砕く。

 周囲が見えていないのか、狂気じみた形相でルイオスは叫んだ。

「もう生きて返さないッ!この宮殿はアルゴールの力で生まれた新たな怪物だ!貴様らにはもはや足場一つ許されていない!貴様らの相手は魔王とその宮殿そのもの!このギフトゲームの舞台に、貴様らの逃げ場はないものと知れッ!!!」

 

「―――………そうかい。つまり、この宮殿ごと壊せばいいんだな?」

 

「「え?」」

 嫌な予感がしてシムルグを近くに呼び、風の精霊魔術を使って飛び乗る。

 十六夜は無造作に拳を上げ、黒く染まった宮殿に向かって振り下ろした。

 逃げて正解だったな。

 崩れた闘技場に降りる。

「……馬鹿な……どういう事なんだ!?奴の拳は、山河を打ち砕くほどの力があるのか!?」

「おい、ゲームマスター。これでネタ切れってわけじゃないよな?」

「………っ……!」

 ルイオスはしばし悔しそうに顔を歪めていたが―――スッと真顔に戻る。

 そして極め付けに凶悪な笑顔を浮かべ、

「もういい。終わらせろ、アルゴール」

 その言葉と共に、褐色の光が僕と十六夜に放たれる。

 すぐに剣を消し、手の中に無窮なる女王の城(セイブ・ザ・クイーン)を出現させる。

 そして、剣の切っ先を地面に突き立てた。その周りに円が現れる。

 

「―――――………カッ。ゲームマスターが、今さら狡い事してんじゃねえ!!!」

 

 そう言って十六夜は褐色の光を踏みつぶした。

 僕の方は褐色の光がその円の周りに触れた瞬間、光の防壁に阻まれる。

「ば、馬鹿な!?」

 そう言って、ルイオスが叫ぶ。

 黒ウサギ達も驚いているようだ。

「さぁ、続けようぜゲームマスター。“星霊”の力はそんなものじゃないだろ?」

「いや、たぶんこれ以上は無理じゃないかな?」

「何?」

「朔夜さんの言うとおり、ルイオス様は星霊を支配するには未熟すぎるのです」

「っ!?」

 どうやら黒ウサギの言ったことは本当なようだ。

「―――ハッ。所詮は七光りと元・魔王様。長所を破られれば打つ手なしってことか?」

 失望したと吐き捨てる十六夜。だが、十六夜は凶悪な笑みを浮かべ、ルイオスを追い立てた。

「ああ、そうだ。もしこのままゲームで負けたら………お前達の旗印。どうなるか分かっているんだろうな?」

「な、何?」

 不意を突かれたような声を上げるルイオス。

「レティシアを取り戻すのは後でもできる。そんなことより、旗印を盾にして即座にもう1度ゲームを申し込む。―――そうだなぁ。次はお前達の名前を戴こうか」

 ルイオスの顔が一気に青ざめる。

 やってることは完全に悪役だな。

「その二つを手に入れた後“ペルセウス”が箱庭で永遠に活動できないように名も、旗印も、徹底して貶め続けてやる。たとえお前達が怒ろうが泣こうが喚こうが、コミュニティの存続そのものが出来ないぐらい徹底的に。徹底的にだ。………まあ、それでも必死に縋りついちまうのがコミュニティってものらしいけど?だからこそ貶めがいがあるってもんだよな?」

「や、やめろ………!」

「そうか。嫌か。―――ならもう方法は一つしかないよな?」

 一転して凶悪さを消し、今度はにこやかに笑う十六夜。

「来いよ、ペルセウス。命懸けで―――俺を楽しませろ」

 十六夜は、両手を広げて続きを促す。

 ルイオスは、覚悟を決めたようで叫んだ。

「負けない………負けるられない、負けてたまるか!!奴を倒すぞ、アルゴオォォォル!!」

 ルイオスと十六夜がぶつかり、勝敗は決まったのだった。




 もうそろそろで書き溜めがなくなりそうなので少し時間がかかるかもしれません。


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第九話

 ついに書き溜めがなくなりました。
 できるだけ、早めに投稿できるよう頑張ります。


 

「「「じゃあこれからよろしく、メイドさん」」」

 

「え?」

「え?」

「………え?」

「え?じゃないわよ。だって今回のゲームで活躍したのって私達だけじゃない?貴方達はホントにくっ付いてきただけだったもの」

「うん。私なんて力いっぱい殴られたし。石になったし」

「つーか挑戦権を持ってきたの俺と朔夜だろ。所有権は俺達で等分、2:2:3:3でもう話は付いた!」

「僕は初耳なんけど」

「何を言っちゃってんでございますかこの人達!?」

 そう言った黒ウサギは完全に混乱しているようだ。

 ついでに言えばジンも混乱している。

 唯一、当事者であるレティシアだけが冷静だった。

「んっ………ふ、む。そうだな。今回の件で、私は皆に恩義を感じている。コミュニティに帰れた事に、この上なく感動している。だが親しき仲にも礼儀あり、コミュニティの同士にもそれを忘れてはならない。君達が家政婦をしろというのなら、喜んでやろうじゃないか」

「レ、レティシア様!?」

 そう言った黒ウサギの声は焦っていた。すると、飛鳥が嬉々として服を用意する。

「私、ずっと金髪の使用人に憧れていたのよ。私の家の使用人ったらみんな華も無い可愛げも無い人達ばかりだったんだもの。これからよろしく、レティシア」

「よろしく………いや、主従なのだから『よろしくお願いします』のほうがいいかな?」

「使い勝手がいいのを使えばいいよ」

「そ、そうか。………いや、そうですか?んん、そうでございますか?」

「黒ウサギの真似はやめとけ」

 ヤハハと笑う十六夜。

 意外と和やかな雰囲気を見て肩を落としていた黒ウサギは、こちらを見てくる。 

「諦めなよ、黒ウサギ。あの三人には何を言っても無駄だろうし」

 僕がそう言うと、黒ウサギのウサ耳は力無く垂たれるのであった。

 

          *

 

 ―――“ペルセウス”との決闘から三日後の夜。

 子供達を含めた“ノーネーム”一同は水樹の貯水池付近に集まっていた。

「えーそれでは!新たな同士を迎えた“ノーネーム”の歓迎会を始めます!」

 ワッと子供達の歓声が上がる。周囲には運んできた長机の上にささやかながら料理が並んでいた。

「だけどどうして屋外の歓迎会なのかしら?」

「うん。私も思った」

「黒ウサギなりに精一杯のサプライズってところじゃねえか?」

「そうだね、僕もそう思う」

 飛鳥は、苦笑しながらため息を吐いた。

「無理しなくていいって言ったのに……馬鹿な子ね」

「そうだね」

 耀も苦笑で返す。二人がそんな風に話していると、黒ウサギが大きな声を上げて注目を促す。

「それでは本日の大イベントが始まります!みなさん、箱庭の天幕に注目してください!」

 僕達を含めたコミュニティの全員が、箱庭の天幕に注目する。

 異変が起きたのは、注目を促してから数秒後の事だった。

「………あっ」 

 星を見上げているコミュニティの誰かが、声を上げた。

 それから連続して星々が流れた。すぐに全員が流星群だと気が付き、口々に歓声を上げる。

 黒ウサギは僕達や子供達に聞かせるような口調で語った。

「この流星群を起こしたのは他でもありません。我々の新たな同士、異世界からの四人がこの流星群のきっかけを作ったのです」

「え?」

 子供達の歓声の裏で、僕達が驚きの声を上げる。黒ウサギは構わず話を続けた。

「箱庭の世界は天動説のように、全てのルールが此処、箱庭の都市を中心に回っております。先日、同士が倒した“ペルセウス”のコミュニティは、敗北の為に“サウザンドアイズ”を追放されたのです。そして彼らは、あの星々からも旗を降ろすことになりました」

 僕達は驚愕し、完全に絶句した。

「―――……なっ……まさか、あの星空から星座を無くすというの………!?」

 刹那、一際大きな光が星空を満たした。

 そこにあったはずのペルセウス座は、流星群と共に跡形もなく消滅していたのだ。

 言葉を失った僕達とは裏腹に、黒ウサギは進行を続ける。

「今夜の流星群は“サウザンドアイズ”から“ノーネーム”への、コミュニティ再出発に対する祝福も兼ております。星に願いをかけるもよし、皆で観賞するもよし、今日はいっぱい騒ぎましょう♪」

 嬉々として杯を掲げる黒ウサギと子供達。

 けど僕達はそれどころではない。

「星座の存在さえ思うがままにするなんて………ではあの星々の彼方まで、その全てが、箱庭を盛り上げる為の舞台装置という事なの?」

「そういうこと………かな?」

 その絶大ともいえる力を見上げ、二人は茫然としている。

(すごい………な)

 レスティア達も驚きの声をあげている。

(僕達のコミュニティも、あんなふうに星に旗を飾ってみたいな………)

『朔夜達なら、きっと出来るわ』

 レスティアにそう言われ、少し微笑んだのだった。



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第二章 あら、魔王襲来のお知らせ?
第十話


 久しぶりの投稿です。
 中間テストがあって投稿するのが遅れてしまいました。


「ふあ………」

 僕は窓から差し込む日差しで眼を覚ました。

 ゴロン、と寝返りをする。

(もう朝か………よし、二度寝しよう)

 そう思い、布団のなかに潜る。そして、二度寝しようとしたところで、

「朔夜君、緊急事態よ!すぐに起きて!」

 そう言って、ノックもなしに飛鳥が入ってくる。

「飛鳥………うるさいよ。それと、朝はもう少し静かにしてくれないかな………」

「そんなことよりも、これを見て!」

 そう言ってこちらに何か見せてくる。

 どうやら白夜叉からの招待状のようだ。

 読んでみると、どうやら北側でお祭りがあるみたいだ。

「これから十六夜君も誘おうと思うの。朔夜君もどう?」

「………ちょっと眠いけど、悪くないかな。うん。僕も行くよ」

「ええ。準備が出来たら来てちょうだい」

 そう言って、飛鳥は部屋から出ていく。

 出ていった後、僕はいつもの袴に着替えて飛鳥を追う。

 十六夜なら書庫にいるだろうから飛鳥もそっちにいるだろう。

 そう思い、書庫に向かうのだった。

 

          *

 

 書庫に着くと、何故か本の山に埋もれているジンがいた。

「飛鳥、準備終わったけど」

「それなら、はやく行きましょう」

 

「ま、ままま、待ってください!北側に行くとしてもせめて黒ウサギのお姉ちゃんに相談してから………ほ、ほら!ジン君も起きて!皆さんが北側に行っちゃうよ!?」

「……北………北側!?」

 そう言って跳び起きると、僕達に問い詰めてくる。

「ちょ、ちょっと待ってください皆さん!北側に行くって、本気ですか!?」

「ああ、そうだが?」

「何処にそんな蓄えがあるというのですか!?此処から境界壁までどれだけの距離があると思っているんです!?リリも、大祭の事は皆さんには秘密にと―――」

「「「秘密?」」」

 重なる三人の疑問符。

 ジンはこちらを振り返る。

 邪悪な笑みと怒りのオーラを放つ耀・飛鳥・十六夜の三人。

「………そっか。こんな面白そうなお祭りを秘密にされてたんだ、私達。ぐすん」

「コミュニティを盛り上げようと毎日毎日頑張ってるのに、とっても残念だわ。ぐすん」

「ここらで一つ、黒ウサギ達に痛い目を見てもらうのも大事かもしれないな。ぐすん」

 泣き真似をする裏側で、三人はニコォリと物騒に笑う。

 隠す気の無い悪意を前にして、ダラダラと冷や汗をかきながらこちらを見てくる。

「さ、朔夜さんからも何とか言ってください!」

「無理。それに………」

「そ、それに………?」

「………それに、実は僕自身も行きたかったからね」

 こうして、僕達は東と北の境界壁を目指すのだった。

 黒ウサギに、こんな置き手紙を残して。

 

          *

 

『黒ウサギへ。

  北側の四〇〇〇〇〇〇外門と東側の三九九九九九九外門で開催する祭典に参加してきます。

  貴女も必ず後から来ること。あ、あとレティシアもね。

  私達に祭りの事を意図的に黙っていた罰として、今日中に私達を捕まえられなかった場合

  四人ともコミュニティを脱退します。死ぬ気で捜してね。応援しているわ。

      P/S ジン君は道案内に連れて行きます』

 

          *

 

 リリに手紙を預けた後、僕達五人は“ノーネーム”の居住区を出発し、噴水広場まで来ていた。。

 今朝方から賑にぎわいを見せる“六本傷”のカフェテラスに陣取ると、飛鳥は外門の近隣を見回して、

「噴水広場の近くに来るといつも思うのだけど………外門のあの悪趣味なコーディネートは、一体誰がしているの?」

 飛鳥は不快そうに呟く。

 それを聞いて、ジンはため息混じりに飛鳥へ説明した。

「箱庭の外門は地域の権力者がフロアマスターの提示するギフトゲームをクリアすることで、コーディネートする権利を得ます。一種の、コミュニティの広告塔の役割があるんですよ」

「そう………それであの外道の名残りが残っているの」

 フンッ、と不機嫌そうに髪を掻きあげる飛鳥。

 気を取り直すように飛鳥はカフェテラスの席に向き直る。

「それで、北側まではどうやって行けばいいのかしら?」

 飛鳥はそう言って、ジンに問う。

 その飛鳥の隣で、耀が小首を傾げながら答える。

「んー………でも北にあるっていうなら、とにかく北に歩けばいいんじゃないかな?」

「いやいや。正確な距離が分からないのにそれは無理なんじゃない?一日で着く距離にあるかも分からないんだし。ねえ、ジン。北側の境界壁までの距離ってどれくらいあるの?」

 僕がそう言うとジンは天を仰いで思考し、

「此処は少し北よりなので、大雑把でいいなら………980000㎞ぐらいかと」「「「「うわお」」」」

 僕達は同時に、声を上げた。

 

          *

 

「いくらなんでも遠すぎるでしょう!?」

 その数字を聞いて、カフェのテーブルを叩いて抗議する飛鳥。

 僕もその数字を聞いて、びっくりした。

「ええ、遠いですよ!!箱庭の都市は、中央を見上げた時の遠近感を狂わせるように出来ているため、肉眼で見た縮尺との差異が非常に大きいんです。今なら笑い話ですみますから………皆さんも、もう戻りませんか?」

「断固拒否」

「右に同じ」

「以下同文」

「皆が戻らないなら」

 ガクリ、と肩を落とすジン。

 僕ははっきり言って、どちらでもいい。

「黒ウサギ達にあんな手紙を残して引けるものですか!」

「だったらどうするんですか!!」

 ジンの言葉を聞いて僕は、

「白夜叉からの招待状だし、白夜叉に言ってみたら?」

「その手があったか」

「それもそうね。そうと決まれば、善は急げよ」

「ああ」

 こうして、僕達は“サウザンドアイズ”の支店に向かうのだった。

 

          *

 

 僕達は噴水広場を抜け“サウザンドアイズ”の支店の前で止まる。店前を掃除していた割烹着の女性店員に一礼され、

「お帰り下さい」

「まだ何も言ってないでしょう?」

 門前払いを受けていた。

 飛鳥は髪を掻きあげ、口を尖らせて抗議する。

「そこそこ常連客なんだし、もう少し愛想よくしてくれてもいいと思うのだけれど」

「常連客というのは店にお金を落としていくお客様の事を言うのです。何時も何時も換金しかしない者は、お客様ではなく取引相手と言うのです」

「あら、それもそうね。じゃあ御邪魔します」

 そう言って、店に上がり込もうとする僕達の目の前に立ち塞がる女性店員。

「だからうちの店は!“ノーネーム”御断りです!オーナーが居る時ならともかく今は」

「やっふぉおおおおおおお!ようやく来おったかマスター達いいいいいいい!」

 そう叫びながら、白夜叉がこちらに向かって降って来た。

 ズドォン!と地響きと土煙を上げながら荒々しく着地する。

「やあ、白夜叉。招待状、ありがとね。けど、北側への行き方がちょっと分からなくて………」

「よいよい、全部分かっておる。まずは店の中に入れ。条件次第では私が何とかしよう。………秘密裏に話しておきたい事もあるしな」

 白夜叉はスッと眼を細める。最後の言葉にだけ真剣な声音が宿る。

 それを聞いて、僕達は顔を見合わせ、悪戯っぽく笑う。

「それ、楽しい事?」

「さて、どうかの。まあマスター達次第だな」

 意味深に話す白夜叉。飛鳥達はジンを引きずりつつ、嬉々として暖簾をくぐる。僕もその後ろについていった。

 僕達は店内を通らず、中庭から白夜叉の座敷に招かれた。

 白夜叉は畳に腰を下ろし、厳しい表情を浮かべてジンに問う。

「本題の前にまず、一つ問いたい。“フォレス・ガロ”の一件以降、マスター達が魔王に関するトラブルを引き受けるとの噂があるそうだが………真か?」

「うん、そうだけど」

 僕はそう言って首肯する。白夜叉は小さく頷き、視線をジンに移す。

「ジンよ。それはコミュニティのトップとしての方針か?」

「はい。名と旗印を奪われたコミュニティの存在を手早く広めるには、これが一番いい方法だと思いました」

 ジンの返答に、白夜叉は鋭い視線を返す。

「リスクは承知の上なのだな?そのような噂は、同時に魔王を引きつけることにもなるぞ」

「覚悟の上です。それに仇の魔王からシンボルを取り戻そうにも、今の組織力では上層に行けません。決闘に出向く事が出来ないなら、誘き出して迎え撃つしかありません」

「無関係な魔王と敵対するやもしれん。それでもか?」

 その問いに、十六夜が不適な笑みで答える。

「それこそ望むところだ。倒した魔王を隷属させ、より強力な魔王に挑み“打倒魔王”を掲げたコミュニティ―――どうだ?修羅神仏の集う箱庭の世界でも、こんなにカッコいいコミュニティは他に無いだろ?」

「………ふむ」

 瞑想している白夜叉に、僕も言う。

「それに、白夜叉も僕の契約精霊とはいえノーネームの一員になるんだから、あまり心配しなくても大丈夫だよ。それで本題は?」

「うむ。実はその“打倒魔王”を掲げたコミュニティに、東のフロアマスターから正式に頼みたい事がある。此度の共同祭典についてだ。よろしいかな、ジン殿?」

「は、はい!謹んで承ります!」

 白夜叉にそう言われ、ジンは表情を明るくして応えた。

「さて、では何処から話そうかの………」

 そう言って、一息つく白夜叉。そして中庭に眼を向け、遠い目をした後にふっと思い出したように話し始める。

「ああ、そうだ。北のフロアマスターの一角が世代交代をしたのを知っておるかの?」

「え?」

「急病で引退だとか。まあ亜龍にしては高齢だったからのう。寄る年波には勝てなかったと見える。此度の大祭は新たなフロアマスターである、火龍の誕生祭でな」

「「龍?」」

 そう言って、期待の眼差しを十六夜と耀が見せる。白夜叉は苦笑しつつ説明を続けた。

「五桁・五四五四五外門に本拠を構える“サラマンドラ”のコミュニティ―――それが北のマスターの一角だ。ところでおんしら、フロアマスターについてはどの程度知っておる?」

「私は全く知らないわ」

「私も全く知らない」

「僕も詳しくは知らない」

「俺はそこそこ知ってる。要するに、下層の秩序と成長を見守る連中だろ?」

 十六夜が軽く説明する。僕達は説明を清聴した。

「しかし、北は複数のマスター達が存在しています。精霊に鬼種、それに悪魔と呼ばれる力ある種が混在した土地なので、それだけ治安も良くないですから………」

 ジンはそれだけ説明すると、悲しげに目を伏せた。

「けど、そうですか。“サラマンドラ”とは親交があったのですけど………まさか頭首が替わっていたとは知りませんでした。それで、今はどなたが頭首を?やっぱり長女のサラ様か、次男のマンドラ様が」

「いや、頭首は末の娘―――おんしと同い年のサンドラが火龍を襲名した」

 は?とジンが小首を傾げて一泊。二度ほど眼を瞬く。

 しかしすぐに驚嘆の声をあげたジンが身を乗り出して言う。

「サ、サンドラが!?え、ちょ、ちょっと待ってください!彼女はまだ十一歳ですよ!?」

「あら、ジン君だって十一歳で私達のリーダーじゃない」

「そ、それはそうですけど………!いえ、だけど、」

「なんだ?まさか御チビの恋人か?」

「ち、違っ、違います!失礼な事を言うのは止めてください!」

 ヤハハと茶化す十六夜と飛鳥。怒鳴り返すジン。

 それを放置して、白夜叉に聞く。

「それで僕達に何をして欲しいの?」

「そう急かすな。実は今回の誕生祭だが、北の次代マスターであるサンドラのお披露目も兼ねておる。しかしその幼さ故、東のマスターである私に共同の主催者(ホスト)を依頼してきたのだ」

「あら、それはおかしな話ね。北は他にもマスター達が居るのでしょう?ならそのコミュニティにお願いして共同主催すればいい話じゃない?」

「………うむ。まあ、そうなのだがの」

 急に歯切れが悪くなる白夜叉。

 言いにくそうに白夜叉がしていると、十六夜が隣から助け船を出した。

「幼い権力者を良く思わない組織がある。―――とか、在り来たりにそんなところだろ?」

「んー………ま、そんなところだ」

(まさか、そんな理由とは思わなかったな)

 飛鳥の顔が不愉快そうに歪む。僕と同じ事でも考えていたのだろう。

「………そう。神仏の集う箱庭の長達でも、思考回路は人間並みなのね」

「うう、手厳しい。だが全く持ってその通りだ。だが実は東のマスターである私に共同開催の話を持ち掛けてきたのも、様々な事情があってのことなのだ」

 申し訳なさそうに項垂れる白夜叉。

 重々しく口を開こうとした白夜叉を、耀がハッと気が付いたような仕草で止める。

「ちょっと待って。その話、まだ長くなる?」

「ん?んん、そうだな。短くともあと一時間程度はかかるかの?」

「それはまずいな。黒ウサギに追い付かれるかも」

 ハッ、と他の二人とジンも気が付く。

 気が付いたジンは咄嗟に立ち上がり、

「し、白夜叉様!どうかこのまま、」

「ジン君、黙りなさい!」

 ガチン!と勢い良くジンの下顎が閉じる。

 その隙を逃さず十六夜が白夜叉を促す。

「白夜叉!今すぐ北に向かってくれ!」

「む、むぅ?別に構わんが、何か急用か?というか、内容を聞かず受諾してよいのか?」

「構わねえから早く!事情は追々話すし何より―――その方が面白い!俺が保証する!」

 十六夜の言い分に白夜叉は瞳を丸くし、呵々と哄笑を上げて頷いた。

「そうか。面白いか。いやいや、それは大事だ!娯楽こそ我々神仏の生きる糧なのだからな。ジンには悪いが、面白いならば仕方がないのぅ?」

「………!!?…………!??」

 暴れるジンを取り押さえる。それを余所目に、白夜叉は両手を前に出し、パンパンと柏手を打つ。

「―――ふむ。これでよし。これで御望み通り、北側に着いたぞ」

「「「「―――………は?」」」」

ジンを縛りあげながら、僕達は素っ頓狂な声を上げる。

(今の僅かな時間でどうやって北側まで行ったんだ?)

 そんな事を考えていると、僕以外の三人は店外へ走り出した。

「ちょ、待ってよ」

 そう言って僕は他の三人を追いかけた。

 

          *

 

 僕達が店から出ると、熱い風が頬を撫でた。

 いつの間にか高台に移動した“サウザンドアイズ”の支店からは、街の一帯が展望できる。

 飛鳥は大きく息を呑み、感嘆の声を上げる。

「赤壁と炎と………ガラスの街………!?」

(すごいな………みんなもそう思う?)

 レスティア達からも感嘆の声が上がっている。

 キャンドルスタンドが二足歩行で町中を闊歩している様を見て、十六夜も喜びの声を上げた。

「へぇ……!980000kmも離れているだけあって、東とは随分と文化様式が違うんだな。歩くキャンドルスタンドなんて奇抜なもの、実際に見る日が来るとは思わなかったぜ」

「ふふ。しかし違うのは文化だけではないぞ。其処の外門から外に出た世界は真っ白な雪原でな。それを箱庭の都市の大結界と灯火で、常秋の様相を保っているのだ」

 白夜叉は自慢げに言う。十六夜は眼下の街に目を向けながら頷く。

「ふぅん。厳しい環境があってこその発展か。ハハッ、聞くからに東側より面白そうだ」

「………むっ?それは聞き捨てならんぞ小僧。東側だっていいものは沢山あるっ。おんしらの住む外門が特別寂れておるだけだわいっ」

 一転して拗ねるように口を尖らせる白夜叉。

 美麗な街並みを眺めていた飛鳥は指をさしながら言う。

「今すぐ降りましょう!あのガラスの歩廊に行ってみたいわ!いいでしょう白夜叉?」

「ああ、構わんよ。続きは夜にでもしよう。暇があればこのギフトゲームにも参加していけ」

 ゴソゴソと着物の袖から取り出したゲームのチラシ。僕達がチラシを覗き込むと、

 

「見ィつけた―――のですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 ズドォン!!と、ドップラー効果の効いた絶叫と共に、爆撃のような着地。

「ふ、ふふ、フフフフ………!ようぉぉぉやく見つけたのですよ、問題児様方………!」

 淡い緋色の髪を戦慄かせ、怒りのオーラを振りまく黒ウサギ。

 誰かがこちらに落ちてくるのには気づいていたので、オルトリンデに足止めを頼み、精霊魔術も使って全力で逃げるのだった。



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第十一話

 黒ウサギから逃げた後、人混みに紛れて身を隠す。

「まさかこんなにはやく見つかるとは………」

「あの手紙が原因だと思うけど」

「同感です」

 僕の言葉に答えたのは、呼び出していたエストとレスティアだ。

「まあ、あんなこと書かれたらね………」

 そんな会話をしながら三人で周りを見る。

「それにしても、すごいな………」

「確かにそうですね」

 周りには色々な作品が置いてあり、見ているだけでもかなり楽しい。

 遠くの方で爆音がして、笑い声が聞こえる。十中八九十六夜だろう。

「あー………十六夜達は見つかったのか」

「そうみたいね」

 少しして、レティシアが空から降りてくる。

「朔夜、見つけたぞ」

「あー………見つかったか」

「逃げないのか?」

「別に。エスト達と少し街を見れて満足だし。それで、オルトリンデは?戻ってきてないんだけど」

「ああ、それなら白夜叉に連れていかれたぞ」

「マジか………いったん戻るよ」

 そう言って、白夜叉のところに向かうのだった。

 

          *

 

 白夜叉のところに行く途中何故か瓦礫が周りに落ちており、そこには黒ウサギと十六夜がいた。

「何やってるの?」

「あ、朔夜さん。ようやく見つけましたよ!」

「ああ、もうレティシアに捕まったから」

「それならよかったのですよ………」

「そこまでだ貴様ら!!」

 黒ウサギとしゃべっていると、声が聞こえた。

 そちらを見ると、炎の龍紋を掲げ、蜥蜴の鱗を肌に持つ集団が来ていた。

 それを見た黒ウサギは頭を抱え、そして両手を上げるのだった。

 

          *

 

「随分と派手にやったようじゃの、おんしら」

「ああ。ご要望通り祭りを盛り上げてやったぜ」

「胸を張って言わないで下さいこのお馬鹿様!!!」

 スパァーン!と黒ウサギのハリセンが十六夜の頭に直撃する。

 その後ろでジンは頭を抱えている。

 何故か僕も黒ウサギ達と一緒に連行された後、運営本陣営の謁見の間に連れてこられた。

 前を見ると幼い少女がおり、彼女が今回の誕生祭の主催であるサンドラなのだろう。

 その傍にいる側近らしき軍服姿の男が鋭い目つきで前にでて、僕達の方を高圧的に見下す。

「ふん!“ノーネーム”の分際で我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな!相応の厳罰は覚悟しているか!?」

「これマンドラ。それを決めるのはおんしらの頭首、サンドラであろ?」

 白夜叉がマンドラと呼ばれた男を窘める。

 サンドラは上座にある豪奢な玉座から立ち上がり、僕達に声を掛けた。

「“箱庭の貴族”とその盟友の方。此度は“火龍誕生祭”に足を運んでいただきありがとうございます。貴方達が破壊した建造物の一件ですが、白夜叉様のご厚意で修繕してくださいました。負傷者は奇跡的になかったようなので、この件に関して私からは不問とさせて頂きます」

 チッと舌打ちをするマンドラ。十六夜が意外そうに声を上げる。

「へぇ?太っ腹な事だな」

「うむ。おんしらは私が直々に要請したのだからの。何より怪我人が出なかったことが幸いした。よって路銀と修繕は、報酬の前金とでも思っておくが良い」

 ほっと胸を撫で下ろす黒ウサギ。十六夜は軽く肩を竦ませる。

「………ふむ。いい機会だから、昼の続きを話しておこうかの」

 そう言って白夜叉が目配せをしサンドラがマンドラ以外の側近を下がらせる。

 人が居なくなると、サンドラは固い表情と口調を崩し、ジンに駆け寄る。

「ジン、久しぶり!コミュニティが襲われたと聞いて随分と心配していた!」

「ありがとう。サンドラも元気そうでよかった」

 同じく笑顔で接するジン。二人が親しげに話していると、

「その様に気安く呼ぶな、名無しの小僧!!!」

 そう言って、帯刀していた剣をジンに向かって抜く。ジンの首筋に触れる直前、十六夜が足の裏で受け止めた。十六夜はそれを蹴り返し、軽薄な笑みを浮かべる。

「……おい、知り合いの挨拶にしちゃ穏やかじゃねえぜ。止める気無かっただろオマエ」

「当たり前だ!サンドラはもう北のマスターになったのだぞ!誕生祭も兼ねたこの共同祭典に“名無し”風情を招き入れ、恩情を掛けた挙げ句、馴れ馴れしく接っされたのでは“サラマンドラ”の威厳に関わるわ!この“名無し”のクズが!」

 睨み合う十六夜とマンドラ。慌ててサンドラが止めに入る。

「マ、マンドラ兄様!彼らはかつての“サラマンドラ”の盟友!此方から一方的に盟約を切った挙げ句にその様な態度を取られては、我らの礼節に反する!」

「礼節よりも誇りだ!そんな事を口にするから周囲から見下されるのだと、」

「これマンドラ。いい加減に下がれ」

 呆れた口調で諌める白夜叉。しかし尚も食ってかかり、睨み返すマンドラ。

「“サウザンドアイズ”も余計な事をしてくれたものだ。同じフロアマスターとはいえ、越権行為にも程がある。『南の幻獣・北の精霊・東の落ち目』とはよく言ったもの。此度の噂も、東が北を妬んで仕組んだ事ではないのか?」

「マンドラ兄様ッ!!いい加減にしてください!!」

 サンドラが見かねて叱りつける。

 一つ気になることがあったので質問する。

「ねえ、噂って何のこと?それって僕達に協力して欲しいことと関係あるの?」

 うむ、と白夜叉は僕達全員の顔を一度見回した後、一枚の封書を取り出した。

「この封書に、マスター達を呼び出した理由が書いてある。………己の目で確かめるがいい」

 渡された封書を開けると、そこには只一文、こう書かれていた。

 

『火龍誕生祭にて、“魔王襲来”の兆しあり』

 

 成る程、だから僕達が呼ばれたのか。

 そんな事を考えながら十六夜の方に封書を渡す。

 十六夜もそれを見ると、普段の軽薄な笑みが完全に消えた。

「正直意外だったぜ。てっきりマスターの跡目争いとか、そんな話題だと思ったんだがな?」

「何ッ!?」

「謝りはせんぞ。内容を聞かずに引き受けたのはマスター達だからな」

「違いねえ………それで、俺達に何をさせたいんだ?魔王の首を取れっていうなら喜んでやるぜ?つーかこの封書はなんだ?」

「うむ。ではまずそこから説明しようかの」

 白夜叉がサンドラに目配せをする。サンドラが頷くと、白夜叉は神妙な面持ちで語り始めた。

「まずこの封書だが、これは“サウザンドアイズ”の幹部の一人が未来を予知した代物での」

「未来予知?」

「うむ。知っての通り、我々“サウザンドアイズ”は特殊な瞳を持つギフト保持者が多い。様々な観測者の中には、未来の情報をギフトとして与えておる者もおる。そやつから誕生祭のプレゼントとして贈られたのが、この“魔王襲来”という予言だったわけだ」

「へえ。予言という名の贈り物(ギフト)か。それで、この予言の信憑性はどれくらいなの、白夜叉?」

「うむ。上に投げれば下に落ちる、という程度のものだな」

 白夜叉の例えに、一瞬だけ疑わしそうに顔を歪ませる十六夜。

「………それ、予言なのか?上に投げれば下に落ちるのは当然だろ」

「予言だとも。何故ならそやつは“誰が投げた”も“どうやって投げた”も“何故投げた”も解っている奴での。ならば必然的に“何処に落ちてくるのか”を推理することができるだろ?これはそういう類の予言書なのだ」

 はい?と、十六夜は呆れた声を上げる。周囲の人間もその事実に言葉を失っていた。

 マンドラは顔を真っ赤にし、怒鳴り声を上げた。

「ふ、ふざけるな!!それだけ分かっていながら魔王の襲来しか教えぬだと!?戯言で我々を翻弄しようという狂言だ!!今すぐにでも棲み処に帰れッ!!」

「に、兄様………!これには事情があるのです………!」

 憤るマンドラを必死に窘めるサンドラ。

「なるほど。事件の発端に一石投じた主犯は既に分かっている。………けど、その人物の名前を出す事は出来ないんだな」

「うむ………」

 歯切れの悪い返事をする白夜叉。

 十六夜の言葉と白夜叉の態度でだいたいわかった。

「つまり魔王が火龍誕生祭に現れる為に策を弄した人物が他にいて、その人物は口に出すことができない立場ってことなの?」

 僕が白夜叉にそう言うと、ジンがハッと声を漏らし、サンドラの方を見る。

「まさか………他のフロアマスターが、魔王と結託して“火龍誕生祭”を襲撃すると!?」

 ジンの叫び声が謁見の間に響く。白夜叉は哀しげに深く嘆息した後、首を左右に振った。

「まだわからん。この一件はボスから直接の命令でな。内容は予言者の胸のうち一つに留めておくように厳命が下っておる。故に私自身はまだ確信には至っていない。………しかし、サンドラの誕生祭に北のマスター達が非協力的だった事は認めねばなるまいよ。なにせ共同主催の候補が、東のマスターである私に御鉢が回ってきたほどだ。北のマスターが非協力的だった理由が“魔王襲来”に深く関与しているのであれば………これは大事件だ」

 唸る白夜叉と、絶句する黒ウサギとジン。

 しかし十六夜は、得心がいかないように首を傾げている。

「それ、そんなに珍しいことなのか?」

「へ!?」

「お、おかしなことも何も、最悪ですよ!フロアマスターは魔王から下位のコミュニティを守る、秩序の守護者!魔王という天災に対抗できる、数少ない防波堤なんですよ!?」

「けど所詮は脳味噌のある何某だ。秩序を預かる者が謀をしないなんてのは、幻想だろ?」

「なるほど、一理ある。しかしなればこそ、我々は秩序の守護者として正しくその何某を裁かねばならん」

「けど目下の敵は、予言の魔王。ジン達には魔王のゲーム攻略に協力して欲しいんだ」

 サンドラの言葉に合点がいったように頷く。他のみんなも頷いている。

 これは失敗できないな。

「わかりました、“魔王襲来”に備え“ノーネーム”は両コミュニティに協力します」

「うむ、すまんな。協力する側のマスター達にすれば、敵の詳細が分からぬまま戦うことは不本意であろう。………だが分かって欲しい。今回の一件は、魔王を退ければよいというだけのものではない。これは箱庭の秩序を守るために必要な、一時の秘匿。主犯には何れ相応の制裁を加えると、我らの双女神の紋に誓おう」

「“サラマンドラ”も同じく。―――ジン、頑張って。期待してる」

「わ、分かったよ」

 ジンはそう言って頷く。白夜叉は硬い表情を一変させ、哄笑を上げた。

「そう緊張せんでもよいよい!魔王はこの最強のフロアマスター、白夜叉様が相手をする故な!マスター達はサンドラと露払いをしてくれれば良い。大船に乗った気でおれ!」

 双女神の紋が入った扇を広げ呵々大笑する白夜叉。

 僕も魔王とちょっと戦ってみたいな。

 十六夜もどこか不満そうだ。

「やはり露払いは気に食わんか、小僧」

 

「いいや?魔王ってのがどの程度か知るにはいい機会だしな。今回は露払いでいいが―――別に、何処かの誰かが偶然に魔王を倒しても、問題は無いよな?」

 挑戦的な笑みを浮かべる十六夜に、白夜叉は呆れた笑いで返す。

「よかろう。隙あらば魔王の首を狙え。私が許す」

「それなら僕もちょっと戦ってみたいんだけど、いいかな?」

「うむ。問題ない」

 交渉が成立した後、僕達は謁見の間で魔王が現れた際の段取りを決めて過ごした。




~おまけ~
「そういえば白夜叉」
「む?なんじゃマスター」
「オルトリンデはどこ?」
「それならあそこだ」
 そう言って、白夜叉が指さした方には何故かメイド服を着せられているオルトリンデが。
「白夜叉何やってんの!?」
「ちょっとあやつで着せ替えをしておっただけだ。それより、マスターに着せたい服があっての」
「着せたい服?」
「これだ!」
 そう言って見せてきたのは、オルトリンデと同じメイド服。
「これを着ろと?」
「うむ。マスターなら絶対似合う!だから着てくれ、頼む!」
 そう言って、土下座してくる。
「ちょっ!分かったから、土下座やめて!恥ずかしい」
「本当か!!」
「う、うん」
「なら今すぐじゃ!!」
「ちょ、引っ張らないで服がのびる!」
「ついでに他の服も着てもらうぞ」
「聞いてない!!」


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第十二話

「十六夜、何か悲鳴が聞こえてきたんだけど」

「あー………大方、白夜叉が黒ウサギにセクハラしてるんだろ」

 僕が言うと十六夜は海苔煎餅を齧りながら呆れたような声を出す。

 僕と十六夜は、ジンと例の女性店員とともに来賓質で歓談していた。

「そういえば、前々から気になっていたんだけどこの店ってどうやって移動してるの?」

「それは俺も気になってた」

「ああ、この店ですか?別に移動してきた訳じゃありません。“境界門(アストラルゲート)”と似通ったシステムと言って分かります?」

「「いや全然」」

 僕達が即答するとため息を吐き、少し砕けた口調で話してくれる。

「要約すると、数多の入り口が全て1つの内装に繋がるようになっているの。例えば蜂の巣………ハニカム型を思い浮かべてくれれば分かりやすいはずですよ」

 それを聞いて、十六夜が興味津々な顔つきで促す。

「へえ?つまり本店も支店も全部兼ね備えている、ということか?」

「違います。けどそうね、語弊がありました。境界門と違う点はそこです。境界門は全ての外門と繋がっているのに対し、“サウザンドアイズ”の出入り口は各階層に一つずつハニカム型の店舗が存在しているの」

「つまり“七桁のハニカム型支店”、“六桁のハニカム型支店”ってことでいいの?」

「そう。無論、本店の入り口は一つしかありませんが。この高台の店は立地が悪く、閉店となった過去の店。今回は白夜叉様が共同祭典に来られるということになり、一時的にこの店へ出入り口を繋げ、私室部と店内の空間を別に切り分けているの。店内へと繋がる正面玄関は、開かない仕組みになっておりますので悪しからず」

「あいよ」

「あら、そんなところで歓談中?」

 話しが一区切り付くと、湯殿から飛鳥達が来た。

 十六夜は椅子からそっくり返り、飛鳥達を眺める。

「………おお?コレはなかなか良い眺めだ。そうは思わないか朔夜と御チビ様?」

「はい?」

「何が?」

「黒ウサギやお嬢様の薄い布の上からでもわかる二の腕から乳房にかけての豊かな発育は扇情的だが相対的にスレンダーながらも健康的な素肌の春日部やレティシアの髪から滴る水が鎖骨のラインをスゥッと流れ落ちる様は視線を自然に慎ましい胸の方へと誘導するのは確定的にあ

 スパァーン!!

 黒ウサギが十六夜の頭をハリセンで叩く。

「変態しかいないのこのコミュニティは!?」

「白夜叉様も十六夜さんもみんなお馬鹿様ですッ!!」

「ま、まあ二人とも落ち着いて」

 慌てて宥めるレティシア。

「あははは………」

 僕も苦笑いだ。

 一人、頭を両手で抱えているジンの肩に、女性店員が同情的な手を置く。

「………君も大変そうですね」

「………はい」

 隣では同好の士を得たように白夜叉と十六夜が握手していた。

 

          *

 

 その後、レティシアと女性店員は来賓室を離れた。

 白夜叉は来賓室の席の中心に陣取り、両肘をテーブルに載せこの上なく真剣な声色で、

「それでは皆のものよ。今から第一回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を」

「始めません」

「始めます」

「始めませんっ!」

 白夜叉の提案に悪乗りする十六夜。速攻で断じる黒ウサギ。

「そういえば、黒ウサギの衣装は白夜叉がコーディネートしてるのよね?じゃあ私が着ているあの紅いドレスも?」

「おお、やはり私が贈った衣装だったか!あの衣装は黒ウサギからも評判が良かったのだが、如何せん黒ウサギには似合わんでな。何よりせっかくの美脚が」

「白夜叉様の異常趣向で却下されたのです。黒ウサギはあのドレスはとても可愛いと思っていたのですが………衣装棚の肥やしにするのも勿体ないと思った次第で。飛鳥さんは赤色がとても似合うので良かったのですよ」

「まあ、確かに飛鳥は赤が似合うよね」

「ふふ、ありがとう。二人が普段着ている服もとても似合っているわよ」

 そう言ってくれると嬉しいな。

 黒ウサギは複雑そうな表情を浮かべている。

「だが、マスターはその服も似合うが、メイド服なんかも似合うぞ」

「!?」

「おい、白夜叉どういうことだ」

「実はさっきマスターにいろんな服を着せていたんじゃ。まあ、時間的に三着ぐらいしか無理だったがの」

「へえ、もしかしてさっき朔夜が連れて行かれた時か?」

「ああ、ついでに写真もとっておいたんだが………見るか?」

「見る」

 即答か。というか飛鳥と耀も見に行ったんだけど。

 しばらくたち、三人が写真を見終わりようやく本題に入る。

「実は明日から始まる決勝の審判を黒ウサギに依頼したいのだ」

「あやや、それはまた唐突でございますね。何か理由でも?」

「うむ。おんしらが起こした騒ぎで“月の兎”が来ていると公になってしまっての。明日かろのギフトゲームで見られるのではないかと期待が高まっているらしい。“箱庭の貴族”が来訪したとの噂が広がってしまえば、出さぬわけにはいくまい。黒ウサギには正式に審判・進行役を依頼させて欲しい。別途の金銭も用意しよう」

 なるほど、と僕達は納得する。

「分かりました。明日のゲーム審判・進行はこの黒ウサギが承ります」

「うむ、感謝するぞ。………それで審判衣装だが、例のレースで編んだシースルーの黒いビスチェスカートを」

「着ません」

「着ます」

「断固着ませんッ!!あーもう、いい加減にしてください十六夜さん!」

 茶々を入れる十六夜。ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。

 すると、耀が思い出したように白夜叉に訊ねる。

「白夜叉。私が明日戦う相手ってどんなコミュニティ?」

「すまんがそれは教えられん。“主催者”がそれを語るのはフェアではなかろ?教えてやれるのはコミュニティの名前までだ」

 パチン、と白夜叉が指を鳴らすと羊皮紙が現れ、文章が浮かび上がる。

 そこに書かれているコミュニティの名前を見て、飛鳥が驚いたように目を丸くした。

「“ウィル・オ・ウィスプ”に―――“ラッテンフェンガー”ですって?」

「うむ。この二つは珍しい事に六桁の外門、一つ上の階層からの参加でな。格上と思ってよい。詳しくは話せんが、余程の覚悟はしておいた方がいいぞ」

 白夜叉の真剣な忠告に頷く耀。

 一方の十六夜は、“契約書類(ギアスロール)”を睨みながら物騒に笑う。

「へえ………“ラッテン・フェンガー”?成程、“ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)”のコミュニティか。なら明日の敵はさしずめ、ハーメルンの笛吹き道化だったりするのか?」

 それを聞いて黒ウサギと白夜叉が驚嘆の声を上げた。

「ハ、“ハーメルンの笛吹き”ですか!?」

「まて、どういうことだ小僧。詳しく話を聞かせろ」

 なんで二人はこんなに驚いてるんだろう。十六夜もびっくりしているし。

「ああ、すまんの。最近召喚されたマスター達はしらんのだな。―――“ハーメルンの笛吹き”とは、とある魔王の下部コミュニティだったものの名だ」

「何?」

「魔王のコミュニティ名は“幻想魔道書群(グリムグリモワール)”。全二〇〇篇以上にも及ぶ魔書から悪魔を呼び出した、驚異の召喚士が統べたコミュニティだ」

「しかも一篇から召喚される悪魔は複数。特に目を見張るべきは、その魔書の一つ一つに異なった背景の世界が内包されているということです。魔書の全てがゲーム盤として確立されたルールと強制力を持つという、絶大な魔王でございました」

「――――へえ?」

「けどその魔王はとあるコミュニティとのギフトゲームで敗北し、この世を去ったはずなのです。………しかし十六夜さんは“ラッテンフェンガー”が“ハーメルンの笛吹き”だと言いました。童話の類は黒ウサギも詳しくありませんし、万が一に備えご教授して欲しいのです」

 十六夜は悪戯を思いついたようにジンの頭をガシッと掴んだ。

「なるほど、状況は把握した。そういうことなら、ここは我らが御チビ様にご説明願おうか」

「え?あ、はい」

 僕達の視線がジンに集まる。

 十六夜がジンの頭を掴んで寄せ、何かを耳打ちしたあと、コホン、とジンは咳払いする。そしてゆっくり語り始めた。

「“ラッテンフェンガー”とはドイツという国の言葉で、意味はネズミ捕りの男。このネズミ捕りの男とは、グリム童話の魔書にある“ハーメルンの笛吹き”を指す隠語です。大本のグリム童話には、創作の舞台に歴史的考察が内包されているものが複数存在します。“ハーメルンの笛吹き”もその一つ。ハーメルンとは、舞台になった都市の名前です」

「ふむ。ではその隠語が何故にネズミ捕りの男なのだ?」

「グリム童話の道化師が、ネズミを操る道化師だったとされるからです」

 白夜叉の質問に滔々と答えるジン。その隣で、飛鳥が静かに息を呑んでいる。

 飛鳥には何か心当たりがあるようだ。

「ふーむ。“ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)”と“ハーメルンの笛吹き”か………となると、滅んだ魔王の残党が火龍誕生祭に忍んでおる可能性が高くなってきたのう」

「YES。参加者が“主催者権限(ホストマスター)”を持ち込むことが出来ない以上、その路線はとても有力になってきます」

「うん?なんだそれ、初耳だぞ」

「おお、そうだったな。魔王が現れると聞いて最低限の対策を立てておいたのだ。私の“主催者権限”を用いて祭典のルールに条件を加えることでな。詳しくはコレを見よ」

 

 白夜叉が指を振ると光り輝く羊皮紙が現れた。そこには誕生祭の諸事項が記されている。

 

『§ 火龍誕生祭 §

 

 ・参加に際する所持項欄

   一、一般参加は舞台区画内・自由区画内でコミュニ

     ティ間のギフトゲームの開催を禁ず。

   二、“主催者権限”を所持する参加者は、祭典のホ

     ストに許可なく入る事を禁ず。

   三、祭典区画内で参加者の“主催者権限”の使用を

     禁ず。

   四、祭典区域にある舞台区画・自由区画に参加者以

     外の侵入を禁ず。

 

  宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

                “サラマンドラ”印』

 

「確かにこのルールなら魔王が襲ってきても“主催者権限”を使うのは不可能だね」

「うむ。まあ、押さえるところは押さえたつもりだ」

「そっか」

 僕がそう言うと、十六夜も納得したように頷く。

「けど驚きました。ジン坊っちゃん、どこで“ハーメルンの笛吹き”を知ったのです?」

「べ、別に。十六夜さんに地下の書庫を案内している時に、ちょっとだけ目に入って………」

「ふむ、そうか。何にせよ情報としては有益なものだったぞ。しかしゲームを勝ち抜かれてしまったのはやや問題ありだの。サンドラの顔に泥を塗らぬよう監視を付けておくが―――万一の際は、おんしらの出番だ。頼むぞ」

 僕達全員はその言葉に頷いて返す。

 その後は解散となり、僕は自分に宛がわれた部屋に移動した。



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第十三話

 翌日僕達“ノーネーム”一同は、運営側の特別席に腰かけていた。一般席が空いていないということで、サンドラが舞台を上から見る事のできる本陣営のバルコニーに席を用意してもらっていた。

 十六夜が嬉々とした面持ちで白夜叉に問いかける。

「ところで白夜叉。黒ウサギが審判をする許可は下りたのか?」

「うむ。黒ウサギには正式に審判・進行役を依頼させてもらったぞ」

「そうか。けど“箱庭の貴族”の審判が無くてもギフトゲームを進行する事は出来るだろ?なら審判をする事に何の意味がある?」

 十六夜が小首を傾げて問う。中央に座っているサンドラが前に出て口を開いた。

「ジャッジマスターである“箱庭の貴族”が審判をしたゲームは“箔”付きのゲーム。ルール不可侵の正当性は、箱庭の名誉ある戦いに昇華され、記録される。箱庭の中枢に記録される事は両コミュニティが誇りの下に戦ったという太鼓判。これは、とても大事」

「へえ。それじゃあサンドラの誕生祭は箔付きのゲームとして認定されたってことなんだ」

 マンドラがこちらを睨んできたが、無視してそう答えた。

 

 そして、決勝の準備が進んでいった。

 日が昇りきり、開催の宣言のために黒ウサギが舞台中央に立つ。

『長らくお待たせいたしました!火龍誕生祭のメインギフトゲーム・“造物主達の決闘”の決勝を始めたいと思います!進行及び審判は“サウザンドアイズ“の専属ジャッジでお馴染み、黒ウサギがお務めさせていただきます♪』

 黒ウサギが満面の笑みを振りまくと、歓声以上の奇声が聞こえてきた。

「うおおおおおおおおおお月の兎が本当にきたあああああああぁぁぁぁああああああ!!」

「黒ウサギいいいいいいい!お前に会うため此処まできたぞおおおおおおおおおお!!」

「今日こそスカートの中を見てみせるぞおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉお!!」

 黒ウサギは笑顔を見せながらもへにょり、とウサ耳を垂れさせて怯んでいる。

「随分と人気者なんだね………」

 かなりうるさい。というか、僕も昔似たようなことがあったな。

『騒がしいわね』

 うん。僕もそれには同感。

「そういえば白夜叉。黒ウサギのミニスカートを絶対に見えそうで見えないスカートにしたのはどういう了見だオイ。チラリズムなんて趣味が古すぎるだろ。昨夜に語りあったお前の芸術に対する探究心は、その程度のものなのか?」

「そんなことを語っていたの?」

 飛鳥がお馬鹿じゃないの?と言っているが二人には聞こえていない。

「フン。おんしも所詮その程度の漢であったか。そんな事ではあそこに群がる有象無象となんら変わらん。おんしは真に芸術を解する漢だと思っていたのだがの」

「………へぇ?言ってくれるじゃねえか。つまりお前には、スカートの中身を見えなくすることに芸術的理由があるというんだな?」

 無論、と白夜叉は首肯する。

「考えてみよ。おんしら人類の最も大きな動力源はなんだ?エロか?成程、それもある。だが時にそれを上回るのが想像力!未知への期待!知らぬことから知ることの渇望!!小僧よ、貴様程の漢ならばさぞかし数々の芸術品を見てきたことだろう!!その中にも、未知という名の神秘があったはず!!例えばそう!!モナリザの美女の謎に宿る神秘性ッ!!ミロのヴィーナスの腕に宿る神秘性ッ!!星々の海の果てに垣間見えるその神秘性ッ!!そして乙女のスカートに宿る神秘性ッ!!それらの神秘に宿る圧倒的な探究心は、同時に至る事のできない苦汁! その苦渋はやがて己の裡においてより昇華されるッ!!何者にも勝る芸術とは即ち―――己が宇宙の中にあるッ!!」

「なッ………己が宇宙の中に、だと………!?」

 何言ってるんだろう、この二人。

 そう思って、白夜叉達に冷たい視線を向ける。

「そうだッ!!真の芸術は内的宇宙に存在するッ!!乙女のスカートの中身も同じなのだ!!見えてしまえば只々下品な下着達も―――見えなければ芸術だッ!!!」

 ほんと、何言ってるんだろう。ちょっと僕には着いていけそうもない。

 そして白夜叉が十六夜に双眼鏡を差し出す。

「この双眼鏡で、今こそ世界の真実を確かめるがいい。若き勇者よ。私はお前が真のロマンに到達できる者だと信じておるぞ」

「………ハッ。元・魔王様にそこまで煽られて、乗らないわけにはいかねえな………!」

 そう言って、二人は双眼鏡で黒ウサギの方を見ている。

 もう、あの二人は放置しよう。

 

          *

 

ギフトゲーム名は“アンダーウッドの迷路”。

 普通なら耀にも勝つ可能性はあった。

 でもまさか不死の怪物ジャック・オー・ランタンなんてのが出てくるとは。

 耀は業火の炎に追い詰められ、静かにゲーム終了を宣言した。

「………負けてしまったわね、春日部さん」

「ま、そういう事もあるさ。気になるなら後でお嬢様が励ましてやれよ」

 気落ちする飛鳥と、軽快に笑う十六夜。

「シンプルなゲーム盤なのに、とても見応えのあるゲーム。貴方達が恥じる事は何も無い」

「うむ。シンプルなゲームはどうしてもパワーゲームに成りがちだが、中々堂に入ったゲームメイクだったぞ。あの娘は単独の戦いより、そちらの才能があるのやもしれんな」

 白夜叉の言葉を聞きながら、なんとなく空を見上げる。

 上空には真っ黒い封書が。十六夜も気づいたようだ。

「…………ねえ、白夜叉。アレ何?」

「何?」

 白夜叉も空を見上げる。下の方では黒ウサギが驚愕の声を上げている。

「黒く輝く“契約書類(ギアスロール)”………ま、まさか!?」

 落ちてきた羊皮紙の一枚を手に取り、目を通す。そこにはこう書かれていた。

 

『ギフトゲーム名 “The PIED PIPER of HAMELIN”

 

 ・プレイヤー一覧

    ・現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇     外門

    ・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の

     全コミュニティ。

 

 ・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター

     ・太陽の運行者・星霊 白夜叉。

 

 ・ホストマスター側 勝利条件

     ・全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

 ・プレイヤー側 勝利条件

     一、ゲームマスターを打倒。

     二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

  宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。                “グリムグリモワール・ハーメルン”印』

 

 数多の黒い封書が舞い落ちる中、静まり返る舞台会場。

 観客席の中で一人、叫び声を上げた。

「魔王が………魔王が現れたぞオオオォォォォ――――!!!」



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第十四話

 戦闘描写が上手く書けない


 突如として白夜叉の全身が黒い風に包まれ、彼女の周囲を球体に包み込む。

「な、何ッ!?」

「白夜叉様!?」

 サンドラが白夜叉に手を伸ばしたが、バルコニーに吹き荒れる黒い風に阻まれた。

「きゃ………!」

「お嬢様、掴まれ!」

 空中に投げ出された十六夜が飛鳥を抱きかかえて着地する。

 僕も風の精霊魔術を使って、十六夜の方に降りる。

「ちっ。“サラマンドラ”の連中は観客席に飛ばされたか」

 ジン達が舞台袖から出てきたので、黒ウサギに質問する。

「魔王が現れたってことでいい?」

「はい」

 黒ウサギが真剣な表情で頷く。

 十六夜が真剣な表情で、黒ウサギに聞く。

「白夜叉の“主催者権限(ホストマスター)”が破られた様子は無いんだな?」

「はい。黒ウサギがジャッジマスターを務めている以上、誤魔化しは利きません」

「なら連中は、ルールに則った上でゲーム盤に現れているわけだ。………ハハ、流石は本物の魔王様。期待を裏切らねえぜ」

「どうするの?ここで迎え撃つ?」

「ああ。けど全員で迎え撃つのは具合が悪い。それに“サラマンドラ”の連中も気になるからな」

「では黒ウサギがサンドラ様を捜しに行きます。その間は十六夜さんとレティシア様と朔夜さんの三人で魔王に備えてください。ジン坊ちゃん達は白夜叉様をお願いします」

「分かったよ」

 レティシアとジンが頷く。今回は自由に動くわけではないみたいだ。

「ふん………また面白い場面を外されたわ」

「そう言うなお嬢様。“契約書類(ギアスロール)”には白夜叉がゲームマスターだと記述されてる。それがゲームにどんな影響を及ぼすか確かめねえと―――」

「お待ちください」

 声がした方向に振り向くと、“ウィル・オ・ウィスプ”の二人がいた。

「おおよその話は分かりました。魔王を迎え撃つというなら我々“ウィル・オ・ウィスプ”も協力しましょう。いいですね、アーシャ」

「う、うん。頑張る」

「では御二人は黒ウサギと一緒にサンドラ様を捜し、指示を仰ぎましょう」

 僕達は視線を交わして頷き合い、各々の役目に向かって走り出す。

「見ろ!魔王が降りてくるぞ!」

 上空に見える人影が落下してくる。

 十六夜はそれを見るや否や両拳を強く叩き、僕達に向かって叫ぶ。

「んじゃいくか!黒い奴と白い奴は俺が、デカイのと小さいのは任せた!」

「分かった」

「了解した主殿」

 僕にレティシアの返事を聞くと、十六夜は嬉々として身体を伏せ、舞台会場を砕く勢いで境界壁に向かって跳躍した。

 

          *

 

 白い人物は、飛鳥達の方に向かったのでオルトリンデに行ってもらう。

 レティシアに陶器の巨兵を任せ、僕は斑模様のワンピースを着た少女の方に行く。

「ふっ」

 両手に剣を出して少女に切りつける。すると、少女の手から黒い風が出てきて防ごうとする。だが、黒い風は魔王殺しの聖剣(デモン・スレイヤー)に切り裂かれる。

「へぇ………貴女、面白いわね。いい手駒になりそう」

「それはどうも」

 少女は剣を避けると、黒い風を出してこちらを捕まえようとしてきた。

「っ」

 嫌な予感がしたので、少女から離れる。

 そして、また攻撃しようとした瞬間、紅い閃光が巨兵を撃ち抜いた。

「BRUUUUUUUUUUM!!」

 撃ち抜いた中心から溶解する巨兵。

「………そう。ようやく現れたのね。待っていたわ。逃げられたのではと心配していたところよ」

「………目的はなんですか、ハーメルンの魔王」

「あ、ソレ間違い。私のギフトネームの正式名称は“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”よ」

「………。二十四代目“火龍”、サンドラ」

「自己紹介ありが

「はっ」

 少女が言い切る前に死を呼ぶ雷閃(ヴォーパル・ブラスト)を放つ。

「話の邪魔をするとは酷いじゃない」

「油断はしない主義なんで」

 その攻撃は、黒い風で受け止められる。

 轟々と荒ぶる火龍の炎を、黒々とした不気味な暴風で受け止める。

 二つの衝撃波は空間を歪め、強大な力の波となって周囲を満たし、境界壁を照らすペンダントランプを余波のみで砕く。

 砕けたペンダントランプの残骸は、僕達の戦いを彩るかの如く煌めきを放って霧散した。

 

 しばらく戦っていると、激しい雷鳴が鳴り響いた。

 そちらを見ると黒ウサギが金剛杯を掲げ、高らかに宣言した。

 

「“審判権限(ジャッジマスター)”の発動が受理されました!これよりギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELIN”は一時中断し、審議決議を執り行います!プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください!繰り返します―――」



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第十五話

 僕達“ノーネーム”一同と、その他の参加者達は宮殿に集められていた。

 そのあたりをうろうろしていると、黒ウサギとジンが心配そうな表情で近づいてくる。十六夜もこちらに来た。

「朔夜さん、ご無事でしたか!?」

「うん。ほとんど怪我ないよ。他の人は?」

「残念ながら、十六夜さんと朔夜さんと黒ウサギを除けば満身創痍です。飛鳥さんに至っては姿も確認出来ず………すみません、僕がしっかりしていれば………!」

悔しそうに頭を下げるジン。

「いや、ジンのせいばかりじゃないよ。僕もオルトリンデをいかせてたんだけど守りきれなかったし」

 今の状態はかなり厳しい。レティシアと耀もかなり疲弊しているみたいだ。

「白夜叉様の伝言を受け取り、すぐさま審議決議を発動させたのですが………少し遅かったようですね」

「そもそも審議決議ってのはなんのことだ?」

「“主催者権限”によって作られたルールに、不備がないかどうかを確認する為に与えられたジャッジマスターが持つ権限の一つでございます」

「ルールに不備?」

「YES。ジン坊っちゃんの伝言によると『今回のゲームは勝利条件が確立されていない可能性がある』との事でした。真偽はともかく、ゲームマスターに指定された白夜叉様に異議申し立てがある以上、“主催者(ホスト)”と“参加者(プレイヤー)”でルールに不備がないかを考察せねばなりません。それに一度始まったギフトゲームを強制中断出来るわけですから。奇襲を仕掛けてくる事が常の魔王に対抗するための権限、という側面もあります」

「へえ、無条件でゲームの仕切り直しが出来るんだ。でも、それだけ強力な権限なら何かデメリットが有るんじゃないの?」

「ええ、勿論存在します。審議決議を行ってルールを正す以上、これは“主催者(ホスト)”と“参加者(プレイヤー)”による対等のギフトゲーム。………えっと、単刀直入に説明しますと“このギフトゲームによる遺恨を一切持たない”、という相互不可侵の契約が交わされるのですヨ」

 その説明に、十六夜は片眉を歪ませる。

「………つまりゲームで負ければ最後、他の“サウザンドアイズ”や“サラマンドラ”は報復行為を理由にギフトゲームを挑むことが出来ない、ってことか」

「YES。ですので、負ければ救援は来ないものと思ってください」

「ハッ、最初から負けを見据えて勝てるかよ」

 十六夜が失笑すると、大広間の扉が開く。入ってきたのはサンドラとマンドラの二人だ。サンドラは緊張した面持ちで、僕達参加者に告げる。

「今より魔王との審議決議に向かいます。同行者は五名です―――まずは“箱庭の貴族”である、黒ウサギ。“サラマンドラ”からはマンドラ。その他に“ハーメルンの笛吹き”に詳しい者がいるのならば交渉に協力して欲しい。誰か立候補する者はいませんか?」

 参加者にどよめきが広がる。

(みんな、知ってる?)

 レスティア達にそう聞くと、

『知ってるわよ』

 レスティアから返事が帰ってくる。

 少しして、十六夜がジンの首根っこを掴んで、

「“ハーメルンの笛吹き”についてなら、このジン=ラッセルが誰よりも知っているぞ!」

「………は?え、ちょ、十六夜さん!?」

 十六夜が突然声を上げ、それに驚くジン。

「めっちゃ知ってるぞ!とにかく詳しいぞ!役に立つぞ!この件で“サラマンドラ”に貢献できるのは、“ノーネーム”のリーダー・ジン=ラッセルを、措いて他にいないぞ!」

「ジンが?」

 キョトン、とした顔を向けるサンドラ。だが、次の瞬間にはキリッ!と表情を戻す。

「他に申し出がなければ“ノーネーム”のジン=ラッセルにお願いしますが、よろしいか?」

 サンドラの決定に再びどよめきが広がる。

「“ノーネーム”が………?」「何処のコミュニティだよ」「信用できるのかしら」「決勝に残っていたコミュニティか?」「ありえねえ」「おい、他に立候補者は―――」

 周りがいろいろ言っている間に十六夜のところに行き、一応聞いておく。

「十六夜、レスティアが知ってるみたいだし僕も着いていっていい?」

「ああ。問題ないぜ」

 問題ないと言われたので僕も着いていく事にする。

 そして、十六夜はジンの方を向いて何かを言った後、交渉に向かうのだった。

 

          *

 

「それではギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELN”の審議決議、及び交渉を始めます」

 僕達の前には、斑のワンピースを着た少女が座り、その両隣に軍服を着た男(オルトリンデの話ではヴェーザーと呼ばれていた)と白装束を着た女性(こちらも同じくラッテンと呼ばれていた)が立っている。そして、サンドラに倒されたのがシュトロムらしい。

(ねえ、レスティア。真ん中の子の正体分かる?)

『そうね。ギフトネームからして、黒死病(ペスト)かしら?』

(うん。ありがとう)

 

「まず“主催者(ホスト)”側に問います。此度のゲームですが、」

「不備は無いわ」

 斑の少女は言葉を遮るように吐き捨てる。

「今回のゲームに不備・不正は一切ないわ。白夜叉の封印も、ゲームのクリア条件も全て調えた上でのゲーム。審議を問われる謂われはないわ」

「………受理してもよろしいので?黒ウサギのウサ耳は箱庭の中枢と繋がっております。嘘を吐いてもすぐ分かってしまいますヨ?」

「ええ。そしてそれを踏まえた上で提言しておくけれど。私達は今、無実の疑いでゲームを中断させられているわ。つまり貴女達は、神聖なゲームにつまらない横槍を入れているということになる。―――言ってること、分かるわよね?」

 そう言って、サンドラを見つめる。

「不正がなかった場合………主催者側に有利な条件でゲームを再開させろ、と?」

「そうよ。新たなルールを加えるかどうかの交渉はその後にしましょう」

「………わかりました。黒ウサギ」

「は、はい」

 少し動揺したように頷く黒ウサギ。黒ウサギは天を仰ぎ、ウサ耳をピクピクと動かす。

 少しして、黒ウサギが気まずそうに顔を伏せる。

「………。箱庭からの回答が届きました。此度のゲームに、不備・不正はありません。白夜叉様の封印も、正当な方法で造られたものです」

「当然ね。じゃ、ルールは現状を維持。問題はゲーム再開の日取りよ」

「日取り?日を跨ぐと?」

 サンドラが意外そうに声を上げた。周りの人間も同じだ。

「ジャッジマスターに問うわ。再開の日取りは最長で何時頃になるの?」

「さ、最長ですか?ええと、今回の場合だと……一ヶ月でしょうか」

「じゃ、それで手を―――」

「待ちな!」

「待ってください!」

「待って!」

 僕達三人は同時に声を上げる。

「……なに?時間を与えてもらうのが不満?」

「いや、ありがたいぜ?だけど場合によるね。………俺達は後でいい。御チビ、先に言え」

「はい。主催者に問います。貴女の両隣にいる男女は“ラッテン”と“ヴェーザー”だと聞きました。そしてもう一体が“(シュトロム)”だと。なら貴女の名は………“黒死病(ペスト)”ではないですか?」

「ペストだと!?」

 やはりレスティアが言ったことは当たっていたか。

「ペスト………そうか、だからギフトネームが“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”!」

「ああ、間違いない。そうだろ魔王様?」

「………。ええ。正解よ」

 涼やかな微笑で少女―――ペストは頷く。

「御見事、名前も知らない貴方。よろしければ貴方とコミュニティの名前を聞いても?」

「………“ノーネーム”、ジン=ラッセルです」

 コミュニティの名前を聞いたペストは、少し意外そうに瞳を開いた。

「そっ、覚えとくわ。………だけど確認を取るのが遅かったわね。私達はゲーム再開の日取りを左右できると言質を取っているわ。勿論、参加者の一部には病原菌を潜伏させている。ロックイーターの様な無機生物や悪魔でもない限り発症する、呪いそのものを」

「ジャ、ジャッジマスターに提言します!彼らは意図的にゲームの説明を伏せていた疑いがあります!もう一度審議を、」

「駄目ですサンドラ様!ゲーム中断前に病原菌を潜伏させていたとしても、その説明責任を主催者(ホスト)側が負う事はありません。また彼らに有利な条件を押しつけられるだけです………!」

 ぐっと言葉を呑みこむサンドラ。

 その姿を見て、その場にいる僕達参加者に問う。

「此処にいる人たちが、参加者側の主力と考えていいのかしら?」

「……………」

「マスター。それで正しいと思うぜ」

 黙っている僕達の代わりに、ヴェーザーが答える。

「なら提案しやすいわ。―――ねぇ皆さん。此処にいるメンバーと白夜叉。それらが“グリムグリモワール・ハーメルン”の傘下に降るなら、他のコミュニティは見逃してあげるわよ?」

「なっ、」

「私、貴方達の事が気に入ったわ。サンドラは可愛いし。ジンは頭いいし。そこの袴を着た子も強いし」

 どうやら、僕のことのようだ。

「私が捕まえた紅いドレスの子もいい感じですよマスター♪」

 ラッテンが愛嬌たっぷりに言う。

「ならその子も加えて、ゲームは手打ち。参加者全員の命と引き換えなら安いものでしょ?」

 微笑を浮かべ、小首を傾げるペスト。

 一応、ペストの呪いをどうにかする方法はある。

「………これは白夜叉様からの情報ですが。貴方達“グリムグリモワール・ハーメルン”はもしや、新興のコミュニティなのでしょうか?」

「答える義務はないわ」

 即答だった。しかしそれが逆に不自然だ。

「なるほど、新興のコミュニティ。優秀な人材に貪欲なのはその為か」

「……………」

「おいおい、このタイミングの沈黙は是ととるぜ?いいのか魔王様?」

 十六夜は挑発的に笑う。ペストは笑みを消し、十六夜を睨んだ。

「……だからなに?私達が譲る理由は無いわ」

「いいえあります。何故なら貴女達は、僕らを無傷で手に入れたいと思っているはずですから。もしも1ヵ月も放置されたら、きっと僕達死んでしまいます。………だよねサンドラ」

「え?あ、うん」

「そう。死んでしまえば手に入らない。だから貴女はこのタイミングで交渉を仕掛けた。実際に三十日が過ぎて、その中で失われる優秀な人材を惜しんだんだ」

 ジンは断言して言い切る。

 しかしペストは、それでもなお憮然と言い返す。

「もう一度言うけど。だからなに?私達には再開の日取りを自由にする権利がある。一ヶ月でなくても………二十日。二十日後に再開すれば、病死前の人材を、」

「では発症したものを殺す」

 突然の言葉にマンドラの方に振り向く。

「例外は無い。縦令サンドラだろうと“箱庭の貴族”だろうと………この私であろうと殺す。フロアマスターである“サラマンドラ”の同士に、魔王へ投降する脆弱なものはおらん」

 その発言を聞いて、十六夜が何か閃いた様に言う。

「黒ウサギ。ルールの改変はまだ可能か?」

「へ?………あ、YES!」

 黒ウサギはピン!とウサ耳を伸ばして答える。

「交渉しようぜ、“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”。俺達はルールに“自決・同士討ちを禁ずる”と付け加える。だから再開を三日後にしろ」

「却下。二週間よ」

 僕は気になったことがあるので聞く。

「今のゲームって、黒ウサギの扱いはどうなってるの?」

「黒ウサギは大祭の参加者でありましたが、審判の最中だったので十五日間はゲームに参加できない事になっています。………主催者側の許可があれば別ですが」

「よし、それだ魔王様。黒ウサギは参加者じゃないからゲームで手に入れられない。けど黒ウサギを参加者にすれば手に入る。どうだ?」

「………十日。これ以上は譲れないわ」

「ちょ、ちょっとマスター!?“箱庭の貴族”に参戦許可を与えては………!」

「だって欲しいもの。ウサギさん」

 ラッテンの言葉にそっけなく返すペスト。

 全員が他に何かないか考えている間に、

「ちょっといいかな?」

「何かしら」

「僕にはあらゆる呪いをとくギフトがあるんだけど、それを使ってみんなを治さない。これならどう?」

「………一週間よ。それ以上は無理」

「分かった。これで問題ない?」

 十六夜達に聞くと、頷く。

「ねえ………貴女、名前は?」

「神代朔夜」

「そう、覚えたわ」

 ペストがそう言った後、激しく黒い風が吹き抜ける。

 すると、一枚の黒い“契約書類(ギアスロール)”が残る。

 

『ギフトゲーム名“The PIED PIPER of HAMELIN”

 

 ・プレイヤー一覧

       ・現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ(“箱庭の貴族”を含む)。

 

 ・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター

       ・太陽の運行者・星霊  白夜叉(現在非参戦のため、中断時の接触禁止)。

 

 ・プレイヤー側・禁止事項

       ・自決及び同士討ちによる討ち死に。

       ・休止期間中にゲームテリトリー(舞台区画)からの脱出を禁ず。

       ・休止期間の自由行動範囲は、本祭本陣営より500m四方に限る。

       ・神代 朔夜は呪いの治療不可。

 

 ・ホストマスター側 勝利条件

        ・全プレイヤーの屈服・及び殺害

 

 ・プレイヤー側 勝利条件

        ・ゲームマスターを打倒。

        ・偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 ・休止期間

        ・一週間を、相互不可侵の時間として設ける。

 

  宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

                      〝グリムグリモワール・ハーメルン〟印』



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第十六話

 一週間後、宮殿の大広間には五〇〇人程が集まっていた。

「今回のゲームの行動方針が決まりました。動ける参加者はそれぞれ重要な役割を果たしていただきます。ご清聴ください………マンドラ兄様。お願いします」

 サンドラの言葉に、マンドラが前に出て書状を読み上げる。

 

「其の一。三体の悪魔は“サラマンドラ”とジン=ラッセル率いる“ノーネーム”が戦う。

 其の二。その他の者は、各所に配置された一三〇枚のステンドグラスの捜索。

 其の三。発見した者は指揮者に指示を仰ぎ、ルールに従って破壊、もしくは保護すること」

 

「ありがとうございます。―――以上が、参加者側の方針です。魔王とのラストゲーム、気を引き締めて戦いに臨んで下さい」

 おおと雄叫びが上がる。ゲーム再開の間際だが、クリアに向けて明確な方針出来た事で士気が上がったのだろう。

 こうして、僕達は動き出すのだった。

 

          *

 

 ゲーム再開の合図は、激しい地鳴りと共に起きた。

 激しい閃光が発生し、それが止むと辺りは見たこともない別の町並みになっていた。

 こんなことも出来るのか………魔王ってすごいな。

 そんなことを考えながらペストを探していると、

「見つけたよ、ペスト」

「あら、早かったわね。それで早速戦うの?」

 そうペストが聞いてきた。それに答えようとしたところで、

「見つけましたよ“黒死斑の魔王”」

 そう言いながら、サンドラと黒ウサギが来る。

「二人とも早かったね。流石」

「これでも月の兎ですから。それよりも、朔夜さんは下がってください」

 そう言って、ペストに突撃する黒ウサギとサンドラ。

 だが、二人の攻撃はペストの黒い風に守られ、当たらない。

 僕も魔氷の弓(フリージング・アロー)を出して攻撃するが、全く効かない。

(やっぱり、魔王殺しの聖剣(デモン・スレイヤー)じゃないと駄目か………)

「いい加減に、無意味だと分からないの?」

 そう言って、黒い風をサンドラに襲わせる。

 二人はそれを避け、黒ウサギはこちらには向かってくる。

「やっぱり普通の攻撃じゃあ無理か。黒ウサギ、僕も前衛に出るからね」

 そう言って、魔氷の弓(フリージング・アロー)をしまい、魔王殺しの聖剣(デモン・スレイヤー)を出して攻撃する。

「いったい、その剣はなんなの?私のギフトで止められないし」

「さあね。当ててみなよ」

 そう言って攻撃するが紙一重で避けられる。

「やっぱり、朔夜って強いわね。ますます貴女が欲しくなってきたわ」

「そりゃどうも。なんで僕をそこまで気に入ってるのか知らないけど」

「さっきも言ったでしょう?貴女が強いからよ。それと、かなり可愛いからかしら」

「一応、僕は男なんだけどね」

 そう言うと、固まるペスト。

 その隙を突いて攻撃すると、右腕に当たる。

「っ。まさか貴方が男とわね」

「聞かれなかったからね」

 そんな会話を二人でしながら戦っていると、一際大きな震動が起きた。

「どうやら十六夜達の決着が着いたみたいだね」

「……………止めた」

「ん?」

「遊びは終わり。白夜叉と朔夜だけ手に入れて―――皆殺しよ」

 ペストがそう言うと、黒い風が天を衝く。

(これはヤバイな………)

 そう思い、片手に無窮なる女王の城(セイブ・ザ・クイーン)を出す。

「先ほどまでの余興とは違うわ。触れただけで、その命に死を運ぶ風よ………!」

「なっ、」

 黒い風は黒ウサギの方に行き、手も足も出ずに逃げる。

 黒い風は、他の参加者にも襲いかかるが、何とか剣の能力で防ぐ。

 しかし、全員を守ることが出来ず、少年が黒い風に巻き込まれそうになる。

 少年に降り注いだ死の風は、

「―――――DEEEEEEeeeEEEEEEEN!!!」

 紅い鋼の剛腕に阻まれた。

 死の風を防いだ鉄人形から、飛鳥が顔を覗かせ少年に声をかける。

「今のうちに逃げなさい。ステンドグラスの事は後で処理すればいいわ」

「は、はい」

 少年はすぐさま建物の中に逃げ込んだ。

「飛鳥さん、よくぞご無事で!」

「飛鳥、無事でよかった」

「感動の再会は後よ!前見て前!」

 へ?と振り返る黒ウサギ。ペストが放った死の風が黒ウサギに迫るが、

「オイコラ、余所見してんじゃねえぞこの駄ウサギ!」

 そう言って、側面から助勢に現れた十六夜の蹴りが死の風を霧散させる。

 それを見て、ペストが唖然としている。

「ギフトを砕いた………?貴方、」

「先に断っておくが、俺は人間だぞ魔王様!」

 そう言って、ペストの懐に飛び込む十六夜。

 十六夜がペストと戦っている間に、黒ウサギに言う。

「黒ウサギ、このままじゃ他の参加者が危ないよ」

 黒ウサギにそう言うと、黒ウサギはギフトカードを出してこう言った。

 

「ご安心を!今から魔王と此処にいる主力―――纏めて、月までご案内します♪」

 

 は?という疑問の声は刹那に消えた。

 黒ウサギのギフトカードの輝きとともに急転直下、周囲の光は暗転して星が巡る。

 まるで、白夜叉のゲーム盤に連れてこられた時のようだ。

 天を仰ぐと、箱庭の世界が逆様になって浮いていた。

「チャ………“月界神殿(チャンドラ・マハール)”!軍神(インドラ)ではなく、月神(チャンドラ)の神格を持つギフト………!」

「YES!このギフトこそ、我々“月の兎”が招かれた神殿!帝釈天様と月神様より譲り受けた、“月界神殿”でございます!」

 黒ウサギは、満天の星と箱庭を誇る様に両手を広げる。

「け、けど………!ルールではゲーム盤から出る事は禁じられているはず、」

「ちゃんとゲーム盤の枠内に居りますよ?ただ、高度が物凄く高いだけでございます」

「っ………!?」

「これで参加者側の心配はなくなりました!皆さんはしばし魔王を押さえつけてください!黒ウサギもすぐ参戦します!飛鳥さんは此方へ!」

 黒ウサギが言うや否や、僕達はペストに向かって突撃した。

「構わないわ。全てのステンドグラスが発見される前に終わらせる………!」

「ハッ、やれるもんならやってみな!」

 十六夜は衝撃波を食らいながら突進する。僕はその間に無窮なる女王の城(セイブ・ザ・クイーン)をしまい真実を貫く剣(ヴォーパル・ソード)を出す。

 十六夜の攻撃が避けられていることから十六夜の疲労はかなりひどいのだろう。

 僕は十六夜が切り裂いた死の風の隙間に死を呼ぶ雷閃(ヴォーパル・ブラスト)を放つ。

 だが、瞬時に傷が癒えていく。

「火力不足かー」

「ハッ、なるほど!さっきの言葉は比喩でも何でもないってことか!」

「そうよ。私を打倒するというのなら、星を砕くに値する一撃を用意なさい―――!」

 しばらく戦っていると黒ウサギがこちらに飛び込んできた。それを見てサンドラが焦った声を出す。

「だ、駄目だ黒ウサギ!何を考えて………!?」

「死の風を吹き飛ばします!御三人は援護を!」

 そう言って、黒ウサギはペストに向かっていく。

 それを見て、ペストは苛立たしげに風を舞い上がらせ、襲い掛かる。

「貴女さえ倒せれば………!」

「太陽に復讐を、でございますか?ならばこそ、この輝きを乗り越えてごらんなさい!」

 そう言った瞬間、黒ウサギの身体が黄金の鎧を、纏う。

 強襲した死の風は鎧の光に焼かれ、一瞬で霧散した。

「そ、そんな………!?」

 悲痛な声が上がる。ペスト自身、自分の弱点を把握していなかったのだろう。

軍神(インドラ)月神(チャンドラ)太陽神(スーリヤー)………!護法十二天までも操るなんて、この化け物―――!!!」

 そう言って、ペストは後ろに後退する。だが、その瞬間黒ウサギが叫んだ。

「今です飛鳥さん!」

「撃ちなさい、ディーン!」

「DEEEEEEeeeEEEEEEEN!!!」

 紅い巨人が怒号を上げて撃ちだす。

 槍は飛鳥の言葉に応じ、千の天雷を束ねてペストを襲う。

 ペストは黒ウサギに気をとられていたようで、槍が被弾する。

「こ、この………程度、なんかで………!」

「無駄でございますよ。その槍は正真正銘、帝釈天の加護を持つ槍。太陽の鎧と引き換えた、勝利の運命(ギフト)を宿す槍なのですから」

「そんな………私は、まだ………」

「―――君との戦いは楽しかったよ。ペスト」

 僕がそう言うと、一際激しい雷光が月面を満たした。

 轟と響きを上げた槍は、圧倒的な熱量を撒き散らしてペストと共に爆ぜた。



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第十七話

 ゲームが終了して四十八時間が経過した。

 僕は、マンドラがいる執務室の天井裏に十六夜と二人でいた。

 十六夜の傷は、治癒の精霊魔術である程度は治っていた。

 一応、声だけは聞こえてくる。

「『全てが万事上手く進行し、魔王を撃退されましたこと、お祝い申し上げます。新生“サラマンドラ”が北のフロアマスターとしてご活躍されることを心より期待しております。

 追伸/星海龍王からお預かりした神珍鉄は、例の撒き餌達に贈らせていただきました』、か。…………流石は“サウザンドアイズ”。何もかも御見通しか。悪い事は出来んな」

「「何が?」」

 ガタン、という音がした。

 多分、突然した声に驚いて立ち上がったんだろう。

「まさか、“ノーネーム”の小僧ども……!何処にいる!?」

「屋根裏にいるぞ!」

 ズドガァン!と天井を破って十六夜が下りる。

「壊さなきゃ駄目なのか………」

 そんなことを呟きながら、僕も天井から降りた。

 ペッペッと十六夜は埃を払って、侮蔑の嘲笑でマンドラを見据えて言い放った。

「で、何が悪いことなんだ?まさか、“サラマンドラ”が魔王を祭りに招き入れた事か?」

「………なっ、」

「いやいや、そこ驚くところ?普通に考えたら分かるでしょ。ペスト達は百三十枚もの笛吹き道化のステンドグラスを出展していたんだよ?主催者(ホスト)が意図的に見落としてない限り、おかしいでしょ」

 違う?と僕は首を傾げる。

 十六夜は壮絶に面倒くさそうな顔をして、執務机に腰を下ろした。

「ああいや、別に摘発しようとかそういうのじゃねえし。俺が此処まで来たのは、ほら。なんだ。知的好奇心って奴だ」

「何………!?」

「俺の主観だが。アンタは別にサンドラを殺そうとか、跡目が欲しいとかじゃねえんだよな。むしろこう………サンドラがしっかりすることで“サラマンドラ”を支えて欲しいとか。そういう意図が見てとれるというか。もしやシスコン?」

「………」

「は、冗談として。俺なりに考えてみたんだが………“階層支配者”の使命を思い出してピンと来た。要するに今回の誕生祭襲撃は、一種の通例儀礼みたいなもんじゃねえかなーと」

 マンドラの顔も見ずに、十六夜は話を続ける。

「ルーキー魔王VSルーキーマスター?いやいや、偶然にしちゃ出来すぎなぐらい出来すぎだ。経験を積ませるという意味じゃこれ以上の相手はいない。これでサンドラは晴れて一人前の北のマスターとして認められるわけだ!いやホント、“サラマンドラ”も安泰だな!」

「………っ……」

 歯噛みするマンドラ。十六夜はスッと瞳を剣呑なものにし、

「………おい、黙ってんじゃねえぞ。俺が笑ってるうちに話すのが身のためだぜ?魔王を相手に、秩序の守護者がどうのといって啖呵切った姿は何処にいった?」

 十六夜は机の上で上体を反らし、マンドラを嗤う。

「今回、死者は五名だっけ?ああ、よかったよなあぁ、死んだのが“サラマンドラ”の連中で!俺達の身内に何かあったらお前―――サンドラもろとも潰してたぞ?」

「サンドラは関係無いッ!」

 そう言って、マンドラは怒声と共に剣を抜く。

「ちょっとマンドラ、落ち着いてよ」

 そう言って、マンドラを窘める。

「あのなあ………もう一回言うぞ。俺は摘発しようとかそういうつもりはねえんだ。秩序なんて所詮、汚れながら守られるもんなんだろうからな」

「知ったふうな口をッ………!」

「ああ、所詮知ったかだ。だから俺は他人が悪事に加担しようが構わない。謀も構わない。罪を犯すのも構わない。人を殺すのも好きにしろ、けど、――――やるというなら覚悟しろ」

「っ………!!」

「俺は俺の視界に入ったものを俺なりに、善悪付けて決めてきたわけだが。今回のケースは、大概糞だ。関わる気にすらならねえんだが………そっちがやる気なら仕方ない。オマエが俺に向けたその剣。振りかぶる暇も無いと思え」

 十六夜は執務机から立ち上がり、侮蔑と憤りを込めて睨みつける。

「サンドラが関係無いだと?テメエの身内が、テメエの通過儀礼なんぞで死んでんだ。知らぬ存ぜぬを通せると思ってんのか?祝勝会で偉そうに、参加者達へ言ってたぜ?

『誇りある戦いをした同士に喝采を!』とか。

『名誉ある死を遂げた同士に黙祷を!』とか。

 ハッ、マジ笑わせんなよ。そういうのは事情を知ってる連中だけが―――」

「―――知っていたとも」

 何?と十六夜の言葉が途切れる。

 僕も少し驚いていた。

「知っていたと………言ったのだ。今回の一件を、魔王襲来を仕組んだのが“サラマンドラ”である事は、サンドラを除き“サラマンドラ”全員が知っている………!!知った上で、同士は命を落としたッ!!!知った上で………恥じ入りながら、命を落としていったのだ」

「「……………」」

「箱庭の外から来た貴様らには分かるまい………!コミュニティの旗を!名を!名誉を守るという意味がッ!!!有力な跡目に裏切られ、長が病の床に臥せ………!失墜寸前のコミュニティを支えるために命を賭すなどッ!!箱庭の外の、ましてや人間なんぞに分かるはずがないッ!!!」

 所詮、箱庭の外から来た部外者。

 そう言われ、十六夜は目を逸らして舌打ちした。

「………しかし、私がお前に勝てるとは思っていない。私は、不出来な亜龍だ。百歳も下の妹にさえ劣る才しかない」

 マンドラは剣のベルトを解き、地面に置いた。

「気の済むようにしろ。貴様らの憤りは真っ当なものだ。しかし、この場だけは………この命一つで許して欲しい」

「「…………」」

 いやまあ、確かに怒ってたけど………

 十六夜も毒気を抜かれた様にため息をついた。

「別に、んなこたどうでもいい。腹の底からどうでもいい。あー何?有力な跡目に裏切られた?それってあれか。白夜叉が言っていた、長女のサラとかいうやつか」

「………そうだ。本来なら、成熟した力を持つ姉上が“サラマンドラ”を継ぐはずだった。父上が病に臥しさえしなければ、十やそこらのサンドラがマスターの座に就くなど………!」

 あっそ、と十六夜は興味無さそうに背中を向ける。

「まっ、死んだ連中が承諾済みで死んだってんなら、それは俺の関与するべきことじゃねえだろうよ。壊された街の事を抜きにすれば、損したのはお前ら。一番得したのは俺達なんだ。わざわざ水を差す必要もない」

「………すまん」

 十六夜はその言葉を聞いて、出ていく。

 僕はマンドラにお願いがあるので残った。

「あ、そうだ。この機会に1つ僕からお願いがあるんだけど」

「………っ……!」

 マンドラの顔が緊迫する。

 別にそんな無理難題を言うつもりはないんだけどな………

「そこまで難しいことじゃないんだけどさ。僕達は今後も、魔王と戦い続けていく。その中でもし、万が一にも僕達のコミュニティに何かあったら………君達がいの一番に駆け付けてね。あと、サンドラとの交友関係に口出しはあまりしないでほしいな。それで今回のことは目をつむるよ」

「ああ、御旗に誓おう。その時こそ、“サラマンドラ”は秩序の守護者として駆けつけると。サンドラとの交友関係についても、あまり口出しはしないようにしよう」

 その言葉を聞き、僕は執務室から出ていくのだった。

 

          *

 

 あれから一週間。

 境界壁から帰ってきた僕は、自室でごろごろしていた。

 するとコンコンと控えめなノック音がした。

「朔夜くん、起きてる?」

「うん、起きてるよ」

 僕が扉を開けると、飛鳥が立っていた。

 その肩には精霊―――地精のメルンが乗っている。

「これから農地に行くのだけど、朔夜くんも一緒にどう?」

「なんで農地?」

「それは、メルンにあの場所を元に戻せるか聞いてみようかと思って」

「分かった、僕も行くよ。他のみんなは?」

「もう行ってるわ。それじゃあ行きましょう」

 そう言って歩き出す飛鳥の後ろからついていき農園跡地まで向かう。

 農地には飛鳥が言った通り、黒ウサギや春日部、ジンに十六夜、それに加えて比較的年高めの子供達もいた。

「どう、メルン?ここの農地は元に戻りそう?」

「むり!」

 ぶんぶんと激しく首を振るメルン。

 困った表情で飛鳥がメルンに問いかける。

「………無理?」

「むり!」

 即答。

 地精であるメルンが此処までハッキリ言うということは、よほど高位の霊格を持っていなければ厳しいのだろう。

「ごめんなさい………期待させるような事を言って、」

「き、気にしないでくださいまし!また機会はありますよ!」

「そうだよ飛鳥。また違うギフトゲームで頑張ればいい」

 しょんぼりする飛鳥を励ます、黒ウサギと耀。

「なあ、極チビ」

「ごくちび?」

「そ。“極めて小さいメルン”だから略して極チビ。それでもしもだが………土壌の肥やしになるものがあったら、それを分解して土地を復活させることは出来るか?廃墟の木材とか、本拠の周りの林を肥やしにして」

 おお?とメルンは考える仕草を取る。

「………できる!」

「ホント!?」

「かも!」

 ガクッ、と飛鳥やや右肩下がりに気が抜ける。だが試す価値はあるようだ。

 飛鳥はギフトカードを取り出し、ディーンを召喚して命令する。

「ディーン!すぐに取り掛かるわよ!年長組の子達も手伝いなさい!」

「「「「「分かりました!」」」」」

「DeN」

 元気良く飛び出していく子供達。

 僕もゲオルギウスを呼び出して、手伝ってもらう。

 はしゃぎながら飛鳥に飛びつくメルン。

 仲良さそうな二人を見て、僕と十六夜は声をかけた。

「二人ともすごく仲良さそうだね」

「そうだぞ、お嬢様。そういうチビッコイのを愛でる趣味でもあったのか?」

「さあ、どうかしら。でも箱庭に来るまで知らなかったけど、子供を可愛がるのは楽しいわ。………それに、」

 ふっと飛鳥の目が遠くなる。

「………私、本当は姉妹が居る予定だったの。だからかもしれないわ」

「………そうか」

 十六夜は静かに相槌を打つ。

 僕もこの話は聞くべきではないと思い、何も言わない。

「さ、忙しくなるわよメルン!早く土壌を復活させて、みんなでハロウィンをするんだもの。貴女には人一倍頑張ってもらうわ」

「はい♪」

 飛鳥の言葉にメルンは元気良く返事を返すのだった。



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第三章 そう……巨龍召喚
第十八話


 “黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”との戦いから1ヶ月。

 僕達は今後の活動方針を話し合うため、本拠の大広間に集まっていた。

 一番上座に座っているジンはがちがちに緊張していた。

 その様子に十六夜がヤハハと笑ってからかう。

「どうした?俺よりいい位置に座ってるのに、随分と気分が悪そうじゃねえか」

「だ、だって、旗本の席ですよ?緊張して当たり前じゃないですか」

「いやいや。ジンはこのコミュニティの旗頭であり名刺代わりなんだよ。僕達の戦果は全部“ジン=ラッセル”の名前に集約されて広がってる。その当の本人が上座に座らないでいったい何処に座るの?」

「YES!朔夜さんの言う通りでございますよ!事実、この一ヵ月間で届いたギフトゲームの招待状は、全てジン坊ちゃんの名前で届いております!」

 ジャジャン!と黒ウサギが見せたのは、それぞれ違うコミュニティの封蝋が押された三枚の招待状。

 それも、その内二枚は参加者ではなく貴賓客としての招待状だ。

 旗印(シンボル)を持たない“ノーネーム”としては破格の待遇らしく黒ウサギは幸せそうだ。

「苦節三年…………とうとう我らのコミュニティにも、招待状が届くようになりました。それもジン坊ちゃんの名前で!だから堂々と胸を張って上座にお座りくださいな!」

「言っておくけど、これがジンの戦果じゃないとか言ったら怒るからね」

 ジンが余計な事を言う前に釘を刺す。

「それで?今日集まった理由は、その招待状について話し合うためなのかしら?」

「は、はい。それも勿論あります。ですがその前に、コミュニティの現状をお伝えしようと思って集まってもらいました。………リリ、黒ウサギ。報告をお願い」

「わかりました」

「う、うん。頑張る」

 ジンは暗い表情を一転させ、黒ウサギとリリに目配せをする。

 リリは割烹着の裾を整えて立ち上がった。

「えっと、備蓄に関してはしばらく問題ありません。最低限の生活を営むだけなら一年は問題ないかと思います」

「へえ?なんで急に?」

「一ヶ月前に十六夜様達が戦った“黒死斑の魔王”が、推定五桁の魔王に認定されたからです。“階層支配者(フロアマスター)”に依頼されて戦ったこともあり、規定報酬の桁が跳ね上がったと白夜叉様からご報告がありました。これでしばらくは、みんなお腹一杯食べられます」

 パタパタと二尾を揺らすリリ。

 ちょっとモフモフしてみたいかも。

 そんなふうに思っていると、レティシアが眉を顰め、そっと窘めた。

「リリ。はしたないことを言うのはやめなさい」

「え………あ、す、すみませんっ」

 リリは狐耳を真っ赤にして俯き、尻尾をパタパタと大慌てだ。

 僕は苦笑いをしながら話の続きを促した。

「“推定五桁”ってことは、本拠を持たないコミュニティだったの?」

「は、はい。本来ならたった三人のコミュニティが五桁に認定されることはそう無いみたいですけど、“黒死斑の魔王”が神霊だったことやゲーム難度も考慮したということらしいです」

「ああ、確かに。僕が白夜叉に貰ったゲームも、桁が上がれば上がるほど難易度が上がってたな」

「へえ、そうなのか。今度俺にも白夜叉のゲーム、紹介してくれないか?」

「うーん………まあ、いいかな」

 十六夜と僕がそんな会話をしていると、リリが本題に戻す。

「えっと、それでですね。五桁の魔王を倒すために依頼以上の成果を上げた十六夜様達には、金銭とは別途に恩恵(ギフト)を授かることになりました」

「あら、本当なの?」

「YES!それについては後ほど通達があるので、ワクワクしながら待ちましょう」

 へえ、十六夜から喜色の籠った声が上がった。僕達三人も同様だ。

 ジンも明るく笑って頷き、再び報告を促した。

「それではリリ。最後に、農園区の復興状態をお願い」

「は、はい!農園区の土壌はメルンとディーンが毎日毎日頑張ってくれたおかげと、朔夜様の精霊もよく手伝ってくれるおかげで、全体の1/4は既に使える状態です!これでコミュニティ内のご飯を確保するのに十二分の土地が用意できました!田園に整備するにはもうちょっとかかりますけど、葉菜類、根菜類、果菜類を優先して植えれば、数ヵ月後には成果が期待できると思います!」

「それはよかった」

「当然よ。メルンとディーンが休まず頑張ってくれたのだもの。復興なんてあっという間よ」

「特にディーンは本当に働き者です。毎夜毎晩、飛鳥様がゲームに参加するとき以外はずっと土地の整備をしてくれて………!メルンが分解した若木や廃材なんかも休まず混ぜてくれて、本当に助かりました!」

「ふふ。喜んでもらえたようで何よりよ」

「人使いが荒いとも言うけどな」

 そう言って、茶化す十六夜。

 空気が悪くならないうちに慌てて黒ウサギが話を進める。

「そ、そこで今回の本題でございます!復興が進んだ農園区に、特殊栽培の特区を設けようと思うのです」

「特区?」

「YES!有りていに言えば霊草・霊樹の栽培する土地ですね。例えば」

「マンドラゴラとか?」

「マンドレイクとか?」

「マンイーターとか?」

「ユグドラシルとか?」

「YES!っていやいやどれもおかしいですよ!!?人喰い華(マンイーター)なんて物騒な植物を子供たちに任せることは出来ません!それにマンドラゴラやマンドレイクみたいな超危険即死植物も黒ウサギ的にアウトです!特に朔夜さん、なんてものを植えようとしてるんですか!」

「だって箱庭だし、ユグドラシルくらい存在するかなーと」

「あっても、そんなものは植えません!」

「「「「じゃあ、ラビットイーターで」」」」

「何ですかその黒ウサギを狙ったダイレクトな嫌がらせは!?」

 うがーッ!!とウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。

「つまり主達には、農園の特区に相応しい苗や牧畜を手に入れてきて欲しいのだ」

「牧畜って、山羊や牛のような?」

「そうだ。都合がいいことに、南側の“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟から収穫祭の招待状が届いている。連盟主催ということもあり、収穫物の持ち寄りやギフトゲームも多く開かれるだろう。中には種牛や希少種の苗を賭けるものも出てくるはず。コミュニティの組織力を高めるには、これ以上ない機会だ」

「今回の招待状は前夜祭からの参加を求められたものです。しかも旅費と宿泊費は“主催者(ホスト)”が請け負うという“ノーネーム”の身分では考えられない破格のVIP待遇!場所も南側屈指の景観を持つという“アンダーウッドの大瀑布”!境界壁に負けないほどの迫力がある大樹と美しい河川の舞台!皆さんが喜ぶことは間違いございません!」

 黒ウサギが胸を張って紹介する。

 そこまで黒ウサギが言うのなら、是非とも行ってみたいな。

「へえ………“箱庭の貴族”の太鼓判付きとは凄い。さぞかし壮大な舞台なんだろうな………お嬢様はどう思う?」

「あら、そんなの当たり前じゃない。だってあの“箱庭の貴族”がこれほど推している場所よ。目も眩むぐらい神秘的な場所に違いないわ。………そうよね、朔夜君と春日部さん?」

「そうだね。黒ウサギがここまで言うなら、是非とも行ってみたいな」

「うん。これでガッカリな場所なら………黒ウサギはこれから、“箱庭の貴族(笑)”だね」

「“箱庭の貴族(笑)”!??な、何ですかそのお馬鹿っぽいボンボン貴族なネーミングは!?我々“月の兎”は、由緒正しい貞潔で献身的な貴族でございますっ!」

「献身的な貴族っていうのがもう胡散臭いけどな」

 十六夜がヤハハと笑ってからかうと、黒ウサギは拗ねてしまった。

「方針については一通り説明が終わりました。………しかし一つだけ問題があります」

「問題?」

「はい。この収穫祭ですが、二十日ほど開催される予定で、前夜祭を入れれば二五日。間約1ヵ月にもなります。この規模のゲームはそう無いですし最後まで参加したいのですが、長期間コミュニティに主力が居ないのはよくありません。そこでレティシアさんと共に一人は残って欲し

 

「「「嫌だ」」」

 

 僕以外の三人は即答だった。僕が何も言わなかったのに気づいたのか、ジンが僕に聞いてくる。

「えっと、朔夜さんは」

「僕はどちらでもいいよ。でも、少しぐらいは行きたいかな。せめて、一週間くらいは」

「でしたら、前夜祭からの二週間は朔夜さん以外の三人。残りの日数を朔夜さんを入れた三人。………これでどうでしょうか?」

「そのプランだと、1人だけ全部参加できない事になるよね?それはどうやって決めるの?」

「それは――」

「ゲームで決めたらいいんじゃない?」

 僕がそう言うと、みんなこちらを見てくる。

「ゲーム?」

「みんな参加したい。ならここは箱庭らしくゲームで決めればいいんじゃないかな?」

「あら、面白そうじゃない。どんなゲームをするの?」

「そうだなー………“前夜祭までに、最も多くの戦果を上げた者が勝者”ってのはどう?期日までの実績を比べて、収穫祭で一番戦果を上げられる人材を優先する。………これなら不平不満もないでしょ?」

 僕の提案に十六夜達三人は頷いた。

「わかったわ。それで行きましょう」

「うん。………絶対に負けない」

「ヤハハ。俺も絶対負けないぜ」

 こうして僕以外の三人のゲームが開始したのだった。

 

          *

 

 三人がゲームをしている間、僕はやることもないので白夜叉のところに遊びに来ていた。

「ねえ白夜叉、あとどれくらいで“サウザンドアイズ”から出れそう?」

「そうだのー………もう少し時間がかかりそうじゃ」

「へえ、そうなんだ」

「うむ。それで今回は何をしに来たんじゃ?」

「うん。ちょっと白夜叉とゲームしようと思って」

「ふむ。いいだろう、それでゲームの内容は?」

「トランプとか、ボードゲームかな」

「そうか、ちょっと待っておれ」

 白夜叉はそう言って、どこからかいろいろなゲームを取り出した。

「二人じゃつまらないのもあるし、僕の精霊も参加で」

「うむ。それで賞品は?」

「うーん………それなら一位が最下位に簡単な命令権でどう?」

「わしもそれでよい」

「なら、まずはババ抜きで」

「うむ」

 白夜叉がそう言ったあと、参加しても大丈夫か精霊に聞いたら、エストとレスティアは参加するようだ。

「それじゃあ、ゲーム開始」

 そう言って、僕達三人のゲームを始めるのだった。

 

          *

 

 十回ほどのゲームで、レスティアが三勝二敗僕が三勝三敗白夜叉が二勝二敗エストが二勝三敗という結果だった。

 僕への命令は頭を撫でたり、膝枕等の簡単な命令だった。

 ちなみに、僕の命令はエストの髪を三つ編みにしたり、レスティアに料理を振る舞ってもらったり、白夜叉に他の服を着てもらったりした。

「白夜叉、今日は楽しかったよ。また来るね」

「うむ、いつでも来い。わしも楽しかったからな」

「それじゃ、またね」

 そんな感じで、三人がゲームしている間は白夜叉のところで遊んだり、ギフトゲームを紹介してもらったりしていたのだった。



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第十九話

 いつものように、白夜叉のところにいると、見知らぬ女性がやって来た。

 白夜叉に誰かを聞いたところ、十六夜が倒した蛇神で白雪姫というそうだ。

 しばらくたった後、黒ウサギもやって来た。

「ねえ、白夜叉。何で黒ウサギ達がこっちに来たの?」

「それは話があってな。だがその前にこの服を着てもらうぞ。ついでにマスターもだ」

「いや、ついでの意味が分からないんだけど。って、本当に着せようとしないでよ」

 僕の話も聞かずに白夜叉は僕達三人に同じものを着せていく。

 一応、僕男なんだけどな。まあ、二人の着替えは見ないようにしてるけど。

「や、やめてください白夜叉様!!黒ウサギは“箱庭の貴族”の沽券に掛けて、あれ以上きわどい衣装は着ないと言ったではありませんか………!!!」

「く、黒ウサギの言う通りです!この白雪も神格のはしくれとして………こ、このような恥ずかしい格好をして人前に出る訳には………!!!」

「二人とも………諦めなよ。白夜叉だし」

「朔夜さんは恥ずかしくないのですか!?」

「いやまあ、少し恥ずかしいけど」

 二人とも以外と似合ってるんだよな………」

『朔夜、声に出てるわよ』

 え、まじで?

『ええ、マジよ』

 ちらりと黒ウサギ達の方を見ると、二人の顔が赤くなっていた。

「ふふふ、うぶな奴らよ。おんしらは何も分かっておらん。清く正しく美しく、尊いが故に、穢し堕とし辱めたいと人は強く望むものよ。おんしらのように高嶺の花など特にそうなのだ!!」

「白夜叉、その高嶺の花に僕は入ってないよね?」

 僕がそう聞くと、白夜叉はその事については何も言わず話を続ける。

「このままではいずれ、その身体にエロイ事を仕込みたいというエロイ欲求が爆発したエロイ暴徒がおんしらを姦策に嵌めてエロエロにしようと動きだすに違いない!そうッ!!まるで今の私の様にッ!!」

 

「「「黙れこの駄神ッ!!!」」」

 

 そう言って、黒ウサギが轟雷を、白雪姫が水流を、僕は爆風を白夜叉にぶつけた。

 白夜叉が飛んでいった先には十六夜達がおり、十六夜が白夜叉を足で受け止めた。

「てい」

「ゴバァ!!お、おんしいい加減にせいよッ!?足で受け止めるなと言っておるだろう!!」

「なら吹っ飛んでくるなよ。つか何をやったら黒ウサギに金剛杵を使わせるほど―――」

 そこで十六夜の言葉が切れた。大方、こちらを見て驚いているのだろう。

「………黒ウサギ、朔夜。どうしたその格好」

 ひゃ、と黒ウサギが情けない声を上げる。

「白夜叉に着せられたんだ」

「ゃ、やだ、なんで十六夜さんが此処に………!!?」

「いや、それは俺の台詞だと思うが………ふむ」

 そう言って、十六夜は水煙を腕で払った。

 途端、黒ウサギと白雪姫は自分の身体を抱きしめるようにへたり込む。

「………着物?」

「えっと、ミニスカの着物?」

「いいや、ワンサイズ小さいミニスカの着物にガーターソックスだな」

 うむ、と白夜叉が自慢げに胸を張る。

 レティシアは深いため息を吐いて、僕達の前に立つ。

「三人とも、とりあえず着替えなさい。特に黒ウサギ。そんな全身濡らした格好では、」

「何ッ!?黒ウサギが濡れ濡れだと!!?」

 ―――ズドオォォォォォン!!!と、追撃の轟雷が白夜叉を貫いたのだった。

 

          *

 

「まあ、コンセプトは悪くなかった。しかし次からはきちんと俺に相談してからだな、」

「これ以上その話を引き延ばすのは止めてくださいっ」

 スパン、と何時もの服装に戻った黒ウサギが十六夜の頭を少し軽めにハリセンで叩く。

 しかし白夜叉は少し焦げた頭を振り、至って真面目に首を振った。

「いや、あの服も今日の話に無関係ではない。今の服は本来黒ウサギに着せる衣装ではなく、この外門に造る新しい施設で使う予定の正装での」

「し、施設の正装!?あのエッチな着物モドキがでございますか!?一体どんなお馬鹿な施設を作るつもりなんです!?」

「黒ウサギ、少し落ち着いて。施設そのものは真っ当かもしれないでしょ」

「ああ。彼女の言うとおり、施設そのものは真っ当な代物だ」

「ちょっとまって、白雪姫。一応、僕男なんだけど」

「なんだと!?」

 すごく驚かれた。まあ、慣れてるからいいけど。

「やや横道に逸れてしまったが、この件については“階層支配者(フロアマスター)”の活動の一環でな。最近の東区画下層では魔王らしい魔王も現れておらんし、ちょいと発展に協力しようと思っての。しかしさて、何処から手を付けたものかと悩んでおった時に、十六夜から発案があったのだ。“発展にはまず、潤沢な水源の確保が望ましい”とな」

「ほら、ちょっと前に旱魃騒ぎがあっただろ?あの様子を見る限り、どのコミュニティも水の工面には苦労しているみたいだったからな」

「街中に張り巡らされている水路だが、あれは使用料を払える中級以上のコミュニティしか使えないのが現状。東の七桁外門では、多くの組織が都市外にまで水を汲みに行っておる。定期降雨は行っているものの、十分な貯水が出来るコミュニティは果たして幾つあるものか」

「そ、そうですね。北側のように降雨量が多いわけでも無く、南側のように大河が都市部を貫通している訳でもありません。こればかりは土地柄として諦めるしかなかった問題です」

「うむ。そこで一つ、“階層支配者”の権限で大規模な水源施設の開拓を行おうというわけだ。十六夜には白雪の元に水源となるギフトを取りに行ってもらったのだが………よもや隷属させてくるとは思わなんだ。まだまだ修行不足だのう、白雪?」

 ニヤニヤと白雪姫を見る白夜叉。ムスッとした顔で白雪姫はそっぽを向いた。

「御話は分かりました。しかしそうならそうと言ってくだされば良いものを………こんな小僧を介さずとも、我が主神の求めならば喜んで協力致しましたのに」

「いや、それでは意味が無いのだ。“階層支配者”が全てを成して甘やかせば、下層は堕落する一方。施設は用意しても、最後の一押しはやはりその地域に住まうものが成さねばならん。この度の一件で十六夜に依頼したのは、最下層から実力のあるコミュニティが現れた事を広く知らしめ、競争心を高めようという意味合いもあったからの」

 そんな白夜叉のプランを聞いても顔を顰めていた白雪姫だったが、十六夜を一瞥して諦めたように深くため息を吐いた。

「ふう………まあ、致し方ない。異議を唱えても契約が覆る訳も無い。トリトニスの滝は移住してきた水精群に預け、我は小僧に従いましょう」

「そりゃどうも。ま、心配せずとも俺から命令する事は暫くねえよ。施設が完成するまでは白夜叉に身柄を預ける契約だしな。―――さて、これで契約成立。ゲームクリアだ。例のものを渡してもらおうじゃねえか」

「ふふ、分かっておる。“ノーネーム”に託すのは前代未聞であろうが………地域発展の為に神格保持者を貸し出すほどの功績を立てたのだ。他のコミュニティも文句は有るまいさ」

 そう言って、白夜叉は両手を前に伸ばし、パンパンと柏手を打った。

 すると座敷は光に包まれ、やがて一枚の羊皮紙が現れる。

 羽ペンを虚空から取り出した白夜叉は文末にサインを書きこむと、ジンに瞳を向けた。

「それでは、ジン=ラッセル。これはおんしに預けるぞ」

「ぼ、僕ですか?」

「うむ。これはコミュニティのリーダーが管理するもの。おんしがその手で受け取るのだ」

 ジンは促されるまま白夜叉の前に座り、羊皮紙の文面に目を通した。

 直後、ジンが動かなくなった。

「こ、これは………まさか……!!?」

「どうしましたジン坊っちゃん?」

 そう言って、ジンの後ろに回り込んだ黒ウサギも同様に動かなくなった。

 なんて書かれてたんだろう。

「が………外門の、利権証………!僕らが“地域支配者(レギオンマスター)”!?」

「うむ。外門の利権証は地域で最も力のあるコミュニティに与えられるもの。“フォレス・ガロ”が解体して以降、“サウザンドアイズ”が預かっていたが………今のおんしらになら、返しても問題なかろう」

 ふふふ、と口元を隠しながら笑う白夜叉。

「し、しかし、今の僕らは外門に飾る旗印がありません。外門が無印では地域のコミュニティから異論が上がるかも、」

「おいおい御チビ、頭使えよ。俺達は水源を地域に無償提供するんだぜ?普通は名無しと声高に罵ってる連中も、声を潜めずにはいられないだろ?」

 流石十六夜。そこまで考えていたんだ。

 ジンは大きく息を呑み、困惑した視線を黒ウサギに移す。

「黒ウサギ………」

「―――――………」

 黒ウサギは全身を震わせて立ち上がり、十六夜に近づく。

「どうした?何か不満があるっていうなら、聞くだけ聞くが」

「―――――……っ」

 ガバッ!と黒ウサギは、十六夜の胸の中に飛び込んだ。

「凄いのです………!凄いのです、凄いのです!!凄すぎるのですよ十六夜さんっ!!たった二ヵ月で利権証まで取り戻していただけるなんてっ………!本当に、本当にありがとうございます!」

 ウッキャー♪と奇声を上げてクルクルと十六夜にぶら下がる黒ウサギ。

(これは十六夜の勝ちは決まりだね。後一人は誰になるんだろう?)

 そんな事を考えながら、黒ウサギ達を微笑ましく見るのだった。

 

          *

 

 ―――その夜。“ノーネーム”では小さな宴が行われていた。

 黒ウサギも自作の魚料理を並べられた。

 僕達主力陣は勿論、子供達にも好評だったが、十六夜の―――

「黒ウサギ。これ多分、餡をかけないで酢漬けにしたほうが美味い」

 ―――という一言で、色々と台無しになった。

 

 宴の席が終わり、皆自室に戻った後、僕はお風呂に向かっていた。

(収穫祭、楽しみだな………)

 そんな事を考えながら、脱衣場に着くと袴を脱いで風呂場に入った。

 近くの籠に服が入っていたので、誰かいるのだろうと思い、一応タオルは巻いておく。

 風呂場には予想通り十六夜達がいた。

「朔夜も入ってきたんだな」

「まあね」

「お前の髪も洗おうか?」

「それじゃあ、お願いしようかな」

 僕がそう言うと、十六夜が髪を洗い始めた。

「上手いね」

「まあな。レティシアの髪も洗ったが、朔夜は朔夜で違った良さがあるな」

「ありがとう」

 十六夜に洗われた後、湯船に浸かる。

「そういえば、何で十六夜達は一緒に入ってるの?」

「それは、主殿が私の髪が湯船で濡れている姿を見たかったからのようだ」

 僕の問いにレティシアが答える。

「まあ、確かに見る価値はあるね」

「だろ?」

 僕がそう言うと、十六夜も同じように頷いている。

「それで、私からの質問なのだが十六夜は故郷でどのような生活をされていたのだ?」

「あ、それ僕も気になる」

 僕達がそう言うと、十六夜が意外そうな顔をした。

「前々から聞きたいと思っていたのだ。飛鳥や耀や朔夜の故郷も気になるが、十六夜は殊更気になる。強大な力を持つギフトもそうだが、箱庭の世界では重宝される博識さも謎だ。故郷の世界では、その分野について研究していたのかな?」

「いや、只の興味本位で学んだものさ。特にやりたい事も無かったからな」

「本当に?理由も無く独りで学んだと?」

「ああ。―――いや、」

 そう言って、十六夜は苦笑する。

「独りではなかったと?共に学ぶ者が?」

「まさか。俺と肩を並べる奴がいたら、わざわざ異世界まで暇つぶしになんて来ねえよ」

 ヤハハ、と笑って十六夜は湯船から出る。

 僕はもう少し入っていたいので、少しの間残ることにした。

 

          *

 

「十六夜、本当に行かなくていいの?」

「ああ」

 僕がそう聞くと、十六夜が頷いた。

 昨日の夜に十六夜のヘッドホンが無くなり、探していたのだが結局見つからなかったようだ。

 なので十六夜は本拠に残り、僕と耀が行くことになった。

 三人は飛鳥達が待っている本拠の前に移動する。

「………あ、来ましたよ!」

 ジンが声を上げた。十六夜の頭を見た黒ウサギが目を丸くして十六夜に問う。

「ど、どうしたんですかそれ」

「頭の上に何かないと髪が落ち着かなくてな。それより話がある」

 十六夜はそう言って道を開ける。そこから、僕と耀が出てきた。

「………本当にいいの?」

「仕方ねえさ。アレがないとどうにも髪の収まりが悪くていけない。壊れたスクラップだが、無いと困るんだよ」

 髪を掻きあげながら飄々と笑う十六夜。

「ありがとう。十六夜の代わりに、頑張ってくるよ」

「おう、任せた。ついでに友達一〇〇匹ぐらい作ってこいよ。南側は幻獣が多くいるみたいだからな。俺としては、そっちの期待が大きいぜ?」

「ふふ、分かった」

「朔夜も頑張れよ」

「うん。十六夜の分まで頑張るよ」

 そう言って十六夜に向かって手を振り、飛鳥達のところに行く。

 こうして僕達五人と一匹は本拠を後にしたのだった。

 

          *

 

 僕達は本拠を後にした後、“境界門(アストラルゲート)”の前に来ていた。

「この収穫祭から帰ってきたら、いの一番にこの彫像を取り除かないと」

「ま、まあまあ。それはコミュニティの備蓄が十分になってからでも、」

「あら、何を言ってるの黒ウサギ。この門はこれからジン君を売り出すための重要な拠点になるのよ。先行投資の意味でも、まずは彼の全身をモチーフにした彫像と肖像画を」

「お願いですからやめてください!」

 ジンが青くなって叫ぶ。幾らなんでも恥ずかしいのだろう。

「「「じゃあ、黒ウサギを売り出そう(しましょう)」」」

「何で黒ウサギを売り出すんですかっ!」

「「「じゃあ黒ウサギを売りに出そう(しましょう)」」」

「何で黒ウサギを売るんですかあああああああ!!!」

 スパパパーン!っと黒ウサギの叫びと共に、僕達の頭にハリセンを奔らせる。

「我々がこれから向かう場所は南側の七七ご九一七五外門。“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”が主催する収穫祭でございます。しかしそれとは別に、舞台主である巨躯の御神体“アンダーウッド”の精霊達からも招待状が来ております。両コミュニティには前夜祭のうちに挨拶へ向かいますので、それだけ気に留めておいてください」

「うん」

「分かったわ」

「分かったよ」

 黒ウサギが道先案内をしている間に“境界門”の起動が進む。

「皆さん、外門のナンバープレートはちゃんと持ってますか?」

「大丈夫だよ」

 そう言って、僕は鈍色の小さなプレートを黒ウサギに見せる。

「……………、」

「どうしたの、春日部さん。何か忘れものでも?」

「ううん………ただ、十六夜の事が気になって」

「そうだね………でも、まさか十六夜がヘッドホン一つで辞退するとはね」

「そうね。私もそれは思ったわ」

「YES。あれほど楽しみにしていましたのに」

「きっと、あのヘッドホンは十六夜にとって大事なものなんだよ」

 そう言って耀は、首にかかったペンダントを握りしめる。

「………見つかるといいね」

 僕達三人も同意して頷く。その直後、“境界門”の準備が調った。



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第二十話

「わ、………!」

「きゃ………!」

「うわ………!」

 “境界門(アストラルゲート)”の準備が終わり、門を潜ると冷たい風が吹き抜ける。

 その風に悲鳴を上げる、耀と飛鳥と僕。

「す………凄い!なんて巨大な水樹………!?」

 それは僕も同感だ。レスティア達も、口々に感嘆の声を上げている。

「飛鳥、朔夜、下!水樹から流れた滝の先に、水晶の水路がある!」

 耀が歓声を上げて、僕と飛鳥の袖を引く。

(これは確かに黒ウサギが言ったとおりすごいな………)

「飛鳥、朔夜、上!」

 耀にそう言われ、上を見ると何十羽という角の生えた鳥が飛んでいた。

「角が生えた鳥………しかもあれ、鹿の角だ。聞いたことも見たこともない鳥だよ。やっぱり幻獣なのかな?黒ウサギは知ってる?」

「え?え、ええまあ………」

「ホント?何て言う幻獣なの?ちょっと見て来てもいい?」

 すごい興奮してるな、耀。黒ウサギも困ったようにしてるし。

 しばらくすると、旋風と共に懐かしい声が掛かった。

『友よ、待っていたぞ。ようこそ我が故郷へ』

 そう言って現れたのはのは“サウザンドアイズ”のグリフォンだった。

「久しぶり。此処が故郷だったんだ」

『ああ。収穫祭で行われるバザーには“サウザンドアイズ”も参加するらしい。私も護衛の戦車(チャリオット)を引いてやってきたのだ』

 見れば彼の背中には以前より立派な鋼の鞍と手綱が装備されている。

『“箱庭の貴族”と友の友よ。お前達も久しいな』

「YES!お久しぶりなのです!」

「久しぶり。あのとき以来だね」

「お、お久しぶり………でいいのかしら、ジン君?」

「き、きっと合っていますよ」

 言葉の分からない飛鳥とジンはその場の空気でお辞儀する。

 グリフォンは嘴を自分の背に向け、僕達に乗るよう促す。

『此処から街までは距離がある。南側は野生区画というものが設けられているからな。東や北よりも気を付けねばならん。もし良ければ、私の背で送っていこう』

「本当でございますか!?」

 それは助かるな。シムルグだと全員運べないし、結構離れてるなら歩くのも大変だろうし。

「ありがとう。よかったら、名前を聞いていい?」

『無論だ。私は騎手より“グリー”と呼ばれている。友もそう呼んでくれ』

「うん。私は耀で、それでコッチが朔夜と飛鳥とジン」

『分かった。友は耀で、友の友は朔夜と飛鳥とジンだな』

 グリーは翼を羽ばたかせて承諾する。その間に事情を説明された飛鳥とジンは、同じく頭を下げてグリーの背に跨がる。黒ウサギが乗ったあと、僕も頭を下げてグリーの背に跨がる。

 僕達がグリーに乗り込んでいると、耀が質問している。

「グリー。あの鹿の角が生えた鳥も、やっぱり幻獣?」

『………鹿の角が生えた幻獣?まさか、ペリュドンの奴らか?』

 ペリュドンって空にいる鳥の群れのことかな?

『彼奴らめ………収穫祭中は外門に近づくなとあれほど警告したというのに。よほど人間を殺したいと見える』

「………?食人種なの?」

『違う。ペリュドンは人間を殺すのだ』

「ああ。つまり殺人種か」

「YES。朔夜さんの言う通りなのですよ」

 僕の隣から黒ウサギが顔を出してそう言う。

「詳しくは知りませんが、元はアトランティス大陸という場所から来た外来種だと聞いております」

「………アトランティス大陸?それって、あの伝説の?」

「YES。そしてペリュドンは先天的に影に呪いを持ち、己の姿とは違った影を映すとか」

『その解呪方法が“人間を殺す”こと。――フン。何処の神が掛けた呪いかは知らんが、実に悪趣味だ。生存本能以外で“人を殺す”という理由を持たされた彼奴らは、典型的な“怪物(モンスター)”なのだろう。普段なら哀れな種と思い見逃すが、今は収穫祭がある。再三の警告に従わぬなら………耀には今晩、ペリュドンの串焼きを馳走することになるな』

 ニヤリ、と大きな嘴で笑うグリー。

 グリーは翼を羽ばたかせて旋風を巻き起こし、大地を蹴った。

「わ、わわ、」

『やるな。全力の半分ほどしか速度は出していないが、二ヵ月足らずで私に付いてくるとは』

「う、うん。黒ウサギが飛行を手助けするギフトをくれたから」

「YES!耀さんのブーツには補助のため、風天のサンスクリットが刻まれております!」

 隣で声を上げる黒ウサギ。

 ……ジンと飛鳥と三毛猫、大変なことになってるな。

 とりあえずジンが落ちそうになっているので、命綱を手繰り寄せる。

 二人が落ちないよう、風絶障壁(ウィンドウォール)を使う。

「た、助かりました」

「ほんと、危なかったわ」

「二人に落ちられたら大変だからね」

 少し余裕が出来たのか、飛鳥が眼下の街を見る。

「わあ………掘られた崖を、樹の根が包み込むように伸びているのね」

「“アンダーウッド”の大樹は樹齢八千年とお聞きします。樹霊(コダマ)の棲み木としても有名で、今は二〇〇〇体の精霊が棲むとか」

『ああ。しかし十年前に一度、魔王との戦争に巻き込まれて大半の根がやられてしまった。今は多くのコミュニティの協力があって、ようやく景観を取り戻したのだ』

 魔王と聞いて、僕達は顔を見合わせた。

『今回の収穫祭は、復興記念を兼ねたものでもある。故に如何なる失敗も許されない。“アンダーウッド”が復活したことを、東や北にも広く伝えたいのだ』

 強い意思を込めて訴えるグリー。地下の宿舎に着いて僕達を下ろす。

『私はこれから、騎手と戦車(チャリオット)を引いてペリュドン共を追い払ってくる。このままでは参加者が襲われるかもしれんからな。耀達は“アンダーウッド”を楽しんで行ってくれ』

「うん、分かった。気を付けてね」

 言うや否や、グリーはその場を去っていく。

「………殺人種なんているんだね。もしも私があの幻獣からギフト貰ったら、どうなる?」

「分かりません。しかしペリュドンに関しては迂闊に仲良くならない方がよろしいでしょう。襲われる可能性も大きいですし、呪いを受ける可能性もございます。無理に近寄らないのが無難ですよ」

「………そう。分かった」

 そう言われた耀は、少し肩を落とす。

「耀、他にも幻獣はたくさんいると思うし、そんながっかりしなくてもいいと思うよ」

「うん、それもそうだね」

 耀は僕の言葉を聞いて少しだけ元気になる。僕達がそんな会話をしていると、宿舎の上から声が聞こえた。

「あー!誰かと思ったらお前、耀じゃん!何?お前らも収穫祭に、」

「アーシャ。そんな言葉遣いは教えていませんよ」

 上を見上げると、其処には耀と戦っていた少女――アーシャとカボチャ頭のジャックが窓から身を乗り出して手を振っていた。

「アーシャ………君も来てたんだ」

「まあねー。コッチにも色々と事情があって、サッと!」

 窓から飛び降りて僕達の前に現れるアーシャ。

「ところで、耀はもう出場するギフトゲームは決まってるの?」

「ううん、今着いたところ」

「なら“ヒッポカンプの騎手”には必ず出場しろよ。私も出るしね」

「………ひっぽ……何?」

 何それ?と耀が黒ウサギの方へ振り向く。僕も気になるし、一応聞いておこう。

 黒ウサギは口を開こうとして、ジンに説明役を譲る。

「ヒッポカンプとは別名“海馬(シーホース)”と呼ばれる幻獣で、タテガミの代わりに背ビレを持ち、蹄に水掻きを持つ馬です。半馬半魚と言っても間違いではありません。水上や水中を駆ける彼らの背に乗って行われるレースが“ヒッポカンプの騎手”というゲームかと思います」

「………そう。水を駆ける馬までいるんだ」

 耀は両手を胸の前で組む。僕も参加してみようかな、ちょっと気になるし。

「前夜祭で開かれるギフトゲームじゃ一番大きいものだし、絶対に出ろよ。私が作った新兵器で、今度こそ勝ってやるからな」

「分かった。検討しとく」

 パチン、と指を鳴らして自慢げに笑うアーシャ。

 ジャックはジンの前に近づき、礼儀正しくお辞儀をする。

「ヤホホ、お久しぶりですジン=ラッセル殿。何時かの魔王戦では御世話になりました」

「い、いえ。此方こそお久しぶりです」

「例のキャンドルスタンドですが、この収穫祭が終わり次第に届けさせていただきますヨ。その他生活用品一式も同じくです。………しかし“ウィル・オ・ウィスプ”製の物品を一式注文していただけるとは!いやはや、今後とも御贔屓にお願いしたいですな!」

 ヤホホホホホ!と陽気な声で笑い上げるジャック。

 飛鳥がそっと前に出て、ドレスの裾を上げながらお辞儀する。

「お久しぶりジャック。今日も賑やかそうで何よりよ」

「ヤホホ!それは勿論、賑やかさが売りなものですからね!飛鳥嬢もご健勝なようで何よりですよ。前回のゲームではディーンに不覚をとりましたが、何時かリベンジを――」

「え?」

 隣で聞いていたジンが疑問の声を上げる。僕もジャックの言葉を聞いて少し気になるところがあった。

「ねえジャック、それってどういう――」

「そ、そんなことよりもジャック!貴方はゲームに参加しないの?」

 僕がジャックの言葉について聞こうとしたところ、飛鳥に話をそらされた。

「ヤホホ。私は主催者がメイン活動なもので。ゲームの参加者、というのが苦手な性分なのですよ。今回の収穫祭も招待状が来たので足を運びましたが、目的は日用品の卸売りです」

「あら、それでは参加者はアーシャ一人だけなの?楽勝じゃない」

「うん」

「いやいや、一応楽勝だとしても油断はしちゃダメだよ。楽勝だとしても」

「おいッ!!」

 僕達の挑発にツインテールを逆立てるアーシャ。

 それを見てヤホホとカボチャ頭を揺らして笑うジャック。

 その後僕達“ノーネーム”一同は、“ウィル・オ・ウィスプ”と共に貴賓客が泊まる宿舎に入った。

「………凄いところだね」

「ええ。大自然というのかしら。北側は建造物が多いのに対して、南側は環境に適して過ごしているように思えるわ」

「YES!南側は箱庭の都市が建設された時、多くの豊穣神や地母神が訪れたと伝わっています。自然神の力が強い地域は、生態系が大きく変化しますから」

「そうなのね。でも、水路の水晶は北側の技術でしょう?似たようなものを誕生祭で見たわ」

 飛鳥の質問に黒ウサギはへ?と首とウサ耳を傾ける。

(そんなのあったっけ?)

『そういえばあった気がするわ』

(そうなんだ。ありがとう、レスティア)

「良く分かりましたねえ。飛鳥嬢の言う通り、あの水晶の水路は北側の技術ですよ。十年前の魔王襲撃から此処まで復興できたのは、その技術を持ち込んだ御方の功績だとか」

「そ、それは初耳でございます。一体何処の何方が……」

 黒ウサギの質問にジャックは顎っぽいところに手を当てて答える。

「実は“アンダーウッド”に宿る大精霊ですが………十年前に現れた魔王の傷跡が原因で、いまだに休眠状態にあるとか。そこで“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”のコミュニティが“アンダーウッド”との共存を条件に、守護と復興を手助けしているのです」

「じゃあ、“龍角を持つ鷲獅子”で復興を主導しているのが元北側出身者ってこと?」

「はい。おかげで十年という短い月日で、再活動の目途を立てられたと聞き及んでおります」

「そうなんだ。凄い人なんだね」

 黒ウサギは胸に手を当てジャックの言葉を聞いている。

 たぶん、自分たちの境遇と似ているから、思うところがあるんだろう。

「ヤホホ。我々は今より“主催者(ホスト)”にご挨拶に行きますが………どうです?此処で会ったのも何かの縁ですし、“ノーネーム”の皆さんもご一緒というのは」

「YES!ご一緒するのですよジン坊っちゃん!」

「そうだね。荷物を置いてきますから、少しだけ待っていてください」

 ヤホホ~と陽気に笑って承諾したジャックは、アーシャと共に外に出て待っててくれるそうだ。

 僕達は荷物を宿舎に置き、ジャックたちに連れられて収穫祭本陣へと足を運ぶのだった。

 

          *

 

 僕達は螺旋状に掘り進められた“アンダーウッド”の都市をぐるぐると回りながら登っていく。

 収穫祭というだけあって、色々な出店が並んでいた。

『朔夜、あれ食べたい』

 僕も食べたいし、買っておこうかな。

「………あ、黒ウサギ。あの出店で売ってる“白牛の焼きたてチーズ”って、」

「駄目ですよ。食べ歩きは“主催者”への挨拶が済んでから、」

「美味しいね」

「いつの間に買ってきたんですか!!?」

 あ、あれも美味しそうだな。

『朔夜、私にも買ってください』

 分かってるよ。

「―――――………匂う?」

「匂う!?」

「匂う!!?匂うって聞かれた!?そこは普通、『食べる?』って聞くはずなのに『匂う?』って聞いたよコイツ!!」

「うん。だって、もう食べちゃったし」

「しかも空っぽ!?」

「残り香かよ!!どんなシュールプレイ望んでるのお前!?」

 なんか飛鳥とアーシャが騒いでる。

 どうやら耀が食べてるものが羨ましかったみたいだ。

「二人ともそんなに食べたかったの?僕のでよかったらあげるけど」

「朔夜さんもいつの間に買ってきたんですか!!?」

「さっき耀と黒ウサギがしゃべってたとき。………はい」

 そう言いながら、僕は飛鳥とアーシャに渡す。

「ありがとう、朔夜君」

「どういたしまして」

 僕達が出店の食べ物を食べていると、ジャックがカボチャ頭を抱えて笑っていた。

「ヤホホホホホ!いやまったく、春日部嬢は面白いですねえ。賑やかな同士をお持ちで羨ましい限りですよ、ジン=ラッセル殿」

「はい。でも賑やかさでは“ウィル・オ・ウィスプ”の方が上だと思います」

「ヤホホホホホ!いやまったく恐れ入ります!」

 とりあえず、レスティアとエストが欲しがっていた料理を二人を呼んで渡す。

 僕達は、網目模様の根を上がって地表に出ると巨大な大樹が現れた。

 ………これ、登るの?

「………黒ウサギ。この樹、何百mあるの?」

「“アンダーウッド”の水樹は全長500mと聞きます。境界壁の巨大さには及びませんが、御神木の中では大きな部類だと思います」

「ねえ、ジン。僕達が向かう場所ってどこ?」

「中ほどの位置ですね」

 250m………

「ねえ、飛んでいっていい?」

「………私も飛んでいきたい」

「春日部さん、朔夜君、いくらなんでも自由度が高すぎるわ」

 でもあれを登るのはちょっと………

「ヤホホ!お気持ちはわかりますが、団体行動を乱すものではありませんよ。それに本陣まではエレベーターがありますから、さほど時間はかかりません」

 エレベーター?と僕達は首を傾げる。

 ジャックの案内で太い幹まで来ると、木造のボックスがあった。

「このボックスに乗ってください。全員乗ったら扉を閉めて、傍にあるベルを二回鳴らしてください」

「わかった」

 そう言ってベルの縄を二回引いて鳴らす。

 すると上空で、水樹の瘤から水が流れ始めた。

「わっ………!?」

「上がり始めたわ!」

「ヤホホ!反対の空箱に注水して引き上げているのです。原始的な手段ですが、足で上がるよりはよほど速い」

 ジャックが言う通り、エレベーターはものの数分で移動し、通路に降り立つ。

 幹の通路を進むと、収穫祭の主催者である“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”の旗印が見えた。

「旗が一枚、二枚、三枚………七枚?七つのコミュニティが主催しているの?」

「残念ながらNOですね。“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”は六つのコミュニティが一つの連盟を組んでいると聞いております。中心の大きな旗は、連盟旗でございますね」

「連盟?何のために組むの?」

「はいな。用途は色々御座いますが………一番はやはり、魔王に対抗するためですね」

「つまり連盟加入コミュニティが魔王に襲われたら助太刀が可能ってこと?」

「YES!朔夜さんの言う通りです」

「………そう。助けに来てくれるんだ」

「まあ、絶対に可能かと言われればそうではありませんし、介入するか否かは連盟コミュニティが判断する事ですから。あまりに部が悪いと助けに来てくれないことも多いです。ちょっとした気休めですね」

 僕達がそんな会話をしていると、

「流出とは人聞きが悪いな、ジン=ラッセル殿」

 そんな声が背後から聞こえた。

 後ろを振り返ると、空から女性が現れる。

「サ、サラ様!」

「久しいなジン。会える日を待っていた。後ろの“箱庭の貴族”殿とは、初対面かな?」

 燃え盛る炎翼を消失させ、樹の幹に舞い降りる女性。

 サラと呼ばれた女性は僕達の顔を確認すると、受付の少女に笑いかける。

「受付ご苦労だな、キリノ。中には私がいるからお前は遊んで来い」

「え?で、でも私が此処を離れては挨拶に来られた参加者が、」

「私が中にいると言っただろう?それに前夜祭から参加するコミュニティは大方出そろった。受付を空けたところで誰も責めんよ。お前も他の幼子同様、少しくらい収穫祭を楽しんでこい」

「は、はい………」

 キリノと呼ばれた少女は表情を明るくさせ、僕達に一礼して収穫祭へ向かった。

「ようこそ、“ノーネーム”と“ウィル・オ・ウィスプ”。下層で噂の両コミュニティを招くことが出来て、私も鼻高々といったところだ」

「………噂?」

「ああ。しかも立ち話も何だ。皆、中に入れ。茶の一つも淹れよう」

 僕達はサラに招かれ、大樹の中に入っていった。

 

          *

 

 僕達は貴賓室に招かれ、席に座る。

「では改めて自己紹介させてもらおうか。私は“一本角”の頭首を務めるサラ=ドルトレイク。聞いた通り元“サラマンドラ”の一員でもある」

「じゃあ、地下都市にある水路は、」

「勿論私が作った。しかし勘違いしてくれるな。あの水晶や“アンダーウッド”で使われている技術は、私が独自に生み出したもの。盗み出したようなことを言うのは止めてくれ」

 それを聞いて、ホッとジンが胸を撫で下ろす。

「それでは、両コミュニティの代表者にも自己紹介を求めたいのだが………ジャック。彼女はやはり来ていないのか?」

「はい。ウィラは滅多なことでは領地から離れないので。此処は参謀である私から御挨拶を」

「そうか。北側の下層で最強と謳われる参加者(プレイヤー)を、是非とも招いてみたかったのだがな」

「北側最強?」

 僕の言葉を聞いて、アーシャが自慢そうに話す。

「当然、私達“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダーの事さ」

「そう。“蒼炎の悪魔”、ウィラ=ザ=イグニファトゥス。生死の境界を行き来し、外界の扉にも干渉できる大悪魔。しかしその実態は余り知られていない。三年前に私が南側へ移籍して以降、突如として頭角を見せたと聞く。………噂によると“マスクウェルの魔王”を封印したという話まであるそうだが。もしも本当なら、六桁はおろか五桁最上位と言っても過言ではないな」

 そんなに強いのか………白夜叉とどっちが強いんだろ?少し気になるな。

「さて、それで収穫祭の方はどうだ?楽しんでもらえているだろうか?」

「はい。まだ着いたばかりで多くは見ていませんが、前夜祭にも関わらず活気と賑わいがあっていいと思います」

「それは何より。ギフトゲームが始まるのは三日目以降だが、それまでにバザーや市場も開かれる。南側の開放的な空気を少しでも楽しんでくれたらうれしい」

「ええ。そのつもりよ」

 飛鳥が笑顔で答える。

 耀は、瞳を輝かせてサラの頭上の角を見ている。

「どうした?私の角が気になるか?」

「………うん。凄く、立派な角。サンドラみたいに付け角じゃないんだね」

「ああ。コレは自前の龍角だ」

「だけどサラは“一本角”のコミュニティだよね?二本あるのにいいの?」

「確かに、我々“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”の一員は身体的な特徴でコミュニティを作っている。しかし、頭に着く数字は無視しても構わない事になっている。そうでなければ、四枚の翼がある種などは何処にも所属できないだろ?」

「………あ、そっか」

「後は各コミュニティの役割に応じて分けられるかな。“一本角”“五爪”は戦闘、“二翼”“四本足”“三本の尾”は運搬、“六本傷”は農業・商業全般。これらを総じて“龍角を持つ鷲獅子”連盟と呼ぶ」

 別に全てのコミュニティが戦う訳じゃないのか………

「ん?それじゃあ、“六本傷”は何を指してるの?」

「“龍角を持つ鷲獅子”のモチーフである鷲獅子が負っていた傷と言われている。コミュニティの組分けとしては………まあ、全種を受け入れているのではないか?商才や農業の知識というのは、普通に生きているだけでは手に入らないものだからな」

「ふーん」

「収穫祭でも“六本傷”の旗を多く見かけることになるだろう。今回は南側特有の動植物をかなりの数仕入れたと聞いた。後ほど見に行くといい」

「南側特有の植物って例えば………ラビットイーターとか、」

「まだその話を引っ張るのですか!?そんな愉快に恐ろしい植物が在」

「在るぞ」

「在るんですか!?」

 在るんだ。もしかして十六夜が頼んだとか?

「それなら、ブラックラビットイーターは?」

「朔夜さんも、何で黒ウサギをダイレクトに狙うのですか!?」

「在るぞ」

「在るんですか!??ど、何処のお馬鹿様が、そんな対兎型最恐プラントを!!?」

「何処の馬鹿と言われても………発注書なら此処にあるが、」

 パシッ!とサラの机から発注書を奪い取る黒ウサギ。僕もそれを隣から覗く。

 そこには、こう書かれていた。

『対黒ウサギ型プラント:ブラック★ラビットイーター。八〇本の触手で対象を淫靡に改造す

 

 グシャ!

 

「―――――――――…………フフ。名前を確かめずとも、こんなお馬鹿な犯人は世界で一人シカイナイノデスヨ」

 ガクリと項垂れ、しくしくと哀しみの涙を流す黒ウサギ。

 やっぱり十六夜の仕業か………

「………サラ様。収穫祭に招待していただき、誠にありがとうございます。我々は今から向かわねばならない場所が出来たので、これにて失礼いたします」

「そ、そうか。ラビットイーターなら最下層の展示会場にあるはずだ」

「ありがとうございます。それでは、また後日です!」

 そう言って黒ウサギは、僕達四人を摑んで一目散に駆けていった。

 

          *

 

 最下層の展示会場に着くなり、黒ウサギは金剛杯を取りだし、稲妻でブラックラビットイーターを燃やした。

「なんか、勿体ないね」

「そうね。勿体ないわね」

「うん。勿体ない」

「お馬鹿言わないでください!こんな自然の摂理に反した怪植物は燃えて肥やしになるのが一番なので御座いますっ!」

 フン、と顔を背ける黒ウサギ。

「それでこれからどうする?僕としては、収穫祭を見て回りたいんだけど」

「そうね。私もそれに賛成よ」

「賛成」

「それじゃあ行こうか」

 僕がそう言って行こうとすると、飛鳥が待ったをかけた。

「ちょっと待って。こんな大人数でまわったら周りの人に迷惑がかかると思うの。朔夜君も精霊を呼ぼうと思ってるでしょ?だから、二手に分かれない?」

「僕は問題ないけど………どう分かれるの?」

「そうね………私と黒ウサギとジン君の三人で回るから、朔夜君は春日部さんとまわってくれないかしら?」

「別にいいよ。耀は問題ない?」

「うん。大丈夫」

「それじゃあ、また後で会いましょう」

「うん」

 そう言って飛鳥は黒ウサギ達を連れて歩いて行く。

「それじゃあ行こうか」

「うん」

 

          *

 

 飛鳥たちと別れた後、僕達はいろんな場所を見てまわった。

 バザーや市場を見て回り、いくつかのギフトゲームに参加登録をし終えた頃。

「そろそろ宿舎に戻る?」

「うん、いいよ。………あっ、ちょっと待って」

 そう言って僕はギフトカードからある物を取り出す。

「これは?」

「さっきバザーをまわってたときに耀が見てたからさ、よかったらと思って」

 そう言って僕が取り出したのは、水色のヘアピン。

「………いいの?」

「うん。それにもらってくれないと、僕が困るしね」

 そう言いながら、僕は耀にヘアピンを渡す。

「つけてもいい?」

「うん」

 耀は僕にそう言って、ヘアピンを髪につける。

「………どうかな?」

「うん。すごく似合ってると思うよ」

 僕がそう言うと、耀は照れたみたいで少し赤くなる。

『………』

『朔夜だし、しょうがないわね』

 ん?エストとレスティア、どうかした?

『何でもないです』

『何でもないわ。………はぁ』

 何故かため息をつかれた。どうしてだろ?

 

          *

 

 耀にプレゼントを渡した後、僕達は宿舎の談話室に集まっていた。

「前夜祭は思ったよりギフトゲームが少ないみたいだね」

「YES!本祭が始まるまではバザーや市場が主体となります。明日は民族舞踏を行うコミュニティも出てくるはずなのです。フフフ、楽しみですねー♪」

 そう言う黒ウサギはとても楽しそうだ。

「結構詳しいね。もしかして、黒ウサギって前々から“アンダーウッド”に行きたかったの?」

「え?ええと、そうですね。興味はありました。黒ウサギがお世話になっていた同士が、南側の生まれだったので」

「同士………?それって、」

「はい。魔王に連れ去られた仲間の一人で………幼かった黒ウサギを、コミュニティに招き入れてくれた方でした」

 黒ウサギの話に、僕達三人は驚愕したように顔を見合わせる。

 てっきり、“ノーネーム”が故郷だと思ってたけど違ったのか。

「黒ウサギの故郷は、東の上層に在ったと聞きます。何でも、“月の兎”の国だったとか。しかし絶大な力を持つ魔王に滅ぼされ、一族は散り散りに。頼る当てもなく放浪していた黒ウサギを招き入れてくれたのが、今の“ノーネーム”だったのです。黒ウサギを同士として受け入れてくれた恩を返すため………絶対に、“ノーネーム”の居場所を守るのです。そして耀さんや飛鳥さん、十六夜さんや朔夜さんみたいに素敵な同士が出来たと、皆に紹介するのですよ!」

 ムン、と両腕に力を入れて気合いを入れる黒ウサギ。

「そっか。ならその日を楽しみにしてるよ」

「………うん。私も楽しみにしてる」

「私もよ。………ところでその、黒ウサギの恩人というのはどんな人だったの?」

 飛鳥に問われ、黒ウサギの瞳が遠くなり、口元に笑みを浮かべる。

「―――彼女の名は、金糸雀様。我々のコミュニティで参謀を務めた方でした」



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