遊戯王GX~Unknown・Our Heresy~ (狂愛花)
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プロローグ

以前から呼んで頂いていた皆さま、この度小説を全て修正致しました。

通知もなくこのような事をして長らく放置してしまった事をここにお詫びいたします。

新しく、出たルールやモンスターを鑑みて新たにストーリーを練り直しました。

今後も亀更新になってしまいますが、何卒ご愛読の方、よろしくお願い致します。



プロローグ 

 

 ゲームの歴史。それは遥か五千年の昔、古代エジプトにまで遡る。

 

 古代におけるゲームは、人間や王の未来を予言し、運命を決める魔術的な儀式であった。

 

 ‟遊戯王デュエルモンスターズ”

 

 それは現代で最も遊ばれ、ギネスブックにも認定されている。最も高い売り上げを誇るカードゲーム。

 

 遊戯王デュエルモンスターズのカードは大きく分けて‟モンスターカード”‟魔法≪マジック≫カード”‟罠≪トラップ≫カード”の3種類が存在する。

 

 それらを使い組み上げられた40枚から60枚までの山札、デッキを使い相手のライフポイント(以降LP)8000点を先に0にした方が勝ちという、至ってシンプルなゲーム。

 

 それが遊戯王デュエルモンスターズ。

 

 漫画から始まった遊戯王は、今ではアニメシリーズやグッズ商品や関連書籍、そしてカードゲームを筆頭とする電子ゲーム。

 

 遊戯王という存在は、それほどまでに多方面から深く愛される作品なのだ。

 

 

 

 

 

 現代日本。東京の住宅街。そこに建つアパートの一室。

 

 室内では、玄関に脱ぎ捨てられているスニーカーとブーツが二足。玄関から入って直ぐの所にある台所には洗われず汚れの付いた食器が水の入った桶に漬けられている。

 

 台所の近くに置かれているゴミ箱の前には、まんぱんになって口を結ばれたゴミ袋が二つ置かれている。

 

 玄関から見える奥の部屋の扉近くには、カップ麺が入った段ボールの箱がいくつも重ねられて置かれていて、その上には脱ぎ捨てられた衣服や乾かされた洗濯物が放置されている。

 

 男の一人暮らしらしい部屋である。

 

 そして奥にある家主の自室。そこには二人の男が互いに向かい合う形で床に座っていた。

 

 一人は黒のスキニーパンツに白のVネックシャツ。色白の肌で紺碧色の長髪を後ろで一つに結っている。瑠璃色の瞳をしているのが、この部屋の主である七海雪鷹≪なつみゆきたか≫。

 

 もう一人は灰色のジーンズに黒のTシャツ。健康そうに程良く日焼けした肌で深緑色の刺々しいショートヘア。翡翠色の瞳をしているのが雪鷹の親友である風雅登≪ふうがのぼる≫。

 

 二人は幼稚園からの今まで一緒にいる幼馴染。

 

 今日は東京に上京した雪鷹の許に登が遊びに来ているのだ。

 

 二人の近くには床に置かれたお菓子の袋、ジュースの入った2ℓのペットボトル、二人分のガラスのコップ。そして二人の視線の先には遊戯王デュエルモンスターズのカードが並べられていた。

 

 それぞれモンスターのイラストが描かれているデュエルフィールドとなるプレイマットを向かい合わせ、互いに神妙な顔つきでデュエルフィールドを凝視していた。

 

「……よし! セットモンスターを攻撃!」

 

 雪鷹が動いた。

 

 現状、二人のLPは残り僅か。雪鷹のフィールドには魔法・罠カードは無く、攻撃力の高いモンスターが一体。登のフィールドには伏せられた魔法・罠カードが一枚と同じく伏せられたモンスターが一体。

 

 雪鷹のフィールドにいるモンスターには特殊効果があり、登のセットモンスターを破壊すれば効果ダメージを与える事が出来る。それによって登のLPを0となり、雪鷹の勝利となる。

 

 攻撃宣言をした雪鷹の脳内にはそんな勝利光景が浮かんでいた。

 

 しかし、その言葉を待っていたかの様に登は不敵な笑みを浮かべた。

 

「残念。罠カード発動! モンスターの攻撃をお前に返すぜ!」

 

 登のセットカードが表になる。

 

 ピンク色の枠と描かれているイラストが顕わとなった。

 

 罠カードの発動に雪鷹の表情が喜色から一転する。

 

「えっ!? マジかよ!? 負けた……」

 

 雪鷹の攻撃は罠カードの効果によって返され、想像とは反して雪鷹の逆転負けとなった。

 

 今日何度目かの敗北に雪鷹は肩を落とし項垂れた。

 

 そんな雪鷹の姿に登は苦笑を浮かべる。

 

 しかし、いつまでも項垂れている訳ではない。雪鷹は直ぐにフィールドに並ぶ自分のカードを片づけると、次のデッキを取り出し決闘≪デュエル≫の準備に取り掛かる。

 

「今回のデッキは自信作だったのになぁ……これで30戦13勝17敗。でも、次の決闘≪デュエル≫は俺が勝たせてもらうぜ」

 

「おいおい、やけに自信たっぷりだな。お前が1軍のデッキを使うんなら、俺も1軍のデッキを使わせ貰うぜ」

 

 1軍。その言葉に二人はニヤリと笑みを浮かべ合った。

 

 互いに最も愛し、最も力を入れて構築した自分の中で最強のデッキ。それだけの思いが込められているだけあって、31戦目となるこの決闘に挑む二人からは闘気が溢れ出ている様に見える。

 

「それじゃ、行くぜ!」

 

「望むところだ!」

 

「「決闘≪デュエル≫!!」」

 

 二人が叫んだ瞬間、窓の外が光り輝いた。

 

 日の光とは明らかに違うその輝きに二人の動きが止まる。

 

 二人は怪訝な表情を浮かべ窓の方に視線を向けた。

 

「なんだ? やけに外が明るいな」

 

「もう夕方だぞ。明らかに太陽の光じゃないぞこれ」

 

 段々と白に染まっていく視界。それ程の輝きに二人の表情が強張って行く。

 

 今の時刻は午後17時。秋の日は鶴瓶落としと言う様に、秋の季節は日が暮れるのが早い。17時と成れば外は夕闇に包まれ始めている頃だ。

 

 しかし、外は夕闇とはとても言えない純白の輝きを放っている。

 

 ただ事ではない。

 

 二人は瞬時にそう思った。

 

 非常事態に二人は身を強張らせ警戒態勢を取る。

 

 その瞬間、輝きが一気に部屋諸共二人を飲み込んだ。

 

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

 鮮烈な輝きに目を開けていられず、二人は瞼を強く閉じ腕で顔を覆った。

 

 だがそれでも輝きは防げず、二人の意識はそこで途切れてしまった。

 

 

               △▼△▼△▼△

 

 

 二人が目覚めると辺りは純白に包まれていた。

 

 しかし、先程の鮮烈な輝きはなく、ただ真っ白な部屋の中にいる様な感じであった。

 

「雪鷹、大丈夫か?」

 

「あ、あぁ……。大丈夫だ。それより、ここ何処だ?」

 

 先程までいた雪鷹の自室とは明らかに違う空間に二人は戸惑った。

 

 周りを見回しても白一色。窓の様な物もなく、出入り口らしい物も見当たらない。それに先程まで自分たちが飲み食いしていたジュースやお菓子、遊んでいた遊戯王カードも何一つ無くなっていた。

 

 理解し難い現状に二人は益々困惑していった。

 

 それと同時に様々な不安が頭を過る。

 

「俺たち、誘拐されたとか?」

 

「まさか。だったらどうやって攫われたんだ?」

 

「分からないけど、映画とかであるだろう? 密室に誘拐した人間を閉じ込めて、殺し合いをさせるって奴……。今、俺たちが置かれている現状が、まさにそれなんじゃないか?」

 

「おい、余り考えすぎるな。まだそうだと決まった訳じゃない。それに考えてみろ。あんな強烈な光で意識奪うなんて非合理的だ。攫うんなら、睡眠薬とか使って眠らして夜に運び出した方が合理的だ。そうだろ?」

 

「あぁ……。それも、そうだな……。」

 

 登の言葉は確かに正しい。

 

 雪鷹が述べた予想も考えられる事は確か。しかし、登が言う様に誘拐ならば犯人たちが取った行動は非合理的と言える。

 

 通常、誰しもが考える誘拐の手順は、誰にも見られず密かに対象を攫い監禁。親等に身代金を要求するのが一般的に知られる誘拐である。

 

 稀に例外もあり、ヤクザやマフィアが処刑や拷問を目的とした誘拐もテレビや映画で知られている様に存在する。その攫い方には、人目を気にせず白昼堂々と対象を拉致する描写が描かれている。

 

 そう言った例外があるにしろ、二人が現状に至る原因が誘拐なのだとしたら、気絶する前に覚えている最後の記憶が正しければ、スタングレネードの様な強力な光を放つ物で意識を奪い攫われた事になる。

 

 だが、二人が居たのは雪鷹の住んでいるアパートの一室。他の部屋には勿論住民が住んでいた。アパートの周りにも他の集合住宅に一戸建ての住宅、コンビニやスーパーマーケットやドラッグストア等の店もある。

 

 そんな人目の付く所でヤクザやマフィアと何ら関係のない二人を派手に攫う理由も、攫われる原因も見当が付かない。

 

「もしかしたら……人間じゃなくて、宇宙人に攫われたんじゃ……」

 

 先程以上に青い顔で雪鷹は震える声で言った。

 

「おい、何馬鹿な事言ってるんだ。それこそあり得ないだろ」

 

「あり得ない? 何故、そう言える? 人間は宇宙全土を知り尽くしている訳じゃない。それ以前に、地球上の事象全てを解明してもいない人間が、宇宙人は居ないと何故断言できる?」

 

 登はその問いに反論することは出来なかった。

 

 雪鷹の言葉は正論過ぎる程に正論だったからだ。

 

 宇宙が何処まで広がっているのか人は把握できていない。それ以前に宇宙の彼方にも到達できていない。宇宙どころか、人間は地球上で起こる事象を全ては解明できていない。未だに何故それが起こるのか、何故その動物はその行動をとるのか、何故その様に進化したのか、謎は山の様に残っている。

 

 それは人体も含めて。

 

「悪い、確かにあり得ないなんて言えないよな。だが、宇宙人だと断定するのは、早計だ。大丈夫だ、俺が何とかしてやるから」

 

 そう言って登は雪鷹の肩に手を置いた。

 

 不安げな表情を浮かべる雪鷹だが、登の言葉に少し笑みを浮かべて答えた。

 

 雪鷹、内心不安で堪らない思いでいた。しかし、自分の弱い姿をこれ以上親友の登に見せたくはない。弱弱しい空元気を見せる事が、今の雪鷹には精一杯だった。

 

 そんな雪鷹の空元気を登は見抜いていた。

 

 登は今の雪鷹が心配で仕方なかった。

 

 幼少の頃から、雪鷹は同年代に比べて精神が弱かった。登はそんな雪鷹とは相性も良かったが、何より登は賢くて優しかった。雪鷹の脆弱な精神を冷かしたり嘲笑う事などせず、傍に歩み寄り繊細な心を守り支えてきた。雪鷹が精神的ストレスを抱えていれば、完全に取り除く事は出来なくとも話を聞いたりしてそれを多少なりとも解消させてきた。

 

 そんな精神的に問題を抱える雪鷹が、突然こんな訳の分からない状況に置かれれば、不安と恐怖心で多大な精神的ストレスを抱えてしまうのは明らかだ。解消されないストレスが溜まりに溜まれば、人間の人格と精神は狂ってしまう。

 

 登はテレビのニュース番組やドキュメンタリーで流れている精神に問題を抱える人間の姿を何度か見たことがある。それは酷いものだった。善悪の判断が出来ず犯罪を犯し続ける者、廃人と化した者、知性を失った者。彼らを侮辱するつもりは無いが、登は親友が彼らと同じ様になってしまうのは何としても防ぎたいと思っている。

 

「(早くこの状況を何とかしないと……)」

 

 登は焦燥に駆られる。

 

 目だけで辺りの様子を伺う。しかし、見えるのは純白のみ。

 

 地面を手で触れた感触は何とも形容し難い物だ。タイルの様に固く冷たい。カーペットの様に柔らかく暖かい。何とも不思議な感触だった。自分たちが何処にいるのかさえ分からない。

 

 現状を打破する術も、その手掛かりになりそうな物も見当たらない。

 

 未知は人によって好奇心と探求心を与えるが、今の二人には不安と焦燥を募らせるだけだった。

 

 静寂と純白の空間。不安と焦燥で荒くなる二人の息遣いだけが聞こえる。

 

 そんな時だった。

 

「随分面白い思考をしているな」

 

「「ッ!?」」

 

 突然聞こえてきた第三者の声に二人は吃驚して振り返る。

 

 しかし、後ろには誰も居ない。辺りを見渡すが白が広がっている以外、声の主は見つからない。

 

「(マイク越しの音声? いや違う。あれはハッキリとした肉声だった)」

 

 声という現状を打破し得る可能性を秘めた手掛かり。その立った一つの手掛かりだけで二人の脳内を様々な可能性が駆け巡る。

 

 二人の額に汗が滲み、頬を伝って行く。

 

「何処を見ている。此処だ此処」

 

 再び聞こえてきた声を追って再び辺りを見渡す。しかし、やはり純白の空間には自分たちの他には誰の姿も見えない。

 

「(まさか……)」

 

 声の主は“地面”にはいない。

 

 登と雪鷹は互いに顔を見合わせて恐る恐るその方向へと視線を向けた。

 

 ‟自分たちの頭上へと”。

 

 二人は視線を向けながらもそんな馬鹿なという言葉が脳裏を過った。

 

 しかし、向けられた二人の視線の先に‟そいつ”はいた。

 

「やっとこっちを向いたか。随分と待たせてくれたな」

 

 二人の頭上、地面から数メートルもある空中で胡坐をかき、頬杖をついているそいつは、呆れた様な笑みを浮かべて二人を見下ろしていた。

 

 そいつは女だった。

 

 空間同様に純白、しかし空間とは異なり異彩を放つ袈裟に身を包み、花顔雪膚な見た者の魅了する容姿。二人を見下ろすその瞳もまた純白の輝きを放っていた。

 

 正に絵に描いた様な美しさと言える美麗さだ。万人が万人、彼女の姿に見惚れてしまう事は間違いないだろう。

 

 しかし、二人は彼女の姿に見惚れるではなく、当惑した表情で見ていた。

 

 それも当然だろう。

 

 彼女は“空中で胡坐をかいているのだ”。

 

 二人は視線を走らせ彼女の周りを見た。彼女が座っているであろう硝子の板を、それまたは彼女自身を支えるワイヤーを、彼女の姿を通影している映写機を探した。

 

 しかし、どんなに目を凝らして見てもそんなものは見当たらない。

 

 トリック?

 

 錯覚?

 

 それとも、超能力?

 

 二人の脳がフル稼働。目の前で起こっている事象を証明する科学的根拠を思案した。しかし、明確な答えは出てこない。

 

「どうした? まるで鳩が豆鉄砲でも喰らった様な顔をしているぞ?」

 

 そう言って彼女は嘲笑う様な表情で二人を見下ろした。

 

 明らかに二人の当惑する姿を見て楽しんでいる。

 

 容姿は人目を惹く美麗さを持っているが、嘲笑う下品な笑みに加え傲慢さが垣間見える言動の所為で悪女感が醸し出されている。

 

「貴女は……誰ですか?」

 

 警戒心を露にしながら登は尋ねた。

 

「あん? 何でお前如きに名乗らねばならないんだ?」

 

 登の質問を彼女は尊大な態度で一蹴する。

 

 有無を言わせず質問を一蹴され登の表情が苛立ちで歪む。 

 

「……じゃ、ここは何処ですか?」

 

 傲慢な彼女の言動に熱くなる頭を冷まし、登は次の質問を投げ掛けた。

 

「お前らが知る必要はねぇよ」

 

 これまた一蹴されてしまった。

 

 登の表情がさらに歪む。

 

 彼女はその様を見てより一層楽しそうに笑う。

 

 まるで相手の失意の表情を見たいが為にその思惑や望みを潰す。そんな悪意に塗れた女の愉悦の笑みが、登の怒りのボルテージを上げていく。

 

 こんな奴の所為で自分と親友は訳の分からない現状に立たされている。その上、親友は現状の不安感で苦しんでいる。

 

 登の我慢が限界に達するには十分だった。

 

「じゃ、何だった教えてくれるんだ!」

 

 最低限使っていた女に対する敬語を止め、噛みつきそうな勢いで登は声を荒げた。

 

「突然俺たちをこんな訳分かんない所に拉致して何が目的なんだ!? 金か? 俺たちの命か? 悪いが金に関しては俺も雪鷹も自分たちでやってくのが精一杯だし、実家も身代気を求められる程裕福じゃない! 命に関しては何で俺たちなんだ!? 誰かに恨まれる様な事でもしたのか? 俺たちを殺してお前に何の得がある!? 殺される謂れなんてない!」

 

 感情の赴くまま登は叫んだ。

 

 不可解な現状、その現状に立たされている理不尽、その根源である女の傲慢さ、困惑する自分たちを見て喜んでいる女の悪意、全てに対する怒りが登の口から放たれる。

 

 相手の返答など待たず自分の言いたい事を一通り言い放ち、登は肩で大きく息をする。

 

「(言ってやった……。ほら、今度は何て言って俺を一蹴するんだ?)」

 

 この短時間で理解した女の性格上、登の心の叫びに対しても不敵な笑みを浮かべ一蹴してくるはずだ。

 

 登は女から放たれるであろう言葉に身構える。

 

「……」

 

 しかし、女は何も言っては来なかった。

 

 女の表情からは、先程まで見せていた悪意に塗れた愉悦の笑みが消え、ただ静かに能面の様な冷たい無表情でジッと登の目を見つめていた。

 

 予想外の女の態度に登は面食らってしまう。

 

「言いたい事はそれだけか?」

 

「「ッ!?」」

 

 能面の様な表情から放たれた体が凍りつきそうな程冷たい女の言葉。たったそれだけのその言葉には、言い様のない圧迫感が感じられた。

 

 その圧迫感に気圧され、登と雪鷹は己の人生で初めて体の芯から凍りつく様な感覚を実感した。それが不安などから来る恐怖ではなく、明確な自分自身の死の恐怖から来る震えだという事は、二人とも直ぐに理解できた。

 

 蛇に睨まれた蛙の如く硬直して動けなくなった二人を余所に女は今まで座っていた頭上の空中から二人の対面へと降り立った。

 

 面と向かうと改めて女の美麗さが際立つ。

 

 その美しさも今の二人には恐ろしく見えて仕方なかった。

 

「フン、ごちゃごちゃと喧しい奴だ。男のくせに女々しくピーチクパーチクと喚くな。耳障りだ」

 

 刃の様に鋭利な言葉が容赦なく二人を斬り付ける。

 

 眉間に皺を寄せ、氷の無表情から不機嫌さを露にした表情で女は二人を睨みつける。

 

 今まで生きてきた中で今日ほど恐怖というものを嫌という程味わった二人。言葉で、睨みで、ただそこに立っているだけで凶器を心臓に突き立てられている様な悍ましさ。平和な日本で暮らす一般人である二人はそんな死の恐怖を味わった事などない。遭っても事故や病気などによる死の恐怖だ。明確な殺意による死の恐怖など日常で滅多に遭うことは無いだろう。

 

 平々凡々だった二人に向かって、今その殺意が向けられている。

 

「お前らを揶揄って遊ぶのももう飽きた。さっさと要件を済ませるか」

 

 そう言って女は溜息を吐きながら右掌を二人の方へと向ける。

 

 すると女の掌から光が現れた。光は渦を巻きながら球体へと形を成していった。白一色の球体は色付いていき、やがてそれは地球の姿へと変わった。

 

「「ッ!?」」

 

 目の前で起こった出来事に二人は目を疑った。

 

「(地球の映像? どうやって空中に投影したんだ? プロジェクターらしい物も見当たらない。スクリーンもない。新しい映像技術? それとも……)」

 

 眼前に浮かぶ地球をまじまじと見つめながら登の脳内に様々な考えが巡る。

 

 事実、二人が住む現代社会は科学技術が日々進歩しており、SFの世界に出てくるロボットや人工知能の開発に成功しているが、物語に出てくる様な完成度には至っていない。

 

 目の前に浮かぶ地球が映像だとすれば、空中に映像を投影するまでの技術は二人が知る限りまだ至っていない。

 

 では、今二人の目の前で起こっている事象は何か?

 

 あり得ないと思いながらも、念頭から除外していた答えが、急速に登の頭を埋め尽くして行く。

 

「貴女は……人間ですか?」

 

 今まで不安と恐怖で震えていた雪鷹が、徐に女に尋ねた。

 

 その問いは登の頭を埋め尽くしているものを明確にする問いだった。

 

「あぁん?」

 

 その瞬間、女の雰囲気が変わった。

 

 再び二人を威圧感が襲う。しかも、先程感じた凍てつく様な恐怖よりも一層強い圧迫感。

 

 先程まで纏っていた女の雰囲気、触れれば凍りつきそうな冷たさを感じさせる無表情。その雰囲気から一変して、周りの者を焼き尽くす様な炎を感じさせる程の嫌悪感に満ちた怒りの表情。

 

 殺気立った女の瞳が真っ直ぐに雪鷹の瞳を射抜く。それだけで雪鷹の体は硬直して動けなくなってしまった。

 

 直視されていない登でさえ、女から漂う怒気に気圧され体が硬直していた。

 

「このアタシをお前たちみたいな無能共と一緒にするな、虫唾が走る!」

 

 女が吼える。

 

 その声はまるで爆音の様に空気を震わせる。そしてその振動は二人を襲う。

 

「気分が悪い。とっとと要件を済ませてアタシは帰らせてもらう」

 

 そう言って女は嫌悪感に表情を歪ませながら空中に投影した地球を指差す。

 

「今からお前たちにはこの世界へと転移してもらう。質問、異論、反論は聞かん」

 

「「転……移?」」

 

 女の口から出た突拍子もない言葉に二人は鸚鵡返しする。

 

「お前たちは今自分たちが住む家と共にこの世界に転移し、この世界で過ごす。家族や知人とはもう二度と会う事は出来ない。向こうもお前たちの存在を忘れる。世界からお前たちという存在が抹消される。これで後腐れなく新たな世界を謳歌できるだろう。アタシからの配慮だ、感謝しろ」

 

 傲慢な態度で女は言った。

 

 しかし、当の本人たちはまたも困惑していた。

 

 先程の雪鷹の質問とそれに対する女の怒り。それによって登の脳内にあった事が半ば証明された。加えて空中に投影されている地球と先程の転移の話。

 

 間違いなく、二人の目の前に立つ女は人間ではない。

 

 ‟人が神と呼ぶ存在、又はそれに近しい存在”

 

 そう仮定すると先程の転移の話も何となく理解できる。

 

 二人が以前読んだ事があるネット小説。既存のアニメや漫画の世界観とストーリーを書き手がアレンジした作品、所謂「二次創作」の作品の中で多く使われている設定。

 

 主人公が行った善行、または神様の手違いによって死んでしまった主人公を別の世界、アニメや漫画の世界へと転生させるといったもの。

 

 その際、主人公は神様から特典として様々な物を貰う事が出来る。転生後の自分の容姿を美麗にしたり、強力な能力を得たり、異性からモテモテになったりと様々。

 

 二人もそんな物語を見ながら自分たちだったら~などと夢想した事がある。

 

 しかし、現実は理想とは違う。

 

 二人は善行をして死んではいない。神様の手違いで死んでもいない。そもそも自分たちが死んだのかどうかさえ定かじゃない。最後に二人が覚えている事が正しければ、二人は死んではいない。

 

 それに目の前の女が神様だと言うのなら、格好と容姿は確かにそう見えるだろう。だが、その性格は神というよりも悪魔に近い。

 

 それ以前に二人は自分たちが転移する理由が分からない。

 

 夢想していたことが実際に起き、別世界へ転移出来ることは二人的にはとても楽しそうで喜ばしいことだ。

 

 だが、転移の話の後に出た女の言葉がそれらの考えを吹き飛ばしてしまった。

 

「世界から存在が消える……?」

 

「皆と二度と会えない……?」

 

 二人の脳内に家族や友人、親しくしてきた者たちの顔が走馬灯の様に過って行く。

 

 転移すれば夢想していたスリルを味わえ、とても楽しい感覚を感じられるだろう。

 

 でも、その代償が、自分たちの存在が元の世界から消える。家族も忘れてしまう。友達も忘れてしまう。全ての日々が、全ての思い出が無かったことになってしまう。

 

「そんなの嫌に決まってるだろう!!」

 

 登が吼えた。

 

 怒りが登を縛っていた恐怖を打ち消した。

 

 余りの不条理にまたも登の怒りが爆発した。

 

「アンタが人間じゃない存在だってのは理解した。俺たちがこれから別世界へ転移することも。でも、だからって俺たちの存在が世界から消えるっては納得出来ねぇよ!!」

 

「反論は聞かんと言っただろうが。お前らの有無などどうでもいい。これはもう決定事項だ」

 

「アンタらの都合何て知るか! 俺たちを元の世界に帰らせろ!!」

 

 遂に登は女に掴み掛った。

 

 しかし、登の手は空を切った。

 

「ッ!? ガッ!!」

 

 衝撃が登を襲う。

 

 気づけば登は雪鷹の横まで吹き飛んでいた。

 

 上手く呼吸できず登は咳き込む。

 

「登!!」

 

 雪鷹が登に駆け寄る。

 

 何が起こったのか分からず女の方へと目を向ける。

 

 そこには女が右掌を突き出した態勢で立っていた。

 

「身の程を知れ。下等な動物風情がアタシに牙向いてんじゃねぇ」

 

 殺気を放ちながら女は二人を見下ろした。

 

「いいか、アタシはお前たちに転移してくださいとお願いしてるんじゃない。行けと‟命令してるんだ”」

 

 殺気に満ちた女の眼光に射抜かれ、二人は何も言えずただ押し黙る事しか出来なかった。

 

「親切に一通りは説明してやった。もういいだろう。とっとと行け」

 

 女が指を鳴らす。

 

 その瞬間、二人を囲む様に足下が輝き始めた。

 

 「「ッ!?」」

 

 これから転移するんだと二人は理解した。

 

 そして転移してしまえば、元の世界から自分たちの存在が消える。

 

「(このまま転移する訳にはいかない!!)」

 

 登は光から飛び出そうとするが、見えない壁に阻まれてしまう。

 

 雪鷹も手を光の外に出そうするが、やはり見えない壁に阻まれてしまう。

 

 二人は光の中に閉じ込められた。

 

 抵抗することは出来ない。

 

 雪鷹は抵抗を諦め項垂れる。

 

 しかし、登は最後の抵抗にと女に叫んだ。

 

「最後に教えてくれ! アンタの名前は!!」

 

 徐々に輝きに呑まれて行く二人をつまらなそうに眺める女は、登の叫びに少しだけ笑みを見せた。

 

「フン、生意気な。そうだな、‟仏”とでも呼べ」

 

 輝きに呑まれる二人に向かって仏と名乗る女は、餞別とばかりに不敵な笑みを贈った。

 

 太々しい仏の笑みを最後に二人の視界は城の覆われ、やがて闇へと意識が落ちていった。

 

 

to be continued



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