スーパーロボット&宇宙戦艦大戦MW (ケット)
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戦いの始まり

この冒頭部が少しわかりにくいかもしれません。

作者オリジナルのスーパーロボット大戦で、スパロボで「原作再現イベント」があるように、「逆襲のシャア」のストーリーが流れ、終わったその直後です。

*5/26/2016、「平行宇宙」「平行時空」「並行宇宙」の混在を「並行時空」に統一


〈プロローグ、スパロボ時空、逆シャア直後〉

「アムロ……」

 ラー・カイラムの艦橋ではブライトが拳を握り締めていた。

 捜索断念。アムロ・レイ、作戦中行方不明(MIA)。

「ブライトさん!」

 そこに通信、木星から帰っている途中のジュドー・アーシタ!

「状況は見ました。大丈夫、アムロさんは必ず生きてる!絶対会える気がする、とんでもないところで」カミーユも加わる。

「何かとんでもないことが起きる。落ち込んでいる暇はない、戦力を整えなければ」

「そうか……地上のスーパーロボット隊も呼び戻してロンド・ベルを建て直そう」

 ブライトは決意も新たに着席しなおそうとした、その時手錠つきで連れ戻されたハサウェイが絶叫した。

「あああああああああああああああああああああああ!」

「どうした!この親不孝者」ブライトが叫ぶ。

「う……これは」画面のジュドーもまた頭を抱える。

「ハサウェイくんも同じものを感じてる!想像もつかないことが、この宇宙、いやたくさんの宇宙に起きているんだ!」

 カミーユが告げ、ハサウェイがくずれおちた。

「たくさんの宇宙?宇宙はひとつだけだろう」

「ブライト艦長!レーダーに」

「メインスクリーン、見てください!」

 アクシスを包む光が、地球と月の中間地点、空白のラグランジュ・ポイントに集まり、すさまじく輝いた。

 その中から、あまりに異質な戦艦がいくつも出現した……

 

〈宇宙戦艦ヤマト時空にて〉

 コスモクリーナーを手に入れ、地球への道を急ぐヤマト。

 その、往路とは違いあまりに平穏な旅路に、艦内の雰囲気はかなりゆるんでいた。

「こら太田、だらけるな。何があるか分からないんだ、規律を保て」

「すみません」

「艦長代理だからって張り切りすぎよ、古代君」

 雪の言葉に、ブリッジが笑いさざめく。

 そのとき、メインスクリーンに激しい雑音が入った。

「今のはなんだ相原!」

「わかりません、通信か星間雑音か、今解析します!技師長、アナライザー」

「わかってる、今やってる」

「カイセキ……シマス、ウルトラ線〇四八……」

 一転して真剣になる艦橋士官たち。

 激しいショックがヤマトを包みこんだ。

「全艦戦闘配置!総員宇宙服着用!」

 古代の声がかけめぐる。激戦に鍛え抜かれた宇宙戦士たちは、ここしばらくのだらけを振り捨てて宇宙服に手をのばし、ヘルメットをかぶる。

「波動エンジン異常なし、ただしなにかを感じます!」

 徳川機関長の声。

「ひっぱられてる、まるで、ワープに入らされるみたいだ!」

 島が叫び、操縦桿にしがみつく。

「艦長!」

 思わず古代が叫んで舌打ちし、

「総員耐ショック!相原、打電」

 言いきれぬ間に、ヤマトを激しく膨大な原色が包みこむ。全員の意識がワープの何倍も、池に大岩を投げ込んだように混濁する。訓練学校と実戦で鍛え抜かれた宇宙戦士でなければ発狂していただろう。

 そして目覚めたヤマトの前に、懐かしい地球と月の姿があった。

「ここは……地球だ!」

「こんなに早く着いてしまったのか」

「いや、待て!」真田が叫ぶ。「見ろ、この地球は青いぞ!」

 そう、ヤマトが出発した、遊星爆弾に痛めつけられ、海は干上がり赤く放射能に汚された死の星とは似ても似つかない。古代たちにとっては幼き日の思い出に過ぎない青い宝石。

 古代たちのため息。一瞬の喜び、瞬時に現実を見て、その現実を受け入れるのを拒絶し、やっと受け入れたときに絶望となった……そう、三カ月以内に、赤く汚れた方の地球に帰還しなければヤマトの任務は全うされない、あちらの人類は滅亡してしまうのだ!

 

〈ヴォルコシガン時空にて〉

「くそ、まだ振り切れないんだ!このままじゃ地球にいってしまう」

「まあ落ち着け。まだやられてはいないんだ」

 ペリグリン号の病室。ベッドから毛布をはねて起き上がろうとした、誰もがまず目を見張る肉体がベータ訛りでホロに呼びかけた。

 あまりにも小さく歪んだ矮躯に、二メートルある巨漢用の堂々とした頭部がアンバランスに乗っている。若さと提督を示す階級章のギャップなど、その肉体でかき消されてしまう。

 その表情は父親譲りの石のような平静を装っているが、胃を押さえる仕種もまた父親譲りであることに気づいているのか。

「見事すぎたんだよ、捕虜救出作戦が。銀河史で三本の指に入りますよ。セタガンダの連中、意地でもこのデンダリィ自由傭兵隊を皆殺しにしなきゃ気が済まないようです」

 ブリッジの参謀は看護婦とエリ・クィンに気づいて口調を変え、にやりと、まるで息子を誇る父親のように病床の提督を見下ろした。

「地球も悪くないですよ、何より」

「もう少し加速できないか、タングじいさん」

 提督の言葉に刺が混じった。

「ちょっと無茶ですが、あのブラックホールをかすめてみましょう。運がよければ……」

「悪くても銀河軍事史に残り報酬が遺族に行くよう、別働隊をベータとヘーゲン・ハブに送ってくれ。指示は使者に別々に与える」

 病床にふたたび身を横たえた提督が部下にすべてを任せ、静かにそのときを待つ。本当はブリッジで走りまわりたいのだが、彼にはベッドで半身を起こすだけで充分な無理だったのだ。

 光の柱が見えてくる。ブラックホールが両極方向に放つ強烈なジェットだ。

 そして荘厳な輝く円盤、はっきりと艦内にいても重力を感じはじめる。

「計器が」

 アード・メイヒューの舌打ちが響く。

「機関一杯!」

 バズ・ジェセックの声が遠く聞こえる。

「無理なぐらいに寄せろ、核爆弾をブラックホールにぶちこんで、その衝撃で逃れる。古代中国の古典に断じて行えば鬼神もこれを避くという、それにこの手はカリブディスの戦いで、ピョートル・ピエール・ヴォルコシガン卿に追われたゲム貴族の」

 軍事史マニアのカイ・タングが語り出したことで、奇妙な安心感がホロでつながる病室にも広がる。

 祖父の悔しげな回想を思い出したマイルズが苦笑した。

「よし……振り切った」

 その瞬間、ブラックホールから不気味な光がふくれあがり、小さな艦隊をのむ。

「うわあああっ!」

 悲鳴が渦巻く。それはごく短かった……激しい頭痛と吐き気だけが残る。

 そしてそこには青く輝く惑星。そしていくつかの、見慣れぬ形の宇宙戦艦に囲まれていた……

「ここは……うげっ」

「地球、ですな……この大陸配置……でも違う!知っている施設が色々ないし、ヒマラヤにできたてのクレーターが風穴を開けているし、レーダー!こんなコロニーは我々の地球にはあり得ない!」

 カイ・タングが驚いた顔で、ホロに手を振りまわす。

「そんなばかな……別の宇宙の地球だって!?とにかく住人と連絡」

「アリエール号から連絡!我々と同様の観測結果」

「全艦連絡とれました、異常なしです」

「提督、近くにいた艦艇から連絡です」

 ネイスミス提督……マイルズ・ヴォルコシガン卿中尉はベッドから飛び下りようとして、クラゲのように潰れた。

 セタガンダ帝国の悪名高い捕虜収容所からの大救出作戦。その下準備……捕虜に混じって潜入した彼は、希望を失い無秩序化した捕虜たちをとりまとめるため、文字どおり身体を張ってひどい暴力にさらされた。妊娠中の母親が巻きこまれた毒ガス攻撃の後遺症で砕けやすい骨の多くを犠牲にしていたのだ。

 だがその傷よりも、その作戦で失った部下の最期のほうがはるかに痛くさいなんでいる。そして一刻も早く、バラヤー情報部と接触して損失を償い皆の給料となる資金を手に入れなければならない、と使命に焦ってもいる。デンダリィ隊の皆に、普通の傭兵隊には要求できないほどの危険を冒させたのだ。

 自分が完全に消えたら、両親の嘆き以前にバラヤー皇室の継承順がどう狂うか……

(父上の次がイワンになる!これというのもグレゴールがなかなか結婚しないから)

 厚顔な……父アラール・ヴォルコシガンはもちろんグレゴール帝や従兄弟イワン・ヴォルパトリルも早くマイルズが結婚して男子をもうけてくれたらと思っている……思考の脱線を辛うじて押しとどめ、痛みをこらえて頭を外交モードに切り換えようとする。

 

〈火星航路SOS時空にて〉

*昔のスペオペでは、木星や土星に固い大地があり、その大衛星には地球同様空気があり、金星や火星にも普通に知的人類がいるのが当たり前でした。ボイジャー以前であることをお忘れなく。また真空管の時代です。

*原作あらすじ~地球から火星に飛び立ったアルクトゥールス号は未知の六肢人宇宙船に襲撃され、通信を絶たれて巨大なスイカのように切り刻まれた。

 たまたま機関部にいた天才科学者スティヴンスとニュートン惑星間輸送会社社長の令嬢ナディアは破片の気密部に身を潜め、救命艇を集めて木星の衛星ガニメデに漂着、そこで鋼材をはがし石炭を掘ってハンマーを振るってタービンを鍛え、滝をダムにして発電所を築く、ナディアは弓矢で狩りをして食糧を得る、とゼロからがんばって宇宙船を修理、通信のため真空管材料を得んと土星に至る大冒険の末にウルトラ・ラジオを完成し、地球人の科学者仲間、ブランドンとウェストフォールに連絡する。

 残りのアルクトゥールス乗員乗客は間一髪でカリスト人(人間型、善。六肢人に滅ぼされようとしている)に救助され、エウロパの地下都市に退避する。そのパイロットたちは高加速に耐える体質を生かしてカリスト人に協力し、木星の衛星周辺の敵を壊滅させた。

 そしてスティヴンスからの連絡を参考に武装を強化し、ニュートン自ら率いる研究船シリウス号が救助に向かい、スティヴンスたちやアルクトゥールス号の乗員乗客の一部と合流する。

 スティヴンスとナディアの結婚式の直後、木星の霧に包まれていたもうひとつの知的種族ヴォークル人と、六肢人の決戦が行われヴォークル人が勝利したが……*

 あきれ果てた表情で、シリウス号の地球・金星・火星が誇る科学者たちは七角の宇宙船を見送った。

 その本来の持ち主、木星南極の底知れぬ霧と悪夢のジャングルの奥に棲む、想像を絶する科学力と巨大なヘビのような身体に多数の手足や目、翼をもつヴォークル人たち。

 彼らが宇宙の悪魔六肢人との決戦に勝利したとき、激戦の必然である犠牲となった一隻が六肢人に乗っ取られてシリウス号を追ってきた。その六肢人を全滅させ、唯一の生存者、クロモドーを多くの犠牲を払って救出し、乏しい備蓄の多くを注いで治療したというのに、他者との接触を嫌うヴォークル人たちは一言の挨拶もなく、クロモドーを収容し船を曳航して立ち去ってしまった。

「まあ、特許料をよこせと言われなかっただけましだな」

 ブランドンが肩をすくめる。

 彼らはクロモドーの治療と並行して、七角宇宙船を徹底的に研究し、その強力な緑色のシールドや兵器をことごとく自分のものとした。

「さて、これでもうあの、六肢人の球形艦がどれだけ出てこようと怖くないぞ!」

 ブランドンとウェストフォールがハイタッチし、ナディアがスティヴンスの腕に飛びこんだ。

「いや、勝って兜の緒を締めよ。油断するな」

 ニュートン船長がエウロパへの針路を命じようとした、その時にシリウス号の船体を衝撃が揺るがした。

「六肢人か?」

「いえ、スクリーンには何の映像もありません!」

「ありえない、黄道面に垂直な、まったく虚無からなにかの光が!」

「うわっ、なんだこの加速は!」

 突然の加速。戦闘態勢でなければ皆が転がっていただろう。

「防御スクリーン!」

「出しています、緑のも。これはどんな波長でも防ぐはずですが、これは電磁波じゃなくて……まさかアインシュタインが予言した重力波か?」

「いや、それですらない。もっととんでもない……うわあっ!」

 一瞬、全員がショックに包まれ……気がついたときには、目の前に地球があった。

「ここは……地球に戻った?何か」

「いや、違う」素早く探知波を巡らせたスティヴンスが怒鳴る。「われわれが出発した地球に、こんなスペースコロニーや衛星はなかったし、こんな船が飛びかっているはずはない。それにあのクレーター、違う時代か」

「違う!時空の奥の奥、とんでもないサブサブローザー線を見てみたんだ。ここはわれわれがいた宇宙でさえない、まったく別の宇宙のもうひとつの地球だ!」

 ブランドンの叫び。いつもなら慎重に否定するウェストフォールも、少し調べて、呆然とした表情でうなずいた。

「あわてるな!何がシリウス号をここに運んだか解析し、そしてここの人たちと連絡を取れ。友好的にな!」

 ニュートン船長の大声に皆が背筋を伸ばす。

 

 言語の調整に多少手間取った……タイタンや木星の衛星で手に入れた思考交換機が必要なかったことが、スティヴンスとしては少々残念なようだった。

「あなたがたはみな、別の並行時空から来たというわけですね」

 ブライトが、三者に同時に話す。もちろん怒鳴り立てる中央司令部はガン無視して。

「そういうことです。しかし我々ヤマトは元の時空に帰らなければならない、地球では皆がコスモクリーナーを待っているのです!今ここにいる時間が、向こうではどう経っているのか」

「落ち着いてください、古代艦長代理。至急帰らなければならないのは我々も同じですが、まあ我々は傭兵だ。金次第でどんな任務も受けるし、それに我々が持つ情報・技術資源もこちらでは大いに役立つことでしょう。

 もちろん我々“並行時空からの客人”が、元の宇宙に帰るのに協力していただくこととも交換で、ブライト艦長」

 マイルズはもう交渉モードに入っている。

「F……」ぎりぎりで口をつぐんだニュートンが顔を赤らめ、いくつもの艦を見比べた。「他になさそうだな、ネイスミス提督」

「非常に興味深い現象だ。多数の並行時空、それぞれをつなぐ時空の異変か。ブランドン、確かゲイルが似たような理論を出していなかったか?」

「そうだな、研究しがいはありそうだ」

 シリウス号の科学者連中はある意味のんきである。

 そのとき、突然ラサに開いた巨大クレーターに、すさまじい輝きが噴きあがった。

「スーパーロボット隊よりロンドベルへ!地下帝国の本体がヒマラヤ内にあったらしい、シャアのやつが風穴を開けたせいでぞろぞろ出てきてる!至急増援頼む!」

 竜馬の暑苦しい顔が画面を埋めた。

「なんだなんだ?」

“並行時空からの客人”たちも興味津々で画面を見つめる……とんでもない化け物たちが底知れぬ穴から次々に飛び出し、それを巨大な機械人が迎え撃つ。

「これがこの地球の戦いか」

「なぜこの世界は人間型の戦闘機が多いんだ、ブライト艦長?資材とメンテナンスコストの無駄じゃないか」

 マイルズがいぶかしげに問いかける。

「玩具会社の都合……いや、人間型は作業の幅が広く、宇宙でも地上でも行動でき、直感的に操作できるし機動性が非常に高い。電子妨害技術が発達し、遠距離ミサイルやレーダーや全自動機が無効で視認距離での戦いが主なこの宇宙では、彼らが主力なんだ。来てくれますか、みなさんも……ここの地球が滅んでは、あなたがたを元の宇宙に返すのに協力する人もいない」

「デンダリィ隊は安くないですよ」

 マイルズはほほ笑んで親指を立てる。

「オールエックス、地球のために戦うのがわれらの使命だ!」

 ニュートン船長が拳を突き上げた。

「もうあんな戦いはしたくない、でも別の地球でも、罪もない人々が殺されるのを座視することはできない……総員戦闘準備!地球に降下する」

 古代が拳を握り、艦橋を見回す。

 ラー・カイラム、デンダリィ隊、ヤマトが急速に地球に急降下する。

「何という性能の艦だ、なんという文明だ……多元宇宙とはこれほどに広いのか」

 ブライトは静かに震えていた。

 

 ヒマラヤ周辺は地獄だった。

 5thルナの激突で破壊された大地、そこの残る生命すべてを食い尽くそうとする異形の怪物!

「よく支えてくれた、今行くぞ!」

 ブライトの叫びに皆が奮い立つ。

「やっと!これが最後の……ミサイルパンチ!」

 マジンガーがミサイルを撃ち尽くし、あとは拳で殴りこむ。

 巨大な鳥のような怪物が次々にラー・カイラムたちに攻撃を仕掛けようとする……そこにパルスレーザーが咆えた!

 光のシャワーの前に次々と敵が消え失せる。

 敵が放つ必殺の炎もミサイルも、デンダリィ隊の艦船やシリウス号のシールドに淡雪の如く消え失せ、ヤマトを射程にとらえることもできない。

 そして大胆にも敵の密集部に降下したシリウス号から淡い紫の光の線が延びると、それが次々に山のような敵を引きちぎっていった。

 ヤマトから発射された、螺旋状の青い光の柱は何千という敵を一撃で光の塵にする。

「アリの巣穴みたいに、あそこが本拠だ……引きずり出してやる!」

 ブランドンが叫ぶと、シリウス号はヴォークル人から学んだ超強力牽引ビームをクレーターの奥に向ける。地下深く、深く、深く探知ビームで探り、敵要塞そのものをつかんで圧倒的な推力で引きずり上げ始める!

「な……」

 あまりに豪快なパワーに、他の皆が驚いた。

「推力七十万キロフランク、不足しています!」

「なら牽引ビームで僚艦をつなげ!通信、ヤマト、ヤマト!」

 ニュートンが叫び、ヤマトが即座に答えた。

「了解、徳川機関長、波動エンジン出力120%!」

「こちらも推力は貸せる、つないでくれ!」

 カイ・タングが怒鳴った。

 強力な牽引ビームで繋がれたいくつもの超強力艦が、少しずつ巨大な要塞を地底から引きずり出していく。

「そうだ、月に牽引ビームを向けろ!」

 スティヴンスが叫んだ。

「そうかその手があったか……よし、遠距離牽引ビーム調整」

 ブランドンがにやっとする。

「73ウルトラ真空管が過熱、33に交換しろ!」

 ウェストフォールが叫ぶ。

「調整を急げ、姿勢制御」

 力場で強化された構造材がきしむほどの、桁外れのパワー……一気に地底要塞が浮き上がった!

 それにヤマトの主砲が、デンダリィ隊のプラズマ・アーク砲が、ガンダムXのサテライトキャノンが、ウイングガンダムのバスターライフルが次々に刺さる。

「よし、あとは殴り込みだ!」

 ロボットたちが地獄の門に飛び込む。

 群がる、あまりに巨大で不気味な無数の触手を持つミミズの群れを、マジンガーのアイアンカッターが、ゲッターのトマホークが次々に切り刻む。

「わたしたちも続くぞ!」

 頑丈な装甲宇宙服を着けたクラウニンシールド率いるビル・ニュートンはじめ惑星間警察の精鋭が、ヴォークルや六肢人から技術を盗んで改良した桁外れの威力の携帯兵器を手に降下準備に入る。

「コマンド降下準備!」

 エリ・クインが手早くハーフ・アーマーに着替える。

 皮膚に密着する神経破壊銃防御ネット、そして胴部アーマー、一人用プラズマ・アーク・ミラー場発生動力パック。スタナー、神経破壊銃、プラズマ・アーク銃。

「無理はするな、戦術も装備も全く未知の空間だ。我々の科学技術水準は高いが、我々の装備は人間以外との戦いは想定されていない。こちらの技術では救えない重傷者を低温療法で助けることが最優先だ」

 マイルズの命令に敬礼し、部下と共に死の戦場へ勢いよく降下した。まっさきに遺伝子操作兵士の実験体、タウラ軍曹の巨体が飛び込む。

「あちらの大型人型機なら、プラズマ・アーク砲やシャトル用重力内破槍が使えます!握りさえつければ」

「よし、貸与を許可する」

 ベル・ソーンの連絡にカイ・タングがすばやく答える。

 MSが手にしたプラズマ・アーク砲はビームライフルをはるかにしのぐ威力を発揮し、また人間が携帯できない大きさの重力内破槍は射程こそ短いがバリア能力を持つ敵を一撃で屠る。

「恐ろしい威力だな、この携帯兵器は」

 ユウ・カジマが駆るジェガンが、すさまじい機動性で重力内破槍を自在に操り、またもバリアに包まれた不定形の怪物を爆砕した。

「全く違う技術文明の兵器をろくにすり合わせず使えるようになるとは、人型兵器の汎用性と機動性は確かにすごいな」

 マイルズがつぶやいた……動けない自分の体を呪いながら。

 勇気と体力では及ぶもののない惑星間警察精鋭の切断ビームが、容赦なく巨大な機械化竜やミミズの化け物を寸断する。

  着地したエリたちは、すばやい行動で負傷者を救出していった。腹から下がなくなったような、完全な致命傷でも対処さえ早ければ冷凍でき、将来移植用臓器を用いて治療できるのだ。脳に後遺症があることも多いが…………

 そして意外にも神経破壊銃は、巨大な恐竜人を一撃で殺せることも判明した。

 救助作戦のスペシャリストらしく、閉じ込められた小学校の生徒をタウラ軍曹たちが救助したときには大きな歓声が上がる。子供たちは彼女の、狼と美女を合わせたような巨体に一瞬怖がったが……

 

 戦いが一段落した、その時。

「私は……イスカンダルのスターシヤ……」

 かすかな通信が、アリエール号の超高感度通信機に触れた。連絡を受け、ヤマトやシリウス号、ラー・カイラムも通信を確認する。

「スターシヤ?」

 古代がいぶかしむが、真田が

「そうか、並行時空……似たような地球があるなら、同じ位置にイスカンダルもあるということだ」

「ブライト艦長、そして皆様……ヤマトの皆さん、そしてシリウス号、デンダリィ自由傭兵隊の皆さん……あなた方と、あなたがたの故郷の同胞達すべてに大きな脅威が迫っています」

「何だって?」

「無数の並行時空……どの宇宙にも、今大きな脅威が迫っているのです。この多元宇宙全体を呑みつくそうとする、おそろしいものが……」

 皆が息を呑む。

「まず海王星の衛星トリトンへ。そして、この座標に示されたテレザート星に向かってください。その戦いの中別れた者との再会があり、そして“並行時空の客人”たちも故郷の宇宙に帰ることができるでしょう。ちょうど出発した時に」

 ヤマト、シリウス号、デンダリィ隊の皆の顔が輝いた。

「厳しい道ですが、どうか希望を捨てないで……戦力を整え、まずトリトンへ、そしてテレザート星へ……」

 通信が途絶えた。

「だとしたら今の戦力ではどうも弱いな」

 ブライトが軽く舌打ちし、奇跡的に助かっていたアストナージを振り向いた。

「現在建造中の戦艦の計画に“並行時空の客人”も参画していただけないでしょうか?いろいろな技術を学びあって」

「われわれロンド・ベルが責任を持って皆さんの面倒は見せていただきます」

「わかった、任せます」

 と、マイルズがブライトにうなずきかけた。

「艦長、さすがにこれは独断では」

 古代が病室の沖田に聞いたが、

「古代……甘えるな、お前はブライト艦長を信じられるか」

 連邦の上層部ではなく。

「はい」

「ならそれでよかろう」

「沖田艦長、こちらの地球には宇宙放射線病のいい病院があるそうです。そちらでの検査を、医者として勧めます」

 佐渡が口を出し、沖田が重々しくうなずいた。

「古代、あらためて全面的にお前に任せる。そしてマイルズ提督とブライト艦長、ニュートン船長を信じて……諦めることなく戦いぬけ。向こうの地球はお前たちを待っているぞ」

「はい!」

 

「なんとか上層部を脅して、テレザート星への遠征は承知させた。その前にハガネとラー・カイラムを、できるだけあなた方の優れた技術で改装しておきたいのだが」

 ブライトが遠慮がちに頼む。

「オールエックス。遠慮なく使ってくれ」ニュートン船長が指を立てる。「このスティヴンスはロビンソンの島同然の衛星でウルトラ真空管以外全部組み立てた逸材だ、いろいろ使えるぞ」

「私の愛する妻ナディアも、もう超一流のメカニック助手ですよ」

 とスティヴンスがナディアを抱き寄せるのを、ナディアの父であるニュートンが嬉しそうに見た。

「われわれの宇宙では天然のワームホールを利用したジャンプしかできない、波動エンジンをコピーして積ませて欲しいのだが、古代艦長」

 会議室に、全身をどう固定したのか出てきたマイルズが親しげに古代に触れ、真田を見た。「代理」をつけなかったのはわざとである。

「あと機体も増やしておきたい」

 ブライトは相変わらず心配そうに聞く。 

「人間型戦闘ロボに関する技術はないにしても、ブラックタイガーの技術とエンジンはある程度流用できるな。それにこの緑のシールドを小型化して、重力内破槍を標準装備にすれば」

「量産機だな。アッシマー、ガザ、ジェガンなどを参考に並行時空の技術を生かした可変機を設計してみるか。カミーユやジュドーとも連絡を取ろう。くそ、チェーンの戦死が痛いな」

 アストナージが早速真田と意気投合している。

「しかし、なぜ宇宙機なのに足も手なのだ?」マイルズがアストナージに聞いた。「もちろん手足が宇宙でどれほどありがたいかは、我々も無重力戦闘は多いからよくわかっている。だが、クアディーではなぜだめなのだ?」

「クアディー?」

 ブライトが何の気なしに聞いた、そこにマイルズがホロを表示した。

 二本の脚の替わりに二本手が生え、その四つの手で真剣に溶接作業をしている人の姿。

「うわあああっ!」

「おお、神よ!」

 悲鳴が会議室にこだました……古代の顔面が蒼白になっている。

 プルが激しい怒りをあらわに立ち上がり、プルツーが吐きそうになった。そしてアスラン・ザラが銃を抜こうとしたシン・アスカをかろうじて押しとどめる。

「君たちも遺伝子操作か……戦闘用の?」

「はい、コーディネートです……そのために多くの戦争が」キラ・ヤマトが燃えるような目をマイルズに向けた。

「私の故郷ベータでは普通だ、だが簡単に治せる口蓋裂の赤ん坊を絞め殺す星もある」

(厳重に禁止されてはいるがね、私もその殺害者の一人を裁いたのだ!)

 マイルズはそのときの痛みを思い出し、それをさらに声に上乗せした。

「彼らクアディーも廃棄されそうになったことがある。でも彼らは宇宙のかなたに自分たちで脱出し、自分たちの国を作った。なぜ君たちもそうしないんだ?なぜ無限の大宇宙に羽ばたかず、地球圏という狭い世界で互いに争っているんだ?」

 マイルズの声に力がこもる。全員の衝撃にたくみにつけこんで。

「船を作ろう、無限の宇宙にいける船を。もっと自由に動かせる作業機も!」

「だがネイスミス提督、MSは地上でも重要な戦力で……」

 アストナージがおずおずと聞こうとして、自分で気づいたようだ。

「自力大気圏降下ミッションは普通にあるのかね?」

「いえ、一部可変機を除いては」

「なら必ずシャトルに収容される。その内部で歩行用の脚に換装すればいいわけだ、簡単に換装できるようにして。宇宙では四本の脚とも、慣性姿勢制御・移動用スラスター・作業マニュピレーター・攻撃武器・防御武器を兼ね備えることができる」

 マイルズは前もこの手を使った……士官学校で。バラヤーの田舎から出てきたばかりの連中にショックを与え、そこに一気につけこんで主導権を得たのだ。

(このテクニックを見抜いている人は……ダイテツ、アスラン・ザラ、五飛、エクセレン、それにニュートン船長と真田四郎……)

 

 海上基地で出番を待つ、優美な双胴の水上艦。全長は300mもあるか。

 右は豪壮な、だがステルス性の高い箱形艦橋と収納式の砲塔。左はすっきりと通る全通空母甲板。

 左右両舷側には異常なほど巨大な五連ガトリング全周砲塔が展開されている。

 そして右舷側艦橋前後には単装長砲身二十サンチの高ステルス砲塔が前に二基、後ろに一基そびえている。

 細かなパルスレーザー砲は見られず、全体にすっきりしている。

 空母甲板の舷側と、右側の甲板のほぼ全面が膨大なVLS(垂直ミサイル発射機)ともなっている。

 左右の艦首はそれぞれ平たい面を持ち、何かが出る可能性を暗示しているようだ。

「スーパーバトルシップX……アカガネ」

 誇らしげにアストナージとスティヴンス、真田が見上げた。

「四つの世界の技術をことごとく結集した、宇宙最強の艦ですよ……人類がこれを手にしてよかったのかどうかさえ疑わしいほどの」

「そして艦載機のPTX-014・ワーウルフと万能シャトルCABEX-223コスモレトリバー」

 その飛行甲板に並んでいるのは、上から見ると角の丸い三角形のような、それ自体が翼にもなる分厚いボディに四つのエンジンを持ち、左右に小ぶりの翼をつけた独特の戦闘機が八十機。全長は17mほどか。傍らにスペースシャトルに似た、全長35mの大型輸送機も十二機並ぶ。

 その戦闘機が人間型をとった姿……装甲が変化した上腕部に噴射口が前腕部となった、同じ形の腕足が四本シンプルなフレームから伸びた機体がこれまでのジェガンに交替してラー・カイラムに整列する。

 中央に、青く塗られた大型人型機が二機立っている。ゲシュペンストの影響を受けたと思わしい。

 ラー・カイラム自体も中央部に巨大な波動エンジンを載せ、シルエットが大幅に変わっている。アークエンジェルなども波動エンジンを搭載するなどの改装が今も行われている。

「ユウ・カジマ、PTX-0074を頼む。従来機に新しいエンジンとシールド、重力内破槍を積んだだけだからまだ扱いやすいはずだ。未熟な連中を引っ張ってやってくれ」

「だが、肝心の乗員が新しい技術に対応していないぞ。ラー・カイラムだって波動エンジンに必要な機関員が不足している」

 ブライトは素晴らしい艦と機体を見てもまだ不安げだ。

「メカニックもパイロットも実戦で育てるしかない、あまりにも損耗が激しすぎるな」

 真田が覚悟を決めた、かなり消耗した表情でブライトを見上げる。

「頼んだぞ、テツヤ」

 引き続きハガネを指揮するダイテツに背を叩かれ、アカガネ艦長に就任するテツヤが緊張気味にタラップを上がる。

 そしてラクス・クラインの号令と共に、シャンパンの瓶が艦首にはじけた。

 

 ヤマトとシリウス号が先頭、中央にアカガネ、ハガネが並ぶ。改造されたラー・カイラム、アークエンジェルとエターナル、そして後方のデンダリィ隊がかなり大規模な艦隊を作ってワープアウトした。

「全艦ワープ成功」

「位置はどれも想定内に収まっています」

「全艦異常なし」

 ラー・カイラム艦上のアストナージが、ヤマトの徳川や真田がなんともいえない表情で崩れ落ち、すぐに自分自身を叱咤して立ち上がった。

「こうなったらクスハのあれで……いや、それで寝込む時間も割けない」

 アストナージが呟いて震え上がった。

 不眠不休で各艦を波動エンジン・ヴォークル型シールド搭載に改装していた技術陣も疲れきった目を輝かせる。

「もうすぐヒリュウ改やジュピトリス船団と合流できるぞ、カミーユとジュドーはラー・カイラムに乗ってもらおう」

「久々にレフィーナ艦長に会えますね、テツヤ艦長」

 クルーが軽くからかうが、昇進の誇りとアカガネを預かる重任、ワープ酔いでボロボロのテツヤはそれどころではなかった。

 そこにカミーユから、悲鳴に近い声が聞こえた。

「救援頼む!外宇宙からの攻撃だ!」

「目的地トリトンへの航路をふさいでいる!」

「よし、行くぞ!」

 木星圏に近づいた寄せ集め艦隊に、膨大な数の敵が襲い掛かってきた。

「見たこともない敵だ」

 円盤状の大型戦艦や巨大な触手を伸ばす細胞の群れ、球形の艦……

「DCやザフトの残党とか」

 多数のMS……

「通信!通信……」

「くそっ!」アストナージが怒鳴った。「生命反応はある、だが……」

「のぞいてみる」ブランドンの探知ビームがのぞき「うげっ」悲鳴を上げる。

「どうした?」

「ひでえ……人間が、わけのわからない機械と細胞みたいなのに取り込まれてやがる」

「見るな!見ちゃいけない」

 スティヴンスがナディアの目をふさいだ。

「神よ!くそうっ、ひどいことを……叩き潰してやれ!」

 ニュートンが叫ぶ。

「敵機接近、多数!」

 雪と島が冷静に報告。

「ブラックタイガー隊発進!主砲発射準備」

 古代が、見せられた惨状に拳を握り締め、顔を伏せた雪を気遣うように振り返る。

「一気に突っ込むぞ」

 カイ・タングが艦隊を再編する。

 起きられないマイルズは拳を握り締めている。

「敵だったとはいえ、人間をあんな化け物に取り込むなんて……許せん!」

 ブライトが叫ぶと全員を振り返る。

「全艦攻撃開始!」

 ワーウルフがアカガネやラー・カイラムの空母甲板から次々に飛び出す。

 MA形態の安定性と速力はすさまじい……シリウス号のブランドンらが開発した宇宙線からのエネルギー受容機による無限の航続距離、波動エネルギーバッテリーと慣性中和機構によるとてつもない加速力。

 変形したときの、四つとも同じ形の手足には旧来の戦艦を動かせる出力の、推進剤不要のローザー線スラスターがあり、他に牽引ビーム、パルスレーザーと重力内破槍、ドル・ケノーの工夫で小型化された緑のシールドが内蔵されている。もちろん三本の指があらゆる作業をこなし、対艦バズーカや携帯用プラズマ・アーク砲、無反動衝撃砲が吼える。

 アカガネの、ステルス性のため収納されていた砲塔が展開され、凄まじい業火を吹き上げる。

 両舷側のガトリング砲は五本それぞれ別の砲。30サンチのショックカノン、パルスレーザー砲、プラズマ・アーク砲、メガ粒子砲、光速の99%に達する高密度レールガンが波動エンジン直結でほぼ同時に、毎分千発ずつ放たれる。半球を二つ合わせるように艦からあらゆる方向をカバー、制御はプルとプルツーがサイコフレームを通じて行いどんなミサイルも攻撃機も、虚空から出現する機雷さえアカガネから三万宇宙キロ以内に近づくこともできない。もちろん流れ弾も緑に輝くシールドが全て吸収する。

 単装の主砲も口径こそ小さいものの、高い追従性ときわめて高い連射性能、長砲身による命中精度で次々と敵を屠っていく。ヤマトの豪放な巨砲とは対照的な、それは狙撃機関銃というべきものだ。

 そして艦内に格納された、垂直射出式の超高圧力線砲が、緑の光条を吹き上げた。それが力場で自在に曲がり、敵に突き刺さって引きちぎる。

 もちろんVLSのミサイルも高密度に放たれ、内部の波動炸薬が次々と敵を粉砕する。

 激しい戦いの中、双胴の戦闘機がどこからともなくワープアウトして味方に加わる。

「こちらグラディウス星のビックバイパー。パイロット、ジェイムズ・バートン!敵はバクテリアンだ、本来我々の敵なのだが」

「感謝する。ユウ・カジマ、ブリット、SRX隊、レオパルド、山本隊、ビックバイパーに加勢し八時方向へ!」マイルズが叫んだ。

「三時方向主砲発射!」

「アリエール号も行きます!」

「レフィーナ艦長、後退してください!ヒリュウ改には最新のヴォークル型シールドがない!」

「ローエングリン発射十秒前、射線上の機体は退避せよ!」

「ミーティア射出、フリーダムと合体します!」

「敵カバードコアを右舷に見つつ旋回、片舷全砲門斉射!」

「圧力ビーム全力、七十万キロフランク一点集中だ!」

「五十メートルトン純粋水爆ミサイル、斉射!」

「アカガネよりエネルギー受信完了。サテライトキャノン発射五秒前、当該宙域の味方はシールド強化!」

「みろ、船団に」

 かろうじて持ちこたえ、急行したラー・カイラムとハガネに護衛されていたジュピトリス船団にビッグコアとテトランの一隊が襲いかかる。

 恐るべき弾幕をシリウス号が緑のシールドと圧力ビームで粉砕し、ハガネの艦首トロニウムバスターキャノンが戦列を分断、そこにヤマトの主砲が着弾してからワーウルフ隊が襲いかかった。

「これで早く移乗しろ!」

 大型のシャトルが頑丈なシールドと強力なサイコミュミサイルで敵をはねのけ、船団に着艦する。

「カミーユ、ジュドー、これを!」

 ZとZZが、いっそう引き締まったシルエットに改造されて届けられた。もちろんスティヴンスとアストナージが技術の限りを尽くし、中身はワーウルフにも劣らない。

「出力が桁外れだから気をつけろよ!」

「サンキュ!」

 笑顔で飛びだした二機が鮮やかに敵の一編隊を殲滅し、クリスタルコアの触手を切断してヤマトの主砲の餌食に差し出す。

 

 気がつくと戦いは終わっていた……ついにトリトンへの道が開かれた。



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再会と拉致

〈スタートレック時空〉

「ここは……」

 目を覚ましたアムロは、自分がいまだにνガンダムのシートに座っていることに驚いた。

 ディスプレイを見ると、まだサザビーの脱出ポッドをつかんだままだ。

「なんて夢だ」

 吐きそうになるのを必死で押さえる。

「アムロ!アムロ、応答しろ!」

 シャアからの通信に、

「シャア!生きていたか。ここはどこだ……ううっ」

「あの夢も共有しているな?ここは、宇宙世紀の、我々が生まれ育った宇宙じゃない。別の時空にまで跳んでしまったんだ」

「くそ、やはりそうか……とにかく、こちらの生命維持装置だけでは長くはもたないな」

「あきらめるな!周囲を見回して生存可能な惑星を探せ、SOSでも打て」

「おまえはあっさり諦めたんじゃないか、人間を」

 苦笑するアムロに、シャアも苦笑しつつ

「争うのは助かってからだ!」

 と怒鳴る。

 

『宇宙……そこは最後のフロンティア。これは宇宙戦艦エンタープライズ号が、新世代のクルーのもとに24世紀において任務を続行し、未知の世界を探索して、新しい生命と文明を求め、人類未踏の宇宙に勇敢に航海した物語である……』

「前方に生命反応あり、艦長。昔の地球の日本語および英語による救難信号を発信しています」

「奇妙な形の宇宙船を発見しました」

「多数の波長で短3、長3、短3のパターンも繰り返されています、艦長」妙に表情に乏しい士官も報告に加わる。

 禿げ頭の艦長が真剣に考え始めた。

「モールス信号とは懐かしいもの。艦隊の誓いによればワープ以前の文明とは接触してはならない。だが、彼らがワープ技術を持っていないと証明することもできないな?副長」

「地球の古代語を使っているという時点で、地球と関係ないワープ以前文明の可能性はないのでは」

 ライカーが返しつつ、とにかく膨大な艦隊法規や判例を調べ回している。

「現在位置の周囲七十パーセクにわたり恒星は存在しません、艦長」データがいわずもがなの報告をする。

「ならば何らかのワープか、とんでもない方法でここにいるわけだ。もちろん、別の文明に接触したときは情報を収集するのもエンタープライズの任務の一つだ。なにより、ずっと昔の海に浮かんでいた頃から、救難信号を無視することは“船”そのものにとって最大の罪悪なのだよ、データ。ラフォージ、即刻乗員を転送し治療、船を回収し分析してくれ」

「アイ、サー」

 

 アムロとシャアは、いきなりシートに座ったままの体勢でどこかの病室に転送されて驚いた。

「医療処置開始します」

 機械の無機質な声、それ以上に無機質な士官の目と声に一気に不安が高まる。

 その脇にいる温かい目をした女性、そして……

「うわっ!……すまない」

「ああ」

 アムロが驚くのを見てシャアは自分を抑えた。人間に近い形ではあるが、明らかに違う……多数の畝のような盛り上がりが顔面にある、巨大な士官の姿。

「クリンゴン人を見たことがないのね?」

 もう一人の女性が優しげな声で語りかける。

「チームによっては異星人に接触したことがあるものもあるが、我々はない……あなたがたは?」

 中央の、頭に毛がない男性が軽く一礼した。

「USSエンタープライズEにようこそ。艦長のジャン=リュック・ピカードです」

「地球連邦軍ロンド・ベル所属、アムロ・レイ大尉です」

 シャアは自己紹介をしようとして一瞬迷い、

「現在はアムロ大尉の捕虜であるシャア、本名キャスバル・レム・ダイクン」

 と胸を張った。

「捕虜?」

「はい、彼は連邦に対して独立戦争を挑んだ勢力の長です。私は二度目の小惑星落としを阻止して彼を捕虜にし、直後なんらかの現象でここに転送されたようです」

 精いっぱいの報告をする。

「さてこちらのクルーも紹介しよう。副長のウィリアム・ライカー、データ、ビバリー・クラッシャー、ジョーディ・ラフォージ、ウォーフ、ディアナ・トロイ」

「あらためて救助を感謝します、ピカード艦長」

 アムロはややふてた感じ、シャアは完全に自分を客観的に見ているようだ。

「まず聞かなければならないのだが、あなた方はどこの星から?」

「地球です」

 アムロの答えにシャアが慌てて

「未確認情報だが、並行時空の地球だろう」

 と補足した。

「われわれには艦隊の誓いという法規がある。それはワープ以前の文明との接触を禁じているのだ……あなたがたの故郷がどこであれ、ワープはできたのか?」

 アムロが一瞬口をつぐんだ。シャアが一瞬迷い、

「別働隊でワープ能力がある艦が研究されており、これまでの同盟者にフォールドやボソンジャンプなどができた船があった。銀河の反対側で大規模な作戦をしたこともある」

 そう答える……ピカードとディアナ・トロイがわずかに視線を交わす、嘘ではない、と。

「ではあなた方は、連邦未加入の別文明として扱って良いだろうか」

「私に外交権限はありませんが、そう考えていただけばよいでしょう」

「アムロ、元の地球に接触してから正式の裁判を要求する!」

「そのための努力は惜しまないさ。わたしたちがどのようにしてここにいるか分からない以上、簡単に送ってくれと言うわけにもいきませんね」

 ピカードにやや苦笑気味に話しかける。

「そう焦らないで欲しい、アムロ。もちろん難船者を救助し、そしてできるなら故郷に送り、無理ならば我々の地球に送って生活の基盤を用意するのは我々、宇宙船以前の海上船からの義務だ。ロビンソン・クルーソーが救助されるたびに次の仕事の資本をもらったように。それに並行時空からの転送も実に興味深い事象であり、我々はそれを調査するのが本来の任務でもある」

「失礼します、艦長」

 と、ラフォージが話しかける。

「彼らの宇宙船の回収作業が終了しました。これから分析に入ります」

「さて、落ち着いて治療を受けるがいい。精神面ではカウンセラーのディアナ・トロイに何でも相談することだ。もちろん私や他のクルーにもいつでも何かあれば連絡してくれ、宇宙の旅人仲間よ」

 ピカードが一礼して、ラフォージやライカーとドアに消えた。

 

「体調はどうだ?」

 ライカーがアムロに話しかけた。

「はい、ありがとう。νガンダムを見に行っていいでしょうか?」

「ああ、あの妙な……人間のような形をした宇宙船か?」

「モビルスーツですよ」

「今ラフォージとデータが分析しているな。八番デッキだ」

「ありがとうございます。それにしても素晴らしい艦ですね」

 ライカーがひげ面をほころばせた。

 巨大な艦内工場で、データが振り向いた。

「アムロ大尉、お元気でしたか」

「アムロでいいよ、データ。君はアンドロイドか?」

「はい」

「人間よりずっと優秀ですが、紛れもなく人間です。大切なクルーです」

 ラフォージがデータの肩を抱く。

 アムロは微笑み、

「νガンダムは?」

「こちらです。人間型の宇宙船というのが信じられませんよ。どう考えても不合理です」

「論理的ではない、とバルカン人なら言うでしょうね」ラフォージが苦笑した。

「乗ってみればわかるよ。手足がないものより、運動性も汎用性もずっと高いんだ。シャア!」

「アムロか」

 再建中のサザビーのそばで色々指導していたシャアが振り返った。

「設計図が残っていたからな、作り直してもらっている」

「そうすることによって、もっともうまくあなた方の技術を学べます」

「もちろん救助していただいたご恩もありますし問わないが、本当ならこちらの技術を差し上げるのだから代金はもらわないと」アムロが微笑みながら肩をすくめたが、

「代金?」ラフォージが首をかしげた。

「ああ、彼は貨幣経済文明の世界から来ているのでしょう。技術・物資などすべて金銭で換算される文明系が、フェレンギをはじめアルファ象限でも」データが語りだす。

「そういうことか、24世紀には貨幣なんてもうないですよ」ラフォージが苦笑した。

「何!?」

「どういうことだ」

 シャアも驚いた。

「レプリケーターとホロデッキはもう?」

「はい」

「実に便利だな」

「あれがある以上、惑星連邦の住民は誰もが、欲しいものも娯楽も好きなだけ手に入れることができます。貨幣など無意味です」

 二人とも呆然と顔を見合わせた。

「なぜ……我々の世界は、そうならなかったんだ?」

 アムロがシャアに聞いたのか、独り言か。

「レプリケーターの有無は関係ない。小型核融合炉と木星の無限の水素資源があるんだ、木星往復船団・スペースコロニー・小型核融合炉の増産に力を集中していれば、人類全員に限りない富を与えることは可能だった。違うか、シャア!」

「我々は、その力のすべてを戦争に向けることを選んでしまった。外宇宙に出ることもせず……だから私は、人類をスペースノイドに脱皮させようとしたのだ!」

「スペースノイド?」

 データが不審がった。ラフォージはもう作業に戻っている……サザビーの右腕が胴体にとりつけられた。

「我々の世界での、そうだ宗教みたいなものだ。宇宙に出た人は地球にとどまる人を恨み、地球にとどまる人は宇宙に出た人を蔑み恐れ支配しようとした」

「その結果、我々の世界では宇宙時代になってからも内戦が絶えなかったのさ」

「私たちの時間軸においても、大規模な第三次世界大戦が起きています。2063年4月5日にコクランによるワープ実験が成功し、それを観測したバルカン人とファーストコンタクトを行って宇宙時代が始まるまで」データの正確きわまりない話が延々と続くが、アムロもシャアもそれを中断しようとはしなかった。知らないことが二人とも多すぎる。

 

「どうぞ」

 艦長室のドアが開き、アムロとシャアが入ってきた。

「ここでの暮らしには慣れたかね?不自由がないといいのだが」

「いえ、前の時空では想像もできないほど素晴らしい生活です。ありがとうございます」

 答えるアムロの態度は、なんとなくだが軍人らしい態度になっている。ピカードの威厳がそうさせるのか。

「お呼びだてしてすまない。座ってくれたまえ、これは私の実家で作っているワインなのだが」

 ピカードが静かに、とろりとしたワインを注ぐ。

 宇宙の男同士の、沈黙の中での豊かな交歓が続く。

 ふと、アムロとシャアがテーブルに置かれた三つの笛に目を留める。

「これは?」

「そうそう、用件というのはこれでね。あの日、私はエンタープライズDでパーヴェニアム星系を探査していたとき、誰が打ち上げたとも知れぬ人工物を発見した。異星文明・生命の探査も我々の任務で、そのプローブを調査したのだが、突然シールドを突き通った何かを浴び、私は意識を失った。

 気がついたのは民家のベッドで、一人の女性が私を介抱し、ケイミンと呼んだ……」

 アムロもシャアも、皆まで聞かずとも涙ぐんでいた。

「というわけだ(TNG123:The Inner Light:超時空惑星カターン)。そのプローブにこの笛が入っていた」

 ピカードは笛を手に取り、曲を吹いた。

「あなたがたがもとの時空に帰れる日が来るなら、科学技術情報だけでなくこの笛と曲を、どうか持ち帰って欲しい。カターンの、レシクの人々が存在した証を、たとえ今私がいる時空が滅びたとしても別の時空で伝えて欲しいのだ」

 アムロとシャアはためらわず、自らの前に置かれた笛を手にした。

「レプリケーター製ではないですね」

「ああ、ケイミンとしての、鍛冶の技術で作ったものだ」

「必ず」

 三つの笛の音が重なり合い、響く。二つは始めは稚拙に、だんだんと上達して。

 

「失礼します。カウンセラー、予約の……失礼!」

 シャアが飛び出し、数分後ライカーが恥ずかしげに出てきた。

「やあ、失礼した」

「いえ、お気になさらず……(人のこという資格はなし)よろしいでしょうか?」と、シャアが改めてチャイムを鳴らした。

「お恥ずかしいところを。さて、体調はいかがでしょうか?あなたが起こした反乱についてもうかがいました」

「アムロですね」

「いえ、皆様が乗ってこられた機体にあったデータベースからも。ああそうそう、あのデータベース内の歴史を士官教育などの資料として使わせていただいてよろしいでしょうか?」

「もちろん、ご自由にお使いください」

 シャアの表情は揺るがない。

「ご存知と思いますが、私にはテレパシー能力が少しあります。あなたがしたことは間違っているとも正しいとも言えません」

「!!!」

「誰にもあなたを、法的にはともかく本当に裁くことなどできません。アムロさんも、私も、艦長も、そしてあなた自身も」

「……」

「遠い未来の歴史でどんな評価を受けるかはわからないでしょう?さて、ではあなたは自身はどうなれば一番幸福でしょうか?」

「……考えたことがなかった。いつだってそれ以前に、色々な目的があった。自分の幸福など問題外、目的あるのみだった。それにあまりに多くの人を、私は殺した。そんな私に自分の幸福など」

「ここで、すべての過去を忘れて再出発することもできるのですよ。それを選びさえすれば」

「そんなことは許されていいはずがない!」

「では、宿題です。今まであなたがしてきた選択を思い出し、どんな別の選択があったか、それをあなたはどんな認知のゆがみによって見ることができなかったかを考えてみてください。本当にあなたが何を求めていたか」

「その課題を考えたのはピカード艦長ですか?」

「はい。あなたもある意味テレパシーがあるようですね。ならばそれを、自分にも向けてみてください。また来週のこの時間に」

 トロイはにこやかに笑い、シャアを送り出した。

 

 ピカードと話していたシャアが、突然「敵だ」と、警告した。

 同時に「アムロから艦長!警戒を助言します」と通信。

「センサーには敵影なし、いい加減なことを言わないでください」とラフォージ。

 ピカードは黙って、指先を動かしただけ。沈黙の数秒後、艦を衝撃が襲った。

「ロミュランのディスラプターです。シールドを上げていたおかげで助かりました」

 データが報告し、その指がコンソールをすべる。

「警報!」

 ピカードの声。ラフォージとライカーが驚いた顔を見合わせる。

「敵は見えないのか?」シャアが叫んだ。

「ロミュラン艦には遮蔽装置がある、どんなセンサーでも見えないんだ」

「νガンダムで出る!」

 アムロの声。

「おい、ちょっと……」

「待て、それは外交上まずい!新兵器の無断開発を疑われる!」

 ライカーが叫び、

「それに文明レベルが違うんだ、とても戦える相手じゃない」

 ラフォージも怒鳴ったが、もうアムロは飛び出していた。

「2-2-6だ、回避後撃て!」

 シャアが叫ぶ。

 ウェスリーが迷ってピカードの目を見て、その通りに動く……飛ぶ光子魚雷、虚空に確かな手ごたえがあり、鳥が翼を広げたようなロミュラン艦の姿が浮かぶ。

「遮蔽装置があるのに、敵の位置がわかるのか?」

 ライカーが驚いた。

「すまない、指揮系統の混乱を招いてはいけないことはわかっているのだが」

 シャアが謝罪する。

 浮かび上がるロミュラン艦を、フィン・ファンネルが集中攻撃する。

「あの機体にシールドはない、反撃されたら終わりだラフォージ!強制転送を」

 ライカーが言うが、

「待て」ピカードが強い、だが割れない声でブリッジを満たす。「カウンセラー」

 トロイがピカードの隣に移動し、シャアにうなずきかけた。

「反撃が」

 対空砲火の嵐を、νガンダムは簡単にかわし、あるものはバズーカ弾、あるものはファンネルのシールドで相殺する。

「なんて腕だ!あの並行時空人には予知能力があるのか?」

 ライカーが小さく叫ぶ。

「なんて運動性だ。不合理に見える人型機にそれほどの性能があるとは」

 ラフォージもつぶやく。

「少尉、3-2-6、光子魚雷準備」ピカードの声、そのたびにトロイの額が微妙に引き締められる。

 エンタープライズも鮮やかに攻撃を回避し、νガンダムを追うロミュラン艦に光子魚雷を叩き込む。

 ライカーが微妙に、ブリッジの隅で集中しているシャア、トロイ、ピカードの顔をかわるがわる見て、うなずく。

「敵、撤退します」

 ライカーが告げたが、

「警戒を怠るな!後方スキャン集中」

 ピカードが再び叫び、データが冷静な声で敵の接近を告げる。

「撤退した敵も反転!はさみうちです!」

「アムロ機があちらに!援護しろ、フェイザー斉射!」

 わずかにνガンダムをかわすようにフェイザーの嵐が飛び、それで弱ったシールドにバズーカがぶちこまれる。そしてフィン・ファンネルのビーム砲が別の角度からシールドを弱め、そこにエンタープライズのフェイザーが刺さる。

「ウォーフ、部隊を率いて転送室へ!」

 大破した敵を尻目に、ファンネルがもう一隻を襲って大量の弾を注ぎ、そこに完璧なタイミングで光子魚雷が命中する。また宇宙に大輪の花が散る……

「はあ、はぁ……」

 トロイが息を弾ませる。

「カウンセラーを休ませてくれ」

 と、ピカードがライカーに告げ、そのままシャアに目礼、シャアも答礼した。

「ラフォージ、アムロ機の回収と修理を。ドクター、待機してくれ」

「ウォーフからエンタープライズ、制圧完了!」

「よくやった、修理可能性は?」

「ないです」

「ならば自爆をセットせよ。転送」

 ピカードが指示を出し、服のしわを引き伸ばした。

「一体今回の奴らの目的は?」

 戻ったライカーが独り言のように言うと、ピカードにささやきかけた、「シャアの指示をトロイに中継させて?」

「すまなかった」

「いえ、承知しています。彼らの実力が本物であることも、命令系統が最優先であることも」

 ピカードに肩を叩かれたライカーの視線に、シャアは黙って軽くうなだれた。

「敵の目的が判明しました。隠していた遺跡があちらの白色矮星のそばにあり、我々がそれに気づくことを防ぐためのようです。遺跡の存在を公開しないこと自体が最前の協約に反していますし、いつもどおり死人に口なしを狙ったものかと思われます」

 ウォーフが報告した。

「それほど重要な遺跡か?」

「いつでも発進できますよ」

 

 華麗な星雲の中に、ひっそりとひそむ白色矮星と、その傍らにある不毛の惑星。

「彼らは探査できないのか?」

「ある範囲よりロミュラン船は近寄れないし、遺跡ごと破壊することもできないので誰も近づけまいとしていたようです」とウォーフ。

「艦長、一種のシールドのようなものを感じます」

 ウェスリーがつぶやいた。シャアとアムロがうなずく。

「はい、強力なレムベレルド線によるシールドが、星系全域に張られています。これ以上の接近は船を損傷する危険があります」

 データが静かに警告する。

「艦長!敵の増援が!」

「七隻、完全に囲まれました!」

 遮蔽さえ外したロミュラン・ウオーバードの群れ。

「それに、見たこともない敵も多数!」

 それは黒の月が量産した突撃艦とビッグコアだったが、そのことを誰が知ろう。

「くそう、到底」

「サザビーで出る!」

「νガンダム、整備完了!ゲートを開けろ!」

 シャアとアムロが飛び出す。

「敵は多い……一か八かだ、ミスタ・クラッシャー、反撃後あの星に向かえ!」

「え……アイ・サー!」

「シールド60%にダウン」

 データが静かに告げる。

「エンジン焼けつきます!」

 ラフォージの、静かにあせった声が響く。

「並行時空の人は?」

 ライカーがνガンダムとサザビーの、鮮やかに敵を翻弄する姿を認めた。

 まるでダンスのように息を合わせ、ファンネルもすべて使いつつ。

 サザビーのメガ粒子砲の一撃で、ロミュラン艦の一つのシールドが揺らぐ。そこにすかさずライカーが光子魚雷を放ち、そこにさらにフィン・ファンネルのビームが注ぎ込まれ、大破に至る。

「いまだ!一気に降下する!アムロ、シャア、戻れ!」

 ピカードの命令とともに、νガンダムが引き返したがサザビーはさらに前進する。そこに大量のディスラプターが注ぐが、アムロがフィン・ファンネルで張ったシールドに防がれる。

「何やってんだシャア!戻れ!」

「アムロ!貴様は戻れ、私は……」

「ピカード艦長を、クルーを殺す気か!自分のくだらない罪悪感でエンタープライズを危険にさらすな!」

 アムロが叫び、νガンダムがサザビーをかばってディスラプターに左腕をシールドごと吹き飛ばされる。

「あの星を包んでいるシールドを解析しろ!逆位相をぶつけるんだ!」

「やってますが、なんて重層シールドだ……ロミュランに破れなかったのも無理はない……」

 ラフォージの呆然とした声。

「言語の問題かしら?なら」

 トロイがラフォージの傍らに立ち、コンピューターのパネルに指を躍らせる。

「転送、同時に反転!」

 最後にアムロがバズーカを放ち、ファンネルからのビームが乱れ飛ぶと、νガンダムとサザビーが消えた。

「二人とも無事か?」

「はい、ご迷惑を」

「私は……昔、アムロを追っていたとき、部下が大気圏突入能力をないのを知りつつ帰還不能になるまで戦い続けるのを見殺しにしたことがある」

「ああ、あの時はガンダムの大気圏突入フィルムに助けられたが……おまえの部下は……」

 アムロが責めるようにシャアを見る。

「そんなことは、償えることじゃない。逃げてはいけない」

 ピカードが一喝し、

「艦長も、この私もそのような重荷は背負っている。でも後悔は一つもしてない」

 ライカーがより強い口調で。シャアがうなだれる。

「艦長、レムベデルド線シールドに突入します」

「大丈夫です」

 アムロが突然つぶやいた。

「ああ」

 シャアも同調する。

「レムベデルド線シールド、船体を」

「あ!大丈夫です、シールドが瞬間的に弱まって!」ラフォージが言うと、すぐ「七番修理急げ、強制冷却!」忙しく働き始める。

「あの遺跡には、一体何があるんだ……」

 ライカーが振り返りながら前を見る。みるみるうちに、分厚い大気に覆われた惑星が迫る……

「敵、追撃できません。一隻がシールドで破壊されました」

「でもこのままではここに閉じこめられたままです」

「では遺跡を調査しよう。転送準備。ウォーフ、一体を編成。データ、カウンセラー、アムロとシャアも来てくれ」

「私はMSで降下します。大気圏突入ぐらいはできますよ」

 アムロがすばやく飛び出した。

「よし、転送準備。副長、ブリッジを頼む」

 

 そこはなんといえばいいのだろうか。石のようであり、動物の内臓の中のようであり、千年を経た古木の中のようであり、磨き上げられた金属のようでもあった。

 ただいるだけで発狂しそうな、うごめく壁。そして自分の記憶の中の、すでに死んだ人があちらこちらに出てくる。万華鏡のように世界が崩れる。

 あまりに巨大。νガンダムが普通に歩けるほど。

「なんてひどいところだ」

「それにしてもMSというのは、こうして並んで歩くとすごいな」

「少なくとも戦闘になれば実に頼もしい存在だ」シャアが見上げる。「真後ろには位置するな、重金属の推進剤噴射を浴びると命に関わるぞ」

「歩けるというのが信じられないな」

「それより、この遺跡は一体」

 ウォーフが不快げに鼻を鳴らし、

「トリコーダーが全く解析できません」

 データが静かに報告する。

「感覚を無視しろ。目をつぶって歩いたほうがいいぐらいだ。考えず、動物みたいに自分の心を落とすんだ」

 ピカードの言葉にシャアが素直に従ったようだ。

「こっちだ」

 シャアが向かう先に、突然巨大な空間が広がる。あまりに巨大な空間。

「なんて広い……気をつけろ!」

 叫んだ瞬間、向こうから巨大な影が歩んできた。

「でかい、敵か?」

「敵だ。巨大な敵意」

 アムロが言うとライフルを構える。突然出現した巨人と、激しい撃ち合いになる!

「シュウ・シラカワ!なぜここに」

「本当か?奴は死んだはずだ、だが確かにこの気配は奴だ!」

「どういうことだ?」

 とりあえず物陰に隠れたピカードが聞く。

「俺たちの時空で前に戦った敵だ。死んだはずなのに」

「だがここにいる、そして戦えるのはアムロだけか」

 斬り合いに変わり、νガンダムのシールドが斬り飛ばされる。そして二刀に切り替えたνガンダムと、グランゾンを思わせるが微妙に異なる、生物であるように見える怪物が激しく切り結ぶ!

「シュウ・シラカワ!なぜこんなところで戦わなければならない!」

「………試す」

「意味もなく戦いたくはないんだ!それにお前はもう死んだはずだ、あの世に帰れ!」

「なんという機動力だ、これがMSの戦いか」

 ピカードが呆れながら、必死で手持ちフェイザーで援護射撃をする。

 そこにエンタープライズから通信が入った、敵艦隊に襲われて危機的な状態だ、と……

 νガンダムが追い詰められたとき、シャアの手にしたフェイザーが敵巨人のかかとを直撃、その隙にフィン・ファンネルが背後から攻撃し、ビームサーベルがシュウ・シラカワの亡霊を切り捨てた。

「……成仏したようだな」

 シャアがつぶやく。

 そこに突然、黒檀と黄玉に彩られた奇妙な鎧を着込んだ男が虚空から出現した。

「Q。またお前か……」

 ピカードがうんざりしたようにつぶやく。

「Q?誰のことかな?セピリズと呼んでくれ。多元宇宙に関する戦いで戦士を案内するときはその名だ」

「どうでもいいが、今度は何をたくらんでいる」

「きさま、死んだ戦士をもてあそぶとはこの外道!」

 シャアが叫んだ。

「たくらむ?まあとにかく、アムロ・レイ。この剣を抜け」

 と、Qが指したそこには、MSサイズのとてつもなく巨大な剣の柄が、奇妙な形のこれまたとてつもなく巨大な岩に深く刺さっていた。

「これを抜かなければ、君たちの艦は助からない。いや、多元宇宙そのものが暗黒に食い尽くされるだろう。アムロ、君の故郷の時空も。あの戦士の霊は、自分から君たちを試したいと志願して一時よみがえったんだ。僕が恨まれる筋合いはないねえ」

「どうするんだ、アムロ!それはものすごく危険なものだぞ!」シャアが恐れおののいて叫んだ。

「確かにこれは、純粋な善ではない。おれにもはかりしれないほど巨大な力、そして善と悪両方のとてつもない力を感じる。

 でも、ここで抜かなければエンタープライズのみんなが助からないし、Qだかセピリズだか知らないが、あんたの言葉を信じれば俺たちが出発した宇宙も含めたくさんの宇宙が、たくさんの人々が死ぬかもっと悲惨なことになる。なら、抜く!」

 νガンダムが、奇妙な長い柄に手をかけた。そのまま引き上げる……大型MSであるνガンダムの身長の倍ほどもある長い、美しく黒い幅広の刀身が岩から抜き出されていく。表面に刻まれた無数のルーン文字や未知の回路図のようなものが次々に赤い光を放つ。

 鋭い切っ先が抜けた、その瞬間剣が刺さっていた岩が恐ろしい力で輝く。νガンダムも黒い稲妻のような光に包まれる。

「うわーっ!」

 アムロの悲鳴。

「アムロ!」

 シャアが叫んだ、その目の前に、何かとてつもないものが出現した。

「これは……」

 ピカードがうめく。

 そこには、黄金に純白の筋で彩られたヘビがいた。太さだけで10m近く、長さはどれだけだろうか。その一部から、まるで鳥のような純白の翼と、小さな手足があり、頭部にはたてがみと小さな角があるのがヘビとの違いである。

 そのあまりの美しさに、皆はただ呆然と見守っていた。

 龍から、無数の音楽が流れてきた。あまりに美しく、深く、人の認識力を超えた音楽が。むしろ苦しみつつ、アムロは首から下げたレシクの笛を手にして吹き始めた。二つの旋律が絡む中、龍とνガンダム、剣から出る数多くの無限の光が絡み合い、踊る。

 巨大な龍が、まるで機械でもあるかのように分離変形し、νガンダムに合体していく。

「ああああああっ!」

 アムロが叫んだとき、νガンダムも変貌していた。

 一回り大きく、黄金と白で美しく彩られ、全体に曲面が多くより生きているような印象を受ける。

 バックパックと左腕のビームサーベルは失われており、左腕には一回り大きくなった盾。

 右肩にはあの巨大な剣が背負うようにマウントされ、左の背にはほぼそのままだが、奇妙な印象を与えるフィン・ファンネル。

「さあ、行こうぞ……何億年ぶりかもしれぬし、昨日やも知れぬ、時など無意味な眠りから覚めてまた戦いが始まるのだ!」

「さあ、君たちも戻るんだな」

 妙なコスプレをしたQがピカードたちに命じ、勝手に転送を始動させた。

「また、あれを見ることになるとはね」

 なぜか廊下で出迎えたガイナンが、不思議な目をシャアに向けてつぶやいた。

「心当たりでも?」

 ピカードが聞くが、

「さあ?ブリッジがお呼びですよ」

 かなり破壊されたブリッジに戻ったピカードたちを、すぐに敵の猛攻が襲う。

「シールドダウン!」

「デッキ破損、サザビー出撃不能!」

「生命維持装置のエネルギーも入れろ!フェイザー全方位発射!」

 叫びながら皆が半ば死を覚悟していた、そのときに下からすさまじい輝きが吹き上がった。

「計測不能のエネルギーを探知」

「画面に出せ!」

 そこには超龍合体したνガンダムの姿があった。

 それが掻き消えたかと思うと、一瞬で敵艦の至近距離に出現して大剣をふるう。強力なシールドにもかかわらずの一刀両断!

 背から放たれたフィン・ファンネルがとてつもない速度で宇宙を駆け、その黄金に輝く航跡はまるで六つの頭を持つ龍を思わせる。そのあぎとと化したフィン・ファンネル本体から放たれる何かに大型艦が一撃で粉砕される。

「メガ粒子砲などではない、測定不能の兵器です、艦長。艦のトリコーダーの容量をオーバーしています」

 データが静かに計測する。 

 まさに鎧袖一触。ほとんど瞬時に敵が掃討される。

「なんて力だ」ピカードが呆然としつつνガンダムの転送を指示した。

 戻った瞬間、シャアが驚き、計器を注視した。

「艦長、さらに何かとんでもないものが」

 データがピカードを振り返ると、

「大規模な空間断裂があの遺跡を中心に起きています」

「全速!この宙域から抜け出せ!」

「無理です。あの断裂の速度は……」

 データのあくまで冷静な言葉をさえぎり、エンタープライズを激しい振動が襲った。

 

「こ……ここは……副長、艦の状態を報告せよ」

「死者はいませんが、重軽傷者三十……五名」

「ワープナセル破損、しばらくはワープ不能です」

 普通の艦の会話が続く中、シャアとアムロの声が同時に響く。

「「ここは、違うぞ!」」

「そう、違うわ」

 ガイナンも加わる。

「はい。クエーサーの地図に狂いがあります。ここは我々の時空ではありえません」

 データの報告に、ピカードたちの表情が凍った。

「Q!」

 ピカードが怒鳴った。一瞬宙にQが首だけ出し、

「この次に君が行くところの戦いも、多元宇宙の未来に関わるんだ、勝ってくれないと困るよ。ああ、勝てば帰れるから、多分ね。まあ、ボイジャーの旅に比べたらたいしたことないよ?じゃあ健闘を祈る」

 と消えた。

「Q」

「あん****……失礼しました、艦長」

 ウォーフがとんでもない言葉を言って、クリンゴン語に堪能なピカードににらまれた。

「一体、何に巻き込まれたんだ……戻れるのか、いつか」

「戻れるわよ、きっと。魂さえ盗まれなければ」

 ガイナンのつぶやきは誰も聞いていなかった。

 

「近くに恒星があります」

「助けなきゃ!」突然アムロが叫んだ。「あっちに、とても高い自己犠牲の気配がある」

「恒星周辺を探査します……内部への突入軌道に小型宇宙船があります。生命反応あり」

 とデータが報告する。これほどの事態にも何の動揺も見せず。

「早く救助しろ!牽引の上転送」

 ピカードの命令に、

「転送はやめろ!牽引し、徹底的に検疫しろ!」

 シャアが叫んだ。

「ああ、邪悪ではないがとんでもなく危険なのを感じるよ」

 とアムロ。

「もちろん検疫は徹底しないと。牽引は?」

「終りました。艦から2kmのところに隔離しています。シールド上げました」

「よし、まず艦首大型トリコーダーで分析。ドクター、カウンセラー、検疫と除染の準備を」

「はい、艦長」

「艦長、この宇宙船およびその乗員に、きわめて微細な、原子サイズの胞子状寄生生命体が観測されます。危険度S」

「厳重に分析、隔離せよ!乗員は救えないか?」

「困難ですが、やってみます」

「待て、気配としては……人格のかけらのようなものを、乗員に寄生している生命体にも感じる。できれば乗員とその寄生体、両方を分けた上で救助できないか?」

 アムロがデータに訴えた。

「危険がありますので、船外活動可能ドクターホロを利用します。この実験用ウサギを寄生生命体を保全するのに用いましょう」

 ビバリーが言うと、すばやく作業を続ける。

 数時間後……ビバリーがブリッジに。

「成功しました。患者の寄生は完全に除去成功、寄生生命体もウサギの脳に隔離しました。宇宙船も徹底的に除染しました」

「ありがとう。患者の容態は?」

 ピカードが微笑む。

「そろそろ起きる頃と思います、お会いになりますか?」

「もちろん。案内してくれ。ご苦労だった」

 ピカードが病室に向かう。

 そばかすだらけの、不思議と少年という印象の強い少女が、ビバリーが触れたときにぱっと目を開け、飛び起きた。

「なぜ……誰かが?みんな離れて!最大限の検疫隔離!」

 彼女の叫びは恐ろしい絶望の声だった。

「心配ないわ。徹底的に検疫、除染したから」

「そう、でも……シル、シロベーン!……そう、彼女は殺したのね……そうね、あなたたち人間にとっては彼女は汚染でしかない……」

「いいえ、ちゃんとあなたに寄生していた生物は除去し、ウサギに移して隔離しているわ」

 その言葉に、彼女の表情がやっと崩れ、大粒の涙があふれ出した。

「大丈夫。もう大丈夫だ……」

 ピカードが不器用に彼女の背中をなでる。そこに来たライカーが、報告書を渡した。目を通したピカードの表情が変わる。

「君に心からの敬意を……勇敢な探査、そして人々を助けるための偉大なる自己犠牲、まさしくわれら全員が範とすべきものだ」

 そういって敬礼する。

「大人としては、親と社会に対する反抗に一発お尻ひっぱたいてから、だけどね」ビバリーが笑う。

「敬礼なら私だけじゃない、シルも同じよ。シルは?早く惑星ノリアン、星図をちょうだい!ここに向かって」

「わかった。すぐ向かう」

「よかった……そういえばここは?あなたたちは?あたしたちの文明じゃないみたいだけど」

「ああ」とピカードは苦笑し、「ここはUSSエンタープライズE、私は艦長のジャン=リュック・ピカード。この艦は、どうやら別の並行時空出身なのだが、何らかの現象でここに宇宙と宇宙の壁を破って来てしまったらしい」

「並行時空!?」少女の瞳は丸く輝く。まるっきり、海賊船を見つけた少年の目だ。

「他にも別の並行時空からの客がいる。もしよろしければ、ノリアンによってからあなたをご両親のところに送り届けたいのだが」

「待って!おねがい、あなたたちと一緒に旅をさせて!別の宇宙も探検したいの!」

「い、いやそんなわけには」

「おちついて、あなたの名前は?」ビバリーが話しかける。もちろん彼女の名前は知った上でだ。

「コーティー・キャス。ちゃんと宇宙船の操縦だってできるし、ファーストコンタクト成功者……ううん、イーアに本当に最初に接触したのはあの勇敢な二人だけど。でもあたしにだって」

「あなたは未成年でしょう?もし旅をしたいなら、正式にご両親のご了承を取ることよ。このままあなたを別の宇宙まで連れて行ったら、わたしたちが誘拐罪に問われるわ」

 と、トロイが微笑みかけた。

「う~っ……とにかく、助けてくれてありがとうございます、ピカード艦長。何よりもシロベーンを助けるために、ノリアンに急いでください」

「もちろんだ。ゆっくりと休むといい」

 ピカードが立って、もう一度コーティーに敬礼した。

 

「ノリアンが見えてきました。通信も無理、転送も危険ですね」

「先にシロベーンを送って。彼女からイーアのみんなに連絡して、人間と接触するときに注意すべきことを学んでもらうから」

「わかった……ウサギ一匹、転送」

 その後イーアドロンとの接触は成功し、シロベーンも回復して繁殖欲を制御する方法を学ぶ。

「じゃあ、また一緒に旅しようか、シル」

「はい、大好きなコーティー」

「それより徹底的に汚染除去!一片の胞子も見逃すな、あのボーグの攻撃を思い出せ、一片のドローンからあれだけの被害が出たんだ!」

 ライカーが強く言う。

「さて、ワープ8でコーティーの故郷へ、発進」

 コーティーと両親の再会、そして彼女がどう家族や彼女を心配する司令官を説得して再び旅立つ許可をとりつけ、小型宇宙船にシロベーンの名を改めて与えられて旅立つことになったかはあえて描写しまい。

 そして、ずっと未来の図書館にあった本に、彼女の生還についての章がなかったことについても……

「ではお嬢様はお預かりします。もし我々の時空に帰ることができたら、責任を持ってお嬢様は艦隊アカデミーに推薦しますし、もし自由に時空の壁を破って行き来できるようになったならいつでも里帰りにお届けします」

「いや、コーティーは……死んだものと思っていた。だからこうして一目会えただけでもう十分だ。本当ならどこかに閉じ込めたい、でもそんなことをしたらこの子は……肉体は無事でも魂を殺してしまう。親として、忍びない、忍びないが……どうかよろしくお願いします」

「お父さん、お母さん、お姉さん……ありがとう。あなたたちに、もらい、ピカード艦長やアムロさんに助けてもらったこの命、決して無駄にはしません……どうかお元気で」

 そして、本来禁止されていた遮蔽装置を用い、密かに旅立ったエンタープライズEは時空裂の探査中、別の時空流に巻き込まれて……出現したそこでは、少し見覚えのある黒い無人艦に包囲されていた……

 

〈クラッシャージョウ時空〉

 クラッシャーに関する説明は毎回あるので略。3『銀河系最後の秘宝』直後。

「コワルスキー……」

 ブラックホールと化した星を見つめつつ、ジョウが悼んだ。

「くそっ!」

 リッキーが叫んだ。

「おまえが何を言おうと死んだもんは死んだんだ」

「なんだとーっ!」

 巨大なフランケンシュタインの怪物にも見えるタロスの言葉に、リッキーが激しく殴りかかる。タロスは無言、不動でリッキーの拳を受け止めた。

「やっちゃえリッキー!」

 恐ろしいほどの美少女、アルフィンが涙ながらにけしかける。

「ガガ……ぶらっくほーるカラ、奇妙ナ……」

 ドンゴが出した声は誰も聞いておらず、激しい振動が襲うまで不毛なウサばらしケンカは続いていた。

「何だこの振動は!」

「未知の光線です、ワープに似ていますが……」

「引きずり込まれる!このままじゃコワルスキーの後を追うことになるぞ!」

「エンジン出力限界、焼ききれる!ジョウの兄貴、助けてくれ!」

「いや、潮汐力は感じない……ワープした星と同じように、何かのシールドに守られている」

 ジョウが静かにつぶやいた。

 そして全員の意識が一瞬途切れ、そこには……黒い多数の艦とにらみ合う華麗な色の大型戦闘機、その背後の巨大艦と、そして少しはなれたところに円盤状の本体から奇妙な二本の棒状ナセルを突き出した艦の姿があった。

 

〈ギャラクシーエンジェル時空〉

「はさみうちか!どうする、タクト」

 レスターがつぶやいた、そのときココが叫んだ。

「他、エルシオールのすぐ近くに、未知の艦が二つ出現しました!この出現パターンはクロノ・ドライブではありません。全くの未知です!」

「また増援を出しただと!こしゃくな、増援もろとも叩き潰せ!」

 エルシオールの通信画面内で、レゾムが怒鳴り散らした。

「全くのアンノウン、皇国やこれまでのエオニア軍にあった技術と根本的に異なります」

 ココが相手にせず報告する。

「とにかくアンノウン二隻に通信!同時」

「はい、通信つなぎます。言語調整……波長、2044、11271……」アルモが必死で調整する。「通じました、…………USSエン……クラッ……ミネルバ、どうぞ!」

「トランスバール皇国近衛軍旗艦エルシオール指揮官、タクト・マイヤーズです」

「USSエンタープライズE艦長、ジャン=リュック・ピカードです。別の並行時空から、何らかの未知の現象で転送されたと思われます」

「クラッシャージョウ。人工ブラックホールによる超時空移送機を別の文明が作動させたのだが、その余波で飛ばされたようだ」

 三人の宇宙の勇者が、瞬時に互いを知る。

 一瞬の沈黙をタクトが破る。

「こちらの状態を説明しますと、オレたちが属するトランスバール皇国のクーデター騒ぎです。

エオニアという罪を得て追放された皇子が、どこかから謎の無人艦隊を率いて本星を壊滅させ、皇族をほとんど処刑し皇王位を宣言しました。

それに対して皇族唯一の生き残り、シヴァ皇子が脱出し、我々は皇子を護衛しつつ味方と合流すべく航行中です。

詳しいことはこちら、エオニアの演説を転送しますので聞いてください」

「頼む、敵はクーデターを起こし、無抵抗のトランスバール本星を攻撃し、民間人も大虐殺したし親族である皇族を皆殺しにした悪魔だ!ともに戦って」

 レスターが叫ぶのをタクトが制した。

「彼らは全くの外から来た、中立の存在だ。我々の大義など彼らには関係ない。感情的な言葉は馬鹿にされるだけだよ」

「公平な説明、敬服しました。我々はもとより並行時空より来た全く無関係の存在。また艦隊法規には惑星連邦に加入していない貴国に対する内政不干渉の原則があります。事が収まった後に並行時空の壁を破る探査の協力をお願いし、正式な外交交渉を期待するのみです」

 ピカードが一礼した。

「俺たちはクラッシャーだ。金次第で何でもするが、法に触れることは決してしない。ここは俺たちの宇宙の外、別の時空なのか?ならここで違法行為をしない、だが……」

「ジョウ、お願い!ひどい連中がクーデターで国を乗っ取った……」

 アルフィンがジョウにしがみつき、震えた。クーデターにさらされた故郷ピザン王国、無残に変貌した両親の姿……思い出す傷は多い。

「問答無用!殲滅せよ!」

 レゾムの叫びとともに、エンタープライズとミネルバにも多数の無人艦が襲いかかった。

「我々は並行時空からの漂流者でトランスバールとは無関係、内政不干渉による中立を宣言する、攻撃を中止せよ!」

 ピカードが叫ぶが、

「やかましい!立ちふさがる者はすべて敵だ!」

 レゾムが吼える。

「なんて乱暴な奴だ……応戦する!リッキー、ファイター1で出ろ!」

「がってん!」リッキーがアルフィンの尻をたたき、満面の笑顔で飛び出した。アルフィンの笑顔が爆発する。

「ああいう連中だ。とにかく乱暴なんだよ」

 タクトが肩をすくめた。

「エオニアの演説は聞かせてもらいました。コメントは控えさせてもらう。あくまで攻撃するというのなら、本艦は自衛する」

 ピカードが不敵に微笑んだ。

「一番機ラッキースター、エンジン回復!発進できます!」

 ミルフィーユの声。

「ようし、ラッキースター、発進!新しい味方二隻とともに、後方の敵をやっつけてこい!」

 ラッキースターとファイター1が高速で敵に襲いかかる。

「いっきまーす!ハイパーキャノン!」

 ラッキースターの中央から強大な火線が伸び、敵艦を撃沈する。

「反撃!光子魚雷発射!」

 エンタープライズも次々に攻撃を開始する。

 ミネルバも負けじと、敵に強烈な打撃を叩きこむ。

「どちらも強い!」

「やるなあ」

 ジョウが微笑み、ハーベスターに迫るミサイルを撃墜した。

「敵増援!多数!」

 アルフィンが叫ぶ。

「エンタープライズEが包囲されます!」

「ランファ、ミント」タクトの叫び、二機の紋章機が高速で向かい、敵の攻撃をそらす、その隙にエンタープライズからのフェイザーと光子魚雷の嵐が敵をなぎ払う。

 そしてラッキースターの猛攻がレゾムの旗艦を追い詰め、そこにファイター1のミサイルが刺さる!

「く、くそお……覚えていろぉおおおおぉおおぉぉ!」

 高速の脱出ポッドが戦線を離脱する。

「よし、残敵を片付けろ!」

 タクトの声。

「若いが、なかなかの司令官だな、タクト・マイヤーズ」

「あちらのジョウという若者も大したものだ、思い出すなあ」

 ピカードとシャアが微笑みを交わす。

「敵は全滅しました。こちらの損害は軽傷者五名」

 ライカーが告げる。

「それにしても、エンタープライズの人的損害の大半は、艦の衝撃じゃないか?」

 シャアがライカーに言った。

「ああそうだが」

「なら全員シートベルトをして、あらゆる操作を手元のパネルでできるようにして、席ごとレールで動けるようにするとか、耐衝撃パワードスーツを着るとかすれば、損害のほとんどはなくなるんじゃないか?」

「……確かにそうだが、伝統というものが……あと大きな声ではいえないが、撮影とか予算とか……」

「さて、これからどうしますか?」

 タクトがピカードとジョウに話しかける。

「アルフィンのたっての希望でもあるし、仲間になろう。だが一つだけ条件がある、セレモニーとか除幕式とかああいうのは一切なしだ!そういうのがあったらエオニアにつくかこの宇宙の果てまで逃げる!」

 タロスが力強くうなずき、リッキーが青い顔をした。アルフィンが白い目で見ている。

 かつてジョウたちがアルフィンを助けてピザンを解放してから、セレモニーやら銅像やらで宇宙生活者であるクラッシャーにとっては悪夢のような経験をしたのである。

「わかった、約束するよ。ピカード艦長、内政不干渉を遵守しこの戦いには中立を?」

 ピカードは表情を変えない。

「もちろん、私たちはあなたの内政不干渉に感謝し、尊重します。ですが、エオニア側はわたしとあなたが法を遵守しているか疑うでしょう」

 タクトが微笑み、ピカードも笑みを浮かべた。

「そうだな、今こうしているときに、重大な技術供与をしていない証明はできない。その疑いを言い立ててエンタープライズの技術を求められた場合反論できない」

「そう。ですからあなたがたには、ここからトランスバール皇国の領域外に単独で逃れて内戦終結を待ったり別文明を探査してその協力を求めるか、エオニアに投降し武装解除・技術供与に応じるか、または」

「あなた方の側につくか。第一案も、エルシオールは強く追跡されている以上多数のエオニア軍に囲まれ、武装解除を求められるだろう。よろしい、当面は同行し、敵の話せる指揮官との接触を待って改めて中立を宣しよう。また、双方の非人道的行為の有無なども検討し、惑星連邦の外交権限を持つ艦長としても判断する」

「外交官としても一流のようですね、ピカード艦長。わかりました、惑星連邦および貴艦の内政不干渉に感謝します。また何か必要なものがございましたら海難事故の援助に関する法や中立国との交易の法を準用しますので、どうかご遠慮なくお申しつけください」

「感謝する、これ以上ないお申し出だ」

 タクトは微笑を崩さず、エンタープライズとの交信を断った。

 

「クラッシャーの皆さん、エルシオールにはビーチとか公園とか色々ありますよ。固いこといわずにエンタープライズのみなさんもどうぞ遊びにいらしてください」

「ピクニックの準備ができてます、おいしいケーキも焼きましたよ」

 タクトの後から、嬉しそうにミルフィーユが声をかけた。

「よし行くか!」

 ジョウの笑顔に、アルフィンも大喜びで水着選びを始めた。

「ありがとうございます、こちらにもホロデッキなどがありますのでよろしければ遊びにいらしてください。転送していい場所をお教え願えますか?」

 転送技術について聞いたときのレスターやココの驚きときたらなかった。

 女性陣の華麗な水着姿と、広いクジラルーム・ビーチを見た皆の反応は今更描くまでもなかろう。

 そしてミルフィーユの心づくしの料理も皆が堪能した。

「これはうまい!」

 ジョウが素直に喜ぶ。

「ジョウ、こっちこっち!」

 アルフィンは宇宙クジラと夢中で遊んでいる。

 

「……の戦場では覚悟を決めていた。だが、ダンが言ったね、あきらめるにはまだ早い、できることはまだある、と。ガンビーノはまったくいつも通り、ただ黙って前進した……腹の傷から腸が出てたってのにな」

 タロスは静かに、フォルテやランファと話していた。

「そうそう、DS9で似たようなことがあったな。あのボーグとの戦いでも……いまだに悪夢を見る」

 ウォーフも控えめに話す。

「ああ、あたしもそんな経験があるよ。どれだけ自分を信じられるかだね」

 フォルテが豪快に笑う。

「あのジョウって人、結構カッコいいわね。でもあのアルフィンって人も美人だから」

 ランファが浮かれた表情でジョウたちを見る。

「なあに、あたしたちだって負けちゃいないよ」フォルテはランファの背を軽くたたく。

「まあ、あんたももっといい女になるさ」タロスが優しくランファを励ました。

「あ~、今でもじゅうぶんいい女よ!」

 もうランファはタロスもウォーフも全く怖がっていない。最初はかなり怖がったが。

「そうそう、まったくだ」

 タロスが笑う。

「どんな女を思い出してるんだい?いや、こんなときに話すことじゃない、酒でも飲みながら、できれば戦場で話すことだな」

「ああ、まったくだ。泳ごう!」

 ウォーフの声、ベテラン戦士三人が海に飛び出し、ランファが必死で後を追う。

 

「そっちにはどんな星があるの?どんな宇宙人が?どんな……」

 コーティーが夢中でジョウやアルフィン、タクトに話しかける、かなりうるさく思われながらも。

 アルフィンは静かに故郷、連帯惑星ピザンについて語り始めた。

「そんなことがあったんだ」

「ああ、だからエルシオールにつくと決めたのさ」

「ありがとう、ジョウ」

 アルフィンがジョウにしがみつく。

 

「あなたたちはエンタープライズとは別の並行時空からおいでとか?」

 ミントがシャアをつかまえる。

「ああ。おや、君も……思い出すな」

「死んだ女のことをいつまでも考えるものではありませんわ、目の前のいい女を見て、楽しみましょうよ」

「本当の問題は別にありますよ、解決できるのは自分自身だけです。あなたが自分を救おうとしない限り、私たちカウンセラーは無力なのですよ」

 トロイは言うと、ヴァニラとケーラに話しかけようとしているライカーのところに行った。

「それに、あなたは能力のある少女と見ると……そんな、あまりにひどい歴史ですね」

 シャアはミントをにらんだが、口でミントに勝てるはずがない。簡単に利用できない女自体、シャアにとっては苦手な存在だ……

 向こうではラフォージやウェスリーと、ココたちやクレータをはじめ整備班の女性陣が話していた。

 

 そのヴァニラにリッキーがおずおずと近づき、なんだか話しかけたそうにしていたが、そこを親衛隊が囲んで排除しようとする。リッキーと親衛隊が遠慮会釈なくケンカしているのをヴァニラは置いて、クロミエと海に向かった。

 アムロがじっと海を眺め、心の中で宇宙クジラに話しかけている。

「宇宙クジラと話しているのですか?」

 喧騒を逃れたクロミエとヴァニラがアムロに話しかけた。

「ああ。すごくいい声だ」

「そうですね」

 ヴァニラも静かに答える。

「これほど多様な宇宙生物がいる艦だとは。本来は非武装の儀礼艦なのですね」

 データもあとからついてきた。

「はい。緊急時ゆえシヴァ陛下とともに戦闘に従事していますが。あなたは」

 と、ヴァニラがデータに話しかけた。

「エンタープライズのデータです」

「人間以上に人間であることを求める、多くの人のよき友です」

 アムロがデータを紹介し、また宇宙クジラとの会話に戻る。

 

「おーいみんな、集まってくれ」

 タクトの声に、ビーチで騒いでいた男女が顔を向ける。

「なになに?」フォルテが飛んできて、はっと表情を変える。

「儀式はなし、という約束ですのでこの場にて紹介します。トランスバール皇国、シヴァ皇子です」

 タクトの声に、侍女に連れられた細さを感じさせる子がきっと皆を見回した。

「このような場だ、謁見とはいえ無礼講としよう。この者たちが、別の並行時空から来たという客人か?」シヴァの声は固さがある。

「は」

「クラッシャージョウだ」

 シヴァが一瞬むっとしたが、すぐに眉を開いた。

「本日は御尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります。惑星連邦所属USSエンタープライズE艦長、ジャン=リュック・ピカードでございます」

 対照的にピカードの態度は、見事な宮廷儀礼である。トランスバールの儀礼さえとっくに調べていたのだ。

「このジョウという者たちは味方なのだな?」

「はい、傭兵として雇い入れました」

「傭兵?金のために戦う者を信用できるのか?歴史では傭兵は危険だと習ったぞ」

「いや、金のためだからこそ、雇い主を裏切ったら今後二度とクラッシャーと名がつく者を雇う人はいなくなる。だから俺たちクラッシャーは決して非合法なことはせず、決して契約は裏切らない。破ったら他のクラッシャーに殺される」

 ジョウの口調の強さに一瞬シヴァはたじたじとなったが、すぐに立ち直ってタロスを見た。

「陛下、怖くは」

 ココがいいかけたが黙った。

「歴戦の勇士ですよ」

 フォルテが励ます。

「ふむ、恐ろしい傷と肉体だ。だが、そのようなことで人を判断しては王は務まらん。そうだな」と、シヴァが不安げに侍女を振り返った。彼女は無言、表情も首も微動だにさせず肯った。タロスが顔をゆがめる。

「よろしいでしょうか?わたしたちは、ただ金だけで雇われたのではございません。わたしのたっての頼みでもあります、わたしこそ陛下の気持ちが、何千何億の並行時空があっても最もわかる人間だからです」

 アルフィンが顔を上げた。

「そなたは?」

「クラッシャーアルフィン。連帯惑星ピザンの王女です。あの忘れられぬ日、操られた民が王宮を襲い、王夫妻である両親は緊急脱出ロケットで私一人を逃がしました。そして私は宇宙を漂ってジョウたちに拾われ、内政不干渉原則ゆえ誰も助けてはくれぬと知ってジョウたちを雇いました。わずか四人のクラッシャーが一星系を支配する敵を打ち倒し、見事にピザンを解放してくれたのです。尊い犠牲も払って……」一瞬、ガンビーノのことを思って目を伏せる。「そして私は、もとより故あって王位継承権者ではなかったこともあり、クラッシャーこそ私の生きる道と知って彼らに加わりました」

 シヴァは数秒黙った。どうしていいのかわからない、感情を制御するだけで精一杯なのか。

「では、頼む」震える声。必死の、王の仮面。アルフィンは全てわかっている、と目に力を込めた。

「ピカードとやら、そなたたちは……中立なのか?」

「申しわけございません、漂流し助けを求める身でありながら。この船は私のものではなく、この身も私の身ではありません。自らの船で宇宙を旅する傭兵なれば喜んではせ参じたものですが、私は惑星連邦の法規に縛られているのです」

「内政不干渉の大切さはよくわかっておる。われらが見事エオニアを鎮圧した暁には、並行時空に至る道を見つけるための援助は惜しまぬ。かなうならば貴国との友好のためにも力を尽くそう」

 シヴァの精一杯の微笑。ピカードは儀礼が要求するより深い礼で応えた。

「ただ、こちらの者たちはまったく別の並行時空の出身者であり、母国の外交権限を放棄しています。その意志によって、これからはエルシオールから戦うことを希望しています」

「さようか。名は?」

「アムロ・レイ大尉」

「シャア・アズナブル、アムロ大尉の捕虜。これもまたなにかの縁と」

「コーティー・キャスと、頭のなかにシロベーンって」……『シロベーンと申します、陛下』と、コーティーの口調が急に変わった……「別のもいるわ」

「ほう、脳内に寄生している異星人か?珍しい話もあるものだ。よろしく、シロベーン、コーティー」

 コーティーの表情がぱっと輝いた。

「アムロとシャア、二人は故郷の時空では名のある武人だったそうだな?よろしく頼む」

 

「物資不足?」

 タクトが頭を抱えた。

「ああ、水や食料、弾薬や装甲板も」

「このごろ私たちも本来の仕事だけで……」

 色々調べたタクトは、とんでもなく甘いものを食わされたりシャンプーがどうこう言われたりして疲れて帰ってきた。

「エンタープライズにはレプリケーターというとんでもない道具があるそうだな」レスターがうらやましそうに口にする。「それから色々作ってもらうのも内政干渉というか中立違反か?」

「交易の形を取れば大丈夫だろう。どうせ何ももらわなくても非難されることは変わりないんだ」タクトは肩をすくめた。「必要なものがあれば、なんて言っといて助けてもらうのもみっともないがね」

「まあ、腹が減っては戦はできん。ましてあんな女の子たちはなあ……」

「あ、性差別」

「男の子だってたくさん食べるじゃないですか」

 アルモとココが楽しそうに合いの手を入れてきた。

 

「エンタープライズのレプリケーターを利用したいと?もちろん、補給が得られない船同士助け合うのは当然のことです」

「だが、こちらのレプリケーターも無尽蔵ではない。元素自体を作ることはできないし、反物質などの燃料もいつかは不足する」

 ライカーが少し心配そうに口にした。

「となると、皆さんも補給が不要なわけじゃないですね」

 アルモが軽く小首をかしげる。

「でも、そちらのそれだけ多いと思われる廃棄物の類を送っていただければ、それをこちらのレプリケーターで加工すれば食料など大抵のものは作れますよ」

「こっちからも色々補給を頼めるか?実はこっちに来る前にきついドンパチした直後で、あまり余裕はないんだ」

 ジョウからもピカードに連絡が行く。

 

「ブラマンシュ商会の船が襲われている!」

「何、民間の商船が襲撃されている?……これは商船側から事情を聞かないと」

「……わかった。ただ、こちらの正体がばれないよう、また別文明の船がいたら都合が悪いからできればこちらにいらしていただけますか?」

 まずミネルバの急襲から、一気にカンフーファイターとトリックマスターが敵陣を分断、そのまま火力を強化したエルシオールとアムロのνガンダム・サザビーがそれぞれの敵に突撃し、商会の船を救出した。

「それにしても、見事だったな。仕事はきちんとやったし俺への指示も申し分なかった」

 ジョウが微笑んだ。

「実に動きやすかった。指揮官としての能力は私が知る中でも最高級だな」

 シャアも満足げにサザビーを降りる。

「新しい力にだいぶ振り回されてるな、クレータたちにまた世話をかけそうだ」

 アムロのνガンダムが合体を解き、剣を背にしまうとエルシオールに着艦した。

 やっと補給ができたときに、ブラマンシュ側は首をかしげた。意味不明に近い鉱石や化学薬品の類が山ほど……よく考えれば、周期表順に元素を注文したとわかるだろうか。

「それより、あの敵艦隊はどんな理由をつけて攻撃したのか?交信は?所属は明らかにしたのか?」

「いえ、恐ろしいことに何の連絡もない問答無用でございました。お嬢様の獅子奮迅のご活躍のおかげで助かりました」

「わたくしだけではございませんわ。他の皆のほうが活躍しておりました、むしろわたくしは今回不調でしたよ。それより聞かれたことにきちんとお答えくださいな」

「それは海賊行為に近いな、惑星連邦の前例としては……」ピカードが考え込んでいる。

 

「やれやれ、ようやく安心できそうだ」

 友軍からランデブーポイントの連絡を受けたレスターが、タクトの反応をいぶかしんでいる。

 そして、タクトの予感どおり無数の敵が出現した。そのときに長時間の待機を強いたためもあり、かなりエンジェル隊は疲弊している。

「あなたがエルシオールの司令官ね?待っていたわ」

 完全に包囲された状態で、頬に傷のある美女が交信に入ってきた。

「わたくしの名はシェリー。所属は正統トランスバール皇国軍。エルシオール追撃部隊の司令官よ。よろしく」

 ユーモアを帯びた会話に、傍聴しているピカードが微笑した。

「シヴァ皇子を引き渡しなさい。そうそう、あなたたちがうわさの、並行時空から来てしまった船ね?」

 シェリーがジョウやピカードに微笑みかける。

「ああ、あんたがクーデター勢力か?悪いが、俺たちはクラッシャーとしてタクトに雇われた。あんた達は敵だ」

「わかりやすいわね、じゃあ死になさい。そちらの皆さんは?」

 シェリーはエンタープライズと独立に交信しようとしたが、すぐにピカードは会話をエルシオールに中継する。

「惑星連邦には非加盟国に対する内政不干渉・中立の原則がある。こちらから敵対行動を行うつもりはない」

 ピカードが眉一つ動かさず言い放つ。エルシオールからの、やや非難をこめた視線を無視して。

「わかったわ。でも、もうトランスバール皇国という実体はないわ、ほんのわずかな反乱軍を鎮圧するだけよ」

「それはそちらの主張だ。またそちらには民間人の虐殺の容疑があり、民間船舶に対する無警告攻撃が確認されている。惑星連邦への加盟・同盟は一定水準の人権の遵守が条件であることも伝えておこう」

「わずかなまきぞえを誇大に伝えられたのかしら?また、民間船舶は逃走して反逆者に対し密輸を行った容疑で拿捕を試みただけ。強いものが正しいのよ、見せてあげるわ。いいこと?中立を遵守なさい」

 シェリーは交信を切った。

「エンタープライズの皆さんは敵と交信しつつ、こちらの中立地帯に退避してください」

 タクトが、アルモやココの非難の目を無視して指示した。

「了解した」

 敵が中立を受け入れず戦闘になった場合、敵を分断する絶好の地点であることにピカードは気づいていたが、あえて逆らわなかった。

「俺たちはあんたの指揮に従う」

 ジョウが傲然と胸を張った。

「ありがとう。右側でエルシオールの防衛、敵が崩れたときに突っ込んでくれ」

「わかった」

「敵には高速の新型艦が多い。ハッピートリガーは左翼防衛、カンフーファイターとラッキースターが突っ込むいつもの布陣だ」

「了解!」

「もう一度、作戦内容を確認するか?」

 レスターが聞く。

「いや、その必要はない。みんな頼んだぞ」

「はいっ!タクトさん」

 戦闘開始。ジョウたちの強さが目立つ。

「見たことのない敵も混じっているな。あの球形艦は皇国のデータにないぞ?」

「強い!」

 フォルテが歯をくいしばる。

 一発の破壊力が大きくきわめて耐久性の高い球形艦、そして高速で一撃離脱戦法を取る戦闘機……ごく弱い戦闘機も多数だとうっとうしく、ファイターが戦艦にかかれない。

 そして高速戦艦による車がかりに、紋章機やミネルバ、サザビーのダメージは徐々に増していく。

 アムロのνガンダムは実質無敵だが、すでにデータは得ているのか多数の無人艦による攻撃でエルシオールから引き離されている。また、エネルギーの消耗が激しく補充できないため出撃時間が短くなる。

「これで……最後!」

 ラッキースターのハイパーキャノンが敵旗艦にダメージを与える。

「敵の……第二波、第三波、多数!」

「くそっ、なんて数だ」

 レスターが詰まった。

「大丈夫よ、まだ戦えるわ!」

「何とかなりますよ!」

 エンジェル隊は元気一杯である。

「どうするんだ、タクト」

 タクトが沈黙している。

 ジョウたちは静かにそのタクトを見守っている……特にタロスの目は炯々と光り、まるでタクトの器を推し量っているようだ。

「第二ランデブーポイントの方向が開いています!クロノ・ドライブ可能です」

 ココの報告。

「だが、そっちだけ開いているってことは」

 レスターが迷った。

「わかってる。でもこのまま戦い続けるよりはマシだ」

 タクトの目が、ジョウやタロス、フォルテの間を泳ぐ。レーダーのエンタープライズも。そして一瞬目を閉じ、

「非常用第二ランデブーポイントへ、クロノ・ドライブ」

「了解。時間を合わせてこちらもワープに入る」

 ジョウは黙って交信を切り、ワープの準備を始めた。

「アニキ、でもあっちだけ開いてるってことは」

 リッキーがあせったように星図を見る。

「ああ、まず間違いなく罠だ。向こうについたら袋のネズミさ。だがお前の仕事は機関だろう、ワープの準備をしろ!アルフィン、航法計算に入れ」

「ジョウ、タクトが間違ってるかもしれないのに」

 アルフィンが小さな悲鳴を上げる。

「いや、どちらであってもリスクはある。ここはタクトにとって正念場だ、そして俺はあいつを信じる」

 ジョウが歯を食いしばる。常に自分の決断で戦ってきた、そのために一度大切な仲間を失ったこともある。多数の人間を救えなかったこともある。

 だが、自分が信じた男の決断を信じる、そのために大事な仲間の命をかけても。

 その覚悟に、タロスが深くうなずいた。

 ドンゴは静かに仕事をこなしている。

 

「どういうことよ、これは」

 タクトはエンジェル隊のメンバーに問い詰められていた。アムロとシャアは黙って見つめているが、それはそれでプレッシャーになる。

 フォルテの助けでそれは切り抜けたが、絶望的な予想と士気の低下はタクトを悩ませていた。

「司令官どの、ちょっといいかい?あまり感心しないね」

 フォルテの言葉に、タクトは逃げ場を失った感じさえ抱いた。

 そしてアムロやジョウたちが黙って従ってくれていること……もしピカードなら?

 

 深夜のクジラルーム……フォルテがたっぷりタクトと泳いでから、その目を強く見た。

「なんでジョウたちが、黙ってあんたの命令に従ってるかわかるかい?」

 フォルテの言葉が、まるで心のとげが爆発したようだ。タクトにはそれがわからない。

「あいつらは、あんたを信じるって決断をしたのさ。その決断をした自分自身を深く信じてる」

 ぶるっとタクトが震えた。

「応えなきゃ、戦士じゃないよ」

「……ああ」

 そして、タクトはすべてを仲間に伝えた……ジョウたちは黙ってそれを受け止め、うなずく。

「みんなを信じてる。オレ自身も信じる。どんなに敵が多くても、必ず切り抜けてみせる」

「ああ。俺はお前を信じると決めた、タクト」

 ジョウたちが力強くうなずく。

 ドライブアウト……予想通りの膨大な艦隊。

「予想以上だな」

 タロスが不敵に笑う。笑うとますます怖い。

「だが、タクトは乗り越えたんだ……俺たちに敵はない!」

 アルフィン、リッキーがすばやくファイター1・2に飛び出す。

 νガンダムとサザビーが、紋章機が次々に発進する。

 絶対に勝つ、タクトを信じて……その闘志に応えたのは、味方の大軍だった。

 

 ピカードはそこでエオニア自身と交渉しようとしたが、それより先に味方の攻撃でエオニアやシェリーは後退し、あとは大軍と無人艦の戦いを中立地帯から見るのみだった。

 

「舞踏会には並行時空からの客人の皆さんも参加していただく、さよう心得よ」

 ジーダマイアが乱暴に言い放つ。

「セレモニーの類には出さない、それがクラッシャージョウとの約束です」

「そんな約束などどうでもいい、命令だ!第一お前はもうエルシオールからの解任が決定されておる、分をわきまえよ!皇国を救った別宇宙からの英雄を出さずして何の式典じゃ」ジーダマイアがやや感情的に、圧力を強める。

「武人の約束を破るくらいなら、この場で死にます。そしてエルシオールとミネルバはこのまま宇宙の彼方まで逃げろ……聞こえたな、レスター、ジョウ」

 タクトの目に、いつもと違う戦場での光が宿った。

「なんとこの逆賊めが!」

 将官の一人が叫んだ。

「私も行くぞ」

 突然シヴァがはっきりと言った。

「な、なんと」

「私も行く、と言ったのだ。武人の約束を重んじぬような皇国など知らぬ!私についてくる民を率いて宇宙のどこかに旅立っていこうではないか」

 十歳とは思えぬ威厳と迫力。

「な……」

 ジーダマイアたち、一言もなし。

「私にも覚悟がある。武人が約束したからにはトランスバールの名誉にかけてセレモニーの類には引き出すまい、彼らはきちんと契約を果たした。報酬の件よろしく頼むぞ、ルフト」

「は」

 ルフトが嬉しげにうなずく。タクトの表情は変わらない。

「エンタープライズはどうなる?」

 別の将官が聞いた。

「あの方々は内政不干渉、この内戦に関して中立を表明しています。内戦が収まった後に本格的な外交交渉に入り、元の時空に帰還する術を探し、可能ならば惑星連邦代表としての外交交渉にも入るとのことです」

「中立だと?あのエオニアに中立もなにもあるか、許せん」

「いえ、客観的に見れば今起きているのは内戦に他ならず、ならばトランスバールの外の別の国から来た者たちがこれに介入することは内政干渉に他なりません。それを許せばもっと悲惨なことになりましょう」

「内戦もなにもない、反逆に過ぎぬし逆賊エオニアはもう鎮圧したではないか」

「彼らはそうは認めておらず、双方を対等な交渉相手とみなしております。ただし彼らの心はかなりこちらに寄っており、そのために偏見のない目で集められたエオニア軍の、民間人虐殺などの証拠を求めています」

「まったくどいつもこいつも……」

 高官たちがいきまくが、胆を据えたタクトは一切動じない。

 ルフトはその教え子を、苦笑と愛情をこめた目で見ている。そしてシヴァの目は……

 

「ファーゴ全域に強力な妨害電波」

 ラフォージがライカーに報告した。

「それにかなり遠距離ですが、とんでもない大質量がワープアウトしています、艦長」

 ライカーがピカードに。

「きわめて強力なエネルギーを感じます」

 と、データ。

「黒い艦隊だ!ミネルバ、聞こえるか?」

 エンタープライズがミネルバとすばやく交信した。

「脱出したいが、ジョウとアルフィンがまだ戻っていない!」

「二人とも買い物に出て、群衆に巻き込まれているはずだ」

 タロスがあわてた。

「まったくあの二人は!」

 リッキーが怒鳴る。

「急だと思うなら転送で回収するか?通信ができれば」

「ありがとう、ジョウ!アルフィン!聞こえるか?」

「ああ、くそっ!」

 ジョウとアルフィンを、奇妙な雰囲気の黒い男たちが取り囲み、激しい戦いになる。

「少ししのいでくれ、転送する」

 かろうじてアートフラッシュで敵の目をくらまし、物陰に逃げ込んだ二人の姿が消える。

「大丈夫か?」

 ラフォージが心配げに二人を見た。

「ああ、一体なんだったんだ? ミネルバに転送してくれ」

 

 突如すさまじい光の柱がファーゴをかすめ、惑星ロームに突き刺さった。

 緩慢にさえ思える衝撃波が、巨大な惑星の表面を破壊しつくしながら広がっていく。

 ピカードが見たものを信じられないように見て、叫んだ。

「民間人の大量殺戮……USSエンタープライズEはエルシオールにつき、惑星連邦を代表してエオニア勢力の鎮圧に全面協力する!副長、転送でできる限りの人命救助」

「やっています!」

「雑音が激しい、転送がどうしても不安定になる」

「ソーナ人が使った、転送マーカー射出機を使え!小型無人機をレプリケーターで作って転送しろ!」

 ラフォージが怒鳴る。

「それに……くそっ、まさに焼け石に水だ」

 ライカーが拳を握り締め、破壊されたファーゴを見つめる。

「諦めるな!一人でも多く助けるんだ!」

「艦長、敵が接近します。この時空に来る前も戦った球形艦が中心です」

「うぬ」

 ピカードの温厚な表情が憤怒をもらす。

「私たちが食い止めます。エンタープライズは一人でも多くの人を助けてください」ヴァニラの、静かで感情をもらさないが、それゆえに底知れない悲しみと怒りを感じさせる声。「私たちには、誰も助けられないのです」

「ああ、やるよ!」

「おお!」

 フォルテの声に、タロスの怒号が混じる……ハッピートリガーとミネルバが、神業じみた機動でエンタープライズに迫る敵艦を次々粉砕する。いつもは修理に徹するハーベスターも最前線で激しく戦っている。

「シャア!」

 アムロの悲鳴。サザビーに、黒の月の偽紋章機が決定的な一撃を加え、黒の月が迫る方向に吹き飛ばされる。

「フィン・ファンネル!」

 助けようと口を広げて飛ぶ龍、だが敵艦が間に入り、それを撃墜した爆発にまぎれる。

「アムロ」

 ライカーが何か言おうとしたのをアムロは目で制し、エンタープライズに迫る大型戦闘機を両断する。

「黒の月、接近します」

 アルモの悲鳴。

 

「味方の艦隊はボロボロだ……」

「トランスバール本星へ、白の月に行こう。そしてエルシオールや紋章機について調べよう」

 タクトがエルシオールのブリッジから命じた。

「われわれも同行しよう、これからは味方として。やっと味方になれて光栄だ」

 ピカードが立ち、制服の裾を引き下げた。

「ありがとう、そしてファーゴの人たちをたくさん助けてくれて」

「ありがとうございます」

 ヴァニラが思わず心を漏らしたように頭を下げる。ミルフィーユも、エンタープライズの収容室からシャトルで残存艦隊に向かうファーゴから転送された人々の中に、ブティック店員の姿を見つけて顔を輝かせ、そして哀しげに歪めた。一人助かった陰に何十億人が死んだのか……

「だが、まず必要なのは補給だ。ローム星域には物資もなく、あっても生存者が優先だ」

「ブラマンシュ星系なら近いが」

 と、タクトがミントを見るが、ミントはすまして「はい、ちょうどいい場所にあります」と言うだけだった。

「何かあったら、こちらにもいらしてください」とトロイが告げ、ミントは「ありがとうございます」とごくいつも通りに言った。

 

 ブラマンシュ星系で補給を受け、いつものワープのはずだった……だが、そのワープの最中突然時空の嵐が襲った。そしてエルシオール・エンタープライズ・ミネルバの三隻が……

 

〈スパロボ時空・トリトン〉

 そこは海王星の輪も含め、おぞましい異界と化していた。

 逆行する軌道をもち、一億年後には崩壊すると言われる大衛星はそれ自体が、別の宇宙からのゆっくりした侵略者だった。

 戦争が多く、外部太陽系探査に関心が低かった彼らはそれをはじめて知った。

 海王星と多数の外部太陽系小惑星をとりこんでいた、その侵略者は、ヤマトたちの接近に応じるように牙をむき出してきた!

 多数の偽装された大型要塞から、次々と各種ビッグコア・デスなどが飛び出す。

 その間を縫って飛び込んだ宇宙戦闘機や人型機が、内部から敵要塞の撃破に向かう!

 

 内部が火山だらけの空洞惑星に飛び込んだ虎龍王が、多数の移動砲台と激しい格闘戦を繰り拡げる。

 岩だらけの要塞を、自在に四本の腕足から牽引ビームを出して動き回るロンド・ベルのワーウルフたちが自在に駆けまわり、一つ一つ敵を潰していく。

 ZとZZに、複雑な地形のそこかしこからモアイの吐くイオン・リング砲弾が襲いかかった。

 そして細胞に絡め取られたブラックタイガーを、不気味な巨大細胞が呑もうとするのを蒼い人型機が助け出す。

 戦艦からの圧倒的な火力支援にもかかわらず、ビックバイパーとスーパーロボット隊を結晶や泡が食いとめる。

 

 そして最後の要塞と、その奥にあった巨大な脳をSRXの天上天下無敵斬りが葬ったときトリトンは消滅し、代わりに光と闇が混じった塊が皆に語りかけた。

「紙を重ねたように、螺旋のように重なりあう無数の時空……今、結ばれるとき……百万の天空の結合……旅人たちよ、集いし者たちよ、戦士たちよ……征け、新たなる時空の禁断の星、テレザートへ……失われた友との再会……新しい出会い……バッツーラもバクテリアンも黒の月もボーグも、名を呼ぶことすら禁じられた反存在の陰でしかない……見失うな、混沌の武器にて法の側に立て……光と闇ではなく、法と混沌……天秤を襲う者……」

 その声が終わると同時に、戦隊全体を何かが包み……激しい衝撃と幻覚。醒めたそこは、まったく見知らぬ時空だった……

 

〈とある時空にて〉

「レーダーあっちに向けろ!」

 見知らぬ時空をさまよう艦隊。ラー・カイラムのカミーユが、虚空の一方を指差した。

 ヤマトやアリエール号の高性能レーダーが、丁寧に巨大な宇宙を探査し、そこに……星間氷塵と一見区別できない何かが捉えられた。

「あれだ!」

「早く救助しなくちゃ、いい、このまま出る!」

 飛び出したジュドーが拾ってきたのは、恐ろしいほどの美少女の、真空で凍結した死体だった。

「何をしたんだ?宇宙に放り出しただと?」

「なんて恐ろしい刑罰だ」

 全員が震え上がる。少女はヤマトの病室に運ばれ、低体温療法のノウハウを持つデンダリィ隊の軍医も急行して、必死で彼女を治療した。

 

「どうじゃ、問題はないはずじゃ。これは何本に見える?」

 佐渡が指を開く。

「ほらほら、さっさと出て行って」

 雪が古代を含め、ヒマな野次馬たちを追い払う。

「三本……だめ、名前は思い出せない」

「大丈夫?ゆっくり休んで、宇宙空間に生身で放り出されて、肺や脳神経細胞にはかなりのダメージがあるんだから」

「宇宙放射線症もひどい、当分安静じゃよ」

 佐渡がゆっくりと酒をすする。

「あの、でも……兄さんにだけは、早く連絡してください!それに……そう、早く!」

「話したほうがいいわ。どうしたの?なぜ宇宙に生身で?」

「その、わたしは……う、そう、何も知らなかったんです。無知は罪なんです」

 その悲痛な表情に、雪は深く共感して彼女を抱きしめた。

「罪であってもどうしようもない罪もあるわ。神様は決してそんな罪を責めたりはしないわよ」

「ああ……あのパイロットの方も、どれほど傷ついたでしょう。ええ、わたしは、ただ兄に会いたくて何も考えず、植民星に向かう緊急艇に密航したんです。一人分の体重ぎりぎりに設計されていて、いかなる余計な質量も許容されていませんでした。そして……薬を運ばなければ、多くの人命が失われる……あのパイロットの方は、私を宇宙に放り出す以外選択の余地はなかったんです」

 雪は何も言えず、ただ彼女を抱きしめていた。

 そして佐渡が自分の、極上秘蔵の酒を彼女に飲ませる。とてもじゃないが、二人とも両脚と片腕を根元から切ればなんとかなっただろうとかは言えなかった。

「ああ……早く、助かったことを知らせなければ」

「安心して、必ずご家族のところに返してあげる。ゆっくり休んで、笑顔の練習をしていましょう」

「ありがとうございます」

 

 無事な彼女を迎えたその兄や家族、そして緊急艇のパイロットのことは描かずにおく。

 そしてそれからしばらくさまよい、別の門から行った別の時空には……

 

〈スターラスター時空〉

 時空移動で再出現したエルシオール・エンタープライズE・ミネルバに、一機の大型戦闘機が通信してきた。

「こちらガイア。君達が、何かわからない女から聞いた並行時空の友軍か?」

「多分な」

 ジョウがあっさりという。

「この時空でビッグバンを起こし、宇宙全体を吹っ飛ばそうとしてるとんでもない敵が相手だ」

 そう話している間にも、無数の敵が襲いかかってきた。

「ああ、あれか。何度かお見かけしたよ」

 タクトがにっこり笑う。

 球形の大型艦を中心とした金属製の艦隊。

「敵から守るべき目標は?」

 ピカードが鋭く聞いた。

「基地と惑星だ。情報を収集し、敵を撃破して欲しい」

「わかった、できれば統一的な作戦を取るためオレの指揮に従って欲しい」

 タクトの一言。

「わかった!」

 ガイアからの声、そしてピカードとジョウが力強くうなずく。

 そして、激しい戦いが始まった……

 

 小惑星帯に敵を引き寄せ、紋章機たちが障害物をかいくぐって敵を引きつけ、エルシオールにぶつかりそうな岩を破壊する。

 傷ついたエルシオールの艦体を修理しようとしていたコーティーの小艇に、敵の高速戦闘機が襲いかかって弾き出された。

「ミント!」

 タクトの叫びに急行する、そこに強引に、奇妙な翼を広げたような大型艦が、片端から小惑星帯を破壊する膨大な弾幕を張って襲ってくる。

「フォルテ、こっちに投げてくれ」

 カンフーファイターがいくつかつかんで投げた巨岩が、ほんの一瞬エルシオールを守る。そこに跳びこんだνガンダムの大剣がその艦を両断した。

 だが、その一瞬の間に数十機の小型戦闘機が襲いかかってきて、一瞬だけエンタープライズの迎撃フェイザーを全門使用状態にした。

「まずい、総員耐ショック!」

 タクトの言葉と同時、至近距離にワープアウトした巨大球形艦の猛攻。

 コーティーの小艇が直撃を受ける直前、νガンダムのファンネルが張るシールドがそれを守った。だがダメージは大きく、火を吹きながら不規則な軌道でエルシオールから遠ざかり、最も濃密な小惑星の渦に飛び込んでいった。

「コーティー!フォルテ、」指示を出そうとするタクト。

 だがそのときデータが「2-5-2方面から敵二十隻来ます」と無情に告げる。

「全艦散開!右の小惑星帯を抜けて応戦しろ!ミント、精密な位置を索敵してエンタープライズに。ガイア、フォトントーピドーを斉射して4-2-9方面へ小ワープ。アムロ、一度戻って補給してくれ」

 タクトが歯を食いしばって指示を出し続ける。

 

 その間に、コーティーの小艇が引き寄せられた内部が空洞になった小惑星。その中は、次元そのものがひん曲がっているような印象があった。

『コーティー、何かが艇にとりついて』

 シロベーンがコーティーの口を借りて小さな悲鳴を上げる。

「大丈夫、なんとなくだけど……害があるって感じはしないわ」

 コーティーはそれだけ言って、艇をチェックし始める。

「な、なにこれ……急に直ってるなんてもんじゃない、新しい機能が……こんなエネルギー、それにコンピューターも通信も……」

 次々と画面に新しい機能、新しいソフトが加わる。

『別の、何か別の生命が』「シル、ちょっと胞子を出して、その生命と連絡してみて!」

 間もなく、画面上にメッセージが表示され、スピーカーから音声が出る。

『こんにちは、長老シロベーン。あなたの子供のコンフです。この宇宙生命に入って、そのコンピューターとリンクする能力を利用して話しかけています』

『こんにちは、わが子コンフ、コーティー・キャスも紹介します』「よろしくね、コンフ」

『今私が入っている宇宙生命は、機械と生物の中間的な存在で、より大きな機械に寄生することを求めてさまよっていました。直接は話せませんが、皆さんにお目にかかれて喜んでいます。適度なエネルギーさえもらえば、害をなす気はないそうです』

「私も嬉しい、って伝えて」コーティーが微笑みかける。

『早速お役に立ちたい、と戦闘モードを取っています。敵も多数接近していますし……彼女に任せてもらえば』

「それはありがたいわね……お願い」

 と、コーティーが微笑みかけると、一瞬でシートベルトがコーティーの体をしっかり固定し、とんでもない加速がかかり……すぐに加速感が消える。

「さっき、コーティーの艇が消えたところから巨大なエネルギー反応!」

 ココが嬉しそうに報告する。

「コーティー!無事だったか」

 タクトが微笑む。

「あの艇からとてつもないエネルギーを感じます。まったく別の宇宙生命のようです、提督」

 データが静かに報告する。

「あっち方向から敵艦隊、球形艦だけで八隻、ビッグコア二十隻以上!」

 ココの嬉しげな声が悲鳴に変わる。

「エンタープライズ、援護してくれ!なんとか転送収納。ランファ、ミント」

「今向かっています……でも、わたしたち……必要でしょうか」

「え?」

 タクトがちょっと戸惑った、そこでコーティーの小艇に周囲の空間自体からすさまじいエネルギーが集まるのがわかる。

「ク……クラゲ!?」

 絶大な光が、柔らかく動く半球を作り出す。その下から、次々と曲線を描く緑の光帯が敵を正確に追尾し、突き刺さる!

 フォルテが目を見張る中、次々と敵艦が閃光に消える。

「す、すごい……」

「あの弾はワープ5で不規則機動をする敵も追尾しています。命中した敵のすべてを吸収し、本体のエネルギーとしています、あれを防げるシールドは存在しません」

 冷静に分析しているデータを除く全員が目を見張る中、恐ろしいペースで敵を掃討していく。

「エンタープライズ、ミネルバ、左右から敵を押し包め!やらせるな!」

 タクトの叫びにわれに返ったピカードとジョウが素早く敵の左右を封じる。

「惑星が攻撃されている!助けに行かなければ」

 ガイアからの通信に、タクトはハッピートリガーとカンフーファイターを同行させた。

「見つけた!敵の本拠地、暗黒惑星」

 ガイアのパイロットが目を輝かせ、タクトが全艦をワープさせる。

 そこは悪夢のような、圧倒的な黒い敵艦隊の巣だった……

「ひゅう」

 ジョウが口笛を吹き、画面のタクトに微笑みかける。

「シールド修理完了!機関の修理にはあと三十分」

「五分だ!」

 ラフォージの報告にライカーが返す。

「フェイザー、量子魚雷準備完了……いい日だ」

 ウォーフが全身を、戦いの歓喜に震わせる。

「修理完了、追加ランチャーに光子魚雷装填完了、アムロ出る!」

 νガンダムが敵の中央部に一気に転送される。

「目標、敵暗黒惑星……戦闘開始!」

 タクトの手が大きく振るわれる。

 νガンダムの背中に取りつけられた多目的ランチャーから光子魚雷が放たれ、ビッグコアを次々と撃沈していく。

 コーティーの光の半球から放たれる、緑の帯が複雑な曲線を描いて高速機やミサイルを次々に捕らえ食い尽くす。

 ミネルバからのミサイルと砲撃の嵐が、エルシオールに迫る敵機をことごとく撃墜する。

 そしてエンタープライズが破城槌となり、敵艦隊を分断しつつ全方向に光子魚雷とフェイザーの嵐をぶちまける。

 敵の黒い球形艦の攻撃力は凄まじいの一語であり、エンタープライズのシールドも次々とダウンしていく。

 ラッキースターが大打撃を受け、かろうじてハーベスターに助けられる。

「暗黒惑星に量子魚雷発射!」

 ピカードの声に、ウォーフが素早くコンソールを操作し、あまりに強大な最終兵器が黒い惑星に向かって飛ぶ……そこで、突然黒い衝撃波がその一帯を包んだ。

「暗黒惑星が……消えた?」

 ココが慌てる。

「はい、今の何かにより敵暗黒惑星がどこかに消失しています。この惑星消失反応は以前も、多元宇宙の壁が破れた時に」

 データの長広舌をさえぎるように、全艦を激しい時空嵐が包む……

 

〈タイラー時空〉

「やっ、どーもどーも!」

 ロンドベル・ヤマト・デンダリィ隊等混成艦隊がその時空に出現して間もなく接触してきた、辺境パトロール小艦隊の提督。若い、ただそれをいうならこちらも幹部の平均年齢が若すぎるが。

「並行時空? そりゃあ面白い」

「本当の話でしたらですよ、閣下!」同じく若い、こちらは超絶美形で見るからにエリートの副官が疑いを示す。

「じゃあ他に説明があるかね? こんな奇妙な、色々な形の艦! そして目の前の」と、タイラーは美しく閉ざされていく、雄大な光の虹を指差した。「この現象!」

「はい、確かにこれは別の時空への、一方通行の門と解釈するのが数学的に簡潔です」

 オペレーターのキョンファ・キムが感情をこめない声で告げた。

「とにかく君たちの身の安全は僕が保障しよう。こっちは長いことラアルゴンと戦争中で、それに最近変な連中が別の時空からか来てね。ああ、僕はジャスティ・ウエキ・タイラー、残念ながら既婚。よろしく!」

「変な連中?」

 これまでの敵たちの姿を思い浮かべたテツヤがつぶやいた。

「『お前たちを同化する。抵抗は無意味だ』って言ってくるでっかいサイコロ、心当たりない?」

「いえ、ないですね」

「あっそ」

 タイラーはちょっと肩をすくめるようなしぐさで、そしてにっと笑った。

 その無警戒な開けっぴろげな笑顔に、テツヤもレフィーナも、古代もニュートンも、みなぐっと心臓をつかまれた。

(これは)

 その感覚を警戒に変える冷静さがあったのはマイルズだけだっただろう。

「さてと、パトロールはどうするか、〈大山〉と〈はるかぜ〉に任せてみんなでどっかの惑星でぱーっと歓迎会でもやるか!」

 おーっ、と盛り上がる艦隊、そこに蒼白になった副官が

「かっくゎー!このパトロールも、このパトロールも……」

「じゃあどうすればいい?ヤマモトくん」

 その一言に頭がパンクしたようになったマコト・ヤマモトを救ったのは「敵襲」とのキョンファ・キムの言葉だった。

「ヤマモトくん、総員戦闘準備」そしてすかさず、「ついてきてくれるかな?」とタイラーが一言。マイルズは衝撃に一瞬目を見ひらく。

「まあまかせといてネ。みーんなまとめて、メンドーみるヨ?」

 その砕けた口調に呆れた皆だが苦笑してリラックスした者も多い。

「か、閣下、そんな」

「いいから反撃用意。対空レーザー・ポムポム砲発射準備、艦載機は第二爆装」

「はっ!」

「さあて久々に、戦闘に殺戮に励みましょう!

 あそれ、

 みんな大好き戦争ケンカ のんびりぽっきりいこうじゃないか

 面倒見なくちゃ始まらない 腹が減っては戦はできぬ

 酒に煙草にトイレに酸素 めんどいことは副官任せ

 訓練よりも実戦だぁ 酒さえあればみんな友!」

 軽く一曲歌い上げながら、気がつくともうボーグキューブの真正面至近距離に突進していた。

「提督うっ!近すぎます!敵の攻撃が」

「カトリくん、さっさと左にワープ。あ、ヤマトはそこで右二十五度に小ワープして」

「え?は、はい」

 と、島が慌てて条件反射的にそれを行い……われに返ったときはもうワープ準備に入っていた。

「敵、攻撃を開始しました!」

 南部が叫ぶが、

「ワープ三秒前、もう間に合わん!南無三……」

 半ば叫ぶように島が操縦桿を引く。

 交わったワープの航跡、その凄まじい時空の乱れに、ボーグキューブから放たれた光槍がねじまげられ、それがロンドベル隊が出てきた時空の穴に刺さる。

「え……もの、ものすごいエネルギーが」

「全艦退避!とにかく全力加速!」

 タイラーの一言に、慌てて各艦が遠ざかる、それを追うように乱された時空の穴が、まるで津波のようなエネルギーと化してボーグキューブを飲み込んでしまった。

「あ、あとかたも……」

 カイ・タングが目を大きく見開く。

「す、すごい」

 ブライトが腰を抜かしたように座り込んだ。

「なんという無謀な、ワープによる時空の乱れなんてむやみに使っていいものじゃないのに」

 ブランドンとウェストフォールが顔を見合わせ、天井を向いて目をぐるっと回した。

「敵第二波来ます!」

 騒いでいる中、雪とキョンファ・キムが競うように告げた。

「同様の立方体艦、それに、これまで見たことがない大型の戦闘機と黒い無人艦隊です」

「あれは見たことがない連中だなあ……少し話してみよう」

 と、タイラーが通信を開く。

「やれやれ、愛しのハニーから別れて別の時空で、こんな美しくない人間たちと戦うなんて……早く愛しのハニーと巡り会い、限りなく美しい永遠の眠りを与えてやりたい……あの熱い血潮を浴び、このボクの美しさをいっそう高め……さっさと醜いものには消えてもらおう」

 とカミュ・O・ラフロイグ。

「何をバカなことをほざく、愛というのは相手の幸せを願い、守り、たとえかなわなくとも相手が生きていてくれるだけでも幸せ、というものだ! 貴様のそれは愛でも美でもない!」

 古代がコンソールを叩く。

「ここにもいるのかぁ! 俺の血を燃やしてくれる、強いライバルがあ!」

 とギネス・スタウト。

「おおおおお! ここにいるともお! 叩きつぶしてやる!」

 まあブリットとかリュウセイとかは勝手に熱くなって……

「高貴なぼくの手を汚す価値があるかどうか、みせてもらおうか……そこの醜く歪んだ小男に」

 とリセルヴァ・キアンティが冷笑した。

 マイルズの傍らのエリが苦笑した。実はベルやタングも目尻がかすかに笑っている。

「高貴がなんだと言うんだ、お前に分かるとでも……所詮貴族などフィクションに過ぎないと、いや、そんな態度は自称貴族によくあるな」

 マイルズが忌々しげに吐き捨てて通信を切り、笑い転げるエレーナをにらむ。

「任務を果たさなければ元の宇宙には帰れない。悪いが死んでもらう」

 とレッド・アイ。

「そうとは限らない。協力してこの厄介な多元宇宙を切り抜けないか?」

 とビル・ニュートンが告げるが、レッド・アイは無造作に通信を切った。

「よく覚えといてね、おいらはベルモット・マティン。チャームポイントはハ・チ・マ・キ。そうそう、もう一人いるんだけどさあ、ちょっと無口でねえ」

 と、赤に黒が混じる機体が出現し、一瞬で人間の姿に変型した。

 その機体には右足がなく、右手も不自然だ。

「よく見ろ、あの右手は自然な手じゃない、背中から伸びたアームにつながれた大型機関砲だ」

 ブリットが興味津々に言った。

 直後、かなりの距離からヤマトを黒い光の筋が多数襲った。

「この威力と連射速度、ショックカノンに匹敵するぞ!」

 真田が叫ぶ。

「命中精度も高いです、あの距離から正確に」

 南部が目を見張った。

「接近させるな! ロボット隊、頼む!」

 古代が叫ぶ。

「あ、あれはクワトロ、いやシャアだ!」

 カミーユが叫ぶ。

「そ、そんな……でも、そうだ」

 ハサウェイが目を見張った。

「アムロは、アムロは無事なのか! シャア、応答せよ、なぜ敵についている!」

「ブライトさん、何か感じがおかしい……強く洗脳されているような」

 カミーユがあわてた。

「そうか、とにかく降りかかる火の粉は払わなければ……だが、シャアが生きているとすればどこかでアムロも生きているかもしれない」

「ああ、そのためにも」

 カミーユがシャアの機体をにらむ。と、そのまま変形し、ウェイブライダー形態で一気に突進した。

 接近してZが再変型しようとしたとき、シャア機の左腕と、展開した胸から放たれた恐るべき稲妻の嵐がZを包む!

「うわああああっ!」

「緑のシールドがあるのにこのダメージとは」

 ワーウルフの牽引ビームが間一髪Zを救出するが、その機体のダメージはすさまじいものがあった。

「「主砲発射!」」

 ヤマトとアカガネのショックカノンの嵐で、かろうじてZが逃れてペリグリン号に逃げ込む。

「助かった……あの機体は危険だ」カミーユがきっとにらみつける。「とんでもない何かがあるんだ。人間の世界のものじゃない」

「敵機接近」雪の声。

 紋章機もどきが大きく弧を描き、高速でヤマトを襲う。

「ヤマト、右舷全速!」タイラーの大声。

「別の敵に警戒しろ、ヤマトを射線上に入れず援護の準備!艦載機発進!」すばやくヤマモトがフォローする。

 紋章機もどきの性能は驚くほどで、ヤマモトの堅実な指揮とスーパーロボット隊の優れた能力がなければ危険だったろう。

 また、高速で迫るボーグキューブの圧倒的な火力には誰もが驚かされた。

 

 マイルズにとって、それは初めてだった……使いこなしてもらっている、というのがこれほど気持ちのいいことだとは。

 自分が無茶と思える作戦を思いつく、と同時にさらにその斜め上の、そして自分にはそのとんでもない有効性がわかる作戦がタイラーから指示される。前線指揮官としての自分、そしてエリ・クィンやエレーナ・ボサリ・ジェセックの資質も、会ったばかりなのに最大限に、出し惜しみなく引き出される。

 彼自身の秘めた夢、父であるアラール・ヴォルコシガンの指揮下で本当の戦いを戦いたい、という思いが満たされるような気さえする。まあその夢はカイ・タング准将も別の意味で同じことだ。

 古代やテツヤ、レフィーナら若手の艦長にとってもそれは同じだった。タイラーの指揮だけでなく、マコト・ヤマモト参謀の堅実なフォローに的確な事務処理、アンドレイセン旗艦艦長の豪放と勇気……その優れたスタッフたちからも学ぶべきものは多い。

 戦いそのものは、タイラーがタイミングよく退却を命じたために、どちらも大きな被害はなく互いに退いた。

 

「よかったらこっちでブワァ~っといこう、酒はうまいしねぇちゃんはきれいだ!」

 タイラーの誘いで、ロンドベルたちは中立地帯近くの軍保養星を訪れた。

「故郷の地球で、地下で放射能におびえ死を待っている人々を思うと」

 とヤマトのクルーは苦しんだが、マイルズが率先して楽しむ姿勢を見せたことから気持ちを切り替えた。彼らも所詮訓練学校を出たばかり、それを言うならこの混成隊は若者が多い。

 惑星ネオ・ショーナンは素晴らしかった。見方を変えれば海と単一の大陸しかないのだが、見渡す限りどこまで行っても砂浜珊瑚礁砂浜珊瑚礁砂浜砂浜に茂るヤシ。ただしはるか東側はモンスーンに洗われ、こちらは森と農地がたっぷりあって人口も多く、充実したレアメタル鉱山をもつ衛星は大規模なドックとなっている。

 描くことと言えば女性陣の水着姿のみ……といっても、挿絵を描く力もないしマンガでもアニメでもないので、読者の想像に任せよう。

 

 

 その頃、同じ時空の少し離れたところに、エンタープライズ・エルシオール・ミネルバが飛び出し、敵対的な艦隊に囲まれていた。

「わが栄光あるラアルゴン帝国領宙に侵入した不届き者よ、絶対服従か全滅か選ぶがよい」

「戦うか?」と聞くジョウをピカードは軽く手で制し、ウォーフにうなずきかけた。

 ウォーフがクリンゴン語で吼える、「モーグの息子、ウォーフだ!戦士たる我らを奴隷とせんとは笑止、ともに戦士ならば名誉ある出会いは決闘あるのみ!今日は死ぬにはいい日だ!」

 画面の向こうの、長身でやや細身、堂々とした赤毛の提督は莞爾と笑ってうなずく。

「名誉ある申し出、しかと受けた。ならば闘神アードラへ生贄を三人出すがよい、戦士らしく戦おうぞ!我が名はラアルゴン帝国国防長官兼任大提督ル・バラバ・ドム」

 三人の艦長はその圧倒的な圧力に一歩も引かず受け止める。

「惑星連邦USSエンタープライズ艦長、ジャン・リュック・ピカード」

「クラッシャージョウだ」

「トランスバール皇国近衛艦エルシオール艦長、タクト・マイヤーズです」

 壮絶な笑みを残して通信が切れ、移動座標が示される。

 タクトがピカードに微笑みかける、「さすがピカード艦長」

「あのような種族とのファーストコンタクトも何度もやってきた。誠実と思いやり、相手の論理を尊重するのみだ」軽く微笑む。

 そのまま、彼らに導かれるように航行する。

「彼らを信じろ!あのタイプの種族は戦士の名誉を重視する。だまし討ちはない!全ての回線を常にオープンにしろ!シールド解除を保て!」

 ピカードの命令に彼らは当然のように従う。

「あれは……ひどい、末期の赤色巨星だ」送られたラアルゴン本星の映像に、ジョウが驚いた。

「惑星はあるが、生命維持ギリギリだぞ」ピカードが眉をしかめる。

「いつ超新星化しても不思議はありませんね」データが告げる。

「あれがわれらの母なる星だ。今別に戦っている戦争に利あれば、第二の母星に移住することもできようが」ドムが不敵に笑う。「ここならばよかろう」

 とドム自身、そして副官のバルサロームとシア・ハスの三人が並んだ。

 こちらはウォーフ、ジョウ、ランファの三人が進み出る。

「転送の許可を」

「許可する」

 と、ドムの旗艦内部の広い一室、地面に砂を敷いた円形の闘場に三人が出現する。

 六人それぞれが、恭しくささげられた武器盆から、思い思いに武器を手にする。ドムが目で「ラアルゴンの名誉にかけてこの武器にイカサマはない」と言うのに、ウォーフが重くうなずく。

 ドムは彼自身のようにすらりと長い、日本刀に似た長剣。

 バルサロームはその外見に合わぬ、豪放な宇宙斧。

 シア・ハスは海賊らしいカットラスを手にし、笑いながらかすかに左腕を切って血で唇を染める。凄絶なまでに妖艶な美しさだ。

 ウォーフはちょうどクリンゴン斧に似た斧を手に。

 ジョウは野球バット程度の長さの細い鉄棍と牛刀に似たDガードつきのナイフ。

 ランファは独特の弧を描いて拳を広く補強する、優雅にして凶悪な鴛鴦鉞を。

「いざ!」

 雄叫びと共に、六人が激しくぶつかり合う。

 力と力、技と技、勇気と勇気、いずれ劣らぬ強者たち。

 ドムの凄まじい剣閃に胸板を深く切り下げられたウォーフが、ひるむどころか嬉しげに吼え、激しく打ちかかって土煙を上げる。

 バルサロームとジョウが、正面から激しい力比べになる。

 シア・ハスとランファが、ともにあまりに華麗な剣舞を見せる。紙一重で服だけ切らせてともに肌をあらわにしつつひるまず戦い、互いの血化粧を増やしてゆく。

 それぞれの愛する人たちは、艦でひたすら唇をかみしめ、固唾を飲んでいた。

 右肺を貫かれたジョウがそのまま刀身をつかんで自分を貫かせながらドムに迫り、その喉に手をかける。ドムは嬉しげに笑ってジョウの顔をつかみ、凄まじい握力で握りつぶそうとする。互いの口から恐るべき声が漏れ、その腕が筋肉にはちきれようとする。

 いつしかウォーフとバルサロームが、秘技の限りを尽くした寝技戦となっている。ウォーフは左アキレス腱と膝をねじ断たれ、バルサロームは右肘があらぬ向きにへし折られながらともに闘志は衰えない。

 床に血の水溜りを作りつつ、ランファがシア・ハスに激しい蹴りを見舞う。右腕を犠牲に受けたシア・ハスの、左に持ちかえての一閃に血しぶきが飛ぶが、その血を目くらましにランファが影から地に這って、のびあがる肘がシア・ハスの脇腹をとらえた。シア・ハスの口からも血が吹く。

 突然凄まじい警報音が響いた!

 ピカードが振り返り、その温厚な顔を激しい憎悪に染めて叫ぶ、「ボーグ!」

「我々はボーグ。お前たちの生物的特性と科学技術は我々と同化する。お前たちの文化は我々と同化する。抵抗は無意味だ」

 その、ピカードのその口からも出した言葉が通信で響く。

 とっさにドムが、手を離して飛び退る。

「これほどの楽しみを放棄するは心苦しく闘神アードラにも申し訳ない。されど我は何よりも帝国国防長官兼任大提督、あの悪辣きわまりない侵略者との戦いこそ」血しぶきをあげてジョウを助け起こしたドムが叫び、忠臣二人も引く。

「なにもおっしゃいますなドム閣下、我々にとってもボーグは最大の怨敵。共に戦ってください!」ピカードが叫ぶ。

 バルサロームがウォーフを助け起こす。

「ラアルゴンの名誉はこの血にかけて!」ウォーフが叫ぶ。

「汝らを戦士と認める!」ドムの言葉に、ラアルゴン艦隊の全員が最敬礼した。

 ランファとシア・ハスがほほ笑み合いつつ優雅に一礼した。

「タクト、ジョウ。ボーグに対する恨みは半ば私怨。されど奴らはどの宇宙のいかなる知的種族にとっても敵であることは、命にかけて誓います。どうかともに」

「何も言わなくていい!共に戦うのみ」タクトが微笑み、かたわらのシヴァが力強くうなずく。

 ジョウが黙って、胸に風穴を開けたまま一度ナイフの刃を出し、鍔を鳴らした。その衝撃にも血を吐くが、無理に飲みこんで微笑む。見ていたアルフィンが気を失いそうになるが、唇を噛み破って耐え、ファイター1に飛び込む。

「転送を許可する、勇士の治療を!」ドムの命令下、ウォーフ・ジョウ・ランファ三人の姿が消える。

 バルサロームとシア・ハスはともに、重傷などないかのようにそれぞれの持ち場に飛ぶ。

「アムロ、出ます!」νガンダムがもう飛び出し、ラアルゴン本星に迫るボーグキューブに、一瞬かき消えたかと思うと肉薄した。

「ボーグに同じ攻撃は二度通じない!」ピカードが叫ぶ。

「ファイター1、2、出る!」リッキーとアルフィンが飛び出す。

「応急処置だけでいい、ミネルバに転送してくれ!」とジョウがビバリーを怒鳴りつけた。

「頼む!戦わねばならぬ」ウォーフも必死だ。

「二人とも長期入院が必要な重傷なのよ」といいながら、ビバリーがかなり痛い応急処置をする。

 ランファは応急処置なしで出撃するからエルシオールに転送してくれ、と直接ライカーに頼みこんでいるが、ライカーもそれどころではないので無視され、デッキに飛んでシャトルを奪おうとしてデータに止められていた。

「今のあなたの失血量は即刻の輸血がなければ長時間の生命維持が不可能で、最低三十時間の絶対安静が必要です。また左肺に外傷性気胸、右足に大腿骨に達する傷があります。脳内麻薬の影響を考慮に入れても、あなたの戦闘力は10%程度と思われます」

「バカ、そういう問題じゃないのよ!紋章機はテンションで動くの。テンションが高ければ、肉体がどうでも気力でカバーできる!おねがいピカード艦長!みんなと戦うの!送ってくれるまでここで暴れるわよ!」

「送ってやってください艦長、共に戦った戦士として、彼女の闘志を尊重します!」ひきちぎった包帯を引きずり、フェイザーライフルを杖にブリッジにたどりついたウォーフが叫んだ。

 困った顔をしたピカードがうなずき、歓声を上げて笑顔を輝かせランファがウォーフに抱きついて、エレベーターに飛んでいった。

 ウォーフは困惑しつつも、むしろ闘志の心地よい高ぶりに身を任せ、画面のボーグキューブを見ている。

 ラアルゴン艦隊の激しい攻撃に、次々にボーグキューブのあちこちから火が吹く。

「私を信じてくれ!この座標に攻撃を集中しろ」ピカードの言葉に、まず瞬間移動したνガンダムのファンネルの吐息が刺さり、そこにミルフィーのハイパーキャノンが、ファイター2のミサイルが大槍のように突き刺さる。

 ミネルバがその影から迫り猛攻を加える。

「離れろ!」

 ピカードの叫びと共に、エンタープライズの量子魚雷が突き刺さって大爆発を起こす、それをミネルバがタロスの鮮やかな操縦で回避する。

 飛びだしたカンフーファイターが、ランファのすさまじいテンションに応えてボーグキューブの火線をかいくぐり、深く抉るように引き裂く。

「おおう!我らもゆくぞ、友に笑われるな名を惜しめラアルゴンの勇者たちよ!」ドムの叫びに応えるように、完璧な艦隊機動でラアルゴン艦隊が援護に入り、射程も何もない密着しての猛攻。

 さしものボーグキューブもたまらず、そこにエンタープライズが肉薄した。

「乗りこめ!ボーグは生身の兵士は無視するし、センサーをごまかせば認識できない!」

「それはよいことを聞いた、行くぞ!」ドムが叫ぶ。

 傷を掠めたエンタープライズから兵士たちが、そしてラアルゴンの強襲揚陸艦が突き刺さり最低限の宇宙服だけの兵たちが駆けこむ。

「これを使え、位相変調フェイザーだ」

「ありがたい!」

 ピカードが放るライフルをラアルゴンの精鋭は嬉しげに受け止め、そのままボーグキューブに走りこむ。

「慎重に動け、敵意を見せるな。攻撃しない限り、生身の我らは奴らにとって無視すべき虫けらに過ぎない」

「腹の立つ話だな」と、こちらはほぼ無傷のドムが先頭に立ってピカードと肩を並べた。

 ボーグキューブの最深部、罠を知り尽くすピカードの案内で奥に向かう。

「待っていた……ロキュータス……」

「やかましい!」

 ドムの腰から鞘走った剣がボーグクィーンを切り下げる。

 彼を守るように、ピカードが襲い掛かるドローンと激しく格闘し、次々に倒していく。

「艦長、ボーグキューブが崩壊します」

 データからの通信を受けたピカードたちが素早く撤退する。

 その中、襲ってきた元ラアルゴン人と見えるドローンを、ピカードを制止したドムが叩き切った。人間離れした動きをするドローンを一瞬で……ドム自身の身体能力が人間を超えている。

 ピカードは何も言わずうなずいた。言葉は必要ない……自分もまた、ボーグとなった部下や友を自らの手で殺したことがある、そして自分自身もボーグとされた事も含めて。

 言葉なく痛みを分け合える、背中を預けられる戦友との出会いに、胸の痛みが熱さに変わった。

 

 ピカード達が脱出した瞬間、黒の剣がボーグキューブを深く断ち割り、聞き取れぬ重低音の音楽、歓喜の声を上げてその魂たちを吸いつくしていった。

「恐ろしい剣だ」

 ドムがつぶやく。

 

「ではあらためて歓迎の宴を。その上でなんとか、もとの世界に帰れるように我々も尽力しよう」

 あらためてそれぞれの艦に戻り、一同はドムの案内でラアルゴン本星に向かった。

 そこではジョウらの希望によって盛大な儀式ではなく、自己紹介もない無礼講だが心のこもった歓迎が待っていた。古い伝統を持ち、儀式張ったことを好むラアルゴンの伝統にはそぐわないが、ジョウたちの質実剛健をドムが気に入ったからでもある。

 無礼講の中でも、一人の少女の姿は際立っていた。彼女が誰なのか、紹介の必要さえなかった。ただいるだけで、周囲のラアルゴン人の反応など見なくても、彼女が皇帝であることははっきりしていた……ゴザ16世アザリン。

「歓迎するぞ、戦士たる客人よ。このような宴でよかった、ジョウにも感謝せねばなるまい」

 アザリンがシヴァに声をかけた。同じ程度の、まだ幼さが残る年頃。燃える赤毛と目。恐ろしいまでの美しさ、宇宙的なまでの形容を絶する威圧感と気品。

「あ、あなたは……」

 シヴァが圧倒され、口もきけなくなる。

「朕の身分もなし、そなたたちの身分もきかぬ。朕が別の宇宙に流されたのであれば、すべてなんの意味もないであろう。ただ実力と誠あるのみ。そなたたちが信じるに足る戦士であることは聞いたし、見た。いかなる助けも惜しまぬ」

「は」

 アルフィンがとっさにシヴァを支えようとしたが、彼女自身もそれに圧倒されていた。

(まさしく……これこそが、王。お父さまが見せる気迫と同じ、でもその何千倍?ピザンの王適性試験でも、満点はおろか……)

 ただ二人息をのむ。

 シヴァがある動きをしようとしたのを、アザリンが止めた。剣客が敵の抜きかけた刀の柄頭を押さえるように自然な動作で。そして一瞬遅れ、侍女がシヴァを抱き止めた。

「そなたたちにも故国があろう。ややこしいことは、恒久的なつながりができたのちでよかろう」そしてシヴァに声を落とした。「君主の孤独をわかってくれる友がいて嬉しい、これから仲良くしよう」

 にこっ、と輝くような笑みを残したアザリンが、今度はピカードのところに向かった。

 シヴァが崩れるように足が砕けて床に座りこみそうになる。

「シヴァ……さま」

 侍女がなんとか支え、椅子に座らせた。アルフィンがとっさに飲み物をとりに行く。三人とも、足腰も危ういほど震え上がっていた。

「すまぬ……皇国を売ろうとしてしまった」

 がたがた震えるその手にアルフィンが飲み物をわたし、シヴァがかろうじて飲み干すのを見てその小さな手を強く握った。

「あなたが弱いわけでも悪いわけでもない、あれほど圧倒的な王に会ったのですもの」

「だ、だが」

「万の王を並べても一人か二人、このラアルゴン帝国の歴史でも空前絶後でしょう」

 そこに、ドムがつと寄って声をかけた。

「驚かせてすまぬ。アルフィンだったな、そなたたちの闘いぶり、見事であった」

「失礼いたしました。光栄でございます、ラアルゴンの皆様もまさしく」

「礼は不要と申したであろう。さて俺は何も知らないことに、いやそんな腹芸はラアルゴンらしくない。アルフィン、そなたも王族であろうし、シヴァ、貴女も故郷の時空で王であるようだな」

 シヴァがまだ足を震わせながら、ひたとドムの燃える目を見て、かすかに頷いた。

「言質を取ったりはせぬ、責めることもない。アザリン陛下の器は我らもうれしいほどわかっておる。陛下ほどの帝器が生まれてくださったこと、俺もよい時に生まれてかの陛下に仕えるを得た幸運に感謝するのみ。そのことについてはあのワングめにもいくら感謝しても足りぬ」

 ドムの面は誠意と忠誠、喜びに燃え上がっていた。それもまた、シヴァにとってはかなり威圧的ですらあり、このような臣下に恵まれたアザリンを羨む気持ちもかすかにあったが、(マイヤーズたちがいる、それもこれ以上ない幸せだ)と思い直す。

「ワング?幾度か聞きます、恐るべき佞臣であったと」

 アルフィンが興味深げに。

「そのような言葉では言い尽くせぬ。陛下の兄上、そして先帝御夫妻をも殺し、傀儡として擁立したつもりであったろうが……」

 ドムの憎悪に満ちた目に、女性の身が引きつる。アルフィンがささやこうとしたが、それより早くシヴァが、

「トランスバール皇国、追放された皇子が援軍を得て帰還し、首都を襲って父皇王はじめ一族を殺した。私ひとり、白き月にいて生き延び、忠実な者に連れられて逃げ延びた。そのさなか、時空の門に巻き込まれて……」

 まだ震えの残る声で堂々と言った。

「お察しする。なればこそ、よけいな忠告をしたい……強くあれ。陛下を見習ってよき友と臣を信じてたくさん笑い、よく学び体を鍛え、戦うことだ。辛ければ辛いほどに……陛下も、天才であればこそ日々たゆまず努力もされ、われら臣には思い及ばぬつらさも抱えておいでになるのだ。励めば自信となり、それが器を大きくするだろう」

 と、にこっと圧倒的な強さの笑顔を見せたドムがダンスの場にふわりと出た。いずれが誘うともなくフォルテと、そしてビバリーと踊り出す。優雅でさえある鍛え抜かれた身ごなしに、満場がため息をつく。

 ほうっ、とまたシヴァが息をついた。

「強く、ならねばならぬな。あの方のように。器が今小さいならば、励めば大きくなれる、信じよう」

 と、ピカードと談笑しているアザリンの後ろ姿を見つめる。

「皆様信じていい方々です。いかなる策謀もなく、ただ戦士の信義のみ。シヴァさま、どうか信義には信義を」

 アルフィンの言葉に、シヴァは強くその手を握った。

 侍女が万感の感謝をこめ、踊るドムに目礼した。

 

 数日後、突然ラアルゴン本星の周辺に、ボーグキューブやバッツーラ、バクテリアンなどが出現し、猛攻をかけてきた。

 この宇宙のワープ技術ではラアルゴン本星などの重力干渉で不可能な、超長距離ワープからの完全な奇襲。しかもまるで波動砲と閃光手榴弾をかけあわせたような、広範囲に将兵と電気設備を麻痺させる兵器の一撃があり、同時に地上に突如出現した黒い兵士と15mほどの人型機動兵器、歩行砲台、高速で飛びまわる数機の大型戦闘機が恐ろしい速さで宮殿を蹂躙していった。

「こしゃくな!陛下を守れ!」

 ドムが叫び、近衛隊を率いてアザリンの住まう宮廷に急ぐ。アザリン自身も、自ら特注のカイザースーツをまとい、黒い人型機やボーグ兵と激しい戦いをくり広げていた。彼女自身幼くして、育ての父と言うべきユッター・ド・ロナワーより受けた厳しくも愛情に満ちた学びの中、なまじの武術教師などおよばぬほど格闘の基本をたたきこまれ、それを天才と血のにじむ研鑽で磨き上げてきたのだ。

「陛下!ご無事でしたか」

「朕は心配ない。ゆくぞ、不届きなる侵略者を撃滅する!」

「応!」

 アザリンとドムの叫びを受けたラアルゴン兵はまさに無敵の強さを発揮し、じわじわと重囲を押し返す。次々とカイザースーツから放たれるマイクロミサイルが、宮殿の地形の複雑さを利す人型機の関節を正確に穿ち無力化していく。

 ドムのライフルが次々と敵の指揮官級を狙撃する。自分も敵弾の嵐に身をさらしつつ、致命弾は首をかすかにひねるだけでかわし、致命傷にならぬ弾など無視して撃ち続け、時には剣を抜いて斬りこむ。

「客人たちの無事も確かめよ!」

 カイザースーツには高い指揮通信能力もあり、宮廷全域に即座に連絡が行く。

 そのアザリンに、高速の黒き紋章機もどきが迫る……対空砲も対ビームコーティングで弾かれるが、放つミサイルを大量の高速実体弾が撃墜する!

「フォルテ・シュトーレン!」

 ドムが叫び、笑顔を振り向けた。

 彼女はハリネズミのように大口径の銃器を身につけ、壁の隙間から激しい援護射撃を送り続ける。電子麻痺も旧式の火薬銃器にはなんの意味もない。

「傭兵時代を思い出すねえ」

「感謝する!」

 アザリンが叫び、自らカイザースーツを最大噴射して光剣を抜き、フォルテの放った年代物の無反動砲弾を煙幕に紋章機もどきに接近戦を挑む。

 

 宮殿の客室に休んでいた皆も、素早く飛び起きる……が、完全な武装解除ではないものの、体面を損なわぬ武器以外は自主的にそれぞれの艦に置いてある。

 それぞれの艦こそ、最初に激しい電子攻撃を受け、連絡もとれない。

「ピカードよりエンタープライズ、応答せよ!ブリッジへ転送!」ピカードがくり返し胸のボタンを叩く。

「艦長!」ライカーが酒瓶の入ったケースを担いで走りこんだ。二人ニヤリと笑みを交わし、即席の火炎瓶として敵を撃退する。ラアルゴンの殺人的に強い酒は目に見えぬほど熱い炎を発して敵の暗視装置を焼き切り、その間に壁に飾られた剣が閃く。

 遠くではリッキーのアートフラッシュが咆え、タロスの腕の機関砲が爆音を上げている。

 

 激しい戦いは、まるで津波が引くように去っていった。敵はまるでかき消えたように、来たときと同じく消え失せる。

 そして調べたとき、衝撃が走った……タクトが重傷を負い侍女が麻痺銃に倒れ、シヴァとアルフィン、そして隣室のミルフィーユとディアナ・トロイの姿がなかった。

 調べても死体は見あたらず、捕虜となったとしか思えない……

 

「朕らが目の前で、このラアルゴン帝国……あえて栄光あるとは言うまい!認めた客人、友の安全を守れなかったのだ!」

 その威にドムが平蜘蛛のようにひれ伏す。

「万死、いかなる拷問の上の処刑も」

「ならん!そなたを責めてなんになる。拷問と処刑に値するのはこの朕じゃ。ラアルゴン帝国の臣民全てに告ぐ、ラアルゴン帝国の名誉を取り戻すため、客人たちをなんとしても救出してくれ!それまで朕も含めラアルゴン帝国のすべて、ただそのためだけにある!」

 凄まじい怒号が、帝国全土を震わせた。

「朕自らも、我らを信じて艦を降り身を預けてくれた客人たちを助けるため、いかなる遠征にも赴こう!手がかり一つのため単身別の時空に、身を売りものを乞うて彷徨うも辞さず!」

 ドムがショックに身を震わせる。ラアルゴンの人々も。

「タイラーにこの事態を打電せよ。彼ならば朕の苦衷を分かってくれよう。いかなることをしても」

 ドムは即座にその意を察した。最悪の場合、タイラーにクーデターのための戦力を供与しても、と。アザリンの名誉のためなら反対派を押さえるためクーデターを起こし、惑星連合を掌握してラアルゴンに全面協力してくれるはず……自らの地位も名誉も忠誠も捨て、汚名を着ることも辞さぬ、と。

 遠く敵にほかならぬタイラーが、この美しき皇帝がもっとも信じる忠臣なのか……嫉妬に燃えるのも、すべて敵への怒りに変える。

 アザリンがそれほどまでのことをしてくれる、と理解したピカードたちも深く感動し、闘志も新たに応急修理に励んだ。

「いいか、この恩を忘れたらクラッシャーじゃないぞ」と重傷を押して出たジョウがリッキーに言う。

「わかってらい」

「それに、忘れるな……アルフィンは命がけで今もシヴァ皇子を守ってる。そして、おれたちのわがままのために命と軍歴を賭けてくれたタクトも、シヴァ皇子のために戦い抜いた。いいな」

「ああ、アルフィンよりもシヴァ皇子を、それにミルフィーユさんを助けるほうを優先しろってんだろ。わかってら。すぐにでも戦いたい、あの黒いやつらを叩きのめしてやりたいんだ」リッキーの声が涙でつまりそうになるが、振り払ってエンジンの隅々まで目と手をはわせ続けた。

「それに、あのおいしいクッキーもまた食べたいしな」タロスが静かだが、限りなく重い声でつぶやいた……恋人と主君を奪われたタクトのことを思えば彼自身も気が狂いそうなほどだが、ベテランである彼が慌てるわけにもいかない。リッキーに責められてもどっしりのんびり、そしていざとなればまず自分が命を投げ出す覚悟を固める……ガンビーノのことを思いつつ。

 

 秘密通信の返信は衝撃的だった。

 タイラーもまた並行時空から彷徨いこんだ艦隊と遭遇し、保護していた……その中のブライト、レフィーナらの名前は、アムロにとってあまりにもよく知る名前だった。

 さらに、せっかく同じ宇宙にいることを知ったのに、その幾人かはまた敵の手にあるとも……

 

 その襲撃はタイラーが留守の間であり、あまりに突然だった。

 アカガネを軌道上のドックで修理しつつ、その設備を見学したり訓練したり、さまざまな形で仲間たちが混じり合っていた。アカガネのクルーの多くも、バカンスや他艦の見学で出払っていた。

 そんな隙を一瞬で突かれた。

 超長距離の、並行時空の壁すら越えるワープからの奇襲。巨大な黒の月が出現したかと思うと広域であらゆるエンジンや蓄電池が無力化され、アカガネだけを速攻で接舷し奪取、軌道上での危険なワープ自体を武器に周囲を破壊して消え失せた。

 多くの並行時空の技術を結集した、最も危険な艦が、すでにシャアを操っている敵の手に落ちた。テツヤ艦長、エクセレン、クスハ、ラミア……人型機の研修に訪れていたネイスミス提督、レーダーシステムの改修に協力していた森雪、見学に来ていたシリウス号のスティヴンスとナディア夫婦にヴァーナ・ピッカリングとブランドン、そして休暇中のハナー・シスターズ……スペオペのお約束として美女が多いだけでなく、優秀で敵に操られでもすればこの上なく危険なメンバー。

 

 アカガネの、隔離され監房と化した光もない一室が開く。

 抵抗しようとして二カ所骨折し、押しこめられていたマイルズは、一瞬二日ぶりに見た光に目を奪われ、そして光が消えるのを惜しんだ……美しい金髪の輝きが一瞬だけ目に残り、そしてまた暗黒となる。

 二人の人が室内に突き飛ばされ、また扉が閉ざされた。一人は女性、もう一人はまだ幼さが残る子供だ。

「誰だ?」マイルズの声。

「捕虜、だと思います」女が、男の声に怯えながら告げる。

 ほんの一瞬の光に、部屋の中の奇妙に歪んだ矮躯はしっかり目に焼きついた。本能的な恐怖に、子供が女に強くしがみつき、女はこの子だけは守ると母のように子をかばった。

「私も捕虜だ」マイルズの穏やかだが芯の通った声に、二人が何となく安心する。明らかに人を指揮するのに慣れ、激戦をくぐってきた司令官の声だ。「所属と名前は?」

「クラッシャーアルフィンとシヴァ」アルフィンが言う。

「怪我は?」

「な、ないわ。麻痺銃酔いはあるけど。あなたは?」

「マイルズ・ネイスミスだ。アカガネを視察に来ていて捕らえられた。共にここに来ていた人々や、タイラー提督の世界の人間ではないようだな?」

「アカガネという名は聞いたことないわ。ラアルゴンで聞いた惑星連合の艦名のパターンでもない?」

 互いの顔も見えぬ暗闇の中、マイルズがズボンを指で叩く音がする。これはこれでかなり有効な拷問だな、と思いながら……アルフィンからの女の香りは強烈だった。

「さて、どうやって脱出する?」マイルズが性急に、もう我慢できないという感じをむき出しにした。

 アルフィンが慌てて身を探る。アートフラッシュは二つ残っている。だが、彼にその存在を言って大丈夫だろうか?

「あなたがたがわたしを信用できない、こちらも同じだ。でもそれは、敵にとって最大の武器になる。わたしはあえてあなたがたを、全面的に信用する」マイルズの静かな声。「互いの顔も見えない、それは敵にとって有利だ、信頼関係を結ぶのが難しくなるから。男のところに女子供を入れた、それは敵にとって有利だ、男が劣情を催せば、女子供が性暴力を恐れれば争いになるから。初対面なのだから、互いの行動だけが判断材料だ。あなたがたはわたしに暴力をふるっていない。今のところわたしはあなたがたの密告で罰を受けていない。わたしはあなたがたを犯そうと今までのところしていない。暴力も今までのところふるっていない」言葉の中のくり返しが、巧妙にパニック状態の心に染みこんでいく。



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合流への旅

「これは困ったねえ」とタイラーがのんきな声を出す。

 いきりたちそうになった古代が、必死で自らを抑えた。タイラーの軍人らしからぬ態度と、それと相反する圧倒的な戦果は、短いつきあいではあるが何度も目の当たりにしてきた。

「必ずみんな助け出す」タイラーの声と目に、奇妙な色が加わる。それを、タイラーとつきあいの長いファミリーのメンバーは知っていた……《信濃》事件のときと同じ、大切な者のために命を賭ける覚悟だ。

「パトロール任務どころじゃない。ラアルゴン全軍の総攻撃以上の事態だ、ヤマモトくん、頼むヨ」

 マコト・ヤマモトが鋭く敬礼して立つ。事実上軍から離反するに等しい単独行動を、味方に妨害させない。心では反逆罪にほかならない覚悟。軍法や命令書の隙を探し拡大解釈の限りを尽くし、あらゆる人間関係を武器にしどんな唾棄すべき手でも使って、自らの軍歴も信用もどぶに捨てても。

「やつらがどうやって動くか、何かヒントはないかな?」

 タイラーの言葉に、キョンファ・キムが発言許可を求めた。

「敵の交信の中に、テレザート星という名がありました」

「ずっと高指向性レーザー交信だけを使っていたので、わずかな漏れを検出するほかありませんでした。相原さんとウェストフォールさんが見事に見出して」と、グェンが声に敬意をこめる。

「テレザート星!それは我々の本来の目的地なんだ」ニュートン船長が身を乗り出す。

「こちらの宇宙には、テレザートという星は正式にはありません。ただし、ラアルゴン辺境地域の半鎖国状態の星に、伝説上その名で呼ばれる星があったとか。ここからもそれほど離れてはいません」キムの冷静きわまりない声。

「その座標は?よし、もらった座標に一致するぞ」カイ・タングが破顔した。

「じゃあそっちに行こう」タイラーがそう言うと、つと席を立った。それこそ隠居が茶を飲み終えて犬の散歩にでも出るように。

 一瞬呆然としたマコト・ヤマモトが、「全艦緊急発進!即刻、今艦にいない者は置いていけ!」と叫んで駆け出す。

「総員発進準備!」古代が叫んだ。

「やるわね、なんてフットワークの軽さ」「急がないと」エレーナ・ボサリ・ジェセックと爪を噛みつぶしていたエリ・クィンが笑顔を向け合い、走り出す。

 

 その、こちらの時空では名もない、けれども多くの人がなぜか避ける星は、ラアルゴンのごく辺境にあった。

 その宙域はアシュラン大公国と呼ばれ、かつては皇統に連なる名門だったが、ラアルゴン皇帝家の安定に伴い徐々に力を奪われてきた。先代の公王も、ワングの讒言とはいえ先帝の命令で無残な最期を遂げている。

 アザリンにとって幼少期を過ごした懐かしい土地、実の親兄弟よりも懐かしい人々でもある。

 懐かしい人、といえば、アムロとブライトたちがどれほどこの、盲亀の浮木よりも得難い再会を楽しみにし、ワープすらもどかしいと思いながら飛んでいたか。

 だからこそ、それを阻む数々の宇宙要塞の存在に、どちらの艦隊もすさまじい怒りをあらわにした。そして自らの領土を侵された、若きアシュラン公子三兄弟の怒りがどれほどすさまじいものか。

 車椅子の身だが若さにすら似合わぬ威圧感と統率力を見せる長男ルウ、氷をイメージさせる有能な次男ラオ、そして炎のように情熱的な三男シュン率いる恐るべき質の精鋭艦隊が、エンタープライズやエルシオールと肩を並べて要塞群に向かった。

「これほど短期間で要塞を、これはバクテリアンの仕業だな」と、バートンが立ちあがってビックバイパーに急ぐ。

 二つの軍勢を分断し、テレザート星への道を閉ざすため、それは恐ろしい規模だった。周辺の巨大ガス惑星やその衛星群、さらに惑星の母星の遠い伴星であった白色矮星の全資源、近くを通りかかっていた人の観測には到底かからぬ自由褐色矮星とその惑星さえも用い、強大な機械と不気味な巨大生物の要塞軍が立ちはだかっている。

「ガスのため、ラアルゴン軍との交信も不可能です。敵要塞、内部の艦艇の規模は、最低限でもわが軍の最盛期における全軍の五倍には達するものと思われます」キョンファ・キムが報告する。

「あのエネルギーの波、とんでもない効率で膨大な量の無人艦を量産してる」ウェストフォールがいらいらしながら部屋を歩きまわる。

「同士討ちに注意せよ。先の交信で、ラアルゴン側にいる並行時空の艦のシルエットやデータも少し手に入った。対艦戦闘部隊は覚えておくように」マコト・ヤマモトの通信。

 サカイ・シラギクをはじめとするタイラー麾下の戦闘機部隊、加藤・山本率いるブラックタイガー隊、そしてカミーユやジュドー、キョウスケやブリットなど人型機部隊も一様にうなずき、真剣な目でデータを頭にたたき込んでいる。

 SRXチームやATXチームはそれぞれ従来機を使いつつ、タイラー世界の省力化された駆逐艦と強力な牽引ビームを通じて半ばつながり、人型機の大きさでは不可能な速度域で機動する技術を急遽訓練している。主のいないヴァイスリッターなどが、不安げに格納庫で眠っていたのを改めて見上げ、決意を新たにする。

 何人かにとって、それは恋人を助けるための戦いでもあるし、そうでなくても大切な戦友を助け出すための戦いに、心ははやりきっていた。

 サカイとシラギクが駆るのは、さらわれた恋人を助けるためヒラガーがほんの二日で設計を完成、シリウス号の天才たちを始め多くのスタッフが不眠不休で二機だけ造り上げた、まったく新しい機体である。ビックバイパーのエンジンを参考に極力小型化した波動エンジンを装備、全長50mとかなり大きいが一人で操縦可能。全体はイカに似た紡錘形で前方投影面積が小さく、無論前端には小型の波動砲と高発射速度のショックカノンを搭載している。

 後端から長大な多関節触腕が三本伸び、先端部はワーウルフ同様三本指マニュピレーター・ショックカノン・パルスレーザー・大型のビームサーベル・重力内破槍・センサー・牽引ビーム放射器・偏向スラスターを兼ねる。

 大きさゆえに戦闘機のように空母運用はできないが、内火艇と同様に戦艦から運用できる。

「確かに受けとった」サカイもヒラガーは嫌っていたが、その機体にこめられた、サカイの恋人ユーミ・ハナーの双子、エイミィへのヒラガーの思いは痛いほどわかっていた。

「ぼくの才能が、操縦でなく設計だったことが呪わしい……だが、これがぼくにできることだ。この機体はぼくの拳だ。敵に叩きつけて、ネジ一つまで使い潰してくれ……コクピットまわりはそのまま、旧来同様だが速度五割増の戦闘機として分離脱出でき、本体のメインエンジンはセットしたとおりワープして自爆するミサイルにもなる」

 人間より自分の作った機体を大事にするヒラガーがそんなおそるべきギミックをつけたことに、二人とも度肝を抜かれた。

「無駄にはしない。俺のもう一つの脚も両腕も失っても、二人ともかすり傷一つつけずに連れ帰る」

 サカイがヘルメットをかぶり、コクピットに飛び乗った。

「俺たちパイロットにとって、元々自分の機体は自分の身体と同じだ。絶対二人とも助けるよ」

 シラギクがヒラガーの握りしめていた拳を包むように握って、コクピットに滑りこむ。

「最終チェックを徹底的にしろ!」ヒラガーが隅々まで愛児をチェックする。

「さあ、ぶわ~っといってみよ~!」タイラーの叫びとともに、あらゆる機体が発進する。

 ヤマトからブラックタイガー隊が。ラー・カイラムからワーウルフとZ、ZZが。

 エンジンから放たれるタキオンの嵐とともにサカイ・シラギクの二機が飛びだし……その場でヒラガーは倒れた。

「ドクター!」整備員の悲鳴にキタグチが飛んできたが、

「寝とるだけじゃ。何日徹夜したんじゃい若いからって」とぶつぶつ言いながら、そのまま無重量をいいことに隅っこに蹴り込んだ。

 

 突然、光のない牢獄を激しい揺れが襲った。アルフィンとシヴァを抱き止めたマイルズの骨の一つがまた折れる。揺れの中もその音と、マイルズが洩らした苦痛の呼吸は耳に届いた。

「あなた、あちこち骨折しているじゃない」アルフィンがマイルズの身体を探り、悲鳴を上げた。

「骨が砕けやすい体質なんだ。ああ、突然変異じゃなくて胎児の時に母上が浴びたソルトキシン・ガスの解毒剤の副作用だよ」つい、そう補足してしまう。

「そんな」

「タイミングがすべてだ!脱出できる手段があるなら今行動しろ!」マイルズの叱咤で、アルフィンがアートフラッシュを外し、放り込まれたとき一瞬確認した、弱そうな壁面に叩きつけた。

 爆炎、それで廊下への穴が開く。そのままマイルズが、痛みをこらえて起き上がり、先頭に立って走り出した。

「収納庫はこっちだ」艦内の通路を走り、壁に掛かっている消防斧と消火器をアルフィンに拾わせる。

 走っているさなか、近くのドアが吹き飛んで飛びだしてきた男女に、とっさにアルフィンが斧を、シヴァが消火器を構えたが、「ネイスミス提督!味方だ!」という叫びに手を止める。スティヴンスとナディア夫婦、それにラミア・ラブレス。

「話は後だ!レトリバーに急ぐぞ」マイルズの指揮官としての声に即座に従い、スティヴンスがマイルズを軽々と担ぎ上げる。

 そこはろくに警備もされていない。コスモレトリバーの多くは壊れていたが、ラミアが一機に飛びつき、素早くチェックした。

「これは何とか動く!」叫んでコクピットに飛び乗り、かろうじて荷室を開ける。他のメンバーは宇宙服をすでに着ていた……アルフィンのクラッシュジャケットはそのまま宇宙服になるし、シヴァも同様の服をエンタープライズのレプリケーターで作らせていた。

 マイルズは特注の宇宙服でないと合わないので副操縦席に乗った。

「行くぞ!」ラミアの声、機首の小口径ショックカノンが咆えて壁を蹴破ると、そのまま虚空に身を躍らせた。

 その背後で、アカガネのあちこちから爆発が広がるのが見える。

「それほどはもたない」ラミアの声にマイルズは笑って、「ならあっちに見える惑星につけよう」と指さした。

「待て、右側に小惑星がある。それを攻撃し、破片に紛れればより安全だ。前もその手を使った」スティヴンスが小惑星を指さした。

「やってくれ」マイルズが即承認し、ラミアが実行する。

「どうやって脱出したの?」アルフィンが聞く。

「幸い閉じこめられたのが清掃室で、洗剤がいくつかあったから爆弾を作ったんだ」スティヴンスがおおらかに笑い、ナディアを強く抱き寄せた。

 しばらくは激しい破片の衝撃と、あちこち壊れて不安定な機体を制御しながらの危険な航宙にはらはらし通しだった。一度などは宇宙を飛びながら、止まったエンジンをスティヴンスとナディアが船外活動で修理したほどだ。

 そのかいもあってなんとか、地球型生命はあるが無人と思われる惑星に、かなり危ないところではあったが不時着することはできた。

「助かった……」

 酸素があることはチェックし、全員がふらふらと砂浜に倒れこむ。

 

 単純に、人選を間違えたのだ。ミルフィーユだけは乗せてはならなかったのだ。まして新造の不安定な艦、しかも敵地から奪取した不慣れなクルーときては。

 急造の波動エンジンが無理な軌道上ワープで故障し、ネズミがレーダー管制コンピューターを麻痺させたところに小惑星の破片が衝突……その他多数の、めったにないトラブルが同時に起きた。熟練したクルーでもどうしようもない事態で、乗っ取ったばかりの敵にどうできるわけでもなかった。

 その間にマイルズたちが脱走し、艦内は混乱に陥った……

 

 最初に起き上がったのはマイルズだった。

「よし、じゃあまず何ができるか」と言って、無理な大気圏突入と不時着で大破したコスモレトリバーの残骸を見て、一瞬絶望しそうになったが強引に笑顔を作る。

「爆発の心配はないが、再び飛び立つのは無理だ」とラミアが冷静に報告する。

「じゃあ、これから何ができるか。それにしてもラミア、あなたの操縦は素晴らしかった。帰ったら必ず昇進を推薦する」

「何だってできるさ」とスティヴンスが笑い、「素敵な助手の奥さんもいるんだし」とナディアを抱き寄せる。

「ネイスミス提督にはお話しましたね。私たち夫婦は前も、脱出艇といくらかの破片だけを持って未開の衛星にたどりつき、そこで鉄を鍛えて水力発電所とエネルギー無線送発振器、ウルトラ通信機を造り上げたんですよ」ナディアが安心しきったように微笑む。

「心配するな、こんな素敵な土地なら何だってできる。前と同じで金属もゴムも繊維もたっぷりある」と、スティヴンスが残骸を指さす。「降りるとき見たけどこの近くはいい炭田だし水も獲物も豊富だ。それに前にやった失敗は今度はしないし、あの時なかった高精度の工具だってたっぷりせしめてきたんだ」と、荷台のガラクタの山を指さす。「近代工業は精度が命だって、たっぷり火傷したり時間を無駄にしたりして学んだからな」

「道理で重いと思った」ラミアが憮然とする。

「脱出前のあの短時間で」とアルフィンがびっくりする。

「それに、あのときわざわざ宇宙に行かなきゃなかったフィラメント用の、タングステンとかタンタルとかの合金をアンクレットにしてつけてきたから……これがあれば真空管が作れるわ」と、ナディアが薄いがずしりと重い、輝くアンクレットを外した。

「ネイスミス提督はまず副木を当てて、動けるようになるまで安静にしたままできる仕事を探そう」スティヴンスがアンクレットを受けとってナディアにキスし、ガラクタに飛びつく。

「ぼくにはそれほどの経験はない。任せる」マイルズが笑って言う。

「でも最終指揮官はあなたが適任だ。船ができるか、通信が通じてからは頼む」スティヴンスが真顔で言い、マイルズもうなずいた。

「お嬢さんたちは」ナディアがアルフィンたちを見た。

「アルフィン。こちらはシヴァです」とアルフィンが言う。

「シヴァお嬢ちゃん、わたしがまず手本を見せるから、提督の副木や包帯の交換、それに火の見張りをお願いするわ。遊ぶのはその後でね」とナディア。

 女の子だとばれていたことにシヴァが一瞬ひるむが、アルフィンが肩に手を当てて安心させた。

「この方は」と一瞬アルフィンが言おうとしたが、シヴァが見上げた目を見て首を振って微笑み、「ではお願いします。わたしは」と申し出た。

「そうね、やること、覚えることはいくらでもあるわよ。狩りに鍛冶、お裁縫にお料理、釣りにガラス吹き、畑を耕したりセメントを焼いたりこねたり、たくさん。ラミアさんも、軍のサバイバル訓練とも別の、いろんな事をお願いすると思うわ」

「よろしく頼む」とラミアが頷いた。

「まず全員分大小のナイフと弓矢をサスペンションのバネから作って限りあるエネルギーを使わず狩りができるようにする、そのためにまず鍛冶設備を作る、と」スティヴンスがばかでかいハンマーを引っ張り出し、タイヤの残骸と何かの板からふいごを作り始めた。

「わたしたちは真水を確保してお手洗いと火床を掘り、当座のテントを作るわ。今日はそれから、強い弓を引くための指輪を作って、時間があれば食糧も探しましょう」とナディアが、自分も確保していた消防斧を手にし、少し見まわしてガラクタから歪んだ鉄板を引っ張り出して、溶接されていた棒状の部分にシートベルトをガラスの破片で切って巻いて、残骸でくすぶる火をそこらの枯れ枝に取ってシートベルトの隅を溶かし固めて握りにした……即席のシャベル。

「すごい」アルフィンが目をむく。

「全部経験済みだからよ。さ、しばらくは煙草やチョコレートとはお別れね」とナディアが笑った。

 

「これが、自由というものなのだろうか……ネイスミス」

 火の番を交代するため、マイルズを起こしてしばらく二人火を見つめ、シヴァがつぶやいた。

 シヴァもドムの言葉に従ってか、身分などおくびにも出さず積極的に穴掘りなども手伝い、手も足も痛々しくマメだらけ傷だらけになっている。腹一杯の野獣の肉や新鮮な果物、倒れるような熟睡の日々に、地球時間の十日ほどでもう体格すら変わりつつある……皮肉にも、より女性的に。

「……マイルズ、です。マイルズ・ヴォルコシガン卿……バラヤー帝国のグレゴール今上皇帝陛下、父アラール・ヴォルコシガンに次ぐ第二皇位継承者、機密保安庁中尉です。あなたやアルフィンも王族だとは察しています、秘密はヴォルコシガンの名にかけて守ります」

「そうであったか、貴族であろうとは感じていたが」シヴァが安心した顔をする。しばらく火を見つめ、

「恐ろしいのだ、ここの暮らしを楽しいと思っている自分に。皇国のためにとか、考える必要がない。ただ新しい仕事を教わり、失敗してはナディアに怒られたり抱きしめられたりし、疲れてぐっすり眠る。ここに来るまで、肉は動物を殺して食べることだとも知らなかったのだ」シヴァは最初吐いた……マイルズも、ついこのあいだ拾いあげた部下の生首の重さと感触、散乱する内臓を思い出し、吐き気を抑えたことを思いだしてしまう。シャトルのドアをふさぐ壊れた斜路を蹴り飛ばし、ともに落ちていく赤毛……目を閉じて震える。

「だがスティヴンスは戻るため、連絡するためにあんなにも頑張っている。だがうまくいけばまた、人と会うこともできぬ、誰の前でも表情ひとつ変えてはならぬ、多くの人命を背負い白き月をあがめる暮らしに戻る」マイルズはナディアが、シヴァが遊ぶよりも身体を痛めつける仕事ばかりしたがる、と相談してきたことを思いだした。グレゴールととんでもないところで出くわし、冒険したことも思い出す。

「グレゴールや両親だけのことなら、全てを忘れ、別の時空で生涯を終えるのも怖いほどに魅力的な誘惑です。ここで暮らすのもいいし、デンダリィ隊を率いてならなお……ですがわたしには……」じっとシヴァの目を見つめた。「父の所領、山深い貧しい村の、生まれて数日で首を折られた、簡単に治る口蓋裂の……レイナという女の子。わたしは父の代理として……因習……犯人を……彼女の祖母を裁き、そして彼女の霊に誓いました。命ある限りわたしはヴォルコシガンとして故国のため、領民のために……この身体、配られたカードでできるかぎりのことを……だからわたしはバラヤーに帰らなければならない。そのために、今はひとつひとつ、目の前の仕事に集中するほかないのです」

 レイナのことを話したのは初めてだった。シヴァは目を見開き、涙をにじませている。

「父上も兄上も、私の存在など見もしなかった……アザリン様も同じだったとか、家族を亡くされたのも同じ……でも私は母が誰かも知らぬ。そうか、私は母が生きているかもしれない……シャトヤーン様は優しかったが、あの方は白き月に仕える身……マイヤーズたちは私を守って撃たれた、生きているのか……会いたい……」顔を伏せ、涙ぐむ。

「今はわれわれがいます。明日も夜明けに起きねばなりません、お眠りなさい。明日から、笑いかたや遊びかたもたくさん学びましょう」とマイルズがシヴァの頭を軽くなで、寝かせた。

「ドム卿も、笑うようおっしゃって……」泣きながらも、重労働に疲れた身体はすぐ眠りこんでしまう。

 マイルズは頬の涙をぬぐってやり、低く歌をくちずさみながら油断なくナイフとクロスボウ、スタナーとプラズマ・アーク銃を引き寄せ、火の明かりを頼りにシート用の厚い合成皮革を口紅で引かれた線に沿って縫いはじめた。もう、それにも慣れてきている。

 

 

 最初に出現したのは、ボーグキューブと百隻以上のビッグコア、さらに多数の戦艦級無人艦隊だった。

 要塞から何万発も、ヤマトの主砲級の光が伸びてくる。

「回避!」

「シールド最大!」

 次々と指令が走り、緑の光が弾ける。

 

「要塞に直接斬りこむ」とアムロが叫び、νガンダムが瞬時にかき消えた。

 要塞のすぐそばに出現し、剣をふるう。そこに小ワープで直接出現、その衝撃波で周囲の砲台をなぎ払ったビックバイパーと、サカイ・シラギク両機が飛びこみ、アムロの一閃で断ち切られたハッチから要塞内部に飛びこむ。

 三つの触腕を持つ急造機の静止操作性は人型機にも劣らない。牽引ビームでつかまってターザンのように動きまわりつつ蠕動する腸のような巨大な要塞のわずかな隙間に滑りこみ、壁から湧きだしてくる巨大な虫のような化け物の急所を次々に粉砕する。

 ビックバイパーには元々、要塞突入内部破壊はお手のものだ。半ば別の時空に存在して壁をすりぬけるオプションを自在に操作し、壁の向こうにある砲台や多数の迎撃機を吐くハッチを粉砕し、地形に沿って這うミサイルをばらまいて前進する。

 もちろん強力なファンネルと手足を備えた人型機にとっても、要塞内部での戦いは容易なことである。変動する人工重力にもやすやすと対応して足場に着地し、わきあがってくる緑の霧を竜の吐息が陽光が霧を払うように吹き消していく。

 そして、一瞬の静寂を突いてエンタープライズと紋章機、ミネルバが要塞に襲いかかった!

 ラッキースターはエルシオールのハッチでむなしく主を待っている。ランファもかろうじて起き上がっただけでまだベッドに縛られている。ジョウも治療カプセルに入ったままミネルバのコクピットに縛りつけられている。

 敵要塞に強襲揚陸艇の衝角を叩きこみ、乗り移る海兵隊たち。中でもアシュラン軍精鋭の強さは際立っていた。

 先頭に立って突撃する、若いが巨体を敏捷に操る末弟のシュン。そして鬼神の如き指揮官たち。

 2m40cm近い長身を巨大な強化装甲服に固めたロコフ准男爵、身長こそ標準的な長身だが恐ろしいほど重みがあるバーセルミ男爵がその左右を守る。

 三人ともまさに一騎当千。何千何万とも知れぬボーグや人間の倍程度の戦闘護衛兵器が瞬時に砕け、ひしげ、蹴散らされる。

 そして強化装甲服の脚に仕込んだバネも活かして桁外れの速さと切れの空中殺法を見せるドナー卿が後を追い、着実にコトセット卿とパーカー卿が切り破る。

 

 次々と要塞や巨艦が内部から爆破され、宇宙に花が咲き乱れる。

「ラアルゴン側もさすがですね。こちらも負けてはいられない、人型機散開、ブラックタイガー隊突撃!援護砲撃斉射!」ヤマモトの命令に、全艦が素早く応える。

 要塞の奥から出現した、膨大な大型艦が、一斉に一点を狙って突進してくる。

「狙いはヤマトだ」タイラーが言った。

「やらせるな!」ヤマモトが叫ぶ。

「わかっています。囮として動きます……指示を!」古代の覚悟を決めた声。ヤマモトはその声の調子にキクチヨ・ミフネの最期を思いだし、背筋が寒くなるが、あえて心を鬼にしてコースを調べ、送信した。

 膨大なミサイルと艦載機がヤマトを襲う。人型機たちは自分のバーニヤでは到底不可能な高速で動きまわり、強大な牽引ビームで自分たちを振りまわす駆逐艦に身を任せつつ、自らも持ち前の機動力と追従性で強力な兵器を操り、次々と迎撃していった。

「最高速で指示した極座標に投げろ」キョウスケ・ナンブの指示に駆逐艦の技官はびくっとしたが、「警告はします」といいながら牽引ビームを最大にし、恐ろしい速さで虚空にアルトアイゼンが投げつけられる。

 その勢いのままぶ厚い装甲と巨砲を持つ球形艦に襲いかかり、あちこち被弾しつつ発射の瞬間の砲口にクレイモアを放ちながらリボルビング・ステークと角を突き出す。

 膨大な鉄の塊がそのままぶちあたり、アルトも半ば潰れながら、かろうじて牽引ビームに引っぱられて離脱して爆発を逃れる。

「死んでますよね」

「普通はな」

 と駆逐艦内でも呆れた会話があるが、アルトはまた次の敵に向けて高加速を始めた。

 敵の編隊に開いた穴に、ブリットのワーウルフが滑りこんで四本の腕足すべてで波動炸薬ロケットを乱射し、空チューブを捨てて駆逐艦に連絡、加速しつつアルトにも牽引ビームを放って軌道を変化させた。

 そのまま、足一本動くだけのアルトが額のヒート角で敵機を二機両断する。ブリット機のパルスレーザーも大型ミサイルを次々と吹き飛ばしていった。

「全機帰投せよ。ラアルゴン艦隊と合流する」ヤマモトの指令に、機体たちが次々と敵を振り切って帰艦する。「全艦ヤマトを守り、最高速で迂回する」

 

「シュン、こっちに集まれ!」ラオの命令で、シュンの艦隊が何十倍もの敵を突っ切り、誘導して動く。

 前から決められたとおりの行動。レーダーも通信も阻害されたガス星雲の中、味方と衝突するリスクも大きい。

 それこそ、フェラーリでアクセルベタ踏みのまま高速道路を逆走、しかも目隠しのようなものだ。いや、その高速道路の車はすべて機関銃を撃ってくるギャングときている。

 シュンを追う敵が次々と微惑星に衝突し、爆散していく。

「ワープ」

 全艦が瞬時に、短距離だけかき消える。ボーグキューブを含む多くの敵がそれを追跡した。

 

「アンノウン大量出現」キョンファ・キムの、この際にもぶれ一つない声。

「最初の一団は見逃していいヨ。その少し後ろに光子魚雷を遅速設定で斉射、直後全艦右舷にワープ」と、タイラー。

 キムはタイラーの声をとっさに中継してしまい、やって後悔するが、ハロルド・カトリがその操作をしているのを見て正直諦めた。

 ヤマトも忠実にその動きに追随する。

 大量の艦が出現し、先頭の小集団がすぐに消え失せ、同時にタイラーたちも光子魚雷を放ってすぐにワープする。

 ヤマトを追いつめていた万単位のビッグコア艦隊が追跡ワープの準備に入る、そこに大量の光弾が注ぎ、ワープ直前のエネルギーごと多くの艦が爆発し、僚艦を巻きこむ。

 シュンを追った艦隊が、時間差光子魚雷の嵐を浴びて自動的に反撃したのだ。すでにタイラーたちはそこにはいない。

 敵は激しい同士討ちに陥る。ガスの影響で、通信による敵味方識別がうまくできないのだ。

 シュンの艦隊は即座に小ワープして敵の背後に、逆にタイラーたちは同士討ちをする敵艦隊をシュンと少し角度をつけて挟むように出現する。

「ヤマト、この座標に回頭し波動砲」タイラーの命令。

「牽引ビームで回頭を補助」アンドレイセン旗艦艦長が機転を利かせる。

「ロケットアンカーで近くの小惑星を捕まえるんだ、まわせ!」古代がロケットアンカーを射出する。

 徳川が必死でワープ直後の波動エンジンを安定させ、チェンバーにエネルギーを強制注入する。後で大修理が必要になる無茶だ、それは百も承知だ。

 牽引ビームとロケットアンカーに無理やり頭を回されるヤマトの艦内は、高波に振りまわされる帆船のような混乱状態だった。がちがちにすべて固定していなければ、船が破壊されていてもおかしくない。

「六、五、座標よし、二、一、発射あっ!」古代がトリガーを引き、炎の嵐が放たれた。

 激しく同士討ちをし……それと気づいてそれぞれの相手に向かって反転しようと動きを止めた、味方に千倍する大艦隊が瞬時に光の中崩れ去り、煙のように消えていく。

 アシュラン艦隊も、かすかに波動砲に頬を擦られ、恐怖に凍りついた。

「まさか……惑星連合側艦隊も犠牲にして敵を同士討ちさせるつもりだった。それを読み切り、まるでベテランの副官、いや兄弟でもできないほどこちらの作戦に息を合わせ同士討ちをさらに挟み撃ち、だと。連絡すら取ったことのない敵なんだぞ」ラオが表情だけは氷を保ちつつ、がくがくと身を震わせる。

「それに、もう味方を犠牲にするような手はやめろ、と警告つきだ。タイラー恐るべしだな」ルウが微笑む。

「すげえ……さあ敵の一角は崩れた!肉薄するぞついてこい!」とシュンが叫んだ。

 ヤマトとタイラーの艦隊、そしてハガネに、さらに何十万という黒い無人艦隊が襲いかかる。

「ひたすらあっちに逃げて」タイラーが軽く指さす。

「閣下、そちらには重力ガス星雲……承知しました!臥竜、薩摩、ヤマトを牽引しろ!」

 ヤマモトの必死の声。その顔はもう汗にまみれている。

 強力な牽引ビームが機関修理中のヤマトを牽引し、なんとか速度を出させて、それこそ「狂犬にパンツの尻を食われながら」シールド頼りに逃げる、逃げる。

「白兵戦準備!」古代が叫び、覚悟を決めた。

「重力とガス、航路計算はていねいにやれ」マコト・ヤマモトが必死で全員を抑え、死の方向に向かわせる。

「兄者、あれは」先ほどの敵の残りを叩いていたラオが振り返る。

「聞いていた大山とヤマト、タイラーたちの艦隊だな。そうか、釣り野伏せ」ルウの言葉に、ラオは瞬時に諒解した。

「シュン、全艦で敵艦隊の横を突くぞ。向こうから突っ込め、同士討ちに注意して包囲殲滅する」

「やってくれる、先ほどの返礼、ボールをパスし返してコンビプレイを求めてくるか」シュンが眼を輝かせ、ガス星雲の濃密な隠れ家に向かう。濃密なガスの中を、わずかな情報だけで進み……一気に、ヤマトを追って伸びきった敵艦隊の横腹に突進した。

「ヤマトを除く全艦、位置ゼロゼロゼロ・方向のみスターボ130度のゼロ距離ワープ」全速で逃げていたタイラーが突然、鼻歌混じりに言い放つ。

「敵の横腹を、ラアルゴンの艦と見え」報告しようとしたキムが、中断して声の調子も変えず、「方向のみ転換するゼロ距離ワープ、全艦に操作コードを送信。最終安全装置解除・自動制御解除・非常・非常手動操作許可コード11255、フェイルセーフプログラム一時停止ウィルス送信」これほどのことを淡々と言う彼女に、誰もがあきれかえった。

 あまりの無茶に全艦のオペレーターと操縦士が気絶しそうになりつつ、震える手で操作する。機関士が天を仰ぎ、思い思いに祈りながら震える手で鍵をこじ開け、最終安全ヒューズを引っこ抜く。

「自爆の方がましだ」

「そ、それは自爆どころか」

「この重力星雲内でのワープ自体が無謀です!」エイタがわめくのを、「やるんだ」とダイテツが重い声で叱る。

「おかあちゃーん!」叫びながらカトリがその入力を行う。

 全速で逃げる艦隊が、同時に光の花々と化した。

 方向のみのワープ……それで集中暴走したワープのエネルギーが、本来なら自爆するはずが最高速の慣性と白色矮星の重力によってわずかに芯がそらされ、ガスと反応しつつ暴走するエネルギーの嵐が異常重力によって収束され……それこそ桁外れの、表現できない破滅の竜巻となって、脇腹を突かれ応戦しようと混乱する敵艦隊を呑みこみ、完全な虚無に還していく。

 タイラーたちの艦は、その波と波が打ち消し合うごくわずかな隙間で、かろうじて無事だった。

「すべての観測システムがオーバーロード!」相原が悲鳴を上げた。

「このまま敵を突っ切れ!全速直進!」死の嵐を見たルウが必死で叫ぶ。

「ひたすら撃ちまくりながらエンジンが焼けるまで突っ走るんだ、シールドを全部加速に回せ!」ラオも怒鳴る。

「全速前進!」タイラーが叫んでその方向にまっすぐ突っ込んだのは、エルシオールを襲おうとしていたボーグキューブの背後だった。回頭では不可能な短時間で方向転換しなければ白色矮星をかわしきれない針路、さらに白色矮星の重力でスイングバイ加速のおまけつきである。

「……なんという……反転反撃。残敵を掃討し、敵本拠に肉薄せよ」ギリギリで余波から逃れたラオがやっと冷静さを取り戻すが、それは口調だけで脇を向いてマイクを隠し、激しく何度も何度も息をつく。

「これもまあ、タイラーがわれわれを信じてくれたということだな。ちゃんと逃げきれる力はあると」ルウがため息をついた。

「何とか無事だ。何があったんだ?とにかく敵は壊滅したな」とシュン。

「こちらヤマト。もう牽引はいい、戦線に加わってくれ」相原が怒鳴る。

「こちら機関室、三割ぐらいなら出ます」徳川が叫ぶ。

「それで充分だ、武器さえ使えればいい。主砲・舷側ミサイル発射!」古代の声。驚くほど口調が沖田に似てきている。

「あ、ヤマトはそっちを守ってて」タイラーの間延びした声。

 

 

 ミルフィーユとディアナ・トロイは監視者さえどこかに飛びだした間に逃げた。あちこち混乱し、揺れ動く、見知らぬアカガネ内部をさまよっていて、とりあえず手近の怪我人を救護していたクスハ・ミズハと出会った。

「どうか、手伝ってください!医薬品があれば、いや雑誌でも布でも水でも」

 その悲鳴にディアナが足を止めた。

「ありがとう、だが私たちでどうにかする。特機パイロットが敵に洗脳されたら、もっと大きな被害が出るんだ……私たちを置いて脱出してくれ!」

 負傷者の一人が、苦しい息の下から必死で言う。

「でも」

「彼の言う通りね。ごめんなさい、私には弱いけどテレパシーがあるの。あなた、その……辛い経験があるんでしょ?それに敵にはボーグがいる。捕まったら最後よ」

 トロイの言葉にクスハが顔を歪めた。L5戦役で、自分が味方にどれほど被害を与え……ブリットやリュウセイたちを危険にさらしたか。

「では……この止血帯は、あと二分したら外して血を通わせてください」と、口紅で時刻を記す。「一刻も早い輸血と血管結紮が必要です、お医者様がいれば」

「いいから、行くんだ!」

「ごめんなさい」

 ミルフィーユまでもらい泣きしながら、三人は負傷者を寝かせて走り出した。

「ありがとうございました……クスハ・ミズハといいます」

「ディアナ・トロイよ。USSエンタープライズEのカウンセラー」

「ミルフィーユ・桜葉です。よろしくお願いします」

 移動しているうちに、また激しい揺れが艦を襲う。

 そして、近くで激しい格闘の音があった。

「気をつけて!何か武器になるものは」トロイが見まわす。

 そこに飛びだしてきたのはブランドンと森雪だった。

「ヴァーナ!ヴァーナ・ピッカリングがどこに連れ出されたか、知っていないか。あのとき、たとえ殺されていても抵抗していれば」ブランドンが壁を殴りつけ、強化された壁すらへこむ。

「バカをいわないで。あなたが今生きている、それが一番重要な事よ」とトロイが励ます。

「ああ、いつもパースが言ってたな、人間というのは心臓の鼓動が止まるまでは死んではいないんだ、って……どうなっていようと、必ず助け出す」ぎりっとブランドンが歯を食いしばった。

 

 彼らがたどり着いたのは、艦首の大きなスペースだった。

 そこにはあり得ないほど巨大なガトリング砲など、試作されたさまざまな機械がごろごろしていた。

「ここは」

「ヤマトなら波動砲があるところですよね」

「波動砲だけじゃ平凡だから、なにかとんでもないのを造ろう、とまだああでもないこうでもないと計画してたんだ。その一つがこれさ」ブランドンが指し示したものは、大型のミサイルのように見える。

「ミサイルじゃないですか」

「小型化された波動エンジンさ。ワープで敵陣に飛びこみ、波動砲の暴発とワープの暴走を混ぜたようなので周囲の時空ごと自爆する全自動のミサイル。ちょっとこれとこれを外せば、きついけど入れるかな」

 みなが背筋を凍らせる。

「自爆設定を解除して飛び出す」ブランドンがこじ開け、いくつかの真空管をつなぎ替え、全員をわずかなスペースに詰めこんで、艦の壁にある計器板に何か入力して自分も乗って、なんとか蓋をした。

 そのまま、クレーンが大きなチューブを動かし、すさまじい圧縮ビームカタパルトの力で、中の人々が危うく死にそうな加速がかかる。アカガネの艦首が一瞬開き、そこから太いチューブが飛び出すと加速を続け、そしてその勢いのまま自らもタキオンの光を後方に激しく放ち、間もなく時空の揺らぎとともに虚空に消えた。

 残されたアカガネは、一層激しい揺れに苦しんでいる。

 

 

 山を崩して造ったダムの上から、滝が流れ落ちている。ダムの近くに、不格好に寝崩れたゾウをかなり大きくしたような物がある。

 スティヴンスとナディアが造り上げた宇宙船は、コスモレトリバーやブラックタイガーの残骸から部品を巧みに混ぜて、宇宙線から受けるエネルギーから波動カートリッジを充電して飛ぶ強引な物だった。出力自体はブラックタイガーほどもなく、無論ワープ能力などない、地球から木星に行くのにも一週間ぐらいかかりそうな代物だ。

「でもステルスは徹底しているし、絶縁もきっちりやっているから電波も漏れないわ」とナディアが請け合う。宇宙に出た瞬間敵に見つかって捕まるのでは意味がない……緑のシールドと無事だったパルスレーザー一門は積んでいるが、それが通用するとは限らない。

「どうやらここからは、ラアルゴンとも惑星連合とも連絡が取れないようだ。もしかしたらまた別の並行時空なのかもしれない。でも同じ星系内に、かなりにぎやかに無線通信をしている有人惑星があるから、そこに行ってみて情報を集めよう」

 スティヴンスが汗を拭い、ダムから伸びる電線を切り離してバッテリーを確認した。

「本当に宇宙船を作ってしまうなんて」アルフィンとマイルズが呆然とする。

「でもかなり長時間の旅になりそうだから、その工夫もいろいろいるな。水に食事にトイレにプライバシー、たくさん」とスティヴンスがひとつひとつチェックリストを確認する。定期貨客船の設計に参画したこともある彼には、快適に旅するのに必要なものを設計し建造し取りつけるなどお手のものだった。

 最後にひと泳ぎしたシヴァが滝壺からあがり、近くにある居心地のいい丸太小屋に向かった。子鹿のように引き締まり、色濃く日焼けした身体は、まだ子供らしさを残しながら生来の美貌がはっきりと見えていた。

「五年後にはどんな美女になるかしら」ナディアが夢みるようにその後ろ姿を見つめる。

「アザリン様に匹敵するかもしれないわ。一度ご覧に入れたいの、もうあまりに恐ろしい美しさなのよ」アルフィンがにっこり笑った。

「その重いのも持っていく気か?」重量をチェックしたラミアが咎めたが、スティヴンスは断固として、

「もしこの精密計測具一式と高精度旋盤と耐熱るつぼを持ってきていなかったら、簡単な旋盤を作って同時に品質の高い合金を作るための耐熱炉にする特殊な土か黒鉛を捜して、それでより精度の高い計測器と定盤とねじを作って、やっと高精度の旋盤ができるまで何カ月も無駄にしていたんだ。人類の歴史で十七世紀から二十世紀中盤までの進歩が詰まってるんだ!絶対に離すつもりはないぞ」と叫んだ。

「ただでさえレアメタルや宝石でやたらと重いのに」かなりのペイロードの多くは、精製された稀少金属や巨大な宝石の原石、それにスティヴンスの工具で埋まっている。

「さて、見落としはないか?」マイルズが全体を再チェックする。

「出発したらすべて提督の指揮に任せるよ、最終チェックが終わったら……」と、ラミアやナディアを連れて、隅々まで見てまわる。

 ヘルメットを持ち、クラッシュジャケットを模した服にナイフと短めの剣を差したシヴァが、身長ほどの槍と弓矢とダッフルバッグを肩にかけ、巻いた毛皮を抱えて戻ってきた。

「いいんだぞ、行きたくないってわがまま言っても」とマイルズがシヴァの肩を抱くようにささやく。

「楽しかった、行きたくない気持ちもある。だが存分に楽しんだ、次に何が待つとも行くぞ!」と、輝くように笑った。

「子供っぽくないぞ!」そう言いながらマイルズは手にぐっと力をこめ、シヴァも澄んだ声で勢いよく笑いながら、完治していない骨を痛めないように抱擁を返した。

「忘れ物はないわね?」

 聞いたアルフィンに頷き、「オールエックス」笛のように叫ぶと荷室に飛びこむ。そのちょっとした動作でさえ、野生動物のような優雅さがある。

 ラミアはしっかりと豊満な肉体を耐Gスーツに押しこめて操縦席に着く。

 スティヴンスは鋼鉄の鎧を着たままノートとシャープペンと計算尺をポケットに押しこみ、巨大な剣を腰に差して強弓を担ぎ、先に同じ服装のナディアの手を取って乗せてからレーダー席に着いた。

 マイルズも愛用のスタナーと神経破壊銃、プラズマ・アーク銃を確認して機長席に座る……まだ完治していない部分は多いが、スティヴンスが器用に作った補助具のおかげで支障はない。

 操縦席のラミアとパッシブウルトラ波長レーダーを担当するスティヴンスがうなずき合うと、機長席のマイルズが「発進」と告げた。

 重い機体がふわりと浮上し、みるみるうちに加速する。

「ここの設備は?」アルフィンが聞いた。

「置いておく。戻るかもしれない」とマイルズが答え、飛び立った。

 

 最初の計画が狂い、宇宙気流に飛ばされて小惑星帯を強引に押し渉ったマイルズたちが着陸した星は、有人星ではあったが人口は少ない。全体が深い森に覆われた多島海で、漁業と観光が主産業のようだ。

「やはりコンピューターによる航法計算ってのには慣れないな」スティヴンスがぼやきつつ、すばやく大気圏突入軌道計算を計算尺で検算する。「大丈夫、そのままいける」

「確認は感謝しますですが、必要ありましないですます。計算尺での計算は、コンピューターよりはるかに遅いし、このコンピューターは三重に相互チェックしている」ラミアがいいつつ、ブラックタイガーから強引に救い出したコンピューターとセンサーで最終突入軌道を計算し、次々使用不能サインが出るスラスターをだましだまし使って機体を制御する。

「あの島に大きな平地がある。着陸する」もう赤サインすら出ない、あまりに多くの計器が故障したコクピットでラミアが平然と告げた。

「隆起した海山だな」スティヴンスが観測した。

「大気は酸素が少し多いけど、呼吸可能よ。あ、海に船が浮かんでる!有人星ね」ナディアも報告に加わる。

 

「あんたらどこからきなすったんだい?そんなボロ宇宙船で。今どき無茶なことをする人がいるんだな」

 着陸を見ていた漁師が集まってきて、いきなり大笑いされた。

「確かにワープはできないので、ワープ可能な船に乗り換える必要がある。もしここで売っているなら、買えるかもしれない」

 さらに笑いが大きくなったのに、マイルズはむっとした。

「船でワープして旅するなんて、そんな無茶なことするやつぁいねえよ。銀河鉄道があるんだから」

 それこそ彼らにとってはわけがわからない話だった。

「銀河鉄道?」

「恒星間を極超光速で結ぶ鉄道さ。この星にも最近支線ができてね。でもチケットは高いよ」

「鉄道で恒星間を!?」マイルズが驚嘆した。

「金になるもんはあるのかい?あるなら、セヤウェ島に大きい町と駅があるからいってみな」

「ついでに魚の干物とヒョウタンカキも買ってくかい?」

「もしそちらで足りないものがあるなら交換しないか?レアメタルと宝石、工具、多少の武器と、野生動物の干し肉やなめし皮、角や牙が少しある」マイルズがさっそく交渉を始めた。

「皮があるのか!そりゃあありがたい、ここいらの島には大きい哺乳類がいなくてね、皮革が全然足りないんだよ」

「でかい虫はたくさんいるけど、卵や殻はとれても皮はないんだなあ」

「ちょっと故障したエンジンも見てもらえるか?」

 エンジンから煙を噴いて戻ってきた漁師が聞いた。

「技術水準が高すぎなければいいんですけど」といいながらナディアが工具箱を手にした。

「逆だよ、高かったらたくさん学べることがあるさ」スティヴンスは相変わらず楽天的である。

「歓迎するよ」

「何より、チョコレートと」ナディア。

「煙草はあるかい?」スティヴンスも息がぴったりだ。

「もちろん」

「それから食事にしよう」

「今日は大漁だったしね!」

 陽気に笑う島の人々。ラミアは戸惑っていたが、マイルズたちは上機嫌で飛びこみ、飲めや歌えの大騒ぎが始まった。

 

「ほう、これはちょうどこの星で不足していたレアメタルと……こりゃあいい宝石だ。ここで売るのはもったいないよ、特にいい原石はトレーダーまで持っていくといい。工具は……こんな骨董品、逆に価値があるかもな」

 やや大きな都市がある島で、レアメタルや宝石、船自体も現金にする。とにかく人の間に入るとマイルズの強みが出る。田舎星の商人など、ジャクソン統一星の大豪たちに比べれば子供のようなものだ。

 スティヴンスはむっとしたが、「この時空の技術水準は桁外れなのよ」とナディアになぐさめられて気持ちを抑えた。

「精密計測具だけ持っていけばいい、それにどこででも買えるよ」マイルズが工具を手放したがらないスティヴンスの腕を軽く叩いた。

「それにしても変な船だねえ、エンジン自体は普通の飛行機からの流用だし」

「ワープ機能もないんじゃ大した値はつかないけど、ばらせば部品は売れるよ」

「強化テクタイト装甲材は高く売れるんだ」

 憮然とするスティヴンスを、マイルズが連れ出した。

「ほら」と、屋台で売っていた、ヤシに似た実に入った酒を渡す。

 ちょっと飲んでみて、90度……彼らにとっては180……近い強烈さにびっくりしたが、逆に気分がすっきりした。

「ぼくもあの船はいろいろと手伝った」

「なら」

「ぼくの最初の部下も、自分の船を手放すことができなかった。ぼくの宇宙では、超光速航行には特殊な脳手術を受け、ほぼ船と一体化するパイロットが必要とされるが、彼は船の世代が古くなったんだ。結局は船ごと彼を買い上げることになったがね」

 その後のすったもんだがよみがえる。質草にしたヴォルコシガン・ヴァノシイが、祖父の代にセタガンダとの戦争で放射能汚染され、夜は光を放つと知ったときの、あの船主の表情ときたら……あれが冒険の始まりだった。

 パイロット手術のことを話すと、最初に自分が命令を通じて殺した男……ボサリが引きちぎったワイヤーのことを思いだしてしまう。

「でも君には、何度でもゼロから短期間で宇宙船を造れるだけの器用さ、何より新しい技術を学べる力がある。そして素晴らしい奥さんがいるし、今はわれわれもいる。また何かあって、身一つで飛び出すことになるかもしれないが、その時はその計測具キットは持っていける。何が不足なんだい?」

「そう、だな」

「飲もう!」

「ああ、新しい旅に、素敵な奥さんと仲間に」

 スティヴンスがヤシに似た実からストローで強すぎる酒をすする。

「ぼくたちをここまで運んでくれた、すばらしい決死隊2号の栄光に」

 

「武器も、鉄道での旅に適したのを手に入れたほうがいいわね。ラアルゴン星でクラッシュパックを取り上げられたのが辛いわ」アルフィンが武器の棚を見てまわる。

「手持ち武器はあるけれど、この世界にはより強力なものもあるかもしれない。人型機があればいいんだが」

 ラミアも慎重に武器を選ぶ。

「銀河鉄道ローカル路線じゃ、一人につきスーツケース一つと、必要なら2mまでのケースしか手荷物は認められないから、しっかり選ぶんだね」

 肩を抱きながらなれなれしく話しかけ、真珠母貝で飾られたビーム拳銃を売りつけようとする男、ラミアが手首の関節を固めたまま突き倒した。

「大変。どんなファッションが人気なのかしら」ナディアが夢中でブティックを見回ろうとする。

「ファッションを気にするより、むしろどんな気候の星になるかわからないから、いい防寒服もあったほうがいい。狩猟に行くつもりで緊急時の行動能力を優先すべきだ。今の大ヘビ皮服は悪くないが、クラッシュジャケットに匹敵する服があれば申し分ない」

 ラミアがナディアをひきとめる。

「今入ったパルスレーザー銃、安くしとくよ」とバザー商人の一人が、三人で何とか運べるような、大きな三脚がついた重機関銃を指さす。

「ちょっと待て、それ今売ったおれたちの船から取った、もとはブラックタイガーの機銃だろ」スティヴンスが怒鳴りつけた。

「お、そうなのかい」

「それにしてもこの短期間で、うまく人が使えるように加工したもんだな。どうやったんだい?」

 商人とほろ酔いのスティヴンスがいろいろと話しはじめる。

「ヤハバのグレネードリボルバー、出所を内緒にしてくれるなら売ってもいいぜ」

「といっても全員、スタナーと神経破壊銃、プラズマ・アーク銃も持ってるからな」マイルズが憮然とした。

「そんなんじゃ効かない装甲を着た相手もいるよ。この次元反動銃、これで貫けない相手は存在しない!」

「取り回しが悪いわね。ブルパップ式はないの?」アルフィンが振ってみる。恐ろしいほどの美少女が大きな銃を慣れた手で扱うのは、商人たちにとっては明らかに奇妙な眺めのようで、多くの人が寄ってきた。

 シヴァはおとなしくアルフィンのそばにいる。

「このレールフレシェットならブルパップ式で、ワルキューレたちでもひるませられるよ」

「ミサイル・ピストルならどんな早く動く相手も追尾するんだ」

「女の護身用には、この腕時計型ブラックウィドーが最適さ。仕込まれてるハチグモは三年間蓋を閉じたままでも生きてるし、ひと刺しでゾウでも即死だ」

「銀河鉄道内での護身だったら、やっぱり刀剣が一番だよ。この仕込み杖、安くしときまっせ」

「それならあるわ」と、アルフィンが背中から細身だが長めのククリ刀を抜いた。左手には袖に仕込んだ、毒を塗った大ぶりの投げ矢が滑り出る。

「少なくとも一本は重力ナイフか超振動剣にしたほうがいいよ、装甲もあるからね」

 と別のおばさんがいろいろと見せてくる。

 

 銀河鉄道225号……イルカを思わせるフォルムのローカル線、その旅は彼らにとって、あまりにも異質だった。

 ボックス席にただ座り、眠くなれば寝台車で眠る。食事もワゴンで駅弁を買い、あとは飽きもせず無限の星空を見る。

 途中の駅からついたゲーム車輛では運動もできる、棺桶のような小部屋の中で、脳波制御のバーチャル空間で泳いだり走ったりすると同時に筋肉も実際の運動と同じく刺激して。

「今はいろいろ勉強ができるな」と、シヴァはスティヴンスやアルフィン、ラミアにせがんで、数学や化学の勉強ばかりしている。数学だけはどこの宇宙でも共通だ。

 一日も揺られれば別の恒星系。そして数分、時に数日の停車から、また次の星へ。

 停車のたびにたくさんの乗客が降り、また新しい乗客が乗ってくる。

 珍しい外見。機械の体、獣の体、虫の体さえ。どんな乗客でも銀河鉄道は受け入れ、ダイヤ通りに運ぶ。

 新しい客と出会い、身の上を聞き……どこまでが本当でどこまで嘘か。マイルズの提案でアルフィンたちは全員一つの話を作り、徹底的につじつまを合わせてあったが、それは乗客たちも同じだったろう。

 見るからに駆け落ちの若い男女。

 どこででも歌わずにはいられない、羽が楽器になっている十脚の虫人。

 仕事があるから次の駅で降りろ、と言い張る、何か勘違いをした青年。

 突然始まる喧嘩、酔っぱらいの怒鳴り声。

 顔中深い傷、それもマイルズには偽装だと簡単に見破られた、夜も眠れないほどおびえた男。

 やせ衰え、死相が出ていたまだ若い女。

 アルフィンを誘惑しようとしたギャンブラー。

 マイルズが一目で震え上がるほど恐ろしい雰囲気をした、それでいて服装も顔も平凡な女。

 その女を騙そうとして、どうやったか知らないがあっさり殺されたやたらと派手な男もいた。

 時計を見ては頭をかきむしり、しょっちゅうトイレの前で泣きそうな顔で足を踏みならしていた少年。

 シヴァをさらおうとして彼女に顔とアキレス腱を切られ、スティヴンスに両手両脚を叩き折られて次の駅で放り出されたひげ面の男。

 ナディアを自分の娘だと言い張ってやまない、耄けた老人。

 時には突然の、半日近い停車。

 薔薇星雲の絶景。

 車内にいても重力を感じるパルサーの驚異。

 異星の都市。

 巨大な二連ガス惑星、その小さな不定形衛星への不可能とも思える着陸。

 戦争に荒廃した星。

 星を通るたびに変わる駅弁のメニュー。かすかに変わる水の味。強さも味も色もさまざまな酒。

 見えてきたのが巨大な二重星、赤い砂漠の惑星ヘビーメルダー。

 

 そこは無法の地だった。どこに行けばいいのか……マイルズやラミアの記憶にあるテレザート星は銀河鉄道路線図にも、手に入る限りの星図にもない。

 地球はあるが、この時空での地球はマイルズが集めた情報では役に立ちそうにない。

 美女たちを誘い、襲う無法者がすぐに出てきては、油断して無視したシヴァのスタナーに気を失う。だがさらに仲間が出てきて、アルフィンのククリに首を切りつけられてもまるで感じないかのように突進し続け、スティヴンスと激しい力比べの末投げ倒され、プラズマ・アーク銃の直撃でやっと動かなくなる。

「どんな麻薬が蔓延しているんだ」

「見て。機械の体よ、人間の皮をかぶっているだけで」ナディアがうめく。

 情報を集めるのも危険だらけ。

 つばの広い帽子をかぶった少年が、なにやら怪しい無法者に追われているのにシヴァとアルフィン、ナディアの三人が巻きこまれた。

「すまない、あんたたちを巻きこむつもりは」

「黙って!一蓮托生みたいね」と、袋小路に追いつめられたアルフィンがじっと、その強化金属製の壁を見る。「最後の一個、でも今使わなければ」

 アルフィンの胸を飾っていたアートフラッシュが光を放ち、壁にちょうど通れる穴が開く。

「助かった」

「まだよ、追ってくる……逃げた振りをして、そっちに隠れて!頭隠して尻隠さず状態に」

「銃声のする武器は使えない。まだたくさんいるんだ」少年が銃を抜こうとして呻く。

 三人の女は楽器やゴルフクラブのケースに偽装していた弓を取り出してすばやく弦をかけ、矢をつがえて引き絞った。

「左の男を狙って」ナディアがシヴァに告げる。

「わかった」シヴァも彼女に合わせた弓をしっかりと引く。

 同時に放たれた鋼の矢。その針のように細長い、鉛より重く硬度はダイヤモンドに匹敵するタンタル合金の矢尻が、機械人間の頭脳部分を正確に貫き、音もなく背後の壁に縫いつけた。

「さ、逃げるわよ」

 四人は逃げ、それからも何度かアルフィンのプラズマ・アーク銃や少年の大型次元反動拳銃が追っ手を倒して逃げ続け、やっと安全といえる町外れに着く。

「行かなきゃいけない。メーテルを助けなければ。ぼくは星野」

「名乗らなくてもいいわ。こっちも本名を名乗る気はないから」アルフィンの言葉に、少年は頷いて砂塵の中に去っていった。

「あんな、シヴァとあまり変わらない子が、まるで一人前の男みたいに戦いに出るなんて」ナディアが胸を押さえ、祈っていた。

「あれが戦士というものなのか」シヴァが目を輝かせている。

 

 それからしばらく情報収集をしていたが、やはりどこに行けばいいかさえわからない。

「多すぎる選択肢が行動を束縛する、というのもよくあることだな」マイルズがぼやいた。

 駅前でたむろする彼女たちに、一人の女性が話しかけてきた。

「ネイスミス提督、スティヴンス、ナディア、ラミア、アルフィン、シヴァ様ですね」

 全身を長い黒服で覆った美女。そのかたわらには、しばらく前にアルフィンたちが助けた少年もいた。

「無事だったのね!」ナディアが嬉しそうにその手を取る。

「この間はありがとう」少年はぶっきらぼうに、照れたように挨拶する。だがその大きく歯を見せる笑顔は、相変わらず印象的だった。

「あなたは」

「私はメーテル。これは星野鉄郎。あなたたちをタネローン、いえテレザート星として知られる星に送るために来ました」

 その言葉に、マイルズはまた衝撃を受けた。

「あなたたちのための切符も用意しています。超特急999号、一時間後に出発します。そのために特別のルートを取るわ、鉄郎」不安げに見上げた鉄郎にメーテルがうなずきかける。

「銀河鉄道はダイヤや既定路線を絶対に遵守するんじゃなかったのか?」マイルズの問いに、メーテルは答えなかった。「多すぎる選択肢で行動不能になり、今は選択肢は二つになったわけだ」マイルズがにやっと笑う。

「そうね」

「なら行こう。いいな」

 マイルズに皆が「オールエックス」と唱和した。

「荷物を取ってきましょう」とナディアがスティヴンスの腕を取った。

 そのあまりにも古い蒸気機関車のような外観の、999号はまさに壮観だった。

「こ、これが」

「内部は最新、いや人類が理解すらしていない超技術の塊よ。最高速ではヤマトにもひけを取らないわ」当然のようにメーテル。

 彼女が渡したパスには呆れたことに、全員の本当のフルネームが称号つきではっきり書かれていた。長い上に恥ずかしいのでシヴァやマイルズ以上にひた隠しにしているスティヴンスの名……パーシヴァル・ヴァン・シュラヴェンディック・スティヴンスさえも。

 

 ローカル線とは格段に違う乗り心地とスピード。

 メーテルと鉄郎は二人で、慎ましく端の席に着いている。

 マイルズたちも、どうすればいいかわからないように固まっている。

 何もなかったわけではない、機関が異常を起こし、スティヴンスとメーテルがすばやく修理してしまったことがある。正真正銘の天才なんだ、とメーテルさえも驚いていた。

 また、奇妙な海賊が襲ってきたこともある。全身を甲冑で固め、前面が鍋のように穴一つない兜で顔がまったく見えない。メーテルは銃を向けた鉄郎たちを制し、しばらくにらみあった。海賊は首も動かさず黙って去った。

「ポイントで少々揺れます」と車内放送が響き、そして周囲の星空が暗くなってがたがたと激しい揺れ。

「時空の境目を越えているわ」メーテルがつぶやく。

 そして暗黒ガス雲を抜け、また旅が続く。

「ここの星の配置が前と違うな」とスティヴンスが気づいた。

「そう、もう別の時空よ」とメーテル。

 何夜もの単調な旅。贅沢な食堂車と寝台車、図書室車を往復する日々。シヴァはひたすら学び、体を鍛え続けていた。

 だが、近い世代の子との旅では、話したくなるのも当然だろう……危険だと止められていても。

「なぜこのような旅を?どこから?」

「地球から。機械の体をタダでもらえる、という星に」鉄郎がいつもの明るさから、頑なな怒りの表情で答えた。

「機械の体?」

「ああ。強い機械の体を手に入れて、母さんを殺した機械人間たちを倒すんだ」腹痛をこらえるように体を曲げた、底から出る言葉。

「すまぬ事を聞いた」シヴァが辛そうに視線を落とした。

「機械の体は、それほど強いのか?」マイルズが静かに言う。

「弓矢で倒したわ。もちろんタンタル合金の矢尻があったからだけど」ナディアが鉄郎とシヴァの髪をなでながら言う。

「人間の肉体こそ、神の似姿であり」言いかけたスティヴンスに鉄郎が、拳を握りしめて小さく叫んだ、

「地球じゃ虫だった。機械人間の圧倒的な力に、人間は何をやってもかなわず、踏みにじられ殺されるだけ。母さんは楽しみのための狩りで撃ち殺され、剥製に、機械伯爵の飾りにされたんだ!」

「それは、貴族と奴隷でも同じことだ。一人の、体の強さなんかじゃない。身分や社会制度、富と分業、集団の力だ」マイルズが鋭く言う。「人が集まって演奏すれば力になる。ヴォルだって、セタガンダのゲムやホーカだってそうだ。みんなで幻想を作って、その一部を演じてるだけだ。そっちじゃ、機械人間たちが集まってそんな演奏をしてるだけだ」

「その機械の体というもののデータはあるか?」ラミアが聞く。メーテルが小声で、細かな技術的なデータを話しはじめた。

「ぼくの部下にも、同じように強さを求めた人が作った兵士がいるんだ。こちらは遺伝子改良……女性だが、ぼくの倍くらいあって、片手で人の首を簡単にねじ切れる。美人だよ」ふと、マイルズはタウラに会いたくなって顔をゆがめた。「でも量産・実用化はされなかった、食糧が五倍も必要になるから。人間の肉体は弱いけど」と、マイルズは自分の、いまだに副木やギブスだらけの体を見る。「でも頭も言葉も手もある。タウラは知能も高い、彼女がぼくたちに貢献しているのは、むしろその頭でだよ」

「生身の人間と素手で戦えば、機械人間が確実に勝つ。でも充分に武装した軍隊どうしなら、さして差はない」とラミアがデータを検討し、告げた。「むしろ機械人間はメンテナンスが面倒で、潤滑や部品など充分な資材が供給されなければ機能を停止する。極地・砂漠・ジャングルなど自然環境の中では、生身の人間のほうが有利な局面もある」

「そう、機械の体で強くなっても、人を率いるなんてできないだろうな。単に金持ちが機械の体になったから、権力も引き継いだだけだ。もし全員をタダで機械の体にしても、身分は変わらないだろう。社会そのものを作る物語、その中の役を正確に演じ、言葉や言葉以外のメッセージを伝える能力……個体の戦闘力なんてほとんど無視できる要因だ」マイルズがややゆっくりと、疲れたように言った。「もし……その時があるなら、デンダリィ隊と合流していればだが……安くしておくよ。人を率いる方法を教えてもいい」

 答えは返ってこなかった。

 メーテルは哀しげに窓の外を見つめ、鉄郎は頑なに、体にマントをきつく巻きつけていた。

 

 途中、霧に包まれた空域を抜けて嵐の中着地した、ある駅を見てスティヴンスが驚いた。

「ここ、地球のベルリン駅じゃないのか?だがありえない、確か第二次大戦末期、空襲で焼けたはずの」

「ハーケンクロイツって確か、避けるべき例として習ったっけ」マイルズも興味深そうに見つめた。

「そうね。ここで降りても無駄よ、ここは西暦1939年だから」メーテルが冷たく言って、ホームに降りた。

「この列車は?」一人の年齢不詳の男が慌てて逃げるようにホームに駆けこんだ。生来色素をもたぬ白い肌と髪、赤い眼。長い外套にはあちこち傷があり、高い教育がうかがえる気品のある背筋をしている。奇妙に長い、楽器か釣り道具のようなものを負っていた。背後から激しい銃声が聞こえる。

「ウルリッヒ・フォン・ベック?」メーテルの問いに、アルビノの男は警戒しつつ頷く。

「パスは持っていますね」問うメーテルに、懐を探って血染めのパスを見せた。

「レジスタンスの仲間が、ヒトラーとゲイナーにとって大切なものらしいこれを命がけで盗みだし、私に渡した。どんな意味があるんだ、この普通の定期券に」メーテルを問い詰める。

「この列車の切符ですよ。どうかお乗りなさい、運命に向かって」

 一見平凡な駅から、そのまま違和感なく蒸気機関車が滑り出ると、崖のほうに向かうのにベックは慌てた……だが、そのまま嵐に隠れて天に向かって伸び上がる、それは驚きを通り越したものだった。

 無論、メーテルはすぐに一同に、その後の歴史がどうなったかなどを言わないように口止めした。

 そして気がついてみたら一面の星野。ベックがどれほどの反応をしたかはあえて描くまい。

 数人の、重装甲の海賊が襲ってきたことがあったが、鉄郎の戦士の銃に援護されたベックは背の包みをほどいて黒い刃の巨大な剣を抜き出し、鮮やかに全員切り倒した。一人だけ逃げた傭兵に、アルフィンもスティヴンスも見覚えがあった……レッド・アイである。

「その剣は見たことがある気がする。アムロが似たのを持ってた」アルフィンの言葉を、メーテルが目で制した。

 

 それから、途中で降りた星……それは科挙制度に支配された星だった……で、鉄郎はマイルズやベックと共にかなり激しい戦いを切り抜け、無事に戻った。

 そして汽車が出発して間もなく、マイルズが聞いた、「なぜ学ばずにいられるんだ?」と。

「え」

「年代が近いシヴァが、目の前で勉強している。ぼくもついこのあいだまで少年だったからわかる、恥ずかしさや真似したさに負けてしまうだろう」

「で、でもさっきの星で見ただろう?勉強していた奴らなんてただの屑だった」

「まあね」マイルズは肩をすくめ、メーテルをじっと見て、言った。「なぜ鉄郎を教育しない?」

「そうだ。前途ある少年を預かっているのだから、できる限り教育して正しくしつけ、より多くの可能性を与えることがあなたの義務ではないか?鉄郎の母親がここにいれば、それを望むのではないか?できることはわかっている」スティヴンスがはっきりと面罵する。

「教育はしているわ、立ち寄る星々で、ただ生き延びること自体が教育。鉄郎が望まないことを強いるつもりはないわ」

「教育なんてなくったって、母さんは素晴らしい人だった。毎日遅くまで働いてぼくを育て、ぼくをかばって死んだ」鉄郎がかたくなにマントにくるまる。

「ドム卿……とても、とても強い大人がおっしゃった。学べ、体を鍛え、笑って、強くなれと……」シヴァが、硬い表情で言う。「私はあの言葉に従う」

「無理はしないで、たくさん笑ってね」とナディアが彼女を抱きしめる。

「わからなくはないな。ナチスドイツでの教育は、人をより従順にするため、馬鹿にするためだ……それに、世界一教育水準が高いドイツで、ナチスが政権を取ってしまうんだ。教育の意義も疑いたくなるよ」ベックがため息をつく。

「確かに、そんな教育もある。でも勉強から国が強くなり、また高い戦力になることもある。ある貧しい村で口唇裂の新生児が因習で殺されたのを見て、そこの子供たちが教育を受けられるよう手配したこともある……それも間違っていたのかな?」マイルズが星空を見ながら言った。

「ナチスの心身障害者虐殺……収容所で、この目で見た」ベックがすさまじい怒りを抑え、肘かけを握り砕いた。

「どうしたら区別できるのかわからないが、信じるしかないな」マイルズの言葉に、スティヴンスがうなずく。

「区別できる、と思えるほど人間を信じることはもうできないだろう。あの頃は、私は世捨て人のようだったからよくわからないが、あのナチども……それに、(第一次)大戦での……」ベックが抑えきれぬ痛みに、かすかに震えた。

「勉強なんて、スラムじゃ馬鹿にされるだけだ」あくまで鉄郎は、本を手に取ることも拒んでいた。

「貧困の文化に負けるな。正しい学びが適切な経験に結びつけば、力になることは必ずある」マイルズが真剣に、鉄郎の目を見た。「ここには最高の教師たちがいるんだ。あらゆる科学を見ただけで理解し手で再現できる天才スティヴンス、高い訓練を受けたクラッシャーのアルフィン、我が子の新兵訓練はぜひ任せたい最高の軍曹であるラミア、そして貴族と軍士官の教育を受け実戦経験があるウルリッヒやぼく。みんな、喜んで君に教えるつもりでいる」

「もしかして、今の自分をシヴァと比べて恥じて?それが一番悪いんだ、戻ることを恐れるな。1+1やABCからだって教えるよ」とスティヴンスがはっきりと言った。

 鉄郎は頑なに目を背けていた。

「戦士として、男としての君のことは心から信頼している。英雄の資質さえあると思っている。だが、それだけで多数の人を率いて戦い、社会を変えようとしたら、出さなくてもいい犠牲をたくさん出し、後悔を背負うんだ」マイルズは一瞬目を閉じ、決意の目を鉄郎に向けた。「夕食からだ。車掌」呼ばれた車掌が飛んでくる。

「はい、なんでしょうか」

「全員分の正装を用意してくれ。食堂車に、子供のマナー訓練が許容される席と正餐を予約する」

「はい、かしこまりました。ただいま」パスを拝見します、と同様な日常業務として、車掌は一礼して去った。全員がうなずく。

 車掌の影に隠れて逃げようとする鉄郎のマントの端を、ラミアが踏んだ。鉄郎は倒れて、慌てて起き上がろうとする。

「危険予知本能はさすがだな」ラミアが冷徹に言った。

「それなら私も教えられるわね」ナディアが楽しそうに言う。

「み、みんな……何をするつもり?」鉄郎は笑顔でいながら逃げ場を探している。

「拒否は認めない。本気だということはわかっているはずだ」マイルズの目に、鉄郎は恐怖と、ほとんど本能的な怒りを向けている。

「君の母親が君に、今すぐここから出て行かなければ、と言ったら君は何の反問もなく荷物をまとめたはずだ。また、この前の戦いで、私が伏せろ、右に走れと命じたら君は反問なく従った」マイルズの背筋が伸び、野戦士官としての目になる。

「だって、あんたは戦士だから」

「これも同じこと、その銃や防弾マントと同様に君の役に立つかもしれないんだ」

「こう考えてみるといい。機械化帝国を倒すためのレジスタンスとして、貴族階級に潜入する演技の訓練、と。それなら私もお役に立てる」ベックが思いついた。

「そうね」アルフィンも笑った。

「生まれながらの貴族だって、いつも演じているようなものだ。演じていることを忘れている馬鹿も多いが」マイルズが軽く笑った。「態度やマナー、服装や清潔は、言葉や武器、旗指物と同じと言える。合言葉や刺青で潜入者を暴いて殺す盗賊団と変わらない、敵味方識別だ。それから貴族は君の身分を判断し、それが君を信用するかどうかの大きな判断材料になる。帝国と戦っているとき、帝国に反抗的な貴族と同盟できるかどうかがそれで変わるかもしれない。それ次第で、大切な戦友を何十人、無辜の民何百万人の生死になるかもしれないんだ」

「軍曹として新兵を訓練せよ、というのなら容赦はせん。敬語は使えないが、マナー訓練もできる」ラミアが立ちはっきりと、別の目で告げた。

「なら、私も共に訓練してくれ」シヴァの言葉にラミアがうなずき、アルフィンが驚きの目で見た。

「正装をお持ちしました」と車掌がワゴンを押してやってくる。

「さて、じゃあまず風呂に行くぞ。それから散髪だ。清潔でなければならない……不潔でいることが、下層民であるというメッセージを出すことが君の、母親に対する忠誠に関わり、また下層民に信頼されるのに役立ってきたことは理解できるが、これは上層への潜入訓練だ。こうして意図を説明するのも異例なんだ、本来なら理解できない命令に無条件で従うよう暴力で強制するんだぞ」マイルズが立つ。

「大変だな。訓練しつつ、自分の頭で考えることを忘れたナチの類にしない。まさにスキュラとカリュブディスだ」ベックが逃げようとした鉄郎の襟髪をつかんだ。

「え、その、ライオンは風呂には」鉄郎が言いかけたのを封じ、

「ライオンに限らず野生動物は常に身体をなめて清潔にする。特にゲリラ戦では、体臭で何百メートルも遠くの茂みに隠れた敵を文字どおり嗅ぎつけることが生死を分ける……戦友もろとも狙撃兵やグレネードの餌食にする気か?何より議論は許さない」とマイルズが厳しい目で言う。

「男なら従え」ベックが厳しく言って、スティヴンスも加わり容赦なく鉄郎を引っぱっていった。

 そして男女とも正装に着替え、鉄郎にとっては拷問に他ならないマナーのしつけを始めた……メーテルは無関心だったが、鉄郎が助けを求めても応じなかった。

 それからあらゆる教育の基礎であるラテン語原典での「ガリア戦記」、マイルズがタングから散々習った「孫子」と「史記」、数学などの勉強、車内でできる運動、そして日常生活の立ち居振る舞いから射撃、無音殺人術まで厳しい訓練の日々となった。

 鉄郎はひたすら、早く目的地に着くことを願っていた……しかも目的地までの日程も、機関車とメーテルしか知らないのだ。

 まあこの、結局地球時間の二カ月にもおよんだ訓練は、後にある時空軸で鉄郎がパルチザンとして戦うとき役には立った。

 またマイルズは一日で訓練のため、傭兵の訓練プログラムと規則に全寮制幼年学校の時間割を混ぜたようなのをでっちあげ、実行しなければならなかった。デンダリィ隊の経験と士官経験のあるベックの助けがあったとはいえ、また胃潰瘍を心配しなければならない激務となったが、そうでないほうが彼には耐えがたいのだ。

 

 激しい宇宙気流を抜けて、アナウンスが入った。

「次の駅はタネローン。タネローン。お降りのお客さまは……」車掌が知らせる。鉄郎が心からほっとした。

「さあ、着いたわ」

 その星はこれまでも何度か見たような、都会的な星だった。

「ここのホテルで待ちましょう、あなたがたの仲間たちを」メーテルの誘いに従う。

「そこならもっと訓練できるな」ラミアの言葉に、にこにこ笑っていた鉄郎がげんなりした。

「来るのか?」マイルズが驚く。

「ええ」メーテルは、ホームで待っていた一人の黒人女性にうなずきかけた。

「メーテル」ガイナンは何の驚きも感動もなくメーテルを迎えた。

「ガイナン!エンタープライズのバーで」面識のあるアルフィンが驚く。

「お疲れさま。大変な旅だったわね。あなたたちの旅はこれからも続くけど」と、ガイナンはメーテルと鉄郎を見る。

「ええ、わたしもあなたも永遠の旅人。そして」と、メーテルはウルリッヒ・フォン・ベックを見て、ガイナンとうなずきあう。

「さ、一休みしましょう。おいしいカクテルを作ってあげる」とガイナンが誘った。

「鉄郎、シヴァ。おまえたちは三十キロ背負って、いいといわれるまで走れ」ラミアが容赦なく言う。

 

 

 すんでの所を救出したエルシオールをタイラーと、アルトが大破したキョウスケ・ナンブが訪ねた瞬間、何かが起きたのがわかる。

 何かに導かれるように、指揮代行のレスターや重傷で車椅子のタクトとの挨拶もそこそこに二人は、まっすぐ格納庫に向かった。

「どうかしたのですか」修理のため戻っていたヴァニラが訊くが、「しっ!紋章機の声が」とクレータが言ったので言葉を止めた。

 そこには、ラッキースターが悲しくさらわれた主を待っていた。

「ミルフィー」タクトがつぶやく。彼が、本当の感情を露わにしたのはこれがはじめてだ。

 そのラッキースターが、蘇るように息を吹き返し、コクピットの蓋を開いた!

「まさか」

 タクトが信じられないように目を見開く。

「乗れ、っていっています」ヴァニラがつぶやく。

「信じられない、いつ複座になったの」

「それに、見慣れない装備も!」

「白き月の意志でしょうか、エルシオールに隠れている何らかのオーバーテクノロジーが、勝手にラッキースターを改造したようです」

 整備員たちが大慌てする。

 タイラーとキョウスケが、身軽にコクピットに飛び乗る。

 すぐにコクピットの輪がその頭を包み、すべてのシステムが復帰する。

「まさか」スタッフたちが全員、呆然とした。

「本来の持ち主が帰ってくるまで、かりそめによろしく、ってこの機体が言ってる」一人のんきにタイラーがのたまった。

「神か悪魔か、ノワールかルージュか、どちらでもかまわん。少しでもエクセレンたちを助けられるなら」キョウスケはもう、扱い慣れたアルトアイゼンででもあるかのように発進シークエンスをスタートさせている。

「二人とも桁外れの強運で知られている、ミルフィーユさんと同じく」古代が言った。

「な、なら……でも」タクトが言った瞬間、タイラーが画面を見た。

「二時の方向に敵!ヤマモトくん、ヤマト、ペリグリン、迎撃せよ!」鋭い叫び。それが、ガス雲の妨害や光速の制約さえすっとばして瞬時に各ブリッジに伝わる。

「少し借りてくよ」と、それだけ言ったタイラー。

「出る!」キョウスケが叫ぶと、そのまま機体が飛び出す。

「くわっか~、戦隊の指揮は!!!!!!!!!!!!」ヤマモトが絶叫した。

「だ~いじょうぶ。こっからでも、ブリッジと同じく、いやそれ以上に指揮は執れる」タイラーの言葉。

 キョンファ・キムがいくつか確認し、「その通りです。あの通信速度と情報処理能力なら、ここに立っているのとそこに乗っているのとは変わりありません、空気中を音が伝わるよりそのコクピットとの連絡のほうが早いです」とヤマモトに告げた。

「ぼくは宇宙ヨットのスキッパー(舵取り)だ。よろしく」と、タイラーがはじめて気がついたようにキョウスケに言った。

「わかった」それだけキョウスケは答えると、もう手近の敵陣に突撃した。

 強力な装甲を持つカバードコアがミサイルの嵐を放つ、その中に一気に機体をねじこんでいく。

 完全な激突軌道。タイラーは何のためらいもなく最大加速……紋章機の水準で見ても信じられない超高速で、ラッキースターが突進していく。

 中央のハイパーキャノンが変型する。巨大な槍を抱える重装騎士のように。

「アルトに比べたら、まるでスレイプニールだ」キョウスケがつぶやく。

 タイラーと、言葉をかわす必要もない。機関砲を細かく使って致命打になりそうなミサイルだけを迎撃すると、そのまま二人、息の合ったヨットクルーのように最大出力に持っていく。

「ヤマト、左に舷側全砲射撃。ロボット隊に追撃させて。対空砲を上に集中!ロボット隊、ブラックタイガー隊、縦列を組んで敵を掠め、横に撃ち続けろ」タイラーが操縦の手も止めず、そのまま指揮を続ける。

 ネルソン提督の帆船時代、縦隊を組んだ戦列艦の舷側に並ぶ多数の大砲が通り過ぎざま巨大な機関銃と化すのと同じように、走り抜ける機体の列から放たれる波動炸薬ロケット弾や無反動ショックカノンが、敵陣の一点に集中して注がれる。

「いくぞ!」キョウスケが叫ぶとともに、ハイパーキャノンの光がビームサーベルの光刃のように銃口近くにたゆたい、ラッキースター全体をつつみこむようになり、そのまま激突する。さらにその背後のローリングコアとディスラプターまで三つ串団子にぶち抜き、背後に爆発を残して抜け去った。

「な、なんて無茶を」

 誰もが呆然とした。

「か、閣下は無事なのか」ヤマモトの叫びに、あっさりと無事な姿のラッキースターが放つ砲撃の嵐が答えとなった。

 

 爆発する敵要塞の一つから、飛びだしたνガンダムがなつかしいラー・カイラムに着艦した。

「アムロ!」ブライトが叫ぶ。

「ブライト」飛びおりたアムロが、強くブライトの手を握った。

 いくたの並行時空を抜けた、あまりにも長い旅。死んだと思っていた姿……

 ブライトには言うべきことがあまりに多くあった。チェーンの死、その命を奪ったハサウェイの分の謝罪。他のアムロと親しいクルーの生死。地球情勢。シャアが敵に洗脳され、攻撃してきたこと。

 だが、その暇はなかった。「五時の方角に敵多数!」レフィーナの声に、反応するほかなかった。

「その機体は、こちらのEパックで補給できるか?」

「ある程度は。だが光子魚雷はエンタープライズ、そして剣自体は人命でしか補充できない」とアムロが悲しげに言い、そのまま無重力を活かしてコクピットに飛び戻る。

「アムロ」補給着艦していたゼンガー・ゾンボルトが変型したνガンダム、その背の黒い大剣を見つめ、呼びかけた。「その剣。これまで幾多の斬艦刀を造り、追い求めてきた究極の剣、それをはるかにしのぐものだ。これほど何かを欲しいと思ったことはこれまでになかった」

「なら、交代してくれますか?」アムロが皮肉げに言った。

 ゼンガーは手で顔を覆い、静かに首を振る。「人が手にしていい剣じゃない。その見分けぐらいはつく……だが欲しい!欲しい……だが……アムロ、おまえにも母親も父親もいるんだぞ。おまえも人の子なんだぞ」

「どうしようもなかったんですよ」アムロは言って、コクピットを閉じて出撃、即座に消えてから遠くの敵要塞のそばに出現し、ハッチを切り破った。しばらく遅れて、駆逐艦の牽引ビームを借りて加速したゼンガーやタスクが斬りこみ、ブラックタイガー隊が攻撃をかける。



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女海賊と豹頭王

 操縦もできない、身動きもままならないほど狭いワープミサイルの空き空間。ワープアウトの吐き気を必死で抑える……無重力状態、まして宇宙服での嘔吐はきわめて危険だ。ワープの後遺症も、少なくとも大型船とスクーターで砂利道を走るぐらいの差はある。

「ここはどこだ?くそ、検知器もないからなにもわからない」ブランドンが焦る。

 そのとき、外殻に上品なノックの音がした。

「開けなさい」穏やかだが迫力のある女性の声。

「とらわれていたのね……かなわぬながら」雪が、拾っていた腕ほどの長さのボルトを握り直した。

「抵抗は無意味、と言ったらボーグと誤解されそうね。でも事実よ」外の声はあくまで穏やかだ。

「開けるしかないわね」トロイがため息をつく。

「わかった。離れていてくれ」ブランドンが即席ドアを固定したワイヤーを外した。

 無造作に重力サーベルが溶接部分を切り破り、久々の光が皆を照らす。

 そこには、黒に赤の混じる服の髪の長い、顔に長い傷跡があるがそれも美しさを損なっていない美女と、黄玉と黒檀の鎧の上にさらにけばけばしく海賊コスプレを重ね、ご丁寧に松葉杖をつき片手を袖の中に引っ込めてフックだけ出し、肩にオウムまで乗せ長大なヒゲまでたくわえた男がいた。

「クイーン・エメラルダス号へようこそ。乗艦を歓迎するわ」美女が告げる。

「宇宙で最も美しく残酷な海賊船へよぉうこそ!」男が大げさな身ぶりと大時代的な口調で言った。

「海賊船」雪が身を凍らせる。

「Q!今度は何のつもり」トロイが鎧の男に不信の目を向けた。

「それどころじゃないんだ。いい気持ちでふらふらしてたらこのミサイルを拾って、直後このとんでもない女海賊に脅されて」とQがぶつぶつ言う。

「すべてこの人の運のせいと思って諦めなさい」エメラルダスが目でミルフィーユを指し、冷たく言った。

「ごめんなさい、わたしのせいで」と、ミルフィーユがQに謝った。「そ、あの、助けてくださってありがとうございます。ミルフィーユ・桜葉です」エメラルダスに深くお辞儀をし、クスハが続く。皆も半ば不承不承それに続いた。

「それで」トロイが疑いほとんどの目で聞いた。

「送っていくわ、タネローンとも言われるテレザート星へ。姉さんもそっちにいっているはずだし」エメラルダスがため息をつく。

「ではぼくはこれで失礼するよ」

 クスハが飲み物の用意があったのを見つけ、「あ、もしよろしければ、せめてものお礼にこちらをどうぞお召し上がりください。私が作った栄養ドリンクです」と腰の水筒から、妙な色の液体を注いだ。

 それを知っている雪とブランドンは早くも逃げ腰だが、知らないトロイとミルフィーユは普通に「ありがとう」と手にする。

「いただきましょう」とエメラルダスが口に近づける。

「ありがたく」と、Qが干し、一瞬で目を回して倒れた。

 エメラルダスは手を止めたが、あえて飲み干し、鋼の意志で眉一つ動かさず持ちこたえる。それを見た雪が驚きに口を覆った。

 トロイは逃げ道を見つけようと周囲を見回し、「本当に善意しかないのね」と何かを読み取って、そのまま飲んで気絶した。

 ミルフィーユが飲もうとした瞬間、船が揺れてこぼれた。「ごめんなさい」と謝る彼女を横目にエメラルダスは計器を確認。「ありえないわ、こんな時空振動」そして軽く首を振り、作業用アンドロイドに片づけを命じる。

「みなさんの寝床も用意して、すぐ回復します。船長も休んでください」と雪がアンドロイドに頼み、エメラルダスに訴える。

 Qが目を覚ますと、逃げるように消えた。

 

 その旅路、どこからともなく出現する強大な艦隊にエメラルダス号は襲われたが、なんの問題もなく撃退していた。

「なんて戦力」雪が驚いていた。

 その中には、ミルフィーユにとってある意味旧知の存在もいた。

「ハニー、迎えに来たよ!甘い抱擁から逃れるなんて照れ屋さん、さあこの腕の中で、熱い血に染まって」などとほざくカミュ・O・ラフロイグに、エメラルダスの全砲射撃が集中した。

「あれで死なないというのも驚きね」エメラルダスが呆れる。

「知り合いなの?」と訊く雪に、ミルフィーユは必死で首を振った。

 

 しばらく、どことも知れず航海するエメラルダス号は、突然とある地球型惑星に着陸軌道を取った。

 太陽から数えて三番目。一つの巨大な衛星があるのも、雪らが知る地球と同じだ。

 見下ろせるところでは、広大な大陸を海が取りまく。北の冷たい氷の大地、南の豊かな森。その途中にも無数の森や海に近い白い山脈、宇宙から見てもわかるほど巨大な湿原などが目立つ。

 中央部を分ける巨大な砂漠。だがそのあちこちに淡い緑が生えている。

「長いこと砂漠だったのが、急に緑化されているようね」雪が目ざとく観察する。

「この大陸配置なら、本来は砂漠ではなく人がいなければ森林、人がいれば草原や耕地となったはずよ」トロイがいぶかる。

 見回すと、近代都市の影はないが、豊かな田畑は多数見られる。

「うわあ、いいところですね。ピクニックに出ましょうよ」ミルフィーユがうきうきと弁当の仕度をする。

 それを半ば無視し、エメラルダスが自動生産機にいろいろと用意させる。

「これは」トロイが呆れる。

 それは、荒い厚布と合成革で作られた、きわめて単純な様式の服と急所を守れる鎧とブーツ、短剣。

 ブランドンに示されたのは、全身を覆う頑丈な板金鎧。

「こんなのを着ろってのか?」彼が悲鳴を上げながら、なぜか嬉しそうに着る。「革ジャンより軽い、鉄っぽく見せた装甲材か」

「かつての星間戦場の古戦場よ。今の人間たちは産業革命前の生活を営んでいる。こちらは星間航行文明の人間だと気付かれないようにしなさい」エメラルダスが命じる。

「私は艦隊の誓いがあります。現在の状況では」トロイが言おうとしたが、

「現在は捕虜にされた状態から逃走して帰還中、その間艦隊士官が現地の衣類を偽装してワープ以前の現地人と交渉した先例はあるわ。カークの時代に、USSニミッツの」とエメラルダスは軍法会議の判例番号まであげる。トロイは反論できなかった。

「コスモガンなども緊急時以外使用禁止。できる限り戦いは、私とあなたがすることね」

 と、声をかけたブランドンに剣を渡した。そして自らは愛用の重力サーベルを外し長い細剣を腰にし、戦士の銃を左脇のホルスターに隠す。

「重いな」筋骨隆々の彼が、抜いて数度鮮やかに振りまわし、フェンシングの構えをぴしりと取る。鞘に収めると、長身にもかかわらずこじりが地に着くほど長い。

「7ポンド(約3キロ)、なんとか使えるでしょう。重い鎧を着た兵もいるから、これくらいは必要ね。超テクトナイト製、あなたが全力でダイヤモンドの塊に打ちこんでもナノ単位の欠けもなく、メスよりも切れる」

 そう言って、一見厚革と青銅でできたように見える、大きな凧形の盾も渡した。

 エメラルダスも革鎧の上からマントを着こむ。

「あと、これも持っていかなくては」と、人の身長ほど長い、いくつかの棒をまとめたような荷物を見る。

 持ち上げて、ブランドンはうめいた。とんでもなく重い。

 他のメンバーには、握りが太い節になった木の杖が渡される。

「それらの杖はフェイザーとトリコーダーが内蔵されてるわ。でも特定身分の者以外は魔法の使用を禁じられているから、魔法と誤解され制裁される危険がある。必要なときはわたしとブランドンが戦い、あなたたちは緊急時以外控えていなさい」

 さらに、エメラルダスは作業用ロボットを二つ、変型させてウマ……ブランドンらが知る馬に似ているが、微妙に違う……に偽装し、棒を包んだ荷物を積んだ。かなりの量のテント用資材、偽装した浄水器や携行食糧も積む。

 巨大な海賊船は完全に姿を消し、柔らかな雲をかき分ける。

「いくつか、かなり強力な対空探査システムがあるわね。はるか昔の星間戦争で、かなりの数の宇宙船が墜落し、そのいくつかはいまだに機能している」

 エメラルダスがダイヤルを調整し、ステルスを強める。

「無駄よ。この船は、本気で姿を消せばどんなレーダーでも、どんな魔術師にも探知できない」

 上空から見下ろす目に、はるか薄緑が広がるかつての砂漠。その中央に、恐ろしく深い穴がある。宇宙から見れば、それは大陸規模の巨大クレーターが徐々に砂に埋もれたものだと一目でわかる。

「かつてここに、巨大な戦艦が戦闘で墜落、そこにあった文明を一夜で滅ぼしたわ。そして長い間地中深く、放射能をまき散らし周囲を不毛の砂漠に保ちながら眠っていた。でもそれがつい最近、宇宙に飛び立った」エメラルダスが静かに語る。

 クレーターの中心部の、衛星軌道からもはっきり見えるほど巨大で、底が見えないほど深い穴を指さす。

「あそこから」

 その砂漠の上空、犬の頭にも見える岩を過ぎ、大河を越える。

 最近大規模な山火事があったらしい、多数の入植者が焼き畑をしているのがわずかに見える広い山地の上空を通る。

 そして上古より変わらぬ大森林、その向こうに見える広い湖に向けて高度を下げた。

 夜の闇に紛れ、音も、波紋さえなく着水したエメラルダス号はそのまま潜水し、清い水底に錨を下ろす。

 そして、小さなボートが光の柱に守られて水面に出ると、そのまま岸に向かった。

「ランゴバルド領のナタリ湖。ここからケイロニアの首都、サイロンに向かうわ。三つの鍵を集めるために」

 エメラルダスが告げると、あとは無言で一枚帆を操る。わざとゆっくり、月のない闇夜の水面を航る。

 その湖では、あかあかとかがり火を焚いて釣りや船遊びを楽しむ人々もあり、ミルフィーユやクスハは楽しそうに手を振った。

「寒いところね」トロイがマントをかきよせる。

 

 朝になるころ上陸し、エメラルダスが小舟を売ってボロ馬車の車のみ手に入れ、実は機械であるウマをつなぐ。古い赤煉瓦で舗装された街道に沿って、静かに揺られていった。

 その道は天然の要害にある、美しい城につながっていた。

「ランゴバルド城よ。ケイロニア十二選帝侯の一つが守る要害」

 それだけ言って、またエメラルダスの手綱が鳴った。

 街道の守りは固めれば難攻不落、だが平和な国情ゆえか門は広く開き、エメラルダスが差し出した手形とサイロンへ行くの一言であっさりと素通りでき、赤い街道を静かに馬車は行く。

 ガタガタ揺れることや周囲を行き交う馬車が当然落とす生物の臭いに、宇宙文明育ちのミルフィーユや雪は最初は戸惑ったが、若さゆえすぐ慣れた。

 ミルフィーユが作っていた弁当を、かわるがわるおいしく食べる。

 

 まだその日も傾く前、森の向こうに、小高い丘が集まった奇妙な山地が見える。

 丘の間を通る赤い街道を抜けると、七つの丘に囲まれた大きな都市が見えた。

「門がない?」

 都市に入ろうとして、ブランドンが惑った。

「普通なら、こういう時代の都市はどれも頑丈な門で外的から自らを守り、入る人を厳重に審査し高額の通行税を取るもんだ」

「でも見てください。ほらそこ」雪が示したところは、つい最近まで厳重に都市を囲んでいたように見える、立ち並ぶ杭を抜いた穴の列。

「最近までは出入り禁止だったけどな、やっと今まで通り、通行自由になったんだよ」

 話し声を聞いていたのか、軽くウマを揺らしていた兵士が声をかけて、そのまま追い越していった。

 市大門を入ろうとしたとき、ふっと黒いフードをかぶった男が馬車の前に立ち、エメラルダスが機械馬を止める。

「久しぶりね、ルカ」

「トチロー様の件、お悔やみを申し上げればよいのか」

「鉄のような少年の手で、親友と共に永遠に星海を駆ける身となった。私のそばにいるのと同じ」

「多元宇宙の戦、あなたがここまで……メーテルさまも、辛い旅を続けているのですね。黒騎士の子、鉄の少年は、まさに鋼に鍛えられつつあります。鍛冶屋が鉄板を重ねて打ち、二枚の刃を火づくるように。ゲートキーパー、あなたの主君と」

「え、あ、その、シヴァ様、無事なんですか!」突然目を向けられ、わかったこともわからなかったことも、ミルフィーユの表情が泣き笑いに崩れそうになる。

 エメラルダスがうなずきかけた。

「鍵のありかはご存知ですな」

「ええ」

「では、千年の女王陛下と古き友バンにもどうぞよろしく」

 それだけで、その男は煙のように消えた。

「な、なんだったんです」

「古い知りあいよ」

 それだけ言って、エメラルダスは門を抜ける。

「おお、〈世捨て人のルカ〉が」

 まわりの数人がささやきかわす。

 

 石やレンガで作られた都市は大きかったが、奇妙に道をいく人々が少ない。人々は笑顔で親切だが、長い苦労に疲れたようなところもある。

「大戦争でもあったんですか?それにしては街が焼けたり崩れたりしたわけでもないですね」クスハが、街で見かけた果物売りに聞いた。

「外国から来たんだな。戦争なんてこの平和なケイロニアにゃねえよ、でもつい前の年、ものすごい疫病が流行ってね。百万の半分は死んだんじゃないか。うちのおっかあも。四人の息子の二番目は、パロ遠征でイシュトヴァーン王にやられちまって名誉の戦死さ」商人の目が一瞬涙に曇る。「でも、泣いてる暇があったら一生懸命働けばいいのさ!」

「まあ」雪が背筋を震わせる。

「疫病だって豹頭王陛下が鎮めてくだすったんだ」商人は大きく笑って去った。

「豹頭王?称号かしら」トロイが首をひねる。

「注意しておくわ。ここの王は、本当に頭が豹だけど驚かないで。また王妃のこと、第一王女の夫のことは絶対に訊かないこと」エメラルダスが告げた。

「複雑そうね」トロイが微笑した。

 

 一行が馬車を止めたのは、タバス通りのラバンの宿。新しく建て替えられたようで、かなり大きく立派だった。

「旅人の方、よくいらっしゃいました!ここはあの豹頭王グイン陛下が、サイロンで初めて泊まった宿なんですよ」

 老人は楽しげにおしゃべりを求める。

「今も忘れません、三人の放浪者!一人は首から上が豹の今は誰もが敬愛する王様。それにきれいな吟遊詩人、あっしの目はごまかせねえ、グイン陛下がシルヴィア王妃を助けオクタヴィア王女様も連れて帰ったあのとき、オクタヴィア様の隣で微笑んでいた夫のササイドン伯爵。そしてこれまたいい男の若い傭兵、今や悪名高いゴーラの殺人王イシュトヴァーン!その三人がぼろにくるまって眠った部屋は、儲けで改築した今もそのまんまでさあ!その部屋以外なら充分空いてますよ!」

 ガティと呼ばれる小麦のパンに似た食べ物と、ヴァシャと呼ばれる干し果実、そしてカラムという実を煎じた香気を楽しむ飲み物、その夜はゆっくりと休む。

 その深夜、エメラルダスが一時出かけていたのに雪は気づいていたが、何ごともなく夜明け前には帰っていた。

 

 翌朝はやく、入浴してかるい食事をすませ、エメラルダスが用意した普通よりもきれいで飾りの多い服に着替えた一行は、七つの丘の一つ風が丘、黒曜宮に向かった。

 広大壮麗な王宮で謁見の手続きを済ませ、長い順番を待つ。

「すごいわ。でも」雪がつぶやく。

「イスカンダルのダイヤモンド宮殿と比べてはだめ」

 エメラルダスが釘を刺す。

「行ったことがあるんですか?」

 クスハの問いには答えなかった。

 

 そしてついにその時が来る。ふれ係の大声に、教えられた儀礼を守りつつ玉座を見上げると、そこには伝説が座していた。

 歴史ある宝冠をいただいた、まさに森をかけ獲物を食いちぎって木に引き上げる、黄色に斑点の浮いた豹の頭部。

 それをのせるのは、巨体。フェンシングのみならずアメリカンフットボール・バスケット・アイスホッケーのどれでもプロとして通用するブランドンが貧弱に見える、締まった筋肉。

(NBAのどのチームも何十億ドルでも出すな、明日からセンターだ。プロレス界だって、NFLやNHLだって)とっさに思った。

 奇妙にも、普通ならばあるはずの王妃の椅子はなく、ただ王座の後ろ、より高いところにより大きな空席がある。

(この国の儀礼上の神の座かしら?)トロイが膨大な例を思い返す。

 その豪奢な毛皮と宝錫の影響はあるが、

(なんという王の迫力!ラアルゴンのアザリン女王も凄まじかったけれど、これはまた)トロイが圧倒される。

(亡くなったジェラール王なんて比較にならない。アザリンさまよりすごい)ミルフィーユも驚く。

「ラーメタルよりきた旅人のエメラルダス。献上したい物と捜し物の許可と聞いたが」

 剛毅木訥。豹の頭から人の声、と言うだけでも驚きだが、その迫力と深い優しさ、安心感は、それぞれが懐かしい、誰よりも頼もしい人を思い出させるものだった。

 雪は沖田艦長を。ミルフィーユはルフト、トロイはピカードを。

「こちらを」と、ブランドンに背負わせた例の束ねた棒をほどき、差し出す。

 グインの巨躯に合う8kgはある広刃の大剣。それに刃渡り20cmほどの細身の刀子、ブランドンが持つのに似た長剣、そして細剣が、鞘もなく布でくるまれただけのもの。

 それと、箱に入った太鼓と棒がくっついた奇妙なものを渡す。他にもまだかなりの荷物を宿に残している。

「ほう」グイン王がほおえみ、それを目で確かめ手にとり、軽々と振ってみる。「この柄、筒だな。穴ふたつ、そういうことか」

 と、グインはかたわらの旗を手に取って、その太く重い旗竿を柄に差し込んだ。それで豪壮な大身槍となり、横から穴に目釘を打てば安定する。

「ふむ、柄自体は握りやすい形だ」

 長剣はアキレウス、細剣はオクタヴィアへ、と即座に察せられた。剣にはどれも飾りがなく、そちらでつけろということか。

「本来あなたが手にすべき王剣オーランディアに比べれば駄剣です。スナフキンの剣が通じないうつし世のものには有効でしょう」

 エメラルダスの、低く他人には聞き取りにくい言葉に、グインははっとした。

 そして素早く決断し、

「明後日の夕暮れに、あらためて伺候せよ。半ザンならなんとかなる」と言うと、侍従に何か言いつけ、次の謁見者にうなずきかけた。

 

 その帰り道、一行はサイロンの中央部、まじない通りを通った。

 入ったとたん、奇妙な男が襲ってくる。鍋のように穴のない兜で顔を隠した男。

 まず応戦しようとしたブランドン、だが相手にもならず凄まじい鋭さであっさり剣を叩き落とし、そのまま貫こうとするのをエメラルダスが応戦する。

 その二人の、あまりに華麗な剣技にみな息を呑んだ。

「ピカード艦長でもかなわないわね」とトロイが凍った頬でつぶやく。

 そこに、何か凄まじい圧力が上から加わる。

「フォフォフォ、何か面白いことがあるようじゃな」

 とてつもなく年老いた老人が出現し、二人にほほえみかけた。その脇には、奇妙にのっぺりした白い何かがいる。

「これほど珍しい見物を見るとは、長生きはするもんじゃの。そなたたち二人とも、星々の力よりすさまじいなにかがあるわえ」

 鼻白んだように二人とも剣を引き、エメラルダスは老人に冷たい侮蔑の目を向けて立ち去ろうとした。

「これこれ、この老人にそんなつれなくしてはならぬ、としよりはいたわるものじゃよ。

 ほう、このグラチウスにもそなたの過去と力は読み尽くせぬか、だがだからこそ、その根源を見出さずにはおかぬ!まだしばらくはヤーンの織りなすタペストリも平穏、いまだヴァルーサの赤子も月満ちず、退屈で仕方がなかったんじゃよ」

 楽しげに老人が笑う。

 兜の男が老人を鋭く切りつける。そのしわぶいた体から、奇妙な色の血がにじむが、すぐ止まる。

「ほほう、齢八百を越えるこのわしの体を傷つけるとは。善哉善哉」

 かえって嬉しそうに笑う。

「なんて邪悪な人なの。小さい子供のような邪気のなさもあるのに」トロイがグラチウスを見て怯える。

「あちらのゲイナーは、読もうとしてもだめよ」エメラルダスがトロイに警告する。

「それにそこの、かわいいお嬢さん」

 と、グラチウスの目がミルフィーユを見る。

「そなたも奇妙な、それでいて時あれば多くの宇宙を動かせる力を秘めているようじゃな。これはもらってゆかねばなるまい」

 グラチウスに絡みついている白い何かがなーお、と奇妙な声を上げた。

「この人は私の保護下にある」いいながらエメラルダスは剣を納める。

「ほう、これは怖い怖い」グラチウスはゆかいそうに笑う。

 直後、ゲイナーの剣がひらめき、凄まじい闇の稲妻がグラチウスを包み、それを結界が弾く。

 その結界を、瞬時に懐に飛び込んだエメラルダスの戦士の銃が射抜いた。

「これはこれはすばらしい。しかしな、このグラチウスを攻撃するということは」

 突然、ゆかいそうな笑顔に、ゆらりと圧倒的な迫力が入る。

「消えうせる覚悟はあるのじゃろうな!」

 気がつくと、周囲はまじない通りなどではなく、広い湖に浮かぶ、美しい芝生の小島に変わっていた。

 とてつもないエネルギーが膨れ上がり、光と熱の恐ろしい球体が膨れ上がるのが見える。

 エメラルダスはまったく表情が変わらない。ゲイナーの平たい兜に元々表情はない。

「さて、本気を出してもらおうかの。それとも心そのものに無限の年月を見せるか。無限の闇に魂を食い荒らされるか……なんと!」

 楽しげな声をあげるグラチウスに、湖底から吹き上げた光の槍が突き刺さる。

「な、何がおきた」

「湖底のエメラルダス号の武器が暴発したようね。これもありえない偶然」

 エメラルダスが、少し落ちこんだ声を出す。

「ふむう、ここは危険か。戻って、じっくりと心をいじらせてもらうかの」

 グラチウスが何か唱えると、そこはまたサイロンのまじない通りだった。

「千年に一度の偶然を起こしてしまえるとは。そこのかわいいお嬢さんじゃな、善哉善哉……」

 グラチウスが笑う。その笑い声が突然、全員の耳が砕け、目がくらむほど巨大になった。

 

 闇の中、雪は見せつけられた。自分たちが滅ぼしたガミラス星人、一人一人の全生涯を。

 育児期のなかの赤子。ドメル。双子の出産を控えた妊婦。島次郎と同じ目で兄の戦功を誇り来年の入営を楽しみに学ぶ少年。シュルツ。千万の民、誰もが普通に、雪たちと変わらず祖国を愛し、家族を守り、それなりの善と悪、成功と失敗を抱え生きる意思に満ちた民だった。それが一瞬で、時には何時間もかけてとろ火で、焼き焦がされ砕け死んでいった。

 ヤマトの甲板で、古代と共に泣いたはずだった。悼んだはずだった。だが、足りないなどと言う生易しいものではない。

 

 ミルフィーユは、これまで菓子作りに楽しく使ってきた卵や牛乳やバター、砂糖やココアやコーヒーの歴史を見せつけられた。どこかで学んでいたのだろうが、忘れていた、いや自らをごまかしていたのだ。

 工場養鶏……産まれてすぐ、雄のひよこはすべてバケツに投げ入れられ、生きながらミキサーに放り込まれて、そのまま牛や鶏自体の飼料に回されるか、それすら採算が合わなければただ廃棄される。雌も、その訓練しだいでかなり上がる知能は雄の運命を羨むだろう。すぐに熱い刃でくちばしを断たれる。糞を下に落とし清掃の必要がない鋭い金網の床で足を切り刻まれ続ける生涯。身動きもできない高密度で、大量の抗生物質の入った餌を喉に流しこまれ、卵を落とし、「効率が落ちれば処分される」だけの工業機械。乳牛も同様だ。

 近代以前、自然のままの農園に生きた家畜は幸せだったか?とんでもない。人間の子さえ抗生物質もワクチンもないので十人産んで九人死ぬ貧困が常態、飢えと不潔も共有する。そして人間が常に一定の割合で出し続ける邪悪な者、またどの子供も秘める残忍さによる不要な虐待……いや拷問。

 砂糖、ココア、コーヒー……それらが負う、残忍な征服と支配。先住民を全滅させ数知れぬ黒人奴隷を呑み込んだカリブの砂糖諸島、プランテーションの少年奴隷の呪い。鞭と焼きごて、人間を工場の鶏よりあっさりと、しかも鶏にはない人間ならではの過剰な残忍さで使い捨てる経済。白き月の力で近代化したトランスバール皇国も、本質的には違いがない。ランファの故郷では、彼女のように奨学金で軍に入り給与の大半を仕送りする優秀な子がいなかった兄弟姉妹が売られ、残虐なプランテーションで十かそこらの短く苛酷な人生を終えているのだ……木に登れぬ大きさになれば処分されて。

 

 トロイやクスハも戦いで奪ってきた、また守りきれなかった生命を。ブランドンは彼の時代には戦争は終わっていたが、彼が尊敬する物理学者たちの、原爆の原罪を……アメリカ本土の実験台も含む、被爆者全員の悲惨を叩きつけられた。

 では、エメラルダスやゲイナーは?どちらもその罪は雪とさえも比べものにならない、宇宙的なものだ。

 だが、二人はそれを軽々と受け止めているようにも見える。

 ゲイナーは兜を半ば剥がれ、数限りない顔を入れ替えながら、気持ち悪くなる重低音の歌を響かせて。

 エメラルダスは石のように動かない。そのまま永劫の時が経つと見えたが、ゆっくりと半ば石と化した腕を持ち上げ、破片と血をまきちらしながら眉も動かさず戦士の銃をかまえた。

「たわむれはそこまでよ」

 そう、あまりに冷たい声で言うと引き金を引く。

 その瞬間のエメラルダスは、グラチウスやゲイナーすら比較にならない、冷たく硬い邪悪を発散していた。わずかでもそれを見たら即座に生身が砕け蒸発しそうなほどの。

 そして、笑い声と共に罪の幻は瞬時に消えた。

「おお、自力でこれを破るとは。なんという、なんという!」

 グラチウスは愉快そうに微笑むと周囲を見まわし、

「さてと、では……む、これ以上ここにいれば、余計な何かを呼び出してしまいそうじゃの。あまりに強大な力が四つも集まっていては、まあわしほどの力はないが変に野心だけあるばかどもが集まりかねん。ここは引かせてもらうが、これからもわしはそなたらにつきまとうぞ。必ずや解き明かさせてもらう」

 そう言うと、老人は消えた。いつの間にか、ゲイナーも消えていた。

 そして、エメラルダスは東の方に向けて、戦士の銃を放った。その光弾が、なにかに当たったのか深い咆吼が響く。

 ショックで死にかけている仲間たちを引き起こし、耳元で何か囁く。宇宙戦士たちは、まるで人形のように歩いて従った。

 

 その翌日は皆、食事も喉を通らずぐったり休むだけだった。

 約束の日、黒曜宮を訪れたら話を聞いていた侍従が、まったく別の場に一行を案内した。

 王宮の壁に隠された道をくぐり、分厚い石壁と何人かの魔道師、複雑な文様に守られた一室。

 部屋の長いテーブルの、片側に座していたのはまずグイン。そして長身の老人、その娘と一目で分かる美女とその脇の驚くほど美しい幼女、自信と育ちのよさを漂わせる三十代中盤の男、控えめに座る盲目の黒ずくめの男がいた。

 テーブルには穀物がゆと簡素だが焼きたての暖かいパン、熱く焼かれたソーセージ、ヴァシャの干果が盛られていた。

「ハゾス、紹介を」と、グインが盲目でないほうの男にうなずく。

「わたくし、十二選帝侯の一人、ケイロニア宰相を拝命いただいているランゴバルド候ハゾスと申します。こちら、アキレウス・ケイロニウス皇帝陛下。その長女オクタヴィアさま、その娘マリニアさま。十二選帝侯の一人、アキレウス陛下の相談役でもあるローデス候ロベルト。こちらで食事のついでにお話を伺うことにしました。グイン陛下の決定なら間違いはない、どうぞお座りください」

 ハゾスが素性の知れぬ人々にいぶかりながら、長いテーブルのもう一方を一行に示す。

「時間がない。食事をしながら率直に話したい」グインの言葉に、エメラルダスがうなずく。

「私はエメラルダス。こちらが物理学者のノーマン・ブランドン、トランスバール皇国のミルフィーユ・桜葉、ATXのクスハ・ミズハ、ヤマトの森雪、エンタープライズEのカウンセラーのディアナ・トロイ」

 わからない一家を見てエメラルダスは表情を変えない。

「もらった剣を試してみた。ダイヤモンドを木のように削り、鉄塊の穴に刺し二頭のウマに引かせても曲がりもせず、鋼の厚かぶとを断ってもカミソリより鋭い」グインのトパーズ色の目が強く輝く。「どこから来たのか?」

「星から。敵意はない、探しものさえ済ませたらすぐ立ち退きます」

「探し物、とは?」アキレウスが聞く。

「星をいく戦船。あなたとは関わりのない、別の人々が作ったもの」

 目はグインに据えている。

「それを見つけることで、たとえばカナンが滅びたようにとんでもない災害になったりしませんか?」ハゾスが聞いた。

「その心配はないわ。場所は分かっている、ただ起動に必要な鍵が三つあります。

 一つはグイン陛下の承認。

 一つはアルセイスの地下を探るためゴーラ王国の留守を預かるカメロン宰相への紹介状を。

 もう一つは南海の海賊王ラドゥ・グレイの許可が必要。そのため、彼を知るゴーラ王イシュトヴァーンへの手紙を。

 また移動のため、クリスタルのカイサール転移装置の一時使用許可を」

 みなが食べ始めながら目を見開く。

「それだけか」

「それだけよ」

「これは?」と、オクタヴィアがもう一つの、太鼓のようなものに奇妙な棒がついたものを見せる。

「マリニア姫の耳が不自由と聞いたから、音の震えを動きに変換する装置を作ってきた」

 と、使い方をやってみせ、軽く手を叩いたり、水晶杯のふちをこすったりして、その音にあわせて棒が扇形に振れるのを見せる。

 また食器のフォークを軽く握り、スプーンで叩いて震えるのをマリニアに触れさせ、またその音と棒の揺れの同調を見せる。

 声を出しながらマリニアの手を取って喉に触れさせ、同時に棒の揺れを見せる。

 マリニアが、小さな手を打ち合わせてみたりして、棒の動きを熱心に目で追い、母に笑いかける。

 アキレウスの表情が輝く。

「なんと素晴らしい贈り物。これだけでも、どんな助力も惜しむまい」

「でも、星の間を行くような人々なら、治すことはできないの?」オクタヴィアが狂おしい希望とある種の恐れをこめてエメラルダスを見つめる。一瞬ロベルトが目を伏せ、それに気づいたオクタヴィアがはっとなり、「ロベルトの目も」と加える。

「私のすることではない」

 冷たい表情に、皆が少し非難の視線を向ける。ミルフィーユやクスハは杖に偽装したトリコーダーを気にした、これを使えば容易なのにと。

 トロイが首を振った、艦隊の誓いに背くことはできない。

「同様に耳が不自由な子供たちを集め、王女様も含め、朝から晩まで共に暮らすようにすべきです。それだけで、子供たちはおのずから、身振り手振りから新しく言語を作り出した実例があります。ですが子が言葉を学べるのは幼い頃だけ、急がなければ手遅れになります」とトロイが強く言う。

 ロベルトが嬉しそうにうなずき、ハゾスに予算などの話を始めた。

 オクタヴィアとアキレウスも嬉しそうに加わる。

「俺は」グインが話し出す。「記憶なく異形でこの地に落とされ、おのれの素性が星々の世界と関わるようなことを聞かされた。一度は何かに手が届いたこともあるようだが、記憶を失ったようだ。エメラルダス、何か知らぬか?」

 エメラルダスは無表情にかすかな同情と、ある種の恐怖を交えて答えた。

「それを教えるのは私ではなく、運命よ。運命の導きに従い、正しく歩みなさい」

 グインの豹顔に失望がよぎるが、目が静かに暖かな光を戻した。

「少なくとも、ノスフェラスは最近、緑になりつつあるわ」

 エメラルダスの言葉に、グインとハゾスが視線を交わす。それが意味するものは多い、モンゴールからノスフェラスに開拓者が入植すれば、中原の力の均衡は崩れる。またキタイとの通行が容易になれば、中原は恐るべき侵略者に直面することになる。

 グインはノスフェラス王でもあるが、ヴァーラス湖沼地帯でへだたれたケイロニアから連絡する術はなく、中原諸国にもその称号は名乗っていない。だが、もし緑化したノスフェラスで、グインに忠誠を誓うセムやラゴンが増えれば……

「それはよい事を聞いた。ただヤーンの導きに従えばよい。お前たちの戦いに、俺やケイロニアの援軍は必要ないか?」

 クスハが目を見開いた、文明レベルが違う。だが強力な念動力者である彼女は、グインのなかのとてつもないものを感じてもいた。

「ここであなたが君臨していることが、私たちの戦いの別の面をなしている。その戦いは何万何億の面をもっている、ある面ではナチスとフォン・ベックの。ある面ではバラヤー帝国内の財政帳簿による政争。またある面ではエルリックとパン・タンの魔術師に呼び出された〈混沌〉の、またコルムと冬の王たちのいくさ。

 今は、あなたの子が無事に生まれるよう、全身全霊で祈りなさい。それがこの戦いに、星船を率いランドック全軍を糾合して加わるにもまさる援軍。ヴァルーサや腹の子の免疫細胞ひとつと、目に見えぬほど小さな寄生虫一匹の戦いや、名もなき民一人の不安とあなたの君臨の戦いが、そのままヤンダル・ゾックやグラチウスとあなたの霊力のいくさでもあり、また一つ一つがやすやすと星を砕く星船の艦隊のいくさの別の面でもある」

 グインは完爾と頷き、ケイロニアの紋章の入った紙を手に取った。

 カメロンへの手紙は懐かしさを込め、アキレウスやオクタヴィアが熱く加えた感謝の言葉も。

 行方知れぬイシュトヴァーンへは、事務的に。

 そしてエメラルダスが差し出した二枚のカードに、指示通り針で指を突いて血を押しつけ、署名した。

「ありがとう」

 エメラルダスはそれだけ言って一人一人の手を強く握り、他を促して立ち去った。

 

「なんという恐ろしいひとだ」アキレウスは、客を見送って芯から震えていた。

「陛下……義父上も気づいておられたか。あのエメラルダスという女、海賊の臭いがした。戦えばとてつもなく恐ろしい存在、グラチウスやヤンダル・ゾックすら比較にならぬ」

「連れていた人たちも、驚くほどの力や知恵を持つ人々でしたわ」オクタヴィアがうめく。

「敵ではなかったことに感謝を。そしてその忠告通り、ケイロニア王の重任を果たし、産まれる子のために祈るとしよう」

 グインは手早く、旺盛な食欲で食事の続きを済ませると、ハゾスを促して次の仕事に向かった。

 

 サイロンを出た馬車は一気に加速する。元々疲れを知らぬ機械ウマ、普通の馬車の全速を出し続け、あっというまに赤い街道をアルセイスに駆ける。

 ケイロニアとゴーラは正式な国交には至っていないが、カメロンとグインの信頼関係もあり、交易に妨げはない。またイシュトヴァーン王の、情報と自由を重視する政策は、赤い街道の補修や余計な関所の撤廃、連絡用駅伝組織など交通をより自由にしている。

 二度のユラニア遠征でグインみずから血に染めた街道、今は季節もよく平和に突っ走る。

 その旅の中、グラチウスに見せられた幻から食物を口に入れられなくなっていたミルフィーユに、ふとした救いがあった。金を惜しまぬ彼らに宿の主人が、目の前で太ったゴロン(豚)を屠って丸焼きにしてくれたのだ。

「苦しい、かわいそうなのはよくわかっているわ。だからこそ、よく見なければならないわ」トロイがミルフィーユを励ます。本当はもう、食物のほとんどをレプリケーターで造っているトロイ達には縁のない話だったが、カウンセラーの本能のようなものだ。

「私たちも、ヤマトでの旅では異星の生き物を食物として収穫した」雪も震えながら見つめる。

 町の相談役が来てくれて、荘重な、音楽と香料で彩られた儀式が行われる。苦痛のない、素早く鋭い刃。

 腸の内容物の激しい臭い、だがそれも堆肥に戻され、丁寧に洗われた腸に血と脂を詰めて熱く茹でると、うまそうなソーセージになる。血一滴、毛一本無駄にはしない。

「よくあるよ、石の都の奥で育ったお嬢さんが、肉を食うってことを知らないでびっくりするのは。もう肉なんて食べないなんていいながら、しばらくしたらおいしく食べるもんだ」と宿の主人は豪快に笑う。

 おかみさんが優しく慰める。

「これこれおまえさん、そんなこといっちゃいけないよ。知らないってのもかあいそうだねえ。そりゃ大事に育てた可愛いのを殺すのはかあいそうだけどさ、肉も食わないミロク教徒になるんじゃなきゃ、感謝して祈って食べるしかないんだよ。思いっきり泣くといいさ」

「パーシーや奥さんが言ってたな。食べるってのがどんなに大変なことか、自分で狩って食う身、へたすりゃ食われる身にならなきゃわからない、って」ブランドンがうめく。

 ミルフィーユは雪に支えられて泣き崩れながら、小さく切り分け、つんと辛い草の根を添えた新鮮な肝臓の一口を口にし、深く深く祈っていた。 

 

 山道を抜け、平穏な沃土を駆けるうち、白く美しい、水豊かな新しい王都が見えてきた。

 都に近づくうち、街道の赤煉瓦さえ新しく焼かれた丈夫なものになり、馬車の揺れも軽くなる。

 グイン王にもらった手形を示し、バラックを抜けると見事な正門をくぐる。がっちりした内城壁の中は馬車は進入禁止、しっかりと整備された厩に預け、都市内運河の馬が引く乗り合い平底船で王宮に向かう。

「すばらしい都ね」トロイが賛嘆する。「地形も生かして難攻不落、しかも美しい」

「数学屋の設計か?放射状の大路、対数螺旋を描く下水と運河を兼ねた水路、要所の噴水広場。なんて高い対称性、数学的美だ!こんなに計画的に造られた都市はおれたちの時代にもそうないぞ」ブランドンが見まわして声を上げた。

「広場の噴水が公共水道、というわけですね。水道の水源も一つじゃなく、深い井戸もあります。これなら伝染病は全体に蔓延しません。とても健康にいい都市です」

「あちこちの花園や果樹園、養魚池で下水が一次処理されてる。だから下水の水の病原体も少ないわ」

「街路樹も、これは食べられる実をつけ、この木は強い鎮痛解熱剤になります。それに花がきれい」

 看護師でもあるクスハと、ヤマトの生命維持を一手に担っていた雪が、嬉しそうに語り合う。

 まだ建築中のところも多く、活気がありサイロン以上に笑顔に満ちている。

 だが、それだけではなくどこか奇妙な雰囲気もある。

「不思議ね。これほど景気のいい都市なのに、この街には恐怖がわだかまってるわ。恐怖と希望が同居している」トロイが街の人々を何となく読む。

 都市と一体化した、雄大な王宮。ただ一体であるだけでなく、水路と大路、上に水道中に道がある厚い壁が、難攻不落と融通無碍な脱出路を兼ね備えている。

 そして、恐ろしく清潔な、巧みに外光を取りこみ輝く中心部に向かった。

「王さまはずっと不在です。謁見などはカメロン宰相が代行しています」という侍従に頷き、差し出す盆に紹介状を置いた。

 わずかな待ち時間、かすかに髪に白が混じり始めた、それでも充分に鍛え抜かれた男が飛びだしてきた。

 トロイはライカーを思いだし、会いたさに胸が熱くなる。雪はドメル将軍の声を思いだし、奇妙な感慨に打たれた。

 精悍な男はエメラルダスを一目見て、強烈な殺気をほとばしらせた。「海賊」一言、洩れる。

「そう。でも戦うつもりはない、鍵を探したいだけ」冷静に答えるエメラルダスに、カメロンは固い表情のままかすかにほおえむ。

「グイン陛下の手紙と、俺の目を信じよう。好きに探すといい。断ったら中原を焼け野原にして勝手に探しかねないってあるが、大げさじゃないな。

 あいにく今忙しくて、付き添うことはできない。今からユラ山系に突っ走らなきゃいけないんだ」

 と言いつつ素早く全員に、たっぷりと蜂蜜を入れ火酒を落とした熱いカラム水と焼き菓子を配る。皆の旅塵を見ての細やかな配慮。

「つい最近大規模な山火事になった山脈を、焼き畑のように開拓しているのを見ました」

 トロイがカラム水をすすり、ほほえみかける。カメロンは一瞬目を見開き、少し嬉しそうに、苦笑しながら口ひげを引っぱった。

「あれはイシュトの発案だ、帰ってすぐぱっと命令を出して。ただ、ちゃんと段々畑を切って石垣を作り、肥やし木を植えないと、数年収穫したら土が流され、ノスフェラスよりひどい砂漠になりかねん。この目で見てやらないと」

「働きすぎよ、それでミスしたらどうするの」雪がつい、普段から古代の働きすぎに文句を言うように。

「スタッフの育成を怠り過労に溺れるのは、有能な士官にとって何より危険な罠です」ピカードが休暇を取らないことが悩みのトロイも真剣に言う。

「ああ、わかってる。だが元の人材不足がひどすぎるんだ」

 カメロンは苦々しげに、それを笑いに変えた。

「皆さんも優れた士官のようだ、会えて嬉しいよ。ゆっくり話したいが、どうにも時間がない。この紙を」と、カメロンはもう秘書がまとめていた紙に署名し、エメラルダスに渡した。「アルセイスに持っていけばいい。

 ラドゥ・グレイなら俺も、ヴァラキアに留学していた奴に会ったことがある。こっちからも一筆書く」と素早く紙にペンを走らせながら、「あと、イシュトにもし会えたら、何とかこっちに連絡するよう。今のところは何とかケイロニアともパロとも全面戦争は回避できた、と伝えてくれ。そばにいられなくてすまないが、それもヤーンの御心だ、とも。

 もしまたグイン陛下にお目にかかるのであれば、友情への感謝を伝えてくれ。失礼する」

 と言いながら数通の短い手紙を書き上げ、署名封印してエメラルダスに渡し、まるで風が飛び去るように、次の部屋に飛びだした。

「話が早いのはいいわね」エメラルダスもすぐに立ち上がる。

 

 イシュタールからアルセイスの、新しく整備された街道を走り、古く赤い都に着く。

 イシュトヴァーンにより焼き払われ、再建された都は雑然としつつ活気があった。イシュトヴァーン・ゴーラ王国の首都はイシュタールだが、経済的にはアルセイスの重要性は変わらない。

 赤い砂岩が夕陽と響き合い、活気に溢れる猥雑な宿が客の袖を引く。

 だがエメラルダスは目もくれず、大通りを通って宮殿の近くに馬車を預けた。

「人々はあの宮殿を、ひどく恐れているようね」トロイがふと気づく。

 エメラルダスは答えず、最も高い塔に向かった。

 主のない、惨劇の舞台となった宮殿を守る老兵たちは、カメロンの手紙を見るや官僚じみたことなしに一行を通した。

 ザンダロスの塔。物見の塔であり、パロのランズベール塔……ロンドン塔やバスチーユ同様特別な牢獄でもあった。その鬼哭啾々は入る前から恐ろしい。

 だがエメラルダスは、壁に鎖で繋がれたままの髪が残る子供の骸骨も冷然と無視し、何の感情も見せず奥に踏み入った。

 ミルフィーユはただ泣きながらトロイに支えられている。しんがりを守るブランドンさえ、抜き身の剣を握りながら叫び出すのをこらえていた。

 そして奥の、深い螺旋階段。かつてグインさえ降りてそのまま消え失せ、再び姿を現わしたのはケイロニアだった。

 どれほど深くかわからない。杖に仕込まれた強力なライトすら床が見えない。

 トリコーダーのレンジファインダー機能を使おうとしたトロイが、エメラルダスに止められる。

「ここはもうある意味うつし世じゃないわ」

「ある意味拷問ね。単調な行動は心身を蝕む」トロイが答え、正気を保とうと腕を叩き、いくつかの言葉を暗唱した。

「歌いながら降りようか」ブランドンが言って何か歌い出したが、その奇妙な響きでかえって不気味になってすぐやめた。

 どれだけ降りたのかわからない……ついに、平たい地面にたどりついた。

 そこは、暗黒よりたちが悪かった。円形で体育館程度の広さ、その壁は無数の小さな門。百か二百はある。門の奥は何も見えない。

「グインがここに来たときは、闇だったからこそ導きに素直に従えた」エメラルダスはそれだけ言って、ミルフィーユを見る。

「目を閉じて」ミルフィーユはただそうした。

「ぐるぐるその場で回って」そうする。

 十回ぐらい回っただろうか、倒れかかるところで「止まって」。

「目を閉じたまま、まっすぐ前を指さして」

 ミルフィーユが指し示した門に、エメラルダスは何の迷いもなく向かった。慌てて皆も従う。

 その門を抜けた瞬間、いきなり全員の意識が一瞬暗くなり、気がついたらそこは砂漠だった。

「ここは」

「ついてきなさい」と、エメラルダスが冷たく言って歩きだす。

 地平線まで砂の波。ひとつだけ、遠くに小さなニガヨモギの群落が見える。

 いきなり激しい日光に炙られ、悲鳴が上がる。

 幸い分厚い旅人の服には、顔をすっぽり覆えるフードがある。

「目もほとんどふさぎなさい。照り返しで傷めるわ」

 雪が警告した。

 ひたすら、歩く。あっというまに喉が焼けつく。

 トリコーダーも虚無から水を出すことはできない。

「石を口に含めば少しはましになるはず」

 と雪が地面を探ろうとするが、トリコーダーを見たトロイが小さな悲鳴を上げた。

「やめなさい。ここの砂の放射能は安全基準を超えているわ」

 エメラルダスが、ついと砂の中のある場所をよけた。

「なにかあるんですか」と見に行ったミルフィーユに、いきなり岩が巨大な口を開けて襲いかかる。

 悲鳴、姿を現わした怪物を雪とトロイのフェイザーが吹き飛ばす。

「油断しないことね」エメラルダスは振り返りもせず歩き続ける。その声もしわがれていた。

 彼女が突然止まると、トロイから杖を取り、そのままフェイザーで前面をなぎ払った。

 ただ砂が焼ける、その中からいくつか、砂ヒルがじゅっと焼けて縮み、いやな匂いを漂わせる。

 そこを通過し、岩陰が近くにあったのに近づこうとする皆を止めて、そのまま砂の中を歩む。

 静かに日が沈み、砂漠は突然灼熱から極寒に変わる。

 それが辛い、全員の足が徐々に弱っていく。

 その中、ふとクスハが何かに気づき、ふらふらと奇妙な方角に向かい始めた。

 ふいに、エメラルダスは砂の中から、小さなカードを拾いあげた。ミルフィーユがそれを見て驚く、その紋章は、自分の体の一部と言える紋章機と同じ。

 瞬間、周囲の砂漠が消え失せて闇になる。ライトがつけられるとそこは石の牢獄の奥、小さな誰もいない部屋だった。

 

 上がると、丸二日経っていた。彼らは一晩宿で休み、それからカメロンに伝言を委ねると馬車に乗ってパロに向かった。

 ユラニアからクムを横断する長い旅。イシュトヴァーンとマルコがアルド・ナリスと会うため、また記憶を失ったグインやマリウスが旅芸人に扮したあの道、その宿。

 多くの湖が運河で連なるクムに着き、馬車の車体を売って小舟を手に入れ、機械ウマを載せたまま波に揺られ、ヨーイ・ホーイと呼び交わす声を聞く。食べ物も気軽に行きあう小舟から買うことができる。

 そして陸に上がり、再びぼろ馬車を買って、あとはパロへの一本道。グインが書いた手形で、何の調べもなく国境の町ネームを抜け、そのまま赤い街道を突っ走った。

 彼らとは逆に、パロからクムの方に逃げようとする、呆然とした難民が多数いた。

 クスハや雪は、そのなかの怪我人や病人を見ては治療を始めようとし、エメラルダスにせかされてクリスタルへの道を走る。

「一体何があったのですか」

「どうもこうもねえよ。もうパロはおしまいだ!」

「モンゴールの侵略、そしてあの悪夢のような内戦、もうすべては終わったと思ったのに」

「ゴーラまでたどり着けば、そこでは食えるっていうぞ!」

「このイシュトヴァーンの手形があれば、ゴーラで仕事をもらって、パロが落ち着いたらまた帰れるってよ」

 嘆く声。わずかな家財。底なしの絶望。

「ひどい絶望ね」トロイがうめく。

 その人々の話からは、奇妙な名がささやかれる。エイラハ。イシュトヴァーンの奇襲。だが何が起こったのか、誰もはっきりしたことは言えない。ただ、パロの首都クリスタルが壊滅状態、国家機能喪失、とだけは伝わる。

「絶望に襲われた群衆の中、うかつな動きをしたら攻撃されかねません」

「わたしをさえぎる者は、踏み潰すだけよ」エメラルダスが言うが、トロイは退かない。

「それは、少なくとも遅延になります。トリコーダーの情報と、上空から空撮した地図を照合しました。この裏道をとれば、難民を傷つけずにクリスタルに急げます」

「そうね」それだけ言うと、氷を漂わせたまま女海賊は馬車を回した。

 冷酷非情、だがいたずらな残虐ではなく、徹底して合理的。短いつきあいだが、わかっている。

 

 森の向こうに煙がたなびく。

 奇妙な、ありえないガーガーが乱舞する。

 この星で産まれた事情通なら、衝撃に叫ぶだろう。ジェニュアが潰えていた。

 モンゴール五色騎士団の蛮兵も、ヤンダル・ゾックに憑依されたレムス王軍すらも一指も触れなかった聖地が。

 その悲惨の中、本来動けるはずがないところでもミルフィーユの運は働いた。倒木が二本、ちょうど馬車の車輪に合うように川にかかっているのを見たときは、皆苦笑したものだ。

 ただし、逆に怪我人に囲まれて大変なことになることもある。まあ直後、前の戦争のために埋められていた食糧や医薬品の山がトリコーダーに反応し、難を逃れた。彼女の運は良い方向にも悪い方向にも向く。

 何の秩序もないようにも見える。だが、盗賊の類は不思議とない。

 この国を知る者にはわけがわからないだろう、パロを守る聖騎士団がおらず、ゴーラとケイロニアの騎士が仲良くパトロールしているのだ。

 それも、むしろゴーラの側が命令を下して。

 ゴーラ騎士への恐怖と、内乱終結後、しばらくはパロの治安維持や国防を担当していたケイロニア騎士への親しみがうまく混じり、絶望しきった難民たちはかろうじて自暴自棄になっていない。天を仰ぎつつ疲れれば静かにうずくまり、隣の者と励まし合って、より豊かな農村へ移動していた。

 だが雪にとっては、「有能な軍によって統制されてるわね」の一言だけだった。彼女に、この星の歴史などはわからない、ただ能力だけはわかる。

「軍の論理は学んだつもりだけど、でも残酷ね」とクスハが、はだけた胴体に刃で罪名を刻まれ、両手両脚を切られ吊るされた数体の死体に吐き気をもよおす。

「仕方ない、っていいたくはないけれど、代案はないわ」トロイが眉をひそめる。

「その馬車止まれ!名乗れ!」

 三騎のケイロニア騎士を従えたゴーラ騎士が、厳しく誰何した。

「カメロン宰相から、ゴーラ王イシュトヴァーンへの使者エメラルダス。取り次ぎなさい」

 エメラルダスが命じる。その声の迫力に、ゴーラ騎士もぶるっと震え、それを抑えるように怒鳴って手紙を確認した。

「確かに宰相閣下のご署名だ。ついてこい」

 あとは素早かった。数こそわずかだが、恐ろしく機能的に編制されているのがわかる。

 ジェニュアとクリスタルを結ぶ街道から少し外れたところに、多数の天幕が張られていた。その一つに素早く案内される。その天幕にはほかにも、多数の使者が忙しく出入りしていた。

 エメラルダス同様顔に傷があり、しかもそれが美しさを損なっていない、精悍でごく若い男が身軽に飛び出す。

 一目見て、剣を抜きかけながら「あんた、海賊だな」と小さく怒鳴った。その反応は、驚くほどカメロンに似ていた。

「グインと、カメロンからの手紙か。マルコ、読んでくれ」

 剣を納めてやや落ち着いた副官に手紙を渡す。彼がちらりと眼を走らせ顔色を変えて人払いし、ゆっくりと二通の手紙を読み上げた。

「まったくあいつららしいや、わけわかんねえ、でもやることはわかるぶん文官とか魔道士とか、くそったれどもよりましだ」

 乱暴な口調で、じろじろと一行を眺める。その無数の怨霊を負う目の迫力に、クスハやミルフィーユは怯えていた。

「ラドゥ・グレイか……懐かしい名を聞くもんだ」

 イシュトヴァーンにとって、それもまた思い出したくもない痛みと、そして限りない懐かしさをもつ名前だった。ニギディア号での人生最良の日々と、あまりに悲惨な幼年期の終わり。

「ま、手紙ぐらいいいけどな、おれぁ……」少し口を濁し、マルコを見る。

「お話は聞きました。そのような仲なら、陛下のお手跡もご存知でしょうし、かえって証拠となるでしょう」

 育ちが育ちだけに、読み書きはかろうじてできる程度なのがコンプレックスだ。

「な、ならいいんだよ、な。まあ、それにグインもカメロンもこいつに逆らうなっていってるし、俺が見ても」と、エメラルダスを見つめて息を呑む。「書きゃあいいんだろ」

 と、傍らの紙を取り寄せて、うんうんうなりながらごく短い文と署名だけを書き、エメラルダスに渡した。

 それで、ふと安心したように、突然エメラルダスの傷の残る顔をじっと見つめ、自分の顔も触り、ほおえむ。

「なあるほど。ある程度以上なら、多少……」

 マルコが小声で、

「顔に傷があっても美しさは損なわれない、と思ってますね。失礼ですよ」

 と苦笑する。実際その通りだ、とミルフィーユなども見比べ、うなずいた。

「まったく、この俺も何やってるんだろうなあ」

 トロイの目を見たイシュトヴァーンが、なんとなくため息をついて手を火酒に伸ばそうとし、止めた。

「人サマの目の前から獲物をかっさらいやがってあんのバケモンども。でもって、リンダっ娘がさらわれながらパロを頼む、なんて言いやがったからおひとよしにもバカどもの面倒みてやってさ。今すぐ、一人でも飛んでって助けてやりてえんだけどな」

 ため息をつきながら、次の報告を手にして読み、短く指示を与えた。魔道士が一礼して引き下がる。

「ただ、今やっていることはとても楽しいようですね」トロイが微笑んだ。

「そうなんだよ。俺ぁ王様になったのがいやでしょうがねえ、とにかく飛びだして海賊や山賊に戻りてえんだ。けどよ、こうやって国を建て直してるときは楽しいし、忙しくて、毎日新しくやることがあって、ばくちよりたまんねえんだ。ユラニアを生き返らせたこともあるから、同じヘマはしないでうまくやれるしよ。いくさとおんなじだ、俺は天才だ!、風だ、ってからだじゅうが叫んでんだ」

 イシュトヴァーンが目を輝かせる。

「その俺の目で見たら、リンダもヴァレリウスもまるっきりへたくそだぜ、ひたすら節約ばかりして、根っから暗いんだよ!借金ばかり数えて、まるで田舎の小商人だ。盛り上げて勢いつけてやるのが国ってもんだ。ま、今はそれどころじゃねえ、一人でも多くを盗賊団みてえに抱えこんで、それぞれに仕事やって飯喰わせて、それからだけどな」

 ふと気分が飛んで、エメラルダスの目に振り返った。

「でもって、クリスタルの古代機械、だって?なんかナリスさまが、あの夢みたいな表情でよくしゃべってたな。最期の時だって、グインのちくしょうにそのことばっか。ぜんぜんわからなかったけどよ」

 また顔をしかめる。

「そうだ、ケイロニアからアルセイス、クムを通ってきたんだろ?聞きたい話はたっぷりある。俺もクリスタルに用があったな、ついてこいよ」

 身軽にウマに飛び乗り、何人かに指示を飛ばして、マルコ一人を連れて駆ける。

 エメラルダスの馬車にぴたりと寄せて、いろいろと話しながら。口調こそ乱暴だが簡にして要を得た、実際的きわまる質問に機械ウマを御すエメラルダスも、無駄な言葉なく答える。

 走りながらも多くの使者と素早くやり取りし、情報と統制は断たれない。

 

 パロの、中原で最も美しい都市と言われたクリスタルは無残な姿だった。不思議と、建物は無事だがほとんど無人と化している。

 十年もたたぬ間にモンゴールの侵略、内戦、そして今度の襲撃に、もはや人が住める都市ではなくなろうとしている。

 門を通る時、イシュトヴァーンは大きく手を振って、名馬を駆けさせて離れた。

 

 その禁断の地、ヤヌスの塔には、かろうじて魔道師の護衛があり、周辺には何人かの、焼け出されたような貴族や神官たちがテントを張って過ごしていた。

 イシュトヴァーンの許可証を示したが、侮蔑と共に拒絶される。魔道師たちはエメラルダスのささやいた合言葉にあわてて消え、何も言わず囲みを解いた。

 貴族たちの中心にいたのは、年齢より老いてはいるが顔は整った女だった。

「下がれ!そなたら下賎なよそ者が、この神聖なるパロの秘中の秘、ヤヌスの塔を冒そうなどとは、ヤヌスの業罰が下ると知れ!」

「そなたたちのような下郎が、ラーナ大公妃さまの面を見ることすら不埒なのだ!」

 共にいる人たちが叫ぶ。

 エメラルダスは完全に無視し、その女と、何人かの老いて疲れきった様子の、驚くほど美しい人々を押しのけ、勝手知った家のように地下に向かおうとする。

「行かせぬ!パロの者たちよ、この不埒者を切り捨てよ!」

 そこに、イシュトヴァーンの冷たい声。

「誰に断って命令してんだ?今この国治めてんのは誰だよ」

 と、無造作に一人切り捨て、ラーナ大公妃を蹴り倒した。

 悲鳴、血しぶき。

「い、今その汚らわしい下郎の手が、もったいなくもパロの青い血を引く」

「俺だ。その、青い血とやらがどうした?見ろ、血は赤いじゃねえか。まあ、レムスの餓鬼やリンダっ娘だって赤いってわかってるけどな。まあナリスさまを、リンダという予言者を産んだのはあらあ。でもおまえら、この女を止めるあきめくらじゃねえか。リンダっ娘なら、この女見ただけで震え上がって、それでも一歩も退かず正しく話すよ」

 むしろ穏やかな、どうでもいいという口調。マルコなどは一番恐ろしい、と怯えている。冷たい目で、無造作にエメラルダスにあごをしゃくった。彼女は頷いて壁に手を当てると、石壁に入口が出現した。

「い、行かせぬ」

「うるせえ。てめえがナリスさまのおふくろじゃなかったら……」

 激しい憎しみに、顔を押さえ、剣を振りかぶって震える。

「この女の邪魔したら、中原なんてノスフェラスみてえな砂漠だぞ。おれの邪魔をするんじゃねえ。おれは、リンダっ娘に頼まれたからこの国を生かしてやってるんだろうが。俺の命令はリンダ女王様の命令だろ」

「そ、それも認めぬ!リンダなど、反逆の大罪人、わが腹を痛めたことをどれほど呪っても飽きたらぬ、パロ最大の悪魔アルド・ナリスの妻」

 それ以上言わせず、イシュトヴァーンはもう一度老女を蹴り倒した。

「誰だろうが、ナリスさまとリンダっ娘を悪く言う奴は、このイシュトヴァーンさまが許さねえ。しかし、噂じゃ聞いてたけど、そこまでてめえの子を……だったらどんななぶり殺しにしてやっても……」

 イシュトヴァーンが震える。その腕に、トロイがそっと手をかけた。

「産みの母が子を愛さないこともあるわ。母がなくても、育ての母が」そう言って、読み取ったイシュトヴァーンの心にひっ、と息を呑み、沈痛に胸を押さえる。「そう、家庭を……でも、そんな人だってたくさんいるし、今を選ぶことはできます。

 人格は変えられなくとも、ありのまま自らの望みを見つめ、まっすぐ生きれば道は開けます。自分の生まれを言い訳にしてはだめ、今このときの行動を選びなさい。縛られてはいけない。野望を、変えられない自分の過去、境遇や罪や孤独のためでなく、今いる人の未来のために求めなさい。今こうして、多くの人の生命を助け守っていることは、だれがなんと言おうと最高の王です」

 マルコがトロイの言葉にはっとする。

「うるせえ。人の心を読むのか?気持ち悪ぃ女だな」

 とイシュトヴァーンはトロイから身を離し、駆けてきた若者を振り向いた。

 カラヴィアの紋章をつけた、美少年と言うには修羅場をくぐった、傷ついた右腕を吊った男。

「アドリアン。ババアどもを俺とこの女の前から、パロから蹴り飛ばせ。アルゴスでいいだろ」

 動き出すアドリアンに、ラーナ大公妃が悲鳴を上げる。

「アドリアン子爵!カラヴィア公の息、パロ第一の柱石であるべきそなた、よし一時は女の色香に惑い反逆者の偽国に膝を屈しても、このパロ王室の長老たるラーナ大公妃に剣を向けるというのか、青き血も引かぬ、にっくきモンゴールの将軍でもあった下郎の命令に、誇り高き血筋のそなたがおめおめと従うのか!」

 アドリアンはしばし考え、イシュトヴァーンを振り向く。

「ゴーラ王イシュトヴァーン陛下。かつて神聖パロ国王アルド・ナリス陛下を攻め滅ぼし、リンダさまに涙を流させたこと、今も許せませぬ……そして再びクリスタルを馬蹄にかけんとしたことも。

 しかし……『惚れた女が、好きでもない奴と結婚して一生泣き暮らそうとしてんだ、全部ぶっ壊してさらってやらあ』、私も同じ思いです、行動はできないでしょうが。私も無力ながらリンダ陛下を、心からお慕いしているのです。

 そしてあのとんでもない化物がクリスタルを踏みにじり、リンダ陛下をさらうのに単身挑み掛かり、どこまでも追おうとした武勇はこの目で見ております。リンダ陛下がさらわれながら、『イシュトヴァーン!わたしはいい!少しでもわたしを、ナリスを愛しているのなら、パロの民を助けて!』と叫ばれたのもこの耳で聞いております。それから、ゴーラ兵を使い、パロ兵ばかりか本国と連絡がつかぬケイロニア騎士団までまとめ、希望を失った難民たちを不眠不休で束ね、何十万人も助けてくださった。ともに何百人も殺しながら勤めてよく……。

 私は、わが永遠の剣のあるじ、リンダ陛下のご命令に従い祖国パロの民を守るまで、たとえ歴史に反逆者と書かれても。大公妃さま、ご無礼いたします」

 と、爵位を示す徽章を破り捨てて兵に命じ、わめき叫ぶ女たちをひったてて出た。

「命だけは勘弁してやってくれ、あれでも俺の大事な人の血筋なんだ。どうせあんたにとっちゃ、虫みてぇなもんだろ?あとは勝手にやんな。俺ぁ忙しいんだ」

 とイシュトヴァーンが、肩を落として出ていこうとした。

 そこに、突然煙のように黒装束の男が出現した。

「なんだ」

「陛下、また奴らがクリスタルを狙って攻撃を」

 という声に、イシュトヴァーンが色めき立つ。

「くそっ、懲りねえ連中だ。ウマ引けっ、叩きつぶしてやる!」

「はっ」

 マルコが飛びだす。

「あれは私にも用があるようね」と、エメラルダスも立ち、馬車から機械ウマを外して飛び乗る。

 そのまま、イシュトヴァーンの親衛隊数人とケイロニアの騎士たちと共に、恐ろしい速さで夜の丘陵地帯を駆けた。

 そこにいたのは、とてつもなくおぞましい、巨大なクモだった。その身は20mはあるか。おぞましいのは、その顔はおそろしくひねこび崩れた、邪悪をまきちらす人の顔に他ならないことだ。

 全身に投げ槍を打ちこまれ、魔道の炎で身を焼かれながら、かまわず暴れている。その口から、「エイ……ラハ」という呪うような声が漏れていた。

 そしておぞましいことにゴキブリにしか見えない、それでいて子供ほどの矮人のようでもある虫が多数、兵や魔道士を襲っている。すばやい動きと力強い顎、その姿の不気味さに、かなりの兵が倒れていく。

「まとまれ!飛び道具だ!」

 イシュトヴァーンの叫びに、兵たちの顔に輝きが戻るが、クモが吐いた白い奔流に数名が呑まれ、そのまま焼けた鉛を浴びた氷のように消え失せた。

「ちくしょうっ、これだからパロは!右翼第二隊、いったん退け!」

 叫びながら素早く報告を聞き、状況を掌握する。

「そっちのケイロニア兵!てめえらそれでもグインの手下かよっ!グインが泣くぞ!」

 叫びを聞いた、崩れそうになっていた兵が腹の底から絶叫し、剣を掲げて敵に向き直った。

「ゴーラの精鋭部隊も、負けるなっ!」

 イシュトヴァーンの大声が戦場を叱咤し、かろうじて崩れ立つ兵をまとめ続ける。

 彼自らも最前線に立ち、クモの巨大な足に切りこんだ剣が折れた。

「ちいっ、なんてかってぇんだ!」

 叫んで替えの剣を求めたイシュトヴァーンの手に、エメラルダスが投げた剣が吸いこまれる。

「お、ありがとよ!」

 誰が投げたのかも確認せず、襲う虫の化け物を叩き斬った、その手ごたえにイシュトヴァーンが驚いた。

「なんだよこの剣!」

「折れたりしないだけよ。さしあげます」

「ありがとよっ!」

 勇気百倍、一騎当千であたるをさいわい斬りまくる。

 直後、その醜い人顔の目が見開かれると、『古代機械!星々の旅人!運命の子イシュトヴァーン、全てわがもの!』と、凄まじい音が響く。その音自体が強力な武器となり、将兵は頭を抱えてのたうつ。

「ふざけるな!俺は誰のもんでもねぇ!」

 イシュトヴァーンの叫び。

 エメラルダスが近くの兵から槍を奪い、その刃にキスして投げつける。

 それが突き立ったクモの、人の顔の叫ぶ口に、天空の一角から光の矢が突き刺さる。

 巨大なクモは悲鳴を上げて逃げた。

 さらに空から、奇妙な音と共に無数の、光の尾を引いた流星が落ち、空中で閃光になると放たれる光の矢が、虫の化け物を確実に貫き次々と炎上させる。

「遠隔操作の、レーザー子弾散布型弾道ミサイル?」

 トロイがトリコーダーを読む。

「さらに上空に、これは」

「それ以上解析しないで」

 エメラルダスがトリコーダーを止める。

 残った虫の化け物は統制を失い、あちこち飛びまわる。そうなれば訓練された弓兵の敵ではなく、あっというまに全滅する。

「ああ……助かったぜ。ちくしょうっ」

 イシュトヴァーンが振り向き、軍をまとめた。

「あれは人の、尋常の武器でどうにかなる代物ではないわ。津波や大嵐と同じ」エメラルダスの言葉に、

「そっか。誰かそう言ってくれりゃよかったんだよ。それならそれでやりようがある」とイシュトヴァーンがうめく。

「では私たちはこれで」と、エメラルダスは一同を誘う。

「おう。剣ありがとよ。ラドゥ・グレイによろしくな!」

 イシュトヴァーンは素早くウマに飛び乗る。

 エメラルダスは無視して、機械ウマを馬車から解き放つ。忠実なウマはそのまま駆け去った。

 

 開かぬ扉が開け放たれ、エメラルダスを先頭に暗い地下道に、びくびくしながら入る。

「トリコーダーは使用禁止。自動防衛装置が作動します」

 それだけ言って、そのまま奥に行き、グインが記憶の一部を取り戻し、また失って以来動かぬシャッターに手を当てる。

 出現したコンソールに、グインの血が染みるカードの一枚を置いた。

「ネオ・グランドカイサール総合人工知能No.0336-78950α型ノ選択シ記憶シタふぁいなる・ますたー、登録名《ランドックのグイン》ノDNA、さいん当時ノ脳波でーた確認。代理ますたートシテ承認シマス。登録ヲ」

「エメラルダス」と彼女はコンソールからのぞいたカメラに目を近づけ、スキャナーに手を触れる。

「えめらるだす、登録シマシタ。アナタノ脳波ぱたーんハ、総合人工知能でーたべーすニ」一瞬、古代機械に走る光が激しく点滅する。「コレ以上ノ情報ハ、検索ガ禁止サレテイマス」

「あ、あなた」

 トロイたちにとって、それら複雑な機械はむしろ見慣れたものだ。それらの言葉も、パロの魔道師たちよりはるかに理解できる。

「これも、宇宙戦争の名残?」

「その質問には答えない」とエメラルダスは言って、淡々とキーボードで処理を続ける。

「うぃるす・ぷろぐらむ・めっせーじ、jr112542e4時空、座標1122*11551-445132、えんたーぷらいずE、でーたノぽじとろにくすニ送信、完了。転移希望者ハかぷせるニ移動シテクダサイ」

「行きますよ」と、エメラルダスがまずトロイを見る。

「データ?データに、エンタープライズに何を?」

「害がないことは保証します」

「……これは、エンタープライズの、私たちの転送装置と同じものですか?転送装置は物体は送れるけれど、情報でしかないコンピューターウィルスを、まして並行時空に送るなんて」

「機能は似ているけれど原理はかなり違うわ。それ以上の質問は禁じます」

 その目に、怯えながらも転送慣れしているトロイがまずカプセルに入る。

 次々と、かすかな不安とともに転送されていく。

「私の転送命令の実行時点で代理による起動は終了。代理カードを処分し、十秒後に最低限の機能を残した偽装シャットダウンを実行しなさい。

 残す機能は、今後次に最終マスターグインの命令が入るまで、パロ領土から指定された精神波帯域を排除することに限定します。そのためのエネルギー・演算・観測・軌道兵器を兼ねる支援衛星をこの静止軌道に置きます。遠隔通信帯域……タウニュートリノ通信コード……」と細い指がさらにキーボードに踊る。

「了解シマシタ。通信てすと、確立。転送後、命令ヲ実行シマス。転移希望者ハかぷせるニ移動シテクダサイ」

 無機質な声と共に古代機械は作動してエメラルダスの姿も消える。それからコンソールに乗ったカードが蒸発し、コンソール自身も引っ込むと、またシャッターを下ろして深い眠りにつく。

 その頃、ナタリ湖から波紋一つなく打ち上げられ、南の赤道はるか上空に留まる新しい星は、誰の目にも留まらなかった。それは魔道による超知覚も含め、すべての目から隠れていたから。

 

 

 その時。

『その時』という言葉ほど、無意味な言葉はない。何の時だろう。

 グインの世界の、中原の、ヤヌス教団の記年法だろうか。そのヤヌス教団の中核、ジェニュアがもうないというのに。

 それともヤンダル・ゾック治めるキタイの、または魑魅魍魎集うヤガの暦か。

 または古代機械内部の精密な量子時計か。

 エンタープライズE艦内の時計か。ラアルゴンの元号か、それとも宇宙暦か。ハガネやヒリュウ改の従う暦か。

 それともテレザート星の時計か。

 この、時空が乱れ無数の世界が交わる混沌のタネローン近宙に、『その時』があろうか。

「右、カンフーマスターをフェイザー一斉射撃で援護!正面のビッグコアに光子魚雷」

「山本機損傷。パイロットのみ強制転送で収容し、すぐにヤマトに送り返します」

「ブルックリン・ラックフィールド、緊急修理を要請!一時転送します」

「正面の小型要塞、ダイゼンガーがシールドを破壊しました。アシュラン海兵隊一個中隊をこちらに転送し、敵艦内に再転送します」

 トロイのいないエンタープライズのブリッジで、全員が激しく戦い続ける。

「タイラー提督からの修理要請受領、つぎのめい」

 それだけ言ったデータが、突然動きを止めてコンソールに素早く何かを入力する。

「龍虎王およびブルックリン・ラックフィールド、該当座標に転送。次いで無人のまま、コスモレトリバーとワーウルフ各一機、仮称タネローン地表の該当座標に転送」

 転送室からの、いぶかるような復唱。

「承認する、実行せよ」

 データの静かな言葉。

「おい、どうしたデータ!転送作業中止!」

 異常を感じたピカードが叫ぶ。

「すみません、転送は終了しています」

 転送室からの報告。データが少し首をひねり、

「わかりません。私のポジトロニクス脳が、何らかのウィルスに侵入されて今の行動を行わせたようです。現在はそのウィルスの影響はありません。再チェック完了、当該ウィルスそのものに、そのバックドアを閉鎖するプログラムが添付されていました。今後同様の攻撃を受けるリスクは無視できます」

「それなら……この戦闘中に、何があったというのだ」

「最初の、これは意味を持たない座標じゃないか」

 ライカーが愕然とする。

「そこに、人を転送してしまったのか?」

 と、絶望的な表情のピカード。

「われわれの、今の物理学上は意味のないエラーです。ただしウェストフォールとブランドンが研究していた多元宇宙を解析する物理学においては意味のある、別時空の特定座標と解釈できます」ウェスリー・クラッシャーが意味がわからないような表情で言う。「それに、その、僕の能力も何か使われたような感じがあるんです」

「なら、とりあえずは……いや、それどころじゃない。右舷方向からカバードコア接近!ヤマトの射線内だがこのままではエンタープライズに当たる。姿勢制御の上フェイザー掃射!」

 ピカードが素早く切り替え、戦闘モードに入った。

 

 

 エメラルダスたちが気がついたのは、港町の一角だった。

「ここは」

「ナントの海、南ライジア島ジュラムウ港」エメラルダスが皆に言う。「無法の海賊島。警戒しなさい、決してはぐれないように。どれほど体力があり、都市一つ焼き払えるフェイザーがあっても、魔道で気配を消した影からの絞首紐、果物に仕込まれた眠り薬にはかなわない。気がついたらクムで売られているわよ」

 そう言って、赤いマントを翻した。

「暑いところね」

「太陽がほぼ真上、珊瑚礁の地質、熱帯ですもの」トロイが言って上衣を脱いだ。

「黒人ばかりだな」ブランドンが言って、何かの手ぶりをした。

「あなたたちは慣れていないの?」と、トロイがミルフィーユや雪に訊く。

「私の地球では、アフリカやアメリカは最初に、遊星爆弾で壊滅しました。ヤマト乗員は日本人が主です」雪が唇を噛む。

「トランスバール皇国も、不思議と人種の違いはないんですよ。エンタープライズでも、でもラフォージさんとかガイナンさんとかいい方が多いのもわかってますが」ミルフィーユがおどおどと見まわす。

「わたしがいたところでは、いろいろな人種の人がいましたから」とクスハは落ち着いている。

「さ、行きましょう。まず腹ごしらえからですね」

 エメラルダスが皆を促す。皆すっかり空腹なのを思いだした。

《波乗り亭》というかなり大きな店で、彼らは見事に目立っていた。人種が違う上に、いずれ劣らぬ美女揃い、ブランドンのようなたくましい美男も需要はいくらでもある。

 海賊どもにとっては、カモがネギ、それに白菜と大根と豆腐とシイタケまで背負っているようなものだ。いや、この地域の好みで言えば、人間の体重ぐらいある白身魚がクラムと呼ばれるトマトに似た実、貝とりどり、黒エビに海鳥の玉子、油っ気の強いヤシの実を背負っているように見える。

 だがエメラルダス以外はそういう視線に慣れていないのか、何も考えず上記の海鮮鍋にかぶりつき、芋を蒸して潰した団子をほおばっていた。

 突然、数人の背が高い、かなり様子のいい男たちが「相席していいかな?」と入りこんできた。

 テーブルは大きく、確かに二つほど余裕はあったが、まだまだ店には空席がある。

「この島のもんじゃねえよな?」

「べっぴんさんだねえ」

「ほら、こちら酒をもう一杯くれ!呑もうぜ」

 気がつくと、他のテーブルも動いて、十人以上が押し固められるように集まっている。

「何の用できたんだい?なにかお役に立てないかな?」

 にやにやした顔で、格別長身の男が訊いてくる。

「はい、何かエメラルダスさんが、捜し物がある、とかいってました」

 素直にミルフィーユが答えてしまう。

「捜し物?まるで一昔前の、コルドの財宝でみんなが沸き立ってたころみたいだな」

 男たちが大笑いしてカップを打ち合わせる。

「そのコルドの財宝よ。ちょうどいいわ、《黒い公爵》ラドゥ・グレイのところに案内してください」

 エメラルダスが言って、金貨をテーブルに置いた。

 じわっと、目の圧力が強まる。

「おいおい、どこのトーシロだい?コルドの財宝は、ラドゥ・グレイが一度手に入れ、そして《血の伯爵》の裏切りの末、島ごと海に消えちまった、って話を知らないのかい?」

 大笑いが店に、なんだか恐ろしい響きで響く。

 幾多の戦場をくぐり抜けている皆が、なんだか怯えている。例外と言えばトロイぐらいか。クスハやミルフィーユは、確かに負傷兵の血を拭うことはあるにせよ、基本的には巨大な機械の中でディスプレイの中の標的を撃つだけなのだから、生身の、血塗られた男たちが出すなんとも言えない気迫には慣れていない。

「ま、《黒い公爵》から直接訊くんだね。食い終わったら行こうぜ、ねえちゃんたち!」

 下卑た笑い声と、にじみ出る殺気。

 食欲を失ったミルフィーユたち、だがエメラルダスがびくびくと遠巻きにしている店員に、脂の乗りきった大ウナギの甘辛煮と、海亀を内臓ごと刻んだ実だくさんの激辛スープ、それに黄色くひどい匂いの果物にたっぷり蜂蜜をかけるよう追加注文し、(生き延びたければ食べれられる時に食べておきなさい)と目で命じた。

 食べ終わった彼らが連れ出される。それは端からどう見ても、連行にほかならなかった。

 エメラルダス一人は堂々と、それがいつものことのように。

 ブランドンも虚勢を張って巨体を強調しているが、周囲の黒人たちは彼以上に身体が大きい。

「さてと」

 リーダーらしい男が言った瞬間、エメラルダスの両手首を男がつかみ、次の瞬間切断された指に悲鳴を上げた。

「女の身体に、無闇に触らない事ね」

 そう言った彼女の腕には、カミソリのような刃が仕込まれていた。

「てめぶ」

 叫びは最期まで出ない。エメラルダスの短剣が、下からリーダーの心臓を貫いている。

 ブランドンが抜こうとした剣が、狭い路地に引っかかる。その隙に嫌と言うほど殴られるが、それで目が覚めたのか拳二つで激しく殴りかかり、乱闘になる。

「これが目にはいらぐぇ」

 と、雪に刃を突きつけようとした男の目に投げられた短剣が柄まで入り、男がくずおれる。

「くそ、こいつら、はやくお頭に」

 わらわらと集まってくる増援。

「ちょっとやばいかな」

 ブランドンが一人を殴り倒して、笑った。

 そのとき路地の外側で閃光手榴弾が弾け、そちらに向けて一瞬敵の目が向いた、その瞬間追いつめられていた路地の、石壁に戸が開き、黒い手が招いた。

 エメラルダスが素早く、全員を部屋に導き入れる。

 

 壁の奥の隠し部屋にいたのは、とても品のある初老の男だった。黒人種でもこれほど美しく気品あふれる人がいるとは、誰もがまずそう思った。

「ラドゥ・グレイですね。エメラルダスです」

 エメラルダスが言うと、二枚の紹介状、それにブランドンが背にしていた荷物から、一本の短い剣を差し出す。

 男は軽く頷き、受けとった手紙をさらりと読む。

 その恐ろしく落ち着いた、それでいて深い悲しみと諦念を帯びた目。まずカメロン宰相に似ている、と思い、それからトロイにはかつて遭ったカーク艦長を、雪にはなぜかスターシヤ女王を思い出させた。

「イシュトヴァーン。懐かしい名だ、あの忘れもしない秘宝探索と《赤い伯爵》の裏切り、すべてを失った彼を拾った……少年の夢が無惨に破れ繭から出ようともがく、羽が固まりきらない蝶。美しく儚い、夢が人の形をとったような、それでいてサメの無垢な残酷さも持っていた。伝え聞くその後のサーガも、彼ならばさもあらんと思うよ。習字を学ぶ時間もないほど、戦場を駆け回ってきたのか……その一刻一刻の苦闘が、血の海が、百夜語り明かすよりこの一筆からわかる。怨霊の大軍を引きずり、純白の毛皮を深紅に染めて駆ける狼の姿が目に浮かぶようだ。

 カメロンも、留学したヴァラキアで、肌の色しか見なかった人々と違い、魂をまっすぐに見てくれた友……」

 その、万年を経たウミガメのような目が哀しみに沈む。

「私の目にも、あなたはきわめて危険な存在だとわかる。すぐナントの島まで案内しよう。もし宝を回収できれば金銀はわたしが得るし、あなたが要求した小さなカードはあなたに渡す」

 海賊王の決断は早く、余計なことは一言もなかった。

 

 どっしりとした巨船が、堂々と海を航る。

 賓客としてのエメラルダスたちの待遇はとてもよかったが、エメラルダス以外は荒くれ男に囲まれ、不安のほうが大きかった。

 穏やかなレントの海。簡素だが滋養豊かな保存食、時に新鮮な魚、良質の酒。

 ラドゥ・グレイは答えにくい話は聞かず、むしろ彼らがこの惑星で見てきた、ケイロニア・ゴーラ・クム・パロの話、何よりイシュトヴァーンやカメロンについての話を巧みに聞き出した。そして自らの、特にヴァラキア留学での豊かな体験を静かに語り、客たちを楽しませた。

 今も肉を積極的に食べないミルフィーユに、グレイは二人きりになったとき、イシュトヴァーンが仲間の少年たちを、海賊たちに肉として食われた話さえして、それでも彼が立ち直ったことを暖かく語りかけた。

「若いというのはいい。世界の残酷さに直面し、それでも立ち直って、どこまでも突き進む力だ。どれほど私が、彼の若さに憧れたか。もう少し若ければ、彼の噂を聞いたときカメロンのようにすべてを捨ててはせ参じたものを、今もどれほど思っているか」

「カメロン宰相は、彼のそばにいられないことを悔いていたようです」

「それが彼にとって、ヤーンの選択だったのだね。だが、一度だけでもしがらみを振り切って愛する者の所に走ることができた彼を、私は羨むよ。それが自らの破滅を悟った、汚名と報われぬ哀しみの道だとしても。彼のために命を散らした、あのランという少年のことも」

 グレイとの酒はいつも静かだった。

 ブランドンは話をするより、むしろ大量の紙とペンを用意させ、不眠不休でなにやら書き続け、トリコーダーを強引に卓上計算機に改造して計算を続けていた。彼が見てきたエメラルダス号、そしてパロ地下の古代機械から見て学んだものすべてが、何か形になろうとしているようだ。その都度、常に三人一組で研究してきたウェストフォールとスティヴンスの名を呼ぶのを止められぬようだ。

 ナントとゴアの分岐は、ウミネコ島と呼ばれていた。島と言っても、ごく小さな岩礁に過ぎない。

 それを過ぎ、また静かな航海が続く。

「ランド・ホー!」

 大きな声がマストの見張りから響く。宝はない、と何度言われても海賊の性か、水夫たちは少しでも高いところに登り、島を食い入るように見ていた。

 限りなく不吉な、最近崩れた山がまだ深い傷跡を残す島。

 素早く艦隊が連絡を取りかわし、上陸の準備をする。

「私たちが先行します。あまり見られたくない、おそらくあなた方の想像を絶することもあります」

「私と数人の腹心が同行してもいいか?この島で、十分とんでもないものは見ている、秘密は守れるし、とんでもないことだとしたら言っても誰も信じないだろう」

 グレイが悲しげに笑った。

「そうですね。ならばどうぞ。三日後に、宝を受け取れる数の手もよこしてください」

 少人数の人々だけが、小舟で呪われた船に上陸する。それは海賊たちにとってはむしろ見慣れた、島流しの光景である。グレイも、自分だとわかるような服装ではなく単なる旅装である。

「もったいねえな、あんなべっぴんさんたちを」

「たっぷりかわいがってやってから売り飛ばせば百ランにはなるのに」

「おれたちもいっそ上陸して、あいつらを売り飛ばしてから宝を探してみようか」

「いや、それはお頭がゆるさねえよ」

 そういうのが海賊たちの、素直な感慨に他ならなかった。

 足を切り裂く珊瑚礁の浜を、頑丈で水はけのいいブーツでや革サンダルで支え合いながら歩き、とにかく水場を確保する。

 そして全員、顔から足元から頑丈に厚布で固め、深い熱帯雨林を手斧や長鉈で切り払いながら、何とか歩く。

「いいですか?」とトロイがエメラルダスに許可を求め、集束したフェイザーで人が行けるだけの道を焼き切ってからはだいぶ楽になった。無論その技術は、グレイたちにとっては驚天動地だったが、彼はなんとも思わないように見えた。

 その密林は、女子供に進めるようなものではなかった。不気味な虫や植物がたくさんいる。といってもトロイや雪はあらゆる異星生物に慣れているが。

 ミルフィーユたちも進めたのは、彼女たちがそれなりに戦場で、そしてこの惑星での冒険で色々と見てきたからに他ならない。

 緑に穿たれたトンネルを抜けると、そこには無惨に崩れた山だった。

 瞬く間にすべてを食い尽くす熱帯雨林の緑も、その崩落した瓦礫には手を出せないかのようだ。

「ここからだな。クラーケンの一種を、あの奇妙な矢が射落としたからには、ここに大きな脅威はないはずだが……」

 グレイが静かに警戒する。

「何か、非常に強いエネルギーがあります」トロイが、もうおおっぴらにトリコーダーで分析する。「あと、非常に強い怨念もあちこちから感じます。これほどひどいことはめったにありませんね」

「気をつけていなさい」

 エメラルダスが言って、崩れた岩の一つを見る。

「誰だ、あれは。あれは岩じゃない」

 グレイが息を呑んだ。

 その、青黒く大きな、まるでさっき森で見た毒々しい甲虫のような岩が、突然盛りあがる。

 岩の下には、二人。

 一人は、ナチスドイツ将校の服装をした男。もう一人はくわえたバラを見るまでもなくカミュ・O・ラフロイグ。

「お久しぶりね、クロスターハイム」エメラルダスが冷たく言う。

「ヒトラー総統の命令により、あなたがた全員を逮捕します」おだやかな、皮肉に歪んだ礼儀正しさに、限りない不快感を感じる。とっさに読もうとしてしまったトロイが激しく嘔吐し、雪がその背をさする。

「もうやーだ、なんでこんなところまでくるんですかぁっ!」ミルフィーユが半泣きで叫ぶ。

「こんな星の彼方で出会えるなんて、運命だよハニー。さあ、今こそ二人、美しい血の花園で永遠に過ごすんだ」

 その背後の岩が盛りあがり、みるみるうちに形をなす。巨大な、大きいハサミを持つロブスターの上体に、数知れぬ足を持つムカデの下半身。

 そして、何度も戦ったあの偽紋章機が海面を割って飛び上がる。

「な、なんだこれは」

 グレイがただ呆然と、その巨体を見守る。

「フェイザーを使用します」

 雪が杖を向け、それこそ島一つ蒸発させる閃光を叩きつけるが、両方が張る分厚いバリアに弾かれる。

 絶望が広がる。

「さて、そろそろね。ミルフィーユ、あなたの力を少し借りたわ」

 エメラルダスが言うと、山頂の、宝を深く呑みこんだ平たい瓦礫、そこに強烈な光が集まり巨大な竜と虎の姿、そしてパイロットスーツの青年が出現した!

「うああああああああああああっ!」

 海賊たちの、もうあげすぎで枯れた悲鳴。

「ブリット君!」クスハが叫んだ。

「え……ビックコアは、……」ブリットは叫ぶ少女を見つめ、信じられないように目をこする。「クスハああああああああっ!」

 絶叫して駆け寄り、強く彼女を抱きしめた。

「ブリット君……ブリット君!」

「クスハ、無事だったか、どんなに、なんで、どんなに……」

「ブルックリン・ラックフィールド。あなたたち、そして龍虎王に助けてもらうことがあります」

 エメラルダスが、何ごともなかったように言う。

「あ、あの転送器からエンタープライズに連絡したのは」

 トロイが呆れたように彼女を見る。ただうなずくだけ。

「そう、そうね。いくわよ……」

 クスハとブリットが手をつなぎ、竜と虎を見つめる。

 光の嵐が去り、そこには龍の頭部を持つ、巨大な人型の姿があった。

「百邪斬断、万精駆滅、急々如律令!」

 クスハの声と共に、無数の呪符が放たれてバリアを無効化し、高速機動する偽紋章機を追尾して破壊の閃光が舞う。

 ハサミで胴をちぎろうとする長い魔体、ハサミを腹の虎口が噛みちぎり、聖剣が振りおろされる。

「龍虎王、移山法!神州霊山!移山召喚!急々如律令!」

 舞いと共に天空が割れ、巨大な岩が落下して、ムカデを海底深く沈め埋める。

 激しい闘いの末、敵は二機とも逃げた。

「くそっ、逃げ足の速い……みんながいれば、逃がしはしないのに」ブリットが悔しげに見送る。

 すぐに、エメラルダスが虎龍王に再変型するよう命じた。

「そこの岩場を掘り起こして」

 二人は素直に従って、巨大な大刀……刃の広い薙刀で瓦礫を掘り、巨大な爪で体育館より大きな一枚岩を裏返して投げ捨てる。

 人々はその暴威から隠れ、丈夫な岩の影で震えていた。

「ありました」

 グレイが先頭に立って駆けつけると、そこには奇跡的に潰れていない、黒い箱があった。

 その中には無数の、黄金や宝石が、もう日が沈んで照らすイリスの光にもまばゆく輝いている。

 エメラルダスが、何の感慨もなくその宝に手を突っこみ、紋章が刻まれたカードを引き出した。

「それでいいのかい?しかしまた、この悪魔を見てしまうとはな」

 グレイが悲しげにつぶやく。

「これほど呪われた宝もない。ああして人の手に届かぬ深さに封じられて、ほっとしていたんだ」

 そして、もっと悲しそうに海を見る。そこでは、《黒い公爵》を追っていた何隻かの船と、彼らが乗ってきた船が闘いを始めていた。

「ハエをひきつける巨大で腐肉の匂いがする花だ。コルドの宝の話をすれば、すぐに裏切り者たちをあぶり出せる」

「最初から、それを狙っていたんですね」

 雪が呆然とグレイを見る。

「そう。定期的に掃除をしないと、私のやり方についていけない連中が集まって、変なことを企む。さあ、私は私で闘いの指揮を執らなくてはならない」

「私たちには、小型船を無人で置いていってください。宝は船まで運びますよ」

 エメラルダスが言い、超機神が軽々と大きな鉄箱を持ち上げた。

「カメロンの手紙に、こちらで一筆つければ沿海州やケイロニアでは通行証として通用するはずだ。タリアやロスでは反ゴーラ感情が強い、私が発行するこの手形を出しなさい」と、海賊王が懐から出した手紙に手早くペンを走らせた。

 裏切り者の船も、超機神の恐ろしい巨体がこちらに向かってくるのに戦意を失い、次々に白旗を揚げたり、何人かが船に飛びこんだりする。

 巨大な鉤爪のある手が、柔らかく重い鉄箱を船に置き、もう一方の手に乗せていた海賊たちも降りる。

 そして超機神は姿を失った。

 グレイが手を振り、早速剣を抜いて闘いの指揮を執る。

 島のもう一方の岸に、二頭のウマが水中から駆け上がった。

 本来ならウマに泳げるはずのない大海、だが……機械の体なら海底を駆けてここまで来るのも簡単なことだ。

 日が中天に上る頃、闘いは終わり、帆桁端に縛り首を鈴なりにした《黒い公爵》の船隊が、一隻だけ一本マストの小船を残して帆を上げ、去っていく。

「では行きましょうか」

 エメラルダスが全員を乗せ、機械ウマが変型して船外ウォータージェットおよび水中翼となる。エメラルダスが舵を握ると、帆船や人力で漕ぐ船ではあり得ぬ高速で、小型船は血に染まったレントの海を駆けていった。超機神は本来の姿で、水中深く潜って従う。

 

 そのまま、積まれていた真水や食糧が尽きるより早く船はヴァラキア、タリアと補給に寄っただけで、ロスの都からケス河を高速で遡った。

 沿海州諸国は、第二次黒竜戦役でモンゴールを食いちぎったこと以外、それ以来の動乱にも巻きこまれず平和だった。海続きのヤガやスリカクラムがミロク教徒の手で、不気味な異郷と変貌していることは伝わるが、それに動く気力などない。

 カメロンを失い、かのオリー・トレヴァーンも病みついたヴァラキアは、かすかな腐臭を漂わせながら海の変わらぬ日々に忙しく働いている。

 アグラーヤはパロの、人智を絶する魔道の内戦に狂った娘を引き取り、何かに怯えたように閉じこもっていた。

 野心に満ちたアンダヌスも、モンゴールの復興と凋落、ゴーラの勃興とうち続く動乱についていけず、静かに貿易の富を蓄積し牙を磨くのみ。

 タリア自治領は、盟友であるモンゴール滅亡の恨みに燃えるも沿海州諸国を反ゴーラで立ち上がらせるには至らなかった。遠く離れていても、カメロンの長い手は重みを失っていない。

 そしてケス川河口の港町ロス。モンゴール領、すなわちゴーラ領であるはずだが、ここまではその憎悪と暴風も届きはせず、ただ富を稼いでは、どこに行くかもわからずモンゴール政府とされるところに貢ぐのみである。

 海賊王の悪名と、同時に海賊たちを制御して強大な海軍国となり、交易で多くの富を産みつつあるラドゥ・グレイ、そしてカメロンの手形を呈示する小船に、うろんな顔を見せながらも強く出られる活力などない。金貨だけを見て言うままに真水と食糧を積み入れ、一夜の宿に新鮮な魚を料理するだけだ。彼女たちが美しい男女とりそろえクムの魔窟タイスと並び称されるチチアの快楽に目もくれないことも、ミロク教徒と誤解して見逃す。ほとんどの人に、ものを見る目などないのだ。まして、その船の水面下に従うとてつもない姿のことなど……

 ケス河には大口をはじめ多くのおぞましい魔物がおり、河の水すらも毒を含む、中原とノスフェラスを隔てる死の魔境に他ならない。だが、水中翼の高速は、魔物たちの牙も切り裂いて飛び去っていく。

 スタフォロスの廃墟を横目に眺め、かつてアムネリスが渡した浮き橋の跡を迂回する。

 イシュトヴァーンがモンゴールの反乱軍残党を虐殺し、記憶を失ったグインを捕らえた岸も、血の跡など残してはいなかった。

 源流が近づき、水深が浅くなって危険が増した。龍虎王はもう水から上がり、ノスフェラスの岸を歩いている。

「これから、どこに行くのですか?」

 エメラルダスの恐ろしさを散々聞かされたブリットが、びくびくしながら聞いた。彼女はそれに答えず、

「そろそろ船では限界ね、龍虎王で船を持ち上げて運びましょう」

 と命じるのみだった。

 それを目撃したセムやラゴンの間で、どんな伝説が語り伝えられることになったか……後にその話を聞いたグインは、さてはキタイの竜頭人身族かと誤解したものだ。

 ケス河は、ヴァーラス湖沼地帯から幾筋も流れる支流が複雑に絡まる。その一つはナタリ湖にも合流するほどだ。

 その道を通り、龍虎王は水中に身を隠してナタリ湖に向かう。

 

 到着した湖はあくまで静かに、漁や船遊びをする船たちが騒いでいるだけだった。超機神は水中深く命令を待つ。

 岸に船を着けたとき、そこには五千に及ぶ最精鋭が待ち構えていた。

「待っていた」

 略王冠に甲冑の豹頭王が、堂々と進み出る。その傍らにはランゴバルド候ハゾスが、これまた一軍を率いて天幕を巡らせている。

「〈世捨て人のルカ〉の警告があった。ナタリ湖に行って待つように、と」

 敵意はない。だが強大な王気だけがある。

「思っていたよりも、織り目を乱していたようですね。旅の話でしたら、ランゴバルド城で」

 エメラルダスの言葉に、グインはうなずく。

 鍛え上げられた精鋭部隊は礼を保ち、賓客を美城に鄭重に送った。

「先に言っておきます。念のため、ナタリ湖周辺から人を避難させ、船を引き揚げてください。そこから小型の星船を回収します」

 城の大きなテーブルで、エメラルダスが告げる。

 ハゾスが心を尽くした食卓の用意がなされていた。くるみソースの名物料理、焼き上げた牛肉をはじめ、ユラニアやモンゴールの過剰、パロの退廃、クムの刺激のどれにも偏らぬ、質実剛健で中庸を保つ料理は、旅人たちにとっても味わい深いものだった。

「このようなこととはいえ、陛下をこのランゴバルド城にお招きすることはとても幸せです」

 ハゾスの言葉はへつらいではなく、心からの楽しみに満ちていた。

「俺も好きだ。それで、最悪の場合には?」

「グラチウス、ヤンダル・ゾックやその眷属である怪物、そして〈混沌〉の軍勢が争うことになるかもしれません、大きい力ですから。ただし、この星の住民に被害を与えることはさせません」

 エメラルダスは食事でも完璧な儀礼を保ちつつ、穏やかに言った。

「信じよう。旅の話も聞きたい、カメロンは、パロはどうであった?」

「カメロンは息災で、ゴーラはよく治まっています。ユラ山系焼け跡の開拓により国力は増すでしょう。クムは豊作で、ミロク教徒が増えているのを見ました。

 パロは中枢を失い混乱していますがイシュトヴァーンが掌握し、クリスタル周辺は最低限の秩序を取り戻しつつあります。怪物の襲撃もありましたが撃退し、私が古代機械に、今後パロが襲撃されないよう守りつつ停止を偽装するよう代理権限で命令しました」グインの、豹の口の端がかすかに上がる。ハゾスには、それが笑いだとわかる。「ケイロニア兵たちも公正に扱われています」

「それはよかった。心配していたのだ」

「ヤガ周辺で出ると言われる巨大な怪物、恐ろしい話です。ワルスタット方面でも、パロ難民はかなりいます」ハゾスが言い添える。

「南海では、ラドゥ・グレイがまた反抗分子を粛清し、安定を強めています。八隻を五日で動かせる海軍・海上交易国家として機能していますよ。沿海州に大きな変化はありませんが、ライゴールは軍船を増やしています。イフリキヤではミロク教徒の迫害がありました」

 エメラルダスが簡潔に言い終える。

 そして、共にいる人々にもグインやハゾスが色々と質問し、それぞれ見た限り答えていく。食べたもの、天候、天幕の白さ、兵士の装備や訓練具合……すべて為政者にとって、特に情報を重んじるグインにとってはこの上なく貴重だ。

 軍人や科学者で、観察・報告・記録の習慣がついているため、情報もわかりやすい。感情を読み取れるトロイ、看護師の訓練を受けたクスハ、ヤマト生活班長で生命維持・公衆衛生・食糧生産のエキスパートである雪の言葉はそれぞれ万金の価値があった。

 遠い南方の情報も得がたいものだ。

「ゴーラでは、アルセイスも辺境の村も、この水準の文明にしては異常なほど清潔で、栄養状態のいい小さい子供がたくさんいます。健康水準が非常に高いんです」クスハが地図を指差しながら報告する。

「二十年後、三十万の精鋭になるということだな」グインが頷く。

「それを支える働き手にも」雪が真剣な表情になる。

「ゴーラの清潔令は、イシュトヴァーン王の気まぐれな狂気だと思っていましたが」ハゾスが首をひねる。

「清潔は伝染病を減らし、人口を大きく変えるのだ」グインが嘆息する。「だが、同時に食糧がなければ」

「ここで多く食べられるガティ麦が育たない乾燥地でも、ナリス輪作と呼ばれる新しい作物の栽培が見られました」雪が告げ、トリコーダーで調べていた作物のリストを出す。ビタミンだの必須アミノ酸だの空中窒素固定だの光合成の種類だの、ハゾスには意味不明だがグインには理解できたようだ。

 グインが唸り、「アルド・ナリスの名の、新しい作物による輪作。報告にあったな」眉をひそめ、かたわらの書類を繰る。

「聞いています。密約の噂がある、今は亡き神聖パロアルド・ナリス聖王からイシュトヴァーン王に多くの書簡があり、そのなかには密偵がきいた噂では、農業や伝染病対策についてもあったとか。ナリス聖王が様々な研究をしていたことは知られていますが……野蛮なイシュトヴァーン王が」ハゾスが首を振る。

「いや、彼は勘がよく、教育こそないが矯められぬ高い知性がある。またパロ内乱で、多くの知識人がゴーラにも流入している」

「それも、うまくいくことを繰り返し、うまくいかなければ捨てる、というやりかたのようです」トロイがさりげなく、それでいて強く忠告する。ワープ以前文明に対する干渉になりかねない、艦隊の誓いギリギリの言葉だ。

 グインは恐ろしく深刻に目を輝かせる。

「すばらしい情報に心より感謝いたします。ナタリ湖周辺からの避難、船の引き揚げには四日いただけますか?もちろん、その間わがランゴバルド城に滞在していただければ幸いです」

 ハゾスがそう締めくくった。

 

 その朝。十分に腹ごしらえをし、準備を整えて、船を湖の中央、どこまで深いかわからない島のない水面に寄せた。

 ケイロニア領、ランゴバルド領の、本来なら財産であるものを持っていくのだからせめて見ておきたい、とグインがたって希望した。

「では陛下お一人で。ここから先は、ダーク・パワーの領域です」

 エメラルダスの言葉にグインはうなずく。

「彼女は信頼できる。あの黒死病のときも、俺は一人で戦いに出て、帰ってきたではないか。案ずるな、ハゾス。そしてこれは剣にかけた命令でもある」

 ハゾスは半ば涙ぐみ、

「ご命令とあらば、それが剣を捧げるというもの。ああ、陛下の鎧がうらやましい!どうか、どうかご無事で」

「全員、ありえる最大の波が届かぬ高みに待機せよ。軽い材木を体に縛りつけておくのだ」

 グインが命令し、エメラルダスとともに小船に乗る。

 小船が湖の中央に漕ぎ出し、エメラルダスが水面に手をさし伸べる。かすかな光と共に、船がかききえた。

 湖岸の精鋭部隊は驚きつつ、訓練通りに規律を保っている。パロ遠征で、この世ならぬ事を散々見てきたことも功を奏している。

 

 水面下に、すーっと下がっていく船。沈むのとはまったく違う、揺れ一つない。

「閘門を用いた運河で、水の力でゆっくり下がるようだな」

 彼らにはエレベーターの概念はない。その気になれば塔に沿って、井戸のつるべ同様に籠を紐で吊り降ろすことは可能だろうが、そんなことを考える発想自体がない。

 船が完全に水面下に没しても、甲板上のある程度は不可視の壁で水から守られている。

 澄んだ水、まもなくは泳ぎ回る魚が見えるのが珍しいが、すぐに光も届かない深みとなる。

 そして、深い深い湖底の泥に柔らかく着水し、そこには巨大な、この星の人には何なのか計り知れぬものが座し、主人の帰還に光を点した。

「巨大だな」

 グインにはそれしか言えない。全体像がとても見えないのだ。

「あれは?」

 そこにはエメラルダス号が放つ光に浮かぶ、超機神の巨体。

「何かの、彫像だろうか?」

「二人とも」

 エメラルダスに言われ、クスハとブリットの姿がかき消える。そして超機神は搭乗者の念動力に反応し、目の光を取り戻した。

「どこかで見たような気がするが……」

 グインが目を奇妙に光らせる。

「あれとはまったく違うわ」

 エメラルダスが言う。巨体の下の帆船部分……それすら、ケイロニア最大の船よりはるかに大きい……の一部が開き、船を受けられる内部ドックが出現した。

 エメラルダス号の牽引を受け、船はドックの底に身を委ね、扉が閉まると共に水が排出され、甲板と同じ高さに向けて渡り廊下が壁から出てくる。

「乗船を歓迎するわ、グイン陛下」

「歓迎に感謝する」

 型どおりの挨拶を交わし、グインは堂々と小船を下りた。

「この船は生きているようだな。そなたが帰ってきたのを喜んでいる」

 グインがエメラルダスに言った。

 そして、船と龍虎王は静かに動き出した。

 全員余裕で入る大きな部屋で、エメラルダスが舵を取る。

 湖底の一角に、深い水底がさらに井戸のように、底なしに落ちこむ竪穴があり、そこに降りていく。

 見える魚たちもいつしか、暗黒の大深度に適応した、深海魚のように不気味なものとなる。

「何度も眺めてきた湖の底が、こんなになっていたとはな。人はおのれの住む世界の、ごくわずかしか知ってはいないのだな」

 グインが静かにつぶやき、ロボットが渡した美酒のあまりのうまさに驚いた。

 静かに降下を続ける巨船と超機神。そして、突然強力なライトに、周囲が壁ではなくライトすら吸い込まれて消える水の大広間となった。

「湖底に、さらに巨大な湖? いや、ここは人工的な聖堂のようだ。深度2100……ソナーで見れば、この地底湖からは地下の道がタイスまで……俺はなぜ、読める」グインが驚きながら、壁面一杯の計器を見まわす。

「さあ、着いたようです」

 その中央には、一機の大型戦闘機が眠っていた。全長50mはある、翼を広げた白鳥のような精悍な姿。

「紋章機ですね」

 背に眩く刻まれた紋章に、ミルフィーユが目を見開く。

「これを」

 と、エメラルダスが三枚のカードを、室の隅で手にした小さな箱に入れ、ボタンを押した。

 箱は壁に吸い込まれるように消える。

「龍虎王、この箱をその祭壇に」

 超機神が、巨船の一角から放たれる光に浮かぶ箱をそっとつかみ、恐ろしく精緻でどれほど古いかわからない小さな正四面体の頂上の、わずかな切り欠きに置いた。

 静かな鳴動が、膨大な水を通して伝わってくる。聖堂全体が、どれほど強い光なのか、昼間のように明るくなる。

 紋章機の、あちこちに小さな光が点滅する。何億年もの眠りから覚めてよみがえったそれは、ハーベスターのような大型の円形シールドと指向性の高いレーダーと大型のアームが二つある。しかし自衛用の武器すら見られない。

「む!」グインの、トパーズ色の目が警戒を浮かべる。「うなじの毛が」

「集まってしまったようね」

 エメラルダスが、静かに笑う。それを見たグインは、背筋が寒くなった。

 パネルの一つに、白い生き物をまとわせた、はてしなく老いた老人の姿が映る。

「ヒョッホッホッホ、グイン陛下もおそろいとは」

「グラチウス」

 グインが忌々しげに言い放つ。

 さらに、水底を覆うように、奇妙な魚たちが突然暴れ、姿を変えていく。

「〈混沌〉の軍勢!」

 グインが小さく叫び、なぜおのれがそんな言葉を知っているのかといぶかしむ。

 みるみるうちに、魚たちが巨大な、なんともいいようがない魔物に変じていく。

 その中心には、隙間のない鍋のようなかぶとをかぶった男と、一分の隙もないナチスドイツ将校の姿があった。

「ばかな、なぜこの水中で溺れもせず」

 グインが目を見開く。

「それ以前に、この水圧じゃ潰れるはずよ。人間じゃない」

 雪が震える。

 さらに別の方面から、黒いタールのようなものが澄んだ水の中に漂い、それが寄り集まると、人の形を取る。

 とてつもなく巨大な……全裸の、女だった。夜よりも黒い肌、豊かすぎる乳房が天を突く。

 それこそ、人間の二十倍近くある龍虎王よりもまだ大きいほどだ。

「このタミヤ……じゃない、ジャミーラさまが受けとりに来たよ、星々の力を持つ旅人たちをね」

「間違っておるよ。そなた、タミヤはもう、ヤンダル・ゾックの一部なのだ……ここに来たのは、やつじゃよ」

「イエライシャ!」パネルに浮かぶ、もう一人の老人を認めたグインが小さく叫ぶ。

 エメラルダスがうなずくと、その姿は一瞬で船の広間に出現した。

「あなたさままでいらしていたとは。それならば、この老人などの力は必要ないでしょうな」

 イエライシャがエメラルダスに、王族に対する礼をする。

 浮かび上がる、三次元表示盤に、エメラルダス号と龍虎王が浮かぶ。新しく目覚めた紋章機も。

 グラチウス。ジャミーラ、いやヤンダル・ゾック。ゲイナーとクロスターハイム率いる〈混沌〉の軍勢。

「また、あのときのようになるのか」

 グインはかつての、《七人の魔道師》事件を思い出す。グインと星々の力をめぐって、今目の前でジャミーラと名乗るタミヤも含め、何人もの邪悪な魔道師が自ら治めるサイロンで暴れ、争った末に東大国キタイ魔道王ヤンダル・ゾックに吸収されたという。

 サイロンでは黒死病、そしてその後の騒ぎでも、百万が死んだ。

「子供が菓子をめぐって取っ組み合う、その地面のアリも同然なのか……うぬ」

 グインが怒りに燃える。

「この膨大な水が、ケイロニアを守っています。

 全員に一度だけ警告します、去りなさい。この惑星に太古から眠る紋章機は、最終的には〈調整者〉ランドック廃帝グインの所有です。ただし、グイン王は無制限の貸与を私たちに認めています、紋章機が起動しているのがその証拠です。わたしに、この惑星の歴史に介入する意図はありません」

 グインは、自らがその言葉を理解できていることに、激しい頭痛を抱えながら必死で立とうとしていた。

「だから持っていく、と?もったいないことをいわんでくれ!調べさせてくれ、それにどれだけの知恵と超技術が詰まっているのか、知りたいんじゃ!」

 グラチウスの、必死に見える表情にブランドンはふと同情した。

「わかるよ、じいさん。おれも、このエメラルダス号のとんでもない技術、その背景にあるはずの超物理を知りたくて仕方ないんだ、物理学の研究に生涯を捧げてきたんだから。無数の仮説を立てて紙をまっ黒にしても、今は批判してくれるウェストフォールも、数学的な裏付けをくれるスティヴンスもいやしないし、実験道具を組み立ててくれるドル・ケノーたちもいないんだ。

 エメラルダスは、この船を調べることをちっとも許してくれない!」

「そうじゃ。わしもただ、知識欲しかないんじゃよ。調べさせて、わしのものにさせてくれ」

 グラチウスが哀願する。

「まるで、小さい子供が珍しい玩具を求めるようですね」

 トロイがつぶやく。

「俺もまた、その知りたい、の玩具に過ぎんのだろう。幼子が虫の脚をもぐのはいとおしい人の営み、だがそれはならぬと教え、正しく学び戦うよう導くのが大人の務め。この俺を手に入れるためいくつの国を滅ぼし、俺の別れてもなお愛する妻や大切な友に、どれほどの苦難を味あわせたと思っているのだ!」

 グインの獅子吼。

「人を人のものにすべきじゃないけど、だったらなんで、素直に、ただ知りたいから協力してくれ、って頼まなかったんだ?」

 ブランドンが興味深そうに聞いた。

「この豹にそんなこと……思いつかなかったな、そういえば」

 グラチウスが呆然と呟いた。

「な、まるっきりのばかだよ、このじいさんは!」

 巻きついているユリウスがわめき、電撃で縮こまる。

「それはな、グラチウス。そなたがドールの奴隷だからだ。わしもかつてはドール教団の主であったからわかっている、正しい道の方が近道でも、それを歩くことが許されない。《魔道十二条》よりも厳しく、ドールの掟に縛られてしまうのだよ」

《ドールに追われる男》回心者イエライシャが、奇妙な同情をこめてかつての愛弟子、そして五百年自らを縛った怨敵を見つめた。

「しゃべってないでこっちにきな!そっちにもなかなかいい男がいるねえ、うまそうだ」

 ジャミーラがゲイナーたちに目をつけ、人の大きさ……それも相当長身だが……となって、じわじわと歩み寄る。

 ゲイナーは、何の表情もなくその抱擁を受け入れ……ジャミーラが絶叫を上げる。

「おう、なんて男なんだい!気持ちいいだろう、この世のものとは思えない快楽を……おお、気持ちいいねえ、こんな、ものすごく熱くって冷たくって……どれほどの……ギャアアアアアアアアアアアア!」

 膨大な水がゆらめく。

「ばっかだねえ。満足したかったらおいらがたっぷりと、でもたしかにあのお兄さんは美味しそうだねえ。あのでっかい船にも美味しそうな美男美女が一杯いるし、でもグインは、食いきれないこともあったけど、でもうまかったなあ」

 ユリウスが言いつのるのを、またグラチウスがお仕置きする。

 唐突に闘いが始まる。

 弾かれたタミヤが、紋章機に黒水のようになった手を伸ばし、それをグラチウスの放った奇妙な波が防ぐ。黒水がそのまま、下半身が大蛇の犬のような姿になってグラチウスに絡みつこうとするが、それも一瞬で消滅する。

 おぞましい、不定形の軍勢が龍虎王に襲いかかり、符と化した鱗弾の嵐に弾け散る。

 クロスターハイムの姿が消え、突然エメラルダス号の艦内に出現し、グインにワルサーP38を向ける。その銃身をエメラルダスが戦士の銃で撃ち、銃弾をそらせた。

「どれほどの力をその銃に集めたというの?私やグイン王も殺せるかもしれないわね。でも私は、そんな安らぎは求めない!」

 イエライシャが何か呪文を唱え、光の矢がクロスターハイムを襲うが、その姿は消えてエメラルダスの背後に飛びだす。

 グインの右腕からスナフキンの剣が輝き出し、クロスターハイムの銃身がそれを受け止める。

 タミヤを襲ったゲイナーが、容赦なくその身を切り刻む。

「こんな……素敵なことってないよ!最高の快感さ!」

 叫びとともに、その切り裂かれた腹から、言葉にならない不気味な黒水が噴き出し、ゲイナーを呑みこむ。

「われの……ものと、なれ」闇の底からのおぞましい声に、歓喜の響きが応える。

 その中で巻き起こる、凄まじい魔道の争いに、エメラルダス号のバリヤーで守られたイエライシャさえも膝をつく。

「ゲイナーを、取りこむ?」エメラルダスの冷たい顔に、かすかな驚きが浮かぶ。「星間戦争で漂着し、異形進化した超生物ごときが。小魚が牛を呑むより無理よ」

 その奥から、形容のしようもない渦が沸き立つ。そして黒水の臓腑を切り破ったゲイナーが、〈混沌〉の軍勢から出現した、50mほどはあるサメにまたがる、いや額に下半身を吸い込ませた。

 そして、クイーン・エメラルダス号がついに動く!その膨大な、強力な火砲が次々と、軍勢を消し去っていく。

 龍虎王が、悲鳴を上げるタミヤを襲い、食いちぎる。

「異界のものかい?だが、古きものたちの力を持つ、このタミヤ様にかなうもんかい!」

 叫ぶ巨大な姿を、巨大な刃が切り刻む。

「古き神々よ!我が主ラン=テゴス!夢見る水王ク・ス=ルー、ダゴン、オーン、イオド、ナイアーラトテップ、イア・イア・ハスター、クームヤーガ、シュブ・ニグラス、白痴にして全能なる……アザ……トース!」

 タミヤの口から禁断の呪文がこぼれ、莫大な湖水がことごとく揺れ動き、そのすべてが一つに固まっても足りぬ何かが訪れると思えた。主人の足音を聞く寝台のシラミのように、伝説にあるクジラ島の住民のように、人などほんのひとときこの惑星で我が物顔をするのを許されているだけの虫けら、と痛感させられる響きだ。

「旧支配者!あなたたちの存在は、〈調整者〉ランドック廃帝グインとラーメタルのエメラルダスの名において禁じられる!禁を破ればこの星に対する、〈調整者〉のSA21保護条例が発動します。

 そうなれば《無垢なる刃》デモンベインがグインの手に委ねられ、そしてコルム・ジャレイン・イルゼイが解き放ったクゥイルとリンの兄弟神をタネローンの檻から放つことになる!ストームブリンガーとその千万の眷属に刻まれたいの?そしてこの私の前に立ちたいというの?恐怖を知りなさい」

 エメラルダスの叫びに、揺らごうとしていた膨大な水が瞬時に静まった。

「滅びなさい!」

 巨体が躍る。八卦の紋を刻まれた巨大な板が八枚、タミヤを囲むように出現した。

 クスハの命令と共に放たれた炎の嵐が、その中で荒れ狂う。

「滅びはしない、本体のヤンダル・ゾックがあるかぎり」

 イエライシャが忌々しげに言う。

 板が消え失せた、そこにあったのは、より深い闇だった。闇の中の闇。

「ヤ、ンダ……ル・ゾ…ック。すべて、すべてわがもの、わが一部となれ。われがこの惑星を飲みつくし、元の世界に帰るために」

 それが打ちだした何らかの波動に、エメラルダス号さえ悲鳴を上げる。クスハとブリットの念動力が、トロイのテレパシーが底知れぬ何かを感じ、苦痛に絶叫する。

 いつしか、膨大な闇が、一度は遺跡の光に輝いた水界を覆いつくしていた。

 いや、ここは水底などではなく、無限の、だが星一つない宇宙であるようだった。

『エネルギーが低下します。強力な、エネルギーを吸収する暗黒精神生命体の攻撃です』

 エメラルダス号の、感情のない機械声。

「思ったより粘るわね。貪欲すぎて、破裂しなければいいけれど」

 エメラルダスが冷たく言う。

 巨大なサメが龍虎王の肩を食いちぎり、超機神の悲鳴が水を揺らす。

 グラチウスを取りこもうとする闇が、激しい抵抗を受けて内部から耳障りな音を鳴らす。

 怒りに燃えて見つめるグイン、守りの呪文を唱え続けるイエライシャ。

 そして、静かに船を操るエメラルダス。

 現世の武器だけではなく、グラチウスとイエライシャ、ヤンダル・ゾックとゲイナーやクロスターハイムも膨大な魔力を放出して互いを操ろうと、また力だけで敵を打ちひしぎ封じようとする。

 そのわずかな余波だけで、水中で凄まじい炎と高圧の渦を巻き起こし、このナタリ湖の地下構造が崩壊しそうなほど激しい力が荒れ狂っている。その水圧で、遠いタイスで洪水が起きたほどだ。

 本来魔道的な存在である龍虎王もその力を発揮し、死力を尽くして対抗している。

 エメラルダス号も、現世の武器だけではなく魔道の力にも対抗できる存在だ。

「俺の力を求めぬのか?」

 グインが、エメラルダスに語る。

「私はいつだって、ただ一人星々を旅する者。他人の力は借りない!」

 美しい額に、一筋の髪が汗で張り付いている。

 いつしか、エメラルダス号の目前に、巨大なモノリスが浮かび上がっていた!

「うう、これは、ついにご本尊の登場か。これ以上は危ないな、残念じゃが」

 グラチウスが消える。

「自他の力量を見極め、かなわぬと見れば逃げよ、と青二才だった頃から教えたことは忘れておらんようだな。だから今まで生きているのだろうし、また大悟にたどりつけてもいない」

 イエライシャがグラチウスの消えた方を見てほおえんだ。

「ヤンダル・ゾックの本体ね。龍虎王、全力攻撃の後、艦内に退避しなさい」

 エメラルダスの命令で、龍虎王が巨大な剣を召喚し、叩きつけつつ後退。膨大な光槍の援護を受けて巨体が艦内ドックに収められる。

「大丈夫ですか、クスハさん、ブリットさん」

 雪が駆け寄る。二人とも、肉体も傷つき精神を消耗し、支えあって倒れこんだ。

「診せよ!」

 イエライシャが二人の体に手をかざして、いくつか鋭い針のようなものを抜く。

「あれ以上戦っていたら、間違いなく操縦者の、心の中から食い荒らされていた」

 黒い触手、その裏に竜頭人身の魔神の姿が見える。それが、長い手をゲイナーとクロスターハイムに、そして紋章機に向けた。

 さらに、その口が開くと、そこには……雪などは見ただけで精神が崩壊しかけるような、何かがあった。

 黒いゆりかごに抱えられた、ぶよぶよの巨大な赤子。手足もない、顔と見えるところには、一本の溝があるのみ。

 トロイが頭を抱え、絶叫する。トロイの口から、おぞましい黒泡がこぼれ、形を成しそうになるのをイエライシャが踏みつぶし、さらにねじくれた蛇を抜き出して握りつぶした。

 溝が、徐々に開く。

 エメラルダスの唇から、噛みしめた血がかすかに滴る。

 その、差し上げた手から、はっきりと伝わる……彼女が何トンもの、さらに増えていくとてつもない重量を片手で支えていることが。全身の気を、振り絞り張りつめている。

 瞬間出現したタミヤが、その体を破裂させて黒い無数の刃となってぶよぶよ体を襲い、人が読み方を知らぬ三次元かそれ以上の多層文字で、無数の言葉を刻み描く。

「ああ……」トロイが恐怖に頭を激しく抱えた。「この惑星のどこかで、おぞましい儀式が行われています。何万人が生贄にされているのでしょう」

「古きものどもの召喚を封じられ、このようなとんでもない経路を用いようとしたか。ヤンダルめ」

 イエライシャが憎々しげに見つめ、より激しく呪文を唱える。

 ゲイナーが、凄まじい念の大波を放ち、響かせる。水から数限りない魔物が呼び出され、おぞましい形を取って紋章機を、エメラルダス号を押しひしごうとする。

 赤子の顔に当たるところの溝が開かれていき、その瞳には……無数の触腕を震わせる蛸の頭部を持つぬめぬめしたもの、無数に絡み合うヘビ、炎の中の……数々のおぞましいものの力がわずかに出現し、すぐさま一つ一つが脳を握りつぶすような絶叫を上げて赤子に吸収されていく。

「手段を選ばないつもり?旧支配者の力を、この星にばらまかれた無限に食らう精神生命体の種に注ぐなど。それを可能にさせるのも、この紋章機を保つ聖堂の力だけど」

 エメラルダスの表情に、恐怖がよぎる。

 そしてその赤子と、竜頭人身の魔神が、ウロボロスのように互いの尾と口を食らい合い、その悪夢の環にゲイナーやクロスターハイムも、紋章機すら取りこまれるように見える。

 巨大な蛇が、エメラルダス号の巨体さえ呑みこんでいく。

 エメラルダス自身が激しくえずき、口からぶよぶよとしたものを吐きだしかける。すぐさま腹を自ら短剣で切り裂くと黒い尻尾をつかんで引き抜く、ありえない大きさが抜け出る。エメラルダス自身の体より大きな、下半身を蛇に食われたあの赤子がひとつ目を開け、ゲイナーの化身である形なき何かを弄んでいた。

 それを見ただけでトロイが発狂したように苦しみ、フェイザーをエメラルダスに向けようとして、雪が麻痺モードで止める。

 グインが「アモン!」と凄まじい怒りをこめた声で咆哮し、スナフキンの剣を叩きつけた。

 戦士の銃とイエライシャの呪文が赤子を焼き尽くすと、おぞましい匂いの黒煙が拡がり、全員が激しく咳き込む。エメラルダス号の空調がそれを吹き払い、人心地着く。

 放たれる、エメラルダス号の星を砕くほどの光線砲すら、その輪の中に引きこまれ、消え失せていく。二重になったナタリ湖の、莫大な水すら飲み干されていく。この、どこの宇宙ともしれぬ無限の空間の、すべてが。

 どこかから、単調で狂った旋律が重低音で響き渡り、体をねじ上げられるような圧力が掛かる。

 巨大なモノリスの表面に、巨大なハーケンクロイツ……とぐろを巻き、おのれを食らって再生する狂蛇、黒い太陽のシンボルが浮かぶ。巨大な剣と、その剣を柱とした天秤の姿が浮き上がり、その天秤に龍が巻きつくイメージが全員の脳髄を打ちひしぐ。

「クロスターハイム、ヤンダルと組む、いや互いを食い合ったのか」

 イエライシャが呆然と震える。

「〈天秤〉が喰われる!」

 グインが叫び、自らの言葉の意味を訝しんだ。

 巨大な天秤の、一つの皿に紋章機が置かれ、もう一方に、巨大な、無数の団子のように絡み合う蛇が見える。

 梁が恐ろしい重みに軋み、皿を支える鎖が弾け切れていく。

「ああああああっ!」

 クスハとブリットが意識を吹き返し、絶叫しながらのたうち回る。

 イエライシャの目・耳・鼻から血が噴き出し、自らの体内に手を突っこんで、体内から食い荒らしていく黒蛇を抜き取って消滅させる。

 エメラルダスの体も、下半身が巨大な蛇頭に呑まれていくのが、トロイの目に見えた。

「もうだめか」

 イエライシャがつぶやく。

 巨大な黒い触手に絡めとろうとされ、それをゲイナーが激しく切り払っている、紋章機の美しい姿をグインが見つめる。

「あれは、本来は俺のものだったそうだな」

 エメラルダスがうなずいた。

「なら、俺も戦うぞ!この俺が守るケイロニアを、奴らの蹂躙にまかせておけはせぬ!」

「あなたを止めることは誰にもできない」と、エメラルダスがイエライシャに頷きかけ、彼もうなずき返した。

「では、そこまで送ることはできよう。覚悟はよいな?」

「無論」

 グインが頷くとともに、一瞬だけ対ESP多層バリヤに一点のハッチが出現し、豹の姿をした巨大な光塊が紋章機に飛んだ。

「太陽」

 クスハがおののいた。

 巨大な光が、水も吸いつくされた無限の虚空に浮かぶ。

 天秤を食い尽くそうとする赤子が、黒い虚無の石版が、無数の貌を持つ〈戦士〉の闇面が、苦痛に絶叫した。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 おぞましい声だけが響く。

 紋章機が凄まじい光の塊となり、その光の向こうに無限の星々が、咆吼する豹が見える。

「天地が、宇宙そのものが」

 イエライシャが踊り狂う。

 ゲイナーが巨大な、自らの体の百倍はある灰色の剣を振りかぶり、紋章機に打ち下ろす!

 悲鳴、だが紋章機が伸ばした巨大な、人のそれに似た腕が手にする閃光の剣が受け止め、黒い触手を通じて光の液が虚無の石版に流れ入る。

「スナフキンの剣」

 エメラルダスが、砂漠を歩いた後よりもしわがれた声でつぶやく。その顔に蛇の鱗が浮き上がっては、消える。顔の傷が裂け、血が大量に流れる。

 ほんの一瞬、それとも永遠……二本の大剣が互いを、剣の達人が牽制し合うようににらみ合い、時空がひしぐ。

 紋章機から、白い翼が拡がり、その羽が舞い散って闇を切り払う。

 この奇妙な世界、その至る所にある渦巻く蛇……数多くの点に、光が灯る。

「ここは、巨大な人身の中だったのか?そして、あの小さな星船は、その霊的急所……チャクラ、クンダリーニすべてに、狙いを」

 イエライシャが呆然と呟いた。

「でも、あの紋章機には……マルチロックオンはできても、放つべき砲が存在していません!加速ブースター、シールド、ロックオンレーダーのみです」

 ミルフィーユが悲鳴を上げた。

「エメラルダス号の砲を。全砲、一斉射撃!」

 闇蛇に食い荒らされていたエメラルダス号が最後の力をふるって甦る。精神と肉体すべてを消耗し尽くし、数分でげっそりとやせ細りながら、限りない意思だけで立つエメラルダスが戦士の銃を抜く。

 恋人が作った銃が、波動砲の発射キーのように船が伸ばすアームにつながれ、最後の力で引き金が絞られる。

 凄まじい光が四方八方に放たれ、紋章機がロックオンしたすべての点に、精密に集約させていく。

 ゲイナーの無数の顔、〈戦士〉のなりそこねの太陽神経叢と、罪を。その陰にいた、貌なしのマベロードや、名もない無数の地獄の公爵たちの心臓を。

 クロスターハイムの限りない過去を。

 天秤の鎖の、すべての環を。

 ホーリー・チャイルドをなす、無数の内なる星座の暗黒星を。数限りない黒龍のひとつ目を。

 悲鳴が、空間自体をひしぐように響く。豹の無量光と哄笑、叫ばれるアウラの名……光剣が鋭く振りおろされる。

 

 全員が気づいたときには、エメラルダス号はナタリ湖の水面下わずかに身を隠し、輝く紋章機と向きあっていた。

 エメラルダス号のハッチが開かれ、紋章機が船内に入り固定される。

 そのコクピットからまろび降りる豹頭王を、クスハと雪が抱き止めた。

「一体」

「消耗しきっています……これを」

 と、クスハがまた取りだした栄養ドリンクをその口にさしつけ、巨体がうめくと頭を抱えて……起き上がった。

「何が、起きたんだ?なにか、とてつもない味が口に、喉に残る。気分はいいのだが。

 俺はどうしていた?おまえたちが、何かを甦らせるというのでナタリ湖に船で出て、それからの記憶がない」

「思い出さない方がいいです!あの味だけは思いだしてはいけません!」ブリットが、豹の耳に小さくささやいた。

「わしにも一口くれんか、お嬢さん。このいくさでかなり消耗した」

 イエライシャにもクスハがコップを渡し、ブリットとトロイが止めるのを無視して飲み干し、快さげに息をついた。

「これはこれは、生身の人間用ではないが。よろしければ、これを入れるともっと効果は増すだろうよ」

 笑うイエライシャを、ブリットや雪は信じられない目で見ていた。クスハは奇妙な、空気中で動くイソギンチャクのようなものと、奇妙な青い実をつける小さな盆栽を受けとり、嬉しそうに礼を言った。

「ちょっとまって。あれが、パワーアップするのか」

 ブリットが震え上がっている。イソギンチャクから一滴の、緑の滴が垂れると床が煙を噴き、穴が開く。

「エメラルダス、終わったのか?」

「ええ。私たちは星々の彼方に旅立ちます。グラチウスやヤンダル・ゾックは深刻なダメージを受けています」

「剣や貴重な情報に感謝しよう。そして、最後まで俺を裏切ろうとも、利用しようともしなかったことも」

「こちらも同じです。お互いに知らぬ身であれば、行動だけが語ります」

 グインはうなずき、乗ってきた小船に単身乗った。

「では、ヤーンが許せばまた会おう、友よ」

「ご武運を」

 互いに、余計なことは言わず別れる。

 エメラルダス号が波紋一つ残さず湖面を離れて上昇、またたく間に緑の惑星は暗黒に浮かぶ小さな点となり、その母星すら背景の星々と見分けられなくなる。

 その姿を、まるで見えるかのように、信頼する臣下に囲まれた豹頭王は遠く見送っていた。

 星々の、忘れさせられたおのが素姓と母国への、無限の憧憬と怖れを込めて。




今回は「『グイン・サーガ』の続き」でもあります。
現在公式化されている、五代・宵野両氏の作品が形になる前のものであり、栗本氏の原作のみを基準としています。


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新たな敵、決戦

「上空で、なにが起きている?そういえば、タネローンと言われる都市そのものには連れていってもらっていないぞ」

 ベックがメーテルをとがめた。星空では、星とはまったく違う爆発の閃光が次々にひらめく。まるで激しい雷嵐だ。

「それどころか、この駅とホテルのあるドーム都市から、我々は一歩も出ていない。この星はなんなのだ!」

 マイルズが強く言う。

 ホテルの広い運動場では、ラミアに罵られつつ鉄郎とシヴァが激しい訓練を続けている。自らの体重より重い荷物を背負ったまま、急な坂を走って上り下りし、穴を掘ってはその中に隠れ、すぐに全速力で走ってまた伏せたまま掘る。

 スティヴンスが率先して、圧倒的な体力で模範を見せていた。

「肘を上げるな!」

 ラミアの鞭のような叫び、スタナーが鉄郎の身体を痙攣させる、身体が高く跳ね上がるほどに。

「何も高くせず掘れ!味方が死んでも動揺するな!前進しろ!」容赦ない叫びに、シヴァが鋭く走り、よろめくように倒れて穴を掘る。

「立て、走れ!その程度の子を産んだ母親など、死んで当たり前の虫けらだ」

 ラミアの声に、鉄郎が激しい怒りを爆発させる。

「母さんを、悪く」

「声を出せるなら、走れ!」

 マイルズの怒鳴り声。

「ちくしょおおおおっ!」

 それは走るではなく、よろめきながら這いずる、といったほうがよかった。

「そろそろね、休息も」メーテルは哀しげに言って、皆を集めて入浴させる。

「やっと休める」と、慢性的な寝不足とスタナー酔いで風呂に反抗する気力もない鉄郎がつぶやいた。

 シヴァは声も出ず、アルフィンに抱きかかえられてえずいていた。気力が切れれば自分の足で立つこともできない、ナディアとアルフィンの二人に身を任せ、赤子のように洗われる。

 アルフィンも、クラッシャーの資格を取ったときに厳しい訓練を受けた。だが……あまりにも苛酷すぎる。怒りをマイルズやラミアに叩きつけたい、だがシヴァ自身がそれを望んでいること、皆が子供たちのことを思っていることはわかっている。

 

 ドームから出た、そこは戦場だった。

「内戦が起きているの」メーテルはそれだけ言い、静かに自動運転に任せた。

 巨大な廃墟。どれほどの都市だったのか、それがどれほどの兵器で破壊されたのか。

 どれほどの人が死んだのか。

 廃墟で寝起きするボロをまとった人たち。

 鉄郎は痛ましげに、「助けたい」と言ったが、メーテルは無視した。

 そして、荒廃した惑星の奇妙に無事な、美しすぎるのが逆におぞましさを感じる超近代都市に着いた。

 巨大な美しい塔、その入口から、偽りの頂上ではなく真の、地下洞窟に案内される。

 そこには、美しい女王が一同を待っていた。

(セタガンダのホート・レディより美しい)マイルズは恐怖さえ感じた。

「よくいらしてくださいました。メーテル、ガイナン、お久しぶりです。そしてフォン・ベック、以前お目にかかったときはエルリックの名でしたね。その折りには、わたしも別の名でしたが」

 それきり、テレサは瞑目した。

 マイルズが一同を代表し、バラヤー式ではあるが完璧な宮廷儀礼で挨拶する。

 テレサは一同を歓迎したが、「この戦いに、わたしは介入できません。この星自体が内戦で滅びに瀕しています。わたしにできるのは、あなたがたを、お仲間たちに会えるようにすることだけ」と悲しげに語った。

 先を知っている者の悲しみ。滅びゆく者の悲しみ。ヤマトの乗員なら、それはよく知っているだろう。

「かしこまりました。任せると決めた以上、きたものに応じるだけです」

 マイルズが微笑み、全員を見渡す。

「では、こちらへ」

 テレサが導いた、宮殿の秘められた一角にある、競技場のような広い路面。テレサが手を振るや、そこにコスモレトリバーとワーウルフの巨体が出現した。

「アカガネはこちらの位置にあります。どうか、〈天秤〉を守って」

 テレサがそう言って、祈り始めた。それと共に、全員が乗ったレトリバーと、ラミアが乗ったワーウルフが輝き、消え失せる。

 彼女はわかっている。自分はそれから、超能力の暴走で母星を滅ぼし、白色彗星の警告を地球に打電することを……だがそれは、もう別の物語である。

 

 

 

 いつ、時空の壁を越えていたのかは誰も知らない。混乱した戦線、膨大な敵を相手に戦い続けていただけだ。

 レフィーナがふと気づいた、「今、位置確認をしようとクエーサーを観測しました。ここは、わたしたちが出発した時空の、銀河系の外れです」

「またか」もう、誰もがそれには慣れてしまっていた。

 それと前後して、敵に新しく増援が加わった。かつて戦ったことのある、シェリーの隊だ。

「シヴァ皇子はどこ!」

 それはこっちが聞きたいが、そんなことを言う必要はない。

「わかっているのよ、早く渡しなさい。最後通牒よ」

「最後通牒は一度で充分だろう。外交的な解決は不可能なのか?」ピカードが問いかける。

「あの大量虐殺を見ただろう!」レスターが叫んだが、ピカードはそれでもだ、と目をゆるがせない。

「無理よ。われわれは、絶対にシヴァ皇子を諦めることはない。攻撃開始!」シェリーが冷たく言い放つ。

 新手はスピードが速く、高く統制されていた。

 その動きを見たドムが、軽く頷いて通信を求める。

「シェリー!そなたが、堂々と戦っていることは見た」そしてタクトやピカードにうなずきかける。「手札をすべてさらす。そちらもそうしてほしい」

 その目を、シェリーはじっと見つめ、ほおえんだ。

「わかったわ。シヴァ皇子はどこ?」

 もう一度、タクトとうなずきあう。

「知らない。そちらの手にないとしたら、そのほうが驚きだ。奇襲を受けてさらわれたのだ」

「そ、そんな、ならなぜ、私に連絡されていないの」

「アカガネという船を知らない!?」レフィーナが叫んだ。「私たちから奪われた新鋭艦よ。何人ものクルーや、ネイスミス提督まで」

「知らないわ。……私はあなたたちを信じる。でも、私の言葉は」

「信じよう」

 ドムが重く言う。シェリーがため息をついた。

「私たちの側も、一枚岩とは言いがたい。エオニア様はわけのわからない小娘の指示に従っているし、ヘルハウンズたちは行方不明。私はただあなたたちを追い、滅ぼすことしかできない」

 目が、闘志に燃える。

「我々もただ、主君のため戦い抜くのみだ。見事に戦おう!」

 ドムが敬礼し、シェリーも敬礼を返す。

「これが最後。エオニア様のために、絶対にあなたたちをテレザート星にたどりつかせるわけにはいかないの」

 そして、真正面から小細工なしのぶつかり合いとなる。

 三男ティン・シュン率いるアシュランの精鋭が、エンタープライズの転送で敵陣に踏みこみ、バーセルミ男爵が凄まじい技術と力で機械化巨人をうちのめし、ひしぎ砕く。

「やるなあ!」

 タイラー麾下の海兵隊も負けてはいない。敵陣を突破し、並んだキーナンがバーセルミ男爵の背を守り、数多い敵に殴りかかる。

「バーセルミ男爵だ。そなたの名は?」キーナンに聞いた。

「ボブ・キーナン特務曹長。よろしくな!」叫びながら、襲う巨人の蹴りをそらして別の敵に突き刺し、膝をねじ切る。

「一度戦ってみたいものだ、強者よ!」バーセルミ男爵が叫び、キーナンの背後を狙った戦棍を片手で受けて崩し、斧のような手刀で装甲ごと敵の首を叩き折った。

「あんたに殺られるなら本望だ!」

 怒鳴ったキーナンが衛兵にタックルをかけて扉をぶち破った。

「こっちよ!」

 エレーナ・ボサリ・ジェセックがタウラ軍曹を率いて突撃し、火力で敵を怯ませて突破口を作る。

「彼女たちもたいしたもんだ」

 キーナンが微笑んだ。

 タウラ軍曹が凄まじい速度で斬りこみ、指向性爆発する手榴弾を放ると、全員転送でエンタープライズに戻る。

 シェリーが艦隊戦力を集中した、そこにタイラーの指示で修理されたヤマトがワープアウトし、時空の揺らぎから多数の敵艦が沈み衝突し合う。追ったエンタープライズの火力が、浮き足立つ艦から狙撃していく。

 ファイター2が、タイラーの駆るラッキースターが、次々に敵艦を火球にする。

「タクト・マイヤーズ!」シェリーが叫ぶと、旗艦をエルシオールへの激突軌道に加速させた。

「エオニア様の、ために」

 その表情には何の迷いもなかった。

「タクトを守れ!」

 ドムが叫び、高速戦艦とミネルバが立ちはだかって激しい火力を集中する。

「恩を、ここで返す」

 まだ傷だらけのジョウが、無人艦をにらみ立ちはだかる。

 あちこちから火を噴きながら、ただ一人が操縦する無人艦は光速でエルシオールに向かう。

「見事だ」

 ドムとジョウがつぶやきながら、自艦を激突軌道からずらさずシェリーの艦を撃ち続ける。

 最後の瞬間まで、一点の迷いもなくシェリーと見つめ合い、軽く頷きをかわす。

「4……3……」沈着なオペレーターと、ドンゴのカウントダウンが響く。

 そこに、凄まじい閃光が輝いた。

 シェリー艦に、無数の光点がともる。

「狙いはあちらに任せて、全艦全機全力射撃!」

 ラッキースターのコクピットで、タイラーが叫ぶ。

 全艦が放つ、無数の光砲……それがすべて、新しく出現した紋章機の誘導にあわせ、一点集中する。

 厚い装甲に守られた艦が瞬時に蒸発し、熱い蒸気だけがドムの旗艦とミネルバを焼いた。

「敵ながら見事、武人の本懐!」ドムが敬礼する。

 そしてバルサロームを振り返り、

「俺なら、こちらを撃沈して生き延び、さらに主君の役に立つ道を選んだだろう。だが、忠誠と武人魂を批判すまい」

 それだけ言って微笑んだ。

「そんな形じゃない、別の忠誠だってあったはずだ……エオニアを、止めるっていう。継承順だって、理想だってエオニアのほうが高かったのに。殺しすぎ、力に頼りすぎて、すべてを失ったんじゃないか、エオニアは。止めることを考えなかったのか」

 病床のタクトが、血の出るような声でシェリーに、届かないと知りつつ呼びかける。

「あの星への道は開けたようだね。行こうよ」

 タイラーが全艦に目的を思い出させ、隊列を取って別の方から襲う敵艦隊を蹴散らしながら、降下軌道を目指す。

「まずい」

 アムロが小さくつぶやき、突然虚空から襲う光条の嵐をかわした……

「シャア!」

「それに」

 カミーユが、そしてタイラーが、テレザート星の一角を見た。

「全艦散開!シールド最大!」

 タイラーの叫び、生身で核爆発のすぐそばにいたかのように、全艦のセンサーが振り切れる。圧倒的な攻撃力。

「この、猛烈な攻撃は」

「狙撃機関砲」

 タイラーが、そこを見つめた。

「アカガネ」

 レフィーナの喉から、彼女らしからぬ獣のような声が漏れる。

 美しい水上迷彩に塗られていた艦は、漆黒に塗り替えられていた。逆にそれが、星野に暗黒星雲同様シルエットを浮きだたせている。

 それを知らぬ味方が放ったミサイルが、次々と両舷のガトリング砲に消し飛ばされる。

 タイラーとキョウスケが駆るラッキースターのシールドがもたず、大破しそうなところを別の紋章機が飛びこみ、強力なシールドでカバーしアームでつかみ、射程外に引き戻した。

 そこを襲うシャアの機体と虎龍王が激しく格闘し、アカガネの射程外に逃れる。

「だいじょうぶですか?」

 ミルフィーユの声に、タイラーが軽く親指を立てた。

「はじめまして、タイラーだよ」

「こちらこそはじめまして。ミルフィーユ・桜葉です」

 二人がにこっと笑い合った。

「これの本来のパイロットだな。借りていた」

 キョウスケ・ナンブがエンジンを調整し、二機の紋章機を狙うミサイルを撃墜する。

「クスハ、ブリット!無事だったんだな」

「ご心配おかけしました」

「すごいですね、紋章機を使えるなんて」

 ミルフィーユが笑いかけた。

「それより、早く帰ってきてくれ!そこは危険だ」

 レスターが叫ぶ。その画面に、傷だらけのタクトを見たミルフィーユの瞳から、涙があふれた。

「タクトさん」

「ミルフィー……」

 お互い言葉にならない。

「母艦に退避する」

 キョウスケが鋭い機動で、新しい紋章機とかばい合いつつエルシオールに戻ろうとする。

 襲いかかる敵の、何千という高機動機、そこに立ちふさがったのはミネルバとファイター1!

 ジョウが歯を食いしばり、かろうじて動く手で対空砲を使う。

 タロスが黙って、ミネルバの機体を盾に紋章機を守る。

「絶対に、ミルフィーユさんには指一本触れさせない」

 リッキーの駆るファイター1が全ミサイルを発射し、機銃も打ちつくして、それでも突撃して突貫でつけた重力内破槍を大型艦に突き刺す。

 そして、エメラルダス号からエンタープライズの転送装置で雪・トロイ・ブランドンがそれぞれの母艦に戻った。

 ライカーがトロイを、古代が雪を固く抱きしめる。

 ブランドンは、ニュートン艦長らの抱擁ももどかしくウェストフォールを捜し、紙の山を突き合わせ始ようとした。

「ミス・ピッカリングは、パーシーは」

「……二発、おもいきり殴ってくれ。そしてすぐ、これを検算してくれ」

 二機の紋章機がエルシオールに着艦するのももどかしく、医師たちを振りきって立ったタクトが、ミルフィーユを固く抱きしめた。

「ごめんなさい、シヴァさまがどこにいるかは」

「謝るべきなのは……もういい」

 そしてラッキースターが激しく輝くと、エルシオールの何かが動いて元の姿に戻る。

「さっそく、いってきます」

 ミルフィーユがタクトを抱きしめて、身を離すとラッキースターに飛び乗る。

 エンタープライズ経由の転送でタイラーがそよかぜに戻る。お茶菓子がしっかり用意されていた。

「さすが、有能な副官」

 マコト・ヤマモトに笑いかける。

「軍規違反ではありますが、提督がお望みなのはこれだろう、と思いまして」

「指揮は楽だったけど、ウクレレを弾くスペースもないしお茶もないのは辛かったからね。ほう、ネオ・アサクサの宇宙空母鯛焼きとグェンくんのコーヒーか。どれだけ修行は進んだかな」と、タイラーが熱いコーヒーを一口すする。「鯛焼きはね、このバリから食べるのがおいしいのさ」

 そう言いながら鯛焼きの合わせ目にできる、鉄板にはさまって軽く焦げた薄い部分を歯先でかじった。

「そうだ。ここからいこう」

 と、サカイや加藤を呼び出して二言三言相談した。

「ああ、できる。やってみせる!」

「じゃあ頼んだヨ」

 タイラーが笑いかけた。

 その指示にあわせ、十数機の、スーパー系やジガンスクードなど防御が堅い人型機がアカガネを襲い、ZZが垂直射出ミサイルを狙撃、アムロがシャアを敵要塞近くに押しこんで一対一に持ちこむ。

 多くの機体は、アカガネを縦に断ち割る面にそって、強力な対空砲の射程で迎撃機と交戦する。

「提督。あの面では、左右両舷の対空砲双方が重なる範囲で、倍の火力を注がれます」

 ヤマモトが蒼白になって進言する。

「まあ、あれだけ頑丈ならしばらくは大丈夫だよ」

 マジンガーが、ゲッターが……強烈な掃射を二重に浴び、傷つきながら円を描くように、対空ガトリングの射程球と、アカガネを縦に割る面が交わる円で戦い続ける。

 ちょうど、鯛焼きの合わせ目のような境界に沿って。

 そのうちに、徐々に二門のガトリング砲の追随が鈍る。

「野球でフライを追ってお見合いするみたいなのを繰り返してるんだ、そのうち疲れるよ。まして抵抗するのを操るだけでも大変なんだから……いまだ!ヤマトを先頭に、突っこめ」

 タイラーの指令、ヤマトが強力な狙撃機関砲を装甲に任せて耐え抜き、アカガネに接近する。

 アカガネに向かう揚陸艇、それを迎撃しようとするミサイルを、近くにいる人型機が打ち落とす。

 その瞬間、アカガネの至近距離から光が放たれると、一機のコスモレトリバーが強引に、飛行甲板を撃ち抜きながら船首を突き刺し、数人が艦内に躍り込んだ。

「提督!」

 揚陸艦のエリ・クィンが叫ぶ。マイルズの姿は、遠く装甲宇宙服を着ていても見間違えるものではない。

 その隙に、精鋭を乗せた揚陸艇が次々に接近する。

「危ないでそろそうろう」

 聞きなれた声と共に、リュウセイたちに迫るミサイルを、一機のワーウルフが放つパルスレーザーが叩き落とした。二機の、駆逐艦サイズに拡大され、旧地球のB2爆撃機のようにのっぺりした偽紋章機は容赦なく大量のミサイルを放ち続ける。

「ラミア!」

 リュウセイの歓声が上がる。

「先に、ネイスミス提督らが奪回作戦を始めている。援護を!」

 ラミアの叫びに、キーナンが叫び返して揚陸艇の船首を、アカガネのハッチにぶち当てた……下品四文字を絶叫して。

 

 巨大要塞の奥、激しく開閉されるシャッターと膨大な敵。その中で、アムロのνガンダムとシャアが激しく一騎打ちをしていた。

 機動性と瞬間的な短距離ワープで詰めるアムロに、遠距離からの強力な機関砲と、至近距離の指向されない紫の雷撃を繰り出すシャア。

「これがおまえの末路か!」激しい叫びに、答えはない。通信を見るまでもなくコクピットの惨状は、アムロは察していた。

 押し寄せる、無数の脚を持つ要塞通路移動車と、通路防衛用のダッカーの弾幕をかわし、またかき消えてシャアの背後をとる。だがハッチが一瞬で二機をはばみ、ハッチの反対から無数のビックコアが押し寄せる。

 それをファンネルで一掃し、またシャアを求めてかき消えたが、その出現場所に機関砲が叩きつけられる。

 かろうじてファンネルを用いたシールドで防いだが、その間にまた逃げられ、要塞を爆砕して飛びだした。

 そこでは多数の大型艦と、ヤマトの主砲の援護を受けた紋章機たちが激しく戦っていた。

 ハッピートリガーの弾幕がシャアの黒い機体にまともに当たる。瞬間かき消え、出現したνガンダムが背後から黒の大剣を振りおろそうとし、左手がそれを押しとどめようとする。

「だめだあっ!」

 絶叫、無指向性の紫電に吹っ飛ばされる。

 そこに、数条の蒼い光弾がシャアの機体を狙撃する。

「あなたは、これを望むのですか!抵抗してください!」

 ミントが叫び、トリックマスターを接近させて直接集中弾を打ちこんだ。 

「危ない」

 アムロがシールドで庇う、そこに強力な機関砲が注がれた。

「アムロさん」

 ミントの通信、アムロがうなずくと、二人息を合わせ、多数の無人機が奇妙な形に配置される。

 シャアの機体が一つを破壊し、シールドと別のミサイルをよけ、黒の剣をかわす。

「あと、三手」

 ミントの真剣な目。無人機を操作して砲弾のシャワーを張る。

 その一点の隙間に入る、と見せ、被弾しつつアムロに迫って紫電を放つ、だがとらえたのはダミーバルーン。

「チェックメイト」

 黒の剣がエンジンブロックをぶち抜く。

 大破したシャアの機体を抱きしめたまま、νガンダムはエンタープライズに着艦した。

 

 アカガネを守る、十数機の偽紋章機。どれもかつて見たより大型となり、しかも機動性も高い。

 それぞれが数機の、極めて機動性の高い小型戦闘機も遠隔制御している。

「ユーミと、エイミィも」

 サカイが歯を食いしばる。

「あの連中……もう死んでるわ」

 ランファの言葉。

「そう、彼らの魂はもう彼らのものではない……紋章機が、そう伝えています」

 ヴァニラの言葉に、皆に怒りと悲しみが広がる。

 実際、シリウス号からの透視ビームでコクピット内部を見た、その映像は恐ろしいものだった。

 ヘルハウンズも、ハナー姉妹も、エクセレンも……ボーグ化され、おぞましい触手に脳を侵食されている。

「エクセレン……止めるしかないのか、誓い通りに」

 ワーウルフに乗って飛び立ったキョウスケが唇を噛み切り、血を飲む。

「あの人たちを助ける方法は、ないのでしょうか?」

 ラッキースターに戻ったミルフィーユ。ないと言いかけるタクトの声を制し、

「あるわ! 生きたまま連れてきてくれれば、シルが胞子を出して、かえったイーアの子を入れれば中から脳を掃除することができる」

 コーティーの言葉に、みなの表情がぱっと明るくなった。

「まだ希望はある、なら……殺さないように、制圧します」

 クスハが、龍虎王に再変型して犠牲者たちを見つめた。

 エンタープライズの皆……特にピカードは、かつてボーグのドローンと化し自らの手で殺さざるを得なかった部下たちのことを思い出し、一瞬表情を凍らせた。

 ライカーが強く拳を握り締め、軽く首を振った。

「まず、拘束したシャアで、実験しましょう」

 とビバリーが指示する。

 コーティーの細い手がシャアの、仮面も振り捨て顔じゅうにボーグの機械部品、後頭部から無数の触手が突き出た悪夢の姿に触れる。

 小さな金の粉が振りかけられ、数秒後にはシャアの全身が輝き、余計な部品がことごとく砕け腐り落ちていった。

「うわっ」

 ひどい匂いに、皆が顔を背ける。

「アカガネにいる味方に、通信してくれ!ボーグ化されていても助けられる。殺すな、と」

 ピカードが叫び、全艦の通信士が大急ぎで呼びかけ始めた。

 

 アカガネ艦内では、多数の見知らぬ機械生命体が襲ってきた。

 カマキリのような外観で、人間よりはるかに素早く動く。よほど厳重な耐ビームコーティングのようで、火器がほとんど効かない。

 そしてボーグとなった、仲間たち。

「殺してはならないのなら、私の近くに出さないでくれ!」ベックが叫んだ。彼の剣、レイブンブランドはあのストームブリンガーの眷属である。

 その彼が、何かに呼ばれたように装甲宇宙服のまま、広い飛行甲板に出た。

「ゲイナー」

 奇妙な、灰色の剣を握る、宇宙服も着ていない姿がある。

 突然、メーテルの電磁ムチがひらめく。一人の男の手から、ワルサーが飛んだ。

「クロスターハイム」

 メーテルとにらみ合う男が、消えた。

 ゲイナーがメーテルを襲い、そしてベックと激しい斬り合いになる。

 艦内ではマイルズやアルフィンが、そしてキーナンたちが、機械生命体やボーグ化された人々と、激しく格闘していた。

 鉄郎とシヴァがかばいあい、カマキリのような機械を払いのける。

 戦士の銃が一体を撃ち抜き、シヴァの重力サーベルが表面のコーティングもおかまいなしに不気味な体を貫く。

 ボーグ化されたテツヤ・オノデラが襲うのを、長身の男が両膝を斬りつけながら左手で転送マーカーを貼りつける。と、テツヤの姿がかき消えた。

「無事か!」

 そう言って、別の敵に向き直った、その敵の体に穴が開き、そのまま襲う脚を重力サーベルが斬りつける。敵の爪が機関部に当たって故障し、即座にシヴァは鋼のナイフを抜いて構える。

「見事だ。共に戦えるな」

 ドムが、装甲宇宙服の下で笑いかけた。

「ドム卿!」

 シヴァが喜びを叫びそうになる、そこを鉄郎が二人に飛びつき、伏せさせた。

 炸裂弾と熱線の嵐が上を吹きすぎる。

「名は?」

 立ち上がり、常人には使えぬ巨大な拳銃を抜くと連射でカマキリを仕留めたドムが訊く。

「星野鉄郎」

「ル・バラバ・ドムだ。行こう!」

 鉄郎が戦士の銃を連射し、血路を開いてマイルズたち、そしてドムの部下と合流した。

 そして、ドムはじっとシヴァを見つめた。

「励んできたようだな」一瞬沈黙し、「生まれが命じる、一人の戦士とは別の義務も、承知しているな」と、ドムは小さなコインをシヴァに差し出した。

 ソーナ人が使ったのと同じ、転送マーカー。改良され、シールドの中からでも転送できる。

 戦友たちを置いて一人安全なところに退避するのと、先頭に立って地雷原を走るのと……前者の方が残酷だ。

 シヴァは表情を変えまいと、必死で鉄郎を、マイルズを見つめる。

「グレゴールも、ぼくも父上も母上も、その苦しみを経験してる。きみの義務だ」とマイルズ。

 アルフィンはシヴァの手を固く握っている。その目を見て、ドムは彼女にもコインを渡した。

「どんなときも、ともに」と、シヴァを見る。「ごめんなさいみんな、あたしは、何があっても守り抜く、絶対にそばを離れない、って、クラッシャーの名にかけて誓ったの」

 アルフィンが唇を血が出るほど噛みしめて、マイルズに告げる。

「ここで戦い続けるほうが楽だろう。誓いを果たすんだ、クラッシャーアルフィン」

 マイルズが笑いかけ、スティヴンスとナディアがうなずく。

 ぎゅっとアルフィンがシヴァの手を握った。

「ありがとう、アルフィン。鉄郎……みんな。ごめんなさい、どうか、無事で」

 そういうとシヴァは胸にコインをつけ、アルフィンと共に転送された。

 

 エンタープライズの、次々に転送されるボーグ汚染者にごったがえす転送室で、戦闘中のピカードは二人に一言だけ無事を祝し、即座にエルシオールに再転送した。

 ヴァニラの力もあり回復してきたタクトが、ブリッジに出現した二人を見つめる。

 誰もが、一瞬誰だかわからなかった。線の細い少年のように見えていたシヴァが、背も頭ひとつ伸び日焼けし、鍛え抜かれ引き締まって、それでいて女性らしい姿で出現したのだ。

「シヴァ……さま」

 まずタクトが気づいて、呆然とした。

 時間の流れも違う……エルシオールでは一カ月も経っていないが、シヴァは丸一年の旅を経てきた。

 アルフィンが、そっとシヴァの背を押す。

「マイヤーズ……マイヤーズ!」

 シヴァがタクトに抱きつき、ほんの数呼吸だけ激しい涙に暮れる。

「なんて美女!誰なんでしょう」アルモが驚いた。

「シヴァ様、シヴァ様よ!ご無事だったのですね」ココが目を見開く。

 すぐにシヴァは立ち直り、身を離して堂々と立った。

 知らせを聞いて飛んできた侍女が、シヴァの姿を見て凍りついたように立ちつくし、衝撃と罪悪感に泣き崩れた。

「まず責められるべきは私だ、感謝しかない。今は責めより、ただ戦い抜こう!」

 シヴァが宣する。その威に、全員が打たれひざまずく。

「無事であったか!」

 と、アザリンから通信が入る。

「客人を守れなんだこと、謝罪する」

 炯々とした幼い女王の目。シヴァは真っ直ぐに受け止め、

「感謝はすべて、勝利の後に!」

 と、堂々と笑いかけ、アザリンも嬉しそうに笑って麾下に号令した。ラアルゴン艦隊が鬨に沸き立つ。

 改めて侍女が、アルフィンに深く頭を下げ、タクトもつづいた。

 そうしている間も、直接戦力こそ弱いが補給・医療機能が高いエルシオールには、人型機を中心に多数の機体が飛び込み、再出撃するのを繰り返している。

 

 二機の大型偽紋章機が次々にデコイを放ち、砲撃を回避しようとしたちょうどそこに小型無人機の攻撃が集中する。

「ハナー・シスターズが中心になっている。二人がテレパシーを拡大し、操る通信の核になってるんだ」

 カミーユが歯を食いしばる。

「なら、最優先で二人を救出する」

 キョウスケがそちらをにらむ。そこに、ヤマトの魚雷発射管からミサイルが飛んできた。

「こんなこともあろうかと作っておいた、非致死性接近戦パックだ!受けとってくれ」

 真田からの通信、大型ミサイルのパックが四散すると、大型のエンジンを含めいくつもの部品がワーウルフの手足に収まる。

「なるほど」

 素早くシステムを確認する。飛行機型への変型こそ不可能になるが、両脚部分にワーウルフの胴体に匹敵する駆逐艦用スラスターがつけられ、右手には大型のトリモチ四連ロケットランチャーとスタン・コレダー、左腕には巨大な牽引ビーム増幅装置と小さいがばかばかしいほど分厚い追加シールド。

「ついてきてくれ!」

 キョウスケが加藤と、サカイ・シラギクに叫ぶ。

「ヤマト、主砲集中」

 タイラーの指示で正確に放たれた主砲が、濃密なVLS対空ミサイルの子弾と無人機を一瞬吹き飛ばし、その隙間を通って、敵陣中央にいる二機の大型偽紋章機を狙って四機が身をねじこんだ。

 サカイとシラギクのイカのような機体と、偽紋章機が激しい二対二を繰り広げる。

「ただやりあってたら勝てないな」

 シラギクがわずかに減速し、高精度の援護射撃を長い触腕から放つ。それを、前に予測していたようにひねってかわし、ミサイルが発射されてすぐ数百発に分離し、飛んでくる。

 触腕の機銃で迎撃しようとするが、子ミサイル一つ一つが高機動で機銃をよけ、あらゆる方向から襲ってくる。

 それをキョウスケの分厚いシールドが弾き、押しのけながら突進する!

 注がれる弾雨に削られつつ接近し、その陰からサカイ機が飛びだし、それを読んでいたように散開しつつ狙いを集中する二機に、別方向から急降下した加藤のブラックタイガーが襲いかかった。

 初対面に近いメンバーだが、いずれ劣らぬつわものども、鮮やかに連携を組みテレパシーで結ばれた天才双子に挑む。

 他の敵たちと紋章機、また多くの人型機も、激しい闘いを繰り広げている。

 心を奪われたヘルハウンズたち。エクセレン……

 

 ベックとゲイナーの斬り合いは激しく続いていたが、ゲイナーが一撃食らいながら身を翻すと、闇の中から多数の、おぞましい不定形の雪だるまのようなものが生じ、襲ってきた。

 アカガネ艦内では、左右両舷の大型対空ガトリングを操るプルとプルツー、さらにメインエンジンを目指し、キーナンたちやドムたち、アシュラン精鋭部隊がますます数を増すカマキリやボーグ化された人々相手に戦い続けていた。

 機械の冷酷さと人間に百倍する力を押しつけられた捕虜たち。かよわい女性であるアヅキ・サワが、雲突く巨体のロコフ准男爵を片手で投げ飛ばす。

 コトセット卿がその怪力を逆手にとり、丁寧に逆関節をとって手首を砕くが、痛覚なしの頭突きで吹き飛ぶ。

 シュンを襲うのをバーセルミ男爵が食い止め、長い掌底で打ちつつ力をさばいて入り身、密着強打、無重力での関節を壊しながらの投げ技と流れるように決めるが、殺さぬための手加減で弾かれ……そこに遠くからスティヴンスが、転送マーカーを強弓で撃ちこんだ。

「ありがたい」

「このまま制圧するぞ!」

 叫ぶシュンの声を聞いて、追ってきたドムが眉をひそめる。

(アシュラン辺境伯、これほど屈強な精鋭を育てていたとは……侮れぬ。そしてネイスミス提督も敵に回せば恐ろしい、ぜひ部下に欲しい将だ)

 その彼らの目前で、突然カマキリたちの背に雪だるまのようなものが取り憑くと、さらに力と速さを増して襲いかかってきた。

 あやうくドムが攻撃を蹴り飛ばす。

 マイルズが叫ぶ、

「いまだ!ここを制圧すれば勝ちだ!スティヴンス、惑星間警察隊は左舷側砲塔へ。キーナン小隊は右舷側を制圧!」

 ドムもその声に応える。

 何百ものカマキリに飛びこんだ精鋭が、次々と人間以上の力を持つ機械を引きちぎり、砕いて、隔壁をぶち破った。

 広い中央制御室で待ち構えていたのはボーグクイーンとクロスターハイム、そして全裸の、小学校低学年程度の少年だった。この世のものと思えぬ美しさと底知れない邪悪さに、誰もが凍りつく。

 その姿がかききえた、と同時に剣を向けたドムの右手が砕かれ脚を拳で貫かれ、巨体のタウラ軍曹が片手で壁に叩きつけられる。

「な、なんだこいつは」

「さあ?」

 ボーグクイーンは何食わぬ顔で微笑んでいた…

「食われたな」

 ドムがつぶやき、鉄郎の肩を借りて起き上がる。かつてボーグキューブで見たボーグクイーンとはまったく違う、何かを奪われている。

「これほどまでとはね」クロスターハイムが軽く肩をすくめた。「あの星で拾ってきた、何でも食い尽くす星間精神生命体。それにゲイナー卿の力を加えた機械の体を与えてやっただけで、これほどの力が」

 ドムの目にうながされ、鉄郎が放った戦士の銃。それにP38を全弾打ち込んで相殺したクロスターハイムが、にこやかに微笑して一礼し、消えた。

「ずいぶんとおいしそうな人たちがたくさんいるね。さあ、食事の時間かな」

 美少年がまた微笑すると、パーカー卿の肩と脚を砕いた。

 その衝撃波に装甲宇宙服を砕かれ、壁に叩きつけられたエリ・クィンが小さく叫ぶ、「音速」

「これでもまだ、ゆっくり歩いてるだけなんだよ。本気で走ったら船が壊れちゃうからね」

 にこやかに言い、エリの腕を装甲宇宙服ごと、子供がアリの頭をもぐように引きちぎった。絶叫と恐怖の声、それをシュンとマイルズが統制された攻撃にしようとする。

 鉄郎に支えられたドムが左手拳銃を抜き、あらぬ方向に放つ。

 シュンに突進していた少年が停まり、にっこり笑って、側頭部すれすれに指で挟んだ長い針を見た。

「ふうん、光より速く先がわかるんだ。少し遊ぼうよ」

「セレムスオオハリガの針を光速の半分まで加速する銃だぞ、戦艦の装甲も貫通する」

「止まって見えるよ」

 ドムが呻いて、常人なら肩が吹っ飛ぶ反動を抑え二発、三発と放つ弾。目に見えぬ速さで動く指が虚空をつまみ、あらぬ方に投げる。バネ入りの装甲宇宙服で跳んでいたドナー卿が衝撃に、蹴ろうとした右脚全体を失って天井に叩きつけられた。

 もう一発が、ドムの折れた右肩を貫通する。

「反応は早くても、身体がほんとに遅いんだね」

 鈴の転がるような声で、弾けるような笑いが飛ぶ。

 ドムが片足で立って、拳銃を落とした左手で何かを抱き止め、鉄郎に目顔で訴える……自分ごと撃ち抜け。

 笑い声と共に、ドムの左腕が肩から引きちぎられ、鉄郎の右手首が砕かれて戦士の銃が落ちる。

「かかれ!」

 シュンが号令とともに率先して突撃する。精鋭たちが、大量の銃撃を掩護に走る。

 何発も直撃弾はあるはずなのに、動きもせずに立ったままにこにこ笑い、猛者揃いの突撃を……

 

 プルが守る右舷側砲塔を襲うキーナンやクライバーンが隔壁をぶち破って、残りは数メートルの、左右は底なし溶解炉のキャットウォーク。

 そこには、巨大な槍を振り回す4m近い巨体の怪物が待ち構えていた。

「へっ、楽しそうじゃねえか……いっくぜええっ!」

 キーナンが先頭を切り、近くに転がっていた、150kgちかい鉄棒を装甲宇宙服の力を借りてひっつかみ、突撃する。

 女の腰より太い鉄棒が、槍の一撃で斬れとび、衝撃にたたらを踏みながら、隙を見て頭から突っかかる。

「男ってもんには、こいつがあるんだよおおおおおおおおっ!」

 特殊合金で強化された額の、頭突きが巨体にぶち当たる。

 

 プルツーの左舷側砲塔に向かったスティヴンスたち、合流した惑星間警察らは圧倒的な数のカマキリに迎えられた。

 その中央には、似つかぬ姿に変貌したヴァーナや何人もの顔見知りの仲間たち……

「スティヴンス!」

「ナディアお嬢さん!」

 精鋭たちが二人の姿を見て喜ぶ、そして放たれる強弓の援護を得て、勇気百倍で打ちかかる。

 一瞬は押し返されるかに見えた、そこにヤマトそのもので体当たりし、踊りこんだ古代たちや続くエレーナの小隊が加わり、人間たちは転送マーカーを打ちこまれカマキリたちは次々に打ち倒されていく。

 ついにスティヴンスの振るう巨大な剣が、切断ビームが隔壁を切り破り、プルツーにナディアの矢についた転送マーカーが刺さり、消える。

 

 その巨体は、近づいてみると実に醜かった。八割は機械、わずかな肉の部分は何でできているのか、混沌そのものが見えていた。

 狂ったように振り回される腕が、キーナンの脇腹を粉砕する。

「くるんじゃねえっ!」後詰に入ろうとするクライバーンに叫んだ。「あのバーセルミって男に比べたら、こんな奴小虫だ」

 血を吐きながら、脇に食い込む腕をとらえてねじ折り、再び頭突きを股間にかます。敵は何も感じず、もう一つの腕にキーナンをつかみ、キャットウォークからぶらさげて、上下に大きく振り回す。

「痛みがねえってのも、不便だなあ」

 キーナンが笑った。キャットウォークの手すりの破片が槍のように、膝関節に突き刺さっていた。

「やれい!」

 絶叫にクライバーンの、必殺のタックルが巨体をひっくり返す。放り出されるキーナンは垂れ下がる別の手すりにつかまり、這い登る。

「さて、じゃあ一気にいきますか」

 二人がにやりと笑い、巨体を端から折ったり砕いたりしながら持ち上げ、放り落として、振り返りもせずに隔壁をぶち破り、プルを転送させた。

 

 美少年が、踏み潰された鉄郎をにやにや笑いながら見下ろす。その美しさでの邪悪な笑みは、なんともいいがたい、宇宙的な恐怖だった。

「醜いねえ」

「黙れ」

 もう自分の足で立つものは美少年一人だった。ドムも、シュンもアシュランの精鋭も……冗談抜きで素手どうしなら千人を倒せる強者たちが一人残らず叩きのめされていた。

 殺さぬように、アリを慎重につまむように。

 鉄郎の折れた右腕が、嫌な音と共にゆっくりとねじり続けられる。三回、四回、五回……靭帯がちぎれ、骨が砕けて肉を破り、血があふれる。

 落ちた戦士の銃に伸ばそうとした左手も、またあっさりと踏み砕かれ、その足の指で器用に指を握りちぎられる。プレス機のような力。

 鉄郎は凄まじい苦痛に吼えながら、その足に噛みつく。

「ふん」

 あっさりと蹴り離され、歯が何本も飛び、顎から鼻が砕ける。

「この僕に唇を触れる、君のような下賎の者が。これは並大抵の苦痛では足りないね。まず不老不死処理をして、百億年はかけて心を砕いていかないと」

 無造作に、鉄郎の脚を、くるぶしから順に踏み砕いていく。子の姿で軽く蹴っているだけなのに、一発一発が大人が巨大な土木工事ハンマーを振るうように、壁ごと揺らぐ。

「戦士の心を砕けるものか、この悪魔が」

 ドムが怒りにまかせ砕かれた手足で起き上がり、せめて噛みつこうとして蹴り飛ばされる。

「もう味つけもいいや、楽しみには足りないけどね。じゃあいただこうかな」

 美少年の、美という言葉がばかばかしく思える超絶に美しい微笑は、際限なしに無垢で邪悪だった。

 そこに、いつの間にか二人の美女と、一人の黒人女性がいた。

 鉄郎が、砕かれた顔から言葉にならぬ声を漏らす。

 メーテルとエメラルダス、そしてガイナン。姉妹が、重力サーベルを抜く。

「お、これはまたおいしそうだ」

 美少年の笑いが、何かを抜かれたボーグクイーンの狂った笑いが響く。

 傷ついた戦士たちにガイナンが転送マーカーを投げた。彼らの姿が消える、エンタープライズの医務室へ。三人の女が、美少年を冷徹に見つめる。

「もう、何も隠す必要もないわね、姉さん」

「こんなときが来るとは、思わなかったわ」

「ひっぱりだされるとはね」

 ガイナンが不満そうにつぶやき、鉄郎が落とした戦士の銃を拾った。

 

 膨大な光弾の渦が、多数の人型機に次々とダメージを加えていく。

 偽紋章機たちが組織的に、的確な動きで味方を翻弄する。逆にそこには、個性豊かだったヘルハウンズの、一人一人の動きすらない。

「エクセレン!敵に操られていたときも、お前はお前だった。だが、今はなんなんだ、ただの機械じゃないか!」

 キョウスケが怒りに絶叫する。

 ハナー・シスターズの二機と激しい格闘戦を続けるサカイ・シラギクの二機。

 サカイが凄まじい加速に内臓をやられたか血を飲み、「ヒラガーの奴、人間の限界とか考えて設計したのか?」と、むしろ嬉しそうに怒鳴る。

「返品するか?それにしても、おっと」巧みな機動で追尾するミサイルをかわしたシラギクがつぶやく、「あの二人には、いろいろ教えすぎたかなあ……天才だとは分かってたけど」

 そのシラギクが接近して放つ重力内破槍を、二機の偽紋章機がぶつかり合ってかわし、その動きの乱れから瞬時に放った一弾が山本のブラックタイガーの翼を打ちぬく。

「やってくれたな」

 今度は加藤と山本、ヤマトのエースコンビが、激しい格闘戦を挑む。

「お、あのガトリング砲が止まった」

 シラギクがふと、シールドのレッドアラートを見て微笑んだ。

「さてと。本当の二人だったら、多分負けてたけど」

「あのシステムは、どうやら人間の個性とかまでなくすようだな」

 シラギクとサカイが、加藤と山本が微笑みを交わす。

 激しい機動。次々と放たれるマイクロミサイルと機銃。

 そこに、真上からコスモゼロのパルスレーザーが吼える!

「古代!」

 加藤が嬉しそうに叫ぶ。

「おいしいところを持っていかないで下さいよ」

 山本が苦笑しながらミサイルをかわし、パルスレーザーでエイミィ機の退路を潰し、そこに加藤が体当たりと見せてぎりぎりでかわす。

「アカガネはほぼ制圧した。待たせたな!」

 叫ぶ古代の連射が、ついに偽紋章機をとらえる。

 虚空から数本の、緑の光の帯が偽紋章機を襲った。

「もらった!」

「ツイン・バード・ストライク!」

 ゼオラとアラドが、

「ユーハブコントロール!」

「パターンセレクト、RHB……」

「ファイナル、ブレイクですわ!」

 ラトゥーニとシャインが、次々に息の合ったコンビプレイで偽紋章機に反撃し、ダメージを積み重ねる。

 シャインの予知が敵全体の動きを予測し、伝えられた情報を各自が手早く処理して、組み立てていく。

「退けえっ!」

 叫びのような通信。大型偽紋章機から、ハリネズミのように高圧の攻撃が放たれる。

 キョウスケがシールド任せに、一気に接近してボロボロのシールドを捨てる……そしてはるか遠くから、突然出現したアムロのνガンダム。左手に握った艦載級フェイザーが、ユーミ機のエンジンを止めた。

 その瞬間に、かすめるどころかわずかにぶつかるほど接近した古代のコスモゼロがエイミィ機に機銃を浴びせ、反撃をわずかにかわす。そこにキョウスケのワーウルフが飛びこみ、スタンコレダーとトリモチランチャーを放ってすぐさまエクセレンの偽紋章機を襲い、猛反撃に大破しつつエンジンを破壊して抱きとめる。

 二機をしっかり抱えたサカイ機とシラギク機が、全速でエンタープライズに飛ぶ。

 そしてミルフィーユたちが、テレパシーによる制御が乱れたヘルハウンズの紋章機を次々と無力化していく。

「おねがい、目を覚まして!昔のあなたたちにもどって!」

 ミルフィーユが泣きながら突撃する。彼女をかばうようにリッキーのファイターがミサイルの嵐を放ち、それに分離したコンバトラーとユウ・カジマの蒼いPT、ゲッターロボが激しい波状攻撃をかける。

「ライバルって呼ぶのなら、せめて目を見て言いなさいよっ!」

 まだ傷もいえぬランファが、叫びながら重力アンカーを叩きつけ、リュウセイのT-LINKソードがその上からぶち抜き、アヤのシールドが苦し紛れのミサイルを撃墜する。

「信じていますわ。もう一度、あなたを罵れることを」

 ミントが微笑しながら、遠距離からフライヤーで攻撃し、ZやZZとも連携する。

「プロの傭兵ってもんは、金で戦いながら魂だけは誰にも渡さないもんだろ!」

 叫ぶフォルテ、そして重装甲で激しい反撃を受けきったそこに、ゼンガーとボルテスVの巨大な剣がうなる。

「もう一度、たとえまた戦うためだとしても、せめて心を取り戻して」

 ヴァニラが悲しく、攻撃を集中しながら傷ついた味方機を癒していく。

 彼女をビームシールドでキラ・ヤマト、アスラン・ザラ、シン・アスカが守り、激しい攻撃をかける。

 

 中央制御室にたどりついたキーナンやスティヴンスたちの前にあったのは、崩壊し崩れていくボーグクイーンの姿だけだった。

「なにが、あったんだ」

「勝った、んだよなあ……」

 全員首をひねりながら、もう一度敵と味方を調べるため広いアカガネの捜索活動をやり直し、スティヴンスが機械的な情報を調べる。

 エンタープライズのバーにガイナンの姿がないことに、気づいたクルーはいなかった。多数のボーグ化された捕虜たちの、そして重傷を負ったドムたち、シュンはじめアシュラン精鋭部隊、そしてエリ率いるデンダリィ隊とマイルズや鉄郎の治療に忙しかったから。

 

 

「少なくとも、目標は達成したよね」

 タイラーが笑いかける。

 指揮官級全員での会議。といってもドム、マイルズ、タクトは重傷で、エンタープライズの病室からだ。テツヤもまだ病床から離れられない。

「捕まったみんなは帰ってくるか、助けて頭を掃除した。アカガネも取り戻した。めでたいねえ」

 疲れた指揮官たちが笑い合い、うなずきをかわす。

「ただ、これはわたしたちがやっていることですが、そこのタネローンにいくように、と指示されております」

 レフィーナが遠慮がちに言う。

「われわれが元の時空に戻るのにも、そうしなければならないと言われている。言葉自体は、みんな同じはずだ」

 マイルズが古代たちに同意を求める。

「今更、言葉は不要であろう。われら、ついに汚名をそそいだ栄光あるラアルゴン!」アザリンの表情が誇りに輝き、立てるものは総立ちになって最敬礼した。「そしてその朕が認めた雄々しき戦士たちは、何者にも操られはせぬ。ただそれぞれの故郷に帰るため、共に戦い抜くのみじゃ」

 アザリンの笑いに、傷ついたドムが身を折る。

 その会議室の回線に、突然割り込みがあった。

「クイーン・エメラルダス号からの通信です」

 ミルフィーユの「あーん」に鼻の下を伸ばしていたタクト、トロイの目を見たピカードがうなずき、回線を開く。

「ついにタネローンに到達しましたね。ここで見ていただきたい映像があります、アザリン陛下、タイラー提督、あなたがたの故郷宇宙で、数年後に観測可能になります」

 その映像に、全員が息を呑む。巨大な宇宙の暗黒に、銀河そのものが瞬時に飲み尽くされ、破壊されていく。それが次々と、大宇宙に銀河を何十個も集めたサイズの筆で、一刷きにすべてを消していくように。まっしぐらに、彼らの時空の銀河に向けて。光速をはるかに超えて、どんどんワープスピードを上げている。

「真偽は帰ってから検討すればわかるはずです」

「彼女は真実を言っています」

 トロイとうなずき合ったピカードが、そして紋章機を整備していたヴァニラが、アカガネを修理しているニュータイプや念動力者たちが即座に頷いた。

「この方角を観測しなさい」

 エメラルダスの指示に従い、エンタープライズのトリコーダーやヤマトの超空間レーダーなど、数々の観測機器がある方向に向けられ、悲鳴が上がる。

 ここ、スーパーロボット大戦の時空の銀河の、ちょうどアンドロメダ銀河の反対方向から、とてつもない数と光量の点が極超光速で押し寄せてくる。

「クエーサーの大軍?」

 レフィーナが悲鳴を上げた。

「いや、この強烈なサブローザー青方転移は、こいつらが光速の数億倍でこちらに急行している、と解釈できる」

 ブランドンが断言し、ウェストフォールとスティヴンスが検算して頷く。このトリオも久しぶりだ。

「タイラー提督、ラアルゴンのみなさん、このままあなたがたが帰還すれば、あなたがたの時空では銀河がまとめられ、あの颱宙から人類が守られるかもしれません。それを阻み〈天秤〉を砕こうとしている邪悪が、あなたがたとタネローンをここで殲滅しようとしています。大半はエメラルダス号で対処しますが……」

「この戦いに敗北すれば、この時空の全ての生命、その次はラアルゴンのある銀河が、そして次には……生命のある時空はことごとく破壊されるでしょう」

「まだ、戦いはあるようだな」

 ピカードがため息をつく。

 ふと気がついたときには、テレザート星であったはずの〈タネローン〉は、この時空での地球に変じ、さらにすぐ近く、地球公転軌道の反対側にはトランスバール本星と〈白き月〉も出現していた。

「タネローンに、いつどこにあるというのはあてはまりません」エメラルダスが「戦いの準備を」と冷静に告げ、船ごと消えた。

「なんと嬉しい言葉ではないか、『戦いの準備を』とは。ラアルゴンにとってはな」アザリンが笑う。「問題は誰が最高指揮官となるか、じゃな。朕が全てを総覧し、指揮はタイラー提督に、全面的に預けるとしよう」

 誰がトップになるか。言い出すだけでも、問題を指摘するだけでも野心や支配欲を疑われかねない危険なことだ。その火中の栗にためらわず手を伸ばした。さらに故郷では敵であるタイラーに全てを委ねた以上、その無私を疑う者などない。

 ドムはもちろん、タクト・ピカード・古代・マイルズらも、即座に合意する。皆タイラーの能力は理解していた。

「では地球との交渉を。ダイテツ艦長、アザリン陛下、そしてアムロ・レイ中佐、ご協力下さい」なんとか車椅子に乗れるようになったマイルズが、眼下の地球を見おろした。

 地球で治療していた沖田艦長も、エンタープライズのビバリー、エルシオールのヴァニラらのより優れた治療を受けてヤマトに復帰し、地球の母港でアカガネやハガネの修理が始まる。

 同時に、トランスバール本星の〈白き月〉をシヴァが儀式で解放し、紋章機たちの修理とリミッター解除、エルシオールにクロノ・ブレイク・キャノンを取りつける作業が開始された。

 グインの星で手に入れた紋章機、そしてシャアがどこかから乗ってきた機体も、いつしか〈白き月〉が収納して何かをしているように見える。

 

 地球の政治家たちは問題にはならなかった。アザリンの美しさと迫力、ドムの覚悟。そしてピカードの理路整然とした交渉、天性の詐欺師の才を縦横に尽くしたマイルズの説得……。何よりも圧倒的な戦力差。ヤマト一隻であっても、地球の全てを瞬時に破壊できる力。

 そしてアクシズ落としを阻止して帰還したアムロが、宗教に近いほど崇拝されていたことも。彼の呼びかけに背ける者など、地球の政治家にはいなかったのだ。暗殺をもくろむ者はいても、宇宙で圧倒的な戦力に守られたアムロに届く手などない。

 

 鉄郎の治療は、ヴァニラのナノマシン技術を使っても長くかかった。そのかたわらに、いつしかメーテルの姿があった。

「いつ戻ってきたのですか」

 いつの間にか、バーでいつも通り働いていたガイナンに、アムロとベックが聞いた。

「あなたたちには、気づかれてしまうわね」

 ガイナンが笑って、ワインをついで渡した。

「これは、故郷のアウスレーゼ」

 ベックの表情が変わる。

「ピカード艦長もご存じないのよ。艦長のご実家で使われてる葡萄の先祖が、あなたの畑から来ているって」

「そんなことより、あなたも」

 アムロが、νガンダムから降りるときはなぜか人間用のサイズになって腰にされる大剣の柄を叩く。ガイナンは笑って別のカクテルを作るだけだった。

 そこにやってきたマイルズが、じっとガイナンを見る。

「メーテルも、なにも話してはくれなかった」

「いつものことだな、こいつらの秘密主義は」

 アムロが飲みかけていたカクテルを渡されたマイルズは、またあちこち骨折した体を器用にスツールにもたせかけて、深いため息をついた。

「そうそう、マイルズ・ヴォルコシガン卿中尉」

 ガイナンが自分の本名を呼んだのに、マイルズはカクテルを吹きかけて周囲を見まわす。幸いデンダリィ隊の者はいない。

「これを鉄郎に返してやって。あの二人の息子が、大きくなったね……鍛えてくれて、ありがとう」

 と、戦士の銃をカウンターに置き、マイルズの故郷のメープル地酒をマイルズに渡した。

 

 捕獲した偽紋章機を参考に、ヒラガーや真田たちが、新しい機体をいくつか量産し〈玄武〉と名づけた。サカイとシラギクが受けとった機体に似ているが、より大型で波動エンジン搭載、ペイロードは駆逐艦なみ、蓄電補助エンジンで短距離加速は紋章機級だ。

 第一印象はヘビクビカメに似ていた。だが前脚はザリガニのようにハサミ状で尾がない。短いが頑丈な後足だけで着地・歩行可能。

 首と手足を収納した時の全体像は、上から見ると前後45m左右32mの卵形、最大厚22m。その状態なら大気圏内でも、全翼爆撃機に似た高い空力性能を発揮する。胴体前方には波動砲と光子魚雷発射管さえついている。

 ただし首と手足を出して人型を取っても、波動砲は発射不能にはならない。「腹」中央部から、散弾のように拡散して放つことができる。

 コクピットは胴体内部で、直視キャノピーはないが救命カプセル機能はある。

 三関節の細長い首についた「頭」は高性能なトリコーダー、高発射速度のショックカノン、多連装パルスレーザー、クレーンを兼ね、全身を「掃除」できる長さだ。

 ザリガニを思わせるが、小爪が二つある前腕は歩くこともつかむこともかなりでき、刺す挟むと接近戦武器としても強力だ。またセンサーと補助スラスターと牽引ビーム、ショックカノンとブラスター、重力内破槍も備えている。

 厚みのある背中は頑丈な装甲、多数のVLSと大量のペイロードのハッチでもある。

 その「広さ」がまた役立つ。前方投影面積・空気抵抗が最小である細長い円筒は、内部の部分どうしが「連絡」する燃料パイプ・情報・電線など「線」が大量に必要になる。複雑な宇宙機では、「線」の質量・価格も大きいし、長ければ長いほど切れて故障する確率も高くなり、修理も面倒になる。最も短い連絡線ですみ、また体積と表面積、すなわちペイロードと装甲材の比が最善の球は前方投影面積が大きすぎ、修理点検や貨物の出し入れなど内部に手を入れるのが困難だ。厚みのある円盤であれば、線の総延長・前方投影面積・ペイロード・内部アクセス・空力性能などバランスがいいのだ。

 背の装甲ハッチを開いて大量のペイロードや故障部モジュールを、首のクレーンを用いコンテナ船のように交換できるため、専門工場でなくても短時間で再出撃が可能なのだ。

 

 観測機たちが映像を検出するより先に、ニュータイプたちがいっせいに訴える。きた、と。

「質量ともに、あの宇宙怪獣の大群をはるかに上回るな」かつての悪夢を思い出す。ゲートを抜けた時に見た、何億もの、一つ一つが大型戦艦をしのぐ強大な戦闘装置の群れ。

「だが、こっちだって……何とか動く」

 アカガネの修理に駆け回っていた真田と徳川がうなずきあう。

〈白き月〉からクロノ・ブレイク・キャノンを積んだエルシオールが出現する。

 地球で待っていたはずのギリアム・イェーガーが、なぜか〈白き月〉からXNガイストを思わせる機体で出てきた。

 ただしダイゼンガー同様内臓武器が一切なくケンタウロス型で、アムロと同様の黒い巨剣が右腕と一体化している、剣を使うためだけの機体といえる。

 それにも、ゼンガーはうらやましいが人の手にする剣ではない、とおののいていた。

「じゃ、パワーアップしたっていうクスハのあれで水杯と行くか」アラドの冗談に、

「戦う前に全滅する気かよ」リュウセイたちが背筋を凍らせて拒んだ。

「あれが、パワーアップしたって?」マサキ・アンドーが震え上がる。

 そのせいでの病床からやっと起きたブリットが、泣きながらうなずき、よろよろと着替えた。

 

 最初に、トランスバール本星の側に襲来したのは、〈黒き月〉とエオニア、それにバクテリアンが含まれる大艦隊だった。

「降伏し、シヴァ皇子と〈白き月〉を引き渡せ」

 魂が抜けたように繰り返すエオニア。そしてその傍らのノア。皆は怒りすら通り越した何かを覚えていた。

「食われたようだな。隣の少女が本体だ」ピカードが目をそむけた。

「王を名乗っていながら、無様なものだ。それでもあのシェリーが主君と呼び命を捧げた男か」ドムがもう起き上がって、怒りをぶつける。

「楽にして、やらないとな」タクトもやっと、車椅子のままだがエルシオールのキャビンに戻った。

「マイヤーズ」母子の名乗りを交わした、シャトヤーンと寄り添ったシヴァが、タクトを見つめる。

「お任せください」タクトがシヴァに笑いかけた。

「私も戦う」タクトが何か言おうとするのを制した。「これはわがままではない。皇王としての、義務だ。エオニアを討つのは、わが手でなければならぬ。エオニアはまぎれもなく皇族であり、そしてわが父、故ジェラール前皇王の裏切りもある」

 タクトはひざまずくだけだった。

「シヴァ。一片の私心があったとしても、王たるものは剣を振るってはならぬぞ」アザリンが厳しく言う。

「はい。わたくしの恨みはない、しかし、トランスバール本星や、ローム星系で殺された、何十億という人の恨みと怒りが、ここにあります」彼女がはっきりと胸を打つ。

「ならばこの朕も、共に返り血を浴びよう」アザリンが凄みのある、それでいて慈悲に満ちた笑いを浮かべた。

「シヴァ」シャトヤーンが胸詰まるような目を向ける。

「母上。これは私のつとめなのです。必ずや無事に帰ります」シヴァがシャトヤーンを強く抱きしめ、エルシオールに向かった。

 

 厄介だったのが、鉄郎とメーテル、ウルリッヒ・フォン・ベックの扱いだ。旅を共にしたマイルズたちは、メーテルの凄まじい力を垣間見ている。

 またベックが手にするレイヴンブランド、鉄郎の拳銃も、とてつもない力を秘めていることはわかっていた。雪らも、鉄郎と同じ戦士の銃をエメラルダスが使っていたのを目撃している。

 マイルズやドムは、人智を絶する人間大の敵……ゲイナーやあの美少年を相手にすることを考え彼らを手許に置きたがったし、スティヴンスやナディア、シヴァは避難民として〈白き月〉かトランスバール本星に退避させようと主張した。

 とはいえ鉄郎は重傷で、機械の手足も断固として拒絶している。だが最も治療能力が高いヴァニラ・Hは紋章機パイロットでもあり、休息も必要。そうなると最も治療水準が高いのはエンタープライズである。エンタープライズからであれば、必要とされたときにはどこにでも転送で行ける。またデンダリィ隊の軍医も、大桶で細胞を培養して機能回復に協力する。

「また999号で旅立つとしても、君はずっとデンダリィ隊の一員だと思っている」と、かなり無理をして治療を中断し、デンダリィ隊に戻るマイルズが言った。

 その言葉に、鉄郎は必死でリハビリに励む。

 

 敵はエオニアだけではなかった。ヤマトとアカガネを上空から襲う、一機の黒い人型機……

「イングラム・ブリスケン!」リュウセイが叫んだ。

「あ、あなたは死んだはず」アヤが怯え叫ぶ。

「ボーグ化されています」データが冷静に告げるが、それは見れば分かる。

「彼は、何度でもどこにでも出現する存在だ。戦うしかない!」ギリアムが黒の剣で打ちかかる。

 アムロとゼンガーも同じく大剣を連ね、サイバスターや龍虎王も加わる。

 イングラムが乗る、改造された黒いアストラナガンの手にも、巨大な黒剣が握られていた。

 

〈黒き月〉直営部隊の強さは際立っていた。エオニア護衛部隊も、大型機動要塞級多数が連携して波状攻撃をかけてくる。

 だがついに集結し、技術を結集した艦隊は一歩も退かず、その圧力を受け止める。

「さあ、ブワ〜〜〜ッといってみよ〜〜!」

 タイラーの声だけで、士気は天井知らずに高まる。

 クロノ・ブレイク・キャノンと波動砲が同時に咆え、敵陣に大穴を開けて、そこにクロガネとヒリュウ改が斬りこむ。

 ヤマトから、ハガネから、次々に戦闘機や人型機が飛び立つ。

 傷癒えたアカガネが、攻防共に凄まじい威力で敵の圧力を食い止める。

 デンダリィ隊艦やシリウス号の、ミサイルもレーザーも無にするシールドが何万ものビッグコアの砲撃を吸収し、至近距離から重力内破槍を突き刺して突入隊が飛びこみ、中枢部に爆弾を仕掛けて転送離脱する。

 ラアルゴンとアシュランの精鋭艦隊が、マコト・ヤマモトの細部処理と兵站が、マイルズとカイ・タングが、タクトと紋章機たちが鮮やかなリードでタイラーの総指揮を演奏する。

 エンタープライズとミネルバが競い合うように加速し、敵陣を切り破る。

 亀に似た新鋭機、玄武が龍虎王に混じり、光子魚雷とショックカノンの嵐をぶちまけ、敵艦に肉薄して重力内破槍を叩きこむ。

 ビックバイパーとガイア。ブラックタイガー、タイラーやラアルゴンの戦闘機。そしてZガンダムやウィングガンダム、ガンダムエアマスター。二機のクラッシャー・ファイター。そしてワーウルフが、翼を並べ宇宙空間やトランスバール本星大気圏を切り裂き、舞い踊る。

 五機の紋章機が渦巻く敵に身を投じ、ガンダムXやフリーダムガンダム、ZZなどが掩護する。

 敵の大型ミサイルを、SRXチームやATXチームが、フェアリオンやゲシュペンストが鮮やかに撃墜していく。

 大剣をひっさげたダイゼンガーが、νガンダムが、XNガイストケンタウロスが縦横に暴れる。

 全ての艦が、まるで二十年訓練されぬいた精鋭艦隊のように一つの生き物として機能する。

 何億という巨大な、眼のような何かを、三つの絡み合う蛇のような艦隊が誘って包囲殲滅し、奥に見える月サイズの巨大要塞に突進した。

 ビックバイパーとνガンダムが先陣を切り、ハッチを切り破って飛びこむ。

 エンタープライズから転送された小型MS部隊が掩護に回り、海兵隊や惑星間警察の精鋭が襲う。

 内部は膨大な迎撃システム。高速で動きまわるハッチをすりぬけるビックバイパーを、人型に戻ったウィングガンダムのバスターライフルが掩護する。

 短距離対空ミサイルが次々に、ミサイルとファンネル、パルスレーザーの嵐を浴びて沈黙する。

 複雑な地形を切り破り、置かれた転送ポイントに、強化装甲服の精鋭が次々と出現し、人間より大きいサイズの機械人形に襲いかかる!

 キーナンやクライバーンと治療がすんだアシュラン精鋭部隊が、まだ包帯も痛々しいシュンの指揮に従い、肩を並べて四腕の巨体を殴り倒す。

 そこに出現したゲイナーと、転送されたフォン・ベックが切り結ぶ。

 その間に次々とハッチが破られ、要塞内防衛コアが粉砕される。

 通路をふさぐ多足清掃装置の炎嵐をシールドで防いだ玄武が、両のハサミをぶちこみながら至近距離で光子魚雷や小型波動砲を含む全弾を放つ。

 ワーウルフが牽引ビームで天井を引っぱって急加速、敵の懐に飛び込んで重力内破槍で切り破り、瞬時に変型して爆発を逃れる。

 ラミアの剣が巨大なダッカーの砲撃をかわして関節部を超高速で切り刻み、アイビスがとどめを刺す。

 サイバスターとヴァルシオーネが、巨大な壁にへばりついた多数のモアイと後方から襲う戦闘機の大軍を殲滅する。

 キョウスケがエクセレンのハウリング・ランチャーに掩護され、超高速で突進する。彼が今駆るのは、強引に短期間で、手足とコクピットを処分中の人型機から小型波動エンジンに移設し、重装甲をつけただけの超急造機だ。左腕の火薬式ガトリング砲がミサイルを排除し肉薄、旧式化した榴弾砲ででっちあげた中折れ単発の火薬式杭打ち機が刺さり、胴体からウェストフォールが改良した、小型波動砲の出力を重力内破槍の応用で至近距離に叩きこむ兵器が無数の闇弾をばらまき、道をふさいで上下から強烈な炎を放つ動く壁を粉砕した。

 一番奥の部屋に、ひとりエオニアは待っていた。

 護衛していた、心のない多数の、機械化し三つの口をもつ犬。猛攻をキーナンが先頭に立ってしのぐ。

 静かに、道が開かれる。

 そこに、重装甲宇宙服を着たシヴァとアルフィン、華麗なカイザースーツに身を包んだアザリンが転送された。

「エオニア」

 シヴァが静かに呼びかける。

 ニヤリと笑って手を伸ばそうとしたクロスターハイムとノア。そこにベックとメーテルが転送される。

 次の瞬間、床から壁が伸び上がり、ノア・クロスターハイム・ベック・メーテルの四人を他から隔てた。

「ついに、手に入れた。〈白き月〉の鍵、シヴァ皇子」

 エオニアの、生気のない声。

「シャトヤーン、〈白き月〉よ、なぜ応えてくれない。なぜ、私を拒絶する。トランスバール皇国は閉じこもるのではなく、外に開かれ、より多くのロストテクノロジーを解き明かし、より広い宇宙を見るべきなのだ」

 壊れたような繰り返し。

「その通りだ。私も全面的に賛同する」シヴァが、沈痛で悲しそうな声を漏らす。「だが、あなたは血を流しすぎた。一人一人の、食べて着て、愛しあう人々がいたのだぞ」

 長い旅を思い出す。エルシオールでの、時空さえ超える不安な日々。タクトやエンジェル隊の皆、そしてジョウやピカードの強さと温もりに、少しずつ触れた。

 アザリンに圧倒された、屈辱と底なしの罪悪感、無力感。王そのものに対する凄まじい恐怖。

 襲撃の衝撃、侍女やタクトの、ミルフィーユの犠牲、アルフィン、そして面識もないマイルズとの不安な捕虜生活。

 名も知らぬ無人星の森での暮らし。穴を掘りテントを張っただけのトイレにショックを受け、ナディアが狩った獣の解体と焼肉に吐き、破れた血豆の痛みに震えながらアルフィンの胸にすがり、当時は知らない母を呼びつつ生乾きの毛皮にぬくもった夜。はじめて野生動物を狩った時の誇らしさ。傷を負わされた恐怖。また、つい狩猟を楽しみとしてしまい、妊娠雌を必要もなく狩って厳しく叱られた時の涙。

 銀河鉄道での旅。列車で出会い別れた人たち。999号で鉄郎と駆け回ったあまたの星駅。苛酷な訓練と教育の日々。

 一人一人の人間が生きている、生き物を殺して食べ、着、出し、産み育てる動物に他ならないと……〈白き月〉の奥に閉じこめられ、ジェラール先王ほか王族たちに蔑まれて厳しい教育を受ける日々では知りえなかったことだ。

 装甲宇宙服を脱ぎ捨てたシヴァの手に、鋭い短剣が握られる。スティヴンスが残骸の軸受け鋼から打ちだした刃に、シヴァが仕留めた獣の皮紐を巻いた柄。

 アザリンもカイザースーツを解除し、その光剣のみを手にする。アルフィンがククリとブラスターを構えた。

「エオニア、王よ。トランスバール皇王シヴァ、殺された皇国人民を代表して、あなたを誅殺する!」

 叫んで突きかかる。持ち上げられようとしたエオニアの着剣小銃、敏捷に跳んだアザリンの光剣が腕を切断し、アルフィンが銃剣をかばうように打ち落とす、華麗に着飾られた胸を、シヴァの短剣が貫いた。

 返り血が噴き、シヴァの顔と服を染める。その血を、涙が薄めた。そのままかすかに洩らす、「あなたの理想は、私たちが継ぐ」

 そのままシヴァは、涙も隠さずエオニアの首を搔ききろうとする、アザリンが止めて光剣を一閃し、首をはねた。

 アルフィンがシヴァを強く抱きしめる。

「しかと見た。王たるにふさわしき聖断であったぞ。エオニアを王と認めるなら、このまま葬ってやろう。シヴァ皇王を称えよ、総員脱出!」

 アザリンの命令が通信で響き、次々と人々が転送されていく。そして巨大な要塞が、大輪の爆炎と化した。

 

 戻ってみると、ついに〈黒き月〉が本格的に動き出し、またバッツーラの暗黒惑星・バクテリアンの惑星級大型要塞も出現して、さらに敵の数は増えていた。

 ワープによる時空の歪みを巧みに使い、波動エンジンを備えた無人駆逐艦をミサイルがわりにしたタイラーが翻弄し、切り破っていく。

 

 回復したヘルハウンズたちを、車椅子のマイルズが訪れた。

「なぜ殺さない?」レッド・アイが冷淡に聞いた。

「捕虜を殺す文化は我々にはない、ラアルゴンはともかく。美しきセタガンダのように、大きさが変わるドームに閉じこめる趣味もない」

 マイルズは、多元宇宙の旅に巻きこまれる直前まで裸で苦闘していた収容所を思いだし、あちこちの傷をなでようとして止めた。

「助かってしまったね。こんなのは、美しくない。美しく散るべきだった」カミュが全身の包帯を見て、自嘲気味に笑う。

「美しいかい?あんな力を、他者に求めた君は。その結果があれだよ。鉄郎も今は間違った力を求めているが……君たちは、君たちをあんな姿にしたエオニアや、あの」

「ノアだよ。あの女の子は」ベルモット・マティンが、眼鏡がないと奇妙に美形な顔で笑った。

「あいつらに、まだ忠誠を尽くすのか?だとしたら、戦争法に基づいて捕虜として処遇する」

「契約は契約だ」レッド・アイが言おうとするのを、マイルズが押しとどめる。

「ノアは行方不明、エオニアは死亡した。君たちの契約は、エオニアとではないか?」

「じゃあ、あんたらにつけ、ってことか。そうしても敵は無人艦ばかりだ、魂を燃やしてくれるライバルがまるでいないじゃないか!」ギネス・スタウトが怒鳴り、痛みに顔をしかめる。

「ライバルとの研鑽なら、熱い血の味方と肩を並べて戦ってもできる。誇りをもって」

「誇り?誇りは貴族のものだ。君たちにわかるもんか」リセルヴァ・キアンティが顔をしかめるのを、マイルズは冷たい目、祖父ピエールや父の政敵たちからも学んだ、貴族ならば貴族とわかる視線で見て静かに応えた。

「誇りを知る貴族を見たければ、ラアルゴンやアシュランの士官、クラッシャーアルフィン、シャイン王女やシヴァ皇女、フォン・ベックやメーテルと会うといい。だが、今の君たちを、彼らは誇りある戦士と認めるかな?」

 しばらく、雄弁に沈黙する。

「行動を選ぶことは、結果を選ぶことだ」と、マイルズがそれぞれに、スタナーと銃剣、そして玄武のキーを渡す。「武装解除は、信頼していないというメッセージだ。さらに自殺防止措置は、おまえには死を選ぶ権利もない、おまえの生命はおれのものだ、というメッセージだ。われわれはそれをしない……選びたまえ」

 そう言って、じっと五人を見つめる。

 

 圧倒的な数を誇る敵、そして高い士気に支えられた味方。そこに、〈白き月〉から突如人型機が出現する。

「あれは、シャアの乗ってきた機体と」アムロが息を呑む。

「エメラルダスが借りた紋章機」ミルフィーユが目を見開いた。

 改めて見ればはっきり分かる、一体の大型人型機が強引に分離していたのが、あの二つの機体だったと。

「〈黒き月〉とミルフィーユたちが行った星に、さらに〈白き月〉にも何か関係があるのか?」レスターが訝しむ。

 ヤマトに集中攻撃をかけようとする、超高速で遠距離から襲うミサイルと、不安定に短くワープする高機動駆逐艦、大型巡洋艦隊、さらに黒い人型機。さらにその後ろから迫る、恐ろしく防御の固い大型戦艦……その全てが一瞬輝く。

 シャアの機体から放たれた黒紫の雷が、遠距離のミサイルや駆逐艦を順番に貫き、粉砕していく。どんな機動でもかわせない、すさまじい攻撃力。

「遺失紋章機だった機体のマルチロックオンシステムに、あの上限のない紫の稲妻が乗っているんだ」真田がうめいた。

 そして近づく人型機に、強力な機関砲が注がれ次々と撃墜する。被弾も頑強なシールドがすべて無効化する。

 かろうじて接近した量産型偽紋章機に、人型機の腕から伸びる黒い稲妻の剣が一閃し、まっぷたつにした。

 そして恐ろしいスピードで大型戦艦に迫って指差し、ほんの一瞬対峙してから紫雷を解き放つと、黒い闇の球が大型戦艦を押し包み、爆発さえさせずに消し去った。

「グランゾンの縮退砲以上だ」その威力を体で覚えているマサキ・アンドーがおののく。

 シャアとアムロの凄まじい戦力が次々と大型無人艦隊を屠る中、〈黒き月〉が急速に〈白き月〉に迫り、直営の機動要塞が襲いかかる。

 

〈黒き月〉が見えたとき、突然、タクトは直接聞いたことがある声がした。「素敵なおもちゃ……全部欲しいな」

 そして、突然全艦全機の、あらゆるエネルギー・コンピューターが使用不能になった。

 それから〈黒き月〉がゆっくりと、〈白き月〉に迫り融合しようとする。

 同時に無限の宇宙に、巨大な天秤が出現すると、〈黒き月〉の側に傾こうとした。

 その天秤の頂上に、誰かがいる。

「機関室、どうした!」

 古代が叫ぶ。

「波動エンジン・補助エンジンとも完全停止」徳川彦左衛門の声は、冷静さは保っているが、誰も聞いたことのないほど恐怖に満ちていた。

「くそっ、すべてのエネルギーを停止させるキャンセラーだ。このままでは一方的にやられるぞ」

 真田がいろいろといじる。

「シリウス号!レーザー、いや手旗信号で有視界交信しろ!」

「今突きとめている、と交信です!」

「くそっ、〈白き月〉が」

 窓から見える美しい月が、まがまがしく変型して〈黒き月〉と融合しようとしていく。

「どうしようもない、エネルギーがなければ」

 全ての艦が同様だ。シールドも武器もエンジンも、何も使えない。棺桶だ。

「ドローメより手旗通信。〈ラアルゴンニゼツボウナシ コイデデモススミ カミツク〉」

「〈トモニタタカエテコウエイ〉と返信せよ」古代が座り直す。

「おねがい、わたしの、この強運で、どうかみんなを助けて」ミルフィーユがラッキースターで祈る。

「ぼくの強運も、全部使っていい」タイラーが眼を閉じてつぶやき、あえて外れた声で歌い出す。照明もパネルもダウンし、絶望に陥りそうなブリッジが明るい笑い声と、マコト・ヤマモトの絶叫で転がる。

「俺の運も、持っていけ!全額00一点賭だ!」キョウスケがレバーを握りしめる。

「大した運じゃないけど」アラドが必死で祈った。

 強運を誇る戦士たちの艦や機体から、小さな光が灯り、集まる。

 それが、ラッキースターに集中すると、その機体から白い翼が出現した。その翼はカンフーファイターに、トリックマスターに、ハッピートリガーに、ハーベスターにも出現し、輝きが集中して無数の羽根が宇宙を埋め尽くすかのように舞い散る。

「全エネルギー回復!」徳川の歓声が上がる。

「クロノ・ブレイク・キャノン発射準備。狙いは〈黒き月〉コア」タクトが素早く艦を動かす。

「全艦、エルシオールを護衛せよ!」ドムの叫びと共に、高速で迫るデリンジャーコアに高速戦艦の砲撃が注がれ、カバードコアのミサイルをシールドと対空機関砲が受け止める。

 エンタープライズのシールドに守られたエルシオールがエネルギーを蓄積し、光の嵐が放たれる。

 ほんの一瞬見えた、もはや〈白き月〉を取りこもうとしていた〈黒き月〉の中心核を、光が射貫いた。

 全員がほっとしたとき、虚空に最高のブランデーや純粋なガラス板を割るような、美しいがおぞましい声の笑い声が響く。

「すばらしいよ」

 そこには、柱のない、虚空から吊された〈天秤〉に腰かけたあの美少年がいた。

「な、なんだあれは。どんな大きさなんだ」

「なんだあれは、という質問には、現時点で明白な解答はできません。トリコーダーは地球人のDNAを検出していますが、同時に機械人間の元素も検出しています。大きさは測定できません。人間大とも、大型宇宙要塞サイズとも、木星サイズとも思える多重解数値を出しています」

 データがピカードに応える。

〈天秤〉の下には、ゲイナーがそれに剣を向け、ハーケンクロイツをつけた、巨大な西洋竜を思わせる大型戦艦と、アストラナガンが控えていた。

 さらにその向こうに、何かとてつもないたゆたいが感じられる。これまでの艦隊とは比較にならぬ膨大な敵艦隊も。

「龍虎王が、恐れおののき叫んでいます。邪悪だと」クスハが震える。

「邪悪は見ればわかる」キョウスケが静かな目で睨む。

「討つべし。タイラー、ドム」アザリンが、静かに瞑目し、決意する。

「承知!」ドムは自らの全身を砕いた人智を絶する相手を、恐怖よりも激しい憎悪と闘志で激しく見、剣を抜いた。

 タイラーはじっと、それを見つめる。そしてしばらく瞑目し、

「恐ろしい、でも戦う」と、涸れた声でつぶやき……「ダイジョーブ、さっさと片付けて、故郷に帰ろう!」

 圧倒されていた全軍に、強い鬨の声が上がる。

「無力なえさが、けなげらしいね」美少年の笑い声と共に、〈天秤〉が解体される。

 長大な棒。二枚の皿。それを繋ぐ鎖。皿の一枚から湧きだす〈混沌〉が、全ての形を失わせ、背後のたゆたいを取りこんで何か、巨大な銀河のような姿に変じていく。

 突然、それまで無言だったゲイナーが絶叫をあげる。

 それとともに、皿がふくれあがる。球に、そして四次元、五次元……無限次元に。

 鎖が、無限の長さになってたゆたいを縛り上げる。

「あ、あれはクロノ・ストリング、と紋章機が」ミントが青ざめる。

 一体。そして何兆もの無数、一つ一つが月に匹敵する巨大な、高次元の不定形から槍のような単一砲を突きだしている艦。膨大な、身長ほどの銃剣をつけた小銃を構えた虚無黒の人型機が整列する。その超艦隊が生物の細胞のように鎖で絡み、全体が一つの超巨大艦を構成している。それでいて、その全体は例の、一人の……人間の大きさの美少年と同質でもある。いや、少年という言葉が誤りか……それは男でも女でもあり、両性具有でもあり、そのどれでもありどれでもないのだ。

「ああ」誰もがはっきりと思い知らされる。人のつくるものなど、すべて〈混沌〉に流されていくだけのひとときだと。

 その、もう一枚の皿が、力を受けてはじけ飛び、いくつかに別れて飛んだ。

「これは」ブリッジにいたフォン・ベックが、小さな金属製の皿を手にする。

「聖杯です、ヒトラーが求めていた」いつしか傍らにいたメーテルが告げる。

 アムロのνガンダム、ギリアムのXNガイストケンタウロスの左手に、矢の紋章が描かれた巨大な円楯が出現する。

 ほとんど瞬時に、艦隊機動すらままならなくなる。ほぼ全ての艦や機体が、自らをより強力にコピーしたような敵と一対一で戦う羽目になり、同時に艦の内部に転送された中身のない、黒い甲冑が着剣小銃を握るだけの、人間より一回り大きな敵との白兵戦に陥ったのだ。

 ギリアムとイングラムが激しく斬り合う。

 アムロやシャアの前に、死んだはずのシロッコやハマーンが、ララァが次々と出現し、混沌の機体で襲う。

 タイラーは、百年近い未来において自らが、ジェーンの戦いのため自分が生みだしたクローンと戦うその時間を垣間見、その罪とベルファルドそのものに震えながら采配を振るっていた。

 いずこともしれないところで、ゲイナーとフォン・ベックが果てしなく切り結ぶ。その中で二人は時にエルリックに、時にはコルムに、時にはホークムーンに、エレコーゼになって、悲劇と死を繰り返しながら剣を振るい続けていた。

 それは、時にはヒトラーの宮殿でさえあった。

「神々なのか」執務室で切り結ぶ、人とは思えぬ力に満ちた姿に、ヒトラーが怯え叫ぶ。

「アドルフ・ヒトラー!」叫んだフォン・ベックがヒトラーに斬りかかろうとするのを、コルムに変じたゲイナーの魔剣〈反逆者〉がはじく。

「ニーベルンゲンの神々よ、導きを!」

 その叫びも聞こえず、ベックの肩からしぶいた血が剣を伝い、机にあった書類を染め、本が踏みにじられた。

「神の血印がハイゼンベルグの……そして『相対性理論』が神に踏みにじられる、やはりアインシュタインは誤っている、この機に追放しよう!彼の追放がドイツ科学の崩壊を意味するというなら、われわれは数年間は科学なしでやっていくのだ! ユダヤ人科学などで新兵器は作れぬ、ハイゼンベルクを信じて任せよう。あの聖槍の力を彼の研究に注げば、全ての敵を破壊してくれるであろう……」

 ヒトラーの声が遠くなる。

 そして二人は、気づけば今度は別の、竜がその下でうずくまる巨大な木の下で斬り合っていた。

 一時剣を離し、フォン・ベックは傍らにいたエメラルダスにつぶやいた、「あと3cmでヒトラーを斬れたのに」

「あなたは十分に、ヒトラーの敗北につながる貢献をしました」

 

 ギリアムとアムロが、イングラムと激しく戦い続ける。周囲が〈混沌〉に呑まれる中、彼らの二機は無事だった。

 その背後のSRXとダイゼンガーも、半ば崩れながら。その破滅の中、ひたすらに大剣を振るい続ける。

「フフフ……〈法〉の盾か」イングラムが相変わらずの笑顔で言う。

「なんであろうとかまわない。仲間たちを助けるために!」アムロが叫び、剣を振るう。

「宿命に縛られた戦士よ、言葉ではなく剣だ!」ギリアムも黒い剣を叩きつける。

 いつしかそこにはアクセルとアルフィミィの姿さえあった。

 最後に、νガンダムの背から離れた竜がアストラナガンに噛みつく。

 アクセルの機体の肘と拳が、次々に手足を打ちぬく。

 同時に混沌の中から出現した、SRXの光剣がイングラムのアストラナガンをえぐる。そこにギリアムが黒の剣をふるい、その傷に何かのカプセルを押し込んだ。それがはじけると、光の粒が吹き出して人型機を金色に染める。

「〈戦士〉はわれらだけではない」

 コクピット内のイングラムの脳から、光の粒と共に触手やボーグの機械が溶け失せる。目を覚まし、何も言わずにリュウセイらSRX隊にうなずきかけた。

 

 混乱した戦場、その中タイラーは近くにいたラアルゴン艦隊やエルシオール、エンタープライズ、ヤマト、それにコーティーなどを、まるでピクニックにでも誘うように誘った。

 そして他の全艦に、「バラバラに戦いながら、できるだけ戦線を広げて。死ぬな」と命じた。命令を通信文に変えるキョンファ・キムの冷静な表情に、何の迷いもない。

 彼女が受け取る外界の映像や情報は混乱しきっており、ここが海か宇宙か、それどころか自分たちは細菌で人の体の中にいるのかさえもわからないのだが。

 どの艦も、それは定石では破滅への道だと分かっていたが、あえて命令に服従する、タイラーを信じて、必死の思いで。

 混乱の中、タイラーやアザリンを中心に、ごく小さく硬い艦隊だけが敵の中央部に盲進する。

「ばかだね、食べてくれといわんばかりに。まわりのみんなも、もっとまとまろうとすればいいのに、どうせ無駄だけどね!〈混沌〉の中で正しい艦隊機動なんて取れるはずがない、でも〈混沌〉も〈法〉も、ぼくにはただの食べ物だけど!」

 美しくおぞましい声の中、平然と小さな艦隊は攻撃に耐え、突進する。

「もうばかばかしくなっちゃった」

 そういった瞬間、タイラー率いる小さな艦隊を、その大きさ・数とも何万倍もの艦隊が囲んでいるのがわかる。

「死ぬにはいい日だ」ウォーフが言う。

「このまま総攻撃を受ければ、確実にエンタープライズは破壊されます、艦長」データが平然と言う。

「まあ、タイラーを信じるんだ」ピカードは何か分かったのか、余裕で平静を保っている。

「タイラー提督……」タクトは必死の思いで紋章機を指揮し、猛攻からエルシオールを守り続ける。

「タイラーを信じよ!勇者たちと共に戦い死ねるならば本望じゃ。戦い抜くぞ!」莞爾と笑うアザリンに、ドムも余裕の笑みを返す。

「全速前進!ひたすら加速して」タイラーが命じた。

 そして、たどりついたことがなんとなくわかる。敵そのものに。

「さて、ここかな」タイラーが、軽い笑いを浮かべている。

 もはや、艦すら形がなかった。内部に侵入される、生物とも泥とも機械ともいえぬ〈混沌〉と必死で戦う海兵隊も、次々に取りこまれていく。

「待っていたよ、食卓へようこそ。全然おいしそうには見えないけどね」そこにいる例の美しい邪悪が笑う。

「ああ。本当の邪悪というのがあるんだね。ぼくはずっと、そんなのはないって思ってたんだ。誰にだっていい部分はあるし、悪いのだっていろんな事情もあるし、それぞれの欲望もあるし、どれも御仏のおぼしめしだ、って」寺の子であるタイラーが、目をひそめた。

 そしてしばらく沈黙し、瞑目する。

「まあいいや。終わりにしようか」

 その時のタイラーの目。その目を見たものは、タイラーの長い生涯、彼と戦い散った何十億の敵、他に誰もいない。

「コーティー、ヒラガーくん」

 隣にいた二人が、うなずく。ヒラガーは手にしていたPDAをタップし、コーティーはただ軽くつばを吐いただけだった。

 みるみるうちに、〈混沌〉に溶けていたブリッジが元に戻っていく。機械と闇の生命の融合体に取りこまれ、体が溶けかかっていた人々が、次々と輝きと共に人の姿を取り戻す。

「一種のコンピュータウィルスがセンサーにも脳にも侵入してた、と仮定してみた。それにそっちの、全構造がコンピュータみたいなものだ、とも。ヒラガーくんは、そっちのほうでもエキスパートなんだ。そして、人の実際の脳を冒している細かいものなら、なんであろうとイーアドロンが掃除してくれる。逆に、そっちに感染してるよ……イーアと、統合された最悪のウィルスが」

「ウィルスとしては、コンピューター黎明期の原始的な代物ですよ。だからこそ、ワクチンソフトも忘れられていた。あと、データくんに押しこまれたプログラムとその添付プログラムも参考にしたよ。誰だか知らないが、あれをプログラミングしたのは……女神だね!」

 ヒラガーが不気味に笑う。

『同じ寄生存在、そしてエネルギー吸収生命体……好きなだけ食べてください、子孫たちよ、友よ。おなかを壊さないように』

 コーティーの口を借りた、シロベーンの言葉が出る。

 美しき邪悪の表情がゆがむ。そして激しくタイラーを襲う、それを一瞬キーナンとアンドレイセンの二人が盾になって食い止め、マコト・ヤマモトの正拳と中段蹴りが突き刺さる。

「はっはあ、無力な人間なんて」

 ヤマモトとキーナンの手をすりぬけ、高速でかききえて天井を蹴った、その体が突然崩れる。

「あ、ああ」

「いまだ!」タイラーの叫び。

 タイラーを守り抜いた守りの堅い小艦隊が周囲に攻撃を放つ。

 その時、周りを広く逃げ回っていた全艦隊が、全力攻撃を中央に放ちつつ、タイラーのいる中央部に向けてワープする。

「こんなことを……全艦が一つの座標にワープなんてしたら、あの地球もトランスバール本星も、全部消えます」マコト・ヤマモトが泡を吹いて気絶する。

「さ、予定座標へワープ、カトリくん」タイラーの軽い一言、同時にタイラーの小艦隊がワープに入る。それぞれ定められた座標へ。そのワープが、螺旋と六芒星印を交えた奇妙な印を描く。

 奇妙なことに、ワープしたはずの周辺の艦隊は、ワープしないままだった。

「〈混沌〉の影響でワープが平常には働きませんでした。通常のワープをはるかにしのぐエネルギーだけが暴走し、虚数次元の定義されていない存在のみが当該座標にワープアウトしたようです。それが虚次元から、実次元の〈混沌〉を通じて表出しています」ワープアウトしたデータが冷静に解析する。

「さらに、ワープを追った敵艦全て、重複した時空に出現して、ワープエネルギーも含めて全て暴走している」真田がおののいている。

「結果的には、敵の全軍を包囲殲滅しているようなものだな」マイルズが、目を光点だけに移して分析し、カイ・タングがうなずく。

「それに、それぞれの艦から放たれた最大攻撃も混じって、中央部はどうなったんだ」タロスが呆然とする。

「タイラー」ジョウが唇を噛む。いや、シヴァと共にいるアルフィンも、エルシオールにいるのだ。

 遅れて着弾した膨大な砲が、その集中した何かをさらに激しくかき回す。

「真似されたようですね、ピカード・マニューバーを」ライカーがピカードに笑いかけた。

「それどころじゃないな、このタイラー・マニューバーは」ピカードが疲れたように腰かける。

 ありえない数の敵艦隊が、混沌と混沌がぶつかって虚無に帰っていく。

「さ、頼むヨ。クスハくん、ブリットくん、SRX隊のみんな。シャアくん、とどめを」タイラーが、それぞれに呼びかける。

「龍虎王、おねがい……念動、集中!」クスハが、

「念動フィールド、暴走」リュウセイが、

「T-LINK、フル……コンタクト!」マイが、

 龍虎王、そしてSRXが、強力な念動力を振り絞る。

 シャイン王女とミントも、別の地点から超能力を注ぐ。

 五機の紋章機が、白い翼を広げて、それぞれが太陽のようにすさまじい力を吐き出す。

 彼らを襲おうとする膨大な、奇妙な深海魚のような巨大機体。それをすべて、五機の玄武が食い止める。

「ヘルハウンズ!やってくれたか」マイルズが笑った。

「ハニーを、あんな美しくなくはないけどぼくほどじゃないのに食わせたくはないからね」カミュ・O・ラフロイグが笑い、波動砲を叩きこむ。

「ライバルたちに、手を出すなあああああああああっ!」ギネス・スタウトが暑苦しく怒鳴って爪で敵を次々に引き裂く。

「敵は叩くのみ」レッド・アイが感情を見せず、素早く玄武の巨体をひるがえす。

「貴族を操ろうとした者がどうなるか、思い知らせてやる!」リセルヴァ・キアンティが珍しく熱くなっている。

「さて、と。これがこうなって、うまくいくかな?」ベルモット・マティンがニコニコと笑っている。

「八卦封魔……陰陽太極、急々如律令!」クスハの叫びと共に、その巨大なエネルギーが太極のシンボルを描く。白と黒、光と闇、法と混沌のかすかな調和に表出する、生命を許す多様性。〈天秤〉のもう一つのシンボル。

「うう……餌どもが、蛆虫どもが!」

 叫んで、サイズも分からぬ人の姿で襲いかかる美少年。

 ヘルハウンズの、五機の玄武が瞬時に姿勢を制御し、その強大な装甲に覆われた背を並べて攻撃を防ぐ。

 五機の、白い翼を広げた紋章機がそれを包むように迎撃する。

 アムロの〈法〉のシンボルを描いた盾が食い止め、腹を黒の剣がえぐる。

 シャアの人型機が、コーティーの小艇が、瞬時に全てのロックを集中し、ロックオンレーザーを解き放った。

 虚空の球となる黒紫雷電の嵐が、エネルギーを全て吸い尽くす緑の帯が、全て突き刺さり引き裂く。

 

 見守るエルシオールのキャビンに出現し、シヴァを襲おうとしたクロスターハイム。その体を、鉄郎とエメラルダスが放った戦士の銃が貫き、クロスターハイムの姿が深い深い虚無と絶望に変わる。

「さてと、いただくか」出現したQが、クスハの健康ドリンクでも飲むようにそれを飲み干した。

 

「見事でした」「見事だ」と、全艦に通信が入る。

「エメラルダス、ハーロック!」

 鉄郎が笑顔で叫ぶ。

 クィーン・エメラルダス号とアルカディア号。その背後には、タイラーたちが倒した敵よりも、はるかに数知れぬ敵の、スクラップさえ残さぬ虚無が散乱していた。

「こちらでの戦いもそろそろすみますよ。さて、とどめに入りましょう。〈一なる四者〉よ」

 いつしか、アルカディア号の舳先に乗っていたフォン・ベックが、黒の剣を高く掲げた。

 その周囲に集まったアムロのνガンダム。ギリアムのXNガイストケンタウルス。イングラムのアストラナガン。

「あれは!レーダーに」ヤマトの雪が叫んだ。

「こちらに、来たようですね……颱宙ジェーンの、本質。〈天秤〉を壊すもの。無限の食欲と破壊」エメラルダスが見つめる。

「ゲイナーが、あそこにいる」フォン・ベックがうめく。

「とどめを。メーテルよりエンタープライズ、ベックと鉄郎をアカガネに転送」メーテルが静かに言う。

 指差した先には、言葉にも観測データにもならぬ、たゆたいが地球とトランスバール本星、そして多元宇宙の全てを呑み尽くそうと迫っていた。あの美しい邪悪の、形を失った残渣もまたそれに混じり、巨大アメーバのような感じになる。

 

 アカガネの艦首に三種の大型人型機が黒の剣を並べて立つ。ベックが黒の剣を掲げ、装甲宇宙服だけで艦首に立つ。

 アカガネの機関室で鉄郎が、戦士の銃を波動エンジンに直結し、構える。

 科学者たちと、メーテルやエメラルダスがさまざまな言葉を素早く交わし、各艦に命令する。

「波動砲チェンバーから波動エネルギー、強制注入!」

 アカガネの艦首に、すさまじいエネルギーが集中する。艦首から伸びる光の龍、その先端に掲げられた、四本の黒き大剣……そこに、波動砲二発に相当する波動エネルギーの塊が超高密度でまとわりつく。

 エネルギーの嵐から、艦体を緑のシールドが護る。

「さあ、ぶわ~~~~~~~っと、いっちゃおう!」タイラーが叫ぶ。

「機関全速、ブランドンドライブ!アカガネ、突撃いいいいいいいいっ!」

 テツヤの叫びとともに、ブランドンが発見した半ば実宇宙に実体を残す超光速飛行で、波動エネルギーの槍と化したアカガネが襲いかかり……叩きつける!

「艦首波動砲……」ヤマトが、

「クロノ・ブレイク・キャノン……」エルシオールが、

「艦首トロニウム・バスターキャノン……」ハガネが、

「艦首超重力衝撃砲……」ヒリュウ改が、

「量子魚雷……」エンタープライズEが、

「コスモ・ノヴァ……」サイバスターが、

「一撃必殺……」SRXが、

 他にもありとあらゆる艦・ロボットが最大攻撃のタイミングを同調させ、全てのエネルギーを振り絞る。

 エメラルダス号とアルカディア号、そしてアカガネでも、艦に直結された戦士の銃の引き金が絞られる。

「発射!」

 完璧な同調。力の槍が次々にアカガネを追って突き刺さる。そのすべてがまた、アカガネ後方を覆う光の龍を通って先端の剣に集中される。

 四つの〈黒の剣〉、それを手にする〈永遠の戦士〉が人知を絶する〈一なる四者〉となる。一人にして四人、四人にして一人。さらにその背後にはハーロックとエメラルダス、メーテルとガイナンも、その人智を絶する力を振り絞り、また幾多の戦士たちの魂の力を集約していた。

「ビッグバンをはるかにしのぐ、特異点を越えた極限の高密度高次元エネルギー……あの黒の剣なら、それを集約できる……」

 スティヴンスが目を見張り、計算尺を複雑に動かす。

「これで破壊できなければ……」

 ウェストフォールが拳を握り締める。

「四振りの〈黒の剣〉が一つになって、なにかとてつもないものになっている。言葉にならない」ブリットの念動力が、彼に激しい痛みを返してくる。

「うかつに読んだら発狂しますよ。攻撃に集中しなさい」エメラルダスが厳しく止め、エメラルダス号につながった戦士の銃の引き金を引き続ける。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

 全員の激しい叫びが、一つのビックバンになる。

 気がついたときには、まったくの虚無。その遥か奥で、ひと時の安らぎを与えられたゲイナーのため息と、無数の顔が焼けただれる悲鳴が聞こえた気がした。



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エピローグ

〈エピローグ、タネローン〉

 静寂の中、戦士たちはタネローンに集う。そこはどこでもあり、どこでもない、安らぎと静寂に満ちた場だった。

 天には、修復された〈天秤〉が高くそびえていた。

「多元宇宙の旅人たちは、それぞれの船に集合してください。そしてアムロ、シャア、コーティー、ヘルハウンズの皆さんはアカガネに。アカガネのクルーは、もう戻ることはないよう退艦してください」

 エメラルダスの指示に応じて、それぞれが船に乗り、暖かく互いの健闘を称えあう。死闘の思い出を語り飲む酒に、船の隔てなどなんでもない。

 メーテルと鉄郎、そしてウルリッヒ・フォン・ベックは、タネローン駅のホームで999号のドアの前にいた。

 ひとときの、永遠とも思える戦士たちの交歓。そこには、別れの予感が満ちていた。

「別れの時が来ました。天空の結合が閉じるときが」

 メーテルが告げる。

「一つだけ選んでください。技術か、歌か」エメラルダスの言葉に、誰もがいぶかしげな顔で見上げる。「多くの人は、この多元宇宙の戦いの記憶を失います。ここでの、多元宇宙そのものを救う戦い、そして〈永遠の戦士〉の宿命は、常人が負うには耐え難いのです」

 スティブンスらが衝撃を受ける。

「何人か覚えている人もいるでしょう、特に王族は。夢として思い出す人もいるでしょう。ただ、一つだけ選ぶことができます……技術か、歌か」

 ピカードが、首から下げた笛を手にし、見つめる。別の生涯をすごした一つの世界の、記憶と思いが詰まった笛。

 戦士たちが通信越しに顔を見合わせる。

 物理学者や技師たちが、静かに瞑目して、うなずく。

「歌を!」

「では、みなさんそれぞれの故郷の、歌を交換してください。情報記憶装置に、記憶に、手に」

 エメラルダスの言葉と共に、今や一つの艦隊となった彼らが必死で、全ての歌を交換しようと死力を尽くす。

 ピカードが伝えるレシクの笛歌。そしてピカード自身の時空での歌。クリンゴンの、ロミュランの歌。

 ヤマトに乗りこむ戦士たちのパレードで、彼らを見送った歌。宇宙戦士訓練学校で、走りながら歌う歌。半ば泣きながら隠れて歌う、上官をけなす下品な数え歌。通信の雑音に混じっていた、ガミラス兵のざれ歌。雪が記録をとったイスカンダルの音楽データベース。

 ラアルゴンの荘厳な歌。最近タイラーの親友と結婚した、タイラーとも面識があるアイドルの伝説的なアルバム。〈信濃〉事件の犠牲となった、若いアイドルの名曲。

 バラヤーの街で歌われる歌、宮廷の曲、ヴォルコシガン領の山深い村の民謡。デンダリィ隊それぞれが好む、あちこちの星の歌。実験動物だった幼い頃にタウラ軍曹が聞き覚えた、ジャクソン統一惑星の歌。セタガンダの宮殿に響いていた歌。

 エルシオールのデータベースのすべて。ランファとミルフィーユがデュエットで歌った最近のヒット曲。

 伝説のダーティペアが滅ぼした星からなんとか救出した名曲集。

 フォン・ベックの所領に伝わる民謡。彼が幼い頃、奇妙な剣技を伝える家庭教師に歌われた子守唄。先祖が聖杯探索の頃に覚えたという、人前では歌わぬ歌。異端審問に怯えながら歌い継いだ、サタンを称える賛美歌。第一次大戦の泥地獄で戦友が、砲弾に上半身を粉砕される瞬間までのんきに歌っていたウィーンの酒場歌。

 鉄郎がなんとか覚えている、立ち寄った多くの星の歌。すでに滅びた不定形惑星の子守唄。化石の星の戦士がくちずさむ戦歌。

 ボルテスVのメンバーの耳にかすかにのこる、ボアザン星の子守唄。

 ディアナ・トロイが耳で覚え持ち帰った〈ケイロニア・ワルツ〉や街角のざれ歌、海賊の綱引き歌。

 新しく生まれる歌もある。多元宇宙のぶつかり合い、ゲイナーのうめきやアムロが駆る竜と剣の声、それはそのまま人が知らない歌となる。

 

 永遠であれ。ひととき共に戦った戦友よ。元気で、愛している……兄よ、姉よ、妹よ、弟よ。父よ、母よ、パパ、ママ、娘よ、息子よ。われらが一員、兄弟よ。たとえ時空の壁に隔たれても、歌の絆は変わらない。もしまた再会できたときは、敵であれ味方であれ、覚えていてもいなくても、また素晴らしい戦を……

 別れがいつ訪れたのかは、誰も知らなかった。

 ヤマトは、ちょっとしたワープの事故であるかのように、コスモクリーナーを抱えて赤い地球への家路を急ぐ。雪と徳川彦左衛門、沖田艦長だけは全てを覚えており、素早く航海日誌をまとめて封印したが。他の誰もが、奇妙な夢と無数の聞きなれぬ歌は覚えていた。夢は語らず、歌は酒場で交わすだけ。

 デンダリィ隊は、なぜかいきなり彼らの時空での地球のそばに出現した、辻褄が合うような記憶を上書きされて。マイルズは大方は覚えていたが、それより何とかバラヤー大使館に接触し、傭兵艦隊に……実はマイルズ・ヴォルコシガン機密保安庁中尉の秘密任務が成功した以上、その秘密活動資金を出させ……せしめて修理費と給料を払うことに頭をフル回転させる。けなげな妹と弟の思い出が、地球で出会う弟に対する行動にどう関係するかは知らない。全てを記憶していたカイ・タング准将が退役したのも、それと関係があるのだろうか。

 シリウス号は避難民を連れて、火星への道を航る。科学技術の大半を除き全てを覚えていたナディアとスティヴンスは、長い旅で生まれた子供に迷わずシヴァ、そして鉄郎の名をつけた。科学者たちの記憶の断片がどれほどの技術進歩につながるかは知らない。ただ、無数の歌が三惑星の文化を豊かにすることは確かだ。

 エンタープライズEは任務を続行する。データだけは、隠された航宙日誌のありかを知っていたし、ピカードは半ば夢として覚えていた。ディアナ・トロイもほぼ覚えており、特に孤独に苦しむ狂王を救いきれなかったことに胸を痛めていた。何も語らぬガイナンは、今回の旅だけでなくどれほどの旅の記憶を抱えているのか。そしてQは……

 エルシオールとトランスバール本星、〈白の月〉は元の時空に返り、エオニア戦役の戦後処理に没頭していた。シヴァは全てを覚えていたし、旅は彼女を優れた王に鍛え上げていた。銀河の天使たちはかなり記憶していたが……ほかのあらゆる記憶や記録は、多元宇宙の旅を除いて編纂されていた、残るのは無数の音楽データのみ。そしてまた、吹き飛ばされた〈黒の月〉のコアに眠る少女の記憶媒体も、そちらから見た情報の断片を記録していた。

 クラッシャージョウたちは全員覚えていたが、戻れた以上切り替えてコワルスキーを悼んで酒を虚空に投じ、次の契約に間に合うためにミネルバを飛ばす。また会えるか、共に戦える日はあるか……その時を夢みながら。そしてアルフィンは、誓いどおり境遇を同じくする少女を守り抜いた誇りに、美しい目を輝かせつつジョウに寄り添っていた。

 ドムとアザリン、タイラーとキョンファ・キム、シラギクはおおかた覚えていた。ヒラガーは、自分のデータベースにある無数の音楽と、奇妙な恐ろしく洗練されたプログラムにいぶかしい思いをしたが、そんなことより新しい艦の設計が優先だった。アシュラン三兄弟は全てを忘れていた、わずかでも覚えていれば、アザリンとタイラーに挑戦することなどしただろうか。キーナンとバーセルミ男爵は、互いに背中を預け熱い火酒と戦歌を交わした友を忘れ、後の再会……死闘の時に思い出すのか。

 ハガネに残ったギリアムはもちろん全てを覚えている。他にもラミア、クスハ、マイ、エクセレン、マサキ・アンドー、そしてブライトやカミーユ、ジュドー、キラ・ヤマトなど、覚えている人は何人かいた。イングラムの姿は、相変わらず消えていた。ブライトは、アムロの遺族にどう説明するか迷ってはいたが、結局は公式報告どおりMIAを告げた。クスハの健康ドリンクの威力は、イエライシャにもらった謎の薬草のせいで倍増しとなって皆をますます恐れさせていた。

 彼ら、元々幾多の世界がつながることに慣れた人型機中心の戦士たちには、別世界の戦士と出会い、戦い、そして別れるのはいつものことでもある。

 

 アムロとシャア、コーティー・キャス、ヘルハウンズの五人……彼らは、故郷の歴史には戻らなかった。〈黒の剣〉を手にしたアムロは自らの宿命を受け入れ、コーティーは新しい世界の探検に目を輝かせ、助けた仲間たちから回収した多数のイーアをウサギに入れて保護し世話をしていた。

 彼らはアカガネ、そして回収したコスモワーウルフ・レトリバー、玄武を乗せて永遠の旅に出るのだ。どこの時空にも永住せず、多元宇宙を彷徨いつつ時に〈天秤〉を守り、理解できない理由で、または単純な正義で戦い続ける。たとえ寿命が尽きても、何度でも生まれ変わる永遠の旅を。

「わたしたちと、似たようなものですよ」エメラルダスが寂しげに、新しい仲間に告げる。

 ガイナンがいくつもの酒と、短いメッセージをアカガネの酒保に送っていた。

「俺たちは永遠に自由だ、戦友よ」ハーロックが手を振り、時空の壁の抜けかたを教え導いて、別れを告げた。

 アカガネの豪壮な双胴が、多元宇宙の厚い本のように重なり合うページを貫いて、星の音楽とともに光の軌跡となる。

 三つの永遠の艦が、またどこで交わるかも知れぬ道を航る。ひとときの別れを惜しみつつ。

 

 そして鉄郎とメーテル、そしてウルリッヒ・フォン・ベックはタネローン駅から999号で旅立った。無論三人とも、全てを記憶している。

 次の駅が「地球~地球はブリテン、パディントン駅。1942年」といわれたのにはびっくりした。

「さあ、ここがあなたの、ひとときの安らぎの駅です」メーテルがフォン・ベックに言う。

 静かに、何の違和感もなく999号は、霧を縫って夜中のホームに滑りこむ。

「お別れです」剣を楽器ケースに隠し、変哲のない銀杯とわずかな宝石を懐に、メーテルの手を握ったフォン・ベックは鉄郎とも固く握手する。

「ありがとう」鉄郎は輝く目で、共に戦い抜いた戦士、鍛え上げてくれた師の手を握りしめた。

「勝利を祈っている。決して、負けるな。間違った力に頼るな、何が正しいのか、よく見るのだ。戦士よ」フォン・ベックは貴族らしく、決然と二人に背を向けた。

 振り返りもせず、これからの人生に立ち向かうフォン・ベック。彼の故郷もどれほど荒らされているか、それどころか故郷に戻ることができるのか。戦局も、彼は駅の新聞と本屋でやっと知るだけだ。レジスタンスの仲間を訪ねヒトラーとの戦いを続ける決意はあるが、今はただ、別れた少年の前途を願う。

 そして〈永遠の戦士〉の宿命を共にし多元宇宙をさすらう戦友たち、共に戦った戦友と交わした、歌を低く口ずさむのみ。

 999号は静かに汽笛を吹く。ゆっくりと動輪が回り、きしみながら鉄のレールを超金属の車輪が蹴り、しずかに遮蔽フィールドをまとって駅を出、戦時下のイギリスの灯火管制を守って走る。

 鉄郎は最後尾で手を振り続けていたが、ベックが背を向けたままなのに諦め、決然とした目で車内に戻り、メーテルに再び寄り添った。

 列車は、人目のない待避線を駆けて、ゆっくりと虚空にのびあがっていく。何人かの目撃者が奇妙な話をするか、それもこの時代多くある奇譚の一つでしかない。

 999号は汽笛を鳴らしながら、無限軌道を駆けていった。

 

 

【完】

 

〈参戦作品〉

【スーパーロボット大戦の一つとして】

機動戦士ガンダム 逆襲のシャア(カミーユ、ジュドーも参戦)

ガンダムX

ガンダムW

ガンダムSEED

ボルテスV

マジンガーZ

ゲッターロボ

バンプレストオリジナル(ハガネ、ヒリュウ改)

 

*スパロボのイベントとして、「逆襲のシャア」が原作再現され、それが終わった直後に話は始まります。

 

宇宙戦艦ヤマト(旧1の帰り道)

ヴォルコシガン〔L・M・ビジョルド〕(「無限の境界」と「親愛なるクローン」の間)

火星航路SOS〔E・E・ドク・スミス〕(終了直前)

グラディウス

スターラスター

無責任艦長タイラー〔吉岡平〕(「明治一代無責任男」前後)

たった一つの冴えたやりかた〔ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア〕(事実上、スーパー系オリジナルとして)

 

新スタートレック(ネメシス直前)

ギャラクシーエンジェル(無印全編)

クラッシャージョウ〔高千穂遙〕(銀河系最後の秘宝直後)

 

銀河鉄道999

クィーンエメラルダス

宇宙海賊キャプテンハーロック〔松本零士〕

永遠の戦士フォン・ベック〔マイクル・ムアコック〕

 

*ゲスト

冷たい方程式〔トム・ゴドウィン〕

グイン・サーガ〔栗本薫〕(原作終了直後、ヴァルーサが出産する少し前)



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