やはり俺の間違った青春ラブコメはくり返される。 (サエト)
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こうして比企谷八幡は再スタートを始める。

 目を閉じるように指示された俺は、大人しくそれに従う。

 

 真っ暗な闇の中、思い出すのは中学時代の唯一の友達――材木座義輝のことだった。小学生の時から虐めにあっていた俺に話しかけてくれた存在。

 

 最初は鬱陶しいなどとあしらっていたが、あいつはしつこく俺に話しかけてきた。今思えばあいつも話し相手が欲しかっただけなんだろうと思うが、それでもやはり俺はあいつの存在に救われている部分があったんだろう。

 

 だからこそ、あいつを失ってからどこか空虚なものを感じ、やる気とか生気とか色々なものが無くなってしまったんだろう。こんな腐った目を置き土産に勝手に死にやがって。次会ったら1日かけて文句を言ってやる。

 過去の思い出に浸っていると、暗闇の中で俺の手が取られた。

 

「もうちょっとだけ目をつぶったままな。すぐ終わるから」

 

 陸さんの静かな声と共に、俺の手にはあるものが乗せられる。

 指を曲げ、少し重い円型の感触を確かめた。その俺の手が、さらに上下から挟まれる。

 陸さんの掌で、包むように握られたようだ。

 

「――悠久にして限りある“時”、刻まれし十二の証を介し、今託さん」

 

 小さな声で、陸さんは呪文のようなものを唱えた。……どことなく儀式染みているな。もしかしたら本当に儀式なのかもしれないが。

 この『時計』を次の持ち主に……俺に譲渡するための。

 

「――よし。目を開けていいぞ」

 

 包まれていた手が解放されると同時に、俺はその声に従い、瞼を動かす。

 

 

 

 

 いつの間にか俺から離れていた陸さんは、花壇の縁に座り、まっすぐこちらを見つめていた。

 

「確かに渡したからな。その、時間を巻き戻す『時計』を」

「……ええ。確かに受け取りました」

 

 俺は、改めて手の中にあるそれを――『時計』を見つめた。

 それなりに年季が入っていて……何故か目を引き付けられるようなフォルムの、その懐中時計。

 陸さんは以前からの約束通り、この『時計』を俺に譲ってくれた。

 

「……渡すときって、必ずあんな呪文を唱えるんですか?」

「いや、俺が前の持ち主から『時計』をもらったときの真似しただけだ。たぶん言う必要なんかないんだろうな」

「そうなんですか」

「まあ、それはともかく……これで『時計』の持ち主は、俺から八幡に変わったわけだ」

 

 陸さんの表情は、晴れ晴れとしているようにも、逆にどこか寂しそうにも見えた。

 正反対の感情を同時に醸し出しながら、俺に声をかけてくる。

 

「実際に使えばすぐに分かるとは思うが、これを使えばいくらでも時間を巻き戻せる。つまり、同じ時間をくり返すことができるんだ」

「今の記憶を保ったまま、ですよね」

「ああ。ちゃんと俺の説明を覚えてたみたいだな」

「受け取る立場ですから。忘れるわけありません」

 

 中学生にして絶望にうちひしがれている時に陸さんと出会い、俺はこの『時計』の力を目の当たりにした。

 そのとき陸さんから聞いたことを、声にして並べる。

 

「何回でも時間を巻き戻して過去に行ける。そのとき、記憶は今現在のものを引き継げる」

 

 つまり、未来の記憶を持ったままで過去に戻れる……ということだ。

 

「そして、時間を巻き戻すためには、何の対価もいらない」

「そう、だけどいいところだけじゃないぞ?」

「もちろん、悪いところもちゃんと覚えてますよ。巻き戻せる地点には限界があり、前の所持者から時計を譲渡されたその瞬間までしか――たとえば今の俺は、ほんの1分前にしか戻れない」

「……それだけか?」

「いや、もう一つ残ってます」

 

 この時計を手にするにあたって、とても重要なことが。

 

 本当は信じたくはないけれど、これを受け入れないと始めることすらできないだろう。だから俺は続きを口に出す。

 

「未来を変えることはできない」

「そう。確定した未来は変えられない――この時計を使うのであれば、それだけは常に頭の片隅に置いといてくれ。それを理解したうえでなら、これをどう使おうが、君の自由だ」

 

 未来は変えられない、か。

 陸さんは「近い将来にけがをする人は、どんな手段を用いても必ずけがをする」……って説明してくれたっけ。

 

「陸さん、仮の話なんですけど」

「ん……なんだ?」

「未来が変えられないと分かっていて、それでも変えようとしたら、どうなるんですか?」

 

 しかし俺は、陸さんの言うことを受け入れはしても、どうしても納得できないでいた。

 時間の遡行に対価を必要とせず、記憶も失くさない。……それなら、未来なんて容易く変えられる。

 そんな根拠のない自信を持って、俺はこの『時計』を受け取ったのだ。

 

「……変えたいと思うその心意気は、個人的には好きだけどな」

「変わらない、って言いたげな感じですね」

「だって変わらなかったからな。少なくとも俺と、前の持ち主はね」

 

 浮かべたのは、どこか諦めの気配を漂わせる小さな笑み。

 ……なんというか、大人の表情だった。

 二十歳を迎えて1,2年の陸さんは中学三年生の俺からしたら大人も同然なのだが、陸さんの同年代と比べても、どうしてか、ずっと大人っぽく感じる。

 

「俺だって、何度も何度も試したさ」

「そうなんですか?」

「ああ、君と同じ。未来は変えられるって前の持ち主に宣言して、実際に変えようと努力してみた」

「……でも、ダメだったんですね」

「うん。1年前に戻って毎日牛乳を飲み続けてみたけど、変わらず身長が伸びなかった、とか」

「陸さんそんなに身長低くないじゃないですか」

「まあそれは冗談として……とりあえず俺は、いろいろと試してきた。そのうえで言ってるんだ。未来は変えられない、ってな」

 

 陸さんは俺から視線を外し、宙へ視線を彷徨わせた。その視線を、ほとんど反射的に俺も追いかける。

 夕焼け色に染まった空は雲一つなく、無性に寂しさを感じさせた。

 

「だから、そこは諦めた方がいいぞ。何回、何十回と挑んでも、絶対に未来は変わらない」

「分かりました。でも、試すくらいはいいですよね?」

 

 挑戦的にそう告げると、陸さんは少し目を見開いたあと、口元を緩ませる。

 

「ああ、満足するまで試したらいいさ。何千回、何万回もくり返せたら、もしかしたら変わるかもしれないぞ。まあ、ないとは思うが」

「決めつけはよくないですよ」

「ははっ、そうだな。悪い。でも先輩として注意しとくと、あまり過度な期待はしちゃ駄目だ。その『時計』は変えるために使うんじゃない。自分を納得させるために使え」

「……どういう意味ですか?」

「使ってればそのうち分かるさ」

 

 あくまでも教える気がないのか、からかうように言ってくる。

 

「何千回、何万回……か」

「え?」

 

 唇をかすかに動かして、陸さんが呟く。

 それをかき消すように、何かの軋むような音がした。屋上の出入り口が開かれる音だ。

 

「大崎さーん!」

「おっと、もう時間か。俺はそろそろ行くよ」

 

 言いながら、陸さんは俺をまっすぐに見つめてきた。

 すべてを見透かすようでもあり、すべてを吸い込んでしまいそうでもある、深い、深い瞳。

 

「それじゃあな、頑張れよ、八幡」

 

 いつものように俺の名を呼んでから、陸さんは花壇の縁から腰を上げた。

 

「誰と話してたんですか?」

「ああ、俺の後継者……とでも呼ぶ人物かな」

「なんだそりゃ?」

「まあ気にしないでくれ」

 

 陸さんが屋上から去ったあとも、俺はしばらくそこから動けないでいた。

 手の中にある『時計』は、一定間隔で音を奏で、時を刻み続けている。

 

 未来は、変わらない?

 

 本当に?

 

 「…………俺は本気で試しますよ、陸さん」

 

 あなたの言葉が真実かどうか。

 少しだけ力を入れて、俺は『時計』を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初めましての方は初めまして。僕の別作を読んでいる方は久しぶりもしくはさっきぶりです。


前々から俺ガイルと何かのクロスを書きたいと思ってまして、でも他の人と被ったら比較されてぼろくそ言われて豆腐メンタルがぐちゃぐちゃになった挙句に廃棄されちゃうまであるので誰もやってないクロスをやりたいな、と考えてたらなぜかエロゲとのクロスに。
おそらく原作を知らない人が大多数だと思いますが、まぁ知らなくても読めるので是非一読して行ってください!
一応サイトでキャラの立ち絵くらいは見ておくとイメージしやすいかと思います。

亀更新でさらには書き溜めもしてない見切り発車ですので、もしかしたらそのうち気づかないうちに矛盾点が出てきてしまうかもしれませんが、ご了承ください。










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そして比企谷八幡は二人と出会う

『高校生活を振り返って 2年F組 比企谷八幡

 

 青春とは嘘であり、悪である。

 クラスのトップカーストグループが特に顕著にそれを表している。彼らはいかにも青春してるぜ!と言った雰囲気を醸し出しながらも、その実態は、ハリボテの、上辺だけの仲良しごっこである。

 ささいなきっかけでその関係はいとも容易く壊れ、そして裏切られる。

 だが彼らはそれを理解していながらも、なお交流を続ける。

 それを嘘と言わずに何と呼ぶのだろうか。

 昔からうそは泥棒の始まりと言う。一般常識に当てはめれば、泥棒は悪である。

 ならば仮に嘘で構成されたトップカーストグループを青春と呼ぶのなら、青春は紛れもなく悪なのである。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結論。俺は本物と呼べるものを望む……か。なぁ比企谷。私が出した課題は何だった?」

 

 放課後の職員室、担任の平塚先生に呼ばれたと思ったら自分の作文を大声で読まれた。いきなりの公開処刑である。しかしこうして客観的に聞いてみると、文章能力がまだまだだなと思い知らされる。

 

「はぁ、高校生活を振り返ってというテーマの作文ですけど」

「それが分かっていながら、なぜ君は青春を糾弾する内容を書いているんだ……」

「えーと……ごめんなさい?」

「腐った魚のような目をして謝罪されるとバカにされてる気分になるな」

 

 呆れたように額に手を当てて頭を振る先生。それから俺の目を真っ直ぐに見つめて失礼なことを宣った。

 

「それはDHA豊富そうですね」

「比企谷、ふざけてるのか?」

「い、いえ、最近の高校生はこんなものじゃないでしゅか?」

「小僧。何寝惚けたことをほざいているんだ」

「小僧って……そりゃ先生の歳からしたら俺はこぞーー」

 

 ひゅっ。

 

 そんな音とともに小さな風が俺の顔のすぐ横を通りすぎた。

 

「……次はないぞ?」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 平塚先生の威圧に上ずった声で返事をしてしまった。なまじ美人なだけに怒った顔がホント怖い。いやマジで。

 思わず土下座の体勢になりかけた俺の視界に突然無数の紙が映りこむ。

 

…………紙?

 

「わっ、わっ……きゃっ!」

 

 呆然とその光景を見つめていると、すぐ後ろから悲鳴とドンッと音が鳴り響く。

 

「だ、大丈夫ですか鶴見先生!」

 

 どうやら配線コードに足を引っ掛けて転んでしまったらしい先生に、平塚先生は慌てて駆け寄る。流れで俺も近くに行って様子を確認してみる。

 

「ええ、足を捻ってしまったけどだいじょ、痛っ!」

「ちょっと見せてもらいます。……青く腫れてしまってますね……」

 

 平塚先生の肩越しに顔をにょろっと出して覗いてみると、確かに足首のあたりが常時とは異なった色をしている。動いていない今でも痛みが襲っているのがはた目からでも伝わって来るくらいだ。

 

「比企谷、悪いんだが保健室に行って先生を…………比企谷?」

「すみません先生。一回戻りますね」

「は?君は一体何を言って――」

 

 先生の言葉を聞き流し、俺はポケットに手を入れてあるものを探る。手の甲に当たった硬い感触のする物体を取り出し、握りしめる。そして目を閉じて意識を集中させる。イメージするのは時計の針が逆回転する様子。

 

 

 

 

 

 ――カチリ。

 

 

 

 

 

 一際大きく針の音が聞こえると同時に一瞬、脳がぐらつく。

 

 瞼を上げるとそこには何事もなかったかのように椅子に座る平塚先生が俺の作文を読み上げていた。そしていつの間にか俺の手から『時計』が無くなり、ポケットの中へと戻っている。

 上手くいったみたいだな。

 

「なぁ比企谷。私が出した課題は何だった?」

 

 一言一句、口調や語調まで寸分違わずさっきと同じことを尋ねてくる。それに対して、俺も同じように回答する。

 

「高校生活を振り返ってというテーマの作文です」

「それが分かっていながら、なぜ君は青春を糾弾する内容を書いているんだ……」

「すみません」

「はぁ、腐った魚のような目をして謝罪されるとバカにされてる気分になるな」

「DHA豊富そうですね」

「比企谷、ふざけてるのか?」

「い、いえ、最近の高校生はこんなものじゃないでしゅか?」

 

 二度目なのにどもってしまうこの迫力。なんならあと十回繰り返してもどもり続ける自信がある。なにそれ俺のメンタル弱すぎぃ!

 

「小僧。何を寝惚けたことをほざいているんだ」

「小僧って……そりゃ先生の歳からしたらいえ、何でもありません」

「ん、どうした?言いたいことがあったら遠慮なく言っていいんだぞ?言えるもんならな」

 

 それは黙れって言ってるのと一緒じゃないですかやだー。

 ふざけた思考でその場を流しているとデジャヴのように無数の紙が視界に入り込んでくる。

 すぐさま後ろを振り返り状況を確認すると、鶴見先生がコードに足を引っ掛けて前のめりにバランスを崩していた。咄嗟に肩を掴んで体勢を立て直そうと図る。

 

「わっ、わっ……きゃっ!」

「うおっ!」

 

 が、見えない力に阻まれるかのように俺まで足を滑らせて転んでしまう。結果、俺を下敷きにする形で一緒に倒れてしまった。

 決して小さくない二つのメロンと甘い香りが俺を刺激してくる。何こTo Loveる。嬉しくないわけじゃないけど、いざ体験すると戸惑いしかねぇよ。

 

「だ、大丈夫か比企谷!鶴見先生!」

 

 慌てて駆け寄って来た平塚先生に「俺は何ともありません」と伝え、上に覆いかぶさっている女性に視線を移した。

 平塚先生はすぐに考えを汲み取って、鶴見先生の状態を確認する。

 

「ちょっと見せてください。……よかった。少し擦りむいてるだけみたいですね」

「えぇ、このくらいなら特に問題ないです。えっと……比企谷君、だったかしら。助けてくれてありがとうね」

「いえ、俺も咄嗟でしたし、結局は転んでしまってすみません」

 

 先生が立ち上がってようやく軽くなった体を起こす。べ、別にメロンが離れて残念だなんて思ってないんだからねっ!勘違いしないでよね!

 ……一人ツンデレって虚しいな。あと俺がやるとキモイ。もうやらん。

 

 しかし今回も時間を戻したのに『先生がけがをする』という未来を変えられなかったな。

 去年も何度も『時計』を使ってきたが、一度として未来を変えることは叶わなかった。どんなに対策を立てても不可視の力が作用し、同じ結果に落ち着いてしまう。

 先ほどを例にあげれば、俺が足を滑らせたことが不可視の力であり(決して俺のドジなんかではない。決して)、先生がけがをするという未来に終着するということだ。

 

 しかし今日のはまだありえる方だ。前にあったことはもっと酷かった。

 

 

 

 休日、珍しく外出した俺は坂の上から転がって来る十は優にあるリンゴを目の当たりにした。一個しか取れなかった俺は『時計』を使って再挑戦し、今度は持っている鞄を地面に置いて鞄から逸れたリンゴだけを拾う作戦で挑んだのだが…………なぜかリンゴが鞄の手前で横に跳ねるという物理法則を無視した動きを次々と披露し、最後に俺の足元に転がって来た一個しか取れなかった。本当に不可思議で意味不明でもうなんかアレ。

 

 

 

 ちなみに落とし主は俺の目を見て「ひっ……!」と小さく悲鳴を上げたあと、お礼を言ってそそくさと立ち去った。

 ……あれ?『時計』の回想のはずなのになぜか黒歴史の回想になっちゃってる不思議。

 

「はい、鶴見先生。落としたプリントです。それと大したことはなさそうですが、一応洗っておいた方がいいですよ」

「平塚先生もすみません。ありがとうございます」

 

 散らかっていた紙を受け取ったあと、自分の机にそれを置き、鶴見先生は職員室を出ていった。

 それを見届けてから平塚先生は椅子に座り直し、一つ溜め息を吐く。そして内ポケットから煙草を取り出したところで俺と目が合い、苦笑いでその手を元に戻した。

 ……この人絶対職員室だってこと忘れてたな。

 

「さて比企谷。話の続きをしようじゃないか」

「そうですね。作文は書きなおします。それでは」

「まあ待ちたまえ」

 

 素早く結論を纏めて退散しようとしたが、あっさりと捕まってしまった。

 

「ふむ。君は確か部活に所属していなかったな」

「俺は一人の時間を大事にしていきたいんで」

「その様子じゃあ友達もいないだろう」

「……平等を重んじるのが俺のモットーなんですよ」

 

 “友達”

 その言葉で材木座を思いだし、死んだ魚のような眼がより一層腐敗化したことを自覚する。

 あの時『時計』を持っていれば…………。

 そんなifの話を何度も考えたが、いつまで経っても現実は変わらない。材木座は帰ってこない。俺は瞬時に思考を切り替える。

 

「そうかそうか!それはよかった!それでは君に奉仕活動を命じよう!」

「……奉仕活動?」

 

 人が友達いないことがそんなに嬉しいか!とか怒鳴りたかったが、それ以上に気になる単語が出てきてオウム返しに口に出していた。

 しかしそんな俺の言葉が聞こえていないかのようにスルーされ、「付いてきたまえ」と言って先生はさっさと歩いて行ってしまった。

 ……帰ってもいいかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、いつまでも出てくる様子を見せない俺は痺れを切らした平塚先生に一睨みされて強制連行されてしまった。脳内で流れるBGMは当然『ドナドナドーナードーナー♪』である。

 ひたすら廊下を歩き続け、周囲の喧騒も遠くなった頃、ようやく目的地に着いたらしい。何も書かれていないプレートが掛けられたドアの前に立った先生は、躊躇なく扉を開けて中に入る。

 

「邪魔するぞ泉、雪ノ下」

 

 一歩遅れて俺も続く。

 その教室には長机が一つと椅子が二つだけ置かれ、それ以外は無造作に後ろの方に重ねられてあった。他と違うのはそれだけであとは至って普通の教室と同じだった。

 ……いや、違う部分はもう一つあるだろうか。

 椅子に座る二人の少女。

 彼女たちは陽の光を受けながら本を読んでいた。その光景がどこか幻想染みていて

 

 

 

 ――俺は思わず見惚れてしまった。

 

 

 

「あっ、やっほー平塚せんせー」

「先生、いつも入るときにはノックをお願いしていたはずですが」

「ノックをしても君たちは返事をしないじゃないか」

「返事をする間もなく先生が入って来るからですよ……」

「あはは、平塚せんせーって待つのが苦手そうだしね」

 

 整った容姿、さらりと流れる綺麗な黒髪。

 この二点で言えば二人は似通っていたが、一人は冷たく、もう一人は温かい、そんな対照的な印象を受けた。

 そして冷たい印象の少女の瞳が俺を捉えた。

 

「それで、そこのぬぼーっとした人は?」

 

 ぬぼーって……まさか俺のことじゃないよな?

 しかし俺以外となるとここには……あれ?もしかして俺の背後に幽霊でもいちゃったりしちゃうの?それならぬぼーって表現にも納得だわ。いや、幽霊がぬぼーってなんだよ。

 

「こいつか?こいつは新入部員だ。ほら、比企谷」

「えっ、ああ、比企谷八幡です。……先生、入部って聞いてないんですけど」

「君には社会能力が欠如していると個人で判断した結果、この部で活動してもらうのが一番だと考えたわけだ。というわけで、頼んだぞ二人とも」

「お断りします。その男の目を見る限り身の危険しか感じませんので」

 

 そこまで俺の目は酷いのだろうか。死んだ魚のような目なのは自覚しているが、その奥に灯るドロッと濁った輝きを見れば……恐怖しかねえな。

 

「それは違うよ雪乃ちゃん」

 

 お、おお!

 まさか初対面の人が俺の目を擁護してくれるなんて……あなたは天使か。

 初めての出来事についつい涙腺が刺激されてしまうが、八幡泣かない。だって泣いたら余計にキモがられちゃうの知ってるよ。

 

「その人はきっと人を襲う勇気なんかないよ。だって見るからにチキンそうだし!」

 

 違った。何一つ擁護してくれないどころか上げて落としに来るとかマジ悪魔。上げて(天使)落とす(悪魔)からむしろ堕天使。なにそれかっこいい。

 ともあれ「ドヤァ」と聞こえてきそうなほどの満面のドヤ顔が憎たらしい少女を睨みつける。……なんか照れくさそうに頭かいてるけど、一切感謝を示してないからね?

 

「まぁそういうことだ雪ノ下。その男のリスクリターン計算能力と自己保身と小悪党ぶりに関しては信用してもいい」

「チキン……小悪党…………なるほど」

「納得しちゃうのかよ」

「それじゃあそういうことで頼むな」

「任せて、平塚せんせー!」

「先生からの依頼となれば無下にはできませんし、承りました」

 

 二人の承諾の返事を聞くと、先生は笑顔で退出していった。

 …………俺はどうしたらいいんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書いてたら一万文字を超えてしまったので、二回に分けることに。
一週間でギリギリ一話書けたぐらいなので、三話が終わるころには更新速度がガタ落ちしてる予感。

ありがたいことに早速感想を戴いたのですが、時計の使い方とかについて質問がありました。少しはこの話で理解していただけたでしょうか?

なかなか話が進まないですが、少しずつでも書いていこうと思いますので、よろしくお願いします。











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想像以上に奉仕部は容赦がない

「えっと、比企谷くん……だっけ?とりあえず椅子出して座ろっか」

「お、おう。……あっ、いや、椅子は自分で出すから大丈夫だ」

 

 戸惑って立ち尽くしていた俺に声を掛け、椅子を取ろうと立ち上がった堕天使さんを制して自分で動く。

 そして改めて認識したが、接頭語に“あっ”って付けてしまう俺はコミュ障らしい。あんまり人と話さないから気が付かないってか忘れてたわ。

 

 後ろに積んである山の中から一つだけ取り出し、二人から距離が離れた端っこに座る。

 取るときや座るときにどうしても、ガタっと音を立ててしまうのだが、冷たい印象の少女――長いから仮に雪女とする――の雰囲気に呑まれ、その行為に多少の罪悪感が湧いてきてしまう。

 

 はてさて、椅子に座ったはいいが何をすればいいんだろう。そもそもここが何部かすら聞かされていない俺にはどうすることもできないわけで、つまりは帰るという選択肢しか取れないわけで。うん、帰ろうか。

 

「えーっと、えーっと……あっ、そうだ!私たち、まだちゃんと自己紹介してなかったね!よし、今からしよー!」

 

 沈黙に耐えきれなくなったのか、堕天使さんが話題提供をする。

 やべぇ、自己紹介って聞いても黒歴史しか思い出せないんだが、大丈夫か、俺?ついでに堕天使さんが話しかけても雪女さんが読書を続けてるんだけど、大丈夫か、お前らの仲?

 

「まずは私からね!おほん、2年J組2番、泉詩乃です!好きな食べ物はリンゴで好きなスポーツ観戦はバドミントンです!よろしくね」

 

 堕天使あらため泉が元気よく自己紹介を終えるが、拍手すればいいのか分からず、ただ聞き続けていると、シーンと室内が静まり返る。……やだなに気まずい。別に俺が悪いわけじゃないのに申し訳ない。

 泉自身もどこか恥ずかしそうにしながら、「じゃ、じゃあ次は雪乃ちゃん!」と指名を始めた。

 そこでようやく雪女は本から視線を上げた。冷たい双眸が俺を捉え――通り過ぎ、泉に向かう。

 あれ?自己紹介って初対面の人にするもんじゃないの?もしかして俺と雪女は一度どこかで出会ってるとかそんなパティーン?

 

「泉さんと同じく2年J組の雪ノ下雪乃よ」

 

 雪ノ下。2年の中でその名前を知らない者はいないだろうというくらいには有名な少女。まぁかくいう俺は名前を聞くまで思い出せなかったんだけど。

 いやだって俺なんか情報を運んでくれる友達もいないし、そもそも認知している奴がいるか怪しいレベルの俺に容姿の情報まで回って来るわけがないだろう。よって自己紹介をされるまで気が付かなくてもしょうがない。

 

「それと雪乃ちゃんは試験順位が学年1位なんだよ」

「泉さん?今は私の番なのだけれど」

「だって雪乃ちゃん全然自分のこと話さないじゃん」

「それはそうだけど、だからと言って勝手に人の個人情報を伝えるなんて」

「まぁまぁ、そんな固いことは言わずに。それじゃあ最後の大トリ、比企谷くんいってみよー!」

 

 おい、無駄にハードルを上げるな。何なの君?無邪気な皮を被ったドSなの?

 

「あー、2年F組の比企谷八幡だ。気が付いたらここに入れられてた。よろしく」

「それだけ?もっとないの、色々と」

「知らない人に個人情報を教えるなと育てられたもんで」

「私の名前は?」

「は?」

 

 突然の質問に一瞬ぽかんと口を開けてしまう。

 

「いいから。私の名前と好きな食べ物は?」

「質問が増えてるんだが……泉詩乃で好きなもんはリンゴだろ」

「せいかーい!そして君はF組の八幡くん。ほら、知ってる者同士だよ?」

 

 えー、何この人強引。俺ばりの屁理屈を展開してくるな。

 露骨に嫌そうな顔を表に出してしまったのだろうか。泉がうぅと唸って困ったように眉を顰める。

 

「むぅ、中々しぶといね八幡くん。分かったよ。それならゲームをしよう!」

「ゲーム?いや待て、それ以前になぜ名前で呼ぶ?」

「え、ダメだった?」

「い、いや別に……ダメじゃないが」

 

 これがリア充の距離感なのか?いきなり名前で呼ばれるとか俺に気があるって勘違いしてしまうんで止めていただきたい。いや、本当に。今でこそそんなことないが、中学の俺だったら一撃でノックアウトだったな。

 

「うん、八幡くんも納得したみたいだしルールを説明します」

「あれ?いつの間に納得したことになってんの?」

「まず雪乃ちゃんから八幡くんに問題を出します」

「ちょっと待って。どうして私が巻き込まれているのかしら?」

「そしてその問題に答えられなかったら私たちの勝ち。八幡くんにはより具体的な自己紹介をしてもらいます。もし答えられたら八幡くんの勝ち。私たちは素直に追及を諦めます。さあ雪乃ちゃん!がつんと言っちゃって!」

「はぁ、拒否権はないのね……」

 

 俺の言葉も、雪ノ下の言葉もスルーして、泉は話を進める。

 雪ノ下は諦めたのか、溜め息混じりに本を閉じ、思考に耽り始める。

 ……え、マジでやっちゃうの?もう少し頑張ってみろよ雪ノ下!諦めたらそこで試合終了って先生も言ってるだろう!

 

 しかし心の抗議は届くはずもなく、無情にもすぐに思いついたらしい雪ノ下がその端正な顔を俺の方に向ける。

 

「確かあなたはまだこの部のことを聞いていないのよね?」

「ああ。いきなり、問答無用で連れてこられたからな」

「ならこうしましょう。ここは何部で、その活動内容はどういったものなのか、それを当ててみなさい」

「問題は理解したが……まさかノーヒントか?」

「そうね。ヒントは今私たちは部活動中ということかしら」

「ふむ……」

 

 問題とともにヒントを提示されその答えについて考えてみる。

 この部室には机と椅子以外に機材と道具も見当たらない。至って普通の教室のようだ。

 そしてヒント。絶賛活動中ということは今の雪ノ下や泉の行動がそのまま答えになるってことだ。雪ノ下は俺の行動に興味がないのか読書を再開し、泉はじっと俺を見ているだけで特に何もしていない。てか見られすぎて恥ずかしいんだけど。

 

 暫く考えたのち、解答はまとまった。

 

「そうだな。文芸部、もしくは読書部といったところか?」

「へえ。その心は」

「まず、この部には目立った機材がない。文化系の部活と言えども道具がいらない部は割と限られてくる。そしてヒント。今現在活動をしていると言っていたが、雪ノ下は読書をしていた。泉は……まあ文芸部が常に読書をしていないといけない決まりはないからな。実際俺が入ってきた時には読書をしていたわけだし。以上のことをまとめて文芸部だと判断した。……どうだ?」

 

 身体は子供の名探偵ばりの推理だと自画自賛しながら告げる。

 しかし雪ノ下は勝ち誇るかのように小さく短い息を吐くと、どことなく勝ち気な表情でこちらを見やってくる。

 

「残念ながら答えはノーよ」

「なんだよ。まさかスケット団とか万事屋とか言うわけないよな?」

「す、スケット団?万屋は分かるけど、スケット団とは何かしら?」

「あー、知らないならいい」

 

 あとたぶん万事屋の方の漢字も俺と食い違ってると思うが、まあ何でも屋ってところは共通してるし別にいいか。

 それにしてもスケット団をしらないとは。やっぱお嬢様は漫画なんか読まないのか?

 

「えっとね雪乃ちゃん。スケット団や万事屋は漫画の団体のことで、要は何でも屋みたいなところだよ」

「そ、そうなのね。ありがとう泉さん」

「いえいえ!それで雪乃ちゃん、これって正否はどうなるのかな?」

「そうね……」

 

 おっ、考え込むってことはもしかして当たりだったりするのだろうか?八幡ついつい期待しちゃうぞ!……キモイな、俺。

 

「いえ、それも不正解、かしら」

「はぁ、ならお手上げだ。教えてくれ」

 

 両手を上げて降参のポーズを取ると、雪ノ下は静かに立ち上がった。

 

「持つ者が持たざる者に慈悲でもってそれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶの。困っている人に救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ。……ようこそ奉仕部へ、歓迎するわ」

 

 その立ち振る舞いに一瞬、神々しささえ感じてしまったが、すぐに我に返る。

 その活動理念からすると俺はどうやら持たざる者に分類されてしまっているようだ。……大丈夫、こんな扱い慣れっこだから泣いたりしない。ただ目から汗が出そうになるだけだ。

 

「はっ、持つ者が持たざる者に……ねえ。言っとくが俺はそんなこと必要としてないぞ」

「あなた、自覚してないの?あなたは変わらないと社会で生きていけないレベルなのよ?」

 

 俺が吐き捨てるように言うと、雪ノ下は鋭い眼光で睨みつけてきた。なにこいつ怖い。

 脳裏にカエルとヘビ、ハブとマングースの図が浮かんでしまったが、自分を奮い立たせて立ち直る。

 がんばれ❤がんばれ❤(俺)

 

「持たざる者に慈悲でもってそれを与えるなんて、結局はそっちの自己満足だろうが。こっちがいつそれを必要としたんだよ。第一、俺は持たざる者であるつもりはない」

「腐った目、ひねくれた言動、コミュニケーション能力の低さ等からしてあなたが持たざる者だというのは自明の理だわ。そしてあなたが必要としていなくても平塚先生が必要だと判断した。依頼を遂行する理由はそれだけで十分だわ」

「根拠不十分だな。世の中俺以上に社会適正が悪い奴だって中にはいるだろう。それともお前はそいつら全員を矯正していくつもりか?」

「論点をすり替えないでちょうだい。もしあなたの言う通りだとしてもあなたが持たざる者でないことの証明にはならないわ」

「お前こそ問題点を履き違えているな。たとえ俺が持たざる者だとしても、それを判断して勝手に与えようとしてるのはお前らや平塚先生だろ。俺自身はそんなこと求めてねーっつってんだろうが」

 

 売り言葉に買い言葉、とは少し違うかもしれないが、段々とヒートアップしてきた口論はなかなか終着点を見いだせないでいた。

 

「やあ君たち。依頼の調子は――」

「まあまあ二人とも。痴話喧嘩はそこまでにして」

 

 時間とともに募る苛立ちに、しかし発散させる方法がない俺は危うく物に当たるしかなくなりそうになってきたころ。第三者の泉の介入によって中断された。

 ……あと誰と誰が痴話喧嘩してるって?

 

「泉さん?一体誰と誰が痴話喧嘩しているというのかしら?冗談だとしても鳥肌どころでは済まない病状を発症してしまいそうだから止めなさい」

「えー、だって痴話喧嘩にしか見えないよ?雪乃ちゃんと八幡くん」

「「どこがよ(だよ)」」

「ほらー!息ぴったり」

 

 またもドヤ顔で俺たちを見比べる泉。

 なぜだろう。こいつの今にも効果音が聞こえてきそうなほどふてぶてしい顔はムカつくのに、どこか憎めず、空気を和ませてくれるような気がする。……少しムカつくけど。

 

「ようするに八幡くんは勝手に同情されて、何かを与えられるのが嫌なんだよね?」

「まあ大まかにはそういうことだ。俺は養われる気はあっても施しを受ける気はないんでな」

「なんかまたマイナスポイントな言動を……。そして雪乃ちゃんは哀れな八幡くんを見捨てられず、救ってあげたいと」

「全然違うわ。私は先生からの依頼を果たそうとしているだけよ」

「口論で少し熱くなっちゃったけど、つまりは妥協点……って言い方はよくないよね、うん。じゃあ……二人の主張の両方とも満たせるようにすればいいわけです。八幡くんはこの部で活動して持たざる者じゃないことを証明する。雪乃ちゃんは依頼通り、八幡くんと活動して問題点を解決させる。これで完璧だねっ!」

「ちょっと待て。それじゃあ俺は結局この部に入ることになる。そうしたら持たざる者だと認めることになるんじゃないか?」

 

 なにより部活動に時間なんて取られたくない。俺には早く家に帰ってアニメを見るという大事な使命があるんだ。

 

「いやいや、全然違うよ。八幡くんが入部するのは自分の能力を証明するため。もし入らなかったとしたら先生が強制的に連れてきた惨めな生徒。どっちにしろ入部することにはなるけど、その内容は大違いなんだよ」

「いや、それは……あってる、のか?」

 

 確かに翌日以降逃げようとしても簡単に平塚先生に捕まる未来が想像できた。そして『時計』を使って何度繰り返そうとも、その魔の手から逃げられないところまで。

 『時計』使ったその先まで想像できるなんて、自分の中の俺弱すぎない?もうちょっと頑張れよ俺。

 

「これで雪乃ちゃんも納得でしょ?」

「ええ、私は依頼が失敗しないならそれでも構わないわ。でも肝心の証明方法――哀れ谷くんが惨めでちっぽけな存在であることの証明はどうすればいいのかしら?」

「誰だよ哀れ谷って。谷しかあってねえし、勝手に哀れな存在にするな」

「あら、惨めでちっぽけな存在であることは否定しないのね。いえ、正しくは否定できないんでしょうけど」

「舐めるなよ。俺くらいのぼっちレベルになると惨めでちっぽけなのは当たり前の事実として余裕で受け止められるんだよ」

「何を誇らしげに言ってるのかしらこの男は……」

「否定しないんだね……」

 

 二人そろって苦虫を噛み潰したような目で俺を見てくる。

 あ、違った。雪ノ下は苦虫を噛み潰すじゃなくてゴミを見下すような目だわこれ。

 

「ま、まあそれは置いといて。意見が対立したときはやっぱり勝負しかないよ!」

 

 泉の眼がキランと光る。……どうやったんだそれ。

 

「勝負?」

「うん。さっきのゲームみたいに何かで勝負して、それで正しい方を決めるの!勝負で思い出したけど、八幡くんには後で敗者の義務をしっかり果たしてもらうからね」

「忘れてなかったのかよ……」

 

 てか奉仕部って……なんかえっちぃな。

 じゃなくて。

 奉仕部なんて名前を一発で当てることがまず不可能だろ。あと俺のスケット団とか万事屋なんてほぼ正解みたいなもんじゃねえか。ニアピン賞で千円貰えるまであるぞ。

 

「なあ泉、気が付いたんだが俺は別に持たざる者の烙印を押されても損がないぞ。陰口を言われるなんて今更のことだしな」

「むぅー、そう言われましてもー……どうしましょうか」

 

 整った眉を少し歪ませて唸り始める。

 なんだよ『うー』とか『にゃー』とか。猫かよ。もしくは邪神。隣の雪ノ下がちらちら見てるけどゆるゆりなの?もしかしてそういう部活だったりしちゃうの?

 

「あっ、そうだ!勝者の副賞として私に何でも一つ命令できる権利をあげるよ!」

「なんでもっ!?」

「待ちなさい泉さん。そんな男相手に何でもなんて言うと、貞操の危機どころか人権の危機にまで瀕してしまうのは目に見えているわよ」

 

 おいこら雪ノ下。確かに一瞬反応しちゃったけども、思春期の男子が卑猥なことばっか考えてると思うなよ!

 いや、ホントだよ?八幡ウソつかない。

 

「心配し過ぎだって雪乃ちゃん。それに二人が勝負するのに私だけ何もしないわけにはいかないでしょ?」

「いえ、だからってわざわざ危険を冒す必要は……」

「それとも雪乃ちゃん、勝てる自信ない?」

 

 おっと、それは一体どういう意味なんだ泉さんよ。

 まさか俺が弱すぎて相手にならないという意味じゃありませんよね?雪ノ下が強すぎるという意味ですよね?……どっちにしろ実力差がありすぎる。

 

 だいたい、そんなあからさまな挑発に乗ってくる奴が――

 

「何を言っているのかしら?そんな目が死んでる男に止めを刺すくらい簡単にできる私に向かって勝てる自信がないのかですって?いいでしょう。見え透いた挑発に乗るのは癪だけれども、その男に私自ら引導を渡してあげるわ」

 

 ――ここに、居ました。

 煽り耐性ゼロかよお前。ちょろすぎて心配になるレベルだわ。ついでに止めとか引導を渡すとか言われた俺の安否も心配。生きて帰れるかな……。

 

「さっすが雪乃ちゃん!それじゃあ勝負の内容は奉仕部らしく、どちらがより依頼を解決できたかでいいとして、審判役と言うか判断役みたいなのは……平塚せんせー」

 

 部室内に視線を走らせ、教室の隅っこで小さくなっている先生を目ざとく見つけて声を掛ける。てかあの人いたんだな。一瞬声が聞こえた気がしたけど、特に何も起こらなかったから気のせいかと思ってたわ。

 

 体育座りで顔を俯かせていた先生は名前を呼ばれ、顔を上げる。

 

「平塚せんせー、話は聞いてましたよね?というわけで勝負の審判をお願いします。正義と正義がぶつかる、ガンダムファイトの審判ができるのは平塚先生しかいません!」

「私しか……ガンダムファイト……新世界の神……」

 

 泉の言葉につられ、先生の瞳に段々と力が戻ってくる。

 それはそうと泉さん、何平塚先生に変なこと吹き込んじゃってるの?その人なら世紀末覇者くらいなら余裕でなれそうだから止めようね?

 

「そうだな、私しかいないならしょうがない!その審判役、平塚静が請け負った!」

「わぁ、ありがとうございます!平塚せんせー!」

 

 完全復活を果たした平塚先生が立ち上がり、勢いよく宣言する。

 その時、俺が考えていたことと言えば『先生の名前、静っていうんだな……某お風呂好きのよく覗きをされる小学生とは正反対の性格してるなー』なんていう超どうでもいいことだった。

 何が言いたいのかというと、勝負なんてマジかったりー。ほぼ負けが決まっている勝負ほどやる気が出ないものはない。

 

「話はまとまったかしら?そろそろ時間だから部室を閉めようと思うのだけれど」

「あっ、もうそんな時間か。じゃあ今日の活動はお終い!お疲れ様でした!」

「お疲れ様」

「お、おう。お疲れ……」

 

 挨拶を終え、ぞろぞろと部室を後にし、鍵を掛ける。その場で先生に直接鍵を渡したところで、本日の活動は本当に終わりを告げた。

 夕焼けと夜の中間あたりのような色が空を染める中、それぞれが家路に着く。俺は何ともなく『時計』を握りしめながら、余韻を噛みしめるかのようにただただ立ち尽くしていた。

 

 ……これ、明日も行かなきゃいけないのん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書き貯め終了。ここからは更新速度が落ちる可能性大です。




さて、ようやく奉仕部の一日目を終えることができました。次からの構想はまだ何にも出来ていません。どうしましょう。

お気に入り登録をして気長にお待ちいただけたら嬉しいです。


とりあえず、ここまで読んでいただきありがとうございました!














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案外その空間は居心地がいい

 授業終了のチャイムが鳴り響く。時間にルーズな先生なら無視して強引に授業を推し進めることもあるが、今日の先生はしっかりと終えてくれた。

 よーし、今日も一日頑張った。早速家に帰ってプリキュアでも――

 

 

 

「やあ比企谷。そっちは部室とは反対側だが、一体どこに行くんだね?」

「いえちょっとトイレにですね?行こうと思ってたと言うかなんというか」

「それなら良かった。君のことだから初日からさぼるかもしれないと思っていたからな」

「そ、そんなことありゅわけにゃいじゃにゃいでしゅか」

「猫か貴様は。まぁいい、部活にはちゃんと行くんだぞ」

「へ、へいっ」

 

 

 

 平塚先生は注意喚起すると、昨日みたいに強制連行することはなく、さっさと立ち去って行った。よし、これで心置きなく――

 

 

 

「ああ、言い忘れていたが、これから先、万が一にもさぼるようなことがあったら私の拳が轟き叫ぶことになるからな。あんまり私の拳を煩わせないでくれたまえよ」

 

 

 

 ――心置きなく部活に集中できるな!嬉しすぎて目から血涙が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌々ながら仕方なく部室に入ると、すでに泉と雪ノ下は来ていたようで二人で談笑していた。……雪ノ下が一切笑顔を見せないんだが談笑……でいいんだよな?

 

 

 

「あ、八幡くんやっほー」

「あら、逃げずにちゃんと来たのね」

「失礼な。俺はさぼるために全力を尽くすが一度受けた仕事は責任を持って最後まで果たす男だぞ」

 

 

 

 新たな入室者に気付くと、二人は挨拶をしてくる。教室に入って挨拶されるのってなんか新鮮……。まあ一人は挨拶代わりとばかりにジャブを放ってくるけど。

 

 

 

「そう、てっきり平塚先生に脅されでもして来たのかと思ったのだけれど、違ったみたいね」

「そ、そそ、そんなわけねえし!ちゃんと自主的に来たから」

「連れてこられたのね……」

「さっきと言ってることが違う……」

 

 

 

 一人が蔑むような、一人が呆れたような視線で見てくる。どっちがどっちかは言わずとも分かるだろう。

 とりあえず昨日と同じ席に座ったはいいが、活動内容は判明しても未だに何をすればいいかよく分からないので、どうしても手持無沙汰になってしまう。これが手乗り豚さんになると可愛い。……いや、俺が豚になっても目が腐ってるだろうから、雪ノ下にこんがり焼かれた挙句、廃棄されるまであるな。やっぱり豚さんになるのは止めよう。

 

 

 

「なぁ、この部って依頼が無いときは何してるんだ?」

「あら、あなたの目は飾りなのかしら。今私たちが実践してるのだからそれを見れば……無理だったわね」

「ねえ、今どこを見て判断したの?俺の目は腐ってもちゃんと機能するからね?」

「上手いこと言ったつもりかしら?腐っても鯛の意味はもともと良い物は多少品質が落ちても、その価値は失われないことを示すのよ。腐敗谷くんの目に……腐敗谷くんにそれだけの価値はないわ」

「今言い直す意味ないよな。それに俺の目は確かに腐ってるけど、俺までは腐ってないぞ」

「あら、色々と腐ってると思うのだけれど。特にその性根とか根性とかそのあたりが」

「ああ、確かに」

「認めちゃうんだ……」

 

 

 

 なぜだろう。段々と泉の俺を見る目が呆れを通り越して憐れむようになっているんだが。

 

 流れを変えるように溜息一つ吐いた泉は「話を戻して」と前置きしてから話し始める。

 

 

 

「えっとね、奉仕部への依頼は基本的に平塚先生が持ってくるからそれまでは自由に過ごしてるよ。雪乃ちゃんは見ての通り読書。で、私は読書だったり、携帯をいじったり、雪乃ちゃんを弄ったりしてるの」

「最後のはどうにかならないのかしら……」

 

 

 

 雪ノ下は諦めにも似た気持ちを吐き出しながらも抗議の声をあげる。しかし泉は当然のようにスルー。まあ知ってた。

 

 

 

「なるほどな。じゃあ俺は依頼が来るまで自宅待機を……」

「さーて!それじゃあそろそろ八幡くんには自己紹介をしてもらおっか!」

「そうね。昨日は時間が無かったけれど、今日はたっぷりとあるもの。さぞ素晴らしい自己紹介をしてくれるでしょうね」

「忘れてなかったか……」

 

 

 

 やばい。何がやばいって素晴らしい自己紹介が何なのか分からないこともそうだし、自己紹介に黒い思い出しかないこともやばい。つまるところ超ヤバい。

 なにより俺の依頼が来るまで帰宅し、依頼が来ても『ごっめーん、寝てたー』作戦が使えない。……ネーミングセンスゼロだな俺。

 

 そもそも昨日以上に詳しい自己紹介って何言えばいいの?スリーサイズ?何それ誰得だよ。

 

 

 

「さあ八幡くん、いつでもいいよ!」

「とは言ってもな、何を言えばいいのか分からん」

「んー……例えばクラス、名前、趣味、得意科目、休日の過ごし方、将来の夢……とかかなぁ?」

「2年F組、比企谷八幡。趣味はない。得意科目は秘密。休日は休んでる。将来の夢は専業主夫だ」

「クラスと名前しか分からないよ!?」

「何言ってんだ。ちゃんと専業主夫志望って言ってるだろ」

「しかもそこは冗談じゃなかった!」

 

 

 

 俺の解答にオーバーなリアクションを取る泉に対して、雪ノ下は依然として蔑むような瞳をしている。

  ……やめてっ、俺をそんな目で見つめないで!

 

 

 

「えっと、なら私から質問です!八幡くんの家族構成を教えてください!」

「そんなん聞いて楽しいのか?至って普通の家族だぞ」

「いいの!私が知りたいって言ってるんだから八幡くんは答えてくれればいいんだよ!」

「……まあいいか。父親と母親、妹のような天使に俺を加えた4人家族でペットを飼ってる」

「確かにふつ――えっ、天使がいるよ!?妹に見せかけた天使がいるよ!!?」

「騒ぐことないだろ。妹が天使なんて分かりきったことで今更驚くなよ」

「『何言ってんだこいつ。バカなの?』って目で見られてるんだけど……これって私が悪いの?」

「いいえ、泉さん。あなたは正常よ。おかしいのはそこのシス谷くんの頭だから。あと目と顔と性格と瞳と口と間とその他諸々が悪いだけだから」

「おい、シス谷はやぶさかじゃないが何で目のこと2回も言ったの?大事なことだから2回も言ったの?ねえ」

 

 

 

 ついでにつっこませてもらうと、『だけ』では済ませられないほど悪い点が挙げられちゃったんだけど。そろそろさすがの俺も迷子の子猫ちゃん並に泣いちゃうよ?

 

 

 

「あはは……全然自己紹介してくれないのに性格は少しだけ分かっちゃったかな……」

「俺の斬新な自己紹介がちゃんと伝わったみたいだな」

「あなた、一切自己紹介する気なかったでしょう?」

「いや、待てお前。自己紹介ってのはその名の通り自己を紹介することだが、自己なんてのは所詮主観でしかないんだよ。だが、紹介する相手から見れば当然客観だ。主観と客観、異なる時点でもはや自己紹介は不可能なんだよ。つまり主観で余計なイメージを与えない俺の方法は最高の自己紹介と言えるんだ!」

「た、確かに……!」

「無茶苦茶だけれど筋が通ってるのがムカつくわね……」

 

 

 

 おぉふ。適当に言ってみたけど、なかなか効果抜群で俺自身もびっくりだわ。

 でもまあ、これで自己紹介は終了だろう。結果オーライ。

 良かったー。黒歴史に新たなページが刻まれることにならなくて。

 

 

 

「それにしてもこの部活は本当に活動してるのか?二日連続で相談者が誰もいないみたいなんだが」

「失礼ね。ちゃんと活動してるわ。現にあなたの性格矯せ……改善を進行形で行っているじゃない」

「それに本来は依頼が無い方が平和だし良いことなんだよ。ちなみに現段階だと1ヶ月に3回来ればいい方かな?」

「マジか………………帰ったりしては」

「「駄目よ(だよ)」」

 

 

 

 ですよねー。言ってみただけです……。

 

 意気消沈、とまではいかなくとも、溜め息はこぼれてしまう。なぜにこんな活動してるのか怪しい部活に時間を取られなければならぬのか。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束通りに自己紹介を終えると、途端に暇になってしまった。仕方なく、退屈な授業用に持ってきていた本を取り出す。

 ポケットに手を突っ込みながら、片手で本を持って読み始める。

 なんか片手で読書をするのってかっこいいな、と思って真似してみた読書方だが、慣れないと上手く捲れないし手が痛いしで散々だった。今は逆にこの読み方がしっくりくるまであるのだが。

 

 本を支えている手とは逆に、左手には慣れ親しんだ固い感触がある。

中学三年の半ば頃に貰ったので、もう一年半の付き合いになる『時計』だ。

最初はこの『時計』を使って何をすればいいのか考えたものだが、特に思いつかなかった。いっそ前の持ち主の陸さんと同じように人助けでも始めようかとも考えたが、柄じゃない上に小町と会える時間が減ることを考えたらそんなことをする気は失せた。まあ結局奉仕部に強制入部させられて減っちゃたんだけどね。無意味。

 

 ともあれ、したいことも特になかった俺は欲に走らないという制約の上で、自分の不利益になることに対してのみ、この『時計』を使うことにしていた。

 鶴見先生のケガはあのままだと俺が色々と手伝わされる羽目になるかもしれないから。

 休日に出くわしたリンゴの群れを止めようとしたのは、あれをスルーして見送ると落とし主に理不尽な責め苦を言われそうだったから。

 どちらも決して善意で手助けしたわけではない。どっかの誰かの言葉を借りるのなら、相手が勝手に助かってるだけだ。逆にお礼を言われると罪悪感に襲われるからさっさと貶して帰って欲しいまである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチ、カチ、と聞こえるはずはないが、一定のリズムが頭の中を流れていく。

 その音に身を任せながら、俺は一ページずつ、文章を読み解いていく。

 

 

 

 読書を始めた俺に気を遣ったのか、泉もいつもみたくハイテンションで話しかけてくることはなく、静かに読書をしていた。

 雪ノ下は相も変わらず優雅に、それこそまさにお嬢様然とした姿で手に持った本に目を向けている。

 

 

 

 雑音がない。完結した世界。

 

 

 

 そんな雰囲気を感じさせる奉仕部は、案外と居心地のいいものに感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本当はこの回で由比ヶ浜が出る予定だったんですが、書いてたらなぜかこうなっちゃってました。

4000字もいってなくてこのまま由比ヶ浜まで書いちゃおうかとも考えましたが、そうすると今度は10000字で収まらなくなっちゃって変なところで終わる可能性があったんで、結局はこうなりました。

今回短かった分、次の話は早く投稿できるように頑張りたいと思います。





それにしても話が進まない……












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どう考えてもクッキーが木炭になるのはおかしい

 平塚先生に調理実習レポートでのありがた~いお小言を頂いた後、嫌々部室に向かう。

部室では、いつものように雪ノ下が読書をしていた。そして珍しく――と言ってもまだ入部して三日目なのだが――泉も読書をしていた。

 軽く挨拶だけ交わして自分の席に着く。どうやら本当に集中しているらしく「八幡くん、やっほー」とだけ告げるとすぐに読書に戻り、それ以降一言も口を開いていない。ちなみに雪ノ下は視線を上げることもなく「こんにちは」とだけ言った。お変わりないようでよろしいですね。

 

 昨日のことで学んだ俺は、文庫を二冊持ってくるようにした。一冊は授業中や休み時間に読むため。もう一冊は奉仕部で読むためだ。

 昨日は読書をしたまでは良かったが、一冊しか持ってきてなかったためすぐに読み終わり、暇を持て余してしまった。そこで今日は二冊体制で登校してきたわけだ。

 早速読書を開始しようと文庫本に手を掛けると、その行動を阻害するかのようにコンコン、とノックの音が響いた。

 

 

 

「どうぞー」

 

 

 

 泉は惜しむようにしながらも栞を丁寧に挟み、扉に向かって声を掛けた。

 

 

 

「し、失礼しまーす……」

 

 

 

 緊張したかのような返事をして、来訪者はそろそろと入室してくる。

 適当に着崩した制服に煌びやかなアクセサリー、明るめに脱色させた茶髪といかにも今風の女子高生といった生徒だ。

 女子生徒は高校生の中ではでかいと思われる胸部をゆさゆさと揺らしながら、視線をふらふらと彷徨わせる。

と、そこで胸元のリボンが二年生を示す赤色をしていることに気が付いた。別に胸を凝視していたから気が付いたわけではない。対話するにはまず学年から知ろうという考えの下での行動だ。ホントホント。

女子生徒――長いからビッチ(仮)とする――の動向を窺っていると、物珍しそうに部室を見渡す視線と俺の目線がぶつかる。ビッチ(仮)は悪霊でも見たかのようにピタッと動きと表情を止めると、呆けたように目をぱちくりさせる。

 

……何?また俺の後ろで幽霊でも見ちゃったの?雪ノ下の時といい、やはり俺には背後霊が憑いてるらしいな。

はっ!もしかして俺の目が腐ってるのはその背後霊が原因なのでは!?なんだ、そういうことか。なら今度除霊してもらえば幽霊もろとも成仏できちゃうな。俺まで成仏しちゃったよ……。

 

 

 

「……あのー、もしもーし」

「はっ!へっ?あっ、な、なんでヒッキーがここにいるの!?」

 

 

 

 泉の呼びかけで再起動を果たしたビッチ(仮)は百面相のようにころころと表情を変えながら叫び出した。

 てかヒッキーって誰ですか?

 

 

 

「呼ばれてるわよ、引きこもり谷君」

「おい、なんで俺って決めつける。俺は専業主夫志望だが別に引きこもってはいないだろ」

「いやいや、八幡くんはある意味引きこもってるね。心の殻に!」

「ほら見なさい。引きこもってるじゃない」

「泉ドヤ顔すんな。たいしてうまくねえからな?てか二人して俺を引きこもりに貶めるとか何が目的だよ。『見てみてお母さん、あそこに引きこもりがいるよ!』『そうね。あなたはあんな風になっちゃ駄目よ?』とでも言わせるつもりかよ」

「裏声が気持ち悪いわ」

「擁護のしようがないほど気持ち悪かったね」

「お前ら容赦ねえな……」

「なんか……楽しそうな部活だね!」

 

 

 

 なんか瞳輝かせてこっち見てるけど、マジかお前。こんな棘だらけの言葉の応酬が楽しそうに見えるとか、頭の中ハッピーセットかよ。一度脳外科と眼下に行くことをお勧めするレベル。

 

 

 

「えっとね、さっきの質問に答えるけど、八幡くんはここの部員なんですよ」

「へ~、ヒッキー教室だといつも喋んないのにここだとちゃんと喋るんだね」

「そりゃ喋るわ…………おい、何でこいつ俺のクラスでの様子知ってんだよ。俺のファン?」

「………………」

「冗談だ。忘れてくれ」

 

 

 

 そんなおぞましい物を見てしまったみたいな顔を向けてから無視しないでくれ。ぼっちは無視されるのとキモがられるのは慣れているが、意思をもって話しかけたのにキモがられた挙句に無視されるのはさすがにダメージがでかいんだよ。

 

 

 

「はあ……彼女は由比ヶ浜結衣さん。あなたと同じF組よ」

「え、嘘だろ」

「ヒッキー覚えてなかったんだ……」

 

 

 

 ただクラスのぼっちに名前と顔を覚えられてなかった程度だが、由比ヶ浜は酷く悲しそうに目を伏せた。

 あとそこの奉仕部女陣。まるで俺が女子を泣かしたかのように勝手に引いたりしないで。……え、これ俺が悪いの?

 

 

 

「大丈夫よ由比ヶ浜さん。そこの男は世間から逃げ続けたおかげで現実を直視できなくなってしまっただけなの。覚えられていないことを気に病むことはないわ」

「そんなことはないぞ。俺なんて世の中の過酷さを知って専業主夫を目指すほどの超現実主義者だからな」

「そもそもあなたを養ってくれる女性が存在しないことから目を背けてる時点で直視してないじゃない」

「何言っちゃってんのお前。この世の中にはダメ男の方が好きと言う物好きがいてだな」

「一応ダメ男の自覚あるんだね、八幡くん」

 

 

 

 そりゃそうだ。もし自分が女性だったらと考えるとこんな奴、まず相手にしないと思うからな。目が濁ってて捻くれてる性格の男性とか面倒くさいだけだし。

 そう考えると俺の妹はこんな兄の世話をしているし、何よりこんな性格でも理解を示してくれるから最高の女性なんじゃなかろうか。まあ誰にも嫁にはやらんし、何なら俺が一生養われるまである。

 

 ……どこからか『ごみいちゃん、それはないよ……』と幻聴が聞こえてきたけど、きっと気のせいだろう。うん、そういうことにしておく。

 

 

 

「それで由比ヶ浜さん。あなたはここがどんな部活なのか知っているのかしら?」

「あっ、うん。奉仕部って言って生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」

「それは少し違うかしら。あくまでも奉仕部は手助けをするだけでお願いを叶えるわけではないわ」

「それって願いを叶えるのと違うの?」

「飢えた人に魚を与えるか、魚の獲り方を教えるかの違いよ」

「「へ~、そうだったんだ」」

「ってなんでヒッキーまで感心してるの!?」

「いや、俺入部したばっかで部活の詳しい理念なんか知らんかったし」

 

 

 

 『持たざる者に慈悲を持ってそれを与える』とかなんとか言うからてっきりなんでもかんでもこっちで引き受けて解決するもんだとばかり思ってた。

 しかしまあ考えてみればそんな便利な部活動があれば利用しない手はないからな。手助けの範疇に収めるのが正解なのだろう。

 

 

 

「それで由比ヶ浜さんは何の依頼があって来たのかな?」

「あ、えっとね……そのー……」

 

 

 

 由比ヶ浜は口ごもりながらちらちらと俺を見てくる。

 ……なるほど。

 

 

 

「長くなりそうだから飲み物買ってくるわ」

 

 

 

 おそらく女子同士でしか話せない内容なのだろう。それを瞬時に察してさり気なく気を遣える俺ってばマジ紳士。なぜモテないのか分からないレベルだ。……まあ目だろうな。

 

 そんな俺の態度に思うところがあったのか、珍しく「比企谷くん」と雪ノ下が声をかけてきた。

 

 

 

「私は『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』でいいわ」

「あっ、じゃあ私も同じので!」

 

 

 

 ……ナチュラルにパシらせるとかさすがとしか言えないわ。でもそこに痺れる憧れるぅ!……はあ、面倒だな。

 

 

 

「りょーかい。で、由比ヶ浜は?」

「へ?あ、あたしもいいの?」

「ジュース買いに行くなら一人も二人も四人も別に変わんねーしな」

「あ、ありがと……あたしも同じのでお願いします」

「あいよ」

 

 

 

 さて、だいたい十五分くらいしたら帰ってきますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

携帯で十五分経ったことを確認し、ジュース四つを手に部室に戻ると帰り支度をしている三人を目撃した。

……え、なにこれもしかして虐めの現場に遭遇しちゃった?てかこの場合虐められてんのって俺じゃん。やだ気まずい!

 

 

 

「あっ、ちょうど良かった。これから家庭科室に移動するから八幡くんも荷物持って、さあ行きますよ!」

「えっ、なぜに。ちょ、理由くらい」

「それは移動中に説明するから、さあさあ」

「分かったから背中を押すな!」

 

 

 

 抗議も虚しく無理矢理追い出されてしまう。

 おのれ泉め。俺が女子に耐性がないことを知りながらもボディタッチなんてことを軽々行うとは……。恥ずかしいやらなんやらで勘違いしてしまいそうになるから是非止めていただきたい所存でございます。いや、マジで。俺の中学時代の黒歴史の大半はこのせいだと言っても過言じゃないくらいだ。

 

 

 

 ともあれ、愚痴を言っても始まらないわけで、渋々歩きながら理由を尋ねる。

 聞けば、誰かしらにお礼のためのクッキーを作りたいそうだ。そんなん友達に頼めよと言いたいところだが、ビッチにはビッチなりの事情があるそうで。

 そんなわけで、家庭科室である。

 

 

 

「じゃあまずは……どうしよっか?」

「そうね……由比ヶ浜さんがどれくらいできるのか確認する意味でも一人でやらせてみましょう。それでいいかしら、由比ヶ浜さん?」

「わ、分かった!頑張る!」

 

 

 

 勢い込んで返事をした由比ヶ浜は、苦戦しながらエプロンを身に着ける。……料理が始まる前から不安に襲われる光景だが、完璧超人たる雪ノ下がいるのだからそこまで酷いことにはならないだろうと腹をくくっていた。

 

 

 

「ところで奉仕部組は料理できるのか?俺はカレーを作れる程度の能力しかないが」

「愚問ね。私は大抵のことならこなせるわ。当然、料理もね」

「私はそんなに誇れるわけじゃないけど、まあまあできると思うよ」

 

 

 

 雪ノ下はいいとして泉も思ったよりかはできるようだ。

 ……あれ?じゃあ俺って必要ないんじゃないですかね?何すればいいの?味見?

 

 俺が一人自分の存在意義について悩んでいる間に、由比ヶ浜は調理を開始する。

 まず手に取ったのは卵。それを豪快にボウルの縁で割り、殻ごと入ったままかき混ぜるってちょっと待て!

 

 

 

「ストップだ由比ヶ浜!ちょっと待て。いや、かなり待て。いいか、動くなよ?」

「そんなに!?あたし凶悪犯罪でも犯したの!?」

 

 

 

 いや、ある意味凶悪犯罪で間違いないだろうな。まだ卵しか見てないが、おそらくこれは酷いことになる。最悪、味見係の俺が死んじゃう。まさか味見係が役に立つとは……。

 由比ヶ浜の暴挙に呆然としている二人に声をかけ、再起動を促す。

 

 

 

「さて、初っ端から恐ろしいものを見ちゃったんだが……どうする」

「どうするって言われましても……どうしましょうか雪ノ下さん」

「私に押し付けないでちょうだい…………みんなで全力でフェローしながら少しずつ進めるしかないでしょう」

「分かった」

「了解!」

 

 

 

 素早く作戦会議を済ませる。

 そこからの行動は早かった。

 

 ダマになりそうなほどの小麦粉を入れようとしたら必要な分量を量って用意する。

 バターを固形のまま入れようとしたら本来のバターにすり替える。

 砂糖と塩を間違えるなんて古典的なドジをさせないためにそもそも塩を用意しない。

 

 細心の注意を払ってサポートしようにも、それ以上に由比ヶ浜はミスを重ねてくる。

 バニラエッセンスも牛乳も必要以上に詰め込み、食を進めるための飲み物だと思えば隠し味にインスタントコーヒーをこれでもかと投入し、さすがにやりすぎたと感じたのか、黒い山の上から砂糖の白い山を築きあげる。

 

 ……結論から言ってしまえば、由比ヶ浜には料理スキルという物が存在していなかった。足りないどころの騒ぎではない。もはや錬金術って言ってもいいレベル。

 出来上がったものは暗黒物質Xとでも名付けられるほど、クッキーとはほど遠いものだった。

 

 

 

「な、なんで?」

「ああも失敗を続けられたのだから当たり前でしょう……」

 

 

 

 愕然とする由比ヶ浜に額を抑えながら小声で呟く雪ノ下。一応、聞こえないようにという配慮をしているらしい。その優しさの半分でもいいから、俺に対する態度を改めて欲しいものである。

 

 

 

「ま、まあ一応食べてはみよっか!味見係さん、お願いね!」

「お、おい。まさかこれを食べろと?こんなの味見じゃなくて毒見だろ」

「どこが毒だし!…………やっぱ毒かなぁ?」

「お前も不安になってるじゃねえか」

 

 

 

 勢い込んで否定したはいいものの、自分で作った物体を見て不安に襲われたようだ。まあそりゃあそうだろう。クッキーの材料からジョイフル本田で売ってるような木炭を目の当たりにしたら誰でもそうなってしまうというものだ。

 子犬のような潤んだ瞳で「どう思う?」とばかりに見てくる由比ヶ浜をスルーして泉に視線を向ける。

 

 

 

「なあ、本当にこれ食うのかよ」

「食べます。さあぱくっと。どくっといってください!」

 

 

 

 どくっとってどんな擬音だよ。てか毒って言っちゃってるじゃん。

 

 

 

「なあ雪ノ下」

「頑張って」

 

 

 

 やだ、超いい笑顔で応援されちゃった。こんな場面でなかったなら喜びで踊り狂うだろうに、今はただの死刑宣告にしか聞こえないんだが。

 

 

 

「食べられない材料は使ってないし、それに私も食べるから大丈夫よ」

「マジで?気でも狂ったか」

「やっぱりあなたが全部食べてくたばりなさい」

「ごめんなさい、気がくるっていたのは俺でした」

「まったく……それで、泉さん?」

「な、なにかな?」

 

 

 

 視界の隅でこそこそと逃げようとしていた泉に対し、雪ノ下は先ほど同様、にっこり笑顔で対応する。

 

 

 

「あなたも食べるわよね?」

「はい、ぜひともいただきます……」

 

 

 

 ようするに強制である。

 雪ノ下、恐ろしい子……!あと逃げようとした泉に同情とかはありません。俺も食べるし。

 

 奉仕部の連帯感を目の前に、犯人由比ヶ浜は仲間になりたそうにこちらを見ていた。ちょうどいい。お前も一緒に食べて被害者の苦しみを味わらせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリジナルに力入れるために原作はさくっと終わらせようと思ってるのになかなか進まない。










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確かに泉詩乃にも譲れないものがある

「うぅ、苦いよ~不味いよ~……」

「舌に触れないように気を付けて食べなさい。少しはマシになるはずよ。はい、紅茶」

「も、もう無理。みんなごめん。私は先に逝くね……」

「いったいどこに行くと言うのよ。はい、リンゴジュースよ。もう少し頑張ってちょうだい」

 

 

 

 由比ヶ浜は涙目に、泉は死にそうになりながらもぼりぼりと物体Xを口にする。

 しかしすごいのは雪ノ下だ。自らもしっかりと処理を行いながらも他人を気遣えるのだから。痛覚無効のスキルを持ってるとしか思えない。もう異世界に呼ばれてチートで無双したって驚かない自信がある。

 

 

 

「では、依頼をどう解決するのか話し合いましょう」

「由比ヶ浜は二度と料理をしない」

「買ったものを適当にラッピングして渡す」

「二人とも酷いっ!?」

「却下、それは最後の手段よ」

「それで解決しちゃうんだ……」

 

 

 

 まあそれは冗談として……。2割ほど冗談として。

 この手の輩は経験がないくせに変にアレンジを加えようとするから失敗するのだろう。それをどう訂正させていこうか悩む俺たちを余所に由比ヶ浜は力ない笑みを浮かべる。

 

 

 

「ご、ごめんね、こんなことに付き合わせちゃって。やっぱり依頼は取り消すね。ほら、私才能ないみたいだしこれ以上みんなの時間奪っちゃ悪いから……」

「由比ヶ浜さん。まずはその認識を改めなさい。才能がないなんて決めつけるのはせめて最低限の努力を行ってからにしなさい。それもしないで勝手に才能を羨むなんて迷惑以外の何物でもないわ」

 

 

 

 うわぁ……言ってることは正論だが、恐ろしいまでに鋭い棘となって突き刺さってくるな。今は俺に対して言ってるわけじゃないから耐えられるけど、正面切ってこんなこと言われるとダメージは大きいだろう。俺だったら捨て台詞を吐きながら泣いて逃げるまである。

 

 

 

「うっ……で、でもさ、初めてだからってあんな酷いのができちゃうんだよ?やっぱりあたしには向いてないと思うし、これ以上は時間の無駄っていうか……」

「由比ヶ浜さん」

「えっ?」

 

 

 

 一瞬、誰の声か分からなかった。

 とても冷たく、静かな怒りを纏った声は家庭科室に響き、全員の動きを止めた。それだけの強さが声にはこもっていた。

 戸惑いながらも声の発信源を探してみる。

 由比ヶ浜は誰の声か分からずに困惑している。

 雪ノ下は驚きに包まれたように目を見開いている。

 

 ということはあの声は泉が発したのだろう。

 

 

 

「由比ヶ浜さん。時間の無駄って何?」

「えっと、ほら、見ての通りあたしってホント料理下手だからこれ以上やっても上手くなれないだろうし……」

「それって誰が決めたの?雪乃ちゃんが言った通り、まだ由比ヶ浜さんは最低限の努力もしてないのにそうやって決めつけちゃうの?」

「で、でも……」

「由比ヶ浜さん。あなたはまだ高校生なの。たくさん時間があるんだよ?なのにやる前からどうせできないなんて諦めちゃうなんて、私はそんなこと認めないし……許せない」

「………………」

 

 

 

 誰も、何も言うことができないでいた。

 普段は温厚な泉。俺と雪ノ下の言い争いにも割って入って宥めるほど、争いが嫌いと言ってもいい泉が、他人に対してここまで怒りを露わにしている。

 だが、その怒りに反して泉の瞳は由比ヶ浜に向いてはいなかった。どこか遠くの虚空を見つめるように、ただただ視線を床に落としていた。……まるで明かりに反射した自分自身を見つめるように。

 彼女は一体何を見ているのだろうか。何が彼女をそこまで掻き立てたのだろうか。

 まだ彼女との付き合いが浅い俺には何一つ理解できないまま、その場を見守ることいしかできないでいた。

 

 

 

 どれくらい時間が経ったのだろう。

 視線を動くことすら躊躇われるこの状況では時間を確認することができない。

 

 

 

「ごめんね。ちょっと廊下出てくる」

 

 

 

 胃が痛むような苦しい沈黙が何時間も続くのかと思われたが、泉本人によってそれは破られた。

 席を立った泉は逃げるように、周囲が引き止める間もなく教室を出ていく。

 

 

 

 泉いなくなったことにより、教室には弛緩した空気が流れる。

 先ほどまで止まっていた時間が動き出した。

 

 

 

「ど、どど、どうしよう!泉ちゃん怒らせちゃったかな!?ていうか怒らせちゃったよね!どうしよう!どうしたらいい!?」

「お、落ち着きなさい由比ヶ浜さん。泉さんは優しい人よ。きっと許してくれるわ」

「わ、わかった。落ち着く。ひっひっふー、ひっひっふー」

「由比ヶ浜さん、本当に落ち着いて」

 

 

 

 なにやら二人が漫才を始めたんだが……唐突にシリアスシーン入ったと思ったら終わるのもいきなりだったな。

 

 

 

「はぁ……で、これからどうするんだ?」

「そうね……泉さんを放ってはおけないし、依頼も遂行しないとだから」

「分かった。俺は料理得意じゃないしそっちは任せるぞ」

「ええ、でもあなたに泉さんを任せるのも心配ね……でもそうなるとあなた、何もできることないわね」

「失礼な。俺だってやるときはやるんだ。お前こそ俺たちがいないことを言い訳に由比ヶ浜に暗黒物質なんて作らせんなよ?」

「誰にものを言ってるのかしら。私は雪ノ下雪乃よ」

「雪ノ下雪乃を完璧の代名詞みたいに使うのな……まあいい。じゃあ俺は行くから」

「ええ、よろしく」

 

 

 

 軽く手を振って答えてから家庭科室を後にする。

 

 さて、泉を探さなきゃいけないわけだが、まさか帰ったとかないよな?もし帰られてたらさすがに手の出しようがないんだが。

 とりあえず自分が一人になりたいときに行きそうな場所……常に一人だから分かんねえな。他人があまり来ない場所を脳内で検索し、探していく。

 図書室。俺が昼飯を食べているベストプレイス。奉仕部。

 ……帰るにしても奉仕部に荷物があるから、それを確認する意味でも奉仕部を一番に探すか。

 

 行先を決めて歩き出す。

 こんなことしなくても『時計』を使って泉の地雷を踏み抜く前に戻って防ぐことも考えたが、その地雷がいったい何なのか分からない上に、今まで未来が変わらなかったのを鑑みて、手は出さないことに決めた。なんなら俺が余計なことして怒りが倍増しても怖いしね!

 

 もし予想通り奉仕部に居たとして、何て声をかければいいのかも纏まらないまま部室に着いてしまう。まあ俺にできることなんてたかが知れてるしな。きっと大丈夫だろ。たぶん。めいびー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言えば、彼女はそこにいた。

 

 

 

「あー……泉、大丈夫か?」

「……あれ?ゾンビが見える……。この世の終わり?」

「おい待てやめろ。え、なんでいきなり虐められてんの俺?」

「その返答……もしやあなたは八幡くんか。やっほー」

「ねえ最初っから気づいてたよね?」

「そんなことないですよー」

「めっちゃ棒読みじゃねえか」

 

 

 

 泉が落ち込んでると思って慰めに来たのに、なんで俺が落ち込むような事態になってるんだ。

 だがまあ回復してるみたいで安心だ。回復し過ぎて俺のメンタルが心配になるまである。

 

 

 

「気にしない気にしない。……それとさっきはごめんなさい。もう落ち着いてるから大丈夫だよ」

「そうか」

 

 

 

 その言葉に嘘はないようで、いつもよりぎこちないながらも笑顔を見せてくれる。

 

 

 

「なあ、何であんなに怒ったのか聞いてもいいか?」

「うーん、ストレートに聞いてきますね」

「悪い、不躾な質問だった」

「いえいえ、大丈夫だよ」

 

 

 

 泉は自分の指定席ではなく窓辺に椅子を寄せてぼけっと外に向けていた身体を俺に向き直るように動かす。

 俺も自分の指定席に着き、泉と向き合うように座る。……なんか気恥ずかしい。

 

 

 

「と言ってもそんな大したことじゃないよ?私はやる前から諦めたり妥協して適当に済ませちゃうことが嫌いなんだ。まだしてもいないのに何で諦めるの!もっと良く、上手くできるかもしれないじゃん!とか思ったりするわけです」

「はあ……。まあなんだ、俺からしたら諦めることも悪いとは思わないけどな。俺なんて色々諦めてばっかだからな。数学とか友達とか」

「それはどうなのよ…………でも私だって諦めること自体が悪いとは思わないよ?限界まで頑張った末にぶつかった壁を前にしてでも『もっと頑張れるでしょ!』なんて言うつもりはさらさらないし。……私自身だって諦めちゃってることがあるし」

 

 

 

 確かに。越えられない壁にぶつかって挫折してるやつに『諦めんなよ!もっと熱くなれよ!』なんて修造スタイルで説教された日にゃ逆切れして殴り掛かって返り討ちでぼこぼこにされるほどである。

 そもそも人間なんてのは妥協する生き物なんだ。結婚なんて打算と妥協で成り立ってると言っても過言じゃない。

 そう考えると未だに結婚できていない平塚先生は一切妥協をしていないことになるな。やだ、平塚先生がかっこよく見えてきた。……だから結婚できないのかな?下手な男より男前だし、あの人。

 

 

 

「まあなんだ。由比ヶ浜も本心でああ言ってるわけじゃないと思うし、俺たちに迷惑をかけまいとした結果のあれなんだから、なんていうかだな、その……許してやってください?」

「なんで疑問形なの…………心配しなくてもいいよ、八幡くん。私も分かってるし、むしろカッとなって怒っちゃった私の方が悪いと思ってるんだから」

「そうか。余計なお世話だったみたいだな」

「あはは、そうかも。……でもおかげさまで嫌な気持ちも吹き飛んだし感謝感謝ですよ」

「そりゃどうも」

 

 

 

 ふう。どうにかミッションは達成できたみたいだな。

 俺が入っての初依頼で疑似内部崩壊とか前途多難すぎだろ奉仕部。大丈夫かよ。

 

 

 

「さて、長いこと休憩しちゃったしそろそろ戻ろっか」

「えぇ……あっちには雪ノ下が居るんだぞ。もう少し休んでいこうぜ」

「うわぁ……。いつものマイナス発言を見直してたのにそれはないよ。ないわー」

「引くなよ。引かないでくださいお願いします」

「まったく、ふざけてないで早く行くよ。ほらほら!」

「別にふざけて……分かった行く。行くから引っ張るな」

 

 

 

 泉に手というか服を引かれて立ち上がる。てか急に元気になったなこいつ。何かいいことでもあったのかい?……ダメだ。自分で言ってて気持ち悪い。なら最初っからやるなって話だけど。

 時間も時間なので全員分の鞄を持って出ていく。勿論雪ノ下の分は泉に持たせた。俺が持って行ったら罵倒される未来しか見えないからな。

 代わりと言っちゃあれだが、なぜか泉の鞄は俺が持つ羽目になっている。解せぬ。

 

 

 

「……八幡くん、ありがとうね」

「……気にすんな」

 

 

 

 教室を出ていく間際に呟かれたその言葉は、鞄を持ってあげたことに対してなのか、他のことについてなのか聞き返すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家庭科室に戻ると、そこには綺麗に焼けたクッキーと少し形の歪なクッキーが鎮座していた。

 さすがの雪ノ下と言えどもやはり苦戦しているらしい。 

 

 

 

「どうすれば伝わるのかしら?」

「うぅ、何でうまくいかないのかな……言われた通りにやっているのに」

 

 

 

 最初の木炭に比べれば格段に進歩したと思われるが、本人はご不満の様子である。

 と、ここでようやく二人は俺たちの存在に気が付いた。

 

 

 

「……あら、比企谷くん、いつの間に帰ってきてたのかしら。存在感が無さ過ぎてまったく気が付かなかったわ」

「たった今だよ。あと存在感がないのは平常運転だ」

「ヒッキー、泉さんは……」

「あぁ、一緒だ」

「や、やっほー」

 

 

 

 ひょっこりと俺の後ろから顔を出した泉は、部室に入ってきた由比ヶ浜のようにそろそろと姿を現す。

 笑顔を浮かべてはいるものの、その実、心の中では不安を抱えているのだろう。由比ヶ浜に一方的に怒りをぶつけて消えたわけだし。

 

 

 

「あっ、泉さん!その、さっきはごめんなさい!私、知らないうちに泉さんを怒らせるようなことしちゃって……」

「え、いや、由比ヶ浜さんは悪くないですよ!私が勝手に怒っちゃっただけと言いますか……その、私の方こそごめんなさい!」

「いやいや、泉さんは悪くないよ!あたしがバカなのがいけないんだから!」

「そんなことないよ。こっちは依頼を受けた側なのにそれを放って消えちゃったんだから」

 

 

 

「あなた、あれを止めないの?」

「何で俺がやらなきゃいけないんだよ。あんなの放っておけばそのうち百合百合して収まるだろ」

「はあ、最低ねあなた」

「最低ってのはそれ以上下がることがないから最高の裏返しとも言える。つまりはそういうことか」

「無駄にポジティブね。いっそ気持ち悪いわ」

「おい、止めろよ。気持ち悪いってのはキモイよりもダメージが大きいんだぞ」

 

 

 

 二人の謝罪合戦を聞き流しながらそんな軽口を叩きあっていると、いつの間にか解決を見せていた二人が呆れ果てたように見てきていた。しかしそんな視線も慣れたもので特にダメージなんて受けない。嘘。ちょっと傷つく。だからその顔をそれ以上俺に向けないで!

 

 視線から逃れるように焼きあがったクッキーを手に取って上達具合を確かめる。まだ少しジャリっとした感触だったり焦げだったりが残っていたりするが食べられないでもない。

 そこでふと思ったことを口に出す。

 

 

 

「なあお前ら、なんで美味しいクッキーを作ろうとしてんだ?」

「はぁ?」

 

 

 

 思いっきしバカにしたような『はぁ?』を頂いた。なんならその後に『あんたバカぁ?』が幻聴で聞こえる。

 ほんの少しだけイラッとしたが、クールな俺は受け流して続きを話す。

 

 

 

「はぁ、どうやらお前らは本当の手作りクッキーってのが分かってないみたいだな。十分間待ってろ。俺が本当の手作りクッキーを見せてやる」

「へえ、上等じゃない。いいわ、楽しみに待っててあげる」

 

 

 

 簡単に挑発に乗った雪ノ下は由比ヶ浜の手を引いて廊下へと消えていった。

 さて、ここから俺のターンだ。あいつらを納得させるだけのものを用意してみますか。

 

 ……てか泉さん?なんで君は出ていかないの?

 

 

「……どうしたのそんなに熱く見つめちゃって。私に惚れた?」

「いや、なんで残ってんの君?」

「え、どうせ何にも作んないでしょ?なら別に残ってってもいいじゃん」

「お見通しかよ。まあそれなら別にいいが、一言あいつらに言っとかないと雪ノ下がなんていうか分からんぞ」

「そうだね。じゃあちょっと伝えてくるから」

 

 

 

 ドアまで駆けていって小さく開いた隙間からこしょこしょと二、三伝えるとすぐに戻って来た。

 それから十分間、俺は雪ノ下のクッキーをつまみながら泉の話し相手をさせられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これがあなたのいう本当の手作りクッキーかしら?」

「ぷっ、焦げてるしあんま美味しそうじゃないじゃん!」

「ま、まあまあそう言わずに食べてみてくださいよ」

 

 

 

 

 きっかり十分後、家庭科室に戻って来た二人は出されたクッキーを見て怪訝な顔をしている。あと由比ヶ浜は爆笑し過ぎだから。自分で自分の首を絞める結果になてるけどいいのだろうか。……まあいいか。

 二人は渋りながらもクッキーを口にする。 

 

 

 

「ほら、たまにジャリってなるし、ちょっと焦げてて苦いしあんまり美味しくない」

「そうね。でもこれって――」

「そうか、美味しくなかったか。頑張ったんだけどな。悪い。残りは捨てるから」

 

 

 

 少々わざとらしすぎる気もするが、アホっぽい由比ヶ浜なら演技だとばれないだろう。雪ノ下なんかはほぼ確信したようだが。

 そして予想通り由比ヶ浜はストップをかけ、フォローを入れてくる。

 

 

 

「ちょ、ちょと待って!別に捨てることはないんじゃないかな。ほら、普通に食べれるって」

「そうか。…………まあそれは由比ヶ浜が作ったクッキーなんだけどな」

「……え?」

 

 

 

 由比ヶ浜は何を言ってるのか分からないと言わんばかりに、きょとんとしながら目をぱちくりさせている。少し面白い。

 

 

 

「比企谷くん、これは一体どういうことかしら?」

「いいか、これは手作りクッキーなんだ。手作りであることをアピールしていくべきなんだよ。店なんかで売ってるようなやつよりも少し下手ながらも『一生懸命作りました!』と思わせるようなクッキーの方がいいんだよ」

「悪いほうがいいなんておかしいと思うのだけれど」

「でも悪いほうが『一生懸命さ』と『手作り感』は伝わるだろ?」

「それはそうかもしれないけど……」

 

 

 

 雪ノ下は理解はしていながらも納得の様子は見せない。完璧主義者たるその性格からするとそれは到底納得できるものではないかもしれない。

 が、今回の依頼者は由比ヶ浜なのだ。彼女自身が納得できればそれでオールオッケー。万事解決。依頼達成。強敵・雪ノ下雪乃をわざわざ倒す必要はない。

 

 

 

「……も」

「ん?」

「ヒッキーも下手なクッキーでも貰えたら嬉しいの?」

「あぁ嬉しいな。家に帰ってから小躍りしてしまうほどに喜ぶ」

「そっか。嬉しいんだ……」

 

 

 

 適当に返事をすると、由比ヶ浜は決意を秘めた瞳で泉と雪ノ下に向き直る。

 

 

 

「詩乃ちゃん、雪ノ下さん。今日はありがとう!依頼はもう大丈夫だから、あとは家で頑張ってみるね!」

「ひゃっ!う、ううん。依頼なんだから当然だよ。頑張ってね結衣ちゃん!」

「そう。あなたがそういうのなら分かったわ。頑張ってちょうだい」

「うん!あ、あとヒッキーもその……ありがと」

「……おう」

 

 

 

 お礼を伝えると鞄を持ってそそくさと教室を出ていく。雪ノ下と、いつの間にか名前で呼び合うようになっていた泉も挨拶をして見送る。あとに残されたのは奉仕部の面々だけだ。

 

 

 

 

「これでよかったのかしら?」

「いいだろ、別に。努力すれば夢が叶うなんて、それこそ夢だ。大抵のことは叶わない。だからこそ努力した事実が大切なんだろ」

「甘いのね。気持ち悪い」

「ねえ、さっきの話聞いてた?気持ち悪いって言われるの割と傷つくんだよ?いいんだよ。お前含めて世間が俺に厳しいから自分自身には優しくすべきなんだ」

「初めて聞いたよ、そんな超理論。……でもまあ私はその考え方嫌いじゃないよ?」

 

 

 

 由比ヶ浜が去った後もこうして争いもとい議論は尽きない。

 が、斯くして俺の奉仕部員としての初依頼は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日の初依頼を通して、ようやく俺も奉仕部の活動内容が理解できた。

 ようは学生によるお悩み相談室みたいなものだろう。やっぱりスケット団で合ってたじゃねえか。なぜに俺は自己紹介をやり直させられたのだろうか。

 そもそも多感な年頃である生徒が生徒に相談を持ち掛けるのは些かハードルが高い。悩み、すなわちコンプレックスは誰しも晒したいとは思わないことだろう。 

 ここには基本的に来訪者は訪れない。

 本をめくる音が時折響くだけで、それ以外は静寂が支配するような空間だ。

 

 だから扉を叩くコンコンという音はやけに大きく聞こえる。

 

 

 

「やっはろー!」

 

 

 

 そんな気の抜けた声と共にやってきたのは由比ヶ浜結衣だった。

 短いスカート、大きく開かれたブラウスと相変わらずビッチ臭漂う女である。

 

 

 

「こんにちは由比ヶ浜さん」

「やっほー結衣ちゃん。今日はどうしたの?」

「いやね、あたし最近料理にはまってるじゃん?」

「初耳だけど……それがどうしたの?」

「で、こないだのお礼にクッキー作ってきたからどうかなーって」

 

 

 

 それを聞いた瞬間、二人の表情は固まった。傍から見ているととても面白いなこれ。

 由比ヶ浜の料理と言えば思い出されるのは黒々とした暗黒物質。脳裏をかすめただけで喉と心が渇いてくる。

 

 

 

「あまり食欲がないから結構よ」

「あはは、私も今日のところはいいかな」

「えー、そんな遠慮しなくてもいいよ。やってみると案外楽しいもんだよね!今度はお弁当作っちゃおうかなーって、なんて。あ、そうだ。ゆきのんと詩乃ちゃんはどこでお昼食べてるの?一緒に食べようよ!」

「いえ、お昼は一人で食べたいからそういうのは。あとゆきのんって止めてくれるかしら」

「私もお昼はちょ~っと一人で食べたいかなー、なんて……」

 

 

 

 遠回しの拒否にも気が付かず、由比ヶ浜の怒涛の攻撃に明らかに困惑する二人。やはり見ていて面白い。

 ちらちらとこちらを見つめて救援要請を出しているが、助ける義理なんてない。二人の新たな友人関係にわざわざ口を挟むのも無粋というものだろう。

 

 読んでいた本を閉じ、誰にも気づかれないほどの小声で『お疲れ様』と呟いて部室を出ようとした。

 

 

 

「あ、ヒッキー!」

 

 

 

 声に反応して振り向くと黒い物体が飛んで来たので反射的にそれを掴む。

 見れば、禍々しい色をしたハート型のクッキー。

 

 

 

「一応お礼の気持ち?ヒッキーも手伝ってくれたし」

 

 

 

 まさかお礼ってお礼参りのことかと暗い気持ちになりかけけたが、こいつのことだ。純粋に感謝しているのだろう。ありがたく貰っておくとする。

 未だやいのやいのと騒がしい部室に、数分前の静寂を恋しく感じながら貰ったクッキーをかじる。

 

 

 

 ……やっぱり苦ぇな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おかしい……どうしてこんなに文字数が多くなった……。
早く原作部分は早く終わらせようと思ってるのに無駄に長くなってしまう自分の才能(の無さ)が怖い。



ついさっき書き終わったばかりで見直しもしてないので、後で変わる可能性が高いです。一応大筋は変わらないので問題ないとは思いますが、報告だけ。

それから、これからテスト期間ですので来週もしくは再来週も更新いたしません。ごめんなさい。


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導かれるように比企谷八幡は彼女を出会う

 休日。

 休む日と書いて休日と読む本日は、いつもなら昼まで布団にくるまり惰眠を貪りながら自堕落生活を謳歌する所存だが、今日は新刊の発売日なので嫌々ながら布団から抜け出る。……バイバイ布団!また夜になったら包まれに来るからね!

 

 そんなわけで珍しく早起きして出かける準備を終わらせた俺は階段を降りたところで妹の小町と出会った。

 

 

 

「およ?お兄ちゃんこんな時間に起きてどしたの?偽物?」

「小町ちゃん、朝っぱらから兄を偽物呼ばわりするんじゃありません」

「だっていつもなら昼まで寝てるし、なんなら平日も『あと5時間……』とか言って起きてこないじゃん」

「マジで?俺そんなこと言ってんの?」

 

 

 

 それじゃあ俺がただの屑みたいじゃないですか、やだー。

 なまじ間違ってないだけに否定できないのがつらい。

 

 

 

「今日はただ本を買いに行くだけだよ」

「なーんだ。ついに気が触れたのかと思ったよ」

「休日に早起きするだけで狂ったと思われるって酷過ぎない?」

「まあ何にしてもまた事故るなんてことにならないでよ」

 

 

 

 心配してくれるなんて優しいな。さすが小町ちゃん。ツンデレかな。

 

 

 

「お見舞いに行くのも朝歩いて行くのも疲れるんだから」

 

 

 

 違った。

 自分の心配しかしてねえやこいつ。

 

 

 

「そういえば、あの事故の後犬の飼い主さんがお礼しにうちに来たよ。お菓子美味しかった」

「ねえ、確実にそれ俺食べてないよね?なんで黙って食べちゃうの」

「てへっ☆」

 

 

 

 それで許されると思うなよ。そんなんが通じるのは千葉の兄妹くらいだ。

 

 

 

「でも同じ学校だからお礼言うって言ってたよ?会ってないの?」

「……なんでそういうこと早く言わないの?一年経ってるんですけど。それで、名前は」

「えっとね……『お菓子の人』って言ってたよ!」

「素直に覚えてないって言いなさいな……」

「てへっ☆」

 

 

 

 なんでもかんでもそれで許されると思うなよ。そんなんが通じ(以下略)

 

 

 

 

「はぁ、今度からはちゃんと報告しろよ。じゃあ俺はもう行くからな」

「ほいほーい、いってらっしゃーい」

 

 

 

 小町に見送られながら玄関を出て、自転車に跨る。

 昼飯は適当にラーメン屋にでも入ろうかなー、などと考えながらペダルを漕ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的の本も手に入れ充足感に満たされながらの帰り道。

 どこのラーメン屋に入ろうかなと脳内マップを広げている最中。

 

 

 

「ひったくりよーーーーーー!!!」

 

 

 

 いきなり非日常に巻き込まれた。

 大きな声のする方を向いてみると、尻餅を着いている女性がいた。その前には女性ものの高そうなバッグを持った男性。……うん、紛うことなくひったくりの現場に遭遇してしまったらしい。

 しかも何故か男性はこっちの方向に逃げてくるし。

 

 

 

「誰かー!捕まえてー!」

 

 

 

 ヒステリックに叫ぶおばはんの声が響くが、ぼっちの俺にどうこうする勇気もなく道を譲る。いやだってしょうがないじゃん?突然こんなことに巻き込まれても上手に対応できるわけないでしょ。そんなことできる奴は漫画の主人公だけだ。

 

 しかし、ひったくり犯は何故か何もない道で盛大に転ぶ。……ドジっ子?

 転んだ拍子に荷物を落としたひったくり犯は、捕まるのを恐れて何も持たずにスタコラサッサと消えていった。あの男はいったい何がしたかったんだろうか。

 まあこれで荷物も返ってきたし、解決――

 

 

 

「ちょっと!そこのあなた!なんであの男が転んだ時に捕まえなかったの!?」

「……は?」

 

 

 

 ――とはならなかった。

 被害者であるおばはんが荷物が返ってきたにも関わらず無関係の俺に突っかかって来た。……いやホント意味が分からない。

 

 

 

「もしかしてあなた、あの男の仲間!?」

「え、いや、そんなわけ」

「ほら、答えられない!そしてなによりその目が証拠よ!さあ一緒に交番まで着いてきなさい!」

「は!?ちょっと待っ!」

 

 

 

 俺の言い分も聞かずに問答無用と連行される。やばい、この人平塚先生以上に話を聞かない。てかその目が証拠って……ついに俺の目は犯罪の証拠にまでなるレベルになったか……。

 

 はぁ、仕方ない。

 

 空いている左手を使って右ポケットにある『時計』を握りしめる。

 そして時計の針が逆回転する様子を強くイメージする。

 

 ――カチリ。

 

 一際大きく針の音が聞こえると同時に一瞬、脳がぐらつく。

 

 瞼を上げるとそこには何事もなかったかのような街並みが広がっていた。辺りを見渡すと少し後方に被害者兼俺にとっての加害者のおばはんがいた。

 まだ盗まれる前なので当然なのだが、呑気に歩いている。

 

 さて、再び犯人に仕立てあげられるのも嫌なのでなんとか阻止する方向で動いてみるか。

 作戦をおおまかに纏めると、早速行動を開始する。

 

 

 

「すいません、そこのおば……おね……そこの高そうな鞄を持ったお方」

「はい?私のことかしら?」

「えぇ、えっと、このハンカチを落としませんでしたか?」

「いいえ、落としてません。だいたい、この私がそんな野暮ったいハンカチを持つわけありませんわ!」

「そ、そうですか……じゃ、じゃあこのハンカチの落とし主に覚えがあったりは」

「しつこいわよあなた!私は用事があるのよ!邪魔をしないでちょうだい!」

 

 

 

 いや、だったら俺を交番に連れていかないで用事を済ませて来いよ。なんて今のこの人に言っても無意味なのは分かっているが、苛立ちと焦燥感で喉まで出かかった。危ない危ない。

 てかもうちょい引き止めないとまたひったくりの餌食にされてしまう。今はおばはんの視界にひったくり犯が映るように調整しているため、ひったくり犯も真正面から盗みには来ないだろう。もう少し、もう少し……。

 

 

 

「話はそれだけ?私はもう行くから消えて頂戴」

「あっ、ちょ!」

 

 

 

 俺の静止の言葉も聞かず、おばはんは俺に背を向けるとさっさと歩いていってしまう。

 その瞬間、俺とおばはんの横を何者かが素早く通り過ぎる。直後、おばはんは倒れ『ひったくりよーーーーーー!!!』と叫び出した。

 

 あぁ……結局こうなるのか。ちくしょう、俺のなけなしの勇気と善意を返して欲しい。おばはんと会話するなんて超精神力使うんだぞ。

 

 

 

 しかし案ずるなかれ。

 俺のコミュ力とおばはんの態度と『時計』の性能を考えれば予想するのは難くない。すでに予防策は張ってある。

 

 

 

 おばはんから荷物を奪った犯人は、巻き戻す前と同様、何もない場所で転ぶ。

 そして『なぜか不自然に置いてある少し大きめの石』に股間をぶつけ、悶絶していた。とても痛そう。

 動けない犯人を前に易々と追いつくことができたおばはんは警察に連絡、事件はあっさりと解決した。

 

 まあ分かっているとは思うが、一応言っておくと、予め犯人が転ぶ場所に拾ってきた石をセットしただけだ。石を置く場所なんかは割と適当だし、犯人が転ぶ前に石が撤去される可能性もある、穴だらけの作戦だが上手くいったようで何よりだ。

 

 

 

 さて、巻き戻しも使って物理的にも精神的にもお腹が空いてきたことだし、近くにいいラーメン屋はないものか……。

 

 

 

「ねぇ、そこの君」

 

 

 

 だいたいいつもは決まった店に行くから、今日は新しい店でも開拓しようか……。

 

 

 

「あ、あれ。聞こえてないのかな……。もしも~し!そこの目が濁ってるき~み~」

 

 

 

 おい誰だよさっきから呼ばれてる奴は。さっさと返事をして差し上げろよ!しかし目が濁ってるなんてなんか親近感湧くな。一目見てみたい。

 

 

 

「えぇー、ここまでして気づかないとか……仕方ない、とりゃっ!」

「ぐえっ!」

 

 

 

 突然首が締まる感触と共に体が後ろに引っ張られる。思わずカエルの呻き声のような音が漏れ出てしまう。同時にヒキガエルなんて呼ばれていた黒歴史も蘇ってしまう。くそっ、『ヒキガエルが帰るみたいだぞ!』なんてしょうもないギャグで笑い者にしやがった高野マジ許すまじ。

 

 

 

「おおぅ、間近で見ると想像以上に腐ってるね」

「えぇ……」

 

 

 

 見知らぬ他人に捕まったと思ったらいきなり罵倒されたんだが。ありがとうございます!とでも言えばいいの?別にそっちの趣味はないんだが。

 

 

 

「ああごめんごめん、虐めるつもりはないからそんなに目を濁らせないで」

 

 

 

 だったらそんなに目が腐ってるだの目が死んでるだの言わないで欲しいんですけど。え、何この人、自覚なく虐めるような人種なの?『俺たちは仲良く遊んでただけでーす』みたいなこと言っちゃう連中なのん?

 

 

 

 

「……それで、俺に何か用事ですか?」

「ん、ちょーっと気になったことがあってね。君、さっきひったくり騒動に巻き込まれてたよね?」

「さぁ、人違いじゃないっすか?」

「それでね、その時中々面白いものを見ちゃったんだよ」

 

 

 

 聞いてねー。

 

 

 

「なんかね、不自然にポケットから石を落したかと思えば、何の脈絡もなく変なおばは……女性に話しかけたんだよ。しかもその人ひったくりに遭っちゃうし、ひったくりはひったくりで落とした石にやられちゃってるし」

「……何が言いたいんですか?」

「うーん、ちょっとまどろっこしいかったか。ならズバリ言わせてもらうよ」

 

 

 

 腰まで伸びる白髪を揺らした女性は静かに顔を引き締める。

 

 

 

「――君、未来を見てきたんだね」

 

 

 

 ゆっくりと告げられた言葉に、俺は暫く反応を返せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらほら遠慮しないで!ここはおねーさんの奢りだからさ!」

「はぁ、どうも……」

 

 

 

 

 所変わって場所はファミレスの王道、サイゼ。休日の昼時なのでそれなりに混雑を見せてはいるものの、ピークは過ぎ去ったのか、幾分かの落ち着きを見せている。

 対面に座る女性はメニューを広げて悩ましげに眉を顰めて唸っている。

改めて観察してみるものの、この女性、恐ろしく美人である。白髪ながらもそれで老けて見えるなんてことはなく、よく似合っている。銀髪やら白髪の美少女なんてのは二次元だけの特権かと思っていたが、いざ目の当たりにするともう『何も言えねぇ』くらいしか言えねぇ。初めて奉仕部に入った時も思わず見惚れてしまったが、それに負けないほどである。

 

 

 

「ん、決めないの?それとも……お姉さんに見惚れちゃった?」

「ミラノ風ドリアとドリンクバーで」

「なーんだ決まってたのか。ていうか別にもっと頼んでもいいんだよ?」

「そこまでお腹が空いてないんで遠慮します」

「そっか。でも君くらいの年齢はもっといっぱい食べなきゃ大きくなれないぞ!」

 

 

 

 大きくなれないぞって、言っちゃ悪いがあんま成長しているように見えない人から言われても説得力皆無だから。

 その後、料理を選び終えた対面の女性は店員を呼んで手早く注文を済ませる。

 

 

 

「さて、それじゃあそろそろ本題に入ろっか。あ、今更だけど私は古川漣、大学生ね。さざなみって書いてレン。漣さんでも漣ちゃんでも好きに呼んでいいからね。ちなみにオススメはレンレン!」

「俺は総武高二年の比企谷八幡です。よろしくお願いします漣さん」

「ぶぅー、つれなーい」

 

 

 

 わざとらしく頬を膨らませて拗ねてみせるレンレン改め漣さん。見た目はそうは見えないが、俺より年上の大学生だったようだ。雪ノ下に並ぶ容姿に加え、これまた雪ノ下に並ぶほど身体の一部が小さい。どことは言えないが。だが言動の無邪気さが目立ち、雪ノ下よりも幼く思える。これで年上なのだから甚だ不思議なものである。

 

 

 

「まぁいいや。じゃあ本当に本題に入らせてもらうとして……うーん、まずは確認のためにも『時計』を見せて欲しいな」

「……何のことでしょう?」

 

 

 

 幼く見えても漣さんは『時計』を知っている人物なのだ。前の持ち主である陸さんからはそんな話は聞いたことがないが、この『時計』の力を知っていて悪用しようとする組織のようなものがあっても驚かない。てか貰った直後とかはよく妄想しちゃってたし。……いや、直後だから中三の頃だからね?ギリギリ中二病を患ってても許されるレベルだよね?

 

 とにかく。

 相手の目的が分からない以上、とぼけておくのが正解だろう。……何故かすでにほぼ確信しているみたいだけど。

 

 

 

「はい残念。私は『時計』としか言ってないよ?そこで素直に腕時計を見せてくれたらまだ疑う余地はあったけど、とぼけられちゃったらほぼ百パー持ってるよね」

「…………」

「あっはっはー、こう見えてお姉さんは賢いんだぞ?ちなみにさっきの台詞の後に動揺を見せちゃったのもポイントマイナスだぞっ」

「……はぁ」

 

 

 

 うん、無理。

 何かとお姉さん振るこの人には色んな意味で勝てる気がしない。

 大人しくポケットから『時計』を取り出してテーブルの上に置く。

 

 

 

「それで、この『時計』を知ってるみたいだけど何が目的なんですか?」

「そう怖い顔をしなさんなって。ところで君はその時計を誰から貰ったのかな?」

「………………」

 

 

 

 ここで陸さんの名前を出してもいいものか逡巡してしまう。もし本当にこの『時計』を利用しようとする組織とかだった場合、陸さんにまで迷惑が及んでしまう可能性があるからだ。

 そんな迷いを見越したのか漣さんが先んじて口を開いた。

 

 

 

「大崎陸。それが君の前の持ち主の名前かな」

「………………」

「答えないのは正解ってことでいいのかな?」

「……さあ、どうなんでしょうね」

 

 

 

 できる限りの抵抗にと精一杯の強がりを表情に乗せて返す。

 しかしそんな仮面もあっさり見破ったように、漣さんは苦笑いを浮かべて訂正を入れてくる。

 

 

 

「あぁ、怖がらせたのならごめんね。実は私、大崎陸の前の持ち主なんだ」

「………………は?」

「前の持ち主の名前、聞いてない?……まあ普通は言わないか。私もりっくんに言ってないし」

 

 

 

 前振りも何もなく、唐突に告げられた事実に暫し思考がフリーズする。

 ……前の持ち主?漣さんが?陸さんの?何の?『時計』の?え?は?

 ってことはあれか。俺は勝手に妄想膨らまして悪の組織(笑)と戦ってたのか?………………死にたい。今すぐ布団にもぐって悶えてごろごろ転がって壁に激突して死んだように眠りたい。

 

 

 

「おぉ、見る見るうちに目が死んでいく……これ学会とかに報告したら面白いことにならないかな……」

 

 

 

 何やら不穏なことを呟く漣さんだが、正直そっちにまで余裕が回らない。今の俺はどうやってこの出来事をリライトしようかという考えしか浮かばない。消してええええええええええええ!リライトしてえええええええええええ!な歌を今なら街中で熱唱できることだろう。(できるとは言ってない)

 

 

 

 それから運ばれてきた料理をもそもそと食べながらクールダウンを図る。うむ、やはりミラノ風ドリアは素晴らしい。心の芯まで温めてくれる優しさがある。やだ、クールダウンが図れてない!

 ともあれ一息吐くことができた。そしてドリアは美味い。

 

 

 

「落ち着いた?」

「あ、はい。一応」

「それは良かった」

 

 

 

 落ち着いたはいいが、そうなってくると今度は美人なお姉さんと二人で昼食というシチュエーションに緊張してきた。いっそここに隕石が落ちてきて緊張やらなんやらを吹き飛ばしてくれないかなぁ、なんて思う始末。一緒に肉体やらなんやらも吹き飛んでしまうのはご愛嬌の範囲内だろう。

 

 

 

 

「それで、俺が『時計』の持ち主だってことを知って接触してきたのは何が目的なんですか?」

「んー、目的、なんて大それたことは特にないけどね。しいて言うなら……観察?」

「観察?」

「ん、観察。りっくんの選んだ持ち主はどんな人なのかなー、どうして『時計』を使っているのかなーって」

「なるほど……」

 

 

 

 なるほどと言ってみたものの、実際は何にも分かってはいない。まあ分かってなくても大丈夫だろう。ほら、社交辞令っていうかなんていうか。

 バイトとか仕事とかのクレームだって内容理解してなくても『分かりました』『大変申し訳ございませんでした』とか言ってれば大抵のことは解決するからな。だが『目が腐ってる店員がいて気味が悪い』ってクレーム言った奴。あれにはさすがに愕然ときたから素直に次のバイトをばっくれました。理不尽なクレームにも真摯に対応する俺マジ紳士。

 

 

 

「それで、俺は何を話したらいいんでしょうか?」

「まあ人柄は大体分かったし、時計を悪用するような子でもないからこれといった用事はないんだけど――そうだね、君はそれを何のために使ってるのかは聞きたいかな」

「何のために……」

 

 

 

 問われて考えてみる。

 今まで明確な目的もなく使ってきたが、俺はこの『時計』を使って何がしたいのだろう。

 

 時間を増やして遊びまくる。

 

 未来を変えられるように努力してみる。 

 

 困っている人すべてを助ける。

 

 しかしそのどれもが違うように感じる。

 材木座が死に絶望している、そんな折に出会ったのが陸さんであり、この『時計』だった。恐らくは初めての身近な人との死別であり、ショックが大きかっただろう当時の俺が何を思ってこの『時計』を受け取ったのかはもう分からない。

 ただ、もう一度身近な人が――考えたくはないが、小町や両親が死んでしまった時に『時計』を使ってなんとかしようとするだろう。陸さんからも忠告された“未来を変えることは出来ない”ことも無視して、何度も何度も巻き戻す。そんな光景がありありと想像できた。

 だから、俺がこれを使っている目的を問われれば、それは――

 

 

 

「――逃避、ですかね」

「………………逃避?逃避ってあれ?逃げるに避けるの逃避?」

「えぇ、その逃避です」

「そりゃまたどうして」

 

 

 

 漣さんは初めて驚いたような表情を見せる。まぁこんな万能道具みたいなものを所持しておきながら、その目的が逃避だなんて言われちゃそうもなるか。

 

 

 

 

「その、俺は明確な目的があるわけじゃないんですよ。ただ、自分や困った時にちょろっと使ってそれを回避するみたいな。で、ちょっと話が飛ぶんですけど、俺がこれを知ったのって友だ……知じ……友達が死んだときなんですよ。だから、また同じような事態に遭ったとき、例え未来が変わらなくても延々と戻って、何事も無かったかのように、もしくは助けようと動き続けると思います。だから、逃避。いつか来る終わりなんてものから目を逸らし続けて、生温い環境に浸って、自己満足と共に過ごしていく。それが俺の目的です」

「…………そう」

 

 

 

 俺の長い独白にも一言も介入することなく聞き終えた漣さんは短く返事をすると、何かを考えるように下を向いてしまう。

 そして再び視線を上げた瞳には、真剣な色が灯っていた。

 

 

 

「ねえ八幡くん。未来は絶対に変えられないんだよ?それはちゃんと理解してるんだよね」

「まあ一応。半信半疑ですが」

「その上で君は、いつまでもみっともなく足掻き続けるのが目的だって言うのかな?」

「簡単に纏めるとそういうことですね」

「はあ……」

 

 

 

 俺の返事に何かを諦めたかの溜息を吐く漣さん。

 そんなこれみよがしに呆れたようにしなくてもいいんじゃないでしょうか。バカなのは自分でも自覚してるからこれ以上追い討ちをかけないで!

 

 

 

「いやあ、りっくんも頑固で捻てて面倒だったけど、君はりっくんよりも厄介な性格をしてるね!」

「そんな笑顔で言う内容じゃないでしょうよ……」

「いやいや、これでも褒めてるんだよ?ある意味りっくんよりも頑固で捻てるね」

「どこがですか」

 

 

 

 これでも俺ほど自分に正直な人間もいないと自負しているんだぞ。

 将来の夢は専業主婦で、一生働かずに楽していきたいと胸を張って言えるくらいだからな!……あれ、俺ってば人間の屑に見えるぞ?

 

 

 

「りっくんは未来を変えられないことを理解していながら変えようと努力するバカだったけど、君は未来を変えられないことを理解しながらも何度も繰り返すバカだとは。いやー、諭してあげられない分よっぽど性質が悪いね、これは」

「諭されたんですか、陸さん……」

「ん、どうしても救いたい人がいるから何千回、何万回だって繰り返してやるーなんて言うもんだからお姉さんがつい」

 

 

 

 つい、で他称頑固者で捻くれ者の陸さんを諭すとかこの人バケモンかよ。いや、この人の容姿だと人外とか言われてた方が納得する部分があるかもしれないが。

 

 

 

「それなのに君ときたらねぇ……まいったまいった。これじゃあ手が出せないなぁ」

 

 

 

 まいった、なんて宣いながらも全然困った様子を見せない漣さんは残った料理を食べ進める。それに倣って俺も止めていた箸を進め始めた。……少し冷めてしまったが、これはこれで美味い。やはりミラノ風ドリアは偉大だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ今日はありがとね、はーくん」

「いえ、こちらこそ昼ご飯、ご馳走様でした」

 

 

 

 あれから漣さんの『時計』を使った話、俺の話、そして陸さんとの話をしながら一時間近く居座っていた。その途中、何故か漣さんからは“はーくん”なる渾名を貰い受けてしまった。何か子ども扱いされてるみたいで少し恥ずかしい。

 くそぅ!俺も対抗してレンレンと呼んでやろうか!……嬉々として受け入れそうだから止めておくか。

 

 一応何かあった時のためと連絡先を交換し、漣さんと別れ、帰路につく。

 当初の予定新刊を買うだけだったのに大幅に変更してしまった。まぁこれはこれで充実していたし良しとしよう。それに『時計』関係者が増えて、もしもの時の相談先にも困らなくなったと考えればお釣りがくるというものだろう。

 

 ポジティブ思考、ポジティブ思考と脳内連呼しながら家に向かって自転車を漕ぎ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『できない私が、くり返す。』の方のキャラである漣さん登場。口調やら性格やらがまだ定まってない感じがあるけど、まぁ後で書き直すだろうし気にしない方向で。

急いで書いたしおかしな部分があったりするかもしれませんがご了承ください。















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それでも戸塚彩加は男である

 体育の種目も変わった新たな月。

 我が校はサッカーとテニスの選択授業だ。俺はもちろん個人種目であるテニスを選んだ。

 サッカーというチームプレーの最たる種目なんてやってられっか!けっ!なんて思った瞬間には罠(トラップ)カード『二人一組を作れ』が発動してしまい、無慈悲にもぼっちに追いやられてしまった。

 しかし案ずることなかれ。こういう時のために俺には秘策がある。

 

 

 

「あの、俺壁打ちしてていいっすか?調子あまりよくないんで迷惑かけると思うんで」

 

 

 

 そう宣告してから体育教師の厚木の返事も待たずに壁打ちを始めてしまう。そうすると厚木も声を掛けづらくなったのか特に何も言ってこない。

 ふはは!どうだ、これが俺の考えた最強の……じゃなかった。最高の策である。

 ぱこーん、ぱこーんと打っては返って来る球を打っては移動して打っては移動して打って打って打って打ちまくっておらああああああああああああああ!

 いかん、脳内が麻薬に侵されて変なテンションになった。

 単調な作業をただ淡々と繰り返して時間の経過を待つ。途中、「っべー!マジ魔球じゃね!」やら「スラーイス!」などといったトップカースト連中の五月蝿い声と共にボールが飛んできたりもしたが、それ以外は至って平和な授業になった。

 斯くして新種目に変わった体育でも安定のぼっち生活を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。

 チャイムと同時に俺は教室を去り、購買で買ったパンとマッ缶を手に潮風漂うベストプレイスへと向かう。

 階段に腰掛け、練習している女テニを眺め、風を感じながらもそもそとパンを食す。

 

 

 

「あれ、八幡くん?」

「んあ?」

 

 

 

 ルーチンワークをこなすかの如く食事を進めていたら、非常に不本意な渾名で呼ばれる。

 振り返ってみればそこには案外Sな子でお馴染みの泉が立っていた。……いや、その位置に立たれるとね?座ってる俺からしたらちょっとね?スカートが気になるんですが。

 てか見えそうで見えないとかなんなんだよ。魔法防御力どんだけ高いんだよ。

 

 

 

「何してるの、こんなとこで」

「見りゃわかんだろ。昼飯食ってんだよ」

「えー、こんなところで?寒くない?」

「いんだよ。教室で無遠慮な視線に晒されるよりはずっと暖かい」

 

 

 

 雨の日とかホントきつい。恐らくいつも俺の席を使っているであろう奴等から『え、何であいつ居んの?むしろ何で生きてんの?』って視線が向けられるからな。悲しい!でも八幡挫けない!

 

 

 

「で、お前はここに何の用なんだ」

「あー、それがね、実は部室で雪乃ちゃんと結衣ちゃんとじゃんけんして、で、負けたから罰ゲームしてるんだよ!」

「俺と話すことがですか……」

 

 

 

 もう死んじゃおっかなー。俺が生きる意味が分からないし。

 いやでも待て、俺が死んだら小町が悲しむ。千葉の兄としてそんなのは絶対に許されない!そうか、俺は小町のために生きているのか。やはり小町は正義だったのか。

 

 

 

「そうそう、これで罰ゲーム達成だね!」

「やっぱりそうなのか……」

「あはは、ごめんごめん!冗談だよ。本当はジュース買いに来たの、ジュース!」

「何だ、別に嘘吐かなくてもいいんだぞ?俺は生きる意味を再確認したからな」

「いつの間にか壮大な話に!?」

 

 

 

 泉はぶんぶんと腕を振って否定すると、ちょこんと俺の隣に腰掛ける。……いや、なんでだよ。ジュースはいいのかよ。

 

 

 

「雪乃ちゃん最初は『自分の糧くらい自分で手に入れるわ』とか言って渋ってたんだけどね」

「まあ、あいつらしいな」

「でも私が『自信ないらしいから結衣ちゃんと二人でしよっか』って言ったら乗って来た」

「……あいつらしいな」

 

 

 

 相変わらずの挑発に対する耐性が身についてないらしい。挑発と知った上で挑発に乗せられるとかどんだけプライド高ぇんだ、あいつ。

 

 

 

「それでね、雪乃ちゃん勝ったとき小さくガッツポーズしててね、それがまた可愛かったんだよ!」

 

 

 

 ふぅ、と満足げな吐息と共にテニスコートへ視線を移した。

 つられて俺も顔を向けると、先ほど練習していた女テニの子が戻って来るところだった。

 

 

 

「あっ、おーい彩加くーん!」

 

 

 

 どうやら知り合いだったらしい泉が手を振って呼びかけると、とててっとこちらに駆け寄って来る。

 どことなく小動物を感じさせる子だ。

 

 

 

「こんにちわー、彩加くんは練習?」

「うん。うちの部弱いからお昼も練習しないと……。泉さんと比企谷くんは何をしてるの?」

「うーん、特になにも……ね?」

 

 

 

 いや、俺に聞くなよ。第一俺は昼飯を食ってるんですけど。いい加減お前もジュース買いに戻らなくて大丈夫なのか?

 

 

 

「彩加くん、授業でもテニスなのに昼練もするなんて大変だねー」

「好きでやってるから平気だよ。あ、そういえば比企谷くんテニス上手いよね」

 

 

 

 思いがけず俺に話が振られ、黙り込んでしまう。てか君誰?何で名前と俺のテニススキル知ってんの?

 何から聞けばいいのやら悩み混んでいたら、それより先に泉が質問をくりだす。

 

 

 

「八幡くん、そんなテニス上手いの?」

「うん、フォームがとっても綺麗なんだ」

「いやー照れるなーはっはっは。……で、誰?」

「え、知らないの!?確か八幡くんと同じクラスでしょ!?」

 

 

 

 後半は謎の少女に配慮して小声で泉にだけに聞いてみると、驚き半分の微妙な声量で返答がくる。たぶんギリギリアウトくらいの声量。ダメじゃん。俺の気遣いになんてことをするんだ。そんなこと言ったら俺がこの子の名前知らないの丸分かりじゃねーか。

 機嫌悪くしてないかな、なんて思いさいちゃんの方を見ると、目をうるうるとさせていた。チワワのようである。

 

 

 

「あはは、やっぱ覚えてないよね……同じクラスの戸塚彩加です」

「い、いや悪い。ほら、俺ってクラスの女子と関わらないからさ。なんならクラスの男子もこいつの名前も知らないくらいだ」

「いや、私の名前は覚えててよ……」

「二人は仲が良いんだね」

「そうそう、所謂マブダチってやつですよ!」

「友達宣言すら初耳だわ」

「殺してやりたいほどの友情を感じてます!」

「それはもうただの狂気だ」

「八幡くんを殺して私も死ぬ!」

「怖っ!本物の狂人じゃねーか!止めろ!ちょっとずつ擦り寄ってくんな!」

「ほんと仲がいいんだね」

 

 

 

 戸塚はぼそっと呟いてから今度は俺の方に向き直った。

 

 

 

「それと比企谷くん、僕は男だよ」

「え」

 

 

 

 ぴたっと俺の動きと思考が止まる。ついでに心臓まで止まるかと思った。

 『嘘だろ?』と視線で泉に問いかけるも『いやいや、残念ながらこれが本当なんだよ』と告げてくる。

 えーマジでー?冗談でしょ?

 信じられずに疑いの眼差しを戸塚に向けていると、それに気付いた戸塚は真っ赤な顔で俯いてから、上目遣いで俺を見た。

 

 

 

「証拠、見せてもいいよ?」

「なん……だと……」

 

 

 

 思わぬ提案に俺の心に悪魔と天使が現れる。『こんなチャンス滅多にないんだ、見せてもらえって!』まぁその通りなんだけどな。『お待ちなさい!』おぉ、来てくれたか天使さん。『どうせならいっそ上まで脱いでもらいましょう!』天使じゃねえのかよ。誰だよお前。これじゃあ小悪魔と悪魔だろうが。

 悪魔軍団と俺の理性が必死にせめぎ合っていると、それをみかねた泉がそっと耳打ちしてくる。

 

 

 

「もし提案を受けたら顧問を含めた奉仕部全員に言いふらします」

「疑って悪かった戸塚!お前は正真正銘男だ」

「ううん、別にいいよ」

 

 

 

 溜まった涙を払うように首を振ってからにっこりと笑う。

 機嫌を損ねてないことに安堵した俺は聞いてみたかったことを尋ねてみる。

 

 

 

「それにしてもよく俺の名前知ってたな」

「だって比企谷くんって目立つもん」

「あー、確かに一人ぼっちでニヤニヤ読書して悪目立ちしそう」

「そ、そんなことねえしっ!」

 

 

 

 読書はしているがニヤニヤはしていないはずだ!……してないと思う。思いたい。思いたかった……!くそう、恥ずかしくてもう教室じゃ読書ができない。

 新たな黒歴史に頭を抱えていると校舎にチャイムが響きわたる。いつの間にか昼休みの終了時間になっていたようだ。

 泉も気が付いたようで「あっ!」と慌てたような声を出しながら立ち上がった。

 

 

 

「やばい、私まだジュース買って行ってない!ごめんね、先に戻るから!」

「うん、またね泉さん」

「あ、あぁ」

 

 

 

 俺の返事も届いたか分からぬうちにとっとと戻ってしまう。

 それを戸塚と二人で見送り、辺りに元の静寂が訪れる。

 

 

 

「僕たちも行こっか」

「……そうだな」

 

 

 

 ぼっち故に一瞬一緒に行ってもいいのか?なんて思考がよぎったが、その思いは声には出さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ雪ノ下、頼みが――」

「無理よ」

「まだ何も言ってないだろうが」

 

 

 

 それから数日後経った放課後。

 部活が始まってすぐ、善は急げと雪ノ下に相談を持ち掛けようとするが、にべもなく却下される。せめて内容は聞いてほしいものだ。

 

 

 

「あなたからの頼みなんてどうせ碌なものではないわ」

「とりあえず内容を聞け。聞いてくださいお願いします」

 

 

 

 土下座も辞さない姿勢でお願いし、ようやく聞いてくれる態勢が整った雪ノ下、ついでに部室にいる泉に戸塚からの依頼を告げる。

 今日の体育の時間に戸塚のペアが休んで一緒に体育をしたことからテニス部の現状、そして俺にテニス部に入部してほしいという依頼まで余さず伝える。

 その結果。

 

 

 

「無理ね」

「結局答えは変わらないのか……」

 

 

 

 無情にも返って来た答えは先ほどと同じものだった。

 

 

 

「ええ、仮にあなたが入部したとしても部員はあなたを排除するのに結束を固めるだけだわ。誰もテニスの技術向上なんか目指さない。そもそもあなたに集団行動なんて不可能でしょう」

「舐めるなよ。俺ほどのぼっちになると集団行動なんてのは一周回って得意なんだよ。遠足然り体育祭然り修学旅行然り、誰も俺の言葉を求めないからただただ気配を消し去っているだけで終わるんだからな」

「結局ぼっちじゃない……」

 

 

 

 いや、ぼっちじゃないから。ちゃんと行事の写真に映りこんでは『え、なにこいつ……もしかして心霊写真!?』って驚かれるからな。俺の幽霊と間違われる率半端じゃないな。

 

 

 

「でも彩加くんの依頼はなんとかしてあげたいよね。雪乃ちゃん、八幡くんが入部する以外で良い方法とか思いつかない?」

「そうね、死ぬまで走って死ぬまで素振り、死ぬまで練習、かしら」

 

 

 

 泉の問いに良い笑顔で答えた雪ノ下に、マジで恐怖を感じた。こいつぁやべぇ……!

 戦々恐々としていると、ガラッと部室の戸が開けられた。

 

 

 

「やっはろー!」

 

 

 

 雪ノ下とは対照的な能天気な声で阿保らしい挨拶が聞こえる。

 悩みのなさそうなお気楽そうな由比ヶ浜の後ろに、しかし力なく深刻そうな顔をした少女がいた。自信なさげに下へと伏せられた瞳、由比ヶ浜のブレザーの裾を力なく握る指先、透き通るような白い肌。というか戸塚だった。少女じゃなかった。戸塚だった。

 

 

 

「……あっ、比企谷くん!」

「……よう、戸塚」

 

 

 

 ぱぁっと咲くような笑顔を見せた戸塚はそのままとててっと俺の傍に寄り、そっと俺の袖口を握る。……これ、本当に男か?今更ながら疑わしくなってきた。

 

 

 

「比企谷くん何してるの?」

「いや、俺は部活だけど。そういう戸塚はどうしたんだ?」

「ふふん、私が依頼人を連れてきてあげたの」

 

 

 

 何故か聞いてもいないのに由比ヶ浜が答える。ちくせう、俺は戸塚のかわいらしい唇から聞きたかったのに……。

 

 

 

「やー、ほらあたしも奉仕部の一員じゃん?だからちょっとは働こうと思ってたらさいちゃんが悩んでる風だったから連れてきたの」

「由比ヶ浜さん」

「お礼とかそんなの全然いいから。部員として当たり前のことをしただけだし!」

「いえ、由比ヶ浜さん。あなた別に部員ではないでしょう?」

「違うんだ!?」

 

 

 

 違うんだ!?てっきりなし崩し的に入部してるのかと思ってたわ。あれからしょっちゅうというか毎日来るし。

 

 

 

「ええ、部長からも顧問からもそんな報告を受けた覚えはないわ。ねえ泉さん?」

「うん、まぁ、平塚せんせーも言ってなかったし私も入部届を貰ってないから一応そうなるね」

「部長って詩乃ちゃんだったんだ!?」

 

 

 

 部長って詩乃ちゃ、泉だったんだ!?衝撃の事実だわ。てっきり雪ノ下が部長とばかり思っていた。

 

 

 

「それで、戸塚彩加くん、だったかしら?何かご用かしら」

 

 

 

 ほとんど涙目でルーズリーフに入部届を書く由比ヶ浜を尻目に雪ノ下は戸塚に視線を向ける。

 冷たい眼差しに射抜かれた戸塚はびくっと一瞬身体を震わせた。

 

 

 

「えっと、て、テニスを強くして、くれるん、だよね?」

「由比ヶ浜さんがなんて説明したのかは分からないけど、奉仕部は依頼者のお手伝いをするだけで、決して願いを叶えるわけではないわ」

「そ、そうなんだ……」

「えっとね、今の雪乃ちゃんの言葉を翻訳すると『彩加くんが望むなら私たちはいくらでも手助けするよ!』って意味だからね!」

「泉さん、適当なことを言わないでちょうだい。私は一言もそんなこと言ってな――」

「雪乃ちゃんってツンデレだから言葉のまま受け取らなくてもいいんだよ、彩加くん?」

「待って。泉さんお願い待って」

 

 

 

 珍しく……もないか。泉は雪ノ下を完全に手玉に取りながら落ち込んでしまった戸塚を慰める。戸塚に期待を持たせたという意味での元凶・由比ヶ浜ーンは出来上がった入部届を掲げて、満足そうに頷いていた。……あなたはいつも幸せそうでいいですね。

 

 

 

「分かった、分かりました、いいでしょう。戸塚くんの依頼を受けるわ。テニスの技術向上を助ければいいのよね?」

「は、はい、そうです。ぼくが上手くなればみんなも一緒に頑張ると思うから」

 

 

 

 ついには雪ノ下が根負けして戸塚の依頼を受ける運びになった。

 

 

 

「まぁ手伝うのはいいんだけどよ。一体何すんだ?」

「うーん、けしかけといてなんですが、私は運動できない人だしなぁ……」

「あら、内容ならさっき伝えたじゃない。もう忘れてしまったのかしら鳥頭くん」

「せめて谷をつけろよ。ってかさっき言ったのって……マジか?」

 

 

 

 その言葉ににっこり笑顔で返事をする雪ノ下。どうやら本気で死ぬまでなんたらを実行するみたいだ。

 不穏な雰囲気を感じたのか、戸塚もわけも分からずに怯えている。まぁ雪ノ下の笑顔って得も言えぬ恐怖感があるもんな。『お前を強くしてやろう。だが代償にお前の生命を貰い受けるがな!』とか言い出しかねない勢い。

 

 

 

「ぼく、死なないかな……」

「大丈夫だ。お前は俺が守る」

「比企谷くん……」

「戸塚……」

「はーいそこの男子お二人さん、そんな茶番はそこまでです」

 

 

 

 茶番の一言で片付けられてしまった茶番を止める。しかし男なら言ってみたいセリフベスト三に入る台詞を言えた俺は謎の達成感に包まれていて、大して気にもならない。これがハイってやつか……。違うか……。

 

 

 

「確か戸塚くんは放課後テニス部で練習よね。なら特訓は昼休みにしましょう。明日からテニスコート集合ね」

「りょーかい!」

「わかった!」

 

 

 

 てきぱきと段取りを決める雪ノ下に、返事をする泉&由比ヶ浜。戸塚もこくりと首肯する。と、いうことは、だ。

 

 

 

「それって……俺もか?」

「当然。どうせあなたにお昼の予定なんてないのでしょう?」

 

 

 

 おっしゃるとおりです……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




再び俺ガイル原作。

夏休みになるとアニメやら宿題やらラノベやらバイトやらアニメやらで執筆速度が遅くなる不思議。

というわけで9月中にもう1話更新できるかどうか怪しいところです。
まあ夏休み終わったら終わったらでテストに体育祭に文化祭に忙しいんだけどね……。


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そしてその時は唐突にやってくる

 戸塚の特訓開始初日。

 

 

 

「なぁ……これ……いつまで……やればいいんだ……!」

「まだたったの50回よ。最低でもこの倍ね」

「50回はたったじゃねぇ……!俺の隣を見ろ……!」

「んっ……くぅ……はぁ……!」

 

 

 

 雪ノ下の号令に合わせて腕立てをくり返す俺の横では戸塚が艶めかしい声で吐息を漏らしている。大体20回を過ぎたあたりからペースダウンを始め、今では号令に遅れをとりながらも必死に腕立てを行っている。

 

 

 

「戸塚くんは焦らず徐々に筋力を上げていけばいいわ。それに対して比企谷くんは明確な目標など無いのだから限界までしていなさい。どうせこういう機会でもないと碌に運動しないでしょ、あなた」

「くっそ、このやろう……」

 

 

 

 理不尽な内容だが下手に言い返せないところがいやらしい。普段の俺なんて食っちゃ寝生活もいいところだからな。

 それにしても現役文化部員に腕立て百回は鬼畜すぎやしないですかね?あかん、腕がぷるぷるしてきたんだが。

 そろそろ腕が限界の俺は雪ノ下の掛け声にも付いて行けないでいると、ふと目の前に回り込んできた。

 

 

 

「ふふ、こうしてみると屈辱に耐えながら土下座しているみたいで面白いわね」

「………………」

 

 

 

 やだ、この子鬼畜!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特訓開始から早数日。

 俺は毎日毎日手加減なく行われるスパルタ教育のおかげで腕がもう上がらないほどになっていた。

 だがしかし、それも今日で終わりを告げた。今日からはボールとラケットを使った練習が開始されるので俺は特訓からおさらばできるのだ。まだまだ終わりが見えない戸塚には申し訳ないが、俺は俺のできる範囲で応援して温かく見守るとしよう。

 

 

 

「ふっ……ふっ……!」

 

 

 

 戸塚の壁打ちをする音がコートに響く。

 奉仕部が特訓を手伝うと言っても実際することはほとんどないのでそれぞれが思い思いに昼休みを過ごしている。

 

雪ノ下は読書をしながら時々思い出したかのように戸塚に叱咤激励を飛ばす。

 由比ヶ浜は最初こそ戸塚と一緒に練習すると気合を入れていたが直ぐに止めてしまって、雪ノ下の隣ですうすうと寝息を立てている。

 泉は特に何をするでもなく木陰で戸塚の練習を見守っている。

 斯くいう俺も特にすることが無い上、温かく見守ると宣言した以上、泉と同じように木陰で休みながら戸塚を応援していた。

 

 

 

「ふっ……ふっ……!」

「……頑張るね、彩加くん」

「…………」

 

 

 

 雪ノ下の声には返事をしながら、ひたすら壁打ちを続ける戸塚を眺めていると、不意に泉が言葉を発した。……これは俺に向けて言ってるのだろうか。判断に迷って無言でいると、すぐに続きを話し始めた。

 

 

 

「すごいよね、責任ある立場にいるわけじゃないのに自分で行動して、ここまでできるのって」

「あぁ、まぁそうだな。普通だったらとっくに根を上げてるだろうし。そもそも他人のために頑張ろうなんて考えすらしないだろうからな」

「確かに。でも八幡くんも途中まで彩加くんに付き合って頑張ってたよね?もう少し続ける気はなかったの?」

「ないな。なんで好き好んで自分から苦しいことをしなきゃいけないんだ。人は楽するために生きてるんだよ。歴史がそれを物語ってる。つまり楽を求める俺の生き方は先人から学んだ尊い生き方と言えるんだ」

「いや、言えないでしょ。それただのニートだから」

「人類みんなニートになれば世界は平和だ……」

「人類みんなニートになれば世界は終わりだよ……」

 

 

 

 中身のない適当な会話をしながら観戦していると、雪ノ下が動き出した。練習メニューが変わるみたいだ。

 雪ノ下がいなくなったことで目を覚ました由比ヶ浜はボールの入った籠を持ってサポートに入る。そして小休止を挟んだ後、すぐに練習は再開された。

 

 

 

「由比ヶ浜さん、もっと厳しいコースに投げて頂戴。これじゃあ練習にならないわ」

 

 

 

雪ノ下はマジだった。マジで性格が悪かった。

……じゃない。マジで戸塚を鍛える気だった。怖いからこっち見んなよ。てかなんで俺の考えてることが分かんだよ。

 

由比ヶ浜の投げる球は指示のそれより幾分ズレが生じ、余計に厳しいコースとなって戸塚を襲っていた。そして20球を超えたあたりでついに戸塚が転んでしまう。

 

 

 

「さいちゃん大丈夫!?」

「う、うん。大丈夫だから続けて?」

 

 

 

 ネット際に駆け寄った由比ヶ浜に戸塚は笑顔を浮かべて返事をする。なんて健気な……!

 だが、それを聞いて雪ノ下は顔を顰めた。

 

 

 

「まだ、やるつもりなのかしら?」

「うん、みんな僕のために手伝ってくれてるんだし、やれるだけ頑張りたい」

「そう……それじゃあ後は頼んだわね由比ヶ浜さん。泉さんは適当な対処をお願い。比企谷くんは……余計なことをしないように」

 

 

 

 雪ノ下はそれだけ言うとさっさと校舎の方に去って行ってしまった。

 

 

 

「……何で俺だけ注意されてるんでしょうかね」

「だって八幡くんだし」

「僕、何か怒らせるようなことしちゃったのかな……」

 

 

 

 不安そうな表情の戸塚がぽつりと呟く。

 

 

 

「大丈夫だよ彩加くん、たぶん雪乃ちゃんは救急箱を取りに行っただけだから。安心して。それで、まだ練習を続ける?」

「……うん、お願いします」

「そっか、なら擦りむいたところを水で洗って来たら練習再開しよっか。八幡くんはボール集めたら結衣ちゃんと代わってあげて。結衣ちゃんは彩加くんに付き添ってあげて、終わったら休憩してていいよ」

 

 

 

 泉のテキパキとした指示に従い、各々動き始める。ぽけ~っとしているようで案外リーダーシップの取れる泉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、テニスしてんじゃん、テニス!」

 

 

 

 戸塚が水飲み場から戻っていざ再開といった時にきゃぴきゃぴとした雑音が混じって来た。渋い顔をした由比ヶ浜が見てる方へ顔をむけると、金髪縦ロールと爽やかイケメン……確か三浦と葉山を中心としたクラスのトップカースト連中がいた。

 さらに無遠慮にも勝手にコートに乱入してきた。

 

 

 

「ねーねー、あーしたちもここでテニスしていいっしょ?」

「えっと、でも今は僕たちが使ってて」

「そっちの使ってないコートがあんじゃん」

「そうだけど、コート使うには先生の許可がいるから部外者は……」

「別にいいっしょ。てかそこにも部外者いるじゃん」

 

 

 

 戸塚の言葉に耳を貸す様子はなく、ひたすら自分の意見を押し付けてくる。まるで我が儘を言う子供みたいだ。

 対応に困った戸塚が視線を彷徨わせた挙句、俺をロックオンした。……え、なんで俺?

 そんなのは由比ヶ浜……はこいつらとよくつるんでたはずだからやり難いことだろう。泉……は雪ノ下には強いが話が通じないタイプは苦手そうだ。その点俺は特に失う物がないから堂々と論破できる。結局俺なのか。

 

 

 

「あー、悪いが俺たちは部外者じゃない。戸塚の練習に付き合っているから一緒にここを使っているだけだ」

「は、誰あんた。何しゃしゃり出てんの、キモいんだけど」

 

 

 

 喋っただけでキモイって言われるとかどんだけキモいんだよ俺。漆黒のGといい勝負しちゃうのかしらん。

 

 

 

「まぁまぁそんなケンカ腰にならないでさ」

「俺はケンカする気はねぇよ。ただお前らが大人しく帰ってくれればな」

「はぁ?なんであーしらが帰んないといけないんだし!」

「ま、まぁまぁ落ち着いて」

 

 

 

 怒る三浦を葉山が必死に宥める。

 正直この感情論でしか動かない霊長類から外れたバカの相手は難しい。扱えるのは精々同じランクに立っている葉山と先生くらいのものだろう。今から先生を呼ぶのは難しいから狙いはお前だ、葉山。

 

 

 

「なあ葉山、お前はサッカー部のエースだ。さらに勉強までできて友達も多いし優しいし、お顔までよろしいときたもんだ。さぞ女にモテることだろう」

「な、なんだよいきなり……」

「そんな色々と持ってる優しいお前が、何も持ってない俺からテニスコートまで奪うっていうわけじゃあないよなぁ?」

「う、うわぁ。すごいゲスな顔だ……」

 

 

 

後ろで絶句しているような由比ヶ浜の声なんか無視だ、無視。

実際、葉山には効果があったようで困ったように頭をがしがしと掻いている。これで葉山が良心を働かせて帰ってくれれば無事にミッションは完了だ。

 

 

 

「ねー、隼人まだー?あーし早くテニスしたいんだけど」

 

 

 

 もう少し、というところでクソビッチの急かす様な横槍が入る。

 そのせいで葉山が一瞬思考を諦めることから切り替えてしまい、それがよくなかった。

 

 

 

「あ、じゃあこういうのはどうだ?部外者同士でテニス勝負をして、勝った方が今後戸塚の練習を手伝うんだ。そっちの方が戸塚のためにもなるし、どうかな?」

「テニス勝負……?何それ超楽しそう!」

 

 

 

 葉山の隙のないロジックに加え、俄然乗り気になってしまった三浦が加わると、もうどうしようもない段階になってしまう。

 

 

 

「じゃあ勝負は僕とヒキタニくんでいいかな?」

「えー、隼人出んの?あーしもテニスしたいんだけど」

「でも向こうはきっとヒキタニくんが相手だよ?男子相手だとちょっと不利じゃないかな」

「あ、じゃあ男女混合ダブルスにすればいいじゃん!やばいあーし超天才かも!」

 

 

 

 あぁ、お前はまぎれもなく超級の天災だわ……。もう自然現象と割り切った方が良いのかもしれない。

 とりあえず男女混合なので男は俺で確定。もう一人は由比ヶ浜か泉か……。なんで戸塚は女の子じゃないのだろう。あんなに可愛いのに。

 

 

 

「由比ヶ浜、お前テニスはできるか?」

「えっと、マリオテニスならやったことあるよ!」

「ああ、うん。気合だけは受け取っとくよ」

 

 

 

 これで泉もダメだったらどうしようなどと頭を悩ませながら、泉が休んでるはずの木陰を見やる。

 

 

 

「ッ!泉!」

 

 

 

 やけに静かだなと思ってはいたが、こいつらと関わりたくないだけだろうと適当に考え、思考の脇に置いていたのが悪かったのだろうか。

 

 

 

 

 

――泉は荒い呼吸をくり返しながら倒れ込んでいた。

 

 

 

 

 

「どうしたんだ泉!」

「大丈夫詩乃ちゃん!?」

「泉さん、大丈夫!?」

「はぁ……だ、大丈夫だよ……みんな」

「どうみても大丈夫じゃないだろ。とりあえず保健室に運ぶぞ」

 

 

 

 自分で動こうとしたのか、泉が倒れてた位置は木陰から少し離れた場所だった。まだ春が感じられる季節とはいえ、日差しが照り付ける中で倒れていたのは相当まずいだろう。

 急いで泉を保健室に連れていかなければならないが、どうみても歩けるようには見えない。

 

 

 

「緊急事態だ。許してくれ」

 

 

 

 一言断りを入れた後、泉を背中におぶる。泉の身体は想像以上に軽く、いつの間にか消えてしまうような危うさをはらんでいた。

 コートを出る途中、諍いの真っただ中だった葉山が駆け寄ってくる。

 

 

 

「ど、どうしたんだその子は!?大丈夫なのか!?」

「葉山、今は構ってる暇はない。とりあえず今日のところは帰れ」

 

 

 

 返事も聞かずに再び足を動かす。

 何か大きな病気かも分からないから、できるだけ揺らさないように注意を払いながら急ぐ。

 

 

 

「は、八幡くん……」

「なんだ。急用じゃないならあまり口を開くなよ」

「き、教室……。教室の鞄に、薬が……」

「……分かった。でもまずはお前を保健室で寝かせてからだ。薬の場所と形だけ教えてくれ」

「うん……」

 

 

 

 今まで聞いたことのないような弱々しい泉の声。不安に駆られながらも俺は急いで足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




予定調和のように10月になってからの投稿。
前回の話から一か月以上も経ってしまい、誠に申し訳ない。




ついに詩乃さんが倒れちゃいました。某デュエルの予告のように言うと、『次回、泉詩乃、死す!』です。死にませんけど。

ここあたりから原作に沿いながらもオリジナル成分が増えていきます。
それに比例して執筆時間も増えていきます。

次こそは一ヶ月空けないように書いていきたいと思うので、どうか見捨てないでください!















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