インフィニット・ストラトス~異世界に降り立つは魔王と呼ばれし精霊~ (ガーネイル)
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プロローグ
魔界の扉があるギンヌンガガップ。ここには一人の少年、いや一体の精霊がいた。
その精霊の名前はラタトスク。人間としての名前はエミル。魔物の王とも言われる精霊である。ラタトスクが旅を終えてから千年近くの時が経過した。今はもう人の理ではないものや理から外れた者しか生きていない。それ以外の彼の仲間と、彼が愛した女性はとうの昔に亡くなっている。
「もうあれから千年が経つのか……」
彼は旅でのことを思い出す。最初は周りのことばかりを気にしてビクビクしていた。リヒターに出会って、マルタと出会い、センチュリオンコアを集める旅が始まって色んな場所を巡って、ロイドの仲間に出会って、戦い続けて、少しずつ自分に変化があって、マルタのことを好きになっていって、そしてこの場で最後の戦いがあって、本当の意味で自分同士が向かい合った。
「本当に色々あったな。また、あんな楽しい時間を過ごしたいな」
そう呟いた時、何処からともなくワームホールが発生した。
「これは……っ!?」
そして彼はワームホールに飲み込まれていった。
「ここは?」
少年の意識が覚醒して、辺りを見渡す。が、全く見当がつかない。今まで見たこともない建物が立っているという認識くらいしかない。少年は旅に出る前、まだルインにいる時の服装だった。
「? ……これは?」
手にはラタトスクコアの模様を模したペンダントが握られていた。
そんな時、足音が聞こえてくる。少年は慌ててそれをポケットにいれる。そして少年が振り向いた時、声が飛んでくる。
「貴様は何者だ!」
その声の主は黒いスーツを着ている女性だった。その女性の目力はとても強いものだったが怖気づくことなく返事をする。
「僕ですか? 僕はエミル・キャスタニエです」
「お前は外国からのスパイか?」
スーツの女性は警戒を解くことなく質問をする。
「ち、違いますよ! 僕はここがどこか分かりませんし……」
エミルは少し焦って否定した後にここがどこか分からないという。
「何?」
エミルの言葉に対して女性が少し考える素振りを見せた後に、エミルに告げる。
「こっちで事情を聞かせてもらう。私について来い」
「分かりました」
エミルは女性の後をついて行き、取り調べ室のようなところに入った。
「まずは自己紹介をしよう。私の名は織斑 千冬だ。早速だが本題に入らせてもらうぞ」
千冬と名乗る女性は名前だけ名乗り、本題に入る。
「貴様のここにいる目的は何だ? 専用機のデータでも盗みに来たのか?」
エミルは千冬が言っていることが分からなかった。
「あの……すいません。専用機って何ですか?」
エミルは謝った後に専用機の説明を求めた。
「貴様はISを知らないとでも言うつもりか?」
「えっと、はい。全然知らないです」
徐々に声が小さくなっていくエミル。そして途切れ途切れながら付け加える。
「あの……ここってどこですか」
「日本のIS学園だ」
「日本ですか?」
「あぁ、お前はイギリスとかフランスとかの欧州から来たのではないのか?」
「えっと、僕はパルマコスタという場所から来ました」
エミルは自分が最愛の女性と過ごした町の名をいうが千冬は首を傾げる。
「パルマコスタだと。そんな場所聞いたことないぞ」
「そう……ですか。ありがとうございます」
「何か分かったか?」
「はい。あまり受け入れたくはありませんが……きっと僕は他の世界から来たんです」
「何故だ、何故そんなことを言い切れる。そしてその証拠はどこにある」
「それはお互いの知識の違いです。僕はIS、日本、アメリカ、フランスを知りません。そしてあなたはパルマコスタを知らない。それが理由です。あと、これはなんですか?」
エミルはさっきのペンダントを千冬に見せる
「貴様、それをどこで!? ちなみにそいつがISだ」
「えっと、あの場所にいた時には既に手のひらにありました」
「ふむ、キャスタニエと言ったな?」
「はい」
「自分が鎧か何かを纏う感じを思い浮かべてみてくれないか?」
千冬はエミルに提案程度にそう言う。
「はい」
そう言ってエミルが思い浮かべるのはラタトスクの騎士になったときの服装。それを思い浮かべた瞬間、ペンダントが輝き、エミルの脳内に大量の情報が流れこむ。そして服装がラタトスクの騎士なっていた。が、手足の部分は機械で出来ていた。が、スラスターはついていない。その代わりに、かつて仲間として一緒に冒険したコレットの天使の羽に似たものが背中から生えていた
「ふむ、少々形は変わっているがどうやらお前はISを起動することが出来たようだ。それに従ってIS学園に入ってもらう」
「分かりました」
エミルは流れでIS学園に入学することが決まった。
と、まぁこんな感じの始まりです
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セシリア編
1.IS学園
「うぅ……、視線が痛い」
エミルがIS学園の校門をくぐるとより女性陣の視線が集中する。エミルは今の状態にタジタジになりながらクラスに向かった。が、教室に向かう途中でとある話し声を聞いてしまい、その言葉が心に突き刺さる。
「実は女の子だったりして……」
この言葉がエミルの心の耐久値を一気にゼロまで抉っていった。が、千冬に聞いたことを思い出して女性しか乗れないはずのものなんだし仕方ないかと思い直し教室に向かう。
教室に着くと先に着いていた一人目の男性が落ち着きなく席についていた。その男性こそ、世界で初めてISを起動させた織斑 一夏本人に他ならない。ちなみに一夏とエミルの席は隣だった。席についてエミルは一夏に話しかけた。
「えっと、初めまして。エミル・キャスタニエです。よろしくね」
「俺は織斑 一夏。一夏でいいぜ。よろしくな!」
「うん。じゃあ、僕のことはエミルでいいよ」
「おう。にしても、さっきまで男一人だけだったから辛かったんだよ。エミルが来てくれて助かったぜ」
「あはは、確かに一人じゃ辛いかもね。僕も一夏がいてくれて助かったよ」
二人はSHRが始まるまで話をしていた。
チャイムがなり、メガネをかけた女性教師が入ってくる。おっとりとして大人しそうな雰囲気だった。
「私は、みなさんと一年を共にする副担任の山田 真耶です。分からないことがあったら何でも聞いてくださいね」
なお、真耶が自己紹介している間も女生徒の視線はエミルと一夏に集中していた。それに気付いた真耶は押されるように続ける。
「そ、それでは皆から自己紹介してもらいます。それでは出席番号順にお願いします」
真耶の一声で自己紹介が始まった。程なくして早速エミルの番が回ってきた。
「えっと、エミル・キャスタニエです。趣味は料理。たまに釣りに行きます。表には出ていませんが一応二番目にISを動かしました。至らないところが多いですが今年一年間よろしくお願いします」
エミルはお辞儀をして席に着く。何万年と生きてきた精霊が至らないところというのは一体どんなところなのだろうか。全く想像がつくものではない。とりあえず、それはそれとして次は一夏の番なのだがぼーっとしていて反応を示さない。エミルは一夏の肩を叩く。
「一夏、次は一夏の番だよ」
「はっ! 悪い、エミル。ぼーっとしてた」
一夏は立ち上がり元気よく名乗る。
「織斑 一夏です!」
女性陣は続きは、他にはと言った視線が一夏に注がれる。だが、一夏はどういう意味か分かったのかはっとして口を開く
「以上です!」
訂正。一夏は全く視線に意味は理解していなかった。女性陣は椅子から滑り落ちる。エミルは滑り落ちるまではいかないが、額に手を当て深く息を吐いた。
それを意に介せず座った瞬間、扉が開いて千冬が入ってくる。そのまま一夏の席まで行って持っている出席簿を振り下ろす。
ズパァァン!!!
本来なら出ないような音が出席簿から出る。あの出席簿は一体何で出来ているのだろうか? そして、それが一夏の頭を打ち抜く。そしてそのまま説教を始める。
「貴様はろくに自己紹介もできんのか!」
「げぇっ、関羽!?」
ズパァァン!!!
早速本日二度目の出席簿が一夏の頭に炸裂する。エミルはその音に対して若干引き気味である。
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
真耶は何事もないかのように千冬に質問する。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けて済まなかったな」
「いえ、担任の補佐をするのが副担任の仕事ですので、何でも頼ってください」
千冬は生徒の方に向き直る。
「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。出来ない者には出来るようになるまで指導してやる。これから一年よろしく頼む」
千冬が挨拶を終えるとクラス中には黄色い悲鳴が響き渡る。
「「「「「きゃぁーーーーー!!!!!!」」」」」
「本物の千冬様よ!」
「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北九州から!」
「私、お姉様の為なら死ねます!」
当の千冬本人は額に手を当てながら呆れたように言う。
「やれやれ、毎年よくこれだけの馬鹿者が集まるものだ。私のクラスにだけ集中させてるのか」
なお、女生徒たちはヒートアップし続ける。
「お姉様―――――!」
「もっと叱って、罵って!」
「時には優しくして」
「そしてつけあがらないように躾をして」
そんな様子の女生徒たちを無視して一夏の方を向く。
「で、お前はまともに自己紹介もできないのか?」
「い、いや。千冬姉。俺は……」
一夏が言い訳をしようとした瞬間、一夏は千冬に頭を掴み、机に押し付ける。
「織斑先生と呼べ」
「はい。織斑先生」
このやり取りの後、クラス中はざわつきだす。
「織斑君て、あの千冬様の弟?」
「いいなぁ。代わってほしいなぁ。」
だが、そのざわつきも千冬が一瞬で静める。
「静かに! 諸君らには、これからISの基礎知識を半年で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。 いいか? いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ」
つまり返事は必ずしろということである。もっとも当たり前と言えば当たり前なのだが、女生徒たちは全く意に介せず、返事をする。
「「「「はい!」」」」
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2.セシリア
朝礼が終わり休み時間に入る。すると、他クラスの女生徒が教室に押しかけてくる。ここまでくるともはや動物園にいるライオンとかキリンとかと何ら変わらない。見世物に近いものを感じる。そんな中エミルと一夏は話していた。
「すごい視線だね。一夏がいてくれて助かったよ」
「いや、俺もエミルがいてくれて助かったぜ。この中に一人とかになったら肩身が狭いことこの上なさそうだしな」
「どっちみちこの環境で三年間過ごすんだよね」
「はぁ、勘弁してほしいぜ」
一夏が溜息と共にそんなことを言った時、一人の女生徒が近づいてくる。
「キャスタニエ、一夏を借りていいか?」
「箒?」
「うん。大丈夫だよ。えっと君は篠ノ之さんだったよね? 一夏の知り合い?」
「ああ、箒は俺の幼馴染みなんだ」
「そうなんだったんね。これからよろしくね、篠ノ之さん」
「あぁ、よろしく頼む。私の事は下の名前で呼んでくれ。苗字で呼ばれるのは好きじゃないんだ」
「うん、分かったよ。僕の事もエミルでいいよ」
「了解した。それでは、一夏を借りて行くぞ」
「じゃあ、一夏。またあとでね」
エミルは箒に連れられて行く一夏に対して手を振りながら見送る。一息ついたところで今度は他の女生徒が話しかけてきた。
「ちょっとよろしくて?」
エミルは声がした方を向く。
「はい。えっと、セシリアさんだったよね。何かな?」
「貴方、一人目の操縦者より見込みがありそうですわね。どうですか? 私とISで勝負をしていただけないでしょうか?」
「僕なんかでいいのかな?」
「どういう意味ですの?」
「ほとんどISなんて動かしたことはないし、とてもじゃないけど君の相手になるとは思えない」
最後の言葉に対してセシリアの眉がピクリと動いた。
「やはり、男性はどこもそうなのですね。失礼しますわ」
エミルは何故そう言われたのかよく分かっていなかった。もっとも女尊男卑が起きている世界ということを理解していないこともあるのだろうが。首を傾げた後、一夏と箒が帰ってきた。
「エミル、どうかしたのか」
「ううん、何でもないよ」
そしてチャイムがなった。
授業が始まった。エミルは入学前に渡された参考書をしっかり読んでいたこともあり、何とか授業に付いて行くことが出来ていた。もっともエミルは初めて学校と言うものを体験していてそれがうれしいというのもあり、張り切っている。が、隣に座っている一夏の顔は青かった。そんな時、真耶は一夏に声をかけた。
「織斑君、何か質問とかありますか?」
「えっと……」
一夏は何か言い淀んでいるが真耶はそれを介さず、笑顔で続ける。
「質問や、分からないところがあったら聞いてくださいね。何せ、私は先生ですから」
一夏は少し悩んでから手を上げる。
「先生」
心なしか声が弱い。
「はい、織斑君」
真耶はそれに対して笑顔で受ける。
「ほとんど全部分かりません」
声が震えきっていてもはや可哀想になるほどだった。
「全部ですか!? 今の段階で分からないっていう人はどのくらいいますか?」
真耶はクラス中に確認するが誰も手を上げない。
「エミルは分かってるのかよ」
「うん、何となくだけどね」
「まじか。ほんとに分かってないの俺だけなのか」
そんな時、千冬が一夏に声をかける。
「織斑。お前、入学前の参考書は読んだか?」
「あぁ、あの分厚い本ですか?」
「そうだ。必読と書いてあっただろ?」
「間違えて捨てました」
ズパァァン!!!
本日三度目の出席簿が炸裂した。
「あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな?」
「いや、一週間であの厚さはちょっと無理が……」
「やれと言っている」
そう言った瞬間、千冬の目が光ったような気がした。ここまでくるともはや脅迫ではなかろうか。
「……はい、やります」
一夏は項垂れた。
「では続けます。次は……」
こうして授業は続いていった。
その後は何事もなく、進んで今は放課後。
「キャスタニエ、織斑。少し待て」
千冬は二人を止める。
「お前たちの部屋割りが決まった。これがお前たちの部屋だ」
そう言って部屋番が書いてあるカギを渡される。
「「分かりました」」
「以上だ。時間を取らせてすまんな」
エミルと一夏は教室を後にした。
エミルは少し食材を購入してから帰路に着いた。
結論としてエミルは一人部屋だったのだが、一夏は違い、箒と一緒だったらしく一悶着あったとか何とか。
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3.目覚めるもう一つの人格
エミルの朝は早い。旅の名残が未だ残っているのか、人としての形を取っている時、食事は自分で作っている。ちなみに今朝は卵とハムのサンドウィッチ。昼食も同じものである。
朝食後、身支度を終えて学校に向かうと教室に着いた時には丁度いい時間でそう時間が経つことなくSHRが始まった。昨日とは違い恙なく終わり、授業が始まる。が、昨日と違い、教壇には真耶ではなく千冬が立っていた。
「これより、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める。クラス代表者とは対抗戦だけでなく、生徒会の会議や委員会の出席など、クラス長のようなものだと思ってくれればいい。自薦、他薦は問わない。誰かいないか?」
すると一夏の右斜め後ろの女子が手を上げる。
「はい、織斑君を推薦します」
「えっ?」
「私はエミル君を推薦します」
「ぼ、僕?」
「私もエミル君かな」
「私も」
「あたしは織斑君で」
「私も織斑君で」
と次々に賛成者が出てくる。
「他にはいないのか?」
すると一夏が立ち上がり、待ったをかけようとした時、別の方向からストップがかかる。
「納得がいきませんわ! そのようなことは認められません。決闘ですわ! それで実力がはっきりしますわ!」
なお、これを聞いている時の千冬の顔はとても楽しそうなものだった。
「ならば、次の月曜。第3アリーナで選抜戦を行う。キャスタニエ、織斑、オルコットの三名は準備をしておくように」
そう言ってから千冬は教壇を降りて、次は真耶が教壇に上がる。
「今日は昨日の続きから始めます」
生徒は全員意識を切り替えて授業に臨んだ。もっとも一夏は今日も頭を抱えていた。
今日も授業を乗り越えて放課後になった。
「エミル、もしよかったら今日から特訓しないか?」
「付き合ってあげたいのは山々なんだけど、まだ僕もよく分かってないからね。あ、箒さんにお願いしてみたらどうかな?」
「あっ! それもそうだな。箒の所に行ってくる。じゃあな!」
「うん、それじゃあね。……僕はアリーナの使用許可でも取りに行こうかな」
エミルは職員室に向かいアリーナの許可を取りに行った。
エミルはISを起動させる。もっともエミルのISはラタトスクの騎士の手足機械版。それ故に従来のISに比べてスリムに出来ていてスラスターは存在しない。その代わりに羽が存在している。
「やっぱり、この羽ってコレットやゼロスに生えてた天使の羽だよね。たしかコレットはこんな感じで……」
エミルはかつてコレットに運んでもらった時のことを思い出し、それをイメージしてみると羽は動き出し、エミルが宙に浮く。少しずつ慣れてきたのかエミルは空中移動を始める。エミルはエアバード以外で空を飛んだことがないので少し興奮していた。分かったことは限界最高速度が思いのほか速かった。
「えっと、武器は剣とチャクラム? 確かに前の旅で遠距離物理攻撃できたのはコレットのチャクラムくらいだったかな。でも、チャクラムなんて使えるかな?」
「(使えるかな? じゃなくて使いこなすしかないだろ)」
どこからともなく声が聞こえた。でもこの声はエミルにとってとても馴染み深いものだった。
「ラタトスク?」
「(お前がISとやらの機械を実際に稼働したおかげで俺が目覚めたようだな)」
「そうなんだ。またよろしくね」
「(おう、戦闘の時はあの時と同じで代わってやるから自分で無理だと思った時は遠慮なく言えよ。お前は俺に比べてあまり戦闘は得意じゃないんだから。お前が戦う時はサポートくらいはしてやるよ。俺たちは二人で一人。だろ?)」
「そうだね」
「(で、今は特訓してるんだろ。お前がやるくらいだから負けられない戦いなんだろ? チャクラムの使い方は教えてやるから覚えろ)」
「うん!」
エミルはぎりぎりの時間まで特訓してから帰路に着いた。
「(おい)」
「どうしたの?」
「(今度の戦い、最初だけでいいから俺にやらせろ)」
「急にどうしたの?」
「(俺だって空を飛びながら戦ってみたいんだ。別にいいだろ。何万年と生きてきてそんなことなかったんだから)」
「そうだね。じゃあ、最初だけお願いね」
「(おう)」
ただ、エミルとラタトスクの会話は傍から見ると一人でぶつぶつ言ってるようにしか聞こえないので若干不審者のように見えなくもない。
そして選抜戦の日が近づいてきた。
次回、セシリアとの対戦です
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4.VSセシリア
選抜戦当日。
エミルは一夏、箒と共に第三アリーナのAピットに来ていた。
「キャスタニエ。済まないが、織斑の専用機の準備にはもう少し時間がかかる。だから先にお前が行ってこい」
「分かりました」
「本来はカタパルトに乗せてから射出するのだがお前のは勝手が違い、それが出来ない。お前の準備が出来次第、好きなタイミングで出てくれ」
「了解です」
エミルは射出口の方を向く。すると、一夏が横に来て拳を握ってエミルに向ける。
「負けるなよ」
「うん。頑張るよ」
そう言ってエミルは拳を合わせた。
「行くよ、ラタトスク」
「(おう)」
エミルは宙をも駆けるラタトスクの騎士となりハッチから出ていく。
「ようやく来ましたわね。降参するなら今のうちですわよ。でないと、無様な姿を皆さまにお見せすることになりましてよ?」
「例えそうだとしても僕は降参するわけにはいかないんだ。一夏との約束もあるしね。それにやる前から負けを認めるのも嫌だしね」
「そう。男同士の友情というものですか。顔に合わず泥臭いことですのね」
「何にしてもオルコットさん、全力で来てね。僕も全力で行くから」
エミルは目を閉じる。
「分かりましたわ。後で後悔なさっても遅いですわよ」
「それはやってみないと分からないと思うよ」
『両者位置についてください。……それでは始め!』
開始の合図とともにセシリアは距離を取り、スターライトmk.IIIを展開。
「残念ながらこの一撃で終わりですわ!」
セシリアがスターライトmk.IIIを構えたところでエミルが目を開く。ただ、目の色はいつもの深緑色ではなく、燃えるような緋色だった。
そしてエミルに照準を合わせトリガーを引く。
「所詮、こんなものですわね」
セシリアは既に決まったと思い、スターライトmk.IIIを下ろす。
だが、放ったレーザーはエミルに当たることはなかった。何故なら……
「そんな攻撃が当たるかよ!」
そう言い放ち、エミル(ラタトスク)がレーザーをネザートレイターで切ったからだ。
「なっ!?」
セシリアは驚きを隠せなかった。今まで自分の攻撃が切られるなんてことはなかったのだから。ましてや、エミルはISを扱うのはほとんど初めてで自身の方が稼働時間は何倍も多い。当然、セシリアからすると受け入れられることではなかった。
「今のはまぐれに決まっていますわ。次は必ず当ててみますわ」
今一度、スターライトmk.IIIを構え、エミル(ラタトスク)に照準を合わせてトリガーを引く。が、エミル(ラタトスク)は再びレーザーを破壊する。
「終わりか? なら今度はこっちから行くぜ!」
エミル(ラタトスク)はセシリアを見据えて挑発するように言った後、羽を震わせてセシリアに迫る。が、当然セシリアも接近を許すほど甘くはない。セシリアは機体の特殊武装『ブルーティアーズ』を起動させ、ビットが四方に飛んでいく。ビットはエミル(ラタトスク)を包囲してレーザーの雨がエミル(ラタトスク)に降り注ぐ。
「さあ踊りなさい! わたくしとブルーティアーズの奏でる円舞曲で!」
「ちっ! 目障りだな!」
エミル(ラタトスク)は舌打ちをして急停止、回避行動に移る。
「避けるので精一杯のご様子ですわね?」
「はっ。寝言は寝てから言いやがれ! 魔神剣!」
エミル(ラタトスク)はセシリアの言葉を笑い飛ばす。ネザートレイターを振るって斬撃を飛ばし四つ飛んでいる内の一つのビットを破壊する。
レーザーを切られ、ビットを一つ壊されたセシリアはようやく受け入れた。目の前にいる敵(エミル)は自分より遥かに格が上だということに。そしてそれ故に全力で戦わなくてはエミル(ラタトスク)には勝てないことに。
「どうやら、わたくしは貴方を軽視しすぎていたようですわね。これから本気で行きますわ!」
「へっ! かかってきやがれ!」
「思っていたより情熱的な方ですのね!」
エミル(ラタトスク)は楽しそうに言い放ち、セシリアを煽る。セシリアは残り三機のビットを先ほどとは比較にならない速さで操作してエミル(ラタトスク)を包囲する。
エミル(ラタトスク)は縦横無尽に飛び回りながらチャクラムを展開する。
「次行くぜ! レイスラスト! レイシレーゼ!」
エミル(ラタトスク)は三連続でチャクラムを投げ、残り三機も難なく破壊する。その後、チャクラムをしまい、再びセシリアに接近を始める。
「これで終わりだな!」
その言葉に対してセシリアはにやりと笑う。まるでひっかかったと言わんばかりに。
「おあいにく様、ブルーティアーズは六機あってよ!」
セシリアの腰部から広がるスカート状のアーマーが外れてエミル(ラタトスク)の方を向く。そしてそこからミサイルが出てくる。
「何!?……なんて、まだまだな。鳳翼旋!」
エミル(ラタトスク)は不敵に笑い、上等だと言わんばかりにミサイルを切り裂き尚且つ大きく移動して回避までやってのける。ここまでくるともはや戦闘狂か病気のように思えてくる。
セシリアはめげずにミサイルやレーザーを放つ。 エミル(ラタトスク)は正面突破でぶつかりながら切り抜けていく。一体どこの激突王だろうか。
切り抜けた エミル(ラタトスク)そのままセシリアに近づきネザートレイターを振り下ろす。
「インターセプター!」
セシリアは近接武器『インターセプター』を展開させエミル(ラタトスク)の攻撃を受け止めるが、簡単に弾き飛ばされてしまう。
「これで最後だ。魔神閃光断!」
合計三回の斬撃がセシリアの機体のSEを一気のゼロまで持っていった。
SEが尽きたセシリアの機体は武装解除され、空から落ちていく。エミル(ラタトスク)は落ちていくセシリアを受け止め、ゆっくり降下していく。
『試合終了! 勝者、エミル・キャスタニエ!!』
エミル(ラタトスク)はハッチに降り立ちセシリアをそっと降ろす。
「お優しいですのね。さっきまであんなに荒々しいことをなさっていたお方とは思えませんわね」
「ふん、別に俺は全力で戦いたかっただけだ。それに俺は優しくなんてねぇよ」
エミル(ラタトスク)はそう言って目を閉じる。セシリアはそれを怪訝に思った。
「どうかなさいましたの?」
目を開くとさっきまで燃えるような緋色の目はいつもの深緑色に戻っていた。
「ううん、何でもないよ。僕は遠距離に関して何も言えない。だけど接近戦に関しては努力すればもっと力がついて今より上手に戦えるようになるはずだよ。よかったら僕が相手になるから。次は一夏と戦うんだよね。頑張ってね、オルコットさん」
エミルは笑顔でセシリアにそう言ってからピットに戻っていった。
言われたセシリア本人はエミルの笑顔で頬を染めていた。
「エミル・キャスタニエ……」
セシリアは頬を赤くしながらエミルの名前を呟く。セシリアにとって今まで会ったことのないタイプの男だった。普段は優しさに溢れている目をしながら戦いになると覚悟のこもった強い目をする清と濁の両方を持っているような男。
セシリアは去っていくエミルの後ろ姿を熱が籠った目で見つめていた。
とりあえずここまでです。アップできるのはここまでです
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5.VS一夏
セシリアと一夏の勝負はセシリアの勝ちで終わった。そして少し休憩をはさんで最後のエミル対一夏の対決が始まろうとしていた。
「今度は僕が行っていいよね?」
「(あぁ、俺はさっきの戦いで満足したからな)」
エミルはISを展開して再びアリーナに出る。少し遅れて一夏が来る。
「エミル、全力で勝負だ!」
「分かってるよ。クラス代表になりたいわけじゃないけど負けられないからね」
ブザーがなり試合が始まる。すると、同時に一夏はエミルに接近し、雪片を振り下ろす。が、エミルはそれをネザートレイターで受け流す。
「甘いよ、一夏」
勢いを殺しきれない一夏はそのまま離れていく。エミルはチャクラムを展開し、投げつける。さらに攻撃の手を緩めず追撃を行う。
「魔神剣!」
左右正面からの三方向攻撃。だが一夏は瞬時加速と単一能力というものを併用し、それらを全てやり過ごす。そのままエミルに近づいて切ろうとするが、
「今のを回避したのは凄いけど……そんなに大振りじゃ当たらないよ」
エミルは難なく回避し、カウンターを入れる。
「砕覇双撃衝」
突きからの二連続衝撃波を放つ。
「くそっ!」
一夏は躱せず全て受けてしまう。それによって動きを止めた一夏に追撃を入れる。
「これで終わりだよ。裂破絶掌撃!」
この攻撃によって一夏のSEは尽きてISが解除される。
『勝者、エミル・キャスタニエ』
選抜戦に決着が着いた瞬間だった。
「ここまでとは思わなかったけどまだまだだね、一夏」
「まさか、こんなにあっさり負けるとは思わなかったぜ」
もっともエミルは全力であっても本気ではない。それが分かる人はいない。ブリュンヒルデの称号を持つ千冬が気付くかどうか微妙なところである。
「きっとまだ強くなれるはずだよ。いつでも相手になるからいつでも来てね」
そう言って尻もちをついたままの一夏に手を差し出す。
「おう! またよろしくな」
一夏はエミルの手につかまり立ち上がる。少し、その場で少し話した後に自分たちが出たハッチへと戻っていった。
その日の夜。エミルは自室でラタトスクと会話をしていた。
「ねぇ、ラタトスク。この世界のことどう思う?」
「(そうだな、ISが使えるくらいで女が偉いとはふざけんな、くらいだな。まぁ、空を飛びながら戦えるってのは面白い)」
「そっか。君もだいぶ変わったね」
「(当たり前だ。お前があの時自分で言ったことを忘れたのか? 今回の旅が僕たちを変えたんだよってな)」
「ははっ。そうだったね。改めてまたこれからよろしくね。ラタトスク」
「(あぁ、よろしくな……相棒)」
「うん、おやすみ」
「(あぁ、また明日)」
次回も近いうちに投稿します
もう一つの作品もよろしければよろしくお願いします
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鈴編
6.クラス代表就任パーティー
翌日の授業。
「では、これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。キャスタニエ、織斑、オルコット。試しに飛んでみろ」
「「「はい」」」
エミルはラタトスク(正式機体名:ナイトオブラタトスク)を展開、装着する。これに続いてセシリアも装着するが、一夏がワンテンポ遅れる。そうなるとやはり千冬が喝をいれるわけで。
「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒かからないぞ」
言われてた後、一夏は目を閉じて集中する。
「来い、白式!」
一夏がようやく展開を終える。
「よし、飛べ!」
すぐに千冬が次の指示を入れる。
「「はい」」
返事をしてすぐに飛んでいく、エミルとセシリア。一夏がまたそこからワンテンポ遅れて飛ぼうとするが、上手くいかない。しばらく地上を蛇行してからようやく上昇する。
エミルが先陣を切って空を飛び、次いでセシリア、一夏の順番だ。
「織斑、遅いぞ。ラタトスクはともかく、スペック上の出力では白式の方が上だぞ」
一夏は再び怒られる。
「そんなこと言われても……。自分の前方に角錐を展開させるイメージだっけ? よく分かんねぇ」
「織斑さん。イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」
「セシリアか。そんなこと言ったってなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体があやふやなんだよ。何で浮いてるんだこれ?」
「一夏、そんなこと言ったらすごい難しい話になるよ? 僕も理解しきれてないし」
最も、エミルはそんなことを宣うがこの中で一番早く飛んでいるのは他ならずエミルである。
「分かった。エミルに無理なら俺にも無理だ」
「はは、一夏ならそう言うと思ったよ」
とそんな会話をしていると千冬から次の指示が入る。
「三人とも。急降下と完全停止をやってみせろ」
「だってさ。じゃ、先に行くね、二人とも」
エミルはそう言って先に降りていく。
「わたくしも行きますわ」
エミルに続きセシリアも降りていく。そして二人が着地した時、一夏も気合いを入れて急降下していく。が、速度が落としきれずにそのまま地面に激突した。まるで○○○ヴルムのように。これならいつか第二の激突王になれるのではないだろうか。もっとも初代は当然、馬○弾である。とりあえず、それはそれとして、一夏が地面に激突したせいでグラウンドにはでかいクレーターが出来ていた。
「一夏大丈夫?」
エミルが手を差し出す。
「ああ、なんとか」
一夏がエミルの手を掴み立ち上がる。
「織斑。授業終わったらその穴を埋めとけ。キャスタニエに助けを求めるなよ」
「はい……」
この後武装の展開を行い、授業は終了となった。
その日の放課後、食堂ではクラス代表就任パーティーが行われた。
「「「「「「「織斑君、クラス代表おめでとうー!!!!!」」」」」」」
「何で俺なんだよ! エミルかセシリアじゃなのかよ!?」
「僕は一夏に戦闘経験を積ませよう思ってね。慣れるには何事も実践が一番だし」
「わたくしも辞退しましたの。それにエミルさんに教わりたいことがありますし……」
二人の言葉に一夏の頭の上には絶望の二文字が浮かんでいるように見えなくもない。そんな時にカメラのシャッターを切る音がする。音の発生源の方を向くとメガネをかけてカメラを持っている女生徒がいた。
「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生のインタビューに来ました。新聞部副部長で二年の黛薫子です。これ名刺ね。よろしくー。では早速、織斑一夏君。クラス代表になった感想をどうぞ!」
薫子と言う少女は一夏に向かってマイクを向ける。当の本人は戸惑い気味である。
「えーと……。まぁ、頑張ります」
「もっとコメントをちょうだいよー。例えば、俺に触れると火傷するぜ! 的な言葉」
「自分、不器用ですから!」
「うわ、前時代的!」
実のところほとんど大差ないのではなかろうか。
「まぁ、適当に捏造するからいいか」
いや、よくない。まさに情報が間違って伝わるのはこういう輩がいるからなのではないだろうか。
「じゃあ、次はエミル君ね。エミル君は非公式になっているとはいえ二番目の操縦者なわけだけど、そこのところどうなの?」
「正直なところあんまり興味はありません。もし動かせなかったとしても自分ができることを精一杯やって自分が大切なものを守るだけです。それが僕の信念ですから」
エミルは薫子に向かってそう言い切った。
「いやー。これは捏造する余地がないねー。ありがとう。それじゃあ、最後にセシリアちゃん」
「そうですわね。……エミルさんとの戦いで自分の弱い部分が改めて克服しなければならない点がいくつも……」
「よし、長くなりそうな感じからエミル君に惚れたってことにしておくね」
「ちょっ!?」
セシリアはエミルを見る。が、エミル自身は一夏との話に夢中になっていて、セシリアの言葉は聞こえていなかった。セシリアは少しほっとしたような、残念なような思いが混ざった視線をエミルに送る。それに気付いたエミルは視線元を見るが当の本人であるセシリアは顔を反らす。エミルは何かしたっけと言ったばかりに首を傾げる。
「それじゃあ、三人とも。最後に写真撮るからこっちに並んで」
薫子に促され指示された場所に立つ。何がどうなったのか分からないがエミルが中心となり左にセシリア右に一夏という順番になった。
「そうだなー。真ん中で手を合わせてみてもう少しいい絵になるかな」
三人は言われた通り手を合わせる。
「いくよー。3、2、1」
薫子がシャッターを切ろうとした瞬間、クラスメートが枠に収まる場所に移動する。せっかくエミルの隣で写真を撮れると思っていたのに妨害されてしまったわけでして。
「な、なんで貴女たちも入ってますの!?」
せっかくのチャンスを潰されたセシリアは憤慨するが、他の女生徒は意にも介さず。
「まぁまぁまぁ」
「セシリアだけ抜け駆けはないでしょ」
女生徒たちはそう言ってセシリアを宥めるが、全く効果がなく脹れている。むしろ逆効果で脹れていく。そんな時、エミルがセシリアに声をかける。
「オルコットさん、仕方ないよ。きっと皆もテンションが上がっちゃっただけだろうし」
「むぅ………………」
セシリアの頬は已然として変わらない。エミルは考える。かつての経験則をフル動員してどうやって宥めるか考える。そして自身が思いつく限りの最善を答えを出す。
「もし、僕にできることがあれば何かしようか?」
そう口にした瞬間、セシリアの目が光り、獲物を捕らえる肉食獣のような眼をしていた。
「なら、今度の休みに一緒に出掛けてくださいませんか?」
「それくらいならいいよ。今度の休みに出掛けよう」
セシリアの顔には笑顔が戻り、花が咲いた。
そしてしばらくして今日は解散となった。
次回から鈴さんが登場なさいます
早めに投稿できるように頑張ります
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7.中国からの転校生
翌日の朝、教室ではもっぱら転校生の噂で話題は持ちきりだった。
「もぅすぐ、クラス対抗戦だね」
「そうだね、二組のクラス代表が変わったって聞いた?」
「あぁ。なんとかっていう転校生でしょ」
転校生の名前まではいまいち覚えてないらしい。それでも一夏は隣に座ってる女子に話しかける。
「転校生? 今の時期に?」
「うん、中国の代表候補生なんだって」
「わたくしの存在を危ぶんでの転入かしら」
「別にこのクラスに来るのではないのだろう? さわぐほどでもあるまい」
もっともセシリアと箒は周りと比べてさほど興味がない様だ。
「どんな人なんだろうね」
「ん? エミルも興味があるのか?」
「うん、人並みにだけどね」
どうやら男二人は転校生が誰だか気になるようだ。その会話を聞いてたセシリアと箒は自分の想い人に視線を送る。もっとも二人は送られてくる視線には気付いていない。エミルの隣にいる朴念仁ともかく、マルタと結ばれた時期もあったはず。それなのにいつからそんなに鈍くなってしまったのだろう。そんなことではいつか後ろから刺されてしまうのではないだろうか……嫉妬的な意味合いで物理的に。
「そういえば、一夏。特訓は今日からでいいよね?」
「あぁ、よろしくな、エミル」
そんな会話をしている隣では、
「まぁうちには専用機持ちが三人もいるし、楽勝だよね」
「ねっ。織斑君」
「えっ? あぁ……」
「その情報古いよ!」
エミルとの会話で聞いてなかった一夏はとりあえず、と言う風に頷いた。すると、教室の入り口から威勢のいい声が聞こえてきた。その方向を見ると小柄な体格のツインテールの女生徒が立っていた。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから!」
一夏は一拍置いて何かに気付いたように声を上げる。
「鈴? お前、鈴か?」
「そうよ、中国代表候補生、凰 鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」
どうやら一夏の知り合いらしい。そして、その子は中国代表候補生である。おそらくクラス対抗戦で戦う可能性はあるだろう。そして鈴はビシッと言う効果音が付きそうな感じで一夏に向かって指をさす。が、一夏は笑って鈴に向かって言葉を返す。
「鈴。お前、何かっこつけてんだ? すげー似合わねぇぞ」
そういうことではない。突っ込むところ、言うべきことは絶対にそこではないはずだ。たまにだが一夏は突っ込むところがずれている時がある。それは意図的にやっているのではないだろうかと感じる時もある。
「なっ!? なんてこと言うのよ、あんたは!」
返しも絶対に違うはずだ。……それはそれとして鈴の後ろに立つ一人の女性。その女性が音もなく、鈴の頭に拳を振り下ろす。
「っ!? ……何すんの!? うっ……」
「もうSHRの時間だぞ」
「ち、千冬さん……」
鈴が勢いよく噛みついたのは千冬だった。一気に鈴の顔が引きつっていく。
「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、邪魔だ」
「す、すいません。また後で来るからね。逃げないでよ、一夏!」
そう言ってからクラスの方に戻っていく。
時が経過して昼休み。
エミルたちは食堂に移動する。食堂に着くと先に鈴が待っていてともに列に並んだ。
「じゃあ、一夏。僕はお弁当だから先に言って席を取ってるね」
エミルは食堂の列に並んだ一夏にそう言って座席の確保に向かう。
一夏は日替わりランチ、箒はきつねうどん、セシリアは洋食ランチ、鈴はラーメンを注文していた。それぞれ注文の品を受け取り、エミルが待っている席へ向かう。
「悪い、エミル。席の確保サンキューな」
「ううん、そんなに大したことじゃないよ」
席には左から順に鈴、一夏、エミル、セシリア、箒の順番だ。鈴と一夏はお久しぶりの再会で話が盛り上がり、箒はそれを睨むように見ている。なお、セシリアはエミルの隣に座れたということに有頂天になっていた。
「あの、エミルさんはいつもお弁当なのですか?」
「うん、そうだよ」
セシリアは勇気を出して一歩踏み出してみた。
「そうなのですね。あの、エミルさんがよろしければなんですが、その……、お一つでいいのですがそれをくださいませんか?」
セシリアはそう言ってエミルのお弁当に入っている唐揚げを指さす。
「うん? いいけど。はいどうぞ」
特に気にした様子もなくエミルはセシリアの洋食セットが盛り付けられているお皿の上に唐揚げを乗せる。
「ありがとうございます(こ、これがエミルさんの手料理!!)」
なお、この時周りからセシリアに羨望の眼差しが向けられていたが有頂天になっていて全く気付かない。そして一夏と鈴は丁度話がひと段落着いたようでエミルと箒が割ってはいる。
「一夏、そろそろ説明してほしいのだが」
「そろそろその人の紹介してもらっていいかな」
「あぁ、わりぃ。こいつは鈴。小学五年からの幼馴染みなんだ」
「幼馴染み?」
一夏の言葉に箒が反応する。
「あぁ、そうだ。丁度お前とは入れ違いで転校してきたんだけなぁ」
そう言って一夏は箒の方に手を向ける。
「篠ノ之箒。前に話ただろ? 箒はファースト幼馴染みでお前はセカンド幼馴染みってところだ」
「ふぅん。そうなんだ。初めまして。これからよろしくね」
「あぁ。こちらこそ」
この時、二人の間に火花が散った。一夏はそれに気付かず、紹介を続ける。
「こっちがクラスメイトのエミルとイギリスの代表候補生のセシリア」
「あれ? 男は一夏だけじゃなかったの?」
「公にしてないだけで、エミルは二人目なんだ」
「よろしくね、鈴さん」
「鈴でいいわ。よろしくね、エミル。それで一夏、一組の代表なんだって?」
鈴は一夏に確認する。
「あぁ。まぁな」
「よかったらあたしが練習みてあげようか? ISの操縦の」
「あぁ、ありがたいんだけどエミルに見てもらうことにしてんだ」
「何よ。そこの弱気そうなやつがあたしより強いっての?」
「もしかしたら千冬姉にいい勝負すると思うぜ。な? エミル」
「千冬さんの実力を知らないからやってみないことには分からないよ」
「お前はどうなんだ?」
「……」
鈴はそれに答えられなかった。どんなに強がってもやってみないと分からないなんて言えない。そんなことを言えるIS操縦者はそれこそ世界レベルで数人居るか怪しいくらいなのだから。
「というわけだ。ごめんな」
「後で後悔しても知らないんだから!」
丁度五分前のチャイムが鳴ったので話もそこまでにして一夏たちはトレーを片付け教室に戻っていった。
放課後。エミルは一夏、箒、セシリアの四人で第3アリーナに集まり特訓を始めようとしていた。
「じゃあ、一夏。正直言って君の攻撃は分かり易いんだ。僕以上に大振りだからね。何となくオルコットさんなら分かるよね。一夏と戦ったんだし」
「はい。正直なところ織斑さんは大振りなのでどんな攻撃を仕掛けようとするのか分かり易いです」
「マジか……」
エミルとセシリアの言葉が一夏の胸に突き刺さる。エミルはそれを気にする様子もなく話を続ける。
「ね? だから大振りを直して倒すことじゃなくて攻撃を当てることを目的とした特訓にしようと思う。だから一夏は僕たち三人を同時に相手してもらうよ」
「む、無理だって!」
「無理でもそれくらいやらないと直らないよ。癖になる前に直さないと弱いままだよ」
エミルは心を鬼にして一夏に言う。「弱いまま」この言葉が一夏のやる気に火をつけた。
「……分かった」
「じゃあ行くよ」
エミルと箒が剣を構え、セシリアがライフルとBT兵器を展開する
「はじめ!」
この後一夏は徹底的なまで打ちのめされた。特訓が終わる頃にはすでに陽が落ち夜になっていた。なお、この時一夏はアリーナの真ん中で息を切らして倒れている。
「さて、今日はここまでだよ。お疲れ様、一夏。また明日ね」
「織斑さん、ごきげんよう」
エミルとセシリアは自室に戻っていく。
「あぁ……、また明日な」
ぜぇぜぇと息を切らせながら返事をする。それからしてすぐに箒も一夏に先に部屋に戻ってシャワーを浴びる旨を伝えて部屋に戻っていく。それから一夏が部屋に戻っていくのはもうしばらくしてのことだった。
今回はここまでです。次回も早めにあげられるよう頑張ります。
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幕間
一夏との特訓が終わった後、エミルは使い終えてしまった食材の買い出しに出ていた。一通り買い出しを終え、部屋に戻る最中、突然後ろから突進を喰らう。
「いてて、あれ鈴さん?」
喰らった部分を擦りながらその方向を見ると、頭を押さえている鈴の姿があった。
「ちゃんと避けなさいよ!」
正面から喰らったわけでもないのに理不尽なことを言われるエミル。
「えぇ。そんな無茶な……」
鈴の顔を見たを見た時に少しだけ見えた鈴の涙を見逃せなかったエミルは一つ提案をした。
「ねぇ、鈴さん。さっき何かあった? よかったら話でも愚痴でも何でも聞くよ」
「……じゃあ、一つだけいい?」
鈴は少し悩んだ後、エミルに話を聞いてもらうことにした。
「うん。ここだと一夏も出てくるかもしれないし僕の部屋でいいかな? この荷物も置きたいしね」
「分かったわ」
エミルは鈴を連れて部屋に戻っていく。間もなくして部屋に着いたので鈴を中に案内する。
「鈴さん、好きなところに座ってくれていいよ。お茶を持ってくるから楽にしてていいよ」
お茶を取りに冷蔵庫の方に行くエミル。鈴はその間部屋を見回していた。途中から何を想像したのか鈴の顔は真っ赤になっている。そんな時にエミルが戻ってきた。
「おまたせ。……鈴さんが話すタイミングまで待つから自分のタイミングでいいよ」
「……うん」
数分後、鈴はようやく口を開く。
「ねぇ。もし、エミルが女の子から毎日私の味噌汁を飲んでほしいみたいな約束をしたらどう?」
「どうっていうのは?」
「それを正しい意味で覚えていられるかって意味よ」
「うん。覚えていられると思うけど。それがどうかしたの?」
約束こそしなかったが、エミルはマルタと結婚までたどり着いたのでその意味は正しく理解できるし、その意味も分かる。
「小学校の頃にね一夏に約束したの。もしまた会えたたら毎日私の酢豚を食べて欲しいって言ったのよ。そしたらあいつ毎日酢豚を奢るっていうのと勘違いして覚えていたのよ」
「一夏……」
エミルは溜息をつく。何となくだがエミルはその先の展開が予想出来てしまった。
「それで一夏を叩いてから飛び出してあんたにぶつかったのよ」
もはやエミルの顔は苦笑で彩られていた。そこでエミルは鈴に一つ提案をする。
「鈴さん。来週のクラス代表選で負けた方が勝った方の言うことを聞くっていうのを一夏に提案してみたらどうかな?」
「そうね。明日早速言ってくるわ」
この時の鈴はもう廊下で会った時のような印象はなく、午前中にあった宣戦布告した鈴とあまり変わらない。
「よかった。もう元気は出たみたいだね」
「えぇ。エミルがいい案を出してくれたおかげよ。ありがとう」
「ははは……」
「それじゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
元気が出た鈴は自分の部屋に戻っていく。それから間もなくしてセシリアが部屋に来た。
「エミルさん。この前約束したことなんですが、次の日曜日でよろしいでしょうか?」
「うん、大丈夫だよ」
「それでは、10時にゲート前に集合ということで」
「了解。どこに行く?」
「それはわたくしに任せてください!」
元気に言い切るセシリア。
「うん。分かった。楽しみにしてるよ」
笑顔で言うエミルに見惚れるセシリア。少しラグが発生した後にトリップした意識が戻ってくる。
「は、はい! それではまた」
「じゃあ、またね」
少しよぼついた足取りで戻っていくセシリア。少し不安になるエミルだったが、しっかり前に進んでいるので大丈夫だと思い、その場に残って見送る。
日曜日。
エミルは相手を待たせるのは忍びないと思い予定時間より十五分ほど早くゲート前に向かう。ゲート前に着いたのは十分前。そして着いた時にはもうセシリアが待っていた。
「おはよう、オルコットさん。もしかして待たせちゃったかな?」
セシリアは首がちぎれそうな勢いで首を横に振る。慌て様が半端ではない。
「そ、そんなことありませんわ。ついさっき着きましたの(言えませんわ。楽しみで一時間も前から居たなんて)」
「そう? ならよかったよ」
「はい。それでエミルさん。その……わたくしの服装は似合っていますでしょうか?」
この日のセシリアは上が白のブラウスに薄いピンク色のカーディガンで下が薄い水色のロングスカートという格好だった。
「うん。とてもよく似合ってるよ。その……可愛いと思う」
最後はどもりながらも言い切るエミル。まるでマルタに押されていた当時のオドオドしていたエミルが再び出てきたような感じだった。それでも最後は照れ笑いをしている笑顔をするのはさすがの一言。最後まで辿り着いたものはやはり一味違う。
「ありがとうございます……」
まさか可愛いと言われるとは思っていなかったセシリアは顔を真っ赤にしてフリーズしていた。頭から煙が出ているのでは? と疑いたくなるくらいである。フリーズも起こしているのだからむしろオーバーヒートしていてもおかしくはない。
「オルコットさん。大丈夫?」
「え、あ、あぁ。大丈夫ですわ。エミルさんはあまり見ない服を着ているのですね」
「そ、そんなことないよ」
今度はエミルが慌てる番だった。もっともセシリアがそう感じるのも無理ないだろう。何せエミルの服装はルインの元で叔父と叔母と共に生活していた時のものでありセシリア達からすれば異世界のものであるのだから。
「僕はこれとISの時に来ている服しかしか持ってないしね」
ラタトスクの騎士は別にIS専用ではないのだが、話がややこしくなってしまうので伏せる。ただ、セシリアは服をあまり持っていないという点に反応を示し、その時はまるで獲物に狙いを定めた飢えた獣のような目つきをしていた。
「それでは今日はエミルさんのお洋服も買いましょう。さて、お時間がもったいないですし早速向かいましょうか」
そう言ってセシリアはエミルの手を引っ張っていく。エミルもまんざらでもなさそうなのだがその顔にはどこか感傷的な物が少し漂っていたがセシリアがそれに気付くことはなかった。行く先々、店先の人に冷やかされ紅くなる二人は初々しいカップルのようだった。
途中、公園のベンチで休憩を挟んだのだがその時にセシリアは再び勇気を出す。
「あ、あのエミルさん」
「何かな?」
「もし、よかったらなのですが、これからはわたくしのことをセシリアと呼んでくださいませんか?」
「うん。それくらいならお安い御用だよ」
エミルはセシリアの勇気を意に介せず了承する。まさかとは思うが一夏の凡骨(ぼくねんじん)っぷりが移ったのではないだろうか。セシリアはマルタとはタイプが全く違うのでそこまでたどり着かないのも無理ないと言えばそうなのだがそれでもやはり鈍すぎる気もしなくはない。
一方、セシリアはエミルから見えない位置でガッツポーズを取る。それに気付かないエミルは一度伸びをしてから立ち上がり、手を差し出す。
「それじゃあ、行こうか……セシリア」
「はいっ!」
セシリアはエミルの手を取り立ち上がる。
この後、バカップルにも負けないくらいピンク色のオーラを出した金髪の二人組が街中に出現したらしい。
この日のことを目撃してた生徒がいた為、後日、クラスで噂になったとか……。
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8.魔物と無人機
とちあえず今回で鈴編は終わりです。
それではごゆっくりと
クラス代表戦当日。
エミルはセシリアと共に観客席にいた。すでに鈴はフィールドで待機している。一夏の出番の為今頃ハッチで準備していることだろう。
しばらくしたら一夏がハッチから出てきた。そして試合開始のブザーが響き渡る。すると、一夏が先手必勝とばかりに攻撃を仕掛ける。当てることを重視した攻撃は徐々に相手を追い詰めていく。
「よし、練習の成果が出てる。けど……」
「でも決定打には欠けますわ」
「あれは最終手段だからね」
そんな会話をしていると、鍔競り合いをしていた一夏が突然吹き飛ばされる。
「あれは一体……」
「中国の専用機、甲龍の肩にある非固定浮遊部位は空間圧作用兵器・衝撃砲で名前は『龍砲』。砲身斜角の制限なしで砲身と砲弾が見えないのが特徴です」
「見えない砲弾……」
エミルは自分だったらそれに対処できるかどうかを考えていた。かつて旅をしていた時にはそんな敵を相手にしたことはない。もっとも実際に対峙する場合と見てるだけの場合は全然違うから本当のところは分からない。
龍砲に順応してきた一夏は回避に徹する。鬼ごっこのような状況が続いていた。
一夏と鈴は上空で、口喧嘩のようなものをしている。
「あぁもう! いい加減当たりなさいよ!」
「負けると分かっていて当たるやつがいるかよ!」
「一夏のくせに生意気よ!」
「なんだと!?」
若干痴話げんかのように感じなくもない。試合中だというのに緊張感に欠ける会話である。それでも試合は続いていく。一夏が瞬時加速で勝負を仕掛けようとした時、何者かがシールドを突き破って乱入してきた。
「一体なんですの!?」
セシリアが驚愕している。他の生徒も何が起きたと騒ぎ出す。それを余所に、生徒やお偉方を守るために観客席に付属しているフィルターが下りてくる。すると、千冬がアナウンスを入れる。
『試合は中止だ! 凰! 織斑! 直ちに戻ってこい! 一般生徒も直ちに避難しろ。これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない!』
ようやく事態を把握した一般生徒は悲鳴を上げ、大騒ぎとなる。こうなってしまうと落ち着かせるのは至難の業である。だが、エミルはこれが初めてのことではないため落ち着いて対処する。
「皆さん、一度落ち着いてください!」
エミルが大声を上げる。それが幸い全体に届き、静かになる。
「出口に近い人から順にここから避難してください。慌てず、落ち着いて避難してください!」
一般生徒はエミルの指示に従い、順に出ていく。全てが上手くいくと思った。が、その時シャッターの上に『何か』が着地し、破壊して中に侵入してくる。だが、唯一エミルは侵入してきた『何か』の正体が分かった。何故なら、それは本来エミルの世界にいるはずでこの世界にはいるはずのない魔物なのだから。そして魔物が二体いる。片方が所々若緑色をしている羽と尾羽が特徴の大型の鳥。名は『シムルグ』。もう一体は青と水色の毛皮で包まれながら、氷のような冷たさを醸し出している狼。名は『フェンリル』。どちらも今にも生徒に襲い掛かろうとしている。そしてそれを倒さずに大人しくさせることが出来るのはエミルだけ。
「あ、あれは一体何なんですの……」
エミル以外は見たこともない生物に対する恐怖が勝り竦み上がっている。
「セシリア。皆をお願い」
「エミルさん!?」
セシリアは行かないでほしいと言わんばかりにエミルの制服の袖を掴む。
「お願いですので一緒にいてください……」
声を震わせながらエミルの懇願するセシリア。エミルはセシリアの頭に手を置き笑顔で言う。
「僕なら大丈夫だから……ここで待ってて。必ず帰ってくるから」
「はい。約束ですわ。必ず帰ってきてください。待っていますわ」
セシリアの手がエミルの制服の袖から離れる。そしてエミルは数歩前に歩み出る。そしてラタトスクの騎士へと変身する。IS学園の生徒からするとISに似ている服装だと感じるのだろうが、事実としては逆だ。ISが今の服装に似ているのである。
エミルが腰からネザートレイターを引き抜き、シムルグとフェンリルの元に駆け寄り、先手必勝と言わんばかりに技を入れる。
「鳳翼旋! 虎咬裂斬刺!」
ジャンプしながら前方へ移動してシムルグを二回斬り付ける。着地と同時にさらに突進してフェンリルに攻撃を加えた後に蹴り上げる。そして二体に対して衝撃波を放つ。
この攻撃により、二体の標的がエミルへと変わる。エミルは二体が侵入してきた穴から外へ出る。フェンリルとシムルグもエミルを追いかけるようにして外へ出る。
一早く外へ出たエミルは外の状況を確認すると一夏と鈴は正体不明のISに対峙していた。加勢したかったが、二体が穴から出てくる。
「これで終わりだよ。空牙衝! 天衝裂空撃!」
ジャンプして二体に向かって再び衝撃波を放つ。着地後、切り上げた後にジャンプしながら高速で回転しながら前方へ移動しながら切っていく。着地後に剣をしまい、シムルグとフェンリルの方へ手を向ける。すると、エミルの足元に魔法陣が展開される。二体の足元にも同じような魔法陣が生成される。そしてシムルグとフェンリルがその場から消える。どうやら契約に成功して大人しくなったようだ。
エミルはISを装備して一夏と鈴の元へ向かう。向かっていると一夏が鈴の目の前に立ち、鈴が後ろから衝撃砲を放つところが視界に入る。すると、一夏の機体が光る。それは白式の単一能力『零落白夜』が発動したことを意味していた。一夏の攻撃がISの右腕を切る。が、相手もただじゃやられず左腕の拳でカウンターを入れる。この一撃でISは動かなくなる。エミルは開放回線で一夏に声をかける。
『一夏、正面から反撃喰らってたけど大丈夫?』
『おう、エミルか。まぁ、何とかな』
『なら、よかったよ。鈴さんもお疲れさま』
『ありがとう。エミルも変なやつ倒してくれてありがとね』
『僕は出来ることをしただけだよ(伝説級の魔物が変なやつ扱いされてる……)』
開放回線を切る。その時に倒れたはずのISの左腕が動いたのをエミルは確認したため、更にスピードを上げる。そして、ISの左腕からビームが放たれるタイミングとエミルが一夏の体を押したタイミングは同じだった。
「う……ん……」
エミルが目を覚ましたのは保健室のベッドの上だった。エミルが起き上がろうとした時、布団が抑えられている感覚を覚える。上半身を起こすとベッドに伏せるようにしてセシリアが寝ていた。エミルは優しい笑顔を浮かべてセシリアを見ていた。
「(そいつ、ずっとお前のことを診てたんだぞ。後でお礼言っとけよ)」
「(ラタトスク……。うん、分かったよ)」
エミルがラタトスクと短いやりとりを終えるとセシリアが目を覚ます。
「ん……。あ……、エミルさん!」
「うわっ!」
起きたセシリアはエミルの腰部分に抱き着く。
「よかった……。エミルさんが無事で本当によかった…………」
「セシリア……。心配かけてごめんね」
エミルがセシリアの頭をなでる。
「エミルさんが無事ならそれで十分ですわ……」
なお、セシリアの声は震えていて今にも泣きそうだった。エミルはセシリアの頭をなで続ける。すると、保健室の扉が開く。この時の二人が離れるのは凄まじく早かった。
入ってきたのは一夏、鈴、箒の三人だった。
「エミル。大丈夫か? 悪いな。俺が油断してたばっかりに……」
「何とかね。気にしないで。僕は何ともないんだから」
「エミル。一夏が迷惑かけたな」
「箒さんも気にしないで。あれは僕が悪いわけだし……」
「本当よ!」
今まで黙っていた鈴が口を開いた。
「もし、あれであんたに何かあったらどうするつもりだったの!?」
「り、鈴……さん?」
エミルは戸惑いの声を上げる。
「あんたに何かあった場合、傷ついたり、心配したりする人がいるの! それを忘れないで」
「そうだね、これからは気を付けるよ」
「それじゃ、私は部屋に戻るわ」
踵を返し、部屋から出ていく鈴。
「長居してエミルに負担をかけるわけにもいかない。失礼したな、エミル。一夏。私たちも部屋に戻るぞ」
「あぁ、そうだな。それじゃ、エミル。またな」
「うん。またね」
そう言って二人が出ていく。そしてその場にはセシリアだけが残され、二人きりとなる。
「エミルさん、わたくしも部屋に戻るとしますわ。鈴さんが言っていた心配する人に先生方だけでなく、わたくしもいますのでその事は忘れないでください。それでは、また」
そして部屋にはエミル一人が残った。ラタトスクがエミルに話しかける。
「(さっきの鈴とかいう娘が言った言葉。マルタが言ったことにそっくりだな。おまけに勝気なところまでそっくりだもんな)」
「(そうだね。確かに鈴さんってマルタにそっくりかもね)」
「(とにかく、鈴の言う通りだ。何かがあってからじゃ遅いんだからな。気をつけろよ)」
「(うん)」
「(分かってるならいい)」
会話が終わる。そして再びエミルは眠りに着いた。
なんでこうなった……
まぁ、それはそれとして。とりあえず原作において一巻部分がようやく終わりました。
次回から二巻「シャル・ラウラ」編に入ります。
できるだけ早くあげられるよう頑張ります。
そのうちフェンリルとシムルグを召喚するかも……
よかったら感想等お願いします。
もう少し魔物を出そうと思いますが、もしよかったら魔物案ください。一応候補はあるのですが少し忍びないので……。ちなみにシリーズはあまり問いません。※それが採用されるかは運ですが……
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シャルロット編
9.2人の転校生
待ってくださってる方がいるか分かりませんが……
クラス代表戦で起きた騒動もひと段落して久しぶり落ち着ける日が来たため、エミルは部屋でのんびり過ごしていた。ちなみにエミルが使ってない方のベッドの上では小さくなったフェンリルとシムルグがリラックスしている。なぜ、ベッドの上に居るのかというと先日、大人しくさせたのはいいがずっと閉じ込めておくのもどうかと思い、サイズを小さくして召喚したのだ。サイズ的には子犬、小鳥と変わらない。
「さてと、今日は何を作ろうかな……」
冷蔵庫を漁りながら昼食の献立を考えていると扉がノックされた。エミルは扉を開け、誰が来たか確認する。扉の前にいたのは鈴だった。
「あれ、鈴さん。こんな時間にどうしたの?」
「この前のお礼よ」
「この前?」
エミルは全く何のことか覚えていないようだった。もっともエミルからすると大半のことが条件反射なのでそのせいなのだろう。
「この前、私を慰めてくれたでしょ。そのことよ。後、一夏をかばってくれてありがとう」
「気にしなくていいよ。ただ、少し毒抜きが出来たらなって思っただけだし」
「それでもいいのよ、いいから黙ってお礼を受け取りなさい」
「そう……だね。ありがたく受けるよ」
「よろしい。それじゃあ、少し台所を借りるわよ」
鈴はそう言うと部屋に入って冷蔵庫を漁りだす。その後、献立を決めたのか食材を取り出し調理にかかった。
「見られてるのも落ち着かないからゆっくりしてていいわよ」
「うん、そうするよ。あ……」
調理の音で目を覚ましたのかフェンリルとシムルグがすぐそばまで来ていた。
「あ?」
そう言って鈴がエミルの視線の先に目を向ける。するとそこには、鈴にとって先日見た『変なやつ』がそこにいた。そして、鈴が綺麗な笑顔を浮かべて言う。
「あとで事情を教えてくれる?」
「う、うん」
これはどうやらエミルに拒否権はなさそうだ。エミルは一頭と一羽を連れてベッドの方へ移動する。そして鈴は調理を再開した。
「お待たせ」
鈴が作っていたのは酢豚である。エミルはこの世界の出身ではない為、料理名は分からない。でも、美味しいのであろうというのは分かっていた。早速、箸を手に取り酢豚を一口運ぶ。
「うん。美味しいよ!」
「そう? ありがとう」
そう言って鈴は嬉しそうにふわりと笑みをこぼす。その笑顔に少し朱くなるエミル。ふと微笑んだ鈴の顔は柔らかく、かわいらしいものだった。
食べ終わったエミルは食器を片づけ、元いた場所に腰を掛けなおす。
「で、さっきの説明してもらいましょうか」
一息ついたところで鈴が先ほどとはがらりと変わり、悪い顔をしている。
「そうだね……。今から言うことは全部本当のことだよ。嘘のように感じるかもしないけどね」
鈴はエミルの言葉に首を縦に振り、ゆっくりと頷く。
「まず、僕はここの世界の人間じゃない。まぁ、そもそも人じゃないんだけどね。それで、僕がいる世界では魔物と言われている生き物が存在している。で、先日暴れていて、今ここで大人しくしてるのがサイズこそ小さくしたけどその魔物で、鳥の方がシムルグで今、犬みたいな感じになってるのがフェンリル。それでその魔物を管理、統括しながら魔界の扉を守護してるのがラタトスクって言う精霊。で、そのラタトスクっていうのが僕」
「は? え? えっ??」
エミルの言ったことに混乱しきっている鈴。それもそうだろう。目の前にいる男がこの世界の人間ではない上に、人の形をしているのにそもそも人間じゃない。そしてなにより目の前に男は自分が精霊と言っている。さらにはすぐそばで大人しくしてるのが動物ではない。
「えっと、つまり何? 簡単に言うとあんたは人間じゃなくて、そこにいるのはただの動物じゃない。っていうこと?」
「まぁ、ざっくり言い過ぎだけどそういうこと」
「信じられない部分の方が多いけど、まぁあんたは嘘をいうような感じはなさそうだし、何より、目の前にその魔物っていうのがいるわけだし信じるしかないわね。そういえば、このことを知っている人は?」
「魔物の話まではしてないけど千冬さんが唯一このことを知ってる。それ以外は知らないよ。だから、ここまで話したのは鈴さんが初めてだよ」
「そうなんだ。……そ、そろそろ部屋に戻るわ。また今度、その子と遊ばせてね」
「うん、分かったよ。いつでも来てね」
鈴が部屋を出て行くとエミルは鈴が見えなくなるまで手を振っていた。
翌日の朝
今日もまた真耶が朝礼を始める。すると、普通では考えられないことを宣う。
「今日は転校生が二人います」
「「「「「えーーーーーーー!!!!」」」」」」
クラスが絶叫の渦に包み込まれる。それもそうだろう。何せ、一日でしかも同じクラスに二人の転校生が来るとはいったい何事だろうか。そもそも転校生が同日に一つのクラスに来ること自体おかしい。驚くのは当然のことだ。
「それでは。入ってきてください」
扉を開けて転入生が入る。入ってくるのはいいのだが、
「それでは、自己紹介をお願いします」
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
そのうちの一人、シャルルと名乗った者が男性だったのだから。
シャルルがにこやかな笑顔を浮かべている一方、クラス全員は何一つ反応できないでいた。
「お、男?」
誰かがそう口にする。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を」
人懐っこそうな顔に礼儀正しい振る舞いと中性的な整った顔立ち。そして濃い金髪を首の後ろで丁寧に束ねている。その印象はまさに貴公子だった。
「きゃ……」
誰かがそういうとエミルは咄嗟に耳を塞いだ。学校初日にも発生した大音量の喜声が響き渡る。そんな雰囲気を察知したのだろう。なお、一夏はぽけーっとしている。
「「「「「「きゃあーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」」」」
ついに歓喜の叫び声が発せられた。
「男子よ! しかも三人目」
「しかも私たちのクラス!」
「美形な上に、守ってあげたくなる系!」
「地球に生まれてよかったー! お母さんありがとう!」
「一夏君と並んで黒髪と金髪で絵になりそうだけど、エミル君とも並んで金髪同士でも絵になりそう!」
「一シャル? それともエミシャルかな? 私の創作意欲が刺激される!!」
とりあえず、一番最後の怪しいのは放っておくとしよう。一組の女子陣は朝からテンションゲージが振りきれている。
「えっと、まだ一人いるんですが……」
そう転校生はもう一人いるのだ。小柄な体形に輝くような銀髪を腰近くまで下ろしている。醸し出されている雰囲気は軍人。全身からは冷たく鋭いオーラのようなものが放たれている。まさにそれは研ぎ澄まされたナイフのようにも感じる。
なお、その少女はクラスの女子など眼中になく、完全に見下している。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
二つ返事で頷くラウラと呼ばれる少女。なお、千冬はその反応に面倒くさそうな表情をしていた。
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般の生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました。……ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「…………」
「あ、あの以上でしょうか?」
「以上だ」
何とも言えない空気にいたたまれなくなった真耶が出来る限り笑顔でそう聞くが、ラウラの返事はまるで刃物のように鋭いものだった。真耶が若干涙目になっている。その時に一夏とラウラの目が合う。
「! 貴様が!!」
そう言って一夏の元へ歩み寄る。
バシン!!!
何も言わず無言で一夏を平手打ちを喰らわせた。そして口を開く。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなどと、認めるものか」
「いきなり何しやがる!」
「ふん……」
一夏のもとから離れていくラウラ。だが、一人それに対して口を開く。
「初対面のやつに向かって平手打ちとはずいぶんと常識のないやつなんだな」
それは燃える火のように赤い色の瞳をしたエミル、つまりラタトスクだった。
「何だと……」
振り返り、苛立ちを見せるラウラ。それに対してさらに煽るように口を開くラタトスク。
「ふん、事実だろ。それとも何だ? お前の国は初対面の相手に平手打ちするのが挨拶か? 随分と面白い場所だな」
「貴様、それ以上私と祖国を侮辱してみろ、二度とそんな生意気な口を叩けないようにしてやる」
まさに売り言葉に買い言葉。それでもラタトスクは続ける。
「俺はお前がやったことに対していっているだけだ。事実を言って何が悪い。生意気な口を叩けないようにしてやるだと? 本当に面白いことを言うんだな。お前みたいな小娘風情が何人にかかって来てもお前じゃ俺には勝てねぇよ。出直して来い」
「そこまでだ。馬鹿者。……これでHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グランドに集合。今日は二組と合同でISの模擬戦を行う。解散!」
こうして朝のHRはようやく終わりを迎えた。
今回はここまでです。
もう一つ言えばもう一つの作品の二話目も投稿してます。
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10.3人の男子?
大変お待てせしました。
それでは十話です。お楽しみください。
「おい、キャスタニエ。デュノアの面倒を見てやれ」
「分かりました」
すでにラタトスクは引っ込んでいてエミルが出てきていた。
「えっと、キャスタニエ君でいいのかな? 男子は織斑くんだけのはずじゃ?」
「僕は公にされてないだけで一応二人目なんだ」
「そんなことより、とにかく移動しないか? そろそろ女子が着替え始めるし」
会話している二人に入ってくる一夏。今回ばかりは一夏の正論だった。
「そうだね。それじゃ、行こうか」
エミルがシャルルの手を取り走り出す。シャルルは何故急に走り出すのか理由が分からず、少し呆気にとられている。一夏は走りながらシャルルに話しかける。
「とりあえず男子は空いてるアリーナ更衣室で着替えるんだ。実習の度、この移動があるから早めに慣れてくれ」
「いきなりでびっくりしたよね。ごめんね」
「う、うん」
シャルルが若干そわそわしているがエミルと一夏にはそんなことを気にしている余裕がなかった。何故なら――
「転校生を発見!」
「しかも織斑君とエミル君も一緒にいるわ!」
「金髪で瞳はアメジスト色だわ!」
「きゃあ! エミル君と手を繋いでるわ!」
「金髪同士も絵になるわね!」
「日本に生まれてきてよかった……」
「エミ×シャルも追加ね!」
「どちらが攻めか迷うわね……」
「再び春が来たぁぁぁ!」
階段を下りている最中に後ろから女子の声が響く。最も最後の方は気にしない方が吉だろう。まぁ。それはそれとして――
そう。HRが終わるということは一限が始まるまでの空き時間に情報を求め、飢えた狼たちが押し寄せてくるからだ。
捕まったら最後、実習に遅れるのは間違いない。更に千冬からの特別カリキュラムが待っている。エミルたちは何としても逃げ切る必要があるのだ。
「見つけたわっ!」
「者ども出会え出会えい!」
前には虎たちがいた。前門の虎後門の狼。だが、どちらにしてもこのままでは全員が遅刻になってしまう。
「ねぇ、一夏。この状況を一つだけあるんだけど試してみていいかな?」
「ここで全員が遅刻するよりはマシだ」
「分かった。ちょっとごめん、シャルル、一夏」
エミルが腕部分だけISを部分展開がシャルルと一夏を抱きかかえ、階段の窓から飛び降りる。そして、天使の羽も部分展開し、難なく着地した。
「二人とも大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ」
「何とかな。でも助かったぜ。これで遅れずに済む」
再び更衣室まで走り出すエミルたち。無事、着替えるのにも余裕を持った時間にアリーナ更衣室に到着した。一夏が着替えるために服を脱ぎだそうとすると――
「うわぁ!」
シャルルが悲鳴を上げる。
「どうかしたの?」
「荷物でも忘れたか?」
「いや、だ、大丈夫だよ。大丈夫だけどそっち向いててね?」
「? まぁ、男の着替えを見ようとは思わないからな」
そう言って再び着替えを始める一夏。なお、エミルはこの場から離れた場所で着替えもとい変身を行っている。あまり人に見せるものではない。
一夏が着替え終えたところでエミルが戻ってきた。
「そういえば、エミルはいつもどこで着替えてんだ?」
「そんなことより、のんびりしてて大丈夫? ぎりぎりだと余裕を持った意味がなくなるよ」
「やべっ!」
三人はグランドまで再び走ることになった。
少し、余裕をも持った時間にグランドに到着する。すると、腕を組んで仁王立ちをしている鬼のような教官が待っていた。
「遅い! とっとと並べ!」
おかしい。まだ少し時間があるはずだ。まるで英○王のような唯我独尊ぶりだ。もはや自分がルールと言わんばかりである。
三人が列の一番端に加わる。エミル、シャルル、一夏の順で並ぶ。
「ずいぶん、ゆっくりでしたのね」
エミルの隣はセシリアだった。
「そうかな? これでも急いで来たんだけどね」
エミルはセシリアの棘のある言葉に対し苦笑いしながら返す。そこで千冬が口を開く。
「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」
「はい!」
今回は一組と二組の合同実習ということもあり、普段と違い人数は倍近くいる。何が違うのか分からないが聞こえる返事に入っている力が普段より強い。
「まずは戦闘を実演してもらおう。凰! オルコット!」
「「はい」」
「専用機持ちならすぐに始められるだろう。前に出ろ」
「めんどいなぁ。どうして私が……」
「はぁ。なんかこういうは見世物のようで気が進みませんわね」
不満を言いながら前に出る二人。すると千冬が二人に近づき耳打ちする。
「お前ら、少しはやる気をだせ。あいつらにいい所を見せられるぞ」
そう言ってエミルと一夏がいる方を盗み見る。その言葉にはっと二人が反応し、態度を百八十度変える。
「やはりここはイギリス代表候補生。わたくし、セシリア・オルコットの出番ですわね」
「実力の違いを見せるいい機会よね。専用機持ちの」
さっきまでとは違い、やる気に満ち溢れている。ただ、千冬の言葉に乗せられているだけのような気がしないでもない。
「今、先生なんて言ったの?」
「俺が知るかよ。エミルは?」
「僕も分からない。っていうか、耳打ちしてるのに聞こえてたら意味ないでしょ」
そんな男三人の会話がしている間も話しは続き、前では一体誰が相手なのかを気にしていた。セシリアVS鈴という構図が出来上がる前に千冬がストップをかける。
「慌てるな、バカども。対戦相手は――」
キィィィィィィン
「あぁぁぁああああ! ど、どいてください!」
なんと落下してきたのは真耶だった。エミルと一夏のいるところに一直線で落ちてくる。
「危ない!」
エミルがいち早くISを展開し、落下してくる真耶を受け止める。
「ありがとうございます、キャスタニエ君」
着陸して真耶から離れた瞬間、エミルの目の前をレーザー光が通過していく。
「えっ……」
エミルの顔は真っ青である。
「ホホホホホホホホ…………。残念です。外してしまいましたわ」
そしてもう一方向から何かが組み合わさる音がした。
「エミルーー!」
「何で鈴さんまで!?」
「何となくよ!」
そう言って双天牙月を振りかぶって投げる。双天牙月がチャクラムよろしく回転しながらエミルへと迫る。
バァン、バァン
二回、銃の引き金を引いた音を響く。そしてその弾丸は双天牙月に当たる。弾かれた双天牙月は地面へと突き刺さる。
そして、その弾丸を放った人物は真耶だった。普段のおっとりしたような雰囲気は皆無で、完全に落ち着き払っている。
「………………」
千冬以外のこの場にいるほとんどの人が普段とは全然違うその姿に驚き、唖然としたまま固まっている。
「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃は造作もない」
「む、昔のことですよ。それに候補生止まりでしたし」
雰囲気が再びいつものようなおっとりした雰囲気が戻る。
「さて、小娘ども。さっさと始めるぞ」
「あ、あの二対一で?」
「さすがにそれは……」
「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける」
千冬はわざわざセシリア達を煽るような言い方をした。そしてまんまとそれに乗せられる二人。これで二回目である。
それはそれとして千冬の口車に乗せられた二人は目に見えて分かるくらい闘志を漲らせている。これが漫画、アニメだったら目の形が炎になっていそうである。
「では、始め!」
号令と共に飛翔を開始するセシリアと鈴。そして、後ろを追いかけるように続く真耶。
ある程度の高さまで到着したところで静止し、高度を保つ。
「手加減はしませんわ!」
「さっきのは本気じゃなかったしね」
「い、行きます!」
先制攻撃をしかけようと先に動いたのはセシリアと鈴の二人。そして真耶はそれに受けて立ち、回避行動をとる。動き一つ一つが洗練されたもので一切の無駄がなく、二人を相手していても余裕がある動きだった。
その戦いの最中、千冬が口を開く。
「デュノア。山田先生が使っているISの説明をしてみせろ」
「は、はい。山田先生のISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発最後期の機体ですが、そのスペックは初期第三世代にも劣らないものです。現在、配備されている量産型ISの中では最後発でありながら、世界第三位のシェアを持ち、装備によって格闘、射撃、防御といった全タイプに切り替えが可能です」
そして一通り、シャルルの説明が終わったところで戦闘にも決着が着いたようだった。回避行動により、セシリアと鈴は衝突しその隙を真耶が狙い撃ち、墜落したところで決着が着いた。
「うぅう……。まさかこのわたくしが……」
「あ、アンタねぇ。何面白いように回避先読まれてんのよ」
「鈴さんこそ、無駄にバカスカ撃つからいけないのですわ」
互いが互いを蹴落としあう。なんと滑稽な姿だろう。そしてだいぶ仲が悪い。
「これで諸君にも教員の実力が理解できただろう。以後は敬意をもって接するように。次はグループに分かれて実習を行う。リーダーは専用機持ちが行うこと。では、別れろ」
女生徒たちは男三人の元に別れた。これでは全く授業が進まなくなってしまう。ここで千冬の怒号が飛ぶ。
「出席番号順に一人ずつ各グループに入れ! 順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグランド百周させるからな!」
これにより、群がっていた女生徒は各専用機持ちの元へと散らばっていく。
グループに別れた後、鈴とセシリアは共に自分の想い人の方を盗み見ていた。
「(はぁ、私もあっちに入りたい)」
「(エリートであることが少し恨めしいですわ)」
一方、男子勢は女生徒に囲まれ交際を申し込むときよろしく手を差し出され困惑している。
そして実習が始まって間もない時、一夏のグループから女子たちの悲鳴が上がった。何故なら、前の人が立ったまま装着を解除してしまった為、訓練機が立ったままとなり次の人がコックピットに乗れないのだ。それで、コックピットまで運ぶときに箒をお姫様抱っこしたせいである。
それを見たエミルの班の女子陣とシャルルの班の女子陣が同じ行動をとり始める。そしてその光景を見たセシリアは睨むようにエミルを見ている。視線で人を殺せるならすでにエミルが、いや、周りの女子陣は殺されているだろう。それくらい鋭い。
なお、女子をお姫様抱っこしている間、エミルは若干目が涙目になっていた。
そして昼休み。エミルたちは屋上にいた。
「どういうことだ」
不機嫌そうに箒が口を開く。
「皆で食べた方がおいしいいだろ? シャルルもまだ学園に不慣れで右も左も分からないだろうし」
「それはそうなんだが……」
そこで箒と鈴の間に火花が散る。
「えっと……僕たち、一緒にいてよかったのかな?」
エミル、セシリア、シャルルの三人は少し申し訳なさそうだ。
「いやいや、気にすんなよ。やっぱり飯を食う時は多いほうがいいからな」
「ありがとう、一夏は優しいんだね」
シャルルが笑顔を浮かべる。その笑顔に一夏は顔を赤くする。が、それを良しと思わない人が二人いる。箒と鈴だ。
「何照れてんのよ、あんた」
鈴が一夏をジーっとした視線で見つめる。一夏はごまかすように顔を逸らす。
「べ、別に照れてねぇぞ」
全くもって説得力がない。そんな一夏が言ったことを聞いてるのか鈴は弁当を開けるとそこには酢豚が入っていた。
「お、酢豚だ!」
「そう。今朝作ったのよ。食べたいって言ってたでしょ。あんた」
エミルは確かあの時に食べた……なんて思いながら自分の弁当を開ける。
「エミル。それって何?」
シャルルが気になったのかエミルの弁当の中身について質問する。
「これはブリトー。僕が作れる料理の一つかな」
「へぇ。一つ食べてみていいかな?」
「うん。いいよ。中身はチーズとレタスとトマトとソーセージ」
エミルはブリトーをシャルルに一つ渡す。シャルルはそれを受け取り、一口かぶりつく。
「へぇ、おいしいね!」
そしてエミルもその笑顔に顔を赤くする。
「なんで顔を赤くしていらっしゃるんですか? エミルさん」
そう言いながらセシリアはエミルの太ももを抓る。
「い、痛いよ。セシリア」
セシリアは抓るのをやめ、手元のバスケットを開ける。バスケットの中身はサンドウィッチだった。
「エミルさん、今朝早く目が覚めたので作ってきましたよかったらどうですか?」
「じゃあ、一つもらおうかな」
エミルはそう言って卵のサンドウィッチを手に取り、口に入れる。すると、見る間にエミルの顔が青くなっていく。
「(これは……旅を始めたばっかの時、マルタが作った料理に近いかな……)」
かつて世界を旅したとき、マルタが作ってくれた料理時と似ていた。見た目は綺麗なのに味が伴っていないということが。そして味見をしてないんだろうな。ということが分かった。
「セシリア。味見ってした?」
「い、いいえ。してません」
「もしよかったら自分で食べてみて」
「は、はい」
セシリアは自分で作ったサンドウィッチを口にする。すると、エミル以上に顔が青くなって……気を失った。
「ごめん、一夏。ちょっとセシリアを保健室まで運んでくるよ。シャルルも少し付き添いで来てもらっていい?」
「分かった」
「うん」
エミルはセシリアを背負って保健室に向かった。シャルルもそれに付き添って歩いていく。
そして後の結果として、エミルはセシリアに料理を教えることとなった。
所変わって自室。
エミルはシャルルと相部屋になった。
「まさか、シャルルと相部屋だとは思わなかったよ」
お茶を飲みながら会話している。
「これからよろしくね。それにしてもこのお茶って紅茶とは全然違うんだね。不思議な感じ、でもおいしいよ」
「そうなの? 紅茶って飲んだことないから分かんないんだけど」
「じゃあ、今度僕が入れてあげるよ。……エミルはいつも放課後にISの特訓をしてるの?」
「一夏のね。セシリアにも協力してもらいながらね」
「僕も加わっていいかな? 専用機もあるし、力になれると思うけど」
「じゃあ、お願いしようかな」
この会話が最後で二人は就寝することにした。
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11.3人目の真実
それではごゆっくり。
放課後。エミルたちはアリーナにいた。なお、一夏は箒の擬音たっぷりの説明、鈴の感覚任せな説明を受けて頭を抱えていた。セシリアはエミルから近接武器の説明を受けている。その目はとても真剣なものだ。
そこにシャルルが来る。
「一夏。ちょっと相手してくれる? 白式と戦ってみたいんだ」
「シャルル。分かった……というわけだ二人とも。また後でな」
鈴と箒は一夏を睨む。一夏はそれを然としてそれに気付いていない。
アリーナ内で一夏とシャルルの周りにはいつのまにか観客で溢れていた。エミルとセシリアもその試合を見ている。
試合が始まってから数回にわたる切り結びは一夏の成長が見られエミルは頷いていたが、宙に逃げられ銃で射撃されてからはあっと言う間だった。
まっすぐ飛んでくるものにまっすぐ向かっていくというのは自殺行為志願者以外の何者でもない。
「つまりね、一夏が勝てないのは単純に射撃武器の特性を理解していないからだよ」
試合終了後一夏はシャルルに教えを受けていた。なお、この時、エミルはセシリアと近接武器による特訓を行っている。
そこから少し離れたところで一夏とシャルルが射撃武器による練習を開始する。
エミルがセシリアから二本目を取り、一夏も射撃を終えた時、アリーナ内が少しざわつき始める。
「あれってドイツの第三世代じゃない?」
「まだ本国でのトライアル段階って聞いてたけど……」
この場にいる全員がピットの方を見る。そこには真っ黒で巨大な砲身が印象的なISがいた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」
「織斑一夏」
ラウラが一夏の名を呼ぶ。
「何だよ」
シャルルから借りていたのであろう銃を返しながら返答する。
「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話は早い。私と戦え」
「嫌だ。理由がねぇよ」
「貴様になくても私にはある」
「今でなくてもいいだろ。もうすぐクラスリーグマッチなんだからその時でも」
「なら……」
ラウラが一夏に砲身を向け、射撃した。
「危ない!」
エミルがチャクラムを展開、投擲し砲弾を切る。チャクラムはそのまま弧を描き、エミルの手元に戻る。
「ドイツの人は喧嘩っぱやいというか、血の気が多いみたいだね」
「エミル・キャスタニエ……」
この時、初めてこの場でエミルを視界に入れる。
「僕の友達を傷つけるのは許さないよ」
「ちょうどいい。先日の分を返すとしよう」
「井の中の蛙大海を知らずってところかな?」
「その言葉、そのまま返すとしよう」
互いの武器を構え、視線があい、火花を散らす。
「そこの生徒何やってる!」
注意のアナウンスが入る。興が削がれたのかラウラはISを解除する。
「今日の所はここまでにしておこう」
一夏とエミルを一瞥し、引き返していく。
「一体どういうことだ一夏!」
「アイツとアンタの間に何があるっていうのよ」
一夏はその言葉を気にせず、ただラウラがいた方を見ていた。
解散し、場所はアリーナ更衣室。
「さっきは大変だったね」
「一夏、大丈夫?」
エミルとシャルルは椅子に座って一点を見つめる一夏に声をかける。
「あ、エミルか。さっきはサンキューな、助かったよ」
「気にしなくていいよ」
一夏が着替え始めようとしたところでシャルルが声を上げる。
「エミル、僕は先に戻ってるね。一夏もまたね」
「え? ここでシャワーを浴びて行かないのか? お前、いつもそうだよな」
「へ?」
「何で俺たちと着替えるの嫌がるんだよ」
「べ、別にそんなことないと思うけど……」
「そんなことあるだろ。たまには一緒に着替えようぜ」
強引に誘う一夏にエミルがストップをかける。
「一夏、相手が渋ってるのに強引に誘うのはどうかと思うよ」
「あぁ、悪い。でも、せっかくだし仲良くしたいじゃんかよ」
「それなら他にももっと手段はあるでしょ? 休日に遊びに行くとか」
「それでもそうだ。ごめんな、シャルル」
「ううん、いいよ。それじゃあ、僕は先に行くね」
「シャルル、買い物してから部屋に戻るから少し遅くなるよ」
「分かった!」
シャルルは走って帰っていった。
「それじゃあ、一夏。僕も行くところがあるし先に行くね」
エミルも一足先に出ていく。
「おう! また明日な!」
「うん。また明日ね」
エミルはアリーナから出て近場のスーパーで買い物を終えた帰り道でエミルは不思議な物を拾った。何かの記録媒体のような形をしている。エミルはそれをポケットに入れて帰路についた。
「ただいま」
扉を閉めてベッドに向かおうとした時、シャワールームから出てきたシャルルと鉢合わせる。
「「え?」」
お互いが顔を見合わせる。そしてシャルルがものすごい速さで物陰に隠れる。
「「………………」」
何とも言えない空気がこの場を支配する。そして先に口を開いたのはエミルだった。
「えっと、少し外歩いてくるね?」
「う、うん」
エミルは鞄と買った品を置いて再び外へ出ていく。一方のシャルルも顔を赤くして物陰で固まっていた。
エミルは外のベンチに座っていた。そして手には帰り道で拾った謎の記録媒体のようなもの。
「何だろう、これ」
そしてたまたま、それが待機状態のISに近づいたとき、淡い光を帯びて吸収されていく。
「ISに関係するものだったのかな? 考えても分からないしひとまず置いておこう。……さて、部屋に戻ろうかな」
エミルが部屋に戻るとシャルルはベッドの上に座っていた。エミルは着替えをもって洗面所へ移動し、そこで着替える。戻って自分のベッドの上に座る。
「「………………」」
再び沈黙がこの場を支配する。時計の針が動く音がとても大きく聞こえる。
「……早速で悪いんだけど何で男の子のフリをしてたのか教えてくれる?」
「実家からそうしろって言われたんだ」
「実家? っていうことはデュノア社の?」
「そう。僕の父がそこの社長。その人からの直接の命令でね」
「どういうこと?」
「僕はね、父の本妻の子じゃないんだ。父とは別々に暮らしてたんだけど二年前に引き取られたんだ。お母さんが亡くなったときにデュノアの人が迎えに来てね。それで色んな検査を受ける過程でIS適性が高いことが分かったから非公式なんだけどテストパイロットをやることになったんだ。でも、父に会ったのはたったの二回。話しをした時間は一時間もないかな」
シャルルは寂しそうな笑みを浮かべて続ける。
「その後にね経営危機に陥ったんだ」
「でも、デュノア社って量産機のシェアが第三位じゃ?」
「そうだけど……結局リヴァイブは第二世代型だからね。現在ISの開発は第三世代の開発が主流になってるんだ。セシリアさんやラウラさんが転入してきたのもそのためのデータを取るためだと思うよ。あそこも第三世代型の開発に着手はしてるんだけどなかなか形にならなくて……このままだと開発許可が剥奪されてしまう」
「でも、それとシャルルが男のフリをするのは全く関係がないよね?」
「簡単な話だよ。注目を浴びるための広告塔。それに同じ男子なら一夏にも接触しやすい。エミルがいたのは予想外だったけどね。それで一夏本人と使用機体データが入手しやすくなる。要は一夏のデータを盗んで来いって言われているんだ、あの人にね」
エミルは激しい怒りにかられた。親が子を道具のように扱っていいはずがない。たとえ、その子が本妻の子ではないとしても、だ。
「はぁ、本当のことを話したら楽になったよ、聞いてくれてありがとう。それと今まで嘘ついててごめんね」
「ううん。気にしなくていいよ。それよりこれからはどうするの?」
「どうって……女の子ってことがばれちゃったし、きっと本国に呼び戻されるだろうね。後のことはよく分からない。よくて牢屋行きなんじゃないかな?」
そう言ったシャルルがはかつてマルタが父親から逃げてたあの時の姿と重なった。エミルは立ち上がりシャルルを見据える。
「それなら大丈夫だね。僕が黙ってればいいだけだし。それにここにいる間は大丈夫じゃないかな? IS学園特記事項に書いてあったはずだよ、本学園における生徒は在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体には帰属しない。だから三年間は大丈夫。その間に何か方法を考えようよ。それに……勇気は夢を叶える魔法だよ」
「え?」
「昔、シャルルみたいな女の子がいたんだ。言い訳をして諦めようとしてた女の子が。ねぇ、シャルル。ここを卒業してもシャルルと君のお父さんはいつまでも親子なんだよ? なら逃げないで正面から向かい合わなきゃ。もし怖くなった時は僕の勇気、半分分けてあげる。だから頑張って足掻いてみようよ」
エミルが笑顔でそう言い切る。シャルルは立ち上がり、エミルの方を向く。
「エミル……。うん、そうだね。ありがとう!」
ようやく一纏まりしたところで扉をノックする者がいた。
「エミルさんいらっしゃいますか? もしよかったら夕食をご一緒なさいませんか?」
セシリアだ。エミルとシャルルは声を出さずに慌てる。エミルはシャルルをベッドで横にさせた。
「シャルル、体調を崩したことにしよう」
「う、うん」
「エミルさん、入りますわよ」
セシリアがドアを開け入ってくる。すると、エミルとシャルルの様子を変に思い少し訝しんでいる。
「何をしていますの?」
「シャルルが少し体調を崩したから様子を見てたんだ」
「ご、ごほっごほっ」
ものすごくわざとらしい。そんなんで誤魔化されるのだろうか? 非常に怪しい。
「あら、大丈夫ですの? エミルさんをお借りしても?」
「少し落ち着いてきたから、……どうぞ」
「エミルさん、夕ご飯は済まされました?」
「まだだよ」
「なら、ご一緒しませんか?」
「いいけど……シャルル?」
「行ってきていいよ」
「少し、お借りしますわ。では、早速行きましょう」
セシリアがエミルの腕をつかんで歩き出す。
そして部屋を出た後、鈴と遭遇した。
「で、あんた。何してんの?」
「鈴さん?」
「これから私たち、一緒に食事をしますの」
「食事に行くのに腕組む必要あんの?」
「殿方が乙女を案内するのは当然のことです」
「あはは……」
エミルは苦笑いを浮かべる。
「なら、私も一緒していいかしら? さっき夕食食べたけど少し足りなかったから」
「鈴さん、食べすぎはあまり良くないのでは?」
「それなら気にしなくていいわよ。いつも運動してるから」
「それじゃあ、行きましょうか」
鈴はそう言いながらしれっと空いてる方の腕を取る。
両腕には可愛い女子が二人。この状況はモテない男から見ると大変羨ましいものだろう。だが、本人からするとこの状況はある意味冷や汗ものではある。もっとも場所が場所であるので他の生徒から見られると大騒ぎになることは必須なのだ。
「はぁ……」
ここで変に騒ぐわけにもいかず、何かしら反対の言葉を口にすれば機嫌を損ねるのは目に見えてるからエミルは一種の諦めのようなものを抱きながら歩いて行った。
謎の緊張感を孕んだ食事を終えた後、エミルは部屋に戻り、簡単な食事を作っていた。
「シャルル、夕食は親子丼でいいかな?」
「うん。ありがとう……」
エミルは慣れた手つきで親子丼を出していく。ものの数分で完成した。
「はい、出来たよ。お待たせ」
エミルがテーブルに親子丼を置いた瞬間表情が硬いものに変わる。シャルルの視線は親子丼とともに運ばれたお箸へと注がれていた。
シャルルは今から戦場に出るような面持ちでお箸を手に取る。
「いただきます」
シャルルが親子丼にお箸をつけるが――それが口に運ばれることはなかった。何故なら……上手にお箸を使えずポロポロと掴めずにいるからである。
「スプーンに変えようか?」
「う、ううん。大丈夫」
「遠慮しないでいいよ。ルームメイトなんだし頼ってくれて大丈夫だよ」
「ならさ、エ、エミルが食べさせてよ」
「えっ!?」
「頼ってもいいって言ってくれたから……」
「う、うん。分かったよ」
エミルはシャルルからお箸を受け取り親子丼を一口分つまみ、シャルルの口元に運ぶ。
「は、はい、あーん」
「あ、あーん」
お互い照れくさそうにしながらも最後まで続いた。
食後は会話もそこそこにして眠りについた。
とまぁ、今回はここまでです。次回からはタグが少し増えてると思います。
ちなみに次回は番外編でありつつ、本編でもあります。
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サージュ・コンチェルト
12-A.Class:Ciel nosurge 触れられない壁
分からない人は……YouTubeにダイジェストムービーがあるのでそれを見てください。それを見ればざっくりは分かります。
エミルがシャルルに食べさせた日の夜。エミルは不思議な夢を見た。
******
エミルは何かの端末のようなものでその場所をのぞいていた。
そこには一人の女の子がいた。名前はイオナサル・ククルル・プリシェール。イオンと呼ばれているらしい。
エミルはその子の記憶を取り戻しながら絆を深めていった。取り戻す過程でいろんなことを知った。
彼女が皇女であること、たくさんの壁にぶつかってもまっすぐ生きてきたこと。イオンなりに精いっぱい行動してきたこと。怖くても逃げ出すことはしないこと、人を信じる強さを知っていること。
彼女はとある時間軸では死んでしまった。その時ふさぎ込んでしまったこともある。エミルは必死に声をかけて一歩踏み出す勇気をあげてイオンはもう一度記憶を取り戻すことを決めた。
そしてまた記憶を取り戻す矢先、イオンが別の世界から連れてこられたことが分かった。そして再び過去に戻り、ほかの未来を進み始めた。
たとえ、時間軸が変わってもイオンは変わらなかった。いつでも他人のことを一番に思いやって行動していること、何事にも一生懸命なこと。巨大な壁にぶつかっても逃げ出さないこと。
そんな記憶のイオンにエミルは語りかけた。
「大丈夫だよ、心配しないで」
そんな中一つの奇跡が起きる。
「え! ……誰? 誰なの?」
エミルの言葉が記憶の中にいるイオンに届いた。
「今は言えない。でも、いつも一緒にいる、力になれる」
「そっ、か……あなたはずっとわたしを見ていてくれた。……そうだよね、あなたの言うとおり。わたしは大丈夫」
時を超えた奇跡は終わる。自信を取り戻した彼女は壁を乗り越えることに成功した。
そのあと、志を同じくする者がなくなってしまうが、遺志を受け継ぎ前へ歩き出す。
そして彼女は皇帝となり、皆を導き、世界を一つ壊すことで一つの世界を引っ張ってくることに成功した。が、それはイオンと同じだがまた別の世界から連れてこれた少女がそれを阻み、混乱に陥った。
記憶が修復できる場所はそれが最後だった。
「あなたがあの時、声をかけてくれたんだね」
「うん」
「ありがとう、あなたのおかげでここまで全部思い出せたよ」
そして、ES45カソードと呼ばれる機械をイオンが作ったとき、一つの問題が発生した。
「ねえ、あなた聞いてくるかな?」
「どうかしたの?」
「色々調べて分かったの。一度完全に接続を断つと、もう一度同じ場所に接続できる保証はない、って……。そんなの絶対にいや! あなたと出会って、あなたがいたからここまで来ることができた。大切な人たちがいたことを思い出せたのも、最後の記憶を取り戻した後も頑張れたのは全部あなたがそこにいてくれたから。あなたがいなかったら変えようとも思わなかった。ねりこさんと二人で一緒に過ごしてそれが当たり前のことだと思ってた。……あなたとお別れなんて出来ない」
「また会えるかもしれないよ」
「そうかもしれない。でも、その可能性はすごい低いの。砂漠の中から宝石を見つけるくらいに……」
「でも、そうしないと彼女が」
「分かってる。ネロを止めないとみんなが危ないってことも、わたし自身が危険なことも。でも、それと同じくらいわたしはあなたと離れたくないの。少しでも長くあなたと一緒にいたいそれだけなのに、どうして……」
「諦めたらダメだよ」
「……わたしだって諦めたくない。だからずっと調べてた。でもみつからないの。まるでどちらかを選べって言われてるみたいに。……わたしにはどうしたらいいのか分からないよ」
「頑張ろうよ、僕も一緒に頑張るからさ。みんなの想いを無駄にしたらダメだよ」
「……! そうだね、やらなかったらみんなの想いもあなたの想いも無駄になっちゃう。そんな当たり前のことも忘れてた。ありがとう。わたしもう少し頑張ってみるよ。だから、何か分かったときは教えるね。だからあなたも何か気づいたら教えて」
「了解」
そしてとても低い可能性方法を探すことにした。エミルは機械のことはよく分からないが分からないなりに考える。
イオンも必死に考える。この繋がりを切りたくないから。一緒にいたいから。口にこそ出さないが、例え端末の向こうにいる優しい少年のことが大好きだから。自分の背中を教えてくれた、記憶を取り戻すのが嫌になっても支えてくれた目には見えない彼のことが大好きだから。
だが、七次元も離れている世界とは繋がることはありえないんだからここで別れるべきだと言わんばかりに時間だけが過ぎていく。
ここでエミルは一つの決断を下す。自らが嫌われ者になるという最も単純な方法。
「イオンは何か分かった?」
「ううん、全然ダメ。むしろ調べれば調べるほど誰かに諦めろって言われてるみたいだよ」
「もうやめよう」
「もうやめようってどういうこと?」
「どちらか選ぶしかないんじゃないかな」
「そんなことないよ。これまでだって頑張ればなんとかなった。失敗もたくさんしたけど皆で頑張れば最後には上手くいってたから」
「ネロにあんなことされたのに?」
エミルは意地が悪いと思いつつも嫌われ役を続ける。
「それは……そうだけど。でも、まだ全部が終わったわけじゃない。だれも救われてなんかいない。みんなも、世界もわたし自身も……。だからきっとまだ間に合う。まだ、終わりなんかじゃない」
「でも、手遅れになっちゃうかもしれないよ。過ぎたものはもう戻ってこない。それはよく知ってるはずだよ」
「……っ!」
「ねぇ、イオン」
「何?」
イオンはその先は聞きたくないというような声音で返事をする。
「どっちか選ぼう。じゃないと本当に……」
「わたしには選べない……。あの時もそうだった。大きな決断の前に、わたしはみんなの意思を尊重してあげることしか出来なかった。みんなを救いたい。みんなと笑っていたい。ただ、それだけなのにたくさんのものが零れていった……。それなのに、また大切なものを選ばなくちゃいけないの?」
最後の方はイオンの声が震えていた。大きな決断。それは惑星移住においてどっちの命を優先するかということ。イオンは最初から何一つとして変わっていない。わけ隔てなく皆を救いたい、全ての命を救いたい。そう思っていた。でも、当然零れ落ちていく命が存在する。それは当たり前だ。人一人が救える命なんてたかが知れている。
「うん」
エミルはそれを肯定するしかない。そうしないと何も始まらない。
「……。分かった。あなたがそこまで言うなら選ぶよ。どうするべきか。わたしは……。わたしはこのままこの世界に残る。みんなを助けるためにあなたとの繋がりを切るなんて、そんなの今までと変わらない。だから、わたしはまだここにいる。残ってあなたと一緒にいる。これが正しい選択かなんてわたしには分からないけど……。最後のときまであなたと一緒にいたい。その気持ちだけは本当だよ」
「……っ!」
今度息を呑むのはエミルの番だった。エミルはまさかイオンがここに残るとは思わなかった。
「でも、ター坊たちが……」
「ター坊たちのこと心配してくれたんだね。もしダメでもみんなを助けようとしてくれてたんだね」
「別にそこまで考えてたわけじゃ……」
「ううん、あなたは優しいもん。……でもね言ったよね。それじゃ今までと変わらないって。やっぱり、わたしはみんなのこともあなたとの繋がりもどっちも守りたい。だからまだ諦めない。わたしにやれることをもっと探してみる。わたしの我が儘だって分かってる。でも、あなたと一緒にいたいって気持ちにはウソをつきたくない」
「イオン……」
「ごめんね、せっかくあなたが背中を押してくれたのに」
「イオンがそう決めたなら」
「うん。もう迷わない。前に進んできっとこの思いを叶えてみせる。それにあなたが教えてくれたんだよ? みんなの想いを無駄にしたらダメだって。わたしにとってのみんなの中にはあなたも入ってるの」
「分かった。信じてるよ」
「うん、ありがとう。あなたとなら、きっとどんなに辛いことでも一緒に乗り越えていけるって。準備ができたら教えて。教えてくれたら端末の電源を切るから」
エミルは忘れていた。イオンはこうと決めたら絶対に最後まで曲げないようとしないことを。
だからエミルは一つの決断をした。
「切らなくて大丈夫だよ。僕がそっちに行くから」
「え? それってどういうこと?」
「少しだけでいい。だから僕を信じて待ってて」
「うん。待ってるよ。あなたなら本当に来てくれるような気がするから」
******
エミルの意識は浮上し、目を覚ました。
机に向かい、シャルルに対して当分学校を休むことと心配しなくても大丈夫という旨を書いて置いておく。
そしてエミルはラタトスクの騎士になり、手を正面に掲げる。
「開け、境界の扉!」
エミルの目の前には黒い渦のようなものができて、その中に入っていく。
そして繋がっていたその先は……。
「約束通りきたよ」
「あ、あなたは?」
「初めましてになるのかな。端末の向こうでずっとイオンを見てきたよ」
「え? えぇっ!? ほ、本当にあなたなの?」
「うん。さっきはごめんね。どっちか選んでなんてひどいことを言って」
「ううん。いいの、あなたは約束を守ってくれたから。改めて初めまして、イオナサル・ククルル・プリシェールです」
「初めまして、僕はエミル・キャスタニエです。好きな呼び方で呼んでいいよ」
「うん。そ、それじゃあ、エミル。行こう? 皆を助けに」
「任せて。皆を助けるためならどこにでも」
エミルの七次元先にある世界を、住民を救うための旅が始まった。
本来、境界の扉を開いたときはそのセンチュリオンコアがある祭壇へと送られるものなんですが、まぁ……例のご都合主義ということで。もしくはオリ設定と思ってください。お願いします。
今日はあと二つ出します。今回は三つで一つの話になっています。
端末さんにはなんとなく想像がつくかな。(特にタイトル)
合計三話でサージュは完結です
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12-B.Class:Ar Nosurge part1 寧の真実と母胎想観
「ここから出なきゃいけないわけだけど、イオンは何か知ってる?」
「うーん、実は分からないの。ねりこさんになら何か知ってるんじゃないかな?」
「そうだね」
「それじゃ、行こうか」
エミルはイオンとともにねりこの元を訪ねる。現実世界に戻る戻らないで一悶着あったが、何とか落ち着いた。ねりこはエミルに覚悟があるかを聞いた。エミルは胸を張って頷く。イオンは顔を赤くしてたが、エミルはそれに気付かなかった。
外に出たとき、エミルはタットリアという少年と出会う。話してる中、イオンの悲鳴が聞こえ、悲鳴が聞こえた方へ走っていく。エミルはイオンを庇うように前に立つ。そしてこの世界においてエミルの体はジェノムと同じようだ。
協力して戦闘を終えた後、エミルは混乱しているイオンに自分のことを話す。
それからは早かった。タットリアが住んでいる『ほのかの』という町へ行き、そのあとバイオス屋と言われる場所に行ってジェノメトリクスと呼ばれるイオンの精神世界にいった。そこでまたねりこと会った。数日の間は『ほのかの』で過ごした後に鉄道に乗り
「所詮他人事なんでしょ」
――と。だからエミルは話した。自分が本当は地球ではない、別の世界から来たということを。そこでかつての自分がやったことを。なんでそんなことを伝えたかなんてエミルにも分かっていない。でも、ここでイオンから逃げたらいけない。そう感じてのことだった。そして帰れることを教えた。イオンは否定するが、エミルはそれを切り伏せた。
「だって僕は画面の向こうから来たんだよ?」
エミルはジェノメトリクスから出てイオンと話をした。エミルがここに来た方法なら何も犠牲にする必要がないことも。だから伝えた本当に帰りたくないの? と。全部が終わった時にまた聞くから考えておいてとも伝える。
二人でサーリの元を訪ねたとき、エミルは思い出した。シムルグがいることを。
エミルは二人の目の前でシムルグを召喚する。二人は驚いていたが、エミルが後で詳しいことを話すと言ったら納得してくれた。そして二人はソラヘ移動する。到着した場所はすごく穏やかな場所だった。これがデートだったら。と思うイオンだが、エミルはそれに気付く素振りを見せずに進んでいく。端末の前に到着後、いじるがアラームが鳴り出す。そして間もなくプリムとネロが立ちはだかる。プリムの様子がおかしい。言っていることが支離滅裂としている。そしてイオンが謳うことを決め、謳いだす。プリムはエミルに勝負を持ちかける。どっちが壊れるのが先か、負けた方が消えるという敗者必滅のゲームを。エミルはそれを承諾する。そしてエミルはこの世界に来て初めてISを起動する。プリムたちのことを牽制しながら降り注ぐレーザーを掻い潜る。詩は無事謳い終り引き分けとなるエミルはISを解除し、二人の前に立つ。二人は引き返して姿が見えなくなったとき、エミルは意識を放した。
エミルが目を覚ましたのはネィアフランセ。もともとデルタのお店だったのをネイが強奪し、改名した店だ。そこには和解した時のメンバーとカノンがいた。
エミルが目を覚ましたことに気が付いたイオンは真っ先に胸元に飛び込む。エミルは困った表情を浮かべながらイオンの頭を撫でる。イオンが落ち着いたところでサーリが単刀直入に説明を求めてきた。元々そういう約束だったからエミルとしても別にごまかすことではない。一から十とまではいかないが、簡単に自分のことを話す。小さくしたフェンリルを召喚した際、驚愕で全員の口が開いていた。最もイオンは楽しそうに笑っていた。
ひと段落したところでエミルとイオンは天領伽藍へ向かいコーザルと面会を果たした。そしてコーザルはもう一度人間を信じてくれるとのことだった。もう一度
その日の夜、イオンはターミナル広場にいた。イオンは白鷹とレナルルのことを心配していた。が、今は希望的観測しか言えない。会話がひと段落したところでサーリのもとへ向かう。そこでプリムの居場所が分かるかもしれないということだが、サーリの通信相手、ドクターレオルムとやらが口を閉ざし続けているようだ。どうやらプリムとネロは取り返しのつかないところまで来ているらしい。さらにレオルムとネロ、プリムは一緒の施設にいるらしい。自殺覚悟で何とかしようとしているらしい。助けたくとも、場所が分からない。通信が切れる。エミルはイオンに一言告げて外に出て人がいない場所に行く。巨大魔法陣が現れる。そしてドラゴンやフェニックスといった神話に登場し、空を飛べるものを大量に召喚し、ネロとプリムの姿を教え散開する。この世界の人をこれ以上殺させるわけにはいかない。全員を救えないのはかつて世界を旅したエミル自身が知っている。でも、それ以上に知っている。自分の想い人に二度と会えない辛さを、体が引き裂かれそうなほど切ないことを。だからレオルムを助けたかった。レオルムの声の中にはサーリのことを心の底から思いやる優しさと想いが込められていた。会えないまま離れ離れになんてさせない。
はるか遠くから戻ってきたのはシムルグ。長い階段を経て一番上にステージのようなものがある場所と教えてくれた。その場所はエミルも知っていた。それはイオンがかつて皇帝としてラシェール・フューザーを謳った場所――謳う丘。エミルはサーリのもとへ戻り、サーリたちがどこにいるかを伝えた。魔物とのネットワークを持つエミルには造作のないことだった。
エミルはシムルグに頼み、三人で謳う丘へ飛んでもらう。謳う丘内部で降ろしてもらう。内部構造は時が止まったかのように変わっていない。
奥へ進んでいくとネロとプリムがいた。
そしてそこにはレナルルがいた。どういうわけか今はイグジットと名乗っている。なぜこの場所がばれたのか驚いている。だが、一歩遅かったようだ。アルノサージュ管とのファーストハーモニクスを終えてしまったらしい。があれ以来変貌してしまったプリムの言いように再びラタトスクが顔を出し、所詮屑の仲間は屑と吐き捨てる。その時、サイレンが響き渡り、アナウンスが入る。内容はバーストがこっちに飛んでくるとうこと。間もなく強い揺れがこの場を襲った。緊急退避の指示が出る。すると、二人がこの場から離脱を図り戦闘となる。攻撃を何とか退けたが、二人は離脱。その後どこかにレオルムがいるはずだとサーリが言い捜索を始める。時間との戦いだ。が、場所は簡単に分かった。一か所だけ解放されていない場所があった。エミルは装置の中にISを装備したのちに入る。そして回線をサーリにも繋ぎ、ロックを解除し侵入すると、部屋の真ん中で一人の男性が眠っていた。サーリがそこから突き飛ばしたことでその男性は目を覚ます。そしてそれが白鷹だということが判明する。ネロたちが逃げたことを伝え、攻撃をやめてもらう。落ち着いたところで白鷹と話を始める。その中でレオルムが白鷹だったことを告げられる。どうやら名前を名乗らなかったことは事情があったらしい。白鷹から詳細な説明を聞いたのちにレナルルを元に戻すことになった。レナルルのもとへ向かうとすでに目を覚ましていた。何か余計なことをされそうになる前に一度強制的に眠らせる。そして世界パックと呼ばれるものでレナルルの記憶を取り戻すことにした。
そして侵入してきたときと同じ場所に行くとそこにはまだネロとプリムがいた。そこでプリムがインターディメンドとされていることが分かり、ネロはイオンにあなたがやっていることも私と変わらない。考えを押し付けているだけだという。そこでプリムが口を挟もうとした瞬間、ラタトスクが再び顔を出し、てめぇは関係ないんだから口を挟むなと先に言う。そしてラタトスクはネロに向き直り、以前、イオンにジェノメトリクスで言った時と同じように帰れる方法があることを伝える。自分はそれで来たことも伝え、全てが終わるときにどうしたいか教えてくれ。とだけ言い、エミルの中に戻っていく。その後ネロとプリムは飛行艇に乗りどこかへ行く。エミルも再びシムルグを呼び出し、フェリオンへと戻る。
デルタはターミナル広場にいた。エミルはデルタに声をかける。デルタはエミルに心の内を吐露する。
「感覚を失ってくのも記憶がなくなっていくのも怖い。でも、キャスを失う、守れない方がもっと怖いし辛い。だから、キャスを守るためなら俺にできることなら何だってやる」
エミルはそっと笑って後ろを見る。そこにはキャスと隣には何故か笑顔のイオンがいた。エミルはキャスにデルタはこう言ってるけどどうする? と目で問う。
「外の力なんて借りないで自分の力で守ってよ。格好悪いわ」
とキャスは言う。
「格好つけて守れないよりずっといい。だからキャス。インターディメンドを受けていいか?」
デルタがそう言ったところでエミルが口を開く。
「そんなことしなくて大丈夫。その為に僕が来たんだから」
そのままデルタにラタトスクの騎士になるかどうかを問う。この場にいる三人がハッとする。つい先日エミルの過去を聞いていたのを忘れていた。かつてエミルが旅を始めた当初、ラタトスクの契約により力を経て戦ったことを。デルタは頷く。そしてエミルとデルタの足元に魔法陣が浮かび上がる。こうして契約が完了し、デルタはインターディメンドとは違うまた別種の戦うための力を得た。その後ネィアフランセに戻る。そして、デルタとキャスはこの日は一日フリーということになり、イオンとサーリ、エミルはタービンルームへと向かい、レナルルに向けに改造した世界パックを作り、ジェノメトリクスに入る。レナルルの記憶を修復しようとすると、面をつけた女性に阻まれる。別の所に行くと巨大な目玉が浮かんでいた。エミルはそれを攻撃した後に向かうと先ほどの女性はいなくなっていた。その間に記憶の修復を開始する。
修復はすぐに終わった。エミルはジェノメトリクスから出て、ヒュムネスフィアにいるレナルルの元に行く。到着した時にはサーリは先に来ていた。そして本題に入る。どうやら記憶の修復は正解したようだった。その後、PLASMA本部に戻り、話をした後に飛行艇を使い、かつて惑星ラシェーラが存在していた場所。センターオブラシェーラに向かう。そしてネイが歌を紡ぐ。デルタとキャスを五千年前、移民させようとした惑星に送るための詩を。
そして二人の姿が目の前から消える。上手くいったのか心配だが、どうやらそれも杞憂で二人とも無事なようだ。
その後PLASMA本部に戻り話をする。ひと段落した後、イオンとエミルがレナルルに今まであったこと、何故ネイがあそこまで卑屈になっているのかを話す。そしてネイが皇帝として姿で民衆の前に立ち現状を教える。力を貸してほしいと願うもその願いは届かなかった。どうやら外も暴動寸前ということらしい。
エミル、イオン、ネイはカノンとコーザルの元へ行くもその場にはカノンしかいなかった。どうやらコーザルは唯我の森という場所にいるらしい。四人はそのコーザルがいるという
ネイとカノンは詩を紡ぐ。事態が収拾してからイオンとエミルはネイの元へ行き、ネタ晴らしをする。当然ネイは怒った。その最中でサーリが顔を出し、フラスコの水位や効果も無事元通りになったということだった。
次でサージュシリーズは終了です。まぁ色々違うところはありますが、ご覧になってる端末さん。どうかお見逃しください。
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12-C.Class:Ar Nosurge part2 寧の想い〜帰還、元の世界〜
EDも本編とは異なっています
その後エミルはもう一度ジェノメトリクスへ入る。レナルルの記憶を直すとき、まだ続きがあることが引っかかっていた。謳う丘に降り立つとこの前妨害してきた女性がイオンを連れて消え去ってしまった。探し回っていると扉があり向こうからイオンの悲鳴が聞こえてきた。エミルはイオンの名前を呼ぶ。イオンもそれに気づいてくれた。扉を破壊しようとした時、例の女性が出てきた。エミルはISを起動し切りかかる。が、それは軽くいなされてしまう。ネイの助けがあってその場を一時撤退する。逃げた先でさっきの女性のこと、そしてそれに指示しているのはレナルルだと言うこと。
エミルとネイは隠れながらレナルルを探す。レナルルは謳う丘にいた。さっきの女性――
ネイはエミルに諦めてと願いする。イオンが言っているイオンの体は私のことだと言うがエミルにはパッとこない。どういうことか尋ねると、ネイは自分が皇帝になる前はイオンが皇帝だったこと知ってるかを確認し、そしてネイは一度イオンに名前と体を奪われてることを告げる。エミルはそれを聞いて思い出した。そして理解したエミルはネイに無理に協力しなくていいということと一人でやることを告げる。ネイは遠慮しなくていいと言い、イオンへと姿を変える。なんだか違和感があったが気にせず、閉じ込められてるイオンの元へ急ぐ。扉が開く。すると、イオンと瓜二つの顔の少女――結城寧がいた。外へ行こうとしたとき、寧が詩魔法を唱えイオンの姿をしたネイを吹き飛ばし、部屋に閉じ込める。そして寧は制裁の刻が始めると言って歩いて行ってしまう。が、エミルはネイを見捨てられず、扉の破壊を試みる。が、間に合わず、機甲艶姫が来てしまう。ダメもとで応戦するが通用しない。エミルはやむを得ず撤退を図る。その時のネイの悲鳴が耳から離れなかった。自己嫌悪しながら寧のもとへ行く。寧はレナルルとともに謳う丘にいた。エミルが到着したとき、寧が機甲艶姫を呼び、レナルルに襲い掛かるところだった。エミルは寧を呼び、やめるよう呼びかける。が、寧は
「何でこの苦しみを分かってくれないの?」
という。でも、それはレナルルがやったわけではない。エミルはそう言うが、寧は聞き入れてくれない。
「エミルに、あなたにはこの苦しみは分からない」
と叫ぶ。
「確かに分からない。でも、今君が思っていることを全部聞いてあげることも受け止めてあげることも出来る」
とエミルは返すが、寧は受け入れない。
「口できれいごとを言ってもそれが本心かも分からない、ここまでにしよう。ねりこさんが言っていた時にやめておけばよかった。表面だけなら失望することもなかった」
そう言う寧の声音は絶望にまみれていた。エミルはそんなことはないと言おうとするが、先に寧が口を開き続ける。
「一緒にいて幸せ。護ってくれるし、話し相手にもなってくれる。でも、それが本心なのか全然分からない。あなたはわたしのことをどう思ってるの? もう何も考えたくない、いくら考えても答えなんて出ない。だからここで関係を終わりにしよう」
そう言って機甲艶姫を呼び出しエミルをここから追い出してとお願いし、機甲艶姫がエミルに迫る。エミルはISを起動し、寧に信じてると言う。かつてエミルが人間かラタトスクか悩んでいる時にロイドが信じてくれたように。
エミルは応戦の末、謳う丘から遠く離れた場所まで逃避。謳う丘から大分離れる。機甲艶姫の姿はない。だから、もう一度謳う丘に、寧の元に行く。ここで逃げたらいけない。その一心だった。再びに寧のもとへ行くとレナルルは息が絶え絶えになっている状態だった。エミルに気付いた寧は、
「レナルルさん、五十三回死んだよ。なかなかできる体験じゃないよね。わたしの人体実験と同じで」
と狂気めいた笑顔で言う。エミルがもうやめようと言った時、否定したのは意外にもレナルルだった。このままでいい。私の罪なのだからと彼女は言う。寧は止めるのはあなただけと言うが、エミルは気にせず続けてやめようと言う。すると、ようやく寧の顔から狂気めいた笑顔が消える。
「やめたらあなたが何かしてくれるの? 結局他人事でしかない。今にもこんな壊れそうな世界に来たくなかった!」
と大きい声を出して寧は言う。それ以上聞きたくなかったエミルはもういい。と言うが意にも解せず寧は続ける。
「わたしがどんなに辛くても、死にそうでも単なるエキサイティングなドラマでしかない」
エミルは辛いのは分かってると言った時、寧の感情が爆発した。
「やめて! もうやめてよ! そういう綺麗事言うの! あなたに何が分かるっていうの! この世界に連れてこられてからずっと独りで、毎日痛くて辛いことばかりされ暗い所に閉じ込められて、レナルルさんが励ましてくれるけど組織の人だから逆らえないし。ずっと泣いていたんだよ? 友達は出来たけど話を理解してくれる人がいないから話しても余計に辛くなるだけで……。毎日帰りたいって思って、帰れないなら死んだほうがいいって思い続けてきたけど世界を救えるのは自分しかできないなら頑張ろう。ずっとそう思ってやってきた。それなのになんでわたしがこんなひどい仕打ちをさなくちゃならないの? わたしは自分の世界で普通に生きていたかっただけなのに、もうそんな夢すら見ることすら叶わないんだよ。それでもずっと頑張って、世界を潰してまで還るのはよくないと思ってて。だけど、これくらいのことはしても、心の底でそうやって思うくらいしたっていいじゃん! それすらダメなの? 許されないの? 許されないなら、ダメならどうやってこの狂いそうな気持ちを静めたらいいの!?」
泣きながら寧はエミルに縋りながら叫ぶ。エミルはダメじゃないと首を振る。
じゃあ何故止めるのか寧がエミルに問うと、エミルは優しい声音で言う。
「イオンのことが大切だから」
そう言い切った後もそのままエミルは言葉を紡ぐ。もう何も怖がる必要はないという想いをこめながら。
「イオン……寧のことは僕が守る。君の闇は全て僕が全部受け止める。背負いきれないものは一緒に背負う。だから絶望だけはしないで欲しい。例えまた他の世界に連れて行かれたとしても、何があっても必ず探して会いに行くから。どんな事が起きても絶対に見つけだすから」
その想いは寧に届いたのか、目の端に涙を溜めながら口を開く。
「嘘でも嬉しい。ありがとう」
という感謝の言葉だった。その後、ずっと寂しかった。友達ができても胸の中に隙間があったことを告げる。そして忘れかけている自分の世界のぬくもりがあったことが嬉しいとも。
寧が落ち着いたところで改めてレナルルと寧は話をして無事、和解できた。そして謳う丘から出た時に寧が口を開く。
「あなたの想いが通じたから成長できたんだと思う。あなたと出会えて本当に良かった」
エミルはそれに頷いた後にジェノメトリクスから出てコーザルがいる唯我の森へ行く。
コーザルの話を聞くと母胎想観が弱ってからすぐにプリムたちは逃げ出したらしい。が、ネロは現れなかったらしい。そして大地の心臓というものをもらった。その後カノンと別れ、エミルとイオンはセンターオブラシェーラに向かう。と光の渦が発生し、その中からデルタとキャス、そして白い髪の毛の女の子が出てきた。名前はシュレリアというらしい。
デルタが気を失ったことにより緊急でPLASMA本部に運び込みデルタが起きるのを待った。そしてデルタはアルシエルという世界に辿り着いたらしく、そこでのことを聞いたのちにコーザルの元へ行くことになった。エミルとイオンはコーザルの元へ行き、デルタが話していたことを相談した結果、着いてきてくれる様子だった。コーザルを連れ、アルシエルのダイアンサスの木がある場所へ行く。
そしてコーザルとカノンをアルシエルの意思が受け入れ、成長していくための修練を始める。世界の意思はその中で経験や価値観のぶつかり合い、魂の解脱をする必要が何度もある。つらい経験になるが次の段階へ導くためには必要なことである。そしてそれを導くのはイオン。導くためにイオンが謳う詩魔法は二人の心を支え、希望を与える役目を持っている。
イオンが祝詞を紡ぎ、詩を謳う。カノンとコーザルが呻き声を上げる。世界の意思もイオンのアシストに入る。
それからまもなく詩が終わる。二人はほんの十数秒気を失っていたが、意識を取り戻す。無事成功したようだ。そしてコーザルが七支をこの場所に集めてほしいという。カノンはその場に残るようだ。エミルとイオンは急いで残りの七支を招集する。
その途中でシュレリアを連れたデルタとキャスに会い、PLASMA本部に七支が集まり、コーザルが待っていることを伝え、アルシエルに向かう。そして大地の心臓とコーザルが融合し、新たな惑星を創るための詩を七支全員で紡ぐ。無事、詩魔法を紡ぐことに成功した。
そしてアルシエルに存在するテル族という種族の長であるアヤタネとその一族が集まっていた。アヤタネから賞賛の言葉をもらった後、イオンとエミルはアヤタネのもとに行く。
イオンがアヤタネに疑問に思ったことをぶつける。アヤタネの容姿について。アヤタネの種族は人と竜が合体したような姿をしている。それが気になったようだ。
アヤタネ曰く、今生きているテル族は生まれながらこのような姿をしているが、はるか昔は人間と同じ姿をしていたらしい。先日初めて聞いたことで大昔に一度絶滅の危機に瀕したことあるらしい。そしてアヤタネの先祖はかつてラシェーラが存在した頃の先遣隊で、環境に適応するのにかなり苦労があったらしい。衣食住の問題もあったが、最も問題だったのは疫病。先遣隊にとってアルシエルは似て非なる場所。だから元々ラシェーラになかった物質や成分が有毒になってしまい、その毒は体内に留まり体の力を奪っていくものだった。今、アルシエルで護の竜はラシェーラで言い換えると竜の形をしたジェノム。その竜が人々と完全に同調したことにより、毒に耐性のある肉体を手に入れた。そしてその肉体になれなかったものは間もなく絶えた。そういうことがあって今のテル族は皆人と竜が合わさったような姿をしているらしい。さらに言うとテル族という呼び方もその竜に由来している。ということだった。
イオンがアヤタネにその竜の名前を聞く。すると、テレケンだが、テレフンだかという何とも曖昧な言葉が返ってきた。でも、イオンにとってそれで十分だった。まだラシェーラがあって皇位継承の儀が始まって間もない頃、イオンが万寿沙羅という始まりの町で同調したジェノムの名はテレフンケン。テレフンケンは仔竜の姿をしていた。そして彼は自分を鍛えるためでもある。そう言って先遣隊に志願したのだ。そしてそのテレフンケンが先遣隊を救った。つまりそういうことだった。
イオンの記憶を直したエミルにもそれが分かった。そしてアヤタネから奇跡を呼ぶ花リインカーネーションのレシピをもらった。
その後、一度フェリオン、PLASMA本部に戻り最後の会議を行う。その後、リインカーネーションを作成。そしてエミルとイオンはデルタたちより一足先に謳う丘に向かう。
イオンがエミルがいる方向に振り返る。
「いよいよだね。やっぱりちょっと、緊張するなぁ……。でも、大丈夫近くにあなたがいるから」
「最後までイオンを守るから」
「ありがとう、安心して謳えるよ」
そしてイオンが謳いだした時、地響きをお起こし、プリムが現れる。そして今度こそ、ウルゥリィヤをもとの惑星に還すという。ウルゥリィヤ。それはネロの本当の名前。
そしてプリムが詩魔法を唱えるとさっきまでイオンたちがいた場所。ソレイルが姿を変え巨大な機械の竜へと姿を変える。プリムの向こう側にいるやつ曰く、生き物をエネルギー源にして宇宙船そのものを生命に変える。
「いらないヤツなんていっぱいいるから全員まとめて使ってやればいいよね! もうほんといい気持ち!」
プリムが声高らかにそう言う。
生き物をエネルギーにする。つまり、それはネイやサーリ、カノン、レナルル、白鷹もエネルギーになってしまうということ。
ネロが元の世界に変えるためにイオンが必要といい、プリムが謳う。
完全に人を道具としてしか見てないその姿に完全に魔王ラタトスクとしての、残虐非道だったころの一面が現れる。プリムと対峙するたび幾度も見せた燃えるような赤い瞳。エミルは手を上に掲げる。そして出現したのはとてつもなく大きな魔法陣。そしてそこから出てくるのは伝説や神話で語られる古の生き物たち。それらが大量に現れる。
「そうだな。だからお前を潰す。容赦はしない」
エミルに睨まれたプリムは震えだす。何せそれに加えこの場にいる古の生物のたくさんの視線を受け止めているのだ。たとえインターディメンドされていたとしても本能的な恐怖は存在する。そしてエミルは続ける。
「プリムの向こうにいるような雑魚には生憎興味はない」
エミルは一歩ずつプリムに近づく。プリムに襲い掛かる殺気も密度を増していく。がそれでも向こうにいる人が強制的にプリムを動かす。そしてプリムを追い詰めたとき、あいつが口を開く。
「もう時間切れ」
イオンが力なく倒れていく。エミルはイオンのもとに駆け寄り必死に声をかける。その時、謳っている声が聞こえてくる。エミルは絶えずイオンに声をかけ続ける。
「あいつを止めるんだ。まだみんなもイオンも助けられるかもしれねぇ。謳ってくれ、キャス。エミルはイオンを護っててくれ」
そう言って今度はデルタとキャスが母胎想観を相手に戦う。母胎想観を倒したとき、ネロも一緒に現れた。イオンも気を取り戻す。そしてプリムもインターディメンドが切れ、本来の優しい性格が出てくる。が、あいつはまた干渉してくる。だけど今度はプリムも諦めなかった。必死に抵抗する。プリムはイオンに惑星創生の詩を謳ってとお願いする。
そしてイオンがラシェール・リンカーネーションを謳う。そして母胎想観との最後の戦いが始まる。母胎想観は三回形態を変えたのちにようやく打倒に成功する。そのあと、プリムが力なく倒れる。デルタとキャス、エミル、イオンが駆け寄る。少ない言葉を交わした後に力尽きる。
惑星創造後、一か所に集まり皇帝の演説を行う。そして終わるときは合掌に包まれた。
そして、エミルとイオンは広大な草原にいた。
「どうするか、考えてくれた?」
「えっと、何を?」
「元の世界に変えるかどうかを」
「……。惑星を潰して帰るなら帰らない。ネロとも話し合ってそう決めたんだ」
「イオン。前に言ったこと、忘れちゃった?」
「前に? ……あっ!」
どうやら思い出したようだ。
「大丈夫、一緒の世界に帰ろう? そしてIS学園で一緒に過ごそう?」
「……ごめんなさい。この不安定な世界でやらなきゃいけないことが多いから。みんなに押し付けて変えることは出来ないよ」
「そっか。イオンがそう決めたなら」
「ほんとうにごめんなさい」
「いいんだ。元気でね」
「うん。エミルも元気でね」
ソレイルの前で七支とネロが集まっていた。ネロは還りたいといい、イオンはやらなきゃいけないことが多いし、と遠慮の声を上げると七支の面々が遠慮しなくていいと背中を押すとイオンは泣きながら還りたいという。
そして数日後還る日が来る。
「開け! 境界の扉!」
まず、エミルはネロが世界に還るためのゲートを作り出す。
「ありがとう、エミル。でも、私はあなたの世界に行ってみたい」
「ちょっ! ネロ、何で!?」
「いいじゃない、面白そうだもの」
「分かったよ」
エミルは一度ゲートを閉じ、新しく開く。
三人はみんなのほうを向く。
「みんな、今までありがとう」
「それじゃあ元気でね」
「エミル! しっかりネロとイオンを護れよ!」
「分かってるよ、デルタもしっかりね!」
「おう!」
「じゃあ、そのうち二人と僕の友達を連れて遊びに来るかもしれないから、その時はよろしく」
エミルのその言葉に七支の皆は元気よく頷く。
「それじゃあ、またね!」
エミル、イオン、ネロはゲートを潜っていく。
*******
ゲートを超えた三人はIS学園の屋上に出た。
「ここがIS学園だよ」
エミルが二人にそう言った時、扉が勢いよく開かれる。
「エミル!」
三人は声がした方を振り向く。屋上に入ってきたのは一夏、箒、鈴、セシリア、シャルルの五人だった。
「ただいま」
エミルは笑顔でそう言った。
以上でサージュは終わりです。ご覧の端末さん、本当にすみません!次回からシャルロット・ラウラ編に戻ります
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ラウラ編
13.学年別トーナメント!?
今回はいつもよりほんの少し長めだと思います
エミルは千冬を呼んでもらい、イオンとネロ……
千冬との話もひと段落し解放された後、エミルが寧とウルゥリィヤに校内の案内をしている。途中で騒がしくなりだす。騒いでいる内容は第三アリーナで代表候補生が模擬選を行っているということだった。
一度案内を切り上げ、模擬選を見に行くことにする。すると、悲鳴があがる。フィールドの方をみると砂が俟っている。晴れると、セシリアと鈴がタッグでラウラと戦っているところだった。近くに一夏とシャルル、箒の三人を見つけ、合流する。フィールド内では鈴がラウラに龍砲を放つが意味をなさなかった。
「AICだ」
「そうか、あれを装備していたから龍砲を避けようともしなかったんだ」
「AIC? って何?」
寧が疑問の声を上げる。シャルルがそれに答える。
「あの黒いIS、シュヴァルツア・レーゲンの第三世代型兵器なんだよ。正式名称はアクティブ・イナーシャル・キャンセラー。別名は慣性停止能力」
「へぇ」
それを聞いた時の寧の顔は輝いていた。どうやら興味をそそられた様だ。一方、一夏はあまり気のない返事をする。箒がどれだけのことか分かっているのか確認する。
「今見た。それで十分だ」
そんな話をしている間も戦闘は続いていく。そしてシュヴァルツア・レーゲンからワイヤーのようなものが五本射出され、鈴が操る甲龍の元へ飛んでいき、足を捕える。その瞬間ブルーティアーズがピットとミサイルを使い、ラウラを攻撃するが届かない。そしてワイヤーが奔る。セシリアと鈴が衝突し、地面に叩き落とされる。ラウラが接近し、龍砲を使おうとするが破壊される。タイミングを計りセシリアがミサイルを放ち、その場から離脱する。煙が晴れる。そこに現れたラウラは先ほどと何も変わらず無傷のままだった。そして再びワイヤーが射出され次はセシリアと鈴の首を捕える。首が締まり動けない二人をラウラが痛めつける。そして二人のISが次々と破損していく。目の前で繰り広げられるのは一方的な攻撃。それを黙って見ていられるほど薄情でもない。
「一夏!」
「おう!」
一夏とエミルはISを装備し、一夏の雪片でアリーナの壁を破壊し、侵入する。
「シャルルは寧とウルゥリィヤをお願い」
「うん! 任せて」
エミルはシャルルに一言お願いした後、先に行った一夏を追いかける。
「その手を放せ!」
一夏が先行してラウラに攻撃を入れる。がAICによりそれは止められる。そのとき、鈴とセシリアのISが強制解除され地面に倒れる。
シュヴァルツア・レーゲンのレールガンの銃口が一夏に向く。
「やらせないよ!」
エミルがチャクラムを投擲し、攻撃を阻止する。そのままセシリアと鈴の元へ向かう。
「ごめん。しっかり捕まってて」
エミルが二人を抱きかかえ、ラウラから距離をとる。
ラウラが一夏の攻撃を避けエミルの方へレールガンを放つ。エミルはそれを瞬時加速を用いて回避する。そしてアリーナの壁際に下ろす。
「二人とも大丈夫?」
「エミル?」
「無様な姿をお見せしましたわね」
「ううん。二人が無事でよかった。…………すぐ戻る。だから、そこで待ってろ」
IS学園でラタトスクが
「気を付けてくださいまし」
「分かってる」
ラタトスクが向かう時には一夏の不利に見かねたのかシャルルが助太刀に入っていた。
ラタトスクは
「動けないやつを痛めつけるとはドイツの軍人とやらは暴力が趣味ならしい」
「違うな。これこそ、弱者を
「はっ。そんなものが力だと思っているなら底が知れているな。前にも言ったがもう一度言うぞ。一から出直して来い」
「何だと?」
「聞こえなかったか? そんなものは力でも何でもないと言っている。お前がやっているものはただの弱い者いじめで見せかけの力でしかない。それが分からないなら国に帰れと言っている。もっともお前の国もたかが知れていそうだな」
「貴様! また祖国を、ドイツを馬鹿にしたな!」
「だからどうした? 悔しいなら俺を倒してみろよ。ま、出来るならだけどな」
「その減らず口、二度と叩けないようにしてやる!」
そう言ってラウラがブレードを出し、攻撃に出ようとした時、何かがそれを止める。
「やれやれ、だからガキの相手は疲れるんだ。それとキャスタニエも煽りすぎだ」
「教官!」
「ふんっ」
その何かは千冬だった。千冬がISを部分展開で刀だけを展開し競り合っている。それだけの状態でラウラの攻撃を止めたのだ。
「模擬戦をやるのは構わん。だが、アリーナのバリアーを破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。……この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」
「教官がそうおっしゃるなら」
ラウラはそう言ってISを解除し、アリーナから出ていく。
「織斑、デュノア、キャスタニエ。お前たちもそれでいいな?」
「「ああ」」
「教師には、はいと答えろ。馬鹿者」
「は、はい」
「……はい」
一夏は額に汗を流しながら、ラタトスクはものすごく不満気に返事をする。
「僕もそれで構いません」
シャルルの発言を聞き入れた後に千冬が学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止してその場は解散となった。
夕方。エミル、シャルル、一夏は鈴とセシリアの様子を見に行っていた。寧とウルゥリィヤは真耶の元で勉強している。
「別に助けてくれなくてもよかったのに」
「あのままやっていれば勝ってましたわ」
「お前らなぁ」
「そういうことにしておくよ」
シャルルが二人の元にお茶を運ぶ。
「二人とも無理しちゃって」
「無理って?」
何のことか分からない一夏が首を傾げる。エミルは頷いているがきっと意味は違うだろう。
「二人とも、好きな人の前で格好悪いところ見せたから恥ずかしいんだよね?」
その声は二人の元には届かない。
「ん?」
一夏が一歩踏み出すと鈴が慌てだす。
「な、なな、な、何を言っているのか全然分からないわね!」
「べ、べ、別にわたくし、無理なんてしてませんわ!」
鈴とセシリアはそう言うが顔が明後日を向いていて怪しい。
「そんなことより何で二人はボ―デヴィッヒさんと戦ってたの?」
エミルが相手の急所に直球を投げ込む。
「「げほっげほっ」」
二人が同時にむせる。
「いや。それは……」
「ま、まぁ。それは何というか、女のプライドを侮辱されたからですわね」
「あ、もしかして一夏かエミルのこと――」
何か言いかけたシャルルを二人が取り押さえる。
「アンタって本当に一言多いわね!」
「そ、そうですわ! 全くです!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。二人とも怪我したばかりなのに動きすぎだよ。少しは大人しくしないと」
そう言ってエミルがセシリアと鈴の肩に手を置く。そして、二人が声にならない悲鳴を上げ蹲る。
「ご、ごめん。でも、そんなに痛いならやっぱり大人しくしてた方がいいよ」
エミルにそう宥められセシリアが自分のベッドに戻った時、保健室の棚にある薬品がカタカタと揺れだす。そして、保健室の扉が開き、大量の女子生徒が入室してきて、エミルと一夏、シャルルが囲まれる。
「な、なんなんだ?」
「どうしたの? 皆」
「「「「「「これ!!!!」」」」」」
そう言って女生徒たちが三人に突き出したのは学年別トーナメントの申し込み要項。それを手に取り読み上げる。
「えっと……なにこれ」
「今月開催される学年別トーナメントではより実践的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。」
「なお、ペアができなかった者は抽選で選ばれたもの同士が組むこととする。締切は……」
「とにかく、私と組もっ、織斑君」
「私と組んで、デュノア君」
「私と組もうよ、エミル君」
女生徒に押し寄せられ、タジタジな男子生徒三人。もっとも一人は男装だが……。
「ご、ごめん。僕はシャルルと組むから。……一夏、後は頼んだよ」
「えっ!?」
一夏の視界に入るのは空腹時に獲物を見つけた肉食獣の如き目をしていて数えるのも馬鹿らしいほどたくさんの女生徒。そして徐々に追い詰められていく一夏が取れるたった一つの行動。それは――。
「三十六計逃げるに如かず!」
戦略的撤退である。
「あ、逃げた!」
「待って、織斑君!」
「者ども、奴を捕らえろ!」
来た道を戻り、一夏を捕らえんとするために走り去っていく女生徒たち。
「一夏……君のことは忘れないから」
「いやいやいや、あいつまだ死んでないから。っていうか、あんたも優しそうな顔して結構えげつないことするわね」
「遅かれ早かれ、こうなるかもしれんかったんだし。気にしたら負けだよ」
そんなことを笑顔で言い切るエミル。何というか、エミルも図太くなったものだ。精神面といい色々と……。
「それもそうですわね。そんなことよりエミルさん。私と組んでくださいませんか?」
「私と組みなさい! 何回か一緒にご飯を食べた仲じゃない!」
その場がエキサイトしそうになった時。
「ダメですよ」
誰かが止めに入った。その場にいる全員が声をした方を見ると真耶がいた。
「お二人のISはダメージレベルCを超えています。トーナメント参加は許可できません」
「そんな! 私、十分に戦えます」
「わたくしも納得出来ませんわ!」
もっとも二人が引き下がらない理由としては優勝したら一夏、エミル、シャルルいずれかと付き合えるという噂のせいでもあるのだろう。もっとも男子勢はそれを知り得てはいない。なぜならその取り決めは女子の中だけなのだから。
「ダメなものはダメです。当分は修復に専念しないと後々重大な欠陥が生じますよ」
そう言われては黙るしかないセシリアと鈴。二人は顔を見合わせ頷き、エミルとシャルルを見据える。
「いい? あんたたち、絶対に優勝しなさいよ」
「わたくしたちの分まで頑張ってくださいな、心から応援いたしますわ」
本音はおそらく想い人を取られたくないという一心だけだろう。
「うん、任せてよ」
「ありがとう。二人の気持ちに応えられるよう頑張るよ」
それに対し善意として解釈する二人。
「ふふっ。美しい友情ですね」
真耶も善意で受け取る。それから数時間後にその場は解散となった。
もう空には月が昇っている時間。エミルとシャルルは一緒に歩いていた。
「ありがとうね、エミル」
「え?」
「ほら、トーナメントのペアを言い出してくれたよね? 僕、すごい嬉しかったんだ」
「他の人にバレたら後が大変だしね」
「エミルは優しいね」
「僕は当たり前のことをしただけだよ。だから気にしないで」
二人の間に何やらいい雰囲気が流れ出す。
「あ、エミルだ!」
「本当だ」
が、そこでエミルを呼ぶ者がいた。
「あれ、寧とウルウリィヤ? どうかしたの?」
「エミル。私のことはネロでいいわ」
「分かったよ。それでどうしたの?」
「さっきまで山田先生のところでISの勉強をしてたんだよ」
「イオナサルはとても楽しそうだった」
「そっか。それじゃあ、寧たちも帰りなんだね。それじゃあ、一緒にご飯でも食べない?」
「いいの!? エミルが作るご飯はおいしいからぜひ!」
「イオナサルが行くなら私も行こうかしら」
エミルとシャルルは部屋ないし、料理の準備をするために先に帰る。寧とネロは後から来るということになった。
エミルは調理を開始し、シャルルは現在シャワーを浴びている。なぜ、こうなったかというと寧とネロが来る前に着替えを済ませるついでにシャワーを浴びたらどうかとエミルがシャルルに進言したからである。
結果として二人が来る数分前にシャルルがシャワーから出てきた。料理ができたのは二人がついてからさらに数分後である。
四人で楽しく食事を終えた後、少し話をして解散となった。
******
エミルが眠りに着いた頃、シャルルはまだ起きていた。エミルが寝ているベッドへと歩み寄る。シャルルはエミルの顔を覗き込んでから頬に一つキスを落とす。
「お休み、エミル」
そのキスの真意はシャルルしか知らない。
******
そして、数日後。学年別トーナメント当日がやってきた。
以上です。もしよろしければSSシリーズのほうもお願いします
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14.見せかけの力とエミルが持つ強さ
アリーナ更衣室
普段着替えている場所で着替えるエミルとシャルル。
「それにしてもすごいね。こんなに人が集まるなんて」
すでに着替え終えたエミルは電光掲示板を見て人の集まりように驚いていた。着替え終えたシャルルが顔を出す。
「三年にはスカウト。二年には一年の成果の確認に。それぞれ人が来ているからね」
「なるほどね。大変なんだね、企業のお偉いさんたちも」
この時、エミルの脳裏には大手カンパニーの会長なのに手錠をはめていた男性が浮かび上がっていた。それを打ち消すように頭を振る。
「エミル、どうかしたの?」
「ううん。何でもないよ」
「そう? ならいいけど。エミルはボーデヴィッヒさんと対戦できるか気になる?」
「気にならない。……って言ったら嘘になるけど大丈夫だよ。遅かれ早かれ戦わなきゃいけないから」
「エミルならないとは思うけどあまり感情的にはならないでね? 不必要に煽ったりしないでよ」
「大丈夫。分かってるよ」
もっともエミルなら心配はないがラタトスクが出てくるなら話が変わってくる。彼なら必ず煽るはずだ。今までそうだったのだから。
ラタトスクのことを知らないシャルルは何の疑問も持たず安心したように頷く。
電光掲示板の表示がトーナメント表に切り替わる。そしてエミルたちの対戦相手が表示される。
電光掲示板に表示された対戦相手の名前はラウラ。何の因果かラウラのペアは一夏だった。敵視されていると知っていてペアを組む人はそうそういない。つまり、一夏はペアが見つからなかったということだろう。
「どうやら早速みたいだね」
「うん。一夏は大丈夫だといいんだけど」
シャルルが今ここにはいない一夏を気に掛ける。
「大丈夫だよ。何かが起きる前に終わらせればいいから」
「すごい自信だね。何か策でもあるの?」
「まぁね。シャルルは一夏の足止めをお願い」
「任せて」
そしてトーナメントの幕が上がる。
アリーナに出る前にラタトスクがエミルに話しかける。
「(ボーデヴィッヒとは俺にやらせてくれ)」
「(いいけど、何かあるの?)」
「(力がどういうものか間違えてるやつが気に食わないだけだ。だから俺が……俺たちが教えてやるだけだ。力とはこういうものだ、とな)」
「(分かった。ボーデヴィッヒさんのことは任せるよ)」
「(すまねぇな。ありがとう)」
「エミルー。グラウンドに行くよー」
「うん」
そうしてエミルとシャルルはグラウンドへと向かう。
グラウンドにて対峙する。
「どうやら早速みたいだね、ボーデヴィッヒさん」
「だが、余分な手間は省けた。先日までの貴様の発言を後悔させてやる。織斑一夏はその後だ」
「一夏のことは変わらないんだね。なら全部止めるしかないね」
「貴様一人なぞ、相手にならん」
その会話を最後にして両者距離を取る。
上空に試合を始めるためのカウントが表示される。
『5』
観客席にいるセシリアと鈴が両手を組んで祈るようにしている
『4』
イオンとネロは真剣な眼差しでグラウンドを見つめる。
『3』
企業の人たちもいきなり出てきたエミルのことを興味深げに見ている。
『2』
エミルがレザートネイターを抜き、構える。対し、ラウラは不動の構え。
『1』
「叩きのめす!」
「止めてみせる!」
『0』
合図がなり響く。
「シャル、一夏のことは任せたよ!」
「うん。エミルも頑張って」
シャルルは一夏のほうに向かっていく。エミルは左手にチャクラムを展開し、投げつける。
「獣招来!」
エミルは自分の身体能力を上昇させる。
ラウラは飛んできたチャクラムを弾き返す。弾き返されたチャクラムはそのまま弧を描きエミルの元へ戻る。
「レイトラスト!」
もう一度チャクラムを投げつける。その後エミルは上昇する。
「空牙衝」
剣を振り抜き衝撃波を作り出す。チャクラムと衝撃波がラウラに襲い掛かる。が、ラウラはそれを避ける。
エミルは二重瞬時加速を用い、ラウラに接近する。
「何だと!?」
そのまま蹴りを入れる。ラウラにもう一撃入れようとしたとき、ラウラのAICが発動する。
「まさか教官以外でその技術を扱えるものがいるとは思わなかったが、所詮その程度のようだな!」
ラウラがレールガンをエミルに向ける。エミルがAICに捕まった瞬間、セシリアたちが目を瞑る。
AICに捕まっていてもエミルは落ち着いていた。シャルルは一夏と戦っていて助けに入れない。
「決めつけるにはまだ早いんじゃないかな?」
「何? 動けない貴様に何ができる」
エミルは目を閉じる。そして開いた時、若緑色の目は燃えるような緋色の目に変わっていた。
「何もできないよ。でもね……攻撃はもうしてんだよ」
その瞬間左からチャクラムが襲ってくる。
「馬鹿な!」
AICが解除される。そしてその瞬間、再び接近する。
そこからお互い切り結ぶ。だが、その勝負には長い間剣を握ってきたエミルに軍配が上がる。隙を見つけ懐に潜り込む。
「鳳翼旋! 瞬連刃! 魔神閃光断!」
キャンセラーを用い、三連続で技を叩き込む。AICを使う暇を与えないよう攻撃を入れる。
「降魔穿光脚!」
止めに放った蹴りがラウラの鳩尾にクリーンヒットする。吹っ飛んだラウラは壁に衝突する。砂埃が舞い上がりラウラの姿が視認できなくなる。
ラウラを視認できるようになった時、ラウラが叫んだ。
「あああああああああ!」
シュヴァルツェア・レーゲンから電撃が放たれる。近づこうにも放たれる電撃の量が多くて近づけない。
「ボーデヴィッヒさん、どうしたの?」
一夏との戦闘を終えたのかシャルルがエミルの元へ来る。
「分からねぇ。急に叫びだしたと思ったらこれだ」
そして電撃が徐々に収まり始めると同時にありえない現象が起きた。
シュヴァルツェア・レーゲンが泥状になりラウラの体を包み込み始める。なおもラウラは叫び続けている。
「何?」
「ちっ。いきなり何だってんだ?」
ラウラを完全に飲み込んだとき、泥が人型を作り始める。
そしてアリーナ内にサイレンが響き渡る。
『非常事態発生。トーナメントの全試合は中止。状況レベルDと認定。鎮圧の為――』
観客席を覆うようにしてバリケードを張る。
そして人型が完成した時。
「雪片……。千冬ねぇと同じじゃないか」
一夏がそう呟く。そして一夏は雪片弐型を構える。
「俺がやる」
そして人型が動き出し、一夏を捉える。雪片弐型は一撃で弾き飛ばされる。加えて二撃目。辛うじて腕で防御するが、ISが強制解除される。そして腕からは血が流れている。雪片が僅かに一夏の腕に直撃したのだ。
腕を少し抑えた後に立ち上がり人型に走っていく。一夏の目には怒り。ただそれだけだった。
「何してんだバカ野郎! 死ぬつもりか!」
ギリギリのところで止めたのはISを解除したエミルだった。
「放せ! あいつ、ふざけやがって! ぶっとばしてやる!」
「うるせぇ! 何もできねぇやつが何をほざきやがる!」
一夏の胸倉を掴みあげる。
「今、ろくに
「そうだよ、一夏。エネルギーがないなら持ってくればいい。リヴァイヴのコアバイパスを開放。エネルギーの流出を許可」
そしてシャルルがリヴァイヴのエネルギーを白式に流し込む。そしてエミルと一夏の二人を見る。
「約束して、エミル、一夏。絶対に負けないって」
「もちろんだ。ここで負けたら男じゃねぇよ」
「当然だ。あんなガラクタに負けるほど落ちぶれちゃいねぇ。まだ母胎想観の方が強そうだ」
母胎想観。それは七次元先の世界で戦った存在。エミルの脳裏を共に戦った仲間たちがかすめる。
「母胎想観?」
一夏が知らない単語に首を傾げる。
「何でもねぇ。こっちの話だ」
そのやり取りでシャルルが笑顔で一つ爆弾を落としていく。
「じゃあ、負けたら明日から女子の制服で通ってね」
二人とも少し固まる。
「……いいぜ」
「……負けなければ問題ない」
そしてリヴァイヴが粒子となって消えていく。
「これで完了だ。後は任せたよ、二人とも」
「ありがとな。……白式を一極限定モードで再起動する」
一夏の右腕が粒子に包まれる。
「やっぱり、武器と右腕だけで精一杯だったね」
「十分さ。俺には頼りになる仲間がいるんだからな!」
そう言ってエミルを示す。
「頭は冷えたようだな。雪片弐型があると言ってもそれだと無いも等しい。俺がメイン、一夏はサポートだ」
エミルは再度ISを展開して、ネザートレイターを構える。一夏は雪片弐型を構える。
「一回で終わらせるぞ。準備はいいな?」
「おう!」
人型が突進して雪片を振り下ろす。今度こそ、それを一夏が弾いていなす。
そして、その瞬間エミルが飛び出し、ネザートレイターを振り下ろす。振り抜いた瞬間、人型から再び電撃が流れる。すると、人型から再び泥状に戻り切り口からラウラが出てきてそれをエミルが受け止める。
暗闇の中でラウラは一人で漂っていた。
「お前はなぜ、あいつらを助けようとする……。どうしてそんなに強い」
ラウラは一人そう呟く。すると、他の者の声が答える。
「友達を守るのは当たり前のことだよ。それに強くなんかないさ。弱いから誰かを信じるのかもしれない」
「誰かを信じる?」
「うん。信じあう心は時に実力以上の力を発揮できるんだよ。と、まぁそんな感じ。これからもよろしくね、ラウラ・ボーデヴィッヒさん。これからは君のことも守っていくから」
場所は変わって食堂でエミル、一夏、シャルルが簡単な食事をとっていた。
「結局、トーナメントは中止だってね。ただ、個人データは取りたいから一回戦は全部やるらしいね」
「へぇ、そうなんだ」
「ふーん。ん?」
食べている最中、一夏が少し離れたところで女子生徒数人がこちらを眺めていることに気づく。
そしてなにやら呟いてた後、泣きながら去っていく。少し離れた場所に箒がいることに気付き、一夏が歩み寄っていく。
「そういえば、箒。先月の約束な、付き合ってもいいぞ」
「「?」」
話が分かっていないエミルとシャルルはお互い首を傾げている。
「なに?」
疑う箒だが、声が僅かに弾んでいる。
「だから、付き合ってもいいって……」
箒が喋っている一夏を引き寄せる。
「本当か? 本当に、本当なのだな」
声が弾み、嬉しそうな箒。
「お、おう」
急に一夏から距離を取り咳払いをする。
「何故だ、理由を聞こうじゃないか」
「幼馴染の頼みだからな、付き合うさ。……買い物くらい」
そう一夏がそう言った瞬間。箒のテンションが目に見えて下がる。それを見て察した二人。箒が一夏と約束した付き合うというのは交際という意味。だが、一夏はそれを勘違いし、買い物だと解釈したらしい。どんな会話を二人が交わしたかは知らないが、恐らく一夏の唐変木は死ぬまで治らないだろう。ということで一度でいいから刺されてしまえ、と思わなくもない。
そして、一夏の右頬に箒の左ストレートがクリーンヒットし、しゃがみ込んだところに右の蹴り上げが鳩尾に入る。
「俺が一体何をした……」
「一夏ってたまにワザとやってるのかと思うよね」
「まぁ、一夏だからね」
エミルとシャルルが蹲っている一夏を眺める。
「織斑君、デュノア君、キャスタニエ君。朗報ですよ! 今日は大変でしたね、でも三人の労を労う素晴らしい場所が今日から解禁になったのです」
「場所?」
「男子の大浴場なんです!」
一夏は休んでから行くことにしたらしい。
エミルは先に大浴場に向かうことにした。シャルルには無理して来なくていいということを伝えた。
湯船に浸かるエミル。お風呂で思い出すことといえば、まだセンチュリオンコアを集めるために冒険していた時のことだ。マルタが少しいたずらをして一緒に入ることになってそれに驚いたエミルはつい大声を出してしまい、それを聞きつけた仲間たちから不名誉なことを言われたことがある。
それを思い出したのがフラグとなったのか浴場の扉を開く音がする。
「お、おじゃまします」
入ってきたのはシャルルだった。エミルは見事フラグの回収に成功したのである。
――――エミルはスケベ大魔王の称号を手に入れた。――――
「な!?」
エミルは慌てて後ろを向く。ここに来てラッキースケベを繰り出すエミル。さすが主人公である。
「なんで来たの!?」
「僕が一緒だといや?」
「一夏が来たらどうするつもりだったの!」
最もまだ一夏は部屋のベッドでだらしなく伸びている。
「んー、その時はその時かな。それにお風呂に入ってみたくなって。迷惑なら上がるよ?」
「いや、僕が上がるから大丈夫だよ」
エミルが出て行こうとした時にシャルルが呼び止める。
「話があるんだ。大事なことだからエミルに聞いてほしい」
「……分かった」
エミルはゆっくり腰を下ろし、背中合わせになる。
「前に言ってたことなんだけど……」
「学園に残るかどうかってこと?」
「うん。僕ね、ここにいようと思う。エミルがいるからここに居たいと思うんだよ。それにね、もう一つ決めたんだ。僕の在り方を」
シャルルは振り返り、エミルに寄り添う。
「在り方?」
「僕のことはこれからシャルロットって呼んでくれる? 二人きりの時だけでいいから」
「シャルロット、それが君の本当の名前なんだね」
「うん。お母さんがくれた本当の名前……」
「分かったよ、シャルロット」
「うん」
話が一段落したところで一夏が来る前に大浴場を後にした二人。途中ですれ違った辺り、本当にぎりぎりのタイミングだった。
翌日の朝。
教壇には微妙な顔をしている真耶が立っていた。
「……今日は転入生を紹介します」
「「「「「「え?」」」」」」
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」
「えーと、デュノア君はデュノアさんということでした」
クラス中が喧騒に包まれる。そして、矛先が同室のエミルに向く。大浴場のことが出てきた瞬間。クラスの壁を壊して入ってきた者が二人。
「「エミル!!」」
入ってきたのは甲龍を纏った鈴とどういうわけかES45カソードを纏った寧だった。
「ちょっとこれはマズイかな……」
二人から攻撃が放たれた瞬間、別の者が受け止めた。
それはシュヴァルツェア・レーゲンを纏い、AICを使用したラウラ。
「助かった……。ありがとう、ボーデヴィッヒさん」
ラウラがAICを解除し、エミルの方を向く。そしてエミルを引き寄せ……キスをした。
教室内の時が止まる。そのまま全員の前でラウラが宣言した。
「お、お前は私の嫁にする。決定事項だ。異論は認めん!」
一度止まった時が動き出し、再び喧騒に包み込まれる。
「「「「「「ええぇぇぇぇ!!!」」」」」」
「なんでさぁぁ!!」
今日も騒がしい一日が始まる。
今回はここまでです。なるべく早く次を投稿できるよう頑張ります。
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臨海学校編
15.寧と買い物
少しスランプ気味ではあります。
あれからすぐにシャルルは部屋を変更することになり、今、エミルには同室者はいない。とりあえず、あれから数日が経過し、臨海学校の前である。エミルにとって初めての体験が近づきつつある。
日が部屋に入り、その明るさで目を覚ますエミル。体を起こそうとするが、足の部分に何か重さを感じて何が乗っているのかを確認した。その瞬間、パニック状態に陥る。なぜなら、には全裸のラウラが猫のように丸まって寝ていたのだから。飛び上がり、距離を取る。
「え! ボーデヴィッヒさん!? どうしているの!!」
エミルの声で目を覚まし、未だに眠そうな目をこするラウラ。
「夫婦というのは同じ部屋で寝ると聞いた」
「この前から急にどうしたの?」
エミルは戸惑いながらラウラにそう質問する。
「日本では気に入った相手のことを俺の嫁というのだろう?」
質問に対し質問で返すラウラ。
「そんなの聞いたことないよ! って、いいからこれで体を隠して!」
エミルがラウラに布団をかけようとした瞬間扉がノックされる。
「エミル?」
ノックしたのは寧だった。エミルの頭の中には警報が響き渡る。とりあえず、いきなり部屋に入られるのを防ぐ。
「寧!? どうしたの?」
「ちょっと相談があるんだけど……。入っていい?」
「えっと、ちょっと、それは……困るかな」
「どうかしたの?」
エミルとしては言えない。ここに全裸になっているラウラがいるとは何があっても言えない。下手したら○○が死んだ! この人でなし! なんてことになりかねない。強制的に何とか道場に行くことになるのは間違いない。急いでなんて答えるか考えるがとてもじゃないが、いい案は出てこない。
「? ……入るよ」
努力は無へと還り、無情にも扉は開かれる。エミルの頭の中に出てきたのは終了の二文字。
何も知らない寧がエミルの部屋で目撃してしまったのはラウラに布団をかけようとするエミル。どこからどう見ても誤解しか招かない。むしろただの事後のようにしか見えないような気もする。
「エミルーー!!」
「誤解だぁ!!!!」
部屋の中にはエミルと寧の叫び声が響き渡った。
ラウラが部屋に戻り、寧の誤解を解いたところで本題に入る。
「えっと、それで相談って?」
「セシリアちゃんとか一夏とかいつ新生ラシェーラに連れて行く? って言うのと臨海学校に行くから買い物に付き合ってほしいぁ……なんて。ダメかな?」
寧は後半照れながらそう言う。エミルは少し考えるしぐさを示す。
「夏休み中でいいんじゃないかな。長期休暇だし長めに滞在出来ると思うし。買い物は僕でいいなら付き合うよ」
エミルは笑顔でそう言う。寧もその返事に笑顔になる。
「寧はもうここら辺を散策した?」
「うーん、してないかな。ほら、覚えることも多かったし」
「お店の場所とか分かる?」
「実は……全然分からないんだ」
照れ笑いのような笑みを浮かべる寧。エミルは一度頷き、言う。
「了解、じゃあお昼ご飯を食べたら校門に集合でいいかな?」
「うん! じゃあまた後でね」
「また後で」
寧はそう言ってから走って部屋に戻っていく。エミルは見送った後、簡単な食事を作る。今はシグルムとフェンリルもいないため、用意するのは一人分である。
少し味気ないかな、と思いつつ久しぶりに一人で食事を取る。食べながらエミルは思った。やっぱり、一人で食べるより、誰かと食べたほうが美味しい。
食器を片づけてから私服に着替えて他の身支度を終わらせる。校門に向かうと既に寧が待っていた。エミルは寧の服装に見覚えがあった。まだ、寧がイオンとして生活していたとき。デルタの母親であるルウレイから借りた服、リンカージェン。寧が来ている服がそれに似ていた。
「あれ? その服って確か……」
「うん! ルウレイさんから借りた服に似てるでしょ? せっかくだから着てみたんだ。……どうかな?」
寧は、懐かしそうにでも、嬉しそうにそう言う。
「うん。大丈夫、似合ってるよ」
「よかった。エミルもその服、似合ってるよ」
エミルは黒い七分丈のパンツに白の半そでTシャツ。その上には淡めの青いリネンシャツを着ている。……もっとも蛇足ではあるが、これを買ったのは春先にセシリアと出かけたときである。
「ありがとう、寧にそう言ってもらえて嬉しいよ。それじゃあ、早速行こうか」
「うん!」
寧はエミルの左隣を一緒に歩く。
「どこに買い物に行くの?」
「僕も前に一度言っただけなんだけど、大型ショッピングモールのレゾナンスに行こうと思ってね。きっと気に入るんじゃないかな? さすがに真空管とか寧が好きそうなものは置いてないと思うけどね」
言い方は悪くなるが、以前エミルがセシリアに連れまわされた場所である。
レゾナンスにはフードコートやら、雑貨、衣服、食品等々。あらゆるものが売っている。もっとも寧が好きそうなものが置いてあるかと言われたら首をひねることになりそうだが……。今回の目的としては十分だろう。
「むぅ……。そんなにいつも機械中心なわけじゃないんだからね。本当だよ?」
むくれながら寧は言い訳を言うような感じでそう言う。エミルはそれがおかしくて思わず笑みがこぼれる。
エミルは笑みを絶やさず口を開く。
「そういうことにしておくよ。それより何を買うのかもう決めてある?」
「臨海学校用の水着とか日常品とかだよ。水着はエミルに決めてもらってもらおうと思って」
寧はコロコロと表情を変えながらエミルにそう告げる。でも、その姿はラシェーラにいた時のように自分を偽っている訳でなく、自分が思うように行動している、心から楽しいと思っているものに見える。
「それはいいんだけどネロはよかったの?」
「うん、ネロは他の友達と一緒に行ったみたい」
エミルは、そっか、とだけ返事をして会話が途切れる。
それからしばらくして寧が何を言おうと口を開いては閉じることを繰り返している。なお、エミルがそれに気付かない。そして寧が意を決して口を開いた。
閑話休題。
そして後方に物陰に隠れながらその様子を窺っている3人がいた。セシリア、シャルロット、鈴である。三人とも共通して瞳からハイライトが消えているところ、今にも人が殺せそうな雰囲気を醸し出しているところが怖い。
そこにラウラが通りかかる。
「む、お前たちはそこで……」
三人に声をかけようとして彼女たちの視線の先にいる人物を見る。ラウラの視界にエミ
ルと寧が入る。ラウラは堂々と二人の後をついて行こうとする。
「あんたは!? こんなところで何してんのよ! っていうか今、何をするつもりだったの」
鈴がラウラの首根っこを掴み引き寄せる。が、ラウラは意に反さず、さも当然のように反論した。
「そんなの尾行に決まっているだろう。情報は大事だからな。うん、情報大事、超大事」
ラウラにとって大事なことなのか頷きながら三回同じことを繰り返し言った。情報は大事という言葉に感化されたのか、セシリア、鈴、シャルロットは雷に撃たれたようなリアクションを取る。
そして四人は目を合わせ頷きあい、エミルたちの後を追いかけていった。
エミルと寧は目的地であるレゾナンスに到着した。寧はレゾナンスにいるのが初めてだから辺りを見回している。それに人が思いのほか多いのが原因なのか妙に落ち着きがなく、そわそわしている。
「ここがレゾナンスだよ。どこから見たいとかある?」
「うーんとね、とりあえず色々見て回りたいな」
寧が辺りを見回しながらそう言う。
エミルが少し考えてから上から順に見て降りていくことにする。エミルは寧を連れて最上階である四階まで連れて行く。
三階から二階に降りようとする時に寧が声を上げる。
「待って、あそこのお店に行きたい」
そう言って寧が指を指したのは水着販売店だった。それが分かった瞬間、エミルの頬が引き攣る。何とか自分は回避しようと抵抗を始める。
「えっと、僕はお店の外で……」
「駄目だよ、着いて来てくれるって言ったのはエミルだよね?」
エミルが全部言い切る前に寧が言う。寧のあまりの迫力にたじろくエミル。その迫力は一度見たことがあるものだった。それはラシェーラを旅している途中でジェノメトリクスに入った時でレナルルを痛めつけた時に似ている。だから既に引き攣っている頬がさらに引き攣る。
「そ、そうだけど……」
それでもエミルは逃げようとするのは諦めない。なおも、抵抗を続ける。が、生憎と言うべきか、その抵抗は失敗に終わる。
「ならいいよね? それにね……私はエミルに選んでほしいな。ダメ……かな?」
さっきまでの迫力はどこまでに行ったのか、急にしおらしく寧。しおらしくなった寧に負けてエミルが折れる。
「……分かったよ、一緒に見よう」
それを聞いた寧は笑顔になる。元の世界では魔物の王と呼ばれる精霊も女の子のお願いには勝てないらしい。
寧はエミルの手を掴み、水着ショップの中に入っていく。エミルの言葉は半ば仕方ないというような思いやそれ以上の想いが込められているように感じる。言葉以上に浮かべている表情は楽しそうなものだった。
買い物を終えた後、二人は海岸沿いのベンチでクレープを食べながら休憩していた。太陽はすでに傾き、暗くなり始めている。
「エミル、ありがとう」
「?」
急に寧にエミルは何のことか全く分からず首を傾げている。
「今日のことだけじゃなくて、今までのこと全部。ねりこさんの世界にいる時、ソレイルを旅している時。ずっとあなたはわたしを助けてくれた。あなたがいてくれたお蔭でわたしは今、ここで生きていられるの。あなたがいなかったらきっと私は向こうの世界で生きていたはずだから」
「気にしなくていいよ。僕がやりたくてしたことだからね」
「ううん。それでも言わせてほしいの。本当にありがとう」
その言葉を言い終えると同時に太陽が沈みきる。
「どうもいたしまして。……もう遅いし帰ろうか」
「うん!」
こうしてエミルと寧の買い物は終わった。
そして翌日。臨海学校当日。 この時、エミルたちはまだ知らない。自身たちの身に何が起こるのかを。そして二度とない邂逅をすることになるのを……。
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16.初めての海(この世界に来てから)
ほぼ二か月ぶりの更新ですね。大変申し訳ないっす。
ついつい、年始(?)から書き始めたラブライブ! の方に偏って書いてました。
まぁ、それはそれとしまして。さて今回から臨海学校編です、楽しんでいただければ幸いです。
今日から待ちに待った臨海学校。だが、その前に一つの問題が発生していた。一夏の隣は箒が陣取っているため問題はない。一方、エミルの隣は誰も決まっていなかった。それ故に発生したエミルの隣争奪戦。参加者はセシリア、鈴、寧、シャルロット、ラウラの五人。
この五人の間には火花が散っている。隣を決める方法はたった一つ。それはじゃんけんだ。
古来より何かを欲する場合はじゃんけんと決まっている。……まぁ、そんなものは存在しないんだが、それはそれ。
「「「「「じゃんけん……ぽん」」」」」
この瞬間、ついに決着がついた。奇跡といっていいほど一発で勝敗が付く。何をどう思ったのかは本人にしか分からないが、五人中四人がパーを出し、一人がチョキを出した。その一人はシャルロットだった。
だが、敗者の中でもただ一人、バスに乗る前に約束を取り付けた者がいる。
「あの、エミルさん。着いたらサンオイルを塗ってくださいませんか?」
セシリアである。エミルは自分で嫌じゃないのかと質問で返すが、セシリアはそれを否定する。それを聞いたエミルはそれなら、と承諾する。
普通の人なら間違いなく下心というものが含まれそうだが、エミルは違う。彼は百%の善意で行動していた。常人なら間違いなく不可能なことをやってのけるのはさすがの一言である。
臨海学校というイベントで全員が浮かれている中、エミルだけ物思いに耽っていた。
(海……か。最後に行ったのはいつだったかな。……マルタと行った時だからもう随分と行ってないな。それからはずっとギンヌンガ・ガップにいたし。そう言えば、今、ジーニアスとリフィルさん、リヒターさんはどうしてるかな……)
エミルがそんな思考の中、隣にいるシャルロットが話しかける。
「ねぇ、エミル」
「……あ、ごめん、シャル。どうかしたの?」
「シャル……。なんだか浮かない顔してるけど楽しみじゃない? それとも僕が隣は嫌だった?」
バスに乗ってからずっと遠くを見ながら昔に意識を飛ばしていたエミル。そのせいで何も喋らないエミルが不機嫌だと思ったのか、シャルロットが不安な顔をしながらエミルを見ていた。エミルからシャルと呼ばれた瞬間少し嬉しそうな顔をしていたが。
「ううん、そんなことないよ。少し昔のことを思い出してただけだから気にしないで」
「うん。それはいいんだけど、今、シャルって……」
「あ、気に入らなかったならごめん。少し前にせっかくだから愛称みたいなものがあったらなって思って……」
エミルが自信なさそうにそう言う。
だが少し考えてほしい。もし、好きな異性から自分の愛称を考え、そう呼んでくれた時、気に入らないと切り捨てるだろうか。
考えてくれた愛称のセンスにもよるが普通に考えたら答えはNoではないだろう。むしろほとんどが気に入るのではないだろうか。だが、そこはエミルらしいというべきかたまにへたれる。
そのあと、さっきまで暗めの雰囲気はどこまでいったのやら到着するまで二人は会話でにぎわっていた。
「それではここが今日からお世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないようにしろよ」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
千冬の言葉が発した後、全体で挨拶をする。
何でも設立した時から毎年、ここ、花月荘にお世話になっているらしい。着物を身に纏っている女将が丁寧にお辞儀する。
「はい、こちらこそ。今年の一年生は元気があっていいですね」
女将の年齢は不明だが仕事柄笑顔でいることが多いせいか女将という立場以上に若く見える。もっとも女性に年齢の話はご法度であるのことに変わりはない。
「あら、こちらのお二方が噂の?」
女将が視界に一夏とエミルを捉える。
「えぇ、まあ。片方が噂になり始めたのはつい最近ですが。今年は男子が二人いるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」
そう、エミルが世間に知れ渡るようになったのはついこの前にあった学年別トーナメントの時である。あのイベントには各国のお偉いさんが集まっていた。そして奇しくも一回戦目で一夏とエミルが戦うことになり、その時にエミルの存在が公になったのである。
そしてどこかにいる天災が興味を持ち始めているのはまた別の話。
「いえいえ、そんな。二人ともいい男の子じゃないですか。しっかりしてそうな感じがしますよ」
「一人はその通りですが、もう一人は仰る通り感じがするだけですよ。挨拶しろ、お前ら」
エミルは返事をするが、一夏は少し、ボケっとしていた為、頭を上から押さえつけられる。
「エミル・キャスタニエです。よろしくお願いします」
「お、織斑一夏です。よ、よろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとう。清州景子です」
女将は名乗った後、再度お辞儀をする。二人の周りにはこういった余裕を持っている女性は周りにはいない為、どことなく緊張した面持ちである。
「それじゃあ、みなさん。お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用ください。場所が分からなければいつでも従業員に聞いてくださいませ」
女子生徒一同は荷物を置くためか、一度部屋に移動する。
初日は終日自由時間であるため、まずは荷物を片付けてから遊びたいのであろう。ちなみに食事は旅館で取るようになっている。
男子の部屋分けは一夏が千冬と同じでエミルは真耶と同じ部屋である。何でも男子だけだと女子が押しかけてくるだろうから教師と一緒にしたというのが千冬の談である。
真耶と千冬の部屋は隣であるため、押しに弱い真耶でも押しかけに来ると言うことはないだろう。
「エミル君はこの後、どうするんですか?」
「そうですね。水着に着替えた後、一夏と待ち合わせて海に遊びに行きますよ。山田先生はどうするんですか?」
「私はこの後、教員の打ち合わせがあるので後から行きます。楽しんできてくださいね」
そう言って真耶は部屋から出ていく。エミルはつい先日寧と出かけた際に買った水着に着替える。その後に、エミルは荷物をまとめ最低限の貴重品だけ持って部屋から出る。
一夏も丁度支度を終えたのか部屋の前で鉢合わせた。
「お、エミルも今から海か。その水着、似合ってるぜ」
「ありがとう。一夏もその水着に似合ってるよ。……っていうかその言葉は女の子に言ってあげなよ」
「ん? それはいいけど誰に言うんだ?」
エミルは一度溜息をついてから被りを振る。
「はぁ。まぁいいや。海に行こうか」
「おう!」
エミルはこの世界に来てから初めての海に感動していた。元の世界以外の海を見たのは初めてということもある。
エミルと一夏から離れた場所で女子生徒たちは男子二人のことを気にしている。そんな中、同じクラスの本音たちと三人が近づいてくる。
「キャスタニエ君、織斑君。後でビーチバレーしようよ」
「おー、時間があればいいぜ」
一夏が提案を了承する。エミルもせっかくだからとその提案に賛同する。その後、ルールが分からないエミルはそれを一夏に教えてもらった。
その後、鈴が突撃してきて一悶着あったがそれはそれ。そんな一悶着の中、青いビキニで腰に同色のパレオを巻いたセシリアがエミルの元に近づく。
「それじゃあ、エミルさん。約束通り、お願いしてよろしいでしょうか?」
そんな時、いつの間にエミルの元に来ていたのか寧が噛みついた。
「セシリアちゃん!? エミルに何させようとしてるの!?」
「見ての通り、サンオイルを塗ってもらうんですの。まさか約束を違えるなんてことはしませんよね? 紳士がすることではありませんですわよ」
「う、うん。約束は守るけど……」
エミルは寧の冷たい視線を受けながらサンオイルを手の上に広げ温め、セシリアの背中に塗りたくる。その手際いうか動く様はとても久し振りとは思えないほど慣れるものだった。この場では寧以外エミルの過去を知っている人はいない。鈴は別の世界から来た程度しかエミルのことは知らない。
艶やかな声をあげるセシリアの周りにいる女子生徒は顔を紅くしているが、一夏の顔はそれ以上に紅かった。
ちなみに塗っているエミル本人は顔色一つ変えていない。背中を満遍なく塗った後、エミルは一息つく。
「ふぅ、背中は大体塗り終わったけど、これでいい?」
「い、いえ。折角ですので手の届かない所は全部お願いします。……その脚と、その……お尻も……」
背中以外に届かない所と言われても思いつかない。脚だって起きれば届くのだから。というか、そもそも男にお尻をやらせるのはよろしくないであろう。
最も、今起き上がるにしても青少年の精神上大変よろしくない事態に陥りそうだ。
「はいはい、私がやってあげる。ホイホイっと」
さっきまで傍観していた鈴が動き出す。鈴はくすぐるような感じで脚にサンオイルを塗る。その瞬間エミルは何かを察知したのか寧を連れてその場を離脱する。
―――― 一夏はスキル:ラッキースケベを発動した。――――
さすが原作における主人公。やる時はやってくれる。一夏のスキルが発動した瞬間、セシリアの悲鳴が響き渡り、一夏が錐揉み回転しながら海原へと消えていく。
エミルは何もなかったかのように寧と共にネロを探す。
エミルの一夏に対する対応がどんどん酷くなっているような気がしないでもない。でも、エミルのことだから一夏なら大丈夫だろうという思いもあるのだろう。
ネロは簡単に見つかった。クラスメイトと一緒にイチゴ味のかき氷を食べているところだった。
それを見たエミルと寧はかつて移民船ソレイルのフェリオン『ビストロ:ネィアフランセ』で天統姫でもある疾風のおネイさんことネイが作った『カチンとくる氷』を思い出した。ネイ曰く。
「普通のかき氷を作ってたはずなのに何故かこうなっちゃったのよね」
とのこと。奇跡にも等しい出来事を見た時のエミルの心境はリフィルの料理を見た時と全く同じだった。
ちなみにその時、寧も作った本人も顔が引きつっていたのは余談である。
そんなことがあったとは何も知らないネロは幸せそうな表情でちびちびとかき氷を食べている。
「あ、エミル。どうかしたの?」
「寧もいるからね? 特に用があるわけじゃないんだけど、一緒に遊べたらな、と思って」
「そうね。でも、ごめんなさい。私、この後約束があるの」
「そっか。じゃあ、また夕ご飯の時にね」
「えぇ」
ネロはそう言ってまたかき氷を食べ始める。エミルと寧は波打ち際まで歩いて行く。泳ぎがあまり得意ではない寧は恐る恐るという感じで歩く。エミルは微笑んでから手を差し出す。
「ほら、手繋いでるから泳いでみない? まずは浅いところからね?」
「……うん!」
浅瀬に移動してエミルが手で引きながら寧が泳ぐ。その様子はどこからどう見てもカップルである。周りの女子は手を引かれながら泳いでる寧を羨まし気に見ている。
一しきり泳いだ後、海から上がる。寧は友人と共にかき氷を食べに行く。すると、シャルロットから声がかかる。
「エミル、ここにいたんだ」
エミルが振り返るとそこにいたのはシャルロットとタオルに包まれた何かがいた。顔すらタオルで包まれていて顔の判別ができない。
「えっと……シャルと……誰?」
「ほら、エミルに見せるんでしょ。大丈夫だよ」
「だ、大丈夫かどうかは私が決める」
シャルロットは誰かという質問に答えぬまま隣に存在を揺らす。すると返ってきたのは弱々しい声。エミルはその声の主に覚えはあるがこんな声を発するところを聞いたことがなかった為、少し戸惑い気味である。
「もしかしてラウラ?」
エミルは問うが答えは返ってこない。そこでシャルロットがタオルに身を包んでいるラウラ(仮)に耳打ちする。
「せっかく水着に着替えたんだからエミルに見てもらわないと意味ないでしょ?」
「だ、だが私にも心の準備というものがあってだな……」
二人で一言二言交わした後シャルロットが突然声のボリュームを上げる。
「ふーん。だったら、僕だけエミルと遊んじゃうけどいいのかな?」
「そ、それはダメだ! …………えーい!!!!」
ラウラ(?)が今まで全身に巻き付けていたタオルを全て取り去る。すると黒いビキニを身に纏ったラウラの姿が露わになった。
「う~。わ、笑いたければ笑うがいい!」
「そんなことないよね、エミル」
モジモジしながらあまり自信を持てずにいるラウラに対し素早くフォローをいれるシャルロット。エミルはラウラの姿を確認してから笑顔なり口を開く。
「うん。可愛いね、よく似合ってるよ。色が黒っていうのもラウラのイメージに合ってていいと思うよ」
流石というか、文句のつけようのない褒め方である。
褒められたラウラは両手の人差し指同士を付き合わせながらか細い声を発した。
「そ、そうか。私は可愛いのか……。そう言われたのは初めてだ」
シャルロットとエミルは微笑まし気なものを見るような目でラウラを見ている。すると少し離れた場所から一夏がエミルを呼ぶ。
「エミル! さっき約束したビーチバレーやろうぜ!」
一夏がエミルに向かってバレーボールを投げる。エミルは両手でキャッチしてシャルロットとラウラを見る。
「OK! 負けないよ!」
最初のチーム分けはエミル・シャルロット・ラウラVS一夏・布仏・谷本となった。女性陣はある程度のペースでローテーションすることになった。周りから一夏やエミル、シャルロット、ラウラに声援が飛ぶ。エミルが今まで来ていたパーカーを脱いだ瞬間、黄色い悲鳴が響き渡る。なぜ脱いだかというのは今からビーチバレーをするというのに濡れたパーカーは足枷になるからである。
一番最初のサーブは谷本からである。
「ふふ、7月のサマーデビルと呼ばれたこの私の実力を見よ!」
「任せて!」
鋭いサーブがエミルたちのコートへ迫る。それに素早く反応したのはシャルロットだった。飛び込んでボールを拾い、次に繋げる。
ネット際ギリギリに浮いたボールに対し、エミルがアタックを入れる。それをレシーブしたのは布仏。慌てながらもきちんと繋げる。一夏がトスを上げ、再び谷本がアタックを入れる。そのボールはラウラの顔面に直撃する。
「大丈夫? ラウラ」
「ラウラ、どうしたの?」
らしくない様子を見せたラウラに対し、シャルロットが心配し顔を
「可愛いと言われた。私が可愛い。うぅ……」
「ラウラ、まだ気にしてたの」
そんな会話があってからエミルが顔を覘くとラウラの顔は更に紅くなる。そして素早く立ち上がり海のほうへ走っていく。通常では上がらないほど高く水飛沫が上がっている。どれだけのすごい勢いで海を走っているのか気になるところではある。
「えーっと、あれはどうしよう?」
「放っておいてあげていいと思うよ」
エミルはシャルロットに相談すると頭を振りながら彼女は答える。すると、真耶の声をエミルの耳は捉えた。
「ビーチバレーですか。楽しそうですね」
「先生も一緒にやりますか?」
「いいですね。どうですか? 織斑先生」
千冬が姿を見せた時、一夏は紅顔する。が、一方のエミルは千冬の雰囲気とか背格好とかがリフィルに似ているという印象を持った。
確かに遺跡モード以外なら少なからず似ているかもしれない。スレンダーな体型やクールな雰囲気なんかがそうだろう。
ラウラの代わりに真耶が入り、谷本が千冬と変わる。そこから意外と白熱した試合は長く続いた。
試合の結果は拮抗したのち千冬、一夏がいたチームが勝った。
エミルは試合が終わった後は軽くお昼を食べたり、一夏と一緒に泳いだりと日が涼むまで楽しい時間を過ごしていた。
そしてこの日の夜、エミルは天災と邂逅する。
そういえば、つい先日コーエーテクモゲームスさんが『イオンdeアラーム ~シェルノサージュ~』というアプリの配信を開始しましたね。
イオナサル欠乏症である自分もついさっきお金を払って買ってしましました。
イオン可愛いなぁ…………。ということを改めて実感しました!
七次元先の世界と繋がるまで自分を含め、端末さんは諦めることなく待っていますのでガストさん。ぜひ頑張ってください。お願いします。(土下座)
まぁ、それはそれとして今回エミルが着ている水着は過去にmobageで配信されていた『テイルズオブキズナ』の中に出ていた描き下ろしイラストと同じものです。気になる人は『テイルズオブキズナ 水着』で検索してくださればエミルがどんな水着を着ているのか分かりますのでよかったらどうぞ。
後、現在就活中なんですが、隙を狙って書いたり上げたりしているので月一投稿は少々難しくなります。
完成次第、即投稿するので待っててくださいお願いします。
最後にもある通り、次回は天災との邂逅を果たします。
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17.天才(天災)との邂逅。そしてその間……
暫く不定期になる可能性が濃厚です。
一日目の夜。エミルたちは夕食を食べていた。一夏の隣には箒が座り二人で楽しそうに食べている。一方、エミルの右隣にシャルロット、反対側にセシリアが座っている。ラウラはテーブル席で鈴と寧はクラスが違うため別の場所で食べている。この場にいるのは一組の生徒だけだ。
セシリアは慣れない正座で足が痺れたのか少し落ち着きがない。エミルが少し落ち着きのないセシリアに気付く。
「セシリア、どうかしたの?」
「い、いえ。何でもありませんわ」
気丈に強がるセシリア。必死の思いでエミルの隣をゲットしたのだ。ここで離脱してどこの馬の骨ともしれない女子にエミルの隣を取られるわけにはいかなのだ。それを知らずにセシリアの右側に女子がセシリアの足をつつく。
痺れている足をつつかれたセシリアは反射的に反応してしまい、体勢を崩す。それを受けとめるエミル。
「セシリア、大丈夫?」
「は、はひぃ」
エミルに抱き留められたセシリアは茹蛸のように赤くなっている。元の体勢に戻ったが、一向に食事に手を付けない。それを見かねたエミルが声をかける。
「セシリア、はい」
エミルは箸でセシリアのお皿の上にあるお刺身を掴みセシリアの口元に持っていく。セシリアはワタワタとしながらもそれを口に入れる。それにより、周りの女子たちが騒ぎ出す。その瞬間、エミルの後ろにある扉が勢いよく開かれる。扉を勢いよく開いたのは……。
「馬鹿者! 何をそんなにはしゃいでいる!」
千冬だった。その横には真耶が経っている。千冬の目線がエミルと一夏を順番で見る。そしてもう一度エミルを見る。
「キャスタニエ。食事は静かにしろ」
「はい、すいませんでした」
エミルの謝罪を聞いた千冬は再び戻っていく。もう一度セシリアに食べさせて騒動になるのを回避したいエミルは謝罪してそれをやめる。
エミルは代わりに学校に帰ったら手料理を振る舞うということで手打ちにする。その後、エミルはセシリアやシャルロットと楽しく会話しながら夕飯を食べた。
そして、夕食後。エミルは千冬に許可を取り、一人で旅館付近を散歩している。
(おい、近くに誰かいるぞ)
(うん。分かってる)
エミルは気付いていないふりをして散歩を続ける。
そしてたどり着いたのは夕食の前まで遊んでいた砂浜。波打ち際まで歩き、エミルは後ろにいるだろう人物に話しかける。
「一体、僕に用でもありますか?
「やっぱり気付いていたんだ」
エミルは振り返る。そこには機械で出来たウサ耳をつけ、なかなかファンシーな恰好をした女性がいた。その女性こそ、IS開発者である天才・篠ノ之束。
束はエミルが気付いていることに気付いていた。でなければ、エミルもこんなところに来ないはずだ。
エミルと束は無言で見合う。そして口火を切ったのは束だ。
「お前は何?」
その言葉には一体どれほどの意味が込められているのだろうか。それは束にしか分からない。エミルからすると束がどれくらいの情報を持っているのかが分からない。エミルは逆に質問する。
「なんだと思いますか?」
「ただの男じゃない。それは分かる。いっくん以外にいないはずの男性操縦者。そして突然、現れたかのよう出来た、エミル・キャスタニエという戸籍。何か裏があるはずだ。一番最初に考えたのはあるかも分からない異世界の存在。だけどそれには確証はない。もしくは学園の生徒、結城寧に関係があるかもしれないとも考える。彼女が学校に通いだした前後にお前が現れたのだから」
束の考察は真実から遠からずといったところだ。そして結城寧と何かしらの関係があるというのもある意味当たっている。彼女の記憶を復元させ、ラシェーラという七次元先にある世界から地球に帰還させたのは他ならぬエミルなのだから。
そしてエミルには本当のことを言うことだけしか道は残されていない。何故なら束は最初から言う言葉を信じているわけではないからである。天才だからこそ分かるもある。だが、束の考察は足りていない部分がある。それはエミルが必ずしも人間ではないということだ。
「そうですね、あなたの考察には驚きました。ですが、まだ一歩足りないですね。あなたの考察通り、僕は異世界の住民。ですが、僕は人間ではなく、精霊です」
「その証拠は?」
束が証拠の有無を聞き出すのも当たり前だ。目の前にいるのは確かに人間だ。だというのに人外だと言う。異世界なら地球の常識は通用しないのかもしれない。だが、神話一つ持ち出しても人外には共通しているものがある。それは人間といくら似ている種族がいても何かしらの特徴があるということだ。エルフなら長い耳、獣人なら獣耳や尻尾。小人なら小さすぎる。巨人ならその逆だ。必ず人外というのは人間と違うものがある。だが、今、束の前にいるエミルは普通の人間にしか見えない。
「僕の記憶、見てみませんか?」
「そんなことが出来るとでも言うつもりかい?」
「はい、僕のこれをあなたのISと繋げば見れるはずです」
そして束は知る。エミルの人となりを。過去を。彼が体験してきた全てを見る。だからこそ、束はそれを信じる。信じることが出来る。なぜならエミルが体験してきたそれらは決して紛いもので誤魔化せるものを超えているからだ。
その結果、束にとってエミルは興味のある存在、いわゆるお気に入りの存在に変わる。
「なるほど、エーくんは結城寧ともそういう繋がりがあったんだね」
この場にいない寧も有象無象からお気に入りへと変わる。それは当然と言えば当然の帰結独学で異世界へと物質を転送する機会を作ったのだから。
ただ、エミルは束の変わりように呆気にとられている。
「エーくん?」
「うん。エミル・キャスタニエだから、エーくん。あ、私のことは束さんでいいよ」
「なら、分かりました。束さんにお願いしたいことがあります。僕と寧のISを通して体験したものを映像にできるものを作れますか? もしかしたら使う時が来るかもしれないので」
「モーマンタイだよ。束さんに任せなさい! それじゃ、また明日ね。アデュー!」
束が手を振りながらこの場を去っていく。
束が去ってから少し経ってから一夏がやってくる。まるで束が去ったタイミングは一夏が来るのが分かっていたかのようだった。実際のところ知っていてもおかしくはない。何故なら彼女は自他ともに認める天才であり、天災なのだから。
************
海辺でエミルが束と話している最中のことだ。一夏は部屋で千冬にマッサージをしている。そして盗み聞ぎしている少女が六人。千冬からは艶やかな声が時々漏れ、聞き耳を立てている少女たちは顔を赤くしている。そして急に扉が開かれ、部屋へと流れ込む。少女たちが見上げると呆れたように千冬が立っていた。
「何をやっているんだ、お前たちは……」
「「「「「「ははは…………」」」」」」
少女たちは苦笑いを浮かべるしかない。その後、少女たちは千冬を囲うように座る。千冬は一夏に散歩に出ているエミルを誘って温泉に行ってこいと命令して、一夏は「あぁ」と一つ返事で部屋から出ていく。
一夏が出て行ったのを確認してからおもむろに立ち上がり、冷蔵庫へと向かう。ビールを一本とジュースを六本取り出し、座っていた場所に戻る。ジュースを少女たちの前に置く。
どういう真意なのかを測りかねる少女たちは顔を見合わせながら戸惑っている。
「どうした? お前らも好きな物を飲め」
「はぁ……」
呆気にとられたように反応してから各自飲み物を手に取る。そしてそれを確認した千冬は悪戯に成功したような意地の悪い表情を浮かべている。
「これでお前たちも共犯だな。まぁ、それはそれとして本題に入るとしよう。この中で一夏に惚れてるやつは? 次にキャスタニエに惚れてるやつは?」
真面目な顔して弟とその友人のことを聞く千冬。一夏に惚れているというので手を挙げたのは箒のみ。そしてエミルに手を挙げたのは、セシリア、シャルロット、ラウラ、寧の四人。鈴はどちらにも手を上げない。鈴の表情には悩みが浮かんでいた。千冬は鈴に質問する。
「なんだ、お前は昔、一夏が好きだっただろう?」
「はい。でも、今はよく分からないんです。確かに一夏のことは気になります。でもエミルのことも気になっているんです。私はどっちのことが好きなのか分かりません」
千冬は「そうか」と短く呟き、もう一口ビールを飲む。
「それで、お前たち、あいつらのどこがいいんだ?」
それは一夏、もしくはエミルのどこに惚れているのかということである。箒、セシリア、シャルロット、寧、ラウラの順で答えていく。
「わ、私は、別に……以前より腕が落ちているのが気に食わないだけですが……優しいところです」
「エミルさんが奥底に持っている強い心、彼の側にいると安心できるんです」
「優しくて包容力があるところかな」
「人のために一生懸命になれるところです」
「つ、強いところ、でしょうか……」
各々が思っていることの一端を零す。千冬は少女たちの想いを聞き押し黙っている。一度頷き、小さく「なるほどな」とこぼす。
「……いずれ本人から聞くことになるだろう。本当のことは本人が話すのを待っていてあげろ。そしてこれを信じる、信じないもお前たち次第だ。それでもキャスタニエのこと聞きたいか?」
エミルがいないところでエミルのことが話されようとしていた。でも、千冬が知っているのはエミルの一端のみ。多少の差異はあれど一端を知っているのはこの場に二人存在する。それは鈴と寧だ。
鈴は無人機・魔物騒動の後に、寧は地球に戻る前までいた世界を旅している間にそれを知った。だが、それを知らないセシリアとシャルロット、ラウラが頷く。
「あいつはこの世界の人間ではない。異世界からイレギュラーな存在だ。故にあいつのISも完全にオリジナルのもの。そしてあいつは私よりも強い。いや、正確に言うならばこの世界で一番強い。あいつのことを一言で表すなら『未知』だろうな」
未だ知らずと書いて未知。それは当然だろう。なぜなら己の知らないことは誰も知らないことが多いのだから。だが、鈴と寧は知っている。異世界で人間ではなく、精霊であることも。
千冬は、エミルが世界で一番強いと言い切った。その根拠はどこにあるのか。それは四月にあった無人機の騒動だ。エミルは生身で無人機とは別にいた二体の魔物を同時に戦っていたからである。人の体より大きな生物で一体は陸、もう一体は空。これらを同時に相手にするのは難しい。
だが、エミルからすればそれくらいは出来て当たり前だった。なぜなら魔物と戦うのが普通の世界だったからである。エミルからすればこの世界はものすごく平和なのかもしれない。女尊男卑という差別を抜きにすればという条件もつくが。
今の話を聞いて納得できる人物がいた。それはセシリアだ。彼女も彼の一端を何回か垣間見ている。一回は代表決定戦の時。二回目は魔物騒動の時。そしてラウラから守ってもらった時。いずれも彼なら大丈夫だという根拠のない安心感があった。もし、それが彼の経験から溢れ出るものだとするなら千冬が言う『世界で一番強い』という言葉も納得できる。
千冬は言葉を続ける。
「だが、あいつはどうも自分で全てを背負い込む癖があるようだ。だから一緒に背負ってやる必要があるのかもしれないがな。……さて、今の話はここだけのもので一切の他言は無用だ。もちろん本人にもだ。キャスタニエから話してくれるのを待ってやれ。そうだな、全て受け止めた後で逃げないように捕まえとくのが得策かもしれないぞ。キャスタニエも一夏もな。自分を磨けよ、小娘ども」
最後にそう言った千冬の顔は楽しそうだった。
************
エミルは一夏と旅館に戻り温泉に入っている。完全にリラックスしているのだが、エミルには懐かしい出来事を思い出していた。それはまだ旅をしていた時の話。エミルが温泉に入っている時に、マルタが看板を立てて誰も入ってくれないようにしたのだ。エミルが余りの驚きで大声を上げてしまい、ロイドたちが中に入ってくる。それにより、ロイド以外からはまるで蔑むかのような目で見られ、ロイドからは何故か同情された。そんなことを思い出したエミルは頭を振る。
前回はそれがフラグとなって当時、男子と偽っていたシャルロットが大浴場に入ってきた。だが、さすがに今回はフラグは立たなかった。
頭を振っているエミルを見てを一夏は話かける。
「エミル?どうかしたのか?」
「ううん、何でもない」
「そうか? それにしてもやっぱり温泉って気持ちいいな」
「……そうだね」
一夏とエミルはお湯に浸かりながら空を見上げる。見上げた空は満点の星空だった。それはシルヴァラントやテセアラ。ラシェーラでも多少の差異はあれど地上から見える星空は美しかった。
ただ、エミルには妙な胸騒ぎを感じていた。臨海学校はこのままじゃ終わらない。何か大きなアクシデントがあるかもしれない。そんな予感がしている。
エミルは星空を見ながら一つ覚悟を決める。例えそれが、皆から避けられる原因になろうとも全力で皆を守ると。
「もしものときは頼んだよ、ラタトスク」
ISはエミルの言葉に応えるように鈍く輝く。
エミルの予感が現実になるのはそう遠くない。
戦いが始まり、エミルが自身の全てを告げるまで残り……時間。
就活が終わらないぃぃ…………。もう嫌だ。
二次創作を書く時間が欲しいし、オリジナルを書く時間も欲しい。でもバイトでお金も稼ぎたい。色々と多すぎて死ねる……。
という訳で、束さんの口調が良くわからん……。まぁ、いいや。
3ヶ月ぶりの更新になるのか……。申し訳ないですがまだ不定期が続きそうですが、よろしくお願いします。
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18.第四世代型IS 紅椿
ほぼ半年ぶりですね、お待たせしてすみません。
約五か月ぶりです。今までよりは多少文量が多いと思います。あと、いくつか疑問に思う点もあるとおもいますが、ご都合主義ということでお願いします。
それではそうぞ。
翌日の午前中。
朝食後に専用機持ちのみが集められ、磯部に集まっている。
「よし、専用機持ちは全員集まったな」
千冬はそう言うが少し語弊がある。一年生の専用機持ちは特例であるエミルと寧を除き、一夏、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラだ。だが、この場には専用機を持っていないはずの箒がここにいる。
それを疑問に持つ者も当然いて鈴がそれを言う。
「それは私から説明しよう」
千冬がそう言った瞬間、遠くから誰かの声が響き渡る。
「やっほーー!!!」
響き渡った後に土埃を巻き上げながら何かがエミルたちがいる場所に駆け寄ってくる。徐々にその何かの輪郭がしっかりしてくる。
頭に着けているのは機械で出来たウサ耳。そして少し変わった形のエプロンドレス。これを身に着けている女性は一人しかいない。また、千冬、エミル、一夏、箒の四人もそれを身に着けている女性は一人しか心当たりがない。その女性は巷では天才でISの生みの親と言われている。そう、つい、先日の夜にエミルが話を交わした女性。天災・篠ノ之束である。
束は岩で出来た傾斜面を滑るように降りてくる。そして跳躍した。まるでカタパルトから発射されたミサイルのように。
「ちーちゃーん!!」
そして千冬の名を呼びながら墜落していく。それに対し、千冬は慌てることなく頭を掴み着地後に押さえつける。
それでも諦めず千冬に近付こうとする。
束は手を変態的な動かし方をしながら今もなお接近を試みる。
「やあやあ。会いたかったよ、ちーちゃん。ハグハグしよう、愛を確かめよ……」
「うるさいぞ、束」
「相変わらず容赦のないアイアンクローだね!」
そう言ったあと近づくのを諦め、束は次の行動を取る。束は箒の方へと向かう。ちなみに箒は少し離れた岩場の陰で頭を抱えながら隠れている。
エミルは滅多に見ない箒の態度を見て少し不思議な表情を浮かべていた。他のメンバーも呆気に取られている。ただ、一夏だけはまたか。というような表情を浮かべていた。
束は忙しなく動きながら箒に話しかける。
「じゃじゃーん、やあ」
「どうも……」
何がじゃじゃーんなのだろうか。全く分からない。テンションが高い束に対し、箒のテンションはどこまでも低い。
「久しぶりだねー。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。大きくなったね~、特におっぱいg……」
「殴りますよ」
束がセクハラ発言すると同時に箒が木刀で突きを入れる。
どこから木刀を取り出したかは別としてそれをモロに喰らった束は鼻血を出しながら飛んでいく。
「殴ってから言ったー。箒ちゃんひどーい」
顔に突きを入れられて鼻血だけで済んでいる束の顔は一体何で出来ているのだろうか。それ以外にも他には言うことがないのかと疑問の方が多いが、本人が気にしていないのなら良しとしよう。
「ねー、酷いと思わない? いっくん、エーくん? あと君が結城寧だよね? ゆーちゃんもひどいと思わない? 思うよね?」
「「「はぁ……」」」
「おい、束。いい加減自己紹介ぐらいしろ」
束の人となりをよく知っている千冬と一夏はエミルと寧のことを有象無象ではなく、個として認識していることに驚いた。が、一度それを棚に上げ、このまま放置しておくと話が進まないと思ったのか千冬が一度ストップをかける。
「えー、めんどくさいな。私が天才の束さんだよ、ハロー。終わりー」
束は面倒くさいと言いながらも、千冬に言われた通り、最低限だが自己紹介をこなす。
「束って……」
「IS開発者にして天才科学者の」
「篠ノ之束!」
「ふっふっふ、大空をご覧あれ!」
鈴、シャルロット、ラウラの三人がまるで合わせたかのような反応を示す。セシリアはあまりの驚きで口を開いて固まっている。
束はそんな状況を無視して目を光らせる。そして空を見上げ、指も天高く掲げる。
束がそう言うと同時に空が一か所光る。そして何かが落ちてくる。空気を裂く音が聞こえるほどの速さでだ。数秒で地上にたどり着く。それは立体形状のひし形だった。
それの後ろから束が姿を見せる。
「じゃじゃーん! これぞ、箒ちゃんの専用機こと紅椿! 全スペックは現存するISを上回る束お手製だよー。何たって紅椿は天才束さんが作った第四世代型ISなんだよ」
ひし形から現れたのは束が言葉にした通り紅色のIS。紅椿という名前も納得できる。
そして何よりエミル以外の全員が束の発したある言葉に反応していた。
「第四世代?」
「まだ各国でやっと第三世代型の試験機が出来た段階ですのよ」
「なのにもう?」
「そこはほら、天才束さんだから」
最後に謎しか残さない言葉を放つ束。一体そんな言葉のどこで納得しろというのだろうか。いささか不思議である。
その言葉に対する周りの反応を丸投げして話を進める。
流石、自分の興味がある人以外はどうでもいい天災ではある。(誤字にあらず)
リモコン的物体を取りだし、それをいじる。すると紅椿は搭乗可能となる。
「さあ、箒ちゃん! 今からフィッティングとパーソナライズを始めようか!」
千冬にも促され、箒は紅椿の前に立つ。
箒の立ち位置上のものだが、束以外の全員は箒の後ろ姿は見えるが、表情は分からない。箒にとっては念願の力、一夏と共に歩いて行くための力を手に入れたことになる。それが主な理由かは分からないが、箒の目はとても輝いていた。まるで子供が親から新しい玩具をもらったかのように。
箒が紅椿に搭乗すると同時に束が可視化されたデジタルキーボードをものすごい速さで操る。データの更新の為、紅椿には無数のケーブルが繋がれている。
「箒ちゃんのデータはある程度先行して入れてあるから後は最新のデータに更新するだけだね」
束が操るキーボード捌きに代表候補生の全員が呆然と眺めている。それはそのはずだ。何故なら、あの天才束のキーボード捌きを目の当たりにしているからだ。束のそれは自分たちが知っているものより遥かにスピードが上。そうなるのも無理はない。
「はい、フィッティング終了、ちょー凄いね。さすが私!」
束はデジタルキーボードを消す。かけた時間はものの五分に満たない。だけど彼女はそれを然程気にしていない。何故ならそれは当然のことだから。周りにとってどんなに非常識なものだとしても自身にとってそんなに気にするほどのことではないからだ。
そのまま次の行動を指示する。
「そんじゃ、試運転もかねて飛んでみてよ。箒ちゃんのイメージ通りに動くはずだよ」
「えぇ、それでは試してみます」
箒は一度目を閉じ意識を集中させる。ゆっくりと目を開き、紅椿を徐々に地面から足を放す。そして急上昇を開始する。
「なにこれ! 速い!?」
「これが第四世代の加速……ということ?」
その時に出たスピードはセシリア等が所有している第三世代型より速い。束が第四世代ということで作ったからそれは当然のことかもしれない。
鈴やシャルロットもその速さに驚いている。セシリアやラウラも口にこそ出さないが、二人と同じだった。ただ、エミルと寧は違う表情を見せる。エミルは感心。寧は目を輝かせ、なぜあれほど速いのか考えている。
紅椿は紅い閃光となり、空を縦横無尽に翔る。
「どうどう? 箒ちゃんが思っていた以上に動くでしょ?」
「えぇ、まぁ」
束が言うように搭乗者である箒自身、ここまで動くとは思っていなかった為少し戸惑い気味である。そんな箒にかまわず、束は次の指示を出す。
「じゃあ、次は刀使ってみてよ。右のが雨月で、左が空裂ね。武器特性のデータを送るね」
束が紅椿に搭載されている武器のデータを送信する。紅椿の武器は雨月と空裂の二刀流。エネルギー刃を連続放出するという効果を持つ雨月。空裂の方は斬撃に合わせ攻性エネルギーを飛ばし対象にぶつけるものである。
箒は刀を抜き、雨月を振り抜く。五本のエネルギー刃が放出され、いくつかの雲を掻き消す。
その様子を見ている束は機嫌がよさそうである。
「いいねいいねー。次はこれを打ち落としてみてね。はーいっと」
そう言って呼び出したのは十六連装ミサイルポッド。そのまま一斉掃射を行う。
箒は再び紅椿ともに空を翔け、発射されたミサイルと距離を取る。十分に距離を取れたところで彼女は左手に持った空裂で飛来してくるミサイルを破壊する。
その光景を見た専用機持ち全員が感嘆の声を上げる。そんな時、副担任である真耶の声が聞こえてきた。
「大変です! 織斑先生!」
その声は切羽詰まったものだった。その声に全員が振り返る。いつも落ち着きがない真耶であるが、今回はいつものそれとはどこか様子が違っている。
千冬の前に立つと右手に持っていた端末を見せる。すると、千冬の目が少し厳しいものに変わる。
「テスト稼働は中止だ。お前たちにやってもらいたいことがある」
近くに立っていた女性が束だと言うことを知って真耶が驚きの声を上げるということがあったがそれは置いておく。
教師陣と専用機持ちは宿の宴会用の一室に集められた。薄暗い部屋の中で大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。
「現状説明を開始する。二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあった、アメリカ・イスラエルで合同開発の第三世代型のIS『銀の福音』。通称福音が制御下を離れて暴走。監視空域を離脱したとの連絡があった」
乗り始めて数か月しか経っていない一夏、別の世界から来たエミル、ついこの前まで異世界に拉致されていた寧はあまりピンと来ていないようだが、それ以外の専用機持ちの面持ちは厳しい。
それでも千冬の説明は続く。
「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することが判明した。時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」
そしてそのまま作戦の概要説明を始める。
「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」
「はい!?」
一夏はそこまで考えていなかったのか、驚きの声を上げる。ラウラはそれを理解しきれていないと捉えたのか千冬が言ったことを噛み砕いて説明する。
「つまり、暴走したISを我々で止めるということだ」
「まじい!?」
「一々驚かないの」
鈴が一夏に向かって呆れたようにそう言う。その後、千冬が再び、口を開く。
「それでは作戦会議を始める。意見があるものを挙手するように」
「はい」
真っ先に手を挙げたのはセシリアだった。
「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「分かった。ただし、決して口外するな。情報が漏えいした場合、諸君には査問委員会による裁判の後、最低二年間の監視がつけられる」
「了解しました」
ディスプレイに福音のスペックデータが表示されていく。各国の代表候補生は表示されているデータに基づき、相談を始める。
「広域殲滅を目的とした特殊射撃型。……わたくしのISと同じオールレンジ攻撃を行えるようですわね」
「攻撃と機動の両方を兼ね備えた機体。厄介だわ」
「この特殊武装は曲者って気がするね。連続しての防御は難しい気がするよ」
「このデータでは格闘性能が未知数。偵察は行えないのですか?」
ラウラの提案に対し、千冬は難色を示していた。
「それは無理だ。この機体は現在も超音速飛行を続けているアプローチは一回が限界だ」
千冬の後に今までモニターを見続けていた真耶が作業を止め、口を開く。
「一回きりのチャンス。ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」
ISにとって絶対的有利なエネルギー関係を全て無効にする力を持っている白式。その所持者である一夏に全員の視線が集まっていた。
戦闘能力で言ったらこの場にいるエミルが一番かもしれない。だが、ラタトスクは空戦に向いているかと言われると頷き難いものがある。この場ではエミルと寧だけは知っているがラタトスクの単一能力は『アイン・ソフ・アウル』である。全ての飲み込み破壊する力。それではISを木っ端微塵にしてしまう。つまり搭乗者も一緒に殺してしまうことになる。エミルとしてはそれだけは回避したかった。
一方、一夏はまさか自分に矛先が向くとは思っていなかったのか戸惑いの声を上げる。だが、代表候補生の目は真剣だ。
「あんたの零落白夜で落とすのよ」
「それしかありませんわね。ただ、問題は……」
「どうやって一夏をそこまで運ぶか。エネルギーは全部攻撃に回さないと難しいだろうから移動をどうするか」
「目標に追いつけるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」
ここまでとんとん拍子で話が進むとは思っていなかったのか一夏が慌てて口を開く。
「ちょっと待ってくれよ。俺が行くのか?」
「「「「「「「当然」」」」」」」
専用機持ち全員の声が重なる。
先ほどから成り行きを見守っていた千冬が一夏に言葉を投げかける。
「織斑。これは訓練じゃない、実戦だ。もし覚悟がないなら無理強いはしない。ラタトスクにもう少し空戦適正があればキャスタニエに頼んでいた」
その言葉に同意するように声を出したのは意外にも寧だった。
「織斑先生の言うとおりだよ。今回は今までと違う。この前のラウラちゃんの時みたいな失敗は許されないよ?」
寧の言葉に重ねるようにエミルが一夏に言葉を投げかける。
「ねぇ、一夏。君に覚悟はあるかい? 綺麗事ではなく、もし自分が死んででも止める、相手を殺してでも止める。そう言う覚悟が。ないなら、今するしかない。世の中は綺麗事で何とかなるほど優しくないんだから。覚悟が出来ないなら僕が行くよ」
エミルはマルタと旅をした時からずっと戦ってきた。魔物と戦い、ヴァンガードとも戦って数えきれない命を奪ってきた。そしてそれはソレイルでも同じだ。戦わなきゃ殺される。他に沢山の犠牲者が出る。大切なものを守る時だってそれは変わらない。デクスを殺してしまった時もそれは同じだ。
エミルは知っている。生半可な覚悟や理想は何の役にも立たないことを。だからこそ、一夏はここで覚悟する必要があった。
一夏は拳を強く握りしめ振り返り、千冬と向き合う。
「俺がやります。やってみせます」
「それでは、現在……」
『ちょっと待ったー』
何処からともなく突然聞こえたのはこの場にいないはずの束の声。
「その作戦はちょっと待ったー」
束が出てきたのはまさかの天井からだった。身軽に飛び降り、千冬の元へ駆けよる。
「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が頭の中にナウプリンティングー」
「束出ていけ」
天才であるはずなのに少しバカっぽく見えるのが残念で仕方ない。
束は千冬の肩を持って揺さぶる。一方、千冬は頭が痛そうと言うか、面倒くさそうな表情を浮かべながら左手で頭を押さえる。
そんなことは知らんと言わんばかりに束は訴えを続ける。
「聞いて聞いて、ここは断然紅椿の出番なんだよ!」
「何?」
理由を問いただそうとする前にどんどん移動を始めていく束。移動しながら束はもしもの為にエミルを控えさせておくという方法も上げた。無人機を撃破した時から見ていたが、束は実力をもう一度この目で見たいと言うのがあった。今のスペックで勝てるかどうか怪しいと言うのも知っている。
少し広いところに出た後、紅椿の機体が展開装甲であり、雪片二型を進化させたものらしい。
とりあえず千冬は束の意見を了承する。エミルが出ると聞いてセシリアなどの代表候補生たちが自分もと立候補するが千冬がそれを却下していく。
最終的な作戦は一夏と箒の二名による撃墜。ただ、実戦では不測の事態もあるため、その時はエミルが出られるよう、後ろに控える。ということで落ち着いた。
作戦開始は三十分後。箒と束は紅椿の調整に、一夏は覚悟を改めて持ち直す。専用機持ちは千冬のもとに集まっている。ただ、エミルだけ全員の様子を少し離れたところから眺めていた。ただその表情からは何を考えているかまでは分からない。
決戦の時はもうすぐ。
久しぶり過ぎて書き方とか全然思い出せなかった……。それはそれとしまして、これからも不定期が続きそうですがよろしくお願いします。
予定ですが、アニメ一期(OVA込)で一度終了にしようと思います。また時間等があれば続きを書こうと思います。
最後に、1ヶ月ほど前に活動報告にてちょっとしたことを載せたのでもしよろしければ見てください。マイナスのことではありませんので安心してください
きっと後、五、六話で完結すると思います。
これからもよろしくお願いします。
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19.墜ちる騎士
いつも通りのクオリティですが、よろしくお願いします。
・・・・・・社会人って大変ですね
一夏はセシリアや鈴たちから高速戦闘のレクチャーを受け、箒はその近くで束の指示の下、紅椿の最終調整を行っている。
エミルは寧に連れられ、集団から少し離れる。そこで二人は向かい合う。連れだしたのはいいが、言うことが纏まっていないのか寧は口を閉じたり開いたりする。そしてようやく固まったのか、真っ直ぐエミルを見つめる。
「ねえ、エミル。ちゃんと帰ってくるんだよね?」
「そのつもりだけど、どうかしたの?」
「なんかエミルがいなくなっちゃう。そんな気がしちゃって……。だって、エミルは違う世界から来た人だから」
今は亡きラシェーラという世界の天文という機関に拉致されたと言う形になるが、行ったことがある寧だからこそそう思わずにいられなかった。彼がいなければ寧はイオンとして新生ラシェーラで生活していただろう。今、結城寧として生活できるのは地球やラシェーラと全く異なる世界から来た少年のおかげなのだ。
寧が攫われた時のように留まっている世界に害を及ぼすことはない。でも自分のように元の世界に帰りたいと思っているのではないかと、そう思ってしまうのだ。
エミル自身としては確かにテセアラ、シルヴァラントに帰るという思いは確かにある。だが、一夏や、千冬、セシリアや鈴などの代表候補生や寧とネロがいるこの世界に居たいという思いも確かにある。どちらも大切にしたいからこそ、反する二つの思いに板挟みにされている。
「そうだね。確かにそのうち帰るかもしれない。でもまだその時じゃない……と思う。一夏たちをあの世界に連れて行くのをデルタとも約束してるからね。それにクラスメイトや先生たち、一夏と代表候補生たちや寧とネロと過ごす時間はとても好きだからね。だからちゃんと帰ってくるよ、約束する。寧と冒険を始める前に約束もしたしね。君を守るって」
まだ寧がイオンと名乗り、失った記憶を取り戻して夢の世界にいた時。ネロを止めるために、皆を助けるために現実に戻ることを決めた。そんな時、駆けつけてくれたエミル。その少年は一番最初に交わした約束を覚えていたのである。寧は右手の小指をエミルに向ける。
左手の小指を寧の小指に絡める。
「約束だよ。嘘ついたら許さないよ。だから絶対に帰ってきて」
「うん、分かったよ」
寧はエミルに聞こえないほど小さな声で呟く。
「gou ih-rey-i gee-gu-ju-du- zwee-i;」
これは
************
三人は現在砂浜にいる。それ以外の生徒は全員先ほど集まっていた部屋で待機。教師陣もそこで状況をモニタリングしている。
一夏が待機状態になっている白式で時間を確認する。時刻は作成開始時刻である十一時三十分を示した。
三人がそれぞれISを展開し、身に纏う。
「じゃあ、箒よろしく頼む」
「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」
箒の言葉は二つの捉え方があるように感じる。一つは女尊男卑特有の男は女の下にいればいいという考え。もう一つは力のある男子が女子の上にいるなどありえないという昔ながらの考えだ。捉え方は人それぞれだが、聞く人次第で言葉の受け取り方は全て変わってくる。
だが、不思議なことに彼女の声音からそれらが一切感じられない。むしろ弾んでいるように聞こえる。余程一夏の手伝いが出来るのが嬉しいのだろうか。
だが、一夏としては不安がある。束が調整し、保険にエミルがいるとはいえ、箒は専用機を使い始めてから半日経ってない。特に操縦面の不安が拭えないのだ。
「箒、これは訓練じゃない。十分注意して」
「無論分かっているさ。ふふ、心配するな。お前はちゃんと私が運んでやる。大船に乗ったつもりでいるといいさ」
一夏の言葉を遮り、重ねるように言う。
やはり普段より声が浮ついている。形に出来ず言いようのない不安に一夏はエミルを見る。何を言いたいのかが分かったのかそれに対し、無言で頷く。
少年二人の間で箒を気にかけるということが追加された。
『織斑、篠ノ之、キャスタニエ、聞こえるか』
オープンチャネルを介し、千冬の声が三人の下に届く。それに対し、頷き返す。
『今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間での決着を心掛けろ。討つべきは
「「了解」」
「織斑先生。私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?」
『そうだな。だが、無理はするな。お前は紅椿での実戦経験は皆無だ。突然、何かしらの問題が出ないとも限らない』
「分かりました。ですが、出来る範囲でサポートします」
やはり、不安が拭いきれないのか一夏の顔はどこか不安げである。
本部で箒の声を聞いていたメンバーも声が弾んでいるという印象を受ける。千冬も同じ印象を持っていた。真耶に箒を覗く二人にプライベートチャネルの回線をつなぎ、有事の際、箒をサポートしろという指示を出す。
『では、始め!』
エミルはもしもが起きた時の保険であるため、見失わない程度のスピードで後ろを追いかける。
先行部隊であり、本命である一夏は箒の背に乗り、一気に遥か上空へ辿り着く。その速さは
「暫時衛星リンク確立、情報照合完了――目標の現在地を確認。一夏、一気に行くぞ」
「お、おう」
紅椿をさらに加速させる。脚部や背部装甲を展開させ、展開部からエネルギーを力強く放出させる。
そこから目標を確認できるほど近づくまではあっと言う間だった。
「見えたぞ一夏」
「あれが銀の福音か」
名前に銀とある通り、体全体は銀色に覆われている。何より目立つのは頭部から生えている一対の翼。大型のスラスターと広域射撃武器を融合させた代物だ。
現在、後ろから追いかけている状態だが接触するのもすぐだろう。一夏は無意識に力が入り、雪片二型を強く握る。
「加速するぞ、目標に接触するのは十秒後だ」
スラスター、展開装甲共に出力を上げて加速する。その速度はすさまじく、まともに立っているのも難しいだろう。だが、そうは言っていられない。一夏は立ち上がり、零落白夜を発動させる。箒はそれに合わせて瞬時加速を行い、間合いを詰める。
「うおおおお!」
光の刃が触れる直前。福音は来るのが分かっていたかのように最高速度のまま方向転換を行う。
元々の高速機動であるため、現状の間合いでは引くには少し遅すぎる。
「箒、このまま押し切る!」
反撃を喰らう前に仕留める。零落白夜を使用する際にSEを消費する。後ろにエミルが控えているとはいえ、手痛い一撃や手遅れになる前に決着を付けたい。
もう一度攻撃を仕掛けようと接近した時、福音から機械音声が発せられる。
「敵機確認。迎撃モードに移行。《
機械音声でしかないはず。だが、福音は自分たちに対し敵意を持った。一夏はそう感じた。僅かに嫌な予感。背筋に凍るような感覚に襲われる。
再び体勢を変え、針一本通すような精密さで再びその攻撃を回避する。そのまま距離を開け、上空に離脱する。
一夏たちは再び距離を詰めようとするが、福音がそれを何回も許すわけがない。翼から無数に光の弾丸を撃ちだし、二人に反撃する。
これに当たってしまったら零落白夜はSEが足りず、使えなくなってしまう。二人が取る行動は回避するが、弾丸が二人を追いかける。ほとんどが箒の方へ向かうがスピードを生かし、全て回避する。一夏の方へ数発流れるが、危なげなく避け、福音へと向かう。
「箒、左右から同時に攻めるぞ。左は頼んだ!」
「了解した!」
複雑な回避運動をこなしながら、福音へ近づく。だが、それ以上に弾丸の連射速度がそれを上回り、イタチごっこをしている状況へと陥る。先ほどの無数の弾丸もその連射速度から来るものだ。
ようやく追いつき、攻撃してもまるで蝶が舞っているかのように不規則な動きをするため、攻撃がまるで当たらない。
「一夏! 私が動きを止める!!」
「分かった!」
箒はそう言うなり二刀流での攻撃を仕掛ける。突き、斬撃を繰りだす。だが、それだけではない。腕部の展開装甲が開き、攻撃をする度、エネルギー波が襲い掛かる。
ある意味化け物同士の戦いのようにも見える。その均衡はすぐに崩れた。回避ばかりしていた福音が徐々に防御を使い始め、攻撃をさばききれなくなっていた。箒が行動を抑え込むことに成功する。
「一夏、今だ!」
「おう!」
一夏も瞬時加速を用い、目標へと接近する。が、何かに気付き見当違いの方向へと進む。箒はそれに驚き、一瞬力を抜いてしまう。だが、それを見逃す福音ではない。弾丸を浴びせ、離脱する。距離を開けてからもう一度弾丸を放つ。また攻撃に当たるほど箒もバカではない。数発が一夏の進行方向上に飛んでいく。それをギリギリのところで追いつき、弾く。
「何をしている! せっかくのチャンスに!」
「船がいるんだ。海上は先生たちが封鎖したはずなのに……」
「密漁船!? この非常時に……」
回避行動を取っている間もSEは消費されていく。その中で最も回避したい出来事が起こる。雪片二型のエネルギー刃が消え、展開装甲が閉じる。
エネルギー切れを起こし、作戦の要だった武器がたった今潰えた。
「馬鹿者! 犯罪者などを庇って! そんなやつらは放って」
「箒!」
一夏が名を強く呼んだとき、箒は息を詰まらせる。一夏は諭すように箒に話しかける。
「箒、そんな――そんな寂しいこと言うなよ。力を手にしたら弱いやつのことが見えなくなるなんて……。どうしたんだよ、全然箒らしくないぜ」
箒は明らかな動揺を見せる。持っていた刀を手放し、手で顔を覆う。
実戦において動きを止めるということは致命的な行為である。何故ならその瞬間を狙えば敵を仕留めることなど容易いからである。それこそ、軍事用のISがそれを狙わないわけがない。
チャンスと見た福音が三十六門全ての砲門を開き、攻撃を仕掛ける。ターゲットはおそらく箒。背を向けている為、彼女は気付いていない。
(頼む、間に合ってくれ!)
残りわずかであるエネルギーを使って最後の瞬時加速を使う。箒と福音の間に入り、全ての攻撃を受ける一夏。それにより完全に活動限界を超え、強制的に解除される。箒は意識を失い、落ちていく一夏に追いつき、抱き留める。
『作戦は失敗だ。キャスタニエ。二人が戦線離脱するまで時間を稼いでくれ』
「了解しました。箒さん、早く一夏を連れて早く逃げて」
「……あぁ、すまない!」
箒が背を向け、旅館がある方へと飛んでいく。
一夏と箒への興味は既にない。既に福音のターゲットは新しく来たエミルへと変わっていた。
両者の間に緊張が走る。動き出したのはほぼ同時。エミルはより上空へと向かい、福音はさらに距離を開ける。
エミルは持っている剣を振り抜き、衝撃波を撃ち飛ばす。
「
生み出された衝撃波は福音へと向かう。目に見えない衝撃波を対処する方法は限られている。飛んでいく方向が限られていても速度までは分からない。地上なら砂埃をたてるという手段を取れるが、ここは上空。雲で同じことは出来るだろうがそれは難しい。よって当たるのはほぼ確定。
「La……♪」
福音には爆発する光の弾丸がある。甲高いマシンボイスを響かせ、それを発射する。爆発させることで相殺、もしくは場所の特定を図る。本当に暴走しているのか疑う賢さがある。テセアラやシルヴァラントにはこのような技術はない。この技術を上回っていると言って良いほど発展していた七次元先の世界でもこのようなことはなかった。
この行為により、衝撃を放つ空牙衝や
チャクラムもあるが、今回は焼け石に水でしかない。よって、さっきの二人と同様に近接戦闘を仕掛けるしかない。それがエミルに残された唯一の道でもある。
衝撃波を駆使しながら目標へと近づいて行く。攻撃が対象に当たるまでもう少し。そして届かせるための一歩を持っていた。
「はあ!」
蹴りを入れてから剣を振り抜くが、当然回避される。だが、それはさっきまでの話。福音が距離を開けようとした瞬間。上空から雷が落ちてきて対象の動きを止める。エミルが使ったのは虎乱蹴。しかし、ただのそれではない。トニトルスと呼ばれる雷を司るセンチュリオンの力を纏った一撃。その電撃は相手の動きを止めるのに最適だった。
「
五連続の斬撃から闇の力を込めた魔神剣を放つ。だが、やられてばかりの福音ではない。魔神剣を片翼で受け止める。片翼から弾丸を放ち、エミルに一矢報いる。爆煙に包まれ、外からは様子が分からない。
SEが切れかけているとはいえ、一夏の意識を飛ばした強い威力を持っている。
煙が晴れてくると所々装甲がダメになっている。
『キャスタニエ! 大丈夫か!? 二人は戦線離脱した。タイミングを見計らって離脱しろ。無理する時ではない』
「すいません、その指示は従えません。あのISには人が乗っているかもしれないんです。暴走状態のISに長時間乗って無事でいられる保証がありません。本当に無理そうだったら離脱するので安心してください」
そう言ってから回線を一方的に切り、対峙する。
力の奔流によって暴走した個体というのは好戦的になり、周りを傷つける。封印状態のセンチュリオンの力により暴走した魔物も例に漏れなかった。だが、福音は少し違うように感じた。何故なら、一夏と敵対するまで被害者を誰一人として出していなかった。おそらくだが、銀の福音は暴走状態でも搭乗者を守ろうとしていたのかもしれない。
「キミたちを助ける。だからもう少し待ってて」
(限界だったら代わるぞ)
「大丈夫。きっとこれは僕がやらなきゃいけないことだから」
(分かった。ったく、頭が固ぇな)
エミルは呼吸を整え、再び接近する。自分に向かって飛んでくる弾丸のみを弾き飛ばし、必要最低限の動きで対処する。だが、それでも連射速度の方がそれを上回る。徐々に被弾する数が増えていく。それでも動きを止めることなく進んでいく。
攻撃を当てられる距離まで詰めることはできたが全身はボロボロだった。SEも風前の灯。それでも止まらない。止まることは許されない。
「まだだ。まだ終わってない。僕は……」
――キミたちを止める。
声にこそならなかったが、強い想いを込めた一撃を放つ。それは今までのどの攻撃よりも遅い。それを避けることなど簡単なこと。だが、福音にとってそれは避けるが出来なかった。一撃は胴体に決まり、装甲に罅を入れる。その後、全三十六砲門による連射が再びエミルを襲う。黒煙が上がる中、落下していくエミル。海へと落ちていく中、意識を手放す。
(ごめん、寧。約束守れないかも……)
そしてそれは、IS学園に来てから負けなしだったエミルの敗北が決まった瞬間でもあった。
突っ込みどころあるかもしれないが、俺は受け付けん! 今回の話で書いたんですが、エミルがいた世界には魔物はいてもあんな物騒なものはないんですよ? なら対抗できなくても不思議じゃありませんよね。仕方のないことです。
それはそれとして今週から新社会人としての生活が始まった訳なんですが、大変ですね。これから忙しくなる中、投稿するのは難しいと思いますが、これまで以上に頑張りますよ!
これからも作者共々よろしくお願いします。
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20.復活の騎士
鈴と箒の会話ですが、原作通りで特筆する点がないのでカットさせていただきました。同時刻のことで代わりのシーンを入れてあります。
きっとそれはおかしいと思われる点、批判したくなるような意見はあると思いますがそれはグッと堪えてお楽しみください。それではどうぞ。
エミルが撃墜されるという思わぬ事態から四時間半経過した。少しずつ日も傾きオレンジ色の光が旅館を照らす。
亜音速で移動してきた福音も鳴りを潜めた。真耶と千冬は本部で待機している。本部からの連絡はない。あくまで作戦を継続させるらしい。だが、何もできないというのが現状だった。
一夏が意識不明で運ばれてきた時、指示を出してから千冬は作戦室に引きこもって投影ディスプレイを険しい表情で見つめていた。
意識のない彼の下に居ても何も状況は変わらない。唯一と言っていい家族の繋がりが目を覚まさない。精神的な痛みから目を背けるにはこうするしかなかったのだ。
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旅館の縁側にある一室を病室の代わりとして使用している。そこには様々な医療機器を付けたまま寝たきりの一夏とその傍らに箒がいた。彼女は一夏が運ばれてからずっとこのような感じだった。
扉をノックする音がしたが、箒は気に留めない。
「篠ノ之さん、貴女も少し休んでください。根を詰めすぎて倒れてしまったら……。皆も心配していますよ」
扉を開けたのは真耶だった。彼女もまた、心配そうな表情を浮かべている。だが、箒は見向きもせず、一夏を見つめながらここに居たいという意思を伝える。だが、生徒思いな教師である真耶がそれを許すわけもなかった。
「いけません、休みなさい。これは織斑先生からの要請でもあるんです。いいですね?」
彼女にしては珍しく強い口調でそう言った。だが、浮かべている表情は先ほどとは違い、優しげだった。
ほんのわずかに無言の空間が生まれる。箒は静かに立ち上がり、分かりました。とだけ告げ、肩を落としながら退出していく。その様子は行き場を無くした、行く場所が分からない迷子のようだった。
そんな箒が見えなくなるまで見つめていた真耶の瞳は心配そうに揺れていた。
************************
太陽と海が重なり、少しずつ夜に飲まれそうな時。セシリアは浜辺を走り回っていた。もしかしたら運よく流れ着いているかもしれない。その一心でエミルを探し続ける。だが、時間は刻々と過ぎていく。発見する時間が遅くなればなるほど生存率は下がっていく。千冬から聞いた通り、エミルが人間でないとするなら死という概念があるのか分からない。でも、そんなことは些事でしかない。
「わたくしはもう失いたくないのです。大切なものを、自らが愛した殿方を諦めるわけにはいかないのです」
セシリアは一度、両親という大切な存在を失っている。幼馴染みであり、メイドである存在に支えられながらここまで来た。
あの時は完全に失った後だった。だけど、今はまだ分からない。どれだけ少なかろうとも生きている可能性はゼロではないのだ。ならば最後のその時まで足掻き続ける。それが惚れている相手ならば尚更だ。
再び探しはじめるために足を動かそうとした時彼女の名を呼ぶものがいた。
「セシリアちゃん」
「寧さん。どうかしたのですか?」
「大丈夫。エミルは……大丈夫だよ」
大丈夫。何にも確証がないというのにそう言う寧が、今のセシリアの神経を逆なでする。セシリアは叫ぶように相手へ言い返す。
「そんなの……そんなこと分からないではありませんか! なぜ、そのようなことを言い切れるのですか!」
本当は寧の言葉に縋りたかった。だが、自身の過去がそれを邪魔する。どうしても両親を亡くしたその瞬間がフラッシュバックし、セシリアを焦らせる。
セシリアの今にも泣きだしてしまいそうな叫びを聞いて寧はきっと同じことを言われたのであろうエミルがその時抱いたであろう気持ちを理解した。
やるせない感情をどうすればいいのか分からず、本当だったら信じられるはずの言葉を信じることが出来ない。
今のセシリアよりその時の寧の方がきついことを言ってしまったのかもしれない。だが、ジェノメトリクスで起きた出来事に近いのがこの状況であった。
――きっと私もこんな感じでエミルに酷いこと言ったんだろうなぁ
「約束したから。帰ってくるって言ってたから、私はエミルの言葉を信じる。だってあの人は必ず約束を守ってくれる人だから。いつもそうだったでしょ? セシリアちゃんはどうかな? 彼を信じるの?」
ジェノメトリクスでひどい言葉を浴びせられたであろうにも関わらず、最後まで向き合ってくれた。本当にラシェーラまで来てくれた。エミルがいたからこの世界に帰ってくることが出来た。
些細な事かもしれないが、その言葉にセシリアの今までエミルと共に過ごした記憶が揺さぶられる。
あんなに不安だったのに、怖くて仕方がなかったというのに。約束を守ってくれる。ただ、それだけのことなのに、今まで抱えていた負の感情が一気に払拭されていく。
我ながら現金だと思いながらも、気持ちが前を向いて行くのが分かる。ただ、欲を言うなら約束したのが自分だったのならよかったと思うセシリアだった。
「セシリアちゃんも落ち着いたし、丁度皆も来たみたいだね。鈴ちゃん、どう?」
「福音の場所ならラウラの部下たちが確認してるわ。シャルロットと箒の準備はさっき終わったわ。後はあんたたちの準備さえ終われば準備完了よ。セシリアもやるでしょ? 2人の敵討ち」
「と、当然ですわ!」
ここからヒロインズの反撃が始まろうとしていた。
************************
ざぁ……。ざぁぁん……。
一夏は遠くから聞こえる波の音に誘われるまま、ここがどことも分からない砂浜の上を歩き続けていた。
足の裏から太陽光により温度が上がり、放出された熱気と砂の感触が現実の一つであることを実感させる。
先程も記したが、ここがどこなのか、今がいつなのか。場所と時間が分からない。ただ分かるのは夏ということだけ。
歩き続けているとどこからうっすらと歌声のようなものが聞こえ、それに釣られるように歩いて行く。
そして、波打ち際に歌声の主であろう少女がそこにいた。つま先をほんの少し濡らしてきている白のワンピースをはためかせ、踊りながら歌っている。
一夏は声を掛けず、近くにあった流木に腰を下ろし、少女のことを眺めていた。
どれくらいの時が経ったのだろうか少女は歌うのをやめ、青空を、遠くを見つめていた。
一夏は同じ方向を見るがそこに広がるのは青空だけ。
「呼んでる。行かなきゃ」
一体どこへ行こうというのか。一夏はそれを問おうとしたが視線を下ろした先には誰もいない。とりあえず元のいた位置に戻ろうとした時。後ろから声をかける者がいた。
「力を欲しますか?」
「え?」
「何のために力を欲しますか?」
顔は逆光で見えないため誰か分からない。だが、問われた質問の答えを探す。自分が力を求める理由。それの意味。
迷うことなどない。答えなど簡単だった。
「俺は正直言って学がない。だから難しいことは分からないけど、簡単に言うなら友達、仲間のためかな。俺には目標にするやつがいる。そいつに追いついて、それで一緒に仲間を守りたいんだ」
一夏の目標はエミルに追いつくことだった。同じ時期に入ってISを使った時間だってそんなに変わるわけじゃない。恥ずかしくて正面向かって言うことはできないが、エミルは一夏にとって憧れの存在だ。自分の姉以外に出来た憧れの存在。エミルに追いつきたくて、認められたくて、共に背中を預けて戦える存在になりたいのだ。
「共に仲間を?」
「おう。そいつは俺よりずっと強いんだ。単純に力だけじゃなくて心も。今はまだ守られてばかりかもしれねぇけど、追いつけたらもっと多くを助けられると思うんだ」
「だったら行かなきゃね?」
居なくなったはずのワンピースを着ている少女がまた後ろに立っていた。
少女が無邪気な笑みを浮かべ一夏に手を差し出す。
「ほら、ね?」
「ああ」
一夏は差し出された手を取る。その手を取った瞬間世界が変わり始める。空が、大地が、全てが輝き始める。そんな眩い世界に包まれながら一夏の意識は薄れていく。
夢の終わり。そう表すのが正しそうな現象だった。
************************
ヒロインたちが銀の福音に攻撃を仕掛けた時に一夏が夢を見ていたように、エミルもまた夢を見ていた。
そこは彼にとって全ての始まりであり、旅の終着点となった場所。ギンヌンガ・ガップ。エミルは入り口に背を向け、異界の入り口と向かい合うように立っていた。
「戻ってきた?」
「ううん、違うよ」
聞こえないはずの声。いや、正確にはもう二度と聞けるはずのない声だった。エミルは声の主と向かい合う。
「マルタ……」
「久しぶりだね、エミル」
久しぶりという時の長さではない。エミルは思いがけない再会に声が出せないでいた。話したいことはたくさんある。だが、それ以上に様々な感情があふれ出して声が出ない。そして一歩ずつ近づき、マルタを抱きしめる。
「エミルからそうして来てくれたのはいつが最後だったかな?」
そう言ってマルタも優しく抱き返す。千年以上離れていた夫婦が夢の中とはいえ、触れ合えた瞬間だった。
どれくらいそうしていたのだろうか。ゆっくりと離れる。
「ねぇ、エミル。いつまで逃げるの?」
「マルタ?」
「今、エミルはびっくりするくらいモテモテだよね」
その言葉を聞いたエミルは背筋に冷や汗を流す。これから小言が始まる可能性すらある。何て言おうかと脳内で言葉を探す。だが、マルタの言葉はそうではなかった。
「私もびっくりしちゃったけどさ。見て見ぬふりをするのはダメだよ。エミルが私に後ろめたさを覚えているのも知ってる。だってエミルは優しいから。でも、あの子たちは今を生きている子なんだよ?」
「僕はあの世界の人間じゃない。彼女たちはあの世界で相手を見つけた方が幸せなはずだよ」
そうではない。マルタが言いたいのはそういうことではないのだ。しっかりセシリアたちの想いと向かい合ってあげて、とそう言いたいのだ。
旅が終わる前の夜。パルマコスタで二人の想いは通じ合った。その時にエミルは言った。
自分は精霊だからこの世界にずっと存在する、と。存在し続ける限りずっとマルタのことを想い続ける。いつか、マルタが大人になって他に好きな人が出来ても、と。
そう言われたとき、マルタは後半の言葉を否定した。そんな人は出来ないと。それは彼女たちも同じなのだ。好きになった人が違う世界か同じ世界かというだけの話。マルタが好きになったのも人間か精霊か。種族が違うだけの話。ベクトルは違えど、根本的なことは変わらないのだ。
「じゃあ、エミル。私はエミルじゃなくて普通の人を好きになった方が幸せだったの?」
エミルはそれに答えることは出来ない。黙り込むことしか出来ない。
「ごめん、意地悪だったね。でも、そういうことだよ。私はエミルと一緒になれて幸せだった。きっとそれはあの子達も同じことを言うはずだよ。それに私は何も心配してないから。だっていつになるか分からないけどすぐに取り返しに行くもん」
「マルタ……」
「皆もエミルに言いたいことがあるんだって」
皆? エミルは首をかしげる。何故ならこの場にはマルタしかいないはずなのだ。すると音もなく、マルタのさらに後ろから彼らが現れた。
「よっ、エミル!」
「ロイド……、皆!」
ロイド含め、かつて、共に旅をした仲間がそこにいた。
「エミル、約束は守らなきゃな。寧って子としたんだろ? 必ず戻るって」
「これからが正念場だ、派手に決めろよ?」
「エミルなら大丈夫! 絶対に勝てるよ」
「いい子たちじゃないか。泣かせるんじゃないよ?」
「あんな奴に負けちゃだめだよ、エミル」
「そうね、私の生徒ならあの程度何とかしてみせなさい」
「エミルさんなら出来ると信じています。あなたは一人ではありませんから」
「お前は以前の旅で多くを学び、体験した。これくらい楽に乗り越えられるだろう」
ロイド、ゼロス、コレット、しいな、ジーニアス、リフィル、プレセア、リーガルが思い思いの言葉を告げていく。
そして、マルタがエミルの名を呼ぶ。
「帰ったらあの子たちを見てあげること。あと、私はずっとキミの味方だからね。エミル、大好きだよ」
「ありがとう、マルタ。僕も大好きだよ」
エミルは一度頷いてこの場にいる全員を見渡す。
「ありがとう皆。会えてうれしかった。約束を果たすために行ってきます!」
エミルは異界の門へと走り飛び込んでいく。本来なら魔界へと繋がる扉だが、ここは違う。現実世界へと変えるための扉だ。
そして飛び込んだ先にはどちらが地面か分からない空間があった。エミルはこの場所に憶えがあった。
「数日ぶりだな。時間もないから早速、本題に入らせてもらう。あの世界に行けるのは俺かお前のどちらかだ。これ以上、本物の扉を放置するわけにはいかない。どちらかが戻る必要がある。どうするかはお前が決めろ」
紅い瞳がエミルを貫く。だが、お前が決めた事なら反対しない。ラタトスクはそう言っているのだ。
「僕があの世界に戻る。寧と約束したから」
「そう言うと思っていた。ISの方は安心しろ、今までと同じように起動するはずだ」
「うん、ありがとう。キミと過ごした時間は楽しかったよ」
一つだった存在が二つに分かれていく。これから先、お互いが進むのは別々の道だ。
光の下へ走っていくエミルの後ろ姿をラタトスクが見つめる。その瞳は少し揺れている。そして誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
「お礼を言うのはこっちの方だ。お前と過ごした時間、IS学園で過ごした時間は悪くなかった。ありがとな、頑張れよ」
エミルが夢の世界から出て行ったのを確認してからラタトスクは逆の方へ歩いていく。かつての仲間たちの元へ。
エミルはただ真っ直ぐ進んでいく。一夏が、寧が、箒が、千冬が、代表候補生たちが待っているであろう場所へ。
お互い振り返ることはしない。これから会えることはなくたって同一の存在。意思疎通は出来なくとも、心のずっと奥深く。魂で繋がっているのだ。心配などしない。進む道は違っても二人は繋がっている。永遠の別れではない。二人にとってこれはただの分かれ道なのだから。
************************
一夏が戦線復帰したことで士気が上がる。一度は福音を退けたが二次移行してから速度がさらに上がった。それにより、全員どこか攻め切ることが出来ないでいる。少しずつ日が昇っている。
一夏と箒がメインで接近戦。他のメンバーは遠距離からの援護という形を取っている。この場にいる全員がボロボロだった。残っている体力もそう多くはない。福音の操縦者の安全を確保できるか分からないくらい時間が経過している。
高速戦闘の中で見せた一秒にも満たない一瞬の隙。それを狙って福音はセシリアへと接近する。福音の翼に包まれたあと、傷を負って落下してく。セシリアに意識はない。だが、セシリアが海面まで落下することはなかった。それを受け止めるものがいたからだ。
それはこの場で戦っている全員が待ち望んでいる人の姿。ようやくだ。これでようやく全員揃ったのだ。
「エミル! 無事だったんだな!」
一夏の言葉に頷き、腕に抱いているセシリアに呼びかける。少し身じろぎしてから、ゆっくりと瞼を開く。
すると、そこには彼女が何よりも待ち望み、求めていた姿がそこにあった。
「エミルさん!」
「間に合ってよかった。皆、お待たせ。遅くなったけど帰ってきたよ」
第二ラウンドはたった今終了した。これより先はファイナルラウンド。そのゴングが今鳴った。
きっと今までの中で一番やりたかったシーンですが、皆さまにとって満足できるかどうか分かりませんが……。それに正直シンフォニア勢が本当にこういうのかどうか分かりません。それでも自分の中でこう言ってくれたらいいなというのを想像しながら書きました。どうでしたでしょうか?
前書きでも言いましたが、批判、異論あると思います。ですが、どうかグッと堪えもうしばらくお付き合いください。
ただ、ひと段落まであと少しです。どうかあと、ほんの少しだけお付き合いの方をよろしくおねがいします。
それではまた。
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21.終戦/真実
少しずつ陽が昇り始める。
朝焼けで淡く色づいて行く世界に白、紅、黒、銀。四つの閃光が高速で入り混じる。
福音が距離を取ろうとするが、それを鈴とシャル、ラウラが許さない。三人の後方から核装備で狙撃する。それに対応しようと動くがそれより素早くセシリアのBT兵器と寧のESカソードから放射状に弾丸が発射される。
動きを止める福音に一夏と箒が飛びかかる。が、それら一つ一つに対し器用に反応する。
背後から近づくエミルにも対応し、反撃する。
箒が単一能力である絢爛舞踏を発動させながらサポートに回るが、それ以上にこの場にいるほとんどが体力の限界が近づいていた。
福音が上空へ離脱しながら全方位に攻撃を仕掛ける。これに対し取れる選択は防御だけしかないだろう。安全圏への回避は間に合わない。
エミルはそれに合わせるように単一能力を発動する。左半身を前に出し、剣を逆手に持ち替えると剣に光が集まりだす。
「アイン・ソフ・アウル!」
剣を前へと振り抜くとその線を縫うように光が帯状に飛んでいく。エネルギー弾は全てそれの前では無へと帰す。
エミルは一夏と箒にもう一度攻撃を仕掛けさせる。それに合わせるようにもう一度動く。
「箒!」
「あぁ!」
「……La!」
一夏と箒は福音に入っている罅の部分を狙う。それを分かっているはずならば回避が正しいだろう。だが、二人の攻撃に対し回避ではなく防御を選ぶ。
その瞬間一夏が口角を上げる。
「エミル、今だぜ!」
「任されたよ! 秋沙雨!」
瞬時加速を用いて接近し、加速した状態で突きによる攻撃を連続で行う。
最期の一撃がESを削りきったのか福音が解除され、搭乗者が投げ捨てられる形で自由落下状態に入る。だが、エミルがそれを受け止める。
位置の問題でエミルは正面からではなく少し下の方から突き上げるような形で攻撃していたのだ。そのため、すぐに受け止めることが出来たのである。
銀の福音暴走事件はこうして幕を下ろしたのであった。
全てのことを終えた後、エミルたちは花月荘の前に仁王立ちしていた千冬の説教を受けている。
「これで作戦完了と言いたいところだが、お前らは作戦違反を起こした。学園に戻り次第反省文の提出と懲罰用のトレーニングを用意しておくからそのつもりでいろ。しかし、まぁよくやった。全員よく帰ってきたな。今日一日良く休め」
言葉は少ないが千冬から称賛の言葉があまりにも予想外で8人は呆けたが、各国の代表候補生たちと一夏はその言葉に喜び、エミルと寧は性格が全く違う、ただ素直になれないという点で似ているあの世界の少女の姿を重ね、クスリと笑顔をこぼした。
***********************
その日の夜。エミルは専用気持ちとラシェーラ組、そして千冬、真耶たちに全てを話すことにした。生涯を共にした少女との約束を果たすその第一歩として。
そして今、その全員がエミルの元に集まっていた。
「それで、キャスタニエ。私たちに話とは何だ?」
この場で最初に口火を切ったのは千冬だ。そしてエミルは一つ深呼吸をして全員と向き合う。
「この場にいる皆さんにはこれ以上隠し事をするのはやめようと思います。今から見るてもらうものは全部実際にあったことです」
エミルは寧に事情を話し、とある端末を借りていた。そしてその端末とISを接続させる。そしてその機械はこの場に居る全員を包み込み、ユメセカイへと誘った。
まず始めに一夏たちが見たのはとある港町での暴動。そして目の前で両親を殺されるというところから始まった。叔父に引き取られ、そこで生活しているエミルはとてもじゃないが、同一人物とは思えないほど気が弱く、オドオドしていた。
そして長髪の青年・リヒターとの出会い。この男性との出会いがある意味全ての始まりだった。
『勇気は夢を叶える魔法。昔、頭のネジの弛んだ『人間』がほざいていた台詞だ』
シャルロットはこの青年の言葉にハッとした。それはつい先日、エミルの口から告げられたモノと全く同じモノだから。
『エミル・キャスタニエ』という人間のルーツはここにある。
少女・マルタとの出会い、そしてラタトスクとの契約。それにまつわるモノを目覚めさせる為の旅。再生の巫女やその仲間との出会い。
彼は、きっとこの場に居る誰よりもずっと大人で、心身ともに、強く優しく
最後に映ったのは福音に堕とされた後、エミルの中であった
「あいつのことはよろしく頼む。あいつには優しすぎるところがある。だけどそれはただの
そう言って今度こそ映像が終わり、現実へと戻るような感覚がある。
少し不思議な感覚の中、寧を除くこのメンバーの中では付き合いの長い方であるセシリアは思った。良かったと。自分が彼を好きになったのは間違いではなかった。自分が好きになった殿方はこんなにも人を思いやることが出来る男性なのだと。誰にも負けない
(あぁ……。私はエミルさんに恋をしているのでなく、彼を愛しているのですね)
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機械が開き、目の前の景色が旅館の部屋に戻る。そしてこの部屋の中を沈黙が支配する。そして、この沈黙をエミルが破る。
「これが、僕の『エミル・キャスタニエ』という人物の全てです。僕は今のを見せた上であなた達が良しとしてくれるのであれば、これからも一緒に過ごしていきたいと、そう考えています。きっと、頭を整理する時間も必要だと思います。なので、明日、この旅館を出る前に考え抜いた答えを教えてください」
そう言ってエミルは一度部屋を出ていく。夜ではあるが宿を出て砂浜を歩く。ここだけの話。あの場にいるのが怖くなったのだ。マルタは、ロイド達は、『エミル』という存在を受け入れてくれた。だが、この世界の人たちが受け入れてくれるという保証はどこにもない。だから、というわけはないが少し、一人になりたかったのだ。だが、そんなエミルの後ろを付いてくる人がいた。
「エミル……」
「寧、どうしたの?」
「私ね、嬉しかったよ。前にエミルのことは掻い摘んで教えてくれたけど、きちんと教えてくれたのは初めてだから。だから、ありがとう」
「寧……」
「あと、もう一人。エミルに言いたいことがあるみたいだよ」
もう一つの足音は寧の隣で止まる。後から来たのはこの世界に来て最も付き合いがある少女だった。
「セシリアも来たんだね」
「はい。わたくしもエミルさんのことを知られてとても嬉しく思いましたわ。貴方に、先程お会いしたもう一人の貴方に、わたくしはたくさん助けてきました。クラス代表戦の時も、ラウラさんと模擬戦をした時も。ですので、ありがとうございます。そして、ここに来る前に寧さんとお話をしまして決めたことがありますの」
寧とセシリアはお互いの顔を見合わせ頷く。
「わたくしは貴方のことを愛しています。貴方の強く優しい心に惹かれました。貴方の傍にいたい、特別にしてほしいと。わたくしはエミルさんが何者であろうと関係ないのです。貴方以外は嫌なのです、貴方でないとダメなんです」
「まだエミルの中にはマルタちゃんがいるんだよね。でも、私はね。エミルのことずっと想ってたんだよ。あなたの顔が分からなかったあの時からずっと……。あなたは何があっても私を助けてくれた、守ってくれた。記憶がない私の傍にいて励ましてくれた。ラシェーラを旅している時もずっと。……愛しています。例え、束の間の存在でも。この想いだけは本物だから」
「二人とも……」
「答えを聞かせてほしいとは言いませんわ」
「今は、ただ私たちの想いを聞いてほしかったの。今すぐは無理でも、必ずあなたを振り向かせて見せるから、だから」
「「覚悟して
困ったような、照れたような不思議な表情のエミルと顔を紅くしながらも笑顔の少女。そんな三人がいる空間はまるで世界にこの三人しかいないと錯覚さえしてしまいそうな雰囲気だった。
三人が一緒に宿に戻っていく様子を月明かりが優しく照らしていた。
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