元文科省職員が学園艦廃艦計画阻止のために奔走する話 (単細胞)
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プロローグ
フィルムが文科省のおっさんと連盟のじーさんだったので思いつきで書いてみました。
「すまない・・・」
角谷杏はかすれる声を抑えながらメンバー達に謝罪の言葉を伝えた。
こんな事、誰が予想できただろうか・・・まさか学園復活の話がなかったことになるなんて。
全国大会で優勝できたら大洗女子学園艦の廃艦は見送ってもいい
その言葉を信じて西住ちゃんをはじめとする大洗戦車道メンバーは血の滲む努力をしてきた。
物量に圧倒され、ノリと勢いに翻弄され、四面楚歌という絶体絶命の状況に立たされて、超重戦車を相手にして・・・
質や練度が遥かに上の高校を相手にして私達はそれを下し悲願の優勝を果たすことが出来たのだ。
それが最初から無駄な事だったとは・・・
肩を落として校門から去っていく皆の姿を見てさらに悔しさと悲しみが込み上げてくる。
「会長・・・校舎の鍵、取ってきますね」
「失礼します」
小山と河嶋が黄色うテープの貼られた校門を乗り越えて中に入っていく。いつも明るい小山でさえ精神的に参っている様子だ。
「このまま廃校になってしまうのかな・・・」
校舎に入ろうとした時、背後で爆音が轟いた。
振り向くと1台のスポーツカーが校門を通り過ぎていった。真っ白な車体に攻撃的なエアロパーツはレーシングカーに見えなくもない。
その特徴的なフォルム、彼女には見覚えがあった。
「あのスポーツカー、どこかで見たな。確か文科省の・・・」
『君から連絡があるとは珍しいね、私の
「辻さん、お久しぶりです。姿が見えたもので・・・」
『やはりさっき停まっていたシルビアは君だったか。まだあの車に乗っているのかね?もっと役人らしい振る舞いをだな――――』
「余計なお世話ですよ。それに私はもう文科省の人間ではないですから」
辻はそうだったなと漏らした。
『それで、君は今何をしているのかね?』
「どうして貴方に言わなければならないのですか?」
『個人的な興味だよ』
大洗と苫小牧を結ぶフェリー、さんふらわぁの汽笛がスピーカーから聞こえる。彼はもう学園艦から降りたということだ。
「そうですね、戦車道の運営に関わる仕事・・・とだけ言っておきます」
スピーカーから露骨にため息が聞こえてきた。
『君はまだそんなちっぽけな正義感を掲げているのか?』
ちっぽけなというワードに俺はカチンと来たが怒りを出さないよう抑える。ここで感情を出しては負けだ。
「何をしようと俺の自由です。私はもう貴方の部下じゃないんで」
『そうだな。だが我々の邪魔だけはしないでくれよ』
釘を刺されてしまった。俺に言っても聞かねぇって分かってるくせによぉ・・・
「残念ですね・・・俺、辻さんの進める大洗女子学園艦廃艦計画、邪魔する気満々ですから」
俺はそう言い放つと通話を切ってスマホをメーターパネルの上に放った。
「さて・・・いっちょ働きますかねぇ!」
アクセルを踏み込んでクラッチを繋ぐ。俺の愛車、シルビアS15はホイールをスピンさせながら加速していく。
「学園艦廃艦計画、ぶっ潰してやるよ!」
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第1話
2週間前・・・
大洗女子学園艦の廃艦が決定したという情報が入ってきた時、俺はすぐさま文部科学省の知り合いに電話した。
「そうか・・・あぁ、分かってるよ。お前から聞いたって事はここだけの秘密だ。じゃぁな」
知り合い曰く学園艦運営に関しては学園艦教育局に一任しているという、つまり事実上の決定権は辻さんにあるということだ。
俺にとっては有り難いことだった。内閣の決議を待つ手間を省く事ができる。
大洗女子学園の所有している戦車は文科省が預かるという取り決めになっていた。
「あのおっさんめ、戦車道の試合をさせないつもりだな・・・」
学園艦統廃合計画。学園艦運用に関する予算節約のために立案されたものだ。
1次案として出されたのは大洗女子学園を含む幾つかの高校、多くの高校は渋々ながらその勧告を受け入れた。
しかしそれに異議を唱えわざわざ文科省までやって来た生徒が居た。言うまでもない、角谷杏である。
彼女を適当にあしらおうとして口を滑らせてしまった辻さん。
「まさか全国大会の優勝校を廃校には出来ないでしょう?」
そんな事ができるはずがないと辻さんは彼女の要求を承諾してしまった。
それは安易な考えだった。彼女達は全国大会で優勝してしまったのだ。
このニュースは戦車道業界を震撼させた。発足して間もない、それにこれといって強い戦車を所有していない学校が名だたる強豪校を下して優勝した。これは廃校の危機に立たされていた高校に希望を与えた。
統廃合リストに上がっていた高校が次々と戦車道を発足、対応しきれなくなった文科省は学園艦教育局局長の辻さんに責任を求めた訳だ。
それが今回の大洗女子学園艦廃艦計画である。
俺はノートパソコンを起動して連盟のデータベースにアクセスした。その中の各校の装備品リストから「輸送機」というワードで検索を掛ける。
「サンダース付属のC5Mか・・・」
言わずと知れた世界最大級の輸送機だ。使うとしたらこれしかないだろう。
問題は最短離陸距離だ、スペース的には恐らく大丈夫だろうがあの重い戦車8両を載せて学園艦から離陸できるとは到底思えない。
俺はスマホを取り出した。
「・・・よぉ、元気してたか?早速で悪いんだけどさ、C5輸送機とCF6-80C2のアップグレードパッケージあるっしょ?それ売ってくんない?」
数日後、俺は長崎県の佐世保に向かっていた。
入江の多い海岸に停泊する巨大な学園艦、サンダース大附属高校の学園艦である。
タラップから内部に入る。格納庫部にはM4シャーマンを始めとするアメリカ軍の傑作選車が保管されてあった。
甲板の一般居住区まで出ると道端には屋台が並んでいた。聞いた所によると祭りなどでは日常の風景なのだという。
校舎に到着した。併設されている滑走路には例のC5Mスーパーギャラクシーが駐機してある。
滑走路内に入ると同時にアクセルを床まで踏み込む。シルビアは一瞬タイヤをスピンさせたがすぐに地面を掴み加速していった。
C5Mがだんだん大きくなってくる。近くに3人の人影が見えた。恐らく隊長と2人の副隊長、ケイ、ナオミ、アリサだろう。
彼女達の表情が見える所で一気にブレーキ、サイドを引きつつ車体を滑らせて停止した。
「ワォ!アメイジング!」
「これがドリフト・・・」
「すっっごい怖かったんだけど!」
クルマを降りると3人が駆け寄ってきた。
「こんなワイルドな登場をする連盟の人は初めて見たわ!」
サンダース付属高校戦車道の隊長であるケイは興奮気味に叫んだ。
「C2改からヒトマルをLAPESで下ろしてフェラーリ潰した蝶野には及ばないさ。C5Mはちゃんと用意してくれたみたいだな」
「こいつをどうするんですか?」
アリサが尋ねる。
「詳細な話はまだ出来ないがC5Mのアップグレードパッケージパッケージがもうじき届く。それを早急にこいつに乗せて欲しいんだ」
「アップグレードって、具体的にどのようなものなのですか?」
今度はナオミが尋ねる。
「簡単に言え最大積載重量の増加、それと離陸距離、着陸距離の大幅な短縮だ。来たみたいだな・・・」
遠くから特徴的なローター音が聞こえてくる。
飛行機とヘリコプターの間を取ったようなフォルム、MV-22オスプレイだ。
8機のオスプレイの下にはコンテナが吊り下げてある。1つの巨大なコンテナを2機で吊り上げている機体もあった。
地上からは73式特大型セミトレーラーや特大型運搬車が次々と滑走路内へ雪崩れ込んでくる。
あまりの迫力に3人は空いた口が塞がらないでいた。
「こ、これをC5Mに・・・」
アリサがやっとの思いで声を絞り出す。
「エンジンや胴体、翼のアップグレードパーツ、それとメカニックだ。急な頼みで済まないがなるべく早く頼む」
貨物が到着すると早速パーツの装着作業が始まった。作業は主にメカニックが行うので俺の仕事は特に無いのだが。
「さて、大洗に戻りますかね・・・」
クルマに戻ろうとした時、
「ちょっといいかしら?」
「なんだ?」
「貴方、一体何者なの?」
ケイの質問に俺は若干ドヤ顔気味で答えた。
「ただの一般人さ、ただちょっとミリタリー系の知り合いが多いだけだ」
C5Mスーパーギャラクシーってスペック通りだと大洗の戦車全てをを乗せたら重量オーバーになってしまうみたいですね・・・
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第2話
「うぉ~、きたきた!」
大洗女子学園艦の展望スペース、双眼鏡を片手に俺は大洗女子学園のグラウンドを見下ろしていた。
艦橋を掠めるようにして飛んできてのは例の改造を施したサンダース付属のC5Mスーパーギャラクシーだ。
C5Mは少し揺れながらくろがね四起を総動員して作った滑走路に着陸した。
すぐさま機首のハッチが開いて戦車の積み込みに掛かる。
積み込みを終えていざ離陸、俺にとって緊張の一瞬だった。
理論上は飛べる筈。しかし8両の戦車を格納庫いっぱいに詰め込んでこのグラウンドから離陸させるのはどうしても不安になってしまう。
ジェットエンジンの回転数がどんどん上がって甲高い音が此方にも聞こえてきた。そしてゆっくりとC5Mが動き出す。
4発あるエンジンの背後から光が吹き出した。アフターバーナーが焚かれた証拠だ。
生徒が祈る中C5Mはグラウンドの端から端を使って何とか離陸することが出来た。
「何とか離陸できたようだな・・・」
思わず安堵のため息が漏れる。
戦車は何とか保護することが出来た。
これで何とかすることが出来る筈だ。彼女達なら・・・
「あの時出くわしたシルビアを見た!?」
「そう、C-WESTのエアロパーツ付けた白のS15がすぐ近くのサンクスに停まってたんだよ!」
自動車部唯一の2年生、ツチヤは興奮気味に話した。
「ツチヤ、ホントに間違い無いのか?」
「あんなエアロガチガチのシルビアを間違えるなんてありえないよ!」
ホシノの問にツチヤは自信満々に答える。
ソアラで大洗女子学園艦の道を走っていた時、背後にピタリとついて来た白のS15、かなり角度を付けてコーナに侵入すると驚いたことにその角度に合わせて追走してきたのだ。
そのS15は県外ナンバーだった。あの道を何度も走りこんでいるツチヤに合わせられる人は他に居ないと思っていた。
「それでですね、そのS15に乗ってた人がですね――――」
「あの~ちょっといいですか?」
「こんなカンジでスーツを着た男の人で・・・え?」
男性を見てツチヤは驚愕した。
「・・・」
「・・・」
「えぇぇぇぇぇ!?」
真後ろに立っていた彼こそがコンビニの駐車場で見たS15シルビアのドライバーだったのである。
「そんな驚きますかねぇ・・・」
「依頼リスト、確かに受け取りました。近日中に届けさせますのでよろしくお願いしますね」
俺は大洗女子学園生徒会広報の河嶋桃から不足品補填依頼リストを受け取った。学園艦から追い出しておきながら雑務はほったらかしとは文科省も困ったものである。
とはいうものの敷地内でテントを張ってキャンプ・・・というかサバイバルをしたりと何かと楽しんでいるところもある様だ。
「あの・・・ちょっといいですか?」
ツナギを着た女子生徒に声を掛けられた。
胸元には「OARAI」の文字、彼女達が噂の自動車部か・・・
大洗女子学園の戦車は全て彼女達が整備しているらしい。駆動に難のあるポルシェティーガーをスムーズに乗りこなす運転技術や並外れた修理の腕、大洗女子の戦車道に無くてはならない存在だ。
まぁこんなのに乗ってたら声を掛けられて当然だよな。
「大洗でドリフトしてたの貴方ですよね?」
「そうだけど・・・もしかしてあの時のソアラって君たち?」
学園艦は大洗町の飛び地扱いっているが学園の私有地が多い。つまりそこはいくら飛ばしたって咎められないのだ。
東京へ戻る前に少しドライブしていたのだ。その時前を走っていた1台のソアラ、彼女達が運転していたとはな・・・
「あの道、よくレストアしたクルマのテストやチューニングのセッティングを出すのに使っている場所なんです。あの道で私たちに付いて来れる人が居るとは思いませんでした」
確かにあの道はコーナーと直線がいいバランスで配置されている。クルマの性能を確かめるにはぴったりかもしれない。
「あのもし良かったら今度一緒にツーリングに行きませんか?このシルビアがどんなセッティングか気になるんです」
予想外の展開だった。まさか女子高生からツーリングに誘われるとは。
「構わないよ、思う存分乗り回しちゃって」
一斉に笑みを浮かべる自動車部の生徒たち。
「パワーのチェックはしたいね。もしかしたら500は出てるかもしれないな」
「これ、TEINの車高調にブレーキはENDLESSだ。詳しい数値も知りたいよ」
「エアロはどれくらい効果あるのかな?」
なんだかチューニング屋のおじさんと話してるみたいだな・・・彼女達は本当に女子高生なのかと疑いたくなった。
「総合的に見たいからやっぱテストコースで・・・」
スズキの言葉に皆の表情が曇る。そう、学園艦はもう無いのだ。
「自分達の居場所は自分達で取り戻す。前だってそうだったじゃないか」
ガックリと肩を落とす彼女達に俺は優しく語りかけた。
「でも、今回ばかりは・・・」
ナカジマが苦い表情で呟く。たしかに3年生の生徒達にとって急な転校は辛いだろうな・・・
「必ず学園復活のチャンスを取り付けてくる。それまで君たちは大洗の戦車を大事に整備していて欲しい」
「分かりました!」
彼女達は力強く頷いた。
俺はシルビアに乗り込みエンジンを掛ける。
アクセルを踏み込むとシルビアは校庭の砂を巻き上げながら急加速した。
「何としてでも廃艦を阻止してやる!」
RB26の爆音が校庭に響き渡る。これが俺からの彼女達へのエールだった。
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第3話
東京霞が関、センチュリーやプレジデントといった黒塗りの高級車が駐車してある車列の中に似つかわしくない車が1台、言うまでもなく俺のシルビアだ。
「久々だなぁ・・・」
せわしなく出入りするスーツを着た職員、かつては俺もあの中の一員だった。
黒のスーツ群衆の中から白の制服を着た女子が出てきた。大洗女子学園高等学校の生徒会長、角谷杏だった。
クラクションを鳴らすと角谷は俺に気付いたらしい。
「確か文科省の・・・」
「今は違うけどね。東京駅まで送って行ってやるよ」
「ありがとうございます」
角谷は助手席に乗り込んだ。
「前に文科省に行った時に居ましたよね?」
「まぁな、でも辞めちゃった」
自分なりに茶目っ気を含ませたつもりだったが角谷は無反応だった。リアクションを取る余裕はないようだ。
学園の廃校案を彼女達に通達した時、俺は辻さんの後ろに居た。それが今は向かい合う立場にいる。人生何があるかわかんねぇよな・・・
「そのカンジだと交渉は失敗に終わったっぽいな」
「口約束は約束ではない。善処はした・・・だそうです」
「まぁそうなるでしょうねぇ」
変わってないな。
記憶に無い、秘書がやった、努力はした。政治家が責任逃れするときの常套句だ。本当にやったかどうかはお察しだ。
「別口から攻めるしか無いな、周りを固めてじわじわ迫るってカンジで」
連盟の公式サイトのニュース欄に記事を掲載しておいた。SNSなどの反応は上々だ。噂によと駅前などでは戦車道に関係するNPO法人などが署名活動を行っているらしい。
「周りから・・・戦車道連盟・・・」
「まぁ始めに行くとこはそこになるだろうね・・・理事長にアポとっとくけど。何時がいい?」
「明後日でお願いします」
この行動力、見習いたいよ。
「おっけぃ、朝迎えに行くから」
「感謝します」
角谷は此方に向かって深々と頭を下げた。
「いいって」
ビルの隙間から特徴的な赤いレンガ造りの建物が見える。東京駅まであと少しだ。
「あの・・・」
「ん?」
「どうして私たちにここまでしてくれるのでしょうか?」
まぁそうだよな。戦車道連盟の人間とはいえ自発的にここまで動きまわる義理はないのだ。
本来なら・・・
「どうして学園艦統廃合計画が出来たか知ってる?」
「運営予算の節約と聞きましたが・・・」
「当たらずとも遠からずってカンジだね」
近々行われる戦車道世界大会の誘致に文科省は躍起になっている。戦車道のフィールドを東京都からほど近い、埼玉県に作ろうと考えていた。国内には既に多くのフィールドがあるにも関わらずだ。
フィールドを作るのには莫大な資金が必要となる。このしわ寄せが学園艦の運営費に回ってきた。
国内最大級という触れ込みから察する通り、予算は一般のフィールドよりも遥かに高額である。
しかしその予算全てがフィールドの設営に使われる訳ではない。過去最大の建設費用という表現には裏が有る。
文科省、国交省、各国戦車道連盟の査察団の旅費、宿泊費その他・・・それが全てこのフィールド建設の予算に含まれているのだ。
一般人が戦車道のフィールドを作るのにいくら掛かるかなんて分からない、偉い人がこれくらいかかると具体的な金額を提示するとすっかり信じてしまう。
「それにこの建設費のいくらかは上層部の懐にも入っている。そんな事、放ってはおけない」
「敷島さん、出世できそうに無いですね」
「まぁ事実文科省辞めちゃったしな」
俺達は軽口を叩き合って笑いあった。初めて彼女の笑顔を見た気がする。
「じゃ、頑張ってね。期待してるよ」
「必ず期待通りの成果を上げてみせます」
そう行って角谷は東京駅の建物へと入っていく。
彼女の小さな背中が大きく見えたのは気のせいでは無いはずだ。
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第4話
「文科省が一旦決定したことは我々でもそう簡単には覆せないしなぁ・・・」
日本戦車道連盟理事長の児玉七郎は表情を曇らせながら頭を掻いた。
無理も無い、俺、蝶野、角谷から寄ってたかって廃艦を無しにしろと言っているのだ。
今回の廃艦計画、連盟には何一つとして知らされていなかった。我々がその知らせを知った時には既に寄港の手続き、解体業者のシュケジューリングなどが決定した後だった。
「相手の面子が立たないということですか?」
「そういうことになるねぇ・・・」
角谷の問に理事長は肯定するしか無かった。
「面子ということでしたら、全国大会で優勝する学校をみすみす廃校にされては、それこそ連盟の面子が立ちません!」
「蝶野くんも連盟の強化委員の一人だろ?」
連盟の立場は微妙な所だ、文科省の言い分も一理ある。だからといって全国大会で優勝した高校を廃校にしてしまうと連盟の影響力が危ういものになってしまうのだ。
「しかし理事長、戦車道に力を入れるという国の方針にも反しますし何よりもイメージの低下につながります」
蝶野が食い下がる。理事長もかなり参っている様子だ。
実際連盟にはテレビ局や雑誌社が詳細を求めるインタビューの電話がひっきりなしに鳴り響いていた。各社にはFAXやメールで公式な文書を送信することで事なきを得たがファンやNPO法人などからの電話は未だに止まない状態だ。
俺のような下っ端はある程度自由に動き回ることが出来る。しかし理事長ともなるとどちらかの肩を持つ事は今後の連盟の行く末さえも左右してしまうのだ。
「私たちは勝ったら廃校が撤回されると信じて戦ってきたんです。その道が最初から無かったと言われ、引き下がるわけには行きません」
角谷も諦めない。
「今回の一件、世論は言うまでもなく学校側の味方です。これを利用すれば連盟のイメージアップ、ひいては競技人口の増加が望めます」
「敷島くんまで、困ったなぁ・・・」
理事長は顎に手を当てて考える。世論の影響はかなり大きい、戦車道がマイナーな武道となりつつある現在、イメージダウンは避けたい筈だ。
「しかし文科省は今、2年後に開催される世界大会の誘致をするためにプロリーグを発足サせるのに忙しいからねぇ、取り付く島がないよ」
すると角谷の眼の色が変わった。
「プロリーグ・・・それですね」
蝶野と目を合わせる、彼女も角谷の意図に感づいたようだ。
「ここは超信地旋回で行きましょう!」
何を言っているか分からないが。今後の方向性は決まった。
「失礼します!」
蝶野と角谷が去った今。理事長室には俺と理事長だけが残った。
「敷島くん、私には何がなんだかさっぱり変わらないんだが・・・」
「そのうち分かりますよ、では私もこれで。失礼します」
理事長室を出ようとした時――。
「敷島くん」
理事長に呼び止められた。
「今回の件、連盟が表立って動くわけには行かない。そこで一件の処理は君に任せたい」
「・・・」
「分かっていると思うが責任も重いぞ」
室内を静寂が支配した。
「・・・覚悟はできています」
答えは決まっている。そのために文科省をやめて此方側に来たのだ。
俺は理事長室を後にした。
プロリーグの設置、強化委員長は有名な流派の家元だろうな・・・次の行き先は熊本だ。
車に戻りスマホの電源を入れると不在着信が1件あった。相手は俺が文科省に居た時の同僚だ。
リダイヤルするとコール音もなしにすぐ彼は出た。
「よぉどうした?」
『電源切ってたのか?』
「あぁ、ちょっと理事長と話し合いしてたんだ。」
『かなり面倒なことになったぞ』
彼の声は通話越しでもかなり焦っていることが分かった。かなり嫌な予感がする。
「聞きたくはないが教えてくれ」
『大洗女子学園艦の解体日が大幅に前倒しされた』
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第5話
今後も亀更新になっていくと思いますが完結はさせる予定なので首を長くして待っていてくださいね(亀だけに)←審議拒否
「そうか・・・忙しい時に済まなかったな。あぁ、そうだな。もし分かったら知らせてくれ。じゃぁな・・・」
俺は船舶関係の知り合いに詫びを入れた後終話ボタンを押す。
「クソッ!」
デッキの手すりを思い切り蹴った。足に鈍い痛みが残ったがそんなことはどうだっていい。
大洗女子学園艦の解体が前倒しされたという知らせを聞いてありとあらゆる業者に聞いてみたが帰ってくる答えは同じだった。おそらく海外の業者に発注したのだろう。
タイムリミットは大幅に短縮されてしまった。こっちはまだ解決の糸口を探しあぐねているというのに・・・
「学園艦さえなくなってしまえば何をやっても手遅れになる・・・ってか?」
冗談キツイぜ・・・
自動車部のメンバー、レオポンさんチームの顔が頭に思い浮かんだ。
「必ずチャンスを取り付けてくるからそれまで大洗の戦車を整備していてほしい」
俺の言葉に彼女たちの表情が一気に明るいものへと変化した。そう、俺は彼女たち、いや、大洗女子学園の生徒全員の希望を背負っているのだ。
そんな彼女たちが今の俺を見たらどう思うだろうか。
「根拠の無い慰めはするべきではなかったか・・・」
夕焼けに染まる空を見上げた時、横からティーカップが差し出された。
視線を移すとそこには聖グロリア―ナ女学院戦車道チームの隊長、ダージリンが居た。
「こんな格言を知っますか?焦ることは何の役にも立たない。後悔はなおさら役に立たない。焦りは過ちを増し、後悔は新しい後悔をつくる。」
「ゲーテの言葉か・・・」
俺の答えにダージリンはゆっくりと頷いた。
「紅茶、冷めないうちにお飲みになってください」
「では、失礼して・・・」
ティーカップに口をあてる。やはりこの学校の、しかも彼女の淹れる紅茶はとても美味しい。
「ありがとう、とても落ち着いたよ・・・」
「それは良かったです」
暫くの沈黙が続く、彼女は高校3年、それなのに俺よりも長く生きてきた人と一緒に居るような感覚を覚える。まったくミステリアスな人だ・・・
そしてダージリンがゆっくりと口を開く。
「大洗女子学園の一件、私たちもかなり困惑しているんですのよ。まさか急に廃校が決定するなんて・・・」
聖グロリア―ナ女学院はこれまでに2度、大洗女子学園を制している。大洗女子最大のライバルと言っても過言ではないだろう。
近いうちにまたエキシビションを企画している最中で真っ先に聖グロリア―ナ女学院には声を掛けていた。そして大洗女子学園にも声を掛けようと思っていた矢先の事だったのだ。
「大洗女子に対する作戦を考えている真っ最中でしたの。あの学校に勝つのも大変ですのよ・・・」
「そうなのか?」
いつも澄ました顔でチャーチルに収まっている彼女、現在2連勝ではあるがそれでも大変なのだろう。
「西住隊長は1戦1戦経るごとに確実に進化している、それは大洗女子学園全体にも言えること。そんな彼女たちを離れ離れにしてはならない。これはかつて彼女たちと戦った高校すべてが思っていることですわ」
「すべての思い・・・」
西住みほ、彼女と一戦でも交えたチームは彼女を隊長として、いやそれ以上に認めている。それは彼女の人間性と何時、いかなる状況でも諦めない心から来ているのだろう。
「さて、私はそろそろ高校へと戻らなければいけません。良かったら送ってもらえるかしら?」
「え?」
突拍子の無い頼みに俺は一瞬ポカンとしてしまった。
「あんな車、私乗ったことがありませんの、とても興味がありますわ」
「そういう事だったら、別に構わんが・・・」
シルビアの助手席に収まった彼女はまるで子供の様に車内を見回していた。
「この椅子、固いですがとても安心できますわね。それに運転席も飛行機のコックピットみたい、この骨組みは何ですか!?すごい、まるで戦車みたいですわ!」
ダージリンは目の色を変えて矢継ぎ早に質問してくる。まるでさっきの人物とは別人のようだ。
「おっと・・・失礼しましたわ」
ハッと我に返り頬を朱に染めながら俯く彼女、とても面白い人だ。
「さて、出発するぞ。舌噛むなよ?」
「えっ・・・ちょっと待って!まだ心の準備が―――」
俺はアクセルを踏み込んだ。
「本当に感謝するよ。ヘリまで用意してくれて・・・」
ヘリポートに駐機してあるマーリンHC.3Aの格納スペースに俺のシルビアがゆっくりと搬入されている。まさか陸への輸送にヘリコプターを持ってくるとは思ってもいなかった。さすがはお嬢様学校である。
「構いませんことよ。これくらいしか私達に出来ることはありませんの」
「いや、とても助かった。色々と・・・」
「準備が出来ました。此方にお願いします」
パイロットと思しき女子生徒に案内されてヘリへ乗り込む、エンジンが甲高い音を上げてローターの回転が速くなった。
扉を閉めようとする乗員をダージリンが手で制す。
「貴方にこの言葉を贈ります。戦術とは一点に全ての力をふるうことである」
「ナポレオンだな。でもどうして?」
俺はどういった意図でこの言葉を言ったのか分からなかった。
「すぐに解りますわ。西住隊長なら必ずやってくれます。では、ごきげんよう」
扉が閉められてヘリはゆっくりと上昇していく。
ヘリの中で揺られる事数十分後、俺は九州の地に降り立った。
出口で待っていると助手席のサイドウィンドーをノックする人物が居た。車高が低いせいで顔までは見えない。
助手席に乗り込んできた人物に俺は驚愕した。
「お久しぶりね、章浩君」
乗り込んできたのは西住流戦車道の家元、西住しほだったのである。
「しほさん!?どうしてこんなところに?」
「ここは九州よ?私がいてはおかしいかしら?」
「いえ・・・その・・・」
動揺する俺を見てしほは面白そうに笑う。
「そんな事で連盟の役員が務まるの?推薦した私の身にもなってほしいわ」
「そんな、急だったもので・・・」
しほと俺の姉貴は同級生で親友だったらしい。その事もあってよく家に遊びに来ていたのだ。彼女は俺の事を気に入ったのかよく弄っては遊んでいた。俺の苦手な人物の一人である。
文部科学省を飛び出して路頭に迷っていた俺に連盟への道を用意したのも彼女だ。
「お姉さんとはしばらく会っていないのだけれど、元気かしら?」
「えぇ、社会人チームのコーチとしてビシバシ選手をシゴいていますよ」
「それは何よりだわ。貴方は今とても忙しいらしいわね」
「まぁ、そうですね・・・ただ色々と行き詰っている状態でして・・・」
「学園艦解体が前倒しされたことかしら?」
いきなりの核心を突く発言に俺は驚きを隠せなかった。
「どうしてそれを?」
「蝶野から事情を聴いたのよ。西住流の家元として、私も協力することにしたの」
「そんな!?大丈夫なんですか?」
今回の活動に西住流の後ろ盾が付くことはとてもありがたい、しかし今回の一件、文科省と真っ向から対立するもの。そんなことに戦車道の有名な流派を巻き込んでもいいのかと不安にもなるのだ。
「大洗女子が廃校になれば黒森峰が雪辱を果たすことができなくなるわ。それは困るもの。それに行政がこれ以上戦車道に深入りさせるわけにもいかない」
そういってしほは俺に封筒を手渡した。
「これは?」
「貴方が今抱えている問題を解決する糸口になるモノよ」
紐を解いて中を確認する。
「マジかよ・・・」
封筒の中に入っていたのは大洗女子学園学園艦解体の依頼に関する書類一式のコピーであった。
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第6話
「こんな物をどうして貴女が?」
俺は書類を片手にしほに尋ねた。
「船舶科のOGで今は造船会社に勤めている同級生がいるの。学園艦は大きいからその作った会社でまずはブロックに分けてから解体業者へ依頼するらしいわ」
そういう事だったのか・・・
これで解体業者に聞いても分からなかったという謎が解けた。
「これは?」
さらに資料を読み進めていくと別の学園艦の設計図が入っていたのだ。
「1996年まで学園艦として使われてきた物よ。老朽化して引退、ここの高校は新造した学園艦に引っ越したの」
「老朽化して引退した学園艦・・・まさか!?」
俺の声にしほは頷いた。
「思っている通りよ、そこは今この学園艦を解体している。その間大洗女子の学園艦は近くの港に係留してある。時間稼ぎにはなるわ」
「別の会社に変えられる可能性は?」
「もう依頼しているのよ?違約金が発生するわ。これ以上余分な経費は掛けたくない筈よ」
老朽化した学園艦の解体を依頼した団体、「財団法人 日本学園艦運用進言団体」、出資しているのは戦車同連盟をはじめとする部活動の連盟、西住流や島田流といった戦車道やその他武道の流派、それに各高校まで・・・
「こんな団体まで・・・」
全く、この隣に座っている女性が恐ろしく思えてきた。
「手助けになったかしら?」
「手助けもなにも・・・十分すぎますよ」
これで学園艦解体の問題は解決に向かうわけだが根本的な問題はまだ山積みだ。
「さて、これからどうするのかしら?」
「えっ、どうって?」
「解体ドックを見るために鹿児島まで行く予定だったんでしょ?その必要はなくなったんじゃなくて?」
「確かに・・・」
わざわざ九州まで来たのに無駄足になった訳だ。いや、この資料が手に入っただけでもここまで来た甲斐があったと思うことにするか。
「そろそろ具体的な解決策を考えないといけませんね。辻さんが次に何かやらかす前に・・・」
此方の手札は大洗女子学園戦車道チームと戦車、連盟に西住家・・・答えは決まっているようなものだ。
「しほさん、家元を襲名していろいろ忙しいとは思いますがしばらく付き合ってください」
「構わないわ、どこへ行くの?」
俺はとりあえず熊本の西住流の総本家へと向かう、何人かに連絡を取る必要があるのだ。
「一旦熊本へ向かいます。明日には迎えが来ると思いますので」
「迎え?」
しほは訳が分からないと言った様子で聞き返してくる。
「どこに連れて行くつもり?」
俺はしほの目を真っ直ぐ見て言った。
「文部科学省です」
俺達は陸上自衛隊、土浦武器学校に降り立った。最近はヘリやら車やらであちこちを行き来しまくっている気がする。
ヘリの横には黒の高級車、レクサスGS-450hが停車していた。ナンバープレートは自衛隊のナンバーではなく一般の物、連盟の公用車だ。
「蝶野、悪かったな。急な頼みで・・・」
「全くよ!急に九州から東京に戻るからヘリをよこしてくれって、しかも車まで」
「大洗女子学園のためだよ、それに西住家の家元も・・・」
ヘリから降りたしほさんを見て蝶野は驚きの表情をみせる。
「家元!?貴方ねぇ・・・」
行動の早さに呆れる蝶野であったがそそくさとレクサスの後部座席に入る。
「ほら、行くんでしょう。文科省に?」
「そうだな。だがその前に行くところがある」
レクサスの運転席に乗り込むと俺は太平洋方面に向けて車を発進させた。
東京都千代田区霞が関、日本の省庁が集中するこの地区はまさに日本の中心地と言えるだろう。
その中を俺の運転するレクサスは文部科学省の省舎へ向かっていた。
入り口前に車を停めると角谷杏と蝶野亜美に西住しほ、児玉七郎、俺は建物の中へと入っていった。目指すは学園艦教育局、辻さんのいる場所だ。
中へ入るとあまりの顔ぶれに辻さんは驚いている様子だった。
無理もない、俺や角谷杏だけならともかく自衛隊の指導教官に連盟の理事長、さらには西住流家元まで連れてきたのだから・・・
西住しほの存在はかなりの影響があるだろう、なんせプロリーグ設置委員会の委員長の椅子を文科省が用意していた。文科省からしたら彼女はこちら側と思い込んでいたに違いない。
「敷島君、これは一体どういう事かね?」
「どういうも何も大洗女子学園生徒会長の角谷杏さんを見ればわかるでしょう?そういった話です。ちゃんと話は通している筈ですが?」
俺の言葉に辻さんは「ぐっ・・・」と歯噛みする。そう、俺は大洗女子学園廃校に関する話し合いをするために角谷杏と共にもう一度そちらへ向かうとだけ伝えておいた。
どうせまた適当にあしらって追い払うつもりだったのだろう、俺は辻さんの下で働いていたのだ。アンタのやろうとしていたことはお見通しなんだよ。
しかし今回は違う、角谷杏と一緒に座っている理事長と蝶野亜美、西住しほ達にもしっかりと納得のいく回答をする必要がある。言わなくても分かるがしほは手ごわいと思う。
「さて、廃校撤回に関する話ですが・・・」
角谷杏が口を開いた。
「それは前にもお話した通りです。善処はしたんです。ですが我が国の国家予算も厳しいものがあります。莫大な経済効果が見込める世界大会を実施するためにもご理解ください」
すかさず俺が口を挟む。
「いくら私立の高校とはいえそこを削る前にまだやることがあるんじゃないですか?大洗女子学園にはまだ約1000人もの生徒が在籍しています。それに戦車道チームを発足してから入学希望者は増えています。そんな学校を廃校にするのはどうかと思いますが?」
辻さんは黙ってしまう。今回の廃校計画、建前はつらつらと並べているが俺からしたらかなり私情が入っているように思える。
学園艦統廃合計画をめちゃくちゃにされた大洗女子学園への恨み、かつて俺が文科省に在籍していた頃、それを指摘した時、辻さんはこう言い放った。
「何を言う、これはきちんとランダムに選んだ結果だ」
絶対嘘だ。
「しかし、これはもうすでに決定したことで・・・財務省への申請も既に終えていますし・・・」
決定事項だから変えられないってか?だが甘いぞ辻さん。
「実はその案件、近々見直しが入りますよ」
「なんだと!?」
「辻さんもご存じでしょう?俺は文科省に入る前には財務省に居たんです。言ってる意味、解りますよね?」
辻さんは俺を睨んだ。
「君はまた・・・小癪な真似を・・・」
「お互い様でしょう?」
鋭い視線を受け流しながら俺はソファへ座る4人の後ろへと下がる。
「さて、これであとは辻さんが首を縦に振ればいい訳ですが。交渉に入りましょうか?」
劇場版の半分まで来ましたね、このペースで行くと意外と早く終わりそうですね・・・
後日談やら主人公過去編やらも書く予定ですのお楽しみに待っていただけると光栄です。
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第7話
「辻さん、確かに世界大会誘致で忙しいのも分かるんですがね、こちらとしても戦車道全国大会の優勝校を廃校にしてしまうのも困るわけですよ」
「理事長さん、文科省としてはそれに関する話は書面で連盟本部に送ったじゃないですか?今さら言われてもですねぇ・・・」
「文部科学省は若者に対してスポーツを推進している政策を打ち出したばかりじゃないですか?それなのに実力のある学校を潰すなんて・・・」
「蝶野さん、文科省が打ち出した政策はなにも戦車道だけじゃないんですよ、そのほかにも武道、スポーツだって色々あるじゃないですか?そういた面を吟味していった結果なんです」
「貴方にとっては星の数ある中の高校の一つかもしれませんが私たちにとってはかけがえのない母校なんです。それの3年生も折り返そうかといったこの時期に転校なんて、いくらなんでも急すぎです」
「ですから、そのあたりはきちんと此方で振り分ける高校を精査した後に適切に分けますから・・・」
俺の思った以上に議論は平行線を辿っていた。必死の訴えをのらりくらりと躱していく、まさに役人だな・・・まぁ俺もここに居た人間だから何とも言えないが。
しかし此方としても引くわけにはいかないのだ。何のために様々な場所に行って、頼んで、ここまで来たのか。
それに大洗女子学園の・・・いや、それだけじゃない。
今回の一件に賛同してくれた高校、その皆の思いを背負って霞が関まで来たのだ。
その時、ずっと黙って議論を聞いていた西住しほが口を開いた。
「若手の育成無くしてプロ選手の育成は無しえません、これだけ考えの隔たりがあっては、プロリーグ設置委員会の委員長を私が勤めるのは難しいかと・・・」
此方側が諦めて帰るのを待っていた辻さんの表情が変わった。やはりプロリーグ設置委員会の委員長の座にしほを置くことは重要事項であるらしい。
「いや、それは・・・今年度中にプロリーグを設立しないと戦車道大会の誘致が出来なくなってしまうのは先生もご存じでしょう?」
「優勝した学校を廃校にするのは、蝶野さんの言った通り、文科省が掲げるスポーツ振興の理念に反するのでは?」
痛いところをズバズバと突いてくるしほの発言に辻さんはたじたじになっている。文科省がしほに委員長の座を依頼している手前、あまり強気な発言は出来ないのだろう。
「しかしまぐれで優勝した学校ですから・・・」
辻さんの苦し紛れの言い訳にしほはダンッと湯呑を机へと置いた。その大きな音に俺は体が一瞬ビクッとなる。それは俺だけではないはずだ。
「戦車道にまぐれなし、あるのは実力だけです!どうしたら認めてくれますか?」
迫るしほにボロボロの辻さんは目線を反らしながら小さく呟いた。
「まぁ、大学強化選手に勝ちでもしたら・・・」
その発言に目を光らせたのは角谷杏だった。
「わかりました!勝ったら廃校を撤回してくれますね?」
「えぇっ!?」
辻さんは頓狂な声を上げた。俺だってそうしたかった。
「今ここで、覚書を交わしてください。噂によると口約束は約束ではないようですからねぇ」
平仮名で"せいやくしょ"と書かれた紙を懐から取り出す彼女。それを見た辻さんは「やってしまった・・・」といった表情だ。
「あの・・・角谷さん、こちらにちゃんとした紙がありますので・・・」
俺はファイルからきちんと体裁をなす誓約書を取り出した。名前と印鑑を押す欄もある、後に難癖を付けられては困るからな。
「さすが敷島君、用意が良いわね」
今日の段階で何としても辻さんに戦車道の試合を執り行い、その試合に勝てば廃校の撤回を確約するという約束を取り付ける予定だったのだ。
「すみませんが理事長、こちらにサインとハンコをお願いします」
自前の筆ペンで達筆なサインを書いて印鑑を押す。そして生徒会長の角谷杏の名前・・・
そして辻さんの番、しばらくサインを躊躇していたが俺を含めた5人の鋭い視線に耐えられなくなり、渋々自身の名前を書いて判を捺した。
「さて、これで終わりです、後ほどコピーを学園艦教育局へ送りますので、それでは私たちはこれで失礼します」
俺達は応接室を後にしようとする。
「これが、君の正義か?」
項垂れていた辻さんがそっと呟いた。全員の視線が俺に集まった。
「そうです」
俺は一言だけ言って部屋を後にした。
これで俺の仕事はほぼ終わった。あとは彼女たちの頑張り次第だが、きっとやってくれるだろう。
しかし、これで引き下がる辻さんではなかった。
「なんだって!相手は30両!?」
船で輸送されてきたシルビアを受け取るために訪れた港で俺は大声を上げた。
作業員の視線が一斉に此方へ向いた。俺はバツが悪そうに声を潜める。
「大洗女子の戦車保有台数は8両だろ?フルボッコどころの話じゃないぞ・・・」
『分かってるさ、でも局長が施設やら上やらに必死で掛け合って既に決まってるんだ。それにもう時間もない、どうしようもなかったんだ・・・』
「・・・分かった、教えてくれて感謝するよ。こっちでも何かしらの対抗策を考えてみることにする」
とは言ったものの・・・
「どうするかな~」
俺は受け取ったシルビアの中に納まり天井を仰いだ。
いくら全国大会の優勝校とはいえ相手は社会人チームをも破ったエリート軍団、しかもそれが30両。
流石の大洗女子でもこれは無理だろう。無理難題を押し付けて彼女たちが辞退するのを待っているのだろう。
本部に戻って考えようと車を走らせる、その間もいいアイデアは思い浮かばなかった。
本部の駐車場へシルビアを停めると丁度理事長も帰ってきたようだ。
車から降りた理事長の表情は沈んでいた。
「理事長、どちらへ行っておられたのですか?」
「試合の会場だよ、大洗女子の娘たちにルールの詳細を伝えて来たんだ」
「大学選抜が30両って事ですよね?」
「・・・それだけじゃないんだ」
「えっ?」
まだ何かあるのか?理事長の表情から察するに大洗女子が有利になるものではないだろう。
理事長は重い口を開いた。
「今回の試合・・・殲滅戦なんだ。もう大会準備は殲滅戦で進めてるんだそうな」
俺は愕然とした。30対8で殲滅戦なんて・・・勝負は火を見るよりも明らかじゃないか。
「どうにかならないんですか?」
理事長はゆっくりと頷いた。
「もう時間がないよ・・・」
事務室へと戻る。自分の机には今回の一件に関する資料やリストの束が堆く積み上げられていた。
「クソッタレが!なんでこうなるんだよ!」
俺は机を思い切り叩いた。積み上がっていた紙の束が雪崩のように崩れ落ちる。
そこまでして大洗女子を潰したいのかよ辻さん・・・
「珍しいわね、貴方がそこまで感情的になるなんて」
入り口には蝶野が立っていた。イヤな所を見られてしまったな・・・
「だってそうだろ!?30対8で殲滅戦だぞ!卑怯にも程がある!」
「確かに今回の試合に関してはどうかと思うわ、でもあなたがここで激昂している暇はないんじゃないの?」
その言葉に俺は我に返る。そうだ、物に当たっている暇はない。
崩れた資料を直して俺はパソコンを起動する。
「裁判でも起こすか・・・でも裁判所は統治行為論があるから無理だな。だとしたら文部科学大臣に直談判。いやいっそのこと野党を味方に付けて不信任決議で―――」
必死で考えを巡らせる中、俺は彼女のある言葉を思い出した。
戦術とは一点に全ての力をふるうことである。
聖グロリア―ナ女学院戦車道チーム隊長のダージリンが言っていた言葉だ。
一点に全ての力をふるう・・・
そして俺は一つのアイデアを思い付いた。
「簡単な話じゃねぇか。要は大洗女子が勝ったらいいんだ・・・」
俺はスマホを取り出してある人物へ電話する。
「・・・ダージリンか?大洗女子の試合の件は知ってるな?それで一つ頼みがあるんだが―――」
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第8話
「よくこんな申請が通りましたね・・・」
目の前の光景を見てアッサムが呟いた。
「こんな言葉を知ってる?大胆に挑戦すれば世界は必ず譲歩する。確かに彼から連絡があったときは正直驚きましたわ。でもこれなら大洗を救うことができるかもしれないわね」
横にいたダージリンが答える。
港に集められていたのは黒森峰と聖グロ、プラウダの戦車であった。
ティーガーⅠとⅡ、パンター、チャーチル、クルセイダー、マチルダ、T-34、IS-2、KV2は船から降ろされ、これから連盟の輸送トレーラーで会場へと運ばれるところだ。
俺が考えた策、それは各高校の生徒を大洗に短期転校させ、戦車と共に試合に参戦させることであった。
必要な申請は知り合いを通して直接文科省へ、戦車に関しては連盟の方で何とかなる。辻さんの方に情報を一切明かさずに手を回したのだ。
「ホント!貴方って面白いことを思いつくのね!」
サンダースの隊長、ケイは俺に向かってサムズアップした。
「いろいろと考えた結果なんだ。まぁこれも大洗の隊長の人柄ってのもあるだろうがな」
俺の提案に各高校の隊長は皆快く引き受けてくれた。彼女と戦った相手は単なる相手校の隊長として以上の関係を持つ。ほかの高校ではこうはいかないだろう。
「このカチューシャ様が来たからには負けは有り得ないわ!ただ・・・この制服は何とかならなかったの?」
カチューシャはぶかぶかの制服に文句を言いつつもやる気は満々だ。
「すまん、一番小さいサイズがこれしかなかったんだ」
一応詫びを入れた。
実はプラウダ高校まで制服を届けに行ったとき、ノンナとクラーラにサイズが合わないことは話していた。
すぐに合うように仕立て直すと提案したとき、彼女たちはロシア語で何か話合った後
「これで構いません、むしろこちらの方がありがたいです」
となぜか感謝されてしまった。
「悪いがが時間がない、早速だが現地の方に向かってくれ」
選手たちは急いでバスに乗り込んだ。俺もシルビアに乗り込んで試合会場へと向かった。
現地に到着後、急いで戦車を下し、合流した知波単学園、アンツィオ高校、継続高校の隊長に向かう場所を告げた。
「相手を山岳地帯におびき寄せて分散させて、各個撃破を狙えば勝機が見える筈・・・でも相手は経験も実力も上、もしかしたら今回ばかりは・・・」
大洗女子学園、戦車道チームの隊長、西住みほは重い足取りで前に出た。
大学選抜チームを前にみほは逃げたしたいと思った。しかし会長が必死になって取り付けてきた試合、受ける以外の道はなかった。
隊長が揃ったのを見て蝶野が開会を宣言する。
「これより、大洗女子学園対大学選抜チームの試合を始めます。一同―――」
「待った―!」
背後から声が響いた。
みほはその声を聴いて驚いたのと同時に心の底から安心した。
結果この様なサプライズになってしまった訳だが会場は大いに盛り上がった。観客だって30対8の一方的な殲滅戦なんて見たくなかっただろう。
「遅くなりました」
俺は戦車道連盟の来賓席に座った。横には理事長、そして学園艦教育局の辻さんが居た。
辻さんと目が合った。
「どうも・・・」
辻さんは何も言わなかった。当たり前だ、8対30を30対30にしたのだ。しかも学園艦教育局を通さずに・・・
大画面液晶には戦車がどんどん追加されていく。
黒森峰女学院、聖グロリアーナ女学院、サンダース大学付属高校、プラウダ高校、そしてアンツィオ高校、継続高校まで、22両の戦車が揃った。
戦力的に互角になったとは決して言えない、もっとやろうと思えば様々な策があっただろうが今はこれが最善だったと思っている。
色々あったがやっとここまで来た。
全員が揃ったことを確認した蝶野が改めて開会を宣言する。
「それでは、これより大洗女子学園対大学選抜チームの試合を始めます。一同、礼!」
「よろしくお願いします!」
彼女達ならやってくれると信じている。
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