英雄の剣聖譚≪ブレイブ・オラトリア≫ (朱雀)
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第一話 プロローグ(前書き参照

 週一だから許してネッ!! 
 なんて言いたいですが、次話ではなく第一話の焼き増しというのがとても申し訳ない。
 第二話書いて、保存して次書こうとして開いたら全部消えてたんだからしかたないじゃないかっ!!
 そんな言い訳越しですが、文章量を増やして加筆修正してみました。
 もう一度、軽くでも目を通してくれれば幸いです。



 ―――――その日、英雄の魂は誕生した。

 

 誕生、と言うにはやや語弊があるかもしれない。なぜならその者は、路地裏に現れたのだから。

 黒く、まるで黒曜石の様な輝きを持つ髪は、降り注ぐ雨に打たれペシャリと額にへばりついている。整った眉に、筋の通った鼻、細く中性的な顔立ちの八歳程の少年。七年も経てばすれ違う人々が振り返る様な、所謂眉目秀麗、容姿端麗を体現した少年だった。

 瞼は深く閉ざされ、時折形のいい口元が()()

 よく見れば、ありとあらゆるところに傷口が見える。衣服のあちこちが裂け、時間が経過したのであろう黒ずんだ血がこびりついている。

 雨に打たれ、全身を濡らしたことによる体温低下。過度の裂傷と出血。

 あと一時間でも放置すれば、少年の命の炎は燃え尽きるであろう。

 そんな時だった。

 

「―――っ?! 君、大丈夫かい!?」

 

 金髪碧眼の少年の様な外見の小人族(パルゥム)が少年へと駆け寄った。

 うつ伏せになっていた少年の体を、血がつくのを顧みず抱き起し、容態を確認し緊迫した表情をその端正な顔に宿す。

「これは、酷い……一体誰が、いや、そんな事はどうでもいい。まずは、手当か」

 怪我の真相などは、少年が起きてからだ。そう考えて、腰元のポーチから細長いケースに入った液体を二本取り出し、一つを少年の口へとあてがい無理矢理に飲み込ませる。

「っ、ぐ……ぁ、」

 少なくない量を口元から零すものの、なんとかといった形で飲み込ます事に成功した。

 残った一本を重症箇所をメインに、洗い流すようにかけていく。

 すると、見る見るうちに傷口が塞がっていき、少年の苦悶の表情が安らかなものへと変わっていく。

「ふぅ……まずは、と言ったところだね」

 安著する。ひとまずはこれで、少年の灯が尽きる事はないだろう。

 少年の体を引き起こし、その小さな体で抱きかかえると立ち上がる。

「後は、リヴェリアに頼んで起きるのを待つか」

 ―――――親指の疼きはこの事だったのか。

 気づけば、先ほどまでの疼きは止まっていた。まさしく第六感とも言える未来予知にさえ似た現象に幾度もこれまで助けられてきた。

(ただ、疑問なのは何で親指が疼く程の事だったのか……か、)

 まぁ、それも少年が起きてからか。そこまで考えて、路地裏を抜け本拠地(ホーム)へと戻るために足を動かせる。

 

 こうして勇者(ブレイバー)フィン・ディムナと後の英雄(メシュア)は出会い、少年の物語は動き出す。

 これは、一人の英雄の剣聖譚(ブレイブオラトリア)

 

 

◇◇◇

 

 

 異世界―――オラリオとは、また別の世界線で、英雄はその生を終えた。

 

「貴殿が、世界を救うのだ」

 

 確か、初め呼ばれて言われた言葉はそうだったか。魔力保有量が他の人たちより優れていて、なにより聖剣に選ばれたから、だったはずだ。

 戦士、魔法使い、賢者。前衛後衛と分けられる比較的一般的(オーソドックス)なパーティを組んで打倒魔王を目指した。

 十年―――とても長い戦いだった。それが、魔王討伐にかけた所要年数。

 どんな事があったか、なんて語りつくせない程の出来事の数々。目まぐるしく急変していく勢力図、押しては押されを幾数回繰り返したことだろうか。

 どれだけ苦戦したか、どれだけ死にかけたか、どれだけの勝利をもぎとっただろうか。

 時には非道な事だってした。殺人だってした。それこそ数えきれない程、この手を血で染めたことだろうか。

 心が折れそうにもなった、それでも人格が壊れず魔王を打倒出来たのは仲間たちが支えてくれたからだ。

 ―――魔王との戦いは壮絶の一言だった。仲間は瀕死に陥り、一対一の決戦へともつれこんだ。

 全身を打ち付ける強力な武術に魔法、すべて一人でさばき、時に体を打ち付けて、それでも背中に背負った役目を、命を燃やして立ち上がった。ついに、と言った形で魔王の胸へと聖剣を突き立てたのと、魔王が放った魔法が直撃するのは同時だった。

 英雄と魔王は、お互いの死力を尽くして共に死んだ。

 瀕死になっていた仲間たちは、必死になって王国へと舞い戻り報告した。王国が、世界がそのとき恐怖という呪縛からの解放と、そして散った英雄の魂に涙を流した。

 享年二十五歳。十五歳で戦いに身を投じた彼の人生は、戦いにて人生の幕を閉じた。

 だが、輝かしい光を放つ人々を照らす英雄の魂は、女神に抱擁され、第二の人生として体の時間を巻き戻して、オラリオへと送り込んだ。それは、祝福と同時にその若さで死んでしまった英雄への、女神の情けだった。

 これが、全ての終わりとすべての始まり---【英雄(メシュア)】の誕生のきっかけだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 咆哮―――次いで怒号が轟いた。

 幾度となく吼えわたり、地面を踏み鳴らし進撃する。

 山羊の様な捻り曲がった大双角を振りかざし、膨れ上がった馬面の様な醜悪な顔面をした魔物――フォモール――は、まるで爆発した火山の如く吹き出す鼻息と連動する様に、深紅色の眼球をギョロリと蠢かし冒険者(えもの)の姿を睨み付ける。

 魔物、怪物―――そう称するに相応しい巨躯を動かせ、無数の黒い塊が、鈍器を持つ腕を高々に振りかぶった。

「盾、構えぇぇぇぇッ―――――!!」

 号令。

直後―――衝突。

 ガゴォォンッ!! 打ち鳴らす轟音。フォモール達の進撃を妨げる為に掲げた何十枚もの巨大な盾が受け止める。

 その突撃の威力に、冒険者達の全身へと衝撃がビリビリと打ち付けて踵が地面へと埋まる。

「前衛っ、密集陣形(たいけい)を崩すな!」

 後方から響く団長の指揮、「後衛組は攻撃を続行っ!」更に指示を飛ばし士気を高める。

 前衛後衛と前後に二分される部隊の中心で、ばさばさと風に吹かれ揺れるのは一本の旗。

 刻まれた絵は滑稽な笑みを浮かべる道化師のエンブレム。一柱の『神』の『眷属(ファミリア)』の証。

 ロキ・ファミリアと称される探索系トップに座する団員達は各々の武器を手に戦場を駆け巡る。

 巨大な二つの盾を構える筋骨隆々のドワーフ、矢を番え放ち、魔法を打ち込むエルフと獣人。褐色の肌を持つアマゾネス姉妹は、味方の射撃を掻い潜り走り抜けてモンスター達へと斬りかかる。

『――――――――――ッッッ!!!!』

 一本も草木のない荒原に、怪物達の雄たけびが迸った。

 フォモール達が鈍器を、巨躯を、巨腕を盾へとぶつける度に衝撃が吹き荒れ砂埃を舞い上げる。煙に霞む景色の先で、遥か上へと伸びた()()()()。そして空を塞ぐ()()

 幾階層と積み重ねた地底深くで、地上へは決して届かない声を張り上げて、人とモンスターは激戦を繰り広げる。

 「ティオナ、ティオネ! 左翼支援急げッ!!」

 この場に置いて誰よりも小柄な小人族(パルゥム)の首領――フィン・ディムナ――の指示が的確迅速に飛ぶ。フォモールの個体数が、左翼に若干多く集まっているのだ。一秒にも満たぬ時間の中で、その碧色の瞳は忙しなく動きつづけ戦況全てを手中へと収めていく。

「あ~んっ、体が幾つあっても足りなーいっ!!」

「ごちゃごちゃ言ってないで働きなさいっ」

 命を受け、アマゾネス姉妹が疾走。

 同時に、斬撃。

『ぐっ……ブウゥ』

 二人の斬撃が三体のモンスターを斬り伏せた。

 見れば悪魔の様な光景だった。

 一匹一匹が大の大人(ヒューマン)を軽く超す巨体。それが、次々と津波の様に押し寄せてくるのだ。何匹屠ろうと湧き続けるそれに頭が痛む。

 フィンの瞳が、最前線で盾を構えた者達を捉える。そこには、化石の骨にも似た無骨な棍棒を振り回し、破壊し尽くそうとするモンスターの数々。苦悶の表情を浮かべ、じりじりと防衛線が後退する光景。半円を描く陣形の規模が小さくなり、戦線が押されていた。

「―――リヴェリア~っ! まだぁっ!?」

 アマゾネスの少女――ティオナ――が、巨大な専用装備の大双刃(ウルガ)を振って、モンスター二体の体を上下に分断し声を上げた。

 

「【―――間もなく、()は放たれる】」

 

 魔法と矢を連発する魔導士や弓使いの中心で、聴くものを虜にする美声は絶えず紡がれていた。

 翡翠色の長髪、白を基調とした魔術装束。浅く水平に構えた白銀の杖。

 細く尖った耳を持つ、神々すら羨む美貌を持つエルフ――リヴェリア・リヨス・アールヴ――は、その玲瓏の声で呪文を詠う。

 展開された魔法円(マジックサークル)は彼女の髪色と同じ輝きを放ち、無数の光を舞い上げる。

「【忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」

 柳眉を逆立て、呪文を紡ぐ唇はそのまま。前方の一点を強く見据えながら「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火】」、―――詠唱する。

 まだかまだか、誰しもが詠唱の完成を待ち、力を振り絞り己の歯を食い縛る。

 その時だった。

『ォォォオオオオオオオオオオオオ―――――ッッ!!』

 一体のフォモールが咆哮。

 群れの中でも更に一回り二回りと大きい一体が、仲間さえ巻き込みながら驀進し、自らが持つ獲物を大上段へと構えた。

 正対することとなった前衛の一人が、盾の隙間から両目を見開き―――瞬間、尋常ない膂力から放たれた大ぶりの一撃が構えた盾へと食い込んで、周囲を巻き込んで前線の一角を吹き飛ばす。

「―――ベートっ! 穴を埋めろ!」

 珍しく焦燥したフィンの指示が、狼人(ウェアウルフ)の青年――ベート・ローガ――へと届く。

「ちっ、何やってやがる!?」

 悪態をつき、荒れ果てた荒原を勢いよく蹴り飛ばす。ファミリアの中でも随一の俊足。一息で数メドルの距離を詰める姿は、さながら弾丸の如く。ベートがこじ開けられた防衛線へと急行するが―――、

「間に、合わねぇっ!?」

 ―――ベートの行動虚しく数匹のモンスターが侵入した。

 同時に先ほどまで守られていた魔導士達の表情が青ざめるのと、フォモールの攻撃が炸裂するのは同時だった。

「キャァァッ!」

 轟く悲鳴。

「レフィーヤっ!?」

 一人の少女が吹き飛び、ティオナが声を荒げた。

 直撃こそ免れたが、地面を破砕する一撃は、衝撃波を巻き起こし細身の体を吹き飛ばしたのだ。

「―――ぁ、」

『フゥーッ………!』

 地面へと転がった少女へと黒い影が被さる。

 醜悪な顔面のフォモール、先ほど盾を薙ぎ払い突破した、超大型。

 見下された血を連想させる目玉に、全身が竦みあがる。時が止まったかの様な錯覚。

 紺碧の瞳の中に、大きく振りかぶる棍棒が映った。

 刹那、

 

 ―――斬撃。

 

「えっ?」

 彼女の視界に、金と銀の光が迸った。

 間髪入れずにフォモールの体から血飛沫をあげて、宙に斬り飛んだ首が地面へと豪快な音を鳴らして落下した。

 呆然と見上げる少女の視線の先で、長い金髪の少女が、ヒュンッと、無言で銀剣を振り鳴らし血糊を飛ばした。

「アイズゥっ!」

 一部始終を見て、焦燥していたティオナが歓呼する。

 尻餅とつき未だ此方を見上げてくる少女――レフィーヤ・ウィリディス――の無事を確認すると、ビュオッという風の音と共に金の髪をカーテンの様に靡かせてその場から疾駆する。

 右手に持つ愛剣【デスぺレート】が煌めいて軌跡を生み出す。

一気にトップスピードへと加速した少女が、先ほど侵入してきた残りのモンスターの元へと肉薄し、銀色の剣閃を幾度か瞬かせる。

 ―――一撃必殺。

 魔導士や弓使いの目の前で、一気にフォモール達が全滅した。

 更に――前進。

「ちょっ、アイズ、待って!?」

 静止の声を振り切って、未だ攻めかかってくるフォモールの大群へと単身突っ込んだ。

 盾を構えた前衛達の頭上を、宙高く身を躍らせ飛び越える。

 

「……すげぇ」

 

 誰かがポツリと呟いた。

 思わずと言った形で呟かれたその光景は圧倒的の一言。

 斬撃、斬撃―――更に斬撃。

舞う様にして、近づくモンスター全てを拒絶する様な剣撃の嵐が戦場に吹き荒れた。

 華麗かつ流麗。そして苛烈な一撃一撃が、襲い掛かってくる巨躯を掻い潜り、腕を斬り飛ばし、胴を貫き、首を刎ねる。

 単身で前衛を押し寄せていたフォモール達を激減させていく。まさに、一騎当千。

 多くの団員達が畏敬の念と共に、【剣姫】――アイズ・ヴァレンシュタイン――の姿に見惚れた。

 その時だった。

「―――っ!?」

 斬り伏せたフォモールの奥から、先ほどレフィーヤを襲った個体よりも大きなフォモールが出現した。

 死んだ仲間から取ったのだろう、両手に一本ずつ握りしめた棍棒を、大上段に大きく振り絞る。

 斬り落とそうとして―――アイズの側面から突如違うフォモールの棍棒が襲った。

(回避、間に合わ―――っ!?)

 横殴りの一撃を避けようとステップを踏もうとするが、焦燥で体が傾いた。一瞬の油断が招いた致命的なミス。

「アイズ!?」

 絶体絶命の場面で、誰かの悲鳴がアイズの鼓膜を震わした。

「……っ」

 迫りくるであろう衝撃に、瞼を閉じて身を固める。せめても、と【ヘファイストス・ファミリア】特製の【不壊属性(デュランダル)】の細剣を盾にして備える。

 ―――だが、数瞬を経ても訪れない衝撃に恐る恐る目を開ける。

 そこには、

『グブッ……フゥ!』

 腕が斬り飛び、その体が徐々に縦へと裂けていく光景があった。

 

「―――大丈夫か?」

 

 まるで黒曜石の様な輝きを持つ髪。振り返りざまに告げられる安否確認。フォモールとは似て異なる、鮮やかでガラス玉の様に透き通った赤の瞳を向ける全身を黒衣に包んだ少年の姿が、血飛沫を巻き上げて裂けたフォモールの間から現れた。

 右手に握りしめた黒い直剣が鈍い輝きを放っていた。

「……うん、おかげで」

「そうか、よかった」

 アイズの言葉に、手短に返し笑顔を浮かべた。

「っ!? レイン、後ろ!」

 そこへ、先ほどの巨大なフォモールが、少年を破壊しようと棍棒を大きく振り落とす。

 アイズが慌てて声を上げて、デスぺレートを握りしめて突撃しようとし―――少年の体がブレた。

 驚きも束の間、少年の体を破壊し、内部から蹂躙しようとしていた必殺の一撃を持つ棍棒が空を裂いて、地面へと叩き付けられた。踏みしめられ固くなった大地が、衝撃でクレーター状に凹み、亀裂を上げて砂埃を舞い上げた。

 突如として消えた獲物に、戸惑うフォモールの遥か頭上で―――斬光。

 一閃―――砂埃を光が断ち切った。

 更に、二閃、三閃と幾度も黒の剣閃が瞬いて、見る見るうちにフォモールの体が斬裂した。

 噴水の様に夥しい血を巻き上げるフォモールを横目に、少年がアイズの傍へと着地し、納剣。

(……強いっ)

 思わずアイズは歯噛みして羨望する。ファミリアの中でも、一番強さに固執している彼女は此度の遠征の他に、ソロでダンジョンに潜り自分を鍛えている。

 ほぼ同時期にファミリアに加入したというのに、彼の方がレベルアップも早かった。

 圧倒的なまでの差に嫉妬する。これがダメな感情だと知っているのに、尚も止められない。

「【汝は業火の化身なり】」

 唐突に、二人の耳に美声が届いた。

 意識を向ければ魔力が爆発的に高まっている。

「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 終わりへと向かう詠唱に、少年はアイズの手を引っ張る。

「下がるぞ」

「……うん」

 剣を握っている右手とは別に、左手が温もりを持つ。

 前方を走り、アイズを引っ張る背中に幼い頃から見続けていた憧憬の姿が重なった。同時に、アイズ自身訳もわからず頬に左手と同じような温もりを感じた。

 何だろう、そう考える暇もなく二人はとんぼ返りする様にして陣形の中央へと跳躍―――着地、帰還する。

「さっすが~レインだねっ!」

「そんなこと、ない。誰にでも出来るさ」

 帰還した二人に駆け寄ったティオナの言葉に、困ったように眉を歪ませ答える少年――レイン・ドロップ――。

「誰にでも出来たら苦労しないわよ、【英雄(メシュア)】様?」

「……茶化すなよ、ティオネ」

 はぁっ、とため息を漏らすレインを見て笑う姉妹にアイズがむっ、と頬を膨らました。

 先ほどまでの緊迫した雰囲気も、和やかになった。その訳も全て、この魔法(いちげき)の強さを知っているからだ。

「【焼き尽くせ、スルトの剣―――我が名はアールヴ】!」

 パァンッ! と弾ける様な音と共に魔法円(マジックサークル)が拡大していき、団員達の、フォモール達全ての足元まで広がっていく。

 全戦域が魔法の範囲内。もはや、リヴェリアの手のひらの中に其れはあると言ってもいい。

 長文詠唱による絶対的破壊力を秘めた、業火の一撃。

 勝利の確信を胸に、リヴェリアはその表情に笑みを浮かべた。高く白銀の杖を振り上げて、オラリオ最強のエルフの魔導士は、『魔法』を発動させる。

 

 

「【レア・ラーヴァテイン】―――ッッ!!」

 

 

 爆炎。

 魔法円(マジックサークル)から突き上げる無数の炎柱が、鼓膜を揺さぶる程の轟音と共に、味方を避けて放射状に連続する。

 大空間の天井にまで届く勢いで吹き上がる炎は太く、まるで突き上げる槍の様にフォモール達を串刺しにするどころか、その巨躯を丸呑みする。

 劫火が酸素(えさ)を求めて孕み、うねりを上げて、その暴虐の限りを尽くす。

 次々とモンスター達の体が炎の極柱へと消え、絶叫が重なる。

 熱気と火の粉に満たされた空間が、灼熱に包まれた。

 冒険者たちが武器を静かに下す、その顔は緋の色に染めあげられていった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 携行用の魔石灯がいくつもの光を揺らす、()。俺達、【ロキ・ファミリア】のメンバー達は食事を始めようとしていた。現在、俺達がいるのは五十階層。このダンジョンの中に数か所ある安全階層(セーフティポイント)の一つであり、最前線にある休息地帯(レスト・エリア)だ。

 なぜかは知らないが、この安全階層(セーフティポイント)では、()()()()()()()()()()()のだ。だからこそ、俺達の様な大規模のファミリアやパーティが最前線に赴くときに使われる。

大荒原(モイトラ)の戦いではご苦労だった。みんなの尽力があって、今回も無事に五十階層まで辿り着くことができた。この場を借りて感謝したい―――ありがとう」

「団長の為なら、いくらでもこの身を捧げる所存ですっ!」

「あ、あはは……頼もしい限りだけど、無茶だけはしないようにね、ティオネ」

 フィンの言葉が、静寂を裂いた。その堅苦しい言葉は、フィンの小柄な少年の様な見た目には余り栄えないが、堂に入ったものだ。それというのも、フィンはこのファミリアの団長を務める見た目詐欺のアラフォーだからだ。アラフォーだから、というのはまぁさて置いといても、フィンに名付けられた二つ名に応じた事を歩み刻んできた証拠である。

 その名を―――勇者(ブレイバー)

 ブレイバーという呼び方より()()だなんて。とても俺に()()()()()呼び名だ。

 オラリオに何故か来て早八年、未だに聞くたび、思い出すたびに浮かぶかつての異名の一つ。

 そんな事を思っていると、ティオネがくねくねしながらフィンへと頼もしい言葉(激しい自己主張とも言える)を送るのを、苦笑いで答えれば周りの団員達が声を上げて笑った。

「―――でもさー、いっつも四十九階層超えるの一苦労だよねー。今日は出てくるフォモールの数も多かったしー」

階層主(バロール)がいなかっただけマシでしょ」

「そうなんだけどさー。しんどいもんはしんどいじゃん!」

「ははっ。まぁ、とにもかくにも、乾杯をしようか。当然ながらお酒はないんだけどね、それじゃあ―――」

 姉妹であるティオナとティオネのやり取りに、笑みを深めてフィンが片手に握ったコップを掲げるのを目視して、俺も片手に持ち揚げる。フィンの言葉を皮切りに、他のメンバーが全員コップを掲げたのを確認し、『乾杯ッ!』一斉に声を上げて、一息に果実水を飲み干した。ほどよく酸味がきき、全身へと染みわたるほど良い甘さのそれは、このダンジョンで嫌という程呑んだ水とは別次元の美味しさだった。

 目の前に並んだのは、ダンジョンでの野営としては些か豪勢なものばかりだ。俺達が円を描くように座り込んだ中心におかれた大型の鍋。鍋の中の具材は、途中の階層で採ったハーブや木の実に、肉果実(ミルーツ)と言う読んで字の如し、肉の味と触感がする果実をしっかりと煮込んだスープである。実際、この様な迷宮産のものはモンスター達の食用なのだが、誰が食い始めたのかは知らないが、俺達冒険者でも、口に入れてしまって問題ないため、普通に食しているのだ。

 普段遠征の時に食べる携行食と一緒にスープを食す。

 基本的には、持ち込みの関係で粗末になりがちな食事は、士気を考慮したフィンの粋な計らいで、この様に豪勢なものになっているのだ。

 時間も少しばかり経過し、鍋の中の具材もなくなり残りカスとスープしか残っていない頃。

「……あの、アイズさん。本当に食べなくてよかったんですか?」

「うん、大丈夫……」

「なーんて強がっちゃってさー。実はぐぅぐぅお腹鳴らしてるんじゃなーい? ほらほらーっ?」

「……いらない」

 ブロック状の携行食をかじっていたアイズにレフィーヤが尋ねるなかで、ティオナがスープしか残ってない(具材は全てティオナが食べた)容器をぐぐいっ、と近づけていた。

 食欲を刺激する香ばしい匂いに視線が泳いだのが分かった。だが、それもつかの間突き放すかのようにぷいっと顔を背けてしまった。

 ―――――どうせ、過剰な食事は戦闘状態(コンディション)に支障を来たすから、とか考えているんだろうなぁ。

 一人、今まで目の前で見てきた彼女(アイズ)の行動から推測し答えを出す。

 アイズの目の前で褐色の小悪魔(ティオナ)が、満面の笑みで容器を近づけているが、今やアイズにはあの笑みが意地悪いものに見えて仕方ないんだろう。

 助け舟を出してやろうにも、あのまま変な意地を張って明日に不調になってもらっても困る。俺も、変な迷信にあてられ不十分な食事をしてしまったときに、逆に死にかけた時は本気でちゃんとしたものを食べようと心掛けたものだ。

 あれぐらい頑固な奴には、無理やり飲ましてしまうのが早い。そう決断して、右手に持った飲みかけの容器を零さない様に、振動を抑えてアイズの下へと歩いていく。

「オイオイ、ティオナ。そんな事してもアイズは飲みやしないぞ?」

「あっ、レイン。……だってさー、アイズが意地張って携行食ばっか食べてるんだよー? 勿体ないじゃん、ダンジョンでこんなに美味しいのが食べれるのにさー」

「まぁ、わからんこともないが……」

「……意地、張ってない」

「はいはい、どうせアイズの事だから余計に食べたら明日のコンディション悪くなるからー。だとかだろ?」

「うっ……」

 俺の言葉に、言葉を詰まらしたアイズに笑いが零れた。推測はやはり正しかったらしい。

 良くも悪くもアイズ・ヴァレンシュタインという少女は、感情表現や言葉に乏しい。余り長い付き合いでない人たちは、一見その無表情さから、見た目そのものの人形の様に見えるだろうが、実際は細かい所で落ち込んだり嬉しがったりしているのだ。ほとんど同時期に入って、目の前で見て、戦って話してきたからこそ分かる俺だけの特権―――とか思いたい。違ったら恥ずかしい。

 閑話休題。

 だからこそ、アイズを説得する様に目の前で屈み、視線を合わせ話しかけてやる。

「そうやって携行食ばかり食べてる方が、体に悪いんだぞ? ティオナみたいに過剰すぎる食事はダメだけど、普通に食べる分にはいいんだ」

「あたしそんな沢山食べてないじゃーん!?」

「あーあー、五回もお代わりしてた奴が何を言うか」

「うぐぐっ!? そ、それは皆が食べないからでーっ!?」

「言い訳はもういいって、レフィーヤ。ティオナどっか連れてってくれないか?」

「あ、はいっ。ほ、ほら、ティオナさん、あっち行って片づけに参加しましょう?」

 うがー! と、女の子らしくない声を出しながら片づけに向かうティオナに苦笑する。

 視線をティオナからアイズへと戻すと、すこし口元をほころばしていた。……どうやら彼女的にも、今のやり取りは面白かったようだ。

「まぁ、なんだ。食べれる時は食べとけってやつだ」

「……い、いらない」

 差し出した器を避ける様に、首を振るアイズ。

 む、頑固すぎるな。

「頑固だなぁ、アイズは」

「頑固じゃない」

「美味しいのに、もったいない……ってか俺だって、アイズと同じようなことして死にかけたことあるんだぞ?」

「……えっ?」

 食いついた。

 表面にはださず、内心で笑いながら目をパチクリさせるアイズに言葉を続ける。

「俺も、一時期コンディションが悪くなるっていう迷信を聞いてな。やってた時があったんだが、逆に栄養が足りな過ぎて体が思う様に動かなくてさ」

「……」

 信じられない、とばかりにキョトンとするアイズに内心笑う。

 どれだけ俺の事を完璧超人だと思っているのだろうか、というかアイズだけじゃなく皆なのだが。

 俺だって、何の縁かは知らないが同じ英雄をいう二つ名を貰ってはいるが、ちょっと出生だけが特殊な一般人だ。他の奴らより戦闘経験とかは豊富だし、自信こそあるが……まぁ、それでも出来ないものは出来ない。

「俺にどんな理想を抱いてるか、なんてわからないけどさ。とりあえず、ほら。食べてみろよ、ティオナと違って少しだけ具も入ってるぞ? まぁ、心もとないかもしれないけどさ」

「……」

「だぁぁ、もうっ。意気地過ぎんだよ、俺が嘘ついたことあったか?!」

「……ない」

「そうだろ、ないだろ? じゃぁ、信じろよ」

 未だに意気地になるアイズの視線がさまよったのを確認し、畳みかける。

 今度は、容器じゃなく具とスープをスプーンですくいアイズの口元へと運ぶ。

「……」

 俺とスプーンの間を幾度も視線を向けながらも、なぜか少し顔を赤くしてその小さな口へとスプーンを運ぶ。

 入ったのを見て、口からスプーンを抜いてもう一度すくって口元へと運ぶとまたしても口へと入れる。

 ―――――なんか、楽しい。

 雛鳥にエサを与える親鳥の様な心境である。こんな事言ったらアイズは怒るんだろうけど。

「美味しい……」

「ははっ、だろ? 食べれる時には食べとけって。腹八分目に納めときゃいいんだからさ、腹が減っては戦がなんとやらってね」

 笑いながら、俺も自分ですくって口に入れて咀嚼する。

 うん、しかし我ながら中々いい出来だ。女連中と一緒に作った甲斐があったなぁ。

 そこまで考えてから、アイズへと視線をあげると―――

「……っっ!!」

 ―――先ほどより、顔を赤くしたアイズがそこにいた。

 あ、あっれれー……おかしいなー。

 なんかしたっけか、俺。ま、まぁいいか。

「と、とりあえず、これあげるからさ。食べたら言えよ、片づけるから」

「……あっ」

 そそくさと逃げるように、アイズの手に容器とスプーンを握らせて背を向けて歩き出す。

 なんか後ろで、アイズが物寂しそうに声をあげたが無視だ無視っ!

 なぜか俺まで気恥ずかしくなるじゃないかっ。

 

 

 

 

 あれ、そういや……間接キスってやつ!?

 あぁぁ!!!? やっちまった、純粋なアイズを汚しちまった!? くそう、恥だ。俺最低だよ。

 そう思ったときには、既に就寝時間であり、時すでに遅しであった。顔色は言わずもがな、胸はドキドキと高鳴って思った以上に睡眠が出来なかった。

 無性に、時間を戻せるならばコンディションとか言って説得してた俺をぶん殴りたくなった。




 一気にお気に入り登録が増えてたけど、解除されても文句がいえないです。
 解除しても、次の話を投稿したときにはもう一度してもらえるように次回しっかり描きたいとおもいます!!

 すいません、感想もっとプリーズ((


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第二話 英雄と剣姫と約束

 泊まり込みの仕事で、帰れるのが日曜だけってしんどいってばよ……一週間以上開けてしまい申し訳ないです。
 今回の話、タグの純愛を回収するために書いたのに思ったより難しいですね。難産でした。
 次回からは、また冒頭でも触れた戦闘シーンへと入ると思うのですらすらいける! と信じています


「―――これで、最後か」

 黒曜石を彷彿とさせる髪を揺らし、レインは黒い直剣【シュヴァリエ】を横に振るい鞘へと納剣する。赤い瞳が、辺りを映しこみ敵の影が消えたのを確認し一息ついた。

「リヴェリア達は、無事だろうなぁ……?」

 言葉に出して思い浮かべるのは、オラリオ最強と謳われる魔導士の姿。神すらも羨望する程の美貌を持つ翡翠色の長髪の女性、リヴェリアの事だった。

 彼女は、ファミリアの副団長。フィンに負けず劣らない頭脳明晰さに状況判断能力は、副団長としての素養をしっかりと兼ね揃えている。

 いつもなら、心配なんて無用ではあるし、「私の心配より、自分の心配でもしたらどうだ?」なんて言葉も返ってくると予想できるのだが、()()()()()()()

「何なんだよ、()()だなんて」

 周りを見渡し、改めてその光景に頭痛がした。一面の草木や大地が()()()()()()()()。これらは、全て新種のモンスターが吐き出した液や、体を斬り飛ばす度に血の代わりに噴き出す体液によるものだ。

 

 ―――()()()

 

 レインが持つシュヴァリエは、【ヘファイストス・ファミリア】に頼んだ【不壊属性(デュランダル)】だから溶けなかったものの、きっとこの溶解液は、()()()()()()を溶かす。

 それこそ、武器だろうが防具であろうがなんであろうと。シュヴァリエの様な属性を付加した第一級武器でなければ、例外なく人間さえ溶かすだろう。

「過半数or大半引き付けたけど、野営地に残ったメンバーだけじゃ心もとないか」

 後で言われるであろうママ(リヴェリア)の説教、だがそれだけで本来の被害が少なくなるならそれでいい。新種のモンスターの大半or半分以上をレインは、一人で引き付けて遠く離れた所までやってきたのだから。

「しっかし……気持ち悪ぃ」

 ぞわぞわと鳥肌が立つ。脳裏に浮かぶ、モンスターの群れが津波の様に後ろから押し寄せてくる光景。

 思い出すだけでおぞましい。レインは嫌いなのだ、()()が。今回の新種なんて特に気味が悪かった。全身黄緑色のぶよぶよとした柔らかい皮膚に、蠢く多足。しまいには極彩色の絵の具をぶちまけたかの様なおぞましい色合いは、トラウマものである。

 ―――――ソロで潜ってたら絶対逃げてた。

 一人ごちる。しかも、ぶった切れば体液が飛び散って溶けるのだ。猶更嫌だ。

 スキルが発動してなければ、絶対に体のどこかに負傷があるはずだ。と断言できるほど、厄介な相手だった。

「そろそろ、戻るか―――」

 バギバキィッ!! 大木が次々とへし折れる音が響き渡った。踵を返そうとしていたレインは、即座に反転し音の鳴った方へと姿勢を向けて右手を左腰のシュヴァリエの柄へとあてる。

 タラリと、額から流れ落ちた冷や汗が地面に染みを作る。全身に叩き付けてくる強大な敵の気配、カチリと、スイッチを入れたかの様にスキルが発動したことから、「―――強いな」自分より高位のモンスターである事がうかがえた。自分が引き下がる事による、後方にいる待機組(リヴェリアたち)に及ぶ危険性を感じ取り、更に全身(ステイタス)()()()()()()()

 ビリビリと全身に叩き付けられる存在感は、今までに感じたことないもの。とどのつまり()()である。

「……今日は、新種のオンパレードかよ。ふざけやがって、初対面でのぶっつけ本番は好きじゃねぇんだぞ」

 前世では、出会うもの全てが初めてだった。その時の記憶が蘇る。どれだけの苦労をまたしなくてはならないのか。

「とりあえず―――」

 抜剣。甲高い金属音が響き渡り、百二十セルチメドルある黒い直剣が抜き放たれた。ギラリと、淡い輝きを放つ其れを強く握りしめて―――進撃する。

 地面を強く踏み抜いて、初速からトップスピードへと加速。同時に、レインの眼前へと姿を現したのは予想通りの新種。

 先ほどの様に芋虫の様な黄緑色を基調とした色合い。まるでケンタウロスの様に、下半身は無数に伸びた短い多足が蠢き、上半身はまるで()()。のっぺりとした顔面に起伏はなく、髪の毛の様に突き出した複数本のチューブの様に伸びた触覚。上半身から伸びた、まるでエイの様に平べったい二体四枚の腕。大きく膨らんだ腹部に、顔の線の細さはどこか女性を連想させる。ある意味で神秘的ではあるが、それら全てを台無しにするかの様に、芋虫同様に全身にぶちまけられた極彩色は毒々しい。

 その女人型のモンスターが、薄く笑ったかの様な錯覚を見せた。

 大きく振りかぶった片腕に対するのは、【英雄(メシュア)】が握る一振りの剣。

 加速力を全て上乗せした全身全霊の一撃を、跳躍し肉薄すると同時にぶつける。辺りに暴風ともとれる程の衝撃波を巻き起こし、レインの体を吹き飛ばす。

 重心を引っこ抜くかの様に、体に捻りを加えて衝撃を流し、難なく着地し砂埃を舞い上げる。

 知らず知らずの内に、レインの表情に笑みが浮かぶ。強敵との戦いに、心の底から楽しそうに。かつて、ティオネとティオナの戦闘大好きのアマゾネス姉妹が顔を引きつらせて、言った『戦闘狂』とは、まさしくこの表情が言わせたのだろう。

 ニヤリと、不敵に笑い半歩足を下げて構えを作る。

 

「―――こっから先は、一歩たりとも行かせないッッ!!」

 

 ―――英雄は高らかに咆哮し、一対一の激戦は幕を上げた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 時をやや遡り―――、冒険者依頼(クエスト)を控え、団員達が寝静まった時刻。

 先ほどまで行われていた大騒ぎの食事会の後、全員寝袋に包まり寝ていた中で、金髪の少女、アイズは瞼を開けた。

(……寝れない)

 いつもなら、睡魔に襲われてぐっすりと寝ているのだが今日は何故か眠れなかった。

 目を閉じれば浮かぶ情景に、アイズは微かに頬に熱を灯す。

 ―――――なんで、だろう。

 いつもより彩鮮やかに目に浮かぶ少年の姿。無性に、今会いたくなった。いつも会っているハズなのに、話したハズなのに。どうしても、今二人で話したくなった。

 そう考えるだけで、胸が高鳴り全身が熱くなる。アイズではどうしようもなく、感情が昂る。なんでこんな事になったのかさえ、何も分からない。ダンジョンに籠りきり、強さを一番に考えたアイズには、検討もつかない症状に戸惑う。

(……けど、レインに会ったらなにかわかるかもしれない)

 もそもそと、寝袋が衣擦れの音をたてる。周りを見渡して、誰も今の音で起きてないかを確認しホッとする。そこからは、気配と音を殺してゆっくりとテントから外へと出た。

 テント内に籠った熱とは別に、火照る体に吹き付ける冷たい風が心地よく感じた。

 カーテンの様に靡く髪を、手で押さえつけて深呼吸する。

(……あ、でも。レイン、寝てたらどうしよう……迷惑かける)

 胸の内で靄がかかった。レインに会いたい、会ったら感情のモヤモヤの内容がわかるかもしれない。だけどそれと同時に、自分の為だけに寝ているかもしれない彼に迷惑をかけてしまうのは嫌だ。テントを出て少しの開けた場所で、うろうろ歩き思案する。

 【ロキ・ファミリア】の女性メンバーの数は約八割を占める。それというのも、主神(ロキ)はどうしようもない女好きだという理由だ。ロキは、女神でありながらも美少女や美女に分類される女性が大好きという変態である。ロキの選りすぐりである女性メンバーは、その全員が美少女や美女の類であり、見目麗しい団体なのだが、残りの二割である男性メンバー達は肩身が狭い。数で勝る上に、腕っぷしが強い女性メンバーにはどうしても頭が上がらないのである。ゆえに、この野営においてもテントの配置などは女性メンバーの意見が強い。

 夜這い、なんてする男性メンバーは一人もいないのだが何かしらあってもおかしくはない、との事でテントが離れている。もしそんなことをすれば、すぐに話が知れ渡りした団員は蔑んだ目で見られるであろう。それが予期されるから絶対ありえないのだが。

(……とりあえず、確認してみていなかったら諦めよう)

 そう結論づける。

寝てたら諦めて、皆起きてからでも話をすればいい。

 決めてからは早かった。足早に、離れた男性メンバーのテントへと向かう。

 幹部メンバーであるファミリア内でも、トップに立つ団長フィンを始め、ガレス、レインは個人テントである。ちなみにリヴェリアも個人テントの一人である。

 レインが幹部に昇進したのは、前回の遠征の時だった。Lv.6になると同時に幹部になったのだ。

 だからアイズは、レインがいるハズの個人テントへと赴き深呼吸を数回する。いざ、目の前まで来ると緊張して動きが固くなってしまうのだ。

 「……よしっ」

 内心で気合を入れて、声にだす。そろりと開けてみれば―――

「……いない?」

 ―――空になった寝袋がそこにはあった。

 だとすれば、レインは寝てはいない。どこかで風を浴びているハズ。考えたとき、()が吹いた。

 ―――――……あっちに、いる。

 根拠はなかった。もしあるとすれば、勘、としか言いようがない。風が吹いた方向へと、ゆっくりと歩みを進めていく。

 草木が生えた獣道、ザクザクと音を鳴らす地面。掻き分ける様にして、道とも呼べない道を進んでいき、「……あーっ、どうすっかな明日」声が聞こえた。

 低い声。どこか意気消沈した声。けれども、その声はアイズが求めていた少年のもので、胸がトクンッと跳ねたのが鮮明に分かった。

 やや拓けた場所、そこにある少し大きな岩の上で、周りを包んだ暗闇色の髪が風に撫でられて揺れる。やがて、悩む様な素振りでガシガシと、頭を掻き毟る。

「……あんな表情見たら、こっちだって意識するっつぅの」

 やや見えたその顔に塗られた色は、赤。頬を薄く染め上げた緋色、神すらも嫉妬する整った容姿の少年の姿に目を奪われる。

(……いつも、見てるハズなのに)

 ―――――今日は、なんだかおかしい。

 アイズのしなやかな両手が、胸を押さえつける。ドクドクと、何かを訴えるかの様な心臓の音が、直接脳内に響く様に全身を叩き付ける。

 もう少し、もう少し近くで。更に一歩踏み出して、アイズの履くブーツの底が枯れ木を踏みつけて音を立てる。

「ッ、誰だ……?」

 Lv6として、最高位の冒険者としてか。一瞬で緩んでいた顔が引き締まり、警戒と同時に立ち上がる。音が鳴った場所を射貫くように細めた目の色は、鮮やかな朱色。

 驚かしてしまった、警戒させてしまったという事にアイズは茂みから姿を現した。

「……アイズ?」

「……うん」

 キョトンと、どこか呆けた表情になったレインにアイズは言葉を返す。

「いっ、いつからそこにいたんだ?」

「……どうするかな、明日。って言うところから、かな」

「そ、そうか……よかった」

「……?」

「い、いや! なんでもないんだ」

 またしても、頬を赤く染めたレインが大げさに両手を振って誤魔化す。普段見たことないレインの行動に、アイズはふふっと笑いを零す。

 そのまま、レインが立つ岩石へと近づいて跳んで傍へと着地する。

「……寝れないの?」

「俺のセリフだよ、それ。……ま、まぁ、色々考えててな」

「なに考えてたの?」

「…………まぁ、色々かな」

 よっこいしょ、と年に似合わない言葉を発しながら座り、「横座れよ、疲れるだろ?」ポンポンと、傍に座るように叩いて促す。

「……うん」

 促されるまま、膝を抱えて座る。ボール一つ分の空白を開けて、二人は横に並んで景色を眺める。天井から微かに照らされる燐光に、どこからか聞こえる水音。現実逃避したくなる程の静けさに、胸中を満たす安心感。まるで、二人だけの空間かの様な錯覚すら覚える。

 ここは、地上なのだろうか。そう思わせる程の平穏が生み出す幻想は、すぐに遠くから聞こえる魔物の声にかき消された。

 ダンジョンにいる、その事実が押し寄せる。この一時が過ぎればすぐに、五十一階層への出撃が始まる。冒険者依頼(クエスト)にプラスして、かつて最強と謳われた【ゼウス・ファミリア】の面々が到達した、五十九階層まで行くと予定しているこの遠征。

 ―――――今までとは、違う。

 ただの遠征ではなく、【ロキ・ファミリア】の新階層への到達を目標とした遠征。これまでとは違うモンスター、深層へと歩みを進めれば進める程に強くなる。

(……私、迷惑かけないかな)

 これまでも散々無茶をしてきた、アイズ自身も答えれる程、身を削る様に戦いに身を投じた。幾度も剣を振るい、『強さ』を求める為に、ティオナ達の制止すら振り切って戦い続けてきた。そこには、高みを目指すためという理由もあるが、他の団員達に被害が及ぶなら自分一人―――アイズ一人の被害で留める為の理由もある。余りにも突貫しすぎるし、感情表現に乏しいアイズが、振り絞って考えた行動だ。

 団員の為ならば、己が傷ついてもいい。病的なまでに、危うい思考は苦しくも結果を残している。

 だが、今回はどうだ。五十九階層、文献だけでしか見たことのない領域。別名【竜の巣窟】。五十一階層に出現する強竜(カドモス)と同じ竜種が蠢く深層域。()()()()()なのだ。

 果たして今まで通りアイズ一人でなんとか出来るものなのか、手が届かず仲間達が傷ついたら? もしアイズの行動で、周りに被害が及んだら? 考えるだけで恐ろしかった。

「―――安心しろ」

「……え?」

 不意にレインの言葉が優しく、アイズの耳に届いた。負の思考に陥っていた彼女は、知らず知らずに体を抱きかかえる様に、掻き毟るかの様にその華奢な体を震わして抱えていた。ギュゥと気づかぬ間に握りしめていた拳は、爪が刺さり微かに血を流していた。

 レインの言葉に疑問を持ち、自分の体を確認し認識した時―――背後から抱擁された。

 途端に、震えが収まった。背中から熱を持ち、アイズの肩に顎を乗せたレインの規則的な吐息が耳をくすぐる。

「……え、あ」

 思考が停止する。レインの体温がアイズにも与えられ、全身が温もりに包まれる。耳から鼓膜を揺らすレインの吐息は甘く、アイズは脳が溶ける様な錯覚すら覚える。思考が定まらない、レインを探していた時よりも、見つけた時よりも激しく脈打つ心臓。それを知覚すると同時に、全身が急速に熱を帯びる。

(……っあ、私、おかしくなったのかな)

 異常なまでの心音、真っ赤に熱を灯す頬。口から洩れる呼気に、唇が潤い瑞々しく艶やかさを灯す。

 今まで以上に感じたことのない現象に、胸がキュゥッと締め付けられた。

「……く、苦しい」

「わ、悪い。力強くしすぎた」

「……あ」

 慌てて申し訳なさそうにアイズから離れるレインに、言葉が漏れた。慌ててレインに、勘違いしてる、と言いたかったが思う様に言葉が出ない。

違う、苦しいのは胸で、レインは悪くない。むしろ、だから。

 ―――――もう少し、強く抱いてほしい。

 その一言が出てこなくて、喉に異物が引っ掛かったかのように詰まって。どうしようもないもどかしさが胸中を占める。

 ガシガシと、頭を掻き毟るレインの姿。顔を直視出来ない、見てしまえば更にどうかなってしまいそうだったから。

 だから、ほとんど停止しかけていた思考に喝を入れて脳を回転させる。そして、思い浮かんだ言葉。

「ねぇ、どうしてレインは……そんなに強いの?」

 これが一番ベストな質問で言葉なハズだ。脳内で、アイズは自分自身にナイスファインプレーだとサムズアップする。

「そんな強くもないけど、そうだな。ずっと()から戦ってきたから、だな」

「……ずっと、昔? でも、レインは私と一緒に」

「まぁな。それよりも前、ずっと前の事だよ」

 そう答えたレインの表情を見て、アイズはしまった、と思った。同時に、もっと知りたいと思う自身の愚かさに嘆く。

 遠くを見つめる様に、赤の瞳は虚空を映し、儚げな、今にもどこかに行ってしまいそうな表情を浮かべていたから。

 これ以上聞いてはいけない、けど聞きたい。アイズとレインが邂逅する前の話を、これが初めてではない。何度も聞いてきたけどはぐらかされていた。だから、今回もそうだ、でも―――と希望を持つ。

 自身の好奇心が、レインを傷つけるかも知れないという事に心を締め付ける。

 ―――――それでも、聞きたい。知りたい、レインの事を。

「……私と会う前、【ロキ・ファミリア】に入る前は何をしていたの?」

「会う前……かぁ。そうだなぁ、ううん。なんて言えばいいかな」

 はは、と空笑いするレインに、やっぱり傷つけてしまったという思い、胸がキュゥと痛くなった。

「……無理して、言わなくても」

 そう告げようとして、「―――英雄、やってたよ」遮られた。

「……英、雄?」

「そ、英雄。意味わかんないだろ? 自分でもおかしいけどさ、まぁ、そうだなぁ……そうだ、いいこと思いついた」

「いいこと?」

「おうっ。アイズがLv6になったら、俺の昔話してやるよ」

「本当……?」

「当たり前だよ、俺が嘘ついたことあったか?」

 その言葉に、先ほどの食事会での光景がアイズの脳裏をよぎった。だから、思わず首を横に振る。

「ううん、なかった」

「だろ? でも、普通信じれない話だ。ロキにだって、フィンにだって言ったことない話だ」

「ロキと、フィンにも……?」

「ああ。死んでも話さないって、信じてくれないだろうっ思ってたからさ」

 どこか孤独そうに、紡がれた言葉は力なく。アイズは、そんなレインの姿に唇を噛む。

(今まで、どうして気づいてあげれなかったんだろう)

 レインはいつも気づいてくれて、気遣ってくれ支えてくれていた。なのに、どうして私は気づいてあげれなかったのだろう。

 元気に振る舞い笑う姿に、騙されて―――否、気づけなくて。その実、内心では孤独を感じていたハズなのだ。だって、こんなに儚く笑うレインを初めて見たから。

「―――信じる」

「……えっ?」

 思いのほか言葉はすんなり出てきた。

「レインが、私を信じてくれたみたいに……私もレインを信じる。だから」

 一呼吸を置いて、一度閉じた瞼を開きレインをその金の瞳に映す。戸惑ったようにはにかむ彼の姿に、笑みを零す。

 

「だから―――Lv6になったら、話してね」

 

「……はは、参ったな。わかったよ」

 降参だ、そういう様にやれやれと両手をあげて笑うレインにつられて笑う。

(……結局、あの現象がなにか聞けなかった)

 風が髪を柔らかく撫でて通り過ぎていく。靡く髪はカーテンの様に広がり、それを手で押さえつける。

 ―――――まぁ、いいかな。

 今回の遠征を頑張れば、もしかしたらすぐに昔の話を教えてくれるかもしれない。

 そう考えるだけで不思議と心が温まった。

「―――んじゃ、そろそろ寝る……か……、ア、アイズさん?」

「……まだ」

「ま、まだ?!」

 レインの体に寄り添って、再び感じる温もりに瞼を閉じる。隣で顔を赤くして騒ぐレインの口に人差し指を押し当てて、ふふっと笑いを零す。

 あと、もう少しだけ。あと少しだけこの穏やかな時間を二人で。

 

 ―――――まだ、もう少しこのままでいさせて。

 

 その言葉は、外へと出る前に口の中で溶けて消える。今はただ、この静かな時間を。

 【剣姫】は、まだ気づかない。まだわからない感情に心地よさを感じ、レインへと温もりを求めて寄り添う。もし気づいた時に、名前をつけるとするならば、それは―――――

 

 




 ここまで読んでいただきありがとうございました。
 あらすじ、の方にも書かせていただきましたがルーキー日間と、一瞬だけですが日間ランキング十二位になりましてありがとうございます。
 あたたかな感想と評価に胸いっぱいです。
 ただ、評価一点の方や五点以下の方、評価をくれて嬉しいのですがどこが悪かったのかなど一言つけてくれればこれからも精進できるのに! と少し思います、我がままですが。
 タグに書いてある時点で、こういったテンプレ系はえり好みも激しいと思いますし、見らず嫌いなどもあると思います。好みの内容で、文章が残念。とかなら、頑張れますが、もし日間をいただき、ただのいやがらせで一点! とかであれば、個人的に不快ですので正当な評価でお願いします。
 自己満足の小説で、実際自分が見たい内容を書いているだけなので見てて気分悪いかもしれませんが、乗せるだけ、見せれるだけの努力はしていきたいですので酷評でもなんでもいいのでお願い申し上げます。
 以上、長々ともうしわけありません。
 
 感想、評価などおまちしております。


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第三話 異常

 リアル多忙で予定より遅れました。
 間に合わせの第三話。原作では、第一班視点ということで、今回は想像で第二班のフィン達の視点です。


 ―――五十一階層。『カドモスの泉』が存在する階層。四十九階層に出てくるフォモール達より更に強くなったモンスターが存在する階層だ。

 安全面を考慮した適正Lvは5。―――第一級冒険者と称される者達でないと攻略不可とされる。更にこの階層は、()()()()。必ず一体しか現れない階層主と呼ばれる巨大なモンスターが存在する。

 『迷宮の孤王(モンスターレックス)』。五十一階層の主とも呼べるモンスターの名を―――『強竜(カドモス)』。全体的なステイタスを考えれば、Lv6相当のウダイオスに劣る。しかし、力に置いてはウダイオスを超える。即ち一撃食らえば並大抵の冒険者の体はひしゃげる程だ。

 危険性の高い五十一階層で、金色の髪を揺らす小人族(パルゥム)の団長フィンは、その碧眼で戦況を把握し指示を送り出していた。

「―――ベートっ! 右からブラックライノスが二体!」

「わかってるっつぅの!」

 銀色の髪を靡かして狼人(ウェアウルフ)の青年ベートは、疾走する。特殊武装(スペリオルズ)銀靴(フロスヴィルト)の爪先が、大地をえぐる様に食い込み踏み込む度に加速する。

 ベートの狙いは―――ブラックライノス。ごつごつとした黒光りする皮膚を持つ前傾二足歩行のサイ型モンスター。二メドルには及ばないが、全身を覆う筋肉は自然の鎧の様に硬質。大型と言っても差し支えない体躯、先の戦いで蹴散らしたフォモールさえも遥かに超える硬度を誇っている。

 そんな二頭のブラックライノスが、その脚力をもって駆ければ、頭部に生やした長短の角で岩盤すら破砕する。

『ォォォォオオオオオオオ―――――ッッ!!』

 二頭の咆哮が鳴り響く。同時に突進、二本の角を振りかざしベートを串刺しにしようと前方が迎え撃つ。

「はっ、鈍いんだよクソサイがぁっ!!」

 跳躍。前方への推進力を上方へと変換する。ブラックライノス二頭がベートの下を駆けていく。瞬間、一気に重心を落とし込み急降下を行う。

「おっ―――らぁぁぁ!!」

 捻りを加えた、全力の回し蹴りが一頭の横面に突き刺さりもう片方を巻き添えに吹き飛んだ。着地と同時に、爆ぜる様に進撃。【ロキ・ファミリア】随一の敏捷を誇るベートは、吹き飛んだブラックライノスへと並走し、加速の勢いのまま長角を蹴り飛ばす。

 折り飛ばした角を追い、跳んで掴み取る。ベートの眼下では、巻き込み吹き飛んだ二体のブラックライノスが重なる様に地面に倒れ込んでいる姿。

「これで―――」

 投擲。黒光りする角が、ベートの手から放たれ一気に二匹へと突き刺さる。

「―――止めだぁぁっ!」

 急降下、杭の様に突き刺さり身動きが出来ないブラックライノス達へと向かう。前方へと重心を移動させることで、急速に前へと回転する。右足を突き出し、重力と回転力を上乗せし刺さった角へと踵落としをぶち込むっ!

『ぶぼぉぉぉ!!!』

 甲高い断末魔の声を上げるブラックライノス、更に押し込む様に力を更に加え、さながら断頭台から落ちたギロチンの如く蹴撃が角で穿った腹部へと差し込み、二頭諸共両断し、魔石へと姿を変えた。

「よくやったベート! ガレス、そっちは大丈夫かい?」

「―――ふんっ、誰に物を言っとるんじゃフィン」

 長く蓄えた髭を左手で触り、ドワーフの老兵ガレスは、右手に持った戦斧を振り血糊を飛ばす。ガレスの周囲に散らばった魔石の数々は、先ほど大群に一人で突貫し殲滅した証拠だった。

「ガッハッハ、儂が今更こんなモンスターに後れをとる訳がないじゃろう」

「ははっ、余計な心配だったみたいだ―――ねっ!」

 短い呼気と共に、フィンは携帯していた投げナイフを投擲する。

『キシャァ……ァァ』

 赤と紫が混色した巨大蜘蛛、八本の脚と複眼を持つデフォルミス・スパイダーが、フィンの投げたナイフに穿たれ絶命する。

「―――ラウル、いつも言ってるよね。周囲に気を配らなきゃダメだって、ここはダンジョンだ。いくら僕達がいるからって、いつだって何が起こるかわからないんだよ」

「すっ、すみませんっ!! 以後気をつけるッス」

「なら、いいんだけどね」

 フィンの言葉に、黒いツンツンした髪を持つ人間(ヒューマン)ラウルは、背筋を伸ばし頭を下げる。先ほどのデフォルミス・スパイダーがラウルを狙っていたのを今確認し、フィンが気づいて殺していなければ自身の身が危なかったことに気付いたからだ。

 冷や汗を垂らし、どんよりとした空気を醸し出すラウルにため息を吐き出すとフィンは周囲を確認し、肩の力を抜いた。

「もう、いないみたいだね」

 周囲にはモンスターの影もなし、気配も感じない。

「向こうは大丈夫かな、何事もなく進んでいればいいんだけど」

「それは、大丈夫じゃろう。アイズもいることだしのう」

「そのアイズが無茶しないかが、心配なんだけどね」

 ガレスの言葉に、ははっと力なく笑う。アイズの戦闘は如何せん心臓に悪い、その強さは確かに凄まじいがそれに比例した無茶にはいつも肝を冷やす。

「バカゾネス二人がいるんだ、何もなきゃ大丈夫だろ」

「おやっ? 珍しいねベートがそんな事言うなんて」

「あぁ!? 何がおかしいんだよ?!」

「いやぁ、別に……ねぇ、ガレス?」

「そうじゃのう」

 最古参の二人組が視線をかわし、くつくつと含み笑いする。失言した、とばかりにベートは顔を赤くして吼えるも逆効果とばかりにあたたかい視線を浴びた。

「なんだっつぅんだよクソジジイ共ォっ!!」

「ベートさん」

「あぁんっ!? なんだよラウル!」

「―――デレっすか」

 ここぞとばかりにニヤニヤ笑い爆弾を投下したラウル。その発言に、ベートの限界がきた。ぶつんっ、という音と共に頬の赤らみが消え、その目は鋭く細められていた。

「……ブチ、殺す」

「あ、あぎゃぁぁぁぁぁ!!? ごめんなさいっスぅぅぅ!!!?」

 ―――――団長ォォォ!! ガレスさぁぁぁぁん!!

 助けてください、という悲鳴にフィンとガレスは苦笑を漏らす。一時の光景に、先ほどまでの緊張感で削れた精神力が戻っていく。

 ―――――ピリッ。

「ッッ! ベート、ガレス、ラウル! 茶番はこれまでだよ、()()()()

 唐突だった。フィンの()()がビクビクと疼く。第六感(シックスセンス)を凝縮した様に、未来予知さながら先に起きる事を教えてくれる親指(コイツ)は侮れるものではない。

 他人を卑下し、下らないと一蹴するベートですら一瞬で緊張感をその凶悪な表情に張り付けた。

 ボゴォッ、とダンジョンの壁が()()()()()。モンスターの排出、言うなれば(ダンジョン)による産卵現象。そこから産まれるのは―――

 

「新、種……ッ!?」

 

 ―――見たこともない()()()()()

 不気味な程鮮やかな緑色をした、まるで溶かしこんだゴムかの様にぶよぶよとした被膜。所々にぶちまけられた極彩色は毒々しく、その体躯は先ほど倒したブラックライノスの倍ほどある巨躯。

「くそ気持ち悪ィ、芋虫野郎がァ……ッ!」

 無数の短い多足のある下半身は、ベートの言った通り芋虫の形状にこそ似ている。長い下半身の上に乗っかる様にある上半身は、小山が盛り上がったかの様に膨れ上がり、厚みのない扁平状の腕の様な器官が左右から飛び出す様に生えている。器官の先端には四本の切れ込みが入っていて、指がある様に錯覚させる。

 明らかな()()だった。その不気味さも、気色の悪さも何度もこの五十一階層へ潜ってきたフィン達ですら見たことないモンスター。文献にすら乗っていない。

(くそっ、どうする!? 攻撃パターンは、なんだ?!)

 持ち前の洞察力をフルに回転させ、戦況を把握しようと務める。

「おい、どうすんだフィンッ!?」

「落ち着くんだベートっ、一旦様子を見てからじゃないと打開策が」

「……そうこうも言ってられん様になってきたみたいじゃ」

「だだだ、団長ぉっ!? 後ろからも!」

 ギリィッ、と歯を食いしばる。

 ―――――囲まれた。

 目算でも、凡そその数五十に及ぶ。実際突破しようとすれば、簡単はハズである。モンスターの構造というのは比較的単純なもので、例外さえ除けば見た目から推測できる。

 例えばブラックライノス。被膜から見当がつくように、その耐久力に優れたモンスター。即ち前方の芋虫型のモンスターは、耐久力が軟なものであると簡単に見当がいく。

(一か八か、かけてみるか……ッ?)

 一点突破すれば、この窮地から逃れるかも知れない。ただその分の危険性(リスク)はそれ相応に高い。

 その時だった。

『――――――――――』

 カパァ―――ッ、人に当たる顔面と思わしき箇所。粘着質な音を立てて一匹のモンスターが口腔を開いた。途端に、ゴポォッという液状の音が聞こえて「―――全員、避けろォ!」フィンの指示と同時に、芋虫の口から液体が噴き出した。

 流石は探索系ファミリアトップクラスに位置するだけあり、指示に迅速な動きで対応することが出来た。各々が避けて、液体が先ほどフィン達がいた大地へと付着して()()した。

「溶けた、じゃと……ッ」

 その光景は容易に四人の脳内に、最悪の結末を連想させる。音をあげて、煙を立ち上げる地面。あれが少しでも当たりさえすれば、重症は免れないであろう。

「てっ、撤退―――――ッッ!!」

 フィンが声を張り上げる。下した命は、退却。

「撤退っつったって、この状況どうすりゃぁ!」

「分かってる! ラウル、予備の槍はあるか!?」

「は、はいっす!」

 この四人の中で最も、Lvの低くサポーターを務めていたラウルが、予備である簡素な槍をフィンへと手渡す。その槍は、軽く百八十メドルはある長さ。小人族(パルゥム)であるフィンの身長を超えるそれを、軽々と持ち上げる。

 ぐぐっ、と肩へと力を込める。肘をまるでバネが縮んだかの様に折り畳み、全力で―――投擲。

「ハァ―――ッ!」

 鋭い呼気と共に放たれた槍は、軽々と十数体の直列に並んでいたモンスターを貫いた。同時に貫かれたモンスター達が破鐘の様な啼き声を上げて()()する。

 たちまち飛び散った液体が、同胞である芋虫達へと付着してその体を溶解する。

「いまだっ!」

 疾駆。高ステイタスの敏捷値に物を言わせて戦線から撤退を図る。一気に、芋虫達がいる場所から遠ざかっていき、「っづあぁ!」ラウルが転倒した。

 溶解し、ドロドロにぬかるんだ地面に足をとられたのだ。

「ラウルッ!?」

 振り向いて助けに行こうとするも、既に遅かった。後方から追いかけてきた芋虫がその口を開けたのだ。途端に噴出する液体がラウルへと降り注ぎ、

 

「―――ああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!?」

 

 臓腑の底から引きずり出したような絶叫がダンジョンへと木霊した。

 

 




 東京グール面白いなぁ……書きたいなぁ。


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第四話 共同戦線

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 ……ふぅ、週一の更新に間に合ったよね?ね?


「―――ッ! 今の声、ラウル、か?」

 今轟いた臓腑の底からの絶叫は、ロキファミリアで第二級冒険者に属するラウルの声に似ていた。実際、声がした方角的にはフィン達がいる場所だから、ラウルでは合っているんだろうが。

 今の様な声は、久しぶりに聞いた。大怪我、それも一瞬で全身のどこかに負傷を負った時か、死に直結するほどの怪我を受けたかのどちらかだからだ。この世界にやってきて、目の前で死んだ人はいないし、ああいった絶叫も聞いていなかった。

 焦燥。心中を覆いつくさんばかりの焦りが生まれたのがわかる。何があった? 強竜(カドモス)がいたのか? フィン達に限ってしくじるなんて無い筈だが。

「なんだっ、今の悲鳴は? どこからだ!?」

 背後から、陣営を守る為にフィンに配属されテントで指示をしていたリヴェリアが現れた。その表情には、焦りと心配の色が見える。俺たち高位の冒険者は、第六感すら含める五感が常人に比べて発達しており遠い所の物音も聞こえる為だろう。

「フィンが向かった方角だ。多分……ラウルだと思う」

「まさか、強竜(カドモス)が?」

「いや、どうだろう。いくら相手が強竜(カドモス)だとしても、フィンにガレス、ましてやベートもいるからそう遅れも取らないとは思うんだけどな」

「しかし、今の絶叫は」

「分ってるよ、異常だ」

 深刻になる空気に、俺たちの雰囲気を察して辺りにいた団員たちの空気も酷く落ち込んでいく。このまま、もし戦闘となったら負傷者が増えるに違いないだろう。

 この空気は、()()()()()()()。前世、魔王軍とたたかった時に、殿を務めていた騎士団長が死亡した時と同じ空気だ。嫌な予感がする。

「―――レインッ!」

「…………おいおい、マジかよ」

 その時だった。

 リヴェリアの突然の声に、振り返って見れば驚愕した。

 遥か前方から、突如立ち上がる砂埃。その砂埃の前に位置するのは緑色の軍団。まさしく、魔物の姿だった。ザッと、目視してその数は―――()

「多すぎンだろ!」

 文句を吐き出しながら、腰に携えていた黒色の直剣【シュヴァリエ】を抜刀。同時に、地面を蹴り飛ばして真っすぐに駆ける。

「レイン、どうする気だ!?」

「俺が相手して、時間を稼ぐ! この様子だと、あいつ等にフィン達が襲われたに違いない! だから、荷物を纏めて逃げる準備をしてくれ!」

「だがっ、お前はどうするんだ!?」

「―――スキルを使うに決まってる」

 それだけ言って、一気に加速する。目の前に現れた芋虫型。ぶよぶよとした体表に彩られた酷く濃い濃紺色の色彩、無数にあるかの様にさえ見える節足、まさしく新種。

 見た目からして、物理攻撃には弱そうだが何かあるだろう。

『―――――ッッ!!』

 突如、数体の芋虫の口腔が開きゴポリという音を響かせて、液体を噴射する。突然の行動に驚きはしたが、こんなの余裕でかわせる。

 前方への加速度をそのままに、地面を蹴って中空へと体を躍らせる。吐き出された液体が、さっき俺がいたところに直撃して―――ブシュゥ、と不快な音を立てて()()した。

「溶けたァ? 直撃食らったらマジでやばいな」

 俺がやられれば、後ろにいるリヴェリア達、他の団員が危険に晒される。無数の敵意に、背後にいる護るべき対象。そこまで思い描いて、体の奥底から力が漲った。

 ―――――全ステイタスの超上昇。敵の脅威と、自分が護るべき対象と決めた人たちの為に宿ったスキル。かつて英雄として生きてきた名残。

 この世界に落ちて、かつての身体能力はなくなったが、スキルにより再現された英雄の力。【英雄思想(ブレイブハート)】の発現。

 これで、俺は戦える。救う人たちの為に。

 だからこそ、

「【英雄(メシュア)】として、この先に通らせる訳にはいかない」

 着地と同時に、近くにいた芋虫型へと斬撃。ステイタスが上昇した俺の一撃は、バターを裂く様にして、成人男性ほどの体躯を両断した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あれは、レイン!? うっそ、一人で?!」

 傍らでティオナの声が響く。ティオナの目先、その先では黒い髪を揺らしその真剣な表情に焦燥を滲ませてレインが一人剣を振るい、先ほどの芋虫が進化したかのような人型モンスターと対峙していた。

 レインの無事と、レインの遥か後方にあるキャンプ場の無事にフィンは安息する。だが、それも一瞬。すぐに思考を切り替える。

「あの様子だとまだレインが踏ん張ってくれる、この間にリヴェリア達と合流するぞ」

「……けどっ、レインが!」

 走りながらも、アイズが不安に満ちた表情を浮かべてフィンを見る。アイズの視線は、ずっとレインに向いたままだ。

 今にも剣に手をかけて走り出しそうな表情に、フィンは仕方ないか、と内心諦めて新たな指示を出した。

「分った、アイズ。先行してレインと共闘だ。その間に僕たちはリヴェリア達に合流し、荷物を纏める準備と迎撃の用意をする。アイズ、いいね?」

「うんっ」

 そう言うや否や、愛剣である【デスペレート】を引き抜いて突貫する。それを傍目にしていた、アイズと同lvであるベート達が口々に反対の意を唱える。

「アァ!? レインとアイズに二人っきりでやらせるっつぅのか?! 俺は認めねぇぞ!!」

「ベートの言う通りだよ、私たちだって戦える!」

 やはりか、そう考えて嘆息する。

「ベート、ティオナ。君たちだって見ただろう、あのモンスター達の溶解液を。あれに対抗するのはレインか、アイズの魔法だけだ」

「クソがっ! だからって、後ろであいつ等が戦ってんのを唇噛みしめて見てろっていうのか!?」

「そうだ、ベート。君の力を低く見るつもりはない。けど、相手が悪い。リヴェリア達と合流し、一掃する方が早い」

「クソッタレがァ!」

 ぎりり、と歯を食いしばるベートの表情は悔しさに歪んでいた。けれど、この案が一番だと。フィンが言っていることに間違いがないために何も言い返せない。その現状が、自分の力があの二人に及ばないという現実が絶対的実力主義であるベートの心に突き刺さった。

 そうこうやり取りしていうる内に、キャンプ地へと辿り着き、周囲を見渡して団員たちの無事を確認して安躇する。すると、フィン達に気づいたリヴェリアがこちらへと駆け寄ってきた。

「フィンッ! 無事か?」

「あぁ、リヴェリア。けれど、ラウルが深刻な状態だ。すぐに回復魔法を。それと魔法部隊に伝令を」

 背中に背負ったラウルの回復を任せて、それと同時に眼前にいるモンスター達へと振り返る。

「何て伝えればいいのだ?」

「そうだね、とりあえずまた現れた芋虫達を一掃しようか」

 常に冷静で、誰よりも落ち着き払って周囲の状況を確認する団長であるフィンの表情。それは、いつもの穏やかな顔とはまったく違い、好戦的な笑みを浮かべていた。

 その言葉は、とどのつまりこうだった。

 

「―――反撃開始だ」

 

 準備は整った。反撃の狼煙が上がる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 超短文詠唱。その発動キーとなる言葉を呟いて、アイズの体の周囲に風が召喚した。纏わりつく風は、鎧となり、敵を打ち砕く矛となる。

 【エアリアル】―――それが、アイズの魔法名だ。青色のブーツで、地面を踏みしめて跳躍する。風が更に追い風となり体を運び、その速度は疾風へと至る。

 一瞬でレインと打ち合っていた人型モンスターへと肉薄すると、その胴体を一気に切り結ぶ。

『―――――ッッ!?』

 声にならぬ声をあげて、人型モンスターがたたらを踏んだ。それを機に、レインは後ろへとステップを踏んで距離を置く。その隣にアイズが、重力を感じさせずふわりと着地する。

「アイズっ、なんで俺の所に!」

「レインだけじゃ危ないから」

 レインの透き通った赤目が、宝石を埋め込んだかの様に綺麗なアイズの金色の瞳を映す。その眼には、決して引き下がらないという思いが込められていて。

「あーあー、わかったよ。言ってもどうせ聞かないんだろ?」

「……うん」

 こくり、と頷いて返答するアイズに、空いた左手で頭を掻きむしってレインは首を振る。正面を見据えたその顔には、好戦的な笑みが張り付いていた。神々すらも嫉妬する程の整った容貌が、今や狂戦士とすら見間違う様な凶悪な笑みを浮かべて。

「―――俺の後ろ、頼んだ」

 言葉と同時に、レインが弾ける様に飛翔した。全身を黒衣に包んだ軽装、比較的軽量化する為に作られた胸当てに、ガントレットに膝当て。速度を出す為に重量を限界まで削ったレインの装備は、未だに傷一つもついていなかった。それこそが、レインの動作を害する事がないという最大の利点であり、攻撃を食らえば容易く負傷してしまうという欠点。

 つまり、今の言葉はその攻撃を受けるかもしれないという事に対してアイズに援護を頼んだのだ。その事実が嬉しくて、羨望し憧憬すらしていたレインに頼られていると感じアイズは喜色を浮かべた。

「うんっ!」

 金色の髪がなびいてカーテンの様に揺らぐ。風の恩恵を得て、一瞬でレインの後ろへと位置するとそのまま抜き去る様に人型モンスターへと肉薄する。

 肘を折りたたみ、しなる弓の弦の如く。引き絞られた力は、風の助力を受けて金と銀の閃光を瞬かして矢の様にモンスターのその醜悪な顔面へと打ち出された。

 刹那に危険を察知した、女体型が首を逸らして躱すが、後頭部から伸びた管が貫き落される。体液が噴出し、自身に怪我を与えた憎き相手へと標的を決めて、扇の様な二対四本の腕を振りかぶって―――斬撃が背中を駆け抜けた。

 上背部から、人間にすれば腰にかけて一瞬で迸った黒の閃光。緑色の血が噴出した。

「お前の相手はこっちだろう?」

 声をする方へと、憤怒のままに振り返れば、そこにいたのは黒い腰巻をはためかし、着地。凶悪な笑みを浮かべるレインの姿。おもむろに、腕を薙ぎ払えば軽々しく跳んで避ける。

 またしても、そこへとアイズの一撃が入りモンスターは体の至る所から体液を出して絶叫する。

 モンスターの苛立ちが募る。

 四本の腕を広げて、嘶きを上げてその声とは裏腹に、胸中へと愛しいものを抱くかのようなモーション。同時に、七色の粒子が噴出する。

 鱗粉、あるいは花粉だろうか。極彩色の光粒は漂って―――それを知覚すると同時に、背筋がわなないた。

「【弾けろ(バースト)】ォ!」

 レインの詠唱が響く。それはアイズと同じ、短文詠唱。同じ付与魔法。アイズが風に対してレインの魔法は―――雷。

 バヂィッ! 空気が炸裂して、レインが一瞬でトップスピードへと至った。その速度は先ほどとは比べ物にもならない。まさしく雷撃(ボルテクス)。一秒にも満たない間でアイズへと接近すると、同時にその体を抱えて鱗粉の範囲内から脱出。

 刹那、爆火。

 モンスターの周囲の空間が悲鳴を上げる。音すら置き去りにして光が立ち上り、周囲の草々が焼き払われる。爆撃地、その中心で人型が笑みを張り付けて佇んでいる。

「……ありがとう」

「ああ、それよりも厄介だな」

 アイズの謝辞に、一言で返して端正な顔立ちを歪めた。あの人型のモンスター、その肉体の防御力は強竜(カドモス)達に及ばないが、それを埋めるほどの攻撃力に多彩な攻撃手段を持っている。

 遠くに離れたら溶解液、近くによれば四本の腕による打撃に、先ほどの爆発。特にこの爆発が厄介だ、多分見せつける為にあのモーションを取ったのだろう。ノーモーションであれを行えると考えるべきである。

 明らかに手ごわい敵だが、それでも不思議と二人に不安はなかった。

「まぁ、大丈夫だろう。アイズがいるしな」

「……うん、レインがいるから。安心して戦える」

「んじゃ、行くか」

「うん」

 駆けるのは同時だった。だが、lv.6へと至り尚且つスキルの恩恵を受け、更に雷すら味方につけたレインの速度はまさしく雷速。ロキファミリア随一の敏捷性を持つベートですら置き去りに出来るであろうその速度は、易々とモンスターの体の前へと体を踊りださせた。

 剣閃が閃いて、モンスターの胴体に一条の傷跡がつく。その反対側では、遅れて到達したアイズの斬撃。胴体の両側面からの攻撃に、体液が噴出して、地面へと降り注ぎ夥しい程の黒煙を巻き上げる。

「一気に……決めるッ!」

 痛みに背筋を反らしたモンスターを視界に収めて、距離を置くように後方へと跳躍する。デスペレートへと風を収束させて、必殺の一撃を撃つ為に力を注ぐ。

 それを視界の隅に確認した、レイン。笑みを浮かべて、直剣を鞘へと納めて腰だめに構える。対するモンスターはクロスを描くように二本の腕を繰り出し、同時に鱗粉を吐き出そうとして―――「遅ぇよ」と、レインの急加速した蹴りがクロスを描いていた二本の腕の中心へと突き刺さり、蹴り飛ばす。

 更に、腰巻を翻して中空で宙返りを行うと、背後で電撃を噴出して前進する。たたらを踏んでいたモンスターが更に、まだ弾かれていない二本の腕を薙ぎ払おうとして、空を切った。

 いや、違う。

 両の腕が断絶していた。断たれた腕の断面から、体液は出ず。まるで焼かれたように醜悪な匂いを上げる。

 驚愕に満ちた表情で、レインを見やれば雷撃を纏い先ほど納刀していたシュヴァリエを振り切っていた。つまり、極限に力を研ぎ澄ませあの刹那で居合切りを行い、同時に纏った雷撃で体液を噴出させないように焼きとめたのだ。

 血振りして、鞘へと納め着地する。

「後は頼んだ」

『―――――ッ!!』

 怒りに体を震わせて、巨大な体躯で押しつぶそうと人型がレインへと前進する。その光景を眼下に、アイズは、任せて。と口の中で呟く。

 思い出すのは主神(ロキ)の言葉。

『ええか、アイズたん。必殺技っちゅーのはな、言葉に出したら威力が増加するんやでーっ!?』

 純粋なアイズは、騙されているとは知らない。だけど、それ以来この一撃を繰り出す時は言葉を紡ぐ様にしている。

「【吹き荒れろ(テンペスト)】」

 暴発する様に更に噴出した風が、一気に莫大なエネルギーを伴って剣先へと収束。空中を蹴れば、風が後押しする。アイズに後ろを見せる新種の人型モンスターの後背部を狙う必殺の一撃。

 その名は―――、

 

「―――――リル・ラファーガっ!」

 

 ―――金色の閃光が、神風となってモンスターを貫いた。全てを撃ち滅ぼす程の大威力、先ほどの爆炎ですら退ける程の大質量の突風は一条の流星へと姿を変えて、モンスターの体を砕き伏せた。




 要所抜けた場面は、違う話で挿入予定。


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第五話 幕開け

 

 ―――――それは、まだ小さいが確かな魂の輝きを放つ英雄の産声だった。

 視界の端で捉えたのは、純白の穢れを知らぬ髪色に、深紅色の瞳。いまだあどけない顔立ちはウサギを彷彿とさせる。

 一瞬遅れたら取り返しがつかない出来事だった。十六階層で現れたlv.2相当のミノタロウスの群れ。遠征の帰りである俺たちの目の前に現れたそいつ等の掃討なんて、第一級冒険者の集まりであるロキファミリアからすれば、遊びでも屠れる程の隔絶とした差がある。

 だが、ミノタロウスがその隔絶とした差を認識した為だろうか、悲鳴を上げて踵を返し上層へと逃げ出していったのだ。そんな事もあるものなんだなぁ、と呆気にとられている間に逃げていくミノタロウスに気づいたのはそれから数瞬後で、思わず走って倒しはしたが、逃げに逃げおおせた一匹がなんと五階層まで逃げ込んだのだ。

 敏捷性に優れる俺と、アイズとベートが先行し追いかけ、俺が一足早く追いつけばそこには新品の鎧とナイフを装備した新米冒険者の姿。棍棒を振り下ろさんとするミノタロウスに肉薄し、シュヴァリエで細切れにすれば目の前には真っ白な髪に塗料を頭から大量にぶっかけた様に鮮血に染まりはてた冒険者の姿。

 魔石を拾い上げ、腰が抜けたのだろう。少年に手を差し出す。

「ごめんな、俺たちの不手際で君を恐怖に陥れてしまった。立てるか?」

「―――……えっ、あぁ、はぃぃ!? たたたた、立てます!」

 おっかなびっくりした様にして、少年の手を握りしめ立たせようとした瞬間に脳天から背筋にかけて電気が走った様な錯覚を覚えた。まるで、それは魔王を討伐するための勇者として王に命じられた時、聖剣と盾を手にした時と同様の感覚だった。

 思わず呆気にとられた、こんな感覚、もう一度味わうとは思わなかった。そう、多分これは。この少年が、この世界にとっての―――

「―――――英雄、か」

「っは? え、英雄?」

「あっ、あぁ。ごめん、俺はオラリオでは英雄(メシュア)って呼ばれてる。ロキファミリアのレイン、レイン・ドロップだ」

 不意に出た言葉を拾った少年に、誤魔化すようにそう名乗り出れば全身を真っ赤に染め上げた少年がこれでもか、という程に口と目を広げる姿。

「め、メメメ、英雄(メシュア)ァアアッッ!!? こここ、これは夢?! 夢なんですか!!?」

「ははっ、何を取り乱しているかはわからないが、夢じゃないよ現実だ。だからこそ改めて謝るよ。申し訳ない、俺たちのミスで君を危険に晒した」

「いいいい、いえ!! 危険だなんて、そんな!? こちらこそ助けてもらってありがたいっていうか、出会えてうれしいというかなんというか!?」

「そうか。そう言ってもらえると助かるんだけど。あぁ、そうだ。君の名前を教えてくれないか?」

 そう尋ねれば、俺の手を離し姿勢を正すと、「ベル・クラネルです! レインさん!」と、大きな声で仰々しく名乗ってくれた。

 ベル。ベル・クラネル―――きっと、俺は忘れることはないのだろう。英雄の資質がある少年の名を、英雄(おれ)の名を受け継ぐ少年の名前を。

「ベル、か。覚えたよ、それと、俺の事はレインでいい。さんを付ける必要はないよ」

「いえ、そんなの失礼極まりないです! あの、僕の憧れの英雄(メシュア)なんですよ!? それを会ってすぐに呼び捨てなんて、出来るわけないじゃないですか!!」

 そう叫びながら、更に小声でボソボソと自虐する様な言葉を呟くベルを見て思わず苦笑する。そんな時、後ろから足音が二つ聞こえた。

 ふと、振り返ると。金色の髪を靡かせながらアイズが俺の隣へとやってきて、その後方からベートが走ってくるのが見える。

「お前ら、遅すぎるんじゃないか?」

「っはぁ、はぁ……そんな、事ない。レインが、魔法なんて使わなかったら追いつける」

「おーおー、なら今度勝負してみるか?」

 息を乱しながら、言葉を返すアイズに悪戯心が騒ぎ、笑みを浮かべて挑発すれば、予想通りにその瞳に戦意を宿して「望むところ」と、返してくる。

「それより、ミノタロウスは……?」

「あぁ、倒したよ。それで、目の前にいるのがさっきミノタロウスから助けた少年で―――」

 

「―――――ほあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?」

 

「っはぁ!?」

 アイズにベルを紹介しようと、ベルを見れば奇声めいた言葉を上げながらどこに力が残されているのかという程の速さで上層へと駆けて行った。

 ……アイズが、何かしたのか?

「………念のために聞くけど、アイズ。お前なんかあの子にした覚えは?」

「………………ない」

 心なしか―――いや、本当に落ち込んだようにどんよりとした空気を伴いながら返すアイズとは、対照的に後からやってきたベートが腹を抱えて大爆笑をしていた。

 その光景をみて、更に落ち込むアイズに苦笑しながら、ベルの事を思い浮かべる。

 あぁ、きっと今回だけの出会いじゃないんだろう。英雄の素質を持つ少年、ベル・クラネル……か。

 修行をつけてみるのも面白そうだ、そう考えながらやってきたフィン達と合流し、アイズを宥めながら俺たちも遠征の帰路についた。

 

 

 

 

 

 勇者(ブレイバー)英雄(メシュア)を助け、英雄(メシュア)は未だ芽を出さない次代の英雄となる少年を助けた。これにより、物語は加速する。

 

 

 

 

 これは、英雄の剣聖譚(ブレイブオラトリア)の始まりである。

 



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挿話 誓いと願い

 ベート視点、ティオナ視点で、戦闘での出来事と、帰路途中の十八階層での出来事の保管。
 思った以上にティオナの話が長引いてしまった。
 ちゃんと、キャラが描けていればいいなぁ。


 

 ―――――クソッタレが。

 口の中で、言葉を吐き出した。外へと漏れる事ない言葉は、体の中で渦を巻く苛立ちへと変わる。荷を纏める団員達を尻目に、視界に収めるのは英雄(メシュア)と謳われるレインと剣姫と呼ばれるアイズの二人の戦い。

 新種の芋虫型に、人型。どちらも体外へと吐き出す体液は、第一級冒険者が使う武器さえ溶かしてしまう強酸性。体に触れれば、簡単に耐久値を貫き皮膚が爛れる。そんな相手に、大立ち回りを繰り広げ、互いを互いで庇いあう戦い方。

 言葉を交わしていない事なんて、遠く離れた所からでもよくわかる。だからこそ、密かにアイズに想いを寄せるベートは羨ましく妬ましかった。

 二人の共闘は、最早―――剣舞。戦いを更に舞へと昇華させた、その動き。方やlv.6でもう片方は同じlv.5。なのに、どうしてここまで離れている?

 ―――――どうしたら、あいつ等に追いつける。

 胸中を覆いつくそうとしたその思いを、舌打ちを一つして消し飛ばす。首を振り、思考を追いやる。ダメなのだ、こんな考えでは。こんな事を考えるのは、最も自分自身が忌み嫌う在り方だ。

 弱者の考え方そのものじゃないか。俺は強者であらなきゃならないのに、ずっと這いつくばって暗い未来に絶望しているだけの自分じゃダメなのだ。そんな弱者じゃいけないのだ。

 強者がその在り方を見せなきゃいけないのだ、弱者を奮い立たせる存在であらなければ。這いつくばってる尻を蹴り上げて、現実を叩き付け見つめなおさせ、奮い立たせなければ。

 何のために、探索系トップのファミリアに入った? 何のために死に物狂いで、lv.5まで這い上がってきたんだ。まだだ、まだいける。自分の限界はここじゃないんだ。

 ―――――甘ったるいレイン達に代わって、俺が見せなきゃなんねぇんだろうが。本当の『強者』ってやつの在り方を。

 誓う。自分自身との、誰とでもないベート・ローガ一人との誓約。

 羨望なんてしない、憧れもしない。

 だけど―――追いつく。

 追い越す。

 そして見せるのだ、強者という在り方を。

 全身全霊を以て、この命が燃え果てるその瞬間まで、弱者を見下ろし、蔑み、奮い立たせる存在になるのだ。

「―――おい、フィン」

「なんだい、ベート」

 眼下で、アイズの大技であるリル・ラファーガが放たれて人型の姿が消し飛んだ。それを機に、フィンへと声をかければ横目でもう何を言いたいかわかっているかのような表情で、言葉を返してきた。

 全身が唸っている。脳内から警鐘を打ち鳴らす様に吼えている。戦え、蹴散らせ、死に物狂いで食らいつけ! そう心が叫んでいるのだ。

「もういいだろ、俺は()るぞ」

「……そうだね、なんだかまたあの芋虫達がやってきたみたいだし。やるしかないみたいだ」

「はッ。いつまでもあいつ等にやらせっぱなしは癪に障る、俺はもう行くぞ」

「わかった。だけど、あの体液には気を付けなよ」

「誰に物を言ってんだ」

 筋肉が唸る。

 特注で作った特殊武装(スペリオルズ)【フロスヴィルト】が歓喜した。地面を砕く勢いで一気に走り抜ける、地を這う如く、獲物を狩る狼のように。

 一気に加速していき、ドンドン風が流れていく景色に、五秒程でレイン達が立つ場所へと近づく。「おい、ちょっと魔法を俺に寄越せぇ!」叫びながら抜き去る勢いで走っていく。

「【弾けろ(バースト)】」

 レインの詠唱と共に、溢れた雷撃が傍を駆け去ったベートのフロスヴィルトへと()()()()()

 第二等武器、第一線でも通じるフロスヴィルトがなぜ第二等で留まっているか。それは試作品で編み出されたものだからだ。その効力は―――魔法の吸収。

 空気がバジリと爆ぜた。同時に、風の壁を突破する。瞬く間に津波の如く押し寄せる芋虫型へと急接近する。

 この能力で戦える、やっと鬱憤を晴らせるのだ。やっと、見せれるのだ。

 

「―――蹴散らしてやる」

 

 タトゥーを刻んだ端正な顔立ちが凶悪に歪んだ。

 裂いたチーズの様に広がった笑み、犬歯をむき出して猛然と一体目を蹴り貫いて、その勢いのまま周囲の芋虫型を蹴り払い悉くを魔石へと変えた。

 やっと、俺が戦えることを見せつけれる。俺は、強者だ。

 吼える凶狼。その雄たけびは、大気を打ち震わしダンジョンの深層に響き渡った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ―――――気づいたら目で追っていた。

 本拠地(ホーム)にいる時、食事をしている時、私服に身を包んでいる時、談笑している時、笑った時、怒った時、戦っている時。

 最初は、最近よく視界に入るなーっ、なんて他人事の様に思ってた。でも、そう思い出してからだった。

 ふと、横顔を見るだけで得れる満足感。戦う最中見せる凛々しいその姿、そしてたまに子供の様に笑う彼の笑顔。

 

 ―――恋心。

 

 そう知覚したのは、最近だった。頬が紅潮する、考えれば考えるほど押し寄せる思いは津波の様。弾ける、体中を走る彼の魔法の様な電撃。

 アマゾネスという種族は、強き者に恋い焦がれる。その子孫を得ようと、本能が叫ぶ。

 実際、確かに恋をしてからはそう考える事も増えた。けれど、惹かれたのはそれだけじゃないのだ。

 昔から、小さいころから読んでいた愛読書がある。本それぞれ違う主人公がいて、そのどれもが、どの主人公も輝いていた英雄譚。その、後ろ姿にその本に出てくる英雄を幻視した。

 憧れた、羨望した。そして、恋い焦がれた。皆平等だと、特別なことはしていないと。ただ、努力してきただけなんだって。そう言い張り、皆を守るその姿はまさしく英雄だった。

 lvを昇華させる毎に、無茶をする彼が心配で。最初は守る側だったのに、いつの間にか隣にいて、そして今は守られる側になっていて。

 ―――――なんだかなぁ。

 十八階層の安全階層(セーフティポイント)で、一人内心ごちて、笑みを浮かべる。

「―――あーっ、好きだなぁーっ。なんて」

 靴を脱いで、きめ細かな褐色の足を水へと漬けて、バシャバシャと水をかき混ぜながら呟く。誰もいないからこそ出来る。そう自分の本心を言葉に乗せてさらけ出せば、余計に体中があったかくなった。

「……なにが好きなんだ?」

「へうっ!? れれれ、レインっ?! なんでいるの!」

 突然投げかけられた言葉に、酷く動揺した。身を起こして振り返ったらそこにいたのは、彼女が知る中で最も強く、優しく、そして大好きな(レイン)の姿。

 認識してしまえば、早く。聞かれた事の羞恥と、二人きりになれたこの状況に嬉しくて、頬が赤く赤熱する。褐色の肌が赤く染まり、さながらさくらんぼの様。

「いや、飯の時間だから。なんか邪魔したっぽい?」

「そんなことない! 全然邪魔してないよ、むしろ来てくれてうれしいっていうかなんていうかーっ!?」

「―――ぷっ」

「あぁーっ!? なんで笑ったの!? ひどくない?!」

「あーいやいや、悪い悪い。つい、おかしくてさ」

 あはは、とそう言った後に、お腹を抱えて笑うレインの姿。目尻に涙を浮かべて笑う子供の様な表情に、胸が高鳴った。

 ―――――やっぱり、ずるいよ。そんな無防備な顔見せるなんて、さ。

 思いもよらない表情に、更に想いが膨らんだ。

「拗ねるなよティオナ。悪かったって」

「べっつにー? 拗ねてなんかないし」

 どうもレインには、拗ねている様に見えたらしい。だから、頬を膨らましてそっぽを向く。

 突然、ぷしゅうっと音を立てて息が漏れた。頬に当たるぬくもりの正体が、レインの人差し指だと認識して、一気に熱が全身に灯った。

「あ、あうあうあう」

「ははっ、何言ってんだよばーか」

 苦笑するレイン。

 ―――――ホント、卑怯だよ。

「……レインのばーか」

「んぁ? 何て言った?」

「バカって言ったの、レインのバーカ! 間抜けっ、鈍感!」

「鈍感って……何が鈍いんだよ」

「うるさいうるさい! レインは黙ってて!」

「あー、はいはい。わかったよー、だ」

 笑いながら、「あー、まぁ。ご飯の時間だから。ちゃんと来るんだぞー」そう言いながら背を向けて去ろうとするレイン。急に寂寥感が込み上げた。行かないで、もう少しだけ一緒にいて。そう言葉に出そうとして―――

「―――レイン、何してるの?」

 ―――アイズが現れた。

 喉元まで出ていた言葉が引っ込んだ。

「ティオナを呼びに来てたんだよ。それで、少し話してた」

「……遅いっ、てリヴェリアが怒ってたよ?」

「うげっ、嘘だろ? これは、早く行かなきゃな」

 レインがアイズに掛ける言葉は、どこか、心なしか優し気だった。いや、元々優しい声音で、話してくれるのだけれど。それでも、何か違った。

 それは確信だ。レインは、アイズを大切に思っているという事に対する確信。多分―――いや、絶対レインならば、聞けば全員を大事に思っているよ。なんて言うだろう。

 そうじゃない、レインにとって、アイズはもっと特別な存在なのだ。そして、多分それはアイズも―――。唐突に悲しくなった、さっきまで一人舞い上がって、二人で話して、彼の行動言動表情に一喜一憂してバカみたいだ。

「……私、バカみたいじゃん」

 なんて切なくて儚いんだろう。さっきまでの胸の高鳴りは、痛みへと変わり胸を突き刺し、涙が零れ落ちそうになった。唇を嚙みしめる。溢れないように、目を瞑った。

「……そういえば、レイン」

「んー? なんだ?」

「……私、頑張った?」

 ―――――聞きたくない聞きたくない。やめて、私の近くで話さないで。私が私じゃなくなりそうだから。

 涙が零れた。頬を伝う暖かな滴が、服を濡らした。

「あぁ……頑張ってたよ」

「……んっ、よかった」

 おもむろに言葉と共に、アイズの頭を撫でるレイン。その仕草は、優しくて、愛しそうで。懇願すれば撫でてくれるだろうけど、あのアイズにするのとはまた別なんだろうな。

 心地よさそうに目を細めて、笑みを浮かべるアイズの表情。とても綺麗で、かわいらしい笑顔だった。

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 それが、アイズがレインに対している感情を表していた。一目瞭然だった。更に涙が零れた。

 抑えきれない、もうダメだ。このままだと、バレてしまう。泣いているところを見られてしまう、見られたら心配して駆け寄ってくれるだろう。でも、それじゃ余計に苦しくなる。

 バレないようにするには、どうすれば。考えて、目を開いて目に映ったのは水面。

「ティオナ、早く行こう。リヴェリアに怒ら―――」

 レインが言い切る前に、目の前に広がった池へと顔から飛び込んだ。「―――ティオナっ!?」声が遠く聞こえる。レインが名前を呼ぶ声が聞こえる。

 全部無視して、揺らめく水の流れの様に身を委ねて。このまま、涙を流し、燻ぶった感情を流す為に。水の中で嗚咽した。

 清らかなティオナの涙は、水へと溶けて、募った思いもそのまま流す。

 急速に体が抱え起こされた。

「バカッ、何やってんだよ! 全部濡れてんじゃないか」

「……えへへ、ごめんね。レイン、アイズ」

 視界一杯に広がった、心配した表情を浮かべるレインの姿。その後ろにいるアイズの姿。レインの赤い瞳は、酷く透き通っていて。なにもかも見透かされてしまいそうで。

 自分の力で起き上がって、先に陸へと上がって、また込み上げてきた涙を食いしばってこらえる。

 俯いて、アイズを抜かしてまっすぐ歩いて、天井を仰いだ。

 ―――――どうやっても、届かない。一瞬でやられちゃったなぁ、私。

 負けず嫌いだし、諦めたくない。冒険者はハーレム合法。一夫多妻が認められる。でも、ティオナ(わたし)は、レインの横にいれないだろう。仲間としては横にいれる、けれど一人の女性としてはいれないと確信する。

 レインは真面目だ。分かる。レインは一人の女性を、一生涯愛し続ける性格だってことは、長い付き合いだ。よくわかる、言われなくても。

 なら、何が出来るだろう。そう考えて、あぁ、っと答えに辿り着いた。

「ティオナっ、もう大丈夫なのか?」

「うんっ、当たり前じゃん。何々、心配したの? ちょっと暑いから飛び込んだだけだって」

 そう笑って言ってあげれば、「なら、いいんだけど」とぼやくレインに苦笑する。

 恋して、想って、負けて、諦めて、考えて、答えを出した。

 出来る事なんて、一つしかないじゃないか。自分自身へ誓う。

 不器用な二人を、ずっと傍で支えてあげること。

 それで―――いつか一緒になった時に一番に喜んで二人の事を祝う事。

 ―――――レインを好きになった私の負けだよね。

 今更思えば、初めっから負けてたのだ。憧れた時から、目で追っていた時から、好きだと気付いた時には。そして、今確信して、完敗して、立ち直って。

 もう、心配かけてられないなぁ。そう考えて、本当に心の底からの笑みを浮かべる。

 

「―――早くご飯食べにいこっ! もーっ、お腹ぺこぺこだよ!」

 

 そういえば、二人は見つめあって笑った。

「元はと言えばティオナが悪いんだろ?」

「……うん、早く行かないとリヴェリアに怒られるよ?」

「やっばー!? それは一大事! 早くいこ!」

 願わくは、二人が一つになれるように。そして、生涯を通して添い遂げれますように。

 誓いと願いは、吐き出した息と同化して空気へと溶けていった。

 




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