きっとかのじょは、 (みずい)
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プロローグ〜初日
「――では、以上で手続きは完了です。出発は明日から3日間。期間中の事についてはそちらの書類を」
椅子と机と、中身の詰まった少し背の高い本棚以外は何も置かれていない殺風景な部屋。そこで、2人の人物が向かい合って話をしていた。
「わかりました」
答えたのはまだ幼く見える少女。見た目だけで判断すると13,4歳ほどだろうか。白藍の髪に蜂蜜色の目を持つ可憐な少女だ。
しかしその見た目に反して所作は大人も顔負けのそれであり、てきぱきと目の前の書類を整理し、目を通していく。
「特に質問が無ければこれで終了とさせていただきます」
目の前に座る黒服の男が、事務的な口調で話す。大丈夫です、ありがとうございました、と少女が答えた。
「………びっくりするかな、伊織」
部屋を出て、口元に緩やかな弧を描く。その足取りは少し軽く。
少女は廊下の奥へと消えていった。
......................................................
「あとは敵将だけか」
申し訳程度にぽつりぽつりと雑草が生えた荒地。そこが今日の出陣場所だった。
「主、このまま行軍で宜しいですよね?」
後ろから声が掛かる。部隊長のへし切長谷部だった。
「ああ、構わん。無茶だけはするなよ」
主と呼ばれた者―伊織が答える。行くぞ、と言って先陣を切って歩いていき、ついに敵将の居る場所までたどり着くことが出来た。
「では主は後ろへ。あとは俺達が」
長谷部が伊織の前に出て、伊織を庇うようにしてそっと後ろへ下げる。それに他の刀剣達も続いた。
伊織は言われた通りに後ろへと下がり、ただ一言。
「敵将を討ち取れ。だがあくまでもお前達の命が第一だ。良いな」
横一列に並んだ刀剣達がこくりと頷き、了承の意を表す。合図と共に地を蹴り、敵に向かっていった。
✱
「…主の知り合い?」
玄関先。そこには怪訝そうな顔で来客の顔を覗き込む加州清光の姿があった。
「そうよ。伊織に聞いてもらえばわかると思うんだけど…伊織は留守?」
そこにいたのはあの少女だった。透き通る蜂蜜色が加州の目を真っ直ぐに捉えている。
「主は留守だよ。っていうか、本当に知り合いなの…?…いや、別に疑ってるとかじゃなくてさ、主あんまり出歩かないし、そんな知り合いとか居るのかなって」
伊織はあまり外へ出ない。と言っても引き篭りの類ではなく、書類整理や政府とのやり取りばかりをしているために、どうしても本丸に篭りがちになってしまうのだ。本人は時々気晴らしにと散歩に行く程度なので誰かと交流することは少ない。偶に、演練で出会った審神者と手紙のやり取りをする事くらいはあるようだが。
「相変わらず働き詰めなのね…適度に休めっていつも言ってるのに。困った人…」
少女は困ったように眉間に皺を寄せ、はぁ、と溜息をつく。しかしその様子からは、呆れながらも伊織の事を本当に心配しているのが読み取れた。
「……じゃあ主に連絡取ってみるしさ、名前教えてよ」
加州が端末を手に尋ねると、少女が答える。
「私の名前は――――翡翠。翡翠よ、宜しくね」
翡翠の笑みは、どことなくあたたかく、柔らかかった。
✱
勝った。特に大事もなく勝利を収められた。主、俺はやりましたよ!と、誉を取った長谷部が嬉しそうにこちらを見ている。他の者も多少刀装が剥がされた程度で、本人達はほとんど無傷だった。
疲れたから帰って茶でも飲もうか、と、まるで先程まで斬り合いをしていたとは思えない穏やかさで三日月宗近が言うと、そりゃいい、と他の一軍隊員も乗っていた。
「相変わらず切り替えが早いというか…………ん?」
懐に振動を感じて手を入れてみると、端末が震えていた。…加州からか。何だろうか、本丸で何かあったか?
「もしもし?」
『あー、もしもし、主?今ね、主の知り合いーって言う女が来てるんだけどさあ』
「……私の知り合い?」
演練で知り合った者だろうか。いや、それなら加州が顔を知っている者が大半のはずだ。態々確認の連絡を寄越すということは……知り合いを騙った誰かか、偶々加州が顔を合わせてない誰かか。
「名前は聞いたか?それか特徴など」
「名前は聞いたよ、翡翠って言うんだってさ。主に聞けば誰かわかるって言ってたけど…知ってる?」
「………………は?」
翡翠?翡翠とはあの………否、そんな訳がない。私の知り合いに「翡翠」と名のつく者は1人しかいない。私の"仕事"での相棒である。私は現世とこちらとで兼業をしており、翡翠は現世での仕事の相棒だ。確かに彼女なら加州達が知らなくても無理はないだろう。会ったことがないのだから。
…が、当然の事ながら彼女は現世にいる。此処に居るはずがない。
無いのだけれど、万が一ということがある。疑問を払拭するために私は加州に訊いてみる。
「…その、翡翠という子は、白藍の…薄緑っぽい髪に、蜂蜜色の目をしている……か?」
『え?…うん。』
確信に変わった。翡翠の髪や目の色はそうありふれたものでもない。名前に見た目まで同じとなると、あの翡翠だと信じざるを得ないだろう。――どういう訳か知らないが、彼女は今こちらにいる。
「加州、その子は確かに私の知り合いだ。先程敵将も討ち取ったし、今からそちらに帰る。応接間に通しておいてくれ」
『りょーかあーい』
電話を切る。翡翠がこちらに……別に、私が現世に向かった時にはよく会いに行くし、向こうでの仕事もまだ続けているのだから、久しぶりの再会、なんていう訳ではないが、…刀剣達と彼女は初対面だ。
何も無いといいんだがな。
考え込む私を見て、岩融が、どうかしたのか?とこちらを振り返りながら尋ねてくる。何となくだが、少しびっくりさせてみたくて、秘密だ、と答えた。
......................................................
「来てみちゃった」
帰りついてから応接間に向かうと、確かにそこには自分の相棒が居た。座布団の上にちょこんと座って、炊事場の者に出されたであろう和菓子と茶を堪能していた。悪戯っぽく笑いながらひらひらと手を振っている。
「来てみちゃったって…どうやって此処に」
「前に伊織を勧誘しにきた人と偶々会ってね。立ち話ついでにこっちに行く方法無いか聞いたら、なんとびっくり、手続きをすれば数日限定で来れるんですって」
翡翠は政府で手続きをした上で、3日間だけの滞在を許された。何故来たかったか。理由は単純だった。
「伊織の今の仲間を見たかったの。電話とか、仕事の時にちょっとは話してくれるけど、挨拶出来てないし、そもそも会えてないし」
翡翠は育ちの良さを感じさせられる手つきで和菓子を食べ切ると、さっき加州さんとはお話したんだけどね、可愛い人ね、と微笑んだ。
「…そうか…。…ああ、そういえば3日間ということは此処に泊まるんだろう?私の部屋で寝るか…客間もあることにはあるんだが、どうする?」
「んん…、じゃあ伊織の部屋にお邪魔するわ。話したいことも沢山あるしね」
「わかった」
「じゃあ晩御飯までは部屋に―――」
そこまで言って、伊織は気づいた。隣の部屋から、何か気配がする。隣は伊織の執務室だから、部屋の主がいない今、そこから人の気配などするわけが無いのだけれど――――――
がらり、と襖を開けると、聞き耳を立てている刀剣達と伊織の目が合う。
「………何をしている」
「いやあ、ちょっと、気になっちゃって…」
見つかってしまった加州達が、きまりが悪そうな顔をする。だって主が女の子連れてきたんだもん、気になるじゃん、と言ってにへら、と笑う。反省の色があまり見られない。
「全く……彼女と私はお前達が想像するような関係ではないぞ。純粋に、仕事上での相棒だ。…後でまたちゃんと紹介するから、内番なり今日の報告書の作成なりしててくれ」
呆れたようにそう言うと、はぁーい、と全員散り散りになる。全く、と呟き、振り返ると、翡翠の顔に赤子を見守る母親のような、柔らかな微笑みが浮かんでいた。
「なんだその顔は」
「んーん、仲良しなんだなあって思って。よかった、上手くやれてるみたいで」
「君は私の母親かなにかか」
「そこまで歳じゃないわ、失礼ね」
「そういう事じゃなくてだな…」
「ふふ、冗談よ」
でも本当によかった。みんないい人そうだし、と翡翠は笑った。彼女は心の底から伊織の事を大事に思っている。ただの仕事上の付き合い、では止まらず、まるで自分の妹のように思っている。見た目によらず伊織よりも年上なため、本当に妹のようなものなのだが。そんな伊織が新しい世界に馴染めていることを確認出来たことが、翡翠にとっては純粋に嬉しかった。
✱
「はじめまして、翡翠といいます。伊織とは現世での仕事仲間よ。今回は政府に許可をいただいて、3日間だけここに居させてもらう事になりました。よろしくね」
7時と半刻を少し過ぎた頃。
食堂には刀剣達と伊織、そして翡翠が集まっていた。
皆、珍しい客人に気が気でないようで、翡翠の近くの席は取り合われていたほどだった。結局、俗に言う「お誕生日席」に翡翠を座らせ、全員の位置から顔が見えるようにした。すぐ側に伊織が座り、他の面々は厳選なる(?)くじ引きで席を決定した。伊織の横に一期一振、その隣に今剣。伊織の正面、翡翠の隣に小狐丸、そしてその隣に次郎太刀と乱藤四郎が続いた。
「ほんとにあるじさんの彼女さんじゃないのー?」
目をこれでもかと言うほどきらきらと輝かせた乱が聞いてくる。そういう事に興味が強いのだろうか。傍に座る次郎太刀や今剣も気になるようで、身を乗り出して翡翠の方を見ている。当の翡翠は笑いながら、違うって、と首を振った。
周りに座るほかの者達も、各々自分の気になったことを翡翠に質問する。翡翠本人の事から伊織の事、そして現世の事。それら全てに答える翡翠の傍らで、思ったよりも彼女が刀剣達と打ち解けられていることに伊織は人知れず安堵していた。
いつも夕食の時間は、基本全員が揃うので騒がしいものとなるのだが、今日はそれに輪をかけて賑やかになっていた。
✱
「……俺と?」
そこは談話室。食事を終え、数名がそこに集まって談笑していた。中央に置かれたテーブルの周りではトランプをする刀剣達もいる。翡翠も先程までそこに混ざって大富豪をしていたようだ。あまりに強いので一時抜けることとなった彼女は、同じく談話室でテレビを見ていた長谷部に声をかけた。
「そう、貴方と話してみたかったの。貴方が長谷部さんで合ってる…よね?」
「ああ、俺は確かにこの本丸に長谷部は俺しかいないが…何故俺と話など」
「ちょっと気になって、ね」
「…それは主に聞かれると拙い話か?」
少し声のボリュームを下げて、長谷部が聞いてくる。
相変わらずトランプで盛り上がる面々には、トーンを落とさずとも長谷部の声など耳に入りそうにもないのだが。
「んー…伊織に聞かれるのは良いんだけど…ほかの子に聞かれると拙いのかな、きっと」
少し苦笑いをしながら翡翠が囁くと、長谷部は少しだけ考え込んで、
「そうか…なら、俺の執務室にでも」
とだけ言った。
二人がそっと、音もなく談話室から出る。
✱
月明かりが差し込む、長谷部の執務室。
壁際にぽつんと置かれた文机には、本丸にいる刀剣達のデータや、出陣記録など、伊織の仕事のサポートをする上で必要な書類をまとめたファイルが積まれている。
その傍に立て掛けていたちゃぶ台を部屋の真ん中に持ってきて、盆に乗せて運んできたお茶を置く。素早い動作で座布団を敷き、翡翠に座るよう促す。
ありがとう、と一礼をして、翡翠がそこに座る。
「それで、話とは」
「…怒らないで聞いてね?」
「内容に依るな、それは」
「…長谷部さんは…伊織の事は女の子って知ってるのよね」
「………ああ。お前もやっぱり知っているのか」
「本人から聞いたからね」
「でも何故俺が主が女性と知っていることを…」
「前に伊織が話してくれたのよ。こっちに一人だけ自分が女の子って知ってる子が居るって。近侍をしてくれてる、長谷部さんって人が」
「主が…俺の話を…」
長谷部の頬が少しだけ緩んだ。敬愛する主である伊織が、他人に自分の話をしてくれている。たったそれだけの事と思われるかもしれないが、彼にとってはそれが何よりも嬉しかった。
「頼りになるいい奴だっていつも言ってるわ……それで、ね、ちょっと気になったのが」
「何だ?」
「…単刀直入に聞くわよ?…伊織のこと、どう思ってる?」
長谷部の息が詰まる。どくん、と心臓が鳴った。
「…とても、強くて、聡明な」
「そうじゃなくて……女の子として。恋愛的な…ああ、でも元が刀剣だから難しいかな、ごめんなさい」
「いや、俺も最近だがなんとなくは分かるようになった」
そういう話題にすぐ食いつく光忠と同じ部屋で過ごしているため、どうしても知識が入ってくる。乱の影響かたまに部屋に遊びに来る薬研も何かと詳しい。此処に来たばかりの頃は色恋沙汰の話題に疎かった長谷部も、今ではそこそこに話を理解できるようになった。故に、今回の翡翠の質問の意味もよく分かっている。問題はその答えだ。勿論長谷部の中で答えなどとうに出ているが、それを目の前の少女に伝えていいものか、そこに逡巡していた。
やや間を置いて、長谷部が結んだ口をゆっくりと開く。
「………お前の言う通りだ。…俺は、主を…好いている。主と臣下という関係ではなくて……1人の、女性として」
その声は少しだけ、でも聞いてわかるほどには震えていた。
「…やっぱり。何となくだけどそんな気がしてた。…多分、伊織も同じだと思うよ」
「…え?」
俯いていた顔を上げて、長谷部が翡翠を見る。藤色に映る彼女の目は細められていて。
「主が?俺を…」
「本人は意識してないと思う…というか、多分分かってないけど、ね」
「…あの子は、きっと誰よりも"愛されたい"子だから…同じくらい愛したいんだろうけど不器用だから、長谷部さんの事が好きだって分かることから難しいし、分かっても多分、伝え方が分からなくて右往左往すると思うんだよね」
「……………」
「…だから、貴方の気持ちを聞いておきたかった。下手に伊織を刺激しても、空回りじゃ良くないじゃない……でも良かった。長谷部さん、」
「……ああ」
「伊織を宜しくね。…私も伊織の事は大好き。大好きだけど、私はあの子の恋人にはなれないし、あげられる愛情の種類も違うから」
そう言うと翡翠は、今にも泣き出してしまいそうな、悲しげで、でもぞっとするような綺麗な微笑みで長谷部を見た。長谷部はただ、翡翠を真っ直ぐに見つめて、わかった、としっかりと頷く。
もし主も、自分と同じ気持ちであるのなら、自分の全力を以て彼女を幸せにしてあげたい。彼の人は自らの過去を語りたがらないが、きっと辛い思いをなさったのだろう。以前、前の主を亡くしたとも聞いたし…愛情に飢えているというのは、そこから来ているのだろうか。
「それじゃ、私はそろそろ向こうに戻るわ…伊織が探してたらいけないし」
「ああ、分かった。…今度また、主の話を聞かせてくれ」
「ええ、喜んで」
翡翠は部屋を出て、再び談話室へと向かった。
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二日目
少し意識しはじめる長谷部と、分かってない伊織。
後半最早一次創作レベルで刀剣組が出てこないという恐ろしさ。
外は薄暗く、空に広がる青藍と、その中にぽつりと浮かぶ消えそうな一点の白が、まだ夜が明けきっていないことを教えている。
本丸内の仄暗い廊下に影が映る。痩躯の男が歩いていた。少し乱れた煤色の髪が、歩くリズムに合わせてふわふわと揺れる。
そこに居たのは長谷部だった。彼は、普段から規則正しい生活を心がけている。朝は日の出とほぼ同じ時刻に起きて、光忠を中心とした台所係が行っている朝食の準備を手伝い、その日の仕事の準備(自分の分だけでなく、伊織の分もできる範囲でやっているらしい)をして、時間になっても彼が起きてこなければ起こしに行く。夜は伊織が寝るまで常に執務室で待機し、寝室に行ったのを確認した上で自らの就寝の準備をする。
しかしまだ夜も明けていないこの時間から彼が行動を始めるのは珍しかった。―寝つきが悪かったのである。
『多分、伊織も同じだと思うよ』
昨夜聞いた、翡翠の声を頭の中で反芻させる。あの言葉がもし本当ならと、願わずにはいられない。
翡翠に指摘されるまでもなく、長谷部には自覚があった。自分が、伊織に、主に対して、特別な感情を抱いていることも、叶うなら主君と臣下という関係を超えてしまいたいと思っていたことも。勿論それが叶うことのない願いだと分かっていた。身分も種族も違う上、伊織は男性として生きる身だ。自分と恋仲になどなれるはずがない。
だからせめて、せめて伊織の一番の臣下でありたいと願った。近侍として傍で働かせてもらえている事が彼にとっては何よりの幸福だったのだ。そんな中で、あんな事を言われてしまったら。期待してしまう。翡翠とて本人の口から聞いた訳では無いから、確証がある訳では無いのだが、同じ女性で、自分達よりも伊織との付き合いが長い彼女の言葉だから、どうしても―――――
「随分早起きだな」
耳に入る、聞き覚えのある凛とした声。はっとして長谷部が振り返ると、そこには伊織が立っていた。少し着崩れた寝巻きに、所々跳ねた白磁の髪。それは彼が先程起きたばかりだということを示しているようだった。その目にはまだ眠気が残っている。
「主こそ…どうなされたのですか?こんな時間に」
「目が覚めてな…台所で水でも飲んでもう一眠りするかと思って降りてきたんだが…真逆お前も起きていたとは」
くぁ、と小さく欠伸をしながら伊織が呟く。なんだかあまり寝付けなくて、と長谷部が苦笑いして返す。
「なんだ、体調でも悪いのか?…無理はするなよ、何かあってからでは遅い」
寝起きだからか、その声に抑揚はあまりなかったが、その言葉からは確実に長谷部の事を心配している事が伺い知れた。
ではな、と言って伊織が廊下の奥へ消えていく。はい、おやすみなさいませ、と言い、恭しく一礼をすると、長谷部は少し深呼吸をしてから奥の階段を上がり、自分の寝室へと戻った。同室の者達はまだすやすやと寝息をたてている。話しているあいだは意識していなかったが、心臓が五月蝿い。そっと胸に手を当てると、とくとく、とくとく、と鼓動が聞こえる。
ああ、これほどにまで自分は、彼の方を。
布団に潜り、目を瞑る。眠れはしないかもしれないが、少しでも体を休めなくては。心配はかけられない。
......................................................
「………………」
主がペンを動かす音だけが聞こえる。今日と明日は出陣がないらしく、代わりに書類仕事に追われている。ただただ黙々と、筆を走らせることだけに集中しておられる。こうなるとこの方は誰かが止めるか余程疲れない限り仕事を止めようとなさらない。……だからと思って、茶を持ってきてみたのだが…俺に気づいておられないのか何も喋らない。手も止めない。邪魔しては拙いだろうから声をかけるのも躊躇われる…
と。
「…いつまでそこに立っているんだ。足が疲れるだろう」
ぽつりとそう呟くのが聞こえた。ああ、気づいてはいらっしゃったのか…
「あ、主、お茶をお持ちしました、よろしければ少しお休みになられては……朝の連絡後、すぐに執務室に向かわれていましたが…ずっと机に向かわれていると体にも負担がかかりますよ」
「ずっとと言ってもまだ11時過ぎだろう、まだ2時間程しか続けてないぞ?」
「…そういう事を仰るから翡翠殿がですね……」
「…彼女はお前に負けず劣らず心配症だからな……いや、心配してもらえるだけ有難いな。…頂こう」
主が俺の持つ盆から茶を受け取る。一口啜ってふぅ、と息を吐く。そんな何気ない仕草を傍で眺めているだけだが、何となく、こころがあたたかい。
「どうかしたか?」
不思議そうな顔をして主がこちらを見ている。その灰青に映る俺は、今どんな顔をしているのでしょうか。
「…いえ、何でも」
「そうか」
ことり、と湯呑みを置いてまたペンを取る。相変わらず勤勉なお方だ…と思いながら、何となくそれを眺めていた。少しでも長くここに居たくて。邪魔だと言われたら出ていくつもりで居た。……のだが、彼女は一言も俺に邪魔だとは言わなかった。時々俺に話しかけながら、ただただ、書類を片付けていた。
ああ、なんと心地よい時間だろう。こんなひとときがずっと続いてくれたら良いのに。
今日は短刀達が翡翠殿と一緒に甘味を食べに行っているためか、本丸内がしんとしていた。出陣が無いので、遠征に行く一部の刀剣以外は此処に居るはずなのだが、執務室に来るような輩は少ない。だから、今だけは俺が、主を独り占めできる。仕事中なのでそうそう話し込むことができるわけでもないが、俺は傍に居られるだけで、それだけで良かった。
過ぎた幸福を望んではいけない。
俺と彼女は、"そう"あることは出来ない。
はじめからわかっていたことだから。
......................................................
「二日目にして随分と馴染んでいるな、流石というかなんと言うか」
感心したような声で伊織が私に話しかけてくる。今日、私が粟田口?の皆と加州さんと甘いものを食べに行った事を指しているんだろうか。乱ちゃんに誘われたんだけど、それに他の皆が乗ってきて、大人数で甘味屋さんでパフェを食べてきた。美味しかったなぁ。
「お褒めいただき光栄です」
「なんだそれは」
「ふふ」
一応まだ"相棒"としての関係は続いてるし、時々は"こっち"で一緒に仕事もする。だから別に話さないという訳では無いのだけど、他愛もない話をする時間は意外となくて、だから少し胸が躍った。なんでもない話を伊織としてる時はすごく楽しくて。
ここに来たのは本当にただ純粋に、彼女が今共に働く仲間達を見てみたかったこともある。上手くやっていけてるのか気になってたし。だけどそれだけじゃなくて、たまには時間をとって、ゆっくり話をしたかったから。どうしてもこちらの仕事がある以上うちの職場ではそんなに時間を取れないから。
だけど私はまだ、一番話したかったことを話せていない。今日、話してみようかな。余計なお世話なのかもしれない。だけど、私はどうしてもこの子の幸せを願わずにはいられなくて。
関係上は相棒だけど、私にとって伊織は妹のような存在でもあるから。
......................................................
夜も更けて、本丸はしんと静まり返っている。もうほとんどの刀剣は眠ってしまっただろう。寝室にある時計が間もなく日付が変わることを教えている。
並べた布団に横になって、伊織と翡翠はとりとめのない話をしていた。今日食べた件のパフェの感想、短刀達が本当に伊織を好いていると教えられたこと、明日で帰ってしまうから、皆がささやかな送別会を開いてくれると言ってくれたこと。殆ど一方的に翡翠が話す形となったが、元来伊織は自分から話をするのが左程得意ではない。むしろこうした形の方が有難いと思うほどだった。
「……楽しんでいただけたようで何より。短刀達のことも…有難う」
「ううん、私も凄く楽しかったから全然良いわ。…また来たくなっちゃうな」
「そう何度も許可が下ろせるものなのか?」
「さあ。多分無理でしょうね…私は審神者でもなんでもないもの。関係者といえば関係者だけど」
翡翠が肩を竦めて笑ってみせる。そうして少し低い声で、年に一度でも良いから来れたら良いんだけどな、と呟いた。
「あ、そういえば」
思い出したように翡翠が切り出す。
「ん?」
「昨日ね、みんながトランプしてる間に、長谷部さんと話をしたの」
「長谷部と?なんでまた」
「"こっち"での伊織の相棒みたいなものでしょ?いつも話してくれるし、一度ちゃんと話してみたくて」
「ふぅん……何か失礼な事をしなかったか?頼りになるいい奴ではあるんだが…初対面の者には気難しい印象を与えがちだから…」
心配そうに伊織が聞く。大丈夫よ、と翡翠がころころと笑う。
「伊織は私のこと心配症って言うけど、貴方も相当だと思うよ?私は」
「そうか?」
心做しか少し目が見開かれた。意外だったのだろうか。
「…………」
ふと、翡翠が黙り込む。あの話をしてもいいものか、と葛藤していた。言わなければこの子はこのままずっと気づかないかもしれない。だけど、言ったところでそれが自分の勘違いだったら?彼女はそういった感情を抜きにして純粋に、部下として、仲間として大事にしているだけかもしれない。彼の事を。
言うことが伊織の幸せに繋がるのかと言われても答えが出ない。もしかしたら真逆の結果を生み出すかもしれない。ただ自分が伊織と付き合ってきた中で見てきた彼女の性格と、女の勘と呼ばれるもので、そうではないかと感じたから。
「―――ねえ、伊織」
「ん?どうした?」
「………伊織は、彼の事どう思ってるのかな」
もう戻れない。
✱
「彼?」
「…長谷部さんのこと」
「長谷部のこと?…どうも何も、頼りになる…………大事な奴だよ。それ以上もそれ以下もない」
「ほんとに?」
「…何が言いたい」
怪訝そうに伊織が翡翠を見つめる。
「私の勘違いだったら申し訳ないんだけど、なんか、違う気がして」
「違う、とは」
その目には、僅かばかりではあるが動揺が見られた。伊織なりに隠し通しているようだが、付き合いの長い翡翠の目には確かにそれが写った。
「他のみんなより…特別に思ってるっていうか、何だろう…ただ近侍にしてるから、とかじゃないと思うの」
「…………流石というか………なんというか」
数秒ほど黙って伊織が声を出す。
「特別というか、その……確かに、彼奴が特別大事に思える時はある。他の者も勿論大事だ。誰1人欠けてはならないが………彼奴は、長谷部は…」
こんなわたしをひつようとしてくれるから。消え入るような声で、ぽつり。しかし翡翠には確かに聞こえた。
「…それは、長谷部さんのことが好きってこと…?」
「…確かに好きだが」
「純粋に仲間として、とかじゃなくて、…恋愛的な意味でよ」
翡翠は半ば呆れたような顔をする。伊織は昔からこうした話題に疎い。まあ、性別を偽っている以上誰かと恋仲になれるわけではないのだから、仕方が無いと言えば仕方が無いのかもしれないが。
「恋愛的な意味と言われても私には分からん…」
「んん、例えば、いつも一緒に居たいと思うとか、離れると寂しくなるとか、何かあった時すぐ報告したくなるとか……伊織はそんなことしないか。とにかく、そういう気持ちが強くて…」
「………分かるかもしれない」
考え込む伊織。少しだけ、翡翠の言うことに心当たりがあった。
この本丸ではたとえ一軍に居ても遠征に向かうことがある。近侍とはいえ長谷部も例外ではなく、遠征に出る時があるのだが、長時間出ていると、どこかで寂しさを感じることがあった。誰が傷を負っても玄関先まで駆けつけて即座に手入れ部屋に引っ張って連れていくが、長谷部の時は心做しかそのスピードが他より速い。
それに、時々ではあるが長谷部と二人でいる時に少しだけ、心が温かくなる気がしていた。少しだけ心音が早くなって、いつも優しい音を立てているのに、跳ねるように、少しだけ速くなるのを感じていた。
これが恋だと言うのなら、私は長谷部に恋をしているのだろうか。よく分からないが…翡翠が言うならそうなのだろう、と思う。
「…成程、君の言う通り私は彼奴を…好きなのかもしれない。だけど、」
「………私には、愛される資格がない。まだ全然弱くて、それに」
「伊織」
「………わたしは、あいされない、から」
いつもの凛々しい彼からは想像もつかない、弱々しい声で、紡ぐ言葉。
伊織は昔、虐待を受けていた。父親が自らの思い通りに伊織を育てようと、暴力を使って恐怖を植え付けることで言う事を聞かせていたのである。その為伊織は、ただ父親に怒られないように、役に立てるように強くならなくては、という気持ちが強い。それゆえ誰かを愛したり、誰かに愛されることに極端に臆病になる。
翡翠はそれを伊織本人から聞いて知っていた。だからこの話をすることが伊織を追い詰めることになるのではないかと、少し悩んでいた。それでもしようと思ったのは、少しでも伊織に自信をつけてほしかったことと、もっと自分を愛せる人になってほしいという思いからだった。
「伊織、聞いて」
「…なんだ」
「大丈夫よ、此処にいる皆、伊織のことを大事に思ってくれてる。昔のことが辛いのは分かる。だけど……皆が皆、貴方のお父さんみたいな人じゃないよ。強くなくても、必死になって守らなくても、役に立たなきゃって躍起にならなくても、みんな側に居てくれる。…少なくとも、此処にいる皆と私はそうだと思うから」
そう言って、微かに震える細い体を抱きしめる。大丈夫だよ、と声をかけて、ぽんぽん、と背中を叩く。速くなっていた伊織の鼓動が、とく、とく、と落ち着いていくのを感じた。
「………翡翠」
「なに?」
「みんなは…長谷部は、私のことをほんとに、愛してくれるかな」
今にも泣いてしまいそうな、震える声。普段は皆の手前、気丈に振る舞っているものの、そのせいで抱え込むものも多い。プライドなのか恥ずかしいのか、人前で弱いところを見せるのを伊織は大層嫌っている。だが信頼度の高さからか、翡翠にだけはそうした一面を垣間見せることもある。
翡翠は抱きしめる力を少し強くしながら、ふわり、と頭を撫でる。それはまるで、小さな子を慰める母親のようで。
「うん。大丈夫。私が保証する。だから、あんまり抱えすぎちゃ駄目よ。もっと…頼っていいんだから。私にも、皆にも、ね」
「………わかった」
伊織は力無く頷いて、それから、ありがとう、と呟いた。翡翠からは見えなかったが、その顔はとても穏やかだった。
「じゃ、明日も早いしそろそろ寝ようか。ごめんね、夜更かしさせちゃった」
抱きしめていた手を離して、布団に潜る。そうだな、と言って伊織も同様に布団に入った。
「おやすみ」
枕元の明かりを消して、2人は眠りについた。
月が空高く昇っている。明日も晴れるだろうか。
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3日目
なんか2日目までより短くなった、、、
続く………んですかね?これ。()
「「「「乾杯!!」」」」
時計は12時過ぎを指している。
今日で翡翠は現世に帰ることになっているため、短刀たちの要望でささやかながら送別会のようなものを開くことになったのである。
テーブルにはジュースやお菓子、大皿に乗った料理が並べられ、急遽開くことになった割には形になった会となっていた。
「ありがとう皆、私のために。光忠さんも大変だったでしょ、朝からお菓子作って」
「いやいや、問題ないよ。可愛い短刀の皆や翡翠ちゃんの頼みなら断るわけにはいかないからね」
そんなのカッコ悪いだろ?と言いながら、光忠がにっと笑う。
翡翠の周りにわらわらと短刀達が集まってきて、各々翡翠にプレゼントを渡している。その手には折り紙で作った花や手裏剣、押し花を使った栞、拙くも愛情の込もった手作りのお守りなどが握られていた。
「いち兄に手伝ってもらったんです」
「ひすいさんはこういうのが似合うと思って!」
「見ろこれ!自信作なんだぜ!」
思い思いに作品に込めた愛を語る短刀達。翡翠の頬はこれでもかと言うほどに緩んでいる。彼女が刀剣なら間違いなく背後は桜吹雪に包まれているのだろう。
「じゃあ俺からはこれ!昨日選んだんだよ。初日は疑ってごめんね」
加州がずい、と袋を翡翠に差し出す。桃色のリボンが結ばれた、杏色に白のストライプが入ったラッピング袋。シンプルでいてかつ大人らしさを兼ね備えたお洒落なデザインの袋だった。
「わあ、ありがとう、気にしなくていいのに…開けていい?」
「もちろん。俺の一押しだよ!」
袋を開けるとそこには撫子色のマニキュア。濃すぎず薄すぎない桃色が、瓶の中できらきらと光っていた。
「あんま派手な色とか塗らないかなって思ってさ。仕事の時でも目立たないやつにしてみたんだ。絶対似合うから付けてみてよね」
「ありがとう、帰ったら早速付けてみようかな」
会は3時間ほど続いた。いくらこちらに来る前に殆どの仕事を片づけてきたとはいえ、3日も空けているので流石に仕事も溜まっているだろう、という事になり、少し早いが翡翠は帰ることになった。
「じゃあね、伊織。みんなも」
「ああ、気をつけて。…4日が来る前に一度そっちに向かう」
「了解。……みんな」
翡翠は伊織の後ろに集まっている刀剣男士たちを真っ直ぐに見つめる。
「…伊織のこと、よろしくね。気難しい子だけどいい子だから」
「だから君は私の母親か何かなのか?」
深々と頭を下げる翡翠を見て、伊織が気恥しそうに目を伏せる。
「母親というより姉かしら。じゃあね、みんな!」
とびきりの笑顔で手を振って、翡翠が外に出る。嵐のようでとても充実した3日間が、終わりを告げようとしていた。
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「楽しい3日間でしたね」
執務室で、茶を飲みながら伊織と長谷部が向かい合っている。翡翠の送別会に参加していたため、この日は仕事を全くと言っていいほどしていなかった。(とはいえ、午前中に少しはしていたのだが)仕事熱心な伊織は、翡翠を見送ってすぐに大広間の後片付けを済ませ、こうして仕事に取り掛かったわけである。
「そうだな」
ふ、と笑みを零しながら伊織が頷く。
「…たまにはいいな、ああいうのも。私も久しぶりに沢山笑った気がする。……却説、仕事をするか」
ペンを手に取り、こきこきと首を鳴らす。長谷部がすかさず、俺もお手伝いします、と言ったところで固まる。
伊織はあまり人に頼ろうとしない。自分の仕事は自分で片づけようとする質であるし、余程のことがない限り近侍の長谷部にすら仕事を任せようとはしない。
だが、今日は違った。
『もっと頼っていいんだよ』という、相棒の言葉。
いつでも頼ってください、と胸を叩く目の前の彼。
伊織の表情が、少し緩む。
「……じゃあ、少し頼もうかな。この書類に目を通してくれるか。表現等に特に問題が無ければ、この判を押して欲しい」
文机の端に寄せられていた書類の束を長谷部に差し出す。
長谷部の背後に桜が舞う。その顔は、花が咲いたような笑顔なのに、今にも雫が零れ落ちてしまいそうで。
「主命とあらば!」
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とても心が軽い。空も飛べそうな心地とはこういう気持ちを指すのだろうか。
普段俺に頼ってくださらない主が、俺に仕事を分けてくださった。ただそれだけの事だと思うかもしれないが、俺にとってはこの上なく嬉しいことなのだ。主が俺達に頼ってくださることがどれだけ稀有なことかというと、光忠が料理を焦がすとか、加州が爪紅を塗らない日があるとか、太陽が西から昇るとか………いや、流石にそれは言い過ぎか。だが、それに近いほどだ。こう言えばどれほど俺が喜んでいるか分かるだろう。
…もうこんな時間か。外を見るとぽつりぽつりと星が見える。月は雲で丁度隠れているようで今は見えない。さて、主はお休みになっただろうか。
主の執務室の前に行くと、障子越しに仄かな光を確認した。ああ、まだ起きておられるのか。あれほど夜更かしは体に良くないのでお止め下さいと言ったのに。
「主、入ってもよろしいですか?」
驚かせてしまうことのないよう、そっと声をかける。聞こえるか聞こえないかといった声で、ああ、とだけ返事があった。俺はそれを聞くとすす、と障子を開ける。主はまだ文机に向かっておられた。
「…まだお休みにならないのですか?お体に障りますよ」
「わかっている…あとこれだけだから。お前はどうしたんだ、また眠れないのか?」
目線だけこちらに向けて、俺を気遣ってくださる。これが、ただの臣下に対してのそれなのか、それとも…………
「…主がお休みになったら俺も寝ますよ」
「なんだそれは……私の事など良いというのに」
「そうはいきません、大事な主ですから」
「…っ、…そうか」
一瞬、主の息が詰まったような、動揺の色を見た気がしたが、瞬きの間に、そんなもの初めからなかったかのように、主の表情はいつもの凛としたものに戻っていた。
………とくとく、とくとく。
まただ。また、心臓が五月蝿くなっていく。この時間だから他の刀剣達は皆就寝している。今起きていて、ここにいるのは俺と主の二人だけ。全員の寝室は二階より上にあるから、俺達のいるこの一階に来ることはまずないだろう。それを意識してしまうと、さらに鼓動が早くなる。
『多分、伊織も――』
本当に、本当にそうなのだろうか。このお方は、俺のことを、否しかし、もしそうでなかったら?俺が余計なことを言って主のお気を害してしまったら?俺はこの方に嫌われるのが怖い。嫌だ。…だが俺はこのままうだうだしているのも好きではない。せめて、可能性の有無くらいは知っておいても良いのではないか。はっきり想いを伝えずとも、少しだけ知る事なら叶うのではないか。
俺は意を決して口を開く。
「……………主、ひとつお聞きしたいことが」
俺の声は自分でも分かるほどに震えていた。だが、もうあとには引けない。進むしかない。
「私に聞きたいこと?何だ」
「…………その、主には……」
「恋仲である者や、想い人はおられるのですか」
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