禁魂。 (カイバーマン。)
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坂田銀時編
第一訓 侍教師と電撃少女







「侍の国・江戸」

 

そう呼ばれていたのはもう昔の話。

数十年前にこの国に突如空からやって来た宇宙人、通称、天人(あまんと)。

彼等との武力衝突に圧倒的な力の差で負けて弱腰になった幕府は、彼等に一方的な不平等な同盟を結ばされる。

天人達の高い技術力と科学力によって今では江戸は天人達の思うがまま、文明は大きく進歩しても、反対に古き江戸の風を肩で切って歩いていた侍達もまた『廃刀令』を強いられて弱体化。今では侍ではなく宇宙からやって来た異人共が偉そうにふんぞり返って歩いている。

 

この都市もまた天人達の支配下。

 

 

 

 

『学園都市』。

『かぶき町』というある町を中心にして作られ、学問を学ぶ生徒達が多数生息し、更にかぶき町特有の個性豊かな人間達が潜んでいる変わった都市。

“外”よりも数段階も文明が進歩し、天人の技術力を上手く生かした町として世界中から注目されている場所だ。

最もこの都市も天人達の支配下にあるので彼等の前では素直に従うしかないので、ほぼ鎖国状態のこの都市でさえ彼等の侵入を防ぐ手立てはない。

 

いかに時代の流れを掴んだ学園都市でさえ、天人達の強い武力には太刀打ち出来ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがそんな場所と時代に“彼”はいた。

 

剣も地位も誇りも奪い取られ、大切な何かを天人達に奪われても。

 

“テメーの生き方”だけは絶対にゆずらない風変りな男。

 

もはや絶滅したと思われていた古き侍が

 

高度な文明を持った学園都市に住んでいるというのもなんともおかしな話だが。

 

テメーの生き方だけは何処であろうと変わりはしない。

 

これはそんな不思議な侍と不思議な力を持った少年少女達の不思議なお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一訓 侍教師と電撃少女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私立常盤台女子中学は学園都市第7区にある学園都市でも5本の指に入る名門校だ。

『テメーの力で世界変えるぐらい強くなれ』というのをモットーとし、特筆すべき才能と高い英才教育を受けれる力を持った者のみがその門を潜れるという、いわゆる才能あるエリートのみが集まるお嬢様学校。

 

そして今、周りにいる様々な学校へ行く生徒達に混じって通学路を歩いている常盤台の二人の女子生徒。

 

御坂美琴

白井黒子

 

彼女達二人もこの常盤台のトップクラス、否、この学園都市全体でトップクラスの才能を持った者なのである。

 

「明日から夏休みですわね”お姉様”。ジャッジメント(風紀委員)のわたくしにはそんなの関係ありませんが。お姉様は夏休みに何かご予定ありますの? 何かありましたらこの黒子、是非お共させていただきますけど?」

「……」

 

常盤台の制服を着た小柄の方のツインテールの少女、白井黒子が妙に礼儀正しい口調で、隣にいる1年先輩の短髪少女、御坂美琴に話しかける。

だが『お姉様』と呼ばれてもこの少女は返事をせず学園都市の上空を見上げて渋い表情を浮かべていた

 

「ん? どうかしたのですかお姉様?」

「いやぁ、なんかまた“船”が増えてるなと思って、私、嫌いなのよアレ……」

「天人達の飛行船の事ですか、連中はここを気にいってますからね」

 

話を聞いていなかった事に怒りもせずに黒子は美琴の見上げる空に目を向けながら話に相槌を打つ。

 

数年前から江戸の空ではよく飛行船が飛びまわっている。ほとんどが天人達の船、彼等が観光がてらに学園都市の上空を飛び交う事は別段今では珍しい事では無いが、その下にいる自分達にとってはあまりいい気分はしない。特に彼女に、天人に対して嫌悪感を持っている御坂美琴にとっては

 

「地上でも横暴にしてくるクセに空でも好き勝手やるとか、いい加減にして欲しいわよ全く」

「お姉様のお気持ち大変ご理解出来ますが仕方ないですのよそこはそもそもこの学園都市が出来たのも天人の力。その為連中が来るのをこの学園都市が拒む事は出来ませんわ、わたくし達はこれからも天人との共存を余儀なくされているのですから」

「あーあ、これじゃあ“攘夷志士”がアイツ等を江戸から追い出そうと躍起になっているのもわからなくもないわ」

「んまぁ! お姉様正気ですか!? お姉様ともあろう御方が攘夷志士などという野蛮で下衆なテロリスト共に肩入れするなんて!」

「何言ってんのよ、冗談に決まってんでしょ」

「全く……」

 

すっときょんな声を上げて驚く黒子に美琴は手を横に振って苦笑するが、隣にいる小さな後輩はツンとして少し怒っている様子だ。

 

「冗談でも奴等に賛同する発言なんて御控えになってください、江戸に巣くう天人を排除しようと日々勤しむ攘夷浪士、しかしそれだけではなく一般市民にさえ危害を及ばせる連中のやり方はただのテロリストと変わりありませんのよ?」

「わかってるわよそれぐらい」

「この前の天人達が会談場に使っていた施設が爆破テロに遭ったのを知っていまして? どうやらあれは“攘夷浪士”の“桂小太郎”とかいう男がやったらしいですの」

 

桂小太郎、その名を聞いて御坂は若干口元に嘲笑を浮かべた。

 

「桂ねぇ……戦で負けた腹いせに爆破テロとか発想がガキよね、いい加減意味が無いって気付かないのかしら」

「所詮刀を振る事しか出来なかった過去の遺物、そのような者がやる事などたかが知れてますわ。いずれ捕まるのも時間の問題でしょう」

「そうよね、私だったらもっと上手くやれるのに」

「いやだからそういう発言はお控えに……仮にもしお姉様が攘夷浪士になられるとしたら、学園都市の治安を護る存在である“ジャッジメント”のわたくしと敵同士になってしまいますの」

「そうねぇ、そん時は容赦しないからよろしく。なんちゃって」

 

ジト目で疎めてくる後輩に美琴は「ハハハ」と冗談っぽく笑って見せた。彼女自身テロリストになろうだと本気で考えた事はない。しかし黒子の方はというと突然顔を逸らしてブツブツ呟き始め

 

「運命的な出会いを果たしお互いは一目惚れ・・・・・・そして偶然が重なりなんと同じ部屋で住むようになり……純粋無垢で何も知らなかったわたくしに日夜獣の如く愛してくれていたお姉様とわたくしが敵と味方に別れてしまうなんて……」

「いやなに言い出すのよアンタ……周りに聞かれたらどうすんのよ……」

「でも黒子は・・・・・・! それでも黒子はお姉様の事を一生愛し続けまイダダダダダ!」

 

黒子が目を輝かせながらこっちへ向いた瞬間、美琴は容赦無しに彼女の方耳を強く引っ張った。

 

「誰と誰が日夜獣の如く愛し合ってるって~? 捏造している上に勝手に話を飛躍させるんじゃないわよ」

「イダダダダダ! す、すみませんお姉様! 反省しておりますから耳をそんな強く引っ張らないでくださいませ~! あれちょっと気持ちいいかも? アダダダダダ! やっぱ痛いですお姉様! 取れる! 耳取れる!」

 

両手を振って必死に謝る後輩を見てようやく美琴はパッと彼女の耳から手を離してくれた。

ヒリヒリする耳を押さえながら黒子は涙目になって彼女の方へ顔を上げる。

 

「アタタ、耳取れてませんわよね……まあ学園都市レベル5の第三位であるお姉様が攘夷浪士などという落ちぶれた集団に入るなんてありえないですの、そんな事など黒子は百も承知ですの」

「当たり前でしょ。それにしてもレベル5の第三位ね・・・・・・そういや黒子、アンタは知ってる?」

「なんですの?」

 

学校へ行く為の道を歩きながら、美琴は黒子に質問をぶつける。

前から思っていた疑問、こればっかりは勉学を学んでいるだけじゃわからない。

 

「レベル5の第二位と第一位よ」 

「レベル5の第二位と第一位? いえ、見た事はおろかその二人の能力さえ聞いてませんわよ?」

「……調べようにも資料なんて何処にも無いしホント謎だらけ、能力も名前も不明っておかしいと思わない?」

「気になりますの?」

「当たり前でしょ、学園都市が私より各上だって判断した奴らよ? どんな奴か見てみたいじゃない?」

「お姉様……まさかとは思いますが喧嘩を売るとか考えてませんよね?」

「う……」

 

横目でジロっとこちらを見る黒子に美琴は勘付かれた様に頬を引きつらせる。

どうやら図星だったようだ、それにしてもここまでわかりやすいリアクションが出来るとは……表裏が読みやすい先輩に黒子は呆れてため息を突く。

 

「はぁ……お姉様ったらホントに……」

「な、何よ! ハッキリ言いなさいよ!」

「いえいいですの、ただ黒子はもうちょっとお姉様には“自重して欲しい部分”があると思ってるだけですわ」

「ふん! 私が誰と戦いたいと思ってようが勝手でしょ!」

 

 

開き直った調子で鼻を鳴らす美琴に黒子はやれやれと首を横に振った。

 

「お姉様。近頃、この学園都市に『真撰組』とかいう武装警察が幕府直々の命令で移動してきたのを勿論知っておりますわよね?」

「遠目で見た事あるけど黒い制服で腰に刀差してるガラの悪い連中だっけ?」

「そうです、あの連中には気をつけて下さいお姉様、“人斬り集団”という俗称は嘘では無いのですよ、つい先日も連中が攘夷志士が潜むビルに潜入して何十人もの敵を斬り殺したとか・・・・・」

「ふふん、レベル5のこの御坂美琴様が、刀持ってるだけのチンピラ警察集団に負けるとか本気で思ってんの? あんなの速攻で返り討ちよ」

 

誇らしげに胸を張りながら歩いている美琴に黒子は何言ってんだかという風に頭を手で押さえる。

 

「……真撰組は一応警察なのですよ、しかも幕府直々に任命された……もしお姉様が連中に攻撃を一度でもするならば、例えレベル5の第三位のお姉様でもすぐに幕府からお姉様に厳しい罰を下す筈ですわ、下手すれば打ち首も……」

「げ、マジで……私の年でもそんな事されるの、まだ若いんだけど私……」

「例え首だけになっても黒子は一生手元に置いて愛する覚悟ですの、だから安心して成仏して下さい、あ、やっぱり出来ればたまに化けて出て下さいまし」

「勝手に殺すな! ていうか何恐ろしい事考えてんのよ! アンタだけには絶対私の首は渡さないよう遺言に書いとくからね!」

 

顔を両手で押さえて気味の悪い事を考えている黒子に美琴は心の底から叫ぶ。

亡き骸になった自分に彼女が何をする気なのか考えたくも無い

 

「とにかく真撰組ってそんなめんどくさい連中ってのはわかったわ」

「全くですの、ここには“アンチスキル”や我々ジャッジメントがいるのに何故あんな野蛮な“犬共”をここに移動させたのか……お上の連中の考えはさっぱり理解できませんわ」

「将軍が無能なのよきっと、少しは下々の暮らしも考えてほしいわホント」

「だからそういう発言はお控えに……将軍はともかく、恐らく真撰組配備の理由は攘夷浪士が学園都市内部で目撃されてるからというのもあるからだと思いますわ、桂小太郎も最近ここで出没するのがたびたび目撃されていますし」

 

攘夷志士がこの学園都市に大量に潜んでいる可能性があると黒子は指を口に当てた状態で難しい顔を浮かべる。自分達やアンチスキルでは無理だと判断した上部の連中に不満を抱いてるらしい。

 

「桂小太郎がなんですの、所詮わたくし達と違って能力も使えないただの落ち武者。あんなテロリストこのジャッジメントである白井黒子が一人で捕まえてやりますわ、そして真撰組に赤っ恥かかせてやりますの、フフフフフ」

「変に突っ走らないでよ黒子、連中だってそう簡単に捕まるほどヤワじゃないだろうし……あ」

「ん? どうかしましたかお姉様? お忘れ物でも?」

 

一人でニヤニヤ笑いながら悦に入っている黒子に美琴は先輩らしく注意した時、ふとある事を思い出したかのような顔をした。

 

「いっけない……今日ジャンプの発売日だったわ、コンビニに行くの忘れてた……」

「は~ジャンプ……」

 

顔を手で押さえてガックリと肩を落とす美琴に、黒子はジャンプという少年雑誌の名前にいち早く反応を見せて思いっきり嫌な顔を浮かべる。

 

「申し訳ございませんがお姉様、わたくしの前で『ジャンプ』というワードを使うのはお控えになってくれませんの?」

「え? どうして? あんたマガジン派?」

「いやマガジン派とかジャンプ派とかそんなんではなくて・・・・・・ジャンプと聞くとただ“ウチの担任”が頭にちらつくから気分がどっと悪くなるんですの」

「あ~」

 

苦虫を噛みしめる様な表情で黒子は言葉を吐き捨てると、美琴はそれにすぐに理解して縦に頷いた。

原因はやはり“あのジャンプ好きの堕落教師”だ。

 

「アンタも災難ね、アイツが担任になるなんて。私も去年アイツが担任のクラスになったおかげで大変だったわよ」

「ホントなんでアレが常盤台の教師になれたのかわたくしは不思議でたまりませんわ、噂によるとこの学校の理事長に気にいられて、それでコネを使って教師になったとか・・・・・・」

「それ噂じゃなくて本当よ」

「へ?」

「ちょっと違うけど、去年アイツが私の担任だった時、直接本人から聞いたら普通に答えたのよ」

 

『ここのクソババァに命令されて嫌々教師やらされて、嫌々お前等の世話してるんだよ、ありがたく思えコノヤロー』

 

「って言ってたわよ」

「なんてこと……お姉様があの男の喋り方を真似るなど……」

「なんでそこでまた落ち込むのよ……いいじゃないの別に」

 

美琴が一年前自分の担任だった男の言っていた事を真似して教えて上げると、黒子はガクンと頭を垂らしてうつむいた。

 

「そんな裏口入門した様な男の下でこれから一年も生きていかなきゃいけないなんて黒子はショックで毎日倒れそうですわ……」

「いやアイツ一応公式の教師免許は持ってるらしいから……まあ、慣れよ慣れ。慣れれば別に問題ないって。経験者の私が言うんだから間違いないから」

 

笑いながら自分の肩を強く叩いてくる美琴に黒子はムスッとした表情で振り向く。

 

「……そうは言いますがお姉様は今でもたびたびあの男と口喧嘩してるではありませんか」

「うげ、アンタ見てたの……」

「あんな大声で叫び合ってたら誰だって気付きますの……」

「うそ……」

 

そういえばついちょっと前に何度目かわからないが常盤台の購買部の前でお互いに大声を出しながら口喧嘩をしていたのを思い出す。

 

原因は確かジャンプは立ち読みで済ませていると言った自分に彼が「お前なんかジャンプを読む資格なんかねえよ、ジャンプ愛がねえのかお前には!」と言ったのが理由だった筈。

そんな小さな事でお嬢様学校の教師と生徒が口喧嘩に勃発するとは・・・・・・我ながら少し反省するべきだと美琴は髪を掻き毟った。

 

「私だって好きであんな奴と喧嘩してるんじゃないのよ、ただアイツってば変な事にいちいち噛みついてきてさ……仕方なく付き合ってるだけで……」

「全くあんなダメ教師と付き合うのはすぐにお止めするべきですわ! お姉様の馬事雑言は全てわたくしがお受けしますから! どうぞ罵って下さい! さあ早く! お姉様の忠実なこの下僕にご褒美を! カモン!」

「だぁぁぁぁぁぁ!! 鼻息荒げて近づくの止めろっていつも言ってんでしょうが変態黒子!!」

「あぁぁぁぁぁん!! 激しいですわお姉様~!」

 

いきなり両手を広げて変態モードのスイッチが入った黒子に、美琴はイラついた表情で彼女の両肩を掴んで首が取れろと言わんばかりに激しく縦や横に揺らす。それでも黒子は恍惚の顔を浮かべて幸せそうだ。

 

「もっと激しいのを! 常盤台のエースと称されるお姉様の“あの能力”で黒子をもっと苛めて欲しいですの!」

「お望み通りこの学園都市からアンタの存在が消し飛ぶぐらい強力なのをお見舞いしてやるわよ!」

「遠慮なくこの黒子にお見舞いして下さいましぃぃぃぃぃ!」

 

美琴の頭の中で何かがブチッと切れた。そしてヘブン状態に入って嬉々している黒子の両肩を持って己の能力を使おうとする。

 

だが

 

「おい」

「「ん?」」

 

ペタンペタンとサンダルの足音と共に男の声が目の前にある駐車場の方から聞こえた。

美琴と黒子は動作を忘れてそれに反応すると

 

駐車場の中からとある男が出て来た。

 

「朝っぱらからなに女同士で変態プレイかまそうとしてんだコラ、こんなクソ暑くてけだるい日に気持ち悪いモンを見せつけようとすんじゃねえよ」

 

いつも履いている便所サンダル。

いつも着ている同じ柄のスーツと白衣。

いつも目に掛けている伊達メガネ。

そして極めつけは銀髪天然パーマと死んだ魚がしている様な目。

 

口にタバコを咥え小脇にコンビニで買って来たジャンプを挟んで。

学園都市最大の問題教師が二人の目の前に現れた。

坂田銀時、またの名を某ドラマの熱血先生と反意語という意味で銀八先生。

 

「うわ噂をすれば……」

「最悪ですわ、教室ならともかく外で出会うなんて朝から憂鬱ですの」

 

銀時のダルそうな顔を見た途端、美琴と黒子は離れて人生最大級の嫌な事があった様なしかめっ面を浮かべる。

せっかく明日から夏休みだというのを満喫出来る日なのに『歩くトラブル』と遭遇するハメになるとは・・・・・・

 

「なんだ朝からテンション低いなお前等、夏休み前日のガキ共ってのは裸足で校庭走り回るぐらいテンション高いのが普通なんじゃねえのか? 早く校庭なり空き地なり行って裸足で校庭走って来いよ」

「はぁ!? 誰のせいでテンション下がって・・・・・・!」

 

こちらに近づいて喋りかけて来た銀時に美琴は間髪いれずに噛みつこうとするも、隣にいる黒子がすぐに制止する。

 

「お姉様、先程自分の言っていた事とわたくしの話をお忘れになられたのですか?」

「え? なんだっけ?」

「もう忘れたのですか……このような教師などと喧嘩するのは反対だと黒子はおっしゃいましたの」

「ああなるほど、確かに教師と喧嘩なんていかにも子供っぽいしね」

 

そうだ、もう彼とつまらない事で不毛な争いをするのはもう止めだ。これからは大人の対応でこの男を流す。

 

そう心に決めた美琴はプイッと銀時から目を逸らして黒子と一緒にツカツカと歩いて彼を避けて横切り背を向ける。

それを見て銀時はいつもの様に噛みついて来ない美琴に「ん?」と首を傾げる。

 

「おーおーおー。どうしたどうした? 珍しく大人しく引き下がりやがって」

「はいはい、早く学校行かないと遅刻しますよ“銀八先生”」

「わたくし達は学生の身で忙しいのでいちいちあなたに相手するヒマなどありませんの」

「ふ~ん、あそう」

(あれ? やけにアッサリしてるわね?)

 

ツンと冷たい態度を取っても銀時は平然とした表情で普通に後ろを歩いている。

女子に疎まれようが嫌われようが全く動じない性格なのか? いや確かに去年、夏休み中に行われ、夏休み明けに発表される生徒達による『頼れる教師達・人気投票』で、自分が1票しか入ってないと知っても別に傷付いてもなさそうにいつも通りにしていたが……

 

美琴が後ろに振り返らずにそんな事を考えながら歩いていると。背後からパラっと雑誌のページをめくる音が聞こえた。

 

「終業式の時に読む前にちょっとピンナップを見てみるか」

 

恐らく銀時が読んでいるのはコンビニで買ったとかいうジャンプの事であろう。独り言を言いながら彼がパラパラとページをめくっている音を耳に入れながら美琴は無視して彼の前を歩く。ジャンプの内容が気になるがその思考を振り切って歩く。

だがしばらくして後ろにいる銀時が「は?」と疑問の声を上げるのが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだやってたのこの『ギンタマン』って奴? つまんねんだよなぁコレ、早く打ち切られろよ。なんでわかんないの編集者? こんなウンコみたいなの連載しても誰も読まねえんだよ、もうギンタマンじゃねぇよウンコマンだよこんなの。もう作者と一緒にジャンプから消えてくれよウンコマン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時の言ったささいなぼやきに

 

 

 

 

 

 

美琴は足は力強く止めて、さっきまで無視して流す予定だった彼の方にギロリと睨みを効かせて振り返った。

 

「なんの漫画が面白くないですってぇぇぇぇぇぇ!!」

「ちょっと! お姉様! この男と喧嘩しないと数秒前に決めた筈なのでは!?」

 

教師に対して殴りかかろうとせんばかりに声を荒げる美琴の腕を取って慌てて黒子が止めようとするも彼女は全く聞く耳持たない様子。

銀時は動じずにジャンプを持ったまま彼女の方へ顔を上げた。

 

「え? いやだからこのギンタマンが……」

「ふざけんじゃないわよ! それ私が毎週楽しみに読んでる作品なの! その言葉撤回しなさい!」

「うわぁ、お前まだこんなの読んでるの、趣味悪ぃなホント」

 

なんと先程まで自分がバカにしていた漫画は美琴の読むジャンプ作品は上位にランクインしていたらしい。

信じられないと言う風に銀時は疲れた表情で片手で頭を押さえる。

 

「あの気持ち悪いカエルといいギンタマンといいお前の趣味はわかんねぇわ」

「ギンタマンはおろか“ゲコ太”まで馬鹿にするとかアンタ本当に死にたいらしいわね!」

「相手にしないって先程決めたのに全くお姉様ったら・・・・・・」

 

いつも通りの彼女がいつも通りの態度で銀時に噛みつく姿を見て黒子は悩ましい表情でため息を突くと、顔を上げてジト目を美琴に向ける。

別に今始まったわけじゃない、黒子がこの常盤台に来てからずっと銀時と美琴はこの調子だ。

3人が再び動き出すのは授業開始5分前のアナウンスが流れた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人間の中には人間を超えたものがある』

 

数十年前にそれを詳しく解析した天人達は無理矢理開国させたこの星に一つの都市を創造し、その都市で超能力の才能を秘めた若者達の『眠る力』というのを目覚めさせるというプロジェクトを実現させた。

 

そのプロジェクトで生まれたのが学園都市だ。

 

この街には『異能の能力』を持つ少年少女、いわゆる『能力者』という者が現実に存在する。

学校のカリキュラム(時間割り)の中には記憶術、暗記術など能力開発に繋がる為の授業がごく自然に存在し、日々各々の能力を飛躍させる為の一環として教師はそれを教える。

 

能力とは一体どういったものなのかと簡単に説明すると。

相手の心を読む『読心術』

喋らなくても相手の頭の中に言葉を伝えれる『テレパシー』。

どこにでも瞬間移動できる『テレポート』。

念じれば目標物を思うがままに操る事が可能な『サイコキネシス』。

といかにも超能力と言ったものがあり

更には火、水、風、土、氷や属性を創生し操る能力。

他にも触った者になんらかの付加を与える、己自身の肉体を強化させる、重力を操るなど、数えきれない程様々な能力を持つ生徒達がこの学園都市には存在する。

どんな能力は一人につき一人、自分がどんな能力を持つかは己の道、もしくは天のみぞ知る。

そしてその一人一人には実力の証明となる『レベル』が存在しており。

まだまだ対した能力ではない者は『レベル1』

実生活やその他で役立てる事が可能になった者は『レベル2』

優秀な能力者と証明されるぐらいの基準値である『レベル3』

優秀の中の優秀、エリートと呼ぶにふさわしい『レベル4』

現在に置いて究極、最も神に近い者と称される程の能力を持った者こそが『レベル5』

 

レベル5はこの学園都市には7人存在している。学園都市、幕府、否、世界に認められた彼等はその一生を何不自由なく援助できる程の多くの援助が出ている。

(だがその中には援助や世界貢献に興味がなく、それらを断って自由気ままに生きている者も数人いるらしい)

 

レベル階級の中でレベル5は最も名誉な地位と判断していい。その下がレベル4、レベル3、レベル2、レベル1。

 

そしてなんの能力さえ持てなかった学生は『レベル0』

 

つまり無能力者と学園都市側から鑑別され、スプーンを曲げることさえ容易に出来ない才能無き者。

別に珍しい事でも無い、実際学生の中のほとんどはレベル0だ。

ただそういうレベル0の者を小馬鹿にする能力者も近年増えつつあり、高レベルが低レベルを見下す事などもはや日常茶飯事だ

 

だが稀に

 

実に極稀にだがレベル0の中にもとんでもない力を持っている者もいる。

 

レベル5、神に近いと称される彼らでさえ凌駕する可能性を持つ力を・・・・・・

 

 

 

神をも超える力を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レベル3以上からしか入学する事の出来ない常盤台女子中学はいわばお嬢様学校だ。

だが常盤台も例外なく他の学校がよくやる行事は多く存在する。

 

例えば夏休み前日に生徒全員を体育館に集合させて終業式。

そして校長の無駄に長ったるい退屈なスピーチとか

 

「え~明日から夏休みじゃが、ぬし等生徒諸君には長期間の休みとうつつを抜かして羽を伸ばし過ぎないよう遊んで欲しいと思うておる。もしこの中にいる誰かが問題行動を起こした場合には“余が”責任取らんといかんからの」

 

生徒全員を見渡せる場所に立って、教壇の上にマイクを置いて喋っているのはこの常盤台の校長先生。

体験は肥満型。顔面の色は紫、頭にぴょこんと出た触角が生えた明らかに人外な生物が偉そうにスーツを着て生徒達に語りかけていた。

 

バカ校長、否、ハタ校長だ。

 

「余はめんどくさいのはごめんじゃ、記者会見やってカメラパシャパシャ撮られ『あの生徒がまさかこんな事するなんて想像も出来なかった』とか嫌じゃからな、『あ~あいつ絶対すると思ってたわマジで、遠慮なくブタ箱ぶち込んでくんない?』って空気読まずに言うからな絶対、覚えとけよテメェ等。余はそういう所容赦しないから、もうサラッと言っちゃうから」

 

校長先生とは思えない様な口振りで生徒達に語りかけるハタ校長だが、目の前にいる数百人の生徒は椅子に座ってペチャクチャと私語を行って全く聞く耳持っちゃいない。

なんというか校長の話などどうでもいいというオーラが滲み出ていた。

 

「つうか誰も話し聞いてねえし! おいクソガキ共! 余を誰だと思うておるのだ! おいじぃ! じゃなかった教頭! 余を舐めきっておるこ奴等になんか言うてやれ!」

「おいお前等! この御方を誰と心得ておる! この一見ただのちっちゃいオッサンに見えるが偉大なるバカの中のバカ! 学園都市随一のブサイク、バカ校長にあられるぞ! あ、失敬、ハタ校長にあられるぞ!」

「失敬じゃねえよ! その安い言葉一つで言い訳出来ると思ってんのかクソジジィ!」

 

側近の様に隣に立っていた自分と同じ頭に触角の生えた老人、教頭に青筋立てて怒り狂うハタ校長。

そんな彼等を露知れず生徒達はペチャクチャ雑談していたり騒いでいたりして、その生徒達の横で座っている教師陣も生徒達を疎めもしない。

この流れは毎年恒例なのだ。

 

一年生の担任である坂田銀時も自分の生徒を取り締まることなく、最前列の席に座ってハタ校長の叫び声に耳も貸さずにコンビニで買って来たジャンプの読書に励んでいた。

 

「なんでギンタマンがセンターカラーなんだよ、仕事しろよ編集長」

「銀時」

「あ、何? ジャンプ貸さねえぞ」

 

隣から名を呼ばれたので銀時はとりあえず両手に持っているジャンプから目を離して左隣りに目を向ける。

そこには網タイツ、スーツ姿という異色のコラボをした女性教師が座っていた。

顔にいくつかの傷があるが容姿は実に美しく、初めて会った男が「あ、女のスーツ姿ってこんなにエロいんだ」って新たなジャンルを開きかねない様なスタイル抜群な女性。

銀時と同じく常盤台で教師の仕事をしている月詠だ。

ハタ校長が話をしているにも関わらずスルーして彼に話しかける。

 

「近頃天人や無能力者の学生や若者が、この都市内で他の学生達に横暴な暴力活動をしている事をぬしは知っているな」

「ああそうなの、まあ俺には関係ねえわ、教師だし」

「いや“教師だからこそ”関係あるじゃろ」

「え、なんで?」

「……おい、ぬしは本当に教師なのか?」

「その質問は何度もガキ共に聞かれてるから答えるのもだるいわ」

 

頭を押さえてしかめっ面を浮かべてこちらを眺める月詠に銀時は小指で鼻をほじりながらめんどくさそうに答えた。

まあこんな見た目で不真面目な男を教師と認識出来るのは確かにそうそういない。

 

「で、とにかく天人や無能力者の学生や若者が学生達にやっておるんじゃが。やってる事は暴力を振るったり恐喝まがいな事をする連中が多く、中には病院送りにする輩もおるらしい。難儀な話じゃのう、アンチスキル部隊の一つ、『百華』を率いているわっちも休む暇もありゃあせん」

「教師やってるのにお前も大変だな~、アレってボランティアだから無償でやってんだろ?」

「アンチスキルに志願するのは全員教師じゃ、大変なのはわっちだけではない」

「こんなクソ暑い中頑張ってんだなお前等、俺は家でゴロゴロしながら応援してるよ、頑張れ教師の星」

「腹の立つ応援の仕方じゃな……」

 

アンチスキルというのは学園都市内の教師達によって構成された治安維持部隊。

あくまで志願制のボランティア活動なのだが次世代兵器を用いた武装で戦う本格的な警備組織であり、この学園都市の治安を護るためには必要不可欠な存在である。

ちなみに月詠はそのアンチスキルの中にある特別な部隊、『百華』の頭領であり、普通のアンチスキルとは違い、最新兵器を使わずに己で身に付けた技のみで犯罪者を捕縛するチームだ。

彼女は銀時に向かって軽くジト目で睨みつけた後、ボソッと一つ提案してみる

 

「まあそういうヒマのおぬしに頼みたい事がある、ぬしもアンチスキルに入って欲しい、実は人手不足で困ってての」

「なんの罰ゲームだよそれ、やるわけねえだろタダ働きなんて。こちとら忙しいんだよ」

「今ならわっちの知り合いの熱血体育教師が徹底的にしごいてくれるぞ、地獄の方がマシだと思えるぐらいのしごきを体験できるぞ」

「罰ゲームどころかデスゲームかよ」

 

真顔で全く得のしない勧誘をする月詠に銀時は仏頂面でツッコんだ後、校長がスピーチしているにも関わらず突然フラリと立ち上がる。

 

「アンチスキルとかそんなのやる柄じゃねえんだよ俺は、他当たれ他」

「何処へ行く気だ銀時、まだ終業式は終わっとらんぞ」

「いやそろそろウチの所の“チビ”が動く頃だから、あ~あガキの面倒も疲れるわ」

「?」

 

めんどくさそうにそう言うと銀時は首を傾げる月詠を残して生徒達のいる方へと行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

常盤台の生徒である御坂美琴は端っこの席に座って半目で腕を組んだままカクンカクンと頭を何度も下げ、口をだらりと開けて半分眠っている状態になっていた。

周りの学生達は騒がしくくっちゃべってる状況で一人眠りに入れるとは・・・・・・。

だがそんな彼女の眠りを妨げる妨害者は突然やってくる。

 

「お姉様~、あなたの黒子がこの退屈な時間を有意義な時間に変えるべくあなたの所へ馳せ参じましたの~」

「んあ? 黒子?」

「周りでクラスメイトの皆様が騒いでおられるのに一人端っこで寝てるとか……」

「うっさいわねぇ……せっかく人が寝てたのに邪魔すんじゃないわよ」

 

何の前触れも無しに突如パッと目の前に現れた白井黒子に美琴は驚きもせずに眠そうな瞼をこじ開けて不機嫌な様子で言葉を返すが、それでも黒子はめげずにまだ寝ぼけた状態の美琴の腰に抱きついた。

 

「お・ね・え・さ・ま~」

「アンタ周りには私のクラスメイトがいるってのに……さっさと自分の所の席に戻りなさい」

「席に座ってただ“バカ部長”の話を聞いているなんて時間の無駄ですわ、こうしてお姉様との愛の抱擁をしてる事こそがわたくしの時間のこの上ない有意義な過ごし方ですの~」

「いやバカ部長じゃなくてバカ校長、ていうか私にとってはこの上なくうっとおしいんだけど……」

「そんな冷たい事おっしゃらないでくださいまし。でもわたくしそんなツンな態度を取るお姉様も大好きですの」

「あ~もう、頼むからあっち行きなさいよ……寝る以外やる事ないんだから」

 

自分の腰に抱きついて幸せそうに頬擦りまでしてくる黒子に美琴はうんざりした表情で彼女の頭を強引に引き離そうとする、だがその時

 

「何やってんだこの変態野郎」

「ふぎゃ!」

 

黒子の頭に突然分厚い雑誌、少年ジャンプが乱暴に振り下ろされる。

バシンという音が鳴り黒子は思わず声を上げ、すかさず後ろに振り返る。

 

「いきなりなんですか! わたくしとお姉様の幸せな時間を邪魔をするとは許しませんの!」

「あ~わかったわかった、許さなくていいから自分の席に戻れ。椅子に座って大人しくしてろチビ、さもねえと椅子に縛りつけるぞ。もっともテメェには意味ねぇだろうけど」

「うげ・・・・・・あなたでしたか」

 

振り返った場所にいたのは眼鏡越しから死んだ目を覗かせる自分ん所のクラスの担任が立っていた。

坂田銀時、彼に注意を受けた黒子は叩かれた頭をさすりながら眉間にしわを寄せる。

 

「あなたと喋っている時間こそがわたくしにとって一番の時間の無駄ですわ、お姉様とお別れになるのは不本意ですが退散させてもらいますの」

「出来るなら俺の前から一生退散してくんねえかな?」

「こっちのセリフですわよ」

 

フンと鼻を鳴らして捨て台詞を吐いた後、黒子はパッとその場から消えていなくなる。

だが銀時は別にそれに驚く様子も無く「ケッ」と悪態を突くだけだ。

『テレポート』それが白井黒子の能力。

精神状態さえ一定に保っていれば触った物をあらゆる場所に転移することが可能であり。

範囲内になら何処へでも瞬間移動する事が出来るという高度な能力だ。

レベル4の能力者はこの常盤台にも何人かいるが、その中で黒子は特に優秀な能力者の一人なのである。

 

「可愛くねえガキだなホント」

「黒子片づけてくれた事に礼は言っておくけど、アンタも席に戻ったら? バカ校長に見られるわよ」

「あ?」

 

いなくなった黒子に悪態をついている銀時に、ずっと黙っていた美琴が自分の膝に頬杖を突いた状態で彼に話しかけた。

 

「アンタって本当変な奴よね、なんでそういちいち私の世話してくれるわけ? いくら理事長の命令だからってちょっと過保護すぎるわよ」

「うるせえな、つうかお前教師に対してその口の効き方はねえだろうが、いい加減にしねえとテメェも殴るぞ」

「フン、殴るとかそれ以前にアンタは私に触れる事も出来ないわよ。私はレベル5の第三位、能力も無いただの教師のアンタなんかに・・・・・・おご!」

 

腕を組んで不敵な笑みを浮かべて喋り出す美琴の頭に。

間髪いれずに銀時はジャンプを縦にして振り下ろした。

バコンと気持ちの良い音を立てて美琴の頭に小さなコブが生まれる。

 

「うぐぐ……アンタ私が喋ってる途中にいきなり仕掛けてくるとか卑怯よ……」

「レベル5ね、確かにアホレベルなら文句なしの5だわ」

 

雑誌の固い部分で叩かれたので美琴はあまりの痛みに涙目になりながら頭を押さえて悶絶する。

そんな彼女に軽い皮肉を浴びせた後、銀時は手に持っていたジャンプをヒョイと彼女の方に差しだした。

 

「ほれ、ジャンプ貸してやるよ」

「いたた……え?」

「ヒマなんだろ?」

 

頭を押さえながら顔を上げるとそこにはダルそうにジャンプをこちらに差しだす銀時の姿が、美琴は思わず口をポカンと開けて数秒間静止してしまう。

 

「……アンタが私に?」

「読み終わったら返せよ、俺まだ全部読んでねえから。じゃ」

「え? ちょ、ちょっと!」

 

目を細めてこちらを怪しむ様な表情になる美琴の両手に無理矢理ジャンプを差し出し、最後に手を一度上げて自分の席へと戻って行く。

残された美琴は両手にジャンプを持って彼の計らいに首を傾げるしか出来なかった。

 

「全くホントなにがしたいのかわからない奴ね……」

 

自分の席に深々と座って吸っていたタバコを携帯灰皿に入れている銀時に視線を向けながら、美琴は彼から借りたジャンプを開く。

 

「何考えてるのかさっぱりわからないクセに他人の考えは全て見通している様な態度、そこん所はホント腹立つのよね……」

 

 

 

そんな事を呟きながら美琴はとりあえず借りたジャンプに視線を下ろす。

するとさっきまでのしかめっ面か一転して瞬く間に顔をパァっと輝かせた。

 

「やった! 今週の『ギンタマン』センターカラーだ……!」

 

周りの生徒がそんな彼女を見てヒソヒソと会話してるのを気にも留めずに

 

 

 



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第二訓 教師、少女と昼食を喰らう

 

 

常盤台の終業式を終えた御坂美琴は一人、女子寮に帰る為にトボトボと帰路についていた。

あの後、終業式中にジャンプを読んでゲラゲラ笑っていた彼女は、レベル5の第三位とか関係なく周りの生徒から注目の的だったと彼女自身は知らない。

 

 

 

「黒子はジャッジメントで忙しそうだけど、私は相変わらず研究とか実験やる時以外は年中ヒマなのよねぇ……喉が渇いたしちょっとあそこ行こうかな……ん?」

 

そんな独り言をぼんやりと呟いていると背後からブロロローっといつものスクーターの音が聞こえて来た。

聞き慣れたその音に美琴は後ろに振り返ってみると

 

「くおら~やっと見つけたぞジャンプ泥棒」

「は? どうしたのアンタ?」

「どうしたのじゃねえよ」

 

案の定、天然パーマ教師の坂田銀時がスクーターに乗って路上を走って来た。

どうやら終業式が終わってから自分の事をずっと探しまわっていたらしい。

歩いている美琴の隣にピタッと止まると、銀時はスッと彼女に手を差しだす。

 

「ジャンプ」

「ん?」

「いやジャンプ、お前借りパクしてんじゃねえよ。俺読み終えてねえから返せよって言っただろうが」

「ああそうだっけ? てっきり貰ったモンかと思ってたわ」

「これだから女ってのはイヤなんだ、『借りる』を『貰った』にすぐテメーの頭の中だけで変換させやがる、お前等女はどれだけ男共を騙せば気が済むんだ、そんなに俺達を弄んで楽しいかお前等?」

「返せばいいんでしょ返せば、男ってのはホントケチ臭くて嫌になるわ」

 

耳元でネチネチしつこく言って来る銀時に美琴はダルそうな目をしたまま自分のカバンを開けて中から一冊のジャンプを取り出す。

 

「いい年なんだからいい加減ジャンプ卒業したら?」

「年を取っても俺の心は常に少年なんだよ」

「だからいつまで経っても頭ん中ガキなのね」

「悪いが今はお前のくっだらねえ挑発に付き合ってる余裕はねえんだ、こっちはまた学校に戻って教員会議受けなきゃいけねえんだ」

 

嘲笑を浮かべて取り出したジャンプを見せびらかす様に掲げている美琴から、さっさと学校にもどなければいけない銀時は手を伸ばしてジャンプを奪おうとする。

 

だがジャンプに手が届く寸での所で美琴はヒョイとジャンプを上にあげた。

銀時の手は虚しく空を切る。

 

「おいおいなんの真似だテメェ、こっちはヒマじゃねってんだろ」

「返して欲しいなら“条件”があるんだけど」

「は?」

「ちょっと昼ご飯に付き合ってくれる? このまま寮に帰っても暇なのよ」

「いや何言ってんのお前?」 

 

随分と勝手な提案に銀時はバツの悪い表情を浮かべる。

 

「条件飲まないとジャンプは永久にアンタの下には戻らないわよ」

「いやそれ俺が自分の金で買ったジャンプだからね、なんでそれをお前から返してもらうのにお前の条件を飲まなきゃいけないの。つうか俺会議があるって言わなかった? 暇人のお前と違って社会人の銀さんは忙しいの、わかる?」

「会議つってもアンタどうせ寝てるだけでしょ、だったら私に付き合いなさい」

「寝るんじゃねえよ、シエスタ決め込むんだよ」

「同じ意味だろうが!」

 

乱暴な口調でツッコミを入れた後、美琴は銀時の背中をジャンプで叩き出す。

 

「じゃあ早速その辺の店に行きましょ、さっさとこのボロっちいスクーターを出しなさいよ」

「いてぇから叩くな、ざけんなクソガキ、昼飯ならチビと一緒に行けばいいだろ」

「黒子はジャッジメントだから忙しいのよ」

「俺だって忙しいわ」

「嘘付くんじゃないわよダメ教師」

 

嫌がる銀時を強制的に昼飯につき合わせようとする美琴。

ここまで強引な手を使うとは珍しい、何処か思う事でもあるのだろうか?

 

「それにね、私だってホントはアンタなんかと一緒に昼飯とか食いたくないわよ、ただ……」

「うん?」

 

さっきまでの笑みから一転して急に沈んだ表情を浮かべる美琴に銀時が首を傾げると。

彼女は彼に向かってそっと口を開いた。

 

「この年の少女が一人ファミレスでご飯食べるのって……なんかアレでしょ」

「……お前いつも一人で食ってたじゃん」

「う……!」

「ていうか俺とあのチビ以外とじゃ飯食わねえじゃんお前」

「うっさい! だから少しだけでいいから付き合ってよ! 一人でファミレスにいると店員さんが哀れみの視線送ってくるの! 痛いのよその視線がほんと!」

「じゃあファミレスで食うなよ」

 

恥ずかしい体験を思い出し顔を赤らめ叫ぶ美琴に冷静にツッコミを入れた後銀時は仕方なさそうにため息を突いた。

 

「はぁ~あ……ちょっとだけだからな」

「フフフ、わかればいいのよわかれば」

「んじゃさっさと後ろ乗れ」

「ヘルメットは?」

「……俺のドライビングテクニックを信じろ」

「アンタが被ってるの貸して」

「え? じゃあ俺のは?」

「アンタのドライビングテクニックを信じなさいよ、それと喉渇いたからちょっと寄りたい所あるんだけど」

「あ?」

「いい場所知ってんのよーふふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二訓 教師、少女と昼食を喰らう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~やっぱこの時期はクーラーのある場所が一番だわ、俺も家にクーラー付けようかな、あ、金がねえんだった」

 

 

 

 

数十分後、銀時は彼女を連れてとあるファーストフード店へやってきた。美琴行きつけのファミレスではなく銀時によって強引にここに来る事になったからだ。

外が極暑の中、店内に付いている冷房の風は正に神の息吹と言えよう。

だが残念な事に飲食店の中は多くの学生がわんさかと・・・・・・

 

「やっぱ昼飯の時間帯だから混んでんなぁ」

「アンタねぇ、ここは学生がたむろする場には格好のファーストフード店よ? ただでさえ昼ごろの飲食店は混むのにこんな店だったら余計に混むに決まってんじゃない、なんでここ選んだのよ」

「安いからに決まってんだろ、今どきのファミレスとかいくらすると思ってんの?」

「え、“そんぐらい”奢ってあげてもいいわよ“先生”?」

「お前さ、そういう庶民をバカにした態度を取る小娘が一番ムカつくんだよ? あーやだなー、親は一体どういう教育したのかねー」

 

ニヤついてここぞとばかりに金持ちアピールをしてくる美琴からそっぽを向いて銀時は恨めしい言葉をブツブツと呟く。

 

だが美琴はこちらに背を向けた彼を鼻で笑い飛ばし

 

「こう見えてお金はたんまり持ってるのよね。レベル5ナメんじゃないわよ」

「いいねぇ超凄い能力者さんは。俺等貧乏人とはえれぇ違いだ」

 

長い行列に並び始めてそんな事を言う銀時を美琴は再びフフンと鼻で笑ってやる。

 

「なんならこの店丸ごと買い取ってやってもいいわよ。そうすりゃ貸し切りし放題だし」

「金は持っててもその残念な発想力はどうにかなんねぇの?」

「な、何よそれ!」

「そういうバカな事考えてばっかだから”ババァ”にサイフ握られてんだよ」

「ど、どうしてそれ知ってんのよ!」

「さあね」

「ぐぅ……」

 

美琴は悔しそうに唇を噛む。

もう一年以上の付き合いになるがどうにもこの男の真意はよく読み取れない。

まるで雲の様にフワフワしていて掴み所が無いのだ。

 

「……私の分も適当に頼んでおいて。席取ってくるから」

「喫煙席だぞ」

「今の時間帯は全席禁煙よバカ」

「さっき言ってたレベル5の権限ってもんを見せてやれよ」

「その程度の事で使いたくないわよ」

 

列に並んでいる銀時に冷たく返事した後踵を返して美琴は席を探しに行く。

この時間帯だ、座られていない席を探すのは至難の業だ。

 

「何処もかしこも学生で一杯か……それにしても一般人より学生が多い都市とか、今更だけど変な所よねここ」

 

そんなぼやきを吐きながら美琴は辺りを5分ほどくまなく詮索していると、運良く丁度4人用の席から立ち上って帰ろうとする数人の学生を見つけた。

 

(あの子達が帰れば座れるわね、さすがにこんなクソ暑い中を外で食べるのは勘弁よ)

 

そこにいた学生たちが仲良くおしゃべりをしながら去った後、美琴はすぐさまその席に滑り込む様に座った。

 

 

仲良く会話しながら去っていく女子グループを羨ましそうに眺めた後、彼女はどっと深いため息を突く。

 

「はぁ……4人か、今どきの子って大体あれぐらいの人数で遊ぶのかしら……ん?」

 

ようやく座れた事で美琴が安堵の表情を浮かべていると、自分が座った所から向かいにいる二人の男女が目に止まる。

この辺では全く見かけない服装、どうみても学生の格好では無い。

 

 

「”禁書目録”が何処に行ったのか見当つきましたか」

「いや、この街は無駄に大き過ぎるからね。だがその代わりに僕はこの店でとんでもないモノを発見した」

(この辺では見かけない顔ね・・・・・・赤髪の方は外国人よね?)

 

ようやく座れた事で美琴が安堵の表情を浮かべていると、自分が座った所から向かいにいる二人の男女が目に止まる。

この辺では全く見かけない服装、どうみても学生の格好では無い。

 

「この店は一見、薄っぺらい牛肉を使ったハンバーガーと冷めたらマズ過ぎて食えやしないポテトが売りの店だと思っていた。だが違う、この店の最強の商品は一応飲み物として分類されているこのシェイクだったんだ」

「あなたはわざわざこの鎖国状態の街でなに変な事に時間を割いているんですか? そんなもの発見してないで彼女を発見する事に時間を割いて下さい」

「特にバニラが至高だ、コイツは僕の14年の人生の中でニコチンの次に美味と認定された、甘い物も馬鹿には出来ないモノだね神裂」

「ステイル、あなたもうイギリスに帰っていいですから」

「イギリスに帰ったら食べれないだろ、馬鹿にしてるのかい?」

「してますがなにか?」

(変な奴等、ああ暑いからそういうおかしな人が増える時期なのね)

 

二人の会話を何処か遠い目で眺めながら聞いている美琴。だがそこに

 

「おいコラなぁにボーっとしてんだ。せっかくこっちが持ってきてやったのに」

「あら意外に早かったわね」

 

相変わらず生気を全く感じない目をしたまま、銀時が両手に昼飯が置かれたトレイを持ってやってきた。

銀時はすぐさま美琴の向かいになる様に席に座る。

 

「あっちい外で食うハメにならなくて良かったわ、ほれお前の分」

「はいありがと、へ~ちゃんと私が好きなモンわかってるじゃない」

 

自分の分のトレイを受け取ってそこに置かれた商品を見て美琴は感心したように頷くと銀時はだるそうな表情でポテトを食べ始める。

 

「お前と何回ここに来てると思ってんだよ、それぐらい熟知してらぁ」

「まあ結構な付き合いだもんね、アンタとは」

 

嫌な事を思い出す様に美琴がしかめっ面を浮かべながらチキンナゲットをつまんでいる姿を見て、銀時はバニラシェイクを片手に持ちながらけだるい口調で呟いた。

 

「めんどくさかったけどババァの命令だったしな、仕方なくだよ仕方なく」

「はいはいツンデレツンデレ」

 

けだるそうにぼやく彼に何も塗っていないチキンナゲットを口に入れながら美琴はうんうんと頷く。

 

 

「ところでこのまま延々と食べ続けても暇でしょ、なんか会話のきっかけになる話題ないの?」

「あ? じゃあお前の恋愛相談でも聞いてやろうか?」

「アンタにそんな相談するわけないでしょ……」

「じゃあ俺がしていい? いやぁ最近ホントモテなくてさぁ困ってんだよ、つうか周りの女がロクな奴がいねぇんだよ」

「相談する前にまず己を見返してみたらどうでしょうか?」

「先生、結論が早すぎです。少しは銀さんの事を考えてください」

「考えたうえでの結果ですがなにか?」 

 

いきなり生徒相手に相談を持ち掛けるダメ教師に呆れた様子でわざとらしい敬語で結論を出す美琴。正直彼の恋愛事情など宇宙の果てに何があるかよりもどうでもいい。

 

「大体そんな恋愛なんてできるタマじゃないでしょアンタ、どうせドロドロのただれた恋愛しか出来ないわね」

「うるせぇよ、恋愛のれの一画目さえ知らないお前に俺のなにがわかるんだよ。てかお前の場合恋愛以前に友達作れ。あの変態以外に」

「な! 言っちゃいけない事言ったわねコイツッ!」

 

けだるそうに食事しながら痛い所をついて来た銀時に美琴が胸倉を掴もうと身を乗り上げる。すると

 

「さっきからうるさいな……おい、そこの額に青筋浮かべた顔真っ赤の娘」

「なによ!」

 

不意に背後から話かけられて美琴はすぐ様ばっと振り返る。

 

 

すると先ほどシェイクについて熱く語っていた赤髪の外人が不機嫌そうな態度で立っていた。

 

「さっきから騒がしいんだよね、悪いけど空気を読んで場所を変えてくれないか? 食事の邪魔だ」

「はぁ!? この真夏に暑っ苦しい服装してる奴に空気読めとか言われたくないんだけど!? 」

「いや無知な君にはわかるまいがこれはちゃんとした礼装……」

「ていうかなんで顔にバーコード付けてんのよ! オシャレなの!? オシャレで顔にバーコード貼り付けてんの!? ハハハ! カッコいいカッコいい! カッコいいわねホント!」

「だ、だからこれも……」

「指輪じゃらじゃら付けてるみたいだけどなんなの!? もしかしてアレですか!? 指輪とか十字架じゃらじゃら付けてれば未知なる力を発揮できるとか思ってるアレな類の奴ですか!? 学園都市でそんなオカルト装備してるとかチョーウケるんですけどー!」

「……」

 

注意した矢先に急にこちらに矛先を向けて笑みを浮かべながらあれよあれよと攻める美琴。

どうも先程の銀時のおかげで機嫌が大分悪くなってしまっているようだ。

 

そして半ばとばっちりを食らってしまった赤髪の男はフラリと体を傾け。

 

「心折れた……イギリスに帰りたい……」

「ステイル!」

 

心無い罵詈雑言に本気でダメージを受けた様子でぐったりしている男に、先ほど話していた知り合いであろう女性が慌てて立ち上がって駆け寄る。

 

「何をやってるのですか! あなたはまだ己の責務を果たしていません!」

「いやもう無理、責務とか知らないし……僕はもうイギリスに帰る……イギリスに帰ってそこでシェイク屋を作るんだ……」

「意味わからないこと言って現実逃避しないでください!」

 

テーブルに顔を擦り付けながら意味不明なことを口走る男を厳しくたしなめる女性。

 

そんな彼女をふと銀時はジーット見てハッとある事に気付いた表情を浮かべるやいなやそっと近づき

 

「あ、あのうすみません……」

「なんですか全く、大人であるのにあなたは一体その娘にどんな教育を……」

 

近づいてくる銀時に女性はキッと敵意をあらわにする目で睨み付けるが銀時の方はというとそんな彼女の態度を気にも留めずにそっと近づき耳元で

 

「……ジーパンめっちゃ破けてますよ……」

「え? いやあの……は?」

「今なら誰にもバレてないようだからこっそり店でた方がいいですよ……あとシャツもめっちゃめくれてますよ、もう露出狂みたいな恰好になってますから……」

 

優しく耳元で助言してくる銀時に女性の方はやや戸惑っている様子。一応彼女なりにこの格好がベストな様子だが……

 

「あの……善意で注意してくれるのはありがたいのですがこの服装は元々これで合っていまして……」

「え? 知った上でそんな格好してるの? どうしてそんな格好してるの? おかしいよね? 絶対変だよねその恰好?」

「いやそれはその……この服装の真意は言えませんけど本当にこれで良くて……」

 

真顔で冷静に追及してくる銀時に困惑する女性、すると黙ってられるかと言わんばかりに食事していた美琴が立ち上がった。

 

「あんたさぁ知らないの? これだからおっさんは……今時はジーンズをわざと傷つけて履くファッションがあるのよ、ダメージジーンズって奴」

「いやどんだけダメージ付けてるんだよ。傷つけたレベルじゃねぇよ、重傷だよコレ?」

「それはアレよ、切りすぎて収集つかなくなっちゃったけど「これが逆に凄くない?」とか思いこんじゃってるのよきっと……若気の至りよ」

「なんだよそれ、頭の方にまでダメージいっちゃってるじゃねぇか」

 

こちらの事情など露知れず、勝手に二人でひそひそと話を進めている銀時と美琴に。

女性の方はプルプルと肩を震わせ彼等の言葉に耐えるのみ。

 

「あの……本当になんでもないですから……気にしてないでください……」

「バカ、お前の案は当てにならねぇよ、よく見ろ。髪結いも普通の紐だし上半身もシャツ一枚だし……廃刀令のご時世で刀持ってる所からして職に困った貧しい浪人なんだよ」

「あー確かによく見るとみずぼらしい格好してるのね……あんな美人なのにこんな不景気じゃ誰も雇ってくれないもんなの?」

「いや浪人でもなんでもないです! それに私職についてますから!」

「ああもういいからそういう見栄はいいって、悪かったよ傷口えぐるような真似して」

「ごめんなさい、そのダメージジーンズって見た目だけじゃなく着ている人自身のダメージも表していたんですね……」

「哀れみの視線を送らないで下さい! 泣きそうになります!」

 

男の方よりも女性の方に対して謝罪する銀時と美琴。二人に対して女性が懇願するように叫んでいると

 

「……”お姉様”」

「「え?」」

 

背後から飛んできた聞き慣れた声に、、銀時と美琴は同時に後ろに振り替える。

 

「なにやってますの?」

「う、黒子……! ジャ、ジャッジメントの仕事はどうしたの……」

「現在進行形でバリバリ仕事しておりますがなにか?」

 

そこに立っていたのは美琴にとっては一年後輩ルームメイト、銀時にとっては担任を請け負っているクラスの生徒である白井黒子であった。

ジト目でこちらを睨み付けて来る彼女に美琴はバツの悪そうな顔を浮かべる。

 

「実はついさっき通報があったんです、お店にやかましい客が人目も気にせず叫んでいると。ええそらもう年端の少女は思えないぐらいみっともない姿を晒してると」

「へ、へ~……大変ねアンタも、そんな事でいちいち通報されるなんて……」

「まあコイツには俺が後でキツく言っておくから、それで勘弁してくれや」

「アンタのせいでもあるでしょうが!」

 

悪びれもせずにすぐに自分の非をなすりつけてくる銀時に美琴がムカッとした様子で叫ぶとその様子に黒子は一層顔をしかめる。

 

「それとお姉様とそこの銀髪に聞きたい事がほかにありまして」

「なによ! もしかしてこの程度の事で捕まえる気!? 私は悪くないわよ! 悪いのは全て全部中二ロンゲと露出ジーンズだから!!」

「いやこの二人は完全に被害者ですので、あとなんですのその呼称?」

 

責任を全て押し付けようとする美琴をめんどくさそうに制止しつつ、黒子は早速本題に入った。

 

「今からほんの数十分前にあった事なんですけど、第七学区の公園にある自動販売機に蹴りを入れて中に入ってる飲料物を無償で取る二人組がいたって目撃がありましてたの」

「うん?……はッ!」

「あ……」

 

起きた事件の話を聞いて何故か御坂が素っ頓狂な声を上げる。そして銀時の方もバツの悪そうな顔をしている。なぜなら……

 

『ちぇいさー! ほら出てきた』

『おいおいマジで出たぞコレ、これ凄くね?』

『何が出るかわからないのが欠点だけどね、アンタもやってみれば』

『蹴り入れてジュース一本貰えるとかこの街も案外アナログだねぇ、おいどの辺蹴ればいいんだ?』

『ここよここ、オラ! もっと出せコラ!」

『おお出た出た、よし俺も。せぇい! 甘くて冷たいもん出せコラァ!」

『あ、いちごおでん出てきた、ハズレね、アハハハ』

『あ~あ畜生……あ、これ結構いけんじゃね?』

『飲むんかい!』 

 

ここに来る前にやってきた自分達の行いを振り返る二人。

クーラーの効いた店内で変な汗をかく二人を黒子はジーっと見つめる。

 

「それとその二人組の特徴はというと、一人がショートカットの常盤台の生徒でもう一人は銀髪天然パーマで白衣を着た男らしいですわ」

「へ、へ~そうなんだ~あ、そういえばそんな特徴の奴この店にいたかも……」

「ちょ、ちょっと前に行っちゃったかもしれないわね~黒子、探して来ようか?」

「いやいや探す必要ありませんわ、お姉様」

 

冷や汗をダラダラ流しながらあくまでシラを切る様子の二人に

 

黒子はニコリと優しく微笑みかけた。

 

「さあお姉様、そこの逃げようとしているアホ銀髪を連れてわたくしと共に参りましょうか」

「「……」」

「言っておきますが逃げたらもっとマズイ事になりますので」

 

微笑む彼女を前に二人はただ従うしかなかった。

 

『ジャッジメント』

 

学生だけで構成された組織とはいえ相手が例え名門の生徒だろうが教師だろうがアンチスキル・真撰組同様に問答無用で容赦なく捕まえるれっきとした警察組織である。

 

 

 



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第三訓 少女、幕府に依頼される

ジャッジメント第177支部は多くの人が賑わう街中に設置されていた。

いつどこからでも臨機応変に出動し対応出来る事を考慮されているので、所属しているメンバーにとって非常に有意義な場所と言える。

小さなビルの二階に設置されており担当する事件もさほど大きくなく、アンチスキルや真撰組の様に大規模な事件に加入する事は少ないが彼女達もまた立派な警察組織の一員である。

 

「……ハァ~全くなんということでしょう」

「……」

「おいチビ、喉渇いたから茶出してくれや」

「勝手に冷蔵庫からでも取り出してくださいまし。”初春”の飲み物ならいくらでも飲んでよろしいですし」

 

そして現在、ここにいるのは事務机で呆れてものも言えない状況だという表情を上手く出している白井黒子。

支部にあるお客様用の椅子に申し訳なさそうに彼女に苦笑する御坂美琴と偉そうにふんぞり返っている坂田銀時であった。

 

「はぁ~わたくしが口を酸っぱくして何度も言っていましたのに……あれほど我が校にふさわしい御方になってくださいと何度お願いしてるのにこの体たらく……」

「あ~あのさぁ黒子、この事については色々理由があるのよ……あの自動販売機ってば前に私のお札飲み込んだことがあって……」

「理由はどうあれ器物破損に引っかかるぐらい十分な損傷があると”固法先輩”が言っていましたわ」

「そ、そうなんだ……私そんな蹴った覚えないんだけどなー。もしかしたら私達以外の人もやってたりして……」

「言い訳は見苦しいですわよお姉様」

「ぐ……」

 

いつもの様にベタベタくっついてくる態度とは裏腹に、今の黒子は完全に仕事モードに入っていた。淡々とした口調で反論をバッサリと切り捨てる彼女に美琴もたじたじである。

 

「あのぉ……この事は理事長とかには内緒にしてほしいんだけど……」

「残念ですがもう既に報告済みですの」

「ええええ!? アンタなにしてくれてんのよ!」

「と言われましても、それがわたくし達の仕事ですし」

「そんな真似したら私怒られるじゃないの!」

「怒られる真似するから怒られるんですの」

「うう……」

 

もっともな事を言われてもはや反論する気力さえ失せてガックリと肩を落とす美琴。

理事長にこんな事してるのをバレた……それを考えただけでも憂鬱な気分になる。

落ち込む彼女に横目をやりながら黒子はボソッと呟く。

 

「これがジャッジメントでなく真撰組のチンピラ警察共に捕まっていたら留置場にぶち込まれてたかもしれませんわよ」

「それはそうだけど……」

「”あなた”もですわよ」

「け、んなめんどくせぇモン書くなら留置場にでも居た方がマシだコノヤロー」

 

急に話を振ってきた黒子にけだるそうにソファで大きな欠伸をする銀時。

自分も美琴と一緒に器物破損の片棒を担いだにも関わらず罪の意識は0だ。

 

「ところで俺はいつ帰れんだ」

「わたくし個人としてはあなたにはさっさとお帰り願いたいですが、そういう訳にもいきませんの。固法先輩が来るまでここで大人しくしていてくださいまし」

「私は……」

「お姉様はわたくしと”キッチリ”とお話してからですの」

「ええ……」

 

そう言いながら黒子はカリカリとボールペンを動かして机と向き合ったまま何やら書類に書いている様子。よく見ると彼女の机にはまだ未記入の書類が山ほどあった。

それを見て美琴が心配そうに尋ねかける。

 

「ねぇ、もしかしてそれ1日中に終わらせる気? アンタ今日帰れるの?」

「あら、心配なさらずとも大丈夫ですわよお姉様、この書類の6割はそろそろ戻ってくる後輩に無理矢理やらせますから」

「アンタ鬼でしょ……」

「後輩の扱いを心得ていると言って下さいまし」

 

未だ知らぬその後輩に美琴は同情しながらハァ~と深いため息を突いた。

さっきからここに数十分ほど座らされているので退屈になってきたようだ。

 

「暇ねぇ、ねぇ黒子。私達いつになったらここから解放させてくれるの? 別にいいでしょ話なんて、同じ部屋に住んでんだからそこでたんまり聞いてあげるわよ」

「なんで上から目線なんですの……悪いですけど静かにしてて下さいませ。わたくしも仕事中の身ですから」

「冷たいわね……」

「仕事が終わったら思いっきり二人の愛を育みましょう」

「一生仕事してていいわよー」

「あん、いけずですわねお姉様は……」

「おい、仕事中でしょ、素に戻ってんじゃないわよ、ったく」

 

ずっと無表情で事務仕事をしていた黒子が突然身を悶えてクネクネ動きながらこちらを見つめてくる姿を見て、美琴は何も変わってないと頭を手で押さえた。

 

「にしてもホント暇よねぇ、アンタもそう思うでしょ?」

「ん~俺はジャンプあるから別にいいや」

「ってアンタいつの間にジャンプ読んでるのよ!」

 

隣に目をやると銀時はふとコンビニで買っていたジャンプを読み始めていた。読書で時間をつぶす魂胆らしい。しかしこれには美琴も不満の様子だ。

 

「アンタが一人ジャンプ読んでたら私ヒマになっちゃうじゃないの!」

「静かにしろ、今ギン肉マン読んでるんだから」

「黒子! 事務仕事手伝ってあげようか!」

「お気遣いなく」

「うう~……」

 

数少ない話し相手である二人にそっけない態度で突き放されて美琴の不満は爆発寸前だ。

 

「なによアンタ達! 少しはヒマな私の為に気を使いなさいよ! 私はこれでも常盤台のエースで……!」

「静かにしろつってんだろコノヤロー、暇ならテレビでも観てろよクソガキ」

「この時間帯ならドラマの再放送でもやってるんじゃないですかお姉様?」

「くぅ……! アンタ達はこういう時に限って息ピッタリに……!」

 

一方はジャンプに、一方は書類に目を通しながら上手く会話の連携をとる銀時と黒子に美琴はワナワナと肩を震わせながら不満を通り越して怒りが芽生えそうだ。

 

「も、もういいわよ! ここで黙って待ってる! それでいいんでしょ!」

「耳元で叫ぶな、いい加減にしねえとガムテ口に巻き付けるぞ」

「最初からわたくしはそうして下さいと頼んでいますわよ」

「もう!」

 

自分の事に集中している二人に素っ気なくそう言われるも、美琴はイライラとした様子で支部内を歩き回り始めた。銀時と黒子はそんな彼女を気にも留めない。

 

「この書類は初春にやらせた方が早そうですわね……てことはコレとコレも初春に任せましょう」

「おいおい、ここで必殺技使っちゃうの? 大丈夫かコレ? 決勝まで持つのギン肉マン?」

「……」

 

完全に各々の世界を作っている二人に美琴は面白くなさそうな表情で腕を組みながらなお歩き回る。

 

(固法さんとかいう人が来たらいいんだっけ? いつになったら来るのよ全く……)

 

そんな理不尽極まりない事を考えていると下からカンカンと階段を上る音が聞こえた。

その音をいち早く聞いた美琴はハッと支部のドアの方に振り向く。

 

そしてゆっくりとそのドアが開いたその時……

 

「いつまで待たせてんのよ! さっさと釈放させろコラァ!」

 

開いた矢先に間髪入れずに跳び蹴りをかます美琴。ずっとここに閉じ込められていた上に話し相手から冷たい態度をとられていた彼女の期限の悪さはMAX。もはや誰であろうが容赦しない。そう思って開いた入り口に向かって蹴りを入れたのだが……

 

「あれ?」

「……」

 

いかにも高官の様な制服に身を包んだパッと見30代のグラサンを付けたおっさんだった。

美琴の蹴りを綺麗に顔面で受けて無言でゆっくりとその場に崩れ落ちる。

 

「局長ォォォォ!!」

「貴様ァ! 何をするか!」

「あ、ごめん間違えました、出直してきます」

 

目の前に倒れたおっさん、それを見て騒ぐ二人の連れは恐らくそのおっさんの部下であろう。美琴は気にも留めずにドアを閉めて戻ろうとする。しかし

 

「待て?」

「ん?」

 

部下の一人に呼びかけられたと同時にカチャリと聞こえた生々しい音、そして後頭部につけられた「何か」を感じて美琴は眉間にしわを寄せる。

 

「貴様が学園都市第三位の超電磁砲≪レールガン≫だな。我々と一緒に来てもらおう」

 

後頭部に突き付けられているのは恐らく彼らが所持していた『銃』であろう。廃刀令のご時世の今じゃ特に珍しくもない武器だ。しかしそんなモンを突き付けられていても美琴は依然涼しい表情だ。

 

「悪いけど知らない人にはついて行くなってそ銀髪天然パーマの教師に言われてんのよ」

「フ……幕府(おかみ)の言う事には逆らうなとも教わらなかったか?」

「は? 幕府?」

 

幕府と聞いて美琴はとっさに後ろに振り返ると、そこにはさっき蹴り入れて一発KOさせた筈のグラサンの男がヨロヨロとしながら立ち上がっていた。

 

「入国管理局の者だ、アンタにちょっと仕事を依頼したくてね、超能力者のアンタにしか出来ない仕事だ」

「は?」

 

グラサンの男は鼻血を出しながらも気にも留めずに不敵な笑みを浮かべる。そんな彼に美琴は片目を吊り上げて不機嫌そうな表情を作っていると彼女の背後から先程まで仕事をしていた黒子とジャンプを読んでいた銀時がいつの間にか中断して歩み寄ってくる。

 

「その恰好。テメー幕府直属の高官か? コイツに何の用だ」

「お姉様に仕事を依頼すると聞きましたが……一体どういう事ですの?」

「部外者のアンタ等には関係ない事さ、悪いが邪魔しないでくれ」

 

男は怪訝な様子で質問してくる二人を一蹴すると口にタバコを咥えてライターで火を付ける。

 

「ということで超電磁砲、速やかに我々と一緒に来てもらおうか」

「アンタ何者?」

 

美琴は睨みつけながら尋ねると男はタバコの煙をフッと吐きながら不敵な笑みを崩さずに口を開いた。

 

「入国管理局で局長を務めている”長谷川泰三”だ、よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三訓 少女、幕府に依頼される

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後美琴は現在車の中にいた。街の外を頬杖突いて眺めながら彼女は前の助手席に座っている男にふと横目だけ向ける。

 

「……どこに連れてくつもりかしら? それに依頼の内容もまだ聞いてないんだけど? 入国管理局の”長谷川さん”?」

 

長谷川と呼ばれた男は彼女の方へは振り返らずにただフゥーっと静かにタバコの煙を吐くだけ。

 

「直にわかるさ」

「何度聞いてもその返事、他の言葉を知らないのアンタ?」

「ハハハ、お嬢ちゃん、大人相手にその口の利き方はちと感心しないな」

「どんな言葉吐こうが勝手でしょ、ていうか」

 

美琴はチラリと横に座っている”二人”に視線を合わせる。

 

「なんで”コイツ等”も連れてきた訳? 狭いんだけど?」

「どきなさいこの若白髪! なんであなたがお姉様の隣に座っているのですか!」

「うっせぇな騒ぐんじゃねえよ。それに引っ付くな暑苦しい」

「それはこの車が小さいだからしょうがないんですの! わたくしだってあなたみたいな人とこんな目にあうなんて拷問は苦痛でしょうがないんですから! ああもう臭い! 加齢臭臭いですの!」

「おいデタラメ言ってんじゃねぇぞコラ! 銀さんのどこが臭いって!? そりゃあ最近枕からおっさんの匂いがするけどそれだけだよ! 俺が臭いんじゃない! 枕が臭いんだ!」

「ああもううるさいさっきから! ホッチキスで口塞ぐわよアンタ等!」

 

隣でギャーギャーを喚き狭い車内で暴れているのは坂田銀時と白井黒子。

何故か知らないが美琴だけでなく偶然支部にいたこの二人も長谷川の命令で連れてこられていたのだ。

 

「そいつ等はアンタの為の人質だ」

 

美琴の疑問にやっと長谷川が答える。

 

「逃げ出されたら困るんでな、その二人をこちらが確保しておいたらアンタもおとなしく従うしかないだろ?」

「はん、アンタなにもわかってないわね。ただの幕府の下僕のアンタ達がコイツ等を簡単に人質に出来るわけ……」

 

付き合いはそう短くないこの二人の事はよくわかっている。実力も性格も

だからこそ美琴は長谷川に余裕気に笑って見せた後、二人の方に思わせぶりな視線を向けるのだが

 

「うわ~どうしよう俺達人質にされちゃったよ~助けて~」

「お姉様~か弱いわたくしをどうかお許し下さいませ~」

「って、はぁ!? アンタ達何言ってんのよ!」

 

急に棒読みの混ざった弱々しい声を上げてこちらに困ったような目を向けてくる銀時と黒子に美琴からはさっきまでの余裕の態度が消え失せる。

慌てて叫ぶ彼女だが銀時と黒子は一瞬目を合わせた後再び彼女の方に振り返って

 

「だって俺しがない極々普通の教師だし~」

「わたくしもしがない極々普通の学生ですし~」

「嘘つけ! アンタ達が本気だせば私抜きでもこんな奴ら全裸にして街中に逆さ磔ぐらいに出来るでしょ!」

 

下手くそな演技っぷりに美琴はが苛立ちつつツッコむと、銀時は助手席にいる長谷川には聞こえないぐらい小さな声で彼女にこっそりと耳打ちする。

 

「……ここは大人しくコイツ等に従うフリしとけ、さっきから依頼の内容さえ言わない奴等だ。なんかとんでもない事を隠してるにちげぇねぇ」

「だから人質のフリするってわけ……? ふざけんじゃないわよアンタ達はただじっとしてればいいだろうけど私はその胡散臭い依頼を受けなきゃいけないのよ……」

「お姉様……幕府の重鎮に恩を売れば後々役に立ちますわよ……これはチャンスですわ……」

「絶対嫌よ、なんで私が幕府なんかに……」

 

声を潜めて喋る銀時と黒子に美琴は不満そうにブツブツ呟いていると、不意に長谷川の方から話を切り出してきた。

 

「そういや嬢ちゃんは他のレベル5の連中を知ってるか? この学園都市にアンタ以外にいる6人の超能力者を」

「なによいきなり……レベル5はほとんど情報隠蔽されてるんだから知る訳ないでしょ。知ったとしても同じ学校にいるいけすかない女王様だけよ」

 

足を組んでぶっきらぼうにそう言う美琴の隣で銀時が「あー」と思い出したような声を上げる。

 

「そういやアイツもレベル5だったな、なんだっけ『大舞台でいきなり一発ギャグを振られてしどろもどろになりながらやろうとするんだけど、結果常盤台の歴史に残る程の大スベリする能力』だっけ」

「いやそれアンタがアイツにやった事でしょ、去年の学園祭の時にアイツの公演スピーチの時の」

「ああそういやそうだった」

「いや~あの時だけは私もほんのちょっぴり不憫に思ったわ、アイツの事」

「嘘つけよ、スベった直後のアイツの顔見て爆笑してたじゃねぇか」

「アンタもでしょ」

「……あなたレベル5の第五位相手によくもそんな事を……恐ろしいですわね」

 

何気なく自然に会話する銀時と美琴の横で黒子が唖然とした表情を浮かべていると、長谷川がタバコの煙を開いた窓に向かって吐きながら再び話し始めた。

 

「そう、アンタ達能力者の中では他の能力者と一線引かれている超能力者はどうも公に正体を現さない。データバンクにも素性が知られているのはアンタや第五位ぐらいだ」

 

タバコの灰を車内に設置された灰皿に落としながら彼は話を続ける。

 

「第一位と第二位は全くの正体不明、第四位はかぶき町にいるとか噂されてるがそこまでだ。第六位は存在するかどうか自体わからん、第七位は神出鬼没で俺達でさえ確保できなかった」

「それでバンクに記載されている数少ないレベル5である私に白羽の矢を立てたわけ?」

「第五位の能力と性格じゃちと難があるしな、それに序列も嬢ちゃんの方が上だ」

 

彼の言葉に美琴は心底面白くなさそうな気持ちになる。つまり使い勝手のいい駒というだけでここまで連れてこられていたのだと

 

「それで? 第三位のこの美琴様が必要になる程の依頼なのそれは」

「そうだな、そろそろ依頼主の事を話してもいいだろう」

「依頼主? 私が聞きたいのは依頼の方……」

「依頼主は」

 

彼女の言葉をさえぎって長谷川は口を開き、彼女含む3人に対して依頼主の正体を教えた。

 

「とある星の皇子だ」

「お、皇子!? てかとある星って事はそれってつまり天人!?」

「おいおい、どこの星か知らねえが皇子様からのご指名かよ、よかったなお前。依頼料たんまり貰えるぞ。気にいられれば嫁にしてもらえるかもしれないし人生バラ色だな」

「絶対イヤ!」

 

銀時を一蹴すると美琴は優雅に次のタバコに火を付けている長谷川を睨みつける。

 

「つか天人からの仕事なんて死んでもやりたくないわ!」

「おたくがそう言ってもこれは決定事項だ。それに幕府、いやこの国の命運を賭けた重大任務、失敗は絶対に許されない」

「ふざけんじゃないわよ、私が天人なんかの為に働くなんて! 私はそんなことの為にレベル5になったんじゃないのよ!」

「まあそう言うな、なんせ江戸がこれだけ進歩したのも奴らのおかげなんだ。おまけに地球を気に入ってるらしいし無下には出来んだろ」

 

激しく嫌悪の混じった表情で拒否姿勢に入っている美琴を長谷川は、外で歩いている異形な姿をした天人を窓から眺めながら呟く。

 

「既に幕府の中枢にも天人は潜んでいる。地球から奴等を追い出そうなんて夢はもう見んことだ。俺達は奴等とよりよい関係を気付いて共生しなきゃならねぇんだよ」

「共生ねぇ……結局それがテメェ等幕府の答えってわけか」

 

彼なりの思想に美琴に代わって銀時がだるそうに返事すると長谷川はバックミラーで彼の顔を覗いた。

人質なのに平然と美琴と会話しているこの男、長谷川はふと彼に興味を持った。

 

「そういやアンタ何者だ、白衣を着ている所からして学園都市の研究者かなんかか?」

「あんな得体の知れねぇ引きこもり軍団と一緒にするな、さっき言っただろ、しがない教師だよ俺は」

「へぇ、第三位と仲良く会話している所からして、見るからにただの教師とは思えんがね」

「こっちにはこっちの事情があんだよ、男と女の関係に首突っ込むな」

「ちょっと! その言い方だとなんか私とアンタが変な関係みたいじゃないの!」

「お姉様ぁ!! わたくしは絶対に許しませんわよ! たとえこの身が砕けようとそれだけは絶対に!!」

「アンタが早とちりしてどうすんのよ!」

 

鬼の形相で吠える黒子に美琴がツッコミを入れていると長谷川が今度は黒子に向かって

 

「そっちの嬢ちゃんは第三位とどんな関係で?」

「あなたみたいな姑息な殿方には話したくないですわね、わたくしとお姉様のエロティックな関係に首を突っ込まないで下さいませ」

「何勝手に私との関係捏造してんのよ! ただの先輩後輩の関係でしょうがアンタと私は!」

「今はそれでよろしいですけど結果的にエロティックな関係になる筈ですから、グヘヘ……」

「すみません人質は俺だけでいいんでコイツはその辺のドブ川に捨てて来ていいですか?」

 

美琴との未来予想図を脳内妄想して思わず涎を垂らして下品な笑い声を上げる黒子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後、ずっと車に乗せられて移動させされていた美琴達は長谷川が指定していたらしい目的地にようやく着いた。

 

「ここで下りてもらおうか、三人共な」

「なによここ……随分人気のない所まで来たわね」

 

美琴達が着いたその場所は大量の大型廃棄物が放置された今では使われていないゴミ処理場だった。古いタイプの大型家電や車、果ては小さな宇宙船まで捨てられており、窓を開けると錆の匂いがツンと鼻につく。

 

「こんな所で私に何させようっていうのよそのバカ皇子は」

「ここはどこの学区エリアでしょうか……それにしてもわたくし、こんな錆臭い所にいたくありませんわ、おっさん臭い人とずっと同じ車にいるのも嫌ですけど」

「だからおっさん臭くないっつってんだろ、ぶっ飛ばすぞチビ。近頃のガキはホント生意気だよな、親の顔が見たいよ本当に、こんな変態生み出しやがって」

「わたくしを変態などと一緒にしないで下さい、中学生との戯れ事が趣味の変態教師が」

「オイ今なんつった? その言い方だとマズイ事になるだろうが、訂正しろクソチビ」

「ほらアンタ達喧嘩しない、さっさと下りるわよ」

 

ブツブツ小言で口喧嘩している銀時と黒子にウンザリした口調でそう言うと美琴はドアを開けて外に出た。

 

こんな錆びた塊しかない場所で一体何があるというのだろうか

 

「さっさと終わらせて早く帰りたいわ……」

「まあそう言うな、おっとご到着だ。おたく等失礼のないようにな」

「は?」

 

横から口を開く美琴をスルーして長谷川は指さす。

 

「あそこにいる方が今回の依頼主である皇子だ」

「ん?」

「は?」

「おや……」

 

長谷川が反応する前に美琴、銀時、黒子の順で彼女が指差した方向を見て目を細める。

ゴミだらけのこの場所には場違いなきらびやかな自分用の椅子に座っている人物は

 

「余のペットがいなくなってしまったのじゃ~、はよう探し出して捕まえてくれんかの~、ってアレ? なにやっとんのじゃおぬし等?」

 

バカみたいな王様風の格好をした紫色の肌の天人、頭にぴょこんと出ている気持ち悪い触角、聞いてるだけで殺意が芽生えそうなその声……

 

「んん? まさかおぬし等、余の正体を見破りに来たのか?」

「「「……」」」

「バレてしもうては仕方ないのう、フッフッフ、そうじゃ、常盤台の校長は余の仮の姿……」

「「「……」」」

「正体を隠しながらこの街に溶け込んで住んでいる謎多きプリンス……”ハタ皇子”は余の事である、フッ」

「「「……」」」

 

殴りたくなるドヤ顔をして自分を親指で指さす”ハタ校長”、否、”ハタ皇子”に

 

三人は数秒眺めて

 

数秒三人で顔を合わせた後。

 

「さ、帰ってワンパークの続きでも読むか」

「わたくし、残った事務仕事を片付けに行きますので今日はこれにて」

「私は録画した真田丸観てくるわ」

「ってオイィィィィィ!! なにサラッと受け流してるんじゃおぬし等!」

 

踵を返して何事もなかったかのように帰ろうとする三人にハタ皇子は絶叫

 

「正体を隠して一般人に溶け込む皇子じゃぞ!? 超カッコいいじゃろ! なんかどっかの漫画とかでよくある王道展開じゃぞ!」

「晩飯どうっすかな~」

「さっき昼飯食いっぱぐれちゃったし、アンタまた付き合いなさいよね」

「お姉様、この様な猛獣とお夜食なんて危険ですわ、今晩のディナーは是非黒子と二人っきりで」 

「アンタ以上の猛獣なんていないわよ」

「おい! 人の事無視して晩飯の事なんて相談してんじゃねえよ! 晩飯より皇子だろここは! 皇子最優先にしろ!」

 

後ろでなんか叫んでいる皇子を尻目に三人はダラダラと帰ろうとする。だが

 

「ちょっと! ちょっと待ってぇぇぇぇぇ!!」

 

そんな三人を、特にに美琴を長谷川が思わず慌てて呼び止める。

 

「いやわかるよ! わかるけどさ! 頼むからやって!」

「うるさいわね、叩き割られたいのそのダサいグラサン?」

「いやダサくていい! ダサくていいからやってくれ!」

 

なんかもう完全にやる気が失せたのか、死んだ目で適当に返す美琴。だが長谷川の方はそう簡単に彼女を帰せるわけがない。

 

「頼むよ本当……ヤバいんだって、あそこの国からは色々金借りてるんだよウチ(幕府)は……」

「んな事は知らないわよ、あのバカ校長で滅ぶなら幕府なんて滅んだ方がマシよ」

 

肩を掴んで来て低いトーンで呟く長谷川に美琴が冷静に返す。彼女にとって幕府の命運を賭けた仕事だろうがそんな事もう心底どうでもいい。

 

「じゃあね、私いなくてもアンタならきっと大丈夫よ。ご達者で」

「いやそんなこと言わないでさぁ! ホントお願い! 依頼金はたっぷり払うから! この通り! ホント土下座しますんで! ホント頼みます!」

「……アンタ急にキャラ変わったわね」

 

さっきまでの余裕気な態度はどこ吹く風やら

プライドなど減ったくれもないのか中学生相手に躊躇せずに土下座する長谷川の姿に美琴は蔑んだ視線を送る。

 

 

 

 

 

部下達が見てる前で、彼が美琴に向かって土下座していた時間は20分だったそうだ。

 

 



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第四訓 電撃少女 推参

第四訓 電撃少女 推参

 

 

 

 

入国管理局の局長、長谷川泰三にプライドさえも捨てたヤケクソ土下座された美琴は。

 

「私に頼むならゲコ太グッズ100万個献上しなさいよ」

 

と非情な言葉を投げつけて帰ろうとするがジャッジメントであり黒子の先輩でもある固法と自分の学校の校長をやっているハタ皇子による説得に渋々彼のペット探しに付き合うハメになったのだ。

 

「ったく……なんで私がバカ校長のペット探しなんて……」

「聞こえてるぞー、自分の学校の校長に向かってなんじゃその態度はー、おい銀時、そちもなんか言ってやれ」

「そうっすね、今はバカ校長じゃなくてバカ皇子ですもんね」

「いやそういう事じゃなくね? バカが残ってんだけど? 一番残しちゃいけない所残してんだけど?」

 

ハタ皇子に対して完全にナメ切った態度をとるのは美琴と銀時。この二人にとって皇子だろうが校長だろうがどうでもいいのであろう。

 

「ていうかバカ校長、アンタ職員会議サボってなにやってんすか? 仕事して下さいよ、教師ナメないでくれませんか?」

「いやそれおぬしも言えんじゃろ。ていうかなんでおぬしもおるのじゃ、またこの娘っ子と遊んでおったのか? 中学生相手に変な気など起こすなよ、責任は余は絶対に取らんからな」

「乳くせぇガキ相手にんなもん起こる訳ねぇでしょうが」

「その乳臭いガキとやらとプライベートも一緒にいる教師ってどうなの実際?」

 

白衣からタバコを取り出しながら自信満々に言う銀時にハタ皇子は1ミリも信用してない表情で頷いた。今後はこの男の事は特にチェックしておかねばならないと深く頭に刻み込む

 

「まあそなたがここにおるのはどうでもいい事だったの、ところで長谷川」

「は、はいい! なんでしょうバ……ハタ皇子!」

「あれ? 今バカって言いかけなかった?」

 

美琴を必死に説得しようとしたおかげで酷く疲れている表を浮かべている長谷川にハタ皇子が偉そうに口を開いた。

 

「余はこんな汚い所にいるのは勘弁じゃ、はよう余の可愛いペットを見つけてくれ」

「と、当然です! 後はこの長谷川にお任せを! おい第三位! 早く皇子のペットを見つけるんだ!」

「いや自分にお任せをって言っておいて速攻で私にやらせるって人としてどうなのよ」

「皇子のペットはこのスクラップエリアに隠れ潜んでいるって情報があった! いいから隈なくこの辺りを探すんだ!」

「やっぱ帰るわ私」

「すみません調子乗ってました! 皇子のいる前だからつい偉そうにしちゃってマジすみません! この通り土下座するんでホント帰るのは勘弁してください!」

「……こんな大人にだけは死んでもなりたくないわね」

 

帰ろうとしたそぶりを見せた瞬間には既に地面に両手を添えて土下座する長谷川に。

美琴は思いっきり軽蔑の眼差しを向けるとガックリと肩を落とす。

 

「……やる気でないけどバカ校長のペット捕まえるか……」

「頑張ってくださいお姉様、影ながらこの黒子、精一杯応援してあげますわ」

「応援はいらないから手を貸しなさいよ手を」

 

どっかの教師同様目が死んでいる美琴。はぁ~と深いため息を突きながらもとりあえず探すかと渋々承諾することにした。こうなったらヤケだ、報酬はたんまりと貰おうと。

 

「しっかし隠れる場所も多いししらみ潰しに探したらかなり時間かかるわね」

「む? それならいらぬ心配などせんでもよいぞ」

「は? なんですかバカ校長、セクハラですか?」

「え、会話しただけでセクハラになるの……今時の女の子ってそんなにデリケートなの……」

 

急に話しかけてきたハタ皇子に美琴が怪訝な視線を向けると皇子は得意げに指を立てて

 

「余の”ペス”は可愛いうえに賢くての、余が名前を呼んでやればすぐに出て来る筈じゃ」

「ペス? 随分テンプレな名前付けてるのね」

「犬かなんかなのでしょう、まあきっとブサイクな犬ですわね、ペットは飼い主に似ると聞きますし」

「それ遠まわしに余がブサイクだって言ってね?」

 

黒子にまでチクリと痛い毒を吐かれる皇子。 そんな彼を無視してタバコを口に咥えた銀時がさっさと話を進める。

 

「んじゃあ要するにアレだろ、ここら一体のエリアをバカ校長が一人で名前叫んで歩き回ってればその内出て来るって事だろ? そんじゃまあ頼みますバカ校長、俺そのペットが出て来るまで近くのファミレスで飯食ってきますから」

「いや完全に依頼人の余に全部丸投げしてるじゃろそれ!? 余をこんな所に放置してなに自分はファミレスで飯食おうとしてるんじゃ!」

「だーいじょうぶですって、領収書はちゃんと貰っておくんで」

「大丈夫じゃねえよ! そんな心配してねぇし落とすかそんなの!」

 

けだるそうな銀時の態度に額に青い血管が浮かぶほど激昂するハタ皇子。だが銀時はそんな彼に髪を掻き毟りながらタバコの煙を吐き

 

「大体、ペット探しなんて万事屋に頼めばいいでしょうよ、金さえあればなんでもやる連中がいるとか。ババァから聞いたんですけどかぶき町にあるらしいですよ」

 

銀時の話に美琴が「へー」と反応する。

 

「そんな店あるんだ、まあ不景気だしそういうヤケクソ気味な仕事してる人がいるのも普通か」

「お前等は絶対そんな仕事してる奴等に近づくなよ。そういう訳わかんない仕事してる奴ってのはロクなモンじゃねぇんだから」

「アンタならそういう仕事やりそうだけど?」

「やらねぇよ、そんなの」

「店の名前は『万事屋銀ちゃん』とか?」

「安易すぎんだよ、もっと捻れよそこは」

「くおらぁ銀時! 余を残したまま生徒と関係ない話で盛り上がるな! ちなみに余が考案した名前は『ぶらり銀さんが行く』じゃ! これ良くね!? 凄くね!?」

 

変な方向に話が進んでることにハタ皇子が激昂するがそんな彼を二人は軽くスルー。

業を煮やした皇子はワナワナと怒りで震えながらブチ切れて

 

「もうよい! そちらが何もせんなら余だけでも愛くるしいペスを見つけてみせるぞ! おーいペス!! 出てくるのじゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハタ皇子が周りのスクラップ置き場に向かって叫んだ瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

 

それは巨大ダコ、と言うべきなのか。

家の一軒や2軒など軽く踏み潰すであろう尋常じゃない大きさの生物

小さなビルなら容易に噛んで飲み込んでしまう程凶悪な牙が生えた大口

グロデスクな顔とその体から発する悪臭に見ただけで気絶してしまいそうなその風貌。

 

そんな巨大生物が大量の廃棄場から耳をつんざく轟音を立てながら出てきたのを前にしてハタ皇子は

 

「おお! 余のペスが出てきおった! なんじゃ隠れんぼしてたんじゃな!」

「はぁぁぁぁ!? これがペス!? ふざけてるんですの!? なんでこんなグロイ生物に丸っこい名前使ってんですか! 未確認生命体B-2とかそんな名前付けるべきでしょう! ていうかこれどう見てもエイリアンですわよ! 長谷川さん! あなたなんで言わなかったんですの!」

「いやだから極秘任務だって言ったじゃん! エイリアンをこの街に侵入させた事なんて一般人に知れたら俺の首本当に飛んじゃうし! 俺は悪くないよ! 悪いのは全部皇子だから!」

 

寝起きを起こされたかのようにその辺に長い数本の足を叩き下ろす”ペス”を前に頭を抱えてパニくりながらも黒子は長谷川に叫ぶ。 

しかし長谷川の方は慌てつつも耳を両手で押さえながら叫び返した。

 

「あんな化けモンを俺達がどうこう出来るわけないだろ! だからレベル5の第三位に頼んだんだ! 化けモン相手にするにはそりゃ化けモンしかないだろ!」

「くおらぁ! クソグラサン! お姉様の事を化け物呼ばわりするとかいい度胸ですわね! 二度とそんな事を言えぬようわたくしがその汚い体に刻み込んでやりますわ!」

「落ち着けチビ、それにしてもこんな巨大生物。あのバカ皇子はどうやって手懐けたんだ……?」

 

長谷川の胸倉を掴んで目を血走らせる黒子を疎めながら後ろ襟を掴む銀時。

すると突然彼の足元からにゅっとハタ皇子が出て来て

 

「ペスはの~、余が宇宙船でプライベート旅行してる時に偶然発見した秘境の星の未確認生物での。そのまま余に懐いてしまったから船で牽引してここに連れてきたのじゃ。ほーらペス~」

 

口から大量の涎を垂らしていかにも機嫌悪そうな形相を浮かべるペスに皇子は両手を広げながら自愛の心で優しく接する。

 

「余はここじゃぞ~、その愛くるしい顔にキスさせておくれ~じゃふぁ!!」

「全然懐いてないですの!!」

 

ペスの足の一本がピンポイントで皇子目掛けて飛んできた。次の瞬間には彼が周りのゴミ溜めに頭から豪快に突っ込んでいる光景が黒子の前に飛び込んだ。

 

「こんなのを街の中心にいれたら大変な事に! お姉様!」

「だからなんで一読者に過ぎないアンタなんかにギンタマンを侮辱にされなきゃいけないのよ! 人気はあるのよ! アンケートはちゃんと取れてるのよ!」

「そんなのテメェ等みたいな下ネタ好きのバカなガキ共が書いてるからだろ、テメェ等みたいなハードコア趣味のアウェイ共が絶賛するからあんなのがセンターカラーになるんだよ。これ以上俺のジャンプを汚すな」

「俺のジャンプってアンタのジャンプじゃないから! ジャンプはみんなのジャンプだから!」

「違いますー。ジャンプは少年の為だけのジャンプですー。小娘のものじゃありませーん、 女はなかよしでも読んでろ」

「くおらぁぁぁぁぁ! この状況でなにやってんですのあなた達は!」

 

数メートル先では巨大生物が次々と辺りを破壊しているのにも関わらず、この二人はそんな事知ったこっちゃないと言わんばかりに勝手にジャンプ討論を始めていたのだ。

 

「いいかげんにしなさいお姉様もそこのアホも!」

「ん、何? お前も俺達の話に加わりたいわけ? やっぱギンタマンはダメだよなー少年誌的に」

「知りません! わたくしはジャンプなど読みませんので! それよりお姉様!」

「ジャンプ読んでないって……黒子、アンタ今まで何を糧に生きてきたんですか? 楽しいですかそんなつまらない人生?」

「なんでジャンプ読んでないだけでわたくしの人生否定されなきゃいけないんですの……怒りますわよ、てかもう半分キレてますわよわたくし? そんな事よりもあちらを向いて下さい!」

「「ん?」」

 

少々キレてる様子の黒子にようやく二人はいう事を聞いて彼女の指さす方向に振り向く。

 

先程までいなかった巨大ダコが目と鼻の先で大暴れしているではないか。

 

「やっべぇなアレ、刺身何人前作れるんだ? おい小娘、ちょっと醤油とわさび買ってこい」

「いやよ、私タコならたこ焼き派だし。アンタが買ってきてよソースとかつお節」

「エイリアン食べる気ですの!? それ一応皇子のペットなんですが!?」

 

暴れるエイリアンを眺めた後今度は今晩の献立の相談を始める二人に黒子はもはやツッコむのも疲れてしまう。

 

だが美琴の方はそんな彼女を尻目に

 

「ま、とりあえず、コイツ仕留めればいいって訳ね」

 

巨大生物・ペスの前に颯爽と立ち塞がった

 

「こんなのが街中にいったらさすがにヤバいし、バカ校長には悪いけどここで始末……」

「させるかァ!!」

「んごッ!」

 

スカートのポケットから何かを取り出そうとしながらエイリアン相手に不敵な笑みを送る美琴、しかし戦闘態勢に入ろうとしている彼女に、突如長谷川が猛スピードで走って来てその足をスライディングで躓かせて転ばせたのだ。足払いされた美琴はそのまま頭から派手に地面に倒れる。

 

「いだだだだ! 何すんのよ! あのタコ撃ち抜けばいいんでしょ!」

「撃ち抜くとかそんな物騒な事するのダメだ! 無傷で捕えろって皇子に言われてるんだ! 痛がらせずに1滴の血も出さずに!」

「はぁぁぁぁ!? んなの出来るわけないでしょ!」

「それを何とかするためにアンタを呼んだの!」

「んな無茶な! バカでしょアンタ!」

 

いきなりとんでもない要求を出す長谷川に美琴は頭を押さえながら怒鳴り声を上げる。

自分の能力なら上手くやればあのタコを気絶させる事ぐらいなら出来るだろ、だが相手に無痛の状態でそんな事できる保証はない。

 

しかしそんな彼女の前に颯爽と銀髪の教師が

 

「ったくしょうがねぇなぁ」

「アンタ……!」

「ちょっとアンタ何考えてんだ! なんの能力も持ってないただの教師のアンタがどうこうする問題じゃねぇんだぞ!」

「へ、危険だぁ? そいつは俺よりもあそこでタコ踊りしてる化けモンに言いな」

 

白衣をなびかせながら伊達メガネをクイッと上げてエイリアンの前に立つ銀時。

長谷川が慌てて制するがそんな彼の助言も鼻で笑い飛ばし

 

「こちとらただの教師じゃねえって所を教えてやるよ、来いよタコ助、常盤台教師のありがい授業、しかとその身で体験……」

 

余裕な態度で銀時は腰に手を……

 

しかしその手は静かに空を切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、そういや今もってなかったんだわ”アレ”……」

「……なにしてんのアンタ?」

「いやちょっと格好つけようと思ったんだけど……ほら俺主人公だし……ぬおわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「本当に何してんのよぉぉぉぉぉ!!!」

 

立ち上がり様呆れた視線を向けてくる美琴に銀時が頬を引きつらせながらぎこちない表情を浮かべた次の瞬間、彼の腰にペスの足の一本が巻きつかれ、そのまま宙高く舞い見事ペスに逆に捕まってしまったのだ。

 

「うおおおお!!! 助けてくれぇぇぇぇ!!」

「ちょっとぉぉぉぉぉ!! あなたそれでも主人公ですの!? なんで主人公が見せ場無く捕まってるんですか!」

「おいホントなんなんだあの天パ! 何しに来たんだ!? どうしてあそこまで啖呵切ってあんな体たらく見せられるんだ!?」

「い、いやちょっと待って……今は教師の格好してるけど普段の状態だとアイツって結構強くて……」

「おいぃぃぃぃ!! 俺のフォローはいいから早く助けろ! 何を犠牲にしてでもいいからとにかく俺を助けろ!!」

「ああもううっさいわね! 今から助けるから待ってなさいよ! ったく……」

 

捕まった状態で空中でぶらんぶらんされながらもこちらの会話はしっかりと聞いている地獄耳。

呆れつつも美琴はポケットからなんてことない1枚のメダルゲームのコインを取り出す。

そのコインの意図は不明だが彼女にとってはこれが銀時を助ける為の物であるらしい。

 

だが

 

「勝手な真似すんなって言ったでしょ」

「……」

 

美琴の背後から聞こえた舌打ちとその低い声、ガチャっと生々しい音が聞こえた。

しかし彼女は後ろに振り返らない、自分が”何”を向けられているのか既に理解しているからだ。

 

「無傷で捕獲なんざ無理も承知だよ、多少の犠牲が出なきゃあのバカ皇子もわからないんだって」

「……なるほどね」

「……どういう事ですの長谷川さん、今あなたがやってる事はあなたが入国管理局であろうとジャッジメントとして見過ごせないのですが?」

「フ、簡単な事さ」

 

黒子の訝しげな視線を向ける先にいるのは長谷川泰三、右手に持っているのはアンチスキルが使う非殺傷兵器とは違う実弾の込められた拳銃。その銃口が今美琴の後頭部と数センチの距離で向けられている。

 

「アンタあの教師と随分仲好かったらしいが、こうなっちまったら仕方ないだろ。あの男は運が悪かった、それだけさ」

「……アレの処分許可取るためにウチの所の教師を犠牲にする事にしたってわけ?」

「そうしないとこのままアレが街に放たれる。教師一人の命で街が救えるなら安いもんだろ」

「呆れるというか驚きましたわね」

 

銃口を向けられているにも関わらず動じずに無表情の美琴だが、長谷川の方も彼女の冷静な態度に驚きもしない。

そんな彼に、今度は黒子が目を細めて歩み寄ってくる。

 

「まさかあなたがここまで腐っているとは思いませんでしたわ」

「腐ってようが俺は俺のやり方でこの国を護らせてもらう」

 

心の底から吐き捨てるように呟いた黒子に対して長谷川は平然と返して銃を強く握る

 

「これが俺なりの武士道だ、大人のやり方に子供が口を挟むな」

「……黒子」

「ええ、どうやら腐り切った大人には制裁が必要らしいですわね」

 

静かに自分の名を言う美琴に、黒子は彼女が何をするか何をしてほしいのかといった意図を瞬時に理解し、ニコッと彼女の微笑みかけた。

 

「さっさと終わらせて下さいまし、わたくし観たいテレビがありますので」

「ええ」

「ちょ! 何やってんだ第三位! ってふぐッ!」

 

黒子に頷いてみせると美琴が急に動き出す。右手に持っていたコインを取り出す彼女に長谷川が慌てて持っていた銃を構えるが、突如彼の視点は天地逆さまになる。

 

彼が美琴に気を取られている隙に黒子がすかさず近寄って「テレポート」させたのだ。

彼女に体を触れられた瞬間には長谷川は一瞬消えた後、すぐに体が逆さまになった状態で現れて地面に顔面から激突。

呆気に取られて地面にひれ伏す長谷川からひょいと銃を奪うと黒子は妖艶の入った表情で彼を見下ろす。

 

「常盤台のわたくし達をこんな物で脅せると本気で思ってたんですか?」

「も、もしやこれはく、空間移動の能力……」

「ご名答、ご褒美にプレゼントを差し上げますわ」

「へ? ってうわ!」

 

着ていた制服に何かが刺さった感触を覚え長谷川はマヌケな声を上げてしまう。

彼の衣服の至る所に手の平サイズの鉄矢がしっかりと刺し込まれているではないか。

これも黒子の能力、太股に巻いていたベルトに仕込んでいる犯罪者拘束用の鉄矢は、彼女が触れただけでより強力な武器になる。。

 

「変な動きしたらコレを体内に転移させますわよ」

「お、おい! 何をやってるかわかってるのかお前達!」

「さ、お姉様」

「待てぇぇぇぇぇ!!」

 

叫んでいる長谷川を無視して、美琴はギャーギャー叫んでいる銀時を大口を開けて食べようとしているハタ皇子のペット、ペスの方へ顔を上げると

 

「だぁぁぁぁぁぁ! 食われる食われる! 銀さんここで出番終了しちゃうぅぅぅぅ!!」

「……ダメ教師ねホント、今度デパートでなにか買ってもらうからね」

 

突如、彼女の周りから青白い火花がバチンと出た。

 

ピン、っと親指でメダルゲームのコインを真上へ弾き飛ばす。

 

「おい考え直せ! たった一人の教師と一国! どっちが大事か考えろ!!」

「んなもん決まってんでしょ、この国滅ぼうが貴重な話し相手が一人減るより全然マシよ」

「はぁ!?」

 

ヒュンヒュンと高く上に飛んだコインが静かに落ちていく。

 

「他人に何言われようが私は私なりのルールってモンがある、アンタにアンタの武士道がある様に私にもそういうのがあるのよ」

 

回転するコインは再び彼女の親指に乗って

 

「悲しもうが落ち込もうが! 自分の信念だけは曲げず! 背筋伸ばして生きていこうってね!!!」

 

言葉と同時。

オレンジ色に光る槍がエイリアン目掛けて飛んで行った様に長谷川と黒子には見えた。

しかし槍というよりレーザーに近い放たれたその出所が彼女の親指だと分かったのは、単に光の残像がそこから伸びているのが見えたからだ。

一瞬遅れて轟音が聞こえた。その音はまるで”雷”

オレンジの光がエイリアンの口に入った瞬間

 

 

突き抜けた、口へと入ったその光は頭部さえも貫き、そのオレンジの残光は柱の様に空に残像として浮かんでいた。

 

この一撃を受けた皇子のペット、ペスはなんの声も出せずにいる、少女の放った一発のコインによって痛がるヒマも無く絶命してしまったからだ。

 

「え? もう終わった? あのー誰かここから下ろしてくれませんかー?」

「はぁ……しょうがないですわね……」

 

体を硬直したまま死んでしまったので、捕まっていた銀時は以依然宙に浮いたまま、下にいる人達に助けを求めると黒子がしかめっ面を浮かべながらヒュンと消える。

 

「借り一個ですわよ」

 

銀時の頭上からニヤニヤした表情で見下ろす視線があった。

黒子が嬉しそうに彼を捕まえているペスの足の上に立っている。

しかめっ面で銀時は顔を上げる。

 

「……憎ったらしいツラだなオイ」

「あの長谷川とかいう男の体内にテレポートさせてあげましょうか?」

「止めて下さいお願いします、今度なんか奢るんで助けて下さい」

 

恐ろしい事を笑顔で言う黒子に思わず敬語を使ってしまう銀時だが、次の瞬間にはドテッと美琴の隣に落ちてきた。

 

「いててて……もっと優しく飛ばせよあのチビ」

「おかえり、全く世話のかかる教師ね~、ほんとこの美琴様がいないとダメダメなんだから」

「うるせぇな、俺だっていつもの銀さんならあんなタコ倒せたわ」

「助けてくれた恩人にその言葉遣いはないんじゃないのかしら~?」

「あ~やだやだ、お前のそのすぐ調子に乗るクセどうにかしろよ……」

 

砂埃をパッパッと手で払いながら立ち上がると、自慢げに胸を張って見せる美琴に銀時はハァ~と深いため息を突く。

 

「ま、お前にしちゃ上出来だわな」

「相変わらず素直に褒めることも出来ないのねアンタ」

「なんで俺がそんな事しなきゃいけねぇんだよ、めんどくせぇ」

「はぁ!? 命の恩人に対して何よその言い方!?」

「言っておくがな、さっきのビリビリ俺危うく当たりそうだったんだからな。命の恩人どころか命奪われる所だったんだよこっちは」

 

助かって早々美琴とやかましい口喧嘩を始めている銀時。

すると黒子が彼の隣にパッと現れた。

 

「レベル5・『超電磁砲』≪レールガン≫。『常盤台の電撃姫』は伊達ではありませんわね。この白井黒子、一層惚れ直しましたの」

「あっそうどういたしまして、別に惚れ直さなくていいから……」

「全く……お姉様~、そんなマヌケ天パの相手なんかしてないで仕事をしたこの黒子に熱い抱擁と接吻を~」

「だ~抱きつくなアンタは!」

 

銀時と口喧嘩している美琴に黒子が甘い声を上げながら抱きつこうとするもすぐに頭を押さえられ拒否されてしまう。それでもしぶとく美琴の唇を奪おうと顔を前に突き出す黒子を銀時が無言でバシッと叩く。

 

そんな光景に長谷川はどうしたもんかとただ固まるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!! ペスがぁ! 余のペスが真っ白な灰になっておるではないかぁぁぁぁぁぁ!!」

 

4人の少し遠くに立って一部始終を見ていたハタ皇子が絶叫を上げていた。ご自慢の愛するペットが死んでしまい悲しみに暮れる彼をよそに、黒子に拘束されていた状態を部下に助けてもらった長谷川は口にタバコを咥えて天へと顔を上げていた。

 

「あ~あ、滅茶苦茶やってくれちゃって」

「長谷川! 無傷で捕えろと申した筈じゃぞ! どう責任を取るんじゃ、国際問題じゃぞこれは!」

 

皇子の言葉などに耳を貸さず長谷川はプカプカとタバコの煙を吐きながら考えていた。

 

……背筋伸ばして生きる?

いかにもガキらしい目標だな

……そういやお袋も言ってたな

 

背中曲がってるぞ、しゃんと立てって

 

……母ちゃん……俺、今まっすぐ立てているか……?

 

「今回の件は父上に報告させてもらうぞ長谷川! それにあの憎き短髪娘! よくも余の可愛いペットを殺しおって! 退学どころじゃ済まんぞ!」

「……っせぇよ」

「え?」

 

やっと反応した長谷川にキョトンとした顔を浮かべるハタ皇子。そんな彼に長谷川は何も考えず無心で動く。

 

「うるせぇって言ってんだよこのムツゴロー星人ッ!!」 

「ごぶッ!!!」

 

今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのごとく勢いのあるアッパーを皇子のアゴに一発。

バサッと地面に倒れてノックアウトしてしまう皇子に一瞥した後長谷川はまたタバコを吸い始める。

 

「あ~あ、いいのかね、そんな事しちゃって~」

「フ、知るかよ」

 

意味ありげな笑みを浮かべて歩み寄ってくる銀時に長谷川はニヤリと笑い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは”侍の国”だ、好き勝手させるかってんだ」

 

 

 



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第五訓 教師 警察組織で働く

 

第五訓 教師 警察組織で働く

 

 

 

 

 

 

 

 

バカ校長もといハタ校長もといバカ皇子もといハタ皇子からの依頼によって遭遇したタコ型エイリアン、ペスを街に侵攻させる前に退治した御坂美琴。彼女の功績はレベル5の第三位、常盤台のエースに相応しい行いであった。

その数日後、女子寮で一人でゴロゴロしていた彼女に常盤台の理事長に急いで学校に来るように呼ばれた。

先日の件で褒めてくれるのかと美琴は意気揚々と常盤台にある理事長室へと向かったのだが……

 

「こんのバカ小娘がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「いったぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

エイリアンでさえビビッて逃げてしまいそうな大声を上げた理事長に

出会い頭に思いっきり頭にドギツイ鉄拳を食らわされるのであった。

この着物を着こなしてる50代ぐらいの方はお登勢。

常盤台の理事長にしてかぶき町では四天王と呼ばれている程の人物である。

そして銀時を教師と採用して御坂美琴を保護観察するように任命したのも全て彼女だ。

 

「な、何するんですかいきなり!」

「テメェ小娘! 先日自動販売機に蹴り入れてぶっ壊したらしいじゃないかい! なにしてんだよ全く! 金に困った生活してるわけじゃあるめぇし!」

「あ、あ~その事の件だったんですか……」

 

額に青筋を浮かべて一喝する彼女に美琴は両手で押さえてる頭部から来る痛みに涙目になりながらハハハと苦笑する。てっきりエイリアン侵略を阻止した件で褒められるのかと思ってたいのに

 

「で、でもそんな事より先日私がなにしたか知ってます? 私バカ校長が持ってきたエイリアンから街を護ったんですよ?」

「ふん、あのバカ校長のエイリアンなんざ知るか。この街はね、あんなタコの1匹や2匹やってこようが屁でもないんだよ。なんていったってこちとら江戸っ子の住む街なんだからね、アンタが護らなくてもどうにか出来る方法なんていくらでもあったさ」

「そんなぁ……」

 

もはや何を言っても弁解の余地は無く、しかも自分がやったことは無意味だとも言われショックを受ける美琴。

しかしそこで不意に理事長室のドアがガチャリと開かれる。

 

「すんませーん、家の掃除中にうっかり古いジャンプ読みふけちゃって遅れましたー」

「アンタも理事長に呼ばれてたの……?」

「ああ? なんでいんだ小娘?」

 

波柄模様の着物を着流し、その下には赤い線が襟には行った上着、靴は黒いブーツ。腰の帯に差したるは『洞爺湖』と彫られた一本の木刀。

 

白衣とスーツの格好でないプライベート用の格好をした坂田銀時がいきなり美琴の背後から現れたのだ。

 

「ババァにでも泣かされたか?」

「ついさっき脳天に一撃かまされたのよ……いたた……」

「銀時、遅刻だよ。アンタいい加減社会人として考えたらどうだい」

「たかが5分10分ぐらいウンコと思って水に流せよババァ、いちいち細けぇから顔のシワも細かく増えてくんだよ」

「1時間遅刻してんだよテメェは! こんなデケェウンコ流せるか!」

 

ポリポリと髪を掻き毟りながら悪びれる様子すら見せない銀時にツッコミを入れた後、ハァ~と深いため息を突いて美琴の方へ向き直るお登勢。

 

「とにかく、エイリアン退治みたいな事は大人に任せて、アンタは学生らしい生活を全うしな、夏休みなんだから」

「は、はい……」

「それと自動販売機の件、明日までに反省文書いてくんだよ」

「はい……え? 明日!?」

「最低でも紙10枚は使った手書きじゃないと、反省文として認めないからね」

「えぇぇぇぇぇ!? ちょっと待ってください! それじゃあ私今日はずっと部屋に籠らないと!」

「自業自得だろ」

「うう……レベル5の私でもさすがに……」

 

カチッとライターを付けて口に咥えたタバコに火を灯しながらキッパリと斬り捨てるお登勢。

もはやぐうの音も出ない様子でおもむろに隣に立っている銀時に助けを求めるような視線を送るが

 

「ま、お前俺とチビしか付き合いないし。時間滅茶苦茶余ってんだからいいじゃねぇか」

「な! わ、私だってアンタ達以外とも交流ある人いるわよ!」

「誰だよ言ってみろよ、友達いな過ぎて本気で隣人部とかいうの作ろうとかしたクセに」

「ほ、ほらウチの学校の「女王様」とか! 私たまに廊下ですれ違い様に嫌味言われたり上履きに納豆仕込まれたりしてる!」

「それ付き合いじゃなくて一方的に陰湿な事やられてるだけだろうが。つうかそんな事してんのかアイツ、全然反省してねぇようだな」

「止めときな銀時」

 

彼女が女王様と呼ばれる人物に陰湿な嫌がらせされてると聞き拳をポキポキと鳴らし始める銀時にお登勢がタバコ咥えたまま釘を刺す。

 

「アンタあの子に相当怖がられてるからね、これ以上あの子にトラウマ植えつけるのは自重しておきな」

「けどよバーさん、あのガキ調子乗らせるとこの学校じゃ一番タチ悪いだろ能力的に。定期的に俺が矯正しねぇとその内この学校を奴に乗っ取られるぞ」

「その矯正の仕方に問題があるんだよ、去年だってあの子の演説スピーチの時に思いっきりハジかかせて」

「アレはアイツが悪いだろ全部、急なフリに一流の返しが出来てこそ真のレベル5だ。まだまだ修行が足りねえんだよアイツは」

「いやレベル5ってのは能力者としてのレベルだから。そんなお笑い芸人としてのレベルとかじゃないから」

 

顎に手を当てぶっきらぼうに答える銀時にやれやれと言った様子で頭を押さえながらタバコの煙を吐いた後、再び美琴に向かって話しかける。

 

「とにかくアンタは今から寮に戻って反省文書いてくるんだよ」

「い、今からすぐにですか……」

「さっさと寮に戻らないと締め切りを明日から今日にするよ。遅れたら今度は他の生徒達の前ではっ倒すからね」

「は、はいい! 今すぐ帰ります! 書きます!」

 

事務机の上に置いてある灰皿にタバコの灰を落としながら静かにそう呟やかれては美琴の選択肢はもう一つしかない。

急いで回れ右をしてすれ違い様に銀時に叫ぶ。

 

「アンタも覚悟しておきなさいよ! 私と同罪なんだから!」

「へいへい、さっさと帰りやがれクソガキ」

 

慌ててドアを開けて走り去っていく美琴に別れの言葉を送った後、改まって銀時はお登勢の方へ顔を上げた。

 

「俺はてっきりエイリアンぶっ倒したアイツを褒めてやるのかと思ってたんだがな。アイツがやった事は表彰モンだぜ?」

「ここで褒めたらまたあの子無茶しでかすに決まってるだろ」

 

銀時の言葉に彼女はフゥ~と煙を吐きながら答えた。

 

「誰に似ちまったのかねぇ、いつの間にか厄介事の方から向かってくる体質になっちまったようだよ、おまけにそういう事にすぐ敏感に首突っ込みたがる」

「別にいいんじゃねぇの? アイツが望んでそうやってんだから」

「そうなんだろうけど、私としては子供らしく成長して欲しいんだよ、こんな街にいると特にね」

 

自分の理事長専用の椅子に座ると登勢は美琴の前では見せなかった優しい目つきになる。

 

「この街はどこか変なのはアンタだってわかるだろ? 子供にあんな危ないモンを与えるここの連中の気がしれないよ私は」

「しょうがねぇだろここはこういう街なんだよ、ガキ共の脳に薬詰まった注射打ち込んで楽しく実験するのが学園都市の日常だ、アンタが昔から住んでた江戸は変わっちまったんだよ、街も人間も心もな」

 

皮肉っぽく言ってのける銀時だが、彼の言ってることは冗談ではなく現実にここで起こっている事である。

この街の科学者の中には日陰に出ずにずっと奥に潜んで実験を繰り返している者もいる。

とても公には発表出来ないような非人道的な行いもあるともっぱらの噂だ。

 

「だからこそ私達がキッチリあの子や他の子達も見ておかないといけないだよ。やっていい事と悪い事を教えながらね」

「それがレベル高い奴しか入る事を許されないこの学校の理由ってわけか」

「扱う力がデカすぎるといつの間にかその力に溺れちまうモンさね、溺れちまって沈んじまう子だっている。その前に私達教師がぶん殴ってでも教えてやらなきゃいけないんだよ」

 

机に両肘をついて厳しい表情を浮かべる彼女に銀時はけだるそうに小指で鼻をほじりながら口を開いた。

 

「なんだ、じゃあ俺が「女王様」にやってる事も正しいじゃねえか」

「私はほどほどにしておけと言っただけで止めろとは言ってないよ。あの子はこの学校でも特にヤバいモンを持ってるからね、銀時、しっかり見ておくんだよ」

「二人も見てられるかよ、俺はもう片方のレベル5の世話で精一杯……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご心配なくともお姉様の露払いはこの白井黒子一人で十分ですわ」

「あん?」

 

急に聞き覚えのある声がして反射的にぶっきらぼうに振り返る銀時。

いつの間にか背後に立っていたのはここに来るまで空間移動能力を使っていた。

 

「あなたはどうぞご自由に第五位とでも戯れて下さいな、そっちの方がわたくしにとっても大歓迎ですの」

「っていつの間に現れたんだこのチビ、お前もなんかやらかしたか? いつかやると思ってたが遂にそこまで身を染めたのかこの変態」

 

出てきたのは美琴の後輩でありルームメイトである白井黒子。

銀時と顔を合わせて早々ジト目で憎ったらしい口調で口を開く彼女に、銀時も同じく嫌味ったらしい口調で返すが黒子はフンと鼻で笑って

 

 

「あなたなんかと一緒にしないで下さい、わたくしは別の用事でここに来たのですの」

「あ~そうかい」

「それと誤解しているようですがここではっきりと言いましょう、わたくしがお姉様に働いている行為は変態ではありません、そう全て愛ですの」

「おいバーさん、コイツも一発殴ってくれ」

「勘弁しておくれよ、それもう殴ってもどうにもならないだろ、手遅れだよ」

 

もはや常盤台の教育者トップであるお登勢でさえも彼女の性格を矯正する策はなかったのであった。

 

「それより銀時、アンタもあの子と一緒にバカやらかしたんだから、あの子同様に罰を与えなきゃならないね」

「罰ぅ? なに? 俺にも反省文書けってか?」

「いらないよアンタのこれっぽっちも反省が伝わらない殴り書きの紙切れなんざ」

 

首をかしげて口をへの字にする銀時にお登勢は机に頬杖をついたまま指令を伝えた。

 

「アンタ今日一日、その子がいる所で働きな」

「……へ?」

「どうせアンタも暇だろ、あの子と同じで」

「……なあチビ、このババァは何を言っているんだ?」

「おやおや、それではおバカな先生に黒子が優しく丁寧に教えてあげましょう。理事長はあなたの身柄を今日一日わたくし達ジャッジメントに預けると言っているんですのよ」

 

彼女が言ったことが理解できず思わず黒子へ話しかける銀時。

ジャッジメント? 自分よりもずっと年下の学生達と一緒に江戸を護るために活動しろと?

 

「ウチって元々人手不足ですのよ、だからあなたみたいな突っ立ってるだけで邪魔だと思える存在でも、猫の手程度になら扱えると思いましてね。わざわざわたくしが理事長にお願いしておいたんですわ」

「はぁ!? 何してくれてんだテメェ! 誰がやるかんな事!」

「既に理事長から了承得てますから。理事長の部下であるあなたに拒否権なんてありませんわよ」

「ふざけんな! 誰がテメェ等ガキ共と仲良く警察ごっこなんてするか!」

「んな! ジャッジメントも立派な警察組織ですの! 警察ごっこなどという侮辱した呼称は撤回してくださいませ! あの真撰組なんかよりもずっと崇高な組織ですわ!」

「んじゃ変態のいる警察!? 変態警察24時!?」

「だからわたくし変態じゃないとさっきからずっと言っているでしょ! わたくしは淑女です! お姉様を護る為の愛の化身です!」

「だぁぁぁぁぁぁ!! 人の仕事部屋でギャーギャー喧嘩してんじゃねえぞテメェ等!!!」

 

口論が徐々にヒートアップし、部屋の外にまで聞こえそうな大声で喧嘩を始めてしまう銀時と黒子に遂にお登勢が机を両手で叩いてキレた。

 

「銀時! アンタもごねるんなら給料カットするよ!」

「え? おいおい待て待て! ただでさえ安月給の上に給料までカットされたらやべぇよこっちは! 毎週ジャンプ買う事だってキツイってのに!」

「ならばジャンプ買うの止めればよくて? いい大人なんですし潔く卒業した方がいいですわよ」

「バカかお前! ジャンプには夢と希望が詰まってんだぞ! もはや聖書の類なんだよジャンプは! ぶっ殺すぞ!」

「たかが日本産の雑誌を聖書と同列に扱うのはどうかと思いますが?」

 

雑誌ひとつでここまでキレる大人とは如何なものかと黒子が軽蔑の眼差しを向けている銀時はまだ理事長に文句を言っている。

 

「なあバーさん、俺も反省文でいいだろ別に。そもそも俺はただアイツがやった事に便乗しただけで、元を辿ればアイツが悪いんだよ? それなのになんでアイツは反省文だけで俺は給料カットorクソガキ警察24時という選択を強いられなきゃいけないの? これって絶対おかしいと思うんだよ銀さん」

「教師がテメーの所の学校の生徒と一緒に自動販売機ぶっ壊したなんて問題ってレベルじゃないんだよ。クビにならないだけありがたく思いな」

「いっそ24時間女王様と一緒の部屋で過ごすならやってもいいからよー」

「それあの子の精神が持たないだろ、ていうかアンタなにかとあの子の事話題に出すけど、もしかしてあの子の事気に入ってるのかい?」

「いやぁ反応が面白いからつい」

「生徒を遊びに使うんじゃねえこの外道教師!」

 

ごねる上にあっけらかんとした事をぶっちゃける銀時にもはやツッコむ気力も失せたかのようにお登勢は2本目のタバコを取り出しながら首を横に振る。

 

「もういいから、アンタはその子と一緒にちょっと行ってきな。こっちの仕事は1日分休みにしておくからさ」

「勘弁してくれよ……なんで俺がこんな小便臭いガキと一緒にそんな真似しなきゃいけねぇんだよ……」

「わたくしだってあなたの事は嫌いですわ、ですがジャッジメントとしてあなたみたいな人でも役に立つのであれば、そこは仕事としてキチンとわきまえる覚悟はできておりますので。あなたも少しはわたくしを見習いなさい」

「お前みたいな奴ってぜってぇ男子に嫌われるタイプだよな」

 

高慢に胸を張って見下した視線を送ってくる自分にイラッとしている銀時を尻目に。

黒子は彼の着物の袖を右手で強く掴んだ。

 

「それでは理事長、わたくしはこの男を一旦支部に連れて帰りますから」

「おいちょっと待てって! 俺はまだ行くって決めてねえぞ!」

「ああいいよ、連れていけそんな男。けど最後に一つ忠告しておくけど」

「なんですの?」

 

袖を掴む黒子を躍起になって引き離そうとする銀時を無視して理事長はタバコを口に咥えたまま彼女に静かに語りかける。

 

「……警察組織とはいえアンタはまだ子供、あまり無茶な真似するんじゃないよ」

「ええわかっていますとも、心配してくださってありがとうございますわ」

「おいババァ! こんなガキよりも俺の事をちっとは気にして……」

 

妙にわざとらしい笑顔を浮かべる黒子に掴まれていた銀時が何か言いかける前に。

二人の姿はお登勢の前でフッと消えた。

 

「やれやれ……」

 

一人部屋に残されたお登勢は灰皿にタバコを擦り付けながら眉間にしわを寄せる。

 

「それにしてもなんで銀時なんかを欲しがったんだろうね……あの二人仲悪かった気がするんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やばい事に首突っ込まなければいいが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めましてこんにちは銀時先生、そしてようこそジャッジメントへ、ですの」

「ようこそじゃねぇよ、あーお腹痛いんで帰っていいですか?」

「却下いたしますわ、いい加減己の身がどんな状況に置かれてるか理解しなさい」

 

場所移ってジャッジメントの第177支部

否応なしにテレポートでここまで連れてこられた銀時は、前回来た時に座ってくつろいでいたお客用のソファに一人独占して偉そうに寝っ転がっていた。

その傍には彼をここまで連れてきた張本人の黒子。

 

「相変わらず見た目は大人、頭脳は子供と呼ばれているに相応しい男ですこと」

「見た目は子供、頭脳は変態と呼ばれているよりはマシだわ」

 

腕を組んでこちらを見下ろす黒子に負けじに銀時も寝転がりながら睨み付ける。

十個以上年の離れているのに口喧嘩は同レベルだ。

 

「おいチビ、お前ちょっとコンビニ行ってこい、いちごおでんといちご牛乳」

「そこは本来、雑用役のあなたが行くべきかと」

「あ、あと、あんまんとチャーシューまん追加で」

「ホント人の話聞きませんわね……ていうかチャーシューまんってなんですの?」

 

本来従うべき相手にコンビニ行ってこいなどと言えるこの図太さ。

この男がいかに勝手気ままに生きているかよくわかった。そしてこういう堕落した部分が美琴に悪い影響を与えているのだとも黒子は悟った

 

「全く、お姉様の目が死んだ魚の様な目をしているのは間違いなくあなたの影響なんですからね」

「いや別に俺関係なくね?」

「お姉様が友達出来ないのもあなたのせいですの」

「いや別に俺関係なくね?」

 

責任転嫁してくる彼女に銀時はキッパリと即答しながら「ったく」と呟く。

 

「いい加減俺に何やってほしいのか聞かせろよ、これ以上お前と口喧嘩やるのも疲れてきたわ」

「それはあなたがいちいち噛みついてくるせいですわ。わたくしだって事を円滑に運びたいんですの、なのにあなたは……ああそういう事でしたのね」

 

そこで一旦喋るのを止めて顔をしかめる黒子。

この男の口先につい乗せられてしまう所であった。

 

「その手には乗りませんわよ、あなたにはちゃんとジャッジメントとしての仕事を全うしてもらいますの」

「……チッ」

 

大方銀時はこうして自分との不毛な争いを続けて今日一日乗り切ろうという魂胆なのであろう。その手には乗らないと、黒子はジト目で彼を睨む。

 

「本題に入らせてもらいますわ、先週ぐらいにありましたわよね、桂一派のテロ爆破事件」

「はぁ?」

 

何やら物騒な話をいきなり始める黒子に銀時は口をへの字に曲げた。

黒子は淡々とその事件とやらの話を続ける。

 

「ターゲットはメガトロン星の大使館の筈でしたわ。しかし目的が達成する寸前にあの武装警察、幕府の犬の「真撰組」にバレてあっけなく撃沈。首謀者であった桂の部下は連中に拘束され現在尋問中」

「んな事ぁあったなぁ確かに。けど捕まったのはどうせただの浪人だろ、オメーが気にする事でもねぇだろ」

「いいえ、まさかまさかのこの学園都市の”学生”でしたわ」

「は? 学生?」

 

それを聞いて退屈そうにしていた銀時が初めて顔を上げた。

 

「ガキが爆破テロに加担したってのか?」

「そうですわ、スキルアウトって言葉ならあなたも当然ご存知ですわよね?」

「スキルアウト? ああ確か月詠から聞いた気がすんな」

「レベル0の無能力者で構成されたグループですわ」

 

思い出す様に首を捻ってみせる銀時に黒子は自分から答えを言う。

 

「簡単に言えば無能力の不良学生。中には大規模なグループを作って犯罪を繰り返す厄介な連中も少なからず存在しますの」

「んだよ、ただのチンピラ集団か」

「そのチンピラ集団でもたまにいますのよ、攘夷浪士に憧れて彼らに加担しようとする馬鹿な人が……」

 

黒子は「はぁ~」とため息を突く。彼女にとってはとうてい理解できないのであろう。

攘夷浪士などという野蛮極まりない者達の思想に感化されてしまう事など

 

「今回の首謀者もその一人、どういうルートで知り合ったかまでは判明しておりませんが、何らかの方法で攘夷浪士の桂小太郎とコンタクト取ったらしいですわ」

「そんでそのまま憧れのテロリストの仲間入りしたって訳だ、バッカだね~、テロリストに加担した奴はガキだろうが容赦なく打ち首獄門だぜ」

「まあ直に打ち首にされるのは確実ですわね、名前は確か駒場利徳≪こまばりとく≫」

 

銀時の隣にちょこんと座りながら黒子は事件の首謀者の名前を告げる。

 

「大規模なスキルアウトを率いていたリーダーですわ。今頃真撰組の屯所で首を飛ばされるのを念仏唱えながら待っている事でしょう」

「ま、自業自得だわな」

「駒場利徳の部下達は彼が捕縛されたことが原因で壊滅状態、残った連中は代わりのリーダーを立てて細々と活動していると」

「ああ? リーダー捕まったってのにまだテロリストに加担してるってのか?」

 

肘に膝を突きながら銀時が呆れた様子でそう言うと隣に座ってる黒子が「さあ」と肩をすくめる。

 

「そこまでは知りませんわ、わたくしの情報はほとんど初春頼みですし」

「アテになんのかよそれ」

「初春はわたくしの友人ですのよ? 大丈夫ですわ、いちごおでん与えてればちゃんとわたくしの言う事聞いてくれますので」

「嫌な友人関係だなオイ」

 

呆れて手で頭を押さえる銀時を一蹴すると黒子は遂に本題に入る。

 

「さて、そういう事でリーダーである駒場利徳がいない連中はもはや落ちぶれに落ちぶれたチンピラ集団。今なら簡単につつくだけで倒れる程の貧弱な雑魚共ですわ」

「てことはテメェが俺をここに呼んだのは……」

「ええ、ここは早急にわたくし達で完膚なきまでに壊滅させようじゃありませんの」

「……はぁ、お前って賢いんだかバカなんだか変態なんだかホントよくわかんねぇわ」

 

リーダーのいなくなった不良組織を自分達で潰す。

こちらに振り向きざまにニヤリと笑って見せる黒子に銀時は心底呆れる表情を作る。

自分が言ってる事の大きさをこの娘っ子は全く分かっていないのだ。

 

「チンピラグループ一つ潰すってのはアンチスキルとかもっと大規模な警察組織が担当するもんだろ。テメェ等がやるのはそれの支援、そこにいる住民達の安全確保。そんぐらい俺でも知ってんぞ」

「当然知ってますわよ、しかし相手は戦意も焼失したレベル0の負け犬軍団。こんな連中ならわたくしとあなたでサクッと片付けれますわ」

「……」

「大手柄を取るチャンスですのよ? またとない好機じゃないですか。これを機にジャッジメントも大きな捜査や事件に協力できるようになるのかもしれませんの。わたくし真撰組にだけは負けたくありませんので」

 

非能力者であるクセに自分達能力者よりも優位に立って捜査や事件を担当する真撰組には、黒子は常日頃から激しい嫌悪感を示していた。

その連中から手柄を横取りしようと企んでいるのであろう彼女の魂胆に銀時は軽蔑の混じった視線を向ける。

 

「出来る出来ないかじゃなくてよ。一般人の俺巻き込んでんな真似したらジャッジメント辞めさせられるんじゃねぇの?」

「そりゃわたくしだってただの一般人を使ってテロリストの傘下に入ってるチンピラ共を潰しに行くわけじゃありませんわよ……」

 

唐突に冷静に指摘してくる銀時に黒子は少々バツの悪そうな顔を浮かべた。

教師とはいえ一般人を事件に参加させるなど危険過ぎる。これには黒子自身も思う所あるのだが

 

「でもあなたは特別ですの、わたくし達と違って能力者ではありませんが色々と役に立てる存在ですから」

「お前に特別扱いされても全然嬉しくねぇんだけど~」

「見た目も中身もアレですが、お姉様絡みの事だとこの男はかなり役に立ってるとわたくし認知しておりますので」

 

けだるさ全開で天井に向かってうめき声を上げる銀時に、黒子はズイッと顔を近づけた。

 

「……というわけで学園都市の治安を脅かすチンピラ集団の残党共狩りを手伝ってくれますわよね?」

「ダメだダメだ話にならねぇ。聞いてみればただのお前の点数稼ぎに付き合わされるだけじゃねぇか」

「く……」

「甘ぇんだよお前は、誰がお前なんかの頼み聞くかよ。テメーの過去の行いを振り返って見ろよ」

 

死んだ目でバッサリと斬る銀時に黒子は奥歯を噛んでイラッとするも、その感情を必死に押し殺しながら口を開いた。

 

 

「……報酬なら払いますわよ」

「け、テメェみたいな小便臭いガキにそんなモン貰っても嬉しくもなんともねえな」

「……いちごおでん1ケース、12個入り」

「え?」

「今なら2ケースにしてあげましょう、どうですか銀時先生? 可愛い生徒からの差し入れですわよ?」

「え? 2ケース? マジで? マジでいいのそれ? マジで言ってんの? 嘘ならマジで怒るよ銀さん?」

「もちろん嘘なんかじゃありませんわ。日頃の感謝を込めたわたくしからのささやかな贈り物ですの」

 

多少ぎこちなさがあるもニッコリと笑ってかつやけに甘ったるい感じで話し出す黒子。

本当はこんな事を彼なんかに死んでも言いたくないのだが、大手柄の為だと自分を殺しつつ彼女は乗ってきた銀時にトドメを刺す。

 

「3ケース」

「……」

 

その一言に彼は数秒程無言で座り込んだ後、しばらくしておもむろにスクッと立ち上がり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チンピラ集団なんざなんぼのモンじゃぁぁぁぁぁぁ!! 俺が一人残らず狩り尽くしてやらぁぁぁぁぁぁ!!」

「ふ、やりましたわ……」

「おらどこにいるんだコラァ! 出てこいチンピラ共! 熱血教師銀さんの鉄拳制裁食らわしたるわぁぁぁぁぁ!!!」

 

さっきまでの冷めた態度から一変して高々と支部内で咆哮を上げだす銀時。腕を上げて戦闘本能むき出しの様子の彼に黒子は計画通りと口元に小さな笑みを浮かべた。

 

「思いの外簡単に乗ったような気がしますが……これはこれで結構ですわ」

「いやぁ、考えてみれば俺、正義の味方に憧れてたんだ。それにこの街にいる俺の可愛い生徒を護る為なら、ひと肌脱ぐのが教師として当たり前の事だと気付いたんだよ」

「そのセリフ? 全然あなたに似合わないのですが?」

「だから俺やるよ、いちごおでん……じゃなくて可愛い生徒たちの為にアイツ等一人残らずぶっ殺すよ」

「いやぶっ殺すのはさすがにダメですの……」

 

死んだ魚の目が一転してキラキラした真面目な好青年の顔になっている銀時に黒子は軽く引きつつも、上手く思惑通りに事が進んだことに「ふっふっふ」と笑みを浮かべているのであった。

 

 

「これで幕府の犬共のメンツを丸潰れに出来ますわ……」

 

 

 

 



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第六訓 教師、スキルアウトで働く

白井黒子に”いちごおでん”などという不可思議極まりないもので釣られ、一般教師でありながらジャッジメントとしてスキルアウト討伐に参加することになった坂田銀時。

現在彼と黒子は、第七学区では有名なスキルアウトの巣窟を前にしていた。

 

そこは使われなくなった廃住居地区、妙な匂いと陰気くさい景色が交わり、その辺り一帯からしてちょっと先にある筈の活気ある街並とはまるで区切られた別世界のようだった。

 

「ここが連中のアジトですわ」

 

とても人が住めるような環境ではなさそうな寂れた団地地域。黒子は後ろからついてきている銀時に聞こえるように語りかけた。

 

「わたくしの計算通りスキルアウトの連中は随分少なくなられてる様子で」

「きったねぇ場所だなここ、なんで不良ってのはこういうアウトローな場所に憧れるのかねぇ」

「こういう人が寄り付かない場所だからこそ、大人達に隠れて色々悪巧みとかして楽しんでますの」

 

チンピラとはいえ攘夷浪士の一人の傘下に加わっている連中。そんな彼等がこぞって集まっているアジトを前にして呑気に呟く銀時。

 

「つうかチビ助、今までツッコまなかったけどテメェの服装……」

「はて、この制服がどうかしましたの?」

 

ふと思い出したかのように銀時は黒子の方に目をやる。

今の彼女の服装は常盤台で指定された制服ではなく他の中学の制服だった。

 

「それってどこの学校の制服だよ、ウチのじゃねぇだろ」

「”柵川中学”の制服ですがなにか?」

「なにかじゃねぇよ、学校の名前とかどうでもいいからなんでそんなの着てんのかって聞いてるんだよこっちは」

「無論潜入捜査をする為に決まってますわ」

 

自信満々に彼女は答えた。

 

「エリート育成を重視する名門常盤台の制服では上手く侵入できませんからね。この日の為に初春から借りましたの、無理矢理」

「潜入捜査?」

「ええ、今のわたくしは”退屈な日常の中でうっかり不良に憧れを抱いてしまい、過激な世界に足を踏み入れようとする愚かな女子中学生”ですわ」

「なにそのどこぞの二流少女漫画みたいな設定」

 

黒子は着馴れない様子で長いスカートをパタパタしながら説明する。

どうやら彼女、さすがに正面からスキルアウトにはぶつかるような愚策はせずにまずは内側に入り込もうと計画していたらしい。

 

「あどけない美少女を装って内部に潜入し、連中が隙を見せた瞬間に正体を現して一気に一網打尽に、ふふふ我ながらなんて優雅な作戦でしょう……」

「おい、じゃあ俺も潜入捜査するならそれなりの格好しなきゃダメだろ」

「あなたはそのみすぼらしい着物姿と見た目で、普通に”就職先の見つからない落ちぶれた浪人"を演じてるじゃないですか」

「誰が落ちぶれた浪人だ! 俺の着物はみすぼらしくねぇ! 2日洗ってねぇ奴だけど!」

「汚ッ! わたくしの半径3メートル以内に近づかないで下さいまし!」

 

敵のアジトを前にして堂々と声を荒げる二人。

しかし隠れもせずにそんな風にギャーギャーを喚いていたら……

 

「あのーこんな所で何してるのおたく等?」

 

騒ぎを聞き連れてやってきたのだろう。

アジトの門から着物姿の青年が困惑した様子で現れた。

スキルアウトと称するにはいささか年が行き過ぎている。もしかしたら彼等に加担している攘夷浪士なのかもしれない……

2人はいきなり現れた彼を前にその場にピタッと硬直する。

 

「もしかして道に迷って来たとか? ここ危ないし早くどっかいった方がいいよ」

「あ、あの……」

「ん、何?」

(マ、マズイですの……まさかこんな唐突に連中と顔合わせするとは……)

 

いきなり現れた少々親切そうな青年に内心動揺を隠せない様子の黒子、口をパクパクさせて何か言いかけようとしているが言葉が出ないらしい。

しかし隣でパニクっている彼女に横目をやった銀時が少年の方に向き直って

 

「あのー、実は俺等この廃れきったこの街に革命をおっ始めるとかいうそんなスゲーカッコいい組織があると聞いてここに来たんだけど?」

「へ? まさかウチの組織に入る為に来たのアンタ等?」

(よくやりましたわ白髪頭! さすが口から先に生まれた男!)

 

焦る黒子の代わりに変な口調で青年に説明しだす銀時。

黒子が青年からは見えない角度でグッと拳を握ってガッツポーズ。

 

「ほら俺もこんな風にみずぼらしい格好してて、就職先も無いしやんなっちゃったんだよー」

「へー、そうなんだ。実は俺も同じ口でさー、流れに流れていつの間にかこんな若い連中のいる組織に来ちゃったんだよね。不景気だからってやんなっちゃうよねホント」

「そうそうそう! だからお前らと一緒にこの国にいっちょ復讐してぇなと思ってさ」

「いやいや兄さん、そんな弱気になっちゃダメだって」

「え?」

 

へらへら笑いながらでっち上げた身の上話をしていた銀時の話を突然青年が折る。

 

「就職先無いからって俺等みたいなバカやってる奴等の所に行くって考えはちと短絡過ぎるよ」

「あ、うんそうだね……」

「俺の知り合いにさ、田舎からはるばる上京して学も何もない状態で。裸一貫から幕府直属の組織として認められる程出世した凄い人がいたんだよ」

「へーそうなんだ……こんな不景気なのに頑張ったんだねその人……」

「だからアンタみたいな奴でもどうにかなるって。だからここに来たことはもう忘れて、明日からは生まれ変わった気持ちで就職先探してみな。こんな時代でも救ってくれる人がアンタにもいるよきっと」

「……」

 

目を瞑って優しく問いかけてくる青年に言葉が出ずに絶句する銀時。そして隣にいる黒子に声を潜め

 

「おいヤベェよ、なんかすげぇいい事言われた気がすんだけど、チンピラの仲間のクセにすげー人間出来てるんだけどアイツ、俺もう本当に明日から生まれ変わりたい気分なんだけど……?」

「なに説き伏せられてるんですの……! あなたみたいな腐ったミカンが輪廻転生繰り返そうが永久に腐ったミカンに決まってますでしょ……! せっかく連中の所に潜り込めるチャンスですのに……!」

「無理だって……! 俺もう生き方改めるわ……! とりあえずトイレの後は手ぇ洗う事にする」

「それってつまり今まで手を洗っていなかったんですの……!」

 

小声で口論を始めてしまった銀時と黒子。

それを尻目に青年が申し訳なさそうに歩み寄る。

 

「あ、あのーもしもし……なんか盛り上がってる所悪いんだけどいい加減もう帰って……」

「うるせぇ! あーもうめんどくせぇからいいわ! いいから俺とコイツを仲間にしやがれってんだよッ!」

「そうですわ! さっさと中にいれて下さいましッ!」

「い、いやそんなの無理に決まって……」

 

急に態度をガラリと切り替えて乱暴ににじり寄って来る銀時と黒子に青年は頬を引きつらせて困惑。

しかし銀時は彼の言い分も聞かずに彼の両頬に食い込むほど掴んで

 

「うるせぇ! こちとらこのガキと関係出来ちまってもう社会的に抹殺されてんだよ! 引き返せねぇんだよ! どこへ逃げてもアグネスの魔の手から逃げられねぇんだよ!」

「えぇェェェェェ!!どういう事それぇぇぇぇぇぇ!? え、マジで!? マジなのそれ!?」

「マジですわ、最近の法律なんてクソくらえですの」

銀時のとんでもない発言に慌てふためく青年は黒子の方へばっと振り向く。

すると彼女はキッとした強い使命を負ったような目つきで顔を上げて

 

「だからこんな国一度リセットして新しい王国を作り上げますわ! 年の差や性別など関係なく恋愛出来るそんな夢のような国を!」

「なんかもう色んな人を敵に回すような野望を暴露しちゃってんだけどぉぉぉ! もういいから! もう仲間になっていいからとりあえず叫ぶの止めてぇぇぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六訓 教師、スキルアウトで働く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、こっちです……足元注意して下さい」

「ったく手間取らせやがって」

「きったない所ですわねぇホント……」

「……」

 

アジトの内部に無事に潜入する事に成功した銀時と黒子。

今はリーダーと顔合わせする為にスキルアウトの一人である青年の後をついて行ってどんどん奥へと進んでいた。

中に進めば進むほど本当に大勢の人がスキルアウトがここにいた事のかと疑うぐらいひどく殺風景な景色が続いた。

 

そして一つの団地の前に差し掛かると青年は二人を連れてその中へと入っていく。

 

「すみません、ちょっと前にエレベーター故障しちまったもんで。直す奴もいないから階段で登るしかなくて……」

「フッフッフ、階段なんて使わなくてもわたくしのテレポートで……! うごッ!」

 

黒子が何か言いかけた途中でグーで彼女の頭に鉄拳を落とす銀時。

ここで彼女が高能力者だとバレたら作戦は全て水の泡である。

 

「お前本当に潜入捜査する気あんの?」

「く……当り前ですの! 連中の内部に潜入して一網打尽にするなどこの白井黒子であれば容易く……! あだッ!」

 

再び銀時の鉄拳を食らう黒子。

後ろで騒いでる二人に青年が不振そうに振り返る。

 

「あのーさっきから二人で何騒いでるんですか?」

「気にすんな、ただのスキンシップだ」

 

銀時の説明にどこか腑に落ちない表情を浮かべつつも青年は階段を登りはじめた。

二人も急いでその後を追いながら小声で今後の事を相談し始める。

 

「……とりあえずお前は喋らない方がいいな」

「いえ、大丈夫ですわ、これからはもう少し言葉を選びますので……」

「おい、俺今日お隣さんと飲み行く約束してんだけど、これ夜までに終わるよな?」

「ジャッジメントの歴史を変えるかもしれない大功績を立てるチャンスを前にしてなに言ってるんですかあなたは……!」

「バカヤロー、お前等の功績なんざより俺は酒飲む方がずっと……」

「……いちごおでん」

「正義の為に悪を討つって素敵だよね、主人公だよね、なら銀さんがやるしかないよね」

「……あなた扱いやすいんだか扱いにくいんだかよくわかりませんわね……」

 

耳元で呟いた黒子の言葉で簡単に態度を変える銀時に彼女がボソッと感想を呟いていると前を登っていた青年の足が一つの部屋の前で止まった。

 

「えーとここに俺達のリーダーがいます」

 

青年は3人の方に振り返ってそう言うとその錆びて小汚いドアをガチャっと開ける。

 

「まずは俺が行って話してくるから。ちょっとここで待っててください」

「わかりましたわ」

「……多分中で叫び声とか聞こえるかもしれないけどそこは無視しといてね」

「え?」

 

意味深なセリフを吐いた後疑問に思う黒子を残して中へと入ってしまう青年。

そして部屋のドアが閉まってるのか閉まってないかぐらいのタイミングで

 

『イヤァァァァァァァァァ!! すんませんすんません! ホントすんません!! 生まれて来てホントすみません! 今度生まれ変わったらアメンボになるんで許してください!!』

『落ち着いて下さい! 俺が帰ってきただけですから!』

『俺も無理だってわかってるんですよ! けどなんか周りに押し付けられて勝手にリーダーに仕立て上げられちまっただけで……! だから命だけはご勘弁を!……ってあれ?』

『えーまずは土下座止めましょうねリーダー……ほら、このツラ覚えてます?』

『な、なんだと……! だってお前さっき下の様子見に来るとか行って出て行った筈じゃ……! どうやってここまで生きて帰ってこれたんだ!!』

『え? まさか俺って今までアンタの中で既に死んでた事にされてたの? 様子見に行っただけで?』

『だってもう俺達は連中に命狙われる身だぜ!! そりゃ外に行く=天国にゴーって考えるのが当たり前だろ!』

『いや外出ただけで死んだと思われたらたまったモンじゃねぇよリーダー!』

『だぁぁぁぁぁぁぁ!! だからもうそのリーダーって止めてくれぇぇぇぇぇ!!! ガラじゃない!! ガラじゃないんだよ俺はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

部屋の中から聞こえるのは慌ててなだめようとする青年の声とは違うえらく必死な様子で叫んでる別の男の声。

 

待機していた二人は同時に顔を合わせる。

 

「……なんか変なバカが叫んでるような気がするんだけど」

「きっと下っ端ですわね、声がもうそんな感じですわ。一生負け犬人生歩むであろう敗者の声ですの」

「そうだよな。どこの組織がこんな小物っぽい叫び声を上げる奴をリーダーにするんだよ、北斗の拳の世界じゃあるまいし」

「もしこんなマヌケな声を上げる男がリーダーであったら、こんな小細工せずともわたくし一人で真正面から叩き潰した方が手っ取り早いですのよ」

 

そんな風に二人で淡々と話していると、しばらくして先ほどの青年がドアを開けてこちらにヒョコッと顔を出した。

 

「あーウチのリーダー落ち着いたから中に入っていいですよ……それと半べそかいてるけどツッコまないで下さい、本気で泣くから」

「「……」」

 

その言葉に何とも言えない表情で凍り付く二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青年に言われて二人は部屋の中へと入っていった。

廃団地の中でここだけ人が住んでる部分が見える所からして、本当にここがリーダーの住む場所らしい。

もっと大規模な場所に拠点を置いてあるであろうと期待していた黒子は「こりゃないですわ……」と虚ろな目で呟きながら奥へと進んで行った。

 

そして奥にあるリビングに辿りついたとき、そこにいたのは……

 

「ど、どうも……」

「あ、どうも」

 

金髪の妙に冴えない顔をした少年が一人用のソファに寂しくポツンと座っていた。

ぎこちなくこちらに頭を軽く下げてきた彼に対して銀時はつい反射的に返事する。

 

「あのー、ちょっとここのリーダーに会いたいだけど、どこにいんのかわかる?」

「……俺がリーダーっす」

「いやいや、そういう冗談いらないから」

「いや本当に俺がリーダーっすから……」

 

銀時にどこか申し訳なさそうにそう言うと少年はアハハと困笑しながら後頭部を掻く。

 

「ここで頭張ってる浜面仕上≪はまづらしあげ≫です……」

 

浜面と名乗るこの少年に対し銀時と黒子はいよいよやる気がなさそうな表情になって行く。

 

「……頭ってどこの頭? 公園の砂場エリア?」

「いやだからここの頭です……ここのスキルアウト連中のリーダーやってるんですよ俺……」

「それマジですの?」

「これマジなんですハハハ……」

ソファに座ってヘラヘラ笑いながらそう答える浜面を前に、銀時と黒子はやるせない気持ちで目を合わせた。

 

「……こりゃダメだ。俺達がどうこうしなくても自然に消えちまうわこんな組織」

「……この日の為に長い間練りに練ってたと思うと悲しくなりますわねホント……」

「あぁぁぁぁぁぁぁ!! 今お前等俺の事ダメだとか情けない奴だとか小声で話してただろ!!」

「「!!」」

 

聞こえない声量で話していたにも関わらず、どうやら浜面は二人の反応を見て自分の悪口を言ってるのだと認識したようだった。

いきなり声を荒げて立ち上がる彼に銀時と黒子は思わずビクッと反応する。

 

「どうせお前等の考えてる通りだよ!! 所詮俺なんて今まで駒場の後ろで威張ってただけの狐だよ! 得意なのはピッキングと車上荒らしと運転技術! こんな小者にでも出来る技術しかない俺がリーダーとかマジあり得ないよな!!」   

「い、いやいやいやいやそんな事ないよリーダー! ピッキングも車上荒らしも出来るなんてすごい事だよ! なあ!」

「え、ええ! 普通の人ならまず真似できませんわ! 普通の人ならまずそんな真似しませんしねぇ……」

 

両手で頭を押さえて金切り声を上げ始める浜面に慌ててフォローに入る銀時と黒子。

なんか情けないを通りこして見てて悲しくなってきた……。

 

そんな二人の心境をよそに先程の着物姿の青年がリビングへと戻って来た。

 

「えーとまず自己紹介を……俺は少し前にこの組織に加入した山崎退≪やまざきさがる≫って言います……一応補給担当やらせてもらってます……」

 

山崎と名乗った青年は叫んでいる浜面の方に目をやりながら話を続ける。

 

「で、この人が……ウチのリーダーです……」

「ああ、さっき聞いた本人に。まあどうなんだ実際? コイツってリーダーの素質あんの?」

「あーまだ俺も日が浅いから詳しく知らないんですけど……リーダーの特技はピッキングと車上荒らし、あと運転が上手い事でして。趣味は強い奴の陰に隠れて威張る事です……」

「どう考えても下っ端クラスじゃねぇか」

 

人の卑屈な趣味をサラッとバラしてしまう山崎に銀時が口をへの字にした後、すっかり落ち込んでしまった浜面の方へ足を向ける。

 

「ほらシャキッとしろよリーダー、俺達お前の手下になる為にここまでやって来たんだぜ? 頑張って俺達と一緒に攘夷活動おっ始めようじゃねぇか」

「いや攘夷活動なんて本当は色々訳があったからやってただけだし……俺なんかじゃ絶対無理だし……駒場達がいなかったら俺ただのショッカー戦闘員Aだし……」

「ショッカーの戦闘員がなんですの」

 

銀時がなんとか浜面を励まして立ち直らせようとしていると、黒子も会話に加わり始めた。

 

「あの全身黒タイツで堂々と人前に出れるのは尋常じゃない勇気がいる筈、あんな姿で胸を張って生きていけるなんてすばらしいと思いますわ戦闘員は」

「そうだよ、偉いんだよショッカーは。いつもイーイー叫んでライダーにぶっ倒されてるけどアイツ等は鋼のメンタルを持っているんだよ、倒されても決して挫けない堅い魂をテメーの体に持っているんだよ戦闘員は」

「……なんか俺じゃなくてショッカー戦闘員の励ましになってね?」

 

うなだれる自分の両サイドに立ちながらうんうんと頷いている二人に浜面は複雑そうな表情を浮かべた。

 

「やっぱ俺なんかじゃだめだわ……新入りの山崎ともう一人以外はみんなどっか行っちまったし……あの時駒場の野郎を止めとけば……あ、イタッ!」

「なぁに落ち込んでだコラ!!」

 

体育座りのポーズでブツブツ呟き始める浜面に、ついに銀時がキレて鉄拳を振り下ろした。

頭を殴られた事に気づいて涙目になりながらこちらに顔を上げる浜面に彼は叫ぶ。

 

「テメェそれでもリーダーか! こんな所に引きこもってウジウジしてるのがリーダーの仕事なんですか!? ああ!?」

「い、いやだって……ていうかアンタ俺の部下になりに来たんじゃなかったの……? なんで殴られたの俺?」

「リーダーならリーダーらしく俺達を先陣切って導け! リーダーってのはみんなの希望じゃなきゃだめなんだよ!」 

「き、希望……」

「そして俺達のリーダーはお前しかいねぇ! そうだろチビ助!」

「はいですの! この白井黒子! いつまでもリーダーのお傍に付き従う所存ですわ! さあリーダー! わたくしにどんな任務でも言って下さいませ!」

「お前達……」

 

銀時の演説に手を上げてノリノリで便乗する黒子。二人の姿に浜面はジンジンする頭を押さえながら思わずグスッと鼻をすする。

そんな彼らを傍にいる山崎はジト目で見つめる。

 

(……な、なにこの茶番……)

 

っと冷静なツッコミを心の中で呟いていたりしていた。

だがそのアホな浜面はというと二人の励ましが効いたのかようやく立ち上がって

 

「よ、よしやろう……! 攘夷だろうがなんだろうがやってやる……!」

「良く言ったリーダー! その言葉を待ってたぜ!」

「我らのリーダーが遂に決心しましたわ! さあいざ攘夷を! この学園都市を焦土と化す革命を今!」

「お、おう!」

 

決心した浜面にすっかり攘夷浪士の気持ちで歓声を上げる黒子と銀時。

しかし浜面は「あ……」と何かに気づいたように口から小さな声が出る

 

「そういや攘夷活動ってなにやればいいんだ……」

「そうですわね……」

 

困ったように早くも助けを求める表情を浮かべてきた彼に黒子はうーんと考えた後にポンと手を叩き

 

「それではまずあの武装警察とかほざいている真撰組の連中を潰しましょう」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!? あの真撰組ぃぃぃぃぃ!?」

「でぇぇぇぇぇぇぇ!! 真撰組ぃぃぃぃぃ!?」

 

サラリととんでもない事を言ってのける黒子に浜面は絶叫を上げる。

そして何故か傍にいた山崎も絶叫を上げる。

 

「真撰組って泣く子も黙ると言われるあの真撰組のこと!?」

「奴等は警察とは称されても実態はすぐに刀を抜いて問答無用で斬り殺す外道集団。ここはわたくし達が恐怖で屈服されて怯える市民に代わって奴等に天誅を食らわすべきですわ」

「いやいやちょっと待て! さすがに幕府直属の警察組織に俺達チンピラ数人で殴りこむのは無謀だろ! そんなの絶対できっこ……!」

「この臆病者!」

「おぶ!」

 

この人数で敵うはずないと弱腰の浜面に黒子がキツイビンタを一発。

 

「今この時間も連中はこの学園都市を好き放題に暴れまわっているのですのよ! そんな連中を野放しにしている事など正義にあらず! いざ奴等に正義の一撃を! 偽善をまとった悪の権化にこの手で制裁を与えるのです!」

「……すげぇこれが本当の攘夷派の意見なのか……まるで攘夷浪士だ」

「さあ今すぐに支度なさい! まずは連中の頭である局長と司令塔である副長の首を取って民衆たちの前に晒してやりますわ! 正義は我らにありですの!!」

 

血走った目で高々と腕を上げて号令を上げる黒子に浜面は口をあんぐりと開けて何も言えない状態。

そんな彼を尻目に黒子は凄みのある表情で他の二人の方に振り返る。

 

「さああなた達も支度して奴等に天誅を! この国を変えるんですの!」

「お、落ち着いてお嬢さん! 真撰組は駄目! 真撰組は敵に回したらマズいって! 主に俺がマズイ!」

「戻って来いチビ、お前もう完全に攘夷浪士になってるぞ」

 

真撰組壊滅をもはや己の使命だと言わんばかりの黒子に対し感想を呟いた後。

銀時は彼女を無視して浜面の方へ歩み寄る。

 

「まあ攘夷にしろなんにしろ、やる事あったらそん時は俺に任せろや。相手がなんだろうが俺が倒してやるから、金次第で」

「え、金取るの? 俺の部下なのに金取るの?」

「いやそりゃ出すもん出さなきゃやらねぇよ、ビジネスだよビジネス、ビジネスマネーは大事だろ?」

 

指で丸をかいてゼニ寄越せという仕草をする銀時に唖然とする浜面。

真撰組に喧嘩を売る事に怯えている山崎と、この世の全てに怯えてるんじゃないかと思われる浜面が浮かべる表情には不安と恐怖しか感じない。

 

「金はまあ……攘夷の連中に頼めばなんとかしてもらえるかもしれないけど……おたくマジで使えるの? 目も死んでるし……」

「目が死んでるのは関係ねーだろ、言っとくがたまにはキラめくんだからな。つうかお前俺のこと疑ってるのか?」

「う~ん、だって今日出会ったばかりじゃん……」

「わかったよ、んじゃ今から……」

 

目を細めて半信半疑の様子の彼に銀時が不満気に何か言いかけたその時……

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 今日は何でこんなに人が多い訳?」

「あ、どうも姐さんお疲れ様です」

 

不意にドアから聞こえた声に山崎がサッとそちらに振り返る。銀時達も反射的にそちらに目を泳がせた。

その声の持ち主はあまりにもこの場には相応しい身なりをした少女だった。

ちんまりとした体形だがそのスタイルはキチンと整っており長いブロンドヘアーを流すその姿はまるで外国のお人形。

 

「なに? もしかして連中側の人? 結局またキモイ浜面を脅しに来たって訳?」

「ああ違う違う、コイツ等は連中寄りじゃなくて俺達寄り、つまり俺達の仲間になりにきたんだよ」

「ふーん、このタイミングで新入りって怪しいわね。私の名前は”フレンダ”よ、どうせ短い間だろうけどよろしく」

 

フレンダと名乗るその少女は特に隠そうとせずに疑ってる表情を浮かべて二人を一瞥しつつ奥へと入ってくる。

 

そしてリーダーである浜面の前に立つと彼女は両腕を腰に当てて不敵な笑みを浮かべ

 

「仲間に入れるのは別にいい訳だけど、もしこいつ等が裏切る動作を少しでもしたら殺していいわね」

「お、おう……一応言っておくけどマジで言ってるんじゃないよな……」

「マジな訳だけど?」

「さいですか……」

「ったく、ところで結局浜面は今まで何をしてた訳? もしかしてまた連中に脅され……」

 

フレンダが浜面にしかめっ面で何か言いかけたその時

 

彼女に向かって銀時が突然……

 

「危ないリーダーァァァァァァァ!!」

「んごぉッ!」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

いきなりフレンダの顔面にドロップキックを食らわす銀時に浜面はビックリして叫んでしまう。

狭い部屋で大の大人の一撃を食らわされた彼女は頭から壁に激突、その場にズルズルと崩れ落ちるが、倒れる彼女に銀時は容赦なく飛び掛かる。

 

「テメェさては敵側のスパイだな! 単身でリーダーの首取ろうとするなんざ100年はえぇぞゴラァ! おいリーダー! 後で俺の口座に金振り込んでおけ!」

「ギャァァァァァァ! ちょ! 浜面! これ結局どういう訳!?」

「おいオッサン! そいつスパイじゃねえから! 俺達の仲間! フレンダ!」

「誰がオッサンだコラァァァァァァ!!」

「うげ! いやオッサンって言ったの私じゃなくて浜面! ぐふ!」

 

パッと見綺麗な少女をなんの躊躇もせずにボコリ出す銀時に浜面が違うと叫ぶも彼の耳には届かない。

その光景に新入り山崎はアタフタしながた咄嗟に

 

「し、白井さんッ!」

「わかってますわ」

 

銀時を止めてくれという前に理解してくれたのか、黒子は頷いてすぐに銀時とフレンダの方に近寄って

 

「くおらぁぁぁぁぁ!」

「あべし!」

「って全然わかってねぇんだけどこの子!」

 

華麗な飛び蹴りを倒れている少女にお見舞いする彼女に山崎が叫ぶが、そんな声など銀時同様聞いちゃいない様子の黒子。

 

「さてはあの腐れ外道集団真撰組が差し向けたくのいちですわね! リーダーを誘惑しようとする魂胆だったのでしょうがわたくしの目は誤魔化せませんわ!」

「い、いや誰が浜面なんかを……!」

「さあリーダー、ここからが始まりですわよ! まずはこのわたくしがこの女に天誅を食らわして! そして次はこの女の首を奴等の本部に送ってやりましょう! グヘヘヘヘヘ!!」

「白井さぁぁぁぁぁん! なんかもうアンタ戻れない所までいっちゃってるよ!! サイコキラーだよッ!」

 

 攘夷浪士どころか映画に出て来る猟奇殺人鬼みたいなアイディアを提案しながら下品な笑い声を上げる黒子。もう既に本来の目的など見失ってしまっているのは明白である。

 

「おら吐けゴラァ! テメェの所の親玉は誰だぁ!」

「いや浜面だから! イダダダダダ! 足は踏まないで! お願いだから足は踏まないで!」

「首だけより上半身と下半身を切断させて送った方がインパクトありますわね……革命の火ぶたを切るのですから最初は派手に……」

「ちょっと浜面この銀髪天然パーマ止めてぇぇぇぇぇぇ!! しかもこのツインテールもニヤニヤしながらすんごいイカれた事を……! って浜面ァァァァァァ!」

 

容赦なく攻めかかってくる二人に遂に浜面に助けを求めてくるフレンダだが。

助けを求められた方はというと現実を見る事を放棄して、何事も無いような表情で浜面は

 

「俺あの二人まとめる自信ないんだけど、もうリーダー止めていい?」

「大丈夫ですよリーダー、きっとやれますって」

「そうかやれるか、じゃあ頑張ろう」

「俺も一緒に頑張りますから」

「浜面テメェェェェェェェ!! あとで殺すッ!」

 

すっかりハイテンションでフレンダをシメている銀時と黒子

目の前の現実を無視してほのぼのと会話している浜面と山崎

 

スキルアウト潜入任務は初っ端から波乱を迎える事となったのであった。

 

 

 



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第七訓 教師、チンピラ達と語り合う

 

スキルアウトの本部として置かれている廃団地の一室ではワイワイと騒ぎ声が聞こえていた。

その中で特に騒いでいるのは黒子に協力してここに潜入捜査としてやってきた……。

 

「ギャハハハハ!! あんときは本当に笑えたわ!! ”一端覧祭”! わさび寿司食わせたり熱湯風呂に突き落したりよ! そんでどんどんエスカレートしてつい高層ビルからのバンジーとか人間大砲とか火の輪くぐりとかやらせちまってさ!」

「ブハハハハハ! アンタ鬼だなホント!」

 

リビングでゲラゲラと笑い声を上げているのは銀髪駄目教師の坂田銀時、そしてここのスキルアウトで駄目リーダーをやらせている浜面仕上だった。

どっから入手来てきたのやら二人の周りにはビールやら酒やらの空き瓶で一杯。更につまみにしたのかその辺に大量のサバ缶が捨てられている。

恐らく数時間前から飲んで食ってすっかり舞い上がってしまっているらしい。

 

「もうなんでもやんだよホント! 大勢の観客の前だからアイツも引けに引けない状況に追い込まれたからもうヤケクソになっちまってんの! アイツ昔からそれに弱いんだよ!」

「うわ立派だわ! リアクション芸人の鑑だわ! アホだけど!」 

「けどその必死さのおかげでドッカンドッカン客にウケちまって! 終わった頃にはなんかまんざらでもない表情浮かべてんだよあの”女王”! なんかムカついたからもっかい熱湯風呂にぶん投げた!」

「女王ぱねぇ! ところで女王ってその芸人のあだ名かなんか?」

 

とある人物の過去の話題で盛り上がってすっかり意気投合している銀時と浜面。

酒のおかげもあってか二人は短い間で随分と仲良くなったようだ。

 

「いや~あんときはマジでウケたからなホント、観客はもう大爆笑でさ、先頭で観ていた”ホストみたいなガキ”がいたんだけど、なんかもう笑い過ぎちまって最終的に白目剥きながら泡吹いちまって、救急車で急いで病院に担ぎ込まれてったわ」

「そこまでウケたのかよ! そりゃ女王もこれはヤバいと思ったんじゃないか」

「ああ、さすがに担ぎ込まれるガキを見ながら青ざめてたな「え?このままやっちゃっていいの?」的な顔でこっち見てきたけど。無視したわ」

「アンタマジぱねぇ!」

 

顔を真っ赤にした状態で寝そべりながら腹を押さえて苦しそうに笑う浜面。

同じく顔を赤くしている銀時は自分のコップにビールを注ぎながら機嫌良さそうに語りだす。

 

「アイツ、”デビュー戦”でおもくっそ滑ってる過去があるからさ。一発デカい花火打ち上げる為だけでも全力で勝負するしかねぇんだよアイツは」

「お笑い芸人って大変なんだな。俺あんまお笑いとか知らないけどその人の事は応援しとくよ」

「んだよ、リーダーに応援されちゃあ今年もアイツとコンビ組まなきゃいけねぇじゃねぇか」

「おお! そん時は連絡くれよ! すぐ行くから!」

 

和気藹々とそんな会話をしているとふと銀時が「あん?」と不機嫌そうな声を上げた。

 

「おいサバ缶もうねぇぞ、あんなにあったのにどこいったんだ。つかなんであんなに冷蔵庫に入ってたんだサバ缶」

「ああ、それはフレンダの奴が……」

「ふー、スッキリしたー」

 

空になったサバ缶を持ち上げて不満をたれる銀時に浜面が説明しようとした時、彼の一応部下である少女、フレンダが濡れる髪をバスタオルで拭きながらリビングに戻って来た。

 

「風呂上りはサバ缶サバ缶~」

「お前……何時間風呂入ってんだよ……もう山崎の奴は待ちくたびれて最寄りの銭湯行っちまったぞ」

「あのね、小汚い恰好がデフォの浜面にはわからないだろうけど、乙女の入浴タイムは一日の中でも特に大切な時間なの。綺麗な体をより美しくする為には細かな美容と方法を繰り返し……ってあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「大声で叫ぶのも美容の為なのか?」

 

得意げに人差し指を立てて無知の浜面に勤勉を垂れようとしたその矢先、フレンダはいきなり金切り声をあげて浜面と銀時に指を突き付ける。

 

「なに勝手に私のサバ缶食ってる訳ぇ!! しかもほとんど食って……って冷蔵庫の中何も入ってないし! アンタ達まさか私がお風呂入ってる隙に全部平らげたの!?」

「何だあれお前のだったのか、しょうがねぇな」

 

サバ缶を大量に冷蔵庫に入れておいたのは彼女だったらしい。

激怒した様子で詰め寄ってくるフレンダに対し

爪楊枝で歯に詰まったサバの欠片を取りながら銀時は真顔でその爪楊枝をフレンダに差し出し

 

「ほらよ」

「いらんわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

怒声を上げながらフレンダはその爪楊枝を手で叩き落す

 

「返せ! 元の原型で私のサバ缶を返せ!!」

「何言ってんだ小娘、世の中にはな、サバどころか何日も煮干し1本さえ食えないぐらい貧しい奴もいんだぞ、それに比べれば今日一日お預け食らっただけのお前なんてまだまだ幸せなんだよ」

「知るかぁぁぁぁぁぁ!!」

「その幸せを噛みしめつつ、近くのコンビニで酒とつまみを買ってこい。あ、あとアイスもな」

「お前が買ってこい私のサバぁぁぁぁぁ!!!」

 

自分の大好きなサバ缶を根こそぎ奪ったばかりか挙句の果てにパシリに走らせようとする銀時に、フレンダは額に青筋を浮かべて激昂しながら彼の隣に座っている浜面を睨み付ける。

 

「ていうかアンタも同罪な訳よ! コイツと一緒に食べてたんでしょ!」

「いや~酒のおかげでつい、ってぐぼはぁ!」

 

首を傾げて「てへへ」といった感じに笑って見せ、物凄くムカつくリアクションを取った浜面の横っ面をフレンダはご自慢の綺麗な脚で蹴り抜けた。

浜面は空のサバ缶が山積みにされている所に激しい音を立ててぶっ飛ばされる

 

「す、すみません……調子乗ってましたホント……来世はオケラとして生まれ変わるんで許して……」

「チッ、結局こんなのがリーダーやってちゃ近い内に消滅する訳よ。連中からの脅しもヤバくなってきてるし、全く何が攘夷だ天誅だ何だか……」

「……」

 

白目を剥きながら気絶してしまった浜面を見下ろしながらふと呟いたフレンダの一言に。

さっきまで酔っ払いのおっさんだった状態の銀時がわずかに目を見開いた。

 

「つーかよ、なんでお前等攘夷活動やってんだ? 連中から金でも借りてんの?」

「……そういえば”新入り”のあなたにはまだ教えてなかったか」

 

新入りの部分を強調しながらフレンダは銀時にしかめっ面を向けた。

 

「私達は元々攘夷活動を目的としたスキルアウト団体じゃないの。社会や学校、親から見捨てられたような連中が身を寄り添って生まれた組織ってだけな訳だったの」

「ああ、要するに元々ここは負け犬チンピラ同士で傷舐めあう為に構成された負け犬集団って事か」

 

フレンダの説明に少々酷い言い方をする銀時だが、彼女は特に気にせずに「ま、そんな所な訳」と頷く。

 

「けど私は違うから、私はただ学校でついアクシデント起こして退学になっちゃって、それで居場所を失ったからここにいるだけな訳だから」

「いや同じだろ、おもくそ学校から追い出されてんじゃねぇか、ていうかなにやらかしたんだよ」

「いやぁ放課後の理科室でつい興味本位で爆弾作ってたらそれが爆発しちゃって~。学校は大破、死んだ奴はいなかったけど結局そのおかげで退学の上にすんごい額のお金請求されたから逃げちゃった訳、てへ」

「見捨てていいレベルじゃねぇよお前だけ、斬り捨て御免されるレベルだろそれ」

 

舌を出してコツント自分の頭を叩いて可愛い仕草をするフレンダに仏頂面でツッコミを入れる銀時。そんなバカげたことをしでかしたおかげでここに行きついたのも頷ける。

 

「まあオメーの身の上話はどうでもいいとして。じゃあなんだ、この組織が生まれたばかりの頃は、ただこの街でチンピラらしい悪さをするだけの底辺な組織だったのか」

「そうそう、ATM荒らししたり車や宝石奪ってそれを売りさばいたり、あと調子乗った能力者共をシメて病院に送り込むとか」

「……ふーん」

 

嬉々として物騒な事を語るフレンダに銀時は重い腰を上げた。

 

ここまで彼女が自分に気を許してるなら……

 

そう思い、彼はここに来てから一番気になっていたことを問いかけた。

 

「じゃあなんで天人の大使館に爆破テロなんて真似しやがったんだ?」

「……」

 

極々自然的な流れで聞いたつもりであったが。

銀時の問いかけに対してフレンダの態度が一変した。

さっきまで笑いかけてきた彼女はもうそこにはいなく、冷たくそして感情の無い顔で睨みつけてる少女がそこにいた。

 

「……結局アンタ、私達の組織に入る為にここに来た訳じゃないでしょ?」

「どういう意味だそりゃ?」

「浜面から聞いたけど、アンタ達って攘夷活動する為にここに来たとか」

 

髪を掻き毟ってシラを切る銀時にフレンダは一歩詰め寄る。

 

「攘夷活動なんて馬鹿な真似するなら、私達みたいなチンピラ集団より攘夷浪士の方へ取り入るってのが相場な訳よ」

「ああそっか、その手があったか。いやー賢いなお前」

「ま、アンタ達がどこの警察組織だろうと、スパイに来た攘夷派だろうと、私には関係ないって訳よ。ただ……」

 

そこで言葉を区切ると、いつの間にか銀時との間はほんの1歩分程度まで詰め寄っていたフレンダが氷の様な冷たい声を彼の耳に響かせる。

 

「私の”居場所”を奪う真似なんてしたら殺してあげる」

「……随分とここを気に入ってるご様子で」

 

常人ならその場で震えあがって腰を抜かしそうな彼女の言葉と動作に銀時が僅かに笑ってみせると。

フレンダもフッと笑って急にいつものやわらかい口調と態度になった。

 

「ま、確かに追われてる身の私を拾ってくれた恩がここにはあるし、それに結局この場所の居心地もそう悪くはないって訳よ」

「そうか? 女子供が住むにはちと清潔感足りてねぇだろここ」

「そこはまあ大目に見てやってる訳よ、この寛大な心を持つ私が。それに」

 

胸に手を当て自分で自分を高く評価すると、フレンダは背後で気絶してぶっ倒れている浜面の方へ振り返る。

 

「拾ってくれた恩は返さないと悪いかな~みたいな感じ?」

「もしかしてオメーを拾ったのってそこでバカ面で気絶してる奴?」

「そ、最初ナンパ目的で私に声かけてきてさ、このバカ面」

 

思い出しながらついハハハと笑ってしまうフレンダ。

もはや銀時に対して敵意を放ってくる気配はなさそうだ。演技である可能性もあるが

 

「上手く騙して金奪ってやろうと思ったのに……いざ話し出すとコイツってば結局自分の事ばっかり語りだした訳よ、しかもほとんど愚痴ばっかり。思う様に上手くいかないだの仲間に馬鹿にされるだの、本気になれば自分はもっと凄い事が出来る筈なのにだの」

「最低のナンパだなそりゃ」

「終いには喫茶店で泣き出す始末だし、けど結局コイツのくだらない話を長々と聞いてると、自分のしでかしたことや現状で悩んでる事もアホらしくなってね」

「いやお前のやった事はアホらしくないからね、学校爆破してるからねお前」

「そんでコイツの話聞いてたらつい私まで自分の身の上話始まっちゃって、結局朝まで互いの愚痴り合いよ」

 

銀時の冷静なツッコミも無視してフレンダは話を続ける。

 

「結局それがキッカケで連絡取り合う仲になって、行き場を失って困ってる私をコイツが拾ってここに入れてくれた訳」

「……ダメ男のダメさ加減に惹かれるダメ女のパターンだな」

「うっさい。コイツは特に秀でた特技もないし凡人だし無能力者だし根っからのバカな訳だけど、コイツとの愚痴の言い合いは不思議と悪くなかったし良いところもある」

 

未だ気絶している浜面を、フレンダはしゃがみ込んで優しく見守る様に眺める。

 

「だから護ってあげたい訳なのよ、コイツが気に入ってるこの場所、私達の居場所……」

 

ぽつりとつぶやいた彼女の一言に銀時は目を逸らし、仏頂面で小指で耳をほじり出す。

 

「居場所ねぇ……」

「という事で私達を脅かすような真似でもしたら容赦しないから、そこん所よろしくな訳よ」

「あーそうかい、そいつは大変だ。なにせ爆破テロなんて馬鹿な事やる連中だしな」

「それは結局連中に脅されたから仕方なくやっただけな訳で……」

「仕方なく?」

「……実は私の妹が……」

 

 

フレンダが銀時のペースに流されて話の本意をうっかり言ってしまおうとしたその時……。

 

「ただいま帰りましたー、ってなにこの部屋酒臭ッ! あとサバくせぇッ!」

 

数少ないここに残っているメンバーの一人である山崎退がドアを開けて戻って来たのだ。浜面が外出さえ出来ずに怯えてる状況で呑気に堂々と銭湯に行っていたらしく、手にはその帰りで寄ったのか食料が入ったコンビニのビニール袋がある。

 

「姐さん、少しはサバ缶控えたら?」

「うっさいザキッ! 酒も私のサバ缶も食ったのはコイツと浜面な訳よ!」

 

フレンダはビシッと主犯格である銀時と気絶してぶっ倒れている浜面を指さす。

山崎が倒れている浜面の方へ一瞥した後銀時に向かって「未成年に酒飲ませるとか、アンタ絶対教師とか向いてないですね」と呟いてるとようやく浜面がムクリと半身を起こした。

 

「……ああ山崎、帰って来たのか」

「えーどうも、リーダーも早く風呂に入ったらどうですか?」

「こっちは無神経なお前と違って、攘夷派の連中に命狙われてるんだから外出なんて出来るわけねえだろ」

「だからそれは考え過ぎ……いや確かにそうかもしんない」

「ん?」

 

いつもならここで「考え過ぎですよ」とか言われるのかと思ったのだが、自分の言った言葉を訂正する山崎に浜面は目を細めて違和感を覚える。

すると山崎はシレっとした表情で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「下には俺達全員を皆殺しにしかねない攘夷浪士がわんさかいたし」

「……へ?」

「確かにリーダーが鼻歌交じりに下に降りたらその場ですぐ殺されちまうかもしれないですね。あの殺気マジヤバかったし」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!? ちょ、ちょっと待って何言ってんの山崎君!?」

 

まるで「俺犬嫌いなのに通学路に犬飼ってる家があるんだよ、嫌だなー」みたいな感じの軽い口調でとんでもない事を言い出す親友に浜面は酔いも醒めて慌てて起き上がった。

 

「し、し、下に連中が! もうすぐそこにいるって言うのか!? 嘘だよな! 嘘だよね山崎君! 嘘だと言ってよ山崎君! 来週のジャンプ代カンパしてやるから嘘にしてください山崎君!」

「アイツ等に見つからずにここまで来るの大変でしたよ、なんせそこら中に帯刀してる野郎共で一杯だし……」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

なんでそんなに冷静にできるのかそんなツッコミさえ出来る余裕なく、浜面は絶叫を上げてその場に両膝から崩れ落ちてしまった。

 

「もう駄目だァァァァァァ!! おしまいだァァァァァァ!! 俺はここで死んで来世は

アメーバとして生まれ変わるんだァァァァァァ!!」

「うっさいアホの浜面! 結局浜面がリーダーならここでシャキッとして部下を先導するのが常識って訳でしょ!!」

 

両手で頭を押さえながら意味不明な事を口走ってパニくっている浜面をフレンダは彼の胸倉を掴み叱咤激励する、だが浜面は首をブンブン横に振って

 

「出来るわけねぇだろぉぉぉぉぉぉ!! だってアホの浜面だもん! アホだもん! 浜面だもん! そんな主人公みたいな事無理に決まってんだろぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「自分で言ってて悲しくならないのアンタ……」

 

絵にも描けないような見事な情けなさっぷりを見せる浜面にフレンダは彼の胸倉を掴んだまま唖然とした表情を浮かべる。情けなさだけなら天下一品だ。

 

しかし浜面がそんな醜態を恥ずかしげもなく披露している一方で

傍に立っていた銀時は顎に手を当て考え込んでいた。

 

「攘夷浪士が下にわんさか……へー」

 

独り言を呟き彼が軽く頷くと同時に

シュンと音を立てて彼の隣に突然何かが現れた。

 

「下に帯刀してる連中がたくさん集まってますの! 数は大体5、60名! ってなにここお酒臭ッ!」

 

現れたのはレベル4のテレポーターである黒子。出てきて早々思いきり不快な表情で鼻をつまむ。

 

「あなた下がとんでもない事なってるのにまさかここで酒飲んでましたの!? っておえサバ臭ッ!」

 

いきなり現れた彼女に銀時は特に驚きもしなかったが浜面の方はパニくるのを一旦止めて仰天した表情を彼女に向ける。

 

「うわ! お前! 一体どうやっていきなり出てきたんだ! まさか能力者!?」

「説明は後ですのリーダー、ところで……」

 

浜面の質問を軽く流して黒子は銀時に歩み寄る。

 

「下は大変な事になっていますわね、どうやらここのスキルアウトと組んでた桂一派の連中かもしれませんわ」

「組んでたっつーより、ここの連中は奴等に脅されて仕方なくやってたんだとよ」

「そうだったんですの。まあやっちまったモンはもう取り返しがつきませんがね、減刑対象には入りますけど」

 

銀時の情報を耳に入れながら黒子は話を続ける。

 

「さて”先生”、この状況あなたはどう見ますの?」

「そうだな、わかった事といったら」

 

皮肉っぽく先生という言葉を使いながらこちらに意地の悪い笑みを見せてくる彼女に銀時は髪を掻き毟りながら不敵に笑った。

 

「コイツ等がただの小さい魚じゃなくて、より大きな魚を釣る為のエサだったって事だけだな」

「全く、無駄足かと思いきや、よもやそれがこんな大漁のチャンスを与えてくれるとは……」

 

黒子にとって浜面程度の小悪党を捕まえる事などもはやどうでもいい。潜入捜査としてここにやって来た事もどうでもいい

それよりももっと上が、さらに上を捕まえる可能性を秘めた存在がノコノコと向こうから現れてくれたのだから

 

「さてと」

 

一つ深呼吸した後、過酷な状況に追われている事など知ったこっちゃない様子で黒子は改めて銀時の方へ振り返った。

 

「網を引く準備はできてますか、”お侍さん”」

「酔い覚めのいちごおでん忘れんなよ”お巡りさん”」

 

 

 

 

第七訓 教師、チンピラ達と語り合う

 

 



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第八訓 侍教師 見参

今より数十年前

江戸に突如宇宙から飛来してきた異人、天人達は幕府にあまりにも対等でない条約を持ち掛けた。

それを快く思わなかった者達は刀を取り、志を掲げて未確認の科学文明を持つ奴等に歯向かう。

それが「攘夷志士」。

民衆はこう思っていただろう。

彼等はこの国を護る為に立ち上がったヒーローだ

 

しかし度重なる武力行使の下で弱気になった幕府は彼らの意思を黙殺。

結果、天人と不平等な条約を締結するに至る。

天人はおろか護るべき存在だった幕府にまで裏切られ、廃刀令までしかれて侍の魂である刀まで奪われる始末。

そして己の立場さえ見失いかけた者達は表に出ることを諦め、裏の世界で今も幕府と天人を抹殺しようと日々計画を練りつつ企んでいる。

それが「攘夷浪士」。

民衆はこう思っているだろう。

彼等はこの国の反逆者だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第八訓 侍教師 見参

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月の差す光の下、ちょっと前までは大量のスキルアウトがこぞってたむろしていた廃団地。

しかし今そこに数を成して集まっているのはスキルアウト等というチンピラ風情ではなかった。

 

数十人の人だかり、数は50は軽く超えている。時間が経てばもっと増えるかもしれない。

皆袴を着て頭にマゲを結い、腰には鞘に収まった刀が置かれていた。

しかし恐ろしいのは連中の”古風”な格好でも廃刀令のご時世で堂々と帯刀している事だけではない。

 

彼等の眼は野獣の様にギラつき、持っている刀を抜く事さえ躊躇しないと感じる殺気を放っていた。

中には腰の刀に手を置いたまま立って、いつでも抜けるように準備している者さえいる。

 

攘夷浪士、一般人ならだれもが彼らをこう指すであろう。

かつて江戸の風を肩で切って歩いていた侍はもういない。

今いるのは月の光だけを頼りにして闇を歩き、「天誅」と称して国家転覆を謀り暗躍する犯罪者でしかないのだから。

 

誰も騒がず静寂が支配している中、パッと見20代前半ぐらいの若い攘夷浪士の一人が、リーダーの様な風格を漂わせている中年のチョビ髭の男に後ろからそっと重い口を開いた。

 

「隊長、どうしてこんな所に来たんですか。もう”あのガキ共”はなんの役にも立ちやせんよ……」

「いや、アイツ等にはまだ利用価値は残っているさ。まだまだ働いてもらわないと困る」

 

チョビ髭は若者の方に振り返らず、ただじっと目の前の団地を見据えたまま静かに返答した。

 

「俺達は幕府の重役に睨まれて日の下では迂闊に動くが出来ん。だが奴等は違う、奴等はこの江戸が如何に腐ってしまったのかを象徴とする”この街”の住人という立場を持っている、そこが俺達が狙った理由だ」

「は、はぁ……」

「本来部外者である俺達が近付けない場所も奴等は日々の日常生活の中でも容易に入り込む事が出来る、攘夷活動に大事なのは我々の様な誇り高い信念と志を持った侍だけではない、どんな所にも潜り込んで餌を調達する”卑しいドブネズミ共”も時に必要になるのだ」

「なるほど……」

 

感心したように若者が頷くとチョビ髭は話を続ける。

 

「ゆえに先日の大使館爆破テロも実行できたであろう、あそこは我々がノコノコと出ていける場所ではないしな」

「でも……」

「ああわかってる」

 

若者の言い分を彼は首を横に振って遮った。

 

「連中が手際よく出来なかった為失敗してしまった、やはりネズミはネズミ、我々の様にこの国の憂いを嘆き立ち上がった者達の様な熱き精神は持っていなかったのだ」

「そんな役立たず共をどうしてまた使おうと思ったんです?」

「それはな」

 

心配そうに尋ねてきた若者だが、チョビ髭は至って平然と、そして決して彼の方へは振り返らずに淡々と返事する。

 

「今回はまず前回の失敗の埋め合わせと称して、ある任務を遂行させてもらう」

「連中は大人しく聞いてくれますかね」

「なぁに、こっちはこの数で相手はたかがガキ数人。そして我々にはあの”桂”が。おまけに連中の一人の身内を人質に預かっている。逆らうなんて馬鹿な真似をする訳……」

 

若干笑みがこぼれた様子を浮かべながらチョビ髭が若者に答えようとしたその瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チーッス!!! リーダーお届けに参りやしたァァァァァ!!!」

「ご機嫌よう”きったねぇツラした”攘夷浪士の皆様方、今宵はこんなきたねぇ場所にきたねぇ恰好で来てくれてリーダーも大変お喜びのご様子ですの」

「へ? えぇぇぇぇぇぇぇ!? 俺なんでこんな所に!? さっきまで部屋にいた筈……! ってギャァァァァァァ!!!」

 

唖然、大勢の攘夷浪士は今起こった出来事にその反応しか出来なかった。

現状で連中のスキルアウトのリーダーとされている浜面仕上が正座した状態で突然目の前に現れ。

しかもその少年の両側には見慣れない小さなツインテールの少女と、腰に木刀を差している銀髪天然パーマの男がこちらに敬礼のポーズをして立っている。

 

「ほう……どういうつもりだコレは」

「い、いやあのですね! 俺自身もなにがなんだかわからなくて! だ、だから殺さないで下さいホント! 俺は悪くないんです! 悪いのは急にこんな所に現れる現象が! そう! 現象が悪い! 俺は悪くない!」

 

いきなり現れた奇妙な三人組にチョビ髭は一瞬驚きはするもすぐに平静さを取り戻し、浜面の方に話しかけるが、浜面自身も混乱しているのか顔中に汗をダラダラと流して意味不明な事を叫んでいる。

すると浜面と一緒に現れた天然パーマの方が死んだ目をしながらだるそうに口を開いた。

 

「え~リーダーの言い分はこうです。ただいまをもって我々『はまづら団』は、テメェ等攘夷浪士の諸君達とは手を切る事にしました。これに異を唱える者は速やかに即ぶっ殺します。だよねリーダー?」

「はいぃぃぃぃぃぃ!? 俺そんな事一言も言ってないんだけど!? 何それ!? それ完全にアンタが考えた事だろ! 俺関係ねーし!」

 

身の覚えもない代弁に浜面は正座した状態のまま天然パーマ、坂田銀時の方へ振り向くが今度は小さなツインテール少女、白井黒子が

 

「それとここにいる者共は即刻その古臭い刀を質屋にでも売って大人しく優秀な警察組織であるジャッジメントに自首しやがれこのクソったれ共っとも言っていましたわねリーダー?」

「言ってません! 言ってませんよリーダーは!? リーダーはクソったれなんてお下品な言葉使いませんの事よ! …はッ!?」

 

パニクって黒子の口調がうつっているのも気付かず叫ぶ浜面だが、その話を聞いていた攘夷浪士達はたいへん穏やかな様子ではなかった。

 

殺気だっていた空気が更に悪化しているのがピリピリと浜面も肌で感じてビクッと反応する。

中には腰に差す刀をチラつかせながらこちらを睨み付け、今にでも斬りかからん態勢に入ってる者さえいる。

 

そんな殺伐とした空気の中で先頭に立っているチョビ髭の男は以前平然としたままで静かに口を開いた。

 

「……今の話は本当か浜面? 我々と手を切ると?」

「め、め、滅相もない!! 全部コイツ等のデタラメですってば! こいつ等新入りだからちょっと生意気な上に頭のネジが2、3本飛んでるんですよ! 俺がちゃんと後でヤキ入れますから!!」

「それならいい」

 

必死に否定する浜面を見ても表情を一切変えずにチョビ髭は僅かに縦に頷く。

 

「いいか、お前が馬鹿のクセになんの役にも立たないゴミだというのは我々もとっくのとうに知っている」

「は、ははは……そうっすか……」

「前のリーダーもお前と同じだったよ、名前はなんだったか? もう忘れてしまったな」

「こ、駒場の事ッスか……?」

 

顔を上げて恐る恐る呟いた浜面に「そうだそうだ」とチョビ髭はぽんと手を叩くと初めて僅かに口元に笑みを見せた。

 

「少しは出来る奴かと思ってたが結局むざむざと失敗して、あの真撰組などという幕府の犬に捕まってしまった」

「そうっすね……」

「憎き天人の一人でも道連れにして死ねば少しはこの国の為に貢献出来ただろうに、所詮お前と同じ負け犬だったな」

「……!」

 

かつての仲間を高慢に侮辱するその態度に浜面は若干怒りで顔を歪ませるも、それを悟られまいとすぐに正座した状態で首を垂れる。

 

ここで自分が食ってかかってもどうにもならないとわかっている。

 

頭を下げながらも悔しそうに堪えている様子を、横にいる銀時がチラリと窺っている事に彼は気づいていない。

 

「まあそれはそれ、コレはコレだ。今回はその失敗を踏まえてお前達にやってもらう事がある」

「へ?」

 

散々自分達を侮辱したチョビ髭が不意に仕事を提供すると話を切り出した。

思わず顔を上げてポカンと口を開ける浜面に、彼はまるで無垢な子供に優しく丁寧に教えてあげるかのように

 

「この腐り切った街中で辺り一面が真っ赤な血に染まるぐらいのデカい騒ぎを起こせ、全警察組織の目が向くぐらいのな」

「な……何を言ってるんだ?」

「わからんのか」

 

仏の様に優しく微笑むチョビ髭の言ってる事が浜面の頭では即座に理解できなかった。

街中を?

血に染める?

真撰組だけでなく全ての警察組織が一斉に取り組む様な騒ぎ?

 

「先日やった爆破テロ、今度は大使館じゃなく街中でやれと言っているのだ」

「!!」

「お前の仲間には爆弾の構造についてやたら熟知しているのがいただろ? その者に頼めば街の一角や二角吹っ飛ばす事も夢物語ではない筈だ」

「しょ、正気かアンタ……!」

 

このチョビ髭が言ってる事が理解したと同時に浜面は顔中から汗を拭きだしながらユラリと立ち上がった。

先日自分達で起こした大使館爆破テロは、前リーダーである駒場の指揮の下で一般市民に被害が及ばぬよう入念な計画の中で実行された事だった。

しかしこの男が今自分達に命令した事は……

 

「天人や幕府の高官じゃなくて一般市民を殺せって言ってるのかよアンタは……!」

「……お前は誰を相手にしてその狂犬のような目つきを向けているんだ?」

「ふざけんな!」

 

もはやこの男が言ってる事を理解しようとも思わない。浜面は今までずっと溜まっていた怒りが噴火したかのように彼に向かって食ってかかる。

 

「攘夷浪士ってのは天人をこの国から追い出そうとするのが目的なんだろ! それがなんでなんの関係もねえ人達まで殺さなきゃいけねぇんだよ!」

「……いやはや、ここまで頭の回転が悪い者だとは思わなんだ」

「はぁ!?」

「お前達が街中で爆破テロをやればこの街の全ての目がお前達に集まる」

 

デカい人物の後ろに回って威張っているのが性に合うと自認している浜面でも、色々と危ない橋を渡り広げたスキルアウトの一人である。

こんな状況下でも怒りに身を任せさえれば数十人の攘夷浪士相手にでも啖呵を切る事だって出来る。

しかしそんな彼をチョビ髭の男はキャンキャン喚く子犬を見るかのような視線を向けながら諭すように説明した。

 

「つまりその間、我々はこの街を人目を気にせずに動くことができるのだ。お前達が時間稼ぎさえしてくれれば、我々はそれを有効に活用してやる」

「それじゃあ俺達はテメェ等がこの街で好き勝手暴れる為にこの街全部を敵に回す事になるのか!? 何の関係もなく! ただここで暮らしてる人達も巻き込んで!!」

「おいおい、市民を巻き込むのはお前達だろ? 我々は”関係ない”。我々が狙うのはあくまでこの国に仇なす者のみだ、やるのはお前達、我々は国家転覆を志とする大義名分を持つ”侍”だ」

 

侍という言葉にさっきからずっと黙っていた銀時がピクリと反応した。

 

「お前達は我々の為に、「愚かな殺戮者達」という汚名を持ったまま死んでくれればいいだけだ」

「そんな事誰がやるか! そんな事すんならいっそこ、ここでテメェ等に殺された方が……!」

「そうか、しかし我々にはお前達を操る”手綱”があることをよもや忘れてはないであろう?」

「!」

 

チョビ髭に言われた事に浜面は苦悶の表情を浮かべた。怒りに身を任せてすっかり忘れていた。彼等は自分達に命令する為の「実行権」を所有している事を

 

「我々もこんな手は使いたくなかったのだがな、だがこれはすべてこの国を想ってやっただけなんだ」

「なにが国を想ってだ! ふざけんな!」

「お前達ゴミ共の中の”身内を人質”にすることで、お前達は役立たずなりにもそれなりに働いてくれるしな」

「…… ”フレメア”に何もしてねぇだろうな……!」

「あのガキなら今頃、学生寮という所でお前達がなにをやらかすかも知らずに呑気に寝てるだろ。自分のせいでお前達が死ぬのも知らずにな」

 

未だ微笑みを崩さないチョビ髭を相手に浜面は「刺し違えてもコイツだけは殺したい」という欲望にかられていた。絶対に許せなかった

しかし彼にとってだけでなく前のリーダーであった駒場にとっても、そして仲間である少女の為にも”彼女”が彼等という組織に狙われているのは大変危うい状態であるのだ。

 

「今私が伝令を出せば、すぐにでもあのガキの周りに潜んでいる私の部下達が動き出すだろう。あのガキが寝ている寝床に火を付け、その騒ぎにガキ一人を殺すことなど容易いぞ?」

「このクソったれが……!」

「なんならやってみるか? 今から何分であのガキが死ぬか賭けてもいいぞ、ハハハ」

 

始めて声を上げて笑うチョビ髭に浜面は黙って睨み付けるだけだった、

悔しくてたまらなかった、仲間の身内を人質にして正義だなんだと言いのけるその口を思いっきり裂いてやりたかった。

そうは思っても浜面はそんな事実行できるはずがない。

彼はなんも能力もないレベル0の凡人。

刀を持った数十人の攘夷浪士相手に、ましてや人質まで用意されているこの状況。

自分は本当に何もできない無力で役立たずな人間なのだと改めて現実を突き付けられたのだから。

 

「おお、そうだ作戦を行う前に一つ助言してやろう」

 

こちらを睨み付けてくる浜面に対して、やはりチョビ髭は笑みを崩さずに友好的な関係を装った様子でまた口を開く。

 

「お前達素人が殺す時は相手を「人」として見たら情が出てしまうかもしれない、だからその辺に転がるちっぽけな「ゴミ」として見ればいい。我々がお前達を見るかのようにな」

「……」

「そうお前達がやるのはただのゴミ掃除だ、ゴミがゴミ掃除とは笑えるだろ?」

「……」

 

浜面は何も答えない。ただゆっくりと俯いて首を垂れるだけ。

そんな彼にチョビ髭の男は更に口元に笑みを広げて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「返事はどうした、この薄汚いドブネズミが。さっさと我々の為に街を掃除しろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男がそう言い終えた同時に

 

 

 

 

 

その笑顔に

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木刀が水平に飛んできた。

 

柄に”洞爺湖”と彫られた木刀が

 

「ぐべらぁぁぁ!!!」

「隊長ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

まずチョビ髭の男が鼻の骨が折れる鈍い音と共に声を上げて派手に後ろにぶっ飛んだ。

後ろにいた若者の攘夷浪士含む数人の仲間を巻き込んで大の字に倒れる。

 

そして激痛が襲ってくる鼻を手で押さえながらヨロヨロと半身を起こしたチョビ髭が見た光景は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分達を前にして左手の小指で鼻をほじりながら、右手に持った木刀で自分の肩をトントン叩いている銀髪天然パーマの男が立っていた。

 

「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 一体自分が何をしたかわかっておるのかぁぁぁぁぁ!!」

 

さっきまでの余裕気な様子はどこへ行ったのやら

一転して烈火の如く顔を真っ赤にして怒り狂うチョビ髭に

銀髪の男は、坂田銀時は小指に付いたハナクソをピンと飛ばすと死んだ魚のような目で彼を見下ろしながら

 

「ゴミ掃除」

 

彼の言葉にチョビ髭は思わず口をあんぐりと開けて唖然としてしまった。

しかし彼がマヌケな顔で呆気に取られているのもつかの間

 

「はぁ。ここまで多いと骨が折れますわね、一体ゴミ袋がいくつ必要になるのでしょう」

 

知り合いから借りた柵川中学の制服を浜面の隣に無造作に地面に置き。

中に着込んでいた正真正銘自分の学校の制服である常盤台の制服を着たツインテールの少女、白井黒子がいつの間にか銀時の隣に立ち

 

右腕に付けた腕章を攘夷浪士に見せつけながら彼らに向かって高々と叫んだ。

 

「ジャッジメントですの!」

「な……!」

「大使館爆破テロの真犯人! 未成年の方達に対し殺人の強要! 更に子供を人質にした脅迫! そして私情ですがその性根の腐った性格が何よりムカつくんで拘束しますわ!」

 

勇ましく堂々とそう叫ぶ黒子にチョビ髭はギョッとした表情を浮かべて部下達に支えられながら立ち上がる。

 

「ジャッジメントだと……確かガキ共だけで構成された警察組織……! そんな組織に属する小娘がどうしてここに!」

「そんなの決まってますわ、下らない事を企んでいるマヌケに正義の鉄槌食らわすのがジャッジメントのお仕事ですの」

 

見下すような目つきをしながら黒子はチョビ髭に返答した。

 

「元々はここにいるスキルアウトの団体を捕まえるのが目的だったのですが。日頃の行いがいいせいですわね、もっといい獲物が釣れましたわ」

「ジャッジメントだったのかお前!」

「ん?」

 

背後から聞こえた声に黒子はジト目で後ろに振り返ると、今まで彼女の正体に気づいていなかった浜面が青ざめた表情でこっちを見ていた。

 

「俺達を捕まえに来たのか……? 仲間のフリをして俺達に近づいて……」

「だから言ったでしょう、元々だと。今現在、わたくしの獲物はあなた達みたいな小悪党よりあっちのテロリストですの」

「小悪党って……いや確かにそうだけどさ」

 

ちょっぴりショックを受けている浜面をよそに

 

「き、貴様……!」

「ああ? なんか用か? もしかしてまた助言してくれんの?」

 

ここに来ている攘夷浪士の中ではリーダー格に立っていると思われるチョビ髭が黒子の方でなく銀時の方を睨み付ける。

先程自分の鼻を木刀でへし折ったのはこの男だと気付いているからだ

 

「貴様よくもこんなバカげた真似を……! 自分がどんな愚かな事をしでかしたのかわからんのか……!?」

「いやおたくらが言ったんだろう? ゴミ掃除しろって?」

 

ドラマや映画でよく聞くお決まりのセリフを吐いたチョビ髭を銀時は仏頂面で「一体何が悪いのか?」と言った感じで返事する。

 

「だ~か~ら~。まず一番きったねぇモンから掃除するのが掃除の基本だろ。掃除の仕方かーちゃんに教わらなかったのか?」

「だまれ! 我々はあの桂一派だぞ! 我々に武器を向けることはつまりあの狂乱の貴公子である桂小太郎を敵に回す事……!」

「桂一派ねぇ……」

 

桂一派の部分を特に強調した言い分をするチョビ髭に銀時はしかめっ面を浮かべるとボリボリと髪を掻き毟る。

 

「じゃあ聞くけどよ、本当にお前等その桂一派な訳?」

「な……!」

「ガキを人質にしたりガキに爆破テロの罪を代わりに背負わせたり。さっきからテメェ等のやってる事はいかにも”三流”が考えそうなアイディアじゃねぇか」

「な、なんだと……」

「おおかたその桂一派って名前を使って威張ってるだけの過激派攘夷浪士だろ」

「ふざけるな……我々はあの桂小太郎の下で動いている正当なる攘夷浪士であって……」

 

核心を突かれたかのように急に青ざめてしどろもどろに喋り始めるチョビ髭。口では否定しているもののその態度で一目瞭然だった。

 

「……”アイツ”ならこんなちんけな真似なんざ考えもしねぇだろうしな」

「なにか言いましたの?」

「いんや別に、アイツのチョビ髭抜いてやろうかなと言っただけだ。」

 

ぽつりと独り言を呟く銀時に黒子が不審そうに顔を上げるが彼は適当にそれを流す。

 

「それよりこいつ等どうするよ?」

「決まってますでしょ、全員とっ捕まえて幕府に引き渡しますわ、これで真撰組の面目は丸潰れ……フフフ」

「お、おいアンタ等……」

「あん?」

 

背後から唐突に話しかけられ銀時が首だけ振り向くと浜面が恐る恐るこちらに歩み寄って来た。

 

「アンタ等一体なんなんだ……こっちのガキはジャッジメントだってわかったけどアンタは……」

「俺はコイツの担任の教師だけど?」

「教師!? え、教師!? 教師ってあの教師? このガキの制服ってあの常盤台だよな!? てことはあの名門お嬢様学校の教師!?」

「何度も言うなよ、ま、おかしいのは自分でもわかってるけど」

「いやアンタが教師だという事も驚いてるけど、それよりなんでジャッジメントとその担任の教師がこんな事やってんだって話だ!」

 

黒子の正体に続き銀時の正体にもかなり驚く浜面だがとりあえずそれは一旦置いといて話を続ける。

 

「これじゃあまるで俺達を助けに……」

「勘違いするなリーダー、俺はただいちごおでんの報酬目当てに来てるだけだ、いちごおでん欲しさに攘夷浪士討伐するだけだ」

「そうですのリーダー、わたくし達はただあそこの攘夷浪士をふん捕まえればそれで満足ですわ。あなた達の事などもはやどうでもいいですの」

「あ、そうなんだ……って!」

 

助ける気など毛頭ありませんと言った感じの二人に浜面は何とも言えない微妙な表情を浮かべるがすぐにハッとして

 

「つーか俺達には人質がいるんだよ! 勝手にこんな事しちまってもしフレメアに何かあっちまったらどうすんだよ! アンタ等は攘夷浪士捕まえればそれで満足だろうが俺達は……!」

「おいおい、さっきのチョビ髭の話聞いておけよリーダー。連中が人質殺すのにまず連中がなにやらなきゃいけないでしょうか?」

「こ、こっから伝令飛ばせばすぐフレメアの学生寮周囲に潜んでいるアイツ等の仲間が……」

「だったらその伝令飛ばす前にシメればいいだけですの」

「……は?」

 

あまりにも単純すぎるその発想に浜面は絶句した。こいつ等そんな手が自分達だけで実現できると本気で思っているのか……?

 

浜面がそんなこと考えていたその矢先……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時と黒子は既に動いていた。

 

「!」

「消えた!」

「おのれ、やはりあの小娘”能力者”であったか!」

 

突然浜面の視界に銀時と黒子が消えた。

困惑する浜面だがそれ以上に焦っているのは前方の攘夷浪士達。

チョビ髭を始めその周りに立つ攘夷浪士が慌ててキョロキョロと辺りを見渡す。

そして次の瞬間

 

「おらぁぁ!!」

「ぐわッ!」

「なに!?」

 

浜面達のいる地点の後方から木刀で人をぶっ叩いた音と攘夷浪士のうめき声が聞こえた。

辺りを見渡していたチョビ髭は額に汗を垂らしながらバッとそちらに振り返ると

 

「はい次ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「ぐへぇッ!」

「はいもう一人はいりまぁぁぁぁぁす!!」

「おごぉッ!」

「!!」

 

チョビ髭は目の前の光景に驚くしかできなかった。それは彼らの前でポツンと立っている浜面も同様だった。

 

右手に持った木刀で銀時が遠慮なく攘夷浪士達を次々とぶっ飛ばしている。

先程まで死んだ魚のような目をしてやる気のなさそうな姿はもうそこにはない。

雄叫びをあげ木刀を振りかざし、予想外の急襲されて刀を抜く暇もない攘夷浪士達をあっという間に蹴散らしていく。

 

「どうしたどうしたぁぁぁぁぁ! やる気あんのかコラァァァァ!!」

「ぎへぇッ!」

「な、なんなんだコイツ!」

「バ、バカか貴様等! 囲んで一斉に斬りかかれ! 相手はたったの一人だ!!」

 

口元に余裕の笑みを見せつけつつ木刀や蹴りで一人、また一人と潰していく銀時の姿に攘夷浪士の一部が恐怖を覚え始めている。

チョビ髭はパニックになりつつも喉からやっと声を出して必死に指示を叫ぶ。

その指示に銀時の周りにいた攘夷浪士は彼に向かってコクリと頷くと、すぐに銀時を取り囲む陣形を作った。

 

「あり? これヤバくね?」

 

逃げ場のない円型に囲まれてる事に銀時が気付いたと同時に攘夷浪士達は一斉に腰の刀を抜いた。侍の魂と象徴されるその刀を

 

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」

 

攘夷浪士の一人が叫ぶと同時に銀時を囲む集団は一斉に刀を振り下ろした。

しかし

 

「あれ?」

「え?」

 

振り下ろしたその先にはいた筈の銀時が消えていた。

本来ならこの人数で斬り伏せれば既に目の前の光景は奴の真っ赤な血に染まっている筈なのに……

まるで狐につままれたかのようにキョトンとした表情を浮かべる攘夷浪士一同。

しかしそんな反応しているのも束の間。

 

「あらよっと」

「ん? ぐべぇ!」

「な! 上から!?」

「一体どうやって!?」

 

刀を振り下ろしている攘夷浪士達の頭上から澄ました表情で銀時が降って来た。

囲んでいた一人の頭を思い切り踏みつけてその後地面に着地。

あまりにも理解できない現状にもはや攘夷浪士は混乱するしかなかった。

 

「なぁに驚いてんだ、こんな事ぐらいでびびっちゃ攘夷浪士なんてやってけねぇぞ」

「能力者相手にどう対処するかも考えてなかったんですの? 全くここまで愚かだと逆に笑えますわね」

「あ、あのガキは……!」

「いつの間に……!」

 

混乱が更に混乱を生む。

今度はこちらを呆れたような視線を送りながら立っている銀時の隣に。

彼の着物の裾を掴んだ白井黒子がニヤニヤしながら立っていたのだ。

彼女が能力者だというのは理解していたが、もしや……

 

「それでは行きますわよ、ヘマをしたら承知しませんからね」

「そいつは俺のセリフだクソチビ、久々だから訛ってんじゃねぇか?」

「誰に向かって言ってますの、わたくしが幾度あなたとこういう状況になってると思ってるんですか」

 

銀時の裾を掴んだまま黒子は平然と答える。

 

「さっさと終わらせますわよ、帰ってお姉様との熱い抱擁をしなければならないので」

「いんや、門限過ぎてるしお前に待ってるのはあの”化け物寮監”からの熱い抱擁だ」

「それは言わないで下さいまし……」

「!!」

「また消えたぞ!」

 

会話を済ませると同時に銀時と黒子がまたもや目の前から忽然と消える。

そして

 

「はいこっちぃぃぃぃぃぃ!!」

「ひぎゃぁ!!」

「な! いつの間にこちらの背後を! ってまた消え……」

 

また少しばかり離れた場所にパッと現れて木刀を振りぬいて一人ぶっ飛ばす銀時だが、彼の背中に手だけを置いていた黒子と共にまたシュンと音を立てて消え。

 

「はい今度はこっちぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「んごぉ!」

 

先程驚いていた攘夷浪士の目の前に現れたと同時に銀時は木刀を振り下ろす。

急に現れた敵に周りはどうしていいのか戸惑いつつもヤケクソ気味に斬りかかるが銀時はまたもや黒子と共に消える。

 

「うぐッ!」

 

現れて目の前の攘夷浪士はぶっ飛ばされる、そしてまた消える。

 

「かッ……!」

 

別の攘夷浪士の後ろから現れる、振り下す、消える

 

「ひ! へぐ!」

 

今度は横から現れる、腹にキツイ一撃を食らわす、消える

 

現れる、消える、現れる、消える。

銀時の信じられないその動きに攘夷浪士達はみるみる怯えはじめる。

まるで灯りも点いてない密室の部屋で何十人もの忍びに命を狙われている気分だ。

 

「い、一体どうなってるんだ……」

「あのガキがいれば奴は自由自在に場所を移動できるというのか……」

「ご名答、わたくしの能力は空間転移」

「「!!」」

 

おどおどしながら会話していた攘夷浪士の前に黒子がパッと現れる。

 

「触れたものなら質量限界を超えなければ大抵は飛ばすことが可能ですわ。例えばこうやって」

「「……え?」」

 

いきなり現れ驚く彼等の隙をついて黒子は両手で二人にそっと触れる。そして次の瞬間に二人の姿はパッと消えて

 

「もう一丁こぉぉぉぉい!」

「は! ここは……ってぶれぇぇぇぇ!!」

「ほらもう一丁ぉぉぉぉぉ!!」

「一体どこ……こ、これはがはぁッ!」

「お、新記録だ。あそこまで飛ばせたの初めてだわ」

 

二人が現れた先にいたのは野球のバットを振るフォームで立っている銀時だった。

驚く間もなく彼にフルスイングされる哀れな二人。

おまけに彼等の後も次々と宙を舞っていく。

さながらこれは人間バッティングセンター。

 

「おいマジかよこれ……」

「こんな連中がいたなんて聞いてねぇぞ……」

 

仲間が次々と星となっていく光景にもはや攘夷浪士達の士気はすっかり下がってしまった様子。

 

「ここは一度コイツ等のリーダーの所へ行って人質を殺すと脅そう」

「そうだな、それ以外にコイツ等を止めるには……」

 

その会話も言い終えるウチの終わる。二人の攘夷浪士は視界は突如星の煌めく夜空に代わり。

 

「「あれ?」」

 

空を見上げて自分達が地面に倒れていると理解したと同時に

 

ビスビス!と軽快なリズムと共に二人の衣服に小さな鉄棒が突き刺さっていく。

 

「「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」」

「相談してる暇があると思いましたの?」

 

二人を見下ろして黒子が優雅な笑みを浮かべて立っていた。指の間に鉄棒を挟んだ状態で

 

「今度はコイツを心臓に入れてあげましょうかね?」

「ひ!」

「冗談ですわよ、わたくしもそこまで鬼ではありませんの」

 

拘束され身動きできない状態の二人はブルブル震えて完全に怯えきっていた。

そんな恐怖の対象である黒子の隣に。

先程まで人間バッティングしていた銀時がフラッと現れ

 

「けどこの男はどうなんでしょうね」

「俺……ちょっと”ゴルフ”やった事ないんだけどさぁ……!」

「「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」」

 

虚ろな目でこちらを見下ろしていた。

人が何人死のうがお構いなしといった感じのオーラを放つ銀時に悲鳴を上げる攘夷浪士。

しかもこちらに向かって今度は木刀を両手に持って上に掲げ

 

「見様見真似でやってみっか、確かこう”タマ”をよく狙って……」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「すんませんでした! 俺達が悪かったです! だからゴルフ止めて! ゴルフだけは止め……」

 

 

 

 

男の謝罪を受け入れる気なく銀時のゴルフスイングはブンと音を立てて彼等に振るわれた。

 

”タマ”に

 

 

 

 

 

 

 

 

「己が男性だった事に後悔する事ですわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たかが教師とその生徒に今まで築きあげてきた組織が壊滅の危機にさらされている。

二人から少し離れた場所でその現況を目の当たりにしていたチョビ髭はギリギリと音を立てて歯を食いしばっていた。

 

「よもやたった二人にここまで追い込まれることになるとは……!」

「た、隊長……マズいんじゃないんですかコレ……」

 

若い攘夷浪士が縮こまった様子でチョビ髭に話しかけるが彼の耳には届かない。

完全に頭に血が上り先程からもう指示の一つさえ出来ていないのだ。

この状況を打破する策さえ妥協する策は無いか……チョビ髭はその一点だけを考えていると。

 

「もういいだろ、アンタ等の負けで」

「浜面、貴様……」

 

何かないかと必死に考えているチョビ髭に話しかけたのは仲間でなく、使い捨ての道具としか思っていなかった男、浜面。

 

「あんなデタラメな強さ、俺も初めて見た。あんなの相手じゃさすがのアンタ等でも敵わねぇ」

「ぐぅぅぅ……!」

「フレメアを解放してくれ。どうせアンタ等はここでアイツ等に捕まる、今アンタがやるべき事はこれ以上罪を深くする事じゃなく、せめて最後だけでも侍らしく潔よい行動見せてくれ」

「こ汚い野良犬が我々に武士道を説いてるつもりか……!」

 

不思議と冷静に攘夷浪士相手に語りかける事が出来る事に浜面自身内心驚いていた。

圧倒的兵力の差があるにも関わらずバッタバッタと敵をなぎ倒していくあの二人を見て彼の心にも勇気が湧いてきたのかもしれない。

しかし彼の説得に応じずチョビ髭は折れた鼻の痛みも忘れ恐ろしい形相で彼を睨みつける。

 

「人質は我らの手中にある! 奴等に手を引かせろと命令しろ!」

「いやいや無理だって……俺みたいなダメリーダーの命令なんかあの二人が素直に聞くわけねぇだろ」

「やれ! さもないとここからすぐに同志達に連絡を取って……!」

 

遂に腰に差す得物を抜いてジリジリと浜面に近づきながらチョビ髭が一心不乱に叫んだその時。

 

「ん?」

 

彼の前にポトリとペットボトルぐらいの小さな物体が転がって来た。

水筒の様な形アバウトな細い腕が付いて、そしてどことなくやる気の出ない顔が描かれてる謎の人形。

 

なんだコレは?とチョビ髭がしゃがみ込んで手で掴み取ろうとしたその時

 

それは突如カッと赤く光り輝いたと同時

 

 

爆発したのだ。

 

「ぶへぇぇぇぇぇぇ!!!」

「うお! ビックリした!」

 

耳をつんざくようなやかましく派手な爆音

浜面の目の前でモロにその爆発を直撃したチョビ髭は、銀時に木刀で殴られた時と同様木の葉のように宙を舞い再び後ろに吹っ飛ばされた。

その光景には浜面も目を見開いて驚く。

 

「なんだ一体……ていうかさっきのシマりの無い人形どっかで見たような……」

「まぁ、あの人形の顔って浜面をイメージして描いたものだからね」

「あ!」

 

聞き慣れた声と共にコツコツと足音を鳴らして近づいてくる気配を察して浜面は後ろにバッと振り返る。

ウェーブのかかったブロンドヘアーを流しながら彼の仲間であるフレンダが平然とした表情で登場した。

 

「殺さない程度に調整してるから大丈夫って訳よ、楽に殺したらつまんないしー」

「フレンダ! お、お前までアイツ等に喧嘩売るのか!?」

「私だけじゃないよ、半蔵ももう動いてる。あのメガネの巨乳と一緒にフレメアの所へ」

「!!」

 

フレンダどころか半蔵までもとっくに行動を始めている浜面は目をまんまると開ける。

あのやる気のない男が自分に話もせずに自ら動いただと……

 

「結局、私も半蔵もとっくの昔から我慢の限界だった訳よ。だからきっかけが欲しかったの、奴等に反旗を翻すきっかけが」

 

そう言いながらフレンダは浜面の隣に立ち、目の前の戦場に目をやる。

 

「それであの二人の暴れっぷりを上から観察してたら遂に火が付いちゃった訳。特にあの銀髪の方を見るとね」

「ああ、俺もマジですげぇと思うよあの人は……」

 

ヤケクソ気味に襲い掛かってくる攘夷浪士達に対し、銀時は木刀で殴り、蹴りで一撃昏倒、黒子と協力してテレポートからのゲリラ襲撃。そしてあの攘夷浪士どころか高能力者でさえ腰を抜かしてしまうのではないかというような凄まじい形相。

 

「テメェ等それでも侍かぁぁぁぁぁぁぁ!!! 逃げずにかかってこいオラァァァァァァ!!!」

 

攘夷浪士の一人の胸倉を掴んで雄叫びと共に頭突きをかます銀時を見ていた時、隣に立っているフレンダが静かに呟く。

 

「さて、結局も私もそろそろ出番って訳ね。あの銀髪と常盤台の子も中々だけど、私だってこの日の為に蓄えてきた”おもちゃ”があるし」

「え!? お前が行っちまったら誰が俺を護るの!? 正直今も足が震えてまともに立ってる事も精一杯なんだけど!? お願いここにいて! 俺を護って!」

「……結局浜面は情けないままって訳ね……」

 

この燃え上がる状況の中で情けない声を出す浜面にフレンダは呆れたようにジト目を向けた後、ハァ~とため息突いた後。

 

「じゃあアンタはどっかに隠れてて、攘夷浪士に狙われる事じゃなくて、私のおもちゃで巻き添え食らわないように隠れてね」

「巻き添えって!? お前一体どこまでやる気……」

 

フレンダの物騒な忠告に恐る恐る浜面が尋ねようとした時には彼女の戦闘準備は始まっていた。

 

「貴様はあの浜面とかいう男に常についている小娘……」

「あの化け物共は無理でもこんなガキなら俺達で……」

「は~いみなさん」

 

目の前に立ち塞がる攘夷浪士を前にして彼女は突如自分のスカートに両手を突っ込むと。

 

「ちょっと私のおもちゃ遊びに付き合ってくれる?」

 

一体小さなスカートのどこに収納されていたのか

 

彼女の両手だけでは収まり切れないほどのあのマヌケな顔をした人形型爆弾が出てきた。

 

「これはね~、私のお友達の”ジャスタウェイ”」

 

爆弾の名を周りに聞こえるように言った後、フレンダは呆気に取られている攘夷浪士達にニッコリと笑って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その威力、テメーの体で味わってみやがれって訳よ♪」

 

 

 

 

 

 

その瞬間大きな爆音が重なって鳴り響いた。

 

攘夷浪士達の悲鳴と共に

 

 

 



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第九訓 侍教師、一仕事終えて生徒を労う

さて数十名の兵力を持ち合わせていながら、攘夷浪士がなぜものの見事に打ち負かせされたのがその原因を突き止めよう。

 

第一に、彼等は能力者の対策をなにも行っていなかった

第二に、彼等は侍というものの本質を侍でありながら理解していなかった

第三に彼等はこの学園都市に住む子供達の真の恐ろしさを経験していなかった。

 

 

ゆえに

 

 

 

「はいはいは~い、刀一本で私のおもちゃを止められるって思ってる~?」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

年端のいかない少女一人にここまで滑稽に逃げ回り、彼女の振る舞う”おもちゃ”が起こす破壊から必死に隠れるしかなかった。

少女、フレンダは上機嫌の様子で軽やかなステップを踏みながら戦場の中を歩いて行く。

自慢の美脚を見せつつスカートの下から取り出したるは彼女のおもちゃ、ジャスタウェイ。

見た目はマヌケな顔をした人形だが、投げて地面に落とせば数秒で強烈な爆発を起こす小型爆弾だ。

それを彼女は鼻歌交じりに何個も取り出して周りに適当にほおり投げる。

そしていくつもの爆発、無事なのは彼女の周りだけで鳴り止まない爆音と攘夷浪士の阿鼻叫喚だけがこの戦場で響き渡る。

 

「助けてくれ~!!」

「に、逃げろ!」

「こんな化け物相手にしてられるか!」

「俺もう攘夷浪士止める!」

「拙者も明日からハロワに行くでござる!」

 

数名の攘夷浪士が爆風の隙間を掻い潜って敵前逃亡を決する。

しかし背中を見せて情けない醜態を晒す彼等を目の前にしてフレンダはギラリと目を怪しく光らせてスカートの下からまた何かを取り出す。

 

「超高性能追尾式爆弾 ”ジャスタウェイミサイル”」

 

フレンダが取り出したのはさっきまでばら撒いていた通常のジャスタウェイとは違っていた。

通常版と違い、こちらは何故か軍人が使ってるようなゴーグルを掛けているジャスタウェイ。

まるで「フレンダ様の為に喜んで命を捨てる覚悟です!」と言った特攻精神がイメージされてるかのように

 

「発射!!」

「え? ぎゃぁぁぁぁぁl! なんか変な人形飛んできたァァァァァ!!」

 

フレンダがそれを攘夷浪士目掛けて複数放り投げると、その瞬間彼等に命が芽生えたかのように次々とターゲットを定めてバシュッという発射音を鳴らして飛んで行く。

 

「早すぎて避けれ……ねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

逃げる攘夷浪士に向かって容赦なく降り注ぐ特攻兵達。フレンダはそこから起こる爆音と爆風に対して笑顔で敬礼。

 

「結局私のジャスタウェイシリーズから逃げれる訳がないのよ」

「ち、ちくしょう!!」

 

そんな彼女に刀を抜いた攘夷浪士達が負けじと背後から襲い掛かっていく。

こんな小さな子供にここまでコケにされてしまっては逆上するのも納得がいく。

しかしフレンダはというと、背後に迫って凶刃を振るおうとする彼等を無視して長いブロンドヘアーを掻き流している。

 

気付かれてないと思った攘夷浪士達はそのまま刀を振り上げたまま彼女との距離をほんの数メートルまで縮めるが……

 

何かを踏んだ拍子で鳴ったピッという音が彼らの行進を止める。

 

「ん?」

 

攘夷浪士の一人が反射的に足元に目をやる。なにか踏んだか?と

足をずらしてそこに目をやると

 

地面に頭だけを出して埋まっている、「ボールギャグ(SMプレイでMが口にハメるアレ)を付けたジャスタウェイ」がピッピッピッと音と共に赤く点滅していた。「踏んでくれてありがとうございます!」というドMなイメージを醸し出している。

それを前にして一気に攘夷浪士達が青ざめるがもう既に……

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

踏んだ本人と周りの攘夷浪士も巻き込んで地面に埋まっていたジャスタウェイは爆発。

立ち起こる砂塵と爆風を背中で受けながらフレンダは愉快そうに笑う。

 

「超高性能地雷式爆弾”ジャスタウェイマイン”」

 

自分からかなり距離を取って警戒している浪士達に対し、彼女は静かに語り出す。

 

「コイツはね、いくつも”ここ”に埋まっているの。数と配置場所は私だけが把握している」

 

それを聞いて攘夷浪士達は顔から汗を流しながらざわつき始める。

投用型と追尾型と地雷型。これらの爆弾を見事に使いまわす彼女を相手にするのは”この程度の数”では無謀だったのだ。

 

しかも相手にするどころかその相手に対して逃げる事さえ出来ないではないか……。

 

「そう、結局アンタ達はもう私から逃げれない。これでおしまいって訳よ」

 

ざわつき怯える彼等に対してフレンダはドヤ顔でそう言って両手をスカートに突っ込むと

 

「ふんごぉぉぉぉぉ!! あ、どっかにつっかえてる! やっぱお菓子は入れるんじゃなかった! ふんぬぅぅぅぅ!! あ、あともうちょっと……!」

 

スカートの下からお菓子やらただの人形がポロポロ出て来る中、フレンダは顔を真っ赤にしながら両手で何かを取り出そうと必死だ。

一体どれくらいあのスカートの中に入っているのかと攘夷浪士達が疑問に思う中……。

 

「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

「「「「「!!」」」」」」

 

多くの攘夷浪士達を前にして遂に彼女がスカートの下からある物を取り出した。

その大きさはとてもスカートの中では収まらない筈であろう土管ぐらいのサイズをした大筒。

それを華奢な体であるフレンダは軽々と両手で持って右肩に乗せると

 

「超高性能大筒式爆弾、”ジャスタウェイバズーカ”!!」

 

大筒の発射部分にはさっきまでのジャスタウェイとは非にならないサイズのジャスタウェイが収められていた。

そのジャスタウェイの顔にはグラサンを掛け、口にはタバコが咥えられているイラストが描かれている。

まるで「抵抗しようがしまいがもう全部ぶっ飛ばすからそこんとこ宜しく」っと言った感じに

 

そんな大筒を両手で持ったままフレンダは攘夷浪士に向かって、大筒に取り付いているスコープを右目で覗きながら標準を合わせる。

 

「侍として言い残す言葉はない? あっても結局聞かない訳だけど」

「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」

「アハハハハ!! それじゃあ……」

 

大型兵器まで出されてしまっては彼等はもうなす術がない。

我先にと逃げ惑う攘夷浪士達に対してフレンダは愉快そうに笑った後。

 

一転して冷めた表情を浮かべ

 

 

 

 

 

「死ね」

 

 

 

 

 

 

左手を掛けた大筒のトリガーを躊躇なく引いた。

 

 

 

その瞬間、大型ジャスタウェイは攘夷浪士の残党に向かってトドメと言わんばかりに発射される。

フレンダの目に映ったのはこの地一帯をぶっ飛ばす強烈な爆発。もはや攘夷浪士達は悲鳴さえ上げることは許されない。

辺り一帯をピリピリさせる強烈な爆音と爆風を肌で体感しながら大筒をスカートの中に戻すと、フレンダは恍惚な表情を浮かべて

 

「快・感! んごッ!」

 

悦のこもった声を漏らしていた所に突然頭部に痛みが走る。思わずその場に膝から崩れ落ちるフレンダ。

後ろから思いっきり拳で殴られた感触、頭を手でさすりながらフレンダは涙目で後ろに振り返ると……

 

「テメェ何してくれてんだコラ……!」

「私達まで巻き添えになりかけましたわよ……!」

「あ、そういえばアンタ達もいたんだった……」

 

木刀を肩にかけ一仕事終えてきた坂田銀時と責務を果たし見事目的を達成した白井黒子が。

攘夷浪士達を相手にしてた以上に怖い表情でフレンダを見下ろしていた。

 

「ご、ごめんねぇ~私って一旦火が付くと止まらなくなっちゃう性格で……てへ♪ ぐえッ!」

 

可愛らしく下を出してコツンと自分の頭を叩く彼女に黒子はすかさず彼女に触れて空間転移で地面に倒し。それと同時に銀時がフレンダの腹を問答無用で踏みつける。

 

「このガキがここまで飛ばさなかったら俺まで攘夷浪士と一緒にぶっ飛ぶ所だったじゃねぇか」

「だ、だ、大丈夫……さっきのジャスタウェイバズーカの一発は私が上手い所調整して死ぬ程の威力じゃないから……うげ!」

「いやそういう問題じゃねぇし大丈夫でもねぇから、てか調整ってなに? どう見ても死ぬ威力だよアレ?」

 

腹這いになってる彼女のお腹をブーツでグリグリしながら銀時は無表情である。

それもその筈、彼もまた黒子と共にこの戦場を木刀一本で大暴れしていたのだ。

しかしそこにいらぬ助っ人であるフレンダのおかげで彼等は思わぬアクシンデントに見まわれる。

辺りで突然爆発したり、

フレンダが投げた数体のミサイルの内の一機がなぜか自分だけを狙って飛んできたり、

攘夷浪士相手に立ち回ってる中でうっかり彼女の仕掛けた地雷を踏んでしまったり、(その時は黒子のおかげで難を逃れた)

挙句の果てにはこの場を一掃する兵器まで用いてきた彼女には銀時の怒りも当然といえば当然だった。

 

「おいチビ、攘夷浪士と一緒にコイツも捕まえてくれや、先日の大使館襲撃テロで爆弾ばら撒いた奴コイツだ」

「あなたに言われなくても捕まえますわよ、悪しき者に正義の鉄槌を食らわすのがジャッジメントですの」

「いやいやいや! ちょっと待って!」

 

黒子に向かって逮捕を促すい銀時にフレンダは自分を抑えつけている彼の足を手で必死にどかそうとしながら口を開く。

 

「結局私達同じ相手に戦ってたじゃない! だからもう仲間みたいなもんでしょ! 仲間を捕まえるなんてしないでしょ普通!?」

「仲間に向かってバズーカぶっ放した奴が何言ってんだコラ」

「……てへ♪ うごッ!」

「てへじゃねぇっつってんだろゴラァァァァ!!」

 

全く反省の素振りを見せないフレンダに銀時が思いっきり踏みつけながら苛立ちを募らせていると

 

「えーと……終わったのか?」

「あらリーダーさん、今更出てきたんですか。事は既に済んでますわよ?」

 

辺り一帯で倒れている攘夷浪士達をオドオドした様子で見下ろしながら。

スキルアウトのリーダーである浜面仕上は事態の把握をしようと恐る恐るこちらにやってきたのだ。

 

「一体どこにいましたのあなた?」

「巻き添え食らわないよう物陰にビクビクしながら隠れてたぜ!」

「それは得意げに言う事じゃありませんの……真正の小物ですわねホント」

 

親指を立ててドヤっとした感じの表情でこちらに振り向く浜面に黒子は澄ました顔でボソッと呟いていると、浜面の方は今度はフレンダを踏みつけている銀時に話しかける。

 

「あー……一応聞いておくがこれはどういう状況?」

「コイツの爆弾のせいで黒こげになりそうだったから制裁を加えている状況」

「やっぱりなぁ……なんかそんな予感がすると思ったんだよ俺、フレンダって一度火がついたら止まんねぇしよ……」

「浜面助けてー! コイツってばこんなか弱くて可愛い乙女にこんな酷い仕打ちを……へぐッ!」

「なあ、そいつの事勘弁してやってくれよ、一応コイツはコイツなりに俺達を思って戦ってくれたんだしさ……リーダーの権限がまだ俺に残ってるなら頼む」

「……仕方ねえな、今夜の祝勝会はリーダー持ちだからな」

「え? 祝勝会? 俺持ち?」

「ふぅ……浜面ありがとう、私JOJO苑がいい」

「いやJOJO苑って高くね……ってなんでリーダー抜きで話進められてんの?」

 

グリグリと踵でフレンダの腹を踏みつけだす銀時に、浜面が遠慮がちに口を開いてようやく彼女を解放させたその時……

 

 

 

彼等4人が立っている場所がバッと大きなサーチライトで照らされる。

唐突に光に照らされ、意表を突かれた銀時は腕で顔を覆いながら光の飛んできた方向に振り向くと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我等、アンチスキル所属の部隊の一つである「百華」」

「ってお前!」

「そしてその頭、月詠でありんす」

「ア、アンチスキル!?」

 

照らされた光の中で一人の女性がキセルを片手に優雅にこちらに歩いてくる。

銀時の同僚にして職員で構成された警察組織、「アンチスキル」に属する月詠。

背後には彼女の部下であろう女性達が口元をマスクで覆い、着物姿で薙刀を持って立っている。

そんな光景を前にして銀時はまず同僚を見て驚き、浜面はスキルアウトという言葉と彼女の背後にいる兵力を前にしてビビッてしまっていた。

 

「おいおい、遅すぎやしねぇか。テメェ等来る前にとっくに終わってるぞこっちは」

「先程、ジャッジメントの一人から連絡があってな」

 

状況をいち早く理解した銀時がしかめっ面で話しかけると月詠は歩み寄りながら答えた。

 

「なんでも攘夷浪士が例の大使館爆破テロを行った学生達が隠れ住んでる場所を襲撃したとか、そして銀時、お前がそこにいる事も聞かされた」

「ジャッジメントの一人?」

「初春かもしれませんわ……」

 

首を傾げる銀時に黒子が隣に歩み寄る。

 

「おおかたわたくし達にもしもの事があった時の為に呼んでくれていたのでしょう、いらぬ節介ですけど」

「全くだ、こんな攘夷浪士相手に負ける訳ねぇよ、むしろ仲間の爆弾魔の方が恐ろしかったわ」

 

浜面の手を取って立ち上がるフレンダに目をやりながら銀時が呟いていると、月詠は辺りを見回しながら事の状況を探り始める。

 

「コイツ等はつい最近で何件もの犯罪を起こしていた浪士じゃな。見覚えのある顔がチラホラといる」

「それが集まって攘夷浪士になったっていうのか?」

「まあ、名前だけはそういう事になるが。実際は小悪党共で構成された貧弱な組織。あそこで笑いながら倒れるチョビ髭を見ろ」

 

倒れてる攘夷浪士達の顔を見ながら月詠はその中の一人でアホ面かまして気絶しているチョビ髭の男を指さす

 

「アイツはつい数週間前に下着泥棒として指名手配されていた男だ」

「はぁ!? 下着泥棒!? 散々偉そうな事言ってたクセに下着泥棒だったのかアイツ!?」

 

衝撃の事実に驚く浜面、月詠は更に補足する。

 

「大下着泥棒時代には「チョビひげ」と呼ばれ名をはせていたらしい」

「いや大下着泥棒時代ってなに!? そんな時代あったの!? そんな全く少年たちの心に響かないお話があったの!?」

「かぶき町のとある住人の自宅に忍び込み、いつものように下着を拝借しようと家探しを始めた所に家主と遭遇。しかもその家主がレベル5と思われるぐらいとんでもない高能力者だったらしくチョビ髭はなす術もなく4分の3殺しに。その事件を機ににチョビ髭の名は廃れてしまい、以後チョビ髭は能力者に対し強い憎しみを持つ事になり、なんだかんだでこの国を一から立て直すために攘夷浪士として立ち上がったらしい」

「いやいいからもうその話は! そんな長々とチョビ髭のヒステリー語らなくていいから! 気持ちはありがたいけどもういいからこんな奴!」

 

聞いてもないのにチョビ髭が攘夷浪士になるまでの経緯まで話してくれる月詠に浜面はビシッとツッコミを入れた。もはや彼の中でこの男の過去など素性を聞いた時点でどうでもいい存在になったようだ。

 

「なんつー奴が立ち上げた組織だよ、俺達はこんな奴に好き勝手利用されていたのか……」

「結局私達だけでもいっちょ本気になれば簡単に壊滅出来たかもしれないって訳ね」

 

その場にしゃがみ込んでうなだれる浜面の隣でフレンダが深いため息を突いて嘆いていると。

月詠は部下達に向かって何か指示している。

短い指示を終えた後、彼女は銀時と黒子の方に振り向いた。

 

「銀時、ここで倒れている攘夷浪士達の身柄はわっち等百華が引き受ける。それでいいな」

「いやちょっと待てって、コイツ等捕まえたのは元々……」

「ジャッジメントであるこのわたくし白井黒子ですの!」

 

攘夷浪士達の身柄をアンチスキルに取られてはせっかくの苦労も水泡に帰してしまう。

月詠の言い分に黒子がすかさず身を乗り上げる。

 

「捕まえたのはわたくしとその愉快な仲間達。ゆえにこの功績はジャッジメントが貰うのが道理ですの!」

「確かにそうじゃが、どう見てもこれはジャッジメントの活動範囲外だぞ。仮にぬしを攘夷浪士を捕まえたと上部に報告しても、組織範囲外での軽率な判断、越権行為をしたとみなされ罰則を食らう。下手すればジャッジメントをクビになるかもしれん」

「な、なんでですか!」 

 

月詠の判断に黒子は納得しない様子で食い下がる。

 

「ジャッジメントだって立派な警察組織ですの! 月詠先生のアンチスキルのように大人で構成された組織ではありませんが! わたくし達だって大きな事件を相手でもやればできるとこれで証明出来るはずですわ! わたくし達が真撰組などという警察組織よりも優れていると!」

「うーむ」

 

真っ向から抗議してくる黒子に月詠は表情を崩さないがどうしたもんかと困った様に首を傾げた。

 

「いくら大きな功績を立てたと言ってもまだ年端もいかない子供。今回はたまたま相手が能力者対策の武装を行ってないほど脆弱な勢力だったから良かったが。これがもしあの桂小太郎の一味とかじゃったら。白井、本当にヤバかったかもしれんのだぞ?」

 

黒子に無言で睨まれながら月詠はキセルを口に咥えてフゥーと煙を吐く。

 

「桂一派は対能力者への武装は勿論、浪士だけでなく能力者まで仲間に加えてるという、それと”妙な力”を持った中々の手練れがいるとか。少なくともぬしらジャッジメントには絶対に相手にできない連中じゃ」

「けど今回はそうじゃなかった、だろ?」

「ん?」

 

淡々と喋る月詠にいきなり銀時が口を挟む。

彼はめんどくさそうに死んだ目をしながら

 

「もういいだろ、こちら側にはなんの負傷も無く無事に済んだんだしよ。それにコイツがこの事件に首突っ込んでなかったら街がエライ事になってたかもしれないんだぜ?」

「まあ事の経緯は大体ジャッジメントの者から聞いておるが」

「説教はもういいだろ、手柄立てたのは事実だしちっとは素直に生徒の事も褒めてやれよ月詠”先生”」

「……ぬしの口からそんな言葉が出るとはな」

「こう見えて教師なんでね、ガキの手懐け方は心得ているんだわ」

 

自虐気味にそう言って口元に小さな笑みを見せる銀時。月詠はキセルの灰をトントンと落としながら銀時をジト目で見上げている黒子の方へ視線を戻す。

 

「しかしわっちは立場的にしたらそんな言葉を吐く事は許されん。今回の事件は明らかにジャッジメントが首を突っ込んではいけない事。わっちが今白井に吐く言葉としたら「子供のクセに無理に背筋伸ばして大人の真似事するな」じゃ。今後はこのような事ないようにぬしの支部にきっちり報告しておく」

「別に大人の真似事するつもりなんてありませんのに……わたくしは警察組織の一員としてなすべきことをなそうとしたまでですのに……理不尽ですわ……」

 

銀時に言われても月詠は断固としてアンチスキルという自分の立場を考えた上で黒子に容赦ない言葉を上から浴びせる。

黒子は納得してない不満顔でブツブツと小さく何やら呟いている。

そんな様子の彼女を一瞥した後、月詠は銀時の方へ顔を上げた。

 

 

「もし白井にそういう言葉を吐くとするなら銀時、お前が適任じゃ。アンチスキルでもジャッジメントでもない”ただの教師”であるお前がな」

「あん?」

「じゃ、わっちはそろそろ部下の者と共にここで寝ている攘夷浪士共の回収作業に入る。主らは事が済むまでこの辺で待機しておくでありんす。せいぜい自分の生徒を励ましてやりなし、”銀時先生”」

 

そう言葉を残して月詠はさっさと部下達の方へと行ってしまった。

残された銀時はどうしたもんかと頬をポリポリ描きながらチラリと脇に立っている黒子を見ると。

 

早く褒めろと言わんばかりの表情で胸を張り、手を腰に当てて待っている彼女がそこにいた。

 

「お褒めの言葉はまだですか、”銀八先生”?」

「あーだりぃ……」

 

それはどう見ても褒めてもらう立場の顔じゃないだろっとツッコみたい所だが

銀時は顔を手で押さえて深いため息を突いて

 

「ま、立派にやったよお前は。お疲れさん」

 

彼なりの健闘を祝う言葉を黒子に送ってあげた。

だが黒子はフンと鼻を鳴らして挑発気味に笑ってみせると

 

「そんな言葉を貰っても全然嬉しくありませんわねぇ」

「……ホントかわいくねーガキ」

 

相も変わらず自分に対しては真っ向から嫌な態度を取る黒子に銀時がしかめっ面を浮かべると。彼女は不機嫌になる彼に笑みを浮かべたまま

 

「”わたくしとあなた”ならこんな事当然に決まってますでしょ?」

「……」

 

そう答えられると銀時はしばらく黙りこくった後そっぽを向いて「そりゃそうだな」とポツリと呟き、これ以上黒子に言葉などいらんだろと判断した彼は。

少し離れに立って攘夷浪士が回収されていく様を眺めていた浜面とフレンダの方へと歩いて行った。

 

「おいリーダー、この辺にもう住めなくなっちまったけどどうすんだ?」

「ん? ああ、まあこうなっちまったもんはもうしょうがねぇさ」

 

後ろから銀時に話しかけられ、振り返った浜面はやれやれと言った様子で首を横に振った。

 

「スキルアウトはもう解散だ。どうせもう潰れてるも同然だったしな、これで俺もようやくリーダーとかいう柄じゃない立場から降りれるってモンだ。フレンダ、お前も俺なんかと一緒にいるよりフレメアと」

「そんなのダメ! 私の居場所はもう決まってるの! ここしかないの!」

 

肩の荷が下りたかのように安堵する浜面だが、フレンダは対称的に必死な様子で彼に身を寄せて問い詰める。

 

「私はこれからもずっと……」

「居場所なんてまた探せばいいじゃねぇか」

「え?」

 

フレンダの問いかけに答えたのは歩み寄ってきた銀時だった。

 

「所詮テメーの居場所っつうもんはその場の流れで変わっちまうことがあるもんなのさ。それが今やって来ただけの事だ。人生はなげーんだよ。こんな経験、ガキのオメー等にはたくさんやってくるぜ」

 

神妙な面持ちでこちらに顔を上げるフレンダに彼は話を続ける。

 

「今度はオメー等で探してみな、こんな薄暗い場所よりずっといい居場所をな」

「でもそんな所私達に……私はもう学校行けないし……」

「かぶき町とかどうよ、あそこはオメー等みたいな日陰モンばっかだしよ。”なんでもやる”って根性がありゃあ、そう悪くない暮らしが出来るかもしれねえぞ」

「かぶき町ってまさかあのかぶき町?」

 

その名前を聞いてフレンダは目を見開く。

かぶき町、学園都市で唯一取り残された江戸の名残を強く残す町。

どうしてここだけ残されたのは未だに誰も知らない謎の多い地区。

かぶき町は学生絶対立入禁止区域とされており、学園都市に住む者のほとんどが入る事さえ許されていない

子供である学生達がとても目にかかってはいけないモンがこぞってある場所だからだ。

 

「そんな所にどうやって住むって訳よ?」

「ガキのお前等でも。特別な許可が入れば住む事も出来るし出入りも許されんだよあの町は」

「いやでもよぉ、そんな許可、一体誰がこんな俺達に出してくれんだよ」

「俺の所(常盤台)の理事長のババァはかぶき町でもそれなりに名が知れてんだよ。俺がババァに話し通せばオメー等の事も匿ってくれるんじゃねぇの?」

「マジかよ! アンタすげぇ人脈持ってんだな! さすが常盤台の先公!」

「別にかぶき町出入りの許可なんて難しいモンじゃねえよ、あそこはたまに”ウチの女王”がいるらしいし」

「……」

 

銀時の話を聞いて浜面はすっかりテンション上がって喜んでいる。

しかしフレンダの方は銀時を見つめながら怪しむ様に表情を曇らせる。

 

「結局どうしてそこまで私達にしてくれる訳? 目的はなに?」

「ねぇよんなもん、強いて言えばそうだな……」

 

疑惑の目つきでこちらを見上げる彼女にしばらく考え込んだ後彼はそっと呟く。

 

「……俺も”自分の居場所”っつうもんを探してる身だからよ。同じ道に迷ってる奴にやれる事あんならなんとかしてやるか、ときまぐれで思っただけだ」

「アンタが?」

 

意味ありげなその理由にフレンダは疑うのを一旦止めて神妙な様子で彼に何か事情を聞こうとしたその時。

 

「あなた達、そんなところで何やってますの」

 

フレンダが銀時に問いかける前に黒子が彼の後方から仏頂面でやって来た。

 

「あなた達にはこれからたっぷりとお話を聞かなければなりませんのよ、そりゃもうじっくりと……」

 

キビキビとした口調で歩み寄ってくる彼女に反射的にそちらに目を向かせたフレンダは、そこでカッと目を見開いて彼女の足元に目をやる。

 

こちらに歩いてくる黒子が踏むと予測される場所に

 

 

自分の自慢の地雷型爆弾。ボールギャグを口に咥えたジャスタウェイマインが埋められて……

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!! ストップぅぅぅぅぅぅぅ!!! こっちに来ないでぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「は? なんですの急にテンション上がって、言っておきますが特に爆弾魔であるあなたには話す事がたくさ……」

 

いきなり必死に来るなと叫ぶフレンダに黒子は怪訝な様子を浮かべながらも歩みを止めなかった。

その結果

 

彼女の足元からピッという可愛らしくも非情な出来事がこの先に起こると告げる音が

 

「ん? はッ!」

「あん? ぬわッ!」

「え? なぁぁぁぁぁぁ!!」

「わ、私悪くないって訳よぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

黒子が踏んだ物に本人、銀時、浜面が順に気付いて表情が一瞬で凍り付く。

そして頭を両手で抱えてフレンダが涙目で叫んだと共に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月詠達が攘夷浪士の回収作業をしている中で大きな爆発音がその場に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時達のいる地区からかなり遠くに離れた学生地区にて。

フレメアという少女が住む学生寮の近くには、数名の浪士が待機していた。

本隊の攘夷浪士達が全滅しているのも知らずにすっかり気を抜いた状態で話をしている。

 

「しっかし、人質なんてただの立て前だって言えばいいだけなのに、まさか本気でここに待機させられるとはなぁ」

「しょうがないであろう、隊長の命令は絶対だ。しかしこうも暇だとやはりな……」

「もうガキなんてほっておいてメシでも食いに行くか?」

「お前達、先程使いの者に食料を貰って来ただろ、それで我慢しろ」

「しかしあの程度ではちっとも腹の虫が……」

 

数は僅か数名程、人質の監視にすっかり飽きてしまった様子で各々本音を交えたトークをしながらヒマつぶしをしている様子。

 

しかし悲劇は唐突に始まった。

 

「……」

「ん? おいお前、顔色悪いぞ。なんか悪いモンでも食ったか?」

 

突然一人の浪士がピクリと表情が固まった後、みるみる顔を青ざめていく。

その様子に仲間の一人が怪訝な様子で話しかけて彼の肩に手を伸ばすが

 

「む、無念……」

「!」

 

その手が届く前に顔色の悪かった浪士は最後の言葉を残すと前からドサッと地面に倒れてしまったのだ。

それを見て攘夷浪士一同は固まる。しかし彼等が驚いているのは浪士が突然倒れた事だけではない。

彼等が今一転集中して見ている所、それは

 

 

倒れた攘夷浪士の手にあるあんぱん。

 

「ま、まさかあの使い……!」

「おいどうした、ぬッ!」

「まさかあんぱんに毒を……! ぐッ!」

 

声を出した瞬間にその浪士一人一人がタイミングよく倒れていく。

ここにいる者は皆、ある物を食べていた。ここで待機しているとふと、自分達の仲間の一人が食料を持ってきてくれていたのだ。

最近入ったばかりの新人でいい使いっ走りとして働かせていたのだが……

 

「な、なんなんだコレは……! よもやあの新入り……!」

「悪いね先輩」

「!」

 

背後から聞こえた聞き慣れない声に浪士の震えはビクッと止まってしまう。

自分の背後にぴったりとくっついている誰か、それが誰なのか浪士が振り向いたその時

 

「うぐッ!」

「これも仕事なんで」

 

ベチャッ!っと生々しい音が得聞こえたと同時に最後の攘夷浪士が力尽き倒れた。

彼の顔面には潰れたあんぱんが

 

「はー、いくら俺が密偵でも、2重スパイは疲れるよ」

 

既に白目を剥いて気絶している浪士達に手を掛けた張本人がため息を突く。

その張本人こそ山崎退、浜面のスキルアウト仲間だった男である。

 

「それで”伊東さん”、そちらは問題なく終わりましたか?」

 

後ろに向かって山崎が振り返るとそこの暗闇から一人のメガネを掛けた男が腕を組んで仏頂面で現れた。

男の服装は黒を強調とした制服で、腰には一本の刀が差してある。

 

「君より先に終わらせておいたよ、”真撰組密偵役・山崎くん”。近くで同じように待機していた浪士達は我々の隊が拘束しておいた」

「さすが”真撰組参謀役・伊東さん”の隊だ。動きの正確さと速さは隊一番だと局長に絶賛されてるだけありますね」

「いやはや、これも全て君がスキルアウト側と攘夷浪士側の情報をくまなく報告してくれていたおかげさ」

 

掛けたメガネをクイッと上げながら、伊東と呼ばれた男ははっきりと答える。

 

「攘夷浪士達の主力部隊はアンチスキルが捕まえ、我々は連中がおめおめと取り逃がし、か弱い少女を暗殺せしめんとしていた残党を処理した。今回の件はこれで終了だ」

「……なんか嫌なやり方ですね」

 

やり方にイマイチ納得できてない様子の山崎が呟くと、伊東はフゥっとため息を突く。

 

「我々が早急に警察組織の頂点に立つ為ならこれぐらいやらければ、山崎くん、君もご苦労だった。後の処理は我々で何とかするので君は屯所に戻って局長と副長に報告を」

「はい……ん?」

 

任務完了と思いようやく一息突けた所で突然懐にしまっていた携帯が鳴り出す。

着信先は……

 

「スキルアウトの浜面……?」

 

自分が密偵として潜入していたグループのリーダーからの突然の電話。

本来なら電話に出ずにそのまま切るべきなのだろうが……何か思う所あるのか山崎は携帯のボタンをピッと押して耳に当てる。

 

「もしもし」

 

携帯に耳を当てながら彼は通話先の人物からの話を聞く。

 

「あれ? リーダーじゃない……アンチスキル百華の頭領?」

 

山崎の表情に徐々にしかめっ面に変わっていく。

どうやら電話先からよほど面倒な事が起こってしまったらしいのだ。

 

「……わかりました、いや俺は大丈夫です、すぐ逃げちゃってたので現場にはいませんでしたので……はい……はい……では後程」

 

山崎は通話を切って携帯を懐にしまい戻す。

そして項垂れながらハァ~~~~とこれ以上ないぐらい深いため息を突いた後、彼は伊東の方に顔を上げて

 

「俺の”仲間四人”が自分達で仕掛けた爆弾で吹っ飛んで病院に搬送されたらしいです」

「例のスキルアウトか、ほおっておけばいいだろう。君は真撰組だ、連中とは違う」

「そうですね……」

 

そう言い残して山崎と伊東を残してその場を後にした。

 

かくしてスキルアウトと攘夷浪士、ジャッジメントと侍も参戦したこの戦いは一夜にして終幕となった。

 

後に起こるであろう波乱の匂いをかもしだしながら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十訓 侍教師、電撃少女になにかを秘める

ここはとある病院の一室。

他の部屋の患者方がまだ朝食を終えていない頃から

その部屋だけ4人の男女の声の騒ぎ声が響いていた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!『ブラックな仕事を受け持つ謎の女に脅されて無理矢理就職させられる』! なんでだよ! なんで俺っていつもこんな人生なんだよ!」

「はぁ!?『遊ぶ程度の関係だった女と子供作ってしまい結婚するハメになる』だぁ!? ふざけんなよ! デキ婚とかやらねぇよ俺は! てか俺もう結婚してんだけど! 重婚になっちゃうんだけど!」 

「『同性という障害を乗り越え、最新科学を用いて子供を出産』……来ましたわぁぁぁぁぁ! 遂にわたくしとお姉様の間に新しい生命が誕生しましたの!! ぐへへへへへ!!」

「『仲間の情報を敵に暴露、その咎で仲間の一人に真っ二つにされて死亡』……って死亡とかどういう訳!? これどうすんの私!?」

 

部屋の外にまでよく聞こえる騒ぎ声。

その部屋に白衣を着たカエル顔の老人がドアを軽くノックしてガチャリと開けた。

 

「君達ね、他の患者に迷惑だからそんなにはしゃがないでくれるかな? 修学旅行に来た中学生じゃあるまいし」

 

医者であろう老人が呆れたように言葉を投げかけると。

一つのベッドの上に4人で囲んで座っている。

 

病院服を着た坂田銀時、白井黒子、浜面仕上、フレンダが同時に振り返った。

 

そう、彼等はフレンダが仕掛けた地雷のおかげでこんな所に入院する羽目になってしまったのだ。

幸い怪我はそれほど深く無かったが、全員所々体に包帯を巻いている。

 

「仕方ねぇだろ、こうして退屈しのぎのモンで遊ばねぇともたねぇんだよ」

「病院によくもまあこんな一昔前のボードゲームなんかあったよな」

 

けだるそうに銀時が返事していると向かいに座っていた浜面がふと傍に置かれている少し大きめの箱に目をやる

 

 

 

 

箱の拍子には『この腐った裏社会を生き残れ! 泥沼略奪大歓迎! 死と隣り合わせの破滅と絶望の人生ゲーム』と書かれていた

 

 

 

 

「タイトルが長すぎませんか? 製作者の意図が全く読めませんわね。まあ死線を乗り越えてわたくしはめでたくお姉様と結ばれた上に子供まで授かりましたから満足ですの」

「ねぇ、結局これ死亡したプレイヤーはどうすればいい訳……ねぇってば……」

 

銀時の右隣に座っていた黒子がむふんと満足げな表情を浮かべ、浜面から見て右隣に座るフレンダが頬を引きつらながら解説書をペラペラとめくっている。

 

注意しに来た医者の言葉に全く耳を貸さない様子なのは確かだ。

カエル顔の医者は「はぁ」と軽くため息を突く

 

「搬送されてからまだそんな時間も経ってないのに、夜が明けたらピンピンして病室で人生ゲームやってる患者なんて君達が初めてだろうね」

「おい、俺また結婚したぞ、どうすんだよコレ、3人も嫁さん出来たんだけど」

「まあまあ、リアルだけでなく盤上でもただれた人生送ってますのねあなたは」

「女同士で結婚した上に子供まで作ったお前ほどただれてねぇよ」

「な! わたくしとお姉様は至極真っ当で清純な交際を経て結ばれたんですの! ほらこうしてわたくしのお腹にはお姉様の愛が詰まった赤ちゃんが!」

「おいジーさん、リアルと人生ゲームの区別つかなくなってる奴いるぞ。治療してくれ」

「人の話聞いてくれないかな? ていうか無茶言わないでほしいよ、いくら僕でも治せない病もあるんだからね?」

 

些細な事ですぐ口論に入る銀時と黒子の方へカエル顔の医者は疲れたように頭を手で押さえていると、部屋の前で立っている彼の所に一人の少女がやってくる。

 

「すみませーん、この部屋って……はッ!」

「うん? どうしたんだい?」

 

カエル顔の医者が振り返るとそこには常盤台の制服を着た短髪の少女、立っていた。

 

御坂美琴、言わずと知れたレベル5第三位の超能力者だ。

 

彼がこちらに振り向いてきたと同時に彼女は目を見開かせて数秒間硬直した後、突然ビシッと彼に向かって指を突きつけて

 

「リアルゲコ太ッ!」

「……初めて会った人にいきなりそんな変な名前で呼ばれたのは初めてだね」

「あ……すみません、あまりにも似てたもんで」

 

いきなり指を差してきた事も失礼だがさらに変なあだ名まで付けてきた少女相手に、カエル顔の医者は冷静に対処して改めて彼女と対峙する。

 

「お登勢さんの所の生徒だね、ここの部屋の患者さんを見舞いに来たのかな?」

「ええ一応……あれ? リアルゲコ太は理事長の事知ってるんですか?」

「まあ彼女とは古い付き合いなんだよ、お互い長くこの街に住んでるしね。ていうかその変なあだ名は続行するのかい? もう君の中では僕はリアルゲコ太なのかい?」

 

初見で付けたあだ名を自然に用いる美琴にカエル顔の医者は疲れ気味にツッコミを入れた後、踵を返してこの場を後にしようとする。

 

「それじゃあ僕は行くから、他の患者さんの診察に行かなきゃ、後はよろしく」

「え! じゃ、じゃあ行っちゃう前に写メ撮らせて!」

「君は清々しいほど遠慮ってものを知らないね、それじゃあ」

「ああ待ってリアルゲコ太!」

「病院では静かにしてね? もし君の叫びを聞いて看護師さんが僕にそのあだ名を使う様になったら君の責任だから」

 

携帯片手にこちらに手を伸ばす彼女から逃げるようにカエル顔の医者はそそく去って行ってしまった。

残された美琴は行ってしまう彼を残念そうに見つめた後、

 

「おっといけない、アイツ等とちょっと話つける為に来たんだったわ」

 

ここに来た目的をふと思い出して我に返り、銀時達のいる部屋の中へと入っていった。

 

「失礼するわよ」

「ん? あ」

「お、お、お姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

部屋にやって来た来訪者に銀時が顔を上げた瞬間には隣の黒子は黄色い声を上げながらベッドから降りて立ち上がる。

 

「この再会をわたくしはどれ程待ちわびていた事か! お姉様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うっさい、病院で叫ばないでよ。ていうか再会ってほんの半日会ってないだけでしょうが」

「その半日でもとてもとても長く感じていましたの! さあお姉様! その時間を忘れてしまうぐらいわたくしに熱いベーゼを! なんならわたくしから!」

「だぁぁぁぁ!! 飛びついてくるな暑苦しい!!」

 

ほんのちょっとしか離れていないにも関わらず、まるで何年もの別れを経験していた恋人の様に歓喜の声を上げ、そのままこちらにダイブして腰にしがみついてきた黒子に美琴はイラついた表情で彼女の頭を手で押さえつける。

 

「アンタ一応ここの患者なんでしょ! 怪我してる時ぐらいは大人しくしろっつーの!」

「待ってくださいお姉様! 今の黒子に電撃はお止めくださいまし!」

「ああ、傷まだ痛むの?」

 

頭から小さな火花を出してきた美琴を見てすかさず黒子は抱きつくのを止めて彼女から距離を取る。

いつもなら電撃を食らおうが関係なしに、むしろ喜びのこもった表情を浮かべて受けるのに。

不審に思った美琴に黒子はなぜかポッと顔を赤らめながらお腹を押さえて、

 

「わたくしのお腹には大切な人の赤ちゃんが……」

「ロリコン天然パーマぁぁぁぁぁぁ!! 私の友達と昨日の夜なにしたんだコラァァァァァァ!!」

「いや俺の子じゃないから、お前の子だろ。最新科学使って作ったんだろ」

「作ってないし試してもないわよ!! あーもうわけわかんないわねコンチクショウ!!」

 

先程の盤上での展開と混合してすっかりその気になってしまった黒子。

一方そんな事さっき来た美琴は当然知らないので髪を掻き毟って動転している様子。

そんな彼女を見てさっきから銀時と黒子と一緒にいた浜面が恐る恐る話しかける。

 

「なあアンタ、さっきから見る限りこの二人と親しい間柄みたいじゃねぇか」

「ったくこの二人はいつもいつも……あ? 誰よアンタ? なんでこいつ等と一緒にいるの?」

「まあその辺は話すと長くなるから置いといて……アンタってもしかして「女王」?」

「……は?」

 

いきなり素性も知れない変な男に女王呼ばわりされて、美琴は目を細めて警戒した表情に変わる。

 

「いきなり何言ってんのアンタ? 私が「女王」ならどうするの? ムチで叩かれたいの? ローソクで炙られたいの? 残念だけど電撃プレイしか用意できないわよこっちは」

「いやいやそっちの女王様じゃねぇよ! 俺が言いたいのはアレだよ! ほら! 去年の一端覧祭でこの人と相方組んだ女王って人!」

「ああ、アイツの事か」

 

何事かと思っていたが浜面が銀時を指さして言った事にようやく美琴は理解した。

 

「人違いよ、私は御坂美琴。私は鼻の穴にうどん突っ込んで口から出す芸なんてしないから」

「ああなんだ人違い……って女王そんなのまで出来るの!?」

 

人違いとわかったのはいいが、またもや女王の恐るべき技を聞いて浜面は驚愕の表情を浮かべるが、いきなり銀時が横から入って、

 

「おい小娘、リーダーに適当な事言ってんじゃねえよ」

「え? ああなんだ、やっぱりさすがに女王でもそんな事する訳……」

「鼻の穴に突っ込んだのはうどんじゃなくてスパゲティだ。うどんはもうやってる奴いるから」

「スパゲティでもおかしいと思うんですけど!?」

「しかも口から出てねえよ、そもそも鼻に突っ込んだのはいいが出てこなかったんだよスパゲティ」

「もっと大変な事になってたぁぁぁぁぁぁ!! 大丈夫なの!? 大丈夫なの女王!?」

「三日後の食事中にくしゃみと一緒に反対の穴からにゅるんと出てきたんだとよ、アイツの派閥から聞いた」

「派閥!? 女王の派閥ってなに!? もしかしてファンクラブ的な!? ダメだ! 女王の話を聞くたびに謎が深まっちまう! ダメだ俺もう完全に女王の虜になっちまった!」

 

女王に起こった悲劇を聞き、浜面が銀時に力強いツッコミを入れているのをジト目で眺めながら、美琴はいつの間にか隣に立っている黒子に口を開く。

 

「で? 結局こいつなに?」

「元スキルアウトのリーダーですの、永遠に主人公になれないダメ人間ですわ」

「へー……スキルアウト!?」

「そしてそこに座っている女性は、先日天人の大使館で爆破テロを行った爆弾魔ですの」

「爆弾魔!? アンタ達なんでそんな連中と仲良くなってるの!」

「色々ありまして」

「色々ってなによ!」

 

浜面とフレンダを指さして簡単な説明をする黒子に美琴が言いたげな様子で詰め寄ろうとするが、その時ベッドの上に腰かけていたフレンダがおもむろに黒子の方へ顔を向けて

 

「ちょっとー爆弾魔って呼び名やめてくれなーい? 可愛くなーい」

「ほざきやがれですの、誰のおかげでわたくし達がここに運ばれたのか忘れたのですか?」

「結局私の用意したおもちゃを爆破させたのはアンタな訳だしー」

「そもそも地雷などという敵味方区別できない罠をあんな所に仕掛けるのがいけないんですのよ」

 

とても爆弾魔とは思えない自分とそう変わらない年頃のフレンダに、キビキビとした態度で説教している黒子。

 

すっかり話に加われなくなった美琴はふと浜面と話している銀時の方へ目をやる。

 

「派閥ってのはアレだよ、女王の世話するガキ共の事」

「へーんなモンまでいるのか」

「結構な数いるんだけどよ、全員女王様の命令なら何でも聞く世間知らずのお嬢様軍団だな」

「本当の女王様みたいだな……やっぱアンタがただ者じゃないって事は相方の女王も相当凄いのか」

「いやー便利だよアイツ等。俺の命令も聞くから「女王の食うエクレアにわざび詰めろ」とか「女王の入る風呂を熱湯にして背中から突き落せ」とか」

「”女王”より怖い”魔王”がいた……」

「いや大丈夫だって、アイツが派閥のガキ共に無茶した時だけしか命令しないからね俺は」

「女王派閥じゃなくて魔王派閥じゃねぇの?」

 

何故か常盤台の第五位として君臨する女王の話で盛り上がっている……

美琴はそれをジーッと眺めた後黒子とフレンダの方へ再び振り返ると

 

「そもそも一体なんなんですのあのちんちくりんな爆弾人形は?」

「ズバリ私のジャスタウェイは結局ジャスタウェイ以外の何者でもない! それ以上でもそれ以下でもないって訳よ!!」

「うっさいですの、なんかあれ見てると戦意が失せるんですけど」

「ああ、結局それも織り込んで作られた作品だから。相手の戦意を奪って隙を見せた所をドカンとやるって訳なのよ」

「なるほど、言われてみるとそれはジャッジメントにも使えそうな戦略ですわね……今度あなたの作品とやらをわたくしの支部に持ってきてくれませんか?」

「え、なんで?」

「初春に所持させて試させてみますわ」

「何を試す気!?」

 

ジャスタウェイとか聞いた事のない物についてフレンダと語り合っている黒子。

「それってなに?」と黒子に聞きたそうにその場でそわそわする美琴だがフレンダと会話している為うまくタイミングが掴めない。

 

銀時と黒子。滅多に他人と交流しない中で、唯一接点がある二人が自分そっちのけで知らない連中と仲良くくっちゃべっている。

美琴はその場にポツンと立ち尽くしながら寂しそうにブツブツ呟き始め

 

「なんなのこいつ等……私が見てない所でなに私の知らない人たちと仲良くなってるのよ……」

 

納得いかない様子で銀時と黒子に恨めしい目つきを向けた後、意を決して浜面と話している銀時の方へ近づく。

 

「ちょっとアンタ」

「なんだよジャマすんなよ、今俺が”大覇星祭”で女王と二人三脚した話する所なんだから」

「それなら知ってるわよ、スタート地点からゴールまでアンタがアイツを引きずり回した奴でしょ」

「いやお前に聞かせるんじゃなくてリーダーに聞かせるんだよ つかなんだお前、機嫌悪そうなツラして」

 

こちらに目を細めてムスっとしている美琴を見て銀時がしかめっ面で尋ねるが彼女はそれを無視して銀時の向かいに座っている浜面の方へ振り向いて。

 

「アンタ、あの金髪外人と一緒にちょっと出てってくれない、コイツ等と大事な話があるの」

「ん? 大事な話ってなに?」

「四の五も言わずに黙って出て行く。さもないとアンタ達も巻き添え食らうわよ」

「巻き添えって……アンタこの二人に何する気なんだよ……」

 

こちらにも矛先を向けてきそうな顔で突っかかって来る美琴に浜面は困惑しながらもベッドから立ち上がって大人しく彼女に従う事にした。

 

「おいフレンダ、ちょっと二人で病院の庭でも散歩しようぜ」

「え? なになに、浜面のクセにデートでも誘ってる訳?」

 

黒子との話を中断してこちらに顔を上げたフレンダに浜面は鼻で笑う。

 

「なわけねぇだろ、変な勘違いすんなよ」

「……は?」

「この娘さんがこの二人と話したいから俺達はジャマなんだってさ」

「なんだそんな理由か……まあいいわ、ちょうど私も外の空気を吸いたかった所だしー」

 

少々不満げな様子を見せながらもフレンダはベッドから降りると、部屋から出ようとする浜面について行く。

 

「はぁ、サバ缶も食えないし結局浜面は浜面な訳だし、ホント最悪」

「どうしたんだよ急に」

「うっさい、さっさと行く!」

「なんなんだよ本当に……」

 

頬を小さく膨らませてぷりぷり怒っているフレンダの真意が読めずに首を傾げつつ、浜面は彼女と一緒に部屋から出て行った。

 

部屋に残ったのは銀時と黒子、そして美琴。

腕を組んでこちらを睨み付けてくる彼女に、銀時は髪を掻き毟りながらはぁ~とため息を突く。

 

「お前さぁ、初対面の相手にあんなつんけんな態度取るのはどうよ?」

「別にいいでしょ、黒子、ちょっと私の話を聞きなさい」

「一体どうしましたのお姉様、そんなに怒った様子で?」

 

銀時同様わかってない様子ながら、彼の隣に正座して話を聞く体勢に入る黒子。

ベッドに座る二人と対峙して、美琴はこめかみに指を押し当てながら、

 

「別にさー、アンタ達が私じゃない誰かと仲良くしているのは気にしてないのよ、ホントよコレは、ホント気にしてないから、全然どうでもいいから。もうホントどうでもいい事だから私にとって」

「いや絶対気にしてるだろお前」

 

何度もしつこく念を押して言う美琴に銀時が仏頂面でツッコミを入れるが、彼女はそれをスルーしてこめかみに指を押し当てるのを止めて顔を上げた。

 

「まず黒子、アンタが門限破ったせいで私寮監に寮の全ての窓を磨くようにって罰則食らったんだからね。夜中なのに、眠いのに寮中の窓を一人でゴシゴシゴシゴシって……」

「やはりそうなりましたか……申し訳ありませんの……」

「おまけにそのせいで理事長に渡すはずだった反省文も全然書けなくて、そのおかげで私理事長にこっぴどく説教されたんだから」

「それはそれは……ご愁傷様ですの……」

 

自分が留守にしてる間に彼女にそんな災難が降りかかっていたのか。

黒子がバツの悪そうな表情を浮かべると美琴はフゥーと息を吐いて、

 

「でも私がアンタ達に一番言いたいのは”どうして私を置いて行ったの”って話よ」

 

昨夜に起こった出来事は常盤台の教師にしてアンチスキルの百華の頭領も務めている月詠から電話で聞かされていた。

黒子がジャッジメントの活動範囲を超える無茶をしでかした事

しかもそんな彼女とあの銀時が一緒に行動していた事

数十人の攘夷浪士相手に二人は見事な連携プレイでこれを殲滅した事

しかし攘夷浪士は全員倒せたものの、仲間の一人が仕掛けた罠に引っかかってしまい二人仲良く病院に搬送された事

 

「どうして私だけ仲間外れにすんのよ」

「そりゃお姉様は常盤台のエースですから仕方ないですの」

「オメーが騒ぎ起こしただけでも学校に影響出る可能性もあるんだぞ、ババァに迷惑かけたいのかお前?」

「常盤台のエースとか学校の事とか関係ないのよ! 私はアンタ達二人だけでそういう危険な事に首突っ込むのが気に食わないの!」

 

口を揃える銀時と黒子に、美琴はついに我慢の限界が来たのかその場で地団駄を踏み始める。

 

「私はレベル5の第三位よ! 攘夷浪士とかいう雑魚共なんて数秒で全滅出来るに決まってるでしょ! どうして私を呼ばないでコイツとコンビ組んでんのよアンタは!」

「コンビなどではありませんわ、今回はわたくしの方から交換条件を出し、この男がそれに合意しただけの事ですの」

 

コンビなどと呼ばれムッとして否定する黒子。すると彼女の言葉に銀時が「あ」と何かを思い出したように口を開いて隣に座っている彼女の方へ振り向く。

 

「おい、そういや報酬のいちごおでん早く出せコラ」

「ふん、退院したらすぐに手配しますわよ」

「あれ? てっきり上手く誤魔化して無かったことにすると思ってたのにやけに素直じゃねえか」

「借りは早急に返しておかないと面倒な事になりかねませんからね、特にあなたとは」

 

黒子の方も彼に渡す報酬はちゃんと覚えておいたらしい。たとえ相手がどんなに嫌悪する人物だとしても受けた借りはキッチリ返しておかないと気が済まないのだ。

 

「わかったでしょうお姉様、わたくしとこの男はただのビジネスで付き合ってるだけの関係ですわ、だからお姉様が考えてるようなことは……」

「言っておくけど私知ってるんだからね」

「へ?」

 

これで彼女も納得してくれるだろうと思っていた黒子だが、美琴の反応は彼女の予想外だった。

こちらにドスのこもった目つきを向けながら彼女は話を切り出す。

 

「今回だけじゃないって事。コイツとなにしてるのか」

「う! それは……」

「私に寄って来そうな小バエを何度も駆除してたんでしょ」

「どうしてそれを……」

 

銀時とよく露払いをしている事がバレていた。

うろたえる黒子に美琴はハァ~とため息を突く。

 

「アイツから聞かされたのよ。常盤台の女王様に」

「は? アイツが?」

「アンタもまだまだねー、アイツってば派閥の子使ってアンタの行動探ってんのよ」

「あのクソガキ……今度ハバネロ入りのプールに背負い投げしてやる」

 

思いがけない事を聞かされて銀時は歯がゆい表情で舌打ちする。

まさか観察者である自分が観察対象に監視されているとはさすがに笑えない。

 

「そんでアイツに言われたのよ、御坂さんの唯一の友達が私の人といっつも仲良くしてるのー、ほったからしにされて御坂さんかわいそー、やっぱり御坂さんは一人ぼっちがお似合いねーとか散々嫌味言われたんだから」

「お前、アイツの真似似てねえな」

「いや真似できてるとかそんなのどうでもいいでしょうが。それで聞いたのよ、アンタ達が私に隠れて高能力者狩りを専門とする連中を闇討ちしてるって」

 

心底面白くなさそうな表情で美琴は腕を組む。

 

「わかった? 今度からはちゃんと私も連れて行きなさいよね」

「だから無理だって、お前にそんな真似させたら俺マジでババァに教師クビにされちまうし」

「いくらお姉様のお頼みであれど、わたくしもそれだけは承諾できませんわね。お姉様は常盤台のトップとして相応しくなってもらわないと困りますの」

「だぁぁぁぁぁぁ!! だから私がどこで何しようが私の勝手だって言ってるでしょ!!」

 

何度言っても断固として対応を変えない二人に美琴が遂にキレて病室にも関わらず大きな声で叫ぶが黒子は諭すように話しかける

 

「危ない橋を渡るのはわたくし達だけで十分ですの、ですからお姉様はこれからも」

「私は! 大事な友達が私の見てない所で傷つくのが嫌なの!」

「は? いつから俺がお前と友達になったんだよ」

 

ボソッと呟いた銀時の一言に

ワナワナと怒りで肩を震わせながら美琴はギロリと彼を睨み付ける。

 

「そういう事言う!? 言っちゃうの!? 傷つきやすい私のハートによくそんな事言えるわね! 事によっちゃ泣くわよこっちは!」

「んな事で泣くなよ。ちょっと落ち着けって。ここ病院だからちょっと静かにしろ、先生からのお願い」

「私が騒いでるのはアンタ達がいつも私を置いてけぼりにしてたせいでしょ!! 私を一人にするな!」

「めんどくせぇ……」

「めんどくせぇとか言うなぁぁぁぁぁぁぁ!! 傷つくのよ本当にぃぃぃぃぃ!!!」

「うるせぇぇぇぇぇ!! いい加減にしろクソガキ!!」

 

こちらに身を乗り上げて耳が痛くなる程の叫び声を上げ始める美琴に遂に銀時の堪忍袋の緒が切れる。

 

「一人になりたくなかったら俺達以外に遊べる友達でも作ってろ! おいチビ助! お前のダチでも何でもいいからコイツに紹介しろ!」

「そうですわね、前々からお姉様にちょっと会わせたい子がいましたし、これを機会にお姉様にはわたくし達以外の方との交流も育んでもらいましょう」

「ちょ、ちょっとそんな急に!」

 

急に銀時に話を振られても黒子は顎に手を当て小難しそうな表情でそれに同意する。

いきなりそんな話になってしまった事に焦ったのか。さっきまでの勢いが失せ、美琴は急に顔を赤らめて手をパタパタと振り始める。

 

「そういう話勝手に進めないでよホント! 別にアンタ達の手を借りなくても友達の一人や二人ぐらい。まあでも黒子がどうしてもって言うなら……」

「じゃあ俺が女王呼んでおくから、チビ助のダチと女王で仲良くファミレスとかで」

「そいつはいらないわよ!」

 

銀時の提案に慌てていた美琴はすぐに素に戻って一蹴した。

ただでさえ同じ空気を吸う事だけでも嫌なのに、そんな人物と仲良くお茶会なんて死んでもごめんこうむる。

 

「もういいからほっといてよ。私の築く人間関係の欠陥性については……」

「あら? じゃあお姉様もわたくしとこの男が何してるのかもほっといてくださいまし」

「はぁ? 絶対イヤよそんな事。私は今度アンタ達が動いたら絶対ついていくからね」

「……めんどくさいですの」

「ア、アンタまで私の事めんどくさいって思ってるの!?」

 

思いがけずついポロッと漏らしてしまった黒子の失言を美琴は聞き逃さなかった。

銀時はともかく、いつも自分に甘えてくれる彼女にそんな言葉を言われたのがひどくショックな様子で美琴は愕然とした表情を浮かべる。

黒子はすぐにそれに気づいて「しまった!」と内心思うとすぐに顔を上げる。

 

「あ、安心なさってくださいお姉様! めんどくさい所も含めてお姉様ですから! わたくしの愛はそんなめんどくさいお姉様でも全て包み込む所存ですの!」

「そんなフォローいらないわよコンチクショウ!! もういい帰る!」

 

大切な後輩にまで傷つけられて美琴の傷つきやすいメンタルは既にボロボロだった。

全く話を聞いてくれない二人に遂に美琴は踵を返して病室から出ようとする。

 

「もうアンタ達なんか知らないわよ! 見てなさい! 私が本気を出せば攘夷浪士の一派や二派なんてすぐに壊滅できるし! 友達だって一杯作れるんだからね!」

 

そう叫びながら病室のドアを乱暴に開ける。

 

「絶対にアンタ達の鼻を明かしてやるんだからぁぁぁぁぁ!!」

 

そう叫びながら美琴は呆然としている銀時と黒子を残して出ていてしまった。

その数秒後に看護師らしき中年の女性の声で「うるせぇぞクソガキ! 寝てる患者がいるんだから静かにしろコラァ!!」という一喝と「ご、ごめんなさい……」という美琴の弱々しい声が聞こえた。

 

「ああいう所がまた可愛いんですのよねお姉様って」

「オメーはホントブレねぇよな」

 

部屋を去っていった美琴を思いながらうっとりする黒子に銀時は死んだ目を向けながらだるそうに呟くとボリボリと髪を掻き毟って

 

「だからアイツのダチになれたんだろうがな」

「友人以上の関係ですわ、わたくしとお姉様は」

「ま、これからもアイツの事よろしく頼んだぜ」

「……前々からあなたに聞きたかったのですが」

「あん?」

 

黒子が急に真顔になって正座を崩さずに銀時の方に向き直った。

 

「あなたはどうしてお姉様の事を気に掛けているんですの?」

「んなもんただの哀れみだよ。アイツが一年の時に友達いなくて寂しそうだからつい声かけたら、ずっとついてくるようになっちまったんだよ」

「では一応それが理由だとしましょう、しかしあなたのお姉様への対応はいささか常軌を逸しているのではなくて?」

 

銀時が美琴とつるむようになってから1年以上経っている。

こんな自由奔放な男がなぜ一人の少女の為に自分と共に彼女の敵を討伐したり、彼女の世話を焼こうとするのか。

黒子はそれが知りたかった。

 

「アナタにとってお姉様とはどんな存在なんですの?」

「……」

 

彼女の単刀直入の問いに銀時は無言で目を逸らす。

その問いの意味はわかっている。だが目の前にいる少女にどう答えればいいのかわからなかった。

 

さっきまでやかましいぐらい騒ぎ声が聞こえた病室は一気に静かになっていた。

そして数分ほど経ったところで

 

「さあな」

 

脳裏に鮮明に記憶されていたあの少女の言葉を思い出しつつ、銀時は黒子から目を逸らしながらポツリと呟いた。

 

「強いて言うならよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああいうバカは嫌いじゃねぇんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがき
ひとまず第一章はこれにて終わりです。それでは

P・S ツンツン頭のもう一人の主人公はいずれ出ます


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第十一訓 駄目少年、かぶき町に行く

第十一訓 駄目少年、かぶき町に行く

 

かぶき町

許可なき学生は足を踏み入れる事さえ許されない絶対立入禁止区域。

”学園都市最大の歓楽街”であり”学園都市最悪の治安”を誇り

町の中には普段絶対にお目にかかれないであろう店があちらこちらに当然のように置かれている

スナック、キャバクラ。ホストクラブ、オカマバー、賭場、子供は絶対に入っちゃいけない”お風呂屋さん”

 

学園都市側がどうしてここに学生の侵入を徹底的に禁止にしているかがよくわかる。

 

住んでる住人のほとんどは大人であるが

特別に移住を許されている子供もいる。

なぜ学生がかぶき町に住む事になったのか。それにはその数ほど様々な理由がある。

親兄弟がここの住人だという者

表の世界から追放され、行き場を失った者

敷かれたレールの上に乗せられる事に嫌気がさした者

かぶき町という町そのものに魅了されて抜け出せなくなった者

なんかいつの間にか住人になってた者

 

しかしこの町に住むのはそう簡単ではない。

この町は自分だけの力で生き抜かなければならない事を自然に義務付けられるのだ。

地べた這いつくばってでも、血反吐を吐くほど周りから殴られようと、思いもよらぬ裏切りにあっても。

それが欲望渦巻くかぶき町というものなのだから。

 

 

そしてその町に意を決して足を踏み入れた若者がここに一人。

 

「こ、ここがかぶき町……」

 

付添人と共にこの町にやって来た浜面仕上は

この町に入ってすぐに唖然としながら首を左へ右へと動かしていた。

 

すれ違う人は着物や袴姿の者ばかり。中には今時珍しい髷を結った者も多くいる。

立ち並ぶ店や家は江戸の本来の技術のみで作ったいわゆる木造建築の物が大半を占めていた。

学園都市にただ住んでるだけの学生では決して見れない光景が今、浜面の脳と視界を完全に支配していた。

 

「すげぇ……なんか別世界に来た感じだぜ……」

「おい、あんまりキョロキョロすんなよ”リーダー”」

 

見慣れない場所だからといって挙動不審に周りを眺める浜面に。

前方を歩いて案内していた付添人の男が彼の方へ振り返った。

 

「そんないかにも新参者の匂い漂わせてると、変な連中にたかられて身ぐるみ剥がされちまうぞ」

「いやだってよ”銀さん”。こんな場所に来ちまったらそりゃ驚くしかないだろ。学生絶対禁止区域だぜここは? 俺達スキルアウトにとっては一度行ってみたい場所って有名だったんだからよ」

 

浜面に銀さんと呼ばれた銀髪天然パーマの男。

坂田銀時は空色の着流しを風でなびかせながらけだるそうに返事した。

 

「この町に行ってみたいと思うなんざ最近のガキは怖いもの知らずだねぇホント」

「なあ銀さん、噂にはよく聞くんだけど本当にヤバいのかここ?」

「ま、それは俺が口で説明するより自分で体験した方がいいだろ」

 

進む度に段々怖くなったのか不安そうに尋ねるも銀時は軽く流して歩みを止めない。

 

「誰かに頼る前にテメーでなんとかしようとすんのがこの町のルールだ。ここの住人になるならガキだろうが心に刻んでおけ」

「俺が一番向いてないルールだなそれ……」

「環境変われば生き方も変わんだろ、人間ってのはそういう生きモンだ」

 

スキルアウトの時代から誰かの影に隠れて生きて、決めるのも行うのも基本他人任せだった浜面。

そんな自分が果たしてこんな場所で生活できるのかとウジウジ悩んでいると、前を歩く銀時が不意に話を切り出す。

 

「そういやあの金髪のガキ、俺の隣人に預けておいたがいいのか?」

「ああ、とりあえずアイツがこの町に来るのはまだ早い」

 

銀時の言う金髪のガキというのは浜面の仲間の一人であるフレンダの事だ。

浜面と共にかぶき町に行くと決めていた彼女だが、今は銀時の住むオンボロアパートの住人である隣人に預けているらしい。

 

「まずは俺がこの町で職を見つけて最低でも雨をしのげる程度の寝床でも確保しておく。あっちからフレンダを呼ぶのはまだ後だ」

「ま、俺の所の隣人はいつまでいても構わないって言ってたけどよ、あんま長居させるような真似はさせるなよ。女ってのは我慢する事が何より苦手なんだから」

「悪いな、アンタにも散々世話になって更にアンタの住んでる所のお隣さんにまで」

「あーいいからそういうの、元々家出少女を家に招き入れるのが趣味みたいなモンだからウチの隣人は」

 

攘夷浪士討伐の件もあるが浜面をこのかぶき町に住めるように手引きしたのも銀時のおかげである。恐縮する彼に対し銀時は気にすんなと言った感じ。

 

「俺もやれるところまでと言ったら、せいぜいリーダーをババァの所にまで送る事ぐれぇだ。そっから先はお前さんが決めろ、テメーの生き方を決めれねえ奴はこの町どころかどこでだって生きていけねぇよ」

「ああわかってる、わかってるけどやっぱこえぇな~……」

 

銀時にキッパリと断言され、その言葉を直に受けた浜面は募る不安な気持ちに押しつぶされそうになりながら深いため息を突く。

 

「俺も銀さんぐらい腕っぷしが強かったりあのジャッジメントのツインテみたいなすげぇ能力があればなぁ……レベル0(無能力者)で盗人の技術ぐらいしか得意なモンが無い俺がこの町で仕事見つけられるのかねぇ……」

「捨てる神あれば拾う神ありって言うだろ。リーダーみたいな卑屈でチキンで馬鹿でアホでクソの役にも立たないダメ人間でも拾ってくれる奴はいるだろうよ」

「泣いていい?」

 

励ましているつもりなんだろうが、あんまりな言葉を用いる銀時に浜面がそろそろ溢れる不安に押しつぶされて泣きそうになっていると

 

「着いたぞ」

 

銀時の歩みがとあるの店の前でようやく止まった。

2階建ての一軒家であり、1階には店らしくのれんが下がっている。

店の前にある看板には「スナックお登勢」と書かれていた。

 

「ここが銀さんの言ってた案内人の店か……」

「俺は昔この店の上に住んでたんだぜ、今はもう別の奴が住んでるらしいが」

「やっぱり銀さんもかぶき町の住人だったのか、なんかこの町に合うんだよなアンタ」

「常盤台で教師やる事になってからは最寄りの地区に引っ越したけどな」

 

過去に銀時が住んでたという家を浜面は見上げてみる。

見栄えは中々悪くない物件だ、大き過ぎでもなければ小さくもない。ここに拠点が出来るとすればああいう場所に住みたいと思うが銀時が言うには既に住んでる者がいるらしい。

 

「もう住まれてるんならしょうがねぇな……」

「んじゃ、俺はここで退散すっか」

「へ!? ついて来てくれねぇの!?」

 

いきなり踵を返して回れ右をすると、こちらに軽く手を振って帰ろうとする銀時に慌てて浜面が詰め寄る。

だが銀時はバツの悪そうな顔で

 

「今ババァに出くわしたら散々説教食らうのが目に見えてんだろ。攘夷浪士相手に暴れましたなんて報告は当然理事長のババァにでも届いてるだろうし」

「ああそういう事か……」

「それに俺、この後連れと一緒にこの町散歩する予定があるし、今からちょっと迎えに行かなきゃなんねぇんだわ」

「おお、なんだよ銀さんでもデートとかすんのか!? 見かけによらず!」

 

連れと一緒にかぶき町を練り歩くと聞いて浜面は不安な気持ちを忘れてニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。そんな腹立たしい表情を浮かべる彼に銀時はしれっとした顔で

 

「デートじゃねぇよ散歩するつってんだろ、”女王”呼んでこの町連れ回そうと思ったんだよ」

「じょ、女王ぉぉぉぉぉぉぉ!? それってあの人だよな!? 鼻からスパゲティ食べるあの!」

「逃げないようにしっかり”首輪”付けないとな、いやー散歩の基本だよねコレ」

「く、首輪ってアンタ……! まさか散歩ってそういう意味……」

「冗談だってぇの、首輪は付けねえよ、まだ」

「まだ!?」

 

顔に影を見せて意味深なセリフをボソッと呟いてみせる銀時に浜面は戦慄を覚える。

やはりこの男は頼りになるが色々と危ない……改めて浜面は彼に対する印象を胸に刻んだ。

 

「あ、そうだ。まだ言う事あったわ」

「なんすか……」

 

手をポンと叩いて思い出したかのように振り返った銀時に浜面が気の無い返事をすると

 

「オメーの所の元リーダー、真撰組の所から脱走したみてぇだな」

「ああそれか、俺も先日テレビのニュースで観たよ」

 

銀時の言う元リーダーというのはかつて浜面やフレンダ率いていたスキルアウトのリーダー、駒場利徳の事だ。

大使館爆破テロを行った首謀者として真撰組に拘束されて、いつ首を飛ばされてもおかしくない状況だった彼が、先日、夜間の隙に真撰組の屯所から脱走したというニュースが流れたのだ。

無能力者である駒場が単独であの人斬り集団と恐れられている真撰組の下からそう安々と脱出できるのは現実的に考えて難しい。

恐らく外部の者、それもかなりの高能力者の力を持つ者が彼を逃がすよう手引きしたのだと思われている。

 

ちなみにこの情報が流れたニュースを見た白井黒子は、真撰組の大失態にルームメイトが引くぐらい高笑いしていたらしい。

 

「駒場の野郎。俺達にまで姿を現さないでどこいったんだか……」

「このかぶき町ってのは裏の世界に通じてる奴もいる、もしかしたらその元リーダーがどこに潜伏してるかもわかる奴、逃げ出すよう手引きした奴にぶつかる事が出来るかもしれねぇぞ」

「そうか、だとしたらこの町にいる理由と同時に目的も見つかったな……情報ありがとよ」

「達者でやれよ、リーダー」

 

そう言い残して銀時は去って行った。女王を迎えに行くのであろう。

残された浜面は言ってしまう銀時の背中を見送った後、意を決してスナックお登勢の方へ振り返る。

 

「よし、この町でいっちょやってやらぁ。待ってろよフレンダ、早く一人前になってお前もここに連れて来てやる」

 

遂に腹をくくった浜面は店の引戸に手を伸ばしてガララと開けた。

 

「失礼しやーっす! 銀さんの紹介でやってきたはまづ……あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

店に入った瞬間、いきなり浜面は大きな絶叫を上げる。

引戸を開けたと同時に目の前に

猫耳を生やした団地妻の様な女が顔の間僅か数センチというドアップで目の前に出てきたからだ。

 

「ナンダオ前、店ハマダ開イテナイゾ。泥棒カ? 泥棒ナノカ?」

「い、いやもう泥棒じゃねぇよ!」

 

片言な日本語を使いながらじりじりと歩み寄ってくる女に浜面は本能的に後ずさりする。

 

「マダケツガ青イガキのクセに私ノハートヲ盗ミ二来ルトハイイ目シテルジャネーカ! 1億払ッタラ盗マレテヤルヨ! オラサッサト出セコラァ!!」

「新手の恐喝!? つうか明らか損しか貰えねぇじゃねぇか!」

 

テンション上げて詰め寄って来た女に浜面が引きながらツッコミを入れていると

 

「よしなキャサリン、そのガキは銀時の奴がよこした一人だよきっと」

 

店の中にあるカウンターの奥から聞こえたしわがれた女性の声に浜面はすぐに振り向く。

そこに立っていたのは着物を着たパッと見50代ぐらいの女性だった。

 

「ったく銀時の奴、テメーは姿を現さないで荷物だけこっちに送ってくるとはどういう神経してんだい全く」

「ああ! アンタが銀さんが言ってたあのお登勢さんか!?」

 

スナックお登勢の経営者、お登勢。

常盤台の理事長にしてこのかぶき町にも店を持っている謎の女性。

彼女を目の当たりにして浜面は先ほど突っかかって来た団地妻をスルーして恐る恐る店の中へと入りこんでいく。

 

「は、初めまして……浜面仕上です……」

「私ハキャサリンダ、ヨロシクナ小僧 惚レルナヨ」

「お前に自己紹介したんじゃねーよ! あとぜってぇ惚れねぇ!」

 

スルーしたのに後ろから急に入ってくるキャサリンと名乗る女に浜面が叫ぶと。カウンターに肘を突きながらお登勢はシュボっと口に咥えたタバコにライターの火を灯す。

 

「アンタの事は銀時から色々聞かされてるよ、アンタが前にどこで何をしていたのかも、そこでどんな目に遭ってたのかも、このかぶき町に住みたいっていうのもね」

「ああ」

「全く、生徒と一緒に攘夷浪士相手に暴れた挙句にこんなモンまで拾ってくるとは……」

 

ここにはいない銀時にお登勢がしかめっ面で文句を言っていると。浜面はカウンターの席に座って彼女の面に向かって口を開いた。

 

「この町が大変な場所だってなのはわかる。けど俺はどうしてもこの町でやっていきてぇんだ、それをアンタなら出来ると銀さんから聞いてここにやってきた」

「まあ出来る事は出来るけどさ」

 

あっさりとそう言ってしまうとお登勢はタバコの灰を灰皿にトントンと落とす。

 

「と言っても私が出来る事と言ったらアンタのこの町の出入りを許可する事だけさね、仕事や寝床を見つけるのはテメーで決めな」

「やっぱりそれがかぶき町のルールか」

「この町にはねぇ、アンタぐらいの年頃のガキも住んでる」

 

再びタバコを口に咥えながら彼女は話を続ける

 

「けどそいつ等はみなこの町の大人に負けないぐらい肝っ玉を持っているんだよ、ホストとして働いたり、キャバ嬢として働いたり、誰かの下に着くのが嫌だからテメーで店を出すガキもいる」

「自分で店出してる奴もいるのかよ……」

「ロクに稼いでないけどね、ったくいつになったら先月分と今月分の家賃払うんだかあの子は……」

 

つい愚痴をこぼすお登勢だが浜面はまず自分と同い年の少年少女がこんな場所でも大人と一人前に肩を並べて働いている事に驚いた。

 

「俺はどうっすかなーホストとかちょっと憧れてたんだよな俺」

「オ前ノ顔デホストナンテ出来ル訳ネェダロ、バカダロオ前」

「うるせぇ! 言ってみただけだ!」

「オ前ノ顔ジャオカマバーデ働クノガお似合イヨ。サッサトオカマニナッテコイ、カマ面」

「カマ面ってなんだよ! なるかそんなモン! そんな仕事着いたら銀さんにもフレンダに顔合わせできねぇよ!」

 

唐突に自分の独り言に入ってくるキャサリンに叫びながら浜面はふと思った。

 

そういえばコイツ何者なのだろう

 

「キャサリンは遠い星から留学生としてやって来た”天人”さ」

「天人!?」

 

浜面の疑問を見抜いて代わりにお登勢が答えてあげた。

 

「外の世界で色々やらかしちまったから居場所失っちまったらしくてね、それで私が拾ってやっただけの事さ。今はここで働いてもらっている」

「そうか、お前天人つっても俺と同じ境遇だったのか……」

「ア、今私ニ同情シタナ、金ヨコセ金」

「やらねぇよ! なんなんだよコイツ! こんな奴が本当にここで働けてるの!」

 

話を聞いて浜面はふとキャサリンの境遇と自分の身に置かれた状況を重ねるが、こちらに手を出して仏頂面で金銭要求してきた彼女にもはや同情する感情などティッシュに丸めて捨てた。

それと同時にこんな奴でも働けるんだから、もしかしたら自分もなんとかなるのでは?という勇気が芽生えた。

 

「でも働く気はあるけど、問題はどこで働かせてもらえるかなんだよなー」

「そうだね、ここん所不景気だからこの町でアンタぐらいのガキを働かしてくれる所は……」

 

難しい表情をして腕を組んでお登勢が考えてくれていると。

不意に店の戸がガララと勢いよく開いた。

 

「あっちぃ、ここはエアコン効いてるわね。家もエアコン付けようかしら……あ、金ないんだった」

「ん?」

 

戸が開くと同時に若い女の声が飛んでくる。

ここは居酒屋だしなにか飲み物でか頼もうかなと考えていた浜面はついそちらに目を向けた。

そこに立っていたのは自分とそう変わらない年頃の若い女性だった。

明るい茶色のロングヘアー、そしてモデルだとしてもおかしくないスタイル。

化粧もさほど必要ないほど綺麗な顔立ちには汗が滴り落ち、それを手で拭いながら店に入ってくる女性の姿に浜面が思わずドキッとしていると

 

「ちょっとバーさん、お金恵んでくんない? コンビニで鮭弁とジャンプ買ってくるから」

 

いきなりお登勢に向かって偉そうに金を出せと言ってきたのだ。しかも買ってくるのがいかにも庶民的……

お登勢の方が彼女が店に入ってきた瞬間には既にしかめっ面を浮かべていた。

 

「ふざけんじゃないよ小娘、家賃も払わない穀潰しに恵んでやる金なんてないよウチは。金欲しかったら学園都市からの奨学金受け取れって言ってるだろ」

「それだけは絶対無理ね、私は甘っちょろいガキ共と違ってそんな金いらないから、受け取ったりなんてしたらまた実験やら何やらに駆り出されるのが目に見えてるし」

 

そう言って女性は得意げにニヤリと笑って見せる。

 

「テメーの金はテメーで稼ぐのが私のポリシー、おわかり?」

「学生全員に送られる筈の奨学金を受け取らないのはアンタと”第二位”ぐらいだよ全く……」

「はぁ? あの”メルヘン野郎”も私と同じ事してるの? アイツと同じとか胸糞悪いわね……ん?」

 

ここにはいない何者かに対してブツブツと文句を言い出した女性だが、お登勢の向かいに誰かが座っていた事に初めて気づいた様子。

その浜面に女性は胡散臭そうな目を向けて

 

「誰コイツ?」

「アンタと同じ、ここに流れてきたガキだよ。この町には今日来たばかりさ」

「ふーん」

「ど、どうも……」

 

こちらを見つめてきた女性に心臓をバクバクしながら浜面はぎこちなく挨拶する。

 

「浜面仕上っす……」

「麦野沈利≪むぎのしずり≫よ」

 

名を名乗り、麦野は胡散臭そうなものを見る目つきを止めた。

警戒する必要なしと判断したらしい。

 

「どうしてこんな所に住むと決めたのかは知らないしどうでもいいけど、一つお姉さんからアドバイスしてあげる」

「はぁ……お姉さんって俺とアンタってそんな年離れてねぇと思うけど」

 

浜面のツッコミを無視して麦野は人差し指を立てて彼に話を続けた。

 

「かぶき町はまっとうな人間が生活出来る所じゃないの、アンタもここに流れ着いたって事はどうせロクでもない人生送ってるんでしょ?」 

「まあそうかもな……」

「だから真面目に働くとか生きて行くとか考えない方がいいわ、今更遅いのよアンタじゃ」

「は!?」

 

いきなり酷い事を平然と言ってのける麦野に浜面が思わず口をポカンと開けて驚くと、すかさず彼女は彼に顔を近づけて

 

「どんな汚い手を使おうが卑怯な事をしようが泥を被ろうが、周りに蔑まされても何食わぬ顔で平然と生きて行きなさい。生き残る為ならどんな事でも平気でする、それがこの町で生きる為の鉄則よ」

「は、はいぃ!」

 

銀時が言ってたのと近いかぶき町のルール。

その教えを聞いた浜面だがいきなり彼女に顔を近づけられたからか、顔を真っ赤にして声が裏返ってしまう。

麦野はその反応を愉快そうに笑う

 

「ま、もし助けてほしかったら私の所に来なさい、金次第だけどね」

「え?」

 

親指と人差し指でゼニのマークを作る麦野に浜面が首を傾げると彼女は得意げに

 

「この店の上で万事屋≪よろずや≫やってるのよ」

「万事屋? なんだそれ?」

「金サエ払エバドンナ仕事デモヤルッテ商売ネ」

 

麦野の代わりにキャサリンが聞いてもないのに答えた。

 

「ケド仕事ガ来ナクテイツモ家賃踏ミ倒シテ、お登勢サンニ迷惑カケテマース」

「あのさぁ、いかにもそのキャラ作りな片言で喋るの止めてくれなーい? ただでさえグロテスクな顔なのにその喋り方だと完全に化け物なんだけど?」

「誰ノ顔ガバイオハザードダ! コノアバズレガァ!! ロク二稼グ事モ出来ナイクセニ!」

 

猫撫で声で挑発する麦野に激昂して指を突き付けるキャサリン。

すると麦野はカチンと来たのか、さっきまでの様子から一変して

 

「おいもう一辺言ってみろ化け物、その耳素手で引っこ抜いてただの団地妻にするぞコラ」

「ヤッテミロヨゴラァ!! コノ作品ノメインヒロインノ相手ニ! ソンナ事シテタダデ済ムト思ッタラ大間違イダカンナ!!」

「テメェなんかがヒロインな訳ねぇだろうが!」

 

威圧的な物言いをする麦野に対し真っ向から睨み付けるキャサリン。

熱い火花を散らしメンチの切り合いを始める二人にお登勢が呆れたように見つめながら

 

「高レベルのクセに低レベルな口喧嘩してんじゃないよ、キャサリン、アンタもだよ」

「デモお登勢サンダッテコイツトヨク喧嘩シテルジャナイデスカ!」

「それはコイツが家賃払わないからだよ、せっかく上に住ませてやってるのにロクに働かずにグータラして、嫁入り前の若い女がこんな生活してるなんて情けないったらありゃしないよ」

「うるせぇ! 仕事こねぇから仕方ねぇだろ! 働いてほしかったら仕事と金よこせクソババァ!!」

「なに偉そうな事言ってんだクソガキィ! そもそもロクにご近所付き合いもしないテメェに仕事なんてくるわけねぇだろうが! 少しは町内会に顔出せ!」

「んなめんどくせぇの行けるか! 功績立てて名を広めれば仕事の依頼人なんて山の如しだっつーの! だから来月の家賃待っとけ!!」

「来月どころか先月も今月も払ってねぇだろうが!!」

 

キャサリンと麦野の口論になぜかお登勢まで加わってしまった。

3人で罵り合い、叫び、怒鳴り散らす、その恐ろしい女達の戦いを見て浜面は席に座ったまま固まってしまう。

 

しかしこのまま続けると暴力沙汰に発展してしまうかもしれない、そう思った浜面は震えながらも3人に向かって

 

「あのー、アンタ等とりあえず落ち着こうぜ……そんなつまんない事でいちいち喧嘩しちゃ」

「新入りは黙ってろ! ぶち殺されてぇのが!」

「部外者は口出すんじゃねぇ!」

「サッサトタマ取ッテオカマバーデ働イテ来イ! カマ面!」

「生きててすみません……」

 

女性三人の剣幕に思わず謝ってしまう浜面。フレンダがいたらきっとこの情けない姿に呆れていただろう。

 

そんな情けない浜面がどうしたらいいのかと困り顔で髪を掻き毟っていると

 

「あのー、ちょっといいですか」

 

麦野が開けっ放しにしていた戸から

袴を着たこれまた浜面とそう変わらない年頃の少年が遠慮がちに入って来たのだ。

背丈も普通見た目もメガネぐらいしか特徴が無い、はっきり言って地味な少年だった。

 

何か尋ねに来たんだろうが女三人に彼の声は届いていない。

代わって浜面が席から降りて彼の方に歩み寄った。

 

「えーと、この町の住人だよな?」

「ええ、あれ? あなた誰ですか? この辺じゃ見かけない顔ですけど」

「ああ、俺、今日この町に来たばかりだからさ」

「そうなんですか」

 

後頭部を掻きながら浜面が答えると、少年は新たにかぶき町の住人に加わった相手を歓迎するように小さな笑みを作った。

 

「初めまして、志村新八≪しむらしんぱち≫です。実家はかぶき町の外れで剣道の道場やってます、もっとも廃刀令のご時世だから剣を習う人なんかもういないですけどね」

「浜面仕上っていうんだ、まあ流れに流れてここに住む事になってな。どうぞよろしく」

 

礼儀正しく挨拶してこちらに手を差し出してきた新八に好感を覚えると、浜面は自己紹介がてら彼と握手しつつ話を続けてみる。

ここで会ったのも何かの縁だし早くかぶき町の住人とコンタクトを取るのも悪くないと判断したからだ。

 

「それよりさっき聞きたい事があるって言ってたよな? お登勢さんに用でもあるのか?」

「いえ、お登勢さんの方じゃなくて……麦野さんに頼み事があるんですけど」

「アイツに?」

 

新八曰く用があるのはこの店の経営者のお登勢ではなくこの店の上で万事屋とかいう仕事を営んでる麦野の方だったらしい。

 

「上いなくても居なかったんで、そしたら下から騒ぎ声が聞こえたらここに来たんですけど……なんかエキサイティングな事になってますね」

「あーいいよ、俺が話通して見る」

 

浜面は後ろに振り返ってまだ喧嘩している三人組に話しかける。

 

「おーい、麦野さん。志村新八って奴がお前に頼み事があるんだとよ」

「町内のイベントに顔出せば偉いって訳じゃねぇだろうが! ご近所付き合いなんざ糞食らえだ!」

「”西郷”の所のガキは嫌々ながらもちゃんと来るんだよ! 他のガキ共もちゃんと来てるしアンタもこの町に住む者ならそこん所キチンとわきまえな!」

「メルヘン野郎と比べんじゃねぇっていつも言ってるだろ!」 

「おい麦野、お前呼ばれてるぞ」

「人の事呼び捨てにしてんじゃねぇよ! 死にてぇのかコラ!」

「聞こえてんのかよ!」

 

ちょっと呼び捨てで呼んでみるとグルリと振り返って怒鳴ってくる麦野。

とりあえず話は通じたと浜面は早速新八を指さして麦野に話しかける。

 

「ほら、もしかして万事屋とかいう奴に依頼持ってきたんじゃねぇの?」

「え、マジ? あららごめんね~、ちょっと化け物2体を封印する為に呪文唱えてたから気付かなかったにゃ~ん」

「速攻猫被った! しかも言い訳の内容が意味わかんねぇし!」

 

依頼と聞いてさっきまでの口調がどこへやら、優しいお姉さんを装って新八に話しかけた。

新八はそんな彼女に目を細めて

 

「いや麦野さん、僕にキャラ作らなくていいですから。前に会った事あるじゃないですか」

「え? そうだっけ?」

「いやいや、忘れたんですか? 麦野さんがウチの姉上と鉢合わせて喧嘩した時に、仲裁役として二人の間に割って出て何故か思いっきり二人に殴られた志村新八ですよ」

「ああごめん、マジ思い出せない、私過去は振り返らない性格だし」

「あんだけ人の事散々殴っておいて覚えてねぇのかよ! 笑いながら殴ってたでしょ僕の事!?」

 

はっきりと一点の曇りのない目で断言する麦野にビシッとツッコミを入れる新八。

そんな彼に麦野は思い出そうとしながらう~んと首を傾げながら話しかけてみる。

 

「姉上って言ってたわよね? 私がアンタの姉と喧嘩したって事?」

「もうしょっちゅうですよ、その度に僕が何度殴られた事やら」

「思い出せないわね~、浜面、アンタ知ってる?」

「なんで俺が知ってると思う訳? 自分の事だろ」

 

不意に呼ばれても浜面が知る由はない、彼は今日初めてここに来たのだから

 

「喧嘩つってもぶっちゃけしょっちゅうやってるし~」

「おい新八よ、コイツは見たモノ全てに喧嘩売るような奴なのか?」

「ええ、この前なんかお魚くわえたドラ猫に「私のシャケ返せコラァァァァ!!」って叫びながら裸足で駆けてたって聞きました……」

「なんだその国民的アニメの主婦みたいな陽気な麦野さん?」

 

相手がドラ猫だろうがとりあえずキレる。新八の情報に浜面が「あまりコイツと関わりたくないな」と麦野を見つめながら呟いていると、当の麦野はまだ思い出せない様子で悩んでいる。

 

「えーと最近喧嘩したのはババァと猫耳団地妻に、アンチスキルのなんかじゃんじゃんうるせぇ奴、あとクソムカつく第二位のメルヘン野郎、ラーメン屋の女店主とも口論したような、あと……」

「可憐で美しく、そして周りに笑顔を与え、人情に溢れた慈悲深い女神の様なキャバ嬢かしら?」

「あん?」

 

考えてる最中にいきなり話に加わって来た声に麦野は顔を上げた。

浜面でも新八でもない若い女の声。顔を上げたそこには戸の前で立ってこちらをうかがっている着物を着た黒髪の中々綺麗な女性。

その女性は俗に言うキャバクラスマイル(仕事で用いる作った笑顔)を浮かべて麦野に向かい

 

「こんにちは麦野さん、こんな所で油売ってないでとっと仕事探すなり腎臓売るなりしたらどうですか? あ、どうせならあなたの毛の生えた心臓売った方がお金になるかもしれないわね」

「あーそうか、アンタコイツの弟だったのか……キャバ嬢のクセに朝から出てくんじゃねぇよクソアマァァァァァァ!!」

「っておい麦野! どうした急に!」

 

いきなり現れた女性に今すぐにでも殺しかねない形相で罵声を上げる麦野。

驚く浜面を尻目に新八は現れた女性に向かって慌てて

 

「姉上どうしてこんな所に!」

「新ちゃんがお登勢さんの店に入ってくるのを見てね」

「無視してんじゃねぇよクソが! ぶっ殺すぞ!」

「おい新八、一体誰なんだこの人! 麦野がすっげぇ荒ぶってるぞ!」

 

目の前で麦野が怒り狂ってるにも関わらず微笑を浮かべる女性を見て、浜面が新八にすぐに尋ねると彼は普通のトーンで

 

「僕の姉上です、麦野さんとは顔合わせる度に喧嘩する程仲が悪いんです何故か……あ、姉上、この人今日この町に越してきたばかりの浜面君です」

「あらそうなの、初めまして新ちゃんの姉の志村妙≪しむらたえ≫です。みんなからはお妙って呼ばれてるの」

「どうも浜面仕上です……なんで普通に自己紹介できるんだこの人」

 

にこやかに笑いながら会釈するお妙に浜面はこれで何度目だろうかと再び名を名乗る。

しかしそんな事も束の間、お妙の登場に麦野は完全にブチ切れている様子で

 

「おい浜面! 塩もってこい塩! 塩持ってコイツにぶつけろ全力で!」

「やらねぇよ! なんかこえぇんだもんあの人!」

「だったら塩の代わりにナパーム弾持って来いコラァ!」

「似たようなの持ってる奴知ってるけど塩と関係ねぇだろそれ!」

 

ギャーギャー喚く麦野を浜面が必死になだめに入っていると、お妙はそんな二人を軽く無視して新八に向かってため息。

 

「全く新ちゃんったら、どうしてこんな人の所に来たの?」

「それは……」

「まさか万事屋とかいういかにも怪しい仕事をしているこの人に依頼を?」

「い、いやだって姉上も困ってたじゃないですか!」

「あん?」

 

呆れたような視線を弟に向けるお妙だが新八の方は真剣に考えている表情だった。

彼の叫びに麦野は叫ぶのをピタリと止めた。

 

「おいキャバ嬢、アンタなにか困り事でもあんの? 依頼料さえもらえばそれなりに働いてやってもいいけど?」

「あら、あなたには関係ないわよ。私の事はいいからさっさと手術で取ったキン○マでも売ってきて下さい」

「え、お前男だったの!?」

「私は元から女だっつうの! そんな汚わらしいモン付けてた過去なんて存在しねぇよ!」

「いい加減にしてください姉上! ここは一つ! 麦野さんに頼んでみましょう!」

 

おちょくる姉を制止させ、新八は改めて麦野に面と向き合った。

 

「お願いします麦野さん」

「何よ?」

「姉上に付きまとうストーカーをどうにかして下さい」

「は? ストーカー?」

 

ストーカーと聞いて口をポカンと開ける麦野。思いがけない事に呆気に取られたらしい。

 

「先週からずっと姉上のそばをうろついて奇行を繰り返す悪質なストーカーがいるんですよ、僕、弟として心配で……」

「ストーカーに付きまとわれてるの? アンタが? ぶふ、コイツは傑作だわ」

「麦野さんはいいわよねー。”見た感じ”ストーカー被害なんて皆無だろうし、羨ましいわホント」

「いい加減にしねぇとマジぶっ殺すぞ」

 

相も変わらず吐いてくる毒に麦野はこめかみに青筋を浮かべながらツッコミを入れると新八の方に振り向く。

 

「ま、私はいいわよ」

「本当ですか!?」

「従業員は今の所私一人だけど、”金さえ貰えば依頼主がどんな奴でもなんでもやってみせる”」

 

新八の依頼を軽く承諾して、麦野はファサッと髪を手で振り払い。

 

不敵にニヤリと笑って見せた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが”万事屋アイテム”なのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつも思うんだけどホントに変な名前よね、カッコいいと思ってるのかしら?」

「し! 姉上!」

「縦文字と横文字を無理矢理くっつけてるし、ていうかそもそもアイテムってどういう意味?」

「知らないですよ! ていうかそこツッコんじゃ駄目ですって!」

「浜面! 核!」

「無理です! 色々と!」

 

 

 

 

浜面はまだ知らない。

 

麦野という女性と出会ったことで

 

この先、幾度もとんでもない目に遭う事を

 

 

 

 

 



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第十二訓 駄目少年、決闘を申し込まれる

 

かぶき町が真の姿を見せる時は”夜”だ。

この時間はほとんどの店が明かりをともし

仕事漬けで疲れた連中を両手を広げて迎えてくれる。

 

そしてがっつり両手でホールドしてありったけの金をむしれるだけむしり取る。

 

このキャバクラスマイルもその一つ。店内は大勢の客で賑わっており今日も大繁盛だ。

 

「いらっしゃいませー!」

「はーいドンペリありがとございやーす!」

「心理定規ちゃんご指名でーす! 7番テーブルへ!」

「ちょっと銀髪の旦那! お連れの金髪の子が顔色悪いよ! ちょっとしっかり……うわぁぁぁぁぁぁ!! 誰か3番テーブルにゲロ袋大至急!!」

 

どこもかしこもてんやわんやの大騒ぎ、不景気などなんのその。夜の華たるキャバ嬢は今日も男たちと飲んで食って夜を明かす。

 

志村新八の姉である志村妙もその一人であった。

 

「すごいですねぇ、その年で警察組織のトップになられてるなんて。きっとよほど優秀なんですね」

「いやいや、俺なんて全然だよ……もうホントダメなんだよ俺達……」

 

お妙は今、4番テーブルでいつものように接客をしていた。相手は初めてやってきた一人の男性。自分と彼以外にこのテーブルには誰も座っていない。

 

「警察組織つってもさ、すっげぇ嫌われてるんだもん俺等……なんかもう汚物としか見られて無いんだもん……幕府の犬だとか人斬り集団とかチンピラ警察24時とかちまたで呼ばれてるらしいし……」

「他人の評価なんてほおっておけばいいじゃないですか、一生懸命に仕事に打ち込めば自ずと周りもわかってくれますよきっと」

「そう言ってくれて嬉しいけど……周りの奴がついてきてくれねぇんだよ、部下は血気盛んに暴れまくるし、”トシ”は能力者嫌いだし。”総悟”は平気で建造物を半壊させるし、”ザキ”はミントンやってるし、まともに組織の事考えてくれるのは”先生”しかいねぇのよ、そして俺は……」

 

部下に対してありったけの愚痴を吐き終わった後、男はうなだれた状態でハァ~とため息を突き。

 

「ケツ毛ボーボーだし」

「あら? いいじゃないですか男らしくて」

 

どうでもいいカミングアウトする男にお妙は優しく微笑む

 

「素敵だと思いますよ」

「じゃあお妙さん、聞くけどさぁ、もしお妙さんの彼氏が」

 

隣でやんわりとしているお妙の方へ、うなだれていた男がわずかに顔を上げ

 

 

 

 

 

「ケツが毛だるまだったらどうするよ」

「あら、そんなの決まってます」

 

 

 

 

 

男は静かに問いかける。

するとお妙は口元に微笑を浮かべたまま平然と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ケツ毛ごと愛せばいいじゃないですか」

「!!」

 

 

 

 

 

 

 

男に電流が走った

そして未だかつてない痛みが胸を襲う。

隣に座る彼女は今まで見てきた女性とは違うと男は本能で悟った。

 

 

 

 

 

 

 

(菩薩……! 全ての不浄を包み込むまるで菩薩だ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は感動して震えた。まさか自分が待ちに臨んでいた存在がこんな近くにいてくれたなんて……。

 

「あの、どうしたんですか?」

 

再び首を垂れ、肩を震わせる男にお妙が心配そうに話しかける。すると男はうなだれたまま

 

「お、お妙さん、俺と、俺とけ……けっ……けっこ……」

「はい?」

 

声まで震わせているので何を言っているのかお妙はわからなかった。

しかし次の瞬間、男は腹をくくったのかガバッと顔を上げて彼女の方へ振り向き

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「”ケツ婚”してください!!」

「おぼろろろろろろろ!!!」

「あぁぁぁぁぁ銀髪の旦那まで吐いたぁぁぁぁぁ!!!」

 

こうして彼の一世一代のプロポーズは後ろにいたお客の吐瀉音によって呆気なく台無しにされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、いやケツ婚ってなに? ケツで結ばれる関係ってどんな関係?」

 

場所と時間が変わりここはかぶき町にあるスナックお登勢の店内。

4人用の席に座り、話の一部始終を向かいに座るお妙から聞いたのは、万事屋アイテムを一人で営んでいる麦野沈利。

 

「それでアンタどうしたのよその後」

「そりゃ丁重にお断りしたわよ、でもその人あんまりしつこくてね。だから鼻にストレート決めて逃げたの」

「鼻より股間に蹴り入れておいた方が良かったんじゃない? 二度と使いモンにならなくなるぐらい」

「いやそれはさすがに可愛そうだろ……」

 

物騒な事を平気で言う麦野にボソリと呟いたのは彼女の隣に座っていた浜面仕上だった。

彼はしかめっ面を浮かべながらお妙の方へ振り向いて詳しく話を聞き出す。

 

「てことはなんだ、プロポーズ断られたクセにその男はアンタに毎日のようにせまってくるのか?」

「そうなのよ、どうやってかぎわけているのか知らないけど。私がいる所に唐突に現れて。もうどこに行ってもあの男の姿があるって気付いたの」

「完全に異常だな……警察には連絡したのか?」

「あの人自体が警察組織の人間だから協力してくれるとは思えないわ」

「マジかよ、警察がストーカーとか世も末だな……」

 

お妙の話を聞いて浜面は頭を押さえて思考を巡らせていると、そんな彼を麦野はテーブルに膝を突きながら横目でジーッと見つめる。

 

「なんでアンタが考えるのよ。アンタは関係ないでしょ。これは私が受けた仕事」

「へ? あそうだった、つい流れで。でも俺でもなんか出来るかなと思ってさ」

「いらないいらない、万事屋は私一人で十分。アンタはさっさと職でも今日寝る宿でも探してきなさい、」

「なんだよ冷てぇな……」

「他人の事より自分の事考えたらどうなのよ? こちとら久しぶりに金稼ぐチャンスだってのに……」

 

不貞腐れる浜面に麦野はムスッとした表情で答える。彼女も彼女で必死なのだ。このままでは家賃滞納で家から追い出されてしまう。

 

「コイツの存在は無視して、話を聞くのは私。とりあえずそこのメガネ」

「え、僕ですか?」

 

お妙の隣に座っていた弟である志村新八に麦野はおもむろに話しかける。

 

「アンタもそのストーカーって見たの?」

「ええ、姉上といる時にいっつも出てきますから……」

「本当に警察組織の人間? ホラじゃないの?」

「確かに警察には見えなかったですけど……廃刀令のご時世に帯刀してましたから本当なのかもしれませんよ。今どき腰に刀差してる人なんて幕府の人間か攘夷浪士ぐらいですし」

「なるほどねぇ、確かにキャバクラに通えるぐらい金持ってんだし警察組織の人間ってのは本当みたいね」

 

結論を出すと麦野はぬふふと変な笑い方をする。

 

「幕府の人間かぁ、こりゃゆすれば大量に金落としそうね。捕まえて脅しかければ滞納してた家賃も一括で払えるわこりゃ」

「おいおいアンタまさかそいつにたかる気かい?」

 

いい案を思いつき、口元にニヤニヤと笑みを広げる麦野に話しかけたのは彼女達がいる店の経営者であるお登勢だった。カウンターの前に立ち、キャサリンも彼女の隣にいる。

彼女とキャサリンもまた先程のお妙の話を聞いていた。

 

「止めときな、幕府の人間に絡んでもロクな目に遭わないよ」

「お登勢サンノ言ウ通リネ。警察ナンテウンコミタイナモンヨ、ソノウンコニタカロウトスルオ前ハウンコバエダケドナ」

「ちょっとバーさん、アンタの隣にビチグゾ立ってるわよ。流してこい」

「麦野、女の子なのにそんな言葉使うなよ……」

 

しらっとした顔で抵抗もせずにさらりと下ネタを言う麦野に浜面が呆れた顔で疎めた。

 

「まあなんだ、ストーカーが警察側の人間だというのははこの際どうでもいいだろ。お妙さんの望みはそのストーカーが目の前から消えてほしい、だよな?」

「目の前というより地球上から消えてほしいと思ってるわ」

「お前の姉ちゃん怖いな」

「そんな事昔から知ってますよ、何年の付き合いだと思ってんですか」

 

ニコッと笑ってドスッと来る言葉を吐くお妙に思わず浜面は彼女の隣にいる新八の方へ視線を逸らす。だが新八にとってはこんな姉の言動など既に慣れっこである。

 

「ここはまずストーカーをどうやって追い払うかを考えましょう」

「だな」

 

麦野のおかげで話が逸れそうになったので隣の新八がなんとか道を戻した。浜面も後に続いて彼に賛同する。

 

「向こうがまだまともな部分が残ってるならいけるんだがな。そこを揺さぶって正気に戻させる事も出来るかもしれねぇし」

「それはちょっと難しいんじゃないかしら、あの人全然私の話を聞きもしないで自分のペースで攻めてくるのよ」

「典型的なストーカーだなそりゃ」

「はた迷惑にも程がありますよホント」

 

浜面と新八の話にお妙も加わる。

 

「アンタや弟の新八なら話聞かないかもしれないけど、”向こうの身内”が言ってやればまた別のアクションにうつす可能性もあるんじゃないか、暴走した感情にいきなり身内から横っ面叩かれたらそりゃたまんねぇだろうし」

「そういうやり方もありますけど、どうでしょうね姉上……」

 

思い切った浜面の提案だが、お妙は小首を傾げて難しい表情をする。

 

「でもあの人、あの真撰組のトップやってる人らしいから、あまりいい噂がない組織の人間だし身内も信用できないわね」

「真撰組か……え、真撰組? 真撰組ってあの真撰組ッ!? 真撰組のトップッ!?」

「何回真撰組言ってんですか。そうですよあの泣く子も黙る悪鬼の集団とか言われてるあの悪名高い真撰組です」

 

何気なく言ったお妙の一言に浜面は一気に血の気が引く。

真撰組と言ったら駒場を捕まえた警察組織ではないか。

よもやそんな所のトップが彼女のストーカーだったとは……。

 

「嘘だろおい……」

「そういや最近あそこの連中、爆破テロの犯人を脱走させたらしいですね」

「怖いわね、そんな凶悪犯を逃がすなんて。おちおち一人で歩けないわ」

「いや大丈夫、アイツは女子供に手を出さない主義なんで」

「え、なんで浜面君が犯人の主義なんて知ってるんですか?」

「な、なんか頭に電波受信したんだよ! 駒場は悪くないよー悪いのは駒場を脅した攘夷浪士だよーって! だから大丈夫だ心配するな!」

「いやアンタの方が大丈夫か心配するんですけど!?」

 

急にしどろもどろになって慌てはじめる浜面に新八は疑問を覚えながらもとりあえずその辺はスルーすることにした。今やるべきことは姉をつけ狙うストーカー対策である。

 

「まあ浜面君はちゃんと考えてくれてるからいいとして、問題なのは脅しかけてたかろうとかそういう企み事ばっか考えてる麦野さんですよ」

「ほんと麦野さんは頭の中はお金を稼ぐことしか入ってないのね、これなら浜面君に依頼頼んだ方がいいかもしれないわね、彼、少なくとも人間レベルに会話の交換が出来るぐらいは可能だし、麦野さん相手じゃ犬より会話するのが難しいわ」

「いやぁそこまでコイツの事酷く言わなくても」

 

麦野を横目で貶している志村姉弟に浜面が苦笑しつつチラリと隣に座っている麦野に目を合わせると……

 

「はまづらぁ~……!!」

「ひぃ!!」

「テメェは関係ねぇつったよな私ぃ……! なにこのクソったれ姉弟に媚び売ってんだ……!」

 

隣に座っていた麦野がドスの効いた声を出しながら恐ろしい形相でこちらを睨み付けている事にやっと気付いた浜面。彼女の顔を直視した瞬間心臓を素手で思いっきり掴まれた錯覚を覚える。

 

「横からピーピーピーピーやかましいんだよ……!」

「ご、ごめんなさい……」

「そうだ麦野さん、この際浜面君を雇ったらどうですか?」

「あ?」

 

威圧で相手を恐縮させていた麦野にふと新八が一つ提案してみた。

 

「彼、麦野さんと違って上手く人とコミュニケーション取れそうですしご近所さんからも仕事取れるようになるかもしれませんよ?」

「ふざけんな! アイテムは私一人で十分なんだよ! こんなエテ公なんかとコンビ組めるか!」

「ひっでぇな、俺は猿と同等かよ……」

 

新八の中々いい案に麦野は額に青筋を浮かべて一蹴。その姿に浜面が嘆いていると今度はお妙がパンと両手を叩いて

 

「じゃあいっその事麦野さんが万事屋止めて浜面君が万事屋経営しましょう」

「なんでそうなるんだよ! 私いなかったらもう万事屋じゃねぇだろ!」

「店の名前は万事屋浜ちゃんね」

「いや姉上、釣り好きのおっさんと超大御所芸人が頭に浮かぶんですけどその名前」

 

もはや麦野いらないんじゃね?という流れで話を進め出すお妙は置いといて

新八は麦野と話を続ける。

 

「でもやっぱり若い女性一人で何でも屋を切り盛りするって難しいと思いますよ?」

「大丈夫よ、切り盛りするも何も、元から切ったり盛ったりする仕事自体来ないから」

「いや社会人としてダメだろそれ! どこが大丈夫!?」

「うっせぇメガネだな、オメーは私の母親か?」

 

的確なツッコミを入れられて麦野は苛立ちを募らせながら軽く舌打ち。

 

「あのねぇ、私が本気になれば仕事の一つや二つちょちょいのちょいよ? ストーカー退治なんて私が男にヤキ入れるだけで解決なんだから。だからこの仕事は全部私に任せなさい」

「相手は警察の人間だぞ、迂闊に手を出したらもっと面倒な事になる可能性だってありえるだろ」

「は?」

 

手をヒラヒラさせて余裕気に宣言した麦野に対し浜面がまたもやいらぬ口を開いてしまった。

反論してきた彼に麦野は遂に席から立ち上がって彼を見下ろす。

 

「手っ取り早く黙らせるんだったら肉体的にも精神的にもいたぶってやれば全て解決よ、わかってないわねぇアンタは、これが私流なのよ」

「いや相手は幕臣だし……女の子のお前じゃ相手になんて出来ないだろ」

「私の事よく知らないで女の子扱いすんじゃないわよ、伊達にかぶき町で店構えてるわけじゃないの。相手が警察組織だろうが指一本さえ動かさずに消せるんだから」

「え? コイツってそんなに強いの?」

「そりゃそうですよ、知らなかったんですか? こう見えてこの人、学園都市が誇るレベル……」

 

哀れむようにジト目でこちらを見つめてきた麦野に、浜面はきょとんとした表情を浮かべて新八に聞くと。彼は少し驚いた様子を見せるも浜面に彼女の正体を話そうと口を開くが……

 

「あのーおかみさん、お店開いてますか?」

「いや開いてないよ」

「相席でも構わないんですけど? できればあそこの可愛いポニーテールの娘の隣で」

「他の席普通に開いてるんだけど? てか店開いてねぇって言ってるだろ」

「カエレ! オ前私ガ一番嫌いナ匂イスルンダヨ! サツノ匂イガプンプンスルンダヨ!! マダ私ハナニモヤッテマセン! 信ジテ下サイオ巡リサン!」

 

なにやら店の入り口が騒がしい。どうやら開店してないのにお客が来たらしいのだが。

お登勢とキャサリン、そして野太い男の声が聞こえてお妙が嫌な予感を覚えつつそちらに振り向くと。

 

「やや! お妙さん! いや~こんな所で会えるとは偶然ですね! いやもう偶然というより運命ですね僕達の! ハッハッハ!」

「……」

「出たぁぁぁぁぁぁ!! 麦野さんこの人です! この人!」

 

襟部分に刺繍の施された黒い着物、腰には新八の言う通り廃刀令のご時世なのに刀を一本差している。

狭い店内に響き渡るバカでかい声を出しつつこちらに友好的に歩み寄ってくるこのいかつい顔の長身の男こそが

 

「前々から散々姉上にストーキング行為しているストーカーです!」

「げ、コイツが……」

「おいおい向こうからやってくれるとか嬉しいわねコノヤロー……」

 

新八が男を指さして叫ぶ。この男がターゲットのストーカーだったのだ。

ノコノコと自分からやってきた男に浜面は驚き、麦野は獲物を見つけたジャガーの様な目つきでゆっくりと立ち上がる。

 

「ちょいとそこのおっさん、ちょっといいかしら?」

「む、なんだ君は? 今から俺はお妙さんと愛のピロートークを始めるつもりなんだ。悪いがそれを邪魔するのはごめんこうむりたい」

「は、そんな気持ち悪ぃトークショーなんて見せられてたまるか」

 

よくもまあそんな妄想を恥ずかしげもなく現実世界で言えるものだと男に向かって新八と浜面が内心ツッコんでいる中、麦野は嘲笑を浮かべながら彼にツカツカと歩み寄る。

 

「いいから私の話聞きなさい、アンタの人生を左右する大切な話があんのよ」

「俺の人生を左右するぐらい大事な話だと……まさか!」

「そう、警察組織の人間だろうが知ったこっちゃないのよ。私は私の思うがままにテメェを……」

 

麦野が言ってる事を何か察したかのようにハッとする男。

飲み込みの早い彼に麦野は腕を組みながら話しかけていた時

目の前に立っていた男は、突然彼女の左肩に手をポンと置き。

 

「すまない、君の想いを受け取れないこんな俺を許してほしい」

「……………………は?」

「俺にもう、お妙さんという運命に導きによって結ばれた人がいるんだ」

「……おい、何言ってんだテメェ」

「君はまだ若い、これから先の人生でいい男の一人や二人に巡り合う事も出来るさ」

「話聞けよコラァ! なに誤解してんだクソが! なに悟ったような顔してんだぶっ殺すぞ!」

 

どうもこの男は別の意味で解釈してしまったらしい。

彼に左肩を掴まれながら麦野は歯を剥きだして怒鳴りつけるが男はいきなり右手を構えて親指をグッと突き出して決め顔を作ると

 

「大丈夫! 俺にフラれたからって気にするな! 男も女もそれを経験して強くなっていくんだ! そのおかげで俺もこんな強くてたくましく! お妙さんとも結ばれました!」

「死ねぇ!!!」

「のぉぉぉ!!!」

 

遂に怒りの限界点を突破した麦野はストーカー男の股間に向かって踏み込んで本気で蹴り上げる。

鈍い音と男の断末魔の叫びが合わさり、そのまま彼は後ろにドサリと倒れた。

倒れた状態で股間を両手で押さえて身もだえする男を麦野はブタでも見るかのような目つきで

 

「おいそのきたねぇ手どかせストーカー野郎、その股の間にぶら下がってるモン永久に使えなくしてやるんだからよ……」

 

冷たく、そして静かにボソボソと呟きながら麦野はギロリと目を剥いて

 

「潰されるか引っこ抜かれるか、選べ」

「待ってぇ麦野! それ以上はヤバい! 男としてそれはヤバい!」

 

どっちも絶望エンドまっしぐらの選択肢を出す麦野に浜面がすかさず二人の間に躍り出て止めに入った。

 

「落ち着け麦野! いきなりこっちが危害加えたらマズいだろ!」

「どけはまづらぁ!! テメェも引っこ抜いてやろうかああん!?」

「なんで”そこ”だけ狙うの!? そこは男にとって重要だよ! 己の分身と言っても過言でない大切な部分だよ!?」

 

本気でやりかねないような顔で迫ってくる麦野、浜面は助けを求めるかのように呑気にニコニコしながら席に座っているお妙の方へ視線を泳がせるが

 

「あら~麦野さんフラれちゃったわね~。でも大丈夫よその人の言う通りきっといい人も見つかるはずだわ、人類以外で」

「てんめぇいい加減にしろよマジで!! さもねぇと××のテメェが大事にしてる×××焼き切ってやるからな!!!」

「ちょっとぉぉぉぉぉぉ!! アンタ女性でありながら姉上になんて事をぉぉぉぉぉ!!」

「やってみなさい、そんなことしたら私も麦野さんの×××××を」

「おいぃぃぃぃぃぃ!! もういい黙れアンタ等! なんでもかんでも自由に発言できると思ったら大間違いなんだよ!」

 

女同士でとんでもなくいかがわしい言葉を交じわす麦野とお妙に新八がすぐに立ち上がってツッコミを入れた。自分よりずっと恐ろしい女二人にこうも堂々とツッコめるのは素直に凄いと思っていいだろう。

浜面の方は、男がいる中でよくもまあそんな事を平気で言えるもんだと恐怖を覚えながらも、なんとかお妙の方へ話しかける。

 

「ここで麦野を焚き付けるのは勘弁してくれ、じゃないと俺がヤバいんだよマジで……」

「あらそうですか、でも私関係ないんで。あなたがオカマバーに勤めることになっても私は痛くも痒くもないわ」

「かぶき町の女って……フレンダがまともに思えてくるぜ……」

 

笑顔でバッサリと言ってしまうお妙に浜面はしみじみと銀時の隣人に預けた仲間を思い浮かべていると。

 

「貴様!」

「ん? うお!」

 

さっきまでうずくまって倒れていたストーカー男が急にカッと目を見開いて勢いよく立ち上がった。かと思えば、何故かターゲットのお妙や股間を蹴った麦野の方でなく、浜面の方を睨み付けて指を突き付けたのだ

 

「そこの小僧! なに俺の目の前でお妙さんとイチャイチャと言葉のキャッチボールをしているんだ!! そんな羨ましい事をして許されると思っているのか!」

「いや言ってる意味全然わかんねぇんだけど!? どこがイチャイチャしてた!? どこがキャッチボールしてた!? ボールじゃなくて石投げられたんだけど! 顔面に!」

 

わけのわからない事を喚きだす男に首を傾げて問いかける浜面。なぜにそんな事を言われねばならんのだ。

これがストーカー思考か、驚きと戦慄を覚える彼に男は血走った目で詰め寄る。

 

「しかもさっきお妙さんと一緒の席で座っていただろ! 怪しい奴め! お前とお妙さんは一体どんな関係だ!」

「怪しい人間に怪しまれたくねぇよ! どういう関係って俺とこの人は……!」

 

今日初めて会ったばかりのほぼ他人です。浜面がそう言おうとしたその時。

傍に突っ立っていた麦野はなにかよくない事を閃いたかのように目をキランと光らせた。

そして次の瞬間には突然彼の首に自分の左腕を回して

 

「許嫁だにゃ~ん、コイツとあのクソったれキャバ嬢は~」

「はッ!?」

「もう×××××や×××××もしているらしいわよ~お熱いわね~。だからアンタはもう諦めなさい」

「はぁぁぁぁぁぁ!? ちげぇよ何言ってんだおま……ぐえッ!」

 

いきなり何を言い出すんだと浜面が慌てて男に否定しようとするが彼の首をガッチリ腕で挟んでいた麦野はすかさず声が出ないように腕に力を込めてホールドする。

 

「……余計な事言うんじゃないわよ、あくまでこれはあのストーカーを追い払う為なんだから……惚れた女に男がいればさすがにストーカーでも諦めるでしょ……」

「いやそれはいいけど、どうしてそれで俺が巻き込まれて……」

「弟は論外だし女の私が許嫁だと名乗ってもマヌケだろうが、ちっとは頭使えマヌケ」

「なんか全然納得できねぇ……」

 

こっそりと耳打ちする麦野に浜面は不満そうな声を漏らして抵抗しようとするが。

 

首を押さえつけられる圧迫感と、後ろから抱きしめられてるような体制なので、背中越しに伝わる彼女の

 

(ああ……背中に”凄く嬉しい感触が二つ”、やっぱ結構デカいなコイツ……俺このまま死のうかな……幸せのまま死のうかな……)

 

アホの浜面の思考は跡形もなく吹っ飛んだ。

 

そしてストーカー男とはいうと麦野のいう事を簡単に鵜呑みにして

 

「×××××や×××××も×××××××もしているだとぉぉぉぉぉぉ!!!」

「いや一個増えてるし! ていうか伏字多すぎて読者全く理解できねぇよこれ!」

 

浜面とお妙が許嫁だと勘違いして雷を直撃したかのような衝撃を覚えて驚愕をあらわにする男。新八のツッコミも彼には届かない。

 

「そんな……いや、いやいいんだお妙さん! 俺はわかっている! 君がどんな人生を歩んでようと俺はそれを全て包み込んで愛せる覚悟はとっくに出来ているんだ!」

 

席に座ってすっかり傍観者気取りだったお妙に男は想いの丈をぶちまける。

 

「君がケツ毛ごと俺を愛してくれたように!」

「愛してねーよ」

 

男の叫びにようやくお妙が返事した。

お客様の話し相手となるキャバ嬢としてではなく一人の女性としてズバッと

しかし男はというと、すっかり思考回路が暴走してしまい今度は麦野に首を絞めつけられて顔が青ざめている浜面に向かって

 

「おい小僧! お前がお妙さんの許嫁だろうが関係ない! 俺の方がずっとずっとず~っとお妙さんの事を愛している!!」

「いや……だから俺は……」

 

ハッと我に返ってなんとか否定しようとする浜面だがもう彼は耳を貸さない。

 

男は彼に指を突き付け大きな声で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真撰組局長・近藤勲≪こんどういさお≫! お前に決闘を申し込む! お妙さんを賭けてな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に固まる一同。

そして麦野に首を絞めつけられながら

 

わけもわからず決闘を宣言された浜面は涙目で呟いた

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、俺っていつもこんな目に遭うの……」

 

 

 

 

平和な生活を夢描いていた浜面だがそれは自分には絶対に届かないものなのだと改めて実感する。

 

現実はこの通り災難に続く、災難。

 

しかしもし彼に疫病神が憑いているとしたらこう言うだろう

 

これはまだ序章に過ぎないのだと。

 

 

 

 

 



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第十三訓 世紀末少年 誕生

「姉上、なんだか大変な状況になってませんか?」

 

スナックお登勢の前ではざわざわと人だかりができていた。かぶき町の物好きな連中がこぞって円を囲むようにして集まっている。

 

「ハーイ、キャサリン饅頭売ッテマース、バカ共ノ戦イヲツマミニシテ下サーイ」

「なんだ? げ! 饅頭にグロデスクな顔が焼印されてる!」

「ンダトテメェ! コノ猫耳ガチャームポイントノキャサリン饅頭ガ目ニ入ラネーノカ! 萌エルダロ! スッゴイ萌エルダロ!」

「近付けないでくれ! 夢に見る!」

 

集まった住人達に早速キャサリンが呪われたアイテムを籠に抱えて売り出している(どう見ても売れてない)

その群衆の中に紛れて志村新八は心境どうしたらいいのかと不安に駆られていた。

 

「まさか麦野さんのせいで浜面君が真撰組のトップと決闘する事になっちゃうなんて」

「全く、これじゃあ私のせいで浜面君がとばっちり食らったみたいなものじゃない」

 

新八の傍に立っていた姉のお妙がため息交じりに呟く。

いくら傍若無人な彼女でもなんの関係もない人物を自分の都合に巻き込むのは目覚めが悪い

 

「それにあの人多分強い、決闘を前にあの落ち着きぶりは普通じゃないわ」

 

そう言ってお妙は他の住人達が囲んでいる円の中心に立っている男に視線を向ける。

近藤勲、真撰組の局長という立場でありお妙のストーカーでもある。

だが今の彼は間違いなく前者の姿。決闘という男と男の意地のぶつかり合いを行おうとしているのに、涼しげな表情でただ目の前の相手にだけ集中している。

 

「動揺も見せないあの姿は何度も死線を潜り抜けてきた証拠よ」

「伊達に警察組織のトップに立ってる人じゃないって事ですね……それに引き換え浜面君は」

 

静かにたたずむ近藤、しかしその一方彼の向かいに立っている相手方を見て新八は一層心配になる。

 

「助けてぇ……誰でもいいからこの状況から俺を助けてぇ……フレンダ、ツインテ、駒場……銀さぁぁぁぁん!!」

「はーい大丈夫大丈夫、訳の分からない事叫んでないで集中しなさーい。まあ集中しようが何しようがどっち道アンタ終わりだけどね」

 

冷静な近藤と対照的に足から頭まで全身から汗を流しながら振るわせて、恐怖で顔をこわばり意味不明な叫び声を上げている浜面がそこにいた。

近藤の決闘相手は彼だ。麦野が彼の事をお妙の婚約者とでっち上げたせいで、それを鵜呑みにした近藤から決闘を申し込まれてしまったのだ。

そして彼の背後にはセコンド役なのか万事屋である麦野が他人事のように話しかけていた。

 

「まさかもののはずみでこんな事になるとは思いもしなかったわ。お詫びとしちゃなんだけど骨は拾ってあげるから」

「俺が生きてる内に詫びろ!」

「あ~めんごめんご、これでいいでしょ」

「この野郎絶対化けてやる…… 末代まで祟ってやる」

「科学で証明する事が第一の学園都市でなにオカルト染みた恨み言をほざいてんのよ。ていうかマジで化けんなよ、冗談じゃなくてマジで出るなよ頼むから」

 

何やら元凶である麦野に対して涙目で浜面が怒鳴っている

決闘前にあんな醜態を晒している男が勝てるわけがない、下手すれば命まで取られる。

新八は眉間にしわを寄せ、彼をなんとかして助けようと思った。元はと言えば赤の他人、依頼しようとした相手は本来麦野であったし彼がこんな事する理由はないのだから。

 

「姉上、なんとかしてこの決闘を止めないと。じゃないと浜面君、本当に……」

「おーい、どうなってんだコレ? なんでババァの店の前で人がごっちゃり集まってんだ?」

 

新八の声をさえぎる様に背後から大きくやる気のない声が響く。

振り向くとそこには着流しを着た銀髪天然パーマの死んだ魚のような目をした男が腰に木刀を差して群衆をかき分けてやってきたのだ。

 

そして彼の傍には何故かあの有名な常盤台の制服を着た少女が立っている。

 

彼等が現れるとお妙は振り返って「あら」という声を漏らし

 

「銀さんじゃないですか、今日もお連れさんとデートしに来たんですか?」

「人聞きの悪い事言うんじゃねえよ、ただの散歩だ散歩。教師が生徒に手ぇ出したらババァに殺されるっつーの」

 

親しげにその男、銀さんこと坂田銀時と話すお妙に新八はキョトンとした様子で口を開いた。

 

「姉上。この人と知り合いなんですか?」

「ええ、前々からよくウチのお店にそこのお嬢さん連れて遊びに来る変わった人なのよ」

「社会見学だよ、こういう男の金をむしり取るけだものという悪魔にならないようしっかり教育しておかねぇと」

「……いや学生の女の子をキャバクラに連れて行く男の方がよっぽどけだものだと僕は思うんですが」

「うるせぇよメガネ。そのメガネ取ってモブのモブに降格してやろうか」

「モブのモブってそもそもモブじゃねえし! 準レギュラーぐらいの扱いだよきっと!」

 

けだるい感じでさらりと人に向かって酷い事言う銀時に新八がツッコむ中、銀時はようやく円の中心に立っている近藤と、その向かいに立つ浜面に気づいた。

 

「……なにやってんのアイツ?」

「浜面君の事知ってるんですか?」

「ちょっと世話してやったぐらいとちょっと部下やってたぐらいの仲だ」

「いやわけわかんないんですけど」

「ていうかこれどういう事だよ、なんでリーダーがかぶき町の住人が野次馬になって集まるぐらい注目の的になってんだ」

 

民衆の中でビビりまくってプルプル震えてる浜面を眺めながら呑気に首を傾げる銀時に新八が説明して上げる。

 

「実は彼、僕の姉上のストーカーと決闘する羽目になってしまったんです。しかもその相手がどうもあの真撰組のトップらしくて」

「はぁ? かぶき町に来て早々なにやってんだよ……余計なトラブルに自分から突っ込みやがって」

「いや彼はなにも悪くないんですよ、とばっちりみたいな感じで。とにかく、今浜面君は僕の姉上を賭けてあそこにいる近藤とかいう人とやりあわなきゃいけないんですよ」

「ダメダメだなホント、どうやらあの流され体質はどうにか出来るもんじゃねーみたいだな」

 

一部始終を新八から聞いて銀時は小指で鼻をほじりながら呆れたように呟く。

 

「ま、これがかぶき町からの洗礼だな、この状況を打破しねえとこの先、この町で生活なんて出来やしねぇだろうしな」

「ちょっと待ってくださいよ! アンタ浜面君の知り合いなんでしょ! 何とかして下さいよ!」

「それはアイツ次第だな」

「え?」

 

鼻の穴に突っ込んだ小指をポンと出す銀時。

 

「何が起こってもまずはテメーでなんとかするのがこのかぶき町のルールだ。だからここはリーダーにはきっちりそのルールに従ってもらおう、この町で誰かに助けなんざ求めたら俺はアイツを見捨てる」

 

小指の先に鼻くそが付いた手で、隣に立ってる常盤台の少女の頭を撫でるフリをして彼女の髪に鼻くそを擦り付ける。

 

「だがもし、アイツがそのルールに従って誰の助けも求めずにテメーでやってやると腹くくってんなら」

 

怯えてる浜面を眺めながら銀時はフッと笑う。

 

「そん時は俺達がその背中押してやるよ、それもまたこの町のルールだしよ。な、”女王様”」

 

ポンと常盤台の少女の肩を叩く銀時、だがそれを聞いていたお妙は顔をしかめて

 

「それでも心配だわ、だって万年ちゃらんぽらんの人と、頭に鼻くそ付けた子が助けに入っても、ねぇ」

「!?」

 

お妙のその言葉をキッカケに

銀時の隣に立っていた少女はようやく彼に鼻くそを付けられたと気付いて、パニくった様子で必死に両手で髪を掻き乱し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時達がそんな話をしていた一方。そろそろ浜面と近藤の戦いが始まろうとしていた。

 

「さて、ぼちぼちやりあおうじゃないか、俺とお前、お妙さんに相応しいのが誰か決める為の戦いをな」

「いや確かにあの人は顔はめっさ美人だけどさ……俺として守ってあげたくなる使命感を湧き立たせるよう子の方が好みでして」

 

震えながら小さな声で近藤に向かって呟く浜面に、何故か彼の背後に立っていた麦野が何故か顔をしかめる。

 

「ちょっと浜面、なにアンタ出会って初日で私に告ってんのよ。無理に決まってんだろバーカ」

「宇宙空間にほおり投げても生きていそうなお前をどうして俺が守ってやりたいと思うんですかね!?」

 

勝手な誤解を己で生んでかつこちらに軽蔑の眼差しを向けてくる麦野に浜面は怯えるのを忘れてついツッコミを入れる。

 

「確かに一人で頑張って店を経営してるのに、仕事来なくてひもじい生活送ってるって聞いたときはちょっと可哀想だとは思ったけどよ……」

「うわ、こんな奴に同情されてたのかよ私……死にたくなるわね」

「なんで俺に同情されただけで死にたくなるんだよ!」

 

頭を押さえてマジでへこんでいる様子を見せる麦野に浜面が叫んでいる中。

 

彼の向かいに立っている近藤は腰に差す刀を鞘ごと抜き、手を放してそれを地面に落とす。

 

「獲物さえ持っていないガキ相手にコイツは必要ねえな」

「ん? お! 刀使わないでくれるのか!」

「決闘だからな、ここは男らしく対等な状態でやりあおうじゃねぇか」

 

てっきりあの人斬り集団と噂されている真撰組の男なのだから、こっちが獲物持ってなくても問答無用で斬り捨て御免と刀を抜いてくると思っていた。

武装解除してくれた事に浜面はなんとか命だけは助かるかもと嬉しそうな声を漏らすが

 

「だが俺は素手でもつえぇぞ」

「……う」

 

拳を鳴らしながら余裕気にこちらに笑って見せる近藤、目には見えない威圧感が浜面を襲い一瞬にして彼に不安と恐怖を思い出させた。

 

(こえぇよやっぱこの人……ん? アレは……)

 

しかしふと近藤の背後に立っている野次馬の中で一人の男に気づいてハッとする。

 

(銀さん……!)

 

そこにいたのは紛れもない坂田銀時の姿だった。しかしこちらを見てはいるものの胡坐を掻いて助ける気など微塵もない様子。

そんな姿勢を見せる彼を見て浜面は思い出した。

かぶき町に住む者は、誰かにすがらず自分でなんとかする事

 

(俺一人でなんとかしろってか……くそ、出来るわけねぇよそんな事。口で言うのか簡単だけどそれを実行するのにどれだけ……いっその事痛い目見る前に……)

 

泣いて謝ろうか、そうすればこの事に関しては一切関係なかった自分は容易に抜け出す事が出来る。

だがその考えの最中にある記憶が思い出される。

 

 

 

 

それは今日の早朝だった。銀時と一緒にかぶき町に行こうとする時に、見送りに来たある少女が彼と別れ際に話していた事を、浜面はこっそり盗み聞きしていたのだ。

 

 

 

 

『結局さー、浜面の言う通り待つ事にしたけど、チキンな浜面だからどうせかぶき町でもビクビクして騙されたり酷い目に遭わされるに決まってるって訳よ』

 

あんまりだろさすがにと落ち込みかけた。

 

『アイツはどこ行っても結局バカだしアホだしマヌケ面だし~? 1人でどうこう出来る訳ないってわかってるし~』

 

アイツ、人が聞いてないと思って……いや聞いているとわかっても言うだろうなとため息を突く。

 

『それで~もし浜面が泣き叫びながら逃げ回る羽目になったら~すぐに連絡してね~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アイツの傍には私がいないとダメなんだから』

 

 

 

 

 

その言葉を銀時に放った時の彼女は

 

今まで見た事が無いぐらい凛とした目と真剣な表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ぶっちゃけすぐに参りましたって言って土下座するなり誤解解くなりすれば、無傷でこの場から逃げる事も出来る……けど)

 

未だかつてない相手と一人で戦うというこの状況下で。

浜面はぐっと唇を歯で噛んだ。

 

「このかぶき町でもそんな真似したら、もうアイツに……フレンダに一生顔見せできねぇ……」

 

こんな自分でもついて行くと言ってくれた人がいる、こんな自分を信じて待ってくれている人がいる。

いつも陰に隠れて誰かの助けを求めてばかりいた浜面だが、今彼女の存在が支えとなり過去の自分に打ち勝とうとしていた。

 

「は、負け犬上等! こちとら長年スキルアウトにいたんだ! 素手での喧嘩なんて慣れっこだっつーの!」

 

自分自身を鼓舞するかのように浜面は叫んだ。それに対して近藤は静かに拳を構える。

 

「来い若造、大人の男として俺が愛とはなにか拳で教えてやる」

「ストーカーに教えてもらう愛なんて知るかぁぁぁぁぁ!!」

 

吠えながら近藤に向かって突っ込む浜面、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

二人の距離は浜面の接近によって一気に縮まり、まずは先手必勝と言わんばかりに浜面は近藤の顔面を狙って走りながら拳を構えるが

 

彼が接近したという事は近藤にとっても彼が射程範囲に入ったという事だ。

 

拳を振り上げる動作をしたかどうかぐらいの時に。

浜面の顔面に彼の重い拳が綺麗にめり込んだ。

 

「ふごぉ!!」

 

マヌケな声を出してしまうぐらいの強烈な一撃が浜面を襲った。近藤は彼の顔面にめり込んだ拳を思いっきり振りぬく。それと同時に浜面は勢いよく後ろに吹っ飛ばされた。

 

「うげ!」

 

砂ぼこりを散らして地面にひれ伏す浜面。意識はまだかろうじて残っている、鼻を押さえながらヨロヨロと上体を起こすが

 

(ちょ、超つえぇぇぇぇぇ!! なんだコイツ! なんでこんなパンチ打てんだ! ホントに俺と同じ人間なのか!? ホントはゴリラなんじゃねぇのコイツ!?)

 

さっきまでの威勢はどこへ行ってしまったのやら、予想外の一撃に浜面はすっかりビビッてしまった。鼻からはポタポタと鼻血が出始める。

 

(スキルアウトやってた時でもこんなパンチ食らった事ねぇ! 真撰組なんて所詮刀持ってなきゃ俺等と同じ無能力者だと思ってたのに!)

「うわ、コイツ私の醸し出すフェロモンに魅了されて鼻血流してやんの、いやらしー」

(コイツに関してはもうツッコむ気力もねぇ! どっか行けバカ! 頼むから!)

 

すぐ傍で観戦している麦野が鼻血を流している彼を見てまた変な勘違いしているようだが、浜面はそれをスルーしてゆっくりと立ち上がる。

 

「な、なかなかやるじゃねぇか……」

「殴った方が言うのもなんだが大丈夫かお前、目の焦点が合ってないぞ」

「うるせぇちょっと油断しただけだ! 今度はこっちの番だ!」

 

決闘の相手に心配された事が癪に障ったのか、再び闘志を燃やして浜面は近藤に襲い掛かる。

 

「どてっ腹に一撃かましてやらぁ!!」

 

次に狙いを定めたのは近藤の腹部。ここに拳を入れればかなりのダメージを与えるばかりか、怯んだ相手に次の一撃を加える隙も出来る筈。

 

「これでどうだぁ!」

 

近藤の腹目掛けて浜面の渾身の右拳が思いっきり入った。しかし

 

ドスッと情けない音がしただけで、腹に一撃を入れられた近藤の方は「?」とした表情で彼を見下ろしているではないか。

 

(か、かてぇぇぇぇぇぇ!! どんだけ鍛えればこんな堅い肉体になるんだよ! 正真正銘の化け物だコイツ!!)

 

確かに自分の拳は綺麗に彼の腹に入った。だがそれだけ、自分が殴ったその部分はまるでコンクリートの様に堅くて分厚い腹筋。そんな所を殴っても彼は痛くもかゆくもないといった反応

浜面は戦慄した、この相手は本当にヤバい、もしかしたら銀時クラスの実力者なのかもしれない。

 

「今度は俺の番だな」

「へッ!?」

 

腹を殴られても何事もなかったように自然に話しかけてくる近藤に変な声を出してしまう浜面だが、次の瞬間、

 

「うお! いて!」

 

近藤はスッと彼の足元に軽く足払いをかけた。意表を突かれた浜面はそのまま足を捻って転倒。尻もち突いて倒れた彼を、近藤は見下ろしたまま彼の両足を両手で掴み。

 

「どりゃぁぁぁぁぁl! お妙さん見ててくださぁぁぁぁぁい!! わたくし近藤勲の輝かしい強さをぉぉぉぉぉ!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

上体を大きくねじってジャイアントスイングに入った。

高校生ぐらいの男を簡単にブンブン振り回す近藤。振り回されている浜面はたまったもんじゃなく意識が朦朧とし始める。

 

(やばい、死ぬ……走馬灯が見えてきた……)

 

視界がグルグルと回る中浜面は。ぼんやりと意識がなくなりかけていた

 

そして彼をそのまま数十秒ほど振り回していた近藤は最後の一振りを終えると

 

「よっと」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

 

脳をシェイクされていた浜面を野次馬共に向かって盛大に放り投げたのだ。

放り出された時に意識が再びあ戻った浜面は自分が飛んで行くであろう方向にチラリと目を向ける。

 

(ってやべぇ! このままだとあの常盤台の子にぶつかる! ってあれ? なんで学生が来れないかぶき町に常盤台の子が? まさか……)

 

ほんのちょっとしかない間で色んな事を考えていた浜面だがその常盤台の生徒の方へ飛んで行く。

しかし彼が生徒とぶつかる寸前で

 

その生徒の盾となるように銀時が鋭い目をしながら木刀を構えて颯爽と現れた。

 

そして

 

「おぶる!」

 

無言で浜面を”打った”。

再び彼は顔面に激痛を覚え、その痛みと共に再び円内に戻された。

後頭部からドサッと地面に倒れると、もう鼻血が物凄い勢いで出始めた浜面はバッとすぐに上体を起こして野次馬の中にいる銀時を指さす。

 

「何すんだよアンタぁぁぁぁぁぁ!!」

「いや、鼻血流した変態が飛んできたから、いやらしー」

「アンタもその反応か!」

 

決闘そっちのけで銀時に向かって吠える浜面だが、当の銀時は頭をポリポリと掻いて全く悪気が無い様子。

 

「ほら立て変態リーダー。あのゴリラぶっ飛ばせ。女賭けて戦ってんだろ」

「別に俺は賭けてねーよちくしょう!」

 

銀時に押されて浜面は勢い良く立ちあがってこちらを黙って見下ろしていた近藤と向き合う。

 

「アンタが強いのはよくわかった……さすが真撰組のトップだ……」

「はは、男におだられても嬉しくねぇな。ほらもう終わりか? 俺はまだ片膝すら突いとらんぞ」

「上等! 片膝どころか地面にキスさせてやらぁ!」

「やれやれ、威勢だけはいいみたいだな、だがそれがどこまで持つか」

 

相手が自分では到底辿りつけないほどの実力者だと知った上で浜面は近藤に殴りかかる。

しかしすぐに

 

「ぐは!」

 

やはり攻撃の動作は近藤の方が精密さも早さ、そしてその強さも別格だった。

浜面の拳は届かず、代わりに近藤のボディブローが彼の腹部に襲い掛かる。

 

(やっぱりつぇえよコイツ! けど……!)

 

腹部を殴られて猛烈な吐き気がやってきても浜面はぐっと耐えてなんとか持ちこたえる。

だがそんな事をしている間にも近藤の容赦ない攻めが彼に降りかかる。

 

「うぐ……!」

 

圧倒的実力差があると確信し、一気に勝負を決めるつもりなのか。近藤はその重い一撃を次々と浜面の体中に浴びせる。

顔、後頭部、背中、腰、横っ腹と次から次へと殴り続け、そして最後に一度ボディブローを入れた腹に向かって

 

「ふんッ!」

「がはッ!」

 

正真正銘渾身を込めた本気の一撃。洒落にならないその威力に、遂に浜面は腹を押さえながら地面に両膝を突く。

 

「ク……クソったれが……マジでいてぇよバカ……」

「もういいだろ、降参しろ」

 

まだ憎まれ口を叩く気力が残っている浜面を見下ろしながら、近藤は真顔で静かに言い放つ。

 

「潔く負けを認めるのも恥じる事じゃねぇんだ」

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

そう言ってくれる近藤だが浜面は荒い息を吐くだけで何も言わなかった。

そうしているとさっきからずっと傍観者だった麦野が

 

「あーもう止め止め、終わりにしましょうこんな茶番」

 

ツカツカと二人の所に歩み寄って来たのだ。手をパンパンと叩いてもう終わりと合図を送りながら

 

「ストーカーさん、実はそいつあのキャバ嬢の婚約者でもなんでもないのよ。私のでっち上げだから」

「なんだと!」

「だから決闘ごっこはもう終わり。そこのバカも解放してやって、後は私が病院に連れて行くから」

 

あっさりと嘘だとバラしてボロボロになっている浜面の傍にしゃがみ込む麦野。

さすがにこんな状態になってしまったのは自分の責任であると考えたらしい。

 

「ったくアンタってホントアホよね、こんな事にマジになっちゃって。まさか本当にあのキャバ嬢に惚れたわけじゃないでしょうね?」

「麦野……」

「はいはい、文句なら病院でたっぷり聞いてあげるから。肩貸しなさい」

「戻ってくれ……俺はまだ負けてねぇ……」

「は?」

 

浜面の肩にそっと腕を伸ばした時に麦野は我が耳を疑った。

両膝を突き体中に無数の殴られた跡を付けて、今にも気を失って倒れてしまいそうなこの男は今何と言った?

 

思わずその場に固まってしまう麦野を無視して、浜面はグッと足に力を込めて立ち上がろうとする。

 

「確かにこんな事にマジになるなんて馬鹿らしいってのはわかってる。俺は別にお妙さんとは会ったばかりの間だし通す義理もねぇ、万事屋でもなんでもない俺がこんな所で真撰組のトップと喧嘩する理由なんてハナっから存在しねぇんだ」

 

傍に寄り添う麦野にも、目前で立っている近藤にも、そして群衆の中にいる新八やお妙、銀時にも彼の声が静かに響く。

 

「けど俺は……それでもコイツに勝ちてぇんだ……」

 

歯を食いしばりながら浜面はヨロヨロとしながらも遂に立ち上がった。

 

「今まで散々惨めな人生送ってた。逃げたり隠れたり、強い奴の後ろから威張ったりしてる事を生きがいにして……だから俺は決めたんだ」

 

未だ荒い息を吐きながら浜面は喋るのを止めない。

 

「俺はこんな弱い自分から脱却したい」

 

体中から来る痛みに何とか意識を奪われぬようにこらえ、浜面は目前に立つ近藤を鋭く睨み付ける。

 

「その為のキッカケがコレだ。アンタを倒してこの町に俺の名をとどろかせるとか、有名にってちやほやされるのが目的じゃねぇ、この町を俺の新しい”居場所”とする為にアンタを倒すんだ。陰に隠れて暮らすなんてもうまっぴらだ、”変わりたいんだ”俺は」

 

ボロボロになりながらも浜面の目は死んでおらず

 

「アンタに勝てばなにか得られるモンがある! それは物や金じゃねぇけど今俺が一番欲しいモンなんだ! だから! 俺はこの戦いに絶対に逃げねぇ!」

 

大声でそう啖呵を切った彼の周りにいた多くの野次馬はしんと静かになる。

情けない姿だった、勝てない相手に向かって吠えてるだけの負け犬にしか見えない。

だが新八とお妙も、そして麦野と銀時もそんな彼の姿を笑わなかった。

 

そんな中で彼に真っ向から睨み付けられてる近藤の方は若干口元に笑みを作っていた。

しかしそれは無様な負け犬に対する嘲笑ではない

 

「半人前から一人前の男に変わるために俺を倒すってか。おもしれー事考える野郎だ。おい坊主、名前は」

「浜面仕上だ……」

「その名前覚えておくぜ、将来が楽しみだ。いずれウチの隊士になって欲しいぐらいの逸材になるかもしれねぇ」

 

爽やかに笑いながら近藤は改めて浜面を評価した。

彼もまたストーカーでありながらも真撰組の局長を務める男。人を見る目は人一倍鋭い。

 

「だが、だからこそ俺は本気でおめーをぶっ飛ばさにゃあならん、これはもうお妙さんを賭けた決闘じゃない。男と男の意地と魂を賭けた真剣勝負だ」

「ああ……意地なら負ける気はしねぇ」

「フ、それは俺もだな」

 

近藤は肩を軽く鳴らした後スッと構えを取る。ここからはもう彼は一切手加減しないだろう、全力でぶつかってくる筈。それに対し浜面は不思議と恐怖はもう感じなかった。

ここまで来たら一か八かとか運に賭ける気などない。何が何でもやってやる。

 

「行くぞ近藤ぉぉぉぉぉぉ!!」

「来い浜面ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

互いの相手の名を叫びながら同時に突っ込む。片や無傷、方は満身創痍の体を引きずった状態で挑む無謀な戦い。

 

 

 

しかし

 

 

助けも運もいらないと腹をくくった彼に

 

 

群衆の中でその成長を見届けた銀時がニッと笑う

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女王、やれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時がそう言い放つと、彼にそばに立っていた少女が躊躇せずに懐に持っていた大きなカバンからリモコンを一つ取り出し

 

 

 

 

 

浜面と交差する寸前、近藤に向けたそのリモコンのボタンをピッと押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉl! あれ? なんだ急に動け……」

 

瞬間、近藤がピタッと固まる。

 

その隙を浜面は見逃さず目を光らせ

 

「そこだぁ!!」

「ひぶッ!」

 

渾身の右ストレートが遂に近藤の顔面を捕らえた。

遂に一発当てたと浜面は荒い息を吐きながらも喜びを見せる。

反面殴られた方である近藤は訳が分からない状態のまま後ろに吹っ飛んだ。

 

「ど、どういう事。え? なんで急に動けなくなってんの?」

 

地面にぶっ倒れると、やっと体が自由になり近藤はすぐにむくりと起き上がる。

しかしなぜいきなり動けなくなったのか彼自身知る由が無い。

 

彼の意識は動く事に集中しているのは確か、だが彼の脳はというと勝手に「動くな」と指令を体全体に送っていたのだ。

どうして彼がこうなってしまったのか、それは銀時の傍にいた少女が……

 

「てぬるいんだよ。もっとやれ、女王」

 

起き上がった近藤を死んだ目で傍観しながら隣の少女に振り向かずに命令。

すると少女が再びピッとボタンを押すと

 

「がちょぉぉぉぉぉぉぉん!!!!」

 

いきなり近藤が浜面に向かってコテコテの古い一発ギャグを物凄い形相で放つ。

放たれた方の浜面は思わず口を開けてポカンと

 

「な、なにやってんのお前……」

「コマネチ!!」

「おいおい! さっきあんなにカッコよかったのにいきなりなにやってんのアンタ!?」

「ぐわし!」

「出来てねぇし!」

 

なぜか決闘の最中に一発ギャグ披露会をおっ始める近藤に浜面は唐突な急展開に混乱する。

しかし困惑しているヒマも無かった、なぜなら彼の所にヒュンヒュンとある物が円を描きながら落ちて来て

 

ドスッと彼の目の前に突き刺さったのだ。

 

柄に洞爺湖と彫られた木刀が……

 

「使え、俺の愛刀だ」

「えぇぇぇぇぇ!! 銀さん!?」

 

木刀を投げた張本人はやはり銀時であった。ニヤニヤしながらこちらに目配せし、早く抜けと浜面に催促する。

 

「別に獲物使ったらダメって訳じゃねぇだろ? そこのゴリラは自分から刀置いただけだぜ?」

「いやそうだけど! だからってコレはダメだろ!」 

 

そう言いながらも浜面は恐る恐る銀時の愛刀を地面から抜く。

しかしこんな物を貸してくれるとは一体銀時は何を考えているのか

 

「ていうかなんで俺を助けようとすんだよ! かぶき町じゃテメー一人でけじめつけるのがルールだって自分で言ってただろ!」

「ああそうだ。だがな、この町はそのルール”一つ”で成り立ってる訳じゃねぇんだわコレが」

「へ?」

 

木刀を両手握ったまま首を傾げる浜面に銀時は真顔で人差し指を立てる

 

「かぶき町ルールその一、かぶき町に住む者は他者に損得無しの助けを乞う事なかれ、テメーの厄介事はテメーで考え、テメーで決めろ」

 

人差し指の次は中指を立てる。

 

「かぶき町ルールその二、かぶき町は欲と人情が混ざりあった町、もしもテメーの周りで誰かがどうにも出来ない事になってたら。そん時はその背中に蹴り入れて押してやれ」

 

木刀を渡し、近藤になんらかの小細工を少女にやらせたのも全てこのルールに従ったまでの事だという様に銀時ははっきりと言ってみる。

そして薬指を立てて彼が口を開いたその時

 

「かぶき町ルールその三……」

「かぶき町に住む者として喧嘩や博打を恐れるなかれ」

「っておい! なに人のセリフ取ってんだコラ!」

「麦野……?」

 

銀時の言葉をさえぎって、突如木刀を握る浜面の方へ歩み寄りながら麦野が語り出す。

 

「恐れは弱さを生み負けに繋がる。ゆえにどんなに汚い手を使おうが卑怯な小細工をしようが勝って黙らせればいい事。ただし色恋沙汰には白黒はっきりつけるべし」

「それって確か麦野がいきなり俺に教えてくれた……」

「そう、かつてこの町にいた二人の若者と一人の町娘が面白半分で一人で一つずつ作った三つのルールよ」

 

返事しながら麦野は群衆の先頭に立っている銀時を見て愉快そうに笑う。

 

「まさか”コレ”を覚えてる奴が私以外にもいたとはね。さしずめあのバーさんから聞いたのかしら? ”銀髪のお侍さん”?」

「ああ? テメェまさかババァの所のガキか? オメーに対する愚痴はよくババァから聞かせてもらってるぜ」

「はん、そりゃこっちも一緒だっつーの。隣にいんのは噂の”第五位か”? ストーカー野郎があんなになっちまってるのもそいつのおかげって訳か」

 

不満そうに呟く銀時に麦野はせせら笑いを浮かべると、すぐに浜面の方へ向き直る。

 

「ほら、ボーっとしてないでいっちょぶちかましなさい、浜面。私は自分を変えたいから必死になる奴ってそんな嫌いじゃないのよ。私も似たような経験あるし」

「いや、でもこれって完全に卑怯なんじゃ……アイツが変な事になってるのもひょっとしてあの常盤台の子が……」

「おいおい私の話聞いてなかったのかにゃ~ん? 汚ねぇ手を使おうが勝てば官軍、正々堂々と戦おうが負ければ賊軍なんだよここじゃ」

 

口を広げてニヤリと笑って見せる麦野、それはまるで悪魔さえたぶらかす魔女の様な。

 

「この町で生きて行く為ならやれ、卑怯だとか正攻法じゃないとかそんな考えはさっさと厠に流して捨てちまえ。変わりたいならまずはテメーのその陳腐な考えを改めろ」

「え~……」

 

会って数時間経ってないのにまるで自分の考えはお見通しのように麦野は浜面の良心に蹴りを入れ続ける。

 

そして

 

「行け浜面! あのゴリラをぶっ倒せ!! ”かぶき町の力”でな!」

「アイィィィィン!! イナバウアァァァァァァ!!!」

「あのもはや一発ギャグでさえない事繰り返してる男を倒せと!? あ~もうこうなったらヤケだ! やってやるよ畜生! 変わってやるよコノヤロー!!」

 

目の前で奇行を繰り返す近藤目掛けて、遂に浜面は木刀を両手で構えて突っ込み。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「卑怯上等! 卑劣上等! 男浜面仕上! 一世一代の大舞台でかぶき町デビューだぁ!!」

「おごろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近藤の顔に思いっきり横に振りぬかれた木刀。

ぶっ飛ばしてやった浜面の顔にはもう迷いも怯えも見えなかった。

 

ここにまた一人、かぶき町の魂を受け継ぐ若者が誕生した。

 

 

 

 

 

 



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第十四訓 世紀末少年、面倒みられる者からみる者に

かぶき町・スナックお登勢兼万事屋アイテムの店前。

事が終わった跡地には一人の屈強な体つきの男が大の字で横たわっていた。

白目を剥き、顔には棒状の様な物で強く殴られたかのような赤い痕が残っている。

 

気絶して動かない男をかぶき町の住人達が取り囲みざわざわと騒いでいた。

 

「しっかし、真撰組の所の局長と女の取り合いで負かしちまうたぁねぇ」

「何モンなんだあの金髪のガキ? あれがうわさに聞く能力者って奴かい?」

「そういや途中からこの男妙な動きしてたな。もしかしたらあのガキがなにか使ったんじゃね?」

「まあなんにせよ、これでまた真撰組が赤っ恥をかくのは明白だな」

「凶悪犯逃がした次は女の取り合いでガキに負ける、か。人斬り集団も聞いて呆れるねホント」

 

住民達がこぞって倒れている男を見下ろしながらそうぼやいていると……。

 

「どうした、なんの騒ぎだ?」

「ああ、なんでも女の取り合いで決闘したらしくて……ってげ!」

 

背後から尋ねられたので住人の一人が後ろに振り返るとすぐにギョッとした顔を浮かべる。

ピシッとした黒い制服、腰には一本の刀を差し、口にタバコを咥えて瞳孔が開き、鋭い眼を光らせる男がそこに立っていたのだ

 

「女だぁ? くだらねぇ、一体どこのバカがやったんだ」

 

その男が現れた途端、何故かかぶき町住人の顔色が変わった。さっきまで真撰組の事を色々言っていた連中は「ひ!」と短い悲鳴を上げて逃げ出していく。

しかしそんな事も露知れず、タバコを咥えた男は民衆を押しのけて大の字でぶっ倒れている男を見ると口をポカンと開けてポロッと咥えていたタバコを地面にポトリと落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、近藤局長」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少し時間が経ち、日は落ちてすっかり夜となっていた。

しかし夜の町、かぶき町はここからが本番、早朝はしまっていた店は次々とシャッターを開ける。

飲んで騒ぎ

打って稼ぐかすかんぴん

男と女で官能な世界へ

 

学生絶対立入禁止地区であるかぶき町の時間が始まったのだ。夜にも関わらず、この町は日が出てるように明るい。

 

その中でただ一件、店の前に「貸し切り」という札を置いて他の客を寄せ付けない店があった。

その店の名はスナックお登勢。店内は”特別な客人”が招待され、今日は彼がこの町にやって来たお祝いと戦勝記念をかねての祝勝歓迎会が開かれていたのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ浜面君が晴れてかぶき町の住人になれた事にかんぱーい!!」

「「「「「かんぱ~い」」」」」

 

スナックお登勢の店内ではメガネが唯一のトレードマークである少年こと志村新八がジュースの入ったコップを掲げて高々と第一声を発する。

それに釣られて他の者達も彼とは違いアルコールの入ったお酒を掲げた。

 

「全く、ガキの為に店貸切にしちまうなんて私も随分丸くなったもんだよ」

 

カウンターの奥に立つ中年女性はこの店の女店主のお登勢。

コップに入った酒を一気に飲み干すとやれやれと首を横に振る。

 

「ま、たまにいいかこういうのも」

「サツガブッ飛ばサレタ時ハ私スッゴイ興奮シマシタ、オイ浜面モウ一回ヤッテコイ! ソノ時ハ私モ混ゼロ!」

「止めなキャサリン、また獄中にぶち込まれたいのかい? それにアイツもあんな体じゃしばらくまともに動けやしないよ」

 

店で奉公している天人、キャサリンが酒をぐいぐい飲んですっかりテンション上がっている様子。それをお登勢がめんどくさそうに疎めながら目の前のカウンターで座っているこの祝いの主役の方へ目を向けた。

 

「調子はどうだい? 入院はしなくて良かったみたいだね」

「ああ、治療代出してくれてありがとよお登勢さん、2、3日安静にしていればいいってよ。しかしあの医者に同じ週に二度も会う事になるとはなぁ……いてて」

 

彼女の向かいに座り、体中に包帯を巻いて顔の左頬に大きめのガーゼを貼ってどう見ても怪我人ですといった格好をしているのは

 

口の中が切れているにも関わらず痛みを我慢して、未成年ながら次々と酒を飲み干す浜面仕上だった。

 

「銀さんはいないのか?」

「野郎なら私見るなり”あの子”連れてとんずらしたよ。全く、またここに連れてきたんだね……アイツとあの子はいつまで経っても懲りないよホント」

「そうか……」

 

ちょっと残念な所もあるが仕方ないか。浜面はため息交じりに自分のコップに酒を注ぐ

 

「だけど未成年に酒飲ませていいのか? 銀さんに聞いたけどアンタあの常盤台の理事長やってるような人なんだろ?」

「この町じゃ私は理事長じゃない。今の私はかぶき町の夜の蝶だよ。それにアンタぐらいの年で大酒飲む奴なんざこの町にはたくさんいるのさ、いちいち注意してたら身が持たないよ、テメーの身はテメーで気を付けろって事だね」

「まあキャバ嬢やってたりホストとして働いてる奴もいるって聞いたしな……」

 

お登勢直々に公認されてますます浜面の酒を飲むペースが速くなる。

そこへ先程乾杯の音頭を取っていた新八が彼の隣の席へ座った。

 

「ちょっとちょっと、飲み過ぎじゃないですか浜面君。ちょっと勢い落とさないとすぐに落ちちゃいますよ」

「いやいや子供だねぇ新八君は。男は酒が呑めてなんぼだぜ? 若い内に飲んどいた方がいい経験になるんだがな」

「はぁ……」

 

怪我人のクセに「俺結構酒強いんだぜ」アピールを自慢げにしてくる浜面に新八は軽くため息を突くと。

 

「じゃあ、ウチの姉上と飲み比べでもしますか?」

「……」

 

新八がクイッと横に目を向けると浜面もそちらに無言で目を向ける。

 

同じカウンターに座るのは、志村新八の姉、お妙と志村妙

その隣に座っているのはこの店の上に自分の店を構えている麦野沈利。

 

「すみませーん、これもう空になっちゃったんで新しいの開けてもらえますー?」

「あータダ酒サイコー、もう死んでもいい、酒に飲まれて死ねれば満足よ。っておい、つまみのシャケが切れたわよ、買ってこいよ猫耳団地妻」

 

仲が悪いにも関わらず何故か隣同士で座っているこの二人。

さっきから次から次へと酒を飲んでは空にし店の酒をありったけ飲みつくしている。

麦野の方はお妙に対抗しようとしていただけなのか顔を赤らめて少々ダウン気味。

だがお妙の方はケロッとした表情で持ってるコップに並々と酒を注ぎこむ。

 

「あら麦野さんもう限界ですか? 情けないですねー、それでもかぶき町の女ですか?」

「つまみが切れたからぁちょっと一息突いてるだけぇよ。ここから後3時間は飲みまくるわぁよ私」

「あらその程度? 私は朝まで余裕ですけど?」

「あ、間違えぇた。私明日の朝どころかぁ明日の昼ぅ、いや夜までノリノリでぇいけるんだったわ」

「本当に年中ヒマなんですね麦野さんは、羨ましいです事。どうぞごゆっくり朝から晩までグータラ飲んでてください」

 

呂律の回らない口調で喋る麦野にお妙は微笑みながら皮肉めいた言葉を浴びせた。

そんな二人を眺めて浜面はドン引きした様子で

 

「……女も酒飲んでなんぼって事か」

「姉上キャバクラ勤めですからね、お酒なんて姉上にとっては水ですよ水」

 

酒豪というのはきっと彼女の様な者を指すのであろう。

浜面がそう思っていると、お妙は彼がこちらを見ているのに気づいた。

すると酒の入った徳利をお登勢から受け取り、席から立ち上がってそれを両手に大事に抱えたまま彼の方へと近づくと

 

「ご一杯酌させてよろしいかしら?」

「え!? あ、どうも!」

 

 

やんわりとした笑みを浮かべながらそう言ってきた彼女に浜面は照れながら急いでお猪口を手に取る。お妙はそれに立ったまま徳利を傾けて酒を注いだ

 

「今回の件で事がすべて収まるとは思えないけど、あの人をはっ倒してくれた事に礼を言っておくわね、ありがとう」

「いや礼を言われる筋合いはねぇって……結局あれはアンタの為じゃなくて俺自身の為にやった事だし、勝てたのも銀さんとあの子のおかげだったし……」

「そうね、まさかあんな卑怯なやり方で正々堂々と戦い武士道を貫く侍を倒すなんて本当に卑劣で外道で最低なやり方だと思うわ」

「申し訳ないと思ってます……」

 

酌しながら中々胸の痛まる事を言ってくれるお妙に浜面は落ち込みかけていると彼女はフッと笑って

 

「ま、そういうやり口も私は嫌いじゃないのよ」

「なんなんだよアンタ、上げて落としてまた上げて……」

「キャバ嬢としての喋り方の基本よ、今の景気だと褒めてるだけじゃ男って中々財布から出すもん出さない、だから上下に揺らして攻めるの、これぞキャバ嬢の話法の一つ、ツンデレ戦法よ」

 

酌を終えてこちらに右目を閉じてウインクしてくるお妙に浜面は唖然とした表情を浮かべながら彼女が注いでくれた酒をグイッと飲むと

 

「……俺ぜってぇキャバクラ行かねぇ」

「そう残念、せっかく搾り取れると思ったのに」

「俺一応アンタの事助けてやったよね!? ストーカー追い払ったよね!?」

 

さらりと恐ろしい事を呟くお妙に血の気が引く浜面。やはりこの町の女は怖い……。

いやもしかしたら彼女だけ特別なのだろうか……。

そう考えながらため息を突いている浜面に、そのお妙の弟である新八がふと尋ねてきた。

 

「そういえば浜面君、就職先決まってないですよね? どうするんですか?」

「あ、やべぇ忘れてた……。今日中に見つけとこうと思ってたのに……」

 

尋ねられてやっと思い出した浜面。決闘する羽目になってしまってからすっかり忘れていたようだが今彼は働き口がないのだ。更に今晩寝る場所も考えていない

頭を抱えてガックリと肩を落とした彼に、新八がまあまあとなだめる。

 

「別にすぐに働き場所探さなくても浜面君ならきっといい所見つかりますって、明日から仕事探し再開すればいいんですし」

「いい所ってどこ?」

「ええとそれは……」

 

こちらに振り向いて来た浜面に新八は口ごもらせて困っていると、傍に立っていたお妙がポンと手を叩いて

 

「そういえば”西郷さん”のお店でスタッフ募集してたわ。そこへ行ってみたらどうかしら」

「アンタの事だからどうせロクでもない店だと思うが……一応聞くけどどんなお店?」

「心配しないで! 股についてる”玉と棒を取る手術”すれば完璧よ!」

「完璧じゃねえよ! 明らかに男として一番大事なモン失うよ!?」

 

親指を立てて「いっちょやってこい」と言ってるようにニコッと笑いかけるお妙にツッコむ浜面。

それほどのリスクを負わなければならない程働きたいとはさすがに考えていない。

それにその西郷とかいう人物の店がどんな内容なのかも大体察しが付く。

 

「は~そこだけはマジでご勘弁願うとして……どうっすかな~、なあお妙さん。アンタの所の店は男性スタッフとか募集してないの?」

「ウチの店で働くのは構わないけど、キャバで働くってのは女でも男でも難しいのよ? 覚える事も多くて厳しいし。呼び込みや接客も当然だけどマナーの悪いお客さんの対処とかもしなきゃならなかったり」

「いやいやそれぐらいの事でめげたりしねぇよ。下っ端人生長く送って来たんだ。そんな事全然構わねえから」

「そう? だったら今度店長に私から頼んで……」

 

キャバクラの様な水商売でも経営の仕方は普通のお店とも変わらない。

仕事と言えば仕事なので当然辛くて手厳しい目に遭うのも極当たり前の事である。

故に浜面はそんな事気にしない、働けて賃金が貰えればそれでいいのだ。(最初にお妙が紹介した店では死んでも働きたくないが)。

そんな彼にお妙は頷いて店長に紹介するよう約束しようとしたその時……

 

「おい」

 

さっきまで離れで飲んでいた麦野がいきなり席から立ち上がって歩み寄って来たのだ。

 

「勝手に何やってんだキャバ嬢。そいつは私の所で働かせるのよ」

「へ?」

「あら麦野さんいたんですか、私てっきりもう帰ったのかと」

「いちいち私に毒吐かなきゃ会話できないのアンタ」

 

ギロリとお妙を麦野が睨み付けている中、浜面は目を見開いて彼女の口から放たれた言葉に驚く。

 

「働く? 俺がお前の所で?」

「当たり前でしょ? 今日の件でわかったわ、アンタ中々いい筋してるわ」

「いやいや当たり前じゃないから、なんでそうなるんだよ?」

「私が決めたからに決まってるでしょう、ホント鈍い脳みそしてるわコイツ」

「いやいやいや! お前に言ってたよね!? 万事屋は自分一人で十分だって!」

 

いきなり自分の所に来いとほぼ強制的な勧誘に浜面が驚くが麦野はすっとぼけた表情で首を傾げ

 

「そんな事言った覚えないわねー。んじゃとりあえず明日からよろしく」

「おいぃぃぃぃぃ!!! テメーで言った啖呵をあっさり撤回してんじゃねぇよ!」

「いいじゃない、こんな美人と一緒に働けるなんてその辺の男からしたら発狂して死ぬレベルよ」

「もしそうなったらお前災害レベルの兵器になれるだろ……」

「ん~まあ”なれるわね”、興味ないけど」

 

へらへら笑いながら自分の過去の発言をもみ消していけしゃあしゃあと話を進め出す麦野に浜面は呆れて開いた口が塞がらない。

そりゃ確かに彼女の事は強引なところがあるけれど嫌いという訳ではないのだが

 

「お前の所って稼げないんだろ?」

「稼ぐ手立てがないのは仕事が来ないだけなのよ。だからアンタは明日から仕事探しよろしく」

「いやこっちがふざけんな! そんな収入が安定ない仕事なんて願い下げだわ!」

「決定事項だつってんだろ、ウチに来い。殺すぞ」

「こんな怖い勧誘生まれて初めてなんですけど!?」

 

ドスの利いた口調で言葉を吐き捨てる麦野に血の気が引く浜面。

助けを求めようとふとカウンターの奥にいるお登勢の方へ振り向くが

 

「浜面、私からもお願いだよ。この子の所で働いておくれ」

「はぁ!? なんでお登勢さんまで!?」

「そもそもこのガキ一人で店を経営すること自体無理なんだよ」

 

裾からタバコーを取り出しながらお登勢はうんざりした様子で話す。

 

「家賃の払いさえまともに出来ないぐらい可哀想な子なんだよ、お願いだからこの子の面倒みてやってくれないかい?」

「え、俺が面倒みんの!? 雇われた俺が面倒みなきゃならないの!?」

「おいババァふざけんな! なんで私がコイツにそんな事されなきゃならないだよ!」

 

哀れんだ目をお登勢に向けられそれに不満感を持つ麦野だが。浜面の隣に座っている新八は彼女の方に顔を上げて

 

「お登勢さんの言う通りですよ。だって麦野さん今ほとんどニートじゃないですか。もうダメ人間街道まっしぐらの状態で崖っぷちじゃないですか」

「うるせぇ誰がニートだ! 童貞のクセに!」

「童貞は関係ねぇだろ! てかなんで知ってんだアンタぁ!」

「私の能力は童貞と非童貞を見極める力なんだよ」

「そんな能力聞いた事ねぇよ! ていうか僕麦野さんの能力知ってますからね!」

 

横槍を入れてくる新八に一喝する麦野だが今度は天敵であるお妙も頬に手を当ててため息を突き

 

「そうねぇ、貯金も生活力も社交性もゼロな麦野さんには浜面君みたいな誰とでも喋れる人が傍にいた方がいいかもしれないわね」

「私は面倒みてもらうからコイツを雇うんじゃなくてコイツにある面白味を感じて雇うんだよ!」

「”マルデダメナ女”デスカラネコノ女ハ。私トお登勢サンニモ迷惑カケルシ最低ナ女デス、コノ人間ノクズ」

「テメェはいきなり話入ってくんじゃねぇ妖怪が!」

 

店の奥から酒を両手いっぱいに抱えたままキャサリンが話に加わって来た。

コイツはコイツでめんどくさい、麦野はしっしと手を払ってあっち行けと指示するがキャサリンはそれを無視して

 

「お登勢サン。コノ女ハ、イツモ家デゴロゴロシナガラ「マーガレット」読ンデ一日潰シテルンデスヨ」

「てんめぇぇぇぇぇぇ!! なんでそれ知ってんだぁぁぁぁぁぁ!!」

「え、マーガレット?」

 

キャサリンのまさかの告げ口に麦野が焦った様子でで彼女に向かって激情の声を荒げる。

しかし事既に遅し、彼女の話を聞いた浜面は頬を引きつらせて隣にいる新八に話しかける。

 

「なあ、マーガレットって確か少女雑誌だよな……」

「ええ、僕はあんま知らないですけど恋愛系を多く使ってる女の子の為の漫画雑誌ですよね。意外と乙女チックな所もあるんですね麦野さんって ぼふッ!」

 

感心したように頷く新八の横っ面に遂に麦野が拳を一発入れて黙らせるが。

キャサリンの方は指を突き付けて更なるカミングアウトを続ける。

 

「オ前ガイツモジャンプトシャケ弁デ挟ンデ買ッテルノモ知ッテンダゾコラ! ホントハジャンプハタダノカモフラージュナンダロ!」

「それまんまエロ本買う時に使う手口じゃね!?」

「カモフラージュじゃねぇよちゃんと読んでるつーの! ニセコイとか!」

「あ、やっぱりそういう系統が好きなのか……」

 

見ただけの麦野じゃ到底知らなかったであろう意外と可愛らしい趣味に浜面が「へ~」と呟いていると、そんな彼を麦野は額に青筋を浮かべて恐ろしい形相で睨み付けながら

 

「バラしたら殺すぞ……!」

「い、いや俺は別にそういうのも悪くないと思うけど……フレメアも読んでるし……」

「……ふん」

 

そう言ってフォローしてくる浜面に麦野は不機嫌そうに鼻を鳴らすだけでそれ以外何も言わなかった。

しかしそうしている内にキャサリンはいつの間にか、タバコを咥えているお登勢の隣に立って

 

「アノ年デ真剣ナ表情シテ「カナミン」観テルトカマジドン引キデスヨホント」

「なんだいカナミンって?」

「小学生グライノ小娘ニ人気ナアニメラシイデス」

「はぁ? そんな小さなガキが観るアニメなんかに夢中になってんのかいアンタ? そういうのはいい加減卒業しなよ」

 

呆れた様子でタバコを咥えながらこちらに目を細めるお登勢。

お母さんにエロ本隠してるのバレた男子中学生のように気まずそうにその場に立ちすくんで体を震わせる麦野だが、お登勢から来る痛い視線を無視してキャサリンの方へ睨み付ける。

 

「いい加減黙れよ猫耳付けた化け物が……ていうかテメェぜってぇ私の家に忍び込んだり後つけたりしてただろ……!」

「人聞キノ悪い事イッテンジャネェゾクソアマ! 金目ノモン全然隠シテナイクセニ!」

「オイババァ警察を呼べ! もしくは管理局呼んでコイツを故郷の星に帰せ!」

 

激昂を通りこしてもはや魔王の様にドス黒いオーラを身にまとっている麦野に浜面が頬を引きつらせながら苦笑する。

 

「い、いやいいんじゃねぇのそういうのも、そのなんだっけ……カルメン?」

「超起動少女カルミンだ! 名前間違えんなクソが!」

「あ、すみません……その別に気にすんなよ。フレメアも確かそんなアニメ観てたしさ……」

「慰めなんかいらねぇよ! かえって惨めになるだろうが! それと今度そのフレメアって奴ウチに呼べ!」

「いやここかぶき町だからそれはさすがに無理だろ……」

 

趣味が合う同士で語り合いたいのだろうか? 結構女の子っぽい所あるではないか。

浜面がそんな事を呑気に考えていると、お登勢がタバコの灰を灰皿に落としながら彼に疲れた様子で話しかける。

 

「見ての通りだよ、頼むからこの子の世話してやっておくれ。そうしてくれたら今日の酒代は私からの奢りにするからさ」

「ええ!? この酒最初っからタダじゃなかったの!?」

「そりゃそうだろ、なんで私がタダでアンタに酒飲ませなきゃいけないんだい? 損得無しの商売なんて私は御免だよ」

「ええ~……」

 

てっきり自分の事をお祝いして全部タダで提供してくれていたと思ったのに……。

世の中そんなに甘くないと落胆する浜面にお登勢だけでなくキャサリンとお妙も麦野の下で働くよう説得し始める。

 

「オイ浜面、精々ダメ人間同士デ仲良クシロヨ。ソレトお登勢サニ家賃払ウ為ニキッチリ働ケ」

「あなたならきっと大丈夫よ、なんだかんだで麦野さんといいコンビになれそうだし」

「いやそうはいっても滅茶苦茶不安なんだけど……俺どっちかというと面倒見るより面倒みられるタイプの人間だし……ってうお!」

 

将来に対する不安を抱えて気のない返事を浜面がしていると。

キャサリンのせいでずっと隠していた秘密を暴露されてすっかりご機嫌ななめの麦野が、突然彼の胸倉を勢いよく掴んで無理矢理立たせた。

 

「誰もアンタに面倒なんてみてもらいたくないっつーの……!」

「あ、ああ。俺もアンタの面倒見る気はないから安心して……」

「いい!? アンタはこれから一生私の下で働いてバンバン仕事取ってくるのよ! わかったんなら素直に「はい」と返事しろこの……う」

「ん?」

 

叫んでる途中で急に口を押さえる麦野。

胸倉から手を放してもらった浜面だが何事かと彼女の顔を覗くが

 

さっきまでとは一転して物凄く青ざめた様子で気持ち悪そうにしていた。

 

嫌な予感をする……そして浜面がそう思っていた通りに

 

「……マジでヤバい、マジで吐くこれ絶対……」

「うおい! そりゃ酒飲んであんなに騒いでたら酔いも頭に回ってくるわ!」

「ああもうダメだわ……うぷ」

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!! ここで吐くなよ!? ここで吐かないで頼むから!!」

 

お妙に対抗して多量なアルコールを摂取したのが仇となったのか。

完全にグロッキーな状態でその場で崩れ落ちそうな麦野を、慌てて彼女の首の後ろから肩に手を回してなんとか立たせる。

 

「なにやってんだよホント……」

「厠ならあっちだよ! 早くそのガキ連れて吐かせな!」

「オイ小娘! コノ店ニテメェノキタナネェゲロブチマイテミロ! 私ガタダジャ……ウプ! オロロロロロ!!!」

「テメェが吐いてどうすんだよ! ふざけんなよコラァァァァ!!」

 

喋ってる途中でカウンターの向こうで盛大な吐瀉物をまき散らすキャサリン、どうやらお登勢の見てない隙に隠れて相当飲んでいたらしい。

しゃがみ込んで吐き散らす彼女にお登勢が頭に拳骨を一発振り下ろしているのを目の当たりにすると、浜面は麦野を肩で担ぎながら急いで厠へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ち悪ぅ……もうヤダ、私絶対お酒止める……」

「こりゃ確かに面倒みてあけなきゃ可哀想だわ……」

 

この夜、浜面は万事屋アイテムの”二人目”のメンバーとなる事を決めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コイツの傍には俺がいてやんなきゃダメだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スナックお登勢がてんやわんやとしているその頃。

 

かぶき町から少し離れた場所に置かれている武装警察組織、『真撰組』の屯所では。

隊士達もそれに負けじと慌ただしく騒いでいた。

 

「ちょっと! 局長が喧嘩に負けたって本当ですかい!?」

「しかも女を賭けた決闘でその上卑怯な手使われて負けたって本当かぁ!?」

「おまけに局長を倒したのがただの金髪のガキだって聞いたぞぉ!」

 

屯所の作りは江戸本来の和風を強調して作られている。

会議場も大きな畳部屋で隊長各の隊士全員が容易に収納できるスペースが設置されていた。

そしてその会議場で一つのテーブルを囲んで血気盛んな隊士達が声を荒げて激しく問い詰める。

テーブルの奥に座って不機嫌そうにタバコを吸って胡坐を掻いている男へ

 

「会議中にやかましいぞテメェ等、誰だそんなホラ吹きやがったのは」

「”山崎”の野郎に何が起こったか下調べするようアンタが頼んだんだろ!」

「”沖田隊長”が山崎脅して全部吐かせたんだよ!」

 

それを聞いて男の顔色が変わる。不満そうな表情から殺気を秘めた顔つきになった。

 

「……山崎の野郎はどこだ」

 

タバコの灰が畳の上に落ちているのも気にせずそれだけを呟く男に隊士達は一同でビシッと廊下を隔てて置かれている、主に演習目的で使われている広大な庭を指さして

 

「「「「「”変な恰好した小娘”とミントンやってます!!」」」」」

「山崎ぃぃぃぃぃぃ!!」

 

即座に立ち上がって一直線に男は庭へと向かう。

 

数秒後山崎と思われし人物の「ひぃぃぃぃぃぃ!!」という断末魔と、男の「てか誰だこのガキィィィ!!」という叫び声も聞こえてきた。

 

 

それからまた数秒経った後に、男が何事もなかったかのように会議場に戻って自分の席に戻った。

 

「……まあそういう事だ、近藤さんは俺が病院に送っておいたから心配ない」

「んだよやっぱり本当じゃねぇかよ!!」

「偉そうな顔してふざけんじゃないわよ!!」

「って事はマジ!? マジで局長がただのガキに負けたの!?」

「どうするんすか!? ただでさえ駒場の野郎逃がした事でうち等の立場ヤバくなってるのに!」

「組織のトップがガキなんかに負けたなんて! ここの住民や幕府の上層部に知られたら笑い話じゃ済みませんぜ!」

 

再び皆声を上げて男に向かって叫び始める。

局長が倒れた事は隊士達にとっては血相変える事実なのはよくわかる。

 

だが統率者がいない今、自分がなすべきことは

 

男は吸い終えたタバコをテーブルの上に置かれている灰皿に捨て、ゆっくりと立ち上がると

 

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

その灰皿が置かれているテーブルを豪快に蹴り上げた。

いきなり動いた彼に先程まで勝手に騒いでいた隊士達は一斉に猫のように大人しくなる。

 

そんな彼等を目を吊り上げて見下ろしながら、男は傍に置いていた刀を手に取って鞘から少しだけ抜く。

 

「会議中にごちゃごちゃ騒ぐなつってんだろうが。私語使う奴は全員切腹だ。俺が介錯してやるから全員並べ……」

 

その場にいた者全員の背筋が凍るような低い声。この人ならマジでやる、それを即座に理解できるぐらいこの男の事は皆わかっていた。

 

真撰組・副長 土方十四郎≪ひじかた とうしろう≫。局長である近藤勲の傍らで共に死線をくぐり、攘夷浪士どころか味方にさえ「鬼の副長」と恐れられるほどの人物。

 

この学園都市に拠点が置かれることになってもそれか変わらず、常に近藤や真撰組の事を思って隊士達の指揮を行っていた。

そして今回の件もまた、どうやら局長の次に高い立場にいる彼が動かなければならないらしい。

 

 

(しゃあねぇな……このまま隊士達がバカな真似やりかねねぇ)

 

男は、土方十四郎は懐から二本目のタバコを取り出しながら思考を巡らせる。

 

(でけー事になる前に……)

 

その思考時間は極めて短かった。

 

彼はもうわかっていた今自分がなすべき事を。

 

かぶき町で醜態を晒して倒れている上司であり戦友でもある近藤を見た時から

 

 

 

 

 

 

 

(俺が斬る)

 

 

 

近藤を倒した者が誰であろうと自分で始末つけると

 

 

 

 



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第十五訓 破壊少女 執行

真撰組局長・近藤勲が浜面仕上に敗れた数日後の事。

 

昼頃、坂田銀時は隣人が預かっているフレンダ、ジャッジメントであり生徒でもある白井黒子との3人で第七学区のとある喫茶店へ足を運んでいた。

 

その理由は無論、かぶき町に行きながらも名目上ではジャッジメントの保護観察下に置かれている浜面の様子の事であった。

 

「ん~まあそんな事がきっかけで、仕事も住処も見つかったんだとよ」

「無能力者でありながら真撰組の局長を倒したんですの……?」

「あの浜面が?」

「現場目撃してるし間違いねえよ。そっから先はババァに説教込み(無許可で女王をかぶき町に連れ込んでる件で)で聞かされただけだけど」

 

クリームソーダの上に乗っかっているクリームをスプーンでツンツンと突きながら銀時がだるそうに答えると、彼の向かいに隣同士で座っていた黒子とフレンダはそれを聞いて

 

「げへへへ……あの憎き真撰組にそんな目に遭ってたとは……日ごろの行いが悪かった報いですわね……」

「お前、お店で変な顔でニヤニヤすんなよ、気持ち悪ぃ」

「ふへへへ、結局浜面は浜面でもやっぱりいざという時はやるって私もわかってたって訳よ」

「テメェものろけ顔でニヤニヤすんな気持ち悪ぃ」

 

二人して顔を斜め45度上げた状態で嬉しそうににやつくので隣に座っていた銀時が静かに諭す。

 

「万事屋だからロクに稼げそうにもねぇけどな、冷蔵庫にちくわしか入ってない状況もザラ。家賃数か月滞納も当然だろうよ」

「あなたが言うと自分の体験談みたいに聞こえるのですが?」

「俺万事屋なんてやった事ねぇけど? 誰がやるかあんな仕事」

 

こちらをジーッと見つめて変な事を言う黒子に、銀時はスプーンですくったクリームを一口でほおばりながら首を傾げた後、向かいでまだニヤニヤしているフレンダに話しかける。

 

「しっかしリーダーもアレだよな、それからもう結構経つのにお前に連絡の一つもよこさないんだろ? もしかしてもう忘れちまってんじゃねぇのお前の事?」

「な! そんな事あるわけない! 確かに浜面は頭の中空っぽだけど結局私の事だけは絶対に忘れないの!」

「だったらなんで”結局電話の一本もよこさないって訳よ”? お前が世話されてる所の連絡先は教えておいたはずだぜ?」

「むかー! 私の口調取るなー!」

 

嫌味ったらしくそんな事を言ってみる銀時にフレンダは先程まで上機嫌だったのにいっきに低下して機嫌最悪状態に。

彼女なりにも思う所があったのだろう。確かに銀時の言う通り、浜面は別れてから一度も彼女に連絡しなかった。

気になってた事を銀時にチクリと刺されたのが癪に障ったのか。

フレンダはイライラしながら席から腰を上げる。

 

「もういい! お手洗い行ってくる!」

「便座座る時はスカートの中にある爆弾取れよ、じゃねぇとファミレスごとぶっ飛ぶからな」

「アンタに言われなくてもわかってるって訳よ! このセクハラおやじ!」

「セクハラじゃねぇよ、お願いだよ。また誰かのおかげで病院送りにされたくねぇっつうの」

「ふん!」

 

銀時の忠告に不満そうに鼻を鳴らすと、フレンダは足音を大きめにしながら席を後にして行ってしまった。

残された銀時はフレンダの隣に座っていた黒子と一緒に彼女の背中を見送った。

 

「あらま、ありゃあ相当気にしてるご様子ですわね。まあ好意をもたれている殿方が遠い所に行ってしまってしかも連絡さえ来なかったらそら心配になるでしょうに」

「そういうモンなのか?」

「あなたみたいな愛する者のいない人間にはわからない事でしょうけど」

 

偉そうに鼻を高くしてそう言うと黒子は自分の胸に手をそっと当てる。

 

「わたくしも彼女の気持ちがわかりますの、わたくしも現在進行形で愛するお姉様に遠く距離を置かれている立場でして……」

「ああ遂にそうなったか、まあその内なると思ったよ俺は。それに懲りて自首しろ」「……そういう意味でそうなってる訳じゃありませんのよ。自首なんてしませんしする理由もわかりませんわ」

 

二人してこちらを眺めながら納得したように頷く銀時に黒子はジト目で顔を上げる。

 

「最近お姉様がわたくしとの距離を取るのは、どうもご自分一人でなにか企んでるらしいんですのよ。外出も増えてますし」

「外出ぅ? 外出増えただけでアイツがなにか企んでるってのは早計過ぎるだろ。アイツの事だからコンビニか漫画喫茶にでも行ってんじゃねぇの?」

「でしたらわたくしと距離を取る必要はないですの。ゲーセンにもカラオケにも見当たりませんでしたしやはり怪しいですわ」

 

コーヒーに砂糖の塊を3個入れてスプーンでかき混ぜながらそう話す黒子に、銀時がふと口を挟む。

 

「いるわけねぇだろ、あのガキナメんなよ。友達いなさ過ぎて虚ろな目しながら人形と喋っちまうレベルだぞ。そんな所行くわけねぇって」

「お姉様にかかれば、一人ゲーセン、一人カラオケなど容易きこと。レベル5第三位は伊達ではないんですのよ」

「アイツも遂にそこまでいったか、しばらく見ない内に成長するもんだな、出来ればもうしばらく見ておきたくない気もするけど」

 

こちらに振り向いて微笑を浮かべ、ドヤっとした顔を何故か浮かべる黒子に銀時ははぁ~と深くため息を突く。

 

「……もういいわ、アイツがなに企んでるかはなんざ俺は関係ねーし。それよりチビ」

「なんですの? 言っておきますがここは割り勘だといのは把握してますわよ。安月給のあなたにたかろうなんて真似しませんのでご安心を」

「違ぇよ、いやそれは当たり前だけどよ」

 

しかめっ面をこちらに浮かべながら銀時はクリームソーダと一緒に頼んでおいたソフトパフェを手に持ちつつ口を開く。

 

「リーダーの事だ」

「リーダーがどうかしまして?」

「真撰組局長をやっつけた事に喜ぶお前みたいなのもいれば、あまり良く思わねぇ連中もいる」

 

そう言うと銀時は眉間にしわを寄せて難しそうな顔をする。

 

「まずい事にならなきゃいいがな……」

「ボス猿の部下がリーダーを狙って報復に出るって事ですの?」

「あり得えねぇ事じゃねぇよ、組織の大黒柱的がやられたんだ」

 

いぶかしげに見つめる黒子に銀時が顎に手を当てて頷く。

 

「変に因縁つけられるって事もある」

「あるとしたらあのゴリラの次に偉い立場の方からの仇討ちですわね」 

「オラウータン?」

「いや別に自然界ではゴリラの次にオラウータンが偉いって訳じゃないですの、ですから」

 

ブツブツと考えに集中している黒子にい銀時がパフェを食べるのを止めて彼女を問い詰めようとすると。彼女は思い出したかのように嫌そうな顔を浮かべて重い口を開く。

 

「真撰組が副長を務める、土方十四郎。局長の次に偉い立場にいる”双方”のウチの一人ですわ」

 

その名を言うだけでも吐き気がするといった感じで「おえ」と黒子は舌を出してみせる。

 

「能力者嫌いとして有名なんですのよその男は。それにジャッジメントであるわたくし達どころか、能力開発に懸命に取り組んでる学生さん達にさえも目の敵にするような態度を取っているんですの」

「なんだそりゃ、スキルアウトとそう変わんねぇじゃねぇか」

「スキルアウトの方がまだかわいい方ですわよ、向こうはただの哀れな嫉妬心、しかしあの男は「天人の技術によって与えられた能力」というのが気に食わないみたいですわね」

 

銀時の土方に対する評価に黒子は肩をすくめて否定する。

スキルアウトは能力者に対して強い劣等感を持って襲う無能力者の集いだが、土方という男とは根本からそれとは違う。

 

「あの男は警察という立場を利用して更に帯刀まで許可された幕府の犬……いえ、自分達に害為す者は即座に斬り捨てる冷血非道な”狂犬”ですから」

 

自分達に泥でも投げた者は誰であろうと斬る。

そんな異常な短絡思考を持っている男が真撰組に控えていると知って銀時も口をへの字にして考え込んだ。

そしてわずかな沈黙の間が出来た後、黒子はゆっくりと口を開く。

 

「あの男がリーダーを斬るのもそう遠くない出来事かもしれませんわね。自分達の局長を手打ちにされた事を理由にして……」

「ど、どうゆう事!?」

「……あ」

 

冷静に黒子がそう予測していた所に

思わぬ人物が戻って来てしまう。

いつの間にか厠から戻って来たフレンダが目を小刻みに震わせて呆然と立ち尽くしていたのだ。

黒子が言ってた事はあまり聞き取れなかったが、ある事だけはしっかりと脳に入れて。

 

「は、浜面が殺されちゃうかもしれないってどういう訳~!?」

 

店内に響き渡るぐらい叫び声を出すフレンダを、銀時と黒子は真顔でじっと見つめた後。

 

「あ、今週ジャンプの発売日だったわ、先頭カラーなんだっけ」

「ギンタマンが映画化するとかなんとかでギンタマンが先頭カラーらしいですの。今日の朝、お姉様が引くぐらいハイテンションで叫んでましたから」

「んだよそれ、はぁ~萎えるわ~」

「ギンタマンとかどうでもいいって訳よッ!」

 

すぐに二人で顔合わせて問い詰める彼女を無視した。

それに負けじとフレンダはテーブルに両手を置くと会話している二人の間に入るように身を乗り上げる。

 

「浜面がまたヤバい事になってるんでしょ!? ねぇそうなんでしょ! ねぇねぇ!? だったら私をかぶき町に連れてって訳! 大至急今すぐ!!」

「ああヤバい事になってる、俺達のジャンプがギンタマンとかいうつまんねぇ漫画に乗っ取られかけている。これはやべぇよな確かに。集英社に大至急殴り込みにいくしかねぇよ」

「あなたに同意するのは不本意ですがわたくしもあの漫画は嫌いですわ。お下品ですし無駄に台詞多いし、なんでお姉様はあんな下劣な漫画をお好きになったのでしょうか? せめてスラムダンクとかならわたくしも許せたのですが……」

「いやそれもうジャンプ載ってないから。でもいつか復活する事願ってるけどね俺は」

「話聞けぇぇぇぇぇぇ!! 木端微塵にされたいのかクセ毛コンビ!!」

 

結局フレンダが彼等から浜面の事を聞き出すのはそれからかなりの時間を費やした後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方彼女達の話題の中心に立っていた浜面はというと、偶然の出会いで縁が出来た志村新八と志村妙。

その二人の実家である講道館に足を運んでいた。

だが浜面はその新八達の家の中でなく、何故か屋根の上に腰を落として一生懸命何かを行っている。

 

「あーあ、クソ暑ぃなコンチクショー」

 

口ではぼやくものも腕を止める気配はない。やる気なさそうにしても手際よく手に持ったトンカチを使って釘を置かれた板に打っていく。

 

今日ここに来たのは別に遊び来たわけではない、”万事屋としての仕事”を行う為に来たのだ。

依頼人は志村新八。随分前から屋根が傷んできてるので、腐ってる木材は新しく組みなおして欲しいといった内容。

報酬はそれほど多くはないが、新八はかぶき町では初めての同性同年代の友人。そんな彼の依頼を断る選択など存在しなかった。

それに……

 

「いっづぅ~……なんなのよこの釘……遠隔操作の能力使ってトンカチの軌道を私の指に逸らしてんじゃないの……学園都市産の釘ならあり得るわね」

「いやそれお前が不器用なだけだから……」

 

浜面より上の場所にいて、先ほどから何度も釘ではなく自分の指にトンカチを振り下ろしてる少女。打てたとしてもそれは全部不恰好にひん曲がったまま板に刺さっていて、とても釘としてまともに機能するとは思えない。

麦野沈利が赤くなった指を口に咥えているのを浜面は遠い目で見つめる。

 

「お前これ何度目だよ……釘の数だって無限じゃねぇんだからこれ以上無駄にすんなよな。後は俺がやるからお前は下降りて休んで来いよ」

「なに浜面のクセに仕切ってんだコラ、万事屋アイテムのリーダーは私、仕事が来れば先頭立って部下を先導するのが私の役目なの、おわかり?」

「釘をスクラップにする役目だと思ってたわ」

 

浜面がアイテムに加入して数日経った今、わかった事がある。

麦野は一応彼の上司なのであるが、何でも屋としてのスキルならやはり手先が器用な浜面の方が数段上だった。

彼女は事務作業や裏手に回る仕事もあまり得意ではなく、その上細かい作業や何かをじっくり待つというのも苦手らしい。特化しているのは人並み外れた運動能力らしいが、万事屋という職業柄、それほど重宝されるスキルではなかった。

どうしてこんな彼女が万事屋などという奇天烈な仕事をしようと思ったのか浜面は未だに疑問を感じている。

 

「……ちまちまとやんのはどうも私には合わないのよ……」

「だからもういいって、俺こういう作業結構嫌いじゃねぇしよ。後は全部任せておけって」

「嫌よ、これはあのメガネが依頼として私の店に持ち込んできた仕事。たとえどんな仕事でも私はやるったらやる」

 

ムスッとした顔でそう言うとまた不慣れな手つきで屋根板に釘を打ちつけ始める。

しかしものの数秒でゴンッという鈍い音が鳴り、またもや指を押さえて悶絶する麦野。

 

「どんな仕事にも一生懸命やろうとするのは健気でいいと思うけどさ、頼むから学習ぐらいはしてくれよマジで……」

「うごぉ……! ちくしょうこんな筈じゃ……!」

 

彼女はどんな内容の依頼でも即答で承諾するという自分なりのルールがあった。

たとえそれが自分には苦手な項目に当てはまる内容だとしても彼女はちゃんと自分なりに精一杯頑張ってその仕事を成し遂げようとする。

そういう姿勢には浜面も素直に素晴らしいとは思っているしほんのちょっぴり尊敬もしているのだが……

 

「頼むぜホント、俺が仕事できてもお前が出来なかったらこの先真っ暗なんだからよ」

「少しばかり仕事出来るからって調子乗ってんじゃねぇぞ浜面。見とけよ、これが私の必殺技、釘五連打ち!」 

「またこの子は変なモン覚えて……」

 

威勢はだけはいい麦野は一つ打つのも時間掛かるのに無謀にも五つの釘を板に刺して、それを滑らかな速さで一気に打ちつけてやるとトンカチを振り下ろすが

 

「あだ! いだ! うげ! えぐ! おご!」

「親指から小指までクリーンヒットさせてんじゃん! すげぇなそれもう一種の技術だわ!」

 

板を押さえつけてる左手にどういう原理なのか親指から小指まで的確にトンカチを振り下ろしてしまうアクシンデントを披露する麦野にさすがに浜面も驚くと、彼女は涙目になりながらもニヤリと笑って彼の方へ振り返り。

 

「ど、どうよ……これは本来何十年もの歳月を費やしないと出来ない奥義なのよ……?」

「無駄に『卍解』並に取得難易度高ぇよ! 出来ても悲しいだけだし! ていうかそれが出来るお前を見てても悲しい!」

 

真っ赤になってしまった手を押さえながら言っても全然凄く見えず、浜面が指を突き付けて彼女にツッコんでいると、下の方から彼等に向かって声が飛んできた。

 

「浜面くん、屋根の方は大丈夫ですかー?」

「あ、新八だ」

 

下を見るとこの家の住人である新八がこちらの様子を見に来たらしい。

顔を上げてこちらを見上げている彼に向かって浜面は落ちないよう気を付けながら屋根の端っこに立つ。

 

「いくつかもうダメな感じなのがあるが在庫の木材でなんとか取り替え出来そうだ、ただ釘の数はギリギリだ。麦野がさっきから何本も折ってるしその勢いで自分の指の骨も折ろうとしてる」

「なにやってんだあの人……それじゃあ僕、ホームセンターで釘と包帯買ってきますよ。それまでウチの留守お願いします」

「お妙さんは家にいねぇの?」

「今日は休みらしいですから店の人たちと一緒に買い物行っちゃってます。それじゃあ」

 

そう言って新八は手を振って元気そうに行ってしまった。

本来なら依頼を受けたこちらが足りない物を用意してもいいのだが……

恐らく新八と言う少年はこの町には珍しく人のいい人間なのだろう。会ったばかりの自分に留守を任せるぐらい信頼してしまうのだから。浜面にとっての新八とはそういう評価だった。

 

「ったく志村家には本当頭上がらねえよな、弟は万事屋にも仕事回してくれたり、姉ちゃんも……ああうん、多分いい人……だよな」

 

新八の背中を見送りながら髪を掻き毟って浜面がそう言うと、背後で麦野が「そうね~」と気のない返事をした。

 

「アイツ等の親父って友人の借金担いで、それで無理がたたって病にかかって死んじまったって聞いたし、あのお人好しは血筋なのかもしれないわね」

「そうなのか……苦労してんだなあの姉弟」

「この町にいる奴は大体そういう重い過去の一つや二つ背負ってるもんよ、苦しいのはアイツ等だけじゃないわ」

 

そこで言葉を区切ると麦野はその場に座ったまま疲れたように額に手を置く。

 

「私だってあるんだから」

「なんかあったのかお前?」

「知り合ったばかりのアンタなんかに私が教える訳ないでしょ、ホント馬鹿でしょアンタ」

「なんだよ自分であるって言うから聞いてみただけだろ……」

 

気軽な態度で尋ねてくる浜面に麦野はジト目で呆れたように見つめる。

この男は女の守秘義務というものをよくわかっていないらしい。

女というのは多くの秘密を持ってるものなのだ、それをこんな気楽に聞き出そうとするなど男として絶対NG

 

「やっぱアンタ女慣れしてないでしょ?」

「ふ、ふん見くびるなよ麦野! 俺だって女の一人や二人と遊んだ事あるんだぜ!」

「へー」

 

必死そうに上ずった声でそう告白する浜面に麦野は仕事中だというのを忘れてニヤニヤしながら首を傾げて見せた

 

「どんな子? アンタの女って事は相当品の無い奴なんでしょうね」

「アイツはそんなんじゃねぇよ! ていうか俺とアイツはお前が考えてるような関係じゃねぇからな! スキルアウト時代の頃から知り合って仲間になったフレンダって言うんだが……」

 

浜面がそう言った所でピタッと止まった。フレンダ……そういえば自分は彼女となにか約束していたような……

 

「やべぇ……この町に来てから色々と忙しかったらついアイツの事忘れちまってた……ずっと連絡してなかったし、どうしようアイツに殺される……」

「あ? どうしたのよ急に?」

「いやそれが……」

 

急にあたふたと慌て始める浜面に麦野が顔をしかめる。

浜面は慌てながらも彼女に事情を説明しようとしたその時。

 

麦野はハッとした表情を浮かべてすぐに鋭い目に変わった。

 

「!」

「へ!?」

 

彼が何か言いかけていたその時には、麦野は目の色を変えて彼に向かって突っ込んでいた。不慣れな足並みの屋根の上にも関わらずまるで普通に平面な地面を走ってるかのような速さで

いきなりの彼女の行動に浜面は面食らって驚くが、そんな事もお構いなしに麦野は彼の方へ走り寄るとすぐに彼の背中に手を回して

 

「ボーっと突っ立って”犬”に背中見せてんじゃねぇ!」

「うお!」

 

意味深なセリフを吐きながら麦野は浜面を後ろから抱えてそのまま横方向にのけ反る。

彼女の行動にますます混乱する浜面だが次の瞬間、麦野に抱きかかえられながら彼はとんでもない光景を目の当たりにする。

 

 

 

先程まで浜面が立っていた場所に

 

黒い制服、瞳孔は開き、口にタバコを咥えた男が

 

両手に持った刀を勢い良く振り下ろしていたのだ。

 

「うおわぁぁぁぁぁぁぁ!! なになに!? 何事コレ!?」

「チッ、やっぱ暗殺は柄じゃねぇ」

 

振り下ろした刀は静かに空を切る。

男は苦々しい表情で舌打ちすると麦野に抱きかかえられてる浜面の方に刀を手に持ったまま振り向いた。

 

「やっぱ正面からたたっ斬る方が手っ取り早いか」

「き、き、斬る!? もしかして俺を!?」

「オメー以外に誰がいんだよ」

 

素っ頓狂な声を上げて驚いている浜面に男はタバコの煙を吐いたまま平然と答える。

 

「先日、ウチの所の大将が世話になったらしいじゃねぇか」

「大将……? それってもしかして近藤とかいう……」

「その人以外に俺達”真撰組”の大将はいねぇ」

「げ、てことはアンタ真撰組の……」

 

浜面は嫌な事を思い出した。そう、彼の服装はまさしくあの真撰組のれっきとした制服。

随分前に自分達スキルアウトが起こした爆破テロを、手際よく迅速に対応して瞬く間に解決したあの真撰組だった。先日にその大将である近藤勲と会ったばかりだが……まさかまたその組織の一人に出会い、しかも自分を殺す気満々の者が出て来るとは思いもしなかった。

 

「まさかアンタ、やられた大将の敵討ちの為に俺を狙いに」

「そんなんじゃねぇ」

 

人ん家の屋根の上に男は咥えていたタバコをポトリと落とす。

 

「テメェには責任取ってもらうだけだ、ウチの大将はおろか組織そのものに恥かかせた責任をな」

「あのー責任って具体的にどうすれば取れるんですか……」

「ちょっと黙って俺に斬られろ、簡単だろ?」

「全然簡単じゃねぇよ! いて!」

 

シンプルな結論を述べる男に浜面が怖がりながらもツッコミを入れていると。

腰に手を回して抱きかかえていた彼を下にぼとりと落として麦野は男に向かってせせら笑みを浮かべた。

 

「なぁに~? あのストーカー野郎がやられた事が世間体に広がる前に、浜面を殺して黙らせてやろうって腹か? 警察組織がんな事していいわけ?」

「誰だか知らねぇがテメェに用はねぇ、とっととそいつ捨てて失せろ。俺は女子供だろうが容赦しねぇ」

「断ると言ったら?」

「斬る」

 

男が浜面を庇う麦野を睨み付けながらそう言い放つと

 

「へ~……」

 

麦野はニッと笑って空を見上げた。男は謎の行動に映った彼女に眉をひそめる。だがその時

 

スバァ!! という音と共に光線の雨が男の視界に映った。

 

「!!」

 

麦野を中心として真っ白で不健康的な光の筋が四方八方に飛び回る。

彼女の隣にでへたり込んでいる浜面の方にも飛び、「ぎょえぇ!」というマヌケな声をしてその場から飛び上った。

 

「な、な、なんですかこりゃぁぁぁぁ!!??」

「……チッ」

 

自分の座ってた場所に飛んできた光線は志村家の屋根を貫通して家の中へと消えていく。

貫かれた部分はオレンジ色に怪しく光り僅かに熱も帯びていた

突然の出来事に慌てふためく浜面の一方で男の方は冷静に舌打ちだけする。

彼の視線の先にはこの状況をもたらした張本人かと思われる麦野の姿が

 

「……テメェ”能力者”か?」

「まあね、たまに自分でも忘れるぐらい滅多に使わないんだけどさぁ」

 

喋っている途中でも光の光線は麦野の周りを飛び交っている。

熱を帯びたその光は時に男の足元へ飛んだり志村家の屋根に次々と穴を開けていた。

その光景を見て「せっかく取り替えたばかりなのに……」と浜面はがっくりしているが麦野は気にしちゃいない。

 

「コイツは『粒子』と『波形』のその両方の間にある『曖昧なままの電子』。私はそれを自由自在に操る事が出来るのよ」

「何言ってるのか俺にはわからんが、要するにビーム撃てんだろ?」

「確かにビームみたいなモンだけどそんな簡単に言わないでくれる? 傷つくから」

 

麦野の能力は曖昧なまま固定された電子を強制的に操作する事が出来る。

粒子と分子の中間にあるこの電子はどちらの反応を示すかも決定できずにその場に「留まる」性質を持ってしまう。そして「留まる」効力によって擬似的な壁となり、その壁は放たれた速度のままに恐るべき威力で標的へと飛んで行く事になる。

 

「原子崩し≪メルトダウナー≫」

 

麦野は笑みを浮かべたまま己の能力名を答えた。

 

「学園都市に7人しかいない超能力者、レベル5の”第四位”ってのは私の事だよ」

 

レベル5。学園都市にいる能力者達の頂点に君臨する超能力者。

七人の超能力者は順位付けされており、第三位は『超電磁砲』の御坂美琴、第五位は銀時が監視者として保護している”女王”。

 

そして原子崩しを持つ麦野沈利は、第四位の位置に立つまさに学園都市が誇る超能力者だったのだ。

 

それを聞いて新撰組の男は僅かに興味を持ったかのようににやりと笑い。

浜面は彼女の恐るべき正体にあんぐりと口を開けて驚いていた。

 

「……そういや”伊東の野郎”が言ってたな……学園都市は7人の化けモンを飼ってるとか、まさかその内の一人とこんな所で出会うとはな」

「マ、マジで……?」

 

さっきまで人としてダメダメでロクな仕事もまともに出来やしない子だと思い込んでいた数多の能力者が登り詰めようと並々ならぬ努力をして目指しているあのレベル5。

まさか麦野がその誰もが憧れる頂点の一角だったなど夢にも考えていなかったのだ。

というより

 

「なんでレベル5が万事屋なんてやってるんだ……?」

「やりたいからやってるに決まってるでしょ?」

「いやいやいや! だってこんな事してるよりレベル5として研究機関から受けた実験に参加すればたんまり金貰えるはずだろ!」

 

浜面のいう事はもっともであった。レベル5はただでさえ希少なのでその存在価値は非常に高い。能力開発に熱心な研究施設であればそんな彼等に喜んで莫大なる報酬を与える筈。

現に第三位の御坂美琴や第五位の女王は研究参加の報酬を全て足した場合、仮に坂田銀時が3回輪廻転生を行っても稼げない額を受け取っている。

 

とにかく万事屋などというロクに稼げない商売やっているより、超能力者であればその力を利用して稼いだ方が遥かに楽で効率よいのだ。

しかし麦野はそうはせずに、今日も不器用な手つきで釘じゃなくて指にトンカチを叩きつけていた始末。

 

「まあその辺は後で話してあげるから、今はコイツの後片付けするからとっとと後ろ行っててくんない?」

 

しっしと手で払う仕草をして後ろの方へ移動しろと浜面に命令する麦野。

浜面はそれに素直に従い後方に退くもその時改めてこの場の惨場を見渡す。

屋根の所々に麦野の原子崩しが貫いた穴が……

 

「……ここ人ん家だし暴れたら色々マズイと思うんだけど……」

「あ、そう」

「あ、そうじゃねぇよ! こんなん見られたらお妙さんに殺される!!」

「キャバ嬢にシメられるのを想定するより」

 

浜面の方へは振り返らずに、麦野は前を見据えたまま答える。

 

「あそこで偉そうに立ってる汚職警官をぶちのめすが先でしょ」

 

彼女の数メートル離れた場所に立っている真撰組の男は。

麦野がレベル5の第四位だと知っても慌てもせずに怯えもせずに。

平然と懐からタバコを出して口に咥え、胸元に入れておいたライターをカチッと付けていた

 

「おもしれぇじゃねぇか」

 

タバコに火を灯してフゥーと煙を吐く。

 

「一度テメェ等(レベル5)と殺り合ってみたかった、ガキ相手に本気になるってのも癪だが」

 

無能力者でありながらそんな言葉を吐けるなどまともではなかった。

そんなまともではない男は

 

「真撰組副長、土方十四郎。レベル5を独断で斬る」

 

喫煙を行いながら抜いた刀を麦野に突き付けた。

 

「そんなちゃっちぃモン一つで本気で勝てると思ってるのかにゃ~ん? マジムカつくわ、私はね、身の上をわきまえねぇで偉そうな態度で見下してくる奴が一番嫌いなんだよ」

 

レベル5の第四位である自分にこうもふてぶてしい態度で高慢に己の名前さえ明かした土方という男に麦野はフゥと息を吐いて見せた後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」

 

 

 

 

 

 

口が横に引き裂かれるんではないかと思うぐらいに笑っていた。

 

 

 

そして浜面は戦慄しながらこれから起こる出来事を想定し、一つの悩みが生まれた。

 

 

 

「家全部吹っ飛んだら志村姉弟にどう謝ろう……」

 

 

 



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第十六訓 破壊少女、チンピラ警察と縁を作る

「ひでぇ……」

 

真撰組の副長、土方十四郎と万事屋アイテムのリーダーにしてレベル5の第四位である麦野沈利が激突した。

浜面は二人の男女の戦いの行く末を後方から眺めながら現状に絶望を感じている。

 

二人の戦いより、志村家の酷い有り様に

 

「オラオラオラぁ!!」

 

屋根には至る所に大穴が開かれて焼けただれ

 

「死にやがれ!! 汚職警官!!」

 

その穴の下にあるいくつもの部屋にも

 

「避けてるだけじゃ勝てねえぞクソ野郎!」

 

甚大なる被害がある筈だと浜面は予測していた。

だがそんな一方で、先ほどから一連の被害を作っている元凶の麦野はというと

 

「ピョンピョンピョンピョン跳び回ってテメェはバッタかコラァ!? 虫けらなら虫けららしくさっさとグロテスクに内臓と体液出して惨めに死ねっつうのッ!!」

 

普段より更に拍車がかかって豹変した様子で、無能力者である土方相手に遠慮なくレベル5の能力「原子崩し」をお見舞いしていた。

 

固定された電子の壁を光線として撃つ。言うのは簡単だがその威力と速さは並の無能力者なら瞬く間に瞬殺できるスキルだ。

まさに生きた破壊兵器というのは彼女の事を指すのであろう。

 

そんな兵器相手に土方はというとしかめっ面でチッと軽く舌打ち。

 

「……伊東の野郎、こりゃ化けモンってレベルじゃ済まされねえぞ……」

 

己の体を基準点として麦野は周囲から光の光線を放出して土方目掛けて飛ばす。

 

「まさか近藤さんやったガキにこんなイカれた女がいやがったとは」

 

しかしその光線は彼には当たらなかった。光線が放たれる前に土方は瞬時に見定めて横に半歩飛んでいた。飛んできた光線は半歩分キッチリ、さっき立っていた地点を乱暴に撃ち抜いている。

 

「当たれよコンチクショウ!! あ~もうめんどくせぇな!!」

 

一発だけでは当てる事は出来ないと思ったのか、麦野は不機嫌そうに叫びながら周囲の固定された電子を次々と土方に狙って放つ。

だがしかし、土方はフンと鼻を鳴らすと何故か刀を鞘に納めた。

 

「口の悪ぃガキだ」

 

後方から大きくのけ反る、1発目の光線はすぐに彼の足元をかすめた。

そしてすぐにカカカ!と土方は麦野の周りを旋回するように走り出す。

背後から次々と落ちてくる光線を振り切る為に俊敏な速さで屋根の上を疾走するというのは、並大抵の人間では辿りつけないレベルであろう。

 

しかも土方は逃げているだけではない、そこから旋回しつつも徐々に麦野との距離を縮めて

 

「届く距離に入ればこっちのモンだ……!」

「あんッ!?」

 

一定の距離に近づいたところで土方は、鞘に納めていた刀の柄を握って麦野の方へ大きく跳ぶ。

居合抜きの構えで麦野目掛けて刀を抜く土方。だが抜いた刀は彼女を胴体から真っ二つにすることは出来なかった。

 

「チッ、盾まで作れんのかコイツの能力は……!」

「あらら~」

 

固定された電子が密集して壁を作り、麦野は迫りくる刃をそれを用いて余裕で受け止めたのだ。

さすがにこれには土方も面白くなさそうな表情で額から一つの汗を流す。

 

ここまで距離を縮めるために土方は幾度も彼女に能力をわざと使わせて、その時に行う彼女の動作や姿勢を研究していた。

彼女の戦略パターンをこの短時間で大分理解し、先読みして相手の技を潰しつつこの距離にまで迫ったのだが……

 

「せっかくのチャンスを潰してごめんね~、私が『撃つ』しか出来ないと思った? もし本当にそう思ってたら……」

「!!」

 

麦野を守る壁が消えた、だがそれと同時に彼女は動く。能力を用いる為ではなく自ら体を一回転させて

 

「大間違いなんだよバァァァァァァァカ!!!」

「チッ!」

 

強烈な回し蹴りを土方の横腹目掛けて振るう。能力ではなく己の体術まで用いた戦法に土方も予想外だったのか動作が遅れるも、僅かに後ろにのけ反ってなんとかそれを避ける。

 

「なるほど、その辺の能力頼りのひ弱なガキ共とは違うようだな……」

「当たり前でしょ、今アンタの目の前にいるのを誰だと思ってるの? 雑魚とは違うのよ雑魚とは」

 

渾身の回し蹴りさえ避けられたのに麦野は以前不敵な笑みを浮かべたまま土方と対峙する。

 

「いい加減さっさと殺されてくれないかにゃ~ん? これからこの場の後始末もやんなきゃいけないんだからさ、私。屋根の修理、家にある壊したモンの隠蔽、バラバラになったテメェの肉片を燃えるゴミに出したりさぁ~」

「……人間の肉って燃えるゴミなのか?」

「さあ? でも燃えるでしょ? 燃えんなら全部燃えるゴミに出せばいいのよ、私はジャンプだって燃えるゴミに出すわ」

「ロクに分別も出来ねぇのか近頃のガキは……」

 

肝が冷える様なことを呟いて挑発したり訳の分からない事を言ったりする麦野に、土方は構えは崩さずとも顔はしかめっ面を浮かべている。

 

(どうにも読めねぇなこのガキ……なに企んでやがる)

 

ふと麦野の行動に違和感を覚え始めた土方だが、彼女はそんな彼の隙を見逃さない。

 

「ヒャハハハハ!! オラまた下がれよ!! テメェみたいなタバコくせぇ奴が私の傍に寄るんじゃねぇ!!」

 

瞬く前に己の頭上から固定された電子を展開する麦野。

土方がそれに気づいてハッとしたと同時に光の光線はまるで雨の如く彼の上から落ちてくる。

 

「テメェMP切れとかねぇのか!!」

 

疲れさえ見せずに易々と原子崩しを展開できる事にも驚きつつ土方はその場でバク転して一気に麦野から距離を取り直した。

先程まで土方が立っていた地点には大量の光線が集合体となって一つの塊となり、

 

ゴウッ!という音を立てて落ちてきた。屋根など容易く貫き、その場に巨大な大穴を作る程の威力で

 

「……おいおい家がもたねぇぞこのままじゃ」

「家を心配する前にテメーの心配しろよ」

「いやお前がまずこの家のこと心配しろ、知り合いの家なんだろ」

 

思わずツッコミさえ入れてしまう土方だが麦野はそれに対してニタリと笑いながら

 

「これきしの穴なんざ簡単に埋められんだよ、そうでしょ浜面!!」

 

後ろで待機している浜面に不意に話しかける麦野だが、浜面は彼女の問いに静かに手を横に振って

 

「いやさすがにそれは無理」

「はッ!?」

 

彼女が思いもしていなかった返答をした。

「おぅいテメェ! 前回の話で散々偉そうに好き勝手言ってたくせにそれはねぇだろ! どうすんだよコレ!」

「こっちが聞きてえよ! 俺は大工じゃねぇんだよ! こんな滅茶苦茶になった家を元に戻せるか! 神龍に頼め!」

「え、マジで直らないの!? これじゃあのキャバ嬢にいびられるどころかウチのババァに告げ口されるんだけど! 修理費とかめっちゃ請求されるわよ! お願い浜面直して! 300円あげるから!」

「たった300円で親指立ててイエス!と答える程俺のやる気は安くねえ!」

 

突然本来のターゲットである浜面とギャーギャーと口論を始める麦野。

土方はその隙にタバコを一本口に咥えて、ライターで火を灯しながら彼女を黙って見つめる。

 

(やはり読めねぇ……)

 

遂にこちらに完全に背を向けて、浜面の胸倉を掴んで何か叫んでいる麦野を観察しながら、土方は彼女の動きに先程から違和感を覚えていた。

 

(口では殺すだの死ねだの喚き散らしているが……)

 

麦野の能力は確かに恐ろしいほど強い。いざ「殺し」に用いれば簡単に相手を排除出来る事は間違いないであろう。しかし、

 

(明確な殺意がまるで感じない……コイツ、ハナっから俺を殺す気なんか持ってねぇ)

 

土方が違和感を持っていたのはまさにそこだった。

先程から強力な原子崩しを披露している麦野だが、その攻撃は全て完全に察知する事ができた。まるで、避けて下さいと言わんばかりの殺気のこもらない一撃ばかりであったのだ。

 

現にこちらも無傷。あちらも無傷。この戦いで負傷しているのはせいぜいこの家ぐらいだ。

それはそれで志村家にとっては大きな損害だが。

 

(テメーの命を失いかねないこの勝負で、コイツは本気を出さないどころか俺を気遣った上で戦ってるっつーのか?)

 

不機嫌そうに土方はタバコをペッと人の家の屋根に吐き捨てる。自分の考えが正しければ、彼女はこの勝負に本気を出す必要もないと考えているという事だ。土方はそれがどうしても解せない。

 

「おい小娘」

「んだよ! 今こっちは忙しいのよ! 後にして!」

「本気でやれ、さもねぇと死ぬぞ」

「あ?」

 

上から見下ろしながら土方がそう言うと、麦野は浜面の胸倉から手を放して彼の方へ振り返る。

 

「本気ってどういう意味?」

「とぼけんな女狐」

 

チャキっと刀を構えながら土方は鋭い目で彼女を睨み付ける。

 

「全力でかかってこい、俺を殺す気でな」

「あ、そ」

 

刀をこちらに突き付けてそう宣言する土方に、麦野は項垂れて軽くため息をついて、

 

「そうね、いい加減飽きたから」

 

静かにそう答えると、

 

「死ね」

 

突然彼に向かって走り出した。

先程まで遠距離から撃ってきていたのに、自ら距離を縮めに来た彼女に対して土方はニヤリと笑って真っ向から突っ込む。彼女がいよいよ本気で来ると肌で感じたからだ。

 

(命のやり取りと行こうぜ……!)

 

刀を両手で持って振り上げる、無謀に突っ込んできた麦野をもう完全に捉えている。このまま……

 

「うらぁぁぁぁぁ!!!」

 

縦から真っ二つにする勢いで土方は刀を速く振り下ろした。この僅かな一瞬、彼は完全に「斬った!」と感じていたのだが、

 

「な!!」

 

振り下ろした先には何もなかった。鳩が豆鉄砲を食ったように固まる土方はハッと気づく。

 

(光線を下に撃って自分の体を……!!)

 

こちらが刀を振り下ろそうとしていた所で、麦野は既に自分の足元に電子の壁をぶつけ、それをブースター代わりにして滑る様に動き、彼の高速の斬撃を難なく回避していたのだ。

しかし彼が気付いた時点でもう遅い。

土方は見開いた目でパッと横に振り返る。

 

すぐ隣に悪魔のように笑って見せる麦野が、指の先から固定された電子をこちらに突きつけていた。今度こそ本気の殺意を持って

 

(マズイ! やられ……!)

 

死ぬ、土方がそう感じたその時

 

 

 

 

 

彼の持っていた刀の刀身がカランと気の抜ける音を出して屋根の上に落ちた。

 

「……は?」

 

柄の先は一瞬にして焼き切れていた。落ちた刀身にもその痕が残っている。

麦野の狙いは土方ではなく、彼の持つ獲物を無力化する事だったのだ。

 

土方は刀身を失った柄を握ったまま呆然とした表情で麦野を見つめる。

彼女はというと呑気に「ふわぁ」と欠伸をすると自分の肩をコキコキと鳴らしている。

先程彼女から感じていた殺意はもう感じられない。

 

「はいこれで終わり」

「な! テメェどういうつもりだコラ!」

 

一瞬だけ本気を見せただけで、結局自分にトドメを刺そうともしない始末。

コケにされた事に対し土方は彼女に向かって声を荒げる。

 

「殺すつもりで勝負しろって俺は言った筈だぞ!」

「ああごめん、私って人から指図受けると反抗しちゃう性分なのよ」

「テメェ……」

「こんなくだらねぇ事で人殺しになりたかないのよ私は。この町に住めなくなっちゃうでしょ」

 

そう言って麦野は既に戦う為の得物も失ってしまった土方に背を向けて浜面の方へ歩き出す。

 

「浜面~、あの姉弟戻ってくる前に家直すから手伝って~」

「い、いやその前にお前大丈夫か……? 怪我とかしてないのか?」

「んな心配いらないわよ、レベル5ナメんな」

 

オドオドしながら歩み寄ってくる浜面を見て思わずケラケラと笑っている麦野。

土方は柄だけになった刀をその場にカランと捨てて彼女の方へ一歩近づいた。

 

「一つだけ教えろ、どうしてそれほどの力をもってながらこんな所にいんだテメェは」

「はぁ……」

 

問いかける彼に、麦野は振り返らずにゆっくりと口を開いた。

 

「ここが私の”居場所”なのよ。ここ以外に私の居場所はないわ」

「……」

「はい終わり、さっさと消えて」

 

無愛想にそう言うと、麦野は土方をその場にほったらかしにして浜面にジト目を向ける。

 

「ちょっと何してんのよ、ボーっとしてないで仕事しろ。早く家直しなさい」

「いやさっきお前が言ってた事気になって……って! 出来る訳ねぇだろコレ! 屋根どころから家の中まで穴だらけになっちまってんだぞ!」

「穴なんて塞げばいいだけでしょ、板でも打ちつけておけば気が付かないわよ」

「気付くわ!」

 

乱暴な提案に浜面が無理だと叫んでいたその時、

 

「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉ!!! これどうなってんですか一体!!!」

「……あ」

 

下から聞こえた絶叫の様な叫び声が飛んできた。

浜面はピタッと止まってそーっと後ろに振り返って下を見下ろすと

 

「なんで屋根の修理頼んだだけなのに家が半壊してるんですか!! 麦野さん! またアンタがなんかやったんでしょ!!」

 

釘と包帯が入ったビニール袋を片手に持って帰って来た新八が、こちらを指差して怒鳴っていた。

 

「浜面君もちゃんと麦野さんがロクな事しないよう見張っててくださいよ! どうするんですかこれ一体!!」

「いやねぇ新八君、別に麦野が全面的に悪いんじゃないんだよ……これには色々と事情が」

 

なんだかんだで自分の窮地を救ってくれたのは麦野だ。そう思って浜面は焦りながらもなんとか彼女をフォローしようとするが……

 

「そうね、是非私にも聞かせてもらいたいわね。屋根の修理さえまともに出来ない万事屋さん?」

「……」

 

すぐ隣から聞こえた女性の声に浜面はビクッと体を震わせる。

下にいるのは新八だけだ、ならなぜ”彼女”の声がこんなに近く……

恐る恐るゆっくりと声のした方向に振り向いてみると

 

「買い物から帰ってきたら父上が残してくれたお家が崩壊していたなんて、私ビックリし過ぎてあなた達をここから生きて帰せそうにないわ」

「ギャアアアアアア!! いつの間に戻って来て屋根の上に昇って来たのこの人!!」

 

笑顔とポニーテールが魅力的な女性、志村新八の姉であるお妙がニッコリ笑いかけながらこちらに歩いてくるではないか。

まさか着物という動きにくい恰好でここまで昇って来たのか、気配もださずに……

 

「麦野さん、これはどうしてくれるのかしら? ウチ穴だらけになってるんですけど、明らかに誰がやったのかわかる証拠を綺麗に残して」

「通気性を良くするサービスよ、今年の夏は涼しい夜を過ごせて寝心地抜群よきっと」

「そうね、これなら寒い冬になればきっとぐっすり眠れるわね、永遠に」

(お妙さんの笑顔こえぇ~……てかなんで麦野ビビらねぇんだよ……)

 

麦野に笑いかけながら近づいてくるお妙に、すっかり浜面はビビッてその場から動けなくなってしまう。

しかし麦野の方はというとそんな彼女相手にも平然とし、まるで自分が悪いと思っていない様子で真っ向から彼女と顔を合わせていた。

 

「べっつにいいでしょ~穴ぐらい、わかったわよ塞ぐわよ、板でも貼り付けとけばいいんでしょ?」

「ふふ、穴塞げばすべて丸く収まるとでも思ってるのかしらこの単細胞さんは」

 

髪を掻き毟りながらいかにも安易な提案を出す麦野にお妙が小首を傾げて黒いオーラを放ち始めていると、

 

さっきまでこの状況を見物していた土方がスッと二人の間に割って出た。

 

「待て、この家が穴だらけになったのは俺の責任でもある。その上でこの件は俺に話をつけさせろ」

「ああ? 私に負けた癖になに仕切ってんの?」

「うっせぇ殺すぞ! つか俺は負けてねえ! 刀折られただけだ!」

 

いきなりしゃしゃり出てきた土方に麦野はジロッと睨んで不満そうに言うが、土方は彼女に一喝してすぐにお妙の方へ振り返る。

 

「とりあえず、アンタ。”近藤さんの女”だな」

「なんですこの人? 初めて会った人をムカつかせる事が趣味の方ですか?」

 

いきなり失礼な事を言われ、さすがにお妙もイラッとするが土方は話を続けた。

 

「武装警察、真撰組の副長をやってる土方だ。ここの修理費はウチが”一時的に”持つ、それでいいだろ女」

「ああ、あのゴリラの部下の人なんですね。出すもの出してくれるなら構いませんよ、けどどうしてあなたが麦野さんの肩を持つんです?」

「やられっぱなしは性に合わねえんでな」

 

そう言って土方はチラリと麦野の方へ目をやってニヤリと笑う。

 

「俺をナメた罰だ、きっちり借金返せよコラ」

「はぁ!? よくわかんねぇけどテメェの組織が全額弁償するんだろ! なんで私がアンタに借金すんのよ!!」

「一時的つっただろうが、今は俺が工面しておくが後々きっちり請求するんだよ。勝負吹っかけたのは俺だとはいえ家ぶっ壊したのは実質テメェだろ」

「ふざけんなぁ! あれはテメェがピョンピョン避けてたからだろうが!!」

 

いきなり借金と聞かされさすがに麦野も声を裏返らせ驚いていた。そんな彼女の反応を眺めながら、土方は懐からタバコを取り出す。戦闘中も喫煙を欠かさなかった事から余程のヘビースモーカーなのだろう。

 

「とりあえずウチからの依頼は全部タダでやれ、いくつか達成したらその内借金チャラにしてやる」

「は? まさか真撰組が私に依頼するって事?」

「俺は能力者ってのは心底嫌いだが、逆に能力者に興味持ってる野郎がウチの組織にいる」

 

咥えたタバコに火を付けて一気に吸う土方。

 

「そいつが言うには能力者を用いて円滑に事件解決が出来るようにするのが目的らしい」

「へぇ意外ね。武闘派の真撰組にもそういう事考える輩がいるんだ」

「表向きはな……役に立つ手駒がまだ少ねぇ。だからテメェの存在がウチに知られれば、いずれそいつがお前に依頼を寄越すかもしれねぇ。それもかなりの報酬を出してな」

 

煙を空に向かって吹きながらそう言う土方に、麦野は無言で腕を組む。

 

真撰組がウチに仕事を寄越す事になる。果たしてこの話、上手い方向に行くのか悪い方向に行くのか……

 

考え込んでいる麦野に浜面はその話を聞いて「おお!」と嬉しそうな声を出す。

 

「真撰組とはいえ警察組織から依頼が来るようになったら名前を売れるチャンスじゃねえか! 駒場捕まえた組織からの依頼ってのがちと引っかかるが、これでたんまりと金が入るようになればフレンダだって!」

「ちったぁ脳みそ使えよ浜面。下手すれば幕府の犬の犬に成り下がるのよ」

「でもよ、真撰組の依頼ならお前の能力をもっと上手く活用できるかもしれねぇじゃねぇか!」

「別に私は能力使って金儲けしたいとは思ってないわよ、私はなんでもやる万事屋として稼ぎたいの」

 

身を乗り上げる浜面にそう言い放つと、麦野はまだ納得してない様子で鼻を鳴らして土方の方へ目をやる。

 

「まあいいわ、とりあえずその話には乗っておくけどこれだけは覚えときなさい。来た依頼は必ず受けるのがウチの主義。だけど汚い仕事させられるなら別よ」

「そうか、だがテメェの肩にはもう俺からの借金が乗っかってるのを忘れんな」

「ええ、それぐらい構わないわよ」

「テメェの部下もその間は生かしておいてやる」

「はいはい」

 

苦々しい表情で土方を睨みながら舌打ちすると、麦野はサッと背後に立っていた浜面の方へ振り返ると

 

「つーことで浜面、アンタも私の借金半分背負ってね」

「へ!? 構わないんじゃないの!? お前が全額背負うんじゃないの!?」

「おいおいおい、誰が助けたか覚えてんのかしら浜面君?」

「い、いや確かにこの男が引き下がったのは麦野のおかげだけど……え、マジで?」

 

いきなり借金の片棒を担げと言われ浜面は顔中から汗を流しながらもう一度麦野に問いかける。

麦野はお妙に負けないぐらいニッコリ笑いながら

 

「命の恩人が言ってんだからやれ、この場で血祭りにされたくないでしょ?」

「……はい」

 

完全に弱みを握られている時点でもう浜面に拒否するという選択肢は無かった。

これでもう、万事屋はおろか真撰組からも逃げられなくなったという事だ……。

 

意気消沈している浜面はほっといて、先ほど土方が金を出すと言ってくれたのでお妙はすっかりご機嫌の様子だった。

 

「それじゃあ私の口座に振り込んでおいてくださいね、もし振り込まなかったらあなたの上司の醜態をネット上に流しますから」

「ああわかってる、だからそれは勘弁してくれ」

「ウチは元々西洋の宮殿をイメージして江戸一番の匠が建てた家ですからそれなりのお金をお願いしますね」

「どこが西洋の宮殿だ!? こんな畳の匂いのする宮殿見た事ねえよ!!」

 

お妙に向かって土方がツッコんでいる様子だが浜面は頭を押さえて全く聞く耳持たずだった。

 

(……銀さん、フレンダ……俺、この町で早くも借金持ちになりました……)

 

フレンダを迎えるのはまだ先になりそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浜面が麦野の借金を半分背負って落ち込んでいる頃。

志村家を囲む塀の上に一人の男が彼等の状況をジーっと観察しながら眺めて立っていた。

真撰組の制服を着た、10代後半ぐらいの甘いマスクをした栗色の髪の少年。腰に帯刀している所から見て、彼もまた一人前の隊士なのがわかる。

 

「あらら~、負けちまったくせに相手をフォローするとはねぇ。鬼の副長が聞いて呆れるぜぃ」

 

自分より年上であろう土方を見てそんな事を仏頂面で呟いた。

 

「意地張らねぇで能力者対策の武装しておけば、片腕ぐらい斬り落とせただろうに」

 

そう言い終えると男は塀の上からひょいっと外側にジャンプして降りる。

 

着地した場所の傍にはピンクのジャージを着た寡黙そうな少女が塀にもたれて地面に体育座りしていた。

 

「……南西から信号が来てる……」

「何言ってんだお前?」

 

いきなり電波気味な事を言う少女に男はツッコミを入れてだるそうに自分の肩に手を置く。

 

「伊東さんも変な奴寄越しやがって、一体コイツが何の役に立つんだかねぇ、とりあえず俺がウンコした後のケツ拭く係でもやらせるか」

 

不満そうにそう言うと、男は制服のポケットに両手を突っ込んで歩き始めた。

 

「行くぞケツ拭き係、これ以上あのバカ(土方)の監察しても面白くもなんともねぇや。帰って再放送のドラマ見た方がましだ」

 

男が歩き出すと少女も体育座りを止めて腰を上げ、黙って彼の後をついて行く。

 

その時、ふと志村家の門から先程男が見ていたであろう光景が彼女の目にも映った。

 

「じゃあまずはこの家の穴を全部塞がなきゃね、ほら新ちゃんも手伝って」

「はぁ……言わなくてもわかってると思いますけど報酬はありませんからね」

「ええ!? 俺借金背負っちゃったんだよ! ちょっとでもいいからくれよ!!」

「諦めなさい浜面、コイツ等は血の涙もない姉弟なのよ……」

「アンタはどの口が言うんだコラァ!! ってなんじゃぁぁぁぁぁこの大穴ぁぁぁぁぁ!!」

「ふふ、私の最高傑作」

「なにドヤ顔浮かべてんだアンタ! すげぇムカつくんだよそのツラ!」

「じゃあ土方さんも手伝って下さいね、女手二人と軟弱そうな男二人だと不安だし」

「ああ? 俺は金払うだけだぞ? なんでんな事しなきゃいけねぇんだ?」

「ええとなんでしたっけ? YouTube? あれで流せばいいんですか?」

「おい万事屋ぁ! 早く釘持って来いコラァ! 日が落ちる前に穴という穴に板張るぞぉ!!」

 

屋根の上でやかましく叫びながら騒いでいる一同を見て

 

「……楽しそう……」

 

その一言だけ呟いて少女は男の後をついて行った。

 

 

 



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第十七訓 電撃少女、チャイナ娘と逃走少女に出会う

夏休み、それは子供達にとって長いようで短い休暇。

本来、この期間の間だと子供達は集まって色んな所へ出掛けてはいわゆる「夏の思い出」というのを作っていくのだが、

 

御坂美琴はそんな思い出など一つもなく、ただダラダラとこの大切な期間を無駄にしてしまっていた。

 

「暑い……」

 

とある公園の日陰に隠れたベンチにもたれかけて、今日も彼女は退屈な時間を独りぼっちで過ごしている。

 

理由は簡単、彼女には友人が絶望的なほど少ない。その数わずか二人。

そしてその内の一人は夏休みなど関係ないジャッジメントであり、

もう一人は自分よりずっと年上であるし学校の教師。自分から会おうとしても夏休みなので中々会えない立場にいる。

 

だが、例えこの二人が遊んでいいと承諾しても、彼等と遊ぶ気など美琴自身はサラサラなかった。

彼女は決めたのだ。自分だけの力でこの夏休みの間に友人を作るという野望を。

そしてあの二人に目に物を見せてやる、散々バカにしたことを見返してやると意気揚々とこうして毎日出かけているのだが……

 

「やっぱ出会いってそうそう無いか~……ハハハ」

 

ただ外に出るだけで友達が作れるわけが無かった。美琴はそれを身をもって実感し、そして悲しくなる。汗と一緒に涙まで出てきそうになり思わず自虐的な笑い声を上げてしまう。

 

ゆえに彼女は仕方なくこんな炎天下で退屈な時間をただボーっとするしかなかった。

 

「いやネガティブに考えちゃダメよ、ポジティブに考えなさい御坂美琴……そうよ自信を持てばいいんだわ、これからは後ろ向きに考えずに前向きに考えて生きていけばいいじゃない」

 

自分で自分に言い聞かせると美琴は腕を組んで思考する。

 

「悔しいけどあの”女王”を参考した方がいいかもしれないわね。アイツってば引くぐらい自信家だけど派閥作れるぐらい人を惹きつけれる力を持ってるし……」

 

あまり模範にしてはいけない人物を一番最初に出す所から美琴もかなりアレなようだ。

そもそも女王にとって派閥として集まっている者達との関係は、友人というより「主人と下僕」みたいな立場なのに、それを参考にしようとする時点でいかにコミュニケーションの取り方がわかってないのがよくわかる。

 

「私だって常盤台、レベル5、第三位の超電磁砲、勉学も優秀、運動神経も中々、容姿は余裕で学生モデルのトップ狙えるレベル。スタイルも将来有望の筈……あれ私って凄すぎじゃない? 才能あり過ぎて自分で自分が怖いわ」

 

もし彼女の背後に銀髪天然パーマの教師がいたら、間違いなくその教師は彼女の後頭部を思いっきり平手で叩いたであろう。

ポジティブどころか自分の理想像を入れて勝手なイメージを組み立てている事に彼女自身気付いていなかった。

 

「こんな凄い私と友達になりたいと思う子なら、それこそ星の数はいるわよねきっと、フフフ」

 

アゴに指を当てながら不敵に笑う美琴、一人で。

傍から見ればもう完全に痛い子で、この場をツインテールの少女が目撃したらその場で泣き崩れてしまうかもしれない。

 

そんな痛い小娘が友達作りに意欲を見せ始めていると、

ふと彼女が座っている所から二人の男女の声が聞こえてきた。

 

「なぁなぁ、君どっから来たん? こんな暑い所よりボクと涼しい所行ってお茶でも飲まへん?」

「なんですか一体? もしかしてナンパですか? 生憎ですけどそんなヒマ”超”無いんであっち行っててください」

「んも~いけず~、そんな事言わんで行こうよボクと~」

 

えらくわざとらしい関西弁を使う男と無愛想そうな少女の声。

どうやら男の方が少女にしつこくナンパしているらしい。

 

美琴はその声がした方向に振り返って立ち上がる。

 

「こう見えてボク、年下の女の子のエスコートなら中々のモンやで?」

「さっきから超最低の誘い方してるあなたが言っても説得力の欠片も無いですね」

「わかった、じゃあ今から君の胸をときめかせる最高の口説き文句を……ボクと合体して下さい!」

「お願いですから消えて下さい、それか死んで下さい」

「あは~ん! そのゴミを見るような目つき最高や! ドストライクゾーン入ったで~!」

「うへぇ、超キモイ上に変態マゾとか救いようがありませんね……」

 

公園にあるブランコにちょこんと座っているノースリーブのパーカーと短パンを着た少女に、”どこかで見たような高校の制服”を着た青髪の男が悶絶するように腰をくねくねしながら叫んでいた。

 

確かに変態だ……美琴はその男の醜態を眺めて唖然とするが、スタスタと彼等の方へ歩いて行く。

 

「ちょっとそこの変態、何やってんの」

「は! ボクを求める女の子がまた一人! しかも常盤台のお嬢様やて! 遂にボクにモテ期が!」

「いや求めてないし誰も」

 

こちらに振り返り様嬉しそうな笑顔を見せる青髪の男に美琴は冷たい目で一蹴する。

 

「その子困ってるじゃないの、ナンパならよそでやりなさい」

「え!? それはつまり「ナ、ナンパするなら私にしなさいよこのスケベ!」っていう意味!?」

「どう履き違えればそうなるのよ! アンタの頭の構造どうなってんだ一体!」

「常に女の子で一杯です!」

「ドヤ顔で言うな!」

 

変態もここまで行くといっそ清々しい、しかしやはり変態、人間として底辺の系統だというのはゆるぎない事実だ。

頭の中でそう結論付けている美琴に、青髪の男はパーカーを着た少女から常盤台のお嬢様にターゲットを変更したようだ。

 

「じゃあボクとお茶しよう! いや合体しよう! 大丈夫ボクは年下の女の子のエスコートなら中々のモンやで! 経験ないけど!」

「うわ! 近寄んな変態!」

「はぁはぁはぁ! ええやんええやん! 何事も経験を経て女の子は成長していく生き物なんや! ボクがそれをじっくりぱっくりもっこり教えたるで~」

「この……!」

 

両手をわしゃわしゃと気持ち悪い動きをしながら荒い息を立てて近づいてくる男に、美琴はバチッと頭から火花を出して威嚇しようとしたその時。

 

「ふぉわちゃぁぁぁぁぁ!!!」

「ごでふぁ!!」

「……へ?」

 

美琴の横をすり抜け、男に向かって飛んで行き鬼気迫る表情で彼を飛び蹴りで吹っ飛ばした赤い弾丸……否

赤いチャイナ服を着て頭に二つの髪留めを付けた

 

傘を持った自分と同年代の女の子だった。

 

「死ねコラァァァァァ!!」

「ギャァァァァァ!!!」

 

彼女は倒れた男に向かって拳を振り上げて何度も鉄槌を振り下ろし始める。

いきなり現れた彼女に美琴が困惑しているのも関係なしに。

 

「おら! おら! おら! おらぁぁぁぁぁぁ!!」

「あぼ! ぐえ! ほげ! おぐろぉ!」

「ちょ! ストップストップ! それ以上やったらそいつ死ぬ!」

 

チャイナ少女が狂ったように拳を振り下ろす度に男は悲鳴を上げ、所々に彼の血が飛び散りまくる。

 

あっという間にモザイクが無いと映せない状態になってしまった男を見て、やっと美琴は慌てて彼女を止めに入る。

チャイナ娘は拳を振り下ろすのを止めて何事もなかったかのように振り返った。

 

「なにアルか? 私は今、私の縄張りでキモイ踊りしてたコイツに制裁くわえてる最中だから邪魔すんなヨ」

「いややり過ぎやり過ぎ! そいつもう虫の息じゃない!」

「なに!? テメェまだ息してんのかゴラァァァァ!!! 死ねぇェェェェェェ!!!!」

「ぎえぴー!」

「だからそれ以上やったら死んじゃうでしょうが!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、やっとチャイナ娘は青髪の男への制裁を止めた。

止めたというより最終的に公園の外へ思いっきりぶん投げて(片手で)遠い彼方に送ってしまったのだが。

 

「どんだけバカ力なのよ……もしかして筋力増加とかそういう能力者なのアンタ?」

「おい、大丈夫アルかそこの小娘」

「無視すんじゃないわよ!」

 

話しかけてくる美琴を無視し、さっきから黙ってブランコに座っている少女にチャイナ娘が話しかけると少女はブランコから降りて地面に両足を着けた。

 

「ぶっちゃけあんな変態野郎私一人でなんとでもなったのですが。その手間を省かせた件についてはありがたいと思ってます、誰だか知りませんが超感謝しますチャイナさん」

「良いって事アル、私はテリトリーに不届きモンが入って来たから追い出しただけヨ」

「追い出したというより半殺しだった気がするんですが? ていうか超殺す気じゃありませんでした? 目がマジでしたよ」

 

先程のチャイナ娘の暴れっぷりを見た上で少女が冷静に考察すると、彼女は「んー」と首を傾げながら小指で鼻をほじりだし、

 

「最近の男ってのは軟弱すぎてダメアルな、ちょっとどついただけなのにあっという間にお星さまになっちゃったネ、だから私は悪くないヨ」

「なんででしょう、あなたのその破天荒で図太い性格に不思議と好感を持ってしまいました」

 

日傘を差して優々と鼻をほじる彼女に少女が無表情ながら感心したような事を言っていると

 

「はぁ? あれのどこがちょっとなのよ、あそこまでやるこたないでしょ。あの変態が全面的に悪いのは事実だけど、さすがにこんな公の場で血だるまにするぐらい殴り飛ばすなんて、ジャッジメントとかアンチスキルに捕まってもいい訳出来ないわよ」

 

空気の読めない美琴がキビキビとした態度で突然チャイナ娘に説教し始めた。

それに対して少女は彼女の方へ振り返る。

 

「ていうか超誰ですかあなた?」

「え!? 何言ってんのよ! あなたを最初に助けようとしたのは私よ!」

「ああそういや、私があの男に言い寄られてる時に呼んでもないのに出てきましたね」

「何よその言い方! 言っとくけど私だってこのチャイナ娘が出てこなかったらあんな変態コテンパンに出来たわよ!」

 

そう言って美琴は胸を張ってフンと鼻を鳴らすと僅かに口元に笑みを見せながら、

 

「常盤台の超電磁砲、この御坂美琴が本気になればあんな変態百人だろうが千人だろうが一瞬でこの世から抹消する程の電撃をお見舞い出来るわ」

 

先程チャイナ娘にやりすぎだと偉そうに説教垂れてたくせにそんな事を自慢げに言う美琴。

だが二人の少女はというと御坂美琴という名前を聞いてもピンと来てない様子で、

 

「御坂美琴? 知ってますかチャイナさん?」

「知らねー、芸能人アルか? サインなら貰ってるやるからさっさとどっか行けヨ」

「ちょっと待てコラァァァァァァ!!!」

 

鼻に指突っ込みながら適当に相手するかのような態度を取るチャイナ娘に美琴は食ってかかる。

 

「超電磁砲よ! レベル5の第三位! それが御坂美琴! つまり私!!」

「レベルってなにアルか?」

「へ!?」

「知らないんですかチャイナさん? 学園都市では能力開発というのが超行われていてレベル事にその階級が分かれているんです」

 

どうやらチャイナ娘はレベル5どころか能力者について自体知らないようだ。

小指に突いた鼻くそを飛ばしながら美琴にジト目を向けるチャイナ娘に、少女が話の間に割って出て説明して上げる。

 

「この街には様々な能力を持つ者がいますがそれのトップがレベル5。そして彼女はそのレベル5でありしかも3本の指に入る程の超凄い能力者らしいです」

「コイツそんなすごい奴アルか? エスパー伊東の超能力より凄い事出来るアルか?」

「ギリギリ彼女が勝ってると思います、超ギリギリですが」

「なんでエスパー伊東と接戦なのよ! あんなのただ面白いだけでしょ!」

 

サラリとした口調でチャイナ娘に教えて上げる少女に美琴が指さしてツッコむと、少女はやっと彼女の方へ振り向いた。

 

「そういや私も名前だけは研究所で聞いた事がありますね、超思い出しました。第三位のなんとかなんとかさん」

「御坂美琴ぉぉぉぉぉ! まるっと全部覚えてないじゃないの! ついさっきも名乗ったのに!」

「いやいや能力の方はちゃんと覚えてますって。アレですよね、なんか超ビリビリするんですよね?」 

「アバウト過ぎるだろうがァァァァァ!!」

「”ビリビリ”というより”ピリピリ”してるネ」

 

その場で強く地団駄を踏んで叫ぶ彼女にチャイナ娘が無表情で感想を呟く。

 

「なんだか知らないけどお前が凄いのはわかったアル」

「ぜぇ……ぜぇ……あ、わかってくれた?」

 

肩から息をしながら美琴がほんのり嬉しそうにするがその直後、チャイナ娘はなおも感情の無いの表情で

 

「わかったからさっさとどっか行けヨ、生憎お前がビリビリしてようがピリピリしてようが私はお前になんの興味もないネ」

「なんでよ! 私よ! この学園都市に住む学生達の憧れの的なのよ! こんな私とお近づきのチャンスを得るって事は世界一の幸運なんだからね!」

「うわ……自分で言ってて超むなしいと思わないんですか?」

 

ドギツイ毒を無垢に吐いてくるチャイナ娘に美琴はなおも食ってかかって叫んでいるが、その姿が哀れとしか言いようがなく、傍に立っていた少女はやや引いた様子で呟いた。

 

「やっぱレベル5ってのは超変人のオンパレードみたいですね。まあそんな事よりチャイナさん」

「どうしたアルか、小娘」

「ここで会ったのもなんかの縁ですしどっか行きませんか? ここにいるとこのレベル5さんが超うるさいんで」

「ちょっとぉ! うるさいって何よ! 常盤台の子なんか私に話しかけられただけで失神する程喜ぶんだからね!」

 

まだ脇でギャーギャー喚いている美琴を二人は完全無視。

少女の誘いにチャイナ娘は素直に頷いて

 

「良いアルよ、私もヒマしてた所ネ。私は神楽≪かぐら≫ヨロシ」

「絹旗最愛≪きぬはたさいあい≫です。実は私も行く当ても無く超ヒマだったんでこの辺ブラブラしてしましてね、一人でいるのもなんか退屈なので二人で遊びに行きましょう」

「ちょ、ちょっとなに二人で急に仲良くしてんのよ! 私も混ぜてよ! ちなみに私は御坂美琴です! 私もすっごいヒマです!」

「いやあなたの名前は先程から超しつこく聞かされてるんでもういいです」

 

チャイナ娘は神楽、少女は絹旗最愛と名乗り二人仲良くどこかへ遊びに行こうとしているのを見て、思わず美琴も割り込もうとするが絹旗から冷たい目を浴びせられる。

 

「私、レベル5だからといってそれを偉そうに振り飾る人って超嫌いなんですよ」

「え……」

「そうアル、なにが私は憧れの的~だヨ、お前なんかせいぜい射的場の的だろうが、隣の商品が欲しかったのに間違えて当たっちゃって「あ、これ別のと交換して下さ~い」って言われちゃうぐらいの価値しかねぇよ」

「……」

 

絹旗からの強烈なストレート、神楽からの超絶急転直下のとどめの一撃。

身も蓋もない毒舌トークに美琴の心はポキッと折れた音がした。

ショックでその場で固まってしまう彼女をほおっておいて、神楽と絹旗はスタスタと行ってしまう。

 

「よくもまあ初対面の人にあんな超失礼な態度取れるんですかね~」

「育ちが悪いせいアル、きっと保護者の方もダメダメなロクデナシに決まってるネ、あまりにもロクデナシ過ぎて毛根が天然パーマになってるようなダメなおっさんに教育されたアルよ」

「超あり得そうですね、もしくはふんぞり返って偉そうな態度を取ってる癖に一日中ゴロゴロしてるダメ女かもしれません」

 

妙に一部の人間に酷似した例を挙げる神楽と絹旗。

彼女達がそんな事を言っている頃、その酷似した二人の人物が同時にくしゃみしていた。

 

『ブワックション!! なんだ夏風邪でも引いたか?』

『きったないですの、わたくしにうつしたら承知しませんわよ』

『安心しろ、変態は風邪ひかねえってよく言うだろ』

 

『クシュン! だーいきなりくしゃみ出ちゃった、風邪かしら?』

『家賃持ッテコネェクセニウイルス持ッテクンジャネェヨクソアマ!』

『あらやだ、アンタ顔面ウイルスまみれじゃない』

 

「お互い、そんなちゃらんぽらんな人間にこき使われない人生を送れて超良かったですねー」

「全くアル、やっぱり一人で自由に楽しく生きていくのが一番ヨ」

「ほう、やはりあなたとは超上手い酒が呑めそうです、私未成年ですけど」

「じゃあオロナミンCで乾杯アル」

「ならばコンビニへ買いに行きましょう、オロナミンCで私達二人が出会えたことを祝して超乾杯です」

 

二人でワイワイ仲好く会話をしながら行ってしまう。

取り残された美琴はその場にポツンと立ちすくみながら二人の後姿を死んだ目で見送る。

 

「どうして……自分に自信を付ければ友達なんて簡単に作れるモンじゃなかったの……」

 

自分で勝手に決め込んだ友達の作り方に、自分自身で悩み苦しむ美琴。

レベル5という立場もダメ、常盤台のお嬢様という立場もダメ、ならば自分がもう持ってるものと言ったら……

 

「ある……! 大抵の人間なら喜んで食いついてくれる必殺技を持ってるじゃない私……!」

 

またろくでもない事を閃いたのか美琴は行ってしまう絹旗と神楽を追いかけた。

そして彼女達の肩に両手を伸ばしてガシっと掴むと

 

 

 

 

 

 

「”金”ならある!!」

「ええ! いきなり超何言ってんですかこの人!?」

「お願い! お金上げるから私も連れて行って!」

「うぉい離せヨ! なんかお前の目怖いアル!」

「お金ならあなた達だって欲しいでしょ! ねぇねぇねぇ!!!」

「金なんていらないからこっちに顔近付けんなぁ!!」

「超必死過ぎて目が血走ってるんですけど!!」

 

目に血管が浮き出る程の目つきで、絶対に離さないと言わんばかりの力で二人の肩を思いきり掴む美琴に、さすがの絹旗と神楽も血相を変えて怖がった。

 

「とりあえず落ち着いてください! 超落ち着いてください! 逃げませんから!」

「ていうか逃げたら逃げたらでその顔で追って来そうで怖いアル、絶対夢に出るネ」

「……」

 

二人が逃げないと告げると美琴は躊躇しつつもゆっくりと彼女達の肩から手を放す。

大人しくなったはいいものの今度は黙り込む始末の美琴に、神楽がジト目で口を開いた。

 

「なにか訳アリのようアルな」

「私……友達全然いなくて……それでいつもその件で知り合いの二人(銀時と黒子)にいじられてて……」

 

話を聞いてくれる態勢になってくれた神楽と絹旗に、美琴はようやく素直になって項垂れながら心中を吐露する。

 

「だから私、アイツ等を見返してやろうと思って一人で友達作ろうと思ったんだけど全然上手くいかなくて……だから知り合いの一人を参考にして、自分に自信をもって接すれば自ずと他人との縁って作れるもんなのかなと思って……」

「ああ、さっきまでの態度ってそういう意味があったんですか……」

 

擦れた声で告白され、絹旗はなるほどと理解しつつもどこかよくわからなかった。

つまり彼女は友達が欲しくてあんな高慢な態度を取っていたというのか?

矛盾溢れるそのやり方に首を傾げる絹旗をよそに、隣に立っていた神楽は突然ペッと唾を地面に吐き捨てる。

 

「あんな上から目線で話しかけられたら誰だってキレるアル、友達欲しいなら素直にそう言えよバカチンが」

「ごめんなさい……」

「この人超泣きそうなんですけど」

「おい、泣けばいいってモンじゃねぇぞ、女の涙で釣れるのは男だけだって死んだマミーが言ってたアル、ここで泣こうが喚こうがオメーが欲しがってる友達は釣れねえんだヨ」

「ず、ずみまぜんでじたぁ……」

「あの、追い打ちかけないで上げて下さい、さすがに可哀想ですホントに……」

 

すすり声で謝りながら遂に涙目になってしまった美琴を見て絹旗も居心地悪そうにポリポリと頭を掻くと自分から彼女に近づいた。

 

「色々言ってしまって超すみませんでした、レベル5も色々と悩み抱えてるんですね」

「私も悪かったヨ、だから泣かないでほしいネ。なんか私達がお前をイジメてるみたいで罪悪感が芽生えるアル」

「いやイジメみたいというよりイジメてたと思いますよ私達、神楽さんなんか死体に蹴り入れてましたよ」

 

素直にこちら側も悪い所があったと謝る絹旗と神楽に、恐る恐る顔を上げて美琴はすすり声を上げながらも彼女の顔を見る。

 

「私も偉そうな態度取ってごめんなさい……今度から気を付けます……」

「ええ、ではこれで超和解ですね私達は」

「じゃあ改めて”3人”で行こうアル」

「……え?」

 

頭を下げて謝った美琴に絹旗は頷き神楽は楽しそうに提案した。

彼女の提案に思わず美琴は顔を上げながら口をポカンと開ける。

 

「3人って……私もついて行っていいの?」

「おうよ、3人でオロナミンC酌み交わそうぜ」

「私も超賛成です、そうと決まれば早く行きましょう」

 

ニカっと笑って見せる神楽に、無表情に見えて若干口元が緩んでいる絹旗。

心中を暴露した自分をあっさりと受け入れてくれた二人を見て、ふと銀髪の教師とツインテールの少女が映った。

 

「なによ、結局私と仲良くなってくれるのってこういう連中ばっかりね」

 

そう呟き美琴もまた彼女達と同様に思わずフッと笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言っておくけど子供はオロナミンCは一杯までだからね」

「私は大人の女だから一杯どころか三杯飲んでもいいヨロシ」

「私も超大人なので」

「何が大人よ、対して成長してない胸のクセに」

「お前に言われたかねーヨ」

「な! なんですってぇ!!」

「なんで仲直りしたのに超速攻で喧嘩始めようとしてるんですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美琴がようやく友達作りの糸口を見つけた頃

 

「この野郎、また仕事中にサボって居眠りしてやがる」

 

ここは真撰組の屯所の広い庭が一望できる廊下。

そこの柱にもたれて眠っているのは、「眠ってませんよ」とわざとらしくアピールしてる目が付いたなんともバカにしたようなアイマスクを装着して眠っている十代後半ぐらいの若い男である。その男の頬を腰に差した鞘の先で小突く真撰組副長・土方十四郎。

 

「おいコラ起きろ、いつまで寝てんだ」

「なんですかぃ……まだ12時じゃないですか、こんな時間に起こさないで下さいよ」

「真っ当な人間はとっくに活動始めてる時間だろうが」

 

土方に小突かれて男はやっと目を覚ましてアイマスクを外した。寝ぼけ眼をこすりながら男は目の前に立っている土方の方へ顔を上げる。

 

「ていうか土方さんは何しに来たんですかぃ? サボってないで仕事行ってくれませんか、フォローする俺の身になってください」

「どの口が言ってんだテメェ……まあいい、ちょっとコイツを見ろ」

 

柱にもたれながら涼しげな表情で上司にそんな口の利き方をする男に、土方はイラッとしながらも手に持っていた紙を一枚を彼の前に突き出す。

 

「昨日の夜、能力進化を専門とする研究所から実験体が一人脱走したらしい」

「能力進化専門ってなんですかぃ?」

「素質ある能力者を上の段階に上げるために研究してる奴等の事だとよ」

「へ~」

 

土方もあまり能力関連については詳しくないので簡単に要約して男に告げる。

それで納得したのか男は気のない返事をして話を続けた。

 

「それでその研究所から”実験動物≪モルモット≫”が逃げたからなんなんですか。まさか俺達にとっ捕まえろと」

「いや、研究所からの通達では捕まえろとは言われてねぇ」

 

男の問いかけに土方は世間話を語るかのように言葉を告げた。

 

「「抵抗するならばそちらで処分してくれ」だとよ」

「そりゃ斬っちまってもいいって事ですかぃ?」

「ああそうだ、ったく人の仕事を殺し屋か始末屋と勘違いしてんじゃねぇか?」

「大事なモルモットが逃げた訳じゃねぇって訳ですか」

「ま、”口封じ”だろうな」

 

手に持った紙をヒラヒラさせながら物騒な事を簡単に口走る土方。

 

「大方研究所の連中は公には出来ねぇ実験をその素体に繰り返し実行してたんだろ。別の研究所にとっ捕まって情報を奪われる前に始末しとこうと考えたのさ」

「それなら殺すより捕まえた方がいいと俺は思いやすがね。また研究所に連れ戻してその非合法の実験でもやりゃあいいだけの話でしょ」

「反抗的な実験体は改めて再教育して従順にさせるより、手っ取り早く処理してコスト削減、それから新しい素体を用いてまた研究するのが連中のやり口だ」

 

吐き捨てるかのように言葉を放つと土方は不満げな顔で舌打ちする。

ここの研究者は欲望に忠実だ。まるで金や名誉よりもその先にある物を欲してるかのように数々の実験を繰り返している。

ましてやそれが禁忌の実験であっても、新しい発見と開発を見つけるためであれば彼等は膨大な時間と労力をも惜しまない。

故に彼等の考え方は土方達のような科学の事をよく知らない者たちとは根本的に違うのだ。

 

「俺としては、そのガキ相手に怪しげな実験を行おうとする研究者を全員斬ってやりてぇよ」

「そういう連中は適当に泳がせておいて、美味しい時に炙って食っちまえばいいんですよ」

 

不機嫌そうな土方に諭すようにそう言った後、男はチラリと横目をやって視線を落とす。

その先にはピンクのジャージを着た少女が先程の自分と同じく眠り込んでいた。

 

「北北東から……強い二つの信号が来てる……」

 

多くの人が通る廊下でぐっすりと爆睡しているこの少女、寝言を呟きながら鼻ちょうちんを膨らませて堂々と眠り込んでいる彼女に目をやった後、男は親指で彼女を指さしながら土方の方へ顔を上げる。

 

「そういやコイツもどっかの研究所から拝借したって伊東さんが言ってやしたぜ。もしかしたらコイツもヤバい開発実験とかやってたかもしれませんね」

「どうでもいいさこんなガキ……つうかコイツなんなんだ? 伊東の野郎が捜査に協力させる為に手に入れた代物らしいが、なんの役に立つんだこの居眠り小娘」

「何言ってんですかぃコイツの存在価値は高いですぜ、土方さん以上です。なにせコイツは」

 

彼女を指差されても土方は顔をしかめて首を傾げる。そんな態度を取る上司に男は呆れたように首を横に振ると彼女を指差したまま、

 

「ケツ拭き係ですぜ」

「いや嘘つけよ! なんだよケツ吹き係って! なんでそんなのがウチにいんだよ!」

「ほら、ケツ拭く時って手汚れちまうでしょ? だからですよ」

「だからじゃねぇよ! 手汚れたら洗えばいいだろうが! いらねぇんだよケツ拭く係なんて! つうか年頃のガキになんちゅう事やらせようとしてんだテメェは!!」

 

あまりにも10代の女の子に対しての配慮が足りない男に土方も喝を飛ばすが、男はそんな彼にキリッとしながら微笑を浮かべて

 

「残念ですが土方さん、俺はウンコしようが小便しようが手は洗わない主義なんです」

「なに誇りに満ちた顔で言ってんだ! 少しも誇れねぇよそんな汚ねぇ事! 主義としてじゃなくて人として手ぇ洗えよ!」

 

指を突き付けて大方ツッコミを入れた後、土方は苛立ちを抑えるかのように髪を乱暴に掻き毟った後、彼に向かってずっと手に持っていた一枚の紙を投げつけるように渡した。

 

「コイツ持っとけ、逃げた実験体の顔と名前だ」

「どれどれ……」

 

渡された紙にしばらく目を通すと男は「へぇ」と軽い口調で声を出す。

 

「レベル4なんですかぃこのガキ」

「高能力者だ。油断すんなよ」

「へいへい、誰かさんと違って俺はちゃんと能力対策の武装は準備しておきやすから。それにレベル4なら土方さんを軽く負かしたあのレベル5よりは苦戦しないでしょ」

 

レベル5、その言葉に土方の耳がピクリと反応した。

 

「テメェまさか見てたのか……」

「心配しないで下さい、あの時の土方さんの負けっぷりはもうスピーカー使って隊士全員に伝え済みですから」

「テメェェェェェェェ!!!」

 

あの時の出来事が既に隊士全員に知れ渡ったと聞いた瞬間には、土方の手は腰に差した刀に伸びていた。

 

「なにしてくれてんだコラァ! 最近隊士達の態度がよそよそしいし近藤さんが同情の視線的なのを送ってきてたのはそれが理由か! 斬られろ! 今すぐ俺に斬られて死ね!!」

「どうせいずれバレるんだろうからいいじゃないですかぃ、隠し通せるモンじゃありやせんぜ。近藤さんの仇である男を殺そうとしたらその男の女に殺されかけたなんてお

もしれぇ話」

 

半狂乱になってキレる土方を尻目に男は涼しそうな表情でそう言った後、

彼から渡された紙を手に持ったまま、隣で寝ている少女の頬を思いっきりつねった。

 

「起きろガキ、仕事だ。能力者探しならお前得意だろーが」

 

男がそう言うと、頬をつねられながら少女がパチッと両目を開けてむくりと半身を起こした。それと同時に鼻に付いていた鼻ちょうちんはパンと弾ける。まるでからくりの人形のような動きだった

 

「うん……それが私の能力だから」

「じゃあ土方さん、俺はもう行くんで」

「おい! まだこっちの話は終わってねぇぞ!」

「すいやせ~ん、俺サボってる土方さんと違って仕事ありますから~」

「待てこらァァァァァァァ!!!」

 

立ち上がり様に捨て台詞を残して、男は激昂している土方を放置して早足で廊下を駆けて行った。

先程同行しろと命令した少女も後をついてくるだろう。

 

「しっかし、ガキを斬るのが仕事か。どうにもやる気でねえや」

 

屯所の出入り口へと向かいながら、男は探すべき人物の顔と名前が書かれた報告書にもう一度目を通す。

 

 

 

 

 

名前の欄には絹旗最愛≪きぬはたさいあい≫と書かれていた。

 

名前の横にはこちらにむっつり顔でピースしている少女の写真が貼られている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真撰組・一番隊隊長、沖田総悟≪おきたそうご≫がまさかガキ連れてガキ斬りに行かなきゃならねぇとはねぇ」

 

 

色々な意味で真撰組一危険な男が

 

 

 

「まあいいか、レベル4相手なら退屈しのぎにはなるだろうし」

 

 

 

遂に動く

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十八訓 電撃少女、人気過ぎて引っ張りだこに遭う

ポーカーフェイスであまり感情を読み取れない少女、絹旗最愛

なぜか常に日傘を差し、破天荒な戦闘力で変態を半殺しにしたチャイナ娘、神楽

事の流れで御坂美琴は二人との間に小さな絆を作る事ができ。

現在は第七学区に設置されているコンビニエンスストアの中で3人で行動している真っ最中であった。

 

「え? アンタ天人なの?」

「うん、これでも私は宇宙をまたにかけ、出稼ぎでこの地球にやってきた可憐な美少女アルよ」

「パッと見だと私達地球人と区別できないわね……」

 

店内に入っても日傘を持ったままである神楽をしげしげと眺めながら美琴が首を傾げる。

彼女は自分の事を天人だと言うがどうも自分の知る中の天人とは違っていた。

美琴の知る天人というのは額にキモイ触覚生えてたり、キモイ喋り方してたり、キモイ趣味してる明らか人類とは程遠い姿形と特徴を持つ異形の者なのだが。

神楽の見た目は自分達人間とそんな大差無いように見える。

 

「天人にも色々いるのね」

「透き通るような白い肌、日の光に弱いために常に傘を持ち歩いている、そしてあの超戦闘能力からして……」

 

ぼんやりとした感じで美琴が頷いてみせると、同じく一緒に店に入った絹旗が神楽の見た目と先程までの行動と能力をまとめてサラリと結論を出した。

 

「あの超傭兵部族とか言われてる夜兎≪やと≫族ですね」

「夜兎?」

「知らないですか? その気になれば星一個潰しかねないほどの戦闘能力を持つ天人の事ですよ。天人の生態や種類については学校で超教えられているはずだと思うのですが?」

「私天人の事嫌いだからそっちの方は勉強しないのよ」

 

無表情で嫌味っぽく言ってきた絹旗に美琴は適当に受け流して売り場にあった栄養ドリンク、オロナミンcを手に取る。

 

「ていうかアンタが星一個潰すような凶悪な天人とは思えないんだけど、見た目普通に女の子だし」

「おいおい嬢ちゃん、先入観だけで物事語っちゃあいけないアルよ、これでも宇宙一のエイリアンハンターの娘ネ。小便臭い小娘ってのはこれだからやんなっちゃうぜ」

「おっさんかアンタは、てかエイリアンハンターって何?」

 

へっと軽く笑って見せて悟りを開いた中年男性のようにアドバイスを送ってきた神楽に美琴はジト目で短くツッコむと、オロナミンcをもう一本取り出して彼女に渡す。

 

「はいコレ、天人でも会計の仕方ぐらいわかるでしょ」

「知ってるけど私お金ないヨ」

「は!?」

「あ、ちなみに私も超深い事情があってお金ないです」

「はぁ!?」

 

あっさりと金が無いと告白した神楽に絹旗も便乗し同じく無一文だと答える。

いきなりそんな事を言われては美琴が口を開けたまま固まってしまうのも無理はない。

 

「どういう事よそれ! なに!? じゃあアンタ達どうやって二人で買い物しようとしたのよ!」

「いやぁてっきり神楽さんが少し位持ってるんじゃないかなと超思ってまして」

「奢られる前提でオロナミンcで乾杯しようとしてたのかアンタは!」

 

ポリポリと後頭部を掻きながらマイペースに言う絹旗に美琴が指を突き付けて叫んでいると今度は神楽が小指を耳でほじりながらだるそうに

 

「なんだよお金ぐらい、その辺で歩いてるチンピラ倒せば経験値と一緒に貰えるんだロ?」

「アンタ地球とここの世界観を何だと思ってるの!? いくら倒そうがゴールドも貰えないしレベルも上がらいっつーの! 貰えるのはアンチスキルからの罰金請求書! 上がるのは犯罪レベルだけよ!」

「マジでか!? じゃあ魔王どうやって倒せばいいアルか!? レベル1じゃ魔王どころかガンタタにも一撃でやられるじゃねぇか!」

「知るかぁぁぁぁぁぁ!!」

 

いきなり慌てて尋ねてくる神楽に美琴が店内にも関わらず大声を上げてキレる。

これでは結局自分が彼女達の為にお金を払わなければならないではないか。

無一文だけでなく発想もお子様レベル、二人に美琴がすっかり翻弄されていると、彼女の肩に後ろからポンと手が置かれる。

 

「店の中でギャーギャー騒ぐんじゃねえよ、いくら騒ぐ事しか能のない中二でもちったぁ身の程わきまえろコノヤロー」

「お姉様、店内でお騒がせするのも立派な店側への迷惑行為に妥当しますから。そうなったらわたくし、お姉様を捕まえなければいけませんのでどうかそれだけはご勘弁させてくださいまし」

「ん?」

 

どこか聞き覚えのある声に美琴はしかめっ面を浮かべるとバッと後ろに振り返る。

 

案の定、空色の着流しと腰に木刀を差した坂田銀時と、自分と同じ常盤台の制服を着た白井黒子が二人一緒に仏頂面で立っていたのだ。

 

「……何してんのアンタ達?」

「ババァにまた説教食らった挙句にしばらくコイツの仕事手伝うハメになったんだよ」

「仕事? 黒子の仕事って事はジャッジメントの?」

「ったくよぉあのババァ、別にガキ連れてかぶき町行く事なんざ多めに見ろっつーの。そういやお前はまだ言った事無かったっけ? 今度行くか?」

 

銀時がブツブツと反省していない様子でぼやき始めると隣に立っている黒子がコホンと咳をすると代わりに話を続ける。

 

「ここの所、攘夷浪士によるテロ活動が多発してきてますしジャッジメントも戦力アップも考えるべきだと思いまして。それで万年ヒマなこの男を連れてパトロール活動している所でしたの」

「いや、もうそういうのいいから」

「へ? どういう事ですのお姉様?」

 

事情を説明した黒子に向かって美琴は冷ややかな目線を向けながらけだるそうにため息。

テンションの低い彼女に黒子は眉をひそめていると

 

「なんかもう何度も言ってるから言いたくないんだけどさぁ、アンタ達って本当は仲良いでしょ?」

「な! 気持ち悪い事言わないで下さいまし! 誰がこんな男と仲良くなるというのですの!」

「そうだテメェふざけんな、俺がこんなチビガキと仲良く手を繋いでここまで来たと思ってんのか? 互いに罵り合いながらここまで来て、口を開けば互いの悪口言い合う関係、いわば一昔前のお笑いコンビみたいなモンだ、オール阪神巨人なんだよ、楽屋も別々なんだよ」

 

相変わらずの反応に美琴は静かに首を横に振る

 

「いやいやもういいってそういう言い訳とか、そろそろ読者にも『この二人って仲悪い設定なのに、どうして一緒にいる事多いんですか? 矛盾してますよね?』とかなんとか思われてるわよきっと」

「テメェ以外誰にも思われてねぇよそんな事!」

「お姉様! わたくしはこの男とプライベートな付き合いは一切ないから勘違いしないで下さいまし! わたくしは決して浮気などしておりませんから!」

「あ~ホントどっちがめんどくさいんだか」

 

ムキになって反論してくる二人に美琴がため息交じりにはいはいと受け流していると。一部始終を見物していた絹旗と神楽がようやく歩み寄る。

 

「誰アルか? このモジャモジャとチビッ子は?」

「おっさんと常盤台の中学生、超犯罪の匂いがします」

「ああ? テメェ等こそ誰だよ」

「こちらの素性を聞くのであれば先に自らの名を明かす事が常識ではなくて?」

 

こちらを眺めながら美琴に尋ねる神楽と絹旗に銀時と黒子は負けじと睨み付ける。

 

「ていうかテメェ等、さっきからコイツと仲良さげにしてるみたいだが何が目的だ?」

「下衆な企みを抱えてお姉様に近づいてきたのであれば容赦しませんわよ」

 

警戒心をあらわにして二人に向かって問い詰めようとする銀時と黒子に美琴がムッとした表情を浮かべて食ってかかる。

 

「ちょっとアンタ等、なんで私が同年代の子と一緒にいるだけでそんな怪しむのよ」

「だっておかしいだろうが、どうやればお前が俺達以外の奴とつるむ事ができるんだよ」

「そうですの、お姉様にわたくしの助力無しでお友達が出来るなど天地がひっくり返ってもあり得ませんわ」

「アンタ等私をなんだと思ってんだぁ!!」

 

美琴の直球的な質問に二人は知らっとした表情で

 

「とんでもねぇ能力を操るこの街最強の小娘、そして友達いなさ過ぎてカエルの人形と会話する痛いガキ」

「常盤台のエースにして誰もが憧れる電撃姫、そして一人でカラオケに行って日が落ちるまでギンタマンメドレー熱唱し続ける可哀想な方ですの」

「最初の部分だけでいいだろ! なんで付け足すのよそこで!!」

 

褒めてるのか貶しているのか、恐らく後者の方であろうが。

相変わらず自分に友達など作れるはずがないと断言するこの二人には美琴もそろそろ我慢の限界というものだ。

自分だけでなく絹旗と神楽がいる前でこんな事を言われているのだから。

 

しかし彼女達は美琴の恥ずかしいエピソードを聞いても全く動じなかった。

なぜなら

 

「あ~やっぱりそういう方だったんですか、大体超予想出来てましたし別に驚きませんね。一人で古本屋に籠ってニヤニヤしながら立ち読みしてる姿も想像つきます」

「金出して私達と友達になろうとした時点でわかってたアル、どうせ学校では教室にいてもずっと寝たふりしてるんだろ?」

「アンタ達も勝手な事言わないでよ! い、いやそりゃ確かにそうなんだけど……」

 

なんでわかるのだと疑問に思いながらも美琴はぐうの音も出なかった。日頃からの自分の振る舞いは大体彼女達の予想通りなのだから。

しかし彼女達のそんな話を聞いていたのは美琴だけではなかった。

神楽がこぼした言葉に銀時が目を鋭くさせて光らせる。

 

「ちょっと待て、おいそこのチャイナ娘。さっきお前、コイツが金を餌にして自分達と友達になろうとしたとか言ったよな?」

「うん、すんごい顔で迫って来たからマジドン引きだったアル。な?」

「ええ、アレは超怖かったですね」

 

二人顔合わせて頷いている神楽と絹旗をよそに、銀時と黒子の視線はゆっくりと居心地悪そうにしている美琴の方へ向いた。

 

「お前……遂に。もしかしてアレか? 今月のお友達代とかいうあの……」

「嘘ですわよねお姉様……嘘だと言って下さいませ……」

「つ、つい弾みで言っちゃっただけなのよ! 止めて! そんな目で私を見ないで!」

 

銀時はおろか黒子まで死んだ目でこちらに哀れみの視線を送ってくる。ただでさえメンタルが弱い美琴にはかなりの精神的ダメージになった。

 

「いいじゃないそんなちっぽけな事! それにこの二人はお金が目的で私と一緒にいるわけじゃないのよ! 純粋にありのままの私を見てくれて仲間に加えてくれたの!」

「ええ、そうですよ。ところでオロナミンcの料金払ってくれませんか? それと私映画雑誌も超欲しいから一緒に買ってください」

「私肉まんとあんまんとピザまんとカレーまん食べたいネ、あとあの”酢こんぶ”とかいうの美味しそうアル」

「よっしゃあ! 私が全部買ってやる!!」

「思いきり金づるにされてるじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「お姉様ぁぁぁぁぁぁぁ!! お願いですから正気に戻ってくださいですのぉぉぉぉぉぉ!!」

 

調子に乗って次から次へとねだり出す二人に美琴はつい調子に乗って意気揚々と腕を上げてそれを承諾。

完全にお金狙いで利用されてると思った銀時と黒子は、遂に後ろから美琴の体をがしっと強く掴んだ。

 

「よし! こんな奴等とつるむのは止めて今日は俺達と遊びに行こう! ファミレスでパフェ奢ってやるから!」

「こんな金食い虫にたかられてはみるみるお姉様がダメな子になってしまいますわ!」

「ちょ! 離しなさいよアンタ達!」

 

二人それぞれで美琴の右腕と左腕を掴んでコンビニから引きずる様に出て行こうとする銀時と黒子。

それに激しく抵抗してジタバタと暴れる美琴を見て絹旗と神楽が目を光らせた。

 

「私達の大切な金づるをどこへ連れていくつもりですか!」

「テメェェェェェ!! 天パ! 私の財布返せコラァ!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!! この状況で私の足引っ張るなぁぁぁぁぁ!!  千切れる! 千切れちゃう!!」

 

上半身を引っ張られている美琴の片足を一人ずつ掴んで銀時達とは反対方向に引っ張る絹旗と神楽。さながら現在の美琴の状況は昔に用いられた処刑法、牛裂きの刑(罪人の両手両足に縛った縄に一頭ずつ牛が繋がっていて、合図を出して同時に牛を反対方向に走らせると罪人がきたない花火を咲かせるアレ)に遭ってるようなモン。

 

あまりの痛さに絶叫を上げる美琴だがそんな事知った事かと言った風に負けじと銀時と黒子もコンビニの出口の方へ美琴を強く引っ張る。

 

「ウチのガキに触んなコラ! 金ならやるからとっとと消えろ寄生虫共が!!」

「あなた達の様な欲にかられた俗物がお姉様に触れるとか許しませんわよ!」

「もう超なんなんですかあなた達! この人の父親と母親ですか!?」

「子離れも出来ない親が娘の友達付き合いに口挟むんじゃねぇぞゴラァ!!」

「どうでもいいから離せぇぇぇぇぇぇ!!」

 

お互いに負けるかと歯を剥きだして口論しながら美琴を引っ張り合う4人。

腰の骨がきしむ感触を覚えてそろそろマジで千切れるんじゃないかと美琴が悲鳴を上げていたその時。

 

「あのさぁ、いい加減気付いてくれないかな? ここコンビニだよ? 店の中だよ? おたくらいつまで騒いでんの?」

「あん?」

 

いきなり聞こえた男性の声に銀時がそちらに振り向くと

 

コンビニ店員の制服を着ながらもグラサンだけはしっかり装着している中年の男性が迷惑そうな顔で立っていた

 

「あれ? おたくどっかで見たような……誰だっけ?」

「わたくしも見覚えありますわね」

 

美琴の上半身を掴んだまま銀時と黒子はそのコンビニ店員を眺めながら思い出そうとしていると、4人に掴まれて宙ぶらりん状態の美琴もつい彼等が見ている方向に目をやる。

 

「え、アンタ達こんな小汚いグラサンのおっさんと知り合いなの?」

 

二人と違い彼女は全く見覚えが無い様子。そんな彼女に男性はグラサンをクイッと上にあげながら

 

「あれひどくね? 誰のせいで俺こんな事してると思ってるの? 誰が皇子のペット撃ち殺したせいで俺がこんな事になってると思ってるの?」

「なにそれクイズ? 誰のせいかなんて知らないわよ」

「全部テメェのせいなんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

ジト目で「は?」と言う風に顔をしかめる美琴に突然男が怒り狂って雄叫びを上げ始めた。

 

「俺だよ俺! 入国管理局の”長谷川泰三”! アンタに異星の皇子のペットを捕まえてくれって依頼したグラサンの似合う長谷川泰三だよ!」

「ああ、あの時の。ようやく思い出した」

 

長谷川泰三、幕府直属の組織である入国管理局のトップ。

世間でいう勝ち組の存在であったのだが美琴にバカ皇子のペットであるエイリアン捕獲を頼んだことがキッカケで……

 

「お前のせいで俺はな……俺はな……」

「ちょっと~突然怒った次は泣く気? どういう状況よコレ」

「おっさん一人と小娘3人に両手両足引っ張られて宙ぶらりんしてるのに平然と喋ってるオメェの方がどういう状況だよ!」

 

グラサンの奥から光る滴を落として鼻をすする長谷川に美琴はドン引き。

自分をこんな所まで追い込んだ元凶である彼女のこんな態度に長谷川は憤りを感じつつもそれをぐっと堪える。相手にしたら死ぬからだ。

 

「ふ、まあいいさ……過ぎた事はこの際忘れてやる。今の俺は残った財産といろんな所から金を借りて建てたこのコンビニ、”MADAO”で勝負してるんだ。あ、マダオってのはウチの店の名前ね? ”ま”るで”ダ”ヴィンチがデザインしたぐらい美しい”お”店、略してMADAOさ」

「なんなんですかこのおっさん? 未だかつてない超負け犬の匂いがプンプンしますんですけど?」

「それだけじゃないアル、風呂入っても落ちない腐り切ったおっさんの匂いネ」

「あのさぁ嬢ちゃん達、これ以上オッサンの心を傷付けないでくれる? 過ぎた事は忘れるけど現在進行形で傷つけられるとさすがにオッサン心折れちゃうから」

 

美琴の両足を掴んだまま口を揃えて毒を吐き始める絹旗と神楽にグラサンの奥にある目を潤ませながらも長谷川は話を続ける。

 

「いわばここは俺の戦場にもなり城にもなり墓にもなる場所なんだ。だからアンタ等にこれ以上騒いでもらっちゃ困るんだよ、お客さんビビッて近寄らねぇだろ?」

「おっさんの匂いってどうしてこう嫌になっちゃうんでしょうね、私今超気分悪いです」

「おいおっさん、あっち行けヨ、テメェの匂いのせいで一人気分悪くなってるネ、さっさと消えるヨロシ」

「あのさぁ君達もう一度言わせて、頼むからおっさんをイジメないで? 俺達おっさんは君等ぐらいの若い女の子にそういう事言われるとホント泣きたくなるの。死にたくなるの」

 

グスッとすすり声を漏らしながら鼻に指を当てる長谷川。

全く話を聞いてくれない毒舌娘達の彼の精神状態もボロボロだ。しかしそんな状態でも彼は決して折れない。

涙を堪えて背筋を伸ばし、5人に向かって腕を組んだ状態で彼は口を大きく開ける。

 

「例えここに強盗が来ようが殺人犯が来ようが俺はこの店を守ると決めたんだ! だからテメェみたいなレベル5が来ようが! 銀髪天然パーマのおっさんとちっこいジャッジメントが来ようが! 俺の弱った心をサンドバックにして笑顔でストレート決めてくる毒舌小娘共が相手だろうがこの店だけは! MADAOだけは死守するぞ!」

 

騒ぎまくっていた彼女達に向かって放った啖呵。

その言葉だけで長谷川はどれだけこの店で勝負しようとしているのか、どんな思いでこの店を守ろうとしているのかというのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、長谷川がそんな決意をあらわにしたところで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”来客”は突然やって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

それは突然風を削り取るかのような轟音を立てながら

 

 

店の入り口である自動ドアに突っ込み

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長谷川が用意したありとあらゆる商品や器物を、コンビニ『MADAO』を盛大な爆発音と共にぶっ飛ばしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大爆発の音がコンビニの中で周りに響き渡っていたその時。

 

店の前方には同じ制服を着た数十人の男たちがこぞって集まっていた。

 

その集団の正体は

 

「テンメェ総悟!! いきなりバズーカぶっ放すとかなに考えてんだコラァ!!」

「別にいいでしょ減るモンじゃないですし」

「減るだろ! 今ここで真撰組への信頼が急激に減っているのがわかんねぇのか!! 周りにいた住民が悲鳴あげて逃げて行ったぞ!!」

「愚民共にどう思われようが俺は知ったこっちゃねぇんで」

 

周りから男女の悲鳴が木霊する中でバズーカをコンビニ目掛けて放った張本人。

真撰組一番隊隊長、沖田総悟は至って冷静な様子で上司である土方と会話していた。

 

「真撰組だー! 逃げろ! この辺一帯を跡形もなくぶっ壊す気だぞ!」

「きゃー助けてー!!」

「え~みなさんご心配なく!! 我々真撰組は別にこの街に害を為す事が目的とした組織じゃなくてですね! あ! ちょっと! 石投げないで! 痛いですホント! いやバナナ投げられても困りますから! 別に嫌いじゃないけど投げられたら食べるとかそんなんしないから! あ、美味しんだけどなにこれ? どこ産?」

 

逃げ惑う住民達に必死に呼びかけているのは、このクセの強い荒くれ集団真撰組を一つにまとめ上げる程の器量とカリスマを持っていながら不運に恵まれることの多い近藤勲だった。

つい先日元スキルアウトの少年に酷いだまし討ちでやられたにも関わらず、すっかりピンピンした様子で沖田達と一緒に業務に励んでいる。

 

「おいまずいぞトシ! これじゃあどんどん俺達の株が下がっちまうぞ! もうマジでやべぇんだって!」

「それよりなんでバナナ食ってんだアンタ?」

「ああ、銀髪のちっこいガキが投げてきた」

「は?」

 

手にバナナをもって口をモグモグ動かしながら走り寄ってくきた近藤に疑問を感じつつも土方はタバコを口に咥えたままだるそうに

 

「近藤さん、文句言うなら総悟に言ってくれ。アイツがすべての元凶だ、アイツがすべて悪い」

「近藤さん、文句言うなら土方さんに言って下さい、部下の失態はすべて上司の責任だ、コイツがすべて悪い」

「ふざけんなこのサディスティックバカ!! お前のせいだ! 腹切れ!」

「いやです、土方さんが切ってくだせぇ」

 

完全にナメた態度で土方を挑発する総悟。本来ならこの場で斬られてもおかしくないような態度なのだがこの掛け合いはもはや真撰組にとっては日常茶飯事の光景であった。

 

「トシ、総悟、いざこざは後にしろ。今はとりあえず仕事に集中してくれ、住民達の罵声や文句や器物破壊の責任は俺が受け止める、だからお前等は何も考えず好き勝手暴れてくれ」

「バナナ食いながらそんな事言ってもイマイチかっこつかねぇなアンタ……」

 

頼りがいはあるのだがいまいち締まりが悪い近藤に土方は口から煙を吐きながら呆れているとバズーカ砲を肩に掛けながら沖田が振り返り

 

「近藤さん、俺もちょっと腹減ってたんでコンビニでバナナ買ってきていいですかぃ?」

「コンビニならさっきテメェがぶっ飛ばしただろうが!!」

 

しれっとした顔でそんな事を提案する彼に土方は一喝するとやれやれと首を横に振って

 

「もういい、お前等、店内を探って来い。レベル4があの程度でやられたとは思えねえが念のためだ。死体があるか見てこい」

「「「「「「うーっす!!」」」」」」

 

命令に素早く対応して土方の後方にいた血気盛んな隊士達が行動を始める。

ザッザッザッと足音を立てて数十人の隊士達は破壊したコンビニへと歩いて行った。

それを腕組んで見送るのはタバコを咥えて静かに佇む土方とバナナを食べ終えて腕を組んでいる近藤。

 

「トシよ、俺はどうも今回の件はやる気がでねぇ。依頼を寄越したのがよからぬ実験を行っているって噂がある研究所ってだけじゃねぇ、ターゲットがまだほんの中学生ぐらいの小娘だという事だ」

「仕方ねぇだろ、警察も何でも屋みてぇなもんだ。来た仕事を受けるのが仕事。自分で好きな事選ぶなんてできねぇんだよ」

 

温厚でお人好しなタイプである近藤にそれとは反対方向の性格をしている土方が冷静に現実的に諭す。

この二人はそんな全然違う性格にも関わらず不思議と今まで仲良くやってこれた。

 

「だからって子供を手に掛けるのはどうもな……」

「相手はレベル4だぞ、ただのガキじゃねえ。指一本で人を殺せる化け物だ、俺達は化け物退治に来た、それだけだ」

 

平然とした顔でそう言い放った土方に近藤は腕を組んだまま厳しい表情を浮かべる。

 

「トシ、それは違うぞ、能力者だからと言って俺達と同じ血の通った人間だ。俺達と同じ感情をもち、好き嫌いもあり、色恋もする。この街で暮らしている人間の子供なんだ。そんな子供達を化け物呼ばわりするのはよせ」

「んな甘い事言ってるからその辺のガキに汚ねぇ手つかってやられちまうんだよアンタは」

「お前だってレベル5の女の子に負けたって総悟に聞いたけど?」

 

いきなり嫌な事を思い出させる彼の一言に土方はしかめっ面を浮かべた。

 

「いやアレは負けてないから、刀折られただけだし。侍は刀じゃなくて心折られなきゃ負けじゃねぇから」

「じゃあ俺も負けてないから、例えやられても俺のお妙さんに対する愛は今も決して揺るぎやしてないからね、今も昔も俺の心はお妙さんで一杯です」

「いやそれだと負けてなお欲情してる粘着質なストーカーに進化してるだけだろ」

 

キラッと歯を光らせこちらに輝かしい笑顔を見せる近藤に仏頂面で土方がツッコんでいると、突然コンビニへ向かわせた隊士達がどよめき始めていた。

 

「局長と副長! 大変です!」

「ああ、どうした? ガキ以外の死体でも見つけたか? 心配するな俺達の頭である近藤さんがすべて責任持つ」

「ちょ、ちょっと! さすがに民間人巻き添えにしちゃったら洒落にならないんだけど! さすがに背負いきれないんだけど!」:

 

身勝手に言い放つ土方に近藤が慌てていると隊士の一人が破壊したコンビニの上を指さして

 

「上にガキ二人と男が立っています!!」

「あん?」

 

指さした方向に土方は顔を上げる。

 

コンビニの上、本来なら一般人がそう簡単に立てる訳がない場所に

 

「なんだアイツ等?」

 

同じ制服を着た娘が二人と着物を着た銀髪天然パーマの男が呑気にこちらを見下ろしながら立っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何よコレ……どういう事なのよ」

「なんか急に爆発したと思いきや、今度は汗臭そうな連中が俺達の事を見上げてやがるぜ」

 

先程まで店内にいた美琴はこんな状況に混乱し始めている。一方同じく一緒の場所に立っている銀時は、コンビニの上から隊士達を見下ろして呟きながら隣に立っている少女の方に振り返る。

 

「おめぇの能力に慣れると視界が変わっても全然驚かなくなっちまったよ」

「わたくしの能力では二人飛ばすのが限界でしたの」

 

少女こと黒子はそう言って深いため息を放つ。

ついさっき総悟が放ったバズーカでコンビニが吹っ飛ばされる直前に、彼女がテレポートを使って銀時と美琴だけでも避難させたのだ。しかし彼女の能力には質量限界というものがあり、テレポートできるのは自分含めるとせいぜい二人分ぐらいなのだ。

 

「店内に残してしまったあの二人(絹旗と神楽)の安否が気になりますわね……グラサンのおっさんはどうでもいいですけど」

「あの制服って確か真撰組よね……」

 

心配している黒子をよそに美琴は下にいる隊士達を見下ろしながら静かに呟いた。

 

「もしかしてアイツ等がやったの?」

「そう考えるのが妥当だろ、俺は連中の事はあんま知らねえけど、このガキが言うにはただの警察組織って訳じゃねぇみたいだし」

「こうして連中の行いを身をもって体感すると分かりますわ。マジで攘夷浪士に粛清されて欲しいと」

 

頭をボリボリ掻きながら答える銀時とうんうんと頷きながら警察組織の人間としてとんでもない失言を漏らしている黒子。

そんな二人の真ん中に立った状態で、美琴は下でたむろっている真撰組を睨み付けるように見下ろしながら口を開いた。

 

「なにがなんだか知らないけど。売られた喧嘩なら買ってやる」

「お待ち下さいましお姉様、前にも言いましたわよね。真撰組は幕府直属の組織。迂闊に手を出せばどうなるか」

「心配しないで黒子、私は話し合いするだけよ」

 

マズいと思った黒子が美琴に言葉を投げかける。

先程まで彼女が仲良くしていた女の子二人が吹っ飛ばされたのだ。

今の彼女は冷静ではない、この後とんでもない事をやらかすに違いないと直感したのだ。

しかし美琴は忠告してきた黒子にニコッと笑って答えると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツ等に嫌と言う程電撃お見舞いしてやりながらね」

「あ~あ、俺もう知らね」

「あ~あ、わたくしももう知りませんの」

 

偶然に巻き込まれた事なのも知らず

 

レベル5・第三位の少女の矛先は既に標準を定めていた。

 

 

 

 

 



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第十九訓 電撃少女、逃走 侍教師、激闘

廃墟となったコンビニ「MADAO」の上に立ち

御坂美琴は真撰組と真っ向から勝負を仕掛けると腹をくくった。

 

「ま、いつかアンタ達とはこうなるとは思ってたのよ。偉そうにこの街を歩いてるアンタ達は前々から気に入らなかったからね」

 

バチバチ!と青白い火花が美琴の体から迸る。早くも戦闘態勢に入ってしまった彼女を見て、隣に立つ黒子が心配そうに口を挟む。

 

「ああ……お姉様、それにはこの黒子も激しく同感ですがこんな公の場で連中とやり合うのは……幕府を敵に回すようなものですわよ……」

「幕府でも宇宙艦隊でもかかってきなさいよ。私の友達をぶっ飛ばして……絶対に許さない」

「私から見るに、あの二人はお姉様のことあまり友達としては見ていなかったようですが……」

 

絹旗と神楽の事を言っているのだろうが、黒子の主観だと明らかあの二人は美琴よりも彼女の持つ資産を目的としていた気がした。

しかしすっかり彼女達の事を自分の友達だと思い込んでいる美琴は、右側に立っている彼女のツッコミを無視して、左側で相変わらずこの状況でも死んだ魚のような目をした銀時に話しかける。

 

「アンタ達は関係ないからどっか行ってていいのよ」

「そりゃ帰りてぇのは確かだが」

 

そう言って銀時は腰に差した木刀を抜く。

 

「さすがにこんな場所に生徒置いて帰る教師がいるかよ」

「いきなり教師面して……相変わらずわけわかんない奴ねアンタって」

 

得物を肩に担いで大胆不敵な態度を取る彼に美琴は呆れながら苦笑する。

長い付き合いだがこの男の”やり方”というのはイマイチわからない。

だが一つだけわかるとするならば、彼は何が起ころうとも自分の味方になってくれるという事だ。

 

銀時は美琴と同じく真撰組を見下ろすと、数十人の隊士達がいる中で一人の見知った顔を見て「お」と呟く。

 

「おめぇリーダーにやられたゴリラ局長じゃねえか」

「あ! お前あの時の銀髪!」

 

銀時の声に反応したのは局長である近藤勲。

口を大きく開けてすぐに銀時に向かって指をさした。

 

「トシ! アイツ、男と男の真剣勝負の最中に俺の相手に木刀をよこしやがった奴だ!」

「そんな奴がどうしてこんな所にいんだ」

「それは知らん! だがまた俺の邪魔をしようと企んでるかもしれん!」

「だったら口で言って退散してもらうまでだ、警察組織に言われりゃあバカじゃねぇ限り素直に引くだろ」

 

叫んだ近藤に対して彼の部下である土方は冷静に返事をするとすぐに顔を上げて銀時達に向かって

 

「おいそこの小娘共と銀髪の男、さっさと下りてどっか行け。巻き添えになっても知らねえぞ」

「私達に向かって砲撃した上にどっか行けですって……!」

 

高慢に言い放つ土方に遂に美琴はカッと目を見開いて身を乗り上げる。

 

「私の友達をぶっ飛ばしておいてよくそんな偉そうな口叩けるわね!!」

「そうだ税金泥棒! 俺の金を返せ!!」

「責任取って切腹なさいこのチンピラ共!!」

「アンタ達は黙ってろ! 私がアイツ等に言いたいのは私がやっとできた友達を……」

 

叫んでる途中にいきなり私情を含めた野次を飛ばし始める銀時と黒子。

美琴が振り返って二人に向かってうるさいと怒鳴っていたその時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなに超叫ばれてどうかしたんですか?」

「え?」

「きっと女の子の日アルな。夏だと特にイライラするからしょうがないネ」

「え? え?」

 

バズーカをモロに受けてきっと瓦礫の下に埋もれて生きるか死ぬかの瀬戸際になっているであろうと予想していた友達二人は

 

丸で何事も無かったかのようにケロッとした様子で美琴の背後に立っていた。

 

絹旗は仏頂面で小首を傾げ

神楽は日傘を差しながらなんの抵抗も無く中年オヤジでも言えないようなセクハラ発言。

 

思いっきり無傷の彼女達に美琴は開いた口が塞がらない。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!!! なんで生きてんのアンタ達!?」

「私があんなみみっちぃ砲撃で死ぬと思う方が超おかしいでしょ」

「傘を盾にすればあんなの痛くもかゆくもないネ」

「いや言ってる事全然わかんないし!! あれ!? あのグラサンのおっさんは!?」

「知らないアル、どうでもいいアル」

「それもそうね」

 

お前は何を言っているんだという風にこちらに呆れたような視線を送ってくる二人に美琴はさっぱり理解できなかった。

それから彼女が絹旗と神楽に向かって質問をしようとその時、その間を遮って下にいる真撰組の隊士達がなぜかコンビニの上に絹旗が現れた途端騒ぎ始める。

 

「副長! あのガキ! 手配書に載ってた写真とくりそつです!!」

「間違いねぇ! しかも砲撃食らってもピンピンしてやがりますぜ!!」

 

絹旗を見て何か叫んでいる隊士達を見て、美琴はハッと絹旗の状況を察してしまった。

 

「……アンタ追われてる身なの?」

「やれやれ超バレちゃいましたか。これでもコソコソと隠れまわっていたんですが。真撰組もあなどれませんね」

 

うんざりするように頭に手を置いてフーと息を吹きながら絹旗は改まって美琴の方へ振り返る。

 

「そうです、実は私ってレベル4の高能力者でしかもある研究所の被験者として長年軟禁されていたんです」

「被験者!? アンタ研究所にいたの!?」

「ん~あまりいい思い出はなかったですね。超普通じゃない実験ばかりさせられてましたし、血生臭い事ばかりでやんなっちゃいます」

 

澄ました顔で自分の身の上を省略しつつもあっさりとバラす絹旗。

当然美琴もそれには驚く。そして

 

「……」

「どうしましたの?」

「いんや別に……」

 

一瞬銀時が絹旗に向かって意味深な視線を向けた事に黒子は気づいたが、彼はそれから彼女に問い詰められるのを避けるために絹旗に急に話しかけた。

 

「研究所から逃げたのはいつ頃だ」

「一週間前ぐらいです。いやぁ超文無しで、隠れながら路頭をさまよってなんとかここまで生き延びられたのですが」

 

話の途中で絹旗はチラリと下にいる真撰組の連中を見下ろす。

 

「どうやらここまでかもしれませんね。真撰組って能力者対策の武装も行っているらしいですし。恐らく研究所は私の処分を許可してる筈です、連中のやり方は私が身をもって超知っているんで」

「昔から変わらねぇみたいだな、”研究者”って奴は」

「あ~超短い人生でした、観たかったC級映画がまだあったのに超残念です」

「まだ終わると思うのは”超”早ぇだろ」

 

空をぼんやりと眺めながらあまり悲観してないような感じで嘆く絹旗に

銀時は鼻で笑うと美琴の方へ目を向ける。

 

「お前はコイツの事助けたいか?」

「え? 何よ急に?」

「答えろ」

「なんなのよ一体……」

 

いきなりいつものくだけた調子から一変して真面目な顔で言い寄ってくる銀時に困惑しながらも、美琴は縦に一度だけ頷く。

 

「当たり前でしょ、こうして会ったのはただの偶然だけど。それでも私にとってこの子は友達よ。助けないなんて選択するなら死んだ方がマシだわ」

「そうかい」

 

躊躇せずにそう答えた美琴に銀時は少しばかり口元に笑みを見せるとすぐに彼女に向かって

 

「なら作戦変更だ、お前はコイツ連れて逃げろ。連中の足止めは俺とチビがやる」

「は!? アンタと黒子残して行けっていうの!? 嫌よそんな事! ていうかこの私がアイツ等に尻尾巻いて逃げるなんてマネできる訳ないでしょ!」

「そいつと出来るだけ遠くへ行け、こっちが終わったらすぐ連絡っすから」

「人の話聞けっつうの!」

 

いきなり絹旗を連れて逃げろと指示して銀時に美琴は当然真っ向から拒否するが、彼の傍らに立つ黒子が真顔で意見を出す。

 

「お姉様、ここはこの男の言う通りに、その方を連れてお逃げください」

「黒子! アンタまで何言ってんのよ! いくらアンタ達が組んでも相手は能力対策もしてるかもしれない真撰組なんだから!」

「それならばなおさら、お姉様をこんな所に置いておけませんわ」

 

黒子が以前銀時と協力して数十人の攘夷浪士を滅多打ちにしたのは美琴も知っている。

だが今回の相手はそんな連中の比ではない。

数多の犯罪者を真っ赤な血に染め上げる事を生業としている血気盛んな真撰組なのだ。

しかし腹をくくった黒子の決意は揺るがない。

 

「いくらレベル5のお姉様であろうと、能力が使えなくなればただの中学生ですわ」

「それはアンタも同じことでしょう!」

「わたくしはこの身が屍になろうともお姉様を護る所存ですの。能力に頼らなくても身を挺して少しでも時間を稼ぐだけでもやってみせますわ」

「そんな事言われたらなおさらアンタ達を置いて……!」

 

戦うどころか死ぬ覚悟まで既に出来ている黒子に美琴は少々怒った様子で歩み寄ろうとするが。

 

突然、彼女の肩に後ろからポンと手が置かれる。

 

「もういいアル、ここまで言ってる奴のいう事は素直に聞いてやるのも友達ってモンネ」

「アンタ……」

「コイツ連れて逃げるなら私も手伝うヨ」

 

振り返ると日傘を差した神楽が立っている、美琴の肩に手を置いたまま彼女は絹旗を連れて逃げる事に同行すると言ってくれた。

 

「私は能力だとかこの街の事とかさっぱりわかんないけど、今どうすればいいのかぐらいはわかってるつもりアル。ダチが困ってんなら助けてやるのがダチってモンだろ」

「……なにかっこつけてんのよバカ」

 

無垢な表情でズバズバと心に傷をつけるセリフを吐いてきた少女が、肝の座った凛とした表情でこちらを見つめている。

美琴は数秒間黙りこくった後、「ハァ~」と深いため息を突いて

 

「わかった。逃げるわ、さっさと行くわよ」

「いやいや超待ってください! 先ほどからすんごい話進んでて思わず口挟めませんでしたけど! なんであなた達が私なんかの為に、わわ!」

 

あっさりと逃げる事を選択すると美琴は絹旗の手を取って真撰組に背を向けて裏から逃げようとする。

彼女に手を引かれながら歩かされて唖然とする絹旗だが、彼女の背中に神楽が両手でグイグイと押し始めて

 

「よっしぁ全速力で逃げるぞゴラァ! ケツは私に任せるアル!!」

「いやだから私はあなた達をこれ以上巻き込みたく……!!」

「つべこべ言わず逃げろっつってんだろゴラァァァァ!!」

「ちょっとぉぉぉぉぉ!! 人の話超聞いてくださいよぉぉぉぉぉ!!」

 

無関係な人間を巻き込みたくない絹旗を強引に押し出しながら走り始める神楽。

美琴は軽くコンビニの裏側へ飛び降りて、神楽に押されてる絹旗も否応なしにそれに続いて行ってしまう。

 

その場に残ったのは銀時と黒子のみ。

 

「別れの言葉も言わずに言ってしまいましたわ……」

「そんなのいらねぇよ。どうせすぐ会えんだから」

 

自分で行けとは言ったものの少しばかり寂しそうに言葉を漏らした黒子に銀時がぶっきらぼうに答えた。

 

「ところでオメェ、さっきあのガキにここ死んでもいいとか言ってたけどマジ?」

「ふん、そんなわけありませんの。こんな所で、しかもあなたなんかと心中とかごめんですわ」

 

先程言っていた言葉をあっさりと撤回して黒子は鼻を鳴らす。

 

「わたくしは死ぬときはお姉様の胸の中でと決めているので」

「相変わらず気持ち悪ぃ事を恥ずかしげもなくベラベラと喋れるなお前、ホント気持ち悪いよ、うん、気持ち悪過ぎるわお前」

「ま、愛する者がいないあなたにはわからないでしょうけどね、あなたはそうして一生モテない人生の中、ずっとわたくしに卑屈な物言いをしていればいいですわ」

 

しかめっ面でこちらに目を細める銀時に黒子は小馬鹿にしたような態度を取ってへらず口を叩くと、チラリと彼の方へ横目を向ける

 

「ところであなた、随分とあの絹旗とかいう少女を助けることに乗り気でしたわね。リーダーさんの時といいどういう風の吹き回しですの?」

「別になにもねぇよ、あるとしてもお前には関係ねぇ事だ」

「それはつまりあるという事じゃないですか……」

 

よくわからない言い回しを使う銀時に黒子は興味本位を持ってジト目で一つ尋ねてみた。

 

「何があなたを動かしてるんですの?」

「だからお前に関係ねぇって言ってんだろ。それ以上聞くなめんどくせぇ。お前は俺の彼女か? カミさんか?」

「少々興味を持っただけですの。このわたくしがあなたなどという小市民にほんのちょっぴり興味を持っただけでもありがたいと思いなさいませ」

 

聞こうとしても一向に話そうとする様子を見せない銀時に黒子がムッとしている頃。

下にいた真撰組達が絹旗達がいない事に気づき始めていた。

 

「副長に局長、あのガキもういやしませんぜ。いるのは銀髪とちっこいガキだけです」

「逃げられたんじゃありやせんか……」

「落ち着けテメェ等、逃げたなら逃げたでもう手は打ってある。それよりも気になるのは」

 

絹旗を逃がした事でざわざわと声を出して少々焦ってる様子の隊士達に土方は冷静に言葉を放って一瞬で沈めると。タバコを口に咥えながらコンビニの上に立っている銀時と黒子の方へ顔を上げた。

 

「テメェ等どういうつもりだ、俺は失せろと言ったがあのガキ連れて失せるとは聞いてねえぞ」

「そうかい、そりゃあ悪かったな。連絡網回したつもりだったんだけど誰かがお前の家の前で止めちまったんだろ」

「誰がそんな悪質なイジメに遭うか、つうかもう立派な社会人だぞ俺等」

「うっそ俺も届いてねえよ! どうしよう! 俺もしかしてクラスのみんなに嫌われてる!?」

「近藤さん、あんたそろそろ立派に働いてる社会人なんだと気付いてくれ」

 

慌てふためく近藤にめんどくさそうにツッコミを入れた後、土方はタバコの灰を落としながら銀時達を睨み付ける。

 

「俺等に盾付いてるウチにガキを安全な場所に隠すって算段か、そのちっこい相方と一緒にテメェみたいな死んだ魚のような目をした奴が俺等をここに足止めするってか?」

「テメェだって瞳孔開いてんぞ。大丈夫かそれ? 眼科行った方がいいんじゃないの?」

「ふざけた野郎だなホント」

 

フゥ~と煙を吐きながら土方は軽く舌打ちする。

 

「やれるもんならやってみろ、おいお前等、さっさと逃げたガキの方を追いかけろ」

「え? いいんですかぃ? あの銀髪はほおっておいて?」

「どうせハッタリだろ、あそこから下りる真似だって出来やしねぇよ」

 

土方にとって銀時と黒子など戦う程の脅威とは感じれなかった。

素性も知れぬ輩に時間を使うメリットなど無い。

彼の命令に従って隊士達が絹旗の捜索を行おうとした、が

 

「副長!」

「あん? あれ? アイツ等どこ行った?」

 

コンビニの上にいた筈の銀時と黒子が既にその場から跡形も無く消えていたのだ。

土方が思わず呆気に取られていたその時。

 

「よぉしまずは近辺をくまなく……どべしッ!」

「原田!!」

 

いち早く絹旗を探そうと活動し始めていた団体の中から一人の隊士の奇声が飛んできた。

すぐに土方と近藤がそちらに目を見開いて振り向くと

 

「なぁに人の事無視してんだ。純情な少年の心を持つ銀さんでもさすがに傷付いちゃうじゃねぇか」

「あなたのどこをどう見れば純情なんですの? 堕落した心持った白い毛玉にしか見えませんが?」

 

木刀を横にかざして一閃したばかりだという風に得物を構えなおす銀時と

それに付き添ってなお悪態をつく黒子の姿がいつの間にかそこにあった。

 

「テメェ等一体どうやってそこに……!」

「やはりあの男、俺達の邪魔するつもりだ。それも本気でな」

 

唐突に起こったこの現象に思わず咥えていたタバコをポロッと地面に落とす土方に近藤が眉間にシワを寄せたまま口を開く。

 

「木刀一本とガキ連れただけで、ここにいる真撰組の隊士全員に喧嘩売るつもりらしいぞ。

それも縁もゆかりも無い筈の少女の為に。どうするトシ、この構図だとまるで俺達が悪役だな」

「なに悠長な事言ってんだアンタは……テメェ等! 捜索活動は中止だ! まずはあの天然パーマとツインテールを取り囲むように陣を取れ!!」

 

この状況に思わず笑ってしまう近藤だが土方はすぐに隊士全員に向かって号令をかける。

真撰組の標的は絹旗ではなく、今目の前にいるこの男と少女だと。

それを聞いて隊士達は迅速に動き、あっという間に銀時と黒子の周りに円を描くかのように取り囲んでしまった。

 

「ふうん、前にやった雑魚共とは全然違うようだな、命令を聞いてからのこいつ等の機敏な動き。そう簡単にやれる早さじゃねぇぞ」

「だからどうしたって言うんですの、こんな連中など所詮野蛮な猿と同等、人間であるわたくしに歯向かう真似など出来ぬようしつけすればいいだけですわ」

 

木刀片手に感心したように頷く銀時をよそに黒子は髪を手で流しながら余裕の一言。

 

「さてさて、お姉様の為に時間を稼ぐおつもりですが。やはりこうして真撰組と相まみえる事になるとやはり個人的な感情の方が表に出てしまいますわね」

「それでも別にやる事は変わらねぇだろうさ。アイツがガキ二人と一緒に逃走、なら俺達がここでやるべき事は一つ」

「仲の悪い間柄ではあるものの、互いに手を取り合い協力してこの状況を打破する。つまり」

 

各々警察官とは思えない形相でメンチ切ってくる隊士達に、銀時と黒子は互いに背中を合わせながらニヤリと笑って

 

 

 

 

 

 

 

 

「真撰組を!!」

「完膚なきまでぶっ殺してやりますわ!!」

「いやそれはやり過ぎ」

 

数十人の攘夷浪士の無傷の状態で倒した教師と生徒が

 

今、それよりもずっと強い存在である警察組織にさえも喧嘩を売った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、絹旗と神楽連れて逃走を開始した美琴はというと

数時間前に三人が初めて会った場所、第七学区のとある公園の所まで再び戻ってきていた。

 

「ここまで勢いに任せて走って来たけど、追ってくる気配はないわね」

「あの二人残して良かったんですか……?」

「そりゃ心配で仕方ないけど……今はアイツ等信じるしかないわよ」

 

本当はすぐにでも戻って銀時達の方へ助けに行きたいのだが。やはり絹旗を護る事を優先すべきだと美琴は自分自身に必死にそう言い聞かせる。

 

「お願いだから死なないでよ……じゃないと自分だけで友達出来たっていう自慢話が出来ないじゃないの……」

「その点について超残念なお知らせがありますが」

 

銀時達のいる方向に向かって独り言をボソリと呟く美琴だが、それに対し絹旗が無表情で言葉を挟む。

 

「今の私とあなたは友達ではありません。現時点で私にとってはあなたは頼んでもないのにいきなり助けようとする超おせっかい娘といった所です」

「ええ! 友達じゃなかったの!?」

「そうですよ」

 

まだ友達として認定されていなかったことにショックを受ける美琴に今度は神楽が鼻を小指でほじりながら呆れた様子で

 

「オロナミンcさえ買ってくれない奴を友達と思う訳ねぇだロ、バーロー」

「アンタさっきこの子の事はダチとか言ってたじゃないの!」

「お前だけは認めてないってだけアル」

「私も神楽さんの事は超ダチだと思ってます」

「いやそこでどうして私だけハブるのよ!」

 

神楽と絹旗が互いに友だと認め合っている一方で遂に美琴がその場にしゃがみ込んでしまう。

 

「うう、学校の体育の授業思い出すから止めてよホント……野球の授業で一人だけペア組めなくて……壁に向かって投げるのはもううんざりなのよ……ずっとそれだったから体育の先生が気を使ってアイツ(銀時)を呼んで来て……それで私だけずっとアイツとキャッチボール……それから今度はアイツってば女王なんか連れて来て……けどあの女、運動音痴過ぎて全然ボールこっちに届かいのよ……ていうか投げ方が気持ち悪いのよ……膝曲げろっつーの……」

「やべぇアル、なんか塞ぎ込んで自分の世界に入っちまったぜコイツ」

「でもこのめんどくさい態度、慣れてくると不思議とこれはこれで超面白いと思ってきました」

 

塞ぎ込んでブツブツと長い独り言を呟いて明らか構ってほしい仕草をする美琴に、神楽と絹旗が「これが御坂美琴という残念な少女である」と認識してほんの少し順応し始めていたその時……。

 

「おいおい、まだこんな所で油売ってたのかテメェ等。こんな簡単に追いついちまうたぁつまんねぇなぁ」

「「「!!!」」」

 

突然言葉を投げかけてきたのは若い男性の声。

絹旗と神楽が一斉に声のしたほうこうに振り向き、美琴も立ち上がってそちらに鋭い視線。

そこに立って、いや公園にあるブランコに呑気に座っていたのは

 

「もうちっと逃げてくれねえとこっちも追いかけがいがねぇってもんだろうが」

「……暑い」

 

甘いマスクをした若い隊士の男、沖田総悟と、ピンクのジャージを着た寡黙そうな少女が二人そろってブランコに座って余裕な態度でこちらを眺めていた。

 

それを見て絹旗はギョッとした表情で目を見開く。

 

「真撰組! こんな所までもう来たんですか!? え、それじゃああの二人死んじゃったんですか!?」

「チクショウ! もじゃもじゃ天パとツインテール! お前達の事は忘れないアル!」

「いやいや勝手に殺さないでよ私の友達! え、マジで死んでないわよね!? 死んでないわよね!?」

 

慌てふためく三人を眺めてブランコをコキコキ音を鳴らして揺らしながら、沖田はそれにだるそうに口を開く。

 

「俺は土方さんにターゲットのガキが逃げる可能性もあるかもしれないから逃走ルート予測して確保してろと言われたんでねぇ。向こうがどんな事になってるかは知らねえよ」

「ああそうなんだ、良かったアイツ等まだ死んでなくて……」

「いやホッとしてる所悪いですけど、超追い詰められてる事に変わりませんからね私……」

 

胸を撫で下ろして一安心する美琴に絹旗がツッコミを入れていると、神楽の方はふと沖田の方よりその隣に座っている謎の少女に視点が向く。

 

「その子誰ヨ その子もテメェと同じ組織アルか?」

「そうとも言い切れるしそうじゃないとも言い切れるな」

 

沖田が歯切れの悪い言い方をすると、ジャージ姿の少女は彼女達に礼儀良くペコリと頭を下げる。

 

しかしこの少女、なにかおかしい。先程からずっと目を見開いてこちらをジーっと眺めていたのだ、瞬きもせず。しかもその目からどことなくヤバい危険な匂いを感じさせて

 

「初めまして……私の名は滝壺理后≪たきつぼりこう≫。よろしく」

「あ、超ご丁寧にどうも、絹旗最愛です(目つきがおかしいですね……もしかして能力者……既に私達に何か仕掛けてるかもしれませんし超油断できません)」

「よろしくアル、私は神楽ネ」

「御坂美琴です!! 友達になってください!!」

「そしてあなたは超何言ってんですか……」

 

滝壺と名乗る少女にピンと背筋と両手を伸ばして必死な様子で名乗りを上げる美琴に絹旗は唖然とする。

 

「あなたもうヤケクソですね、見境なくなってきてるじゃないですか」

「うっさい! 同情するなら友達になれ!」

「あの天パの人はこの人に一体どんな教育してたんですか全く……」

 

血走った目を向けながら叫んでくる美琴に呆れながら絹旗はここにはいない銀時に向かって文句を言いながらため息を突いていると。

 

滝壺の隣のブランコに座っていた沖田がゆっくりと立ち上がった。

 

「それじゃあま、くだらねぇ自己紹介が終わった所で。そろそろ追いかけっこの続きやるか」

「あ! ヤバい忘れてた! 逃げるわよ!!」

「忘れてたのはあなたけですってば、逃走中に超下手くそな友達作りすんのもう止めて下さいね!!」

「じゃあな~滝壺! もう会えないかもしれないけど私が元気でやってやるぜキャッホ~イ!!」

 

彼がそう言い放った途端には美琴は絹旗の手を取って走り始めていた。

神楽もまた呑気に滝壺に手を振った後彼女達の後に続く。

行く当ても無い逃走劇。走り去る彼女達を沖田は数秒程眺めていた後。

 

「さ、ぼちぼち追いかけるか」

「……バイバイ」

「手振り返すのおせぇよ」

 

ぼーっとした表情ならも目は見開いた状態で、美琴達が言った方向に手を振る滝壺に冷たくツッコんだ後、沖田は彼女をじっと見下ろす。

 

「それよりこれでいいのか?」

「うん、あの三人があなたの会話に素直に付き合ってくれた、その隙にちゃんと」

 

至って平静にそう言うと、滝壺もまたブランコから下りる。

 

「かぐらって子には感じられなかったから外の人間か天人かもしれない」

「まさか不法滞在者かあのチャイナ娘? 他の二人はどうだ」

「大丈夫、ターゲットのきぬはたも、あの友達作りに必死過ぎる残念なみさかの”AIM拡散力場”も完全に記憶した」

 

瞬きもせずに滝壺はそう報告すると。沖田は口元に小さな笑みを浮かべて美琴達が言った方向に目をやる。

 

「これでアイツ等がもう地球の裏側に行こうが大丈夫って訳か」

「うん」

 

不敵に笑う沖田に滝壺はなんの疑いも無く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の『能力追跡≪AIMストーカー≫』からは何人たりとも逃れる事は出来ない」

「さぁて、こっからようやく狩りの時間の始まりだぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちが退屈しないよう、せいぜい必死に逃げてみろよ小娘共……」

 

寡黙な少女滝壺とそれを引き連れて狩りと称した追走劇を始める沖田。

 

二つの脅威が遂に美琴達に襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 



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第二十訓 侍教師、窮地に追い込まれる

右手に掴むは洞爺湖と彫られた木刀。

着物の左裾には白井黒子が小さな手で振り払われないようぎゅっと握り、

坂田銀時は武装警察組織として恐れられた真撰組、数十人の隊士相手に喧嘩をおっ始めていた。

 

「ずぇぇりゃぁぁぁぁ!!!」

 

振るう木刀に力を込めて、銀時は力任せに隊士達を一振りで数人薙ぎ払う。

その迫力に隊士達は怯みはするものの、さすがは幾戦の死線を潜り抜けてきた猛者ばかり。その程度で戦意喪失する様子など微塵も見せなかった。

 

「かかれぇぇぇぇぇぇ!!!」

「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」

 

副長、土方十四郎の号令と共に一斉に銀時と黒子めがけて斬りかかる。

次々と刀を振るって襲い掛かってくる隊士達に、銀時は飢えた猛獣のような鋭い眼光で

 

「かかって来いコラァァァァァァ!!!」

 

高々と叫んだと同時に銀時の姿が一瞬にして黒子と共に消える。

唐突に消えた彼に血気が煮えたぎっていた隊士達が頭の上に「!?」と付けていた隙に、

 

「おい上だ!」

「なに!?」 

 

一人の隊士が気付いて天に向かって指さすと、そこにいたのは木刀を構える銀時と彼に寄り添う黒子の姿。

銀時はこちらに気づいたばかりの坊主頭の隊士に狙いを定め、

 

「ちぇすとぉぉぉぉぉぉ!!!」

「どぅぷ!!」

「原田ぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

自慢の愛刀で空中から振り下ろして彼の脳天に強烈な一撃をかます。

隊士達がやられた男の名を叫んでいる中、地面に着地した銀時は得意げに笑っている黒子と共に再び消える。

 

「おい!あの銀髪の男に寄り添ってるガキってまさか能力者か!」

「戦う前にあんな余裕な態度取ってやったんだからそう考えるのが普通だろ!」

「消える奴とどう戦えばいいんだ!!」

 

黒子の素性を知ってどよめき始める隊士達。しかしそんな会話してる事さえ命取り。

彼等の中に再び銀時が何気ない顔で現れると

 

「やっほー」

「どうもですの」

「うお! いつの間に! って足が!」

「くそ! ちいせぇ鉄の棒が制服のズボンの裾に刺さって……」

「やれやれ、その男の方にだけ気を取られてはいけませんわね」

 

死んだ目でけだるそうにこちらに手を振る銀時に一人が近づこうとするが、黒子がそれを許さない。

銀時を残して彼の頭上数メートルに飛ぶと、スカートの下に仕込んでいる小さな鉄棒を彼等のズボンの裾を狙って固いアスファルトの地面に縫い付ける。

 

「ジャッジメントがいかにあなた方より優秀なのか、その身で体験なさいませ」

「テメェ! あのガキだけで編成された警察組織の一員だったのか!」

「どうして警察のテメェが俺達警察に喧嘩売ってんだ!!」

「いや、そりゃムカつくからに決まってますの」

「げふ!!」

 

地面に拘束されて動けない隊士の横っ面に黒子は華麗な空中回し蹴り。

彼女がスタッと着地したと同時に銀時は木刀を横に構えて、

 

「どっせい!!!!」

「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」

 

まだ黒子の鉄棒で動けなくなっている連中を一撃で薙ぎ払っていく。

 

「この野郎!」

「おっと」

「で! うげ!!」

 

斬りかかってくる隊士達の刀を首を垂れてひょいと避けては、襲って来た奴にカウンターの蹴りをかましてノックダウンさせてしまう。

 

しかしまだまだ相手の数は圧倒的だった。銀時と黒子に向かって次々と隊士達が刃を振り上げる。

 

「全く、あの攘夷浪士などとは比べ程にならないほど厄介な連中ですこと」

 

銀時の背中に黒子がバッと現れる。悪態をつく彼女に銀時はやる気なさそうに

 

「やべぇなコレ。こっちもマジにならなきゃ死ぬかもな」

「死ぬと思ってなさそうな調子でそんな事言ってもやる気出ませんわね……」

 

全然慌てずに相変わらずの反応をしている銀時に呆れつつも黒子は彼の裾をすぐに掴んでその場からテレポート。そして

 

「仕方ありませんわね、わたくし達も少々本気を出させていただきましょう」

「暑苦しい野郎共に囲まれてもちっとも嬉しくねえ、そういう事でテメェ等まとめてぶった斬ってやる」

 

群衆の中から少し離れた場所にヒュンと現れると、黒子と銀時は彼等に向かって喧嘩上等なセリフを吐いた後、

 

「だあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「いきますわよ!!!」

 

木刀を構えて隊士目掛けて突っ走る銀時とそれと並行して走り出す黒子。

しかし、隊士達がその光景を目に移したのはほんの少しの間だけだった。彼等が瞬きした時には彼等の姿は消えていて、

 

「せいッ!」

「はぁ!!」

「う! あがぁ!!」

 

群衆の中で一番先頭にいた隊士の目の前に現れると同時に木刀を振り下ろす銀時と踵落としを決める黒子。叫び声を上げて男が倒れて地面に横たわるのも待たずに銀時達はまたもや消える。

 

「うおりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ぐわぁ!!」

「くそッ! あだ!」

「どこだ一体……ぬべろッ!」

「オーホッホッホ!! 真撰組のバカ共をこうしてひれ伏させる時が来るとは! 白井黒子! ただいま絶好調ですわ!」

 

肉眼で直視できた瞬間には銀時と黒子に死角を取られて木刀や蹴りで一撃をかまされ、何が起こったのかさえ理解できないまま次々と倒されていく隊士達。

 

高速瞬間連続転移。通常、短い期間にここまで連続で使用すると演算処理にラグが生じて若干の誤差は出てしまうが、

黒子は自分と銀時を隊士達の隙を狙って巧みに転移しては、指でアリの群れを一つずつプチプチと潰すかのように倒す。

銀時は能力こそはないものの、その滅茶苦茶な戦闘能力と豊富な戦術を用いて彼女の能力を上手く利用して立ち振る舞う。

 

「教師ナメんなコラァ!! 安月給でもやる時はやんだぞぉぉぉぉ!!」

 

そのまま隊士の群集を突き進み、バッタバッタとなぎ倒していく。

 

圧倒的軍勢にたった二人で喧嘩を売った。

 

少し離れた所で指揮を執っていた土方は、その現実を目の当たりにしてはらわたが煮えくり返る思いでグッと歯を食いしばる。

 

「テメェ等! 奴等に惑わされんじゃねぇ! こうなったら俺が……!」

 

やられていく同胞を目の前にして怒らない侍がどこにいようか。

遂に腰に差した刀に手を伸ばして、土方が戦中に入ろうとするが。

彼の肩に後ろからポンと一人の男が手を置く。

真撰組・局長。近藤勲だ。

 

「なあ、あの銀髪の野郎とチビッ子とんでもねぇコンビだな、足並み揃えたウチの連中を相手にあそこまで立ち振る舞えるとは」

「なぁに呑気に語ってんだアンタは! ウチの部下共がやられてるんだぞ!」

「トシ、ちっとばかり冷静になって俺の話を聞け」

 

いつもは土方が近藤をたしなめる役なのに今はその立場が逆だった。

頭に血が上って冷静でいられない土方に近藤はフッと笑うと、自分達の部下をコテンパンにしていく銀時と黒子を眺めながら話を続けた。

 

「末恐ろしいのはアイツ等の同調性と連携だ」

「確かにな……ああいう戦い方する奴は見た事ねえ、侍と能力者のコンビなんざ」

「銀髪の野郎は能力なんて使えねぇ、あのガキの方は察するに瞬間移動みたいな事ができる能力者なんだろ」

 

銀時と黒子を見抜きながら近藤は土方に語りかける。

 

「だがあの銀髪、ガキの使う能力をまるで自分が使ってるかのように順応してやがる。トシ、お前ならどうだ? いきなり瞬間移動されてその場その場に合わせた構えと動きを取り、お前はまともに戦える事ができるか?」

「いや……やった事はねえが常人にはまず無理だろう。飛ばされた場所を予測して即対応して行動にうつるなんてまず不可能だ」

「しかしアイツは出来ている。あのガキが飛ばしてくれる場所を既に知っているかのようにな」

 

近藤が二人を評価しているのはそこだった。

本来なら転移させた所に合わせて動作をするなど出来る訳がない。

もし自分やその辺の瞬間転移能力者があの二人と同じ事やろうとしても、それは無謀ともいえるだろう。

ではなぜあの二人はそんな神業とも呼べる芸当をああもいとも容易く行っているのだろうか。

 

「アイツ等は一心同体なんだ。心や体だけでなく、頭の中までな」

「まさか……性別も年も違う二人の人間が、戦場の中で全く同じ事考えてそれを言葉に出さずに連携を組んでるというのか?」

「俺達も似たようなことは出来るが。あそこまで互いの動作、呼吸、状態、戦法、適応を読み合って戦うのは至難の業だ」

 

そう言って近藤はじっと見据えるように戦場を眺める。

 

「ありゃあ抜群のコンビネーションとかそんな言葉だけじゃ足りねえ、阿吽の呼吸、それをも超える正に二人で一人のような存在だ。どうやらあの二人、以前からこういう戦いを何度もしているようだな」

「以前から共闘してたからという理由でああまでなれるもんなのか?」

「普通の人間は無理だ、だからこれは俺の推測なのだが」

 

問いかける土方に近藤は一瞬間を取った後、ゆっくりと彼に口を開く。

 

「これだけは絶対に成し遂げようっていう強い意志が合わさったからこそ、あんな動きが出来るのかもしれねえな」

「……なんだそれ?」

「普段は仲が悪くても互いの力を認め合い、同じ志を胸に秘めている同士であれば、合わさった力は何十倍にも膨れ上がるって事さ」

「アイツ等が具体的にどんな志を持ってるのかはわかるのか?」

「さすがにそこまではわからねぇよ。相手をやっつけたいとか、誰かを助けたいとか、ある人を護りたいとか、絶対に曲げない信念とか色々あんだろ?」

 

冷静さをようやく取戻し、改まって問いかけてくる土方に近藤は首を傾げて曖昧な答えを返す。彼自身、あの二人がどうして特別なのかよくわかっていないのだ。

あくまで、幾多の戦いを潜り抜けていかにして味方を護りつつ敵を切り伏せられるか、そんな修羅場を生き抜いた自分自身の経験を元にしただけの推測なのだから。

 

「しかしこのままだとウチの隊は全滅だなぁ、ただでさえ色々と厄介事抱えてるのに、学校の先生と生徒さんに隊士全員やられましたぁなんて報告したら”松平のとっつぁん”に撃ち殺されちまうよ」

「それをなんとか阻止するのが俺等の役目だろう、あのおっさんなら容赦なく俺達の事を殺るぞ。なんか考えはないのか近藤さん?」

「当然あるにはあるが、果たして間に合ってくれるか……」

 

未だ大暴れしている銀時と黒子を打破する為にもこちらも何らかの動きが必要である。

近藤は一つ妙案があるみたいだが現状ではまだ行えない策らしい。

 

しかしこのタイミングで、この絶妙ともいえるタイミングで彼等の新たな動きが”やってきた”。

 

「局長~!!」

「む? おお”ザキ”! ナイスタイミングだ!!」

「アイツ……」

 

こちらにむかって全速力で走って来た人物に近藤が嬉しそうな声を上げている中、土方もそちらに振り返ってみる。

自分達と同じ制服を着てはいるがどことなくモブの匂いのする地味な青年がこちらに手を振りながらやってきた。

 

「山崎退! ただいま例の物を無事に手に入れて帰還しました!」

 

名を名乗りながら任務完了の報告を、誇った表情で行い胸を張る山崎の肩を力強く叩く近藤。

 

「よくやったザキ! お前の働きのおかげでこちらの勝利は確定したぞ!」

「局長痛いです、でも俺がやったっていうより”あの子”のおかげで手に入れた様なもんでして……」

 

素直に称えてくれた近藤に山崎は少々言いずらそうに小さく呟きながら苦笑していると。

新しいタバコを口に咥えながら土方が彼の方へ近づく。

 

「山崎、近藤さんの命令でなに持ってきたんだ?」

「はい副長、実は俺、天人のみの研究員だけで能力開発の実験を行っている研究所に行ってきてたんです、ある物を借りるために」

「天人のみの研究員による研究所だぁ?」

「知らないんですか副長?」

 

口をへの字にしてしかめっ面を浮かべる土方に山崎はきっちりと説明して上げる。

 

「実験内容を常に極秘扱いしている上部機関の研究所ですよ。能力開発だけでなく能力対策の兵器や能力を利用した兵器とかも扱ってて、正にこの学園都市を牛耳る天人達が、より効率よく人間共を支配する為に研究をしている場所なんですよ」

「なるほど、しつけられねぇ能力者を飼い馴らすための首輪を作る研究所か」

 

彼の説明に土方は皮肉っぽく笑って見せる。

そもそもこの街に能力者を生み出したのは他でもない彼ら自身であった筈なのに。

その能力者に好き勝手暴れてもらわない為に、今も必死に対策を練ってるのかと思うとつい笑いがこみあげてしまう。

 

「フ……で? そんな所まで行って取りに行った収穫ってのは?」

「もちろん能力対策の兵器です。苦労しましたよ」

「連中が素直にくれなかったのか?」

「そりゃそうですよ、相手が警察だからって関係ないんすよアイツ等天人は。それに前に沖田隊長がやってきて強引に”一個”持って帰っちゃったらしくて……。だからいくら時間をかけて交渉しても全然渡してくれなかったんです、だから最終的に……」

「最終的にどうしたんだよ?」

「いやその……」

「さっさと言え」

 

またもや言葉を濁してどう言おうかと困惑する表情を浮かべる山崎。

勿体ぶって言おうとしない彼に苛立ちを募らせながら土方が問いただすと、彼はボソリと小さな声で

 

「あの子が武力行使して天人の研究員ボッコボコにして無理矢理強奪しちゃいました……」

「……は?」

「ほら、最近俺と一緒にいる金髪の子いるでしょ? 局長も知ってますよね?」

「ああ、なんかいつもアンパン食ってる外人の小娘か。ザキにいつもついてまわってたあの」

「そうですそうです」

 

思い出すように近藤が呟くと頬を引きつらせながら頷く山崎。

 

「実はあの子、見た目はただの女の子なんですけど滅茶苦茶強くて……」

「いや見た目はどう見ても普通の女の子じゃなかっただろ、すげぇ変な服着てたよな、トシ?」

「なんか総悟の奴が無理矢理着せたような格好してたな、ガキのクセにSMプレイに目覚めてんのか?」

「あれ、ちょっと注意した方がいいんじゃないか? トシ、お前ちょっと言って来いよ」

 

誰だかわからないが近藤と土方にとってはその娘っ子の服装はとにかくヤバいモノらしい。

警察として忠告した方がいいと土方にその任を任せようとする近藤だが、土方は静かに首を横に振る。

 

「近藤さんがしろよ。アイツ俺が近づくと無言でノコギリやら鉈やら取り出すんだぞ?」

「それならまだいいだろ。俺なんか視界に入った時点でチェーンソー取り出してんだよ? 嫌われてるっつうよりもうファイティングポーズ取ってんだもん、殺る気満々なんだもん」

「ああすみません! そうですよね見た目全然普通じゃなかったですね! とにかく本題に戻らさせて下さい! その件は俺が注意しておくんで!」

「そうだ、元はと言えばお前がアイツの保護者みたいなモンだろ? 近藤さんや俺よりもまずお前が先に言うべきだろうが」

「ザキ、もしかしてお前があの子に無理矢理あの恰好強要していたのか? まさかお前にそんな趣味があったとは、意外と総悟と気が合いそうだな」

「違いますよ! 会った時からあの露出の際どい格好してたんです! つーか本題に戻させろって言ってるでしょ!」

 

全く別の話にすり替えてくる二人に遂に山崎がキレてすぐに話の軸を戻して話し始めた。

 

「とにかく! 思いっきり研究所で暴れて無理矢理奪っちゃって来たんですよあの子が!」

「能力対策を実地してる実験所なら能力者のガキが暴れようが問題なく処理できんだろうが」

「あの子能力者じゃないんですよ」

「あ? この街のガキなんだろ? だったら能力者か無能力者しかいねぇじゃねぇか? まさかなんの能力も持ってない無能力者のガキが大量の天人がいる研究所に殴り込みに行った訳じゃねぇよな?」

「違うんです、能力者でも無能力者でもないんですよあの子は……なんかこう、口で説明すると難しいんですけど。なんか”オカルト”っぽいていうかそんな変な類のモンが使えるみたいなんです、能力じゃない”似て非なる存在の物”を扱えるとかなんとか……」

 

自分でも何言ってるのかよくわかってない様子で首を傾げながら必死に説明しようとする山崎だが、少し喋った所で断念する。見た自分でもあまりわからなかったのだ。

 

「まあとにかく……俺等の知らない不思議な力が使えるんですよ、それで俺は強奪する形で能力対策のアイテムを入手するに至る訳です……」

「お前適当な事ほざいてんじゃねぇぞ、なにが不思議な力だ、この街でそんな摩訶不思議な話通じると思ってんのか?。おいガキ呼んで来い、本人から聞けばわかるだろ」

「あ、今はいませんよ。なんか”その辺のコンビニ”でサンデー立ち読みしに行くとかで」

 

バツの悪そうな表情で山崎がそう言うと土方は短く舌打ち。

 

「妙な恰好したちんちくりんな変人娘のクセにサンデー派かよ……」

「いや妙な格好しててもサンデー読んでていいでしょ別に……」

「まあいい、ガキの素性は後で割るとして。それよりも」

 

とりあえず山崎の後について回る謎の少女の件は置いといて

 

土方はタバコの煙をゆっくりと吐きながら山崎の方へ顔を上げる。

 

「持ってんだろ能力対策の新兵器。本来ならそんなモン使いたくないが緊急事態だ」

 

面白くなさそうな表情でポツリと呟く土方を見て山崎はコッソリと隣にいる近藤に耳打ちする。

 

「局長、相変わらず副長ってば能力対策武装嫌いなんですね……」

「ううむ、なにせトシは一般隊士にも許可を下ろさないからな……今現在許可が下ろされてるのは伊東先生の所の隊だけだし……」

「だからこういう事態を早急に打破できなかったんじゃないすか……?」

「し!」

 

以外と正直な事をぶっちゃけてみる山崎に近藤は慌てて彼に顔を近づける。

 

「アイツに聞こえるだろ! アイツってばレベル5の娘っ子に負けたとかで更に意地になってんだよ! 能力者なんて刀だけで十分っていつも言ってたのに簡単に負かされたからもう意地になるしかねぇんだよアイツは!」

「聞こえてんだよ思いきり! おい山崎! さっさとその兵器使え! 3秒以内にやらねぇと殺すぞ!!」

「りょ、了解です副長!」

 

つい叫んでしまった近藤のおかげで土方の機嫌はますます悪くなっている様子で一喝。

ようやく指示が下りた所で山崎は慌ててビシッと彼に敬礼してそれに従った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山崎達が遂に動き始めている頃。

銀時と黒子は未だ粘り強い隊士達を相手に奮闘していた。

 

数で勝ってる上に何度ぶっ飛ばされても不屈の闘志で這い上がるど根性。

全員が全員という訳ではないが、未だ銀時達にとって敵の数は多かった。

 

「クソ! しつこいんだよテメェ等!」

「ゴキブリでも少しは遠慮しますわよ、ハァ……」

 

少々疲れているのか肩で呼吸している二人だが、まだ余裕は残っている。

向こうは数は多いが気絶して再起不能になっている隊士も多い。このまま地道に潰していけばいずれこちらが勝つ。

 

「税金泥棒のクセにこんな仕事に一生懸命になるとかバカじゃねぇのホント」

「全市民の安全を保護するより、脱走した女の子を殺す事に躍起になる警察組織などいずれ腐れ落ちる定めでしょうが、わたくし自らが落としてあげるとしましょう」

 

縦横無尽に襲い掛かる刃を避けながらも会話しつつ、銀時は黒子を袖に掴ませたまま地面を蹴って横に飛ぶ。

そこにいたのは丸坊主の一際顔が怖い隊士。

 

「銀髪の侍! かぁぁぁぁくごぉぉぉぉぉ!!!」

「チッ、またこのハゲかよ。何度やっても倒れねえなコイツ」

「いだッ!」

 

しつこすぎる隊士に銀時は疲れた表情でめんどくさそうに木刀の柄だけでゴンと彼の額を突いて後退させる。

どうせはっ倒してもすぐに復活するのでとりあえず襲い掛かる彼から距離を取るためだ。

 

(こっちも疲れてはいるが向こうもそろそろヤバいだろ、見知った顔の連中はもう大体2度3度殴った、あのハゲに関してはもう8回もやってる。こっから飛ばせば5分もしねぇウチに終わる)

(休息が欲しいですがそれは向こうにも疲れを癒す時間を与えてしまいますわ。あちらももはや限界の状態、ならばここは残った体力を全て振り絞ってでも討伐させていただきますの、5分もあればあちらさんも限界でしょうし)

 

全く同じ思考をしつつ銀時と黒子は休みを挟まずに攻め一本を決意。

しかしまずは一定の距離を取る、銀時は急いで隊士達から少しばかり離れた。

黒子はいっそ強く銀時の袖を握って歯を食いしばる。

 

(再び上空にテレポートして奴等の頭上に片っ端から蹴り入れてやりますの……)

(さすがに脳天から揺らされればアイツ等もまいっちまうだろ)

 

黒子の考えを完全に予測済みの銀時は右手に持った木刀をぐっと構えて、空中に移動されるのを待つ。

会話もアイコンタクトさえ必要ない、近藤の読み通り正に完全一心同体だった。

 

木刀を強く握って黒子に飛ばされるのを待つ銀時、だが……

 

「……あれ?」

「……」

 

何も起こらない、傍には自分の裾を握る黒子がポツンと立っている。本来ならもう既に空中に飛ばされてる筈なのに

 

「おい、どうした。なんで能力使わねぇんだよ」

「……えと」

 

ふと黒子の方へ見下ろすと、彼女はどことなくそわそわした表情でこちらから目を逸らした。

珍しく気まずそうにしてる姿。それを見て銀時はしかめっ面を浮かべた。

 

「んだよ漏れそうなのか? しょうがねぇな、ションベンでもウンコでもいいからさっさと行って来いよ、お前の能力ならすぐにここまで戻ってこれんだろ」

「いや違いますの、その……」

「ああ? じゃあどうしたんだよ」

「こ、こんな大変の状況で言うのも大変申し訳ないのですが……一つ質問させてくださいまし……」

 

目を細めてこちらを見下ろす銀時に、黒子は頬を引きつらせて無理矢理笑みを取り繕いながら恐る恐る彼の方へと顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたくしの能力って……なんでしたっけ?」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然訳の分からない事を言い出す黒子に銀時は思わず口をポカンと開けて固まってしまう。

自分の能力がわからない? 戦中では完全に思考回路を同調できる銀時でも彼女の質問の意図が全く読めなかった。

 

「何言ってるのお前?」

「じ、自分でもわからないんですのよ! なんか急に自分の能力が”思い出せなくなって”! わ、忘れてしまいましたの!」

「忘れたって……そんな家に財布置いてきちゃった感覚で忘れる事じゃねぇだろ! 勘弁しろよマジ! 早く家に戻って取って来い!」

 

頭を両手でおさえてあたふたと慌てだす黒子を見て銀時はますますわけがわからなくなる。

能力者にとって能力とはこの街に住む者としては貴重なアイデンティティだ。それをいきなり忘れたなど……

 

「お前の能力はアレだよ、瞬間移動に決まってんだろうが。他に何があるって言うんだよ」

「しゅ、瞬間移動!? まさかわたくしにそんな力が備わっていたとは……! どうやれば出来ますの!?」

「そんなモンお前が一番知ってんだろうが! どうしたお前、なんかおかしいぞ!?」

「おかしいのは自分でも十分承知ですの! 自分が常盤台の生徒で! レベル4の能力者だってのも覚えています! ですがわからないんですのよ!」

 

完全に混乱した様子で髪の毛をくしゃくしゃと掻き回しながら黒子は悲鳴のような叫び声を上げる。

 

「能力も! 使い方も! 綺麗さっぱり忘れてしまっているんです!! わたくしがあなたとどのようにして戦っていたのかの記憶さえ!!」

「おいおい嘘だろ! なんで忘れるんだよ! マジで脳みそが腐りかけてきたのかお前!! あれほど医者に診てもらえって言ってただろうが!」

 

困惑する黒子の両肩を揺さぶりながら銀時は必死に彼女の記憶を蘇らせようとする。

だがそんな事を敵方が悠長に待っているわけがない。

 

「食らえ銀髪!!」

「うおわぁ!」

 

距離を取っていた筈の隊士達が一斉に襲い掛かって来たのだ。銀時は慌てて黒子を両腕で抱きかかえると振り下ろされた刀を体を捻って即座に回避。

 

「チッ! なにがどうなんってんだ……!」

「……思い出せませんの、とても大切な事の筈なのに……」

 

すぐに黒子を脇に抱え直すと自由になった方の右手で木刀を掴む銀時。

血相を変えて汗を流し焦っている様子が見て取れる。

 

それを離れた場所から優雅に見物しているのは

 

「思ったより効果てきめんだったな。でかしたぞザキ」

「へへへ、これでもうあの娘っ子は無力の上にお荷物になりました。後はあの銀髪のお侍を倒せば終わりって訳になりますね」

 

腕を組みながらこのまさかのどんでん返しの事態を終始動じずに見送っていた近藤と

それに得意顔で勝利を確信する山崎。

 

手にはテレビを操作する為に使うような”リモコン”みたいな物がしっかりと握られていた。

 

「一心同体つっても所詮頭は二つ、片方さえ斬り落とせば体半分削いだのとおんなじだ」

 

吸い切ったタバコをポトリと地面に落とし、靴でグリグリと踏みつけて火種を消し、何食わぬ表情で顔を上げる土方。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白れぇモンを見せてもらった事には礼を言うぜ、あばよ銀髪ツインテコンビ」

 

正に絶望的ともいえる状況だった。

 

 

 

 

 

 



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第二十一訓 原田右之助 乱舞

数十人の屈強な精鋭に対して教師と中学一年生のたった二人。

勝利に近いのは一見、前者だと思われていたが教師である銀時と中一の黒子は不利な状況をいとも容易く打破する事に成功。しかもあろうことか真撰組自体を半壊させかねない程の勢いを見せていた。

だがしかし、真撰組が密偵、山崎退が急遽こしらえてきたとある物で状況は一変する。

能力者を無力化する為に天人達が開発した対策武装兵器。それ一つで銀時達は苦戦を強いられてしまう。

 

その兵器の効果は

 

「一向に能力の使い方が思い出せませんの……」

 

己の能力、その能力の演算と使用意図の記憶喪失。つまりこの街に住む能力者ならだれもが持っている「自分だけの現実」の忘失であったのだ。

 

「ていうかホントにわたくし瞬間移動なんて使えますの? もしかしてあなたデタラメ言ってるのではなくて?」

「それをこの状況でボケで言ってんならはっ倒すぞ!」

 

小脇に抱えた黒子が頭の上に「?」を浮かべながらこちらに顔を上げるが、銀時はそれどころではなかった。

 

「行け行けぇ!! 何が起こったか知らねえがガキの方が参ってるみたいだぞ!」

「このまま押し進んで銀髪の侍の首を取れ!」

「テメェ等なんざコイツ(木刀)だけで十分だっつーの!!」

 

真撰組の隊士達が今こそ好機と士気が上がった状態で攻め寄せてくる。

襲ってくる彼等の刀に、銀時は木刀一本。まだ減らず口を叩けるぐらいの気力は残っているが、自分の身と黒子を護るだけで精一杯の様子だ。

 

「こんなろッ!」

「もしかしてわたくしの本当の能力……は! きっと同性でも妊娠出来る能力ですわ!」

「そりゃ能力じゃなくてお前の願望だろうが!!」

 

ツッコミを入れながら銀時はギリギリに避けながら目の前にいた隊士の顎に木刀を振り上げて跳ね上げる。しかしそれでも周りに集まる隊士達が一向に消える様子もない。

 

「さすがにやべぇか……」

「記憶の一部を失う……まさかこれは……」

 

後退しつつ銀時が小脇に抱えた黒子を護りながら木刀を振ってる間も、彼に腰を抱きかかえられながら黒子は小難しい表情でどうしてこうなったのか考察していた。

 

「常盤台の女王として君臨し、レベル5の第五位と認定されている最強の精神能力者。もしや真撰組の裏で彼女が暗躍しているとしたら……」

「いや違う、それだけはねぇ」

「え?」

 

記憶を奪うにはもってこい能力を持っているであろう人物に疑いを持った黒子に銀時は即座にそれを否定する。

 

「アイツは俺に危害を与えかねないような能力の使用は絶対にしねぇよ」

「散々あなたにイジられてる女王ならあなたを痛い目に遭わせようとするぐらい考えるでしょう」

「まあ常日頃から俺をぎゃふんと言わせてぇとは思ってるかもしれねぇが。アイツが俺自身に対してや俺の状況がヤバくなるような能力使用なんて真似は絶対にやらねぇ」

「その根拠は?」

「長年一緒につるんでた実績と俺とアイツの過去にあった経験だ。それにアイツはチンピラ警察なんぞに手を貸す義理もねぇよ」

「……」

 

防戦一方から遂に後退して撤退を始める銀時、器用に会話しながら隊士達に木刀を振り回す彼を見上げながら黒子は彼の言動が引っかかった。

 

「……女王がご自分に精神操作の類の能力を使わないというのがハッキリとわかりますのね」

「そりゃそうだろ、だってアイツは昔俺に初めて能力を使った時に病院で入院する程精神がやべぇ事に……っとオメーには関係ねぇか」

「能力を使った女王の方が精神に損傷!?」

「あ~もうゾロゾロとうざってぇ!」

 

遂には迫りくる隊士達に背を向けてがむしゃらに走り出す銀時。そして数十分ほど前に待機場所として使用していたコンビニの上に飛び乗ろうと積み重なれた瓦礫の上をジャンプしていく。

だが黒子はそんな時でも一つ気になる事が出来てしまった。

 

「どうして女王の方が倒れたんですの! あなた一体どんな事をしたと言うんですか!? 最強の精神能力者に対して無能力者のあなたが一体どんな小細工を!!」

「俺は何もしてねぇよ、ただアイツが無邪気な好奇心に身を任せて”覗いちまっただけ”だ、人の”過去”を好奇心で見るもんじゃねぇよな全く」

「……彼女はあなたの過去を見たというんですの、それだけでどうして……」

「は~い銀さんと女王の昔話はここまで、これ以上人の過去を追及するな」

「え?」

 

ダルそうにそう言いながら突然銀時は脇に抱えていた彼女を下におろす。

そこで初めて黒子はここがコンビニの上だと気付いた。

 

「とりあえず今回の件でアイツ本人は動いてないから、それだけ理解しとけばいいんだよコノヤロー」

「むぅ……」

 

またもや適当にはぐらかされた、黒子は全く持って面白くない表情をしつつもとりあえず今は大人しくその話の詳細は聞かない事にした。

 

銀時と女王。自分とまだ会ってない頃の彼は彼女と一体どんな経験を歩んでいたのだろうか……。

 

「……なぜこの男の過去が気になってしまうのか自分自身よくわかりませんの……」

「……どうしてこうコイツ相手だとベラベラと喋っちまうのかねぇ俺は……」

 

互いに聞き取れない声でボソッと呟いた後、銀時の方は下から必死にこちらまで昇ってこようとする真撰組を見下ろしながら抗戦に入る。

 

「テメェ等登ってくんじゃねぇ! ここは坂田軍の本陣だぞコラァ!」

「何言ってんだこの野郎!!」

「真撰組に刃向けた罪! その首寄越して償いやがれ!!」

 

這い上がってこようとする彼等に銀時は木刀を振り下ろすなり蹴りを頭上に入れるなどして激しく抵抗。しかしこれもほんの時間稼ぎにしかならないであろう。いくら銀時の腕がその辺の隊士じゃ敵わないほどであっても、これだけの人数相手に一人ではさすがに無茶だ。

 

(なにか……このガキの能力を奪った何かがある筈だ……)

 

迎撃しながら銀時は下にいる隊士達を見渡す。

この中で何か怪しい動作をしている者がいるか探している様だ。

こちらに不利な状況を作るのであれば、それはそれが一番欲っしている側、つまりこの連中が仕掛けたと思うのが普通だ。

 

(……そういやあのハゲ、このガキが記憶失ってる事に気づいていなかったようだな)

 

気になる違和感を覚えた銀時。確かに丸坊主の隊士は先程彼に向かって

 

『何が起こったか知らねえがガキの方が参ってるみたいだぞ!』

 

そんな事を言っていた。すると銀時は下にいる隊士達だけに集中せずに顔を上げて視野を少し広くする。

 

(コイツ等下っ端の耳には届いてねぇって事は、コイツ等の上司、もしくはその上司の側近がなんかがコソコソとやってるんじゃねぇのか?)

 

思考を巡らせながら銀時はふとある方向に目を向ける。

下にいる隊士達に混ざらないで少し離れた場所からこちらを観察している3人組。

 

「一人はゴリラ局長、もう一人は偉そうにタバコ吸ってるふてぶてしい瞳孔開き野郎。そんであの地味な奴は誰だ……?」

 

銀時の視界には局長である近藤勲と副長の土方十四郎。そして見覚えのない青年隊士が一人。

だがよく目を凝らしてみると銀時はある物に気づいた。

 

あれはテレビのチャンネルを切り替える時に使うような何処の家にもありそうなごく平凡なリモコン……

 

「おいおいどういう事だオイ、まさか……」

 

そのリモコンを見て銀時は眉間にしわを寄せる。あのリモコンは見覚えがある、自分に近しい存在の一人があの様な物を複数携帯しているからだ。しかもその人物がそれを持ってる意図は

 

 

銀時の頭の中で一つの結論が打ち出された。

 

「アイツ等”女王の能力”を使ってるっつうのか……」

「真撰組が女王の記憶改竄能力?」

 

彼が呟いた言葉に黒子がいち早く反応して駆け寄った。そのついでに彼女もまた下から昇ってくる隊士の一人の頭に蹴りを落とす。

 

「レベル5の能力を応用し、擬似搭載させた武装兵器ならわたくしも噂だけでは聞いた事ありますが……ホントに実在しますの?」

「現にテメェの記憶がすっぽり消えちまってんだ。そういう兵器が作られてそれが奴等の手に渡ってると考えた方がいいだろ」

 

そう言いながら銀時は苦々しい表情で舌打ちする。

窮地に立たされたことで機嫌が悪くなったのではない。

自分の知らない所で女王がそんな怪しげな兵器開発に加担してたのが無性に腹立つのだ。

 

「あのガキ……また変な実験に参加してやがったな、挙句の果てに自分の能力の一部を利用できる兵器なんざ開発させやがって……」

「しっかり見てないあなたが悪いんですのよ」

「今度会ったら痔になるぐらいケツ引っ叩いてやるわ」

「お姉様にそんな真似するなら許せませんが、女王相手ならどうぞお構いなく」

 

洒落にならない暴言を口走る銀時に黒子は言葉を返しつつも徐々に悪化しているこの状況にいよいよ危機感を覚え始める。

 

 

「ていうか女王にお尻ペンペンする前にまず、この状況どうにかなりませんの?」

「前にやった攘夷浪士の連中程度なら俺一人でもなんとかなったが、コイツ等相手だとさすがにキツイんだよ」

 

真撰組はただの荒くれ者の群れなどではない。一人一人が真撰組という一本の旗を護る為に幾多の死地を乗り越えてきた真の荒くれ者なのだ。

そんな連中に能力を使えない黒子を連れたまま戦うなど無謀もいい所

 

「くそ……!!」

 

忌々しく思いながら言葉を吐き捨て、とにかく彼等が黒子に近寄らないよう必死に本陣を死守しようとする銀時。

 

だが

 

「うおぉぉぉぉ!!! 十番隊隊長・原田右之助≪はらだうのすけ≫!! 一番槍ぃ!!」

「しまっ……!」

 

豪快な名乗りを上げながら一人の隊士が銀時の隙を見て飛び上がって来た。

そのまま銀時達のいるコンビニの上に着地してきたこの丸坊主の男。

この戦いが始まってから何度も倒してる筈なのに不屈の精神で起き上がっては立ち向かい、とにかくタフ度は他の隊士よりも一線引くほどの豪の者。

そんな彼の侵入を許してしまった事に銀時が焦ってるのも束の間。

彼は抜いた刀を振り上げて能力の使えない黒子に襲い掛かる。

 

「でやぁぁぁぁぁぁ!!!」

「チッ!!」

「あなたッ!」

 

黒子に刀を振り下ろした原田の前に銀時が彼女の盾となる様にすかさず間に入る。

身を顧みずそんな行動に出た彼の姿に銀時が黒子が驚いた次の瞬間。

 

彼の振り下ろす刀は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時の頭上数センチの所でピタリと止まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

突然の事に銀時と黒子は目をぱちくり。

 

真撰組の隊士の男が突然攻撃を止めたのだ、わかるのはそれだけ。

 

銀時の頭の寸での所で刀を止めた男は微動だにしない、しかし数秒後

 

原田は口元に似合わない微笑を浮かべるとゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「”……フフフ、危ないわねぇ、急に飛び込んでこないでよぉ”」

「「!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原田の様子が明らかにおかしい、先ほどまでの男気溢れる口調から一転して妖艶なおネェ口調にガラリと変わっているではないか。

銀時は彼の反応に何かを感じたのか目を見開き、黒子は背筋からゾクッと感じて震え上がる。

しかしそうしている内に彼はこちらに微笑を浮かべたまま顔を上げて

 

「”せっかくチビさんを怖がらてチビる所が見たかったのにぃ、チビさんがチビる……フフ”」

「その背筋も凍る様なクソつまらねえギャグセンス……お前まさか……!」

 

おっさんの声のまま変な口調で喋り出し、更にとてもユニークとは程遠い洒落を言って自分で笑う原田。

銀時は戦う姿勢を解いて歩み寄る。すると原田は彼の方へ改めて顔を上げた。

 

男の両眼には先程まで無かった筈の”キラリと光る星”みたいなものが輝き

 

「”あなたの行動はお見通しなんだゾ☆”」

「ギャァァァァァ!! キモイ! キモイですの!」

「”私は肝でも胃でもないわよぉ、ブフッ”」

「キモイ上に物凄くつまらないギャグかまして自分で笑ってますの!!」

「”あらヤダ、別に笑わせるつもりで言ったとかそういうのじゃないから。それに私お笑いとか興味ないからぁ、ホントのホントに興味ないから、だから別に笑ってくれなくても別に傷つかないから私”」

 

いきなりキャラが大きく変わってしまった男に黒子が素っ頓狂な声を上げて本能的恐怖を覚え、思わず銀時の腰元に抱きついてしまうも、男は彼女を無視して銀時との会話を続けた。

 

「”私の能力を応用し開発されたあのデバイスで大ピンチらしいけどぉ、大丈夫銀さぁん?”」

「……”本体”はどこにいやがるんだ」

「”探しても無駄よぉ、結構離れた場所にいるから私ぃ、ウフフ”」

「なんなんですの一体! いきなり気持ち悪い喋り方になるし訳の分からない事口走るし! さっぱり理解できませんの!」

 

丸坊主のオッサンには不釣り合いな微笑を浮かべる光景に黒子は全身から鳥肌が立つのを実感した。

しかし彼女が困惑しているも束の間、銀時達が彼(彼女?)に気を取られてる隙に他の隊士達がわんさかとコンビニの上へと上がってくる。

 

「なにやってんだ原田! なんでそいつ等と仲良くしゃべってんだコラァ!!」

「”あらぁ、無粋な客がぞろぞろと湧き出てきちゃったわぁ”」

「原田ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「なんだそのキモイ喋り方! お前自分のキャラどこ行ったぁぁぁぁぁぁ!!」

 

振り返り様にこちらにウインクして見せる男に隊士達の表情が強張る。

きっとこの原田という男は漢の中の漢と呼べるような隊士達に厚い信頼を寄せられていたような男だったのだろう。今はもう見る影もないが

 

目の前の恐ろしい光景を見て、隊士達の視界にはもう銀時と黒子は入らなかった。

 

「”しょうがないわねぇ、ここは特別に私がこの人達を引きつけておいてあげるゾ♪”」

「おえ……もうわけがわからないやキモイやらでただでさえ記憶喪失の頭が爆発しそうですの……」

 

銀時の腰にしがみつきながら黒子が舌を出して吐きそうな仕草をしていると。

様子の可笑しい原田に銀時は眉間にしわを寄せる。

 

「テメェがそんな事する理由あんのか? この件はテメェが大嫌ぇな”あのガキ”が関わってる事なんだぜ」

「”フフ、理由なんて必要ないでしょう。”御坂さん”の事はどうでもいいわぁ、あなたと私は古い付き合いなんだからぁ~困った時はお互い様、仲良く助け合うのがセオリーでしょう?”」

「絶対なんか企んでんだろお前」

「ちょっとあなた! まさかこんな丸坊主のおっさんと特別な関係を築きになられて……!」

「ちげぇよバカ、つかいい加減離れろ」

 

原田の様子がおかしくなってからずっとしがみついていた黒子を、やっと銀時は仏頂面で彼女の後ろ襟を掴んで引き剥がす。

 

「ここはコイツに任せろ、俺達はこのまま敵本陣まで突っ切る」

「何を言ってるんですかあなた! あの数十人の精鋭達はどうする気ですの!? ていうか私の記憶もどうするんですの!? お姉様は大丈夫ですの!? ていうかこの丸坊主キモイですの!」

「落ち着けバカ、こいつに任せとけばなんとかなる」

 

冷静さを失ってパニックになっている黒子をたしなめると、銀時は彼女の後ろ襟を掴んだままひょいと体ごと簡単に持ち上げて

 

「んじゃ行ってくるわ」

「”頑張ってぇ~”」

 

あっさりとした別れのセリフを原田に吐くと銀時は黒子を掴んだまま床を蹴って下へと降りて行った。

 

残された原田(?)の方は、こぞって集まっている隊士達に向かって気味の悪い笑みを浮かべる。

 

「”も~暑苦しい男たちが相手とか嫌になっちゃうわぁ~、でもでも~ここであの人に借りを作ればなにかに役に立ちそうだから私頑張っちゃうゾ☆”」

「うわァァァァァ!! 原田がぶっ壊れたぁぁぁぁぁぁ!!」

 

自分の頭をコツンと拳で軽くたたきながら口からペロッと舌を出す丸坊主のおっさんの姿に隊士達は悶絶。

 

「もしかしてあの銀髪の野郎に頭を何度もぶっ叩かれたせいか!?」

「”あの程度全然大したことないわよぉ、私の方がもっとあの人に頭に叩かれてるのしぃ……全然誇れることじゃないけど”」

 

意味深なセリフを吐きながら原田は突然動き出した。

 

「”さぁて脱ぎ脱ぎタイムよぉ~”」

「「「「「脱ぎ脱ぎタイムゥゥゥゥゥゥ!!??」」」」」

 

 

まず制服の上着を乱暴に脱ぐ、続いてシャツを脱ぎ捨て上半身裸になって屈強な肉体を公の場で見せつけると、今度は腰元のベルトに手を伸ばして、カチャカチャと音を立てて外し始める。

 

「”ここに集まってくれたみんなの為に”」

「おい、なんで脱ぎ始めてんだよ原田……」

「”原田右之助くんの特別ストリップダンスショーをお披露目しちゃうんだゾ☆”」

「「「「「原田ァァァァァァ!!!!」」」」」

 

ズボンも脱いで靴も捨ててパンツ一丁になった原田からの茶目っ気溢れるに一言に遂に隊士全員が声を揃えて彼の名を叫んだ。

 

「どうしたんだよ一体! お前に何があった!? 何がお前をそこへ導いた!!」

「”同僚の前で生まれたままの姿を晒すと興奮しちゃうんだゾ☆”」

「原田ァァァァァァァ!!」

「もう止めてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

こちらにウインクして遂に最も人前で脱いではいけないパンツに両手で掴んでしまった原田に隊士達がやっと走り寄って彼の行動を制止させようとする。

 

するとそこで

 

「テメェ等何やってんだぁぁぁぁぁぁ!!!」

「局長!!」

 

事の一部始終を見ていたのか、真撰組局長である近藤勲が鬼気迫る表情でこちらに走って来たのだ。

 

「良かった局長が来てくれた!」

「俺達の大将ならきっと原田の目を覚ましてくれる!!」

「頼む局長! 俺達の同志に侍として本当にやるべき事はなにかと導いてくれ!!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

隊士達の厚い信頼を受けながら、近藤はコンビニの前に積まれた瓦礫の上を飛び越えて行く。

 

 

身に着けている衣服や刀を捨てて行きながら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「”真のストリップショーのスターはこのゴリラさんなんだゾー☆!!”」

「「「「「「局長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」

「”負けないんだゾー☆!!”」

「「「「「原田ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」

 

互いに生まれたままの姿を晒し、両手を広げて羽ばたくようなポーズで飛翔しながら交差する近藤と原田。

 

隊士達にはもう銀時や黒子、今行っている任務の事などもうどうでもいい事であった。

目の前で醜態を晒し合っている同僚と組織のトップ。今の彼等が最もなんとかしなければいけない事はこれ以外無いのだから

 

隊士達の阿鼻叫喚が止む気配は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンビニの上でそんな地獄絵図が展開している一方で。

副長である土方とこの戦場に重要な兵器を持ち込むことに成功した山崎は少し離れた場所からそれを遠い目で眺めていた。

 

「副長……原田の野郎が急におかしくなったと思ったら、駆けつけに行った局長までおかしくなっちゃったんですけど……」

「そうか? あの人は元からあんなんだろ」

「……いやさすがにアレはおかしいでしょ」

 

思いのほか冷静に眺めている土方に山崎はか細い声でツッコミを入れると、ふと自分が持っているリモコンに視線を下す。

 

「もしかしてコレが原因じゃないよな……でもコレって能力者の記憶の一部を奪って戦闘不能状態にするだけの道具だし、無能力者の俺達や局長にはなんの効果も出ない筈なんだけど……」

 

冷や汗をかいたままリモコンを見下ろして山崎がボソッと呟いていると

 

「なるほどねぇ、あくまで女王の能力の一部しか使えねぇって訳だ。それがわかって安心したぜ」

「!!」

 

すぐ傍から聞こえたやる気のなさそうな呑気な声。山崎が慌ててバッとそちらに顔を上げると

 

「そんなおもちゃじゃ”本物”には勝てねぇよ」

「あぁぁぁぁ!!! いつの間に!」

 

能力が使えない黒子を引き連れて、既に木刀を抜いている銀時が風で着物をなびかせながら颯爽とこちらに歩いてきているではないか。

他の隊士達は近藤と原田のストリップショーに釘づけ(誤解を招く言い方だが)なので全く彼等に気づいていない。

彼の登場に驚く山崎に黒子が睨み付けながらフンと鼻を鳴らす。

 

「わたくしの能力を奪ったのはそこのモブですわね、大人しく返して下されば”殺す”だけで勘弁してあげますわ」

「いや殺すだけってそれ全然妥協してないじゃん! つかモブじゃねぇし!」

「うるせぇぞ山崎」

「あ、すみません副長……」

 

能力を奪われながらもこの高慢な態度。山崎はツッコミを入れていると隣に立っていた土方が彼の前に手をスッと差し出して大人しくさせる。

 

「聞かせてもらおうか、ウチの大将と部下一人が全裸で踊り狂ってる。アレはなんだ」

「俺は知らねぇよ。お前の所のゴリラとハゲが勝手にストリップやってるだけだ。こりゃアンチスキルが来るのも時間の問題ですなぁニコチンお兄さん」

「俺を相手に下手な誤魔化しは通用しねえぞ」

 

瞳孔の開いた目が一際鋭くなる土方。銀時の安い挑発に応えるかのような殺意を放っているが頭の中は冷静だ。

 

「お前、そのガキだけじゃなく他にも能力者を持っているのか、しかもあんな芸当が出来るたぁかなりの上玉も持ってるみたいじゃねぇか。一体何者だ」

「俺はただの教師だ、安月給でコキ使われてガキの面倒を見る事を仕事とするただの一般社会人よ」

 

腰に差す刀に手を置いて尋問するかのように話しかけてくる土方に対し

銀時は右手に持った木刀を肩に掛けてニヤリと笑って見せる。

 

「ま、その辺の教師と少し違う所があるとすれば、”侍やってる”ってとこぐらいだな」

「廃刀令のご時世に侍だぁ? ますます訳の分からねぇ奴だ。まあいい」

 

自分を侍だと名乗る銀時に土方は遂に腰に差す刀を鞘から抜いた。

 

「誰が相手だろうがたたっ斬るだけだ、これ以上お前から情報を聞く意味はねえとわかったしな。山崎、行くぞ」

「は、はい!」

 

いよいよ抜刀した土方は振り返らずに山崎に命令。それに素直に従って彼も腰に差した刀を抜いて銀時達と対峙する。

対して銀時はだるそうにふわぁっと大きな欠伸をすると黒子に向かって

 

「んじゃお前はここにいろ、後は俺がやる」

「お断りしますわ、あなたなんかの命令をわたくしが聞くと思って?」

「は?」

 

即座に拒否した黒子に銀時は口をへの字に曲げた。

 

「能力も使えないお前なんざ正真正銘ただのガキんちょじゃねぇか、邪魔だからここで体育座りして待ってろ」

「能力を使わずとも、今ここであなたと共に戦えるのはわたくしだけですわ」

 

黒子がいまだまともな状態ではない事を悟ってか、戦いに参加させないように配慮する銀時に対して彼女はムッとした表情で反論する。

 

「わたくしはあなたとどのようにして戦っていたのかは記憶にありません、ですがこれだけは覚えていますの」

「何をだよ」

「わたくしとあなたが組めばどんな相手でも勝てると」

 

急に真っ直ぐな視線を銀時に向けながら黒子は真顔でそう答えた。

 

「それはわたくしの能力があってこそ生まれた過程なのかもしれませんが。たとえ能力使えなくてもあなたと共にお姉様をお助けするのがこの白井黒子の使命であり、一生背負うと決めた定めですの。あなたなんかに言われた程度でそれを簡単に止めるわけにはいきませんのよ」

 

ハッキリとした口調でそう宣言する黒子に、銀時はやれやれと言った風に髪を掻き毟りながら深いため息を突いた。

 

「お前に怪我でもさせちまったら、あのガキ(美琴)に怒られるのは俺なんだけど?」

「あら、わたくしだってあなた一人で行かせて怪我なんてさせたらお姉様に怒られますの」

「それじゃあ俺達両方が怒られない為には」

「わたくしとあなたが共闘し」

 

会話しながら銀時と黒子は顔を上げて同じ方向に目をやる。

 

真撰組の鬼の副長、土方十四郎と。密偵として影の如く暗躍する事が主体の山崎退が刀を抜いてこちらをじっと見つめている。

 

交差する四人の視線。そんな中で黒子は相手を小馬鹿にするようにな小さな笑みを浮かべながら

 

「あの連中をコテンパンにブチのめしてやればいいだけの事ですわ」

「へ、そうだよな」

 

黒子に釣られて銀時もつい笑ってしまう。

 

「それが俺とお前のいつものやり方だ。ちゃんと覚えてるじゃねぇか。いいぜその案」

 

こちらに向かって顔を上げている黒子に対し銀時は右手に持った木刀を強く握りながら答えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乗ってやるよ」

 

例え片方がなんらかの支障があったとしても関係ない

この二人がやる事はいつも一つだけだ

 

自分自身で決めた武士道(ルール)を貫く為に戦うと

 

 

 

 



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第二十二訓 侍教師、コンビの力で戦いを制す

 

真剣を所持している上に疲れは無い、完全に有利な状況に置いている土方と山崎。

得物は木刀一本のみの銀時と能力を封じられている黒子、先ほどの戦いでかなりの疲労している。

 

だが銀時と黒子はこの絶望的状況にも関わらず、まだ諦めていなかった。

 

「長期戦じゃもたねぇ、一気に片を付けるぞチビ」

「早い所ケリを着けないと身が持ちませんわ」

 

 

不利な立場である事を自覚していないのか、いまだ余裕の色を見せつけながら銀時は黒子。

明らかにナメられてると思ったのか、土方は不愉快そうにフンと鼻を鳴らす。

 

「なんの策もねぇ、そのくせ相方は自慢の能力も使えねぇ、頼りになるのはその貧相な得物のみ。お前達に何かできるとしたら、いかに苦しみを味合わずに楽に死ぬかだ」

「生憎ニコチン中毒のポリ公にやられるほど俺の魂は安くねえよ」

「テメェ……」

 

タバコを口に咥えながら、こちらにギロリと視線だけで殺せそうな気迫で睨み付けてくる土方。抜いた刀もまた日の光に照らされて鋭く光る。

それに対しても銀時はヘラヘラと笑いながら、突然隣に立っている黒子の後ろ襟をむんずと掴んで片手でブラーンと持ち上げた

 

「見せてやるよ俺達の戦い方って奴をよ」

「お姉様のご友人に”なるかもしれない”彼女の為にもこの白井黒子、あなた方を排除させていただきますの」

 

宙ぶらりんにされた状態ながらも土方達に笑いかけながら黒子がそう宣言した直後。

 

銀時はダン!とアスファルトの地面を強く蹴って土方達の方へ大きく踏み出した。

 

右手には愛刀である「洞爺湖」印の木刀。左手にはコンビとして幾多の戦いを共に経験してきたパートナーである黒子を掴んだまま。

 

「精々その瞳孔開きすぎた目でとくと見やがれぇぇぇぇ!!」

「おい山崎、油断すんじゃねーぞ」

「分かってますよ副長」

 

咆哮を上げて突っ込んでくる銀時に刀を構えながら土方は横にいる山崎に警告を促した後、彼もまた地面を蹴って走り出す。

 

「真撰組副長! 土方十四郎に続けぇぇぇぇぇぇ!!!」

「は、はいぃぃぃぃぃ!!!」

 

銀時達の方へ攻めかける土方に続いて山崎が慌てて彼の後を追った。

 

互いに詰めていき、銀時と土方の間がぶつかったその時

 

ガキン!と銀時の振るう木刀と土方の刀が激しい音を立ててぶつかる。

 

「本気で来い、死ぬぞ……!」

「へ……!」

 

つばぜり合いになりながら土方は嘲笑を浮かべながら銀時に言葉を投げかけた。

自分は両手で真剣を握っているに対し、向こうはなぜか左手で足手まといにしかならないような相方を掴んでいるので、右手一本でしか力を籠められない彼が相当なハンデを背負ってしまっていると思っているからだ。

だが土方のそんな考察をあざ笑うかのように、銀時はつばぜり合いの状況から左手で掴んだ黒子を後ろに振りかぶり

 

「いけぇ!」

「!?」

 

力任せに黒子を土方目掛けて振り抜いただ。

だが彼女はそんな扱いをされても驚きもせず怒りもしなかった。ただこちらに目を見開いている土方に向かって足を伸ばして

 

「ふん!」

「くッ!」

 

土方の横っ腹目掛けて蹴りを放ったのだ。しかしこちらに何か仕掛けると考えているような黒子の表情を見て勘付いていたのか。ワンテンポ早く土方はつばぜり合いを解いて後ろに下がってそれを回避する。

 

だが銀時”達”はそれを待っていたかのように彼が後退した分再び距離を詰めて追撃に入った。

 

「逃がさねえ!」

 

木刀を振り下ろしてそれを土方が慌てて刃で受け止めた隙に、反対の手で掴んでいる黒子の方は振り上げる。するとがら空きになっている土方のどてっ腹に

 

「がは!」

 

黒子の蹴りが遂に入った。急所を突かれたのか思わず嘔吐しかける土方だがなんとか堪えると、銀時の木刀を弾きつつ何とか後ろに下がる。

 

「コイツ……! 教師のクセに生徒をテメーの得物として扱ってやがるのか……! PTAの保護者の皆様が見たら抗議殺到だぞコラァ!」

「んなの怖くて教師なんてやってられるかってんだ」

「いついかなる時でも戦えるよう、わたくし達は幾多の戦いを乗り越えたからこそ多くの戦術を覚えてきましたの。このフォーメーションも不本意ながらより効率よく戦えるように計算されたもの一つ、題して」

 

銀時に後ろ襟を掴まれてブラーンと宙でフラフラと揺れているというシュールな光景であるのに、当の黒子はお構いなしに土方にふんすとドヤ顔で笑って見せた。

 

「『常盤台流・二刀の構え』ですわ。この男が本軸となり敵に突っ込み力任せに暴れ、そしてわたくしが彼のサポートと敵への奇襲役となる。正に無敵の戦法」

「常盤台流ってなに? 俺知らねぇんだけどそんな流派?」

「今決めましたの、この前お姉様がレンタルビデオ屋で借りてきたるろ剣の実写版観ましたので、参考とさせていただきました」

「止めてくんないそういうの? だせぇし意味わかんないし、佐藤健に謝って来い」

 

アドリブで変な名前を付けた黒子に銀時が少々ムスッとするも気にせずに彼女は話を続ける。

 

「どうです、ちゃらんぽらんでマヌケで馬鹿でいやらしい無能力者に、優秀な上に官能的な魅力さえ携えている能力者が手を貸してやるだけでこんなに強くなれるんですのよ」

「誰が官能的な魅力持ってる”優秀な能力者”だって? 貧相な体つきで考えてる事は高校生が書いたエロ小説みたいなイメージばっかの”変態な能力者”だろうが」

「な! それは聞き捨てなりませんのよ!!」

 

仏頂面で断言する銀時に黒子は顔を上げて食ってかかる。

 

「わたくしのイメージはその辺の学生よりもずっと卑猥でエロティックですの!! 今だってわたくしの頭の中ではお姉様をすっぽんぽんにして絶賛弄んでいるんですから! 逆のシチュエーションも無論!!」

「なに鼻息荒くして危ない性癖を教師に暴露してんだコラ! つか聞き捨てならない所ってそこかよ! 形だけでも俺が変態って言った所をツッコめ!」

 

明らか常人とはかけ離れた発想をする黒子に思わず銀時の方がツッコミを入れてしまった。

そんな二人の光景を土方は遠い目で見つめる。

 

「なんで戦ってる最中に喧嘩できるんだコイツ等?」

「見るに堪えない醜態ですね……俺等本当にこんな奴等にやられたんですかね……」

 

新しいタバコを口に咥えながら疑問を覚える土方に山崎が苦笑しながら相槌を打った。

 

「とりあえず俺達も作戦作りましょう、俺は後衛から援護射撃かますんで副長はさっきみたいに突っ込んでください」

「いや援護射撃ってお前そんなの出来たのか?」

「ええ、最近は”あの子”がいつもねだってくるので無くならないよう前々から多くこさえてんですよ」

「……なんかよくわかんねぇけど、飛び道具があるならこっちの方がまだ有利って事か」

 

自信満々な山崎の態度から見て勝利できる確信はあるらしい。

確かに銀時と黒子のコンビネーションは抜群だが、こちらに飛び道具があればそれを崩す事も難しくはない。

タバコの煙を吐きながら土方は彼の案に乗る事を決めた。

 

「よし行くぞ山崎、今度は俺達の番だ」

「はい副長!」

 

腹をくくった土方は再び銀時達の方へ特攻とも言えるような、なりふり構わない突進を仕掛ける。

抜いた刀を一層鋭く光らせ突っ込んでくる彼に気づいて銀時は黒子との喧嘩を中断して彼もまた木刀を握って構えて迎撃の準備に入る。

 

だが

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!! スパーキィィィィィング!!!」

 

今回はただ単に土方が突っ込んでくるだけではない、彼の後ろから山崎が奇声を上げながら両手に何か持って追走していた。その何かとは……

 

「おい! なんか後ろの地味な奴が”あんぱん”持ってるぞ!!」

「どういう意味ですの!? なんの儀式ですの!? なにを召喚する気ですの!?」

「山崎”夏”のパン祭りじゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

両手に持つのは手のひらサイズの食べ易そうなあんぱん。

彼の行いに全く意図が読めない二人は突っ込んでくる土方の事を忘れて戸惑っている。

そこを突いてか、山崎は両手に持ったあんぱんを二人目掛けて

 

「食らえぇぇぇぇぇぇ!!!」

「ギャァァァァァ!! めっさあんぱん投げてきたぁぁぁぁぁ!!」

 

とにかくあんぱんを滅茶苦茶に投げ出してきた。

しかも両手に持っているのだけではなく、どこに隠せたのかわからないが制服の裏から次々と同じ販売元のあんぱんを取り出しては投げるを繰り返す山崎。

 

彼が最近ある少女がいつもねだってくると言っていたのはこのあんぱんの事だったのだ。

 

「なんの殺傷力も無いですけどそれはそれでイラッときますの! もが! ああもう! 顔にあんぱんの餡がこびり付きましたわ!」

 

顔面にあんぱんをクリーンヒットしてしまった黒子はすぐにハンカチを取り出して顔を拭う。苛立ちは募るばかりであり銀時もまた必死に避けながら山崎に向かって吠える。

 

「テメェ! PTAがどうのこうの言ってる前にまずはテメェ等の方が抗議殺到モンだろうが! 食べ物は大切にしろ!」

「ハッハッハ、そんなの画面端のテロップに『※投げたあんぱんは全てシスターが美味しく頂きました』って付けとけば文句言われないのさ!」

「テロップなんてどこに付けんだよ! つかシスターってなんだよ! シスターがあんぱん食う訳ないだろ!!」

「いやそれがかなり食いつくんだよね……」

 

ツッコミを入れながら怒鳴っている銀時に山崎は頬を引きつらせて渇いた笑い声を上げながらもあんぱんを連投するのを止めない。

 

そして銀時達があんぱんに気を取られてる隙に

 

「くだらねえ援護射撃だが、気を逸らすには十分だな」

「!」

 

土方が銀時の懐の中に入り込んだのだ。銀時が気付いたときには彼はしゃがんだ状態で刀を水平に持ち……

 

居合い切りのように鋭い一閃で

 

 

銀時の腹部を切り裂いた。

 

 

 

 

「がッ!」

「あなたッ!」

「チ、少し浅かったか」

 

銀時の着る着物からじんわりと血が滲み出てコンクリートの地面に滴り落ちる。

腹部に横一文字に斬られた跡が見え、それを見た黒子は血相を変えて目を見開く中、土方は冷静に分析する。

 

「かろうじて後方に体を逸らして致命傷は避けたってとこか……」

「このッ!」

 

彼の握る刀に付いている銀時の血、それを束の間の僅かな時間に視界に入れた時に何かを感じたのか、黒子は握る力が無くなった銀時の腕を引き離して、なりふり構わず土方に飛び蹴りをかまそうとする。だが

 

「初見じゃ避けれなくても」

「づッ!!」

「二回目なら止まって見えんだよ」

 

自分の顔面に向かって飛んできた黒子に、土方は速い動きで振り上げて振り下ろすという縦の一閃を二回浴びせた。

黒子の細い右足と左足の太ももが縦一文字に斬られ、傷痕から出血している。

手加減されたのか、深くは斬られなかったものの黒子はあまりの痛みにその場に倒れて斬られた個所を抑える。

 

「コ、コンチクショウ……! 最悪ですの……嫁入り前の女の生足を斬りやがったですのコイツ……!」

「その程度じゃ傷は残らねえよ、数日まともに歩けねえだろうがな」

 

太ももを押さえてうずくまってる黒子を見下ろしながら土方は咥えていたタバコをペッと地面に吐き捨てる。

 

「ともあれ、これでテメェもあの銀髪の野郎もしめぇだ。お前は歩けねえし奴も数十分で意識を失ってぶっ倒れるレベルだ。降参してあのガキがどこに逃げたか吐け、そうすりゃ病院に連れてってやる」

「いっつぅ……」

 

黒子はともかく銀時の方は腹を斬られて結構な痛手を負っていた。彼はまだ土方を睨み付けながら立ってはいるものの、内臓までは斬られなかったらしいが腹部の出血もひどい状況である。

傍から見ればとても戦える様な姿ではなかった。

 

だがしかし。

 

「降参?……どこの国の言葉だっけそれ?」

 

そんな時でもこの男は口元に笑みを見せていたのだ

 

「まだ勝負は終わってねぇよ……」

「テメェ、まさかその体で……」

「この程度慣れっこなんでね”昔から”」

 

顔からは痛みのあまり冷や汗が滴り落ちてるものの銀時はまだ諦めていなかった。

土方に向かって虚勢なのかわからないが余裕そうな態度を見せる彼に、足元でうずくまっていた黒子がゆっくりと彼の方へ顔を上げる。

 

「おやおや……随分と汗をおかきになっていて……腹でも下したんですの?」

「下したどころか斬られたんだよ、お前こそどうしたうずくまって、ウンコ漏れたか?」

「レディーの教育を受けているわたくしが道中でそんな恥ずかしい真似するわけないでしょ、あなたじゃあるまいし……」

「道中で奇声上げて先輩に抱きつこうとする方が恥ずかしい真似だと思うんだけど?」

 

こんな時でも口喧嘩を始めようとするが、銀時は彼女の制服の後ろ襟にまた手を伸ばす。

 

「お前の能力を封じてるのは恐らくあの地味な野郎が持ってるリモコンだ、アレをどうにかすればお前の記憶も戻せるかもしれねぇ」

「そうですか……ならばその件についてはわたくしにお任せなさいませ。その代りあの男はあなたが」

「ああ」

 

足が痛いのを我慢して黒子が健気に頷くと銀時もまた痛みを堪えながら彼女を左腕で持ち上げる。

 

「あ~やだやだ俺達のこんな姿見せたらまたあのガキが怒り狂って説教しようとすんぞ」

「出来るならば電撃で体全身の感度をいじられながら怒られたいですの」

「いっそ能力だけじゃなくてその性癖も忘れればよかったんじゃねぇのお前?」

 

ぶらーんと持ち上げながら、アホみたいにニヤニヤと悦に入った笑みを見せる黒子に向かって銀時はため息を突いた後、まだ戦う気があるのかと軽く驚いている土方と山崎と顔を合わせる。

 

「んじゃあファイナルラウンドやるか」

「……大人しく降参しとけばこっちも余計な事やらねぇで済んだのに……」

 

面白くなさそうに舌打ちする土方に後ろから山崎が心配そうに尋ねる。

 

「どうするんです副長……」

「どうするもこうも、斬るしかねぇだろ」

「やっぱり……」

 

まあこの男ならそうやるだろうなと予測していたし聞くまでもなかった。長い付き合いだしその辺はよくわかっている。

 

「こんなんだからウチの組織って嫌われてるんだろうな……イメージアップやろうとか考えないのかなこの人は……」

「よし、俺だって鬼じゃねえ。テメェ等の根性を認めて”一撃で楽にしてやる”」

「わーさすが副長だー心が広いやー」

 

相変わらずの土方に山崎が若干棒読み気味に賞賛していると

 

「ん?」

 

突如、数メートルほど離れてる場所に立っている銀時の行動を見て不審に思った。

 

こちらをじっと見つめながら背負い投げするように上体を後ろに逸らしている。

 

そして彼が左手に持っているのは宙ぶらりんしている黒子。

 

謎の動きに山崎が頭の上に「?」を付けていると

 

 

 

 

 

 

 

 

「食らえ必殺!! チビ大砲!!!」

「えぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

黒子をつかんだ左手に力を注いで全力投球でこちらに向かって彼女をぶん投げたのだ。

自分の生徒をまさかの”飛び道具”にしてしまうという、とても教師とは思えない行動に出る銀時に山崎が一瞬呆気に取られるが

 

「この黒子! お姉様を護る為ならどんな事だってやる覚悟ですのぉぉぉぉぉ!!!」

「ばぶらばッ!!」

 

そこを突いて黒子は雄叫びと共に頭を突き出して山崎の額に思いっきりかました。

唐突な出来事に山崎は訳が分からないまま後ろに倒れる。すると空中で体制を立て直した黒子が地面にバサッと大の字で倒れた山崎に馬乗りになると

 

「わたくしの記憶を奪ったリモコンを寄越しやがれコラァァァァ!!」

「あごんッ!」

「山崎!!」

 

口調が若干銀時みたいになっている事に自身でも気付かずに黒子は倒れてる山崎横っ面に右ストレートを一発。

 

銀時の奇想天外な行動に呆気に取られていた土方もまたようやく我に返って、倒れた山崎を助ける為に歩み寄ろうとするが

 

「おっと」

「な!」

「俺を忘れてんじゃねぇぞコラ」

 

山崎と彼の間に腹部から血を流している銀時がさっと割り込んできたのだ。

すかさず木刀を掲げる彼に土方は即座に対応して刀を振り上げる。

 

互いの得物がぶつかり、その反動で互いの体が後ろに弾かれた。

 

「なんて野郎だ……! 能力も無くし、足も使えなくなったガキを使ってこんな真似するたぁ教師の風上にも置けねぇ……!」

「勘弁してくれよ、そういうのはガキ共に毎日言われてうんざりしてんだよ。これでも頑張ってんだよ銀さん?」

「抜かせ!」

 

両手を扱えるようになった銀時は土方の剣さばきを難なく対処していく。

木刀と刀が何度もぶつかりあう、互いに押して押されてのワンパターンな繰り返し。

しかし出血を止めていない状態のまま土方と渡り合っている点からして、やはり銀時はただの教師ではないのが明白だった。

負傷はしているもののまだ目は霞んじゃいない、動きにも追いつけるし勝機はあると銀時は考えながら土方に食らいつく。

 

そしてその勝利を確実に決定させるのが

 

”彼女の役目”だった。

 

「ありましたの!」

 

我を忘れて歓喜の声を上げる黒子。山崎の上に馬乗りになっていた彼女が右手で掲げあげたのは小さなテレビのリモコン

 

黒子の能力者としての記憶を奪った能力対策平気だ。

 

「制服の裏側に大量のあんぱんに紛れて隠してましたわ! ていうかこの人どんだけあんぱん持ってんですの!?」

「うわ! ちょ、ちょっと待って! それってレベル5の能力を引用して作られた物だから凄いコストかかってんだよ! ただでさえ高価なモンだから丁重に……!」

 

強奪してる上に万が一壊してしまったら一体自分はどうなってしまうのか……

必死にあせっている山崎、黒子は一瞥した後スカートの下から小さな鉄棒を取り出して

 

「てい!」

「ギャァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

力任せに鉄棒をリモコンにぶっ刺したのだ。壊してしまったら自分の記憶がどうなるかさえわからないのに黒子は躊躇せずに何度も鉄棒でリモコンを破壊しようと試みる。

 

早くしないとあの男(銀時)がやられてしまうかもしれない、ゆえに彼女は己の能力を失うかもしれないリスクを背負って、一か八かこのリモコンを破壊する事を早急に決断したのだ。

 

「ん~どこまで壊せば記憶が元通りになるんですの? この! この!」

「いやもう止めてホント! それ以上やったらもう取り返しが!」

 

山崎の叫びも聞かずに黒子はリモコンへの攻撃を止めない。

鉄棒を強く握って何度も同じ箇所に向かって突いていると遂に……

 

「ふぅ、穴開けられましたの。意外に脆いんですのね」

「あぁぁぁぁぁぁぁ!! おぉぉぉぉぉまいがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「うるせぇですわ!!!」

「ぶべら!!」

 

鈍い音を立ててブスリと貫通したのである。こちらに手を伸ばして絶叫を上げる山崎に上から拳を叩き落として気絶させた後、黒子は心配そうに手に持ったリモコンを眺める。

 

「でもこれでわたくしのテレポートが戻ってくるのか……ん? テレポート? っつ!」

 

その時、まるで脳内に直接静電気が走った感覚を覚えた。

その痛みに彼女が両手で頭を押さえようとするが

 

「わたくしの能力はレベル4の瞬間転移……!」

 

痛みはすぐに消えてある記憶が沸々と蘇っていく。

能力の正体、使用用途、演算形式、自分だけの現実……

 

「戻った! 戻りましたわよ! わたくしの全てが! 失われていたわたくしの勇ましい経歴と共に記憶が復活しましたの!!」

 

リモコンを半壊させたことにより失われた記憶をやっと取り戻せたことに黒子は歓喜した後、白目を剥いて気絶している山崎の腰元に差してあった”刀”に手を伸ばす。

 

「安心したら急にどっと疲れが出ましたわ……。それにしても第五位の能力を使った能力者対策武装兵器……確かにわたくし達能力者には恐ろしいものでしたわね……ですが」

 

鞘におさまった刀をガシっと掴むと、肩で呼吸してもう体力の限界も見え始めている黒子は独り言を呟きながらニヤリと笑って

 

「こんぐらいしてもらわないと退屈なまま終わらせてしまう所でしたわ、その点だけは褒めてさしあげましょう。真撰組の皆様方」

 

次の瞬間、山崎の腰に差してあった刀はヒュンと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

それから数十秒前の出来事

 

土方と打ち合っている銀時はというと

 

「そろそろタイムリミットだ、覚悟はいいか」

「怪我人のクセにやるじゃねぇか……万全を期すればウチの総悟にだってやり合えるんじゃないかお前? まあそんな勝負を見る機会なんてないだろうがな」

「そりゃどういう事だいチンピラ警察さん?」

「オメェがここで俺に斬られるからだ」

 

何度も互いの得物をぶつけ合っていた時、土方は遂に意を決して彼に身を乗り上げて突っ込む。

 

しかし

 

「!!」

 

すくい上げるように振った刀は銀時を捉えなかった。代わりに彼が斬った物、それは

 

柄に洞爺湖と彫られた一本の木刀。

土方の一撃により綺麗に真っ二つになっていた

 

「変わり身……は!」

 

身代わりに使用された木刀にほんのちょっとでも気を取られた事が失敗だった。

突如上空の日の光が消えて自分のいる部分に影が現れる。

土方がすぐに顔を上げるとそこには

 

太陽の光を背に受けながら銀時がこちら目掛けて飛翔していた。

 

黒子が瞬間転移しておいた山崎の刀を口に咥え、右手で柄を握って鞘から引き抜き、咥えていた鞘はプッと吐いて捨てる。

 

「勝敗を決したのは、互いの相方の差だったなニコチン」

 

そのまま両手で刀を振り下ろし

 

「ジャッジメントォォォォォォ!!!」

 

咆哮を上げながら、土方ではなく彼の持つ刀を刀身ごと叩き折ったのだ。

 

一瞬で持っていた得物を粉々にされたショックで土方はその場に突っ立って固まってしまう。

 

「数日の間に二度も折られた……新調した刀がもうおしゃかかよ……」

 

折られた刀をボーっと眺めた後、ポイッと捨てて。

 

懐からタバコのを箱を取り出して一本抜く。

 

「どうして”俺ごと”斬らなかった? 俺達はお前達が護りたいあのガキ(絹旗)を始末しようとしてる連中だぞ」

 

言葉を投げかける土方に対し、銀時は腹を押さえながら黒子の方へ歩み寄って

仏頂面で無言に手を伸ばしてきた彼女の手を取る。

 

「こんな事でテメェを斬っちまったらもっとデカい騒ぎになっちまうだろうが。ただでさえ脱走者の手助けしてるアイツ(美琴)の状況が悪化しちまう」

「ジャッジメントはいかに相手が極悪な罪人であろうが野蛮なチンピラ警察であろうと殺生を行うような真似は致しませんわ、誰かさんと違って」

 

土方の方へ振り返らずにめんどくさそうに返事する銀時と、それに続いて口を開く黒子。

両足が傷むのか、立ち上がる事は出来ない様子

 

「いたた……すぐにでもお姉様の所へ行きたい所ですが、あなたのその傷から察して今行くべき場所は病院ですわね、わたくしも治療して欲しいですし、ここはこの寛大である白井黒子がご一緒に連れて行ってあげますわ」

「行かねぇよ病院なんて、こんなもんガムテープでも張れば止血できるんだよ」

「出来る訳ないでしょ、あなた本当にアホですわね」

 

自分より重症のクセに相変わらず小学生が考えそうな発想で解決しようとする銀時に、黒子はジト目で心底呆れた視線を送っていると。

その光景を眺めていた土方が一歩近づく。

 

「こんな事までしておいて結局テメェ等はなにがやりたかったんだ?」

 

その質問に対し

 

銀時は首だけ動かして彼の方へ振り返った。

 

「そりゃこっちが聞きてぇなお巡りさん、お前等が今やってる事ってなんだ? イカれた研究所から逃げ出した小娘を斬る事か? それが警察の仕事か?」

「だからどうした、俺達真撰組はただの警察じゃねぇんだ。こういう汚れ仕事もやらなきゃいけねぇ時もある」

「攘夷浪士を殲滅とする事に力と知恵を注いでる真撰組が聞いて呆れるぜ全く」

 

けだるそうに髪を掻き毟りながらため息を突く銀時。

 

「小便くせぇガキのケツ追っかけてねぇで、警察として俺たち小市民の為に働いたらどうだ?」

「誰が小市民だ、テメェ等がまともな人間に区分されると思ってんのかコラ」

「んだとコラ、どっからどう見ても善良なる一般市民だろうが。税金も払ってんだぞこっちは」

 

互いに悪態をついた後、銀時は黒子の手を取ったまま再び土方にそっぽを向く。

 

「このまま上の連中の言いなりになって、正真正銘犬っころ同然の生き方すんなら勝手にしろ。テメー自身に嘘ついたままこんなくだらねぇ仕事やるってのがテメェの筋って奴ならそれはそれで構わねえし興味ねえ、けどな」

 

黙って話を聞いている土方に銀時は

 

「テメェ等がまたアイツ(美琴)やアイツの周りに危害加える様なことすんなら。俺は何度でもテメェの刀へし折ってやる」

 

後の言葉を少しだけ強くした口調で言い放つと

黒子の手を取っていた銀時は土方の目の前で一瞬でフッと消えた。

 

恐らく彼女が空間転移を使ったのだろう、行き先は恐らく彼等の会話から察するに病院……。だがもう追う気力は彼には残っていなかった

 

「……刀も折れちまったし……帰ってドラマの再放送でも観るか」

 

土方は不機嫌そうに咥えていたタバコをポイッと地面に捨てる。

 

「……先公ってのはどいつもこいつもいけ好かねぇ。説教臭ぇ講釈垂れやがって……」

 

歯がゆそうにブツブツ呟きながら土方は募る苛立ちを抑えるかのように乱暴に髪を掻き乱し始める。

 

「こっちだってこんなくだらねぇ仕事なんざごめんだっつーの」

「ほう、だったらさっさと御取り潰しになって警察名乗るの止めてほしいじゃん」

「あ?」

 

独り言を呟いてる時に不意に後ろから聞こえた女性の声。

乱暴な口調で振り返るとそこに立っていたのは

 

腰の下まで長い髪を垂らし、スラリとしたスタイルのいい、いかにも気の強そうな女性がこちらを胡散臭そうに見つめながら腕を組んで立っていた。

土方は彼女の事を知っているのか、見るやいなやすぐに物凄く嫌そうな表情

 

「”アンチスキル”の先公がなんの用だ……とっとと失せろ」

「こっちだってお前等みたいなのと顔も合わせくないじゃんよ。だけどこの辺で大きな騒ぎがあるって通報が何件か来てな。チンピラ警察がコンビニにバズーカ打ち込んだ上にその場でギャーギャー叫びながら刀振り回してるって」

 

『アンチスキル』ジャッジメント・真撰組と同じく警察組織の一つだ。

次世代武装を施した教師のみで統率されたグループ。ジャッジメントと同じく給料は無く(特別賃金みたいなのはあるが)ボランティアの一環として存在している。

真撰組と同じく無能力者の大人達のみで構成されている組織。戦術・個人的な戦闘能力では真撰組の方が上だが、用いる武装兵器は真撰組よりも強力だ。

 

ジャッジメントは能力者を用いて

アンチスキルは武装兵器を用いて

真撰組は屈強なる隊士達を用いて犯罪者を相手にするのが主である。

 

ちなみに銀時と同じ常盤台の教師である月詠もこの組織の一員であるが彼女は朝と昼の時間帯は活動していない。

彼女が率いる『百華』は主に夜勤の活動であり、夜の闇に紛れて犯罪を行おうとする者共をとっ捕まえる事を生業としているからだ。

 

「あのなぁお前等、いくら幕府に配属された警察組織だからといってどんな所でもやりたい放題やっていいわけじゃないっていい加減気付いたらどうじゃんよ? ただでさえ市民はおろか私達にさえ嫌われてるんだし、このままこんな真似続けてるとどんどん孤立するぞ」

「ケ、先公の説教はさっき十分聞いてんだよこっちは。言われなくてもこっちは撤退する所だ」

「先公に説教されたってどういうことだ?」

「テメェ等には関係ねぇ事……いや待てよ、ジャッジメントのガキとつるんでた所からしてアイツもしかしたらコイツ等と同じ組織に……」

 

懐からまたタバコを取り出しながら土方はアンチスキルの女性の方へ顔を上げる。

 

「おい、お前等の組織に銀髪天然パーマの教師っているか?」

「はぁ? なんじゃん急に……銀髪天然パーマの教師?」

 

彼の問いかけに女性は顎に握りこぶしを当てながら首を傾げる。

 

「そいつってもしかして、ちゃらんぽらんで目は死んだ魚のような目をしてて腰に木刀差した……」

「そいつだ」

 

思い出しながら答える女性に土方は頷く。その特徴、どう考えても別人とは思えない。

 

「やっぱりテメェ等と同じアンチスキルだったか……」

「言っとくけどそいつはアンチスキルじゃないじゃんよ。名門常盤台で教師やってるだけの一般人だ」

「は?」

「同じ常盤台で教師やってる月詠は何度もアイツをアンチスキルに勧誘しているらしいがいつも断わられてるんだとよ」

 

しらっとした表情で告白する女性に土方は眉をひそめる。

あれほどの実力を持っていながら本当にただの教師だっただと……

 

「”色々あった関係だった私の友達”と”アイツと同じアパートに住んでる私の同僚”なら詳しく知ってると思うけど、私は顔合わせた事無いからよくわからないじゃん。噂では女性生徒を周りにはべらして遊び回るロリコン教師として有名で……」

「もういい、わかった」

 

彼女の話を土方はそっと制止させる。

 

「俺はとりあえずアイツの素性ってモンを知りたかっただけだ、アイツのプライベートな事情はどうでもいい。情報協力感謝する」

「タバコ吸いながらふてぶてしい態度で感謝されてもなぁ……」

 

建て前だけで感謝の意を伝えた後、土方はどこか納得していないアンチスキルの女性に改めて話しかけた。

 

「で? いつまでここにいんだテメェは? 情報は貰ったからとっとと帰れ」

「ホント腹の立つ男だなコイツ……そうはいかないじゃん。こっちもお前達に色々と詳しく聞かせてもらわないといけないんだから」

「俺達がお前等に言う事なんかねぇ」

「ふ~ん」

 

バッサリと答えた土方に女性はジト目でなるほどと頷いた後、すっと爆撃されたコンビニがある方向を指さして

 

「じゃああれはなんだ?」

「コンビニが爆破されるなんて日常茶飯事みたいなモンだろ、いちいち気にすんな」

「そんなの日常茶飯事にされてたまるか。いや私が聞きたいのは爆破されたコンビニの件についてじゃなくて、そのコンビニの周りであんな事してる連中の事じゃん」

「あん?」

 

女性にそう言われて土方はふと彼女が指さす方向に振り返ってみる。

 

その瞬間、彼は咥えていたタバコをポロッと落としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「”負けないんだぞぉ~~~☆!!”」

「”私だって凄いんだぞ~~~☆!!”」

「”私なんかもっと凄いんだぞ~~~☆!!”」

「”やだ熱湯風呂こわぁい! みんなぁ! 絶対に押さないでぇ!……押せよ!!”」

「”はぁ~い、今からストッキングを5枚重ねて一気に被ってみせまぁ~す!!”」

「”もううるさぁい! 一番すごいのは私! 原田君なのぉ!! 井出らっきょの物真似やりま~す”」

「”違うわよぉ!! やっぱり真撰組で一番偉くてエロイこの勲に決まってるでしょぉ~~!! ゴリラの物真似やりま~す”」

 

 

 

 

 

 

 

凄まじい地獄絵図だった。屈強たる男達があれよあれよと全裸になり、どこから持ってきたのかわからないが様々なセットを用いてお笑い芸人みたいなことをやっているのだ。

メンバーは全て土方が見知ってる顔、つまり真撰組の頼もしい隊士達だ。

 

「こ、これはどういう事だ……! 確かにさっきまで原田と近藤さんがおかしくなっていたが……! 隊士全員が全裸祭りだと……!」

 

ショックのあまり凍り付く土方。彼は知らなかった、未だに遠くから”あのレベル5の少女”が彼等に細工をしている事を

 

恐らく病院に行った銀時を追わせない為の行いであろう。

 

「テメェ等ァァァァァァ!! 何やってんだいい加減にしろ!! 全員切腹させんぞ!!!」

 

彼女の存在を知らない土方はカッと目を見開いて彼等に向かって咆哮を上げる。

だがそれから間を少し置いた後、全くタイミングでぐるりと首を動かして振り返って来た彼等には、さすがの土方もゾクッといやな恐怖感を覚える。

全裸になった隊士達は彼をチラチラと見ながらペチャクチャと話し始めて

 

「”やだこわ~いあの人~”」

「”私達の事を見ながらあんなに瞳孔開かせてるぅ~”」

「”獣よ! 獣の目だわ!”」

「”きっと私達の肉体美に虜にされたのよ!”」

「”助けてぇ! 私きっと一番早く狙われちゃ~う!”」

「”なによアンタなんてぇ! 私が一番先に決まってるでしょ!”」

「”私よ”」

「”いや私よ”」

「”私に決まってんでしょ”」

「”ウホウホ! ウホー!”」

「”あらぁ、このゴリラ何処から連れてきたの~?”」

「”動物園の飼育員さん呼んで来て~”」

「”もしくは保健所の人連れて来て~”」

「”めんどくさいから誰か撃ち殺して~”」

 

まるで一人の人間が人形を使っておままごとをしてるかのように。

隊士達は一糸乱れぬかつ気持ち悪く動いていた。

股間にモザイクを付けて激しく卑猥にアクションする全裸の男共。

こんな光景を麗しい乙女達が見たら泡吹いて失神するに違いない。

これには土方も呆然と立ちすくす以外無い。

 

「なんなんだこりゃ……」

「わかったじゃん? 公衆の面前でこんな醜態晒してるお前等に話聞かせてもらいたい私の立場が? ちょっとウチの本部に来てもらおうか、じっくり言い訳を聞かせてもらうじゃんよ」

「まさかあの銀髪の仕業……テメーの所のガキを使って俺の同胞を全員……!」

 

怒りに身を任せ、短絡的な思考で行った推測とはいえ、土方の考えは見事に概ね当たっていた。

 

そして激しい憤怒で体を震わせながら突如天に向かって土方は口を大きく開いて

 

「覚えてろよクソ銀髪先公ぉぉぉぉぉぉ!! この借りは数億倍にして返してやらぁぁぁぁぁぁ!!」

「うん、よくわかんないけどいいからついてくるじゃん」

 

かくして土方・近藤と彼等が引き連れていた隊士達はアンチスキルによって全員御用となった。(倒れてる山崎は放置して)

 

 

残るは美琴達を追っている一番隊隊長のみ

 

もう一つの戦いが始まる

 

 

 



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第二十三訓 電撃少女、仲間割れの果てに啖呵を切る

銀時・黒子・女王(女王は援護のみ)VS土方・近藤・山崎・真撰組隊士の戦いが決着を迎えている頃。

 

御坂美琴は未だその事を知らずに学園都市中を走り回っていた。

 

「上手く撒いたわね」

 

出来るだけ無関係の人間を巻き込まない様に人気のない裏路地を突っ切る彼女に。

遠い星からやって来た夜兎族の神楽と、連中のターゲットである絹旗が続いて追う。

 

「もう逃げるの飽きたアル、アイツぶっ飛ばした方が一番手っ取り早いんじゃネぇーの?」

「そうなんですよねぇもう追われる身なんですし、今更どれだけ超罪重ねようがもう関係ないと思います。という事で第三位さん、一発かましてください」

「なんで私に振るのよ。私なら罪人になっても構わないって訳?」

 

裏路地の細い道にさしかかった途中で後ろからいきなり話を振って来た絹旗に美琴は咄嗟に振り返ってジト目を向ける。

 

「とにかく今は逃げる事しか出来ないの、私の学校まで行けばきっと匿ってくれるから。アイツに手を出したら私まで犯罪者になっちゃうじゃないの」

「これですよ、私の事を助けるとか言っておきながら、結局超自分の事しか考えてないじゃないですか」

「いやそれはだって……」

「はぁ~だから友達超出来ないんですよ」

「うぐ!」

 

狭い道を走りながら後ろからため息交じりに痛い所を的確に突いた発言をする絹旗に、美琴は悔しそうに歯を食いしばりながらも走るのを止めなかった。

だが美琴と絹旗の間にいた神楽がよく考えていない表情で

 

「んー私は別にあのポリ公ムカつくからやってもいいアルよ。犯罪者になるとかよくわかんないし」

「神楽さん、友達を通りこして義姉妹の契りを交わしませんか?」

「おう、一生ついてこい義妹」

 

典型的な猪武者の様な発言に絹旗はますます神楽に対して親しみを感じるようになる。

もしかしたらこういう裏表なく、己が思うままにやりたいことをやる超自由奔放タイプに好感を持つタイプなのかもしれない。

しかし彼女の神楽に対する好意的な発言に一人納得していない少女がここに一人。

 

美琴は突然走るのを止めてキキッと靴の踵でブレーキして行進を止めた。

先頭の彼女が止まった事で神楽と絹旗も「?」と思いながらも、一本道の為彼女の横をすり抜ける事も出来ず、とりあえずその場に急停止する。

 

「どうしたアルか? ションベンでも漏れそうアルか?」

「超勘弁して下さいよ、漏らされてもしたら困りますから、さっさとその辺で済ませて来て下さい」

「あのさ……」

 

同性とはいえ年頃の女の子に度の過ぎたセクハラ発言をする神楽と絹旗に、美琴がムスッとした表情で振り返る。

 

「さっきからアンタの中では私の株が下がる一方なのに、チャイナ娘の方の株がどんどん爆上げしてる気がするんだけど?」

「……この状況でもそんな事気にしてたんですか?」

「どうやったら私の事も好きになってくれるのよ? 金? やっぱり金?」

「ああコイツ結局友達釣るのは金しかないと思ってるアル」

「あー……そういうめんどくさい態度にならなきゃ超マシになるとだけ言っておきますよ……」

 

ずいっと顔を近づけて問い詰めてくる美琴に、ウンザリした様子で目を逸らしながらボソッと神楽と絹旗が呟いていると……

 

「見つけた」

「「「!」」」

 

先程自分達がこの道に入った時に使った入口から聞こえる少女の声。

すぐ様3人は会話を中断してそちらに振り返る。そこに立っていたのは

 

「私から逃げるなんて無理だと気付いてほしい」

「アンタ真撰組の奴と一緒にいたジャージ娘!」

「滝壺理后」

「あ、どうもご丁寧に……名前覚えて無くてすみません」

 

真顔で名乗ってくれたジャージ娘、否、滝壺に申し訳なさそうに美琴が頭を下げていると。

 

「いけないねぇこんな人気のない所に来ちゃ」

 

今度は反対方向の方角、美琴達がこの道を突っ切って出ようとした不良たちがよくたむろっている裏通りの広場からスッと真撰組の制服を着たあの若者の隊士が通せんぼする形で現れる。

 

真撰組一番隊隊長・沖田総悟が不敵な笑みを構えながら壁にもたれてこっちを余裕気に眺めていた。

 

「女子供がこんな所にいちゃダメだろうが、危ねぇからお巡りさんがエスコートしてやるぜ」

「あ! テメェはあのいけ好かねぇポリ公! 待ち伏せなんか汚ねぇ手真似してんじゃねぇぞゴラァ!!」

「おいチャイナ娘、テメェはこの件には全く関係ねぇ奴だが一番先に斬ってやろうか? よくわかんねぇがテメェだけは無性にムカつくんだよ」

「上等だオラ! 私もなんかお前見てると血管はち切れそうなんだヨ! つうかもうとっくに切れてるんだヨ!」

 

現れた沖田に何か因縁でもあるのかのように過剰に噛みつく神楽。互いに悪態をついている中で

この状況に美琴と絹旗はヒソヒソと声を潜めて会話を始める

 

「……何か持ってるわねアイツ等……」

「あんなに超走り回って居場所を突き止められないよう撒いていた私達を、たった二人でこんな早く見つけられるとは……やはりあの滝壺さんとかいう人、何かの能力者なのかもしれません」

 

絹旗はチラリと滝壺の方へ目をやる。

こちらに目を見開かせてジッとこちらを見つめている。そして何より、嫌な気配を漂わせている彼女自身。

彼女を見てると、まるで目に見えない無数の手がこちらの方に伸びている奇妙な感覚させ覚える。

 

「恐らく、最初会った時点で私達になにか超施していたのかもしれません」

「読心能力系……いや、ただの読心能力でここまでピンポイントに居場所を特定できるわけが」

「ええ、彼女の能力は並大抵のモンではないのかもしれませんね。下手すればレベル4クラスかもしれません」

 

見てくれは少々地味っぽいピンクジャージを着た普通の女の子なのだが。見た目だけで判断してはいけないのがこの学園都市。滝壺もきっと何かとんでもない能力を持つ一種なのかもしれない。

 

しかしそれなら絹旗だって同じことだ。

 

「ここはあの真撰組の男より先に彼女を排除する事を超先決とした方がいいですね」

「そう、なら私が」

「いえ、ここは私一人で十分です、あなたは超邪魔ですから真撰組の方を足止めしておいてください」

「へ?」

 

レベル5の第三位を相手にして邪魔だと言いながら滝壺に歩み寄ろうとする絹旗に美琴は一瞬固まってしまうもすぐに慌てて

 

「ちょ、ちょっと! 相手が何持ってるかわかんないんだから危ないでしょ! ここは協力して一緒に戦った方が!」

「あー私共闘とか超かったるいんで嫌いなんですよ、昔から単独で敵をぶちのめす事ばかりやらされてきましたし」

 

一緒に戦おうと言い寄ってくる美琴をめんどくさそうに絹旗は手を振ってシッシと追い払おうとする。

 

「コンビプレイだの連携戦術だの、私から言えばそんな事をする奴は結局一人じゃ超何もできないような連中が集まってやる戦い方です、私はそんな情けない真似、超嫌です」

「アンタねぇ……」

 

個人的な持論を持ち上げる絹旗に美琴は若干イラッと感じた。

数少ない友人の二人はそのコンビプレイに関しては異常なほど得意としているからだ。

まだ二人の戦いを見た事無いが、数多の攘夷浪士相手や様々な敵を共闘して戦って来た事を聞いただけで十分わかる。

その戦い方を小馬鹿にされてはさすがに美琴も癪に障る。

 

「護るものは自分の身一つ、それ以外の者は全て壊してしまえばいい。あの研究所で生き抜く為にはその戦い方しか必要とされてませんでした。だからここは”私だけ”でやらせてください、じゃないとあなた達も巻き込んで”一緒に殺してしまいます”。私としてはそれだけはなんとしても避けたいんですよ」

「……アンタ見た目は普通の女の子だけど、やっぱり実験体なのね」

 

研究所で表向きには公表されないプロジェクトに参加して

実験動物同然の生き方を強要されたおかげで人格が崩壊してしまった少女

こうして普通に会話できるだけでも彼女はまだまともな部類なのかもしれないが

それでも彼女は異常であった。巻き添えに殺してしまうというのもきっと冗談で言ったのではない。

 

「見捨てても別に構いませんよ? 嫌われるのは超いつもの事だし、一人ぼっちはいつもの事です、私は平和にぬくぬくと生きている中で必死に友達作ろうしているあなたと違って、裏の世界で一人で生きていくことになんの抵抗も不満ありませんしね」

「……」

 

そう言い放つ彼女に美琴は顔を曇らせて何も言えなかった。

自分とは明らかに違う道を歩いてきた彼女に

こういう時、あの銀髪の侍なら彼女に一体なんと……

 

「御託はいい、私をここからどかしたいなら遠慮せずにかかって来て」

 

美琴が考えていた間に、突如絹旗に向かって話しかけたのは意外な人物であった。

前方で虫も殺せないような顔で突っ立っている滝壺だ。

 

「私が”そうご”に命令された事はただ一つ、あなたを捕まえる事。ただそれだけ」

「ほほう、超いい度胸じゃないですか滝壺さん。その綺麗な顔に免じてツラだけは傷つけないようにしてあげますよ。ま」

 

ボーっとした表情には似合わない台詞を吐く滝壺に絹旗は面白くなってきたという風に挑戦的な笑みを彼女に浮かべる。

 

「ツラ以外は遠慮なくぶちのめすつもりですから、逃げるなら超今の内ですよ」

 

そう言いながら絹旗は拳を軽く握る。どうやら本気で彼女を”壊しに”かかるつもりだ。

しかし彼女も畜生ではないのか、戦いたくないなら逃げろという言葉を付け足す。

だが絹旗のそんな心遣いも意味なく、滝壺はフルフルと首を横に振って

 

「逃げても行く当てがない、私の”居場所”はここしかないから」

「……逃げれないなら超仕方ありません」

 

少しばかり彼女が何故真撰組の下で働いているのかわかってきた絹旗だが、それだけで戦いたくないなどという甘い結論には至らなかった。

 

肩から力を抜いてゆっくりと深呼吸し、目を閉じて数秒の間を置いた後……

 

「見せて上げましょう「暗闇の五月計画」によって生み出された能力の一つ。レベル4・「窒素装甲≪オフェンスアーマー≫」を」

 

いきなりカッと目を見開いたかと思えば滝壺に向かって弾丸の様に走り出す絹旗。

 

「ご心配なく、殺しはしませんよ。数か月ほど超マズイ病院食を食べる生活を送る事を余儀なくされるだけですから」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 勝手な事してるんじゃないわよ!」

「頼みますからあなたは来ないで下さいよ、巻き添えにしてあなたまで病院送りにしたらさすがに目覚めが超悪いです」

 

後ろから叫んでくる美琴に対し無愛想に呟きながら絹旗は一気に滝壺に迫り……

 

「お大事に滝壺さん、たまにお見舞いに行ってあげますよ」

「そう、でもごめんね。きぬはた」

「え?」

 

拳を振り上げ迫ってきた絹旗に対し、滝壺はスッと”ある物”を手に取ってそれを彼女に向ける。

 

その形はテレビに使うリモコンの様な……

 

「お見舞いは”私が”行ってあげるから」

 

そう言って彼女はポチッとリモコンについてるボタンの一つを押した。

その瞬間、絹旗の動きが急停止したかのようにピタリと止まる。

 

「……あれ?」

「ど、どうしたの!? そいつに何かされた!?」

 

振り上げた拳を滝壺に落とさずににすっと簡単に下ろしたばかり。

絹旗はきょとんとした表情で美琴に向かって振り向くやいなや

 

「……私の能力ってなんでしたっけ? なんか超ド忘れしてしまったんですけど?」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

いきなり自分の能力忘れたかとか冗談でも笑えない事を言ってのける絹旗に美琴は思わず口を大きく開けて驚いてしまった。

 

「何言ってんのよアンタ! ここまでシリアスっぽく来てたのにそんなボケいらないでしょうが!」

「いやいや超ボケてませんよ! いやボケてるんですかね私……。本当に能力忘れてしまったんですよ……とほほ」

「とほほじゃないわよ! さっきまでの威勢はどうした! それに能力ってさっき自分で言ってたじゃない!」

 

敵前の前でしゅんと落ち込んで見せる絹旗に美琴が慌てて声を荒げて話しかける。

 

「窒素装甲≪オフェンスアーマー≫でしょ!『暗闇の五月計画』で生み出されたんでしょ!! レベル4なんでしょ!!」

「窒素装甲? 暗闇の五月計画? ぶ、なんですかその超厨二臭いネーミングと設定。ダサ過ぎて引きます。こんな時になに超恥ずかしい妄想設定暴露してるんですかあなた、さすが中学生ですね」

「おのれが言ったんだろうがぁぁぁぁぁぁ!! つうかアンタも中学生!!」

 

名前を聞かされても自分の能力と過去に関わった実験の計画の一つだと気付かずに美琴に向かって小馬鹿にするようにニヤニヤ笑いだす絹旗。

そんな様子の彼女を見て、美琴は彼女に起こった異変の方に疑問を持った

 

「何があったっていうのよ……そういえばさっきあのジャージ娘……滝壺って娘があの子に何かを向けてたような……もしかしてそのせいで」

 

いち早く滝壺の持ってるリモコンに勘付いた美琴であったが、その間に滝壺は無表情でジリジリと、逃げ場が後ろにしかない狭い道を歩きながら絹旗を追い詰めていく。

 

「じっとしててね」

「いやぁじっとするも何も……何をすればいいのかさえわからなくて……滝壺さん、私の能力知ってます? 超強い能力だった気がするんですけど」

「ごめん知らない」

 

後頭部を掻きながら小首を傾げ、純粋に尋ねてきた絹旗に対し滝壺はリモコンを表情を崩さずに手を伸ばすと

 

「イデデデデデ!! なんで私のほっぺた引っ張ってるんですか滝壺ひゃん!」

「そうごから聞いた、弱ってる相手は更に痛みつけておけば反抗する気も失せてあっという間にこちらの思うままに操れるって、だから」

「痛い痛い! 本当に超痛いんです!! ほっぺた千切れちゃいます!」

 

能力を失ってしまった絹旗などただの生意気なチビッ子に過ぎない。

そんな彼女に滝壺は一切躊躇見せる事無く頬をぐにーっと強く引っ張って痛めつける。

 

「すごい、きぬはたのほっぺは引っ張ると凄く感触が気持ちいい、是非もっと堪能したい」

「いぎゃぁぁぁぁぁぁ!! この人見た目はぽけーっとしてるのに蓋を開ければ超天然のサディストじゃないですか!! 止めて下ひゃ……あがぁぁぁぁぁぁ!!」

「プニプニしてる」

 

懐にリモコンをしまって今度は両手で思いきり絹旗の両頬を横に引っ張り始める滝壺。

しかも目がキラキラと輝き始めている、可愛い物を見つけて心ときめかせている乙女の目だ。とても人を傷つけている者がする表情ではない。

そんな彼女に絹旗が命の危機とは違う危機感を覚えるのも当然の事。

両頬を引っ張られてその頬を揉まれながら絹旗は痛みと恐怖で涙目になってしまい、遂には強者は一人で戦うべきというポリシーに反して

 

「助けて下さい御坂しゃん! 能力も忘れちゃってもうなんにも出来ないんれす! 超お願いしまひゅ!」

「え~、けど私が出たら超邪魔なんでしょ~? 巻き添えにされて病院送りにしたくないんでしょ私の事~?」

「こ、このアマ! 私が弱体してるのをいい気味だと思って急に露骨な態度に! むきー! そういう所が友達出来ない理由なんでしゅよ! もういいれひゅ!」

 

顔をガッチリとホールドされているので振り向けないが、恐らく自分の背後にはドヤ顔でニヤニヤしながらこちらを傍観者として眺めている美琴の姿があるのであろう。

その姿を想像しつつ絹旗はイライラしながらもう一人の救援を呼ぼうと。

 

「ぼっちのあなたなんかいなくても私には頼もしい義姉がいるんでしゅ!! 神楽ひゃん!!」

「あ、チャイナ娘ならとっくにあっちで真撰組の奴と”よろしくやってる”わよ」

「ふえ?」

 

神楽に助けを求めようとする絹旗だが背後からその返事は聞こえなかった。代わりに美琴が今彼女が何やってるのか教えてあげた。

現在美琴の目の前で行われてる出来事はというと

 

「アチョォォォォォォォ!!!」

「チャイナ娘ぇぇぇぇぇ!!!」

 

細い道を通った先にある、恐らくこの辺の不良達が溜まり場に使ってそうなスペースの広い場所。

 

そこでは夜兎族である神楽が雄叫びを上げて傘を振るいながら、真撰組一番隊隊長の沖田総悟と盛大に戦いをおっ始めていたのだ。

 

「死ねぇクソポリ公!!」

「おめぇが死ねクソガキ」

 

周りにある雑居ビルの裏側にあるパイプを踏み場として利用してあちこち飛び回る神楽に、軽々とついて行きながら、接近して右手に掴む刀を振り下ろす沖田。

だが神楽は足位置が悪い状況でもそれを軽業師の如く身を翻して避けるや否や、空中で上手く体制を整えて両手に持った傘を構えて

 

「ほっちゃぁぁぁぁぁ!!」

「ふん、おせぇ」

 

豪快に振り下ろしてきた、傘とはいえ神楽が使っている傘はそんじょそこらの傘ではない。

太陽に弱い夜兎族が自らを守る為に使い、更に戦闘能力を飛躍させるための武器として用いられているからだ。

彼女が振り下ろした傘に対して沖田は鋭い反射神経で後方に避けるも。振り下ろした先にあった鉄板やらパイプやらは大きな音を立てて粉々に散っていく。

その威力に思わず敵である沖田も「おー」と呑気に呟いてしまうが

神楽の攻撃はそこで終わった訳ではなかった。

突然、彼女の持つ傘の先っぽが赤く光り……

 

「ハチの巣にしてやるぞゴラァァァァァ!!」

「なに!? チッ!」

 

傘の先っぽから盛大な音を鳴らしながら次々と鉛の弾が勢い良く飛ばされたのだ。近接武器かと思いきや飛び道具まで搭載、こんな事も出来るのかと、これには表情をあまり崩さない沖田も驚くが、すぐにその場からジャンプして真上にあった鉄板に着地すると。

 

「そんなちゃっちい鉛弾程度で、”コイツ”を相手に出来んのか?」

「!!」

 

神楽より高い位置に降りた沖田がいつの間にか両手に抱えていた物、それは

 

数刻前に美琴達がいたコンビニを爆破させた真撰組専用特製バズーカ

 

「そのブサイクなツラ事消し飛ばしてやるぜ」

 

一体どこに隠し持っていたのかという謎と共に神楽を吹っ飛ばそうと。

沖田は彼女に標準を合わせながらニヤリと笑ってピッとトリガーを押した。

 

 

 

 

 

 

その瞬間、人気のない路地裏で派手な爆音が鳴り響く

 

 

「ふ、あばよ」

 

手応え有りと感じた沖田はバズーカを肩に掛けながら、着弾して酷い惨状になっている場所から立ち籠る煙に向かって笑いつつ呟くが

 

「あ」

「おいコラァ! この作品で最も可愛いヒロインになにしとんじゃぁ!」

 

足の踏み場も少ない場所で、沖田のバズーカをもろともせずに神楽はピンピンとしていた。

 

夜兎族の傘を開いて彼の砲撃を正面から受け切ったのだ。傘の表面には傷は付いてるものの穴すら開いていない。

 

「グロデスクな死体になる所だっただろうがぁ! 私がそんな事になったらお前絶対読者に叩かれるかんなぁ!!」

「へ、そんなもん『3年A組銀八先生』の時からとっくに経験済みでぃこっちは、痛くも痒くもねぇ」

「てんめぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

軽い挑発さえ流せずに神楽は方向を上げながら沖田の方へ飛び掛かる。それにすかさず沖田もバズーカを下ろして刀を抜く。

 

互いに一進一退、二人の決着はまだ見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一部始終を眺めていた美琴はポツリと

 

「へ~よくやるわね、あの真撰組、チャイナ娘の方も凄いわ。天人にもあんなのがいるのね」

「ちょっとなんなんれひゅ~か! 音とか声しか聞こえませんけどあっち超派手なバトルおっ始めてるみたいじゃないでしゅか~!! いでででで!!」

「びよ~ん」

 

沖田と神楽が一瞬の隙さえ見せれない壮絶な戦いを行っている中で、美琴はただの見物人。絹旗はというと滝壺にいいようにおもちゃにされているだけであった。

 

「私も神楽しゃんみたいな超カッコよくてアクション決める戦いがやりたいんですよ! なのにただ私がほっぺた引っ張られるだけとか! 超地味じゃないでひゅか~!!」

「わかった、じゃあほっぺたつねるのは止める」

 

あっちが派手にやってる一方でこっちは物凄く地味で一方的な戦い。

それに対して不満を漏らす絹旗に気を使ったのか、滝壺は彼女の両頬から手をパッと放して今度は腰に……

 

「それじゃくすぐり攻撃」

「いやそれなら痛くはないですけど結局地味な事には変わりな……ぎゃはははは! た、滝壺さん! どうしてそんな的確に私の急所を! だひゃひゃひゃひゃ!」

 

無能力者となってしまっている絹旗を徹底的に好き勝手遊ぶつもりなのか、彼女の細く凸凹の少ない体に抱きついてまさぐり始める滝壺。

痛みは無いが、今度はくすぐったさのあまり苦しくなって、絹旗は呼吸さえまともに出来なくなってしまった。

 

「うしゃしゃしゃしゃ! た、た、助けてみしゃかしゃん!!」

「あ~止めてよその変な笑い声、ウチの黒子もたまにそんな感じに笑うからさ、「ぐへへへ~」ってホント気持ち悪くってやんなっちゃうわ」

「あなたの数少ない貴重な友達の話なんて超どうでもいいんですよ! お願いだから滝壺さんを止め……! ぐひゃひゃひゃひゃ!!」

 

傍から見れば女の子二人で抱き合ってる微笑ましい光景なのだが、当人の絹旗は必死に美琴に助けを求めている。もはやプライドもへったくれもないのであろう、藁にもすがる勢いだ。

 

「ふえ~ん! お願いします超苦しいんですよ~! 滝壺さんほんとくすぐるの上手くてふへへへへうえ~ん!」

「泣くか笑うのかどっちかにしなさいよ……仕方ないわね、そこまで言うなら」

 

嗚咽を漏らして鳴き声を上げつつ笑い声まで上げてしまう可哀想な生き物になってしまった絹旗に、美琴は哀れみの視線を送りつつ彼女達の方に歩み寄った。

 

「とはいえ……あの能力の記憶を奪うリモコンってのがもし私にも効いちゃったりしたら……いや待って、もしかしたらアレって……」

「心配してるの? じゃあ試しに使ってあげる」

「!」

 

近づいてくる美琴がこちらの動きに気づいていない内に、滝壺は笑いすぎて苦しそうにダウンしている絹旗を片腕で抱き上げながら、いつの間にか片方の右手にはあのリモコンをしっかり持って彼女に突き付けていたのである。

 

「痛みはない、ただ忘れるだけ、自分の能力がなんだったのか、どんな演算処理を行っていたのか、自分だけの現実という能力活用の本底を全て綺麗さっぱり失うだけ」

「……」

「それにもし能力なんてものが無かったらお友達のいない”みこと”もいつかはお友達が出来るかも」

「どういう意味よそれ……」

「その通りの意味」

 

記憶を奪うリモコンと人質まで所持している事にこちらが完全に有利だと思ったのか

滝壺はこちらを睨み付けて固まっている美琴に向かって冥途の土産とばかりに話始める。

 

「私達学園都市の人間にはたくさんとは言えないけど能力者がいる。その中には人を簡単に傷つけたり殺す事だって出来る能力者もいる」

「そうね、能力を使って無差別に無能力者を襲う輩がいるってのもよくある話だし」

「そんな能力者に周りの人間が怯えて近づかないのは至極当然の事」

「……」

「だから私があなたのそんな危険な能力を奪ってあげる」

 

話をしつつ、リモコンを突き付けながら滝壺はボタンに指を伸ばす。

 

「きぬはたも能力を忘れちゃったから何もできない、こうなれば普通の女の子。そのまま普通に学校に通って普通の生活を送ればいい。そうすればこの子も自分の居場所が作れる」

「それがそいつの為になると思ってる訳?」

「うん、普通の生活。それは当たり前だけど誰もが欲しがる環境。あなただってただの能力者じゃないんでしょ? それも人なんて簡単に消せちゃうぐらい、あなたのAIM拡散力場を見ればわかるよ」

「AIM拡散力場を見れるですって? 一体どうやって……」

「私はレベル4の高能力者、能力名は『絶対追跡≪AIMストーカー≫』」

 

美琴が出来るだけ話を伸ばそうと質問を何度もしてみると、絶対有利と過信している滝壺はきちんと正直に答えてくれた。

 

「例え宇宙に飛び出て異星に逃げようと、一度その対象のAIM拡散力場を記憶すれば追跡できる。それが私の能力」

「なるほどね……それで私達を簡単に追い込んだって事か」

「成長すれば”もっと凄い事”も出来るって言われてる。でもまだまだ勉強しないと」

「それを聞けてよかったわ。つまり能力の記憶を奪うってのはアンタの能力じゃなくて、そのリモコン自体って訳ね」

「私がそうごから借りたの。あなた達を追い詰めるために使えって」

 

こうもベラベラと自分の能力や持っている道具の事をバラすとは予想外だと、滝壺の天然な所についジト目で呆れてしまっている美琴が隙を作っている内に彼女が動いた。

 

「そして今がその時」

「! 待って! まだ私アンタに色々と聞きたいことが!」

「終わってから聞いてあげる、大丈夫。能力を失って無能力者になった方がきっとあなたを受け入れてくれる人が増える」

 

もう話す事はないと、遂に滝壺はリモコンに付いてるボタンに指を当てて

 

「みことはもう”私みたいな一人ぼっち”にならなくていいんだよ」

 

そう言ってピッとボタンを押してしまった。

 

 

 

 

 

だが次の瞬間

 

 

 

 

 

「いっつ!」

「え?」

 

滝壺がボタンを押したと同時に

突然美琴の頭からバチッと電撃の火花が飛び出す。

頭がのけ反る程の衝撃に美琴は頭を押さえるも

 

「もしかしたらと……薄々期待していたけどどうやら私の推測は当たってたみたいね……」

 

ヨロヨロとふらつきながら美琴は目をぱちくりさせて驚いている滝壺の方に顔を上げた。

 

「私から能力奪えると思ったら大間違いよ」

「……そんな筈ない、第五位の能力を応用したこのデバイスが効かない相手なんて……」

「そう、だったら教えてあげるわよ、私がちゃんと私の能力を覚えていると証明する為にもね」

 

勝機を揺らいだ事に思わず小刻みに震えて動揺の色を見せてしまう滝壺に。

美琴は腰に右手を当てて自信満々な表情で答えた。

 

初めて絹旗と神楽に会った時の様に

 

「常盤台が誇るレベル5の第三位! 超電磁砲の御坂美琴! 本気になれば気に入らない物は一瞬でこの世から抹消する程の電撃をお見舞い出来るのよ!」

「超電磁砲……あなたが」

「そ、私って”デフォ”で電磁バリア”張ってるの、第五位の能力が効かないのもそれが理由。とっくに本人で検証済みだから」

「そんな……」

 

レベル5の第三位と聞いてぐったりしている絹旗を掴んだまま後ずさりしてしまう滝壺。

こんな相手に自分だけでなど、いや仮に沖田と共闘しても勝つのは至難の業だ。

 

「そういやさ、アンタさっき色々と言ってくれたわね……人を傷つける能力なんて無い方がいいとか、そうすれば誰にも怯えられずに済むとか、居場所が作れるとか色々……」

 

ゆっくりと滝壺の方に前進しながら、美琴はバチバチと体から青白い電撃を走らせる。

 

「友達作るとか居場所作るとか、そんなモン能力なんて関係ないのよ。どんなに高い能力だろうが無能力だろうが、友達一杯作れるやつも友達一人まともに作れやしない奴もごまんといるのよ」

 

ジリジリと近づいて行きながら美琴はやっとわかった。

 

「たとえ私が能力失おうが友達まともに増やせないわよ、悲しいけどそれだけは自覚してんの、私が友達作れないのは能力が理由じゃない、私自身が問題だから。だから私はありのままの私でこれからも生きていく、私としての生活を送りそんな私を受け入れてくれる友達を探しながら」

 

ちょっと前に自分は一人ぼっちで構わないと断言していた絹旗に

 

「小娘風情が世間の裏側知ったつもりで好き勝手言ってんじゃねぇよ”コノヤロー”」

 

あの銀髪の侍なら何と言うかと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「社会の厳しさも甘さも知らねぇガキが!! 生意気に世間語るなんざ十年早ぇんだよ!!」

 

唾をまき散らすほど乱暴に、目を見開いて高々と一喝する美琴。

 

常日頃一緒にいたあの銀髪の侍の様に

 

 

 

 



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第二十四訓 電撃少女、不穏な影の裏で大切なモンを護りきる

学園都市・レベル5第三位

 

その位置に君臨するのは常人にはとても歯が立たないほど超越した能力だけでなく、その力の応用幅も含まれている。

御坂美琴がどうして第四位の麦野沈利よりも順位を上に設定されているのかは、単純な力の差とかでなくその能力の応用幅も含まれて計算された上で成り立っている。

 

超電磁砲≪レールガン≫

 

10億ボルトの電撃を操り、強力な電磁波を用いて時にはジャミングや電波傍受、磁力を用いて鉄分の含まれた物質ならば操作・破壊する事さえ可能。

デフォルトで自身の身に電磁波を利用した薄い電磁バリアが張られており、精神能力者による心撃ダメージを防ぎ、銃やバズーカなどの殺傷兵器を逸らす事さえ出来る。

他にも美琴自身がまだ銀時やお登勢にさえ教えてない、否、教えられないような事(下手すればアンチスキルの御用となるレベル)があるのだがここで語られる事ではない。

 

とりあえず言える事があるとするならば

 

いかに第五位の力の一部を借りた超高性能の能力対策兵器であっても

 

彼女に対してはただの鉄くず同然というわけである。

 

「それ、女王の能力を利用して作ったリモコンでしょ。アンタがさっきそいつを使った時、アイツが能力使った時と同じく私の電磁障壁を突破できなかったし」

「……」

「大体は予想出来てたけど、精神操作の一つとして能力者の能力者としての記憶、自分だけの現実≪パーソナルリアリティ≫を忘失させる為に作られたって感じかしらね」

 

背後でまだ神楽と沖田が戦っている中。美琴はただ前方の相手を見据えるように立っていた。

疲弊してぐったりしている絹旗を抱きかかえて立っている滝壺が、こちらにリモコンを突き付けたまま固まっている。

 

「これは迂闊だった。まさかあなたみたいな人が現れるなんて」

「勝負あったわね、お得意の探知能力じゃ私には勝てない、頼みの綱だったあの憎たらしい女王の能力を利用したリモコンも使いモンにならない」

 

真っ直ぐ見据えたまま美琴は仏頂面の滝壺の方にザッと近づく。

 

「その子を解放してあげて。生意気で可愛げのないチビッ子だけど私にとっては対等に接してくれる大切な友達なの……と思いたい……」

「思ってるだけなんだ……」

「その子に記憶を返してやって何も危害を加えずに返してくれるなら、私はアンタに何もせずにここから逃がしてあげる」

 

別にここで一戦交えずとも勝負はとっくに見えている。

戦闘能力皆無の少女に対し学園都市の三本の指に入る能力者

仮に全力で戦う事になれば滝壺の体など美琴は一瞬で灰に帰す事が出来るであろう。

そんな誰でもわかる結果が見えてる中で滝壺は彼女に向かってゆっくりと頷いた。

 

「みことは優しい子だね、友達少ないけど」

「おい、なんでそこで余計な言葉付け足した」

「でも私は逃げる事なんて出来ない、失敗したら私はここにいられなくなるの。だから優しくて友達のいないみことの頼みでもきぬはただけは渡せない」

「いや明らか友達いないって部分いらなかったわよね? アンタ絶対わざと言ってるでしょ? そうでしょ?」

 

引っかかる物言いをする彼女に美琴がビリッと電撃を頭から出してる中、滝壺は手に持っていたリモコンはもはや必要ないと考えて懐に仕舞うと、今度は別の物を取り出した。

 

滝壺は絹旗を抱きかかえたままジャージの首の下から取り出す。

 

首に巻く紐に付けられたその先に、小さな薬箱が付いている明らか怪しい首飾りだ。

 

「それに私はまだ負けるとは思っていない。上手く行けば、もしかしたらあなたを倒すが出来るかもしれない」

「何言ってんのアンタ……強がりは止めなさいよ、それにどうしてアンタみたいな子が真撰組に従う必要があるの」

「”私みたいな子”だからそうするしかないの、もう私がいられる場所はここしかない。だからなんだってやる、それが正しいとか間違ってるとか関係なく」

 

首飾りに付いた薬箱の蓋を開けてそこから一つまみ程彼女が取り出したのは

 

見てくれはどんなものかわからない、ただの白い粉

 

右手の指に白い粉を付着させると、滝壺は小さな口からちょっとだけ舌を出してそれをペロリと舐める。

 

その時、電流でも走ったかのように彼女の目がカッと見開いて、先ほどまで覇気の無かった表情が消え失せたのだ。

 

「……これで私にも道が見えた」

「! ア、アンタなにしたの!?」

 

態度が変わったという訳ではない、しかしその口調には一切強がりは見えなかった。

一体彼女がさっきの粉を舐めた事で何が起こったのかわからない、美琴が慌てて彼女の方へ走って近づこうとするが

 

「ぐ!……な、なに…?」

「事前にあなたのAIM拡散力場を記憶しておいたから、後はそこから”干渉”さえ出来れば……」

 

突然、ドクンと体全身が脈を打つ感覚が美琴を襲う。先程の女王のリモコンによる精神操作ではない、何かとてつもなく嫌な感覚が彼女の全身を駆け巡る。

 

(どうなってる……! もしかしてこれもあの子の能力、相手のAIMを記憶して容易に探して当てる事が本来の能力って訳じゃないって事!?)

「”体晶”は前に一度使用している。最初はあなた達を探す時に、さすがに一日に二度も使ったら私の体がどうなるかわからないけど、こうでもしないと私はあなたを止める事が出来ない」

(私には女王みたいな精神操作は効かない筈……! なら私の体に直接干渉するこれは一体……まさか!)

 

膝を突いて頭を押さえながら美琴はぼんやりとした視界の中で滝壺の方へ顔を上げる。

 

(私の体でなくて私の持つAIM拡散力場に直接干渉しているって言うの!? 肉体でなく”能力”そのものを支配して操る気……!?)

「私の能力は……私自身でも把握できないほど……成長できる可能性が……あるの……」

「アンタ……!」

 

フルに思考を巡らせながらこの現象の実態を突き止めようとする中で、美琴は滝壺自身の異変に気付いた。

 

顔からは常人が夏に一日に流す汗を、ここで一気に放ってるかのように出し。

呼吸も荒くなって今にもぶっ倒れそうな勢いだ。

だが彼女はそれでも懸命に意識を失わないように、滝壺を抱えて必死に己の体を支えたまま美琴から焦点をずらさない。

 

「だからここに拾われ……た……居場所はここ……ここだけが……こんな私を必要としてくれる場所……」

(……もしかして力の制御がまだ……いやそれだけじゃない、さっき舐めてたあの白い粉、あれになにかあるんじゃ……)

「もう少し……もう少しで……」

 

もはや喋る事もままならない状態で美琴に己の隠された能力をフル展開する滝壺。

しかしいくら冷静でポーカーフェイスな彼女でも

短い活動時間が決められた中で美琴を無力化しようとする事に少し焦りを覚えてしまっていたのか

己の体の危険を省みずに、未だ慣れてない能力の応用を行ってしまったせいで

 

「ぐ……!!」

「!!」

 

見開いていた目がより一層強くカッとなった後。

滝壺はフッと糸が切れたかのようにその場に両膝を突き、首をカクンと垂れて美琴から焦点をズラしてしまった。

それと同時に美琴は体だけではなく能力自体にも付いていた違和感がいきなり消え去った事を感じた。

 

「あの嫌な感覚が消えた……私の体の全身、内側の内臓や筋肉繊維、骨に至るまでの部分が無数の手で弄られていたような感覚が……」

「ハァ……! ハァ……!」

「……失敗したって事かしら」

 

抱え込んでいた絹旗を地面に下ろして、その場に両膝を突いたまま過呼吸気味に息を吸って吐いてを繰り返している滝壺を目撃して美琴は確信した。

結局彼女の”悪あがき”は無駄に終わったと

 

(この子が持ってる力…もしこの子がうまく扱えるようになったら、”8人目”のレベル5にだってなれるかもしれないのに)

「ぎッ!」

「ってそんな事考えてる場合じゃないか……!」

 

苦しそうに呻く滝壺に危険性を感じて、敵味方という関係など忘れて美琴はすぐに彼女の方へ駆け寄った。

 

「大丈夫! とりあえずここで横になって!」

「私……まだ……」

「いいから横になれ! さもないとはっ倒すわよ!」

 

普通に疲弊している人に向かって放つべきものではない言葉を用いながら、美琴は慎重に滝壺の体を両腕で支えながらそっと絹旗の隣に下ろした。

 

「……何があったの、アンタの体?」

「……自分の体が何にあったか聞くより先に、私の体の事を心配してくれるの?」

「勘違いすんじゃないわよ、別に心配なんかしてないし。それにさっきアンタが私にやった能力の事は大体予測できてるの」

 

滝壺の様子をあちこち視線を動かしてチェックしながら美琴はしゃがみこんだ体制で話を続ける。

 

「能力者のパーソナルリアリティへ干渉して、体ではなく能力そのものを自分の意のままに操れる。でしょ?」

「……そう、けど私の能力はまだ未完成。だから能力開発を専攻とする研究所が極秘に作り上げた『体晶』を使わないといけなかった、でもそれでも無理だった……」

「それってさっきアンタが舐めてた薬みたいなモン? まさか麻薬とかじゃないわよね?」

 

目を細めて問い詰めてくる美琴に滝壺は倒れたまま首を横に振った。

 

「『体晶』は麻薬よりもずっと危険、能力者にとってだけど」

「な!」

「研究施設の中でも禁忌とされている産物、服用した者は皆、拒絶反応を起こし能力が暴走する。暴走能力者の脳内では本来見せない反応が現れ、シグナル伝達回路が形成されて、 各種の神経伝達物質、様々なホルモンが異常分泌されていく」

「一時的に暴走を引き起こして能力の覚醒を促す薬品……」

 

そんな薬品が裏で出回っていたとは美琴も知らなかった。

はたから聞けば自分の能力を少しの間強化できる夢のような代物だが

 

「使用者へのデメリットが大きすぎる……能力を無理矢理暴走させるなんて、体の細胞を滅茶苦茶にして脳にも深い傷を負う可能性が……下手すれば死ぬわよアンタ」

「私は能力者の中でも”特別”だから。だから体晶を使う事が出来る。でもさすがに一日に二度も使うのはキツかったかも……」

 

横になっている滝壺の言葉がどんどんかすれ気味になって顔も青くなっていく。

どうやら二度のドーピングによる副作用が体もその内側も蝕んでいる様だ

死の危険さえ見せるその姿に美琴もまた血の気が引く

 

「なんでこんな無茶したのよ……そこまでして一体アンタは……」

「私は……」

 

薄れゆく意識の中、滝壺が何か言おうとしたその時だった。

彼女を抱きかかえる美琴の背後からスッと人影が

 

「……おい、テメェウチのケツ吹き係に何したんでぃ?」

「!」

 

美琴が即座に振り返ると、そこにいたのは先程まで飄々とした態度で神楽と一線交わっていた真撰組の沖田総悟であった。

ポケットに両手を突っ込んだまま彼女達を見下ろす沖田、更にその背後から神楽が血気盛んな様子で追いかけてくる。

 

「てんめぇ! いきなり私から背向けてそっち狙うとはいい度胸じゃねぇかコラァ! ってあれ? どうしたアルかその娘?」

 

どうやら神楽とやり合ってる途中で沖田はふと美琴・絹旗と戦っている滝壺の方に目をやり、彼女が美琴に抱きかかえられたままぐったりしているのを目撃したらしい。

そこで一旦刃を収めてここへやってきたという事だ。

 

「おい短髪娘、そのガキになんかしたのか?」

「なにもしてないわよ私は! コイツが能力を暴走させる薬を服用し過ぎたせいで倒れたの!」

「薬? おいケツ吹き係、お前そんなの飲んでたのか?」

「あれ? アンタ知らなかったの? ていうかケツ吹き係ってなによ、女の子に何させてるのアンタ……」

 

訝しげな表情で小首を傾げる美琴に上半身を抱きかかえられている滝壺に、神妙な面持ちで話しかける沖田。彼に向かって滝壺は汗だくの顔をコクンと下に垂らした。

 

「私を拾ってくれた人が……体晶を使わないと私はなんの役にも立たないんだって……役に立たないならすぐに捨てるって……」

「ふぅん……ま、誰に言われたのかは大体予想つくけどよ」

 

少女に対して命の危険が伴う薬を提供した人物に心当たりがあるのか、沖田は面白くなさそうな表情で鼻をフンと鳴らす。

 

「なにか裏があると思ってたがこういう事か」

「ごめん、私、きぬはたは捕まえれたけどみことに負けちゃった……」

「ああ? 俺が天人の研究所から持ち出した例のリモコンはどうしたんだ」

「みことには効かなかった」

 

滝壺の通達を聞いて沖田はふと彼女を抱きかかえている美琴の方へ目を細める。

 

「何モンだオメー、コイツが効かねえって事はただのガキじゃねぇみてぇだな」

「……御坂美琴よ、レベル5の第三位」

「三位? 前に土方さんをやった四位より上かよ。面白そうだからここでやり合ってみてぇけど」

 

レベル5の第三位と聞いてもあまり驚いた様子も見せずにポツリとつぶやいた後。

沖田は彼女が抱きかかえてくれている滝壺の後ろ襟に手を伸ばしてむんずと掴み、美琴からひったくるように彼女をそのまま引っ張って背に掛ける。

 

「それより先にコイツを病院に連れて行く方が先だ。おいチャイナ娘、テメェとの勝負はお預けだ。今度会ったら全力でたたっ斬ってやるから覚悟しろ」

「んだとぉ! 逃げんのかサド野郎!」

 

後ろから聞こえる神楽の罵声を無視して沖田は滝壺の着ているジャージのポケットの中に入ってあった第五位の能力の一部が搭載されているリモコンをポイッと美琴に向かってほおり投げる。

 

「そいつ壊せば、そこで寝転がってるターゲットのガキ(絹旗)の能力もどっから。そんじゃ」

「ちょ! ちょっと待ってよ! アンタ等真撰組ってコイツを捕まえようとしてたんでしょ! そんな簡単に引き下がる気!?」

「俺は元々ガキ斬るつもりで来た訳じゃねえし、ただ遊びたかっただけだ。あばよ乳無しトリオ」

「は?」

 

遊び半分に首突っ込んであっさりと引き下がる沖田に美琴は呆れてものも言えない。

そして遂に意識を失ってしまった滝壺を背に掛けながら、こちらに背を向けてさっさと彼は行ってしまった。

 

「……なんか調子狂うわね、つかアイツさっき乳無しトリオって、今度会ったら絶対ただじゃおかない……」

 

あの沖田という男、警察という立場でありながら任務をあっさりと放棄するばかりか、相手に向かって能力対策兵器という高価な物を渡して、壊してもいいと言ったりなど全く何を考えているのかわからなかった。銀時の様に飄々としていて掴みどころがない。

だが滝壺がヤバいと知るや否やすぐに病院に連れて行くと判断する所は評価してもいいかもしれない。美琴がそんな事を思いながら彼から預かったリモコンに目をやる。

 

「壊していいなら、遠慮なく壊させてもらうけど」

 

そう呟くと美琴の頭からバチッと強い火花が飛び散る。

それに反応して彼女の手に持っていたリモコンがあっという間にバチッ!っとショートしてモクモクと小さな煙が出てきた。すぐにシューと壊れゆく機械音を放ちながら事切れる。

 

それと同時に倒れていた絹旗が目を覚まし、ゆっくりと半身を起こした。

 

「……いきなり頭に超膨大な記憶が入り込んできて目が覚めたら……何があったんですか一体……」

「調子はどう? 全部片付いたわよ」

「え? 超マジですか? 私なんの活躍もしてないんですけど……」

 

記憶が戻ったがまだ意識がしっかりしてないのか、ぼんやりとした表情で小首をかしげている絹旗に目をやりながら美琴は立ち上がった。

そして得意げな顔で彼女を見下ろしながらニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「ねぇちょっといいかしら? あの滝壺って娘から一体誰がアンタを助けたと思う? ムフフ、気弱な声で泣きながら助けて~とか言ってた娘っ子の為に誰が体を張ったと思う、ねぇねぇ?」

「……だから友達出来ないんですよあなたは……いい加減気付いてくれませんかねホント」

 

すぐ調子に乗ってしまうのは彼女の悪い癖なのか、そんな彼女に絹旗がカチンと来た様子でイライラしていると。

沖田がいなくなったことですっかり戦意を失った神楽がニヤついている美琴に口を開いた。

 

「それよりこれからどうする気ネ。あのサド野郎の仲間が追いかけてくるかもしれないアルよ」

「う……それは考えてなかったわね、とりあえず私の学校に行きましょう。お登勢さんならきっと匿ってくれるし」

 

バツの悪そうな表情に変わるもすぐに解決策を思い出し、まだ起き上がれない様子の絹旗の方へ振り返る美琴。

 

「アンタの事も保護してどこかいい場所に住まわせてくれるかもしれないわよ」

「……超期待できませんね、私みたいな超はぶかれモンを受け入れてくれる場所なんてあると思いませんが」

「あるわよきっと」

 

仏頂面で悲観的に考える彼女に、美琴は笑みを浮かべながら自信満々に答える。

 

「アンタはクソ生意気でワガママで横暴で口が悪い小娘だけど。そんなアンタを好きになって受け入れてくれる人なんてきっといるわよ。私みたいなのでも受け入れて仲良くしてくれる奴等だっているんだから」

「あ、それを言われてなんか自身つきました。そうですよね、あなた”が”受け入れられてるのに私が受け入れられないなんてよくよく考えれば超理不尽でしたね」

「おい小娘……」

 

自身付いたのはいいがやはり引っかかる物言いをする絹旗に遂に美琴がこめかみに青筋をくっきりと浮かべる。

 

「こうなったらこの場で誰が上に立っているのか教えて上げようかしら? 立ちなさいよ泣き虫。今度は泣くだけじゃ済ませないわよ」

「ほほう、いいでしょう。丁度いい機会です、一度レベル5と超手合せしたかったんですよ。いい気になってるのも今の内ですよ」

 

美琴に促されて絹旗は立ち上がるとすぐに喧嘩腰に入り始める。

両者バチバチと火花を散らし合いながらメンチの切り合い。

そしてその間にいた神楽が突然コキコキと拳を鳴らしながら

 

「おいテメェ等、私を置いて天下一武闘会始められると思ってんのかゴラァ? 優勝すんのは私に決まってんだろうが、オラワクワクすんぞ」

「……いや、アンタは別に出なくていいから」

「神楽さん、これは私と彼女の戦いなので……」

 

自分達以上に戦う気満々の神楽を前に

さすがにヒートアップしていた美琴と絹旗も一気に冷静さを取り戻す。

 

「こんな事してる場合じゃなかったわね……引っかかる事もあるし早く目的地に急ぎましょう」

「へ? 引っかかる事ってなんですか?」

「大したことじゃないから言わなかったけど、ちょっと私達がアイツ等と戦ってる中にね……」

 

仕切り直して常盤台に向かおうとする中、訪ねてきた絹旗に美琴は小難しそうな表情を浮かべて口を開いた。

 

「どこの誰かは知らないけど、ずっと私達を観察してる気配があったのよ、何もしないから気にも留めなかったけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、倒れた滝壺を背中に乗せた沖田はけだるそうに病院へと向かっていた。

街中を高校生ぐらいの少女をおぶって歩くのはやはり疲れるのか、歩いてる途中で何度か足を止めてため息を突く。

 

「だりぃ、このガキ、罰として俺のケツ吹き係から近藤さんのケツ吹き係へ転属だ」

 

そんな事をぼやきながら立ったまま休憩していると、彼の背後からツカツカと足音が聞こえてきた。

 

「先陣を切って敵を殲滅させる事を生業とする君が、随分と似合わない事をやってるね、沖田君」

「あん?」

 

急に呼ばれて沖田は不機嫌そうな様子で後ろに振り返ると、そこにいた人物を見て反射的に「あ」と声を漏らした。

 

背後に立っていたのは自分と同じ真撰組の制服に身を包んではいるが、他の隊士達の様な荒っぽい連中と一線引いてるかのように、知的っぽい印象が窺えるメガネを掛けた男だった。

なんというか、休日は自室で優雅にクラシックを聞いて過ごしてそうな育ちのいい匂いがする様な、自分達とは育ちから違う人間だというのが沖田の印象だった。

伊東鴨太郎、真撰組の参謀役にして相当の腕前でもあり。真撰組にとっては副長の土方と並ぶ程の実力者だ。

 

「キミの行動は先程見せてもらったよ、敵前逃亡なんてらしくないじゃないか」

「敵? 生憎俺の敵は攘夷浪士や凶悪犯罪者とか、”タバコ吸いながらふてぶてしい態度で副長の席に座ってる野郎”だけだ。ガキなんか退屈しのぎの遊び道具としか思ってねえですぜ」

「ふ、そうかい」

 

伊東はメガネを指でクイッと上げながら見透かすような視線で沖田を見つめる。

 

「その少女はどうだった? 役には立ったかね? さすがに体晶を二度も使うのは僕も予想外だったよ」

「……アンタがこのガキに薬渡したのか、伊東さん」

「彼女がそれがないと能力を活用できないんだよ。そして彼女は望んだ、だから与えてあげたまでの事さ」

 

伊東は口元に小さな笑みを浮かべて返事をした。

沖田は彼女に体晶を提供した人物が誰なのか大体検討はついていた。

そしてその予想はやはり的中していたようだ。

 

「すまなかったな沖田君。”欠陥品”なんかを君に預けてしまって、使えないならこちらに渡してくれても構わないよ。それの処分は僕がしてあげよう」

「わりぃが伊東さん、そいつは結構だ。処分ならこっちが適当にやっておきやすから」

 

処分と聞いて沖田はすぐに勘付いていた。

彼の言う処分とは”そのまんまの意味”であると。一人の人間を欠陥品呼ばわりする時点でわかる。

渡すのはマズいと思い、沖田は別の話題に変えてさっさと男を追い返そうとした。

 

「アンタはさっさといつも通りに、俺達に隠れてコソコソと謀略でもしておいてくだせぇ」

「僕がそんな事をするとでも? 僕はただ真撰組がより屈強で優秀な組織であると証明させる事に知恵と力を注いでいるだけだよ」

 

どうにも胡散臭い言い回し、ほくそ笑む男に沖田は怪しむようにジーっとジト目を向ける。

 

「そうですかぃじゃあ頑張ってくだせぇ、俺はこれからちょっと用事あるんで」

「そういえば沖田君、君は知ってるかね見廻組≪みまわりぐみ≫と言う存在を」

「見廻組?」

 

伊東は思い出したかのようにその名前を告げる。

沖田が聞いた事さえ無い組織名だった。

 

「僕ら真撰組と似た組織ではあるがそれは見た目だけ。システムは根本的から違う。僕らの組織は各々の生まれなど評価しないしどこの生まれであろうと志強ければ採用する、だが連中は組織に属するのは皆良家の”エリート”揃いだ。高貴なる血を持つ者のみを選別して迎え入れているらしい」

「そりゃまた絵に描いたようなぼっちゃん軍団ですこと、俺等みたいな芋侍共とは違って、さぞかし気品溢れる組織なんでしょうね」

「そして沖田君、ここからは特に大事な事だから覚えておいてほしい」

(早くこのガキ病院に連れて行きてぇんだけどな……)

 

結構話が長いのでいい加減沖田もウンザリしてきた。背中におぶってる滝壺は結構マズい状況なのだ。さっさとタクシーでも捕まえて病院へ行きたいと考えている彼に、伊東は更なる情報を伝える。

 

「僕ら真撰組は最近は能力者の力を借りるようになった。だが見廻組はそれとは”異なる力”を用いているようだ、僕が前々から独自に探っていたから確かな情報だ」

「はぁ? 能力者じゃねえ力ってなんですかぃ? 俺は学がねぇから伊東さんの言ってる事が全然わかんねぇや」

「どんな力かはまだ情報不足だ、今後とも僕や、僕の部下が探れば、いずれその正体を突き止められるかもしれない。そしてもし連中とぶつかり合う時が来たら、君の力を僕に貸してほしい」

「そいつは状況しだいな、俺が気に食わねぇと思ったら協力しやすが、アンタの命令じゃ気乗りしねぇ」

 

能力者とは違う力? 沖田にはさっぱりわからなかった。そんな物があるとしたら一体……どういう経緯で見廻組はそれを知って利用する事に成功したのか。

しかし彼はその力の正体よりも、勝手に動き回っている伊東の方が引っかかった。

 

「それよか伊東さん、あんまり近藤さんの見てない所で勝手な真似してほしくないんですけど」

「わかっているよそこは安心してくれたまえ、僕は近藤さんに、真撰組に迷惑がこうむる様な真似は絶対にしないと」

「……」

 

その言葉を信じていいのかと無言で疑う視線を向けてくる沖田を気にせずに、男は話を続ける。

 

「まあ結論から言うと、見廻組は僕らとは様々な意味で対極的な所を持っている組織という訳だよ。組織の思想、誇り、力など。僕らは能力者を使い、連中はそれとは違う力を使う。今後とも注意しておかないと手柄を奪われかねないから用心しておいてくれたまえ」

「……それだけ言えば良かったんじゃないですか?」

 

長々と語った挙句至極簡単にまとめにかかった男に、沖田は疲れた表情でツッコミを入れると、踵を返して彼に背を向ける。

 

「じゃあ俺、適当な場所でタクシー拾ってこなきゃならないんで。さいなら」

「沖田君」

「なんですかぃ、まだ何か……」

「病院へ行くなら、徒歩の方が近いと思うがね」

「……」

 

後ろからまた呼び止められたことにウンザリするが、男の言葉に沖田は思わず声が出なかった。再度振り返ると男はこちらにやや挑発的な笑みを浮かべている。

 

沖田は彼に病院へ行くとは一言も言っていない。滝壺を病院に診せるなど言ったら彼がまた何をやるかわからないからだ。

しかし彼は気付いていたのだ、沖田が滝壺の容体を思って病院へ向かおうとしていると

 

「早く行くといいよ、彼女を診てもらいたいんだろ?」

「……止めねぇんですかい? おたくが処分してぇ欠陥品を修理に出そうとしてんだぜこっちは」

「誤解していると思うが僕は別に彼女を処分したいなど思ってはいない、役に立たないならどこぞに捨てるなり、リサイクルショップにでも売り飛ばすなりしても構わないと思ってるだけだ。それはキミに任せる事にしよう、少しばかりの付き合いで君は彼女に情が湧いてしまったらしいし」

「俺は別に情なんざこのガキに持ってねぇですぜ」

 

非情な言葉を突き付ける男に、沖田は滝壺をおぶったまま背を向けて歩き出す

 

「目の前で死なれちゃ気分が悪くなるだけですし。病院で診てもらった後はコイツを引き取ってくれる連中を探して」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くたばるなら俺の目が届かない場所でくたばりやがれって思っただけでさぁ」

 

その言葉が本音か建前か、真意は彼以外分からない。

 

 

 



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第二十五訓 カエル顔の医者、侍教師の過去に触れてなにかを秘める

御坂が絹旗を連れて真撰組から無事逃げ切り、物事を上手く処理してから数日後

とある病院の一室には坂田銀時と白井黒子の姿があった。

 

しかもそこにいるのは入院中の二人だけでなく、そこにはこれっきし彼等とは縁が無かった人物が”二人程”何故か一緒にいたりする。

 

「正直に言え、お前等の中の誰かが持ってるんだろ」

「素直に答える者がいると本気で思ってますの?」

「私は持ってないよ、持ってるとしたらくろこかそうご」

「あ、俺は上がったぜ」

 

一つのベッドに4人で囲むように座っているのは。

土方との戦いで腹部に傷を負った銀時と

同じく土方に斬られ両足を負傷してしまった黒子。

そして事実上真撰組側の人間であり、体晶の副作用のおかげで入院している滝壺理后と

完全に真撰組の一員であり銀時達とははっきり対立していた関係だったはずの沖田総悟であった。

 

「後はテメェ等で醜い争いしてろぃ。俺は高みの見物と洒落込んでらぁ」

「チッ、これぐらいでいい気になんなよコノヤロー。テメェの所の連中ぶっ倒したのは誰だと思ってんだコラ」

「ああ山崎の野郎から聞きやしたぜ、おたく、ウチの土方さんを負かしたようじゃないですかぃ」

 

銀時、黒子、滝壺は入院中の為に病院側から支給された服に身を包んでいるが

沖田だけは真撰組の制服そのままなので、恐らく彼は滝壺の見舞いにきただけなのだろう。

 

「次は俺とサシでやり合いませんか、”旦那”?」

「やなこった、めんどくせぇ。クソ、まだ揃わねえ……」

「この男はわたくし達ジャッジメントの傘下に入ってますの、無意味な決闘を申し込む真似はやめて下さいませんこと? それにまた恥かいて泣きべそ掻くのはそっちですし。あ」

 

ベッドの上で胡坐を掻いて誘いをかけてきた沖田を苛立ちながらあっさりと拒否した銀時に続いて黒子が仏頂面で口を開くも、すぐに銀時同様イラッとした表情になり向かいに座っている滝壺にジロリと視線を向けた。

 

(……油断してましたわ、ポーカーフェイスとはいえあんなボーっとした人ですし馬鹿正直に答えてると思ってましたのに)

 

察しられぬ用に心の中で呟きながら黒子は手に持ってる一枚のカードを、他に持ってる数枚のカードの中に入れる。

 

今彼女等がやっているのは、互いに手に持ってるブツを少しずつ廃棄し、周りに情報を漏らさないようにしながら虎視眈々とトップを狙うゲーム……

 

ババ抜き トランプで出来る遊びの一つだった。

 

「しかし真撰組もあっけない幕切れでしたわね、まさかの人目もある街中で堂々と集団猥褻行為など犯すとは。ほら早く引きなさい」

「変質者にまで堕ちるたぁ、これでテメェ等真撰組も解体かもしれねえなぁ。チッ……持ってやがったこのガキ」

「生憎アンタ等の希望通りにいかないのが世の中ってモンでさぁ、ウチが街中で汚ねぇモンをブラブラさせて踊り狂ってたのは”おたく等の所の能力者”がやった事が判明しましてね。表向きには公表しねぇようですが隊士全員が数日謹慎するぐらいで済みそうなんですよ」

「しんせんぐみは消えないんだね。私も上がった」

 

会話の中で滝壺は最後に揃ったカードを囲いの中心に捨てて上がった宣言。

黒子は一枚、銀時は二枚持った状況で一騎打ちになり、隣同士に座っていた二人はジロリと互いに目を見る。

 

「あんな騒ぎ起こしたのに謹慎で済むと? 腹が立ちますわね、お姉様にあんな事しておいて……一体どんな汚い手を使ったんですの?」

「当たり前の事だろ、俺等が消えたらこの街なんてすぐに攘夷浪士と天人の巣窟になるぜ? ガキと先公だけで治安維持出来る程この街は甘くねぇ」

 

銀時の手札からどれがババかと凝視しながらも毒を吐く黒子だが、沖田は軽く受け流して鼻で笑ってやった。

 

「ま、近藤さんは腹は斬らなくていいからチ○コ斬れってとっつぁんから命令下されたらしいが。チ○コ一つで組織が護れるなら近藤さんも喜んでチ○コ差し出すだろうよ。俺達真撰組は近藤さんのチ○コを人柱としてこれからもこの街で好き勝手やるって寸法さ」

「女性が二人いるこの部屋で下品な言葉を連呼しないで下さいまし、オブラートに包むという発想はありませんの? 股の下にブラさがってる汚い棒とか」

「いやそれ包んでないからね、包もうとしてるのはわかるけど思いきりはみ出ちゃってるから男のシンボル。って……は!」

 

セクハラ上等とばかりの沖田に文句を言いつつ自分の手札から一枚抜き取った黒子にツッコんでいた途中で銀時はギョッとした表情で目を見開く。

 

気が付くと彼の手元には一枚のババだけ……

 

「はい、上がりましたの」

 

手に持っていた自分のカードを2枚捨てて黒子は淡々とした口調で勝利宣言。

 

「「少しばかり知恵が付いてる程度のおサルさん」レベルのあなたがわたくしに勝てると本気でお考えになられてましたの? ブフ、所詮あなたはその程度なんですのよ」

「あん? トランプ勝ったぐらいでなに調子乗ってんだクソチビ」 

 

嘲笑を浮かべて早速見下す態勢に入る黒子に、銀時は簡単に彼女の挑発に引っかかり片目を吊り上げる。

 

「それなら今度はアレだ、人生ゲームで勝負だ。あのドロドロしたイベントばっかの」

「嫌ですわ、どうせあなたなんか淫らに色んな女性と関係を持ったばかり、見境なく子種を振りまいてポロポロ子供産ませて、その結果慰謝料大量に請求されて速攻開拓地送りにされるのが既に見えていますわ」

「勝手に決めつけんじゃねえよ! テメェなんか同性を無理矢理海外に拉致して無理矢理そこで結婚しようとしたせいで、国内に強制送還されてそのまましょっぴかれるのがオチだろ! そっちの方がもっと見えるわ!」

「な、何を言ってますの! すぐに撤回しなさい!」

 

負けじと対抗してきた銀時に黒子も安い挑発に怒り出して睨み返す。

 

「わたくしがお姉様にいつ無理矢理求愛したと言うんですの!」

「いやいつもやってるだろうが。ていうか人生ゲームの話だからなコレ、リアル架空世界を混合するなって前に医者に言われただろ? お薬貰っただろ?」

「架空だろうと現実であろうとわたくしとお姉様の愛の絆は永遠に不滅ですの! なんならわたくしのお腹に耳を当ててみなさい! きっとわたくしとお姉様の遺伝子を受け継いだそれはそれはとても可愛らしくプリチーな女の子の寝息が聞こえ……んごふッ!」

 

もはや妄想の域を超えて、「今すぐ別の病院へ搬送するべきだろ」っとツッコミたくなるような痛いというかヤバい事を大声で叫ぶ黒子の顔面に向かって

 

友情・努力・勝利の三原則を志とし、今も少年達の心を躍らせる雑誌・『少年ジャンプ』が

 

病室のドアが開いた所から発射され、吸い込まれるように飛んで行きクリーンヒットした。

 

「昼下がりの病院でなに気持ち悪い長台詞を大声で叫んでんだこの変態!! 勝手なイメージを私に押し付けるのやめろつってんでしょアンタはぁッ!!」

 

ドアの入り口から一人の少女が乱暴な口調で怒りの叫びを放ちながらやってきた。

御坂美琴。絹旗の件で絡んだことがキッカケで銀時達同様色々な目に遭わされた一人だ。

その件で彼女は無傷だったのでこの病院に入院することなく、いつも通り常盤台の制服姿だった。

 

「お、お姉様……見舞いに来て下さったのですね……嬉しいですの」

「勘違いしないでくれる? アンタ達のお見舞いなんてついでよついで」

「またまた~、お姉様ったらそんなツンデレな態度でおっしゃっても黒子にはわかっておりますのに~」

「いやマジで”ついで”なんだけど?」

「へ?」

 

額を赤くしながら黒子が涙目で早速美琴に両手を広げて笑顔で迎えるが、美琴はしらっとした表情で一瞥して、すぐに黒子や銀時と一緒にベッドに座っている……

 

「見舞いに来てあげたわよ、体の方は大丈夫なの?」

「ありがとう。体は平気だけどお医者さんからしばらく入院した方がいいって言われた」

 

妙に親しげに話しかける相手は滝壺であった。その光景を見て黒子はギョッと目を見開く。

 

「なぁぁぁぁ!! お姉様! もしかしてお姉様はわたくしだけでなく彼女の見舞いに来たというんですの!?」

「そうよ、まさかアンタ達と同じ病室だったとはね。アンタ達この子に変な事してない? 正直に言いなさい」

「してませんの! わたくしがお姉様以外の相手に手を出すと本気で思っていますの!?」

「そういう意味の変な事じゃないわよ! つうか私にも出そうとするな!」

 

足を怪我しているので自由に動けないが、それでも手をわしゃわしゃと動かしてハァハァと息を荒げる黒子は見てるだけで危機感を覚える美琴。

 

「ったく、入院中でもホント相変わらずよね……それでアンタはさっきからなんで黙って……」

「最近新連載でコレだってモンがねぇな~、スケットダンスも終わっちまったし早くギンタマンを後ろに追い込んで打ち切らせる漫画描いてくれよ新人」

「勝手に人のジャンプ読んでじゃないわよ!」 

 

先程美琴が黒子に向かって投げたジャンプを速攻で回収して読みふけっていたらしい。

パラパラとページをめくりながらすっかりこちらの事など関心してないという風な態度に美琴はすぐに歩み寄って彼が両手に持つジャンプを無理矢理ひったくる。

 

「これはアンタにじゃなくてこの子に読ませるために買って来たの! それとギンタマンは永久に不滅!」

「不滅じゃねえよ、とっくに滅亡してんだよギンタマンなんて」

「そんな訳ないでしょ! ねえ黒子!」

「なんでそこで私に振るんですの? 生憎ですがわたくしもその漫画嫌いですわ」

 

ムキになった様子で黒子に助けを求める美琴だが、無情にも黒子はその助けを仏頂面で拒否する。

 

「低年齢対象の雑誌に載せるべきではない内容が多いと聞いておりますし、わたくしとしてはお姉様にそんな物を読んでほしくないというのが本音ですの」

「そこがいいんでしょ! ジャンプでありながらとことん我が道を行き! 道が逸れようと全力でつっ走ろうとする姿!! 私はそんな所に共感してこの漫画が好きになったの! 私から言わせれば王道漫画なんてもう古いのよ! 麦わら海賊団も美食屋も木の葉の忍ももう時代遅れ! 時代は新しき風を吹かせるギンタマンなんだから!」

「完璧盲信してますわね」

「なにギンタマンって? 宗教的なモン立ち上げる気なの? こういう信者一杯量産してんのアレって?」

 

半狂乱で怒鳴り散らす美琴に冷めた表情で黒子と銀時が呟いてる中、ぼんやりと座っていた滝壺が美琴に向かって手を伸ばす。

 

「みこと、それ貸して。漫画とかあまり読んだ事無いけど入院してるとヒマだから読んでみたい」

「あ、もちろんよ! 穴が開くほど読みなさい! ええっとまずこのギンタマンって奴がジャンプで一番面白い作品で……」

「おい信者、早速いたいけな少女を勧誘してんじゃねぇよ」

「お姉様、さすがにそのような事をするのは止めて下さいまし。見てて泣けてきますので」

「アンチギンタマン派は黙ってろ!! こうでもしないとファンが増えないのよ!!」

 

滝壺が興味を示した途端、美琴はすぐ様持ってたジャンプをパラパラめくって一気にギンタマンが載ってるページに。

その必死さに銀時と黒子も呆れていると、先ほどからずっと美琴に存在を無視されていた男が一人。

先日、彼女と一悶着あったばかりの沖田総悟である。

 

「おい”第三位”。ウチの所のガキになに汚ねぇ漫画読ませようとしてるんでぃ。会話中に突然「オイィィィィ!!」とか叫ぶ女子になったらどう責任取るつもりだオメー」

「話しかけんじゃないわよ、こっちは当分真撰組なんか視界にさえ入れたくない気分なんだから」

「おいおい随分な嫌われようだな」

 

腕を組んでこちらに喧嘩腰で話しかけてくる沖田に美琴がムスッとした表情を浮かべて顔を上げた。

 

「アンタまだあの子(絹旗)の事捕まえようとしてんじゃないでしょうね?」

「その件はもうとっくに白紙になってんだよ、こっちの都合じゃなくて上の都合でな。それに今の真撰組はあんなガキ追いかけるヒマさえねぇ」

「白紙って……何かあったの?」

「ガキのお前に教える事じゃねぇよ」

 

絹旗捜索とその捕獲には真撰組は一切関わらないとあっさりと言う沖田に美琴は怪訝そうに顔をしかめた後、銀時と黒子の方へ

 

「アンタ達なにか知ってる」

「ああ、真撰組はこれからゴリラのチ○コを柱にして生きていくんだとよ」

「いや意味わかんないんだけど!? どういう事!?」

「お姉様に向かってなんて言葉を口にしているんですの! 違いますわお姉様。ゴリラの股の下でぶら下がって、ふにゃふにゃしててたまに堅くなったりする卑猥なアレが、真撰組の為に生け贄として幕府の上層部に献上されるとか」

「もっと意味不明になってる上に表現もより生々しくなってるじゃないの! もういいアンタ達は黙ってろ!!」

 

自分で話しかけておいてすぐ様黙れと一喝する美琴に銀時と黒子が不満そうにしていると、ジャンプを両手に持って読んでいた滝壺が彼女の方へチラリと顔を上げる。

 

「きぬはたは大丈夫なの? 住める所見つかった?」

「え? ああまだ見つかってないからとりあえず仮住居として私の寮の部屋に住ませているわ。ついでにチャイナ娘もね」

「そう、良かった」

 

どこか絹旗に思う事があるのか、滝壺は彼女の今後の状況を心配していたらしい。

幸いお登勢が特別に許可したのか、一時的に常盤台の女子寮で預かっているらしい、神楽もおまけで。

その事に安堵した表情で頷く滝壺ではあるが、彼女達が自分達の寮に、あまつさえ自分と美琴が共同で住んでいる部屋にいると聞いて黒子は黙っていられなかった。

 

「お姉様!! ま、まさかわたくしが留守なのをいい事に! あの変な二人組を私とお姉様の愛の巣に入れ込んだというんですの!?」

「変なのはアンタも変わらないでしょ、愛の巣って何よ……。問題ないって、アンタが退院した時には別の所に預けるってお登勢さんが言ってたし」

「いやそれでも納得できませんわ! わたくしがいない中でお姉様あの二人と同じ部屋で……汚れてしまう! お姉様の純潔が汚れてしまいますわ!」

「汚れてるのはアンタの頭でしょ」

 

我も忘れて取り乱しながらこちらに目を血走らせる黒子に冷めた表情で美琴がツッコミを入れる。当然彼女が考えてるような事などある筈がない

 

そして美琴に諭されてもまだ落ち着く素振りもみせない黒子の傍らで、胡坐を掻いて膝の上に肘を突いて座っている銀時がけだるそうに口を開いた。

 

「ババァは別の所に預けるって言ったらしいが、一体どこに送るんだよあんな連中。あのチャイナ娘はともかくもう一人のガキはそう簡単に住める場所見つけられねえぞ?」

「ああ、それね。とりあえずアンタが退院した後に考えるんだって」

「おいおい、俺達が退院した時にそのガキ共を預ける手配するんだろ。間に合わねえよそれじゃ」

「だからちゃんと住める場所が見つかるまで、あの二人は”アンタの所に預ける”って事よ」

「ふ~ん……はぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

かなりとんでもない事を口走ってるのに至って自然に言ってしまう美琴に銀時は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「出来るわけねえだろそんな事! ウチのオンボロアパートにあんな小娘二人も住まわせられるか!」

「だから早い所新しい住処探せって事よ、”アンタがね”。言っとくけどこれお登勢さんからアンタへの命令よ」

「ふざけんなあのババァ! テメーの所の教師に家出少女預けるとか何考えてんだ!」 

 

お登勢からの差し金と聞いて銀時は額に青筋を浮かべて怒りをあらわにする。

怪我も完治していない状況だがそんな事さえ忘れるぐらい彼の怒りのボルテージは頂点に達していた。

 

「安月給の上に身寄りのないガキも住まわせてやれとかそんなの俺が納得するわけねえだろ!」

「旦那、最初に言っておきますが」

 

美琴に向かって激昂する銀時、すると滝壺の隣に座りなおしていた沖田が仏頂面で彼に向かって

 

「犯罪に手を染める真似はしないで下さいね。こっちはそういう事する輩は容赦なくしょっぴくのが仕事なんで」

「しねぇよ殺すぞコノヤロー! 俺は仕事の上でガキの面倒見る機会が多いだけでそういう性癖は持ち合わせてねぇんだバカ!」

「あ、そうだったんですかぃ、すいやせん誤解してやした旦那の事。あ、そうそう、互いに同意の上でも立派な犯罪ですからね」

「誤解してるまんまじゃねーか! 信じろよ銀さんの言ってる事!」

「いやね、もしかしたら既に」

 

沖田はチラリと銀時の隣に座っている黒子の方へ目をやる。

 

「”そういう関係になってるガキ”がいるんじゃないかと疑ってやして、誰とは言いやせんが」

「おい、コイツを俺達より長い入院生活送らせるようにするから手伝え」

「あなたが言わずともこの黒子一人でこの男を始末しようと思ってましたの……」

「止めてくれやせんか? 病院ん中で患者に襲われて怪我するとかさすがに笑えねぇんで」

 

明らかに変な疑いを持たれる事を察した銀時は黒子と共に、今すぐにでも沖田に襲い掛かろうとする算段を練り始め。これには沖田も頭をポリポリ掻いた後、急いで退散の準備に入った。

 

「じゃあ俺はここで逃げ出すとしますかぃ。おいケツ吹き係」

「なぁにそうご?」

 

ケツ吹き係などと呼ばれてもなんの抵抗も見せずにジャンプの読書中から顔を上げてきた滝壺に、立ち上がり様に沖田は口を開く。

 

「退院したらテメェの身柄はまたウチの屯所で預かってやらぁ。ま、送り先見つけたらすぐにポイッて捨てるつもりだがな」

「……私やっぱり役に立たなかったかな?」

「ああ、ヤクがねぇと使いモンにならねぇガキなんざ、ウチにはいらねぇ」

「そっか……」

 

あっさりと冷たく言い放つ沖田に滝壺は表情には見せないものも少し落ち込んでる様な気配がした。それに気づいた美琴がムカッとしながら背を向けて歩き出す沖田を睨み付ける。

 

「いくらなんでもそんな言い方ないでしょアンタ。捨てるとかいらないとか人に向かってよくそんな事言えるわね」

「ウチは身寄りのないガキを世話するような慈善団体じゃねぇんだよ。泣く子も黙る武装警察の真撰組だ。使えねぇと判断すりゃあ即座に斬り捨てる。短けえ間だったがオメェの面倒はこれっきりだ」

「ちょっと!」

「ううん、いいのみこと」

 

さすがに言い過ぎだと美琴がギリっと歯を食いしばって彼に詰め寄ろうとするが、滝壺が彼女に手を出して止め、こちらに背中を見せたままの沖田に小さな口を開いた。

 

「役に立てなくてごめんね、それと今までありがとう」

「……そいつは次の預け先が決まった時に言ってくれ。面倒だがそれまではテメェの寝床とメシ、話相手ぐらいはしてやらなきゃいけねぇんだ、伊東さんからテメェを押し付けられてるからな俺は」

 

振り返らず、表情を見せずにそう言いながら沖田は病室のドアから出て行く。

 

「それにどこか、テメェでも役に立てるような場所が見つかるかもしれねぇしよ」

「……そんな所ないと思うけど」

「探す努力もしてねぇ奴が知った口叩いてんじゃねぇ、ま、それが見つかるまでは我慢してやらぁ」

 

最後にそう言い残し、沖田は滝壺と他三人を置いてその場を後に去って行った。

 

「何よアイツ……アンタも文句の一つや二つぶつけてやればよかったじゃない、いくら世話してもらってるからって」

「文句なんかない、そうごは短い間だったけど私と一緒にいて私の事を見てくれた。少しの間でも私の居場所を作ってくれた。それだけでも私にとっては本当に嬉しかったの」

「……そう」

 

沖田が閉めて行ったドアの方へ真顔のまま呟く滝壺に美琴は神妙な表情で静かに頷いた。

それを傍観していた銀時と黒子も彼女が彼に多大なる恩義を感じてるのだと理解する。

 

「滝壺さんにとってはいくらあんな腐れ外道の野郎でも大切なご友人なのですね」

「くされげどうって何?」

「あの男やわたくしの隣にいるこの銀パの男が当てはまる様な輩ですわ。人として底辺、それはそれはとても深い所にいる人間ですの」

「へー」

 

キチンと黒子が説明して上げると今度は銀時が隣にいる彼女を指さしながら

 

「そして俺より底辺な奴ってのは嫌がる相手に何度も変態行為をしでかすコイツだ。覚えとけ」

「わかった、私は最底辺の変態なくろこを応援する」

「な! 騙されてはいけませんわ滝壺さん! わたくしは最底辺でも変態でもありませんんの! ねぇお姉様!」

 

 

銀時にカウンターを決められて黒子があせあせと慌てながら必死に弁明する為に美琴に話を振る。

 

「わたくしはただ少しだけ普通の人より情熱的で過激なだけですわよね!」

「いやそれが変態なのよ、人の下着隠れて盗んでる事が過激で済むわけないだろうが」

「……いつお気づきになられてましたの?」

「日に日に箪笥から下着が消えていったら誰だって気付くわよ。今度やったら寮監呼ぶからね」

「……」

 

弁明しようと思ったらうっかり余計な事まで掘り当ててしまった事に黒子は頬を引きつらせて固まってしまう。

 

「わたくしとした事が……変わり身の下着を用意しておくのを忘れておりましたわ」

「そういう問題じゃないでしょうが!」

「なんならこれからはわたくしの下着とお姉様の下着を交換するというのは! どふッ!」

 

名案だと言わんばかりの表情でこちらに輝く笑顔を見せた黒子にすかさずストレートをその顔面に一発お見舞いする美琴。

 

「ジャッジメントに通報しようかしら……」

「……も、申し訳ありませんの……黒子が悪い子でした……」

「つーかよ、コイツが変態とか通報されるとかそんな話より」

 

頬を摩りながら黒子が涙目で美琴に謝ってると、銀時がしかめっ面で先程前に終わった話をまた蒸し返し始める。

 

「マジで俺があのガキ二人の面倒見る訳? マジであのババァそんな事言いやがったの? 面倒事を全部俺に押し付けやがったのあのババァ?」

「だからマジって言ってるんでしょ。私だってアンタに大切な友達を預けるのは心許ないんだけど、お登勢さんが言うには、アンタって女の子預かるの初めてじゃないみたいだし」

「余計な事をコイツに言いやがって……」

 

腕を組んでジト目を向けてくる美琴に銀時はハァ~とため息を突くと、隣にいた黒子が頬の痛みを忘れて「ん?」と彼の方へ振り向く。

 

「あなた以前から子供とお住まいになられていましたの? まさかホントにそういう趣味があるんじゃなくて?」

「埋めるぞクソチビ。ガキと住んでたっつうのは今の狭いボロアパートじゃなくて、かぶき町に住んでた家の時での話だ。短い間だったがな……」

「ほほう、一体どのような子供とご一緒にお住まいに?」

「……お前ホント人の過去を聞きたがるよな。こればっかりは絶対言わねぇ」

 

何故かは知らないが黒子は銀時の過去に触れる件については人一倍敏感に反応する姿勢を見せていた。銀時もついそんな彼女に色々と漏らしてしまう事があるが、この件については口が裂けても彼女に言いたくなかった。

 

「そんな事よりあのガキ二人の事だろ、俺はぜってーイヤだからな。ババァにそう伝えとけ」

「同居の相手はわたくしやお姉様と同じぐらいの子でしたか?」

「しつけーよチビ助! 言わねえってつってんだろ!」

 

身を乗り出してまだ食ってかかる黒子に銀時が叫びながら彼女の頭をむんずと掴んで黙らせようとする。

しかし彼がそうしている中、美琴がポツリと

 

「それじゃあ本人に直談判したらどう? さっき連絡合ったんだけど、お登勢さんもう病院に着くって」

「ああ!? まさかあのババァが俺達を見舞いに!? 気持ち悪ぃな! なにか企んでんじゃねぇか!?」

「違うわよ、ただ”アンタ達と私”に色々と聞きたい事があるらしいの……」

 

心なしか美琴の表情がどんどん暗くなってる気がした。

 

「私達が勝手に真撰組と一悶着起こした件について……」

「……あ」

「……まさかその事でしたの?」

「私もアイツ等(絹旗と神楽)連れてく時に拳骨食らったり長々と説教されたんだけど……多分今度はアンタ達とセットでまた言われるのかもしんない……」

「「……」」

 

目を泳がせながら明らかに怯えた様子で美琴が声を震わせながら呟く。

レベル5の第三位である彼女にとって常盤台の理事長であるお登勢はどんな巨大なエイリアンよりもずっと恐ろしい相手なのだ。

そしてそれは銀時と黒子も同様で……

 

「おい、急いでここから脱出するぞ」

「は!?」

「わたくしの能力でどこか遠い所に行きましょう! そうしないとわたくし達が生き残る術はありませんの!」

「いやいや遠い所ってどこよ!」

「それはそれはとても遠い所ですの! こうなってしまってはもう海外に! いえ、異星の星へ行きましょう!」

 

焦る様子で二人が勝手に物事を進め始めたので美琴が慌てて止めに入るが、銀時と黒子はもう逃げるという選択しか考えていない様子だった。

それもその筈、この二人は前にあった攘夷浪士との抗争の件でお登勢を怒り狂わせてしまった事があったばかりなのだ。

 

「ターミナルの宇宙船の出発時刻はいつだ! 早くしねぇとババァが! ババァが迫ってくる!」

「急いで初春に連絡しますわ! 彼女にターミナル本部をハッキングして貰って宇宙船の出発を早らせましょう! 初春が無理だと言っても絶対にさせてやりますわ!」

「ちょっと待ってよ! ただ説教を食らうだけかもしれないじゃない! さすがにこんな事で故郷を捨てて遠い星に向かうなんて嫌よ私は!」

「バカ野郎! お前は説教だけで済むかもしれねぇがこっちはやべぇんだよ!」

「お姉様! 早くご両親へのお手紙を書いてくださいまし! 『あなた達の娘は一生愛すると契りを交わした白井黒子とそのペットを連れて、あなた達と地球を残して遥か遠い星へと飛びます』と!」

「んなの書いたらウチの家族大騒ぎでしょうが! バカな事考えてないで、私と一緒にお登勢さんへの言い訳の一つや二つを考えてよ! このままだと私の親に連絡されちゃうかもしれないんだから!」

 

本気で宇宙へ高飛びしようと話し合う銀時と黒子に美琴が彼等の肩に手を掛けながら、真面目に考えろと必死な叫びを上げる。

 

相変わらずどんな所でもやかましくギャーギャーと騒ぎ始める三人。

 

そんな彼等を、滝壺はジャンプのページをめくりながらそっと眺めていた。

 

「もうこんな私じゃ手に入らないと思ってたけど……そうごは言っていた。いつかこんな私も役に立てるような所が見つかるって」

 

去り際の沖田の言葉を思い出し、彼女は一つ決心する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私もこの人達のような、周りにうるさいと思われるぐらい仲良く一緒に騒げる居場所を作りたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

常盤台の理事長・お登勢は既に病院に着いていた。

 

「ったく銀時の奴、またガキ共と一緒に面倒な事に首突っ込んで。相変わらずガキには甘いよアイツは」

「そうみたいだね、彼は昔から子供の世話に関しては、少々、いや大分変わってはいたよ」

 

しかめっ面で病内の廊下を進む彼女の隣には、何故かカエル顔の医者が一緒に歩いていた。

前に銀時と黒子が浜面達と一緒に入院した時に診てやっていた医者である。

今回の件でも彼が銀時や黒子、そして滝壺の治療を行っていたのだ。

 

「彼は今お登勢さんの所の学校で教師をやってるらしいね。しかも”あの子達”の面倒をやりながら、実際出来ているのかい」

「どうだろうね、私はその辺はもうほとんどアイツに任せてるから。ただあの女王様とはちょっとギクシャクしてる様に見えるよ、当の本人達は自覚さえしてないらしいが。長年見てる私からすると違和感を覚えるんだよあの二人」

「ふむ、やっぱりあの御坂美琴という少女が二人の間に現れた事が原因かもしれないな」

 

銀時達のいる病室へと向かいながら、医者はお登勢と並行して歩きながら話始める。

 

「僕も”彼等の過去”には大分覚えがあるしね、大体の事は見当がつくよ」

「医者になる奴ってのはジジィになっても頭のキレがいいモンなんだね」

「僕は”患者”の事はよく覚えておくようにしてるんだ」

 

階段に差し掛かったところでカエル顔の医者は目を瞑りながらゆっくり頷く。

 

「あの二人は今でも僕の患者だ、まだ”完治”していないんだからね」

「へぇ。冥途返し≪ヘヴンキャンセラー≫とかなんとか呼ばれてる名医でも治せないモンがあるのかい」

「体の傷は治せても、心の傷となると難しいよ」

 

やや皮肉気味に自分の通称を呼ばれてカエル顔の医者はため息を突くと、お登勢と一緒に階段を登り始めた。

 

「医者が患者のプライベートに首突っ込み過ぎるのも良くない事だしね。僕にも限界ってモンがあるんだよ」

「そりゃ私でも助けにならないモンを背負い込んじまってるからねアイツ等は。アンタや私はおろか、誰も治せやしないかもしれないよ」

「いやそれはどうかな、ふぅ~」

 

やや疲れ気味に階段を登り、やっと銀時達のいる部屋がある階に辿りつくと、カエル顔の医者は立ち止まって呼吸を整わせた後、まっすぐに銀時達の病室を見据えながら話を続ける。

 

「二人の間に現れた御坂美琴という少女は、彼女の存在は今の二人にとっては過去を引きずらせてしまう元なのかもしれない、だけど医者の経験上で僕は思うんだ、もしかしたら」

 

彼はほんのちょっぴりの希望を込めて

 

その言葉を静かに口にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつか”彼女という存在”ではなく”彼女自身”が二人の心の傷を塞いで”完治”させてくれる存在になってくれるかもしれないと」

 

 

 

 




あとがき
これにて第二章は終わりです
主に真撰組との抗争を中心にしたお話でした。何気に原作アイテムや原作万事屋も出ていたりしてます。

それでは

P・S
ツンツン頭のもう一人の主人公はその内出ます



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第二十六訓 侍教師、教師達との飲み会の中で再会する

 

坂田銀時が住むアパートは何度も彼が自分で言っている通りオンボロアパートだ。

学園都市は常に最新の設備を整えられ、そこにある建物も全てが高度な技術を組み込まれて設計されていると、「外」から誤解されがちだが。

実際、彼が住んでる様な古い建物がちょこんと残っている所は少なくない。

 

室内はトイレはあるが風呂は無く、台所と6畳ほどしかない和室のみ。

そんな独り身専用の狭い部屋に

 

年頃の少女二人に快適な空間を作ってあげるなど無理に等しい

 

と思っていたのだが

 

「いけぇピン子ぉ! そこで畳みかけて暗黒面に堕ちた卓三をやっつけるアルぅ!!」

「いいえ、まずは前回の話で死んでしまったえなりを蘇らせて体制を超整えるべきです。宇宙最強の家族バトルもそろそろ決着が近いですね」

「……」

 

空に月が昇ってすっかり夜になっている頃。ここは銀時の住むアパートの部屋。

夜兎族の血を引く天人の神楽と、研究所から逃げ出した絹旗最愛は銀時が一時的に預かる事になってしまった。

 

白井黒子と入院中の時にお登勢が訪問、そこから数時間に及ぶ怒号と説教と鉄拳を食らい、クビではなく本当の首を飛ばしかねない勢いのオーラを放つ彼女の命令で、否応なしに彼女達を引き取る選択しか残されていなかったのだ。

 

預かって数日後。3人での生活は想像していたよりもずっと平和だった。

二人は今、部屋の隅に置かれてるテレビでやっているテレビドラマに釘づけになっており。

テレビに向かって叫ぶという無意味な行動を嬉々として行っている。

そんな二人を背後から、食事を並べる時に使っているちゃぶ台に肘を突いてだるそうに眺めるのは、家主である坂田銀時。

 

いつもの着物姿でなく、仕事着のスーツと白衣、伊達眼鏡を付けている所から察して、こんな時間からどこか出駆ける予定があるらしい。

 

「お前等さぁ、静かにしてくんない? 頼むから俺の留守中は騒がず夜更かしせずにすぐ寝ろよな」

「銀ちゃんは心配じゃないアルか!? ピン子が己の体を犠牲にしてでも卓三を倒そうとしてるんだぞ! 私達と一緒に応援しろヨ!」

「何バカな事言ってんの? 俺達が力を合わせて応援すりゃピン子が元気玉でも打てると思ってんの?」

 

クレームを入れたらすかさず振り返って来た神楽に銀時は肘をついたまま顔をしかめる。

 

「こりゃ芝居の演出なんだからストーリーはもう決まってるんだよ、応援しようがしまいがピン子はピン子、脚本通りにやってるだけだって」

「これだから大人は超嫌なんですよね、夢が無いというかドライというか。少しは空気を読んで私達みたいな無垢な乙女達の相手してあげたっていいじゃないですか」

「お前等の何処が無垢だよ、全身が邪念の塊じゃねぇか」

 

神楽と仲良くドラマを視聴していた絹旗もまた彼女同様に振り返って銀時に抗議するが、彼はしかめっ面のまま適当に返事するだけ。

 

「空気を読むのはテメェ等の方だろ。人がせっかく住まわせてやって飯も作ってやってんだからさ、恩返しとかしてくんねぇの? 少しは年上を労わる心を持て」

「生憎こちとら超無一文なので。だからといって超エロい事やらせようと企まないで下さいよ、そん時は容赦なくぶち殺しますから」

「銀ちゃん、辛楽のラーメン見たらラーメン食べたくなったアル。作って」

「おいおいなんて可愛げのないクソガキなんだコイツ等は。いい加減にしねぇと追い出すぞコラ」

 

家主に向かって澄ました表情で拳をポキポキと鳴らし始める絹旗と、いきなり食べ物をねだってくる神楽に銀時がイラッとしながら額に青筋を浮かべていると

 

部屋のドアをドンドンと叩く音が聞こえてきた。

その音を聞いてすぐに胡坐を掻いた状態から銀時が立ち上がる。

 

「もう時間か、テメェ等戸締りしっかりして寝ろよ。盗まれるモンなんざねぇが泥棒来たらぶちのめせ」

「どこ行くんですか? 眼鏡かけてる上にスーツと白衣なんか着て。なんか面白そうだから私も超ついて行きたいです」

「ああダメダメ、これから大人の付き合いしなきゃなんねぇんだから。テメェ等ガキ共はテレビにかじりついて、さっさとピン子とえなりVSダーク卓三の決着の行く末でも観てなさい」

「ちょっと待つアル! もしかして一人でラーメン食べに行く気アルか!? 私も連れてくヨロシ!」

「こんな時間にラーメンなんて食えるか、酒飲みに行くだけだっつーの」

 

ついて行きたそうにギャーギャー喚く二人を適当に流すと、銀時はそそくさと台所を通って玄関のドアを開けて外に出る。

 

ドアを開けた先には絹旗や神楽よりも小柄で、ピンク色の髪をした丸顔の小動物らしき女性がそこに立っていた。

 

「もー、何回もノックしたのに出て来るの遅いじゃないですか坂田先生ー」

「ガキ共が騒いでて聞こえなかったんだよ。文句言うならガキに言え、ガキに」

「私としては、子供達に責任を押し付けるのは教師としてよくないと思うんですよ」

 

その女性は小さな体でありながら自分よりもずっと背の高い銀時と、対等に接するかのように会話をしていた。

 

彼女の名は月詠小萌≪つくよみこもえ≫

銀時の隣に住む人物であり、身長はたった135センチしかない程の小柄ではあるがれっきとした成人女性らしい。

銀時と同じく教師ではあるが、彼女は常盤台の教師ではなくとある高校で教鞭を振るっており、担任を受け持っている教え子達、他のクラスの生徒からも人気が高いという。

銀時とは真逆の存在と言っていいほど対照的。つまり教え子に優しく人気のある教師なのだ。

目的も行く当ても無い家出少女を拾って世話するのが趣味なのか、度々彼女は自分の部屋に様々な悩みを抱えた少女達を迎える事が多い。

そして彼女の傍から巣立っていく者は皆、来る前とは別人だったかのように成長し、変わってしまうとかなんとか。

ちなみに現在は、銀時から託された少女、フレンダが彼女に厄介になっている。

 

「やっぱり坂田先生、女の子を二人も預かるなんて女子校の教師としてはちょっとマズイかもしれませんね。なんなら私が二人まとめて引き取ってあげましょうか?」

「いやアンタの所にはもう一人預かってもらってるし、これ以上世話かけるのも気が引けるっつうか」

「私は全然構わないですよー賑やかになる方が楽しいですし、あ、そうでした。実はその預かってる子の事で話したいことがあるんですよ」

 

銀時が珍しく遠慮する姿勢を見せると、小萌は顎に手を当てて悩む仕草をする。

 

「どうやら”浜面ちゃん”全然連絡が通じないらしくて凄い落ち込んでいるんです」

「へー、まああのガキ、完全にリーダーに惚れこんでたからな。ダメ人間好きだし」

「それで提案なのですが、ここの二人とフレンダちゃんを交流させた方がいいと思うのです。年の近い女の子ならいい話し相手になってくれるかなって」

 

小萌の悩みの種はどうやらフレンダの事だった。

浜面がかぶき町で万事屋として頑張っているとは銀時から聞いてはいたが。

当の本人からは全く連絡がつかず、さすがに彼女でもその事で悩み苦しみ部屋に引きこもってしまっているらしい。

それで絹旗と神楽を会わせて、年頃の少女らしい会話をして少しは元気になって欲しいと小萌は考えていたのだ。

 

「今日なんか、変な人形の前で正座しながら虚ろな目で浜面ちゃんの名前を呟いていたんですよ。さすがに可哀想で目も当てられませんでした……」

「そんなキャラだったっけアイツ?」

「食欲も日に日に衰えて、最近は一日サバ缶一個しか食べない時だってあるんです」

「気力失ってもサバは食うのかよ」

 

しばらく見ていなかったがまさかそこまで憔悴していたとは

ぶっちゃけフレンダの事など銀時はどうでもいいと思ってはいるが、何かと世話になっている小萌にこれ以上負担を増やす事には正直悪いとも思っている。

 

「まあそんくらいならウチのガキ共を使ってくれたって構わねえよ。おいクソガキ共」

 

彼女の提案にぶっきらぼうながらも承諾して、銀時はすぐに玄関から後ろに振り返って畳部屋にいる神楽と絹旗に振り返る。

テレビを観ていた二人はその声にすぐ彼の方へ向いて立ち上がって駆け寄る。

 

「なんですか、やっぱりついて行っていいんですか?」

「ちっす先輩ゴチになりやす! とりあえずチャーシュー麺大盛りとギョーザ5人前お願いしやす!」

「いんや、お前等が行く所は俺達が行く所じゃなくてお隣さんだ」

「は? 超どういうことですかそれ?」

 

親指で隣の方へ指さす銀時に絹旗が小首をかしげると、銀時の背後から小萌がひょっこり小さな体を出して彼女達に軽く会釈して挨拶する。

 

「こんばんわです、絹旗ちゃんと神楽ちゃん」

「あ、どうも。お隣さんの月詠さん」

「あ! 銀ちゃんもしかして小萌とどっか行くアルか!? ズルいネ子供はダメって言ってたのに!」

「わ、私は成人に達してる社会人ですから夜出歩いても大丈夫なんですよ!」

 

絹旗がキチンとお辞儀して挨拶するが神楽の方は彼女と指さして銀時に向かってブーブーと文句を垂れる

小萌は彼女達よりもずっと年上の大人の女性である、もしかしたら銀時よりも……

 

「本当にいつも元気ですねー絹旗ちゃんと神楽ちゃんは」

「私というより神楽さんが常に超元気爆裂状態ですから」

「銀ちゃん小萌と一緒にどこ行く気ネ? 辛楽アルか?」

「オメーはちょっとラーメンの事は忘れろ、今度食わせてやっから、カップラーメン」

 

未だにラーメンの事で頭がいっぱいになっている神楽に適当に約束すると、銀時は絹旗の方へ目を向けた。

 

「お隣に住んでる金髪のガキが最近しょぼくれちまってるらしくてよ。お前等ちっと相手してやってくれや」

「金髪のガキ? ああアレですか、あの超サバ臭い人ですか。私あの人超苦手なんですよねー、愚痴ばっか喋るし。てかなんでしょぼくれてんですか?」

「出稼ぎに行った男と全然連絡つかなくて落ち込んじまったんだとよ」

「……アレ、男いたんですね。あんな超サバ臭いのと付き合える人間がいるとは」

 

知り合い程度の関係の筈なのにうんざりした表情でフレンダの事を低評価している絹旗。

一方神楽はというと銀時の話を聞いて小指で鼻をほじりながら

 

「ああ、そりゃ男が出稼ぎ先で別の女作ってるアルな。間違いないネ」

「神楽ちゃん! それはあんまりですよー! 浜面ちゃんがそんな事する訳がありません!」

「いやいや、そうに決まってんだろー現実見ろよ小萌。連絡つかない時点でもう男は別の女とよろしくやってる証拠アル、もう過去の女なんてとっくのとうに忘れてるに決まってるヨ」

 

子供とは思えない一人前の女らしいドライな意見を鼻をほじりながら神楽が小萌にそう言い放ったその時

 

小萌が住んでいる、お隣の部屋のドアがバン!と勢いよく開かれる。

 

「私がいないからってなに好き勝手に言ってんだコラァァァァァァ!!!」

 

乱暴に開いたドアから怒号を上げて出てきたのは

絶賛引きこもり中だったフレンダ=セイヴェルンその人であった。

 

「あんの童貞野郎がかぶき町の女なんてヘッドハンティングしてるとかありえない訳よ!! それと私は結局アイツの女でもなんでもない!! それだけは断じてないから絶対!! どうせアイツはかぶき町でもモテない人生送って寂しく一人で惨めに泣いてるに決まってるし!!」

「おい、引きこもりがようやく心の殻を破いて出てきたぞ、これもう解決したんじゃね?」

「殻を破いても情緒不安定なのは変わらないみたいです」

 

少々髪がボサボサになって目の下にくまが出来てはいるも、それ以外はいつもとなんら変わらないと思う銀時だが、小萌ははぁっとため息を突くだけ。

彼女の言う通り、フレンダは急に静かになったかと思いきや、目からじんわりと涙を滲ませ

 

「だから早く迎えに来なさいって言ってる訳よ……浜面ぁ……グス」

「あー泣いちゃダメですよーフレンダちゃん! 自分をしっかり持ってください!」

「え、なにこれ? 急に泣き出したんだけど? 怖いんだけどこの子」

 

潤んだ目で心中を吐露し始めるフレンダに小萌が慌てて駆け寄って彼女を優しく慰め始める。

そんな光景を見せられて銀時が仏頂面でツッコミを入れていると絹旗がフレンダを目にやりながら

 

「すみません、私こんな人と会話できる自信なんて超無いんですけど。前々から”超苦手な人”でしたが、今は”もう一生関わりたくない人”にグレードアップしました」

「会話する事に逃げちゃいかんよ君、これからお前もどこかへ巣立って行くんだからよ。コミュニケーション能力を上げて新しい場所でも頑張れるようアイツで勉強しとけ」

「勉強しとけって、さすがにあんなので学習できるとは超思えないんですけど? 超上級者向けの相手じゃないですか、もうちょっとハードルが下の人で勉強させてください」

「なに言ってんだよ、ウチの所のガキと仲良くなれたんだし、あれぐらい大したことないだろ」

「確かに御坂さんは超上級者どころか超エクストリームレベルの相手でしたが……」

 

フレンダがダメなら美琴は?と聞かれて言葉を濁らせる絹旗。

あっちもあっちでいきなり喚いたり泣いたりするので相手にするのがめんどくさい事に変わりないし、ぶっちゃけフレンダ以上にめんどくさい相手だったのは確かだった。

 

「ていうか御坂さんといい彼女みたいなのを相手に出来る人なんて普通の人でもそうそういない筈ですよ。あなたみたいなちゃらんぽらんな人や月詠さんみたいな懐の広い人じゃないと、至って超クールな私には無理です」

「諦めんな、お前ならやればできるさ。ほら見ろ神楽を」

 

疲れた表情で既に匙を投げてしまっている絹旗に、銀時は顎でしゃくる。

 

「アイツなんかもうあのガキと仲良くやってるぞ」

「いい加減現実見ろよ小娘! オメーの男はもう他の女とデキてんだヨ! 捨てられちまった事を自覚してさっさと過去にしがみつくのはやめるアル!」

「す、捨てられてなんてない! 浜面は! 浜面は……うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「フレンダちゃん落ち着いて! ご近所に迷惑だからこんな時間に叫んじゃダメです!」

「そうだ叫べ! 叫んで男なんて忘れちまえ!! 男なんてくそくらえだコラァ!!」

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「神楽ちゃん煽らないで下さい! もうこの子の心にこれ以上鞭打たないで!」

 

両手で頭を押さえて奇声のような甲高い声を上げるフレンダに、神楽が隣に立ってよくわからない激を飛ばしている。我を忘れてしまっているフレンダに小萌はオロオロと慌てるばかり。

 

その様子を見せながら銀時は絹旗の方へまた振り返ると

 

「な?」

「え、あれが正解なんですか?」

「ライオンがあえて我が子を谷底に突き落す話とかあんだろ、一度落として這い上がらせれば立派に育つモンなんだよ」

「谷底超突き抜けて地獄に叩き落としてんですけど、這い上がれるんですかアレ?」

 

落ち込むのは止めたが半狂乱で叫び声を上げているフレンダを眺めながら絹旗が不安そうに呟いていると、フレンダを慰めていた小萌がハッと何か思い出したかのように慌てて銀時の方へと駆け寄る。

 

「大変です坂田先生! そろそろ行かないと待ち合わせ時間に遅れちゃいます! かぶき町はここから徒歩だと結構距離あるんですよ!」

「え、マジで?」

「なんで月詠さん時計確認しないで時間わかってるんですか?」

「体内時計持ってんだとよ。すげぇ正確だから時計ない時とか役に立つぞ」

「なんですかそれ、時計いらないって事ですか、超便利じゃないですか」

 

小萌の隠れた技に絹旗は素直に驚いて見せる。確かに便利といや便利である。

小萌の部屋に時計は無い、体内時計で正確な時間を出せるからだ。

なんでそんなモンを彼女が持っているのかは不明だが、人それぞれが持っている特技みたいなモノであろう。

 

「さあ坂田先生、早く行きますよー。フレンダちゃんの事は無事に泣き喚くのを止めてくれましたから絹旗ちゃんに任せましょう。不安ですが神楽ちゃんにも」

「大丈夫もう平気……結局小萌に慰められたおかげで大分元気出たって訳よ……」

「げ、マジに静かになってやがらぁ。いつの間にあんな状態から泣き止ませたんだよ」

 

フレンダはまだ嗚咽を繰り返したり鼻水を出してはいるが、涙は目に溜まってるだけで流れていない。

それに先程とは一転して静かになっているのを見て、銀時は小萌の子供をなだめるテクニックの凄さに驚くが、すぐに目的地に向かおうとする小萌に急いでついて行く。

 

「じゃあなお前等、土産なんて期待すんなよ。俺達が帰ってくるまでとは言わねぇけど、しばらくそのガキの相手やっとけ」

「いやちょっと待ってくださいよ! 超嫌ですよ私! なんでこんなサバ缶臭い女の相手なんてしなきゃならないんですか!」

「はぁ! 私サバ缶の臭いなんてしないし! アンタこそ乳臭いし!」

「は? なんで急に元気になってんですかサバ臭い分際で。泣いても元気になっても腹立ちますね」

「落ち込まずに胸を張れ金髪! 昔の男なんてもう考えるな! いい女になって見返してやる事だけを考えろ!!」

「ぐふッ!」

「神楽さんはさっきから超男前すぎます」

 

すっかり元気になったフレンダに神楽が力強く彼女の背中を叩いてやってる姿に惚れ惚れする絹旗。叩かれた方のフレンダは神楽の予想だにしない力だったので、表情に苦痛を歪ませた。

 

アパートの廊下で騒いでいる三人娘を置いて

銀時と小萌は階段を下りて闇夜を歩いて集合場所である大人達の快楽街、かぶき町へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、銀時と小萌は無事にかぶき町に着いて、夜のお店が立ち並ぶ街並みを堂々と歩いていた。

 

「ふえー、いつ来てもこの町は夜なのに明るいですねー。生徒さんが夜遊びしてないか心配です」

 

こんな時にも教師としての仕事を忘れない小萌。歩きながらも学生がいないかとキョロキョロと辺りを見渡している。

しかし後ろから彼女の後をついて行く銀時はというと、教師としての仕事など全くするつもりなく

 

「俺は自分の身が心配でしょうがねぇよ。こんな所でどっからどう見ても小学生にしか見えねぇような奴と一緒にいるのを知り合いに見られたらと思うと」

「大丈夫ですよー、私自身前に何度もここで百華の皆さん(夜勤担当のアンチスキル部隊)に補導されかけましたけど、最近じゃすっかり顔も覚えてもらってこの辺を自由に歩き回れるようになりました」

 

振り返ってニッコリ笑顔で銀時を安心させようとする小萌だが、そのどっからどう見ても幼女にしか見えない体系とスマイルに銀時はより一層不安になった。

 

「いやアンチスキルは良くてもこの街の住人視点だとどう見ても俺達ヤバい組み合わせだろ、子供を連れ回してる変態教師とか呼ばれるようになったらどうすんだよ」

「もー、さっきから私の事を子供っぽく言わないで下さい! プンプンですよー!」

「あーあ女王だったらなー、アイツ見た目は中学生っぽく見えないから街中を歩いても「あ、これはコスプレしてるだけですよ? そういうプレイなんです、俺が教師役でコイツが生徒役で」的な言い訳で通じるんだけどなー、いやそれはそれでまた別の誤解が生まれるか」

「ちょっと坂田先生! 無視しないで下さい!」

 

顎に手を当て一人ブツブツ呟きながら行ってしまう銀時に、小萌が小さな体でついて行きながらぷりぷり怒っていると、彼女はある店の前でピタッと止まった。

 

「あ、坂田先生! ここですよ! この店です!」

「よくよく考えれば俺ってこの街の住人にはいつも変な目で見られてたんじゃねぇか? 女王連れて歩くのも結構あるし、ていうかココに住んでた時から……え、なに?」

「だからここのお店が今回の集まり場なんです! 危うく通り過ぎる所でしたよもー!」

 

小萌の叫びを聞いてようやく銀時は我に返って振り返る。

彼女が指さす店に視点をずらすと、そこは至ってどこにでもありそうな2階建ての居酒屋。

安月給の銀時や小萌でも安く飲み食いできそうなシンプルなお店であった。

 

「この店来んのは初めてだな、アンタは前に来た事あんの?」

「ええ、同僚の人とよく来るんです。安くて美味しいと結構評判なのですよ」

「へー」

 

店の前にある看板には確かに安くて量の多い品々がこれでもかと大々的に出している。

眼鏡越しに死んだ目で眺めながら銀時はポツリと

 

「飯も多いしこれならガキ連れて来ても問題なさそうだな」

「ダメです! 絹旗ちゃんと神楽ちゃんはそもそもかぶき町に入っちゃいけない年じゃないですか!」

「いいじゃん別に、つか厳し過ぎじゃないアンタ? 子供ってのはもっと自由に羽ばたかせようとするべきだと思うよ銀さんは、危ない場所に行くのも一つの冒険だし良い経験になるぜきっと」

「羽ばたくのは結構ですけど教師として可愛い生徒さんをこんな危険な所に来させないようにするは当たり前なのです! 坂田先生も”一応”教師なんですからそこん所はキチッとして下さい!」

 

見た目は子供でも中身はキチンとした大人の教師。小萌にとってこのような常に危険が潜んでいるような快楽街に、可愛い自分の生徒が遊び半分で来る事など絶対に許せないのだ。

反対に見た目は大人でも中身は子供の銀時は、この街でしょっちゅう何食わぬ顔で自分の所の生徒である女王を連れ回して遊んでたりする。

 

お隣同士とはいえ、性格も考え方も正反対の二人だが頻繁に飲みに行く関係だというのは実に不思議である。

 

「あーもういいから店入ろうぜ、俺はアンタと下らねえ議論する為に来たんじゃねぇんだからよ。飲みに来たんだよ、飲みに」

「下らなくないです! 坂田先生は名門常盤台の先生なのですよ! キチッと真面目に取り組んでおかないと後々後悔しちゃいますからね! 知りませんよ私は!」

「すんませーん、待ち合わせしてるんですけどー」

「だから無視しないで下さい!」

 

同じ教師として言いたいことがあるのであろう、何事も不真面目な銀時に一度ビシッと言ってやりたい小萌なのだが、それを華麗にスルーして銀時は店の中へと入ってしまう、小萌も不機嫌な表情を浮かべながらもそれに従って彼の後をついて行く。

 

 

 

 

 

店の中はやはりごくごく当たり前のシンプルな様子だった。

かぶき町の住人や自分達の様な学園都市で働いてる大人達がこぞって集まり、カウンター席で酒を飲み交いワイワイと賑やかに騒いでいる。

かぶき町では日常茶飯事の荒くれ共による取っ組み合いの喧嘩が始まってないだけで良しとしよう。

 

「いい店じゃん、まだ物が壊れてねえし怪我してる店員もいねぇし」

「かぶき町の飲み屋は大体江戸っ子風味の手を出すのが早いお客さんやカタギじゃない人が来るのが普通とされてますからねー。こういう店を探すのは本当に苦労するんですよー」

「それならわざわざかぶき町で飲まなくてもいいだろ」

「いやいや、怖い人が多くてもこの街の独特的な雰囲気は結構好きなんですよ私は」

 

店の話で上手く小萌の教師論を水に流せた銀時は店の奥へと入っていく。

 

すると奥の隅っこにあるスペースを見て銀時は気づいた。6人ぐらいが飲み食いするような大きなテーブルの前に、自分とさほど年が変わらなさそうな男がポツンと一人で飲んでいる。

青いコートを上に羽織り、前髪は長く両目が見えない、周りから一切気配を遮断して一人退屈そうに酒をチビチビと飲んでいる男。

 

不審そうにその男を見る銀時だが隣にいた小萌は突如その男を見るや否やすぐに手を上げ

 

「あ、来ましたよ”服部先生”! ってもう飲んでるんですか!」

「え? 待ち合わせてた奴って、もしかしてアレ?」

「はい、私達と同じ教師の服部先生です。坂田先生は初めてお会いしますね」

 

小萌の待ち合わせ相手としては意外な風貌をしていたので銀時は少し呆気に取られる。

そうしている内に小萌は服部先生の向かいの席へと座った。

 

「私達が来てないのに飲まないで下さいよ!」

「いやだってさぁ、おたく遅すぎんだもん。俺集合時間10分前には来てる主義だから、あれ? そっちのお連れさんは?」

「はい、前に言っていた私の住んでるアパートのお隣さんの坂田先生です」

「あー、お嬢様学校の常盤台で教師やってるとかいう」

 

小萌に紹介されて男は酒を飲むのを止めて銀時の方へ顔を上げる。

銀時もまた彼の方へ近づいていくと、男はスッと席から立ち上がって軽く会釈してみせた。

 

「いやー初めまして、”柵川中学校”って所で日本史の教師やってる服部全蔵です」

「ああどうもどうも、常盤台で国語の教師やってる坂田銀時です」

 

互いに低姿勢で自己紹介をし終えると銀時は男、服部全蔵の隣にスッと座る。

 

「えーと、おたくはどういう繋がりでコレと飲み仲間に?」

 

席に座って何か頼もうかと考えながら、銀時は早速小萌を指さしながら全蔵に話しかけてみると、彼は席に座り戻しながら答える。

 

「んー俺が屋台で一人で飲んでる時にこの人が隣から絡んで来てさ。それがきっかけでこうして連絡取り合う仲になったんだよね、同じ職場だから話も合うし」

「そういえばそうでしたねー」

 

どうやら酒の席で会ったのがきっかけだったらしい、彼の話を聞いて当事者の小萌はメニューを両手に持ったまましみじみと思い出す。

 

「服部先生があまりにも寂しそうに飲んでたからつい声かけちゃったんですよ。きっと人には言えないような辛い出来事があったんでしょう」

「まあな、実は俺その日に買ったばかりのジャンプで気に入ってた作品が打ち切りになっちゃてさ、それでショックでずっと考え事しながら飲んでたんだよ。やっぱいきなりバトル始めたのがダメだったなとか」

「ええ! そんな理由で落ち込んでいたのですか! てっきり教師として自信が無くなったとかそんな理由だと思ってました……」

 

そんな事で寂しく飲んでいたのかと驚く小萌を尻目に、ジャンプと聞いて即座に銀時がピクリと反応した。

 

「え、なに? おたくジャンプ読んでるの?」

「え、ガキの頃からずっとだけど? あれ? もしかしておたくもジャンプ読んでるの?」

「ったりめぇだろ、生まれた時からジャンプ読むほどのジャンプ愛溢れる読者の一人だよ、俺にかなう程のジャンプ愛を持つ野郎なんざいねぇと自負するね」

「へー」

 

ジャンプ愛と聞いて、全蔵もまたピクリと反応すると突然口元に不敵な笑みを浮かべる。

 

「まあ実は俺も母親の腹の中にいる時から親父がジャンプ朗読しててさ、生まれる前からジャンプ愛溢れてたんだ俺。へーアンタは生まれた時からなんだ、俺は生まれる前から好きだったよジャンプ」

「いや実は俺って前世の記憶が曖昧にあるんだけどよ、そん時もずっと読んでたんだよジャンプ。前世から来世にかけてジャンプを愛してやまない信仰者だったんだな俺って」

「そういや俺も実は前世の前世の記憶があるんだけどよ、そん時はジャンプを神として崇めていたね。輪廻転生を繰り返しながらも俺はジャンプと共に生き貫いてきたよ、もはや俺あってのジャンプ、ジャンプあっての俺みたいなモンだな」

「あーそうなんだ。だけど実はここだけの話なんだけど、実は俺ってジャンプだったんだ。なんか色々とジャンプ愛について考えてたらわかったんだよ。俺自身がジャンプになる事だって、だからこれからはジャンプと俺は同じ存在だと思ってくれればいいから、俺がジャンプでジャンプが俺みたいな?」

「二人共ー、お話がどんどんわけがわからなくなってますよー」

 

いかにジャンプを愛しているかと不毛な争いを、大の大人が真顔で静かに争い合っているのを小萌は笑顔でツッコミを入れた後店員に注文を頼む。

 

「すみませーん、生ビール二つと焼き鳥の盛り合わせお願いしまーす。それにしても良かったですね、坂田先生と服部先生が話せる話題があって」

「そうだな、どちらかがジャンプを愛してるかなんてどうでもいいか」

 

小萌に向かって銀時はフッと笑いながら頷く。

 

「大切なのはこうして酒を飲み合いながら語り合う奴がいる事なんだからよ。ま、俺がジャンプを一番愛してるのは揺るがない事実だけど」

「まあ確かに大人二人でマジに争う事じゃなかったな、せっかく酒の席で出会ったんだ、これからは互いに尊重し合って大人らしい会話にしゃれ込むとするか、それとジャンプと一番強い絆で結ばれてるのは俺だから」

「いや俺だから」

「いやいや俺だから」

「俺だつってんだろ殺すぞ、こうみえて侍だからな俺」

「テメェこそ殺すぞ、こっちだって元御庭番衆の頭だからな」

「二人共本当に子どもですねー」

 

結局譲るつもりはなかったらしくまた顔を合わせて主張し合っている銀時と全蔵に、向かいに座っている小萌はやれやれと首を横に振った。

 

「今日はそういう話は無しにしてください、今日は大事な各学校の教師達による語り場としてお二人を呼んだんですから」

「は? そんな堅苦しい話する気だったの?」

「なんだアンタ、話聞かされてなかったの?」

 

口をポカンと開ける銀時に全蔵が盃片手に振り向く。

 

「ほら、俺達三人共教師だけど職場はそれぞれ別だろ? 俺は柵川中学、こっちはどこだか忘れたがとある高校、それでアンタは常盤台。違う環境の中で各々どんな考えで生徒に教育を施しているのかってのを互いに語り合う会なんだよ」

「なにお前? なんで急に真面目になってんの? 俺だけ置いてけぼり?」

「あ、ごめん。俺結構こういうのマジに取り組むタイプだから、ホントごめん、いやマジで」

「何度も謝るなよ、なんか俺だけ空気読めないみたいじゃん」

 

自分と似た匂いがしていたのでてっきり同類かと思っていたのだが、意外と全蔵はこういう事に乗り気な性格だったらしい。教師とか関係なくとにかく飲み食いしようと思っていた銀時は少し疎外感を覚えてしまう。

 

「じゃあおたくもなんか悩みの一つや二つ持ってここに来たの?」

「まあな、特に俺の所はレベル2にいきゃいい方だって連中ばっかの学校だからよ、高レベルへの劣等感みたいなの持ってる奴が多くて大変なんだわ」

「あーそうなんですか、服部先生の所も大変ですねー」

 

気の抜けてる様子で問いかける銀時に全蔵が答えるとそれに小萌は相槌を打つと、注文していたビールがやってきてすぐに一口グビッと飲んだ。

 

「私の所の生徒さん達はキチンとカリキュラムを積んでいけばもっと高い所に行ける筈なんですが、現状に満足してその位置に甘んじてる人がいるのですよ」

「へー、向上心が無い輩が多いって訳か。ウチの所にもいるわ」

「別に私は生徒さんみんながより凄い能力者になって欲しいなんて事は思ってませんけど、やはり努力すれば何かを得る事が出来るという事だけでも覚えておいてほしいのです」

 

はぁ~とため息突きながらそう答える小萌に全蔵はわかるわかるという風に腕を組みながらうんうんと頷く。

 

「でもそれを教えるのが難しいんだよな、俺達教師だって所詮無能力者だし教えれる範囲ってモンがあるからさ。生徒の連中もそれを理由によく反発してくる事だってあるんだよ、自分達と同じ無能力者のクセになに上から物言ってんだって」

「うう、教師やってる身としては胸の痛い言葉ですね……」

「しょうがねぇよ、俺達だって結局は教師の資格あってもただの人だし、一生懸命やってもそれをわかってもらえない事だって当然の摂理だ」

 

互いにビールと日本酒を飲みつつ語り合う全蔵と小萌。

そんな風に互いの話を出し合っている二人を横目で見ていた坂田銀時は仏頂面で

 

「レベルが低いコンプレックスねぇ、ウチはねぇなそういう事」

「ああ、アンタの所は常盤台だもんな」

「名門のお嬢様学校ですからねー」

「けどよ、逆にレベルが低い奴を格下扱いするガキが多いんだとよ、ウチの学校」

 

自分のビールを飲みながら銀時はそう呟く。

 

「ま、名門校ならではの問題だわな。他人を見下してテメーがデカくなったつもりでいる勘違い野郎が多いんだよウチは」

「なるほど、優秀な能力を持ってしまうとプライドも比例して大きくなっちゃうんですね」

「逆に能力が低いとコンプレックスがデカくなるって訳か、難儀な話だな全く」

「一応そういう問題あるからなんとかしろって理事長に言われてっけどよ。そんな問題をただの先公が出来る訳ねぇーつうの」

 

なるほどと頷く小萌と半蔵に、銀時はしかめっ面を浮かべたまま舌打ち。

 

「なのにそんな中でトップ2と呼んでも過言ではない問題児二人の面倒を見る羽目になってよぉ。しかも今年からデビューして早速3位にランクインしちまうこれまた可愛げのねぇチビが来てさぁ、やんなっちゃうよ本当」

「やっぱ名門の教師でも悩みとかあんだなぁ」

「そうですねー結局どこの学校も問題を抱えてるものですから」

 

 

教師という職業に就いてもロクに真面目にやってこなかった銀時にとっても悩みぐらいはある。

彼等のように生徒の方針について考えた事など一度たりともないが。

優秀な生徒が多い常盤台という環境だからこその問題点も多く存在する。

学校全体の指導方法について悩んだことなど一切ないのだが、一人の生徒に個人的なアドバイスやレクチャーを行った事は何度もあり、それで上手く行かないケースも少なくないのだから。

 

「常盤台っていやぁ知らねぇ奴はいねぇってぐらいのお嬢様学校だしな。育ちのいい連中が多そうだからやっぱお前さんも連中相手に苦労してるんだな」

「ああ、そういや前に校長の野郎が……」

 

ふと銀時は思い出す、あれはかなり前の話だったが、とある会議室でハタ校長が述べていた事だ……

 

『えーそれじゃ本日の会議の内容は、生徒からのアンケートからわかった我が校で最近起こっている問題事じゃ、余が全て言ってやるから教師の諸君は頭に入れておくように』

 

『その一、派閥同士の争い激化』

『その二、坂田先生が怖い』

『その三、外出先で禁止されてる規約を違反して面白がるグループがいる』

『その四、坂田先生が授業真面目にやってくれない』

『その五、夜間での無断外出』

『その六、坂田先生にお金貸したら返ってこない』

『その七、坂田先生が女王様をイジメになられる』

『その八、坂田先生がよく御坂様と口論されている』

『その九、坂田先生、数人の生徒と学校内でも外でもよく一緒におられてますけど、一体どういう関係なのですか?』

『その十、え、坂田先生ってもしかしてロリコ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやこれは極秘事項だったわ、うん部外者には他言無用だとか言われてた」

「ええ! 一体どんな問題なんですか! 部外者には教えられないって!」

「やっぱ名門は怖ぇわ、一体どんなやべぇ闇を抱えてんだか」

「ああメチャクチャやべぇよ、だから何も追求しないでね頼むから。銀さん教師辞める事になっちゃうから、下手すれば社会的に抹殺だからね」

 

思い出した事を無かったかのように真顔でそう言う銀時に、小萌が目を丸くして、隣にいた全蔵はアゴに手を当て頷く。

 

「こりゃ相当だな、表面上は平静さを装ってるみたいだが相当ストレス溜まってるみたいだぜ」

「いくら坂田先生でも苦労してるんですねやっぱり……」

「銀さんだって苦労するよ、いやーストレス溜まるわー、ホント先公ってツラいわー」

「なにせレベル3以上の能力者でないと門をくぐれないエリート校だからな。そりゃプライドの高い奴等もいるだろうし、反抗的な相手でも教師という立場だと容易に対処できないんだよな」

「いや反抗的なガキはよくシメ……そうなんだよねー。こっちから手ぇ出せないからねぇ普通」

 

 

同じ教師として同情の視線を送ってくれる小萌と全蔵に申し訳なさそうに心の中で謝る銀時。

教師としてはほぼ孤立状態だった銀時にとって彼等の様に生徒の事を思い考え、悩む姿を見ていると一層申し訳ない気持ちになっていく。

 

そしてこれ以上耐えられないと、銀時は突如、ガタリと席から立ち上がる。

 

「ちょっと厠行ってくる」

「え、どうしたんですか急に、吐くのは早いんじゃないですか?」

 

会話中にいきなり立ち上がったと思いきや、店に用意されている厠に早歩きで言ってしまう銀時に小萌が慌てて叫ぶも、向かいに座ってる全蔵は彼女に向かって静かに首を横に振った。

 

「そっとしておいてやれ、きっと俺達に言えないぐらいとんでもないモンを背中にしょいこんでるんだよ」

「坂田先生にそれほどの悩みがあるという事ですか? 見た目はあんなでもやっぱり色々と生徒さんの事で悩んでいるんですね……ちょっぴり見直しました」

 

本当は生徒ではなく自分の現状について悩んでいたのだが

そんな事は勿論知らない小萌と全蔵は勝手な憶測を立てて勝手に話を進め始めていた。

 

「あれほど話したがらないって事は相当だな」

「私達に言っても解決できないぐらいなのですかね……」

「無理矢理言わせるのも野暮ってモンだし、戻ってきたらいつも通りにしていようぜ」

「そうですね、あ、注文頼んでいいですか?」

「俺は、日本酒、熱燗で。それとアイツにはとことん強い酒を持ってこさせてやっておこう、嫌な事をさっぱり忘れちまうくらいのな」

 

ここまで気遣ってくれる人達も中々いないであろう。

銀時はそんな事も知らずに厠に引きこもっているが、小萌と全蔵は戻ってくる彼の為に色々と注文し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小萌と全蔵が注文している頃、銀時は店内の厠に逃げ込み、便座に腰を落とした状態でボーっと虚空を見つめていた。

 

「いやぁ先生になるのって大変なんだな……今日はアイツ等のおかげでそれが身に染みたわ、これからは教師らしく生きていこう、逆さ吊りはマズかったな、校庭100週とか虫料理一気食いとかに、あれ? 虫料理一気食いって女王との一端覧祭でのネタに使えそうだな、こんど試しにやってみよう」

 

自問自答しながら銀時が物思いにふけっていると、コンコンと厠のドアを開ける音が聞こえた。その後すぐに申し訳なさそうに尋ねてくる女性の声

 

「すみません……まだ時間かかりますか……?」

「女……? そういやここ男女共有だったっけ?」

「悪いけどこっちはこっちで限界が見えてて……」

「ああはいはい、今出るから、俺が出る前に出すなよ」

 

別に用を足していた訳でもなく考え事の最中であった自分より、ドアの前で苦しそうな声を出している女性に譲る事が人として当たり前の行動であろう。

便座から腰を上げ、銀時は目の前にあるドアノブを手で回してガチャリと開けた。

 

「すんませんねぇ~、小なり大なりゲロなりどうぞごゆっく……り?」

「ありがと……え?」

 

ドアを開けた先はやはり女性であった。

銀時と同じような白衣を上に着ながら中に着込んでるのは安価で手に入りそうなシャツとズボン、とても20代の女性とは思えない服装だが顔はキチンと整っており、パッと見誰が見ても美人だと評価できるような女性。

 

そして銀時とその女性はドアを開けたタイミングで目が合うと、しばらく時が止まったかのように二人共固まってしまった。

互いに視線を合わせながら目をぱちくりさせると

 

「……何してるの”あなた”?」

「……」

「それにその服装……見ない内にあなた一体……」

 

女性の方が信じられないと言った表情を浮かべて何か言いかけたその時。

 

ドアノブに手を置いていた銀時は無表情でそのままゆっくりと

 

ドアをバタンと閉めて再び厠に戻って行った、

その場に残された女性はしばし呆然とし突っ立ってると

 

すぐにハッとある事を思い出し、銀時が戻って行った厠のドアをドンドンと力強く叩き始めた。

 

「ちょ、ちょっと! なんであなたがここにいるのか知らないけど! それより厠から出て欲しいのよ! 私が使うから!!」

「聞こえない聞こえない何も聞こえない、銀さんは何も聞こえない」

「現実逃避してないで早く出て来て! あなたとは話したいことがあるけど今はとにかく! 厠を使わせて!」

「ハハハ、参ったなぁ、お姉さん。悪いけど俺今すんげぇ長い一本糞を捻り出してる所だから別の厠使ってくれません?」

「この店はここの厠しかないのよ!」

 

なぜかとぼけた振りを始めて一向に開ける様子を見せない銀時に、女性は歯を食いしばりながらなおもドアを叩く。

 

「私と会ったから気まずいからってここに引きこもらないで! 話したいことはあるけど今は後にしておいてあげるから!」

「え、何が? 僕あなたと会った事ありましたっけ? 人違いじゃないですか?」

「そんな銀髪のもじゃもじゃ頭がこの世に二人もいるわけないでしょ! お願いだから出て来なさい!!」

 

そのままドアを破壊しかねない勢いで叩いてる女性でも、銀時は頑なに開けようとせずに、便座に座ったまま両手で頭を押さえて塞ぎ込んでしまった。

 

顔中から滝の様に汗を流し、ガックリと肩を落とし

 

「マジかよ……どうしてこんな所で”アイツ”と会っちまうんだよ、俺が一体なにをしたんだよ……たかが教師として上手くやっていけてないだけじゃんかよ……」

「いいから出て来て! こっちは我慢の限界なの! あなたは私にこの年でどんな恥ずかしい思いをさせる気なのよ!!」

 

ドアの向こうから聞こえる女性の声に全く耳を傾ける様子なく

 

銀時は厠の中に引きこもったまま、捻り出すように声を振り絞って

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どちらさんですか?」

「だからもうそのすっとぼける振りは止めなさい! 子供じゃないんだから!! 私は芳川桔梗≪よしかわききょう≫!」

 

あまりにもマヌケなセリフを吐いてしまった銀時へ女性からの返事は

 

「覚えてるでしょ!!」

 

ドア叩く音の代わりに思いっきり蹴りを入れる音と一緒に返って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「過去にあなたと”関係を持っていた女”よ!!」

 

 

数年振りに出会った二人の男女

 

居酒屋の厠のドアを隔てての再会であった。

 

 

 

 

 



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第二十七訓 侍教師、過去の女と語り合う

夜こそ真の姿を現すかぶき町。

数多くある店の中の一つであったとある居酒屋には

二人の男性と二人の女性が向かい合わせに座って重苦しい雰囲気がたちこんでいた。

 

男は常盤台の教師である坂田銀時と柵川中学の教師の服部全蔵。

 

とある高校の教師をしている月詠小萌。

そしてもう一人は

 

「まさか久々に一人で飲もうとここへ来たら……おもわぬ再会だったわね」

「そりゃこっちのセリフだってぇの……よりにもよってお前と鉢合わせするとか気まずいったらありゃしねぇよ」

「あら、私は別に構わないけど」

ブツブツ呟く銀時の文句にケロッとした表情で返事をしながらテーブルに肘を突き額に手を置く白衣を着た女性。

芳川桔梗、過去に銀時と何やら深い縁があったらしき人物である。

 

「ただいきなり鉢合わせってのは勘弁してほしかったわね、こちらにも心構えってもんがあるし……」

「いや心構えも何も、こっちが先に飲んでる時、この店に後に来たのはおめぇだろ……」

 

疲れ気味な様子でため息を突く芳川に向かいに座る銀時は居心地悪そうに口を開いた。

 

「なんならお前、別の店行ったらいいんじゃね? わざわざ俺達と飲む必要ねえし」

「別に私がどこで飲もうと勝手、それにさっきこの人達に誘われたし」

「え?」

「そら決まってるだろ」

「坂田先生、ごめんなさい」

 

口調にいつものけだるさがより強調した感じで早くどっか行けっと困った様に言う銀時だが芳川はここに残ると彼の提案を拒否。

それに同意するかのようにうんうんと頷く小萌と半蔵

 

「だって坂田先生と過去に関係持ってた女性の登場ですよ、そりゃ興味持っちゃうじゃないですかー」

「俺は別にどっちでもいいけど、なんかそういう雰囲気だったから乗せられた」

「お前等さぁここに来たのは何の為だよ? 教師達が各々集まって意見を言い合うとかなんとか言ってただろ? 思い出せ、お前達はこんな所で男と女のドロドロした話なんかにうつつを抜かしてる場合じゃねぇんだ」

「せっかくの休みなのに仕事の話とかクソ食らえです!」

「そうだー俺達はここに飲みに来たんだー、そしてドロドロした話を酒の肴にするんだー」

「お前等もう教師辞めちまえ」

 

半ば嫌がらせに近いこの状況を作った小萌と半蔵に銀時はうなだれてしまう。

そして元凶である芳川は小萌を見て一言

 

「今のあなた……こういう人が好みなの?」

「俺はロリコンじゃねぇ、 俺が好きなのは今も昔も結野アナだけだ」

「どうかしらね、私の記憶ではそうとは思えないんだけど」

 

さり気なく自分の好みをカミングアウトする銀時に、向かいに座る芳川が冷ややかな視線を向ける。

 

「あなたってよく”あの子”といつも一緒だったじゃない。あなたと私が出掛ける時とかも毎回ついて来てたわよね、空気も読まずに……」

「そらだってしょうがねぇだろ、仕事だし。あの時はババァから仕事を貰って金貰わねぇと食っていけねぇんだよ。大変なんだよ、ガキの世話やらされて」

「私も子供預かってたけど、あなたみたいに連れて行く事は無かったわよ」

「え、そうだったの?」

 

言い訳する銀時に芳川はしらっと昔のことを告白すると銀時は軽く驚いたように目を開く。

 

「そんなの知らなかったんだけど? コブ付きだったのお前?」

「わ、私が産んだ子供じゃないわよ! 研究の一環としてレベル5の子を預かってるだけ!」

「なに必死になって否定してんだよ、別にお前が子持ちだろうがバツイチだろうがどっちでもいいってぇの」

「どっちでもないわよ! だから預かってるだけだって言ってるでしょ!」

「はいはい」

 

銀時はムキになって否定する芳川の方へ顔を上げる。

 

「レベル5って事はウチのガキと一緒か、アレか? レベル5のガキにはそうやって保護者的なモンを割り当てる制度でもあんのか?」

「そうなるとあなたがあの子の保護者って事になるわよ。良かったじゃない、私なんかと二人っきりでいる時より、あの子が一緒について来た時の方がよっぽど生き生きしていたし」

「それはお前の思い過ごしだろうが、誰があんなガキと好き好んで一緒にいるかってんだ。昔の銀さんに対して変な勘繰り入れてんじゃねぇよ」

「そうね、この推測は私があの子に対して嫉妬していた時の感情も含めて言った事だし。別に水に流してくれたって構わないわ、どうぞご自由に」

「なんか釈然としねぇ言い方だなコノヤロー……相変わらず昔から何かあったらすぐネチネチネチネチと……」

 

つんけんした態度を取ってクイッとワインを飲む芳川に銀時がイラッとしていると、彼のと隣に座って黙って話を聞いているだけだった全蔵がそっと彼に耳元で話しかけてきた。

 

「なあ、おたく等昔色々あったの……?」

「昔の話だ昔の話、すっかり忘れちまったよ。顔合わせたのは本当に久しぶりだし今はもう知り合いだった程度の仲だ」

「ふーん、やっぱ教師なのあの人? 賢そうだし」

「先公じゃねぇよ、研究所に勤めてる研究員だ」

 

ヒソヒソと会話しつつ全蔵は銀時に首を捻る。

 

「なんで教師のお前が研究員の女とそんな関係になったんだ」

「いやそん時は俺教師じゃなかったし、たまたまババァから頼まれた仕事の経緯でアイツのいる研究所に通うになったから。そん時にまあ……そういう風になっちゃった的な」

「研究員って事は俺達よりも相当稼いでるんだろうな。上手く行けば逆玉だったんじゃねぇのお前?」

「その言い方だとまるで俺がコイツの財産目当てだったみたいじゃねぇか。殺すぞ」

「へー金目当てではなく純粋にそういう関係だったんだな、おたく等」

「昔の事だよ、今じゃ引きずらずにさっぱり忘れてるから俺。それとその顔腹立つから止めろ、一発入れるぞ」

 

こちらにニヤニヤしながら話しかけてくる全蔵に横目を向けながら、銀時はつまみで出された枝豆を口に入れ始めた。

 

「もう俺とコイツの話はいいだろ。それよりほら、教師同士で話し合いするとか言ってただろ? それやれよそれ、ここに集まった目的を思い出せ」

「さっきまで言いずらそうにしてたお前が言うのそれ?」

「教師……」

 

銀時が話題を変えるために少々焦りが出てしまったのか、つい声をやや大きくして全蔵に言ってしまいそれに芳川が敏感に反応して彼の方へ目を細めた。

 

「そういや月詠さんから聞いたけど、教師やってるらしいじゃない、しかも名門常盤台の」

「テメェには関係ねぇことだろ……いいから口開くな頼むから、お前がいちいち出て来ると本当にめんどくせぇんだから」

「一体どんなコネでそんな所に勤める事になったか知らないけど、もしかして中学生の女の子を周りにはべらかせる目的なのかしら?」

「だからロリコンじゃねぇつってんだろボケ、テメェいい加減にしねぇと昔の女だろうがシメるぞ」

 

早速こちらを怪しむ芳川に銀時は苛立ちながら呟く。

どうも彼女相手だといつもの調子にならない。昔ならこんな事無かったのだが……

 

「それにしてもあなたが教師ねぇ……」

「ババァからの命令で仕方なくだからな」

「自由奔放なあなたがまさか……私がなりたかった仕事に就いてるなんて……」

 

過去の銀時を見ていた芳川にとっては、今の彼が教師などという仕事を行っている事は衝撃だったらしい。懐からタバコを取り出しながら唖然とした顔を銀時に向ける。

 

「人間月日が経てば変わる者なのかしら、それとも変わらないままだからあなたがそういう仕事に就けたのかも。意外と子供の面倒見いいしね、あなた」

「面倒見いい? お前俺の事ちゃんと見てたのか? ガキの相手なんて俺は嫌で嫌でたまらなかったよ、今でも嫌だし、転職できるなら今すぐにでもしてぇよホント、何でも屋とか向いてるんじゃないかとたまに思うんだよね」

「素直じゃないわね」

 

しかめっ面でブツブツと文句を垂らす銀時に、取り出したライターで咥えたタバコに火を付けながら芳川は相変わらずだと言った様子で目を細めた。

 

「それにさっき常盤台って言ってたわよね、あの子も今は常盤台通ってるみたいだし……もしかしてあの子の為に教師に?」

「いんや、俺が教師やる羽目になったのは別のガキのせいだ。俺今レベル5の世話を二人相手してんだよ。一人はお前が知ってるガキと、もう一人が俺が教師になる羽目になったガキ」

「レベル5を二人相手にするなんてよくそんな事できるわね、私なんて一人で精一杯なのに……」

「どんだけやべぇ能力持ってようが根っこはまだまだガキだろ? あんなの相手にするなんざ、キレたお前よりずっと簡単だわ」

「あら失礼な言い方ね、怒った私の方がレベル5よりおっかないって事?」

「睨むなよ、事実だろ。俺が帰り遅れただけで……」

 

銀時の現状の話の次は昔話を始める二人。

会わなくなって長い月日が経っているにも関わらず、険悪なムードも匂わず互いに罵詈雑言を飛ばし合う事も無い二人を。

 

先程からずっとビールを水の様に飲みながら、小萌が面白くなさそうな表情で見ていた。

 

「なんか急に盛り上がり出したね二人共」

「なに? 酔ってんのアンタ?」

 

芳川が銀時と仲良くしてるのをニコニコした顔で小萌が話しかけると銀時は盃を持ったまますぐに振り向く。

 

「そんなペースで飲んでるともたねぇぞ、酒は飲んでも飲まれるなってよく言うだろうが」

「お酒はほどほどに飲んでますよ、お酒は薬にも毒にもなりますから」

 

そう言いながらいつの間にか何杯ものビールを次々と空にして酒豪っぷりを見せつける小萌。更に今度は自分のタバコを取り出して一服。

 

「最近は居酒屋でも禁煙にするお店があるから、喫煙者にとっては住み心地悪くなってきてますねー」

「お前、あんまり公の場で堂々と吸うなよな。この前お前と飲んでる所を同僚に見られて変な誤解されたんだからな、未成年者の喫煙を黙って見てるなんてそれでも教師かーって」

「うう……個人的にも住み心地悪くなってるって事ですね……」

「そりゃその見た目ならな」

 

見た目はどう見ても小学生、下手すりゃ幼稚園児にも見えなくはないサイズの彼女が飲んだり吸ったりしているのは絵面的にアウトである。

銀時に注意されてもなお口にタバコを咥えたままため息とともに煙を吐く小萌。

その光景に全蔵は彼の話に納得した様子で頷く。

 

「よくもまあそんな体型で最近のガキ共にナメられねぇモンだわ」

「私の所の生徒さんはみんなよい子ですからねー、私の事はちゃんと先生として見てくれます。よい子であってもおバカなのも多いですけど」

「そういう子と向き合う事に、教師ってやりがいを感じるんじゃないかしら」

「そうなんですよねー、可愛いんですよこれが、フフフ」

 

隣に座る芳川に言われて小萌は満足そうにニコニコしながら吸い終わったタバコを灰皿に捨てる。

 

「今年の一年生もみんな個性的で毎日楽しいです」

「ああ、そういや前にアンタ言ってたな小萌先生」

 

問題児な分、その生徒が可愛くなるというのはよくある話で。小萌にもそういうのがよくある。

彼女のそんな反応を見て全蔵はふと思い出す。

 

「なんだっけ? ツンツン頭のガキなんか特にお気に入りなんだろ?」

「はうわッ!」

 

彼に尋ねられた瞬間、顔を赤らめて両手を振ってあからさまなリアクションを取る小萌。

 

「ち、違います! 私は誰一人特別視なんてしてません! ちょっかいかけるにも程があるのですよ服部先生!」

「別に意地なんて張らなくてもだろうよ、教師だって人間なんだし生徒の一人や二人を特別な目で見るのもある事なんじゃねぇの?」

「わ、私は生徒に対して変な感情は持ちませんからー!」

 

つまみを手に取りながらからかってくる全蔵にプンスカ怒る小萌。それを見てふと芳川は銀時の方へジト目を向ける

 

「あなたも? 自分の生徒の一人や二人を特別な目とかで見てないの?」

「ああ? どういうこったそれ? 特別?」

「性的に見てるとか」

「ぶふぅ!!」

 

彼女の話を聞いていた最中にビールを飲んでいた銀時が軽く吹き出してしまった。

器官に入ってしまって何度か咳をして呼吸を落ち着かせると、彼は顔を上げてギロリと芳川を睨み付ける。

 

「げほげほッ! いきなり何言ってんだテメェ!」

「いやだってあなた……う~ん……」

「よく考えろよお前!」

 

頭を抱えて悩む芳川に銀時がダン!とテーブルを叩きながら吠えた。

 

「第一に俺がロリコンだったらオメーと関係築いてなかっただろうが!」

「まあそうね……」

「それとも何か!? 俺はお前の顔ではなくその”貧相な胸”に欲情が芽生えて……ぶ!」

 

向かいに座る銀時が言い終わるうちに、芳川は彼の頬を無表情で思いっきり引っ張っ叩いた。

日頃体を動かさずに研究所に籠ってばかりいるインドア系の仕事に就いているとは思えないキレの入ったビンタである。

 

「いくらあなたでも人のコンプレックスに触れないでちょうだい」

「……まだ気にしてんのかよ、いい加減開き直れよ」

「人はそう簡単に変われないのよ、いい?」

「んーまあ確かに出会った頃からなんにも変わらずちいせぇ乳……あ~わかったわかった、手を上げるな悪かったって」

 

割と本気な様子で詰め寄ってくる芳川に、赤くなった頬を引きつらせて恐怖を覚える銀時。

 

「チッ、普段は全く怒らねぇのにこういう下らねぇ事に限ってネチネチしやがって……頭動かすより手の方を先に出そうとするとか」

「はぁ~そんなんであなた大丈夫なの?」

 

恨みがましい目つきを向けてきた彼に芳川がため息交じりにボソッと呟いた。

 

「ちょっと心配してたんだけど、まさか職場でもそういう心無い言葉を生徒達に浴びせてないわよね」

「してねぇよ、どちらが上に立つ存在なのか”教育”してるだけだ」

「それあなたの事だから”教育”じゃなくて”武力行使からの支配権限の獲得”でしょ」

「教師はな、ナメられちゃ駄目なんだよ。ナメられる前にこっちがナメてやるぐらい強気でいかなきゃ最近の擦れたガキはいう事聞かねぇの」

 

銀時が腕を組んだまま偉そうに講釈垂れていると、芳川は思わずフッと笑ってしまう。

 

「教師になっても変わらないのね、あなたのその性格」

「ったりめぇだ、例え公務員になろうが俺はいつだって俺だ」

「ええ、変わってなくてホッとしたわ」

「変わる訳ねぇだろ、テメェの平らな胸と同じくいつも俺はテメーの道を一直線……ぶッ!」

 

今度は顔面にモロに芳川から拳を叩きこまれる銀時。全く学習しない男だ。

そんな二人を見ながら、同じ席に座っていた小萌と全蔵は何やら期待の眼差しを向ける。

 

「あららー、アンタ等随分意気投合してんじゃねぇの。アンタさっきまでずっと文句言ってたのに随分昔の女と仲良くしちゃって」

「これのどこが仲良くしてるように見えんだよ……さっきから引っ叩かれたり殴られたり散々だよこっちは……」

「いやー坂田先生にも青春があったんですねー。なんか私、今日は坂田先生の別の顔を見ちゃった気分ですよー」

「そりゃそうだろ、こんな顔面殴られれば顔も別人になるってぇの……」

 

銀時が異議を唱えるが二人は全く聞いちゃくれない。むしろ悪乗りする一方だ。

 

「どうして別れたのか疑問に思うぐらいの仲だよな、小萌先生も気になるよな」

「そうですね服部先生、そもそもどうして別れちゃったんですか?」

「オイいい加減にしろよ前髪隠れと合法ロリ。これ以上ズケズケと俺のプライベートに踏み込んでタップダンスでも踊りやがったら承知しねぇぞコラ」

 

今度は別れた原因まで聞き出そうとして来るので、イライラしながら酒をガブガブと飲みまくる銀時をよそに、芳川の方は苦笑しながら首を傾げ

 

「まあその辺は他の人達と変わらないわよ、成り行きというかなんというか」

「おいお前まで何言ってんだ、コイツ等に乗せられてんじゃねぇよ」

「別にいいでしょこれぐらい」

 

すかさず身を乗り上げて口を閉ざそうとして来る銀時を軽く避けながら、芳川は話を続ける。

 

「私がちょうど上部から実験を色々任されるようになって、多忙になってすっかりこの人と会えなくなって。それでこの人はこの人で……ちょっと色々あったから、休暇が取れても彼の顔見るのはツラくて行けなかったし連絡も出来なかった……」

 

銀時の件についての部分だけ項垂れて暗い表情を浮かべる芳川。お登勢やカエル顔の医者同様、彼女は彼の過去を何か知っている様だった。

 

「だから疎遠が続いてその内自然消滅したのよ、私とこの人は」

「俺もその頃はかぶき町から引っ越しする準備とかババァに教師になれとか言われてたから忙しかった、そんで別れた。はい、この話は終わり」

 

彼女の話に同意して銀時は頷きながらチラリと小萌と全蔵の方へ目をやる。

 

「どうだコラ、よくありふれた話だろ。お前等酔っ払いが酒の肴にするような話じゃねぇんだよ」

「でもあれっきり私に会おうとしなかったのはなぜなのかしら? 連絡も寄越さずに」

「連絡なんて出来るかよ、俺は未練がましくないんだよ、終わったら終わり、所詮男と女ってのはそんなモンだ」

 

銀時が反論すると芳川は不満そうに眉間にしわを寄せながら彼を見つめる。

 

「これだから男ってのは……妙なプライド持って連絡の一つさえ出来ないなんて……私てっきりあなたから捨てられたと思ってたじゃないの……」

「そもそも顔見せに来なくなったのはお前の方からだろ? なら向こうから振って来たのかと思うのが自然だろうが」

「はぁ……結局あなたっていつも私の気持ちわかってくれないのね、あなたと意思疎通できるあの子が羨ましいわ……」

 

けだるそうな態度で返す銀時にため息を突き、芳川は肘を突いて頭を支えたままやるせない気持ちになっていた。

 

そして二人のドラマみたいな会話を、傍からずっと眺めていた小萌が身を乗り上げてきた。

 

「坂田先生と芳川さんの会話を見て思ったんですけど。もしかしたらフレンダちゃんと浜面ちゃんもお二方と似たような感じなのかもしれませんね、男の方が変なプライド持ってあえて連絡をせず、女の方は捨てられたと誤解して泣き続ける、っと」

「リーダーと金髪のガキと一緒にすんなよ。こっちはもう終わってんの、あっちはまだ瀬戸際なだけじゃねぇか」

「瀬戸際は大ピンチじゃないですかー!」

 

銀時は心配してなさそうに手をひらひらさせるが、彼の言葉にますます不安を覚えてしまう小萌であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして

4人の教師と1人の研究者は店を後にして夜のかぶき町へと出て行った。

 

「なんか全然飲めなかったなー、くだらねぇ話ばっかりしてよ」

「せっかく教師同士で話し合いを設けたのに、結局坂田先生の過去の女性関係が暴露されただけでしたねー」

 

全く飲み食い出来なかったのに不満タラタラな銀時に小萌はニコニコしながら答える。彼女は彼女で結構飲んでいたので満足な様子だ。

背後から彼等の方に近づきながら全蔵も無表情で

 

「あれはあれで十分楽しめたけどな、てことで今後もよろしくな、え~と……」

 

少し考えた後パッと思い出したかのようにすぐに銀時の方へ振り向いて微笑みかけながら

 

「ロリコン?」

「坂田銀時つっただろうが!」

「ハハハ冗談だって、あ、冗談ついでにとりあえず教師として忠告させてもらうわ……生徒に手出そうとか考えんなよ……」

「坂田先生、私は信じてますよ。坂田先生はただの子供好きだって、それと神楽ちゃんや絹旗ちゃんの事は私の所に預けて下さい、あの子達に一生のトラウマが生まれない為にも」

「全然信じてねぇよコイツ等、後半のセリフ完全に犯罪者予備軍に言うセリフだもん。完全に俺の事ヤバい人間だと認識してるもん」

 

笑いかけながらもその笑顔の裏には完全にこちらに疑惑の種がある気配を察して、銀時は町の中で堂々と大声を上げて叫んでいると、店から芳川の方も戸を開けて出てきた。

 

「おい! テメェのせいで教師仲間からとんでもない誤解受けちまったじゃねぇか! どうしてくれんだコラ!」

「落ち着きなさいよあなた、確かにロリコンとまではいかないけど、周りから誤解されかねない事をしているのは事実なんだし」

「誤解!? じゃあ聞きますけど!? なんで教師がガキとつるんでるだけで誤解されなきゃならねぇんですかコノヤロー!?」

「いやその事実だけで十分じゃない、今まで通報されなかったのが不思議なくらいよ」

「なんで俺がダメなんだよ! 金八先生はOKだっただろ!」

「あの人はサラサラヘアーだからいいのよ」

「なんでサラサラならならOK!? サラサラOKで天パNGってどういう事!?」

 

食ってかかる銀時を冷静に対処する芳川、そしてふと彼女は神妙な面持ちで

 

「ねえあなた、ちょっといいかしら?」

「ああ?」

 

訝しげな表情を浮かべる銀時に、芳川はそっと向かい合う。

 

「こうして会うのは本当に久しぶりだったわね、でも不思議ね、同じ場所に住んでたのにお互いの様子さえわからなかったなんて」

「そりゃ職場が違うんだからしょうがねぇだろ。お前は研究員で俺は教師。立場もちげぇ二人がそう簡単に鉢合わせするなんざ滅多にねぇよ」

「そうね、だからこそこうして再会できるとは思ってもいなかった」

 

髪を掻き毟りながら昔と変わらずけだるそうに喋る銀時を見つめながら、芳川は口元に僅かに微笑を見せると

 

「あなた、もう過去の事は気にせずに私達もそろそろ……」

「ん?」

 

言いづらそうに躊躇しながら、彼女は恐る恐る銀時に向かって

 

「だからもう一度私と……」

 

腹をくくってある言葉を告げようとしたその時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「銀ちゃぁぁぁぁぁぁん!!! 小萌ぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

銀時と小萌の名を叫びながら猛スピードで後ろから何者かが迫ってくる気配が……

前にいた銀時はこちらを無視して「げ!」っと驚いて目を見開いている。

芳川もそれに釣られてすぐに後ろに振り返ると

 

かぶき町への侵入さえ許されない年頃のチャイナ服を着た少女がこちらに走って来たのだ。

 

「銀ちゃん大変アルよ!! あの金髪がサバ缶食いまくってぶっ倒れたネ!!」

「はぁ!? 何してんだアイツ!? ていうかなんで来たのお前!?」

「うっす! 連絡ついでにラーメン食べさせてもらえるかなと思っておりました!」

「お前絶対そっちの方が本命だろ!」

 

現れたチャイナ少女は銀時は知り合いなのか親しげに会話している。

いきなりの乱入者に戸惑っている芳川をよそに、今度はチャイナ少女より少し年下に見えるちんまりとした少女が息を切らしてまたこちらに向かって来た。

 

「ハァ、ハァ……! 神楽さん早すぎです……あ、私はギョーザ2人前とチャーハンで超お願いします、ハァ、ハァ……!」

「なんでお前まで来てんだよ! しかもこっちの方は金髪のガキの事に一切触れずにすぐに本命出してきたんだけど! 息切れしながら注文してきたんだけどコイツ!! どんだけチャーハン食いたいの!?」

 

二人目の少女も知り合いなのか銀時は声を枯らしかねない程怒鳴って指を突けると、少女はふと思い出したかのように言葉を付け足す。

 

「そういえばあのサバ缶臭い女、サバ缶を超ヤケ食いしてぶっ倒れました。今は私が呼んでおいた救急車で搬送中です」

「サバ缶ヤケ食いで病院運ばれるってどういう事だよそれ……」

「いやぁ、あなた達が出て行ったあと、超心優しい神楽さんがあの女の事を慰めてやってただけなんですよ? それなのにいきなりまたビービービービー泣きながら「浜面はそんな男じゃない」だの「私を置いて行くはずがない」とか訳のわからない事喚き出して、そっから急に冷蔵庫から大量のサバ缶を取り出すと、私達のゴミを見る様な冷たい視線を無視しつつバカみたいに食い始めたんですよ。けどその後空腹状態からすぐに大量暴食したのが原因なのか泡吹いてぶっ倒れて、しょうがないから私が携帯で救急車呼んで彼女を搬送させたんです」

「うん、丁寧にご説明ありがとう、テメェ等何してたのホント?」

 

長く説明してくれた少女に銀時が仏頂面で問いかけると、少女は誇らしげに胸を張りながら

 

「だから救急車呼んだんですよ、超偉いですよね私? だからなんかメシ奢ってください」

「いやそもそも救急車必要になったのはお前の監督不行届きとアイツ(神楽)の死体撃ちのせいだから」

 

すっかり英雄気取りの少女に銀時が死んだ目で返事すると、傍から彼女達を見た小萌、全蔵がすぐに歩み寄ってくる。

 

「何してるんですか神楽ちゃんと絹旗ちゃん!! ここは子供は絶対立入禁止なのですよ!!」

「夏休みだからってはしゃいでんじゃねぇよ、ここは大人の町だ、ガキはさっさと家帰って寝てろ」

 

こちらに寄って来た二人が次々と銀時の知り合いだと思われる少女二人に言葉投げかけている。

それを銀時の傍にいながら芳川は遠い目で見つめていた。

 

「完全にタイミング逃しちゃったわね……はぁ、どうしてこう上手く行かないのかしら」

「おい、ところでオメーの話って?」

「忘れてちょうだい……それよりあの子達の相手してあげたら」

 

空気を読まないこの展開に、芳川は明らか不機嫌そうな様子で銀時の方へ振り返る。

 

「子供の相手するの好きなんでしょあなた」

「なんか棘のある言い方じゃねそれ?」

「別に」

 

八つ当たりされてしまった銀時は「はぁ?」っとしかめっ面を浮かべるも、彼女の言う通り、すぐに小萌達の方へ行って少女達がここに来た訳を説明し始めた。

 

ポツンと一人取り残された芳川は、白衣からタバコを取り出して口に咥え、安いライターで火を灯すと寂しそうにフゥーと煙を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりもう一度やり直すのは考えておくべきかしら?」

 

 

 

 



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第二十八訓 電撃少女、ホストとジャンプ論争を始める

 

学園都市・第七学区は学生達が最もはびこるエリアだ。

ほとんどの娯楽施設がここに密集されるように置かれており、大抵の学生達はここで服やら雑貨物やら日用品を買い揃えたり、友人達と日が落ちるまで遊ぶ為に利用する。

能力者や無能力者など関係なく、学生達はあちらこちらで談笑を交えつつ街の中を歩いて行く。

そしてその光景を、とあるファミレス店の窓から御坂美琴が微笑を浮かべて優雅に眺めていた。

 

「フ、あの子達あんなにはしゃいじゃって……全く子供ってのは呑気でいいわね」

「……突然何言ってますのお姉様?」

 

窓辺に肘を掛けて変な事を言い出す美琴を、向かいの席に座っていた白井黒子が頬を引きつらせながら尋ねる。

 

「今日は随分と雰囲気がお変わりになられてますわね……なんだか物腰が柔らかくなったというか、”気持ち悪くなった”といいますか」

「さすが黒子、なんでもお見通しね。そうよ、今日の私は今までの私じゃないの、生まれ変わったのよ私は。昔の私はもうティッシュのちり紙に丸めて捨てたわ」

 

目を細めて実の姉の様に優しく語りかけてくる美琴に黒子はブルルッと身震いした。

彼女の放つ一言一言に鳥肌が立つ。

 

「前に絹旗と神楽に散々痛い所に的確なアッパーを入れられて悟ったのよ。私はまだまだ子供だったんだって、だから友達作るのも下手だったんだって」

「はぁ……子供だから友達作れない訳じゃないと思いますが」

「だからこれからは大人の女として生きることを決意したの、もうレベル5だから友達作るの簡単じゃない?とか愚かな行いはしないわ。時代は人を惹きつけるカリスマ性で誰からも憧れる様な存在、それが今の私。これなら友達ばんばん作り放題確実。どうよ黒子、今の私にはもう友達作れずウジウジ悩んでいた姿はもう見えないでしょ? なぜなら大人だから」

「色々とツッコミたい事がありますが、これだけは言わせてもらいますの、バカですかお姉様?」

 

注文しておいたコーヒーに砂糖を入れながら、黒子は自信満々な様子で笑いかけてくる美琴に仏頂面で呟くが、彼女は笑みを崩さない

 

「フ……甘いわね黒子、オーストラリア産のチョコレートより甘いわよ。昔の私ならバカと呼ばれただけで烈火の如くキレてたけど、大人になった今の私がそんな言葉で動じると思っているのかしら」

「またなんか漫画でも読んで影響受けたんですの? この前はるろ剣の影響で「所詮この世は弱肉強食、よって私は強さのみを求めて突き進む! 力でひれ伏せれば友達一杯作れる筈だから!」とか訳の分からない事言って女子寮の皆様全員に喧嘩売ろうとしてましたわよね、すぐに現れた寮監に2秒で落とされて事なきを得ましたが」

「そんな事言っても効かないわよ黒子、だからそれ以上人の恥ずかしい過去を言わないで、ほんと効かないから、本当に効かないから、止めてお願いマジで……」

 

唐突に黒子に数日前の過ちを呟かれ、優雅な態度は崩さずとも内心恥ずかしくて死にそうな美琴。

顔から滲み出る汗を必死に拭いながら彼女は変な口調を変えない。

 

「それなら証明してあげるわ黒子、今日中に私はまた新たな友達を作って見せるから、大人である私ならそんな事容易いの」

「いえ、いつも通りで結構ですから。お姉様のご友人ならわたくしがおりますから、お姉様は早くティッシュに丸めて捨てた方のお姉様を回収して下さいまし、今のお姉様はさすがに周りにご友人だと公言出来ませんので」

「精神的に成長して悟りを得た私に動揺しているのね黒子、大丈夫よすぐに慣れるわ。なにせアンタは私の友達なのだから」

「いちいち人の名前呼ばないと会話できないんですの? それと意味わかりません」

 

彼女なりに余裕を見せた大人な感じを頑張って出している美琴に、砂糖を入れたコーヒーをズズッと飲みながら黒子はジト目を向けながらツッコんだ。

 

「いい加減にしてくれませんかお姉様、そもそもお姉様は私とセットだとツッコミ担当の方ですわよ。なんでボケ担当のわたくしがお姉様のツッコミに回らないといけませんの? ボケとツッコミが反対ですの、品川庄司になってますの」

「ボケ担当とかツッコミ担当とかそんな小さい事を気にしてるなんてアンタはまだまだ子供ね黒子、帰ってママのミルクでも飲んでなさい」

「もはやどういうキャラなのか皆目つかない状態ですわね……」

 

腕を組みながらドヤ顔でよくわからない事を口走る美琴に、黒子は呆れた様子で頭に手をのせて項垂れる。

彼女なりに必死に考えた上でこのキャラ変化なんだろうが、やはりものの見事に自爆している事に彼女自身が気付いていないのだ。

 

「困りましたわね、これは早急に手を打っておかないといけませんわ……こんなお姉様だと周りにドン引きされるのがオチですの、わたくしの周りの評価も急降下」

 

御坂美琴は中学生にしてレベル5の第三位にまで登りつめた素晴らしい才能を持つ少女である。しかし欠点があるとするならば友達作りが異常なほど下手で、やる事為す事が全て裏目に出ている事だ。

黒子と坂田銀時は前々からこの問題で相談し合っているのだが、当の美琴は相変わらずどこか抜けていて一向に自分達の思う様にいかない。

とりあえず今はなんとかしてこのキャラ改悪から元に戻そうと黒子が一人悩んでいると。

 

美琴の背後の方から二人の若い男女の声が聞こえてきた。

あまり他のお客がいなかったのでその声が一層黒子と美琴の方にもよく聞こえる。

 

「やっぱり終わっちまったんだこの作品。”第二位”である俺が全面的に支持してた傑作だったのに……」

「貴方ってジャンプ読む度にいつもそれ呟くわよね、私はあまり興味なかったけど、そんなに続いてほしかったの?」

「別に長く続いてほしいと思ったわけじゃねぇよ、ただもう作品自体をジャンプで毎週読めなくなった事が悲しいと思ってるだけだ。俺的にはあの終わり方で満足だ、第二位の俺が保証する」

「そう? 普通ファンって好きな作品にはずっと長く続いてほしいと願うもんなんじゃないの?」

「だからテメーはまだまだなんだよ、俺は無駄にダラダラと続いてジャンプを飾ってる作品なんざに興味ねえ。終わる時はコンパクトに、それが俺の中で求める理想の作品像だ」

「そう言うならもう終わった作品に嘆く必要はないでしょうに」

「これだから”キャバ嬢”はダメだな、いいか? 本当に自分が良い作品だと決めたモンは『綺麗に終わったから満足する思い』と『それでもまだ続きが読みたいと感じてしまう思い』という二つの思いが出来ちまうモンなんだ。それもわかんねぇとかお前もまだまだ三流だな、第二位である俺に敵わねえ訳だ」

「”ホスト”のクセによくもまあそんなに長々と漫画について講釈述べれるわね。ホスト止めて漫画評論家にでもなったら?」

「え、そんな職業あんの? もうちょっと詳しく教えてくんね?」

「なに真剣に捉えてんのよ、マジな目でこっち見ないで」

 

美琴の座る後ろの席から聞こえる話し声。どうやら声の主は漫画について熱弁してみせるホストの男と、やる気なさそうだが一応彼の話を聞いてあげているキャバ嬢の女らしい。

 

この第七学区でホストとキャバ嬢の会話を聞くなどとても珍しい、恐らく若くしてかぶき町に身を投じる羽目になってしまったこの街の元学生だった者達なのであろう。

 

しかし会話の内容が主にジャンプの事についてなので、会話の一部始終を聞いていた黒子は肘を突いて頬に手を上げながら心の中でアホらしいと呟いた。

 

「あの銀髪バカといい男ってのはどうしてジャンプなんかで熱く語れるんでしょうね、盗み聞きだったとはいえ、聞いててあの男の影がチラついて嫌になりますわ、せっかくお姉様と二人っきりなのに」

「……」

「お姉様?」

「え? ど、どうかしたのかしら黒子? べ、別にジャンプ好きがいたからちょっと色々と熱く語り合ってみたいなーとかは思ってないわよ、ジャンプについて話してくれる人って私の周りじゃ中々いないからチャンスとばかりに話しかけてみようかとかそんなの全然考えてないから、大人だし私、うん」

 

頬を引きつらせながらなんとか自分で作り上げた思考のキャラ像を崩すまいとしている美琴。だが発する言葉の中には本音が思いっきり見えている。

黒子はジト目でそんな彼女を眺めながらコーヒーを一口飲んだ後、マグカップを置いて静かに口を開いた。

 

「ボーっとしてるからどうしたのかと尋ねただけなのですが……え、語りたいんですの? 赤の他人とジャンプについて熱くなりたいんですの?」

「ち、違うって言ってるでしょ黒子、私は大人なんだからもうジャンプで熱くなる訳ないじゃない、こ、これからはヤングジャンプを読むのよ私は……」

 

しどろもどろにしながら目を泳がせながらすっかり慌てている状態の美琴を見て黒子はフゥーとため息を突く。

 

(どんどんキャラ崩壊してますわ……やはり表面に張っただけのメッキでしたか、お姉様のアホな思惑なんかに悩む必要なんてありませんでしたわね)

 

内心そう思いながら黒子は空になったコーヒーを脇に置いて、また何か頼もうかと手元にあったメニューを開いたその時。

 

またもや美琴の背後の方からホストとキャバ嬢の声が聞こえてきた。

 

「そういえば貴方、長く続く作品は好きじゃないとか言ってたわよね。具体的にどんなのが嫌いなの?」

「んーまあそうだな、「早く終われよ」と考えちまうぐらいのはイヤだわ、なんか冷めちまう」

 

その声が聞こえた途端、美琴はビクッと肩を動かしてすぐに座っているソファ越しに耳を当てて盗み聞きする体制に入った。

メニューに目を通す振りをしながら心底呆れている様子の黒子の視線も気付かず

 

「じゃああの有名な作品はどうなの?」

「有名つってもなぁ、まあ名作中の名作なら別に構わねぇけど、こち亀とかゴルゴ13とか」「あらそうなの良かった、私こち亀とゴルゴ全巻持ってるぐらいファンなのよ」

「こち亀とゴルゴの両方をコンプしてるの!? すげーなオイ! あれ全部合わせたら何巻になんだ!? ただのにわか漫画好きのキャバ嬢だと思ってたわ! 三流とか言っちゃってごめん!」

「秋本先生とさいとうたかを先生の直筆サインを寝室に額で飾ってるぐらい好きよ」

「うんお前俺より一流だわ! 第二位の俺より全然すげぇよ! お前がナンバーワンだ!」

 

男の方が一転して絶賛の声を上げて女の方がクスクスと笑っているのが聞こえる。

 

そしてそれをソファ越しに隠れて盗み聞きしている美琴はというと、耳をこれでもかとソファに当てながら目を血走らせて音を一切出さないようにしてしっかりと聞こうとしていた。

 

偶然通りかかった女性店員が思わず「ひ!」と怯えた声を上げてしまうぐらいに

 

(長く続くストーリー漫画は読めないけどこち亀みたいな短い話でまとめれるギャグ漫画なら長期連載でも認めているという事ね……いける! この人は私が最も大好きな”あの漫画”でも行ける!)

「今度会う時はこち亀とゴルゴ全巻貸してあげるわね」

「え、全巻貸すってどうやって? トラックにでも積んで持ってくる気?」

 

会話を思わず聞き逃してしまうも美琴は頭の中で自問自答しながらグッと拳を握って勝利を確信した笑みを浮かべる。

 

女性店員が店長を呼んで「あそこに変なお客さんがいるんですけど……」と相談しているのも知らずに

 

そして女の方が遂に美琴が最も気になっていた事について……

 

「そういえばあなた、もしかして”ギンタマン”とかも大丈夫な方なのかしら? アレも何故か何年も続いている長期連載だけど、ギャグ漫画で短い話で切り上げてるパターンが主の漫画よね?」

「え、ギンタマン? んー……」

(来たぁぁぁぁぁぁ!!! よし来い!! めっちゃ来い!!!)

 

遂にジャンプで毎週愛読しているギンタマンに触れてくれた事に盗み聞きしながら内心歓喜の声を上げる美琴。

 

傍で黒子が席にやってきた店長に仏頂面で「なんでもないですの、こういう病気なんです、そっとしてあげといて下さいませ、あ、救急車は呼ばなくても結構です、不治の病なので手遅れですの」と彼女の為に説明しているのも露知れずに

 

すると女にギンタマンについて尋ねられた男、男は美琴がゴクリと生唾を飲み込む中で数秒程黙りこくった後にポツリと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇな、アレはギャグマンガとかそういう以前の問題だ」

「やっぱりね、私もそう思うわ。読んでて疲れるのよねアレ」

「ああ、アレはねぇよ本当に、第二位の俺が認める、アレはマジでねぇ」

「……え?」

 

想像していた理想の答えとは遥か反対の答えを述べる男と女に

ショックで美琴は思わず呟いて呆然としてしまった。

そんな彼女を置いて(もともと聞かれてる事に気づいていない)男は話を続ける。

 

「たまに目を通す事はあるけどよ、一体なんなんだアレ」

「ツッコミが「どんだけぇぇぇぇぇ!!」とか叫ぶばっかよねああいう無駄にやかましくツッコんで無理矢理笑いを取ろうとする姿勢は好きじゃないわ」

「ネタもガキにはわかんねぇよな下ネタばっかりだし引くんだよな」

「いやよねぇああいうの、私ああいうのホント無理、貴方も”てる彦くん”に見せないよう忠告しておいた方がいいわよ」

「心配すんな、アイツは”もっと汚ねぇモン”が一杯傍にいっからあの程度の下ネタじゃ動じねぇ」

 

口を開けば次々とギンタマンについて厳しい意見を出し合う二人。

それを黙って聞く事しか出来ない美琴は非常に歯がゆそうに顔を怒りで真っ赤にしていた。

 

(なんなのよコイツ等……! あの誰にも真似できない邪道路線が本気で理解できないの!? バカなのコイツ等!? 脳みそにハナクソでも付いてんの!?)

「はー、早く編集側が打ち切ってくれねぇかなギンタマン。あんなモン読んでる奴なんて”脳みそにハナクソ付いてる様なガキ”しかみねぇんだからさ」

(コ、コイツ……!!)

「さっさと切ってキチンとした作品を描いてくれる新人をもっと育てて欲しいってモンだ」

 

男の方がとどめの一撃とばかりにため息交じりに呟いた一言に

 

 

遂に美琴は……

 

頭を垂れながらゆらりとソファから立ち上って男達の方へ顔を出してしまったのだ。

 

「ちょっとアンタ達……」

「あん? 誰だテメェ? 第二位のホストである俺のファンか?」

「あらやだ、常盤台の生徒さんじゃない、私達に何かご用?」

「生憎テメェみたいなガキを手籠めにして貢がせる趣味はねぇんだ、あっち行け」

 

女の方はパッと見、自分とそんな年も離れてない、むしろ同い年ぐらいなじゃないかと思うような少女だった。しかし髪の色は美しいブロンドと派手な赤いドレスを着飾り、そしていきなり出てきた自分にも落ち着いた振る舞いしていてどことなく美琴が求めていた”大人の女性”という気品を漂わせている。

 

男の方は高校生ぐらいだろうか、しっかりセットを施している茶髪、獲物を狙う狼の様なギラギラとした鋭い目、高級そうなスーツに身を包んでいるところからホストだといのをわかりやすく主張している風貌だった。

 

美琴はそんな二人を見下ろしながら目力を込めた様子で口を小さく開く。

 

「さっきから随分と偉そうな事言ってくれるじゃないの……」

「なんの話してんだテメェ? まさか盗み聞きしてたのか俺達の会話? 趣味悪ぃな」

「ギンタマンはない? 私から言わせれば新しい境地に理解を示さないアンタ達の方がないわよ」

「へぇ、面白れぇ事言うなお前」

「ま、そもそも理解されたくもないんだけどねこっちは。にわかファンが付かれるとこっちも困るし」

「ああ、もしかしてテメェ、ギンタマンのファンか?」

「私、ギンタマンのファンって初めて見たわ、本当にいるのね」

 

顔に影を出してヘラヘラと不気味に笑いながらこちらを見下す美琴に、男が目を細めていち早く察していると。

 

「も、申し訳ありませんのぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

今度は黒子が席から立ち上がって慌てた様子で向かいにいる美琴に走り寄って来た。

彼女の肩を掴むとすぐに席に戻そうとする。

 

「失礼致しました!! ほらお姉様席にお戻りになってください! さっきの大人の女とかいうふざけたキャラのお姉様でいいですから!!」

「離しなさい黒子! どうしてもコイツ等に一言文句言ってやんなきゃ私の気が済まないのよ!」

「お姉様の場合一言どころか百言は文句言いそうですわよ! そんな事したら今度こそ店から追い出されますの!」

「そういえばアンタもギンタマン嫌いだったわよね、こうなったらアンタにもここでキッチリと教えて上げるわ! ギンタマンの素晴らしさを! これでアンタもギンタマンファンの一員よ!」

「そんな素晴らしさ脳に記憶しておく事さえ嫌ですの! 勘弁して下さいまし!」 

 

必死に引っ張って席に座らせようとするが強情な美琴はいう事を聞かずに彼女の手を振りほどこうとじたばたと暴れる。

 

そんな美琴を数秒程眺めた男は、フッと笑って自ら席から立ち上がって彼女と対峙して見せた。

 

「はん、コイツはたまげた、よもやこんな所にギンタマンなんざを支持する奴がいたとは」

「うっさいどこにだっているわよ! 世に生きる者が全てギンタマンの敵になろうとも私達は一生味方よ!!」

「達ってなんですのお姉様!? わたくしもその変な宗教に入れないで下さいまし!」

「俺から言わせればあんなのジャンプに長く寄生してるただの害虫でしかねぇよ、もっとも」

 

男は一旦言葉を区切ってこちらを睨み付けてくる美琴にニヤリと笑みを浮かべる・

 

「その害虫を崇め祀っているお前等はもっと惨めで滑稽に見えるがな」

「コ、コイツ……!」

「ちょっと貴方、子供みたいなみっともない真似止めなさいよ恥ずかしい」

 

あからさまな挑発している男に女が座ったまま呆れながら顔を上げる。

 

「そこの常盤台のお嬢さんも落ち着きなさい。たかが漫画でそんなに熱くなってちゃこの先の人生やっていけないわよ」

「うっさい私とそんなに変わらない年のクセに!! それにそのたかが漫画でさっきまで長々と語り合ってたのはどこのどいつよ!!」

「んーそれ言われるとぐうの音も出ないわね。私ったらつい相手の話に共感すると身を乗り出しちゃうのよ、キャバクラで働いてる仕事柄かしら?」

 

諭そうとするも美琴に一喝されてすぐに困り顔を浮かべる女、頬に手を当てて自己分析を始める彼女を尻目に、男の方はなおも美琴と真っ向から対峙する。

 

「テメェよっぽど俺達の事許せねぇみたいだな、ならここはきっちりテメェを徹底的に痛めつけてぶちのめしてやらぁ。二度と俺達の前に、いやジャンプを好きな健全な読者の前にもツラ出せねえぐらいにな」

「上等よ! たかがホストなんかに私が負ける訳ないでしょ! かかってこいコラ!」

「まさかこの殿方と戦う気ですかお姉様!? このような公の場で能力をお使う気で!?」

 

男の挑発に美琴は遂にその喧嘩を買ってしまった。頭に血が昇ってしまっている彼女を診て黒子は冷や汗を掻く。

レベル5の第三位である超電磁砲が第七学区のとあるファミレスで大暴れ……そんな惨事を起こしてしまったら常盤台の理事長であるお登勢に間違いなく拳骨じゃ済まされない、最悪殺される。

 

(やむを得ませんわ……ここは店の外に一旦お姉様と共にテレポートして……)

 

最悪の事態を回避する為に黒子は美琴の肩を掴んだまま店外へ空間転移しようと……

 

だがその時、ホストである男が突然バッと両手を広げてみせた。

 

「やるしかねぇようだな。始めるぜ! どちらがよりジャンプ愛を持っているのかを決めるゲーム”ジャン魂ロンパ”をな!!」

「……へ? なんですのそれ?」

 

いきなり聞いた事のないゲーム名を高々と叫ぶ男に黒子はテレポートするのも忘れて口をポカンと開けて固まってしまう。

だが美琴の方はと言うと、その名を聞くやすぐに得意げに「へっ」と笑って見せて

 

「ジャン魂ロンパ……なるほど、どっちが上か決めるならそれが一番手っ取り早いわね。いいわよ乗った、けどそいつで私に勝てると思ってるなんてとんだマヌケね。私の強さを見たら泣きべそ掻く事になるわよ」

「え!? 知ってんですのお姉様はジャン魂ロンパを!?」

 

どうやら美琴はそのゲームについてよく知っている様だったが、ジャンプについての知識には疎い黒子は全く分からなかった。

すると彼女の下に、男の連れであった女が席から立ち上がってコツコツとヒールの音を立てながら近づいて

 

「ジャンプを愛する者がぶつかり合う時、能力や暴力に頼らずに”己の魂”だけでぶつかり合って論争を行い、相手を論破して負けを認めさせるまで競い合う過酷なゲーム。それがジャン魂ロンパよ」

「親切に説明しに来ましたわこの人! なんでそんなに皆さん当たり前のように知っておられて!? ジャンプ好きの中では皆やってる事なんですの!?」

「可哀想にねあの子、相手が悪すぎるわ。なにせ彼はこのゲームにおいては達人級、知識と話術を併せ持つ生粋のジャンプ玄人なのよ。休日はジャンプ漫画を読み漁りながらジャンプのアニメを見て、室内にはジャンプのアニソンメドレーを流すほどのね」

「それただのダメ人間じゃないですか!」

 

女の説明に黒子がすかさずツッコミを入れながら叫んでいる中、男と美琴はメンチを切りあってバチバチと激しい火花を散らす。

 

「せめて名前ぐらい覚えておいてから逝きな、俺はかぶき町で経営しているホストクラブ高天原で”第二位”に君臨するホスト、垣根帝督≪かきねていとく≫だ、ジャンプ歴はおよそ10年だ」

 

垣根帝督、己の名を堂々と名乗った彼に対し、美琴も対抗意識を燃やして負けじと名乗り出る。

 

「常盤台で超電磁砲という異名でレベル5の第三位に君臨する超能力者、御坂美琴よ、ジャンプ歴は1年ぐらいかしら」

「は? おいおいいきなり面白れぇギャグかましてくれるじゃねぇの、たった1年だと?」

 

1年と言う事は去年読み始めたばかりだという事だ、それでも胸を張って答える美琴に垣根はあざ笑うかのように歪な笑みを浮かべた。

 

「その程度で俺に勝てると本気で思ってるとかマジで頭の中イカレてんじゃねぇか?」

「読んでた時間がどれだけ長いだろうが短いだろうが関係ないのよ、大事なのはジャンプへの熱い思い、ちょっとばかり私よりジャンプ読んでるからって調子乗ってると痛い目見るわよ」

 

挑発に逃げずに真っ向から睨み返してみせる美琴。

すると垣根についていた女がそっと彼に耳打ちする。

 

「……貴方、ジャンプ歴とかじゃなくてちょっと別の所を気にしなさいよ。あの子レベル5の第三位らしいわよ……」

「だから? ”第一位”ならともかく第三位なんぞになんの興味もねぇんだよ俺は」

「興味はないのに喧嘩は売るのね……」

 

何やら意味ありげな会話を女とこっそりとした後、垣根は美琴に向かって右手の人差し指と中指を立てて見せた。

 

「おい”格下”、特別にハンデをくれてやるよ。お前はそこのツインテのガキとコンビで来い。俺は一人で相手してやる」

「何よそれ! ハンデなんていらないわよ! どうせ負けた時の言い訳に使うつもりでしょ!」

「言い訳ぇ? ハナっから勝負が決まってるこの戦いで俺がそんな事考える必要あるのか? せめてテメェのお友達と一緒に華々しく散らしてやるって事だ」

「ぐぬぬ……コイツ本当に腹立つわね……!」

 

小馬鹿にしてくる態度がいちいち癪に障る。口の悪さなら銀時と同等かそれ以上かもしれない。イライラしながら美琴は後ろから自分の肩に手を置いたままでいる黒子の方に振り返る。

 

「こうなったらやってやろうじゃないの黒子! 私達のジャンプへの強い気持ちでこの分からず屋のバカホストをぎゃふんと言わせるわよ!」

「いやいやいや! なんでわたくしまで参加する空気になってますの!? ジャンプの漫画なんてスラムダンクしか読んだ事ありませんわ!」

「意外なの読んでるわねアンタ!」

「よく言われますの!」

 

黒子のチョイスに美琴が軽く驚いてる中、向かいに立つ垣根は不気味に笑みを浮かべながら彼女達に対して目つきを一層鋭くさせる。

獲物を貪るだけじゃ飽きたらず骨さえも胃の中に入れてやろうと狙ってる様な貪欲なる眼。

 

「さあてたっぷりコイツ等で暇つぶしでもしてやるか……おい心理定規≪メジャーハート≫」

「なに?」

 

赤いドレスを着た女に対しての名前ではなく能力者としての呼称のような名前で呼ぶ垣根。

 

心理定規、彼女の名前は同じキャバクラで働く者や友人であろうと誰も知らない。

基本はその通名で周りに通しており彼女が自ら真名を明かす事は絶対にないのだ。

だがかぶき町に住む者は名を隠し顔を変えて生きていく者も少なからずいるので、別に彼女のような存在が珍しいという事ではないので周りも特に気にしていなかったりする。

 

「お前が審判やれ、俺のジャンプ無双っぷりをその目に焼き付けさせてやる」

「(ジャンプ無双って何かしら……)いいけど審判とか必要だったっけ、このゲーム?」

「ただの雰囲気づくりだ、コイツ等のどちらかが負けを認めずに暴れ出したらテメェの能力で黙らせてやれ」

「いいわよ、それじゃああなたが暴れたら”あの人”に連絡させてもらうわね」

「は!?」

 

心理定規が自然にそう言い放っただけなのに一瞬垣根から余裕が消えて動揺した様子を見せた。

 

「ふざけんなぜってぇアレを呼ぶんじゃねぇぞ! こうしてせっかくの休日を楽しんでる時にあんな”モンスター”に邪魔されたらたまったもんじゃねぇ!!」

「別に暴れたら連絡するって言っただけでしょ? なにビクついてんのよ、それでもレベル……」

「大体どこでアレの連絡先知ったんだよ! 俺お前に教えてなかったよな!?」

「だって私はたまにあそこのお店行く時あるしそれが縁でね、今ではすっかりメル友よ」

 

無邪気にそう笑いかけてくる心理定規に垣根は戦慄を覚える。

よほどあの人という者は彼にとって特別な人物らしい。

 

「なんて女だ……! まさかあんな化け物とメール交換してる仲だったなんて……! キャバ嬢のコミュ力半端ねえ……! ていうかあの化け物の店行くなら俺の店来いよ……!」

「あなただって仲良いじゃない、彼や息子さんとその仲間達と」

「ただの腐れ縁だ、色々あって連中と仲良くやってるだけさ」

 

茶化す態度を取ってくる彼女に不満そうに呟きながら

 

垣根帝督は自分を親指で指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この”レベル5の第二位”である俺と仲良くできるなんざ光栄と思ってほしいぐらいだぜ」

 

 

 

 

 



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第二十九訓 電撃少女、相変わらず墓穴を掘る

好き嫌いは誰にだってある

キノコが好きな人がいれば嫌いな人もいる

たけのこが好きな人がいれば嫌いな人もいる

生魚が食える人もいれば食えない人もいる

ジャンプが好きな人もいればマガジンが好きな人もいる

個人それぞれ好き嫌いがあるのは至極当然の事。

そういった中、小さなスペースが作られた場所で、意見が食い違う両者が揃った時に言葉を用いて争い合う事も人間であればよくある事だ。

 

ギンタマンが死ぬ程好きだと公言する人もいれば

 

吐き気を催すほど嫌いだと宣言する人もいる

 

御坂美琴は偶然とあるファミレスでかぶき町でホストとして働いてる少年、垣根提督と出会った。

 

美琴は言った、ギンタマンは人気ある素晴らしい作品だと

垣根は言った、ギンタマン面白くねぇから早く打ち切られろと

 

 

今日知り合ったばかりの両者が今

 

互いの信念とプライドを賭けて激しい論争をおっ始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とは言ったものの……」

 

4人用の席に向かい合わせに座ってメンチを切り合う美琴と垣根。

しかし最初に口火を切ったのは、美琴の隣でめんどくさい事に巻き込まれてしまったと嘆く白井黒子だった。

 

「論争って一体何やるんですの? とりあえず議題が無いと何も始まりませんわよ?」

「このゲーム・ジャン魂ロンパに議題なんてモンはねぇんだよ、小娘」

 

尋ねてきた黒子に対し垣根は腕を組んだまま静かに答えてみせた。

 

「なぜなら俺達が争い合う理由はもうとっくにあるからだ。大事なのはジャンプに対する敬意の表明。いかにどちらかがよりジャンプ好きだと公言出来るかがこのゲームの醍醐味だ」

「ちょっと黒子、わかりきった事質問しないでよ、私が恥ずかしいじゃない。常識でしょ私達の中じゃ」

「いえ、残念ながらわたくしの常識とお姉様達の常識と遠くかけ離れておりますので」

 

どうして尋ねただけで美琴に非難されるのか黒子は理解できなかった。

わけもわからない様子で彼女にツッコむ黒子に垣根はふんっと鼻で笑う。

 

「おいおいハンデでコンビで来いって言ったが、こりゃ相方も相当レベルが低い様だな。ジャンプレベルはせいぜい33程度といった所だろ、勝ちが見えすぎてこれじゃあ退屈しのぎにもならねぇんじゃねぇか?」

「ジャンプレベルってなんですの……? お姉様、33って低い方なんですか?」

「低すぎでしょ、せめて50以上には上げときなさいよ。どうしてこういう戦いが来る事を想定してレベル上げなかったの、全く」

「いやわたくしが33だと決めたのはあの殿方ですし、それにこんな事態を想定できるわけありませんし、ていうかレベル上げってどう上げるんですの」

 

またもやこちらに振り返って呆れた視線を向けてくる美琴に黒子はジト目で返した。

ジャンプの知識に乏しい、そもそも漫画自体あまり詳しくない黒子にとっては知らない事ばかりである。

だが美琴や垣根にとってはこの専門用語は極ありふれた日常に用いる言葉と同じみたいなモンのようであった。

 

「こりゃマズいわね、アンタは私の足を引っ張らないようにする事だけを考えてなさいよ、いいわね」

「あの~お姉様、熱くなってる所悪いのですが……わたくし帰っていいですの? めんどくさくなったので」

 

すっかりこの場違い感に居たたまれなくて黒子は戦場離脱を試みようとするが

突然、美琴が肘を突いていたテーブルをバン!と大きく叩いた。

 

「ホスト相手に怖気づいてんじゃないわよ! 敵を前にして逃げるとかそれでもアンタジャッジメントなの!」

「ジャッジメント関係ありませんわよ! 最初から言ってるでしょう! わたくしはジャンプなど全く読んでないんですの! 議論に参加する理由もありませんのよ!」

「ギンタマンをこんな頭悪そうなホストに散々侮辱されて……アンタは悔しくないの!?」

「悔しくもなんともないし寧ろ殿方達の意見に同意する点が多くありましたが!?」

 

両肩を力強く掴まれて前後に揺らされながら黒子は反論するが、揺さぶってくる美琴には全く通じない様子で血走った目つきのまま

 

「私は悔しいのよ! だからアンタも傷ついた私に協力しなさい! なんでいつもは嫌でもベタベタしてくるのにこういう時に限ってドライなのよアンタは!」

「いかにお姉様を愛するわたくしでもジャンプに対して熱狂的な声を上げる時のお姉様の相手は荷が重すぎます! わたくしよりもっとも適任がいるでしょ、あの銀髪バカとか!」

「アイツの連絡先なんて知らないわよ! アイツ携帯も持ってないし!!」

「いや、わたくしはあの男の自宅の電話番号知ってますのでそこにかければ……」

「なんで私より付き合いの短いアンタがアイツの自宅の電話番号知ってんのよぉぉぉぉぉ!!! 私知らないのに!!」

「お姉様関連の事で相談する手段として教えてもらっただけですの! ああ! そんなに激しく揺らさないで下さいまし! 黒子は! 黒子はもう壊れてしまいますの!!」

 

自分の体を激しく揺さぶってくる美琴に黒子が意識を失いかけそうになりながら叫んでいるのを終始眺めながら。

 

垣根の隣に座っていた女性、心理定規が年下の子供達に語りかけるように話しかけた。

 

「あまり店内で大きな声で騒がないでね、ここのお店気に入ってるから出禁とかになりたくないのよ。ね?」

「う……敵のクセに正論を……」

「私は審判役だから公平な判断してるだけよ」

「わ、わかったわよ、黒子、お願いだから帰らないでよ。私一人置いてんな真似したら一生口聞かないからね」

「それは嫌ですわね……仕方ありませんの、微力ながらお姉様にお供します……」

 

彼女の言い分に渋々従って黒子を開放する美琴。しかし釘を刺して黒子をその場に留まらせようとし、黒子もそれに嫌々言う事を聞くしかなかった。

 

「それでは始めましょうか……え~……お姉様とこの垣根さんという方のどちらかがよりジャンプの事をわかっているか語り合うのでしたわよね」

「ま、そんなもんハナっから決まってんだけどな」

 

先程の垣根の説明を踏まえて黒子がスタートの合図を出すと、早速美琴の向かいに座る垣根がフっと笑いながら話を始める。

 

「なぜならギンタマンとかいう犬のクソにも劣る漫画なんぞに熱を出してる時点で、ジャンプファンなんてぜってぇ認められねぇんだよ」

「へ~その犬のクソより劣る漫画より先に終わった作品が一体どれ程あるのかしら?」

「人気が落ちれば即打ち切りという過酷なジャンプの世界だ、それは仕方ねぇとは思ってる。だがな、ギンタマンにはそんなの関係ねぇ、あれはただの漫画に対する冒涜だ」

「へ~そんな事言っちゃうのアンタ? ちょっと頭の中メルヘン過ぎじゃない?」

「メルヘン過ぎってなんだよ、意味わかんねぇよ」

 

真っ向から否定的な言葉を述べる垣根に美琴はまだ余裕の表情。噛みついて来た彼にすぐに反論する。

 

「最初から最後までが全て決まったストーリーを、打ち切りという恐怖が常に襲い掛かるジャンプで描き切るなんてほとんど不可能に近いのよ。実際はただ作者が生き残るために死に物狂いで必死に描いてただけ、その中でギンタマンが生き残っているという事は読者からの支持を得ている証拠、おわかり?」

「はぁ……」

「あらどうしたの? ジャンプ歴十年のベテランが一年の若造に論破されて悔しいのかしら」

 

反撃を出してきた美琴に垣根は以外にも軽くため息を突くだけ。その反応に勝負あったかと美琴が勝利を確信したかのようにドヤ顔を浮かべるが、垣根は顔に手を置くと

 

「いるんだよなぁバクマン。読んで現実知っちゃってると勘違いしてる奴……」

「な!」

「死に物狂いで描く? そんなのどこの漫画家だって皆同じなんだよ、お前はどこにでもありふれている当たり前の出来事を口から吐き出してるだけじゃねぇか。ジャンプに載るってのはいわば血生臭い戦場に出陣するのと同じだ、いつ討死にしてもおかしくない世界、そんな事常識だぜ?」

 

格下の相手を見下すかのような視線を美琴に向けると、垣根は自分の意見を語り始めた。

 

「その戦場で見事に討死せずに生き残り続ける事は大切だ。だがそこだけが大事じゃねぇ、ずっと戦場で戦い続けた後、無事に生還出来た者こそ、真の勝利者なんだよ」

「ちょっと待ちなさい! アンタさっきその女と話してた時は長期連載でもこち亀はいいとか言ってたわよね! その言い方だと長期連載のこち亀をバカにしてるとしか思えないけど! おかしくない!?」

「テメェは本当にわかってねぇようだな、わかんねぇのか? こち亀は別だと言ったらだろ、つまりこち亀は既に勝利者という立場になっているって事だ」

「え?」

 

言って繰り出す美琴だが垣根には全く通用しなかった、逆に怒涛のラッシュ攻めが彼女に襲い掛かってくる。

 

「あの作品はとんでもなく長い間戦い続けてきた、いわば歴戦の視線を潜り抜けて多くの死を見続けてきた老兵。ジャンプの長い歴史を知る生き証人と言っても過言じゃねえ」

「ま、まあそうね……」

「ギャグマンガの一話完結物、それを長く続けるのは容易じゃねぇってのはさすがにわかんだろ?」

「う、うん……」

「長々と続ける作品は俺は苦手だ。だがな、過酷な戦場を年老いた体をものともせずに一生戦う事を義務付けられてる様な人生を送ってる作品には敬意を払うべきだとも思っている。今のこち亀はワンピースの様に絶賛されてる訳でもないし、NARUTOの様な話題が生まれるドラマがあるわけじゃねぇ。そんな中で生き残り戦場を我が家同然の如く威風堂々と歩くその姿はまさに勝利者だと呼べるだろう」

「た、確かに……! そう言われるとなんかカッコよく見えてきたわこち亀が……!」

 

こち亀は数多の戦場を歩いて来た歴戦の老兵。そう言われて美琴は論争中にも関わらず思わず納得して頷いてしまう。

それに黒子がテーブルに肘を突きながら横からボソッと

 

「敵の意見に納得したらその時点で敗北ですわよお姉様」

「は! そうだったわ危ない危ない! ギンタマンだって凄いのよ! え~とギンタマンはいわば戦場にいる……」

 

彼女の一言で我に返った美琴は慌てて状況を立て直して鋭い返しをしようと思考を巡らせ始めるが

 

「え~……」

「別に相手の例え話に乗っからなくてもいいと思うのですが」

「私もギンタマンをこち亀みたいにかっこよく例えてみたいのよ! あ! そうだわ!」

 

あえて相手の土俵に立ってしまう美琴に黒子が注意するも彼女は聞く耳持たず。

そして何か閃いたのかすぐに垣根の方へ振り返って

 

「ギンタマンはわね、こち亀程じゃないけど長く戦いを経験している筈、だからすごく強いのよ、めっさ強いのよ、わかる?」

「いやわかんねぇけど」

「いやだからアレよ、ギンタマンは滅茶苦茶強いって訳なのよ、つまり例えるなら……」

 

美琴の頭悪そうな根拠は垣根の心には全く響いていない様子。

逆に彼に問い詰められて彼女は焦りながら数秒程考えた後、突然バン!とテーブルをまた強く叩いて

 

「例えるなら歴戦の戦を縦横無尽に暴れ回る”ゴリラ”よ!!」

「なんで戦場の例え話にゴリラ出てくんだよ!」

 

胸を張ってどうだと言わんばかりに自陣満々に答える美琴に、思わず飲んでいたアップルティーを噴き出しそうになる垣根だが、そこはなんとか堪えてすぐにツッコミに入る。

 

「老兵とか猛将とか策士とかそれっぽい例えにしろよ! なんでまさかの人外チョイス!?」

「ギンタマンは既に人としての領域なんて超えてるのよ!! ゴリラ凄い強いんだから! 他の作家陣の”バナナ”を引っこ抜き回って血に塗れた戦場を住み慣れた故郷のジャングルかのようにくつろぎながら!」

「作家陣のバナナって何!? 引っこ抜いたってどういう事だよ!? もしかしてアレ引っこ抜いてんの!? 俺達男にとって大切なシンボルをバナナと勘違いして引っこ抜いちゃってるのギンタマンゴリラ!?」

 

それはそれで恐ろしいが……垣根が無茶苦茶な例えをやらかしてしまった美琴に戦慄を覚える中、彼等の隣に座って向かい合わせになっている黒子と心理定規はというと

 

「そもそも垣根さんのジャンプを戦場で例えるというのもどうかと思うのですが、どっちもどっちですわよね……」

「本人達は深い事言ってるつもりだろうけど、ジャンプはジャンプなのにね」

「うるせぇぞお前等! 俺の例え話のセンスに嫉妬してんじゃねぇ! ゴリラよりはマシだろゴリラよりは!!」

 

二人でコソコソと会話してるのが耳に入ったのか、垣根は機嫌悪そうに彼女達に叫ぶと、すぐ様黒子の方へ矛先を変えた。

 

「テメェも議論に参加しないでなにのんびりしてやがんだ! おらなんか言ってみろ! 好きな作品を持ち出して俺にぶつけてみろ!!」

「ぶつけるって……スラムダンクが好きですがなにか言いたい事ありますの?」

「意外なの好きだなお前!」

「よく言われますの」

 

常盤台のお嬢様が結構渋いのを好みとしている事に垣根がわかりやすいリアクションで驚いた後、スラムダンクと聞かれて小難しそうな表情を浮かべ始めた。

 

「てっきりコイツがギンタマンバカだからお前も一緒だと思ってたんだが」

「いえ、むしろあなたと同じくアンチギンタマン派ですので」

「ああ? じゃあテメェと争う理由なんてねぇじゃねぇか」

「こちらも元々あなたと議論する気なんてありませんでしたが……お姉様に頼まれて仕方なく」

 

面白くなさそうにため息を突く垣根、どうやらこちらに対して敵意は消えたらしい。

それを感じた黒子は、これでこんな不毛な争い事から抜けられると内心ホッとするが……。

 

「スラムダンク好きなのはさすがに文句なんて言えねぇよ、面白いよなアレ」

「はぁ、まあ面白かったと言えば面白かったですわね……」

「お前どのキャラ好き? 俺はミッチーだけど」

「わ、わたくしは基本どのキャラクターも好きでしたが……特に好きと言われるとやはり安西先生ですわね……」

「あ~わかるわそれ、確かにあの人もいいわ、うん。ジャンプの歴史に残る名言を多く生産してる偉大な人物だよあの人は、お前はよくわかってる」

(な、なんか急にフレンドリーになってきたんですけどこの人!? なんですのコレは!? なんでお姉様との議論そっちのけでわたくしとスラムダンクについて語り合おうとしているんですの!?)

 

急にテンション上がってノリノリで攻めてくる垣根に黒子は頬を引きつらせて動揺を隠せない。確かに好きな作品に同調されるのは嫌じゃないし、むしろ嬉しい、だが先ほどまで敵意を見せていた相手がこうもコロっと態度を変えてくるとこちらも対処の仕方に困ってしまう。

しかも本来垣根が話をするべき相手は自分ではなく隣に座っている美琴なのだが……

 

「ちょっとアンタ! 争ってる時になに私の友達と仲良くスラムダンク語り合おうとしてんのよ! 見せつけるんじゃないわよ! こちとら誰ともそんな風に楽しくギンタマンについて語りあえる人がいないんだから!」

「うるせぇな、それじゃあ今は休戦タイムだ。お前だって当然知ってるだろ、あの名作スポーツ漫画スラムダンク、ほら語り合おうぜ」

「……スラムダンクで語るって言われても……私あんまり……」

「え?」

 

スラムダンクと聞かれて何故か美琴は気まずそうに眼を逸らした

この反応に垣根と黒子は嫌な予感を覚える。

 

「あの~お姉様……まさかスラムダンクをご存じないとか? ジャンプではメジャーな部類に入る漫画であると初春から聞かされていたのですが?」

「え? あ、ああもちろん知ってるわよ! 何言ってんのよ黒子! 私は筋金入りのジャンプファンよ!! そんな作品もちろん知ってるわよ!」

「いやだけどさっきのお前の反応おかしかったぞ、じゃあ言ってみろ、スラムダンクってどんなストーリーだよ」

「そ、それは……」

 

疑ってる目つきで問いかけてくる垣根の視線を美琴はチラッと目を逸らしてしまう。

明らかに知らない態度、美琴は垣根と黒子と目を合わせられず気まずそうに額から汗をかいた。

 

(スラムダンクってバスケ漫画よね……タイトルのダンクってバスケのダンクの事よね……てことは!)

 

数秒程黙りこくった後、突然美琴は垣根の方へ視線を戻してビシッと指を突き付け

 

「ゴリラがダンクを決める漫画よ!」

「微妙に当たってるけどなんかちげぇ!」

「微妙でも当たってるって事は当たってるんでしょ! ね、黒子!」

「正しくはゴリラじゃなくてゴリですの」

「うっさいわね! 細かい所指摘すんじゃないわよ!! 脳天にダンク決めるわよ!!」

 

知ったかぶり全開の美琴に垣根はすかさずツッコミを放ち、黒子がジト目でボソッと指摘するが、美琴はこれで難を乗り切ったと満足そうに表情を和らげる。

 

「こ、これでわかったでしょう。私が知らないジャンプ漫画なんてないんだから……さあ論争の続きをやるわよ」

「いちご100%」

「へ?」

「いちご100%だよ、結構前に連載してて未だにファンも多いラブコメ漫画。ストーリーを具体的に言ってみろ」

「ア、アンタいきなり何を……」

「知ってんだろ、”当然”」

 

議論を再開せずにまたもや似たような質問をしてきた垣根に美琴は額から流れる汗が止まらない。

マズイ、この男、なにか察している

 

「いちご100%……確かヒロインが複数いる典型的なハーレム漫画だとか聞いたような……あ~複数の雌ゴリラが一匹の雄ゴリラを力づくで奪い合う青春ラブコメストーリーだったっけ?」

「なんでまたゴリラなんだよ! スラムダンクはともかくいちご100%にゴリラ全く関係なかっただろが! はい次! シャーマンキング!!」

「それも名前聞いた事あるわね……え~とストーリーは……大量のゴリラが集まってゴリラの王様を決める漫画?」

「だからゴリラ引っ張るんじゃねぇよ! いつまで引きずる気だテメェ!! はい次! 遊戯王!!」

「それは勿論知ってるわよ! 有名なカードゲームも出してるし! ゴリラが「立ち上がれぼくの分身!」とか叫んで自分のバナナを取り出すんでしょ!」

「それ違うカードゲームの主人公のセリフ! それとバナナ取り出すってなんだ! ゴリラどころか下ネタまで引きずってくんのかお前は! 次! 北斗の拳!」

「ゴリラとゴリラが殴り合う漫画!!」

「それただの動物園のありふれた日常風景じゃねぇか!! つうかいい加減にしろ! さっきからずっとゴリラゴリラでこっちまで頭おかしくなりそうだわ! これで最後だ言ってみろ! コブラ!!」

「え、ゴリラ?」

「どんな聞き間違いすりゃそうなるんだよ!! ゴリラに呪われてんのかテメェはよぉぉぉぉぉ!!」

 

それなりに名の知れた作品を並べていく垣根だが美琴の答えはなに一つかする気配さえ無い。叫びし過ぎてゼェゼェと荒い息を吐いた後、呼吸を整えながら垣根は美琴に一言。

 

「……お前、にわかジャンプファンだろ……もしくは熱烈なゴリラのファン」

「え!? ち、違うわよそんなわけないでしょ!」

「ジャンプ歴1年と聞いた時点で気付くべきだったぜ……お前、最近連載されてる作品しか知らねぇだろ?」

「ぐッ!!」

「はぁ……これじゃあ勝負以前の問題じゃねぇか……話にもならねぇ」

 

垣根が気付いた事、それは彼女がごく最近の漫画しかわからない事だった。

指摘された美琴は案の定、バツの悪そうに視線をあちらこちらに泳がせる。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 私だって昔のジャンプ漫画知ってるわよ! るろうに剣心とか!!」

「心理定規、るろうに剣心って前に実写映画やってたよな」

「ええ、同じ職場の人と観てきたけど面白かったわよ」

「さては映画観たから興味を持って原作買ってみたという典型的なパターンか」

「コ、コイツどうしてこんなに鋭いのよ……! し、知ってる事には変わりないでしょ!」

「地獄先生ぬ~べ~」

「地獄からやって来た先生が生徒を護る為に”ゴリの手”で敵をやっつける漫画!」

「ダメだコイツ完全に頭の中ゴリラしかいねぇ! 完全にゴリラに脳みそ侵食されてるよ!!」

 

これで完全にわかった、御坂美琴はかなりのレベルを行っているジャンプファンだと自称しているが、実際彼女のジャンプに対する知識が非常に乏しいのだ。

その事を頭の中で結論して垣根は腕を組んで静かに頷く。

 

「論争の仕方もなっちゃいねぇ、おまけに言葉も足りねえ、挙句の果てにはジャンプについて全然詳しくねえ。これじゃあ争う必要もねぇな」

「はぁぁぁぁぁぁ!? どういう意味よそれ! さては私との戦いに怯えて言い訳してトンズラかまそうって腹ね! 逃がさないわよ腐れホスト!」

 

指を突き付けてギャーギャー騒ぎだし始めた美琴を感情のこもってない無の状態で眺めながら垣根は隣に座っている心理定規に話しかけた。

 

「なあ心理定規、お前から見てコイツをどう思う」

「そうね、元の素材がいいから工夫すればきっと凄い子になるわよきっと、ウチの店で人気でるんじゃないかしら」

「いやそういう事聞きたくて尋ねたわけじゃねぇから」

 

キャバ嬢ならではの洞察力を披露する心理定規だが生憎垣根はそんなつもりで聞いたわけではない、今度はドン引きしてる視線で美琴を眺めている黒子の方へ口を開く。

 

「オメーからはどうだ、えー……名前なんだっけ?」

「白井黒子ですわ」

「そうか、白井、ダチとしてコイツの醜態を晒す姿に何か思う事はあるか」

「(遂に名前で呼んでくれるまで親しげに……)そうですわね、とても見てられない状況なのは確かですの。許されるならばここから逃げ出したいとも思っております」

 

スラムダンクで話が合ったのがキッカケなのかどんどんフレンドリーになってくる垣根に戸惑いつつも黒子は素直に答えると、垣根はそれを聞いて改めて美琴の方へ振り向く。

 

「だとよ格下、客観的に見てもお前はもう詰んでるって事だ」

「黒子ぉ!! なに敵の方へ寝返ってんのよアンタはぁ! 少しはフォローとかできないの!?」

 

怒りの形相で怒鳴りつけてくる美琴に黒子はブスッとした表情で一言。

 

「このまま争ってもどんどんお姉様が墓穴掘っていくだけですわよ、トークスキルや議論の手順もホストをしている向こうの方が上手ですし。一方お姉様はあまり色んな人と会話する機会がありませんからコミュニケーション能力が乏し過ぎますの」

「アンタといいアイツといいどうしてそう率直な意見を面と向かって本人に言えちゃう訳!? 泣くわよ!? ていうかもううっすら涙目になってるわよ!」

「それが本人の為だと思って言ってるまでの事ですわ、これを機にお姉様にはもっと同年代の方々とお話が出来るようになってもらおうと思って……」

「……わかったわ」

「お姉様……」

 

黒子は彼女の事を心から尊敬しているし度を越えた愛情も持ち合わせている。しかしだからといって彼女自身の欠点を指摘しないという訳ではない、従う時は従うし言う時は言うし。願わくば彼女にはこれからも能力だけでなく精神的にも成長して欲しいというのが黒子の望みなのだ。

 

しかしそんな彼女の望みも美琴は知ったこっちゃないという風に

 

「こうなったら論争とかクソめんどくさい事はこれっきりにして、こっからは互いの能力を用いて真剣勝負にしましょう」

「お姉様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「この世は弱肉強食、ゆえに強い者が上に立って弱い者が従う、それが自然の摂理であって私は何一つ間違ってないわ。そうよね黒子」

「間違いまくってますの! どこを間違ってるか指摘する気も失せるぐらい!」

 

言葉で勝てないなら武力で勝つ。その暴君極まりない美琴に黒子が慌てて止めに入った。

ホスト相手にレベル5の第三位が暴れたらそれこそ大参事は必然。しかし慌てる黒子を尻目に、テーブルに肘を突いた垣根は呑気な表情で「ふ~ん」と呟く。

 

「別にそれで構わねぇけど?」

「ちょ! あな……垣根さん! ちょっと前に聞いた筈ですわよ! お姉様は確かにアホですが腐ってもレベル5の第三位! 一般人が相手出来る様な人物ではありませんの!」

「”一般人だったら”だろ?」

「へ?」

「口で勝てねぇなら手を出すってやり方、それはどこにでもよくある常識だ、ただし」

 

黒子に言われても垣根は全く意に介さない様子で

静かに目を瞑った後、すぐにカッと見開いて鋭く眼光を光らせた。

 

「”俺”にそんな”常識”は通用しねぇぞ”格下”」

「なんですって……」

「今お前が目の前に座っているのは」

 

レベル5の第三位を前にしても全く負ける気など微塵もない態度を取る垣根に、いささか美琴も表情をこわばらせると、彼は睨み付けながらゆっくりと答える。

 

「ホストの世界でもナンバー2でもあり、学園都市の能力者の中でもナンバー2に入る男なんだからよ」

「!! アンタまさか……!」

「そう、俺は……」

 

学園都市の能力者の中で”2番目”の実力者。その言葉の意味に美琴がゴクリと生唾を飲み込む。

もし自分の推測が当たっていたら、彼は自分がずっと気になっていた能力者の二人の内一人という事になる。つまり……

 

美琴が頭の中で結論を放つ前に

 

垣根提督はガタッと席から立ち上がって、ポケットに両手を突っ込んでオーラを出しながらこちらを見下ろして

 

「学園都市が誇る7人のレベル5の一人、更にその中で上から2番目に数えられる超能力者ってのは、第二位であるこの……」

 

戦慄する美琴と黒子に、見下ろしながら垣根が高らかに宣言しようとしたその時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所でなぁに店にも来れねぇような年のガキを口説いてんだクソガキィィィィィィ!!!!」

「おぐおッ!!」

 

立ち上がっていた垣根の脳天に突如”何者”かのデカい拳骨が振り下ろされたのだ。

そのまま床を突き抜けて地面に埋まりかねないようなその一撃に、垣根は脳が揺れているのをはっきり感じながら思わず変な声を出してしまう。

 

頭を両手で押さえながらそのまま席に戻って項垂れる垣根、だが美琴と黒子は彼よりももっと”とんでもない物”を目の当たりにしてしまった。

 

「ちょ……え……」

「あ、あ……」

 

言葉さえ出せない状況というのはこういう事を言うのだろう。片やレベル4、もう片方はレベル5だというのに、二人は垣根の背後に立つ人物に目を見開いて呆然と眺める。

 

口元には青髭、更に着物では隠しきれていない筋骨隆々のボディと自分達より遥かに高い身の丈。

そして周りの者すべてを平伏させかねないような強大な威圧感。

明らかに男性、それもそんじゃそこらの男とは比べ程にもならない正に漢とも呼べる存在。

そしてなにより美琴と黒子が驚愕しているのは

 

その漢が女性の着物を着こなしているという所だ。

 

(ア、アレってまさか……! ウソ……初めて見たんだけど私……!)

(オカマ……! 男性の体で女性の心を持つと言われるオカマさんですの!)

 

そう彼(彼女?)はオカマと言う言葉を見事に表している紛れもないオカマだった。

そのオカマはというと、二人をそっちのけで、頭を押さえてうずくまっている垣根の方へ凶悪なツラを浮かべながらギロリと見下ろす。

 

「心理定規から聞いたわよ。アンタ女子供相手に大人げない真似して威張り散らしてたみたいじゃないのさ……」

「テ、テメェ心理定規……」

「いやねぇ、私は状況の報告をメールで送っておいただけよ。でもまさかメールだけですっ飛んでくるとは思わなかったわ、”西郷さん”」

「コイツが騒ぎ起こしたら面倒見てる私が責任取る羽目になるからね」

 

心理定規に西郷と呼ばれた人物は垣根を睨み付けながら口を開く。

 

「面倒事は起こしてないだろうね」

「さっき起こそうとする数秒前だったわ」

「ああん!? まさか中学生の女の子相手に変な事やろうとしたんじゃねぇだろうなぁテメェ!!」

「うがばッ! 死ぬ! マジ頭割れる! 止めろ化け物!! 俺を誰だと思って……! ぐおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

いきなり雄叫びを上げながら垣根の頭部を鷲掴みにしてギリギリと力を込み始める西郷。

あまりの痛みに垣根は罵声を放つがそれが更に西郷の怒りに触れたのか、とてつもなく強い力が頭部に強烈な痛みを走らせる。

 

目の前で行われている拷問に美琴と黒子は呆然としたまま言葉も出ない。

 

「ど、どうすればいいの黒子……」

「どうするも何も……わたくしだってこんな珍百景を見るのも初めてですので……」

「あらちょっと何? この子達ってお登勢の所の学校の生徒さんじゃないの」

「「!!」」

 

コッソリ会話してる所に不意に西郷がこちらの方へ顔を上げてきた。

美琴と黒子は思わずビクッと肩を震わして固まってしまうが、西郷はお構いなしに彼女達にニヤリと不気味な笑みを浮かべ出し

 

「あらヤダ、よく見ると二人共可愛いじゃな~い。二人共コイツに変な事されなかった~? 正直に言っていいのよ」

「い、いえ大丈夫です……え~と、ところで一体どちらさんでしょうか……」

「私? 私はかぶき町でオカマバーを経営してるモンよ、”鬼神・マドモーゼル西郷”っていうの、素敵な名前でしょ? うふ」

「げ……」

 

女装した大男のウインクというのはこんなにも破壊力があるのかと、美琴はさぶいぼを立てながら身を持って体験した。

眉をひくひく動かしながら軽く怯える彼女に、西郷は話を続ける。

 

「このホストのガキはね、私が預かって保護してやってるんだよ。コイツはこう見えて能力者の中では2番目に強いらしくてね、強大な力を己で抑止できるようにする為に私達みたいな大人が面倒見てやらなきゃいけないのさ」

「それってつまり……コイツがレベル5の第二位!?」

「あら詳しいじゃない、ちゃんと勉強してるのね。お利口さんよあなた」

「はは……ど、どうも……」

 

褒めてくれるのは嬉しいがそのウインクを連発するのは勘弁してくれないか……とは言えない美琴は頬を引きつらせながら無理矢理笑い声を上げた後、隣に座っている黒子の方へこっそり耳打ちする。

 

「ちょっと黒子……オカマがレベル5の面倒見てて、しかも相手が学園都市では謎に包まれている第一位と第二位の内の一人なんてどういう事よ……」

「わたくしも驚きでしたわ……まさか第二位のレベル5がかぶき町でホストやっていたなんて……」

「ったく女王といいレベル5ってのはロクでもない連中ばっかりね」

「お姉様、それツッコんで欲しいんですか?」

 

ブツブツ呟いてぼやく美琴に黒子がジト目で遠い視線を送っていると、向かいに立っている西郷はグイッと垣根の後ろ襟をつかんで無理矢理席から立たせていた。

 

「ほら行くぞ坊主、心理定規。アンタ達これからすぐ仕事だろ。早く帰って支度しな」

「はーい」

「言われなくても帰るっつうの……ゴリラみたいなツラで俺に指図するんじゃ……おぐしおッ!!」

 

青ざめた顔で垣根が何かいいかけるが、言い終える内に、西郷が無表情で彼の首に手をかけてポキッという音と共に無理矢理ひん曲げる。

その瞬間、垣根は白目を剥いてガクッと意識を失ってしまった。

白目を剥く彼をそのまま西郷はヒョイっと掴み上げてると広い肩にかけ、心理定規を連れて店を後にしようとするが、最後に美琴と黒子の方へ振り返る。

 

「それじゃあねあなた達、あなた達はまだ子供だからこんな危ないホストに引っかかっちゃ駄目よ、あ、そうそう。もしお酒を飲める年になったら、かぶき町にある私のお店にいらっしゃい、もちろん”男の子”を連れて来てね」

 

西郷はフフフと意味深な笑い声を上げる。

 

「たっぷり”サービス”してあげるから」

「「……」」

 

もはやどんなサービスなのか想像もしたくなかった。

何も言えずに固まってしまう二人を置いて、西郷は巨体を揺らしながら心理定規と気絶した垣根を連れて行ってしまった。

 

「……怖いよー」

「……ウチの寮監より怖い物があったんですわね」

 

しみじみと感想を呟きながら美琴と黒子は同時に頷いた。

 

「なんかどっと疲れたわ……それにしてもあのホストが第二位って……どんな能力なのか聞いておくべきだったわ」

「第二位という事は第三位のお姉様より有能な能力を持つという事ですが……あの西郷さんとかいう人に思いっきりシメられてましたからあまり想像できませんの」

「レベル5つっても年長者相手になると頭が上がらないモンなのよ、私だってお登勢さんにしょっちゅう拳骨制裁食らってるもの、女王もアイツ(銀時)におもちゃ扱いされてるし」

 

頭を押さえてテーブルに肘を突きながら美琴がそう説明すると黒子はふむっと顎に手を当てて納得した。

 

「なるほど、レベル5でさえ恐れるような存在があるという事ですか」

「そうね……レベル5といっても人によってはまだまだ子供と思う人も一杯いるのよ……」

 

第五位と第二位、美琴が自分以外に知るレベル5はこれで二人になった。残る四人は一体どんな人物なのかわからないが、今までレベル5が大きな事件を起こしたという情報も入ってこないし、皆、自分の様に大人が世話をして上手くやっていけているのかもしれない。

 

そんな事を考えていた時、美琴はふとある事を思い出す。

そういえばさっきまで、自分と垣根は論争の真っ最中でしかも自分の負けが見えていたようだったが……。

 

「……そういえばアイツ、西郷さんに連れ去られてこの場から途中退場したわよね」

「そうですけど、どうかなさいまして?」

「てことはコレって、”私の勝ち”って事でよくない?」

「……」

 

そう言い切ると美琴はぬふふっと嬉しそうに笑みを浮かべて見せる。黒子は無言で呆れた視線を向けるが、彼女は気づかずニタニタと笑いながら足を組んですっかり勝者気取り。

 

「そうよねこれは完全に勝ちだわ、だってアイツゲーム中に抜け出したんだし。いや~結局こうなる運命だったって事ね~。これで私は”にわかジャンプファン”とかいうレッテルを貼られずに済むって訳か」

「お姉様……」

「そういや黒子、アンタあのホストとスラムダンクなんかで盛り上がってたわよね。ダメよあんな奴とそんな”古臭い漫画”で盛り上がってちゃ」

「は?」

 

古臭い漫画、その言葉に黒子がピクリと僅かに体を動かして反応する

だが美琴はすっかり調子に乗ってしまっている様子でそれを見ていない。

 

「一流のジャンプファンである私から命令するわ。徹夜でギンタマンを全巻読破して今度からは私とギンタマントークしましょう、その方がきっと楽しいに決まって……」

「……お姉様」

「え、なに?」

 

ニヤけ全開の美琴に黒子は静かに呼ぶと同時に

 

彼女の隣からシュンと消えて、”彼女と対峙”するかのように先程まで垣根が座っていた向かいの席に瞬間転移し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは”二回戦”、スタートですの」

「え、ちょ、どういう事……」

「これからわたくしがスラムダンクの良さについて語り尽くしますので、お姉様はギンタマンの数少ない良さを必死にアピールしながら反論して下さいませ」

「ま、まさか黒子……スラムダンク馬鹿にしたの怒ってる……? ご、ごめんちょっと調子乗ってつい口が滑って……い、良い漫画よねアレ! 特に”ゴリラ”が雄叫びを上げながらダンクを決めて!」

「ゴリラじゃなくてゴリですの!! それとわたくしが怒っているのはスラムダンクを馬鹿にされた事だけなくお姉様のアホさ加減に頭に来てるんですのよ!! これからみっちり安西先生の教えを元に教育してあげますわ! 逃がしませんわよ!!」

「うわホントごめん黒子! お願いだから元の黒子に戻って! いつもの様にお姉様お姉様甘えてくる黒子に!!」

「当然敵に背を向ける様な事はしませんわよね、一流のジャンプファンのクセに」

「ア、アハハ……黒子何か頼もうか~私奢っちゃうわよ~……アハハ……」

「さあお姉様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャン魂ロンパ、始めましょうか」

 

数時間後、ようやく日が落ちて完全下校時刻になってた頃には

 

心折れるまで論破されて真っ白な灰になってテーブルの上に倒れる美琴と

 

真の勝者として優雅にコーヒーを飲む黒子の姿があったそうな

 

 

 

 



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第三十訓 万事屋、新メンバーが加入される

夏の日差しがギラギラと灼熱の暑さと共に降り注がれる中。

浜面仕上は”我が家”へとこもって暑さをかろうじてしのいでいた。

 

「あちぃ……なんでだよ、なんでこの家にはエアコン設置されてねぇんだよ……」

「んなモン買う暇がウチにあると思ってんのアンタ……死ぬ」

 

我が家というのは浜面が拠点として生活している場所、すなわちお登勢の店の2階にある万事屋アイテムだ。

家の中は意外と広く、家具や電化製品が一式揃っていればそれなりに充実した生活を送れる筈なのだが。

 

家の持ち主である麦野沈利が常に金欠状態なので揃える余裕など無いのが現状だ。

 

ゆえに浜面が苦労して手に入れた夏をしのげるアイテム、扇風機の前で

左右にゆっくり動きながら風を送る彼に感謝しながら二人で座ってダラダラと汗を掻きながら時間を過ごしていたのであった。

 

「……もう限界よ、早くこの家にエアコンを入れないと干からびる……ちょっと浜面、さっさと外行って仕事取って来てよ、エアコン買えるぐらい報酬たんまり貰える仕事」

「無理無理、こんなクソ暑ぃ中に外出て行く気なんかサラサラねぇよ俺……たまにはお前が行ってみれば?」

「おい、誰に向かってそんな調子乗った口効いてんだテメェ、私が行けと言えば行く、死ねと言えば死ぬのがアンタの立場でしょ」

「……俺の立ち位置相変わらず底知れず……」

 

客を迎える為に設置された居間で二人は左右に首を動かす扇風機の前に僅かの間しかない状態で座りながら声にも力がこもってない様子で会話する。

ちょっと頭を傾ければ両者の頭がゴツンと当たりそうなぐらい両者接近しているにも関わらず、暑さのせいで浜面は意識を遠のかせて、麦野は元々浜面の事などなんの意識もしていないので二人共そんな事気にも留めていなかった。

ただ扇風機から送られる風を受けることに必死だった。

 

「暑いからってすぐ喧嘩腰になるなよ……とりあえず一旦この扇風機さんに癒された後に外回りしてくるからよ……」

「今行って来い今、そうすれば私が一人でコイツ独占出来るし」

「独占ってお前……コイツは元々俺がリサイクルショップで安売りしているのをさらに交渉に交渉を重ねて手に入れた代物なんだぞ……使う権利は当然俺にあるんだからな、そこん所覚えておけよ」

「たかが扇風機でケチケチしてんじゃないわよ……」

 

そう言いながら麦野は浜面の方へ首を向けた扇風機を両手でガシッと掴むと無理矢理自分の方向へ向けた。

 

「つうかウチって扇風機一個買うのにそこまでする程ヤバかったかしら……」

「貰える仕事がまだまだ全然ねぇし、金が溜まっても今までお前が滞納してた家賃をお登勢さんに返さなきゃいけねぇんだよ。今残ってる金は節約して後2、3日分ぐらいしかねぇ」

 

この家の財産管理は主に浜面が一人で行っている。麦野に任せたらすぐに無駄遣いするのが目に見えているからだ。

この家に置かれている厳しい現状を伝えながら、浜面は扇風機を掴んで乱暴にグイッと引き寄せる。

 

「お前がシャケ弁ばっか買わずに自炊の仕方覚えてくれたらなぁ……そうすりゃ食費が少し浮くのに」

「弁当代と酒代と漫画雑誌代は絶対に落とす気ないんだからね」

 

扇風機を掴み、自分の方に向ける麦野

 

「お前のそれが一番この家の負担になってんだよ、能力者としてでなく自分の力で生きたいならちっとは生活力を鍛えろ、自炊の仕方教えてやるから」

 

扇風機をこちら側に向ける浜面

 

「いいわよ自炊なんてアンタ一人でやればいいじゃない。この家に料理できる奴なんて一人で問題ないわ」

 

扇風機を乱暴に引っ張る麦野

 

「いやいやいや、俺としては是非お前のエプロン姿を拝みたいってのもあるし……」

 

扇風機を掻っ攫う浜面

 

「気持ち悪い事言うんじゃねぇよ」

 

奪われそうになった扇風機を両手で強く掴んで奪い返そうとする麦野

 

「男って生き物はな……女の子がエプロンを付けて料理作ってる光景を眺めていたいモンなんだよ、その女の子の料理が食えるなら更に良し……」

 

渡さまいと負けじとふんばって耐える浜面

 

「前々から思ってたけどアンタってやっぱり私の事そういう目で見てるわよね、言っとくけど私はアンタの事なんて便利な犬っころとしか見ていないわよ……おい、いい加減離せ殺すぞ……」

「俺だってお前の事を女としてなんて見てねぇよ、ただこの家に見た目が女の形してるのがお前だけだから、「まあ性格は最悪でも見た目だけは美人だし~」ってなぐらいにしか思ってねぇって……誰が買ってやったと思ってんだコラ……」

 

日常会話を挟みつつも扇風機の独占権を互いに譲らず引っ張り合う浜面と麦野。

傍から見れば何とも情けない一進一退の攻防戦だが両人とも必死である。

 

「それより冷蔵庫にハーゲンダッツあるわよ、アンタに上げるからさっさと取りに行って来いクソが……」

「嘘つけ、そんなモンをお前が俺の為に譲るなんて天地がひっくり返てもあり得ねぇ、短い付き合いでも嫌と言う程理解しているんだよ……渡さん、コイツは渡さんぞ……」

 

ミシミシと悲鳴のような嫌な音を立てる扇風機を気にも留めずに互いに全力を振り絞って独占権を得ようとする。

もう限界なのだ、気休め程度にしかならないこの機械だが二人にとっては唯一の暑さをしのげる物、暑いおかげで思考回路も短絡的な結論に導く事ばかり優先して麦野と浜面はただ「扇風機を奪って独り占めしたい」という思考に完全に支配されていた。

 

「テメェ! 女の私がこんなに苦しんでるのに更にコイツ奪おうとかそれでも男か!!」

「元々お前から先に奪い取ろうとしたんだろ俺の扇風機!」

「あっちぃんだから無駄な運動させるんじゃねぇよ! 大人しくよこせ!! さもねぇとテメェの○○○を輪切りにすっぞ!!」

「下半身が冷える脅し文句言うの止めろ! そういう冷え方は望んでねぇ! とにかくコイツだけは死んでも……!」

 

ドスの利いた口調で脅してくる麦野に負けじと反抗する浜面の姿を見るに。

この短期間で彼女との圧倒的力関係は少しは改善出来たらしい。

麦野は確かにレベル5の第四位であるし身体能力も遥かに高いし頭もいい。だが万事屋の仕事や小手先を使う地味な作業や周りの住民との干渉などはスキルアウト時代で下っ端人生を送っていた浜面の方が上手なのも確かだ。

 

したたかに生きる事を生業とする彼にとっては得られる技術は自ら進んで取り、仕事を貰えるようにとかぶき町の住人たちとの交流も欠かさない。こうした地道な作業が彼を少しづつ前向きな人間へと変えていったのだ。

 

だが麦野の方はというと、万事屋として自分の力だけで人生を謳歌したいというのを優先し過ぎて周りが見えていない時がよくある。ゆえに彼女がここ最近交流する相手など僅かな数にしか満たず、しかもほとんどが浜面かお登勢、仕事の相方と管理人としかコミュニケーションを作ってない時点で彼女は能力者としては有能でも一人の社会人としてはまだまだな様子である。

 

ゆえに最近は浜面が彼女に強く出る事もしばしばある。だがそれでも相手は麦野。例え彼が大きく出ても結局……

 

「だったら死ねぇ!!」

「はんぶらびッ!!」

 

暴力が場を支配する事に変わりない。

座った状態のまま腰を大きく捻って、若干太めなのを気にしている太ももを振るって浜面の顔面に蹴りを一発する麦野。

 

扇風機を遂に手放し、彼はガクッと後ろに頭を垂らしながら鼻血を流してバタッと大の字で倒れてしまった。

 

「……どうせならストッキング越しじゃなくて生足で蹴られたかった……」

「気持ち悪い辞世の句を残してないで勝手に逝けやボケ」

 

スケベ心丸出しなセリフを吐きながら鼻血流して倒れている浜面に目をやりながら麦野ははぁ~と色っぽいため息を吐いた後、解放された扇風機を奪取する事に見事成功した。

 

「これで邪魔者がいなくなったし、ようやくコイツを独り占めに出来るって事ね。コイツがあればこのクソ暑い空間でもちっとはマシに……あれ?」

 

浜面から奪った扇風機を上機嫌の様子でスイッチを押す麦野。

だが扇風機はうんともすんとも言わない。何度電源ボタンを連打しても一向に動く気配が無い。

 

「え、ちょっとマジ? 壊れたの? さっきのバカ騒ぎで壊れたの!? あぁぁぁぁぁぁぁ!? 私の癒しの一時がぶっ壊れたの!!? おいちょっと起きろ! もしも~し! 大至急強風欲しいんですけど扇風機さーん!? もしかしてエアコンの方が欲しいとか言って拗ねちゃってる!? めんごめんご! やっぱりアンタが一番だから! お願いだから動いて! 動け! 動きやがれこのポンコツがスクラップにすっぞ! ああすんませんついカッとなってしまいましたマジすんません!!」

 

焦った様子で麦野が色んなボタンを強く押しながら叫んでいると、ティッシュで鼻血をふき取っていた浜面が状況の異変に気づいて起き上がった。

 

「は? もしかしてさっきの取り合いで壊れちまったのそいつ?」

「なに呑気に言ってんの! こりゃ死活問題よ! お願い浜えもん扇風機を修理して!!」

「待て待てむぎ太君、修理なら出来る事は出来るけど、素人の俺には限界があるんだからな、重症だったらもう手遅れ……」

「重症かどうかまだわかんねぇだろうが! 諦めんなボケ! 患者が目の前にいて執刀出来るのはお前しかいねぇんだよ! カモンブラックジャック!」

 

スキルアウト時代はピッキングの才能があった浜面だが最近それを生かせるようにする為か、壊れた機械の修理する技術を日々学ぶようになっている。教えてくれる人はいないのでぶっちゃけ見様見真似でやっているのだがこれが意外と出来てしまい、今では簡単な物なら修理できるようになったのだ。

扇風機が壊れてしまって暑さをしのげなくなってしまった今の麦野にとっては、大変必要としているスキル、早く直せと彼女は浜面に要求し始める。

 

「ほら早くやんなさい! よく見て! ”全身”をくまなく!!」

「う~ん、(扇風機直すの)初めてだからわかんねぇなこういうの、この辺は”敏感な部分”だからあまり触んないようにしねぇと」

「ビビッてんじゃねぇよ! 敏感だからこそ一番怪しいだろ! パカッと開いて中身弄ってじっくり眺めればわかるわよ!」

「そうは言っても”壊れちまったら”元も子もねえし……ここは慎重に開けて。てか麦野、”力抜けよ”。お前が緊張してどうすんだよ、こっちまで緊張しちゃうだろ……」

「こちとら汗だくなのよ……早くしてもらわないと”参っちゃう”の、お願いだから”焦らさないで”さっさとやって……」

「わかったよ、俺も(この暑さで)限界だし……やってみるか」

 

扇風機の状態を一通り見た後、浜面は工具箱を取り出そうと腰を上げたその時。

 

ピンポーンっと玄関の方から来訪者が来たことを知らせる呼び鈴が鳴り響いて来た。

 

「……まさかお客さんか?」

「暑いから今日は休みだって言っときなさい」

「いやいやそうはいかないでしょ麦野さん、羽振りのいい客ならたんまり報酬貰えるかもしれねぇんだし」

 

客はいいからはよ扇風機直せといった視線を向けてくる麦野を居間に置いて浜面は扇風機の修理を一時中断してすぐに腰を上げて玄関へと向かった。

 

この一連の行動の間でも玄関からは何度もピンポンピンポンと呼び鈴のボタンを連打している音が聞こえてくる。

 

人様の家のボタンを何度も押すとは一体どんな奴だと、浜面は玄関へと降りて戸をガララっと開けて、ボタンを押した張本人と真正面から向かい合った。

 

「……」

「ってあれ、銀さんじゃん」

 

ボタンを連打していたのは浜面が前々から何度か世話になっている男、坂田銀時だった。

いつもの着物に腰に木刀を携えて、いつもの死んだ目でこっちに無表情のまま見つめてくる。

 

予想だにしなかった来客に浜面が少し驚いてる中、銀時は突如右手で拳を構えて

 

「ぶごほッ!!」

 

無言で浜面の顔面をぶん殴った。しかも加減をしているとか、コミュニケーションを取る為の冗談交じりの挨拶とかではなく、正真正銘本気が込められた一撃だ。

本日二度目の顔面への攻撃を食らった浜面はなす術なく玄関で仰向けに倒れる。

 

 

「いってぇ……な、なんで!? なんでいきなり顔面に一発ストレートぶちかましてきたの!?」

 

ここに住んでから度々麦野に酷い仕打ち食らってたおかげでタフ度とM属性が上昇しつつある浜面、これぐらいの一撃で気絶などする事なくすぐに半身起き上がってこちらを仏頂面で見下ろす銀時に抗議する。すると銀時は表情を崩さぬまま路上に落ちてる犬の糞でも見るかのような目つきで

 

「うるせぇ死ねクソ野郎、テメェみたいなゴミクズ死んだ方が世の為なんだよ」

「のっけから主人公とは思えない酷いセリフ!? 銀さん! アンタ確かに口は悪いけどそこまで酷くは無かった筈だよ!」

 

麦野やフレンダにさえ言われた事のないセリフに内心ちょっと泣きそうになりながらも浜面はなんとか持ちこたえてヨロヨロと立ち上がった。

そして彼に向かって銀時はやっと仏頂面からしかめっ面に変わって

 

「おいエロリーダー、お前こんなクソ暑い中何やってたんだ? 言ってみろ」

「何って……俺はただ……」

「全部玄関の傍から丸聞こえなんだよ、何が初めてだよ、何が敏感だよ、何が力抜けだよ、何が私を滅茶苦茶にして~だよ」

「なんか人知れず変な誤解が生まれてた!! てか四つ目は明らかにアンタが捏造したモンだからね!!」

 

どうやら扇風機を修理する時に交わしていた麦野とのやり取りを偶然玄関の前で聞いてしまっていたらしい。誤解を解こうと浜面が口を開きかけるが銀時はやさぐれた様子でその場にペッと唾を吐き

 

「人の知り合いに女預けておいてコレだよ、自分は勤め先の女とこんな時間からフュージョン三昧とはいい御身分だなコノヤロー。救えねぇんだよこのハゲ」

「ハゲてはないだろ! いやいや誤解だって、俺は壊れた扇風機を修理していただけで、アンタが考えてる様な濃密な官能世界なんてこの家で起きてないから」

「俺なんかここん所ずっとガキ共の世話ばっかですっかりご無沙汰なんだよコンチクショウ!!! 終いには元カノまで出て来るし!!」

「えぇぇぇぇぇ! キレてる理由そっちぃ!?」

 

怒りの沸騰を湧きだしながら叫ぶ銀時に浜面が呆気に取られていると

 

「すみませ~ん、この超くだらないミニコントまだ続くんですか? 外は超あっついんで早く中に入れてもらえませんかね~」

「え? 誰?」

 

突然銀時の背後からひょこっと1人の少女が顔を出してきた。彼の背後にいたなんて全然気づいてなかった浜面。見てくれはちんまりとしたサイズで中学生ぐらい。季節に合わせた半袖パーカーと短パンを着こなしているこの少女に浜面は見覚えが無い。

 

(なんだろう、銀さんって会う度にいつも色んな女の子連れ回してるような気が……もしかしてアレか? 高校生以上はババァですとか素で言えちゃう人達のお仲間的な?)

「”銀ちゃんさん”、もしやこの超アホ面でひ弱そうで、デコピン一発で消し飛びそうな小悪党っぽい男が例の?」

「初対面の相手になんて失礼な態度!」

「そうそう、我らがリーダーの”二股君”だよ。股が二つに裂けるという凄い能力を持っているんだよ、試しにお前が左側掴んで俺が右側掴んでみるよ、綺麗に裂けるかやってみ」

「わ~い、超楽しそうです~」

「純粋無垢なキラキラとした目をしながら俺の左腕を掴まないでお嬢ちゃん!! 裂けないから!! 裂けても絶対グロイし死ぬから俺!!」

 

銀時の説明を受けて楽しげな様子で二つに裂こうといきなり左腕を掴んできた少女に浜面が必死の表情で叫び声を上げて振り払おうとする。

 

「てか俺の名前は浜面! なんなんだよお前! 銀さんとどういう関係だ! 人には言えない関係とかじゃないよな!!」

「よ~し、じゃあ右側は俺に任せて引っ張ってみよ~綺麗に半分こに裂けるかな~」

「臓物も綺麗に裂けるのか超興味深いです」

「ごめんごめんごめん! 銀さんマジで謝る! 謝るからそれだけは……あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

両サイドから腕を持って引っ張ろうとする少女と銀時。数秒後、家の下の住人達にも聞こえる様な浜面の断末魔の叫びが響いた。

 

 

 

数分後の出来事

 

股の部分をかけて体の中心点に走る痛みに耐えながら浜面はやってきた二人の客人をようやく家へと迎えた。

 

お客様用のソファに座っている二人。絹旗は両手を膝に置いてちょこんと座り、銀時の方は足を組んでふてぶてしい態度で腰を下ろしている。

 

それに向かいのソファで座るのは玄関で彼等に酷い仕打ちを受けた浜面と、未だに扇風機が直らない事に苛立ちを覚えている麦野。

 

浜面と麦野は何故自分はここに来たのかという話を銀時から聞かされた。

 

「……万事屋の新メンバー?」

「そうだよ、やっぱ二人だけだと役割分担とかやりにくいだろ? それでこれからは三人組でやっていった方がいいと思うんだよ銀さんは。なんつうか”万事屋つったら三人組”って感じじゃね?」

「いや意味わかんねぇんすけど……」

 

独自の持論を持ち上げながら話を進めようとする銀時に浜面は眉をひそめると、銀時は隣にいる少女の頭にポンと手を置く。

 

「まあ見てくれはこの通りちっこい小娘だけど、意外とやれば出来る子でさ。もう万事屋になる為に生まれたと言っても過言ではない存在なんだよ。な?」

「初めまして、絹旗最愛です。レベル4で前は超怪しげな研究所で怪しげな実験に取り組んでいましたが、訳あって今は逃亡して銀ちゃんさんの家に居候しています。特技は人間を一瞬で肉や内臓、骨さえもグチャグチャにする事です」

「万事屋じゃなくて殺し屋として生まれた存在の間違いだろ! そんな特技生かしきれねぇよウチじゃ!!」

 

銀時に促されて自信満々に自己PRを始める絹旗という少女ではあるが、あまりにも物騒なアピールポイントに浜面は即座に早くこの娘を銀時に連れて帰って欲しいと願う。

彼の隣に座る麦野もまた額から流れる汗を不機嫌そうに手で拭き取りながらけだるそうな表情で

 

「おい第五位んところの野郎、アンタもしかしてウチが行き場のないゴミ共に仕事を提供してあげるボランティア団体だとでも思ってんの? そんな余裕ないんだよウチは、ただでさえ扇風機がぶっ壊れてイライラしてんのに変なモン連れてくるな」

「だからこの部屋クソ暑いのか、いけないねぇコレじゃあ。最近のガキは暑さですぐ参っちまうんだから、コイツも住み辛くなるから早い所扇風機なりエアコンなり買っておけよ」

「全くです、いくらなんでもこれは超暑過ぎです。私がこれからここに住める様にする為に、まずはここをファミレス並の超快適空間にするよう提案します」

「だからウチにそんな余裕ねえって言ってるだろうが! なに自然にそいつを私達が預かる前提で話進めてんだよ! 殺すぞクソ白髪!!」

 

腕を組みながらこちらに要求を伝える銀時とうんうんと頷く絹旗に暑さの苛立ちに身を任せて麦野は叫び声を上げた。だが銀時は彼女の言い分を聞いても引く様子は見せずに

 

「別にいいだろ一人増えたって、そもそも俺はそこの二股君からガキを一人知り合いに預けてやってんだぜ? これで貸し借り無しという事にしとこうや」

「ガキだぁ!? おい二股!! それどういう事だ!!」

「お前まで二股って呼ぶなよ!」

 

銀時にバラされて浜面はバツの悪そうな表情で睨み付けてくる麦野に話す。

 

「実はダチをこの人の家のお隣さんに預けてるんだよね俺……ここで一人前になったら迎えに行くって約束しといて……」

「つまり一生預かってくださいって事じゃない」

「俺が一人前になる事が絶対無理だと思ってんの!? なるよ俺は! きっとなってやるから一人前の男に!」

 

昔はネガティブな発言が多い浜面だったが、ストーカーとの決闘の件がキッカケで最近では無駄にやる気が出てきている様子。

そんな彼に麦野は苦々しい表情で舌打ち。

 

「そいつ女?」

「え、そうだけど?」

「男じゃねぇならまだマシね……言っとくけどテメェがそいつ迎えようがこの家には一歩も入れさせねぇわよそいつは」

「え、マジで!? いや待て待て麦野! アイツは本当に万事屋として役立つぞ! 特技は体に隠し持っている爆弾やらミサイルやらを敵にぶっ放す事で!!」

「それだとこの人間ミンチ作製娘とそんな変わらねぇじゃねぇか、いるかそんな奴」

(お前も殺人ビーム乱発ドS姉さんだろ……)

 

キツイ事を言ってくれる麦野だが彼女もまた目の前に座っている絹旗や、自分が銀時の隣人の小萌に預けているフレンダとそんな変わらないタイプの人種なのではあるが……

 

「忘れちまえ忘れちまえ、お前は金輪際そいつとは何の関係もねぇ赤の他人だ、永遠に私の下僕として生きろ」

「俺の人間関係を潰して更に永久に自分の所有物としてコキ使おうとしてるんだけどこの人!」

 

あまりにも横暴な態度の麦野に浜面が叫びつつ、今後どうすればフレンダをこちらに呼べばいいのか考えていると。目の前で座っている銀時と絹旗が小声でヒソヒソとこちらの方へ目をやりながら会話している。

 

「おい見ろよ……勤め先の女に過去の女は忘れろと言い寄られてるぜ……ざまぁねぇな、二股なんてするからあんな目に遭うんだよ」

「全部神楽さんの言うとおりでしたね……この男、自分のダメさ加減に惹かれてしまうようなバカな女をターゲットにしてハエのようにたかる超クズ野郎です」

「聞こえてんだけどお二人さん!! アンタ等さっきからずっと誤解してるけど!! 俺は元々フレンダとも麦野ともそんな関係築いてねぇチキンだからね! これ以上無実の罪を俺に着せないで!!」

 

思いきり丸聞こえだった二人の会話を聞いて浜面は思わず立ち上がって必死に弁明する。

確かに彼は二人が考えてる様な不埒な真似はしていないのだが、そういう疑いが芽生えてしまったのは彼にも非がある訳で

 

「なんもしてねぇって言うならよ、なんであの金髪のガキに連絡の一本もよこさねぇんだ。後ろめたい気持ちがねぇなら一日に一回でもいいから声聞かせてやるもんだろ、それが男ってモンだろ」

「おお! 銀ちゃんさんが珍しく男女の関係に超大人な意見を!」

「この前昔の女に似たような件で文句言われてな」

「超情けないです銀ちゃんさん!」

 

カッコよさげにフッと笑って見せる銀時だが台詞はあまりにも決まってない。

だが銀時の言い分はもっともでそれには浜面もわかってるつもりなのだが

 

「いやだって一人前になるつもりでここ来た訳だけど……まだまだこの仕事は仕事としてさえ成り立ってない状況だし……おまけに麦野がちょっとやらかしちまったモンだから借金まで出来ちゃって……こんな情けない状態じゃアイツになんて言えばいいのかわかんなくてずっと連絡絶ってたんだよね……」

 

長く連絡を行っていなかったのはそういう理由があったらしい。

申し訳なさそうにしゅんとしながら心中を吐露する浜面に銀時はフンと鼻を鳴らす。

 

「つまんねぇプライドなんか持ってカッコつけようとしてんじゃねぇよ。そんな真似して女をずっと待たせてると、向こうは捨てられたと思っちまうだろ。テメーの事じゃなくて向こうの事も考えろ。アイツはちゃんとお前の事を考えてやってんだぞ」

「それも経験上ですか?」

「睨まれながら怒られた」

「超ダサいです銀ちゃんさん!」

 

またもや自分の情けない経験上の話でアドバイスする銀時。

だがそれを聞いて浜面は「そうだよなぁ……」とため息交じりに納得した様子を見せた。

 

「やっぱり電話の一本もしないのはマズいよなぁ……今度からはちゃんと連絡してみるわ」

「わかりゃあいいんだよ、早く気付いてよかったなリーダー。連絡ないまま時が過ぎると男と女ってのは自然に関係が消滅しちまうんだからな、今度からは気を付けろよ」

「ああ、明らかに自分の身に起こった話をしてくれてありがとな……」

「でもぶっちゃけ、女ってめんどくさいよね、どうして俺達男がわざわざ気を使わないといけないの? マジふざけんな」

「このタイミングでぶっちゃけるなよ! アンタいい事言ってたのに全部台無しじゃんか!」

 

澄まし顔でいきなりポロッと本音を漏らす銀時に浜面がツッコミを入れた後、「それじゃあ」っと銀時は絹旗の頭に手を置いたまま改めて

 

「そういう事で、コイツよろしく」

「超よろしくお願いしま~す」

「ああわかったよこれからよろしく……ってなんでこの流れでそうなる訳!?」

 

忘れていた事を思い出したかのようにまたもや万事屋に新メンバーを追加させようとする銀時に先程ツッコんだばかりの浜面がまたもやツッコミ

 

「だから麦野が言ってた通りウチには三人でやっていけるぐらいの余裕なんてねぇんだよ!」

「あのね、レベル4だか人間を簡単にすり潰せるとか知らないけど、これ以上家計に負担なんてかけられないのよ、コンビニの雑誌や弁当も馬鹿にならないの」

「それはお前が我慢すれば何とかなる事だから! とにかく! 悪いけど新メンバーを雇うつもりはないんだよ銀さん!」

 

断固として絹旗を迎え入れようとしない浜面と麦野。

だが銀時はそれでも引かず、人差し指を立てて一つ彼等に提案を出した

 

「それじゃあこうしようぜ、テメェ等がコイツ預かってくれたら、ウチの学校とガキ共が住んでる寮にテメェ等の店の宣伝してやるよ」

「宣伝?」

「お前等、今やってる仕事の範囲つったらほとんどかぶき町がメインだろ」

「ああ、かぶき町に住んでるんだし、依頼人はほとんどかぶき町の住人達だからな」

「それじゃあ儲けも利益もあんま生めねえだろ、だからここはウチの学校に宣伝してみ?」

 

ニヤリと笑みを浮かべながら銀時は腕を組んで話を続けていく。

 

「仕事が欲しいなら手広く周りに認知させるのが一番だろ、ウチのガキ共は世間知らずのお嬢様学校とはいっても物好きばかりだから依頼も結構来るんじゃねぇのか。しかも金は持ってるから報酬も結構貰えるかもしれねぇし」

「マジでか!?」

「しかもアレだよ、ウチの学校でそれなりに成果を見せれば他の地区にもお前等の名前が広がっていく。そしてあれよこれよと成功していく内にかぶき町だけでしか活動できなかったテメェ等が学園都市全体で活動できるようになるんだぞ、上手くいけば外へ、はたまた海外、故郷である地球から飛びだって宇宙にまで行けるかもしれねえんだよ」

「おお……すげぇ。俺一度でいいから宇宙行ってみたかったんだよ……」

 

食い入るように聞きながら浜面があまりにもスケールのデカい話に震えていると、隣に座っている麦野も「ふ~ん」と頬に手を当てながら少々その話に興味を持った。

 

「さすがに海外だの宇宙だのって部分は絶対にありえないけど。確かにお嬢様学校で有名な常盤台に売り込みが出来ればそれなりに仕事が来るかもしれないわね、名が知られるだけでも儲けモンだし」

「おい麦野この話受けようぜ! 俺宇宙行きたい!」

「おう、その内縄でロケットにくくりつけて飛ばしてやるよ」

 

浜面のお願いをぶった切って麦野は話を続ける。

 

「常盤台つったらレベルの第五位と第三位がまだ在籍してるんだっけ。第五位はともかく第三位のツラは一度拝んでみたいとは思ってたのよね、前々から私より序列が高くて年下とか気に食わなかったし」

「やべぇよ麦野! 変な星から依頼が来て巨大モンスター退治なんかやらされる羽目になったらどうするんだ!? あ、でもウチにもモンスターいるから大丈夫か、んがふッ!」

 

浜面がすっかりテンション上がって一人勝手にはしゃいでいるので麦野は隣にいる彼の顔面に裏拳を一発おみまいして黙らせる。本日三度目の顔面被害だ。

 

「それで? 第五位のお気に入りさん、アンタは常盤台を所有している施設のあちこちに万事屋の宣伝をする。代わりに私達はそのガキを預かる、という事でいいのよね」

「ババァに言ってねぇけどなんとかなるだろ、お前が真面目に働いてくれるためなら簡単に許してくれんだろうし」

「そのババァの所の学校に行って仕事するってのが複雑な気分だけど……まあいいわ」

 

ババァというのは当然お登勢の事。常盤台の教師である銀時にとって最も偉い立場にいる上司であり、麦野にとっては何かと世話を焼いてくるお節介な管理人だ。

 

彼女が理事長である常盤台で働くという点だけは引っかかるが、麦野は銀時に頷いて見せた。

 

「そいつ預かっておいてあげる。これから忙しくなるかもしれないんだし人手も欲しいしね、確か絹旗つったっけ、これからよろしくね」

「だとよチビ公、良かったなこれでお前も……ん?」

 

条件をかけてようやく麦野が絹旗を迎え入れることを許可してくれた。

これで絹旗も晴れて非人道的な実験の道具とされていた被験体から、かぶき町の住人として再出発できる。

そして何より居候が一人減ってくれることに安堵しながら銀時が隣にいる絹旗の方へ振り向いた。

 

だが

 

「スー……」

「……寝てやがる」

「……は?」

 

ソファの肘掛けを枕にして寝息を立てながらすっかり熟睡モードに入っている絹旗がそこにいた。

銀時達の長い話に飽きて眠ってしまったらしい

 

「コイツ本当に役に立つわけ?」

「言っとくけど返品できねぇからな」

 

呆れた様子でこっちに話しかける麦野へ視線を合わせず銀時が呟いていると。

先程麦野に顔面を強打された浜面がようやく顔をさすりながら目を開けた。

 

「いてて……このままじゃ顔の形が歪んじまうかも」

「元々歪んでるようなツラしてるじゃない、もっと殴れば逆にイケメンになるんじゃないの」

「ひでぇ……」

「つうかアンタはさっさと扇風機を修理しろっての」

 

起きて早々傷つくことを言われて泣きたくなる浜面に更に麦野はしかめっ面で命令をする。

 

「こちとら汗だくで髪の毛ベタベタになって最悪なの、さっさとしろ下僕」

「わかったよ……あ~俺ってこれからも誰かの尻に敷かれて生きていくのかな……」

「私のケツに敷かれて喜ぶとかとんだド変態野郎だなチクショー」

「やれやれ、せめてまともな人間として扱ってくれねぇかな……」

 

冷たく刺す様な麦野の視線を感じつつ浜面はぼやきながら立ち上がると、ふとソファで眠ってしまっている絹旗を見下ろす。

 

「なあ、もうそいつウチが預かる事確定した訳?」

「決まったよ俺達の間で、これでリーダーも初めて後輩を手にしたって事だから、先輩として情けない醜態晒すのはもう卒業しろよ」

「……善処はする」

「それと」

 

自信なさそうに視線を合わせまいようにしながら呟く浜面に銀時は目を細めて声を低くする。

 

「手だそうとか絶対に考えるなよ」

「え? あ!」

「二股から三股に進化しましたとか金髪のガキが聞いたら発狂すっぞ」

「銀さん、アンタやっぱり……!」

「ただでさえ今は精神状態が不安定なんだからねあのガキ、この前も病院に担ぎ込まれて、体内に蓄積されている栄養バランスが崩壊してる件と精神に著しく異常が出てるとかで入院する羽目になっちまって……」

 

頭をボリボリ掻きながら銀時がやれやれと言った風にブツブツと説教みたいな感じでぼやき始めるが、言われてる方の浜面は彼の話を耳にも入れずに突然目をカッと開かせるや否や

 

「アンタやっぱりこういう小さい子が好みなのか! つまりロリコ……! もるがなッ!!」

 

今最も銀時が言われてムカつく言葉を口に出そうとした浜面に、言い終える内に銀時はソファから立ち上がって向かいに立つ彼の方へ飛躍してそのまま顔面に飛び蹴りをかました。

 

本日四度目の顔面へ襲い掛かる攻撃に、浜面はそのまま後ろに派手にぶっ飛ばされる。

 

かくして浜面仕上の災難な日々はまた一つレベルが上がる事になってしまったのであった。

 

 

 



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第三十一訓 破壊少女、かつての敵から仕事を貰う

夜、かぶき町は今日も多くの人達がはびこって賑わっている。

万事屋アイテムの下にあるお店、スナックお登勢もまた仕事終わりの男達が愚痴をこぼすために集まってはワイワイと飲んで食って騒いでいた。

その中で少し場違い感のある者が二人。

本来大人しか入る事が許されないかぶき町で特例として住む事が許されている浜面仕上と

銀時の紹介で晴れて万事屋の新メンバーとなった絹旗最愛が、この店の店主であるお登勢の前にあるカウンターで堂々と座っていた。

 

他のお客の相手を一通り終えたお登勢はタバコを咥えながら浜面達の方へ近づく

 

「銀時にどっか普通の生活が送れる場所に預けておけって言ったのに、まさかアンタ達の所に置いて行くとはねぇ、アイツも何考えてんだか」

「元はと言えばお登勢さんがコイツを銀さんに預けたんだろ? 厄介者を俺達が世話する事になるんだから、お礼として家賃安くしてくれるとかしてくれねぇかな」

「それはそれ、コレはコレだよ。家賃はビタ一文まけるつもりはないからね」

「わかってるよ、言うだけ言ってみただけさ……」

 

家賃下げを軽い気持ちで要求する浜面をあっけらかんとした態度で一蹴すると、お登勢は後ろにある酒の棚から一本取り出して栓を抜いた。

 

「ま、家賃は下げないけどこれ一本開けてやるよ、私の奢りさ」

「うおー! 久々のお酒だ! 超嬉しい!! 家賃下げるよりもそっちの方がずっといい!」

 

微笑みかけながらグラスに並々と酒を注いでこちらに渡してくれたお登勢に浜面がバカ丸出しで歓喜の声を上げていると、お登勢は彼の隣に座っている絹旗の方へ振り返る。

 

「アンタも何か飲むかい?」

「えーと、私未成年だからお酒飲めませんので……ウーロン茶とかあります?」

「あるよ、ちょっと待ってな」

 

何故か緊張した様子で彼女の方へ恐る恐る顔を上げながら頼む絹旗。

お登勢が裏の方へ行ってしまうと奢りで貰った酒を飲みながら浜面は絹旗の方へ振り向く。

 

「なにそわそわしてんだお前? こういう店初めてだろうから落ち着かないのもわかるけど一杯飲めよ、多分お前の分も奢ってくれるぜ」

「あのですね、私はお登勢さんには色々とお世話になったんですよ、厄介者の私の世話する相手を決めたりかぶき町に住む事を許可してくれたりと本当に色々やってくれました」

「ああ、俺もそういう事してもらったよ」

「それでですね、最近気づいたんですけど私って好意的に接してくれる大人の女性ってものに弱いんですよ、銀ちゃんさんの隣人の月詠さん(月詠小萌)にも結構恐縮してましね……」

「確かにあの人もいい人だったなぁ、フレンダの事でもお世話になってるし」

「ああいう方達は全然嫌いじゃないしむしろ人生の先輩として超尊敬できますけど、どう上手く喋っていいのかわかんないんですよね……」

 

絹旗も結構奥ゆかしい一面もある様子。

銀時や神楽の様なタイプには気楽に接するし。

美琴やフレンダみたいな相手なら邪険に扱えるが。

お登勢や小萌の様な優しくて頼りがいのある芯の強い女性との接し方はわからないらしい。

それを聞いて浜面は「ふ~ん」と言いながらグイッとグラスに入った酒を一口飲むと

 

「俺と話すような感じで良くね?」

「浜面みたいなバカ相手と同等な会話をするとかふざけてるんですか? 私そこまで無礼じゃありませんから」

「今、万事屋の先輩相手に猛烈に無礼な真似してるのはいいの?」

「浜面相手なら超問題ありません」

 

真っ直ぐな目でしっかりとこちらと目を合わせながらきっぱりと言ってのける絹旗。

浜面が彼女と会ったのは今日であり、しかもであって僅か数時間程なのだがどうも彼女は浜面の事はかなり下に見ている様だ。

 

「なあ、俺ってお前に何もやってないよな……どうしてそんな俺に対しては常にファイティングポーズ取ってるみたいな態度なの? 仲良くしようぜ、これから万事屋として仲間になるんだからさ」

「銀ちゃんさんの家にいた頃、隣人である月詠さんの所にあなたの彼女も居候してたんですよ、名前なんでしたっけあのサバ臭くて頭悪そうな女?」

「フレンダな、それと言っておくけどアイツは俺の彼女でもなんでもないから。銀さんになに吹き込まれたかしらねぇけど、アイツと俺はただのダチ」

 

酷いい方をする絹旗だが浜面が丁寧に答えてあげると彼女はぶすっとした表情で

 

「その人から散々あなたの件について愚痴の相手にされてきたんですよ私は。これで私があなたに超ムカついてる理由がアホの浜面でもさすがにわかるでしょ?」

「あーうん……ごめん。いや俺達って普段互いに愚痴り合う事がよくあったから……」

「朝から晩まで浜面浜面と超うるさくて仕方なかったですよ、あれでただのダチだと言うとか何様ですかあなた? どう見てもダメな彼氏に依存しているダメ女でしたよ」

「いやアイツが俺にそんな好意持ってるのはあり得ない!」 

 

絹旗の推測に浜面は自信満々で否定する。

 

「何故ならあいつは俺に優しくないからだ!!」

「優しくしてくれるだけが好意を持ってるアピールになるとは超思えないんですがね」

 

フレンダが自分の事を特別な異性として見るなど絶対にありえないと確信している目で返事する浜面に絹旗は呆れた様子で顔をしかめていると。

 

裏に行っていたお登勢がコップに入ったウーロン茶を彼女の前に持ってきてくれた。

 

「ほら飲みな、なんか食いたいモンでもあるかい、ウチは飲み屋だから軽めのモンしかないけどね」

「いえいえお構いなく……ウーロン茶だけで超満足です……」

「なーんかぎこちないねアンタ、やっぱりかぶき町に来たばっかだから緊張してるのかね」

 

かぶき町に来たからではなくお登勢と会話する事に緊張しているのだが、お登勢自身はわからない様子で、不意に浜面の方へ向き直す。

 

「ちょっとアンタ、どうせ今ヒマなんだろ、この子連れてちょっと町の中を案内してきな、酒飲み終えた後でいいから」

「え~今から……しかもコイツと二人っきりで……」

 

急な事に浜面は表情を曇らせて隣を見る、ウーロン茶をごくごく飲んだ後、絹旗がむすっとしたままこちらを見据えてきた。

 

「なんですか浜面? こんな超美少女な私と夜のデートに洒落込めるんですよ。超興奮モンじゃないですか、手を出そうとしたら速攻でグチャグチャの肉塊にしますけど」

「自分で美少女とかいうなよ、あと俺にとっての美少女というのはグチャグチャとか肉塊とか生々しい事言わない」

「ま、あなたがいなくても私は一人でこの辺ぶらつくぐらいできますけどね、町並みを把握する為に見ておきたいとは思ってましたので」

「いやいや昼ならともかく夜のかぶき町を女の子一人で歩くとかヤバいぞ? かぶき町はそんじゃそこらの地区よりもずっと危険な場所なんだよ、本来お前みたいなチビッ子がいていい場所じゃないんだぜ元々」

 

浜面に諭されて絹旗は一層むむむっと不機嫌そうな顔になる。まさかこんな奴に「ただの女の子」と評されてたのが癪に触ったようだ。

 

「度重なる非人道的な実験を行って得た能力者である私に危険が迫るとか超あり得ませんね、そんなモン全てこの手で軽く捻り潰してくれますよ。ちょっと行ってきます、ウーロン茶ごちそうさまでした」

「え、ちょっとおい! 一人で行くなって! ああもう!!」

 

ウーロン茶を一気に飲み干して絹旗は椅子からピョンと飛び降りてスタスタと店から出て行こうとする。浜面が呼び止めようとするも彼女はお構いなしに戸を開けて行ってしまった。

 

「ったくしょうがねぇな。お登勢さんこの酒キープしておいてくれ」

「後を追うのかい、それならこれ持っていきな」

「え?」

 

急いで絹旗を追いかけようと腰を上げた浜面に、お登勢は懐から財布を取り出して札を数枚だして浜面に差し出す。

 

「あの子もアンタもメシはまだなんだろ、これで案内がてらなにか食って来な」

「……それもアイツを預かってくれたお礼?」

「いんや私のきまぐれだよ、いらないなら別に構わないけど」

「いや貰う貰う! サンキューなお登勢さん! 今度手伝いが必要になったらいつでも呼んでくれよ!」

 

お登勢に感謝しつつ差し出されたお札を握りしめると、浜面はすぐに駆け出して店の戸を開けて出て行ってしまった。

 

「やれやれ、騒がしい連中だよ全く」

 

フッと笑いかけてタバコの煙を吐きながら、お登勢は「ん?」っと眉間にしわを寄せた。

 

「……そういやアイツ等の中で一番騒がしいあの娘はどこ行った?」

 

 

 

 

お登勢がある少女の行方に首を傾げている頃。

その少女である麦野沈利は、浜面に絹旗を任せっきりにした後に行きつけの屋台にやって来ていた。

 

「親父、がんもとたまご、あと焼酎水割り」

「へい」

 

カウンターに座るとすぐに当たり前のように注文する麦野に、年の食った店主がわかったように返事する。

そして彼女の隣に座った銀髪の男もまた

 

「親父、こんにゃくとちくわ、あと日本酒くれ」

「へい」

 

麦野の様な注文の仕方で頼むと店主はまたもやわかってる口ぶりで声を返した。

 

麦野の隣に座る男、坂田銀時もまたかぶき町にあるこの店の常連でもあったのだ。

 

「「あ」」

 

二人は偶然鉢合わせした事に気づくと特に驚きもせず普通に顔を合わせる。

 

「お前もよく来るのここ?」

「浜面から隠れてたまに一人でね」

 

カウンターに頬杖を突いて麦野が気楽に答える。

 

「外食は控えろってうるさいのよアイツ、だったらここの店より上手いモン作ってみろって感じ」

「へいおまち!」

 

浜面の愚痴を始めようとする麦野の前に店主がいい声を出しながらがんもとたまご、そして焼酎が出される。

本来未成年である彼女が飲む事など許されないのだがそこはやはりかぶき町ならではというか……。

出された麦野は割り箸を割って、それを躊躇せずに食べ始める。

 

「金ねぇんじゃねぇのお前等?」

「アイツが無いと思ってるだけ、こっちはこっちで隠し持ってんのよ」

「なけなしのヘソクリを崩した結果がこんな場末の屋台で消費か、バカだねお前も」

 

飯にありつきながら死んだ目で銀時が手痛い事を言うと麦野はイラッとした様子で彼を睨み付ける。

 

「店の中じゃなかったらすぐにでも惨殺死体に変えてやりてぇ所だわ」

「ガキが物騒な口の利き方してんじゃねぇよ、ウチの女王を見習え」

「常盤台のお嬢様の口の利き方なんて誰が真似するかよ、ところで」

 

山頂にある鮭を平らげた後、麦野はここで会ったのも何かの縁かと、第三位と第五位の世話をしている銀時に単刀直入に話しかけてみた。

 

「アンタ第五位や第三位とよくつるんでるでしょ? ぶっちゃけアイツ等どうなの?」

「どうって事ねぇよ、ただのバカだアイツ等。第三位の方のガキなんか引くぐらい友達を必死に欲しがってらぁ、まともに作れやしねぇけど」

「友達いない私から見れば、それが悪いのかどうかよくわからないんだけど」

「……お前それ自分で言って悲しくならないの?」

「全然」

 

キッパリと言ってしまう麦野に銀時は顔を曇らせる。

常に友達を欲しがるぼっちの美琴とは違い、彼女はそもそも最初から友達というものを必要としていないらしい。浜面の事は友人というより仕事仲間と言った感じなのだろう

 

「自分から開き直ってるならそれでいいけどよ……さすがに飲み合う仲ぐらいの相手は作っておけよ」

「私一人で飲むのが好きなタイプだから。それより第五位の方はどうなのよ、そっちもお友達作りに勤しんでる訳」

「アイツはそんなモンしなくてもお友達一杯だよ、女王なら今頃、布団にくるまってしゃべくり007でも観てんじゃねぇの?」

「常盤台の女王様がお笑い好きとか意外ね」

 

意外な趣味に麦野が少し驚くと銀時は吐き捨てるように

 

「本人は隠してるみたいけどバレバレなんだよ、しかもテレビのバラエティ番組を観て笑いのツボを研究して自分のモンにしようとしてんだよアイツ。一向に成長の兆し見えねぇけど」

「なにそれくっだらねぇ、将来の夢は冠番組が貰える女芸人ってか?」

「今年の祭りもやっぱ俺が演出と構成に回らなきゃな、アイツに任せたら去年の栄光が消し飛んじまうよホント……女王人間大砲とか面白そうだな、いっちょ月まで飛ばしてみるのもアリだな」

「”レベル5は人格破綻者の集まり”とはよく聞くけどまさにその通りね」

「お前が言うと説得力あるわホント」

 

麦野自身が言ってこそよく納得できるレベル5の評価に銀時は深く頷いた。

確かにレベル5というのはロクなのがいない、銀時は第三位、第四位、第五位しか知らないがその三人はとてもじゃないがまともと呼べるような少女達ではないのだから。

 

ロクに友達を作れないくせにすぐ調子に乗って破滅する第三位

常に凶暴性剥きだしで周りに人を近づけさせない第四位

リアクションの上手さは定評あるのに、己のギャグのセンスは壊滅的な第五位

 

レベル5になるという選ばれた素質を持つ者だからこそ、こんな残念な性格になってしまったのかと銀時が考えていると麦野はだるそうに呟いた。

 

「でもちょっと見てみたい気がするわね」

「え、女王人間大砲?」

「そっちじゃねぇよ、第三位と第五位。同じレベル5といったら私はまだ第二位のツラしか見てないし」

「第二位見た事あんのかよお前。”オカマの化け物”が世話してるのは知ってるけど俺まだ見た事ねぇぞ、どんな奴?」

 

第二位と聞いて今度は逆に銀時が興味を持った様子で尋ねると、麦野はフンと鼻を鳴らして

 

「いけすかないクソ野郎だよ、高天原ってホストクラブ知ってる? そこでナンバー2の座にいるのよアイツは」

「第二位がホスト? おいおいんな真似しなくても研究施設で実験に貢献すればもっと楽に暮らせるだろうが、何考えてんだそいつ。てかお前もなんでそれで稼がねぇんだよ、第四位だろ」

「アイツと私は学園都市からの援助金や研究参加も断ってるレベル5なのよ。もっとも私は万年金欠でアイツはホストとして成功して相当稼いでるみたいだから格差はあるわね、クソ、言うだけでもムカつくわ……」

 

腹立たしげに麦野はイライラしながら舌打ちしている姿を見ながら銀時は宇治銀時丼を食べつつ目を細める。

 

「どうしてこんな町で生きていこうと思うかねぇ、能力者としての自分を捨ててまで」

「別に私もアイツもレベル5という自分を捨ててはいないわよ」

 

山盛りになった鮭を削る様に食べて行きながら麦野は淡々とした口調で返す。

 

「でも出来るなら私は自分だけの力で自分だけの人生を送りたいの、だから私とアイツも能力は極力使っていない、使う時は”大切なモンを成し遂げる為だけ”よ」

「ウチの女王なんか能力を好き勝手に使いまくるから定期的に俺にシメられてるってのに」

 

何気なく呟く銀時に麦野は食べるのを止めて首を傾げる。

 

「アンタ達はどうしてレベル5相手に気軽に接する事出来るのかしらね。相手は人を簡単に殺せる化け物みたいなモンよ? それに向かって躊躇せずに拳振り下ろすとかマジ何考えてんのアンタ、それとあのババァ……」

「そんぐらい根性持ってる奴じゃねぇと務まらねぇよ世話なんて、なにせ相手がテメェ等みたいな問題児だからな、体罰なんて当たり前だよ当たり前」

 

そう言い捨てて銀時は店主が持ってきた酒を一口飲む。

 

「ババァとは上手くやってんのかお前」

「やってけてるわけないでしょ、口うるさいのよホント。私の母親かってんだあのクソババァ」

「ホントうるせぇよなあのババァ、老い先短ぇだろうにあんなに何度も頭に血昇らせてたら寿命縮むだろうによ」

「全くよ、後は枯れていくだけの人生なんだからゆっくり隠居でもしてろっつうの」

 

お互いお登勢には何度も説教されているのか話の合う二人。

いくら最強格のレベル5や木刀一本だけで圧倒的人数差を引っくり返せる侍でも敵わない者はあるのだ。

 

「なんかあのババァの事考えてたらイライラしてきたわ。飯食い終わったら久々に浜面でも誘って飲み行くか」

「一人で飲むのが好きなタイプとか言ってなかったかお前」

「愚痴を肴にしたい時は聞いてくれる相手が欲しいの、言っとくけど他意はないわよ」

 

基本は一人で飲むけど浜面なら同行しても良い、銀時と同じく店主が出した焼酎のおかわり飲み干した後に呟いた麦野に銀時はパンパンと両手を叩き始める。

 

「はいはい出ました~のろけ出ました~、言っとくけどこれでも金髪のガキを応援してるからね銀さんは。テメェみたいなアバズレにリーダー寝取られたの知ったらアイツ何しでかすかわかんねぇし。ウチの隣人にこれ以上迷惑でもかけられたら気分悪いしな」

「金髪のガキ? ああ浜面の友達とか言ってた奴? 言っとくけどウチは恋愛沙汰一切禁止にしてるから、色恋に気を取られて仕事を疎かにされたらたまったもんじゃないし」

「どこのアイドルグループ?」

 

万事屋のリーダーである麦野が提示するルールに銀時は無表情でツッコんだ後。注文していたおでんを一気に平らげるかのようにがっつき始める。

 

「ま、金もねぇ奴が恋愛沙汰にうつつを抜かすヒマもねぇだろうな。そうしてちまちまとおでんの具を一つ一つ頼んでる奴には」

「別におでんそんな好きじゃないし、酒のつまみになれそうなモン頼んでるだけだってぇの」

「わかってねぇなおでんの事を。いちごおでんって知ってるか? アレ、マジで美味いから、今度食ってみ」

「うげ、名前だけで胃もたれ起こしそう……やっぱり私は自分の好きなモン食うだけで満足だわ」

 

得意げな表情を浮かべてきた銀時に麦野は舌を出して吐きそうなリアクションを取った。

 

それからしばらく二人で黙々と食べていると背後からのれんが開いて別の客が入って来た。

 

その客は麦野の隣、銀時とは反対の席に腰を下ろすと早速店主に向かって

 

「親父、つまみはいらねぇ、熱燗くれ」

「へい」

 

店主のオヤジは相変わらず良い返事をするとすぐに客に酒を差し出した。

麦野はふと隣に座った男に目をやる

 

「ああ?」

 

その男はオフ用の普段着といった縁起の悪そうな黒い着物。

腰には鞘に収まった一本の刀を差し、目はしっかりと瞳孔が開いている一見クールな二枚目といった印象が窺えそうな男。

その男は……

 

「前に私にボッコボコにされた負け犬じゃないの、名前なんだっけ、”ひし形倒置法”くん?」

「斬られてぇのか俺の名前”土方十四郎”……ってお前万事屋!! なんでここにいんだコラ!!」

 

土方十四郎、学園都市にある警察組織の一つである真撰組の副長を務めている男だ。

「鬼の副長」という異名を持ち、腕も相当なのだが前に色々あって麦野と一戦交える事があったのだが、その時は全く手も足も出せずに完敗してしまったという苦い思い出がある。

そして土方の声に釣られて麦野の隣似た銀時がひょこっと顔を出すと

 

「あ、前に俺にボッコボコにされた負け犬じゃねぇか、名前なんだっけ、”乳ばっか揉みしろう”くん?」

「あぁぁぁぁぁぁ!! なんでテメェまでいんだ銀髪の先公!! つかお前等打ち合わせでもしたのか! 土方十四郎つってんだろ殺すぞ!」

 

麦野の今度は銀時まで現れて土方は血相変えて叫び声を上げた。

彼にもまた二人がかりだったとはいえ敗北を味わった事がある。おまけに銀時は能力者でも何でもないただの教師だというのだから余計に負けた事が腹立たしく思っていた。

 

「クソったれ、まさか今もっとも会いたくねえ奴等とこんな所で顔合わせちまうとは……」

「ちょっとアンタも知ってんのコイツ?」

「いんや、前にコイツ等が絡んできたからボコしてやった程度の関係だけど?」

「マジ? アンタもやったの? 実は私も前にボッコボコにしてやったのよ。世間は狭いわねホント」

「なにほのぼのと会話してんだテメェ等……!! よりにもよってなんでテメェ等が知り合いなんだよ……!」

 

まさか苦汁を舐めさせられた人物とこの場で二人も合うなんて考えもしなかった土方。

血を頭にたぎらせて額に血管を浮かばせた様子で両者を睨み付ける。

 

「久しぶりにここのオヤジの美味い酒を飲みに来たらこの仕打ちかよ……なんだ最近の俺は、厄年じゃあるめぇしなんだこの不幸の連続は……」

「まあそんな事言うんじゃないわよ、いい事だってあるわよきっと」

「希望を捨てずに諦めるなって、ゴミ箱ティッシュばっかくん」

「不幸を降らせる疫病神コンビに励まされても嬉しくもねぇよ!! つうか銀髪! テメェそれもう名前の原型残ってねぇじゃねぇか!! わざとだろ! ぜぇってわざとやってるだろ!」

 

悪意のある名前の間違いに土方は一層怒声を強く放った後、はぁ~と深々とため息を突いてカウンターに肘を突いて項垂れる。

 

「やっぱ”捜査中”に息抜きするって考えがマズかった……」

「捜査中だ?」

 

思わず漏らした言葉に銀時が口をへの字にして腕をカウンターに乗せて身を乗り出す。

 

「テメェ等真撰組は謹慎処分食らってる筈だろ」

「どこのどいつがテメェに漏らしやがったのは大体見当つくが。こっちはどうしてもやっておかねぇといけねぇ事があるんでね、それを放置したまま屯所で寝転がるなんざ出来るタマじゃねぇんだよ俺達は」

「まだあのガキ(絹旗)を狙ってんのかテメェ等」

「あんなガキもうどうでもいい、今の俺達が探しているのは別の野郎だ」

 

疑いの目つきを向けてくる銀時に即座に否定すると、懐からタバコを取り出してそれを口に咥えながら土方は彼の方へ振り返った。

 

「駒場利徳」

 

彼はその名前だけを呟くと咥えたタバコにライターで火を付ける。

 

「爆破テロ事件の主犯格だ、奴がここの近辺にいたという情報が入った」

「ああいたねそんな奴、前にお前等が逃がしたんだっけ」

「能力者の手を借りてな」

 

火の付いたタバコを咥えながら土方は静かに息と共に煙を吐く。

 

「ただのデカ物のスキルアウトだと思ってはいたが、どうも逃げ出してからきな臭い連中と付き合ってるという噂があったんでな、こうして真撰組が公に活動しているのを隠してコッソリ捜査に励んでるって訳だ」

「きな臭い連中ってまさかあの攘夷浪士の名を借りただけの下着泥棒軍団? ま~た利用されちゃってるのそいつ?」

「お前どこまで……まあいい、今回絡んでるのはそんな雑魚共じゃねぇよ」

 

あっけらかんとした態度で妙に詳しく事情を知っている銀時に、土方は怪訝な表情を浮かべるも、今は彼の謎を解き明かす事よりも状況を多くの市民に知らせて警戒心を強める事の方が先決だとすぐに悟った。

 

「今回関わってそうな組織はかなり厄介な所だ。そしてその組織の所に駒場の野郎が頻繁に出入りしているらしい」

「だから組織ってどこの組織だよ、もったいぶらずに教えろよ税金泥棒」

「これ以上言う必要ねえだろ。一般市民のテメェが今やる事といったら、せいぜいこの話をここの住民に触れ回って警告しておくぐらいだ」

 

どこの組織かという所はあくまで伏せて、土方は吸い途中のタバコを一旦灰皿の上に寝かせて、お猪口を手に取る。

 

「市民が騒げば駒場の野郎が尻尾を出す可能性もあるしな、もうあのジャッジメントのガキと一緒に引っ掻き回そうだなんて思うんじゃねえぞ。これは俺達がケジメを付ける為の捜査だ、他の警察組織には絶対手は出させねぇ」

「別に釘刺さなくても俺はなにもしねぇよ、テメェ等がどこで何やってようが全く興味ねぇ、勝手にしろ」

 

ラストスパートで宇治銀時丼を一気に食い終え、銀時はどんぶりをコトンとカウンターに置く。

そんな彼に土方はチッと腹立たしそうに舌打ちして

 

「ガキの捕獲の任務の途中に盛大に邪魔した奴がよく言うぜ」

「ありゃあ仕方なくやったまでだよ、仕方なく。銀さんはただの教師なので危ない橋は渡らねぇ」

 

銀時にとって駒場という男は本当にどうでもいい存在だった。

確かに浜面と縁のある人物だと聞かされてはいたが、そんな男を助ける義理があるほどお人好しではなかった。

 

しかし麦野はというと先程の彼等の話を聞き終えると目を光らせ

 

「ねぇ、その人探し私達に依頼してみない? 一応アンタ達とは協力関係みたいなの築いてるんだし、確かこちらがアンタ達の依頼をクリアしていけば借金帳消しになるとか言ってたわよね。私にやらせなさいよ」

「言っただろこれは俺達だけの捜査だ、駒場の野郎は俺達が捕まえる」

「あ、そ。つまんねぇの」

「部外者のテメェ等に依頼する事といったら……」

 

麦野の誘いを即座に断ると、土方は懐からゴソゴソと何かを取り出す。

それは一枚の写真だった。

 

「この写真にうつってる人物を探してこい、駒場の件とは違うが。見つけ次第俺の所に連れて来い」

「依頼くれるの? いいわねぇ、これで浜面をぎゃふんと言わせれるし、新入りにも私の凄さと恐ろしさを骨の髄にまで浸み渡らせる事が出来るって訳か」

「言っとくが捕まえるだけにしろよ」

 

依頼の内容は駒場と関係ないが、疑いがもたれている人物の捜索、および生け捕りだった。

土方が怪しいと睨んでいる人物らしい。

割と自分の得意そうな依頼に、嬉々としている麦野に土方は目を細める。彼女の能力と性格の凶暴性は体で体験してるので既にわかっている。

 

「生け捕りにして俺達に引き渡せばテメェ等の借金3分の1をカット、殺したら借金倍にしてやる」

「はいはいわかったわかった、で? どんな奴?」

「コイツだ」

 

不安ながらも土方は彼女にスッと写真を見せた。銀時は興味ない様子で覗こうともしない。

 

そこに映っていたのは……

 

 

 

 

もじゃもじゃ頭でグラサンを付けた。パッと見銀時や土方とそう変わらないぐらいの年頃の男性が思いきりカメラ目線でヘラヘラしながらピースしてる姿があった。

 

麦野は写真を眺めながら眉間にしわを寄せる。

 

「なにこのマヌケ面?」

「ウチの密偵が撮った写真だ、写真撮らせてくれと頼んだら快く承諾したらしい」

「……」

「この写真は本来極秘中の極秘だ。テメェみたいな一般人に渡せねぇからしっかりツラ覚えとけ、万事屋」

 

脳に刻み付けて記憶しろっと厳しめに命令する土方。

そこで麦野は固まったまま

 

「いや覚えとけって言われなくても……こんなバカっぽい奴忘れたくても忘れられねぇだろ」

 

かくして、万事屋麦野が真撰組からの初めての依頼は

 

よくわからない謎のアホ面男性の捜索及び生け捕りとなったのであった。

 

 

 



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第三十二訓 世紀末少年、かぶき町四天王を知る

屋台で夜食を食べ終えた後、麦野沈利と坂田銀時は同時に店を後にした。

後から来た土方十四郎はまだ店に酒を飲んでいる。

 

「おめぇこの後どうすんだ、あのへなちょこ副長の命令聞くの?」

「当然、来た依頼はどんなモンでも受けるのがウチの売り文句なのよ」

「あっそ」

 

店の戸を閉めて出て行く際にこちらに尋ねてくる銀時に麦野は腕を組みながら平然と答えた。

万事屋というのはいわばなんでも屋さんだ。行う仕事は千差万別、それゆえ楽な依頼から危険な依頼、はたまた命を失いかねないような過酷な依頼だって来る事はある(まだ仕事自体少ないので来た事は無いが)。

しかしそんな店を開くことを決意したからこそ、麦野はどんな仕事でもやり遂げようという信念があるのだ。例えやり方がグダグダでも彼女なりにこの町で生きて行く為に精一杯努力しようとしているのは確かだと、素っ気ない態度ながら銀時は理解した。

 

「まあ俺は写真見てないから誰を探すのか知らねぇけど。とりあえずこの辺口コミしながら探してみればいいんじゃねえの?」

「先輩ぶったご忠告どうもありがと、なに? まさかアンタ手伝ってくれんの?」

「冗談いうなよ、俺にはなんの関係もねぇ話だ。さっさとウチ帰って寝る」

 

生憎銀時は万事屋でもなんでもないので即刻帰ると宣言する。それもその筈、知り合いの人物に危害が加わる様な出来事であれば話は別だが、この話はあくまで真撰組関係のお話、真撰組などの為に働くなどごめんこうむるのが銀時の心境だ。

 

「じゃあな小娘、俺が預けたガキよろしくな、あとリーダーも」

「アンタも常盤台に私の店の宣伝忘れないでよね」

「ああそんなのあったな、え~と」

 

踵を返してかぶき町の出口へ向かおうとする銀時の背中に麦野が釘を刺すと、彼はとぼけた様子で振り返って首を傾げながら

 

「金髪のガキを預かってもらう代わりだっけ?」

「ちげぇよ! 絹旗を預かる代わりにだろ! 面倒事もう一つ増やそうとしてんじゃねぇぞ!」

「いやもう一人増えたって問題ないんじゃないの? ホラ、三人組が出来たなら次はマスコット的なアレとか必要だと思うんだよ俺」

「マスコットとかいらねぇよ! そのガキを連れてきたら速攻で蹴り飛ばすからな! つか殺す! 上半身と下半身を分断させて!」

 

またもや変な持論を持ち出す銀時に麦野は一喝した後、銀時が行く方向とは反対の方へ歩き出す。

 

「あばよ、第三位と第五位によろしく」

「なにをよろしく? ああ、お前等と同じレベル5なのにかなり惨めな人生送ってる年上のお姉さんからって言えばいいの?」

「おめぇいつかマジでぶっ殺すからな……」

 

最後まで何かと突っかかって来る銀時に殺意が芽生えかねないぐらいイラッとしながら。

麦野と銀時はそれぞれ反対方向へと歩き出した。

 

「殺す殺すうるせぇガキ……」

 

銀時は背を向ける彼女に向かってボソッと呟きつつ、二人の距離は次第に離れていくのであった。

 

 

 

 

 

一方その頃、麦野に放置されていた浜面仕上はというと

 

「どうだ明るいだろう、かぶき町は欲望渦巻く快楽街、夜でこそ真の姿を現し、そこらかしこで希望が満ち溢れ、絶望で身を落とす。常に快楽と危険が隣り合わせのとんでもねぇ場所なんだぜ」

「そうですね、で? それ誰が言った言葉なんですか?」

「……銀さん」

「ですよね、ここに来る途中で私もそれ超聞かされましたから」

 

新しくメンバーとして加わった絹旗最愛と呑気に町を見て回っている所であった。

かぶき町は夜も明るい、多くの人とすれ違い、町にある店は煌びやかに輝く怪しげお店ばかり、歩いてる途中目がチカチカするのか、絹旗は何度も瞼を擦る。

 

「前に一度来た事あるんですが、その時は全然町並みを見ていなかったんですよ。こんな時間でも人がこぞって超集まるんですねこの町は……私人ごみとか超嫌いですから不満です」

「俺も最初はこの光景には驚かされたけどよ、麦野の後をついてく内にすっかり慣れちまったよこんなの。お前もこれからここで生活してりゃあ嫌でも慣れるさ」

「超自信ないですね……はぁ、なんか超銀さんの家に戻りたいんですけど」

 

かぶき町という今まで踏み込んだ事のない領域で軽くホームシック気味になりながら、絹旗は適当に前へ歩いて行きながら隣にいる浜面に質問する。

 

「ていうかなんか色々な人いませんかここ? 今どき髷を結ってる人がいたなんて超驚きです」

「この町は学園都市の中では唯一時代が止まった場所だからな。なぜここだけそうなったかは知らねぇけどよ」

「不思議な町ですね、それとなんであんなに超エッチな店が並んでるんですか」

「それはお前、ここは本来大人しか来れない場所だからそういうお店が並ぶのがこの町にとっては普通であって……」

「あそこの『調教豚小屋フルバースト!!』ってどんなお店ですか? 超興味あります」

「いかんいかん! お前みたいなピュアな心を持った純白な女の子が行っちゃいけない所だから!」

 

好奇心旺盛で何度も訪ねてくる絹旗に浜面は答えながらも、彼女が危ない店に入ろうとするのを何度も止めながら進む。

 

そうしていると目の前から猫耳をつけた団地妻と呼ぶべきか、ここら辺では珍しい天人がこちらに歩いて来た。

 

「ア、何シテンダオ前」

「げ……キャサリン……」

 

その天人こそ浜面がよく知っている人物だった。片言なセリフを使いながらこちらを胡散臭そうな目を向けてくる彼女に浜面は嫌なモンを遭遇しちまったと言う風にバツの悪そうな顔。

 

「買イ出シカラ帰ル途中ノ私ヲ待チ伏セシテイタノカ? 体ナノカ? 望ミハ私ノボディナノカ?」

「誰が興味持つか!! 全力でチェンジだ!!」

「うわ、浜面って相手が雌という性別ならなんでもいいんですね、超ドン引きです」

「俺が好きなのは包容力のある優しく可憐な女性だけです! コイツはキャサリンつってお登勢さんの所で働いてる天人だ!」

 

目を細めて一歩分こちらから後ずさりした絹旗に浜面は慌ててその天人、キャサリンを指さして説明すると、キャサリンは食材の入ったビニール袋をぶら下げながら腕を組んでフンと鼻を鳴らす、

 

「アノアバズレ女トイルノニ嫌気ガ差シテルカラッテ、マサカコンナ小便クサイガキヲ連レ込ンデイヤガッタトハ。死ンジマエヨコノロリコン野郎ガ!!」

「こんなチビッ子ノーセンキュー! それとロリコンは銀さ……!いやなんでもない……コイツは銀さんが無理矢理俺達に預けてきた万事屋の新メンバー! そうだろ絹旗!」

 

相変わらずヒステリック気味に噛みついてくるキャサリンにすっかり慣れた対応で浜面はすぐに絹旗に促すと、彼女は呑気な調子で

 

「ちーす今日から万事屋とかいう所で超働く事になった絹旗です、お登勢さんの所で働いてる人なんですね、これから超よろしくお願います」

「アアン!? オマエナンダヨ『超』ッテ! キャラノ個性ヲ強調サセル為ニ口調ニ変ナ言葉付ケルトカ!! ソンナ安易ナキャラ付ケダケデ生キ残レルト思ッテンノカゴラァ!」

「いや片言セリフの方がよっぽど安易なキャラ付けだろ……」

 

絹旗の喋り方に不満を持ったキャサリンが早速新人いびりを行うが、そんな彼女の方がいかにもキャラ付けっぽさが出てるのは気のせいだろうかと浜面は静かに呟いた。

 

「それよりよキャサリン、今絹旗にこの町を案内してる所なんだけどよ。なんかコイツに教えておくべき事ってあんの?」

「教エルベキ事? エロイ事デモナンデモ教エテヤリャアイイジャネェカ、コノエロ面。バレテアバズレ二殺サレロ」

「どうしてみんな俺の事を万年発情期の犬みたいな扱いにすんの?」

 

酷い言われように内心悲しくなってきた浜面に、キャサリンはしかめっ面で話を続けた。

 

「ソレナラコノ町ヲ取リ仕切ッテイル”かぶき町四天王”ニツイテ教エレバイイダロウガ」

「あ、噂では聞いた事あるなそれ……確かこの町の重鎮として四人の人物がそれぞれ束ねていて、そのおかげでこのかぶき町が成り立ってるって……でも誰なんだその四人って?」

「かぶき町住ンデテ知ラナイトカオマエ本当ニバカ面ダナ」

「しょうがねぇだろ! 麦野に聞いた事あんだけどアイツその四人が誰なのかは教えてくれなかったんだもん!」

 

哀れな物を見る目を向けてくるキャサリンに浜面が叫ぶと、彼女は呆れた様子でため息を突いた。

 

「”かぶき町四天王”ノ一人ハお登勢サンダ。コレダケハチャント覚エテオケ小僧」

「お登勢さんが四天王の一人!?」

「お登勢サン程ノ立派ナ人ナラ当タリ前ダロウガ! アノ人ハ別名『かぶき町の女帝』と呼バレテル程ノ人ナンダヨ! 恐レ入ッタカコノヤロー!!」

「いや確かに立派な人だけどまさかそこまで……」

 

思いがけない事だった、まさかあのお登勢がかぶき町を仕切る四人の内の一人だったなんて……驚愕する浜面にキャサリンは凄い形相で怒鳴り散らす。

 

「テメェヤアバズレミタイナクソガキガソウ簡単ニ話シカケラレル人ジャナインダヨバーカ!! 覚エトケ童貞!!」

「童貞関係ねぇだろそこ! マジかよ、この町で一番お世話になってた人がまさかそこまで偉い人だったなんて……でも銀さんが言うにはお嬢様学校の常盤台の理事長なんだよな……力があるのは当たり前か」

 

そう、そもそもお登勢はただ小さい店で細々と働いてるただの気前のいい女店主ではない。

銀時が働いているあの名門常盤台の理事長を務める程信頼と実績を兼ね備えた人物。そして町の住民から慕われ、一癖も二癖もある連中の相談相手に乗ってあげる圧倒的社交性。そんな人物がかぶき町の女帝と呼ばれるのもなんらおかしくない話だった。

 

キャサリンの話を聞いて納得する浜面の隣で、絹旗もまた「おー」と感心したように頷く。

 

「やはりお登勢さんは超凄い人だったんですね、私ますます尊敬するようになりましたあの人の事」

「ワカッタ風ナ口効イテンジャネェヨ小娘ガ! オマエモコノかぶき町ニ住ムナラ! 誰ガ上二立ツ存在カ誰ガ下ニ立ツ存在カシッカリ見極メテ置ケ!!」

「わかりました、まずはあなたを超下に見る事にします、浜面の次ぐらいに」

「え、俺アイツより下に見られてるの?」

「フザケンナヨ!! セメテミジンコヨリハ上ニ見ロヨ!」

「え、俺ミジンコより下なの?」

 

指さして叫んでくるキャサリンに絹旗は冷静に返す中、浜面が自分を指さして寂しそうに呟くが彼女は無視して目を逸らした。

 

「それじゃあ他の三人の事も超教えてくれませんか。四天王と言うんですからお登勢さんに負けないぐらい超凄い人なんですよねその人達?」

「ナンデモカンデモ聞ケバ私ガ優シク答エテクルト思ッテンノカクソガキ! コレ以上無駄話シテお登勢サンヲ待タセタラ怒ラレチマウダロウガ!」

 

尋ねてくる絹旗に対してキャサリンはガラの悪そうな態度で一瞥すると自分達が来た方向へ、お登勢の待つ店へと向かいだした。

 

「ガキ共! お登勢サンニ迷惑スル様ナ真似スンジャネェゾ!」

「……なんなんですか、あの猫耳という属性を超マイナスポイントにしてしまう人」

「あんな奴でも慕っちまうのがお登勢さんの高いカリスマ性ゆえなんだろうな……」

「私がお登勢さんの立場だったらあんな団地妻は即刻首から下をコンクリ床に埋める刑に処する所ですけどね」

「優しいなお前、俺なら首から下じゃなくて首から上を埋めるぞ、静かになるから」

 

去っていくキャサリンの背中を見送りながら絹旗と浜面はそんな会話した後、再び前を向いて歩き出す。

 

「それにしてもかぶき町四天王ですか、これは超興味深いですね、是非他の三人の事も知りたくなりました、浜面は会った事ありますか?」

「いや俺は四天王が誰だかよく知らねえし、さっきキャサリンが教えてくれたおかげでお登勢さんがその一人だとは知ったけどよ、他の三人は全く検討もつかん……」

「超役立たずですね浜面は。仕方ありません、この町の見物がてらに探してみましょう。さあ案内して下さい、役立たずなりに」

「ああ、誰か俺に優しくしてくれ……」

 

テキパキと物事を進めて行きながら歩いて行く絹旗に、項垂れたまま彼女に従ってついて行く浜面。下っ端としての臭いがいまだに強く残っている彼にとってはこんな理不尽な扱いなどすっかり慣れていた、主に麦野やフレンダのおかげで。

 

それからしばらく歩いていると、先頭を歩いていた絹旗が、とある店の前でピタリと止まって顔を上げた。浜面もまた止まり、黙って彼女と一緒に顔を上げて店の看板に目をやる。

 

『かまっ娘倶楽部』

 

店の名前だけでここがどんなお店か容易に理解できた浜面、「うわぁ……」という一言だけを呟いて早く行こうと絹旗の背中を押して促す。

 

「視界に入れる事さえヤバいと感じるお店だ……さっさと行こうぜ、ここにいたら危機感を覚えるんだよ、特に俺が」

「え~なんか超楽しそうですよここ、ちょっと覗きに行きましょうよ」

「ダメだって! だってここって間違いなくオカマの……!」

 

ワクワクした様子で逆にこちらの服の袖を引っ張って店に行こうとする絹旗に、浜面が必死に叫ぼうとしたその時

 

「そう、ここは”私達オカマ”が働く聖地。『男として気高く』、『女として美しく』という”ママ”の信条を兼ね備えたオカマによる癒しのオアシス……」

「ひッ!」

 

いつの間にか背後から聞こえた女性の様な口調でありながら男性の様に野太い声。

その声を聞いてビクッと肩を震わせる浜面だが、その肩に後ろから忍び寄って来た声の主が優しく手を置くのを感じる。

 

「ちょっとボク、ウチに寄ってみないかしら……可愛い子には”特別サービス”もあるのよ……ウフフ……」

「いぃぃぃぃぃぃです!! 結構です! 絶対に結構です! 俺はまだ普通の人間でいたいから!!」

 

自分の肩の上からにゅっと顔を出してきた人物に浜面は素っ頓狂な叫び声を上げて青白くなる。

ワカメちゃんヘアーの髪型に一際尖った”アゴ”に付いている青髭。

綺麗な着物を着飾ったその人物は間違いなくオカマさんであったのだ。

 

浜面に後ろから隙間も無いほどみっちり寄り添っている彼女を見て絹旗は「おお!」とサファリパークでライオンを見た様な驚きの声を上げる。

 

「超オカマです!! 凄いです初めて見ました!!」

「目を合わせるなー!! 何されるかわかったもんじゃねぇぞ!!」

「あら可愛らしいお人形さんみたいな子、かぶき町にこんなお子様がいるなんて珍しいわね」

「いいからアンタは離れて! それと青髭を俺の肩にジョリジョリ擦り付けないで! 感触が! 感触が気持ち悪い!!」

 

絹旗を見下ろしながらフフフと不気味な笑い声を上げる彼女に浜面が悪寒を感じて震えた。

かぶき町に住み始めてからオカマは何度か見た事あるが、この様に接触されたのは初めてなので恐怖で足がすくんでいる。

 

一方そんなオカマに子ども扱いされた事に絹旗はムッと表情を険しくしていた。

 

「お子様ではありませんよオカマさん、私は絹旗最愛という今日からかぶき町に住む事になった超大人の女です」

「いやだもう~超かわいい~!! もし女の子じゃなかったらウチの店のマスコットにしたいぐらいよ!!」

「む~このオカマ、私の事超ナメてる気がするんですけど」

「あら、ごめんあそばせ。可愛い子見るとついからかいたくなっちゃって」

 

不満そうな絹旗を見て歓喜の声を上げていたオカマは微笑を浮かべながら浜面からやっと離れると、改めて絹旗と対峙する。

 

「私はここのお店で働いてる”あず美”。よろしくね」

「ほぉ”アゴ美”さんですか。アゴが超尖ってるだけあって名前もまんまですね」

「アゴ美じゃねぇよあず美だつってんだろ! 小便チビらせるほど泣かしてやろうかこのガキィ!!」

 

優しく温和な態度から一変して額に青筋浮かべてブチ切れる”アゴ美”。

まるでモンスター映画に出てきそうな恐ろしい形相に、隣にいた浜面はすっかり怯えてしまっている。

 

「怖い……寝起き直後の麦野並に怖い……」

「あらぁ怖がらせちゃった~? ごめんなさいね~、でも怯えるアナタも可愛いわね~、ちょっとウチの店で働いてみない? オカマデビューして新境地開いてみましょう」

「断固お断りさせていただきます!!」

 

腰をクネクネさせながら気持ち悪い動きで近寄ってくるアゴ美に浜面がその場から後ずさりしつつ首を激しく横に振って嫌がった。

そうしていると絹旗が不意にアゴ美に話しかける。

 

「あの所でアゴ美さん、超聞きたい事あるんですけどいいんですか?」

「あず美だっつんだろ! もうなによ、美しくなれるコツでも聞きたいの?」

「いやそれは聞いても意味が無いのは”目に見えてる”ので、アゴ美さんはかぶき町四天王って知ってますか?」

「かぶき町四天王ですって?」

 

それを聞いてアゴ美は少し驚いたような顔を浮かべた。

 

「それを知ってどうするつもりなのあなた達?」

「私達今、四人がどういった人物なのか調べてる真っ最中なんです。万事屋としてこの町に住む事になったのですが、是非その町のボス達の事も知りたいと思っていましてね」

「万事屋? もしかしてあなた達、麦野ちゃんの所で働いてるの?」

「む、麦野ちゃんって……、ああそうなんだよ、俺は随分前からだけど、コイツは今日からなんだ」

 

アゴ美が麦野の事を知っているのにも驚いたが何より彼女をちゃん付けするとは……戸惑いつつも浜面が説明すると彼女は「へ~」と頷き

 

「あの子ちゃんと従業員を雇えるようになったのね」

「ま、まあ成り行きで……」

「なんだかちょっと安心したわ」

 

そう言ってアゴ美はフッと笑って見せた。

 

「あなた達みたいな子達ともつるむようになって何よりだわ、昔から何かと縁作るのが下手な子だったから」

「それはまあ察するな……アイツ人付き合い絶対苦手だし」

「まあそこがまたチャーミングなんだけど、ウフ」

「オカマの包容力すげぇ……」

 

浜面かして言えば彼女はデレ成分の無いツンの塊。口を開けばワガママ、いざ手を動かせば即暴力、足を使えばとんずらかます。つまり典型的な自分中心型の人間であった。

しかしアゴ美からすれば今の彼女は大分可愛がってるみたいで。

頭に手を当て浜面が信じがたい事に悩ましていると、アゴ美は「そういえば」と話を切り替えた。

 

「あなた達かぶき町四天王の事知りたいって言ってたわよね、お登勢の事は当然知ってるでしょ」

「ああ……」

「それならとっておきの人を教えて上げるわ、その人は私達オカマの求道者にして絶大なる権力を持ったかぶき町四天王の一人」

 

うっとりした表情で手をアゴに当てながらアゴ美はそっとその名を呟いた。

 

「鬼神・マドモーゼル西郷。ここのお店の店主でもあり行き場の失った私達にオカマとして生きる道を進めてくれた、いわば私達のママ……」

「……オカマが四天王の一人」

「ほほぉ、オカマさんが。インパクトは顔だけではなかったという訳ですか」

 

オカマが四天王の一人と言われて浜面は微妙な反応をするが絹旗は感心したように頷く。

アゴ美は彼女に対し「そうよ」と言って力強く頷いた。

 

「オカマは見た目だけじゃなく心も美しいのよ、ママはその中でも特別。かぶき町であの人よりも男らしさと女らしさを兼ね備えた人はいないわ」

「そりゃ男と女の真ん中に立てるような人だからな……その人店にいんの?」

「いいえ、生憎今は外出中だから会えないのよ、”ナンバー1ホストの狂死郎さん”目当てで高天原かしら」

「ああうん……いないならそれでいいんだ、むしろ良かった……」

 

今はその西郷というオカマの大将はここにはいないと知り内心ホッとする浜面。

アゴ美でさえビクついてしまうのにさらにその上を行くオカマに出会ってしまったら恐怖で失神する自信がある。

 

「これで二人目、後はもう二人。けどよ絹旗、もういいだろ、四天王なんて覚えなくても大丈夫だって」

「何言ってんですか浜面、ここまで来たんだから是非あとの二人も超知っておくべきです、ねえアゴ美さん」

「あず美つってるでしょ、聞き分けない子はタマ取るわよ」

「いえ元から持ってませんので」

 

いたいけな少女相手に際どい発言をした後、アゴ美は突然浜面の方へ真剣な表情になる。

 

「でも確かに四天王の事は知っておいた方がいいわよ、ママやお登勢はカタギの連中にも優しいけど残りの二人はマズいわ。”あの二人”の縄張りに入って下手な真似起こしたらとんでもない目に遭わされるだろうし」

「え……そんなにヤバいの?」

「敵に回したらまずこの町に住めなくなるでしょうね」

 

お登勢、西郷、そしてもう二人の事は浜面はまだよく知らないがアゴ美が言うには余程恐ろしい存在らしい。運悪くその二人の機嫌を損ねたりでもしたらここに住む事さえ許されない、それを聞いて浜面がゴクリと生唾を飲み込んでいると背後から

 

「おいぬし等、まだ学生じゃろ。こんな所で何をしている、ちょっとこっち来なんし」

「へ?」

 

後ろから鋭い女性の声が飛んできたので浜面がそちらに振り返ると

顔に傷は付いているがそれも関係ないほど凛々しい顔立ちをした女性がキセルを手に持って立っていた。

浜面は彼女を見てハッと思い出した。随分前に銀時達が大暴れして自分達を助けてくれたあの事件、ニセ攘夷浪士の討伐の後掃除にやってきたアンチスキルの人間だ。

 

「アンタ確か銀さんの知り合いのアンチスキル?」

「む? よくよく見ればぬしはあの時の、どうしてこんな所にいる?」

「いや銀さんにここに住んでみろって言われて流れで……お登勢さんからはちゃんと許可取ってるんすよ?」

「そうであったか、銀時の奴め、主らの様な子供をこんな危ない場所に預けるとは」

「いや俺は俺でここに来れた事は正解だと思ってますから……一応」

 

月詠、銀時と同じ常盤台の教師で夜勤担当のアンチスキル『百華』の頭領。

浜面の事も覚えておいてくれたのか、表情には見せないが警戒する様子は消えていた。

 

「するとこのちっこい娘も銀時がこの町に置いたのか」

「ちっこい娘じゃなくて絹旗です、はぁ、自己紹介して回るのも超大変ですね……」

「己の名前を周りに覚えて欲しいのであれば必要の事でありんす。わっちは月詠、アンチスキルに所属する銀時の同僚じゃ、以後よしなに」

「しかもまさかの銀ちゃんさんのお隣さんと同じ名前ですか、間際らしいですね……」

 

名乗る月詠を眺めて合法ロリのチビッ娘教師が脳裏にチラつく絹旗だが、月詠は特に気にせず彼女と浜面の背後にいるアゴ美に話しかける。

 

「ちと尋ねたいんじゃが、この辺で何か変わった事はないか?」

「ん~変わった事なんてしょっちゅうあるからどれを言えばいいかわからないわ」

「それは知っとる、怪しい人間がうろついているとか、なにか事件とかあったら教えて欲しいと言っとるんじゃ」

「かぶき町に怪しい人間がうろつくのも、どこかしらで事件が起きるのも当たり前なのよね」

「そうじゃったな、いまわっちが話してる相手も十分怪しい人間じゃった。そのアゴは凶器か何かか? ちゃんと許可取っているのか? ちょっとウチに来てもらおうか」

「アゴが銃刀法違反に引っかかる訳ねぇだろ! 刺してやろうかゴラァ!!」

 

冷静に自分のアゴを眺めながら尋ねてた月詠に烈火の如く激怒するアゴ美。

 

「この辺はママの縄張りなんだからこの辺で悪さ起こすようなバカはいないわよ!」

「ふむ、噂によく聞くかぶき町四天王の一人、マドモーゼル・西郷か。確かにあの者のおかげでここら近辺はかぶき町を基準として考えればそれなりに悪くない治安じゃったな」

 

一喝するアゴ美に月詠はなるほど頷きながらキセルを口に咥えてプカ~と煙を吐く。

 

「しかしここら辺の治安が良くとも、”孔雀姫”の縄張りではまさに阿鼻叫喚の嵐。かぶき町全体の治安が良くなるのはありえぬ事かもしれんの」

「孔雀姫?」

「孔雀姫ってなんですか? おっきい月詠さん?」

「ぬし等知らんのか? 全く銀時はこの者らに何も教えておらんかったのか……ならこれを機会によく覚えておくでありんす」

 

ポロッと漏らしたその名に浜面と絹旗が早速食いつくと、何も教えて上げていなかった銀時に呆れながら月詠は二人に口を開いて説明を始めた。

 

「孔雀姫・華陀≪くじゃくひめ・かだ≫。このかぶき町で四天王の一人として君臨する一人じゃ。今のかぶき町にある賭場はほとんどが彼女一人の手の上で動かされていると言っても過言ではない」

「浜面、賭場ってなんですか?」

「ギャンブルは知ってるだろ。それらを主に扱って色んな人を招く場所を賭場っていうんだ。その賭場の大半を支配しているのがその孔雀姫の華陀って人らしい」

「賭け事をする場所ですか、一度超覗いてみたいです」

「止めとけ、賭け事ってのは素人が迂闊に首突っ込んだらヤケドだけじゃ済まされねえぞ」

 

話を聞いて早速興味津々の様子の絹旗だが浜面はすぐに釘を刺す。月詠とアゴ美にそれに同意するように頷いた。

 

「かぶき町の賭場に無暗に足を突っ込むのはおススメできん、特にぬし等子供にはな。華陀にとってみればいいカモにしかならぬ」

「あの女が支配する賭場は本当に悪どいのよ、命だって賭けの対象にするんだから……華陀の縄張りじゃそういう負けた連中の悲鳴が絶えなく聞こえると言われてるぐらいよ」

「おいおい洒落にならねぇだろそれ……この辺でもよく賭場をあちらこちら見かけるけど、遊び半分で入ろうとしないで正解だったぜ……」

 

孔雀姫・華陀。

女だというのはわかるが支配する場所と彼女が下す行いには浜面も戦慄する。

彼自身、賭け事なら昔はスキルアウトの仲間同士でやった事はあるが

そんなレベルでなく正に命がけのギャンブルがかぶき町でははびこっているのだ。

更に月詠は話を続ける。

 

「それに華陀自身にも色々とヤバい噂がありなんし、奴はあまり公の前に姿を現さないが、裏では”人間ではない危険な連中”を手練れとして操っているとか」

「ウチのママやお登勢と同じ”レベル5”を傍に置いてるとも聞いたわよ」

「華陀自身が流した法螺話じゃと思いたいがの」

「私もそう思いたいわ、まあ仮に華陀の噂が本当だとしても、ウチにはママとていくんがいるから大丈夫だけど」

 

華陀の支配する縄張りだけでなく彼女自身にも良からぬ噂がこの辺でもはびこっているらしい。

かぶき町四天王、3人目の話をよく聞かせてもらって浜面はすっかり顔色を無くして情けない表情になっていた。

 

「なんて奴がいるんだこのかぶき町ってのは……俺は本当にこんな所で生活できるのか……」

「超今更ですよそれ、私より長くここに暮らしておいて何を言うんですかあなたは、ていうかあの麦野さんって人も十分ヤバいんですよね?」

「いや麦野は少なくとも命取るまではしないから……」

「まあ麦野ちゃんは根は悪い子じゃないのは確かね、喋り方は物騒だけど」

 

しっかりしろと年下の絹旗に言われてますます惨めに感じている浜面に追い打ちをかけた後、アゴ美は絹旗を見下ろしながらそっと目を細めた。

 

「女帝・お登勢。鬼神・マドモーゼル西郷。孔雀姫・華陀。そして最後の一人、いい絹旗ちゃん。特にこの一人には気を付けるのよ」

「華陀という人よりも気を付けるべきなのですか?」

「ある意味じゃそいつの方が危険なのよ、縄張りや人の目も関係なく好き放題暴れ回って厄災を撒き散らせる連中のトップに立つ男なの。なにせそいつは……」

 

絹旗に対し神妙な面持ちでアゴ美が何か言おうとしたその時……

 

「ほ~ん、厄災をまき散らすっちゅうのはまさかわし等の事かいな? 西郷の所の連中も随分とえらく上から目線で物言う様になりましたな~」

「!!」

 

横から飛んできた呑気そうな男の声にアゴ美は鋭い反射神経ですぐにバッと振り返る。

月詠と絹旗にそちらへ、遅れて浜面も「何事?」と呟きながらそっちに目をやった。

 

「でも厄っちゅうモンは目に見えへんモンやし降りかかるモンは運の無いアホだけじゃ。一般人の目に見えて、しかも毒にしかならへんオカマをぎょうさん量産しとるアンタ等のボスよりはかぶき町に貢献してるとわしは思うんやけどな」

「あ、あんたは!」

 

唐突に現れたのは口に長い楊枝を咥えた”七三分け”の男だった。

出で立ちからは不穏な気配を忍ばせ、ニヤニヤと笑いながらこちらに近づいてくる。

 

驚いてるアゴ美の隣で月詠が睨み付けるような視線を彼に向ける。

 

「ぬしは確か、溝鼠組の若頭……」

「”黒駒勝男”っちゅうもんですわ、どうもお巡りさん。アンタ等にはようウチの若いモンがお世話になっとるみたいで」

「フン、その借りでも返しに来たというのか?」

「いやいやそんな血気盛んに構えんといてや、いくらなんでもお巡り敵に回す様な真似しませんやウチも、わしはただこの辺通りかかっただけですわ」

 

黒駒勝男、そう名乗る男は月詠に対し余裕な調子で受け答えすると、彼女の傍にいる浜面と絹旗の方へふと視線を向ける。

 

「なんやコイツ等、かぶき町にガキがいるたぁ珍しいな。さては若いモン特有のテンション上がり過ぎてアホな真似しようと思うてこんな所に来てしまったんか? 盗んだバイクで走り出そうと思うたんか?」

「浜面、誰ですこの人?」

「いや俺も知らないんだけど……アゴ美さん、この人何者?」

「あず美よ。コイツはママが目の敵にしてる溝鼠≪どぶねずみ≫組の所の若頭。つまり極道のモンよ、ヤクザよヤクザ」

「ああなんだヤクザか、なるほどなるほど……ヘッ!?」

 

黒駒を指さして説明するアゴ美にごく自然にわかった様に頷いた後、ギョッと目を見開く浜面。

つまりこの男はゲームや映画でしか見た事のないあの……

 

「黒駒勝男や、よろしくなにぃちゃん、まあかぶき町に住むでもしない限りもう会わへんけどな」

「浜面仕上です……(オカマとかヤクザとか……本当にどうなってんだよ一体……)」

 

目の前にいる男がヤクザだと知って内心心臓バクバク鳴らしている浜面。

 

しかし滅茶苦茶ビビってしまっている彼の隣ではじ~っと黒駒を見つめる絹旗が。

黒駒もその視線に気づいて「ん?」と目を下に向ける。

 

「これまたちっこい娘やな、にぃちゃんの妹かなんかか?」

「おじさん、超聞きたい事あるんですけどいいですか?」

「おうおうなんでも聞いてみぃや、わかる範囲ならちゃんと答えてやるで。わしは極道やけど子供には優しくしようと心がけてるんじゃ」

 

そう言って笑みを浮かべながら頷く黒駒に絹旗は直球で

 

「その超古臭い髪型は罰ゲームかなんかで強要されてるんですか? それとも素で自分で選んでその髪型で今まで生きてきたんですか?」

「なんやとコラァァァァァァァ!! この黄金比率を見事に体現した七三分けのどこが古臭いんじゃボケェェェェェェ!! 7:3という全ての原理や法則の起源をバカにしとんのかワレェ!!」

「速攻で心がけ捨てた!!」

 

触れちゃいけない部分だったのか、いたいけな子供相手に突然唾を撒き散らすほどキレる黒駒についツッコんでしまう浜面。彼の肩に月詠がポンと手を置く。

 

「奴はこの辺じゃ有名な極道。歯向かう者は容赦なくコンクリ詰めのドラム缶へ投げ落とす事も容易にやるような男で実力も相当な腕前を持っておる、迂闊に敵に回さないよう気を付けるんじゃぞ」

「そんなにヤバい人なの……」

「溝鼠組も知らんのか?」

 

ここまで何も知らないのによく今まで生きてこれたなと呆れた表情で月詠は口を開いた。

 

「店に行ってヤクの売買を客にやれと強要させるのも当たり前、気の食わない相手がいればその者の縁者にまで危害を与え、かぶき町で好き勝手やろうというのであればその意欲事叩き潰して裸にして捨てると悪どい事ならどんな汚い手でも平気でやる。多くの組員が存在し、この町全体を支配しかねない脅威を持った連中じゃ」

「そんな連中をなんで野放しにしてんだよ……アンタ教師やってても一応警察組織の人間だろ……」

「警察ゆえに手を出せない所もある、下っ端程度ならこちらで処理する事もあるが、溝鼠という名前通りいくら捕まえてもキリがない。頂点に立つ男の権力が強すぎて、こ奴等がかぶき町にいる間はこちらも簡単に手を出せないのじゃ」

「その頂点の男って……」

 

早い話、非合法な悪行を次々と重ねている筋金入りの外道集団という訳だ。

その頂点に立つ者が一体どんな人物なのかと浜面が彼女に聞こうとしていると。

キレていた黒駒は絹旗を睨み付けながら怒鳴りつけている。

 

「おい小娘! お前どこの所の学校にいるガキじゃ! お前の学校に文句言いつけちゃる! 今更泣いて謝っても遅いでぇ! わしのこの七三分けという人知が生み出した素晴らしきセットを侮辱した罪は重いんや!!」

「私学校行ってませんよ? だから行き場が無いからかぶき町に来たんです、今日から麦野さんって人の所にお世話にになると決まったばかりですので、文句があるならその麦野さんに」

「……え? 麦野?」

 

絹旗が言うと突然黒駒は怒るのを止めてピタッと止まった。

 

「まさか麦野ちゃんの事かいな? まさかお前、麦野ちゃんの万事屋で働くんか?」

「そうなっちゃいました」

「おいおいマジかいな、麦野ちゃんの連れか。てことは迂闊に手ぇ出せへんやないか」

 

困った様子でポリポリと自慢の七三分けを掻く黒駒。

この極道、麦野といったいどんな関係なのか

 

「にしてもあの麦野ちゃんに仲間が出来るとは。わし等の前から消えて随分経ってしもうとったから心配しとったけど……」

「それで今は一応万事屋として”先輩”である浜面と一緒にかぶき町四天王が誰なのか超調べてる所です」

「はい? 先輩?」

 

先輩と言う言葉を聞いて黒駒は涙ぐむのをピタッと止めて顔を上げた。

 

「先輩ってどういう事? まさかこのいかにも使え無さそうな男も麦野ちゃんの所で?」

「働いてるみたいです、しかも一つ屋根の下で超仲良く二人っきりで住んでたみたいですね、はい」

「ふ、二人っきりで住んでたやと! それってそういう意味って事か!? そういう意味なんか!? 男と女で密接なランデブーしとるんかぁ!?」

「私の女の勘ですが、超ランデブーでしょうねきっと、あれ? ランデブーってどういう意味でしたっけ?」

 

麦野が異性と同じ場所で寝泊まりしてると聞くと目を血走らせてアゴの骨が外れかねないほど大きく口を開けて驚く黒駒。

そして傍でわけのわからそうに立っている浜面に飛び掛かって胸倉に掴みかかる。

 

「おうガキ! さっきの話本当か!!」

「うお! へ!? ま、まあ一緒に住んでるけど何か!?」

「お前凄いなぁ! よくもまああんな嬢ちゃんと一つ屋根の下で暮らせるなぁ! 死ぬ覚悟はいつでも出来とるっちゅう事か!?」

「出来てないんですけど!?」

 

なぜ会ったばかりのヤクザにここまで問い詰められてるのか浜面はよくわかっていないようだが。黒駒は彼の胸倉を掴んだまま片眉を上げた表情で

 

「本来ならあの子が自分で選んだ事やさかいに。これはわしが首突っ込む話ではないんじゃが……あの嬢ちゃんに手を出すとはそれなりのリスク背負うっちゅうのを覚悟するんやで……」

「いや確かにあの性格ならわかるっちゃわかるけど……てか別に手を出すつもりないんですけどこっち……」

 

浜面は困惑の表情を浮かべるが、黒駒は気にせずに咥えた楊枝が浜面に刺さりかねないほど顔を近づけながらコソコソと耳打ちする。

 

「元々あの子はウチの”おじき”に喧嘩吹っかけて来るほどチャレンジャーな嬢ちゃんなんじゃ……理解できるか? ウチのおじきのタマ取るためにヤクザの巣窟にカチコミ来たんやで?」

「へ!? いや待て待てちょっと頭の整理つかねぇ! ヤクザに喧嘩売ってたのアイツ!? てかそのおじきって人は何モンだ!!」

「はぁ何言うてんねん! ウチのおじきはかぶき町四天王の一人! 大侠客と恐れられ! この町に潜む闇を体一つで背負うとしとるわし等溝鼠組の頭!! その名は”泥水次郎長”親分様じゃい!!」

 

四人目のかぶき町四天王の名を叫ぶと、黒駒は浜面の肩に手を回すとニヤリと笑いかけた。

 

「ええか、この名前ちゃんと頭にインプットしておくんやでガキ、いくら麦野ちゃんの男でもわし等はなんの躊躇も無くタマ取るからな……かぶき町で1秒でも生きたいんなら、わし等を敵に回すな、ええか?」

「は、はい……! しかと頭の中に刻み付けておきます……! 泥水次郎長親分っすね……!」

「それでええんや」

 

ビビりながら返事をする浜面に満足したのか、黒駒はヒラヒラと手を振りながら行ってしまった。

 

「ほな、また。かぶき町の生活楽しんでな」

 

現れる時も去る時も、どことなく不気味な雰囲気の漂う男である。

 

「怖ぇ~ヤクザ怖ぇ~……あんな奴等の親分に喧嘩売ったのかよ麦野……」

「あんな見た目超ダサい奴、私なら瞬殺出来ますけどね」

「頼むから絶対手は出さないでくれよ……」

 

完全に黒駒をナメてる絹旗を浜面は半ば必死になだめようとする。

相手は極道だ。喧嘩でも売ろうものなら確実に恐ろしい目に遭わされる。

無論、絹旗の先輩として同じ場所で働く浜面にも危害が及ぶという訳で……

 

「一体全体……どうして麦野はあんな連中に喧嘩売ったんだ……?」

 

 

 

 

一方その頃、謎のモジャモジャ男の捕獲作業を土方に任された麦野はというと

浜面達とは少し離れた所にある路地裏で捜索の真っ最中だった。

 

「クソ……全然見当たらないわね」

 

あの見た目だ、公の場所では目立たない方がおかしい、つまり街中を堂々と歩けない筈。

ゆえにこういう人が立ち寄りそうにない場所に来ると思っていたのだがどこを探しても見当たらない。

 

「かぶき町の裏道ならほとんど覚えてるし、一つ一つしらみ潰してみるか……たむろってるゴロツキがいようが私には関係ないし~」

 

どうやってそこに入ってると推理したのか、青いゴミバケツを開けて中身に顔を突っ込まながら麦野が呟く。中にはもちろんここの住人達のゴミしか入っていない。

 

そして顔を上げてもう一つあったゴミバケツの中身を覗こうとしたその時

 

「遂に残飯漁りにまで手を出すぐらい落ちぶれちまったのか小娘」

 

中のゴミをチェックしていると不意に背後から聞こえた声に麦野は僅かにピクリと肩を動かして反応した。

声は男性、それも結構年の食ってるしわがれた声

 

麦野が黙って顔を上げて振り返らずに無言で立ちすくんでいると、また背後にいる男が話しかける。

 

「俺はわざわざあのババァにこの町からほおり出せって忠告しておいたんだけどな、どうしてここにいんだお前」

「生憎、私の居場所は私が決めんのよ」

 

募る苛立ちを抑えつける様に言葉を吐き捨てる麦野だが、後ろからはフンと鼻で笑い飛ばすのが聞こえた。

 

「ガキが生意気な口叩いてんじゃねぇよ、大人のいう事はちゃんと聞いておかねぇと後で後悔するぜ、死にたくねぇならこの町から消え失せろ」

「誰に指図されようが知ったこっちゃないのよ、私は私自身でこの町に残ると決めた。例えアンタに言われようがね、かぶき町四天王の一人と呼ばれ、大侠客と称されているアンタでも」

 

非情な言葉を投げかける男の方へ、麦野は口元に薄ら笑みを浮かべて振り返る。

 

 

 

 

「そうだろ、”泥水次郎長”親分様よ」

 

お登勢とそう変わらない年であろう白髪色黒の男性が、腰に一本の刀を差し着物を風になびかせながら、不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

 

 



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第三十三訓 破壊少女、追走してまた追走

 

数年前の話。その時は、雲一つなく綺麗な満月が見える絶好の夜だった。

事件を知る前の黒駒は溝鼠組の拠点で、自室に籠って鏡とにらめっこしながらせっせと七三分けの手入れを施していた。

 

「アニキィィィィィィ!! 大変な事が起きやしたァァァァァ!!」

「なんじゃおんどりゃあ! わしが髪型のお手入れしてる時は声かけんなって言うとったじゃろうがボケナス!! 七三分けが六四分けになったらどう落とし前付けるんじゃコラァ!!」

「え? それ対して変わらないんじゃ! んげッ!」

「バカかお前ごっつう変わるやろうが! 堺雅人から松田翔平やぞ! わしはどっちかつうと堺雅人派なんじゃい! 将来ごっつう凄いドラマの主役に選ばれる七三分けやでアレは!」

 

勝手に部屋に入って騒ぎ立てる舎弟に容赦ない鉄拳を食らわせる黒駒、訳の分からない事を言った後、七三分けを両手で整えながらすぐに改まって

 

「で? 何があったんや?」

「む、麦野ちゃんがまたカチコミに来やした……」

「はぁ!? またぁ!?」

 

両手を広げて倒れながらも懸命に情報を渡してきた舎弟に黒駒は驚きつつも呆れたようにため息を突く。

 

「毎度毎度しつこいなぁ麦野ちゃんも、その度胸と肝っ玉は買うが、ええ加減にせんとおじきに殺されるで」

「どうしやすアニキ……」

「どうするも何もないやろ、麦野ちゃん相手じゃわし等が束になっても敵わん、はよおじき呼んで来い」

 

倒れた舎弟にそう命令している黒駒の所に、他の数人の舎弟がすぐに階段を駆け上って切羽詰まった様子でやってきた。

 

「アニキ! 麦野ちゃんがおじきにやられやした! 今度はマジでボロボロで重症みたいですわ!」

「病院連れていこうとしても言う事聞かへんのや! すんませんがアニキ! 説得お願いしやす! 俺達はすぐ救急車呼んできますんで!!」

「もう動いておったかおじき、遂に堪忍袋の緒が切れたか……」

 

必死過ぎてもはや泣きそうな顔をしていて、あの泥水次郎長の一家でありながらこんなにも情けない姿をしている舎弟に鉄拳制裁でも加えてやりたいが黒駒はそれ所ではなかった。

舎弟の一人を連れて階段を駆け下りて行く。

 

「さすがにこう何度も攻められちゃ組の名前に泥を塗られる。おじきの怒りもごもっともじゃ」

「せやけどアニキ、やっぱおじきってただモンじゃないっすね、あんな能力持ってる麦野ちゃんをあそこまで一方的に……」

「アホか、なに今更な事言っとんねん。おじきはわし等溝鼠組の大将やぞ? レベル5は化け物とか呼ばれとるが、わしから見ればおじきの方がよっぽど化け物に見えるわ」

 

共に駆け下りながら舎弟は冷や汗をたらしながらゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

「西郷の所のガキ……高天原のナンバー2のホストにも勝てるんすかね……」

「あのガキか……。あそこのガキは麦野ちゃんより”格上”の能力者と聞いとる……わしら溝鼠組が西郷の縄張りに手出し出来へんのもあのガキがいるせいや」

 

舎弟の問いに急いで廊下を走りながら黒駒は眉をひそめる。

アレが相手ではさすがに次郎長も厳しいかもしれない……

 

「まあそれでも勝つのがおじきなんやけどな」

「ならなんでおじきは西郷の所に手ぇ出さへんのですかい?」

「ドアホ、あのガキは普段はまともやが、マジでキレたらこのかぶき町そのものをぶっ壊しかねない程のモンやぞ、かぶき町手に入れる為にかぶき町無くなったら本末転倒やろうが」

 

馬鹿にするように舌打ちしながら黒駒はようやく玄関から屋敷を出て表の正門の前に立つ。

 

「さてと、麦野ちゃんはどこや? わしが説得して病院にでも送っちゃる」

「そ、そこです……アニキの足元」

「ん?」

 

震えながら自分の足元を指さす舎弟の言葉を聞いて黒駒は目線を下に下ろす。

 

着ている服も血まみれで倒れて瀕死の様子の麦野沈利の頭を思いきり度踏んずけていた。

 

それを見て黒駒は急に夜空に向かって

 

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰かぁぁぁぁぁぁ! 誰かザオリク唱えれる人呼んでぇぇぇぇぇぇ!!」

「アニキ落ち着いてくだせぇよ!! 麦野ちゃん死んでやせんから!!!」

「なに悠長な事言ってんねんボケ! ならはよブラックジャック先生呼んでこんかい!!」

 

舎弟達をぶん殴りながらパニック状態に陥って叫び回ると、黒駒は抱きかかえられてる状態でぐったりしている麦野に急いで駆け寄る。

 

「大丈夫か麦野ちゃん! わしが踏んだのがトドメになってへんよな!? とにかく今すぐ病院連れて行くさかい! 気しっかり持たな!」

「……冗談じゃないわよ……誰がんな所行くかボケ……無理矢理にでも連れて行くってんなら……」

「え?」

 

口から血を垂らしながら息も絶え絶えにしたまま麦野はギロリとした目つきで黒駒の方に顔を上げる。すると彼の視界が一瞬真っ白になり……

 

「のわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

白く透き通った光線がバシュッという音と共に彼の顔の横を掠める程度を通って行った。黒駒は奇声を上げて横にのけぞる。

光線の正体は固体化させた原子。『原子崩し』の能力を持つ麦野だからこそ使えるレベル5の能力だ。

 

「私に勝ってみろってんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!! 麦野ちゃんがグレたぁぁぁぁぁぁぁ!! いや元からやけどぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

今度はその光線を抱きかかえていた舎弟に向かって放ち無理矢理引き離しながら叫ぶ麦野。

支えられる物を失い重心がグラリと傾くが、なんとか傷だらけの両足でしっかり立とうとする。

 

「テメェ等なんか使い捨てにもならねぇただのゴミクズのクセに! ジジィの奴に気に入られただけで偉そうにしてんじゃ……! ぐふ!」

「麦野ちゃんが血吐いたぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 医者やぁぁぁぁぁぁ! いやもうわしが手術する! 顔に傷あるしブラックジャックみたいなモンやろわしも! ”メス”がないなら”ドス”でやりゃあええんや!」

「言ってる事意味わかりませんぜアニキ!!」

 

怒りの感情が極まって口から吐血してしまう麦野を見て黒駒はいよいよ舎弟に後ろから羽交い絞めにされて彼女から引き離されてしまう。

 

「ヒャハハハ……」

 

そんな必死に喚いてる彼を麦野は遠く見つめた後、口元を横にニィっと広げ、満身創痍の状態とは思えない様子で笑い声を上げる。

 

「テメェ等全員で私を止めてみろ! 無能力者の雑魚が何人束ねてかかってこようが!! テメェ等を細切れに解体してレベル5の私がどんだけ強ぇかクソジジィの奴に証明してやる!!」

「アカンな……麦野ちゃん。肉体の損傷だけでなく精神にもヤバいダメージ与えられたらしいで」

「どうしやすかアニキ……俺達じゃ止められやせんぜ……」

「言われなくてもわかっとるわい、てかおじきどこ行った……やったのはおじきやろうに……」

 

誰が相手だろうが目の前にある物すべてを破壊しないと満足しそうにない麦野を見て。

黒駒と周りの舎弟達が不安にどよめいていると……

 

「ったく……嫁入り前の娘がそんな汚ねぇツラでよく公の場で顔出せるもんだぜ」

「おじき!!」

「俺が厠行ってる間にさっさとどっか行けって言っただろうが」

「!」

 

屋敷の玄関から一人の男が現れた途端その場の空気が一気に凍り付いた。

腰に差す刀の柄に手を置き、キセルを咥えた中年の男。

 

麦野の観察者でありかぶき町四天王の一人である泥水次郎長が出てきたのだ。

彼が現れた途端麦野の目の色も変わる

 

「クソジジィ……!!」

「毎度毎度惨めに返り討ちにあってるお前が俺に何の用だ?」

「……」

「だが襲ってきたのがテメェで良かったぜ。西郷の所の坊主だったら俺もさすがに勝てるかわからねぇ。あの坊主より格下のお前ならいくらでもシメられるからな」

 

唇が切れる程強く噛みしめながら睨んでくる麦野に対し、次郎長はほくそ笑みながら一歩一歩と近づいて行く。

 

「わかんねぇか? テメェじゃ俺には勝てねぇ。さっさとどこにでも行っちまえ、これに懲りてかぶき町に二度と近づくんじゃねぇぞ」

「ふざけんな……!」

「ふざけてなんかいねぇさ、俺は前々からテメェの事は気に食わなかったんだ。弱ぇクセにお高く止まりやがって、目障りなんだよ、クソガキ」

「ふざけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

とんでもない声量で叫びながら麦野の周りから固体化された原子が次々と乱れ飛ぶ。

銃弾の用に飛んでくる光線は次郎長の体を避け、彼の背後にある一家の屋敷に直撃して破壊していった。次郎長は避ける動きさえ見せずにただ不敵に笑ってるだけ

 

「何しやがる、ウチの家は先月リフォームしたばかりなんだぜ」

「私が弱ぇだと!? 無能力者のテメェこそなに偉そうな事ほざいてやがんだ!! 私はレベル5の第四位なんだよ!!」

「クク、その半端な順位、聞く度に笑えてくるねぇ。上から4番目、せめて銅メダル取れねぇとカッコつかねぇぜ」

 

あくまで余裕を見せ挑発してくる次郎長の姿に麦野は完全に頭を血を昇らせてまともに考える事さえみずから放棄してしまった。

血走った目をまっすぐに彼へ向けながら対峙し

 

「ブチ殺してやらぁ泥水次郎長!! 私をナメた事を絶対後悔させてやる!!」

「ほぉそうかい、なら是非そいつを拝ませてくれや、後悔って奴を」

「おじき! な、なに刀抜いとるんですか! まさか!」

 

啖呵を切る麦野に次郎長の答えは腰に差す刀を抜く事だった。

呆気に取られる黒駒や子分達を尻目に次郎長は抜いた刀の刃先を麦野に向ける。

今までどんなに暴れても、一度たりとも彼は彼女に対して刃を向けた事が無かったのに

 

「コレが俺からの”最後のしつけ”だ……たっぷりその身で覚えときな」

「次郎長ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

彼女自身でさえ制御しきれないほどの原子が辺り一面に射出されて周りが壊されていく中、次郎長は刀一本持った状態で地面を蹴り、憤怒する彼女に挑みかかる

 

そして

 

 

満月の光が照らされてる中。

泥水次郎長率いる溝鼠一家の屋敷の庭は、まるで世界の終わりが来てしまったかのように静かになっていた。

 

辺りの人間が騒然としている中で、体中の傷から多量の出血をしている次郎長が。

 

血で汚れてしまった刀を拭かずにそのまま柄に納める。

 

「チッ……俺ももっと若けりゃあ簡単に終わらせられたんだけどな」

「お、おじき……なんちゅう事を……」

 

次郎長の前にはうつ伏せに倒れる麦野の姿が、意識は既に失ってる様子で腹部の場所からおびだたしい黒く生々しい血が地面に徐々に広がっていた。

その血は、先ほど次郎長が柄に収めた刀に付着した血と同じ持ち主……

 

「何してやがる、病院にでも連れて行かねえと死ぬぞコイツ。”腕の立つムカつく医者”を知ってるからそいつの所に送り飛ばして捨ててこい」

 

頭から滴り落ちる血を着物の袖で拭いながら次郎長は周りの子分達に命令する。

目の前で彼が麦野を自らの手で処断した事に放心状態の一同に、不思議と冷静になっている黒駒が次郎長の代わりに

 

「なにしてんねん、救急車は呼んどるんやろ。ならはよ止血作業に入らんかい。とりあえず包帯でも汚れてない布でもええから麦野ちゃんの傷口に、その後手ぇ置いて出血を押さえるんや、そん時は手ぇ洗っとけよ」

「へ、へい……」

 

伝達されると強張っていた舎弟達はすぐに俊敏な動きで行動開始する。

残された黒駒は次郎長の方へ振り返って

 

「……おじきも診てもらった方がええと思いますで、随分とやられとるやないですか」

「こんな傷程度大したことねぇ、血止めして食うモン食っとけばすぐに治らぁ」

「ホントどっちが化けモンなのかわかりまへんな」

 

次郎長の姿は傍から見ても軽傷では済まされない状態だった。頭からは血を流し、体にも原子崩しによって出来た傷がちらほらと見える。

 

ボロボロになった麦野でも普通の人間では太刀打ちできないあのレベル5。

 

そんな彼女を倒すために彼もまた多大な傷を負ってしまうのも仕方ない事である。

当人は全く意にも介さない様子だが

 

「勝男」

「なんどすか?」

「俺が傷の手当て済んだら一杯付き合え」

「こないな事あってよう飲み行けるテンション持ってますな……まあご一緒させてもらいますわ」

 

傷だらけで飲みに行ける様な身体じゃないクセにいきなり飲みに付き合えという次郎長の不可解な誘いに、黒駒は疑問を覚えながらもそれをすぐに承諾した。

 

 

「それでどこの店へ、決めてないならこちらで手配しまひょか?」

「その必要はねえ、行く所はもう決めてある」

「と言いますと?」

 

持っていたキセルを咥えてマッチで火を付けながら、尋ねてきた黒駒に次郎長はキセルを咥えたままニヤリと笑った。

 

「かぶき町で俺が最も行きたくねぇ飲み屋だ」

 

 

 

 

 

数刻後の事、その時黒駒は次郎長と同伴してある飲み屋へと足を運んでいた。

 

『スナックお登勢』次郎長と同じくかぶき町四天王の一人である女帝・お登勢が経営しているお店である。

店の中は完全に貸し切りで、ここには黒駒と次郎長、そして店主であるお登勢だけだった。

 

「……久しぶりに会いに来たと思ったら、いきなりガキを預かれとは随分勝手じゃないか、次郎長」

「安酒しか寄越さねぇ店だなここ、もうちっと洒落たモンの一つや二つ出してほしいねぇ」

「話はぐらかすんじゃないよ」

 

カウンターの向かいに立っているお登勢はただ呆れた表情で、席に座って淡々と飲んでいる次郎長を見下ろす。

 

「アンタはあの子の事、気に入ってると思ってたんだがね」

「フン、テメェも老いたな。遂に目も悪くなったか」

「私の目は今もなおマサイ族並だよ」

「ボケるのは早いんじゃねぇかババァ」

「ボケてんのはテメェだろうがジジィ」

 

互いに悪態を突いた後、お登勢は手に持っていたタバコを灰皿に捨てる。

 

「わかった、あの子は私が預かる、ただし『あの子をかぶき町の外に追い出す』っていう要件は飲まないよ、あの子の生き方はあの子自身が決める事だ」

「ま、別に構わねぇさ。大方逃げ出すだろ、あんなガキがこの町に住めるとはとても思えねぇからな」

「この町にはあの子よりも年下のガキも住んでるよ」

 

顔をしかめるお登勢に次郎長はフッと笑って席から立った。

 

「そういうんじゃねぇよ、かぶき町にはかぶき町のルールってモンがある。それを頭に入れられねぇバカは住めねぇって事だよ」

「……本当にこれでいいのかい、次郎長」

「ったりめぇだろうが、世話かけるなお登勢。テメェのバカとも思えるぐらいのお人好しにはホントありがたいと思ってるぜ」

「心にもない感謝なんかいらないよ、話が済んだならもう出て行きな。アンタがいると店の雰囲気が悪くなるんだよ」

「言われなくてもそうさせてもらう、こんな辛気臭い店なんざ」

 

めんどくさそうな態度でお登勢が手を払って追い払う仕草をすると次郎長は共に腰を上げていた黒駒にクイッと顎を動かして行くぞと合図

 

「テメェ等も金輪際あのガキに近づくな、もうアイツは俺達極道モンとはなんの関わりもねえ人間だ。テメェ等がアイツを可愛がってたのは知ってるが、テメーが人から外れた道の人間だってのを忘れんじゃねぇぞ」

「……へい、子分共にもそう伝えておきまさぁ」

 

言いたい事ありそうな表情をしながらも黒駒はゆっくりと頭を下げて彼の命令に従った。

次郎長はスナックお登勢の戸をガララっと開けると包帯を巻いた頭を手で押さえる。

 

「あ~どこもいってぇなチクショウ……やっぱ病院で診ておくか……あの医者に診てもらうのは気に食わねえが治りが早いのが一番だからな」

「そうした方がええですぜ、にしてもあの時の麦野ちゃん怖かったですな、まさかマジでおじきの事を殺すつもりで」

「へっ、アイツが俺を? 笑わせんな」

 

店を後にして体の節々を押さえながら次郎長は愉快そうに笑って歩き始めた。

 

「ハナっから誰も殺す気はねぇよアイツは、口では殺すだなんだと叫んでも結局口先だけなんだからな」

 

 

徐々に広がっていた亀裂が遂に決定的になって麦野と次郎長は袂を分かつ。

そしてそれから数年後。

あれからもかぶき町から出ずにずっと残っていた麦野は、裏通りであの時以来に次郎長と再会した。

 

「しぶてぇ野郎だ、こんな所にまだ居座りやがって」

「私がどこに住もうが私の勝手だろうが、このクソジジィ」

「口の悪さは相変わらずの様だな」

 

暗闇の中で次郎長は口元に小さな笑みを作ったまま彼女の方に近づく。

歩み寄ってくる彼に麦野はギロッと睨み付けて口を開いた。

 

「私今万事屋アイテムっていう何でも屋やってるのよ、お登勢の店の上で。だから私の居場所はここ以外にないのよ」

「そんなくだらねぇ遊びやってやがったのか、全然知らなかったぜ」

「遊びでやってんじゃねぇよ、こちとら本気だ」

 

軽く馬鹿にされた事にイライラしながら返事をする麦野。

しかし次郎長は飄々とした態度で

 

「俺からみりゃあ、つま先立ちで必死で背を伸ばしたフリしてるガキが、みっともなくごっこ遊びしてるようにしか見えねぇんだよ」

「うるせぇいつか繁盛させてやらぁ、そん時はテメェの組潰してそこに万事屋の第二店舗建ててやるよ、ありがたく思えコノヤロー」

「おい恥知らずの半端モン、ちと尋ねてぇんだが」

 

2人の距離が段々と近づいた時、次郎長はピタリと足を止めて真っ向から対峙し、彼女の心を見透かすように目を細めながら呟く。

 

「テメェは一体ここでなにがしてぇんだ。仕返し目的でこの次郎長の首でも欲しいってか?」

「アンタへの興味なんてとっくの昔に失せたわよ、枯れたジジィなんざ……って」

 

思いきり啖呵を切ってやろうと次郎長に近づく麦野だが

 

彼の背後にある路地の曲がり角から

 

コソコソと隠れながらこちらを観察するような黒影が見えたのだ。

 

「誰だアイツ?」

「どうかしたか小娘」

「気付いてんだろうがテメェも、変な人影がそこにいんだよ」

 

驚いてる麦野を察して、次郎長は後ろに振り返らずにキセルを取り出しながら「ははっ」と笑って見せる。

 

「妙な野郎だぜ、さっきからずっとああして見てやがる。下手くそな隠密だ。何もせずにずっとこっち見てくるだけだし、めんどくせぇからほっとけ」

「アンタをつけ回してる警察の人間じゃないの?」

「連中に怪しまれるような事なんざやってねぇよ」

「嘘つけ極道」

 

あの人影がこちらを見ているのか気になる所だが、そこを追及するヒマなど無く麦野はダッと駆け出し、キセルを咥えた次郎長の横をすり抜けて”隠れてるつもり”でこちらから隠れている人影の方へ走り出す。

 

それに対し人影はすぐにサッと引っ込んで足音を立てながら逃げ出した。

 

「テメェとの話は後回しだクソジジィ、なんか面白くなってきたじゃないの……!」

 

振り返り際にそう言葉を残すと、人影が逃げて行った方向に駆けて行き、あっという間に麦野が消えて行った。

裏通りに残された次郎長は優雅にキセルを咥えながら煙を吐き

 

「相変わらずあのガキは」

 

数年前のあの時の様に、雲一つない夜空に綺麗に輝く満月が昇ってると気付き、フッと笑いながら静かに呟いた

 

「うるさくて仕方ねぇや」

 

 

 

 

謎の人影は人気が賑わい活気づき、明るくなった場所にいてもなお正体がわからなかった。

身体を覆う程のボロ布を頭から羽織り、相変わらず性別すらわからない。

だがその動きは驚く程早かった。

 

「きゃ!」

「うわ!」

「なんでぃ一体!」

「お、どっかでお祭りでもやってんのかい?」

 

現れた珍妙なモノにかぶき町が好奇の目を向けながら脇に逸れると、群衆が退いたのを好機とばかりにその人物の後を追う人物が一人。

 

「おらぁぁぁぁぁぁ待ちやがれぇぇぇぇぇ!!!」

「ぬわぁ! 万事屋だ!!」

「気ぃ付けろ! 何するかわかんねぇぞ!」

「チッ、何もしねぇよ別に……」

 

悲鳴や泣き叫ぶ声が聞こえる中で、麦野はイライラしながらその中を突っ切る。

 

「そんなに私のイメージ悪かったっけ? きっとお妙の奴がある事無い事言いふらしてんだわ、そうよきっとそうに違いな……っと」

「うおわぁ!」

 

生物の後ろ姿を眺めながら走ってる途中、突然曲がり角から現れた男にぶつかりそうになる。麦野は体を思いっきりのけ反らせて衝突を回避。

 

「危ねぇだろうが! 周り見て歩けボケナス!」

「アハハハハ、すまんなー嬢ちゃん。ちょいと人探しとったんだじゃが迷子になっててのー」

「あ」

 

立ち止まって反射的に怒鳴ってしまったが麦野は衝突を回避した男の顔を見て気付いた。

 

特徴的なモジャモジャ頭にサングラス。

 

口元はヘラヘラと広がっている。

 

彼の顔を見て麦野は口をポカンと開ける。

 

「テメェは写真の男!?」

「ちょいと聞きたいんじゃがいいかの」

 

驚く麦野を尻目に男は笑みを浮かべたまま彼女に尋ねる。

 

「この辺で”銀髪でクリッとした目のシスター”おらんかったかの~? はよう見つけんとわしはねーちゃんに八つ裂きにされてしまうんじゃ」

「生憎私は”銀髪で死んだ目をしたおっさん”しか知らないわよ……」

「アハハハハ! それならわしにも見覚えあるぜよ! 懐かしいのぉ今なにしとるんじゃアイツ! いっその事アイツ連れて行ったら丸く収まるかもしれんな! 同じ銀髪じゃしなんとかなりそうじゃの!! アハハハハハ!!!」

 

何が面白いのか大声で笑いだす男、いつもの麦野ならこんな人物を相手にしたら短気な彼女はすかさず手を出すだろう。

しかし彼女は予想だにしなかった彼の登場にニヤリと笑っていた。

 

「ったく、怪しい奴追ってたらまさかこんな所で本命の方を見つけるとはね……だがこれはこれで」

「へ?」

 

この男は土方が探せと頼んでいた男。間違いない、写真の姿と完全に合致している彼を見て麦野は確信した。

 

「おいモジャモジャ頭、ちょっとご同行願いませんかね……アンタの事探してる奴がいんのよ……」

「へ!? それってまさか陸奥かぁ!? それともねーちゃんかぁ!? どっちにしろわしを殺しに来たっちゅう事か!?」

「誰よそいつ等? 別に殺しはしないからちょっと来いって……」

「おおっと! 悪いがわしはまだ死にとうないぜよ!」

 

目の前にいる獲物を捕まえんと麦野がジリジリと近づこうしたその時、男は身軽にひょいとそれを軽く避ける。

 

「二人に言うとってくれ! あのちっこいシスターはちゃんと見つけるからは命だけは勘弁してくれとなッ! アハハハハハハ~ッ!!」

「いやだから人の話を……って逃げんなテメェェェェェ!!」

 

 

陽気な男は一目散に逃げだし、それを麦野が怒鳴りながら追いかけた。

彼女は知らないし今後も知る事は無いかもしれない

 

今追っている男がとんでもない人物だという事を。

 

 

 

 



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第三十四訓 世紀末少年、戦いの裏でビッグチャンスを掴む

 

『キャバクラスマイル』

お客にとっては傷つき疲れ果てた心と体を癒してくれる憩いの場

キャバ嬢にとっては微笑みかけながらアホな男からお金を毟れるだけ毟り取る狩人の場。

今日もキャバクラスマイルは大賑わいで客とキャバ嬢が騒いでいる。

 

特に万事屋アイテムの従業員、浜面仕上が座っているテーブルには大勢のキャバ嬢がごった返している。

その訳とは

 

「キャァァァァァ超カワイィィィィィィ!!」

「何この子どこの子!? むっつりしてる顔が凄くいい!!」

「お肌すっごいプニプニしてる! 普通にお手入れしてても持てない弾力よ!!」

「私にも触らせて~!! ほっぺた! ほっぺたがいい!!」

 

一緒について来た、万事屋になったばかりの新人・絹旗最愛に寄ってたかってキャバ嬢達がおもちゃにしてしまっているのだ。

店内に黄色い声がこだまし、他の客そっちのけで皆彼女に夢中になっている。

だが当然、派手な着飾りをした彼女達から囲まれるわ、許可も与えてないのにベタベタと触れまくられるわで絹旗はお怒りのご様子。

 

「なんなんですかこのお店は! 寄ってたかって人のほっぺた引っ張らないで下さい! それにさっきから私何も食べれてないんですよ! いい加減離れて食事させてください!! 超腹ペコなんです!!」

「じゃあ私が食べさせてあげる、あ~ん」

「キャー! 心理定規ちゃんズル~い!!」

「いえ自分で食べれま……! それ寿司ですか!? 私テレビでしか見た事無いんです! 食べたいです! 新触感が私を超呼んでます! あ~ん」

 

ものの見事にキャバ嬢にさえ食べ物に釣られて絹旗は目を瞑って口を開け、キャバ嬢の一人が笑顔で差し出す日本の伝統料理・寿司に食らいつく。

すっかりキャバクラという初めてやってきたお店を堪能している模様。

 

しかしキャバ嬢達とのキャッキャウフフの声が囁いてる隣。

浜面の周りはまるでお通夜の様なテンションで暗く沈んでいた。

 

「……晩飯なんて普通に食べ歩きで良かったのに……しかも絹旗にネェちゃん全部取られた……」

 

キャバ嬢が来てくれないというのもあって浜面のテンションはますます下がっていた。

 

なにせ浜面は本来この店に入るつもりはなかったのだ。ただ絹旗にキャバクラという店だけを紹介する為だけに来たというのに。

彼と絹旗をとある女性が店に入る時にたまたま見つけてしまい誘われるがまま(浜面は後ろ襟捕まれ)中に入ってしまったのだ。

 

「ウチにお客で来たのは初めてね浜面君」

「ってうわ、お妙さんどうも……来たというよりアンタに引きずり込まれたんだけどね」

「ごめんなさいね、店の前に足を止めた相手は否応なしに店の中へ案内しろって店長に言われてるの」

「嫌々やったと? 俺の記憶ではアンタがスマイルを浮かべながらがっちり俺をホールドしてここまで連れ込んでくれたよね?」

 

ようやく浜面の所にやって来たのはかぶき町に初めてやって来た時に知り合いになった一人のお妙だった。

浜面が万事屋となってからも何かと仕事を提供してくれたりと世話になっている。

だがその性格はあの麦野でさえ手こずる程末恐ろしい女ともわかっていた。

そんなお妙が浜面に軽く会釈。

 

「妙です、今日はドンペリとかどうですか? ドンペリが一番美味しいんですよここ? ドンペリで行きましょう、もうドンペリしか頼まなくていいですよ」

「なに客と顔合わせして3秒未満でドンペリ地獄に誘おうとしてんの! 怖ッ! 金ないって俺!」

「え? ドンペリ3本注文ですか? すみませ~ん、ドンペリ3本お願いしま~す」

「あ~キャンセルキャンセル! 焼酎水割り!」

 

見事な営業スマイルをしたまま、早速高い酒を出させようと浜面名義でドンペリを頼んでしまうお妙だがすぐに店員にその注文を止めさせて訂正した。

 

「確かにこの腹黒さなら麦野とも互角以上に接する事が出来るな……あ、そういえばお妙さん、麦野の事で聞きたい事あんだけど」

「ごめんなさい、麦野って誰? 新種のお猿さん?」

「記憶から消した上に捏造してる!」

 

申し訳なさそうに首を傾げるお妙に浜面は末恐ろしいと感じるが、すぐに彼女はニッコリと微笑んで

 

「冗談よ、あの子に比べたら猿の方がずっと賢いわ」

「フォローになってないよお妙さん! 麦野はやれば出来る子だからね!」

 

お妙にツッコミを入れながら浜面は本題に入る。

 

「さっき溝鼠組の黒駒勝男って人にあったんだけどよ」

「あら、極道の人じゃない? 大丈夫なの?」

「まあなんとか何もされなかったが、どうもあの組と麦野が昔いざこざを起こしてたらしいんだ……」

「へー」

 

過去に起こった溝鼠組と麦野の衝突。ここに来てまだ浅いし麦野ともそんな仲良くも無い浜面だが、何となく知っておきたいと思っていたらしい。

そしてなんだかんだで彼女と付き合いの長いお妙に聞いてみたのだが彼女はケロッとした表情で

 

「やっぱりあの人そっちの方だったのね。出所した後、組抜けしてそれで万事屋になったとか」

「出所なんてしてねぇよ! た、多分!」

「脱獄したって事ね、ならもう一度捕まえに来てもらわないと。今度動物園に連絡しなきゃ」

「入所も出所も脱獄もしてないよ多分!! それと麦野を猛獣扱いしないで!」

 

笑顔でサラリと酷い事を言うお妙に浜面は勢いよくツッコんだ後、テーブルに置かれた皿に乗った柿の種に手を伸ばしながら彼女の方が口を開く。

 

「でもどうだったかしら、あの人とは古い付き合いだけどそういう事は知らないわね、ずっと顔を合わせてる仲でもないし」

「そうなんすか?」

「溝鼠組って事はかぶき町四天王の泥水次郎長親分さんの所よね」

 

柿の種が気に入ったのか次々と食べ始めるお妙の隣で、浜面は彼女が呟いた名前にピクッと反応する。

 

「泥水次郎長……かぶき町四天王の一人、その人に聞けばわかんのかな?」

「直接聞くのはおススメ出来ないわよ、なにせ相手が極道だし……そんなにあの人の昔の事が知りたいの?」

「い、いやなんだろうな……仲良くやっていきたいからアイツの事をもっと知りたいという訳で」

「よしなさい、人の過去を探ろうとするなんて」

「え?」

 

柿の種と同時に混入していたピーナッツだけは食べずに指で弾きながらお妙は話を続ける。

 

「私は能力者でもないけど、あの子が持ってる能力が凄いって事はよくわかってるわ、あれを抑えつけれるのは普通の人間じゃ無理。人の道理から外れた力なんて並大抵の事がないと操る事は出来ない」

「そりゃレベル5の第4位だもんな……」

「そんな子だからこそ探られたくない過去の一つや二つ持ってるものなのよ」

「……」

「過去の彼女を探らずに今の彼女を見てあげたほうがきっと喜ぶから」

「そんなモンすかね……」

「あの人単純だからきっとそうよ、それに変によそよそしい態度を取ると逆に機嫌が悪くなって手が付けられなくなるわよ」

 

その話を聞いて浜面は「なるほどなぁ」と頷いて見せる。

確かに彼女にも知られたくない過去の一つや二つあるだろ、それを探りたがるというのがまだまだ自分が若いという証拠。

彼女の過去は直接彼女自身が話したい時に聞けば問題ない。

 

「アンタの言う事に従うか……」

「すみませーん、ドンペリお願いしまーす」

「それは従わねぇよ! 違います店員さん! 焼酎おかわりです!!」

 

しんみるする浜面をよそにボリボリとピーナッツをかみ砕きながら店員に注文するお妙。

隙あらばドンペリを頼もうとする彼女のキャバ嬢魂を垣間見た浜面であった。

 

 

 

 

 

数時間後、お妙との話を終えた浜面仕上は、キャバ嬢達に囲まれながら好きなだけ食べ物を注文しまくった絹旗最愛と共に『キャバクラスマイル』から出てきた。

 

「うへ~もう超腹一杯です、幸せです。今までの人生でこんなに食べれたの初めてですよ私」

 

膨らんだお腹を押さえながら満ち足りた表情をする絹旗に浜面は顔をしかめる。

 

「ロクに食えなかった俺の隣で一人で馬鹿食いしやがって……お妙さんがドンペリ頼もうとするのを止める為に何杯焼酎おかわりしたと思ってんだ。お登勢さんからの軍資金をこんな所で使い果たすとは……」

「そういえば浜面、あのキャバ嬢のおネェさんと何か話してるのは見えてましたけど何話してたんですか?」

「まあ、な……人生の先輩から色々とタメになる話をだな、つまり」

 

お妙から話を聞いてから浜面はどこか晴れ晴れとしていた。物事を深く考えない彼らしい顔というか……

 

「デリケートな女の子をどのように扱うか教えてもらったんだよ」

「馬の耳に念仏という言葉がここまで綺麗に超あてはまる瞬間はそうそうないですね」

「なんで……」

 

真顔で答える絹旗に浜面がボソッとツッコミを呟いていると。

 

「今夜はありがとうございました~」

 

店側の人間であるお妙が彼等をお見送りする為に店から出てきた。

 

「これからもウチの店をごいひきにお願いします。その時はぜひ絹旗ちゃんをまた連れて、あの人は連れてこなくていいですからね」

「ドンペリは頼まないっすよ……?」

「ごめんなさいよく聞こえなかったわ、え? ドンペリ1ダースキープしとけ?」

「鬼だ……! 極道も目じゃないホンマもんの鬼がここにいた……!」

 

糸に絡まった獲物をなぶり殺しながら食す女王蜘蛛。

彼女の笑顔の背後からそんなイメージが見えると浜面は遠い目をしながら思った。

ここまで肝の据わった人間でないとキャバ嬢は務まらないという事だろう。

 

「女って怖いよな、いやホント」

「浜面のクセに女を語るとか超早いですよ、女ってのはずる賢いのが丁度いいんです」

「女っ気ゼロのお前がそれ言ってもなぁ」

「タマと竿どっち潰されたいですか?」

「すんません両方共勘弁して下さい、俺が悪かったです、絹旗さんは女の中の女です」

 

真顔で右手で拳を構えてきた絹旗に浜面は本気で潰しにくる気配をいち早く察してすぐに謝った。

そうしているとお妙が浜面達の方にもお見送りがてらに話しかけに来た。

 

「それじゃあね、浜面君、絹旗ちゃん、あの人の事よろしく頼むわね」

「誰ですかあの人って? あのサバ臭い女なら死んでも御免ですよ」

「……麦野の事だろ」

 

しかめっ面で絹旗に教えて上げると、浜面はお妙の方にバツの悪そうな顔を浮かべる。

 

「なあ、もう一度聞かせてくれ。アンタはアイツをどう思ってんだ? 冗談抜きで」

「え? 別にどうでもいいけど、感想と言えば「昔から頭の中空っぽ、可哀想な子ね」って事ぐらい?」

「ああうん、冗談抜きでそう思ってるんだねやっぱり」

「言ったでしょ、私あの人とは親しい間柄でもないし、ぶっちゃけあの人が昔何してただろが何を夢見てたとかどうでもいいのよ」

 

お妙はニコニコしながらバッサリと断言した。

 

「私の知るあの人は”今のあの人”よ。だからこれからもあの人にはいつも通りに接するわ、いつも通り「互いに罵り合いながら騒ぐ」それが私とあの人の仲なんだから」

「そうやって割り切れる人は羨ましいよホント……俺もお妙さんの話聞いたおかげでわかってはいるんだけど、なんかいつもこういう事でウジウジ悩んじまってる悪い癖をなんとかしてぇんだけどさ……」

「私はただ割り切ってるだけ、浜面君はあの人の事を真剣に考えてるから悩んじゃうのよ。悩む事は別に悪い訳じゃないと私は思うわ」

 

不安そうに髪を掻き毟りながら目を逸らす浜面にお妙は笑ったまま助言してあげる。

かぶき町に生きる者としての先輩として

 

「悩んで苦しむって事は、あの人に対して本気でぶつかり合おうと考えてる証拠でしょ、あなたにはあなただけの答えがあるのよ」

「俺しか出せない答え……」

「そう」

 

優しく菩薩の如く説いかけながらお妙は浜面へ笑顔を浮かべたまま

 

「プロポーズに決まってるでしょ」

「いやいやいや!! その答えだけは絶対に不正解だってわかる!!」

「もうこの際だからさっさと済ませちゃいなさい、同棲してる仲なんだし遅い訳でもないでしょ。居間に二人っきりの時に「じゃ、結婚すっか」みたいな感じで言えば相手も「んだ」って答えるわよきっと」

「そんなドラゴンボールみたいなその場のノリでやってみたプロポーズとか嫌だわ! アイツと所帯持つとかそれつまり死ねって言ってる様なモンだよ!?」

「あらやだ、死ぬ程嬉しいなんて」

「いや死ぬ程嫌って事以外にねぇだろ! アンタ頭大丈夫!?」

 

途中まで人生の先輩としていいアドバイスを送ってくれるのかと思っていたが、予想を遥か彼方まで超え、ここでまさかの結婚しとけと頼んでも無いのに背中を蹴って前へと押そうとするお妙。

浜面も必死に首を横に振って断固拒否する姿勢を見せるが、このタイミングを待っていたとばかりに突如絹旗が親指を立てて

 

「結婚式か葬式、どっちか呼んでください」

「それは俺が成功して結婚するか失敗して死ぬか2択しかないって意味!?」

「それじゃあ絹旗ちゃん、私と一緒に服でも買いに行きましょうか? 喪服とか珠数とか」

「こっちは死ぬとしか考えてないよ! 明らか俺の葬式に出るつもりだよ!!」

 

結婚しろと言っておきながら早速お葬式の方の準備に取り掛かろうとするお妙に、慌てて浜面が叫んでいると

 

「浜面」

「ん? どうした絹旗」

 

後ずさりする中で、ふと背後に絹旗がいた事に気づいて振り返る浜面。

しかし彼女の表情はどこか険しく、目を細めて辺りを警戒しながら口を小さく開き

 

「なんかモジャモジャ頭の変な人が超死にそうな顔でこっち来るんですけど」

「……はい?」

 

そう言った彼女が見ている方へ目を向けると

そこには先程全力マラソンしてきたかの様なグラサンを付けた男がとても走るには不慣れな恰好でこっちに近づいて来た。

 

「に、逃げ切ったか……! なんじゃあの嬢ちゃん……! さてはねーちゃんが仕向けた刺客じゃな……! なんでそげん信用してくれんのじゃあの露出狂女は……! わしだって自分の撒いた種ぐらい回収できると言うておるのに……! は! こ、この店は……!」

 

メチャクチャ必死そうな顔つきで、額から流れる汗をぬぐい終えると、男はゆっくりと浜面の隣に立っているお妙の方へ顔を上げて

 

「おりょうちゃん指名でお願いしまーす!」

 

先程まで険しい表情を浮かべていたクセに180度表情を変えて急にこの笑顔。

彼の頭から人探しは既に過去の事となり、キャバクラ行くという指令が最優先目的となったようだ。

そんな彼にお妙はいつもの営業スマイルで

 

「ごめんなさい”坂本さん”はおりょうちゃんのブラックリストに永久欠番として入ってるから指名出来ないんです」

「アハハハハ!! 妙ちゃんもキッツイ冗談言うのぉ!! わし聞いておらんぞそんなリスト~!! あ! 「そろそろ結婚したいリスト」に入ってるんじゃないかの!?」

「いいえ「そろそろ股間血だるまにしたいリスト」です」

 

坂本と呼ばれた男はどうやらお妙もよく知っている人物らしい。

さりげないかつ的確に毒づく所からしてロクな相手ではないらしいが……

 

「お、おい大丈夫かお妙さん、その人大丈夫なのか色んな意味で?」

「なんなら私が超細かく股間を刻んであげましょうか?」

「大丈夫よ、最近遊びに来てくれるお得意さんなの」

 

性質の悪い酔っ払いなのではと不安がる浜面と警戒する絹旗をよそに全く動じていない様子のお妙。すると男は相変わらずヘラヘラ笑いながら彼女に

 

「そうじゃお妙ちゃん、わしは実は人探ししとるんじゃけども」

「人探しですか?」

「そうそう、銀髪でクリッとした目のシスターなんじゃきん」

「すみません、銀髪で死んだ目をしたおっさんなら知ってますけど。そういう特徴の人は知らないわねぇ」

「うーむ、なんかもうその銀髪のおっさんで良い気がしてきたのー。ねーちゃんも鬼やないし笑って許してくれるじゃろアハハハハハ!!」

 

豪快に笑い飛ばしこの際おっさんでいいかと妥協し始めた男に、ふとお妙が尋ねる。

 

「あのー人探ししてるなら私より適材な相手がここにおりますけど」

「ん? そげなもんどこにいるんじゃ?」

 

問いかけて来る坂本にお妙は傍にいた浜面と絹旗を手で指して

 

「我がかぶき町一のなんでも屋と言われれば彼等の事、万事屋アイテムさんの方達です」

「へ!?」

「おおなんでも屋か!! っちゅう事はおまん等わしの頼みも聞いてくれるっちゅう事じゃな!!」

「い、いやちょっと待ってくれ!」

 

いきなり話を振られてて慌ててお妙に言い寄る浜面。

 

「どういう事だよ……なんで俺達がこんな怪しいおっさんの依頼を受けなきゃなんねぇんだ……」

「言っておくけどこのお得意さん。ウチの店ではかなり羽振りがよくて有名なのよ」

「……え?」

 

羽振りが良い、ということはつまり……浜面の頭脳が明確な答えを導こうとしている隙に。

絹旗の方はその怪しいオッサンに話しかける。

 

「やっべー万事屋になって初日で依頼ですか? 超期待なんですけど」

「ハハハ! こらまた勇ましい嬢ちゃんじゃのう! ほうじゃ依頼頼む前にコイツを……」

「なんですか?」

 

男は懐からあるものをスッと取り出し、それを両手に持ったまま絹旗に突き出す。

突き出したのは一枚の名刺。

 

「わしはちょいと宇宙をまたにかけて貿易業を営んでいる組織、快援隊っちゅう所で艦長やっとる”坂本辰馬”≪さかもとたつま≫っちゅうもんじゃき。以後よろしゅうお願いします」

「ほほうこれはこれは超どうもです」

「ぎえぇぇぇぇぇぇ!! か、艦長!?」

 

浜面の頭脳が彼を「お金持ち」と答えが出る前に、絹旗がお辞儀をしながら両手で受け取ったその名刺を見てそんな単純な思考は吹っ飛んだ。

 

そんじゃそこらの金持ちではない。この男は、坂本辰馬という男は……

 

 

 

 

「こっちも必死で探しとっての、猫の手も借りたい状況なんじゃ。もし依頼を達成してくれたら報酬はたんまり払うぜよ」

(間違いない! これは万事屋始まって以来の大事件! そして!!)

 

宇宙をまたにかけて大金を動かす商人

そのトップからの依頼という事は期待しない方がおかしい。

 

 

大金が手に入るビッグチャンスだと

 

 

 

 

 

一方その頃、怪しい男こと坂本の追いかけっこの真っ最中だった麦野はというと

 

「あークソったれ、見失った……!」

 

辿り着いた場所は行き止まりのある裏路地、少々広いスペースではあるものの、人の気配は無く誰も使っていない広場。

どうやら上手くこちらに誘導されて撒かれてしまったらしい

 

「ゲタのクセにちょこまか逃げやがって……」

「おんやぁ、さっき俺を追いかけてきた嬢ちゃんじゃねぇか。こんな所で何してる」

「!?」

 

 

反射的に麦野は顔を上げる。

出入り口がある所はやってきた麦野の背後にある通路だけ。

周りは住民達の店やら雑居ビルに阻まれて、とても高くて飛び越えることは不可能だ。

しかしその雑居ビルの屋上から

 

月の光を背中に受けながら一つの人影がこちらを見下ろしていたのだ。

 

「お前クソジジィを見てた……」

「あららバレてたか。やっぱ俺は隠れるのは苦手だな」

 

声からして相手は恐らく男性。身構えながら睨み付けてくる麦野に、声の主は突如ビルの屋上からこちらに向かって飛び降りてきたのだ。

 

 

「やっぱり俺は隠れるより攻める方が得意だ」

 

そう言うと頭まで覆い隠していたボロ布を払い、呆気なく素顔を晒し出す声の主。

無精髭を生やし、手入れもされてないボサボサの髪の少々年取って見える男だった。

そして麦野が最も警戒したのは、その男のどこか不気味な雰囲気を気配。

 

「……誰だお前?」

「さてねぇ、生憎若者にぶしつけに誰だと言われると答えたくなくなるんだよねぇおじさん」

 

男は名を名乗らずに口元に笑みを浮かべた

 

「どうせおたくが覚えてなくてもいい名前だ、俺はただの通りすがりのおっさん程度で覚えておいてくれ」

「そのおっさんがどうしてあんな所で隠れてこっち見てたのよ」

 

徐々に距離を詰めて行きながら麦野は取っていく。

 

「もしかしてレベル5を倒して名を上げようとかしてる類のおバカさんかしら? こちらをコソコソ隠れて見てたのも、隙あらば暗殺でもしてやろうと企んでたわけ?」

「いやいや、俺は暗殺とか苦手だ、どちらかと言うと正面戦闘の方が好みだ」

「じゃあなんであんな真似してたのよ」

「別におたく等を殺そうとしてたから尾行してた訳じゃない」

 

麦野の問いかけに男は短絡的に答える。

 

「あんまり騒ぎ起こすなと言われててな、まずは手を出さずにここの連中の実力ってモンを見てみようと散歩してただけだ」

「私とあの野郎が衝突するとでも」

「そうそう、てっきり殺し合いでもするのかと思って楽しみにしてたんだが」

 

笑顔のまま物騒な事を口走る。

 

「残念ながら、つまらない親子喧嘩見せつけられちまった。期待して損したぜ」

「悪かったわね、つうか誰が親子だコノヤロー」

 

この男、見た目も不気味だが頭の中も不気味だ。

徐々に距離を詰めつつ麦野は募る苛立ちを抑えながら睨み付ける。

 

「なら陳腐な喧嘩見せちまったお返しに、私がアンタの気にいりそうな喧嘩ってモンを見せてやろうかしら?」

「あ? 俺とやる気か?」

 

ニタリと口元を横に伸ばして笑みを見せる麦野。

彼女の挑発に男は髪を掻きむしながら目を逸らして数秒黙った後、視線を彼女の方に戻し

 

「くだらない喧嘩を売るのはダメだってあのすっとこどっこいには言い聞かせてる俺がやるのはさすがになぁ……いや俺じゃなくてそっちが売って来るなら買ってもいいって事か」

「ったりめぇだろ、ここはかぶき町よ? 売られた喧嘩は買うのが筋ってモンだろうが」

 

最後の審判といったばかりに麦野はドスの効いたで選択をゆだねる。

すると男はしばらく固まって動かなくなった後、懐から大きな”番傘”を取り出した。

 

「そこまで言われちゃ仕方ない、俺も男だ。まあ相手が女だってのはちと不満だけど、己の腕に自信を持ってるなら期待しておいてやるぜ」

「はん! すぐに泣き顔にしてやるよ……!」

「ハハハ、そいつは楽しみだ、精々頑張りな」

 

不満そうに麦野はギリッと奥歯を噛みしめる。この訳の分からない男、完全にこちらを見下した態度を取ってくる

レベル5の第四位である自分に対して落ち着いた素振りを見せつけてくる彼に。

麦野がかつての次郎長と対峙した時を思い出す。

あの男もまた自分を全く恐れず、むしろその辺の子供でも相手にするかのような態度だった。

 

「あっそ、じゃあちゃっちゃっと終わらせるから」

「簡単には死なないでくれよ、退屈な戦いは嫌いなんだ」

「しつけぇな、散るのはテメェの方だ老け顔」

 

度々腹の立つ言い方してくる男だが麦野は気にもせずに彼の方へほくそ笑みながら歩み寄っていく。

 

「さぁてまずはその両手両足に一発ずつ打ち込んでやる。その後地べたにキスさせたまま跪かせて、頭踏んづけながらゆっくりと教えてやるよ」

 

誰が勝つかなど自分でよくわかっている、レベル5の第四位がこんな訳の分からない存在に負けるなどあり得ないと確固たる自信を持って

 

「テメェが! 誰に向かって! 偉そうな事ほざいてしまったのか後悔させながらな!」

 

そんな彼女に

 

男は間を置くとゆっくりと番傘を掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあて、喧嘩の始まりだ」

 

 

 

 

 

 



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第三十五訓 サバ缶娘、良からぬなにかを秘める

 

得体のしれない謎の男をぶっ倒す為にレベル5としての本領を発揮していた麦野はというと

 

「クソったれがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

固体化して原子を一斉射出させて周りの建物お構いなしに乱射しまくる。

麦野の周りはまるでその場に爆弾でも落とされたかのように焼け焦げ。

彼女自身は気にも留めずにただ自分の能力をフルに使う。

 

だがそれでも

 

「ぐッ!!」

 

彼女がいくら無数の原子で創生された光線を放とうとも

 

男はそれをギリギリのタイミングで避けつつ

 

己が持っている番傘を槍の様に突き付けながらまっすぐに麦野の腹へと綺麗に直撃させたのだ。

 

速く強烈な一撃に、麦野は避ける事さえ出来ずにまともに食らう。

しかしその場に膝から崩れ落ちる事は無く。

 

「効かねぇなぁ……!!」

「おいおい嘘だろ、こっちは結構マジになってんだが」

 

内臓への負担と”古傷”の痛みに耐えきれずに口に含んでいた血液を吐いてしまう麦野を、

男は一定の距離を保ったままの状態で数歩退く。

 

「言うだけの事はあじゃねぇか、俺の血が騒ぎだしてやがる」

「そうかよ、こっちはテメェのそのツラ見てるだけでムカムカしてきたわ……!」

 

麦野の様子はあまり良い状態とは言えなかった。

 

ちゃんと最近の流行に合わせて第七学区まで行って買っていた服も、普段からちゃんと手入れしていた肌もボロボロになり。

所々に裂傷の跡が残っており、常人なら即刻病院行きであろう。

だが彼女はまだまだ崩れ落ちる気配は無い。

 

「能力者の私がただのオッサンに負けてたまるかってモンよ!」

 

麦野が痛みに耐えきれずに気絶しないのは心に秘めたる理由があるからだった。

 

「私は昔、なんの能力もねぇ人間に負けた……その時に知った、能力を使わずとも、強い奴がこの世界にいるって事を……」

 

視界が自分が流す血のおかげで見えなくなっていてても。

 

麦野は、”麦野沈利という破壊を求め歩く様に生きる少女”は

まっすぐに顔を上げ、ただ眼前の敵を倒さんと全力で挑むだけだった。

 

「それを痛感したと同時に私は誓ったのよ……! 能力者だろうが天人だろうが侍だろうが!! あの野郎以外には! 泥水次郎長以外には負けねぇってなッ!」

 

射出させた無数の原子を一つにまとめ上げ、頭上に展開させて巨大な球体へと変える。

己の持つ能力を振り絞って作製した一つの塊、周りの地形や、風が、空間そのものさえ震え。

 

立ち塞がる物がなんであろうと破壊し尽くすのみと、彼女の性格を具現化したようなその一撃は

 

「ぶっ潰れろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

麦野の叫びと共に、男へと発射された。ただの悪あがきではないその轟音を立て迫りくる脅威

 

「やれやれ、コイツを食らったさすがに俺もヤバい。かと言って避けきれる大きさでも無い」

 

男は相も変わらずすっとぼけた様子で手に持つ番傘ををスッと広げる。

 

「この一撃、受け止めなきゃ死ぬな」

 

広げた傘を彼女に突き付けて

 

「アンタの価値、俺が見極めてやろう」

 

麦野が全力を振り絞って放たれ破壊をもたらす光砲を

 

「なッ! 嘘……でしょ……!」

 

正面から受け止めたのだ。

男は両手で番傘を放さずに激しい轟音と破壊力に耐えながら止めようとする。

 

次の瞬間にも吹き飛ばされそうな巨大な原子の塊。その一撃に遂に漢は目をカッと見開き

 

「コイツはキツイ、な……!」

 

少しずつ身体が後ろに下がっていくのを感じながら、男はこの戦いで初めて負けるかもしれないと思った。

 

しかし

 

麦野の全力を込めた一撃を数十メートル後退してやっと光線が縮小していき

 

受け切った。

 

「……今のはさすがにマジでヤバかったぜ、お嬢さん……」

「オイオイマジかよ、この学園都市でレベル5相手に……第四位の私の一撃を」

「学園都市、この街の力と初めてぶつかり合った気がするぜ」

 

最後の一撃を耐え抜き、彼女の放った光線はパラパラと砂の様に粒状になって風に流されてしまった。穴も空きすっかりボロボロになった番傘を閉じると、男が彼女の前に現れる。

 

その姿はまた麦野と負けず劣らず傷だらけであった。

 

「言うだけの事はある、俺をここまで傷つけるなんて、大したもんだ」

「テメェの正体は一体……まさか天人……」

「ああ、俺は傭兵部族の夜兎≪やと≫の一族だ」

 

夜兎と名乗った男を前に麦野はゆっくりと膝を突く。

 

「天人かよ、通りでとんでもねぇ怪力と反射神経してやがる……クソ、さすがに体力切れたか……」

「奇遇だね、おじさんも」

 

満身創痍となって体も満足に動かせない状態の麦野、そして男もまた彼女からの攻撃を避けつつも何発かは食らってしまっている。しかも彼女が放った最後の一撃は

 

「両手が使い物にならねぇ」

 

手に持っていた番傘が静かに落ちる。

彼の両腕はだらりと下がり指一本さえ動かせない状態にしていた。

麦野の一撃が一矢報いたのだ。

 

「これじゃあ引き分けか、まだ続けてもいいがどうする」

「冗談、こっちも限界よクソったれ……」

 

勝負は勝敗つかずという結果になった。

麦野は体も疲れ果ててボロボロに、男もまた体を酷使し過ぎた上に腕二本が駄目になってしまっている。

だが二人はこんな状況ながらも互いに笑い合っている。

 

「次また喧嘩する時は遠慮なく勝たせてもらうわ」

「生憎俺はもうコリゴリなんだが、まあそちらさんが仕掛けて来るなら俺も再戦はいくらでも受けてやるよ」

「上等よ戦闘狂が、私がクソジジィ以外に負けるわけ……」

 

そう言い残して麦野はゆっくりと両膝を落としたままバタリと前に倒れた。

久しぶりの本気を出してさすがに気を失ってしまったのだろう。

 

それを男は笑ったまま静かに見下ろす。

 

「あらら気絶しちゃったか、今頃倒れるとか地球人のクセにタフな奴だ全く」

 

そう言うと静かに歩き出し、その場を後にしようとする。

 

「楽しませてくれた礼だ、知り合いに電話してあげるから、病院にでも連れっててもらうといい」

 

疲れ切っている身体にも関わらず全くその様子を見せずに歩きながら、男は最後に倒れている麦野の方へ振り返る。

 

「あばよ能力者さん、治ったらまた殺し合おう」

 

 

 

 

 

 

 

大江戸病院

学園都市にある大型医療施設の一つであり銀時達が度々厄介させてもらっている場所だ。

 

”死んでいる状態”でなければ治す事が出来てしまうというとんでもない医者がいるともっぱらの噂である。

 

まだ日が昇るか昇らないかの早朝、久しぶりにかぶき町から出てきた浜面仕上は。

昨日から預かる事になった絹旗最愛と共にこの場所へと足を運んでいた。

 

「麦野~見舞いに来てやったぞ」

「誰も来ないと超寂しいと思って来てあげましたー」

 

一般の人が使う個室の病室に二人が中に入ると。

 

「おっせぇぞバカ、さっさと私を労わりなさい手下共」

 

病院服の格好の麦野がベッドに横になりながらいつも通りの偉そうな態度で出迎えてきた。

 

「調子はいつも通りか……もしかしたら病室で弱々しく横たわる麦野が見れると思ったのに」

「ああ? 気持ち悪い事言ってんじゃねぇぞ。この麦野様がそんな事になるとしたらこの世からシャケ弁が消える時よ」

 

いつもの様にバカな事を言う浜面をたしなめる麦野。そしてそんな彼女に絹旗が歩み寄って

 

「全くとんだ超迷惑ですよ、夜中にかぶき町で喧嘩起こしてボロボロになった状態でぶっ倒れていたとか。あなたがいないおかげで乙女の私はケダモノ浜面と二人っきりで家で一晩明かしたんですよ、超貞操の危機でした」

「アンタ誰?」

「うわー記憶障害起こしてますよこの人。頭一発ぶん殴って思い出させてあげましょうか?」

「やってみろよコラ」

「止めてお嬢さんたち、病院内で血の雨を降らさないで」

 

麦野と絹旗が一触即発になりそうな所で浜面がすかさず止めに入った。

何処にいても苦労人である

 

「それにしても病院から連絡来た時は驚いたぜまさかお前がやられるとはな……」

「やられてないわ引き分けたのよ。クソあの天人……次に会ったら絶対ぶち殺してやる」

「天人とやりあったのかよお前……」

 

横たわりながら苦々しい表情で舌打ちする麦野を見ながら浜面は血の気を失う。

 

「厄介なモンと喧嘩しやがって……偉い立場の天人相手なら即行国際問題に発展するぞ」

「心配ないわよ、ありゃただの喧嘩屋ね。宇宙人ってのはロクな奴がいないわホント」

「アンタが言うな……」

 

やれやれと言った風にため息を突く麦野に浜面がツッコむと、今度は「そういえば」と絹旗が話を振り出す。

 

「昨日、万事屋に依頼が来ましたよ、人探しの」

「あ、そうそう! 聞いてくれよ麦野! 昨日の夜に万事屋にすっげぇ儲かりそうな仕事舞い込んできたんだぜ!!」

「儲かりそうな仕事? 奇遇ね、ウチも真撰組のヘタレ副長から割りの良い話を聞いてるのよ」

「え、そうなの?」

 

上半身を起こすと、麦野が二人に昨日の話を始めた。

 

「そのヘタレ副長が個人的に追ってる人物ってらしいんだけど、そいつとっ捕まえれば借金の方を軽くしてくれるらしいわ。でも私はそれだけじゃ足りない、更に上乗せしてふんだくってやる」

「そりゃあいいな、早く借金も返してぇし。んで、こっちの話なんだけど、依頼人は宇宙で貿易業を営んでる艦隊の艦長さんみたいでさ、ある人を探してくれれば報酬金たっぷり貰えるんだよ」

「なんか胡散臭いわね……確かに良い話だけどそれ本物なの? かぶき町なんて所にそんな奴が来るとは思えないんだけど?」

「私名刺貰いましたよ」

 

眉間に眉を寄せる麦野にそう言って絹旗が一枚の名刺を渡す。

そこには確かに「海援隊」という組織の艦長を務める坂本辰馬という名が大きく書かれていた。

 

「名刺だけじゃ判断できないわね……」

「ああその辺は心配ないぜ、お妙さんから聞いたんだがキャバクラではかなり羽振りの良い客として有名らしいぞ」

「あの女からの情報ってのがこれまた怪しいけど……けど本当ならまたとないチャンスだわ」

 

名刺を貰いながら麦野は顔をしかめつつもこの場の状況をいったん整理し始める。

 

「人捜しって事は誰かを探すのよね、誰を探せと依頼してきたの?」

「それが銀髪でクリッとした目のシスターなんだとよ、俺達とそんなに変わらないぐらいの子供だって事も聞いた」

「ふーん、あれ、それ誰かに尋ねられたような……まあいいわ、私が捕まえろと依頼されたのはモジャモジャ頭のグラサンを付けた男。見たら絶対に忘れない顔だからすぐに見つけられるわ」

「なるほどな、あれ、それ誰かさんと似てる様な……まあいいや他人の空似だろ」

 

互いに情報交換しながら話を進めていく。このまたとないビッグチャンス、絶対にモノにしないといけないのだから

 

「私、2、3日で退院するからそれまでにかぶき町歩き回って情報収集しておきなさいよ、シスターだのモジャモジャだのそんなキャラの強い奴等誰かが見てるに違いないんだから」

「ああわかった、こちらでやれるだけの事はやってやるからお前はしっかり治せよ」

「アンタに心配されたくないわよ、気持ち悪い」

 

悪態を突きながら麦野はフンと鼻を鳴らす。

 

「こちとらあのカエルみたいなツラした医者に、患者に塩分高めなのは出せないって事でシャケ弁すら食わしてもらえないのよ。さっさと退院してそっちに戻るから安心なさい」

「そうなのか? じゃあ見舞い品として持って来たこのシャケ弁食えねぇのか」

「それ置いとけ、隠れて食うから」

 

コンビニで買っておいたシャケ弁当を浜面が出した瞬間、すかさず命令する麦野。

 

「アンタにしては気が利くわね、明日も持って来なさいよ」

「それは明日も見舞いに来いと?」

「来なかったら殺す」

「へーい……ったくシャケ弁1個いくらかかると思ってんだよ……入院費もかかるのに」

「なにか言ったかしら下僕」

「何も言っていません、謹んでお受けします」

 

このワガママっぷりはかぶき町ナンバーワンだなと内心思いつつ、浜面は絹旗を連れて病室を後にした。

 

「そうだ最後に言っておくわ」

「ん?」

 

ドアを開けて出て行こうとする浜面に最後に麦野が呼び止める。

 

「デカい傘を持ったおっさんには気を付けなさい、ありゃ相当ヤバいわよ。なにせレベル5と引き分けるぐらいなんだからね」

「あ、ああわかった。お前が忠告するぐらいなんだからマジで強いんだろうな」

「ええそうよ」

 

恐らく麦野が昨日の夜に戦った相手だろうと察した浜面に麦野はベッドに戻りながら天井を見上げた。

 

「この世には私よりも強い連中はごまんといんのよ、当然アンタみたいな雑魚なんかなんの動作も見せずに殺せる奴だって星の数ほどいるわ」

「私より強いか……傲慢なお前がそんな弱気な言葉を使うなんてな、やっぱ昨日なんかあったのか」

「うるせぇな人の事探ろうとしてんじゃねぇ、さっさと出て行け。話は終わりよ」

「へいへい」

 

病室から出てドアを閉めると、浜面ははぁとため息を突く。

ため息の原因は当然麦野の事だ。

 

「あのワガママ王女様はいつになったら俺に優しくしてくれるのかな、あのカエル顔の医者なら麦野の頭の中いじって性格変えてくれたりしてくれねぇかな……」

「どうですかねぇ、それなら彼女レベル5ですし治すとか言っておきながらバラバラに解剖して脳や内臓を研究所に売り払った方がいくらか金になりますよ」

「お前よくそんな見た目でサラリと恐ろしい事言えるな……」

「私がいた研究施設では資金が無くなってきた時は、よく使いモンにならなかった子をそんな風にして研究費用を超貰ってたらしいですよ」

「……マジで?」

 

仏頂面で学園都市の黒い部分をポロッと暴露してしまう絹旗に浜面は凍り付く。

銀時から彼女の素性は聞かされていたがそこまで恐ろしい環境で生き抜いていたとは……。

 

「私達みたいな使い捨ての道具ならいくらでも量産できますからね、元からバラす目的で生産された実験体もいたらしいですし。ま、私は超優秀だったのでそんな事とは無縁でしたけど」

「ひでぇ所だな……」

「私は「死」とかそういうのを目の当たりにするのが当たり前の生活を送ってたんで、殺されるのも見ましたし殺したりも超しました。ですから私の感覚は普通の人間とは違います」

 

窓ガラスの向こう側へ目をやりながら絹旗は呟く。

 

「ま、それも含めて私ですからね。言っておきますが浜面のクセに変な同情とかしないで下さいよ、返って超気分悪くなります」

「バァカしねぇよ同情なんて、別にお前が過去何やってようがどうでもいい」

 

彼女の冷たい言葉に浜面は静かに語りかける。

 

「女の過去を気にしないのが男ってもんだって、昨日キャバ嬢に教わったばかりだからな。俺は今のお前を信じるよ」

「む? いきなり超なに様ですか浜面のクセに、言っておくけど私はサバ女と違ってあなたみたいな超ヘタレに攻略される気なんてサラサラないですよ」

「そんなんじゃねぇよ、ただ放っておけなくなっただけだ。お前や麦野を見てると不思議とそんな気持ちになるんだよな」

「はい?」

 

ボソッと小さく呟くと、浜面は麦野のいる部屋の前から背を向けて廊下を歩き出す。

 

「行こうぜ、麦野の事はあの医者に任せる。まずは依頼達成の為の情報収集の前にどっか飯でも食いに行こうぜ」

「ほほぉ、それでは中華食べに行きましょう中華、ラーメン食べたいです。出来ればピン子の作った」

「ピン子のラーメンは難しいが中華か……俺も最近食ってなかったしそれでいいか」

 

後ろからついて来ながらノリノリで提案してきた絹旗に浜面が頭を抱えながら安易に承諾していると。

 

自分達から数メートル先の曲がり角からフッと一人の少女が歩いて来た。

 

「ん? げぇッ!」

「どうしたんですか急に……うわ」

 

浜面はその少女を目にした瞬間表情を強張らせてその場に立ち止まり、何事かと絹旗もその少女を見ると彼の反応とは違い見たくないものを見てしまったという風なしかめっ面に。

 

 

 

 

 

その少女は長いブロンドをなびかせ

 

 

 

麦野と同様病院服は着ているが高校生ぐらいのお人形の様な綺麗な外国人だった。

 

だが虚ろな目で何かボソボソとうわ言を呟きながら両手をだらりと下ろしてゆっくり歩く姿はまるでB級ホラー映画に出てきそうなゾンビ。

 

浜面と絹旗は知っていた、目の前で行く当ても無く病院内を徘徊しているゾンビ少女を

 

「フ、フレンダ……なんでここに……」

 

フレンダ=セイヴェルン

浜面にとっては昔からの長い付き合いであり、性格は少々難な所が多いが、自分の事を何かと気にかけてくれるいい友人だ。絹旗にとってはただのウザい女

銀時曰く「ダメな男に惚れちまうダメ女」。もしかしたら浜面が麦野や絹旗をほおっておけないと思ってしまうのも、彼女のそういうダメな人をほったらかしに出来ないという性格に感化されていたのかもしれない

 

「銀ちゃんさんが言ってたじゃないですか、サバ缶食いすぎて栄養バランス崩して、完治はしたけど精神的に不安定になってる所も発覚してしばらく入院する事になったと、ここの病院に入院してたんですね彼女」

「そういえばそんな事言ってたような……けどダメだ、今の俺はアイツと話せる気分じゃねぇ、麦野の事もあるが駒場の事も……」

 

状況を理解して浜面は焦り顔ですぐに彼女に背を向け、来た道を戻ろうとするが

 

「……浜面……」

「ひッ!」

 

時すでに遅し、数メートル離れて意識も定まってない様子であるにも関わらず、囁くように小さく喋っていた筈の浜面の声には敏感に反応し、フレンダは虚空を見つめる表情のままゆっくりと彼等の方へ振り向いていたのだ。

 

気付かれてしまってはしょうがないと、浜面は恐る恐る彼女の方にそーっと振り返る。

 

「よ、よう……久しぶ……」

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「でねぶッ!!」

 

彼が振り向いて来た時には

 

さっきまで生気が抜けていたフレンダがいきなり復活して一気に駆け寄って

 

そのままの勢いで彼に飛び掛かって顔面に綺麗なドロップキックを食らわせてやった。

 

病院内で派手にぶっ飛ばされて(飛んできたのを絹旗は何食わぬ顔で避ける)転げ回るという醜態を晒す浜面。

 

「な、なに……どういう事……もしかしてずっとほったらかしにしてたから怒ってる?」

「当たり前だろうがバカ面!! 来るの遅すぎな訳よ!!」

「遅い?」

 

顔のパーツが変形していないか確認しながら半身を起こした浜面にフレンダは仁王立ちしたままプイっと顔を背ける。

 

「結局アンタと私は腐れ縁で長い間つるんでたんだし! こういう時はさっさと見舞いに来るのが常識でしょうが!!」

「見舞い? 俺がお前の所にか?」

「え?……私の事心配して見舞いに来たんじゃないの?」

 

てっきり銀時に自分の事を知らされてやっと顔見せに来てくれたのかと思っていたのだが……浜面は眉間にしわを寄せて何言ってんの?という表情。

 

「ウチの万事屋のリーダーが喧嘩して病院運ばれたから急いで駆けつけてきたんだよ。俺はお前がここにいた事事態知らなかったぞ」

「……」

 

言い訳もフォローも無く正直に話す浜面にフレンダは顔を背けたまま固まってしまい

 

「あ、そう……まあ別にアンタが会いに来ようが私は嬉しくもなんともないし~……連絡しようにも一向に返事こないから寂しいとか感じた事も無かったし~……マズイ病院食に飽きて浜面と一緒にファミレス行きたいとか思った事もないし~……病室のベッドで寝る時に枕を涙で濡らした事も無かったしぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「うえぇぇぇぇ!? 今度はいきなりどうした!? あれ? もしかしてちょっと泣いてる?」

 

最初はささやく程度だったのに段々と口調が強くなり、最終的には目の下にうっすらと涙を潤ませながら怒鳴り出すフレンダに浜面は呆気に取られながらも慌てて立ち上がった。

 

「す、すまんフレンダ! 別にお前の事忘れてた訳じゃねぇんだ! ただ今はゴタゴタしてたから中々連絡できなかったんだよ! 全面的に俺が悪かったから病院内で泣くな! 他の人に迷惑になるだろ!!」

「泣いてねぇよコンチクショォォォォォォォォ!!! 乙女の涙をアンタみたいなダメ人間に見せるかボケェェェェェェェ!!!」

「いやどう見てもガチ泣きしてんですけど!? 乙女の涙めっちゃ見えてる! 流れまくってる!」

 

遂に感情が高ぶってボロボロと泣き出してしまうフレンダに浜面は罪悪感を覚えながらなんとかなだめようとするが一向に泣き止む気配はない。

するとずっと黙っていた絹旗がはぁ~とため息を突き

 

「もうそんな奴無視してさっさとご飯食べに行きましょうよ浜面」

「てかなんでアンタが浜面が一緒にいんのよ絹旗ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うわ、私にも絡んできました……超めんどくせぇ~」

 

泣き叫びながらこちらに指を突き付けてきたフレンダに絹旗は心底うんざりした顔で目を逸らす。

 

「別に私が誰とつるもうが私の勝手じゃないですか、言っておきますが私はあなたと違って浜面に対して特別な感情なんて抱いていません、私にとって浜面はただの万年発情期のお猿さんです」

「私だって浜面なんか結局その辺で這いずり回ってるゴキブリ程度にしか思ってないっつうの!!」

「いやお前等酷過ぎじゃね!? 俺まで泣きそうになったんだけど!?」

 

女子達のひどい例えに嘆く浜面をスルーして絹旗はやっとフレンダと目を合わせた。

 

「私、昨日銀ちゃんさんに連れられてかぶき町行ったんですよ。それで浜面のいる万事屋を紹介されて預かってもらう事になったんです。つまり私は浜面と同じ万事屋メンバーです、一応」

「なにそれ!? なんで私より先にかぶき町行ってる訳!? しかも浜面と一緒の職場!?」

 

自分の身に置かれた状況を絹旗が説明するとフレンダは目を血走らせて彼女の隣にいる浜面を睨み付ける。

 

「どういう事よ浜面! アンタがこんな無愛想な小娘と一緒に働く事になったって本当な訳!?」

「ああ、まあ来たばっかりだからまずは色々と教えてやってる所だけどな」

「色々教えるって何をよ! テメェの”ミジンコみたいなお粗末なモン”を見せつけて、「さあこれでどんな事が出来るのかやってみよう~」とか言いながら大人の保健体育レクチャーしてあげてるんじゃないでしょうねぇ!!」

「やってるわけねぇだろ! 大体ミジンコってなんだよ! 見た事ねぇのに勝手に決めつけるな! こう見えて自信はあるつもりだ!」

「死ぬ程どうでもいいわそんな事!」

 

ツッコミつつも自信ありげに胸を張るアホな浜面にフレンダはキレながら彼に歩み寄る。

 

「私を放置してこんな小娘と仲良くして……! もう迎えに来るのを待つのは止めよ! 今からかぶき町に乗り込んでやる!!」

 

散々長い事ほったかしにされて挙句の果てに絹旗の世話までしてると抜かす浜面に遂にフレンダは意を決した。

が、浜面は両手を出して慌てて異を唱える。

 

「待てって! 今は絶対に駄目だ! ただでさえウチの万事屋のリーダーが抜けちまってる状態なんだから! これから忙しくなるんだからお前の世話まで見切れねぇよ!」

「誰がアンタに世話させられるか! 私が浜面の世話をするに決まってるでしょ! 結局アンタは私がいないとずっとダメ人間な訳で……あ」

 

彼がポロリと漏らした言葉を聞いて

フレンダは何か気づいたかのようにピタッと怒るのを止めた。

 

「……今、アンタがいる万事屋ってリーダーがいない状態って訳よね?」

「そうだけど……」

「結局組織ってのはリーダー役がいなきゃ大変よね?」

「まあな、まあすぐ戻って来るだろうけど」

「はは~ん、なるほどなるほど……」

「う……」

 

泣いたり怒ったりの次はニヤリと笑みを浮かべ出すフレンダ。

それを見て浜面は彼女が何か良からぬことを企んでる気がすると長い付き合いで察した。

 

ニヤニヤと笑ったままフレンダは浜面と絹旗に向かって突然胸を張ってふんぞり返ると

 

「それなら私にいい考えがあるって訳よ!」

「却下だ」

「超却下です」

「まだ何も言ってないのに却下すんな!!」

 

病院に入院するハメになっていたフレンダは浜面と会えてすっかり元の健康体に戻った様子。

そしてリーダー不在となっている万事屋に目をつけ

 

フレンダ=セイヴェルンの企みが実行される。

 

 

 

 

 

 

あとがき

これにて第三章は終わりです。

真禁魂版と比べるとかなりの変更点があります。一回見比べてみると所々違ってますね。

次は銀さんと美琴の過去話から始まり、そしていよいよクライマックスです。

それでは

 

P・S

ツンツン頭のもう一人の主人公? んー誰の事だったか、思い出せそうだけど思い出せない。

 

 



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第三十六訓 侍と少女の初めての会合

これは過去のお話

 

 

 

 

 

”一つの出来事”を気に、学園都市にあるかぶき町で毎日のように行く当ても無くフラフラと歩くようになった男。坂田銀時

ある日、そんな彼を拾った上に世話までしてやっているお登勢は、ちょっとした仕事を与えることにした。

内容をその場で教える気が無かったので、正直胡散臭くて乗り気がしなかったのであるが。

 

とりあえず銀時はいつもの空色の着物と腰に木刀を差した状態で、お登勢が指定した待ち合わせ場所に約束の時間に数分遅れてやって来た。

 

外はすっかり夏模様。日差しがきつく、立ってるだけで汗が流れる程の猛暑だ。

 

「ここにいりゃあ、誰かが来る。詳しい話はそいつに聞けとかあのババァが言ってたが……」

 

お登勢から渡された案内図を頼りにここまで歩いて来た銀時。

学園都市第七地区のエリアにある人気の多い大きな広場の公園だった。

周りは自分よりもずっと年下の学生達で賑わっていて、その中で一人浮いてしまっている事に銀時自身は気づいていない。

 

「それらしい奴が見当たらねぇじゃねぇか、ったく……」

 

緑の人工芝が生え揃っている広場の中を適当に歩きながらブツブツと唱え始める銀時。

もう頼み事など放っておいて帰ってしまおうかと思い始めていたその時、

 

突如背後から迫る不穏な気配に

 

「!」

 

いち早く感知して銀時はすぐに振り返った。

 

それと同時に飛んできたのは青光りしたまるで稲妻のような物体。

 

「チッ!」

 

自分目掛けて襲い掛かってきているのを理解して、銀時はすかさず横にのけ反ってそれをギリギリの所で回避する。

飛んできた稲妻は彼をすり抜け人工芝の地面に直撃。その辺り一面で爆音と共に大量の土煙が舞う。

 

「どこのどいつだか知らねぇが」

 

直撃すれば即刻病院送りなのは確かな威力。パラパラと舞う土煙の中で、銀時は前を見据えたまま腰に差す木刀を抜いた。

 

「こちとら最近糖分摂取を怠っててイライラが収まんねぇんだ、相手がなんだろうが容赦しねぇぞ」

 

木刀を肩に掛けたまま銀時は死んだ魚のような目から獲物を狙う狩人の目に。

鋭い眼光で前を睨み付けていると、この広場の中心部だという目印になる巨大な木の上からけだるそうな声が

 

「ふーん、背後から飛んできた”私の電撃”を感知してすぐに避けて、その上に反撃に乗じようとする動作に移れるぐらいは出来るみたいね」

 

声の主はまだあどけない様子の少女の様だった。

挑発的とも言えるその声の持ち主に銀時が顔をしかめていると、木の上からその少女がドサッと両足で着地して降りてきた。

 

「アンタの事は話に聞いたわ。ったく若い女の子を任せる為に男を寄越すとかなに考えてんのよあの人……」

「おいガキ、なに偉そうな事抜かして話進めてんだコノヤロー、こりゃ一体どういうつもり……!」

 

愚痴を漏らしつつ立ち上がって、こちらに初めて顔を見せてきた少女に銀時はカッと目を見開いてその場に根を張ったかのように動けなくなってしまう。

まるで”死んだ人間と会ってしまった”かのように

 

「まあいいわ、別にアンタなんかと慣れ合うつもりはないんだし。適当に話だけしてさっさと済ませるわよ」

 

そんな銀時の反応も気にせずに、夏らしく半袖短パン、短髪の少女が彼と対峙しながらしかめっ面で腕を組む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レベル5の御坂美琴。と言ってもまだレベル5とは認定されてないんだけどね。よろしく、私のお世話係さん」

「お前が……!!」

 

これが二人の初めての顔合わせ。

御坂美琴と名乗る少女にとっては木刀持った銀髪天然パーマの男など胡散臭くてしょうがなかったであろう。

だが銀時にとっては、

全てを投げ捨てて消えてしまおうかと思っていた自分の心の中に、微かに小さな光が灯された瞬間だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

数分後、坂田銀時は広場で出会った御坂美琴に半ば強引にとあるファミレスに連れてこられた。

 

2人用の席に座って向かい合わせになり、美琴はつまらなそうに銀時に色々と教えてあげていた。

 

「……という訳で、お登勢さんからの話でアンタが私の世話をするって事、おわかり?」

「いやいや何勝手に話進めてんの? 何これ? 俺全然状況飲み込めねぇんだけど?」

「こんだけ説明してやってるのに飲み込めないとかどんだけアンタの喉細いのよ」

 

見た目はまだ小学6年生ぐらいのちっこい小娘から聞かされても銀時はあまり己の身に置かれた状況をよく理解できなかった。

なにしろそのちっこい娘の話す内容よりも、”彼女の見た目”の方へ自然と視線を向けてしまうのだから。

 

(似過ぎてる……やっぱコイツが例の……あのババァ、嫌がらせのつもりか?)

「ちょっと聞いてんの天然パーマ。この御坂美琴様が直々に説明してあげてるのよ、ジロジロ私の顔ばっか見て……なにアンタ? まさか私ぐらいの年頃に変な気起こしちゃうタイプの人?」

 

オレンジジュース片手に彼に軽蔑の眼差しを向けながら、いつでも立ち上がって迎撃できるように椅子を後ろに下げる美琴に、銀時はけだるそうにフンと鼻を鳴らして

 

「ちげぇよバカ、知り合いにテメェとよく似たツラしてる奴がいたから気になっただけだ」

「あっそう、にしてもアンタ口悪いわねぇ、私に向かってそんな生意気な口叩いてるとその内感電死させるわよ?」

「オメーこそもうちっと年上に対しての口の利き方覚えとけ、ったく見た目はそっくりなクセに中身は全然ちげぇじゃねぇか……あっちはもっと可愛げってモンがあったぞ……」

 

短い間にすっかり機嫌を損ねてしまっている美琴に銀時は疲れたように椅子にだらりと背もたれながら髪をボリボリと掻き毟った。

 

「要するに俺がババァの代わりにテメェを一時的に世話すりゃあいいって事だろ」

「そうよ、それでアンタってさ、お登勢さんから聞いたんだけど第五位の相手もしてるのよね?」

「ああ、そういやそうだっけ。最近あのガキのツラさえ見てねぇから忘れてたわ」

 

坂田銀時はこの時すでに後に第五位に降格される第四位とも通じていた。経緯は不明だが数年前からレベル5になる頃には既に彼女と接触しており、一応彼なりに結構な頻度で顔を合わせていたのだが、今はすっかりやる気も無くしてほったからし状態だ。第四位の少女ともそれからしばらく顔さえ合わせていない

 

「つうか第四位のガキも任されてんのに、レベル5になるっぽいお前の面倒まで見なきゃならねぇって事?」

「私の面倒? アンタなんかに見られたくないわよ、アンタはただ表面上のお世話係してりゃあいいのよ。プライベートでは一切関わらないでね」

「口を開けば腹立つ事ばっか言ってくれるじゃねぇかコンチクショウ」

「私が気になってるのはその……アンタの所の第四位のレベル5の事よ……」

「あん?」

 

ツンツンとした口調から急にしおらしくなった様子で縮こまる美琴に、銀時は頼んでおいたパフェにスプーンを伸ばしながら怪訝な表情を浮かべる。

 

「なに? 同じレベル5同士になるから気になっちゃう訳?」

「そりゃあね、それに私と同い年の子らしいし……来年は私と同じ常盤台に入学するんでしょ?」

「常盤台? あのババァがやってる学校か。そういやアイツそこの学校行くとか言ってたっけ」

 

お登勢が理事長として君臨している、名門のお嬢様学校。それぐらいしか銀時は知らず、どうでも良さそうに呟くが美琴は何故か頬を若干紅く染めて恥ずかしそうに上目づかいで彼の顔を見上げる。

 

「もしかしたら……同い年で同じ学校で同じ超能力者になるんだから、仲良く出来るかな~とか思ってて……紹介してくんない?」

「はぁ? 何お前、アイツと友達になりたいの? 無理無理、止めとけ」

「な、なによそれ! いきなり無理とかどういう事よ!」

「”今のアイツ”はもう友達とかそんなもん当分必要としねぇよ、ましてや」

 

パフェを一口頬張った後、円形のテーブルに肘を突きながら銀時は美琴に意味ありげな視線を送る。

 

「あのガキに似たツラしてるお前じゃな」

「あのガキ? 誰の事言ってんの?」

「やっぱなんも知らねぇか……気にすんな、とにかくあのガキと仲良くなろうなんざ考えるな、お前がアイツと付き合うのはまず無理だから諦めとけ」

「何よそれ……世話役のクセに勝手に交流を遮断してもいいって訳じゃないでしょ」

「アイツを知ってるからこそ、教えてやってるだけ俺は」

「私は私にやりたいようにやるわよ、無能力者のクセに偉そうに指図しないで」

「……」

 

明らかに怒ってる様子で目を細めて睨み付けてくる美琴。

すると銀時は視線を横に逸らしながらボソッと。

 

「なんならアイツの代わりに俺がお前に付き合ってやるよ」

「はぁ? なにその罰ゲーム? なんで私がアンタみたいな男と一緒に仲良くつるまなきゃいけない訳、やっぱそういう趣味持ってんじゃないのアンタ?」

「別に四六時中一緒にいようだなんて言ってねぇだろうが、テメェがヒマな日に遊び相手ぐらいはしてやるって話だよ」

「ヒマ? この私にそんなの出来るわけないでしょ、常盤台に入れば友達だってバンバン作れる筈だし、アンタなんかの為に割く時間なんてこれっぽっちもないわよきっと」

「それならそれで構わねえよ」

 

さっきまで好意的に接してこなかったくせに急に手のひら返してきた銀時に、思いっきり嫌そうな反応をしながら断る美琴。そんな彼女に彼は小さな声で正直に告げた。

 

「俺はただテメー自身の心にあるこの”ぽっかり空いた穴”を塞げるフタが欲しいだけだ」

「……意味わかんないんだけど」

 

そんな事言われても理解できずに困惑する美琴に、銀時はヘッと小さく笑って誤魔化した。

 

「んで? もう話は済んだのか?」

「そうね、今日会ったのはただ互いの顔見せ合いみたいなモンだし。私からの話は終わり。これからの話はお登勢さんに聞いてね、仕事の引継ぎとかアンタがこれからやる事とか色々」

「めんどくせぇな、次はいつテメェに会えばいいんだよ」

「会う? もうコリゴリよアンタみたいな奴と会うのは。当分こっちからコンタクト取るつもりはないわ」

 

小馬鹿にする嘲笑を浮かべながら美琴はいつの間にか注文していたコーヒーを一気飲みしてすぐに席を立つ。

 

「ここの会計よろしく、無能力者でもそれぐらい出来るわよね。それじゃあもう会えない事を願いながらさようなら」

「……」

 

勝手な事言ってこちらに手を振った後にすぐに背中を向けてさっさと行ってしまう美琴。

残されてまだ席に座ってる銀時は去っていく彼女をしかめっ面で見送る

 

「レベル5になる素質持ってるからってすっかり天狗かよ」

 

 

 

 

 

「やっぱアイツと大違いだ、可愛くねぇガキ」

 

 

 

 

 

それから一年近くの年月が流れた。

この間に銀時の環境は色々と大きく変化していた。

まず長く住んでいたかぶき町を離れ

合法ロリ教師が住むオンボロアパートに引っ越すと、すぐにお登勢から美琴が小学校を卒業する前に教師になって常盤台に来いという指令。

考えた事さえない教師という仕事をやる事に不満はあるも、銀時は渋々承諾。

コネで入れるつもりだが、常盤台の教師として相応な学門は身に付けておけとお登勢から再び指令。

秋の節目にそんな事言われても出来る訳がないと思う銀時だが、ひょんな事で偶然出会った”おてんばロリ娘”から教師となる為の素質や定義、学を徹底的に叩きつけられ

 

いつの間にか銀時は、それなりの学を教えられるぐらいの頭にはなった。

 

さて、それから銀時はというと、お登勢の言う通りに無事に美琴の入学に合わせて常盤台の教師になり、美琴のクラスの担任となってからもう2か月は経過していた。

 

「だっりぃ~、ここのガキ共、人が出て来るなりジロジロ見てヒソヒソ喋りやがって……見せモンじゃねぇっつうの、なんならエサ寄越せ、糖分が取れるモン」

 

ブツブツと呟いているのはいつもの着物ではなくスーツの上に白衣を着た銀時。伊達眼鏡も付けており、学校の中であれば一応教師として見えるかもしれない姿だった。

 

彼がいるのは常盤台の生徒がたむろしない死角スペース。学校の裏にひっそりとある空地だった。

雑草が生い茂る中にあるのは利用されなくなりその場に放置されてしまったボロいベンチ。

銀時はそこにドカッと座り、手に持っていたビニール袋からコンビニで買った弁当といちご牛乳、そして今週号のジャンプを取り出す。

 

「やっぱ教師向いてねぇわ俺、ジャンプ読む暇もねぇしもう辞めちゃおうかね~」

 

人気の無い所に来たのもここのいる多くの生徒達から好奇の目で見られるのにウンザリするから。ここの教師陣は校長や教頭を始め変わった教師が多いが、その中でも銀時は一際浮いた存在なのである。

 

ゆえに、ここの様な滅多に人が近寄ろうとしないスペースは銀時にとってやっと落ち着ける居場所なのだ。

 

「さぁて、ジャンプジャンプっと……うわ、”ギンタマン”がセンタカラーかよ」

 

昼休みの昼食の時間を使ってジャンプを読み始めようとする銀時だが、開いて早々すぐに顔をしかめた。彼が開いたページにはギンタマンという作品がカラーで載っている。

大々的とは言いながらも一応主役らしい銀髪天然パーマの濃い顔の男の絵柄を見ただけで、銀時は軽く不快感を覚えたのだ。

 

「すっげぇ下手くそな絵だなこれ、どこの編集がこんなのジャンプに載せようとしたんだよ、来年には打ち切り確定だろこんなの」

 

早速批評家気取りでスッパリと斬って、ロクに読まずに別の作品を読もうとしたその時、

 

「あ、あれ~? アンタなんでここにいんの~? ぐ、偶然ね~……」

「あん?」

 

本来ここに来る者など滅多にいない。いるのは昼食がてらにやってくる銀時と、たまに彼の付き添いでやってくる第五位。そして……

 

「わ、私もホントはクラスメイトの皆に誘われてたんだけど~、今週の占いだと昼食は一人で食べるのがベストらしくて~、でもしょうがないわね~、せっかく一人で食べに来たらまさかアンタがいたなんて~、もう仕方ないからここで食べるわ~」

「お前それ昨日も言ってなかったっけ?」

 

前に会った時とは違い、常盤台の制服を着た美琴が壁からこっちを眺めながら引きつった笑みを浮かべて棒読み気味になにか言っている。

 

「お前もしかして、まだ友達いねぇの? 入学して結構経ってんのにお前と親しい奴全然見ねぇんだけど」

「は、はぁ!? いるに決まってんでしょ! 友達ぐらい!!」

「じゃあ誰だよ」

「えー……えーと……うん、まあそれは色々よ色々、ていうかアンタには関係ないから……そ、それよりアンタっていつも同じ雑誌読んでるわよね! ちょっと貸して見なさいよ!!」

「話はぐらかすの下手くそ過ぎるだろ」

 

こちらに歩み寄ってきながら必死に誤魔化そうとしつつ、美琴はベンチに近寄って銀時の隣に腰を落とすと、早速彼が持っているジャンプに興味を示してくる。

手を伸ばしてきた彼女に銀時は数秒程間を置いた後、ゆっくりと持っているジャンプを彼女に差し出す。

 

「まだ読んでねぇからさっさと返せよ」

「少年ジャンプ? どう見てもコレって私達ぐらいの年頃の子が読む雑誌よね。アンタいくつよ?」

「俺は大人になっても心は常にわんぱく小僧だから」

「確かにアンタ、見た目はおっさんでも精神年齢は私達よりずっと下ね」

 

胸を張って答える銀時に呆れて呟いた後、美琴はジャンプを両手に持ってパラパラとめくり出す。

 

「へー、男の子ってこういうのが好きなのね。ん、何これ? ギンタマン? へーなんか面白そう」

「おいおい、んなつまんなそうなモン読もうとしてんじゃねぇよ、それどうせすぐ打ち切りになるから別の読め別の」

 

隣からジト目でブーブーといちゃもんつけてくる銀時に美琴はムスッとした表情で

 

「私が何読もうが勝手でしょ、いちいち横から指図すんじゃないわよ」

「ジャンプ愛読者である俺からの助言ぐらい素直に受けておけやコラ」

「なにがジャンプ愛読者よ……それにじょ、助言するって言うんならさ……」

「ん?」

 

突然ジャンプを開いたまま肩を震わせ始め、変に思った銀時が首を彼女の方に伸ばすと美琴は彼の方へ頬を染めて気恥ずかしそうに

 

「も、もっとクラスのみんなと仲良くなれるアドバイスとかしなさいよ……」

「ああやっぱ友達いねぇんじゃんお前」

「くぅぅ……!」

「誰だっけ? ここ来れば友達増えるしお前と一緒にいるヒマなんかないって言った奴?」

 

つい告白してしまった美琴はすぐに真っ赤になった顔を隠す様に項垂れるが、そこに銀時がいちご牛乳にストロー差しながら追い打ちをかける。

 

「お前最近よく俺の所に来るよね? ヒマなの? 友達いなくてずっとヒマだったの?」

「う~……あ、ああそうよヒマよ!! 友達いなくてヒマでしょうがないから話し相手ぐらいにはなってくれるアンタの所にわざわざ足運んでるのよ!!」

「レベル5が聞いて呆れるぜ、お前なったんだろ、レベル5。第三位だってな、ウチのガキより序列上で良かったな。友達いねぇけど」

「うっさいわねぇ!! 仕方ないでしょ! レベル5になったのはいいけどそのせいで周りから尊敬の眼差しは向けられるけどみんな一線引いて近寄ってくれないの!!」

 

レベル5・第三位の超電磁砲。長い努力を重ねていた美琴は遂に実を結んで能力者として最高位置に達する7人しかいないレベル5になれた。

常盤台にはまずレベル3以上しか入学できないという徹底的な決まりがあるエリートお嬢様学校だ。その中でも美琴は一際能力者として飛び出ている。

だからなのか、同級生、先輩までもが尊敬や憧れと同時に畏怖や嫉妬心を持つ者も少なくなく、対等な間柄で接してくれる人がいないのが現実だ。

彼女に憧れる者は近寄る事さえ恐れおおいと距離を取り、

彼女の力の凄さに恐れを抱く者は危険物でも扱うかの様にビクビクして、

ゆえに入学して数か月たっても、未だに美琴は周りの輪に加われなかった。

 

「あーもうなんでこうなっちゃうのよ……”あの女”はもう色んな子と仲良くなっているのに……同じレベル5なのに」

「へー、じゃあウチのガキと仲良くなればいいんじゃね?」

 

いちご牛乳をストローでズビズビ飲みながらそう言う銀時に美琴は顔の片面だけ彼の方に上げる。

 

「……あんた随分前に会った時は無理だから止めとけとか言ってたわよね」

「いやそうなんだけどよ、アイツ俺がお前の世話するようになってから妙に違和感覚えんだ。別に仲悪くなったわけじゃねぇんだけど、なんか前とは違う様な気がすんだよ」

 

銀時と第五位の関係も彼が教師としてここに赴任するまでの間に変わった所があるらしい。

しかしそれに彼自身は理由がわからず悩みの種となっているようだ。

変な違和感を覚えるだけなのだが銀時はその違和感の正体さえわからない様子。

 

「だからアイツと仲良くなっていいからちょっと俺達の間取り持ってくんね?」

「なんで私がアンタとあの女の関係修復に勤しまなきゃいけないのよ!! ていうかあの女は大嫌いなのよ私は! 会った時からずっとそうよ! 人の事を馬鹿にしまくるわ変な嫌がらせしてくるわで最悪よあの女!! 友達になんか絶対なりたくないわ!!」

「好きな子にはちょっかいかけたくなる年頃なんだよ、思春期独特のいじめっ子のフリししながらも本当は仲良くなりたいという心情が重なるアレだよアレ、ツンデレって奴?」

「ツンデレって何? まあいいわ、とにかくあの女と仲良くなるなんてごめんだから」

 

首を横に振って美琴はキッパリと断りを入れる。友達がいないからといっていけ好かない相手と仲良くなろうとするほど必死ではないのだ。

 

「ねぇ、あんな女じゃなくてさ、もっと優しくて良い子いないの? 紹介してよ」

「俺はキャバクラの店員じゃねぇんだよ。つーか俺だって普通に会話する相手なんざウチのガキとお前ぐらいしかいねぇんだからわかんねぇよ」

「え? そうなの?」

「ここのガキは選りすぐりの世間知らずな小娘ばっかだからな。そういうガキは俺みたいなワイルドな匂いがする危険な男には寄りつかねぇモンなのさ」

 

フンと鼻を鳴らしながら吐き捨てる様にそう言う銀時に美琴は「はぁ?」っと納得しない様子で首を傾げる。

 

「ワイルドというより別の危険を感じるんじゃないの? なんかアンタって私の事たまに変な目で見てる気がする」

「しばくぞボケ、俺が今猛烈に変な目で見んのは結野アナウンサーだけだ。ガキはお呼びじゃねぇんだよ」

「いや誰であろうと変な目で見る事は止めなさいよ」

 

死んだ目で現在形で意中の人物の名を出してきた銀時に美琴はハァとため息を突いて再びジャンプに目を落とす。

 

「結局アンタも私と一緒でここに居場所無いのね……ぶっちゃけて損したわ」

「ぶっちゃけるも何も俺はとっくに薄々気づいてたっつーの、ま、これに懲りてその長い天狗っ鼻をへし折っとけ」

 

袋からコンビニ弁当を取り出しながら銀時は年上らしい言葉を彼女に与えてあげる。

 

「レベル5だろうが第三位だろうが親しくなれる人間なんてそう簡単に作れねぇもんさ」

「あの女は出来てるじゃないの、私と同じレベル5なのに。だから私も全面的に凄くて天才で可愛いって部分を押し出せばきっと作れるわ、私は悪くないんだから、悪いのは私から遠ざかる向こうよ」

「こりゃいつか痛い目見るな」

 

しかし全く聞く耳持たず、美琴は彼の言葉について考える事を破棄してすぐに矛盾性が引っかかる独自の持論を持ち上げはじめる。

いずれこのような勝手な振る舞いで墓穴掘って後悔する。銀時は彼女の傲慢な態度を見て察した。

 

「ま、何事も言葉で聞くより体験だわな……おいクソガキ」

「クソガキって……なによ、クソ天然パーマ」

「俺と賭けしねぇか」

「は?」

 

噛みつかんばかりの表情でこちらを睨みながら返事する美琴に銀時はおもむろに急な提案を出した。

 

「テメェが夏休み入る前にダチ作れるかどうかだ。出来たらお前の勝ち、出来なかったらテメェの負けだ」

「夏休みってまだ先の事じゃないの、そ、それぐらいの間ならすぐに作れるわよ、うん……」

「ならお前が勝ったら言う事全部聞いてやらぁ」

 

自信なさそうな所が見え隠れしつつもぎこちなく頷く美琴に、銀時は更に言葉を付け足す。

 

「ただし負けたらちっとはその態度改めろ。ウチのガキも最初はお前と似たような感じだったけどな、今じゃすっかり丸くなって大人しく……あ、大人しくはなってなかったわ。とにかく最初よりはずっとマシになってんだ、お前も改善するぐらいはしろ」

「つまりアンタが勝てば私がアンタの言うことを聞いて、私が勝てばアンタは私の下僕として一生を遂げるって訳ね」

「俺が負けた時のリスクデカくね?」

「いいわよその賭けに乗った、後悔すんじゃないわよ」

 

勝手な解釈をする美琴に銀時がボソッとツッコミを入れるが、それをスルーして彼女はうんうんと頷く。

 

「これでアンタのそのふざけた事ばかり抜かす口を黙らせられるってもんよ。こっちはうんざりしてんだから」

「うんざりしてんなら俺と距離置けばいいだろ、こうして学校で俺と一緒にいてばっかだから他の奴等がお前に近寄らねぇっていう理由でもあるんじゃね?」

「しょうがないでしょ、お登勢さんは担当変わってからあまり会う機会無くなっちゃたし……対等に話しかけてくる奴なんてアンタぐらいしかいないのよ」

 

嫌なら離れてくれたって構わない、冷たくそう言葉を投げかける銀時に対して、

美琴は年頃の娘らしい表情で寂しそうに小さく口を開いた。

 

「だから私が友達出来るまでは……しばらく付き合ってやるわよ……」

「それ一生付き合えって意味?」

「未来永劫私に友達なんか出来ないって言いてぇのかゴラァ!? ったく……あれ、このギンタマンって漫画面白くない? なんか凄く独特な画風と雰囲気が伝わってくるんだけど」

 

軽く銀時の口調のような叫びをあげた後。まだ両手に持っているジャンプを眺めていた美琴がふとギンタマンを見て何かを感じ取ったようだ。しかし銀時は箸を取って弁当を食べながらけだるそうに

 

「気のせいだ、どう感じようが伝わるのは下手くそ過ぎる絵と漂う嫌悪感だ」

「私漫画ってあまり読んだ事無いんだけど……この漫画はきっと漫画界を引っくり返すようなとてつもない大きな革命を起こす予感がするわ」

「ねぇよ、お前が隠れて集めてるあのヘンテコなカエルの人形が流行るぐらいねぇよ」

「な、な、なんで知ってんのよ!!!」

 

何気なく特に意味も無い会話をする二人。

最初は互いにつんけんした態度を取り初印象は最悪ではあったが

 

時が過ぎれば徐々にわだかまりも消えて行くのかもしれない

 

 

 



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第三十七訓 少女、今と変わらず失敗を続ける

月日が経つのは早い。

御坂美琴が夏休み前に友人を作れるかという賭けを行った坂田銀時。

せめて自分以外の話し相手ぐらい見つけれればなんでもいう事聞いてやると言う彼に対し

それぐらいどうってことないと彼女が鼻を高くして宣言してから大分時間が流れて……

 

「つうかよぉ、”夏休み前”どころかもう”夏休み自体が終わりそうな頃”なんだけど?」

「……」

 

ここは人の賑わう某人気チェーンのファーストフード店。

ハンバーガーをもっさもさと食いながら銀時は、向かいに座ってさっきから沈黙を貫いている美琴に口を開いた。

 

「今更聞くのもアレだと思ってたけどこの際言うわ。お前今まで同じぐらいのガキと遊んだ事ねぇだろ」

「いやあるにはあるんだけど……それはまだ実験参加とかレベル育成プログラムに入る前の事で……レベルが上がるにつれて徐々にそういうのと疎遠になっていって……」

「言い訳してんじゃねぇよ、数か月前に賭けしようって言ってから結局お前何してた? 誰と遊んでた? ずっと”俺と一緒”だったじゃねぇか」

「だって……みんなは私の事をレベル5だからって遠慮するし……遊んでくれるのってアンタぐらいしかいなかったから……」

「こっちはもはやお前と何回遊んだんだか数える事さえめんどくせぇよ。プリクラって奴をやろうと言われた時は鳥肌立ったよ、全身から悪寒を覚えたよ」

 

途切れ途切れにトーンの低い声でボソボソと小さく呟く美琴に目をやりながら銀時は髪を掻き毟る。

 

「周りが引くぐらいべったり付きまといやがって、ホント朝から日が落ちるまでツルんでた気がするわ。俺は前にちょっとした関係だった女とだって、ここまで長い間顔を合わせてた事ねぇぞ。ウチのガキでもだ」

「ちょっとした関係って……え?」 

 

うつろな目をしていた美琴がバッと彼の方へ顔を上げた。

 

「それってもしかして彼女? うっそアンタ彼女いたの!? え、どんな人! まさか学生じゃないでしょうね!」

「どうでもいい所でテンション上がってんじゃねぇ。あと学生じゃないかってどういう事だ、俺はテメェ等ガキ共なんざと付き合う程冒険家じゃねぇぞ」

 

友達を作れなくて意気消沈していた美琴が、銀時がつい漏らしたまさかの言葉に覚醒して身を乗り上げてきた。

目を輝かせて半笑いの状態で、明らかにこれから根掘り葉掘りと聞きたそうな顔をしている。

 

「へ~アンタ今までそれらしい事一度も言わなかったじゃない! 年は!? 職業は!? 芸能人で言うなら誰に似てる!?」

「そういう話は同い年のガキとやってくれない? 頼むから。なんで俺がお前にそんな話聞かせなきゃいけない訳?」

「それぐらい教えてくれたっていいじゃない」

 

頑なに言おうとしない銀時に美琴はしかめっ面を浮かべてプイっと顔を背ける。

 

「アンタってば自分の過去を一切言わないし……付き合ってた人の話の一つや二つ減るもんじゃないでしょ」

「人の過去なんざを聞いてどうすんだよ。今だけ見てりゃあいいんだよ人間って奴は」

「そうやって話をはぐらかそうとする魂胆見え見えなのよ」

 

どうしても聞きたそうに追及してくる彼女に、さすがに銀時もイラッとしたのかしかめっ面を浮かべて舌打ちをした。

 

「るっせぇな、もう終わった女の事なんか振り返りたくねぇんだよこっちは。元カノの存在を知って異常に対抗心を剥きだす今カノかテメェは」

「そんなつもりじゃないわよ、アンタなんかこれっぽっちもそういう風に見た事無いし」

 

オレンジジュースをストローでチューっと飲みながら美琴は正直に言う。

ツンデレキャラのよくある「か、勘違いしないでよね! 別にアンタの事なんかこれっぽっちも好きだなんて思ってないんだから!」みたいなものでなく、心の底から彼をそんな風に見たことは無いという反応だ。

 

「第一、可愛い女の子がアンタみたいなおっさんをそんな風に見ると思う? そんな変わりモンどこにいるってぇのよ」

「可愛い女の子って誰の事? 俺の視界にそんな奴いねぇけど? 友達いない残念なガキしか見えない」

「相変わらず口の減らない奴ね、いいからさっさとアンタの彼女さんの事教えなさいよ」

「はぁ……」

 

話を逸らして引き離そうとしてもまだしつこく食い下がってくる美琴に、銀時は初めて真剣な表情をする。

 

「答えたくないと言ってる奴に無理矢理答えさせようとするな、コミュニケーションにおける初歩中の初歩だろ? そんなのも知らねぇから友達なんざ作れねぇんだよ」

「と、友達作れない理由に当てハメないでよ、それ言われると弱いんだから……わかったわよ、アンタの元カノの話は聞かない事にするわ。だから友達頂戴、早く、5分以内に」

「その必死さを全面的に出し過ぎてるのも友達作れねぇ理由の一つなんだろうよ」

 

娘が父に小遣いをせびるようにジト目で手を出してきた美琴に向かってボソッと呟いてため息突くと、席からガタッと立ち上がる。

 

「そろそろ完全下校時刻って奴だ、お前もそろそろ帰れ。寮に送っててやるから」

「ああ、もうそんな時間か……」

 

最近買ったばかりの携帯を開けて随分と遅い時間になっている事に気づく。

余談だが彼女の持つこのゲコ太印の携帯は主に時計の役割しか果たしていない。その理由はどうか察して欲しい。

 

「なんかアンタとつるむようになってから一日がやけに短く感じるのよね、アンタもしかして時間操作の能力者?」

「そんな能力持ってたら今頃エロい事しまくってるっつうの、まずアレだな、時間を止めて銭湯の女風呂に突入する」

「おい」

「男ならだれもが夢見るシチュエーションだ」

 

教師が生徒に堂々と言い切ると、銀時は食い終わった美琴のトレイも手に取って自分のトレイと重ね、さっと店員がまとめて片付ける為に設置している場所に投げるように置く。

 

「それよりも、俺もさっさとウチ戻りてぇんだわ、この後隣人と飲み行く約束してんだからよ。早くテメェの所の寮に行こうぜ、スクーター飛ばせば門限までには間に合うだろ」

「……ねぇ」

「あ?」

 

席から立ち上がる際に美琴は神妙な面持ちで彼に問いかける。

 

「どうして私にここまでしてくれるわけ。学校だけじゃなくてこうして夏休みでも一緒にいてくれるし……」

「それはオメーも知ってんだろ、ババァに頼まれたから仕方なくやってるだけだ」

「でも頼まれたからって普通ここまでする? なんていうか、アンタは確かに口は悪いしぶっきらぼうだし性格もちゃらんぽらんだけど……」

 

照れくさそうに後頭部を掻きむしりながら、銀時に目を逸らしつつ美琴は小さな声で

 

「心の中では私の事を大切に思ってくれてる気がする……」

「……」

 

僅かに聞こえた彼女の言葉に、銀時は一瞬彼女をじっと見つめた後、すぐに踵を返して歩き出す。

 

「わりぃがそいつはテメェの勘違いだ、俺はただ暇つぶしとして付き合ってるだけだ。レベル5の日常生活のフォローもしなきゃならねぇのもお世話役の俺の仕事だからな」

「……そういう事にしておくわ。アンタは私には絶対に本音をさらけ出そうとしないってもうわかってるから」

「……」

 

突き放してくる言葉に美琴は納得してない表情でフンと鼻を鳴らすと、店を出る際に銀時はふと彼女の方に振り返る。

 

「そんな事よりお前、夏休み開けたらすぐに学園都市の学校総出の運動会みたいなモンやんだろ」

「大覇星祭ね、それがどうしたのよ」

「どうしたじゃねぇよ、ちっとは考えろよ。お前もしかしたらそん時に、仲の良い相手ぐらい見つけられるかもしれねぇじゃねぇか」

 

大覇聖祭

学園都市にある全学校が合同で行う超大規模な体育祭の事であり。

開催期間は9月の中盤から終盤にかけた七日間。簡単に言うのであれば、能力者が繰り広げる大運動会の事だ。

 

「あれって集団でやる種目とかも結構あるんだろ? そういう苦楽を共にした時に友情とか芽生えるお決まりの展開が一つや二つあってもおかしくねぇぞ、ワンピースみたいに」

「あ、確かに! なるほどジャンプでもよくあるわねそういうの! ギンタマンでもあったわ!」

「ジャンプの中にギンタマンを入れるな、アレはジャンプであってジャンプでない異物だ」

 

銀時のアドバイスに美琴はパァッと顔を輝かせた。かすかな希望にようやく望みを得たといった表情だ。

 

「それなら断然燃えてきたわ! よっしゃあやってやろうじゃないの大覇聖祭! 他校の連中を叩き潰す様を見せながらクラスのみんなから羨望の眼差しを向けられてやる!!」

「なんでだろう、コイツはやる気が出れば出る程墓穴を掘る匂いがする」

 

燃えたぎっているオーラを放ちながら大覇聖祭に意欲満々の様子の美琴に、銀時はより一層この先の展開が読めてくるような気がした。

 

 

 

 

 

 

先走りし過ぎて盛大な大失敗でもやらかす気配が

 

 

 

 

 

それからまたもや月日が流れ

 

夏休みも終わり2学期が始まって数日後には

 

多くの観光客やはるばる宇宙をまたにかけて来航してきた天人達がこぞって集まり、

学園都市の大掛かりなイベントの一つ大覇聖祭が始まろうとしていた。

 

当然優勝候補のエリート校、常盤台中学も既にエントリー済みであり、

日頃清楚な出で立ちであらあらうふふと笑いながらお花畑を歩いてそうなお嬢様達も

この日ばかりは高能力者と名門常盤台というプライドを背負って戦う気構えが出来ている。

 

「去年は準優勝だったらしいですから今年は是非とも優勝したいですわね」

「わたくし、この日の為に努力を重ねて能力の向上に努めておりましたわ」

 

半袖短パンの体操着に着替えた常盤台の生徒達が集まってやんややんやキャッキャウフフと大覇聖祭の意気込みを語り合っている。

伊達にタダのお嬢様学校ではない。レベル3以上のみが入学できるという狭き門を潜り抜けた逸材たちなのだ。中等部だろうが高等部だろうと、そんじょそこらの学校ではまず歯が立たないであろう。

 

「今年は我が校にレベル5がお二人もいるんですからきっと敵なしに違いありませんの」

「ええ、それに今年一年の担任としてやってきたあのお方……」

「正直教師としては認めたくありませんが、こういう時になると頼もしく見えますわね……」

 

今年は去年よりも格段に強化メンバーが揃っている、なにせあの強能力者や大能力者以上の実力を持つ超能力者、レベル5の第三位と第五位が入学しているのだから。

そして今、常盤台の生徒達が円を作った中の中心には。パイプ椅子に座って木刀を肩にかけながら、スーツの上に白衣を着た銀髪天然パーマの教師がいた。

 

「いいかテメェ等、よぉく聞いておけ。お前等この運動会がお遊びだとかみんなで楽しくやりましょうとか、んな呑気な事考えてるガキは即刻ここから消え失せろ。俺達は戦いに来てるんだ、勝つために来てるんだ」

「「「「「はい!」」」」」」

「俺はな、どんなモンでも負けるのだけは一番きれぇなんだ。やるなら勝つのが必定。我が校の誇りと威信を賭けて死ぬ気でやれ、否、死んでも勝て」

「「「「「はい!」」」」」」

「各校の教師陣が集まった時に俺は常盤台が優勝する方に有り金つぎ込んだんだ、テメェ等マジで勝てよ。もし負けたら俺スッカラカンだぞ、これから給料日まで水とちくわで乗り切らなきゃいけなくなっちまうんだよ。絶対優勝しろよ、優勝して俺にリッチな生活を送らせろ、毎日パフェ三段盛り生活送らせろ」

「私達を優勝させたいってそれは理由でしたのね……」

「生徒が主役の運動会で各校教師会議でそんな賭け事があったなんて……」

「さすが坂田先生ですわ、私達よりも私欲の為なのですわね」

「どうしてあの人教師になれたのでしょう……」

 

生徒全員に号令をかける教師、坂田銀時に対して生徒達がヒソヒソと隠れて喋り出す。

生徒をダシにして賭け事に乗じている点に関しては人として最低だが、この男、意外にも戦いにおける戦術面を生徒達に教え込めるのは上手い様子。そのやる気を普段の授業にも発揮してほしいのだが……

 

「それに今回はこの学校にとんでもないガキが二人も来てんだ。まずはウチのガキの第五位……あれ? どこいったアイツ?」

「先程急用が出来たと言ってどこかへ行ってしまいましたわ」

「逃げやがったな……探してふん捕まえてここに連れ戻せ。アイツの能力なら心配すんな、アイツが能力使用に使うリモコンは既に運営委員の奴等に荷物とされて没収されている」

「了解です!」

「暴れようが泣き喚こうが絶対連れて来い、アイツにはほとんどの競技に出てもらうつもりなんだからな、特にこの”学園都市一周マラソン”には絶対に出てもらう」

「了解です!」

「死にそうな顔で涙目で走るアイツのツラを俺は凄く見たい」

「了解です!」

 

生徒の一人に伝えるやいなや、すぐに他の生徒達もそれに従って第五位の捜索を始める。

常盤台の生徒というのは何かと世間知らずな者達が多い。ゆえに頼まれた事にはノーと言えずに素直に従ってしまう一面もあるのだ。銀時にとってはこの上なく扱いやすい連中だ。

 

「ああそれとアイツもいるよな、第三位の。アイツがウチの勝利の要になるだろうから、お前等競技中はアイツを中心にしてやれよ、ハブくなよ絶対、頼むよホント300円あげるから」

 

念を置くように最後の言葉を付け足す銀時に対し、生徒達は不安そうに顔を合わせてざわざわし始めた。

 

「第三位とは御坂様の事ですわね……」

「あの方、常にわたくし達に一線引いてるので近寄りがたい雰囲気をお持ちになってますのよね……」

「坂田先生とは親しく話してらっしゃるのを見かけますが……わたくし達の様な者と会話してる姿は一度も見かけた事ありませんし……」

「レベル5であるゆえにわたくし達を見下して関わり合おうとしないという噂が……」

 

他者を寄せ付けようとしない圧倒的な存在

生徒達の中では御坂美琴はそんなイメージらしい。

実際はただ彼女が同級生とどう接すればいいのかわからないから距離を置いているだけなのだが……

 

そんな事知る筈もない生徒達は銀時の提案する「御坂美琴を中心とした陣形で大覇聖祭を制する」というプランには難ありと囁き合っている。

そのタイミングの中で、銀時はパイプ椅子から立つと、生徒達の中にツカツカと歩み寄って、一人の生徒の後ろ襟をむんずと掴んだ。

 

「いいからコイツと仲良くやりゃあいいんだよ、コイツと」

「や、止めて! せっかく隠れてたのに!!」

「あ、御坂様いつの間にわたくし達の群れの中に!」

「全く気づきませんでしたわ!」

「頂点のレベル5というのは周りに気配をさとられぬようにする事にも特化しておられるのですね!」

 

群衆の中に紛れてひっそりとしていた美琴を無理矢理銀時が表に引っ張り出す。

困惑した様子で出てきた彼女を見て生徒達にどよめきが走った。

遂に我が校きってのエース、超電磁砲が表舞台で活躍する時が来たのだ。

 

「こ、こんな人前に出す事ないでしょ!」

「ビビる程もいねぇだろ、とにかくコイツ等にさっき俺がやってたような奴やりゃあいいんだよ、キバっていくぜ!、とか」

「そういう無茶振りはアンタの大好きな第五位にやらせなさいよ……」

 

銀時と耳打ちで打ち合わせを済ませ、美琴は同じ学校にいる者達に囲まれながら、緊張しているのを深呼吸で誤魔化し、そして改めて皆に向かって顔を上げる。

 

「め、名門常盤台のプライドにかけて……正々堂々と戦って! それからそれからえ~と……! あ~もうやっぱアドリブじゃ無理! 台本ぐらい作っておいてよ!」

 

すぐに言葉が詰まって口を何度かパクパクさせた後、地面を強く蹴ると話を聞いている者達にヤケクソ気味に啖呵を切りながら睨み付けた。

 

「とにかく敵とみなした奴は即刻ぶっ殺してやんのよ!! 八つ裂きにしてバラバラにしてその上鍋に突っ込んで食卓に並べてやれ!! 私にかかれば相手がどんな能力者だろうが指一本でこんがり肉よ!」

「まあなんと恐ろしいお考えを……」

「なんという鬼の所業……」

「格下の低能力者や無能力者共なんか敵とすら認めないし! あんな雑魚共ただ路上に転がってる石ころよ石ころ!! そんなの軽く蹴っ飛ばして粉々に……! あだッ!」

 

緊張がMAXに達したのか思考回路がマヒし、目を血走らせながら中指を立てて、とにかく銀時の様なセリフを吐こうと必死な様子の美琴に生徒達の中から悲鳴が聞こえ出した。

それを見かねて銀時がすぐに彼女の頭にゴンと拳骨を一発して制止。

 

「なにやってのお前? ここは目指すは優勝!とか言って皆で一致団結して盛り上がる所だろうが、逆に盛り下げて代わりに悲鳴上げさせてんじゃねぇか」

「え!? い、いや違うのよみんな! これはちょっとしたジョークだから! それぐらいのやる気でぶっ殺……いやいや戦おうって言いたかったのよ私は!」

「やはりレベル5というのは皆常軌を逸した考えをお持ちなのですね……」

「ここまで常識とかけ離れたお人だったなんて……味方とはいえ怖くなってきました」

「どうしましょう、御坂様とご一緒に戦う時にミスでもしたら……その時はわたくし達も御夕食にするおつもりじゃ……」

「いや本当に違うんだって! 私はただみんなに頑張ってもらおうとしてるだけで、そんな殺すつもりなんか微塵もないから! ホントだから! 楽しく仲良くが私のモットーだから! 泣かないで! 引かないで! 私を見て!」

 

必死になってなんとか誤解を解こうとする美琴の話も聞かずに、生徒達は彼女から後ずさりしながら人を食らう事で有名な幻獣ミノタウロスでも現れたかのように怯えた表情である。

完全にドン引きされている、ショックで固まってしまった美琴の肩に銀時は仏頂面でポンと手を置く。

 

「優勝への一致団結じゃなくてお前への恐怖で一致団結しちゃったんだけど?」

「きょ、競技で活躍して挽回してみせるから……」

 

ちょっと泣きそうになっている美琴は銀時にそんな儚い希望を細々とした声で宣言した。

 

 

 

 

 

「現場の花野アナです。7日間、それぞれの学校が火花を散らしてぶつかり合う大覇聖祭がいよいよ始まりました、今年は特に外からも注目を受けており、観光客や天人達でどこも一杯です」

 

それから数刻経った頃、大掛かりな機材に囲まれながら、若手アナウンサーの花野アナがテレビ中継を通してお茶の間に大覇聖祭の勢いを伝えている所であった。

 

「やはり能力者同士の激戦を是非とも生で鑑賞したいという方々が多くいて、当然私もその一人として皆さんによりその凄さを見てもらえるようお送りしたいと思います」

 

学園都市の外に住む者達にとってみれば、能力者同士の戦いなどそう簡単に拝めるものではない。

大覇聖祭とはそんな人達に能力者とはどんな存在なのかと証明する為のデモンストレーションでもあるのだ。

 

「注目はやはり学園都市では5本の指に入り、すぐれた能力者のみを在籍させる事に徹底している長点上機学園、そして長点上機学園と同じく、高い能力を持つ者のみが入学できる名門お嬢様学校の、常盤台中学……あ、あそこで今競技を始めようとしているのは正にその生徒達です!」

 

花野アナが慌ててカメラにあちらに向けて下さいと手で指示を出す。

真上から見るとドーム状に作られた競技場だというのがよくわかる。

その中にいるのはとある中等部と、それに対峙した形で立っている可憐な乙女たちの姿があった。

 

 

 

 

 

ワーワーと歓声が響く中で、御坂美琴は一人先陣で仁王立ちして対峙する中等部の連中を睨むように眺めていた。

 

「格下もいい所ね、こりゃ勝ったわ」

 

相手が常盤台と知った時点で敵勢力はもはや士気低下し、死んだ目をこちらに向けている。あちらには男子生徒も混ざっているが能力を持たない生徒もいる。レベル3以上の能力者が揃い踏みしている常盤台の敵ではなかった。

 

「だけど相手が強かろうが雑魚だろうが私にはどうでもいいわ、私はとにかく華々しく活躍してみんなの心をゲットしないと……」

 

独り言を呟きながら美琴はチラリと地面に置かれている一本の長い縄を見下ろす。

 

大覇聖祭での常盤台の初陣は「綱引き」

単純な力比べなら男子もいるあちらの方が有利だが、これは大覇聖祭、つまり能力使用ありの綱引きなのだ。もっともいくら能力使い放題だと言っても、美琴の様なレベルの高い選手は規定された段階まで能力を制御する事を義務付けられている。

美琴がそれをちゃんと覚えているのかは疑問ではあるが

 

「綱引きって事はいかに早く一本の縄をこちら側に引っ張り込むのが勝利の鍵なのよね……てことはさっさと相手を戦闘不能にさせて……」

「御坂様がお1人でブツブツ呟いてますわ……」

「あら? クラスメイトであるわたくしは教室でよくご覧になってますのよ、さほど珍しい事ではありませんわ」

「相手方に呪いをかけてるとか……いや御坂様に限ってそんなオカルトを信じてる筈……」

 

綱引きというのは並んでやるものだが、美琴以外の生徒は明らかに彼女との距離を2~3人分空けていた。ちょっと前にやった彼女の演説のおかげですっかり精神的にも物理的にも距離を置きたくなってしまったらしい。要するにドン引きしている。

 

美琴がまた一つ周りから遠のいてしまった頃、遂に常盤台の初戦が始まろうとしていた。

 

「さあそろそろですわ、皆さん縄をお取りになって」

「攻撃を仕掛けれらる能力者を優先して前に配置させましょう」

 

淡々とした口ぶりで生徒達は各々と事前に考えていた作戦の陣形にうつる。

美琴同様、相手の事はかなり格下と判断しているので、レベル5である美琴を先頭にして後は攻撃に繋がる能力を持つ者を前において矢のようにぶっ放して即刻KOが彼女達の狙いだ。

 

「でもどうして御坂様と同じくレベル5であられるあのお方は一番後ろに配置されているのでしょう……」

「しかも綱引きの縄でグルグル巻きにされて縛られてます」

「縛ったのは恐らく坂田先生かと……」

 

第五位が綱引きの縄にきつく縛られ、無言で恨めしそうな目つきをこちらに向けている。

ちょっと前に逃げ出したが、銀時の命令で他の生徒達に乱暴に取り押さえられたばかりなので不機嫌になっているらしい。

ああなってはもう銀時ぐらいとしか口をきいてくれない。

 

「”精神能力系では最強”と称されるお方ですから是非ともお力添えしてもらいたかったですわ」

「あんな状態じゃ重しにかなりませんね」

 

ブツブツと生徒達が軽く毒を吐きながらそんな事を呟きつつ、縄を両手でしっかりと握る。

 

美琴含む生徒全員、相手勢も縄を掴んでから数秒後。

 

遂に綱引きを開始の合図の笛がビィィィィィィィ!! 強く鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ギャァァァァァァァ!!!!」」」」」

 

そして始まりのホイッスルが鳴った同時に相手方の生徒が断末魔の叫びをあげ、

始まっているのにいきなり縄から両手を離すやいなや、体の節々を痙攣させつつ次々と地面にバタリと倒れて行く。

 

観客席にいる人達は騒然としていた。始まったと思いきやいきなり生徒達が白目を剥けて倒れて行くのだ、なにかアクシデントでも起こったのかと困惑している様子。

 

しかし目の前で起こった出来事に驚いていない者がここに一人。

右手でまだ縄を掴んだまま、倒れた連中をしてやったりといったドヤ顔で見下ろしながら。

 

御坂美琴の身体からバチッ!と青白い電流が迸る。

 

「はは~ん? 格下連中に常盤台がまともにやり合うとか思ってたの?」

 

気絶している相手方に向かって美琴は得意げに綱引きの縄をひょいっと引っ張る。

間の仕切り線を超え、常盤台の勝利ということだ。

 

「私がやったのはただ一つ、縄に気絶する程度の電流を流し込んでやっただけよ」

 

電流操作、体内から発する電気を一つの物質に注入し、その物質が絶縁体を持つ素体でなければ全体に一定の電流を流せる力。レベル5であり超電磁砲を名乗る美琴にとっては造作もない事である。

 

「は~はっは~!! 私がいればざっとこんなモンよ! さあみんな! これは私がいてこその大勝利よ! さあ私の勝利を祝して胴上げと祝杯を!……あれ?」

 

静まり返っているにも関わらず死屍累々の惨状を見渡しながら一人高笑いをし、スポーツマンシップの欠片の粒さえ持ち合わせてない美琴は仲間から祝福されることを期待して後ろに振り返る。

 

だが

 

「……御坂様……」

「能力をこのような形で使用するなら……」

「なぜ事前に私達と打ち合わせしてくださらなかったのですか……」

「無念です……やはり御坂様とわたくし達は相いれない関係だったのですわね……」

「え? あれ?……え?」

 

相手方と同じく地面に横たわり総倒れしている常盤台の生徒達。

ありのまま起こってしまった事に美琴は頬をピクピク引きつらせて

 

「あ、縄全体に電流を流し込むって事はこっちにも被害及ぶの忘れてたわ……アハハごめんついうっかり……のぶッ!」

 

ここにいる常盤台のメンバーで唯一電気耐性を持っているのは自分だけ、そんな簡単な事さえ忘れてしまっていたというマヌケにも程がある失態。

ようやく気付いた美琴は気まずそうにへらへら笑うがすかさず後ろから何者かの拳骨が彼女の頭蓋に響く。

目の前で生徒の一人が盛大なバカをやらかし、他の仲間達が再起不能状態になっていてもなお、動じずにいつもの死んだ魚のような目をした銀時だった。監督席で待機していたがこの現状にすぐさまやってきたらしい。

 

「敵だけじゃなくて味方まで倒しちまうとか何がしたいのお前? バーサーカー? みなごろし使ってんじゃねぇよ」

「いっつぅ……だってこうした方が手っ取り早く終わらせられると思って……そしたら私凄いじゃない、英雄じゃない……」

(コイツ……)

 

頭を殴られまた涙目になっている美琴を見下ろしながら銀時は顔をしかめる。

 

(調子に乗ると常識的思考が欠落してなりふり構わずやらかそうとする性格なのか?)

 

呆れて銀時は髪をボリボリと掻き毟る

 

(”まともな教育”を受けてねぇからまともな思考を持ち合わせてねぇって事ね。レベル5ってのはどいつもこいつも問題児しかいねぇのかよ)

「あ、ヤバ! ちょっとアンタ! アイツが大変な事になっちゃってる!」

「あ?」

 

考え事している銀時に不意に話しかけて指さす美琴。

彼女がさした方向を見ると、競技前に自分が縄でキツく縛っていた少女が……

 

「アイツ縛られてたからモロに私の電撃直撃しちゃったのよ! 白目剥きながらピクピク痙攣してておもしろ……大変な事になってる!」

「お前面白くなってるって言いかけただろ、いや確かになんか岸に打ち上げられた魚みてぇでおもしれぇけど」

 

自分が長年担当しているレベル5の第五位を呑気に眺めながら銀時はめんどくさそうにため息を突く。

 

「ったく仕事増やしやがって、それもこれも全部テメェが招いた結果だからな」

「ご、ごめんなさい……私はとにかくみんなに仲間として認めてもらおうと夢中で……」

「俺に謝ってどうするよ、とりあえずコイツ等は全員救護テントに連れてく。競技は一応俺達の勝ちって事らしいし、これからの事は後で考えるからテメェも覚悟しておけよ」

「うん……」

 

冷たく言い放って銀時は振り返らずにスタスタと行ってしまう。

縄に縛られて瀕死状態の第五位に近づいてお嬢様抱っこで担ぎ上げると、大覇聖祭の実行委員の連中に急いで病院へ送るよう話をつけていた。

 

取り残された美琴は一人しょぼんと首を垂れて激しく落ち込む。

 

「どうしてこうダメなんだろ私……アイツにまで嫌われちゃったかも……」

 

常盤台の生徒だけでなく彼にさえも見捨てられたら本当に自分の居場所を失ってしまうかもしれない……そんな思いを抱きつつ美琴はこの後、自分はどうしたらいいのかと途方に暮れるのであった。

 

そしてそんな彼女を

 

騒然となっている観客席から見ている者が1人ため息を突く。

 

「あれが常盤台のレベル5第三位・御坂美琴……この目で見るのは初めてですの」

 

まだ小学生ぐらいのツインテールの少女が、ポップコーンを小さな口でほおばりながら競技場に残っている美琴にジト目を向ける。

 

「己の能力に過信し、相手チームはおろか自分の仲間にさえ危害を与えるなどまさに外道。学園都市三本の指に入る能力者とは称されてはいるも、あんな最低で卑劣な方だったとは」

 

淡々とした口ぶりで率直な感想を呟きながら、少女はポップコーンを食べ終えたのを確認し、空箱を手に取ったまま近くにあるゴミ箱へ視線を向けた。

 

すると彼女が持っていた空箱は一瞬で消えてゴミ箱の中でボトッという音が聞こえる。

瞬間転移、まだ小学生ぐらいの年でここまで正確にかつ短時間で飛ばせるとは、中々の優秀な学生の様である。

 

「常盤台に進学するのは考えた方がいいかもしれませんわね、あんな”頭の悪そうで品の無い野蛮で猿みたいな女”を先輩と呼ばなければいけないなんて」

「ああ!? いきなりなに腕掴んでんのよこの変態! どこにも逃げ隠れしないから自分で歩いて行くわよ! もうどうにでもなれって心境なのよこっちは! 腹でもなんでも切ってやるっつーの!!」

 

事をやらかした責任として、実行委員に連れてかれながら、粗暴な言動をしている美琴に軽蔑の眼差しを向けながら、少女は静かに呟いた。

 

 

 

 

 

「この”白井黒子”。あんな類人猿を慕う事など死んでも御免こうむりたいですの」

 

それが”彼女”にとって初めて御坂美琴へ抱いた印象だった。

 

 

 

 

 



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第三十八訓 教師、片方を大切にする一方でもう片方を疎かにする

7日に渡る大規模なイベント大覇星祭。簡単に言えば全校が参加する能力使用ありの運動会なのだが。

そんな大事な大会で常盤台は初日から出ばなを挫かれてしまっていた。

 

今年入学した期待の新人性、レベル5の超電磁砲こと御坂美琴によって

 

そしてその彼女はというと……

 

「は? 行方不明?」

「アンタが目を離してる隙にドロンさ」

 

最初の種目の綱引きで全滅してしまった常盤台の生徒達を救護テントへ送り終わって中から出てきた銀時の前に、常盤台理事長であるお登勢が渋い顔で現れた。

 

「よっぽど自分がやらかしちまった事にショック受けちまったみたいでね」

「逃げてどうにかなるもんじゃねぇだろ……やっぱ探さなきゃダメ?」

「それがアンタの仕事だろ、私もアンチスキルやらジャッジメントやらに駆け寄ってみるよ」

 

競技が終わった後、美琴の行方は誰もわからず何処へ消えてしまったらしい。

お登勢に捜索活動を命じられてもなおめんどくさそうな顔で銀時は渋々と言った感じで重いため息を突く、

 

「ウチのガキが回復したら探しに行く」

「頼んだよ、私は代わりの参加選手をすぐに集めなおさないといけないんだからね、やれやれ、コレじゃあ今年もまた優勝逃しちまうね……」

 

疲れた様子を浮かべながらお登勢はブツブツ呟きつつ行ってしまった。

残された銀時はしばし彼女を見送った後、再び背後にある救護テントの中へと入る。

 

生徒が急に体調を崩した時や怪我を負ってしまった時の為に休む為に設置された施設。

学園都市にいる生徒の数は尋常ではないので当然救護テントはここだけではなくあちらこちらに設置されており。

このテントの中は常盤台の生徒がほとんどのベッドを占領して横たわっていた。

 

「少し寝てりゃあ回復するって聞いたが……」

 

幸い美琴の電撃は後遺症が残る程の強い電撃ではなかったので、しばらく」横になって大事を取っていれば時期に痺れが抜けていくらしい。

銀時はベッドで横になって呻き声を上げている生徒達の横を歩いて行きながら、一人の生徒のベッドの上にドサッと腰を下ろした。

 

「どうするお前? 学園都市一周フルマラソンまでに復活できんの?」

 

腰を下ろすが振り返らずに背後にいる少女に銀時はけだるそうに話しかける。

しかし少女の方は

 

シーツを頭までくるまり、サナギの様な体制でうんともすんとも言わない。

 

「シカトぶっこいてんじゃねぇぞコラ」

 

返事が返ってこなかったので銀時は遂に彼女の方へ振り返り。

シーツにくるまられた頭の部分にベチンと平手打ち。

少女の体がビクッと震えるが声は出さずに沈黙を続ける。

 

「なに? もしかして機嫌悪い? 拘束プレイと電撃プレイの合わせ技一本だよ? その辺の店じゃこんなサービス受けられねぇよ?」

「……」

「お前そういうの昔から慣れてんだろさ、こんな事でいちいちいじけんじゃねぇよ」

「……」

「これぐらいでヘコたれてたら一生リアクション芸人になれねぇぞ」

 

ずっと黙りこくっている少女に銀時が何度か話しかけていると、その内シーツの中からピッと何かの電子音が鳴った。

 

すると、少女の向かいで寝ていた筈の常盤台の生徒の一人、縦ロールの少女が急にバッと起き上がって銀時に向かってキラキラとした目を向けながら

 

『私は別にそんなの目指してないわぁ』

「能力使わないでテメーの口で喋れやクソガキ」

 

いきなり意識があるのか定かではない様子で語りかけてきた縦ロールの少女の異変にすぐに気づいて銀時は、仏頂面でゴンと傍でシーツにくるまってる少女の頭に拳骨を振り下ろした。

 

「オメーの能力は危険だから遊び半分で使うんじゃねぇっていつも言ってんだろうが。使う時は俺を通してから使え」

『嫌よぉ、今あなたと顔を合わせてお喋りする気分じゃないから。この子に任せちゃうんだぞ☆』

「だぞ☆じゃねぇよ、どんな風に言えば語尾に☆が付くんだよ」

『イタ! も~男の子が女の子をそんな簡単にポカポカ叩いちゃダメ~』

 

銀時が彼女を叩くと、向かいにいる縦ロールの少女が頭を押さえて痛がってるリアクションをわざとらしく取る。

 

『女の子には優しくする方がモテるわよぉ?」

「甘やかさないで愛の鞭でシバき倒すのが俺の教師論だ」

『教師、ねぇ……』

 

銀時はまだシーツから顔さえ出さない少女の方へ目線を向けているが。

返事をするのはやはり向かいのベッドにいる縦ロールセットを施した清純そうな少女だった。

 

『正直あなたには向いてないのよねぇ、あなたみたいなガサツでぶっきらぼうな天然パーマは私達お嬢様にはあまり好かれないタイプだし』

「天然パーマは関係ねぇだろうが、しょうがねぇだろ。向いてなかろうが引き受けちまったらもう後には引けねぇんだよ」

『……どうして引き受けたのかしらぁ?』

「ああ?」

 

やや挑発的な口調とニヤニヤとした笑みを作りながら縦ロールの少女が銀時に真横になる程に首を傾げる。

 

『銀さぁん、心読まなくてもわかるわぁ。あなたやっぱり第三位のあの子の事放っておけないと思ってるでしょ?』

「……オメーになにがわかんだよ、ここ最近まともにツラさえ会わしに来なかったオメーに」

『あの子の傍にいたいから常盤台の先生になった、あの子を護りたい、あの子を護る事で過去の痛みを消し去りたい、昔何もできなかった大切なお友達と同じ顔の……』

「おい」

 

わざと怒らせようとする様にベラベラと口を開く縦ロールの少女。

銀時はそちらに振り向かずにあくまでシーツにくるまる少女の方へ鋭い視線を向ける。

 

「それ以上ふざけた事抜かし続けるんなら熱湯の入った釜茹でに頭から突っ込ませるぞ」

『あら図星突かれて怒った? ごめんなさいね、私が言いたいのはつまりぃ』

 

悪びれる様子の無い謝罪。

縦ロールの少女は操り人形の様に首や関節を曲げたり奇怪な動きをしながら銀時に妖艶な笑みを浮かべる。

 

『これ以上あの子を使って自分自身を誤魔化さないでほしいのよねぇ』

「……」

『御坂美琴はただ同じ顔をしてるだけの別人。あなたが見てるのはただの愚かな”幻想”』

 

突き付ける様に微笑みながらそう断言した後、いきなり項垂れた縦ロールの少女がボソッとか細い声で

 

『……そんな幻想に一番大事な居場所を奪われた私の気持ちがあなたにわかるの……?』

「ん? おい、今コイツに何言わせた? 小さすぎて聞こえなかったぞ」

『どうでもいい事だから気にしないでぇ、音量下げるボタン押しちゃっただけだからぁ』

 

さっきまで流暢に語りかけてきたのに急にちぐはぐな喋り方になっている縦ロールの少女に銀時が眉をひそめるがシーツにくるまる少女は適当に誤魔化す。

 

「まあいいけどよ、とにかく俺は別にあのガキに対して特別なモン持ち合わせてねぇよ。ロリコンじゃねぇし」

『あなたの心は本当に能力使わなくても簡単に読めるわねぇ、そんな己にも言い聞かせようとするような嘘付いちゃって』

「いやだからロリコンじゃないんだって、長い付き合いのオメーならわかってくれるだろマジで。今まで俺がお前に変な事しようとした事あるか?」

『そっちじゃないわよ、別にあなたがロリコンでもファミコンでも私は構わないし』

 

なんかどうでもいいことにムキになって来た銀時に縦ロールの少女がため息を突いた。

 

『いつもあなたはそう、わざわざあなたの為に手を回してあげてる自分がバカらしくなってくるわぁ……』

「あん? まさかお前俺が知らない所で変な事してんじゃ……」

 

声が小さかったが今度は銀時ははっきりと耳に入れた。

何か良からぬことをしてるのではないかと彼は遂にシーツをめくって彼女本人の口から聞こうと手を伸ばしたその時……

 

「すみません、ここに常盤台の坂田先生って方はいませんか?」

「ん?」

 

少女がくるまるシーツを無理矢理ひっぺがえそうとした手がピタリと止まって銀時は顔を上げた。

突然見慣れない少女が救護テントから入って来て自分の事を探してるみたいだった。

滑らかに流れる様な長い黒髪を垂らした凛々しい顔つきをしたいかにも超が付く程真面目そうな少女、美琴よりも年上だろうというのがすぐにわかる程の中々良いスタイルである。

 

「あなたが坂田先生ですか?」

「そうだけど」

「証明書とか持ってます?」

「いらねぇだろ別に、俺が坂田先生だよ、常盤台の坂田先生」

「免許証とかでもいいんで早く出してください」

「いやどんだけ疑り深いんだよ! 本人がそうだって言ってんだからさっさと要件言えよ!」

「身分を証明しないのであればあなたを救護テントで横になってる女生徒を襲おうとしてる不審者としてジャッジメントに通報しますけどいいんですか?」

「はぁ!? んな根拠のないデタラメを吐くんじゃ……!」

 

腕を組んで冷めた口調でこちらを睨みつけたまま話しかけてくる少女。まるで本当に不審者でも見てる様な目つきだ。

銀時はイライラしながら一言文句を言ってやろうとベッドから身を乗り上げようとするがふと自分の置かれた状況に気づく。

 

怯えてるかのようにシーツにくるまってる少女のベッドに体を乗せて。

おまけにその少女の唯一の盾となるシーツを男の力で無理矢理引き剥がそうとしている。

 

傍から見ればどう見ても未発達の少女に欲情した変態さんにか見えないような……

 

「違うからね! これは違うからね! コイツはただのウチのガキだから! 大丈夫かなー?って教師として心配してただけなんです俺! 常盤台のちゃんとした教師の坂田先生なんです俺! はい免許証! まごう事無き本人です!」

「結構、出すんならもっと前にさっさと出して下さい、こっちも忙しいんですから」

 

やっと己の身に置かれている状況を察して銀時は慌てふためきながら急いで白衣のポケットから財布を取り出して、中に入っていた自分の免許証を少女の前に突き付ける。

少女はジッとそれを見つめた後、キビキビとした態度をしながらもわかったかように頷いてくれた。

 

「大覇星祭の実行委員をやってる”吹寄制理≪ふきよせせいり≫”です。坂田先生にお話ししたい事があってここに来ました」

「いや自分の名前を名乗る時にそんな恥ずかしい報告まで付けたされても困るんだけど……男だよ俺? そりゃ女にとっては苦痛だってのは前にちょっと関係持ってた女に聞いた事あるけどさ……まあアレだ、お大事に」

「明らかに誤解してますけど吹寄制理で私の名前ですから、今度そんな変な誤解したら年上だろうが先生だろうが蹴り入れますよ」

 

年頃の少女に対してとんでもない誤解をする銀時に対して、吹寄と名乗る少女はカチンと頭に気て少々ムッとした表情になった。名前が名前なのでこういう間違いを受けるのは慣れているのかもしれない。

 

「とにかく……坂田先生、常盤台から捜索手配が出ている一年生の御坂美琴さんが見つかりました」

「え、マジで? もう見つかったの?」

「競技中にも関わらず常盤台の生徒が1人だけでフラフラ出歩いてたから、私が見つけましてね。常盤台の直接連絡したら失踪した生徒さんだと聞いたので」

「ふーん」

 

美琴が見つかった、それを聞いて銀時は別にホッとため息を突くような人間ではない。

相変わらずの死んだ魚のような目でけだるそうに返事するだけ

 

「たかがガキ共の運動会の手伝いやってる暇なガキ共の群れのクセに、警察ごっこしてるガキ共よりもよっぽど仕事してんじゃねぇか」

「なにか引っかかる言い方ですねそれ……今は私達実行運営のテントに置いて預かっています。それであなたの所の上の人に報告したらすぐにあなたに連絡して迎えに行かせろと」

 

吹寄の連絡に受け答えしたのは恐らくお登勢であろう。

彼女なら銀時がまだこの救護テントにいる事は知ってるからだ。

しかし銀時は迎えに来いと言われると嫌そうな顔を吹寄に向ける。

 

「めんどくせぇからこっちに引っ張って来てくんね?」

「……あなた本当に教師ですよね?」

「その質問は教師なってから何百回も聞かれてるから答えるのもダルい」

 

もう一度身分を証明する者出してもらおうか吹寄が考えた時、銀時は自らベッドから腰を下ろして立ち上がった。

 

「わーったよ、仕方ねぇから迎えに言ってやるよ。案内しろガキンちょ」

「はぁ……ついて来て下さい」

 

結局迎えに行くと決め、偉そうな態度の銀時に吹寄は疲れた表情でため息を突くと踵を返して救護テントから出ようとする。

 

「最近の教師ってのは一体どうなってるのかしら……。ゆとり教育だの言われてるけど根本的に改善するべきは生徒ではなく教えるべき教師の方じゃないの全く……」

 

ブツブツ文句を垂れながらテントから出て行く吹寄。銀時もまた後を追いかけようとこの場を後にしようとするが

 

「ん?」

「……」

 

着ている白衣の端をぎゅっと掴まれた間隔。銀時がそちらに振り向くと

 

シーツにくるまってた筈の少女がか細い腕だけを出して掴んでいた。

 

「……」

「……何か言いてぇ事あるなら自分の口で言え、能力使わずにな」

「……」

 

静かに問いかけても少女の答えはやはり沈黙だった。

銀時は数秒程シーツにくるまったまま動かない少女を見下ろした後、白衣から彼女を引き離してサッと背を向けて歩き出す。

 

「心配しなくても、俺はアイツの事ばかり気にかけてお前を一人残すような事はしねーよ」

「……」

「俺はお前も世話してやってんだからな」

 

振り向かずに背中をボリボリと掻きながら、銀時は救護テントから出て行った。

少女はシーツの中から出してる拳をギュッと強く握る。

 

『……やっぱり嘘が下手ねぇ銀さぁん』

 

少女の心の吐露を代弁するかのように、縦ロールの少女が静かに呟いた。

 

『……もういいわ、あの人との話も済んだしぃ、ここに寝ている生徒さん全員起こしてあげましょう』

 

救護テントの中が怖いぐらい静かだったのはやはり彼女が能力を使っていたのであろう。

シーツにくるまりながらも使った能力を解除する為にゴソゴソと動き始める。

 

だがその時

 

「失礼しますの」

 

不意に飛んで来た声に少女はシーツの中でピタリと止まった。

声の持ち主は段々とこちらに近づいてくる。否、まだ能力で操り人形にしているままの縦ロールの少女の方へ歩み寄ってるではないか。

どうやら声の持ち主はここで意識がある者は彼女しかいないと判断しているらしい。

シーツにくるまる少女はそれに気づいて能力を解除するのを一旦止める。

 

『あらぁ、何か用かしらぁ? ここにいる人達でちゃんと話せるまでに回復してるのは私一人なんだけどぉ』

「そうなんですか……一体どれほどの電撃を考えもせずに放出したんですのあの女は……」

『んん?』

 

ギリリと奥歯を噛みしめて呻くように呟く少女の声に縦ロールの少女がピクリと反応した。

そして向かいのベッドでシーツにくるまる少女からピッと怪しい電子音が

 

『なるほど……用があるのは御坂美琴さん絡みの事なのねぇ』

「え、どうしておわかりになったんですの?」

『あなたの考えてる事なんかお見通しなんだぞ☆』

「は、はぁ……読心能力をお持ちになってる方なんでしょうか……」

 

指で作ったピースサイン横にして顔に当てたままキメ顔を浮かべる縦ロールの少女に、少女は戸惑いつつも一応納得した。

 

『それでぇ? ツインテールの美少女ちゃんは一体御坂美琴さんについてどれ程知りたいのかしらぁ?』

「変なあだ名付けないで下さいまし……わたくしはただあの女が一体どんな学校生活を送っているのか気になっただけですの」

『さっきの綱引きであの人が私達に酷い事したからぁ? あんな血も涙もなさそうな冷血非道な女のいる常盤台に進学するべきか悩んでるって訳ねぇ』

 

アゴに手を当て何度も頷きながらこちらをキラキラした目で見つめてくる縦ロールの少女に少女は「う……」と呻いてたじろいだ。

 

「やはりわたくしの心をお読みになっしゃってるようですわね……冷血非道のくくりまでお読みになるとは、さすが名門常盤台の方ですわ」

『お褒めに預かって光栄なんだぞ☆』

「でもその語尾に☆付けるのやめてくれませんこと? ていうかどう喋れば☆が付くんですの?」

『企業秘密なんだぞ☆』

「どこの企業が秘密にするんですのそんなしょうもない事……」

 

さっきいた銀時同様同じツッコミをする少女だが、縦ロールの少女はペロッと舌を出してわざとらしいぶりっ子アピールをしてくるので、少女はその件について聞くのは止めることにする。聞くのも馬鹿らしくなった。

 

「おわかりになられているのであれば是非お聞かせ願いたいんですの。先程の競技で拝見した時の御坂美琴の姿はとても褒められるような行いでもないし、ましてや尊敬すべき目標となる先輩になる存在にも到底見えませんわ」

『へぇ~、そうなの……そんなに知りたいんだあの子の事ぉ……』

「わたくしは来年常盤台に入学してあなた方の後輩となる身、ですがあんな能力を自分勝手に使うような酷い女を先輩と呼ぶのは生理的に……だから常盤台に進学するべきか悩んでいるんですのわたくし」

『ふぅん……』

 

彼女がいかに御坂美琴という存在が気に食わないのかがよくわかった。少なくとも彼女の背後でシーツにくるまって寝たフリしてる少女は何もかもお見通しだった。

そしてその少女に意識を奪われて操られている縦ロールの少女は僅かに口元に笑みを広げる。

 

『いいわぁ、未来の後輩候補さんが悩んでいるんですもの、先輩候補としてキチンと答えて上げないと』

「助かりますの、あの女のせいで手負いになられているあなたに聞くのは悪いとは思いますが。進路についてはキッチリと考えたいんですの」

『そうなの、私もそういうの随分前から決めてるのよぉ、将来自分のいるべき”居場所”はここだって』

「なるほど、やはりあなた達常盤台の生徒さん達も進路についてはキチンとお考えになられているのですね」

『ええ、特に私はね……』

 

縦ロールの少女の笑みが僅かに歪んだのに少女は気づかなかった。

 

『でも今はとんだお邪魔虫さんのおかげで実現できるかどうか危ういのよねぇ』

「ああ、そういえば常盤台は派閥勢力が強い学校でしたわね、大変ですわね、ライバルがいると」

『そう、私の大切なものをいきなり横から掻っ攫った酷い人がいるのよぉ』

 

悔しそうにプンプンとして頬を膨らます縦ロールの少女。しかし一瞬顔を逸らして少女が聞こえぬぐらいの小さな声で

 

 

 

『……でもあなたに会えたおかげで、その大切なモノを奪い返せるいい方法を思いついちゃったわぁ……』

 

背後でシーツにくるまる少女自身が、クリスマスに欲しかったおもちゃが目の前に現れた幼子のように無邪気な笑みを浮かべてこちらを見つめている事に、ツインテールの少女は気づけなかった。

 

 

 

 

一方その頃、銀時は実行委員の吹寄と共に美琴を迎えに行ってる途中だった。

 

「アイツ見つけた時どんな状態だった?」

「今にも泣きそうな様子でブツブツ意味不明な事呟きながら、行く当ても無く彷徨ってる感じでしたね」

「ふーん、いつも通りか」

「……いつもそんな感じなんですか彼女?」

「調子乗って失敗すると大体そんな感じ」

 

美琴を預かっている実行委員用の待機施設へと向かいながら銀時が彼女の事を話始めるので、ふと吹寄は一つ気になる事があった。

 

「そこまで知ってるなんてあなたは彼女と一体どんな関係なんですか? まさか教師と生徒でありながら……」

「少なくともお前さんが考えてる様な関係じゃねぇから」

 

軽蔑の眼差しを向けてくる吹寄を察して銀時はすぐに否定する。

 

「アレだアレ、アイツってウチの学校でも特殊な奴だからさ、俺が面倒見る事になってんだよ」

「そうだったんですか、そんな特例があるなんて学園都市でも珍しいですね」

「デキが悪い妹みたいなモンでよぉ、ホント見てて呆れるぜ。こっちが何度フォローしてもてんでダメダメでよ」

 

納得した様子で頷く吹寄に銀時がぼやくと、彼女はふと歩きながら「なるほど」と前を見つめながら呟く

 

「私にもそれに近しい存在の奴がいます、同い年ですけど」

「そいつもウチのガキみたいに友達さえまともに作れねぇダメ人間?」

「いえアイツは交流関係は人並み以上です、引く程」

「引く程ってなに? ナウシカレベル? 人間どころか手乗り狐や王蟲とまで仲良くなれるぐらい?」

「そんな感じですね、でもなんというかその男が一番の問題児でして……心から腑抜けきってる情けない男なんです」

「なんだ彼氏か」

「違います、そいつただのクラスメイトです」

 

キッパリと否定して吹寄は話を続ける。

 

「一年生の頃から同じクラスで、偶然にも三年生までずっと同じクラスになった男です、結構な腐れ縁ですよ」

「中一から中三までってのは確かに長い付き合いだわな」

「遅刻はおろか欠席ばっかりして、成績もまともに高校に行けるかどうか心配になる程のどん底レベル、そこまで自分が危うい状況なのに全く気付かずいつもヘラヘラヘラヘラ笑って……」

「よく見てるねお前も」

「しかもジャンプとかいう雑誌を毎週欠かさず読む事が俺が生きる意味の一つだとか訳の分からない事抜かして……その熱意をほんのちょっぴりでもいいから勉学に注ぎなさいよ……」

「いやそれはしゃーないよ、ジャンプは男にとって教科書以上に勉強になる少年雑誌だから、そいつはよくわかってる」

 

うんうんと頷きながら、銀時がその若者の心意気に深く同意しているのをスルーして吹寄は愚痴を止めない。

 

「それでそいつは毎度毎度同じ事を言うんです。”不幸だ”って」

「不幸?」

「言い訳してるだけですよ情けない」

 

イライラしてるのを隠さずに吹寄はグッと拳を掲げて強く握る。

 

「悪い奴ではないんですけど……そういう所を見てると本当に腹が立ってくるんですよ、確かに人より運に恵まれてないのは付き合いでよくわかってるけど、だからって自分の頭が悪いせいで補修される羽目になった事を不幸だからって言い訳するのはどう思いますか!?」

「え、いやどう思うって言われても」

「あーなんかイライラしてきた! 今”ツンツン頭の男”を見かけたら殴りかかりそうな自分が怖い!」

「天然パーマで良かったと思うなんて久しぶりだわ俺」

 

辺りをキョロキョロしながら拳を握ったまま歩き回る吹寄を後ろから観察するようについて行きながら

銀時はようやく大覇星祭実行委員の連中が使っている施設ビルの前に着いたのであった

 

 

 

 

 

 

銀時は吹寄と共に実行委員が借拠点として貸りている使われてないビルに入ると。

早速失踪してほんの少し騒ぎを起こした張本人御坂美琴を見つけた。

 

安っぽいソファに覇気のない表情でだらんと背を預けながら、再放送のドラマをやっているテレビをボーっとしながら見つめていた。

 

「家なき子……いつも主人公の女の子は独りぼっち……私も独りぼっち……」

「なんかテレビに向かって語りかけてますよあの子……」

「いつも通りだな」

「……またいつも通りなんですか?」

「極限に達したらテレビどころか壁にあるシミにまで話しかける奴だ。最近じゃ架空の友達を脳内で創造する事に成功している」

「いやそれもう病院に行かないとマズイレベルじゃありませんか……?」

 

テレビに向かってブツブツと呪文のように何かつぶやいている美琴を見ても特に動じずに銀時は後ろから彼女に声をかけた。

 

「おいクソガキ、中島みゆきの歌に浸ってないでさっさと帰るぞ」

「……」

 

銀時に話しかけられてやっと美琴はテレビに向かって呟くのを止めて彼の方にムスッとした表情で振り返った。

 

「いいわよ別に、私みたいな奴が戻って来ても誰も喜ばないわよ。むしろ参加しなくて喜ぶ奴等の方が多いでしょ、アンタの所の第五位とか」

「なに拗ねてんだテメェ、ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと立て。次の種目までにまだ間に合うから」

 

行きたくなさそうにまたテレビの方へプイっと向けてしまう美琴の肩に銀時がポンと手を置くと彼女はまたウジウジと

 

「だからもういいのよ私は、アンタだって本音は仲間の足を引っ張る事しか出来ない私なんかいらないと思ってるんでしょ……いいわよもう、私の世話とかもうそういうのいいから私なんかほっといて……」

「……手間のかかるガキだよ本当にお前は」

 

ソファの上に体育座りしてすっかりふさぎ込んでしまっている美琴に銀時は彼女の肩に置いた手を放してボリボリと自分の後頭部を掻く。

 

「めんどくせぇけどお前の世話するのが俺の務めだ。オメェ前に自分でも言ってただろ、心の底では俺はお前の事を大事にしてるとかなんとか」

「それはただの私の推測よ……そうであってほしいって気持ちも含めて言っただけなの……私にとって付き合ってくれる人はアンタ一人しかいなかったから……」

「……まあその……アレだ」

 

自分の言った事をまだ覚えてくれてる事に美琴は若干驚きつつも、それを表に出さない様にしながらまだ体育座りで殻に閉じこもっている。

それを見かねて銀時は照れくさそうにそっぽを向きながら

 

「大事にしてるかどうかは自分でもよくわかんねぇけどよ……少なくともお前と一緒にいる事に嫌だと感じた事はねぇから……」

「え?」

「だからさっさと戻って来いつってんだよコノヤロー」

 

ポツリと小さく言葉を漏らした銀時に美琴は思わず目を見開いてバッと彼の方へ振り返った。

銀時を頬を指で掻きながら彼女の顔を直視できずにそっぽを向いたまま。

 

「それに俺だって話し相手なんざロクにいねぇぞ? 最近じゃ死にかけのババァとお隣さんと小娘ばっかだよ俺の交流関係。てか今更気づいたけど俺の相手女ばっかだなオイ」

「……」

 

誤魔化すように自分の事を放し始める銀時をじーっと見つめた後、何を感じたのは美琴は体育座りを止めてソファからスクッと立ち上がり一言。

 

「……戻る」

「そうかい」

 

短く呟いた彼女に銀時は特に動じずに軽く鼻で笑ってやった。

 

「ならさっさと行くぞクソガキ、次はアレだ棒倒しだ。これなら能力使い放題だから遠慮なく相手をぶちのめせ」

「はぁ……言われなくてもそのつもりよ。電撃ぶっ放す事だけが私の取り柄なんだから」

 

ため息突いた後にちょっと微笑んだ後、美琴は銀時の後をついていく。

銀時はそのまま実行委員の待機室を出ようとした時、ふと銀時の前に先程まで終始見ていた吹寄が通りかかった。

 

「思ったよりも随分と微笑ましい関係なんですね、あなた達って」

「ただの腐れ縁だ、お前とツンツン頭のガキと変わらねぇよ」

「そうですね……」

 

平然とした顔でつっ返してきた彼に吹寄はフッと笑みを見せた。

 

「私もあなたを見習ってもう少し親身になってアイツの事を理解するように付き合ってやろうと思います」

「甘やかさずにビシビシしごいてやる事も忘れんなよ、頭突きかませ頭突き。あとジャンプは大目に見ておけ」

 

自分の中の心情が少し変わったと自覚を覚えながら吹寄は彼に頷く。

 

「大覇星祭が終わった頃には進路を絞る機関に入るので、その時はどん底レベルのアイツをなんとかまともに戻せるぐらい矯正しようと思います」

「おうおうその意気だ、頑張れよ小娘」

「でも仮にアイツが高校に行けてもどうせまた腑抜けに逆戻り……なら私もレベルを落としてアイツのいける学校に進学した方がいいかもしれないわね」

「世話焼き女房にも限度ってモンがあるだろ」

 

指に手を当てながら模索し始める彼女にさすがに銀時もツッコミを入れた。

このままだと高校大学と来て就職先まで一緒にしようとするかも知れない程の世話焼きっぷりだった。

 

「いっそ結婚でもすりゃいいんじゃね?」

「あり得ません、坂田先生はその子と結婚する気ありますか?」

「全然」

「私も同じです。私にとってアイツは世話のかかる弟みたいなモンですから。長い付き合いはありますが異性として見た事など一度もありません」

 

そこだけは譲れないといった感じで頑固にキッパリと言ってのける吹寄

そんな彼女と気さくに会話している銀時に、先ほどまでの一部始終を見ていた美琴が後ろから話しかける。

 

「……やっぱアンタってコミュニケーション能力半端ないわね、すぐ色んな人と仲良くなっちゃって……」

「人生経験の差だ。お前だってこれから先もっといろんな連中と付き合う事になんだ。せいぜい逃げ出さずに向き合えるようになれるぐらいにはなっておけ」

「……善処する」

 

彼のアドバイスに不安げな様子でうつむく美琴。果たしてこれから先の人生で自分は彼みたいに多くの交流関係を作っていけるのだろうか……

 

「せめて同年代の子と友達になれれば……私も少しは自信がつくんだけどさ……」

「んなもんこっから先でいくらでも作れるだろ、仮に出来なくなったとしても」

 

自分の白衣の裾を掴みながらまた弱気になっている彼女に、銀時は振り返らずに背中を見せたままの状態で

 

 

 

 

「遊び相手ぐらいなら今まで通り俺がやってやらぁ」

「うん……」

 

少しだけ、ほんのちょっぴりの極僅かではあるが

 

いつもの素っ気ない態度の中に自分の事を考えてくれている事を知れて

 

美琴は口元をほころばせながら彼の白衣をギュッと強く握った。

 

 

 

 

 

 

だがそんな一方で、常盤台が療養中である救護テントでは嫌な空気が漂っていた。

美琴の事を詳しく知りたがっていたツインテールの少女に

縦ロールの少女が彼女の事を教えて上げているだけであるのに

 

『……とまぁこんな感じで、周りを自分から遠ざけて好き勝手やりたい放題しているのよ御坂さんって』

「まさかそこまでとは……そんな方が一年上の先輩になるなんて、やはりわたくし耐えられませんの……」

『でしょぉ? しかも同じ年に入学したこれまた可愛い美少女の女の子に嫉妬して、一番大切なモノを持ち去って行った酷い人なのよぉ』

「その大切なモノとはなんですの?」

『お金なんかじゃ買えない、一生に一度しか手に入れる事が出来ないぐらい貴重なモノなの。奪われたその美少女ちゃん可哀想~』

「それは許せませんわね、どれ程のモノか知りませんが、レベル5でもやっていい事と悪い事はキッチリ区別出来ないといけませんのに」

 

いかにもわざとらしい喋り方をしながら身振り手振りでぶりっ子アピールをしてくる縦ロールの少女だが、ツインテ娘はそれを馬鹿正直に信じ切っている様子。

先程美琴の行いを見ていたのが後押しとなり、その話を事実として受け止めてしまっているらしい。

 

「ならばわたくしは常盤台に進学するのは止める事にしますわ。御坂美琴、いくらなんでも酷過ぎますわ……目上の者に従わずに野蛮で姑息で卑劣で好き勝手やる……もはや人というより”類人猿”、猿ですわ猿」

『その評価嫌いじゃないわぁ、でもちょっといいかしら』

「なんですの?」

 

人間として扱わずに猿扱いまでするあんまりな少女に、縦ロールの少女はニッコリ笑ったまま彼女の方へずいっと顔を近づける。

『あなた御坂さんの事は本当に嫌い?』

「当たり前ですの、あなたの話を聞いたおかげで今ではその名を聞く事さえも嫌ですわ」

『そう、じゃあもし……』

 

今更そんな事を聞くのかと、少女はハッキリと美琴への嫌悪感を強く示すと

 

縦ロールの少女の笑顔がニタリと横に広がった。

 

『……ならの「大嫌い」って気持ちが……「大好き」って気持ちに”改竄”されたら一体あなたはどうなっちゃうのかしら……?』

「……なにをおっしゃってるのかわかりませんの」

 

いきなり不気味に笑いかけてきた彼女に少女は思わず後ずさりして後ろにあるベッドにドサッと尻持ちしてしまう。

 

『あなたお名前は?』

「……白井黒子ですが」

『……ねぇ白井さぁん、やっぱり常盤台に来るの止めるなんてダメよ。御坂さんにはあなたみたいな子が必要だわ、あなたみたいに”扱いやすい子”がいれば私にとっても役に立つのよぉ……』

「……一体なんなんですの、いきなりどうしたんですか……」

 

態度を急変させて一層怪しさが増す縦ロールの少女に、少女は、白井黒子が恐怖を覚えて向かいのベッドに座ったまま彼女から距離を取ろうとするが

 

先程までこのベッドでシーツにくるまっていた少女が

 

後ろからそっと彼女の体に手を伸ばして柔らかく抱きしめる。

 

『だから来年入学しに来て、私はその時が来るのを今からワクワクしながら待ってるから……その日が来る為にちょこっとあなたの頭をイジッちゃうけど気にしないでね、私と会った事はちゃんと記憶から消去してあげる』

「こ、これはどういう……!」

『フフフ、白井さぁん……』

 

後ろからそんなに強くない力で掴まれているだけなのに、なぜか自分の体が金縛りにあったかのように動けない事に気づいて、少女の顔にどんどん怯えの色が見えてきた。

そしてそれを頃合いに、向かいでお面の様な作り笑いをした縦ロールの少女がゆっくりと口を開いた。

 

『来年からはあなたがあの人の代わりに御坂さんの相手してあげてね……』

 

その言葉と同時に、少女の背後からピッと軽い電子音が聞こえる。

その瞬間、彼女の意識は消え、虚ろな表情のまま

 

「もしやあなたが第五位の……」

 

ベッドに身を預けて横に倒れた

 

 

 

 

 

 

『私ってホントいい子ね、嫌いな子の為にわざわざ友達”作って”あげちゃうなんて……ねぇ銀さぁん、また私はあなたの為に裏から手を回してあげたわよぉ……』

 

 

 

 

 

 

『だからこれからはちゃんと私の事を見てね、でないと怒っちゃうんだぞ☆』

 

誰も聞く者がいない静かな救護テントで

 

代弁するだけに使われている操り人形の言葉だけが響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

教えて、銀八先生!

 

「はいどーも、坂田銀八です。え~今回は読者から質問があったので、答えようと思いま~す」

 

「ハンドルネーム、フロントラインさんからの質問」

 

メルトダウナーな物質の硬度関係なしにとう融解させる性質だったんですけどどうやって受け止めたんですか? 武装色の覇気でも使ったんでしょうか?

 

「はい、まず禁魂。の「第三十五訓 サバ缶娘、良からぬ何かを秘める」を開いて」

 

「まず最初のシーンで第四位がとてつもなくデカい光線を放ってそれを謎のオッサンが傘で受け止めるシーンです」

 

「第四位は基本口は悪いが相手を本気で殺そうとはしない主義です」

 

「ですがこの一撃、分が悪いと察したコイツが思いきり原子崩しの力をフルに使っていますね」

 

「しかも原子崩しの攻撃は基本どんなに頑丈で堅い防御でも無尽蔵に突破します」

 

「ではなぜこのオッサンはその攻撃を傘で受け止め、おまけに両腕二本を負傷するだけで済んだのか」

 

 

「ズバリお答えします、それはコレのせいです」

 

 

 

 

 

 

「アーウチ! なんてこった! 原稿終えて気晴らしに久しぶりの外出してみたら能力者共が戦争おっぱじめてやがった! まるで雨の様に能力者の攻撃が降って来るぜ!!」

 

頭の上にベレー帽をかぶった顔の濃い外国人が、ブーメランパンツ一丁で困っている様だ。

四方八方から爆発音やら炎やら電撃やその他色々なモンが落ちて来る始末。

 

「これじゃあ原稿終わりに毎回行ってるエロティックな店に行けねぇじゃねぇかシーット!!」

「何嘆いてるの舞蹴、」

 

すると突如彼の下にやって来たのは鼻の高いパツ金女性。なんと彼女は全くの無傷でここまでやって来たのだ。

 

「聞いてくれよ魔理鈴! 受験戦争に明け暮れた年頃の能力者達が膨大なストレスを抱えた結果モノホンの戦争初めて……ってお前どうやってここまで来たんだ!」

「それはコレのおかげよ! その名も「阿死蛇之如≪あしたのジョー≫」

 

よく見ると彼女が持ってるのは一本の巨大な番傘

 

「コイツは傭兵部族「夜兎」の一族最強とも呼ばれているある男が対能力者兵器を作るために辺境の星にある「理木威師」っていう巨大な山を削り取って作られた代物でなぁ! この傘で受け止めれば能力の理屈、「自分だけの現実」を根本的にねじ曲げて防ぎきる事だって出来んだぁ!!」

「マジでか魔理鈴!」

「傘を開いていれば肉体系能力や精神系能力まで防げちまう! おまけにあのレベル5の攻撃でさえも本質を見極めて改竄し、ただの物理攻撃に返還させちまうぐらいヤベーモンなんだ!!」

 

そう言って彼女が傘を開てみるとこの通り。

火の雨の様に降って来ていた能力者達の攻撃は傘に落ちて来るも彼女はピンピンしている。

 

「今なら特別に月々12回払いでこの金額! おまけに配送料無料! コイツがあれば能力者にも負けねぇ無敵の存在になっちまうんだ!!」

「これで30分1本コースで予約したお店にレッツゴーだぜキャッホォォウ!!!」

【注意・この傘は人間には扱えません】

 

 

 

「んじゃ2本お願いするわ、1本予備が無いと落ち着かないから」

 

深夜、老け顔の男がテレビを眺めながら電話に耳を当てていた。

 

テレビの向こうでは金髪の外人二人が巨大な傘を持ったままファンキーに踊り狂っていた。

 

 

 

 

 

 

「え~という事で答えは、残念ながら武装色の覇気ではなく、オッサンが通販で買った傘がとんでもなく強力だったって事でした」

 

「さすがに能力者対策の得物使われちゃレベル5でも手こずりますよ、防御貫通出来るビームも防がれますよ」

 

「とういう事で能力者に困ったらならまずはテレビショッピング、これテストに出るから覚えとけよ」

 

 

 



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第三十九訓 少女、崇拝してくる後輩に疑問を覚えなにかを秘める

大覇星祭は残念ながら初手から大幅なハンデを背負いながらも常盤台は準優勝となった。

優勝を逃し賭けに負けた坂田銀時は数か月ひもじい思いをしながら生活を送る事となり、隣人や自分の教え子にまでたかる始末。

 

そこから時が流れて今度は学園都市全土で行う文化祭イベント『一端覧祭』

今年は銀髪の天然パーマが常盤台の金髪美少女にあの手のこの手と様々な酷いシチューエションを行って見物に来た客を爆笑の渦へ飲み込んだという伝説が残った。

 

そして冬。

クリスマスや大晦日などせっかく友人が作れるいい機会であるのにも関わらず御坂美琴は

結局いつも通りに銀時を誘って遊び歩くだけだった。

夜になっても遊び呆けてしまい門限を忘れ、結果寮監にこっぴどいお仕置きを食らう羽目になる。

 

バレンタインデー

友チョコ的な感じで美琴からチョコを貰う銀時。ただしチロルチョコ1個。

自宅のドアノブには何の変哲もない紙袋がぶら下がっており、中を見ると『具体的な表現は出来ないが強いて言うならヘドロみたいな物質』が入っていた。とりあえず毒見として第五位に食わせる。結果3日寝込む

 

冬を超え、春がやってきた。

常盤台には今年度も夢と希望と一部の者は野心を胸に新一年生がやってくる。

御坂美琴もまた後輩が出来る二年生となり銀時は彼女の担任でなくまた新一年を任される事になったので少しばかり疎遠になった

 

 

だが

 

 

 

 

 

 

昼頃の平日

銀時は何故か学園都市にあるとある病院で退屈そうにベッドに座っていた。

 

「ねぇ、このメシ味気ないんだけど? 調味料みたいなのないの? パフェとかロールケーキとか」

「地球ではそれを調味料と呼ばないね」

 

入院用の服に着替え、栄養バランスに特化しただけで味の保証はしていない病院食に文句を垂れる銀時に答えるのは、少ない髪も真っ白にそまっている中年のカエル顔の医者。

 

「ていうか君の回復力は毎回驚かされるよ、昨日の怪我を今日であらかた完治するって。君、食べ物にボンドでも混ぜてるのかい?」

「アンタ等医者がいちいち大げさにしてるだけじゃねぇか、元々こんな傷どうってことねぇよ」

 

頭や腕に包帯を巻いた状態で、銀時はしかめっ面を浮かべながら隣にいる医者に横目をやる。

 

「長く入院させて貧乏人からより良く金を巻き上げようとしてる魂胆が丸見えなんだよ、悪どいねぇ医者ってのは、テメーの黒い腹を先に掻っ捌いた方がいいんじゃねぇか?」

「巻き上げられたくなかったら毎回ウチに来るの止めたらどうだい。他にも病院はあるんだよ」

「いやだってここの病院のナースはみんなレベル高いし。可愛いナースに看護されるのは男にとってはユートピアだよユートピア」

「それは全面的に同意するね」

 

治療よりも病院に勤務している看護師目当てというおっさん丸出しな下心を持っていた銀時にカエル顔の医者はその発言に大きく頷いた。

 

「僕だってナースがいるから医者やってるみたいなものだから」

「ねぇ、医者ってナースにエロビデオみたいな事できんの? 俺のココを介護してくれたまえとか君の体をくまなく診察してあげよう的な?」

「そりゃ夢見過ぎだよ、現実は僕ら医者は金持ちで高慢な連中が多いってイメージが強いのか。ナースのみんなには警戒されてプライベートの付き合いは一切ない」

「んだよ、せっかく教師辞めたら医者になろうかなと思ってたのに」

「金も頭も無いおっさんがお手軽に転職できる仕事じゃないと思うけど、人生ゲームじゃあるまいし」

 

現実を知らされて残念そうに舌打ちする銀時に正論を述べた後、カエル顔の医者はくるりと彼に背を向けて病室から出て行こうとする。

 

「じゃあ僕は行くから、これ以上サボってたらまたナースさんに怒られる。あと数日経てば退院だろうから安静にね」

「あいよ、体に異変感じたらナースコールやっていい?」

「残念ながら君は入院してからナースコールのボタンを頻繁に押しまくっているからナースの間で既にブラックリスト入りだ。来るのはナースじゃなくて僕だ」

「チェンジとか指名みたいなシステムないのここ?」

「昔、会議でやろうって訴えたけど全面的に却下されたよ」

 

無念そうにため息を突いて「上の連中は頭が固すぎる」だの呟きながらカエル顔の医者は出て行った。

銀時は話し相手がいなくなったのでヒマになり、目の前にある食卓を残したまま仰向けにベッドに倒れる。

 

「飯もマズイしやる事もねぇ、あ~ダメだ、ジャンプ読みたい。病院の購買店に置いてねぇかな」

 

独り言をしながら銀時がぼんやりと病室の天井を眺めていると

 

「ちょり~す」

 

病室のドアを開けて陽気な挨拶をしながら誰かがやってきた。

 

銀時が横になったままそちらに顔だけ向けると

 

「なんだオメェか」

「なにアンタ寝てたの? てか何その反応? 可憐な乙女が見舞いにやって来たんだからもうちょっと喜びなさいよ」

「見飽きたツラを何度見せられても嬉しくもなんともねぇよ」

 

中学二年生になっても相変わらず年上へ敬意を払わない態度。

御坂美琴が見舞いにやってきても銀時の表情は晴れぬままだった。

 

「お前もう2年だろ? こんな長い間教師の俺とべったりいると変な噂出るぞ」

「そんなモン言わせとけばいいでしょ、ほら差し入れ」

 

ここまで来る途中でコンビニに寄ったのか、菓子やらジャンプやらが入ったビニール袋を手にぶら下げている。美琴は銀時のいるベッドに歩み寄るとそれをドサッと彼の脇に落とす。

 

「どうせ入院中安静にしてろとか言われて外出もできなかったんでしょ。私の奢りよ」

「おいマジかよオイ、お前こんな気が利く奴だったっけ? またなんかやらかしたか、正直に吐け、殴るだけだから」

「人の事をトラブルメーカー扱いしないで頂戴。伊達に長く付き合ってないわよ、アンタの単純な思考なら尚更読みやすいわ」

 

彼女が持って来た差し入れを見るやすぐに半身を起こしてすぐに手に取って、テーブルに置かれたマズイ病院食を片付けるとそこに菓子とジャンプを置き始める。甘い物とジャンプ、これさえあれば銀時はどんな所でも生活を送る事が出来るのだ。

 

「減らず口は変わらねぇがこういう事も出来るようになったんだなお前、銀さん嬉しいよホント」

「はいはい好きなだけ喜んでちょうだい、ところでアンタなんで入院してんの?」

 

ポッキーの袋を開けながら冗談抜かす銀時に美琴がジト目で返した後、ここに入院した経緯を問いただす。

 

「お登勢さんに聞いたんだけどなんかに巻き込まれたって聞いたんだけど」

「あ~かぶき町でちょっとな、酔っぱらいの喧嘩に巻き込まれてそん時ちょこっと怪我した」

 

包帯を巻かれた頭を指さしながら銀時はケロッとした顔で答えた。

 

「軽傷だが医者が一応じっくり検査した方がいいって言われてこうして数日入院させられてるって訳だ」

「……アンタが酔っぱらい程度にやられるってのがおかしいわね」

「そうか?」

「……私になんか隠してない?」

「俺はお前等と違って能力も持たない一般ピーポーだぞ。油断してりゃあ酔っぱらいでも鼻たらしたガキにでもやられる時はやられらぁ」

 

妙に勘ぐって疑いの視線をジーッと向けてくる美琴に対し銀時はポッキーを口に咥えたままフンと鼻を鳴らす。

 

「それよりアイツどうした、お前の”お友達”は一緒じゃねぇのか?」

「なんか話しはぐらかされたような……あの子ならここ来る途中で撒いて来たわよ」

 

問いかけに美琴はムスッとした顔で彼から目を逸らす。

 

「アンタの見舞いに行くって言うとギャーギャー吠えてしつこいんだもの」

「おいおいせっかく手に入れたお友達だろ? そんな邪険に扱っていいモンなのかよ」

「別にあの子なら平気よ、だって……」

 

手を横に振って問題ないと美琴が言い切ろうとしたその時……

 

「お姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「どわぁぁ!! いきなり出てくんじゃないわよ”黒子”!!」

 

突如彼女の頭上からシュンと風を切る様な音と共に

美琴と同じ常盤台の制服を着た小さなツインテールの少女が一瞬で現れて彼女目掛けて落ちてきたのだ。

落ちながら少女は歓喜の表情のまま彼女の首に両手を回して抱きつく。

 

「お姉様が行く場所などこの白井黒子!! 例え銀河の彼方であろうとお見通しですの!」

「離れろぉぉぉぉぉ!!」

「ささ、お姉様。病院内ですから出来るだけ声を低くして営みを行いましょう、丁度そこにいい感じのベッドが」 

「病院とか関係なくそんなのやりたかないわよ気持ち悪い!! ていうかこのベッドもう使われてるし、アンタの担任の先生がいるでしょ」

 

黒子と名乗る少女に美琴はうんざりした表情を隠さずに向けながら顎でベッドに座っている銀時の方をしゃくる。

黒子は彼の方へ振り向くと今まで存在に気づいていなかったかのように

 

「あらあらいらしゃったんですか先生。病院で何をしてらっしゃいますの? 生徒達のプライベートの時間に首を突っ込まないで下さいまし」

「目の前どころか自分が寝てるベッドで不純”同性”行為しようとしてる奴が出てきたら嫌でも突っ込むしかねぇだろうが」

「よもやと思いましたが、やはりわたくしとお姉様の中に割って出て来て邪魔するつもりですわね。毎度毎度邪魔をして憎たらしい」

「いや毎度勝手に割って出て来るのはお前の方だから」

 

彼女の目つきはとても担任の先生に向けるものではなかった。どちからというと汚物でも見るような目に近い。

昔の美琴以上に反抗的な姿勢を崩さない黒子には銀時も苦々しく舌打ちして美琴に目配せする。

 

「なんでこんな可愛げのないガキなんかに懐かれてんだよテメェは」

「知らないわよ、入学してから早々私の所に傍に寄って来て全然離れないのよ、遂には私のルームメイトにまでなったし」

「友達じゃなくてストーカーじゃねぇか」

「失敬なわたくしはお姉様のストーカーでもありませんの!」

 

美琴の話を聞いて呟く銀時にすかさず黒子が反応してベッドの上に片足を置いて身を乗り上げてきた

 

「わたくしはお姉様とは前世の頃から将来を誓い合い輪廻の鎖で永遠に繋がれたラバーズ! ぶふぉ!」

 

照れる様子も見せずに堂々と恥ずかしい事を言ってのける黒子の後頭部へ美琴が呆れ顔でグーで一発拳を入れた。

黒子は痛みに悶絶しながら銀時の座るベッドに頭からドサッと倒れる。

 

「さ、さすがですわお姉様……本当にわたくしの扱いを心得てらっしゃるのですね……できれグーではなくて平手打ちぐらいに留めて欲しい所ですが……」

「電撃飛ばさなかっただけありがたいと思いなさい、ここが病院だったことに感謝しなさいよね」

「病院でなければ電撃を放ってらしたと……それはそれでわたくしにはご褒美になりますわね、グヘヘへ……!」

「おい! 俺のベッドに涎垂らしてんじゃねぇよこの変態! いい歳してションベン漏らしたって誤解されんだろうが!!」

 

蔑む視線で見下ろされながらも黒子は銀時のいるベッドの上で悶絶しながら悦のこもった声を漏らし始めるのでさすがに銀時も怪我人ながら声を大きくする。

 

「もういいから帰れテメェ等!! 病室でSMプレイなんざやられたらこっちが変な目で見られるんだよ!!」

「何よそれ、それがわざわざ見舞いに来た私へのお言葉って訳? ジャンプとかお菓子持ってきたのに」

「お姉様がわざわざ見舞いに来てやったのにこの態度、やはりあなたは噂以上の人でなしという事ですか」

「お前はさっさと人のベッドから離れろ!」

 

率直に出て行けと通告してくる銀時に美琴が腕を組んだままブーブーと文句を垂れると彼のベッドでまだ寝そべっている黒子も見上げながらジト目を向けてきた。

しばらくそうしていると美琴はプイっと銀時から顔を逸らして病室のドアへと向かう。

 

「ったく自分だって少しは人に感謝する考え持ち合わせた方がいいんじゃないの。もう行くわよ私、午後の授業もあるし」

「おう帰れ帰れ、とっとと行っちまえ。平日に来たかと思えばやっぱサボりか、そこまでして見舞いに来てもらっても教師としては困るんだよこっちは」

「ああはいはいそうですか、ならわざわざ見舞いに来て差し入れまでしてあげた可愛い教え子は退散させてもらいますよーだ」

 

精一杯の皮肉を毒づいてやった後、美琴はしかめっ面で病室からさっさと行ってしまった。

去っていく彼女を澄ました顔で見送ると銀時はボリボリと頭を掻き

 

「で……なんでお前は帰らないんだよ」

「……」

 

未だ自分のベッドにうつ伏せで倒れたままでいる黒子に言葉を投げかけた。

美琴の付き添いで来ただけなのだから彼女がここに残る理由はない筈、そう思っていた彼に黒子はゆっくりと顔を上げる。

 

「嫌々ですが、少しあなたと二人だけで話す事がありますので」

「ああ? なんだよ急に改まって、これ以上わたくしのお姉様に付き合うなーとかか?」

「それは常日頃あなたに言っているではありませんか、わたくしが話したいのはそれとは別ですの」

 

胡坐を掻いて膝に頬杖を突く体制の銀時に、黒子は真顔になって彼のベッドの上でちょこんと正座になって向き合った。

 

「昨日、ジャッジメントの支部にこのような報告がありました。「高能力者をターゲットにして狙っている有名な攘夷浪士のグループが壊滅した」と」

「あ~そういやお前あのチビッ子警察団で働いてるんだっけな。で? それがなに?」

「その倒れた攘夷浪士を回収したのはアンチスキルの方でしたが、わたくしは先輩と一緒に、その場の状況を偶然目にしてた方から状況の説明を聞き出す仕事がありましたの、そこで少し気になる事を教えてもらいまして」

 

小首を傾げて眉をひそめてくる銀時に黒子は睨むように目を細める。

 

「「木刀を一本携えた銀髪の侍が、数十人の攘夷浪士に囲まれながらも縦横無尽に暴れ回っていた」と」

「へぇ~」

「鬼のような迫力と竜巻の様な勢いで、連中をバッタバッタとなぎ倒していたらしいですわ」

「……それ誰に聞いた?」

「わたくしの後輩と同じ柵川中学の方ですの、一年生で髪は黒くて長い……まあ典型的な一般人でしたの。帰路の途中で近道として使っていた裏路地で偶然目撃したと」

「なんであんな人気の無い場所に来やがんだよ、あの辺はただでさえ変な野郎でうようよしててウチのガキ共(高位能力者ばかりの常盤台の生徒)でも近寄らねぇってのに……」

 

その話を聞いてさっきまでとぼけていた銀時がガクッと首を垂れてどっと深いため息を突た。

 

「そのガキに気づいてたら、口封じの為にメシでも奢ってやったのによ……」

「やはりあなたが最近噂になっている高能力者を狙う攘夷浪士やスキルアウトの組織壊滅させている”銀髪の侍”でしたのね」

 

あっけなく認めてくれた銀時に黒子はやはりなと予想が的中して満足げに頷く。

 

「さしずめその怪我は昨日の件での負傷。アンチスキルやあの忌々しい真撰組が血眼にして追っていた組織を、一夜で壊滅させてそれだけの傷とは大した腕をお持ちになられてるようで」

 

美琴の読み通り、やはりただの酔っぱらいに絡まれた時の怪我などではなかったのだ。

黒子にお見通しだと言わんばかりに入院した本当の原因を突き付けられて、銀時はしばしの沈黙の後に彼女の顔を見ながら

 

「チビ助、こっちもお前に聞きたい事あんだけどいいか」

「わたくしが答えれる範囲ならどうぞ、それとチビ助ではなくわたくしには白井黒子という名があるのですが」

「俺は人の事は名前で呼ばない主義なんだよ、数年前からな」

 

変なあだ名で呼ばれてカチンと来ている黒子に珍しく真面目な顔を向ける。

 

「俺がその攘夷浪士をシメた張本人だってのは、現場を見たそのガキとお前以外誰も知らねぇのか?」

「ええ、その状況を聞いた翌日にあなたが入院したとお姉様が言っていたので、それでピンと来たのであなたの所へジャッジメントとしてではなく”個人的な思惑”があったので来ただけの事ですの。わたくし以外は誰もあなたの存在など知りませんわ」

「あのガキにも言ってねぇのか?」

「それはお姉様の事ですの? 言うわけありませんわ。誰があなたの話なんかをわざわざお姉様に持ちかけるものですか」

「そうかい」

 

ムスッとした顔で首を横に振った黒子に銀時は安心したかのようにフゥーっと息を漏らす。

 

「無理も承知で頼みてぇんだが、俺が昨日や前々からやってる事は、しばらく見なかった事にしてくれねぇか? オメーの組織や他の連中にも……あのガキにもな」

「……それはつまり、この先もああいった連中を自分一人で仕留めていくのを見逃せと?」

「まあそんな感じだ」

「では今度はこちらから聞かせてください」

 

始めて頼み事をしてきた彼に、黒子はすぐには返事せずに急に質問し出した。

 

「あなたはなぜこの様な自分にとって得にもならない事を行っておりますの?」

「……暇つぶし」

「真面目に答えて下さいまし。悪の組織壊滅させるのが暇つぶしとか戦隊物のヒーローさん達に喧嘩売ってますわよ」

 

明らかにすっとぼけて答える銀時に黒子の表情が険しくなる。

彼女はある程度彼の思惑は既に察しているのだ。

 

「壊滅させた組織はどこも高い能力者を狙っていた連中ばかり。しかも学園都市に7人しかいないレベル5までも襲おうと企んでいたグループ」

「……」

「レベル5の第三位であられるお姉様がターゲットに入っていても不思議ではありませんわ」

 

美琴の事を言うと銀時がピクリと反応して無言で顔を逸らした。

わかりやすいその態度に黒子は呆れた様子でヘッと嘲笑を浮かべる。

 

「ナイト気取りですの? お姉様を護る為にコソコソと隠れながら露払いをしていたという訳ですか? 白馬の王子様とは程遠い銀髪天然パーマの不良教師が? 言っておきますがお姉様は常盤台どころか学園都市でも三本の指に入るお方、あなた風情がそんな方をお護りする必要ないと思うのですが」

「勘ぐり過ぎなんだよテメェは、俺はただ向こうから因縁つけてきた連中を片っ端から潰してやっただけの事だ」

「あくまでシラを切るおつもりですのね……」

 

小馬鹿にしたような表情を向けてくる黒子に銀時はフンと鼻を鳴らして彼女の読みを否定すると、黒子はニヤニヤしながら

 

「やはりこの件を見逃す事は出来ませんわね」

「え? ちょっと待ておい、担任の教師がこんなにも頼んでるんだぞ、今週のジャンプ貸してやるからマジで」

「結構ですの、わたくしそういう子供が好む雑誌はもう読まない年なので」

 

傍に置かれていたジャンプを取り出して慌てて口封じさせようとする銀時に黒子はキッパリと断ってやった。そして

 

「どう頼まれようとこの件を見逃す事などありえませんわ、何故ならわたくもあなたの行いに加えさせてもらいますので」

「……は?」

「お姉様の露払いは本来、運命の赤い糸で結ばれているこの白井黒子の役目。あなたみたいな毛むくじゃらな糸でお姉様に一方的に引っ付いてる様な男だけにそんな役目やらせる訳にはいきませんの」

「ああ!? まさかお前俺と手を組むって言いてぇのかぁ!?」

 

対抗意識むき出しでそう宣言する黒子に銀時は思わず素っ頓狂な声を上げて驚いてしまう。

 

「ふざけんな! テメェの担任は俺なんだぞ! 教師が担任してるクラスのガキ一人と一緒に仲良くお手て繋いでバカな事考えてる連中を潰していくなんて真似出来るかぁ!!」

「ならばやはりこの件はスキルアウトやジャッジメント、お姉様にキチンとご報告を……」

 

当然の様に拒否しようとする銀時だが黒子が暗にバラすぞっと言葉を漏らした瞬間に

 

銀時は力強くガシッと彼女の両肩を掴んだ。

 

「そうだよお前と組めば最強じゃん、どうして銀さん気付かなかったんだろ。M-1優勝も目じゃねぇよ、コンビ名はパーマとツインテでいこう」

「M-1出場とそのセンスの欠片も無いコンビ名は保留にして下さいませ」

 

 

 

 

 

そんな事してる一方で御坂美琴は一人ズンズンと明らかに不機嫌な足取りで病院の廊下を歩いていた。周りの視線など知ったこっちゃない様子で怒りで肩を揺らしながら

 

「ったくアイツってばよくあんなひどい態度取れるもんだわ、せっかく来てやったっていうのに……」

「お姉様~」

 

文句を垂れながら廊下を歩いてる彼女の隣にシュンと陽気な声を上げて黒子がパッと現れる。

 

「ただいま戻りましたの、お姉様を軽んじてたあの銀髪馬鹿に軽く説教してやりましたわ」

「ん? ああそういえばアンタついて来てたんだっけ、忘れてたわ」

「ああん! 早速キツイ言葉でお責めになってくれて感謝の極みですの!」

「……」

 

隣で馬鹿みたいに腰をクネクネさせながら悦に浸る彼女を可哀想な目でジーッと見た後、美琴はポリポリと頬を掻く。

 

「……アンタってなんでそんなに私に対してそんな態度なの? 自分で言うのもなんだけど、私って学校じゃかなり浮いた存在なのよ? 教師のアイツとばっか一緒にいるし、進級しても未だにクラスメイトとかと馴染めないし……そんな奴にアンタなんでそんな変態になれる訳?」

「あら、そんな事を気にしてらっしゃいますの? わたくしはそのような小さな事気にしませんわ」

「小さな事って……」

「ならば教えて差し上げましょう、わたくしがどうしてお姉様に恋焦がれてしまったのかを」

 

自分にとっては小さい事ではないのだが……と訴えてる視線を向けてきた美琴をスルーして

 

「今でもしっかりと覚えておりますわ、わたくしがお姉様を始めて間近で見たのは去年に行われた大覇星祭。凛々しい顔立ちでチームの為に奮闘するお姉様のお姿をこの目に焼き付けましたの」

 

彼女との出逢いの経緯を語りながら黒子はグッと拳を握ってガッツポーズを取る。

 

「次の瞬間にはわたくしの心臓は鼓動を速めて痛みが走り、体も感じた事が無いほど熱くなりました!! その時わたくしは確信しましたわ!!」

「熱があるんじゃないかって?」

「この感情こそまさしく『愛』だと! 愛! わたくしはあの美しく舞う様に戦う御坂美琴に激しく愛を感じているとわかったんですの! そしてこの愛は誰にも止められぬ定めだとも悟りましたわ!!」

「うん、熱より重症ね。その時病院行けば手遅れにならずに済んだかもしれないわ」

 

病院内でも一人ではしゃぎ騒ぐ黒子を美琴は知り合いだと思われたくない顔で目を逸らす。

 

「そもそも私去年の大覇星祭じゃあんまり活躍してないんだけど……最初に思いっきりやらかしてその後はアイツの言う通りにしてなんとかみんなに迷惑かけないようにすることに必死だっただけだし……」

「はて? わたくしの記憶だとお姉様は素晴らしい活躍を見せていた筈なのですが? 特に常盤台の最初の種目で行った”綱引き”が」

「は?」

「も~お姉様ったら、謙遜するのも立派ですが誇るのもまた常盤台のエースの務めでもありますのに~」

「……」

 

何か彼女の言動に引っかかる。

自分が思いっきりヘマをした競技が一番素晴らしかっただと?

黒子は自分が謙遜してる様に見えたみたいだが、美琴自身が思い出したくもないような醜態を晒してしまった綱引き。

彼女の記憶と自分の記憶に”ズレ”が生じているのを感じて

美琴はとんでもなく嫌な予感が頭を余切った……

 

(あの女まさか……)

「どうしたんですのお姉様? 急に思い詰めたような表情をして」

「え? ああいや……なんでもないわよ……うん……」

 

キョトンとした様子で尋ねてきた黒子に美琴は嫌な予感を振り切って顔を上げた。

すぐに問題ないと取り繕った顔を浮かべて手を横に振るが彼女は心配そうな面持ちで

 

「悩み事なら是非この白井黒子に聞かせて下さいませ、あんなろくでなし教師よりもお役に立てれる筈ですので」

「……ありがとう黒子」

「いえいえ、お姉様の”露払い役”として当然ですの」

「そう……」

 

ニコッと笑いかけてくれる彼女の笑顔は、今の美琴にとっては一層不安に駆られる要因だった。黒子に何を言われても美琴の気は晴れない。

 

(そうよ……「女の勘は鋭いと聞くけどお前の勘だけは全くアテにならない」ってアイツからもよく言われてるし……いつも通りのアホな勘違いよきっと……あの女の事が嫌いだからって被害妄想とかどんだけよ私……)

「あら? アレは確かお姉様と同じ年に常盤台に入ったレベル5の……」

「……え?」

 

必死に頭の中で自信をなだめていた美琴の隣で不意に黒子が目の前を指さした。

それに反応して美琴はゆっくりとかを上げて前を見ると……

 

長い金髪を優雅に流し、レースの入ったハイソックスと手袋が一際目立つスタイル

肩にかかるバッグを背負った常盤台の制服を着た少女が真っ直ぐこちらに向かって歩いて来た。

 

「”女王”、とか呼ばれて強大な派閥をお作りになられてるレベル5の第五位の方ですわよね、こんな所に何の用事なのでしょうか?」

「!!」

 

現れた少女に「?」を頭の上に付けて首を傾げる黒子をよそに、美琴はその場に根を張ったかのように動けなくなってしまう。

まさかただでさえ嫌な予感を覚えていたのにそのタイミングで”彼女”と出くわすハメになるとは……

 

「ア、アンタ……! ここに一体何しに……!」

 

近づいてくる彼女に美琴は震えながらも睨み付けながら問いただそうとするが

 

 

彼女の問いかけも聞こえなかったかのように無視して、少女は黙ったままスッと美琴達の横を通り過ぎて行った。

 

「な……!」

 

これには美琴も呆然としてその場で言葉を失ってしまうが我に返るとすぐに後ろに振り返って

 

「待ちなさいよ第五位!!」

 

廊下に響き渡る様な大きな声を出しても

 

彼女は、銀時が美琴よりもずっと前から観察者として担当しているレベル5の第五位は

 

こちらに振り返ろうとする気配さえ見せずに真っ直ぐに見据えたまま行ってしまった。

 

「……」

「……行ってしまわれましたわね」

「……なんだって言うのよ、いつもは自分から話しかけて来るクセに」

「何やら機嫌が悪そうに見えましたが……」

「機嫌が悪くなって黙るってんなら一生機嫌悪くしていてほしいわ」

 

去って行った彼女の背中を眺めながら黒子がポツリと呟くと美琴は腹立たしそうに床を強く踏む。

 

「……あの女、アイツの所に見舞いに行ったんでしょうね」

「あの天然パーマは第三位であられるお姉様だけでなく第五位の女王とも親しい間柄でしたの? タイプが違いすぎるのであまり想像できませんが……」

「アイツは元々第五位と仲良かったのよ、付き合いの長さは私以上よ……第三位の私の世話してるのはあくまで理事長から頼まれただけとか言ってたし……」

「そうだったんですか……あの男やはり謎が多いですわね……今後の為に調べておきませんと……」

 

呻くように言葉を漏らす美琴の後ろで黒子がふむとアゴに手を当てて何やら思惑を秘めている中

美琴は自分の髪の毛を乱暴に掴んだまま、去っていく第五位を睨み付ける。

 

(いつもは私に会うと散々嫌味ぶつけてくるクセに……まるで前しか向いてないって感じだったわね)

「しかしいくらなんでも無礼な態度ですわね、レベル5といえど名門常盤台の者でありながら同級生、ましてや同じ超能力者であられるお姉様の声にも振り返らずにそのまま通り過ぎるなど品格を疑いますわ」

「ふん、いつもの事よ……」

 

隣で一緒に怒ってくれている黒子に美琴は考え事を止めて憎たらしげに鼻を鳴らす。

 

(一人でアイツの見舞いに来るなんて、あの女、なんか企んでないでしょうね……)

「また考え事ですかお姉様?」

「別に、いつかあの女シメてやろうと思ってただけよ。それより」

 

こちらの顔を窺えって来た黒子の方へ美琴は神妙な面持ちで振り返る。

 

「アンタ、今以外にもあの女と顔合わせて会った事ってある?」

「わたくしが? いえ、”初めて”お会いましたわ」

「……まあこんなこと聞いてもあの女の能力なら自分と会った記憶でも余裕で消せるわよね……」

「しかしアレでお姉様と同じ学年だというのは疑わしいですの、お姉様のお体に比べてあの方のお体は……」

 

黒子は美琴の全体を下から上にゆっくりと眺めた後、先程の第五位の少女のスタイルを思い出す。

 

「とんでもなく”ヤバかった”ですわね。序列はお姉様の方が上ですがあっちの意味だと格段に上ですの」

「おい、何を思ってそう評価してんのよ……」

「ご心配なくお姉様! わたくしはお姉様のその”控え目な体つき”も大好きですの! だから是非その貧相で奥ゆかしい潤いボディを抱かせて……げふぅ!!」

「誰が控えめだゴラァ!! 私は年相応なだけだっつーの!! あんなの無駄に乳がデカいだけじゃないの!」

 

満面の笑みで両手を上げて突撃してきた黒子の顔面にすかさずチョップをめり込ませる美琴。

別に自分のスタイルに不満は持っていないがこうして比べられるとやはり腹が立つ。

 

「もうあんな女なんかどうでもいいわよ! ホラさっさと行くわよ黒子!!」

「はいですの……」

 

顔面を押さえながら痛みを堪えている黒子を連れて美琴はキビキビとした足取りで歩き出す。

 

「その辺でお昼済ませてから学校に戻りましょ」

「は! それは学校に戻ると学年の違うわたくしと離れ離れになるから! 二人っきりで甘く濃密な時間を少しでも味わいたいという事ですの! いいですわ! 黒子はいつもウェルカムです!」

「昼食は学校の購買所で買う事にするわ」

「もう、照れ屋さんなんですからお姉様は……でもそこがウブで可愛らしいですの」

 

後ろから黒子がまた何かわけのわからない事を連呼しているが美琴は無視。

いちいち相手にしてたらキリがない。まだまだ短い付き合いだが、黒子の扱いには大分手馴れてきた。

 

(変態だけど良い所もあるしこの子は私にとっては……)

 

小難しい顔をしながら美琴は歩みを進める

 

 

 

 

 

 

 

(これからも友達のままでいたいわね……)

 

願う様に心の中で呟きながら

美琴は友人の黒子を連れて常盤台へと帰るのであった。

 

彼女が常盤台のハタ校長ことハタ皇子の巨大エイリアンを倒す数か月前の時である。

 

 

 

 





あとがき
以上が銀さんと美琴の過去編です。
次章はいよいよ最終章であり真禁魂にはないオリジナルルートです。
銀さんの過去を知る男の登場によって、物語は大きな展開を迎える事となるでしょう。

P・S
ツンツン頭のもう一人の主人公……何故だ、何かを思い出しそうだ……


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第四十訓 侍教師、人妻を寝取る

 

「お姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぶごげほぉぉぉぉッ!!」

 

学園都市第七学区は区の中でも特に活気の多い場所だ。特に今は夏休み中旬、羽目を外して遊ぶ学生も少ない。

ならばこそ、ツインテールの少女が奇声を上げながら短髪の少女に飛び掛かり、それを拳によるカウンターで思いきりぶっ飛ばされてるのも夏の風物詩として人々の思いでの1ページに残るだけであろう。

 

「さすがお姉様……見事なボディブローですの……」

「クソ暑い時に抱きつこうとするとか余計にイライラすんのよ」

 

木影に隠れたベンチに座り、短髪の少女こと御坂美琴はブツブツ言いながら手に持ったかき氷を食す。地面に散らばっている一生を終えそうなセミ達と共に地面でピクピク動いているツインテールの少女こと白井黒子をほったらかして

 

「ここん所腹が立つ事ばっかりでウンザリよ、ホストに馬鹿にされるしアンタにジャン魂ロンパで負かれるし、ていうか何より……」

 

ガリガリとかき氷を口の中でかみ砕きながら美琴はワナワナと怒りで肩を震わせ

 

「ここ最近の私の扱いが悪すぎるッ!!」

 

多くの人々が歩く繁華街で怒りの雄叫びを上げて、持っていたかき氷を地面にぶちまける。

 

「レベル5の私がなんでこんな不当な扱いを受けてんのよっ!! ぼっちとかコミュ力0とかにわかジャンプファンとか可愛そうな女とかエトセトラエトセトラッ!!! ふざけんなテメェ等!! 私が本気になれば一瞬にして塵に返して地獄に叩き落とせるんだぞゴラァ!! 聞いてんのか銀髪天然パーマ! メルヘンホスト!! スベリンピック万年金メダル女王!!!」

 

周りがざわめいてるのも気にも留めずに咆哮を上げる美琴。彼女の怒りの矛先は散々自分の事を貶してくる連中全員だ。

そう、彼女は学園都市で三本の指に入る程の優秀な能力であるのに。

その反面学園都市で三本の指に入る程の残念な性格でもあったのだ。

 

「見返してやりたい! あのバカ共が「へへーさすが超電磁砲、あっしらじゃ到底敵えませぬ~」ってヘコヘコしながら土下座させる姿を動画で取ってツイッターで流してやりたい!!」

「そんな企み事ばかり妄想してるから馬鹿にされるんじゃないですか……」

「ああ、アンタ生きてたの?」

「これ以上醜態を晒すお姉様を残して死ぬ訳にはいきませんので生き返ってみましたわ」

 

パッパッと制服についた砂埃を払いながら黒子は立ち上がりつつツッコミを入れる。

 

「そこまでお怒りならお姉様。ホストさんや女王はともかく、あの銀髪天パのアホ侍の弱点ぐらいなら教えて上げますよ」

「本当に? 下らない事ならまた黄泉の門くぐらせるわよ」

「止めて下さいませ……まずは黒子の話を聞いて下さいませ」

 

ジト目で睨みつけてくる美琴に黒子は話を始める。

 

「黒子が察するに……あの男はモテないという事にコンプレックスを持っていますわ」

「モテない……確かにアイツってばそれ言われるといっつも過敏に反応するわ」

「あの男が死ぬ程モテない男だというのも当然お姉様も気付いておりますわよね」

「まあね、でも昔元カノがいたとか聞いたわよ」

「マジですの? まああの男も一応いい年しておりますし経験の一つや二つある事はあるのですね」

 

アゴに手を当てながら美琴は思い浮かべる。確かに黒子の言う通りあの男はそらモテないであろう、だがまあ彼にも一応交際できる人間がいたという事を彼女は知っていた。

もっともそれはつい彼が口を滑らした時に聞いただけで、詳しい事は聞けずじまいだった。

 

「世の中にはああいうちゃらんぽらん好きな物好きな人もいるのね。私はアイツと付き合うとか死んでもごめんだけど」

「わたくしも全くの同意見ですの。あそこまで根っこからひん曲がっている天然パーマ侍を慕いになる方がいるとは思えませんわ」

「まあね、一応私もそれなりに慕ってはいるんだけどアイツと交際できる人間なんてそれこそ滅多にいないでしょうね。ってあれ?」

 

ふと目を凝らすと遠くの方で見覚えのある人物が

 

「あそこにいるのって……アイツじゃない?」

「うげ……本当ゴキブリの如くどこからでも湧いてきますわね……」

 

銀髪天然パーマの男が、空色の着物に袖を通し腰を木刀を差して立っていたのだ。

 

間違いない、先程から話の中に出て来ていた坂田銀時だ。

 

「なによアイツ、一人であんな場所に突っ立って」

「モテないからって歩いてる女性にナンパなどという低俗な事でもやっているんじゃないですの?」

「いやまさかそこまでアイツも落ちぶれてないでしょう、面白そうだから様子見てみましょう、黒子、アンタの技でアイツから隠れながら私達をアイツの近くに移動させて」

「それぐらいならお安い御用ですが。はぁせっかくのお姉様の一時をこんなくだらない事に浪費するとは……」

 

彼が休みの日にこんな所で何をやっているのか美琴はふと興味を持った。

あちらはまだこちらに気づいていないし、こっから観察して様子を見てみようと物陰から隠れながら黒子の瞬間転移を用いて接近していく。

 

「ここって第七学区名物の時計台よね、カップルが待ち合わせによく使うとかいう」

「ああ確か初春が言っていましたわね、どうでも良かったので話半分も聞いてませんでしたが」

 

転移しつつ美琴は銀時が立っている場所が時計台の足元だと気付く。

何ゆえ彼がこんな場違いな所にいるのだろうか……。

 

「もしかしてデートだったりして」

「ぶふぅ! お姉様笑わせないで下さいまし! あんな金欠侍がデートとかあり得ませんわ!」

「ふふ、きっとアイツの女だったら変な女なんでしょうね」

「ただれた恋愛ぐらいしか出来そうにない男ですから、まともな女性ではないのは確かですわ!」

 

隠れながら言いたい放題の美琴と黒子、確かにあの男と付き合うにはまともな感性を持った人はまず無理だろう。

そして散々言われてる事も気付かずに銀時は腕を組み静かに待っている。

 

「ちょっと、なんか待ってるっぽいわよマジで。もしかして本当にデートなんじゃないの!」

「だったら面白いのですが、いやいやあんな男に限ってそんな……」

 

期待に胸を膨らませる美琴に黒子もまたニヤニヤしながらしていると、時計台の根元で立っていた銀時がピクリと反応し

 

『おせーよコノヤロー、3分も待っちまったじゃねぇか』

 

「あ! 誰か来たみたいですわ!」

「え、本当に! 見せて見せて!」

 

銀時が誰かに向かっていつもの様にぶっきらぼうに話しかけている。

黒子が叫ぶとすかさず傍にいた美琴も彼が向いている方向へ目を凝らす

 

「どんな変な女か見てやるわよ! そして写メで撮ってツイッターにアップしてやるわ!! フハハハハ!! 散々私に酷い事言った罰よざまぁみなさい!!!」

 

自分の携帯を取り出して銀時の相手を撮る気満々の様子で構えながら高笑いを上げる美琴。

もはや覗く事に罪悪感も無いらしい。

 

そして

 

『ごめんねー、手続き取るのに時間かかっちゃってー』

「よっしゃ来たぁぁぁぁぁぁ!!! え?」

 

遂にお待ちかねの女性が現れた時、携帯持ったまま美琴はしばし固まる。

 

『この街の入門審査は相変わらずめんどくさいのよねー、身内が中にいるから入れてくれませんかーって言っても必要書類やらなんやらでもう毎度毎度時間掛かるんだから』

『情報漏れしねぇようにしてんだよ、他の国に技術奪われない様にしてんだからそれぐらい我慢しとけ』

『はーい』

『それと保護者として来んならこういう時じゃなくて大覇聖祭の時に来い、そしたらちっとは楽な審査で通してもらえっから』

『へー意外にあなたもその辺の事を把握しているんだ、「んな事知るかコノヤロー!」とか言いそうなのに』

『意外には余計だっつーの、これでもこの街で暮らして教師やってんだ。ほら行くぞ』

 

現れた女性は陽気で人懐っこい印象の持ち主だった。

 

「な! 何故にあの男があの様な綺麗な女性と!?」

 

黒子は口をあんぐりと開けてショックを隠せない。

それもその筈、予想を見事に裏切り銀時が待っていた女性はとてつもなく綺麗だったからだ。

 

年はわからないが銀時と並ぶと対して変わらないような気もする。

綺麗なボディラインをより綺麗に見立てるシャツと、美しさだけでなくカッコよさも引き立てるような真っ黒なズボン、そしてそれを着ている彼女もまたスタイルが良く、出る所がキチンと出ている。

そして何より

 

「むぅ、まさかこのような事、おや? それにしてもあの方……」

 

ふとある事に気づいたのか、黒子は先程から固まってピクリとも動かない美琴の方へ振り向く。

 

「お姉様と……よく似ているような」

「……」

「あの、お姉様?」

「……」

「だ、大丈夫ですの? 何やら顔色が優れないようですが」

「……」

 

銀時とどこかへ行こうとしている女性をただただ見つめながらワラワラと震え出す美琴に黒子が心配そうに声を掛ける。

 

「も、もしやあの方はお姉様の親戚かなんかで?」

「……」

「……お姉様のお姉様とか?」

「……違うわよ」

「え?」

 

ようやく声を出した美琴に黒子が反応すると、突然美琴はカッと血走った目を見開き

 

「私の、この私を産んだ実の母親よぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! ちょっとマジですのそれ!? いや本当えぇぇぇぇぇぇですの!!」

「何どういう事コレ!? なんでアイツが私の!!! わけわかんない!!!」

 

黒子はこれまたとんでもない衝撃的な事実を聞き絶叫を上げて混乱する。

美琴に関しては完全に錯乱状態だ。

何故なら自分が慕っている教師がこんな何もイベントが無い日にコソコソと自分の母親と……

 

「も、もももももももしかして……!!」

「……不倫という線もあり得なくも」

「……」

「は!」

 

ついポロッと言ってしまった失言に黒子は後悔した。

よもや自分の母親があのちゃらんぽらんと過ちを起こしているかもしれないと聞いたら娘である美琴は……

 

「お姉様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

黒子が気が付いた時には、既に彼女は風に流されるかのようにフラリと白目剥きながらぶっ倒れた時であった。

 

 

 

 

『へー学園都市オリジナルの香水かー、今流行りのってどれ?』

『んなの知らねぇよ、つうか高過ぎだろ、なんで匂いを体に染みつけるだけでこんな値段すんだよ、ぼったくりじゃねぇの?』

『やれやれ、女のたしなみ道具にいちゃもん付けるなんてまだまだねー先生は』

『うるせぇな、わかんねぇもんはわかんねぇんだよ』

 

美琴が倒れてから数十分後、銀時はまだあの女性と一緒におり、二人で街中にある繁華街を物色している所だった。

好奇心旺盛の彼女に銀時がぶっきらぼうに答えているのを

 

「おのれ……!おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれぇ~!!」

「お、お姉様お気を確かに……」

 

数メートル後方から死角に隠れながら美琴が血走った目でをそんな二人を凝視していた。

怒りで全身を震わせ、共について来た黒子も困惑気味である。

 

「なに二人で仲良くブラついてんのよ……! 旦那はどうした”御坂美鈴≪みさかみすず≫”……!」

「あのお姉様、お母様の事を名前で呼ぶのはちょっと……」

 

娘に恨みがましい目つきでブツブツと呪いの様に小言を言われている事を知らずに、彼女の母親こと御坂美鈴は銀時と楽しげに歩いて行く。

 

『オイ、このチョコクレープといちごクレープくれ』

『あらあら優しいのね先生、私丁度小腹が空いてたのよね』

『オメェのじゃねぇよ、二つとも俺のだ』

『へーそう来ますか……だったら力づくで奪うのみ!』

『ちょ、おま! 飛び掛かるんじゃねぇ両手にクレープ持ってんだぞ俺!』

 

今度はクレープ屋の前で立ち止まり、両手にクレープを持った銀時に美鈴が襲い掛かっていた。

その光景はまるで……

 

「よし決めた、アイツ等殺して私も死のう。それですべてが救われるわ」

「お姉様ー!!」

 

虚ろな目でそう言い切る美琴の身体から青白い光がバチバチッと火花を鳴らした。

慌てて黒子が彼女の気を落ち着かせようと身を乗り出す。

 

「気をしっかり持ってくださいお姉様! わたくしもつい不倫などと言ってしまいましたがもしかしたらただの誤解かもしれませんの! だってお姉様のお母様がそのような真似、しかもよりによって……!」

「あの”ゲスの極み”に惚れるとわね、そうね私も想像しなかったわ」

「だから間違いかもと……」

「でもしょうがないわね、ここは生徒でもあり娘でもある私が責任を持って”両成敗”しなきゃ……!」

「ストップ! お願いですから止まって下さいまし!!」

 

怒りのボルテージがMAXに到達し、遂に動き出そうとする美琴を黒子が後ろから飛び掛かって羽交い絞めにする。

 

「このような事でお姉様が犯罪者になってしまってはいけませんわ! まずはこの事をお母様に直接聞いてゆっくりと解決の道を!!」

「離しなさい黒子ぉ!! 話なんか必要ないわ! あの女には謝罪会見させた上でレギュラー番組全部下ろさせてやる!! 」

「それ誰の事ですの!?」

 

もはや自分で言ってる事もわからない様子の美琴を黒子が必死に抑えていたその時。

 

「なんかさっきから聞き慣れた声が……あれ?”美琴ちゃん”?」

「な!」

 

後ろからギャーギャー叫んでてはさすがに聞こえてしまったのだろう。

チョコクレープ片手に持った美鈴が突如こちらに振り返って来たのだ。

しかも娘である美琴と顔を合わせてしまい、これには黒子もギョッとしてしまう。

 

「おいおい、なんでお前がここにいんだよ、それにチビも」

 

いちごクレープを食べながら銀時も慌てもせずにこちらに気づいて振り返って来た。

その別に大きな問題でもないだろ?と言った感じの態度が更に美琴の怒りを増量させる。

 

「なんでお前がここにいるかですって……そんなの決まってんでしょ……」

「ちょ、お姉様……! わたくしが密着しているのにさすがに電撃は……!」

 

黒子が背中に抱きついているのにも関わらず美琴は体中から電撃をスパークさせ

 

「アンタが私の母親と乳繰り合ってるからに決まってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ウギャァァァァァァ!!!」

 

碇に反応して彼女の身体を駆け巡っていた電流が破裂し、その衝撃は周り一帯の電化物が全てショートし始める程。おまけに彼女と一番近い距離にいた黒子は思いきりくらい黒コゲに

 

「そこのアンタァァァァァ!!!」

「なに美琴ちゃん?」

 

身体からバチバチッ!と音を鳴らしながら美琴母親である美鈴に指を突き付ける。

 

「アンタそこの銀髪クソバカ天パ野郎とさっきまで何やってたか正直に言ってみなさいよ!」

「銀髪クソバカ天パ野郎? ちょっと美琴ちゃん、この人に対してその言い方はないんじゃないの?」

 

彼女の追及に美鈴はフフッと笑うと、隣に立っていた銀時の腕に抱きつき

 

「だってこの人はあなたのニューお父さんになるんだから。そうよねダーリン」

「そうだよハニー。こら親不孝娘、お母さんに対してなんて口の利き方だ、パパが許しませんよ」

「え?」

「え?とか言っちゃってるよハニー、全く我が娘ながら見事なマヌケ面だ」

「全く誰に似たのかしらねダーリン、もうすぐ元旦那になる人かしら」

 

茶目っ気たっぷりに甘い声で言ってのけた美鈴とそれに対して全く動じずに肯定する銀時。

疑っていた疑惑が真実に……その現実を目の当たりにし美琴の頭の中が真っ白になっていき……

 

バタン、という音と共に

 

「み、美琴ちゃーん!!」

 

再び白目を剥いて失神するのであった。

 

 

 

 

 

そしてまた数十分後

 

「……」

「い、いや悪かったって、お母さん反省してるからそんなに睨まないでよ美琴ちゃん……」

 

場所を移して ここはとある小さな公園。

前に美琴と銀時が自動販売機に蹴り入れてタダでジュース飲みまくってた所だ。

 

休憩スペースとして設置されてあるベンチ。

そこに座りながら恨めしそうにただただ無言で睨み付けて来る美琴に美鈴が申し訳なさそうに何度も謝っていた。

 

「まさかいきなり意識吹っ飛んでぶっ倒れるとは想像もしなかったのわ、そこまでショックだったなんて」

「……母親が自分の所の学校の教師と浮気してんじゃないかと思ってる上であんなド直球うなカミングアウトされればそりゃショックに決まってんでしょ、そりゃ気を失うでしょ……」

「ロンハーみないなノリでウケると思ったんだけどなー、ああごめんごめん本当に悪かったから、反省してます本当に」

 

目つきが徐々に鋭くなっていく美琴に美鈴がまた深々と頭を下げる。

 

「ちょっとからかいたくなって”ドッキリ”仕掛けてごめんなさーい」

「ドッキリにも程があんのよ! 御坂一家が崩壊すると思ってどんだけ焦ったと思ってんの!!」

「いやーあはは」

 

自分の娘に一喝されて後頭部を掻きながら苦笑する美鈴

 

「だって時計台で銀さんと待ち合わせしてる時に木の影からこっちに隠れながらコソコソしている我が娘を見たらさー、ついからかいたくなっちゃうのが母親ってものよ」

 

どうやら最初に銀時と会った時から既に美琴の存在に気づいていたらしい。

 

「だから彼と打ち合わせしてデートっぽい演出しながら美琴ちゃんが慌てる様を見せたくなっちゃって。そしたらつい調子に乗っちゃう悪い癖が出ちゃったのよ」

「演出? 本当にただ演技でアイツと遊んでただけ?」

「そらそうよー。私あの人の事は好きだけどラブの方じゃなくてライクの方だし。何よりまだまだ旦那との間は良好だから安心して」

「はぁ~……」

 

疑り深い娘にキチンと旦那との関係の続行を誓う美鈴。

本当は腹立たしくてしょうがないのが、こんな子供っぽい事をまだしてくる彼女にむしろ呆れてしまう美琴であった。

 

「おい、話はもう済んだのか」

「うーまだ体が痺れて思う様に動けませんの……」

「アンタはアンタでなに他人事のようにしてんのよッ!」

 

そして美琴と美鈴が座っているベンチの隣ではドッキリ作戦のもう一人の仕掛け人である銀時が横たわる黒子を隣に何食わぬ顔で彼女達の方へ話しかけてきた。

これには美琴もイライラしながらツッコむ。

 

「アンタの隣で倒れてる黒子をこんな姿になったのは誰のせいだと思ってんのよ!」

「お前のせいだけど」

「あ、そうだったって違う違う! 元よりアンタ達が私を怒らせたのが悪いんでしょ!」

 

つい自分で認めてしまう所だったが、元を辿ればこの大人げないコンビのせいであって

 

「ノリノリでウチの母親と演技してたアンタもアンタよ!! いくらちょっとばかり顔の良い人妻に言われたからってその娘を! あろうことか自分の可愛い教え子にドッキリ仕掛けるとか良心が傷まないのアンタは!」

「バカヤロー、俺だって抵抗あったんだぞ、どうしてそんな事しなきゃならねぇんだって」

 

指を突き付けながら怒鳴りつけて来る美琴に銀時はビシッと答えると、美鈴のお腹の方を指さして

 

「ちなみにお前があそこで気絶しなかったら、コイツの腹の中に銀さんジュニアがいると暴露する予定でした」

「思いきりノリノリじゃないのぉぉぉぉぉ!! 私を地獄に叩き落とす算段をパーフェクトに仕上げて何が抵抗あっただコノヤロー!!」

「私、女の子の次は男の子が良いなと思ってたから」

「うるせぇ母親! だったら旦那と作れ!!」

 

ブチ切れて言葉遣いが悪くなっている事を全く気にせず、美琴は美鈴にジト目を向けながら腕を組む。

 

「大体学園都市に来るなら娘の私に連絡一本よこすってのが筋ってモンでしょ。なんで隠れてこんな奴と会ってたのよ」

「うーん実は銀さんと待ち合わせしてたのは美琴ちゃんが上手くやっていけてるかどうか聞こうと思ってたのよ」

「え?」

「私、銀さんとは随分前から電話を使ってて美琴ちゃんの事で連絡取り合ってて」

「は!? ちょっとちょっと何それ聞いてない!」

 

突然何を言いだすのかと美琴は怒るのも忘れて驚いた。

 

「なんでコイツの連絡先知ってるのよ! 私も知らないのに!」

「それはまあ、美琴ちゃんの事で学校の理事長さんと相談してたら、アンタの娘の面倒を見てる奴がいるって言われてこの人の番号教えてもらってね」

「そんな簡単に!? 私コイツと一緒にいて一年以上経つけど未だに電話番号さえ教えてもらってないのに!!」

 

あっさりと銀時の連絡先をゲット済だと漏らす美鈴に、美琴は不満げにするが隣のベンチに座っている銀時はけだるそうに欠伸をしながら

 

「だってお前に番号教えたら毎日電話してきそうでイヤじゃん、毎日深夜に鳴らされちゃ寝不足になっちまうよ」

「誰がアンタに毎日夜中に電話なんて掛けるか! 毎日早朝よ!!」

「結局毎日掛けるのかよ!!」

 

思わずツッコミを入れてしまう銀時をよそに、美琴は美鈴の方へ再び向き直る。

 

「それで、ウチの母親はどうしてコイツと私について相談していたのかしら?」

「いやそりゃ遠く離れた娘の事を心配するのが母親の性ってもんでしょ? 小さな頃からこっちに来てるあなたが無事にやっていけるのか私心配で……」

「本音は」

「美琴ちゃんに素敵な出逢いがないのかと定期的に聞いてました」

「懺悔の用意は出来ているか?」

「ごめんごめんこれもウソよウソ! ドメスティックバイオレンス反対!」

 

右手で拳をこちらに構えてきた美琴に慌ててなだめる美鈴

 

「もう本当に冗談通じないんだから……本当は美琴ちゃんが学園都市では指折りの能力者だって聞いてるし、それが変に性格を歪ませていないかどうかあなたの面倒を見てくれている銀さんに教えてもらってたのよ」

「……まあ私、学園都市第三位のレベル5だし」

「そうそう、子供の頃から自分が飛び切り優秀だと勘違いして悪い方向へいっちゃう子供も少なくないってよく聞くし。ただでさえ美琴ちゃんって調子に乗って失敗しちゃうタイプだから、全く誰に似たんだか……」

 

そう言いながら美鈴はチラリと銀時の方へ顔を向けて

 

「それで銀さんに定期的に連絡してあなたの事を聞いてたのよ、ちゃんとやってるのか、どんな友達がいるのか、どんな風に学校生活を送っているのかとか色々ね」

「そういうのは娘の方に聞きなさいよ……」

「だって美琴ちゃんに聞いても見栄張って正直に答えてくれないじゃないの」

「う……」

 

母親なら当然娘の考えを熟知している訳で

ぐうの音もなく黙ってしまう美琴をよそに美鈴は話を続ける。

 

「だから銀さんにいつも聞いてるのよ、美琴ちゃんが幸せになるには何が一番大事なのかってね、前に電話した時も」

 

『ウチの娘、今年から中学2年生になるけど私が出来るって事ってあるかしら?』

『転校させれば?』

「どんなアドバイスだぁぁぁぁぁ!!! 転校ってもう何もかも諦めてるじゃないの! 私がまともになる事を全く期待してないじゃないの!」

 

しみじみと思い出しながら優しく微笑む美鈴にキレながら美琴は銀時を睨み付ける。

 

「アンタ裏でそんな事言ってたの! そんなに私を遠ざけたいか! そんなに私という存在がうっとおしいのか!」

「いや割と的確なアドバイスだと思ってんだけど、お前全くクラスの奴等と打ち解けないし」

「親の前で言うな! 余計惨めになるでしょ!!」

 

既にバレているだろうが友達いない事を母親の前で言われるのは子供としてかなり恥ずかしい。

そんな彼女を思ってか、銀時は隣で横になっている黒子を見下ろしながら

 

「まあその後、このチビがお前の事を気に入ってくれたからなんとか「3年間永久に友達いない青春コース」は免れたから良かったけどな」

「ま、まあね……スキンシップがちょっと度が過ぎてるけど多少は楽しくなったとは思ってるわよ……」

「そ、そう言われて黒子感激ですの」

 

美琴のささやかなデレに黒子も横になりながらご満悦の様子。しかし未だ体に残る電気で痺れてまだ動けない様だ。

そして美琴は再び母の方へ顔を向ける。

 

「で? 察するに私が上手くやっていけてるかどうかを今度は直接自分で見てみようと思ってわざわざここまで来たって訳?」

「あったりー、おめでとう美琴ちゃん、さすが私の娘、鋭い洞察力よ」

「でも解せないわね、どうしてコイツと待ち合わせなんてしてたのよ」

「あー娘にも会いたかったけどこの人とも一度直接会っておきたかったのよ、電話越しじゃわからない事もあるじゃない? もちろん浮気するとかそういうのは絶対にないから安心してね」

 

そう言いながら無邪気にウインクしてくる美鈴に美琴は気恥ずかしそうにフンと鼻を鳴らして顔を背けた。

 

「そういう事ならわかったわ、あの最悪のドッキリの件にはまだ許したくないけど。娘に会いたかったっていう子供じみた発想が可哀想だから……特別に許してあげる」

「ほほー随分見ない内に寛大になっちゃってー、小学生高学年の時はプライド高くて周りから孤立してたのに。これは銀さんの教育の賜物かしら?」

「か、勘違いしないで! 別にコイツのおかげで多少は丸くなったとかそんなんじゃないから! まあただ感謝はしてるけど……」

「ぶふぅ! ツンデレ頂きましたー! 娘のツンデレ発言頂きましたー!」

「さっきから娘煽るの止めなさいよこのバカ母!! 小学生か!」

 

母親というより友人という感じで接するのが美鈴のスタンスなのかもしれない。

茶化してくる彼女に美琴は顔を少々赤らめながら叫んだ後、ふと一つ気になった事が

 

「そういえばパパの方はどうなの?」

「あーそれがね、聞いてよ美琴ちゃーん、アイツってば酷いのよ」

 

母親が元気にやってるのはわかったが父親の方は?

気になって尋ねてみた所美鈴は頬を膨らまして不満げに

 

「アイツったら前はたまにこっち戻って来たのに最近じゃずっと宇宙を飛び回って帰って来ないのー、何が世界に足りないものを示すよ。フリーだからってフラフラし過ぎだってぇの、きっとまたあの”坂本”とかいう人と競い合ってんだわ」

「あー確かパパの仕事って宇宙総合コンサルタントとかいうのだっけ?」

 

アゴに手を当てながら美琴は父親の仕事を思い出す。地球にいる美鈴と違って外国はおろかはたまた宇宙まで行ってしまう父親とは滅多に会えないので、顔もどこかうろ覚えだ。

 

「なんか娘に愚痴言ってたら余計に腹立ったわ、電話してみよ」

「最近の携帯は向こうが宇宙にいても通話できるのは知ってるけど、大丈夫なの仕事してるんでしょ?」

「だーいじょうぶよ、どうせ遊んでるだけなんだからアイツは」

 

なかなか旦那に対しては厳しめの評価をする美鈴は携帯を取り出すと娘の心配をよそに電話し始める。

 

「出てよ出てよさっさと出なさいよ……っと出た出た」

「え、本当に?」

 

宇宙で多忙にしていると聞いていた父親が電話に出たと聞いて意外な表情を浮かべる美琴をよそに、美鈴はノリノリで通話を始める。

 

「ごめんなさいねーちょっと電話かけてみたくなってー、今そっち大丈夫? え? 現在進行形で宇宙海賊に襲われていて今宇宙の中を猛烈に逃げ回ってる? あーそれはそれはご愁傷さまー」

「いやそこは心配してあげなさいよ! 海賊に襲われてるとかそれマジでヤバいじゃないの!!」

「こっちはねー誰かさんがそうやって海賊達と楽しく鬼ごっこしてる間ずっと一人ぼっちなのよ、わかる? ってもしもし? もーちょっとさっきからビームの音が聞こえてよく聞こえないんだけど? 撃たれててこっちはてんやわんや? だったら反撃しなさいよ男でしょ。それよりさ」

「めっちゃ攻撃されてるじゃないの! 夫のピンチになに呑気な事言ってるのこの妻は!!」

 

海賊との戦いなど知った事かと感じで美鈴はけだるそうにスルー

美琴がツッコむが美鈴は気にせずに電話に向かってニヤリと笑いながら

 

「そうやって遊んでいるのも今の内よ、実は私、夫がいなくて寂しいという気持ちで新しい男作っちゃいました」

「ってちょっとぉぉぉぉぉぉ!! またそれやるの!? 娘の次は夫!? それはダメだろ!? それはイケないだろ!?」

「フフフ今どんな気持ちかしら? 綺麗な奥さんと可愛い娘をほったらかしにした罰よ、アンタはせいぜい遺産を残してそのまま星にでもなってなさい」

「パパ聞こえる!? あなたの娘の美琴ちゃんです! あの! さっきから言ってるの全部嘘だから!! ちょっと頭おかしくなってるだけだから! ぶっ叩けば治る筈だから!!」

 

ノリノリで法螺話を吹き始める美鈴の傍で必死に父親に届ける為に思いきり叫ぶ。

しかし母親の方はどんどん調子に乗っていいき

 

「とにもかくにも事実よ、証拠を出してあげるわ、はいコレ」

 

そう言って美鈴は隣のベンチに座っていた者に携帯を渡す。

その者は携帯を手に取るとすぐに耳を当て

 

「あ、どうも。テメェの奥さん寝取った坂田銀時でーす」

「くおらぁぁぁぁぁぁ銀髪ゲスの極みパーマネント!!! なにそこで自然に乗っかってんだぁぁぁぁぁ!!!」

 

その者こと銀時は小指で鼻をほじりながら堂々と寝取り宣言。

 

「え、奥さん? ああ俺の隣にいるけど? 全裸で」

「止めてぇぇぇぇぇ!! これ以上パパを傷つけないでぇぇぇぇ!!」

「殺してやる? 上等だかかってこいよ、地球に来れんならいつでも受けてやるよコラ」

 

美琴の雄叫び空しく、銀時と父親の熱はヒートアップ、携帯越しに徐々に言動が荒くなっていく。

 

「ああ!? テメェ今なんつった! 調子こいてるとぶっ飛ばすぞ! こちとら侍やってんだぞコラァ!! テメェ俺ナメてっとマジ後悔っすからな!!」

「ほらほら見て美琴ちゃん、アイツってば私が銀さんに盗られそうだから焦ってるみたい」

「どうでもいいわよもう……」

 

互いに罵声をぶつけ合っているのだろうか、怒鳴り声を上げる銀時を見て美鈴はニヤニヤしながら美琴に呟く。

大方ほったらかしにする夫にヤキを入れる為にこんな性悪なコントを始めたのだろう。

美琴は呆れてもうツッコむ気力もない。

 

「この野郎言わせておけば! おーしわかった!! そこまで言うならやってやろうじゃねぇか!! 上等だ俺もそこまで言われたら本気出してやろるよ!!! よーし!!!」

 

携帯を強く握りしめ、額に青筋を浮かべながら銀時は目をカッと見開き

 

 

 

 

 

「じゃあ来週の日曜にかぶき町の河原でバーべーキューだぁぁぁぁぁぁ!!! 遅刻すんじゃねぇぞコラァァァァ!!!」

「えぇぇぇぇぇぇ!? なんでこの流れでバーベキューする約束になってんのぉ!?」

 

拳を高く掲げてそう叫ぶ銀時を見てさすがに美鈴が慌てふためく。

てっきり夫をわざと怒らせるために口喧嘩していたのか思いきや

 

「ねぇ銀さん! 一体何が! さっきの会話の中でいつなんで夫と河原でバーベキューやる流れになったのよ!」

「悪いけど今こっちバーベキューの打ち合わせ中だからちょっと待って。おお悪ぃ、で、どこまで進んだっけ? 肉と野菜? ああそっちで頼むわ、宇宙産だろうが地球産だろうが食えれば問題ねぇよ、こっちは場所の確保と人集めりゃあいいんだろ。そんじゃ来週よろしく」

 

段取りまで話し終えると銀時は混乱している美鈴に携帯をやっと返す。

 

「結構いい奴だった」

「い、いや……さっきまでの修羅場はなんだったの、怒鳴り合ってるかと思ったらただバーベキューの約束してただけなの、ねぇ?」

「あ、それと」

 

不安そうに尋ねる美鈴をよそに銀時はポツリと

 

「来週のバーベキュー、おたく参加できないから」

「え!?」

「”下らねぇドッキリ”仕掛けて来る女房なんざとバーベキュー楽しめるかだって」

「え、そ、そんな……」

 

やはり旦那は旦那であった。妻の考えなどすべてお見通しだった様だ。

美鈴は携帯を持ったままま呆然と立ち尽くすとすぐにピッピッと携帯のボタンを押して

 

「もしもし、先程忙しい時にずけずけと電話を掛けてしまったあなたの妻の御坂美鈴ですが……え、元妻? 違うわよ今もこれから先も私は一生あなたの妻よ!! ごめん! 私が悪かったから!! つい寂しくて調子乗ってましたごめんなさい!! つい付き合ってた時の悪い癖が出てしまっただけなの!! 悪いのは全部私じゃなくて過去の私の幻影よ!!」

 

しどろもどろになりながら必死に携帯で夫に謝罪する美鈴。

それを娘の美琴がどことなく複雑な気持ちで眺めていると、銀時がポンと彼女の肩に手を置き

 

「お前の調子乗る癖と、その挙句に失敗する性格はアレに似たんだろうな」

「……言わないで、今はアレが母親という事に娘として恥ずかしいんだから」

「心配すんな、お前の数十年後はアレだ。俺が保証する間違いない」

 

蛙の子は蛙とはよく言ったものだ。パニくって慌て、涙目で何度もペコペコと頭を下げている美鈴を見て美琴はドン引きして頬を引きつらせるのであった。

 

「とりあえず私は人様にドッキリはしない事にするわ、ああなりたくないし」

「だな」

「だからごめんなさいって何度も言ってるでしょ、どうして許してくれないのよ!! 久しぶりに話してるんだから仲良くしましょうよぉ! 夫婦が冷え切っていると子供に悪い影響与えるって言うじゃないの! だからお願い! 頼むから!」

 

 

 

 

 

「私もバーベキュー参加させてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

 

 

 

そして美鈴が叫んでいる中、そんな光景を遠くから眺めている二人組がいた。

 

「どうする? 今なら周りに人がいないから簡単に捕まえられるわよ」

「いや、しばし待っておこう。出来るだけ奴と刃を交えない様にしなければ」

 

一人は胸元開けた制服の下にはサラシしか巻いていない赤髪の少女。

そしてもう一人は被っている三度笠から黒い長髪が見える僧……

 

「この日の本を変えるためにはアイツの力が必要だからな」

「どうだか、あんな天然パーマの男の力なんて借りなくても私とあなたなら……」

「俺にはあの男の力が必要なのだ」

「……」

 

キッパリと言い切る僧に隠さずに不満げな顔を浮かべる少女。

どうして彼がそこまで”あの男”を求めているのか理解に困っているのだ、ましてや自分を差し置いて……

 

「俺とアイツなら世界を一からやり直す事が出来る」

 

そう言って僧は立ち上がり、遠くにいる銀時達を三度傘の下から鋭い目つきで見つめる。

 

「かつて救えなかったこの世界をもう一度救えるとしたなら、それは俺とアイツだけだ」

 

 

 

平和に終わると思われていたお話に

 

 

 

刻々と波乱の時が迫る。

 



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第四十一訓 侍教師、かつての友と出会う

 

場所はとあるファミレス。

坂田銀時、御坂美琴、白井黒子、そして夫に愛想尽かされて傷心している御坂美鈴は一足遅い昼食を食べていた。

 

「ねぇ、バーベキューってかぶき町でやるんでしょ? 私も行っていい?」

「俺が同伴すりゃ大丈夫だろ、向こうもお前のツラ見たいって言ってたしよ」

「そうね、久しぶりにパパに会ってみたいし」

「わたくしもご一緒させて頂きますわ、お姉様のお父様が来るとなれば是非ご挨拶をせねば」

「まあもっとも」

 

4人用の席に座りながら、銀時はチラリと向かい側の美琴の隣に座る美鈴の方へ顔を上げる。

 

「誰かさんは来れないらしいが」

「行くわよ! 誰に止められようと絶対行くわよ! 御坂家でバーベキューするのが私の夢なんだから!!」

「わたくしが痺れて動けない間色々あったようですわね」

「別に大したことじゃねぇよ、一つの夫婦が別れるだけだ」

「絶対別れないから!!」

 

隣に座る黒子に相づちを打ちつつ食後のパフェにがっつく銀時に美鈴が食ってかかるように叫ぶ。彼女の隣に座る美琴は「はぁ~」と呆れたようにため息を突いた。

 

「だから変な事するなって止めたのに、全くこの母親は」

「美琴ちゃんはママの味方よね! ママとパパの間取り持ってくれるわよね! そりゃそうよ家庭崩壊の危機なんだから!!」

「私を巻き込まないで、下らない夫婦喧嘩には一切口は挟むつもりないから」

「お願いママを見捨てないで! 私があなたに一体何をしたって言うの!!」

「自分の胸に聞きなさいよ」

 

娘の自分にまですがりついてくる母親にうんざりするかのように美琴は抱きついてくる美鈴にシッシッと手で払いながら銀時の方へ顔を上げる。

 

「ていうかなんなのよアンタ、初めて会話した相手と、ましてや宇宙に行ってる人と河原でバーベキューする約束取りつけるなんて一体どんなコミュニケーション能力よ」

「いや会話してたらすっかり意気投合しちゃってよ、すっかり仲良くなっちまったよお前の親父さんと」

「罵声叫びまくってた様にしか見えなかったんだけど、なに? 男同士の会話ってあれが普通なの? あれが約束する会話なの?」

 

満更でもなさそうにフッと笑う銀時に小言で美琴がツッコミを入れると、銀時の隣に座っていた黒子がやれやれと首を横に振る。

 

「お姉様、この男の訳のわからなさにツッコむよりもお母様の事を心配したらどうですの?」

「え、なんで? 別にどうでもいいんだけど」

「全くそんな心にもない事を、わたくしにはわかりますわ。夫婦の仲がピンチなのに心配しない娘などどこにいますか」

「ここにいるけど」

 

感情のない声で返事する美琴をよそに黒子ははきはきとした喋り方で彼女の隣にいる美鈴の方へ顔を上げた。

 

「お母様心配なさらなくても大丈夫ですわよ、旦那様との関係はお姉様とそれに付き添うこの白井黒子が全力で修復させて頂きますの」

「まあ見て美琴ちゃん! どこぞの薄情な娘と違ってなんて良い子なの! 私の事助けてくれるって! 聞いてる薄情な娘!」

「ご飯食べてるから後にして」

 

黒子のフォローに感激とばかりに両目を輝かせる美鈴をあしらいながら昼食にありつく美琴。母親の心配より食事を優先するという中々の辛辣っぷりだ。

 

「ですからお母様、わたくしの力を借りたいと思ったらいつでもお申し付けくださいまし! お姉様のお母様となればわたくしのお母様同然! お姉様のお父様となればわたくしのお父様同然! 御坂家の安泰はこの白井黒子にお任せを!!」

「こ、こんな私達一家の為に想ってくれる子がいたなんて……! あなたに会えて本当に良かったわ黒子ちゃん! 今すぐ自分の娘と取り替えたいぐらいよ!」

「私も自分の母親取り替えたい」

 

互いの手を握り合って固く誓い合っている黒子と美鈴をよそに美琴は昼食を食べ終えると銀時の方へ目を向けて

 

「黒子の奴がなに企んでるかわかる?」

「お前と結ばれる為の点数稼ぎ」

「まずは外堀からって事ね、なるほど」

 

下心丸見えの魂胆であろうとすぐに見抜いていた銀時の意見を聞いて美琴は納得したように頷くのであった。

 

 

 

 

 

昼食を食べ終えると一行は多くの人々が行きかう繁華街へと戻っていた。

学園都市ではあまりお目にかかれないような品々も多く存在し、外に住む人にとっては観光名所とも呼ばれている。

 

「相変わらずここは本当に別の国みたいねー、いやむしろ別の星かな?」

「はしゃがないでよみっともない、学園都市じゃこれが普通なのよ」

 

人が賑わう中で活き活きとした表情で周りの店を散策しようとする美鈴を一緒に歩いてる美琴が制止する。

 

「はぐれないようにしてよ、探すのめんどくさいんだから」

「あらそれなら手でも繋ぐ? 久しぶりに」

「……イヤよガキじゃあるまいし」

 

照れ臭そうにそっぽを向く美琴。いかにレベル5の第三位と言えどまだまだ子供だ。

 

「なんだかんだで微笑ましいじゃないですか、お姉様とお母様」

「どっちが母親かわかんねぇけどな」

 

そんな二人を後ろから見守るように銀時と黒子がついていく。

本来なら親子水入らずに邪魔を入れぬよう退散する所なのだが

 

「危なっかしくて怖いんだよな、特にあの親子だと」

「ホント見事な似た者親子ですの、おかげで何か変な事しでかすんじゃないかという不安がいつもの2倍ですわ」

 

あまりにも心配なので二人はそのまま彼女達一緒に行動することにした。

そして案の定

 

「あ! ゲコ太ガシャポンの新弾出てる!」

 

ふとゲームセンターの前に足を止めると美琴はすぐにそこにお気に入りのキャラが収められたガシャポンを見つけた。

ゲコ太というのはカエルにひげを付けたなんともシンプルな構造のキャラクターの事だ。

人気があるのかどうかと聞かれてるとぶっちゃけかなり微妙な所なのだが一部のマニアもおり、美琴もこのキャラクターをギンタマン同様に気に入っている。

 

「よっしゃぁ早速フルコンプリートするわよ!!」

「いやお姉様、今は久しぶりの親子再会を祝して学園都市の案内をする予定だったんじゃないですの?」

「それとこれとは別! 早くしてゲコ太が待ってる!」

「はぁ~やっぱりお姉様はお姉様ですの」

 

早速財布から小銭を取り出してチャリンチャリンとガシャポン連コインを始める美琴。

空気が読めないというべきか、周りに流されないともいうべきか。

呆れる黒子をよそに今度は美鈴の方が

 

「あ! アレは東京の有名な黒いネズミの人形!」

「おいちょっと止めろ! それはヤバい! ヤバいからマジで!」

 

ゲームセンター入口から入ってすぐ目の前にあるクレーンゲームを見て叫ぶ美鈴を慌てて注意する銀時。

 

「間違いない! アレはアイツがよく集めているキャラクターよ! よし! 旦那の心を取り戻す為にちょっと手あたり次第回収してくるから! 待っててミッ○ー!!」

「止めろっつってんだろ! そいつは誰も手にしちゃならねぇ! 誰も言っちゃダメな類で有名な王様なんだぞ! せめて隣のふなっ○ー人形にしろ!」

 

やる事決めると周りの事も気にせず突き進むのが御坂家スタイルなのか。

速攻でゲームセンターの中へと入ってしまう美鈴とガシャポンにコインを入れまくっている美琴を見て呆れる銀時と黒子。

 

「ダメだコイツ等……鎖付きの首輪つけてねぇと安心して散歩も出来ねぇ……」

「せっかくの親子観光が台無しですわ……」

「もうしばらくほおっておこうぜ、トラブル起こそうが知ったこっちゃねぇ」

「ジャッジメントであるわたくしにとってはトラブル起こされたら困るのですが、とりあえずわたくしはお母様の方へ向かいますのでお姉様はそちらで対処を」

 

残念っぷりを見せつけてくれる親子に銀時と黒子も半ば諦め状態になって一時的に別れることにした。

 

そんな事も露知れず美琴の方はイライラしながら財布の中を覗いている。

 

「ガッデム小銭がキレたわ! ちょっと黒子! ってアレ、いない? じゃあそこの小娘!」

「は、はい!? わ、私ですか!?」

「アンタ以外に誰がいんのよ!」

 

美琴がキレ気味で話しかけたのは偶然この道を通っていただけのただの少女であった。

頭に小さな花付きのヘアピンを付けた黒髪ロングヘアーのいかにも一般的な女子中学生だ。

 

「ちょっとばかし両替してきてくれない? はいコレ」

「は!? いやなんで私がそんな事しなきゃいけないんですか……」

「私がこのケースの中で待っているゲコ太達を救う為に決まってんでしょ!!」

「えー救うなら一人で救ってくださいよ……」

 

物凄い理不尽な理由でパシリ役にさせようとして来る美琴に少女はドン引きしながらその場から後ずさり。そりゃあそうだ目が血走ってこんなカエルの人形を必死に集めようとしている人など関わりたくもない。

 

「ほら早く、ゲコ太が待ってるんだから」

「いや私も友達が待ってるんですけど……」

「つべこべ言わずにさっさと行きなさいよゴラァ!」

「ひッ!」

 

つい拍子でバチッと小さな火花を頭から出してしまった美琴に驚いて思わずドサッと後ろに尻もち突いて倒れる少女。

するとそこへ

 

「大丈夫か」

「え? あ、ありがとうございます……」

「は、誰よアンタ、坊さん?」

 

突如フラリと二人の下へやって来たのは一人の僧。

腰の下まで伸びた黒髪を垂らしたこれまた奇怪な層であるが錫杖を握ったまま尻もち突いた少女を起こす。

 

「娘、そのような力をもってなおやる事がこの様なか弱き者を痛ぶる事か」

「何言ってんのよ、別に私はこの子が言うこと聞かないからってそんな真似しないわよ」

「どうだろうな、つい先ほど俺が見た光景は。この少女はおぬしに火花を散らされて恐怖にかられたようだが」

「それはつい私が……」

「仮にわざとでは無かったとしても」

 

言葉を濁らせる美琴に僧は三度笠の下から鋭い眼光で彼女を睨み付ける。

 

「おぬし自身はそんな危うい力を人に向けた事になんの恐怖感も覚えないというのか」

「え……!」

 

何故であろう彼の言葉にズシリとした重みを感じるのは。

それが僧からの言葉だからだろうか、しかしこの男の目つき、とてもただの僧には見えない。

むしろ何時も死んだ魚の様な目をしたあの教師がたまに見せる目に似てる様な……

 

「おい、その辺にしてくれや坊さん」

「アンタ……!」

 

返答に困っている美琴を助けるかのように、僧の背後から声を掛けて彼の方に手を置いたのは銀時だ。

 

「事情は詳しくはわからねぇが大方コイツがまた馬鹿な真似したんだろ、そこにいる小娘見れば大体の事は察せる」

 

僧の肩に手を置きながら銀時はこの状況で混乱しながらもゆっくりと立ち上がろうとしている少女にチラリと視線を向けた後、美琴の方へ振り向く。

 

「コイツは俺が面倒見てるガキでね、自分の能力の優秀さはわかっているんだがつい反射的に使っちまうんだわ。今回は俺に免じて許してやってくれ」

 

僧の方へ顔を上げた後、今度は美琴に促す様に首を振る銀時

 

「オラお前も、そこの娘に謝っとけ」

「あ、うん……いやあのホントすみません、頭に血が昇ってついうっかり……」

「ああ、いえいえ別に大した事も無かったですし……では私はこれで」

 

素直に頭を下げて謝る美琴に少女は困惑しながらも手を横に振りながら許してくれた。

早々と去っていた少女を見送った後、これでいいだろと言った感じで銀時は僧の方へ振り返った。

 

「まあこれにて一件落着、悪かったな坊さん、説教は後で俺がやっておくから。教え子に説教すんのは教師の役目だ」

「教師……姿を消したお前がこんな所でそんな事をしていたとはな、全く似合わん」

「……なにを言って? お、お前!」

 

何か引っかかる物言いをする僧に銀時は一瞬顔をしかめるがすぐに目を見開き

 

「ヅ、ヅラか!?」

「ヅラじゃない」

 

彼の事を知っているかのように呼び掛ける銀時だが、僧の方は即座に否定して三度笠を取って素顔をあらわにした。

 

「桂だ」

「!」

「か!」

 

突然正体を現した男に銀時も、そして美琴も言葉が出ないほど驚く。

それもその筈この男は僧などではない、この男の実態は……

 

「桂小太郎! 最近学園都市でテロ活動を行っている攘夷浪士! どうしてこんな所に!」

「攘夷浪士ではない攘夷志士だ。行くぞ銀時、早速俺達の隠れ家まで来てもらおうか」

「い、いきなり何を言ってんのよ! どういう事よコレ! なんでテロリストがコイツの事を知って……!」

 

桂小太郎、この学園都市では知らぬ者はほとんどいない攘夷浪士の一人だ。

天人排除を目的とし、数多の破壊工作を行った凶悪なテロリスト。

その為幕府から超危険人物として指名手配されている。

 

そんな彼がどうしてこんな所に突然……

 

しかし美琴が思考を巡らしている内に、ゲームセンターの入り口が不意に開いた。

 

「ハイ皆様ご注目、これを見たら当然逆らう事は出来ないわよね? 先生?」

「!」

 

入口が開くと同時に胸元をサラシで巻いた赤紙の少女が、両腕を後ろに回されて拘束されている美鈴と黒子を連れて出てきたのである。

桂には仲間がいたのだ。

 

「ママ! 黒子!」

「申し訳ありませんお姉様……」

 

あの黒子がこうも簡単に捕まってしまっている事に驚く美琴、そして黒子は余話弱いい声で

 

「一瞬でしたわ、この女わたくしと似たような能力、もしくはそれ以上の……」

「おっと下手に口を開かない方がいいわよ」

 

嘲笑を浮かべながら少女は黒子の両腕を片手で強く握る。

 

「さもないともう一人の人質さんに危害を加えなきゃいけない事になるんだから」

「く!」

「ごめんなさいね黒子ちゃんに美琴ちゃん……まさかこんな事になるなんて」

 

攘夷浪士の仲間に捕まった事がまるで自分のせいだという風に項垂れる美鈴。

 

「黒子ちゃんは私を庇ったせいでこの人にやられて……」

「ア、アンタよくも私のママと友達をッ!」

「怒っちゃダメよ超電磁砲さん、下手に動かない方がいいから」

 

自分の母親と友を人質にするような輩にキレない訳がない。

奥歯を噛みしめながら目を大きく見開いて睨み付けて来る美琴に対して少女の方は冷静だ。

そんな彼女に銀時と対峙している桂は目を細め

 

「何をしている、俺はそんなくだらん小細工をしろと命令したつもりはないぞ」

「甘いのよあなたは、そんな”腰抜け”を普通に誘ってもすぐに逃げるだけ。だったらこうして逃げられない様にすれば簡単に連れて行けるじゃない」

「つまらん理屈を垂れるな、これからは勝手な行動すればこの俺が許さん」

「人がせっかく事を早く進める為にやってあげたというのに……酷い言い草ね」

 

怒られることが予想外だったのかつまらなそうな表情を浮かべる少女を尻目に、桂は改めて銀時と顔を向きあう。

 

「こうなっては仕方あるまい、是が是非に出も付き合ってもらうぞ銀時」

「……ふん」

 

何を考えているのかわからない表情で鼻を鳴らす銀時、恐らくYESという事であろう。

美鈴と黒子を人質にされては迂闊な行動は出来ない、となれば大人しく従うしかないのだから

 

「よし、では行くぞ」

「待ちなさいよ!」

 

銀時と人質二人と少女を連れて移動しようとする桂を背後から美琴が呼び止める。

 

「私も行くわ、大事な友達と家族を奪われてこんな所で大人しく出来る訳ないでしょ!」

「なら勝手についてくるがいい」

 

かくして銀時と黒子、そして御坂親子は突然仕掛けてきた桂と赤髪の少女によって彼等のアジトまで案内される事となった。

 

 

 

 

 

 

場所を移して数十分後、彼等はとあるビルの控え室に案内されていた。

ビルは5階ほどの大きさでさほど大きくはない。だが窓の外には普通の一般人がここが過激派筆頭の桂小太郎のアジトだというのも知らずに平和そうに歩いている。

 

「木を隠すなら森の中ってか」

 

窓からのんびりと外を眺めながら呟くのは銀時。控え室の中は案外広いスペースであり、他の三人も一緒にいる。

 

「まさか学園都市に来て初日で攘夷浪士に捕まるなんてねぇ……」

「わたくしが油断していたせいですわ、この様な事になって本当に申し訳ありませんの」

「いやいや、黒子ちゃんを責めてる訳じゃないから。浮かれて注意を怠っていた私の責任よ」

 

お客用の広いソファに座って嘆く自分に、隣に座る黒子が深々と頭を下げる。

そんな彼女に美鈴は安心させるように笑って見せる。

 

「大丈夫よ、あの桂って人は元々私達に危害を与えるつもりはなかったって言うし」

「それはどうかしらねー」

 

美鈴の言葉にいち早く反応したのは黒子ではなく、向かいのソファに座っている赤髪の少女だった。

彼女達をここまで連れてきた後、彼女もまたここで待機していたのだ。

 

「彼が危害を与えるつもりなくても、私にはあるわよ? 彼の邪魔したら、うっかり傷付けちゃうかも」

「次に問題行動したら許さないとあの男に言われたのではなくて?」

 

足を組んで挑発的な物言いをする彼女を黒子が睨み付ける。

少女はあからさまな敵意を向けてくる彼女にフッと鼻で笑って見せた。

 

「なら彼にバレないようにやればいい、何なら今ここでやってあげようかしら、あの人にバレない様にあなたに危害を加える方法とやらを」

「やれるものならこの白井黒子、あなたみたいな外道、いつでも相手になりますわ」

「さすがジャッジメントの中でも一際有名な天才テレポーターの白井黒子さんね」

 

手首でアゴを押さえながらソファの肘付きにもたれたまま、少女は黒子をじっくりと観察するように目を上下に動かした後、ケロッとした表情で

 

「私の名前は結標淡希≪むすじめあわき≫よ、あなたとは個人的に興味があったからこうして会えた事に少し運命みたいなものを感じられるわ」

 

自分の名をあっさりとばらした少女こと結標に黒子は眉間に眉を寄せる。

 

「わたくしもあなたみたいな犯罪者に手を貸す能力者には少し興味がありましたわ、どうして己が持つ能力をこのような愚かな真似をする為に使う選択を選んでしまったっと」

「へーじゃあ私の能力は何の為に使えばいいと思うのあなたは?」

「決まった事、世のため人の為、この街をより良くする為に使う事こそが能力者としての使命ですわ」

「世の為平和の為……」

 

強い目つきでキッパリと断言してくる黒子に対し、結標は小首を傾げながら嘲笑を浮かべ

 

「なら私が行っている事は白井さんの言う通りの正しい能力の使い方になるわよ」

「は?」

「この街をより良くする為に使うというのもそう、この街だけじゃない、この国をより良い時代に戻す為にあの人と一緒に行動しているんだから」

「やはり犯罪者に手を貸す能力者などには言っても無駄でしたわね……」

「なんならあなたも協力してくれないかしら? 私と白井さんならもっと早くこの国を変えられるかもしれないし」

「それをギャグで言ってるのなら全く笑えませんわね、第五位の女王のダジャレに比べればまだ笑えますが」

 

結標淡希は自分の行いに何一つ罪悪感も覚えていない、それがわかっただけで黒子は彼女を説得して見るという策を諦めた。

正義や悪など人から見れば千差万別、彼女にとっての正義とはあの男、桂に仕えて攘夷活動を行って国家転覆を図る事なのであろう。

黒子にとっては世界を混乱に導くなど悪としか考えられなかったのである。

 

そして黒子の向かいに座る結標の背後に、先程からずっと突っ立って考え込んでいた人物、美琴が動く、

 

「国を変えるとか変えないとか、そういうのはどうだっていいのよ」

「お姉様……」

「あの女のダジャレとかもっとどうでもいいわ、言っとくけどアイツのダジャレなんてまだぬるい方よ、もっとつまらないのはアイツの一発ギャグなんだからね」

「いやその辺は詳しく話さなくても結構ですので、わたくしはあくまでものの例えとして言ったまでで……」

 

ボソッとツッコミを入れる黒子を無視して、美琴は部屋の窓の傍に突っ立っている銀時の方へ振り向いた。

 

「私が一番気になっているのは、どうしてアンタがあの桂に名指しされてわざわざここまで連れてこられたのかって話よ」

 

彼女の問いかけに銀時は後ろ髪を掻き毟りながら小首を傾げる。どう答えてやればいいものかと考えてる様だ。

 

「そりゃアンタは少し変わった所もあるし色々とわからない所が多いけど……そんアンタがどうしてあんなテロリストとまるで顔見知りみたいな……」

「テロリストとは人聞きの悪い」

 

銀時の下へ歩きながら追及する美琴に、彼に代わって答えたのはこの部屋のドアを開けた人物だった。

 

「我々が行っているのはこの国に寄生する全ての天人を排除し再び元の国に立て直す事。卑劣なテロ行為と一緒にするのは止めてもらおうか」

「桂……!」

 

やってきたのは自分達をここまで連れてきた主犯格、桂小太郎だった。

僧の恰好はただの変装だったらしく、今は青い着物の上に白い羽織、腰には一本の刀が差してある。

彼が現れた途端美琴はすぐに敵意をむき出しにするが桂は無表情で彼女を見つめ返す。

 

「国を護る為の攘夷、それを行うのは我々”攘夷志士”なのだ。例えどんなに汚い手を使ってでも、取り戻したいものがあるのだから」

「……」

「そして今ここに俺が取り戻したいものがもう一つ」

 

自分の行いに何一つ迷いなど無いと言った口振りの桂、そして彼は美琴から銀時の方へ視線を向け。

 

「銀時」

 

彼の名を呼んで間を置いた後、桂は強い決意を持った表情でゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

「この腐った国の象徴とも呼べるこの学園都市。この街を潰しもう一度かつての『侍の国』を取り戻す為に、再び俺と共に戦ってくれ」

 

 

「”攘夷戦争”で生き残ってしまった俺達だからこそやらなければいけないんだ」

 

 

「死んでいった者達の無念を晴らす為、俺達にとって最も大切だった”あの人”の為」

 

 

「”白夜叉”と呼ばれ恐れられていたお前の力を再び友である俺に貸してくれ、銀時」

 

 

 

そう宣言する桂の言葉に、その場にいた結標と銀時以外の者達は一瞬頭の中が真っ白になる程思考が停止するのであった。

 

物語はいよいよ一つの区切りを見せようとしていた。

 

 

 

 



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第四十二訓 侍教師、かつての友と刃を交える

 

「攘夷戦争……って……!」

 

沈黙を最初に破ったのは御坂美琴だった。

桂が銀時に対して言った事、それはかつて攘夷戦争で共に戦った同士としてもう一度一緒に学園都市を潰す為に戦ってくれと

 

攘夷戦争とは数十年前に行われた侍と天人達が長きに渡ってぶつかり合った大戦争の事だ。

弱腰になった幕府が天人との不平等な条約を結んでもなお抗い続け、その結果戦争に参加した侍達は天人に支配された幕府に逆賊とみなされ、ほとんどが粛清対象となり多くの者が晒し首になったと言うが……

 

「参加してたのアンタ……戦争に!」

「俺と銀時はあの長きに渡る戦で死力を尽くし戦った、敵味方多くの屍を踏み越えて。血を流しては泥にまみれ、多くの敵を葬ろうと日夜戦いに明け暮れていた」

 

死んだ魚の様な目でをしながら小指で鼻をほじりながらとぼけている様子の銀時に問いかける美琴、しかし桂がまた代わりに答える

 

「かつては白夜叉と呼ばれる程鬼神の如き活躍を見せ、攘夷戦争時代に名を残す程の強者だったお前は、戦が終わると同時に煙のように姿を消えた」

 

銀時の方へ歩みつつ桂は腰に下げた刀を鞘ごと引っこ抜いてそれを、ソファに座っている結標の隣に置く。敵意はないという意味なのかそれとも……

 

「何故お前が忽然といなくなったのかはわからん、お前は昔から何を考えてるのか長い付き合いでの俺でも読めなかったからな。だがこうしてお前とこの街で再会できた事は好機、この腐った国を立て直す為に、どうかお前の力を貸してくれ銀時」

「ったく……久々に顔を出してきて、しかも会って早々手ぇ貸せだぁ?」

 

やっと口を開いた銀時は、桂に対して眠そうに大きな欠伸をする、

 

「お断りだ、終わった事をまだ引きずってんじゃねぇよバカ、いい加減大人になれ」

「誰がバカだ、貴様こそ大人になれ、俺は手配の身でありながらわざわざお前に会いに来たのだぞ」

「ふざけんじゃねぇ、犯罪者となんざ誰も会いたくもねぇんだよ」

「万年ヒマしてそうなお前を思って就職先を紹介しているというのになんだその言い草は」

「就職先がテロリストとか例え道端で暮らす事になっても選ばねぇよ、つか俺もう就職してるし」

「今時教師なんてたかが知れてるぞ、給料も安いし有給も取れない、そして挙句には子供とその親に振り回されてストレスが溜まり胃に穴が開いてしまうぞ。良いから俺の所に来い銀時、こっちは休み取り放題で、胃に空いた穴も埋まり放題だ」

「いや埋まり放題って意味わかんねぇんだけど、もしかしてお前真面目に働いてる銀さんが羨ましいの? まともに手に職付けて仕事してる俺を見て自分に危機感抱いたって事? 慌てて自分の所に銀さんを引きずり下ろそうとしてる訳?」

「誰がお前を引きずり下ろそうとするか、逆だ逆、俺がお前を引き上げているのだ」

「引き上げるってなに? 犯罪者の高みへ?」

「だから犯罪者としてでなく俺達攘夷志士としてだな……」

 

長く、本当に長い不毛な争いを続け始めた銀時と桂。

そして遂に、黙りに黙ってた白井黒子と、桂の側近である結標が両者の真ん中に置かれているテーブルに同時に手で力強く叩いて

 

「長いのよッ!」

「いつまでやってんですの!」

「今時中学生でもそんな口喧嘩しないわよ、あなたもういい年でしょ!!」

「下らない喧嘩してる前にさっさとわたくし達を解放しろと言いなさい!」

 

黒子は銀時に、結標は桂に怒鳴りながらツッコんだ後、髪を掻きながら結標は「はぁ~」と項垂れた。

 

「だから私はこんな奴を誘うのは反対だったのよ、あなたがどうしてもというから仕方なく手伝ってあげたけど、どれだけ過去が凄くても過去は過去、今のあなたの友人はもうただの腑抜けって事よ」

「腑抜けてるように見えるのは昔からだコイツは」

 

今も昔も死んだ魚の様な目をした天然パーマ、それが銀時である。

そんな彼の事を気に食わない結標だが桂はまだ諦めてはいない。

 

「銀時、俺達はこの国をまずは元に戻そうと考えている。天人がいない国、つまりこの学園都市という街とその中心部にあるターミナルを破壊し、そして幕府を撤廃し俺達で俺達の国を造るのだ」

「っつう事はコイツの代わりに腰に刀を差せっていうのか?」

 

銀時はそう言って腰に差す木刀を抜くと、それを黒子の方へポイッと投げる。黒子は無言でそれを両手で受け取った。

 

「いいかヅラ、俺は終わった事をネチネチ引きずる様な人間にはなりたくねぇんだよ。昔大スベリした事を今だにトラウマにしてる女王とか、昔の戦で負けた腹いせにテロ活動やってるお前みたいなモンにはなりたくねぇんだ」

「昔の事は引きずりたくないという事か、それは”先生”の事もか」

「そうだよ」

 

そう言いながら銀時はチラリと隣にいる美琴の方へ目だけを向ける。

 

「これ以上過去の事を……引きずりたくねぇんだ俺は」

「?」

 

意味深な事を言う銀時に美琴はわかっていない様子。

彼女に関係する事を銀時はまだ引きずっているという事だろうか……

 

しばらくして桂は「そうか」とだけ呟くと。

 

「そこまで言われてはしょうがないな、俺も侍だここは潔く引くとしよう」

「おおそうかい、石頭だったお前が随分と物わかり良くなったじゃねぇか。まあテロでも何でも好きにやってろ、俺は今後お前等とは関わりたくねぇから」

 

けだるそうに銀時がそう言うと桂も口元に小さな笑みを浮かべて笑って見せる。

 

「結標殿の言う通りにすべきだったな、あまのじゃくのお前にお願いをすれば逆効果だとなぜ分からなかったのか」

「こんな客人に茶も菓子も出さねぇ最悪の組織なんかに誰が入るかよ、あばよヅラ、俺はもう帰らせてもらうぜ、コイツ等と一緒にな」

「なんだもう帰るのか、ならば……」

 

こちらに背中を見せて帰ろうとする銀時に、桂はゆっくりと近づいて手を上げると

 

「土産ぐらい持っていったらどうだ……」

「!」

 

傍観に徹して二人の会話を聞いていただけの美琴の前でそれは起こった。

桂の手に無かった筈の刀がしっかりと握られていたのだ。

そしてそれをこちらに背中を見せている銀時へ振り下ろす。

 

「避けて!」

 

咄嗟に叫ぶ美琴と同時に銀時はばっと振り返り

 

「悪ぃが」

 

彼の手元には先程黒子に渡したばかりの木刀が握られ

桂の振り下ろした刀と激しくぶつかり合った。

 

「こんな安い土産はいらねぇわ」

 

つまらなそうに彼がそう言い終えると同時に、彼の隣に黒子がパッと現れる。

そして桂の隣にもまた、いつの間にか結標がソファから立ち上がって移動して隣に立っていた。

 

「ただの腑抜けだと思ってたけど、私の能力をある程度把握する事は出来るみたいね」

「コイツは昔から読めん男なのだ、油断するな」

 

刀を握りながら結標に言うと桂は一旦距離を取るために刃を交えるのを止めて一歩離れる。

 

「さすが、というべきか。いやお前なら想定の範囲内であったな、だからこそ俺は後ろから斬りかかったのだから」

「俺に止められるとわかって刀振り下ろしてきたのか、危ねぇ野郎だぜホント」

 

最初から想定済みだったかのように仕掛けてきた攻撃、桂と同様一歩下がりながら銀時は手に持った木刀を肩に掛ける。

 

「生憎その小娘の能力はチビが人質にされた時に少しだけ言ってたからな」

 

銀時は最初、結標が黒子と美鈴を人質にしてゲームセンター入口から出てきた時に、黒子が言っていた事をしっかり聞いていたのだ。

 

『一瞬でしたわ、この女わたくしと似たような能力、もしくはそれ以上の……』

 

「同じ能力ねぇ、やっぱテメェもチビと同じ移動系能力者って訳か」

「似てはいますがあの結標の能力は下手すればわたくしよりもずっと危険ですわ……」

 

冷静に分析しながら黒子は銀時の隣で観構える。

 

「結標淡希の力はまだまだこんなモンではないという事ですの、お気をつけなさいませ」

「はん、ビビってんじゃねぇよたかがガキだろ」

 

細心の注意を払えと警告する黒子に銀時は上等だと言わんばかりに鼻で笑い飛ばした。

 

「ガキの相手なんざ慣れっこだっつうの、こちとら教師だぞナメんな」

 

そう言うと静かに木刀を構えて桂といつぶつかり合ってもおかしくない態勢に。

だが桂は静かにため息を突くと

 

「このような狭い場所でお前とやり合うつもりはない、場所を変えるぞ」

 

隣にいる結標の肩に手を伸ばす。

 

「このビルの屋上で決着を付けるぞ、銀時。頼む結標殿」

「わかってるわ……」

 

そう言い残すと結標は深々と深呼吸をすると彼と共にシュンっと消える。

 

「……?」

 

その動作に違和感を覚える銀時だが、今はとりあえずあの二人の後を追う事にした。

 

「チビ、アイツ等追うぞ。アイツ指名手配なんだろ、捕まえたら大手柄だぜ」

「おや珍しく積極的ですわね」

「そりゃあな」

 

柄にもなく桂を追おうとする銀時に黒子が不思議そうに尋ねると彼は桂が消えた窓を眺めながら

 

「アイツがこの街を、俺の大切なモンがあるこの街を消そうっつうんなら、俺はアイツをぶん殴ってでも止めてやる」

「あなた……」

 

のらりくらりに生きて何考えてるかわからない性格の彼がここまで本気になってるような表情を浮かべるのを見るのは黒子は初めてだった。

どうして学園都市をそんなに守りたいのかと彼女が彼を見つめながら考えていると

 

「もしもーし、来るべき決戦に燃える主人公というお約束な展開はいいんだけどー」

 

後ろから美琴がジト目でブスッとした表情で彼等を睨む。

 

「この私を放置してアイツ等と戦うつもり?」

「ですがお姉様、お姉様にはお母様をついていないと危ないですわ。なにせここは奴等のアジトなのですから」

「まあそれもそうだけど……」

 

正論を吐かれては反論する事も出来ない。確かにこんな所に美鈴を一人置いて戦いに行くのは危険だ。

そう思い美琴はチラリとソファに座っている美鈴の方へ振り返る。すると

 

「んがー」

「って寝てるし!」

 

口を開けてアホ丸出しで寝ている自分の母親を見て、こんな状況でよく寝れるなと思いながら慌てて駆け寄って、彼女の上着の襟を掴んで揺さぶる美琴。

 

「ちょっと起きなさいよ! てかいつから寝てたのよ!」

「んあ? ああおはよう美琴ちゃん、ずっとセリフ無かったから思わず眠っちゃってたわ」

「テロリストのアジトでスヤスヤ寝るとかどんな神経してんのよ!」

 

ツッコミつつ美琴は美鈴を無理矢理目を覚まさせながら銀時達の方へ振り返る。

 

「もういいわよアンタ達はこの街を護りなさい! 私は母親を護るだけで精一杯から!」

「おう」

「はいですの」

 

仕方ないと美琴は銀時と黒子に桂と結標の退治を任せる。

二人は軽く返事すると桂達が出て行った窓に身を乗り上げ

 

「屋上まで飛ばせるか?」

「この程度の距離大したことありませんわ」

「ならぼちぼち頼むわ」

「言われなくても」

 

そう言い残し二人は瞬く間に消えていった。

残された美琴はそんな二人を黙って見送る。

 

「本当はついて行きたかったんじゃないの?」

「え?」

 

不意に尋ねてきた美鈴の方へ美琴は顔を彼女の方へ戻す。

 

「それでも信頼しているのね、銀さんと黒子ちゃんなら出来るって。この街を護る事が出来るって信じているのね」

「当たり前でしょ、だってアイツ等は」

 

その問いかけに美琴は僅かに微笑みながら心の底からそう思ってるように宣言した。

 

「私にとって学園都市で一番大切なものだもん、私が私でいる為に必要な”居場所”を作ってくれた二人なんだから」

「そう、なら大切にしなきゃね……」

 

娘にとって大事なモノが出来たのだと母親ながら喜ぶ美鈴だが

感傷に浸る前にタイミングよく部屋のドアが乱暴に開かれる

 

「悪いが人質に容易に動いては桂さんに邪魔が入ってしまう」

「桂さんの戦いが終わるまでここで大人しくしてもらおうか」

「チッ! アイツの手下共ね!」

 

出てきたのは腰に刀を差した数人の浪人達、ここが桂のアジトから察するに彼等は桂に従う部下達であろう。

部屋に入ってきたのは数人だが、少なくともこの階層にはこんな連中がわんさか待機しているはず。

 

「ママは私の後ろにいて隠れてて、私が全力で護るから。アイツ等も大切だけど、私にとってはママやパパも大事! だからここは私が!」

「じゃあ次の私がセリフ喋るシーンまで寝てるから後はよろしく、んがー」

「っておいコラ母親! 娘が今凄く良い事言おうとして時に寝るなー! だーもう都合が悪い時に狸寝入りしやがって!」

 

ここ一番の大事な時に目を瞑ってわざとらしいイビキを掻き始める美鈴にウンザリしながらも美琴は一人、腹をくくって攘夷浪士達と対峙する。

 

「ったく毎度毎度私の扱いが悪過ぎよ……こんな所に放置されて母親は狸寝入り、敵はその辺のモブ」

 

全身からバチバチッ!と電流を放ちながら美琴はイライラしたように髪を掻き上げる。

 

「まあいいわ、アンタ等に八つ当たりしてウさ晴らすから……」

「「「!!!」」」

 

ここにいる攘夷浪士達は知る事になるであろう。。

 

自分達がこの中学生の少女を倒すには

 

 

 

絶望的な差があるという事を

 

 

 

 

 

 

そして場所は移り、このビルの屋上。

 

銀時と黒子が瞬間転移で移動すると、そこには桂と結標がたった二人で待ち構えていた。

 

「ここには俺達以外いないし邪魔な物も置いていない、戦いにはうってつけだ」

「もっともまともに戦えたらの話だけど」

 

屋上は広く何も置かれていない、あるとしたら屋上を囲う鉄柵ぐらいであろう。

自信満々に不敵に笑う結標にしかめっ面を浮かべながら、黒子は隣にいる銀時にしか聞こえないように声を潜める。

 

「あの女の能力はまだ未知数ですわ、能力の解析はわたくしがしますからあなたは桂との戦いに集中して下さいませ」

「言われなくてもそうさせてもらうさ」

 

腰に差す木刀を引き抜くと銀時はぶっきらぼうに返事する。

 

「お前はお前がやりたいように、俺は俺がやりたいようにやる。それで生まれたのが俺達コンビだろ」

「そうですわ、そして侍と能力者のコンビはわたくし達だけで十分ですの、そこのキャラ被りには退場してもらいますわ」

 

黒子の方もまた準備が出来た様だ、そんな二人を見て桂もまた腰に差す刀を抜き、結標も短いスカートの腰に巻きつくホルダーに差してある軍用ライトをスッと手に取る。

 

「言葉で通じぬならこれしかあるまい、俺達侍が相容れぬ時は、刃を交えて会話すればいいだけの事。あの男の魂に直接俺の魂をぶつける」

「まだ諦めきれてないのあなた、残念だけど私はもうこれ以上付き合い切れないわよ」

 

まだ仲間に引き入れようと考えている桂に結標はやれやれと言ったように首を横に振ると

 

「だから私は、あなたの戦友とそれに従うお嬢さんを壊してあげる事に決めたのよ」

「いいだろう、それぐらいの気構えでいてもらってもらわないと困る、今俺達の目の前にいるのはただの男では……」

 

彼女の決意もまたよしっと言った感じで肯定すると、桂は刀を強く握ったまま一歩踏み込んで……

 

「ない!」

 

叫ぶと同時に桂はダッと前に駆け出す。対峙していた銀時もほぼ同時に彼に向かって走りそして

 

丁度屋上の真ん中で刀と木刀が豪快な音を立ててぶつかり合った。

 

「銀時! ここで決めるぞ! 貴様と俺どちらがこの国を護るのに相応しいか!」

「ヅラ、悪いが俺はこんな国知ったこっちゃねぇよ、だがな!」

「!」

 

刃を交えていた筈の銀時が目の前でパッと一瞬で消える。姿を見失った桂の背後に、銀時が即座に現れる。彼の背中には黒子がおぶさるように両肩に手を置いていた。

 

そう黒子は銀時が桂の方へ突っ込んで行くのと同時に、自分もまた気配を悟られぬよう銀時の背後にピッタリ付いて追走していたのだ。

 

「俺の大事なモンを壊すってんなら! 例えテメェだろうが容赦はしねぇぞ!」

 

そう叫びながら銀時は彼の背中目掛けて木刀を横薙ぎで振るう。

しかし

 

「なに!」

 

桂の姿が目の前で突然消えた。まるで黒子が自分を消したかのように

しかし銀時の思考が回る前に彼の左側から桂が再び現れ

 

「遅い」

「く……!」

 

こちらの右肩目掛けて真っ直ぐな突きを入れて来る。しかし銀時の姿はまたもやその場から消えてその一撃は空を切る。

 

「これは偶然かはたまた必然か」

 

銀時が次に出てきたのは桂から数メートル離れた前方。そしているのは彼一人。

黒子の方は

 

「そこですわ!」

 

彼女の方は銀時を逃がした後空中に転移し、太ももに巻いたホルダーから鉄棒を数本手に取り桂の足に向けて再び飛ばした。

 

「戦が終わり俺達は別々の境遇に身を置いたというのに」

「!」

 

桂の姿がまたもや消えて、その鉄棒は小さな音を立てて落ちる。

そして桂が次に現れたのは空中に浮かんでいる黒子の背後。

 

「同じような戦い方を」

「ふん!」

 

桂が消えた瞬間から既に銀時は動いていた。

黒子の下へ走りながら右手に持った木刀をブンッと桂目掛けて投げる、

それは彼が現れたと場所にピンポイントに……

 

「だから俺達の戦い方を熟知しているという訳か」

 

しかし桂は瞬時にその木刀を開いた方の手でガシッと受け止めた。

すると同時に右手に持っていた刀が消える感覚。先程切ろうとしていた黒子がドヤ顔でこちらに笑いかけていた。

 

「喋る余裕がありますの?」

「オラァァァァァ!」

 

いつの間にか桂の刀を手にしていた銀時が、コンクリートの地面を踏み込んで高く飛び上がる。

しかし

 

「ぐは!」

「な!」

 

上に飛んだはずの銀時がまるで落下したかのように地面に叩きつけられた。

それに驚く黒子だがその隙を突いて桂が銀時の木刀で彼女も地面に

 

「だが残念だったな」

「うぐッ!」

 

叩きつける。

固い地面に肩から落ちて、痛みで思考がほんの少し停止してしまう。

だがそのほんのわずかの隙も見逃さない

 

「あなた達は私達より一手遅い」

「「!!」」

 

地面に叩きつけられたばかりの銀時と黒子が次の間にいた場所は

 

屋上の外、つまりこのままでは5階建てのビルから真っ逆さまに落ちてしまうという事。

 

「チビ助!」

「ええ!」

 

ゆっくりと落ちていきながら銀時は黒子に向かって手を伸ばし、彼女もまたすぐに彼に手を伸ばす。

路上に落ちてペシャンコになる寸前で二人の手が繋がった時、すぐに二人の姿は消える。

 

「教えてあげるわ白井さん、私の能力名は座標移動≪ムーブポイント≫」

 

満足げに笑いながら結標は優しい声で説明する。

 

「あなたと違い、触れずとも対象を転移できるの」

 

銀時と黒子は既に彼等の前に現れていた。息を荒げながらもまだやれると言った感じで立ち上がると、銀時は手に持った桂の刀を結標の軍用ライトを持つ右手目掛けて再び投げる。

 

「つまりここら一体は完全に私のテリトリーにあるわけ」

 

結標は避けようとはせず、その刀にすぐに持ってる軍用ライトを向ける。

すると刀は消え、次に現れた場所は

 

「ぐわぁぁ!!」

「あなた!」

 

投げた本人である銀時自身の右手の甲を突き刺していたのだ。

黒子はすぐに駆け寄ってその刀に手を置いてテレポートで抜く。

 

「大丈夫ですの……?」

「大した怪我じゃねぇ、しかし……」

「だから遅いと言っているであろう」

「「!!」」

 

手の甲から滴る血を拭うヒマさえない。

今度は桂本人が眼前に現れ、手に持っていた銀時の木刀で

 

「その程度の力では」

「クソったれ!」

 

傍に落ちた刀を拾い、即座に横薙ぎに振って来た彼の一撃を受け止める。

 

「俺達には勝てんぞ」

 

強い意志を持った目でそう言い放つ桂。

 

戦いが始まったばかりだというのにこの激しい疲労感……

これが侍と能力者コンビ同士の戦い。

 

「さっきから交互に喋りやがって……なんだよその仲良しアピールは」

「どっちが喋ってんのかわかりずらいので止めてもらいたいですわ」

 

戦場に復帰した黒子は単独でテレポートすると、桂の背後に立っていた結標に狙いを定めて空中から奇襲をかける。

 

「わたくしより少々強力な能力みたいですが……あなたを倒して能力を封じれば!」

「残念、それじゃあ届かないわ」

「!!」

 

結標を守るかのように桂が彼女の前に立って木刀を構える。

このままでは迎撃される、ならばと黒子は空中で再び消えて

 

「行きますわよ!」

「おうよ!」

 

銀時の所に所に再び戻り、彼の着物の裾を掴むと今度は同時に消える。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

浜面達を利用した攘夷浪士達、絹旗を狙っていた真撰組達を蹴散らした時に使用した。瞬間転移を多重に使用した高速移動。

演算処理を重複して行う為、黒子への負荷は重いが。二人はこれを使用して負けた事など一度たりとも無い。

 

桂と結標に対して数多の攻撃で襲い掛かろうとする銀時。だが

 

「お前達が出来る事は」

「!?」

「私達でも出来るのよ」

 

軍用ライトを桂に当て、結標は指揮者の様にそれを振るう。

すると桂は何度も転移している銀時と黒子の眼前にピンポイントで出現しては木刀と刀をぶつけ合う。

 

(コイツ等、俺達の動きを一歩先に読んでやがる……!)

(わたくし達より戦術や戦略も上という事ですの……!)

 

結標の周りを回るように銀時と桂は何度もぶつかり合う。結標の方を狙おうとしても桂がまたもや現れ、桂の方を狙っても消えて逃げられる。

 

「はっきり言うぞ銀時、貴様等では俺達に勝てん」

「がはッ! そういう事を勝つ前に言うのは!」

 

数十回目の打ち合いの末に桂の木刀が銀時の腹部に刺さった。

あまりの痛みに胃の中のモノを全てぶちまけそうになるが。

それを堪えて銀時も手に持った刀で桂の右腕を

 

「死亡フラグって言うんだぜ!!」

「なに!」

 

痛みに耐え抜いてお返しとばかりに彼の右腕に刀を突き刺した。

これには桂も驚くがすぐに左手の方で本来の自分の刀を抜く。

銀時の腹にを突いた木刀の方は銀時に寄り添っていた黒子が手を伸ばして触れた。

木刀はすぐに銀時の手元に戻る。

 

「ハァハァ……! これで互いの得物が元の持ち主に戻ったな……」

「窮鼠猫を噛むとはこの事か……」

「見苦しい真似を……腰抜け侍のクセに」

 

方や右手の甲から、方や右腕から血を流しながらも二人の侍はまだ闘志を失っていない。

二人の能力者も、それに応えるように全力で己が持つ能力を限界まで振り絞って戦う。

 

再び刀を手にした桂は軍用ライトを持った結標と共に、対峙する銀時と黒子に向けて。

 

「見せてやるぞ銀時、俺達の本当の戦いを」

「運悪く死んでも、化けて出てこないでよね」

 

ここからだ。

桂小太郎と結標淡希

 

侍と能力者の最骨頂のコンビネーションを披露されるのは

 

 

 

 

 

 



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第四十三訓 侍教師、倒れない

 

銀時と黒子に美鈴の護衛を頼まれた美琴はというと

 

「チェイサーッ!!!」

「「「「「うおあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」

 

話にするまでも無い、圧勝である。レベル5第三位の超電磁砲と呼ばれる彼女はいかに屈強な攘夷浪士が束になろうとやはり敵ではなかった。

 

身体から放つ稲妻の如き電流が一斉に桂一派の侍達を感電させ、次々と気絶させていく。

飛び道具も無しに刀一本で立ち向かえる相手ではない、ましてや飛び道具さえも効かないであろう。彼女にかかれば鉛弾でさえ防ぐことは容易である。

 

「残るはアンタ一人ね……」

「く……! 足止めさえ出来ないとは……!」

 

最後に残った浪士を美琴はジリジリと歩みながら追い詰める。

桂一派も元々彼女に勝てるという考えは無かったのであろう、ただ彼女が桂と銀時の所まで行くのを止めるという、あくまで足止め役として襲い掛かったらしい。

しかし残念ながら、いかに侍であろうと相手が悪すぎた……

 

「食らいなさい、私が隠れて日夜研究に研究を重ねた超必殺技……!」

「ひ!」

 

美琴は右手を振り被り、その手にはバチバチッ!と強い電磁波が流れ始める。

恐ろしい威圧感、筈か中学生の少女が放つとは思えない圧倒的なその凄みに最後の浪士も思わず怯えてしまう。

 

「ドメスティックバイオレンスゥゥゥゥ!!!」

「あひゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

電流を纏ったその右手で美琴は突然浪士の股間を鷲掴みに。

これは少年ジャンプで一部のマニアから熱狂的な人気を誇る「ギンタマン」に出て来る主人公、ギンタさんの必殺技だ。

相手の股間を鷲掴みにし一撃で破壊し、一秒間に16回も攻撃してグチャグチャにし、色んな意味で戦闘不能にさせてしまう恐ろしい技だ。

 

当然女の子の美琴が会得していい技ではない。

 

「ふ、これが超電磁砲と呼ばれた私の力よ……」

「な、なんという技だ、さすがこの学園都市で3番目の超能力者……」

「私の力だけじゃないわ、私とギンタさんの力よ」

「ギ、ギンタさんって誰……?」

 

最後の攘夷浪士が壁にもたれながら白目を剥いてゆっくりと倒れた。

恐らくこの中で最もダメージがデカいのは彼であろう。特殊な性癖に目覚めなければいいが

 

「よし、コレで全員片付いたわね」

 

人の股間を鷲掴みにしておいてケロッとした表情で振り返ると美琴はすぐに客室まで戻る。

そこには攘夷浪士から逃れるよう母である御坂美鈴を隠していたのだ。

 

「ママー帰ったわよー。どうせ寝てるんでしょうけど」

 

自宅に帰る子供の様な声で美琴がドアを開けると、そこには美鈴がソファの上に大人しく座っていた。

 

「なに大人しく座って黙ってんのよ、気持ち悪いわね」

 

娘が戻って来てもただボーっと真正面を眺めている母親に美琴は顔をしかめる。

本来の彼女らしくない、そんな違和感を覚えた美琴が美鈴にそっと近づこうとすると

 

「”自分の母親に対して気持ち悪いはないでしょう、御坂さぁん”」

「っていきなり喋んないでよ、それになんで娘の事を苗字で……って!」

 

やはり美鈴の様子がおかしい。何か得体の知れない者が彼女を通じて喋っているようなそんな感覚。そして目が何故かキラキラしている

美琴はこの得体の知れない者というのに心当たりがあった。この妙に人を苛立たせる独特的な喋り方は……

 

「アンタが喋っているの、”女王”……!」

「”んー? なんの事言ってるのかママわかんなーい”」

「人の母親でぶりっ子アピールすんじゃないわよ! 娘として恥ずかしいんだから!」

 

小首を傾げててへっと舌をペロリと出す美鈴に美琴は少しいたたまれない気持ちになりながらも、彼女の中にいるであろう人物に話しかけた。

 

「一体どういう事よ! なんでアンタが私の母親を操って! ま、まさかアンタ最初から!」

「”ふーん、御坂さんにしてはあっさりと正体見破ったわね、でも残念、私がこの人を操ったのはついさっきだゾ☆”」

「ちくしょう! てことはあの残念キャラは正真正銘私の母親って事になるじゃないの! 最初からずっとアンタが操ってたんならちょっと安心したのに!」

「”あのねぇ……私から言わせればあなたとお母さんも似たり寄ったりなんだけどぉ”」

 

両手で頭を押さえながら今の今までの美鈴の手酷い失敗を思い出しながらガックリ来ている美琴に思わず、”中の人”も哀れみの声を漏らす。

 

「”御坂さんってもしかして自覚ないのぉ? ならますます痛い子ね、だから友達出来ないぼっちさんなんだゾ☆”」

「ぐ! 自分の母親の姿で言われるとますます精神に来るわね……! いい加減にしなさい女王!」

 

ここまで言われては美琴も頭に来る、というより彼女が美鈴を乗っ取ってる時点で怒る理由は既に出来ていた。

 

「人の母親を操って! しかもこんな状況の上でふざけた事してんじゃないわよ! 悪いけどアンタの遊びに付き合ってらんないの! 私は今からアイツと黒子助けに行くんだから!!」

「”くすっ、だからそれを止める為に私がここに来たんじゃなぁい”」

「え?」

 

美鈴が可笑しそうに笑ってこちらを真っ直ぐと見据えてくる。

 

「アンタまさかあの桂って男に加担するって言うの!?」

「”んーそれはそうとも言えるしぃ、そうとも言えないって感じかしらぁ”」

「……何を考えているの?」

「”フフ、知りたがり屋の御坂さん、じゃあ特別に教えてあげちゃう”」

 

全く掴み所が無く、人を小馬鹿にする態度がますますイライラする。

彼女が桂一派に入ってるのであればそれはそれで痛ぶる相手が一人増えたと思えばいいわけで。

しかし問題なのは彼女が今、美鈴の身体を代用して使っている事である。

下手な真似したら”人形役”の美鈴に危害を加える可能性だってあるのだから

 

「”私の目的はあの長髪のお侍さんと銀さんを戦わせる事、もちろんあなたみたいなお邪魔虫がいない中での戦いね”」

「アイツ等を戦わせるって……それが一体何になるって言うのよ!」

 

まるで意味の分からない回答だった。桂と銀時を戦わせる? 美琴にはまるでわからないし理解できない。彼女の本意を読み取れない美琴は歩み寄って胸倉を掴もうとする。

 

「アンタだってアイツと仲良いんでしょ! ならどうしてそんな真似を……!」

「”私と銀さんの事を仲が良いとかそんなチャチなレベルで測らないでくれる?”」

「!?」

 

一瞬ゾワッとしたイヤな悪寒が走った。反射的に美琴はその場から一歩下がる。

コレは美鈴を操る本体である彼女から放たれた気配なのか……いつもの甘ったるい口調とは違いドスの利いた低い声に感じた。

 

「”仲が良いとか、愛し合ってるとか、その程度の関係ではないわ、私とあの人は”」

「……」

「”それで話戻るけど、悪いけど御坂さんにはここでちょっと大人しくしてもらうわよぉ”」

 

再び元の口調に戻った彼女は人差し指を唇に当てて大人しくしててね、というポーズを美鈴でやる。

美琴はただ彼女を睨む事しか出来なかった。先程の肌にまで伝わる圧迫感がまだ体に残ってるというのもあるし、何より美鈴を人質に取られては動くに動けない。

銀時と黒子が無事ならいいのだが……美琴はただそう祈るしか出来なかった

 

「”大丈夫よ、銀さんならきっと勝てるからぁ”」

 

彼女が考えてる事を読む様に美鈴の中の人がそう呟く。

 

「”そうじゃないとダメなの、あの人には過去を乗り越える力を持たなきゃいけないんだから”」

 

 

 

 

 

「”じゃないとあの人は私を見てくれないから”」

 

 

 

 

 

 

美琴が女王に足止めされてる一方で坂田銀時と白井黒子は苦戦を強いられていた。

同じ侍と能力者のである桂小太郎と結標淡希は二人よりも一手先を行く戦法を取っていく。

 

「はぁぁぁぁぁ!!!」

「俺と対するなら力任せでも良かろう」

 

負傷はしているがまだまだやれる、銀時は木刀を桂の脳天目掛けて振り下ろすがやはり

 

「だが”俺達”が相手となると、それでは勝てんぞ銀時」

「!!」

 

一瞬にして背後を取る桂、そのまま腰に差した鞘に収まった刀を一気に引き抜く……と思いきや

 

「む?」

「確かに俺一人じゃ勝てねぇな、だが」

「”わたくし達”なら、勝てますわよ」

 

そう上手くはやらせない、桂が背後を取る事を先んじて黒子が二人から距離を取ったまま桂の鞘に収まった刀を鉄棒で鞘ごと貫通させてテレポートさせたのだ。

抜こうと思っていた刀が黒子の鉄棒に邪魔されてさすがに無表情だった桂も意外そうな声を漏らす。

 

「これでは刀が使い物にならなくなってしまった」

「いいだろ別に! ブタ箱で刀なんざ使わねぇんだからな!」

 

呑気な一言を呟く桂目掛けて再び銀時が木刀を振り下ろす。

 

しかし

 

「んな!」

「へ? ぎょッ!」

 

目の前にいた桂が突然こちらに背中を見せる黒子に

桂と黒子が入れ替わったのではない、銀時が黒子の背後に移動したのだ。

 

「何を! やってますの!」

 

木刀で頭をカチ割られそうになり慌ててテレポートをして避ける黒子。

標的を逃した木刀はそのまま地面にヒビを入れる程の衝撃を与えた。

 

「完全に相手にわたくし達の戦略を読まれていますわ……」

「ヅラの野郎は剣だけでなく頭も相当キレてたからな……」

 

銀時の隣に移動しながら黒子は苦虫を噛みしめる様にこの状況を打破する手はないかと考えるがやはり思いつかない。

桂の剣の腕は想像以上に凄かった、まさかこれ程までとは

 

(もしかしたらこの男と同じぐらいの強さを持っているのですの?)

 

先程までの桂の戦いぶりを見て黒子はちゃんと分析していた。

恐らく彼は銀時と同等の強さを持っていると言ってもおかしくない。さすが攘夷戦争を生き残った猛者の一人といったところか

 

(それに比べてわたくしとあの女は……明らかに大きな差がありますの……)

 

結標の能力は座標移動。

軍用ライトで照らした対象を手も触れずに転移させるというレベル4、もしかしたらレベル5に匹敵するのではないかと思ってしまうぐらいの能力。

 

どうしてそんな凄い能力を持っている彼女が桂の仲間になったかは不明だが、そんな事よりも触れる物しか転移できない自分にとっては彼女の能力の恐ろしさがよくわかった。

 

(侍同士の戦いなら互角かもしれませんが、能力者同士となると分が悪いですわね……)

 

珍しく弱気な事を黒子が心の中で呟いていると、前方で一人立っている桂の隣に結標がシュンっと現れた。

 

「ハァ、ハァ……はいあなた、新しい刀」

「無理はするな。お主がいなくてはこの戦、勝つ事は出来ん」

「わかってるけど、獲物が無かったらさすがにあなたも勝てないでしょ……」

 

彼女はどこからか新しい鞘に収まった刀を調達して桂の為に持って来たらしい。急いでいたのだろうか、顔色がどこか優れない。

桂はその刀を受け取ると再び腰に差して構える。

 

「銀時、正直に言うとお前とその娘をこれ以上傷つけるのは俺としては不本意だ。どうか俺の願いを聞き入れて共に攘夷志士として戦ってほしい」

「……ヅラ、正直に言ってやらぁ」

 

木刀をスッと腰に沿って構えると銀時は濁った目で無表情で口を開いた。

 

「今のテメェの剣じゃ俺の魂には届きやしねぇよ」

「そうか……」

「もううんざり、こんな奴にお願いなんてする必要ないわ」

 

その返事に少々悲しそうに呟く桂を見て、結標は軍用ライトを銀時の方に向ける。

 

「散々こっちが手を差し伸べてやってるのに、攘夷戦争から生き延びた侍がここまで腰抜けになってるだなんて笑えないわ」

「この男の事はいくらでもお好きに言ってよろしいですの」

 

彼女を見据えながら黒子はそっと銀時の裾を手で掴みながら答えた。

 

「ですが終わった戦を繰り返して無駄な血を流してるバカ共よりはずっとマシですわ。例えそれがあなた方にとっては逃げてるようにしか見えなくても、わたくしにとってはこの男の方がよっぽど侍ですの」

 

攘夷志士相手にこうまで啖呵を切れる少女がいるとは。

しかし彼女の言葉が結標をいよいよ本気にさせる。

 

「……さすが世間知らずの娘達が集まる常盤台の生徒さんね、言ってる事もやってる事も的外れで」

 

ライトから放たれる光を向けながら奥歯を噛みしめ、結標が牙を剥く。

 

「虫唾が走るのよ……! この街の”闇”も知らないガキのクセに!!」

「来ますわ!」

 

彼女が動く、即座に読んだ黒子はすぐに銀時と共にテレポートする。

移動先は結標の正面

 

「これでしめぇだ!」

「フフ……」

「!?」

 

結標目掛けて黒子と共に現れた銀時が木刀を振り被った。しかし結標はそんな彼等を見て焦るどころか口元に歪な笑みを浮かべ

 

「その言葉そっくりそっちに返すわ、元攘夷志士さん」

「な……! ぐはぁッ!!」

「やはり読みは私の方が正確みたいね」

 

突如両手両足から灼熱のような痛みを感じる銀時。

思わず木刀から手を放し、彼の得物はカランカランと空しい音を立てて地面に落ちた。

今銀時の手足に痛みを与えるのは

 

先程美琴を捕まえようと奮起していた浪士達が使っていた刀だった。四肢に刀が突き刺され、銀時は膝から崩れ落ちる。

 

「くそ! まさかここまでやるとは思わなかったぜ……!」

「あなた!」

「あなたもよ白井さん」

「がはッ!」

 

悲痛な叫びをあげて銀時の下へ駆け寄ろうとする黒子。

しかし敵前だというのをつい忘れてしまう程焦った彼女に結標は再び狙いを定め能力を発動。

彼女の両太ももに銀時同様鋭い刃が突き刺さった。

 

「う……くぅ……!」

「戦場で敵の事より味方の心配する方が悪いのよ、これだから世間知らずなお子様は」

 

その場で崩れる様に倒れた表紙に黒子の太ももを刺した刀が抜ける。見下ろしながら、絹旗は勝利を悟った。

格の違いというのを見せつけられ、黒子は実力の差というのを噛みしめながらただ必死に次の行動に移ろうとテレポートを試みるも

 

(精神状態と足の激痛のおかげで演算処理が上手く出来ない……!)

 

自分と彼女の差、隣で深手を負っている銀時の心配、そして足が千切れたのではないかと思ってしまう程の痛み。それ等が原因となって黒子は上手く頭の中で転移先への演算処理が出来なくなってしまっていたのだ。

移動系能力者である彼女は他の能力より脳への演算負荷が大きく、

痛みや動揺などで集中力が乱れるとすぐに使用不能になってしまう。

 

ゆえに彼女は他の能力者よりもずっとメンタル面を強くするよう鍛え上げていたのだが

 

「わたくしとした事がこの程度の事で……!」

「別にあなたが弱いんじゃないわ、私が強すぎるのよ」

「く!」

 

勝ちを確信した結標はコツコツと足音を立てながら倒れている黒子の方へゆっくりと歩み寄る。

 

「ねぇ白井さん、あなたは初めて自分の能力を手に入れた時どう思った? 嬉しかった?」

「……」

「私はね、凄く怖かったわ」

 

倒れる黒子の正面に立つと結標はそっとその場にしゃがみ込む。

 

「この能力があればどんな事も出来る、それはつまりどんな恐ろしい事も出来てしまう事。人を傷つけて殺める事さえ容易に出来てしまうこの能力に、私自身が一番怯えていた」

「……」

「それでもこの力を必要してくれる人がいるなら、この力が学園都市発展の役に立つというならとずっと我慢してきた」

「……」

「けれど私は”学園都市の闇”というモノを知った、こうしてここにいる連中が平和に生活している中で、裏では禍々しく狂った出来事は毎日の様に繰り返されている事に」

「……」

「そしてその裏を操っているのはこの国を乗っ取りに来た天人達であり、私の能力を使って実験に勤しんでいた連中だったのよ」

 

自分の過去に体験した事を神妙な面持ちで呟く彼女を黒子はずっと黙って聞いている。

 

「結局私はただ天人に踊らされていただけ、そしてそれは私だけじゃない。私達能力者全員が、天人に利用され実験動物として扱われている」

「……」

「私の人生はただ連中に上手く利用されるだけの人生だった。世間を知らない子供が上手く口車に乗せられて”怪物”にされていた、それに気付いた時は怒りも悲しみもない、心の底から湧き上がる感情は「恐れ」だけだった」

「……」

「私達は本当に人間なの? それとも天人に利用する為に作られた人形? 私達能力者はどうしてこんな恐ろしい力を持たなきゃいけなかったの?」

「……」

「そんな迷いが頭の中から離れられなくてずっと怯えていた時、この人が手を差し伸べてくれた」

 

結標がふと後ろに振り返る。桂が腕を組みただただ見守る様に立っていた。

 

「この国から天人を排除して学園都市そのものを崩壊させる。そうする事でやっと私達能力者は本当の意味で自由になれる、そう彼が教えてくれたのよ」

「……」

「だから私は彼と手を組んだ、この腐ってしまった国をゼロに戻して、私達で新しい国を築き上げる、そこにはもう天人も実験動物もいない、侍と能力者が暮らす真の理想郷」

「……」

「その為なら私はいくらでもこの恐ろしい力を使ってやるわ、私の力はもう天人でも学園都市の為の力じゃない。この国を本気で変えようとしている侍、桂小太郎ただ一人の為に私は力を使う、それが私がやっと見つけた本当の”居場所”」

「……」

「でもだからといって今回ばかりは彼の案には反対だったわ、どうしてこんな男を仲間にしようだなんて」

 

話の途中で結標はチラリと蔑むような視線を黒子の隣にいる銀時に向ける。

 

「攘夷戦争を生き延びてからフラッと消えたこんな腰抜け、彼には必要ないわ」

「……」

「白井さん、あなたこんな男や超電磁砲と手を切って私達の所へ来ない?」

「……」

 

ずっと倒れたまま無言でいる黒子に結標は優しそうに言葉を耳元に囁く。

 

「あなただって私の苦しみがわかるでしょ? あなただって自分の能力で人を傷つけた事だってある筈だわ、そして考えた。どうしてこんな恐ろしい力が自分にあるのだろうって」

「……」

「その苦しみを取り除く方法を私達は知っているわ、ねぇ白井さん共に真実を知る気があるなら、私は喜んで彼の下へあなたを招待するわよ」

「……」

 

歌う様に、恋日の耳に囁く様に、結標は黒子を誘惑する。

彼女の言葉は能力者なら誰もが思う疑問の一つだ。

この街で能力者同士で喧嘩を一度でも行ったものは誰もが秘める黒い部分

どうすれば上手く人を傷つけられるか。

痛みを与える、苦しめる、壊す、薙ぎ倒す、吹き飛ばせるか

そしてすべてが終わった後にふと頭によぎるのだ

どうして自分はこんな力を持っているのだろう、と。

その疑問を考えながら一体どれ程結標は苦しんだのであろう。

ゆえに彼女は共有したいのだ、自分と同じ能力である黒子と、唯一桂とは分かちえない能力者同士の苦悩を共に抱えて歩んで欲しいと思っているのだ。

 

だが黒子は歯を食いしばり、鋭い眼光を持ってそんな彼女を睨み付けた。

 

「お断りですわ」

 

低い声で威嚇を放つように

 

「攘夷志士と手を組んでこれだけの事態を起こしているにも関わらず理由がそれっぽっち? 所詮その程度の小悪党という事ですわね、長々と語った悲劇の話はもう終わりでよろしいので?」

「なん、ですって……?」

「そんな己に酔った台詞でこの白井黒子を口説き落とせると本気で思っていますの?」

 

「大体」と白井は付け加えて

 

「人間? 人形? 怪物? 何になろうがわたくし達はわたくし達ですわ、今更天人を追い出して学園都市を崩壊させても何も変わりはしませんの、わたくしはお姉様の為なら例え化け物だろうがなんだろうがお好きに呼ばれても結構ですわ」

「あなた分かってないの? 天人がいなければ私達は空間移動能力者という怪物にならずに済んだのよ? そもそも私達はこんな危険な能力を持つべきではなかったのに」

「んなの知るかコノヤロー、と斬り捨てて上げますわね。例えこの世界から学園都市が消えたとしてもわたくし達が能力者になってしまっている事になんの変化がありますの、とわたくしは言ってるのですよ?」

「……」

「既に能力者になっているわたくし達にその真の自由だの理想郷などが出来たとしても、わたくし達は何も変わりやしませんわ」

 

そう断言すると黒子は地面に手をガシッと置く。

 

「人を傷つけるのが怖い? 能力は人を傷つけるだけじゃありませんわ、その逆だって出来る、橋が壊れればわたくしが橋役となり、人が瓦礫の中に生き埋めとなればわたくしが引っ張り上げる、能力は誰であろうと個人が勝手に使えばいい”道を間違えなければ”」

 

足から流れる血をしたらせながら、黒子は奥歯を噛みしめてゆっくりと立ち上がろうとする。

 

「今のあなたは間違ってない道を進んでると本気で思っていますの、今のわたくし達の姿を見て……! これが本当に正しい能力の使い方だと……!?」

「だ、黙りなさい! 私は……!」

 

傷口から血が流れるのも構わずに全力を注ぎこみ、白井黒子は遂に立ち上がった。

 

「結局あなたの先程の滑稽な熱弁の中身は! 見下し精神丸出しの汚い逃げでしかありませんわ! ハッキリ言うから胸に刻みなさい結標淡希! 先程からあなたがずっと何も知らないクセに腰抜けなど臆病者などと見下しているこの男と! 逃げ腰で己の能力にさえ怯えているあなた! 本当の腰抜けがどちらかなど一目瞭然ですわ!」

 

腹の底からずっと溜まっていた鬱憤を吐きだすかのように彼女は立ち上がる。

折れかけていたメンタルはすっかり立ち直り、その目にはもう一点の曇りもない。

お前達を倒すと言わんばかりの鬼気迫る表情で

 

「さあ来なさい結標淡希! それとも臆して逃げても構いませんわよ!」

「わ、私が腰抜けですって……! この私がこの男よりも……!」

「おいおいチビ助……あんまり年上のガキいじめんなよ」

「!」

 

結標の表情には焦りが出る。じとっとしたイヤな汗が体から流れるのを感じて、つい反射的にその場から一歩下がってしまう。しかもその上倒したと思っていた筈の銀時が

 

「腰抜けだの腰突きだのテメェ等勝手に呼び合ってろ、だがな」

「ひ……!」

 

黒子よりも重症である筈の彼が突然ムクリと起き上がったのだ。

四肢に風穴が開いているにも関わらず、全身から血を噴き出しながら銀時は彼女を睨み付ける。その目は鋭く黒子の様に強く輝く。

 

「俺相手にビビってる奴に……!」

「そんな、倒したはずなのにどうして……」

 

結標の表情から怯えが見え始める中、銀時は木刀を振りかざして

 

「国を相手に喧嘩なんて出来っかよッ!!」

 

ブンっと力強く彼女目掛けて振るう銀時。

だがそこで

 

「出来るさ」

「!」

 

銀時の木刀と結標の間に躍り出て刀で受け止める人影。

その正体は桂小太郎。

 

「なぜならこの俺がいるのだからな」

「ヅラ……」

 

銀時の木刀を弾き返しながら桂は彼等から後退して結標の隣に立つ。

 

「結標殿、仮に幕府を倒してこの街を崩壊させようと、確かにその先におぬしが望む未来がある保証はない」

「……」

「だが一つ頼みがある」

 

銀時と黒子によって精神がグラつき始めている彼女に、桂は振り向かずに呟いた。

 

「俺と共にこの国の最期を見届けて欲しい」

「!」

「そこから先は、もうお主の自由だ。俺になど構わずに理想郷でも幻想郷でもなんでも作るがいい」

 

そう言って最後に桂は結標の方へ振り返ってフッと笑う。

 

「だがもし助けが必要になることがあれば、すぐにでもこの桂小太郎が手を貸そう、友として」

「あなた……」

 

桂の言葉にグラついていた彼女の精神がゆっくりと元に戻った。

彼の言葉を信じたい、それが元々結標が桂の下へ行く事になったキッカケ。

それこそ自分が彼の傍を離れようとしない原点だと思いだした。

 

「泣ける友情だねぇオイ、同情でも誘ってんですかコノヤロー、なら二人で手繋いで三途の川渡らせてやるよ」

「いくら泣こうが喚こうがあなた達がこれから進む未来は晒し首ですわ」

「貴様等セリフが完全に悪役だぞ、それでも主人公か」

 

そんな彼等を銀時は鼻で笑い、黒子の隣に立つ。

 

「テメェ等がどうしても引けねぇってならこっちも容赦はしねぇ」

「それが重傷を負っている者がほぼ無傷の者に言う言葉かそれ」

「傷だらけだろうがなんだろうが、この程度じゃ俺はまだまだ死なないんでね」

 

互いに引くに引けない事情がある。

桂と結標、銀時と黒子。二組のバトルはいよいよクライマックスへ迫る。

 

「折れるもんなら折ってみろ、この魂を」

「どうしてあそこまで……もう立つ事さえ限界なはずなのに……」

「よく見ておけ結標殿」

 

満身創痍の状態で木刀をこちらに突き付けてくる銀時に困惑する結標に、桂は若干嬉しそうに笑いながら

 

 

 

 

 

「アレが俺の認めた侍だ」

 

 

 

 

 

 



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第四十四訓 侍教師、変わらぬ想い

 

これは一昔前の話

 

攘夷戦争、それは二十年前から起きたと言われている天人を排除する為に立ち上がった侍達が引き金となり始まった戦争。

圧倒的な武力の差があったにも関わらず戦いは今もなお長く続いていた。

 

「おーおーこりゃまたえらい楽しそうじゃのー」

 

時間は深夜、長い戦が続いたおかげで荒れ地となってしまった場所。

その崖の上で、ひょうきんな男が呑気に笑っていた。

 

崖の下にいる数千にも及ぶ天人達を前にして

 

「ヅラ、あちらさんみんな勝利を確信してあちらこちらで宴会しとるぞ、アハハハ」

「ヅラじゃない桂だ」

 

崖の上から眺めて笑い出している男に桂と名乗る男が背後から近づいてくる。

 

「あの敵の数……いよいよ本腰を入れてきたという訳か、高杉が連れて来る援軍が早く到着してくれればいいのだが。それまで耐えるしかあるまい」

「けども今のわし等は兵糧も尽きかけて腹も減ってクソも出ん。そんな状況で耐えろと言われてものぉ」

 

戦場で食料が尽きるというのは武器を失うよりも厳しい状況に置かれているという事だ。

この状態でなんとか援軍が来るまで戦いを引き延ばすには無理がある。

 

「こんな戦をこれからも続けとったら、わし等の国はいったいどうなるんじゃろうな……」

「奴等が勝って変わるか、俺達が勝って変わらないかの二択しかあるまい」

「その二択の為に一体どれ程の血がここで流れるんじゃか」

「……」

 

先程までの飄々とした態度から一転してどこか遠い目をしながらそう呟く男に桂はしばし黙りこくる。

 

「……そんな事を考える暇があるなら、刀の手入れでもしておけ」

「なんじゃ急に、まさかもう戦仕掛けるんか? 高杉が来るまで耐えるんじゃろ?」

「耐えてみせる、だからこそ敵の兵糧を奪わねば」

 

そう言って桂はチャキっと腰に差した刀を男に見せる。

 

「今この時をもって連中に奇襲をかけて兵糧庫を奪う、お前の隊と俺の隊でな」

「なんじゃとぉ! 兵糧庫を奪うって事は敵のふところにボディブロー入れるって事じゃぞ! 無理じゃ無理! 連中のガードはそげな簡単には崩せん! キツイカウンター決められるに決まっちょる!」

「どっちにしろこのままでは俺達は全員飢え死にだ、ここで戦わなければいつ戦うのだ」

「相変わらず真面目じゃのぉおんしは、けどここで戦うのはそれこそ無駄死にじゃ。ここは高杉が一日でも早くここに来る事を祈って本拠点で耐えるしか」

「敵はもう目前へと迫っているのだ、悠長な真似などしていられない」

 

こちらの兵糧庫はもう長く持たない、数千の敵を前に数十人の兵を率いて決死の覚悟を決めている桂を慌てて止めようとする男だが彼は聞く耳持たない様子

 

すると

 

「おいテメェ等、うるせぇんだよ眠れねぇだろうが」

 

二人の背後にフラリと一人の男が歩み寄って来た。

銀髪の天然パーマの男が眠そうに欠伸をしながら

 

「こちとら戦続きでロクに眠れねぇんだから、悪いけど騒ぐんなら別の所でしてくんない?」

「お前はよくこんな状況で寝れるな、少しは緊張感を持て」

「緊張感? そんなモン持ってても腹は膨れねぇんだよ、ったくちょっとどけテメェ等」

 

そう言いながら銀髪の男は二人を押しのけて崖の先っぽに立つと

 

「こちとら腹が減ってイライラしてるってのに」

「っておい何やってる貴様!」

「なにって小便に決まってんだろ」

「崖の下はすぐ敵陣だぞ!」

 

崖の先でゴソゴソ動いたかと思いきや、崖の下に向かって月の光に照らされながら落ちていく小便。

キラキラと輝きながらそれは垂直に崖の下へ落ちていく。

 

「どうせ気づきやしねぇよ敵さんは全員宴会やってんじゃねぇか、こちとら水ばっか飲んですっかりウンコは出ない代わりにこっちがすげぇ出るようになっちまってさぁ」

「いや気付くだろ! 俺はイヤだぞ! お前の小便で戦いが始まりそれで死ぬのは!」

「そうじゃそうじゃ!」

 

抗議する桂に賛同する男

 

と思いきや天パの男の隣に立ちゴソゴソと股の下を弄った後。

 

「わしはこれ以上この戦いで余計な血を流したくないんじゃあ!!」

「おい貴様ぁ! 流したくないと言っておきながら一体何を下半身から流しておるのだ!」

「いやぁ他人の小便見るとついわしもしたくなっちゃってのぉ、よくあるじゃろ?」

「あるかそんな事! 全く貴様等は! もう我慢ならん!」

 

二人仲良く小便している様を見て遂に堪忍袋の緒が切れたのか歩み寄っていく桂

 

そして

 

「先陣を切るのはこの俺だぁぁぁぁぁ!!」

「結局お前も小便してるじゃねぇかぁぁぁぁぁ!!!」

 

負けじと桂も放尿を開始。崖の下に向かって川の字になって落ちていく。

 

「貴様等の小便で戦いが始まるというのであれば! 俺は俺の小便で戦を始めてそれで死ぬ! これが侍の生き方というものだ!」

「いやダメだろ侍に謝れ!」

「まあええじゃろうこんぐらい! 崖の上から連れションってのも悪くなか! アハハハハハ!!」

「っておいバカ! お前が笑った拍子でお前の小便がこっち飛んでくるんだよ!」 

 

天パのツッコミも聞かずに勢いよく出す桂、それにゲラゲラと大笑いする男。

 

そして三人は事を済ませると再び崖の下を見下ろす。

 

「はーすっきりしたのぉ、3人共えらい勢いで出ちょっておったわ」

「どうやら俺達の中には戦いを前に恐怖して縮み上がっている者はいないようだ」

「え、お前アレで縮み上がってなかったの? アレで標準なのお前のって?」

「この戦が終わったらまずはお前のそれを切り落とす事にしよう」

 

慣れた掛け合いを終えると天パの男が急に腰に差した刀に手を置きながら

 

「じゃあ小便も終わったしそろそろ行くわ俺」

「行く? 一体どこに……なに!?」

 

なんとそのまま小便をした崖から飛び降りたのだ。

この高さから落ちたらほぼ確実に命を落とすであろう。しかし

 

崖の下でドンガラガッシャーン!!と派手な音が聞こえたかと思いきや大勢の敵が騒ぐ声と

何者かに斬られたかのような悲鳴。

 

「アイツめ……! 坂本! すぐに俺の隊とお前の隊を連れて下に行ってくれ!」

「ほんにアイツは無茶ばかりするのぉ、で? お前はどうするんじゃ?」

「決まっている」

 

そう言い残すと桂は躊躇なく崖から飛び降りる。

 

「無茶ばかりする友の尻ぬぐいだ」

 

落ちていく先には敵陣が寝泊まりしているであろう大量のテントが

 

桂はその内の一つ目掛けて

 

再び派手な音を立てて落ちた。

 

「き、奇襲だー!」

「侍共が攻撃を仕掛けてきたぞ! 武器を取れ! ぐわぁ!」

 

桂が現れ慌てて伝令を飛ばそうとする天人の一人が思いきり斬られる。

 

「あれ? お前も来たの? 言っとくが甘いモンは俺が真っ先に頂くから」

「黙れ、貴様に俺のそばは渡さん」

 

天人を斬った正体はやはり天パの男。彼もまたテントの上に落下したおかげで軽いかすり傷しか付いていない。普通の人間ならこの程度では済まないのだが……

 

「こういう事をする時はまず俺に相談しろって何度も言っているであろうが」

「言ってもどうせ止めるだけだろ」

「かかれー!」

 

宴会ではしゃいでいた兵達が次々と押し寄せて来る。

二人は背中合わせの陣形を取って周りを見渡しながら

 

「背中任せたぜ、ヅラ」

「ヅラじゃない桂だ、言われなくてもわかっている」

 

あっという間に囲まれながらも二人は恐れも見せずに地面を蹴り

 

「坂田銀時! 参る!」

「桂小太郎! 押し通す!」

 

二人はそれぞれ反対方向に向かって走った。

これが坂田銀時と桂小太郎の戦い。

 

どのような時でも二人は深い信頼関係を結んでいた

 

 

 

 

 

 

だが

 

 

 

「坂田銀時! 参る!!」

「桂小太郎! 押し通す!!」

 

木刀と刀が激しくぶつかり合わせる二人。

時代の流れが変わると共に彼等は戦う事を選んだ。

互いの本質を見極める為に

 

「はぁぁぁぁぁ!!!」

 

手数で圧倒しようと銀時は豪快に木刀を振りかざす。

手足の痛みさえも麻痺し、彼はただ目の前にいる桂を叩く事だけを考える。

 

しかもそれだけではない

 

「わたくしがいる事もお忘れなく!!」

 

彼のパートナーである白井黒子が彼の背後から手を伸ばして転移させる。

そして出てきた場所は桂の背後。

 

「どっせぇぇぇぇい!!」

「くッ!」

 

振り下ろしてきた木刀を交わす為に前へと飛ぶがその先にいたのは先程銀時を飛ばした黒子。

 

「捕まえましたの!」

「おっと、捕まってしまった」

 

桂の懐に入り手で触れると、彼をそのまま上空高くへ飛ばす。

 

「ふむ、良い仲間に恵まれているな」

 

落ちれば骨折は免れない状況で呑気な事を呟く桂だが、すぐに彼はヒュンっと再び消えて

 

「人を惹きつける所は相変わらずか」

「ロクでもねぇ奴ばっか集まって来るけどな」

 

また銀時の前へ姿を現す。

 

「そんな奴と仲良く話してるんじゃないわよ!!」

 

桂が銀時の前へ現れたのは恐らく彼女が能力を使ったからであろう。

座標移動、それが彼女、結標淡希の能力。

今度は軍用ライトを銀時に向ける。しかし

 

「させませんわよ」

「!」

 

彼女の目の前に黒子がシュンっと現れた。

てっきり黒子は銀時の援護に徹していると思っていた結標は予想できなかった。

黒子は銀時の援護ではなく彼女への攻撃を優先したのである。

 

「この!」

「あら残念」

 

いきなり現れた彼女に結標はヤケクソ気味に殴りかかるが黒子は再び消えて

 

「上から来ますのでお気を付けくださいまし」

「づッ!」

 

彼女の頭頂部に負傷したままでいる両足で踏みつける。

一瞬脳が揺らされて結標がフラつくと

 

「うぐッ!」

 

今度は足元から激痛を覚える。見ると靴の真ん中に深々と小さな鉄棒が刺さっている。

 

「演算処理が早くなっている……!」

「いえ、あなたが遅くなっているだけですの」

 

痛みに呻くように声を漏らす彼女の目の前に黒子が現れた。

 

「先程から疲れが見えますわ、肉体的にというより精神的な。ところであなたご自身をテレポートしたのは桂と共にここまで移動する時と、刀を回収しにいった時の2回で合ってますわよね」

「それがどうしたっていうのよ……!」

「少し疑問に思っただけですわ、このような戦いでご自身をテレポートせずに桂に盾役となってもらっていたのはなぜか、と」

「……」

 

彼女の疑問に結標は答えない、否、答えられないのだ。

ポタリと額から汗を一滴落とす。

 

「それに先程桂の下へ帰ってきた時に、何やら顔色が優れなかったようですが」

「……それが何?」

「もしやあなたは自分自身を転移させるのに若干のリスクがあるのでは?」

 

核心を的確に突かれた事に結標は動揺はしなかった。

いずれ彼女にはバレると薄々気づいていたのだ。

 

「まあね、確かに自分の身体を転移させるのは私にとっては難しいわ、昔の実験で事故を起こしたキッカケでね」

「ご自身の身体を自由に飛ばせるようになれば、レベル5も夢ではなかったでしょうに」

「そんなものに興味無い、天人に支配されてるこの学園都市が決めた序列なんて……」

 

結標はそう言いながら軍用ライトを黒子にそっと……

 

だが

 

「がッ!」

「女子トーク中にこっそり動かないで下さいまし」

 

手の甲を貫通し刺さる鉄棒。結標は思わず持っていたライトを落としてしまった。

 

「なんでこんな……! 私の考えを先読みするなんて……! さっきまでとはまるで違う……!」

「残念ながらあなたの考えが単調になっているだけですの」

 

両足と利き手を封じられ悔しそうに両膝を突く結標を黒子は静かに見下ろす。

 

「桂の言葉で多少はメンタルの方は回復して能力の使用までは出来るようですが、既にあなたはもうまともに戦える状態ではありませんわ」

「それはどう……かしらね!」

 

両膝を突いていた結標は咄嗟に落ちていた軍用ライトを左手ですぐに拾って黒子に向かって掲げるが。

 

「だからバレバレですのよ」

「あ……つ……!」

 

今度は左手の甲に鉄棒が突き刺さる、これで銀時同様四肢にダメージを負ったという事だ。

常人では耐えきれない痛みが全身から感じ始める。

 

「私が負ける……!」

「生身の身体に転移させるのは心が痛みますが、あなたもあの男に同様の事をしましたし」

 

精神負担、演算負荷、肉体損傷、それらが重なり意識も失いかけている結標に黒子はニコッと笑いかけると右腕を振り被り

 

「それではごきげんよう」

「ま……!」

 

最後に何か言おうとするがそこで黒子の右ストレートが彼女の顔面に炸裂。

地面に派手にぶっ倒れ、そこで結標の意識は途絶えた。

バタリと倒れて結標が動かなくなったのを確認すると

 

黒子もまた彼女の隣に倒れた。

 

「さすがに能力を使用し過ぎましたわ……」

 

ハァハァっと息を荒げながら黒子は自分の意識も薄れてゆくのがわかる。

今日だけで一体どれ程の能力を行使したのか、元々精神負荷の高い彼女の能力は無闇に使うと危険なのだ。

そして結標にやられた太ももの傷が原因でもう立つ事は出来ない。

結標のメンタルを少しでもダメージを与える為、黒子は今まで自分はまだまだ戦えると虚勢を張っていたのだ。

 

「後は頼みましたわよ……バカ侍」

 

そう言い残して黒子は静かに目をつぶる。

思いを相棒に託して

 

 

 

 

 

 

「銀時ィィィィィィ!!!」

「ぬおぉぉぉぉぉ!!!」

 

結標と黒子の戦いに終止符が打たれた中で、二人の戦いはまだ終わっていない。

彼女達の手を借りず、二人は得物を何度もぶつかり合わせ衝突する。

 

「貴様はやはりデタラメだな! 四肢が千切れるかもしれん状態で俺とこうして互角に渡り合えるとは!!」

 

銀時の身体はもう真っ赤に染まっている、それでもなお抗い続け戦う彼の姿に桂は思わず嬉しそうに叫ぶ。

 

(やはりコイツは変わらない、どんなに追い詰められても刀を捨てず、ただがむしゃらに前を向いて突っ込んで来るこの姿勢。かつて白夜叉と呼ばれていた時と何も変わらない)

 

ふと懐かしそうに昔の事を思い出しながらも桂の剣筋はますます速まる。

 

「だからこそ! 俺はお前と共にもう一度戦いたい!!」

「ふざけんじゃねぇ! 誰がテロリストになんてなるかぁ! こちとらまともな職に就いてんだ! この不景気のご時世に今更転職なんて出来っかぁ!!」

「問題ないお前なら面接無しで即正社員にしてやろう! ただし履歴書は持って来い! 手書きの!」

「今時手書きの履歴書じゃないと認めないって考えが古いんだよ! 時代はとっくにアナログからデジタルに移行してんだよ! つうか履歴書が必要な攘夷志士ってどんな攘夷志士!?」

 

刃を交える共に昔の様なやり取りを交わしながら

 

桂はここだというタイミングで銀時の腹に突きを入れようとする。

 

「学園都市など所詮天人の実験室の様な物だ! この街を滅ぼして幕府を倒し、天人も排除する! それがなぜ分からん!!」

「分かんねぇし分かりたくもねぇよ」 

「!」

 

彼の突きを一足早く避けて、刀を手で強く掴む銀時。

刃が手の平に食い込んでも離そうとせずに無防備になった桂を睨み付ける。

 

「天人だろうが能力者だろうが知った事かバカヤロー。ここは”俺のダチの墓”だ」

(抜けない……!)

「”アイツ”のたった一つの居場所を奪おうってんなら聖人だろうが魔神だろうがテロリストだろうが誰でも相手になってやる」

 

銀時に掴まれて引き抜けない刀に悪戦苦闘している桂を前にしながら。

銀時は木刀を振りかざし

 

「それが俺が背負ったモンの対価だ」

 

彼が木刀を思い切り振ったと同時に

豪快かつ派手な音が屋上で鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「負けた、か……」

 

桂屋上の真ん中で空を眺めながら仰向けに倒れていた、

顔に放たれた一撃の痛みはまだ消えない。

 

「剣の打ち合いで負けたのではない、俺はお前の本気でこの街を護ろうとする決意に負けたのだ。ズタボロになってもなお体を引きずり、この俺を倒そうとするその決意を」

 

まだ戦える状態である筈の桂がまさかの敗北を認める発言。

しかしそれを聞いている銀時の方はというと

 

「へ、悪いがこっちも限界だわ、血が立ちなくて意識が遠のいちまってやがる……」

 

その場に膝を突き木刀を杖代わりにしながら弱々しい声を上げる銀時。

彼もまたこの戦いに全力を注ぎこんだおかげで、もう時間切れの様だ。

 

「この街を破壊するなら、まずは俺を倒してみやがれってんだ……」

「そいつは骨が折れそうだな、しばし時間を置くとしよう……銀時、お前に一つ聞きたい事がある」

「あん?」

「友の生まれたこの場所を護りたい、と言っていたな。その友とはどのような人物だったのだ、同じお前の友としてそれを知りたい」

「別にお前が考えてる様な大層な”人間”じゃねぇよアイツは……」

 

そう言いながら銀時はしみじみと思い出すかのように顔を上げて空を眺める。

 

「けど俺はアイツの事は絶対に忘れねぇ、例え時代が変わってこの国がどんどん変わろうが、色あせずに俺の魂に刻まれ続ける」

「……”先生”の様にか?」

「……」

 

意味深な問いかけをする桂の言葉に銀時は何も答えようとしない。

しばらくして彼は血を失い過ぎてバタリと前のめりに倒れた。

 

「やべぇな……そろそろ喋るのもだりぃわ……」

「そうか、ならばしばし休むが良い。今回は久しぶりに友と再会できた事だけで良しとしよう、そして出直してまた貴様を俺の仲間にする」

「へ、そいつは……ごめんだな……」

 

その言葉を最後に銀時の意識は途絶えた。

 

こうして桂と銀時の戦いは終わった。

結果は銀時のこの街を護ろうとする決死の覚悟によって桂が敗北を認める事となった。

立場は変わっても、二人は何も変わっていなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

「……」

「あ、目が覚めた」

 

銀時はゆっくりと目を開ける。

そこはビルの屋上ではなく、とある病院の一室だった。

見知らぬ天井どころかもう何度も目にしている病室の天井をボーっと眺めた後、ふと自分が横になっているベッドの横に座る少女に目をやる。

これまた見慣れた短髪の少女、御坂美琴であった。

 

「目を開けたらお前がいるとか最悪の目覚めだわ」

「良かったわね意識が戻って、もっかい失う事になるけどその前に言い残すことある?」

「いや待て待て、病院の中で電撃出すなって」

 

起きて早々悪態を突かれて美琴は笑顔で頭からバチッと小さな火花を出してくる。

それを止めながら銀時はゆっくりと半身を起こした。

 

「俺は病院まで連れてこられたのか、何日寝てたんだ?」

「ほんの数日よ、ホントどんな体の構造してんのよアンタは……それと隣のベッドに黒子が寝てるわよ」

「あん?」

 

美琴が指さした方向に銀時が目を向けると、隣のベッドには同じ場所で戦いを繰り広げた黒子が寝息を立てて熟睡している。

 

「俺達が無事って事はヅラの野郎たちは」

「私が屋上に行った時はアンタ達しかいなかったわ、逃げられたみたいね」

「昔と変わらず逃げ足の速い野郎だぜ」

「……」

 

どうやら桂と結標には逃げられたらしい。それを聞いてため息を突く銀時に美琴は顔をしかめた。

 

「……アンタ攘夷志士だったのね」

「元だよ元」

「別にアンタが元攘夷志士だろうが私は構わないわ、けど」

 

言葉少なめに返答する銀時に美琴は少々不安そうに

 

「アンタは桂みたいにはならないでよね?」

「なれるかよあんな糞真面目キャラに、俺はいつだって俺だ」

「それならいいんだけど、アンタが桂と昔の話してた時さ、なんだかアンタが遠くに行っちゃいそうに見えて……」

「どこにも行きやしねぇよ」

 

髪を掻き毟りながらけだるそうに答える銀時。

 

「周りはガキ共ばっかでうっとおしいったらありゃしねぇし、たまには一人で羽目外してぇ時もあるだろうが、仕方ねぇからここに長居させてもらうわ」

「なるほど、つまり私と一緒にいたくていたくてたまらないって事ね」

「丁度いいな、今からすぐに医者に耳診てもらえ、それか頭」

 

腰に手を当てドヤ顔をする美琴に若干イラッと来ながら銀時はいつもの死んだ目を向ける。

 

「そういやお前はどうだったんだ? 母ちゃんの方は?」

「ああママなら平気よ、私が桂の部下全員やっつけたし、ただね……」

 

美琴は腑に落ちない表情で目を細めた。

 

「第五位の女王様が私のママを人質にして私をアンタ達の所まで行かせるのを止めたのよ」

「アイツか」

「あんまり驚かないのね」

「アイツは昔からどこからともなく首突っ込んで来るからもう慣れたわ」

 

少々意外そうな顔を浮かべる以外特に驚いていない様子の銀時に美琴は話を続ける。

 

「アンタと桂を戦わせたがっていたわ。アイツは一体アンタに何を望んでいるのかしら」

「……いい加減過去から逃げずに向き合えって事だろ」

「わかるの?」

「しょっちゅう言われてんだよ」

 

そう言って銀時はフッと笑うと、美琴の方へ振り向いた。

 

「俺は戦争とこの街で大事なモンを二つ失っちまった、死んでも護りてぇモンを結局護りきれずにテメーはのうのうとこうして生きている」

 

初めて自分から自分の話を始める銀時に美琴は黙って聞く。

 

「俺はまだその重荷を背中に背負い続けて彷徨ってる、それがアイツは許せねぇのさ」

「……」

「過去の事は引きずるなとはヅラに言ったが、結局俺もアイツと同じ半端モンだよ」

 

自虐的に呟く銀時の表情、寂しげに思い出を蘇らせている彼の姿を美琴はただ無言で見つめる。

 

「手から落ちたモンが2度と戻って来ねぇ場所に行っちまったのに、まだ俺はそれを追いかけている。そればっかりは女王にキレられても文句は言えねぇわな」

「……私はアンタが一体何を失ったのか、あの女と一体どんな事があったのかは知らないわ、けど……」

 

珍しく弱気な言葉を嘆く彼に美琴は頭の中で伝えたい言葉を探りながら

 

「いつものアンタでいて欲しい、ちゃらんぽらんだし女の子の扱い方も最悪だしいい年してジャンプ読んでるし人前で平気で鼻ほじるし天パだしとんでもないバカだけど」

「おい、どんだけ俺を乏しめれば気が済むんだコラ、トドメ刺しに来たのか?」

「そんなアンタが私の隣でこれからもそのアホ面でヘラヘラと笑ってくれるなら、私はアンタが何を背負ってようが見る目は変わらない」

「……」

「だからこれからはアンタは足元ばっか見てないで前向いて私を見ろって言ってんの」

 

励ましてるのか貶してるのかわからないフォロー。

銀時はいつものとぼけた面でボリボリと後頭部を掻きむしる。

 

「ガキがおっさん口説こうとするなんざ十年早ぇよ」

「はぁ? んなつもりは毛頭ないわよ、アンタが珍しく辛気臭い顔してたから励ましてやってるだけよ」

「生憎テメェみたいなガキに気を遣われても嬉しくとも何ともねぇよ」

 

口をへの字にする美琴に銀時はけだるそうに答えるとベッドからのそっと両足を出す。

 

「こちとら心の問題だけじゃなくて体の方も相当ヤバ……いてて」

「何やってんのよ、両手両足に穴開いてたのよアンタ、私がすぐに病院呼ばなければどうなってた事やら」

 

床に足を着けた途端すぐに痛がる銀時にため息を突くと、美琴は傍にあった車いすを彼の下へ持ってくる。

 

「リアルゲコ太がしばらくこれ使いなさいって、ほら座りなさい」

「ったくあのヤブ医者、こんなモン用意するよりもさっさと俺の怪我治せっての」

「言っとくけどあの人が治療しなかったらアンタ相当ヤバかったんだからね、感謝しないよ」

 

ブツブツと呟きながら銀時は美琴が持ってきた車いすに深々と座ると、美琴は彼の背後に回ってグリップを両手で握る

 

「それでどこに行きたいの? トイレ? 購買所?」

「そうさな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前に任せるわ、お前といりゃあ迷わずに進めそうだからな」

 

 

 

 

 

 



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第四十五訓 侍の秘めたる居場所

ここはとある病院の廊下。

そこをよく似た二人の親子が会話を交えながら歩いて来た。

 

「へーそりゃ大変だったわねー」

「なんでそんな人事みたいなのよ」

 

とぼけた様子で答える母親、御坂美鈴に娘である御坂美琴がツッコミを入れる。

 

「自分だって巻き込まれてんだからもっと気にしなさいよね」

「だって私途中で寝ちゃってたし」

「途中からは寝たんじゃなくて操られていたのよ」

 

そう言いながら二人は一つの病室の前に足を止め、ガララっとドアを開ける。

 

そこにいたのは

 

「おいどういうこったこりゃあ! またデキちゃった結婚だよ! もう車にガキとカミさん乗せられねぇよ! パンパンに溢れかえってるよ!」

「さすがに第12夫人まで出来るとか引きますわ。あ、やりましたわ! 遂にわたくしとお姉様の間の子供が結婚して出産を! これでわたくしとお姉様にお孫さんが出来ましたの!!」

「おいちょっと待つアル! 万年金欠のおっさんと冴えない地味なツッコミ眼鏡とトリオを結成ってどういう事ネ! こんな奴等と組んだら一生人生負け組確定じゃねぇーか!」

「どうする、どうすればいいんだ俺は! 会社の同僚の3人と関係持っちゃってこれじゃあ人生ドロドロルート確定じゃん! 挙句の果てには4人目や同僚の妹ともフラグ立つし! いやもうドロドロでもいいや! モテモテ人生最高!!」

 

桂小太郎と結標淡希と激闘を繰り広げた坂田銀時と白井黒子が入院中にも関わらず、またもや人生ゲームをやりながら騒いでいた。

おまけに銀時と同じアパートに住んでいる謎のチャイナ娘、神楽と

かぶき町で万事屋として働いている浜面仕上も加わっていた。

 

病室でギャーギャー騒ぐ彼等をしばし眺めた後、美琴はワナワナと震えながら中へと入り

 

「アンタ等怪我人のクセに病院ではしゃいでんじゃないわよ!!! 修学旅行の男子か!」

「あ? また来たのかお前」

「またとはなによ! こうして見舞いに来てくれるだけありがたいと思いなさい!!」

「お姉様!!」

 

彼女の叫びにやっと気付き顔を上げる銀時と彼女に出会えた事で物凄く嬉しそうにする黒子。そしてその場からシュンっと姿を消すと

 

「孫が生まれた事ですしこれを機会にわたくしとお姉様の間に二人目を!! ぶごはぁ!」

「アンタはいい加減人生ゲームと現実をシンクロさせるな!!」

 

いきなり目の前に現れて飛び掛かって来た黒子に強烈なビンタをお見舞いして吹っ飛ばす。

怪我人相手でも相手が黒子なら美琴は容赦しない。

 

「おうビリビリ、お前も来たアルか」

「アンタもコイツの見舞いに来たの?」

「銀ちゃん家にいなかったらヒマで仕方ないアル、だからしょっちゅうここに遊びに来てんだヨ」

「病院は遊ぶ為の溜まり場じゃないんだけど……」

 

同じく見舞いに来たらしい神楽にボソッとツッコミを入れた後、ふと彼等と一緒にいた茶髪の男の方へ視線を向けて

 

「で、コイツは? なんかコイツ前にどっかで見たような気がするんだけど」

「コイツは絹旗が働いてる所で毎日奴隷としてコキ使われそれに快感を覚えた哀れな変態野郎アル」

「うわぁ……」

「っておいチャイナさん! 勝手に人の話を捏造しないで! 俺は絹旗の先輩で万事屋としてかぶき町で働いてる浜面仕上です! 奴隷同然みたいな扱いですがそこに快感はありません! あるのは哀しみだけです!」

 

神楽の説明に急いで修正を加えながら浜面は勢いよく美琴に自己紹介した。

それを聞いて彼女は「万事屋ねぇ」と呟きながら目を細め

 

「思い出したわ、アンタ前にこの二人と一緒に入院してたスキルアウトの一人でしょ? どうしてこんな所にいんのよ」

「そりゃまあ縁がある相手が入院しちまったと聞いたら見舞いに来るのが義理人情ってもんだろ、それに……」

 

浜面はバツの悪そうな顔で彼女から目を逸らす。

 

「今家がとんでもない事になってるから戻りたくない……」

「なんかそっちの方が本命に聞こえるんだけど」

「奴隷同然の俺はまだマシな方さ、フレンダなんか、フレンダなんか麦野に……」

「そ、そう……とりあえず家で何か大変な事が起きてるみたいね、お気の毒に」

 

何か恐ろしい事を思い出したのか病室のベッドの上に体育座りしたままブツブツと呟き始める浜面に、美琴はこれ以上は聞いちゃいけないと珍しく空気を呼むが……

 

「家が大変なんて全然大したことないじゃない、私なんか家庭そのものが崩壊寸前なのよ。家そのものがなくなる危機なのよこっちは」

「え、誰この人?」

「気にしなくていいわ、もうすぐ他人になる人だから」

 

恨めしい表情でこちらを見ながらブツブツ呟く美鈴を前に浜面は困惑、美琴はスルー。

美鈴はすぐ様銀時達がやってる人生ゲームに歩み寄ると

 

「もういいわ親不孝な娘もデレない旦那もいらないわよ! だったらこっちで人生勝ち組狙ってやるんだから!!」

「ちょっと母親、現実に戻りなさい」

「あ、私、銀さんと結婚した。車乗せて」

「ふざけんなよオイ! もう枠なんかねぇんだよ第13夫人!! 歩いてついて来い!!」

「新婚いきなり亭主関白宣言ですって! 今時夫から1歩引いて歩く妻が理想だと思う人がまだいたなんて!! どうやら戦うしかないようね!」

「いい加減にしなさいよコラ!! つうかどんな人生ゲームなのよそれは!!」

 

銀時が持ってる人生ゲーム用の車に無理矢理入り込もうとしている美鈴にツッコミを入れた後、踵を返して病室から出て行こうとする。

 

「もういいわよちょっとコンビニ行ってくる! アンタ等なんか欲しいのあんの!」

「ジャンプ!」

「酢こんぶ!」

「お姉様の愛!」

「理想のヒロイン!」

「温かい家庭!!」

「4つ目と5つ目は自分で取って来なさいよ! それとまたはっ倒すわよ黒子!!」

 

そう怒鳴り散らした後美琴はドアを勢いよく閉めてコンビニへ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

数分後、美琴は病院の近くにあるコンビニに着いた。

 

「ジャンプと酢こんぶぐらいは買っておくか……」

 

そう言ってお菓子コーナーから酢こんぶと、雑誌コーナーにあるジャンプに手を伸ばす。

 

「最後の1冊か、どこのコンビニも売れ過ぎよ全く」

 

そう言いながら寂しく売れ残っているジャンプに触れたその時。

 

全く同じタイミングで隣からジャンプを掴む手が

 

「……」

「……」

 

美琴はゆっくりと手が伸びてきた方向に目をやる。

 

そこにはツンツン頭をした高校生ぐらいの少年が申し訳なさそうに苦笑しながらこっちを見ていた。

病院服を着ている所からして、病院から脱走してコンビニまで出向いて来たのであろう。

 

「あはは……ど、どうも」

「どうも、で?」

「えー出来ればここはそのジャンプから手を放して欲しいのですが?」

「は?」

 

両者絶対にジャンプから手を放そうとせずに掴み合っている。

 

少年のお願いに美琴は片目を釣り上げ喧嘩腰に

 

「レディファーストって言葉知らないの?」

「知ってるけど俺としては怪我人には優しくしようという心構えを持ってほしいと思ってるのですよ」

「それは残念ね、電車の席を譲るくらいならお安い御用だけど、ジャンプを譲る事だけは絶対に無理なのよ」

 

掴んでるジャンプがミシミシと嫌な音を放ってるのも気にも留めず二人の男女は絶対に譲ろうとしない。

 

「離しなさいよ、これは私のジャンプなんだから。女の子と争って恥ずかしくないの」

「いや俺も大抵の事は水に流す性格だけどコイツは俺にとって生きる糧として非常に大事なモノであってですね……」

「知らないわよそんな事……! いいからよこしなさい、ギンタマン読むのよ……!」

「はぁ? ギンタマン? まさかこの学園都市にアイツ以外にもあんなものを好きな奴がいたなんて……! いいぜ女子中学生、お前がギンタマンなんていうくだらねぇ漫画を読む為に俺からジャンプを奪おうってんなら……!」

 

ツンツン頭の少年は力強くジャンプを引き寄せながら腹をくくった表情で

 

「まずはそのふざけた幻想をぶち……おご!」

「なァにガキと遊ンでンだオマエは」

「っておい! 邪魔するなよ!」

 

何か決め台詞的な事を言おうとしたその時、彼の背後からまた別の少年がフラリと現れ彼の脳天にチョップをかます。

 

色白で髪も白く、体にもあまり肉は付いておらず妙に細い。

 

ツンツン頭の少年と同じ病院服を着ている所から察して彼も病院から彼と共に脱走したらしい。

 

「今俺はこの子からジャンプを譲ってもらおうと必死に説得を!」

「いやさっき力づくで奪おうとしてたでしょアンタ」

「くっだらねェ事に時間使ってンじゃねェよ、病院抜け出してるのバレたらどうすンだコラ。つーかジャンプならあのモジャモジャ頭が買って来るって言ってただろうが」

「あ、そうか”坂本さん”に買ってきてくれって言っておいたんだっけ」

 

白髪の少年に言われてツンツン頭の少年は思い出したかのように美琴の持つジャンプからパッと手を放した。

 

「あのーなんかごめんな、ジャンプ一つで熱くなっちまって。お前にやるよそれ」

「言われなくてもこれは私のジャンプよ、ったくアンタが強く掴んだせいでちょっと曲がってるじゃないの」

「あはは……いやホント悪かったって……」

 

不満げな声を漏らす美琴に少年が苦笑交じりにまた謝っていると

 

「アハハハハ!! おまんらこんな所にいたんか!!」

 

コンビニの自動ドアが開き、グラサンを掛けたモジャモジャ頭の男がへらへら笑いながらこちらへとやってきた。

 

「病院抜け出しとったとは知らんかったけぇ、えらい探したんじゃぞ」

「ケッ、あンなうるせェ奴等ばっか集まった所で大人しく出来るか」

「隣の部屋うるさいんだよな……また結婚しただの同性同士で出産するだの出番欲しいだのヒロイン欲しいだの」

「そりゃまたえらいお隣さんじゃのぉ、お隣でハッスルされてはおまん等もムラムラして大変だったじゃろ」

「いやしてないしお隣もハッスルとかしてないから……」

 

全く人の話を聞かないモジャモジャ頭の男は手に持っていたビニール袋からゴソゴソと何かを取り出して

 

「そんな時はこれぜよ!」

 

そう叫ぶとバンッと男は少年二人にある物を提示した。

 

「『週刊・今夜は一人でレッツパーリィ!』これがあればおまん等のムラムラは即解決! わしからの選別じゃ受け取れぇりゃひょぶッ!」 

 

男が自信満々に出したのはどこから見てもお色気青年雑誌、それを見た途端ツンツン頭の少年の方が彼の頬に右ストレートを一発。

 

「どんな気の遣い方だよ! てか病院で出来るかそんな事!」

「おいモジャモジャ野郎! 俺はジャンプ買ってこいつったよな! ああァ!?」

「アハハハハ、ジャンプよりもこっちの方がいいかと思っての……男はこういうの興味持つ生き物じゃろ」

「男だろうが病院でエロ本読むような奴はオマエぐれェだッ!! 返せ俺のジャンプ!! 返せ俺のギンタマン!!!」

 

白髪の少年に胸倉を掴まれながら鼻血が出た状態でブンブン頭を揺らされる男。

そんな光景を美琴が遠い目つきで見ていると、先程ジャンプを争奪し合っていたツンツン頭の少年の方が振り返り

 

「あ、あのー申し訳ありませんがあなた様のジャンプを譲ってくれるのは……」

「え? なんだって?」

「なんでもないです、はい……」

 

美琴のたった一言であっさりと諦めるツンツン頭の少年であった。

 

 

 

 

 

 

数分後、美琴は無事にジャンプと酢こんぶ、その他色々の物を買って無事に病室に辿り着いた。

 

「なんだったのかしらアイツ等……」

「あ、酢こんぶ買ってきてくれたアルか?」

「俺のヒロインは?」

「私の夫は?」

「ったくちゃんと酢こんぶ買って来たわよ、アンタ達二人はいい加減諦めなさい」

 

神楽に酢こんぶを渡して浜面と美鈴にジト目を向けた後、ふと銀時と黒子がいない事に気づく。

 

「あの二人どっか行ったの?」

「なんか「隣がうるせぇから気晴らしに屋上行って風当たって来る」って言ってたネ」

「いやアンタ等も十分うるさいわよ……わかったわ、ちょっと行ってくる」

 

そう言うと美琴は袋からジャンプだけを取り出す。

 

「アンタ達、あまり大声で騒がないでよ。お隣さんが迷惑してるかもしれないから」

「はーい、お母さんは美琴ちゃんの言う事に従いまーす」

「え、お母さん!? 俺はてっきり姉妹かなんかかと!」

「無駄な若作りし過ぎると体に悪いから女は年相応の格好をしろって私のマミーがよく言ってたアルよ」

「フッフッフ片腹痛いわね小娘、母親って生き物はいくつになっても周りから綺麗だと思われたいのよ、特に旦那には、それに娘にも」

「はいはい綺麗な母親で私も鼻が高いわ、一生やってなさい」

 

何を言っても騒ぐなこれはと思い、美琴は冷たく言い放つとジャンプを持ってさっさと屋上へと向かって行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神楽の言う通り、銀時と黒子は屋上にいた。

銀時の方はまだ車椅子から下りれない状況だが、黒子の方は走る事は出来ないが普通に歩けるぐらいには回復している。

 

「ったく隣がうるさくて人生ゲームも出来やしねぇよ、特に人一倍やかましいあのツッコミはなんなんだよ一体」

「あのツッコミから察するにきっと普段から地味で目立たないモブキャラですわね」

「そうだな、そしてメガネを掛けてる、いわばメガネが本体のようなツッコミキャラだ、間違いない」

 

見てもいないのにそう分析する銀時と黒子の下に。

 

「ったく人に買い物行かせておいてまた屋上デート?」

 

屋上から美琴がジャンプ持ってやってきた。

 

「アンタ等も好きねぇ」

「オッサンかお前は、ほれジャンプ貸せ」

「貸してやんだからちゃんと返しなさいよね」

「お前と違って借りパクしねぇよ」

 

車いすに座っている銀時の手に持ってきたジャンプを手渡す美琴。

 

「それ手に入れるのに苦労したんだからね、変なツンツン頭の男に譲ってくれだのなんだと言われて本当参ったんだから」

「ツンツン頭?」

「今度会ってまたジャンプを争う事になったら黒焦げにしてやろうかしらね」

 

美琴は学園都市レベル5の第三位だ、こんな相手にまともに勝つ者など滅多にいないであろう。自信たっぷりの様子で彼女は彼との次の戦いを期待する。

 

「誰と争ったかは知らねぇが程々にしろよお前、ヅラにも言われただろ、やたらと能力使うなって」

「わかってるわよ冗談で言っただけでしょ」

「お姉様の場合冗談には聞こえないのですが……」

「あーもういいわよ、どうせ私は頭に血が昇ると周りが見えなくなる性格よ全く」

 

疑り深い銀時と黒子をよそに美琴は病院の屋上から見える青空を眺める。

 

「今日はやたらといい天気ね……」

「そうですわね、病院で過ごすには勿体ない日ですわ」

「この空の向こうにある宇宙って、一体どんな所なのかしらね」

「宇宙ですの? わたくしも行った事ありませんわ、今は宇宙へ飛び立つ事はそんなに珍しい事ではなくなりましたけど学生のご身分ではさすがに」

「アンタは?」

「俺もねぇな、俺の昔のダチが向こうで商売してるのは聞いたけどよ」

「へ~アンタの友達宇宙で働いてるんだ、私のパパと一緒ね」

「どっかで会ってるかもな」

「どうかしらね、宇宙は広いし」

 

空の向こうにあるであろう宇宙とは一体どんな所なのであろう。

きっとテレビや資料映像などでは見られないような、今まで見た事無いような景色が見れる筈。そう思いながら美琴は宇宙に対して少々の期待を覚える。

 

「……いつか三人で宇宙に行ってみたいわね」

「……」

「え、どうしたのアンタ急にこっち見て」

「ん、なんでもねぇよ……」

 

美琴がポツリとつぶやいた途端、ジッと彼女を見つめる銀時。

それに心配そうに美琴が尋ねるが銀時は首を横に振って誤魔化す。

 

「ただお前もアイツと同じ事言うんだなと思ってさ……」

「アイツって?」

 

首を傾げて尋ねてくる美琴に銀時は目を逸らして空を見上げる。

するとふと思い出すのは

 

もう2度と会う事の出来ない彼女の言葉

 

『私の夢は銀ちゃんとみさきちゃんの三人で宇宙を冒険する事かな!』

 

時が過ぎても決して忘れる事のない彼女の言葉を胸にしまい込み、銀時はフッと笑った。

 

「おめぇみたいなマヌケ面したガキンちょだよ」

「誰がマヌケ面よ! 自分だってアホ面のクセに!」

 

笑いながら言ってくれる銀時に美琴がムキになって不機嫌な表情を浮かべるも

 

「お姉様、こんなデリカシーのない男はほっといて行きましょう。こんな所に長居しては日射病にかかってしまいますの」

「え、黒子?」

 

そう言って黒子が無理矢理美琴を銀時の傍から引き離して屋上から出ようとする。

少々強引な彼女に美琴は若干不信感を覚えた。

 

「ちょっと待ちなさいよ、コイツ車椅子だから一人にするのは……」

「”いいですから”」

「!」

 

美琴は何か変な違和感を覚えた。そう、これは美鈴の中に彼女がいた時と……

 

「アンタ……」

「”ささ、行きましょうお姉様”」

「……わかったわ、ここは大人しく引き下がってあげる、ここで断ったらアンタが何しでかすかわからないし」

「”ご理解が早くて助かりますわ”」

「それにたまには”アンタ”に貸してあげなきゃ可哀想だしね」

「……」

 

意味深なセリフを黒子に向かって放つと美琴は踵を返して黒子(?)と共に屋上を後にする。

 

「じゃあね、”二人でごゆっくり”」

 

美琴は黒子を連れながら最後に言葉を残して去っていった。

その場に残されたのは車椅子に乗った銀時。

 

だけだと思っていたのだが

 

「御坂さんったら私の能力にどんどん鋭くなっているわねぇ」

 

銀時の背後から不意に聞こえる少女の声。

その声が聞こえても銀時は振り返りもしない

 

「いつからいたんだよお前」

「私はいつだってあなたの傍にいるわ」

 

背後から聞こえる声はどんどん銀時の方へ近くなっていく。

そして声は遂に銀時のすぐ右隣に

 

「私はレベル5の第五位、心理掌握≪メンタルアウト≫を持つ常盤台の女王」

 

銀時の隣には常盤台の制服を着た金髪の少女が

そこで初めて銀時は彼女の方向へ振り返る

 

「食蜂操祈≪しょくほうみさき≫はあなたがどこにいるかなんてすぐにお見通しなんだゾ☆」

 

レースの刺繍の入ったソックスと手袋、星の付いたバッグを下げた少女。

キラッとした目を輝かせながら長い金髪をなびかせ現れたのは

 

銀時が美琴よりも初めて世話する事になったレベル5だった。

そんな彼をジーッと眺めた後銀時は真顔でポツリと

 

「なにその自己紹介の仕方? 全然つまらねぇんだけど、お笑いナメてんの?」

「いや別にウケ狙ってやったわけじゃないから……」

「ったく出て来ていきなり大スベリとかマジしらけるわ」

「ス、スベってないし……私別にそう言うの気にして名乗った訳じゃないわぁ……」

 

予想外のダメ出しに軽く、というよりかなり傷つく食蜂。動揺してるのか目が左右に泳いでいる。

 

「私前から言いたかったんだけど、銀さんのそのノリいい加減にしてほしいのよねぇ、銀さんのせいで私の派閥の子達が私がお笑いに興味があるとかなんとか思ってるみたいで……この前も熱湯風呂に入れられたし……」

「おいしいじゃねぇか、良かったな女王」

「おいしくもなんともないわよぉ! 素人が作った熱湯風呂ってすっごく熱いし! なんかもうマグマみたいに煮えたぎってたんだからねぇ! そんな所にあの子達は裸の私を笑顔で……」

 

つい最近に起こった悲劇を思い出してうっすら涙目になると食蜂は銀時を睨み付ける。

 

「全部あなたのせいなんだから責任取りなさいよねぇ……」

「ガキの頃からお笑い番組ばっか観てただろ、それを自分で体験できるんだから本望だろ」

「観るのとやるのは別物なの!」

 

あんまりな傍若無人っぷりな銀時に食蜂は屈んで顔を近づけて抗議する。

そして互いの顔が数センチ近くに達した時に食蜂ははぁ~とため息を突いた。

 

「こっちはこんなくだらない話する為に来た訳じゃないのにぃ」

「俺が知るかよ、それと顔が近い、息吹きかけるな」

 

顔が近いと言われて不満げな表情を浮かべた食蜂は、更に彼に顔を近づけたままゆっくりと話しかける。

 

「ねぇ銀さん、昔のお友達と久しぶりに会えて嬉しかった?」

「んだよ急に、嬉しくも何ともねぇよあんな奴と会っても」

「まああなたならそういうでしょうねぇ」

 

いつもの死んだ魚のような目の奥を覗き込むような態勢をしながら食蜂はクスリと笑う。

 

「あの子に会えない苦しみも、少しは紛れたと思うんだけど?」

「……なあ女王様よ、一ついいか」

 

彼女の一言に銀時は質問を投げかける。

 

「おめぇが俺にどうして欲しいかぐらいはわかる、長い付き合いだからな。けどよ、どうしてお前はそんなにしてまで俺の傍にいたいのか、それがわからねぇ」

「それはやっぱりあなたがあの子に囚われてるように、私もあなたに囚われてるんでしょうねぇ」

「結局俺達は似た者同士って訳か」

「そうね……それじゃあ銀さん、私からも一ついいかしら?」

 

少々しんみりした表情を浮かべた後、今度は食蜂の方が銀時に尋ねる。

 

「昔のようにもう一度一緒に暮らさない?」

「は?」

 

予想だにしなかった彼女の質問に一瞬口をポカンと開ける銀時だが、それを見て食蜂は満足げに笑う。

 

「フフ、冗談よぉさすがに今のあなたの住居じゃ狭いし無理だわぁ、もう居候さんが一人いるみたいだし」

「居候がいようがいまいが誰がお前とまた暮らすかよ、大体今のお前は生徒で俺は教師だぞ。変な噂が出来たらどうするんだコノヤロー、下手すれば捕まるぞ俺は」

「その辺は私の力でどうともでなるんだけどねぇ」

 

ドヤ顔でそう言うと食蜂は銀時の背後に回ると彼の乗る車椅子のグリップを握る。

 

「さて、行きましょうか」

「は? 行くってどこにだよ、聞いてねぇんだけど俺」

 

勝手に車椅子を押し始めて銀時が困惑していると。

 

食蜂は振り返る銀時に顔を近づけて得意げに笑った。

 

「私に任せない、私に任せれば迷わずに進めるから」

「……お前なんか企んでるな」

「それは行ってみてのお楽しみだゾ☆」

「なにがゾ☆だよ」

「パクっちゃやだゾ☆」

「誰もパクらねぇよそんなの」

「でも少しだけなら真似してもいいんだゾ☆」

「どっちなんだよ」

 

夏の日差しが強く照らす中。

 

一人の少女は車椅子を押しながら一人の男と共に進みだした。

 

一つの物語は終わり、もう一つの物語が始まる。

 

 

 

 

 

 

あとがき

ご愛読ありがとうございました、作者です。

こちらで投稿して僅か一か月でのスピード完結ですが無事に終わる事が出来てホッとしてます、「禁魂」、「真禁魂」と続きやっとこさ自分で満足できる終わり方に至りました。

最後まで読んでくださりありがとうございました。それでは

 

ps 

ツンツン頭の子? 誰です?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってふざけんなゴラァァァァァァァ!!!!」

 

咆哮と共に放たれた雷の槍がスクリーンを破壊し、あっという間に粉々にした。

ここはとあるC級映画を主に上映する小さな映画館。

 

そこにいるのは先程電撃を放った御坂美琴。両隣の席で座っている坂田銀時と白井黒子。

 

「なんでここで終わるのよ! なんで最後があの女がアンタをどこかへ連れて行くで完結なのよ! 何も完結してないでしょうが!」

「うるせぇーな最近の映画だって大体こんな感じだろ、彼等の物語は続きますが残念ながらここで終わりですみたいな」

「だから終わってないって言ってるでしょ!! 私全然活躍してないのよ! おかしいでしょ私メインキャラなのに!!」

「いやお前原作でも大体フワッとした感じでそこまで大活躍してる訳でもねぇだろ」

「うっさいスピンオフじゃ大活躍よ!」

 

席から立ち上がっている美琴の頭上には先程からずっとバチバチと青白い電流があちらこちらに飛び回っている。

それでも銀時はいつもの様にけだるそうに足を前の席に乗っけながらポップコーンを食べながら

 

「別にこれで終わりでいいって言ってんだろ、もう謎はあらかた回収してるんだし」

「いっぱい残ってるわよ! 迷宮入り寸前よ! 私が最後に出会ったあのツンツン頭と白もやしとかモジャモジャ頭の男とか一体何なのよ!!」

「んなもんモブだよモブ、どこにでも湧いてるだろ」

「あんなキャラの濃いモブがいるかぁ!!」

 

怒り心頭の美琴を更に苛立たせる銀時。

そんな二人を見かねて黒子が横からジト目を向けながら。

 

「まあお姉様がこれで納得しないのはわたくしも同じですの」

「ほら! 黒子も私と同じだって言ってるじゃない」

「わたくしとお姉様の×××とか×××××や×××××××もありませんでした何より×××××××××ふぎゃ!!」

「誰がアンタの願望やりたいって言ったのよ!! つかなんて言ってるのか全然わかないし!!」

 

飛んでもない事を口走る黒子の頭に鉄拳制裁をかますと美琴は両手で頭を押さえながら

 

「ここで終わりとか納得出来る訳ないでしょ! 私まだ全然活躍してないし友達も全然増えてないし! せめて私が友達100人出来てから完結しなさいよ!!」

「それじゃあこの作品一生完結迎えられねぇだろうが、つかお前も自分の願望やりたいだけじゃねぇか」

 

勝手な言い分をつい漏らしてしまう美琴に銀時がめんどくさそうにツッコミを入れていると

 

「私もこの終わり方に納得できないアル!」

「そうですよ銀さん、ここで終わりとか酷過ぎですよ、感想欄炎上ですよ本当に」

 

突然やってきたのはチャイナ娘こと神楽、そしてかぶき町に暮らしている住人、志村新八だ。

彼等もこの終わり方に納得できない様子。

 

「銀魂でヒロイン張ってる私ほとんど出番ないってどういう事アルか! せめてそこのツインテ娘ぐらい活躍させるのが筋ってもんネ!」

「いやいや神楽ちゃんはまだいい方でしょ、なんだかんだで銀さんと絡んだり一緒に住んでたりしてるんだし。僕なんか銀魂ではツッコミキャラとして不動の地位に築いているっていうのにこっちじゃ出番ほとんどなかったんだから、しかも僕より姉上の方が出番多かったし」

「おいチャイナ娘、そのメガネとなんで一緒にいんだ」

「知らないアル、勝手に自分がメインキャラだと勘違いしてるただの痛いメガネだよきっと」

「ほら見ろこういう事だよ! 銀さんとは1回しか絡まなかったし神楽ちゃんとは会ってもいない! 万事屋トリオが一度も揃わずに終わりとかおかしいでしょーが!!」

 

銀時と神楽の冷たい扱いに新八がキレ気味にツッコミを入れるとまたもや背後から数人の人影が

 

「不満なら俺達もありやすぜ」

 

現れたのは泣く子も黙る真撰組の一番隊隊長沖田総悟と副長の土方十四郎、そして局長の近藤勲だ。

最初に口火を切ったのは沖田。

 

「真撰組の俺達が全く活躍してねぇってのが解せねぇ、ウチの土方さんなんか短期間で2度も負けてこりゃまた情けねぇ噛ませ犬キャラに成り下がっちまったんだぜ」

「誰が噛ませ犬だ! そこじゃなくて江戸を守る俺達がまるでチンピラみたいな不当な扱いにしたまま終わるのは許さねぇって言いに来たんだろうが! そうだろ近藤さん!」

「ああ、その通りだ! 俺達はこのまま終わるなんて絶対に許さんぞ!!」

 

土方に話を振られ、激しい気迫で近藤は叫ぶ。

 

「終わるのは俺とお妙さんが結婚してそっからほんわか家族コメディドラマっぽいストーリーになって俺とお妙さんがたくさんの子供に囲まれながら日々奮闘しながらともに苦難を乗り越えていき最終的に子供達は皆立派に自立して俺とお妙さんはまた二人暮らしに戻り遠い昔の事を懐かしむ様に思い出しながら暮らしていたらラストにたくさんの孫達が家にやって来て一家団欒で食事を楽しみながらエンドの文字が出るって所までやらなければ俺は納得でき……!!」

「私をダシにして勝手にクソ長ぇ上にクソみてぇな妄想撒き散らしてんじゃねぇゴリラァァァァァ!!!」

「ぶぎゅぅぅぅぅぅ!!!」

 

延々と長いストーリをご丁寧に話そうとする近藤をぶっ飛ばしたのは新八の姉である志村妙。

 

「姉上! どうしてここに!?」

「決まってるでしょ、私の出番をここで終わりにしようとしてるこの作品を血祭りにあげるの」

「いや作品自体血祭りにするってどういう事!? この場にいる人全員殺るって事!? 可愛い弟もいるんですけど!?」

 

ニコニコとしながら末恐ろしい事を口走る自分の姉に新八が恐怖していると

 

「チッ、バカ共が必死になってなにみっともない醜態晒してんのよ」

 

一人の少女が舌打ち交じりに入って来る。

 

「ったく暇つぶしに映画でも観ようと思ったらなによこのくだらない茶番劇は? 金返せっつうの」

「いやぁ本当超見苦いモンみちゃいました。せっかく名作C級映画が観れると思ったのに超最悪です」

 

麦野沈利が自身満々に現れると共に絹旗最愛も続いてやって来る。

 

「そういやウチにも不満がある奴がいたわね」

「ああいましたね、ほら浜面、出番ですよ」

「おう!」

 

そして二人の後ろから現れた少年が一人

浜面仕上が声高々に叫ぶ

 

「俺の不満は一つ! まともな女の子絡ませてくれぇぇぇぇぇ!! どぅほぉぉぉ!!!」

「浜面のクセになにわけのわからない事いってんだ訳よ!!!」

 

彼の雄叫びを消すかのように腹に飛び蹴りをかましたのはフレンダ=セイヴェルン。

 

「結局アンタはそうやって一生モテない人生送ってればいいって訳よ……!」

「い、嫌だ! 俺は絶対に幸せになるんだ! こんなチンピラみたいな女性陣じゃなくて俺はおしとやかで男を立たせるヒロインが欲しい!」

「おいテメェ、それ私がチンピラって事? 喧嘩売ってんの?」

「やはり浜面は超制裁をくわえた方がいいですね」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

フレンダに胸倉を掴まれたまま墓穴を掘る浜面の下に麦野と絹旗までもが群がり始め袋叩きを始めた。

 

「やばいわ、最終回なのに凄い荒れまくってる……どうすんのコレ、ちゃんと収集つくの?」

「わたくしに聞かないで下さいまし、元はといえばお姉様が不満を放った瞬間ゾロゾロと出て来て……」

「私のせいにしないでよ! ちょっと主人公! ここはアンタがビシッとまとめて……」

 

この事態を収める為に慌てて美琴は主役である銀時に声を掛けるが

 

「さあて終わった終わった、テメェ等早くズラかるぞ」

「っておい! なんでこのタイミングでエスケープかまそうとしてんのよ!!」

「あなたそれでも主人公ですの!」

 

どさくさに紛れて映画館の出口に向かってこっそり逃げようとしている銀時を発見。

美琴と黒子がすぐに呼び止めると彼は出口のドアに手を置いたまま

 

「いいんだよ、終わった作品の事でバカ共が騒ごうが知ったこっちゃ……」

 

ヘラヘラ笑いながら最後まで主人公らしくない行動する銀時が出口のドアを開けようとしたその時

 

「あべしッ!」

 

彼が開ける前にドアが物凄い勢いで開いた。吹っ飛ばされてその場に倒れる銀時。

 

「いってぇだろうがバカ! この作品の主人公である俺に対して何様だコラァ!! ぶっ殺すぞ!!」

 

上半身をすぐに起こして抗議する銀時。だが

 

「うお! 眩し! なんだ一体!」

「こ、この光は一体なんですの……!」

「眩し過ぎて直視できない……!」

 

ドアが開いた途端その先から眩しい閃光が館内を明るく照らす。

その場にいた者は全員眩しさに目を細めながら出口の先を見ようとする。

 

そこに微かに見えるのは、ツンツン頭をした真っ黒な人影があるではないか。

 

「だ、誰だテメェは!」

「俺が誰だってどうでもいい。俺は今回、アンタ達に言いたい事があるから来たんだ……」

 

眩し過ぎてシルエットしか見えない存在が館内にいる者全てに聞こえる声で

 

「テメェ等それでいいのかよ!!」

「「「「「!!!!」」」」」

 

声の主は芯の通ったはっきりした口調で叫ぶ

 

「テメェ等ずっと待ってるんだろ! 誰も不満なく活躍できる、誰もが不遇な扱いにならず出番を貰える、そんな誰もが笑って誰もが望む最っ高に最っ高なハッピーエンドって奴を!!」

 

眩しい光がより強くなる。

 

「ずっと待ち焦がれてるんだろ! こんな展開やあんな展開を!! その場つなぎのかませ犬じゃねえ! 主人公が登場するまでの時間稼ぎじゃねぇ! 他の何者でもなく他の何物でもなく! テメェ等その手でこの作品で輝いてみせると誓ったんじゃねぇのかよ!!」

 

光が強くなるほど真ん中の黒いシルエットがより強調される。

 

「ずっとずっと出番欲しかったんだろ! ギャグでもいいシリアスでもいい! 女の子とくっつけるラブコメでもいい! そんなキャラクターになりかったんだろ!! だったらそれは全然終わってねぇ! 始まってすらいねぇ!! ちょっとぐらい長いプロローグで絶望してんじゃねぇよ!!」

 

そこで初めてツンツン頭のシルエットが動き出し。

 

バッと己の右手を高々と上に掲げた。

 

「手を伸ばせば届くんだ!! 次のシリーズでおっぱじめようぜ『禁魂。・新主人公編』!!」

 

そう言い残した後、真っ黒なシルエットこちらに背を向けてだっと駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

「え? どゆこと? 新主人公編?」

 

長々と話をして何処へ行ってしまったシルエット。

 

一同の中で初めて口を開いたのは主人公銀時。

 

「新主人公ってなに? この作品の主人公って俺だよね?」

 

小刻みに震えながら冷や汗を流しつつ銀時が一同の所に振り返ろうとすると

 

「どくアル! 元主人公!!」

「うぎゅ!」

「待ってください新主人公さん! こんな元主人公どうでもいいんで僕に出番を!!」

「ぐべぇ!」

 

思いきり頭を踏んずけられた。

最初に神楽、次に新八が光り輝く出口へと飛び出し

それに続いて他の一同も駆け出し

 

「待ってくれ新主人公くん! 次シリーズでは是非俺とお妙さんが最っ高のハッピーエンドな結末を迎えれるように……ずぼすッ!」

「テメェは元主人公と一緒に一生出てくんな!!」

「次のシリーズから新主人公らしいですぜ、どうします土方さん、また斬りかかりますか?」

「元主人公みたいな周りに女はべらしてる様な軟弱な野郎ならぶった斬る」

 

真撰組とお妙が出口に向かっていく。

そして

 

「誰が主役になろうがどうでもいいわよ私達には、おら浜面飲みに行くぞ」

「いえーい浜面の超奢りですねこれは、主役云々は私達には超関係ないですしね」

「結局、あっちで主人公が変わろうがこっちの主人公は一応コイツな訳だし……」

「はぁ、なんだろうな……次シリーズでも俺ずっとこんな扱い受けてそうな予感がする……助けてくれ新主人公……」

 

各々呟きながら美琴と黒子を残して全員行ってしまった。

ピンポイントに銀時の身体を踏んづけながら

 

「新主人公だと……ふざけんじゃねぇぞ、認めねぇぞそんなの……」

「急ぐわよ黒子! 私達このままじゃメインキャラから脱落よ! 元主人公みたいに!」

「そうですわね! 元主人公と一緒に日陰者になるなど絶対にお断りしますの!!」

「ふぎゃ!!」

 

そして最後に共にメインを張っていた二人に踏まれる。

 

「元主人公の誰かさんはゆっくり休んでくださいな」

「ちょっと待ちなさいよ新主人公! 主役張れるかどうか私が試しに勝負してやるわ!! 私が勝てば主役の座よこしなさい!!」

 

美琴も黒子も勢いよく光指す外へ行ってしまう。

館内に残されたのはみんなに踏まれてボロぞうきんになってしまった元主人公銀時。

 

「な、なんだよコレ……主役降板になった途端この扱いって……俺は一体どうすればいいんだ……どこに行けばいいんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

「そんなのわかりきった事でしょぉ」

「!」

 

背後から聞き慣れた声がはっきりと聞こえる。館内にはまだ一人残っていたのだ。

銀時がすぐにバッと振り返ると

 

「主人公じゃなくなっても銀さんは銀さんなんだからぁ、行くべき場所は一つなんじゃない?」

 

そこにいたのは常盤台の女王こと食蜂操祈。

思わぬ来客の登場に銀時が倒れたまま動けないでいるとスッと彼女がしゃがみこんで手を差し伸べる。

 

「あなたは一旦主人公としてはお休み、だけどあの世界には護るべきモノがまだあるんでしょ?」

「……」

「それは主人公じゃなきゃ護れないのものなのかしら?」

「……んなわけねぇだろ」

 

食蜂の手をしっかりと握ると銀時はゆっくりと立ち上がる。

 

「例え主役じゃなくなろうがなんだろうが、俺が坂田銀時として生き続けている限り」

 

食蜂と共に輝く出口を眺めながら

 

「護るべきモンはいつも変わらねぇ、俺の居場所はここだけだ」

「そうねぇ、それが私の知る銀さんだわぁ」

 

 

 

 

 

「か~ら~の~!!」

「へ?」

 

そこで銀時が動き始め、手を繋いでいた食蜂をそのままグイッと引っ張って

 

「チョークスリーパァァァァァァァ!!!」

「うぐへぇ!! ちょ! ちょっと銀さん! 首! 首折れる!」

「ふざけんじゃねぇこの作品の主人公は今過去未来もずっと俺だ! ぜってぇに俺以外の主人公なんざ認めねぇ!」

 

片腕で相手の首を締め付け、もう片方の腕でしっかりホールドする。

窒息しかねない技をいきなり仕掛けられて食蜂は苦悶の表情を浮かべた。

 

「お、往生際が悪いのよあなたはいつもぉ! こんな時ぐらい二人で笑ってシメるとか出来ないのぉ!!」

「お利口な口を随分叩けるようになったじゃねぇか女王様よぉ~!! 二人で笑って終わり? んなもん片腹痛いわ! 最後に笑うのは俺だけで……」

 

一旦言葉を区切ると銀時は食蜂の首を片手で締め上げまま光指す出口の反対方向に向かって走り出す。

そして美琴が粉々にしたスクリーン目掛けて跳躍し

 

「十分なんだよッ!!」

 

バンッ!と力強く飛び蹴りをかますとスクリーンは跡形も無く破壊された。

するとその先には何かがあった。

 

「こっから先が俺達の本当の道だぁ……!」

「いやぁぁぁぁぁ!! 何よこの禍々しい空間は!!」

 

先程の輝く出口と違いこちらは完全に混沌そのもの。

禍々しく黒いオーラが辺りを闇に包み、今にも自分達を飲み込もうとしている。

 

「さあさあ行こうぜ女王様よ~!! 俺を裏切ったバカ共をここに引きずり込んでやろうぜ~!! そしていずれは新主人公とかはざいてたあのツンツン頭もここに蹴落としてやらぁ! そしたらまた坂田銀時編の復活だ~!!」

「こ、これは今まで主人公として長いキャリアを築いて作られたプライドが崩壊したせいで銀さんの精神に影響が!! お願い正気に戻って銀さぁぁぁぁぁぁん!! 誰かこの人を助けてぇ!!!」

「ブハハハハハ!! 今更助けを呼んでもおせぇぞ小娘!! ここにはもう誰もいやしねぇ! ここにいるのは元主人公という烙印を押された俺だけなんだからなヒャ~ハッハッハッ!!」

 

理性が崩壊した銀時は食蜂も道連れにしようと高笑いを浮かべながら闇の出口へと向かっていく。

 

しかしその時であった。

 

「……くっだらねェ」

「!」

「オマエ程度の半端モン主人公がよォ、対した覚悟もねェクセに闇の中に入って来ンじゃねェよ」

「だ、誰だお前は! せぼすッ!」

 

暗闇の中から低い声が聞こえたと思ったら一瞬の出来事だった。

銀時の身体が突然車に撥ねられたかのような衝撃を受けて思いきり後ろに吹っ飛ばされたのである。

 

「うぎゅッ!」

 

そして銀時に捕まっていた食蜂も一緒に飛ばされ、そのまま床に彼と共に後頭部から激突。

 

「な、なんで私まで……」

「あァ? 悪ィが俺はオマエ等が求めるような救いのヒーローなンてもんじゃねェンだよ、闇に沈まなかっただけマシだと思え」

 

謎の声の主に一周されながあら、頭にタンコブ出来た状態でピクピクと痙攣しながら食蜂は隣で白目剥いて気絶している銀時を確認する。

 

「ったく芳川に頼まれたから仕方なくやってやったが、マジめンどくせぇ」

 

そう言って声の主は銀時の頭を片手で掴むとズルズルと引きずる。ついでに意識が消えかかっている食蜂も。

 

「しかもよりにとってコイツを助けなきゃいけねェとはな」

 

そこで食蜂の意識は途絶えた。

覚えているのは自分と銀時が光の中に包み込まれていくのと

 

「まあいずれ俺が必ずぶっ殺す相手だから生かしておかないとなァ、銀時くゥン…!」

 

とある人物が楽しげに笑う声だけだった。

 

 

 

 

 

 




本当のあとがき
はい、それでは次からは新主人公となります、銀さんの話はここで一旦最終章を迎えますが、いずれ外伝や再復活もあるかもしれません。今までずっと隠していて申し訳ありませんでした。
そして新シリーズ開始は51話となっております。50話までは次シリーズと関連性がある複数人の外伝をやる予定です。
予定としては

46話・47話 前篇後編の2話完結物
48話 1話読み切り
49話 1話読み切り
50話 新シリーズのプロローグ的な

という感じです
それでは


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外伝 「男達が貫くそれぞれの往く道」
第四十六訓 マダオとシスター


長谷川泰三はかつて幕府直属で働くエリートコース爆進していた男であった。

 

しかし、とある少女に異星の皇子のペットである巨大エイリアンを捕獲する依頼をした際、彼が今まで築き上げた地位はすべて足元から一気に崩れ落ちた。

 

そこからの彼は正にまるで駄目なおっさんのコース、略してマダオコースを光の速さで進んで行った。

 

少女はエイリアンを捕獲どころか独断でエイリアンを爆散。

少女の言葉に感化されてついその場のノリに流されて勢いに身を任せて異星の皇子を拳で吹っ飛ばす。

その結果、

 

「腹切れ」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

幕府の上官から切腹命令。

あわてて夜逃げの準備をしようと家に戻ったら、

 

『あなたみたいなまるで駄目な夫、略してマダオにはうんざり。切腹なり何なり一人でしてください ハツ』

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

一生連れ添うと決めていた彼の妻はすでに愛想尽かして家を出て行っていた。

 

仕事も家も金も妻も失い、残されたのはグラサンのみ。彼はこの時からすでに立派なマダオに成り果てていた。

 

そして今の長谷川はというと……

 

 

 

 

 

「はぁ~……」

 

カツーンカツーンとみずぼらしいアパートの階段を深夜に昇る一人のオッサン、長谷川泰三。

手に持つビニール袋にはカツカツな状況の中で買ったコンビニのカップ酒とイカの串焼き。

いったい誰がこんなみずぼらしい男を元エリートコースを鼻歌交じりにスキップで駆けていた男だと思うであろう。今じゃ自分の自宅であるアパートの階段を駆ける事さえ出来やしない。

 

階段を昇って2階にたどり着くと、長谷川はこれまたみずぼらしいズボンから鍵を取り出してドアを開ける。

 

「ただいまぁ……」

 

喉からかすれたような声でそう呟くが返事が返ってくることはない。

ここには彼一人しか住んでないのだから

 

「……」

 

長谷川は靴を脱いで中に入ると小さな畳部屋にポイっと買ってきたカップ酒とイカの串焼きを隅にほおり投げた。

 

「電気……止められたんだっけな」

 

ヒモを引っ張っても照明の点く事のないランプを虚空の目で見つめた後、長谷川はせめて月の光で夜食を食べようと小汚いカーテンを開けて窓を開いた。

するとそこにいたのは

 

「……」

「……」

 

アパートの小さな手すりに一人の小さな少女がもたれていた。

しかしドン底暮らしで身も心も疲れ果てていた長谷川はそれを見てもノーリアクション。

 

「お腹すいたんだよ……」

「……」

 

普通なら、こんな夜中に何で少女がおっさんの住む部屋のアパートに布団のようにぶら下がっているのだろうと疑問に思うであろう。

どうして金色の刺繍を施された修道服の格好をした銀髪の外国人がお腹すいたとか呻いてるのか疑問に思うであろう。

しかし長谷川はそれでもノーリアクション。

 

「お腹すいたって言ってるの」

 

今度は彼の方に顔を上げてムッとした顔を浮かべた後、クリッとした目をした小さな少女が無表情の長谷川にニコッと笑顔になる。

 

「なにか食べものもらえると嬉しいな」

 

その言葉をきっかけに

 

長谷川は遂に彼女に反応した。

 

「食べ物をくれだと……」

 

静かに声を震わせながら長谷川は項垂れる。

 

「仕事も金も妻も居場所も失った俺に……」

 

ゆっくりと顔を上げるとグラサン越しから血走った目で少女を見つめる長谷川

 

「一体お前らはどれだけ俺から搾り取れば満足なんだ……!」

 

この過酷で絶望的な状況を生きてきたおかげで

 

長谷川の精神はすでに崩壊寸前であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったな……いきなりみっともない姿見せちまって」

「ううんいいんだよ、会っていきなり食べ物恵んでもらおうとした私が悪いんだし……」

 

数分後、銀髪の小さなシスターは長谷川の部屋で正座をしたまま彼と向かい合っていた。

 

「ところでお嬢ちゃんはどうしてあんな所にぶら下がってたんだ」

「えっとね、“たつま”を探していたの」

「たつま?」

「私をここまで連れてきてくれた人なんだよ」

 

聞いたことのない名前に長谷川はピンと来ていない様子だが彼女は続けて

 

「この街の案内をしてくれてたんだけど途中ではぐれちゃったから探してたの。たつまは冷蔵庫の裏とかお風呂場の足元とかそういう変な所に潜んでいるからこのまるでだらしない汚部屋、略してマダオの部屋ならいるのかなと思ったら途中でお腹すいて倒れちゃって……」

「そんなゴキブリみたいな生態系の人間いねぇよ。ていうかさりげなく俺の城に毒吐くの止めてくんない?」

「そしたらもっと汚いオッサンの巣だったんだよ」

「家どころか俺にまで毒吐いてきたよ、なんなのこの娘? もう出てってくれよ頼むから、これ以上オッサンの心を傷つけないでくれ」

 

可愛い顔してどギツイ言葉を浴びせてくるシスターに長谷川の心はもうボロボロだ。

 

「まあいいや、じゃあそのたつまって男を探してたら俺のベランダにぶら下がってたのか」

「うん!」

「よしわかった、じゃあ帰れ」

「ええ!?」

 

あっさりと帰そうとする長谷川にシスターは慌てるように立ち上がった。

 

「困ってるシスターをこんな夜中に追い出すなんて酷過ぎるんだよ!」

「酷いもクソもあるか、俺は自分だけで一杯一杯なんだ。宿がほしいならビジネスホテルでもなんでもあるだろ」

「私お金ないもん!」

「は?」

 

シスターは必死に抗議するように立ち上がったまま話を続ける。

 

「ここに来るまでお金出してくれたのは全部たつまだし私はお財布も持ってないんだから!」

「てことは今のお前は寝る場所もねぇし金もねぇし行く当てもねぇって事か?」

「そうだって言ってるでしょ!」

「フッ」

 

タバコに火をつけて口に咥えながら、長谷川は鼻で笑った。

 

「つまりお前はまるでダメな女の子、略してマダオだな」

「むー! まるでダメなオッサンのあなたにだけは言われたくないかも!」

「一晩だけだぞ」

「え?」

 

フゥーとタバコの煙を吐きながら長谷川はポツリと言う。

 

「同じマダオのよしみだ、特別に朝になるまでここに住ませてやらぁ」

「いいの!?」

「電気も止められてるし布団さえもねぇけどな」

「それでもいいんだよ! ありがとう“まだお”!」

「あれ? なんで助けてあげたのにマダオって呼ばれてるの俺?」

 

さりげなくマダオ呼ばわりされることに違和感を覚えるがシスターは彼にニコッと笑いかけた。

 

「私の名前はインデックス! イギリス清教のシスター!」

「イギリスの修道女か、どおりでこの辺に疎いはずだ。俺は長谷川泰三だ、短い間だがよろしくな」

「うん、よろしくまだお!」

「あれ俺名前言ったよね? なんでまたマダオ呼びなの? 俺はもうマダオという名目で登録済みなの?」

 

完全にマダオ呼びが定着すると、長谷川は今日深夜にコンビニで買ったものを思い出す。

 

「しょうがねぇ、外人さんの口に合うかどうかはわからねぇが」

 

そう言って長谷川は部屋の隅にほったらかしにしていたビニール袋からあるものを取り出してインデックスに渡す。

 

「ほらよ、半分だけ食わしてやる」

「え?」

 

彼が取り出しのはイカの串焼き、酒のつまみとして買っておいたものだ。

 

「で、でもまだおもお腹すいてるんじゃ……」

「俺はこの安い酒があれば十分だ」

 

カップ酒を取り出して一口飲むと長谷川は得意げに笑う。

 

「それにシスターに施しを与えれば、神様とやらも俺に何か見返りくれるかもしれねぇしな」

「ありがとうまだお! じゃあ私は神様にまだおが幸せになれるよう祈っておいてあげるね!」

「おーおー祈っとけ祈っとけ、祈りまくって俺を幸せにしろよ」

 

本当は神様という不可思議な存在を学園都市に住む長谷川が信じているはずがない。

ただ彼は、自分と似たような境遇に立たされている彼女にちょっとばかりの同情を抱いただけだ。

 

「だからマダオなんだよ俺は、自分の生活もままならねぇってのに人助けなんざ……」

 

月の光に照らされながら長谷川はもう一口酒を飲む。

 

「あ、おい俺の分もちゃんと半分とっとけって……」

「ごちそうさま! 美味しかったんだよ!」

「っておいぃぃぃぃぃぃ!!! なに全部食ってんだお前ぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

あっという間にぺろりと完食して嬉しそうに笑ってみせるインデックスに初めて長谷川が叫んだ。

 

「半分だけって言っただろうが!! 何で全部食ってんだお前!? 返せ俺の串焼き!!」

「んーでもちょっと噛みにくかったかも、いかにも安物っぽい味だったし、せめて白米が欲しかったんだよ」

「しかもダメ出し!? テメェふざけんなクソガキ! あれは俺が残り少ない金をはたいて買った串焼きなんだよ!」

 

全部食べられた上に文句までつけてくる彼女に遂に長谷川が身を乗り上げて彼女に掴み掛かる。

 

「返せ! 俺の串焼きを返せ! 胃の中に腕突っ込んで直接掴んでやる!!」

「うわぁ!! 女の子に襲い掛かるなんて最低なんだよ! 食べたかったらもう一度買いに行けばいいでしょ!」

「そんな簡単に買えねぇんだよ! こちとら無職だぞナメんなコラァ!」

「だったら働けばいいだけなんだよ! 手に汗かいて働けばこんな安っぽいのいくらで買えるのに! 全くそんなんだからあなたはまだおなんだね!」

「いい加減にしろよこのガキ! おっさんだって働きてぇよ! けど男ってのはおっさんになると再就職率がすげぇ低くなるんだよ! まだまだ将来に希望を持てる若造が上から目線でおっさん語るんじゃねぇ!」

 

狭い部屋でギャーギャーと喚きながら喧嘩する二人。

それを眺めるのは窓の向こうから光を照らしてくれる満月のみ

 

 

 

 

 

マダオとシスターが交差するとき、物語は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして少しだけ日が流れる。

 

「おいお嬢ちゃん、なんで俺の部屋のドアの前に座ってんだ」

「あ、やっと帰ってきたまだお! ずっと待ってたんだからね!」

「俺お前に最初に一晩だけ言わなかった? もうほぼ毎日ウチに来てるよね?」

「今日ご飯のなにかな?」

「こいつ完全にたかりにきてるよ! 助けてお巡りさん! もしくは害虫駆除の人! うちにデッカイゴキブリが住み着きました!」

 

定期的どころかいつも泊まりにやってくるインデックス。

それでも長谷川は仕方なく彼女を家に迎えた。

 

「いいか、飯を食べるって事はつまり働かなきゃいけねぇって事だ。だからこうやってオッサンの内職手伝え」

「わかったんだよ、でもこのガシャポンの中にギン肉マンケシゴム入れるお仕事はツラいんだよ」

「仕事なんて大抵はツライもんなんだよ」

「それにこのギンケシ見てると……ああ、このプリプリマン美味しそうなんだよ……」

「なんで顔面がケツの超人をヨダレたらしながら凝視してんのこの娘!? 食うなよ! これで稼げばまたイカの串焼き買ってやるから!」

「私はあんなものよりもっと美味しいの食べたいんだよ、モグモグ」

「食うなぁぁぁぁぁぁぁ!! 返せ! プリプリマンを返せぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

時に共に仕事を行ったりしてすずめの涙ほどの賃金をもらい

 

「へーこの写真に写ってる女の人がまだおの奥さんなんだね」

「ああ、毎年いつも結婚記念日には高いレストランに連れてってやってたが、今は金も無ねぇしカミさんも出て行っちまったから、今年は無理だろうな……」

「まだお……」

「腎臓って二つもいらないよな……質屋で買い取ってくれねぇかな」

「まだおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

少女に悲しいエピソードを聞かせたり

 

「また面接ダメだった、やっぱり俺はまるでダメなオッサンだ……」

「元気出してまだお、いい就職先教えてあげるから」

「マジで!?」

「イギリス清教といってね」

「せめて国内にしてくんない!? 通勤キツイから!」

 

うまく仕事にありつけない長谷川をインデックスが励ましたり

 

「オォォォォォイ! ここにたくさん貯蔵していた俺のんまい棒は!?」

「すでに私のお腹の中で全て溶けちゃってるんだよ」

「テメェまた大事な食料を! いい加減出て行けこの野郎!」

「私だってこんな汚い所さっさと出て行きたいのにたつまが見つからないんだもん!」

「お前なんかシスターじゃなくて寄生虫だ! 俺の城から出て行け寄生虫!」

「むかー! 出て行かせたかったら実力行使でかかってくるんだよ!」

「上等だテメェの得意の噛みつき戦法なんざこっちはとっくに見抜いてんだよ! かかってきやがれ!!」

 

狭い部屋の中でおっさんと少女の激しいバトルを展開したり

 

「まだお! 私今日お友達になった“こもえ”の家でご飯食べてきたの! 今度まだおも食べに来ていいって!!」

「ええ! 俺にもメシ食わせてくれんの!?」

「でもこもえと一緒に住んでるフレンダって娘がずっと変な人形に向かってブツブツ呟いてて怖かったんだよ」

「怖ぇぇぇぇぇぇぇ!! どんな家だよそれ! 呪いの館とかじゃないだろうな!? 呪いうつされねぇよな!?」

 

貴重な食べ物を恵んでもらう機会を得たり

 

「うう……しゃぶしゃぶなんてすっげぇ久しぶりだ……俺生きててよかった……」

「この匂いだけでごはん3杯いけるんだよー……」

「はいはい二人ともまだまだありますのでたくさん食べてくださいねー、フレンダちゃんも食べますかー?」

「迎えに来い迎えに来い迎えに来い迎えに来い迎えに来い早く早く早く早く早く早く早く浜面浜面浜面浜面浜面……」

「いらないみたいなので3人で楽しく食べましょう」

「いや延々とのろいの言葉呟いてる奴の近くで楽しく食べれるわけねぇだろ!! なんかすごい怖いんだけど!? たまにこっち見てくるんだけど!」

「ikeuesorokonugarasn……」

「今俺を見ながらなんか唱えたんだけど! 呪われたよ! 俺完全に呪われたよ!!」

「あんな呪術詠唱初めて聞いたんだよ」

 

人の縁が幸運を結び救いの手を差し伸べられ、施しを受けたり

 

「見てまだお! ネコ拾ったんだよ!!」

「にゃー」

「こっちも食えねぇってのにネコの世話なんて出来るわけねぇだろ」

「大丈夫! まだおのご飯を減らせば!」

「全然大丈夫じゃないからね! なんで優勢順位が俺よりネコのほうが上なんだよ!」

「最近はネコに芸を持たせてをゆーちゅーぶって奴に乗せればお金を稼げるって聞いたんだよ!」

「そんな事誰から聞いたんだよ」

「たつま!」

「ロクな奴じゃねぇなホント、まあいいや、とりあえず最初は簡単に火の輪くぐりでも覚えさせるか」

「にゃー!!」

「それって飼っていいってことだね! これからはここが家だよスフィンクスー」

「にゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「なんかすげぇ嫌がってそうに見えんだけど?」

 

拾った猫で一攫千金を狙うために買い始めたり(3回脱走した)

 

 

 

 

どん底に突き落とされ何もかも失ったはずの長谷川泰三の孤独な生活は

インデックスとの生活でゆっくりと変わっていった。

 

そして

 

 

 

 

 

「見ろ! これが“俺達”をマダオから脱却する為の最初の一歩だ!!」

「わー凄いねまだお! これがまだおのお店なの!」

 

長谷川は大きな賭けに出た、それは自分の店を開くこと。

この不景気なご時世に職なんか見つからない。

ならば自ら仕事を立ち上げようと決心したのだ。

 

彼がそう決心したのは他ならぬインデックスの存在のおかげである。

開いた店はコンビニ、名前は「MADAO」

 

「人の良い金融会社がこんな俺に気前よく金貸してくれて助かったぜ、やっぱ人生一人じゃやっていけねぇよな」

「これでイカの串焼き以外も食べられるんだね!」

「ああ、カップ酒ともこれでおさらばだ。けどそれだけじゃねぇ」

 

いつものラフでボロボロな格好でなくキチンとコンビニの制服に身を包んだ長谷川がインデックスに笑いかける。

 

「もしこの店が上手くいったら、お前にその……服でも買ってやるよ」

「え?」

「だってお前、会ったときからずっと同じ服着回してるじゃねぇか」

 

金色の刺繍が施された純白の修道服、インデックスが常にそれを着ていることに長谷川は気になっていた。

 

「女の子ならもっといろんな服着てみたいと思うだろ」

「うーん、一応これは「歩く教会」と言って私を護る為の術式が施された礼装なんだけど……」

 

意味不明なことを口走るとインデックスは黙り込む、すると気恥ずかしそうに目を背けながら

 

「まあたまには着てあげてもいいんだよ……」

「へ、そういう時は素直にありがとうって言うもんなんだけどな、まあいいさ」

 

意地悪く笑うと長谷川は腕を組んで自分の店を誇りげに眺める。

 

「最終目標は逃げたカミさんを連れ戻すことだが、まずは第一の目標としてお前が欲しいと思った服を買ってやるぐらい成功するに決まりだな」

「それでまだおがいいって言うなら別にいいんだよ、それよりここお店だよね? マダオの店だから私食べ放題なの?」

「なわけねぇだろ、これで我慢しろ」

 

そう言ってマダオが取り出したのはバナナ一房。

 

「これでも食いながらどっか遊びに行ってろ、俺はこれから開店セールの準備しなきゃならねぇんだから」

「むーそうやって私をのけ者にして!」

「お前が傍をウロチョロしてたらまともに仕事できねぇんだよ」

 

そうやって手でシッシッと追い払う仕草をする長谷川。それにインデックスは貰ったバナナを早速食べながら不満げにジト目を向けると

 

「ふーんだ、じゃあまだおが困っても絶対に助けてやらないんだよ」

「ハハハ、勝手にしろ」

「後悔しても知らないんだから!」

 

そう言い残してインデックスはバナナを手に持ったままどこかへ行ってしまった。

残された長谷川は「さてと」と自分の店に戻る。

 

「早速準備しねぇとな、開店初日だから大忙しだぞ」

 

そう言いながらもどこか楽しげに準備を始める長谷川。

どん底からは這い上がった。次はもう一度上へ昇るために、そして何より

 

「ガキなんて作ってもうるせぇだけだと思ってたが、案外悪くねぇのかもな」

 

彼女の存在のおかげで、長谷川は下を見る事を止めたのだ。

 

「よーし! ハツが帰ってきたらいっちょ子作りでもしてやろうかな! ダハハハハ!!」

 

コンビニ店員が言ってはいけない事を裏口で平然と叫び笑っていると、店の表からなにやら騒がしい声が

 

「ウチのガキに触んなコラ! 金ならやるからとっとと消えろ寄生虫共が!!」

「あなた達の様な欲にかられた俗物がお姉様に触れるとか許しませんわよ!」

「もう超なんなんですかあなた達! この人の父親と母親ですか!?」

「子離れも出来ない親が娘の友達付き合いに口挟むんじゃねぇぞゴラァ!!」

「どうでもいいから離せぇぇぇぇぇぇ!!」

 

どうやら既に店に客が来ているようだ。しかも団体様、おまけにやかましい

 

「ったくなんなんだよ、開店初日でハプニングとか勘弁してくれよ」

 

そう文句をたれながら長谷川は裏口から表のレジカウンターの所まで移動する。

客への対応かつ、マナーの悪い客を注意するために

 

しかし彼は気づいていなった。

 

“彼女達”がここにいる時点で、既に取り返しのつかない事態に陥っていることを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーまだおったら許せないんだよ。せっかく私が手伝ってあげようと思ったのにのけ者にして」

 

コンビニから少し離れたところで、インデックスがバナナをほおばりながら文句を言ってると

 

「はぁー脱走した子供を捕まえろとは、難儀な任務だな全く」

「やるしかねぇだろ、俺だって不服だが真撰組の存続のためなら仕方ねぇ。その為ならなんだってしてやるよ」

「そう血気盛んになるなトシ、ここは出来るだけ穏便に済ませよう、子供を捕まえたらちょっと洒落た喫茶店で俺が元の施設に戻るように洒落たトークで説得するから、それで洒落て解決だ」

「何回しゃれしゃれ言ってんだよ、最後に関しては間違ってるじゃねぇか」

 

目の前を数十人の同じ制服を着た男たちが通り過ぎて行く。

先頭を歩く男二人が会話しているのをインデックスがふと見ていると突然

 

地鳴りを揺らし耳をつんざくような大きな衝撃音と爆発

 

「うわぁ!」

 

あまりにも大きな衝撃にインデックスは尻もち付いて倒れると、次に見た光景は

 

「ってうわぁぁぁぁぁぁぁ!! コンビニMADAOが爆発しちゃったんだよぉぉぉぉぉ!!!」

 

一瞬の出来事だった。長谷川が血の滲むような努力と執念が生み出したコンビニMADAOが爆発してしまった。

慌てて駆け寄ろうとするインデックスの前では黒い制服を着た男達のリーダー格的存在が逃げる市民に向かって叫んでいる。

 

「え~みなさんご心配なく!! 我々真撰組は別にこの街に害を為す事が目的とした組織じゃなくてですね! あ! ちょっと! 石投げないで! 痛いですホント!」

 

どうもこの男達が先ほどコンビニMADAOを崩壊させた原因らしい。

周りに叩かれながらも必死に説明しようとしている彼に向かってインデックスは手に持ったバナナを強く握り

 

「そんな事してないでまだおを助けに行ってよこのバカゴリラァッ!」

「いやバナナ投げられても困りますから! 別に嫌いじゃないけど投げられたら食べるとかそんなんしないから! あ、美味しんだけどなにこれ? どこ産?」

 

手当たり次第にバナナを投げるインデックスは彼は周りの騒音のおかげで彼女の声も届いていない。しまいには投げられたバナナを食べる始末。

 

「まだおーッ!」

 

崩壊したコンビニMADAOに向かって叫んでも返事はやはり返ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後、長谷川はコンビニMADAOを崩壊させた張本人である真撰組が救急車を呼んですぐに搬送された。

 

そして数日経って

 

「……」

 

長谷川は病室のベッドで目を覚ました。そこで初めて意識が戻った彼はゆっくりと半身を起こすと傍にあったグラサンを掛ける。

 

「お、起きたみたいじゃんよ」

 

病室のドアが開く。中に入ってきたのは腰の下まで伸びたポニーテールを揺らすジャージ姿の女性。そしてその後に入ってきたのはインデックスがバナナを食べさせたゴリラ似の男。

見知らぬ二人組に長谷川がただ無言で見つめていると女性の方が男の横っ腹を軽く肘で小突いて

 

「おらゴリラ」

「えー真撰組の局長を務める近藤勲です。この度は……ウチん所が迷惑掛けてホントすんませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

廊下にまで響き渡りそうなぐらいの大声で誤りながら深々と頭を下げる近藤という男。

 

「あんたの店を爆発させたのは俺の部下だ! 店を再建することは出来ねぇがアンタが店作るために作った借金はウチが全部払う!! それでも怒りがおさまらねぇなら俺を煮るなり焼くなりしてくれ! なんだったら俺のケツ毛を剃ってくれたっていい!!」

「どんな新手の罰のゲームじゃんよそれ」

「いやそれだけじゃアンタに謝りきれん! こうなったら前の方も剃ってくれ!」

「どこの種族の反省の仕方だ」

 

謝り続ける近藤にそれにツッコむ女性。

しかしそれを聞いても長谷川は上の空だった。

自分の身に起きた出来事に未だ頭の整理が追いつかないのだ。

そんな状況の中、一つ気になるのはやはり

 

「……ここに修道服を着た銀髪のガキは来たか?」

「銀髪のガキ?」

「ああ、その子なら確かに毎日“月詠センセ”とここに来てるじゃんよ、時間的にそろそろ」

 

女性がそう言うとタイミング良く病室のドアが開いた。

 

「あ! シスターちゃん、長谷川さんが目を覚ましたみたいですよ!」

「まだお!」

 

やってきて早々嬉しそうに叫ぶインデックス。そんな彼女を連れてきたのは月詠小萌、長谷川と彼女が色々世話してもらった恩人である。

 

「私びっくりしたんだよ! まだおの店が爆発したり“天パとツインテが黒い人達と戦いだしたり”それに壊れたまだおの店でこのゴリラが裸で踊り回ってたんだよ!」

「いやそれわざとじゃないからね! トシから聞いて初めて知ったんだからね俺も! まさか奴らの仲間に洗脳術を操る能力者がいたとは夢にも思わなかったんだよ!」

「それにしちゃ楽しげに踊ってたじゃんよ、変なもんをブラブラ揺らしながら」

「え、見たの!? 俺の恥部見ちゃったの!? ケツ毛ボーボーなのバレた!?」

「おう見た見たバッチリ見た、人にあんなけがわらしいモンみせてどう責任取るつもりだクソゴリラ」

 

近藤と女性の話を無視して長谷川はただインデックスを見つめる。

そう、彼は彼女を見たときすぐに違和感を覚えたのだ。

その違和感とは

 

「おい、どうしてお前、いつもの服着てねぇんだ」

「ふぇ!?」

 

長谷川の追及にインデックスは動揺したようにビクッと跳ね上がる。

彼女が今着ている服は、小萌が愛用していたウサギの耳がついたピンクのパーカーと短パンだ。

トレードマークとも言うべき金色の刺繍が施された修道服ではなかった。

 

「修道服はどうした」

「そ、それはまだおに言われてからちょっと色んな服を着たいと思っただけだもん! ちょっとこもえから借りてみただけだから! そんな事より私まだおの目が覚めた時の為にお祝い用意してたんだよ!!」

「……」

 

あからさまに不自然な態度をするインデックスを見ながらふと隣の小萌を見ると複雑そうな顔でこちらから目を逸らしている。

彼女の態度を見て長谷川は彼女達が何かを自分に隠してると瞬時に読み取った。

 

「はいこれ!」

 

そんな彼にインデックスが差し出したのは一枚の紙切れ。

何かと思い長谷川はそれを手に取ると、そこに書かれていたのは高級レストランのお食事ペアチケット。

 

「まだおが奥さんと毎年結婚記念日に行ってた所なんだよね!」

「ああ、そういや前に言ったことあったな……よく手に入れたなこんなの」

「ふふん、日頃の行いのおかげで商店街のくじ引きで引いちゃったんだよ! これでまた奥さんと一緒にご飯食べにいけるね!」

「……よく覚えてたじゃねぇか」

「私の記憶力はイギリス清教に重宝されるほど凄いんだよ!!」

「そうか、じゃ今その重宝されている記憶力に刻んでおけ」

 

長谷川は手に持ったチケットをヒラヒラさせながらインデックスに

 

「コイツはな、商店街のくじ引きに出回ることなんてあり得ねぇんだよ」

「!」

「俺が幕府で働いていた時でも、少ねぇ小遣いでやりくりしながら毎年買ってたんだ。買わなきゃ手にはいらねぇ代物をどうしてお前が持ってんだ」

「それはえ、えーと……」

「テメーの服を売ったんだな」

「あ……」

 

彼女のわかりやすい反応を見て長谷川は深くため息をついた。

そう、彼女はこんな紙切れ1枚の為に……

 

「質屋にでも売り飛ばしたのか」

「うん、今ちょうど“まともな修道服”を欲しがってる人がいるからきっと高く買い取ってくれるだろうって……」

「それで貰った金で買ったのがコイツか」

「……」

 

いつもより数段低い声をしながらただ呆然と手にあるチケットを眺める長谷川。

インデックスが居心地悪そうにうなだれると、二人を見かねて黙っていた小萌が身を乗り出して

 

「ごめんなさい長谷川さん、私も必死にシスターちゃんを止めたんですけど……シスターちゃんは長谷川さんが元気になってもらう為にはこれしかないって……」

「……」

 

彼女の言葉を聞いて長谷川は無言で手に持ったチケットを

 

「こんな紙切れいらねぇよ」

「長谷川さん!」

「!」

 

非情にもインデックスの目の前でビリビリと破きだしたのだ。

無表情で破いた後、それをまとめて傍にあったゴミ箱に捨てる。

 

「ケッ、どうせくれるんならそのまま現金寄こせってんだ」

「まだお……」

「酷いです長谷川さん! シスターちゃんが服を売ってまで手に入れたモノなのに!」

「勝手に服売って勝手に買ってきただけだろうが、それを俺がどうしようが関係ねぇだろ」

 

冷たい行いと言葉にショックで呆然と立ち尽くすインデックスを庇うように小萌が前に出るが長谷川は一蹴。

 

「ったくいつかは良い金になると思って世話してやってたのに、その結果が女房に逃げられた俺にペアチケット? 皮肉のつもりか」

「ち、違うよまだお、私は……」

「もう我慢ならねぇ、とっととこの部屋から出て行け。そして二度とそのツラ見せるんじゃねぇ」

「!」

 

彼女に対して言ってはならないことを遂に放ってしまう長谷川。

インデックスは目を見開き固まってしまう。

 

「やっぱガラにねぇ事するんじゃなかったぜ、この俺がガキの世話なんてよ」

「まだお……」

「これでようやく一人暮らしだ、食費も一人分になるし万々歳だ。あばよガキ、探し人を探すなりイギリスに帰るなりどこにでも行っちまえ」

「う……!」

「シスターちゃん!」

 

彼に突き放されたことで走って病室から出て行ってしまうインデックス。

小萌の声も届かずに廊下の足音だけが悲しく聞こえる。

 

「シスターさん……長谷川さん! これは一体どういう……」

「どういう事か説明しろ!!!」

「きょ、局長さん!」

 

小萌が長谷川の方に振り返って怒る前に、既に怒っていた近藤が長谷川の胸倉を掴み上げていた。

 

「俺達が二人の仲を引き裂いた原因だったゆえに口を挟む事はしなかったがもう限界だ! なぜあの子を突き放した! 詳しくは知らねぇがあの子はあんたの娘同然だったんだろ!」

「おいおい謝罪の次は説教か? 最近の警察はやんなっちまうぜ本当に」

「落ち着くじゃんよ近藤、こいつを殴って解決なら私がもう既にボコボコにしている」

 

激昂している様子で今にも殴りかかりそうな雰囲気の近藤を女性がたしなめる。

 

「長谷川さんって言ったか? アンタがベッドで目を覚ますまであの子が何をしていたのか教えてやるじゃんよ。あの子はな、アンタが目を覚ますように毎日来て面会終了までお祈りしてたんだ、早くアンタが目を覚ますようにって何時間もずっと」

「フン、こっちはそんなモン頼んだ覚えねぇよ」

「まだそんな事言うのか!」

 

彼女の話を聞いても鼻で笑うだけの長谷川にまたもや近藤が怒鳴り散らす。

 

「あの子はな本気でアンタを心配してたんだ! 恨むべき相手である俺も見ずにただずっとアンタが無事に起きてくれる事を願っていたんだ!! そんなモンただの赤の他人がやると思うのか!? 寝てたアンタはそんな事聞いても知らねぇだろうが、俺達は確かに見たんだ! アンタに生きて欲しいと祈り続けて!」

「知ってたさ」

「!」

 

近藤に胸倉を掴まれながら、長谷川はポツリと呟く。

 

「アイツが俺の為に毎日祈ってたことぐらい、アイツは俺がいつも寝ている隙に、こっそり月に向かってお祈りしてたんだから、俺が幸せになるようにって」

 

近藤の表情から怒りが消えた。

 

「傍から見ればくだらねぇと思うかも知れねぇが、テメーが幸せになるよう祈ってくれている事に俺は心底救われた気分だったよ、全てに見捨てられた俺をあのガキは決して見捨てずについてきてくれた」

「じゃあどうしてアンタは突き放すような真似を……」

「あんなガキが俺みたいなのと付き合っちゃいけねぇってわかったのさ」

 

自虐的にフッと笑いかすれた声を漏らす。

 

「なにせ俺とカミさんがまた元通りになる為にテメーの大事な服を売り飛ばすような奴だ。他人の為に身を削ってそんな真似するような奴が、まるでダメなオッサンの俺と一緒にいちゃいけねぇんだ」

「……」

「このまま俺と付き合ってたらあのガキは服だけじゃねぇ、もっと大事なモンまで捨てちまうかも知れねぇ、ただでさえお人好しを騙そうとする連中なんてごまんといるんだからな」

 

だから長谷川はインデックスを突き放した。

これ以上彼女が自分の為に身を削らないために

傷つくのは自分だけで十分だ

 

「こんな茶番に付き合わせて悪かったな月詠先生、出来ることならあのガキをそっちで引き取ってくれ。アンタになら安心してあのガキ任せられる」

「長谷川さんは本当にそれでいいんですか? この後一体どうするんですか?」

「そうだなぁ……」

 

 

 

 

口元に微笑を浮かべながら長谷川は小萌の問いかけにしばし黙った後

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、浴びるほど酒飲んで何もかも忘れてねぇな」

 

 

 

 

 



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第四十七訓 マダオとシスター時々ホスト

インデックスと別れてからの長谷川泰三はまさに急転直下で落ちていった。

退院してからもまともに職も就けず

家賃も払えず家を追い出され

 

遂には住所不定の公園の隅っこで生活するといういわゆるホームレス生活と成り果ててしまった。

 

「腹減った……」

 

夏の強い日差しが一層体と精神を蝕み

頬も痩せこけ着ている服もボロボロ、ベンチの上に死んだように座れ込む彼。

グラサンの下にある目は濁りきって虚空を見つめている。

 

「おいオッサン、一人でベンチ占領してんじゃねぇよ」

 

俯いている彼のに向かって、一人の若い少年が乱暴に声を掛けた。

長谷川はゆっくりと顔を上げる。

 

「俺は今人を待ってるんだ、こんなくそ暑い中で第二位である俺を棒立ちさせるつもりか? ああ?」

「へ、どかせるもんならどかしてみな……」

「そうかよ、じゃあ遠慮なく」

「ぶッ!」

 

不適に笑って挑発してきた長谷川を少年は思い切りぶん殴った。

何の躊躇もないその拳を頬に受け、長谷川は風に流された紙切れのように飛ぶ。

 

「チッ、なんだ全然弱ぇじゃねぇか」

 

空いたベンチに少年はドカッと左端に座る。

 

「テメェも座ったらどうだ。オッサン」

「……」

 

右側に座れと促す少年に、長谷川はノロノロと立ち上がって静かに座る。

ホスト風の少年とみずぼらしいオッサン。

異様な組み合わせが数分ほどただずっと黙り込んでいると少年が不意に口を開いた。

 

「アンタ、ホームレスか?」

「……ああ」

「家族は?」

「……いねぇよ」

 

言葉少なめに返事する長谷川を少年はチラッと横目を向ける。

 

「本当にいねぇのか?」

「ああ、妻には逃げられたばかりだ……」

「……子供いなかったのか?」

「……テメーのガキじゃねぇが短い間世話したことがある」

「そのガキは?」

「追い出した、二度と俺に近づかないようにな……」

 

少年はボリボリと後頭部を掻き毟る。

 

「かぶき町にかまっ娘倶楽部って店があんだけどよ、そこの店主が常連のお客さんからおかしな話を聞いたらしい、「誰よりも優しい娘をこれ以上自分に付き合わせない為にわざと冷たく突き放したまるでダメな親父の話」さ」

 

唐突に少年が話し始める内容に長谷川はピクリと初めて反応した。

 

「情けねぇ親父だぜ全くよ、何もかも全部背負い込んで勝手に娘置いて行っちまうなんて薄情にも程があらぁ」

「……娘のほうもそんな親父がいなくなってせいせいしただろうさ」

「俺はそう思わねぇけどな」

「……」

 

フッと笑いながら言った長谷川の言葉を否定すると少年は「はぁ~」と深いため息を突く。

 

「こんな話がある、「どん底に落ちたクソ野郎が化け物集団と親玉とその子供に会う話」だ」

「……」

「そのクソ野郎ってのは本当に最低な野郎だった。優秀な能力を持っている事に驕り、研究所で行われる人体実験に加担し、上からの命令ならなんの躊躇もなしに人を殺せる。まさに人の皮を被った獣だった」

「……」

「闇の世界ってもんを知りすぎたそいつはその内闇そのものになるのも時間の問題だった。

だがとあるガキを一人誘拐するという依頼を受けたとき」

 

 

 

 

 

 

「気がつくとそいつは数十人のオカマ軍団に囲まれていた」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

超スピードの急展開に初めて大きな声で叫ぶ長谷川、驚く彼をスルーして少年は話を続ける。

 

「そいつは必死にオカマ共から逃げるがすぐに回り囲まれる、どこへ逃げてもオカマ、あっちへ逃げてもオカマ、追い払おうとぶっ飛ばしても復活するオカマ、この世の者全てがオカマに見えるぐらいそいつの精神は悪化し……うぷ」

「なんか気持ち悪そうにしてるけど大丈夫!? 話したくないならもう話さなくていいからね!? こっちもなんか頭の中青髭がたくさん沸いてきてるし!」

 

何か思い出したくないものでもあるのか気持ち悪そうに口を手で押さえる少年に長谷川が止めるよう促すが彼は構わず

 

「誘拐したガキがマズかったらしい、そのガキはそのオカマ軍団のボスの息子だったのさ、ボスの息子を攫う奴は許さねぇ、オカマフィア達は一致団結しそいつのズボンを何度もずり下げようと……」

「オカマフィアってなに!? オカマのマフィア!? カッコよく言っても結局オカマだよね!? しかもガキ誘拐したから取り返しに来たんじゃなくてズボンずり下げに来たの!? もうオカマフィアの目的変わってんじゃねぇか!!」

「一人のオカマがズボンを下げてきたかと思ったらその次は下着に手をかけ……」

「逃げてぇぇぇぇぇぇ!! クソ野郎逃げてぇぇぇぇぇぇ!!! もうガキなんて返そう!! 早くしないともっと大事なものが!!!」

「オロロロロロロロロ!!!」

「吐いたぁぁぁぁぁぁぁ!! 何があったんだクソ野郎!! 何をされたんだクソ野郎!!」

 

突如口から思い切り嘔吐する少年の反応を見て長谷川は想像するよりも恐ろしい出来事があったのだと理解した。

少年は胃の中のもの全部ぶちまけた後、息を荒げながら口を手で拭う。

 

「だがクソ野郎もそんじゃそこらの能力者じゃねぇ……遅れはとったものの能力を持たないオカマ共なんざ敵じゃねぇ、攻撃のチャンスがあれば一瞬だった、奴らがカメラを取り出した隙を狙ってあっという間に逆転だ」

「オカマフィアカメラ取り出してたの!? 明らかなにか撮るつもりだったよね!?」

「オカマ軍団を全滅させ、再びガキを目的地まで連れて行こうとしたその時、最後に現れたのはそのガキの父親だった、いや母親か?」

「どっちでもいいだろ! オカマなんだから!」

 

変な事を疑問に思う少年に長谷川がツッコミを入れる。

 

「で、そいつは凄い能力者だったんだろう、オカマの親玉も倒せたのか?」

「倒そうとしたさ、いや完全に殺すつもりだった。しかしどれだけ痛めつけてもどれだけ精神をへし折ろうとしても、アイツは決して倒れず俺に立ち向かってきた、どうしても倒れないアイツにそいつは言った」

 

『なんでテメェは倒れねぇんだよ!! クズ共が寄ってたかってこの第二位の俺にハエのようにたかりやがって!! テメェら無能力者が俺に勝てる訳ねぇとどうしてわかんねぇんだ!! ガキなんざ捨てて逃げてみろよ!! テメーの命よりガキの命のほうが大事だとか思ってんのか!!』

 

「すると全身傷だらけになってフラフラになっているオカマのボスはそいつに向かって平然と答えた」

 

『バカ野郎、親がテメーの子供助けるなんざ当たりめぇだろ』

『!?』

『それにテメェはアタシの家族であるあの娘達を傷付けた、この落とし前はつけさせてもらう』

『娘ってあのオカマの連中か? 笑っちまうぜ、あんなの所詮血の繋がりもねぇただの他人だろうが』

『血が繋がってようが繋がってまいが関係ねぇのさ、テメェが脇に抱えてる息子も、テメェがぶっ倒した娘達も』

 

 

 

 

 

『みんなアタシの家族だ』

 

 

 

 

 

「テメーと同じようなクズばっか殺して天涯孤独に生きるそいつは、初めて”親”って奴を見た」

「……」

「そして同時に初めて恐怖って奴を覚えた。どれ程殺そうとしても絶対に倒れない存在を始めて現れた事に、そいつは生まれて初めて負けてしまうかもしれないという危機感を抱いた」

 

少年は思い出すように天を見上げる。

 

「能力者ってのはどんだけヤベェ能力持ってようが使っているのは結局人間だ。精神がブレちまえば能力も上手く活用できなくなる、自分だけの現実が崩壊しちまったら能力は使えなくなったり暴走を引き起こしちまう、そいつは後者だった」

「……」

「ただ闇雲にそこら一体に能力が発動し、自分でさえどうにかなくなりそいつは自らの能力で自滅仕掛けた、当然の報いさ、クズはクズらしく惨めに死ねって天からのお告げだったのかもしれねぇ」

 

 

 

 

 

「けどそいつの意識が戻って目を覚ますと。クソ野郎はオカマの大将に抱き抱えられていた、辺り一面が崩壊した中で、そのオカマはテメーの息子とそいつを同時に助け出したんだ」

「……とんでもねぇオカマだな」

「そして抱き抱えてるそいつに向かってオカマの大将は言った」

 

『この落とし前はキッチリウチで働いて返してもらうわよ♡』

 

「ドボロロロロロロロロロ!!!!」

「また吐いたぁぁぁぁぁぁ!! 落とし前返したの!? オカマの店で働いて返しちゃったの!?」

 

二度目の嘔吐をする少年の背中を思わずさすってあげる長谷川。

彼にさすられながら少年はムクリと顔を上げ

 

「へへ、どうゆうわけかそいつはオカマの大将に気にいられちまったようでな……テメーの息子攫った奴を自分の店で働かせ始めたんだ、おかしな野郎だよ、お人好しにも程があらぁ、そいつの子分もオカマも、息子も……」

 

口を拭いながら声絶え絶えに少年は話を続ける。

 

「しばらく経つとオカマの大将は追い出す様にそいつを店からつまみ出す、落とし前分はしっかり働いた、もうお前を縛るのは何もないと」

 

『どこへなりとも行っちまいな、けどこれだけは覚えとくんだね。アンタがどんだけ遠くに行こうがまたあんなロクでもない世界に戻ろうが』

 

 

 

 

 

『アンタはアタシのもう一人の息子だ、そいつを魂に刻んでおきな』

 

 

 

「化け物の顔が一層化け物に見える笑顔でそう言った」

「……」

「己の能力に頼り切るのを止めていたそいつはかぶき町のホストクラブ高天原で必死に働き始め、それなりの地位に辿り着いた。そしてそいつは結局……」

 

少年が話を言い終えようとしたその時。

公園に一人の小学生ぐらいの少年が両手に大きな買い物袋持ってやってきた。

 

「あれ、ていと兄ちゃん何してるの?」

「よぉてる彦」

 

その小さな少年に彼は手を上げるとベンチからすぐに立ち上がる。

どうやら二人は知り合いだったらしい。

 

「あの化け物がオメーをかぶき町の外におつかいに行かせたって言ってやがったからな。ここで待ち伏せしてたんだよ。ほれ袋よこせ」

「ええ、僕かぶき町の外に出るぐらい平気だよ……逆にかぶき町の方が危険だし」

「バカ言ってんじゃねぇぞコラ! この辺にはな! ロクでもねぇツンツン頭とかロクでもねぇ白髪頭とかロクでもねぇもじゃもじゃ頭とかそういう危険人物が練り歩いてんだよ! 見つけたらすぐに俺を呼べ!! グチャグチャに捻り潰してやるから!!」

「いやそれだとその人達を抜いて危険人物ベスト1位にていと兄ちゃんがランクインしちゃうんだけど……」

 

過保護というべきかやり過ぎというべきか、少年は熱く語りながらその子の持ってる買い物袋を両手に持つと、ベンチに座る長谷川の方へ振り返り

 

「そしてそいつは結局化け物集団の所に戻ったって訳だ」

「……やれやれ、ようやく終わりか、長い話だったな」

「どうしてそいつはまた戻ったと思う」

「さあな」

「一生かけても返しきれねぇ借りがあるからだ」

 

素っ気ない長谷川に少年ははっきりと答える。

 

「ムカつく事もあるし気持ち悪ぃ野郎共だが、この命を救われた事は一度たりとも忘れた事がねぇ、それに何よりアイツ等は生きる居場所をくれた、闇の中よりもっと薄汚ねぇ場所だけどな」

「……」

「だから”俺”はテメーの一生分使い果たして、アイツ等に借りを返す、アイツ等が護りたいモンを全力で護る、それが俺の決めたルールだ」

 

少年は力強くそう言うと黙り込む長谷川に背を向けた。

 

「なぁ、もし最初に話した優しい娘を突き放したまるでダメな親父に会ったらよろしく伝えておいてくれねぇか」

 

そして長谷川の方に首だけ振り返る。

 

「ちょっとでもその娘に恩を感じてるなら逃げ出さずにキチンと向き合え、貰った恩を百倍にして返すぐらいの度胸をみせろこのマダオってな」

「伝えておくさ……しっかりとな」

「ならいい……あばよ」

「ああ」

 

あっさりとした別れの挨拶を済ませると、少年はもう一人の小さな少年を連れて長谷川の前を去っていった。

 

「ねぇていと兄ちゃん、あのグラサンのおじさんってもしかして父ちゃんが言ってた……」

「父ちゃんじゃなくて母ちゃんと呼べ、あの化け物にまた拳骨食らわされるぞ」

「普通に化け物って呼ぶていと兄ちゃんが一番ぶん殴られてる気がするんだけど……」

 

二人は会話しながら長谷川を残して行ってしまった。

 

彼等を見送った後、長谷川は右手で拳を強く握ると自分の頬目掛けて

 

躊躇なく思いきり殴る。

 

「何やってんだよ俺は」

 

腫れた頬の痛みを感じながら懐からタバコを取り出して火を付ける。

 

「腐っていく内に心までマダオになっちまってやがった」

 

口に咥えると彼は決意を込めた表情でベンチから立ち上がる。

 

「借りたモンはキッチリ返す、もう遅ぇかもしれねぇがあのガキにキッチリと謝って……!」

「そうやなぁ、借りたモンはキッチリ返さなぁあきまへんわ」

「!」

 

不意に声が聞こえたと同時に背後からポンと肩を掴まれる。

長谷川がゆっくりと後ろに振り返ると

 

「ようわかってるみたいで安心したわ、長谷川さん。わし等極道モンも同じ思いですわ」

「だ、誰だお前!」

 

現れたのは顔に傷を付けた七三分けの男。

どう見てもカタギではない風貌に長谷川は警戒する。

 

「わしは溝鼠組で若頭任せられ取る黒駒勝男っちゅうモンですわ」

「ご、極道が俺になんの様だ! 俺はグラサン付けてるけどアンタ等と同族じゃねぇぞ!! これはただの男のたしなみだ!!」

「いやいやグラサンは関係あらへんのわ」

 

黒駒と名乗る男は慌てる長谷川に優しく微笑む。

 

「いやね、おたくちょっと前に随分と金借りたようですな? 実はおたくが金借りた金融会社、ウチのモンが経営してる会社でして」

「!!」

「だから借りたモンキッチリ返してもらう為に若頭のわしが自ら来てあげたんですわ」

「ちょ、ちょっと待て!」

 

長谷川は慌てて黒駒の話を止めた。

 

「借金なら真撰組が全部返したはずだ!! 俺はもうおたくの所に借金なんかねぇ!!」

「確かに返してもらいやしたが、返す寸前の所で利子が発生しましてな、まだその利子貰ってませんのや」

「利子だと!?」

 

黒駒はピラッと一枚の紙を長谷川に差し出す、それは前に長谷川が金を借りる時に書いた契約書だ。

 

「これにちゃんと書いてありますやないか、金返す寸前で利息100%で請求する事があったりなかったりするって」

「嘘つけぇ! どんな無限ループだそれ! 俺はちゃんとこの契約書をくまなく読んでるんだ! んなの書いてねぇよ!!」

「いやいやちゃんと書いてあんですわ、契約書の端っこに書かれてるやろ、ほれ」

「は?」

 

言われて長谷川は黒駒が指さした方を見ると、今まで見た事のない文字が書かれていた。

 

「いやこれただの模様だろ? こんな言語見た事ねぇし」

「何言うてますの、これはれっきとしたオベベベベベロンベベベベベ語やないですか」

「オベベベベベロンベベベベベ語ってなに!? テメェデタラメ抜かしてんじゃねぇぞ!!」

「こりゃかなわんなぁ、オベベベベベロンベベベベベ語は地球から遠く離れた惑星。ドボルルルルルルルルルベベルルルルルルルル星の共通言語でっせ、んなもん常識ですやん」

「ドボルルルルルルルルルベベルルルルルルルル星なんてのも聞いた事ねぇよ! つうかどんな星の名前だよ!! くだらねぇ事抜かして俺を騙そうたってそうはいかねぇぞ!!」

 

そんな事言われても納得するはずがない。

これはあまりにも横暴すぎる、理不尽な恐喝を受けている事に気付いた長谷川はその場から逃げ出そうとするが、黒駒は彼の首にすぐに手を回す。

 

「逃げようたってそうは行きまへんや、返してくれへんのならこっちはこっちで考えがあるんやで」

「へ!?」

「まぁまぁすぐに済みますさかい、これでアンタもわし等に金返せる。コレで貸し借り無しでアンタは自由や」

「一体何を……!」

 

ブルブル震えながら長谷川が首をホールドされたまま黒駒の方へ顔を上げると。

 

歪な笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。

 

「お楽しみは、これからや……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は既に夜となっていた。

長谷川は黒駒に拉致されて公園を出ると、既に使われていない研究所に連れてかれた。

 

そして今の彼はというと

 

「ほな、まずはタマタマ取ったれ」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!! 止めてくれぇぇぇぇぇぇ!!」

 

研究所に置かれていた診察台に磔にされた長谷川が泣き叫ぶ。

 

彼はい服を脱がされ素っ裸にされていた。

 

周りには数人の強面の極道が囲み、黒駒は傍に合ったソファでのんびり足を組みながら彼等に命令を下していた。

長谷川がすぐに借金を返す方法、それは

 

「人間の身体っちゅうモンはほんま宝の山やで、目玉だろうが心臓だろうがどんなに古びた玉袋だろうが高く買い取る輩がおるっちゅう話やって。これで長谷川さんも大金持ちや、まあ残った部位で体が動くかどうかは知らんけど」

「ふざけんじゃねぇこれ完全に犯罪じゃねぇか!! アンチスキルや真撰組が知ったらテメェどうなるかわかってんのか!!」

「んなもん怖くて極道務まるかボケコラカスゥ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

こちらに中指立てて怒鳴りたてる黒駒にビビる長谷川。湧き立つ戦意も失ってしまう。

 

「よし、ほなら選ばしたるわ。玉と竿どっちがええ?」

「どっちも駄目に決まってんだろうが!! こちとらまだまだ現役なんだよ! 鞘には逃げられたけど一級品の刀なの!」

「アホかどこが名刀じゃ! こないなもん全然大したことあらへんわ! わしのビッグサーベル見せたろうかゴラァ!! どっちが上か勝負じゃあ!!」

「アニキ、趣旨代わってます!」

 

自分の袴に手を突っ込もうとする黒駒を部下達が慌てて止めに入った。

挑発されると簡単に乗ってしまうのが黒駒の悪い癖だ。

 

「あーもうええわ! さっさとそのなまくら切り落としたれ! そん次にタマや!!」

「へい」

「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! 俺はオカマになりたくねぇぇぇぇぇぇぇ!!! 誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

自分の分身とも呼ぶべきモノとのお別れという残酷な刑を執行しようと部下の一人がドスを握る。長谷川はグラサンの下から涙を流し、心の底から叫ぶと

 

ドスを握っていた部下の一人がピタリと止まった。

そして突然上を向いて苦しそうにパクパクと口を開け始める。

 

「あ、あ……」

「おい、どないしたんや?」

「い、息が……!」

 

喉を押さえながら必死に説明しようとするも

 

男はブクブクと泡を噴き出すと白目を剥いて突如倒れる。

 

「ああ!? どういうこっちゃこれは! しっかりせんかいアホンダラ!!」

「ア、アニキ……! わし等もなんか……!」

「息が出来まへん……!」

「なに!?」

 

今度は周りの部下達も呼吸が出来ないと喉を押さえながら訴え始め、黒駒が驚いたその瞬間にバタバタと全員倒れてしまった。

残されたのは全裸で磔にされた長谷川と黒駒のみ

するとコツコツと静かに足音を立てて何者かがこちらに向かって廊下を歩いてくる気配が

 

「相変わらずチンケな商売してんなぁ、溝鼠組の若頭よぉ。ただのゴミ掃除なら目を瞑ってやってもいいが」

「お、お前は!!」

 

奥から姿を現した者に黒駒はぎょっと驚く。

目の前に出てきたのは

 

「そのゴミを掃除するならこの”垣根帝督”に通してからにしろや」

「さ、西郷の所のガキやとぉ!!」

 

かぶき町のホストナンバー2にして鬼神マドモーゼル西郷の陣営に立つレベル5の第二位。

本気になればかぶき町そのものも楽に破壊できるといわれる恐ろしい少年だ。

予想だにしない垣根の登場に黒駒は慌てて後ずさりする。

 

「西郷のガキがなんの用じゃ! まさか溝鼠組のわし等と一悶着起こす気か! そないな事したらかぶき町が戦争になるんやで!!」

「心配すんな、俺は今日ただのゴミの廃品回収に来ただけだ。最近心理定規がリサイクルにハマっててよ、俺もやってみようと思ったんだ」

「そんな戯言が通るかボケェ! わしに指一本でも触れてみぃ! おじきが聞いたらすぐに西郷の所にケシかけるで!」

 

こちらに指を突き付けて必死に叫ぶ黒駒に垣根はけだるそうに欠伸をすると

 

「安心しろ、テメェ程度の雑魚に指一つ使うつもりはねぇから」

「へ?」

 

垣根がそう言った瞬間、突然黒駒が立ってる所を中心に白い水たまりが発生した。

 

「な、なんやコレ! これがまさか麦野ちゃんも上回るちゅうあの……!」

「これだけで俺の能力が理解できると思ってんならテメェは正真正銘のやられ役だ」

 

自分を中心に発生した水たまりが次第に広がると、水たまりの中からゆらりと大きな人影があちらこちらに生まれ始める。

 

それは口元に青い髭を生やし、女性の着物を着た

 

オカマ

 

「黒駒さぁ~ん……!」

「愛してるわ~……!」

「アタシと遊びましょ~……!」

「ぎぃやゃぁぁぁぁぁぁ!! なんか白いオカマがいっぱい出てきたぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

黒駒を取り囲むのはいきなり現れたオカマ達。

色は付いておらず真っ白だが、その見た目と声は正に本物となんら変わりない。

 

「ふ、ふざけるもええ加減にせぇやクソガキ……こ、こないなモンにわしが屈するとでも……」

 

次つぎと迫って来るオカマ達に強がってはみるも声の震え方からして完全に怯えているのが手に取るように分かった。

 

そして

 

「つ~かまえた♡」

「……」

 

彼の背後に一際巨漢のオカマが現れ彼の両肩にポンと優しく手を置いた。

その姿はまるでかぶき町四天王と呼ばれたあの鬼神……

 

「さあアタシと遊びましょ、まずは”タマ遊び”から……」

「た、助けてくれへんかなぁ西郷の所の坊ちゃん……! おじきにはこの事伝えんさかい、戦争も避けられる! 」

 

これまた本物そっくりな巨漢のオカマに捕まって、遂に黒駒は目の前にいる垣根に助けを求めようとするが。

 

もう彼の姿はどこにもなかった。そして磔にされていた長谷川さえも

 

「坊ちゃん! 坊ちゃん!! ぼっちゃあぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

「タマ遊びのルールはとっても簡単よ、アタシの握力でタマが潰れなければあなたの勝ち♡」

「アァァァァァァァァァァァァァァァッー!!!!」

 

オカマ軍団に囲まれながら残された黒駒の断末魔の叫びが

 

誰にも使われていない研究所内で空しく響いた。

 

 

 

 

 

 

そして長谷川の方はというと。

 

「悪ぃがコレしか回収できなかったわ」

 

場所は再び戻り長谷川の住処である公園。

アンチスキルやジャッジメントに見つかったら即逮捕されるであろう全裸の長谷川に。

彼を助けた垣根がポイッと彼の下着であるトランクスを投げる。

 

「いいさ夏だからな……助けてもらっただけで満足だ」

「勘違いすんじゃねぇ、俺はただ黒駒が最近好き勝手やってるからシメただけだ」

「それだけじゃねぇよ」

 

受け取ったトランクスを履くと長谷川は垣根にフッと笑う。

 

「目ぇ覚まさせてくれてありがとよ、おかげでやっとあのガキと逃げずに向き合える決心が着いた」

「ならとっとと向き合ってこいよ」

「え?」

 

垣根が顎でしゃくった方向を見ると

 

こんな深夜に公園のベンチに誰かを待つように座っているウサギのパーカーを着た銀髪少女の姿が

 

「ど、どうしてあのガキが……!」

「てる彦が教えたんだとよ、ここの公園にグラサンかけた変なホームレスが住み着いてるってな」

「!」

「それからずっとここで誰かさんの帰りを待ってるらしい」

 

長谷川はショックを隠せなかった。まさか親身に尽くした自分の事を冷たく突き飛ばした最低の男をまだ……

 

「……何から何まですまねぇ」

「恩返ししたかったらウチの店で一杯飲みに来な、野郎だけなら相手したくねぇがが女連れなら大歓迎だ」

「ああ、とびっきりのいい女連れて行くさ……」

 

そう言って二人は反対方向に向かって歩き出す。

 

垣根は大切なモノがあるかぶき町へ

 

長谷川は大切なモノがいる公園のベンチへ

 

「あばよ”ダメ親父”」

「またな”クソ野郎”」

 

二人にしかわからないであろう掛け合いを終えて。

 

長谷川は

 

「ま、まだお!」

 

短い間の暮らしで、たくさんのモノをくれた少女、インデックスの前に姿を現したのだ。しかもトランクス一丁で

急に現れた彼に彼女は目を見開かせて驚くとすぐにしゅんとして

 

「まだお……あの私ね……」

「待て、俺から先に言わせてくれ」

「え?」

 

彼女の言葉を遮り、長谷川は地面に膝を突くと深々と彼女に頭を下げた。

 

「すまねぇ、誰よりも優しくしてくれたお前を追い出すなんて俺は本当に大バカ野郎だった」

 

地べたになんの抵抗も見せずに男らしく土下座する長谷川。

しかし彼自身はこのような事など恥とも思っていない。

 

「俺は本当は怖かったんだ。俺と一緒にいればお前も同じ苦しみを、いや俺以上に味あわせる事になっちまう」

「まだお……」

「テメーの身勝手でお前を追い出した事にどう償ってやればいいのかすらもわからねぇ情けねぇマダオだ。だがもしお前がまだ俺について来て来れるなら」

 

しんみりと聞いてくれるインデックスに長谷川はようやく下げていた頭を起こす。

 

「俺の一生をかけてお前を護らせてくれ」

 

嘘偽りない正真正銘心からの言葉に。

インデックスは無言でベンチから下りて彼に歩み寄る。

 

「パンツ一丁でそんな事言われても全然感動しないんだよ、何考えてるの? 見ない間に変態さんに目覚めちゃったの?」

「いや、ちょっくら極道の借金取りにタマ取られそうになってな。物好きなホストに助けてもらわなかったら今頃俺はオカマになってた」

「ふーんそうなんだ、別にオカマになっても私はそれでも構わないよ」

 

前と変わらない掛け合いをしながら、インデックスはいつもの笑顔を長谷川に見せてくれた。

 

「まるでダメなオッサンでもまるでダメなオカマでも、あなたは私の大切なまだおだって事に変わりないんだよ」

「お前……」

 

彼女の笑顔を見せてくれた事が彼にとっては何よりも救いだった。

声が思わず震えてしまうも長谷川はグッとこらえてゆっくりと立ち上がってインデックスと向き合う。

 

「ありがとな、それとチケット破いてごめんな、せっかくオメェが大切な服売ってまで買ってくれたのによ」

「あ、その件についてはまだ凄くムカついてるかも」

「ええッ!?」

「冗談なんだよ」

 

一瞬ドキッとしてしまう長谷川にインデックスはフフンっと鼻で笑い飛ばす。

 

「歩く教会が無くても私が神に仕える者だという事は変わらないんだからね」

「……そうだな」

 

自信満々にそう言うインデックスを見て思わず長谷川も笑ってしまっていると。

 

「いやーまいったまいった! まいりましたよホント!」

「ん?」

 

いつの間にかインデックスが座っていたベンチに何者かが三人座っていた。

それは長谷川が病院で入院してた時にやってきた……

 

「本当さー、どうしようかなーコレ」

「はぁー私も今困ってるじゃんよー」

「いやー本当にいやになっちゃいますねー」

 

いつの間にかベンチに座っていたのは前に会った事のある真撰組局長である近藤勲と、ジャージを着たアンチスキルの女性、そして長谷川とインデックスが度々お世話になっていた月詠小萌だった。

3人はいかにもわざとらしい感じで喚いている。

 

「実はさー、ザキっていうウチの部下がシスターの服を質屋で買うとこ見ちゃってさー、ものの弾みでドロップキックして奪っちゃったんだよねー、でもどうすっかなー、俺ガタイ良いからこんな小さい子用の修道服なんて着れねーしー」

「いやー実は私も鉄装っていう部下と自宅に飲みに誘ったのにドタキャンされてさー、せっかく大量に買い込んでおいたカップ酒とイカの串焼きが無駄になっちまったじゃんよ。どう処分すっかなーコレ」

「私もですねーある所にあったゴミ箱の中にバラバラになった紙切れがあったので休みの日を利用して暇つぶしにパズルみたいに組み上げてみたんですよ、そしたら独り身の私には全く使う機会のないレストランのペアチケットだったんですよねー、ホント今までの時間返してほしいですよ全く」

 

長谷川とインデックスはそんな彼等のわざとらしい話を聞いて呆然と立ちすくす。

 

彼等は自分達を見かねてわざわざ……

 

「お前等……」

「みんな……」

「もったいねぇけど捨てるしかないよなー」

「せっかくこんなに買った酒とつまみを泣く泣く捨てる羽目になるなんてなー」

「こんなチケット私にはただの紙切れですしねー」

 

長谷川はワナワナと肩を震わせてグラサンの下の目をこすって深呼吸した後、ビシッと三人組に指を突き付ける。

 

「テメェ等こんな所で何不法投棄かまそうとしてんだコラァ! 人ん家に勝手にごみ置いていこうとしてんじゃねぇよバカ共!! それでも警察と教師か!!」

「全くなんだよ! ここは私とまだおの家だもん! ごみを捨てるなら私達文句言ってやるんだから!!」

 

二人して怒ってるのに顔は笑ってる。そんな彼等に三人組も静かに笑みを浮かべる。

 

「ほう、では俺達はアンタ等親子の家に上がり込んでいたという訳か。いやーすまんすまん」

「不法侵入して悪かったじゃんよ、何をしたら許してくれるんだ?」

「全くもーシスターちゃんったら勝手に私の家飛び出したと思ったら、まさかこんないい家に住んでたんですねー」

 

悪びれも無い様子の三人に、長谷川は得意げにニヤリと笑った。

 

「今すぐそのゴミをここに置いていきやがれ、そして朝まで飲みまくるぞ! これが長谷川家に上がり込んだ罰だバッキャロウ!!」

「ハ~ハッハッハ!! ならば近藤勲! 侍としてしかとその罰を受けてやろう! 全力で飲むぞ!!」

「酒とつまみならこっちで任せるじゃんよ、足りないってんならそっちのゴリラに買いに行かせるから安心しろ」

「シスターちゃんの為にジュースも持ってきてますよー」

「ありがとう小萌!」

 

警察組織の人間が二人と高校教師、外人のシスターとトランクス一丁のおっさんがこんな時間の公園で飲み会を始めるなど、傍から見れば超問題行為であろう。

 

「では近藤勲! 脱ぎますッ! てかもう脱いでまーす!! 」

「おーおーこっちは一回見てんだからもっと凄いモン見せろじゃんよ! 全裸で逆立ちしながら股についてるのを振り回してみろ!」

「いえーい! 学園都市の風力発電のプロペラみたいに景気よく回してみましょー!」

 

しかし彼等は気にしない、というより完全に忘れているのだ。

 

「インデックス」

「なぁに?」

 

飲み会の中、カップ酒を飲みながら長谷川は隣に座っているインデックスの方へ振り返ってフッと笑う。

 

「ただいま」

 

それに対して彼女はもちろんいつもと変わらぬ笑顔で

 

「おかえり!」

 

 

 

 

 



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第四十八訓 七と八

 

志村新八はかぶき町に住んでるとかこのご時世に剣術を学ぶ道場を経営している実家を持ってる事とかメガネを掛けてるぐらいしか特徴のない平凡な高校生だ。

 

実家が実家なだけあって剣術はそこそこ出来るのだが天人や能力者がはこびるこの学園都市ではあまり意味を成さない。

 

こういう一見平凡なキャラクターが実は物凄い強い主人公だったりするのだが、残念ながら彼は物語の主人公でもないし物凄い強い設定や眠っている力も覚醒されない。

 

そして今日もまた、平凡な彼はこれまた平凡な夏休みで平凡な日常を満喫していた。

 

筈だったのだが

 

「あ、あのすみません……ぶつかってマジすみません……土下座でもなんでもしますんで見逃してくださいホント……」

「ああ!? 人の服汚しておいて謝罪だけで許してもらおうとかどんなゆとり教育受けてんですかテメェは!」

「こりゃあ俺達がキッチリ正しい教育を教えてやらねぇとな! とりあえず授業料として有り金と持ってるモン全て出せやゴラァ!!」

 

買い物の帰り道に偶然二人組のガタイのいいヤンキーにからまれ、ジメジメした路地裏に連れ込まれてしまった顔面蒼白の少年、志村新八は両膝を地面に着き震えていた。

 

(マズイ、マズいぞ! 今時こんなビーバップハイスクールみたいなヤンキーにカツアゲされてるなんて! 非常にマズイ! たたでさえ今日は僕が愛してやまない寺門通の待望のニューシングル「お前の妹ブックオフでBL読んでたぞ」を買ったばかりなのに!!)

 

新八の手に持つ袋の中には彼がファンとしている最近売り出し中のアイドル、寺門通のCDやらグッズが大量に入っている。

お金なんていくらでも払うがこれだけはなんとしても死守せねば……

 

「いやあのマジですんませんでした……有り金少ないですけど全部出しますんで……」

「テメェが持ってるその袋もよこせやコラァ!!」

「こ、これだけは勘弁して下さい!」

「ああ? 今テメェが置かれてる状況わかってんのか? テメェみたいなメガネに拒否権なんざねぇんだよ!!」

「ダ、ダメだ! 例えアンタ等に殺されようがこれだけは絶対に渡さない!!」

 

早速袋の方も目を付けられてしまい、新八は断固拒否して二人組の不良を睨み付ける。

 

「侍は大切なモノを護り貫く! コレの為なら僕は侍でもなんでもなって見せる!!」

「おいおい聞いたかよ、今どき侍だとよ」

「とっくに絶滅しちまったモンにどうなれっていうんだよ、仮に侍になれたとしても」

 

不良の一人が懐からチャキっとあるモノを取り出す。

 

「最新科学の整ったこの学園都市でどうやって護るってんだよ」

(ピ、ピストル!? まさかコイツ等こんなものまで所持していたなんて!)

 

得意げに取り出したのは真っ黒な拳銃。そんなに大きいモノではないが、放たれる鉛弾は人間に殺傷を与えるには十分な代物だ。

 

そんなものを突き付けられて怯えない訳がない。

ヤバい、マジで死ぬかも……震えながら新八が内心呟いていたその時

 

「おいおいおいおい! 根性ってモンが足りねぇな兄ちゃん達! そんなんじゃ誰も満足出来ねぇぜ!!」

 

唐突に響いたバカみたいに大きな声

そっちを見ると路地裏の出入り口に仁王立ちする一つの影

拳銃を持った不良の一人はそれを見てしばし黙った後、ドパン!!っと人影の正体がわからない内に脳天の向けて発砲した。

 

「あうち!」

 

最期の言葉としてはあまりにも情けない悲鳴を上げると人影は後ろにばったりと倒れる。

拳銃を撃った少年はそれを見て不敵に笑って見せる。

 

だが

 

「いてぇじゃねぇかコンチクショォォォォォ!!!」

「「「!!!」」」

 

撃たれた直後にすぐにガバッと起きる人影、わずか三秒足らずの間の出来事である。

眉間に直撃したはずなのにどうして……不良二人と新八の疑問をよそにその人影はズンズンとこちらに歩み寄って来る。

 

「名乗る前に撃つ事はねぇだろ、特撮ヒーローが変身する前に怪人が攻撃する事なんてあるか? テメェ等そんなお約束も守れねぇって事はやっぱ根性が足りねぇな、あるいは我慢か?」

「な、なんで死なねぇんだテメェ!」

「強いて言うなら……」

 

シルエットしか見えなかった人影が次第に三人にくっきり姿を現した。

 

「俺が7番目のレベル5、ナンバーセブンの削板軍覇≪そぎいたぐんは≫だからだ! だがんな事よりも、今大事なのはテメェ等の根性を叩き直してやる事が先だぁぁぁぁぁ!!!」

 

両手を大きく広げ、背中を弓の様に反らし、天に向かって吠える様に宣言するおかしな男、削板。そんな彼に不良達は一瞬怯むも自分達が持っている得物を思い出し

 

「7番目のレベル5ってことは7位って事か?」

「一番弱いレベル5だってんなら銃を持った無能力者の俺達でも……」

「ノー!! だからレベル5だとか七番目だとかそんなのはいいんだよ! 大切なのは俺が根性でお前等を鍛え直す! それだけだ!! シンプルに物事の優先順位を考えろ! 俺はシンプルが一番好きなんだ!!」

「何を訳わからねぇ事を……!」

 

勝手な持論を持ち出して話を進め出す削板に拳銃を持ってる方の不良がもう一度彼に向かって銃口を向けたその時。

 

「か、め、は、め……!!」

「え、ちょ、何その構え……どっかで見たような……」

こちらに向かって腰を落として手首を合わせた状態で、何か呟きだす削板。

不良は一瞬その姿に戸惑いを見せるが次の瞬間

 

「波ァァァァァァァァァ!!!」

「ちょげぶッ!」

 

削板が両手を突き出して叫ぶと同時に、手の平から波動を帯びた巨大な衝撃波が丸みを帯びて放たれたではないか。

拳銃を持った不良は突然の出来事になす術なくまともに食らいそのまま豪快に後ろぶっ飛ばされる。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!! テ、テメェその能力、いやその必殺技は一体……!」

「10連……!」

「!」

 

相方を遥か彼方までぶっ飛ばされもう一人の方が慌てて削板に言い寄ろうとするが

 

彼の攻撃はまだ終わっていなかった。今度は右腕を構えて力強く地面を蹴ると

 

「釘パンチィ!!」

「ぶるぅへッ!!」

 

放たれた拳をモロに腹に食らい、不良が痛みで呻く前に何度も同じ衝撃が彼の身体を駆け巡り、そのまま先程ぶっ飛ばされた相方の方と同じように飛んで行ってしまった。

 

残された新八は目の前で行われた超展開の数々にしばし呆然するがすぐに我に返り

 

「あ! す、すみません助けてくれて! このお礼はいつか必ず……!」

「霊!!」

「いやあの、何やってんですか……僕を助けに来てくれたんですよね。なんで僕に向かって両手でさっきのピストルみたいに構えて……」

 

新八がお礼を言っているのも聞かずに削板は

先程のヤンキーの様に拳銃を構えたポーズを取って

「丸!!!」

「びぶるちッ!!!」

 

指の先から飛び出した霊力を帯びた弾丸が新八の腹部に直撃、そのまま白目を剥いてガクッと気絶。

 

「あ」

 

倒れた新八を見て削板はやっと気付く

 

「間違えた」

 

 

 

 

 

 

そして数十分後

 

「……」

「いやー悪かった、ついシンプルに「とりあえず全部ぶっ飛ばすか、ドン!」ってな感じでお前までぶっ飛ばしちまって」

 

削板に物の弾みでぶっ飛ばされてしまった新八はなぜか彼と共に街中を歩いている。

彼にぶっ飛ばされた後に彼に介抱されるという何ともおかしな体験にあったのだ。

まだ納得できない様子だが、新八は大人の対応で彼を許す事にする。

 

「いや一応チンピラ共から助けてくれたからは感謝してるけど、なんなのアレ? レベル5の第七位って言ってたけどどんな能力なの?」

「さあな、よくわかんねぇ」

「わかんないの!? 自分の能力なのに!?」

 

あっけらかんとした感じで自分の能力の事をよくわからないと言ってのける削板に新八は驚く。確かにあんな訳の分からない現象をどう説明すればいいかわからないと思うが、さすがに本人なら把握して能力を使ってると思っていたのだが

 

「とりあえず根性でぶつかればなんでも出せる能力だと俺は適当に解釈している」

「いや適当過ぎだろ! もうちょっと自分の能力解明しろよそこは!」

「最近の目標はスタンド出す事だな、あと北斗神拳の習得」

「なんでそんな頑なにジャンプの主人公の技を会得しようとすんだよ!」

 

自信満々に胸を張って目標を掲げる削板に新八がすかさずツッコミを入れると

 

「きゃー! ひったくりよー!」

 

背後から聞こえる女性の声と後から続くバイク音。

振り返ると左手に女性用のバッグを持ったバイクが新八と削板の方向に猛スピードで走って来る。

 

「ひったくりだと根性がねぇな全く! よーし!」

「え、まさかまた……」

 

新八が不安に思うのをよそに削板は大きく息を吸い込むと口を開けて

 

「んちゃ砲ぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「んちゃ砲じゃねぇよ!! どんだけジャンプキャラクターの技パクれば気が済むんだお前は!!」

 

口から放たれた巨大な波動砲がひったくり犯が乗ったバイクに直撃

その激しい衝撃にバイクと犯人は宙を舞い、マンション3階ぐらいの所に到達した時に真っ逆さまに落ちてグシャリと嫌な音を立てた。

 

「うし、なんとかなった」

「なってねぇよ!」

 

一仕事終えたかのように満足げに笑う削板の後頭部を新八がぶっ叩く。

 

「どう見ても事件が一つ増えてんじゃねぇか! 死んでない!? 死んでないよねアレ!?」

「でぇじょうぶだ、ドラゴンボールがあればみんな生き返る」

「ドラゴンボールなんてねぇよ!」

 

まだピクピク動いてる所からして犯人は一応まだ死んではいないだろう。

しかしこれまたとんでもないデタラメな能力である。

新八がそう思っていると背後からタッタッとこちらに向かって駆けてくる足音が

 

「私のお気に入りのバッグごとなにしとんじゃいゴラァァァァァ!!!」

「せんべッ!!」

「あ、姉上ぇ!!」

 

怒りの雄叫びと共に削板の脳天を拳で殴り下ろしたのは。

新八の姉でありかぶき町のキャバ嬢として働いている志村妙であった。

 

「さっきひったくりに遭ったのって姉上だったんですか!?」

「あら新ちゃん、こんな街中で合うなんて偶然ね。丁度いいわ、今私のバッグをおしゃかにしたこの大罪人から持ってるモン全部奪うから手伝ってちょうだい」

「発想が山賊並だよ! 身ぐるみ全部剥がす気満々だよ!!」

 

不意打ちとはいえレベル5に一撃与え、その上身ぐるみまで剥がそうとする彼女に新八が戦慄していると、頭を押さえながら削板がゆっくりと起き上がる。

 

「いててて……いい根性が入った拳だ……お前の姉ちゃん無茶苦茶強ぇな、人間の皮被ったゴリラなんじゃねぇのか?」

「人の姉をゴリラにすんじゃねぇよ! ちゃんと人間だよ! 多分!」

「ちょっとあなた、私のバッグをぶっ飛ばした件についてちょっと話があるんだけど」

 

起き上がりながら失礼な事を言う削板にお妙が拳をポキポキ鳴らしながら笑顔を浮かべる。

 

「ちょっとウチの道場に来てもらおうかしら」

「その言い方止めて下さい! ウチの家がそういうヤバい類の事務所だと思われますから!!」

「ああいいぜ、ヒマしてたから」

「こっちはこっちで軽いなオイ!」

 

かくして削板は合意の上でかぶき町にある志村家に連れてかれる事になった。

 

 

 

 

 

そしてしばしの時間を置いて削板はかぶき町の志村兄弟が営んでいる道場に足を運んでいた。

 

「お前の家道場だったのか、この学園都市で剣術学ぶ奴なんていねぇのにいい根性してんなーおい」

「いやいや、今はもう門下も全員いなくなってあるだけのようなモンだから」

 

早速稽古場にやってきた削板はだだっ広い空間を回りながら見学している。確かにこんな場所は今の時代では珍しいモノであろう。

 

「なのに姉上は死んだ父上の道場の復興をまだ目指してるんだ、今時剣を学ぶヒマがあったら能力を鍛えた方がよっぽど効果的だっていうのに」

「そうなのか、まあ俺は嫌いじゃねぇけどなそういうの、やっぱいい根性してるなお前の姉ちゃん」

「ただの頑固モンなだけだよ、父上譲りの」

 

ウンザリしたように新八がそう言っていると、お妙がお盆にお茶を乗せてやってきた。

 

「またそんな事言ってそれでもあなたはこの道場の跡取り息子なの?」

「跡を継ぐにももう道場自体ないじゃないですか……姉上も諦めて下さいよいい加減」

「大丈夫よ新ちゃん、道場を復興させるならまずはお金が必要、だから」

 

お盆を下に置くとお妙はニッコリ笑って削板に

 

「道場復活の為にお金を出しなさい。それでバッグの件はチャラにしてあげます」

「オイィィィィィィ!! 明らかにバッグより高くつきますよねそれ! 新手の恐喝ですか姉上! そこまでして金が欲しいのかアンタは!」

「金じゃありません誠意の問題です」

「バッグを餌にして道場の建て替えせびってる時点で誠意もクソもねぇよ!」

 

我が姉ながら末恐ろしいと新八は感じているが、削板の方は小指で耳をほじりながら

 

「金か? 仕方ねぇコイツも縁だ、俺も道場の建て替えに手を貸すぜ、ほれ」

「え?」

「俺の貯金通帳だ、こっから好きなだけ下ろしていいぜ、根性の赴く前に」

「いやもう無理矢理根性混ぜなくていいから、てか通帳なんてなんで自然に持ち歩いて……ってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

あっさりと貯金通帳を手渡してきた削板に困惑しながらも新八をそれを手に取るとカッと目を見開き

 

「なんだコレぇ! こんな金額今まで見た事無いよ! 末代まで遊んで暮らせるぐらい金持ってるよこの人!!」

「レベル5になると実験とか奨学金すげんだよなコレ。俺はあんま金使わねぇから余計に貯まってんだ」

「いやだからって……ムリムリムリ!! こんだけ金あったら逆に怖い! 道場どころかお城建てれちゃう金額だよコレ!!」

 

レベル5になるとここまでとんでもない額が貰えるのかと新八は開いた口が塞がらない。

ムリも無い、同じレベル5でも家賃滞納するぐらい貧困な生活している知り合いがいるのだから。

 

「マジぱねぇよレベル5!! 見て下さい姉上! そして知って下さい! あの万年金欠がこれ程の金額を貰えるチャンスをドブに捨ててる事に!!」

「まあ凄い、じゃあ私は天守閣に部屋を作ってもらおうかしら」

「勝手に城を造る過程で部屋決めしないで下さい! 志村城は建設しませんから!」

 

削板の通帳を見て俄然金を求めようとするがめついお妙にツッコミを入れた後、新八は困り顔でそれを持ち主に返す。

 

「さすがにコレは返すよ、こっから好きなだけ下ろしていいって言われたらなにか欲望のままに堕ちてしまいそうな気がするから」

「そうか、けどそれじゃあ俺はお前の姉ちゃんに示しつけれねぇぞ」

 

律儀にお妙に何らかのお返しをしようとする削板に、本人であるお妙は妙案を思いついたかのように両手でパンと鳴らす。

 

「それじゃあウチの道場の門下に入ってもらおうかしら」

「え! 何言ってんですか姉上! こんな潰れた道場に門下生を入れるつもりですか! しかもレベル5の第七位を!!」

「それでいいなら構わねぇよ」

「いやだからなんでそんなあっさり承諾するんだよアンタは!!」

 

あまり物事を深く考えないタイプなのかさっきからすぐに返事する削板。

こればっかりはさすがにと新八も止めに入った。

 

「こんなハリボテみたいな道場の門下に入る事ないって、姉上には僕が言っとくからこんな話受けなくていいからさ」

「おいおい男が決めた事に二言はねぇぜ。俺は頭の中でそうだと思ったらその本能に従う、今までそうして生きてきたのさ」

 

止めさせようとする新八に削板はドンと胸を張って誇らしく宣言する。

 

「何より侍のいなくなったこの国に剣術を学ばせるっていう心意気が気に入った、是非入れてくれ姉ちゃん、今日から俺はここの門下生だ」

「んな無茶苦茶な……」

「当の本人が言ってるんだからつべこべ言わないの、それでも侍ですか?」

 

キッパリとそう宣言する彼の表情がどこか清々しく見えた。新八は内心不安になるがお妙の方は呑気に彼の門下生入りを歓迎する

 

「改めてようこそ我が恒道館道場へ、名前なんでしたっけ?」

「名前も知らない相手を門下にしようとしてたよこの人……」

「俺の名前は削板軍覇だ、で? アンタ等の名前は?」

「こっちもこっちで僕等の名前すら知らないで門下に入っちゃったよ! 僕の名前は志村新八です!!」

「志村妙です」

 

互いに自己紹介を終えると「そうだわ」と妙がまた名案を思いついたかのように両手を叩いて

 

「せっかくだから力を見極める為に削板くんには打ち合い稽古してもらうかしら」

「え……姉上?」

「新ちゃん、ちょっと削板くんの相手してくれない?」

「……マジで言ってんですか? レベル5の第七位とやり合えと?」

 

お妙は知らないだろうが新八は彼の強さというのをしっかりと目で見ていた。

とてもじゃないがあんなデタラメな相手とまともにやり合える自信ない。

ここは逃げ出してでも断ろうとする新八だが

 

「俺はそれで構わねぇ、この木刀で打ち合えばいいんだろ」

 

削板の方はやる気十分で壁に掛けてあった木刀を一本手に取る。

 

「こっちは得物なんざ握った事もねぇ素人だ、お手柔らかにな新八先生よ」

「……」

 

得物を使う経験が無いのであれば、父の下で剣術を長年学んでいた新八の方が遥かに有利であろう。

しかし

 

「……じゃあ庭でやりましょうか、また家壊れるかもしれないんで」

 

そんな常識がレベル5に、ましてやこの男に通じるとは新八は到底思えなかった。

 

 

 

 

新八と削板はお妙と共に打ち合い稽古の為に庭にやって来た。

二人で打ち合うなら広すぎるぐらいの庭を見渡しながら削板は手に持った木刀を肩に掛ける。

 

「よーし根性出して行こー!」

「姉上、僕今日死ぬかもしれません」

「そうね、私も死ぬ程嬉しいわ。ウチの道場に門下生が入ってくれるなんて、お父上がいたらさぞ喜んでくれたでしょうね」

「姉上そういう意味じゃありません、その門下生が僕が死ぬかもしれない原因なんです」

 

同じく木刀を手に持ちながらも目が死んでいる新八は遠まわしに姉にSOSを出すが全く違う解釈をしていた。

 

「それでは打ち合い稽古を始めます、両者礼をして構え」

「おねがいしまぁぁぁぁぁす!!! うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「ええいもう仕方ない! そうだ剣なら僕の方が上だ! 剣でなら!」

 

互いに向き合って木刀を構える削板と新八。

削板は戦う事に燃え、新八はややヤケクソ気味に対峙する。

 

「始め!」

 

お妙の発声と共に二人の打ち合い稽古が始まる。

 

そして

 

「月牙!!」

 

木刀を後ろに大きく振り被ると、削板は叫びながら薙ぎ払う様に木刀を振るう。

 

「天衝!!!」

 

漆黒の三日月状に構成された斬撃が

 

庭の地面を激しく抉りながら新八から真横に数十センチ離れた所を通過していった。

 

硬直して動けなかった新八の背後でドーン!と何かがぶつかる激しい音が。恐らく先程の攻撃が壁を破壊したのであろう。

 

「……」

「あーくっそー、やっぱ得物使うの初めてだから外しちまった、根性が足りてねぇな。よーし今度こそちゃんと当てれるようイメージして」

「どんだけぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

悔しそうにする削板だが、新八は声を荒げて叫ぶ。

 

「ホントどういう原理なのその能力! どんだけジャンプに影響された能力だ! 僕の数年に渡る剣術の教えはなんだったの!? 剣を握って数分の男に遥か先に追い越されちゃったよ!!」

「さあ見せてみろテメェの卍解を!!」

「出来る訳ねぇだろ! お前と一緒にするな!!」

 

すると新八はツッコミを入れながら削板に向かって走る。

突っ込んでくる彼に削板は再び木刀を構えて

 

「月牙天衝!!」

「いい加減にしろコラァァァァァァ!!!」

「!」

 

漆黒の斬撃が再び新八目掛けて襲い掛かる。しかし新八はなんと身体をのけ反らしてそれを僅か数センチの隙間しか開いてない状態でギリギリ避ける。

 

「何回も何回もよそ様の作品の技を我が物で使いやがって!」

「んちゃ砲ぉぉぉぉぉぉ!!!」

「せめて刀使えやボケェェェェェェ!!」

「なに!」

 

削板が口から放った波動砲を、新八は両手に木刀を握って真正面から突っ込み。叫びながら真っ二つに叩きわる。

これには削板も驚いたように目を開く。

 

「おいおいマジかよ、こりゃあもしかしたら……かめかめ波ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「かめはめ波だろうが! 悟天みたいな間違いすなぁ!!」

 

気合のこもった削板の一撃を新八はまたとしても木刀で薙ぎ払う。

そして二人の間が木刀が届く範囲に入った時……

 

「飛天御剣流!!」

「だ~か~ら~!!」

 

咄嗟に居合いの構えを取って迎撃態勢に入る削板に新八は声高々に叫びながら

 

「龍つい……ごはぁッ!」

「原作者からちゃんと許可取ってから使えやぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

両手に持った木刀を力いっぱい振り下ろし、カウンター技を仕掛けようとしていた削板をそのカウンター事叩き潰したのである。

 

「1本」

 

立会人であった妙がそう言って新八の方の手を上げると

 

削板はガクリと両膝から突いて倒れた。

 

「参ったぜ完敗だ……」

「は! なんかツッコミまくってたら軍覇君が倒れてる! なんで!?」

 

倒れた削板を見て新八は突然オロオロとうろたえる。

まるで今気づいたかのように辺りを見渡し始めた。

そんな彼の下にお妙が嬉しそうに駆け寄って

 

「凄い動きだったわよ新ちゃん! まさか口では道場なんて無理と言っておきながら私が見てない隙に侍としてキッチリと修行していたなんて!」

「い、いや僕そんな事してませんし……ただいつものクセでツッコミを入れてたらいつの間にか……」

「うおー気がつかなかったぜ新八! 全く俺も全然ダメだー!」

 

うろたえている新八に削板が負けたにも関わらずどこか嬉しそうだった。

 

「そのツッコミこそがお前の一番の武器だったとは!」

「ツッコミが武器ってどういう事!? こんなの僕いつも使ってますけど! 武器振り回しまくってますよ!」

「きっとこいつはお前の能力だぜ! 今まさに俺との戦いで開眼したんだ!!」

「ぼ、僕の能力ぅ!?」

 

一撃食らったとはいえさすがは削板、ケロッとした表情で新八に説明してあげる。

 

「ああ、お前はこの俺に対してツッコんでやろうという思いだけでこっちに突っ込んで来やがった。結果俺の新技である月牙天衝や、十八番であるんちゃ砲やかめはめ波をお前はただの木刀で簡単に処理しちまった」

「十八番とか言ってもオリジナルはアンタじゃないからね、鳥山先生のモンだからね」

「シンプルに言うとアレだ! お前の能力は「相手が誰であろうが能力そのものであろうがツッコミを入れる事が出来る」だな!」

「なんかすっげぇバカみたいな能力になってっけどぉ!?」

 

というかそれはそもそも能力なのか? 疑問に思う新八をよそに削板は興奮したように

 

「研究所に行けばいい研究対象になると思うぜ、なにせ未だに解明されていない俺の能力を正面からたた斬ったこれまた未知なる能力だからな!」

「いや誰にでもツッコめる能力なんて何の役に立つっていうの、むしろ恥ずかし過ぎて人前に言えないんだけど……」 

 

いきなり原理不明の能力を習得した事に新八は困惑の色を浮かべる。

しかしお妙の方はなるほどとわかった様子で頷いて

 

「研究依頼を受ければ削板くんみたいに巨額の援助金が私達の懐に入る。つまり新ちゃんのツッコミがこの道場を救う事になるのね」

「なんでだー! ツッコミで成り立つ道場なんて道場としてダメだろ! さっさと潰れろ!」

「これは千載一遇のチャンスよ、新ちゃんがあのレベル5になれば私達の悲願が達成できるんだわ!」

「ツッコミでレベル5になりたくねぇよ! そんなんでなったら他のレベル5の方達に申し訳ないんですけど!? 一人明らか浮く事になるんですけど!」

 

当人を置いて勝手に話を進めて盛り上がるお妙、新八が嫌がっていると削板が近づき

 

「つう事でもう一度勝負だ新八、俺にお前のツッコミを全力でやってみろ! それがお前の能力解明の一歩だ!」

「いやもう解明しなくていい! こんな能力者なりたくないから!」

「根性見せてみろよ! 姉ちゃんの期待に応える為に頑張ってみろよ!」

 

頑なに拒もうとする新八に削板はバンと両肩に手を置いて

 

「とりあえず俺が最近編み出した元気玉って技を食らってくれ!! でぇじょうぶだ! 根性あれば生き返る!!」

「いや生き返るかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「なめくッ!!」

 

新八のアッパーカット交じりのツッコミが削板の顎を捕らえ上空に飛ばした。

 

志村新八

 

後にレベル5の第八位として君臨し

第七位の削板軍覇と同じく正体不明の能力を使う謎のツッコミ使いとして成長するのはまだ先の話である。

 

 



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第四十九訓 あんぱんとノコギリ

彼の名前は山崎退。

泣く子も黙る武装警察・真撰組に所属する隊士の一人だ。

彼の任務は主に単独行動による密偵や監察・情報収集。俗に言うスパイと言う奴だろう。

この仕事が彼にとっての生き甲斐であり人生と称しても過言ではない。

 

彼が動く時それは、事件の匂いをかぎつけた時だけ。

 

なのだが

 

「……なにコレ?」

 

今山崎の目の前ではとんでもない光景が広がっている。

 

彼の目の前の数メートル先で、極暑の夏でギラギラと日差しを浴びる公園で。

暑そうな赤い外套を羽織った金髪の小さな女の子がうつ伏せでぶっ倒れていた。

 

「生き倒れかな……」

「……だ」

「!」

 

 

彼が一人冷静に推理しているとその倒れていた少女から弱々しく小さな声が出て来た。

一目散に彼は彼女の下に駆け寄って行く。

 

「ちょ! 大丈夫!? すぐに救急車を、え?」

 

すぐにしゃがみ込んでうつ伏せになっていた彼女を両手で抱き寄せてみると俺は更に驚いた。

 

この目が隠れるほど前髪が長い小柄の少女、とんでもない服装をしてるのだ

 

下着の様なスケスケの素材と黒いベルトで構成された拘束服のような格好。

極めつけは首にリード付きの首輪を巻いている。

 

「外国ではこういうのが普通なの? いやいやもしかしてあの沖田隊長があのぼんやりした少女じゃ飽き足らず他の女の子に手をかけたという可能性も……」

「だ、第一の質問ですが……」

「うお!」

 

SM少女が苦しそうに荒い息を吐きながら山崎に話しかけて来た。

真撰組隊士としてほおってはおけない、そう思った彼は救急車を呼ぶ為に携帯を取り出そうと連絡しようとしたその時。

 

「第一の質問ですがなにか食べ物を持ってませんか……?」

「……え?」

 

携帯のボタンを押そうとしたまま彼の手が止まった。

 

「第一の質問を貴方に再度問いかけます……食べ物を持ってませんか……?」

「……おなか減ってるの?」

「第一の回答ですが……ここに来てから何も食べてません……」

「……」

 

なんで食料が豊富なこの街で腹減って死にかけてるのだろうか? 

山崎の疑問をよそにSM少女は呻くように

 

「食べ物を……」

「え? ああはいはい! え~となんか食える物持ってきたっけな?」

 

彼は慌てて懐からゴソゴソと探り出す。すると制服のポケットにあるものが入っていた。

 

「あの~、俺のあんぱんがあるんだけどこれで良ければどうぞ……」

 

監察・密偵を行う彼にとってこのあんぱんは張り込みにかかせない必須アイテムだ。

差し出されたあんぱんを少女は奇妙なモノを見る表情で眺めている(目は長い前髪で見えないが……)

 

「……第二の質問ですがその茶色い丸っとした物体は食べ物ですか?」

「ああうんそうそう、俺あんま好きじゃないけど仕事上常備しててさ」

「第三の質問ですがそれを頂けるのですか?」

「口に合うのかわからないけど……食べる?」

 

そう言うと彼はSM少女に手に持つあんぱんをそっと口に近づけて見る。

物珍しそうにあんぱんをジーット眺めた後、彼女は小動物のようにちょびっと食べた。

 

(大丈夫か? 外国人にあんぱんってウケるのか? てかあんぱんってそもそも何処の人種にウケるんだ?)

 

そんな彼の心配をよそに彼女は口に入った一口サイズのあんぱんをクチャクチャと歯で噛んだ後、ゴクンと飲み込んでいた。

彼もゴクンと生唾を飲み込む。

 

「第四の質問ですが……」

「は、はい!」

 

一口食べ切ったSM少女が山崎にゆっくりと口を開く。

 

「……これは全部食べて宜しいのですか?」

「……え? そのつもりで食べさせたんだけど?」

「そうですか……では」

 

彼が手に持つあんぱんをSM少女はまた子リスの様に口を小さく開けて食べ始める。

体を動かすのもダルいのか彼に自分の体を預けたままだ。

黙々とあんぱんを夢中に食べるSMの格好をした謎の外国人少女。

 

「……あんぱん外国でもイケるじゃん……」

 

 

 

 

 

ギラギラと太陽が雲一つない空で昇っている中。彼と奇妙な服装をした少女は共に公園のベンチに腰掛けていた。

どうやら彼のあんぱんは今にも消えそうだった少女の命を救ったらしい。全部食べ切った彼女は多少体力が回復したようで山崎の隣にちょこんと座っている。

 

「死にそうになっていた所を助けてくれてありがとうございました」

「いやいいっていいって、人命救助は真撰組としてやるべき当然の義務だから」

 

ただあんぱん恵んで上げただけなのだが、素直にお礼を言ってくれる彼女に彼は頬を引きつらせながら複雑な気持ちで後ろ髪を掻く。

 

(そういやここに来てから感謝の言葉なんて貰ったためし無かったっけ?)

 

そんな事をつい思い出し山崎は悲しみにくれる。

 

真撰組は他の警察組織と違ってあまり学園都市の市民から快く思われていない、ゆえに貰える言葉など嫌悪感が含まれた馬事雑言しか……

 

「……第一の質問ですが何故貴方は泣いてるんですか?」

「いや目にあんぱんのゴマが入っちゃって……」

 

感極まってつい目頭が熱くなってしまった山崎に彼女はキョトンとした表情を浮かべて尋ねて来た。

制服の袖で涙を拭くと彼は改まって彼女の方に向き直った。

 

「そういえばちょっといくつか質問があるんだけどいいかな?」

「……第一の回答ですが答えれる範囲なら構いません」

「答えれる範囲って……じゃあ自分の名前と国籍は言える?」

 

答えれる範囲があるという事は答えられない範囲もあるのか? ますます謎だらけになる少女だ。

彼の疑問をよそに少女はしばらく考えた様な仕草をした後、山崎に向かって淡々と答えた。

 

「貴方が提示した第一の質問への回答ですが私の名は“サーシャ=クロイツェフ”。国籍は表面上ロシアとなっています」

 

サーシャ…名前からして外国人。国籍からみてロシア人といったところか……。

 

「じゃあサーシャちゃんはここには何しに来たの?」

「貴方が提示した第二の質問への回答ですがそれは答えられません」

「え? なんで?」

「貴方に知らせる必要は無いからです」

 

キッパリとそう断言する彼女。どうやらなにか理由があってここに来てる事は確かなようだ。しかしこの服装、やはりどこから見ても異様だ……

 

「第二の質問ですがさっきから何故ジロジロと何度も私の格好を下から上へと見ているのですか」

「い、いやあその……変わった服装だなぁっと思って……」

「第二の回答ですが私は好きでこれを着ているわけではありません……」

 

どうやら山崎の視線にはとっくに気付いていたらしい、彼が慌てて答えると彼女はそっぽを向いてさっきからずっと無表情だったのに若干表情がプルプルと震えて歪んでいる。

 

「あのバカ上司……“クソアマの変態アバズレ上司”の職権乱用で無理矢理着せられているんです……」

「……そ、そうなんだ……」

 

憎き仇でも思い出すかのように怒りで震える彼女に山崎は思わず後ろにのけ反ってしまった。

 

(職権乱用する上司か、何処の職場も一緒なんだな、ん? 職場?)

 

職場と聞いて山崎は反応する。

 

「まさか君、その年でもう職に就いてるの?」

「貴方が提示した第三の質問への回答ですが、私は一応ロシア成教に所属するシスターです」

「シ、シスター!? その格好で!?」

「……」

「あ、ごめん……」

 

彼女がシスターだと聞いて山崎が思わず驚いてしまうと、彼女は少しブルーな表情で俯いてしまう、やはり己の服装に関してはかなり気にしてるようだ。

 

(てかシスターである彼女にSM女王様みたいな服を着させる上司って一体何モンだよ……沖田隊長と気が合うかもしれないな)

 

山崎が遠い目で空を見上げて、ここからずっと遠くにあるロシアという国に恐怖感を抱き始めていると。

隣からグ~と人間なら誰もが聞いた事のある軽快な音が鳴りだした。

腹の音だ、しかも隣からという事は腹を鳴らした正体はもう一人しか断定できない。

やはり育ち盛りの子にあんぱん一つじゃ足りないのだ

 

「……なにか食べ物……」

「え~と……ああダメだ、あんぱんしか持ってない……」

 

恥ずかしいのか少々顔を赤らめて彼女が食べ物をまた山崎にねだって来た。

申し訳なさそうに彼はあんぱんを取り出すと

 

「さすがに連続あんぱんはイヤだよね……」

「あんぱん……私は構いませんが……」

「へ?」

 

スッと俺が差しだしたあんぱんを彼女はまた受け取って小さな口で食べ始める。

なんだか餌付けしてる気分だと山崎はそんな風に呑気に考えていた。

 

しかしそれが本当の意味で餌付けになっている事を彼はこの時知らなかった。

 

 

 

 

 

そしてしばらく時が過ぎた頃。

 

「おい山崎、前々からテメェに聞きてぇ事があるんだが」

「はいなんですか副長」

 

真撰組屯所の副長・土方十四郎の部屋で山崎はキチンと正座したまま彼を直視する。

しかし土方の方は彼の隣に座っているある少女を眺めながら

 

「そのガキ、いつまでお前の傍にいるんだ」

「……」

「第一の回答ですが私はガキではなくサーシャ=クロイツェフという名前があるのですが」

 

山崎の隣にいたのは彼と同じように正座しながらあんぱんを食べる少女、サーシャ。

それに土方が無表情でツッコむと山崎はバツの悪そうな顔を浮かべて

 

「いやなんかあんぱん食べさせたらついてきちゃって……」

「誘拐の手口と一緒だな、よし腹切れ」

「い、いや待ってくださいよ副長!」

 

警察組織の中に犯罪に身を染めてる者がいるのであれば早めに処分する事はなんらおかしくない。

しかし山崎は慌てながら弁明する。

 

「誘拐とかそんなんじゃないですから! この子が勝手について来ただけなんですって!」

「誘拐犯は決まってそう言うんだよ、同意の上だとかなんとか」

「違いますって! これは真撰組として彼女を保護しただけですってば!」

 

そう言って山崎は隣であんぱんをまだ小さな口でモグモグしているサーシャの両肩を掴む。

 

「この子は遠い国からはるばるとやってきたものの、満足に食べる事さえ気出ずに餓死寸前だったんです! そこを俺が保護したんです! そしたらなんかずっと俺の後をついてくるようになったんです! 信じて下さい副長!」

「いやそんな野良ネコに餌上げた感覚で人間拾ってきてましたとも言われてもな。しかもこんな怪しいガキを」

 

山崎の必死な弁明にサラッとツッコミを入れながら土方は咥えたタバコから煙を吹く。

 

「それにロシアの宗教の修道女ってのがどうもうさんくせぇ、おいガキ、テメェの素性全部吐け」

「第二の回答ですがあなたのような何度も人の事をガキ呼ばわりするような相手に話す事など何もありません」

「ああ? テメェ警察ナメてッとしょっぴくぞ」

「第一の質問ですがあなたのように権力を振りかざして部下や修道女に無理強いを強要させるとうのは警察の人間として何も思う事は無いのですか?」

「さっきからその回答とか質問とかめんどくせぇ喋り方しやがって、キャラ付けが必死過ぎなんだよ」

 

タバコの煙を吹きかけながら土方はイライラした様子でサーシャを睨み付ける。

 

「人の敷地に勝手に入ってあんぱん食ってるガキがなに生意気言ってやがんだ。おい山崎、さっさとそいつを追い出せ、さもねぇとテメェも真撰組から追い出す!」

「ええ! ちょっと待ってくださいよ副長! いくらなんでも可哀想ですってそれは!」

 

拾った責任感だろうか、山崎は彼女を追い出す事には反対の様だ。

しかし土方はフンと鼻を鳴らして

 

「ウチは保護施設じゃねぇんだよ、泣く子も黙る真撰組の屯所にこんな露出狂が来そうな格好してるガキを置いてるなんて知れたら幕府に顔向けできねぇだろうが」

「露出狂……!」

「あん?」

「あー! サーシャちゃん待って! この人ちょっと口が悪いだけだから! だから袖の下からそんなもん取り出さないで!!」

 

露出狂と言われた事にカッとなったのか、立ち上がって袖の仕方からいきなりバールの様な突起物を取り出すサーシャを山崎が慌てて止めに入る。

 

「ちょっと止めて下さいよ副長! この子がこういう服着てるのは上司から強要されて仕方なく着てるだけだって何度も言ってるじゃないすか!」

「本意だろうが不本意だろうがそんな服着てる時点でもう危ない橋渡ってんだよ、引き返す事の出来ない露出狂ルート一点突破してんだよ」

「いや俺だってちゃんとまともな服着せてあげたいと思ってますよ、なのに……」

 

攻めてこんな格好でなければ土方もここまで追い出す事に躍起にはならないであろう。

だがら山崎もその辺についてはちゃんと考えていたのだが

 

「前に質屋で丁度いい修道服買ったのに何故か局長に強奪されちゃって……なんだったんでしょうねアレ、凄い鬼気迫った表情で俺にドロップキックかましてきましたよ」

「……」

 

山崎の話を聞いて土方は眉間にしわを寄せて考える。

 

「いやまあ……人には言えない趣味ぐらい一つや二つ持ってるんだろう近藤さんも」

「え、あれ自分で着るために奪ったんですか? あのサイズをあのガタイで着るつもりなんですか局長は?」

「もうその辺について詮索すんじゃねぇ。全て忘れろ、いいな」

「わ、わかりました……」

 

深くは探るな、察しろと警告する土方に山崎は素直に頷く。

 

「それでそのサーシャちゃんについては俺が一応面倒見てるんで大丈夫ですから、それに真撰組の仕事も手伝ってくれるしウチにはいいプラスになってるじゃないですか」

「どこがだよ、勝手に物事デカくさせて被害拡大させてんじぇねぇか。総悟がもう一人増えた様なもんだぞ、ほとんど悪夢だぞ、こんなマイナス娘即刻国外追放だ、ロシアに返せ」

「第三の回答ですが私にはこの街でやらねばいけない義務がありますのであなたの命には従いません」

「上等だ、ならキチンとお巡りさんの言う事は聞いておくべきだと直々に教えてやる」

「望む所ですニコチン中毒者」

「うわぁ! 待ってくださいよ二人共!」

 

二人が立ち上がり、土方は刀を、サーシャはバールを取り出そうとしているの山崎が間に入ってあたふたしていたその時

 

「いいじゃないですかぃ土方さん」

「沖田隊長!」

 

部屋の襖を許可なく勝手に一番隊隊長の沖田総悟が入ってきた。いつもの様にすまし顔でずかずかと中に入って来る。

 

「そのガキ結構使えますし俺は居て全然構わねぇですぜ、何よりそいつの上司と俺はウマが合うんでね」

「お前いつの間にこのガキの上司と連絡取り合ってたんだよ……」

「ちょいと調べたらすぐに見つけられやした、いやぁいい女でしたぜ。今はもうすっかりS友でさぁ、ロシアの拷問の仕方とか丁寧に教えてくれて」

「S友ってなんだよ、メル友みたいに言ってんじゃねぇ! なに勝手にS同士で国際交流してんだ!!」

 

携帯いじりながらサラリと国境を超えて文化交流している事を土方に話しながら沖田は続ける。

 

「それにウチに女子供はもう一人いるやないですかぃ、ガキが一人に増えようが二人増えようが対して変わらんでしょ」

「俺が言いてぇのはその女子供を手籠めにして利用するってのが気に食わねぇんだよ!」

「まあその点については俺もどうかと思ってはいやすが、伊東さんはそうは思ってないみたいですぜ」

「チ、伊東か」

 

伊東と言う名を聞いて土方はピクリと反応して舌打ちした。

 

「まだアイツは能力者を真撰組の戦力にしようと企んでやがるのか」

「そうみたいですね、あの人は頭良過ぎて何考えてるか全然わかんねぇや。土方さん程度の頭ならすぐ読み取れるんですが」

「じゃあ今の俺の頭の中読み取ってみろ、ヒントは首だけ残ったお前だ」

 

ドサクサに小馬鹿にしてくる沖田に土方が刀を抜いてやろうと本気で考えながら、話をサーシャの件に戻す。

 

「まあいいさ伊東の能力者集めなんざ。そもそもコイツは能力者じゃねぇし野郎も興味持たねぇだろ」

「その代わり何やら得体の知れねぇモンを持ってるみたいですが」

「ああ?」

 

気になる事を言う沖田に土方は顔を上げる。

 

「能力者じゃねぇし天人でもねぇのは確かみてぇですが、俺等みてぇな普通の人間とも違う匂いがすんですよねコイツ」

「確かな根拠でもあるのか」

「んなもんねぇですよ、強いて言うならコイツの上司の女の言動に少々裏がありそうだっただけです」

 

探るように沖田はサーシャを見下ろす。

 

「どうやらコイツだけでなくコイツが入ってる組織そのものが、どうもまともな宗教組織じゃねぇらしい。電話越しでも血生臭ぇ雰囲気をひしひしと感じやしたからね」

「お前がそこまで言うんだったらその上司とやらも怪しいな……」

「けどいい女ですぜ、知ってますか土方さん、玉袋に綺麗に焼印を押す方法?」

「血生臭い雰囲気感じるってレベルじゃねぇだろ完全に血まみれじゃねぇか!!」

 

甘いフェイスでドギツイ拷問を口走る沖田に土方が怒鳴りながらツッコミを入れていると、「あのー」とさっきまで黙っていた山崎が正座しながら申し訳なさそうに手を上げる。

 

「とりあえず彼女の組織の謎を解明するのは置いといて、サーシャちゃんを真撰組に預かる事を許可して欲しいんですが」

「ふざけんな誰がするかそんなモン! なんだお前アレか!? さてはどこぞの銀髪天然パーマ教師みたいに変な性癖持ち始めたんじゃねぇだろうな!」

「違いますって!」

 

いらぬ疑惑をかけられ山崎はキッパリと否定する。

 

「ただ捨て犬にエサ上げたらずっと後をついてくるからウチで飼いたいと母親にねだる子供の心境で訴てるんです俺は!」

「なんで俺がお前のお母さんにならなきゃならねぇんだよ! ふざけんな! そんなモン捨てて来い! ウチで飼える余裕あると思ってるの!?」

「意外とノリノリじゃないですかぃ」

 

珍しくボケる土方に沖田がいつもと違いツッコミに回った。

 

「だって沖田兄さんは飼ってるんだからいいでしょ! どうして兄さんは大丈夫で俺はダメなの!」

「なんで俺が兄役?」

「1匹いるのに2匹も飼える訳ねぇだろ! ただでさえご近所さんから変な目で見られてるのにこんなの飼ったら警察組織じゃなくてアダムスファミリーとしか認識されねぇだろうが!」

「いいじゃないかアダムスファミリー! 子供の演技がしっかりしてて!!」

「うるせぇ! あの作品で一番いい味出してたのは祖母だ! あのお茶目でうっかりな所がまたいい!!」

「あれ? アダムスファミリーの話だったっけコレ?」

 

二人で組み合って茶番を始めている山崎と土方に沖田がどうしたもんかと考えていると。

 

部屋の襖がバンッと力強く開いた。

 

「いい加減にしなさい二人共! これ以上家族内で喧嘩するなんてお父さん許しませんよ!!」

「いやアンタお父さんじゃなくて局長」

 

いきなり大声で現れたのはこの真撰組の頭を務める近藤勲。

そんな彼に沖田はボソッとツッコむがそれを流して近藤は土方と山崎の間に入る。

 

「トシ、ザキ、またその事で喧嘩してるおか、止めろと父さん何度も言ってるだろ」

「だって父さん! 母さんが飼っちゃダメだって!」

「アンタからもからもキツく言ってやってくれよ……この子ったら本当に分からず屋で……」

「母さん、良いじゃないか別に」 

 

双方の話を聞いて理解すると、近藤は優しく土方に微笑む。

 

「見ろザキの真剣な眼差しを、これは物珍しいという理由で飼いたいと思っている子供の目じゃねぇ、キチンとこの子を世話して育てたいという男の目をしてやがる、コイツの成長の為だ、許してやりなさい」

「でもまたこんなの増えたら周りはもっと俺達を白い目で見て来るぞ! 野郎共の群れの中にコレだぞ!?」

「周りに変だと言われようがそれがどうした、俺達は俺達だ」

 

土方に言われてもなお近藤は毅然とした態度で言い張る。

 

「アダムスファミリーは周りにどんな目で見られようがどんな事を言われようが気にしなかった! 俺達もあの家族の様に周りの目を気にせずテメーの信念を大事に生きていこう!!」

「結局アダムスファミリーで締めるんだそこ」

 

つまり彼女を預かる事で周りになんと言われようが俺達真撰組は何も変わらず突き進もうと言いたいのだろうが、いかんせんこの茶番のおかげであまり話が耳に入って来ない。

 

「だからトシ、見届けてやろうじゃないか。俺達の息子がどうこの子を育てていくのかを」

「……」

 

笑みを浮かべながらそう言う近藤に土方は無言で背中を向ける。

 

「私は信じませんよ、ペットの世話なんてどうせ最終的にはお母さんが世話するんですもの、エサを与えるのもお母さん、ウンコ片付けるのもお母さん、散歩に連れて行くのもお母さん」

「母さん……」

「だから私を信じさせてみなさい……」

 

そう呟くと土方は空いた襖から足を一歩踏み出し

 

「一生懸命に世話しながら命というものの重みを噛みしめてその子と向き合いなさい。お母さんがお前を育てたようにね……」

「母さんそれって!」

「散歩に連れて行く時はウンコ袋を忘れず持って行くのよぉぉぉぉぉぉ!!」

「母さぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

涙声でそう言い残すと部屋を出て廊下を突っ走る土方。

残された山崎も涙目で叫んで手を伸ばすが土方は行ってしまった。

 

「母さん、そこまで俺の事を考えていてくれたなんて……」

「何を言ってるんだか母さんはいつもお前達の事を考えてるんだぞ」

「父さん……」

 

両膝を突いてガックリ腰を落とす山崎の方に優しく手を置いた後、近藤はさっきからずっと黙り込んでこの光景を眺めていたサーシャの方に歩み寄って同じ視線になるようにしゃがみ込む。

 

「まあアレだ、ふつつかな息子だがよろしく世話されてくれ。困った時はいつでもお父さんに……え?」

「……第一の質問ですが」

 

親切に接してあげようと彼女の肩に手を置こうとしたその時、

近藤の手よりも早くサーシャの動作の方が早く、的確に彼の首を狙って腰に下げてたノコギリを当てていた。

 

「先日この方(山崎)がわざわざ私の為に大金はたいて買ってくれたらしい修道服を横から強奪して奪い去ったのはあなたですか?」

「え、いやそれは……」

「やはり第一の質問は破棄します、回答を与える必要もありません。あなたこの場で処断します」

「ええぇッ!?」

 

動作どころか尋問の処理も早い彼女、持っているノコギリで近藤の首を削り取ろうと手を動かそう当する。

しかし長年の修羅場を潜り抜けて鍛え上げた危機回避能力が素早く反応して近藤はすぐにその場から退いてそれを避けた。

 

「ま、待って! あれにはちゃんと理由が! 元々あの服は別のシスターの服だったからもう一度持ち主に戻そうとしただけであって!」

「黙れゴリラ」

「あっれぇ!? なんかいつもの喋り方と違うんだけどぉ!!」

 

ドスのこもった低い声でそう言うと、普段前髪で見えない赤い目を覗かせてサーシャはマントの下からチェンソー取り出して豪快な回転音を鳴り響かせる。

 

「狩らせてもらう貴様の魂ごと……!」

「ザキぃ!! お前のペットが凶暴化してお父さんの命をハンティングするハンターになっちゃったよ! キチンとしつけして止めてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「ごめん父さん俺塾あるから」

「ザァキィィィィィィ!?」

 

ギュイィィィィィンを耳鳴りする程の音を鳴らしながらチェンソー持った少女がこちらにゆっくりと歩み寄って来る。近藤は山崎に助けを求めるが彼を踵を返して部屋から出て行く。

 

「総悟お前だけが頼りだ! この窮地を救ってくれ!! お父さんからのお願い!!」

「すいやせんお父さん、俺もそろそろペットにエサ上げる時間なんで失礼しやす」

「総悟ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

最後の希望であった沖田までも逃げ去り、残されたのは近藤と殺人マシーンと化したサーシャ……。

 

「執行開始」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

チェンソーを鳴らしながら飛び掛かって来た彼女から近藤は部屋を出て必死に走って逃げだした。

屯所内を局長と変なシスターが追いかけっこしている。

その光景を真撰組の隊士全員が確認するまで彼等の命がけの鬼ごっこは終わらなかったという。

 

そして

 

「ついノリに流されてあのガキ預かるの許可しちまった……」

 

厠でブツブツ呟きながら落ち込んでいる副長も発見された。

 

「……とりあえずアダムスファミリー借りに行こう」

 

 

 

 



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第五十訓 出発点にして終着点

 

私は何か問題を考えたい時、

心の引き出しを一つ開ける。

問題が解決するとその引き出しを閉め、

また次には別のを開ける。

眠りたい時には

全部の引き出しを閉める。

 

ナポレオン・ボナパルト

 

毎晩眠りにつくたびに、

私は死ぬ。

そして翌朝目をさますとき、

生まれ変わる。

 

ガンジー

 

 

地球から遠く離れた辺境の星。

毎日の様に起こる災害、とめどなく落ちて来る隕石によって荒れ果てた大地しか残っていない死を待つだけの星

そんな誰も近づく事さえ出来ない星で

 

二つの災害がぶつかっていた。

 

「おうおうおう、向こうは随分と盛り上がってんねぇ」

 

空から降って来る小さな隕石を気にも留めずに呑気に呟く声。

声の主は見た目は極々普通の少年の姿をしていた。

黄色と黒を基調としたぴったりとした上着とズボンを着用し、肩にはストールを纏っている。

 

「”世界の理を脱したモン同士の戦い”か、いやもうあれは戦いでもなんでもねぇか」

「天の裁きだ」

 

隕石の残骸に腰を下ろしながら呟いている少年の背後からシャンっと何かが鳴る音と共に男性の声が

 

三度傘を被り首には大きな珠の付いた数珠、白と黒のみ使ったその服装と手に持つ錫杖からして一見僧に見えなくもないが、三度笠の下から覗かせる目つきは僧とは思えない程殺気を放っていた。

 

「そして貴様もまた裁きを受けるがいい”雷神トール”」

「どうも”朧ちゃん”。やっぱりしぶといね」

 

二人は顔見知りだったのか、トールと呼ばれた少年は笑みを浮かべ、朧と呼ばれた男は以前彼を睨み続けていた。

 

「全能と呼ばれるに値する力を持ちながらも生身の人間であるお前では、この様な星では長くは生きられまい。何故ここへ来た」

「そりゃアンタ等がどこへ行っても現れるからだよ、だから思い切って宇宙へ羽ばたいたっていうのに、まさかここまで追って来るとはなぁ。もしかして朧ちゃんストーカー?」

「どこへ逃げようと我々の手からは逃げられんぞ」

 

朧は錫杖で地面を突きながら彼に近づく。

 

「貴様等がどこまで羽ばたこうとも、”鴉”からは逃れられない」

「逃げる? 俺はハナっから逃げてなんかいねぇよ?」

 

そう言ってトールは立ち上がると朧の方に振り返って得意げに笑って見せた。

 

「ここならようやく俺は本気を出せるからだよ、地球じゃ狭すぎるんでね。周りに被害が及ばないよう微々たる力しか発揮できねぇんだわ。逃げたんじゃなくて、アンタ等とは本気で戦いたいと思ってたからここに来たって訳」

「……ならば神の力を持つ者よ、静かに朽ちて行くであろうこの星で」

 

朧は錫杖に仕込んでいた刀をゆっくりと抜いた。

 

「誰にも看取られる事無く孤独に死んでゆけ」

「いやー朧ちゃんは相変わらずかっくいいねー、アンタとは一度本気で戦いたかったら嬉しいぜ」

 

どうやら戦いに入ろうとしている朧を見てトールは虚勢でもなんでもなく純粋に楽しそうにする。

 

「まずはあの”災害二つ”とまともにやり合う為のいい経験値稼ぎになるからな」

 

トールは朧から目を逸らしてある方向を見据える様に呟く。

 

隕石が降り注ぐ星でぶつかり合っているのは彼等だけではない。

もっととてつもなく大きな存在がぶつかり合っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

トールと朧から数百キロ先で離れた場所で、彼等の言う災害がぶつかり合っていた。

 

街一つを容易に破壊出来る程の爆発があちらこちらで発生し、星の寿命を隕石の落下衝撃よりも縮めるであろうとてつもない威力が大地を削り取っていく。

 

そんな正に大災害ともいうべき場所のど真ん中で

 

”彼等”はまるで何事も起こってないかのように立っていた。

 

「つくづく嫌になるよ、お前が。小さな石ころにもなれ、巨大な星そのものにもなり得るその存在が」

 

そう呟くのはなんと見た目十三、十四ぐらいの小柄な少女であった。

前の開いた内側は赤く表側は黒いマントの中に黒い皮の装束を纏った色白の少女。

魔女の様な先端の尖った鍔広の帽子を被り、右目を覆う物々しい眼帯。

 

「”魔神”である私に対してここまで抵抗出来るのはお前ぐらいしかいないだろうな」

「……どうでしょうね、世界は広い。あなたが考えるよりもずっと」

 

少女の前にゆらり現れたのは背の高い男。被り傘と口元には鴉をモチーフにした仮面を付けて素顔を隠している。

首から慕うを覆っている衣の下から何か取り出そうとする男を見て少女は、指一つ動かさずに。

 

先程の凄まじい爆音が再び発生する。1回ではなく数千数万回の爆音があまりにも短い間隔で次々に炸裂して一つの総音になったような奇妙な音。

 

ただの爆発ではない、というより爆発なのかもわからない、得体の知れない攻撃が男を襲う。

だが

 

彼女のその”攻撃と呼ぶのが妥当な存在”が彼に触れた瞬間、まるでガラスが砕けたような音と共に消える。

 

「私の力さえも受け付けないその体は便利なものだ」

「そうでもありませんよ」

 

男の羽織った黒い羽根の装束が虹色に光ると同時に

 

なんの動作も見せずに少女の背後に現れたのだ。

 

「この身体である限り私は誰の加護も受け付けられない、例え神の加護であろうとも私の身体はそれすら断ち切ってしまうのです」

 

男は衣の下からチャキっと刀を左手で取り出す。

 

「不幸、という言葉が相応しいかもしれないですね。私が私でいる限り永久に脱する事の出来ないモノ、つまり私は生き物が求める幸というモノをこの手で掴む事は出来ない」

「だからこそお前はその力がある限り私に勝つという事は出来ないんだよ」

 

抜いた刀を見せた瞬間男の身体がズンッ! と大きな音を立てて後ろに大きく下がった。

さっきからなんの力が働いているのかも見せない少女は呆れる様に彼の方へ振り返った。

 

「魔神として得た無限の可能性というのもは成功する可能性も失敗する可能性両方持っているという事だ。ゆえに私はどれだけ力を蓄えても結果は五分五分になってしまう、世界を壊す力持っていながら容易に動けないのもその為だ。だがお前の持つ『不幸』は私のこの可能性も歪めてしまうようだな」

 

次の瞬間、少女の姿が一瞬にして男の目の前に現れたと思ったら。

彼の羽織に手を伸ばして豆腐に包丁を入れるかのようにスッと胸を突き刺した。

 

「お前が私を突け狙うのは自分が最も恐れる相手だからだろう、何せお前はその不運さゆえに私の失敗を消して成功の可能性を上げてしまうのだから」

 

小首を傾げながら少女は男の胸を突き刺し周りに鮮血が溢れる事さえ気にも留めずに。

 

彼の身体の中にある心臓を握った。

 

「こんなものか?」

 

返り血を浴びながら顔色一つ変えずに少女は呟く。

 

「世界の理を狂わせてしまう程の強大な存在とは、蓋を開ければこの程度だったのか?」

 

失望したかのような反応を見せながら少女は鼓動を鳴らす心臓をそっと握り潰そうと力を込めようとする。

 

だがそんな状況でありながらも男は

 

仮面の下になんの感情も見せずに真っ直ぐ彼女を見据えるだけだった。

 

次の瞬間

 

「がはッ!」

 

真っ赤な血を口から吐き出し、苦悶の表情を浮かべた。

 

”男の心臓を握りしめていた少女の方が”

 

「私の身体は例え神であろうとその力を断ち切れる」

 

おびだたしい血を吐きだす彼女を前に、男はやっと口を開いた。

 

「その身体に触れているあなた自身もまた、己の力から断たされている」

「ごほっごほっ! まさか……!」

「私の心臓を手にしてる時点で、既にあなたは魔神などと呼ばれる存在ではない」

 

少女は視線をのどに詰まった血を飛ばしながら、顔を下ろして自分の身体を見下ろす。

自分の胸の部分に刀が綺麗に貫通していたのだ。

その刀を左手で握りながら男は彼女の左目を覗き込む、

 

「どうですか、久しぶりに”人間”という存在に戻れた気分は」

「お前最初からこれを狙って……! くッ!」

 

少女は持てる限りの力でまだ手に持っている彼の心臓をグチャリとトマトの様に握り潰そうとする。しかし男は無表情で左足で構えて彼女の腹を

 

「がはぁあッ!!」

 

何本の骨が折れる感覚を味わいながら少女は後ろに吹っ飛ばされた。

それと同時に心臓に刺さってた刀も抜ける。

 

「ぐぅ!」

 

ゼェゼェと荒い息を吐きながら少女は倒れた。もはや虫の息だ。

久しぶりに死というモノを感じながら少女の身体から生気が無くなりかけていると。

男がザッザッと足音を立てながら倒れている彼女の下に歩み寄ると

 

先程少女が開けた自分の胸に自ら手を突っ込んだ。

 

「な、にを……」

 

胸から血が流れるのも気にも留めずに男は自分の胸からあるモノを掴みだして取り上げた。

 

自ら心臓を引き抜いたにも関わらず、男は眉一つ動かさず未だ健在で合った。

それどころか開いた傷口がみるみる塞がっていく。

 

「お前は一体……」

 

数十秒で絶命するであろう少女に男は自分の心臓を左手で握りながらしゃがみ込んだ。

 

「まだあなたにはこの世界で役割が残っています、魔神の力は失われるでしょうがあなたはこの世界に必要なのです。より私が長くこの世界にいる為に」

「ゃ……!」

 

普通に聞けば意味不明だが、少女だけはすぐにわかった。彼が自分にどんな細工を仕掛けるのかを

 

そして必死に拒もうと声を出そうとするが擦れ声しか出なかった

 

「あなたにこの世界に残る理由を与えましょう」

 

男は彼女にしか聞こえないであろう小さな声でそっと耳元に顔を寄せて

 

「………………」

「!」

 

耳元で聞いた男の言葉を最後に、少女が最期何かを言おうとするも

 

瞬く間に意識を失うのであった。

 

 

 

 

 

学園都市には窓のないビルという建物がある。

しかしその存在を知る者は学園都市に住んでる住人でさえほとんどいない。

そもそも建物なのかどうかもわからない

周りから隔離され、あらゆる侵入を防ぐその要塞の奥深くにあるモノは

 

「まだご健在のようですね、あなたは」

 

魔人と名乗る少女を相手にして数刻後、仮面の男はそこにいた。

 

ドアも無く、階段も無く、エレベーターも通路も無い。室内と呼ぶにはあまりにも広大な空間には一切の照明がない。

それでいて部屋は星のような光に満たされていた。その正体は四方の壁に設置された無数のモニターやボタンが灯す光である。

数十万にも及ぶコードやケーブル、生命を維持する為のチューブ類が伸びて部屋の中心に集まっていた。

部屋の中央には巨大なビーカー、赤い液体が満たされたその容器の中には緑の手術衣を着た人間が逆さに浮いていた。

銀色の髪をなびかせ、中性的な顔立ちの人間。

実の所人間なのかすらわからないが、人間以外に表現する言葉は見つからないのだ。

 

「私も『何度も死ねる君』と違い『中々死ねない体』でね」

 

その人間はやって来た客人を相手に容器の中から静かに歌う様に

 

「魔神との戦いは如何だったかな」

「中々の手練れ、私が勝てたのも紙一重でした」

「君にそこまでの評価を付けてもらえれば彼女も浮かばれよう」

「まだ死んではいませんよ、私が殺したのは魔神としての彼女です」

 

男は容器の中で僅かに微笑む人間を眺めながら左胸に手を置く。

 

「強者ゆえに人は慢心を抱くもの、それは魔神とて同じだったようでした」

「慢心ゆえの過ちか、彼女が完全なる魔神となっていれば」

「それを防ぐ為に私が自ら出向いたのです」

 

人間の言葉を遮るように男が口を開いた。

 

「アレを辺境の星まで追い詰めるのは骨が折れました。しかも余計なモノまで付いてくる有り様でして」

「雷の神か」

「彼もまた中々の手練れだったらしいです」

 

男の足元にはよく見ると片膝を突いて首を下げている別の男が見えた。

辺境の星で雷神トールとやり合っていた朧である。

 

「手傷を負わせましたがやはり相手はあの雷神トール、あなたと魔神の場所に向かわせるのを防ぐ為の時間稼ぎしか出来ませんでした。このような失態を行っておいて生き長らえてしまった罪、いかような罰でもウケる所存です」

「構いません、元より我々の狙いは魔神ただ一人。彼の力を把握しきれなかった私にも責任があります」

 

死罪と言われても即座に首を縦に振れるであろう朧に、男が簡単に許すと。

ビーカーの中にいる人間が僅かに顔を歪ませ笑みを作る。

 

「天をも食らう鴉にも他者を許す慈悲があるのだな」

「私を慈悲も無く殺しに興じる化け物と見ていたのなら、あなたの目はすぐに取り換えた方がいい」

 

男はビーカーの中の人間を赤眼光を光らせながら睨み付けた。

 

「私は鬼です、この世の者全てに慈悲など持たず一切の情を持たない本物の鬼。私が彼を許すのは利用できる駒を浅はかな考えでここで捨て置くなど愚行であると悟ったからです」

「そう睨むな、私はついからかいたくなってしまっただけだよ」

 

こんな男を相手にからかってみようと考えてしまう人間も不気味である。

魔神でも殺せる人物相手にこうも警戒も怯えもせずに対等に話せるこの人間は一体……

 

「話を変えよう、君の計画の方は順調かね?」

「順調とはいい難いですね、どうにもこうにも上手く行かない、これも私がもたらす不運という邪魔が入ってるせいでしょうか」

 

男はそう返すと、背後にいる朧の方に振り向かずに小さな声で

 

「朧、”回収”の方はどうなっていますか」

「つい先刻”上条刀夜”がとある異星にて見つけ、すぐに我らの下へ持って来ました」

「アレも随分と役立ってくれるようになりましたね、そろそろ我々の傘下に加わるようあなたから誘ってきてくれませんか」

「無礼も承知で意見を言わせてもらいますと、それは考え直した方がよろしいかと思います」

 

朧もまた顔を上げずに返事する。

 

「上条刀夜は有能であると共に無知です、我々に渡しているモノの正体さえ知らない俗世にまみれた男など我々の徒党に入れる価値もありません、現状維持しつつ役に立たなくなったら私がいつでも斬り捨てればいいだけの話」

「そうですか、ではしばらくこの話は置いておきましょう」

「は」

 

思いの外簡単に自分の意見を聞いた男に朧は話を続けた。

 

「あなたの事を自分の”息子”の命の恩人だと感謝している限り、アレが我々を裏切る事は絶対にないでしょう」

「人間と言うのは随分と進化したと思っていましたが、愚かな部分は何も変わらないみたいですね、疑いもせずに未だに私を救世主と思い込んでいるとは」

 

朧の話になんの感情も無い口調でそう言うと、そこで初めて男は振り返って彼を見下ろす。

 

「それで”息子”の方はどうなりましたか」

「未だ卵の殻を破ききれない雛鳥です」

「”右腕”の方は?」

「問題ありません」

 

男に深々と頭を下げた状態からゆっくりと顔を上げる朧。

 

「気になるのでしたら私がすぐにでもあの少年の下へ行って来て情報を取ってきます」

「あの右腕は私の計画に必要不可欠な存在。せめて巣立ちが出来るぐらい鍛えて上げなさい」

「は、ではすぐに」

「朧」

 

朧をただ、男はじっと見つめる。まるで人が隠してる本性を見透かそうとしているかのように

 

「もし彼の中にある”アレ”が目覚めた時、私の下から離れようとは考えてないですよね」

 

怪しく光る眼光に見下ろされながら、朧は顔色一つ変えずにその目をジッと見返す。

 

「お戯れを、私があなたの下へ離れる事など万に一つもございません、あなたに救われたこの命、生かすも捨てるも全てあなたの赴くままに」

「……」

 

嘘偽り無い誓いをする朧を男が黙って見つめると、彼の背後にいるビーカーの中の人間が皮肉交じりに

 

「どこぞの盲目の父親と同じだな」

「この方に対する忠誠は私と上条刀夜では比べ程にもならない」

「はて、私は誰の名も言っていない筈なのだが」

 

こちらを睨み付けて来る朧に人間はただ微笑みを返すのみ。

真意のわからないその表情が更に彼が歪な存在だというのを感じさせる。

 

「ところで鬼なる者よ」

 

ビーカーの中を漂いながら人間は男の方へ話しかけた。

 

「代わりの右腕が欲しいのであればすぐに造ってやっても構わないのだが?」

 

そう言うと、男のマントが少々なびき出した。その拍子にマントの下の彼の身体が一瞬だけあらわになる。

 

本来そこにある筈であろう右腕が欠損している部分も

 

「代わり? 私の右腕はここにありますよ」

 

男はただ単調にそう答える。

 

「あなたが造り上げたこの学園都市に」

 

 

 

 

 

 

 

「かつて”私だった存在”と共にね」

 

 

 

 

 

 

夜中の学園都市で一人の少年が二人組の不良に絡まれていた

 

「テメェよくもあのガキ逃がしやがったなコラァ!」

「金ふんだくれなかったじゃねぇかゴラァ! なんならテメェが代わりに払うのかゴラァ!」

「いや俺も金欠だし……ハハハ」

 

ガタイのいい二人組のヤンキーに絡まれていた女子生徒を偶然見つけたからつい咄嗟に身代わりになって逃がしてしまった所まではいいのだが。

生憎彼女を逃がす所までしか考えていなかったツンツン頭の少年は見事彼等の次の標的とされてしまっていた。

 

「ていうか今時こんな古臭いヤンキーが学園都市にいたのかよ……」

「オイ今なんつったコラァ!!」

「ツッパリナメとったら痛いじゃ済まさねぇぞ! コイツを……!」

 

ついポロッと本音を漏らしてしまった少年に向かって一人のヤンキーが懐からどこで手に入れたかはわからないが、黒い拳銃を取り出しすかさず銃口を少年に向けようとする。

 

だが

 

「見……! へあ!?」

 

次の瞬間、ヤンキーの持っていた銃口に細く鋭い長針が突き刺さり、あっという間に拳銃がおしゃかになってしまった。

針は的確に小さな銃口に刺さっている。

 

ヤンキー二人が困惑しながら咄嗟に顔を上げると

 

「あ、すみません、つい危ないと思って投げちゃいました……」

 

後頭部を掻きながらこちらに頬を引きつらせながら苦笑する少年の右手の指の間には銃に刺さった奴と同じ針が

 

「テ、テメェそんなの持ってやがったのか!」

「人の銃をおしゃかにしやがって!」

「いやこれはなんといいますか……危ないと思うとつい勝手に体が動いちゃいまして……」

「なぁにわけのわからねぇ事言ってんだ!」

「こうなりゃ素手でやっちまえ!!」

 

必死に弁明しようとする少年にヤンキー二人組は拳を振り上げ飛び掛かろうとする。

それに対して少年はビックリして腰を抜かして後ろに倒れてしまう

 

しかし

 

「ぐ!」

「うげ!」

 

その拳を振り下ろす前に、彼等の背中に唐突な痛みが走る。

その痛みに思わず崩れ落ちて倒れるヤンキー達。そしてそのおかげで少年は彼等の背後にいた人物と目が合った。そして合って早々不良に絡まれていた時以上に頬を引きつらせてバツの悪い顔を浮かべる。

 

「お、朧さん……」

 

そこにいたのは朧、錫杖を手に持ったまま無言で少年の方に近づきつつ途中で地べたをのたうち回っている二人組のヤンキーを見もせずに

 

冷たい路地裏の壁に向かって軽く蹴っ飛ばす。

 

しかしその軽い蹴りの威力は尋常ではなかった、壁にヒビを入れる程の激しい衝撃が不良達の身体を駆け巡り、悲鳴さえも上げずに白目を剥きながらバタリと倒れた。

 

「どこに行ったのかと思いきやこんな雑魚共を相手に何をやっている。教えた技術はどうした」

「いやいや……アンタに教えてもらったモンを使ったら危ないし……下手すれば過剰防衛になっちまうから」

「己で体得した術は己の為に使え、伝授した術を宝の持ち腐れとして使わないなど、我らを侮辱する事に繋がるぞ」

「そ、そんなつもりはねぇって! 俺が小さい頃にアンタ達に助けられたって父さんと母さんからも聞いてるし! その件については深く感謝しているけど……」

 

話の途中で少年は朧からぎこちなく目を逸らして泳がせる。

 

「俺に会いに来たって事は稽古つけに来たんですよね……」

「それ以外に貴様と会う理由はない」

「ですよねーって」

 

未だ地べたに座ったまま少年はバッと朧の方に涙目で顔を上げて

 

「それじゃあこのヤンキー達にぶん殴られた方がマシだったじゃねぇかよ! だー! 最近来ないと思ってたからちょっと心配してたのに来たら来たらで怖ぇぇぇぇぇ!!」

「何を今更言っている、立て」

 

少年が悲痛な声で叫んでいるのも無視して、冷たい目で見下ろしながら朧は右手を差し出す。

それに少年は恐る恐る右手を差し出して引っ張ってもらった。

 

「……」

 

少年の右手を引っ張って立たせた後、ふと自分の右手を見つめる朧。

 

『さあ私の手を取って立ち上がって下さい』

 

「どうかしたのか朧さん?」

「いや」

 

ふと自分の頭の中に一人の男が一瞬映ったが、少年に尋ねられてすぐに我に返った。

 

「貴様に鍛錬を施す事をあの方から命じられている。逃げようとしても無駄だ」

「別に逃げないって、ただ毎回死にそうな目に遭うからキツいんだよなぁ……」

「死んだとしてもそれは貴様がその程度の価値しかない者だったという事だ」

「相変わらず滅茶苦茶冷たいなこの人……」

 

少年が若干引いてるのも気にせずに、朧は彼を引き連れて裏路地から表へ出る。

 

「貴様はただ我らの導きに従え、上条当麻≪かみじょうとうま≫」

 

 

 

 

 

 

「その右腕と共に」

 

 

 

 

 




これにて外伝編は終わりです。長谷川さん新八君、山崎と続いて次シリーズのエピローグでシメさせて頂きました。
とある少年は原作の設定とは大分違います、そういうのを見比べながら今後読んでみると面白いかもしれません。
それでは次回から新シリーズとなりますが、次の投稿は1週間後とさせて頂きます。
そっからまたしばらくは周2~3回ペースの更新の予定です。
新主人公の視点から見る新たな禁魂ワールドはしばしお待ちください。
それでは

PS
禁魂の世界で気になる事があったら質問しても構いませんよ。
もしかしたら天然パーマの教師が答えてくれるかもしれません


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上条当麻編
第五十一訓 雛鳥だった頃の少年のお話


『学園都市』

 

人口の七割が学生という近年稀に見ない変わった街。しかしその広さは240万人の人が生活できるほど広大で日本の中心である江戸の三分の一程。

 

学問を学ぶ生徒達と、更に隔離され唯一古き江戸の名残を残したかぶき町特有の個性豊かな人間達が潜み合い暮らしている。

“外”よりも数段階も文明が進歩し、天人の技術力を上手く生かした町として世界中から注目されている場所でもあり。

天人達の支配下にあり、ほぼ鎖国状態のこの都市には許可なしの侵入は不可能の近い。

 

出来る者としたらそれは、天人達と匹敵する力を持った勢力だけであろう

 

この地球にいればの話だが

 

 

そしてそんな場所と時代に“少年”はいた。

 

侍も廃れ国の時代が大きく移り変わったこの世界で。

 

一部だけ例外があるもののごく平凡な学生生活を謳歌している中で

 

“テメーの信念”だけは絶対にゆずらない風変りな高校生。

 

どんな苦境や試練が前に立ちはだかろうと

 

その心に根付く信念だけは変わりはしない。

 

誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者

 

これは不思議な侍のお話ではなく、不思議な力を持った少年とそれを取り囲う人や天人、はたまたそれとは別の生き物と交わる不思議なお話。

 

 

 

 

 

 

学生にとっては最大級に楽しみなイベントの一つである夏休み。

夏の日差しはキツイもののひと夏の思い出を作れるのならこれぐらい若い少年少女にはなんてことはない。長い休みを満喫し人生の中では短い学生時代を、大人になっても覚えられるようにと夏休みになって数日経った今も遊びまわっていた。

 

しかしそんな毎日が至福の時と楽しんで朝からはしゃぎまわっている学生たちと違い

 

この少年は節々に伝わってくる痛みと共に薄暗い部屋で目を開けた。

 

「いでぇ……体の中で誰かが愉快にタップダンス披露会を開いてるみたいだ……」

 

ぼんやりと目を開けながら言った第一声はまさに今の彼の状態を表していた

体内で大人数の演奏者がオーケストラでもやってるんじゃないかと思うぐらい響き渡るその痛みに耐えながら、少年はゆっくりとベッドから体を起こす。

 

「あの人、ホント容赦ねぇな……最近は最初に比べれば一日寝れば多少は回復できるようになったけど……マジで殺しに来てるのかと思うぐらいキツイ……」

 

誰に対して言っているわけでもなくとにかく不満を口から出したいと思った少年はベッドから降りて立ち上がりながらブツブツと独り言を漏らす。

 

「夏休みといってもこっちは朝から学校で補習があるっていってるのに、せめて学校の休み前に来てくれねぇかなあの人」

 

着替えながらため息を突く少年の頭の中には幼少の頃から高いエンカウント率で前触れもなしに前に現れて、屈強な肉体と精神を持つ人間でも全裸で逃げ出しそうになる程の地獄の鍛錬を行う男がいた。

少年にとってはいわゆる「師」みたいな存在なのだろうがよくわからない。

 

しかし基本平和思考で平凡な学生である彼にとっては、その者の教えはあまりにもそこから遠く離れた技術と修行の連続であった。

ゆえに平和に行きたいと日々願う少年にとってはあまり覚えたくない技術なので消極的であり、小学生からこの街に来たぐらいの時期から鍛えられて10年近く経った今でも少年の実力は師の予想よりもまだまだ下であった。

 

「体痛ぇし、けど成績ヤバイから学校行かねぇと留年の可能性もあるし、冷蔵庫も空だから帰りに買い物もしねぇといけねぇし……」

 

けだるそうに言いながらいつの間にか少年は着替えを終えて夏服用の極々ありふれた学生服に身を包むと、洗顔所で顔を洗って歯を磨き、最後に学生かばんを手に取りおぼつかない足取りで玄関に向かうと靴を履いてガチャリと自宅のドアを開ける。

 

「不幸だ……」

 

最後に思い切り深いため息を突いて嘆くと少年は自宅である男子寮を後にした。

 

彼の名前は『上条当麻』

 

ありふれた日常を生きていきたいと思いながらも

 

度重なる不運に見舞われて未だ災難続きの日常と、師による過酷な鍛錬を耐えながらなんとか今まで生き抜いてきた少年である

 

そしてこの夏休みでの一時が、彼の人生をまた平和な日常から遠ざける物語なのだ。

 

 

 

 

 

数十分後、少年改め上条当麻は今年の四月に入学した自分の高校にやってきた。

見た目は極々普通の高校であり、そこに在籍する学生達も極々普通(一部例外はいるが)

能力者を育成する学園都市であっても彼らのように普通の学生生活を生きる者はそんなに珍しくもない。

 

「はーい皆さん、それでは先生との楽しい補習の時間ですよー夏期テストで赤点取っちゃった困ったちゃん達、無事に進級できるように頑張りましょー」

 

教壇に身を乗り出すように生徒達にニコニコと笑いかけているのはこのクラスの担任である月詠小萌先生だ。見た目は思い切りランドセルを背負ってもおかしくない程小さいがこれでもちゃんとした大人である。

 

そんな彼女の教室に遅れてガララと後ろの方のドアを開ける音と共にやってきたのは上条。

 

「すみません遅れました……」

「あ、上条ちゃん遅刻ですよ! もーいつもじゃ飽き足らず補習の時まで遅刻なんていい度胸ですねー!」

「いやあのですね先生、実はコンビニでジャンプ買うの忘れてたから買いに戻っていまして……」

 

ヘラヘラしながら苦笑しつつ自分の席に座る上条に小萌はますますニッコリ

 

「おまけに雑誌一つをダシにして言い訳ですかー? これはもう相当のお灸を据えなきゃいけないようですねー」

「先生どうして拳を鳴らしてんですか!? 可愛い生徒に体罰を行うつもりですか!? 今の教育でそういう体に教え込む方法はいけないと思います!」

「先生はそういうゆとり世代の教え方よりも実力行使してでも生徒ちゃん達に教えてあげるやり方を推奨していまーす」

「暗殺教室の殺せんせーを見習ってください!」

「残念ながら私が模範としている教師は生徒を護るためなら拳骨も辞さないぬ~べ~先生でーす」

 

小さい体で童顔の女性が笑顔を浮かべながらボキボキ拳を鳴らす光景は思ったより怖かった。

彼女に恐怖しつつ上条は何度も謝ってなんとか愛の鉄拳制裁はされずに済んだ。

 

「はぁ~……」

「いやー早速小萌先生の視線を独り占めにして、カミやんも罪な男だにゃー」

「なら代わってやろうか“土御門”」

「遠慮しとくぜい、義理の妹メイドが相手なら代わってやってもいいがな」

 

前の席に座っていた金髪グラサンの少年が振り返ってきた。

上条の学友であり同じ男子寮に住むお隣さんの土御門元春≪つちみかどもとはる≫だ。

金髪とグラサンのおかげで彼を初めて見る人は怖がる人もいるかもしれないが、飄々とした性格でメイド好きの高校生である。

 

「“カミやん”にとって遅刻するなんて日常茶飯事みたいなものだろ? これぐらいの事でクヨクヨしてちゃ最後までもたないぜよ」

「こちとら昨日の夜から体全身が筋肉痛みたいなモンなんだよ、あの人のおかげで」

「ああ、カミやんの古い知り合いとか言ってたあの男か、通りで寝不足みたいなツラしてる訳だ、おかげで目つきがあの男みたいになってるぜい」

「全然嬉しくないんですがそれは……つうかお前あの人に会ったことあったっけ?」

「んーまあな、お隣さんに住んでんだから何度か顔は拝見してるぜよ」

 

上条の知り合いであるあの男の事は土御門も知っているようだ。

すると今度は上条の隣の席に座る耳にピアスの付いた青髪の少年が振り返り

 

「え、カミやんって昨日の夜幼馴染のお姉さんに激しくされて全身筋肉痛になったん? しかもそれで寝不足で遅刻してくるとかムカつくわー。300円あげるから死んでくれへん?」

「まずお前は耳を取り替えて来い青髪」

「青ピ、カミやんが昨日相手にしたのはお姉さんじゃなくて男ぜよ」

「え、カミやんそっち系だったん!? ボクでさえ怖くて開けない境地に達してしまってたん!? まさかボクの事もそんな風に見ててたん!?」

「たんたんうるせぇよ、んな訳ねぇだろうが。俺は至ってノーマルだよ」

 

勝手に誤解して勝手に引いているもう一人の学友である少年、通称青髪ピアスに上条は冷たい視線を向ける。

どことなくわざとらしい関西弁がこれまた腹立つ。

 

「お前っていつもそんな事ばかり考えてるよな、毎日お気楽でホント羨ましいよ」

「ははは、ならカミやんもこの夏休みの間にロリ属性とM属性をレベルアップさせればええで、そうすれば小萌先生との補習がパラダイスと思えるぐらい幸せになれるんや。現に今のボクは幸せです、欲を言えば小萌先生にゴミを見るような目で見られながら罵られたい」

「全く感動もしない最悪な変態アドバイスありがとよ」

「あー誰かボクを養豚場の豚でも見るかのような目つきで罵ってくれるロリっ娘おらへんかなー」

 

惜しげもなく自分の性癖をバラす青髪。しかしその性癖も彼にとってはほんの一部であり、実体はストライクゾーンが一般の男子高校生よりも遥かに広い重度の変態野郎である。

 

そんな生徒が補習中にベラベラ喋っているのを当然上条以外にもうっとおしいと思う同級生もいるわけで

 

「あの、さっきからうるさいんだけど……僕真面目に補習受けてるんだから静かにしてくんない?」

「え?」

 

後ろの席から迷惑そうに注意してきたメガネを掛けた少年に言われて、青髪はクルリと後ろに振り返った。

 

「ぱっつぁんいたの?」

「最初からいたわぁ! ずっと後ろに座ってたのになんで気づいてなかったんだよ!」

「にゃーぱっつぁんの光学操作能力は一級品だから気がつかないのも無理はないぜい、なにせ場の空間にメガネだけを残して透明化できる能力者だからな」

「んな能力持ってねぇよ! つうかメガネだけ残して透明化しても意味ないじゃんそれ! だったら全身透明化したほうがいいじゃん!!」 

「あーそうか、たまに志村のメガネが宙に浮いてる時あったけどそういう事か、へー」

「上条くんもそれで納得しないでよ!! ていうか僕知らない内にみんなの視界から消えてたの!? 誰も僕をメガネとしか直視出来なかったの!?」

 

ぱっつぁん事彼らのクラスメイトである志村新八の悲痛な叫びに、教壇に立っている小萌先生が頬を少し膨らませ

 

「ツッコミがうるさいですよ志村ちゃん、授業中は静かにしてください」

「先生! 僕はただこの三人がうるさいから注意してただけですって!」

「なら静かにツッコんでください、それにツッコミの台詞が長いしくどいです。読む方の事も考えてくれないと困ります」

「なんかツッコミのダメ出し食らったんだけど! 恥ずかしい! なんか知らないけど死ぬほど恥ずかしい!!」

 

どうしてそこに注意されたのかわからない様子で赤面しながら困惑する新八。

そうしていると今度は教室の前のほうのドアが勢いよく開かれた。

 

「うるさいのよあなた達! 特に長くてくどいツッコミをしている奴! もっと的確にまとめてシンプルなツッコミを勉強しなさい!」

「何なのこの学校! そんなにツッコミに厳しかったでしたっけ!? それとも僕に厳しいの!?」

 

ドアを開いて早々新八のツッコミ以上に声高々に叫ぶのはこのクラスの女子生徒だった。

長い髪とやや大きめの胸、いかにも厳しそうな目つきと顔立ちをしたその出で立ちは男性よりも女性に好かれそうな、つまり美人ではあるのだがどちらかというとカッコいい部類に入るタイプである。

 

すると彼女が現れた途端上条は面食らった表情でギョッとして

 

「げぇー! 吹寄なんでお前がここに! まさかお前も俺達と同じ補習組に!?」

「貴様と一緒にしないでくれる? 今日は月詠先生を助けになる為に来ただけよ、どこぞの馬鹿共がちゃんと授業を聞いてるか見張る為にね」

 

上条を見つけた途端しかめっ面を浮かべて訳を説明する少女の名は吹寄制理。

学級委員長ではないがこの変わり者の多いクラスをまとめ、仕切る程の腕前を持ち、クラスメイトだけでなく教師からも信頼されている少女だ。

彼女が現れると小萌先生も嬉しそうに

 

「吹寄ちゃんはなんと夏休みの時間を削ってまで自ら補習に参加してくれたのですよー」

「先生の負担を少しでも軽く出来るなら安いものです、それにあの三バカ、特にその中の一人には私も色々言いたい事がありますから」

 

これぐらい全然大したことではないという口ぶりでそう言うと、吹寄はツカツカと上条の座る席へまっすぐに向かう。

 

「それでまた貴様は遅刻したらしいわね、嘆かわしい、少しは自分が置かれてる状況に気づいたらどうなの?」

「いやあのですね、今日は待ちに待った月曜日なんですよ、上条さんがその曜日を大事にしてるのは長い付き合いのあなた様でもわかってくれると思うんですが……」

「たかだか雑誌の発売日に浮かれが学生の本分というのを忘れる貴様の事などわかりたくないわ」

 

鼻を鳴らしながら吹寄は上条をギロリと睨み付ける。

 

「高校にもなってジャンプジャンプって……中学生からちっとも成長しないわね貴様は」

「吹寄、それは違う、俺がジャンプを読みようになったのは小学生からだ! お前にはただの漫画雑誌にしか見えないだろうが! 俺にとっては人生の教科書と呼んでも過言ではない!」

「ならその人生の教科書とやらを読む前に学校の教科書読みなさい。成績下位クラスで遅刻欠席も多い貴様が語るのはそれからよ」

「あ、はい……」

 

もっともな正論を言い放ち背後からドス黒いオーラを放つ吹寄に圧倒されすぐに縮こまる上条。

 

それから補習は後ろから吹寄が騒ぐ者がいないようジッと見張って(主に上条の事を重点に)おかげで何の騒ぎも起きずに順調に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

補習が終わると上条達は自然と一緒に帰ってよく集まる第七学区の小さな公園でたむろっていた。

 

「はぁ~全然授業についていけねぇ、悟空が使った技全部答えなさいとかなら簡単なのに」

「カミやんそれ地味に凄い事やで」

「にゃー今更驚く事もねぇぜよ、カミやんはジャンプ知識だけなら無駄に広大だからな」

「これだからジャンプバカは……貴様はいつになったら卒業するのよ」

「無論死ぬまで、いや出来れば来世でも」

「ジャンプバカというより救いようのないバカね、心配してるこっちが損した気分だわ、責任取りなさい」

 

何者かに蹴られた後のある痛々しい自動販売機の前でキリッとした表情で断言する上条に吹寄が呆れていると、彼らと同行していた新八が深くため息を突いた。

 

「ていうか僕、なんで青髪くんにここまで連れてこられたわけ? 帰り道逆なんだけど」

「気にすんなぱっつぁん、一人で帰るの寂しそうだからボク等の輪の中に入れてあげようとおもっただけやって」

「いやいいって、早く帰って晩御飯の支度しないと。姉上に任せたら僕の命もたないし……」

「まあまあまあ、そんな急がんでもええやん。これを機に仲良くしようや、そんで仲良くなった印に」

 

新八の首に後ろから手を回して逃げられないようにする青髪

 

「ぱっつぁんの家、行かせてくれへん?」

「僕の家じゃなくて、僕の家があるかぶき町でしょ」

「え、なんでわかったん?」

「前々から何度もかぶき町行かせてって頼まれててわからないわけないって」

 

かぶき町は本来学生が許可なく入る事は禁止されている快楽街だ。

入るには保護者の同伴、もしくはかぶき町在住の子供のみ。

 

「何度も言ってるでしょ、かぶき町に入るには大人の人が同伴じゃないとダメだって。それに入っても変な店とかには入れないからね」

「ボクが変な店に入るとか思っとるんかぱっつぁん、ボクはただこの夏休みの間に男になりたいとか思ってるだけやで、言うなれば保健体育の実技の授業を習いに行くだけや」

「だからその授業習う所がいかがわしい店なんだよ!! いい加減あきらめろバカ!」

「いやや! 一発だけ! 一発だけやらしてお願い! 夏休みの思い出作らせてくれやホンマ!!」

「僕に向かって言うなぁ!! なんかすっげぇ危ない二人だと思われんだろうが!!」

 

必死に頼み込んでくる青髪にツッコミを入れながら新八が叫んでいると、傍で話を聞いていた土御門も「ふーん」とこぼす。

 

「かぶき町になら俺も言って見たいぜい、まあ男子高校生ならみんな一度は行ってみたいと考えるだろうよ」

「おおツッチーわかっとるやん! ならボクと一発いってみようや!」

「止めろ気持ち悪い」

 

興奮しすぎて自分でも何言ってるのかわからない様子の青髪を制しながら土御門は話を続ける。

 

「だが今日は止めとくぜよ、今日はウチに客が来ることになってるからな」

「客ってツッチーの義理の妹の舞夏ちゃん?」

「舞夏だったらこうしてお前等アホ共とだべらずにとっととまっすぐ帰ってるぜい、ちょいとした知り合いだ、今頃俺の部屋に入れず玄関で待ちぼうけ食らってるだろきっと」

「いや、そうなるとわかってるなら戻ってやれよ……」

 

笑い飛ばす土御門に上条が横から口を挟む。

 

「俺もかぶき町には興味あるけど金もねぇしなぁ、毎週買うジャンプと漫画の購入のせいで上条さんの家計は常にギリギリですよ」

「貴様……!」

「ひぃ! なんです吹寄さん!?」

 

つい本音と無駄使いしてる事を漏らしてしまう上条をすぐ様睨み付けると、吹寄は彼の胸倉を勢いよく掴み上げ

 

「学生の身分で立ち入り禁止地区に入りたいと考えるばかりか? 漫画買いすぎてお金がないですって? 貴様は一体どこまで堕ちれば気が済むの……!」

「い、いやかぶき町行きたいぐらい思ったって別にいいだろ。つうかさっきから青髪と土御門も行きたいって言ってるのになんで俺だけ!? ジャンプ買う事だって別に吹寄に迷惑掛けてるわけじゃ……」

「ふんッ!」

「でやッ!」

 

しどろもどろになりながらうまく話を流そうとするが残念ながら彼の話術スキルでは彼女をだます事は出来なかった。

吹寄の頭突きでそのまま頭を押さえながら後ろに下がる上条

 

「っつう……! 急に何すんだよ!」

「貴様が勝手に野垂れ死にしようが構わないけど、そうなれば悲しむ人も一人や二人いるでしょ。この一撃はその人達の代わりにやったまでよ」

「理不尽すぎるだろ……“不幸だ”」

 

赤くなったおでこをさすりながらつい言ってしまった上条の一言に、吹寄の耳が僅かに小さく動いた。

 

「……今貴様なんて言ったの?」

「へ? あ! い、いえ何も言ってないですはい! えーところで吹寄さん、そろそろわたくし上条当麻はスーパーに行かねばならなくなりまして!」

 

自分が言ってしまった事を思い出し慌てて背中を見せ逃げ出そうとする上条だが、吹寄は後ろ襟をガシっと捕まえてそうはさせない。

 

「私の前で不幸だのなんだの嘆くのは止めなさいって何度も言ってるわよね……」

「いやその……つい口をスベらしてしまっただけでして、だから頼むからスーパー行かせてください、特売日なんです今日」

「奇遇ね私も今日はスーパー行くわよ、チラシで私が欲しがってた美肌サプリが売られてたから買いに行くの」

「そんなものなくてもあなた様は昔と変わらずお美しい肌をしてるんですから心配いらないですって……」

「誰かさんと出会ってから溜まるストレスが原因で肌のお手入れ大変なのよ……」

「うわー誰かさんって誰だろー……」

 

ピリピリした雰囲気を放つ吹寄に上条は勿論のこと、それ見ていた青髪、新八、土御門もその威圧感に体を震わせ

 

「ボク、今日はまっすぐ帰るわ。学生として良い子に帰宅します」

「僕も今日は近くのスーパーじゃなくてかぶき町で済ませます」

「俺も客を待たせちゃ失礼だからすぐに帰るぜい」

「だぁーッ! 待てお前ら! 上条さんを見捨てるつもりかコノヤロー!! ってああ! すげぇ勢いで逃げやがった!!」

 

彼が振り向いて叫んだ時には既に三人の後姿はみるみる小さくなっていった。

残された上条は恐る恐る吹寄の方へ振り返り

 

「あのータイムセールだから説教は短めに……」

「ならスーパーへ向かいながら言ってあげるわ、貴様の為に長々とお説教してやる」

「ハハハ……」

 

全く嬉しくない言葉と共に上条は吹寄と仲良く近所のスーパーへ引きずられていくのであった。

 

 

 

 

 

 

そして日が落ち始め夕方になろうとしている頃、上条はようやく両手にスーパーの袋を持って我が家である男子寮へと戻った。

 

「おのれ吹寄……散々好き勝手言いやがって、何も言い返せなかった俺も俺だけど」

 

スーパーに辿り着くまで吹寄は本当に長々と説教した

 

学生でありながらかぶき町などという淫らな場所に行こうとするなど言語道断だと説教

 

生活費を削ってまでジャンプや漫画を買い漁っている浪費癖に説教

 

そして最後に自分に落ち度があるくせにことごとく不幸だ不幸だと嘆くのを止めろと説教。

 

挙句の果てにはスーパーで自分が買う物にも難癖つけてくる始末である(野菜ばっか食ってないで肉を食えだのなんだの)

 

中学生の頃からの付き合いだが、上条にとって吹寄は天敵と呼んでも過言ではない存在だった。

 

確かに彼女の言いたい事もわかるし自分のことを思って言っているというのもちゃんと理解しているつもりだがそれでも上条はまだ若い、同い年の女の子を理解するにはまだまだ経験が足りない。

 

「なんでいちいち突っかかってくるかな、それに俺ばっか」

 

ブツブツと文句をたれながら上条は部屋のドアを開けてようやく我が家に帰還した。

さすがに男子寮であるこの聖域には吹寄も近寄れないだろう。

ようやく一息突けた上条は靴を脱いでまっすぐキッチンにある冷蔵庫に進んで買った物をしまい込んでいく。するとすぐに「ん?」と顔をしかめ

 

「吹寄の奴、自分が買った物を俺の袋に間違えて入れてったな。あいつも案外おっちょこちょいな所あるんだな」

 

袋の中に入ってあったのは「脳の活性化を促す超頭脳パン」などというあからさまに怪しい商品。普段から吹寄が何かと胡散臭い者を通販で買い漁っている事を知っているのですぐにこれが彼女が買ったものだと理解した。

 

「フッフッフ、今頃吹寄の奴は買った物が一個なくて慌てているに違いない、己のおっちょこちょいを恨むがいい。コイツは上条さんがおいしく頂きますよ、おいしいかわかんねぇけど」

 

してやったりの表情でそれをリビングにあるちゃぶ台に放り投げて後で食べる準備する上条。

 

本当は彼の不憫な生活に気を使って彼女がコッソリ入れてあげたのだが、さすがに上条ではそこまで頭は回らなかった。

 

「冷蔵庫には全部入ったし、今度は干した洗濯物でも取るか」

 

そう言って干した洗濯物を部屋に戻す為にリビングを通ってベランダへと出る窓をガララっと開いた。

外はすっかり夕焼けだ、また夏休みが一日終わってしまったなとしみじみ思っていると

 

 

 

 

 

「うー気持ち悪ぃ、昨日飲みすぎてしもうたきん、吐きそうじゃ……」

 

 

 

 

 

ベランダの手すりに干していた自分の掛け布団の隣に“それ”はいた。

 

丁度腰の部分で折れて二枚折りになってるかのようにかろうじベランダに引っかかり。

グラサンを掛けたもじゃもじゃヘアーの男が顔色悪い様子でうめき声を上げていた。

 

「……」

 

その異様な光景を前にして上条は声が出ない、出せないのは当たり前だ。

自分のベランダにグラサン掛けた知らないおっさんが引っ掛かってれば誰だって固まる。

 

「……誰?」

「お」

 

やっと声を出した上条に気づいて男は顔を上げた。

 

「おお丁度ええ所にきたの、あり? 土御門、お前しばらく見ない内に随分イメチェンしたみたいじゃの、イメチェンというよりまるで別人のような、アハハハハ」

「いや土御門は隣の部屋なんですけど……」

「へ?」

 

どうやら隣の土御門に用があって来たらしい。だからといって何で自分のベランダに引っ掛かってるのかはわからないが、すると男は理解したかのように引っ掛か酒たままポンと手を叩いて

 

「そうかここはお隣さんじゃったか! アハハハハ! わしとしたことが勘違いしてもうた! すまんのぉ!」

 

人んちのベランダで男は大笑いする。

 

「何度ノックしても誰もおらんみたいじゃったけぇ、だから裏側から侵入してサプライズで飛び出てやろうと思ってたんじゃが昇る途中で昨日の酒が回ってしもうてここで休んでおったんじゃあ、いやぁやっぱ故郷である地球の酒が一番美味い、つい調子に乗って飲み過ぎてすっかりオボロロロロロロロロロロロォ!!!」

「っておいィィィィィィィィィ!!」

 

わざわざ一階からここの階まで昇ってきたというバカ丸出しの発言と共に、地球の酒は美味しいといってる途中でその酒を盛大にベランダで口から吐き出す男に上条は慌てて叫んだ。

 

「勝手に人の家のベランダに引っ掛かって勝手にそこで吐くなよ!! 干した洗濯物が酸っぱい匂いになっちゃうだろ!」

「すまんのぉ……いやホンマ久しぶりに地球で浮かれてしもうてたきん、ああ、タオルありがと」

「それ俺の制服ぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

手元にあった彼の制服である白シャツで口元をぬぐいだす男。

そして男は弱々しく顔を上げたまま上条に苦しそうな表情をしながら笑いかけて

 

「わしの名前は坂本辰馬、こうして会えたのも何かの縁じゃき、いごよろしどぼしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「挨拶すんのか吐くのかどっちかにしろッ!!」

「じゃあ吐く方をオロロロロロロロロロ!!!」

「これ以上上条さんのベランダを酸っぱい匂いで充満させんなぁ!!!」

 

突然現れた坂本かいう男に散々ベランダを在らされ、上条は夕焼けを眺めながらつい吹寄煮禁止されていたあの言葉を使ってしまう。

 

「不幸だ……!」

 

上条当麻と坂本辰馬。

 

少年とおっさんが交差した時

 

物語は始まる。

 

 

 

 

 

 

おまけ

教えて銀八先生

 

「は~いでは読者からの質問をお答えしま~す、ハンドルネーム「八条」さんからのお便り」

 

『沖田はサーシャの上司とはドS仲間みたいですがやはりドS同士息が投合して仲良くなったのですか?』

 

「はいお答えします、確かに沖田がロシアの所の組織の女上司と仲良く連絡していると彼自身答えています」

 

「ですが実際はそういう訳ではありません、ぶっちゃけ表面上は仲良くしながら腹の中では互いの組織の情報を引きずり出そうと探り合っています」

 

「互いにそれを知っていて連絡を取り合ってるようです。どこの国のSもロクな奴がいないという事です」

 

 

「続いてもハンドルネーム「八条」さんからのお便り」

 

『滝壺は一日中眠そうになっていますが他にはどんな事をしているのですか?』

 

「基本奴は眠そうにしてる割には色々動き回ってます」

 

「大体は沖田の後をついてくる事もありますが、他の隊士の所も観察したりしてます」

 

「一番多いのは沖田、次に近藤、その次に多いのは土方、そしてその次に山崎です、伊東の事はちょっと怖いのか近づこうとしません」

 

「最近は言葉を使わず無言で職務を全うしているとあるアフロの隊長の事も気になってるらしいです」

 

 

 

「あー次で最後の質問、ハンドルネーム「匿名希望」さんからのお便り」

 

『黒子って銀さんや御坂と違ってジャンプ読まない主義なんですよね? でもなんでスラムダンクとか知ってたり詳しかったりするんですか? それとバスケ漫画繋がりで黒子のバスケの方には手を出してないんですか?』

 

「これは奴が通ってるジャッジメントの支部のせいですね。そこには誰かがわざわざ私物の漫画を定期的に本棚に突っ込んでるんです」

 

「仕事が無くなり暇になった時、奴はそれを時間つぶし程度に読んでるだけです」

 

「大半はくだらないモンだと思って適当に流し読みしてますがたまたまスラムダンクが並んでた時に読んで初めて漫画が面白いと思ったみたいです」

 

「それと黒子のバスケは自分の名前がモロにタイトルになってるのでこっ恥ずかしいのか読もうとしません」

 

「なので今奴の中のブームはバスケ漫画繋がりでなく井上雄彦先生繋がりで『バガボンド』です」

 

「それでは教えて銀八先生のコーナー終わり、つー事で解散」

 

 



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第五十二訓 相対すべき二人の出逢い

 

前回のあらすじ

上条の家のベランダにグラサンかけたモジャモジャヘアーが掛かっていた、そして吐いた。

 

「快援隊艦長、坂本辰馬?」

「そう、宇宙をまたに駆けて商いを行っちょるあの坂本と言えばわしの事ぜよ」

 

前回からほんの少し時が経ち、現在上条はリビングにて謎のモジャモジャこと坂本辰馬から名刺を受け取っていた。

 

「快援隊って言えば昔父さんから聞いた事あるかもな、宇宙で事業を行う事に関してはトップクラスの組織だって」

「アハハハハ! そうじゃそうじゃ! いかに宇宙広しといえどわしに敵う商人など滅多におらんわい! 強いて言うならフリーでやっちょる旅掛ぐらいじゃのう!」

「艦長はまるで使えないけど副艦長は人望も高い優れたリーダーだって」

「なんでぇ!? わしより”陸奥”の方が優れちょると思われとるじゃとぉ!? 陰謀じゃ! 陸奥の奴変な噂流してわしの地位を落として船奪う気じゃな!」

 

地球を飛び出して宇宙で商売を行う者は今時それ程珍しいものでもない。

現に上条の父親も普段は国内や外国で仕事をしているが時たま宇宙へ出張へ行く事もあると母親から聞いた事がある。そして宇宙から戻ると毎回上条の下に変な土産を送ってくることが通過儀礼となっていた。ベッドの上に置かれてる「宇宙怪獣ステファン」と名札の付いた珍妙な生き物の形をした人形もその一つだ。

 

「つうかなんでそんな宇宙の商人さんが土御門に会いに?」

「土御門とは昔からの縁での、その縁でちょっくら頼み聞いてもらおうとしたんじゃ」

「アイツも変な所で顔が利いてるんだな……で、その頼みって」

「一緒に人探し手伝ってもらいたくての」

「人探し?」

 

デカい企業のトップが友人に会いに来たと思ったら人探しの依頼? 小首を傾げる上条に坂本は「そうじゃ」と頷く。

 

「実は今ワシはイギリスっちゅう国からある女の子を連れて学園都市の観光に来とったんだじゃが、どこぞではぐれてしもうてのぉ、途方に暮れとったんじゃ」

「まあ広いからなこの街は、アンチスキルやジャッジメントに迷子捜索の通報は?」

「ああそれは出来ん出来ん、無理じゃ」

「へ?」

 

人探しなら警察組織に入っているアンチスキルやジャッジメントに手伝ってもらえばすぐ見つかるだろう、最近では真撰組という組織もあるらしいし。

しかし坂本は上条の提案をあっさり無理だと断定。

 

「学園都市側の警察に探させちょったら、わしとその子めんどい事になってしまうからじゃけ。最悪国外追放じゃしのうアハハハハハ」

「……もしかしてアンタ不法侵入で入りやがったんですか? このセキュリティ最高レベルの学園都市に……」

「おう、その辺は土御門に連絡して色々と手回して貰って楽に入れた」

「何やってんだアイツ本当に……」

 

事情を簡単に聞いて上条は頭を押さえながらテーブルに膝を突く。

よもや正規のルートでなく裏口からこっそりこの街に忍び込むとは、しかも協力したのが自分の友人だと聞いてますます困り顔になった。

 

「でもそこまでしてアンタに協力したって事は、アイツもそれなりの義理をアンタに持ってるって事だよな」

「土御門とは長い付き合いじゃ、じゃが付き合いの長さ関係なくわしゃあ心底アイツの事ば信じちょる。将来的にはワシの所で妹と一緒に働かせようと思ってるばい」

「宇宙の貿易商で働けるとか勝ち組じゃねぇか! 土御門のクセにこんなコネ持ってたなんて!」

 

自分もとんでもない組織のコネを持っている事に気づいていない上条はただただ土御門の就職予定先を聞いて嫉妬心を剥きだし、それを坂本がアハハハハと笑っていると、コンコンとドアを叩く音が玄関から聞こえた。

 

「噂をすれば土御門だなきっと」

「そうか、やっと帰ってきおったか。わしが出よう」

 

そう言って坂本は立ち上がると上条を見下ろす。

 

「そういえばまだおまんの名前聞いちょらんかった。なんて言うんじゃ」

「え? 上条当麻ですけど」

「そうか、こうして会えたのも一つの縁、また会う機会があったらよろしく頼むぜよ」

 

そう言って坂本は玄関に向かいながら最後にもう一度振り返って

 

「それではさらばじゃ、”とんま”!」

「いや聞いたばかりなのに名前間違ってるし!!」

「アハハハハ! 細かい事気にしちょったら禿げるぞ! アハハハハハ!!」

 

上条のツッコミを豪快に笑い飛ばしながら坂本は玄関のドアをガチャッと開けた。

 

すると次の瞬間

 

「へぶんッ!」

「うわ!」

 

ドアを開けた途端まっすぐこちらに吹っ飛ばされてきた坂本、慌てて上条は立ち上がって倒れた彼の傍に駆け寄る。

 

「おい坂本さん! しっかりしろ!」

「ううん……大丈夫じゃこれしきの事、しかしあの娘っ子、一体何者じゃ?」

「娘?」

 

ちょっとの間気を失っていたようだがすぐに目を覚まして頭を押さえながら上体を起こす坂本。

玄関先を指差し尋ねてきた彼に上条は玄関の方へ顔を上げると。

 

「次から次へと沸いて出てきおって」

「!」

 

その姿はかなり奇妙な恰好をした13~14歳ぐらいの少女であった。

黒いマントの中に黒い皮の装束を纏った色白で、魔女の様な先端の尖った帽子を被り右目に眼帯を付けた少女。

少なくとも上条はこんな相手と家に訪問する間柄になった覚えはなかった。

 

「誰だアンタ……」

「お前に名乗る名はないよ」

「!」

 

バシュッ!という音が聞こえると同時に少女から得体の知れない衝撃波が飛んでくる事を目ではなく気配で感じた上条。するとすかさず自分の右手を前に突き出した。

 

その途端

 

彼の右手からガラスが割れたような音が聞こえて正体不明の攻撃がかき消された。

 

「……」

「危ねぇ、なんか知らねぇが当たったらマズイ……能力者か?」

 

自分の攻撃が消滅した事に疑問も覚えずに無反応を示す少女に上条は先手必勝っと突っ込む。

 

「誰だか知らねぇし知り合ったばかりのこの人を助ける義理もねぇけど、家に土足で上がり込まれたら家主としてケジメつけねぇとな!」

 

一体どこから取り出したのかいつの間にか上条の右手には30cmほどの鋭い長針が掴まれていた。

それを突っ込みながらすかさず彼女の右肩に向けて投げるが、なんの動きも見せていない筈の少女の前で急に勢いを失ってポトリと床に落ちた。

 

「なんなんだアレは、だったらこの右手で直接!」

 

拳が届く範囲に入ると少女目掛けて上条はためいらくなく殴りかかる。

 

だが突然彼女の前方から再びあの原理の読めない衝撃波が

 

「ぐッ!」

 

右手を突き出していたおかげで衝撃波はまたもや消滅する。

その隙を呼んでいたかのように少女は彼女に飛び掛かり

 

「多少は戦いを心得ているようだが、まだまだ青いぞ」

「うお!」

 

今度は右でを出す前に顔前からあの衝撃を感じて後ろにぶっ飛ばされる。

どっちが天井なのか床なのかわからなくなってしまう程回転しながらリビングに倒れた上条。しかしすぐに腰を押さえながら立ち上がる。

 

「ったく、一体全体どういう事……って」

 

立ち上がって玄関を見ると上条は目を見開いて驚く。

そこには先程いたはずの少女の姿がどこにもないのだ。

 

「どこに行ったんだ……坂本さん見えたか?」

「いや、一瞬で消えよった。まさか透明人間になれるっちゅう事か?」

「透明にでもなられたらマズいな……一体どこに」

 

上条が坂本と共に辺りを細かく見渡していると……

 

「どこを見ている、下だ」

「!」

 

足元から聞こえた声に上条はすぐに防御姿勢を取るためにバッと床に向かって右手を突き出す。

 

しかし

 

「やっと気付いたか」

「……へ?」

 

足元をよく見るとそこには自分が持っている長針程の大きさしかない先程の少女と同じ姿をした小人が腕を組みながらこちらを見上げているではないか。

これにはさすがに上条も言葉を失う。

 

「……もしかして先ほど俺と戦っていた方でしょうか」

「うむ、なんか知らんがこうなった」

「はい!?」

「それと」

 

自分の姿が可愛い妖精さんサイズになっている事に慌てもせずに少女は冷静に上条に尋ねた。

 

 

 

 

 

「私は誰なんだ、ここは一体どこなんだ。何よりお前等は誰なんだ」

 

 

 

 

 

彼女の質問に上条は口どころか体まで固まって動けなくなってしまった

 

 

 

 

 

数分後

 

「で、アンタはどうしてここに?」

「知らん、気が付いたらこの部屋のドアの前に立ってた」

「坂本さんを襲った理由は?」

「目を開けたらいきなりモジャモジャの怪しいオッサンが現れたから反射的に撃った」

「俺に襲い掛かったのは?」

「最初にお前の顔を見たらなんかこうイラッと来た、だから襲った」

「……」

 

上条と坂本はちゃぶ台の前に隣り合わせで胡坐を掻きながら、そのちゃぶ台の上にちょこんと座っている30cmほどの少女に尋問を始めていた。

 

しかしまるでわけがわからなかった。どうやら記憶を失っているらしいが上条はこんな少女と会った事もないしなぜ自分の部屋の前にいたのかすら意味不明だ。

眉間にしわを寄せる上条とは対照的に坂本はヘラヘラ笑いながら小さな少女を指差す。

 

「こりゃまた随分小さくなっちょるぞ、わしもこんな力あれば女湯覗き放題なんじゃがのー」

「気安く指を突き付けるな、私を誰だと思ってる。知ってるのであれば頼むから教えてくれ」

「上から目線で言っちょるのか下から目線で言っちょるのかわからんぞアハハハ」

 

こちらに好戦的な態度を取って来ながら頼み込んでくる少女を坂本は笑い飛ばしながら隣でしかめっ面を浮かべている上条に振り向く。

 

「ところでとんま、これはわしが見てる夢じゃないんじゃな?」

「とんまじゃなくて当麻だって……俺もそう思いたいですけど、今目の前で起こっている事は間違いなく現実だ……」

「学園都市もしばらく見ない内にこげな妖精も作れるようになったんじゃなー」

「いや学園都市に住んでる俺だって初めて見たよ」

 

そう言って上条は少女をジッと見つめる。

 

「本当に記憶が無いのか? 自分の名前やさっき使ってた変な能力ぐらいはわかるだろ?」

「いや全然わからん、色々と頭の中でイメージしてたら勝手に出てきた。なんだアレ、怖い」

「俺に聞かれてもわかるわけねぇだろ! ていうか俺の方が怖かったんだな!」

 

質問に質問で返してきた少女にツッコミを入れながら上条は「うーん」と首を捻りながら自分の右手を見つめる。

 

「試しに俺の右手で触ってみるか?」

「右手? そういえばお前の右手、触れた途端あっという間に私の攻撃を消滅させていたな、気にはしなかったが特殊なのかその手は」

「ああ」

 

右手を見つめながら上条は少女に返事する。

 

「俺の右手は異能の力、まあいわゆる能力者の能力とかであれば打ち消す事が出来んだよ。効果範囲は右手の先だけだけどな。よくわかんねぇけど」

「よくわかんないのに使ってるとか、お前怖いな」

「お前にだけは言われたくねぇよ……」

 

自分の能力はおろか素性さえ把握していないクセに何言ってんだコイツと上条が少女にジト目を向けながらその右手を伸ばす。

 

「だからお前がこうなってる原因が異能の力が働いてるってんなら俺が触れば」

「おいバカ止めろ、いやらしい手つきで私に触れようとするな」

「いやらしい手つきなんてしてねぇよ!!」

「アハハ、男子高校生の手なんぞ存在だけでいやらしいからの、わしの手の様に紳士的にならんと」

「人の右手を猥褻物扱いしないでくれます!?」

 

坂本に叫びながら上条はちゃぶ台に身を乗り出して少女に触れようとする。だが少女はこちらに背中を向けてだっと駆け出し

 

「コラ、人のちゃぶ台の上で逃げ回るな!」

「お前の怪しくていやらしい右手に触られたくなどない。それにこうして逃げていると何か思い出しそうな、確か私はとある民家の猫からこうして逃げ回りながら穴の空いたチーズを食べる為に仲良く喧嘩して……」

「それただのトムとジェリーだろ!」

 

チョロチョロ走り回る少女、しかし何度も右手を伸ばしながら上条は何とか捕まえようとする。

そして遂に

 

「取った!」

「しまった! 逃げろニブルス!!」

「だからお前はジェリーじゃねぇ!」

 

右手ではなく左手の方でガシッと彼女の小さな体を掴むと、指の間から逃げ出そうとする少女の頭に右手を置く。すると

 

「ってうおぉ! ぐえ!」

 

その途端、ボンっといういかにもな音と共に彼女のが手の中で一瞬で元のサイズになったのだ。

突然目の前で大きくなった彼女に驚く上条をそのまま少女は馬乗りの状態で押し潰す。

 

「おお戻った。よくわからんがお前の右手があれば小さくなっても元に戻れるらしい」

「いいから俺の身体からどいてくれ……お前のその恰好を下から見上げると俺の頭の中の煩悩がはち切れそうだ」

「私に欲情するな、すぐにどく」

 

年頃の男子高校生には目の毒になりかねない彼女の恰好を下から見るという構図。

さすがに上条も気恥ずかしそうに注意すると彼女はすぐに腰の上からどいてくれた。

 

「で、記憶の方は?」

「全然思い出せん」

「戻ったのは体だけか、こりゃ俺の右手でも無理だな」

 

肝心の記憶は蘇っていない事に上条はガッカリしていると、少女はふと先程自分が座っていたちゃぶ台の上に置いてあったある物をジッと見つめる。

 

「おい、あれはなんだ」

「あ? あれってそりゃパンに決まってんだろ」

 

買い物帰りに吹寄が間違えて自分の買い物袋に入れてしまった(と、上条は思っている)「脳の活性化を促す超頭脳パン」だ。少女はしばしそれを見つめると吸い寄せられるようにゆっくりと手を伸ばして掴み上げ

 

「なぜだか知らんが私の身体がすぐにこれを食べろと命令しているような気がする。もしかしたらこれを食べれば記憶が」

「いやいやいくらなんでも脳が活性化するとかいうふざけた名前のパン食べて記憶が蘇るわけが」

「私の身体を疑うのか、さっきから叫んでいるのだ腹からグーグーと呻くような声で」

「それお前が腹減ってるだけだろうが」

 

上条がツッコむ中少女は腹の虫の命令に赴くままにそのパンをモグモグと食べ始める。

すると突然ガッと自分の頭を手で押さえて

 

「あ、なんか来るぞ! なんか今私の脳がすっごい活性化してる気がする! なんか思い出しそう!」

「マジでか! こんなふざけたパンで記憶喪失って治るもんなの!? ていうかそんなんで治っていいの!?」

「ヤバいぞこれは、今私の脳が激しく訴えてかけている!」

 

そう叫ぶと少女はおもむろに自分が被っていた三角状の帽子に手を伸ばして取る。

 

「そう、私が被っているこの帽子の内側を見ろと」

「え、それってまさかお前自分の帽子に自分の名前を!」

 

もしかしたら自分の所有物を失くさないよう名前を書いたのかもしれない。

せめて名前だけでも、少女と上条は淡い期待を持ちながら帽子の中身を覗き込む。

 

「こ、これはッ!」

 

するとすすぐに少女は帽子の淵に書いてある言葉を目に焼き付ける様に凝視した。

 

「UNIQLO≪ユニクロ≫!!」

「いやそれただの売ってた店の名前ェェェ!」

 

名前かと思いきや販売元のお店の名前だった。叫ぶ上条を尻目に少女は「ふむ」とわかったように頷き

 

「私の名前はUNIQLOだったのか、うむ、響きは悪くないし良い名だ」

「なわけねぇだろ! なに自分の名前みたいに誇らしくてしてんだよ! それただお前が記憶失う前にユニクロで買って来ただけだからな! つーかなんでユニクロにこんな帽子売ってんの!」

 

えらくユニクロという言葉に好感を持っている少女に上条がツッコんでいると、彼女はまた発見する。お次は上に羽織っていた黒いマント。

 

「む、このマントの内側に何か書かれている!」

「なに!」

 

今度こそ、と期待しつつ上条は彼女のマントの内側を覗き込むと

 

「なんとUNIQLOだ!!」

「またユニクロかよ!! どんだけユニクロ好きなんだよ!」

 

こちらもまたユニクロ製、そして少女は開き直った様子で

 

「身に付けている物に二つとも名前が入ってたらそれはもう本人の名前で間違いないだろ、むしろそうであるべきだ」

「なにわけのわからない事言ってんだよ! お前ユニクロだぞ! そんな名前で学校行ったら即イジメられるぞ!!」

「どうかな、実はこっそり自分が着ているこのやたらと露出の高い装束の内側を見てみたのだが」

 

そう言って少女は限界ギリギリまで肌を隠していない黒い装束の、胸の部分をちょこっとだけ裏返して上条に見せつける。

 

「そう、UNIQLOだ!」

「なんでドヤ顔で溜めて言った! いやもうわかってたから! どうせその変な服もユニクロなんだろってわかってたから!!」

 

結局少女の事で分かった事と言ったら全身ユニクロでコーディネートしているだけだった。

上条が落胆してガックリ肩を落としていると

 

ふと坂本が少女の足元にある1枚の羊皮紙が落ちている事に気づく。

 

「おい娘っ子、おまんの足元に妙な手紙みたいなモンが落ちてるぞ」

「む、気づかなかった、どうやら私がマントを翻した時に出てきたモノらしい。しかも何か書かれているぞ」

「何かしらの記憶が蘇るキッカケになればええんじゃがのぉ」

 

彼に言われて少女は初めて気づいたのか、落ちていた手紙を両手で広げてまじまじと読んでみた。上条と坂本の彼女の背後に回って一緒に覗き込む。

 

『オティヌスへ、最近のあなたはやたらとユニクロ系列のブランドを進めて来るので仲間一同ウンザリしています。

終いには全ての世界はユニクロを中心に回るべきだと世界改変までしようという始末にこちら側では「アイツ本当はただのユニクロの回しもんなんじゃねぇの?」とか「ぜってぇあの眼帯もユニクロ製だぜ」だの「ユニクロに憑りつかれた哀れな魔神」「ユニクロバカ」「むしろ存在がユニクロだ死ねバカ」という酷い陰口で叩かれている事も気付いて下さい。

というより気づいていますよね? 薄々気づいているのに気づいてないフリしてましたよね? たまに目元を赤くしてるのはちょっと裏で泣いてたって事ですよね?

もうそんなんなるならいい加減ユニクロ止めて別の所で服買えばいいんじゃないですか? 変にこだわるからいけないんですよ、もっと視界を広げて他の服屋も回ってみてください

ロキより

p.s ユニクロなんかよりしまむらの方が素敵でいい店だと思いますので今度行ってみてください』

 

長く丁寧に書かれたその手紙をじっくり読み終えた後、少女はスッとその手紙を上に掲げ

 

「誰がしまむらなんぞに行くかァァァァァァ!!!」

「そっちぃ!?」

 

力いっぱい叫びながら思いきり床に叩きつけた。

 

「手紙読んでもほぼ内容はわからなかったが私がユニクロが好きなのはわかった。これでようやく合点がいった、間違いなく私の名前はUNIQLOだ!」

「違ぇよバカ! 思いきり最初に「オティヌスへ」って書いてあんだろ! こっちがお前の名前だ!」

「なんかダサい名前だな、やっぱUNIQLOがいい!」

「お前どんだけ頑なに名前をUNIQLOにしたいんだよ! そうやってユニクロ贔屓にしてるから仲間からもドン引きされてたんだろうが!」

 

自分名前に違和感を覚えて新たな名を名乗ろうとする少女を叱りつけながら上条は指を突き付ける。

 

「お前の名前はオティヌス! はい決まり!」

「イヤだそんな変な名前」

「ワガママ言うんじゃありません! 受け入れろオティヌス!!」

「じゃあ百歩譲って柳井正で」

「いい加減にしねぇとはっ倒すぞ!!」

 

少女改めオティヌスは未だ納得していない様子でこちらにムッとした表情を浮かべるが上条はジト目で睨み返す。

 

「名前が分かったんならもう病院でも何でも行って来いよオティヌス、治療すれば記憶戻るかもしれないんだし」

「いや、私の記憶がほんのちょっぴり蘇ったのはこのパンのおかげだ」

 

そう言いながら食いかけのパンをまた食べ始めるオティヌス。

 

「それにこの街の治療など私には無意味だ、っと私の身体が言っている」

「またわけの分かんねぇ事を、坂本さんコイツの足持って。俺が両手両足木に縛り付けてそのまま病院連れて行くから」

「ハハハハ、ええじゃろ、病人助ける事もまたええ暇つぶしじゃ」

「バカ止めろ! 人の足を勝手に掴むな!」

「暴れるちょったらダメじゃぞ、もしかして注射が怖いんか?」

「ったくそろそろもう学生が出歩いちゃいけねぇ時間だってのに」

「止めろお前等ぁぁぁぁぁぁぁ!! 私の傍に近寄るなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

抵抗の意志を見せるオティヌスだが女の子ではやはり男二人を相手にするのは不利であって

 

いたいけな少女に盛りがちな男子高校生といつも盛っているおっさんがジリジリと歩み寄り……

 

 

 

 

 

 

「はぁ~あ、どこに行ったんだあの人」

 

場所が変わって数分後。

一方こっちは男子寮へ続く為の通り道である公園。夕暮れ時の中を上条の悪友の一人である土御門が辺りを散策していた。

 

「帰ってみたらドアの前にもどこにもいないし、探すこっちの身にもなってほしいぜい」

 

恐らく坂本の事を探しているのだろう、ブツブツと文句を言いながら公園近くを探していると

 

「「えっほえっほ」」

「止めろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ん?」

 

背後から何か聞き慣れた声が二人分と女性の悲鳴が一つ。土御門はおもむろに後ろに振り向くと

 

「上条司令官! 未だ病院が見えないであります、どうぞ!」

「落ち着け坂本軍曹、まだ外に出てきたばかりだ。これから街中へ突っ込む、病院の発見はそれからだ、どうぞ」

「了解! これから人の賑わう街道へ突撃を開始します! どうぞ!」

「なにがどうぞだ! 大衆の目の前で私を晒し上げにする気かぁ! 止めろこんな格好人前に晒したくない! そういう趣味は持ち合わせておらん!!」

「司令官! 捕虜が何か言っておりますどうぞ!」

「その恰好で何言ってやがんだコノヤローっと伝えておけ」

「了解! その恰好て何言ってやがるんだコノヤロー!」

「私のユニクロファッションを侮辱するだと! 貴様等それは私だけでなくユニクロに対しての冒涜だぞそれは! 謝れ! 私ではなく柳井正に謝れ!!」

「と言っております司令官!」

「ごめんなさい柳井会長! お仕事頑張ってください!」

 

丁度いい太さの棒に両手両足を紐に結ばれた少女を、見知ったオッサンと少年がその棒を肩で担ぎながら怒れる少女を左右にブランブラン揺らしながら仲良く走っていた。

 

「え、ど、どういう事コレ……!」

 

土御門の頭に電流が走る。

 

「カミやん! 坂もっさん!!」

「あり、アレ土御門じゃね?」

「本当じゃ、全く客ほったかしにしてなにやってたんじゃおまんは」

「お前等こそ何やってんだ! 自分を客観的に観測してみろ!」

 

少女を拘束したまま何処へ行こうとしている二人に叫んで土御門は急いで駆け寄る。

そして彼等が捕まえている少女を見ると今度は顔からダラダラと汗を流し始め

 

「コ、コイツは……!」

「ああ、これオティヌス、よろしく」

「よろしくな金髪グラサン、それと助けろ」

「オティヌ……! 知ってるのかカミやんコイツの事を!?」

「さっき知り合ったんだよ、ユニクロ好きの記憶喪失者だ」

「き、記憶喪失!? 宇宙の辺境であの男に敗れた事は聞いたがどうして生きて学園都市に……」

 

オティヌスを見ながら焦った表情で何か小声で呟く土御門に上条は「ん?」と反応する。

 

「もしかしてお前オティヌスの事知ってんの?」

「え?」

「だったらコイツの事教えてくれねぇか、コイツ自分自身の事ほとんど忘れていて」

「おおなんじゃ土御門、この娘っ子と知り合いじゃったんか」

「なんだその金髪グラサンは私の知り合いだったのか、早く教えろ、私が今まで何をやっていたのかを」

「いやその……」

 

上条と坂本、二人に宙づりにされているオティヌスに言い寄られて土御門は冷や汗だらしながら後頭部を掻くと

 

「わ、悪い人違いだったにゃー……俺の知ってるオティヌスとはちょっと似てただけだったぜよ」

「ええ、なんだよ期待持たせるなよな」

「すまんすまん、そういや俺の知ってるオティヌスの特徴はレベル10で光属性で天使族、攻撃力4000守備力3500のシンクロモンスターだったぜい」

「なんか対戦カードゲームに出て来そうな特徴だな!」

 

後頭部を掻いたまま適当な事を言って誤魔化す土御門。それでも上条たちは信じた様子でガッカリのため息。

 

「やっぱ病院に連れて行くか軍曹」

「そうでありますな司令官!」

「ところで場所代わってくれね? 後ろだとコイツが左右に揺れる度にちょっと目移りしちゃって……」

「ハッハッハ!! まだまだ青いですな司令官は! しかしわしはこんな娘っ子のケツよりもっとムチムチした女性のケツを拝みたいであります!」

「それは俺も同じ考えだ軍曹」

「ハッハッハ!! 今夜はどこかで呑みながらムチムチ女性の素晴らしさを語り合いますかな隊長!!」

「いや待て待て待て! カミやん! 坂もっさん! 頼むからちょっと待つぜよ!!」

 

勝手に二人で盛り上がって再び病院へ向かおうとする上条と坂本を再び止めに入る土御門。

 

「そ、そいつは多分病院に行っても治らんと思いますたい、ていうかむしろ治らない方が……とにかく根拠はないがそいつは恐らくなんらかの術で記憶を失っている可能性がある。どうせ病院に行っても治療は出来ないぜよ」

「は? 術ってなんだよ、精神能力系の能力者に記憶奪われたのか?」

「んーカミやんにこれを教えるのはちとマズい気がするが、でも言わねぇと分かってもらえないし……」

「なんだよ、勿体ぶらずに言えよ、こっちはもう肩が痛くてしょうがないんだよ」

 

困り顔で悩んでいる様子の土御門に、オティヌスを担ぐ事にそろそろ疲れてきた上条が早くしろと催促。

しばらくして土御門は緊張した面持ちで上条に小声で

 

「……”魔術”の類なら記憶を奪う事も可能だ」

 

 

 

 

 

「あー魔術か、てことはコイツ”魔術師”に襲われたのか」

「へ?」

「だとすると確かに病院じゃ治らねぇな、記憶を奪った奴を倒すかコイツが施された術式そのものを破壊しねぇと、あれ? 俺の右手で触ってもダメだったって事は遠隔操作型なのか?」

「え、ちょ、カミやん。驚かないの? ていうかやたらと詳しくね?」

「いやだって……」

 

魔術という言葉に分かった様子で頷く上条に土御門は混乱する。

学園都市に住みながらこんなオカルトをあっさりと信じ込むとは一体。

そして困惑している彼に上条はまたあっさりと

 

「前に朧さんから聞いた事あるから」

(何話してんだあの男ォォォォォォォ!!!)

 

 

 

 

 

おまけ

教えて銀八先生

 

「はーい、銀八先生でーす。それでは最初の1通目、ハンドルネーム「八条」さんからの質問」

 

『銀さんに質問ですが銀さんは食蜂とは昔からの付き合いですが彼女が中一から中二であのボディーに成長していた時はどう思いましたか? ムラムラしましたか?』

 

「あーありましたねそんな事、まあ銀さんは気づくのだいぶ遅かったですけどね、ふと一緒にいたら「あれ? コイツなんか色々デカくなってね?」と最近気づきました。まあションベン臭いガキの頃から世話してやってるんでね、もう細かな成長なんかいちいち気にしない関係なんですよ俺達は。当然ムラムラも起きません、いや本当に起きてませんから」

 

 

「続きまして2通目ー、ハンドルネーム「サイコペス」さんからの質問」

 

『上条と新八は同じクラスでしたけど仲良いんですか?』

 

「はい、確かに二人は同じ学校同じ学年同じクラスの生徒です。けど別にそこまで仲良くなんかありません、せいぜいたまに話す程度の仲です。プライベートで遊んだ事は一切ありませんしただのクラスメイトの一人とお互い捉えてるでしょうね、今後付き合いが増えれば変わったりするかもしれませんね」

 

「それでは銀八先生のコーナー終わりまーす」

 

 



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第五十三訓 科学の街に潜む魔術

「魔術、それは異世界の法則を無理矢理現世に適用し、様々な超常現象や世界の理か逸脱した力の類の事だ」

 

今から昔の事、朧は上条当麻をとあるお座敷船の上で話をしていた。

 

「己が欲の為に手を伸ばす者、神話や伝説の類を分割し拡大解釈を行って己のものにしようとする者、才能なき者が才能ある者と対等になろうとする為に世に生み出された技術、それが魔術だ」

 

いつもの鋭い目が彼が一切ふざけて言っているのではないというのが窺える。

 

「これらを手や足に使い行使する者は一般的に”魔術師”と呼ばれる。貴様の住む学園都市で生み出している能力者というのとは似てはいるがその根はまるで正反対だ。魔術師にはルールがある、そのルールに従わんと魔術は使用できない」

 

魔術と魔術師、切っても切れないこの関係を十分に朧は説明する。

 

「しかしそれも逆に言えばルールに従えば例え素人でも魔術を行使できるという事、故に世界にはびこる魔術師たちは単に魔術を使えるだけでなく、己で研磨し改良を重ねてやっと一人前となれる」

 

「魔術の知識は人間に置いては「毒」であり使用する度に精神に異常をきたし正気を保てなくなる事例もある。しかし宗教観のように絶対的な強い信念を持つ事である程度は緩和する事が可能となる」

 

「一般的手基準は己の生命力を『魔力』に精製する所から始まり、呼吸法や血液の流れ、内臓の活動変化、神話に基づいた神器を扱う、その他様々な技術を駆使して己が使いたい時の魔術を行使できる」

 

「ほとんどの魔術師はまずは神話や伝説を元に再現する、0から魔術を構築するのは世に神話を創り出す程の覚悟が無ければ不可能だ」

 

「ゆえに魔術師と対峙する時はその者の扱う魔術を読み取って過去の神話と当てはめてみろ、そうすればおのずと相手の弱点が読めるかもしれんからな」

 

そう言うと朧は手に持ったお猪口に注がれた酒を一気に飲み干す。

 

「それと貴様のようにこの学園都市で研究者達に脳をいじられている者達は魔術を行使できない。脳の構造が変わっている故に肉体に過負荷がかかる。我々の組織で実験してみたがその者は体中から血を噴き出して死んだ、例え貴様の様に無能力者であろうと能力開発を受けた時点で魔術は扱えん、出来る者がいるとしたらそれは我々も知りえない特殊な人間か、愚か者のどちらかだ」

 

吐き捨てる様にそう言うと朧は勝手にお猪口に酒を注ぎこんで、それを上条に押し付けるように渡す。

 

「能力者は己の能力を一つしか獲得できない、だが魔術師は習得する術式に制限が無い。火を扱う能力者はいてもその者は水は出せない。魔術師は火と水を両方出せる。個々の才能で扱う能力が決まる能力者と違い、自由に法則を取り組んで己が望む様に設定する事が出来るのが魔術師だ」

 

「一見魔術の行使の方が容易に聞こえるかもしれんが、術式の設定には膨大な手間と時間をかける、霊装や術式の作成、まともにやるとなるとそれは年単位でかかり短縮しようとしても数日、そしてものによっては数百年かかる大魔術も存在する」

 

「魔術師の戦いは下準備から始まる、そこからいかに戦力を整え相手への対抗策を練るかが最も重要となる」

 

魔術の存在から対抗策まできっちり練ってからが本番というもの。

能力者相手とはまるで違う戦い方だ。

 

「学園都市で平和に生きる貴様にはこんな知識持っても無駄かもしれない、だが貴様はいずれ知る事になるだろう。それは誰の予言でもなくお前に定められた宿命だ」

 

宿命、どういうことだかわからない様子の上条だが朧は話を続ける。

 

「魔術師との戦いを常に頭の中で想定しておけ、貴様の右手であれば能力者だけでなく魔術も打ち消す事が出来よう」

 

そう言われて上条は自分の右手をジッと見る。未だにわからないこの右手がなんなのかわからない、朧がいうには本来右手だけでなく右腕そのものが何らかの力を眠らせていると言っていたが。

 

「これもまた我らが提示する貴様への試練だ、いずれ現れるであろう魔術師の為に己の力を磨け、何も知らずに無様に死を晒したいのであれば話は別だが」

 

いつもの様に酷い言葉で話をまとめ終える朧。そんな彼に上条は

 

見た目中学生になったばかりの上条が凛とした強い目で彼に訴えかける様に右手を上げた。

 

 

 

 

 

「あの、話長すぎてこっち漏れそうなんですけど。 マジでもう限界なんでトイレ行っていいですか?」

 

 

 

 

 

 

そして時間は元に戻る

 

「てな事があったんだよ、いやあん時は漏れそうなのを我慢してたから話うろ覚えなんだけど、まさかこういう時の為に教えてくれてたんだな」

「いやどんだけ詳しいんですたいその人……」

 

上条当麻の無駄に長い朧との回想を聞きながら土御門元春は小声でツッコミを入れた。

 

場所は再び公園から上条の部屋。

今はようやく拘束から解放されたオティヌスと土御門の知り合いであり上条が助けた坂本辰馬。そして家主の上条とお隣さんの土御門も一緒のリビングに集まっていた。

 

「しかしよく魔術なんて理解したなカミやん、普通学園都市に住んでればそんなオカルト信じ切れないと思うんだが」

「いやだって、朧さんが言うんだぞ、あの人絶対に冗談とか言わない人だからそりゃ信じるだろ」

「確かに説得力はあるがそう簡単に納得できる事じゃないと思うんだが……」

 

上条と朧の不思議な信頼関係に納得しながら土御門はずり下がったグラサンを指で上げると、ふと上条はそんな彼に

 

「でもなんでお前も魔術の存在知ってんだ?」

「それはまあ……いずれわかるかもしれんしとりあえずこの場では言わない事にするぜい、それより肝心なのは」

 

適当に誤魔化して土御門は正面に座っている者の方へ振り返る。

 

「とにかくこの魔……オティヌスちゃんをどうにかする事が先決だにゃー」

「そうだな、土御門の言う通りだとコイツの記憶を奪ったのが魔術師の仕業だって事なら、学園都市に住んでる俺達ではどうこうする事も限られちまう」

「お前等のいう魔術とやらが私の記憶を奪っただと」

 

上条達と向かいに正座で座るオティヌス。彼等の話を聞いて魔術とやらを理解した彼女は面白くなさそうな顔で

 

「一体全体私が何をしたと言うのだ、無力な一般人相手にこんな真似するなどロクな奴ではあるまい」

「いやお前相手なら動機はそれこそ星の数ほどあるんだが……」

「全くじゃ、こげな小さな嬢ちゃんの記憶喪失にさせるたぁ許せん奴じゃ。ここは大人のわしがビシッと懲らしめてやらんと」

「いやアンタは動かなくていい、なんか余計なトラブルまで起こしかねないぜよ」

 

オティヌスとその隣に胡坐を掻いている坂本に小声でツッコミを入れ、土御門はアゴに手を当て数秒程考え込んだ後一つの名案を思い付いた。

 

「魔術師を見つける方法はわからんが、オティヌスの記憶を蘇らせる方法ならわかるぜよ」

「本当か土御門!?」

「今の俺達の中にあらゆる万物を叶えるかもしれない”秘宝中の秘宝”を既に所持している男がいる」

 

そう言うと土御門は坂本を指差し

 

「坂もっさん、それはアンタだぜい」

「な、何ィィィィィィ!! わしじゃとぉ!?」

「おい坂本さん! アンタそんな便利なモノ持ってたんなら最初から言えよ!」

「このモジャモジャめ、人を散々弄んでおいて実はそんなものを持っていたのだな」

「いや待て待て待て! 土御門! わしゃあそげな凄いモンなど手に入れた覚えないぜよ!」

 

上条とオティヌスに文句を言われる中、慌てて否定する坂本、しかし土御門はニヤリと笑い。

 

「坂もっさん、アンタがこの学園都市に誰と一緒に来たのか忘れたとは言わせないぜよ」

「ん? 商売先で知りおうたイギリスのシスターの嬢ちゃんか?」

「そう、それが記憶を蘇らせるカギだ」

 

鍵と言われてもピンと来ていない様子の坂本に土御門は話を続ける。

 

「そのシスターは通称『禁書目録』。10万3千冊のあらゆる種類の魔導書を全て脳に永久記憶しているイギリス清教が誇る魔導図書館ぜよ」

「……へー」

「あれ、カミやん反応薄くない?」

 

せっかくドヤ顔で言ったのに死んだ目で曖昧な返事する上条。

 

「いやだって10万3千冊の魔導書覚えてるって聞いても別に……俺魔術の事は朧さんから聞いたけどそれがどんだけ凄いのかピンとこないしー」

「……実は10万3千冊の魔導書意外にも」

 

イマイチ反応を示す上条に土御門はもう一つ

 

「今までこの世に存在する少年漫画も全て記憶しているらしい」

「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「カミやん反応早ぇ!!」

 

それを聞いてすかさず絶叫を上げて驚く上条。ここまで反応が違うと10万3千冊の魔導書はなんだったのかと疑問を覚える。

 

「全ての少年漫画って事はもしかしてジャンプも!!」

「ああ、創刊号から最新のまで一語一句間違えずに答えれる筈だぜぃ」

「ヤベぇぇぇぇぇぇぇ!!! あれ? でも少年漫画って事はジャンプだけでなく他の雑誌の漫画も……」

「へ? ああまあ少女漫画は本人が興味ないとかでほぼ手つかずの様だが、昔の雑誌とか今出てる雑誌系列はもろもろ全て把握していると……」

「くそ! ジャンプを読んでるのにジャンプ以外の雑誌も読むとかなんて奴だ!! おのれ魔術師!!」

「そこでキレんの!?」

 

立ち上がって壁に向かってドン!と右手で殴る程ショックを受ける上条。

 

「何がマガジンだ! 何がサンデーだ! あんなのジャンプに比べれば全然大したことないのに! ただたまにちょっと名作が載ってる程度の雑誌のクセに!!」

「読んでないのに名作があるってのは知ってるんだにゃー……」

「土御門! ジャンプ以外の雑誌にうつつを抜かす様なそんな尻軽女にどうやってオティヌスを助けれるんだよ!」

「尻軽女って言ってやるな! なんか知らんがカミやんがあの子にそんな事言うと余計に酷く感じるんだぜい!」

 

他の雑誌にも目を通していると知って上条の中の禁書目録が急転直下で評価ダウンしている中、土御門はツッコみながら話を続ける。

 

「漫画の方じゃなくて禁書目録が真に力を発揮するのは魔導書の方だ!! 10万3千冊の魔導書を脳内に保管している彼女ならオティヌスの記憶を戻す方法もわかる筈ぜよ!!」

「おおそういう事じゃったか! さすが土御門! そりゃあ名案じゃな! まさかあの嬢ちゃんがそげな力持っとったなんて!」

「え? もしかして坂もっさん知らなかったのか? 彼女の存在価値を」

「全然」

 

土御門の話を聞いて納得した坂本だが、彼本人は彼女がどれ程凄い存在なのか知らなかった様子。

 

「わしはただあげな狭い所にいては息苦しくてかなわんじゃろ思っただけじゃき。だから嬢ちゃんが一度来てみたかったとかいうこの学園都市に連れてきてやったきん」

「頼まれたのがアンタだったから協力した俺も俺だが、まあ坂もっさんならそんな理由の方が納得だぜい。どうせそんな事だろうと薄々わかっていたしにゃー」

 

坂本には禁書目録を利用する考えなど微塵も持っていないというのはわかっていた。だから土御門は彼等に手を貸してこの学園都市に招いてやった。

相変わらず変わっていない彼の性格に土御門が懐かしむ様にフッと笑っていると坂本は「アハハハハ!」といつもの豪快な笑い声を上げながら

 

「しかしそげな凄い嬢ちゃんじゃったんかー!」

「そうだぜ坂もっさん、だから今すぐこっちに禁書目録を読んで来てくれ。そうすればオティヌスも助かる」

 

そう言いながら土御門の頭の中では

 

(禁書目録も馬鹿じゃない、この女の存在を知ったらすぐにコイツを封印なりどこかに閉じ込める方法でも知ってる筈だ。カミやんと坂もっさんには悪いが、記憶を失っているこの絶好の機会を逃す手はない)

 

そういう事を裏で考えてる事も知らずに坂本は彼に笑いかけながら

 

「あの嬢ちゃんならこの娘っ子の記憶を蘇らせれるんじゃな!」

「そうだにゃー坂もっさん、だから早く読んでくれ。どうせ何処かのホテルに滞在しているんだろ?」

「ハハハハハ……それなんじゃがのぉ……」

 

坂本は笑った後、急にトーンを下げて

 

「あの子が今一体どこにいるのかわしにもわからんのじゃき……」

「……え、坂もっさん、今なんて?」

「いやだから」

 

申し訳なさそうに後頭部を掻きながら坂本は引きつった笑みを浮かべ

 

「ここ観光してる途中ではぐれてしまったんじゃ、嬢ちゃんと、ハハハ」

「……」

「だからわしはおまんに一緒に嬢ちゃん探してくれとここまで……どぅうほぉ!!!」

 

坂本の顔面に土御門の渾身のストレートが綺麗に入った。

 

「坂本さぁぁぁぁぁぁん!!」

「おいモジャモジャが殴られたぞ、しかもなんか変な音した」

 

ミシっという嫌な音とと共に壁に当たって崩れ落ちる坂本を眺めながら土御門はスクッと立ち上がった。

 

「カミやん!」

「おい土御門! どうして坂本さんを殴ったんだ!」

 

怒って問いただそうとする上条に土御門は静かに微笑んで

 

「ここ殺害現場になるかもしれないけどいいよな」

「いやいいわけねぇだろ!」

 

上条の叫びを無視して土御門は倒れた坂本の襟を掴み上げて

 

「坂もっさ~ん……なにとんでもないものを失くしてんだ、ええ? そんじょそこらのガキが迷子になるのとはわけが違うんだぜぃ」

「アハハ……わしもうっかりしておったんじゃ、昨日の夜にはぐれたばかりじゃからすぐに探せば見つかるかも……」

「アンタにとってはただの世間知らずのシスターにしか見えないが、人によっては死んでも欲しいと思ってしまう兵器でもあるんだぞアレは」

 

事の重大さを教えながら土御門は「はぁ~あ」と深いため息を突いて、坂本の胸倉を掴んだまま上条の方へ振り返り

 

「そういう事だカミやん、悪いがその娘の記憶云々はしばらく待っててくれ。俺はこのアホと一緒にちょっと禁書目録を探してくるぜよ」

「あ、ああ……じゃあ俺も一緒に探してみるわ、オティヌスの記憶を早く戻してやりたいし」

「人がいいな相変わらず、今日会ったばかりの女の子の為に人探し手伝ってやるなんて。そんなお人好しじゃ魔術の世界に足踏み入れたらいくつ命があっても足りないぜぃ?」

「しょうがないだろ、巻き込まれちまったら黙って見てるなんて出来ねぇんだよ」

 

そう言いながら上条も深いため息

 

「別に人助けがしたいって訳じゃねぇけど、体が勝手に動いちまうんだよな。余計な事考えずにさっさと動けって」

「まあその辺がカミやんの良い所でもあって悪い所でもあるんだにゃー。助ける相手は選べよ、もしかしたら助けた相手が自分の敵だったって事もあるんだぜい?」

「善処はするよ、そう簡単に直せねぇと思うけど」

 

平凡な高校生でありながらどこか特殊な部分も持ち合わせている上条。

異能を打ち消す不思議な右手、朧から教えてもらった戦闘技術、そして困った人がいたら思わず首を突っ込みたくなる性分。

そんな友人である彼を土御門はやれやれと言った様子で首を横に振って呆れる。

 

「ま、今日はとりあえず家でゆっくり休んでくれ。俺は今から坂もっさんと今後の相談しつつシメてくるぜよ」

「程々にな」

「助けてくれとんまぁ! 困った人は見過ごせんのじゃろぉ! 現在進行形でわしは今凄く困っちょるぞ! 早く助けんとお陀仏になるぞ!」

「いや助ける人は選べって土御門に言われたばかりだから。ていうかいい加減人の名前覚えろ」

「なんじゃそりゃあ! いいからはようわしを助け……!!」

「じゃあなカミやん」

「おう」

「土御門ぉぉぉぉぉ!!!!」

 

こちらに手を軽く振ると土御門は雄叫びを上げる坂本を掴んだまま玄関から出て行った。

残された上条はぐったりして疲れた表情で座り込む。

 

「今日は変な事ばかり起きたな、ベランダにおっさんが引っかかってたし記憶喪失の女の子が襲い掛かってきたり小さくなったり……おまけに今度は魔術か。坂本さんの言ってたシスターって本当にアテになるのか?」

「まあどうなるかは全て私達次第だろ、いいから今日は良く休んで明日に備えろ。とりあえず晩飯を頼む」

「ああそうだな、明日から人探しもしねぇといけねぇし補習もあるし今日は栄養のある食事を……」

 

オティヌスに言われて上条はよっこらしょと立ち上がろうとする途中でピタリと止まった。

目の前にいるオティヌスを見つめながら

 

「……いやなんでお前まだここにいるの?」

「決まってるだろ、どこにも行く所が無いからだ」

「いや寝泊まりするならホテルなりなんなり探せよ……」

「残念だな、お前は記憶を失った可哀想な少女をその辺にポイッと放り捨てるような酷い奴だったのか」

 

リビングに座り込んで本棚にあった漫画を読み始めて出て行こうとしないオティヌスに上条は頬を引きつらせる。

 

「ここ男子寮なんですけど……」

「男子寮とはどんな効果だ、いつ発動する?」

「記憶喪失なのをいい事にシラばっくれんな! いいから出てけ! ここは俺の唯一のゆっくり過ごせる憩いの場なんだ!!」

 

あくまで出て行こうとしないオティヌスを無理矢理追い出そうとするが、オティヌスは漫画を読みながら周囲からまたあの得体の知れない衝撃波を作り上げて

 

「うお!」

 

慌てて右手を突き出してまたそれを打ち消す上条。彼に対しオティヌスは不満げな様子で

 

「私をここから動かせると思うな、ユニクロに住ませてくれるなら話は別だが」

「ユニクロは民泊施設じゃねぇから! いいからどこにでも行けって! ここ以外のどこかに!」

「人が本読んでる一時を邪魔するな」

「え、本?」

 

上条は初めて気づいた。彼女が勝手に自分の本棚にビッシリと置かれた漫画を一冊読んでいることに

 

「どうしてわたくし上条当麻の秘蔵のジャンプコレクションを読んでおられるのですか?」

「晩飯までの暇つぶしに読んでた」

「……面白い?」

「まだ導入部分だから評価はつけられん、やっと主人公が長年をかけて組んでいたパズルが解けそうに……っておい1個足らんようだぞ」

 

感想を呟きながら読みふけるオティヌスを前に上条はワナワナと震えるとまた壁をドンと力強く叩き

 

「出来ねぇ……! ジャンプ漫画を読んでいる奴を乱暴に追い出す事なんて俺には出来ねぇ……!」

「あ、不良が最後のピース渡しに来てくれたのか、いい奴だなこの不良」

 

上条にとってジャンプは神聖なる書物。それを読む者を拒む事は天地がひっくり返っても出来るわけがなかった。

とりあえず彼女が読み終えるまで追い出す訳にはいかない、否、出来ないのだ。

 

「……晩飯作ってくる」

「さっさと作ってくれ、今日はパン一個しか食べてないんだ。む? 主人公がまるで別人のように変化したぞ」

「あーもうそっからどんどん盛り上がってそれからカードバトルに路線変更して……く! ネタバレするな俺! 純粋に読んで下さる読者の邪魔をしてはいけないんだ!」

 

己自身と戦いながら上条は強引に口を塞いでキッチンへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

そして時刻はすっかり夜に。上条とオティヌスが晩飯を食べていたり、坂本が正座して土御門の部屋で説教を受けている頃。

 

人気の少なくなった上条達がいた公園に、一人の女性と男が立っていた。

 

「見つかりましたか、禁書目録は」

「探知術式を発動しても反応しない、恐らく彼女の着ている「歩く教会」が僕らの術式を拒んでいるんだ」

「こんなに探してもいないとは一体どこに」

 

ジーンズが半分破かれ、シャツはお腹が出るまで捲り上げられた奇妙な格好、腰の下まで伸びた黒い長髪をなびかせる女性に、黒づくめのローブを着た赤髪の男がタバコを口に加えながら口を開く。

 

「坂本辰馬の方も探してみたがこっちも引っかからない。恐らく僕らが追ってくることを想定して第三者が協力している可能性があるな」

「……あの男の名を出さないでください、虫唾が走ります」

「……僕だって反吐が出るほど名前も出したくないね」

 

坂本という名前に過敏に反応する女性に男も同意するように頷きながらタバコの煙を口から吐く。

 

「まさか僕らイギリス清教、『必要悪の教会』を裏切り彼女を勝手に連れて行くとは」

「事前に言えばこちらもなんらかの動きが出来たというのに、仕方ありません」

 

女性の手にはこれまた奇妙なほど長い長刀が握られていた。常人では扱いきれそうにない程の長さを持つ刀の鞘をいっそう力強く握りながら彼女は強い眼差しで前方を見据える。

 

「私の力を持ってあの男を断罪します」

 

その目は何を見ようとしているのだろうか。

憎き裏切り者か、今すぐにでも助けたい少女か、それとも……

 

 

 

 

 

「はーいそこのお二人さん、ちょっと待ってー」

「「え?」」

 

しかしそうしているのも束の間、二人の背後から明るい光が照らされ次に若い男の声が飛んできた。

思わず二人は振り返るとそこには黒い制服を着た甘いフェイスをした男と、同じ制服を着た瞳孔の開いたVの字ラインの前髪をした男が

 

学園都市が誇る三大警察組織の一つである真撰組の一番隊隊長の沖田総悟、副長である土方十四郎だ。

二人は手に懐中電灯を持ったまま歩み寄ってくる。

 

「テメェ等こんな夜中に何やってやがる」

「いやその……」

「さっき通報がありやしてね、露出狂の女と夏なのに暑苦しい黒いローブを着た変な男がいると、これもしかしてアンタ等?」

「わ、私は露出狂ではありません!」

 

いきなりいらぬ誤解を受けた女性は慌てて否定するが沖田はジト目で彼女の格好を見ながら

 

「その格好で言われてもねぇ、なんかもう露出狂を表現するならこれだってぐらい立派なお手本みたいな格好しているし」

「違いますこれはそういう術式に乗っ取った服装なんです! 決してやましい事は考えていません!!」

「へーそうなんだ、そういう術式に乗っ取った服装なんだ。土方さんこりゃあ手違いだ。この女別にやましい事はないそうです」

「へー、じゃあやましい事ないなら大人しくご同行してもらえるよな」

「え、いやそれはちょっと……」

 

棒読みでパトカーに乗れと指示してくる彼等に女性はそれはマズイと困った様子を見せる。

すると黒いローブを着た怪しい男のほうが口に咥えたタバコをペッと地面に捨てながら

 

「いい加減にしてくれ、たとえ警察だろうが僕らを止める事は出来ない、灰にされる前にさっさと目の前から失せろ」

「おやおやお兄さん、お巡りさんにそんな口利いていいのかなー」

「ふん、僕が誰にどんな口利こうが僕の勝手……」

「ところでお兄さん、顔にバーコードついてますぜ、何それ、オシャレのつもり? カッコいいと思ってつけてる訳?」

「え?」

 

適当に追っ払おうとしていた男に沖田が何食わぬ顔で彼の顔についたバーコードのような模様をいじり始める。

 

「外国ではそういうの流行ってるの? 暑苦しいローブ羽織って顔にバーコード。この国じゃそういうの奇抜な格好なだけで別になんの共感も得られないから、おすぎにボロクソ言われるだけだから」

「ち、違うこれは別にオシャレとかじゃなくて……」

「あれ~よく見たら指にいっぱい指輪はめ込んでるねぇお兄さん」

 

しどろもどろになり始める男の手を勝手に取って沖田は彼の手にはめられた数多の同じ指輪をまじまじと見つめる。

 

「見てくだせぇ土方さん、ほら指輪ジャラジャラ付けてますぜ、土方さんも真似してみたらどうですかぃ?」

「誰がやるかそんな中学生みたいな真似、人前で恥かかせる気かテメェ」

「恥……! 僕の格好がはずかしいだと……!」

「ひでぇや土方さん、そういう事を本人の前で言っちゃ、まあ俺もこんなファッションする事になるなら切腹した方がマシですけど」

「……」

 

酷いといってる割にはサラリと自分も毒を吐く沖田に、男は肩を震わせるとガクッと両膝から崩れ落ち

 

「心折れた、もうイギリスに帰る……」

「ステイルーッ!!」

 

心無い罵声を食らい続けついに彼の心がポッキリ折れてしまった。

慌てて女性が駆け寄って彼を起こそうとする。

 

「何をやってるのですか! あなたはまだ己の責務を果たしていません!」

「いやもう無理、絶対無理。責務とかもう知らない、僕はもうイギリスに帰る……イギリスに帰ってそこでファッションデザイナーになるんだ……顔面バーコードを世に流行らせてやるんだ……」

「意味わからないこと言って現実逃避しないでください! それと絶対に流行りません!!」

 

さりげなく酷いことを言う女性に男はすっかり諦めモード。

そんな二人を沖田と土方は見下ろしながら

 

「じゃあ心折れた所で御同行お願いしやーす」

「とりあえず名前と住所と電話番号教えろ、身元判明して問題なかったらすぐ開放してやるから」

「くッ!」

 

このままだと状況的にマズくなる。捕まってしまっては人探しする事も出来ない。

そう考えた女性は心折れてより重く感じる男を乱暴に抱きかかえたまま

 

「職務を全うしているあなた方には悪いですがここは退かせてもらいますッ!」

「あ! 女が男抱えて逃げやしたぜ土方さん、やっぱあの女変態だったんだ!」

「くおらぁ! 待ちやがれ変態女! 市民に肌を見せて興奮するような変体風情が真撰組から逃げられると思ってんのかぁ!!」

「だから違いますって! 私は変態ではありませんから!」

 

男一人を抱えたままの状態にも関わらず、女性のスピードは尋常じゃない速さだった。

背後から悪口言ってくる二人に叫びながら女性は瞬く間に公園を抜け出す。

 

「このような屈辱初めてです……! それもこれもあの男が彼女を誘拐して学園都市などという荒んだ心を持つ者の吹き溜まりのような場所に連れてきたから……!」

 

怒りの矛先をある男に向けながら女性はぐっと奥歯をかみ締めて勢いよく天高く飛翔。

 

 

 

 

 

「ぜってぇにぶっ殺してやるあのモジャモジャ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

女性は一層あの男への殺意を明確にしたのであった。



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第五十四訓 科学と魔術が交差する時

夜が明けた朝。

上条当麻は自宅のベッドで目を覚ました。

 

「……昨日いろいろあったおかげでたっぷり熟睡できたな」

 

謎のおっさんと遭遇やら謎の少女と遭遇とかでどっぷり疲れた上条はベッドに入った瞬間あっという間に寝ることが出来た。

そして半身を起こしてふとリビングを見渡すと

 

「おう、起きたかツンツン頭……!」

「寝起き早々血走った目をした女の子が目の前に現れた!」

 

記憶を失った謎の少女こと、オティヌスが左目を赤くさせながら壁にへばりついて手にを持っていた。どうやら一夜かけて一気読みしてしまったらしい。

 

「恐ろしい書物だ……! 読み終えても読み終えても手が勝手に動いて続きを読んでしまう……! く! おまけにこれで終わりと思うと無性に寂しくなって仕方ない……!」

「あーあるある、特にお前が読んでた奴はいい感じにまとめてくれた名作だし」

「最後に戦うのがもう一人の自分とか反則過ぎるだろ……!」

「わかるわかる、ファラオが冥界に帰る時は泣きましたよ俺も」

 

両手を床に付けながら鬼気迫る顔で感想を呟くオティヌスに上条はうんうんと何度も頷くと、ベッドから足を出して立ち上がった。

 

「でも徹夜で読むのは女の子としてマズイからとりあえず今から寝ておけって、ベッド貸すから」

「いやもう一度1巻から読み直そうと思っていたのだが」

「過剰なジャンプ漫画の摂取は体に毒だ。ここは一旦寝てしっかり睡眠をとれ、それと他のジャンプ漫画も読みなさい、ここの本棚にある物は全部読んでいいから」

「……なんかえらく優しいなお前」

「失敬な、上条さんはいつだって紳士ですよ。決していたいけな少女をジャンプの虜にしてやろうとか一切考えておりません」

「おい紳士、本音が駄々漏れだぞ」

 

よからぬ企みを持つ上条にツッコミを入れながらオティヌスは彼に言われるまま、帽子とマントを取って彼の使っていたベッドに寝そべる。

 

「まあいい、お前の厚意に甘えるとしよう。しばらく寝る」

「あ、ああ……帽子とマント取るとほとんど下着姿だなコイツ……」

 

ベッドに横になった瞬間あっという間に寝息を立てて眠ってしまう少女のあられもない姿を凝視した後、すぐに我に返って制服に着替え始める。

今日もまた高校で補習だ。

 

「はぁ~とりあえず今日は補習で土御門に会って、そっから禁書目録とかいうシスターを探さねぇとな」

 

オティヌスの記憶を蘇らせる事が出来るかもしれない存在、禁書目録。

魔術に疎い上条にとっては探すのに手間がかかりそうだがここは仕方ない。

 

「せっかくの夏休みになにやってんだろうなぁ俺は」

 

そう言いつつ紙状は着替えを終えると、手短に身支度を済ませ、ベッドで熟睡する少女を置いて部屋を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

「ハーイ今日は誰かさんも遅刻していないようなので時間通りに補習始めるのですよー」

 

上条の通う高校での補習が始まった。

今日もまた小萌先生が嬉しそうに授業を始める。

 

「上条、貴様今日はちゃんと遅刻せずに来たようね」

「お前今日も来てるのか吹寄……」

「有難いと思いなさい、これで今日も真面目に授業に取り組めるんだから」

「はぁ~」

 

背後に座っている天敵、吹寄制理の存在にため息をつきながら、上条は前に座る土御門のほうに身を乗り出す。

 

「土御門、坂本さんがはぐれたとかいう迷子シスター、今日探しに行くんだよな?」

「ああそのつもりだぜよ、全くあの人は世話が焼けるぜ。カミやんも探してくれるんだな?」

「そりゃあ探さねぇと駄目だろ、じゃないとこのままじゃ俺の部屋に居候が出来ちまう」

「オーケー、俺もお隣で隣人が女の子とイチャイチャしているのを壁越しに聞くのは耐えられん、補習が終わったらすぐに捜索開始だ」

「アイツ相手にイチャイチャできる訳ねぇだろ、一夜漬けで長編漫画読みきる女だぞ」

「なにやってんだあの女……まあそれはそれでジャンプ信者のカミやんとなら相性いいんじゃないかにゃー」

 

オティヌスの現状に呆れつつ土御門が上条と小声で打ち合わせをしていると、隣に座っていた青髪ピアスがすかさず彼等に反応する。

 

「え、なに? さっきカミやんが女の子と一緒に住んでイチャイチャしてるって聞こえたんやけど、なんなん? マジで死んでくれへんかカミやん?」

「なんで死ななきゃいけねぇんだよ、俺達はただ人探しをする事を相談してただけだって」

「カミやんとツッチーで? なんかあったん?」

「いや実はさ……」

 

尋ねられて上条は青髪にも説明しようとすると

 

「上条、貴様やはり授業を真面目に受けるつもりは無い様ね……!」

「は! 後ろにいるの忘れてた……!」

「全く貴様はいつもいつも……!」

 

背後から怒りのオーラを感じ恐る恐る上条は振り返ると、腕を組みながら席に座る吹寄の姿が、しかししばらくしてふぅーとため息をつくだけで拳骨も頭突きもやらなかった。

 

「まあいいわ、それより人探しするって本当?」

「え、怒らないんですか?」

「いつものジャンプとか下らない会話だったら怒ってたけど、珍しく貴様が真面目な表情だったからね」

「珍しくって……それじゃあ俺がいつも不真面目みたいな言い方じゃねぇか」

「あら違った? 少なくとも私が見る貴様はいつも不真面目にしか見えないわ」

 

あんまりなことを言う彼女に上条はガクッと肩を落としつつ、先ほど青髪に話しかけていた事を再開した。

 

「土御門の知り合いの人が一緒に学園都市に来た外国の女の子とはぐれちまったみたいなんだよ。俺にも事情があるからその子見つけないといけないから、とにかく補習終わったら探しに行かねぇといけねぇんだ」

「えー観光で女の子を連れてきてはぐれるってなんなんその人……学園都市めっさ広いのに」

「保護者としては失格ねその人、それでアンチスキルやジャッジメントには通報したの?」

「あーそれは……」

 

警察組織にバレたらマズイというのを吹寄にいうのはマズいのではと思う上条だが、彼の前に座る土御門がクルリと振り返り

 

「とっくに通報してるぜい、だがまだ見つからんようだから俺達も探しに行こうって相談してたんだにゃー」

「そう、アンチスキルでも見つからないって随分とすばしっこい子なのね」

「ハハハハ、所詮迷子の捜索なんて連中は熱心にやってくれないぜよ」

 

そう笑い飛ばしながらうまく誤魔化す土御門。彼に助けられながら上条が再び話を続ける。

 

「まあそういう事だから、俺達はこのまま坂本さんっていうその子を迷子にした張本人と一緒に街中歩いて探してみるから、お前達もそれらしい子見たら教えてくれ、見た目は小さいシスターらしいから」

「ふーん、ならボクも人探し手伝ったろか?」

「へ?」

「そうね、ダメな保護者と土御門、そして何より貴様ではその女の子を探すなんて出来そうにないし」

「いやいやこれは俺達がやるだけだから別にお前等までわざわざ……」

 

人探しに参加しようとしてくれる青髪と吹寄だが、魔術関連の話でもあるのであまり彼等を関わらせたくない上条、やんわりと断ろうとするが青髪の後ろの席に座っていた同じ補習を受けているクラスメイト、志村新八も彼等のほうに身を寄せる。

 

「上条君、さっき言ってた女の子のシスター探してるって本当?」

「ん?ああ、もしかして見たのか志村?」

「いや実は噂になってんだよね。かぶき町に現れる謎のちびっ子シスターって」

「かぶき町?」

 

そういえば新八はかぶき町在住だった。迂闊に近寄ることさえ出来ない快楽街だがいろんな情報が飛び交っている街、そこに住んでるだけあって情報収集も自分達よりもずっと早いのだ。

 

「なんでもそのシスターを店に出迎えると幸せになれるとかそういう都市伝説っぽいのがかぶき町で騒がれてるんだよ」

「それ女の子一人でかぶき町で歩いてるってことだよな……」

「ますます危ないじゃない、早く保護しないと……!」

「薄い本が出来てしまうで……!」

「お前は黙ってろい青ピ」

 

新八の話を聞いて心配そうにする上条と吹寄はともかく、荒い息を吐いて興奮している青髪を土御門は黙らせた。

 

「しかしかぶき町たぁ俺も予想外だにゃー。あんな危険な所にいられてはこちらから近づくことも出来んぜよ」

「でも坂本さんがいるだろ? 大人の人が連れ添ってくれるなら入ってもいいんじゃなかったか?」

「かといってあの人はこの辺の地理に疎いぜい、俺も入ったことないしどこから探せばいいのやら……」

 

上条の提案に土御門は首を横に振る。

かぶき町は学生にとっては禁止区域。そう簡単に入れるわけでもないし中は複雑な構造で色んな店が立っていると聞く。

人一人探すにはそれなりの情報を持つ人物がいないといけないのだが

 

すると新八が軽く手を上げて

 

「なんなら僕が案内しようか? 僕ならかぶき町の中を自由に歩きまわれるし、あの辺の事はよく知ってるし」

「いいのかぱっつぁん?」

「別にいいよ、今日は暇だし」

「助かるぜよ、心の中で存在感の薄いメガネだとか馬鹿にしてて悪かったぜい」

「マッハの速さで助けたくなくなったんだけど」

 

快く案内役を買って出る新八にサラッと本音をバラしながら土御門は話をまとめる。

 

「なら今日は坂本さんと俺達も含めた6人で探索するぜよ。ターゲットはクリッとした目の銀髪の女の子、見た目は13歳か14歳ぐらいな筈だにゃー。服装は金色の刺繍が施された白い修道服だ」

「なんか遠くからでもすぐに見つかりやすそうな子やね」

「噂ではかぶき町のあちらこちらに出てくるらしいから、行動範囲は全く絞れないね」

「さっさと見つけて坂本さんを安心させてやろうぜ……そして俺も幸せの一人暮らしに戻りたい」

「その前に保護者としてのケジメをつけてもらわないとダメよその人は」

 

顔を合わせてシスター捜索大作戦の打ち合わせを始める五人。

しかし五人はすっかり忘れていた。今自分達は補習の時間を受けていることに……

 

「上条ちゃん達だけでなく吹寄ちゃんまで……そんなに私の補習を受ける気になれないんですか……」

「「「「「は!」」」」」

 

前の教壇からすすり泣く彼女の声で五人一同一斉に気付いた。

 

「やっぱり授業なんかぜんぜん楽しくないですよね……」

「うおぉぉぉぉぉ!! すいません小萌先生!!」

「いやいや! 俺達は別に退屈だから話してたわけじゃないぜよ! なぁ青ピ!」

「はい! みんなで小萌先生のスリーサイズを予測しあってました! おぼぉッ!」

「全然フォローになってねぇよ! 僕らそんな相談してませんから! 信じてください!」

「すみません先生、この馬鹿共に釣られてつい! 上条! 貴様ももっと謝りなさい!」

「なんでまた俺! すんませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

それからしばらく小萌先生が泣き止むまで必死に謝る五人組であった。

 

 

 

 

 

 

そしてやっと補習が終わり、五人は学校を出ていつもの集合場所である公園へと来ていた。

 

「アハハハハハ!! 諸君! わしが坂本辰馬じゃきん!!!」

 

そこに立っていたのは元凶である坂本辰馬。豪快に笑いながら自己紹介する彼に初めて会った吹寄、青髪、新八は面食らう。

 

「何この人、いかにも胡散臭い人じゃないの……」

「グラサン掛けてる所がまたツッチーの知り合いっぽいなぁ」

「大丈夫なのこれ? なんかバカっぽいけど」

 

3人のうち2人が酷い事言ってると、この中ではリーダー格の土御門が話を切り出す。

 

「それではシスター捜索作戦の内容をお前たちに教えるぜい、まずはチーム分けだ。これだけの数がいれば一つにまとまって動くより複数に分けたほうが適格だからにゃー」

「6人いるから2:2:2で3組作れるな」

「いやカミやん、俺は坂もっさんとぱっつぁんを連れてかぶき町へ行く。だからこっちは3人だ」

「土御門が3人って事は……」

 

しばらくしてチーム決めは完了した。

 

かぶき町探索チーム

土御門・坂本・新八

 

人気の多い繁華街探索チーム

上条・吹寄

 

裏路地とかスキルアウトとか攘夷浪士がはびこってる噂のある危険な場所探索チーム

青髪

 

「よし綺麗に分かれたにゃー」

「ちょっと待ってツッチィィィィィィィ!!!」

 

3組に分かれて行動開始しようとする土御門に青髪がすかさず天高く手を高く上げる。

 

「どう見てもおかしいやろ! なんでボクだけオンリーワン!? チーム言うてるのにボク一人しかおらんよ! 劇団ひとりやん!!」

「いやいや公平に分けたつもりだぜい、俺達はかぶき町、カミやん達は人気の多い場所を。そんで青ピは殺害現場とかによくなっている危険エリアだにゃー」

「そこぉ! おかしい所そこぉ! なんでボクだけそんな危険な場所に一人で行かなあかんのぉ!! なんならボクはツッチー達と一緒にかぶき町連れてってくれや!」

「ウチはもう定員オーバーだぜい」

「じゃあカミやん達の所へ入れてくれやぁ!!」

「嫌よ、なんで私がバカ二人の世話しなきゃいけないのよ、バカは一人で十分だわ」

 

どちらからも拒絶されてたった一人でのチームを結成した青髪。

そんな彼に上条がケロッとした表情で

 

「まあお前なら大丈夫だろ、なんか殺しても死ななそうなキャラだし」

「いやそんな理屈通らへんよ!! 人間死ぬ時は死ぬんや! そしてその死を迎える時がまさか仲間にはぶられて一人危険エリアに入っちゃいましたなんて絶対いやや!!」

「心配すんなって、原形留めないぐらいグチャグチャになっててもちゃんと丁寧に葬式するから。みんなで笑って送ってやるから」

「そんな心配してへんのですけどぉ!? 死後のボクじゃなくて生前のボクを心配してぇ!!」

 

全然フォローになっておらずますます青髪が嫌がっていると、今度は坂本がポンと後ろから彼の肩に手を置いて

 

「じゃあこういうのはどうじゃ、もしおまんが嬢ちゃん見つけてきたら。わしが今度かぶき町に連れて行って楽しいこといっぱい教えちゃる!」

「……え?」

 

かぶき町と聞いて青髪はピクリと反応した

 

「かぶき町で楽しいことってもしかして……」

「アハハハハ! そりゃもう決まってるじゃろ、色々じゃ色々」

「え~! あんな事やこんな事いっぱいあるんやけど~!」

「みんなみんな叶えちょるばい~!! 不思議な財布で叶えてやるぜよ!」

 

青髪の脳内が高速回転し、かぶき町でやりたい事あんな事が全て彼の中のイメージを膨らませていき……。

彼に向かってグッと親指を立てて笑いかける坂本

 

「じゃあよろしく頼むぜよ」

「イエッサァァァァァァ!! ボスッ!!」

 

ものの数秒で受け入れて坂本に服従を誓う青髪。

 

「ちょいとスキルアウトがたむろってる所行って来るでぇ!!!」

「おう、頑張るんじゃぞ~」

 

脇目も振らずに全速力で何処へ走り出す青髪を、坂本は笑いながら手を振って見送った後笑みを浮かべたまま

 

「でもあの嬢ちゃん賢いからのー、危険な場所には絶対に近づかないんじゃが」

「それ今更言うのぉ!!!」

 

ポロッととんでもない事を漏らす坂本に叫ぶ新八。

 

どこを探しても危険しかない場所に希望という名の幻想を抱いて

青髪ピアスは単身スキルアウトの巣窟へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

そしてそれから、かぶき町探索班と繁華街探索班に分かれてシスター探しを開始した。

 

「まさかお前と二人だけで行動する事になるなんてな……」

「他の連中じゃ貴様を押さえ込むどころか一緒にバカ騒ぎするのがオチでしょ、だから私が適任なのよ」

 

第七学区を中心に回りながら上条は隣で歩く吹寄を見ながら頬を引きつらせる。

 

「あのですね吹寄さん、俺だってちゃんと信頼されればそれなりの成果を挙げられるのですよ、こう見えて鍛えてるんで」

「そのキリッとした表情腹立つから止めてくれないかしら?」

 

渾身のドヤ顔をしてみせる上条にイラっとしながら吹寄はため息。

 

「そんなこと簡単に言うから貴様は信用できないのよ、それよりその銀髪のシスターって子を探さないと」

「と言ってもこの辺も広いしなぁ、手当たり次第に聞き込みしても無駄だと思うんだけどなぁ……」

 

二人で会話しながら街中に花屋の前を通り過ぎ様としたその時。

 

「あのーもしもし……」

「はい? ひぃぃ!!!」

「ん? うおぉぉぉ!!!」

 

花屋の前で背後から何者かに声をかけられ、二人は振り返ると同時に悲鳴を上げた。

 

「ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが……いいですか?」

 

その風貌はまさに凶悪そのものだった。

頭の上にちょこんと花が咲いてるのは別として、姿形はまさに鬼。

緑色の肌の上にはチューリップのアップリケが付いたエプロン。強靭そうな二本の角、筋骨隆々のその体がまた、対面する相手の恐怖と怯えを増幅させる。

どう見ても天人だ。上条達は思わずその場に固まって動けなくなってしまう。

 

(オイオイオイ! どういう事だ! どうしてこんな凶悪そうな面構えした御仁が当たり前のようにこんな所にいんですかぁ!?)

(上条! 貴様鍛えているんでしょう! それなりの成果を見せるチャンスじゃないの!)

(無理無理無理!! こんなん相手とか絶対無理! 瞬きする間に殺される確固たる自信がある!!)

 

小声で言い争いを始める上条と吹寄。するとその天人はギラギラとした赤い目で見下ろしながら

 

「ああ、すみません。僕とした事がいきなり名も名乗らずに話しかけるなんて、失礼しました」

 

そう言って軽く会釈すると天人は改まって

 

「遠い星からはるばると地球にやってきた”屁怒絽”といいます。いきなり知らない人に話しかけられたらびっくりしちゃいますよね、すみません驚かせちゃって」

(いや知らない人っていうか……)

(あんたに話しかけられたら誰だってビビるって……)

 

そんな凶悪な面構えで謝られても逆に怖い……。すっかり縮こまっている二人に屁怒絽と名乗る天人は話を続ける。

 

「いやね、先ほど銀髪のシスターさんのことを探しているとあなた方が話しているのを聞いてしまいまして。もしかしたら彼女の知り合いなのかなと思いまして」

「い、いや俺達はまだ顔も見たことなくて……屁怒絽さん、いえ屁怒絽様は」

「屁怒絽でいいですよ」

「その、俺達が探しているそのシスターと知り合いなのですかね……?」

 

会話するだけでも怖い、とにかく怖い。彼と正面から見つめあうだけでも立つことさえままならない。

完全にビビッてしまっている上条に屁怒絽は

 

「はい、今日の朝僕の店にやってきてくれたんですよ、実はそこの花屋は僕の店でしてね」

(花屋!? 人体を蝕む怪しげなウイルス兵器でも栽培してるのか!?)

(いや、人肉を食すバイオ植物でも作ろうとしてるのかもしれないわ……)

 

屁怒絽が指差したお店はこれまたファンシーに作られたお花屋さん。

上条と吹寄は警戒しつつその花屋に目をやる。

 

「すすすすす素敵なお店でございますね屁怒絽殿下……」

「屁怒絽でいいですよ」

 

怖がりすぎて声も震える上条に屁怒絽は気にせずに店に並ぶ花にジョウロで水を差しながら返事する。

 

「でも僕みたいな外見じゃ似合わないでしょ花屋なんて、来てくれるお客さんもみんな僕の顔を見て逃げちゃうんですよ」

(そりゃ逃げるわ)

(逃げるわね)

 

心の中で呟く二人を尻目に屁怒絽は話を続けた。

 

「この花達はこんなにも美しいのに僕のせいで買うお客さんが来てくれない。もう店をいっそ畳もうかなと思っていたんですが、今日の朝、彼女がこの店に来てくれましてね」

 

並ぶ花を愛おしそうに見つめながら屁怒絽は思い出す。

 

「あれは丁度僕が店の裏側から出てきた時でしたね、店の中にある花達を無邪気に眺めながら笑っている銀髪のシスターさんがいたんですよ、その時僕は怖がらせないように奥に引っ込もうとしたんですが彼女に見つかってしまいましてね」

 

『あなたがここのお花を育ててあげたの?』

 

「彼女は僕が怖がるどころかそう優しく尋ねてきました。彼女は僕を前にしても逃げずに接してくれたんです、あなた達みたいに」

((すみません、今全力で逃げたいと思ってます……))

 

屁怒絽に振り返られて二人は固まりながらそんなことを考えている中、彼は話を続けながらまた花に水を注ぐ。

 

「嬉しかったですよ、この星で初めて僕を怖がらないでくれる人が来てくれたんですから。それに何より、彼女が僕の顔を見ながら嬉しそうに」

 

『ここのお花達は幸せだね、あなたみたいな心の綺麗な人に育ててもらえるなんて!』

 

「救われた気分でした、こんな外見の僕を綺麗な心を持っていると言ってくれるなんて。驚いて言葉を失ってしまった僕は彼女に礼も言えずに笑顔で手を振って去って行く彼女を見送ることしか出来ませんでした」

 

後悔するように屁怒絽はため息をこぼす。

 

「出来ることならもう一度彼女と会ってキチンと礼を言いたいんですよ。あなたのおかげでまだ僕はこの店を続ける決心が着きました、こんな僕に笑顔を向けてくれてありがとうと」

 

僅かばかりの心残り、彼女に礼を言いたいと屁怒絽は花に水を注ぐのを止めて立ち上がった。

 

「だからもし彼女を探しているのであれば僕にも是非手伝わせてください。あなた方はいい人達だ、僕の話をこうして真面目に聞いてくれるなんて、やはり地球の人はこんな僕でも受け入れてくれる心の広い人達なんですね」

 

こちらに振り返り様に赤い目を一層ギラギラさせる屁怒絽。

そして上条と吹寄はというと

 

(すみません……)

(怖くて動けなかっただけです……)

 

その場に根を張ったように動けずに、ただ屁怒絽に曖昧に笑いかけることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

そしてそれから時間をかけて捜索したが、結局彼女を知る者は屁怒絽一人だけであった。もうすっかり日が落ちて夜だ。

 

彼の言う通り今日の朝見かけたという事は、そう遠くへ行っていないと思うのだが……。

 

「中々見つからねぇモンだな」

「そうね、それにしてもその女の子一体どんな子なのかしらね」

「どんな子ってそりゃあ」

 

電車下を潜る為に設置された薄暗いトンネルの中を歩きながら上条は吹寄の方へ振り返る。

 

「良い子なんだろ、あの滅茶苦茶怖い人とまともに話せる時点で凄いよ、俺には出来ない」

「そうねきっと人を見かけで判断するとかじゃなくて。一見普通の人が見えないモノを見る事が出来る子なんでしょうね」

 

人には良い所もあるし悪い所もある。それ等を見定める事はとても難しい。

彼女はきっと、良い所も悪い所も含めて全部を理解しようと努力できる人間なのだろう。

少しだけ吹寄はそんな彼女が羨ましく思えた。

 

「私も貴様の悪い所だけでなく良い所も見てみようかしら……」

「俺の良い所なんて俺が知りたいよ、何が良いんだ俺は? ジャンプ詳しい所か?」

「それは私から見れば悪い所ね」

「上条さんの貴重な得意分野を一蹴された!!」

 

バッサリと断言する吹寄、ショックを受ける上条を尻目に彼女は携帯を開いて時間を確認する。

 

「そろそろ完全下校時刻ね、今日はこれでお開きにしましょう」

「そうだな、土御門に連絡しておくか。ついでに青髪にも」

 

そう言って上条が薄暗い場所で携帯を開いて土御門に電話しようとしている中、吹寄は彼に背を向けた。

 

「上条、貴様の良い所一つだけあったわ」

「なんでしょうか?」

「私が一番”私”で接する事が出来る唯一の相手だという事よ」

「……どういう意味それ?」

「まあアホのアンタにはわからないでしょうね、さよなら」

 

意味深なセリフを残してさっさと行ってしまう吹寄を見送りながら、上条はポカンと口を開ける。

 

「女って本当にわからねぇ……特にアイツ」

 

そう愚痴をこぼしながら再び携帯に視線を下ろすとある事に気付いた。

何故か圏外なのだ。

 

「あれ、おかしいな。電波は通ってる筈なのに、故障か?」

 

これでは他の人と連絡取れないなと、上条は別の所へ移動しようとするが

 

「どこへも通じないよ」

「!」

 

不意に背後から聞こえた声、吹寄ではない男性の声だ。

咄嗟に後ろに振り向く上条の目の前に立っていたのは

 

「人払いの術式を張ってある。ここら一体にはもう誰も近寄れないし近寄ろうともしないだろう。さっき君と別れた彼女も僕が追い払った」

 

2メートル近い長身だが顔はどこか幼い男がそこにいた。

教会の神父が着てそうな漆黒の修道服を着こなしているが、肩まで伸びた赤髪や甘ったるい香水の匂いのおかげでとても神父とは思えない。

耳にピアスをハメて左右十本の指にはそれぞれ銀の指輪がメリケンの様に並び口にはタバコが咥えられていた。極めつけは右目の下にあるバーコードの形をした刺青。

神父というより不良に近い、そんな印象のある男だった。

 

しかしそれだけではない、上条はここ等一体から妙な感覚を覚える。

今まで感じた事のない、朧との鍛錬でも味わった事のない本当に迫り来るような

 

殺意

 

じりじりと歩み寄って来る男に上条は奥歯を噛みしめ睨みつける。

 

足元から頭のてっぺんまで凍らせるような明確な殺意を感じて上条は確信した。

 

この男は自分の生きる日常からかけ離れた【存在】だと。

 

「お前は一体……!」

「ああうん、名乗る前にまず教えてくれないかな?」

 

男は口にタバコを咥えたまま器用に話しかけてきた。

 

「坂本辰馬はどこにいるのかな?」

「……なんでそんな事を俺に聞く」

「なあに、今日花屋で君があのとてつもなくおっかない天人と喋っているのが見えてね、それで”アレ”の存在を知っているって事はそのアレを持ち逃げしたあの男の存在も知っていると思ってね」

「アレっつうのは坂本さんがイギリスから連れてきたシスターの事か?」

「連れてきたんじゃない、我々イギリス清教から盗んで奪ったんだあの男は……」

 

僅かに男の口調に怒りが混じっている事を上条はすぐに感じる。

彼が坂本と会ったら間違いなく殺すであろう、そう確信できるぐらい男の放つ殺意は明白だった。

 

「お前さては……」

 

今の今まで味わった事のないこの感覚を放つ者、その正体は……

 

男はタバコをポトリと地面に落とすとあっさりとした表情で答える。

 

「うん、”魔術師”だけどそれが?」

 

 

おまけ

教えて銀八先生

 

「はーいそれじゃあお便りにお答えしまーす、ハンドルネーム「八条」さんからの質問」

 

『上条さんはジャンプをこよなく愛しているみたいですが今まで読んだジャンプ漫画の中で好きな作品は何ですか?』

 

「えー「ラッキーマン」らしいです、不運な主人公が突如ラッキーになれるヒーローに変身できる力を授かるとかいう作品ですね、奴にとってはジャンプの中でも特にお気に入りの漫画らしいです」

 

「はい今日は一通だけで終わり、お疲れさん」

 

 



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第五十五訓 現れたるは炎王、迫り来るは聖人

時刻はすっかり夜だ。

完全下校時刻になる頃、上条は薄暗いトンネルの中で一人の男と対峙した。

魔術師、あの朧が言っていた能力者とは似て非なる別の存在。

神父のような格好をしたこの赤髪が本当にそうなら上条はどうやらまんまと閉じ込められたらしい。

 

「坂本辰馬の行方を教えてくれるなら命だけは助けてやってもいいけど?」

「生憎、こちとら別々に行動してるからあの人が何処にいるかてんでわかんねぇよ」

「嘘の付き方が下手くそだな、嘘をついてる奴ってのは大抵目を見ればわかる」

「それはお前もだろ……言っても俺を見逃すつもりなんかねぇんじゃねぇか」

「ああバレた?」

 

そう言いながら男は懐からタバコを取り出し口に咥えて火をつける。

 

「あんな男に手を貸すなら君も同罪だ。話すつもりが無いならそれはそれで消えてもらう事にしよう。そうすればもしかしたらあっちの方からやってくるかもしれないし」

「ならやってみろッ!」

 

考えるより早く足が動いた。

恐怖を感じながらも上条は右手を強く握り殴りかかる。

 

反面男の方は優雅に口のタバコを手に取ると

 

「ステイル=マグヌス、それが僕の名前だが。ここはFortis931と名乗っておくかな」

 

そう言ってタバコを指で弾いてトントン灰を落とす。

 

「魔法名って奴でね、いや殺し名とも言われてるな」

 

ステイル=マグヌスは最後にタバコをほおり捨てると

 

「炎よ」

 

ステイルの手元に突如一直線上の炎の剣が生み出された。

近づいてきた上条にそれをすかさず振り下ろす。

 

「はいご苦労様」

 

気の抜けたステイルのセリフと共に振り下ろされた炎剣に上条はすかさず右手を振り上げて触れて

 

ガラスの様にその剣を砕いた。

 

「……なに?」

「……はいご苦労様」

 

自分の術があっさりと破壊された事に疑問を覚えたステイルだが上条の追撃はまだ終わっていない。

 

「とりあえずまずは一発ぶん殴らせろ……!」

「巨人に苦痛の贈り物を」

「!!」

 

また殴りかかって来る上条にステイルがそう呟いた途端辺り一面が爆発。上条が立ってる場所含めて摂氏3000度の地獄の炎が焼き尽くす。

 

 

「効かねぇよ」

 

辺り一面の炎が黒い渦となって一瞬で消えた。

人体ならあっという間に溶けるであろう温度をものともせずに上条当麻がそこに立っていた。

 

「一体何なんだい君は……その右手は」

「知る必要ねぇだろ」

 

ステイルはまたも炎剣を練って作りだすとまた横薙ぎに振るうが、上条は右手を使うまでも無く身体をのけ反らして避けた。

 

「ちょっと大人しくしてろ魔術師……!」

「!!」

 

ステイルは体に鋭い痛みを感じた。よく見ると自分の肩に古代中国の医療で使われていたような鋭く尖った長針が1本突き刺さっていたのだ。しかもそれだけでない

 

(腕が完全に動かん……!)

「腕動かないだろ、まあ最初はビビるよな”経絡”を突かれる事なんて魔術師でもそうそうねぇだろうし」

 

右腕の動きを完全に封じられ焦るステイルを尻目に、上条の左手にはいつの間にかもう一本の長針が

 

「これ隠すの手間かかるんだぜ」

「くそ!」

 

まだ動ける方の左手を乱暴に振るうとステイルの前方に炎の壁が。

しかしそれもまた上条が右手を振るうとガラスが割れたような音と共にかき消され

 

「邪魔だ!」

 

なんの障害にもならないかのように乱暴にこじ開けてきた上条に舌打ちするとステイルは勢いよくバックステップを取って彼から距離を取る。

 

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ!」

 

ステイルは全身から嫌な汗が噴き出すのを感じた。目の前に立つ男はただの学生と思っていたがそうではなかった、あの炎を打ち消す右手と経絡を操る針術、能力者の類ではないその力を見てステイルは確信した。

 

ここで切り札を使わなければこちら側が負けるかもしれないと

 

「それは生命力を育む恵の光にして、邪悪を罰する裁きの光なり! それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり! その名は炎! その役は剣! 根源せよ!」

 

ステイルが扱うとっておきの奥の手、それは

 

「わが身を食らいて力をか……!」

「長ぇんだよ!!!」

「せっぼぉ!!!」

 

お披露目される事無くあともう少しの所で上条にぶん殴られてしまった。

ステイルはそのまま派手に後ろにぶっ飛ばされる。

 

「いつまで待たせんだよ! もうちっと短くしろよ! 敵は目前にいるんだぞ!」

「ひ、卑怯だぞ……僕が唱えてる隙を突いて殴りかかるなんて……!」

「容赦なしに責め立てるのが朧流派のモットーです!! おらぁ!」

「うぐ!」

 

上条は持っていた長針をステイルの左肩の方に投げて刺す。

これで両腕が使い物にならなくなったという事だ。

 

「人に向かって針を投げるなんてなんて一体どんな教育受けてんだ……」

「人に向かって炎撃って来る奴に言われたくねぇよ!」

 

あまりにも呆気ない戦いの終わりに上条は少々物足りなさを感じながら彼の方へ歩み寄る。

 

「おいステイルとかいう奴、命だけは助けてやるから国に帰って二度と戻ってくんな」

「フン、誰がお前のいう事なんて聞くか」

 

しかしステイルはまだこの戦いに終止符を打つ気はなかった。

 

轟ッ!!っと彼の着ていたローブの内側から巨大な炎の塊が飛び出してきたのだ。

ただの塊ではない、巨大な人の形をした炎の巨人

 

「魔女狩りの王≪イノケンティウス≫。その意味は『必ず殺す』」

 

両腕を封じられながらもステイルは得意げにその巨人の名を呟く。

 

「君が長いと言っていた僕の詠唱はあと一文字で完了する手筈だった、最後の言葉は「せ」。そして君が殴りかかった時に僕は思わず「せっぼぉ!!」と叫んでしまった。これにより僕の術は完成していたのだ」

「く! あのマヌケな叫び声にはそういう意味があったのか! だが!」

 

あまりにも下らない秘策ではあるがそれで出てきたのがこの炎の巨人だ。両手を広げ襲い掛かって来る巨人に上条は右手を突き付けて

 

「効かねぇつってんだろ!」

 

右手で振り払って彼の最後の切り札をあっという間に吹き飛ばした。

炎の巨人は辺り一面に飛び散り砕けた。

 

「!」

 

しかしそこからはいつもと違っていた。

 

辺りに飛び散った巨人の断片が四方八方から飛び跳ねて集まり始める。

 

「なんだコレ……」

 

咄嗟に上条は一歩後ろに下がると、次の瞬間に四方から集まった断片が一つとなり再び人の形を成していた。

 

「!」

「イノケンティウスが完成した今、君はもうただ死ぬだけさ」

 

復活した魔女狩りの王は巨大な腕を振り上げ一気に振り下ろしてくる。

上条はすかさず右手でそれをガードするが

 

「な!」

 

今度は消える事さえなかった。消滅せず力で押し潰そうとして来る巨人

熱さは感じないが力は圧倒的に巨人の方が上だった。右手でないと止められない、この巨人に右手以外の物が触れればあっという間に溶かされる。

ジリジリと押されながら上条は舌打ちすると

 

「防ぎきれねぇ!」

 

ガードするのを止めてその場でバク転して後ろに下がった。

炎の巨人から距離を取ると上条は懐から長針を取り出し

 

「理屈はわかんねぇけど俺の右手だけじゃ勝てねぇって事だけはわかった」

「ふ、観念してももう遅い、そいつはお前が死ぬまで絶対に消えないぞ」

「そうか」

「へ?」

 

上条はダッと駆け抜けて巨人の横をすり抜けると、ステイルの背中に回ってガシッと彼の両肩に腕を回し

 

「じゃあしばらく盾役やってくれ」

「うおぉぉぉぉぉい!! ちょっと待って!! それはおかしい! それは主人公としてやっちゃダメだろ!!」

 

図体のデカいおかげでいい身代わりにされるステイル。炎の巨人は彼の方に振り返りズンズンと近づいてくる

 

「待てぇイノケンティウス!! 僕は殴るな! 僕の背後にいるこのウニ頭を狙え!!」

「騙されるなイノケンティウス、僕を殴れ、もう本気でぶん殴れ、僕はもう目覚めたんだ、誰かに痛めつけられてこそ真の幸福があると悟ったんだ」

「なに後ろに隠れて僕の声真似してんだぁ!! そんな幸福なんぞ誰が目覚めるか! いやあの子に殴られるんだったらちょっと興味が……いや違う違う!! 惑わされるなイノケンティウスゥゥゥゥゥ!!」

「殴ってくれイノケンティウスゥゥゥゥゥ!!」

「発音のイントネーションまで完コピするなぁ!!」

 

必死になって叫ぶステイルとその背後で彼の真似をする上条。それを前に炎の巨人は困った様にキョロキョロと辺りを見渡した後。

 

もう考えるのめんどくせぇと言わんばかりにステイル目掛けて拳を振り上げた。

 

「オイィィィィィィ!! 違う違う殴るのは僕じゃない!! イノケンティウス! イノケンティウスゥゥゥ!!」

 

ステイルは叫ぶ、けれど魔女狩りの王は何も応答しない。

 

「イノケンティウス! イノケンティウスゥ!! イノケンティウスゥゥゥゥゥ!!!」

 

ステイルはもう一度叫ぶ、けれど世界は何も変化しない。

 

ゆっくりと振り下ろされた炎の拳が勢いよくステイルの眼前に迫る。そこで遂に

 

「魔女狩りの王! 在るべき世界に帰還せよ!!」

 

ステイルは喉の奥から高々に叫ぶ、すると炎の巨人は拳を止め、ズルズルと溶けていくように地面に断片を落としながらシューシューと辺りを焼き焦がしながら消えていった。

 

「フッフッフ、まいったかウニ頭、イノケンティウスに殴らさせるよう仕向けた所は褒めてやるが、僕が解除する方法を知らないとでも? イノケンティウスは消滅した、これでもう僕は殴られない」

「じゃあ」

「え?」

 

炎の巨人が消えた事でステイルは安堵の表情を浮かべた。

しかし彼はすぐに気付く、これで上条当麻の前に立ち塞がる障害はどこにも……

ステイルが振り返ると既に彼はこちらに向かって右手を振り被り

 

「俺が代わりに殴っとく」

 

この右手の事は上条自身もよくわかっていない。異能の力を打ち消す事が出来るだけで頭が良くなるわけでも女の子にモテる訳でもない。

 

それでも右手はとても便利だ。

 

何せ目の前のバカを思う存分ぶん殴れるんだから

 

上条の拳が魔術師の顔面にめり込む様に突き刺さる。

ステイル=マグヌスの身体はそれこそ竹トンボの様に綺麗な回転を描いて派手に後ろにぶっ飛ばされていった。

 

 

 

 

 

イギリス清教の魔術師、ステイル=マグヌスが上条によって倒された頃。

 

土御門元春率いるかぶき町探索チームは夜の快楽街に足を踏み入れていた。

 

「銀髪のシスター? 知らないねぇ」

 

彼等がいるのはかぶき町ではちょいとした有名な飲み屋であるスナックお登勢。

かぶき町四天王とも呼ばれる程のカリスマ性を持つ店主、お登勢ならば何か知っているのかと思ったが、彼女の口から出たのはシスターの居所でなくタバコの煙だった。

 

「銀髪の天然パーマの男なら知ってるからそっち紹介しようか?」

「いや天然パーマじゃなくてシスターですから、てか誰ですかそれ」

 

カウンターに座り真面目に情報収集をしている新八。

しかし一緒に行動している坂本と土御門はというと

 

「ババァ~! もう一杯酒くれや~全然足らんぞ~!!」

「ういぃ~久しぶりに飲む酒はたまらんぜい」

「テメェ等真面目に聞き込みやれやぁ!!」

 

さっきから奥の座席でワイワイ騒ぎながら酒を飲む始末。土御門に至っては未成年なのに堂々と飲酒している。

 

「人を欲望ごと飲み干す魔窟とも呼ばれるかぶき町、初めて来たがまさかここまで恐ろしい街だとは思わなかった、果たして俺は生きて返れるのだろうか……」

「シリアス風味に言ってりゃあいいと思うなよ! なんでアンタ等の手伝いに来た僕をおいて自分達で飲んでんだよ!!」

 

真顔でありながらも飲む事は絶対に止めない土御門にツッコミを入れる新八に、坂本が焼き鳥を食いながらヘラヘラ笑う。

 

「まあええじゃろ、腹が減っては戦は出来ぬとも昔からよう言うし。どうじゃおまんも、わしが奢ったるぜよ」

「いやいや坂本さんはシスターさんの事心配じゃないんですか!? 元々アンタがはぐれちゃったからこうなったんでしょ!」

「なぁに言っちょる、心配しまくりじゃわしは、けれども同時に、あの嬢ちゃんなら大丈夫じゃろという気持ちもある」

「はぁ? 何矛盾してる事言ってるんすか」

 

焼き鳥を食してビールを一気に飲み干すと、坂本はジト目を向ける新八に笑いかけ

 

「あれはなんちゅうか天性みたいなモンを持ってるんじゃきん。思わず護ってあげたくなるような子なんじゃ、じゃからきっと、今頃わし以外の誰かが護ってくれちょるんじゃないかと思っとる」

「そんなのただの推測じゃないですか。そのシスターさんって女の子なんでしょ、やっぱ危険ですって。土御門君も飲んでないでなんとか言ってよ」

「大丈夫だぱっつぁん」

 

理に適っていない坂本の話に不満げな新八だが土御門は特に心配してないようで

 

「坂もっさんは一見アホだが、中身も相当アホだぜい」

「いや……大丈夫どころかますます心配なんだけど……それ全然フォローになってないよね?」

「アホも度が過ぎるとなんとやらって言うだろい、ほれぱっつぁんも一緒に飲め飲め」

「うわちょっと! 勝手にコップに酒注がないでよ! てか未成年だろアンタ! いい加減飲むの止めろよな!」

 

人が持ってたコップに勝手に並々酒を注ぐ土御門に新八が怒鳴っていると、お店の戸を開いて別のお客さんがやって来た。

 

その客はカウンターの所で足を止めると店主のお登勢を見て

 

「すみません少し人を探しているんですけどいいですか?」

「ったくまた人探しかぃ……ウチは迷子センターじゃなくて飲み屋だよ、他を当たりな」

「いえ急を要してるのでせめて知っていただけると助かります。頭がモジャモジャでグラサン掛けてやたらと声のデカい男なんですが」

「そこにいるだろ」

 

めんどくさそうにお登勢が親指で指さす先には……

 

「ギャーハッハッハ!!! おらキャサリン!! お前も飲め飲め~!! アハハハハハ!!!」

「シャチョサーンアンタモ好キネー、オイ眼鏡、サッサトお酌シナ!」

「なんでだよ! アンタ店側の人だろ! なんで客の僕がそんな事しないといけないんだよ!!」

「夜ノ店ノシステムモワカラネェトカ、コレダカラ童貞トハ飲ミタクナインダヨ」

「誰が童貞だ貴様ぁぁぁぁぁ!! その全く萌えない耳を燃やしてやろうかぁ!!!」

 

上機嫌で飲んでいる坂本が隣に団地妻の様な猫耳天人、キャサリンを置いてやかましい声で笑っていた。

彼に気づいたその客はそっと近づき

 

「坂本辰馬ですね」

「アハハハハ!! んん?」

 

坂本はそこで初めてその人物に気づき顔を上げた。

 

その人物はお腹が見える程めくられたTシャツと片足だけ大胆に切ったジーンズという何とも異様な恰好をした女性であった。しかし異様なのはそれだけではない。

腰から拳銃の様にぶら下げているのは長さ二メートル以上はあろう日本刀。

鞘から抜いていない筈の刀からは凍えるような殺気が放たれていた。

 

「神裂火織≪かんざきかおり≫、この名前にまだ覚えはありますか?」

 

その言葉に若干の怒りを含めながら女性は名を名乗ると。

坂本はまるで懐かしい顔に出会ったかのようにはしゃいで

 

「おお! なんじゃ久しぶりじゃのう! 元気にしとったかぁ!」

「……相変わらず何も変わっていない男ですね」

「おうよ! わしはいつでもわしじゃきん!」

 

神裂からの鋭い視線にも動じずに坂本はヘラヘラ笑っていると、彼女は次に彼の向かいに座る土御門の方へ振り返る。

 

「彼の居場所をかく乱させていたのはやはりあなたでしたか、土御門」

「よぉねーちん、こんな所まではるばるとやってくるなんてイギリス清教も随分とヒマになってる様だにゃー」

「いえこれも仕事ですから、あなた達のおかげで」

 

土御門が陽気に笑いかける中、神裂の表情はピクリとも動かない。

彼女がやって来た途端周りが凍り付いたかのような空気に変わり、新八は不安そうに立ち上がり

 

「あのー坂本さんと土御門君のお知り合いの方ですか? なんか滅茶苦茶怒ってるみたいですけど……なんなら場所変えて僕等と話でも……」

「オイクソアマ! 私ノ客取ロウトシテンジャネーヨ!! ドコの店ノ女ダゴラァ!!」

「オイィィィィィ!! 明らかお前が出る所じゃねぇだろ! 空気読め団地妻!!」

「自分ノ店ジャ客取レネェカラコッチニ来タノカ!! 残念ダッタナ! ココニハモウ私トイウテメェガ逆立チシテモ敵ワネェイイ女ガインダヨ!!!」

 

なんとかこの場を収めようとする新八に横やりを入れてキャサリンが立ち上がり、真っ向から睨んで来る神裂に対して親指を立てて自分の首に手を当てて掻っ切る仕草をしながらニヤリと笑い。

 

「消エナブサイク、テメェミタイナブサイクハ同ジブサイクのオカマ共ト一緒ニ笑ワレナガラ踊リ狂ッテロ」

 

嘲笑しながらキャサリンが放った言葉に

 

神裂の手が動き腰に差す長刀を握りしめた。

 

「うるっせぇんだよ! まずテメーで鏡見てから物言えやぁ!!!」

「ニャアアアアア!!!」

 

刀は抜かず鞘ごと引っこ抜いた横一閃。

いきなり激昂された上に攻撃されるがキャサリンは背中を大きくのけ反らしてそれを回避。

だが二メートル以上の長刀は鞘に納められているにも関わらず、神裂は店の壁をぶち抜いて鋭く抉って振り抜いたのだ。

 

「キャサリン! おいちょっとアンタ! 何人の店壊してんだコラァ!! 弁償しな!」

「は! あ、すみません、なんか無性にムカついたのでつい……」

 

我に返って慌てて駆け寄って来たお登勢に謝る神裂。

しかしその隙に

 

「今の内じゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

「悪いなねーちん!!」

「ああちょっと待ってよ二人共!!」

「!」

 

坂本が待っていたかのように土御門ど共に神裂の脇をすり抜ける。新八もすぐに彼等の後を追う。

 

「コラテメェ等!! どさくさに食い逃げしてんじゃねぇ!!」

「お登勢さんすみません! 後で払いに来ますからツケといて下さい!!」

 

怒るお登勢を置いて新八もまた二人の後を追って店から出て行ってしまった。

そして神裂も苦い表情を一瞬浮かべながらもすぐに

 

「逃がしませんよ坂本辰馬……」

「あ! アンタも逃げる気かい!」

「すみません壁の弁償はツケといてください!」

「いやツケられるかぁ!!」

 

そう言い残して彼女も坂本たちの後を追って出て行ってしまった。

残されたお登勢はすぐに店から表に出るも

 

「あっという間に消えちまった……ったくしょうがない、警察でも呼ぶか」

 

周りを見渡しても、もうどこにもいない、というよりこんな人だかりでは探すに探せないのだ。

夜のかぶき町はかぶき町のもう一つの姿。昼よりも開いてる店が多いので多くの人でごった返しになっているのだ。

 

「食い逃げされるわ壁壊されるわ、厄日だねこりゃ、今日は店閉めるか」

 

普通ならそんな真似されたら頭を抱えて落ち込むものなのだが、お登勢はたいして痛くなさそうにタバコを口に咥えて火を付ける。

 

すると

 

「うるっさいのよババァ!! 今何時だと思ってんだゴラァ!!」

 

2階からこれまたやかましい女性の声。

タバコを咥えながらお登勢が顔を上げるとそこには派手なネグリジェを着た若い女性が

 

「こちとら依頼も来ねぇわ金もねぇわで腹減っててイライラしてんのよ!! せっかく人が寝てる時に下でドタバタ暴れてんじゃねぇ!!!」

「うるせぇ 潰し!! 仕事が来ねぇのも金もねぇのも全部自業自得だろうが!! かぶき町に住むってんならこんぐらいの事でいちいち騒いでんじゃないよ!! それと今月の家賃まだ貰ってないよ! さっさと出しな!!」

「あ、急に眠気が、おやすみ」

「待てコラァァァァァ!!!」

 

ちょっと前から2階に住み始めて万事屋という奇妙な店を出している女性。

家賃を催促されると大人しく家の中に引っ込んでしまう。

こうしてお登勢は短期間で3度も逃げられる羽目になったのであった。

 

 

 

 

 

そして神裂から逃げた坂本達は人々の間をすり抜けながら夜のかぶき町を駆け巡る。

 

「あのネェちゃん久しぶりに会っても何も変わっておらんのぉ! あの堅物な所は”ヅラ”そっくりじゃき!!」

「それでどうする坂もっさん、向こうさんどうやら本気の様だぜ、何せあのねーちんを出してきたんだからな」

「アハハハハ!! まあ成るように成るじゃろ!!」

「ちょっとぉぉぉぉ!! 僕にもちゃんと説明して下さいよコレ!!」

 

坂本と土御門にやっと追いつきながら新八は彼等に向かって叫ぶ。

 

「なんなんですかあの人! 坂本さんに対して凄い怒ってたように見えましたよ!」

「女ってのはたまに無性にイライラする時があるんぜよ、そういう生き物だから仕方ないんじゃ」

「ぱっつぁん、女の子の日って知ってるか?」

「はっ倒されてぇのかテメェ等! アレ明らか別件でキレてただろうが!!」 

 

走りながらもツッコミは忘れない新八に坂本は振り向く。

 

「あのネェちゃんはきっと追手じゃろう、わしがここば連れてきた嬢ちゃんを取り返しに来たついでに、わしの始末の両方を任されとるかもしれん」

「取返しにってどういう意味ですか!? それに始末って!」

「早い話、わしはあのネェちゃんがいる組織からあの嬢ちゃんを買い取らせてもろうたんじゃ」

「買い取ったぁぁぁぁぁぁ!?」

 

突然の告白に新八は驚く。女の子一人買い取ったなど傍から聞けば変な風に聞こえるからだ。

 

「最低だよアンタ! まさかこんなロリコンに協力していたなんて!」

「なにをー! わしはおりょうちゃん一筋じゃ! ガキンチョなんぞに興味あらんわ!! わしはただあの嬢ちゃんに外っちゅうモンがいかに広いか見せてやろうと思っただけじゃき!!」

 

新八の言葉を坂本は全否定しつつ後ろを振り向く。

 

「わしはちゃんとあそこの組織のボスと話しつけて来た筈なんじゃがのう、なんかの手違いで聞いとらんのか?」

「あの”女狐”の事だ、自分の駒に話す必要ないと判断しただろうよ。きっと禁書目録の方もアンタに買い取られた事なんて知りもせずにただの観光だと思ってるんだろうぜい」

「そりゃどういう意味じゃ?」

「”女狐”はハナっからアンタにイギリス清教の切り札を売る気はなかったって事ぜよ」

「ハハハハハ!! こりゃ一杯食らわせられたのう! 通りで安い買い物だと思ったんじゃあ!!」

 

土御門の話を聞いてようやく坂本は騙された事に気付いて大笑い。まんまとやられたと走るスピードを遅める。

 

「ならばあのネェちゃんにはそこん所詳しく聞いてもらわんといけんのぉ」

「あのねーちんが大人しく聞くとは思えんのだがにゃー」

「ちょっと二人共なんで急にスピード落としたんですか! 追いつかれますよ!!」

「大丈夫じゃ眼鏡君、わしにいい考えがある」

 

そう言って坂本は辺りをキョロキョロと見渡し始めた。

 

「よし、決めたぜよ」

 

そして遂に坂本は足を止めて土御門と新八の方へ振り返る。

 

「わしら三人であのネェちゃんに勝つ」

 

その一言に土御門は立ち止まりながら面白そうに笑った。

 

「軍艦でも容易く落とせるあの”聖人”を相手に随分とデカく張ったな、坂もっさん」

「ぐ、軍艦を落とせるってどういう事!? あの人そんなに強いの!?」

「ねーちんは世界でもそうそういない聖人といういわば人を超えた人だ。学園都市に住むぱっつぁんにはわからないだろうが、この世界にはそういう化け物がわんさかいるんだぜい」

 

新八に簡単に説明しながら土御門はもう一度坂本の方へ振り返る。

 

「で、策は?」

「そいつはお前に任せるぜよ土御門、おまんはわしより賢い。わしが用意した武器を上手く利用してあのねぇちゃんを大人しくしてくれりゃあいいんじゃ」

「相変わらず面倒事はいつも俺か陸奥のねーちん任せだにゃー、それじゃあその武器ってのは?」

 

憎まれ口叩いてもどこか嬉しそうに言う土御門に、坂本は大きく両手を広げて

 

「これじゃ!!」

 

天に向かって力強く叫ぶ。

 

「このかぶき町こそが! 今のわし等にとっての最強の武器じゃ!」

 

口をポカンと開けて何を言っているのか理解できない様子の新八に坂本は振り向く。

 

「眼鏡君! かぶき町に詳しいおまんにも色々とやってもらうぜよ!!」

「かぶき町が武器ぃ!? 一体何をやるっていうんですか!?」

 

町そのものを戦力に利用とするという突拍子もない作戦に戸惑う新八。

しかし坂本は冗談ではなく本気でそう考えているのだ。

 

神の力の一端を持つといわれる聖人を相手にかぶき町を使って戦う事を

 

「すぐに見せちゃるきん、この坂本辰馬の力を!」

 

 

 

 

 

おまけ

教えて、銀八先生

 

「はいどうも、最近出番無いしヒマだったから思い切って他作品に出張したら女になった銀八先生です。それではいつも通り質問に答えようと思いまーす」

 

「一通目、感想欄からハンドルネーム「はまじ」さんからの質問」

 

『この作品での地球の国際情勢はどうなっているのでしょうか?銀魂の時代設定は、一応幕末になっているので、真面目に考えればイギリスなどは産業革命真っ只中の大英帝国時代に当たります』

 

「ズバリお答えします、基本海外も国内もオリジナルの時代設定です、リアルの方の歴史とごっちゃにしちゃうと銀魂っぽくなくなりますからね。ただ天人が地球にやって来てるって所を考えればリアルの方の歴史とは大分違うというのがおわかりだと思います。もしかしたら海外では中にはジャンプやらサンデーやらを聖書扱いして持ち歩いてる様な変な神父やらシスターとかいるかもしれません、え? 天人関係ない?」

 

 

「えーそれではニ通目ハンドルネーム「八条」さんからの質問」

 

『新八って補習組の中ではどの位成績が悪いのですか?』

 

「あー三バカ(上条・土御門・青髪)のちょい上ぐらいです、この時点での彼は能力関連に関してはすっかり諦めているので勉強も怠ってるみたいです」

 

「はいそれでは銀八先生の授業終わり、夏休みだからって羽目外すなよ」

 



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第五十六訓 おいでませかぶき町

夜のかぶき町、スナックお登勢にて

店で食い逃げされた上に壁を破壊されたという事で警察組織の真撰組が出向いていた。

 

「コイツはすげぇ」

 

一番隊隊長・沖田総悟は鋭く一閃して横にぶち抜いていた壁を見ながら一言。

 

「鞘に収めた刀でこの威力、それにぶち抜いた箇所はまるで定規に沿って斬ったみてぇにブレがてんで見当たらねぇ、ここまで綺麗に真横にぶち抜けるたぁ並のモンじゃねぇな」

 

これほどの技量と破壊力を持つのは真撰組でさえそうはいない。沖田は感心したように眺めながら隣でお登勢から話を聞いていた副長・土方十四郎に問いかける。

 

「証言を参考にするとこれやった女、昨日土方さんがとり逃がした女らしいですね」

「何で俺一人で逃がしたみたいに言ってんだよ、テメェも一緒にいただろうが」

 

不機嫌そうに返事すると土方はまたお登勢のほうへ振り向く。

 

「で? 食い逃げした三人組は壁斬った女が来た時に逃げ出したと」

「ああ、男はへらへら笑ってたけど、女の方はすぐにでも刀抜きそうな感じだったね」

「刀抜かれそうな状況で笑っていた? その男の特徴は?」

「グラサン掛けたモジャモジャ頭でやたらと声のデカイ男さね、まあ男の方の連れの一人が私も知ってた顔だったし、後で払うって言いながら行っちまったから別に追わなくたっていいよ、追うなら壁ぶっ壊した女のほうを追ってくれ」

 

お登勢にとっては食い逃げよりも壁破壊されて今日の店を開けられない事のほうが腹が立ってるようだった。

しかし土方はどうもそのモジャモジャ頭の男が気になった。

 

「何モンだそいつは……それにそいつを追う女、どうもきな臭ぇ、ただの男女関係のもつれあいって訳じゃねぇよな」

「土方さん見てくだせぇ! コイツはヤバイでさぁ!」

「なに! どうした総悟!!」

 

思考を巡らしている時に後ろから沖田が珍しく慌てたように叫ぶので土方はすぐに振り返った。

 

「見てくだせぇこの女の顔! ものの見事に破壊され尽くされてます!! ここまでやるなんてその女相当ヤバイ奴ですぜ!」

「テメェフザケンナァ!! コレハ元カラコウイウ顔ナンダヨ!!!」

「喉もやられてるみたいでさぁ、喋り方も片言に」

「キャラデヤッテンダヨ!! コレガ私ノアイデンティティナンダヨ!!」

「え、そうなの? それわざとそういう喋り方してるの? 土方さんこの女「読者に読みにくい台詞を多用して目を疲れさせた罪」で、しょっぴきましょうや」

「遊んでないで真面目にやれ!! テメェをしょっぴくぞ!」

 

新たな容疑者を作り出そうとしている沖田にツッコんだ後土方は店の外に出る。

 

「チッ、刀を前にして笑う男と、壁をああまで見事にぶち抜く女、こりゃあこっちで調べてみたほうがよさそうだな、山崎にでも調査を……いやアイツは今別件の調査か」

 

頼りにならなそうで意外と出来る密偵を攘夷浪士に加担したスキルアウトの組織に潜り込ませているのを思い出して土方はタバコを口に咥えた。

 

「こんな時は近藤さんに相談してぇんだが、ったくあの人どこほっつき歩いてんだ?」

 

タバコの煙をプカプカと空に浮かべながら、土方はふと店の2階にデカデカと書かれた看板を見た

 

『万事屋アイテム』

 

 

 

 

 

「だっせぇ名前」

 

 

 

 

 

 

一方その頃、坂本辰馬達をまんまと逃がしてしまった神裂火織はというと

 

「この辺に逃げ込んだ所を見たのですが……」

 

賑わう人だかりや眩しく輝く店の看板のおかげで思うように探すことが出来ないでいた。

 

「こういう時にステイルの人払いがあれば便利なのですが……」

「アハハハハハ!! こっちじゃこっちー!!」

「!」

 

一度聞けば絶対に忘れられない笑い声、神裂はすぐに声の聞こえた方向に振り返ると

 

「ようネェーちゃん! 待ってたぜよ!」

「おーいねーちん! 疲れてるならこっちで休憩するかにゃー?」

「坂本辰馬に土御門! あなた達一体そんな所で……!」

 

とあるお店の2階から窓を開けて優雅に手を振っているのは捕まえるべき相手である坂本辰馬と土御門元春。

まさか向こうから出てくるとは丁度いい、神裂はすぐに店の中へ入ろうとするが

 

「ってちょっとここ!!」

 

店の前に来ると神裂はピタリと止まった。なぜ彼女が入るのに躊躇したのかというとデカデカと書かれていた店の名前が……

 

『ガンダーラ・ブホテル』

 

「な! なんちゅう所にいるんですかあなた達はぁ!!」

「アハハハハ! どうしたんじゃただのホテルじゃ! 入らんのか!?」

「ヘイ! カモンねーちん! カモン!」

「入れるわけないでしょ! 降りてきなさい卑怯ですよ!」

 

明らかに男女がちょっとした事をする為のようないかがわしいホテルを見て、冷静沈着の神裂の表情が赤くなった。

それを見て坂本と土御門は予想通りとはしゃいで

 

「おいおいネーちゃん! まさか捕まえる相手を目の前にして中に入れないっちゅう訳ないじゃろ! いやネーちゃんの場合入るっちゅうより入られる方か! アハハハハハハ!!」

「ぶっ殺すぞモジャモジャ頭!!」

「大丈夫だねーちん、まずは先っぽだけ入ってみよう、最初は怖いけど一回入ればすぐ慣れるにゃー」

「いい加減にしろグラサンコンビ!! そういうオッサンみたいな下ネタが一番嫌いなんだよ!!!」

 

口調が変化してることも気づかずに怒鳴っている神裂を眺めながら大いに笑う坂本と土御門。

そんな彼らを部屋に設置されたダブルベッドの上に座る新八が唖然とした表情を浮かべる。

 

「この辺の近くにあるいかがわしいホテルを教えて欲しいって土御門君に言われた時はわけわからなかったけど……まさかこんなことする為にわざわざここに来たの?」

「ナイスアイディアじゃ土御門! こげな事陸奥でも思いつかんぜんよ!」

「ねーちんはあんな大胆な滑降してるが超が付くほどの清純派。今まで恋愛沙汰にうつつを抜かす暇もなかったウブなあの人にとってはここは鉄壁の要塞だぜぃ!」

「いやただのラブホテルだからねここ! このまま立てこもってどうしろっていうのさ!」

 

道案内は新八、策の提案は土御門。坂本はまんまとこの二人のおかげで神裂が近寄ることも出来ない要塞を手に入れたのだ。

 

「こっからならネーちゃんも手が出せん! ならばこっからがわしの出番! 交渉して手を引かせるよう説得してみせるばい!」

「見ろぱっつぁん、これもまた坂もっさんの戦ぜよ」

 

早速話し合いで事を済ませようとする坂本の隣で、土御門が新八のほうに笑いかける。

 

「坂もっさんは言葉を使って相手と戦う、魔術や能力でもなく刀も使わず誰もが持つ言葉の力を巧みに扱い一滴の血も流さずに相手の心を無血開城する男、その力、しかとその目で焼き付けておくぜよ」

「いやその……相手を説得するっ為にここに来たいうのはわかったんだけどさ……」

 

ドヤ顔してみせる土御門に新八は坂本と彼を交互に眺めながら

 

「そうやってグラサン掛けた男二人で窓開けて顔出してると……店が店だからオープンな”アレ”なカップルだと見られるんじゃないの?」

「「……」」

 

新八の素朴なツッコミで二人は時が止まったように一瞬で黙り込んだ。

 

「しかもああしてあの女の人が叫んでると、傍から見ればまるで交際してた男が自分を捨てて男に走ったようにしか見えないシチュエーションなんだけど……」

「「……」」

「坂本辰馬! 土御門と一緒に大人しく出てきなさい!!」

 

下では神裂がまだこちらにむかって吼えている。そのおかげで通行人達がこちらを見上げてヒソヒソと話をしている姿があちらこちらで……

 

 

 

 

 

「城を捨てて撤退じゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

いらぬ噂をこれ以上立てられぬために坂本は土御門と新八を連れて2階から飛び降りた。

 

「あれ? 案外あっさりと出てきましたね……」

「はよう! ネェーちゃんよりも通行人の視線から逃げるのが先じゃあ!!」

「んな事わかってるぜよチクショォォォォォォ!! 最悪のかぶき町デビューだ!!」

「あんなホテルで男二人と一緒にいたなんて姉上に知られたら殺されるぅぅぅぅ!!」

「あ! また逃げるのですか!!」

 

着地してすぐに逃げ出す三人組をすぐに神裂は追い始める。

逃げながら坂本は隣の土御門に向かって

 

「なにが名案じゃ土御門ぉ! おまんのおかげでおりょうちゃんにあらぬ誤解されたらマジでぶっ殺すぞぉ!!」

「そりゃあこっちの台詞だ! アンタがバカみたいにでかい声で叫ぶから余計に目立ちやがって! 舞夏にこの事知られたら全力で殺してやる!!」

「わしに敵うと思っちょるのか! やってみろシスコン!!」

「アンタこそ誰に口利いてんだ! 無能艦長!!」

「ちょっとぉぉぉぉ! このタイミングで喧嘩するなよ! もうわかったから! お前等両方バカだってわかったから!!!」

 

走りながらも器用に相手に向かって殴ったり蹴りを入れたりしている坂本と土御門に後ろから追いながら新八がツッコむ。

 

「坂本さんこのままじゃ追いつかれます! 早く次の作戦を考えないと!」

「大丈夫じゃ眼鏡君、わしにいい考えがあるぜよ」

「え? まさかこんな状況でも既に作戦を練っていたんですか?」

 

土御門に殴られてちょっと頬を腫らしながら振り向く坂本。

この途端場でもう作戦があるのかと新八がほんの少しだけ感心すると

 

「頼むぞ土御門!」

「やっぱり人任せかいィィィィィ!!」

「やれやれだぜぃ……」

 

結局他人頼みだった。

 

 

 

 

 

 

そしてそんな三人を追っている神裂は、彼らがあるお店に入るのを目撃した。

 

「また店に入りましたか……まさか今度もまたいかがわしい店に……」

 

前の件があるので警戒する彼女、恐る恐るその店に近づくと看板には

 

『交響玩具店』

 

「おもちゃ屋、ですかね? これなら私でも入れそうです」

 

玩具店と書かれてほっと一息突く神裂。このかぶき町という町は視界に入れる事さえためらう店がたくさん並んでいたので、こういう子供向けの店もあるのだと安心した。

すっかり警戒心の薄れた神裂は玩具店のドアを開ける。

 

店の中に入るとすぐ傍のカウンターで元気そうな小さい男の子が一人立っていた。

 

「あ、いらっしゃい!」

「店員は子供ですか……それもどうかと思いますが、それはそれでここは完全に子供向けのお店だと示して……」

 

まだ小学生ぐらいの子が店番しているのも変だが、とりあえず神裂は完全に安心し切った様子で店の中を見渡すと

 

全面モザイクだらけのいかがわしい“大人のおもちゃ”が所狭しと置かれていた。

 

「ってなんですかこれはぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「え、おもちゃだけど?」

「これがおもちゃ!? いやちょ! なんでおもちゃにモザイクかかってんですか!? 最近のおもちゃってみんなこうなんですか!」

 

何言ってんのって感じでこっちを見る子供店員に神裂は取り乱したようにモザイクだらけの商品棚を指差す

 

「なんかウニウニ動いてますよアレなんか! 荒ぶってますよすっごく!」

「お目が高いねねぇちゃん、あれは最近発売された新モデルでね。なんと×××が××××して×××を××××××する事を可能にした学園都市の最新技術を集結させた×××××なんだ! 今ならこの特殊ローションとセットで安くなるから試しに買ってみたら?」

「純粋な目をした子供がとんでもない事を平然と言ってる! なんなんですかこの町は! これが学園都市なんですか!? こんな所にあの男は彼女を連れてきたんですか!」

 

無垢な笑顔を浮かべてモザイクのかかったとんでもないモンを持ってきた子供店員に神裂は恐怖すら覚えた。一刻も早くこの店から出て行きたい、早く坂本たちを見つけねばと神裂はその子供店員に尋ねる。

 

「す、すみません……さっきここにグラサン二人組みと眼鏡を掛けた少年が入ったと思うんですけど……」

「ネェちゃん新兄の知り合いなの? だったらついさっき大量に商品買って店の奥に行ったよ」

「……」

 

何かいやな予感がする。神裂がそう思うと同時に店の奥から足音と何かを震わせてるような変な音が……

 

「待たせたのネェちゃん」

「ギャァァァァァァァ!! なに全身モザイクだらけのコーディネートで出てきてんですかあなたはぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

体中のあちらこちらからウィーンウィーンと奇怪な音を鳴らしながら現れた卑猥なる物体。

声からして坂本だというのはわかるがもはや見た目は完全にモザイクそのものでとてもじゃないが直視できない。

 

「さあ、これでもうわしを攻撃出来んじゃろ。わしの話を聞いてくれ」

「卑猥な音立てて近寄らないでください! 頼むから! ホント私に近づかないでください!!」

「なにを怖がっとるんじゃ、こんなモンねぇちゃんだって1個や2個持っとるじゃろ」

「持ってるわけねぇだろうが!! ふざけた事言ってんじゃねぇぞコラァ!!!」

 

セクハラを交ぜながら近づいてくる坂本に神裂はキレながらも後ずさり。

その様子を坂本の背後から見守る土御門と新八。

 

「どうだぱっつぁん、これぞ対ねーちん攻略用の武装鎧だぜい」

「いや……卑猥な物体が女性に襲い掛かってる構図にしか見えないんだけど……」

「ぶふぅ! あんな焦ってるねーちん今まで見たことないぜよ、記念に写メで撮っとくか」

「あれ、楽しんでる!? ひょっとしてあの人倒す云々じゃなくて自分が楽しみたいから坂本さんをあんな格好にしたの!?」

 

口元を手で押さえながら笑いをこらえようとしつつ携帯を取り出して神裂を撮りまくる土御門。

そんな彼に新八がツッコんでいる中、彼の横をすっと一人のお客さんが横切る。

 

「……気に入らないわ」

 

そういうとそのお客は腰に差した軍用に使うライトを抜いて坂本に標準を定めると

 

「アハハハハハ! ほれほれ逃げるな! ハハハハハハ……あれ?」

 

彼が着飾っていたモザイクは一瞬にしてパッと消えたのだ。

 

「ここはね、男の子が笑顔でアダルティーなおもちゃを売っているという私にとっては最高のシチュエーションなのよ。そこであなた達みたいな連中が店内で変態プレイされたら凄い迷惑」

 

そう言ってそのお客さんは親指を立てて自分の首を掻っ切る仕草。

 

「消えなさい変態共、ここは私と晴太くんがイチャつくジハードなのよ……!」

「いやアンタも変態だろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわぁ……また結標さん来てるよ……月詠姉に報告しないと」

「しかも思いっきり拒絶されてるよ! 晴太くんゴミを見るような目で見てるよ! 店にゴキブリ出てきたから駆除しようって感覚で通報しようとしてるよ!」

 

子供店員に完全に警戒されているのにも関わらずお客さんはどこか誇らしげ。

しかしそんな中、思わぬ人物の介入によって武装解除された坂本は

 

「くっそぉ! また撤退じゃ! 逃げるぞおまん達!」

「待ちなさい! こんな狭い店であなた達を逃がすわけ……!」

 

一つしかない出入り口の前に陣取って逃げようとする坂本目掛けて長刀を手に物が

 

「わっふッ!」

 

坂本が装備していたモザイクコーディネートが突然彼女の頭上に勢いよく落ち来てたのだ。

どうやら消えたわけではなく空中に飛ばされていただけらしい。

 

「今の内じゃ!」

「ねーちんそれ全部あげるぜよ!」

「色々とごめんなさい!」

 

モザイクまみれの状態で下敷きにされた彼女の上を飛び越えて逃げる三人組。

うごめくモザイクに埋もれた神裂はすぐに立ち上がり

 

「このような屈辱をよくも……絶対に生きては返しません……!」

「ねぇちゃんまだ頭にモザイク乗っかってるよ」

「よくもまあ人前であんな物を頭に乗せられるわね、服も露出高いしあれも変態よきっと、晴太くんはあんな人に近づいちゃ駄目よ」

「うん、だから通報しといたよ、いつものサラシ巻いた変な女が来たからとっ捕まえに来てって」

「え、それもしかして私の事じゃ……」

 

完全にお怒りの様子で店を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

そして再び、神裂は坂本達が入っていった店の前にたどり着く。

店の名前は『高天原』

 

「いけませんねこのままでは……たかがいかがわしいというだけで目的を成し遂げられないど聖人として一生の恥です」

 

このままでは踊らされる一方だ、坂本のペースに呑まれている事に気づいた神裂は反省して店の両開きの大きなドアに手を伸ばす。

 

「なれば今度こそ、全身全霊を持ってあの男の策とやらと正面から向かい対処します」

 

腹をくくって決意すると神裂はドアを開けようとする。

 

だがドアは彼女が触れずとも自動的に大きな音を立てて開いて

 

「え?」

 

次に彼女の目の前に映った光景は

 

 

 

 

 

「「「「「ようこそ、ホスト高天原へ!!」」」」」

 

左右の端にこれまら煌びやかな2枚目の男達がこぞって出迎えてきたのだ。

全く見たことのない空間に神裂は口を開けて思考が停止する。

 

「なんなんですかこのかぶき町というのは……こんなの私が今まで見てきた世界とは全く……」

「ご指名はお決まりですか?」

「へ!? ああいえ! ここに入ったグラサン掛けたモジャモジャ頭の男に会いに来ただけです!!」

 

傍にいた若いホストに丁寧に尋ねられて思わず口ごもるも用件を手短に伝える。するとそのホストはすぐに彼女を店内に案内し

 

「そうか、ならすぐに呼んでやるよ、緊張しなくていい、初めての客はみんなそうなるモンなのさ」

「ありがとうございます……」

 

こんな所来た事ないので滅茶苦茶縮こまる神裂をエスコートしながら店の中に連れてくる。

するとそのホストは手をパンパンと力強く叩いて

 

「おら新人ご指名だ! 教えた通りしっかりやれよ! 新人二人もヘルプに回ってしっかりご奉仕してやれ!!」

「え、いや私は別に指名じゃなくてここに来た男を……」

 

勘違いされたのだろうか、誰かを呼ぼうとするホストに神裂は恐る恐る否定しようとするのだが彼女の前にさっと現れたのは

 

「イエァ! この度はご指名ありがとうございます!」

 

物凄い低姿勢でこちらに頭を下げる三人組の男達、そして神裂の目はすぐにその男達の真ん中にいるモジャモジャ頭を見て気づいた。それと同時にこちらにバッとモジャモジャを頭を一層揺らしながら男は顔を上げた。

 

「TATUでぇす!!」

「TUCHIIだぜぃ!」

「SINです!」

 

どう見てもいつの間にかホストっぽい格好になっている坂本達がそこに立っていた。

ここまで予想外な行動に出られると神裂は言葉を失う。

 

「あ、あなた達は一体何を考えて……!」

「オラお前等、自己紹介終わったらさっさとお客さん席に案内してあげな」

「オーケィ! わが命に代えても!」

 

先輩ホストに言われるがままにTATUこと坂本は左足を軸に横回転しながら神裂の背後に回ると彼女の肩に手を置いて席へ案内する。

 

「5番テーブル入りまーす!」

「これはどういうつもりですか坂本辰馬……今この場で斬り殺されたいのですか?」

「こないにぎょうさんおる人達の前でネェちゃんがそげな事出来るんじゃったら、わしはもうとっくに殺されとる」

 

そう言いながら坂本はグラサンの下から笑った目を覗かせて神裂に問いかける。

 

「アンタも出来るだけ血を流したくはないじゃろ、ここはこの場でキチンと腹の中ぶちまけて語り合うのが一番じゃ」

「語る必要もありません、あなたが私達の元から彼女を奪った。あなたを斬る理由としてはそれだけで十分です」

「まあまあまあ、ここは男女の語り場じゃ。物騒な言葉を使っちゃいかんぜよ」

 

なだめながら彼女を席に座らせると、坂本はまた叫んで

 

「ヘェイTUCHII!! 遠くからはるばるとやってきたこの天使に癒しのお飲み物を!!」

「オーケィTATU!! わが命に代えても!!」

「なんか腹立つから止めてくれませんか……?」

 

妙にアメリカンに会話する坂本とTUCHII=土御門に軽く神裂がイラっとしていると

 

「ヘェイSIN! 早くパーフェクトに仕上げてメインディッシュ持ってきてくれぃ!」

「オーケィTATU! わが命に代えても! 今丁度いい焼き加減だぜフゥー!! 仕上げはこの青海苔だ!!」

「ってなんでこの人はテーブルの上で鉄板敷いてノリノリで焼きそば作ってんですかぁぁぁぁぁ!!」

 

いつの間にか目の前で焼けた鉄板でジュージューとヘラを使った巧みな捌きで焼きそばを作っているSINこと新八。

 

「そちらの天使はモジャモジャが好みだって言うから作ってみたんぜフゥー!!」

「好きじゃないですよ!! いや焼きそばは嫌いじゃないですけど別にモジャモジャだから好きって訳じゃないですから!! ていうか煙たい! 目にしみる!」

 

絶妙な焼き加減で焼きそばを作り上げる新八にツッコミを入れる神裂、すると彼女の目の前にドンっとジョッキが置かれ

 

「ヘェイエンジェル! こちら当店自慢の一杯」

 

飲み物を持ってきた土御門が得意げに

 

「もずく酢だぜぇ!」

「だからモジャモジャ好きじゃねぇって言ってんだろうがぁ!! ていうかなんで当たり前のようにもずく酢あるんですか!?」

「一気のみコールのリクエストなら喜んで受け賜るんだぜぃ?」

「しないですよ! なんであなた達の前でもずく酢一気飲みしなきゃいけないんですか!!」

 

どことなく期待してそうに尋ねてくる土御門がこれまた更にムカつく。

ジョッキ並々に注がれたもずく酢などとてもじゃないが一気に飲めない。

 

「おいテメェ等! 何やってやがんだ!!」

 

するとそんな惨状を目の前にして黙っていられなかったか、先ほどの先輩ホストの少年が怒鳴り声を上げて歩み寄ってくる。

 

「新人だから何かフォローしてやらねぇと思っていたが! なんたる醜態を晒してやがんだ! お前等そんなんでお客様が満足して帰ってくださると思ってんのか、あぁ!?」

 

えらくご立腹の様子で先輩ホストは3人を立たせて横一列に並ばせ

 

「いいか! お客に対して俺たちは全身全霊を持っておもてなしをするんだよ! お前等にはそれが全く足りねぇ! お客様は神様だ! 聖人を相手にご奉仕する弟子の様に敬え!! お客様はイエス! お前達はユダだ!」

「「「オーケィ我が命に代えても!!!」」」

「いや私元から聖人なんですけど……てかユダじゃ駄目でしょ……」

 

先輩らしく説教した後、その先輩ホストはテーブルに置かれた焼きそばともずく酢を見下ろすと

 

「テメェ等これはなんだ! こんなふざけたモンを客に出したのか!」

「ヘェイナンバー2! それは俺のソウルが刻まれた焼きそばなんだ! 決してふざけてなんかいねぇさ!」

「ナンバー2! それはちょうど冷蔵庫の中で賞味期限が切れかけていたもずく酢なんだぁ! ちょっとふざけてました!!」

「ナンバー2その金髪グラサン殺していいです!!」

 

どさくさにまぎれてとんでもない事バラす土御門、神裂がナンバー2と呼ばれている先輩ホストに叫んでいると、彼は怒りで肩を震わせながら鉄板の前に立ち

 

「こんなモンでお客さんが満足できるわけねぇだろうが……! テメェ等ホストナメてんのか……!? 焼きそばなんて作りやがって……ホストなら、ホストだったら……」

 

ブツブツと呟くとカッと目を見開いて

 

「もんじゃ焼きだろうがぁぁぁぁぁぁ!!!」

「結局鉄板焼きぃ!?」

 

いつの間にか豪快な手捌きでもんじゃ焼きを作り始める先輩ホスト。

慣れた手つきで作るその様を後ろで見ていた後輩のホスト達が羨望の眼差しを向けている。

 

「出た! 若くして高天原ナンバー2に上り詰めた実力を世に知らしめた“垣根さん”の超特製もんじゃだぁ!!」

「そのあまりにもモジャモジャっぷりはもんじゃ焼きなのか人間の吐いた嘔吐物なのか分からないほどのモジャモジャなんだ!」

「いやそれも客に出すものとして絶対駄目ですよね!? ていうか結局あなた達の中でも私はモジャモジャ好きなんですか!?」

 

いきなりもんじゃ焼きを作り始める垣根と呼ばれた少年にツッコミたい所だがホスト一同勝手にモジャモジャ好きに認定されていることの方が不満だった。

 

しかしそんな彼女をよそにナンバー2こと垣根帝督は「うおぉぉぉぉぉぉ!!」と雄叫びを上げながら作っている。

 

(負けられねぇ! “奴”にだけは絶対に! 俺はこのもんじゃ焼きで!! 不動のナンバー1ホストであるあの男を超えてやるんだ!!)

「いやそういう設定ここで出さなくていいですから! 誰も興味ないんで! 特に私が!」

(奴は俺がもんじゃ焼きを一枚作った時点でお好み焼き! そしてデザートの判子焼きまでも作り上げちまう怪物! まだだ! このスピードじゃ奴には辿り着けねぇ!)

「うっせぇな!! もうホストじゃなくて鉄板焼き専門店やれよ!! クソどうでもいいって言ってんだろうが!!」

 

額に流れる汗を拭いながら懇親の作品を作り上げようとしている垣根だが。

神裂にとっては心底どうでもいい状況。

そんな中、ずっと眺めていただけのあの男が……

 

「悪いがナンバー2、このエンジェルのハートを射抜くのはこっちだぜよ!」

「ヘェイ! ついに奥の手を出すのかTATU!」

「準備は出来てるぜブラザー!」

 

垣根の向かいに立って両手にヘラを構える坂本。両脇に土御門と新八を従えて

 

「もんじゃ焼きと言えばモジャモジャで語尾にじゃをつける事の多いわしが作ってこそじゃろ!!」

「あの、もうツッコミ疲れたんでさっさと作って下さい、そして私に斬られて下さい」

「よしTUCHII! SIN! 向こうが1人で作るならこっちは3人がかりじゃあ!」

「「オーケィ我が命に代えても!!」」

 

意気揚々と3人でヘラを持ってもんじゃ焼きを作り始めようとする、だが

 

「「「オボロシャァァァァァァァァ!!!!」」」

「作る工程すっ飛ばしていきなりもんじゃ出したぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

鉄板の上に一面広がる程の3人仲良く突然嘔吐、辺りに酸っぱい匂いを漂わせながら、坂本が気持ち悪そうに顔を上げて

 

「そういやババァの所で酒たらふく呑んどったの忘れとった……その後何度も走り回ったきん、おかげで酔いが回ってる時にナンバー2のもんじゃ見て思わず……」

「そういや俺も坂もっさんと呑んでたにゃー……」

「僕も土御門君に無理やり呑まされてました……」

「それで3人で同じタイミングで吐いたんですか!? なんですかその3つのバカが織り出す汚い奇跡!?」

 

そして3人で口元押さえながら顔色悪そうにグッタリしている所、垣根は向かいでもんじゃを作っていたのにもはや鉄板一面が彼の作ったもんじゃと彼等が吐いた嘔吐物が入り混じって最悪の状況を見て。

 

「おい……!」

 

酸っぱい匂いが店の中に充満してお客さんや他のホストが逃げていく中、かつての頃を彷彿させるような殺気を3人に放った。

 

「俺の特製もんじゃだけじゃ飽き足らずよくも店台無しにしやがったな……!!」

「アハハハハ……気分悪いから早退させてもらいまぁす……」

「逃がすかこのクソッタレがぁぁぁぁぁぁ!!!」

「みんなぁぁぁぁぁ!! 超逃げてぇぇぇぇぇぇ!!!」

「「オーケィ我が命に代えても!!」」

 

このままでは殺されると悟った坂本達は命からがら逃げ出すのであった。

 

 

 

 

 

そしてそれから、坂本達はなんとか逃げ切るもフラフラとしたおぼつかない足取りでかぶき町を歩いていた。

 

「もうダメ……僕もう限界です……」

「俺もさすがに……もう何処の店に行けばいいのかねーちんを止められるのか検討もつかないぜぃ……」

「……いやまだあるぜよ」

 

こうしている間にも彼女は刻々と迫ってきているであろう、捕まるのも時間の問題。

しかし坂本はまだ諦めてはいなかった。

 

「土御門に眼鏡君、おまん等よう頑張った、こっからはわしの力見せちゃる……」

「見せる事なく死にますよ、もうあなたは詰みです」

 

とある店の壁にもたれた坂本に返事したのは、土御門でも新八でもなく。

幾度も彼等を追い詰めた追跡者、神裂火織

時刻はすっかり零時を超えて深夜、さすがにこの時間帯では通行人も減っている。

ゆっくりと距離を詰めながら

 

「口先だけの詐欺師と、これ以上付き合う義理もありませんからね」

「……なぁネェちゃん」

 

疲れた様子で壁にもたれたまま坂本は神裂に問いかける。

 

「かぶき町を、この町を見ておまんは何を感じた?」

「……」

 

唐突な質問に神裂はしばり黙るとゆっくりと口を開き

 

「口より先に手を出す荒くれ物の集い、並ぶ店もいかがわしい場所ばかり、何もかもが常識知らずのかつての侍の時代の名残があり、こんな所がよもや最進化学の整った学園都市にあるなんて来るまで知りませんでした」

「みんな必死になってたくましく生きちょる、わしはこの町が好きぜよ」

「私はあまり良い所ではないと思いますが」

「アハハハハ、まあガキにはまだまだ早いか」

 

聖人をガキ呼ばわりしつつ空を見上げながら坂本は呟くと、壁伝いに這いながら店のドアに手を伸ばす。

 

「ネェちゃん、決着着けようか、わしのとっておきの場所でな」

「まだ手はあると、どうせさっきみたいなロクでもない事ばかりする気でしょ?」

「当たり前じゃろ」

 

不適に笑いながら坂本はドアを開く。

 

「このかぶき町にはロクでもないもんしかないんじゃからの」

 

神裂はふと見上げて店に掛けられた看板を見る

 

店の名前は

 

『キャバクラすまいる』

 

 

 

おまけ

教えて銀八先生のコーナー

 

「はいそれでは答えようと思いますハンドルネーム「JPS」さんからの質問」

 

『麦野とお妙って常日頃から衝突しているんですか?』

 

「顔合わせた時は100%ぶつかりますがそんな滅多に会う間柄でもないのでそんな毎日やってるわけじゃないらしいです、そらそうでしょ、片方は夜はキャバクラとして働いてて片方は朝夜関係なくプーなんですから」

 

 

「続いて二通目~ハンドルネーム「八条」さんからの質問」

 

『上条さんは声マネが出来るみたいですが似ていると思う声マネとかはありますか?』

 

「さり気ない描写で書かれてましたがアレはれっきとした声帯模写の一種です、と言っても中途半端に覚えた技術なので女性の声は出せないみたいですがね。似てる声マネ? あ~バクマンの主人公の作画担当の方なら得意なんじゃないかな? なんか元から声似てるでしょ?」

 

「という事で銀八先生の授業終わりまーす」



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第五十七訓 とある商人の組織売買

ここはとあるスキルアウトが拠点としている廃団地。

深夜、今ここで一人の侍が一人の少女を連れて群がる攘夷浪士達を相手に大暴れしていた。

 

「はい次ぃ!!!」

「これしきの数でわたくし達に勝てると思ってますの!!」

 

銀髪天然パーマをなびかせ瞬間転移の能力を持つツインテールの少女と共に、一本の木刀で次々と浪士達をぶっ飛ばしていく。

 

「私も負けてられないって訳よ!! ジャスタウェイグレネード!!!」

 

攘夷浪士相手に戦っているのは彼等だけではない。

金髪碧眼の少女がスカートの下から奇妙な人形を大量に取り出して浪士達にぶん投げる。

その人形が彼らの足元に落ちた途端強烈な爆発と共に周囲を吹き飛ばす。

 

「へ~い……が、がんばれみんな~……」

 

そしてこそこそと物陰に隠れているガラの悪そうな少年が一人。

こっちは別に戦ってもいない、ただ隠れて事の終わりをひたすら祈り続けている。

 

たった3名で刀を持った連中を根こそぎ食らうかの如く潰していく様は、これまた恐ろしい光景だった。

 

そしてそこに彼はいた。

 

「ひぃぃぃぃぃぃ!!! なんでなん! なんでボクこんな所におるん!?」

 

土御門や上条達と離れて銀髪シスター探しの為にたった一人のチームで危険エリアに来ていた青髪ピアスだ。

 

今は少し離れた場所から怯えながら身を隠している。

 

「色々な所探し回っていたらすっかり夜になってたから帰ろうと思うてたのに! いつの間にかスキルアウトと攘夷浪士の戦いに巻き込まれてしもうたぁ!!!」

 

事の経緯をざっくりまとめた説明口調で叫んでいるとそれに気づいた複数の攘夷浪士が一斉に彼のほうへ振り返る。

 

「なに! まだ奴等の仲間が隠れていたのか!」

「小癪め! この場で天誅を下してやる!」

「ひぃぃぃぃぃ! 違いますー! ボクはただの一般人ですー!!」

「戯言を! こんな所をウロつく一般人などどこにおる!」

「ここにおるんですー!」

 

必死に否定する青髪だが浪士の連中は話も聞いてくれない。

血気盛んな彼等は刀を抜いて一斉に襲い掛かってきた。

 

「死ねー!!!」

「いやぁぁぁぁぁ!! やっぱ無理やって断っとけば良かったー!! 化けて出たるでツッチー!!!」

 

青髪に彼等は同時に斬りかかる。こんな所で自分はあっけなく死ぬのかと青髪は泣きながら叫んでいたその時

 

「ジャスタウェイランチャー!!」

 

あの金髪少女の声が戦場に響き渡る。その瞬間、青髪に襲い掛かっていた攘夷浪士達の背後に奇妙な顔をした人形型の弾頭が突っ込んで

 

「「「ギャァァァァァァ!!!」」」

 

大爆発。

 

直撃を食らった浪士達はその場でピクピクと痙攣しながら倒れた。

青髪は目の前の光景を見て呆然と固まる。

 

「た、助かった……あの子のおかげで……は! これはライトノベルでよくある強いヒロインに助けられた主人公というシチュエーション!」

 

名も知らぬ少女に助けられた事に気づき、青髪はまだ恐怖でビクついている足で何とか立ち上がると、まだ戦っている少女をキッと見据えた後。

 

「お嬢ちゃ~ん助けてくれてありがと~! 助けてくれたお礼にお茶驕りま~す! その後あわよくば付き合ってくださ~い!!」

 

すっかり舞い上がった様子で両手上げたまま彼女の下へ猛ダッシュする青髪。しかし

 

足元でカチッと鳴る音が彼の足を止めた。

 

「へ?」

 

違和感を覚えて足元を見るとそこには地面に埋められた奇妙な顔した物体が……青髪の足はちょうどその物体の頭の上……

 

「え、なにこれ、ちょ……」

 

青髪がそれの正体に気付くか気付かない間に

 

彼は凄まじい閃光と爆発音と共に宙を舞うのであった。

 

「ん?」

 

自慢のジャスタウェイ地雷にハマったのかと少女は空中を飛ぶ少年に目をやる。

 

「……誰? まあいいや」

 

一瞬そう考えた後、彼女は再び浪士達を相手に戦いを再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャバクラすまいるはかぶき町にあるお店の一つだ。

売上は他のキャバクラと比べるとどっこいどっこいの差。つまりそれほど儲けてる店でもなくかといって閑古鳥が鳴いている訳でもなく日によって黒字になったり赤字になったり、つまりなんの変哲もないただのキャバクラだ。

何か一つ変わっている者があるとしたら

 

「ギャァァァァァァァ!!! お妙さんギブ! お妙さんこのままじゃ裂けちゃいますぅぅぅぅぅぅ!!!」

「いい加減にしろやこのゴリラストーカァァァァァァ!!! なんべん店来るなって言えばわかんだテメェはァァァァァァァ!!!」

 

物凄い腕っぷしの強いとあるキャバ嬢が働いている事である。

 

「姉上、まだあのストーカーに狙われてるんだ。もういっその事麦野さんに頼んでみるのもアリかな、あの人どうせヒマそうだし」

「あれがぱっつぁんの姉ちゃんか、狙われてるというより逆に命狙ってる勢いでゴリラにタワーブリッジかけてるように見えるんだが?」

「ダメダメ、あれだけ痛めつけても全然ヘコたれないからあの人」

 

志村新八の姉である志村妙はこの店で働くキャバ嬢にして用心棒。現在は自分に何かと求愛行動してはストーカーを繰り返してくる男、真撰組の局長近藤勲に制裁を咥えている真っ最中だった。

 

「諦めきれずただ一途に愛を求めるってのは俺は嫌いじゃないが、ああまで拒絶されたら普通冷めるだろうに。なぁねーちん」

「いや知りませんから」

 

お妙に同体引き裂かれそうになっている近藤を眺めながら土御門元春は唐突に向かいに座っている女性に話しかけた。

神裂火織は不機嫌そうに席に座りながら素っ気ない返事。

 

「とっておきの店だと言っておきながら、結局こういうお店じゃないですか」

「すんませーん! おりょうちゃん指名したいんじゃけどー!!」

「聞いてないですし……」

 

隣に座っている坂本辰馬をふと見るが彼はそっちのけで男性店員に向かってお気に入りの女性でもいるのか指名しようとしていた。しかし

 

「すみませんお客様、今日はおりょうちゃんお休みなんですよ。なんでも最近グラサン掛けたモジャモジャ頭のやたらと声のデカい男に付きまとわれて体調崩したとかで」

「なんじゃとぉ! ったくとんでもない野郎がいたもんじゃ! ワシのおりょうちゃんに付きまうたぁ風上に置けん! その野郎が来たらすぐにわしを呼ぶようにとおりょうちゃんに伝えておいてくれんかの! わしが天誅を下しちゃる!」

「お客様ツッコんでよろしいので?」

 

どうやら目当てのキャバ嬢は休みだったらしく、坂本はハァ~とため息を突いて隣の神裂をチラリと見ると

 

「あ~……まあコレでええか」

「オイ……今テメェ私の顔見ながらなんて呟いた……!」

「ねーちん口調口調」

 

女性に対してこの上ない失礼な態度に思わずキレ気味になる神裂を土御門がなだめる。

 

「しかしキャバクラかぁ、綺麗な女の子がこんなにいる空間ってのはまるで別の世界に迷い込んだ気分だぜぃ、青ピが聞いたら羨ましがるだろうよ」

「普通は学生入っちゃいけないんだけどね、なんかこの店はその辺ゆるいみたいでさ。なんでも常盤台のお嬢様を連れて来た銀髪の教師がいるとかって話し出し」

「そりゃまた随分とチャレンジャーだな」

 

キャバクラ初体験の土御門に新八が説明していると彼の隣に先程近藤を討伐していたお妙がやってきた。

 

「新ちゃん、そちらの子は新ちゃんのお友達?」

「お疲れ様です姉上、この人はまあ、今日一日かぶき町中を練り歩いた仲です」

「ぱっつぁんのクラスメイトの土御門元春でーす、お手柔らかに頼みますにゃー」

「まあ新ちゃんが学校の子を連れて来るなんて珍しい」

「そりゃそうですよ、ここかぶき町ですよ? 普通の学生は入れないじゃないですか」

 

お妙は行儀よく営業スマイルを浮かべながら土御門に軽く会釈。

 

「妙です、ウチの弟がお世話になっています」

「いやいや、今日むしろこっちがおたくの弟に随分とお世話になりましたぜぃ、かぶき町の中を随分と案内してもらいましたんで」

「あらそうなの、もしかしてそちらのお二方も新ちゃんが案内を?」

「ああまあ、坂もっさんの方は確かにそうだが、ねーちんの方は成り行きでいつの間にかそうなってまいしたってな感じで」

 

そう言いながら土御門がチラッと見ると神裂はまだ不機嫌そうに坂本を睨んでいる。

 

「前の店で思い切り吐いたくせにまだ飲むんですかあなたは……」

「アハハハハハ! むしろ胃の中がすっきりして何杯でも呑めるぜよ!! 店員さんもんじゃ一つー!! それとハイボール下さーい!」

「あなたのバカさ加減の底が見えません」

 

先ほど散々吐いたにも関わらずすっかり回復した様子で顔で酒とつまみを注文する坂本。

そんな彼に神裂が呆れている中、坂本の隣に一人の女性が行儀よく座った。

金髪をフワフワとなびかせて派手なドレスを着飾り、お妙と同じく十代ぐらいであろう少女だった。

 

「今日は随分と若い人達連れてきてお飲みになってるのね坂本さん」

「おお! これまたとんでもない子がお隣に来たのぉ! じゃがわしはおまんの事指名しておらんぞ!」

「んー私はお客さんに選ばれるよりお客さんを選ぶほうが多いのよ。ここに座ったのも単なる気まぐれだから」

「アハハハハ! つう事はわしは幸運にもナンバー1キャバ嬢に選ばれたという訳なんか!!」

 

上機嫌でおっさんくさいリアクションをする坂本。

彼の隣に座った少女を見て新八はお妙に尋ねる。

 

「ナンバー1って、あの子がこの店で一番人気のあるキャバ嬢なんですか?」

「そうよ、心理定規ちゃんって言うんだけどウチはおろか他の店からも一目置かれている花形なの。指名する事が出来るのもほんの一握りで席に座ってもらえるだけで一生で一番の幸せだって言うお客さんもいるぐらいなんだから」

「そうなんですか、確かに僕等とそんな年も変わらないのに凄い綺麗ですよね」

「そうよね、女の私でも惚れ惚れするほど綺麗な子だわ」

 

自慢の同僚だという風にお妙は満足そうに笑みを浮かべる

 

「一体どこの病院でいじってきたのかしらね」

「ちょっと姉上ぇ!」

「あらお妙いたの?」

 

と思いきやブスリと刺すような憎まれ口。

それが聞こえたのかナンバー1キャバ嬢こと心理定規が煌びやかな笑顔を浮かべ

 

「てっきりまな板が立てかけてあったのかと思ったわ」

「ええ! こっちもぉ!」

「ところであなた、あのゴリラさんはどうしたの? あなたを指名してくれる人なんてあの人ぐらいなんだから大事にしたら? むしろここ辞めて嫁いできたら?」

「いいえ私はまだまだここに勤めさせていただくわ、金持ちの男共に上手いこと乗せられてすっかり舞い上がっているバカな同僚の自慢の鼻をへし折らないといけないし」

「すげぇ笑顔で毒吐き合ってる! なんかOL同士の抗争みたいなのが始まってんですけど!」

 

お客そっちのけで戦いを始めるお妙と心理定規。顔は笑っているのだが……

 

「お妙って凄いわよね、タチの悪いお客さんを殴りつけて大人しくさせたりそういう用心棒まがいのことも出来るなんて、女性として微塵も尊敬できないけど」

「こんなの全然大した事ないわよ、心理定規ちゃんなんか自分の能力を駆使してお客の金を全て搾り取る事なんて出来ちゃうんでしょ、いつもあなたを指名するあのホストさんからはいくら搾り取ったのかしら」

「能力なんて使ってないわよ私、私の居場所は全部実力で手に入れた場所だから、ごめんなさいね私がズルして勝ってるっていう惨めな言い訳が出来なくなっちゃって」

「いいのよ別に、本人が言ったことなんてアテにならないから。わたしはちゃんとわかってあげてるから、じゃないとあなたみたいな並レベルの接客しか出来ないボンクラがのうのうとナンバー1の地位に辿り着けるとかあり得ないわ」

「おいいい加減にしろテメェ等! そういうのは裏側でやれよ! 客がいる目の前でなにドロドロした罵り合いしてんだよ!!」

 

後半からもう思い切り相手を罵倒し合っているお妙と心理定規。

新八が止めようと躍起になっていると、彼の隣に座る土御門が神裂にヘラヘラ笑いかける。

 

「ねーちんこうなっちまったら男の俺達じゃ止められねぇ、女の出番だ、頼む」

「同じ職場でも天草式は女同士でも仲良かった筈なのですが……かぶき町の女性は皆こうなのですか?」

「いやいや女とはこういう生き物ですたい、天草式の女共だってねーちんいない時はきっと陰口叩いてるだろうぃ「あの痴女生意気じゃね?」とか「マジ調子こいてるわあの痴女」とか」

「どんだけはしたない女だと思われてんですか私は! 違います! 五和も対馬も良い子です! そういう女性に対する偏見を持つ器の狭い男こそ私はどうかと思いますが!」

 

そう反論すると、女とは何も皆がこのような醜い争いをするのではないと彼等に教える為に、神裂はお妙と心理定規の方へ顔をあげて。

 

「恥ずかしくないのですかお二方、大衆の面前でそのような醜態を晒すなどとそれでも

女ですか」

「あら嫌だ私ったらついうっかりお客さんの目の前で、ごめんなさい、それと心理定規ちゃんも」

「いいえ私も熱くなってついつまらない意地張っちゃってたわ、全く私もまだまだだわ。あなた達も気を悪くさせたみたいでごめんなさい」

 

注意されたらすぐに切り替える辺り接客業のプロといった所か。

すぐに反省して神裂に頭を下げるお妙と心理定規。

しかし二人が顔を上げるとそこには

 

そんじゃそこらの努力じゃ手に入らない、生まれもって作られた神裂の中々に実ってある胸が……。

 

「……大きいわね」

「……そうね」

「え、何ですか急に?」

「……作り物かしら?」

「……あの張り具合からしてそれはないわね、天然物よ天然物」

「いや作り物だとか、張り具合とか天然とか一体何のことを……」

 

和解した二人がヒソヒソと小声で会話しながらこちらをチラチラ見ている事に神裂が不審に思っていると、彼女たちは先ほど同様の営業スマイルを浮かべて

 

「あらやだとぼけちゃって、そのやたらと強調している巨大な乳の事ですよ、ねぇ心理定規ちゃん」

「ほんとびっくりねお妙、今時あんなおおっぴろげに自分は巨乳ですアピールしている女の人がまだいたなんて」

「最悪の相性が最悪のコンビになって彼女に矛先向けてきたぁぁぁぁぁぁ!!」

 

標準を変えて再び戦闘態勢に入るキャバ嬢二人。狙いを神裂に定めて挨拶代わりに一撃かましてくる彼女達に新八が叫ぶ中、当の本人の神裂は気恥ずかしそうに咳き込むと

 

「別に私の胸なんてどうって事ないじゃないですか、こんな物が大きかろうが小さかろうが人そのものを測ることは出来ないんですから……」

「聞いた心理定規ちゃん」

「ええ聞いたわ、私のおっぱいがデケェか小せぇかテメェ等には関係ねぇだろうが乳なし共と言ったわこの人」

「どんな耳してればそういう風に聞き取れるんですか!?」

 

勝手に自分の言葉を脳内で捻じ曲げる二人に神裂は顔を赤らめながら弁明する。

 

「そもそも胸なんて、あったらあったらで肩が凝るし戦いの中でも邪魔になるものですから……そのあまり気にしなくても……」

「あら本当にいたんだ、胸が大きいと肩凝って大変って言う人、それって結局自分は巨乳だって言ってるようなもんですよね? 悩んでるフリして結局自慢したいだけなんですよね? しかも気にするなだって、どういう意味かしらね心理定規ちゃん」

「別に私たち胸の事でコンプレックス抱いてるとか一言も言ってないわよ、なに? もしかして「この胸の谷間も出来ない人達は私の巨乳に嫉妬しているんだそうに違いない」とか考えてるのかしら?」

「いやそんな事……」

「そうよ絶対にそうだわ、ああして胸だけでなく自分の生足やおへそも強調している人ですもの、この店に来たのも私達キャバ嬢に自分のスタイルを見せびらかしに来たんだわ」

「あれって絶対営業妨害よね、周りのお客さんもチラチラこの人見てるしこれじゃあ私達商売上がったりだわ」

「……」

 

くどくどと精神に的確に急所を狙いに来るスタイル。お妙と心理定規の“タッグ口撃”に神裂はしばし頭を垂れると……

 

「すみませんもう勘弁してください……」

「負けたぁぁぁぁぁぁぁ!! 僕等が苦労して何度も逃げきろうとしても逃げ切れなかった追跡者をキャバ嬢コンビがものの数分で制したぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

深々と頭を下げて見逃してくれと負けを認める神裂に新八が驚いてるのも束の間。こちらに向かって頭を下げた彼女を見てお妙が「あらイヤだ」と呟くと

 

「この人よく見たら私と同じポニーテールじゃない、すみませんそれだとちょっと私とキャラが被るんで止めてくれませんか?」

「姉上ぇぇぇぇぇ!? それもうただの当て付けですから!! ポニーテールのキャラなんて一杯いますから!!」

 

そして今度は心理定規が「あらイヤだ」と呟き

 

「この人よく見たら私と同じ原作出身じゃないの」

「オイィィィィィィ!! もうなりふり構わずってレベルじゃねぇよ! キャラが被るどうこう以前の問題に難癖つけてきやがったよ!」

「ごめんなさいそれだとちょっと私と被るっていうか……あの、原作名変えてもらえないかしら?」

「いや無理だから! 髪型変えるレベルで言われても絶対無理だから!!」

 

もはやただの嫌がらせでしかない要求に、神裂は頭を下げたまま

 

「すみません今後はキャラが被らないようモヒカンにします……それと原作出身地をドラえもんに変更します……」

「止めろぉぉぉぉぉ!! つうか出来る訳ねぇだろうが!! 自分を保て!! こんな奴等に屈するんじゃねぇ!!!」

「いいんですよ私なんて……学園都市に来てからずっとこんな扱いでしたし慣れっこです」

 

学園都市に来てから“銀髪天然パーマの男と短髪の女子中学生”から始まり散々馬鹿にされ続けた神裂はもうすっかり疲れきったご様子。明らかに命を賭して戦う雰囲気ではないと察した彼女は坂本のほうに顔を上げて。

 

「……今回は一旦退きます、興が冷めました」

「アハハハハ!! いつでも待っちょるばい!! わしはまだおまんに誤解されてるみたいじゃしの!!」

 

すっかり酒で出来上がっている様子の坂本、そんな彼を一瞥すると彼女は席から立ち上がり

 

「……誤解なんてしてませんよ、あなたがどうしてイギリス清教からあの子を奪ったかなんて、私とステイルはちゃんと理解しています」

 

思わぬ告白に坂本も思わず「おお?」とグラサンの下から意外そうな反応を見せる。

 

「なんだ気づいちょったんか?」

「私達はあなたよりもずっと前から、あの子の事を気にかけていましたから。あなたの考えも読めてます」

 

坂本に背を向けながら神裂は呟く。

 

「ですが私達にも立場があります、イギリス清教に与する限り私達は枷を付けられたようなもの、彼女を自由にする事など、あの女が絶対に許さないでしょう」

「……」

「私たちを裏切ったあなたは敵です、次に会うときはあなたを全力で殺しにかかります」

 

そう言って店から出て行こうとする神裂。だが

 

「ちょい待ってくれ」

 

坂本が彼女の肩にポンと手を置く。

 

「気ぃ変わった、悪いがこのまま行かせるわけにはいかん、行かしたらもうおまんとわしは敵同士になってしまうきん。志が同じであるおまんとわしは戦いたくなか」

「……ではどうしろと」

「本当はここで話したいが、おまんとだけじゃ駄目じゃ、あのニイちゃんとも話しもつけとかなあかんようじゃからの。そしていずれはあの女狐殿ともな」

「ここまで来て一体何を話す気なんですか」

「商談じゃ」

 

神裂が振り向くと坂本は笑みを見せていた。

 

「あのお嬢ちゃんだけを買い取ればそれで終わりじゃと思ってたんじゃが、どうやらもっとデカイ買い物せんといかんようじゃけんの、陸奥には怒られるじゃろうが覚悟の上じゃて」

「……あなたまさか」

 

一体何を考えているのか神裂は読めたような気がした。

しかしそれはあまりにも無茶でデタラメで、常識外れにも程がある……

 

そして坂本はこちらに目を見開いて凝視する神裂に口元の笑みを更に広げた。

 

「決めたぜよ」

 

 

 

 

 

 

「おまん等とおまん等が属するイギリス清教ごと」

 

 

 

 

 

 

「この坂本辰馬が買うた」

 

一つの宗教組織を買う、あまりにもデタラメで無謀すぎる買い物。

一介の商人でしかない彼ではそんな事簡単に行くはずもない。

しかし彼は必ずやってやるという確信めいた目で言った。

 

坂本辰馬と魔術サイドの戦いが今始まる。

 

 

 

おまけ 

教えて銀八先生

 

「えーそれでは第一通目、ハンドルネーム「八条」さんからのお便りから~」

 

『垣根はもんじゃ焼き、ホストナンバーワンの狂死郎はお好み焼きと得意な料理があるみたいですが二人の料理品の旨さはどのくらい凄いのですか?鉄板焼きのお店を出してもいいぐらいの旨さですか?』

 

「ぶっちゃけかなり美味いのは確かなようです、それ目当てで来る客もいるとか。ただ垣根の方はぶっちゃけ見た目がアレなんでね、頼み辛いって所もあるのでやっぱナンバーワンの方が分があります。ただ煙たくなるので大量注文はお控えに、調子乗らせたら二人共バンバン焼き上げようとするので」

 

 

「それでは二通目ハンドルネーム「永遠の彼方」さんからの質問」

 

『この小説では「とあるシリーズ」と「銀魂」の長編はどのように扱ってくのでしょうか?』

 

「あーここん所はホント難しいんですよね、なにせ長編とか原作の話そのままやると台詞やら描写やら原作と被りやすくなっちゃうじゃないですか。それならもういっそ原作読んだ方がいいでしょ? そういう所を踏まえてこの作品は基本オリジナルでやってるんですよ、でもちゃんと原作をリスペクトした描写もあるんですがね、特に序盤の美琴と長谷川の駆け引きとか終盤の黒子VS結標の中の会話とかそれぞれの原作を意識した書き方になってたりします。他にも多くあるんで探してみてください」

 

「ということで原作の長編は遠まわしに意識してるけど基本はやらないよというスタイルで今後もお送りしまーす」

 

 

 



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第五十八訓 固く結ばれた友情の裏で起こる悲劇

 

深夜、人気の来ない薄暗いトンネルの中でバッシャァァン!とバケツに注がれた水を何かに浴びせる音が聞こえた。

しかしそれを聞いても誰も気にしないであろう。

ステイル=マグヌスの張った人払いが発動している限り、ここで何が起きようが人々は近寄る事は無い。

 

例え神父の格好をした2メートル近い長身を持つ赤髪の男がトンネルの中で足元を紐で上に括り付けられて逆さ吊りになっている状態で、なおかつ定期的にその者の顔にバケツの水を浴びせるツンツン頭の少年がいる事も気付かず通り過ぎていくであろう。

 

「ほらとっとと吐きなさい、上条さんも鬼じゃありません事よ」

「ぶへ! ぶへ! いやもう完全に鬼だろ! ていうかなんでそんな拷問手馴れてるんだお前!」

「いい加減さっさと自分が何者か吐かねぇとケツの穴に針刺すぞー」

「止めろぉぉぉぉぉ!! そんな長い針突き刺されたら一生フワフワのクッション敷かないと座れない人になっちゃうだろ! わかった言う! もう全部言うから! フワフワライフだけはイヤだ!!」

 

トンネルの中で妖しく光らせた長針を取り出す上条当麻に逆さ吊りのステイルがジタバタともがき始めると

 

彼のローブの下からポロリと一冊の本が落ちた。

 

「ん?」

「あぁぁぁぁぁぁ!! それは止めろ! そいつには手を出さないでくれ! 一緒に来た仲間の事も全部話すからそれだけは頼むから何もしないでくれぇぇぇ!!」

 

たかが一冊の本で激しく取り乱して左右に揺れまくるステイル。上条はその本をふと手に取って表に裏返すとそこには

 

『少年ジャンプ』

 

 

 

 

 

 

 

一方それから数十分後の事、坂本辰馬は神裂火織と共にかぶき町を抜けて第七学区に来ていた。

 

「うーむやはり古き時代を彷彿させるかぶき町も捨てがたいが、古いモンを捨て去り未来の科学をそのまま形にしたようなこの辺もわしは好きじゃのぉ」

「私はどちらもあまり好きではありませんが、最近の電化製品でさえよくわからないのにこの街の物は異次元です」

「なんぜよねーちん、もしかしてまだ電子レンジもまともに扱えないのかにゃー? 花嫁修業もせにゃあならんのに」

「馬鹿にしてるんですか土御門、あれぐらいならもうとっくの昔に克服してます、説明書が付いていれば解凍まで完璧です」

 

坂本と一緒について来た土御門に神裂はイラッとした感じで反論するとふと気になった事を彼に尋ねる。

 

「そういえばあなた達と一緒に行動していたあのメガネの少年は?」

「ああ、流石にこの時間まで付き合わせるのは悪いと思って家に帰したんだぜぃ」

「……今更ですが何故にあの少年はあなた達と行動を?」

「元々かぶき町を案内してもらう為だけに付き合ってもらってたのに、誰かさんが追いかけ回すから成り行きで協力してもらってたんだにゃー」

「……彼には悪い事しましたね」

「まあ少しは俺達の事情も理解したようだし、今後も会う事あると思うからそん時に謝ればいいんだぜぃ」

「なんで彼を巻き込んだ張本人が上から目線なんですか……」

 

グッと親指立ててそう言う土御門に更に神裂はイラッと来るもそこはなんと抑える。

もうそろそろ”ある場所”に着くのだから

 

「……所で先程連絡があったステイルとの待ち合わせ場所はこの辺りの筈ですが」

「おおそうか、思えばあのニィちゃんとも合うのは久しぶりじゃのぉ、会う度に何度火ぃ付けられそうになったか! アハハハハ!」

「彼は甘くはありませんよ」

 

久しぶりに会えると聞いて上機嫌で笑っている坂本に神裂が真面目な様子で忠告する。

 

「私はあなたの遊びに付き合うぐらいの甘さは持ち合わせていましたがあの男は甘さなどとっくの昔に捨てています。あなたと再会した途端全力で殺しにかかるのは必定でしょう、仮に話す機会が出来たとしてもイギリス清教を買うなどというあなたのふざけた戯言を聞けば同じ結果になるのは目に見えています」

「まあ成るように成るじゃろ、またおまんとこうして肩並べて歩けたんじゃ。やり方違ぇどわしとアイツは同じモンを護ろうとしちょる同士じゃきん、話せばきっとわかってくれるとわしは信じちょる」

「無駄だと思いますがね、言っておきますがステイルがあなたを殺そうとしても私は止めはしませんから」

 

目的の為なら躊躇なく人を殺せる。ステイル=マグヌスとはそういう男である。

彼等が話してる一方で、土御門は自分の携帯を眺めながら小難しい表情を浮かべる。

 

「おかしいな、さっきからカミやんと連絡が取れない、青ピも取れないけどこっちはどうでもいいか」

「その者もあなた達の協力者かなんかですか」

「ああそうだぜぃ、どうしたねーちん」

「いえ、もしあなた達と協力しているとステイルがわかったらその者の命を狙うかもしれないと思ったので、なにぶん目的の為なら手段を選ばない男ですから」

「……そうなってない事を祈っておくんだぜぃ」

 

心配そうにしながらも土御門は自分の二つ折りの携帯をパカッと閉じると、丁度そのステイルとの待ち合わせ場所にしたよく行く公園に辿り着いた。

 

するとそこにいたのは

 

「いやーやっぱ決められねぇよな~」

「まあ難しいよね、その気持ちはわかる、すごくわかるよ、うん」

 

公園のベンチに座り込んで何やら話をしている二つの人影

一つはデカく、もう一つはツンツン頭……

 

「あ~ダメだステイル! やっぱジョジョの奇妙な冒険の中で好きなスタンド一つ決めるのは出来ねぇって! どれもこれも魅力高すぎて選べねぇ!」

「いやわかるよ上条当麻! コレは読者が誰もが疑問に思う事だから! これも主役から脇役まで惜しみなく魅力的なスタンドを描いてしまう荒木先生の素晴らしさゆえだね!」

「マジパねぇよ荒木先生! 一体どんな体験してればあんなすげぇキャラとストーリー思いつけるんだよ!」

「全くあの方の発想力には脱帽だよ! 年を取ってもなお進化の歩みを止めずに追ってくる後輩の漫画家達を全く寄せつけないとか恐ろしいにも程がある!」

「本当そうだよな、それにしてもまさかこんなに俺と熱くジョジョで語ってくれる奴と巡り合えるなんて夢にも思わなかったぜステイル!」

「僕もだよ上条当麻! なんならこれから日が昇るまで語ろうか!」

「仕方ありませんなーじゃあ1部から好きなシーンを互いに言い合って止まったら負けってのは?」

「フフフ、お約束だね! 言っとくがが負けないよ僕は!」

「望む所だ! 上条さんのジョジョラーっぷりをたっぷり披露してやりますよ!!」

 

こんな真夜中に漫画の話で異常なほど盛り上がっている上条当麻とステイル=マグヌスであった。

神裂と土御門はそれを見てしばし固まると

 

「「え……どういう事?」」

 

頭に浮かぶ数々の疑問の結果放たれた言葉を見事にハモらせる二人であった。

 

 

 

 

 

そしてそれから数分後。

新たに加わった2人と共に、魔術サイドのイギリス清教代表二人神裂火織とステイル=マグヌス。快援隊艦長、坂本辰馬、補佐役土御門元春の会談が始まった

 

「ステイル、連絡した内容通り坂本辰馬を連れてきました」

「え、ああうん」

「アハハハハ! まこと久しぶりじゃのうニィちゃん! また背ぇ伸びたんじゃなか!?」

「さあ、最近測ってないからよくわからないな」

「なあステイル、俺とも久しぶりだな」

「土御門か、相変わらずフラフラやってるみたいだね」

 

言っておくがこれはイギリス清教の未来とある少女の行く末を決める為の大事な話をする場所である。

だがステイルは話しかけられてもどうでもよさそうに適当に返事した後、隣に振り返って

 

「ああそれでさっきの続きなんだけど! 街中で吸血鬼化した酔っ払いにディオが殺されかける所とか結構ツボにはまってんだよね僕!」

「お前ホントいいチョイスしてくるなー! まさかここでディオ死んじゃうの!?って読者もビックリの超展開だったしなあそこは! 昇る朝日を見ながら「最後に見るのがあの太陽だなんてイヤだー!」ってディオが叫んで!」

「そこで朝日が昇って灰燼と化す吸血鬼!」

「九死に一生を得たディオは石仮面の謎を解く!」

「その後忘れもしないあの名シーンに繋がるんだからね、あの辺の下りはホント好きなんだ僕」

「わかるわかる上条さん超わかります。ジョジョが毒薬の証拠を掴んだじゃないかと焦って酒に溺れるディオもどこか人間らしくてまた……」

 

家に戻らずちゃっかり座っている上条に上機嫌で熱く語り始めた。それに対して上条も興奮した面持ちで語り合うので、さすがに神裂が二人の間に入り

 

「いい加減にしなさいあなた達!」

 

当然ではあるが怒った。

 

「ステイル! 誰なんですかその少年は!」

「あ、ちょっとうるさいから黙っててくんない?」

「なあステイル、誰だこの際どい格好したおねえさんは?」

「一応同僚だよ、金が無いからいつもあんなみずぼらしい格好してるんだ」

「ぶっ殺しますよステイル!!」

 

物凄い投げやりな紹介するステイルに腰に差した刀を手を置こうとする神裂に土御門がすぐにフォローに入る。

 

「落ち着けねーちん、ありゃあ俺のダチのカミやんこと上条当麻だ。さっき話しただろうぃ」

「なんであなたのご友人がステイルとあんな仲良くしているんですか! 長い付き合いの私でもあんなきさくに話しかけられたことないですよ!」

「いやさすがに俺もそこまではわからんにゃー……ただカミやんはどうもおかしな奴と仲良くなりやすい体質みたいで……」

「それはあなたを見ればすぐに納得できますが……」

 

土御門を見ながらそう言うと神裂は再び上条達の方へ

 

「上条当麻、というらしいですね、私はステイルと同じ組織で働く神裂火織と申します」

「ん? ああどうも」

「あなたはどうしてステイルとそんなに親しくなられたんですか?」

「どうって言われてもな……」

 

急な尋ねに上条はアゴに手を当てながらゆっくり思い出す様に

 

「まあ最初はちょっと前に初めて会った時に殺し合いから始まって」

「殺し合いしたんですか!?」

「そんで俺が勝って」

「ステイルが負けたんですか!?」

「カミやんが勝ったのか!?」

「それで俺が情報聞き出そうと拷問している時にステイルの懐から大事に持っていたジャンプが出て来て……」

 

驚いている神裂と土御門を尻目に、言葉を区切ると上条はステイルの肩をポンと叩き

 

「な!」

「ああ!」

「いやこっちは意味わからないんですけど!? なんですかそのアイコンタクトは!」

「ていうかさり気なくカミやんがステイルを拷問したとかとんでもない事口走ったような……」

 

既に目と目を合わせるだけでわかり合うという境地に達している上条とステイルに神裂はツッコミを入れると再度尋ねて

 

「どうしてそうなったかちゃんと説明してください!」

「だからさぁ、ステイルがジャンプ持ってたからひょっとしてジャンプ好きなのかな~と思って興味持ったんですよ上条さんが」

「そっから僕等は意気投合して今に至るわけだ。イギリス清教において少年ジャンプは聖書! 日頃から毎日欠かさず持っていたおかげで僕等は敵同士から親友、否、心の友と書いて心友となったのさ! そうだね心の友よ!」

「おうとも心友!」

「すみません土御門、彼等は何を言っているんですか……」

「いやまあ……敵対するよりはいいと思うぜよ……」

 

二人で互いの肩に腕を回して熱い友情を確認し合う上条とステイルを神裂と土御門が呆然と見つめる中、後ろから坂本がゲラゲラ笑いながら歩み寄って

 

「ダハハハハ!! まさかこないな事になっちょるとは予想外じゃ! 全く世の中どうなるかわからんのぉ! よもやとんまが年中思春期こじらせとるニィちゃんをこうも容易く落とすたぁ! アハハハハハ!!!」

「あなたはいつも楽しそうでいいですね、見てるこっちはムカつきますが」

 

深く考えない坂本は神裂に呆れられながらも嬉しそうに笑い飛ばすと、ベンチに座るステイルに話しかける。

 

「ようニィちゃん、そんでわしがおまん等の所のイギリス清教を買い取りたいって事なんじゃけど」

「ああ、神裂から聞いたよ。正気か? イギリス清教を買うというのはイギリスという国の三分の一を買うようなものだよ? そんな莫大な金がお前の様な詐欺師の何処にある?」

 

一応その辺は聞いていたのか、ステイルは先程の上条と話す時とは打って変わって殺意さえ感じる程睨み付けながら坂本に答えた。

 

「そもそもイギリス清教の指導者である最大主教がそんな事を許すはずもない、死ぬより酷い目に遭いたくなかったら諦めろ、そうすれば今ここで僕がお前を殺してやる」

「わしは諦める気もあらんしおまんに殺される気もなか、今のままじゃ確かに買う事は出来んが近い内に必ず成し遂げると約束するきん」

「フン、ジャンプもまともに読んでなさそうな奴にイギリス清教を任せられるか」

「ん? なんでそこでジャンプが出て来るんじゃ?」

 

疑問に思い小首を傾げる坂本にステイルは懐からスッとジャンプを取り出す。

 

「僕等イギリス清教にとってジャンプは神から頂いた産物と称しても過言ではない。故にイギリス清教に命令できる立場になりたいのであれば、それ相応の神の知識を持たなければならないという事だ」

「ほほう、なんか知らんがそれでええのかの宗教として……」

「当然だ、ウチの国は王族であろうとみんなジャンプ派だ。だが実の所、僕自身最大主教にはその辺について不満がある」

 

不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ステイルは募りに募った不満を吐くかのように目を見開いて

 

「あの女、過去の名作作品や今もなお輝く作品たちを差し置いて! よりにもよってギンタマンこそが最高の漫画だと称しているんだ!」

「なんだと! それは本当かステイル!!」

 

彼の叫びにいち早く反応したのは坂本ではなく上条だった。しかし坂本の方はイマイチピンと来ていない様子で神裂と土御門の方へ振り向いて

 

「なぁネェちゃんに土御門、ギンタマンってなんじゃ?」

「ジャンプで連載されてる漫画ですよ、私は生理的に嫌いなので読みませんが」

「俺は別に嫌いじゃないがにゃー。なーんか一部の読者からはカルト的な人気を持つ作品だとは聞いたぜぃ」

 

二人が坂本に説明している中でステイルは上条に訴えかけるように叫んでいた。

 

「あんな作品が一番の漫画だと思ってるなんて正気じゃない! ギンタマンは僕ら少年の心を穢すジャンプにある事自体あってはならない作品の筈だ! なのにあの女……! 自分はおろか僕等にまでギンタマンに貢献しろとまで言う始末……!!」

「ひでぇ女だな、お前の様な純粋なジャンプファンにそんな事を押し付けるなんて間違っている。俺もギンタマンはジャンプにあってはいけないものだと思っている、よしちょっとイギリス行ってその女殴って来る」

「待ってくれ友よ! さすがにそんな隣の町に行く感覚で行ける訳ないだろ! それにあの女は手強い! だからこそ僕等は従うしかないんだ!」

「だからこそぶん殴ってた正さなきゃならねぇんだよ!!」

 

彼の話を聞いて上条はますます燃えて右手の拳を掲げる。

 

「その女が心友であるお前の首根っこ掴んでねじ伏せて! ギンタマンを一番面白いと強要してくるって聞いたら黙ってる訳にはいかねぇ! まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」

「上条! 君はなんて勇敢なんだ! こんな僕の為にそこまで思ってくれるなんて!」

 

過去の伝説ともなった偉大なる作品を差し置いてギンタマンなどというふざけたギャグ漫画を一位にするなど生粋のジャンプファンである上条には許しがたい行いであった。

 

そんな彼に感激しながらステイルは悔しそうに両手で頭を抱え込み

 

「く! しかし今の僕等ではまだまだあの女に勝てない! あの女は狡猾で冷徹で残忍で智謀に長けて! そしてアホでケチで人前でよだれたらして寝たり部屋の掃除もロクに出来きずにゴミ屋敷になるぐらいだらしない女なんだ!」

「後半ただの悪口じゃん」

 

イギリス清教の実質トップである最大主教の恐ろしさとだらしなさを語りながら、ステイルはふと心に思った事をボソッと呟く上条。

 

「もし君があの女を蹴落として最大主教の地位に君臨すれば僕は喜んでそれを受け入れるというのに……」

 

彼がうっかり呟いた一言に坂本がピクリと動いた、それを見て土御門もギクリと嫌な予感を覚える。

 

「ほほう、わしではなくそこのとんまなら組織を任せられると言うんじゃな?」

「お、おい坂もっさん……まさか」

「ならば!」

 

不安そうな土御門をよそに坂本はビシッと上条を指差し

 

「ならばわしがおまん等の組織を買い取ったら! そのトップはとんまに!ぶふぅぅ!!」

「出来る訳ないでしょうが!!」

 

限度を超えるにも程がある、あまりにもバカげた提案を試みる坂本の頭を殴る神裂。

 

「たかがジャンプに詳しいだけの少年を血生臭く殺伐とした組織の頂に立たせるなど正気ですかあなたは……!」

「いやだからぁ、そういう物騒なイメージを払拭させて真っ当な組織に変えてやろうと思ってじゃな……」

「仮にそうであったとしても、会ったばかりの少年に一つの組織の命運を託すなど私が許しません」

「いやぁここはさすがにねーちんの言う通りだぜ坂もっさん。さすがにそりゃダメだ、カミやんをこっちの世界に連れ込むのはマズイ」

 

神裂と土御門の言う通りであった。組織の頂点に宗教の事をおろか魔術さえロクに知らなさそうな少年に任せるとかあまりにもバカげたアイディアだ。

しかし当の上条はそれを聞いて

 

「ほほう、てことは俺がイギリス清教のトップになれば世界中にジャンプを布教出来るという訳ですな」

「なに満更でもない顔してるんですかあなたは! ダメに決まってるでしょそんな事!」

「坂もっさんと同じレベルのアホがここにもいたぜぃ……」

 

不敵な笑みを浮かべていっちょやってやろうかという感じを出す上条。

するとステイルがすぐに身を乗り出し

 

「君が僕等の組織のトップになるとか最高じゃないか!  よし、なら僕は坂本の案に乗ってあげよう! 共にあの女を倒してイギリスをジャンプで笑顔にしよう!」

「ハッハッハ、ギンタマン信者の女なんて上条さんにかかればイチコロですよ、速攻ジャン魂ロンパで沈めてやる」

「何を言っているんですかステイル! そんな事許されるはずがないでしょ! こんな少年にイギリス清教の未来を託すというのですか!」

 

上条をイギリス三大組織の一角の玉座に座らせようと俄然ノリ気な態度で興奮しているステイルにすかさず異議を唱える神裂だが、そんな彼女に上条はしかめっ面を浮かべ。

 

「なあ心の友よ、なんでこのおねぇさんはさっきからずっと俺が最大主教になる事を反対しているんだ?」

「それはね心の友よ、この女はイギリス清教で許してはならない大罪を犯しているからなんだ。君がトップになれその行いが全て明るみになってしまうから必死なんだよ彼女も」

「何を根拠に言ってるんですか、そろそろキレますよこっちも……」

「はん! この僕が気付かないとでも思ったのか神裂!」

 

そろそろ神裂のイライラが限界点を超えそうな時、ステイルはドヤ顔で彼女に指を突き付ける。

 

「お前はイギリス清教でありながら隠れてマガジンを読んでいる事などとっくにお見通しだぞ!!」

「な!」

「本当かステイル!」

「ああバッチリ見たよ、神の下に身を寄せていながらなんたる大罪だ、恥を知れ」

「そ、そこまで言われる筋合いはありませんよ!」

 

地面に向かって唾を吐きながら軽蔑の眼差しを向けて来るステイルに神裂はしどろもどろになりながら

 

「天草式ではマガジンを読む事が主流なんですよ! 人が読む雑誌にケチつけなくてもいいじゃないですか!! いいじゃないですかマガジン! 名作もいっぱいありますよ!」

「上条、こんな事言ってるけどどうする?」

「こんな二股女は俺のイギリス清教には必要ないな。俺が最大主教になった暁には即刻磔にして火あぶりにしてやる」

「なに既にイギリス清教の君主になったつもりになってるんですかあなたは!! 入れませんからね絶対!」

「まずはイギリス中にある漫画系列を全てジャンプ一色にする為に焚書する必要があるな」

「ならば僕に任せてくれ、マガジンもサンデーもチャンピオンも神裂も僕が全て灰にしてやる」

「おう上等だやって見ろゴラァァァァ!!! その前にテメェ等まとめてこの場で刺身にしてやらぁぁぁぁぁ!!!」

「ねーちん口調がまたヤバくなってる、大丈夫だって、カミやんがイギリス清教に入る訳ないだろうぃ」

 

もはや彼女のキレた口調もすっかり聞き慣れた感じがするが、土御門がなぁなぁで彼女に冷静になるよう諭す。

 

「落ち着いて冷静になるぜよ、とりあえずねーちんがイギリス清教で変えてもらいたい事ってなんだ?」

「ハァ、ハァ……そんなの決まってるでしょう、あの子の自由です」

「ならそれを第一目標として、今後どうするか考えようぜい。イギリス清教の買取云々はその後だ。坂もっさんもそれでいいだろ」

「おうそうじゃの、確かに目標がズレておったわ。大事なのは嬢ちゃん救う事、まずそっからじゃき」

 

土御門が仲介役として円滑に話をまとめる。暴走気味だった坂本も彼の意見を聞いて納得した様子、神裂も少々腑に落ちない顔をしているが静かに頷き

 

「わかりました、彼をこの場で斬り捨てる事も出来ますがそれではあの子も悲しむでしょう、ここは一旦刀を鞘に収めます。ステイルはどうですか」

「ふむ、まあ確かにあの子が幸せになってくれるなら僕はそれで満足だ。けど一ついいかな?」

 

一応話を聞いてくれていたステイルが手を少し上げて坂本の方へ顔を上げる。

 

「彼女をここに連れて来てくれないか? 僕等がこうして語り合うよりもまず彼女自身の意見を聞かなければ何も始まらない」

「へ?」

「そういえばそうでしたね、坂本辰馬。今すぐ彼女を読んで来て下さい。学園都市の宿にでも置いて匿っているんでしょうがもう隠す必要はありませんよ」

「あれ? ひょっとしておまん等……気付いとらんかったんか?」

「「……え?」」

 

若干口ごもらせながら坂本は頬を引きつらせながら後頭部を掻く。

どうにも雲行きの怪しいと神裂とステイルがそんな彼を見つめると

 

「実はのぉ、二日前にここに来てからわし、嬢ちゃんとはぐれてしもうたんじゃ。じゃから土御門やとんま達と一緒にああしてかぶき町やいろんな場所歩き回っていたんじゃきん」

「「……」」

「でもまあ心配しなくてもよか! あのゴキブリ並の生命力の嬢ちゃんならきっと今頃元気にやっているじゃろうて! それにこれからはおまん等と一緒に探せるしきっとすぐ会えるじゃろ!! アハハハハハ!!!」

 

最後はまたいつもの笑い声でシメて事の経緯を話し終えた坂本。

そんな彼にまず神裂の方が動いた。

 

「Salvare000……!」

「え、ネェちゃん今なんて……っていやいやちょっと待つんじゃ! なんで刀の柄に手を!? わし等は今を持って戦わんと言うとっておったじゃろぉ!」

 

彼女が呟いたのは前に上条と戦う時にステイルが名乗っていた魔法名だ。

魔術を使う時、または相手を殺す時に用いる名……

慌てて後ずさりする坂本に神裂は目を細めてしっかりと獲物を逃がさずに仕留めに入る狩人の目をしていた。

 

「みすみすあの子を野放しにて遊び呆けていたクセにまだその約束が有効だと本気で思ってるんですか……? ステイル、少し場所を変えましょう、この男には天罰を与えなければいけないようです」

「いいだろう、死体を隠しやすい所にでも連れて行くか」

「えぇぇぇぇぇぇ!? わしひょっとして殺されるんかぁ!?」

 

命の危機を感じて逃げ出そうとする坂本だが、いつの間にか彼の背後に回っていた神裂が彼女の後襟を振り払えないくらい強く掴む。

 

「では行きましょうか坂本辰馬、私達とゆっくりお話する為に……」

「アハハハハ! 別にお話ならここでもええんじゃないかのぉ~!? ちょ! 引きずってわしを一体どこに連れて行くんじゃ!! ネェちゃんストップ! わしが悪かった! 悪かったから命だけは勘弁してくれぃ!!」

 

往生際の悪い坂本をズルズルと引きずっていく神裂。そしてステイルの方はクルリと踵を返して上条の下へ

 

「じゃあ僕等はちょっとあの男に用があるから、ちゃんと始末したらまた共にジャンプについて熱く語り合おう異国の友よ」

「ああ、出来れば坂本さんは半殺しぐらいにして欲しいんだけど」

「じゃあミディアムぐらいに焼いておくよ、それじゃあ」

 

最後に上条と握手し終えるとステイルは神裂達の後を追った。

 

残された上条はふと土御門の方へ顔を上げる。

 

「坂本さん死ぬんじゃね?」

「それはそれで自業自得だが、まあ病院行きは確定だな、ハッハッハ」

「お前も軽いな、付き合い長いんだろ坂本さんとは」

「まあな、だからといってあの人を甘やかすつもりはないぜよ」

 

ヘラヘラ笑いながら連行されていく坂本を眺めながら土御門は呟く。

 

「あの人があんなアホだから、こっちはこっちで退屈せずに済むんだからな」

「で、そのアホさのせいで坂本さんは死の危機を迎えていると」

「ま、死なれるとこっちもせっかくの退屈しのぎが出来なくなっちまう」

 

そう言いながら土御門は神裂達の方へ歩み始め

 

「だからちょっくら交渉してくる、せめて殺す1歩手前にしてくれってな」

「……なんだかんだで甘いじゃねぇかお前」

「アハハハハ! じゃあなカミやん!」

 

ジト目で上条がツッコむと、土御門は坂本みたいにヘラヘラ笑いながら行ってしまった。

残された上条はふと傍の柱の上に設置された時計を見る。

 

午前2時過ぎ……さすがに学生が出歩く時間帯ではない。

 

「やっべ、俺もそろそろ帰らねぇと、オティヌスを朝からずっと家に放置したまんまだし」

 

家にいる居候を思い出してすぐに帰ろうとベンチから立ち上がる上条。しかしそんな彼に眩しい光が照らされる

 

「もしもし、こんな時間に何をやっておられるのですか?」

「え?」

 

上条が振り向くと、そこにはこちらを懐中電灯で照らしながら立っている男がいた。

頬は痩せこけて片眼を掛けた無表情の男、服装はどこか真撰組を彷彿させる制服を着ているがこちらは黒ではなく白。

 

「こんな時間に子供が出歩いてはいけませんよ。それに服装も汚れている所から察するに、誰かと喧嘩でもしたんですか?」

「いやいやそんな訳では……すみませんすぐに家帰るんで」

「……待ちなさい」

 

何か色々と状況がマズイ気がする、そう察した上条はそそくさと逃げようとするのだが男は感情のない声で呼び止める。

 

「失礼ですが同行願いますかね? あなたがどうも怪しいと私のエリートの勘が言っているので、朝頃には家に帰してあげますからちょっとこっちでお話聞かせてもらえますか?」

「はい!?」

「申し遅れました、私は最近この街で働く事になった警察組織、”見廻組”の局長をやらせてもらっている」

 

いきなりついて来いと言われていかにも怪しい事やってましたと言う風に慌て始める上条をよそに男はカチッと懐中電灯を切ると律儀に会釈して。

 

「佐々木異三郎と申します」

 

 

 

 

 

一難去ってまた一難、どうやら上条はまだ家には帰れないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、家主のいない上条の部屋では

 

「腹減ったな」

 

夕方頃に起きてロクに飯も食べていない状況で、オティヌスはまた夜更かしして上条が買った漫画でほぼ埋まっている本棚にもたれながら読書していた。

 

「この漫画は訳が分からないのに面白いな、鼻毛とは極めればこんなにも伸びるものなのか」

 

淡々と独り言を呟きながらオティヌスが読書にふけっていると、玄関からカチャリとドアの開く音。

 

「む? 奴か?」

 

漫画から一旦顔を上げて玄関の方へ片目を向けるオティヌス。

 

「……」

 

しかし何かおかしいとすぐに感じ取った。何かドアの向こう側には人ではない別の何かがいる様なそんな気配……不穏な匂いにオティヌスはジッとドアを開けた者が何者なのか見つめていると

 

白髪の鋭い眼光を光らせた僧のような恰好をした男が手に錫杖を持って現れたのである。

 

「……誰だお前は」

 

漫画を置いてすぐに立ち上がり対峙するオティヌス。すると男はそんな彼女を睨むように目を細めると

 

 

 

 

 

「朧」

 

男、朧は冷たくそう言い放つと、玄関からゆっくりと入りオティヌスに近づく。

 

「構えるな、すぐに終わる」

 

そう言うと朧は手に持った錫杖からカチリと音を鳴らすと

 

仕込んでいた長い刀を彼女に見せる。

 

「我らの刃、”再び”その身で実感するがいい」

「!」

 

オティヌスが考えるより早く、朧は鋭く尖った刃を光らせ動いた。

 

深夜、部屋の中で刃物で何かを貫いたような生々しい音が聞こえたが、既に眠っている周りの住人の中でそれを聞く者は誰一人いなかったのであった。

 

 

 

 

 

教えて銀八先生

 

「はい、それではお便り来てるんでお答えしまーす、ハンドルネーム「八条」さんからの質問」

 

『心理定規はすまいるので営業時間中はどのようにして接客業をしているのですか?』

 

「彼女は基本気まぐれで次から次へと色んな場所を転々としますが接客に関してはプロらしくしっかりしてます、ナンバー1とも言われるだけあって相手からたくさんの金搾り取れる才能も持ち合わせているので天職です」

 

「ただ指名料は他のキャバ嬢と違ってべらぼうに高いんで今の所はどこぞでナンバー2として働いているホストとか全ての警察組織の頂点に立つおっさんとか金一杯持ってる人じゃないと無理ですからご注意を」

 

「それと彼女が個人的に気に入ったお客さんに関しては長くいてくれる事があります」

 

「ちなみに銀さんが娘っ子連れて店行くと毎回と言っていい程やってきます、そん時はいつも相手が何を言おうと安酒で済ませますよ、こちとら安月給なんだよ、ドンペリなんざ小娘に呑ませるか」

 

「という事で授業終わりー」

 



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第五十九訓 それは夢か幻か真実か

上条当麻は少々おかしい所があるが基本は至って普通の学生だ。

本来の彼であれば夕方におかしな外国人と喧嘩したり夜中にその外国人とジャンプトークしたり完全下校時刻をとっくに過ぎた深夜にフラフラと出歩くことは今までなかった。

 

しかし彼の日常は坂本辰馬との出会いから徐々に大きくズレ始めている。ここ最近の間だけでも妙な人物達と出会う頻度が異常なほど増加しているのだ。

ユニクロ好きの謎の眼帯娘やとてつもなく恐ろしい顔をした天人、魔術師と名乗る者達、そして極めつけは

 

「上条当麻さん、いい加減に白状したらどうです? こう見えて私も忙しい身でしてね、これ以上お巡りさんに迷惑かけてもなんの得もないでしょう?」

「いやだから俺はちょっと散歩してただけですって!」

 

白い制服を着たお巡りさんだ。名前は佐々木異三郎、新たに学園都市の警察組織に加わったという見廻組の局長を務めるほどの男らしい。

 

異三郎は自分の属する見廻組の屯所に上条を招きいれて、薄暗い尋問室でテーブルを挟んで深夜の徘徊の件について何時間も拘束して問いただしていた。

 

「真夜中に誰もいない場所をフラついてまるで世界にいるのが自分だけになったと錯覚する若い者によくある症例ですが、あなたのわかりやすいその態度と格好にどうも違和感を覚えるのは私だけでしょうか?」

「だからちょっと転んだだけですって……アンタもネチネチとしつこいな……」

「エリートだからこそネチネチしているんです。私は生まれも育ちも生粋のエリート、言うなれば生粋のネチネチです。あなたがどう言い訳してもずっとネチネチネチネチ言い続けますよ」

「参ったな……」

 

何とか誤魔化そうにもこの男は決して追及を止めることは無かった。それどころか徐々に核心を突いた言葉を使ってきたり上条の口からボロが出るのをひたすら待っているようだった。

しかし上条は言えない、魔術師の存在もそうだが何より不法侵入している坂本と顔も知らぬシスターの件もあるのだ。こればっかりは警察相手に話すことは絶対に出来ない。

 

「ていうか朝になったら開放してくれる約束じゃ……もう外は朝じゃないんですか?」

「あなたがお巡りさんにお話してくれない限りこの部屋に朝は来ません、朝が来て欲しいなら話すことです。君が昨日どこで何をしていたのかを」

「だから学校の補習行って終わったらクラスメイトと遊び回ってただけだって、それで夜中まで遊びほうけて完全下校時刻過ぎちまって、みんな帰った後ふと寄り道してただけですってば」

「あんな時間になるまでフラフラと出歩いていたとはずいぶんと長い寄り道ですね。あなた嘘つくのヘタでしょ? あなたみたいな嘘をつくのがヘタなタイプは嘘をつく度に首筋が赤くなっていくんですよ」

「へッ!?」

「嘘ですよ」

 

自分の首筋をあわてて手で押さえる上条にボソッと呟くと異三郎はますます彼を疑うように何を考えてるのかわからない目で覗き込む。

 

「あなたやはり何か隠してますね、それもお巡りさんの私にバレてはいけない事を。このままだとあなた永遠に朝が来ないかもしれませんよ?」

「それは嫌です、はい……」

「だったらとっとと私のエリートネチネチに観念してさっさと……」

 

すっかり弱り果てて白状しかねない上条に異三郎がトドメの言葉を言い終える前に、彼の胸ポケットから携帯の着信音が鳴り出した。

 

「おや失礼、電源付けっぱなしでした」

 

話を中断して彼はすぐに携帯を取り出して耳に当てた。

 

「はいサブちゃんです、何かあったんですか? こっちは今ツンツン頭の少年とコーヒー飲みながら楽しくお喋りしている所なので手短にお願いしますよ」

(サブちゃんって……)

 

いい年した大人が自分のことをちゃん付けのあだ名で名乗っている事に思わずツッコミたくなる上条だがそこはなんとか踏みとどまる。

すると異三郎は何も言わずに電話相手の話を10秒程聞き終えた後。

 

「わかりました、そういう事ならこちらも手が出せませんね。ではすぐに彼とそちらに向かいます」

 

最後にそれだけ言うとピッと携帯の通話を切って懐に戻すと、異三郎はガタリとイスから立ち上がって

 

「どうやら朝になったようです、あなたはもう釈放です」

「はい!?」

「私の後について来てください、外に出してあげますよ」

 

今までの長い尋問はなんだったのだと思わずにはいられない、なんともあっさりと出る事を許可する異三郎。戸惑いながらも出られるのではと上条も席から立ち上がって彼の後をついてくのであった。

 

 

 

 

 

数分後、薄暗い尋問室から抜け出した上条はようやく、見廻組の屯所前に出て朝日を拝むことが出来た。

 

「あーシャバの空気がうまい……」

 

まるで何十年も獄中生活に暮れていた罪人がようやく釈放されたかのような心境で昇った太陽に手をかざす上条。そんな彼にここまで共についてきた異三郎が感情の読めない表情で

 

「上条さん、あなたの保護者に感謝しなさい。彼がここに来てくれたおかげであなたは釈放されたのですから」

「保護者? ってそれってもしかして父さんと母さんか!?」

 

保護者と聞いてすぐに親を連想する上条だが、そんな彼の元に前方から近づく人物が。

 

「?」

 

上条がふと見ると長い髪をなびかせ異三郎とは少し違う造型をした制服を着た女性であった。

異三郎と同様感情の読めない表情と目をしている

左手には深夜に会った魔術師である神裂が持っていた刀ほどではないが長い刀を持っている。

 

「……遅い異三郎」

「電話ありがとうございます信女さん、これを機にもっと電話とメールしてくれても構いませんから」

「めんどくさいからヤダ」

 

局長の異三郎に対等な話し方が出来る時点で上官クラスなのかもしれない、と上条が呑気に思っていると異三郎がこちらに振り向き彼女を紹介するように手を上げる。

 

「こちらは若くして見廻組の副長を勤めてもらっている今井信女です。あなたの保護者は彼女が連れてきました」

「ああどうも……上条当麻です」

「……」

 

ぎこちなく挨拶する上条だが信女はただ無言でこちらを見つめるだけだ。何考えてるのかわからないその表情に上条は頬を引きつらせながら笑っていると

 

「?」

 

ふと彼女を見ていると上条は視界が若干グラついた。ほんの一瞬の事であったが、彼女の姿が何か別の姿に見えたのだ。そう、今の彼女よりもっと幼い女の子……

 

「……アンタ前に俺と会わなかったか?」

「……会っていない」

 

こちらの目から逸らさずに短く返事する信女。

すると異三郎は「ふむ」と顎に手を当て

 

「上条さん、信女さんをナンパするとは随分と肝が据わってますね、彼女はこう見えて見廻組トップの刀の使い手ですよ。選択肢間違えたら即ゲームオーバーになっちゃいますし初心者には難しいキャラですから攻略は後回しにする事をおススメします」

「いやいやそうじゃなくて……いや、会ってないならそれでいい」

 

変に誤解を受けてしまったことを否定しながら上条は彼女への追及はこれ以上しなくてもいいと判断する。きっと久しぶりの太陽の熱気に当てられて立ちくらみしただけであろう。

しかし

 

「ん?」

 

自分の右腕がピクリと動いたような感覚を覚えた。しかし右腕を見てもなんともない。

 

ただの気のせいかとそう結論付けていると上条の前にふらりと人影が

 

「こんな所で何をしている」

「へ? ってうおぉ! ビックリした!」

 

こちらを見下ろしながら冷たく言い放たれた言葉に上条が咄嗟に顔を上げると声を出して驚いて見せた。何故なら思わぬ人物が目の前に立っていたのだ。

 

「な、なんで朧さんがこんな所にいるのでせう!?」

 

日除けなのか三度傘を被った朧が唐突に現れたのだ。長い付き合いである彼に対して苦手意識はないもののいきなり出てこられるといささか心臓に悪い。

慌てふためく上条に朧は苛立っているように

 

「それはさっきこちらが言った、貴様こそ何処ほっつき歩いて部屋を留守にしていた」

「いやそれはそのですね……」

「……まあいい、貴様の事だ。下らぬ人助けでもやっていたのであろう」

 

相手が朧なのであれば詳しいことも全部洗いざらい言えるのだが、まだ見廻組の二人が傍に立っているので迂闊な事は言えない。

それを察してくれたのか朧は呆れたように呟きながら上手く流してくれた。

 

「とっとと家に戻れ、その顔つきからして寝てもいないのであろう。睡眠をとってしっかりと体力を回復しろ、起きた時にはまた鍛錬を施す」

「え、いやでも保護者が迎えに来るってそこの佐々木とかいう人に言われたのですが……?」

「外で暮らす貴様の父親と母親がそう簡単にこの街に来れるか、少しは洞察力を鍛えろ」

「そうは言われても……」

 

相変わらず手厳しくわかりにくい言い回しをする朧に上条が困惑していると異三郎が彼に代わって

 

「こちらが一応あなたの家に連絡した時にこの方が電話に出たんですよ、あなたの事情を話したらすぐに迎えに行くと言って、信女さんの案内でここまでご足労してもらったんです」

「え、それってつまり朧さんが俺の保護者……あながち間違ってないわけでもねぇけど」

 

確かに一番付き合いの長い大人だが朧が自分の保護者と明記された事は今まで無かった。

不思議な気持ちに駆られる上条に朧がまた不機嫌そうに

 

「いいからさっさと行け、さもなくばもう一度こやつ等の組織に貴様を預かってもらうぞ」

「いい! それだけはご勘弁を! もうこの人のネチネチ攻撃は勘弁だ!!」

「私は一向に構いませんよ? むしろ溜まったストレスをぶちまける丁度いい人材が欲しかった所ですし。そりゃあもうネチネチネチネチ言いまくりますよ」

「お世話になりました帰ります!!」

 

異三郎にそう言われると上条はすぐに駆け出して逃げるように家に帰って行った。

残された朧は黙って彼を見つめる。

 

「貴様、あの者を捕まえて何を聞き出そうとした」

「はて? 私は夜中をうろつく非行少年を連行させただけの善良なお巡りさんですが?」

「戯言を、大方“我等”の動向を探るつもりだったのであろう」

 

とぼけたように小首を傾げる異三郎に朧は眉をひそめる。

 

「残念ながらあの者は未だ巣からも飛び出せない程脆弱な“雛鳥”。我等と共に動くことは無い、今はただ巣の中で羽の伸ばし方を習っているだけの存在だ。貴様等が飼い慣らそうとしても無駄な時間を費やすだけだ」

「そうですか、ご親切に忠告ありがとうございます“親鳥さん”」

 

ボリボリと頬を掻きながらけだるそうにそう呟く異三郎。少々癇に障る言い方をしたが朧は気にせず流す。

すると異三郎の隣に立っていた信女が彼に向かってまっすぐな視線を向ける。

 

「違う異三郎、二人はただの親鳥や雛鳥じゃない。もっと歪で異なった線で結ばれている」

「……ほう、やはりあなたはあの少年について何か知っているみたいですね、信女さん」

「……」

 

横目を向けながら尋ねる異三郎だが信女は黙りこくって何も言おうとしない。

そんな彼女に対し朧はどこか警戒するような目つきで

 

「天に落ちた鴉の貴様に何も言う資格も無い。我等の下から去った貴様があの者と関わる事も許さんぞ」

「関わりたくもないしもう二度と会いたくも無い」

 

意味深な言葉を混ぜながら警告を促す朧に、信女は無表情でキッパリと答えた。

 

「“アレ”はもうこの世界にいてはいけない存在だから」

 

そろそろ外へ出歩く人が増える時間帯になった頃、見廻組の屯所前で信女はそう確信するように若干いつもより強めの口調でそう言い放つのであった。

 

 

 

 

 

 

そしてそれから数十分後。

長い一日を終えてようやく上条は我が家に着いたのであった。

 

「た、ただいま……」

 

家のドアを開けてすっかりヘトヘトになった様子で声を振り絞る上条。

ドッと疲れた体を引きずりながらリビングへと向かう。

するとそこには

 

「……」

「……オティヌス?」

 

リビングの床の上に横になっている居候のオティヌスを発見。

また夜更かししてそのまま読書中に眠ってしまったのかと上条が近づいたその時。

 

「う、うう……」

「!」

 

彼女の苦しそうに呻くような声に反応して上条はすぐ様駆け寄った。

 

「おい大丈夫か!」

「く……何ということだ、私としたことが……」

「しっかりしろ! 何があったんだ!」

 

彼女の上体を抱きしめながら顔を近づけて上条が叫ぶと、オティヌスは弱々しくか細い声で……

 

 

 

 

 

 

「もう腹いっぱいだ、何も食えん……」

「……はい?」

「一杯食べ過ぎて動けんし腹も痛い……おのれあの男、よもやこれが狙いだったのか……」

 

苦しそうに呟く彼女に上条は口をぽかんと開けながらふと彼女の腹を見るとまるで太鼓のようにいい音が出そうなぐらい膨れていた。

 

「……なにお前、まさかただの食べすぎで?」

「……夜中この部屋に目つきの悪いふてぶてしい男がやってきてな」

「朧さんか?」

 

上条の肩に腕を回してベッドの方へ運ばれながら、オティヌスは事の経緯を話し始める。

 

「お前がいない事と私が何も食べていない事を察して料理し始めたんだ……あの見た目で麻婆豆腐作っていたのは意外だった」

「ああ、そういう事か……」

「刀捌きは見事だったぞ……味も良くてつい食べ過ぎてしまい……」

「いやまあわかるっちゃわかるけど、いくらなんでも食べ過ぎだろ、少しは俺に残すとか考えなかったのかよ……」

 

帽子とマントを脱がせてベッドに横にさせながら上条はしかめっ面を彼女に向けた。

 

「そりゃ美味いのはわかるけどさ、胃袋の限界が来るまで食べちゃだめだろ、なんかお前妊婦さんみたいになってるぞ」

「お前は食った事あるのか、あんな美味いのを前にして我慢なんて出来る訳無いだろうが……」

「お前よりずっと昔から知ってるよそんな事。そもそも俺に料理教えたのあの人だし」

 

意外な事をポツリと呟く上条に横になりながらオティヌスは期待するように顔を上げる。

 

「じゃあお前もあの美味なる食事を再現できるのか……?」

「いやあそこまではいかねぇけど、人前に出しても恥ずかしくない程度のもんなら普通に出せると自負してますよ」

「そうか……」

 

腕を組みながらそう言い切る上条。オティヌスは眠気が襲ったのか左目をこすりながら欠伸をすると目を瞑る。

 

「じゃあ次に起きたら作ってくれ、次はカレーだ……」

「まだ食べ足りねぇのかよ! カレーって簡単そうに見えて実は奥が深くて作るのに時間がって寝やがったコイツ…!」

 

リクエストだけ終えるとオティヌスは寝息を立てて瞬く間に眠りに入ってしまった。

置き去りにされた上条ははぁ~と深くため息を突くと彼女の隣にゴロンと横になる。

本来なら女の子と一緒のベッドで寝る事などあってはならない事なのだが、疲れきった上条はそんな事で寝るのに躊躇するのも煩わしいとオティヌスと同じベッドで眠りに着いた。

 

「起きたら朧さんが鍛錬をやるとか言ってたけど……出来ればまたメシ作ってくれねぇかな……」

 

そんな事を呟きながら上条は目を瞑るとあっという間に寝入ってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、これは一体なんですか」

 

ロウソクの光のみで照らされたとある厨房で、一人の少年が“彼”に尋ねた。

彼はグツグツと煮えたぎる釜戸から目を逸らすと優しく答える。

 

「料理です、初めてやってみた割には我ながらよく出来たと自負しているのですが」

「先生質問を変えます、この皿の上にドロドロした黒色の液体の中で更に黒くて四角い物体がいくつも浮いているように見えるこれらを総称するとどんな名前になるのですか」

「松崎しげる風麻婆豆腐です」

「松崎しげるって誰ですか先生」

 

少年が両手に持つ皿の上にある怪しげな物体を笑顔で断言する彼に少年は即ツッコミを入れる。

 

「なんでいきなり料理なんかを始めようと思ったのですか」

「ただの気まぐれとも言えますが、ちょっと試しにやってみたい事があったので」

 

釜戸の蓋から泡が吹き出しそうになっている中、彼はそんな事を言った。

 

「この手を血に染める以外に出来る事は無いかなと」

「……」

「でもやはり私には無理だったようだ、やはり私には人を殺める手しか持っていないらしい」

 

寂しそうに呟く彼を見て、少年はしばし黙りこくると彼の作り出した失敗料理を卓の上に置いて隣に立った。

 

「なればこれからは私が料理を作ってみようと思います。そして勉強した成果で先生に料理の手習いを教えます」

「ほう、あなたが私に教えを教授すると?」

「弟子が師に教えを説くのは無礼も承知ですが、これ以上先生一人に料理を作らせたら松崎しげるが増加の一途を辿るだけでしょう」

 

要するに彼がどれだけやっても失敗するのが目に見えてるからこっちでしっかりと料理とやらの学を勉強してそれを彼に教えようというのが少年の魂胆だった。

 

「いつか先生の血で汚れた手を私が油やら包丁の切り傷やらで一杯にしてみましょう」

「フフ、それは困った、そんな手になってしまったら人殺しも出来そうにありませんね。では小さなお師匠さん、私に是非教えてください」

 

小馬鹿にするわけでなく本当に何かを期待してるかのように彼は笑うと、釜戸の蓋を開けて中を覗き込みながら少年に尋ねた。

 

「白米炊こうとしたら松崎しげる米になってしまったんですけど、何がいけなかったんでしょうか?」

「……もしかして先生、料理というものは何でもかんでも焼けばいいと思ってませんか?」

「違うんですか?」

「全然違います」

 

釜の下に彼がこれでもかと突っ込んだ薪のおかげで、勢い良く燃え盛っている炎を眺めながら少年はまたツッコミを入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

眠りに入ってから数時間後、上条は重たい瞼をこじ開けて目を覚ました。

 

「……変な夢」

「起きたか」

 

目を開けた先にはいつもの無愛想な顔で突っ立っている朧の姿があった。

上体を起こしながら上条はぼんやりとした顔で髪を掻き毟る。

 

「……コイツが家にいることに動じないどころか料理作ってあげたんだってな。礼言っておくよ」

「貴様が誰と共に住もうが興味ない、料理を作ったのもただの気まぐれだ」

 

短く、そして冷たく言い放つ朧に上条はまだ寝ているオティヌスを起こさぬようにしながらフッと笑う。

 

「そこのテーブルに置かれている麻婆豆腐もただの気まぐれでアンタが作ったの?」

「貴様の事だ、鍛錬の前に食事を取らなければ満足に動けんと言い訳するに決まっている」

 

小さなちゃぶ台の上には彼が作ったと思われる麻婆豆腐がご丁寧にラッピングされた状態で置かれていた。

ベッドから立ち上がる上条に朧は機嫌悪そうに命令する

 

「さっさと食え、今日は貴様に人体に眠る経絡の流れを体で覚えてもらうのだからな」

「うへぇ、よりにもよって俺が一番苦手にしてる事じゃん……」

「苦手だと頭の中で思い込んでいるから何時まで経ってもモノに出来んのだ」

 

呻くように呟きながら彼の作った麻婆豆腐にスプーンを伸ばす上条。

そんな彼に相変わらず手厳しい態度を朧がとっていると、ふと上条は彼の顔を見上げる。

 

「……何だ人の顔を覗き込むように」

「いやちょっとさっき夢で変な大人と子供が出てきたんですけど、それの子供が朧さんに面影が似てたような気がして……」

「……夢か」

 

何気ない彼の一言に朧はこちらに背を向けて顎に手を当て考え始めた後ポツリと。

 

「……くだらぬな」

「ですよねー……」

 

当たり前といえば当たり前の感想を呟く朧に同意しながら上条はスプーンをまた動かし始めた。

 

「そういや朧さんに最初に教わった料理って麻婆豆腐だったっけ?」

「そんな昔の事覚えているか」

「いやいや上条さんはちゃんと覚えてますよー」

「そんな事覚える前に経絡の流れを覚えろ」

「俺がまだ小学生の時に教えてもらったんだけど確か」

 

朧の曖昧な返事をものともせずに上条はスプーンの上に浮かぶ豆腐を眺めながら昔のことを思い出した。

 

 

 

 

 

「焼きすぎて見事に全部真っ黒にさせちまったんだよなぁ、黒い豆腐とか初めて見たぜホント」

 

外はすっかり夕焼けとなった部屋の中で上条当麻は過去の出来事を掘り返しながらどこか懐かしむように呟いた。

 

それを聞いてもなお

 

朧はただ無言で何も聞いてなかったように背を向けるのであった。

 

 

 

 

おまけ

教えて銀八先生のコーナー

 

「はい、ハンドルネーム「八条」さんからの質問」

 

『ステイルもジャンプが好きのようですが好きなジャンプ作品は何ですか?』

 

「ワンピースです、好きなキャラはエースだとか。彼が死んだ時は泣き過ぎて当分仕事に参加出来なかったらしいです」

 

 

「えーそれでは解散」



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第六十訓 右腕に宿る秘めたる思い

 

ここはとある病院の一室。

上条当麻がここに来たのはある人物の見舞いに来る為であった。

 

「こんちは、えーと、坂本さん?」

「アハハハハ! よう来たのぉとんま!」

「相変わらずその人の名前を覚えない所とデカい笑い声から察するにやっぱ坂本さんか……」

 

全ての元凶とも呼ばれてもおかしくない人物、坂本辰馬。現在彼は病室のベッドの上でこれでもかと包帯を全身巻かれて横になっていた。顔の部分も巻かれているのでパッと見だと誰か気づかない。

 

「殺されなくてよかったなホント、その状態だとむしろ死んだほうが楽だったんじゃないかと思うけど」

「不吉なこと言うなぁ! こうしてまた会えた奇跡を喜ばんかぁ!」

「まあある意味奇跡と呼んでも過言ではない重症っぷりだけど、よく死ななかったなその体で……」

 

ベッド傍のイスに座りながら坂本の体にどれほどの惨劇があったのかと考えていると、背後から声が

 

「心配無用です、土御門が必死に止めてくれたおかげでギリギリ一命取り留めるぐらいには手加減しておきましたので」

「僕はもともと人を焼くことにはなれてるんでね、どれだけ焼けば死ぬか生き残れるかそういうギリギリの範囲で自由に魔術を行使できるんだ」

「あざーす」

 

上条より先にここに来ていたのか、イギリス清教の魔術師、神裂火織とステイルーマグヌスがキビキビとした態度で説明する。

どうにか彼を生かしてもらったことに上条は軽い感じで礼を言うが坂本は彼女達に身を乗り出して

 

「ふざけんなぁおまん等ぁ! わしがあの時どれほどの苦痛を味わっていたと思っちょるんじゃぁ! 走馬灯ガッツリ見てきたぞ! 三途の川クロールしてやっと現世に戻れたんじゃぞぉ!!」

「全てはあの子を放置したあなたが悪いんです、普通なら即刻殺してやってますよ」

「人の罪を責める前にまずは自分の罪を責めろ、しばらく病室のベッドで己の罪と向き合うんだな」

 

そもそも彼が彼女達にボコボコにされたのは全て彼が招いた結果である。

叫ぶ坂本を冷静に諭しながら神裂はクルリと踵を変えて

 

「では私達は彼女を探しに出かけていきます、見つけたら“一応”あなたには伝えておくので、それでは」

「我が心の友である上条、悪いが僕は行かなければ、連絡すればすぐに駆けつけるから」

「さっさと行きますよステイル、全く友人が出来たぐらいではしゃいで……」

 

名残惜しそうにこちらに手を振るステイルを神裂は後ろ襟を掴んでズルズルと引きずりながら病室を後にした。

 

「良かったみたいだな、許されて」

「許してくれちょるならこないな状態にさせんじゃろ普通。どういう教育受けてんじゃあの連中は」

 

腑に落ちない様子で坂本がブツブツと文句言っていると神裂達とは入れ違いでガララっと病室が開いた。

 

「おーい坂もっさん、見舞いに来てやったぜぃ」

「こんにちは、大丈夫ですか坂本さん?」

「おー土御門に眼鏡君! よう来てくれちょったばい!」

 

部屋にやってきたのは土御門元春と志村新八、なんだかんだで坂本が世話になった二人だ。

やってきて早々気楽に挨拶しながら上条がいることに気づく。

 

「カミやんも来てたのか、やっぱ俺と同じで補習サボる為かにゃー?」

「フッフッフ、小萌先生に連絡して友人の見舞いに行かなきゃいけないって言ったらすぐ許可してくれましたよ」

「いやあんた等それ酷過ぎじゃない? なんか僕までサボり目的で欠席したみたいな感じになってんじゃん……」

 

こうして坂本の見舞いに来たのも理由があったらしい。やはりどこか発想が悪どい土御門と上条に新八がジト目でツッコミを入れながら坂本の方へ振り返る。

 

「全く二人とも素直じゃないんだから、坂本さん大丈夫ですか、ていうか坂本さんですかあなた?」

「アハハハハ! そうじゃわしじゃ! どんな理由にせよ来てくれただけでわしは満足じゃぁ!!」

「包帯越しでも相変わらずデカイ声ですね……」

 

見舞いに来てくれて上機嫌な様子の坂本に新八が苦笑していると再び病室のドアが勢い良く開き

 

「上条当麻!!」

「げぇー吹寄!」

 

今度は先日上条と一緒にシスター探しを手伝ってくれた吹寄制理だった。

部屋に殴りこみに来たかのように入ってくるとズンズンと坂本ではなく上条の方へ歩み寄り

 

「先生から聞いたわよ、友人が入院したから見舞いに行かなきゃならないって言ったらしいわね」

「ええ! 別に嘘は突いてないですしちゃんとこうして見舞いに来てるだろ! 今回は何も悪くないぞ俺は!!」

「は? わかってるわよそれぐらい」

「へ?」

 

てっきり補習サボったからぶん殴られると思っていた上条だが以外にもあっさりとした感じで吹寄は頷いた。

 

「補習休んで友人の見舞いに行く事で私が怒ると思ったの? 私だっていちいち貴様に怒ってたらそれこそキリがないでしょ」

「いやぁ昔から結構理不尽に怒られてるような気がするんですが……」

「いつ私が理不尽な理由で貴様に怒ったのよ」

「なんでもありません……」

 

小声で反論する上条だがすぐに吹寄の纏うオーラに萎縮して引っ込んだ。

そして吹寄は今初めて土御門と新八の存在に気づいたかのように

 

「それで二人もお見舞いに? 一体誰の見舞いに来てるの? もしかして私達のクラスメイト?」

「いやいや坂もっさんの見舞いぜよ」

「あれ? もしかしてやっぱり気付きませんか?」

「坂もっさん? ああ、土御門の知り合いだとか言ってたあの坂本さんの事ね」

 

二人に聞いて初めて坂本が入院している事を知った吹寄はベッドに横たわる包帯男に目をやる。

 

「……コレの事かしら?」

「そうです、わしが坂本辰馬です」

「全身ミイラになってると余計に怪しく見えるわね……」

「アハハハハ! きっついのぉお嬢ちゃん!」

 

もともと怪しんでいたのに更に怪しむ視線で見てくる吹寄に坂本がヘラヘラ笑うと、彼女はすぐに上条のほうへ向き直り

 

「上条、どうしてこの人こんな重症なのよ」

「怖い外国人に絡まられたんだとよ」

「全く、これだからかぶき町は危ないから無暗に行くところじゃないのよ。貴様も行こうとか考えるんじゃないわよ」

「だから何でいつも俺だけ注意されるんだよ……土御門や青髪にも、ん? 青髪?」

 

上条はずっと忘れていたモノを思い出したかのように目を見開いた。

 

「そういや青髪から連絡来たか?」

「ああそういえば忘れてたぜぃ」

「確か一人で探索に行ったんだよね」

「心底どうでもいいわね、話を有耶無耶にしおうとしてるんじゃないわよ上条、私の目が光ってる内は絶対にかぶき町に行かせないんだからね」

 

上条に言われて初めて気付いた一同。吹寄に至っては軽く一蹴した。

するとまたもや病室のドアが弱々しく開いて……

 

「みんな……まだボクの事覚えていてくれたんやね……」

「青髪!」

「青ピ!」

「青髪くん!」

「……誰だったかしら?」

 

ドアを開けて病室に入ってきたのはなんとあれから一向に連絡が来なくなった青髪ピアスだった。病院服を着て覇気のない声を出しながら微かに笑う青髪の登場に一同は驚く、吹寄は忘れていた。

 

「いつまで経ってもボクの所に見舞いに来へんからてっきりみんなボクという存在を忘れたのかと……」

「いや忘れていたのは事実だけど……」

「お前入院してたのか、本当はどうでもいいが一応聞いておくぜぃ、何があったんだにゃー」

「どうせ女の子のスカート覗こうとして制裁食らったとかそんなオチでしょ」

「うん君等やっぱ友達じゃないわ、退院したら覚えとけよ」

 

素直に忘れたという上条、どうでもよさそうにヘラヘラ笑いながら尋ねてくる土御門。

軽蔑の眼差しを向けてくる新八、そんな3人に青髪は笑顔でぶっ飛ばす宣言。

 

「ボクはね、君等に無理やり行かされたスキルアウトの溜まり場で大変なことになったんやで! スキルアウトと攘夷浪士の乱戦に巻き込まれて! 超可愛い女の子に助けられたと思ったら仕掛けてあった地雷を踏んでドカン! 死ぬかと思ったんやホント!」

「無理矢理ってお前、自分の意思で言ったよな確か」

「俺達は悪くないぜよ」

「うるせぇクソ虫共! 三バカデルタフォースは解散やぁ! 人を上手いこと乗せて連れて行かせたのはどこのどいつやぁ!」

 

クラスではよく上条・土御門・青髪の3人で三バカトリオだと言われていたが青髪も彼等の薄情っぷりに嫌気が差して一体誰のせいだと叫ぶが、土御門は冷静に坂本を指差し

 

「そりゃ坂もっさんだろぃ」

「おお! わしか!」

 

自分のせいだと言われてるのになぜか嬉しそうに叫ぶ坂本。

 

「アハハハハ! すまんのぉ! まさかおまんがそないな事に巻き込まれておったなんてわからんかったわ!」

「笑い事じゃ済まさへんで坂本さん! ボクはもう体と心に深い傷を負ってしまったんや! どう落とし前付けてくれんねん!」

「いやいやホントすまんかった!」

 

烈火の如く怒っている青髪に坂本は包帯越しでもわかるぐらい笑みを浮かべながら

 

「お詫びに今度かぶき町に連れて行ってあげるばい! それで許してくれんかの!」

「うん許します」

「速攻許した! どんだけかぶき町行きたいんだよ!」

 

今までの怒りはなんだったのかと思うぐらいあっさりと許す青髪に新八がツッコミを入れた。

ようはかぶき町に行ければそれでいいのである。

 

「ねぇ坂本さ~ん、ボク大人にさせてくれるエッロいお姉さんのお店生きたいんやけど~?」

「アハハハハ! それぐらいお安い御用じゃ! そらもうボンッキュボンな姉ちゃんが仰山おるお店に連れてってやるきん!」

「ツッチーボクこの人大好き!」

「おう良かったな青ピ」

 

年頃の高校生にはとてもありがたい出来事に思わず咽び泣きながら感激する青髪に土御門は優しく答えていると、坂本は青髪の肩を叩きながら呟く。

 

「それにしても攘夷浪士のいざこざに巻き込まれたんかぁ、懐かしいのぉ」

「え、なんで坂本さんが懐かしく思うのん?」

「そりゃわしは昔」

 

疑問に思う青髪に坂本は自分を親指で指差す。

 

「攘夷志士として攘夷戦争に参加してたんじゃ!」

「「「「!」」」」

 

その場にいた土御門以外の人々は目を見開いて驚く。

それはそうであろう、攘夷志士と攘夷戦争など誰もが知る言葉だ。

 

「え~坂本さん教科書に載っとるあの大戦争に参加してたん!?」

「そ、それって本当ですか坂本さん!? 攘夷戦争って確か侍と天人が何十年も戦い続けたとんでもない戦争の事ですよ!」

「何普通に信じてるのよ! デタラメに決まってるでしょ! 坂本さんも変な事言わないでください! 戦争に参加したとかそんな冗談全然笑えませんから!」

「いや本当のことじゃぞ、アハハハハ! 懐かしいのぉ」

 

驚いている青髪と新八を怒鳴りながらこちらにも怒った様子の吹寄に坂本はゲラゲラ笑いながら本当の事だと断言した。

 

「まあわしの場合戦争には参加したんじゃが終わる前に敵に腕やられて前線から離脱。そのまま静かに脱落したんじゃ、ほれ、これがそん時の」

 

そう言って坂本は右腕の包帯をめくると彼等に見せる。

彼の腕には鋭く伸びた刀によって出来た古傷が痛々しく残っていた。

こんなもの日常生活の中で出来る傷ではない。さすがにこんなもの見せられたら吹寄も信じるしかない。

 

「……本当に参加してたんですね」

「凄いですね坂本さん、あんたただのバカじゃなかったんだ」

「さすが坂本さんや! バカなのにとんでもない過去持ってたんやな!」

「アハハハハ! 泣いていい?」

 

尊敬しているのか馬鹿にしているのかよくわからない賞賛に坂本はちょっと涙目に。

 

そんな彼等を上条と土御門は少し離れた所から眺める。

 

「あの人そんな凄い人だったのかよ、お前は知ってたのか土御門?」

「まあな、俺も最初は疑ったがすぐに信じた」

 

上条に尋ねられて土御門は笑いながら答えた。

 

「何せ暗殺するために組織に忍び込んだ俺を殺さずに生かすどころか仲間にしてしまうような男だ。そんな器のデカい男なら戦争に参加してたと聞いてもそら信じるぜぃ」

「……お前何モンなの?」

「ハハハハ! トップシークレットぜよ!」

「坂本さんみたいな笑いで誤魔化すなよ、まあ別にいいけど」

 

土御門の正体が何者であろうが上条はどうでも良かった。少なくともこうしてバカやり合える所からして今の彼に不満な部分はない、シスコン気味なのがたまにキズだがいい悪友として良く思っているのは確かだ。

 

「それにしても攘夷戦争か、想像できねぇな戦争の事なんか」

「そんなに昔の事でもないがな、俺達が小さなガキだった頃に終わった出来事だ。カミやんは知らなくても親なら当たり前のように覚えてるはずだぜぃ」

「て言っても戦争の話なんかを親とする気なんかこれっぽっちも……」

 

 

 

 

 

 

土御門と他愛もない話をしているはずだった。

 

 

 

 

戦争について自分は何も知らないと

 

 

 

なのに何故か、上条の目に一瞬だけ何かの光景がフラッシュバックするように鮮明に映し出された。

 

血生臭い戦場

 

無数に横たわるおびだたしい死体

 

それに群がり死肉を食らう大量の鴉。

 

そしてその戦場の中心にいるのは

 

 

 

 

大量の骸から一心不乱に何かを剥ぎ取るまだ年端もいかない

 

 

 

銀髪の少年

 

 

 

 

「!」

「ん? カミやんどうした?」

 

上条は突然フラッと立ちくらみを感じた。あの時と一緒だ、あの今井信女という女性と顔を合わせた時と同じ感覚。

 

汗ばんだ顔を押さえながら首を垂れる上条に土御門が尋ねていると吹寄がそれに気づいて

 

「上条がどうかした?」

「いや、なんか急にフラッとイスから転げ落ちそうになったんだぜぃ」

「悪ぃ土御門、もう大丈夫だ……」

 

彼女に説明している土御門に上条はゆっくりと顔を上げる。

 

「ただちょっと変な立ちくらみがな……」

「夏バテかしら? なんならお医者さんに診て……上条、その腕どうかしたの?」

「腕?」

「右腕よ」

 

吹寄に突如右手をガシッと掴まれ混乱する上条。

しかし彼女に掴まれたその右腕は

 

何かに共鳴するかのように小刻みにカタカタと痙攣していたのだ。

 

「……なんだコレ? どうして俺の右腕震えてんだ?」

「そんなのこっちが聞きたいわよ……ほら立って良く見せなさい」

 

吹寄に促されるまま上条は勢いよく椅子から立ち上がらされる。

 

しばらく彼女はジーッと彼の震える右腕を見ていたが。

それが数秒程続いた後、振動は止まった。

 

「……収まったみたいね、貴様は持病とか無かったわよね確か」

「ああ、でも最近こんな事があったような気がするんだよな……」

「……お医者さんに診てもらった方がいいんじゃないの?」

「いやいやこんな事で診てもらう必要ねぇって」

 

こんな風に彼女に心配そうに上目遣いで覗き込まれると、何か調子が狂うなと感じながら上条は彼女の提案を断る。

 

「どうせ朧さんの時の鍛錬で酷使し過ぎて筋肉が悲鳴上げてるだけだろ。立ちくらみもきっとそのせいだ」

「朧さん?」

「俺が小さい頃から世話になってる人だよ」

「……貴様とは中学の頃から知り合いだけど、私そんな人知らないわよ」

「そりゃそうだろ、あの人が来るのは大体俺の家だし、お前俺の家に来た事無いだろ?」

「……そうね、わかったわ」

 

上条当麻が自分の知らない誰かと鍛錬などという事をしていると初めて知った吹寄。

少々腑に落ちない表情を浮かべながらパッと彼の右腕から手を放す。

 

「無理な運動は控える様にしなさい、過剰に肉体を動かすのは逆効果よ」

「それは出来れば朧さんに直接言ってほしいんですが……」

「それぐらい貴様自身で言いなさいよ……この馬鹿」

「?」

 

いつもよりも不機嫌な様子を見せる吹寄に上条は不思議に後頭部を掻きながらふと

 

「お前等なんでこっちジッと見てるの?」

「いやなんかムカついただけだぜぃ」

「人前で手取り合ってイチャイチャと、やっぱカミやん死んでくれへんかなホンマ?」

「……なんか邪魔するのもアレかなと思って」

「アハハハハハ! 若いモンはいいのぉ!!」

 

変に誤解している野郎共、そして新八が苦笑して坂本は大笑いしている中、土御門と青髪からはほのかな殺気……

 

「せっかくこっちが心配してやったのにラブコメなんてやってんじゃねぇぜぃ」

「カミやんあんがと、カミやんに見せつけられたおかげで今の僕は憎しみと嫉妬で体力満タンや……」

「おい! なんか勘違いしてねぇかお前等! なんで拳振り上げんてんでせう!? 俺はただ吹寄に右腕見せてただけで!」

「問答無用だにゃー!」

「リア充は死ねー!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!! 不幸だぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

土御門と青髪が突如飛び掛かって襲いかかられ、上条は病室内に響き渡る声で大きく叫んだ。

三バカデルタフォースのそんないつものアホらしい姿を眺めながら吹寄ははぁ~とため息。

 

「……ホント馬鹿ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

コレは今から数分前の出来事で、上条当麻ではなく別の男の話。

 

「ったく隣の部屋がうるさくてしゃあねぇ、病院をなんだと思ってやがる」

「病院内で浮かれてはしゃぐ者がいるとは、ここはジャッジメントとして注意しに行った方がよろしいですわね」

「ほっとけよ、こちとらアホの金髪娘のおかげで入院するハメになってんだ。怪我人なら怪我人らしく大人しくしとこうや」

 

その男は少女を連れて丁度坂本の病室の前を横切ろうとしていた。

しかし

 

「アハハハハハ!!」

「……?」

 

部屋の中で坂本が大笑いしているのだろう。それを聞いて男は顔をしかめて部屋の前に近づく。

 

「この笑い声……」

「どうかしましたの?」

「いやちょっと知り合いに似てると思っただけだ」

 

ちょっとドアを開けて中を覗き込もうと思ったが、少女に呼ばれて男は出した手を引っ込めた。

 

「まさかいるわけねぇか、今頃奴は宇宙を飛び回っているだろうし」

 

男はしばしその病室をジッと眺めていたが、しばらくして踵を返して少女と共にその場を後にした。

 

「もう一個どこかで感じたような気配があったが……気のせいか」

「変な事言ってないでさっさと診察室に行きますわよ」

「へいへい」

 

毛根からねじ曲がっているような銀髪の天然パーマを僅かに揺らしながら

 

 

上条は知らなかった。

 

己が立ちくらみした時と右腕が震え出した時に

 

丁度その男が部屋の前に立っていた事を

 

 

 

 

おまけ

教えて銀八先生

 

「はい今回もちゃっちゃっとやっていきま~す、ハンドルネーム「八条」さんからの質問」

 

『朧は料理が出来るみたいですが奈落の現首領という忙しい身であるのにどのようにして料理が出来る事が出来るのですか?』

 

「偉い奴ってのは大抵時間の割き方も上手くやれるんですよ、だから朧も仕事は仕事、鍛錬は鍛錬、料理は料理とハッキリとスケジュールの計算をしながらそつなくこなせるんです」

 

「要するにただ偉くなって威張り散らすんじゃなくてそういう自分や他人の時間の管理をキッチリ出来ていないとダメって事ですね、そんじゃまた」

 




あとがき
これにて上条編の第一章は終わりです。
次章は珍しく比較的平和な回をやって行こうと思います。
次の投稿にはこちらの都合の為二週間ほどかかると思いますがご了承下さい。

それでは

PS
白髪のもやし頭? 知らない子ですねぇ


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第六十一訓 餌に釣られた魚はまた餌となる

 

ある日の事、上条当麻は一人コンビニに置いてあるATMの前で固まっていた。

 

「なんてこった……! 666円しかないだと……!」

 

謎のちんちくりん少女、オティヌスと住み始めて数日経った上条だが、銀行口座の預金が尋常じゃない程の減り具合を見て絶望している様だった。

学園都市に住む学生には皆毎月奨学金が送られる。

しかし皆同じ平等の金額を貰えるわけではなく、そこは学園都市らしくレベル別によってその金額が変わっていくシステムなのだ。

レベル1、レベル2であれば不自由なく暮らせる、レベル3、レベル4ともなれば少々豪華に暮らせる、レベル5ともなればその奨学金だけで一生暮らせるレベルだ。

 

そしてレベル0であるが貰えることは貰えるが能力持ちと比べると少々見劣りする金額しか貰えない。

 

それでも無駄遣いなどしなければ一応それなりに面白楽しく暮らせる金額ではあるのだが

 

「参ったな……思い切ってこち亀完結記念につい浮かれて全巻買ったのが仇になっちまった、オティヌスのおかげで食費も倍になったっていうのに……」

 

いつもの浪費癖が出てしまい、ついついいつも以上に口座からお金を下ろしていたことにようやく気付いた上条、オティヌスと一緒に住むハメになって食費まで増えたというのにこの男は己の欲望を満たすために後先考えずに無駄遣いをしてしまった様だ。

 

「次の支給日まで残り数日程だけど……さすがに666円じゃ持たないぞ、どうすっかな……」

「どうした上条」

 

ATMの前で上条がアゴに手を当て悩んでいる様子を見せていると、後ろから一緒にコンビニについて来た少女が声をかける。

コンビニに来るにはとても場違い、というよりその奇抜な恰好を受け入れる場所などこの国にはないであろうとツッコミたくなるぐらいの見た目をしたオティヌスがそこに立っていた。

 

「先程からずっとそこにある機械の前で悲観に暮れている様だが」

「ああ、たった今上条家の資金がほとんど底をついた事が発覚したんだよ……」

「そうか、そんな事より今日の晩飯はなんだ」

「え~……もやしオンリー?」

「貴様私をナメているのか、貴様を食うぞ」

 

冷蔵庫もほとんど空になりかけている現状では満足に食べれる余裕がある訳がない。

しかめっ面を浮かべ今晩はもやしだけと言う上条にオティヌスもまた顔をしかめた。

 

「その程度の物で私の腹を満たせると思っているのか、カレーをよこせカレーを、ジャガイモ多めの奴」

「無茶いうなよ、さっき言っただろ金がないって。という事でウチはこれから奨学金が振り込まれるまでもやしだけで生活します」

「あのひょろっこくて虚弱体質みたいな安っぽいモンなどで誰が満足できると思っているのだ」

「おい貴様、今もやしの事をバカにしたな! そこに直れ、もやしさんの名の下にこの俺が成敗してやる!!」

 

小馬鹿にした様子でもやしを見下す発言を取るオティヌスに上条が激昂して右手を掲げて一触即発の様子になっていると……

 

「おやおや店内で騒ぐ輩がいるから注意しようと思ったらあなたですか」

「え?」

 

不意にどっかで聞いたような男の声が耳に入る、上条はそちらの方へ顔を上げると。

オティヌスの背後にヒョロリとした細身の男性が白い制服を着て立っていた。

 

「ア、アンタは……!」

「お久しぶりですね上条さん、見廻組局長の佐々木異三郎です」

 

以前深夜を徘徊していた上条を不審人物として捕えて長時間に渡る尋問を行った男、佐々木異三郎であった。

気付いてすぐにバツの悪い表情を浮かべあの時の事を思い出す上条に異三郎は軽く会釈。

そしてオティヌスも彼に気付いた様子で後ろに振り返ると

 

「おい、もやしの話してたおかげでもやしが擬人化して現れたぞ」

「いやそれもやしじゃなくてお巡りさん! 確かに白いし細身だけど!」

「初めましてお嬢さん、言っておきますが私はもやしではなく生まれも育ちも立派なエリートです、以後お見知りおきを」

 

いきなりオティヌスに見上げられながら失礼な事を言われても、異三郎は眉一つ動かさず全く気にしていない様子で彼女にも軽く頭を下げると、上条の方に向き直る。

 

「失礼ですが随分変わった服装をしたお嬢さんですね」

「あ、ああ……やっぱり変わってるよなそんな恰好……」

「変わってますね確かに、今時の女の子が全身ユニクロなんて、もう少しオシャレに気を遣っては如何かと」

「変わってるってそこ!? ていうか見ただけでユニクロってわかるの!?」

 

奇抜なマントに帽子、その下にある水着の様な恰好を下から上へとチェックしながら冷静に分析する異三郎に上条がツッコむが、異三郎は「そんな事より」とどうしてユニクロだと一目でわかったのかをスルーして話を勝手に進めた。

 

「お金、随分と困ってるみたいですね」

「……なんで知ってんだよアンタ」

「そらATMの前でそんな貧乏くさい顔で泣きそうな顔浮かべてたら気づきますよ、何せ私はエリートですから」

「貧乏くさいは余計じゃありませんかね!?」

 

仏頂面のままサラリと酷い事を言ってくれる異三郎に上条は軽くイラッと来るが、彼は全くそんな事気にも留めずにポツリと

 

「なら今日一日、私の仕事手伝ってくれませんか?」

「へ?」

「何度も言ってますが私達見廻組はエリートのエリートによるエリートの為の警察組織です。しかし学園都市に派遣されてそんなに月日も経っていない今では知名度もあまり無く、コレといった仕事は中々やってこないのが現状です」

 

コレといった仕事というのがどういう仕事なのかはわからないが、恐らく異三郎の性格からしてエリートに相応しい様な凶悪犯が起こした大事件といった所であろう。学園都市でそういう仕事を請け負うのはもっぱら真撰組かアンチスキルだ、そしてその下にジャッジメント。見廻組はそのジャッジメントと同じぐらいの軽犯罪を担当しているのかもしれないと上条は彼の反応を見て思った。

 

「我々エリートに地道な作業というのは似合わないものでしてね、だから少しばかりあなたにご協力してもらいたいのですよ。あなたは我々と違いエリートとは程遠い存在に見えますし」

「悪うござんしたね、こちとら生まれも育ちもこれまた見事な一般人だよ……」

「……それはどうなんでしょうかね」

 

自分の事を極々平凡な高校生であると半ば自虐的に答える上条だが異三郎はそっと目を逸らしてボソッと呟く。しかしそれは上条の耳には入っていない様子で

 

「……で? そんな平凡な一般ピーポーに対してエリートさんは一体どのようなお仕事を提供してくれるんで?」

「卑屈にならないで下さい、今日一日我々の仕事を手伝ってくれるだけでいいんですよ。バイト感覚で手伝ってくれるだけで結構ですので」

「なんだか胡散臭いな……」

「心外ですね、この私の何処に胡散臭いと思うような部分があるんですか」

「主に全部」

 

見た目も言動もさる事ながら、まるで心を読めない異三郎の態度には上条は第一印象から怪しいと思っていたのだ。この男はどうもただの警察組織の人間ではないような気がする、そう思いながら上条が上手く断ろうかと考えていると……

 

「仕事というのはアレか、それをやればそれなりの報酬は貰えるという訳か?」

「おや、お嬢さんもやりたいですか?」

 

上条よりも前に立っていたオティヌスがふと異三郎に向かって顔を上げて尋ねていた。

すると異三郎は上条から彼女の方へ視点をずらし

 

「まあバイトですからね。働いてくれればこちらから出すものはキチンと出します」

「ふむ、おい上条、お前が今欲しがってる金を出してくれると言ってるぞ」

「いやいやいくら金欠だからってこんな胡散臭い人からの仕事なんて絶対裏が……」

 

自分を尻目に乗り気になっている様子のオティヌスに上条が上手く説明してこの件は断ろうとしていると、異三郎はフッと彼の耳元に近づいてボソリと……

 

「ちなみに報酬金は……です」

「……え、マジ?」

「そりゃ我々はエリートですから報酬金もそれなりに払いますよ、ええ」

「……」

 

上条は彼の口から放たれた報酬金の額を聞いて固まってしまった。

微動だにせずその場で動かなくなった彼を見て異三郎は思った。

 

この男は弱い所を突けば簡単に動くなと

 

 

 

 

 

 

そして数十分後、上条はオティヌスを連れてとある場所へと来ていた。

 

「おい上条、またサバ缶が置いてあったぞ」

「またかよ……スキルアウトのアジトじゃなくてサバ缶の生産工場だったんじゃないのかここ」

 

場所はとあるもう使われていない廃団地。

数日前はスキルアウトのグループがアジトとして利用していた施設だったらしいが、攘夷浪士との抗争の果てに解散。今は誰も近づく物はおらず完全なる廃墟と化していた。

そしてそんな中で、上条はオティヌスと共にスキルアウトが生活していたと思われる一室の中を隈なく探索を行っていた。

 

「めぼもしいモノは見つかりましたか? 攘夷浪士とのやり取りが書かれた密書とかあれば嬉しいのですが」

「いや駄目だ、さっきからサバ缶とあんぱんの空き袋しか置いてねぇよ」

「ふむ、続けて探してください」

 

そこら中に散らかって落ちているゴミやらなんやらをゴソゴソと両手で引っ張っている上条の後には、さっきからずっと彼等に一方的に任せて手に持った携帯をいじっている異三郎がいた。

彼が上条達を連れ何故こんな所に来たのかはちゃんと理由がある。ここにいたスキルアウトはあの天人の大使館を襲撃した首謀者、駒場利徳がいたグループのアジトなのだ。

彼は数週間前に無事に真撰組に捕まった、そして駒場率いるスキルアウトを脅して手駒として操っていた攘夷浪士達も数日前にこの場で大量検挙され事件は無事に終わった筈であった。だが

 

「全く、真撰組がまんまと駒場利徳を逃がしてしまわなければ。我々がこの様な地道な情報収集などする必要はなかったのですがね」

 

なんと駒場は逃げ出してしまったのだ、凶悪犯をみすみす逃がすなど真撰組だけでなく警察組織全般の沽券に関わる大問題、異三郎がここに来たのはその駒場のなんらかの手がかりがあればと思ったからなのだが、まあぶっちゃけやる気がしないので他の警察組織に「一応ちゃんと仕事してますよー」というアピールする為でもある。

 

「難儀なもんですよ全く、自分の思い通りにいかない程腹立たしいモノはありません。お嬢さんもそう思いませんか?」

「おいもやし男、あそこのベッドの下に大量のいかがわしい本が出てきたぞ」

「おやいけませんね、ダメですよレディがそんなモンを持っちゃ」

 

同意を求めるかのようにふと自分の足元にいたオティヌスに言葉を投げかける異三郎だが、彼女が仏頂面でヒョイと両手に抱えて持ってきた大量の18禁本を見て、お巡りさんらしくすぐに取り上げた。そしておもむろにその中の一冊をパラパラとめくり出す

 

「ふむ、コスプレ物ですか、しかもややバニーちゃん系が多いようですね」

「人に捜索させておいて自分はエロ本立ち読みですかお巡りさん……」

 

背後に突っ立たままいかがわしい本を無表情で読み始めた異三郎の方に振り返って上条がジト目で避難していると、異三郎は彼の方へは顔を上げずにページをめくりながら

 

「ご心配なく、同じ男のよしみです、あなたにもちゃんと貸してあげますよ」

「……管理人の年上お姉さん系とかあんの?」

「ほう、てっきり魔女っ娘系とかがお好みだと思ってたのですが。彼女も魔女っ娘系ですし」

「生憎こんなちんちくりんなんかより包容力のある年上のお姉さんの方が断然好みです」

「貴様誰がちんちんだ、そんなモノ付いておらんわ」

「ちんちくりんな、女の子がなに平然ととんでもねぇ事口走ってんだ」

 

横目でオティヌスの事を見ながら呟く異三郎に上条が鼻で笑いながら返事すると、それを聞いてすぐ様オティヌスは動いた。

 

「相も変わらず無礼な奴め、その口の悪さ、一体どんな教育を受けて来たんだお前は」

「お嬢さん許しておやりなさい、ああいう思春期の男子学生というのは異性に対してはわざと意地悪して自分に注意を惹き付かせようとする傾向があるのです」

「そうなのか中々面倒な生態だな、つまり上条が私に無礼を働くのは自分を見て欲しいとアピールしているのか、そう思うと腹立たしいを通り越して哀れに見えた」

「ええ、あの年頃の少年は皆哀れな生き物です、そして色々と苦い思いを重ねて成長していくものなのですよ。彼からはその成長する兆しも見えませんがね」

「俺の生態うんぬんより仕事してくれませんかね二人共!!」

 

自分を見ながら淡々と観察している様子の二人に上条は再び振り返った。

 

「とにかくスキルアウトと攘夷浪士の繋がりが見える証拠品とかあればいいんだろ! 無能力者の俺はこんな危ねぇ所とっととずらかりたいんだよ! アンタ等も早く探してくれよ!!」

「おい冷蔵庫の中に真ん中に切り目の付いたこんにゃくがあったぞ、どういう事だコレは」

「そういうモンは見つけるんじゃねぇ!! 絶対に触るなよ!」

 

冷蔵庫の奥にヒッソリと入ってあった切り目の付いたこんにゃくを見つけて興味津々の様子で訪ねてきたオティヌスに上条はすぐに振り返って触らないように叫びながら立ち上がった。

 

「ったくロクなもんがねぇなここは……もういいあっちの部屋探してみる」

「おや? その部屋に入るのですか?」

「ん? もうアンタこの部屋探したのか?」

「いえ、まだですよ、ただ」

 

ずっとしゃがみ込んでいたおかげで少々疲れた様子を見せながら奥の部屋へ向かおうとする上条、だがそれに対し異三郎はいつもの仏頂面をほんの少ししかめた様子で

 

「入る前に目星してダイス振っておいた方がいいですよ」

「は? 何をわけのわからない事を……」

 

意味深な事を言う異三郎の方へ振り返りながら彼がその部屋へ入ろうとしたその時

 

ふと丁度スネの部分に細長い糸の様な物がピンと当たったような感触があった。そして次の瞬間

 

「うわ危ねぇ!」

 

それがスイッチだったのか、上条が部屋へ入ろうとするのを遮るかのように彼の額目掛けて鋭く尖った「何か」が

殺意全開で飛んできた。

慌てる上条だが反射的に上体を逸らしてそれを間一髪の所で避ける。

 

「だから言ったじゃないですか全く、こういういかにもな部屋には大抵情報の代わりに意表を突く罠とか隠されている者なのですよ、TRPGの基本です」

 

上条目掛けて飛んできた物は彼を通り過ぎ、丁度異三郎が立っていた所の横の壁に突き刺さった。

異三郎は慌てた様子さえ見せずそれを簡単に引き抜く。

 

「”クナイ”ですね」

「クナイ……クナイってあの……」

「忍びの使う道具の一つです」

 

異三郎が手に持って観察しているのは漫画やゲームとかでよく忍者が扱っている手裏剣の一種だ。

アンチスキルの百華の頭も扱っている武器ではあるが基本は忍びが相手に対して牽制の為に、もしくは死に至らしめる道具ではあるという事ぐらい上条も知っていた。

 

「奴さんも本気みたいですね、このままだと無事にここから出れるかどうかも怪しいです」

「は? それどういう意味……」

「おや、言ってませんでしたっけ?」

 

手に持ったクナイをポケットにしまいながら異三郎は困惑している様子の上条の方へ顔を上げる。

 

「どうやら駒場利徳の情報を探ろうとしている我々を面白く思わない者が、ここに潜んでいるらしいんですよ」

「へ!?」

「数日前に私の部下もここで襲われました、相手の姿さえ見る事も出来ずあっさりと撃退されたとかなんとか」

 

そう言いながら異三郎ははキョロキョロと周りを見渡しながらリビングの中心の方へ移動する。

 

「そういった事が何度もありましてね、だから局長の私がわざわざここに出向いたんですよ」

「いやいやいや! そういう事ならなんで言わなかったんだよ! 俺何も関係ねぇだろ!」

「ついうっかりしてました。私のてへペロ見れば許してくれますか?」

「うっかりじゃなくて絶対わざと言わなかっただろ! 誰がアンタのてへペロなんて見るかよ気色悪ぃ!」

 

後頭部を掻きながら全く反省していない様子の異三郎、それに対し上条は苛立ちを募らせながら彼の横を通り過ぎて、スキルアウトが使っていたと思われるキッチンの前に立っていたオティヌスの傍へ歩み寄って彼女のマントを掴む。

 

「帰るぞオティヌス、さすがにこっちも金の為に殺されるなんてたまったもんじゃない」

「待て上条」

「なんだよ、またいかがわしいモンでも見つけたのか?」

 

マントを引っ張られてもなおその場に立ち尽くし、コンロの上に置かれている鍋の方を無表情で指さすオティヌス。

一体何事かと上条は怪訝な様子でその鍋の中を覗き込むと

 

「先程冷蔵庫にあった切り目こんにゃくが茹でられている」

「どういう事これ!? いや本当に!」

 

点火されたコンロの上にある鍋の中ではグツグツと切り目こんにゃくが泡立ったお湯の中で茹でられていた。

そんなシュールな光景に上条が唖然としている中、いつの間にか近くにいた異三郎がガチャリと先程オティヌスが開けていた冷蔵庫の中を覗いていた。

 

「そのこんにゃく、さっきこの中に入っていたものみたいですね。こっちにはありませんし」

「そ、それって!」

「我々三人がいる状況下で、冷蔵庫を開けてこんにゃくを取り出し、キッチンの火を点けて鍋で茹でるというとんでもない真似をする者がこの建物の中に潜んでいるという事です」

「それになんの意味があるのでせう!?」

「さしずめ「このこんにゃくの様にお前等も料理してやるぜファッキン」ですかね。腕は確かなようですが頭は悪いようです、それより」

 

冷静に分析する異三郎に対し上条はますます困惑しているが、異三郎の方はスッと懐からある物を取り出した。

手の平に収まるぐらいの銀色の拳銃だ。

 

「そんな真似をいとも容易く出来る者が、おいそれとあなた達二人を簡単に逃がしてくれるとは思いませんよ」

「……不幸だ、こんなオッサンの口車に乗せられてこんな事になるなんて……」

「いいじゃないですか、これであなたが先にこの姿なき暗殺者さんを捕まえてくれたらバイト代上乗せしてあげますし」

「マジでか!?」

 

銃を構えつつ適当な感じでそんな甘い誘惑をボソッと呟く異三郎に対し、上条は先程クナイを避けたかのような素早い動作で彼の方へバッと振り返るがすぐに頬を引きつらせ

 

「い、いやでもさすがにボーナス手配されるといっても相手がな~……何せ上条さんは一般的な普通の高校生ですし……」

「そう言っておきながらあなたがいつの間にか手に持ってるその長い鉄針は一体なんですか?」

 

苦笑しつつ自信なさそうに呟く上条だが異三郎はすぐに気付いた。

気付かぬ内に得物である鉄針を取り出し、それを起用に指でクルクルと回している事に

どうやら言葉では嫌そうにしながらも体はバイト代上乗せという誘惑に駆られて勝手に動いてしまったらしい。

 

それを見ながら異三郎は思った

 

この男は本当にエサで釣れば本当に動かしやすいなと

 

(まあそれはそれで利用しやすいから大いに結構なんですがね)

「おい上条、今あっちで何か動かなかったか?」

「なに!? すぐに捜索するぞ! 絶対に仕留めてやらぁ!」

 

呆れているのか感心しているのかよくわからない表情を浮かべている異三郎をよそに

上条は早速オティヌスが指さす方向に鉄針を持ったまま果敢に突っ込んで行く。

 

そんな彼を眺めながら異三郎も「さてと」と静かに動き出した。

 

「お巡りさん相手にかくれんぼで勝負するとは相手もいい度胸ですね、いいでしょうその挑戦にエリートの私が受けて立ちましょう」

 

左手に持った拳銃をカチャリと構えながら異三郎はふと天井を見上げる。

 

「それとも”かくれんぼ”でなく”ゴミ掃除”がご所望なら、私はそれで構いませんけど」

 

彼の生気のない目が一瞬冷たく光る。

 

かくして異三郎・上条・オティヌスの三人と姿無き者の静かな戦いが幕を開いた。

 

 

 

 

おまけ

教えて銀八先生

 

「はい今日もお便り答えま~す、ハンドルネーム「八条」さんからの質問」

 

『上条達が病院に来るまで青髪はその間、病院で何をしていたんですか?』

 

「誰も見舞いに来ない悲しみと金出さずにナースを拝めるという幸福の狭間でそれなりに楽しい入院生活送ってたらしいです



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第六十二訓 思わぬ縁を糸に大魚を釣る

前回のあらすじ

エリート部隊、見廻り組のリーダー佐々木異三郎と偶然コンビニで出くわした上条当麻と魔神オティヌス。

仕事手伝ってくれたら報酬を払うという異三郎の誘いに金欠で困っていた彼はホイホイとついて行ってしまったのだ。

攘夷浪士と繋がりを持っていたスキルアウトの元アジトへとやってきた三人、何か怪しい物がないかと捜索に入るのだが思いも知らぬ事態が発生。

 

なんとこのアジトには自分達以外にも何者かが潜んでいるというのだ。それも隠密に長けたかなりの凄腕の者が……

 

「ふむ、ここまでめぼしい物がないとなると既に何者かが処分したと考えるのが妥当でしょうか」

 

スキルアウトが寝床としていたであろう部屋で異三郎がしゃがみ込みながらじっと部屋の中を観察する。

すると頭上からシュッと一本のクナイ手裏剣が彼の頭上目掛けて飛んできた。

 

「ある者といったら先程からチマチマと振って来るクナイぐらいなものですかね、うっとおしいたらありゃしません」

 

異三郎はそれを振り向かずにヒョイと難なく避けるとクナイは床に敷かれていた布団に突き刺さる。

もうコレで何度目の襲撃だろうか、数える事もめんどくさくなった彼はぼんやりとした表情で天井を見上げる。

 

「気配は既に感じない……この腕と気配の消し方……かつて幕府が所持していたある組織と通ずるモノがありそうですね、私の部下を何度も追い返してる所から察するにやはり一筋縄ではいかぬ相手の様だ」

「どわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「やれやれがエリートである私がエリート的に思考を巡らしている時に……」

 

一人冷静に相手の実力を測っていると別の部屋からやかましい叫び声が飛んできたので異三郎は考えるのを一旦止めて声のした方へと赴く。

 

「いつの間にかハンターハンターが再開してたァァァァァァァ!!!」

「いつ殺されてもおかしくない現場でなにジャンプ読んでるんですかあなた?」

 

そこには小汚いソファの上に座っていた上条当麻が両手でジャンプ開いたまま歓喜の叫び声を上げていた。

どうやら家探しそっちのけで偶然見つけたジャンプに夢中になっていたようである。

 

「神経が図太いというかバカと言いますか、サボってないで仕事してくれませんかね、ヒソカに殺されますよ」

「あのさ、勘違いしないでほしいんだけどさ」

 

表情は変わらずともどこか呆れている感じで注意してきた異三郎に対し、上条はパタンとジャンプを閉じた後、きりっとした表情で顔を上げた。

 

「上条さんはバカはバカでも生粋のジャンプバカなのですよ、そこん所ハッキリしてくれないと」

「知りません、仕事して下さいジャンプバカ」

 

ドヤ顔で何言ってんだろうかと思いながら異三郎が冷たく言い放っていると今度は別の方から

 

「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「やれやれ……」

 

また叫び声が部屋の中で木霊する。叫んだのは上条と共にやってきたオティヌス。

異三郎はどうせまた下らぬ事であろうと思いながらも一応彼女の傍へ歩み寄ってみると

 

「ユニクロの春物が今ならもれなく70%OFFだとぉ!!! ただでさえ安いのにどれだけ身を切り崩すつもりだぁぁ!! 何を考えているんだ一体!?」

「今が夏だからですよ」

「ああそういう事か」

 

案の定と言うべきか、散らばっていた広告チラシを見て叫んでいたオティヌスを冷静に諭しながら、背後からそのチラシをひったくる異三郎。

 

「呆れを通り越して哀れに見えてきましたよ、服ならもっといい所で買った方がいいと前に忠告したはずなんですがね、てかあなたが着てる物が服として認めてよい物か甚だ疑問ですが」

「なんだ貴様喧嘩売ってるのか、私のファッションセンスについて異議を唱えたいのであればそこに直れ、徹底的に議論してやる、泣いて許しを乞うお前の姿がもう既に見えておるわ」

「仕事中でなければ是非ともご相手してあげたい所ですが、残念ながら今私はそんな事にうつつを抜かしている暇は……おや?」

 

服の事を指摘された事にカチンと来たのか腕を組み挑発的な立ち振る舞いをするオティヌス。

そんな彼女に異三郎はいつも通り無表情で返事をしようとするがふと彼の懐から携帯音が鳴り響く。

 

「失礼、メールです」

「携帯取り出すの早ッ!」

 

鳴った瞬間即座に制服の内ポケットから二折り携帯を取り出してパカッと開けてメール確認する異三郎。

ボーっとしていてぶっちゃけ鈍そうと思っていた彼があまりにも俊敏な動きを垣間見せたので上条は思わず驚く。

 

そして異三郎の元へやって来たメールはというと

 

『ごめんなさいいきなりこんなメール送っちゃって、実は私、イギリスでモデルをやっていた20代後半の女性(巨乳)なんだけど日本の生活だと本当に出逢いが無くて……こんな突然で驚くのも無理ないけどよろしければ一度会っていただけないでしょうか? この下のURLへジャンプして登録すればいつでも私と繋がれるのでよろしく♪』

 

「ふむ……ふむ……」

「……なんか携帯見ながら登録しようかどうか迷っている所悪いんだが、それ絶対マルチだぞ……」

「おや、人の携帯を後ろから盗み見しないでくれませんか?」

 

その場にしゃがみ込んでどうするべきかどうか重大な選択を決めようとしていた異三郎の背後には、いつの間にか上条がジト目で突っ立っていた。

 

「アンタ……もしかして出逢いとか欲しい訳? 見る限りそういうの興味無さそうだと思ってたんだけど、絶食系みたいな?」

「あなた結構年上相手に失礼な事言いますよねホント、ちなみに私が迷っていたのはこのメール会話をどれだけ引き延ばせばメル友になってもらえるのだろうと思っていただけです、別に相手が女性だろうが男性だろうが、はたまたその真ん中だろうがメールしてくれる相手がいれればそれでいいんですよ私」

「いやそれはそれでおかしいと思うんですがねぇ……ていうかどんだけメールに飢えてんだよ」

「しかしまあ……これも大方ここに潜む者が仕向けた罠でしょう」

 

メール依存症というものを聞いた事はあるが、マルチだと分かっている相手とメールのやりくりしたいと思う時点でヤバいというレベルを超えているだろと上条は内心異三郎に対して引き気味になっていると、彼はパタンと携帯を閉じてスッと懐に戻す。

 

「敵は色々と情報通みたいですね、見廻り組局長である私のメルアドを把握しているとは……もしや我々エリート部隊の内部に間者でも忍び込ませてる可能性が……いずれ洗う必要がありそうだ」

「上条さんは一体何者なのか検討つきません」

「構いません、あなたに説明しても時間の無駄なので。ほらさっさと探してください」

 

上条の事は体を動かす事ならともかく頭脳労働には適してないと判断し、異三郎は特に隠さずにストレートにそれをぶつけながらシッシと手で追い払った。

 

「といってもこの部屋を探す所なんてもうどこにも見当たらないのですが……」

 

妨害の手を退けつつなんとか部屋の中を捜索し続けていたがもはや探す場所はほとんど無いといっていい状態であった。探せと言われてもなと上条は途方に暮れた表情で頭を掻き毟って部屋を見渡す、

 

「だけど特にめぼしいものも見つからないのに……どうして相手はずっと俺達をこの部屋から追い出そうとしているのだってうお!」

 

少々油断していたのか彼の足目掛けて突如鋭く光るクナイが勢いよく飛ばされてきた。

間一髪で足を上げてギリギリのタイミングで避ける上条

 

「あ、あっぶねぇ! おいそろそろ向こうも本格的になって来てるぞ! 一旦退いた方がいいだろコレ!」

「おい上条、ちょっと」

「ん?」

 

上条が身の危険を覚えているとおもむろにオティヌスが話しかけてきた。

どこから攻撃が来るのかとビクビクしながら彼は彼女の方へ歩み寄る。

 

「なんだよ腹でも減ったのか? その辺にあるサバ缶でも食っとけ」

「貴様、私が何時食いしん坊キャラになったのだ。いいからこの押し入れの中を覗いて見ろ」

「まーたユニクロのチラシかなんか見つけたのか?」

 

オティヌスがふと指さしたのはギッチギチに物が詰まった押し入れの中であった。

物というより完全にごみの山だ。山積みにされたジャンプ、いかがわしい本やピンクチラシ、空になったサバ缶だのと、本来押し入れに収納しない物ばかりが乱雑にある。

 

一体なんなのだと上条はジト目でジーと観察しているとふとある事に気付く。

 

「なんか大切な物を隠すためのカモフラージュの様な気が……」

「流石にそれぐらいの事は考えつく事が出来るのですね、思ったよりバカじゃなくて良かったですよ」

 

あまりにもここだけ何か異様な感じがすると思っていると異三郎もそれに勘付いた様だ。

二人の元へ近づくと彼もまた押し入れの前に立ってアゴを手で触る。

 

「どうやらさっきからずっと暗殺者さんが隠している何かがあるみたいですね」

「でもどうやって探すんだよ、一からこのごみ全部片付けるのか? そんな事してる間に俺達殺されるぞ」

「そうですね、という事で頑張ってください」

「いやだからここは三人で力を合わせて迅速に行動して……」

「私は陰ながら応援してますから、離れた所で」

「応援だけじゃなくて手伝えよ!」

「ホコリアレルギーなんですよね私」

「嘘つけ!」

「ん? おい、あそこに隙間があるぞ」

 

捜索するか否か上条と異三郎が顔を合わせて口論しそうになっていると、オティヌスが一人ふと押し入れに詰まったゴミだまりの中にふと小さな隙間があったのを発見する。

オティヌスはそっとその隙間に目を凝らして奥を見ようとすると……

 

「!」

 

突如頭上からジジジと音を立てながら奇妙な人形が落ちて来たではないか。

それはオティヌスの目の前にポトリと落ち、彼女がそれに気付いたと同時に

 

 

 

 

 

耳をつんざく程の激しい爆音と共に爆発を起こした。

部屋の中にあった物は原型が崩れ、壁谷や窓ガラスも砕け散り、その威力は中々の破壊力。

 

そして当然その部屋にいた上条や異三郎、そして目の前にいたオティヌスもその爆発に巻き込まれ……

 

 

 

 

 

「やれやれ、やっと片付いたか」

 

しばらくしてフラリと部屋であったこの場所へ入って来る者が一人。

パラパラと砂埃が落ちてくる中を口で手を覆ったまま、足元にある瓦礫を蹴飛ばしながら入っていく。

この者こそが先程からずっと妨害工作を行っていた人物である。

 

「いよいよバレそうだったんでつい”フレンダ”の奴から拝借した『ミニミニジャスタウェイ』使っちまった。死にはしないだろうが数か月は病院生活だろうな」

 

現れたのは上条とあまり年の変わらないであろう少年であった。銀色の刺繍が彫られた黒いバンダナを頭の上で整えながら、少年はけだるそうに奥へと進んでいく。

 

「悪く思うなよ、この部屋を守れと”駒場”の奴に言われてるんだ」

 

徐々に辺りに落ちて来た砂埃は消えていき

 

残されたのは先程の爆発で吹っ飛んだ押し入れの先に現れた一つの部屋。

 

そう、少年がずっと上条達に見つけられまいよう隠していたのは物ではなくこの部屋その物だったのだ。

 

「さてと、こうなっちまったらもうこのアジトを使う事は出来ねぇ、そろそろ大事なモンだけ持って余所へ行こうかね……」

 

ため息交じりに少年は呟きながらジャケットに着いた埃をパンパンと手で叩きながらその部屋にゆっくりと入ろうとしたその時……

 

「大事なモン? それはあなただけで運びきれるんですか?」

「!?」

 

突如聞こえる筈のない声が横から飛んできた。

少年はすぐにバッとそちらに振り向くと

 

「良ければこの私がその荷物の運びを手伝ってあげましょうか?」

 

砂埃塗れでゼェゼェと荒い息を吐きながら焦った様子で立っている上条に、後襟を掴まれた状態で床に尻もちをついている異三郎がそこにいた。

 

「もっとも持っていく場所はあなた方の住処でなく我々見廻組の屯所です、無論あなたもご同行願います」

「コイツは一体……よく避けられたな」

「これしきの事エリートである私なら容易き事、と言いたい所なんですがね」

 

多少服装は汚れてはいるものの、目立った外傷も特になくピンピンしている様子の二人を見て少年もさすがに面食らっていると、異三郎は自分の後襟を掴んでいる上条の方へチラリと顔を上げた。

 

「あなたよく瞬時に察知できましたね、まるでこうなる事を事前に予知していたかのような動きでしたよ」

「いや……俺自身もどうしてこんな風になってるのかわかんねぇよ、気が付いたらアンタを掴んで爆風から退いてた……」

 

どうやら異三郎を助けたのは上条だったらしい、しかし本人もこのような状況に理解しておらず思考が追い付いていない様子。

 

「あのちんちくりんな人形がオティヌスの傍に落ちたと思ったら、なんか意識が一瞬飛んだような……」

「ほう……」

 

異三郎は自分の後襟を掴んでいる彼の右手をジッと見つめるが特に何も言わずに黙っていると、上条はハッとある事に気付いた。

 

「そうだオティヌスの奴は! アイツ確かモロに直撃を食らって!」

「そっちの方はご愁傷様だな、あの嬢ちゃんは逃げようにも逃げれない距離で爆発に吞まれちまった」

「お前!」

「ま、恨みたきゃ恨め、だがこれでわかっただろ。素人が危ない事に手ぇ突っ込むなって」

 

先程からオティヌスの姿が見えない、どうやら彼女は逃げ切れずあの変な爆弾にやられてしまったらしい。

しかし少年の方はあっけらかんとした感じで肩をすくむだけ、その態度に上条が怒りをあらわにしていると……

 

「ふぅ、なんだなんだ一体どうした」

「どわぁ!」

 

いきなり少年が足元を見て驚きの声を上げて退く。咄嗟に上条は彼の足が置かれていた場所を見ると

 

「む、また小さくなっておるではないか」

「うおぉ! オティヌス! いやチビオティヌス!!」

「チビ言うな、妖精と言え妖精と」

 

見るとそこにはちんちくりんな少女が更に縮み、手の平サイズとなってしまったオティヌスがそこにいるではないか。

少年同様驚く上条だがまたもや小さくなったオティヌスは不満顔で彼の方へ振り返る。

 

「なるほどな、どうやら私はダメージ判定を食らうと縮む仕様らしい」

「どこの配管工のオッサンだよお前!」

「もしかして花や星を取ったら私はファイヤーオティヌスやスターオティヌスに……」

「ならねぇよ!」

 

冷静に自分の体を観察ているオティヌスに上条がツッコミを入れていると、彼に掴まれていた異三郎がゆっくりと起き上がった。

 

「コレは素直に凄いですね、お嬢さん、あなた何者なのですか一体?」

「さあな、私自身それがわからなくて困っているのだ」

「難儀なもんですね、それはさておき……」

 

小さなくなったオティヌスを物珍しそうに眺めた後、異三郎は懐からチャキっとある物を取り出した。

人間一人なら容易く始末できるであろう拳銃だ。

 

「残念ですがあなたの必勝の一撃も無駄に終わったようですね」

「……らしいな」

 

異三郎は静かに銃口を目の前にいる少年に突き付ける。少しでも動けば即座に撃てる構えだ。

 

「まだ我々と戦う気ですか?」

「戦うって? いやいや降参だよ降参、完全に俺の負けだろこりゃ」

「ほう」

 

少年はすぐに両手を上げて参りましたというポーズで自身の敗北を認めた。

その潔い態度に無表情であった異三郎の眉が微かにピクリと動いた。

 

「随分と諦めの早い事で」

「”忍び”ってのは侍と違って命賭けねぇんだよ、やるのは勝てる戦、負ける可能性があるなら一目散に逃げる。生き延びる事こそが俺達の役目だからな」

「忍び……あなたやはり」

 

気配を隠す事に長けた能力と扱う武器からしてもしやとは思っていたが

異三郎の予感はやはり的中していた。

 

「俺は服部半蔵≪はっとりはんぞう≫、元御庭番衆頭目だった服部一族の出だ、最も俺は幕府なんぞに仕えた事はねぇけどな、仕えていたのは俺の先輩方さ」

 

自分の名と一族の事をはっきりと紹介した半蔵という少年に異三郎は小首を傾げると

 

「自分の素性をお巡りさんである私にぺらぺらと喋ってよろしいので?」

「あ、しまった俺とした事が……いやよ、実は昔侍に憧れてた事があってよ、忍びのクセに名乗り口上とか作ってたんだよ。いやはやこりゃ先輩方に顔向けできねぇな……だから”全蔵さん”にいつも忍び向いてねぇって言われるんだよな俺」

「だから喋り過ぎですって」

 

思わず異三郎がツッコミを入れてしまう程長々と語り出す半蔵。確かに忍びには向いてない様だ。

そして異三郎がそろそろ彼を拘束しようかと思い始めると……

 

「だがま、確かに負けは認めるけどよ」

 

不意に半蔵は上げてる自分の手を僅かにそっと動かす。

 

「情報の隠蔽だけはしっかりさせてもらうわ」

「!」

 

そう言ったと同時になんと彼のズボンの裾からポロっと先程爆発した奴と同じ人形が出てきたではないか。

いち早く上条がそれに気付くとすぐに彼の近くにいたオティヌスの方へ駆け出して手を伸ばす。

 

「オティヌス!!」

 

小さくなったオティヌスを右手でガシッと掴んで横っ飛びで跳躍したと同時に、上条の背後でまたもや爆発。

幸いにも先程とは違って威力が弱かったのか、強風と小さな瓦礫を僅かに背中に食らっただけであった。

 

「朧さんみたいな隠し手使いやがって……!」

 

それにどうやら上条達を狙ったわけではなく押し入れの奥にあった部屋を破壊するのが目的だったらしい。

重要な情報がありそうだったその部屋はもう跡形もなく完全に破壊されていた。

 

半蔵の姿はもうどこにも無い、最低限の仕事をし終えたのでさっさと行方をくらましたのであろう。

 

「チャラチャラしてて忍びっぽくなかったが、腕は相当あるみたいだな」

「おい上条」

「もしまともにやり合えば俺一人ならまず勝てる相手じゃなかった、向こうから退いてくれて助かったぜ」

「おい貴様」

「ったく何がバイト感覚だよ、下手すれば死ぬ所だったぞこっちは……こりゃあ報酬たんまり貰わねぇと割に合わねぇってモンですよ」

「いい加減にしろ貴様」

「……え?」

 

ブツブツと文句を垂れながらため息を突いている上条がやっと気付いた。

声のした方向に振り返るといつの間にかオティヌスは元のサイズに戻っていた、どうやら右手で触ったことが原因らしい。

しかし問題なのは上条が元に戻った彼女の体のある部分さっきからずっと触ってる訳で……

 

「いつまで人のおっぱい触ってんだひっぱ叩くぞ」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

元に戻った瞬間にいつの間にか上条の右手は彼女の小さな胸に置かれていたらしい。

それにようやく気付くと上条は慌てて手を引っ込めて後ずさり

 

「すんませんでしたぁぁぁぁぁ!!」

「うむ、即座に自分の非を認めるのは良い事だ。それに免じてセクハラで訴えるだけで済ますとしよう」

「それ済んでないのですが!?」

「おやセクハラがあったんですか? お巡りさんならここにいますよ、犯人は何処です? ブタ箱にぶち込んであげましょう、それともこの場で射殺しますか?」

「いや勘弁してくださいマジで!」

 

こちらを軽く睨みながら判決を下すオティヌスとタイミング良く拳銃を持ちながらやってきた異三郎に対し、上条が深々と土下座して謝っていると

 

「それにしてもめんどうな事になりましたね」

「確かにこんな小さな少女の胸を触ってしまった事は昨今の時代ではとても許される事ではないですがこれはあくまで不可抗力でして……」

「いやそっちじゃなくて」

 

土下座して必死に弁明を図る上条をスルーして異三郎は先程爆破されてしまった押し入れの奥を指差す。

 

「アレではもう探す事も無理みたいですね」

「ああ、完全にやられたな……」

「うむ完全にやられた、完全に貴様におっぱい触られた」

「いやそっちじゃなくて」

 

先程異三郎が言った台詞をそのままオティヌスに呟く上条。

 

「あの半蔵って奴にまんまとやられたって事だよ。情報を隠すために跡形もなくぶっ飛ばしちまった、ったく俺がしっかり奴の動きを注意深く見ておけば……」

「別に貴様の非ではないだろう、私のおっぱい触った事は全面的にお前に非があるのは確かだが」

「もういい加減おっぱいから離れてくれませんか、反省してるんでホント……」

「ああ、そういえば先程妙な物を拾ったぞ」

「え?」

 

何時までも引きずって来るオティヌスに上条がうんざりした表情を向けていると、彼女はふと思い出したかのように手元にあった一枚の紙きれを彼に見せる。

 

「実はさっき小さくなっていた時に頭の上に落ちて来たのだ、大方爆発の衝撃で押し入れの奥から吹っ飛んできたのであろう」

「なんだコレ、写真?」

 

最初の爆発で小さくなったオティヌスの下に幸か不幸か、隠し部屋のあった押し入れの奥から飛んできた物らしい。

それは粗雑な解像度の写真だった、上条は彼女からそれを受け取って見てみる。

 

そこには小学生ぐらいの小さな金髪の女の子と

いかにもな屈強そうな体つきをしたいかつい大男が居心地悪そうに彼女の隣に立っていた。

 

スキルアウトとは縁遠い上条はこの二人については全く知らない、しかしそれは路地裏やスキルアウトとはかけ離れた風景であるというのはわかった。

 

「……」

「いやはやこれはこれは……」

 

しばらくじっとそれを眺めていた上条の背後から興味深そうな声が飛んできた。

いつの間にか異三郎が彼の背後から一緒にその写真を眺めていたらしい。

 

「その写真、渡してくれませんか」

「あ、ああ……」

 

そっと手を差し出してきた彼に上条は怪訝な表情を浮かべながらもその写真を渡す。

受け取った異三郎は相変わらず何を考えてるかわからない表情で再び眺める。

 

「この男は駒場利徳、かつてここにいたスキルアウトを統括していたリーダーですよ」

「そいつが駒場なのか? じゃあその隣にいる女の子は誰なんだ?」

「……」

 

異三郎は何も答えない、しばらくして彼はその写真をスッと制服のポケットに忍び込ませた。

 

「はいこれにて仕事完了です、お疲れ様でした」

「え!?」

「いやはやあなた達を誘って正解でしたよ本当に、私を爆撃から守ってくれた上にこんな重要な情報まで見つけてくれるなんて。思わぬ収穫です、これで時間解決の日もそう遠くないでしょうきっと」

「ちょ、ちょっと待てって! これで終わりなのか!?」

「終わりですよ、だから言ったでしょお疲れ様でしたと」

 

アッサリともう終わりと言われて上条が呆気に取られてると異三郎は話を続ける。

 

「ご心配なく、報酬はキチンと後日払わせていただきます。苦労してもらった分しっかり上乗せさせていただきますよ」

「い、いやそれは大いに嬉しい事だけど……でもなんでそんな写真が重要な情報に……」

「残念ながらその点については一般人であるあなたには言えません、ここから先は警察である我々の仕事、あなた達は大人しく家に帰りなさい」

 

質問には答えずに異三郎は踵を返してここから出ようとする。もうここに用はない、手に入れる物はもう手に入れたという感じだ。

 

そんな彼の背中を上条が無言で眺めていると「ああそうそう」ともう一度彼がこちらに振り向いて来た。

 

「あなた達中々見所ありますよ、エリートである私が保証します。出来ればこれからも仲良くやっていきたいと思うぐらいにね」

 

そう言うと突然上条のシャツのズボンのポケットに入ってあった携帯が鳴りだした。

何故だか嫌な予感を覚えつつ上条は恐る恐る自分の携帯を取り出して画面を見る、すると

 

『登録する時はお友達の所にやってほしいんだお(^ω^)

これからもお金に困ったらいつでも仕事紹介してあげるからたくさんメールしてくれたら嬉しいな

もし今後大活躍してくれたらご褒美に見廻組に入れてあげてもいいんだお(`・ω・´)キリッ

P・S 登録名はサブちゃんでよろしくお願いします』

 

一体誰からメールが来たのはおおよそ検討が付く、上条はジト目でゆっくりと携帯から顔を上げると異三郎はこちらに背中を向けたまま歩き出し

 

「それでは、夜にお休みメールするんで返信忘れないで下さいね」

 

それだけ言うとと二人を置いたまま行ってしまうのであった。

 

残された上条は恐怖を感じつつ携帯を握り締めながらボソッと呟くしかなかった。

 

「いつ俺のメルアド調べたんだよ……」

 

 

そして今日の夜、彼の下へ異三郎から本当にお休みメールがやって来た。

上条がそれを無視して寝ようとすると5分おきに彼からの返信の催促メールが来たとか……

 

「不幸だ……」

「上条それうるさい、さっさと黙らせろ」

 

上条当麻、思いもよらぬメル友をゲット(強制的に)

 

 

 

 

 

おまけ

教えて銀八先生

 

「はーい、なんか久しぶりだねホント、随分と待たせてしまってすみませんねホント、じゃあ気を取り直して1枚目、八条さんからのお便り」

 

『ブリーチに引き続き、こち亀が最終回を迎えることについて上条はどう思っていますか?』

 

「「長年の作品が終わるのは悲しいけどこれでまた新人作家の枠が増えるから嬉しくもあり寂しくもある」だそうです、編集者かよ……」

 

「では2通目~泰成さんからの質問」

 

『銀さんや真選組のメンバー等の年齢は原作と同じですか?』

 

「はい全く同じです、特に変更している部分はありません。実は銀さんが十代だとか、ゴリラが還暦超えてるとかそんなのは無いんでご安心を」

 

「はいじゃあ質問コーナー終わりまーす」

 

 

 

 




投稿が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした、実に9カ月ぶりの更新……反省するばかりです。
これからはキチンと完結できるよう心掛けて頑張りますのでどうかよろしくお願いします。


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第六十三訓 救われぬ者に救いの手を

場所はとある公園の昼下がり、向かう所敵なし称されている聖人の一人であり神裂火織は

 

ベンチに座り絶体絶命の危機に陥っていた。

 

「遂にお金と食料が底に尽きましたか……」

 

イギリスからはるばるこの学園都市に渡り数週間、以前謎の銀髪シスターの居所が掴めず途方に暮れてる所に更なるダブルパンチ。イギリス清教から支給されていた資金が遂にすっからかんとなってしまったのである。

 

「おかしい……生活資金諸々は幾度も送金されている筈だと言っていましたが、ステイルとも連絡がつかないのでその確認も取れず……異国の地でまさかこのような事態に陥ってしまうとは不覚です」

 

機械に関してはてんで疎い神裂は資金の受け取りなどは全てステイルに任せている。しかしここ数日彼女は彼と接触はおろか連絡もつかない状態、きっと彼は彼なりにシスター探しに奮闘しているのだろう。

 

「断食の修業は経験済みですがさすがに数日も水ばかりだと体調に悪影響が……聖人である私がこの豊かな学園都市の真ん中で栄養失調になってしまっては笑い話にもなりません……」

 

このままだと病院送り、最悪その場で野垂れ死にしてしまうんではないかと嫌なイメージが脳裏をよぎる。

空腹による至高の低下、このままではマズイ。とにかくここにずっといても埒が明かないと神裂が立ち上がろうとしたその時

 

「あ、前に店で出会った貧乏人の女侍」

「……はい?」

 

ふと物凄く失礼な事を言われたような気がして神裂は疲れ切った表情で顔を上げると。

 

そこには随分前にとあるファーストフード店で出会った短髪の少女がジュース片手に立っていた。

格好からしてどこかの学校の生徒なのであろう、神裂は学園都市の内部の事にはてんで疎いのでどこの学校からは知らないが、彼女の制服はお嬢様学校と呼ばれる名門常盤台の制服だ。

 

「あなたはいつぞや出会った人に対して散々失礼な事を言ってくれた銀髪天パの男と一緒にいた少女……」

「その銀髪天パの男なら今一緒にいるわよ」

「おいーす、あ、前に店で出会ったどん底人生まっしぐらの女侍じゃねーか。大丈夫かお前? 首吊りに使える木でも探してんじゃねーだろな」

「げっ……」

 

少女の背後からこれまた彼女と同じくジュース片手にやってきた銀髪天然パーマの男を見て神裂は怪訝そうな表情を浮かべる。

白衣にスーツ、眼鏡の奥は死んだ魚の様な目がこちらを見据え、前に会った時と同じけだるそうな顔でこちらに近づいて来た。

 

「相変わらず服ボロボロじゃねーか、服買う金もねぇのか? それじゃあ面接も通らねぇぞ」

「いや余計なお世話ですから……この服装はこれで正装なのだと前にも言ったでしょう」

「言ってたな、だけどそういう悲しい強がり張らなくていいってのもその時俺は言ったような気がすんだけど」

 

神裂の服装は魔術行使の作法に乗っ取り所々破かれたり捲れたりしている。

これこそが魔術師たる彼女の正装なのだが、普通の人間には奇抜なファッションか着る服が無い貧乏な浮浪者としか見られないのだ。

 

そして銀髪の男はベンチに座っている神裂の許可なく勝手に彼女の隣にドカッと座り始めた。

 

「社会人の先輩として言わせてもらうとさぁ、やっぱり服装とか大事なんじゃねぇの? まずは第一印象がしっかりしてないと最近の会社は何処も雇ってくれないって言うよ?」

「いや別にどこの会社に就職するとかそんなの考えてないですから私……」

「いや会社どころか他人とのコミュニケーションでも恰好は大事だな、普通の人間がお前さんのその恰好見たら、反射的に携帯取り出して110番打ち込む態勢に入るだろうな」

「そこまで言いますか!? ちょっとさすがに言い過ぎじゃないですか!?」

 

ドストレートで社会人らしい正論をぶつけてくる銀髪の男に神裂は鋭い刀で胸を貫かれたような痛みが走る。

物理的ではなく心が痛い。すると今度は短髪の少女の方がまたもや勝手に自分の隣、銀髪の男とは反対の所に頷きながら座る。

 

「そうね、人は見た目より中身だと言うけど、正直どれだけ中身が良くても見た目がダメならもうその人の中身を見る気すら失せるわ、アンタそんなんじゃ一生友達出来ないわよ」

「お前の場合見た目が良くても中身がダメだがな」

「それに友達が欲しかったらまずは金よ、金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったものよ、だからまずはお金を貯める為に仕事に就きなさい、お友達料払えば大抵の奴は尻尾振ってついて来てくれる筈よ」

「もういいからお前黙っとけ」

 

キャッチャーではなく観客席に向かって全力で投げてるぐらい的外れなアドバイスをドヤ顔でする短髪少女に銀髪の男は冷たく黙らせた。

 

「まあとにかくアレだよ、廃刀令のご時世でもう刀で食っていける時代じゃないんだよ。いい加減大人になれ、まともな仕事に就いてまとめに働いて、まともな旦那をゲットしてまともな人生送ろうや」

「真っ当な人生歩んでないアンタが言うのそれ? まともに教師の仕事も出来ないし、まともな嫁さんどころかこうして女子中学生と昼間から遊んでるアンタが」

「だからお前は黙っておけや! それに別にテメェと遊んでるつもりはねぇよ! またお前が販売機蹴っ飛ばして面倒事起こさないよう見張ってるだけだ!」

「アンタも一緒に蹴ってたでしょうが!」

 

今度は自分を挟んでギャーギャーと口論をおっ始める二人。物凄くうるさい、お願いだからよそでやってくれと心底思う神裂。

このままいてはまたいつ自分に矛先が向けられるかわからないので、二人が喧嘩してる間に気配を消してコッソリとベンチから立ち上がろうとするも

 

「く! 空腹のせいで体が……」

 

両足に力が入らずそのままガクッと膝から崩れ落ちて倒れそうになる神裂、しかしなんとか地面に右手を突いて踏み止まる。

 

「よもや聖人である私が両膝を突くとは……」

 

ますます滅入っていた気分が更に悪化している一方の神裂。

そして地面に手を置いたまま固まってしまっている彼女を見て、突然短髪の少女が目を思いきり見開いて指を突き付ける。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!! 土!! 土を食おうとしているわこの人!!」

「はい!?」

「おい止めろ! それだけはマジで止めろ! それやっちまったらもう人として終わりだよ! ミミズとしてデビューする事になるよ!!」

 

どうやら地面に手を突いた神裂を見て、「お腹が減ったせいで遂に足元の土を食べようと試みている」と誤解してしまったらしい。

素っ頓狂な声を上げて顔だけ上げる神裂に銀髪の男も必死な表情で訴えかける。

 

「いくら腹が減ってるからってなんでも口の中に入れようとしちゃいけません! そんなの食っても腹は膨れないんだよ! 誰も幸せにならないんだよ!」

「ち、違いま……!」

「誰かぁぁぁぁぁぁぁぁ!! この人に救いの手を差し伸べてくれる人はいませんかぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「救われぬ者に救いの手をぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「それ私の魔法名! やめて下さいあなた達! 騒がないで下さいお願いします!!」

 

おもむろにベンチから立ち上がった二人が両手を口元に当てて天に向かって叫びだす始末。

二人に対し神裂は惨めな気持ち一杯で泣きそうになりながらもなんとか止めてくれと懇願した。

 

「頼みますから私の事は放っておいて下さい!!」

「アタシの飲みかけのジュースいる?」

「いりません!」

「俺の飲み干したジュースいる?」

「いらな……ただのゴミじゃねーか!!」

 

短髪の少女はともかく銀髪の男が渡そうとしたのはただの空き缶である。

思わずキレ口調でツッコむ神裂、すると二人はやっと諦めた様子で同時に「はぁ~」とため息を漏らす。

 

「まあ確かにあたしみたいな年下に哀れまれてもプライドを傷つけられるだけよね、でも最後に言わせてもらうわ、その持っていてもなんの価値もないプライドがいずれ自分の身を滅ぼす事になるのよ」

「そんなプライド持ってませんし滅びません! 他人のあなたに哀れまれる事自体心外です!」

「あ、おたくかぶき町にあるキャバクラで働けば? 男に乳揉ませるだけで金もたんまり貰えるぞ」

「どストレートにとんでもない仕事先紹介しないで下さい! キャバクラだけは嫌です! あんなドロドロした所死んでも嫌です!」

「じゃあ体中にローション塗りたくって男とプロレス……」

「それただの大人のお風呂屋さんだろうが!!」

 

何やらいかがわしい店ばかり紹介してくる銀髪の男に唾を吐いて怒鳴り散らしながら神裂はいよいよ手に持つ長刀の鞘を握る。

 

「さっさとどっか行ってください! さもないと斬りますよ!!」

「何よ親切に人がアドバイスしてあげたってのに……」

「次会う時はちゃんといい仕事見つけろよ」

「二度と会いたくありませんよあなた達なんかと!!」

 

ブツブツ文句を垂れる少女の頭に手を乗せたまま銀髪の男は最後に余計な事を言って立ち去っていった。

一体何者なのであろうかあの二人組は、親切に接してくれているのか嫌がらせ目的で話しかけて来てるのかもわからない。そもそもあの二人は一体どういう関係なのであろうか? 恋人と言うには年が離れ過ぎているし兄妹と言うには顔が似ていない。

 

「まあどうでもいいんですけどねそんな事……」

 

少なくとも神裂にとっては何よりの天敵コンビである事は確かである。

 

「この街にはとても長居したくありません……早くあの子を見つけて帰りたい……」

 

学園都市という強大な街そのものにさえ恐怖心を抱いてしまいながら、その場で両手に地面を置いたまま深く嘆いていると

 

「あり? 確かお前ステイルの所の……」

 

またもや不意に誰かに話しかけられた神裂、しかし今度の声は少し前に聞いたばかりの知っている声だった。

彼女が顔を上げると案の定、ツンツン頭の高校生こと上条当麻がこちらを覗き込むような姿勢で立っていた。

 

「あなたは……坂本辰馬の所の上条当麻」

「ジャンプを愛するイギリス清教に属しておきながらマガジンを愛読しているという大罪者・神裂火織」

「どんな覚え方してんですかどんな」

 

人の趣味を真っ向から否定しつつこちらを軽く軽蔑している様な視線を向けてきた上条に若干イラッと来ながらも、さっきの二人よりはマシと自分に言い聞かせて神裂はヨロヨロと立ち上がる。

 

「禁書目録の情報はありましたか?」

「いやこっちも色々と探りには探ってるんだけどなぁ、なにせ学園都市は広いからな。ジャッジメントとかの手助け無しで女の子一人探すって結構しんどいなやっぱ」

「やはり手掛かりなしですか……早くあの子を見つけないと私の身がもたないというのに……」

「へ? 身がもたない? あ……」

 

お腹を押さえて苦しそうにため息を突く神裂を見て上条はすぐに状況を察した。

どうやら彼女はまともに食事を取っている状態ではないのだろうと

 

「もしかして……ダイエット中?」

「しょーもないボケはツッコむ気起きません、ここ数日水しか飲んでないだけですよ」

「すまん、女は年中ダイエットする生き物だって前に青髪から聞いた事があったんで……てか水だけって、よくそれで立っていられるな」

「私の体は普通の人間の体よりは頑丈に出来てますから」

 

人間の体は数日水のみの摂取でもある程度は自立行動できる構造になっている。

そして聖人の神裂の体であればかなり長くの時間を栄養補給0の状態で生き延びることが出来るのであるが……

 

「度重なるこの街からの強い迫害によって、肉体だけでなく私の精神も著しく損傷を受け……いかに聖人と言えどもう私の体も限界に達して来ています」

「メンタル低ッ!」

「あなたは私がどんな目に遭ったか知らないから言えるんですよ! 警察には露出狂だと捕まりそうになったりかぶき町では坂本達のおかげで散々恥をかく事になったし、挙句の果てにはあの銀髪男と短髪娘……」

「お、おお……なんかよくわからないけど大変だったなお前も……」

 

どうやら彼女は上条の知らない所でこの街でひどい仕打ちを受けていたらしい。

最後の銀髪男と短髪娘というのは一体なんなのか少し気になる所ではあるがひとまずそれは置いておいて

 

「マガジン愛読者のお前でもさすがにこのまま見なかった事にするのもな……」

「哀れみはもう十二分に貰いました……私の事を思ってくれるなら何も言わずにどこかへ行ってください……」

「完全に心閉ざしてますよこの人、ATフィールドガン張りですよ……まあそう言うなって、メシぐらい奢ってあげるから」

「だからもう同情くれるなら金を……今なんて?」

「お前こそ今なんて言いかけた?」

 

同情の代わりに何を求めようとしたのか疑問に思う上条をよそに神裂はやっと顔を彼の方に向けた。

 

「あなたが食事を? 見る限りお金に縁無さそうな人相をしていますが? そんなあなたがまだそこまで親しくもない人に対して奢ると?」

「そんな親しくない相手にそこまで酷い事言えるのもどうかと思うんですがねぇ……フッフッフ、まあ確かに上条さんは基本的には万年金欠気味ですが、今の上条は一味も二味も違うのですよ」

 

一言多いなコイツと内心思いながらも上条は神裂に対して自信ありげに笑う。

 

「実は先日お巡りさんの所で仕事してよ、それで俺が頑張ったおかげで報酬として結構いい額のお金を貰っちゃいましてね」

「え? あなた警察の所で働いているんですか? 坂本と土御門からはあなたは学生だと聞かされていたんですが?」

 

上条が先日貰った報酬というのは、数日前に見廻組の局長、佐々木異三郎と共にスキルアウトの住処を探索した時に貰ったものだ。

命賭けた分には多少少ないかもしれないが、レベル0の学生が貰う分には中々の報酬金であったらしい。

 

 

「まあ上条さんは確かにしがない学生ですよ、けど仕事紹介してくれたそのお巡りさんってのが変わりモンでさ、偶然コンビニで出会っただけなのにいきなり金を出すからついてこいって」

「それであなたホイホイっと誘われて行っちゃったんですか?」

「行っちゃいました、お金欲しかったんで」

「呆れますね……少しは危機感を持った方がいいですよ」

「ハハハ……確かに」

 

後頭部を掻きながら頬を引きつらせて苦笑する上条に神裂はジト目を向けた後、再び口を開いた。

 

「それでその報酬金としてもらったお金で、空腹である私の弱みにつけこんで食事に誘ったと?」

「人聞きの悪い事言うなよ……そりゃ金に余裕があるから言ったんだけど、別にお前の弱みにつけこんでとか下心あるとかじゃなくて普通に飯食おうぜって言っただけだよ俺は」

「そ、そうでしたか?  すみません坂本のおかげでここ最近人間不信な所がありまして……何かあるのではと疑り深くなっているんですよ」

(何したんだあの人……)

 

疑いの目を向けてきた彼女に上条が正直に答えると、意外にも神裂は我に返ったかのように申し訳なさそうに非を詫びてきた。

彼女が疑り深くなった原因は坂本らしいのだが一体かぶき町で何をやったのだろうか……

 

「まあいいや、じゃあ誤解も解けたようだしさっさと飯食いに行こうぜ」

「へ? いや私は別に行くとは言ってませんが……」

「腹減ってるんだろ、言っておくがメシ奢ってくれる気前のいい状態の上条さんなんて滅多にお目にかかれないんだぞ? 自分で言って悲しいけど」

 

異三郎から貰った報酬は恐らく彼の浪費癖からしてそう長くはもたないであろう。

上条の言う通り、彼自身が人に対して奢るという真似をするという行いは早々滅多にない。

 

「俺の気が変わらない内についてきた方がいーぞ」

「……やむを得ませんね、他人に借りを作るのは私の生き方に反するのですが……」

 

ポケットに手を突っ込んだまま行ってしまおうとする上条の背中を見て神裂は遂に意地を張るのを止めて歩を彼の方へ進め出す。

 

 

「あの子のためにここで倒れる訳にはいきません」

 

全ては彼女の為、その為なら意地も恥も捨てよう。

 

 

 

 

 

 

 

「という事でデラックス和風セット、お味噌汁バー付きでお願いします、それとご飯は大盛りで」

「躊躇なく高いモン注文しやがったな……」

 

数十分後、場所は唐突に変わってここは近所のファミレス店。

早速神裂は店員にメニューを指差して注文しているのを上条は苦々しい表情を浮かべながら向かいの席で頬杖を突いている。

 

「感謝しながら食べるんだぞ、今注文したモンは全て上条さんの懐から出るお金を引き換えにして出されるんだからな、それを覚えた上でしっかり一口一口味わって食べなさい。そして今後も忘れず生き続けろ、あの時上条当麻という聖人君子が奢ってくれたから今の自分がいるのだと」

「く……この様なケチ臭い少年にすがらないといけないとは……天草式の皆に合わせる顔がありません……」

 

悔しさと恥ずかしさで顔を赤くしながら屈辱に耐える神裂。微量ではあるが財力を得た上条はかなり調子に乗っており、いかに相手が年上の女性といえど明らかに上から目線で接す。

 

「いやぁ居候を家に残しておいて正解だったな、さすがに二人分の金出すのは今後響くだろうし、あ、俺も同じ奴で」

「え? あなたもしかして同棲しているんですか? 学生のご身分で?」

「同棲じゃなくて勝手に家に上がり込まれてるんだよ、まあ話すの面倒臭いから省くけどこれまた厄介な奴でしてねー」

 

神裂と同じメニューを店員に注文すると上条は同居人の事をツッコまれてハァ~とため息を突いた。

 

「なんか記憶が無くなってるみたいでよ、思い出す為には神裂達が探している銀髪のシスターの力が必要かもしれないって土御門に聞いたんだよ」

「土御門が?」

「だからこっちもちゃんと本腰入れてシスター探しやってんだよ、アイツにはさっさと全部思い出してもらって家から出てって欲しいから」

 

上条本人は望んでない同居人なので一刻も早く出て行って欲しいらしい。薄情とも言えるが彼女を住ませてからずっと生活費を出し続けてあげていたのだから仕方ないとも言えなくもない。

だが神裂は土御門から聞いたという所に何か引っかかりを覚える

 

「魔導書図書館である彼女の力が必要という事は魔術関連の人物なんですか?」

「ああ、土御門がそう言ってたな。俺も直接自分の目でアイツが妙な力使ったの見たし」

「てことは私達以外の魔術サイドの人間がこの学園都市に潜伏していると? しかし記憶を失っているとは一体……機会があれば直接会わせてくれませんか?」

「どうぞどうぞ、好きなだけ会っても構いませんの事よ、引き取ってくれてもいいぐらいだ」

 

今のままでは情報が少なすぎる。手っ取りば早く上条に色々と追及するのも手ではあるが、残念ながら彼女は空腹状態である為思考能力が低下していた。

幸い上条はいつでも会いに来いといってくれたので、その魔術サイドの居候とはいずれ会う事にしよう。

 

「とりあえず今はあの子の探索や魔術関連を調べる事を中止して食事に集中します。久しぶりにまともな食事が取れるので」

「ていうかなんでまともに飲み食いできない程困ってるんだアンタ? イギリス清教から仕送りとか来ないの?」

「支給金等を受け取るのは全てステイルに任せているので、しかし今彼とは連絡がつかない状態なんですよ」

「連絡がつかない? アイツに何かあったのか?」

「それはわかりませんが……もしかしたら由々しき事態に陥っているかもしれませんね」

 

ステイルと連絡がつかないと聞いて上条の表情が若干強張る。

まだであって間もない彼ではあるが何かと馬が合った相手なので心配しているのであろう。

 

「仲間と連絡が取れないって結構な大事じゃねーか、銀髪シスター探しの前にステイル探した方が良いんじゃねぇのか?」

「勿論探していますよ、魔術師には魔術師なりの探し方がありますからすぐに見つけられる筈です。まあ向こうが生きていればの話ですが」

「生きてればって……」

「何時死んでもおかしくない世界ですからね、魔術の世界というのは」

「物騒な所だな……」

 

もしかしたらもうステイルはこの世にいないかもしれないと、淡々とした口調で冷静に話す神裂に上条は先に注文しておいたコーヒーを店員から受け取りながら固まる。

思ったより随分とシビアな世界の様だ、魔術師というのは

 

「まあ死んで無い様祈っておくよ、アイツとは今後とも親交を深めたいと思ってるし」

「そういえばあなた、私以上に彼と仲良くなっていましたね……」

「男同士の友情、ましてや同じジャンプを愛する者同士だからこそ芽生えた絆ってモンですよ、どこぞのマガジンに浮気した野郎にはわからないでしょうけど」

 

ジト目でこっちに視線を送りながらコーヒーを一口飲む上条に神裂は呆れた様子で眉間にしわを寄せる。

 

「たかが好きな雑誌が違うだけでネチネチと……いいじゃないですか別に誰が何を読もうが。面白いですよフェアリーテイルとか」

「おっと上条さんをマガジン側に引きずりこもうとしても無駄無駄無駄だぞ、ジャンプを愛する者はジャンプ以外の雑誌を愛することなかれというイギリス清教の崇高なる教えがあるんだ」

「入教してないのに信者ヅラしないで下さい」

 

既にイギリス清教の一員かのように教えを説いて来た上条に神裂がイラッとしながらツッコミを入れていると

 

隣側の方からふとワイワイと賑やかな声が飛んできた。

 

「本当ですかそれー? また佐天さんの作り話とかじゃないんですかー?」

「いやいや今度の話は本当なんだって! 現に見たって人がいるんだし!」

「にわかには信じ難いんですよねー、だってあまりにも現実感から飛び抜けてますし」

「いやいや初春、この世には科学だけでは測れない超常現象があってもおかしくないでしょ」

「えーなんでも科学で説明出来るこの学園都市でそれ言います?」

 

上条がふと隣を見たらそこには頭に花飾りを付けた少女が疑り深そうな目で、彼女と同い年ぐらいの長い黒髪の少女が興奮した様子で話しているのを聞いているみたいだった。

 

どうやら何かとんでもない事があって、それを信じる信じないでぺちゃくちゃお喋りしているらしい。

 

「女の子ってのはホント噂話とか都市伝説が好きなんだなー」

「いいじゃないですか年相応らしくて、子供は未知なる生き物や現象に興味を持つものですから」

「俺だってツチノコがいるって信じてますよ?、アレ売ったらすげぇ大金貰えるらしいし」

「夢があるんだか無いんだか……」

 

隣りの女子トークの話を種にして二人で談笑していると、おもむろに隣にいた長い黒髪の方の少女が席から立ち上がった。

 

「大食いチャレンジを行っている店全てにブラックリストとして名を刻み! 小柄な少女でありながらブラックホールの様な吸引力で吸う様に食べ尽くすという怪物! ”シスターを装いし銀髪の悪魔”がこの学園都市にいるんだよ!」

「銀髪の?」

「シスター?」

 

少女の言葉に同時にそちらへ振り向く神裂と上条。どこか覚えのある特徴が聞こえたような……

 

「そんな無茶苦茶な……大人ならともかく子供のシスターがそこまで食べられる訳ないじゃないですか」

「だからシスターを装った悪魔なんだって、もしかしたらこの世の世界でなく、別の世界から来た闇の住人なのかも……」

「なんで闇の住人が学園都市でフードファイトしているんですか……」

 

露骨に意地の悪そうに笑みを浮かべて来る友人に慣れた様子で花飾りの少女がツッコミを入れていると

 

「すみません!」

「うわ! 何この女の人! 痴女!?」

「私の目の前で佐天さんが謎の痴女に襲われてる!」

「痴女じゃありません聖女です!」

「自分の事を聖女だって言ったよこの人! 怖い! この人怖い!」

 

先程噂話をしていた方の少女の所に突然神裂が立ち上がり急接近、少女はいきなり話しかけられた事と目の前にやたらと生地の少ない格好をした女性が現れた事で驚いて声を上げてしまう。

 

「よろしければ先程の話、私に詳しく話してもらえないでしょうか?」

「い、いきなりなんですか一体……」

「もし話してくださるのであれば礼として」

 

明らかに困惑している様子の少女に神裂はチラリと後ろで座っている上条の方へ振り向く。

 

「あの男があなた達の食事代を全額負担します」

「っておい! なに勝手な事言ってんだ!!」

「……それテイクアウト代も含まれますか?」

「勿論です」

「よっしゃ!」

「なにお持ち帰り代まで了承してんだマガジン女!!」

 

食事代だけでなくちゃっかりお持ち帰りの料金も払ってもらえるよう交渉する少女に神裂は力強く頷く。

彼女達が話していた銀髪のシスター、それは神裂達が血眼にして探している少女なのかもしれない。

 

空腹のおかげで上条に拾われ、連れてこられた店でまさかの目的の子を見つけられるかもしれないチャンスに遭遇した神裂。

 

もしかしたらこの幸運は聖人である神裂だからこそ巡って来たのかもしれない。

 

「不幸だー!!」

 

その代わりに一人の少年が犠牲になるのであるが

 

 

 

 

教えて、銀八先生

 

「あー八条さんからのお便り、アルバイトの件から上条さんは佐々木から送られるメールを律儀に返信しているんですか?」

 

「基本はしてません、ただ無視し続けてると奴から尋常じゃない程のメールボムが送られるのでさすがに限界だと思った時は一回だけ返信するらしいです」

 

「二通目、パズドラさんからの質問、こちらの上条は原作みたいに記憶が吹き飛ぶのですか? ちなみに腹ペコシスターとの邂逅は?」

 

「えー今の所原作通りになるどころか全く別の話になってるから検討つきません、なんとも言えませんねこればっかりは」

 

「はーい、では銀八先生の質問コーナー終わりまーす」

 

 

 



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第六十四訓 救われぬ者に断罪を

学生禁止区域・かぶき町には魔物が潜んでいる。

特例が無ければ立ち入る事さえ許されない学生達にとってかぶき町というのはいわば未開の地。そこで何が行われているのか噂でしか聞く事が出来ない。

 

これはとある学生が友人から友人、そのまた友人の兄の彼女の友人の妹の友人が聞いた出来事である。

 

今から数日前、かぶき町にある寂れた団小屋にて一つの大会が開かれていた。

 

かぶき町第2回、『糖分王』決定戦。

 

ルールは至極簡単、一対一のサシで行い、制限時間内に一番団子を多く食べた方が勝利、トーナメントを勝ち続け最終的残った物を優勝とする。

 

本来ならばこの様なこじんまりとした団小屋で行われるだけあって、行きつけの客ぐらいしか参加しない小さな大会であったのだが。

 

今回は何故か異様に観客達がこぞって集まり、大いに活気づき賑わっていた。

 

それもその筈

 

この小さな団小屋にもかぶき町の魔物が現れたのである。

 

 

 

 

 

「どわぁ~!! あのシスターもう50皿は平らげたぞ!!」

「決勝だってのに全然ペース落ちねぇ! いや落ちるどころか上がってね!?」

「対戦者の学生の嬢ちゃんは滅茶苦茶苦しそうだってのに、一体何なんだあのガキは!!」

 

たまたま通りすがっただけの人達がどんどん足を止めて視線をある人物に向け始める。

それは団小屋の前に腰掛けにチョコンと座っているのは銀髪の小さなシスター、その無垢なる姿とは裏腹に店の親父が出してきた団子をわんこそばを食うかの如く次々と余裕で平らげる姿は見る者を圧巻させた。

彼女の隣に座っている対戦者であろう常盤台の制服を着た女子生徒は、さっきからずっと苦しそうな顔で手に持っている団子とにらめっこしている。

 

「もう無理ぃ限界……てかなんで私がこんな目にぃ……」

「バカ野郎手ぇ止めてんじゃねぇ! 口動かすなら食ってから動かせ! 早くペース上げねぇとあの化け物に店ごと食われるだろうが!!」

 

長く綺麗な金髪は汗だくになったおかげで顔にネットリ張り付いてしまい、顔色も悪くなってしまっているその少女に激を飛ばすのは、彼女の付き添いであろう銀髪天然パーマの男。

 

「せっかく決勝まで上り詰めたんだから後は優勝だけだろうが! ほらもっと食え! 死ぬ気で食え! 死んでも食え!」

「たまにはかぶき町で甘い物でも食べに行こうぜってあなたが言うからついてきただけなのに……うぐ!」

「ほらほらまだ入る! 入るよ~! ネヴァーギブアップ!!」

 

どうやら彼女はちょっとした彼との食事を楽しみに来たかっただけかもしれない。

悲観的な表情を浮かべ、ギブアップ寸前の少女の手を取り、無理矢理彼女の口の中に団子を突っ込でいく。

他者の手を借りるのは反則などというルールは無いので、男はお構いなしに容赦なく彼女に団子を食べさせる。

 

「おいおいボンボン入るじゃん、なんだよお前まだまだ全然限界超えてないじゃん、イケるイケる」

「うぷ、もう絶対無理……胃袋もう限界……」

「金玉袋にでも詰めとけ」

「いや私持ってないわよ! うッ!」

 

遂には彼女の首根っこを掴んで、串から取った団子を無理矢理口の中へ注ぎ込む男、しかしつい彼に対してツッコんでしまった事で、それが仇となりかすかに残っていた気力が遂に潰えた。

 

「ギ、ギブアップ……」

 

限界を超えたお腹と共に席からずり落ち、そのまま白目を剥きながら少女の意識は事切れた。

 

「あーっと! ここで対戦者ダウゥゥゥゥゥン!! 決勝を制したのは素性も知れぬ謎のシスターだァァァァァァァ!!!」

「やべぇぞあの小娘! 意識無くなってるじゃねぇか! 医者呼べ医者!」

「てかあのシスター! 勝ったのにまだ食ってるんだけど!?」

 

もはや対戦者など眼中に無しと言った感じで、優勝したと聞いてもそのシスターの豪食はペースは落ちる気配がない。

そしてピクピクと小刻みに痙攣しながら倒れてしまった少女を尻目に、銀髪天然パーマの男が遂にスッと立ち上がりシスターと対峙した。

 

「おいおいおい、このチンケなガキんちょが第二回糖分王決定戦の優勝者だと? 笑わせんじゃねぇ」

 

そう言うと男は懐から「糖分王」と書かれた鉢巻きを取り出し、それを得意げに額に巻く。

 

「いいかちっこいの、お前が倒したこのガキは所詮俺の前座にもならねぇただのザコ、優勝したければこの初代糖分王である俺を倒す事だな」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!! あの男大会に参加して無かったくせに我が物顔で優勝者に挑戦しようとしてるぞ!!」

「もうあのシスターは決勝に上がるまでに大量の団子を食っているっていうのに! ふざけるなそれでも男か!」

「卑怯者!! てかそこで倒れてるガキさっさと病院連れてけ!!」

「うるせぇぞ野次馬共! 俺は前回優勝者なんだよ! シード権ってモンを知らねぇのかコノヤロー!!」

 

既に優勝が決まっているのにここでまさかの挑戦権を強引にもぎ取る男に周りの観客から大量のブーイングが一斉に鳴り響く。

しかし男はそんな事も気にも留めず、獲物を狙うハンターの如く、真っ直ぐな視線でシスターに狙いを定める。

 

(へ、余裕そうに見えるが既にあのガキの胃は限界が来ている筈、逆に俺の胃は今猛烈に糖に飢えている、この戦い、既に勝者は決定している!!)

 

男に睨まれてもなお頭に「?」を付けながら首を傾げるシスター、しかしそれでも食べるのを止めない。

それがこちらを怯ませるブラフだと察知し、男は周りから卑怯者だと罵倒されながらもいよいよ勝負に出た。

 

「さあかかって来やがれこの糖分王に! 親父! ありったけの団子を俺に寄越せぇ!!」

 

今ここに卑劣なる戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

 

数十分後

 

「すみませんもう無理です……金玉袋にも詰めれません……」

「あーっと! 初代糖分王ここでダウン!! ニ代目糖分王が初代を制し完全なる優勝を果たしたぁぁぁぁぁぁぁ !!!」

 

そして卑劣なる戦いはまさかの初代糖分王の敗北で幕を閉じるのであった。

大きなハンデがあったのにも関わらず、先程までの威勢はどこへやら、男は少女と同じくグッタリとした表情でぶっ倒れてしまう。

 

「ウソだろオイ、……あのガキ胃袋の中にブラックホールでもあるんじゃないの……? クソったれ俺の糖分王の座がよもやこんなちっこいガキンちょに……」

「ねぇねぇ」

「……え?」

 

壁に背を掛けて休んでいる少女の隣に座り込みながらゼェゼェと荒い息を吐いている男に、優勝者である謎の銀髪シスターが初めて彼の方へ振り返ってキョトンとした表情で話しかけた。

 

「さっきからどうしてみんな苦しそうな顔でお団子食べてたのかな?」

「え、いやそりゃ大食い大会だし……みんな死に物狂いで食べないといけないからに決まってんだろ……」

「大食い大会? そんなのがあったの?」

「……おたくもしかして気付かずにこの大会に参加してたの?」

「私はただ”まだお”がめんせつ?とかいうのをやってるみたいだから、それまでここでお団子食べて待ってようと思ってただけなんだよ?」

「ま、待ってただけ……?」

「うん、そしたらなんか知らないけどお店のおじさんが一杯お団子食べさせてくれてくれたんだ!」

「……」

 

ニコッととびっきりの笑顔を浮かべるシスターを前にして、男は雷を受けたかのような衝撃を覚えた。

ハナっから彼女は勝負している事さえ知らず、ずっと出されていた団子を美味しそうに食べていただけだったのである。そんな彼女を前にして男はガックリと首を垂れて

 

「駄目だ、勝てる気がしねぇ……俺の時代も遂に見納めか……」

 

完全なる敗北宣言を自ら呟くのであった、すると大いに沸いている人込みを掻き分けて、グラサンを掛けた中年の男がみずぼらしいスーツ姿でシスターの前に駆け足でやってくる。

 

「ちょっとちょっと! 一体何の騒ぎ!? さっき真撰組の局長とガキが決闘していたってのは聞いてはいたけどそれとは関係ないよねコレ!?」

「あ、まだお!」

「ってうわ! お前何その大量の皿と串は!! まさかそれ全部お前が食ったの!?」

 

中年の男はシスターを見るや早々焦った表情で駆け寄る。

 

「こちとら金ねぇんだから馬鹿食いするなってあれ程言ってんだろ! 食う時は大食いチャレンジの時だけだって!」

「でも店員の人の方からくれたんだよ?」

「え、そうなの?」

 

店員から団子を提供してくれるとは思っていなかった中年男が不思議そうにしていると、牛乳瓶の底の様な眼鏡を付けた団小屋の親父が機嫌良さそうに現れた。

 

「へっへっへ、金は要らねぇよ。この大会は優勝できなかった連中が割り勘で払ってもらうんでね、優勝者はタダさ」

「えぇー大会!? 優勝!? タダって事はコイツが優勝!?」

「ああそうだよ、いい食いっぷりだったな嬢ちゃん、ウチの団子気に入ってくれたか?」

「うん! とっても美味しいお団子だったんだよ! 今まで食べた中で一番美味しいお団子だったかも!」

「へっへっへ、その言葉は団子しか作れねぇ俺ににとって何よりの誉れだな」

 

照れ臭そうに鼻をさすりながら笑う団小屋の親父に、シスターは最後に「また来るね!」と言うと、中年の男に手を引かれて何処へと行ってしまった。

 

「ところでまだお、めんせつはどうだったの?」

「え? ああ全然ダメだったわ、ったくどこの会社もグラサン取れってうるせぇんだよな全く……」

「グラサン取ればいいんじゃないかな?」

「グラサンは俺の身体の一部なんだよ、切っても切れねぇ関係なの俺とグラサンは」

「それってまだおと私みたいな?」

「へへ、調子乗んなガキンちょ、オメェなんていつでもポイだ。いつでも路頭に迷わせてやる」

「むー! シスターをそんな目に遭わせたら罰が当たるんだからね!」

 

冗談交じりに会話をしながら、中年男とシスターは先程まで大会見物していた野次馬達を掻き分けて行ってしまった。

 

これがかぶき町に潜む魔物の一人、素性不明の謎の大食いシスターとして後に噂が噂を呼びかぶき町の外にある学生区域に広められる事となるのだ。

 

ちなみに

 

 

 

 

「おい誰か救急車呼んでやれ! この二人立つ事さえ出来ねぇみたいだから!」

「もうイヤ……私こんな事する柄じゃないのに……大食いとか二度としないんだからぁ……」

「敗北は認めてやる……だが待ってろよ二代目糖分王……新たなる刺客を用意して今度こそ息の根を……がく」

 

シスターに敗れた常盤台のお嬢様と銀髪天然パーマの男については特に何の噂も無く、強いて言うなら

「お腹の膨らんだ学生の子と銀髪のオッサンが一緒にいた」という生々しい匂いのする話だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「という話を前に聞いた事があったんですよ」

「へ、へぇ……良かったそんなシスターがウチに転がりこまなくて、そんな大食い娘が来てたら家計がどうなってた事やら……」

 

上条当麻は金欠で困っている神裂火織を連れて行きつけのファミレスへと来ていた。

そこで偶然自分達が探していたシスターの情報を知っていそうな少女二人組との接触に成功する。

現在はというと、食事を終えて店を出て、第七学区を彼女達とブラリと歩きながらそのシスターについての話を聞かされていたのだった。

 

「ていうか神裂さん、さっきからなんでそんな嬉しそうなの?」

「いえ、あの子が私の仇を取ってくれたのだと思っていただけです」

「どういう事それ?」

「答えたくありません」

 

上条と一緒に黒髪ロングの方から話を聞いていた神裂はというと、何か良い事があったのか珍しく表情にほころびが見える。どうやら先程の話の中で嬉しいニュースが舞い込んで来ていたらしい。

 

「役に立つ情報とスカッとする話を教えてくれてありがとうございます。差支えないようでしたらあなたの名前は?」

「あたしですか? 柵川中学一年の佐天涙子≪さてんるいこ≫って言います」

「柵川中学?」

 

素性も知れない自分にあっさりと情報提供をしてくれた人物にお礼を言いつつ神裂は名前を尋ねると、少女こと佐天はこれまた簡単に自分の名前を教えてくれた。

そしてご丁寧に出身校の名前まで言った時に、二人の間を歩いていた上条がピクリと反応する。

 

「柵川中学って忍者の修業みたいな授業やレクリエーションがあるっていう学校の事か? 別名は確か忍者育成学校」

「そうそこです! うわ嫌だなー他の学校の人達からもそう思われてるんですねやっぱり……」

 

佐天の通う柵川中学校というのは低レベルの学生が多く集う、言い方は悪いが常盤台とは正反対の劣等生の多い中学である。

そして学校特有の個性を引き出す為の方針なのか知らないが、その学校にいる教論は校長を始め皆忍者についての知識が精通しており、生徒達に様々な手法を用いて忍者の様な特訓をやらせるのだ。

中には本格的な忍術修行をやらせるとかなんとか……

その事が他の学校の者達にも知られてるとわかると、佐天ははぁ~とため息を突いて歩きながら項垂れる。

 

「ウチってホント変わってるんですよ、そりゃあたし達の中は殆どがレベル0とか精々レベル1ぐらいしかいませんけども……だからといって壁走りの方法とか手裏剣の投げ方とかそんなの覚えて自信なんて付きませんよ……」

「俺はいいと思うけどなぁ、NARUTOに出て来る忍者アカデミーみたいで。正直家から近ければそこの中学通いたかったな俺」

「ははは、上条さんって物好きですねぇ、言っておきますけど影分身とか螺旋丸とか習得出来る訳ないですからね?」

「出来ないの!? 忍者なのに!?」

「当たり前ですよ! まぁそんな派手な技が出来たらあたしも一生懸命取り組もうとするかもしれませんね、でも現実の忍者ってやる事も地味だし全然カッコよく見えないんですよねホント、せめて侍になる授業とかだったらなぁ……」

 

忍者についてはジャンプでしか知らない上条に佐天はビシッと手を出しながらツッコミを入れると、現実の忍者はそんな夢のあるモノでないとつまらなそうに不満を呟いていると、彼女と一緒にいた花飾りを付けた方の少女が「佐天さんったら……」と呆れる様に呟く。

 

「そういう派手さとかカッコ良さとか求めなくていいですからキチンと真面目に授業受けて下さいよ~、努力すればレベルだって上がるかもしれないんですし……」

「いやいやいや、あたしもうそういうの完璧に諦めちゃってるから。あ、ちなみにこの子もあたしと同じ中学の生徒でーす」

「あ、どうも、初春飾利≪ういはるかざり≫です、ってじゃなくてですね! 真面目に聞いて下さいよ佐天さーん!」

「アハハ、聞いてるって~、全く初春は真面目なんだから」

 

誤魔化すかのように佐天に自己紹介を促されると、こちらに頭を下げて名を名乗る花飾りの少女こと初春。

全く持って不真面目な様子の佐天に初春がプンスカ怒っている様子でいる中、そんな極々平凡な女子中学生のやり取りを見て上条は「あはは……」と苦笑する。

 

「……なんか逆に新鮮な光景に思えてくるな、この子達のやり取り……」

「私達だったらあんなほのぼのとした空間生まれませんからね……」

 

自覚はしているのか上条達の者というのはどうも血の気の多いモノばかりで、基本的には口より先に手が出るかタイプか、口と同時に手を出すタイプが圧倒的に多い。

佐天と初春の仲つつましい間柄を見て、いかに自分達が荒んだ環境で生きているのだなと実感する上条と神裂であった。

 

そして彼女達がまだあーだこーだと言ってる間に、二人は先程聞いた情報を整理し始めた。

 

「それにしても良い情報が手に入りましたね上条当麻、やはり彼女はかぶき町に出没する確率が高いらしいです」

「俺が気になったのはそれよりもその子と一緒にいたっていうグラサンのおっさんの事かな? アンタ等の知り合いだったりする?」

「この学園都市にいるイギリス清教側の者は私とステイルの二人のみだというのは確かです。一見その男があの子を保護しているかのようにも見えますが、素性も知れぬ彼女をそんなあっさりと手厚く保護するとは考えにくい……」

 

禁書目録は坂本が無許可で学園都市に入れた、いわゆる不法滞在者だ。そんな得体も知れぬ輩をおいそれと簡単に自分の下に置いておくとは思えない。

もしかしたら迷った彼女を不憫に思って保護してくれたのかもしれないが、どちらにせよイギリス清教からしたら早急にその男から彼女を奪還しなければならないという答えが妥当である。

 

「即刻かぶき町に出向いて彼女とその男の捜索に移りたいですが……私はどうもあの町が苦手でして……」

「苦手って……言っておくけど俺だって学生の身分なんだからおいそれと簡単にかぶき町には入れないぞ? やっぱ坂本さんとかに頼んだ方がいいんじゃねぇのか?」

「駄目ですあの男は信用できません、そもそもこうなったのも全てあの男のせいですし」

「信用されてねぇなあの人……まぁ自業自得だけど」

 

かぶき町にトラウマを抱えてる神裂と、学生である上条では上手く捜査に参加できない。

一応大人の部類に入る坂本辰馬であれば探しに行けるのであるが、神裂達からの信用が圧倒的に足りない彼にはとてもじゃないが頼れない。

 

「こういう時にステイルがいれば……まったくあの男は一体何処に……」

「そういやステイルの方もいないんだっけな、そうだなあいつがいればまた熱くジャンプについて語れるのに……」

「いやそんなのは死ぬ程どうでもいいんで」

 

ステイルという存在がここに来ていかに重要だという事に二人は顔を合わせながら一体彼は何処へ行ったのやろと考えていると……

 

「おや? 君は僕の心の友である上条当麻じゃないか、あとついでに神裂」

「へ? ってえぇぇぇぇぇぇ!!」

「ステイル!! ってなんですかその恰好は!? 」

 

噂をしているとその噂されている人物がひょっこり現れるというお決まりのパターンよろしく、シェイクの入った紙コップ片手に、ステイル・マグヌスが何食わぬ顔で背後から現れたのだ。

先程まで行方不明者の一人であった彼が突然現れた事に上条と神裂は仰天する。

というか主に彼の服装に……

 

「常に暑苦しい黒ローブに身を包んでいるあなたが! なんでそんなラフな恰好になってるんですか! しかもどうしたんですかそのグラサン!?」

 

ステイルの今の服装は前に観た時の格好とは180度違うスタイルであった。

まず常に身を包ませていた黒のローブは跡形もなくなくなり、代わりに「お通ライブに来てくれてありがとうきびウンコ」などというふざけた文字がプリントされた白シャツを着て、下は短パン、足元はサンダルという夏場にはもってこいの軽装ファッション。

そして極めつけは平日お昼の番組で長年司会していた大御所が掛けてたような大き目のグラサンを自慢げに掛けているのだ。

 

 

「あなた一体全体何処へ行ってたんですか!? そして何があったんですかあなたに!」

「ところで上条当麻、今週のジャンプのアンケートでどの作品が面白いって書いた? 僕はひそかに頑張ってほしいと応援している『約束のネバーランド』」

「俺は『鬼滅の刃』かな? アレ絶対将来大ヒットするぞきっと」

「ああそれ三つ目に書かせてもらったよ、ちなみに二つ目はワンピースだったねやっぱ」

「ワンピースは最高だよなやっぱ、20年以上あんな面白いの描けるってやっぱ尾田先生凄いわ」

「聞けや人の話! あなたも普通にこの状態のステイルと会話しないで下さい!!」

 

出会って早々ジャンプトークに花咲かすのが既にこの二人の当たり前の行いになっている事に神裂が憤慨しながら話を続ける。

 

「ステイル! 連絡もせずに今まで一体どこふらついてたんですか!!」

「まだいたのか神裂、僕はね、この学園都市にてたくさんの出会いを経て成長したんだよ。強いて言うなら今のこの格好こそ僕にとっての自然体なんだ」

「どんな自然体!? そんな所ジョージみたいな恰好がいつ魔術師であるあなたの自然体と化したんですか!?」

「人は変わるモンだ神裂、年中その痴女みたいな格好してる君にはわからないだろうけど」

「遂に身内にまでこの服装について侮辱され始めた!」

 

同じ魔術師にさえあんまりな事を言われて神裂がショックを受けてる間に、ステイルはこの学園都市が自分が経験した出来事を語り出した。

 

「このシャツはね、寺門お通という今注目されているアイドルのライブを観に行った時に買ったものなんだよ」

「アイドル!? なにこんな事態で呑気にアイドルのライブなんて観に行ってたんですかあなた!?」

「あの時かぶき町という地区で熱心に彼女のライブに来てくれと自作のチラシ配りをしていた眼鏡の少年に誘われてね、興味本位で行ったらいつの間にかそのメガネの少年と共に熱い声援を彼女に届けてたよ」

「アイドルに届ける前に私に連絡通知を届けてくれませんかね!? ていうかあなたかぶき町行ってたんですか!?」

「うん、基本的にかぶき町にずっといたからね僕」

「はぁ!? あの悪魔の住む町で!?」

 

神裂にとっては恐怖の対象でしかないかぶき町にずっと滞在していたというステイル。

彼にとってはとても居心地のいい場所であったらしい。

 

「かぶき町にいたっていう事はどこかの宿泊施設にいたんですかあなた……?」

「毎日ホテルに泊まってたよ、しかしかぶき町のホテルというの結構割高だね。おまけにベッドが回るんだよ何故か、水布団とかもあったけどアレは中々気持ち良かったな」

「それただの男女がいかがわしい営みをするホテルですよ! あなた一体どこにそんな所に泊まるお金があったんですか!?」

「まあ海外派遣中にはイギリス清教の本部からそれなりの資金が提供されるから。でもここに来てからはいつもより2倍分貰ってる気がしたね、なんでか知らないけど」

「それ私の分も含まれてんだよ! 何人の金でラブホテルにオンリーワンで泊まってんだテメェは!!」

 

アゴに手を当て不思議そうに首を傾げるステイルに、神裂は怒りを露わにしながら遂に真実を知る。

簡単な話、この男が勝手に自分の分の資金もちょろまかして使い込んでいたのだ。本人は気付かずに使ってたみたいだがおかげで神裂はひもじい思いをする羽目になったのである。

 

「残ってるお金を全て私に渡してください! もうあなたにお金を任せられませんから!」

「いやそれがね、最近の事だけどいつもの様に僕の聖地であるかぶき町を練り歩いていたら」

「遂に聖地として認定された!!」

 

どんだけ順応早いんだと叫ぶ神裂を尻目にステイルは懐からタバコを取り出しながら話を続けた。

 

「寺門お通のライブがきっかけで知り合ったメガネの少年とどこか似ているポニーテールの女性に誘われるがまま彼女のお店に行っちゃってね、ガンガン飲んでたらいつの間にかそこで残ってた有り金搾り取られちゃった」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!? まさかキャバクラにまで行ってたんですかあなた!? 14歳のご身分で!?」

「でも後悔はしていない、楽しかったし。金はなくなったけど僕の心は潤ったんだし」

「あなたが潤っても私の心はさっきからずっと荒む一方なんですよ!!」

 

口に咥えたタバコに火を点け、懐かしむ様にフッと笑いながら煙を吹かすステイル、自分のお金を使い込んだ挙句有り金もほとんどキャバクラに持ってかれたと悪びれもせずに語る彼にそろそろ神裂も我慢の限界が見え始めて来る。

しかし彼女が完全にブチ切れるのはここからだ。

 

「……仕事を忘れてアイドルに熱中したり、私の金で変なホテルに泊まったり、キャバクラで持ってた金をぼったくられたりと、とても神に仕える者に相応しくない行動を取っていたのはわかりました……最後に一応聞いておきますが、そのグラサンや軽装になった理由は何なんですか……?」

「コレかい? 昨日の夜にかぶき町にある屋台で仲良くなった『グラサンをかけたアゴ髭のおっさん』と一緒に賭場行った時にね、わずかに残ってたお金全部スった上に自慢の黒ローブを質屋に出さないといけないぐらいヤバくなっちゃって」

「魔術師の証であるローブよりもアイドルのシャツを先に質に出そうと考えませんか普通……」

「それをしたら僕はファン失格だ」

「魔術師としては失格ですよもう……」

 

沸々と沸き上がる怒りを抑えながらツッコミを入れる神裂をスルーして、タバコを口に咥えながらステイルはグラサンを得意げにスチャッと上げる。

 

「残されたのはお通ちゃんのシャツ一枚、金も尽きて途方に暮れていた時、そんな僕を見かねてそのグラサンのおっさんがトンキ・ホーテで短パンとサンダル、更には洒落たグラサンをプレゼントしてくれたんだよ」

「……」

「救いの手を差し伸べてくれた彼に、どうして外国人である僕にここまでしてくれるんですかと尋ねたんだ、そしたら」

 

 

 

 

『いやぁ実は今、ウチに外国からやって来たシスターが居候しててよ、その銀髪の小娘とお前さんが妙にダブって見えちまったんだよ、なんか似た雰囲気というか同じ世界の人間に見えたっつうか、それに賭場に誘ったのは俺の方だしよ、お前さんを路頭に迷わせちゃ俺はあの娘に怒られちまう。とにかくこれは俺が気まぐれであのお人好しな銀髪シスターの真似事して見たかっただけだ、気にすんな、ハハハ』

 

 

 

 

 

「世界中を見てきたがこんなにも温かい町に来たのは初めてだったよ、もはやかぶき町は僕にとっては絶対に住みたいまちランキング1位と呼んでも過言ではないね、ハハハ、しかし偶然だよね、彼の所にもあの子と同じく献身的なシスターがいるなんて、世界は広いようで狭いのかもしれないな」

「……オイ」

「あ、ちなみにこのタバコも彼から貰ったもの、神裂、君も大層な魔法名持ってるんだから見習った方が良いよ? 確か『救われぬ者に救いの手を』だっけ? ん?」

 

かぶき町で様々な出会いと経験を通じてすっかり虜になっているステイルは嬉しそうに思い出話に浸りながら口からタバコの煙を吹かす中で、項垂れていた神裂が静かに握りこぶしを構える

 

「神への懺悔の言葉それで済んだか……ならとっとと天へと帰り直に詫びに行け、最も貴様の行く先は大方天では無く外道畜生の堕ちる煉獄の底だ……」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「Salvare000……」

 

何のためらいも無く拳を振りかざして、神裂はダッと駆け出して彼に襲い掛かる。

 

「死ねぇ腐れ神父! よりにもよってあの子を見つける手掛かりになる重要人物を取り逃がしやがってぇぇぇぇぇ!!!」

「どういう事!? え、もしかして彼が言ってた銀髪のシスターってあの子本人……ぐほぉ!」

「テメェなんてもう魔術師止めちまえ! かぶき町どこへなり行っちまえこのクソがァァァァァァ!!」

「ギャァァァァァァァァ!!!! 誰か! 救われぬ者に救いの手をぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

賑わう第七学区で露出の多い女性が突如グラサン掛けた赤髪の男をボッコボコにぶん殴るという事件が発生。

突然の事態に、先程まで仲良く話していたであろう佐天と初春は口をあんぐりと開けてその光景に目を奪われる。

 

「うわぁ神裂さん何やってんですか!? 誰ですかそのグラサンの人!? 初春早く止めてよ! ジャッジメントでしょ!!」

「ジャッジメントですけど私じゃ無理ですよ! こういうのはロクに事務仕事は出来ないのに捜査と犯人の取り押さえだけは得意な白井さんにでも頼まないと!!」

「あ、そうだ! 男の上条さんなら止めれますよきっと!」

 

初春はジャッジメントらしいのだが彼女はどちらかというと戦闘とは不向きなタイプであるらしい。

ならばと佐天は次に先程からずっと神裂の一方的な暴力を目の当たりにしていた上条に助けを求めるが

彼は彼女達の方へ振り向くとあっさりとした様子で

 

「ああ大丈夫、コレが俺達にとっては当たり前の光景だから」

「どの辺が大丈夫なんですか一体!? あなた達一体どこの世紀末に住んでるんですか!?」

「もしもし白井さんですか! 第七学区で露出の激しい女性がグラサン掛けた怪しいロンゲ男を半殺しにしてるんですけどどうしたら……ええ! 私じゃ無理ですよ! 助けて下さい白井さ~ん!!」

 

携帯を耳に当ててジャッジメントの同僚であろう人物に涙目で叫んでる初春。

こうなったら自分が止めようと前に出るも神裂の迫力に完全にビビってしまっている様子の佐天。

 

そんな光景を眺めながら上条ははぁ~とどっと深いため息を突くのであった。

 

「やっぱウチの日常ってのはこうでなくちゃなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

教えて銀八先生

 

「はぁ~い、例えお便りが一通だろうがこのコーナー始めちゃいまーす、八条さんからの質問」

 

『都市伝説になってる腹ペコ銀髪シスターですが上条さんと神裂がこの都市伝説を聞いた時点でどの位のお店の大食いチャレンジを制覇したんですか?

 

後、大食いチャレンジを受けた理由も知りたいです』

 

「あー学園都市ではお客さんを呼び込むために店側があの手この手と色んなイベントを実施する事が多いんで、こういう大食いチャレンジとか早食い競争とかが普通に行われるんですよ、だからこのシスターも多くの店で出没してそのまま出禁になるというパターンを幾度も繰り返しています、つまりぶっちゃけどの位かなんてわかりません」

 

「理由はまあ、あのグラサンのおっさんがそういうイベントやってるよって広告を調べてその店に送り込んでるんじゃねぇの?」

 

「はいそれでは銀八先生のコーナー終わりまーす」

 

 

 

 

 

 

 



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第六十五訓 襲い掛かる学園都市の闇

綺麗な月が上がった夜、見廻組の副長、今井信女はは部下達を連れてとある研究所へと来ていた。

 

そこは能力専門の実験を積極的に取り入れている施設。

 

表向きは能力者の未知なる力の解放だの能力者の力による科学の発展とのたまっている様だが

 

実際はとても世間に公表できない様な極めて非人道的な実験が繰り返されている研究施設であった。

 

こういう施設は実は学園都市内ではさほど珍しくはない、光あれば闇もある、発展する学園都市の中にはこの様に無数の闇が存在し、その上で成り立っているのだから。

 

「……」

 

隊士と共に信女は堂々と研究施設内へと入っていく。

警察組織ゆえの特例ではない、既にこの研究はもう誰も利用していないのだ。

 

「異三郎」

『はいこちらサブちゃんです』

 

部下を連れずに一人で施設内を捜索しながら、信女が懐から取り出したのは携帯電話。

掛けるとすぐに、見廻組局長・佐々木異三郎が電話に出た。

 

『そろそろ電話だけでなくメールの方のやりとりもして欲しいんですが?』

「異三郎の言う通り、もうこの施設には誰もいない」

 

メールする間柄を常に欲している異三郎の意見を無視して信女は淡々とした口調を続けながらとある研究室に足を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

「ここにあるのは死体だけ」

『でしょうね、どうも連絡がつかないからおかしいと思ったんですよ』

 

信女が足を踏みこんだ場所は辺り一面血の海と化していた。無数に転がる死体は原型が留めておらず、男だったのか女だったのかさえわからない程だ。

かろうじてわかるのは白衣の来ている死体が多いという事から、死んでる者は皆ここの研究施設で働いていた研究員だったという事、そして事故死や自殺ではなく明らか何者かに殺されたという事ぐらいだ。

 

『今朝方、真撰組に実験体が逃げ出したから捕まえて欲しいと通報した所から察するに、その時点ではまだ彼等は生きていたのでしょう』

「ならこの連中を殺したのは逃げ出した実験体じゃない」

『モルモットが外に逃げて彼等が慌てる隙を狙い、何者かが全員を殺したという事です』

 

まともな感覚ではとてもじゃないが近寄る事さえ出来ない場所にズカズカと無表情で入りながら、信女は携帯片手に異三郎と会話を続けながら捜索に入る。

 

『それも誰一人逃がさずまとめて……組織的なモノが絡んだという考えが妥当でしょうが、信女さんはどう思います?』

「連中が殺されたのは組織絡みじゃないと思う」

『ほう』

「全員殺され方が一致している」

 

信女の周りにある死体は皆何かでくり抜かれたように無数の風穴が出来ていた。

弾丸ではなく刀でもなく、なんの痕跡も残さずただ穴が開いているだけ

 

この場所に来るまで彼女はいくつもの死体を見てきたが、皆同じ死に方をしていたのだ。

 

「こんな殺し方は普通の人間じゃ出来ない、多分たった一人の能力者によって殺されたんだと思う」

『能力者ですか、そして研究員全員を瞬く間に殺せるという所から察するに相当レベルの高い方だったんでしょうね』

 

信女の推測に異三郎は中々的を射ている内心感心した。

能力者は一つの能力しか扱えない、それならば殺し方が同じなのもわかる、それに彼女のいる研究施設はその能力者の実験を主に行っていたのだから。

 

『不審な輩が入ってくれば施設のセキュリティが発動する筈、それが起きなかったとしたら』

「内部からの犯行」

『つまり犯人はその施設の実験体という事ですね、マヌケにも自らが作った実験体に殺されたという訳ですか、いやはや出来損ないのエリートには相応しい最期だ』

 

冷たく言い放つ異三郎、犠牲も顧みず未知なる探求を欲する事だけを生きがいとする研究員の考えなど理解出来ないし、する気も無いと言った感じだ。

 

するとふと信女は机にもたれて死んでいた屍の手の先にある写真の貼ってある書類を見つけた。

一枚は名前欄に絹旗最愛と書かれ、むっつりした顔でこちらにピースしている彼女らしき写真も張ってある。

そしてもう一枚もそれと同じく……

 

「異三郎、今日の朝に逃げた実験体以外にも、もう一人ここにいたみたい」

『今までの我々の推測から察するに、殺したのはそのもう一人でしょう。何者かはそちらでわかりますか?』

「黒夜海鳥≪くろよるうみどり≫」

『あれ? もう名前までわかっちゃったんですか?』

 

信女は手にある書類に書かれていた名前を呟いただけだった。

その名の下には呑気な様子の絹旗とは対照的に、ギラギラとした目つきで今にも噛みつきそうな風貌ををした絹旗と同年代ぐらいの少女の写真が貼られている。

 

「ご丁寧に書類が置かれていた、コレを捕まえればいいんでしょ」

『そうですね、では引き続きその者の捜索を依頼してよろしいですか?』

「異三郎は動かないの?」

『私は私でやる事がありましてね、駒場利徳の件で有益な情報を手に入れましたので……そちらの件はあなたにすべて任せますよ、信女さん』

 

異三郎もまた他の事件について首を突っ込んでいる最中であるらしい。事件を任せると言った彼に信女はしばし間を置いた後

 

「私にやらせたら相手を殺す事になるかも」

『ご自由に。能力者など私にはてんで興味のない代物、いかに強い力を持ってようが天人の力を借りてるだけの傀儡など壊してしまっても構いません』

「わかった」

『しかし相手の実力がそんじゃそこらの能力者とはワケが違うというのも事実、逆にあなたが殺されないように気を付けて下さいね、あなたがいなくなった話し相手が減って寂しいんですよ』

「そんな心配はいらない」

 

能力者などというものに全くの関心を示さない異三郎だが、その存在の脅威そのものははっきりと認めている。

油断するなと念を押してくる彼に対し、信女は短く返事しつつ通話停止ボタンに手を置く。

 

「私を殺せるのはこの世であなた一人だけだから」

 

そう言い残して信女はピッと携帯の通話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時間は流れて昼頃、事件の事など露知れず、善良なる一般市民である上条当麻はとある喫茶店の外にある席に座りつつ、目の前に出された教科書とノートを交互にらめっこしている真っ最中であった。

 

「……全くもってわかりません」

「わかろうとする気持ちがないからよ、それぐらいの方程式理解できないと本当に留年よ貴様?」

「はい……」

 

夏休みの宿題に悪戦苦闘している彼の隣に座りながら手厳しい一言を言い放つのは吹寄制理。

夏休みも結構な日にちが経ってはいるが、どうせ未だに宿題などほぼ手つかずなのであろうと彼女自らが上条を誘いここまで付き合ってくれたのだ。

 

「ところで貴様以外の三バカはどうしたのよ」

「土御門には義妹が遊びに来たから無理って言われて、青髪は自宅療養中だから外に出れねぇんだとさ」

「自宅療養ってどういう事?」

「いやなんか超かわいい女の子をナンパしようとしたらチャイナ娘に半殺しにされたとかなんとか……」

 

説明する上条自身もよくわかってない様子で首を傾げると、吹寄もまたしかめっ面でテーブルに頬杖を突きながら目を細めるだけ

 

「相変わらず訳が分からないわねあの変なのは……」

「まあいつもの事だろ、青髪だし。それより吹寄」

「何よ」

 

所詮二人にとって青髪がハプニングに巻き込まれる事などさほどどうでもいい事らしく。

改まって上条は吹寄に話しかけると、彼女はしかめっ面のまま目だけジロリと彼に向ける。

 

「宿題なら見せるつもりは毛頭ないわよ」

「いやそうじゃなくて、あそこ」

「あそこ? あ」

 

てっきり自分が既に終えた宿題を写させてほしいと頼んで来るのかと思ったのだが、上条は街中の方へと指を指す。

吹寄は何かあるのかとそちらに目を向けるとそこには

 

「おーいお嬢ちゃーん! どこにいるんじゃー!?」

 

街中に多く設置されてあるゴミ箱を開けては叫ぶをひたすら繰り返している坂本辰馬の姿があった。

傍から見るに明らかに不審者、まっ昼間から何をやっているのだとさすがに吹寄も唖然とする。

 

「……あれって貴様の知り合いの坂本さんじゃない」

「今は知り合いと認めたくないです、切実に」

「どうしてゴミ箱覗いて叫んでるのあの人、まさか探してるとか言ってた銀髪のシスターを見つけようとしてるの?」

「あの人の考えは俺等凡人には理解出来ねぇよ一生……」

「嬢ちゃーん! 返事してくれー! おまんがいないとこのままだとわし殺され……おお!」

 

周りから変なモノを見る目で怪しまれているのも気付かずに、ベンチの下や自動販売機の受け取り口にまで顔を突っ込む始末。

そんな坂本に気付かれないよう二人は息を潜めるが、彼は自分達の声が聞こえたのか、こちらにグルリと振り返り気付いてしまった様子。

 

「おおとんま! そこにおるのはわしの大親友である下条とんまじゃなか! 元気しとったか!! アハハハハハ!!!」

「最悪、こっち向かって手振りながらやってきたわあの人」

「ていうかいい加減人の名前覚えてくれ……」

 

いい年したおっさんが子供の様にこちらに手を振ってやって来る事に吹寄と上条がげんなりとしている中、そんな事も知らずに相変わらずヘラヘラ笑いながら彼等の下へ歩み寄ってきた坂本。

 

「それにいつぞやの性格キツそうな嬢ちゃんもおるんか! 二人揃ってどうしたんじゃ! デートか!?」

「私こういうグイグイ来るおっさん本当に苦手……デートじゃありません、誰がこんな奴と」

「吹寄に宿題手伝ってもらってただけだって、それより坂本さんの方はまだシスター見つかってないのか?」

「うーん、さっぱりじゃ、ところでおまん等、デートしちょるって事はどこまで進んだ? Aか?Bか?

 まさかCを飛び超えてZ!?」

「人の話聞きなさいよ! デートじゃないつってんでしょ! ていうかZって何よ!」

 

人の話を聞かない人間というのはとても相手にするのがめんどくさい。

吹寄は特にこういった自由人を相手にするのが一番苦手だ、つい口調が荒くなってしまうのも仕方ない。

すっかり坂本に翻弄されている彼女に上条は苦笑しつつも、銀髪のシスター探しの件について彼に話しかける。

 

「前に俺と神裂がかぶき町で見かけたって聞いたんだけど、どうなんだそこら辺は?」

「ああわしもねーちんから聞いちょる、確かグラサンのおっさんと一緒にいたっちゅう話じゃったの」

「グラサンのおっさんなら私の目の前にいますけど?」

「え、どこ!? グラサンのおっさんどこ!?」

「今バカみたいにキョロキョロしながら辺り見渡してます」

 

グラサン掛けたパーマのおっさんが一体誰がグラサンのおっさんだと辺りを隈なく探している光景を吹寄はしばしジト目で眺めた後、上条の方へ顔を戻す。

 

「それじゃあ宿題の方片付けるわよ、人探しも結構だけど貴様は学生なんだからそいう所大事に……」

「……」

「上条?」

 

話しかけたのにも関わらず上条はそっぽを向いて全く聞こえていない様子。

一体何を見ているのだと吹寄もまた彼と同じ方向に目をやると

 

「アレって……真撰組?」

「いやアレは見廻組」

 

白い制服を着た連中が帯刀しながらここ等一帯にいる道行く人に何かを聞いて回ってるみたいだった。

どこかで見た事ある制服を見て吹寄はあのチンピラ警察として名高い真撰組の連中かと思ったのだが、それを上条が顔を動かさず訂正する。

 

 

「最近幕府直々の勅令で学園都市に配属された警察組織らしくて、制服は似てるけど真撰組とは別なんだとよ」

「やけに詳しいわね……ていうか貴様、そんな警察を何ボーっと見てんのよ」

「いや、ちょっとあの人をな……」

「あの人って……」

 

上条が指さした方向に吹寄が目を合わせると、そこには男性の隊士が多い中に一人だけ女性の隊士が一人。

黒髪で前髪ぱっつん、考えの読みにくい目をした長い刀を持つ女性であった。

見廻組の副長・今井信女だ、何やら部下を連れてここらを捜査してるみたいだが、そんな彼女だけを見る様に上条はただジッと眺めている。

 

「あの女の人、知り合いなの?」

「ん? いや知り合いどころか一度会ってちょっと話したぐらいのほぼ赤の他人なんだけどさ、なんつうか会った時から……」

「……なによ、なんか歯切れが悪いわね」

「あーなんか上手くは言えねぇんだけどさ」

 

少々言い辛そうに頭を掻き毟る彼を見て、何故か吹寄はいつもより更にイライラして来ていると。

上条は信女を眺めながらボソッと

 

「気になるんだよあの人」

「……」

「……あれ?」

「上条当麻、貴様まさか……」

「ひ! ふ、吹寄さん!?」

 

ついポロッと言葉を漏らしてしまった上条に対し、吹寄は一瞬無言になって固まるが、すぐにゴゴゴゴゴと強い威圧感を彼に放ち

 

「人がわざわざ時間を割いて勉強教えてあげている時に、自分は年上の女の人に鼻の下伸ばしてましたって訳ね……!」

「い、いやいやそうじゃなくてですね! 別にあの人が好きとかじゃなくて初めて会った時から妙に印象に残る人だなぁと!」

「そういうの一目惚れっていうのよ、おめでたいわね」

 

余計な言葉を付け足す上条に吹寄は席から立ち上がると拳を掲げ

 

「勉学を怠って色恋沙汰にうつつを抜かすとは……」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ! 吹寄さん暴力は止めてぇ!」

「……」

 

また殴られる、もしくは頭突き、どちらでも痛いのは確実。

そう思って涙目になりながら両手で顔を覆う上条を前にして、吹寄はふと何故か神妙な面持ちになって拳をスッと下ろした。

 

「……もういいわ、貴様も年頃だし異性に興味が引くのも当たり前よね、相手が年上の女性なら尚更」

「へ?」

「私ちょっとトイレ行ってくるわ……」

 

そう言って吹寄はこちらにクルリと背を向けて、店内にあるトイレを使いに行ってしまう。

去り際に少々寂しそうな横顔を残して

 

「……なんだったんだ今の?」 

「せい!」

「って痛ッ!」

 

店内へと入っていった吹寄の背中を見送りながら上条が口をポカンと開けて固まっていると、そんな彼の頭に突如坂本がチョップをお見舞い。

 

「アハハハハハ! あの嬢ちゃんの代わりにわしがやらせてもろうた!」

「イテテ……何すんだよいきなり!」

「全く、おまんは女心というのはわかっておらんのぉ」

「はい?」

「せっかくのデートの真っ最中じゃったのに、別の女に鼻の下伸ばしてたらそら怒るのが当たり前ぜよ」

「いやデートでもねぇし、鼻の下も伸ばしてないんですが……」

 

こちらにビシッと指を突き出して指摘してくる坂本に対し頭をさすりながら上条が弁明すると、彼は腕を組みながら懐かしむ様に空を見上げながら

 

「まあわからんでもなか、かくゆうわしも若い頃はおまんの様に、道行くおなご全てにムラムラする事もあった」

「いや俺そこまで行ってないからね!? 道行くおなご全てにムラムラ!? 見境なしかよ!」

「遠くの女に興味を持ってその尻追っかけたいという気持ちもわかる、けどそれでおまんの一番近くの女悲しませたらいかんぜよ」

 

坂本の若い頃の淡い青春時代にツッコミを入れながらも、彼の言葉に上条はテーブルに頬杖を突きながら「うーん」と考える。

 

「まるで俺があの人に夢中になったから吹寄が焼きもち焼いたみたいに言ってるけど、吹寄は俺の事なんかなんとも思ってないぞきっと、むしろ嫌ってるんじゃねぇかな」

「アハハハハ! アホじゃのぉとんまは! わざわざ嫌いな奴と二人きりでこないな所に来るかぁ!」

「いやいや、坂本さんは知らねぇけどアイツは昔から俺のやる事為す事全部に突っかかって来る奴でしてね……」

「ツンデレじゃツンデレ! 今流行っておるんじゃろそういうの! いやちぃと少し前じゃったかの?」

 

上条の吹寄に対する推測に坂本がゲラゲラと大きく笑い声をあげていると

 

「……ちょっといい」

「はい? ってうわ!」

 

坂本との話を遮るかのように、突如彼等の下へ現れたのは上条が気になると言っていた今井信女であった。

いきなり彼女の方から来た事に上条がビックリしているのも知らずに、信女は話を続ける。

 

「人を捜してるの、ここ等辺でこんな子を見なかった?」

 

懐から一枚の紙を取り出しながら信女は二人にそれを見せる。

 

それは研究施設にある個人情報が載せらせた資料レポートの様だった。

 

名前欄の所に書かれているのは黒夜海鳥

 

貼られている写真は上条よりも年下であろう目つきの悪い少女。

 

「坂本さん知ってる?」

「生憎わしは人探しなら自分の事で精一杯じゃ、こげな暗そうな嬢ちゃん見た事も覚えておらん」

「だよな、俺も見た事無い」

 

二人揃って知らなそうな反応をすると、信女は無言ですぐに紙を制服のポケットに入れると、踵を返して何事も無かったかのようにこちらに背を向けて行こうとする。

 

「それならいい」

「あ! ちょっと待ってくれよアンタ!」

 

行こうとする信女を上条はつい咄嗟に席から立ち上がりながら呼び止めた。

 

「あのもしかして、俺の事忘れちゃってます? 俺がアンタの所の局長にしょっぴかれて釈放された時に一度会ったんですけど……」

「覚えてない」

「え……」

「会っただけの人の顔なんて覚える気ないから私」

 

バッサリと短く答えてそのままスタスタと行ってしまう信女に、上条はショックを受けた様子で立ったまま頬を引きつらせる。

 

「ま、まあ確かに一度会っただけの間柄だし忘れてるのも仕方ないけども……」

「見事にフラれたの、アハハハハハ! いやぁこれまた無愛想な女じゃのぉ、ウチのカミソリ副官といい勝負じゃきん。とんまはああいう女が好みなんか?」

「俺の好みは年上で寮の管理人が似合いそうな包容力の高いお姉さんです!」

「いや別にそこまで詳しく説明せんでもええんじゃが……」

 

バンッとテーブルを両手で叩きながら堂々と好みのタイプを叫ぶ上条にさすがに坂本も苦笑しながら後頭部を掻いていると……

 

 

 

 

 

「キャァァァァァァァァァァァ!!!!」

「「!!」」

 

突如喫茶店の女性店員が悲鳴を上げる声が辺りに響き渡る。

それと同時にドォン!!!と喫茶店から大きな音が鳴り、店内を見せる為に設置された窓ガラスが次々と粉々に砕けていく。それと一緒に店内で聞き込みをしていたと思われる見廻組の隊士達も飛ばされてきた。

 

「なんだ一体!」

「とんま!」

 

一瞬の出来事に上条は動けないでいると、そんな彼の後襟を掴んで坂本は無理矢理テーブルの下に連れ込む。

その後すぐに上条達がいた場所に割れたガラスの破片が雨の如く降り注がれた。

 

「あんがと坂本さん……」

「こりゃまた何事ぜよ」

 

なんとかガラスの破片をテーブルの下に隠れて回避した二人は恐る恐る店の方へ顔を出してみると。

 

「はぁ~だる……もう私の事嗅ぎつけて来やがったか」

 

店の中から人影が一つ、床に散らばったガラスの破片をジャリジャリと踏みながら出てきた。

 

その人影がいよいよ外に出て来た時、上条の目は大きく見開く。

 

それはとてつもなく目立つ外見の少女だった。

年齢は12才程度、黒い髪は肩甲骨の辺りまで伸びているが、アクセントの為耳元の髪だけは金色に色を抜かれていた。

服装もまたパンク系と呼ぶべきか、小柄な体を締め付ける様に黒い皮と鋲で出来た衣装を身に付けている。

その服の上には袖を通さず、フード部分だけを頭に引っ掛けって羽織っているだけの白いコート。

そして左小脇に抱えたイルカのビニール人形が、異様な恰好とは別のベクトルで違和感を与えていた。

 

そして何より、あの少女の顔は先程信女が持ってきた紙に貼ってあった写真と瓜二つ。

という事は……

 

「もしかしてアイツが……!」

 

上条がテーブルの下で小声で呟いていると、背後か大勢の人々が逃げ惑う中、逆に彼女の方に歩いていく集団が

 

「やっと見つけた、”黒夜海鳥”」

「!」

 

顔を上げるとそこにいたのは少女を前に隊士達を率いる信女の姿がすぐ近くにあった。

無表情かつ淡々とした口調で、彼女は目の前にいる少女を黒夜海鳥と呼んだ。

 

そう、この少女こそが見廻組の標的、研究施設で大量虐殺を行った黒夜海鳥その人である。

 

「大人しく一緒に来て、抵抗するなら死んでもらう」

「お前の顔、気に入らないな」

 

右手に持つ長刀をいつでも抜けるように鞘の下に親指を当てて態勢を取る信女に対し

黒夜という少女は全く怯えもせず、僅かに目を細めて睨むだけ

 

「その仏頂面見てると”アレ”を思い出すんだよ、今すぐその顔剥ぎ取ってくれたら嬉しいんだが?」

「なら何も見えない様にあなたの目を取ってあげる」

「ハハ、私の好みの答えだ、けど」

 

冗談でなく本気で目を取りに来そうな雰囲気を放つ信女に黒夜は僅かばかりの好感を持つが

 

「悪いんだけどね幕府の白犬さん、私は連れてかれるのも殺されるのもゴメンだ」

 

そう言って彼女が不敵に笑う中、上条はふとある事を思い出していた。

 

(そういえば吹寄は店の中に……! アイツ無事なのか!?)

 

先程トイレに行く為に吹寄はこの店の中へと入っていった。

チラリと上条は店内を見ると、見廻組だけでなく、他の一般客や店員も傷付いた様子で倒れている。

 

(相手が一般人だろうが関係ないってか……吹寄は一体何処に……)

 

黒夜と信女が睨み合ってる間にコッソリ店の中に入って彼女を捜しに行こうかと上条が思ってた矢先。

 

黒夜が動き出す。

 

「今までずっとこの街の闇で奴隷の様に働いてたんだ、たまには大手を振って日の下を歩くぐらい見逃して欲しいんだがね」

「……」

「だからそこどいてくれよ、ほら」

 

スッと彼女は右手で強く掴んでいたモノを信女に見せつける。華奢な腕にも関わらず、その手に持っているモノは地面に着く程大きい。

 

 

しかしそれを見て最初に反応したのは信女ではなく上条の方であった。

 

「お、おい……嘘だろ……!」

「大正義であられる幕府のワン公でもさすがにわかるよな? ”人質”ってモンを前にして取るべき行動って奴を」

 

黒夜が持って見せたのは

 

 

 

 

 

 

長い黒髪を床に垂らし、彼女に首根っこを掴まれたままぐったりとしている少女であった。

 

 

 

 

 

 

「コレの首がへし折れる前に道を空けろ、それともコレ見殺しにして私の目玉えぐりに来るか? どっちでも私は一向に構わないよ」

「吹寄ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

咄嗟に目の前で捕まり人質とされている少女の名を上条は叫ぶ。

 

上条当麻は黒夜海鳥がどんな事情で見廻組に追われているのかも、どんな過去があるのかも知らない。

 

しかし彼女がその手に掴んでいる命を奪わんとするならば

 

怒る理由としては十分であった。

 

「てんめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「あん? なんだ急に、まさかコレの連れか?」

「……」

 

テーブルから身を乗り出して立ち上がって来た思わぬ一般人の登場に

 

黒夜は彼を見て首を傾げ、信女はただ無言で彼を見つめる。

 

場違いにも程があるかもしれない、相手が悪すぎるかもしれない、しかし上条とってはそんな事など知った事ではない、ここで彼が最初に行うべき行動は

 

「今すぐその汚ねぇ手をそいつからどけろクソガキ!!」

 

今にも噛みつきそうな勢いで黒夜に向かって怒声を上げる事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教えて銀八先生

 

「はい、お答えしまーす、まず一通目、八条さんからの質問」

 

『神裂さんの中で数々のトラウマをランキング3としてまとめたら一位、二位、三位はどんな感じになりますか?』

 

「えー三位は目の死んだ天パの男と短髪少女に絡まれた事、二位はマガジン買いにコンビに行ったら速攻店員に通報された事、一位は物凄く顔が怖い頭に花が咲いてる天人と遭遇した事らしいよ」

 

「二通目、はぐれメタルさんからの質問」

 

『上条側のヒロインは現段階では吹寄さんと神裂さん、オティヌスなのですか?』

 

「はい、今の所はそいつ等もヒロインの一人です、それと銀魂キャラにも一人ヒロイン候補がいるんだと、誰でしょうね、坂本かな? 見廻組の局長かな? 個人的には屁怒絽にして欲しいと先生は思ってます」

 

「それじゃあ質問コーナー終わりまーす」



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第六十六訓 ただ返してもらうがために

時に人という者は何かを護りたい時にメリットやデメリットも考えず、ただ感情という理念だけで行動に移る者がいる。

それは今ここにいる上条当麻も同じであり、彼はただ目の前で起こった事に怒りに身を任せて立ち上がった。

 

目の前でクラスメイトが人質にされてしまった事に、彼は我慢できなかったのだ。

 

「そこのパーカー着てる奴! 吹寄を離しやがれ!」

「あー……えーと、どなた?」

 

激情のままこちらに突っ込んで来そうなぐらいの気配をかもしだす上条ではあるが。

 

右手に気絶している吹寄を引きずるように持っていた黒夜海鳥は目を細めて首を傾げるだけ

 

「悪いけど今立て込んでるから、一般ピーポーの相手してるヒマないんだよこっちは」

「テメェにその気が無くても、俺にはちゃんとした理由があるんだよ」

 

彼女の目には上条に対して敵意も殺意も無かった。それはごく単純な理由、彼女は上条の事など敵とすら見ていないのだ。

そんな全く眼中にしていない様な態度を見せる彼女に対し、上条は一歩前に出て右手を構える。

 

「テメェを許さねぇからぶん殴るっていう確固たる理由がな!!」

「もしかしてこの女の男かなんかか? やれやれ適当に選んだモンにこんないらんオマケが付いていたとは……」

 

ガラスの破片が散らばった地面を蹴り、上条は遂に黒夜目掛けて走り出し、彼に対してめんどくさそうに黒夜がため息を突いていると

 

不意に彼女の前方から上条とは別の者が一気に詰め寄る。

 

「悪いけど、ここで仕留めさせてもらう」

「こっちはこっちで人質いても容赦なしか……ハハ、お前等私と同じぐらいイカレてるじゃねぇか」

 

上条に気を取られてる隙にこちらを斬りに来たのは見廻組副長、今井信女。

手に持った長刀の鞘を握り、居合い切りの構えで黒夜との距離を縮めていく。

 

人質よりも任務を優先しようとしているのか、そんな彼女に対し黒夜はうろたえもせずにただ口元に僅かばかり笑みを広げ

 

「だったら両方相手にしてやるよ、一回だけな」

 

そう言って彼女は右手に掴んでいた吹寄をパッと離したと思えば、左手を突っ込んで来る上条に、右手を目の前にいる信女に向けた。すると

 

「そしてその一回で死んどけバカ共」

「!」

「な!」

 

彼女の両手から何やら得体の知れない気配が噴き出した事を二人はすぐに悟った。

 

それはまるで槍の様な……

 

しかしそう認識すると共に、その槍は二人目掛けて

 

ゾン!!っと地面を荒々しく抉りながら突っ込んで来た。

 

「これは! チッ!」

 

原理はわからないが黒夜の能力なのであろうか、3メートルはある長い槍に対し上条はすかさず自分の右手を突き出しすと、その槍と右手がぶつかった瞬間、槍は瞬く間に粉々に砕かれた。

 

「へぇ」

 

自分の槍がいとも簡単に砕かれた事に黒夜は少々驚いたかのように目をパチクリさせるが、その表情には自分の攻撃を打ち破られて歯がゆそうに苦悶の表情を浮かべるという気配は微塵も無かった。

 

そして上条と同様に彼女から原理不明の槍を撃ち出された信女はというと

 

「あなたの能力は既に見廻組が調べているわ」

 

表情一つ崩さず、地面さえも抉るその槍に対し長刀を鞘から引き抜いたその時、槍は先っぽから縦に裂けて真っ二つにななったまま信女の両脇の地面を粉砕する。

 

居合い切り一つで黒夜の扱う槍を斬ったという事だ。

 

「あなたの能力名は窒素爆槍≪ボンバーランス≫」

 

黒夜と対峙したまま刀をチンと鞘に収めつつ、信女は涼しい顔で呟く。

 

「細かい部分は忘れたけど、窒素で出来た爆発する槍を手の平から精製し操作出来る能力とあなたがいた研究所にあった書類に書かれていた」

「忘れたって酷いにゃぁ、これでもレベル4としては上物クラスの能力者なんだよ私」

 

傷付いた素振りも微塵も見せずに黒夜はニヤニヤと笑いかける。どうやらまだ奥の手がありそうだ。

彼女の能力、窒素爆槍はまだまだこんなモンじゃない。

 

「しかし私の能力をこうもあっさりと対処出来たのはちとムカついたな、特にそこのツンツン頭」

「あ?」

 

信女から目を逸らして黒夜はまだ右手をこちらに向けている上条の方へ振り返る。

 

「一体何なんだその右手は? 能力の一種か? 私の窒素爆槍をあっさりと打ち消す能力など聞いた事ないが?」

「お前にいちいち説明するつもりはねぇ、痛い目見る前にさっさと吹寄を解放しろ」

「いやいやちゃんと教えてくれよ、その右手にはちと興味があるんだ、前に研究所で聞いた事があってな」

 

どうやら上条というより彼の持つ幻想殺しに関心を抱いたらしい。

人質を返せという上条の要求も無視して彼女はその右手の能力について思い出す。

 

「学園都市に巣食う闇には他の者と一線を引いた強大な存在がいると、それはいかなる異能の能力も利かない力を持っているとな、もしかしたらお前のその右手もそれと同じ類のモノか? もしそうであれば私にとってはまたとないチャンスなんだが」

「何言ってるかさっぱりわかんねぇよ! いいからさっさと吹寄を返せつってんだろ小娘!!」

「さっきから同じ事をオウムみたいに繰り返しやがって、これじゃあ話にならねぇや、仕方ない……」

 

何度問いかけても彼が同じ台詞しか吐かない事に黒夜はイライラすると、床に落としていた吹寄を再度拾って空いてる左手を地面に向ける。

 

「なあツンツン頭、私は久しぶりにシャバの空気が吸えて機嫌が良い。だから特別にお前と遊んでやろう」

「遊ぶだと……?」

「ガキなら誰もがやってる遊びさ、私も良く研究所で遊んでいたよ、そん時私はもっぱら”鬼役”だった、アレは中々楽しかったなぁ……」

 

怪訝な様子で顔を強張らせる上条にニンマリと笑うと、黒夜の左手からバシュッ!と窒素が噴き出し

 

「さあ鬼ごっこのスタートだ」

「!!」

 

その勢いに乗せて吹寄を担いだ彼女は空中へとロケットの様に発射された。

窒素を操るとは信女も言っていたが、まさか攻撃するだけでなくこういった使い方もあったとは……

 

「今回は特別にお前に鬼役を譲ってやる、学園都市内を逃げ回る私を捕まえてみろ。もし捕まえきれなかったらこの人質をミンチにして街中にばら撒くぞ」

「ま、待て! 吹寄を返せ!!」

「制限時間は日が落ちるまでだ、せいぜい死に物狂いで追いかけてみろ、アハハハハ!」

 

上空で高笑いを浮かべた後、黒夜はそのまま近くのビルへと飛び降りる。そしてまた能力を使って更に高いビルへと昇って行く。

 

こちらに背を向け行ってしまう黒夜を目で追いながら、上条は奥歯を噛みしめ悔しそうに顔をゆがめる。

日が落ちるまでもう3時間も無い、間に合わなければ吹寄を殺すと言っていた。

何も関係ないただの一般人である彼女を……

 

「クソったれ! 待ってろよ吹寄! 今すぐに!」

「副長!」

「え?」

 

残念ながら上条は空を飛ぶ事な出来はしない、常識的に考えれば追いつけないかもしれないが。そんな事を考えてる猶予も無い、上条は急いで後を追いかけようとするが、彼よりも先にダッと駆け出す者が一人。

見廻組の隊士が叫ぶ中、信女が一人黒夜を追いかけ始めた。

 

「アンタ!」

「あなたの役目は無い、さっさと消えて」

「!」

 

上条とすれ違いざまに信女は冷たく言葉を投げかけた後、黒夜が降りていたビルに足を掛けて身軽な身体能力で昇り始める。

 

まさか能力も使わずにその身だけで黒夜を追いかけるつもりなのだろうか……

上条も確かに朧に鍛えられているのでそれなりの身体能力はあるが、さすがにあそこまでの芸当を真似する事は出来ない。

 

「……」

「やれやれこりゃあさすがに笑えん状況じゃのぉとんま」

「坂本さん……」

 

途方に暮れている様子の上条に後ろから話しかけたのは坂本辰馬であった。

後頭部を掻きながら苦笑しつつ、彼に歩み寄る。

 

「で、どげんする気じゃ? 大人しくあのキツイネェちゃんの言う事聞いて家にでも帰るか?」

「……」

「あの嬢ちゃんの事ならきっとネェちゃんが助けてくれるじゃろうて、そもそもこういうモンは警察に任せるのが至極妥当な考え、わし等が出る幕は無いのが当たり前じゃきんの」

「坂本さん」

「ん? なんじゃ?」

 

坂本の意見ももっともである、こういった物事を解決するのは警察の役目だ。

一般人、ましてやただの高校生でしかない上条当麻が介入するなど無茶にも程がある。

だが上条は彼の話を無言で聞き終えるとゆっくりと振り返る。

 

「アンタ確か宇宙船で商いをしてるって言ってたよな」

「おう言うたな、それがどうしたんじゃ」

「天人との交渉とかもするんだよな?」

「まあの、連中相手だとちと大変じゃが、そこはわしの超越したコミュニケーションでなんとか上手くやってるぜよ」

「宇宙船ってことはあんた自身も宇宙船を操作出来るんだよな?」

「おいおい誰に言うとるんじゃおまんは、船の操作であればわしの右に出る者はおらんわい」

「……なら、ちょっくら頼みがあるんだけど」

 

自信満々の態度で親指で自分を指す坂本の言葉を信用し、上条は腹をくくってキッとした目で口を開いた。

 

「今すぐ俺と一緒にターミナルで買い物して欲しいんだ」

「……ほほぉ、それはとんま、まさかおまん……」

 

ターミナル、学園都市の中心部に置かれたこの街と宇宙を繋ぐ宇宙船基地だ。

あそこに行きたいという事は上条はまだ……強い眼差しでこちらを見つめてくる彼に、坂本は思わずフッと笑ってしまった。

 

「よもや商人であるわしに損のする買い物させるつもりじゃなかろうな、商人は他人の財布を緩める事は好きじゃが、自分の財布から金を出すのはトコトン渋る生粋のケチもんじゃぞ?」

「もちろん損はさせねぇよ、アンタがやってくれた暁にはそれ相応の報酬を見せてやる」

 

どうやら坂本は上条の意図が読めたらしい、徐々に口下の笑みを広げる坂本に対し上条もまたニヤリと笑った。

 

「あの生意気で思い上がっているクソガキが思いきり痛い目に遭う所を特等席で拝ましてやるから」

「ほほう、それはまさに女房を質に入れてでも買いたい品……よし」

 

上条の言う報酬に坂本は満足げに笑うと、スッと右手を差し伸べる

 

「契約成立じゃ」

 

彼の右手に上条もまた自分の右手を伸ばし強く握る。

 

黒夜海鳥は知るであろう。

 

上条当麻と、そして坂本辰馬のデタラメな鬼ごっこを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれから数時間後の事である。

外はすっかり日が落ち始め、タイムリミットもすぐそこまで来ている。

 

そんな中、黒夜は以前吹寄を抱えたまま信女の追走から逃げていた。

 

「しつこいねぇ、何時までついてくる気だ?」

 

少々疲れた様子で黒夜は息が荒くなってるのを感じながら民家の屋根に飛び乗る。

後ろに振り返ると誰もいない。

 

「やれやれやっとこさ撒いたか……と思わせておいて!」

 

おもむろにバッと頭上を見上げると、彼女の視線の先には上から刀をこちらに突きつけたまま落ちて来る信女の姿が

 

すかさず黒夜は身体を横に翻すと、信女の長い刀は民家の屋根に深々と突き刺さった。

 

「何時まで逃げる気なのかしら」

「それよりもこの家の人に超迷惑かけてね? 警察が市民の家ぶっ壊していいと思ってんの?」

「私の仕事はあなたを捕まえる、もしくは殺す事」

 

屋根から刀を抜きながら信女は感情のこもってない口調のまま、非難の声を上げる黒夜に返事する。

 

「例え家が壊れようが、あなたが手に持ってるその人間が死のうが私にはなんの支障もない」

「……ハハハ、コイツは参った、薄々勘付いていたがお前」

 

信女自身は周りに被害が及ぼうが関係ない、ただ目の前にいる黒夜海鳥を追いかけ、仕留める。

それだけが今彼女を動かしているのだ。

まるで機械の様に感情の無いその行動原理を垣間見て、黒夜は面白そうに笑いかけた。

 

「完全に私たち側の人間だろ? 警察の格好して誤魔化してはいるが私にはわかるんだ、なにせお前の体には血の匂いがあまりにもこびり付き過ぎている」

「……」

「自分の感情を持たずに誰かの命令の下に淡々と動く人形、傑作だ、同じ様な人間なのにお前は街を護る正義のお巡りさん、一方私はただのクソったれな悪党、さすがに不平等すぎるだろこんなの」

 

嘲笑を浮かべながら黒夜は手から窒素を噴出し逃げ始める。

それを信女は無言で追う中、黒夜が何処に向かって進んでいるのか読めて来た。

 

「……あなたのいた研究施設」

「お、なんだもうわかったのか」

「狙いは何かしら?」

「心配ないよ、ただ”全部ぶっ壊すだけ”だ」

 

民家が密集した住宅地を乗り越えて、辿り着いた先はかつて黒夜が長い間暮らしていた研究施設。

その屋上に辿り着くと黒夜は一息ついて追いかけてきた信女の方へ振り返る。

 

「ここの研究員共をぶち殺してやった時に一緒に壊しておけば良かったよ」

「それであなたの心が晴れるというの、たかがこんな場所壊したからって似たような施設はこの街にいくらでも存在する」

「ああ、だからここをぶっ壊したら手当たり次第にぶち壊しに行く、けどここを壊す前に」

 

ヘラヘラと笑いながら黒夜は信女を指差す。

 

「お前には私の遊び相手になってもらう、せいぜい死なねぇように必死こいて生き延びてみろ。朝まで生き延びたらその実力を認めて仲間にしてやっても構わんよ」

「だから子供は嫌い……」

 

やはりどれ程の恐ろしい能力を持っていようが黒夜は12才程度の子供だ。

自分が気に食わないのであればそれを壊し、欲しいモノなら力づくで奪い取ろうとする。

他人の事など気にも留めずにただ自分の為だけに行動する、そのいかにも幼稚な性格に信女がウンザリしてる中

 

黒夜はふと肩に掛けていた吹寄をチラリと見る。

 

「あのツンツン頭の方も気にはなっていたが結局追いかけてこなかったか、タイムリミットだ」

 

気を失っている彼女を脇に捨てると黒夜は手の平に彼女に向ける。

 

「コレも用済みだ、まあアレだ、気を失ってる間に死ねるんだからまだマシだろ」

 

そう言い残して黒夜が手の平から窒素の槍を吹寄目掛けて放とうとしたその時

 

「!」

 

突然右腕に激痛が走る、何が起こったかわからない黒夜は一瞬目を見開き自分の右腕をまじまじと見つめると

 

いつの間にか自分の右腕の関節付近に深々と長い針が突き刺さっていた。

 

「っつ……!」

「おいガキンチョ」

 

痛みに堪えながらすぐにその針を引き抜く黒夜の頭上から、不意に数時間前に聞いたばかりのあの少年の声が飛んでくる。

 

「まだ時間切れじゃねぇだろ、焦るなバカ」

「な!」

 

見上げた先にあった光景に黒夜は初めて驚きの声を上げた。

 

自分のいる場所より数メートル程上に浮かぶは小型の飛行船、そしてその船の船首に立ってこちらを見下ろしているのはあの上条当麻。

 

「ま、間に合った……いくら飛行船でも探すの大変だったぜ……」

「飛行船……! お前一体そんなものを何処で」

「ちょっくらターミナルで買って来たんだよ、お前見つける為にわざわざ」

「はぁ!?」

 

飛行船というのはいかに小型であろうがその高い利便性ゆえに軽く億は超える代物だ。

そんなモノ一体どうやって……黒夜が疑問を浮かべると上条のいる飛行船の中から別の男の声が

 

「おいとんま! この船ば買ったのはわしぜよ! 何自分のモンみたいに言うておるんじゃ!」

「いやいいだろ別に……」

「全く! こないな地球でしか扱えん飛行船をば買ってしまった事が陸奥の奴にバレたらわしは……オロロロロロロロロ!!!」

「げぇ! また吐いたぁ! コレで何度目だアンタ!」

「ご、ごめん船乗ると条件反射で酔って吐いてしまうきに、いつも酔い止めの薬ば持っとるんじゃが忘れた……」

「アンタ本当に船乗り!?」

 

操舵室で窓を開けて現れたのは坂本辰馬、だがすぐにビチャビチャと空の上から下に向かって吐瀉物を撒き散らす。

どうも船酔いが酷いらしく、船を操るだけでもやっとと言った感じだ。

そんな彼に上条はツッコミを入れた後、再び船の上から研究施設の屋上にいる黒夜の方へ振り返る。

 

「さてと、こっちに飛行船がある限りもう逃げられねぇぞ、ってゲッ!」

「……」

 

上条は下を見下ろしながらヤバいっと言った感じで血の気が引く。

つい先ほど坂本が吐いた吐瀉物が

 

見事に黒夜の顔面にクリーンヒットしていたみたいで、彼女の顔面はあろうことかモザイクまみれになってしまっていたのだ。

 

「あ、あの~お嬢さん……さすがにそれはわざとやった訳ではありませんのよ……」

「……殺す」

 

顔面に撒き散らせた坂本の吐瀉物を腕で拭い落しながら、黒夜は初めて殺意の込めた言葉を上条にぶつける。

 

「完全にトサカに来ちまったよ、ここまでナメた態度取られちまったらこっちも本気で殺しにいかねェと気がすまねェ」

「いやそれ吐いたの俺じゃなくて坂本さん! だ~もういいや! 坂本さん降ろしてくれ!」

「よし任せるぜヴォロロロロロロロロロロ!!!!」

「返事しながら吐くな!」

 

吐きながら坂本は飛行船を降下、そしておく上条は船頭から飛び降りて黒夜と信女のいる屋上へと着地する。

そして着地際に上条はチラリとこちらを無表情で見つめる信女の方へと振り返り

 

「えーと……大丈夫ですかねぇ」

「……どうして来たの?」

「へ?」

「私が来るなと言ったのに」

「……すみません、けど」

 

相も変わらず冷たい、というより心なしか少々怒っているような気もする。

こちらをジッと見つめる信女から目を逸らしながら上条はアハハと頬を引きつらせ笑った後

 

「大事なクラスメイトが攫われたのに、ノコノコと帰る訳にはいかないんでね」

「……」

 

そう言って上条はこちらに背を向けて黒夜と対峙する。

信女は何も言わずそんな彼をずっと見つめるだけであった。

 

「さてと、テメェは何度も聞いてるから聞き飽きてると思うが、俺は何度だって言ってやる」

 

黒夜が興味を持つ右手を構えながら、上条は再び鋭い目つきで彼女を睨み付ける。

 

「吹寄を返せ、さもねぇと思いきりひっぱ叩いて泣かすぞ」

「クククク……クハハハハハハハハハ!!!」

 

上条に対し黒夜は噴き出すかのように笑うと、徐々にその笑い声が大きくなっていく。そして

 

「なァにヒーロー気取っちゃってンですかオマエはァ!! 平和に生きていたガキが学園都市の闇に手ェだしてタダで済むと思ってンじゃねェぞゴラァァ!!!」

 

彼女の口調が明らかに変わっていた、先程までの余裕綽々の態度から一変して荒々しい口調で威嚇する黒夜。

そして彼女がずっと左脇に挟んでいたイルカの人形中からゴボゴボと奇妙な音が鳴りだす。

 

「この忌々しい施設も! オマエの女も! 私にゲロブチかましたあの野郎も! そして何より一番ムカつく存在であるテメェ等二人を! まとめて全部ぶっ壊してやンよ!!」

「!!」

 

突如彼女が持っていた人形の中からバラバラと数えきれないほどの”何か”が、生まれるかのようにそこら一帯に撒き散らせた。

 

それはまるで関節球の付いた赤子の人形の腕の様な……

 

「腕? まさか……!」

「クックック……コイツはまだ試作段階で数も少ねェけどさ……オマエ等ぐらいなら訳もなく殺せる」

 

黒夜の周りにその腕の様なモノがマントの様に纏わり付く。

腕の数は十本どころではない明らかに百本以上はある……

 

ゾクリと上条は嫌な予感を覚える中で、黒夜は耳に届きかねない程ニンマリと笑いかける。

 

「さて、一体誰を泣かすっつうンですかねェ、ヒーロー様?」

「くッ!」

 

学園都市に眠る闇の真の恐ろしさはここからであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教えて銀八先生

 

「はぁーでは質問答えます、八条さんからの質問」

 

『今回の黒夜の襲撃は銀時編の時系列と合わせるとどこらへんの出来事なんですか?』

 

「銀さんが絹旗護るために真撰組とやりあった翌日の事です、つまりこの時銀さん達は入院中だったので、外で何が起こってたかなんて全く知りませんでした」

 

「はい質問終わり、はぁ~いい加減こっちでも出番くれねぇかなぁ……」

 

 

 

 

 

 



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第六十七訓 お前は誰だ

 

黒夜海鳥の能力は窒素爆槍。

手から放つ窒素を鋭き槍と化し、分厚いコンクリートでさえも風穴を開ける事の出来る戦闘特化型能力。

 

しかしそれには弱点がある、放つ箇所が手だけだという事だ。

 

つまり黒夜の能力は同時に二つしか放つ事が出来ない、それならばギリギリのタイミングで避けて距離を詰め、カウンターをお見舞いすれば勝機はあるのかもしれない。

 

だがそれは彼女の腕が二本だけの話である。

 

今彼女の周りには無数の「腕」が空中にばら撒かれたまま、こちらに手の平を向けていた。

 

「オイオイマジかよ! 洒落にならないだろさすがに!」

「あなたはあの子を連れてさっさと逃げて」

「え?」

 

黒夜はまるで自分の腕を扱うかのように自分を取り囲む腕を操っている。どういう原理かはわからないがアレもまた彼女の体の一部の様なモノらしい。

 

身構える上条ではあるが、隣に立っていた信女は彼の肩に手を置くと

 

「私がしばらくアレを惹きつけるから」

「おい待てよ! あんなの一人で食らったらさすがに刀一本で防ぎきれるレベルじゃ……!」

「勘違いしない欲しい、あなたの事を気遣ってるんじゃない、あなたがここにいたら私の邪魔になるから」

「!!」

 

相も変わらず無表情でそう言うと信女は少々強く上条の肩に力を入れて横に飛ばす。

そしてその時、黒夜が使役している大量の腕が一斉に光り出す。

 

「鬼ごっこはお終い、お次はシューティングゲームだァ!」

 

無邪気に笑みを浮かべながら黒夜はピッと本来の自分の腕を信女に向けた途端、周りの腕と共に勢いよく窒素の槍が放たれる。

 

 

異様な光景であった、飛行船からそれを見ていた坂本も吐き気を忘れて呆然とした表情でそれを見下ろす。

 

何十、いや何百本もの槍が同時に前方に向かって発射されていくのだ。

 

「アレが能力者、ほんにわし等と同じ人間なんか……?」

 

能力者の戦いを間近で見る機会はなかった坂本にとってはそれは映画でも見る様な感覚にも思えてしまう、しかしコレは映画でもなくアニメでもない、正真正銘現実の光景だ。

 

「いつ……!」

 

間一髪で信女に横に飛ばされて、直撃は免れた上条。転びつつも幸い槍はギリギリ避けられたが

 

「チィ!!」

 

避けれたといってもこちらに逸れて飛ぶ槍は難十本もあった。上条は目を動かしながら一本一本右手で打ち消そうと奮闘するのだが

 

「ぐぅ!!」

 

突然膝に激痛が、恐らく躱しきれなかった槍が膝を貫いたのであろう、しかし今の上条には患部を見る暇もない。

一本一本が、天から落ちる雨の様に一気に押し寄せてくるのだから

 

「これがレベル4……!? レベル5の間違いだろ!」

 

膝から来る灼熱の痛みに身悶えしたい衝動を無理矢理抑え込む為に上条は必死に奥歯を噛みしめる。

なんとか急所だけは当たらぬ様、最悪急所以外であれば刺さっても構わないという気構えで上条はなんとか右手で打ち消していく。

 

(何時になったら終わる……)

 

数秒程度の事が数時間にも思えるぐらい槍の攻撃は収まらなかった、もはや痛みは膝だけではない。顔を掠めた箇所、右肩、左腕、様々な場所から痛みが連鎖反応するかのように発生しだす。

 

そしてようやく槍の攻撃は終わった頃には

 

「フゥー……! フゥ……!」

「あらら、どうしたのボク? 大層な台詞ほざいてた割にはその程度なんでしゅか~?」

 

倒れそうになりながらもなんとか意識だけは保つ上条、猫撫で声で黒夜が挑発しているみたいだがその言葉を聞く余裕もない。

息を荒げながらなんとか呼吸を整えようとしながら、上条はふと横の方へ目をやると

 

「!」

「しかし意外だな、二人揃ってまだ立っていやがったとは」

 

黒夜が少々面白くなさそうな表情をしているが上条は驚いて目を見開いていた。

上条になるべく標準を向けられないよう吹っ飛ばした張本人である信女もまた傷だらけでありながら立っていた。

右手に長刀、左手には脇差を携えて

 

彼の様に異能の力を打ち消す右手もあるわけではない、更に攻撃の余並程度しか食らってない上条と違って彼女は正面からモロに直撃したはずだ。まさかその手に持つ長刀と脇差だけで攻撃をなんとか防いだというのだろうか

 

しかしそのダメージは見た目以上に深刻だったようだ。

 

「く……」

「っておい! 大丈夫かアンタ!」

「あ~あ、やっぱ普通の人間じゃ無理だったか~」

 

体に風穴は開いてないモノの、体中のあちらこちらに切り傷を作り頭からもかなりの血を流している信女。

表情に変化は無いものの、遂に彼女は立っていられるのも限界だった様子で、その場に片膝を突いてしまう。

 

自分の痛みも忘れて上条はすぐ様彼女の下へ駆け寄る。

 

「オイしっかりしろよ! ていうかさっきなんで俺を突き飛ばして自分を囮にする様な真似を……!」

「……いいから逃げて」

「バカ野郎! こんな状態のアンタを置いて逃げれるか!」

「あなたはもう……いや」

 

自分もまたボロボロの状態にも関わらず信女を気遣い、この場から立ち去れという再々の彼女の命令も頑なに拒否する上条。

そんな彼に信女は何か言おうとするがすぐに躊躇し、続きの言葉を口の中に飲み込む。

 

そしてそんな状況下でも黒夜の攻撃は止まらない

 

「第二ステ~ジ」

「!」

「両端をご覧くださァ~い、あなた方の最期を彩る豪華絢爛のプレゼントが今すぐお出迎えしァま~す」

 

バスのガイドでもしてるかのように流暢に語りながら黒夜の持つ大量の腕はいつの間に自分達を囲む様に両端に設置されているではないか。

 

「それでは発射オ~ライ♪」

「デタラメ過ぎるだろ!」

 

今度は両端から自分達を挟み撃ちにする為に分散させて来たではないか、上条は信女に肩を貸しながらなんとか立ち上がらせる。

 

「お互い健在なら背中合わせてなんとか防ぎ切るって手もあったんだけどな……俺一人じゃ前は打ち消せても後ろは……」

「とんまァァァァァァァァァ!!!」

「坂本さん!」

 

信女はまだ回復しきっていない、今すぐにこんなものを発射されてはもう打つ手は……

しかし困り果てた上条の下へ空から坂本が雄叫びを上げながら飛行船を巧みに操作して近づいていく。

 

「船の代金はいずれおまんに払ってもらうからの!」

「な!」

「男・坂本辰馬! ヤマトとと共に行っきまーす!!」

 

そう叫びながら坂本は飛行船を操作して黒夜が両端に配置した大量の腕がある片方目掛けて一気に突っ込む。

 

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「チッ、あのゲロ吐き野郎が……!」

 

能力を放つ事は出来るが腕そのモノの力はあまりない様子。飛行船が直撃すると、そのまま船と共に腕も一緒に下に落ちて行ってしまう。

 

「わしが出来る事はこれぐらいじゃ、後は頼んだぜよ”当麻”」

「アンタって奴は……チクショウどいつもこいつも無茶振りしやがってぇ!!」

 

ゆっくりと墜ちていく際に運転席からこちらに敬礼して腕と共に消えていく坂本。

そんな彼に感謝しつつ上条は信女に肩を預けたまま撃墜されていない残った腕の方へ右手を突き出しつつ。

 

「それもこれもテメェのせいだクソガキィィィィィィ!!!」

「テメーから首突っ込ンだクセに被害者ヅラすンじゃねェボケ!!」

 

こちらに向かって特攻に近い形で一気に突っ込もうとする上条だが、信女に肩を預けているので思った以上に早く進めない。

黒夜は反論しつつ、指をパチンと鳴らす。

すると側面からまたもや大量の槍が

 

「せめてこの人だけでも……! ふぐぅ!!」

「いい加減死ねよテメェ、目障りなんだよ」

 

冷たい言葉を上条に浴びせながら黒夜はフンと鼻を鳴らす。

坂本のおかげで片方から発射されなかったが、やはり自分目掛けて飛んでくる槍を右手一本で防ぐには限界がある。

 

身を挺して信女に当たらぬよう庇いながら、上条は回避と右手を使いながら懸命に耐え切ろうとする。

 

既に片膝だけでなく両膝がモゲたかのような痛みも走っている、立つ事でさえ苦痛だ。

 

そして長い攻撃が終わった時にはもう

 

「いっつぅ……じゃ済まねぇなコレ……」

 

自分が生きてる事さえ不思議に思うぐらい体はもう限界に達していた。

未だかつてここまで手痛い目にあった経験は無かった、あの朧との修行の時でさえ死ぬ様な目には遭ったものの、自ら死を覚悟するぐらいまでの重傷を負わす事は彼はしなかった。

 

正真正銘の殺し合い、義理人情など無い純粋に多大の血を奪い合う。

コレが学園都市の真の闇なのだと意識が遠のく中静かに悟る。

 

そして遂に上条は力尽き、信女を抱いたままバタリと地面に倒れてしまうのであった。

 

「く……」

「なーンだ、その右手がなンなのか知りたがったが、これしきの事で死んじまうならいらねェや」

 

こちらは立つ事さえ出来ない重症、一方黒夜は全くの無傷。

勝利を確信した黒夜はやれやれと首を横に振りつつ、ふと自分の真横で倒れている吹寄が視界に入った。

 

それを見て黒夜はまたもや面白い事考えたと言った感じでニヤリと笑みを広げる。

 

「そういやこの女を人質にしたせいで余計なモンまで出て来やがったンだよなァ、じゃあ私はコイツのせいで無駄な力を使っちまった訳だ」

「……」

「ならコイツには私に無駄な時間を費やせた責任を取ってもらわンといけないねェ……」

「!」

 

未だ目を覚まさない吹寄に目をやりながら黒夜が何か言っている事に気付くと、上条は薄れる意識を無理矢理起こさして顔を上げる。

 

その時彼が見た光景は

 

無数の腕が横になっている吹寄目掛けて手の平を向けていた。

 

「や、止めろ! そいつは何も関係ねぇだろ! 俺が気に食わないなら俺を!」

「あァ気に食わないよ~、だからオマエの前でテメーの女を殺したらどンな顔するか見ておきたいンだよ、この女が真っ赤な肉片だけになったらオマエはどうなる? 怒るか? 悲しむか? それともいっそ狂ってしまうか? さてさて一体どうなるのやら楽しみで仕方ないよぉ~」

「チックショウ! 動け! 頼むから動いてくれ!」

 

もはや声さえ出す事も辛い、目の前で吹寄が彼女にとって串刺しになりかけているというのに、上条は動けない己自身に腹が立って仕方なかった。

 

全身がズタボロ、立つ事も出来ない自分にどうすれば彼女を救えるのか。

 

(これで本当におしまいなのかよ……目の前の女の子一人助けれずにこのまま……ん?)

 

そんな事を考えながら上条は自分の横で起き上がろうとしている信女に気付く。

彼女もまた上条と同様重傷を負っているのだがまだ諦めていない様子、しかし起き上がろうとする途中でまたもや力尽きてガチャンと手に持っていた刀を落として倒れてしまう。

 

「……私はまだ負けていない……」

「アンタ……」

 

まるで自分に言い聞かせてるように呟く信女に対し上条が何か言おうとしたその時、彼は目の前にあるモノが落ちている事に気付いた。

 

それは先程彼女が落とした刀の内の一本、脇差し。

 

「……刀」

 

その刀を見て上条は何か奇妙な気持ちになった。

 

(なんだこの感じ……刀なんざ扱う事さえ出来ないのに……)

 

朧は色々な戦闘技術を教えられたが唯一刃物を扱う修業はしてくれなかった。

ゆえに上条は刀など使えるどころか握った事さえない。

 

(なのになんでこんなに懐かしく思えるんだ……この感情は本当に「俺」のモンなのか……?)

 

しかし何故だろうか、上条の右手は自然とその刀の方に吸い寄せられるように伸びていた。

 

もはや指一つまともに動かす事さえ出来ない状態であったのに、まるで「別のナニか」が勝手に自分の体を動かしているような感覚が……

 

(これを手に取ったら「俺」はどうなる……)

「!」

 

自分の刀に手を伸ばそうとしている上条を見て倒れたままの状態で初めて信女の表情が変わった。

目を見開き、ヤバいといった感じで彼を止めようとするが

 

「駄目……! く!」

 

しかし体が動かない、その事に本気で焦っている様子でいる信女をよそに

 

上条の右手はみるみる彼女の刀に手が届いて……

 

(どうなったっていい……)

 

ガシッと力強くその鞘を握り締めた。

 

(吹寄さんやこの人、それと坂本さんも護れることが出来るなら……)

 

 

 

 

 

(「俺」を捨てて「私」になろうが構わねぇ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれと同時に、黒夜は倒れている吹寄をニヤニヤと眺めながらこの状況をいかに楽しめるか考えていた。

 

「ンーいっそこの女を起こしてこの絶望的な状況を見せてやるってのもありかな? なァどう思うそこの……」

 

ニコニコしながら今頃くたばっているだろう上条の方へ振り返ってみる黒夜、だが

 

「……どういう事だ」

 

彼女の笑みが一瞬で消えた、何故なら今そこで血まみれになって倒れていた筈の上条がそこにいなかったからだ。

そこにいたのは何故か絶句した表情で固まっている信女ただ一人。

 

あの状態の体で満足に動けるはずがない、黒夜は一体何処へ行ったのかと周りを見ようと思ったその時

 

「!」

 

突如吹寄に向けて放とうと準備していた大量の腕がズバズバッと目の前で斬り刻まれていく。

咄嗟に腕を使おうとする黒夜だが、彼女が気付くころにはそこにあった数十本は残っていた腕があっという間にざ残骸となり地面に落ちていく。

 

「ふざけンな、コレは一体……!」

 

何が起こっているのか理解出来ないでいると、スクラップと化した残骸の奥からキラリと何か輝く物が見えた。

 

黒夜が反射的にそちらに視点を向けた瞬間

 

「!?」

 

光っていた物の正体、それは信女が持っていた筈の脇差しの刃であった。夕日に照らされ輝くその刃はまっすぐとこちらに向かって来る。

 

「どういう事だ!」

 

自分が扱っていた他の腕達はまだ残っている、すかさずまたもや数十本の腕を背後の方で浮かせてそちらに目掛けて構えるのだが

 

黒夜が瞬きした間に、彼女の背後にあった腕達がまたもや一度に細切れにされてしまった。

 

「どういう事なンだよ! あァ!?」

 

何かとてつもなく嫌な感じがする、黒夜は義腕ではなく二本の腕を突き付ける。

 

こちらに刀を光らせたまま突っ込んで来る一人の少年に向かって

 

「死にかけだったオマエにどうしてこンな事が出来るンだよ!!」

 

額から焦りによって流れる汗を感じつつ黒夜が叫んだ相手は

 

先程まで瀕死の状態だった上条当麻だった。

彼は目を髪で隠しながら、右手に脇差しを持ったまま黒夜目掛けて駆け寄っていき、そして

 

「バカが! この近距離じゃもう避けれ……!」

 

窒素爆槍を避け切れない位置にまで突っ込んで来た彼をあざ笑いながら黒夜は両手から能力を発動しようとするが、何故か窒素の槍は上条に放たれなかった。

 

何故なら彼女が攻撃しようとしていたその時点で、既に彼女の両腕は他の義腕の様に宙を舞っていたのだから。

 

「がァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

自分の両腕が切断された、あまりの痛みに悲鳴のような叫び声を上げる黒夜の元に

 

脇差しに彼女の血を滴らせた上条がすぐ目の前に現れる。

 

「……」

 

刀を振った動作さえ見えなかった、この動き、完全に人間の域を超えている。

 

そして黒夜は積み重ねた戦闘経験をもとに本能的に悟る。

 

既にもう自分は狩る側ではなく

 

狩られる側なのだと

 

「なンなンだテメェはァァァァァァァ!!!」

「……」

 

黒夜の雄叫びに上条は何も答えない、その代わりに右手に持った脇差しを

 

「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」

 

彼女の右肩に深々と突き刺し、そのまま自分が馬乗りになった状態で地面に押し倒す。

 

「コイツは一体なンなンだ……! どうしてそンな体で……!」

 

上条に馬乗りにされたまま黒夜は彼の身体を観察する。

どう見てもまともに動ける状態の体ではない、C級映画のゾンビじゃあるまいし一体どうやって……

 

その時、黒夜はハッとした表情で思い出す。

学園都市の闇の奥深くには本物の怪物がいる。

どんな異能の力も通用せず

重傷を負おうがはたまた首を刎ねられようが

何事も無かったかのように蘇る「真の怪物」がいる事を

 

(もしかしてコイツがその……!)

 

黒夜が彼の正体がなんなのかわかろうとしたその時……

 

「ぶふぅ!!」

 

彼の振り下ろした右手による拳が彼女の顔面に振り下ろされた。

鼻の折れる音と前歯が数本欠ける感覚と共に

 

彼女はガクッと意識を失い、動かなくなった。

 

「……」

 

鼻と口から血を流しながら倒れている彼女を前にして、上条は彼女に突き刺してた刀を引き抜く。

 

そして右手に持ったその刀をゆっくりと彼女の首に……

 

 

 

 

 

 

「何やってんの上条……」

「……」

 

黒夜の首をそのまま刎ねようとした時、彼の背後から問いかける声が飛んできた。

どうやらこの騒動の中でようやく吹寄の意識が戻ったらしい。

変貌している彼の姿に戸惑いを隠せない吹寄、上条はその声を聞くとピタリと動きを止める。

 

「どうしてそんなボロボロに……それに貴様が押し倒してるその子……私がトイレに行こうとした時に突然店内で騒ぎだした子でしょ……一体何があったのよ……」

「……」

「と、とにかく早く病院行かないと貴様の体が! って上条何をするつもりなの!」

「……」

 

ずっと気絶していたので何が自分達の身に起こったのか混乱しているものの、上条が重症なのに気づきそちらを優先しようとする吹寄。

だがそんな彼女をほおっておいて、上条は再び倒れている黒夜に向けていた刀を動かそうとする。

 

「上条止めて!」

 

彼が倒れている少女にトドメを刺そうとしている事に気付いた吹寄は起き上がって止めようとする。

だがその前に彼女の前にバッとある人影が遮り、上条の背中に覆いかぶさる様に彼を抱きしめた。

 

 

 

 

 

「もういいのよ……」

 

上条を力強く抱きしめたのは、彼と同様かなりの手傷を負っている信女であった。

どうやら彼を止める為に渾身の力を振り絞って這いずりながらここまで近づいて来ていたらしい。

 

「”あなた”はもう、血の付いた刃を持たなくていいの……」

 

額から流れる血も吹かずにただ彼の耳元に語りかけるように言葉を繋げていく信女。

その光景に吹寄が目を奪われて固まっているのをよそに、信女は上条を一層強く抱きしめながら

 

「もう誰の命を奪う必要もない……それがあなたの望んだ道だったんでしょ、だから私は止める……」

「……」

「もう誰も……あなたに殺させやしない」

 

その言葉が彼の奥底にある何かに届いたのか、上条の右手に握られていた脇差しが静かに地面にチ音を立てて落ちた。それと同時に上条も糸が切れた人形の様にガクッと首を垂れる。

 

薄れる意識の中でそれを確認した信女は彼の背中に頭を乗せたまま

 

「それが”吉田松陽最後の弟子”である私の役目……」

 

最後に呟くと彼女もまた完全に意識を失い共に倒れる。

 

 

かくして黒夜海鳥との戦いは波乱に満ちた結果で幕を閉じる事となった。

 

 

勝者が一体誰なのか、それは誰もわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教えて銀八先生

 

「はいじゃあまず最初に言っておきますが今回でこのコーナー最終回です、理由は最後にわかりまーす」

 

 

「ではまず一通目「八条」さんからの質問」

 

『飛行船でなくても銀魂の世界のように空飛ぶ車(原作銀魂第1話で銀時と新八がお妙を追いかける為に警察の方のパトカーを拝借?して追いかけたあの空飛ぶパトカーのこと。いつの間にか消えてしまった設定ですが)で追いかけても良かったのでは?』

 

「えー確かに銀魂の世界では空飛ぶ車もあります、後半から全く見かけなくなったけどね」

 

「ではお答えしましょう、この禁魂における学園都市には空飛ぶ車は存在しません」

 

「基本的に外と隔離された街なので、おいそれと簡単に囲いを飛べる乗り物使われては困るからです」

「ゆえに飛行船みたいなモンをポンと買える金持ちであり、なおかつ特殊な技術や資格を持ってる者でないと学園都市の空を飛ぶことは許されていないんです」

 

「第二通目「たまじ」さんからの質問」

 

『この小説での地球の歴史はどうなっているのでしょうか?幕末と言えば、イギリス清教のある英国はバリバリの帝国時代だったりしますが』

 

「お答えします、イギリスも色々と変わっているので本来……あーモノホンの歴史とは随分と違う状況になってます」

 

「だってそもそも幕末に宇宙人が来てんだよ? そりゃ他の国もおかしくなるからね絶対?」

 

 

 

「という事で銀八先生のコーナー終わり、ああそうそう最後に一つ」

 

 

 

 

「銀八先生のコーナーだけじゃなくてこの作品も次回で最終回だから」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六十八訓 吉田松陽

「おい先生さんよ、久しぶりに相手してくれよ」

 

それはとある日の昼下がり、いつもの様に道場で子供達の稽古を眺めていた時、

その中にいたけだるそうな銀髪の少年が指でハナクソをほじりながら話しかけて来た。

 

「もうさ、いい加減あの野郎ばっかとやり合うのも飽きたんだよ、散々ブチのめしてるのに毎度毎度蘇ってくるしよ、潰しても潰しても油断してると突然バッと出て来やがってなんなのアレ? ゴキブリ?」

「おい聞こえてるぞ、誰がゴキブリだ、つーか今のところ勝敗は俺の方が勝ち越してるんだからな」

「細けぇ事は良いんだよ、要は何度も何度も俺に勝負挑んで来るなって事だよコノヤロー」

 

銀髪の少年に続いてもう一人気の強そうな少年が自分の前にジト目で歩み寄って来る。

その少年に対し、明らかに生気のないその目をしながら銀髪の少年が心底めんどくさそうにしていると、今度は自分の下に長髪を一つに束ねた真面目そうな少年が現れた。

 

「お前達、話してないで真面目に稽古をせんか。そんな油断をしているとすぐに周りの者に抜かれるぞ」

「ヅラ、別にコイツと仲良くお喋りタイムしてる訳じゃねぇよ、俺は眺めてるだけで暇そうなおっさんに一手ご指導受けようと思ってただけだ」

「ヅラじゃない桂だ! 俺の事をヅラと呼ぶ上しかも先生の事までおっさん呼ばわりとは! 貴様人の名前をまともに呼ぶ気はないのか!」

「んだよ別に良いだろー、いちいち名前で呼ぶよりあだ名で呼んだ方が親しみも生まれるって、つ―ことでお前はヅラ、コイツはチビ、そんで先生さんは山寺宏一で」

「誰だ山寺宏一って! あだ名というか明らか別人の名前使ってるだけではないか!」

 

銀髪の少年は平然とした様子でボケをかまし、それにすかさずツッコミを返す長髪の少年。

二人がそんな事をしている間に、ふといつの間にか自分の前に気の強そうな方の少年が前に出てきた。

 

「先生よ、あのバカはほおっておいて俺と一戦やってくれ。確かに俺もあのバカとずっとやり続けていたのは飽きて来たからな」

「テメェ高杉! なにドサクサに紛れてそいつに勝負挑んでんだ! そいつとやるのは俺だ!」

「よさんかバカ者共! 全く二人揃って先生を困らせるような真似を……ところで先生、今日の占いだと先生は長髪の少年と剣を交えれば吉と聞きました、長髪の少年と言えばこの道場には俺しかいませんがどうします?」

「「結局お前も遠まわしに勝負挑んでんじゃねぇか!!」」

 

銀髪の少年だけでなく他の二人も自分と戦いたいと頼んで来た。

自分がなんと言おうか迷っていると、遂に三人は掴み合いながら喧嘩を始めてしまう。

 

「おいテメェ等、言っておくが俺はテメェ等よりずっと先輩なんだぞコラ、後輩なら先輩に譲るってモンがセオリーだろうが、空気読めバカ」

「逆だろうが先輩、普通は後輩の今後を思ってこういうのは先輩の方が潔く身を引くモンなんだよ、お前こそ空気読め超絶バカ」

「全く……下らぬ口喧嘩を毎度毎度やってよくもまぁ飽きないものだ、空気を読むよまないなどどうでもいいであろう、もういいお前等」

 

二人に対して呆れながらも、ここは潔く仲直りさせる為に長髪の少年が仲介人を買って出た。

 

「わかったから早く一緒におにぎりを握ろう、いい加減空気を読め」

「「いやお前が一番空気を読め!」」

「言っておくが握るだけだぞ、絶対に食べるなよ」

「んなもん誰が食うかコノヤロー! てかいつの間におにぎりなんて握ってたんだよ!」

「何を言う、最初にお前等が揉めてた時には既に俺はおにぎりコネコネしながら歩み寄ったであろう」

「てことは今までずっとおにぎり握ってたのお前!? 稽古を怠るなと言っておいてテメーはおにぎり作りに没頭してんじゃねぇよ!」

「バカ者! おにぎり作りも稽古の内だ!」

「「どんな稽古だおにぎりバカ!」」

 

もはや仲介人にもならずむしろ火付け役にしかなっていない長髪の少年。

そうして三人でギャーギャ―喚き合っている光景をこうして眺めているのも悪くはないのだが……

 

「コホン、いいですか三人共」

 

自分が軽く咳払いして注目をこちらに集めると、三人はすぐに揉め合いを止めてこちらに振り返ってくれた。

 

「別に喧嘩をするなとは言いません、年の近い子達同士で喧嘩するのは男の子として当たり前ですからね」

 

子供でわかるように慎重に言葉を選びながら、自分は三人に語り始める。

 

「しかしだからといってあなた達は少し度が過ぎます、些細なことですぐに喧嘩してどちらが上か下かなど決めようとしないで、まずは大きな器を持って下さい」

「さすが先生だ、とてもジャンプ借りパクしてただけで鬼の様にキレた奴と同一人物とは思えねぇや」

「銀時、その事の件については未だに思う事あるので覚悟しておいてください」

「大きな器どこいったの先生!?」

 

そういえばまだ返してもらってないと思い出し、自分は銀髪の少年に念を押すとまた話を続ける。

 

「私が言いたい事はつまり、あなた方が喧嘩するより協力し合った方がずっと光り輝く存在だという事です。今後君達一人一人が力を合わせれば、きっとどんな困難も乗り越えられるでしょうしね」

「俺がこのチビとヅラとぉ? 勘弁してくれよ」

「それはこっちの台詞だ、誰がテメェなんかと組むか」

 

三人の内の二人がまたもや火花を散らし睨み合いを始めたので、仕方ないといった感じで自分はため息を突いた。

 

「ならばこうしましょう、今から君達三人が”協力せざるを得ない状況”を私が用意します、そこで各々よく考えて行動し、侍としての己の身の振り方を覚えなさい」

「協力せざるを得ない状況だぁ?」

「それは一体どういう事ですか先生?」

「俺も桂も銀時もてんで性格がバラバラなんだ、協力するなんて出来っこねぇよ」

「フフフ……」

 

三人の内一人は興味ありそうな表情をしているが、他二人はやはりやる気が無さそうだ。

そんな三人を見てますます楽しそうになりながら自分は早速課題を出す。

 

「今から私が本気であなた達三人を仕留めにいくんで協力して私を倒してみなさい」

「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」

「では……」

 

我ながら言いアイディアだと思いながら、同時に叫ぶ三人を尻目にスッと稽古上に立てかけられていた木刀を一本手に取る。

 

「言っておきますが本気の私はあなた達のような半端モンが単身で挑みに来ても勝てる相手ではありませんよ、もし協力せずとも私に勝てると思い込んでいるのであれば」

 

木刀を三人に突き出しながら自分は静かに微笑んで見せた。

 

 

 

 

 

「まずはそのふざけた幻想をぶち殺します」

 

 

 

 

 

 

 

 

上条当麻はそこで目が覚めた。

パチリと目蓋を開けた先は病院の天井、そして病室の窓からは朝日が昇った事を教えてくれるように眩しい日差しが降り注いでいる。

 

「夢……って感じじゃなかったな」

 

病室のベッドで横になったまま先程見ていた夢を思い出しながら、ふと自分の体を見下ろしてみる。

あちらこちら包帯まみれで、未だにその個所からズキズキと痛みが走って来ていた。

 

「そうか、あの黒夜とかいう奴と戦って、それで……」

 

その痛みによって上条はここで寝ている理由を思い出してきた、確か吹寄と夏休みの宿題をやっていた時に突然見廻組の今井信女が追っていた黒夜海鳥が現れ、吹寄を人質に逃げ出したので坂本辰馬に協力してもらって彼女を追った。

そして追い詰めたかと思いきや相手はまさかのレベル4の大能力者であり、そのあまりにも強力な能力に絶体絶命のピンチに陥っていたのだが……

 

「駄目だ、その先が思い出せねぇ……」

 

包帯まみれの左手で頭を押さえながら思い出そうとするも、まるで記憶がぽっかり抜かれたかのように何も思い出せない上条。

すると突然、自分のベッドと隣のベッドを遮るように閉じていたカーテンが勢いよくシャーと開かれる。

 

「やっと起きたのね、回復能力はまだ”本体”の様にはいかないのかしら」

「アンタは……」

 

見るとそこには自分と同じく包帯まみれの今井信女の姿があった。どうやら彼女も重傷を負い自分と同じ病室で寝ていたらしい。

 

「あなたはあの事件から三日間ずっと寝ていた」

「み、三日間も!? 吹寄や坂本さんは無事なのか!?」

「二人共無事、あのモジャモジャ頭の方は軽症負っただけ、女の子の方はちょっと診てもらっただけで何も問題は無かったみたいよ」

「そうか、良かった……」

 

自分と同じように横になりながらこちらに目も向けようとせず、ただ天井をジッと眺めながら信女は淡々とした口調で二人の無事を報告すると、上条は安堵したかのように胸を撫で下ろす。

だがすぐにその表情には曇りが

 

「……黒夜海鳥の方は」

「……生きている、両腕の方は病院の医者がなんとか繋げれたらしいわ、切断面が綺麗だったのが幸いだったみたい」

「え? 両腕が……」

 

あの戦いの中で彼女は両腕が無くなったのか? 一体どうしてといった表情を浮かべる上条に。

始めて信女が横になったまま彼の方へ顔を向けた。

 

「あなたが私の刀で斬った」

「……そうだったのか」

「やはり覚えてないのね」

「ああ……けどなんでだろうな、俺が斬ったと言われてもなんとなく信じれるんだ」」

 

上条は自分の右腕を上げてそっと見上げる。

この右腕だけ妙に傷が少ない、寝ている間に右腕だけが治っている事などあり得るのだろうか……。

 

 

「なぁ信女さん、アンタに聞きたい事があるんだけどいいか」

「……その右腕の事でしょ」

「聞きたいのはそれだけじゃない」

 

自分の右手に宿る幻想殺し、コレはあらゆる異能の能力を打ち消せれる能力があると昔から朧に言い気かされていた。

しかしきっとこの右手はそれだけではないのだろう、もっと大きな、もっと恐ろしい力が隠されている。

あの戦いを経て上条はそう感じるようになったのだ。

 

「黒夜を本当に倒したのは、”誰”なんだ」

「それを聞いたらあなたは絶対に後悔する事になるわよ」

「するかもしれない、けど俺はどうしても知りたいんだ、俺の幻想殺しの正体はなんなのか」

「いいわ」

 

上条自身が決めたのであればもう何も言うまい、信女はムクリと上体を起こすと、ベッドに座ったままこちらに振り返る。

 

「あの日、黒夜海鳥を倒したのはあなたの右腕に宿るもう一人の人格」

「俺じゃないもう一人の俺って事か……?」

「かつて数多の者を上の命令を受けるがままに殺し、どれ程の傷を受けてなおすぐに回復する不死の力とあらゆる異能の力を打ち消す能力を兼ね備えた化け物、その名は虚」

「虚……? なんかその名前、昔父さんから聞いた名前のような……」

 

虚、その響きに若干の違和感を覚えながら上条はふと昔父に聞いた事を思い出す。アレはもう十年ぐらい前の事だったか……

両親と自分が住んでた地区で、過激派攘夷志士による派手な爆破テロが行われ大規模な犠牲者が生まれたらしい。

確かあの時に自分は

 

「俺が小さい頃大事故に巻き込まれて死にかけていた、その時偶然その現場に現れた朧さんと一緒にやってきた人、確かその人の名が……虚」

「その時、あの男の右腕があなたに移植された」

「!?」

 

話始めていきなり衝撃的な言葉を言う信女に上条は目を見開く。

という事はコレは本来の自分の右腕ではなくその虚自身の右腕だというのか?

 

「だからあなたには虚の力の一部が扱えるんだわ」

「ちょっと待て、どうして俺にそんな事を!」

「虚は万が一にでも己の肉体が滅んでも良いように、スペアとしてあなたを選んだのよ」

 

スペア? 一体どういう事だと自分の右手を見つめる上条に信女は話を続ける。

 

「その右腕には異能の力をうち消す力だけでなく虚ろ自身の人格の一つも込められている、もし本体である自分が”死”という局面から逃げられなくなった時、右腕を持つあなたを内部から支配して現世に蘇るって事よ」

「なにモンなんだそいつは……」

「詳しくは私もわからないけど、この世界で最も常識からかけ離れた存在だというのは確かね」

 

自分が死んだ時の為に自分の人格の一部が入った右腕を他人に移植させた。

聞けば聞く程頭が痛くなる、明らかに狂気じみててまるで現実性が感じられない。

だがそれが自分自身に起きている出来事だと理解しているとなると、どうしても「そうだったのか」と受け入れてしまう自分がいた。

 

「俺の右腕はその虚って奴のモンだっていうのはわかった、確かに俺はマジでヤバいと思った時、なんか体が勝手に動いちまう時があったんだ、アレはきっとスペアの俺が死なないようその虚って奴の人格が一時的に俺の身体を乗っ取って動かしてたんだ……」

「残念だけど、正確には乗っ取った訳じゃないわ、ただあなた自身の本当の記憶が一時的に蘇っただけ、その時だけその体は記憶の思うがままに動く事が出来るの」

「本当の……記憶?」

「率直に言わせてもらうわ」

 

なんだ、一体何を言っているんだこの人は? 自分の推測が違うと否定すると信女は真っ直ぐな目でこちらの心を見透かすようにジッと見つめて来る。

そして

 

 

 

 

 

「上条当麻という人間はもうこの世に存在しない」

「……は?」

「あなたがその大事故に巻き込まれた時に、既にその子は死亡している」

「一体何を……」

「なら一つ聞くけどあなたは事故以前の記憶があるの? 上条当麻としての小さい頃の記憶が」

「!」

 

本来こういった時は雷を食らったかのような衝撃的事実と表現するべきなのであろうが、上条自身は雷を食らう様な衝撃ではなく、むしろ頭の中が何も残さずポッカリと消えてしまったような虚無感を覚えた。

 

言葉が出ずにただ無表情でこちらを見て来る上条に対し、信女は遠慮もせずに真実を告げた。

 

「今のあなたは上条当麻という器を借りてるだけの存在に過ぎない、虚があなたに自分の人格を与えたが、その人格には大きな欠点があった」

「……」

「その人格はかつて虚としての生き方を選ばず別の道を選び、自ら育て上げた弟子に殺された男」

 

 

 

 

 

 

「吉田松陽、それがあなたの本当の名前」

 

 

 

 

 

 

空っぽになっていた頭がその名を聞いた時、不思議と懐かしさと色々な思い出がよみがえって来た。

今と比べてずっと幼い姿をした朧

屍の山でただ命を繋ぎ止めるために生きていた銀髪の少年

身寄りも無くお金も無い子供達に教育を受けさせるために建てた学び舎。

そこに道場破りするかのように何度も銀髪の少年に挑んで倒されていた少年。

その少年と共に門を叩き、侍としての生き方を学ぶ為に一生懸命勉学に励んでいた長髪の少年。

 

そして

 

 

薄暗い地下牢で死を待つだけだった自分の授業を受けていた、最後の弟子である少女……その名は

 

 

 

 

 

「骸……アンタは昔そう呼ばれていた」

「……もしかして全部思い出したの」

「いやかなりおぼろげだ、けどなんか急に色々と頭の中に色んな人の顔がいっぱい出て来て……く!」

 

上体を起こして節々が痛む事も忘れる程上条は頭部からズキズキと強烈な痛みが走り始める。

まるでずっと眠っていた記憶がようやく目を覚ましたかのように次々と浮かんでは消えていく。

その妙な感覚に頭がどうにかなりそうだと思いながら、両手で頭を押さえて必死に痛みに耐える上条ではあったが

 

いつの間にか信女が自分のベッドから下りて、彼のベッドに座って来た。

 

「思い出さなくていい、あなたもまた本来は死んだ身、虚という存在に殺されてもなお右腕に宿り続け、再びこの世で生を受け蘇ったというのに、またあんな苦しみを思い出す様な真似は止めて」

 

そう言って信女は苦しむ上条を和らげようとするかのように、そっと両手で抱きしめる。

 

「松陽、あなたはまた別の道を進めばいい。剣も武士道も必要としない、誰も殺さず誰も傷付けないそんな平和な生き方を送ってくれること、最後の弟子として私は願っているから」

「……」

 

自分は上条当麻ではなく死んだ筈の吉田松陽……それがわかっても不思議ともうショックは受けなかった。

信女に抱きしめられながら上条はしばし黙り込んだ後、スッと彼女の両手を取って優しく引き離す。

 

「なぁ、アンタは一体どうやって俺の正体を見破れたんだ」

「私もあの大事故の時、朧と一緒にあの現場にいたの。だからあの時の事は今も鮮明に覚えてる」

 

上条に両肩を触れられたまま、信女はあの時の出来事を思い出す。

 

「爆発に巻き込まれ死にかけだった上条当麻の下へ近寄り、あの男は自分の右腕をもぎ取るとその体に己の血と共にその腕を体の上に置いた」

 

なんとも想像するだけで恐ろしい絵面である、それを直に見ていれば更に気味が悪かっただろうなと上条が考えている中、信女は話を続ける。

 

「すると上条当麻の体は元に戻り、欠損した右腕もまた元に戻っていた、その体の上に置いていたあの男の右腕はもう無くなっていた」

「そうか、その時に俺は上条当麻として生き返ったのか……本来の虚としてでなく吉田松陽としての人格を持つ俺が」

「それからは朧があなたを抱き抱えて上条当麻の両親の下へと運んでいった、それが私が見た最後の光景」

「そうか、朧さんも知ってたんだな……」

 

結局知らなかったのは自分だけだったのかとわかると、上条はフッと笑って信女の肩に置いていた手を下ろす。

 

「ありがとな、アンタが最初冷たく俺を突き飛ばそうとしていたのは、俺が危険な事に巻き込まれてまた死ぬ様な事にならないように護ろうとしてたんだろ」

「勘違いしないで、私はただ自分の責務を取ろうとしただけ。弟子としてあなたにはもう別の道を進むべきだと判断しただけだから」

「へいへい、師匠思いな弟子を手に入れて松陽さんは幸せですよ ん?」

 

素直じゃないというかなんというか、無愛想な表情なまま冷たく言い放つ信女に上条が髪を掻き毟りながら苦笑していると、ふと自分達のいる病室のドアの向こう側からタッタッタッと誰かが駆ける足音が聞こえた。

 

「今誰かそこにいなかったか?」

「今というよりずっと前から病室のドアにいた、恐らく私達の会話もずっと聞こえていたかも」

「はい!?」

「多分あなたがずっと重体で意識を失ってても、欠かさず毎日見舞いに来ていた女の子……」

 

思い出す様に小首を傾げながら信女はしばらく間を取った後、やっと思い出したかのように首を戻して

 

「黒夜海鳥と戦ってた時にあなたが助けた吹寄って子でしょうね」

「ふ、吹寄!? もしかしてアイツ俺の正体を全部! なんでずっとアイツがドアの前にいた事言わなかったんだよ!」

 

感知してない体が響くぐらい大声を上げると、上条は痛む体を動かしてベッドからバッと降りると、急いで病室のドアの方へ歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

上条が病室から出た頃、吹寄制理は無我夢中で病院の廊下を走っていた。

 

(あの女の人が上条と会話するのが聞こえたから病室に入らずに立ち聞きした私が馬鹿だった……!)

 

「後悔はしない?」と信女が上条に問いかけていたが、それを聞いて本当に後悔したのは吹寄の方であった。

今までずっと同じ中学や高校で一緒にいた同級生、上条当麻という存在は

 

既に死んでいた存在だったなんて

 

 

「きゃ!」

「いってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

階段を駆け下り、一気に病院の出口の方へ突っ切ろうとしたその時であった。

階段を下り、一階の廊下の曲がり角にさしかかった時、上手く前が見えなかったせいでうっかり人とぶつかってしまう。

ぶつかった反動で床に尻もちついてしまう吹寄、そして彼女と衝突してしまった人物の方も同じく床に腰を着けてしまう。

 

「ギャァァァァァァァァ! テメェふざけんなよ! なに病院の廊下で全力疾走してんだゴラァ!! こちとらもうすぐ退院なのに傷口開いてくれたらどうすんだボケ!!」

「す、すみません! 前を見てなかったもので!」

 

あろう事か相手はこの病院で入院してた患者だったみたいだ。

怪我人であればこちらに対して怒り狂うのもなんらおかしくない、吹寄は慌てて立ち上がるとすぐに謝り出す。

だがふと倒れていたその人物を見て表情をハッとさせる。

 

「前を見てなかった!? バカかテメェ! ドラえもんに出て来る学校の先生の言葉知らねぇのか! 目が前にあるって事はな! 人間が前を進んで生きていく為なんだよコノヤロー!」

「その銀髪の頭……もしかして去年の大覇聖祭で女の子を捜してた常盤台の先生ですか?」

「あぁ? アレ、お前確か何処かであったような……」

 

あの時と違い白衣とスーツではなく病院服ではあるが、その銀髪天然パーマと死んだ魚の様な目は忘れようにも忘れられない印象だった。

常盤台の教師で名前は確か

 

「えーっと……坂田先生でしたっけ? 去年の大覇聖祭で知り合った吹寄制理です」

「あーその女としては正直ヤバいんじゃないの?って感じの名前で思い出したわ……あーそうだよ坂田先生だよ、坂田銀時、常盤台で教師やってます、そしてチンピラ警察に襲われて現在絶賛入院中です」

 

坂田銀時、彼はそう名乗りながら立ち上がると、おもむろに財布を取り出して自分の免許証をこちらに突きつけて来た。

いきなりそんなものを突き付けられて吹寄は顔に困惑の色を浮かべる。

 

「あの……坂田先生何故いきなり免許証を私に……」

「また教師かどうか疑われたくないものでね、あの時はよくもまあ何度も何度も疑って来たなコノヤロー」

「あ、あれは常盤台の生徒が倒れている救護テントでいかがわしい事をしようとした変質者じゃないかもしれないと思ってたんです!」

「誰が変質者だ、あんなガキ共に欲情する程銀さんの股間は安くねぇんだよ、R-18なんだよ俺の股間は」

「何を言うんですかいきなり」

 

銀時という男を見て吹寄は更に思い出した、そういえば妙に訳の分からない事を平然と喋るような男であった。

しかし不注意でぶつかったのは他でもない自分自身だ、吹寄はまた頭を下げてキチンと謝る。

 

「ぶつかった事には謝ります、ここ最近色んな事が起き過ぎて頭の中が混乱してたせいで……」

「色んな事? なにもしかしてあの時言ってたお前の彼氏?」

「彼氏じゃないですから」

 

免許証を財布にしまい戻しながら変な事を言う銀時に吹寄はムスッとした表情で否定していると、彼の背後から早歩きで制服を着た一人の少女がやって来た。

 

「ちょっと勝手に一人でフラフラと病院内を歩かないでよ! 看護してる私の身にもなりなさいよね! フラフラするなら攻めて黒子と一緒にフラフラして!」

「誰があんなクソガキと病院でフラフラするか、あんな耳元で永遠に小言言って来そうな奴とフラフラするなんてするかってんだ」

「常日頃から仲良くフラフラしてんじゃないのアンタ等、私の見てない所でいつも仲良く二人っきりでフラフラしてたんでしょアンタ等は、あれ? フラフラってなんだっけ? 言い過ぎてなんかわかんなくなってきた」

 

中学生ぐらいであろう幼さの残る短髪の少女が銀時に対しプンスカと怒っている。

常盤台のエースと称されレベル5の第三位に君臨する中学二年生、その名も御坂美琴。

吹寄は彼女の事も思い出した、そういえばあの日彼が探していた少女は紛れも無い彼女であった。

 

「あぁ? こちとらテメェに看護される程やわじゃねぇんだよ、俺の事はいいからさっさとチビの所行けよ」

「最寄りのコンビニでジャンプとプリン買って来たけど」

「あぁ~なんか突然体痛くなってきた……すみませんそこの可愛いお嬢さん、どうか俺を病室へエスコートしてくれます? あーヤベェよ、甘いモンと熱くなるモンがないと銀さんマジでヤベェよ」

 

さっきまで手をシッシッと振ってあっち行けと言っていたにも関わらず、美琴が週刊雑誌と甘味をビニール袋にぶら下げていると知るとすぐに心変わりする銀時。しかし彼女の方は銀時ではなく彼と向かいに立っている吹寄の方へ興味が向けられる。

 

「誰そこの綺麗な人? まさかアンタ中学生に手は出せないけど高校生なら良いだろうとか考えてたんじゃ……」

「んな訳ねぇだろ、酒も飲めねぇガキなんざ興味ねぇよ俺は。去年お前が大覇聖祭で迷子になってる時に、俺をお前の所にまで案内してくれた奴だよ」

「ああ、そういえばなんとなく見たような気がするわね……」

 

銀時に言われて美琴が思い出したかのようなリアクションを取っている中、吹寄は何を思ったのか

 

 

「……そういえば坂田先生、一つ質問いいですか?」

「あん?」

 

銀時に対して聞きたい事があると目を伏せながら呟く。

こうして年の離れた少女と今もなお仲良くやっていけてる様子の彼なら、何か教えてくれるんじゃないかとすがる様な気持ちで

 

「もし……大事にしてたものが自分では決して手の届かない場所に行ってしまった時……どうしますか?」

「は? 手の届かない場所? もしかして例の彼氏が外国にでも引っ越しちゃった訳?」

「……」

 

外国どころか、はたまた宇宙どころではない、あの少年はもう自分では辿りつけない所にいるのだと言いたいのだが、彼にそんな事を言っても訳が分からず困惑するだけであろう。

しかし黙り込む吹寄を見て銀時は何か勘付いたのか、髪をクシャクシャと掻き毟りながらけだるそうに一言。

 

「手が届かない場所に行っちまったらどうするって? んなもん簡単だ、手を伸ばせばいい」

「え?」

「目ん玉が前を見るように付いている様に、手ってのは大事なモンを失わないように掴み上げるモンなんだよ」

 

いつも通りの死んだ目をしているが心なしか口調は若干柔らかくなっているような気がした。

銀時は隣に立っている美琴の頭にポンと手を置きながら話を続ける。

 

「手が届かないだなんてのはテメーが勝手にそう思ってるだけだ、オメーが本気で失いたくないと思うんなら、まずはその腕死ぬ気になって伸ばすのが先なんじゃねぇか? だから失いたくねぇから必死に足掻いてみろや」

 

そう言って銀時は美琴の頭をポンポンと軽く叩く。

 

「そうして本気になっても結果そいつを失っちまう事もあるだろうがその伸ばした手は下ろすなよ。もしかしたらその先にまた同じぐらい大事なモンが見つかるかもしれねぇしな」

「ちょっと、さっきからなに人の頭に手を置いてんのよ」

「悪ぃ、手にこびり付いたハナクソが取れないからお前の頭で取ってた」

「はぁ!? なに人の頭にそんな! あ! 本当についてる!」

 

自分の頭に違和感を覚え美琴は彼の手を引き離すと自分で頭を触り出す。

すると何やら自分の髪に何か小さくまるまったモノがくっ付いている事に気付き、慌てて髪を乱し始めるのであった。

そして銀時は吹寄に踵を返し、髪をクシャクシャにするまで掻き毟っている美琴を連れて歩き出す。

 

「それじゃあその彼氏掴み取ったら決して離すんじゃねぇぞ、いざ目を離した隙に他の女に奪われるかもしれねぇし、まあそん時は死ぬ気で奪い返してみろや、本当に大事ならな」

 

そう言い残し、銀時は美琴を連れて自分の病室の方へと行ってしまった。

残された吹寄はポツンと一人佇んでいると、その時彼女の背後から誰かが駆け足で近づいて来る。

 

「吹寄!」

「え! か、上条当麻!?」

「よ、ようやく見つけられたぜ……」

 

駆けつけてきたのはまさかの悩みの種である上条本人であった、彼が現れた事に吹寄は面食らうもすぐに今の彼の状態を思い出し慌てて駆け寄る。

 

「ていうか貴様! もしかしてその体で病院内にいる私を探し回ってたっていうの!?」

「ゼェゼェ……正直黒夜と戦ってた時よりヤバいと思いましたよ……」

「バカにも程があるわよ傷が開いたらどうするのよ……」

 

3日間入院している身でまさか自分を追いかけに来るとは予想できなかった。

心底呆れながら吹寄はどっと深いため息を突く。

 

「そうよね、貴様ってそういう奴だったわよね……病院内を走る程混乱してた自分が恥ずかしくなってきたわ」

「あー吹寄さん? その、実は色々と話したい事が……」

「言わなくてもいい、全部聞いてたから、貴様と信女さんの話を」

 

申し訳なさそうに頬を引きつらせながら言いたげな様子の上条の言葉を途中で遮る吹寄。

先程銀時との話をしたからであろうか、いざこうして彼と直面しても全く動揺は現れなかった。

むしろ相も変わらず無謀な彼に怒りさえもこみあげてくる。

 

「上条当麻」

「はい?」

「だから上条当麻よ、私にとっての貴様は。吉田松陽なんて男は知らないわ、今ここで傷だらけでアホ面かましてヘラヘラしてるバカなんて上条当麻ぐらいしかいないでしょ」

 

そう言い切ると吹寄は腕を組み、ジト目で彼を睨み付けた。

 

「だからその、信女さんみたいな事言うみたいだけど……貴様は貴様のまま生きて行けばいいじゃない、過去なんてもう振り返らないで自分の思うがままの人生を歩めって事よ」

「そう、だな……」

「目はなんで前についてるか知ってる? 前を向いて歩く為なのよ」

「いいアドバイスをどうも……(吹寄の奴、ドラえもん読んでるのか?)」

「今更貴様があーだこーだ言おうが知ったこっちゃないわ、だから上条当麻、よく聞きなさい」

 

何やらどこかで聞きかじった事を上条にぶつけると、吹寄は自分の顔をズイッと彼の顔に近づける。

 

「誰が何と言おうと私は上条当麻の友人であり続けるから、今もこれからも」

「……それ聞いて安心したよ」

 

最初顔近付けられた時は頭突きでもしてくるのかと思ったのは言わないでおこう。

上条はホッとしているとまた体のあちこちで忘れていた痛みがズキズキと芽生え始めて来た。

さすがに走ったのはまずかったかと思いながら上条は吹寄から少し距離を取って階段の方へ振り向く。

 

「そろそろ本気で傷が開くかもしれねぇな、俺はもう病室に戻る事にするよ」

「信女さんと同じ病室だからって変な事考えるんじゃないわよ」

「ハハハ、んな真似したら命がいくつあっても足りねぇわ」

 

いつもと変わらずに吹寄と冗談を言い合えることに上条は心から安堵する。

そして彼女に向かって苦笑しつつ階段を昇ろうとすると……

 

吹寄の背後に無言でこちらを睨み付けながら今にもブチ切れそうな表情で立っている魔女っ娘が視界に入ってしまった。

 

「オ、オティヌスゥ!? どうしてここに!」

「え?」

 

こちらにオティヌスと叫び明らか動揺している上条に釣られて吹寄もまた背後に目をやると、とても学園都市には似つかない珍妙なッ校をした少女がそこにいた。

オティヌス、またの名を魔神。

 

「貴様~三日間も帰らずに私を家に放置しておいて自分はこんな場所でのうのうと暮らしていたのか~! こっちはロクに何も食べれないで死にそうな目に遭ってたんだぞ!」

「い、いや別にお前の事忘れた訳じゃなくてですね! ただ上条さんも上条さんなりに色々と大変だったんですよ本当に! ていうかお前どうして俺が病院にいるって事を……」

「坂本の奴から聞いた、お前がここで私以外の女と仲良く同じ部屋で寝ている事もな」

「どんな説明したんだあのおっさん!」

 

ジリジリと歩み寄って来るオティヌスに警戒しながら上条はここにはいない坂本辰馬を無性に殴りたくなった。

しかし問題なのはオティヌスだけではない、先程彼女と彼の話を聞いていた吹寄もまた片目を釣り上げる。

 

「私以外の女と仲良く同じ部屋? 貴様一体この子とどんな関係なの?」

「え、えーどういう関係かと聞かれるとですね……答えにくいというか」

「勘違いするな娘、コイツと私は同じ部屋に住み同じベッドで寝ている、ただそれだけの関係だ」

「ほう……それだけの関係ね」

「オティヌスゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

合ってはいる、合ってはいるのだがその言い方だと余計な誤解が生まれてしまう。

上条が力の限り病院内で叫ぶも、吹寄の表情はみるみる険しくなり

 

「どういう事なのか一から説明してもらえないかしら? 言えないのであれば力づくで言わせるまでだけど?」

「ふ、吹寄さん!? 上条さんはこれでもこの病院で入院中の怪我人なのですよ! そんな状態の俺になぜ拳を鳴らしながら歩み寄って来るんでせう!?」

「問答無用!」

「私から逃げられると思ったかぁ!」

「ギャァァァァァァァァァァ!!!」

 

いよいよ殺意の波動を感じ始めた上条は痛みも忘れて必死の形相で階段を駆け昇って行く。

そしてそれを一切の容赦も見せずに全力で追いかけて来る吹寄とオティヌス。

そんな二人をチラリと見ながら上条は声高々に

 

 

 

「不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

その叫び声を病室で聞いていた信女は一人静かに小さく笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、どうもカイバーマンです。
前回でも言っていた通り今回で禁魂はひとまず幕を下ろす事となり完結を迎える事となりました。

理由は私の都合でまことに勝手なのですが
どうも上条当麻編に入ってから他に並行連載している2作品と比べてギャグのキレが衰えて来たなと思ったからです。
銀魂キャラであろうが禁書キャラであろうが勢いのあるハイテンションなギャグを書く事を常に意識して書いていたのですが、何度も見帰す内にどうもパンチが弱いなと感じるようになってました。

実はこれから先の話では
引きこもりの白髪もやしの家に上条さんが遊びに行ったり
銀さんがとある科学者とお見合いするハメになったり
浜面が滝壺とデートする為に、沖田・麦野・銀さんのドSトリオの目を掻い潜ろうと奮闘したりと色々な話を練っていたのですが、今の状態の自分が書いても面白く書けそうにないなと思い、このままダラダラと続けてたらますます作品の質が落ちるというのもあったのでこの場で終わらせる事となりました。

いずれまた書きたくなって復活するかもしれませんが、とりあえず一旦完結という事で終わらせておこうと思います。

ここまで読んでくださってありがとうございました。次回作ですが今度はもっと無駄に設定の凝ってないシンプルな銀魂クロスオーバーを書こうと思っています。

それではまたどこかで


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