自称凡人も異世界から来るそうですよ?-『異常な普通』の箱庭活動記録- (4E/あかいひと)
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ファイルその1:はい、喚ばれたのは僕らでした
記録その1-死なないからこそ、彼は自称凡人


早速リメイクのリメイクを投下しましたR.ZONE type[0]です。
前作、前々作を読んでいた方。大変申し訳ありませんでした。


まずこの物語…………とも言えない記録を騙る前に、言っておきたいことがある。

 

今日で齢17になる高校2年生の男子学生であるこの僕『景山健太』は、まごう事なき凡人である。

 

中肉中背、どこか抜けた感じの顔つき、体力テストでは全国平均、全国模試でもやはり平均。性格も偽善者ちっくな事なかれ主義、でも裏では少し文句を垂れる、ある意味で奇跡的な、それでいてどこにでもいる凡人なのである。まさにステレオタイプな日本人、基準値として採用されても良い程のモブである。良くも悪くも、平凡なモブだということを、僕は誇りに思ってる。

 

…………いや、まあちょっとだけ、他人には言えない事もありますが。それでもやはり、僕は凡人である。1人を除いて、友人も何度も何度も頷くことで、その自称を肯定してくれたので間違いない。

 

そんなわけで4/2。高校2年生とは言ったものの、まだ新学年は始まっていないために割と緩々と過ごしている僕の誕生日。身内で祝ってくれるのは、もう1人しかいなくなったけど、それなりに僕はこの日が好きだった。

 

「で、そんな今現在身内ではもう1人しかいない僕の誕生日を祝ってくれる幼馴染殿? 何故君は電話越しにそんなに必死そうなのかね?」

『うぅ…………ゴメンよ健太ァ。僕だってこんなことになるとは…………。だからそんな幼馴染なんて他人行儀な言い方ヤメテ…………』

「いや、良いけどね。直接祝ってくれなくても。無事に帰ってきてくれたら、それだけで僕は満足だ」

『分かった待ってろ、今日中にはそっちに帰るからァァァァァアアアアアアアッッッ!!!!』

 

スマホのスピーカーから叫び声が聞こえたとおもったら、ブツン! と通話が途切れた。…………とりあえず、安否確認ができたことと、電話の繋がるところにいることが分かっただけでも安心だ。

 

僕と違って、我が幼馴染殿は規格外とも言うべき才能の持ち主で、ちょっぴりバケモノだ。僕が名前付きなモブであるのも、彼女の御都合主義的なパゥワーによるものだと、僕は信じている。

…………それはともかく、多分今日も何事もなく帰ってこれるだろう、アレだけ強いあいつなら。

 

そんなことを考えながら、家のベランダで空を見上げる。

今年は丁度今頃が桜の時期らしい。ピュウと吹いた風に桜の花びらが舞い、青空とのコントラストが綺麗である。…………ちゃんとお花見したいときは青空よりも曇り空の方が映えるとか言っちゃいけない。

 

「とりあえず、返信するか」

 

誕生日だけあって、いろんな人から『おめでとう』のメールが届く。学校の友達、小中からの腐れ縁、部活の仲間、他にも色々。

 

「…………普通なら無視したいのが幾らかあるけど、流石にね」

 

メールでお礼の返信を送りながら、僕は外に出る準備をする。今日中に、とあいつは言ったが、ギリギリになるだろう。それまでに行きたいところがあるし、疲れたあいつをねぎらう意味も込めてパーティの準備もしたいし。

 

灰色パーカーにジーンズ、そこに緑のショルダーバッグという地味ーな出で立ちで家を出て、自転車にまたがる。

 

良い天気だ、誕生日が快晴というのは悪い気はしない。これからの1年が明るくなる気がするし。まあ実際は平均したら丁度運が良くも悪くもないど真ん中になるんだろうけどさ。

 

そんな毒にも薬にもならないことを思いながら自転車を漕いでいると、自転車のカゴに封筒が落ちてきた。

 

「んん?」

 

蝋が押されているタイプの、絶滅危惧種になりつつある紙媒体メールだ。宛先は僕。おそらくシャイなどっかの誰かが誕生日のお祝いの手紙として投げ入れたのだろう。そいつならこんなこともしかねない。

 

道の端に寄って手紙の封を開ける。

後で返信しないとなー…………なんてのんきなことを考えていると、その内容が想定外なことに驚く。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能(ギフト)を試すことを望むのならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの『箱庭』に来られたし』

 

「なんぞ、これ?」

 

ちょっとした事情…………とは言えない過去の出来事から、オカルト的な何かは存在していることは分かっている。だが、それにしては……少々内容が突飛ではなかろうか? まあ、気合の入った厨二病がやったと言われたら納得できるけど。蝋で封するとか超イケてる。

 

「しかし、僕の名前を知ってる厨二病でこんなことができるのって、誰がいたっけ?」

 

頭の中でリストを捲る。しかしながら、該当するのが1名もいない。

 

じゃあ誰だろう、と首を傾げている瞬間だった。

 

 

 

「…………ふへ?」

 

突如として、地面が消えた。

 

 

 

いや、地面が消えたと言うのは誤りだ…………なぜなら、視線の先には立派な大地があるんですもの!

 

つまり僕は、現在落下中…………落下中!!?

 

「ちょ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああっ!!!!?」

 

体を襲う浮遊感、足場の無い不安感、そして死の恐怖に、僕は有らん限りの声を張り上げた。

 

「僕が何をしたぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああっ!!!!?」

 

ねえカミサマ、僕本当に何かした?

もしそうでないなら、この仕打ちはあんまりだよ…………。

 

そんな風に絶望しながら、自転車と共に落下する僕は、意識を手放した。

 

 

 

 

さてこの物語は。

自分を凡人、画面から見切れているモブだと信じてやまない少年と、一癖も二癖もある問題児な仲間達と一緒に『箱庭』という世界でなんやかんやする物語である!

 

それではっ!

 

【自称凡人も異世界から来るそうですよ?-『異常な普通』の箱庭活動記録-】

 

はじまりはじまりー!

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「し、死ぬかとおもた…………」

 

周囲に撒き散る紅と、隣でへしゃげてるマイチャーリー、そして穴が開いたり紅く染まったりしてる自分の服を全て無視しながら身体を起こす。

 

言ってしまえば、僕の抱える異常にして非凡、その二つあるうちの一つ。驚異的な再生能力である。

とある幼馴染が言うには、事象とか世界とか、根本的なところからの損壊修正…………って言ってたけど、正直何言ってんの? 状態なので超絶回復能力、とでもしている。

 

致命傷でも回避できるって凄い! …………だなんて思ってるそこのあなた、大間違い。

 

確かに再生できるよ? そりゃあ、(されたことないから分かんないけど過去の経験上)ミンチにされても復活するしね。

…………でも、痛覚消えません。今回は人間の防衛本能として意識を手放すという形で痛みを感じずに死んで生き返ったけど、そうでもなかったらあの想像を絶する痛みが…………思い出したくねー。

 

まあそれでも人外染みてるのは事実。その所為で僕の華麗なる凡人ロードに消えることのない汚点が付いてしまったことは、非常に悲しいことだ。できるならもう使いたくないものだ…………と、致命傷を受ける度に思ってる。

 

「死ぬかと思ったって…………貴方、今完全に死んでたわよね?」

 

おっかなびっくり…………そんな様子で、そばにいたどこかレトロな雰囲気を纏うお嬢様っぽい女の子が手を差し出しながら言う。

 

「あ、ども…………ふう。人間って思った以上に丈夫だから、こういうこともあるって」

「…………首が折れても?」

「人間だからこういうこともある(威圧)」

「…………人間って不思議」

 

そんな風に僕が生き返ったことに疑問を向ける、これまたそばにいた三毛猫を抱えた無口そうな女の子からの質問を避けながら、一息つく。というかこの無口美少女、絶対動物と喋れるとかそんな能力持ってるって。だってさっきから猫に向かってブツブツ喋ってるもん(偏見)。

 

「ヤハハハ! 嘘もそこまでいくといっそ清々しいな! 中々面白いぜオマエ」

「嘘だという証拠は? まあ血を流してしまったことは認めよう、重症だった。でも現に僕は死んでない!」

「じゃあ慌てていないのは何故だ? 辺りに散った血液の量を見るに、優に致死量は超えている。一刻も早く治療を受けないといけないはずなんだが?」

「人間だからこういうこともある」

「ハハッ! どうやらオマエと俺とで人間の定義に差があるらしいな」

 

これまたそばにいた金髪学ランヘッドホンの不良系イケメンに、僕は追い詰められた。

くっそうこの無駄に見目麗しゅうござっていやがるこのイケメンめ…………見た目通り頭も軽そうだったら良かったのに、頭の方も無駄に良さそうだ畜生。

 

まあとにかく、ここでようやっと僕は心を落ち着かせることができた。

 

周りを見渡す…………なんか一癖も二癖もありそうな3人の少年少女がいて、池があって、3人が濡れてて…………あ、この3人は池の上に落とされたのね。…………それはそれで落ち方間違えたら死にそうだな。

 

「兎にも角にも、信じられないわ。まさか問答無用で引きずり込んだ挙句に、空に放り出すなんて。私達は池の上でなんとかなったけれど、死人まで「おじょーさま、僕死んでません」…………重傷者まで出たわよ?」

 

お嬢様系美少女が憤慨した様子で文句を垂れる。まあ僕のことも怒ってくれたのは嬉しいけど、僕は死んでない(大嘘)のでそれはやめて欲しいかなぁ…………。

 

「右に同じだクソッタレ。こいつみてーな例外ならともかく、場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」

「仏の血が垂らされた石から生まれた猿かよ…………つか、寧ろその方がアウトだろうよ」

 

流石の僕でも、石の中に呼び出されたら汚い花火を凝縮したようなナニカになりそうでイヤである。

 

「つか、呼び出すなら王道で魔法陣の上だよ! それで『貴公は魔王を討つために呼ばれた伝説の勇者である』的な展開に続く!」

 

そんでもって僕は巻き込まれ系異世界ファンタジーに参加することになって途中で殺されちゃうんだ。…………殺されちゃうのかよ怖い。

 

「よく分からないけれど、捻りがないわね。出直しなさい」

「捻りがなさすぎてつまんねーよ」

「アッハイ」

 

そりゃ悪かったぜよ…………でも悪いね、良くも悪くも凡庸なんだよ僕ちゃん。

つか君ら息ピッタリね…………おそらく初対面でしょう? それだけ波長が合うってことだろうけどさ。

 

少し頭が痛くなってると、無口系美少女が口を開いた。

 

「此処…………どこだろう?」

 

おそらく、この場の誰もが知りたいと思い…………その実、答えを知っているであろう問い。

 

僕の手紙には『箱庭』という単語があった。

そしておそらく彼らにも、

 

「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が?」

 

ホラね? 金髪イケメンの質問に、僕は確信を持った。

 

「そうだけど、まずは『オマエ』って呼び方を訂正して。私は久遠飛鳥よ、以後は気を付けて。それで、そこの猫を抱きかかえてる貴方は?」

「…………春日部耀。以下同文」

「そう。よろしく春日部さん。次に、初っ端から墜落死した様に見える重傷の貴方は?」

 

今度は死んだとは言わなかったことに満足しながら、お嬢様系美少女改めて久遠サンに促されたので意気揚々と自己紹介をする。

 

「はい、僕の名前は景山健太です! 身体能力、頭の出来、容姿、性格、何から何まで普通で平凡であることを自負しています! 所詮どこにでもいる一般人なんで、名前なんて覚えていただかなくても結構です!」

「よろしく景山くん」

「よろしく健太」

 

覚えていただかなくても結構と言ったそばからコレだよ(憤慨)。というか、この無駄に見目麗しゅうござっていやがるこの3人から漂う御都合主義パゥワー臭よ…………ああ、僕はまたもや名前付きモブの宿命から逃れられないのか…………。

 

「とりあえず…………『寝言は寝て言え』と言っておくぜ景山。…………なんつーか、言われる側だったのにいざ他人に言うとなると、思った以上に感動するな」

「ひ、酷い…………!?」

 

そんなこと言うなよォ!! 僕のハートらガラス製なんだよォ!! …………まあ友達からは『ガラスはガラスでも超強化ガラスだろ?』って言われるんですけど。

 

「まあ、百歩譲ってそういうことにしておくわ。確かにどこにでもいそうな雰囲気はしてるものね。で、最後に野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」

「高圧的な前フリをありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

 

うわぁ…………どっちが高圧的だよこの金髪学ランヘッドホンの不良系イケメン改めて逆廻クン。しかもそんなこと言ったら…………。

 

「そう。取扱説明書でも書いてくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 

ほらね(絶望)。仲間になりそうな流れなのにこんな険悪なムードにして良いのかね?

 

「ハハ、マジかよ。じゃあ今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

 

あ、あかん。これはあかん。僕に止めることはできないが、此処で最後の1人である無口系美少女改め春日部サンに助力を求め───────

 

「……………………」

 

あ、ムリだわ。だって傍観決め込んでるし。

 

(誕生日なのに、酷い目にあうなぁ何故か…………)

 

そんなことを思いながら、どうやって日が暮れるまでにうちに帰ろうかと頭を悩ませる僕なのでした…………。

 




死因→墜落死


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記録その2-流れに逆らうから、彼は自称凡人

 

「で、呼び出されたはいいけどよ、何で誰もいねぇんだよ。こういう場合って、招待状に書かれていた箱庭とか言うものの説明をする人間が現れるもんじゃねぇのか?」

 

少しして落ち着いた空気の中、逆廻クンがそう言った。

 

「そうね。なんの説明もないままでは動きようがないもの」

「下手すりゃ死にかけちゃうものね!」

 

なにせ、異世界だ。前の世界とはルールすら違うことは考えられるし。

 

「…………そうね」

「なんでいそんな殺しても死なないバケモノを見る目つきをして」

 

事実だけどさ。

 

まあそんな風に、またあーでもないこーでもないと議論をしていると、春日部サンがボソッと口を開いた。

 

「………。この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」

 

うん、そのセリフは最もなんだけど…………

 

「……1番落ち着いてそうな君が言うの? 所謂おまいうってやつだよ?」

「「「いや、オマエ(貴方)(あなた)も人のこと言えない」」」

「何故に⁉」

 

いやいや、割と慌てふためいてる方なんだぜこれ!? 落ち着いてるように見えてね!!

 

「だって既に重傷でしょう貴方」

「普通はパニックになるはず」

「ま、アレ見て落ち着いてる俺たちも俺たちだがな」

 

あ、同類だと仰りたいので? わーいわーい!! …………こんな異常者と同類とか、死にたい。

 

とまあそれはともかく。

 

僕は、()()()()()()()()近くの茂みに視線だけ向ける。

 

「…………思ったんだけどさ」

 

呆れを滲ませて、僕は告げる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……ふぅん?」

「……へぇ?」

「…………」

 

やっぱり。全員気がついてやがった。

 

「じゃあ何故貴方も気がついたのかしら、教えていただけるかしら、自称凡人である景山くん?」

 

言葉に妙な強制力を感じつつ、それを無視し、少し悩んだそぶりを見せてやっぱり口を開く。

 

「うーん、あそこが『異常』だったから?」

「…………え?」

「別に『気配を読んだ!』とか、『生命の鼓動が!』とかそんな凄いパゥワーを持ってるわけじゃないんだけど…………どーも、歪みだけは感じることができるわけよ。普通と比して……この場合は一般的な人間という意味だけど、そこからどれだけ歪んでいるのか、だけは分かる。君らも大概にして歪んでる『異常』だけど、あそこの繁みの向こうの方から感じられる『異常』も大概だ。多分、あそこに居る何某が僕らを喚んだのでは? と拙いながらに推測するよ」

 

なーんでこんなスキルが身についてしまったのか…………いや、コレは元々あったものでしょうけど。普通ならお世話になる様なものじゃないと思うんだよなぁ。

 

「まあ、僕はそんな感じでどれだけ隠れようが否応にも分かってしまうんだけど…………どーせ君はそうじゃないんでしょう?」

「………まあ、風上に立たれたら流石に」

「あんなの隠れているうちに入らないわ」

「だな。隠れん坊なら出直してこいとぶっ飛ばすレベルだ」

 

そんなわけで、全員繁みに向かって視線を向ける。それに込められたのは、好意的ではない感情。まあ、一歩間違えたら死ねる様な登場の仕方をさせたのだ。僕だって怒ってる。

 

「早くしてくんないかなぁ…………悪いけど、気が立ってんだ」

 

イライラを隠そうともせずに、足で地面をタンタンと鳴らして言う。実際にこっちは死にかけたのだ。死んでないけど。でも、僕じゃなかったら取り返しのつかないことだということは分かっている筈なのに。

 

流石に耐え切れなかったのか、繁みからガサリと音がして…………そこから人間…………人間? が現れた。

 

「あ、あの…………」

 

人、と言うには、彼女は少々奇抜な容姿をしていた。

別に、醜悪というわけではない。寧ろこの上ない美女である。それも絶世の、と付けても違和感がないレベルだ。スタイルも、出るところは出て引っ込むところが引っ込んでいるという、ワガママ仕様。なにこいつ、無駄に綺麗で逆に違和感ありまくり。

 

じゃあ何故奇抜なのか。それは、頭上からまるでウサギの様な耳が生えていたのだ。ついでに、尻の上に尻尾も生えていた。

リアルバニーガールとでも言えばいいのか…………。ついでに言うなら服装も奇抜なのだけど…………ま、僕の語彙が足りないから語りはしないけどさ。

 

まあそんな彼女はこれでもか、というくらいに青い顔で震えていた。ま、十中八九僕のせいだけど。だが謝らない。僕に落ち度はないのだから。

 

と、思っていたら────

 

 

 

「本ッ当に!! 申し訳ありませんでした─────ッ!!!」

 

 

 

全力の謝罪。渾身の土下座。

うん、分かる。まあ謝ってくれたら許してあげようと思ってたけど、ここまでガチでやられるとは思ってなかった。

 

「え、ちょ、止めようよ!? 多分ワザとじゃねーんでしょう!? 土下座までさせるつもりは無いってば!!?」

「いいえ、止めません! 本来なら、この程度ですら足りないのですから!」

「いやいや、止めてよ!? じゃないと───────」

 

チラリと異常な少年少女軍団に目を向けると、

 

「女の子に土下座を強要させるとか…………最低ね」

「………女の敵」

「…………にゃー」

「おっと近寄るんじゃねえぞ? 俺も敵扱いされちゃかなわねえ」

「こうなっちゃうんですよねェェェエエエエエッッッ!!! ってか猫にまで責められてるゥゥゥゥウウウウウッッッ!!!」

 

ほらね(絶望)。全員絶対快楽主義だよ、馬を面白くすることに命かけてるに違いない。だってニヤリと笑いながら煽ってるんだもの!

 

「だから、ね! ね!? やめて下さいってば!! 僕はもう気にしてませんからァァァアアアアアッ!!」

 

なんだってこんな目にあうのだ…………もう嫌だお家帰りたい。

 

→暫くお待ちー→

 

「───あ、あり得ん、あり得んぞ…………事態の収束に一時間も掛かるなんて」

「ううっ…………すみません」

 

どうにかしてこのバニーガール…………えっと、名前は『黒ウサギ』だっけ? を落ち着かせ、とりあえず僕は気にしてないという旨を何回も伝えることでようやく落ち着いた。勘弁して欲しいとはまさにこのこと。

 

「コントは良いからサッサと進めろ」

「コント染みたやり取りをせざるを得ない原因の一つのアンタが言うなッ!!」

 

とはいえ、説明してもらわなければならないというのは事実であり。

 

「えっと黒ウサギサン、で良いのかな? 用意してる定型文とかカンペ見てもいいから、説明していただけると嬉しいかなぁ?」

 

そう言うと、まるで水を得た魚のように表情を光らせ、へたらせていた耳をシャキンッ!! と伸ばした。

 

「分かりました! 不肖この黒ウサギ、全力で説明させていただきます!」

 

そして、説明が始まった。

 

「ようこそ《箱庭の世界》へ!我々は皆様にギフトを与えられた者だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼンさせていただこうかと召喚いたしました!」

 

 

それは、日常という平和なぬるま湯に浸かり続けてきた僕の、平穏の終わりを告げる、鐘の音。

 

 

◇◇◇

 

 

黒ウサギの話を要約すると、

 

・ここは『恩恵(ギフト)』と呼ばれる異能をもった人間並びに人外共が、ゲームをしたり愉しく生活する為の場所

・ここでは生活するにあたり、活動の拠点となる『コミュニティ』に属さないとやってけない

・ここでは様々な『ギフトゲーム』と呼ばれるものに参加可能、だが参加資格が定められているものもアリ

・ギフトゲームでは、自身のギフトも含めていろんなモノを賭けたり手にいれたり出来る

・ほぼギフトゲームが箱庭のルールみたいなモノだが、『殺人は罪』みたいな一応の禁止事項もある(優先されるのはもちろんギフトゲームの方だが)。

 

ザッと纏めるとこんな感じか。

しかし、これはおそらく基本中の基本だろう。

 

「質問!」

「はい、なんでしょう?」

「ぶっちゃけ巻き込まれたくないので帰りたいんですが」

「…………え?」

「「「…………」」」

 

空気読めよ、というみんなの視線と…………まるで殺人犯が探偵に『犯人はお前だ』って言われた時の様な進退窮まった様な目をしている黒ウサギ。

 

…………あまり想像したくはないけど。聞かずには、いられないか。

 

「悪いけど。僕にはそんな大した才能があるわけでもない…………ぶっちゃけると、死なない程度だ。それ以外はやっぱり平凡な人間で、こんな人外魔境でやっていこうとは思わない。第一、僕はそんなギフトだっけ? かを試したいとも思わなければ、家族も友人も財産も世界の全てを捨てようとも思ってなかった。なんなら今日は僕の誕生日で、僕の大切な人が僕を祝ってくれようとしてるのをワクワクと楽しみにしていたくらいだ。…………覚悟はしてるから正直に言って。僕は、帰れるの?」

 

本当は覚悟なんてできちゃいない。『そばにいてくれるよね』と言い合ったあいつを放置するぐらいから、僕は死んだっていい。でも、聞かなけりゃ死ぬことすらできない。

 

「申し訳ありません…………黒ウサギでは送り返すことはできません」

「それは、『すぐには帰れない』という意味と取っていいの?」

「ええ。あるギフトを持つ方なら、外界と箱庭を繋げることも不可能ではないでしょう」

「それは、現実的な案?」

「…………極めて、非現実的です」

「……………………そうか」

 

つまりは…………ほぼほぼ僕はあの世界に帰れない、ということ。

 

スマホを見る。圏外だ。もう友人達と連絡を取ることすらできない。

 

家を放置した。たくさんの思い出が残る、家族がいた証を意図せずとはいえ放置した。

 

な、なんて顔をすればいいんだろうか…………ははっ、高校生にもなったのに視界が歪んでくる。

 

「ど、どうしよう僕…………リアルに生きる気力が湧いてこないよ」

「ほ、本当に申し訳ありません。非現実的とは言いましたが、アテはないこともありません。どうにかして──────」

「いや、いいよ…………なんかもーどうでも良くなったからほっといて…………」

 

差し出された手を振り払ってヨロリと立ち上がる。あ、そういえば近くに池があったよな…………死に続けるならもってこいだ。

 

「それではさようなら…………」

「ちょ、ちょっと!?」

 




死因→溺死


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記録その3-覚悟を決めたからこそ、彼は異常な普通

 

ガボガボと1度死んだところで頭が冷えたなーって思ってたら、急に引っ張りあげられた件。

 

「健太さんッ!!!」

「あ、はろー黒ウサギサン」

「この……お馬鹿様ッ!!」

 

かるーく挨拶したら、頰っぺたをバチコン! とはつられた。

 

「ここまで追い込んだのは黒ウサギだということを承知で言わせていただきます!! それでも……軽々しく死ぬだなんてことはしてはいけません…………!!!」

「…………あ」

 

あ、やべ。黒ウサギサンのトラウマをつついたかもしらん。

 

ちょっぴりあわあわしながら土下座。困った時はコレだよね。

 

「す、すみませんでした…………落ち込んだ時は死んでから出直すと落ち着くからつい…………」

 

本当はやっちゃあいつにも半殺しにされちゃうけど、あのままいくと再起不能になりそうだったし…………。

 

「ですが、本気で死ぬ気はないのでご安心を! もう持ち直したので大丈夫です、もう自殺はしません(多分)!!」

「本当ですか……? 本当ですよね……?」

 

多分! だってなんだかもう一回死にそうな気がするし!

 

まあそれはもう置いておいて。

 

「とにかく、もう持ち直したのでもう大丈夫です。あの世界に戻るのが並大抵の努力ではどうにもならないと言うのなら、並大抵以上の努力で覆してやります。…………思うところはあります。誠実とはいえない対応にも文句を言いたい気持ちもあります。でも、そういう運命だったのでしょう。そんな理不尽、凡人らしくやり過ごしながらなんとか活路を見出そうかと思います」

「…………本当に申し訳ありませんでした。黒ウサギも、出来うる限りの─────」

「あ、それはいいです」

「へ?」

 

いやだって、これは僕の問題だものね。

他のみんながこの世界を楽しむ方向でいる以上、僕はやはり異物であり、異物は淘汰されるべきなのである。

 

「だから気にしないでください。それよりも、僕の分まで彼らにこの世界の楽しみを教えてあげてくださいな。本当ならこんな厄介者無視すればいいのに、それをしなかったところを見ると貴女は良いヒト……ヒト? だ。それだけで当面は戦えそうです」

「……………………」

 

あれ、今度は『悪いことしようとしてる悪人になれきれない善人』みたいな目をし始めたぞ?

 

「ま、とりあえず中断してすみませんでした。みんなも、雰囲気最悪にしてごめんなさい。目の前で自殺するなんて」

 

流石に人の前で自殺は配慮がなさ過ぎた。いくら絶望したとしてもアレはない。

 

「……いや、お前は死なないんだろう? だからどーでもいい」

「私達は頭を冷やそうと池に身投げする変な人を見ただけ。それでいいじゃない」

「…………とりあえず、私は気にしない」

「……にゃー」

「……………………」

 

あー、これ完全に気ィつかわれてるパターンだ。声の端々から労わるようなニュアンスが届いてきて一層申し訳なくなる。…………いや、本当にごめんなさい。

 

「それにしても、その…………本当に大丈夫なの?」

「まぁ、僅かな可能性を掴むために頑張るのは悪くないかなぁと。分の悪い賭けは嫌いじゃないし」

 

持ち直したのなら、僕がやることは決まった。

なんとしても、あのくそったれで素晴らしい世界に帰るために死力を尽くさなくては。…………死力と言っても、僕ちゃんは死ねないんですけど。

 

 

◇◇◇

 

 

さて、全ての説明を終え、逆廻クンの『この世界は面白いか?』という問いに『Yes』と答えた、実にいいタイミングで僕は更に水を差すことにした。

 

「質問!」

「は、はいなんでしょう?」

 

今度もまた空気読めよ…………的な視線が来るのかと思いきや、今度は不安そうな視線を向けられた。いやごめんね、というか君らのこと無駄に見目麗しゅうござっていやがる一癖も二癖もある少年少女集団だなんて思ってごめんなさい。

 

「なんで黒ウサギサンは、僕らを『箱庭』に召喚したのかな?」

「それは、皆さんにこの『箱庭』で面白おかしく過ごしてもらおうと…………なんて、本心から言えたらよかったのでしょうけど」

 

目に諦めの色を映しつつも、腹を括った様に、黒ウサギサンは切り出した。

 

「今回黒ウサギ達があなた達を喚んだのは…………知らぬ間に黒ウサギ達のコミュニティ『ノーネーム』に参加させて、その復興に協力してもらおうとしたからです」

「ハン! まぁ察しはついてたぜ。別に異世界から使える()()()()()()人材を召喚するより、確実に使える人材を探す方がよっぽど効率的だ。それをしなかったのは…………それすらも儘ならない程、黒ウサギ達のコミュニティ…………その『ノーネーム』だっけか? が、崖っ淵なんだろうな」

「…………度重なる不義理な真似、申し訳ありません」

 

…………え、そうだったの?

 

「……道理でさっき十六夜くんがコミュニティに属したくないと言った時に強く反応したのね」

「…………でも、なんで今言ったの? 十六夜は分かってたみたいだけど、私と飛鳥……多分健太も、気が付いてなかったから、そのままなし崩し的に」

「そ、そうだよ! 僕の発言なんて煙に巻いたらよかったのに!」

 

なんでそんな…………あ”。

 

「お前が質問したからこそだ、景山。いや、もしかしたらその前にゲロってた可能性はあるがな。ただでさえ『意に沿わない召喚』『召喚の不手際で殺害』『絶望させて精神を病ませる』なんてことをしたんだ。おそらく根は善人そうなこいつが、良心の呵責に耐えきれるわけがない」

「ぐ、ぬぉ………!?」

 

ま、マジか!? 僕のせいか!?

 

「とりあえず、騙そうとしやがった件については、なし崩し的にコミュニティに加入させる前に説明しようとしたってことと、一応は面白いらしいこの世界に喚んでくれたってことでチャラにしてやる。だが、」

「分かっています。せめて、なぜ我々がそこまで追い詰められたのかを、説明しようかと思います。言い訳の様に聞こえるかもしれませんが」

 

そこから彼女の口から語られたことは、ちょっと…………どころではない、想像の斜め上を行く内容だった。

 

 

◇◇◇

 

 

正直、舐めていたと言わざるを得ない。

 

黒ウサギサン達のコミュニティが、崖っ淵が、これ以上ない位の崖っ淵ってのは分かっていた。…………分かった気になってた。

 

かつては栄えた、人間がリーダーを務めるコミュニティ。それなりに名の通ったコミュニティだったそうだ。

 

それが、一瞬にして崩れ落ちる。

 

働き手、ゲームプレイヤーは奪われた。

残されたのは、働くことすらままならない子供達。

コミュニティを支えていた恩恵もまた根こそぎ奪われた。

残されたのは、使い途のない広大なだけの死んだ土地。

名前と旗印も奪われたらしい。この箱庭では、それはこれ以上ない位の屈辱らしく。『名無し(ノーネーム)』は、これ以上ない蔑称なのだ。

 

地に落ちた、なんてレベルじゃない。

何も…………何もかもがない。

 

「我らをここまで突き落とし、何もかもを奪い去ったのは…………『魔王』。箱庭にて特権を悪用する存在を、そう呼称します」

「へぇ? 中々に素敵なネーミングじゃねぇか」

「それよりもその特権って?」

「…………飛鳥。多分それは、『ゲームを強制させる権利』だと思う」

 

僕と同じ疑問を持った久遠サンに、春日部サンが予想を述べる。そしてその予想は…………間違ってないだろう。

 

だって、箱庭ではある意味『ギフトゲーム』が法律だ、そのギフトゲームを強制させる権利があるのなら…………そういったことも、容易いはず。

 

「…………Yes. その権利を『主催者権限(ホストマスター)』と呼びます」

 

ゲームを開くから主催者ってか…………笑えないねぇ。

 

「確かにそれなら、何もかもを奪うこともできてしまうのだろうね…………それで、黒ウサギサン達のコミュニティは、一気に没落することになった、と」

「……Yes. 名乗るべき名、掲げるべき旗を守れなかった我らの信用は地に堕ち、再興の足掛かりを得ようとゲームに参加しようにもプレイヤーがおらず、今はなんとか黒ウサギの得る収入で、最低限食いつなげてはいるのですが…………」

「………そんなに苦しいのなら、新しくコミュニティを立ち上げたらいいんじゃないかな?」

 

至極もっともな意見である。背負わずに済む苦労は背負うべきではない。…………だが、それでは片付けられないのが、心である。

 

「春日部サン……多分それは、黒ウサギサンにはできなかったんだ。いわば、コミュニティは帰る場所。故郷であり、家のようなものなんだと思う。捨てきれないんだ、かつての同志が帰ってくる可能性を。それまで、例えどれだけ蔑まれ様と、かつての同志の帰る場所をなんとしてでも守りたかった。…………多分、そうだよね」

「その通りです…………!!」

 

そして僕の同意を求める声に、堪えきれなかったのか、黒ウサギサンの目から涙が溢れる。

 

「自覚はあるのです……無駄なことをしていると……!! ですが……ですが、我々が解散してしまえば、散り散りになった同士達は、何処に帰れと言うのですか……!! 残された我々が、諦めてはならないのです……!! 例え、砂漠で一粒の欠片を見つけるような、希望がほとんどない確率だったとしても……絶対に、絶対に!!」

 

…………帰るべき家を守りたい。その気持ちは痛い程に分かる。それ以上に、それまで積み上げた思い出の場所を無くすのは、それこそ本当に死んでも嫌だ。

 

「質問。死なない人間は役に立つかい?」

「「「「ッ!!」」」」

 

僕の発言に、みんなが息を飲んだ。

 

「高所落下しても死にません。窒息しても生き返ります。おそらく、ミンチにしても生き返るでしょう。…………まぁ、肝心のスペックの方が情けないんですが」

「い、いえ。そんなことはありません。ですが、黒ウサギは健太さんから帰る場所を奪った、いわば『魔王』と同類の存在なのですよ!? 何故自分を売り込むような……!!」

 

うーん、だって。

 

「個人的に、その『魔王』ってのが心底気に食わない」

「……え?」

「本当、ふざけんなって話だよね。相手が太刀打ちできないことをいいことに、理不尽を振りかざすヤツ。…………僕も、そんなヤツに色んなものを奪われた経験があってだね。他人事のように思えない」

 

そう……色んなものを奪われたのだ、あのクソ異常共に…………ッ!!!

 

「それに、『魔王』を倒していけば、名は当然売れるでしょ? そうなればもしかしたら、僕が元の世界に戻ることも現実味を帯びてくるんじゃない?」

「そ、それはそうですが、危険です! 『魔王』は、ただの理不尽とはわけが違」

「うるさいッ!! もう決めた、決定事項だ!!」

 

悪魔で、僕のためだ。別に同情だけでそんなことはしない。

 

 

 

「その『魔王』とか言う理不尽なクソ『異常』…………この『異常な普通:景山健太』が請け負った」

 

 

 

理不尽は許さない。クソ異常も、許さない。

 

あらゆるクソ異常共をねじ伏せてきたこの僕が…………『異常な普通』が、『魔王』を許さない。

 

「分かったか!! もし僕に対して申し訳なく思ってるなら、その『ノーネーム』とやらに僕を加入させ─────」

 

詰め寄るように一歩を踏み出すと、自分の服から垂らした池の水によってできた泥濘に足を滑らせ…………

 

(あ…………これ後頭部ルートだ)

 

ドジをやらかしたなー、と思うと同時に、これから来るであろう死の痛みに対して覚悟を決めて、僕は目を閉じた。

 




死因→後頭部強打


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記録その4-立ち向かえるからこそ、彼は異常な普通

やべぇ、一話一死になかなかならなかったから長い!?


かっこよく決めようとして滑って転んで後頭部直撃という笑えそうで笑えない事態に陥った後、女性陣には無駄に労られ、逆廻クンにはケラケラと笑われたことは僕の新たな黒歴史となることでしょう。

 

それはともかく、どうやら僕が死んでいる間に彼らも『ノーネーム』に加入することになったらしい。マジか、正気の沙汰じゃないね。

 

「既に散々な目にあってる景山くんだけには言われたくないわね」

「さらっと考えてること読むんじゃないよ」

 

逆廻クンは面白ければ何でもいい、とのこと。まあそれだけじゃない気もするけどね。この手の人間は、自分よりも凄いものを求める気がする(偏見)。

 

久遠サンは、おおよそ他人の望み得る全てを放り出して来たから、スタート地点の状況は然程気にはしないとのこと。おじょーさまの考えることはよー分からん。

 

春日部サンは、友達作りにこの世界に来たのだとか。いつの間にか僕も彼女の人間の友達3号として登録されているが、悪い気はしないので事後承諾もOKだ。

 

そんなこんなで我々一行は、黒ウサギサンの先導で本当の意味での箱庭(今いる場所は外側らしい)に向かって歩いていた。

 

(大丈夫か? 泥濘はないか? 罠もないよな?)

 

とりあえず、これ以上死ぬのは基本的に勘弁なので、注意深く周りを見渡す。死んだ所為で知らない天井を見る羽目になるのは嫌なのだ。

 

「せめて爆死だけは避けたいものだ…………あれ痛いし」

「不死身以外は一般人っつーのも嘘臭く聞こえるな。どこの一般人が爆死する機会があるんだよ」

「ちょっと一生にあるか無いかの機会に恵まれてね。なんなら蜂の巣にされたこともあるよ…………もうあれ痛いを超えて途中から何も感じなくなるんだよね…………」

 

まあ流石にファンタジー世界で銃器を相手に戦うなんてことはなさそう…………無いよね? フラグとか嫌だよ?

 

「で、それはともかく逆廻クン。キミ、今からどっか行きたいんだろう? 黒ウサギサンの意識が僕に向いてない間に行ってきたらどうだい?」

「気が付いてたのか?」

「単なる勘だけど」

 

まあ割と……どころか本気で察したら外さない勘を、勘と呼べばだけど。

 

「君のソレと僕のソレは一緒にはできない程の差があるが…………『浪漫』は男にとっての心の燃料の1つだ。補充するにはもってこいの世界だろうし、はっちゃけるのも悪くないんじゃない?」

「面白ぇこと言うじゃねえか。そんなら、一緒についてくるか?」

「そりゃ勘弁ってね。君みたいなあからさまな規格外なら未だしも、僕みたいな死なないだけの凡人を連れて行くのは興醒めの原因にしかならない。…………僕もこれ以上は死にたくないからね」

 

本来死ぬという行為は1回だけの特別なものだ。バカスカ死ぬのは精神的にも『死』という現象の貴重性を保つためにもやってはいけないのよ!

 

「じゃあまぁ…………土産話楽しみにしてるよ」

「おうとも」

 

そう言って、逆廻クンは勢いよくその場から飛び出していった。

 

…………とりあえず、黒ウサギが気がつかないように頑張ろうか。

 

 

◇◇◇

 

 

さて、そんなわけでようやっと入口へと到着したらしい。分厚い外壁のその向こうには、どんな光景が広がってるのだろうね?

 

「ジン坊ちゃーン! 新しい方を連れてきましたよー!」

 

黒ウサギがテンション高めに、前方にいるダボダボしたローブに身を包む男の子に声をかけた。

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの3名が?」

 

ダボダボ少年は『ジン』というらしい。そのジンくんが、不安げな目をしながら僕らを見て黒ウサギサンに問うた。

 

「はいな、こちらの御四名様が──────」

 

クルリ、と振り向いた。

ビシリ、と凍りつく。

 

「…………え、あれ? おかしいですね、黒ウサギの幻覚なんでしょうか…………十六夜さんはどちらに?」

「ああ、逆廻クンはあっちに行ったよ。多分世界の果てでも見に行ったんじゃないかな?」

 

指差して親切に教える僕ってばマジ善人。まあそんな冗談はともかく。

 

「ウ、ウソでしょう!? なんで止めてくれなかったんですか!!」

「いやだって、『浪漫』は男にとっての心の燃料だし。補充しないと死んじゃう」

「嘘おっしゃい!!」

「実演してもいいけど」

「健太さんの場合はシャレにならないからやめてください!!」

 

まあそんな漫才を展開していると、ジンくんが顔を青ざめさせながら声を荒げた。

 

「た、大変です! 『世界の果て』にさギフトゲームのため野放しにされている幻獣が!!」

「幻獣、と言うと?」

「は、はい。ギフトを持った獣の総称なのですが…………『世界の果て』付近には強力なギフトを持った幻獣がいます。出くわせば、人間ではとても…………!」

「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」

「ゲーム参加前にゲームオーバー…………クソゲー?」

「心にもないことを言うもんじゃありませんぜお嬢様方。ほら、草葉の陰から逆廻クンが怒って現れるかもしれませんよ?」

「冗談を言っている場合じゃありませんっ!」

 

御尤も。流石に冗談のたちが悪かったね。

 

「では、えっと…………ジンくんとお呼びしても?」

「え、ええ。コミュニティのリーダーをしている『ジン=ラッセル』です」

「ではリーダーと。その幻獣とやら…………土地神以上の力を持ってる奴はいるのでしょうか?」

「基準にもよりますが…………流石に神に届き得るものはいないとは思いますが」

「そうですか」

 

うん。それならば多分安心かなぁ。

 

「はぁ……感動した後にコレですか。仕方のないことなのかもしれませんけど。ジン坊っちゃん、申し訳有りませんが、御三人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「分かった。黒ウサギは?」

「此処にはいない最後の同士を捕まえてきます。…………何もなければいいのですが」

 

まあ万が一ということもあるのはあるわな。ほら、現に3回ほど人死が。

 

「それでは、一刻程で戻ります。それまで、ご無事でッ!!」

 

瞬間、黒ウサギの髪の毛が緋色へと変わる。…………え、黒ウサギじゃなくて赤ウサギなのん?

 

と、思ってる間にバビュン! と空気を切り裂きながら、弾丸の如く飛び出す彼女を見て、僕らは感嘆の息を漏らす。

 

「………箱庭の兎は、ずいぶん速く跳べるのね」

「………地球のみんなも、かなりの脚力だけど」

「………ああ、あの脚力ぱないもんね。でもアレはもはや………兎じゃなくてUSAGIでしょ」

 

人間大になったって、あんなに速くは動けまい。黒ウサギ…………恐ろしい子!

 

「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に、特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り問題はないと思うのですが…………」

「…………『ノーネーム』は最底辺の証だと聞かされたんだけど、なんか彼女だけ別格だなぁ」

「ええ、僕らも彼女に負担を掛けてばかりで申し訳なく…………え?」

 

僕の発言に何かびっくりするところがあったのか、リーダーの言葉が詰まる。

 

「ああ成る程。安心していいわジンくん。黒ウサギからあなた達の、そして私達がこれから加入するコミュニティ『ノーネーム』についての説明は受けてあるわ」

「……納得した上で決めたから、慌てる必要はない」

「え、ええ……? ありがとうございます」

 

…………なるほど、隠すつもりだったからその様にリーダーも動いていたわけだから、面食らったわけね。

 

「じゃあ自己紹介をば。僕の名前は景山健太。で、そこのお嬢様ルックの彼女が」

「久遠飛鳥よ。最後に、そこで猫を抱えているのが」

「春日部耀。以後よろしく」

「コミュニティ『ノーネーム』のリーダー、ジン=ラッセルです。若輩ではありますが、よろしくお願いします」

 

さて、挨拶も終えたところでようやっと入口だ。願わくば、魔王戦以外は死ぬようなことがありませんように。

 

 

◇◇◇

 

 

トンネルをくぐり抜けると、そこは雪国…………何てことはなく。欧風の街並みが広がっていた。……あと、不思議なことに外からは天幕に覆われていた筈なのに、空に太陽が浮かんでいた。

どうにも、内側からは不可視らしいあの天幕は、陽の光が浴びれない種族のために設置されてるんだとか。…………吸血鬼か。あまりいい思い出ないんだよなぁ。あいつら強過ぎて倒すのに13回は死ねる。

 

まあそんなこんなで、黒ウサギと逆廻クンを待つという名目で、僕らは六本傷の旗を掲げるカフェテラスで一息つくことに。

 

座った瞬間、とはいかないが、座るとすぐに店の奥から猫耳ウェイトレスが飛び出てきた。…………うさ耳少女がいるなら、猫耳少女もそりゃいるか。

 

「いらっしゃいませ! 御注文は?」

「えーと、紅茶と緑茶を二つずつ。あと軽食にサンドイッチを四つと」

「にゃにゃー!」

「かしこまりました、ティーセット四つにネコマンマですね」

 

…………え?

思わず僕らは春日部サンの抱える三毛猫に視線を向ける。

というか、それ以上に春日部サンが無表情だった顔を思いっきり驚愕の色に染めていた。わぁびっくり。

 

「三毛猫の言葉、分かるの?」

「そりゃ分かりますよー私は猫族ですから。お歳の割に随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ちょっぴりサービスさせてもらいますねっ」

「にゃーにゃにゃー、にゃーにゃー」

「やだもーお客さんったら!」

 

三毛猫サンの鳴き声にイヤンイヤンと尻尾を振った猫耳ウェイトレスさん。そのまま店の奥に消えていくが…………うーむ、すごい絵面である。

 

「……箱庭ってすごいね三毛猫。私以外に三毛猫の言葉が分かる人がいたよ」

「にゃーにゃにゃー」

「ちょ、ちょっと待って春日部さん。貴女、もしかして猫と会話ができるの?」

「珍しいことでもないでしょ? 僕の親友はなんやかんやして動物と喋れるから」

「「「え?」」」

 

あり? 今度は僕の方に視線が集まった。

 

「確か、『動物の言葉が分かる翻訳機〜☆』とか言って自慢してたし。でも鳥類はちょっと厳しくてまだまだ研究しないと、とも言ってたけど」

「………ちょっと、会ってみたいかも」

「そう言ってもらえると嬉しいね。まあ、その為には魔王をぶっ飛ばしていかないといけないわけだけどさ」

 

なお、そのあとの会話から、春日部サンは生物となら誰でも意思疎通ができるらしい。羨ましい…………僕、不死身になんてなれなくてよかったから、イルカと喋りたいのよ…………。

 

「春日部さんは素敵な力があるのね、羨ましいわ」

「本当に羨ましい…………僕なんか不死身だぜ? スプラッターだぜ? ざっけんなって話だよね」

「あら、私からしたら、それも素晴らしい能力だと思うわよ景山くん」

「お世辞でも嬉しいよ。ちなみに、久遠サンは?」

「私? 私の力は…………その」

 

あ、しまった。どうもデリケートな話題だったらしい。どうしよう? と内心あたふたしていると、僕らの座ってる席に、大男がやってきた。

ぱっと見2メートルオーバーの身体に、ピチピチタキシード…………なんというか、きんもい。

 

「おんやぁ? 誰かと思えば、東区画の最底辺コミュニティ『名無しの権兵衛』のリーダー、ジン君じゃあないですか」

 

……………………なんか、嫌な野郎だな。性格もさることながら…………その中身が。

 

「えっと、リーダー。僕らのコミュニティって『名無しの権兵衛』だったんですか?」

「いえ、『ノーネーム』で間違いありません。僕らの新たの同士の誤解を招くので、間違いを教えるのはやめてくれませんか、『フォレス・ガロ』のガルド=ガスパー」

「黙れこの名無しが。聞けば新しい人材を呼び寄せたらしいじゃないか。よくもまあここまで過去の栄華に縋ることができるものだ…………そうは思わないかい、異邦人の皆さん?」

 

そう言って、彼は空いてる席にドカリと腰を下ろした。…………品の無い愛想笑いだなあ。もっと、どうにかならないものかね? いや気にしてもしゃーないか。

 

「失礼ですけど、同席を求めるならば名乗ったのちに一言添えるのが礼儀ではなくて?」

「ついでに言えば、初対面なのに過剰に馴れ馴れしいと思うのですよ。フレンドリーなのは良いことだと思いますが」

「し、失礼。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ『六百六十六の獣』の傘下である「烏合の衆の」コミュニティのリーダーをしている……… って待てやゴルァ!! 誰が烏合の衆だ小僧ォ!!」

 

…………おお、リーダーってば意外と毒舌さん? まあ今ので大体このガルドと名乗った男についてはわかったけど。

 

「まぁまぁ落ち着いてくださいお二人とも。争いは何も生みませんよ? ま、それはともかくとしてガルドさん。貴方、どうして半ば割り込む形で同席したのですか?」

「それはですね、彼の────」

「先に言っておきますが、僕と彼女達はリーダーが率いるコミュニティの実情を聞かされています。だから、『新人を騙すなんて』などというお門違いな義憤をされても困る、とだけ」

 

そう先手を打つと、ガルドさんは面白い様に固まった。

 

「な、な……正気か!?」

 

おっと素が出ましたねー化けの皮剥がれるの早すぎー。

 

「あ、ゴホン! 失礼しました。ですが、少し認識が甘いのではと、私は思いますがね」

「ほぉ、と言いますと?」

「実情を聞いた、という前提で話を進めさせていただきますが。『ノーネーム』は、そうであるというだけで詰みなのです」

 

曰く、名前が無いというハンデから商いなどができず、人材に乏しい為にゲームがまともにできない。再興する手掛かりを既に奪われているも同然…………らしい。

『その点ウチは両者合意でのコミュニティを賭けたゲームで勝利を重ねて、この区画のほとんどを手中に収めた云々』などと自慢してたのは半分スルーで。

 

「成る程。ガルドさんの言い分は分かりました。ですがそこまで心配していただかなくても大丈夫ですよ。そうであることは想像はついていましたし、むしろ最底辺コミュニティの方が、少なくとも僕にとっては都合がいいのです」

「……そうですか(チッ)」

 

こ、こいつぅ…………舌打ちしやがった。ま、まあいい。

 

「そちらのお嬢さん方も、やはり彼の様に?」

「ええ。私は他人が望み得る全てを捨てて箱庭に来たの。環境なんてあまり気にしないわ。それなら私は、より面白い方に付くだけよ」

「友達を見捨てて乗り換えるほど、薄情じゃ無いつもり」

「お、面白い方……!? 友達……!? そんな理由で…………」

 

わかっちゃいたが…………ふむ、ここまでフルボッコだと逆に同情しちゃうな。

 

「…………チッ。黒ウサギを引き抜くダシに使えると思ったが、アテが外れちまったぜ」

「おぉ、黒い本性剥き出しってところですか? まあ1人でも人質要員確保できたら、あのお人好しっぽそうな黒ウサギならホイホイついていきそうですよね、加入するかはともかくとして」

 

しっかし、気に食わないねぇ…………。

 

「悪魔とも言えねぇ木っ端異形に足元見られんのは気分が悪くなる」

「…………あぁ?」

「言い方を変えよう。この、三流が」

「こ、このッ───────」

 

沸点が超えたのか、エセ紳士風の態度を全てかなぐり捨てて、その巨腕を俺の方に突き出してきた。うむ、コレは死ねる。

 

 

 

 

 

()()()()()()

 

 

 

 

 

…………ガルドの動きが、止まった?

 

「ッ!!」

 

慌てて声を上げた人物……久遠サンに視線を向ける。なんだか、不機嫌そうだ。

 

「景山くん……貴方、また性懲りも無く私たちの目の前で死ぬ気? これから友達になろうって人の死体を見る趣味は無いのだけど」

「あ、ああいや、ありがとう久遠サン。ちなみにこれが、キミの能力なんだね?」

「ええ。あまり好きでは無いのだけどね。軽く命令するだけでこのザマよ」

 

こりゃまあなんとピッタリな……とか思ったら失礼だろうけど。支配系の能力……生まれ持っての指導者ということね。

 

「く、くそッ!! どんなギフトを使ったのか知らねぇが、解きやがれ!!」

「お断りするわ。少し、貴方に質問ができたの。ですから、()()()()()()()()()()()()()?」

「─────ッ!!?」

 

またも久遠サンから出された命令に、ガルドは苦悶の表情を浮かべつつも椅子に座り込む。すげー、警察署に1人は欲しい人材なんじゃ?

 

「お、お客さん!当店で揉め事は控えてくださ──」

「お、丁度いいや。猫耳ウェイトレスさん、今から少し面白いものが見れると思うんで、少しだけ見ててくれませんかね?」

 

奥からただならぬ雰囲気を感じ取ったらしいさっきのウェイトレスさんが飛び出てくる……が、とりあえず押さえておこう。確かに気になるところはあるのだ。僕の思ってることが確かなのなら…………おそらく、証人はいた方がいい。

 

「まず疑問その1、『ガルド=ガスパーはどうしてコミュニティを拡大できたのか?』…………ということかな?」

「……自分の帰る場所を賭けるという状況は、おかしい」

「2人の言うとおりね。貴方はこの地域のコミュニティに()()()()で勝負を挑み、そして勝利したと言ってたわね。だけど、私が聞いたギフトゲームの内容はちょっと異なるの。コミュニティのゲームというのはホストとそれに挑戦する様々なチップを賭けて行うもののはず。……ねえ、ジンくん。コミュニティそのものをチップゲームにするのはよくあることなのかしら?」

「や、やむを得ない状況なら稀に。しかし、これはコミュニティの存続を賭けたかなりのレアケースです」

「でしょうね、箱庭に来たばかりの私でもそうであろうことは想像がつくわ。だからこそ、ゲームを強制できる特権『主催者権限』を悪用する魔王は恐れられてるはず。なのにその特権を持たないあなたが何故強制的にコミュニティを賭け合うような大勝負を続けることができたのかしら。そこのところ、()()()()()()()?」

 

またも強制される久遠サンの命令に逆らおうとするガルド……必死に口を閉じようとしている様子がわかる。…………まあ、おそらく無駄だろうけどね。

 

「き、強制させる方法は様々だ。一番簡単なのは、相手のコミュニティの女子供を攫って脅迫すること。これに動じない相手は後回しにして、徐々に他のコミュニティを取り込んだ後、ゲームに乗らざるを得ない状況に圧迫していった」

「……………………!」

 

想像以上の下衆さに思わず息を飲む。

こうなってくると、最悪の状況が頭を過る。

 

「まあ、そんなところでしょうね。貴方のような小者らしい堅実な手です。けれど、そんな違法な手段で吸収した組織があなたの下で従順に動いてくれるのかしら?」

「各コミュニティから、数人ずつ子供を人質に取ってある」

 

ああ、もうダメだ。おそらくその人質は…………

 

「……そう。ますます外道ね。それで、その子供達は何処に幽閉されてるの?」

 

 

 

 

「もう殺した」

 

 

 

想像したくはなかったその言葉に、思わず息を止める。

 

「初めてガキ共を連れてきた日、泣き声が頭にきて思わず殺した。それ以降は自重しようと思ったが、父が恋しい母が愛しいと泣くのでやっぱりイライラして殺した。それ以降、連れてきたガキは全部まとめてその日のうちに始末することにした。けど、身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。始末したガキの遺体は証拠が残らないように腹心の部下が食」

()()ッ!!!」

 

久遠サンの一喝。ガルドは口をガチンッ!! と閉じる。それと同時にパチンと鳴らした指の音で、奴の拘束が解かれた。

 

「おいおい…………勘弁してくれよ。僕、こんな方向での『ひとでなし』は期待してないんだけど。もしかして、箱庭ってこんな外道ばっかのかねリーダー?」

「……彼の様な悪党は、箱庭でもそうそういません」

「ああよかった。もしそうなら()()出すとこだった。…………余談だけど、久遠サンが引き出してくれたこの証言で、この外道はしょっ引けるのかな?」

「厳しいです。吸収したコミュニティから人質を取ったり、身内の仲間を殺すのは勿論違法ではありますが……裁かれるまでに彼が箱庭の外に逃げ出してしまえば、それまでです」

「…………成る程」

 

ゆらり、と僕は立ち上がる。

自分の瞳を黒い黒い虚に換えて。

 

「嗚呼不愉快、嗚呼不愉快。僕の目の前で…………外道な異形が息をしている」

「こ、このクソガキィ…………テメェ、どういうつもりか知らねえが……俺の上に誰がいるかわかってんだろうなぁ!? 箱庭666外門を守る魔王が俺の後見人だぞ! 俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るってことだ!? その意味が分かってんのか!!」

「分かるわけが、ないだろう?」

 

口元に嗤みを乗せ、一つ一つ歩を進める。

 

「悪いけど、こちとら怖いもの知らずの新人でね……抹殺対象が来ると脅されたぐらいで怯むほど、現実見ちゃ、いねーんだよ」

 

さあ挑発だ。人間のガキにここまで足元見られてんだ、クソみたいなプライドをぶら下げてるだろうこの木っ端悪魔なら、おそらく…………

 

「黙れェェェェェェエエエエエエエエエエエッ!!!」

 

振り上げられた巨腕。そして振り下ろされる拳が、僕を潰さんと頭部に迫る。

 

 

 

 

グチャリ、と響いたのは、何の音だったのか?

 

 

 

気が付けば目の前の外道は、皺くちゃになった虎の様な右腕を抱えながら呻き、僕の右腕は見事にひしゃげ、血をドボドボと垂れ流していた。

 

「ぐ、ぐぁぁあ…………!!!?」

「虎がベース、長く生きたことにより人間の霊格、悪魔と契約したことにより悪魔の霊格がごちゃ混ぜになった、雑種中の雑種。化けの皮を剥がしてしまえば……こんなものか」

「ちょ、景山く────」

「黙ってろ」

「……ッ!!」

 

邪魔をされては困るのだ。この虎は、ここで僕が塗り潰す。

 

「ガ、ガキィ……この俺に、何をした!!?」

「別に…………本来お前の在るべき姿に戻すだけ。余計なモノを身に付けたから、お前は道を外した。ならばそんなもの、必要なんてありはしないだろう?」

 

異物を排除する、僕本来の能力。

その能力が作用し始めていることを示すように、右腕を起点に奴の身体がどんどんしわがれた虎になっていく。

 

「や、やめろ……よせ……! 今まで、どれだけの犠牲を払って…………! そ、そうだ、お前達『ノーネーム』だろ!? 奴隷も、金も必要な筈だ!! 何でもやる、だから俺から…………俺からそれを───────」

 

 

 

 

「『異常(アブノーマル)[0]』。とっとと去ね」

 

 

 

後に残されたのは、息も絶え絶えな老いた虎。

 

「あ─────────」

 

そして僕も失い過ぎた血の為に、ぐらりと地に倒れこむのだった。

 

ああ、早速死んでしまった。だがまぁ…………満足だ。

 




死因→失血死


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記録その5-鬼札に成り得るからこそ、彼は本命

(遅くなってすみません…………こっそり投下)


 

必死こいて能力使った反動なのか、少し体が重い。そんなことを思いながら意識を取り戻し、目の覚めた僕は、ベッドに寝かされていた。…………何処かは分からないけれど、固いな。まあ掛けてある布団はまあまあだからいいけれど。

 

「……ん、気が付いた?」

 

そして、そんな僕の監視役であろう人が、その場にいた。春日部サンである。

 

「うん、最っ高の目覚めさ」

 

身体を起こし、少しだけ辺りを見渡してからそう口にする。どうやら、ここはどこかの個室らしい。外の窓から見える景色は暗く、あれからかなり時間が経ったようだ…………と思ってると、春日部サンがその目をジトっとさせて睨んできた。

 

「…………必要以上には言わないけれど。アレはどうかと思う」

「ふむ」

 

アレ、と言うのはあの下衆虎を再起不能にする為に一回死んだことを指しているのだろうね。

 

「でも、アレは確実にあの場で潰すべきだった。でも、僕は君たちの手札を知らなかった。そして、君たちの能力でアレを潰し切れるとの確証が得られなかった。だから、ああするしかなかった。んまあ、コンタクトを取る手間を惜しんだ点と、君たちを信用しなかった点については謝りましょう。でも、アレを潰す為に死んだことについては一切謝らない」

「…………そう。まあ、いいけれど。黒ウサギと飛鳥の方が怒ってたし。私からは、『立場を入れ替えて考えてみて』とだけ」

「……ん、それもわるかったよ。すまんね」

 

あ、そうだそうだ。気になることがあったんだ。

 

「あの後、どうなったの?」

「掻い摘んで説明すると、」

 

・ガルド=ガスパーは老衰で死亡。そして『フォレス・ガロ』は強制解散し、構成員はそのほとんどが罰を受けた。んで、吸収させられていたコミュニティは解放。その原因たる僕は、一応は殺しをしたけれど正当防衛が認められ、且つガルドの行ってきた所業が法の下に照らされた一助になった為に不問。それどころか、フロアマスターからの謝礼が出るらしい。

・それはともかく、死んでちょっとしてから黒ウサギと逆廻クンが帰還。またも死んでる僕に黒ウサギが取り乱す。僕の介抱を落ち着かせる為に黒ウサギに任せ、3人とリーダーが顔を付き合わせる。『この状況、利用できはしないか?』と。

・そして『ノーネーム』である僕が、『魔王の配下である悪党コミュニティの長』を倒したという『事実』を利用して、『ジン=ラッセルのノーネーム』を、『対魔王コミュニティ』として名を売るという方針を定めた様だ。その際、リーダーと少し揉めたらしいが、逆廻クンの説明で納得し、あることをやってもらうことを条件に了承。

・そして、フォレス・ガロがゲームで奪い取っていた旗の返還をリーダーが行い、『魔王退治はジン=ラッセルのノーネームにお任せ(意訳)』と宣伝した。これで良くも悪くも魔王から狙われることとなり、しかし志を同じくし、でも力の足りなかった皆の支援を受け易くする下地を作り、コミュニティを手っ取り早く立て直す作戦、その一歩目が成功。

・んで、本来ならこの後にも行く予定の場所があったらしいのだが、フォレス・ガロに纏わるゴタゴタの所為で時間を食い、さらに僕が死んだ様に眠っている為にその予定を明日以降に繰り越しせざるを得ず、これからの拠点となる『ノーネーム』へと。

 

「で、今に至る」

「成る程、説明ありがと」

 

想像以上に、話と事態は進んでいるらしい。そして、割と望んだ方向に。

だがしかし、『ノーネーム』を『魔王退治専門コミュニティ』として舵を切るには、いささか早すぎではなかろうか? あと、危険も過ぎる。

 

「まあこの辺りは後で逆廻クンに話をしないとダメか…………ま、そういう風に舵取りせざるを得ない状況を作り出した僕だ、文句なんて言えんけどな」

「でも、十六夜は『どっちにしろこうするしか『ノーネーム』に未来はない』って言ってた。必要以上に気にすることはないと思う」

「なら、そういうことにしておく」

 

そう思って背を伸ばす。ボキボキという音が、非常に心地いい。余談だが、骨の折れる音は、とても素敵な音らしい。僕はイヤだけどねそんなもの。

 

「とりあえず、報告してくる。皆心配してたから」

「んー、分かった。ごめんね、手間かけさせて」

「そう思うなら、次からは自重すること」

「アイアイマム」

 

そう言ってふざけつつ敬礼してみせる僕に、『こいつ絶対反省してないな』という視線を向けたあと、彼女は立ち上がり、部屋に一つあるドアから出て行った。

 

…………反省はしていますよ、反省は。もうちょいうまく立ち回れたら死んだことにも気付かれずに処理できたのに、とね。

 

そんなことを考えたバチが当たったのだろう。僕が入れ替わる様に飛び込んできた黒ウサギに涙目で説教を受けることになった。

 

うん、すまねぇ☆

 

 

◇◇◇

 

 

「で、説明してくれんだろうな?」

 

黒ウサギの説教、久遠サンのお叱りを受け、最後にやってきたのは逆廻クンだった。とりあえず、のっけから飛ばすねぇ…………。

 

「ヤダ、めんどくさい。健太なにもやってない…………」

「…………」

「なんて、言ってる場合じゃないのね。まあいいけどサ」

 

顔は軽薄そうに笑ってんのに、目が笑ってない。流石にヘラヘラと流すのは難しそうだ。

 

「悪いけど、能力について話はしないからね。分かってないことが多いんだ。それに、僕だけ話すのはフェアじゃないと思うの」

「まあいいけどな。だが、何をしたのかぐらい言ってくれねぇと、この先の方針が決められない」

「そりゃ簡単な話さ。ギフトを消した」

「だろうな」

 

知ってたんかいオノレ。なんて思いながら青筋を立てる。なんで言わせたし。

 

「確認ってヤツだ、念の為。一応黒ウサギや御チビ様に、『ギフトを消す様なギフト』はあるのかって聞いたが、あるにはあるが強引に掻き消す様なものに関しては心当たりが無いっつー答えが返ってきた。纏めると、『ありえない』ってこった」

「成る程、だから確認を取ったと。でも、ありえないことは無いさ。僕の対峙したガルド=ガスパーなる虎は、悪魔の霊格を得ていた。ピンポイントのギフトを掻き消すギフトなら、ありえなくは無いだろう? この場合、僕が『悪魔祓い』ってことだけど」

「確かに。そういうギフトなら存在しているとは言われたし、『悪魔祓い』なら可能かもしれないとも言われた。が、お前にそれらしい所が見受けられなかったことと、それだけでは説明のつかないことがあった為に、それは無いと断定した」

「というと?」

「件の虎は、悪魔だけでなく、人間のギフトも持っていたそうだ。だが、その痕跡がどこにも無い。これをピンポイントで消す様なギフトは、人間には備えられるはずがないとのことだ」

「……………………」

 

なんだろう、本当のことを言ってるのに追い詰められてるこの感じ。悪魔祓いだってことも嘘じゃねーもん。

 

「まあなんだ、何が言いたいのかって言うとだ」

 

轟ッ! と空気を打つ音を響かせて、僕の額に拳が添えられた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

なんてこったい、僕は疑われているのか? ま、分からんでもないがな。

とはいえ、そう思われるのは心外である。だが、

 

「たとえそうじゃない、と言っても僕には証明できるものが何もない。強いて言うなら…………僕は人であって人でなし。だから、そういうこともあり得るかもしれない…………ということかな」

「アレだけ自分を人間だと言い張ってたのに、翻すのか?」

「そりゃ、あの場ではそうやって言っておく方が都合が良かったからね。つか、のっけからそんなこと言ってみろ、頭を疑われる」

 

そう言って、僕は逆廻クンの目に視線を合わせる。

 

「嘘は吐く。逃げも隠れもする。良心だって痛まない。だけど、自分の心に誓った矜持を折ることはしない。僕と、僕に関わった全ての為に。だからもう一度言うよ。僕は魔王という理不尽を赦さない。……ま、それはこれからの行動で判断すればいいさ」

 

というか、

 

「本音や覚悟が聞きたいのなら、真正面から聞いてくれ。そんな演技、見破れないとでも思ったか」

「なんだ、バレてたのか」

「不死身だと公言してる人間相手に、そんな脅し効くわけないだろうことは、君の方が分かると思うけどな。頭良さそうだし」

 

むすっとしながら睨むと、逆廻クンはヤハハと笑って拳を下ろした。

 

「とりあえず、現状明かせる情報は貰ったから、そういう奴なんだと思ってやるよ。つーわけで、対魔王の尖兵としてボロ雑巾の様に使い倒してやるから覚悟しておけよ」

「へーへー。リーダー気取りかよ……」

「じゃあお前、あの御チビ様にこの『ノーネーム』回せると思ってんのかよ」

「今は無理っすな」

 

まあ、それでも逆廻クンが回さなければならないってワケでもないけどな。例えそれがベストなんだとしてもね。言わないけれど。

 

「つーか、なんで対魔王コミュニティに舵取りしたし」

「それをお前が言うのかよ」

「そうせざるを得ない状況にしたことは謝るよ。でも、もっと穏便にだね…………いずれはそうしないとなぁとは漠然と思ってたけど、もう少し足場を固めないと」

 

名前と旗を奪ったのは魔王である。だから、その魔王がもう一度襲いたいと思える様な状況を作り出す必要はある。

けど、まだ現状も分からん状況で背水の陣を張るのは間違ってる気がするんだ。

 

「いや、そういうわけじゃ…………いや、それでいい。確かにそう思わないでもなかったが、魔王とでも戦えるだろう人員を遊ばせておく理由にはならないだろ?」

「……それ、自分のこと?」

「ヤハハ! まあ、今日丁度神格っつーもんを持ってるらしい駄蛇をぶっ飛ばしてきたとこだから、この箱庭でもまあまあらしいのは分かったがよ。本命はお前だ、自称凡人」

「んー、突っ込みどころが多くて悩んじゃう!」

「ちなみに報酬で水源は手に入れたぞ」

 

おお、凄いねぇ。そういえば、水を今までどう調達してたか知らないんだけど。

 

「ガキ共にバケツで運ばせてたらしいぞ」

「流石です逆廻様」

 

思わず様付けだよ。子供にそんなことをさせるもんじゃない。よくやった。やはりあの時君を送り出したのは間違いじゃなかったのね!

 

「で、何故僕が本命?」

「『不死身』『恩恵削除』。この二つが揃うだけでも、魔王のギフトゲームでジョーカー足り得る。魔王の1番の武器を、コスト無しで殺ぐことができるんだからな。後はそれを成す為に必要な精神力。それも、さっきの見る限りおそらく問題ないだろ。少し癪だが、現状このコミュニティでの最大戦力はお前だ」

「…………成る程」

 

こき使ってやるというのは、そういうことなのか。あと、少し癪という台詞から、彼は負けず嫌いである様だ。まあそれは今はいいとして。

 

「だが、お前の自己申告を信じるならば、通常のゲームではあまり役には立てそうにない。無論、致命傷を受けてもどうにでもなるのはアドバンテージにはなるが、それ以外は普通の高校生。軽く話を聞いただけでも人外が蔓延るこの世界で、それだけでやっていけるとは思えねぇ」

「んー、まあそうだねぇ」

「そんでもって、『恩恵削除』は通常のゲームでは使わない方がいいだろう。ルールの上では問題無くとも、変に目を付けられる原因になる。後、対魔王コミュニティが魔王と似た様なことしてどーすんだって話だな」

 

確かに今話しただけのスペックだと、そういうことになるわなぁ。通常のゲームでは使えない鬼札。でも、鬼札を遊ばせておく余裕はウチにはない。だから、積極的にその札を切れる状況を作り出す、と。

 

「まあ、魔王を潰すと誓ったし、もちろん喜んで神風特攻するけどさ…………でも、それにしたって」

 

その魔王のゲームというのがどういうものなのか、わっかんねーんだよな。と言うか、僕個人の頑張りでどうにかなるものなのだろうか? という疑問もある。

 

「まあそこで君は、『実戦経験を積むことで全体の急激レベルアップを図る』とでも言うんだろうけどさ」

「よく分かってんじゃねぇか」

 

果たしてそれが上手くいくのかねぇ……いや、意地でも上手く行かせるけど。

 

「その為にも、知識は必要だね……」

 

半日死んでた身であるが、つくづく前途多難だよなぁこのコミュニティ。

 

 

◇◇◇

 

 

さて、体調が完全に回復した頃。

コミュニティのみんなが全員寝静まった夜。

 

「さて、暇だ」

 

既に寝てた様なものである僕は、もう一度寝ることができず、暇を持て余していた。

 

「……ふむ、どうしたものか」

 

とそこで部屋の隅に、箱庭に持ってこれたショルダーバックが目に入った。ちなみに、壊れた自転車は黒ウサギが回収してくれた。ファンタジーってスゲェよな、カバン無くても物の持ち運びができんだぜ?

 

「まあこの中に何が入ってるのかって言われてもね」

 

そう思って、中を漁り…………目を剥いた。

 

「え、ちょ、ええ?」

 

スマホが、着信中だった。

え、ちょ、圏外だったよね? つか、異世界に繋がるかよ普通? …………いや、既にこの状況が普通じゃないんだ、何が起こっても不思議じゃない。

 

そして、その着信相手は…………本来なら僕の誕生日を祝ってくれるはずだった幼馴染からだった。

 

「…………なんだろう、出るのがすごく怖い」

 

そう思ってると着信は途切れ待機画面に切り替わった…………そしてそこに映る、『不在着信:97件』という凄まじい情報と、同じ相手からの大量のメールを知らせる通知。

 

「ヒィッ!!?」

 

圏外なのに通じてるってのは、まあ百歩譲って納得しよう。なにせ我が幼馴染殿は、僕が知る中で1番の規格外で異常な存在だからだ。この程度のこともできるのかもしれない。

でも、これは流石に怖いしヒく。思わず悲鳴をあげて後ずさる程度には。

…………ああ、そういえばそろそろ精神的に不安定な時期になる頃だったか。

 

そう思いながら僕は、せめて掛かってきた電話は取ろうと、スマホに手を触れた。

 

が、それがいけなかった。

 

『バチンッ!!』

 

スマホが、火花を散らして爆発した。と言っても小規模だ。特に問題はない…………なんてことはなかった。

 

「ギャア!!? 服に火が点いた!!?」

 

爆ぜた火花が服を焦がし、黒煙を上げながら赤い光を灯した。そして、今の状態の僕だと、これはどうしようもないということ。

 

燃え始めたパーカーを脱ごうとしたらその間にジーンズに引火、そしてそれも脱ごうとしたらパンツや靴下まで…………つか僕呪われてないコレ!!?

 

「…………諦めるか」

 

このままだと脱ぐ過程で部屋を焼き、今いる建物を火事で焼失させかねない。つか、既に全身の2/3以上火傷してるので死ぬのは避けられない。

 

文字通り身を焦がす痛みに耐えながら、僕は部屋を燃やさない為に窓を開け放ち、飛び降りる。幸い、飛び降りた先に燃えそうなものはなかった。

 

「うう、とりあえず水路探すか…………」

 

視界が赤で埋め尽くされ、意識を失うまで。僕は、文字通り死ぬ様な痛みを少しでも和らげる為に水路を探すのだった。結局見つからなかったけど。

 




死因→焼死


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記録その6-齟齬があるからこそ、彼は疑われる

短いですスンマセン…………。


 

燃えたはいいが、そのまま死体を晒すわけにはいかない。

そう思った僕の判断で、音は『消して』いた。あの黒ウサギの耳は、おそらく見た目だけじゃないはずだからだ。

 

穴ぼこどころか燃えて灰になった服も復活。損傷なんて『無かった』。

 

「ふー」

 

燃えた痕も消し、燃えた事実を感じ取られないようにしたあとで、僕は息を吐いた。

 

まったく、気分は完全犯罪に腐心する探偵漫画の犯人だ。しかもチートである。どうなってんの?

 

「さて」

 

正直眠れないし、今から寝たら朝に響く。そも、睡眠を必要としない身体である、悲しいことに。

 

と言うわけで、『ノーネーム』探検だ。敷地内にどんなものがあるのか、それぐらいは把握しておきたい。

 

「というわけでレッツ、」

「ダメです!」

「あいてっ!?」

 

スパコーン! と、軽い音でハツられた。後ろを振り向けば、ハリセンを持った黒ウサギが、髪の毛真っ赤にして怒ってた。

 

「痛いじゃないか、なにをする」

「だまらっしゃい! それはこちらのセリフです! 夜中にふと目を覚ましたら、健太さんの心音だけ消えてて、心配したんですよ!」

 

ありゃ、そこまで消しちゃったか。失敗失敗。

 

「それで部屋に向かったら、もぬけの殻! しかもそこかしこに燃えた跡! 心音が復活したと思ったら部屋は何事も無かったかのように元どおりになりますし…………悪い夢でも見てる気分でした」

「あーらら……」

「貴方のことですよ貴方の!」

 

いやぁ、そう叫ばれても…………。

まあ、心配かけっぱなしなのでなにも言いませんがね。

 

「いやぁ、申し訳ない。ここにきてから黒ウサギには心配かけてばかりだね」

「く、黒ウサギのことは大丈夫です! それよりも健太さんの方が……!」

「やーねぇ、僕は平気さ。そういう風にできている。死にたがりと思われるのは心外ってもんさ」

「違うんですか?」

 

酷いな、そんな意外そうな顔するなんて。否定はできないけれど。

 

「そういう風にできていると言ったのは、僕の能力が…………こっちの世界風に言うとギフトかな? を、使うのに『死』に近づくことが条件として必要なのだよ!」

「……………………」

「嘘でしょ、みたいな顔をしないでよ本当なんだから。実演…………は、したら怒りそうだからしないとして。どうも、僕のギフトは防衛機能に近いものがあるらしいので」

 

そういうと、理解の灯りが点ったらしい。黒ウサギの顔に納得の色が浮かぶ。

 

「というわけで、死にたくて死んでるわけじゃないのです。結局死んでないけど。アレです、肉を切らせて骨を断つです。肉切られるどころか死んでますけど」

 

それでも、最近は死に近づくという定義が緩いことに着目して、スタンガンで一瞬心臓止めるだけで能力使える様になってたけど。スタンガンで強くなるなんて、主人公っぽいよね! 具体的に言うとどっかの文学少女がスタンガン浴びて無敵モードになるあの感じ!

 

…………火災の原因、スタンガンじゃなかろうか?

 

「そうなのですか…………いや、それにしても問題があると黒ウサギは思いますヨ?」

「んん?」

「健太さんのギフトの正体、本質は明日に回すとして……不死身のギフト自体は、人間が持つには珍しいものですが、ありふれたギフトです。ですが、進んで死ぬ所持者は非常に少ないです。もとより死んでいるも同じな『不死者(アンデッド)』ならともかく、生きている所持者は死ぬことを忌避しています。それは痛みもそうでありますが、生物としての『死を避ける本能』があるからです」

「なるほど…………つまり、あっさりと死ねる僕は生者として欠陥があると?」

「そ、そこまでは思っていません。ですが…………トラウマを抱えた人がこうなりやすい、とは思っています」

「……………………なるほど?」

 

思わず、心臓が跳ねた。幾ら表情を取り繕っても、バレてしまっただろう。

 

「まあ否定はしないよ。多分だけど、黒ウサギと同種のトラウマ持ちだろうからね」

「……え?」

 

だから、刺し違えてやる。いや、別に恨みからの行動ではなく、『お互い無闇に触れられたくないでしょう?』という意思確認だ。

 

「というわけで、散歩してくるよ。昼間寝過ぎた所為で如何しても寝れなくてさ。んじゃ!」

 

半ば逃げる様にその場を離れた。声をかけるでもなく、追ってくるわけでもないという事は…………そういうことなのだろう。そういうことにしておいた。

 

 

◇◇◇

 

 

そして、その数分後僕は後悔することになったのだった。

 

「なんと言いますか…………」

 

『魔王』というぐらいだから、素で世界征服とかできちゃうぐらいの危険なクソヤロウだと思ってた。

 

素で世界征服? ()()()()()()()()()()()()()

 

「マジかよ…………」

 

目に映る光景は。何百年もの時間をかけて朽ちていったであろうゴーストタウン。

 

木々は枯れ、土地は死に、残った建屋は、人の生活の跡は、忽然と消えた様な最悪の形で残っていた。

 

凡人らしく語彙は貧弱…………だが、それで良かったと今は思う。この光景を、言葉で表す術なんて持ちたくない。それ程までに、ドス黒い感情で埋め尽くされる光景だった。

 

思うに、魔王の襲撃があったのはそう前の話では無いはずだ。あのクソ虎の口ぶりからするに、10年以内の出来事だろう。

 

10年でこの『死んだ』光景を作れる…………いや、痕跡からするに一瞬だろう。最低でも時間を操作する能力はある筈。時間操作ともなると…………神クラスか。

 

舐めていたつもりは無かったけれど、想定外だ。これは…………本気でこの世界に骨をうずめる覚悟で事に当たらないといけない様だ。

 

皆は、見たんだろうな。多分、黒ウサギは見せた筈だ。最後通牒として。引き返すなら今だって。

そんでもって誰1人脱退してないんだから、あいつらバカだろって話だよ。こんなん僕が相手したら、死亡カウント5桁は超えるぞ。

 

もしかしたら、対魔王コミュニティとして舵取りするのは時期尚早だったんでは…………?

 

「なんだ、怖じ気付いたのか?」

 

そして、そんな僕の背後に立っていたのは、逆廻クン。おそらく、黒ウサギのやり取りが彼の寝室まで聞こえたのだろう。ったく、大きな声で話すから…………。

 

「すまんね、起こしちゃったかい?」

「いいや、興味深いモンも観れたし気にしてねぇ。それで、どうなんだ?」

「最低でも1万回は死ぬ覚悟を決めた」

「女性陣が泣くぞ流石に」

「死なないって約束して、全て上手く行くならそうするよ。でも僕はリアリストでね」

 

実質コスト無しの生贄でどうにかなるなら、その方がいいじゃない。なんて、そんなこと言うと多方面から怒鳴られそうだけれど。

 

「で、逆廻クンはこれを見た上で、対魔王コミュニティとして『ノーネーム』を再興させるつもりなの?」

「ああ」

「多分、魔王もピンキリなんだとは思うよ。でも、今の此処だとピンの方の魔王相手だと、瞬殺だ。それでも?」

「土台、不可能なことをやろうってんだ。それぐらいのリスクは必要だ」

 

…………はぁ、全く。

 

「本当に僕を使い潰すつもりなら、それでもいいよ」

「……………………」

 

彼の眉が、ピクリと動いた。

 

「そして、その代わり僕も積極的に君らを頼ろう」

「…………ハァ、やり辛ぇな。()()()()()()()()()()()()?」

「……それ、どういう意味?」

「文字通りの意味だ。俺の知ってるアンタは…………いや、なんでもない」

 

そう言って、彼は背中を向けて本拠に向かって歩き出した。僕は、何も言わずにその背を見送った。なんだか、聞いたらダメな気がしたのだ。

 

とはいえ、答えは出てるけど。

 

「…………過去にあったことはないな。ということは、未来の僕が『逆廻十六夜』に会っている?」

 

ファンタジーって、恐ろしいなぁ。

 

「よし、気を取り直して」

 

何はともあれ、後悔はしたが来て良かった。もしかしたら、僕だったらこの死んだ光景をどうにかできるかもしれない。そのためには、積極的な情報収集だ。

 

陰鬱な気分になりながらも、適当な建屋の中に入ろうと、一軒家サイズのソレのドアを開け…………

 

 

 

 

ビシリ

 

 

 

 

建屋から、しちゃいけない音が聞こえた気がする。そして、その僕の耳がえた情報に違わず、建物がこちらに向かって崩れそうになっている。

 

「…………よし分かった。落ち着け景山健太。一歩間違えたらお前は死ぬ」

 

そーっとドアから手を離し、忍足で回れ右して歩き始める。

 

よし、僕は運命に勝ったんだ!

 

 

 

 

 

 

なんて、そんな言葉は後ろから殺到してきた瓦礫に埋もれてしまいましたけどね。

 

 

 

 

 




死因→圧死


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その7-前兆を感じ取れるからこそ、彼は異常な普通

赤域「お、久しぶりに感想や」

『ランキングを見ていたら「異常な普通」とタイトルに書かれてて、懐かしくて思わず読んでしまいました!前作と違った活躍、楽しみです! 』

赤域「…………(ホロリ)」

不覚にも泣いちゃいました。
本当嬉しかったです、ありがとうございます。


 

◆◆◆

 

 

「人間とは、不自由な生き物だと私は思うね」

 

「そして、心の何処かで不自由さを望んでいる」

 

「うん? 君はそんなことないだって?」

 

「まあ、単なる私の持論だから、気にしなくていいさ」

 

「しかし、だね」

 

「人間が完全に自由になれば、何になるのだと思う?」

 

「…………ふふっ、興味深い回答だ。確かに『無敵』だな」

 

「だがね、少し足りないと思うぞ」

 

「人間であることの不自由さを取っ払ったら、無敵ではあるが、人間ではなくなる」

 

「そう、行き着く果ては『バケモノ』だ」

 

「私は、君がそんなバケモノにならないことを願っているよ」

 

「ん? 私が誰かって?」

 

「おせっかい焼きの、天才研究者だ」

 

 

◆◆◆

 

 

結局、そのあとすぐに黒ウサギに救出されて強制的に自室に放り込まれた。まあ、散歩を一度は止めた人間がいつの間にか死んでたらそうなるわな。

 

そんなわけで、寝れない僕はスマホの電源を落とし、カバンの奥に隠れていた魔改造された拳銃型スタンガンの軽いメンテナンスをして朝を迎えた。うぅ、朝日が目にしみる。

 

と、ここでコンコンと部屋にノックの音が飛び込んできた。

 

「はぁい、どぞー」

 

ぎぎぎ、と音を立てて開かれたドア。その向こうに居たのは、三毛猫を抱きかかえている少女。春日部サンである。

 

「お、春日部サンか。おはようございます。こんな凡人のところに何用かな?」

「…………。まだ寝てる? 頭ゆすろうか?」

「にゃあ…………」

「寝言は寝て言えと? 悪いけど死なないこと以外はリアルに凡夫だからな?」

 

全く酷いこと言うぜ。猫にも呆れられたっぽいし。超解せぬ。

 

「……本当に?」

 

春日部サンは、僕の言葉を信用してない様だった。しかも、その表情には確信の色が見て取れた。

 

…………まさかとは思うが、春日部サンも、未来の僕と会ってんの? 流石に気のせいだと信じたい。

 

いや、むしろこう考えられるかもしれない。未来の自分が元の世界にいるという事は、僕はこの箱庭から帰還できたということだと。

 

「…………♪」

「……? 多少は機嫌悪くすること言ったつもりなんだけれど」

「酷いな。だが僕は許そう。今、素晴らしいことに気がついて心がはち切れそうな程に嬉しいんだ」

「健太って……変わってるね」

「うっそだー。僕ちゃん凡人だもーん。…………いや、不死身な時点で否定できんけどな」

「そういうところもそうだけど」

 

まあそれはそうとである。

 

「結局春日部サンは何しにここへ?」

「朝食の準備ができたって。起きてるのは分かってたからそれを伝えに行こうって」

「にゃあ、にゃにゃあ」

「あ、そうだったの。ご足労かけてすまんね」

「違う。そこは『ありがとう』でいい。友達、でしょ?」

「……! そうだね、ありがとう春日部サン。それじゃ、場所が分からないから案内も頼んでいいかな?」

「うん、着いてきて」

 

…………どうしよ、控えめに言って嬉し過ぎる。

 

 

◇◇◇

 

 

「というわけで、今からコミュニティ『サウザンドアイズ』に行き、皆様のギフト鑑定をして貰いたいと思いますっ!」

「断る」

「却下」

「同じく」

「以下同文」

「まさかの鑑定拒否デスカ!!?」

 

朝食後、黒ウサギが僕らを会議室的な部屋に集めて、こんなふざけたことを宣いやがった。なので息を合わせて皆で拒否の姿勢を。達成感と共にやるハイタッチは格別だ。

 

「そもそもが、人に値札貼られるのが趣味じゃない」

「勝手に分類されて、分かった様な顔されるのは癪だもの」

「…………とにかく、鑑定とかって気分はあまり良くない」

「というか、分からないからいいってこともあると思うんだ、僕ちゃん思うに」

「そ、そんな…………」

 

と、学級崩壊したクラスの担任みたいに狼狽えた…………と思えば一転、頗る真面目な顔に切り替わる。既に弄られ役として定着し始めた黒ウサギだが、真剣な空気を読み取れないほど、僕らは空気が読めてないわけでも、子供でもなかった。

 

「黒ウサギにはそういうことはありませんが、そういう方がいるということに対して、黒ウサギも理解がないわけではありません。寧ろその意思は可能な限り尊重すべきだと思います。ですが己の恩恵の理解の度合は、自らの命運に直結します」

 

黒ウサギの言葉に、逆廻クンは目付きを尖らせ、久遠サンは苦虫を噛み潰した様な顔をし、春日部サンは不気味に押し黙る。…………僕は、感情を読み取られない様『ヘラヘラしつつも真剣な空気を振りまいている様な顔』を心掛けた。

 

んで、逆廻クンが口を開いた。

 

「……まあ、一理あるわな。対魔王コミュニティとして名を売った以上、いつ如何なる時も襲撃に備えなければならない。その時に、テメェの武器すら把握できてねーんじゃ、お話にならない。そういうことか?」

「Yes. 恩恵によっては、理解を深めることでより成長するものもございます。逆に、理解が浅ければ手痛い代償を被ることもございます。魔王とのゲームに限らず、その知識は決して皆様の不利益にはならないでしょう。戦うと……我々と共に戦ってくれる皆様だからこそ、ギフトの鑑定はしていただきたいのデス。何かあってから、では遅い」

「「「「……………………」」」」

 

耳が痛いな、畜生。

 

「まあ、いいわ。我儘を言っている場合ではないものね。それはともかく、その『サウザンドアイズ』というのは、ギフト鑑定士とも言うべき方々がいるコミュニティということなのかしら?」

「名前からして、『千の瞳(サウザンドアイズ)』……鑑定には向きそう」

「そんなに大量の目に見つめられたら怖くてちびりそう」

「流石に千の瞳を持つ生物は…………いないわけではないかもしれませんが、そういった方向での直球ネーミングではございません。『サウザンドアイズ』は、特殊な『瞳』のギフトを持つ者たちの群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層、その全てに精通する超巨大商業コミュニティです」

「なんだ、厨二病共の集まりなんだ」

「14歳の少年少女に見られる妄想癖と一緒にしないでください! 言っときますケド、本当に邪気眼とかあるんですからね! 洒落にならないのが!」

 

…………うん、知ってる。知り合いにリアル邪気眼の厨二病を拗らせた奴いるから。

大丈夫かなぁあいつ。本当なら普通の厨二病で済んでたのに、下手に自分の妄想した設定に沿った能力が左目に宿るもんだから、現実と幻想の境目が曖昧に…………カウンセリング依頼されて、なんとかだましだましやってきたけど…………まだ完全に洗の、教育が終わってないんだよな。健太くんマジ不安。

 

「と、ともかく。幸いなことに支店が近くにありますので」

「しーつもーん!」

「はい、健太さん」

「そういうところって、格式高いイメージなんですけど。なんか、ノーネームお断り! とか、旗なしは御遠慮! とか、そういうのあったりとかしない?」

 

前の世界にいた頃、そういうお店やパーティーに顔出す機会があったからね、悲しいことに! ドレスコードはまだいいけど、社会的地位が無いと駄目とかなんなん? 向こうから誘っといていじめ? 普通の中高生相手にそんなん求めんな!

 

「本来ならば、あります。『サウザンドアイズ』は、ノーネームお断りの店ですね」

「駄目じゃん!?」

「ですが、今回ばかりは問題ありません。本当ならば、黒ウサギの個人的なコネを使う予定でしたが、その必要は無くなりました。貴方のおかげです、健太さん」

「へ?」

 

黒ウサギからの不意打ち気味なカミングアウトで、思考が真っ白になる。でも、周りのみんなはどういうことなのか分かったみたい。

 

「なるほど。フロアマスターってのがどんな奴なのか分からなかったが、『サウザンドアイズ』の関係者ってなところか」

「ありゃ、説明をするのを忘れていたようですね。申し訳ありません」

「け、結局どういうこと…………?」

「健太、起きた時に説明しなかった? フロアマスターから健太に報酬が出るって」

 

起きた時? …………あ、クソ虎の一件か!

そうだよ、サラッと聞き流したけれど、フロアマスターってなんだよって話だよ。

 

「とりあえず、簡潔な説明ぷりー!」

「了解デスっ! 『階層支配者(フロアマスター)』というのは東西南北、それぞれの地域に存在しており、箱庭の秩序を守る者なのデス! さらに言うと、担当する地域では並ぶ者がいない、最強の主催者(ホスト)でもあります」

「「「最強の主催者?」」」

「あー…………気持ちは分かるが落ち着きな問題児共。そんな簡単に倒せる相手とは思えない」

 

ちょっぴり呆れつつも、とりあえず最低限フロアマスターについては分かった。

 

「んで、そのフロアマスター様の1人が、『サウザンドアイズ』の関係者と?」

「関係者もなにも、幹部でございますよ?」

「わぁ」

 

商業コミュニティの幹部が、秩序の守護者でいいのん? それ、実業家が大統領やるような物じゃん…………国益と企業の利益がぶつかったとき、どーすんだろね?

 

「なので堂々と、しかし粗相の無いように向かいたいと思います! いいですか皆様、くれぐれも喧嘩などをふっかける様なことが無い様に!」

「「「「はーい」」」」

 

 

◇◇◇

 

 

というわけで、現在僕らは黒ウサギを先頭に、件の『サウザンドアイズ』、その支店を目指して歩いていた。

 

店へと向かう道中。僕ら4人は見慣れない街並みということもあって視線が興味津々の一色だ。

 

石造で整備された通り、脇を埋める街路樹、そんでもって隣に見えるは浅い水路。日本ではお目にかかれないと思う光景…………なのに、僕は実家の様な安心感を得ていた。なぜかって? 街路樹が桜で、満開と言っていいほど咲き乱れていたからだ。

 

「桜の木…………ではないわよね? 花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないわ」

 

と、ここで後頭部を直撃するかの様な衝撃、という名のセリフが僕を襲う。え、これ桜じゃねぇの?

 

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合いの入った桜が残っていてもおかしくはないだろ」

「…………? 今は秋だったと思うけど」

 

と、ここで僕は閃いた。というか、このメンツの中では僕と、おそらく逆廻クンしか知らないだろう事実。

 

「んー。思うに、僕らは異なる時間軸から呼び出されたと思うんだよね。下手すれば、平行世界の可能性も」

「おや? 気がついてらしたのですか?」

「気が付いたのは偶々なんだけどね」

 

と、軽く視線を向けると、逆廻クンの方も気がついたらしい。理解の色を目に灯していた。

 

「まあ、今から詳しい説明を始めますと1日2日では足りませんのでまたの機会で。今は、皆様がそれぞれ違う世界から召喚されていて、元いた時間軸の他に、歴史や文化、生態系など、ところどころ違っている個所がある…………という認識で構いません」

 

なるほど、分かった。が、面倒な話は御免なので僕はこれ以上の話は聞かないことにしよう。

 

それはそうと、どうやら件の店へと着いたらしい。商店には、青い生地に互いが互いに向かい合う女神の像が描かれた旗が掲げられている。もっと、おどろおどろしい物を期待したのだが…………ま、コミュニティの顔だもんな、見れる物じゃないとダメだってことなんだろうね。

 

と、そんなことを思っていると、黒ウサギがトテトテと駆けはじめて、店の前にいた、割烹着姿の店員らしき女性に話しかけていた。

内容は聞き取れないが、少し言葉を交わすと、その店員らしき女性が店の中へと消えていく。

 

「今取り次いでもらっているので、もう少しだけお待ちいただいてもよろしいですか?」

「いや、別に構わんけど…………ッ!!?」

 

そのとき、僕の頭に電流走る! なにがなんだかわかんねーが、なにやらまずいことが起こる前触れだ! だいたいこういうときの僕の直感は馬鹿にならない!

 

「気をつけて、何か来るッ!!」

 

僕の張り詰めた声に、皆の顔も穏やかなそれから一転。

まさか、もう来たってのか? いいだろう、この景山健太を敵に回したことを後悔させて─────────

 

 

 

 

 

 

 

「いぃぃぃぃぃやっほぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!! 久しぶりだ黒ウサギィィィイイイイイイッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

なにがなんだか分からんがただ一つ。

僕は跳ねられた。

 

 




死因→胸部強打による心肺停止


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その8-死に嫌われているからこそ、彼は不死身

お久しぶりでございます。遅くなりましたが、どうにか更新することができました。


 

死ぬこと、即ち生きること。

頻繁に生と死を逝ったり来たりする僕が、強く思うことである。なお、誤字にあらず。

 

人は何の前触れもなく死んでしまう。それはどう仕様もないことで。それでも、だから足掻いて生きるんだなぁと。

 

強く、鮮烈に生きれば、その死も同じだけの色を放つ。

死んだように生きていれば、その死は生前と何ら変わらないありふれたものと化す。

 

…………それでいくと、死に嫌われた僕は。多分、この世で最も生と死から程遠い冒涜的な生命体なんだろうな。

 

 

◇◇◇

 

 

なぁーんてポエミーなことを考えている内に意識は浮上。死んでるのに思考できんのかってツッコミは聞かない。真面目に言うなら走馬灯的な何か。

これぐらいならリスタートに1秒も掛からない、不自然に思われることなく意識を取り戻すと、現在道の隣にあった川へと落下中。おおう、神様は僕に厳しいね。

 

しかし死に戻りのこの状態なら、僕の異能も使えるだろう。あまり見せられたものではないが、まあ僕の手札を仲間に見せる必要はあるし。

 

「…………それでは、[停止]」

 

ビシリ、と世界が止まる。ついでに僕の落下も止まる。俗に言う『世○《ザ・○ールド》』というヤツだ。いや違うけど。確かに時間停止ではあるが、時間制限も何もないのだから。

 

「お次に、[収束]」

 

落下している最中の身体と、ぶっ飛ばされた地点との距離を0と塗り潰す。体の硬直を解き、とりあえず立ち上がって背伸び。んー、バキバキ言うね!

 

そして停止した世界を見渡そうと周囲に視線を向けようとすると、黒ウサギと問題児ーずが少なくない焦りを見せながら川の方に視線を向けていた。黒ウサギに至っては髪の毛を紅くし、今にも飛び込みそうな体勢だ。うん、心配かけてごめんよ。

そして下手人であろう…………なんだこのツノ付き白髪着物ロリは。こいつは吃驚した様に尻餅ついていたが…………想定外だったのかね? あ、そういや黒ウサギィ! とか叫びながら突進してた様な気もするし、丁度黒ウサギを庇う位置で構えたからモロに当たったということなのね。うぅん、この運の悪さよ。

 

ま、それはともかく、だ。これが普段は死なない凡人の如き能力しか持たない僕の、死に近づくことで振るえる能力、その一部。その異能は、与えられたルールを世界に強いるというモノ。わぉ、厨二的だね! 恥ずかしい!

 

もっとも、代償はあるし、そもそも使用条件として死に近づく…………と言うよりは、与えられた概念(ルール)に近くなると使える、という面倒な仕様の所為で万能感は無い。尤も、平凡な人間として生きるのに異能なんて必要ありませんので、この仕様は割と助かっていたりする。そもそも要らなかったけど。

 

「では、解除」

 

時間停止を解除、すると途端に世界は動き出す。

 

「───n太さんッ!」

 

おっと、既に健太のケの辺りは黒ウサギに叫ばれていたらしい。そう言いながら、彼女は飛び出し…………僕が川の方にいないことに目を疑う様な顔を作った。

 

「はぁい、黒ウサギ。どうしたの?」

 

「「「「え?」」」」

 

問題児ーずと黒ウサギの声が被る。そして、

 

「え、ちょ、あわわわわ───!!?」

 

そのまま、黒ウサギはその勢いのまま、じゃぼん! と着水しましたとさ。…………うん、なんかゴメン。

 

「うぅ……一体誰だ、私が黒ウサギを堪能しようとするのを邪魔する輩は……」

 

「黙れ和服ロリ! そっちの所為で死に掛けたんだけど!?」

 

とはいうものの、結構痛そうなので手を差し伸べる。女子供には優しく、男にはそれなりに優しく、身内にはゲロ甘が僕のモットーなのでね!

 

「まあなんだ、ぶつかって悪かったっすよ。怪我はない?」

 

「……この私が、怪我の心配をされることがあろうとはな。それはともかく心配には及ばんよ小僧、謝る必要はない。此方の落ち度である故な。寧ろすまなかった」

 

そう言って、彼女は僕の手を借りて立ち上がった。ん、こっちはこれでいいな。

 

さて、次は黒ウサギ。まだ能力使用の制限時間は来てない様なので、遠慮なく使おう。川に落ちた黒ウサギと跳躍点の距離を0、浴びてしまった川の水を消してしまう。まあこんなところか。

 

「え、アレ…………え?」

 

「やあ済まないねぇ黒ウサギ。心配かけてしまった様で」

 

「えっと、今のは……健太さんが?」

 

「いえす、ざっつらい!」

 

そう言って、まるで御呪いをかける様に人差し指をクルクルと回してピッと突きつける。中々様になってると思うのだが、友人の間では『死の宣告の様だ』と不評らしい、解せぬ。

 

「で、ですが健太さんの恩恵(ギフト)は…………」

 

「そこも含めて、後でお願い。勿論みんなもね? ほら、その為にここに来たわけだしサ」

 

…………うん、さっきから問題児ーずの視線も凄いんだ。特に僕(あるいは同姓同名の別人)を知っている様なそぶりを見せた逆廻クンと春日部サンがすっごい見てくる。

 

「それで、いつになったら呼ばれるのかねぇ…………件の階層支配者殿の準備が整うのかねぇ」

 

「あ、あの…………そのことなんですが…………」

 

「…………?」

 

そう言って、黒ウサギはどこか難しいことを考えてる様な顔で僕の方…………と言うよりも、後ろに視線を向けた。

 

なので後ろを見てみる。和服ロリがいる。

 

…………え、まさか? そんな筈はないと思いながら、黒ウサギに視線を戻す。すると、コクコクという首肯を返された。

 

「うむ、待たせてすまぬの。如何にもこの私がコミュニティ『サウザンド・アイズ』の幹部にして、箱庭の東地区第四層以下の『階層支配者(フロアマスター)』、白夜叉だ」

 

こいつ、ロリババアかよと思った僕は、悪くない。

 

 

◇◇◇

 

 

内容が内容だけに、私の私室で勘弁してくれ。と、案内された和室っぽい部屋。お香が焚かれていて結構匂いが…………庶民には合わないなぁとは思いつつ、無視することに。なお、鼻が利きそうな春日部サンもムズムズしていた。

その道中なんか珍品やら傍目から見てもお宝っぽいなにかが展示されてたり、お店の外観に合わないサイズの庭園があったりしたが、ファンタジーだと割り切ることにした。うん。

 

まあそんなこんなで、改めて自己紹介をされたり、簡単に箱庭の構図を説明されたりと、知識欲が満たされる平和な時間が少しの間流れた。箱庭がバームクーヘンみたいなのになってるとは。

 

「それで、例の不埒な虎を老衰させたという勇者は誰なのだ? 立場故に干渉できずに放置するしかなかったため、ぶっちゃけると結構胸が空く思いでの。礼を言いたい」

 

ビクン! と跳ねてしまいそうになるが堪える。傍目から見ても、それは素晴らしく面の皮の厚い人間に見えたことだろう。

 

「それならこの凡人(笑)だぞ」

 

「ちょ、おま。なんでバラしやがる」

 

「静観決め込もうとしやがるからだ」

 

だが速攻で崩された。おのれ規格外め。

 

「ふむ、やはりな」

 

「え、しかもばれてたとか」

 

「単純な2択だ。傍目であんなことをできそうな可能性を持つ者は、お主とそこの金髪の小僧であろう。そして、そこの小僧は昨日事件が起こったのと同時刻、私が神格を与えた者とのギフトゲームに勝ったそうではないか。ならば、必然答えは一つしかあるまい?」

 

そう言ってニヤニヤと笑いながら扇子を開くロリババ改め白夜叉サン。すっげぇイライラする☆

 

「しかし、神格も持たずに神を倒す小僧に、ギフトを消す小僧。この2人だけ見ても当たりと言える上に、将来有望そうな娘も2人! 黒ウサギ、これは流れが来てるやもしれんぞ?」

 

うん、まあ流れは来てるかもしれないね。正直自画自賛しているようで嫌になるが、僕の対異常相手のトラブルシューティング能力だけは凄いと思ってる。そこに神様もぶっとばせる規格外に、命令を強いるとかいうなんだそのギ○スはと言わんばかりの久遠サンに、動物との言葉の壁がない上に恐らく素のスペックもかなりのものだろう春日部サン。…………うん、コレいけんじゃねーの?

 

「……あの、神様というのは、こちらも神様でなければ倒せないものなのかしら?」

 

そこで少し疑問に思ったのか、久遠サンがそう口にした。しかしこの質問なら、僕でも答えられる。

 

「別にそうでもないよ? まあ元々が神として生まれた様な連中は倒すのは普通無理だろうけどね。でも、元が別の何か…………人間だったり動物、それこそ蛇だったりが信仰を集めて神として祀られた様なのだったら、まだなんとかなるんじゃないの? そも、神格……ざっくり言うと神様の資格みたいなののことなんだけど、こいつを持ってると自分の種としての霊格……地力のイメージでいいかな、を限界まで上げちゃうものなんだよね。だから、人間や蛇みたいな雑魚が持っても、確かに絶大な力は手に入るけど、多寡が知れてるのよな。だから、神格に匹敵する様なギフトを持ってたり、出し抜く知恵を持ってさえすれば、覆せない差じゃ無くなるわけですよ」

 

「ふぅん、成る程ね…………というか、意外に物知りなのね貴方」

 

「あははは…………そりゃ、そーゆーのとドンパチやってりゃ嫌でも知識が身につくってモンですよ」

 

「……とりあえず、聞かなかったことにすればいいのかしら?」

 

嫌だやめて、そんなジト目で見ないでくださいましおじょーさま。

 

「確かに小僧にしてはよく知っているではないか。付け加えて言うなら、その差を覆す様な恩恵は珍しく、知恵で神格持ちを相手取るとするなら砂漠で一粒の欠片を見つけ出すようなものだということか。間違っても、そこの小僧の様にさらっと『いけるのではないか?』などと言える様な相手ではないことを覚えておくがいい」

 

え、そうなの? でも僕とか相棒とか、普通に神殺し一歩手前まで…………あ、いえなんでもないです。

 

「……そういえば、気になることがあった」

 

と、ここで逆廻クンが口の端をニィと釣り上げて、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「さっき、オマエは『私が神格を与えた者』と言った。それだけ、オマエは強いという認識で構わないのか?」

 

「応とも。私はこの東側の『階層支配者』。東側、四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者が居ない、最強の主催者(ホスト)なのだからな」

 

フフン! と胸を張り、威圧する姿は、例え幼女の見た目をしているといえど、その言葉相応の圧を伴って僕たちを襲う。…………ふむ、値踏みとはいい趣味をしている。勿論、悪い意味で。

 

それが、僕らに火を点けた。

 

「……黒ウサギから聞いた通り。ということは、私達が貴女のゲームをクリアすれば、私達が東側最強?」

 

「無論、できればだがの」

 

「それはいいことを聞いたわ……ええ、とても」

 

逆廻クンと同じく、久遠サンと春日部サンにも闘志の火が。そして僕も。店の前でたしなめた側とは思えない程に、スイッチが入っている。

 

「手っ取り早く名前を売ろうと思ったら…………うん、やっぱり名を上げることだよね」

 

「ちょ、ちょっと御四人様!?」

 

黒ウサギが慌てるが、しかしそれで止まる様な可愛げのある連中じゃないだろう。僕も、みんなも。

 

そして、目の前の異常は楽しそうに笑い、黒ウサギを手で制した。

 

「よいよ、黒ウサギ。私が挑発をした様なものだからの。ふむ、胆力に関しては肝が据わっていると判断すべきか」

 

「分かった上で、まだ値踏みってか?」

 

「ふふ、そういきり立つな。よかろう、遊び相手になってやろうではないか。私も、常に相手には飢えていての。しかし、一つ聞いておかねばならんことがある」

 

目が細められ、部屋に殺気が充満する。その発生源は、疑うことなく目の前の壮絶な笑顔を浮かべた彼女。

 

彼女は着物の懐から一枚のカードを取り出した。向かい合う二人の女神が描かれた紋が入っている…………確か、店の前に掲げられていた旗にも、同じしるしが。

 

「おんしらが望むのは『挑戦』か──────それとも『()()』か?」

 

瞬間、僕らの周りの景色が巡るましくかわり、足の踏み場がなくなる。

 

浮遊感が僕を襲い、吐きそうになる。そして…………

 

 

「…………ぐがっ!?」

 

 

急激な体温変化に、僕は頭痛と同時に視界を暗くしてしまった。

 




死因→急激な温度変化による血管収縮によって発生した脳血管障害、脳卒中


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記録その9-誇りを胸に立ち向かえるからこそ、彼は異常な普通

(ふふふ…………ユーザネームを変えてることに気がついてる人は誰もいるまい…………)


 

脳卒中で殺られるとかワロス。そう思いながら、着地するまでにはなんとか意識を取り戻し再生に至った模様。ふぅ、異世界には死亡に繋がるモノが多過ぎる。

 

しっかし寒いな…………どこよここ、というか僕以外のメンツは大丈夫? え、全然平気? …………うーん、みんな頑丈だね。あ、それどころじゃないんですねごめんなさい。

 

とりあえず分かるのは、ここは異空間であり、白い雪原が広がる中で凍った湖畔の存在する…………太陽が水平に廻る場所だということ。

 

太陽が水平に…………即ち白夜、場所によって起こりうる太陽が沈まない現象。そして夜叉とは、水と大地の神霊……鬼神でもあるが。で、その複合でこのフィールドと、『白夜叉』という名前なのか。言葉遊びとは笑うまい、信仰対象はその言葉遊び一つでその姿や力を変える。

 

呆気に取られた僕らに、彼女は再び問いかけた。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は『白き夜の魔王』、太陽と白夜の星霊:白夜叉。おんしらが望むのは、試練への『挑戦』か? それとも対等な『決闘』か?」

 

星霊、星霊と来たか…………やっばいねこりゃ。いや、想定はしていたけれど…………うん、荷が重いね全く。

 

「……白夜と夜叉。そうか、あの水平に廻る太陽とこの土地は、オマエを表現しているってことか」

 

少しばかり呆れていると、同じ結論に逆廻クンも辿り着いたらしい。マジかよ、一応専門家に近い僕とほぼ同じ早さで答え出すかよ、キモい。

 

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ」

 

そう言って、彼女は両手を広げる。すると、遠く広がる雲が晴れ、沈まぬ太陽が現れ、地平線が晒される。

…………ゲーム盤か、()()()。やんなっちゃうね全く。

 

「して、おんしらの返答は? 『挑戦』であるならば、手慰み程度に遊んでやろう。…………だがしかし、『決闘』を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り戦おうではないか」

 

「「「…………っ」」」

 

…………ダメだ、みんな気圧されてる。『勝てない』と、勝ち目がないと諦めた。

そして、彼らが振り上げた拳を、売り付けた喧嘩を、こんな形で取り下げるのは…………なら、うん。やるか。

 

「おっけ、分かりましたとも。やりましょうよ、『決闘』」

 

白夜叉サンの顔は、想定外と言いたげに驚愕に彩られ、後ろにいるみんなは恐らく、『またか』といったところかな? うん、またなんだ。すまない。

 

「……その言葉の意味を、理解した上でそう言っておるのだな?」

 

「ええ、分かっていますとも。僕は、簡単に殺されてしまうでしょう」

 

そう言ってケラケラ笑うと、鋭い殺気が飛んできた。おっかねー。

 

「戯け、貴様が不死身だということは、既に調べがついておる。もしそれだけの理由で、死なないから大丈夫だろうという軽い気持ちで臨むのであれば…………再起不能も、視野に入れようぞ」

 

「…………は?」

 

え、なに? 僕は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

は、ははははは…………うん、トサカにキた。

 

「…………舐めんじゃねぇぞ理不尽(クソメロウ)。死ぬ死なないなんざハナっから勘定に入っちゃいねぇ。これは、僕にかかった期待と、僕の誇りに応えるための宣言だ」

 

「……ほう?」

 

「僕が対魔王最大戦力だと悔しそうに言った馬鹿がいる、僕の能力が羨ましいと言った世間知らずがいる、僕と友達になろうといった阿呆がいる、僕如きに頭を下げた非常識がいる! そして、それが嬉しくて嬉しくて、報いたくてどうしようもない化物(ぼく)がいる! 今此処で退いたら、『景山健太』という『人間』は死んでしまう! 命は助かっても、それは僕にとっての『死』に他ならない!」

 

まったく、どいつもこいつもロクでもない! そんでもってちょろ過ぎるだろう僕! でも、そんな自分が僕は大好きなんでね!

 

「だから、その証明を。僕は最大戦力で、羨まれる能力を持った、友達甲斐のある、ノーネームの救世主だって! 最強の主催者!? 太陽と白夜の星霊!? 大魔王!? おととい来やがれクソッタレ! そんなの、僕が退く理由になんて欠片もなりはしないよ!」

 

拳を突き出し、もう一度宣言を。

 

「僕の名前は景山健太。ノーネーム所属の、ちょろくて意地っ張りでどうしようもなく弱い、人間にしてバケモノだ! もう一度言おう白夜叉殿、僕は自分の誇りを胸に、貴女に『決闘』を申し込むッ!」

 

…………静寂が、辺りを包む。でも、程なくしてそれは破られる。白夜叉サンの、笑い声で。

 

「クッククク…………全く、これだから人間は面白い。いや、人間ではなくてバケモノか? まあ、どちらでも良い」

 

相変わらず、殺気は飛んだままだ。でも、その顔は心底楽しそうに歪んでいる。

 

「その宣言、しかと受け取った。よかろう、相手をしてやろう…………と、言いたいところなのだが」

 

……あれ、空気が霧散した?

 

「私は今、とある事情で全力を出せる状態でない。そして全力を出せたとしても、お主を屈服させるのは骨が折れそうだ。そして時間をかけることは、これから忙しいであろうお主にとっても本意ではあるまい?」

 

「え、ええまあ」

 

確かに厳しいっちゃ厳しい。やることは確かに山積みで、あまり時間を拘束されると面倒だ。

 

…………にしても全力を出せない癖に命と誇りを賭けてとか、よく言えたなこの女郎。

 

「それに関しては済まぬ、と言っておこう。侮っていたと言い換えてもいい。全力を出せないとはいえ、この状態でもおんしらを片手間に倒すことはできよう。だが、それでもなお心折れずに逆に叩きつけてくるとは思わなんだ」

 

「…………いや、まあ。分かりますけどね。要は大海を教えてやろうってつもりなのは」

 

まあ思惑通りになってやるものか、と思ってこうなったわけですが。

 

「しかしそれでは格好がつかん。故に、だ」

 

そこで白夜叉サンはさっきのカードを取り出した。すると、何やらピッカピカに輝く羊皮紙が。それに、彼女は何事かを記入していき…………

 

「ふむ、こんなところかの」

 

◆◆◆

 

ギフトゲーム名:最弱の勇者

 

・プレイヤー:景山 健太

 

・クリア条件:ホストマスターとの戦闘で生き残る。

・クリア方法:ホストマスターを一歩以上移動させる。

・敗北条件:降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

サウザンドアイズ 印

 

◆◆◆

 

…これは?

 

「その誇りと覚悟に、実力が伴っているか…………私が直々に見さだめようではないか」

 

「分かりました」

 

もうゲームは始まっている。彼女は腕を組み、どっしりと構えてこちらを見据えている。

 

…………うん、舐めてるつもりは無いんだろうけど、殺すつもりも無いよね? これ、降参狙い? まあ、正しい判断か。死なないと能力起動しないし。

 

でも残念、さっきの温度変化で殺られた時に起動した分が、まだ稼働中だということをっ!

 

必要なのは不意を突くこと、そしてそこから済し崩し的に動かす! 最初の一回をしくじれば、僕に勝ち目は無い。

 

「では失礼して」

 

ゆっくりと近づき、テレホンパンチを繰り出す。

 

ゴイン! とおおよそ生物を殴ったとは思えない音とともに、右の拳が複雑骨折をした…………凄く痛い。

 

「……どうしようもなく弱いと自称しておったが、本当だの?」

 

「ええ、本当に」

 

そして僕は、悟られぬようにあるものを[0]にした。

 

「単純に、質量上げてきましたね。太陽と同じぐらいでしょうか? そんなのが人型に収まってるとか」

 

「ほう、よく分かったな」

 

うん、本当自分でも思う。ここに来てから、自分の思う自分よりも頭が回ってる気がする。…………異常事態に適用しようと、リミッターが外れているのかな? それならまだ分かるけれど。

 

「では、()()()()()()

 

「……ほう?」

 

そう言って僕は、左腕を勢いよく突き出し、拳が彼女に当たる瞬間に、もう一つ、能力を発動した。

 

「[≠0(Reject)]」

 

瞬間、僕と白夜叉サンは磁石が反発するように弾けた。

 

あまりの勢いに腕がひしゃげ、肉を食い破って折れた骨が顔を出す。が、白夜叉サンは動いた、少なくとも一歩以上動いた。

 

さて、ゲームの決着ついたしもういいよね!

 

「本日3回目ェ、逝ってみよォ!」

 

吹っ飛ばされた勢いで縦回転、そしてみんなの呆れたような視線を最期に、地面に頭を叩きつけて絶命した。

 




死因→頭部損傷、脳漿離散


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記録その10-功績を打ち付けられたからこそ、彼は英雄

ぶっちゃけこのギフトの数々は怒られる気がしないでもないですが、そんなの関係ねぇ!


要は簡単な話だったのだ。

 

足元の摩擦力を[0]にしてしまえば、どんなものもツルッといってしまう。まあ、気が付かれたらおしまいなので、一発で思いっきり吹っ飛ばさなきゃならなかったけどネ!

 

そしてその思いっきり吹っ飛ばしたあの能力も単純明快。自分を[0]、原点に見立ててそれ以外を弾く技。[≠0]にRejectの文字を当てたのは前の世界の厨二ボーイ。うん、こっぱずかしいがこのセンスは嫌いじゃないよ!

 

というわけで、僕は勝った。文句のつけようのない大勝利と言えよう。

 

……だと言うのに、なんで僕は足つぼマッサージの上で正座をし、太ももの上に重りを載せられ、首から反省中の看板をぶら下げているのだろうか?

 

「全力で勝ちに行くのがゲームでしょ? だと言うのにこれはあんまりだと思いませんか?」

 

「だまらっしゃいこのお馬鹿様! ある程度は諦めはつきましたが、命は大事にしてくださいっ!」

 

…………だってよ。かぁー、やってらんねーぜ。

 

と、そんなことはともかく、だ。

 

僕が生き返ってる(気絶している)間に、結局みんなは白夜叉サンに『挑戦』したようだ。折角僕が身体張ったのに、とは言うまい。ある程度その心の内は読み取れるから、何も言えなかった。プライドを捨てる勇気もまた、プライドである。

もっとも、その時の逆廻氏の発言は『試されてやるよ、アンタにはその資格がある』だそうで。うん、こんな意地の張り方見たことねーよ。

 

で、白夜叉サンの出したゲームを、代表で春日部サンが受けた。なんでも、グリフォンに認められることが条件だとかで…………グリフォンって、鷲獅子のアレだよね? 実際に目にしたことは無いから知らなかったけど…………すんごいねぇ、空気踏んで疾ってたよ。

 

そして春日部サンは見事クリア。ついでにグリフォンのギフトも手に入れたらしい。…………つまり彼女は、動物の能力を自分の能力にできる、と。そのついでに(彼女にとっては本命の能力かもしれないが)様々な生物とコミニケーションが取れると。率直に言おう、すげぇ羨ましい、なんだそのチート能力。

 

しかしびっくり、そのチート能力はなんと人工物であるのだとか。彼女が首から下げている木彫りのペンダントがそれらしい。…………うん、白夜叉サンがアーティスティックだのなんだの言っていたが、分からんでもない。父さん母さんの職業柄、生物学には少し触れたのだが、アレを系統樹と言うのならば、どれだけ計算して設計したんだろう。美術に関してはトーシロなので詳しいことは分からんが、それでもとても美しく、『未完』の状態で完成しているのは分かる。…………あの系統樹、写しを取ってそれを研究するだけでも面白そう、だな。

 

という流れを経て今に至るが、取り敢えず反省したので立たせてください、痛覚[0]にしていますが、非常に不健全ですので。

 

「不健全なのは貴方の惨状よ全く。脳ってあんな色してるのね…………って気持ち悪くなるのと同時に感心しちゃったじゃない」

 

「お、ではこれでまた一つ賢くなったわけですね? 存分に褒めてくれていいですよ?」

 

「……………………」

 

「嘘ですごめんなさい」

 

だからその冷めた目で睨まないでくださいドMじゃないのでご褒美になりません。

 

っと、そういえば。

 

「黒ウサギ、黒ウサギ。鑑定の件」

 

「あ、そうです忘れてました!?」

 

思いっきり耳をピンと張った黒ウサギ。うん、忘れさせた原因たる僕は何も言えねーな。

 

「あの、白夜叉様。実はですね、本日はギフトの鑑定をお願いしようと思っていたのですが」

 

そう言うと、逆廻クンと春日部サンとともに、例の木彫りペンダントを見てはあーでもない、こーでもないと楽しそうにしていた白夜叉サンの顔が引きつった。あれ、もしかして。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定か…………専門外どころか、無関係もいいところなのだがの」

 

そう言って彼女はまず、春日部サンの顔を両手で挟んだ。

 

「……んぶ」

 

「…………どれ、ふむふむ」

 

次に、逆廻クン、久遠サン、最後に僕と、みんなの顔を挟んでは見つめるという作業を繰り返した。

 

「うむ、四人共に素養が高いのは分かる。分かる、のだが…………これでは鑑定とは言えまい。はて、どうしたものか…………」

 

そう言って、頭をひねり始める彼女。うん、確かに鑑定とは言えないけれど…………。

 

「あのぉ、後日でも構わないと思いますよ? 把握する必要はあると思いますけど、大至急というわけでもありませんし」

 

「しかしそれでは、のぉ。おんしらは私の提示した試練を達成し、おんしに至ってはその覚悟を示した。なれば、主催者として、星霊の端くれとして、『恩恵(ギフト)』を与えるのは義務である。…………ふむ、そう言えば。鑑定とまではいかぬが、おんしらの魂と繋がった恩恵に名前を与えるものがある。ちぃとばかし贅沢ではあるが、コミュニティ復興の前祝いには丁度よかろう」

 

そう言って彼女は柏手を打つ。するとあら不思議、僕らの目の前に光るカードが現れたではありませんか!

逆廻クンにはコバルトブルーの、久遠サンにはワインレッド、春日部サンにはパールエメラルド…………僕のは、スカイブルー。

 

そこに記述されていたのは、僕の名前と─────────

 

◆◆◆

 

景山健太

 

ギフトネーム

→『法則(ルール):原点回帰の理(ビギニングゼロ)

→『人と形りて答えを為す者(フェイクアンサー・イズ・ヒューマン)

→『異常な普通(ノットバットノーマル)

→『新人類の祖』

→『真実の証明』

→『孵らずの英雄』

→『─────(待機中:出力条件を満たしていません)』

→『─────(待機中:出力条件を満たしていません)』

→『─────(待機中:出力条件を満たしていません)』

 

◆◆◆

 

「─────────ッッッ!!!」

 

思わず、手に取った青空を思わせるそのカードを、落としてしまう。

 

覚悟はしていた…………名前を与える物だと聞いてこうなるとは思っていた。だが…………些かこれは多いのではないか?

 

バッグに入ったスタンガンを慌てて取り出し、胸元に当て、スイッチを入れる。心臓は止まり生命活動を停止─────────……………………させ、慌てて能力を起動する。

 

重りの重量を[0]、そして乱暴にはね退けて立ち上がり、カードを拾う。…………書いてある内容は変わらない、ただ事実を坦々と写していた。

 

「ど、どうされました健太さん?」

 

「…………いや、思った以上に僕の罪は重いと思ってね。後で説明するよ、それよりもこのカードについて説明ぷりー」

 

「は、はい、分かりました!」

 

僕らに『恩恵』として与えられたこのカード、名前を『ギフトカード』。正式名称は『ラプラスの紙片』。全知の一端だということなので、この『ラプラス』は、あらゆる状態を完全に把握し、完璧に解析する能力をもった仮想的な知的存在の概念……『ラプラスの悪魔』のことだろう。そんなものも、箱庭にいるのか…………いや、信仰が現象(かみ)を作ることもある以上、ありえなくはない、のだが。

 

で、このカードの持つ能力はざっくりまとめると『ギフトに対する名前付け機能』と『四次○ポケット』だ。いや、本当に四次元かどうかは分からないが、某国民的人気漫画の猫型ロボの腹部についているポケットのように使えるみたいだから、その認識で間違いないだろう。うん、便利だわこれ。

取り敢えず、さっき使ったスタンガンを入れてみると、カードにスタンガンの絵が追加され、『03式緊急心肺停止ショックガン』という名前が、上に並ぶ物騒な文字列の下に現れた。というか、正式名称初めて知ったよ…………ってこれ、名前付けられてるってことはギフト扱いされても問題無いものなんだこれ!!? …………相棒よ、凄い物を作ってくれたんだね。

ちなみに、コミュニティに旗があれば、その紋様がカードにも映し出されるんだって。身分証明書にも使えんのかよ、超便利だ。

 

と、そんなことをちょっと興奮気味に説明する黒ウサギと、補足を入れてくれる白夜叉サンの話にふんふん頷いていると、想定外のところから声が上がった。

 

「へぇ? じゃあ俺のはレアケースなわけだ?」

 

え? と黒ウサギと白夜叉サンが固まり、硬直が解けたあと、白夜叉サンは逆廻クンのコバルトブルーのギフトカードを覗き込み…………、

 

「…………いや、そんな馬鹿な」

 

その顔を驚愕で歪め、彼の手からカードを取り上げ、それを凝視。そして穴が空きそうなほどに、何回も何回も、その目は同じところをなぞっていた。

 

「『正体不明(コード・アンノウン)』だと…………? いいやありえん、全知である『ラプラスの紙片』がエラーを起こすはずなど」

 

「何にせよ、鑑定はできなかったってことだろ。コミュニティ的には兎も角、個人的にはこの方がありがたいさ」

 

そう言って彼はカードを取り戻し、学ランのポケットに入れた。楽しそうだねぇ全く。

 

「それによ、おそらく俺のなんかよりも余程おかしいだろうのがそこにいるぞ。ぶっちゃけ俺は自分の恩恵よりもアレの方が気になるな」

 

ですよねーッ!! うん、説明するって言ったからそれは構わないけど話逸らされるのに使われた感ぱねぇ!! つか、いまの発言でその場の全員の視線が集まったんですケドー!!?

 

「…………まあいいけどね。ほら、あんまり見てて気分のいいものじゃない」

 

そう言ってポイッと白夜叉サンの方に僕のカードを投げて渡す。そしてそれをみんなが覗き込んで…………案定全員息を飲みやがった。黒ウサギと白夜叉サンなんか、もう目ん玉飛び出るぐらいに。

 

「お、おんし…………これは一体…………!?」

 

仕方ない、とため息一つ。幸せが逃げると言われても、これはどうしようもない。

 

取り敢えず、僕は分かりやすく、簡潔に一文で纏めて、こう言った。

 

 

 

 

 

「僕は、『終わった主人公』なんだよ」

 

 

 

 

 




死因→感電による心肺停止


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記録その11-その在り方故に、彼は異常な普通

まだ全然書いてないですが。
『普通な僕と異常な君』は、彼らが『主人公』の物語。


 

◆◆◆

 

 

人が、死んだ。

街が、死んだ。

 

思い思いに暴れ、時に人に紛れて悪逆を尽くした侵略者達の残した爪跡は、生き残った人間達に牙を剥く。

 

頑張った、事態は収束した。しかし、まだ終わってはいない。誰も彼もが下を向いて、終わりを待っている。

 

駄目だ、それでは駄目だ。僕らは前を向いて歩き出さなければならない。

 

綺麗事を言っている自覚はある。無茶を言っている自覚もある。でも、倒れた者の為にも、1人の狂信によって無為にその命を散らされた哀れな侵略者達の為にも、僕らは復活しなければならない。

 

僕なら、街を生き返らせることはできる。家も、道路も、建物も。僕の全力で、全てを無かったことにできる。

人間だって、息が繋がってさえいればなんとかしてみせよう。死んでいても、魂が未練を訴えるのならどうにかしてみせよう。

生き残った侵略者達は、僕が全てを引き継ぐ。彼らも被害者だ。それでも納得できないのなら、その罪を僕が背負おう。

 

頑張るから、僕は頑張るから。例え世界の全てを背負うことになったとしても、僕はなんとかしてみせる。僕1人じゃ無理でも、相棒と一緒にならば不可能じゃない。

 

でも、それはみんなが手を伸ばさないことには、始まらないから。

 

助かりたいと、生きたいと、幸せになりたいと。その願望は、欲は、とても汚くて、それでもすごく尊いものだから。

 

 

「希望は提示した。ならばあとはみんながそれに手を伸ばすだけだ」

 

 

戻らないものはある。それでも、僕らは手を差し伸べることを止めはしなかった。

 

 

──────これは、普通な僕と異常な君の、世界を救う物語だった。

 

 

◆◆◆

 

 

まあつまり、僕はここに来る前の段階で、色々とやらかしているということだった。具体的には人類と世界を救ったのです。

 

「「「「「……………………」」」」」

 

衝撃カミングアウトに一同絶句、その気持ちはよくわかる。正直自分でもなに真面目に宣ってるのか分かんなくなってくるし。

 

「世界を救ったって…………それ本当?」

 

いち早く復帰した久遠サンが、ちょっと信じられないといった風に僕に問う。うん、信じられないのは僕自身もなんだ、すまない。

 

「嘘でこんなイタいこと言ってどーすんのさ…………ほんと、面倒なことに、僕と、僕の相棒はクソみたいな…………失礼、排泄物にも劣るような輩による世界制圧を打ち破り、世界に平和をもたらしたのですよ」

 

「まるでおとぎ話じゃないのそれ」

 

本当それな!

 

「で、そういった諸々で信仰されて…………ってことだと思うよこれ。黒ウサギと白夜叉サンはどう見る?」

 

多分この辺りのことは僕より詳しいだろう方々に聞いてみる。すると二人は顔を見合わせて困ったような、戦慄したような、形容し難いになり、白夜叉サンの方が口を開いた。

 

「……ちなみにだが、人類を、世界を救ったとのことだが、それは誇張過少なくその表現であってるのか?」

 

「んぅ? 質問の意図が見えないのですが」

 

「質問を変えようか。おんしとその友が事にあたったその事件は、放っておけば人類以外にも甚大な被害を及ぼす可能性があったり、戦争の原因になるかもしれなかったりなど…………そういうことは無かったか?」

 

あ、そーゆーこと。

 

「まあ、あったんじゃないんでしょうかね。こういうのは、相方の方が得意なんですけど…………うーん、まあ間違いなく放置すれば戦争になったでしょうし、生態系への被害は甚大となったでしょう。僕らの時代には、既に核兵器は存在していましたし。率直に言って地球オワタです」

 

「…………そうか」

 

ひたすらに真剣で、かつ痛ましいものを見るような色が、目に宿る。なんだろう、確かに僕のこれまでの人生は不幸ってレベルじゃねーとは思うんだけれど。

 

「確証は無い。しかし、その証がギフトとして現れている以上確実だろうの。…………景山健太、おんしがこの箱庭に呼ばれたのは、偶然ではなく必然なのだろう」

 

「それは、功績があるからですか?」

 

「建てた功績が問題なのだ」

 

…………え、マジ?

 

「こんなこと聞いておらんぞ…………いや、まさか観測できなかったということか? しかし今こうしてギフトネームが出ているということは…………これは、あやつを叩き起こす必要がありそうだの」

 

「それでは…………やはりそうなのですか?」

 

「うむ、間違いなくそうであろうよ」

 

「ちょ、ちょっとちょっと。本人置いてけぼりにして納得すんのやめてくんない? それがなんなのか教えてくれないと困るよ!」

 

僕がここにいることは必然だと言った。ならば、僕はこの先何かに巻き込まれる筈だ、間違いなく。それがなんなのか、分からないことには心の準備すらできやしない。

 

「…………おんしの、心の準備ができてからでいいだろう。まだ、その件について折り合いをつけられてなかろう?」

 

「……ッ」

 

いや、まあ、うん…………そうなんだけ、ど。

 

「おそらく、コレはおんしの傷を無理矢理広げるだろう。それに、まだ確証は無いのだ。なんにせよ、話はそれからだ。もし、早く真実を知りたいのなら、私達が調査を終えるまでに、腹をくくっておくことだ」

 

「……ええ、了解しました」

 

どうにも、僕の人生に安寧は無いようです。

これも、端末として生まれた定めなのでしょうか?

 

 

◇◇◇

 

 

「まあそれはともかく、だ。説明して欲しいのはそっちだけでは無いのだが」

 

「え?」

 

綺麗にまとまったかなーとか思ってたら、唐突にそんなことを白夜叉サンに言われた件。え、なんぞ?

 

「惚けんじゃねぇ、さっき黒ウサギを瞬間移動させたアレだろう。後で話すとか言っておいて、煙に巻くつもりか?」

 

しかし僕の疑問を逆廻クンが見事に答えてくれた。サンキュー、いやマジで忘れてた。

 

「ごめん、ガチで忘れてた。それぐらい自分でも衝撃的だったわけなんですが」

 

そう言って僕は、くるりとみんなの前に出て、解説モードに入った。

 

「ええ、僕が持っていると思っていたのは一つだけ、あとはおそらく功績の結果。僕が自分を普通であれど異常と認識する要因の一つ、『法則:原点回帰の理』です。コレが、僕が不死身かつ様々なことができる元々のギフトです」

 

そう言って、もう一度胸部にスタンガンを当て───────…………リスタート、能力の起動を確認したところで解説に戻る。

 

「この能力は、言ってしまえば『世界意思の奴隷』である証です。あるいは、『世界意思の端末』とでも言いましょうか。人でもなく神でもなく星でもなく、もっと大きな括りで見た世界の意思から生まれた、世界を存続させるための調停者、バランサーの役目を負って生まれてきた存在であると、僕の相棒は仮定していました」

 

「さっきの以上に設定が飛んでるな」

 

「言うな、自覚はある」

 

逆廻クンの言葉も尤もだ。しかし、現状これ以外に納得できる仮定が無いのだから仕方がない。実際、僕らが出張らなければまずいことになっていただろう事態は発生していたわけだし。

 

「そんでもって世界の端末は、世界に対してあてがわれた法則(ルール)に則ってならば、ある程度自由に干渉、操作などを行える権限を持っています。僕にあてがわれたのは[0]、始点と終点、あるいは基準点、もっと言うと『無』。瞬間移動のタネは、黒ウサギと地点Xの距離を[0]とすることで、結果的に瞬間移動した様に見えた、ということなのですよ」

 

と、ここで実演をしてみる。遠くの方に岩があったので、それをみんなの後ろとの距離を消して、移動させた。説明していたからなのか、既に黒ウサギに対してやった実績があったからなのか、驚きは少なかったけれど。

 

「まあですが、こんな危なっかしい能力がバンバン使えるワケがありません。幾つか縛りがあります」

 

1.あてがわれた法則に近付くことでしか法則行使ができない。

 

2.自分の理解がある程度及ぶ範囲でしか法則行使ができない。

 

3.世界に則ったルールに干渉するには多少根気が要る。

 

「大まかにはこの3つでしょうか。ちなみに僕の場合は『死』という終点に近付くことで能力が起動します」

 

「まさか、何回も死んでいるのは……その為?」

 

「いや、それに関しては単純に僕の運が悪い」

 

春日部サンがそう言うが、しかしワザと死んだのはスタンガンでの2回と、入水自殺の1回である。そうそう死にたいもんじゃねー。

 

「さらに、この端末能力は持ってるだけで人体に影響を及ぼすことが判明しています。一時期実験で、僕の血液を飲料水に混ぜて被験者に摂取させ続けると、容姿性格能力が凡庸に近付いていったのです」

 

「それはつまり、」

 

何かを察した様な白夜叉サン。それに力強く頷くことで肯定を示し、続けて解説。

 

「僕の容姿が凡庸で、性格はある程度変異をきたしていますがまあ普通、能力も恩恵と呼んでいいか分からない端末能力と功績以外は平均値。つまり『景山健太』という『端末(バケモノ)』は、その能力によって無理矢理平凡に貶められているということです」

 

ウチの家族は中々に優秀な人らばっかりだった。父さんも母さんも、弟も妹も。なのに僕だけが凡庸だった。別に何でもかんでも遺伝するとは思えないし、そう言う能力を形作るのは環境だとしても…………環境が整っているのに、どうして僕は凡庸だったのか。

 

その答えが、ここにある。

 

「分かっているのはこの辺り。ぶっちゃけ言ってる僕も何を言ってるのか訳が分かりません。ただ僕は世界に『そうあれかし』と望まれてこうなっている、とは思っています。それが神なのか人なのか、はたまた違うナニカなのかも分かりませんが」

 

ただ、趣味は悪いと思う。普通であることは悪いとは思わないし、寧ろばっちこいだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。マッチポンプとは違うが、似た雰囲気を感じてしまう。

 

「だから、僕はヒトであってヒトでなし。そう言う存在なのですよ」

 

僕は苦笑しながら、そう締めくくった。

 




死因→感電による心肺停止(2回目)

…………て、手抜きだなんて言わないで!


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記録その12-その持論故に、彼は『景山健太』

ばら撒け伏線っ!
悩みまくれ我が駄脳!

フハハハッ、我が世の春が来たァァァアアアアア!!!

…………なんてことはありませんのでご安心を。

疑問などは感想欄だと答えられない場合があるのでメッセかツイッターへよろしくお願いします。


 

「結局、お前は何をしたんだ?」

 

あの後ビミョーな空気になったのを、真剣に払拭した後、ちょっとお茶することになりつつその場で色々な忠告をもらい、お店を出て帰路に着いたころ…………逆廻氏が爆弾を投下してきた。

 

前を歩く女性陣には…………聞かれていない、と。

 

「え、なにって……偽善活動?」

 

「はぐらかすんじゃねえよ。お前は何をして『英雄』に呼ばれるに至ったんだ」

 

「言わなきゃダメ…………か、うん。だってそれがギフトの効果と深く関係がありそうだものね」

 

でもなぁ、折り合い着いてないんだけどなぁ…………まあ逆廻クンにはある程度言っといた方がいいのかな。

 

「でも断る」

 

「…………」

 

いやん、青筋立てて怒らないでっ!

 

「真面目な話、言いたくない。…………さっきも白夜叉サンに言われたけれど、色々整理しきれていないんだよね、これが」

 

ほんと、我ながらいつまでもいつまでもクヨクヨしてると思うよ。一生立ち直れないかもとすら思うね。

 

「というか、さぁ……」

 

「……んだよ?」

 

「キミのところの『景山健太』と比べないでよ…………別にムカつくとかじゃないんだけどサ。でも、多分同姓同名なだけの別モノだと思うんだけど」

 

「……………………」

 

そういうと、渋い顔をし始めた。会ったばかりの人間に対してこういうことを言うのもどうかと思うが、らしくない顔だなぁと思う。

 

「多分その『景山健太』は、今の君を形成する上で欠かせない人間だったんだと思う。僕が『そう』でないことは少しだけ申し訳ないと思うよ、ごめんね」

 

「謝るな。しつこいとは分かっていても、どうしても気になっただけだ」

 

「そっか」

 

まあ、気持ちは分からんでもない。分からんでもない、が…………なんと言えばいいのかこのなんとも言えない気持ち。

 

「じゃあ、この事に関しては聞かない。が、少し質問をさせてくれないか?」

 

「はいな」

 

かなり真剣な表情で、逆廻クンは僕に伺いを立ててきた。プライド高そうな彼らしからぬ、低姿勢だ。

 

「お前は自分を『バケモノ』と自称した。それは何故だ?」

 

「何故、と問いますかぁ……」

 

どう答えたものかね…………? いや、自分なりの理由はあるが、なんか自画自賛してる気分になるし…………。

 

「率直に言って、僕は『最強』ではないけれど『無敵』だとは思わない?」

 

「…………。まあ、殺せないから敵はいない、という理由ならば、そうだな」

 

「でも、それって『人間』じゃないよね。人間は『最強』になることはできても『無敵』にはなれない。それは何故か、『不自由』だからだ」

 

「!」

 

アレ、既知の反応…………?

 

「人間はどこまで行っても自由にはなれない。それは人間だけに言えることじゃなくて、生物として存在している全てに言えることだ。…………でも、僕にそれは無い。僕に生物らしい『不自由』は無い。究極的には、僕単体で生き抜けることができるからだ。そりゃそうだ、死なないもの」

 

僕にとって、人間として生きたい僕にとっては非常に悲しいことに、だけどね。

 

「『不自由』のない生物は『無敵』だ。でもそれは最早生物とは言えないと、僕は思う。それはもう、理から外れた『バケモノ』だ。だから僕は、自分をバケモノだと思うんだ。完全に、ではないけれど」

 

「それは、どうしてだ?」

 

「身体はそうでも、精神の方は不合理、不自由の塊みたいなものだから、だね。元来人間は、『不自由』を求める生物だから。それは、僕が『人間』と名乗るための、最期の砦なんだと思う」

 

「…………ハハッ」

 

とりあえずは、望んだ答えは言えたらしい。しかし思った反応と違う。なんでよ、僕とその『景山健太』は別人みたいな反応してたじゃないか。

 

「そうか……そうか。礼を言う、『先生』。どれだけ変わっても、アンタのその在り方は変わらないらしい」

 

「……………………へ?」

 

なんども、なんども頷いて、嬉しそうに、悲しそうに彼は呟き…………気持ちを切り替えるかのように顔を叩いた後、いつものような不敵な笑顔を浮かべ始めた。

 

「俺の納得に付き合わせて悪かった。だから『貸し1』だ」

 

「……え? あ、ああ、うん。分かった、じゃあ困った時は頼ることにするね」

 

「よく言う、頼る気なんて全くない癖によ」

 

「…………よくご存知で」

 

そう僕に言う彼は、とても無邪気な子供に見えた。

 

…………さて、それとは別に問題が発生した。

 

「(…………僕のいた世界の『景山健太』と、逆廻十六夜のいた世界の『景山健太』は等号で結ばれる、のか?)」

 

明らかに不等号で結ばれるはずなのに、僕は教師になんかなるはずないのに、平行世界だから別モノだと思うのに、逆廻十六夜が納得する程度には、僕とその『景山健太』は一緒だって?

 

謎が一つ解けたと思ったら、新しい謎が何個も舞い込んでくる…………なんという世界なんだ此処は。

 

 

◇◇◇

 

 

今日のイベントは消化しきれたと思ったら特大のが残ってた件。いやもう終わったけれど。

 

なんでも、僕ら異世界組の加入歓迎パーティー件、自己紹介が済んでなかったのだ。

それもそのはず、僕が昨日死んでたから延期せざるを得なかったのだ。うん、マジすまん。

 

歓迎会自体は割と慎ましいものだった。だって、うちのコミュニティ金欠貧乏なんだもの。それでも前々から準備してたためなのか、ちょっとしたホームパーティー的な感じで楽しかったよ。ちょっと昔を思い出してホロリとした。…………元気かなぁ相棒。怖くてケータイ見れないが。

 

まあそれはともかく、僕はノーネームの子供達と凄く仲良くなった。単純に僕がとっつきやすいということもあるが、単純に子供達の面倒を見るのが好きだったということだ。ふふふ…………弟と妹を親も同然に育ててきた実績が僕にはあるのだよ!

 

「で、その報酬がその餅か?」

 

「いえーす。とにかく無性にお餅が食いたくなって、もち米とキッチン使わせてもらった」

 

そして現在僕と十六夜クン(逆廻クンとか呼ばれると虫酸が走るといわれてこうなった…………どんな人間だったんだ『景山健太』)と、リーダーと共に談話室なう。僕の作ったお餅を摘みながら、この先の『ノーネーム』の方針みたいなのを話している最中なのです! まあ、僕は頭が回らないから頷くだけの機械になってんだけどな。

え、女性陣? 今頃風呂でしょーよ。1番風呂とか裏山とか思うが、レディーファーストとしておこう。なお、元々のレディーファーストは女性を盾にする為の男尊女卑的なワードだが、僕にそんな思惑は全くないことを記しておこう。断じてッ!

 

「それはそうとリーダー。又聞きだけど、十六夜クンにやらせようとしたゲームがあるらしいじゃない?」

 

会話が途切れたところで、思いついたように発言してみた。

すると、なんということでしょう! 2人の顔が一気に苦虫を噛み潰したような顔になったではありませんか! 嫌な劇的ビフォー○フターである。この場合、僕は空間を悪くする匠、ということになるのかな?

 

「……ええ、確かに僕は十六夜さんにとあるゲームの参加を条件に、『ノーネーム』を対魔王コミュニティとして舵取りすることに同意しました。そのゲームは、僕らの昔の仲間が商品として出品されていたんです」

 

「…………わーお!!?」

 

いやぁ、そんな大事なことは先に言って欲しかったなぁ!! …………とは言わない。苦虫を噛み潰したような顔に、言わなかった理由があると見た。

 

「……大方、中止に近い延期とか、そんなオチでしょ? 健ちゃん知ってる」

 

「よく分かったじゃないか。ついでに、その昔の仲間が元・魔王だということも付け加えておこう」

 

「え、それヤバイよね? え、え!? 元・魔王が仲間だったコミュニティすら敵に回せる魔王が相手なの!?」

 

と言うか、もぐもぐ、魔王って仲間に、もぐもぐ、できるんだ!? もぐもぐ、凄いね箱庭!!

 

「餅食いながら言っても緊張感ねぇよ」

 

「あ、はぁい」

 

しかし、それは困ったことになったねぇ。ぬか喜びさせないために、情報統制か。

 

「現状、打つ手はない。主催しているのが『サウザンドアイズ』の幹部だと聞いて、それとなく白夜叉を問い質してみたが…………箱庭の外で、その元・魔王の買い手が見つかったみたいらしい」

 

「…………敗者の末路、か。負ければ全てを失う、実にわかりやすい。それで十六夜氏」

 

「なんだ健太」

 

「態々『箱庭の外』って情報を付けたってことは…………もしかして?」

 

「いや、察してはいるが俺は聞かされてない…………どうなんだ、御チビ?」

 

僕ら2人分の視線を集めたリーダーは少し腰が引けたようになりつつも、こう答えた。

 

「ええ…………その彼女は『吸血鬼』です」

 

吸血鬼……うん、分かってはいたけれど…………うーん。

 

「僕、苦手なんだよねぇ吸血鬼。殺しても殺しても殺しても殺しても死にゃしない。夜中のあいつらは本当死ななくて面倒なんだよ」

 

「夜中じゃなくても不死身のバケモノが言えたことかよ。思いっきりブーメラン刺さってんぞオイ」

 

「申し訳ありませんが、僕も同感です」

 

「ここに味方はいないのか!!?」

 

HEEEYYYY!! あァァァんまりだァァアァ!!

 

…………あ、吸血鬼だからWRYYYYYYYYッ!! とかの方が良かった? せっかく『世○(ザ・○ールド)』ごっこできるし。あ、ふざけんなって? ごめんなさい。

 

「とりあえず、真面目に行こう。少しふざけたらスッキリしたし」

 

さて、これはある意味ではチャンスとも言える訳なのだ。

 

「元々、そのお仲間はゲームでしか取り返せないという状況だった、と?」

 

「え、ええ。だから今回のことは、運が悪かった───────」

 

「訳ないでしょ。少なくとも、そのゲームの主催者、あるいはそのお仲間を買おうとした奴にとっては、袖の下が効くということが証明されたってことじゃないか」

 

そこで君は思うわけだ、リーダー。そもそも、大手が満足する程のモノは用意できないと。

 

「でも、これもまた小耳に挟んだんだけどね。ウチの倉庫、豚に真珠的に使えないものの宝庫らしいじゃないか」

 

「た、確かに! いや、ですが、アレらは…………」

 

「昔の仲間のモノもある、かい? でも形振り構ってられないでしょ。君の記憶にある仲間達は、アイテムと仲間を天秤にかけたら、どっちに傾く連中なのヨさ?」

 

「……………………」

 

おおう、考え込んでる考え込んでる。ま、その気持ちは分かるがな。

 

「最悪、僕の腕でも切り落としてそれを献上してみよう。前の世界でもそうだったけど、僕の身体は研究素体としてはかなりの価値を持つらしいし。すぐ生やせるし、痛い以外は特に問題もないしね」

 

「いや、あるだろう。君の身体の情報は、今は秘匿すべきものだと白夜叉から聞いたのだが」

 

「でもでもぉ、『ノーネーム』に手札を出し渋る余裕は無いんだけどねぇ……もぐもぐ」

 

いやぁ、シンプルに醤油で食う餅は美味いなぁ…………あ?

 

「ちょ、どこから入ってきむぐ─────────ッッッ!!!?」

 

ぬ、ぐぁ!!? 気管に、気管に餅が詰まった─────────!!?

 

息ができなくなり、お茶を飲んでも飲み込めなくてあたふたし、徐々に意識を奪われる中…………僕が最期に見たものは、金髪ロングのロリっ子だった……気がする。話の流れ的に、コレの正体はおそらく…………

 

「(き、金髪ロリで吸血鬼……テンプレ乙…………!!)」

 




死因→餅による窒息死


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記録その13-容赦がないからこそ、彼は異常な普通(ポロリもあるよ!)

…………うん、やっちゃったZE☆

バカやらかしてごめんなさい(土下座)


 

…………なにさ、こっちくんな。そんなこと言って、どうせキミもそうなんだろ?

 

私はバケモノなんだ、みんなみんな、手のひら返して私をいじめるんだ。

 

うるさい。そりゃあちょっとは希望を持った時期もあったさ。本音を言えば、誰かと一緒に生きていきたい。でも、手のひらを返されたときの絶望は、もう味わいたくないんだよ。

 

ほら、見てみなよ。今適当に石を投げただけでこのザマだ。おそろしいだろう? おっかないだろう? 分かったらとっととあっちいけ、こっちくんな。

 

…………しっつこいなぁ! ああ、その辺の有象無象よりかはマシだって認めてやるよ! でも邪魔だ、もう嫌なんだ、私はもう絶望したくない!

 

だから、死ね。

 

 

◆◆◆

 

 

「殺すなド阿呆─────!!!? …………あ、夢か」

 

「夢の中でも死んでんのかお前」

 

ガバリと起き上がると、かわいそうなものを見る目で見られた件。今更のことだが、中々心に刺さるネ!

 

「で、何処まで話が進んだ? 手合わせはした? どうせそこの吸血鬼嬢サマが来たのは、古巣が心配になったからだろう?」

 

「け、健太さん起きてたんですか!?」

 

「いや、単なる予想だよん?」

 

とりあえず、反動をつけて起き上がる。若干ボロっちくなった吸血鬼嬢サマを見て、息を吐く。場所を変えて十六夜クンと手合わせしたみたいだが、おそらく負けたのだろう。詳しく聞いてもだいたいその通りだった。なお、女性陣は風呂から上がったようで、最低限身支度整えてから急行するとのことらしい。

 

「とりあえず、出落ちしてすみませんでしたって言うのと…………なんてことしてくれんだテメェ」

 

「……簡単に言ってくれる。私にとってこの『ノーネーム』が、仲間が、どれだけの意味を持っていると思っているんだ」

 

「分からないけど察することはできるさ。というか、心配に思うことは悪くない。つか、自然な流れだと思うよ。ただ僕が言いたいのは、アンタと白夜叉サン、迂闊過ぎ」

 

「……え?」

 

え? じゃねぇよ、つか貴女が賞品のゲームを開催しているところが『サウザンドアイズ』って時点で誰が手引きしたかなんてお察し過ぎるんだよ。

 

「貴女は思わなかったのか……いや、思えるわけがないよな。だって『ノーネーム』はど底辺。ゲームが中止させられた段階で、動けないって思うのは当然。だから、最後の言葉を伝える為にもう一度捕まることを承知で逃走してきたってのは分からんでもない流れだ。でもな、新人入ってきたんだから、もしかしたら? ぐらいのことは考えても良かった。今まで取れなかった手段だって使えるようになってたかもしれないと思うべきだった。もう少し様子を見ても良かった。だが、貴女が此処に来た時点で、僕らは直接対決をせざるを得なくなった! 貴女が逃げたコミュニティ相手にね!」

 

しかも、古巣に逃げ込んだという構図がまずい! 交渉に持ち込めても絶対そこ突かれるパターンじゃん!

 

「腕は冗談にしても、交渉に使えそうなアイテムには心当たりがあったんだ! これ使えば、貴女を買いたいという相手とのゲームに持ち込めるとすら思ってたんだ! 全部パァだよ、嗚呼どうしましょう!!?」

 

まあ生まれてこの方思い通りに事が進んだことってあんまりないけどね!

 

「…………というわけで、愚痴ってすみませんでした」

 

「い、いや。大丈夫だ、気にしていない。しかし気になるのが、本当に納得させられる程の物があるのか、ということなんだが。そうであるならば、私を買う、という策も修正が効く」

 

「え、本当マジでやったーっ!」

 

思わずぴょんぴょんと飛び跳ね、喜びをこれでもかと表現…………と、冗談はここまでとして。

 

「それでは吸血鬼嬢サマ。お名前は?」

 

「…………ああ、そう言えば自己紹介の時、君は死んでいたのだったな。私の名前はレティシア=ドラクレア。ただの吸血鬼だ」

 

「……レティシアさんがただの吸血鬼なら、ほとんどの吸血鬼は吸血鬼に及ばない何かになってしまいますが」

 

「と言っても、私を魔王たらしめていたギフトは失ってしまった。故に間違いではないと思うぞ」

 

「あー…………とりあえずレティシアさんとお呼びしますね。あ、それでなんですが、手首と首、どちらが好きですか?」

 

「…………質問の意図が見えないのだが」

 

…………ん? あれ伝わらなかった?

 

「おっかしいなぁ…………僕のいた時代の吸血鬼は、この話で結構盛り上がるんだけど…………」

 

「ああ成る程、血を吸うときどちらを選ぶかということか。しかし、一般的に私達は首から吸うんだが…………」

 

「あー、確かとある奇妙な漫画に出てくる手首フェチの殺人鬼に影響を受けた吸血鬼が増えてそうなったって聞いた覚えがあります。成る程、普通は首からカプリ、と」

 

──────じゃあ、手首ですね。

 

「「「…………は?」」」

 

次の瞬間、僕の手はポロリと落ちて、付け根の部分から思いっきり血が噴き出した。

 

ああ、意識が遠のくぅ…………─────────

 

っと、何分も死んでる場合じゃねー。素早く再起動、手首をくっ付け、ドボドボと垂れ流した血から水分だけを浮かせ、残りを[消し飛ばす]。

 

「…………なにをやるつもりかは分からないが、水が欲しいのは分かった。でもな、態々自殺しなくても水路から持ってくりゃ良かったんじゃないのか?」

 

「サービスシーンだよ!」

 

「(手首)ポロリもあるよってか? いっぺん謝ってこい色んな何かに」

 

「むっ、痛烈なツッコミ。ボケもツッコミもこなせるとか、ハイスペック過ぎねぇ? くそ、不良優等生とか美味しすぎんじゃねーか………あいてっ!?」

 

うぅ…………ニッコリと青筋たてて殴られた。そこまで怒ることかよ。

 

「…………コントはそこまでにしてくれないか。私のせいとは言え、色々と時間がない」

 

「あ、そうでしたね。ついでに、レティシアさんが手首って答えてたら、(首)ポロリになってました」

 

「「「早くしろッ!!」」」

 

「すみませんでしたッ!!」

 

ふざけ過ぎたので真面目にやろう。さて、浮かせた水を適当な大きさの球に分ける。

 

「開始、表面を[0℉]で[固定]、中身は古典物理学に於ける[絶対零度]でセット、終了」

 

そうして、見た目と表面だけは普通の氷の球が手のひらに収まるように落下。ぶつかり合い、カツンと鳴る音が妙に軽い。

 

計10個のソレを、自分のギフトカードに入れてみる。『空論存在(オーパーツ):絶対零度氷球(アブソリュートゼロ・ボール)』…………うん、的確だね。

 

「というわけで、量子力学的に絶対存在しえない、全てのものが動きを止める[絶対零度]の氷球。零点振動もしてない、正しく絶止状態だねっ!」

 

一応触れるように表面だけ0℉で固定し、中身が色んな意味で漏れないように区切ってはあるけれどね。0℃じゃないのは単純に0℉の方が確実に固体、凍ってるから。[0]じゃないと上手く異能が働かないのだ。

 

「まあ仮に現代物理学の方の絶対零度でも、人間の手で再現できないし、どっちにしたってありえないシロモノなんだけどね! コレは使えるでしょ!」

 

「つ、使えるんでしょうか…………?」

 

「……反応を見ないことには、なんとも言えないな」

 

ありゃ、箱庭組の反応は悪いね。

 

「それに、高位の神霊ならばできるかもしれませんし…………」

 

「まあ、そうだね。()()()()()()()()()()()()()

 

多分わかっているだろう規格外サマに視線を流す。そしてやはり案の定、その口の端を吊り上げて面白そうに笑っていた。

 

「成る程、『神秘を貶める』か。ヤハハハ、随分過激じゃねえか」

 

彼の言葉で理解したらしい2人の視線が僕に向く。うん、いいねぇそのビックリした顔! 愉快痛快ってね!

 

「何を今更、僕は前の世界で色んな幻想、神秘を殺してきた『最後の神秘殺し:異常な普通』さ。生憎、理不尽(しゅらしんぶつ)に手加減する理由も動機も無くてね」

 

「ま、待ってください! と言うことは、絶対零度を人の手で再現させるつもりなのですか!?」

 

「だよ。神の権能そのものだと言えたイカヅチは、かの天才科学者:ニコラ・テスラによってヒトの手に貶められた。だから、同じことができるかもしれない。現物(こたえ)たる[絶対零度]もあることだし研究は大分進むだろうよ。そして、ヒトの手に堕としてしまえば…………『絶対零度』に対応する霊格を持つ何某の力を手に入れられるということじゃん?」

 

無論、上手くいくかはわからない。と言うか無理だと思う。でも、可能性が絶無なのと少しでもあるのとでは話が変わってくる。それだけでも、この小粒の氷球にしか見えない[絶対零度]の種は価値のあるものだと思う。学者なら、垂涎のシロモノなハズだ。

 

「上手くいかなくても、これは『絶対零度』に対応する何かの霊格を持つ何某は、人間が進歩する度に貶められてきた。全てを停止させる温度(ちから)は存在しないとされてしまったから。でも、コレは違う。正真正銘、全てを止める嘗ての『絶対零度』という概念そのままの現物だ。つまり、コレを依代にすれば、嘗ての霊格を擬似的に取り戻せると言うことだ。そして、そいつは僕に……僕の作る[絶対零度]に縋ってくれれば儲け物。かなりの力を持った神霊を、味方に付けることができるかもしれない。できなくても、こちらに有利な取引を着けられるだろう。しかも、僕らがそれをできなくてもいい、コレを渡すコミュニティに一任してしまってもいい。そうすれば、恩を売れるからね。そしたら…………いくら『ノーネーム』でも、僕らのことは無視できない筈だ。それこそ、『嘗ての仲間を私達にください』という我儘だってね」

 

単なるお金では生み出せない価値が、『絶対零度』という概念にはある。本来、ポンポンと振りまいていいものじゃないが、使うべき時には切るべき切札だ。そして、今がその使い所のように思える。

 

「……随分と、頭が回るのだな。異能以外は、度胸のあるだけの人間(えいゆう)と聞いていたのだが」

 

「…………そうなんだよねぇ。他の誰よりも、自分が一番驚いてる」

 

なんでか知らんが、箱庭に来てから頭が冴えている。理解できずに頭の中で滞留していたガラクタが、面白いように機能している。多分それは…………出力されていない恩恵の、どれかなんだろうなと思う。

 

…………さて、そろそろヤバイかな? 本拠の端の方から、ネズミの足音が聞こえてきたし。

 

「さてリーダー。決めるのは君だ」

 

「え……ですが、それは健太さんの力で」

 

「ああ、僕の呪いが生み出した。でも、僕は『ノーネーム』に所属した歯車、道具だ」

 

無論、道具のように扱われたいとか、そういうことじゃない。

 

「敵がいるならば倒そう、必要ならば殺そう。金が無いのなら稼ごう、必要ならば生み出そう。力が必要ならば集めよう、必要ならば与えよう。僕は、出来うる限りで全力でことに当たろう。だが、その指示を、その意思を、その責任を、その功績を、その罪を。全てを背負うのは………リーダー、ジン=ラッセル君、キミ以外の誰でもない」

 

「僕、が…………」

 

「組織の長は、そうであるべきだ。無論、キミの下にいる皆を切り捨ててしまっても構わないと言うなら話は別だがね」

 

まあ、そうでないことは分かっているがな!

 

「で、如何しますかね、リーダー?」

 

挑発的に、そして威圧を込めて言葉を、視線を向けた。

 

程なくして、それは返ってきた。強い意思のこもった視線と一緒に。

 

「交渉のために、恩恵が必要です。健太さん、必要と思われるだけ生産をお願いします」

 

「承知、任せてください」

 

それでは、水路の方に行きますかね。

 

…………ついでに、ネズミさん達にはお帰り願おう。

 




死因→失血死


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記録その14-その悍ましさ故に、彼は異常な普通

「…………ふう、まあこんなものかな?」

 

死屍累々。侵入者…………おそらくペルセウス所属の人達と思わしき骸が辺りに散らばっている。いや、死んでないんだけど。つか、死んだのは僕だけなんだけど。

 

「バ、バケモノめ…………!」

 

「あら、まだ心が折れてなかったのか。うんうんスゴイナー。まあ、震えてる時点でその心の強さは無意味無価値なんだけどねぇ、うん」

 

僕がやったのは単純なことだ。厳密には違うけれど、見えない壁で侵入者達ごと僕を閉じ込めて『この先を行くなら、僕を倒してからにしろ!』と言っただけだ。そしたら嬉々として殺しにくるんだから堪ったもんじゃないよ。

 

まあ、殺した程度で死にはしないのだから、無理ゲーに付き合わせたようなものですけどね。

 

「まあ、屈してないならまだ可能性はある。じゃ、頑張ってみて? 殺し続けたらいつかは倒れてしまうかもしれないゾ!」

 

「くそ…………何が頑張って、だ…………!」

 

「あははははは、まるで僕が加害者みたいに言うなぁ酷い酷い。さっき君が言ったようにバケモノなのかもしれないけど、歴とした人間なんですよぉ?」

 

腰を抜かして、ガタガタと震え、視線が定まらず、恐怖で粗相をしているのか股を濡らしてアンモニア臭を纏う男の顔を覗きこむ。

 

「僕がしたことは、君らをこの場で足止めしているだけじゃないか。君らにも事情があるのかもしれないけど、侵入者を見逃せるほど脳味噌お花畑じゃないし。それ以外は、なーんにもしてない。無抵抗に殴られ、刺され、斬られ、何度も何度も殺された。まあ、邪魔になってるのは間違いないから、それでチャラ。つまり僕らは平等だ! いいよね平等って!」

 

「ぐっ…………!」

 

「むしろ、殺人という罪が無かったことになってるんだから、そんな責められる様な目で見られるとかありえないんですケドー! 最初の内は皆が皆、何度殺しても問題ないことに受かれて暴力の快感に身を委ねてたじゃないですか! 本来なら取り返しのつかないことなんですから、涙こぼして感謝すべきだと思いマース!」

 

無論、感謝なんて逆立ちしてもあり得ないだろうけど、嘘は一つもついてない。ついてないんだ。

 

「ほらほら、君も楽しんで僕を殺してたろう? 僕を倒すにはまだまだ足りないんだから、もっと愉しんでレッツマーダーしなきゃ! さあ、ちゃんとその刃物を持って、狙いを定めて?」

 

「ひ、ひぃ!!?」

 

落ちていた西洋剣を拾い、男に握らせてニッコリと笑う。さらに恐怖を煽られたみたいだけど却ってそれが良かったのか、その剣を僕に突き出してきた。…………だけど震えすぎていてブレッブレで、脇腹に少しだけ刺さっただけだった。

 

「もー、ダメダメじゃないか。ほら、お手本を見せてあげるから」

 

剣を抜き、男の手を包み込むように添えて、剣の刃を僕の首に当てる。

 

「いいかい? ちゃんと見て、その感触を身体に刻み込むんだよ?」

 

「い、いい、嫌だ!! もうやめてくれ!! 俺が悪かったから、もうやめてくれ!!」

 

「ん? 異なことを言うね。君は何も悪いことをしてないじゃないか。君は間違ったことをしていないじゃないか。侵入するのに、障害は排除するものなのだし、君の行動は自然なものだ」

 

「違う、違うんだ! 俺は、俺はあのバカなリーダーに命令されて!!」

 

「つまり、職務に忠実だったと。尚更悪い点が見当たらないね、うん。でも嘘はいけないなー、その言い方だと『望まず僕を殺した』みたいじゃないか。素直になろうぜっ! 協力してやるからさ!」

 

震える手を押さえ込み、火事場の馬鹿力での抵抗を[0]にし、刃を首に、徐々に徐々に沈ませていく。相手が気絶しそうだったので、意識を途切れさせないように無理矢理繋ぎ止める。

 

「僕は申し訳なく思ってるんだ…………君らをここから通す訳にはいかないけど、君らの邪魔をすることを。だからせめて、君らのストレスの発散くらいには、付き合ってあげようと。『殺されないと』釣り合わないだろう?」

 

「離せッ! 離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せッ、離せッ!! もう殺したくない、殺したくないんだよぉぉぉおおおおおおおッ!!」

 

「だから、嘘はダメだって。んじゃ、一気に切り落とすよー、んッ────────」

 

抵抗を[0]にして、刃が一気に首を絶つ。

僅かに残った生の猶予で、男の顔が笑ってるのか泣いてるのか分からない顔になってるのが分かった。

 

そしてまた、巻き戻る。墜ちた首は、再びあるべき位置へと納まる。

 

「─────っと。さあ、これでまた一歩近付いたね! じゃあ、今のを踏まえて上手に僕を殺してみようか! …………って、」

 

力が抜けている。目は面白いように世話しなく動き回り、ビクンビクンと痙攣。口はだらしなく開かれて、意味なく音が垂れ流される

 

「はは、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは────────」

 

「あらら、壊れちゃったか。まあ、壊すつもりでやったけど」

 

殺され続けるだけで壊れるんだから、人間ってのは軟弱にできてるよなー。

 

 

◇◇◇

 

 

最後の人は、敬意と侮蔑を込めて丁寧かつ雑に壊したから特にイカれちゃったけど、その場にいた人間、大体似たような感じで壊れてたので、せめて格好だけは整えてあげようと、股間とかケツの穴のあれとか、汚れとか、ヨダレとか、そういうのは全部消して、綺麗にしておく。僕は手を下して…………ないことはないが、基本的になすがままにされただけだ。とはいえこの状態を見てそうとは信じられないとは思うから、多少の体裁は整えないとね。

 

そして逆に、僕が殺されまくった痕跡は残す。撒き散った血、くっ付けずに元に戻した為に放置された四肢、その他諸々。弄られないように、その状態を[固定]した。

 

誰が悪い? と問われたら、僕が悪いと僕は『思う』。口には出さないけど、これは僕が悪いだろう。如何に彼らに問題があったとしても、嫌がる彼らに精神的虐殺を敢行して殺しきったのは間違いなく僕である。

 

だが僕はこう『言う』だろう、『誰も悪くない、ただ彼らの運が悪かっただけだ』と。

 

そこに嘘は一つもない、隠し事はあるが。僕は侵入者を留めるために全力を尽くした。これは自然な流れであり、それ以外は殺されまくっただけだから、悪くはないだろう。侵入者の彼らだって、リーダーとやらの命令に忠実だっただけだ。そりゃ、途中暴力と殺人の背徳感に酔っちゃってたけれど、職務の一環と言えなくもない、障害は取り除くべきものだしね。ただ、僕が殺したところで死ぬような、そもそも死んだところで倒れるようなタマじゃなかったのが、彼らの運の悪さだろう。

 

申し訳なく思うし、悪いとは思う。だが、僕は今の行為を反省したりはしない。少なくとも、敵を潰すということに関しては何一つ。別に僕は、聖人君子でもなんでもないからね。僕らを嵌めようとする連中に対して持ち合わせる慈悲なんて、これっぽっちも持ち合わせてないよ。…………まあ、あのロリ吸血鬼がいなければ、皆がハッピーになれたことを考えると、なにしちゃってくれたんだあの白髪ロリ、と悪態を吐きたくなるけど。後味は悪くなった。

 

それに、僕なら『直せる』。取り返しがつく。覆水が盆に返る。(過程はともかく確信的に)壊したことは責められるだろうが、交渉の場で切れるカードになるだろう。人を人とも思わないようなヤツがリーダーだったら困るけど、その時間違いなく僕らは何かしらの方法でゲームに持ち込み、部下を廃人にしていける。流石に部下が全員使えなくなったら、コミュニティの維持が困難になるだろう。これは、余程の破綻者でもなければありえず、件のペルセウスのリーダーがそうであることは余り考えられない。だって話聞いてると小物っぽいし。

 

「しっかし、死にたくない死にたくないと言っときながら、これだからなぁ…………」

 

死にたくないのは事実である。ただ、敵を潰すなら使えるものは全部使うだけ。まあ、自分の死亡すら使ってまで人を壊すことに躊躇いが無いことはおかしいと思うけど、戦場に慣れきった傭兵が人を殺すことを必要以上に躊躇うことが異常なように、似たような環境に投げ込まれた僕が今さらそんなことを気にしてたら、そっちの方が異常だ。

 

 

 

なにせ、たった二人で国相手に戦争かましたからな、僕は

 

 

 

 




死因→断頭


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記録その15-その悪辣さ故に、彼は悪い子

基本的に、僕が勝負事に勝てる確率は言うほど高くはない。そもそもが凡俗の類いで、才能には恵まれなかったからね、アレのせいで。そのことをとやかく言うつもりは全くない。

 

だが、しかし…………虐殺となれば、話は別。

 

勝負の体をなさないフィールドで暴れることにかけては、僕は誰よりも、相棒よりも、長けているのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

血を抜いてはそれを氷球処理し、また血を抜いては氷球処理をして失血死を繰り返し終わり、使い終わった氷球の補充が終わったところで、僕はノーネーム本拠にあるとある一室に入った。既にそこにはこれからの作戦に参加するメンバーが集まっていた。

 

「……さて、大体の仕込みが終わった訳ですが」

 

部屋にある黒板の前に立ち、今回に限り作戦指揮を執り行うことになった僕は、これから大まかな流れを皆に指示する。

参加者は箱庭組からはジンくん、黒ウサギ、レティシアさん。異世界組からは十六夜クン、久遠サン、春日部サン、である。

 

「ここからの立ち回りが、ひっじょーに重要になります。ですが、最早舞台は全てがこちらのちゃぶ台の上、台本通りに動く演者であればなにも問題は起きず、それ以外の要因で脚本が弄られても、ちゃぶ台をひっくり返せるのはこちらです。あとで作戦指示書(きゃくほん)は各人にそれぞれ渡しますけれど、ざっくりとだけ説明しちゃいますね…っと」

 

そしてチョークを手に持ち、『遊撃:逆廻十六夜』と書く。

 

「まず十六夜クンには、ペルセウスへの挑戦権利を得るための試練を突破して欲しい」

 

「ほお?」

 

「黒ウサギ、説明よろしく」

 

先を促されたので、専門家にバトンタッチ。

 

「任されました! 力のあるコミュニティは自分達の伝説を誇示するために、伝説を再現したギフトゲームを用意することがあります。彼らは特定の条件を満たしたプレイヤーにのみ、そのギフトゲームの挑戦を許すのです。自らの持つ伝説と、旗印を賭けて」

 

「なるほど、ペルセウスにもその伝説に則ったゲームが存在している、と」

 

そういうことです、と頷く黒ウサギを見て色々と理解したらしい十六夜クンは、少し不服そうな目でこちらを睨んできた。

 

「お前が言うには、もう事態はこっちが握ってるんだろう? だがお前はその次善の策の為に俺を使おうとしているようだが…………」

 

「言いたいことは分かるよ。ぶっちゃけ誰の目から見ても君は優秀な人材だし、僕の指示が無くても君がいるなら勝確みたいなところはある。でも、今回どうしても僕が先導して動かないといけない以上、君を本拠で護衛に充てるぐらいにしか動かせないんだよ」

 

とは言え、そんなヤバイときのゴリ押しみたいな理由で君を動かそうってんじゃないぜ?

 

「君をこの役割に充てたのは、僕よりも、誰よりも早く、その条件を満たせると思ったからだ。単純な身体スペックはノーネーム内で断トツ、頭の回転も速けりゃ知識も豊富。たかがゲームの挑戦権ごとき、多分この面子なら誰だって取りに行ける。僕が期待してるのは、全ての主導権を握ったあとに、ダメ押しとして敵の首魁の頸動脈にあてるナイフの早い到着だ」

 

「…………なるほど? お前の旗印(せいめいせん)はいつでも握れる、って示すためか。いいぜ、今回は乗ってやる」

 

とりあえずは納得してくれたらしい十六夜クンが、フン! と鼻を鳴らして表情を緩めた。

 

「では次に、春日部サンは……」

 

今度はその隣に『護衛:春日部耀』 と書く。

 

「君には、本拠に残って子供達の護衛をしてもらいたい」

 

「いいけど…………なんで私?」

 

「身体スペックの高さと聴力、それ以上に対応力の高さ。どこぞのウサミミには及ばなくても襲撃者に対する察知はしやすいだろうし、友達になった動物の力を使えるということは、相手に合わせた行動を取りやすいだろう。あの鷲獅子とも友達になったと聞いたし、飛べない相手なら一方的にフルボッコだってできる。十六夜クンも大体に対して強いだろうけどハメワザ食らったらお仕舞いかもしれないし、久遠サンはそもそもがピーキーで恩恵が君らに比べて荒事に向いてない。今回はそもそも選択肢がないけど、僕だって永遠と殺し続けるシステム相手に嵌められたら致命的な隙になるし」

 

「分かった、頑張る」

 

むん! と拳を握る彼女を見て微笑ましい気分になりながら、黒板に『本隊:ジン、黒ウサギ、レティシア、久遠飛鳥、僕』と記入。

 

「もう残り物って感じだけどちゃんと役割はあるからね全員。既に仕事を済ませてもらったも同然なジンくんに黒ウサギ、レティシアさんには申し訳ないけど。まずジンくんにいてもらうのは、単純に旗頭としての仕事をしてもらいたいってことだね。あと、今回は僕が君から交渉を任されることになるけれど、こういう仕事を君にやってもらいたいからね、これからは。なので今回は僕に着いてきてください、以上」

 

「わ、分かりました。足を引っ張らないように頑張ります」

 

「ん? そこに関しては全くもって心配しとらんよ、僕は。第一既に成果を挙げてるわけだし、例え黒ウサギにおんぶにだっこだったのだとしても、それでも『ノーネーム』がコミュニティの体を保ってられたのは君のお陰だろう? むしろ思ったことがあるなら、ジャンジャン口を出してくれ、間違ってると思うなら僕を止めたっていい。リーダーは君だ、誰が認めなくても僕は認めてる」

 

「は……はいっ!」

 

さてさて、本当のことを並べての焚き付けは成功したみたいだから、次は黒ウサギか。

 

「黒ウサギは、ルール違反がないかどうかのルールブック代わり、あとゲームにもつれ込んだ時の審判役をお願い」

 

「分かりました、全力でその役割を全うします」

 

「あれ? 理由は聞かなくていいの?」

 

「ウサギとしては若輩でも、それなりに場数は踏んでいるのデス。黒ウサギは伊達じゃありません!」

 

うん、頼もしい。流石は僕らが来るまでの『ノーネーム』の大黒柱。あと、俺の予想が正しければ、仮にゲームにもつれ込んだ場合でも彼女は戦場に立てるはず。箱庭のウサギ種が持つ『審判権限』と呼ばれる権限のデメリットとして、主催者が認めない限りゲームに参加できなくなるなどの縛りがあるが、交渉で認めさせることはできるからな。相手が俗物で助かったぜ…………。

 

「そしてレティシアさんは、まあ向こうに所有権があるから、どうしても連れていかないといけないから、着いてきてねっていう話なんですけれど…………」

 

「ああ分かった。お荷物になって済まないな」

 

「いいえとんでもございません! というか今回に限り、お荷物でいてくれる方が助かるのですぜ。もっとも、謂れのない扱き下ろしを堪えてくれるのが前提ですが…………」

 

「そのくらいならお安いご用だ。君の思うように、話を進めていってくれ」

 

あざます…………と頭を下げる。まあ確かにこうハイスピード解決せざるを得ない切っ掛けこそ彼女と白夜叉サンが作ったけれど、その気持ちは十分に理解できるし、その事実を利用できるので問題はなかったりする。やったね健ちゃん、仲間が増えるよ!

 

「んで、久遠サンは、」

 

「ここまで来たら、大体のことは読めるわよ、流石に。交渉の場に私を連れていくということは、そういうことなのでしょう?」

 

「…………ごめんね久遠サン。本意でない力の使い方させることになって」

 

まあ、そういうことだ。久遠サンの恩恵『威光』は、本人曰く相手に言うことを聞かす能力だ。まあ敵全員に効くとは思っちゃおらんが、ノイズシャットや黙らせるぐらいならできるはず…………。

 

「まあ、いいわ。その代わり貴方がしくじって作戦が失敗した時…………分かってるわね?」

 

「そこはまあ、安心してよ」

 

ちょっと背筋が震えるような声を聞いてビビりつつ、最後に自分の動きかたを軽く説明することにする。

 

「んで、肝心要の僕。今回の交渉担当。交渉材料を使って、レティシアさんの所有権を得る方向に持っていく。ぶっちゃけ僕じゃなくてもできる勝確ヌルゲーなのですけど、まあ交渉材料を用意したのが僕なので、一応って形ですネ」

 

基本的な動き方は、袖の下を渡し、機嫌を良くしつつ、レティシアさんの不始末を握り潰した上で、こちらで始末をしたいと言って、所有権を貰う方法だ。…………俗物ならこれでいいけど、超・俗物相手の場合はどうしようか…………下手したら袖の下もレティシアさんも、オマケに黒ウサギまで要求されちゃう可能性があるなぁ、ノーネームというハンデのせいで。まあその時はちゃぶ台返しすりゃいいし、十六夜クンの持ってくるナイフで脅し、必要とあればそのままぱっくり切っちゃってもいい。既に主導権は、こちらにあるんだから。

 

「決行は今から、本隊は今夜向こうに行くことを伝えてあるからそれまで待機。十六夜クンは作戦指示書持って早速お願いしますね!」

 

さぁ、悪巧みの始まりだ。

 

…………しかし、何故だろうか。僕はふと後ろを振り返り、これ以上ない寂しさを覚えた。

 

 




死因→失血死


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記録その16-その張り付けた顔故に、彼は『────(出力不可)』

さて、さて、さてさてさて。

 

向こうが指定してきた、サウザンドアイズの例の支店。予定の時刻の少し前にそこに付いた今回の作戦の本隊にあたる僕たちが、前回来た時もいた割烹着姿の定員らしき女性に案内されたのは店のはなれにある家屋。

 

そこにいたのは白夜叉サンと、件の『ペルセウス』のリーダーと思わしきイッケメーン…………ケッ、イケメン氏ね。

 

しかしそのイケメン…………確か名前はルイオス=ペルセウスだったか、黒ウサギがそう言ってた。彼は入ってきた僕らを…………いや、黒ウサギをロックオンし、思いっきり下劣な視線で舐めまわすように見始めた。…………俗物だー、恐れていた超・俗物だー。

 

「うわぉ、ウサギじゃん! うわー実物初めて見た! 噂には聞いていたけど、本当に東側にウサギがいるなんて思わなかった! つーかミニスカにガーターソックスって随分とエロいな! ねーキミ、うちのコミュニティに来なよ、三食首輪付きで毎晩可愛がるぞ?」

 

「………こ、これはまた、分かりやすい外道ね。先に断っておくけど、この美脚は私達のものよ」

 

あまりにも下卑た視線だったので、壁になるように久遠サンが黒ウサギの前に出た。しかし久遠サン、そのセリフはどうかと…………。

 

「そうですそうです! 黒ウサギの脚は…………って違いますよ飛鳥さん!?」

 

「そしてこんなときでもツッコミを忘れない黒ウサギの痛烈な一撃ィ!」

 

「健太さんも健太さんで実況してるんじゃありません!」

 

「あ、でもでも久遠サン。例え僕らのものだとしてもこれを生かさない手はないよ。題して、膝枕ビジネス! 濡れ手で粟的なあれだけど、結構稼げるはずだ!」

 

「そうですそうです! せっかくなので1分1万…………って健太さんもボケるんですか!?」

 

「よかろう、ならばその膝枕1時間分を購入だ!」

 

「や・り・ま・せ・ん! あーもう、真面目なお話をしに来たのですからいい加減にしてください! 怒りますよ!」

 

「馬鹿ね、黒ウサギは」

 

「馬鹿だなぁ、黒ウサギは」

 

可愛そうなものを見る目で、僕と久遠サンは溜め息を吐いた。

 

「な、黒ウサギの何処が!?」

 

「「最初から、怒らせるつもり」」

 

スパパァーン! とハリセンの快音が部屋で響いた。結構いたいけど、不思議と僕と久遠サンの心は通じ合い、レティシアさんとジンくんは頭を抱え、しれっと混じっていた白夜叉サンも親指を立てていた。

 

そして放置された形のルイオス氏、しばらくポカンとしていたが、ツボに入ったのか唐突に笑いだした。

 

「あっははははははは! え、何? 『ノーネーム』っていう芸人コミュニティなの君ら?」

 

「ええそうです、我ら『ノーネーム一座』の開幕ショートコントで、」

 

スパァーン! と、また黒ウサギからNGハリセンが入った。既に髪のが燃えるように真紅になってるので、そろそろ自重しようかと思う。

 

「あはははははっ! いやぁ、腹が捩れるってこれ! 芸人じゃないにしても才能あるぜ君たち、是非芸人として『ペルセウス』に来いってマジで。道楽には好きなだけ金をかけるのが性分だからね、生涯面倒見るよ?」

 

「そりゃあ、非才の身に有り余る光栄ですなぁ。しかし、流石にその前に幾つか決着を着けておかねばならぬことがあるのも事実。勧誘にせよ何にせよ、まずはそちらを済ませておく必要があるかと。…………呼びつけておいて、なんなんですけどね」

 

「ふむ、まあそうだね」

 

少々茶番が過ぎたが、これでようやっと話し合いが始まりそうだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ではまず挨拶ですね。今回『ノーネーム』リーダー、ジン=ラッセルより交渉を任されました、景山健太と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 

「『ペルセウス』のリーダー、ルイオス=ペルセウスだ」

 

会話の席に着くと、黒ウサギを舐めまわすような視線こそ変わらないものの、スイッチが入ったのか雰囲気が切り替わる。まるで蛇だな…………ノーネームごと取り込もうとでもしてるのかね? 油断ならないなぁ…………。

 

「とりあえず、そのヴァンパイア連れてきたってことは、返してもらえるってことでいいんだよね?」

 

「ええ、なんにせよ一旦はそのつもりで。……黒ウサギ」

 

「……はいな」

 

そうして黒ウサギは、手錠を付けたレティシアさんをルイオスの方までつれていき、こちら側に戻ってきた。

 

「それと、そのヴァンパイアを回収するために派遣されてきたそちらの私兵達は、我が『ノーネーム』にて、特別待遇で過ごして貰っています」

 

「今日は連れてきてない、と。なんで?」

 

「連れてきて、長時間放置というわけにもいきませんので」

 

なお、特別待遇というのは嘘じゃない。死んだように目を開けている彼らは、丁重に看病しているとも! …………壊したこと、随分責められたけどな。

 

「なので、話し合いの結果次第直ぐにそちらの方にお返しします」

 

「ふぅん? まあ、死んでなければなんでもいいよ」

 

「……………………」

 

ここで微妙な顔をするんじゃない、黒ウサギ。死ぬどころか怪我すらしてないだろう、誓って!

 

「それで、聞いたところによると…………僕らに文句があるんだって?」

 

「文句、というよりは懇願でしょうか? 僕らは知っての通り『ノーネーム』、吹く嵐に為すがままにされる圧倒的弱者。なので、強者にあたる『ペルセウス』、ルイオス=ペルセウス様には何卒、慈悲をいただきたく」

 

よいしょ、よいしょをするのだ…………屈辱だろうとなんだろうとよいしょをするのだ…………! だから久遠サン、親の仇でも見るかのように僕を睨まないでくれないかな!?

 

「客観視ができる割には、随分と身のほど知らずな真似をしてるけど。本来なら、君らが自分から僕の元に来るのが筋だろうに、此所に呼びつけやがって…………まあでも気に入った。ちょっと気分がいいし、僕に何を望んでいるのか言ってみてよ?」

 

「ご配慮感謝します。ではまず早速…………その吸血鬼の所有権を、なんとしても欲しいのです」

 

「ふぅん? それは、嘗ての仲間だったからかな?」

 

…………そこの情報は握ってんのか。まあ、その辺りは調べて然るべきだな。何もおかしなことはなく、想定内だ。

 

「いいえ。ある意味ではそうなのかもしれませんが、その意味するところは全くの逆。戻ってきて欲しいのではなく、許せないからその身柄が欲しいのです」

 

一応演技なんだけど、目に憎悪の炎を灯し、涙を流してレティシアさんを見る。

 

「貴方の管理不行き届きで、その吸血鬼は『ノーネーム』の本拠にやって来ました。その結果、再始動しようとノーネームが迎え入れた新人の一人が彼女の一言で、再起不能に陥りました。再始動を前にして、出鼻を挫く所業。嘗ての仲間であっても…………否、嘗ての仲間だからこそ許しがたい行為です」

 

「ふむ」

 

なお、隠し事はあるが嘘は言ってない。こいつの管理不行き届きでレティシアさんはうちに来て、レティシアさんが首から血を吸うと言ったので僕の手首がポロリと落ちた。あとは一般論を語るだけ。ほら、嘘はない(強調)。

 

「次に、貴方が差し向けた私兵達のせいで、これもまた新たに迎い入れた新人が犠牲になりました。職務に忠実なだけの彼らを責めることはできませんが、恨みがない、と言えば嘘になります」

 

これも本当に嘘はない。僕は彼らにそれはもうスプラッタ映画真っ青な目に合わされたからね!

 

「本音を言うならば、貴方が、『ペルセウス』が憎い。どうしてその吸血鬼の手綱をちゃんと握っておかなかったのか…………! でも、僕らは『ノーネーム』…………『ペルセウス』は大手のコミュニティ…………矛先を向けるに向けられない、あまりにも大きな壁がありすぎて…………!」

 

はいここで悔しそうな顔のまま机に拳をドン!

 

「だからせめて…………だからせめて、その吸血鬼の身柄が欲しい…………ッ! このままでは、犠牲になった者が浮かばれない、せめて発端となったその吸血鬼を、我らの手で始末しなければ、苦しくて気が狂いそうなのです…………ッ!」

 

「でもさっきコントしてたじゃん?」

 

「あ、それはそれ、これはこれです」

 

流石に涙は演技だって分かるよねー。演技くさく見せたし。

 

「一応、うちの新入りが惨殺された現場も残してるので、確認が取りたければ今すぐにでも」

 

「いいや、いいよ。嘘は言ってないみたいだしね。当たり散らす捌け口としては、その女も使えるだろうし」

 

…………我慢、我慢だ。というか本人に許可は貰ったけど謂れのない罪を被せてる時点で人のことは言えないのだ僕は。

 

「でも、残念ながら買い手がついてるんだよね。既に賞品にするはずだったゲームを中止してまで取引してるからさぁ、それに見合うものがないと、流石に引っ込みがつかないよ、こちらとしても」

 

「それはこちらも承知しています。てなわけで、そちらのお眼鏡に叶うかどうかわかりませんが、こちらをどうぞ」

 

そう言って、僕はギフトカードからウサギのマークが印字された木製のケースを取り出し、テーブルの上においてケースを開く。

 

「これは…………ただの氷の玉じゃないか。ガッカリだね、これの何処が」

 

「まぁまぁまぁ、まずは一つお手にとって、ギフトカードに入れてみてくださいよ」

 

訝しげなルイオス氏、一つ手にとってそれを自身のギフトカードに入れて…………目を少し見開いた。

 

「ふぅん…………弱小コミュニティが差し出せる、精一杯の小さなお宝ってところか」

 

「ええ、そんなところです」

 

…………表向きの価値には気がついたか、零度氷球の。でも真の価値には気が付かなかった。これはまずい。

 

「でも、こんなのじゃ足りないよ。あの吸血鬼の価値とそれに加えて取引反故で落ちる信用には見合わない。これに付け加えて、そうだな…………黒ウサギぐらいがないと」

 

「「「ッ!」」」

 

「……………………」

 

黒ウサギとジンくん、久遠サンの肩が跳ね、僕は落胆するように肩を落とす。

 

「これなら平等な取引だ。落ちる信用の補填にもなるし。一目惚れしちゃったんだよねー、『箱庭の貴族』って箔も欲しいし。君も、古巣の新たな巣立ちに貢献できて本望だろう?」

 

嘲笑うかのように、ルイオス氏が言う。小細工を弄して来たのだろうが、全ては無意味だと嘲笑ってる。

 

…………残念だ、無念だ。僕の力量不足だ。

 

 

 

 

 

彼を含めたハッピーエンドは、消えた

 

 

 

 

 

ここからは、虐殺だ。もう既に、全ては終わっているのだった。

 

「じゃあ交渉決裂ということで。さっきの氷球も返してください」

 

「えー、一個くらい…………いやまあこんなオモチャ要らないけどね。でも本当にそれでいいの?」

 

「ええ、所詮余興でしかありせんでしたからね、貴方が僕らの足元を見た瞬間に。黒ウサギ、例のものを」

 

僕が促すと、黒ウサギは、ギフトカードから封筒を一枚取り出した。

 

「代わりに、これをどうぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ああ、分かった」

 

「…………は? おいおいおい、なにさらっとその吸血鬼持って帰ろうとしてんの。黒ウサギ置いてってくれるんなら話は別だけど」

 

「詳しくは、その封筒の中身をご覧ください」

 

僕に促されるまま、ルイオス氏は封筒を開け、折り畳まれていた中の紙を開き、それに目を通し…………顔が急激に真っ赤に染まった。

 

「ど、どういうことだ…………なんであの好事家が、お前らにその吸血鬼を譲ることになっている…………ッ!」

 

「ちゃんと交渉はしましたよ。ただ本人連れてったり袖の下渡したり、ちょっと世間話で『『古巣で暴れた吸血鬼ですよ? 自爆もしそうだしやめといた方がよろしいかと…………』って囁いただけですけど。それに、もう貰うもん貰ってるんでしょう? 何処が不服なんですか」

 

そう、ちゃぶ台とは『レティシアさんの所有権』。前提としてそれが『ペルセウス』にあるという事実をひっくり返す切り札(ジョーカー)を、既に用意していたのだった。

 

「くっ…………お前、僕に恥をかかせてタダで済むと、」

 

「そういえば、コミュニティの最大戦力が元魔王のくせして、購入した他の元魔王の手綱握れてなかった阿呆がいるらしいっすね。いやー、どこのだれなんだろー、白夜叉サン知ってますー?」

 

「…………ッ!」

 

すっとぼけながら白夜叉サンを見る。僕らが言いふらすならともかく、彼女がそう言いふらせばその効果も変わってくるし、何より彼女は比較的こっち側の味方である。事実を吹聴することに、なんの縛りもないだろう。

 

「そんな管理が杜撰なコミュニティがいるなんてあぶなーい。信用もがた落ちだよねー」

 

「な、何が目的だ?」

 

「なにも? だってレティシアさんは正式に僕たちに所有権がある。貴方はしっかり取引をした、僕らは買い手から譲り受けた。パーフェクト、文句なしの結末です。あ、それともそれとも、脅しをかけて僕ら『ノーネーム』にギフトゲーム強制しちゃいます? きゃーこわーい!」

 

だから、逆にこちらから脅しをかけましょうねー、と呟いて部屋の入り口に視線を向けると、全く同時のタイミングで少し煤けた姿で風呂敷を担ぐ十六夜クンが現れた。

 

「やっぱ、ネックだったのは移動距離だったな。お前の最初の瞬間移動がなければ流石の俺でも無理だった。RTAでもしてる気分だったぜ」

 

「お疲れー、流石だね十六夜クン。タイミングもバッチリ!」

 

そう言って風呂敷を受け取り、その中のものをテーブルの上に置く。そこにあったのは、『ゴーゴンの首』の印がある紅と蒼の宝玉。『ペルセウス』への挑戦権を示すギフトだった。

 

「もし何か良からぬことをやってみなさーい? その前に僕らがその旗印、奪ってやるからねっ!」

 

「そ、それは勝てたらの話だろうがッ!」

 

「まあそうだねー」

 

そう言って僕は自分の頸動脈を掻き切り、血をダラダラと流して死亡…………復活の瞬間、その姿を消しつつ出しっぱなしの零度氷球を細い針に変形させてルイオス氏の頸動脈に突き付けた。

 

「ひっ!?」

 

「ペルセウスの伝承から考えると、おそらく不可視の兜を被ってゴーゴンの首を落とした逸話にあやかって、ゲームマスターの下に辿り着くまでは見られてはいけないというルールがあると推測。そして僕は全員を容易く不可視にできるし、こうやって不意を突くのは得意だ。例え手駒が強くても、大ボスがこのザマじゃ、ヌルゲーとしか言いようがないね」

 

そう言って氷針を溶かし、姿を元に戻す。

 

「僕らが望むのは、不干渉です。取引は既に終わったんですから、ゴダゴダ言わないでください。もしなにかちょっかいを僕ら『ノーネーム』にかけることがあれば、白夜叉サンの口が思わず本当のことをしゃべっちゃうかもしれませんし、僕らもつい思わず旗印を賭けたゲームを挑んでしまうかもしれません」

 

「…………くそッ、悪魔め!」

 

「残念、人間です。どこまでも悪辣な、ね?」

 

全く、二兎を追うから一匹も捕まえられないんだ。いい教訓になったんじゃないかな?

 

 




死因→失血死

◆◆◆

出力条件を満たしました

虚構演者(フィクション・ディスチャージャー)


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記録その17-その締まりの悪さ故に、彼は自称凡人

一巻分エピローグ、短めです。


 

今回のオチ。

 

「「「じゃあ、これからよろしくメイドさん」」」

 

「「「えっ?」」」

 

「…………ハァ」

 

ノーネームに戻ってきた僕たち。完全無欠の大勝利に気分を良くしていた僕の脳味噌は、問題児達の発言に一気に頭痛を訴え始めた。

 

「というか、何故にメイド? 言いたくはないけれど、便宜上モノ扱いになるから、使用人対応ってこと?」

 

「ま、そういうことだな。所有権の取り分については、今から決めるってことでいいだろ。全員が自分の仕事を全うしたからな」

 

「でも、やった仕事の中身を考えると、どう考えても私の取り分は少ないのよね」

 

「同じく」

 

「く、黒ウサギは反対ですよ! レティシア様を家政婦にするなんて!」

 

「いや、落とし所としては良い着地点じゃないか?」

 

「レティシア様!?」

 

想定外のところから同意の声が上がった、レティシアさんである。

 

「今回の件で、私は君達に恩義を感じているのだ。コミュニティに戻れたことも、コミュニティに希望をもたらしてくれたことを」

 

「それで、恩返しとでも?」

 

「そういうことだ。コミュニティが苦しい時期に寄り添えなかったのだから、その分を別の形で返していきたいと思うのは、自然な流れだと思わないか?」

 

「そうかもしれないけどさー…………」

 

ならば僕が言うことは一つである。

 

「その所有権云々、僕ちゃんは放棄しまぁす」

 

「「「えっ?」」」

 

「あん?」

 

今度は久遠サンに春日部サン、レティシアさんが驚き、十六夜クンが妙なものを見る目でこちらに視線を寄越した。いやいや、そもそも知的生命体の所有権云々は僕にとってはヘヴィだよ…………。

 

「多分、僕が所有権云々の話し合いに参加したら、確実に取り分が多くなる。レティシアさんが乗り気な以上、メイドさんとしてノーネームをバックアップしてくれることは何も言うことはないけどさ、諸々の事情から女の子の所有権云々は、僕にとって厄ネタにしかならんのだよ…………」

 

「女の子という歳でもないけどな、私は」

 

「見た目考えろ長命種族め」

 

いや、本当に厄ネタなんですよ…………具体的に言うと僕が前の世界に残してきた相棒とかね。

 

「何かの間違いでその相棒が箱庭に来ちゃった場合、『浮気者』呼ばわりされたくない。そうなったらもう本気で立ち直れなくなる」

 

「ふむ、なにやら事情があるようだな。詳しくは聞かないが」

 

そうしてくれると助かります。

 

「というか黒ウサギィ…………なんであの女郎も呼ばなかったんだよぉ…………明らかに僕なんかよりも箱庭向き且つ頭も回るし、何より僕より強いのにぃ…………」

 

「く、黒ウサギは依頼をしただけなので誰を呼び出すかまでは…………」

 

…いやまぁ、じきに来るだろうけどな、僕を追いかけて。刺されないか本気で心配である。

 

「というわけで、お先に休ませてもらうよ…………頭使うと眠くなっていけない」

 

そう言って、僕だけその場から抜け出して自分の部屋に戻るのだった。

 

あとで聞いた話だと、所有権に関してはその場のメンバーで等分ということで話が着いたらしい。

 

 

◇◇◇

 

 

「疲れたー…………」

 

部屋に入り、そのままベッドにダイブ。今日はもうなにもしたくないと思いながら、睡魔に身を委ねて目を閉じる。しかし眠るに至るほどではないため、夢の世界へは旅立てないのだが。

 

(ここ数日でいろんなことがあった)

 

箱庭のこと、ゲームで命のやり取りをするこの世界のこと。

 

魔王のこと、ゲームを強要し悪用して暴れる無法者のこと。

 

名無のこと、無法者に掲げる旗と名を奪われた人々のこと。

 

仲間のこと、何かを求めて箱庭に喚ばれた少年少女のこと。

 

自分のこと、突き刺さる功績を理由に喚ばれた化物のこと。

 

(めんどくさいことに巻き込まれた、と思った。いろんなことが僕の手から離れたあとのことだ。ようやっとゆっくりできる、その矢先のこれだ)

 

一生分の厄介事は処理しきったと思った、それなのにまたも僕は何事かに巻き込まれた。本当に善意だけでゲームでいろんなモノをやり取りする世界に喚ばれただけならば、素直に喜べたんだけど。

 

(自分で言うのもあれだけど、それなりにお人好しではあると思う…………それでも今回ばかりは無視して()()()()()()。僕には、それができる力と理由がある)

 

あの場で水死したのは、本当にショックを受けたわけだからではない。単純に、能力を起動させるのに必要だったから。その気になれば、僕の理解が及べば、世界の壁すら乗り越えられるのだから。

 

(でも何故に僕は、戻らないと決めたのか。やっぱり共感と同情かな)

 

昔殺した類の外道がいて、昔の僕みたいなヤツがいて、どうしてもその姿が一番苦しかった頃と、ダブってしまう。どうしても、見過ごせなかった。

 

(それに、気になることもある。僕以外に喚ばれた三人のこと)

 

僕が何らかの理由で以て喚ばれたらしいことから、他の三人もまた何かしらの理由で喚ばれたはず。間違ってもランダムではない。それに、十六夜クンは僕のことを知っている様だった。それぞれ平行世界から喚ばれたと聞いたが…………もしかしたら、僕ら四人はどこかで繋がりがあるのかもしれない。

 

(そして、何より僕自身のことだ。白夜叉サンと黒ウサギは、確信を持って僕が箱庭に喚ばれたのは必然だと言った。身に覚えのない功績(ギフト)のことも、出力条件を満たしていないとなっている3つのギフトのこともある)

 

確かに自分のことを理解してるとは言い難い。分からないことの方が多いと言っていい。でも、それでも身に覚えのない恩恵、才能についてはそもそもが意味不明だ。今回の件でなにより、自分に対する謎が深まったと言えよう…………頭がいたい。

 

(…………アイツには悪いけれど、僕は此処で色んなことに対する回答を見つけるべきなのかもしれない。それ以上に、見て見ぬ振りをするには、あまりにも僕のトラウマを抉ってくる)

 

多分それは、僕らのこれからのことを考えるのにも必要なことだと思うのだ。…………連絡手段があれば、と思って、目を開けて体を起こす。

 

部屋に備え付けで置いてある机と燭台。部屋の光源であると同時に、封蝋の…………。

 

「手紙を飛ばす位は、できるか」

 

あいつみたいに、電波も糞もないところにまで電話を繋げるようなことはできないけれど、それぐらいならできるかもしれない。ケータイこそ壊れたが、それでもあの着歴の異様さは覚えてるし、それだけ心配かけたことを心苦しく思う。せめて、無事を伝えるだけでもしておかないと。

 

そうと決まれば、準備が必要だ。紙と封筒と、あと印璽があれば完璧か。文房具自体は最後の荷物にも入れていたからね、ボールペンで十分だろう。

 

気合い充分、勢いよく立ち上がり…………立ち眩む。あ、痺れるように視界が黒くなり、頭をフラフラとさせ、バランスを崩し…………

 

「…………あっ」

 

倒れる瞬間に全てを悟る。位置的に頭をぶつける先が机の角。つまり…………ジ・エンドだ。

 

(色々と、締まらないなぁ僕は)

 

とりあえず、どうせ後で死ぬんだしと諦めた僕は、そのまま自分の体を重力に任せた。

 

 

◆◆◆

 

 

いつか何処かの世界でのこと。

 

月光に照らされた死んだ街で一人俯く誰かの元に、不自然な軌道を描いて一枚の手紙が舞い降りた。

 

それを読んだ誰かは、顔をあげて静かに呟く。

 

「…………嗚呼、そういうことだったのか」

 

答えを得た誰かは立ち上がる。もう此処には様はないとばかりに、その場から姿を消した。

 

それを見ていたのは、月と、墓標のように建ち並ぶ廃墟のみ。

 

 

◆◆◆

 

 

 




死因→頭部強打、頭蓋骨陥没、脳損傷


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サブファイルその1:『異常な普通』と『虚構演者』
記録その1-嘘を流せ、景山健太


嘘も本当も綯い交ぜに、騙り続けて早幾年

 

気付けば不様な三流(ヘタクソ)作家も、あれよあれよと伝説に

 

平凡だった少年は、危機を乗り越え大人になり

 

信じた未知を口ずさみ、最後は偉大なエンターテイナー

 

しかししかしその代償、失うものは優しい嘘

 

嘘も本当も綯い交ぜに、騙り続ける少年は

 

いつしか言葉で全てを歪め、虐殺するは悲しい現実

 

舞台の上で彼は嗤う、こんな筈ではなかったと

 

誰も彼もが彼を笑う、こんな夢こそ見たかった

 

夢を忘れた世界にて、彗星(ほし)の如く生まれた演者

 

舞台の上の嘘の世界で、嘘の如き現実(ほんと)を流す

 

それはそれは、嗚呼それは

 

■で■すら■ろして■ろす、旅歩きの■■のよう

 

紛れもなく彼は英雄、嘘の世界を救った英雄

 

侮蔑を込めて彼は名乗る、ワタシは『虚構演者(フィクション・ディスチャージャー)

 

 

◆◆◆

 

 

「こわいなぁ…………」

 

Ciao!! ワタシ景山健太、何処にでもいる普通の高校二年生ェ!! ただ、ちょーっと他の人より恩恵が多いことが個性かなっ!

 

…………なーんておふざけは置いておいて。

 

 

─────────────

 

→『虚構演者(限定解放)』

 

→『─────(待機中)』

 

→『─────(待機中)』

 

─────────────

 

 

自分のギフトカードを見て、溜息を一つ。ここ最近の出来事の中で、特に頭を悩ませるものだった。

まだ誰も目覚めてないノーネーム本拠にある図書館にて、僕はうんうんと唸っていた…………悩みの種の原因、急に出力条件を満たしたらしい新たな僕の恩恵を調べるために。

 

だがそれなりに蔵書数が揃ってるけれど、流石にピンポイントで僕の新たな恩恵に繋がる手懸かりは存在しておらず、どうしたものかと更に頭を悩ませる。

 

ちなみに、なんでこうこそこそと誰も起きてない時間を狙って調べものしてるのかと言うと、理由は二つある。

 

まず一つ、弱小コミュニティの建て直しにはお金がとても掛かるから。それはもう凄く掛かるみたいなのだ、その辺りは良く分からんので頭の回る&本職の方に丸投げしたけど。今までは黒ウサギが稼ぎを得ていたけれど、それはコミュニティの維持だったからなんとかなっただけで、これからはもり立てていかなければならんのだ。貯蓄もいるし、これまでの何倍ものお金がいるだろう。あ、なにもお金だけじゃないか…………。

まあなので、せっかく喚んだ異世界人、遊ばせておく訳にもいかず、僕らはその辺で開催されてるギフトゲームに参加しては小銭を稼ぎ、それが無いときは日雇いのバイトをして小銭を稼ぎ…………と、自転車操業の真っ最中であるため、こんな時間にここにいる。自由時間がないとは言わないが、僕に関してはその間を惜しんででもお金や資源を稼いでおきたいところ。何か事業でも起こし軌道に乗ればある程度は楽になる、それまでの辛抱だと思って全力で休憩時間もレッツワーキン。そうなると自分のことに充てる時間が睡眠時間ぐらいしかなく…………あれ? そもそもその気になれば睡眠時間なんて削れるじゃん僕! と思い付いて、夜時間はずっと図書館に籠ってるのだった。僕のギフトに繋がらなくても知識は無駄にならないからね。最近自室には着替えでしか戻った記憶がないよ、あはは!

 

次に、このことをあまり知られたくないということ。みんなを信用してないわけじゃなく、寧ろ自分が信用できないからだ。

…………だっておかしいだろぉ、なぁんで非才の凡俗にそんな才能あるんだって話。少なくとも中学までは、異能を消せるだけの、マジで何の取り柄もないことが僕のアイデンティティだったのに!

 

(((それは違うぞ!)))

 

…………なんだ今の、何処から発信された電波だ?

 

まあ、そんなわけでこそこそとする。全力でハイディング、僕の異能をフルスロットルで気配も何もかも捉えられないように消して馴染ませる! …………ふふふ、そのお陰で自殺カウントが過去稀に見るレベルでうなぎ登り、精神的にもちょっとヤバイかなーって思いつつ、そんな不調も消し飛ばし、図書館に住まう真夜中の不審者ロードを邁進して…………。

 

「でも流石に疲れたぁ…………」

 

キュー…………と机にうつ伏せる。メンタルの不調を消し飛ばしても、記憶が一気にメンタルを殺す。じゃあ記憶を消すか、というわけにもいかず。そんなピンポイントでしんどい記憶とか消せんし趣味じゃねーわ。

でも、その自分の趣味を貫いて体調不良って言うわけにもいかねーし、倒れてる暇ねーし、自分の命を燃やしてでもなんとか『ノーネーム』を軌道に乗せないと…………手紙を飛ばした瞬間から、なんとなく向こうからこっちに来そうな気はしてるけれどそれでも努力しないとかあり得ないし寧ろ頑張るし、それに既に『対魔王コミュニティ』として売り出してる以上、いつ以下なるときもそういう厄介事に対応できるように努力するのは当然の事だし何より魔王っていう理不尽がそもそも気に入らないしというか思考がどっちらけであああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……………………。

 

「…………ダメだ、流石にダメだ、文字通り命削り過ぎて精神が病みかけてる…………体調管理できないガキかよ僕は」

 

いやまあここまで本気になるとは思ってなかったからでもあるけどね。誰だ好き好んで自殺までして組織に身を捧げるヤツは、僕だけど。

 

…………そういや、自殺カウントの報告を義務付けられてたっけ。嘘言って実際よりも少なく報告してるけど。一応あれから一回しか死んでない設定…………ふふふ、バレたら強制休暇、そしてカウンセリングかな? 現状から考えるとあまり笑えない未来予想図だね。

 

「先手を打って休もう、そうしよう」

 

気合いを入れて、勢いよく立ち上がりながらこっそり叫ぶ。

 

「僕は今日休みを貰うぞ、ジョ○ョォォオオオッ! ─────ウッ!!!?」

 

きゅ、急に息がつま────────────────

 

 

◇◇◇

 

 

「知らない天じょ…………知ってる天井だな」

 

「あ、気が付いた」

 

…………どうやら事故死カウントが増えたらしい。暫く横になった覚えのない自室のベッドで僕は目を覚ました。

 

「って、また春日部サンか。デジャブを感じるよ」

 

「ということは、また死んだってことでいいの?」

 

どうやら少し怒ってるらしい春日部サンが監視役のようだ。なぜわかるか? んなもん、最近の悩みの種筆頭が原因だよ。

 

「自殺じゃないよ! 多分…………エコノミークラス症候群だ」

 

「エコノミークラス症候群…………別名旅行者血栓症。倒れていた場所が図書館だったことを考えると、真夜中にずっと悪い姿勢で本を読んでた、ってところかな?」

 

「…………凄いね春日部サン、探偵の素質があるんじゃない?」

 

「健太は詐欺師の素質がありそうだけどね」

 

ありゃりゃ、否定はしないけど随分と怒ってるなぁ…………。

 

「十六夜の予想だと、ここ最近ずっと図書館で調べものをしてるってことらしいけど」

 

「黙秘権を行使します」

 

「それを聞いた黒ウサギが、そういえばいつ頃からか夜中に健太が部屋にいないって気がついてたけど」

 

「黙秘権を行使します」

 

「健太の能力って応用が利くみたいだから、一切逃れられない黒ウサギの耳も、本人の認識をずらして誤魔化してたんだろうなって、私は予想したんだけど」

 

「黙秘権を行使します」

 

「それで、飛鳥がそんなに大掛かりな能力を使ってるのだとしたら、自殺カウント誤魔化してるんじゃないかって言ってたけど」

 

「黙秘権を…………いや、もうだめか、全部ばれてやがる」

 

ガッデム、全員スペック高いから芋づる式に全てが明かされてるじゃねーか。

 

「……そんなに私達、頼りない?」

 

「それは全力で否定するよ。全員僕なんかよりもずっと箱庭向きだ。頭で劣るから潰しが利かんことを、ここ最近の小銭稼ぎで突き付けられたんだ」

 

ルイオス氏追い詰めるのに頭は回ったけれど、あれはそういうこっちゃないからなぁ。どうにも僕の頭の回転は、誰かを悪意で以て出し抜く時にしかフル回転しないのかもなぁ、嫌になるぜ。

 

「頼りないのは、信用ならないのは自分自身だ。箱庭に来て余計に自分が分からなくなった。重く受け止めてるわけじゃないけど、この先のことを思うと不安で仕方なくてねぇ、何か答えがあるかもしらんと、図書館に忍び込んでたわけですよ」

 

「頼りないなんて、そんなことはないと思うけれど…………」

 

「そう言ってくれるだけで心が軽くなるってものさ。いやまぁ、今回ばかりは本気で反省した。メンタルもやられたし、今日は素直に休む。だからお叱りは勘弁です」

 

「誰もそんなことしないよ」

 

えぇー、本当でござるか?

 

「既に怒るを通り越して『守護らねば…………ッ!』って領域」

 

「うぅん、喜べない!」

 

「流石に誇張はしたけれど、怒っても変わらないって諦めたのは間違いない。本気で申し訳なく思ってるなら、せめて報連相はしっかりして」

 

「はぁーい」

 

なんというか、本当にダメダメだねぇ僕ちゃん…………。

 

 

 

 

 

 

「全く…………これがあの『フィクション・ディスチャージャー』だなんて」

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………え?

 

「春日部サンッ! その『フィクション・ディスチャージャー』って何処で聞いたの!?」

 

「えっ? …………えっと、言ってもいいのかな、これ」

 

「知ってるんだね!? 知ってるんだね!!?」

 

そう言って、僕はポケットに入れていたギフトカードを取りだし、春日部サンに見せた。

 

「…………なるほど、そういうこと」

 

「まるで手懸かりが掴めなくて参ってたんだ…………多分、それ景山健太のことなんだろう?」

 

「うん…………同じって言っていいのか分からないけれど。平行世界から喚ばれたって黒ウサギが言ってたから、別人かもって思ったんだけど…………」

 

これは…………思わぬところから情報が聞けるのかもしれない。控えめに言って救世主だわ。

 

「時間が空いてる時でいい、教えてくれないかな? 君の知ってる景山健太のこと」

 

「……うん、いいよ。なんなら、今からでも大丈夫だよ?」

 

「ありがとう春日部サン、お願い」

 

 




死因→エコノミークラス症候群


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記録その2-疑え、自称凡人

ツッコミ所満載ですが…………大目に見てくれるとうれしいかなぁ…………


 

「『フィクション・ディスチャージャー』、本名『景山健太』。通称、物語(フィクション)の世界を救った男」

 

なんだその設定。本当に僕か?

 

「流行り廃りのサイクルにも限界が訪れ、人々が想像に、妄想に、夢想に、幻想に、見切りを付けて捨て去ろうとした時期があった。物書きは筆を折り、役者は舞台を降り、ドラマも、演芸も、歌も。そこにないものを否定し、価値はないと切り捨てた…………らしいよ?」

 

「なんだその娯楽限定ディストピア」

 

「私がいた頃はそんなこと無かったし、私も信じられないんだけれどね」

 

そんな世界で生きていける気がしねぇ…………行き過ぎた現実主義か? ちがうか。

まあでも、わかった。それを何とかしたのが『景山健太』なのか。

 

「ちなみに、なんでそんな事になったのかとかって分かったりする?」

 

「うーん…………確か最初は、創作表現の行き過ぎた規制だったって」

 

「おおう」

 

なんか聞いたことあんぞそれ…………行き過ぎたかどうかはともかく、そういうことをする条例に改正するだとかしないとか…………どうなったか知らないけども。

 

「そして、そんな創作活動とそれに関連した活動、更には過去の創作物までほとんど絶滅した中で現れたのが、性別不詳の何某か。もうニュースを垂れ流すだけのラジオ放送を電波ジャックして、ラジオドラマを放送したんだって」

 

普通に犯罪じゃねぇか。そいつ本当に僕と似て非なる存在かよ。

 

「その出来は、お世辞にもいいものとは言えなかった。まさに素人の書いた妄想作文。私もその保存されていた音源で聴いたことがあるけれど…………まあひどい」

 

「自分のことじゃないけれど傷付くなそれ」

 

「…………でも、それは脚本に限った部分だけ。その演技力は、物語(フィクション)を見限り、絶望し、捨てた人々を引き付ける程のものだった。当時の人の衝撃は分からないけれど、確かに私も上手だと思った」

 

ふぅん…………演技力、ねぇ。

 

「そして何よりも重要だったのが、『こんな夢を見たかった』と聴いたすべての人に思わせたこと。日によって、その内容も変わるし、喜劇もあれば悲劇だってある、そもそも普通ならば酷い出来の脚本。それでもその何某の語るその嘘を、誰もがそうであれば良かったのに、と想像し、妄想し、夢想した。人々に、幻想を取り戻させた瞬間だった」

 

「…………スケールがでけぇなぁ」

 

「『景山健太』も、健太には言われたくないと思うな」

 

そう言って春日部サンは笑い、話を続けた。

 

「そして、何某かは人々に幻想を取り戻させた。でもその影響はそれだけに飽き足らず、かつてそうした活動をしていた人にも火を入れた。私もあの誰か達の様になりたい……なのか、私の作品をあの集団に演じてもらいたい……なのか。とにかく、バックドラフト現象の様に、爆発したんだ」

 

「ふむふむ」

 

「でも、電波ジャックをした人物は捕まった。それも一人の男。集団だと思われた存在は、実は一人の青年…………『景山健太』による行動だったの」

 

「余程変態的な演技力だったんだなぁ…………」

 

そしてやはり自分のこととは全く思えん…………そんな大それた犯罪をする程、僕の心臓は強くない…………はず、多分。

 

「世界レベルで広まった彼のラジオドラマは唐突に終わることになった。当時は留置場や拘置所にデモが押し掛けて大変だったんだって」

 

「で、判決は?」

 

「重要な無線局への妨害として250万円の罰金」

 

妥当なところか…………というか払えたのか、懲役刑になってないってことは。

 

「『フィクション・ディスチャージャー』の活躍は寧ろここからなんだけど、彼がやったのはこういうこと。人類に夢を取り戻したっていう、ね」

 

 

◇◇◇

 

 

話を聞いて思ったんだけれど…………

 

「……これっぽっちも自分のこととは思えねぇな」

 

「私もそう思った。ありふれた名前だから、同姓同名の別人かもしれないって。けど…………」

 

現実に、僕とそいつを結び付ける線が、分かりやすい形で構築された、と。

 

「だとしても、疑問がある。私の知ってる『景山健太』に、健太みたいなギフトは無かったし、現実世界を救ったなんて話も聞いたことがない」

 

「まぁ、だろうね」

 

「で、私は思ったんだけど」

 

ピッ! と人差し指を立てて、生徒に分かりやすく解説をする教師のような仕草で、春日部サンは言った。

 

「もしかしたら健太は、幾つかの可能性が纏まった存在なのかも知れないって」

 

…………それは、どういうことなのか? ダメだ、わっかんねー。

 

「健太のギフトカードには元々、待機中のギフトが3つあったんだよね? その内の1つが『虚構演者』になった」

 

「うん」

 

「じゃあ、残りの待機中のギフトも同じものだと考えるべきなんじゃないかな?」

 

「ッ!」

 

なるほど…………残りの2つも含めてこの先僕がなり得る可能性の僕が持つギフト、そして『孵らずの英雄』というのは、可能性が孵ることが…………少なくとも前の世界で孵ることがなくなったからこその烙印とも受け取れる。

 

「凄いな春日部サン、良く分かるもんだ…………」

 

「この程度なら時間を掛けたら誰にでもわかると思うよ」

 

なるほどなるほど…………。と、なればですよ。

 

「よっと」

 

「ストップ。部屋を出るつもり?」

 

ベッドから這い出て立ち上がろうとした僕に、制止の声がかかった。

 

「当たり前でしょ。公然に休暇もらってんだ、このタイミングで自分のやりたいこと消化しておかずに何時やればいいのさ!」

 

「流石、睡眠時間を削って勉強時間に充てたおバカは言うことが違う」

 

ちょ、毒舌レベル上がってない!? 傷付かないと思ったら大間違いだよ!?

 

「今日は寝なさい。別に私は必要以上には心配してないけど、あんまり無理してるように見えると黒ウサギがうるさくなる」

 

「それ、黒ウサギにとってもあんまりな言い方じゃないか!?」

 

「恐らく毎度毎度トラウマを刺激されてるようにも見える。そもそもが月の兎、その献身で帝釈天に認められた種族。お株を奪われてアイデンティティクライシス」

 

「シリアスなのかギャグなのかはっきりしてくれない? どんな顔をすれば良いのか分からなくなるよ」

 

「笑えばいい…………なんて言うと錯覚していた?」

 

「混ざってるよね!? 1番目の子供に五番隊隊長が混ざってるよね!?」

 

「全く、そこは『なん…だと…』って言わないと」

 

どうしよう、元から愉快な性格とは思ってたけど、春日部サンが想像以上に愉快すぎる。

 

「かくなる上は…………三毛猫」

 

「にゃー!」

 

んぃっ!!? いたのか春日部サンの三毛猫ォ!!?

 

「にゃっ」

 

そして春日部サンの三毛猫は僕のベッドの枕にしがみつき…………

 

「このまま出ていくようなら、健太の枕の命は無いと思って」

 

「にゃーにゃー!」

 

「三毛猫も『お嬢の手を煩わせるんなら容赦せんぞ!』って」

 

ひ、人質ならぬ枕質!? というか関西弁!? だ、だがしかし、忘れたのか春日部サン!

 

「多分、元に戻せるんだよねこういうことも。…………そして、それをするために健太はどうしなきゃいけないんだったっけ?」

 

「ん? そら、サクッと死んでしまえ、ば…………」

 

…………あ、枕を修復した瞬間に僕が死んだこと、バレるんじゃ?

 

「くっ、中々の策士だね春日部サン…………この異常な普通:景山健太、ここまで追い詰められた記憶は数えるほどしかない…………!」

 

「…………ぶい」

 

「にゃーにゃー…………(特別訳:こ、こないなしょうもないことで追い詰められるんかこの雄…………)」

 

仕方がなく、本当に仕方がなく、僕はもう今日は部屋から出ないことにした。ちくしょーっ! 暇を潰せるものがあればいいのに!

 

 

◇◇◇

 

 

完全にあきらめたことが分かったようで、もう既に監視の目は無く、完璧に暇を持て余していた。今なら『死因→暇死』も逝けそうな気がする。

 

(それにしても、『虚構演者(フィクション・ディスチャージャー)』ねぇ…………)

 

確かに、物語(フィクション)流出(ディスチャージ)させた男だったのだろう、春日部サンの世界に嘗ていた『景山健太』は。

 

でも、僕にそんな技能も、才能も、経験も、努力もない。確かに人を騙し、話を騙る技術は身に付けたけれど、それだけを演技と言うには少々問題があるように思うのだ。僕には荷が重すぎる…………。

 

(そもそもが、才能ナシが故の『原点回帰』のはずなんだけどなぁ)

 

正直、自分が自分じゃない誰かになるようで余りいい気分はしない。異常が関わらなければ、何やらしても平均平凡が僕のアイデンティティなのに。

 

困ったなぁ、困ったなぁ、何とかしたいなぁ。まあ、そんな妄想してもしかたないか。

 

「まあそれよりも、暇で暇で仕方がない」

 

『暇? 暇って言った?』

 

「んー? 言ったよー」

 

『そんなに今が退屈?』

 

「ここ最近は刺激的だけど、今局地的に暇過ぎて」

 

…………ん? 今僕は誰と喋ってるんだ? 少なくとも僕の異常センサーに反応はない。

 

『そっかぁ、それなら…………いっぺん死ね

 

「ッ!!?」

 

ガ、アァッ…………!? 意識が……………………ッ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それじゃあ少し遊ぼうか、その方が面白いだろう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




死因→???


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記録その3-語れ、虚構演者

 

「…………悪趣味な」

 

見慣れた天井に、顔が歪むのが分かった。

 

何者かに襲撃された僕は、自室のベッドに横になっていた。…………ノーネームの本拠ではなく、僕の実家。

 

下手人が誰か…………いや、何かなのは分かっている。だからこそ、今ここに僕がいることがひっじょーに悪趣味であることが分かる。

 

「家に帰りたい僕に、こんな夢を見せるなんて…………悪趣味にも程があるだろうが」

 

だがまあ仕方がない、嘆いていても仕方がない。さっさと現況を探すに限る。

 

そう思って、僕は身体を起こして立ち上がる。感覚は夢とは思えないな…………現実感もないけれど。

 

「…………マジで僕の部屋だな」

 

クローゼットを開ければ制服以外はジーンズとパーカーのオンパレード。本棚には教科書に参考書、あと漫画が幾つかならび、勉強机の上には文房具とノートが散乱し、引き出しには仕事道具と契約書類(ギアスロール)…………。

 

…………待て、契約書類だと? 自然に紛れていたからさらっと流しかけたけれど、もしかしてこれはゲームなの?

 

ルーズリーフから1枚破り、ボールペンで適当に殴り書きしたようなそれを丁寧に取りだし、僕はそれに目を通した。

 

 

────────────────

 

演目:『分光器に影を当てて』

 

世界は救われた…………一人の少年の手によって。

しかしそれは物語の終わりではなく、これから語られる少年の真実を明かすための序章に過ぎなかった。

謎の男『虚構演者』が騙る、少年の真実とは…………。

 

◯脚本

・『虚構演者』

 

◯演出

・『虚構演者』

 

◯出演

・主演『』

・助演『虚構演者』

 

◯日時

・チラシ完成より24時間

 

◯場所

・夢幻泡影の町『螺丘市(にしおかし)

 

◯総監督

・『虚構演者』 印

 

いつだって、心に夢を

いつだって、未来に奇跡を

 

────────────────

 

 

「……………………」

 

分かってたよ、うん。分かってた。でも、ここまで大っぴらにされるとその…………必死に頭を捻ろうとした僕が馬鹿みたいじゃん。

 

それにしても、本気でここは螺丘市なのか…………。関西圏にある、とある街。なんでもあるけれど、目を引く何かはない。過ごしやすいベッドタウン…………マジで僕の出身地だよたまげたなぁ。もしかしたら、件の『虚構演者』ってのもここ出身なのかもしれんけどね。

 

「とりあえず、此所に名前を書けばいいのか?」

 

明らか怪しさ満点で、まだ契約書類というものを一度しか見たことのない僕でも分かる変則的な形式のそれに、敢えて僕は、主演の欄に名前を…………いや、僕の称号である『異常な普通』と記入する。現時点が既に最悪なので、これ以上悪化はしないだろう…………多分。

 

「だからお前はあの女に怒られるんだよ、『自分の命軽く見すぎ!』って」

 

「いやいや、軽く見てるわけじゃないよ? ただ、その気になれば死に戻りできるから色々とハードルが下がってるだけで…………」

 

声がしてきた方向を向くために振り替える。

モノクルを着けた僕と瓜二つの男がいた。

 

「…………ごめん、想像以上の衝撃に吐きそうなんだけど」

 

「んん? お前、ドッペルゲンガーには逢ったことあるだろうが」

 

「違う、違うんだ…………想像以上に『僕』でビックリしたんだよ、『虚構演者』…………」

 

ずっと昔に、もう一人自分がいたらどうする? って相棒に言われたことがあったけれど、そのときは『気持ちの悪さで多分死ぬ』と言った。

 

そして今がその時である。

 

「うえっぷ…………────────」

 

「…………え、死んだ!?」

 

 

◇◇◇

 

 

ていくつー、気を取り直して。

 

「それでやっぱりお前が下手人で僕の敵か、『虚構演者』」

 

「下手人だけど敵じゃぬぇ! ちゃんと読んだのか契約書類! まあ分かりづらいか、だよな、じゃあ説明するから耳の穴かっぽじってよぉく聞け!」

 

そう言って『虚構演者』はモノクルをキラン! と光らせて、不敵な笑みを浮かべてこう言った。

 

「改めて、俺は『虚構演者:景山健太』。今回お前に『虚構演者』の使い方をレクチャーするために現れた、スーパーでミラクルな一流エンターテイナーだっ!」

 

「ついでに三流脚本家」

 

「そうそう幾つになっても全然上達しないんだよなー…………ってやかましいわ!」

 

否定はしない…………ということは、春日部サンが語った内容に嘘はない、と。うっわぁ…………僕と同じ顔したヤツに、才能がくっついてるとかまた気持ち悪死しそうなレベルで受け入れがたいんだけど。

 

「それに一人称『俺』だし…………」

 

「そこそんなに重要か?」

 

「重要だよ、だって僕だよ!? 景山健太だよ!? 一回罰ゲームで『俺』にしたときどれだけ気持ち悪がられたかと思ってるの!?」

 

「知らねーよ、同姓同名で大きな流れでは同じものかもしれねーけど、そもそも辿った過去にこれから辿る未来も違う別人だぞ。あれだ、キレイなジャイ◯ンとでも思っとけ」

 

「え、えぇ…………?」

 

いやまあ分かるけど、その例え方でいいの…………?

 

「というか、やっぱり納得できないことがあるんだけども!」

 

「ま、そうだよな」

 

そこで彼はニヤリと笑って言葉を吐く。

 

「[ワタシの言葉はセカイを捻る。歪めて殺せ優しい嘘、ワタシは立派な教師である]」

 

『虚構演者』の姿がブれ、僕と同じ灰色パーカーにジーンズだったその格好が、いわゆるアカデミックドレスと言われる式服に変わる。

 

「…………瞬間お着替えするためのギフトなの、『虚構演者』って」

 

「違うぞ!? もっとこう…………人間(おれ)の手に余る、めんどくさい称号だ!」

 

はぁー、と溜め息をついた彼は頭に手をやり、出来の悪い生徒を見るように僕に視線をやった。

 

「コスプレに見えるのが悪いのか、それともこいつが鈍いのか…………まあいいや。[歪めて殺せ現実を、此所は『螺丘東高等学校』]」

 

呪文のようなものを呟いて、指を鳴らした瞬間…………景色が一瞬にして切り替わる。…………箱庭に喚ばれるまで通っていた高校、その2-3教室…………僕のクラスだった。

 

「俺の言葉は現実になる。現実の方を歪めることで俺の嘘を殺す。俺が舞台で垂れ流した幻想を信じたい、俺が望んだ願望もそうであって欲しいと願った誰かが歪めた、そういう『信仰(ちから)』だ」

 

「…………わぁお」

 

「まあ限度はあるけどな」

 

「十分こえーよチート野郎」

 

「はいブーメラン乙」

 

まあしかし、なるほど分かった。そもそもそういう力が備わってたとか、そういうことじゃなかったんだな安心安心。

 

「そしてまだ疑問には答えてもらってない件」

 

「今から説明してやるよせっかちが。女にモテんぞ?」

 

「モテなくてもいいですぅ~! ありのままの僕が良いっていってくれる奇特な趣味の方を見つけますぅ~!」

 

「つまり永遠に独り身、と」

 

「そういうことっ!」

 

僕みたいなバケモノを好きになるような奇特な趣味をお持ちの方はいないだろうし、いたら全力で正気を疑って、正気だったら丁重にお断りする自信がある。僕の事情に付き合わせるとか、ねーから。絶対ねーから。

 

「ふむ、後が気になる発言はともかく…………とりあえず、お前が気になってるのって『異常な普通には才能なんであるはずがない』という点だろ?」

 

「その通り。僕に可能性という素晴らしいものは存在しない。オマケに悲しいことに、既に僕の成長は頭打ち。功績や『原点回帰』はともかく、僕に才能(ギフト)なんぞあってたまるか。あったとしても、それを消すのが『原点回帰』なのに」

 

「ああそうだ。確かにどの可能性に至る可能性がある世界にお前がいても、そのどれもになれない。それはお前が言う『原点回帰』とやらがそうさせてるんだろう」

 

だが、と言って彼は指を一本立てた。

 

「箱庭という世界が、何かを観測するための舞台だったのが問題だ」

 

「…………観測?」

 

「ああ、俺もその場にいるわけじゃねーから本当の意味で分かってるわけじゃねーんだけどよ。こんな大掛かりな仕掛けのある世界が、ただただ人外どもの遊び場なだけじゃねーだろ。今がどうであれ、少なくとも最初期に関しては」

 

「……………………」

 

それは確かに思ったけど、思っただけで深く考えなかったなぁ。そんな余裕ないし。

 

「で、それの何が問題だったのさ」

 

「『原点回帰』ってのは、決まった法則(ルール)に縛られる何かってことでいいんだよな?」

 

「うん、多分」

 

「それ、世界を跨いだことで、縛られる法則が変わったんじゃないか?」

 

……………………はぇ?

 

「多分お前は、干渉がなければ俺を含めた複数の景山健太(だれか)になる可能性があったんだろう。その可能性を『箱庭の法則』という形で観測したから『原点回帰』もすり抜けた。てなところじゃないか?」

 

「え、いやでもだからってそもそも僕に才能が無いことには変わりないじゃん。無いものはでっちあげようがねーぞ」

 

「そこは俺もよー分からん。分からんが、お前が辿る可能性のある平行世界の『景山健太』の功績がまるっと収束してるなら、そういうこともあるんじゃね?」

 

「んなアバウトな…………」

 

「現地にもいない、そもそも学者でもない、ただのエンターテイナーに多くを求めすぎだバァカ。そういうのは専門家に聞け。ざっくりとした説明ならこれで十分だろう」

 

いやまあ、そうだけどぉ…………。

 

「補足しておくと、可能性を観測されて出力されただけで、十全に使えるわけじゃないからな。そもそも俺とお前は別物だ」

 

「うん、あんまり期待してなかった」

 

けれど、『虚構演者』の使い方をレクチャーするためにとか言ってなかったかお前。

 

「いったぞ。あくまで十全に使えないだけで、使うだけならできるさ」

 

「本当かぁ? 基本的に異常(ファンタジー)なら大体消せる『原点回帰』付きだぞ僕は」

 

「本当だ。そもそもが世界を…………法則を歪める類の信仰だ。十全に機能していたら、さっきの…………ギフトゲームとやらをするための契約書類ってあったろ? あれのゲームのルールも、鬼ほどある縛りに沿って、クッソ時間を掛ければ、ある程度は書き換えられるぞ多分」

 

「え、なにそれこわい。…………あー、そういうことか。ルールに干渉する力だから、ルールで縛られてる僕でも使えるってことか」

 

「その通り。まあでも異物ではあるから制限時間付きだろうし、身体への負担も尋常じゃないと思うけどな」

 

そうかぁ、負担かかるのかぁ…………まあいつものことだけどなぁ、うん…………。

 

「ところで、割と親切に色々教えてくれてるけど、これお前にメリットはあるの?」

 

「メリットデメリットの前に、お前に死なれると困る」

 

「あ?」

 

「死なれると言うより、『虚構演者』を奪われるなり壊されるなりされると…………」

 

「あー、把握」

 

そりゃあ、誰でも真剣になるわな、僕でも真剣になる。

 

「さて、そうこうしているうちに10分も経っちまった。他にもやることあるからな、気合い入れろよ」

 

「はぁ…………りょーかい」

 

面倒なことばっかり起こるなぁ僕の周りは。

そう思わずにはいられなかった。

 

 




死因→気持ち悪死(嘔吐物による窒息)


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記録その4-■を■■、景山健太

 

やることが多いと聞いて、僕はこの面が全く同じ同姓同名の別人から、何らかの演技指導を受けるものと思っていた……………………のだが。

 

「…………なんで僕は、高校の授業を受けてるんですかねぇ」

 

「それはお前が高校生だからだ、普段なにやってようと東高にいる内は特別扱いしないぞ景山」

 

「あいてっ」

 

不意に漏らした独り言に反応した先生が、僕の頭を丸めた教科書で軽く叩いた。同時にクスクスと響く笑い声に居心地が悪くなって、多分顔がすげぇむすっとした。

 

「…………済みませんでした、せんせー」

 

「いいや、許さん。上の空になってた罰だ、黒板に書いてある問題を解いてみろ」

 

「うげぇ…………」

 

いやまあ、(夢の中の出来事とはいえ)授業中に上の空になってる上に独り言であんなこと言われたら誰だって気分が悪くなるだろう。寧ろ苦笑してこの程度で納めてくれる数Aの加納先生には頭が上がらん。そんな、1限目の数Aの授業だが…………

 

(そういや、前も似たようなことがあったような…………)

 

似たようなこと、というか過去の出来事をなぞってる気がしてならん。そうだ、あのときも上の空で独り言を呟いて、それで加納先生に言われて黒板に書いてある確率の問題を解かされたんだ…………。

 

(記憶の追体験か…………? そんなことになんの意味が…………分からない)

 

前にも解いた気がしないでもない問題を見て、黒板に回答を白チョークで記入しながら、先程言われたことを思い出す。

 

 

◆◆◆

 

 

「この夢の世界は、まあ俺が構築したわけだけれど…………大きな嘘の上で成り立っている」

 

「はぁ…………」

 

「そしてその嘘に、お前は騙されている」

 

「はぁ…………?」

 

「んで、その嘘を見破るのがお前の仕事。ゲームの期限は24時間で区切っちゃいるが、クリアできるまで何回も何回もやってもらおう」

 

「あのー、それでいいの? 僕がこの世界で過ごすことに満足しちゃったら、意図的にクリアしなくなるかもよ?」

 

「お前は自分の肩に乗った荷物を捨てれるようなタマか?」

 

「いや、まあ、そうだけど…………」

 

 

◆◆◆

 

 

(大きな嘘、ねぇ…………僕には普通に記憶の追体験してるだけの様に思えてならないんだけど)

 

そんなことを思っても仕方がないんだけどね…………大きな嘘、かぁ。

 

と、そんなことを思いながら記入が終わる。答え合わせをしてもらおうと先生の方を向くと、口を真ん丸と開けて驚いていた。

 

「……景山、どこか調子が悪いのか?」

 

「あの、何故にそげなことを言われにゃならんのでしょうか?」

 

「これ、難関私立の入試問題で、間違えてもらった上でこれを教材に授業するつもりだったんだが…………」

 

「さらっと酷いことしますねせんせー、まあ自業自得ですけど…………」

 

…………だが、しかし、なるほど確かに僕の不調を疑ってしまうだろう。何せ、僕は平均ボーイ。余程な状況下じゃないと僕は単なる基準値でしかないのだから。

 

(単純に、答えを前にも聞いたから、なんだと思うんだけれど…………)

 

前回は間違えた…………はず。だからという訳ではないが、更に居心地が悪くなってしまう。どうしようもない疎外感を覚えて、頭を揺らす。

 

「…………真面目に体調不良かもしれません。保健室行ってきてもいいですか?」

 

「お、おう。…………その、なんだ。無理は、するなよ…………?」

 

真剣に心配してくれる先生の言葉が、何故か僕の背筋をぞわりとさせた。

 

…………なにか、大事なことを見落としてる。ハッキリと、そう思った。

 

 

◇◇◇

 

 

居心地の悪さは、消えなかった。

 

午前中は保健室で寝て過ごし、午後からの授業に戻って、なにも答えを見つけられないまま放課後を迎えて…………。

 

「というわけで、どうにも調子が良くないので…………今日の外練習休もうと思うんですけれど」

 

「うぅん、他の子なら『あまったれんなー!』って言ってやるとこなんやけど、真面目な景山くんやしなー…………。よし、今回だけやで?」

 

「ざっす、キャプテン」

 

「本当にありがたく思うなら、是非とも来期のキャプテンは君がやってくれへん?」

 

「丁重にお断りします」

 

「フラれたー!」

 

軽いやり取りをしつつ、部活を休む。もしかしたら部活にもあるのかもしれないけれど、多分違うと僕の直感がそういっていた。…………嫌なとき程、残酷なまでに僕の勘は当たる。

 

とりあえず、最低限の報告を済ませて僕は帰ろうと、プールを後にする。正直、中学でやってたバスケットボールを高校でする気力は沸かず、泳ぐのは嫌いではないので水泳部に転向したんだった。えっと、なんでバスケットボールをやめたんだっけか…………

 

『──は、……って───メなのか───?』

 

(……………………ッ)

 

頭にノイズが走る。何人もののセリフをごちゃ混ぜにしたような、聖徳太子連れてこいってレベルの雑音と一緒に。

 

(…………これが、嘘?)

 

いや、でも僕が水泳に転向したのは嘘じゃない。だけど、それに至る理由が思い出せない。人間なので、いろんなことを忘れるけれど、強烈な出来事を忘れるほどポヤポヤはしてないつもりだ。…………僕は、バスケットボールが好きだった。だから、それをやめるとなると相当な何かがあったはずなんだけれど…………。

 

「…………手掛かりが見つかっただけ、マシかな」

 

そう思いながら校門を出て…………そう言えば、今日は一人だな、と思った。基本的に僕と行動を共にする相棒が、いない。思い出そうとして…………今度はしっかり思い出せた。そうだ、あの阿呆は今学校サボって遠出してるんだった。心配しすぎて授業も上の空で…………あ、それでなんか皆僕を心配してたのか。なんというか、無理矢理普通の空気を演出しようとしてくれてるような…………。

 

…………今の僕はまあ不安定にしても、その時の僕も心配される程だったっけ? そっちは単純に思い出せない。数ヵ月も前の話だからな…………。

 

それはそうと、アイツがいないと一緒に帰る友達もいなかったっけ僕。そこまで寂しいやつではなかったような…………ああ、部活を休むからこうなってるのか。それなら仕方がない。

 

一人であることに妙な孤独感を覚えつつ、帰り道の途中でスーパーに寄る。あの阿呆はいなくとも、僕がご飯の用意をしてやらないと…………、

 

「…………してやらないと?」

 

そう、してやらないと、困る…………、

 

「…………困る、誰が?」

 

そりゃ、うちの家族が…………、

 

「…………家族」

 

お父さんと、お母さん、あと弟に妹。弟と妹は小学生で、両親は家を空けがちだから、僕が二人の面倒をみてやらなきゃ………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、一体いつの話だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………あ、ああ、」

 

嫌だいやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ

思い出すな思い出すな思い出すな思い出すな思い出すな思い出すな

 

「……………………そもそも螺丘市は地図から消えて、」

 

今なら引き返せる何も知らない状態に引き返せる

信じたいことを信じれば良いじゃないか

 

でも、気が付いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………家族なんて、もういないじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが割れる音がした。

 

 

◇◇◇

 

 

多くを語る気分にはなれそうにない。

 

ただ、1つ思い出したことがある。

 

『虚構演者』の垂れ流す嘘は、誰かにとってそうであって欲しい嘘。

 

このゲームの場合は…………そういうことなんでしょうよ。

 

思いっきり凹んだ僕は今、誰もいない廃墟になっている元・螺丘市にある僕の家の屋根の上で月を眺めていた。

 

今となってはこの街に頻繁に足を踏み入れる人間は片手で数えられる程。住んでる人間に至っては僕と、相棒だけ。夢幻泡影とは確かにその通りで、さっきまで見ていたのは、僕の願望がそうさせた、あるはずのない、僕がいなければあり得たかもしれない螺丘市の姿だったのだ。全く、すがり付きたくなる様な嘘だ。周りが『そうであって欲しい』と願い、ヤツの嘘をねじ曲げたくなるのも分かるというものだ。

 

何もかもを、守れなかったというわけではない。この街で失われた人命は、たったの4つだけだった。起きた事件に対してこの犠牲者の少なさは、あり得ないだろう、めでたしめでたし…………まあ、それが僕らが一番守りたかった家族じゃなければ、の話だけれど。あのときほど、死にたいと思ったことはないし、死ねない自分を怨んだことはない。

 

「それで、墓守の如く廃墟の街に住んでた、と」

 

「…………別にいいでしょ。褒められることじゃないけれど、この街を、この家を離れるのはとてもじゃないけれど、ね」

 

いろんな功績を認められて、螺丘市は実質僕らのものになったようなものだった。まあその実態は、得体の知れないモノを隔離するためってところだろうけれどね。一国を相手に二人で戦い抜いて勝ち切ったバケモノがいて、僕が本当に普通の人間だったら、怖くて隔離したくもなる。それでも頻繁に会いに来てくれる物好きな友達や、熱心な高校の先生はいたけれどね。

 

「それはそうとおめでとう、気分はどうだ?」

 

「ご丁寧にどうもありがとう、最悪だよ」

 

「そういうことだ。程度の差はあれど俺の嘘は、聴衆にとってはすがり付きたい、そうであって欲しい嘘だったんだ。俺は単に、せめて嘘の世界でぐらい幸せで、顔に笑顔を添えられたら、ぐらいの気持ちだったんだけどな」

 

「…………さよか」

 

まぁーしかし、それにしたって今回のこれは、悪趣味にも程がある。一瞬心を壊して精神崩壊したぞ。一瞬で元に戻ったけどな、『実質[死]』と捉えられたらしい。

 

「だがまぁ、気にするな。俺の家族も死んでいる。質の悪い悪女に目をつけられてな」

 

「そんなこと聞いちゃいないよ」

 

それともなにか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? …………そんなの、糞食らえ、だ。

 

「それは分からんし、心の中で折り合いがつかんのも分かる。俺だって8()0()()()()()今だから落ち着いてられるけれどな」

 

「じゃあ、何故」

 

年齢についてはあえてツッコミを入れずに、問う。

 

「『虚構演者(フィクション・ディスチャージャー)』を使う上で一番危惧したのが、『嫌な現実を歪める』ことだ。自己暗示程度で済むならいい。でも、辛い過去から逃避するような嘘で現実を歪めると、残酷な形で夢から醒めてしまう。民衆を騙せても、自分だけは騙せない」

 

「他ならぬ、自分が嘘だと知ってるから、か…………。それで、そんな気が起きないように、ってこと?」

 

「…………別に不幸にしたいわけじゃないしな」

 

その横顔を見て、『そんな経験があるのか?』とはとてもじゃないけれど、聞けなかった。

 

しかし、辛い思いをすると分かっているけれど、気が付かなければ、僕は皆に会えていたのだろうか? そう思うと、久しぶりに涙が止まらなかった。

 

 

「嗚呼、畜生。自分が憎くて仕方がない」

 

 




記録その4-己を憎め、景山健太

死因→精神崩壊


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記録その5-笑いを添えろ、模倣演者

 

「…………えっと、俺がやっといて言うのはどうかと思うんやけど、もういいのか?」

 

「いーもなにも、立ち止まってられないからねぇ。やることは沢山あるんだから」

 

流した涙を何度も拭って、なんとか折り合いをつけて立ち上がる僕に、『俺』が声を掛けてきた。…………正直、こいつのことを自分とは思えなかったけれど、それでも『景山健太』なのだと理解させられた。まあ、そんなことは今はいいけれど。

 

「事の起こった中三の夏以前から、似たようなことは何度もあった。僕も、彼女も、たまにどうしようもなく辛くなることがあってね。相方がいれば慰めてもらうけれど、いなければ一人で枕を濡らして折り合いをつける。いつもそうだった、だからそれからもそうだった。原因も一緒だ。無力感と、寂しさ。だからまあ、慣れてる」

 

「…………お前が無力なら、力ある人物は一体何人いるんだろうな?」

 

「んなこと知るかよ」

 

案外沢山いたりするかもしれんぞ。少なくとも、僕にマネーパワーは無かったしな。

 

「…………なんでそこまでできるんだよ?」

 

「あぁん?」

 

「お前、もう十分頑張っただろうがよ。他人のことなんざ無視して、あの女と二人で余生を過ごせばよかったじゃないかよ。そのせいでこれ以上の傷を負ったらどーすんだよ」

 

その言葉の中に、僕を心配するような意図はなかった。ただ、本当に言葉まま、疑問に思ったのだろうか?

でも…………

 

「それ、お前が言っちゃう?」

 

「は?」

 

「僕、『俺』のこと知ってる娘から聞いたんだけどさ。ムショから解放されてからが本番だって聞いたんだよね。でも、そこまでの功績だけでも、十分のことをしたと思うんだよ」

 

「……………………」

 

「それを踏まえた上で、君に問おう。僕()の『衝動』は、そんな頑張ったから、何かを達成したからで落ち着くようなものか?」

 

確信を以て、僕は言う。最初こそそうとは思えなかったけれど、今なら言える。目の前の男は、間違いなく別人だけれど、僕なんだ。

 

「僕はただ…………自分が辛い思いをしたから、その思いを誰かにしてもらいたくなかった。僕にできる範囲で、誰かを助けたかった。どうなっちゃっても、今までもこれからも変わらない、僕の『衝動』だ。…………『俺』のことは良く分からないけどさ、それでも『誰かの顔に笑いを添えたかった』とかなんとか言ってたからさ。そこでなんとなく分かった、そういうことなんだって」

 

「…………大した話じゃねぇぞ。近所にそれはもう無愛想で仏頂面で、感情死んでる様なヤツがいてな。誰かを笑かすことに自信のあった俺の、最初の敗北だ。だから最初は、たった一人を笑かすことから始めた。そこから、クソガキながら、世界が陰鬱としてるのを察して…………次はもっと沢山を笑かそうと思った。最初に俺を負かしたバカの協力の下な」

 

「…………そのバカって」

 

「やらんぞ、アレは俺のだ。『僕』は『僕』ので我慢しろよ」

 

「まだ何も言ってないしそんなつもりもないし、我慢するとか言ったらそんなつもりなくてもぶっ殺されるよ」

 

「お互い大変だな」

 

ため息をついて…………ようやっと笑えた。苦笑だけれど、ようやっと口の端が吊り上がった。

 

「ふう、ようやっと本気で持ち直したな。これで俺のせいにされたら面倒だったし助かった」

 

あんまりなことを言うのでテレホンパンチをお見舞いして屋根から突き落とした、間違いなく殺すつもりで。…………まあきっちり着地したけどね。

 

「このクソヤロウ、納得はしたけれど許しちゃいねーぞぶん殴らせてくれないかな」

 

「殴ってから言うの止めろよ!? というか今の何!? 俺ダメージ受けるとオートでそれを無かったことにするようにしてるんだけど!?」

 

「時間止めたから」

 

「クソチートがッ!」

 

「ふむ、現実ねじ曲げる様なヤツが良く言ったもんだね」

 

いやぁ、ブーメランの投げ合いかな? 片方は僕だけどね!

 

「いやまぁ、悪かったよ」

 

「わかった許す。『虚構演者』使えるようにしてくれたし」

 

「…………え、いや未だだが?」

 

「えっ?」

 

え、今のがその試験みたいなのじゃなかったの?

 

「いや、ほら…………今のは『完全ならどんなことができるのか』ってのと『注意事項』説明って感じだから…………」

 

「…………………………………………あー、うん」

 

使い方説明されたわけじゃないものね…………。

 

「だから…………余った時間で、訓練しようかと」

 

「…………うん」

 

なんというか…………締まらない感じになるのは『景山健太』の宿命なんだろう。不本意だが、そこは認めざるをえなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

月は沈み、日が昇ろうとしている。そして、タイムリミットが近いことを意味していた。

 

「いやぁ、お前に才能ないのが幸いして、そこまで『虚構演者』を使えないから教えることも少なくてなんとか間に合ったな」

 

「…………へーへーどーせ僕は凡俗のパンピーですよーだ」

 

それでも、確かに助かったのは間違いない。変にできることが多すぎると使いこなすのは不可能だったろう。既に『原点回帰』でキャパオーバーなのに、そこにそれに匹敵するチートギフトなんぞ付いて来てみろ、頭パーンするわ!

 

「いやぁ、しかし。現実をねじ曲げる力が、『自分』をねじ曲げることにしか使えなくなるとはな」

 

「そもそも、そんな大それたモノは要らないよ。世界を変える前に自分を変えなきゃ。それを後押しするためにこうなったと思えば、悪くない気分だ」

 

「へーへーさようか」

 

そう言って、モノクルが似合う老紳士は愉快そうに笑った。

 

…………老紳士?

 

「…………おい『俺』。いつの間にそんなに老けたのさ。しかもサラッと燕尾服に着替えてやがるし…………カッコつけかキモいわ」

 

「キモいとか言うなよ…………そもそも、俺はもう終わってるんだからよぉ…………」

 

「…………あ?」

 

「既に人生は全うした上で此処にいるって言ってんだ。死んでんだよ、満足して逝ってる最中だ」

 

そりゃ、そのなんというか…………コメントし辛いな。

 

「沢山の孫に囲まれて…………とまでは言わねぇが、まあ最低限のヤツらに看取られて、意識が飛んで、死んでる最中。最期の夢を見てるんだ…………まあ、夢だけど夢じゃないがな」

 

「色々アウトなネタをぶっ混むんじゃないよ…………」

 

「ハッ! 復活させたの俺だぞ? この世のクリエイターと物語は皆俺に感謝すべきだ!」

 

「傍若無人!? くっそ、そろそろ死んどいた方がいいだろこの老害…………」

 

「別位相のお前だがな!」

 

…………こんな人間にはなりたくないなぁ。そう思いながら、手を差し出す。

 

「でも、ありがとう。最期の一時を僕に使ってくれて」

 

「そうかい。最期まで全うした甲斐があったってものだ」

 

そして、しわくちゃの手で、握られる。

 

「あんまりにもクサいんで、言うのが恥ずかしいんだが…………最初で最後の願いを聞いてはくれないか?」

 

「その通りにするかは別…………だけど、いいよ」

 

そういうと、力の抜けた様な笑顔になった。

 

「多分、『箱庭』とやらには笑えない現実が多いと思う。『僕』のいる『ノーネーム』とやらは、その筆頭だろ?」

 

「うん」

 

「本当なら、俺が其処に行って、その現実を嘘にしてやりたい、誰かの顔に笑いを添えたい。だけど、二重の意味でそれは不可能だ。だから…………」

 

一呼吸置いて、偉大なエンターテイナーは言った。

 

 

 

 

 

 

「お前が代わりにやれ、クソガキ」

 

 

 

 

 

…………言うだけ言って、『俺』は逝った。

 

一人遺された僕は螺丘市の中で、ため息を吐くしかない。だってさ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「元々やるつもりだったことをやれって言われても困るよ、クソジジイ」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

…………意識が浮上する。

 

目を開ければ、今となっては見慣れ始めた天井。ノーネーム本拠にある、僕の部屋。

 

そして多分、横を向けばいつもなら春日部サンがいるというお決まりの────────

 

「…………あら? 気が付いたのね景山くん」

 

「意外、まさかの久遠サン」

 

「春日部さんかと思ったのかしら?」

 

「いや、なんとなーく気絶して目を覚ましたら春日部サンが俺の監視してるってのがお決まりのパターンっぽかったからさ…………」

 

身体を起こして背筋を伸ばす。ボキボキとなる音が心地いい。

 

「それにしても、体調管理はしっかりしなさいね? 貴方が気絶してるこの一週間、色んなことがあったのだから。肝心な時に役に立たない盾じゃダメよ?」

 

「あー…………うん、ごめんね。ほんっとーに反省してる」

 

それはそうと、一体何があったのかしらん? ちょっと気になるんだけれど。

 

「まず、魃が来たのよね」

 

「ほむほむ、よく分からないけれど災害系幻獣と見た」

 

「あと貴方が重体だって聞いた誰かがその隙を狙ってノーネームを襲撃しに来たのよね」

 

「…………あ?」

 

「下手人は『ペルセウス』。貴方にやられた仕打ちのせいで『サウザンドアイズ』での幹部の地位を降ろされて、その報復と言ったところでしょうね。もちろん私達で撃退。その流れで例の挑戦権使って…………まあ、色々搾り取ってやったわ」

 

「えっ…………え?」

 

「全く、何故あの程度で失うものは何もないと勘違いしたのかしら…………目の前に旗も名前もないコミュニティがあったのに…………それとも旗を取られる危機に陥るとは夢にも思わなかったのかしら?」

 

う、うっわぁ…………なんというか、うん。バカではないと思ったんだが、なぁ…………。それとも『ノーネーム』に追い詰められて地位も失いそうで色々と思考が狭まったのかな? 本当、あのとき僕の足元を見てなかったらこんなことにはならなかったのにねぇ。

 

「…………あとで詳しく聞くとして、何日間寝てたわけ?」

 

「一週間よ。特に身体に問題があるわけじゃなかったから、精神的に追い詰めてしまったのかも、と皆気が気でなかったわ」

 

「んー、申し訳ない!」

 

とはいえ、良いものと…………偉大な男の魂を手に入れられたので、それを使って取り戻していこうじゃないか。

 

まずはそうだな…………と思いを廻らせてニヤリと笑った。

 

「[ボクの言葉は夢幻泡影、ただ5分の奇跡。願って変われ新たな自分、ボクは友の力を真似る]…………」

 

「…………あの、景山くん。それは、新手の呪文?」

 

「ううん、もっと素敵なものだよ…………というわけで、[Stand up please!!]」

 

「…………!?」

 

椅子に座った久遠サンが、勢いよく立ち上がった。それはまるで…………久遠サンがあのクソ虎にやったように。

 

「さて、じゃあ皆のところに行こうかな。謝らないと~♪」

 

「待って、待ちなさい! どういうことか説明しない景山くんっ!」

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

→『虚構演者(フィクション・ディスチャージャー)

→『模倣演者(フェイク・パフォーマー)

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

 

 




死因→老衰


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ファイルその2:はい、黒い『シ』の襲来です
記録その1-始まりの哀図と楽しみの種子


(どうせ忘れられとるやろうし、投稿してもバレへんやろ……)
・⌒ ヾ(*´ー`) ポイ


別に、そこに何があるわけでもなかった。

今日も1人河原に寝そべり、空を眺めて欠伸をする日々の中で、私はどうして此処にいるのかを考える。

 

本当に、何もないのだ。私以外のものはそこにない。ただ、惰性と義務感でそこに居座っていた。

 

…………ただ、

 

「よォ」

 

「……またキミか」

 

声を掛けてくる何某は、来る。

 

「相も変わらず死んだ目をしてんなァお前。幸せそうじゃん僕も混ぜてよ」

 

「相も変わらず、随分と奇特な趣味をしてらっしゃる」

 

溜息をひとつ零し、そいつを意識から切り離そうと試みる。……だが、これまでそれが成功したことは無い。それ程にこいつは馴れ馴れしくて、異物で、底抜けに明るいヤツだった。

 

「……そもそも私は、幸せというものがよく分からない。欲を抱えるというのもよく分からない。キミが現れるまでは、そもそも感情というものがあったのかすら疑わしい」

 

「あらヤダ、ハジメテを奪っちゃった系?」

 

「ああ、恐らくアレが……殺意、怒りというものだろう」

 

「あ、そっちね……いやまあうん、それはそれでいいんじゃないか? 知らんけど!」

 

暗に嫌悪を訴えるも何処吹く風。分からないのではなく、分かってないフリをしていることを最近になってようやっと理解した。こいつは何をしたいのだろうか。ニコニコと笑うその顔からは、なんの思惑も読み取れない。

……私にその能力が欠如してることを加味しても、底の見えない何かがある。

 

「はっはー、底が見えないと来たか。そもそも底があるのかどうかも疑わしいぜィ?」

 

その癖私の内面は常に覗き込んでるかのようにピタリと言い当てる。私よりも私のことを理解しているようで気持ちが悪く……率直に嫌いだった。

 

「……さて、」

 

そっぽを向いて暫くして、そいつは妙に声を尖らせた。

いつになく胸の内の何かがザワつくのを感じながら、視線をそいつに向けた。

 

「別に、どうでもいいことかもしらんけどね。僕はそろそろキミに会えなくなりそうだ」

 

そこにいつも浮かべていた笑顔はなく、妙な形で顔を歪めていた。

 

「そうか、達者でな」

 

「軽いね……もうちょっと反応してくれるものだと思ったのだけど」

 

「以前のようになるだけだ。ただ此処に在り、此処で何かを思う。私には、それしかないからな」

 

そもそも、感情が薄いのだ。何かを思えなど……ああいや、嫌悪と殺意はあったか。

 

「そうか……まあ、僕にしては上出来かもしんないけど、忸怩たる想いというかなんというか……」

 

「何?」

 

()()()仕事すら満足にこなせない僕は、やっぱり凡才だったということだよ」

 

そう言ってそいつは、ここを立ち去ろうとした。願わくば、幸せな最後をと言い残して。

 

よく分からない。

 

よく、分からない。

 

よく、分からない……。

 

……よく、分からない、けれど。

そいつの顔に浮かべるのは、そんな不細工な貌ではなく、向日葵のように力一杯広がる笑顔だと、思ったのだ。

 

「……待て」

 

「…え?」

 

「その仕事とやら、私の力でどうにかしてやる」

 

「え、えっと……何言ってるの?」

 

「昔程の力はないだろう……が、ヒト一人程度の悩みは吹き飛ばせるさ。さあ言え、私がお前の願いを叶えてやろう」

 

私の、僕の、僕達の気紛れは、その言葉から始まったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「むむむむ……」

 

─────────────

 

→『模倣演者』

 

→『─────(待機中)』

 

→『過去へ昇る▪️(限定解放)』

 

─────────────

 

何があったか知らないが……いや心当たりはあるのだけど、まぁた待機中のギフトが限定解放されとるぞどうなってんだ僕。とは言えいつまでも睨めっこしてる訳にもいくまい、僕はギフトカードをズボンのポケットにしまってベッドから降りる。一分一秒だって無駄にはできない、コミュニティの為仲間の為自分の為、仕事に勉強に大忙しである。

 

「さーてと、目覚めのお勉強お勉強……」

 

部屋を出て書庫に向かう中、僕は自分のギフトの変化について振り返る。

 

僕が『俺』に託された『虚構演者(フィクション・ディスチャージャー)』は、形を変えて僕の中で定着した。名を『模倣演者(フェイク・パフォーマー)』、世界を塗り替える嘘ではなく、自分を作り替える嘘だ。この形で定着した理由は不明だけど、理由は妄想できる。

 

単純に、才能がないというのもあるんだろうけど……多分僕そのものと言っていい『法則:原点回帰の理』との相性が死んでるのが一番大きいはずだ。どっちも世界に大きく作用を及ぼす力だけど、原点回帰は変化を赦さない力であるのに対して、虚構演者は変化を世界に求める力だからね、そらそうなるわな。

 

なら逆に、何故一番原点回帰が作用してるはずの僕自身に対して『俺』の力が使えるのかという点は、『それも僕』という風にこの箱庭世界から認識、観測されてるからだろう。春日部サンの言葉を借りると、今の僕は『幾つかの景山健太』が重なったような状態にあるらしいからね。融通の効かない原点回帰の作用ではあるが、『そう在るべき』という縛りは意外とすんなり受け止める。『俺』として何かを装うことは変化として捉えなかった様だ……いやまあ『俺』みたいに自分の身体すら変化させることは無理だけど。そこは原点回帰は赦さなかったらしい。

 

現状僕が『模倣演者』でできることといえば、見聞きした誰かのギフトを真似て、中身スッカスカの張りぼて状態で再現することぐらいだ。あと演技……特に誰かの言動を真似るのがとても上手くなった。なお僕が理解できるもの、世間に周知されているものに限るので、十六夜クンの『正体不明』はそもそも真似ることすらできなかった、残念。本人は楽しげに笑ってたのがムカつく。

 

……さて、出処が分かってスッキリした『虚構演者』に対して、全くもって意味不明なのが『過去へ昇る▪️』だ。名前すら完全ではないし、意識を取り戻したあの日既にそう変化していた。

 

その中身については全く分からないが、原因は何となく分かる。恐らく久遠サンのギフトを、模倣演者で真似ることで触れたからだろう。

 

十六夜クン、春日部サンと僕……『景山健太』を知る人間がいて、久遠サンとは無関係というのはあまり考えられないだろう。必然、何かしらの形で僕と彼女にも関係があるのではないかと睨んでいる。十六夜クンがほぼ『現在』の景山健太と関わり、春日部サンが過去の『俺』の存在を知っていたということは、まあ恐らく久遠サンが呼ばれた世界の未来に、また別の景山健太が存在してたんだろうね。僕ってば分裂し過ぎワロタ。

 

まあ仮に僕と彼女の関係が無かったとしても、『過去へ昇る▪️』は久遠サンの『威光』と何か接点か関連性があるのは明白だろう。それが何なのか全くの不明だけども! そもそも彼女のギフトってどんな分類すればええんや?

 

……そういうこともあって、僕は色々と知る必要があるのだ。最悪なんの手がかりが無かったとしても、『模倣演者』で真似れるギフトは増える……知識が力に直結してんなぁオイ、最高かよ。

 

「全く、ようやく僕の人生も上向いてきたんじゃないか? どう思うよ、こ……」

 

皮肉げに笑って隣に顔を向けて……多分その顔は悲しげに歪んだ、と思う。

 

「……あぁまったく、これではアイツのことを笑えない」

 

笑うつもりは無かったけどと零して、気合を入れる為に顔を叩く。そう遠くないうちに会えるはずだから……そう自分を騙して。

 

 

◇◇◇

 

 

「……オイオイオイ、一晩中本読んでたってのかこの有様」

 

書庫に着いて呆れと共にため息。本棚から降ろされた書籍の山があちらこちらに散らばり……その山の中で、ヘッドホンを付けた不良パツキン、もとい十六夜クンとウチのリーダーが居眠りをかましていた。

 

十六夜クンはここのところ朝早くに家を出て、帰ってきてはこうして書庫を漁るという生活をしていたらしい。リーダーはそれに着いていく形で本を読んでた。前は僕は深夜に書庫を出入りしていたのでかち合うことは無かったのだが、色々な協議の結果『人間らしい生活を送れ』との命令が下されたため、この2人と書庫で出会うことが多くなった。情報交換することも多く、意外と有意義な時間を過ごせてることもあって、割と僕としては助かってたりする。

 

……昨日は珍しく先に書庫を後にしたので2人がその後どうしてたかは知らなかったんだけど、こうなるなら部屋に戻る時に声をかければ良かったかも。春とは言えまだ少し肌寒い、一般人よりは頑丈そうとは言えど、十六夜クンは慣れない世界、リーダーは慣れない生活で自分では分からない疲労も溜まってるはず。風邪とか引いてないといいんだけれど。

 

「………………むぅ」

 

起こすのもしのびない、適当になんか掛けて本でも読みながら起きるのを待つか。そう思ってギフトカードからブランケットを2枚取り出す。このアイテム本当に便利よね、カバン要らず最高。

さあ、起こさないようにゆっくりと……

 

「…………要らん」

 

「なんだ、起きたのか。可愛げのない」

 

「毎度思うが、野郎相手に可愛げ求めんじゃねぇよ……」

 

掛けようとした瞬間に、目を開かずに十六夜クンが言った。というか寝ぼけてるのか、僕と誰かを混同しているらしい。

 

「僕ちゃん若干年長なんだから後輩的なアレで可愛げを求めたりもするってのー。まあいいけど」

 

ともあれ要らないと言うのであればそうするけれど、とブランケットを1つしまってもう1枚をリーダーにかける。年相応といった様子の寝顔が覚めることなく、すやすやと眠ったままだ。

 

「僕が言うのもアレだけど、ちゃんとベッドで寝なよね。いつでもちゃんと屋根の下で寝れる訳じゃあないんだから」

 

「本当にお前が言うなって感じだな。今は仕方なく改善してるみたいだが……」

 

くぁ〜…とあくびの声が書庫の中に響く。そして、寝息の音が1つ増えた。

 

「……さて、何を読もうかな」

 

意外とここの書庫は蔵書数が多く、僕が1番知りたいことは残念ながら手がかりはないけれど、箱庭に関しての情報は幅広く押さえてるみたいなので、ここで勉強しておけば間違いないって感じ。勉強は嫌いだけど読書は好きこと、どうも僕です。

 

「[我が言の葉は夢幻泡影、ただ須臾の間の奇跡。願いて歪む我が真正]…………[t=0(Reset)]」

 

僕の言葉で空間が少し歪み、散らばった本は時を遡るように元の位置へと収まっていく。『模倣演者』を使ったちょっとした裏技、これで死ななくともある程度本来の僕の力を使えるようになったのは大きい。というか理解度の関係で真似て作る張りぼての中で一番完成度が高かったりする。だって自分だもん。まあ相手の寿命を[0]にする(消し飛ばす)みたいな荒業は張りぼてモードだとできんがな!

 

よし、整理されて本が探しやすくなったところで、今日は歴史の方から漁っていこうかなっと。

 

「2人とも、何処にいるの!?」

 

ようやっとスタートをしようとしたところで、書庫に入る階段の方から何やら騒がしい声。声の主は久遠サン、反応は3つ。久遠サンと春日部サンと……あと誰だろう?

……騒がしいことは珍しいが、現状緩やかな空気と共に火の車な我ら『ノーネーム』、特にやばいことはないだろうと無視することにした。別に読書する時は、独りで、救われてないといけないとまでは言わないけど、若干面倒くさくはある。僕ちゃん何も見なかった。

 

「起きなさい!」

 

「させるか!」

 

「グボハァ!?」

 

一応横目にチラリと確認すると、久遠サンが十六夜クンにシャイニングウィザードをかましていた。が、流石は規格外。近くにいたリーダーを盾にそれを防いでいた。リーダーは見事なきりもみ回転を披露して、僕の方に………………僕の方に!?

 

「グブァ!?」

 

十六夜クンに御チビなどと呼ばれてはいるが、それでもヒト1人。腹部にジャストミートすれば、そりゃ変な声も出るってモノで。というかめっちゃ痛い。

と、とりあえずまだ張りぼてが崩れきってないので、自分から痛みと損傷を消しておこう……ついでにリーダーのも。

 

「ジ、ジン君がグルグル回って吹っ飛んで健太様にぶつかりました!? 大丈夫ですか!?」

 

「…………。とりあえず大丈夫そう」

 

ああ、残りの気配は厨房でよく見る年長組のリリちゃんだったのね……などと思う前に、テメェ『セーフ』じゃねぇよ春日部サン。痛いわ普通に。

 

「リーダー、生きてる?」

 

「な、なんとか……がはっ」

 

起き上がろうとして、息絶えたように倒れたのを見て『まあ生きてるからいっか』と判断した。案外このまま寝てもらった方が彼にとってはいいかもしれないし。

 

「三人とも、緊急事態よ! 本読んでる場合じゃないわ! 二度寝なんてもってのほかよ!」

 

……よく分からないけれど、コレはどうも読書という雰囲気ではないらしい。本をパタンと閉じる音が、何故か僕を慰めてるように聴こえた。

 

 

◇◇◇

 

 

「それで? 人の快眠を邪魔したんだから、相応のプレゼンがあるんだよな?」

 

という、割とマジな殺気がこもった十六夜クンの質問に、

 

「朝っぱらから重たいの貰ったからねぇ……ガチの緊急案件じゃないと腰上げないから」

 

と不機嫌MAXの僕の言葉に対する返答は、「絶対に喜ぶから」と差し出された剥がれた封蝋付きの封筒だった。双女神の印ってことは、例の太陽系ロリババア……もとい『サウザンドアイズ』の白夜叉サンからだろうなぁ。中身次第では緊急事態というのも頷ける。

 

十六夜クンが封筒の中の紙を読み進めていくのを聞くに、どうやら北と東の『階層支配者』達が共同で開催する『火龍誕生祭』なる催しの招待状であるようだった。

読み進めていく毎に分かりやすく機嫌とテンションがアッパーになっていくのを見て……こりゃ巻き込まれるかなと思いながら、一つ脳裏に疑問が過ぎった。過ぎったが……まあ今は置いておくことにしよう。

 

どんな準備がいるっかなーと、ワクワクが伝染したらしい僕の脳裏で持ち物のリストアップが始まったところで、リリちゃんが顔を青くしながら悲鳴をあげるように言った。

 

「ま、待ってください! 北側に行くにしてもせめて黒ウサギのお姉ちゃんに相談してから……ほ、ほらジン君起きて! 皆さんが北側に行っちゃうよ!?」

 

「北……北側!?」

 

「あ、起きた」

 

何かまずいモノを聞かれた反応で、リーダーがバネを弾くように体を起こした。……いや、これ意外とマジな緊急事態なのでは?

 

「行けるわけがないじゃないですか! 何処にそんな蓄えがあると思ってるんです!? リリも大祭のことは皆さんには秘密にと言ったじゃ…………あ」

 

「「「「秘密?」」」」

 

思った以上に底冷えした声が漏れた。しかし多分、今僕の顔は愉悦に歪んでいて、それは一斉に顔を伏せた三人も一緒だった。

 

「……そっか。こんな面白そうなお祭りを秘密にされてたんだ、私達。ぐすん」

 

「コミュニティを盛り上げようと毎日毎日頑張ってるのに、とっても残念だわ。ぐすん」

 

「ここらで一つ、黒ウサギ達に痛い目を見てもらうのも大事かもしれないな。ぐすん」

 

泣き真似が白々しいな全く。リーダーはリーダーで可哀想なくらい震えちゃって……仕方ない、ここはひとつ助け船を出してやろうじゃないか。

 

「まあまあ落ち着き給えよキミ達。そんな声出したら話すものも話せなくなるっての」

 

そう言って若干しらける問題児共を横目に、リーダーに視線を向ける。

 

「け、健太さん……!」

 

あ、その『僕は信じていました……!』みたいな目で僕を見るのはやめて欲しい。だって、その……

 

「……リーダー? これは明確な僕らに対する背信行為と思われるのだが、如何か?」

 

脅しじゃなくて、問い詰める方向に切り替えただけだからー! あははー!

なおその時のリーダーの顔は、お手本みたいな絶望顔だったのは言うまでも無いことだね、うん。

 

「まあ、それは後でじっくり話を聞くとしてだよ。あまり時間も掛けてられないし……ここは1つ、策士:景山健太が、全て丸く収めた上でちょっと『ノーネーム』の皆様方に復讐する術を、伝授しようではないか!」

 

「策士というか詐欺師な」

 

「お黙り規格外!」

 

僕は手頃な紙を5枚、カードから取り出して近くにあった羽根ペンで黒ウサギに手紙を書くことにした。

 

 

────────────────

 

 

ハァイ、黒ウサギ。

これを読んでいるということは、ちゃんと君の手にこれが渡ったということだね? そいつは結構。

 

では本題。僕ら異世界組四人、並びに僕らの身分証明としてリーダーは、『火龍誕生祭』に参加することを決定しました。こんな大事なことを隠しているなんて酷いじゃないか、説明してくれたらこんな強硬手段は取らなかったと言うのに!

 

というわけで僕ら一堂、ひっじょーに傷付いたのでこれからゲームをしようと思います。

 

ゲームの内容は……そうだね、鬼ごっこみたいなものかな? リーダー以外の『ノーネーム』側の誰かが、『逆廻十六夜』『久遠飛鳥』『春日部耀』『景山健太』の四名を捕まえることができたらそちらの勝ちとしておこう。

期限は、僕らが北側の開催地に着いた上で、リーダーが『火龍誕生祭』に正式に参加を表明するまでって所かな? そこまでに捕まらなかったメンバーが勝利、ということで。

 

 

────────────────

 

 

ここまで書いたところで、十六夜クンが口を開いた。

 

「面白いアイデアだが、勝者への報酬はどうすんだよ?」

 

「あ、考えてなかった」

 

「そ、そもそもうちに北側へ向かう費用は捻出できません」

 

リーダーの言葉に、深く頷く。僕もその辺はとても理解しているとも。

 

「だけど、これを白夜叉サンが送ってきてるってことがポイントだよリーダー? 恐らく君以上に『ノーネーム』の懐を把握してる筈の彼女が、君が顔真っ青にする程の金額を払えるとは思う筈がない」

 

「い、言われてみれば……」

 

だから僕は緊急事態と睨んだワケだが……そこはまあ、後に回すとして。

 

「ちょっと痛い目に合わせたいし、なんかいい感じのアイデアないかな?」

 

「……策士とは」

 

「なし崩し的に『火龍誕生祭』に参加させる所まで考えたんだからいいんですぅー!」

 

僕の嫌がらせは嫌がらせ(ガチ)になるからあんまり口を開けないんですよ、悲しいなぁ!

 

「とりあえず……お風呂の時間をもう少し伸ばす、とか?」

 

「自由時間を増やすというのも悪くないわね……」

 

「死亡制限解除……」

 

「「「は?」」」

 

あの、そんな目で見られると怖くてチビりそうなんだけど御三方……。

 

「……そうだな。妥当なところで、一回こっきりの『命令権(くびわ)』とかどうだ? もちろん、向こうが勝ったら向こうにもな」

 

「「「採用」」」

 

「採用、じゃありません!?」

 

「は、はわわ……」

 

リーダーとリリちゃんが震えるのもお構い無しに、十六夜クンの提案で話を進めることになってしまった。確かに落とし所としては悪くは無いな。

 

 

────────────────

 

 

それでゲームの勝者に対する報酬だけど、僕ら四人がそれぞれ勝ったら『ノーネーム』のメンバーに対して、君達が勝ったら僕ら四人に対しての一回だけの『命令権』、ということにしよう。なし崩し的にゲームを始めさせてしまう以上、報酬はせめて平等にね?

 

ああ、勿論同意を得られないとゲームは始められないわけだけど、我らがリーダーにお願いして参加を認めさせるのでご安心を。違法なゲームじゃないよやったね!

 

黒ウサギがここまで読んだ時点でゲーム開始、以降この手紙は『契約書類』として機能するので絶対に破り捨てないように。

 

それでは、いいゲームにしましょう!

 

 

────────────────

 

 

「これでいいでしょう。僕らが勝てば僕ら以外に、僕ら以外が勝てば僕らに言うことを聞かせられるってことで。あとはここに僕ら四人と、リーダーの署名を入れて完成というわけだが……」

 

ジロリ、と自然にリーダーへと視線が集まる。

 

「書いてくれると、嬉しいなぁ……?」

 

「ひっ!?」

 

そうして、僕らはリーダーを拉致って白夜叉サンの所へと向かうのであった。

 




本日の嘘→契約書類をよく見てみよう。


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記録その2-廻る人幻の性と沸き上がる意思

……思った以上に反響がありました。ありがてぇ……ありがてぇ……!

なお、以降の更新について活動報告を載せました。興味があれば是非。
ちゅうにくさくても、がんばりますから!


「いやぁ、だからそんな拗ねた顔をしないでよリーダー。僕の方がそーゆーの得意なだけだから」

 

「……拗ねてませんから」

 

そう言ってそっぽを向くリーダーに苦笑しながら、歩みを進めるは二一〇五三八〇外門前の噴水広場。そこからベリベッド通りを抜けていけば、目的地である『サウザンドアイズ』の支店がある。

 

僕とリーダーの前を行く問題児三人は、あれやこれやと会話を交わしている。外門の石柱があの虎で悪趣味だの、今日もあの店員は煩いのだろうかだの、本で読んだが箱庭はあまりにも広すぎるため移動も苦労するはずだの、お腹空いただの。……そういや、僕は朝食食いっぱぐれだなぁ。サ店で軽食放り込む余裕もないと見てるので、あまり不思議に思われないように歩きつつ、さりとて寄り道せずに支店に乗り込む必要があるんだが。カードから取り出したおにぎりがとても美味しい。

 

「ほら、お腹が空いてるから気分も下向くんだよ。ほれ、おにぎり食べる?」

 

「だから拗ねていません! ……ただ、無力な自分が悔しいだけです」

 

「無力、ねぇ。……それ僕が聞くと気まずい類の重い話?」

 

「それ、自分で言っていて悲しくなりませんか……?」

 

うん、誰かの苦悩に寄り添えない事実はとても悲しいかな。でも基本的に僕は自分が嫌いで憎くて殺してやりたいくらいだからね。被虐趣味はなくても自虐趣味はあるのです。まあそれは口にはしないけれど、景山健太はピエロですので。お捻りほしい!

 

「あと、黒ウサギから健太さんの事情を少し伺いましたが……そうなるとあなたの飄々とした態度は、態とそうしている様にしか見えてなりませんから」

 

「割とズケズケ言うよねリーダー。僕の(強化)ガラスメンタルが傷つきそう。……それはアレかな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……っ」

 

ニンマリと、口元に弧を描かせる。僕の傷に触れてくれるな、という脅し。それと、その努力を認めるという労い。

 

「君が自分を不甲斐ないと感じているのは知っているけれど、何だか今日はそれは顕著だと感じるよ。大方、十六夜クンに何か言われたりでもしたのかな?」

 

「……それは」

 

前々から、人の感情の揺れを感知するのは苦手ではなかった。というか空気を読む、流れを気にするという行為は普通の人間なら誰でもやることだ。僕はそれに加えて[変化]には人一倍敏感だった。だから心を見透かす様なことも何度も口にしてきた……事実はともかく。

だけど、『模倣演者』が機能してからヤケに、人の機微が手に取るように分かるようになってきた……ソイツをそのまま自分に貼り付けることができる程に。あまり気分がいいとは言えないね、覗きたくなくとも悪感情が透けて見えるのは。

 

まあ、だから分かった。そういう話。

 

「まあ、リーダーとは認めない、みたいな話になったんだと思うんだけどね? 何も考えてないとかその辺を突っ込まれたんじゃないの?」

 

「…まるで見てきたように言うんですね」

 

「単なる妄想さ。あとは、僕が『ジン=ラッセル』という人間に抱いた印象でもある。……詳しく聞きたい?」

 

「……できれば」

 

悲しそうに顔を歪め、それでも逃げまいと口の端を噛む彼を見て、想像通りのハートの強さだなと微笑む。……実際にどんなことをどんな風に言われたかは分からないけど、単なる凡夫ならあの苛烈な規格外の言葉に心が折れてるはずだ。なのにリーダーは『悔しい』と言った。つまりは、そういうことなんだと確信する。

 

「詳しい話を君や黒ウサギから聞いた訳ではないから、状況から想像する話なんだけど。そもそも僕ら異世界人を喚んだ時点で『ああ、細かいことは考えちゃいない』とは思ったよ。だってモロに他人任せじゃん。大まかな方針を考えてたんだろうとは思うけど、それって『僕達には出来ないから代わりにやって〜』って風にしか思えない」

 

それは間違っても、対魔王コミュニティとして再び成り上がるという構想では無かったはずだ。だって、魔王に目をつけられて滅ぼされたんだから、なるべく避けたいところだ。

 

「『力をつけていずれは旗と名前を取り戻す』……最初に考えていたのはこれだったと思うんだ。……いずれっていつさ? 『名前』と『旗』を持ってると思しき魔王という災害を避けようとしてるのにどうやって取り戻すんだ? ……とまあ、若干ボロクソ気味に言ってるけど、実は僕としてはそうなるのは仕方がないと思っているんだ。むしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()とか思っちゃうぐらいだよ」

 

「……?」

 

悔しさに震えていたリーダーは、訝しげにこちらを見た。まるでさっきまでと言ってることが真逆だと言いたげだ。

 

「別に子供とか関係無くね、侮蔑や差別をされたら、人間容易く心が折れるものだよ。そして簡単に自死を選ぶ。逃げる方が楽なんだからね。……名無しと旗無しに向けられる悪意を、ここ最近ようやく理解したんだ。実際に『ノーネーム』に加入することでね」

 

あのクソ虎が侮蔑たっぷりにリーダーを弄ってたからまあ酷いとは思ってたが、想像の100倍は酷かったね。ゲームにはまともに参加させてもらえない、仮に参加させてもらえても報酬はあれやこれや理由を付けて接収する(ご丁寧に契約書類に反しないように先に渡してから、だ)、少ない報酬を換金しようと店に向かおうとする前に路地裏に引きずり込まれて殴る蹴るの暴行、そもそも同じ人間扱いをせずに下等なものとしての扱い、認識、罵詈雑言。普通以下だと蔑まれたのは、生まれて初めてだったよ全く。

 

「僕は多少の慣れがあったから耐えられる。十六夜クンと春日部サンは興味が無ければ何処吹く風だろう。久遠サンはプライドがクッソ高いからそんなことで折れることを自分が許せないだろう。でも君はどうなんだいジン=ラッセル。プライドもへったくれもない底辺に落ち切って、矢面に立たされて、あんな悪意を一身に受ける。まぁ僕には無理だね、色々と見限るよ」

 

「で、ですがそれは想定して然るべきものです。そうすると決めたのだから、無様を晒してでも初志を貫くのは当たり前のこと、」

 

「その当たり前ができることが凄いんだよ。そらね、自業自得でしょうよ。自分達でイバラの道に突っ込むんだから。どんな狂人だよと。理解も同情も共感もできるけど、普通じゃないことしてるし、普通じゃないことを成し遂げてるんだ君達は。そのハートの強さは、手放しで賞賛して然るべきだ。誰もそれを認めないなら、たった16年ぽっちしか生きてはいないけど、国に戦争を吹っかけられて勝ちきったこの僕が褒めよう。……ここまで強い人間を、僕は今まで見たことがないよ。僕に立ち塞がってきた誰よりも、僕の背に立った誰よりも、僕の隣に在った相棒よりも、絶対に強い」

 

そう言って笑い、彼の背中を強く叩く。

 

「うっ」

 

「それにそれだけじゃないぞ。稼ぎは黒ウサギにおんぶにだっこだったとはいえ、子供達を纏め、虫の息のコミュニティを限界まで維持し、そして僕らという戦力が来るまで耐え抜いた! これらは歴史に書かれるような大きなことではないのだと思う、だけどもこうして『ノーネーム』が繋がっているのは君の尽力も大きいと僕は確信している! 十六夜クンだって、認めないみたいなこと言いながらそれでも君を上に置いてるのは、その努力を認めてるからの筈だ。……だから僕は君を、敬意を以て『リーダー』と呼ぼう、ジン=ラッセルくん。悔やむのはいい、及ばないことを嘆くのもいい。それは僕らで幾らでも補えるし、君にはまだ成長の予知があるんだから。だから、事実に関しては胸を張ろう。君は僕にとって最高のリーダーだ、しょげてられると困っちゃうぜ」

 

「……ありがとう、ございます」

 

その目に光るものがあるのを見ないふりをして、僕は視線を前に向ける。十六夜クンがこちらをチラリと見て、ニヤリと笑った。……アイツ、どんな思惑で自分を鞭、僕を飴にさせたんだろう。この手のひらの上で踊らされてる感覚は、あまり好きになれそうになかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ところで、健太さんにお聞きしたいことがあるんですが……」

 

元気を取り戻したリーダーが、おずおずと僕にそんなことを言ってくる。とりあえず話を聞かないことには始まらないので視線で先を促した。

 

「健太さんは、箱庭に来るまでは学生をしていたと聞きました。僕よりも歳上ですが、それでもまだ子供と呼べる年齢でしょう。それなのに、ヤケに交渉や口が上手いのは何故なんですか?」

 

「単純に場数を踏んだから、だと思うなぁ。ああなるまでに痛い目にも沢山合いましたし? え、なに、僕のやり口でも真似ようっての?」

 

「はい。僕に今必要な力は、そういう面での力だと思うんです」

 

そう言って彼はそこに至るまでの経緯を説明した。

 

なんでも彼(あと黒ウサギとレティシアさんも)としても、僕らの様な戦力を遊ばせておくのは惜しいとは思っていたらしい……まあ当然だわな。

当面の目標としては、箱庭の南側で行われる収穫祭で僕らに結果を残してもらうことだった様だ。コミュニティの農園を復活させ、収穫祭で得た作物を育て、自分達の手で備蓄を増やせるまでに回復することが狙いなのだとか……確かに組織の地盤を固めるのは大事なことよね、分かる。

ただ、遠くに行くのには勿論それだけ費用がかかる……外門と外門を繋げる『境界門(アストラルゲート)』と呼ばれるシステムを起動するのに、一人につき金貨一枚、五人で五枚……これ、今のノーネームの全財産を大きく超えてるんだって。

だから今は南の収穫祭に焦点を絞って、力と蓄えとお金を貯める、ということにしたかったんだとさ。……まあ話は分かるけど、それ僕らに言ってくれよとは切に思う。別に子供達飢えさせてまで我儘を通す程悪辣な問題児はいないし、なんなら対策だって考えられたのに。

 

「というか、黒ウサギが白夜叉サンに相談することを思いつかない筈がないと思うんだけれど……」

 

「今までの我々は『サウザンドアイズ』、ひいては白夜叉様のご厚意に大きく依存していました。それは黒ウサギがプレイヤーとして活動できなかったというのが大きなところだったんですが……」

 

「ああ、一応ゲームプレイヤーが四人増えたから事情が変わったのか。だから自立をしていこうと……」

 

「はい、その通りです。……あとは単純に、僕にはまだそういったやり取りは難しいという判断です」

 

ははぁ、なるほど。だから、そういうのも手馴れていそうな僕に教えを乞う、と。

 

「なるほどまるっと理解した。となると、多分僕が教えるのは良くないな。基本的に僕のやり口って、自陣がどれだけ被害を蒙っても相手を貶める為に手を尽くす、悪意に塗れた外道外交だし」

 

「そんな恐ろしいロジックで交渉してたんですか!?」

 

「うん、僕ってば僕をコケにしたやつは死ぬほど後悔させたい類の根に持つ人間だからね。そもそも人間、楽しいことは通り過ぎるけど怨みは溜まっていく生き物よ普通普通」

 

「断じて普通ではないと思います、断じて」

 

「そんなー(´・ω・`)」

 

まあなので、死んでも僕のような真似はさせられないということ。『ノーネーム』はこれ以上傷付いてもいい場所はないんだから、そんな特攻覚悟みたいな交渉を組織のトップにさせるわけにはいかないわ。

 

「……まあ、話の舵の取り方ぐらいは話せるかもしれないね」

 

「それ、本当に大丈夫な中身ですか……?」

 

「おう、実はその口の悪さって虚勢じゃなくて素だったりするのかいリーダー」

 

ちゃんと傷つく心は存在してるんだからね? 普通に健太さん泣いちゃうからね?

 

「……まあ、あくまで僕は、なんだけど。基本的には『悪意を善意で制御する』ってのを意識してるかな」

 

「悪意を、善意で……」

 

「この場合の悪意とは、欲とかそういったものを含む感じ。相手を出し抜いて自分の欲を徹したい……、何としてでも相手をぶち負かしたい、倒したい、殺したい……みたいな、強い意志」

 

こう強くそう思うことで、相手の言葉だったり、行動だったりに突破口を見つけやすくる汚く言うと弱味を握る……みたいな感じなのかなぁ。感覚でやってるからその辺はよく分からないけど。

 

「ただ、そんな悪意全開だと相手も強く反発してくる。流れを奪われるとまずいと感じて、向こうも流れを掴もうと悪意を押し出してくる。だから、弱味を見つけても、それを強く握ればいいってことじゃない。その力加減を自分の中の善意で制御するんだ」

 

この場合の善意とは『どこまでが許されるか』、つまり許容範囲を探る感じなんだな。『こうされては嫌だろうから、あまり強く出ないでおこう』みたいな感じ? この辺も感覚でやってるから言語化が難しい。

 

「んで、この許容範囲は状況によってはだいぶん変わってくるもんで。お互いの利益を追求する話なら、欲張ると遺恨を遺しかねないから全力で善意で舵取りをする必要があるし、逆に互いに叩き潰すことが目的であれば、まあ痛い目を見ることは織り込み済みになるから、多少善意の紐を緩めても舵取りが上手くいったりする。……ああ、これ所謂『引き際を見極めろ』っていうのを僕風に言い換えただけかもね」

 

「それでも、なんだか分かったような気がします」

 

「そう? ならいいんだけれど」

 

そう言って、彼は何かを思い出すようにブツブツと何事かを口にし、そして顔を上げた。

 

「例えば先程の書庫の場合、健太さんは僕に対して罪悪感を抱かせ、十六夜さん達三人の側に立ち精神的不利を僕に見せつけることで、善意の紐を緩めても問題ない状況を作り、『火龍誕生祭に参加する』という悪意(よく)をスムーズに徹した……ということですか?」

 

「まあ、だいたいはそうだね」

 

「辛うじて残っていた善意は、十六夜さん達の動きをある程度縛るという、僕や黒ウサギ達に対する譲歩……だと思うんですが」

 

ありゃ、そこを見抜かれてたか。だってあのままいってたら無軌道な逃避行になりかねんかったし、コミュニティ脱退みたいな話になっても困るからねぇ……

 

「なんだ、普通に僕より優秀じゃねぇか憎らしい。僕がその境地に達するまで6年は掛かったぞ……」

 

「え、ええっ!?」

 

いやほんと、これだから才能マン共は……!

 




本日の嘘→健太は時間を止められる、即ち…?

あまりジンくんに触れてなかったなーと思い、まさかのサシでの対話。
普通に考えて、黒ウサギがいたとはいえ普通に有能でハート強いんだよなぁ彼……。


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