【子蜘蛛シリーズ1】play house family (餡子郎)
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【出会い編】 No.001/大人げない大人は、ママに言いつけます

 

 完璧な仕事の前には、あらゆる周到な準備が必要だ。

 

 その“仕事”のターゲットが、世界七大美色に数えられる緋の目──というよりも、その緋の目を持つクルタ族である今回、その準備は周到も周到に、限界を超えてを極めなければならないだろう、と、幻影旅団、そしてその団長であるクロロ・ルシルフルは確信していた。

 

 その美しい赤い目のせいで太古の昔から狙われ続けているクルタ族は、常に身を隠し、しかも不定期に居場所を変える。

 それを甘く見ていたクロロたちは、既に二回も移動後の痕を拝むはめになっている。

 つまり、閻魔もうんざりし、悪魔も匙を投げ、最近はもうすっかり悪名が天にも轟かんかというばかりのあの幻影旅団が、二回もハズレくじを引かされているのである。

 

 まず前提として、彼らに「人の身になって考える」とか、「レジで商品と引き換えに金を払う」とか、「場の雰囲気を壊さないように嫌味に耐える」とか、端的に言うならば「まっとうかつ常識的に生きる」という意思などない。いや、考えた事すらないかもしれない。

 

 欲しいものは奪え。社会性とか協調性とか思いやりとか、そういう尊いものを跡形もなくぶっ飛ばした、身も蓋もない大原則を恥ずかしげもなく掲げる幻影旅団という集団は、言い換えれば、この世で最も大人げがまったくない集団、つまりは、犯罪者の中の犯罪者だった。

 

 そして、恥ずべき過去二回の失態のお陰で、当初の“緋の目を手に入れたい”ということよりも、“何としてでもクルタ族を捕らえてやる”、と目的がすり替わっている感が否めない彼らは、今度こそ目的を達成せんと、持てるスキルの全てを使って“周到な準備”にかかっていた──……その最中の事だった。

 

 

 

 

 

 社会性とか協調性とか思いやりとか大人げとかの尊げなものがおそらく世界一ないかもしれない犯罪者集団の筆頭、クロロ・ルシルフルは、目の前に突然現れた意外な存在に、柄にもなく五秒ほど無言で立ち尽くした。

 大地の磁場の狂いを知り尽くし、巧みに身を隠して移動するクルタ族の居場所をはっきりと突き止めるのは、やはり相当難しい事だった。

 しかし、彼らはついにクルタ族の居場所に肉薄した。肉薄しただけではっきりと分かったわけではないのだが、とりあえずこのルクソ地方の山脈のどこかにいるのは明らかだった。

 だからクロロは、その場所をもういっそ一度直接脚で探してみようと、この森を半ば自棄くそで歩いていたわけである。ムキになっているのは既に前提事項だ。

 

 まん丸い目を更に見開き、子供らしい無遠慮さでクロロを凝視している子供は、肩にかかるかかからないかくらいの、ほとんど真っ白な銀髪をしていた。

 子供特有の白目にも青みがかった目は、クルタの平常時の目の色である茶色でもなく、もちろん緋の目でもなく、「色のない目」というならばきっとこういう目だろうというような、髪と同じ白っぽい灰色だった。

 着ている生成りのシャツはおそらく年長者のお下がりなのだろう、サイズがあっていないため、中で身体が泳いでいる。

 

「……ここで何をしている?」

 クルタでもない子供が、一人で人気のない、しかも磁場の狂った樹海のような森でしゃがみ込んでいる。まさか妖怪か、と疑ってもいいぐらいの不自然さだった。

 

「べつに」

 

 子供は、幼児らしい高くて甘い声で、実にあっさりと答えた。そして色のない目で、突っ立ったまま見下ろしてくるクロロに怯える事もなく、彼を見上げた。

 

 クロロは、どうすべきかと思考を巡らせた。

 クルタのことを聞いてみるべきか。この子供はおそらくクルタではないが、ここらには、潜伏しているクルタ以外でこの子供の面倒を見ているだろう心当たりは一切ない。調べに調べ尽くしているのだから、それは確かだ。

 いっそこの子供を誘拐してみて彼らに反応があれば居場所がわかるかも、とも思ったが、追われに追われ続けている彼らは、同じクルタ族でない者に対してはわりと薄情な性質がある。その手を使っても無駄足に終わる確率は高い。……しかし、このまま去っても怪しかろう。

 

「ねえ、おままごとしよう」

 

 さあ本当にどうしたものかともう一度思ったその時、子供は突然言った。

「……なに?」

 ままごとなどに誘われたのは、生まれて初めての経験だった。クロロも一応人間なのだから、子供時代はもちろんあった。だが彼は男だし、子供の頃は遊ぶ事よりも生きる事のほうに一杯一杯だったし、仲間の女性陣だってそうだった。

 

「おままごとしよう。あたしはこども、クロロがパパね」

 その声に、今度はクロロが目を見開いた。彼はもちろん名乗ってはいない。

 クロロは一瞬で警戒を最大まで高め、子供を見た。

「……なぜ俺の名前を知っている?」

「えっと、ママが」

「……ママ?」

「うん。……あっ! 言っちゃいけないんだった!」

 子供はハっとしたような仕草でそう叫び、慌てて両手で自分の口を抑えた。どうも、頭の出来はあまり良くないらしい。

 

 しかし、決して油断はならない。この子供は、“絶”状態のクロロを、こうしてまんまと能力の範囲内に入れたのだから。

 誰が鍛えたのかは分からないが、この年齢で念が使える、しかも二畳程度もの“円”と、油断していたとはいえ、一般人だと思わせクロロを欺いた“絶”の才能は十分驚嘆に値する。

 

 そして、こんな子供がクルタにいるということは、こういう子供を育てられるだけの使い手がクルタにいるかもしれない、ということだ。

 それは戦闘を好む旅団としては楽しみな事でもあったが、まずクルタ族の居場所を突き止めなくてはならない彼らにとっては、今の状況は紛れもなく痛手である。

 クルタに二度も肩すかしを食らい、今度はこんな子供にしてやられるとは、と、クロロは極めて不機嫌になった。

 

 だが、とにかく何らかの能力を発動させられたのは明らかだ。

 クロロは警戒しながら後ずさった──が、それは適わなかった。ドン、と背中が見えない何かにぶつかり、それ以上先に進むことが出来なかったのである。

 

「……何をした?」

「だめだよ、“おうち”から出ちゃ」

「“おうち”……?」

 クロロが訝しげな顔をすると、子供は落ちていた枝を取り、「ここから、ここまでね」と言いながら、地面にがりがりと線を引いた。

 四畳半程度の、四角い範囲。それは紛れもなくこの子供の“円”の範囲そのままで、そしてままごとの“おうち”そのままでもあった。

 

 ──自分の円の範囲に、己とともに対象を閉じ込める能力。

 

 クロロは、子供の能力をそう判断した。

 そしてそれは、おそらくその通りだろう。さらにそれとは別に、『ママ』と呼ばれる、クロロの名前を読み取る能力。特質系だろうか。

 

「きゃっ」

 目にも留まらぬ早さで子供に抜き手をしてみたが、それも無駄に終わる。

 本気を出していなかったとはいえ、下手をしたら死ぬ程度には十分な力を持った一撃が、額を少し強くつつく程度の威力に留まった。子供の丸くて広い額に触れた瞬間、クロロの手はバチンと叩かれるような感触でもって弾かれてしまったのである。

 

(攻撃不可能……? いや、今の衝撃なら、本気を出せば……)

 自分より強い者を攻撃可能なまま自分とともに閉じ込めるのは自殺行為なのだから予想はしていたが、やはり子供を攻撃する事は難しいようだ。

 

 なかなか厄介な能力だ、とクロロは子供を見た。コテンと後ろに尻餅をついた子供は、痛くはないようだが、むっとしたような顔で、指がぶつかったところをさすっている。

 見た限り、子供は“円”と“絶”は達者だが、“凝”などは全く出来ていないようだった。何をされたのか自体、よく分かっていないかもしれない。

 

「なんでぶつの」

「打ってない。ちょっと触っただけだ」

「嘘。ぶった。ころんだもん」

「お前が勝手に転んだんだ」

「……いいもん」

 何が“いいもん”なのかはよくわからなかったが、子供はクロロを糾弾するのを諦めたようだった。

 

「パパは、クルタの人たちに会いに来た人?」

 子供は、突然言った。

「……おまえはクルタか?」

「違うよ。でも、クルタで暮らしてるの。パパはクルタの人たちに会いに来たの?」

 やはりクルタの関係者であるらしい。クロロは、子供の質問には答えなかった。

 

「……参ったな。ここから出してくれないか?」

「おでかけしたい?」

 子供はくりっと首を傾げた。

「クルタの人たちに何もしないって約束するなら、おでかけしてもいいよ」

「わかった。約束する」

 クロロは、即答で嘘をついた。

 

「うん。じゃ、ばいばい」

 

 実にあっさりした返答に、クロロは拍子抜けして目を丸くした。頭の悪い子供とはいえ、当然相当ゴネられるだろうと思っていたからだ。

 

 ごく稀に、生まれつき精孔が開いていて、本人に自覚がないまま能力を発動させている子供がいる。

 どの分野でも、ずば抜けた才能の持ち主は本人も知らずに念を使っている場合が多く、そういう人間がそれだ。そして何を隠そう、クロロもそれだった。

 そしてあっさり彼を逃がそうとしている子供もまた、そのパターンなのかもしれない。先ほどの会話からするに、能力はあっても頭はあまり良くない様子だし、その可能性は高い。

 

 クロロはそう判断して円の外に出ようとしたが、またも壁にぶつかるような感触で阻まれた。振り返ると、子供は「おでかけするときは、ドアを開けて“いってきます”って言わないとダメなんだよ、パパ」と言った。

 

「……“行ってきます”」

 仕方なくそう言いながら、ドアを開ける仕草をする。

 なんで俺はこんな森の中で子供に父親呼ばわりされながらパントマイムなどしているのだろうか、というどこか虚しい思いがクロロの頭をフッと過ったが、その動作をすると、あっさりと外に出ることが出来た。

 そしてもう一度外から触れると、やはりそこには見えない壁がある。攻撃しても、この壁を壊す事はおそらく出来ないだろう。

 鉄壁の防御能力だな、とクロロは少し感心した。

 

 振り向くと、“家”の中で、子供が紅葉のような小さな手を振っている。

 聞きたい事は山ほどあったが、脅して情報を聞くこともできない状況でここに留まっているのは得策ではない。

 

 クロロは身を翻し、仲間の待つアジトへ走った。

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

「んー、こっちだね」

 発信器の反応を見ながら、シャルナークが言った。

 

 言わずもがな、発信器とは、抜き手で攻撃した際、クロロがあの子供に取り付けた発信器である。

 攻撃する事は出来なかったが、それ以外の事で触れる事は可能なようだ。

 

 あの子供は、十中八九、クロロのことをクルタたちに報告するだろう。

 そして過去二度の経験から言って、彼らは即座に移動を始めるに違いない。だからクロロは皆の元に帰ると、速攻で子供につけた発信器を追う事にした。急な話だったが、“周到に周到を重ねた用意”を尽くしていた彼らの行動は早かった。

 

「少なくとも、この子は動いてない。今度こそビンゴかな」

「よし、急ぐぞ」

 

 

 

 旅団全員が全速力で走った先には、三度目の正直、クルタの集落があった。

 やはりあの子供が報告したのだろう、彼らは移動の準備を始めているところだった。

 クロロたちが殺気を漲らせて現れた途端、彼らは素早く散り散りになる体勢に入る。追われ続ける部族ならではの、行動の早さ。これで二度も逃げられたのだ。

 

 無数の双眸が、クロロたちをじっと見つめている。

 

 緋の目は、感情が高ぶった時にしか発現しない。

 だからクロロたちは、彼らを激昂させ、その瞬間に殺す、という手段を当然とるつもりでいた。手始めに子供か女かでもを殺せば、簡単な事だろう。

 そしてその予想通り、一番近くにいた子供の首を片手で持って吊り上げた時の反応は、思わず笑ってしまうくらいに目的通りのものだった。

 

 吊り上げられてじたばたと暴れる子供を見た途端、全員の目が鮮やかな緋色に変化した。

 更にクロロたちがあの悪名高い幻影旅団だとわかった時は、血よりも美しい赤が、何とも言えない震えを持つ。その美しさに、クロロはぞくりとした感触が背筋に昇るのを自覚した。

 

 そのうち、真っ赤な目で雄叫びを上げながら突進してきたクルタの男たちと、団員の何名かが戦闘を始める。

 クルタの戦士たちはなかなかに強く、一ヶ月前に入った団員ひとりを道連れにして数名が死んだ。その際、クルタたちの頭が吹っ飛んだことにクロロが舌打ちする。だがその団員のほうも最後の最後で、クルタの男の首をひとつ飛ばした。

 だがゴロンと転がった男の首、その目は鮮やかな緋色。その瞬間、またもクルタ全員の目が鮮やかな色に変わる。クロロたちがぞくぞくと激しい武者震いを感じたその時だった。

 

「パパ」

 

 幼い声には、聞き覚えがあった。振り向くと、そこには小さな子供がいた。改めて見ると、本当に小さい。身長は百センチと少し位しかないだろう。

 子供は白い髪を揺らしてとことことクロロの側に歩いてきた。フェイタンが服の下でカチャリと音をさせるのを、クロロは雰囲気で止める。

 

「はぁ? パパ? 団長、ガキなんていつ作ったよ」

「俺のじゃない」

 ひっくり返ったような声で言うフィンクスに、クロロは少し苦笑しながら言った。

 美しい緋色の輝きたちの中、この子供の目はやはり無色だ。クロロは緋の目に惹かれていたが、この無色の目にも興味を抱き始めていた。

 

 子供はじっとクロロたちを観察するように見つめていたが、不意に言った。

「おかえり、パパ」

「……!?」

 子供がそう言った瞬間、子供の念が発動したのが分かった。

 

(“円”はしていなかったはず……!)

 今もしていない。子供の能力は、円の範囲に対象を閉じ込める能力ではなかったのか。

 

「約束したのに」

 子供は、じっとクロロを見上げている。

 色のない目は、感情が酷く読み取りづらい。すぐ側には真っ赤な目をした男の首が転がっているのだが、クロロには、子供が怯えているのかそうでないのかは分からなかった。

「パパのうそつき」

 幼い声が言った。

 

「……“ママに言いつけちゃうから”」

 

 そう子供が言った瞬間、ビキッ、とクロロの身体が動かなくなり、ガクンと膝をつく姿勢になった。同時に彼の手も動かなくなり、首を絞められていたクルタの子供が放り出される。

 電光石火の判断で、数人が子供を攻撃する。

 

 ──ガキン!

 

「──くッ! 団長……ッ!?」

 が、それらはすべて見えない壁に阻まれた。自分の力の反動を受けた団員たちは、もの凄い形相で子供を睨んでいる。

 

「ゲホッ……シロノっ……!」

 激しく咳き込んでいたクルタの子供が、おそらく白い髪の子供の名前を呼ぶ。涙が流れた頬に、金髪が張り付いていた。

 

「……なんだ、あれは……」

 マチが、呆然としたような、訝しげな声を出した。子供の背後に、陽炎にしてははっきりしするゆらゆらしたものは、女の形をしていた。

 

「“ママ”、」

 

 子供が言った。

 

「“パパが約束をやぶった”」

 

 子供がそう言った瞬間、“ママ”と呼ばれたそのオーラが、まるで“練”を行なったようにして、かなりの力を持ったのがわかった。しかもそれは、幻影旅団の者たちの力量を持ってして、「やばい」と思えるくらいのもの。

 

「……団長! 何ボーっとしてんだ、ガード……」

「無理だ。身体が全く動かん上に、強制的に絶状態にされてしまっている」

「なっ……」

「口はきけるようだが」

 クロロは、二度目の「参ったな」を言った。

 

「何をする気だ?」

「“おしおき”」

 幽霊のオーラは、まるで怒り狂っているような燃え方をしていた。

 そして、幽霊がビンタの構えのようなポーズで大きく振り上げた右手に、そのオーラがどんどん凝縮されて集まっていく。

 手のひらの上に集められたオーラの塊は、凄まじい密度で凝縮を続けていた。

 

「“おしおき”とは何だ?」

 膝をつき、ほとんど座り込んだ姿勢のクロロと子供の目線は、丁度同じ位になっている。

 そうしてきちんと正面から子供を見ると、子供の性別が女の子で、おそらく四、五歳程度だろうということがわかった。

「一回約束をやぶったら、一回“おしおき”。絶対当たるよ」

「なるほど。“おしおき”は一発だけか? それで死ななくても?」

「うん」

 クロロをまんまと窮地に追い込んでいる割に、直接話す子供はとても頭が弱そうだった。まともな念能力者なら、自分の能力を聞かれるままべらべら話したりはしない。

 

「では、その痛そうなビンタに耐えれば、“おしおき”は終わりなわけだな?」

「そうだけど、パパはさっきあたしをぶったでしょ? その分がもう一回あるから」

 その答えを聞いて、クロロは三度目の「参ったな」を言った。

 “絶”の状態であの一撃を食らったら、本当にシャレにならない。万がいち一撃目に耐えられたとしても、それ以上は自信がなかった。普通に死ぬ。

 

「ガキのくせに、敵の頭を人質に取るとはなかなかやるな」

「ひとじち……」

 クロロの言葉に、子供は言われた意味を考えるかのように小首を傾げた。

「ひとじち、うん、そう。えっとね、帰ってくれないとパパを“おしおき”するよ」

 子供は団員たちに向かって、できるだけ聞こえるようにと思ったのか、大きな声でそう言った。高くて甘い、幼児らしい細い声での拙い脅しだったが、それだけに薄ら寒いものがある。

 

「団長。どうするね」

 フェイタンが、忌々しさや苛つきを微塵も隠さない声色で言った。

 

 ──生かすべきは個人ではなく、“蜘蛛”。

 

 それは旅団結成時に決めた方針で、“蜘蛛”の目的を遂行する上で仲間が死んでも、全体が無事であれば問題ない、という考え方だった。それがもし団長であるクロロでも、である。この考え方により、“蜘蛛”という集団に弱みはなくなる。

 しかし、今は団長が指示を下せる状態にある。

 

「“緋の目”が死んでも欲しいか、団長?」

 

 ストレートなフェイタンの聞き方に、クロロは少し笑った。

 しかし“緋の目”を欲しがったのはクロロだし──全員虐殺、という行為にノリ気であった者は数名いるが──、愛でるのが目的で奪いにきたのに、自分が死んでしまうのは馬鹿馬鹿しい話だ。

 

「そうだな……」

 クロロは、子供の目を見た。

 死ぬかもしれないというのに何の動揺もないクロロと同じく、子供の目もまた相変わらず無色のままで、ぞっとするほど透明だった。

 正直な所、クロロは既に“緋の目”に以前ほどの魅力を感じなくなっていた。

 そしてその削がれたぶんの興味は、このクリスタルのような透明度を持つ目に向けられている。冷ややかではないが暖かくもなく、人形のように無機質ではないが熱い感情もない、ただただ透明で、何の不純物もない不思議な目。

 

「“緋の目”はやはり欲しい……が、死んでも、というのではないな」

「では、どうするね」

「……残念ながら、妥協だ。取引しよう」

 はあ、と、団員たちから溜息が漏れた。

 ウボォーギンやノブナガ、フィンクスなどの強化系組は、「マジかよ、こいつら結構手応えありそうなのに!」と、心底悔しそうに地団駄を踏んでいる。

 子供は、きょとんとしたような、やはりあまり頭の良くなさそうな顔でクロロを見ていた。

 

「とりひき?」

「約束の内容を決める事だ」

「約束? うん、いいよ。でも、やぶったら」

「“おしおき”だな?」

 確認すると、子供は、うん、と頷いた。

「俺たちは、そこの」

 クロロは、先程団員と相打ちになった、緋の目の男の首を目線で示した。

 

「“緋の目”を一対、そしてお前の能力の内容を全て明らかにする事──……いや、お前を連れて行くこと、それを条件に引き下がろう」

 

「あたし?」

 子供は吃驚したのか、透明な目を見開いた。

 

 

 



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No.002/緋色の目、透明な審美眼

 

「そうだ。俺たちと来い」

 にやり、と、クロロは笑った。

 

「おいおい団長、マジかよ」

「本気? 確かに面白い能力みたいだけど……」

 団員たちだけでなく、クルタの村人たちもざわざわとしていた。

 

「待て」

 

 進み出たのは、体格のいい男だった。他の者が頼るような視線を送っている所からして、彼のポジションが伺える。真っ赤な目のままの男は、歯ぎしりをしそうな声で言った。

「貴様ら、何様のつもりだ」

「“蜘蛛”だよ。聞いていなかったか?」

 クロロは、冷ややかな声で言った。今自分が殺されても、あとの団員が村人全員とこの子供を殺すのは容易な事だ。当たり前、と言ってもいい。

 

「……ふざけるなよ……私たちがそんなにむざむざやられると……」

「確かに、楽に勝てるとは思っていない。実際、こちらも一人殺られたしな」

 クルタは、追われ続けてきた一族だ。それ故、逃げ足だけでなく、戦闘技術においても他部族をかなり凌ぐ。

 ひとりひとりは、ベテランの念能力者より随分劣るかもしれない。しかし、束になってかかられたら、幻影旅団といえども無傷でというわけにはいかないだろう。

「しかし、俺たちは必ずお前たちを殺す」

「……くっ」

 跪かされているはずのクロロの、底のない闇のような目に、男だけでなく、クルタ族全員が気圧されて青くなった。

 クロロが言っている事は、嘘でもハッタリでもなんでもない。事実だ。

 

「そしてこの能力は、最初に、“円”……自分の周りの範囲に対象を誘い込まなくてはならないようだ。それがわかっていて、こいつらがまさかそんなヘマはしないだろう」

「当然」

 フィンクスが言った。男は悔しそうに黙り込み、緋の目が更に濃くなる。

「この子供は、クルタではないのだろう? なら俺たちに寄越したって惜しくはないはずだ」

「なん……」

 クルタではない、という言葉に、村人たちがさわさわと反応した。

 

 子供は小綺麗な身なりをしているし、髪もきちんと梳かされ、健康そうな肌艶をしている。それにこの子供が一応身体を張って彼らを守ろうとしているあたりからして、それなりに優遇されているのだろう。

 しかし子供が着せられているのは、何の変哲もない、サイズの合っていないお下がりのシャツだった。

 クルタ族は、独特の文様を織り込んだ民族衣装を着る。その服装の差は、村人たちが、この子供はクルタではない、と明確に線引きしている証でもあるということに、彼らに対して文化学者的な知識を十分に持つクロロは気付いていた。

 

「……くッ! だが! 今シロノが術を解けば、その途端にお前たちが襲ってくる!」

 子供を引き渡す事については明言しない男に、クロロは無感情な目を向けた。

「その点は──そうだな、おい、この状態でどのくらいいられるんだ?」

「んと、あと二日ぐらい。“おしおき”する、ってなったら、すぐママがパーンてするから」

「パーンか……恐ろしいな」

 オーラが“硬”状態でギュンギュン集まっている平手を掲げる幽霊……“ママ”をちらりと見遣り、クロロは苦笑した。

 

「というわけだ。あと二日、俺はこの子供に拘束される。“約束”しよう」

 

 “約束する”と宣言した以上、これを破ればあのビンタを食らう回数が三回に増える事が決まったわけだ。続けて、逃げ足の速いクルタ族なら、その間に行方をくらますのは楽勝だろう、とクロロは言う。

 クルタの男は、黙した。

 

「信じる信じないはお前たちの勝手だが、発信器などの類いもしかけていない。まだ足りなければ、今後お前たちを追わないという約束もしよう。既に死んでいる者の緋の目と、余所者の子供、今後の追跡をしない約束。これ以上はないと思うが?」

「なんだ、いつになく親切だな団長」

 呆れたように言ったウボォーギンに、「ちょっと、長引いたらめんどくさいんだから刺激しないでよ」と、パクノダが面倒臭そうに釘を刺す。

 

 クルタたちは、ざわざわとそれぞれ何か言いあっていたが、やがて、おそらく長老とおぼしき老人が進み出た。

「──その子をどうするつもりかね」

「能力に興味がある。お前たち緋の目と引き換えにしても、だ。痛い目に遭わせるつもりはない」

「……本当か」

「こればっかりは信じてもらうしかないな」

 老人は、思案するように目線を泳がせ、子供に言った。

「……シロノ。おまえはどうしたい」

 けっ、ガキに決めさせるのかよ、とノブナガが乾いた小声で吐き捨てる。

 子供は、「んー」と二秒ほど首をひねったあと、「あたしはいいよ」とあっさり言った。

 

「シロノっ……!」

 色のない子供が、振り向いた。呼んだのは、クロロに首を吊られていた金髪のクルタの子供。

 

「だいじょうぶ?」

「シロノ」

「ばいばい、クラピカ」

 

 交渉は、成立した。

 

 “蜘蛛”──幻影旅団は、一対のみごとな緋の目と、透明な目を持つ子供、シロノを獲物として、この仕事を終了したのだった。

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 とりあえずアジトへ戻ろうぜ、なんかどっと疲れた、という怠そうなフィンクスの意見に全員が賛同し、彼らはとりあえずアジトへ戻ることになった。

 “ママ”が引っ込んだせいか拘束が解けたクロロも、膝を叩いて立ち上がり、歩き出す。

 シロノは彼を見上げ、逃げようという仕草など微塵も見せず、小さな歩幅で小走りに彼らについてきた。

 

 

 

「──さて。名前はシロノ、でよかったか?」

「うん」

 廃墟にしか見えないアジトを、物珍しそうにきょろきょろと見回していたシロノは、こくりと頷いた。

 子供らしい、細くてさらさらの髪が揺れる。

 

「俺は緋の目を保存処理してくるが」

 クロロは、男の生首の髪を掴んでブランとぶら下げた。シロノはそれを見るが、表情は変わらない。

「終わるまで適当にしてるか?」

「ううん、パパといる。パパが約束やぶるかもしれないもん」

「……ここまで来て、さすがにそれはない」

「でもさっき嘘ついた」

 そう言われると言い返せないので、クロロは勝手にさせる事にした。

 生首を持って別室へ向かう彼の後ろを、小さな影がやはり小走りについていく。その二つの後ろ姿を、皆は不思議な気持ちで見送った。

 

「……強いのかバカなのか大物なのかよくわかんねえガキだな」

 この怒濤の状況にも生首にも平然としているシロノに、ノブナガが、ばりばりと頭を掻きながら言った。

 他の者も同じ感想を抱いているのだろう、微妙な表情である。獲物をほとんど諦めさせられた事に腹を立てようにも、能力以外は全くもって子供そのものなシロノに向かってキレるのは、いくら世界一大人げない幻影旅団でも、躊躇う行為であるらしい。

 

 

 

「……お前、えらくあっさりついてきたな。クルタに未練はないのか?」

 クロロは様々な道具を使い、生首から丁寧に緋の目を摘出し、別々に処理を始めた。緋の目は、頭部とセットだとなお価値が高まるのだ。

 シロノは足を伸ばしてちょこんと側に座り込み、クロロが人間のホルマリン漬けを作るのをじっと見ている。

「みれんって何?」

「あー……。……ずっとあそこにいたかったんじゃないのか、ということだ」

 言葉を知らないものと話すのは難しいな、とクロロは小さく感想を抱いた。

 だが、こんな子供にもわかるような簡単な言葉で意味を説明するのは、クロロにとっては言語パズルのようでなかなか新鮮で、煩わしいとは感じなかった。

 

「えっと……、ううん、べつに」

「クルタが嫌いだったのか?」

「きらいじゃないけど」

 けど、と言ったまま余った袖に手を引っ込めて黙った子供に、クロロは「まあ、そうだろうな」とだけ言った。

 清潔な服と寝床、食事を与えられてはいたが、決して自分たちと同じ格好をさせてはくれなかった彼らである。この子供は、ただ単にそれ相応の感情を抱いているだけだ。

 恩はある。だが、恩以上の事をする気にはならない。それだけのこと。

 

「おまえ、いくつだ?」

「んー、と……わかんない」

「クルタの前はどこにいた?」

「どこかはわかんないけど、ママといた」

「“わかんない”だらけだな」

 作業の手を止めないまま、クロロは苦笑しながらため息をついた。

 

「……よし、出来た。どうだ、綺麗か?」

 クロロは、多少意地の悪い、……いや、十分に悪趣味な思いをもって、赤い眼球のホルマリン漬けを子供に見せた。

 おそらく今日まで共に暮らしていたはずの人間のホルマリン漬けを目の前に置かれたシロノだったが、その目はやはり透明で、ただまっすぐだった。

「んー、きれいな赤色だけど」

「……けど?」

 クロロは、子供が何と言うか興味があった。

 

「生きてる時に赤いほうが、きれいだった」

 

 あたし、怒られたことあるんだあ、とシロノは言った。そして、怒り方によって赤色がその都度微妙に濃くなったり薄くなったり輝いたりして、とても綺麗だったのだ、とも。

「これより、その時のほうがきれいだったよ」

 おこられるの怖かったけど、と、ホルマリン漬けを見つめながら子供は言った。

 

 クロロは、僅かに目を見開き、そしてややしてから細め、自分が作ったホルマリン漬けを見た。

 そして、この男の首を飛ばした時、クルタの子供の首を吊り上げたとき、そして自分たちが蜘蛛だと知らせた時、その度に微妙に揺らぐ美しい緋色を思い出す。

 確かにあれは、最高に美しかった。炎のように、血の波のように揺らぐ緋色の輝き。

 だが今、クロロの手の中にある緋色は、何の変化もない。

 

「──ああ、」

 手の中の緋色は確かに美しいが、あの揺らぐ緋色に比べると、ひどく味気ないものに思える。穏やかな茶から激しい緋へ変化するあの生きた瞳ならば、思い出すだけで、未だに背筋にぞくぞくと震えが走るというのに。

 クロロは、この戦利品が、今までで一番愛でる期間が短いだろう事を確信した。

 

「確かに、そうかもしれない」

「ね」

 子供は、ホルマリン漬けを見つめながら相槌を打つ。

 クロロは、緋の目を見つめる透明な目を見た。

 

 こちらは、どのくらいの期間、興味を持つことが出来るだろうか。

 

 

 

 

 

 



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No.003/廃墟のおままごと(1)

 

 

 

 思っていたよりもずっと早く戻ってきたクロロとシロノに団員たちは少し驚いたが、早速この子供について話し合いをする事になった。

 

「団長、本気でこんなガキを蜘蛛に入れる気か? 確かに番号はいくつか空いてるが……というか、今さっき更にひとつ空いたが」

 フランクリンが、驚きを隠せない感情を滲ませた声で言った。

「アタシは別にいいけどね。あいつ嫌いだったし」

「まあ、付き合いも浅いしな」

 マチとノブナガである。

 

 死んだ男は4番で、その前の4番を殺して入団した男だった。──が、その性格のせいかあまり他の団員たちとの折り合いは良くなく、特にマチやパクノダは、度々嫌そうな顔を見せていた。

「ワタシも4番についてはどうでもいいね。それよりその子供。本気で団員にするか? それとも能力だけ盗てポイか?」

「それは能力を詳しく知ってから決めるさ、フェイタン。シロノ、説明しろ」

「えーっとね」

 癖なのだろうか、シロノは首をひねった。

 

「あのね、おままごとなの」

「……は?」

「おうちをたてて、そこでおままごとするの。約束やぶったら、ママが怒ってパーンて」

「……パクノダ」

 幼児語を解読するのを早々に諦めたクロロに、僅かな苦笑いを浮かべて、呼ばれたパクノダが立ち上がる。

 パクノダが小さな肩に手を置くと、シロノは何故かぎゅっと目を瞑った。

「目は開けてていいわよ。何も痛くないから」

「うん」

 素直に目を開けるシロノに、パクノダは思わず微笑む。

 今の微笑みが母性本能からくるものなのかどうかはわからないが、少なくともそれに近いものを生まれ持っていたとは、パクノダ自身もひどく意外だった。

 だが、子供でも子猫でも、かわいいものは可愛い。

 

「……あなたの能力は?」

「えっと、」

 シロノは一応質問に答えようとしたが、パクノダにその必要はなかった。

「……子供の記憶って、なんだかばらばらしてるのねえ……」

「読めないのか?」

「読めるわよ、わかりにくいだけで。ちょっと待ってちょうだい」

 集中しているのか今度はパクノダの方が目を閉じ、全員がシンと黙った。そして五分後、彼女は小さく息を吐いて目を開けた。

 

「……複雑な能力ね。出来る事が多い代わりに、制約も多い」

「説明しろ」

 パクノダによると、シロノの能力は二つあるという。

 

「まず一つめ。簡単に言うと、円の範囲を家と見なして、その中に入った対象に『おままごと』のルールどおりに、家族の役割を割り振る……という感じね」

「家族の役割?」

「一番権力があるのが“パパ”。今は団長ね。その下に“こども”……シロノね。兄、姉、弟、妹を設定する事も出来るみたい。あと一番下がペット」

「ペット……」

「飼ってる犬とか猫とか……この役割を振られたら、その動物の鳴き声しか出せなくなるみたい。ワンとかニャーとか」

 金魚とか割り振ったらどうなるのかしらね、と言うパクノダに、全員がぞっとした。

 

「役を割り振られた者は、シロノが考える家族内のヒエラルキーや設定が適応され、決められた役割をこなさなければならなくなるわ。自分の役割をこなさなかった場合はペナルティ。つまり絶対攻撃権、“おしおき”が発生する、というわけね」

「……条件は?」

「『こども』を攻撃しようとする、家族内で交わした約束を破る、上の立場の者を攻撃する、の三つよ。特に『こども』を攻撃することはまず一番のペナルティみたいね。家族全員が『こども』を守らなければいけない。他にも色々細かいルールがあるんだけど……」

「……ふむ。……じゃあ実際やってみよう」

「は?」

 クロロの提案に、全員が素っ頓狂な声を出した。

 

「シロノ、途中で家族を増やす事は出来るか?」

「うん。あ、でも、あと二人までね」

「お、おい、ちょっと待て」

 ノブナガが、焦った口調で言った。

「それはつまり……俺たちのうち誰か二人、ままごとに参加しろと?」

「そうだ」

「冗談じゃねー!」

 があっ、と吠えるようにして叫んだのは、フィンクス。だが彼だけでなく、全員がうんざりした顔をしている。

「そういえば、誰もやった事ないだろう、ままごとなんか。マチやパクはあるのか?」

「ないけど……」

「ふざけんなよ! 何が楽しくてこの歳でままごと……!」

「フィンクス」

 クロロは、ひどく淡々と言った。

 

「団長命令だ」

 

 真剣な目で命令しないで欲しい、と全員が思った。

 団長命令でままごと、というふざけた状況の中、彼らは仕方なくジャンケンを始める。

 そしてシロノはといえば、比較的汚れの少ない木箱の上にちょこんと腰掛け、かなり必死な様子でジャンケンをする団員たちを、きょとんとした目で眺めていた。

 

 

 

「ああああああ! くっそおおおお!」

「犬はヤダなあ……」

 ジャンケンに負けたのは、フィンクスとシャルナークだった。フィンクスは頭を抱え、シャルナークはフっと遠い目をしている。

 

「じゃあ、役は……そうだな、“兄”と“犬”にしよう」

「はーい」

「ちょっ……団長!? やっぱ犬採用!?」

「でないと実験にならんだろう」

 クロロの命令と、良い子のお返事、という感じでまっすぐ挙手をして返事をするシロノに、二人は焦った。

「さて、どっちが犬だ?」

 あくまで真剣なクロロに二人はぐっと詰まり、渋々再度ジャンケンをしはじめた。

 

「えっと、みんな“おうち”に入ってね」

 パクノダに手伝ってもらい、シロノは廃材を使って、「おうちはここからここまでね」と、やはり四畳半程度の囲いを作った。

「これは“円”の範囲か?」

「ええ。“円”の大きさで役を割り振れる人数も変わってくるんじゃないかしら」

 でもこの歳でこの範囲の“円”っていうのは凄いんじゃない? とパクノダは言ってから、「そうそう、この“おうち”だけど」と、思い出したように付け足した。

「これは、『おままごと』とはまた別の能力よ。シロノの“円”の範囲が、見えない壁に囲まれた部屋として固定されたもの。かなりの防御力があるのは皆も見たと思うけど……」

 クルタの集落で団員数名が攻撃しても、この“家”は壊れなかった。その頑強さを確かにその目で見た団員たちが、静かに頷く。

 ただし発動すると中に入る事も追い出す事もできなくなり、また発動した時点で固定され、普通の“円”のように術者を中心としてそのまま移動する事は出来ないという。

「シェルターみたいなものね。これが二つ目の能力。この子は『レンガのおうち』って呼んでるみたい」

「……もしかして、“三匹の子豚”のあれか?」

 クロロが苦笑する。

 

 三匹の子豚の兄弟がそれぞれ家を建て、藁と木で家を造った二匹は狼に家を壊されて食べられてしまうが、一番最後の子豚が作ったレンガの家は頑強で、狼を完全に阻んでしまう。

『レンガのおうち』は、おそらく、この有名な童話から由来した能力に間違いないだろう。

 

「……ちょっと待ってよ」

 能力の説明を聞いたマチが、口を挟んだ。

「『ままごと』のほうは、多分だけど、操作系能力だろ? でもオーラを硬質化してシェルターにするっているのは変化系じゃないか。真逆の系統の能力をここまでのレベルで扱えるっていうのはおかしいよ」

「……確かにな」

 マチの意見にクロロも同意するが、まだ水見式もやらせていないため、はっきりした事は分からない。

 特質系かもしれないのでその件はとりあえず保留にしておこう、となった時、ジャンケンの勝敗が決まった。

 

 その結果は、明らかにホっとしているシャルナーク、そして死んだような目で明後日の方向を向いているフィンクスを見れば明らかだった。

 

「そう腐るなフィンクス。ほらあれだ、ボルゾイとかにしてやるから」

「団長、犬の種類を良くしてもらった所で何の慰めにもならねーから!」

「──じゃ、シャルナークがお兄ちゃんで、フィンクスが飼ってる犬ね!」

 シロノの残酷な宣言に、フィンクスは両手で顔を覆って俯く。

 

  ──“子供は残酷”。

 

 これはそういう能力なのではないかな、と、その時全員が思った。

 

 

 



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No.004/廃墟のおままごと(2)

 

 

「……狭いねー、四人でこのスペース」

 立っているのも妙だということで、座り込んだシャルナークが言った。

 

 ついでに両方の能力の具合を見よう、と同時に『レンガのおうち』も発動させているため、四人はシロノの“円”のスペースから出られない。

 しかし、四畳半のスペースに標準より大柄な男三人は、確かに手狭だ。

「そうだな……このスペースでボルゾイはないな。やはりマルチーズにしよう」

「だから犬の種類はどうでもいいから団長!」

「あれ? フィンクス喋れんの?」

「喋れるけどペナルティよ」

 シャルナークの疑問には、“家”の外から、パクノダが答えた。

 

「“ペット”はその動物の鳴き声しか口にしちゃいけない。だからこれで家族のうち一人が、フィンクスに対して“おしおき”の権利を持てるわ」

「ああ本当だ、自動的に“絶”になっている。……なるほど、“犬は人間の言葉など喋るな”ということか……」

 クロロが、感嘆を込めて呟いた。ままごとという平和な響きとは裏腹に、人権や尊厳を一切奪い去る恐るべき能力である。

 

 更にシロノが拙い言葉で補足しつつパクノダが解説した所によると、『犬』の役割を充てられた者は、『犬』として常識的な範囲の行動しかしてはいけないらしい。それはシロノの持つ『犬』の認識にもよるが、少なくとも筆談や高度なジェスチャーなどは不可であるようだ。

 

「……「ワン」しかダメなのか?「バウ」とか「キューン」とかは」

「なにそんなどうでもいいポイント気にしてんの団長」

 さっきも妙に犬種にこだわっていたし、もしかしたら犬が好きなのだろうか、と数人が脱力しながら思う。

 そして隅には、ビキビキと青筋を立てたマルチーズ、もといフィンクスが泣く子も息の根を止めそうな形相で立っていた。

 そしてもしや今からクロロが言った鳴き声を実践させられるのか、と彼は青くなったのだが、シロノが「大丈夫だよ、犬っぽかったら」と口を出したので、フィンクスは最後まで犬になりきらずにすみ、複雑ながらも、心の底からホっとした。

 クロロはそれから延々と「実際にやってみて欲しい」という表情でフィンクスを見ていたが、彼は意地でもクロロと目を合わせなかった。

 団長命令、と言わなかったのは、彼のせめてもの優しさ、なのかもしれない。

 

「この場合、フィンクスへの攻撃権を持つのは誰でもいいのか?」

「いいと思うわ」

「……シロノ、お前が“おしおき”をすることは出来るのか? ええと……“ママ”ではなく」

「できるよ」

「フィンクス、シロノの攻撃を避けてみろ、一応」

 胡座をかいて不貞腐れているフィンクスの前に、シロノがとことこと近寄る。

 

「“おしおき”です」

 

 シロノが宣言すると、フィンクスの身体が目に見えて固まる。

 強制的な“絶”、そして身体の硬直。

 

「えい」

 やる気のないかけ声とともに、シロノがフィンクスの肩をペシンと叩く。

 それは本当に普通の子供の戯れ程度のものだったが、フィンクスはぴくりとも動くことができなかった。そして、シロノが彼を叩いた途端、フィンクスの“絶”が解除される。

「……面白いな。……シロノは俺を攻撃できないのか?」

「今は二回できるけど、パパが悪い事してなかったら、できないよ」

「……“家”を動かせないのと、自分もルールを遵守しなければならないのはネックだが……」

 “完璧な防御”と“絶対攻撃”。自分の身を守るにはこれ以上ないほど適した能力だ、とクロロは評価した。それに、傷ついた仲間をこの『レンガのおうち』に入れ、鉄壁のガードの中で回復させる事も可能だ。

 

「拘束と防御に関してはかなりいい能力だな」

「ま、確かに……。でも団長にはさ、……え!?」

 突然自分が“絶”状態になった事に、シャルナークは驚いて声を上げた。

「な、なんで!? 俺何もしてないのに……」

「お兄ちゃん、団長じゃないよ、パパだよ」

「え?」

「……どうやら、発動中は役名で呼ばないとペナルティになるらしいわね」

 パクノダが、苦笑しながら言った。

 

「ああ、だからシロノはずっとパパって……? ……ペナルティを取る為の設定かな」

「フィンクスは?」

「“フィンクスっていう名前の犬”ってことになってんじゃない?」

 自分の人間の尊厳をメッタうちにする言葉を交わす仲間たちに、フィンクスはマルチーズにあるまじき凶悪な表情を浮かべていた。

 

「今の場合だと、シャルを攻撃する権利は俺にあるのか?」

「うん。パパ」

「“おしおき”は、保留にしておく事も出来るわ。その間、生殺与奪を握っているということで、対象をずっと“絶”のままにしておくこともできるわ。団長も今“おしおき”保留状態だけど、“絶”は勘弁して貰っている、ということね」

「なるほど……」

 クロロは興味深そうに頷くが、強制的に“絶”状態にさせられたままのシャルナークは、ひどく居心地が悪そうだった。

 

「……で、さっきは何を言いかけたんだ、シャル」

「ああ、団ちょ……じゃなかった、えーと……父さん」

 うわなんか変な感じ、とシャルナークは言いながら、先を進めた。

「あのさ……俺たち、まだシロノに自己紹介してないと思うんだけど、シロノ、普通に俺たちの名前知ってるよね? 教えたの?」

「……いや」

 クロロは、ぺたんと座り込んでいるシロノを見た。

「俺もそれが一番知りたかった。俺が初めて会った時も、突然俺の名前を呼んだからな」

「え!?」

 これにはシャルナークだけではなく、全員が驚愕した。

 

 全員から一斉に視線を向けられたシロノは、特に怯える素振りも見せず、のほほんとした顔で首を傾げ、拙い口を開く。

「ママが教えてくれたよ。えっと、あっちのおっきい人がフランクリンで、毛皮着てる人がウボォーギンでしょ、おひげの人がノブナガ。あっちのお兄ちゃんがフェイタンで、ピンクの髪の毛のお姉ちゃんがマチ。……あとはわかんない」

「……すげーな」

 名前を呼ばれたウボォーギンが、感嘆の声を出した。ノブナガとフェイタンは名前が出たが、その他はないはずだ。

 

「パク、この“ママ”についての記憶は見たか?」

「……それは知らなかったわ。質問が悪かったわね」

「では、もう一度……って、入れないのか。『家』を解除すればいいのか?」

「いいえ、その前に『家』から全員出ないと。シロノ、“いってらっしゃい”してちょうだい」

「はーい」

 術者、つまりシロノが“いってらっしゃい”と言わないと、この『家』の出口は出現しないらしい。

「シロノの“いってらっしゃい”に“いってきます”と返せば、あとでもう一度自由に入ることが出来るわ。“さようなら”と返すともう入れない」

 そんなパクノダの補足を聞きつつ、とにかく『家』から出よう、とシロノが「いってらっしゃい」を宣言しようとしたその時、シャルナークが「あ」と声を上げ、パクノダに視線を向けた。

「犬はどうすんの、“いってきます”も“さようなら”も言えないじゃん」

「ああ、シロノが“さようなら”とか“ばいばい”とか宣言する事でも外に出られるから」

「なるほど。それで俺もあの時『家』から出られたわけだ」

 納得しているクロロであったが、フィンクスはこめかみに青筋を浮かべながら、目は口ほどにものを言う、という言葉そのままに「今ナチュラルに犬呼ばわりしやがったなテメー」という言葉をありありと浮かべた目をシャルナークに向けたまま立ち上がった。

 

「ばいばい、フィンクス」

「……」

「違うよ、ドアこっちだよ」

「……ッ!」

 ゴンッ、と顔から見えない壁にぶつかったフィンクスに、シロノはドアを開ける仕草をしながら、反対側の場所を示した。

 ついに笑いを堪える声が出始めたギャラリーを、犬、もといフィンクスはもの凄い形相、やはりとてもマルチーズとは思えない目で睨んだ。

 

「ああ、そういえば、ドアを開ける仕草もしないと外に出れないそうだ」

「……本当に“おままごと”だなあ……」

 せめてドアを具現化してくれれば、というシャルナークの願いは、クロロの「無理だろう、操作系と具現化系は相性が悪い」という常識的なひとことによって断たれた。

 

 

 



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No.005/うそつきはどろぼうのはじまり

 

 

 最後にシロノが「いってきます」と言ってドアを開けて閉める仕草をすると、あの強固な見えない壁、『レンガのおうち』は消えてしまった。

 

「あの『家』は“円”を固定したものだからな。その持ち主が中からいなくなれば消える、ということだろう。では次は……パク」

 クロロが指示すると、パクノダはもう一度シロノの肩に手を置いた。

「なぜ私たちの名前を知っていたの?」

「あのね、ママが教えてくれたから」

「……だそうよ」

「は?」

 シャルナークがぽかんとした顔を向けると、パクノダは肩を竦めて首を振った。

「この子の言ってる通り。“ママ”が知ってた、ってだけだわ」

「質問を変えてみろ」

「そうね……。じゃあシロノ、“ママ”はどういう人?」

 そう質問したパクノダだったが、しばらく考え込み、そして眉を顰めた。

 

「……どういうことかしら」

 

 彼女の力を持ってしても、“ママ”に関しては断片的な“記憶”ばかりで、はっきりとは分からないのだという。

「でも……、この子の記憶によると、“ママ”は念能力じゃないわ。……多分、人間」

「それは、今日俺たちが見た“ママ”と、人間の“ママ”は違うもの、ということなんじゃないのか?」

「いいえ、同じものよ。この子が混同してるのかもしれないけど……」

 パクノダはちらりとシロノを見遣った。

 シロノは子犬のようなきょとんとした表情で、考え込む大人たちを見回している。

 

「でも、“ママ”が意思や思考のある存在なのは確かね。それと、この子をとても大事にしてる。何があっても守る、って何度も言ってるのが見えたわ。この子に危害を加えようとする衝撃が来た時、“ママ”が自動的にガードする……っていう情報も見えた。完全に防ぎきるのは無理みたいだけど……」

「ああ、俺が手を弾かれたやつか」

「あのね」

 自分が話題ではあるが、大人の話に口を出していいのだろうか、という考えがありありの様子で、シロノが口を挟んだ。

 

 その毒気のない様に絆されたのか、「なあに?」とパクノダがいつになくやさしい声を出すと、シロノはなぜか一度、なんの意味もなさない背伸びをして、もう一度、「あのね」と話しだす。

「んと、ママがね」

 子供は、じっとクロロを見て言った。

 

「理由もなくこどもをぶつ家族は、最低なんだって。だからね、あたしをぶったら、ぶちころしてやるって、ママが」

「……く、」

 それは怖いな、と言いながら、クロロは笑った。

 クロロ自身、なぜこんなに笑いが漏れるのかよく分からない。だが、この状況にあって、全く焦燥感のない子供の様子がひどく愉快だった。

「ぶち殺してやる、か。“ママ”は少々ガラが悪いらしいな」

 クロロはまだ笑っている。やたらに機嫌のいい彼に、団員たちはやや訝しげな表情をした。

 

「とにかく、それ以上は分からないわ。質問を変えてみる?」

「いや、今日はとりあえずもういい。あとは水見式をやらせてみてからにしよう」

「しかし、なかなか面白い能力ね。私なら自分以外全員“犬”にするよ」

 フェイタンが淡々と言った相変わらずのドS発言に、全員が微妙な顔をする。

「あ、ダメよ。“こども”と“ペット”だけの発動はできないわ。核家族揃っていないと……“ママ”は固定だから、つまり“パパ”と“こども”は設定しないとダメね」

「何だ。つまらないね」

 パクノダの補足に、フェイタンは興味を失ったように言い捨てた。

 

「団長、で、どうするの。盗るの? この子の能力」

「まさか」

 クロロは笑いながら、人様より長い脚を組み直した。

「盗らんさ。いくら面白い力でも、この歳で自分からごっこ遊びをしようとは思わない」

 

 

 

 その後、シロノはシャルナークとフィンクスに「さようなら」をして念を解除した。

 ちなみにフィンクスは、うんざりしたような顔ですぐに姿を消してしまった。どこかに憂さ晴らしでもしにいったのだろう。

 

 だがシロノは、頑としてクロロにかけた念を解除しようとしなかった。

 

「だってパパ、嘘つきだもん」

「お前、結構しつこいな……」

 眠いのだろう、目を擦りながらも絶対に首を縦に振らないシロノに、クロロはため息を吐く。

 

「別にクルタが好きってわけじゃないんだろう? どっちみち俺ももう追うつもりはないが」

「んー……でも、ごはんとかもらったし……」

「ほお、なかなか義理堅いな、お前」

 ノブナガが、眠そうな子供の頭をがしがしと乱暴に撫でた。

 白く細い髪がぐちゃぐちゃになったが、眠気と闘う事でいっぱいいっぱいらしいシロノは、それを直そうとはしなかった。

 

「まあ、別に今の所支障はないから構わない。気の済むようにしろ」

「うん」

 ほとんど船を漕ぎながら、シロノが返事をする。

 そのやりとりに、シャルナークがくすくす笑って、「じゃあ団長は、シロノの気が済むまで“パパ”なわけ?」と言った。

「そのようだ。いきなり子持ちになってしまった」

「うーわ、似合わねえ」

 ウボォーギンが、げらげらと笑いながら言った。

「フランクリンとかノブナガならまだ父親に見えるけどね」

「おいコラどういう意味だシャル」

「そのまんまの意味だけど」

 団員同士のマジ切れ御法度! と皆がぎゃいぎゃい言っている間に、ゆらりゆらりと眠気の大揺れに船を漕いでいたシロノを、側にいたクロロが掴んだ。

 

「……団長、その持ち方はちょっと……」

 子猫を掴むようにして、シロノのだぼつくシャツの首根っこを掴んでいるクロロに、パクノダが呆れたような声で言った。

「子供の抱き方なんぞ分からん」とクロロは言いながら、今にもコテンと寝てしまいそうなシロノを、物珍しそうに眺めている。

 首が絞まらないように気をつけて持っているだけマシだろうか、とパクノダはため息をついた。

 

 まあ、クロロだけでなく、ここにいる全員がこんな小さな子供とこんなに近くで接したのは始めてのことなのだから、仕方が無いと言えば仕方が無い。パクノダとて、じゃあどうやって抱けばいいのだと聞かれても、明確に答える事など出来ないのだから。

 

「……パパは、うそつきだから」

「まだ言うか」

「何かもうここまで来たら天晴だな、こんなチビのくせに」

 クロロを逃がすまいとしているのか、小さな手で彼のコートの端を掴んでいる子供を見て、ノブナガが笑った。

「……あのね、パパ」

「なんだ」

 ほとんど寝言、むにゃむにゃした声で、シロノは呟いた。

 

 

 「……うそつきは、どろぼうのはじまりなんだよ……」

 

 

 ──一拍おいたあと、残らず全員が爆笑した。

 手遅れもいいとこだ! と、数人は涙が出るほど笑っていて、それはかなり長い間続いた。

 しかし強大な眠気にとうとう負けたシロノは、クロロに首根っこを掴まれたまま、そしてクロロのコートの端を握り締めたまま既にすっかり寝入ってしまっていて、それを知る事はなかったのだった。

 

 

 



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No.006/子育て命令

 

 

 ──誰かの気配がする。

 

 枕元だ、とクロロは確信したが、身体が、というよりも、身体を動かそうとする脳の司令のほうがうまくいかない。

 まさか眠くて身体を動かせないという事もないだろうに、身体の自由が利かなかった。体が締め付けられるような感覚がする。

 

(……金縛り、というやつか?)

 就寝中、意識がはっきりしていながら体を動かすことができない症状、医学的には『睡眠麻痺』と呼ばれる、睡眠時の全身の脱力と意識の覚醒が同時に起こった状態の俗称だ。不規則な生活、寝不足、過労、時差ボケやストレスなどから起こる症状だが、クロロはそんなことが身体に出るほど柔ではない。

 

(おかしいな)

「冷静ねえ」

 枕元から、声がした。頭を全く動かせないので確認できないが、女の声だった。

「普通さ、狼狽えない? こういうときって」

「……」

「金縛りで、枕元に気配、女の声って、結構ホラーだと思うんだけど」

「……」

「ちょっと、何か言ったらどうなの。口は動くでしょ」

「……睡眠麻痺は脳がしっかり覚醒していないため、人が上に乗っているように感じる、自分の部屋に人が入っているのを見た、耳元で囁かれた、体を触られているといったような幻覚を伴う場合が」

「……ホント、冷静」

 呆れたような口調だった。

 

 そしてクロロは、女の気配の他に、もうひとつの気配がある事に気付く。

 自分の傍らで安らかに寝息をたてているのは、小さな子供だった。先ほど、彼のコートを掴んだまま寝てしまったシロノをやはり猫のようにぶら下げて、クロロはこのアジトでの自分の自室、つまり緋の目のホルマリン漬けを作ったこの部屋に連れてきた。小さいので、ベッドの端に置いてもたいして邪魔にはならない。

 ノブナガの「寝小便とかされるなよ」という言葉が若干気になってはいたが、その心配はなかったようだ。

「大丈夫よ、この子、トイレトレーニングはきっちりしてるから」

「……思考が読めるのか?」

「多少ね」

 笑ったような気がした。

「ハジメマシテ、クロロ=ルシルフルさん」

 やはり名前を知っている。クロロはファミリーネームまで名乗ってはいない。

 

「色々聞きたいことがあるんだがな」

「ドウゾ」

「なぜ俺の……いや、俺たちの名前を知っている?」

「あんたたちだけじゃなくて、未来に団員になる子の名前も分かるわよ」

 クロロは頭を動かそうとしたが、やはり無駄だった。

 少しの間試行錯誤して、彼はこれから取れるいくつかの案を諦めた。女に殺気が全くなかったせいもある。

 

「おまえは」

「何?」

「予言者か?」

「まあそんなものよ。全部じゃないけど、色々わかるわ。……例えば、」

 女は少し迷うような気配を見せて言葉を切ったが、結局言った。

「……今回クルタ族を皆殺しにしていたら」

 

 ──五年後、二人の団員が死に、あなたは力を全て奪われる。

 

「とかね」

「……俺たちに恩を売るつもりか?」

「べつに? 信じるか信じないかもそっち次第だしね」

 ほんの僅かに髪がサラリと揺れる音がして、クロロは女が長い髪をしていることを知った。

 

「そろそろ夜明け」

「待て、まだ聞きたい事が」

「アタシの言いたい事は二つよ」

 ぺた、と、コンクリートの床の上で、裸足の足が一歩踏み出す音。

 

「アタシはこの子を守りたい。だから、この子を守ってくれた人にはお礼をしようと思ってる。できるだけね」

「……では今回の事は、最低限の面倒を見てくれたクルタに対する礼だと?」

「うん、まあそうなるかな。それに、こんな事して五年後あんたたちがどうなるか、ちょっと興味が湧いたのもあるわ」

 クロロが口を開く前に、いきなり、ざらり、とクロロの顔に髪の先が落ちてきた。

 長い髪は赤く、その奥から、ぎょろりとした目がクロロを見ている。

 

 どんどん近付いてくる顔。クロロは女の顔立ちがわからないものかと目を凝らしたが、何故か女の目の色すら確認、いや認識することが出来ない。

 

「これが一番重要」

 

 睫毛が絡まりそうなほど目と目が間近になったとき、女は言った。

 生暖かい吐息が、クロロの額にかかる。

 

「またこの子に手を上げたら、ぶち殺してやるから」

 

 

 

 クロロが起きて最初に見たのは、丸まってすうすう眠っている子供の寝顔だった。

 自分よりずっと前に寝たくせにまだ寝入っているのか、子供はこのくらい寝るのが普通なのだろうか、自分はどうだったろうか。

(そういえば、寝る子は育つとかいう諺が……)

 クロロは昨日拾った、この見慣れない生き物を観察した。

 

 どこもかしこも小さい子供は、まるで作り物のようだった。特に手の小ささは目を引いて、精巧なミニチュアのように思えた。小指の爪など、しげしげと眺めていてもなかなか飽きない。

(しかし、寝ているときまで“絶”か。筋金入りだな)

 安らかに寝入っている風に見えるシロノだが、そのオーラはやはり断たれていて、存在感がとても薄い。

 

(……“ママ”か)

 パクノダの能力でも分からなかったという事は、シロノ自身、“ママ”の正体を正確に把握していない、という事だ。だがクロロはその存在の正体に、まったくもって予想がつかないわけではなかった。ただ、少々突拍子もない予想な上に、彼はその分野を全くもって信じていない。……今までは。

 

 ──夢、だと思う。

 

 クロロは正直、今さっきの体験に対し、半信半疑でいた。

 睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があるが、レム睡眠の時に夢を見る。そして金縛りが起こるのはこのレム睡眠の時で、それとともに体験したといういわゆる心霊体験の正体は、金縛り、つまり睡眠麻痺という症状が起こす幻覚等の作用なのだ。

 それに、ここでもし枕元の床が濡れているとか、血痕が残っているとか誰かの髪が落ちていた等していても、クロロは侵入者の可能性のほうを追求する人間だ。

 その矢先の、本人の訪問だった。

 

(……調べてみるか)

 白に近い銀髪をしているシロノに対し、あの“ママ”は真っ赤な髪をしていたな、とクロロは思い返した。赤というよりは朱、夕焼けのような濃い色だった。染めているのかどうかはわからないが。

 

 しばらく子供を眺めながら考えていたが、ふとあの透明な目が見たくなったので、クロロは子供を起こす事にした。

「おい、起きろ」

「……うー」

 ぴたぴたと指の背で頬を叩くと、子供はくしゃりと顔を顰め、ゆっくりと目を開けた。

 クロロご所望のその目は、白に近い灰色だというだけなのだが、白っぽい双眸はアカズのもののようだ。しかし視力に特に問題はないということは明らかだし、何より濁ったような眼球をしているアカズと違って、やはりシロノの目は少しぎょっとするほど透明度が高く、クリスタルのように見える。

 

 やがて覚醒したシロノは、猫のような欠伸をしてから、「おはよう、パパ」とまだ少しふにゃふにゃした声で言った。

「あさ?」

「昼近いな。起きろ」

「んー」

 んー、と言うのはどうも癖らしい。

 

「団長? あらシロノ、起きたの……」

 ノックをして入ってきたのは、ジャケットを着ていないパクノダだった。しかし彼女は、ベッドの上にいる二人を見るや否や、目を丸くするとほぼ同時に吹き出した。

「何笑ってる、パク」

「だって」

 パクノダは、堪えきれない、という感じでくすくす笑い続けている。

 

「二人とも、同じ所に寝癖がついてるんだもの」

 

 シロノの髪は真っ白のような銀髪で、クロロの髪は真っ黒だ。しかし髪をおろしたクロロはシロノの髪型と似通っていて、しかも今は、右側の同じ所が同じように跳ねている。

「そうしてると本当に親子みたいよ、団長」

「……俺はまだ二十一なんだが」

 クロロは片眉を下げて、複雑そうな顔をした。

 

「シロノ、おはよう」

「おはようございます、パクノダお姉さん」

「礼儀正しいわね。パクでいいわよ」

「パクお姉さん」

「……まだちょっと長いわね」

「パク姉」

 どうしても「姉」をつけるらしい。大人だから、お姉さんだから、という事なのだろうか。

 呼ばれ慣れない呼称だが、まあいいわ、とパクノダは目を擦っているシロノを見遣った。

「顔を洗ってらっしゃい。洗面所とお手洗いはドアを出て右ね」

「あい」

 シロノは素直に返事をすると、その背丈では登るのも降りるのも一苦労なベッドを何とか降りた。そして自分の頭の位置くらいにノブがあるドアを両手で開け、パクノダが指差した方向へトコトコ歩いていく。

「団長も洗ってくれば? 寝癖直したほうがいいわよ」

「母親みたいだなパク」

 さっき父親呼ばわりされた報復なのだろうか、口答えをしたクロロを、「私、こんなでっかくて始末に負えない息子を持った覚えはないわよ」とやり返した。

 

 

 

 マチは、何故かレンガを一つずつ持って運んでいる、寝癖のついた頭の子供を見た。

 子供はマチに気付くと、わざわざゴトンとレンガを置いて、マチに向かって頭を下げる。

「おはようございます、マチお姉さん」

「……おはよ。何してんの」

「んーとね、届かないから」

 洗面所の方向を指差したシロノに、ああ、とマチは納得したように頷いた。シロノの背丈には、洗面台が高すぎるのだ。

「箱を使ったけど、乗ったらつぶれた」とシロノは言い、もう一度レンガを抱えた。廊下の突き当たりに積んであるレンガを持ってきたのだろう。

 

「アンタ、一個しか持てないの?」

 マチの問いに、こくり、とシロノは頷く。

 一つずつ運ぶなど、非効率もいい所だ。どうやら複雑な能力は使えても、念による基本的な身体強化ができないらしい。順番がちぐはぐもいいところだ、とマチは呆れた。

「いいよ、やったげる。それじゃ顔を洗うだけで夕方になるよ」

「ありがとうございます、マチお姉さん」

 ぺこり、とシロノは寝癖のついた頭をもう一度下げた。

 敬語は使わない、いや使えないが、こうした挨拶だけは何故かやたら丁寧な子供に、マチは思わず苦笑した。

 

 

 

「あ」

 マチの作った階段状のレンガ台のおかげで無事顔を洗って寝癖を直したシロノは、彼女とともに下に降りてきた途端、そう声を上げた。

「フィンクスお兄さん」

「ブッ」

 本人だけでなく、向こうに座って茶を飲んでいたノブナガも吹き出した。

 だがシロノはそれに構わず、小走りにフィンクスの側へ駆け寄っていく。

 

「おはようございます、フィンクスお兄さん」

「……呼び捨てでいい」

「何、テレてんのフィンクス」

「テレてねー!」

 けたけた笑いながら茶化すシャルナークに、フィンクスはがっと怒鳴った。

 

「あのねフィンクス」

「あ? 何だ?」

「昨日、ぶってごめんなさい」

「……は?」

 フィンクスは意味が分からず、思わず間の抜けた声を出した。

 

 そして記憶を辿り、あの“ままごと”の途中、“犬”であったフィンクスをシロノが「えい」と言いながらぺちんと叩いたことを思い出す。

 まさか、あれをわざわざ謝りにきたのか? と信じられない気持ちで子供を見るが、心当たりはそれしかない。

 フィンクスとしては、そんな事よりもむしろ“犬”の役──しかも団長によればマルチーズ──を振られた事のほうが色々とショックだったのだが、それに関してもこの子供に責任はない。全ては無駄なほど有り余るクロロの好奇心が原因であり、つまり誰を責めようもない事である。

 しかし、この子供のどこか間の抜けた謝罪を聞いたら、居心地の悪いマルチーズの呪いが何だか和らいだような気がした。

 

「あー……。……あんなもん、叩いたうちにも入らねーだろ」

「んー、うん」

 気が済んだのかはわからないが、シロノは曖昧な返事を返した。

 

 しばらく居場所を探すようにうろうろしていたシロノだが、いくらかすると、パクノダがサンドイッチと牛乳のパックを持ってきた。そういえば、あの子供は夕べから何も食べていない。

 シロノは昨日座っていた木箱にまた座り、おとなしくサンドイッチをかじり始める。

 

 リスかハムスターよろしく両手で持ってそれをかじっているシロノを見て、「……変なガキ」、と、フィンクスはぼそりと呟いた。

 

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

 シロノがサンドイッチを食べ終わった頃、降りてきたクロロは皆を集めた。

 

「……それで、団長。この──シロノを本当に蜘蛛に入れるのか?」

 フランクリンが尋ねると、クロロは、にっと僅かに笑った。

「ああ」

「……ちょっと、本気? この子能力は使えるけど、“念”が何かも分かってないよ?」

 マチが言った。レンガもようよう運べない子供を見て、彼女は「アンタ、念使えるくせに“纏”は全然な訳?」と聞いたのだが、なんとシロノは「ネンってなに?」と返してきたのである。

 きょとんと濡れた顔を向けるシロノに、マチは呆気にとられるほかなかった。

 

「ハァ? マジかよ、話になんねー」

 そのエピソードを聞いたノブナガが、呆れたような声を上げる。

「シロノはガキの頃の俺と同じく、物心つく前から自然に精孔が開いていたというタイプだ」

 クロロが言った。

「でも団長は重いモン持ったり速く走ったり……基本の四大行はだいたい出来てただろ? こいつ、普段の“纏”すらちゃんとできてねーじゃねーか」

「それは俺の能力が特質系で、しかも他の念能力者がいてこそのものだからだ」

 他と違って、特質系は自分の能力を把握するのにかなりの個人差がある上、クロロの能力である『盗賊の心得(スキルハンター)』は、念能力を持つ他者がいて初めて意味を為す。

 だから彼の普段の訓練は、必然的に四大行とその応用になっていた。それに念というものの存在を正しく把握し、より使いこなす為に自主的な努力をしているかいないかという点では全く違う、と本人が言う。

 

「……じゃ、コイツの場合は」

「あれは自分の身体能力が低くても、条件をクリアすればほぼ完璧に身を守れる能力だ。まともな師匠がいないまま、ガキが一人で生きていく上で発動し、自然にああなったんだろう。そして身を隠す為の“絶”と、あの能力に必須な“円”だけが発達した。基本をすっ飛ばしてな」

 そのせいで、シロノは“発”を行なう他は常に“絶”の状態だった。

 今現在もシロノは“絶”状態で、普通の子供よりオーラが見えない。ゼロか百かということだな、とクロロは説明する。

 

「でも、それなら尚更だろ。そんな使い勝手の悪い……」

「最後まで聞け。ナンバー付きの正団員にするとは言ってない」

「は?」

 不思議そうな顔をした全員に、クロロは言った。

「確かにこいつは酷くアンバランスで不完全だ。しかし能力は興味深い」

「つまり?」

「使えるようになるまで鍛える」

 これ以上なくシンプルな答えだったが、最も意外な答えでもあった。

 

 なぜなら、彼らは悪魔も逃げ出す最凶の盗賊団、幻影旅団である。

 一に強奪二に略奪、三四で殺戮五に虐殺という十二本脚の蜘蛛が、なにかをわざわざ“育てて”使う、ということは──あらゆる意味でありえない行為だったからだ。

 

「本気かよ団長、子育てするってか!?」

「俺がするんじゃない」

 何を言っているんだ、という口調のクロロに、全員が嫌な予感を抱いた。彼との長い付き合いから学んだ勘が、そう言っている。

 

「俺とお前たちと、全員で鍛える」

 

 廃墟が廃墟らしく、シンと静まり返った。

 面白いほど当たった予想結果に、誰かは片手で顔を覆って俯き、誰かは犯罪者らしからぬ動作で天を仰ぎ、または盛大にため息を吐き、あるいは諦めたような目をした。

 

「何か、質問は?」

「……マチ、お前の勘は?」

 ノブナガがちらりと彼女を見遣って聞くと、マチは「何も」と言った。

「この子も“ママ”とやらも、別に害になる存在じゃない、と思う」

 昨夜の“ママ”本人の訪問が現実であるならば、マチの勘は当たりだ。

 クロロはそのことを皆に話すかどうか迷っていたが、今回は保留にする事にした。まず確証がひとつもないし、他人の夢の話ほどつまらないものはない。

 

「……そーかい。……で、団長」

「なんだ」

「この子育て計画は、団長命令か?」

「団長命令だ」

 小さく手を上げて気だるげに質問してきたノブナガに、クロロはさっくりと答える。

 どこかから、心底面倒くさそうな呻き声が漏れた。

 

「では以上、そういうことだ。……シロノ、わかったか?」

「んーと……」

 クロロに確認を取られたシロノは、やはりこれも癖なのか、彼を見上げたまま、くりっと首を傾げる。

「ここの子になって、おしごと手伝う?」

「……まあ、そんなところだ。仕事のやり方は俺たちが教えてやる。いいな?」

「あい」

 こくり、と、子供は素直に頷いた。

 本当に分かってんのか、と、全員の心に微妙な不安が走る。

 

「やれやれ。準団員……いや、候補生という感じか」

 まさかそんな形で蜘蛛に新入りを入れることになるとは、と、フランクリンが頭を掻いた。口には出さないが、全員が同じ気持ちだろう。だがクロロは一度決めたら、完全に飽きるまで誰にも止められはしない。

 

 しかしこの子供は、緋の目を諦めるのと引き換えに手に入れた、つまり獲物だ。

 クロロは獲物をひとしきり愛で、そしていつか飽きるとあっさりと売り払う。この子供に対してもおそらく例外なくそうなのだろう、と彼らは考え、自分たちの団長に付き合う腹を決めた。

 

 こうして、この透明な目を持つ子供は、幻影旅団に身を置くことになったのだった。

 

 

 



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No.007/たのしいショッピング

 

 

「さて、何から教えるか。念関係が先か? 体術か?」

「……楽しそうだね団長」

 表情はいつも通りに一定の幅に静かだが、やはりどこかうきうきしているようなクロロの姿を見て、シャルナークが言う。

 そして彼は「そうか?」と言ってから、「シロノはおそらく操作系だから、お前そのへん見てやれよ」とシャルナークに命じた。

 

「よろしくおねがいします、シャルナークお兄さん」

「ほんと礼儀正しいね。シャルでいいよ」

「シャル兄」

「……そんな呼び方されるの初めてだなあ。まあいいけど」

 シャルナークは「てか、『◯◯お兄さん』ってなんか教育番組の体操のお兄さんみたい」などと苦笑しながら、ちょこんと座っているシロノを見た。

「年上の人間にはお兄さん、お姉さんって呼ぶように躾けられてるみたいね。私、『パク姉』になっちゃった」

「ガラじゃねー。おいチビ、俺の事はウボー、だけでいいからな」

「……俺もだ。呼び捨てで頼む」

「ウボー、フランクリン」

 シロノはきちんと復唱し、二人は「よし」と頷いた。旅団いちの巨漢二人と、おそらく身長百センチと少しくらいしかないシロノの絵面は、まるで巨人と小人、ファンタジー映画のCGのようだった。というか、彼らにしてみれば、シロノは誇張なしに“手のりサイズ”である。

 

「じゃあ、俺はちょっと調べものをしてくる。三時間ぐらいで戻ってく──」

「だめ」

 クロロの言葉を遮ったのは、子供の声だった。

「パパはだめ。そのまま行っちゃうかもしれないからだめ」

「……本当にしつこいな」

「信用ねえなあ、団長」

 ウボォーギンが笑うが、シロノはクロロを逃がすまいとしているのか、今度は彼のズボンの生地を掴んでいる。

「“約束”するって言った」

「……ああ、そうだった」

 二日間、クロロはこの子供に拘束される。そうした制約をかけている以上、約束を破れば今すぐあの“ママ”による強烈な“おしおき”を発動させられてしまうだろう。

 

「出掛けてる間に、基本の四大行を仕込ませようと思ったんだがな……」

「団長、いくらなんでも三時間じゃムリでしょ」

「なに、生まれつき精孔が開いている人間は、物心つく前から自然に自分のオーラに親しんでいるからな。俺の経験から言って、念に関しては普通よりかなり覚えが早いはずだ」

 念以外の事に関しては分からんが、と、クロロは子供の細い手足を見て言った。

 

「……では、いっそ戻ることにするか」

 

 もうここに用はないからな、とクロロはクルタ族がいた方向に視線を飛ばした。

「で、帰る途中で街に寄って買い物、ってこと?」

「そうだ。反対方向に向かえばこいつも気が済むだろうし、それに念が切れるのは飛行船の中になる。そうしたら修行開始だ」

「オッケー、じゃあ飛行船が出てる街まで行って、そこで買い物しよう」

 そうと決まれば“片付け”よう、とシャルナークが手を叩くと、全員が立ち上がった。

 

 廃墟そのもののここで片付けもないだろうと思われるが、その意味は「自分たちがいた痕跡を完全に消し去る」、という意味である。幻影旅団を追うブラックリストハンターは山ほどいる。追って来られた所で返り討ちにするのがオチだが、居場所を知らせて小虫にまとわりつかれるのも面倒臭いからだ。

 

 そして団員たちは手際よく作業を進め、あっという間に“片付け”を終え、少し離れた所に停めてあった車二台にそれぞれ乗り込み、数ヶ月留まったルクソを後にした。

 

 

 

 ちなみに前を行く車を運転しているのはパクノダで助手席にクロロ、後部座席にノブナガとウボォーギン。後続車はシャルナークが運転している。

 

「チビはスペースとらねえなあ」

 自分の膝の上でチョコ菓子を食べているシロノを眺めて、ウボォーギンは言った。

 ウボォーギンとフランクリンは一際大柄なため、三人乗れる後部座席を一人で二人分以上占領してしまうのだが、逆にシロノは現団員で最も小柄なフェイタンよりも遥かにスペースをとらない。

「ウボーは大きいね。あたし重たい?」

「冗談抜かせ」

 お前なんかつまんで海の向こうまで投げ飛ばせるぜ、とウボォーギンは言い、ぐびりとビールを飲んだ。それを膝の上からじっと見つめているシロノと目が合うと、彼はにやりと笑う。

「飲むか?」

「ウボー! そんな小さい子にお酒なんか飲ませたら死んじゃうわよ!」

 ハンドルを握るパクノダが、シロノの顔の前に缶をちらつかせるウボォーギンに声を張り上げる。

 

「え、マジかよ。ビールだぜ?」

「あんたにとっては水同然でも、シロノには立派にアルコールよ。シロノ、飲んじゃダメよ」

「なるほど、幼児に酒類を与えると急性アルコール中毒等を起こし死に繋がる危険性が非常に高い……」

「……団長、それ何の本だよ」

 ウボォーギンとシロノの横に座るノブナガが尋ねると、助手席のクロロは、さっき寄った小さな街で持ってきたらしい本を掲げてみせた。

 

 クレヨンかパステルで描いたような柔らかなイラストとともに表紙に踊る、『はじめてのすくすく子育て☆ハッピーアドバイス』という育児書のタイトルに、ノブナガは盛大に脱力した。

 

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

 丸一日近く車をとばして着いた、飛行船の発着所があるというこの街は、なかなか大きい。

 

 シロノはといえば、珍しげにきょろきょろと街中を見回している。

 どうもこの街だけでなく、大きな街に来ること自体が初めてであるらしい。ここに来るまでの道中すっかりシロノに慣れたらしく、「ノブ兄」と呼ばれるようになったノブナガが「田舎モン丸出しだなお前」と笑い混じりに呆れた声で言った。

 

 さて、飛行船の出発まで、数時間ある。

 

「この子の格好、ちょっとあんまりじゃない。着替えくらい調達してあげましょうよ」

 パクノダが言う。

 シロノが着ているのは、大人用のシャツと、ぶかぶかなものを紐で縛った布靴である。大きすぎてワンピースのようになっているシャツの下には、七分丈の綿のズボンを履いていた。

 ぎょっとするほどではないが、例えば、店などに入るにはあまりよろしくないだろう格好だ。

 

 しかし、パクノダがそう提案するのはそれだけが理由ではなかった。

 ルクソを後にして二時間程度した頃、クロロの「暇なので本が欲しい」という要望の為、一行は村に近いような小さな町に立ち寄った。そこで問題が起こったのである。

 

「……まさか幼児誘拐犯に間違われるとは」

「当たり前よ。怪しい事極まりないわ」

 心外だ、と言わんばかりのクロロと、呆れたようにそう返すパクノダ。

 クルタ族が向かった方向とは車で逆走しているとはいえ、まだ一応彼を見張るということを放棄しないシロノは、当然クロロについていった。

 小腹が空くかもしれないので口に入れるものを買おう、ということで買い出しジャンケンに負けたノブナガも一緒にである。

 しかし、問題は彼らの容姿と服装にあった。

 黒ずくめでオールバック、額に十字の刺青をした青年に、目つきの悪いヒゲ侍と、大人のシャツを被せられた子供という組み合わせが如何に怪しいか、彼らはすっかり失念していた。

 

「しかし心外だ。ノブナガはともかく」

「団長、その台詞はそのビジュアル系丸出しのコートを脱いでから言ってもらおうか」

「やめなよ二人とも、虚しいから」

 マチが冷静に突っ込んだ。

 とにかくあんな小さな街でも怪しまれたので、このままだと飛行船の乗り場で止められる事は間違いない。さすがにそんな事でいちいち面倒を起こすのは避けたかったので、とりあえずシロノの服をなんとかしよう、ということが、賛成多数で決定した。

 

「……で、俺が行くのか」

「当たり前でしょ、団長が拾ったんだから団長が面倒見てちょうだい」

 すっかりお母さん口調と化したパクノダと、和らいではいるもののまだ「逃がすまい」という目線でこちらを見てくるシロノに、クロロは肩を竦めた。

 

「何シロノ、ここまで来てまだ安心できないの?」

「んー、……いちおう」

「難しい言葉知ってるね」

 シャルナークが笑う。

「仕方が無いな。おい、誰か荷物持ちについて来い」

「私が行くわ。言い出しっぺだし、団長だけだと不安」

 パクノダが手を上げると、マチが「じゃ、アタシも行く」と立ち上がった。

「どうせ暇だし」

「俺も行くわ。どうせ用もねえし」

 ノブナガもまた身を起こした。すると、俺も、俺も暇だしと手が挙がり、結局残るのは、クロロからパソコンでの調べものを任されたためネットカフェに行くことになったシャルナークとフランクリン、ずっと車に乗っていたのでどこかで身体を動かしてくるというウボォーギンのみとなり、彼らはそれぞれ街に繰り出した。

 

「団長、ワタシ他に用あるね。子供の服興味ない」

「じゃあ夕方五時にさっきの広場集合だ。皆はどうする?」

 クロロが皆の顔を見渡すが、誰も別行動の返事はしなかった。「飛行船までの時間、暇」という理由で物珍しい新入りに同行して来ただけなのだから、それも当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

「皆物好きね」

 

 フェイタンはそう言うと、一度もシロノを見ないまま、人ごみの中に消えていった。

 

 

 

「長期の旅行中なんだが、ホテルの手違いでこの子の着替えが入ったトランクが行方不明になってしまったんだ。今はとりあえず俺たちの服を着せてるが、荷物が出て来なかったときを考えてひと揃い欲しい」

 

 なんといっても、ヒゲ侍とジャージヤンキー、セクシースーツ美女にミニ丈着物美少女、さらに大人のシャツを着せられた子供という怪しい一同である。

 ファッション関係の店が立ち並ぶ一角にある子供服の大型専門店、そこの店員はひくりと顔を引きつらせたが、ノブナガ曰く『ビジュアル系丸出しのコート』を脱ぎ、洗いざらしの白いシャツにスラックス、おまけに髪をおろしたクロロがにこりと笑って先程の台詞を吐いた瞬間、「さようでございますか、大変ですね」と、にこやかな笑顔になった。

 

 人様より整った己の顔の造作を無駄なく駆使し、身内から見れば胡散臭い事この上ない爽やかな笑顔でもってさらりともっともらしい嘘をつくクロロに、全員が思わず「嘘つきは泥棒の始まり」というシロノの言葉を思い出す。

 しかしその点を論ずるならば、クロロのナチュラルかつ隙のない見事な嘘つきっぷりは、盗賊団の団長としてはこれ以上なく相応しいものだと言えるだろう。

 

「どうしましょうか。シロノ、どんなのが好き?」

 パクノダに言われ、シロノは店内を見回す。そして数秒してから、子供は小さな声で言った。

「……みんなとおんなじがいい」

 その言葉に、全員が振り返った。

 そしてクロロは、赤い目のクルタの中でたった一人、彼らと違う適当な服を着せられている透明な目の子供の姿を思い出す。そして、子供なりに、その事で線引きをされている事に気付いていたのかもしれないな、とぼんやりと思った。

 しかし彼は幻影旅団の団長という筋金入りの外道であるので、単に思っただけで、そこに「可哀想に」などの感情などないのであるが。

 

「……私たちとお揃いがいい、ってこと?」

 パクノダが聞くと、シロノはこくりと頷いた。

「そう。じゃ、あれは?」

 パクノダが指差した小さなマネキンが着ているのは、彼女のスーツと似た紺色のアンサンブルだった。ただしスカートはタイトではなくプリーツで暗いチェック柄、そして首元には大きめのリボンタイがついている。

 シロノはそれとパクノダを見比べてから、「うん」と言って頷いた。

 嬉しいのか、少し頬が赤く、口元に力が入っている。僅かだが、シロノが初めて見せた表情らしい表情だった。

 

「あとは……そうね、ああ、あそこのオーバーオールなんかフランクリンっぽくない?」

「おいおいパク、本気で俺らとお揃いにさせる気か」

「別にいいじゃない、全く同じってわけじゃないんだし。目安があった方が選びやすいしね」

 ノブナガの顔を見ないまま、パクノダは着々と服を選んでいく。

「ノブナガも選んでよ」

「……キモノなんざ置いてないだろ、さすがに」

「……アタシ、生地屋に行って来る」

「マチ……お前まさかキモノ拵える気か?」

 パクノダは既にノリ気になっている……というよりも面白がっているのは明白だが、まさかあのクールかつドライな性格のマチまでもがノってくるとは、とノブナガは目を見開いた。

「別に子供のキモノぐらい、すぐ縫えるよ」

「いやそういう問題じゃねーだろ」

 だがシロノにキモノを着せること自体には反論しない辺り、ノブナガも特に嫌というわけではないらしい。彼は店を出ていくマチと棚を物色するパクノダを見比べ、結局マチについていった。

 

「楽しそうだなパクノダは」

「……あそこまでノるとは意外だったな……あいつも女か……」

 半ば蚊帳の外状態のクロロとフィンクスが言った。店員に頼んでシロノのサイズを計ってもらい、「シロノは綺麗な銀髪だから、はっきりした色のほうが似合うわね」と言いながらさらに次々と服を選び始めるパクノダは、確かにどこか生き生きしている。

「……団長、俺も適当に出て来」

「ダメだここにいろ。一人で買い物の待ちぼうけを食わされるのは嫌だ」

「堂々と巻き添え宣言!?」

「団長命令だ」

 昨日から職権乱用も甚だしいクロロにフィンクスは呻き、彼と一緒に店内にある箱形のソファに腰掛ける。

 

「何枚か適当に選んで終わりだと思ってたのによ……ガキの服なんかなんでもいいじゃねーか」

 どこから取り出したのか悠々と本を読み始めたクロロの隣で、こんなに時間がかかるんならさっきフェイタンと一緒に離れていれば良かった、とフィンクスはぶつぶつ言いながら、予想以上に居心地の悪い子供服店の隅で待機する。

 そして、そうして仕方なく暇を持て余していた時、服を抱えたシロノがぴょこんと棚の影から現れた。

 

「お、なんだ、もう終わりか? パクは?」

「色がちがうのがないかって聞いてる」

「色までこだわんのかよ! 勘弁しろよもー」

 うんざりした声を上げるフィンクスだったが、その前を、シロノがててて、と小走りに駆けた。そして立ち止まったのは、色とりどりの服が並ぶ棚の前だ。

「おい、フィンクス」

「あ? 何だよ団ちょ……」

 クロロに呼ばれて振り向くと、フィンクスの視界にあったのは、ジャージを選ぶシロノの姿だった。

 

 誰と“おそろい”なのかは、事情を知らない他人でも見ればわかる。

 色数豊富なジャージの中から、シロノは可愛らしいピンク色のものと、白、水色を手に取って真剣に見比べていた。どうやら一丁前に悩んでいるらしいシロノを見ているフィンクスの視線に気付いたのか、シロノはジャージを持ったまま彼のほうを振り向いた。

「……全部とっとけ。白はそのラインが入ったやつの方がいい。あと黒入れろ」

「子供の服なんかなんでもいいんじゃなかったのか」

「団長、これは運動によし寛ぐによし出掛けるによし、あらゆる場面で着られる万能服、洗練されたオールマイティスタイルだ。ジャージナメんな」

「ジャージを軽んずるつもりはないが、それでどこにでも出掛けるお前は正直どうかと思う」

 IQを計ったら少なくとも170は越えているだろう、という素晴らしい頭脳を持つクロロの辞書に、「オブラートに包む」という概念はない。

 しかしフィンクスは色とりどりのキッズ用のジャージの棚の前でしゃがみ込み、シロノのジャージを真剣に選び始めていて、クロロの言葉を聞くことはなかった。

 

 そしてシロノとともにキッズジャージを選ぶその後ろ姿は、どこからどう見ても若くでデキちゃったヤンキージャージ男とその娘だ、とクロロはしげしげと二人を眺めながら思ったが、どうせ聞いていないだろうと口には出さずにおいた。

 

 そんなこんなで、彼らは“子供服を選ぶ”という今までの人生で考えた事もなかった初体験を、たっぷり一時間と少しかけて終えたのだった。

 

 

 



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No.008/迷子、拷問、そして笑顔

 

「結局団長は本読みふけってただけじゃねーか。“パパ”が聞いて呆れるぜ」

 紙袋を下げて店の前に立つフィンクスは、まだ本を読んでいるクロロの横でそうぼやいた。

 実のところ袋の中身の半分、いやそれ以上も金を払っていない。

 もちろん金を持っていないわけではないのだが、これはもう手癖というか、まあ彼らの場合、職業病と言ってもいい。彼らは盗賊である。万引き上等だ。

 

「それは悪かったな。そういうお前は子供服の紙袋とジャージが見事にマッチしているぞフィンクス。完全なる子煩悩ヤンキーパパだ」

「アンタはなんでそんな人が嫌がる呼称を的確に編み出すのが上手いんだ畜生」

 マルチーズの次は、子煩悩ヤンキーパパと来たものだ。

 フィンクス自身が望む己のあり方と180度反対方向の呼称をつけられ、彼はもう怒っていいのか全てを投げ出したいのか分からない心境に陥る。

 しかしなぜ自分はあんなに真剣に子供のジャージなど選んでしまったのだろうか、いやそれは自分が子供好きだからではなくどちらかと言えばジャージ好きだからだ、とフィンクスは己の心の整理をつけて歩き出した。

 

「おいチビ、お前……………………アレ?」

 フィンクスはきょろきょろと辺りを見回したが、シロノの姿は、どう見ても影も形も消えていた。

「あのチビ、どこ行った!? おいパク! パークー!」

「何よ、街中で大声出さないでちょうだい」

「チビがいねーんだよ! お前見てたんじゃねーのか!?」

「何ですって?」

 パクノダは、クロロを見た。

「団長……。私会計してるから、シロノをお願いねって言ったわよね?」

「……ああ」

 

 クロロは無表情のまま、手に持った例の『はじめての(略)』のページを捲った。

「……“幼児はいつどういう行動をとるかわかりません。車道に飛び出したり迷子になったりしないよう、また幼児誘拐防止のために大人がちゃんと手を繋いでおくことが重要で”」

「迷子になってから言ったって遅いわよ」

「仕方ないだろう、今読んだんだから」

「いや、つーかそれ読んでて目離したんだろーが」

 しょっぱなからダメ保護者っぷり丸出しなクロロに、二人は溜め息を吐いた。

 

 

 

「……まいご」

 

 ぽつんと一人で立ち尽くし、シロノは呟いた。

 

 シロノとて、努力はしたのだ。

 クロロたちを見失わないよう、彼女なりに必死に目を離さないようにした。だが大人の腰位までしか背丈のないシロノは、どうしても人ごみに流され、自分より遥かに大きな人影たちに遮られ、彼らを見失ってしまったのである。

 

「……うん、ママ。まいごになったら動かない」

 小さくそう言って、シロノは植え込みのレンガの淵に腰掛けた。

 嘘つきなクロロから目を離してしまったのはシロノなりに悔しかったのだが、さすがに半日近く車で走ってまだクルタを追いかける事はないだろう、と半分位は思っている。

 シロノは、今まで着ていただぼだぼのシャツから、濃いめのブルーグレーに白い縁取りとボタンのついたチャイナ服に着替えさせられていた。しかし、こうして身体にあった服を着せると、本当にシロノが細くて小さな子供なのだという事がなおさら良く分かる。

 

 そしてぼんやりと人の流れを眺めていると、そう時間も経たない内に、「お嬢ちゃん」と、帽子を被った知らない男に声をかけられた。

 

「お嬢ちゃん。パパとママはどうした?」

 男は体格がよく、シロノが見る限り、ウボォーギンほどではないが、フィンクスよりも上背がある。

 シロノは、遥か上にある男を見上げた。

「さっき、男二人と女一人と一緒に服屋にいただろう?」

「……おじさん、ダレ」

「俺か? 俺はな」

 ニィ、と、男はいやらしい笑みを浮かべた。

 

賞金首(ブラックリスト)ハンターだよ」

 

 男がそう言った瞬間、シロノは男の腕に抱え上げられた。

 大柄な男の体格は、小さな子供を通行人から見えなくするのに十分な壁としての役割を果たしてしまう。シロノは大声を出す努力もしてみたが、男に抱きしめられるような形になったシロノは男の胸に顔を押し付けられ、それは適わない。

 シロノはあっという間にそのまま路地裏に連れ込まれ、胸を手のひらで押されたような姿勢で、ドン!と片手で壁に押し付けられた。

 

「驚いたぜ。あの幻影旅団が、ガキ連れで子供服なんぞ買ってやがる。……こりゃあ、俺に復讐を果たせっていう運命の囁きかね」

 男は笑みを浮かべながらそう言って、空いている片手で帽子を取った。すると、ぐちゃぐちゃに潰れた額と片目が現れる。

 二年前のこの傷の屈辱がどうのこうのと男はたっぷり三分は語ったが、シロノはそれどころではない。

「おいガキ、お前あいつらの何だ? 旅団の今の目的は? 答えないと痛い目に遭わすぜ」

「……ッ、“ママ”……!」

「なっ!?」

 手にぐっと力を込めようとした男は、バチン! と何かに手を弾かれ、目を丸くした。

 貼付けられていた位置から落ちたシロノは、ゲホゲホと咳き込みながらも、壁と男の間から這い出そうとした。しかし、目の前にはすぐ大きな脚が立ちはだかる。

 

「なんだ、こんなチビのくせに念能力者か?」

 こりゃ油断できねえな、と言いながら、男は“練”を行ないオーラを増幅させた。

 まだげほげほと咳き込んでいるシロノだが、“ママ”のオーラがシロノの身体を覆い、その身を守ろうとしている。男はそれを見て「……“纏”? 基本しか出来ねえらしいな」と、にやにや笑いながらシロノを見下ろした。

 しかし、男の名前がわからないのであっては、シロノも能力を発動させることが出来ない。もっと油断させて名前を聞き出さなくては、“ママ”が囁くのをシロノは聞き入れ、じっと男の動きを観察した、──その時だった。

 

「何してるね」

 

 カタコトのようなイントネーションの声とともに、男の後ろから腰に突きつけられているのは、傘の先端だった。

 見事な“絶”でもって気配を消したフェイタンは、完全に男の後ろに回り込んでいる。

 

「……てめえ何モンだコラ、ソレ退けろ」

「この状況で態度がでかいね。バカか?」

「阿呆が! 強ェんだよッ!」

 どうやら強化系らしい男は、思い切り振り向いてフェイタンに殴り掛かった。

 しかし彼はひらりと飛び上がり、壁を蹴って再度男の後ろに立つ。宙を舞った間に傘から抜かれた仕込み刀が、濡れたような鈍い輝きを放った。

 フェイタンは、さっぱり変わらない冷たい表情のまま「こいつ何ね」とシロノに聞いた。

 

「えっと……ケホッ、賞金首(ブラックリスト)ハンター、だって」

「……身の程知らずもいいところ」

「抜かせ! チビが一人増えたから何だってんだ!」

「ふん、なら高い所から見るといいね」

 そう言うや否や、フェイタンの細い目が刃物以上の鈍い輝きを帯びる。

 彼は目にも留まらぬ早さで男の巨体を投げ飛ばし、男はゆうに5メートルは上の壁に叩き付けられ、受け身も取れないままの奇妙な姿勢で落ちて来た。

「さて、どこまでワタシたちの情報掴んだか吐いてもらうね。言いふらしてたら面倒」

「て……テメエまさか……」

「追うなら旅団全員の顔覚えてからにするよ」

 肩が外れたらしい男の腹を思い切り蹴飛ばし、フェイタンは地面にのたうつ男を路地の最も奥まった所に引きずって行った。

 

「ところでオマエ、なんでこんなところにいる? 団長たちと逸れたか」

「うん、まいごになっちゃった」

「面倒かけるな」

「ごめんなさい。あ、たすけてくれてありがとうございます」

「別にオマエのことどうでも良いけど、オマエ団長の獲物。それにこいつワタシたち追てる」

 フェイタンは、男の頭を踏みつけた。潰れた蛙のような呻きが漏れる。

 

「何するの?」

「拷問して情報吐かせる」

「ごうもん?」

 きょとんとした顔で聞き返すシロノを、フェイタンはちらりと見遣った。

「何ね?」

「ううん、どうやるのかなあって思って」

 てっきり怯えるか引くかのどちらかだろうと思い、「嫌なら向こう行け」という言葉まで用意していたフェイタンだったが、予想外のシロノの台詞に、細い目を見開いた。

 

「あたし、拷問ってみたことない」

 

 普通ない。そんな常識的なツッコミを入れることが出来る人間は、生憎ここには存在しなかった。

 シロノは続けて、「でもえほんでちょっと出てきたよ。魔女が捕まえた騎士にやってた」と、自分が持つ、拷問への拙い知識を披露した。

 

 ここしばらく、地に伏せる敵以外で“見上げられる”ということをされたことがなかったフェイタンは、自分よりも頭一つ分以上も背の低いシロノを思わずしげしげと見下ろす。透明に見える白っぽいグレーの目には、“興味”という光が宿っていた。

 

「……最初、軽く爪剥ぐ。やてみるか?」

「つめ? あたしでもできる?」

「やり方次第ね。非力でも綺麗に剥ぐコツある」

 どうやら気を良くしたのか饒舌になったフェイタンは、ふんふんと興味深そうに頷いている子供に、初心者向けの拷問講座を開始した。

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

 三十分もした頃、フェイタンとシロノは、水場のある大きな公園のベンチに並んで座っていた。傍目から見ると公園で寛ぐ兄妹のようだが、彼らがそこにいる実際の理由は、手に着いた血を洗うのに水場が必要だったから、という物騒極まりないものだ。

 

「あのね、フェイ兄の格好してたらフェイ兄が来たから、びっくりしたんだよ」

「ワタシの格好? それがか?」

 シロノが着ているチャイナ服を見て言うと、シロノは皆とお揃いの服を買ってもらった事と、“フェイタンっぽい服”がなかったのでチャイナ服で妥協した事を、拙い言葉で説明した。

 お世辞にも分かり易いとは言えない幼児の説明だったが、意外にもフェイタンは口を挟まず、黙って聞いていた。

 

「……それ、ワタシの真似か」

「うん」

「そうか。どうりで趣味の良い格好だと思た」

 そんな会話を交わしながらベンチに座っていると、フェイタンから携帯で連絡を受けたクロロたちと、生地の入った袋を持ったマチとノブナガが現れた。

 

「うわ、本当にフェイタンと居る」

「どういう意味ねフィンクス」

「いや、意外な絵面だと思っただけだ」

 そう思っているのはフィンクスだけではない。能力を発動する時以外は“絶”という体勢が癖になっているシロノを探すのはなかなか骨が折れることだったのだが、フェイタンから連絡が来たときは、全員かなり驚いた。

 それは賞金首(ブラックリスト)ハンターを捕らえたという事ではなく、そしてフェイタンとシロノが一緒に居るという事でもない。

 電話口での彼の声色が、身内にしかわからない程度ではあるが、間違いなく機嫌が良かったからだ。

 

「シロノ、怪我は?」

 マチが聞くと、シロノは「ううん、ない」と首を振った。

「まいごになってごめんなさい」

「いいのよ、今回は人ごみで手を離した団長が悪いんだから。でも気をつけましょうね」

「うん、パク姉。……あっ、あのね、フェイ兄って爪剥ぐの、ものすごく上手なんだよ!」

「……は?」

 幼い声で紡がれた物騒極まりない台詞に、ノブナガがひっくり返った声を出した。

 

「爪……? てか“フェイ兄”……」

「何か文句あるか、ノブナガ」

「……ねえよ。天地がひっくり返るぐらい意外なだけで」

「あのね、あたし教えてもらったけど、フェイ兄みたいに綺麗に剥げなかった」

「待て。おまえ今までフェイタンと何してた」

「拷問!」

 

 初めての笑顔であった。

 

 

 



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No.009/となりのクロロ

 

 

 シロノが説明しフェイタンが補足した所によると、結局賞金首(ブラックリスト)ハンターの男は五分で全ての口を割り、持てる情報を全て吐いた。

 以前契約ハンターとしての仕事中に旅団と対峙し、フランクリンの流れ弾を貰って傷を負ったというこの男は、この街で偶然クロロたちの姿を見かけて追いかけたらしい。

 だが彼は、旅団全員の顔、つまりフェイタンと他何人かの顔は把握していなかった。間抜けとしか言いようがない。

 

 そして幻影旅団がこの街に居る事をまだ誰にも話していないということが判明した後は、ひたすらフェイタンの初心者向け・拷問講座タイムだったようだ。

「五枚剥いだけど、フェイ兄みたいに一回で剥げたの一枚だけだった」と報告する子供に、団員たちは僅かに男に同情した。

 

「しかしなかなか剥げないほうが、ワタシが剥ぐより反応よかた。ワタシとしても勉強になたね。次から取り入れるつもりよ。コイツ、まだまだだけども見所ある」

「そうか……良かったな」

 生温い表情で、フィンクスが相槌を打った。

「まあ……蜘蛛としての資質はあるってことじゃない? 血にビビらないのは大きいよ」

「フェイタンに気に入られれば、団の中での居場所に問題はねえな」

 笑顔を見せ始めているシロノに、マチとノブナガがそう会話を交わす。

 

「あっ、お洋服ありがとうございました!」

「いいえ、どういたしまして」

 拷問を楽しんだかと思えば忘れずに礼儀正しく礼を言う子供に、パクノダは毒気を抜かれたように返事をした。フィンクスは、「ヘンなガキ」と、二度目の台詞を呟いている。

 

 そして出発時間となり、シャルナーク、フランクリン、ウボォーギンと合流した一行は、揃って飛行船に乗り込んだ。

 飛行船に乗っていなければならない時間は、一日半。

 

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

「最初フランクリンがシロノと話してたけど、ノブナガが来て三人でご飯食べて、その後パクが歯磨かせてた。マチはひたすら着物縫って買った服直したりしてる。そんでフェイタンの拷問講座の補習講義のあと、フィンクスがどれぐらい身体動かせるのか試すって言って連れてった。フェイタンもついてったんじゃなかったかな。ウボーは何して来たのか知らないけど爆睡中」

「……構いすぎだろう、皆」

 街に居る間に頼んだ調べものの結果報告をシャルナークから受け取った後、「シロノと皆はどうしてる?」と何気なくクロロが尋ねた時の答えがこれである。

 

 飛行船に個室など、専用船か豪華客船でもなければ基本的に存在しない。一般的に飛行船の座席は部屋一つにつき二段のベッドがいくつかあるうちのベッド一つを一座席とするというシステムで、大部屋であるほど値段が安く、他人と同室になる可能性もある。

 だから彼らは煩わしさを避ける為、四人部屋をみっつ、つまり十人で十二座席を借りた。

 今度は飛行船を盗むのもいいかもしれないなあ、とクロロは考える。

 蜘蛛のマークの入った飛行船など、なかなか良いのではないだろうか。世間とか社会とかに真っ向から足で砂をかけて馬鹿にしくさっている感じが素敵だ。

 まあ、盗賊というよりは、“怪盗”っぽい気がしないではないが。

 

「ははは、買い物に行く前まではカルガモみたいに団長ベッタリだったのにね。寂しい?」

「あのなシャル、俺は見張られていたんだが」

「ま、あんなちっちゃい子と触れ合う機会なんてないからね、物珍しいんだよみんな。子供って面白いね。行動と言動が全然予想できない」

「確かに飽きないな」

「それにちょっとフツーじゃないから喋りやすいしさ、あの子」

 普通でないので喋りやすい、というのは矛盾した表現だが、クロロたちにとってはちゃんとした表現だった。

 

「フェイタンの拷問講座、すんごい真剣に聞いてんだもん。ていうかフェイタンと一緒に拷問したって? やっぱフツーじゃないな」

「まあ、拷問が好きというより、知らないものに興味を示しているだけのようだが……変わっていることは確かだな」

「血にビビらないのは面倒がなくていいじゃない」

 シャルナークの評価に「それはマチも言っていた」とクロロが返すと、その時、ちょうどフィンクスが入ってくる。

『バトルポカリ』というメジャーなスポーツ飲料のボトルを二本持った彼は部屋を見回し、「チビは?」と尋ねた。

 

「え、フィンクスたちといたんじゃないの? 身体能力の程度見るって言ってたじゃん」

「おう、そんで汗だくになったからシャワー室放り込んで来たんだが、その後団長が逃げてないか見に行くっつってたのに」

「うわーまだ信用されてない。実は一番懐かれてないんじゃないの団長」

「うるさいな。で、フェイタンはどうした」

「寝るっつって隣の部屋」

「あ、パパ、ちゃんといた」

 噂をすれば、という所か。

 シロノがそう言いながら、フィンクスの脚とドアの間から顔を出した。

 だがその事より何より、シャルナークはシロノがフィンクスと同じくジャージを、しかも同じ色のジャージを着ていた事がツボに入ったらしく、シロノの姿を見るや否や弾けるように笑い出した。

 

「あははははは! ホントにお揃い着てるし!」

「だってこれがいちばん楽だもん」

「良かったなフィンクス、運動によし寛ぐによし出掛けるによし、あらゆる場面で着られる万能服、洗練されたオールマイティスタイルというジャージのありかたを証明してくれるそうだぞ」

「無駄に一言一句覚えてんな団長! ……おいチビコラ、わざわざ俺と同じのに着替えてきてんじゃねえ! 他にもあったろが!」

 なぜよりにもよって色まで同じものを着てくるのだと言うフィンクスに、シロノは首を傾げた。まだシャワーで湿っている髪が、運動後で赤い頬に少し張り付いている。

「? フィンクスとおんなじ色だから」

「あははははは!」

 今度こそシャルナークは腹を抱え、ヒーヒー言いながら「そうだよねえ、フィンクスとお揃いがいいよねえ」とシロノの肩をぱんぱんと叩いた。

 

 シロノはなぜそこまで笑われているのかよくわかっていないまま「うん」と頷き、クロロは珍獣を冷静に観察する学者のような雰囲気を漂わせている。

 フィンクスは、片手で顔を覆った。それは幼児とお揃いの恰好になってしまった事と同時に、クロロが幼児を凌ぐ知的好奇心を発揮させている時はろくな目に遭わないという事を熟知しているからだ。その証拠に、彼は一昨日から今日までその被害に遭いっぱなしである。

 

 そしてようやく笑いを収めたシャルナークは、どうにか椅子に座り直した。

「でもね、シャル兄のお洋服、お店になかった」

「あ、そっかー。残念だな」

「ヘンな服だからな」

「酷! 団長ひどっ! そんな事ないよね、カッコイイよねシロノ!」

「へん」

 揃って言葉をオブラートに包むという事を全くしない二人に、シャルナークは「実は本当に団長の子供なんじゃないの」と半ば本気の呟きを漏らした。

 今回ばかりは少々本気で傷ついたらしく、やや俯いている彼の肩を見て、フィンクスは心の底からザマア見ろと思った。ここ二三日、彼は他人の不幸がとても嬉しい。

 

 

 

「団長の言う通り、確かにオーラの使い方には慣れてるな」

 その後、シロノはフィンクスから貰った『バトルポカリ』を飲みながら部屋の備え付けのテレビでアニメ映画を観出し、フィンクスは同じものを飲みつつ、シロノの身体能力の程度について報告を始めた。

「しかし致命的なのが、“纏”ができねえってとこだ。あと“練”もな」

「……は?」

 シャルナークが、ひっくり返った声を上げた。しかし無理もない。“纏”は念の基本中の基本、他が出来なくても“纏”はできて当たり前、というものだからだ。

 

「普段っから“絶”なのは知ってたが、マジで“絶”か“発”のどっちかしかできねー」

「順序違いもいい所だな……」

「ただ、ずっと“絶”状態だけあって基礎体力と内臓関係の強靭さはまあまあだ。つくづく防御関係は鉄壁だなアイツ。攻撃はダメだが」

 “絶”は全身の精孔を閉じ、自分の体から発散されるオーラを絶って気配をなくす技術だが、疲労回復を行うときにも用いられる。

 ということは、延々やり続ければ鍛えにくい内臓を鍛える事にも繋がるのだ。端で見ていたフェイタンは、拳法で言う内功と同じ、と言ったらしい。

 内功とは呼吸、血流など、身体の内部機能を鍛錬し、全身の経絡を巡る気、内息、真気、……つまりオーラを自在に操るための基礎をなすものと位置づけられている。感覚でしか分からない事だが内功の裏打ちがなければ十分な威力が発揮できないし、内功が強靭ならば外功、つまり念で強化した外部への攻撃の威力も上がるものだ。

 しかしシロノは折角の内功の強靭さを攻撃に全く生かしきれていない、というのがフィンクスの見解で、そしてそれは正しかった。

 

「“纏”が出来ない心当たりはあるか?」

 クロロが尋ねるが、フィンクスはお手上げ、という感じで肩を竦めるのみだ。

「生活環境じゃない?」

 暫くして、シャルナークが呟くように言った。

「どういうことだ、シャル」

「いやだから、あの子今までどういう風に生きて来たのか知らないけどさ、普段から“絶”って体勢が染み付いてるって癖は、脅威を逃れるための術だろ?」

「……つまり?」

「身を守る以外で気配を丸出しにしても危険じゃない、ってわかれば出来るようになるんじゃないの」

 なんか野生動物を保護するドキュメンタリー番組かなんかでそんなん見たよ、とシャルナークは暢気に言った。だがその意見には同意なのか、二人とも黙り込む。

 

「普段から“絶”ってのはむしろ特技かもしれないけど、少なくとも俺たちといる間は気配出して歩けるようにしたほうがいいんじゃない」

「というか、“纏”ができないと何教えようにも出来ねーしな」

「フェイタンにも懐いてるんだから、皆とは相性いいと思うんだけど……」

 そう言って、シャルナークはちらりとクロロを見た。

 

「団長、シロノと交流深めてきなよ」

「は?」

「そーだな。パクも言ってたじゃねーか、団長が拾ったんだから団長が面倒見ろよ。本ばっか読んでねーで」

 フィンクスは、クロロの横に置いてある、既に熟読された『はじめての(略)』を手に取り、ぱらりと捲った。

「……“子育ては実践あるのみです。考えるよりまず触れ合って信頼関係を築きましょう”……」

 何だよ前説で結論出てんじゃねーか、意味あんのかコレ、と言いながら、フィンクスは本を椅子の上に放った。

 

「そうだよ、ただでさえ信用されてないのにさあ、このまま何もしないままだと嫌われちゃうよ。娘に嫌われる父親は悲しく虚しく格好悪い男の代表だって聞いた事が」

「いや、俺は確かにあいつを拾ったが、別に娘として引き取ったわけじゃないぞ」

「あ、そうだっけ? パパって呼ばれてるからつい」

「“ままごと”だよ」

 クロロはそう言って椅子の背に体重を預けたが、そのときテレビから「おまえんちっ、おっばけやーしき──!」というアニメ映画の台詞が聞こえ、不覚にもビクリとした。

 

「ままごとでも嘘でも何でもいいよ。“使えるようになるまで育てる”んでしょ」

 

 シャルナークが言った。

「とりあえず、自然に外れる前に念外して貰えるぐらいの信用を得て来るべきでしょ。嘘つきが泥棒の始まりなら、泥棒の基本は嘘をつく事じゃないの」

「そうそう。女誑かすのなんかお茶の子だろ、団長。その要領で行け、五分で済むはずだ」

「人聞きの悪い。あと泥棒じゃなくて盗賊と言え」

 だが大した反論もしないまま振り向くと、シロノがもの凄い集中力でもって画面をガン見している。相変わらずの“絶”状態だが、あそこまで他の事に集中していて尚かつ“絶”のままというのは、よほどその状態が身体に馴染んでいる、という事である。

 クロロはその小さい後ろ姿を見遣り、椅子からゆっくりと腰を上げた。

 

 

 

 

 出来上がったキモノをシロノに実際にあわせてみようと思ってやって来たマチは、目の前のありえない光景に、呆然と立ち尽くした。

 

「──ねえ、団長何やってんの」

「見りゃわかんだろ」

 フィンクスは平然と言うが、マチが聞きたいのは見たままの状況ではなく、なぜクロロがシロノと並んでアニメ映画を観ているのか、という理由のほうだ。

 マチも観た事はないが有名なのでタイトルは知っている、名作と◯りのトトロ。

 どうでもいいがクロロとトトロって語感が似てるな、とマチは本当にどうでもいいことをぼんやりと思った。現実逃避とも言う。

 

 そのうちに、とても朗らかなエンディングテーマが流れて来た。

 シロノは相変わらず真剣な眼差しで画面に見入り、クロロはその隣で微動だにしない。

「何も知らない人が見たら、仲良し親子か兄妹っぽい感じだけどね」

 シャルナークが言うが、逆に全てを知っている者から見れば、この状況はいっそシュールと言える。後ろ姿なので分からないが、クロロはどんな顔をして、あそこに座っているのだろうか。

 

 そしてエンディングが終わってCMが流れ出し、シロノが初めて動いた。子供はやや興奮したような眼差しで、隣に座るクロロを見て、言った。

「パパ、トトロってほんとにいるの?」

「いるわッ、……」

 非常に子供らしい問いかけを「いるわけないだろ」と即答で粉微塵にしかけたクロロだったが、危うい所でそのまま固まり、ゴホ、と咳払いをした。努力はしているらしい。

 

「……いるとも」

「ほんと?」

 三人の団員は、我らが団長の手際を見守った。

 子供は、期待を込めたきらきらした眼差しをまっすぐに向けている。子供の永遠のアイドル・トトロと語感だけは似た名前を持つA級首最凶盗賊団の長は、少し間を置いてから、静かに、そしてさも重要な事を話すかのように、ゆっくりと口を開いた。

「……トトロはな」

 彼の口からトトロという単語がもの凄く真剣な口調でもって出たという奇跡を、三人は今確かに聞き届けた。さあどう出る、という想いをもって彼らが見守っていると、クロロは言った。

 

「ウボーの親戚なんだ」

 

 フィンクスが、飲んでいた『バトルポカリ』を、盛大に噴出した。

 予想のナナメ上を行くクロロの答えに、他二人も呆気にとられている。

 

 シロノは目を丸く見開き、子供らしく毛の細いぽよぽよしたまゆげをきゅっと寄せて、クロロを見つめた。

「うそだ」

「嘘じゃない。ウボーは由緒正しきトトロ族だ」

 トトロ族って何だ。と、三人は同時に同じツッコミを心に抱いた。

「その証拠に、ウボーは身体がデカくて毛だらけだろう」

「でもウボーは丸くないもん。ムキムキだもん」

「鍛えたからだ。トトロも鍛えたらウボーみたいになるんだ」

 なってたまるか。だがトトロの存在を認めつつも世の中の子供たちの夢を粉砕していくクロロの嘘は、八百どころでなく続いていく。

 

「証拠ならまだある。耳を澄ましてみろ」

 そう言って、クロロはリモコンでテレビのボリュームを下げた。シロノだけでなく、思わず三人も耳を澄ますと、防音のはずの壁を越えて、隣の部屋で爆睡しているウボォーギンの、獣のような太いイビキが聞こえて来る。

「……! トトロ……!」

(信じた!?)

 驚愕に目を見開いたシロノに、三人も驚きの表情を浮かべる。クロロだけがひとり、冷静且つ真剣な顔をしていた。

 

 見開いたシロノの目のほうが、よほどトトロに似ている。特に一番小さい白いやつに。

 口を開けてクロロを見上げるシロノに、クロロはそら見た事か、とでもいう風に、「な」と言いながら、首をゆっくりと縦に振った。

「でも、トトロは子供にしか見えないんだよ。ウボーは皆としゃべってるよ」

「それはな、俺たちが子供のように純粋な心をいつまでも忘れていないからだ」

 なんかとりあえず殴りてえ、とフィンクスは遠い気持ちになりながら思った。

 どのツラ下げて、ああいう台詞を言えるのだろうか。そう思ってふとマチを見ると、あの口を縫い付けるべきだろうか、という感情をありありと浮かべた表情をしている。

 フィンクスもマチも子供の夢を守りたいというような人間でもないが、善人面でああいう台詞を吐くクロロには、もの凄く微妙でイラっとくる感情が芽生えるのはなぜだろうか。

 

 その後クロロは「まっくろくろすけと猫バスはツチノコと並び、UMAハンターの憧れの星だ」とか何とかもっともらしい嘘をいくつか並べ、シロノの興味深そうな視線をたっぷり浴びた後、余裕綽々の様子で言った。

 

「ああ、そういえば明日の朝くらいで念が解けるが、寝る時に少し気になるから外してくれるか」

「んー?」

 自然な催促とともに、にこりと美しい微笑み──おそらくこれが五分の決め手だろう──を讃えるクロロに、シロノは彼を見ながら、ゆっくりと首を傾げる。そして三秒ほど後、

 

「やだ」

 

 と言った。

 フィンクスとマチはなんだか拍手を送りたい気になったが、すっと目を閉じるに留める。

 シャルナークはクロロの口の端がひくりと引きつるのを見てしまい、「クッ」と吹き出しかけたが、見かけに寄らず鍛えられた腹筋を駆使してそれを堪えた。

 

「……なぜ?」

「んー……。いちおう」

 シロノは、もしかしたらマチに負けず劣らず勘が冴えているのかもしれない、と三人は思った。

 そしてシロノは「トトロ見てくる!」と言って、嬉々とした様子でウボーが寝ている隣の部屋に走って行ってしまう。

 

「……あーあ団長、結局ウボーが無駄にトトロ認定されただけじゃん」

「つーか何しに行ったんだアイツ。腹の上に乗って観察でもするつもりか」

 チラ見とはいえ結局後ろからずっとアニメを見ていたシャルナークとフィンクスが、呆れたように言った。

 そして五分で女を唆せるはずの男は、戦闘時のような無表情で、子供が出て行ったドアを見つめている。

 

「チッ……“ウボーは暗黒面(ダークサイド)に堕ちたトトロだから俺たちにも見える”のほうが良かったか……?」

暗黒面(ダークサイド)に堕ちてるのはむしろアンタだ団長」

 フィンクスはやっと突っ込むことが出来た。自分も他人の事は言えないが、クロロが堕ちている所には自分は堕ちていないと思う。絶対に。

 

 ちなみにシロノは、ウボーの腹の上で丸くなって寝ているところを、朝になって発見された。

 

 



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【すくすく英才教育&初仕事編】 No.010/おばけやしきでかくれんぼ

 

 

「おばけやしき!」

 

 目の前にドンと建つ廃墟を見上げてそう言ったシロノに、もう何年もここに住んでいる団員全員が苦笑した。

 おそらく以前はホテルだったのだろうその建物こそが彼らの本拠地ホームであるのだが、シロノの感想がごくまっとうと言える有様でもあった。幽霊のひとりやふたり、いやホテルであるだけに満室御礼であってもおかしくない位の雰囲気を漂わせている。

 

 しかしシロノは、どこかきらきらした目で廃墟を見上げていた。

 何の期待を抱いているのかは、その口から小さく「まっくろくろすけが……」と呟いていることから丸分かりである。

 その台詞から、まだウボォーギンがトトロだって信じてるのだろうか、と、昨日の話を聞いたノブナガは、些かの不安を抱きつつ言った。

「ここが本拠地(ホーム)だ、シロ」

「ホーム?」

「えー……、……家だ、俺たちの」

「おうち? おばけやしきがノブ兄たちのおうち?」

「……ああ、そう。お化け屋敷が俺らのおウチ」

 お化け屋敷、と断言された事にノブナガは乾いた笑みを浮かべたが、シロノは不安がっているわけではなく、むしろ興奮している。

 シロノはもう一度廃墟を見上げ、「おうち……」と、感動が篭った声で呟いた。

 

「オラさっさと入れ入れ。今日からお前もここに住むんだよ」

 フィンクスがそう言いながら中に入って行き、他の者たちもそれに続く。シロノはぼけっとした表情でそれを眺めた後、少し赤くなった頬をして、小走りに建物の中に駆け込んだ。

 

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

「……誠意ってものが大事だよ団長」

 盗賊団らしからぬ台詞とともに、シャルナークはクロロにそう言った。

「団長は、シロノに嘘つきだって思われてるからね。まあ正直者と思わせるのはムリだと思うし意味ないだろうからいいとして、もっとこう、それを越えた信頼を生む要素をさあ」

「ああ、物で釣るとか」

「誠意イコール物品!? なにこの汚れた大人!」

 結局クロロは自然に念が解けるまで念を解いてもらえず、団員数人から「ダメだこの人」という視線をたっぷり貰ったのだが、見ての通り本拠地(ホーム)に着き、暮らし始めた現在もそれは継続中である。

 

 こちらに戻って来て既に一週間が過ぎているが、シロノはこの「おばけやしき」な本拠地(ホーム)をひどく気に入り、毎日一室一室探検して回っている。

 また同行して来た一日目はクロロのベッドで彼と寝ていたが、こちらに来てからはマチやパクかどちらかを中心に団員たちの部屋を尋ねたりしていて、クロロと会う機会がごっそり減った。口をきかない日すらある。

 

 そして、シロノはやはり、“纏”を使えないままだった。

 自然体イコール“絶”という不自然な体勢が解消されないことには、本格的な修行は始められない。仕方なく念とは関係なく基礎体力の向上訓練をさせてみたり、“円”の範囲を広げる訓練をさせてみたりしているが、限度がある。

 

 しかし余談だが、“絶”状態で身体能力の強化訓練、というやり方が意外に団員たちにも効果的であった。

 念を使っていないので見た目はあくまで“普通の達人”の訓練に見えるこのやり方は、念での強化に頼った動きに慣れていると尚更きつい。しかし、なまじある程度まで強さを極めた者たちに「きつい」と思わせるこの訓練は皆に流行りだし、いつもの基本メニューに取り入れ始めた者も居るようだ。

 

 ──閑話休題。

 

「言わせてもらうけど、皆本拠地(ホーム)に留まってシロノの面倒見てるのにさ、拾った本人が一番何もしてないじゃん。何もしないなら何もしなくていいだけの信用と威厳を保つべきだと思うよ、俺はさ」

「む」

 幻影旅団の活動上の命令系統以外で、彼らに基本的に上下関係というものはない。言いたいことがあれば言うし、もちろん敬称や敬語も使わない。

 だがそれにしても、シャルナークの今回の言葉はなかなか辛辣である。しかしそれは団員全員の意見でもあり、しかも事実かつ正論で、クロロは珍しく反論できないまま黙り込んだのだった。

 

 

 

(と、言ってもな)

 シャルナークの口から団員全員の意思を告げられたクロロは、ぼんやりと思考した。

(だいたい、面倒を見ていると言っても、見慣れない新しい玩具が珍しいだけだろう)

 あれだ、前に深夜の通販でやっていた奇妙奇天烈な形の筋トレマシンを注文して、皆でキャッキャ言いながらやっていた、あれと同じだろうとクロロは思う。

 そして新しいものを手に入れた時、団員の殆どはまず触って使ってみるのだが、クロロはいくら簡単そうであれど、まず取扱説明書を熟読するタイプである。

 そのため読んでいる間に他の団員が使いこなせるようになってしまっているという場合もあるが、クロロはこの癖を直すつもりはない。取扱説明書はわざわざ説明すべき点があるから付属しているのだ。

 しかし、今回ばかりはその持論が崩壊しつつあった。

 

「まさかあそこで「やだ」とくるとはな……。俺もまだまだということか……」

 五分で相手を唆せる、というのは伊達ではない。

 条件が厳しく、そしていかに相手を騙くらかし“盗む”かが重要な彼の能力のせいもあり、クロロは嘘やハッタリ、そして相手の心の機微を読む事には自信がある。

 しかしあの子供は、必殺の笑顔の前にも、きっぱりと「やだ」と言ってのけた。あれなら力づくでもない限り、アメをもらっても知らない人間についていくようなことはないだろう。

 

「子供か……」

 シロノを手元に置くにあたっていくつかの育児書とデータを漁ってはみたが、それらを熟読してわかったこととは、子供というものは個体差が激しく、きまった取り扱い説明およびトラブルシューティングなど存在しないという事だった。育児書というものはそれを延々と書き連ねてあるだけのもので、あまり大した役にはたたない気がする。こんなにも役に立たない取扱説明書を読んだのは、クロロも初めてだ。

 女のほうがまだ似たり寄ったりで扱いやすい、と、彼は女の敵な台詞を小さく呟く。

 しかし考えてもみれば、子供というものは人間の雛なのだから、個体差が激しくても当たり前だ。同じく流星街で育った九人しか居ない蜘蛛のメンバーだけでも、これだけキャラが違うのだから。しかも濃い。

 クロロ自身にだって子供時代がいちおうあって、その頃自分と同じ歳の子供が全て自分と同じようだった、という記憶はない。逆の感想なら抱いたことはあるが。

 

「……“子育ては実践あるのみです。考えるよりまず触れ合って信頼関係を築きましょう”……か」

 クロロはひとり頷くと、あの子供を探しに歩き出した。

 

 

 

 捜し“者”はてっきり建物の前、つまり誰かしらがいつも居る場所の一つに居るだろうと思っていたクロロだったが、その予想は外れた。

 

「シロ? さっきまでここにいたぜ?」

 

 ノブナガはそう言って、何故か散乱している瓦礫や空き缶屑を蹴飛ばして脇に寄せた。

 近くには同じく瓦礫を片付けているマチがいて、何をしているのかと問えば、ノブナガがシロノに『居合』を見せていたのだ、という答えが返って来た。

「シロノが凄い凄いって手ェ叩いて褒めるもんだからさ、調子こいて斬りまくってこの有様」

「うるっせーなマチ」

 お前だって必殺仕事人ゴッコしてみせてやってただろーがよ、と言いながらノブナガが拾い上げた空き缶は、どちらがやったのかはわからないが、綺麗な切り口でまっ二つになっていた。

 

「……そうか。で、どこに行った?」

「ん? フランクリンが呼びに来て、それについてったぜ。パクが買って来た菓子があるとか何とか。中に居るんじゃねえ?」

「わかった」

 くるりと踵を返したクロロだが、「団長」とマチに呼び止められて振り返る。マチはいつも通りの猫のような無表情でまっすぐクロロを見ながら、「シロノ、今日キモノ着てるから」と静かに言った。

「キモノ? ……ああ、お前が縫った服か」

「そう。柄はノブナガが選んだやつ。にしては趣味いいよ」

「うっせー」

 照れ隠しか、ノブナガは滑らかな切り口の瓦礫を蹴り飛ばした。

 

「濃い紫地に椿と鞠の柄。帯は銀色に車輪模様の刺繍したやつで、大きめの蝶々結び」

「…………へえ、」

「まだ寒いから冬っぽい感じの色と柄合わせで」

「……………………あー」

「似合ってた」

「……マチ」

「似合って」

「……わかった。見るから」

 どうやら自信作であるらしい。

 無表情でなおも繰り返すマチに、クロロはやや気圧された。

 ノブナガが「コイツ、キモノ五枚と帯六本、足袋まで縫いやがったんだぜ」と呆れたように言い、マチから脇腹に肘鉄を食らっているのを尻目に、クロロは再度本拠地ホームの中に入った。

 

 

 

「おお団長、あのチビなかなか肝が据ってるよな!」

 広間、とかリビング、と自分たちが呼ぶ一階の広い部屋に入った途端、クロロは機嫌の良さそうなウボォーギンにそう言われた。

 他には、ノブナガの情報通りに、フランクリンとパクノダもいる。パクノダはおそらくケーキがワンホール載っていたのだろう皿を片付けているが、おそらく最低でも半分はウボォーギンの腹の中に収まったに違いない。

 

「何の話だ?」

「いやー、食った後、遊んでやろうと思ってよ、なんだっけ、『高い高い』ってあるだろ。あれやってやったんだが、力加減がわかんねーからつい」

 

 ──天井ギリギリぐらいまで投げちまって。

 

 ウボォーギンのその台詞に、クロロは思わず天井を見上げた。

 もとはホテルであるらしいこの本拠地(ホーム)は、広間、本来はおそらくロビー、が構造上でだけ言えば吹き抜けになっていて、大昔はおそらくシャンデリアがかかっていたかもしれない天井までは、ゆうに二十メートル以上はある。

「俺も最初はヤベーと思ったんだけどよ、でも受け止めた後、キャーキャー笑ってやがんだぜ」

 キャーキャー泣き叫んでいたの間違いではないのか、とクロロでさえ思ったが、どうやら本当に笑っていたらしい。

 しかもシロノは「もう一回!」と何度もねだり、しまいにはシロノをボールにしてウボォーギンとフランクリンとでキャッチボールを始め、それは席を外していたパクノダが止めるまで続いたという。

 

「そうなのよ、聞いてよ団長。信じられないわ、フランクリンまで一緒になって」

 パクノダが呆れと怒りが八対二くらいの割合で言うと、フランクリンは「いや、喜ぶものだからついな……」と、ごにょごにょ言い訳をした。

「“つい”で子供をボールにしないでちょうだい」

「いやでも別に、豪速球で投げたわけじゃねーし、ホラ、弧を描くようにポーンと」

「まさか落としたりしねえって」

 旅団いちの巨漢二人はそう言うが、それはつまり人力&生身のフリーフォールのようなものだ。それを遊びとして捉えキャーキャー笑っていたというシロノに対し、ウボォーギンの評価は妥当だろう。

 そしてあまりにも非力で小さな子供に対し、彼はつい昨日まで、邪険にはしないが相手にもしない、というような態度をとっていたのだが、こうして「肝が据わっている」と言うのはすなわちシロノを気に入ったということだ。

 ノブナガと並び、彼はそういう点を大きく評価するし、フランクリンも二人ほどではないが、どちらかといえば同じ系統の性格だ。

 

「もう、せっかくのキモノが崩れちゃって。マチに着付け教わっておいてよかったわ」

「……で、本人はどこに行ったんだ?」

「逃げた」

 答えたのは、フランクリンだった。

 彼は、テーブルの上に置いてあった一冊の本を、クロロに示した。やや大判のハードカバーのそれはどうやら子供向けの物語の本だが、フランクリンの手で持つとまるでメモ帳のようだ。

「あまり読み書きが達者でないようだったんで、パクが調達して来たんだが……」

「キモノ直した途端にネズミみてーに逃げちまったぜ、ピューっと」

 勉強嫌いみてえだな! と、ウボォーギンがげらげら笑った。

 

「では、どこに行ったかは」

「わからないわね。あ、シロノを探してるんなら、ついでにこれを渡しておいてちょうだい」

 パクノダが、子供向けのハードカバーをクロロに手渡した。タイトルを確認するが、クロロの知らないものだった。少々でなく常軌を逸した本好きを自他ともに認めるクロロだが、まだ児童文学にまで造詣は深くない。

 こちらのジャンルを漁ってみるのもいいかもしれないな、とクロロが自分の趣味に入りかけていると、ウボォーギンが言った。

 

「そういや、団長」

「何だウボー」

「俺、シロに“ウボーはトトロじゃないの?” って言われてよ、意味わかんねーって返したらものすげえガッカリした顔されたんだが、なんか心当たりねえ?」

 

 クロロはとりあえずウボォーギンに謝っておいたが、彼は未だわけがわからない、という顔をしていた。

 

 

 

 やはり育児書などというものは役に立たないな、とクロロは思いながら、ほとんど廃墟状態の我が本拠地ホームを歩く。

 子育て本のベストセラーとして名高いらしい、『はじめてのすくすく子育て☆ハッピーアドバイス』第三章、“幼児が喜ぶ、健やかな発育を促す遊びの数々”をはじめ色々な文献その他にも、子供をボールにしてキャッチボールをするなどという遊びは載っていなかったはずだ。

 

「……どこにいるんだ」

 シロノは意識しない限り、常に“絶”の状態だ。

 だからこうして探すのにはひどく骨が折れ、飛行船に乗る前に迷子になった時も、クロロたちはこの苦労を味わった。

 パクノダに渡された子供向けの本を片手にクロロは小さな人影を探しまわるものの、あの子供が行きそうな所など思い浮かばない。

 だがここに来て日が浅いのだから、団員の誰かの所に居るだろう、と目星を付け、彼は残る団員たちの気配がする場所をしらみつぶしに当たる事にした。

 

 ──だが。

 

「さきまで居たよ。拷問具の使い方教えて、あとはどこ行たか知らないね」

 拷問具図鑑を広げて二人で眺める姿をよく見るフェイタンのところにも居らず、

「あ? 俺の帽子被ってどっか行っちまったよ。まっくろくろすけ探しに行くとか言って」

 ……フィンクスの所にも居なかった。

 

 当てが全て外れたクロロはため息を吐き、最後の当てだったフィンクスの部屋にて、片手で顔を覆った。

「さっぱり気配がない……。どこにいるんだあいつは」

「何だ団長、かくれんぼか」

 幻影旅団の団員の口から、しかもフィンクスの口から普通に「かくれんぼ」という単語が出ている現状に、クロロは子供がもたらす生活への多大な影響を実感した。

 こちらは調べ尽くした資料にも多く載っている事で、あながち出鱈目ばかりではないのだな、と頭の隅で感心する。

 

「探しているだけだ」

「あー、“絶”してっから見つけにくいんだよなあ。こっちのほうが修行になるぜ、あいつ探すの」

 その通りだった。常駐してはいないとはいえ長年暮らしている場所であるにも関わらず、シロノの気配はまったく掴む事が出来なかった。

 すばらしい“絶”は尾行や監視に使うのに最適だろうし、子供なら警戒されにくいのでさらに使える、とクロロは団長モードの頭で考える。

「ま、腹減ったら出てくるだろ」

 フィンクスは何でもないようにそう言うが、クロロとしては既にそれでは済まされない心理状況に陥っていた。

 クルタに二度逃げられた事で、あれほどムキになった彼である。自分の家で子供一人見つけられないという状況は、大人げがほぼ皆無な彼のプライドを傷つけた。

 

「……フィンクス」

「なんだよ」

「あれは“まっくろくろすけを探しに行く”と言ったんだな?」

 かなり真剣な顔つきで聞いてくるクロロに、フィンクスは微妙な表情になったまま「……ああ」と温い返事を返した。

 

「まっくろくろすけ……まっくろくろすけか……確か奴らは別名ススワタリとも言われ明るい場所から暗い場所に入ると現れるのだとサツキとメイの父親が」

「……おう」

「誰もいない古い家屋等に湧き周囲を煤と埃まみれに」

「……大丈夫か団長」

 口に手を当てたポーズで斜め下の空間を見つめ、ぶつぶつと“まっくろくろすけ”についての情報を確認し始めたクロロにフィンクスは恐る恐る聞いたが、彼は既に自分の世界に入ってしまっていて、聞いては居なかった。

「ここの天井裏には行けないだろう、これは確かだ」

「……なあ」

「ならば階段か!」

 どうしよう、と、フィンクスはまるで謎を解き明かした名探偵のようなリアクションをひとりで取っているクロロを目前に、遠い気持ちで思った。

 

「情報助かったフィンクス。ホシは階段にいると見た」

「昼ドラの刑事かよ」

「今日から団長でなくデカ長と呼ばせるか」

「呼ばねーから! ていうか何そのノリ!?」

「じゃあな眉なし刑事、俺は行く」

「誰が眉なし刑事だ!」

「ではジャージ刑事」と本当に人が嫌がる的確なツボを突くのが神業的に上手いクロロは言い、子供向けの本を片手に颯爽と部屋から出て行ってしまった。

 

 フィンクスは、ものすごく微妙な気持ちで、クロロが出て行った後のドアを見つめた。

 彼は既に「幻影旅団って何する集団だっけ」という気持ちになりかけていたが、団員のプライドを総動員させ、何とかその思いを打ち消したのだった。

 

 



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No.011/パパとおべんきょう

 

 

 ここは、ただ単に元ホテルの廃墟だというだけの場所ではない。

 今現在、幻影旅団の住処になっている場所だ。

 

 つまりそれは、一階の奥の元倉庫がフェイタンの拷問室になっていたり、何故かボロボロに破壊された部屋や銃を乱射しまくったような部屋、刀傷だらけの部屋やら元の壁紙・絨毯の色がなんだったか分からないまでに血痕まみれの部屋、さらにどこかに干涸びた死体がいくつか無造作に積んであったり、最上階の元スウィートルームがクロロの図書室になっていたりする建物だ、ということだ。

 本当にお化けが満室御礼でもおかしくない、ロケーション的には本格派極まるホラースポット、それがこの幻影旅団本拠地(ホーム)だった。

 シロノには「死体は汚いので見つけても触るな」とだけ言ってあとは好きにさせているわけだが、“まっくろくろすけ”を探しているらしいシロノの行方に、クロロは今度こそ心当たりがあった。

 

 クロロは、真っ黒に焼け焦げた階段と、その周囲の壁を見渡す。

 ここは何故か、つまりクロロたちが来る前から階段と部屋が丸々ひとつ全焼しているという場所で、しかも端には人間大の炭と化したまる焦げの死体が転がっている。タバコの火でも引火したのか、それとも誰かが誰かを焼き殺した果ての惨状なのかはわからないが、クロロたちにはどうでもいいことだ。

 そしてそこはどこもかしこも真っ黒で、あの子供が探しているものが現れても何ら可笑しくなさそうな風情を醸し出しているのだ。

 

 ──ゴンッ。

 

 その時、どこかから何かがぶつかる音が聞こえ、クロロは辺りを見回した。すると再度ゴンッという音が聞こえ、それはどうやら真っ黒な階段を昇って入った先からしているらしい。そしてそのゴンッという音は一定間隔で生じている。

 

 その音を追うようにして階段を昇ったクロロの前に現れたのは、奇妙で、小さな人影。

 

 濃い紫地に椿と鞠の柄の着物に大きな蝶々結びにされた銀色の帯はマチが言った通りの姿だが、頭には金色の、何とも言い難い形のヘルメット──いや、フィンクスの帽子を被っていた。

 もともと頭身が低いのに、あの帽子を被っているせいで、さらに頭がでかく見える。

 しかし、火事現場に現れた、大きすぎて顔の見えない珍妙な黄金メットにキモノの子供というビジュアルは、なかなかにホラーかつ滑稽だ、とクロロは思った。

 あのゴンッという音は、どうやらフィンクスの帽子のせいであったらしい。

 どのぐらいの重量があるのか知らないが、シロノは重みでぐらぐらする頭を支える為におぼつかない足取りでフラフラと行ったり来たりを繰り返し、そして壁に頭をぶつけていた。

 

 シロノの“絶”があまりに徹底しているからか、クロロもなんとなく意地になって意味もなく“絶”を行なっていたのだが、シロノは自分の後方に立つクロロに気付いていないようだ。珍妙な姿の子供は、頭を壁にぶつけながら、焼けた部屋のひとつに入っていった。

 

「……ん?」

 部屋に入ればもう見失う事はない、と当然思っていたのだが、シロノに続いて部屋に入るも、子供の姿はそこになかった。クロロはくるりと部屋に視線を一周させるが、馬鹿馬鹿しいほどに目立つ、黄金の丸い物体は見当たらない。

 しかし、ふと焼け焦げた床に視線を落とすと、そこに小さな足跡がついていることに気付いた。そしてそれは、窓の側まで続いて途切れている。

 まさかここから外に出たのではないだろうな、とクロロは訝しむが、ここは8階で外壁に足場もないため、さすがにそれはあり得ない。いずれ降りられるようにせねばなるまい、とは思うが。

 

 クロロは最後の足跡を観察する為、小説に出てくる探偵のようにその場にしゃがみ込んだ。

 十五センチそこそこしかない本当に小さな足跡、その周囲にも何か手がかりがないかと、彼は持ち前の集中力でもって注意深く顔を上げ、ゆっくりと首を回し、

 

「!」

 

 クロロは辛うじて声を上げなかったが、ビクリ、と大きく肩を跳ね上がらせた。

 というのも、わりと高めのベッドの下にあった透明な目と、いきなり目が合ったからだ。

 

「あ、パパ」

「お前……」

 ベッドの下にじっとしゃがみ込んでいるシロノは、珍妙な黄金マスクの下からクロロを見つめている。

 不覚にも本気で驚いた彼は、「なんかホラー映画でこんなシーンあったな」と思いながら、珍しくやや早くなった心臓の鼓動を整えつつ、口を開いた。

「なんでそんな所に居るんだ」

「でてこないから、かくれてたらでてくるかもって」

 主語が抜ける幼児独特の話し方だったが、クロロはシロノの言いたい事はだいたい分かった。

 つまり、なかなか目撃できないUMAを、ベッドの下で待ち伏せしようとしていたらしい。

 

「もうすぐ食事だから、出て来い」

「はあい」

 シロノは素直に返事をして、ベッドの下から出て来た。

「帯が汚れてる」

「えっ」

 結び目の輪の先の所に、煤がついている。

 クロロが指を指すと、シロノは勢い良く振り向く。しかし自分の尻尾を追いかける犬と同じ有様になった子供に、クロロはやや脱力した。勉強嫌いとのことだが、やはりというか、あまり頭は良くないようだ。

 

 みるみる狼狽えたような顔になってしまったシロノは、初めて会ったときよりも格段に表情が増えた。団員たちによれば声を上げて笑ったりもするようだが、クロロはまだ見た事はない。

「貸してみろ」

 クロロはそう言い、子供に後ろを向かせて、僅かに煤のついた帯の輪を手に取った。そして汚れの裏側から、デコピンの要領で、何度か爪で衝撃を加えて行く。

 繊維の間にそんなに深く入り込んでいなかった煤は、鋭い衝撃で綺麗に取れた。

「取れたぞ」

「ほんと? きれいになった?」

 なった、と返事をしてやれば、安心したような顔になる。

 それならこんな汚れやすい所に来なければいいのにと思うが、これは子供だ、欲求を抑えきれなかったのだろう。

 

 しかし慣れないキモノ姿であるにも関わらず、シロノのキモノについていたのは、今の小さな汚れだけだった──いや、ぶつけまくったらしいフィンクスの帽子は煤だらけであったが。

 部屋の全ての面が炭化しているこの場所でキモノを汚さないようにするには、それなりの身のこなしが必要だ。運動神経に関してはそれなりに有望、とクロロは頭の中のチェックシートに印を入れた。

 しかし、やはりシロノの“絶”はすごいものがある。気配が薄いどころか、まるで無だ。目の前にいる今でさえ、ちゃんと存在しているかどうかチラチラと頻繁に確認してしまう位に。

 

「パパもまっくろくろすけ見に来たの?」

「俺はお前を探しに来たんだよ」

 クロロは小さく溜め息をつき、ほとんど無意識に漏らすように言った。……のだが、その時、シロノが目を丸くしてクロロを見つめた。

「パパ、あたしを探してたの?」

「そうだ。その“絶”のせいでひどく苦労したぞ、どこにいるのか全然分からない」

 そう言ってから、クロロは、シロノが酷く吃驚したような顔をしている事に気付いた。

「なんだ」

「探してるなんて知らなかった」

 シロノは言い、そして黄金メットの重みでぐらりとよろけた。

 クロロは咄嗟にそれを支え、なんでこんなものをいつまでも被っているんだ、と呆れた声をかける。

「重くて脱げない」

 世話の焼ける、と思いつつ、クロロは珍妙なメットを両手で持って引き上げた。メットは中程の重さのボーリングの球くらいの重量があって、フィンクスの奴は何を考えているのだろうか、とクロロは本気で呆れた。

 そして、それを被っていちおう歩けていたシロノに、“持久力および首の力はまあまあ”のチェックを入れる。

 

 メットを外されたシロノは、赤い顔をしていた。

「なんだ、蒸れたのか?」

「んー……あつい」

「それはそうだろうな、こんなものずっと被ってれば」

「んー」

 シロノは何かもじもじしたような様子で、どこか妙な態度に、クロロは首を傾げる。

「どうした? トイレか」

「ちがう」

「腹が減ったのか」

「まだちょっとしか空いてない」

 じゃあ何だ、とクロロが再度育児書の役立たずぶりを実感していると、シロノは小さい声で言った。

「……“絶”っていうのしてなかったら、パパ、あたしがどこにいるか分かる?」

「そりゃあな」

 いきなり何を聞くんだろう、とクロロは訝しんだが、シロノは彼の返事に、ぱっと顔を上げた。

「それが“纏”?」

「少し違うが、まあ同じようなものだ。お前がオーラを出していれば、お前がどこにいるか分かる。それに“纏”が出来るようになれば、修行も始められるしな」

「そっか」

 シロノはこくこくとひとりで力強く頷いたあと、一度深呼吸をした。

 何をするつもりだろうかとクロロが思ったその時、シロノは意を決したような目でクロロを見上げて、言った。

 

「どうやったらいいの?」

 

 この子供は、教えられるものや与えられるものは黙って受け取るが、自分から何かを欲しい、と言う事がない。

 自分から何かを欲したのはせいぜい服の件くらいだが、これもパクノダの示した選択肢から選んだようなものだ。

 だから、シロノが自主的に何かを望んで来たのはこれが初めてのことだった。クロロは僅かに目を見開いたが、すぐに表情を戻し、静かに言った。

「そうだな……」

 シロノは“絶”“発”“円”の三種類しかできないという、例えるならば、自転車に曲乗りでしか乗れないというような不自然な状態だ。そんな人間にただまっすぐ進む事を教えるにはどうしたら良いだろうか、とクロロは考え、やがて口を開いた。

 

「……よし、“家”になる前の“円”をやってみろ」

「ん」

 ぶわ、とオーラが広がる感覚がクロロの身体を通って行く。やはり四畳半ほどの大きさに広がったシロノの“円”を確認すると、クロロは「それをもっと縮めてみろ」と指示した。

「もっと狭い部屋をイメージしろ。もっとだ」

「ん」

 もっと、とクロロが言う度にシロノの“円”はじりじりと狭くなっていき、とうとうトイレの個室程度まで狭まった。クロロは「まさか“円”から“纏”を教えるとはな」、と内心苦笑しつつ、もっと、と更に指示した。

 

「“円”が四角形なのはお前の特性というか、癖なのかな」

「……わかんない」

 シロノのオーラは、シロノの身体ぴったりのサイズの四面の水槽に固められた水のようになっている。クロロは四角い樹脂の中に閉じ込められた、生物標本を思い出した。

「その状態が“纏”。慣れれば寝ていても出来るようになる……と、本当に寝ていても“絶”が出来るお前に言うのは、妙な感じだが」

「“纏”のほうが難しいよ」

「本当に順番がちぐはぐだな……」

 クロロは苦笑しつつ、「では次は“練”だ」と言って、腕を胸の前で組んだ。

 そういえば誰かに何かを教える等という行為は初めてだな、という考えが頭の隅をよぎる。

 

「オーラを思い切り増幅させてみろ」

「また広げるの?」

「違う。“円”のようにするのではなくて……」

 クロロは、一度言葉を区切った。

「大声を出したり、水道の蛇口を思い切り捻って限界まで水を出すようなイメージだ。調整せずに出すだけ出せ」

 シロノは、一瞬戸惑った。自然に調整をかけてオーラを細かく操って来ただけに、何の枷もつけずに思い切り放出するというのが戸惑われるのかもしれない。

 だがシロノは腹を決めたようにきゅっと唇を引き結んでから、すう、と一度息を吸い込むと、一気にオーラを増幅させた。

 

「……うん、まずまずの絶対量だな。やや遅いが、まあ最初だし」

 ぎりぎり合格ライン、と幻影旅団団長は再度頭の中のチェックシートに印を入れ、「“纏”に戻して保て」と指示した。

「さて次だ。これは何に見える?」

 クロロは人差し指を上に向けた。

()()()()

 ヒントだ、とクロロは言い、シロノが答えを出すのを待った。

 シロノは一生懸命考え──はしなかった。ただクロロの言う通り、ひたすらに、目に入るものを()()()()

 

 その様に、クロロはこの子供に対する性格分析が間違っていなかった事を確信する。

 この子供はあまり頭が良くなく、言葉で説明してもあまり伝わらない。しかしそのかわり、実行すると決めた際の集中力は目を見張るものがある。

 そしてそれは、試験よりも実技、能書きよりも実際の実力を重んじる自分たちにとって重要で、評価すべき点だ。

 そしてシロノは“よく見る”という行為を、“纏”を保つ、という指示を守ったまま行なった。すると、自然に目にオーラが集まる。

 シロノは、クロロの指先にオーラが集まっている事、そしてそれが形を成している事に気付く。それは、十二本の長い足を持つシルエットだった。

 

「……クモ!」

「よし。二分か、まあ合格だ」

 これでシロノは、念の基本である四大行はマスターした事になる。

 

「今のが“凝”だ。オーラを体の一部に集めて増幅する。主に今のように目に集中し、他者のオーラの動きや性質を見破るのに使うんだ。怪しいと思ったらとりあえず“凝”を行なって、周囲をチェックするようにしろ」

 そこまで説明してから、クロロはふと思い立ち、ウォレットチェーンも兼ねてベルトに着けている懐中時計をパチンと開いた。

 

「……はは。見誤ったな」

 

 シロノが教えを乞うてから今の時間まで、一時間半。

 四大行を三時間で習得させると言った言葉を半分の時間によって裏切られ、クロロはにやりと笑った。

 

「さあ、次だ。疲れたか?」

 その通り、疲れているだろう。しかしシロノはブンブンと首を振った。負けず嫌いなのは良い事だ、とクロロは再度チェックを入れながら笑みを浮かべる。

「“纏”の範囲を保ったまま“練”だ。俺がいいというまでやってみろ。範囲は絶対に広げるなよ」

「う……、やってみる」

 鉄の箱の中に、水を限界以上ひたすら詰め込めと言っているようなものだ。

 “円”の場合は鉄箱ではなくゴムの風船のような感覚で、詰めれば詰めるだけ広がっていく。シロノにとって、その限界が今の所四畳半だ。

 シロノは鉄の箱に入っている自分と、その中にオーラをぎゅうぎゅうに詰め込む様をイメージしながら、オーラの容量を増やしていった。

 しかし頑強な鉄の箱の中に無理矢理水を詰め込むのはかなり辛く、シロノは顔を顰め、歯を食いしばった。

 

「……し、しんど、」

「シロノ」

「え?」

 シロノが顔を上げると、クロロが金色のメット、もといフィンクスの帽子を片手に構えていた。そして彼は二メートルもない至近距離で、そのままゆっくりと振りかぶる。

「シロノ、“ママ”に手出し無用と言え。大丈夫だから」

「え、」

「その状態を解くなよ」

 解いたら大怪我するからな、と言ったか言わないかの瞬間、クロロはボーリングの球くらいの重量のある塊を、シロノ目がけて投げた。

 

「──ッ!?」

 

 ゴン、と音がして、金色の塊はシロノの頭に真っ向からぶつかり、……そして床に落ちた。

 

「それが“堅”。“纏”と“練”の応用技だ」

 きょとんとしているシロノに向かって、クロロは僅かに笑みを讃えながら言った。

「今のはただ投げただけだが、もっと極めれば、念を込めた攻撃もガードする事が出来る。お前が危機に陥った時に“ママ”がやったのがそれだが、今度から自分で出来るように鍛えるからな」

 “ママ”という存在の正体についてはまだ確証が持てないが、シロノをオートで危機から守る存在であることは確かだ。

 “ママ”はオーラで出来た身体でシロノをガードし、助ける。今回投げたフィンクスの帽子を“ママ”が手を出してガードしなかったのは、彼女……が意思を持ち、先程クロロが言ったことを聞き入れてくれたからという可能性が高い。

 つくづく興味深い存在だが、今の所は保留にしておくとしよう、とクロロは頭を切り替えた。

 

「そして“堅”は、維持する時間を十分間伸ばすだけでも一ヶ月かかると言われているが、それだけに、少しでも伸ばせれば大きな成長と言える」

 クロロは、歯を食いしばって汗を滲ませるシロノを見下ろした。

「さあシロノ、お前は何分出来るかな」

「……う……ッく……!」

 

 ──負けず嫌いだ、ということは、既に確証済み。

 

 シロノは“堅”を続け、そして限界と同時に気絶した。

 気絶するまで力を出し切れるという根性と負けず嫌いは、成長に欠かせない要素だ。そして限界を超えるまでの無茶は、荒っぽいが飛躍的な向上に必須でもある。

 

「一分半か。二分は欲しかったんだが……」

 まあ初めてだからよしとしようとクロロは呟き、傾いだ小さな身体を片手で受け止めた。

「……はは」

 汗だくになったシロノを見て、クロロは自分でも知らず知らずのうちに笑んだ。

 

 運んでやらねばなるまい、と、クロロはいつかしたように、シロノの襟を持ってぶら下げた。キモノの構造はそうするのにとてもやりやすい作りをしていて、持ちやすかった。

 が、彼はふと散々熟読した育児書の一項目を思い出し、一度しゃがむとシロノを立てた膝に乗せ、太腿の裏側を片腕で支える──つまり抱えると、そのまま立ち上がった。

「なるほど、こう抱くのか」

 全く役に立たない記述も多いが、そうでない部分もあるのだな、と、クロロは初心者向けの育児書に載っていた、『疲れない子供の抱き方』の項目を実践しながら思った。

 “堅”を続けたことによって体温が上がった身体は熱く、そして幼児特有のミルクっぽいにおいがした。汗のにおいすら透明でほとんど不快感を伴わない事に、クロロは興味深げに目を細める。

 

「面白い」

 クロロは満足の笑みを浮かべ、そして満足という気分を持っている自分に少し驚いた。

 どんな難しい仕事を成功させ獲物を得た後でも、終われば後は獲物を愛でるしかやりようがない。そして飽きればお終いだ。

 しかしこの目の前の子供は、教えれば教えただけ吸収し、その度に満足感を味わわせてくれる。クロロはワクワクした。

 

 

 

 シロノをきちんと“抱っこ”して現れたクロロに、団員たちは目を丸くした。

 しかも彼は酷く満足そうな様子で、シロノを抱いたままソファに腰掛けるや否や、シロノが一時間半で四大行をマスターし、“凝”はヒントひとつで二分でクリアした事、さらに“堅”を一分半こなしたことなどを機嫌良くつらつらと話した。

 

「そういうわけで、明日から本格的な修行だ。今日見た感じだと、“堅”の持続時間を伸ばす事と“円”の範囲を広げる事を最優先にして、“隠”と“周”を覚えさせれば体術の覚えも早いだろう。ああ、それより水見式を先に……」

 興奮気味に次々とプランを練るクロロは、まるで教育熱心な父親のようだ。

 

「……びっくりだよ」

「そうだろうシャル、俺もビックリだ、子供は水を吸収するスポンジだというのは本当だったようだな。実に興味深い」

「いやそっちもだけどさ、俺は団長がそこまで子育てにハマるとは思わなかった」

 シャルナークの台詞に、全員が無言で同意した。

「ていうか、団長が他人にモノを教えられるっていうのがまず意外だよ」

 マチの台詞に「ああ、わかるわかる」と数人が深く頷いた。クロロは良くも悪くも天才なので、「わからない、ということがわからない」というところがあり、教える側には向いていないというのが全員の見解だったからだ。

 

 しかしそんな風に思われていたとは知らなかったらしいクロロは、きょとんとした表情を浮かべた。髪をおろしている上にそんな表情をすると、彼は酷く幼く見える。

「そうか?」

「そうだよ。……で、どうやって教えたのさ」

 クロロが「わからないということがわからない」というタイプならば、シロノは「自分で何がわからないのかがわからない」という状態だった。

 そのシロノにどうやって四大行プラス“堅”を教え込んだのか、という団員たちに、クロロはシロノを見つけ、いくつかの会話のあと、シロノから教えを乞われたのだということを話した。

 

「……へえ」

 ノブナガが、感心したような、奇妙な半笑いを浮かべた。

「なるほどねえ」

「なーんだ、心配する事なかったね」

 勝手に納得したように相槌を打つノブナガと、「気使って損したかも」と言うシャルナーク、そして妙な笑い方をする幾人かの団員たちに、クロロは訝しげに眉を顰めた。

「どういう意味だ、それは」

「何、わかってねーのかよオトーサン」

 ノブナガが、呆れながら笑う。

「団長は黙ってると近寄り難い雰囲気あるからなあ。シロは団長から構ってくれるのを待ってたんだろ、きっと」

「でも“絶”してると自分を見つける事も出来ない、ってのが分かって、見つけて構ってもらうにはどうしたらいいか、って思ったんだろ」

 フィンクスが補足した。

 

 クロロは目を丸くして、自分の膝の上で疲れ果てて眠る子供を見遣った。シロノはいつの間にかクロロのシャツを握り締め、彼の胸を枕にぐっすり眠りこけている。

 そしてすっぽりと彼の膝に収まる子供は、それこそ“凝”を使わなくてはならないようなほんの少しだけではあるが──、……僅かに精孔を開け、オーラを溢れさせている。

 

「ま、とにかく、その様子なら信用と威厳ってポイントは大丈夫だね」

「あら、私は最初からその点は心配してなかったわよ、シャル」

 こんな事なら賭けとけば良かったわ、と言いながら笑うパクノダに、シャルナークを始め、全員が「なぜ?」と疑問をぶつけた。

 するとパクノダは、シロノの汗を拭く為の制汗パウダー付きのウェットティッシュを用意しつつ、笑って言った。

 

「……だってその子、念が解けてからもずっと団長の事、“パパ”って呼んでるじゃない」

 

 

 ──余談だが。

 クロロがあの部屋に忘れて来たフィンクスの帽子はシロノに跳ね返ったあと床を転げ回って煤で真っ黒になっており、フィンクスは愛用の帽子の惨状にひとり涙を流したとか流さないとか、という話。

 

 

 



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No.012/パパのおしごと

 

 

「幼児期においては、外で健康的に身体を使って遊ぶことが健やかな成長に繋がる」

「……その言葉だけ聞いてればもの凄く健全な教育方針なんだけど」

 更に購入して来た教育に関する専門書を真面目な顔で読みあさるクロロと、外の光景を眺めるシャルナークの発言である。

 

 あの日から、シロノの修行が本格的に開始され、今日で約三ヶ月。

 本拠地(ホーム)の周囲では、シロノと団員数人が、先程から縦横無尽に走り回っている。

 そして特筆すべきは、今が真夜中だという事だ。

 

「調べてわかったんだがな、日光過敏症は白猫にも多いそうだ」

「マジ? あはは、でもなるほど。シロノも真っ白だもんね」

 髪も肌も、目まで白、とシャルナークは笑う。

 

 追々わかったことだが、シロノは、日光過敏症だった。

 

 約三時間以上強い直射日光を浴びると湿疹や発熱を引き起こし、果てはオーラまで酷く弱まってしまう。日傘や帽子である程度和らげる事は可能だが、本人も強い日差しが大嫌いで、日中に外に出ようとはしない。

 だがその代わり夜目が効くし、暗闇を怖がる事ももちろんない。むしろ好んでいるぐらいだ。

 既に基本的に朝日が昇る頃に寝入り、日が沈む少し前に起き始める、というシロノの生活サイクルが成り立っていた。だからシロノが活動するのは日差しの届かない室内か夜中だ。

 

 しかし盗賊だけあってまず実際仕事を遂行する時間は十中八九夜だし、彼らの活動時間もほぼ夜寄りだ。

 だからシロノの生活サイクルが彼らと逆になるという事も特になく、団員たちは全員が揃っている事はないが、同時に誰かしらが残っている為、シロノの相手には困らない。

 

「今日はかくれんぼかー。あ、ノブナガがシロノに見つかった」

「ほう。……最近“凝”が上手くなってきたからな。油断したなノブナガ」

 かくれんぼといっても、ただのかくれんぼではない。

 “絶”で隠れ、鬼は“凝”と“円”を駆使して皆を見つけなければならないというそれは立派な訓練であり、またクロロですら見つけることが難しいシロノの“絶”は相当なものであるため、団員たちにとっての訓練にもなった。

 他にも念による身体強化の訓練を取り入れた各種鬼ごっこの他いくつかの遊びが存在し、定番のメニューとなりつつある。

 念の修行とともに体術も同時進行しようと思っていたクロロだったが、四、五歳児の身体は彼の予想以上に弱く、そして成長期まっただ中であるため、無茶をするような特訓は憚られた。

 そのため、シロノはこうして遊びによる基礎体力の向上を行なっていて、だから最近の本拠地ホームでは、真夜中の鬼ごっこやかくれんぼが毎度行なわれているのである。

 

「楽しむ事が成長に繋がる。その為には、日々の生活や遊びの中に訓練メニューを組み込むのが効果的……。うん、さすがに専門書となると説得力のある内容だ、実に参考になる」

「更に毎日の“堅”でオーラの絶対量の増加訓練、その他諸々……ホントにスパルタだよね、実際。五歳児のやる訓練じゃないよ」

 英才教育と言え、と、クロロは本から目を離さないまま言った。

「噂によると、暗殺一家のゾルディック家なんかは、まだまだ比べ物にならないことをしているらしいぞ? 生まれたときから電流流して耐性つけるとか」

「うへえ、ゾルディックには生まれたくないね」

 すっかり教育の鬼と化したクロロはあらゆる訓練をシロノに課しているが、何かを指示されてそれをこなせば褒められるという事が楽しいのか、そしてしっかり負けず嫌いな性格もあり、シロノはひとつも嫌がらずにそれについて来ている。

 それはクロロがこうして訓練を遊びに組み込んだりして工夫しているせいもあるが──ちなみにこれは彼の優しさというよりは、彼がいかに“教育”というゲームをスマートに攻略するための考案から生まれたのであるが。

 毎日団員の誰かと走り回って遊びながら、シロノは着々と実力を伸ばしていた。

 

「でも、やっぱりシロノは操作系なんだよねー。なのに『レンガのおうち』の強靭さは……」

 どういうことなんだろう、とシャルナークは首をひねる。

 “練”ができるようになってからシロノに水見式をさせてみた所、グラスに浮かべた葉はくるくると水面の上で笹舟のように淵を回り、シロノが操作系だという事を示した。

 おままごとの能力、命名『Play house family(幸せ家族計画)』が操作系能力である事は能力の内容からして明らかだが、『レンガのおうち』はオーラを硬質化してシェルターにするという、マチの言う通り、どう見ても変化系の能力だ。

 

 自分の系統以外の能力を習得するには、限界がある。

 しかも操作系と変化系は対極にあり、最も相性が悪い位置に存在する系統なのだ。

 だが、シロノの『レンガのおうち』は、旅団員数人で攻撃をしかけてもびくともしないという頑強さを誇っている。

 

「発動条件は複雑だけど、それ以上の何かの誓約があるようにも見えないしなあ。でもシロノの歳であそこまでの……うーん」

 能力の威力を爆発的に高めるには、念能力を使用する際、あらかじめ制約ルールを決めて、それを遵守すると心に誓う、という方法がある。制約が厳しいほど威力は高まるが、厳しい制約はイコール破ったときのリスクの厳しさでもあり、誓約を破ればその反動で能力そのものを失う危険すらある。

 だが強力な念能力を身に着けようとした際に自動的に制約が付いてしまうケースも多々あり、また強力な能力ほど発動条件や踏まなければならない手順が複雑になる傾向がある。

 このパターンの場合は破ったときのリスクが付く事は少ないが、その分条件が格段に厳しい場合が多い。クロロの能力がまさにそうだ。

 

 シロノもまた、このパターンに当てはまる能力者だと思われる。

 しかし、雑念の少なさや集中力の高さのせいか子供の念能力者自体はそこまで珍しくもないものの、シロノほどの年齢で、あそこまでの威力のある能力を持っている事はひどく珍しい。

 

 というのも、子供の念能力の威力が低い理由は、念というものは能力者の目的や精神的変化に応じて成長したり変化したりするから、である。

 言葉にしてしまえば当たり前ではあるが、戦闘経験や苦難が多ければ多いほど成長し、強力になるものなのだ。

 

 しかし、今すっかりお気に入りの遊び『高い高い』、別名・人力&生身フリーフォール、をウボォーギンにやってもらい、もとは十階建てのホテルだった本拠地ホームより高く投げ上げられてキャーキャーはしゃいでいるシロノを見ていると、あの年齢で念能力が大人並みになるようなヘヴィな生まれ育ちをしているようにはあまり見えない。

 別の意味で変わった育ちはしているのかもしれないが、シロノの表情や仕草に、暗いものは一切見られなかった。

 といっても、唯一の手がかりである本人の記憶をパクノダが調べても本当に分からないので、確かな事は言えないが。

 

「……だが、あの『家』は確かにシロノの力だ」

 シロノは三ヶ月間毎日“堅”の修行を続け、その維持時間も伸びた。

 そしてそれと比例して、『レンガのおうち』の持続時間が伸びるという事にクロロは気付いていた。“堅”が一分伸びると、『レンガのおうち』の持続時間も約十分伸びる。

 シロノの成長と比例して成長するということは、『レンガのおうち』は、正真正銘、シロノの能力だという証拠だ。

「あれかな、やっぱり“ママ”っていうのがキーなのかな」

 疑問を呟き続けるシャルナークに、クロロはぱたんと本を閉じた。

 

 あの日以来、“ママ”は枕元に現れない。

 

 本当に夢だったのか、そうでなかったのか。

 だがあれが“ママ”であったのかどうかはさておき、“ママ”という存在がいることは確かだ。しかしその正体はというと──……憶測であれば、もしや、という考えはある。だが突拍子がなさ過ぎる。

 クロロは足下に積まれた胡散臭いタイトルの本の数々をちらりと見遣ってから、溜め息をついた。

「ところで団長、なんで最近オカルト関係の本ばっか読んでんの?」

 シャルナークの問いかけを、クロロは考え事をしているフリをして無視した。

 

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

「仕事だ」

 

 あれから一週間ほど経ち、クロロは「暇なら来い」の号令で集まった団員たちにそう言った。

 

「三ヶ月ぶりだな。クルタが折角手応えありそうなのに不発に終わったから、発散したかったとこだぜ」

「ワタシもね。派手なのがいいよ」

 好戦的なオーラを出しながら言うのは、フィンクスとフェイタンである。

 そして言葉はないものの、他の者たちも同様であるらしい。そもそも「暇なら」の号令で全員が集まっている辺りで、その意思は十分に汲み取れるのだが。

 

「そう言うと思った」

 クロロはほんの僅かににやりと笑い、今回の獲物を発表した。

 

 誰かから、ヒュウ、と感嘆と興奮の口笛の音が漏れる。

 クロロが示したのは、三日後に開かれるさる王朝の美術展だ。

 数百年前に栄華を極めた王家は、金と宝石を目が眩むほどふんだんに使った品々をこれでもかと造り出し、そして滅びた。どんなに小さな小物から果ては馬車にまで高純度の金と宝石があしらわれた品々は、他の王や貴族たちに流れ、あるいは今回発見された沈没船の中で眠っていた。そして今回、その全てが集められ、公開されるのである。

 

 そしてクロロはそのすべての贅沢さと技術の粋が極まる、美術展のメインである宝冠が今回のターゲットだ、と言う。

 

「本当なら全て欲しい所なんだが……」

 運搬能力を持った人材が欲しいな、とクロロは残念そうに言った。

 盗るのはできるが、運ぶとなるとまた話が違ってくる。取捨選択は必須だ。

「まあ、警護には念能力者も山ほど雇われてるからな。欠番も出た事だし、良さそうなのが居たら見繕っておいてくれ。運搬に役立つ能力者だと尚いい」

「了解。……で、今回チビはどうすんだ? 置いてくのか?」

 フィンクスが、“大人の話には口を出さない”モードで暢気におやつのビスケットをかじっているシロノを指差した。

「まさか子守りの留守番がひとり、とか言うんじゃねえだろうな? 俺は絶対御免だからな」

「げっ、それは嫌だ」

 絶対ヤダ、こうなったら託児所を探せ、ベビーシッターとかでも、と言いあい始めた団員たちを鎮めつつ、クロロは言った。

「心配するな、全員で行く。留守番はナシだ」

「じゃあシロどうすんだ? ひとりで置いとくのはさすがにアレだろ、どっかに預けんのか」

「いや、連れて行く」

 ノブナガの疑問にさらりと答えたクロロだが、団員たちは目を丸くした。

 シロノ本人もビスケットをかじるのをやめ、吃驚したような顔でクロロを見つめている。

 

「……確かに前より随分実力はついたが、実戦にはまだ早すぎるだろ、さすがに」

「いや、多少は手伝わせるが、ほとんど見学だ。現場の雰囲気を味あわせておこうと思ってな」

「子連れで仕事かよ……。別にいいけど、団長が面倒見てくれよ」

 普段シロノの面倒を見るのをあまり嫌がらない団員たちだが、仕事の邪魔になるのはさすがに嫌であるようだ。

「絶対団長が面倒見ろよ、俺たちは知らねえからな」と何度も念を押してくるのを、クロロは「わかったわかった」と苦笑で返した。

 

「ルートはあとでシャルナークから説明してもらうが、俺とシロノはターゲットの宝冠が収められている部屋へ行く。お前たちの仕事はその道づくりだ。そうそう、シャルナークが情報をいじって警備を増やしたからな。人数だけは山のように居るから、暴れるだけ暴れていいぞ」

「気が利くなあ、団長!」

 ウボォーギンが、膝を叩いて「話が分かる!」と嬉しそうに言った。

「そのかわり美術品は壊すなよ、また今度欲しくなるかもしれない」

「ハイハイ」

 しかし暴れられる事が嬉しいのか、団員たちは満足したようだ。

 

「そういうことだ。シロノ、三日後は仕事に連れて行くからな」

「あい。……ねえパパ」

 シロノが「しつもんです」と、まさによいこの見本のように右手をまっすぐ挙げたので、クロロは首を傾げた。

「何だ」

「パパって、おしごと何してる人?」

 

 場が静まり返った。

 

 シロノが答えを待ってじっとクロロを見つめていたが、彼は黙りこくったまま動かない。

 痺れを切らしたのか、シャルナークが先程のシロノのように手を挙げた。

「あのさあ団長、超基本的な質問で申し訳ないんだけど」

「なんだ」

「シロノに俺たちがどういう集団なのか話したの?」

「……してないな、そういえば」

 おい、と数人から突っ込みの声と、呆れた溜め息が数個聞こえた。

 シロノには、クロロたちが幻影旅団という集団であることと、別名で蜘蛛と呼ばれている事などしか教えていない。

 

「パパ?」

「ああ……。あのな、俺たちの仕事はその……、盗賊だ」

「とうぞくってなーに?」

「……法規から逸脱し、武装して掠奪・強奪行為を旨とする集団を指す。ほとんどの盗賊は多勢を以って形成し、首領格を中心とした組織を構成」

「団長、そんな辞書みたいな説明されても」

 シャルナークが遮った。

 そして、頭の上にクエスチョンマークを数個浮かべている子供の目線にあわせてしゃがむ。

「あのねシロノ、盗賊っていうのはつまり──」

 シャルナークは言葉を探して少し黙り、それから言った。

 

「つまり、集団で泥棒する人たちだよ」

 

 団長はそのリーダー、とシャルナークはわりと身も蓋もなく、そしてとてもわかりやすく説明した。泥棒って言うな、と呟くクロロはこの際無視である。

 

 シロノは丸い目を更に真ん丸に見開いたが、やがてゆっくりと頷きながら、「ああー……」、と声を出した。

「わあ、すんごい納得した感じのリアクションだよ団長」

「放っとけ」

「うそつきはどろぼうのはじまりって本当だったんだねパク姉!」

「……そうね」

「言われてるよ団長。世界最高危険度Aクラス賞金首だって事も教えていい?」

「うるさい」

 どうせ俺は世界最高Aクラスの大嘘つきだ、とクロロは言い、説明をシャルナークに投げて部屋へ引っ込んだ。

 

 



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No.013/はじめてのどろぼう(1)

 

 

「パパはどろぼうだったんだね! だってものすごくうそつきだもんね!」

「泥棒じゃなくて盗賊だ」

「ウボーもトトロじゃなかったし」

「聞け」

 本当の事であるし本来なら腹の立つ事でもないのであるが、クロロは無邪気な子供の声に、何やら据わりの悪いものを抱えた。

 確かに自分は正直者か嘘つきかと言われると、ぶっちぎりで後者であろう。少なくとも、嘘をつく時に罪悪感や焦りを感じた事はない。──嘘をつく時に限った事でもないのだが。

 

「もう寝ろ」

「ご本読んで」

「もう三十回は読んだだろう、それ。よく飽きないな」

 シロノが持っているのは、パクノダが持ってきたあの本である。

 初めは無視していたのだが、しかしすっかり子供らしい様子でしつこく「読んで」と連発され、クロロは仕方なく本を受け取った。

 

「……“クジラが海を泳いでいる”」

 

 クロロは、殆ど字を目で追わずに読み上げ始めた。

 クロロに限らず、団員たちのうち数人は既に暗唱できるほどこの本を読まされていた。自分で読むのを嫌がったシロノに、「内容を教えてやれば読むだろう」と最初だけのつもりで読み聞かせたのをいたく気に入られてしまったのである。

 

「……“海は素晴らしく青く、波はきらきらと白く、遠い空は涙が出るほどまぶしい”」

 

 きっぱり断ればシロノも諦めるのだが、すっかり習慣化したこの読み聞かせは、クロロにとっても就寝儀式と化している。羊を数えるようなものだ。

 

「“優しい泡ぶくが、クジラの腹を撫でていく。クジラは潜ってゆく。青色から藍色へ、海は深く美しく、うっとりするほどやさしい。だが”」

 

 クロロは、目を閉じた。

 

「“空と違い、海には果てがある事をクジラは知っている”」

 

 シロノより先に、クロロが眠ってしまうこともある。

 子供向けのこの本は、物語というよりは詩に近い。韻を踏んで熟れた言葉の羅列が、眠気を誘うのだ。

 

「“だがクジラは”」

 

 深く深く、眠るように潜ってゆく。果てがあると知りながら。

 

 

 

「──いよいよアタシの娘をドロボーにするつもりね」

 潜った海の底には、赤い髪の女が居た。

 相変わらず身体は全く動かず、女も枕元の定位置に立ったままで、声しか聞こえない。

 

「泥棒じゃない、盗賊だ」

「なお悪いような気がするけど」

「不満か」

「別に?」

「殺しもさせる。いずれは」

「アタシはこの子が生きてて幸せなら、何も言う事はないわ」

 ならいい、とクロロは言った。話の分かる女だ、とも言うと、女は笑った。

 

「母親だからね」

 

 嬉しそうな声だった。

「それに、アケミちゃんは話のわかる女だって評判だったんだから」

「……アケミ?」

「朱と海って意味でアケミ。別に覚えなくていいわよ」

 女の名前は、アケミ、というらしい。

 クロロはほぼ自動的に、知能指数だけはやたらに高い自分の脳みそがその名前を刻み込むのを感じた。きっと意味もなくずっと覚えているだろう。

 

「まだ夢だと思ってるでしょ」

「……今確信した。朱の海だなんて、俺の頭もわりと単純だ」

「はァ? 何の話? 疑い深い上にわけわかんないわねクロちゃんは。電波?」

「誰がクロちゃんでしかも電波だ」

 二回目、しかも夢と確信できると、クロロの口調も刺が抜けて滑らかだった。

 

「何よ、あんたハタチそこそこでしょ」

「お前はいくつだ」

「女に年齢を聞くなんて、やっぱり子供ね! デリカシーってものがないわ、モテないわよ」

「残念だったな、むしろ鬱陶しいほど困ってない」

 でしょうね! 可愛くない! と女は言いながら、けらけら笑った。

 

「この子に良くしてくれて、ありがとうね」

「訓練をつけている事か?」

「それもあるけど……色々よ。衣食住から何から、不自由なく」

「そのくらいの甲斐性はあるつもりだ。拾ったからには」

「男前ね! 惚れそうよクロちゃん」

「クロちゃんって言うな」

 けらけら笑う女の声は、不思議と不快ではなかった。

 

「うん、見た目は言う事ないし、強くしてくれるし、なかなかいい“パパ”よ」

「……それはどうも」

「特に、強くしてくれるのは本当に有り難いわ」

 赤い、……いや、朱い髪が、さらりと顔にかかった。

 

「……アタシが守ってあげられるのは、子供のうちだけだから」

 大人になったらひとりで生きていけるように、強くなくちゃ、とアケミは言った。その声はどこか寂しそうな色が滲んでいる。

 

「この子に何度も本を読んでくれて、ありがとうね。クロちゃん」

「だからクロちゃんって言うな」

「アタシももう何度も聞いて暗記しちゃったわー。クロちゃんたらイイ声してるし」

 クロロは、自分をこんな名前で呼び、そして自分の話を無視する女に初めて出会った。

「キレイな話よね、アタシも好き。また読んでね。じゃ、お仕事頑張って」

 鮮やかに朱い髪の奥にある女の目は、冴え冴えとするようなブルーだった。

 

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

「ぎゃはははははははは!」

「笑いすぎだ、ウボー」

 巨体をのたうち回らせながら大笑いするウボォーギンにクロロは言うが、他の団員たちを見渡し、諦めたように溜め息をついた。全員が、ほとんど同じ有様だったからだ。

 

「ぶはははは! マチ、お前最高! イイ仕事しすぎだって!」

「でしょ」

 涙を浮かべて笑うノブナガに、マチは満足げな笑みを浮かべた。

「あっはっはっはっは! ミニ団長! プチ団長!」

「しつこいぞシャル」

「いや無理ねえよ団長、ところで指示は」

「そっちはシロノだフィンクス、笑いを堪えながらわざわざやるな」

 その言葉のあと、フィンクスは盛大に吹き出し、地面に突っ伏して笑い出した。

 

「あはははは、かわいいわよシロノ」

「パパかわいい?」

「団長は可愛くないわ。団長の服を着たあなたがかわいいの」

 パクノダは、シロノが同行すると決まってからマチがまるまる三日かけて作った衣装に身を包み、カチューシャで額を全開にしたシロノの頭を優しく撫でた。

 

「初・仕事同伴だから」というよくわからない理由でマチが作った“団長モデル”は、クロロの衣装をアレンジして白基調にした服で、仕事モードで団長姿のクロロと並ぶと、まさに大小セットという感じだった。

 ただし黒ずくめでロングコート、威圧感が有り余るクロロと比べ、ショート丈で白基調のシロノはひたすらかわいい感じだ。むしろクロロの威圧感が、無害げな愛らしさに食われているような気さえする。

 しかも迷子防止の連絡用としてシャルナークが自作した、ウサギ型のピンクの小さな携帯電話をストラップたすき掛けで持たされているので、そのプリティさはひとしおである。

 更に無駄に芸が細かい事に、携帯電話自体がシロノの手にジャストサイズの特別製だ。

 

「……本気でこの服で行くのか」

「初・仕事同伴だからね」

「いやだからその理由がわからん、マチ」

「いいじゃない、折角この日の為に作ったんだし」

 女性陣二人にやたらイイ笑顔で言われ、クロロは渋々黙り込んだ。

「こうなったら額に十字も描く?」

「やめろ」

 

 決行当日、出掛けにそんな一幕を経てから、彼らは展示会場に乗り込んだ。

 

 

 

 まだ客が居る間のほうが面白いという意見もあったのだが、さすがに客がギチギチの状態で居るのでは動きにくく、つまらない。

 だから閉館直後、まだ客がまばらにいて、しかもいよいよ本腰を入れて警戒せねば、というまっただ中を、彼らは狙った。

 

 シャルナークがわざわざ増やした警備はまさに烏合の衆、質より量という感じだったが、その中に何人かある程度の念能力者も含まれており、皆それぞれに楽しげに戦闘を繰り広げていた。

 黄金と宝石の反射光がこれでもかと眩く煌めくホールでばったばったと警備員たちを殺していく団員たちを、クロロに手を繋がれたシロノはぽかんとした顔で眺めていた。

 

「美術品は壊すなよ。欲しいのがあれば、各自勝手にしろ。じゃあ俺たちは宝冠を取りに行くからな」

「ハイハイ、いってらっしゃい」

 証拠隠滅も兼ねてカメラを壊しつつ、「じゃあ俺はコンピュータールームに行って来るから」と、死体と戦闘をひょいひょいと避けて、シャルナークはひらひらと手を振った。

「フェイタン、フィンクス! 途中までついて来い」

「あぁ!? ンだよ団長、今ちょうど大勢出てきそうでいいとこ……!」

「宝冠に近い方が強力な念能力者がいるかもしれんぞ」

 そう言った途端、二人はコロリと態度を変えてついてきた。

 

「行くぞ、シロノ」

「あい」

 手を繋いで歩き出す二人は、クロロが髪を上げて団長モードなせいもあり、お揃いの格好をした親子に見える。

 ただし、周囲の背景が血と悲鳴と怒号が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図でなければ、であるが。

 

 

 

「かんむり、取るんだよね」

「そうだ」

 最も厳重な警備装置が設置されたその道程は、本来なら一般の客もただ歩いて来れる所ではない。

 閲覧は予約制のグループ制で、ひとつのグループは、五人きっかり。そしていくつもの監視カメラが置かれた一本道には、十五の扉。一の扉が開いてそこを潜り、完全に閉まるまで二の扉が開かない、という、大銀行並みの慎重な作りになっている。しかも宝冠のある部屋に辿り着いても、滞在していられるのは僅か十分足らずだ。

 しかしそれも、シャルナークがコンピュータをハッキングし、プログラムを壊してしまえば意味はない。

 道すがらカメラを壊し、襲い掛かってくる何人かの警備員と念能力者をフェイタンとフィンクスに任せ、クロロとシロノはまっすぐ、のんびりとも言える悠々とした具合で、宝冠が収められている特別展示室へ向かった。

 

「シロノ、“堅”を怠るなよ。罠や弾は出来れば避けろ」

「はーい」

 扉は壊されているが、侵入者撃退用の数々のトラップはそのままだ。シャルナーク曰く、「あんまり簡単だとつまらないでしょ」「シロノの訓練も兼ねて」という仕様である。

「こら、遅い。ほらそこの床からマシンガン出てる。ボーっとするな」

「んー」

 まるでアスレチック感覚でサーモグラフィタイプのオートマシンガンやレーザーなどを避けたり壊したりしつつ、二人はどんどん奥に向かう。

 すると、ついに最奥の展示室に辿り着いた。

 正方形の真っ白な部屋は縦横二十五メートルほどの大きさで、その中央に、宝冠を収めた強化ガラスのケースが鎮座している。

 

 そして二人は、全く普通の歩調でもって、中央の台座に近付いた。

 純金に大小様々な宝石がぎっしりとあしらわれた宝冠が、分厚い強化ガラスの中で、目も眩むような、豪奢な光をきらきらと反射している。

 シロノは、しげしげと中を覘き込んだ。

 

「わあ、きれい」

「ははははは! このまま易々と宝冠を奪っていけると思うなよ!」

 突然部屋の中に響いたのは、男の声だった。

 見ると、白い壁がいくつか開き、その中からゾロゾロと五人の人間が現れた。最初に叫んだ男がリーダーらしく、彼がパチンと指を鳴らすと、クロロ達が入ってきた正面入り口、そして男たちが入ってきた入り口全てが閉まった。

 

「ククク、全員が念能力者だ。この人数には幻影旅団と言えどさすがに」

「念能力者、なあ……」

 クロロは“纏”や“練”を行なっている全員を見渡すが、とりあえず、眼鏡に適うようなオーラの人間は居なかった。クロロは残念そうにため息を吐くと、きょとんとしているシロノに言った。

「シロノ、『家』を建てろ。小さくていい」

「あい」

 シロノは言われてすぐに二メートル四方ほどの“円”を行ない、それを『レンガのおうち』に変化させた。

「オーラは大した事ないのしか居ないが、能力は面白いかもしれないからな。ちょっと探ってくるから、お前はここで見てろ」

「はーい。“いってらっしゃい”」

「“いってきます”」

 クロロがそう言った途端、『レンガのおうち』の一部に僅かに発光する部分が現れ、彼はそこを開けて外に出る。

 そしてビリビリと警戒する男たちに向かい、余裕綽々の様子のクロロはまっすぐに立ち、にやり、と笑った。

 

 

 

「わあ」

 宝冠の台座の前でしゃがみ込んだシロノは、頭上を泳ぐ長い魚を、飽きもせず眺めた。

 クロロが男たちの能力を盗むかどうか見定めている間は色々な能力が見れて結構面白かったのだが、五人中三人が単純な強化系──もちろん、ウボォーギン、ノブナガ、フィンクスにはとても及ばない──であった上、あとの二人も大した事はなかった。

 そのため、クロロはさっさと『盗賊の極意(スキルハンター)』から一番お気に入りの念能力『密室遊魚(インドアフィッシュ)』を発動させ、あっという間に三人が残らず食べられてしまう。

 

 宝石がよく反射するようにと計算された照明が眩しい真っ白い部屋の中、そこをゆっくり悠々と泳ぐ密室遊魚(インドアフィッシュ)を『レンガのおうち』の中から眺めるのは、水族館の海中トンネルの風情にも似ている。

 部屋の端では魚に食べられながら狂った声を上げている一人がいるが、シロノは既に興味がないようだった。

 

「わざわざ密室にしてくれて、アリガトウ」

 この魚は閉め切った部屋でしか存在できないからな、とクロロは言い、腕の一部を食いちぎられながらも一人密室遊魚(インドアフィッシュ)から逃げ回っている、リーダーの男を眺めた。

 

「くっ……!」

 男は逃げ回りながらも、ジャケットの内側に手を差し入れた。

 何かのスイッチを押したのだろう、真っ白な部屋の扉が再度開き、密室ではなくなった空間から、フっと密室遊魚(インドアフィッシュ)が掻き消えた。

「あー」、と、シロノが残念そうな声を出す。

 

「お魚、かわいかったのに」

「ば、化け物どもめっ……!」

 男は足をやられているのかそれともただ単に腰が抜けたのか、立ち上がる事が出来ずに無様に後ずさるしかできない。

 クロロはそれに興味をなくしたように目を逸らし、「“ただいま”」と言って、再度『レンガのおうち』の中に入った。

 

「じゃあ、貰っていくか。シロノ、開けられるかコレ。やってみろ」

「えーっ、強化系むり」

「無理じゃない。練習だ、やれ。三分以内」

 “硬”が苦手なシロノは、渋々と小さな右手になんとかオーラを凝縮すると、宝冠の入ったガラスをガンガンと力任せに殴り始める。

 ガラスと台座は溶接されていて、出す時はガラスを特殊レーザーで切って出さねばならないというそれはさすがに堅く、いくら“硬”をしているといえど強化系のオーラのコントロールが苦手なシロノでは、なかなかヒビさえ入れることが出来ないようだった。

 

(クク……馬鹿め)

 男は二人の背中を見遣り、にやりと笑った。

 あのケースのガラスは特殊ファイバーの強化ガラスで、マシンガンを三十秒撃ち続けてもヒビが入るだけ、という代物なのだ。いくら念能力者でも、あんな小さな子供の“硬”で壊れるわけがない。

 そして、ウィイイン、ガシャッ、という重い機械音が部屋のあちこちから響き、男は笑みを深くした。

 

──ドガガガガガガガガ!

 

「はーっはっはっはっはっは!」

 数台のマシンガンの銃撃音が鳴り響く中、男は汗だくになりつつも高笑いをした。

 

「馬鹿め! その台座は十五秒以上連続で衝撃を与え続けるとセンサーが働き、部屋のあらゆる所に設置してあるマシンガンが、サーモグラフィによって四方百八十度方向からターゲットを狙い撃ちにするのだ!」

 そして宝冠はあの特殊ガラスが守っているので、ガラスにヒビは入れど宝冠は無傷のままで済む。

 男は興奮と痛みで凄まじい笑みを浮かべていたが、銃撃が止み、もうもうと立ちこめる煙が晴れた時、更に目を見開いた。

 

「……ほお、さすがの強度だな」

「うるさい~、今のなに?」

「マシンガンだろう。気にするな、ほらあと一分」

「やー!」

 クロロに追い立てられ、慌てて再度ガンガンと“硬”でガラスケースを叩き始める子供に、男は腰が抜けたように呆然と口を開けた。

 弾切れのマシンガンは、既に子供が与える衝撃に反応しない。凄まじい数の銃弾が真っ白な床に散らばっているが、彼らを中心とした二メートル四方の床だけが、綺麗にそのままである。

 

「……時間切れ。なんだ、ヒビすら入ってないじゃないか」

「だって、硬い~……」

「しょうがないな。……まあ、マシンガンを防いだからよしとしよう」

「わーい」

 シロノはばんざいをし、クロロの「退いてろ」という言葉に従い、彼の後方に退ける。

 クロロは利き手である左手にオーラを集中して“硬”にすると、思い切り強化ガラスを殴った。

 バキィッ! と凄まじい音がして、ガラスに盛大にヒビが入る。マシンガンを三十秒撃ち続けてもヒビが入るだけの特殊ファイバーガラスに、である。

 男はその様を見て、顎が外れそうなほど口を開けた。

 

「……あ痛ッた~~~~……、結構凄いな、このガラス……」

「ほらー、硬いって言ってるのに」

 ひらひらと少し赤くなった左手を振るクロロに、シロノが文句を付ける。

 クロロは「でもウボーとかだと、宝冠ごと粉微塵になるぞ」と言いながら、中の宝冠に傷が付かないよう、ぐしゃぐしゃになったグラスファイバーを今度は細かく砕いて取り除き、ついに宝冠をその手に収めた。

「わー」、と、シロノが気の抜けた歓声と拍手を送る。

 

「きれーい」

「うん、やっぱりガラス越しとは違うな。じゃあ帰るか」

 そう言ってくるりと回れ右をした二人に、男は床から飛び上がったのではないか、と思われるほどに身体を震わせた。

 綺麗に四角形を作っていた銃弾の絨毯は、ジャラリ、と壁を失ったように広がっている。

「あ…………あ……」

「ああ、そう言えば一人残っていたな」

 片手にきらびやかな宝冠を抱えたクロロが、すっかり忘れていた、という口調で言った。

 

 黒ずくめの格好に、金と宝石がやたらに映える。

 そして白い銀髪、薄いグレーの目をした、色素が全て抜けきっているような不思議な子供が、王者のマントのように長いファーコートの裾をちょんと摘んでいた。

 王冠を持った黒い王と白い子供は、無様に床に尻餅をついている男のほうへすたすたと歩いて向かってくる。

 二人は男の目前に立ち、クロロはコートの裾を掴むシロノに、気味が悪いほど優しく言った。

「シロノ、『ままごと』して遊んで帰ろうか」

 シロノは小動物めいたきょとんとした表情で彼を見上げ、そして男に視線をまっすぐ遣った。

 クロロの目は何も映さないのではないかと思うほど完璧な闇色をしていて、そしてこの子供の目は、透明すぎて何もかもがすり抜けてしまうのではないかというほど色がない。

 二対の真逆の色彩に、男はぞっとするものを覚えた。

 

「こいつは“犬”にしよう。名前はわかるな?」

「うん、最初に自分で言ってたもん」

「わざわざ大声でな」

 クロロは、美しいほどのくすくす笑いを披露した。

 シロノから、ぶわ、と、“円”のオーラが広がる。やはりそれは正方形で、今度は縦横四メートルほどの範囲だった。

 

「クロロがパパで、あたしがこども」

 歌うように、子供の甘く高い声が部屋に響く。

「マーレルが飼ってる犬ね」

「なっ……!?」

 名前とともに“犬”と呼ばれた男は、思わず声を上げた。

 そしてその途端、自分が強制的に“絶”になってしまったことに狼狽え、「な、なぜっ……!」と、消えてしまった自分のオーラをどうにかしてかき集めようとでもしているかのようにきょろきょろとした。

「あーあ、早いな、ペナルティ踏むの」と、あっけない、という言葉を滲ませながらクロロが言う。

 

「パパ、あたしお魚もう一回見たい」

「『密室遊魚(インドアフィッシュ)』か? でもあれは閉め切った部屋じゃないとな……」

「お部屋? ちゃんとお部屋だよ」

 シロノは「ほら」頭上を指差し、クロロはその意味を悟って、にやりと笑った。

「なるほど」

 そう、彼らは、『レンガのおうち』の中に居る。

 手順を踏まねば出る事も入る事も出来ない、完璧な密室。

 

 クロロは王冠を持っていない右手に、『盗賊の極意スキルハンター』を具現化した。

「犬は人間の言葉を喋ってはいけない」

 左手に豪奢な王冠、右手に分厚い不気味な本、そして黒ずくめでマントのように長いファーコートを来たクロロは、まるで闇の中から来た、審判を下す王のようだった。

「“仕置き”だ、犬」

 その途端、ビシッ、と、男の身体が硬直した。

密室遊魚(インドアフィッシュ)』が、クロロの身体をしなやかに取り巻く。

 美しいほどに真っ黒な闇色の王は、微笑みを浮かべながら言った。

 

「魚の餌になってしまえ」

 

 



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No.014/はじめてのどろぼう(2)

 

 

 ──ぴょっこぴょっこぴょっこぴょっこぴょっ、 ピッ。

 

 たすき掛けにしたストラップの先に下がる、ピンクのウサギデザインの携帯電話が鳴る。

 シロノはもたもたとそれを手に取り、通話ボタンを押した。

 

「あい、もしもしシロノです」

《うん、知ってる》

「シャル兄だ」

《シャル兄ですよー。どうですかプチ団長、そっちは》

「かんむり取った! おじさんたちは全部お魚が食べちゃった。あたしもおてつだいしたよ」

《おお、偉い偉い。団長は?》

「パパ、まだ欲しいのあるからって、今待ってるの」

 

 死体が絨毯の上にこれでもかと転がる血と臓物の海と化した展示室で、シロノは濃厚なにおいにかなり顔を顰めながら、辺りを見回した。

 そして展示ブースの奥からやってくる、大きな荷物を軽々抱えた黒い長身の人影に気付き、「あ」と声を上げる。

「シャル兄、パパ帰って来たよ」

《そっか。代わってくれる?》

「あい。パパー、シャル兄が代わってってー」

 シロノはたすき掛けのストラップを身体から外し、クロロに渡した。

 シロノの手にあわせて作られたのだから仕方が無いが、クロロの手にすっぽり収まってまだ指が余る、玩具にしか見えない小さなピンクの物体は扱いにくく、クロロは親指と人差し指で摘むようにして、それを耳に当てた。

 

「もしもし。なんでわざわざシロノのほうに電話するんだ」

《ん? ちゃんと団長が面倒見てるか、パクが確かめろって言うからさ》

「俺はそんなに信用がないのか?」

 ないわよ、と、パクノダの声が僅かに聞こえた。

《あっはっは、ないみたいだねオトーサン。で、どお?》

「とりあえず、もう用はない。そっちは?」

《ウボォーたちが機動隊やら追加の警備やらなぎ倒しながら人目引きつけてくれてるトコ。俺は用意した車にパクと獲物詰め込んでる。終わったら人気少ないほうから撤収するよ》

「わかった。三分後に合流する」

 了解、というシャルナークの声とともに、電話が切れる。シロノは返してもらった携帯電話を、再度たすき掛けにした。

 

「さて、帰るぞシロノ。急ぐから掴まってろ」

「だっこ?」

「抱っこだ」

 クロロはシロノを片手で抱え上げた。子供の抱き方も既に手慣れたものである。そして、宝冠と他の荷物をシロノに持たせ、自分の片手を自由にする。

 

「俺から落ちるな、それを落とすな」

「あい」

 シロノが小さな手に念を込め、しっかりと美術品を抱えるのを確認すると、クロロは風のように走り出した。

 

 

 

「あー、雑魚ばっかになってきたな。あと何分だァ? ノブナガ」

「ちょっと待てウボー、電話」

 追加で現れた警備隊を蹴散らしながら、ノブナガは後ろをウボォーギンに任せ、片手間で銃弾をいなしながら、袂で鳴る携帯電話を取り出した。

 

「シャルか?」

《うん、こっちはもう車出した。もーすぐ団長と合流》

「そーか。チビは無事か?」

《無事も無事、っていうかちゃんと“お手伝い”してるらしいよ》

「マジか」

 げらげらと楽しげに笑いながら、ノブナガは三人同時に襲い掛かってきた警備員を横薙ぎにした。

 後ろで銃撃を生身で跳ね返しているウボォーギンに「シロの奴、ちゃんと手伝ってるってよ」と教えてやると、彼も「そうか、帰ったら褒めてやんなきゃなア」と言って豪快に笑う。その笑顔に影を作っているのは、彼が先程吹き飛ばした装甲車が燃える炎だ。

 

《そっちどお?》

「雑魚ばっかで飽きてきた。もうそろそろいいか?」

《うん、オッケ。やっちゃって》

「了解」

 ノブナガは電話を切り、そしてそれと同時に、自分の“円”の範囲である半径四メートル内に居た警備員を全て斬り払った。ヒュウ、と、ウボォーギンが口笛を吹く。

 

「もーいいってよ、ウボー」

「おうよ」

 サイレンと銃声、怒号と悲鳴が響く中、ウボォーギンがノブナガとの間にあった大きな袋を担いだ。途端、「撃つな! 美術品だ!」という指示が警備員連中に渡される。

 二人はその様を見てにやりと笑い、ノブナガが袋の上のほうを手で破ると、中に見えたのは手のひら大のパネルとボタン類だった。

 ノブナガがいくつかボタンを操作すると、ピッ、という、小さな電子音が全員の耳に届き、そして誰かが、パネルに赤い文字で表示されたカウントダウンに顔色を変える。

 

「美術品じゃない! 爆弾だ──ッ!」

 

 誰かがそう叫ぶや否や、まさに蜘蛛の子のように人々が散っていく。

 ウボォーギンとノブナガはその様にげらげらと愉快そうに大笑いをすると、その袋を持ったまま走り出した。今までは二人を追い回していた警備員たちは、今度は立場が逆になり、必死で二人から逃げ惑う。

 

 そしてたっぷり一分ほど走り、彼らは見通しの良い路地の真ん中に袋を置く。周囲に人は誰もいない。

 パネルがあと二秒のカウントを刻んだ時、彼らはそれぞれ逆方向に走り出す。

 

 ──ピッ、

 

 最後のカウントを告げる小さな電子音とともに、凄まじい爆音が町中に轟いた。

 

 

 

「おォ、見ろよマチ。見事なもんだ」

「風流だね」

 死体の山の上で未だ警備員に囲まれながら、フランクリンとマチは、空に広がる見事な大輪の花火を見上げて言った。

 ウボォーギンとノブナガが予定通り打ち上げたそれは数度轟音を響かせ、まだ寒い夜空を彩っている。

「打ち上げ花火は、寒い時のほうがキレイらしいよ」

「なんでだ?」

「空気が澄んでるからとかなんとか」

「ウロ覚えかよ」

 機嫌良さげにフランクリンは笑い、ウボォーギンたちと同じ大きな袋を担ぐと、同じようにパネルを操作した。

 方々から「あれも爆弾か!?」という声が上がる。

 ウボォーギンたちを相手にしていたのだろう部隊と、トランシーバーで必死に連絡を取っている気配もした。

「じゃ、俺らもやるか」

「東のほうがいいね、ごちゃごちゃしてる」

 マチの言葉に頷くと、フランクリンは走り出した。

 

 

 

「C部隊も花火だとォ!? ではやはりこちらが本物のっ……!」

 ウボォーギンとノブナガ、続いてマチとフランクリンが持っていた荷物までもが花火であったと発覚した今、警備員たちはシャルナークたちが車に美術品を積んで既に逃走しているとは知らず、目の前のフィンクスとフェイタンが持つ袋が本物の美術品だと思い込み、全員が二人の元へ集まろうとしていた。

「おー、もうお開きみたいだぜ、フェイタン」

「そろそろ雑魚ばかりになてきたところよ、丁度いいね」

「だな」

 ま、結構楽しかったじゃねえか、とフィンクスは満足げに笑う。フェイタンもまた目を細め、無言ながら彼に同意した。

「俺らが大トリだぜ。派手に決めようや」

 

 

 

「きゃー! きゃははは」

 高い建物の上を飛び越えながらビュンビュン走っていくクロロに抱えられ楽しげに笑うシロノに、クロロは苦笑した。ウボォーギンの『高い高い』にしろ、この子供はどうやら絶叫マシン系の刺激が大好きであるらしい。

 

 そしてその時、ドォン! と大きな音が轟いて、真っ暗な空に、大輪の光の花が広がった。

 

「わあ! 花火!」

「ウボーとノブナガだな。上手くやってるようだ」

「すごーい! きれいー」

「まだまだ上がるぞ、獲物を落とさないようにしろ」

 クロロの言う通り、その後、別の所からマチとフランクリンのぶん、そしてフィンクスとフェイタンのぶんの花火があがる。

 作戦終了のタイミングをあわせるカウントダウン、撹乱、轟音による情報伝達妨害。獲物を運ぶシャルナークとパクノダから注意をそらし、そして何より「派手に」という目的を兼ね、タイマー制御付きでめいっぱい詰め込んだ、三つの花火装置。

 

「わー」

 クロロの腕の中で、シロノは未だ打ち上げられ続ける、冷たい夜空を星よりも鮮やかに彩っている花火をうっとりと眺めた。

 色とりどりの炎は、いまシロノが抱く宝冠や宝石たちに勝るとも劣らない。

 しかも、建物の上を走るクロロに抱えられ、頬に心地よい強めの風を受けながら眺める花火は、シロノが生まれて初めて見る花火としては上等も上等、最高の絶景だった。

 

「降りるぞ」

 クロロは突然そう言うと、次のビルからビルへは渡らず、その間にある細い路地へ飛び降りた。数十メートルもある高さから、子供と財宝を抱えたクロロは垂直に落ちていく。

 そして、ドン! と音をたてて彼が着地するのと、花火が再び打ち上げられる轟音と、クロロ達の目の前に大きなワゴンが停まるのはほぼ同時だった。

 

「や、団長ズ」

 シャルナークが、ひょいと手を上げながら運転席から顔を出し、後部座席のロックを解除した。

 クロロは獲物とシロノをそこに放り込み、自分も乗り込む。

 助手席に座ったパクノダが、「お疲れ様」と二人に微笑みかけた。後ろにこれでもかと積んであるトランクやスポーツバッグの中身は、全て今回の獲物である。

 

「計画通りこのままアジトを経由して、本拠地にのんびり帰るよ」

「あいっ」

「いい返事だねーシロノ。どうだった?」

「楽しかったー!」

 満面の笑顔に、シャルナークとパクノダがつられて笑った。

「全部きらきらしてた!」

「良かったねえ」

 ほっぺたを赤くして笑うシロノを見ていると、街中を騒がせて数百億Jジェニー相当の強盗殺人をしてきたのを忘れそうだ。

 乗っているのがファミリー用ワゴンである事もあり、何だか子連れで遊園地にでも行ってきた帰りのような錯覚に陥る。

 

「ノブナガやウボーじゃないけど、シロノは肝の据わった子だなあ」

「ま、変わってるのは確かね。私、死体とか戦闘にビビって泣いて帰ってくるのが妥当だと思ってたのに」

「でもクルタの生首とか平気で見てたじゃん」

「『ままごと』使ってトドメ刺すの手伝わせてみたが、ケロっとしてたぞ」

「ええ、マジで?」

「あと『レンガの家』で、マシンガンの一斉射撃を全部防いだ」

「……すごいわね。ウボーとどっちが耐久力あるのかしら」

 大人三人が会話を交わすが、本人は座席に膝立ちになり、撃ち上がる花火を眺めていて聞いては居ない。

 

「へえ、じゃあ結局、見学どころか結構手伝ったんだ。このぶんだと、蜘蛛の一員として仕事に出るのもそう先の話じゃないかもね」

「そうね。基礎さえもうちょっと頼りなくなくなれば──あら」

「げっ」

 シャルナークとパクノダが声を上げ、後部座席のクロロが「どうした?」と顔を出すと、先にあるのは渋滞した道路だった。しかもその渋滞の原因は、予定にはなかった検問である。

「あー、仕事のできる奴が居るみたいだなあ。どうする団長。強行突破?」

「……いや、せっかく綺麗に終わらせた所だ。スマートにいこう」

 クロロは、口元に笑みを浮かべた。

 

 コートを脱いで剥き出しのままの宝冠をそれに包み、髪型を誤摩化し額の十字の刺青を隠すために、目の上ギリギリまでバンダナを巻く。

 そしてシロノのカチューシャを取り、髪をいつものように降ろさせると、そのまま自分の膝に座らせた。

 それを見た二人も適当に変装をし、四人が乗ったワゴンは、何の不自然な動きもなく、検問の列に並ぶ。

 

「検問です。ご協力を」

「ああ、お疲れさまです」

 窓から覗き込んできた警備の男に、前髪を上げて上着を脱いだ運転席のシャルナークは、にこやかにそう返す。人当たりのいいその態度に、警備の男もほんの僅かに表情を和らげた。

「どちらまで?」

「ここから国境を越えて、リナ国まで」

「車で?」

「飛行船代の節約ですよ。貧乏なもんで」

 数百億Jジェニー相当の美術品を乗せた車で、シャルナークはいけしゃあしゃあとそう言った。

「失礼ですが、どういったご用件で」

「うちの奥さんの実家まで」

 シャルナークは、助手席に座っているパクノダを指し、「妻です。後ろは義兄とその子供」とにっこり笑った。シャルナークのジャケットを羽織り、シロノのカチューシャをつけたパクノダがそれに応えて微笑む。

 

 警備員の頬が、ほんのりと赤くなる。彼はゴホンと咳払いをし、後部座席に座るクロロたちを覗き込んだ。

「で、あなたがお義兄さん? あなたの奥さんの実家に向かうと」

「ええ。娘を妻に早く会わせてやりたくてね」

「そうですか。後ろの荷物は? えらく多いですが……」

「もう向こうに定住するつもりなんですよ。これでも大方は先に送ったんですけど」

 

 ──嘘つきが泥棒の始まりなら、泥棒の基本は嘘をつく事だ。

 

「パパ、なーに?」

「検問だよ。お前が危ないもの持ってないかどうか調べるんだ」

 クロロは今さっき数人の人間を魚の餌にしてきたとは思えない、子煩悩な若い父親、好青年以外の何者でもない爽やかな笑みを浮かべ、膝の上から自分を見上げる子供をに、穏やかな声で言った。

 シロノが、ちょこんと首を傾げる。

「あたし、危ないものなんか持ってないよ」

「そうだな。せいぜいお菓子が目いっぱい入ってるぐらいだ」

「ははは」

 ほのぼのしたやり取りに、警備員がとうとう笑った。

「可愛い娘さんだ」

「どうも」

 おとなしくクロロの膝に座っているシロノに、警備員はにこにこ笑って窓越しに手を振った。

 

「行っていいですよ」

 

 

 

 二時間ほど走り続け、彼らはこの国でアジトとして使っている、外から見ると朽ちかけているとしか見えない山の中の小さなログハウスに車を停める。

 既にそこには車が一台停めてあり、ボンネットと屋根に腰掛けているのは、フィンクスとフェイタンだった。

「遅い」

「ゴメンゴメン。検問に引っかかっちゃって」

「はァ? よくバレなかったな」

「シロノのお陰でね。びっくりするほどちょろかったよ」

 やっぱり子供がいると無害に見えるんだなあ、とシャルナークは感心したように言った。

「というか、爽やかな団長がかなり胡散臭かったわ」

「失礼だなパク。どこからどう見ても優しい父親だったろう」

「そうね。吹きそうなのを堪えなきゃいけないほどお見事なパパっぷり」

 軽く毒を吐きつつも、パクノダの顔には笑みが浮かんでいる。

 

「みんな嘘がじょうずだね」

 シロノが感心したように突然そう言い、三人は今度こそ笑い出した。

「そりゃ、泥棒だからね」

「泥棒じゃない、盗賊だシャル」

「こだわるね団長」

 

 その後、走ってやって来たノブナガとウボォーギン、そして同じく徒歩だが、さすが気の効くことに食料と酒を調達してきたマチとフランクリンが集まり、今回の仕事の大成功を祝って宴会となった。

 

「へーえ、じゃあシロは大活躍だったわけだ。偉いぞシロ!」

 クロロからシロノの手伝いっぷりを聞かされた面々であったが、ウボォーギンは特に格好を崩し、ビール片手にシロノの頭をぐりぐりと撫でた。

 仕事の後で、テンションが高まっている上にアルコールが入ったウボォーギンである。やや乱暴なその手つきにパクノダはシロノの頭が取れはしないかとハラハラしたが、なんとかそのくらいの手加減はしているようだ。

 シロノはぐしゃぐしゃになった髪を直しながら、嬉しそうにえへへと笑った。

 

「しかし、何度も言うがマジで変なガキだな。死体とか何ともねえのかよお前」

「んー、くさかったからあんまり好きじゃない」

「いやそういう事じゃなくてだな………………あー、まあいい」

 ビビってねえのに越した事はねえわな、とフィンクスはビールを飲み干した。

「血を怖がらないのは良い事ね。実戦で使えるようになるの早いよ」

「フェイ兄、今日どのくらいやっつけた?」

「五十人くらいだたかな」

「すごーい!」

「たいしたことないね。雑魚ばかりだた」

 そう言いつつ、素直な尊敬の目を向けられ、フェイタンもまんざらではないらしい。

 

「あとね、花火きれいだったね!」

「ああ、あれはなかなか良かったよな。派手で」

 俺も気に入った、と数人が同意する。

「あたし、あんなおっきい花火初めて見た」

「そうだったのか? 良かったなシロ」

 フランクリンがシロノに水を渡しながら言い、そしてふと尋ねる。

「そういえば、今回シロは、団長が戦うのを間近でじっくり見たんだったな。どうだった」

「パパ、強くてかっこよかったよ。そんでお魚がかわいかった」

「おい、人食い魚をかわいいとか抜かしやがったぞこのチビは」

 そう言ってげらげら笑いながら、ノブナガもシロノの頭を撫でる。

「あら、一応かっこいいっていう評価なのね。良かったわね団長……って団長?」

 パクノダが辺りを見回すが、クロロの姿はそこになかった。

 

 マチが「獲物愛でてんじゃない?」と返すと、それもそうかと皆納得し、再度宴会に意識が戻る。だがシロノだけはきょろきょろと落ち着きなくしているのに気付いたパクノダは、シロノに缶ビールをひとつ渡すと、きょとんとしている子供に言った。

「ワゴンに居ると思うから、渡して来て」

 微笑みとともにそう言われたシロノは、役目を貰った事が嬉しいのか、はにかむように笑い、缶ビールを手に外へ出た。

 

 

 

 月光を反射して輝く財宝たちに囲まれながら、クロロはひとつの指輪を手に取り、しげしげと眺めていた。

 他のものより小さいが、数代目の王が最も愛した寵姫に贈ったものだというその指輪は、金の台座に赤と青の宝石、いや、正しくは赤であり、青でもある宝石が嵌まっていた。

 

 赤色を代表する宝石である紅玉(ルビー)と、濃紺あるいは青紫色を代表する青玉(サファイア)は、実は同じ鋼玉石コランダムである。結晶に組みこまれる不純物、金属イオンにより色がつき、紅玉(ルビー)青玉(サファイア)と呼び分けられるのだ。

 そしてその指輪に嵌まった宝石は、紅玉(ルビー)であり青玉(サファイア)でもあるという、とても珍しい宝石だった。

 青になるか赤になるかを決める不純物であるクロム、鉄・チタンが巧妙に混ざっているせいで、光や角度の加減によって青に見えたり赤に見えたり、はたまた同時に色が見えたりするのである。

 

 紅玉(ルビー)の石言葉は「熱情・純愛」。そして青玉(サファイア)は「慈愛・誠実・貞操」などだ。しかも鋼玉石コランダムはダイヤモンドの次に固い鉱物であり、不滅の愛を誓うにこれ以上ないほどの石だと言う。

 

 そして、見事に青と赤が同居するこの石の名前こそが、『朱の海』だった。

 

 赤を夕陽、青を海に例えてのネーミングだろうその石がついた指輪に、クロロはそれほど強い興味を抱いていたわけではなかった。

 珍しいのは確かだが、他と違って華奢な女の薬指に嵌まるそれは小さく、真実の愛がどうのこうのという付属エピソードもどこかむず痒く、興醒めを誘った。

 欲しいわけではないが、多少気にはなった。それはその程度の存在だった。『朱の海』が展示されている部屋は遠回りになる場所だったし、そこまでして欲しいわけでもない、そのはずだった。

 

(──“アケミ”)

 

 夢の女が名乗った名前、それが『朱の海』であったことから、クロロは当日になってどうしてもこの石が気になり、シロノを待たせて盗りに行ったのだ。

 

 指先で石を傾けると、透き通る月光が屈折して、水のような青から、夕陽の朱に変化する。

 青は女の目に似ていて、朱は女の髪にとてもよく似ていた。だからだろうか、これが欲しくなったのは。それとも写真でこの石を見ていたから、夢の中の女は『朱の海』という名前を名乗ったのだろうか。

(まあ、当然後者だが)

 しかし、この写真を見る前から、女の髪は朱かった。

 

「パパ」

 思考に耽っていると、高い声が呼んだ。パパと呼ばれて「呼ばれた」と思うほど自分でその呼び名に慣れている事に苦笑するが、特に嫌な気分ではない。いい気分でもないが。

「パク姉から、ビール」

「ああ、貰う」

 小さな手から冷えた缶を受け取り、クロロはプシュ、とプルトップを引いた。

 

「きれい」

 月光を反射してきらきら輝く財宝を、シロノは再度そう評した。

 素直すぎる単純な評価はどこか笑いを誘い、クロロは少し微笑む。

 そしてしばらく豪奢な財宝を眺めていたシロノだったが、ふと、クロロの手の中にある小さな石を目敏く見つけた。クロロは何故か一瞬ぎくりとするが、シロノは特に遠慮もなく、クロロの大きな手の中にある小さな石を眺めた。

「ちっちゃくてかわいい。きれいな赤色」

 見下ろすクロロからは青に見えるのだが、シロノの位置からは赤に見えるらしい。色が変わるのだと教えてやろうかなと彼が思ったその時、シロノは言った。

 

「ママの髪と、おんなじ色!」

 

 

 

 



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No.015/子蜘蛛、誕生

 

 

 “ママ”もとい“アケミ”は、あれ以来、クロロの夢枕に立ってはいない。

 

 しかしあの後シロノに色々と質問してみた所、“ママ”はセミロングの赤い髪に青い目をした女である事が明らかになった。

 そう、クロロは“証拠”を手に入れてしまったのだ。クロロの知っている“アケミ”の特徴と、シロノの言う“ママ”の特徴の合致。

 

(いや、だが、しかしだな……)

「……何ブツブツ言ってんの団長」

 険しい顔で空を見つめて何やらぼそぼそ行っているクロロに、マチが訝しげな声で言う。

 クロロは「いや……」と生返事を返し、マチから目を逸らした。

 

 あの大きな仕事から既に一ヶ月半が経っているが、クロロは、このことを未だ団員たちに話しては居ない。

 得た情報、そしてマチの勘からして、“ママ”はクロロたちに利益を与えこそすれ、害になる存在ではないからだ。つまり、わざわざ言う必要がない。

「……マチ」

「何?」

「お前、幽霊とか信じてるか?」

「………………………………団長」

「……いや、いい。大丈夫だから。そんな目で見るな」

 そう、そして何より、クロロは基本的にオカルト的な存在を信じていなかった。

 

 百歩譲って霊感というものが存在するとしても、自分や団員たちにその要素はないだろう、とクロロは確信している。

 なぜなら、といっても、理由は簡単だ、彼らはそういったものを目撃したり体験した事が、一度もないからだ。

 シロノ曰く『おばけやしき』、殺人現場に事故現場、果ては実際に死体がゴロゴロしている場所に住む彼らである。もし霊感があるなら、幽霊の一匹や二匹、見ていないほうがおかしい。

 

「何、今度はオカルト関係にまで興味が広がったわけ?」

「あー……いや……」

「じゃあぱぱっと専門家に話でも聞いてくれば? ほら、なんて言ったっけ、ちょっと有名な……、『銀河の祖母』だっけ」

「彼女は死後の世界否定派だ。しかも去年詐欺罪で捕まっている」

「……あっそう。詳しいね」

 マチは呆れたように溜め息をつき、付き合ってられない、とばかりにその場を去った。

 

 

 

「──そうか。それは……大変なことだったと思う」

 気分転換にと外に出たクロロは、ふと聞こえてきた会話に、顔を上げた。

 

「なかなかできることじゃない」

「ボノおじちゃん、ママすごいよね」

「ああ」

 夜のホームの前、瓦礫の上で座り込んで話をしているのは、ボノレノフとシロノだった。

 

 彼は半月ほど前に団員になった男で、開発によって住み処を追われた少数部族ギュドンド族の生き残りだという。

 特に前科もない潔癖な経歴の男だが、しかし偶然出会った団員とどういう流れだか一戦交えていたく気に入られ、意気投合してそのまま団員になった。あまり犯罪者らしくない生い立ちと経歴を持ち、基本的に静かな男だがノリは良いし、団員たちからの受けもいい。

 

 そして初対面のシロノが「ボノお兄さん」と呼んだのだが、彼は少し笑いながら「お兄さんという歳でもないのだが」と返した。実際の歳など誰も知らないが、以来彼はシロノから「おじちゃん」と呼ばれている。

 

「お母さんを大切にしなさい」

「うん! ママだいすき!」

「良い子だ」

 ボノレノフは、満面の笑みのシロノの頭を、グローブを嵌めた手で、ポンポンと叩いた。

「私も団員になったからには、出来る限りのことはしよう。なに、村では子供の面倒は大人全員で見るものだった。……礼を言われることではない」

 

 どこか、変だ。

 

 見る限り、ボノレノフはシロノと会話をしているはずだ。

 しかし彼は、シロノが何も言っていないのに、何か受け答えをする様な発言をしている。それに気付いたクロロは、訝しげに片眉を上げた。

 

「あ、あたし今日ノブ兄と組み手するんだ。行かなきゃ」

「そうか。頑張れ」

「うん! ばいばい!」

 シロノはぴょんと瓦礫から飛び降りると、ノブナガがいるのだろう方へ向かって走りだした。

 

「……で、団長。何か?」

「気付いていたのか」

「まあ」

 クロロは、先程までシロノが座っていた場所に腰掛けた。

「……さっき、……シロノと話していた──のだよな?」

「ああ、それも気付いていたのか」

「気付いたというか……」

 妙だ、と思っただけだ。クロロがそう言うと、ボノレノフは「そうか」と静かに返した。

 

「団長は、幽霊とか霊魂とか、信じているか?」

 

 ボノレノフは、今さっきクロロがマチにした質問を、そのまましてきた。

 クロロは何だか妙な緊張感を感じながら、口を開く。

「……ずっと信じていなかったが、最近揺らぎつつある」

「シロノのせいで?」

「ああ。……ボノレノフ。この際だ、ちょっといいか」

 クロロは、シロノを拾ってからこっちしてきた体験を、とうとう話した。ボノレノフは、最小限の相槌を打ちながら、それを聞く。

 そしてクロロが話し終わったあと、少しの間を置いてから、ボノレノフは話しだした。

 

「既に話したが、俺はギュドンド族の戦士だ」

「ああ」

 彼はギュドンド族の舞闘士(バプ)である。

 彼らは戦士であると同時に、祭祀・祈祷においての霊媒の役目も果たす。熟練した舞闘士(バプ)は神と同格化されて敬われ、そしてボノレノフはその優秀な舞闘士(バプ)のひとりだった。

「そして舞闘士(バプ)はシャーマンでもある」

 ボノレノフは、星空を見上げたまま、言う。

 その様子は、何となく、シャーマンという肩書きにとても似合っていた。

 

「この世に残る霊魂という存在は、その姿を見たり、声を聞いたりできる者は限られる。霊感が強い、と言われる人間がそれだ。生まれつきだからどうしようもない」

「……お前はそれがある?」

「しかし、あまり強くはない。舞闘士(バプ)は戦士でありシャーマンだが、俺はどちらかというと戦士としての資質が強い舞闘士(バプ)だからな」

「しかし、さっき話していたのは」

「シロノの母だ。アケミ、という名前らしい」

 今確実にその存在を確認してしまい、クロロは思わずため息をつく。

 つまり、幽霊とは、この世に確かに存在するのだ。

 クロロは、また一つ知った世界の真実を噛み締めた。

 

「だが、アケミはかなり力の強い霊だ。俺でもあんなにはっきり声が聞こえ、姿も見えるからな」

「……赤い髪に青い目か? 少し、小柄な」

「そうだ。なんだ、団長も見えるのではないか」

「いや、見えるというか……」

 クロロは、時々アケミが夢枕に立つこと、また彼女が言ったことについて詳しく説明した。するとボノレノフは、包帯の下の丸い目を、更に見開く。

 

「それは凄い。そんなことまで出来る霊は珍しいぞ」

「そうなのか?」

「ああ、そんなことが出来るのは、よほど意思の強い霊だけだ。そしてそういう霊の強い意思、というのは大概が怨みなどだから、ああいう風に守護霊的な存在であるのにそこまで強い霊というのは、かなり凄いことだ。精霊クラスだな。本当に凄い」

 ボノレノフは、本当に感心しているらしい。クロロは続けて質問した。

「アケミの意思というのは、シロノを守ることか?」

「そのようだ。いかに娘が大切か、先程も切々と語っていた。死んでもああしてしっかりと娘を守っているなど、親の鑑だな」

「……アケミは、なぜ死んだんだ?」

「さあ」

 あっさりと返され、クロロは拍子抜けし、思わず少し間の抜けた表情をした。

「わからないのか?」

「あのな、霊は肉体がないだけで、人間と同じなのだ。込み入ったことをずかずか聞けば、怒るに決まっている。私は今日初めて彼女と話したのだぞ? そんなこと、聞けるはずもあるまい」

 ボノレノフの口調は、やや呆れていた。

 

「優秀なシャーマンというのは、霊感の強さも重要だが、とても聞き上手な人間である必要がある。いるだろう、精神科医やセラピストなど、初対面でもスルスルと心の内側を吐き出させる名人が。あれと同じで、初めて会う霊と如何に意気投合し、心を開かせ意思を疎通させることが出来るか。生憎、私はその方面があまり優秀というわけではない」

「……なるほど」

 あなたの知らない世界というやつだなあ、とクロロは思った。

 

「だが、霊感があまりなくても、念使いなら霊の姿を見ることが出来るぞ」

「……何?」

「簡単なことだ。“凝”を使えばいい」

 あまりにあっさりとした答えに、クロロは逆に疑わしげな表情をした。ボノレノフが苦笑する。

「霊魂──というものは、魂をコアとして構成された、オーラの集合体であるらしい。考えてみれば、人間から肉体を取ったものであるなら、もっともな理屈だろう? ならば、“凝”によって見る事が出来るのも、頷ける話だ」

「だが、俺は“凝”をしている時に幽霊を見たことなど一度もないぞ」

「それは団長の霊感が少ないからだ。霊をはっきり見たり聞いたりするには、見る側の霊感と“凝”の集中力、そして霊のオーラの強さが関係してくる」

 団長には霊感はあまりないが、極限まで集中した“凝”を使えば、アケミほどオーラの強い霊なら見ることが出来る、とボノレノフはしっかりと言った。

「嘘だと思うなら、実際に見てみるといい。ちょうど夜中で見えやすいしな。シロノはノブナガのところか」

 すぐさま立ち上がって歩いていくボノレノフに、クロロはついていった。

 そしていくらか歩き、瓦礫が少なく少し開けた場所で、ノブナガがシロノに体術の基礎を教えていた。そこそこ運動神経はいいシロノは、最初は下手でも元気のいい思い切った動きを見せるため、ノブナガも教え甲斐があるようだ。

 

「ほら、シロノを“凝”で見てみろ」

 言われて、クロロは半信半疑でシロノを“凝”で見てみた。

「もっとだ。霊感がない分、かなり集中しないと」

 そして言われた通りにして、クロロは“凝”を消してしまいそうになるほど驚いた。懸命に型を覚えようとしているシロノの背後に立つようにして、“おしおき”時に出現する“ママ”が、ゆらりと立っていたのである。

 クロロが限界まで“凝”を駆使してもそれはゆらゆらとした陽炎のようにしか見えなかったが、あれは確かに“アケミ”のシルエットだ。

 そしてもっとよく見ようと更に“凝”を強めたその時、アケミがこちらを見た。

「……!」

 目が合った……、といってもはっきりとした顔立ちなどはわからなかったが、青い目がこちらを見たこと、そして鮮やかな朱の髪が揺れたことははっきりとわかった。

 そしてアケミはクロロに僅かに笑いかけ、そして消えた。

 

「見えたか?」

「見た」

 呆然としている様なクロロの端的な返事に、ボノレノフは少し笑った。

 

 

 

 アケミの存在があきらかになった今、少し迷ったが、クロロは団員たちにアケミの事を話すことにした。

 

 ちなみにアケミの希望で、アケミが幽霊としてここに居ることを知られたくないということだったので、シロノはソファの上で、パクノダの膝を枕にぐっすり眠っている。

 

 信じ難いことであるし、話したすぐは頭がおかしくなったのかと言わんばかりの視線がクロロに集まったが、ボノレノフが説明し、そして全員に“凝”で眠るシロノを見させると、全員がかなり驚愕しながらも納得した。

 ちなみにボノレノフを除いて一番霊感があったのはマチ、次にパクノダ──ボノレノフによると、女性と子供は霊感が強いらしい──、あとは似たり寄ったりだった。

 思いがけず世界一幽霊を信じる盗賊団となった幻影旅団であったが、霊感自体はあまり強くはないらしい。

 

「幽霊て……マジかよ」

 フィンクスが、ぽかんとした顔で言う。

 

 シロノの“ママ”である“アケミ”は、幽霊だった。

 

 その事実は驚愕ものだが、同時に、それ以上の事はわからなかった。

 アケミがいつどうやって死んだのか、どうして今のような状況になっているのか。そのことをシロノは何一つ覚えては居ないし、パクノダが記憶を調べてもわからないし、アケミも何も語ろうとはしない。

 

 だが彼女は言った。

「シロノを守ってくれる者には、出来る限りの礼を尽くす」こと、逆に「シロノを害する者には容赦はしない」こと。そして「シロノが生きていて幸せであれば、善悪にはこだわらない」ということ。

 

 一番最初の事については、アケミがある程度の予知ができるということから、大いにクロロたちの助けになる事だろう。未来の情報というものは、滅多に得られず、そして最も貴重で重要なものだ。

 二番目に関してはこちらとしてもシロノを守る手間がある程度省けて有り難いだけだし、三番目に関しても面倒がなくていい。

 

 要するに、特に何も問題はなかった。

 

 クロロたちは、“アケミ”を放置することにした。理論的にも、そしてマチの勘に置いても、蜘蛛にとって助けになりこそすれ、害にならない存在をこれ以上疑ってかかるのも無駄だと判断したからだ。

 

「まあ、シロノの守護霊のような存在だと思えばいい。悪く言うと祟られる……というか悪意のオーラを返されるから、普通の人間と同じように礼を尽くすように」

 呆然とする団員達に、ボノレノフが言った。だがその言葉に全員が“そういうもの”として、首を傾げながらも納得する。

 

「んー……」

 その時、シロノが目を覚まし、目を擦りながらパクノダの膝から起き上がった。寝起きともなるとやはりまだまだ赤ん坊じみたシロノの仕草に、パクノダが、団員の誰もが見たこともないような優しい顔をする。

「お前にも母性本能なんてものがあったのか」

「うるさいわねフィンクス。かわいいものをかわいいと思って悪い?」

「いや、悪くはねえけどよ」

 フィンクスがからかうように笑うが、パクノダはフンと顎を上げて開き直った。

 

「でも、クルタの連中、シロノの面倒見てて仲間に入れようっていう気が本当に起こらなかったのかしら」

 私たちでも思うのに、と、パクノダが皮肉る。

 出逢ったときのシロノは、クルタとは違う、という明確な意思表示を込めた服を着せられていた。そしてそのことを最大の理由として、シロノはクルタから蜘蛛へ、自分の意思でついてきたのである。

 

「そういや、シロノってクルタにどれぐらい居たのかな?」

 覚えてる? とシャルナークが聞くと、シロノは、きょとん、と彼を見上げた。

「クルタ?」

「うん。半年くらい?」

「──クルタってなに?」

 その言葉に、全員が目を丸くする。シロノは子猫のように首を傾げ、そんな彼らを見返している。

 

「何言ってんの、クルタ族だよ。まだ寝ぼけてる?」

「起きてるよ。あたし、そんなの知らない」

「知らないって……」

 シャルナークは困ったように眉を潜め、クロロに視線を遣った。するとクロロもまた似た様な顔をしていたが、少し間を置いてから言った。

「シロノ、本当に覚えていないのか?」

「なにが?」

「クルタ族だぞ? 俺たちに会う前、お前が一緒に居た連中だ。緋の目と言って、目が赤くなる──」

「ヒノメ?」

 シロノは懸命に思い出す様な仕草をしたが、やがてふるふると首を振った。

「……知らないよ、あたし、そんなの」

「──ちょっと」

 パクノダが驚いた様な顔で言い、全員の視線が彼女に集まった。

「……この子、ほんとに覚えてない。クルタのこと、全部」

 その言葉に、クロロたちが驚愕する。シロノは不思議そうな顔で、平然と言った。

 

「だって、知らないもん」

 

 



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【子蜘蛛編】 No.016/蜘蛛とダンディ

 

 

 その後、シロノは数度の仕事に同行し、その働きを見た結果、クロロと団員たちは、補佐、補欠、二軍のような存在として、本当に正式にシロノを『蜘蛛』の一員とする事に決めた。

 

「差し詰め、子蜘蛛ってとこかね」

 ノブナガが笑みとともにそう言うと、ウボォーギンが「子蜘蛛か、ああなるほど、上手いこと言うな」と頷いた。

 

「これからお前は、蜘蛛を助け、支えるために動くんだ。わかったか?」

「うん、わかった」

 クロロが言うと、シロノは真剣な顔でこくこくと頷く。

 こうして、幻影旅団には、幽霊付きの小さな『子蜘蛛』が、正式に団員として存在するようになったのであった。

 

 

 

 そしてそれから、さらに約一年が経過。

 すっかり『子蜘蛛』として幻影旅団に存在しているシロノは、団長であるクロロにいつもくっついているせいもあり、どの仕事にも必ず同行していた。

 

 そしてクロロによる英才教育と団員たちとの毎日の遊びや手合わせにより、シロノはこの歳の子供の能力者としては段違いの実力を持つようになった。

 実際、だいぶ甘めの総合点を付ければ、ナンバーを与えてもいいくらいの実力がある、と言えなくもない。

 

 だが、シロノはずっと『子蜘蛛』のままだった。

 それはナンバーを与えるに足りないというよりも、『子蜘蛛』というサポート要員としての立場と役割が、クロロや団員たちにとって思った以上に使い勝手がよく、そしてシロノに合っていたからだ。

『レンガのおうち』はコンピュータ制御による鬱陶しい仕掛けを防ぐにはもってこいだったし、『ままごと』も、複数人の拘束技として便利だ。さらにシロノを連れていれば、街中に出ての尾行や情報収集に置いて怪しまれる確率が驚くほど下がるし、アジトの留守番役に使えば、現場に連れて行ける団員の人数が増やせる。

 一人での交戦には頼りないが、シロノは団員の誰かに同行し、サポート的な役割を果たすのには十分、というよりもぴったりな存在だった。

 

 しかし、シロノは今回、初めて単独での役目を任されることになった。

 

 というのも、今回の獲物を得る為に潜入した場所が、とある資産家邸での集まりだったからだ。

 他の場所ならいざ知らず、このような場所に子供がうろうろしているのは逆に目だち、保護者はどこだ、ということになってしまう。

 だからシロノの今回の役目は、“絶”をしながら、天井裏から、ターゲットや警備の動きを逐一クロロ達に知らせる事だった。実はシロノは、“絶”だけならもしかしたら旅団いちかもしれないとクロロからお墨付きを貰っているのである。

 

「あんまり背が伸びなくてよかったなあ、シロ」

 笑いながら言う旅団いちの巨漢・ウボォーギンのそんな台詞に、シロノはむっとするどころか、むしろ役目が果たせるという嬉しさのほうが大きかった。屋敷の天井裏は、シロノの体格でしか身を潜ませる事が出来ないほど狭いのだ。

 

 成長期まっただ中であるはずのシロノは、この一年間でちっとも背が伸びていない。身体能力は訓練を積むごとにちゃんと上がっているので、本人を含め、誰もほとんど気にしないのであるが。

 

(“東棟のはしっこ、椿の間、『雪と虎』はっけん”……っと)

 すっかり愛用となったシャルナーク特製のピンクのウサギ型携帯電話で、シロノは何度目かのメールを打ち終えると、幅広の帯にその小さな携帯電話と天井に孔を開ける道具を挟み、次の部屋の天井裏に向かった。

 シロノでさえかなり身を屈めなければならない狭い天井裏はひどく埃っぽかったが、同時に誰の足跡も残っていない、つまり誰も潜入場所として選ばない穴場だという事も確信できた。

 

 因に今日の衣装は、「ニンジャっぽい仕事だから」「屋敷がニホン家屋だから」という理由で、マチとお揃いのミニ丈のキモノとスパッツである。

 

 小さなくのいちは、すっかり徹底的に仕込まれた音のない猫足で次の部屋の上の天井裏に辿り着くと、用心深く、床、下の人間からすれば天井に、特製の錐で、三ミリもないほどの、本当に小さな孔を開けた。

 そして着けているゴーグルの横から細いコードを引っぱり出し、先端についた小型スコープを、その孔にギリギリまで差し込む。

 

(んー、ない)

 全方向を確認し、獲物がない事を確認すると、シロノはまた次の部屋に向かった。

 今回の獲物は、とある連作の掛け軸と大屏風だった。

 しかし当主の方針により、この家では、デジタル機器を一切使わない。

 このご時世にかなり珍しい事ではあるが、パソコンはもちろん皆無、携帯電話も持ち込み禁止、家の電話は壁に木製の箱型筐体と送話器が固定されラッパ型の受話器を耳に当てるタイプの、骨董かというような代物である。これでは盗聴など逆にしにくい。

 それは事前調査が仕事であるシャルナークの出番を大幅に減らし、おかげで今回シャルナークは珍しいほど機嫌が悪かった。

 

 ともかく、そういった事情と、当主が掛け軸を飾る部屋を気まぐれに変えるということ、そして屋敷が世界一広い平屋としてギネス記録に載るスポーツドーム並に広い平屋ということもあり、事前に獲物の居場所を特定する事は不可能だった。

 使用人かなにかとして事前に屋敷に入り込むという手も考えたが、用心深い老当主は、雇う使用人の身元を、偽造が通用しないレベルで徹底的に調べる。流星街出身で戸籍のない彼らには致命的だった。

 

 そこで起用されたのがシロノと、そしてシロノの初仕事の日にスカウトした、八番の男である。

 彼は流星街出身ではない上に、凄腕の警備としての頼れる職歴はあるものの、どう上手くやったものだか、前科がなかった。だからこの八番が一ヶ月前に使用人として潜入して間取りの見取り図を作成し、そして決行三日前に屋根裏に潜入したシロノが、彼から渡されたその見取り図を片手に獲物が現在飾られている部屋を調べ、携帯電話でその情報をクロロ達に送信するのである。

 屋根裏でたった一人で三日も過ごすのは少し辛かったが、初めて一人で任された仕事に、シロノは張り切っていた。

 

 

 

 そして、シロノが潜入して三日後。

 

 年に一度、この家は、多くの部外者を迎え入れる。

 分家が沢山居るこの家では、年に一度、大仰な家族会議が開かれるのだ。

 お世辞にもクリーンとはいえない商売を裏で行なっている彼らは、黒スーツの軍団をそれぞれぞろぞろと引き連れてやってくる。その中に入るのもいくらかの身分証明が必要だったが、これには少し気合の入った偽造証明書を用意すれば問題なかった。

 

 分家のひとつのボディーガードの一人として潜入したクロロは、長めに伸ばした前髪の分け目を変えて降ろすことで額の十字を隠し、さらに制服でもあるニンジャにも似た服を着込んで、指定された位置に立っていた。

 場所はあらかじめ、シロノに携帯で連絡済みである。そして時間を確認すると、クロロはツーマンセルで組まされた同僚に言った。

「すいません、トイレ行ってきます」

 早く行って来い、と同僚は返し、クロロは廊下突き当たりのトイレに入った。

 そして木製の引き戸を閉めて鍵をかけると、天井を見上げる。

 

「シロノ」

「……あーい」

 小さな声で返事が聞こえ、すっと天井の板がずれた。その隙間から、透明な目が覗く。

 こうして現れても全く気配がないというシロノの“絶”の見事さに、クロロは一人満足した。

「見取り図は」

「あい」

 シロノは天井の隙間から細く丸めた紙をポトリと落とし、クロロはそれを受け取った。広げると、八番の男が作成した見取り図に、シロノの子供らしい字で獲物の位置が書き込まれている。

 獲物の位置は既に携帯のメールで逐一連絡を受けてはいたが、書き込んであった方が見やすいのは確かだ。

 クロロは満足げにそれを見遣ると、再び細く丸め、袖に隠した。懐でなく袖に隠した方が、すぐ取り出せ、そして素早く隠しやすい。

 

「あたし、どうすればいい?」

「獲物の位置が変えられないか見張ってろ。万がいち隠されたら面倒だ」

「りょーかーい」

「疲れたか?」

「んー」

 いちいち間延びしているシロノの返事に、クロロは叱るようにため息をついた。

 自分たちが鍛えているのだから、たかだか三日の潜入でヘタレるなどということはあり得ない。疲労も多少はしているだろうが、何しろ子供だ、疲れよりも飽きのほうが大きいのだろう。

「もう少しだ、我慢しろ。ホラ、シャルから餞別」

 クロロは今度は胸ポケットを探り、小さな包みをシロノに渡した。開けると、シロノが好きなキャンディがひとつかみ入っている。

「わ」

「それ食べながら頑張れ。じゃあな」

「あい」

 シロノはキャンディをひとつ口に放り込んでから、板を戻して天井裏に消えた。

 

 

 

(──でも、おへや変えたの昨日だもんね)

 事前の調査によれば、当主が掛け軸を飾る部屋を変えるのは、だいたい一週間に一度だ。

 もしかしたら今日に備えて直前に部屋を変えたのかもしれなかったが、シロノにとってはそのほうが好都合だ。

 それでもシロノは、一応、掛け軸を置いてある部屋を順に回って確認することにした。三日も歩き回っているので、見取り図がなくても位置はわかる。天井裏を回り、三日の間に空けた穴をスコープで覗いて回る。

 

 そしていくらもしないうち、クロロと同じくボディーガードの一人として潜入したパクノダ、マチ、ノブナガ、フランクリン、そして八番の男の五人が、それぞれ獲物のある部屋に入る。

 

 ──ドォン!

 

 予定通りの時間に、シロノが仕掛けた小型の爆弾が、獲物のどれからも遠い離れで爆発した。

 そして家の中の人間が全員そちらを警戒している間に、団員達はシロノがあらかじめ調べた部屋からまんまと獲物を盗み出す。

 

 こんなやり方は、怪盗や泥棒というよりは強盗の性質が極めて強い旅団としては、スマートすぎる。

 しかし今回の獲物の持ち主である当主は、このような徹底した警備体制からもわかるように、盗まれるくらいなら己とともに自爆でもしかねない性格なのである。殺しも好きだが獲物に傷は絶対に付けたくないクロロは、僅かに妥協して、今回の様なやり方をとった。

 

 シロノは、最終確認として獲物のある部屋をひとつひとつもう一度確認した。

 既に盗み終わって誰もいない部屋もあれば、ちょうど掛け軸が外されている瞬間でもあった。シロノは椿の絵が描かれた掛け軸をパクノダが素早く外し、華やかに結んだキモノの帯に手際よく隠すのを確認してから、次の部屋に向かった。

 

(──!)

 

 しかし、最後の部屋であるそこに辿り着いた時、シロノは凄まじい殺気とオーラを感じ取り、ざわりと背中の毛を逆立たせた。

 そして深く深く集中し、空けた穴からそっと部屋の中を覗き込む。

 

 そこに居たのは、おそらく当主である男の死体、そして既にかなりの傷を負っている八番の男と、シロノからは後ろ姿しか見えないが、かなり大柄の、波打つ長い銀髪を持つ男だった。

 

(……あのひと)

 

 強い、とも軽々しく言えない様な圧倒的なオーラに、シロノはごくりと唾を飲み込みそうになるのを堪える。

 極限まで“絶”を行なってはいるが、シロノの細い喉が鳴るだけでも気付かれてしまいそうな凄まじい緊張感が、板一枚を隔てて痛いほどに感じられる。

「く、そ……っ!」

 八番の男が、銀髪の男がほんの一瞬だけ身体を動かした瞬間に突進する。

 なかなか見事な動きだったが、結局八番の男は、銀髪の男が手のひらに集中させた恐ろしく高密度なオーラの塊に、腹の殆どを吹き飛ばされ、絶命した。

 

 獲物である掛け軸は、壁にかかったままだ。盗っていないのは、おそらくこの一本だけ。

 シロノは呼吸の仕方も忘れそうになる緊張感の中、屋敷の前に停めたバンの中で待機しているシャルナークに、このことを携帯で連絡しなければいけない、となんとか仕事を思い出す。

 だが戦闘を終えたこの男は、敵が居なくなったことで周囲に注意を行き渡らせている。それは、携帯のボタンを押す音でさえ聞き逃さないほどかもしれない。

 シロノは男が部屋を出て行くのを待ってみたが、男は何かにじっと注意を傾けていた。

 ──そして、その時。

 

「──ッ!」

 

 男が、こちらをはっきりと見た。

 偶然こちらの方を見たのではなく、男は、シロノがスコープを差し込んでいる三ミリ程度の穴を、意思を持ってまっすぐに見たのだ。

 シロノは電気を浴びたように体中の毛を逆立たせ、飛び上がるように逃げようとした。しかしその瞬間、ふわりとした浮遊感がシロノを襲う。

 目の前が、明るく開けた。

 

「──驚いたな」

 

 低く、滑らかな声だった。

 シロノの位置を正確に捉え、どうやったのかその天井板を破った男は、そこから落ちてきたシロノの首根っこを空中で掴むと、自分の顔の高さまで持ち上げ、猫のようにぶら下げた。

「こんなに小さい潜入者は初めて見る」

 男はシロノの襟を掴む手首をくるりと回し、手足を縮めて身体を堅くしているシロノと顔を合わせさせた。

 

 外見的には三十代後半くらいに見えるその男は、長く波打つ豊かな銀髪を縛らずに下ろし、袖のない、キモノに似た黒い服を着ていた。彫りの深い、充分に端正と言える男性的な顔の眼窩にあるのは、灰青の目。

 

「その歳で、見事な“絶”だ。しかし全く気配がないのにものすごい視線を感じたからな。次から気をつけろ」

 ライオンなどの大型のネコ科の猛獣にどこか似たその男は、びりびりと毛を逆立たせて目を見開いているシロノを、真正面からじっと見た。

「お前、この男……というか、今入っている賊の仲間か?」

「…………………………」

「答えろ」

「…………………………お」

「何だ?」

 だらだら汗を流してブルブル震えているシロノが僅かに漏らした声を、男はもう一度、と聞き返す。そしてシロノは、ぎゅっと身体を硬直させて、言った。

「……お、おくちにチャック……!」

 男は、シロノを目の前にぶら下げたまま、無言だった。

 

「…………なるほど」

 静かにそう言うと、男は無表情のまま、またしばらく黙った。

「俺はシルバだ。おまえは?」

「…………………………」

「……そうか。それも“お口にチャック”か」

 仕方ない、とシルバは言うと、シロノをぶら下げたまま部屋を出た。

 

「……! や! ……や!」

「あそこにいつまでも居るのは都合が悪い。ターゲットはもう殺ったからな」

 シルバは凄まじい早さで走り、トン、と床を蹴ったかと思うと、既に屋敷の塀の上に居た。

 そして思わず辺りを見回し、そこがシャルナークが待機している場所と真逆の方向であることを理解したシロノは、みるみるうちに表情を歪める。

「ぅえ……っ!」

「ああこら、泣くな──、……っ!?」

 “絶”状態だったシロノから一気に広がるオーラ、それが“円”だと気付いたシルバは驚きに目を見開く。

 

「──あたしがこどもっ、シルバがパパっ!」

「何、」

 

 ズン、と念特有の感覚が身体にかかるのを感じたシルバは、僅かに眉根を寄せた。

 

「──何をした?」

 塀の外に軽やかに着地したシルバは、再度顔の前にシロノをぶら下げ、今度はやや強い口調で質問する。

 しかしやはり怯えた子猫よろしく全身の毛を立たせて硬直しているシロノは、ブルブル震えてシルバを凝視するばかりで何も言わない。

「念だけでなく、能力も使えるとは驚いた。どういう能力だ?」

「……………………」

「言え」

「……………………」

「……言わんと怒るぞ」

「……………………」

「…………………………ふう」

「……………………」

「……参ったな。よく躾けられている」

 シルバはため息を吐くと、何やら爆発音とともにもうもうと煙の上がる屋敷から少し離れ、大きな木の影に入った。

 ちなみに屋敷が燃えているのは、たいして暴れられなかったことに対する、幻影旅団からのささやかな八つ当たりである。木造であるので、それはもうよく燃えることだろう。

 

 木陰で、シルバはそっとシロノを地面に下ろし、そして同時に目線をあわせるようにしてしゃがんだ。

 さっきから、シルバは常に小さなシロノと目線をあわせるようにしている。子供は動物と同じで、性質的に、目を合わせるとなかなか逸らすことが出来ない者が多いからだ。

「……ふむ」

 シルバはシロノをまじまじと観察した。

 

「歳はウチの末っ子カルトより少し下くらいだが、外見は──三男キルアによく似ているな」

 三男キルアが女の子だったらこんな感じだろうか、とシルバは思い、また同時に自分には五人も子供は居ても女の子は一人も居ないことを思い出し、もしや同じように扱ってはいけないものなのだろうか、と一瞬悩んだ。

「……しかし、泣かん子だ」

 相変わらず瞬きもしない様な勢いで目を見開いているシロノは、全く涙を浮かべていない。極度の緊張もあるだろうが、それでも緊張を保っていられるだけ子供としてはいいほうである。

 シルバは、密かに感心した。次男ミルキがこのくらいの歳の頃は、すぐびーびー泣いていたのにな、と思いながら。

 

「さて、もう一度だ。名前は?」

「……………………」

「…………ダメか。……おじさんが嫌いかな?」

「……………………」

「……いや、今のはナシだ。柄じゃなかった」

「……………………」

「ふむ……うちにも娘が居れば良かったんだが……どうにも扱いがわからん」

「……………………」

 いつまでたっても貝のように黙りこくったままのシロノに、ふう、とシルバはため息をつき、ばりばりと銀髪の頭を掻いた。

 

 対してシロノは、ほんの少しずつではあるが、警戒を和らげはじめていた。

 シルバはすっかり殺気をしまっているし、力づくでどうこうしようという様子がまったくなかったからだ。

 シロノはここでシルバに名前や所在を言うほど蜘蛛として馬鹿ではなかったが、しかしここでシルバにどういう“約束”をさせれば効果的か、ということにまで頭が回るほど賢くもなかった。

 

 シルバはシロノに暴力を振るってくる様子は全くないし、これではペナルティをとることもできない。

 どうしたものか、とシロノはぐるぐると混乱していたが、その時、ふっと思い出した。

 

 ──“絶”っていうのしてなかったら、パパ、あたしがどこにいるか分かる?

 ──そりゃあな

 

 ──お前がオーラを出していれば、お前がどこにいるか分かる

 

 それを思い出した瞬間、シロノは思い切り“練”を行なっていた。

 

 いきなりオーラを増幅させたシロノにシルバは驚きつつも警戒したが、ただただ“練”を行なうばかりだということがわかると、今度は訝しげに眉を顰める。

 

「おい、何──」

 そしてその時、シルバはハッと顔を上げた。

 ストレートの黒髪を短く切った若い男が、分家の一つである家のボディーガードの制服を着て、やや遠くに佇んでいた。──クロロである。

 

「……パパ!」

 

 シロノが思わずそう言った途端、シルバにかかっていた念が解除されてしまう。シルバを『パパ』と設定していたのにクロロをそう呼んでしまったことが、ペナルティとなってしまったのだ。

 

「お前がこの子の父親か? あまり似てないな」

 黒髪に黒い目、しかも髪を下ろしているせいもあってどう見ても十代にしか見えないクロロは、シルバの言う通り、シロノと親子というには無理があった。せいぜい兄妹がいいところだろう。親子というなら、同じ銀髪で年齢的にも貫禄があるシルバの方がよほど父親に見える。

「パパ!」

 シロノがそう言って、クロロに駆け寄る。

 シルバは特に止めようとはせず、クロロのほうへ一目散に走って行く、シロノの小さな背中を見送った。

 

「パパ、」

「行け」

 クロロはシロノと一切目を合わせないまま、短くそう言った。その声はいつもの平淡とした妙な余裕の様なものがなく、シロノはびくりと身を震わせる。

 

「行け。何度も言わせるな」

 

 言われて、シロノはきゅっと唇を噛むと、シャルナークが待機しているバンに向かって全速力で走った。

「……何だ、褒めてやらんのか? 俺に欠片も情報を渡さなかったぞ」

「アンタが聞かなかったからだろう。……うちの八番を殺したのはアンタだな?」

「八番?」

 シルバは立ち上がった。

 

「──もしやお前達、幻影旅団か」

 

 



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No.017/ままごとの家族

 

 

 シロノから話を聞いたシャルナークたちは、そのままクロロを待たず、場所を変えた。

 

 八番の男が奪取し損ねた掛け軸はしっかりと回収されていたが、アクシデント時に待つと決めた場所に停めたバンにクロロが返って来たのは、シロノが走れと言われてから、たっぷり一時間も経った頃だった。

 

「うわ、ボロボロじゃん団長。どしたの」

「……ゾルディックだ」

「ゾルディックぅ!? そりゃまた、」

 運転席のシャルナークは、それきり黙った。

 

 クロロが言うには、シルバはあの家の当主を片付けるよう、分家の一人から依頼されていたらしい。

 そしてクロロたちが起こした騒ぎの中、掛け軸と屏風が奪われていると気付いた当主は、それを飾っている部屋に走った。彼は家の人間達と離れたここでシルバに殺され、さらに掛け軸を奪いに来ていて偶然それを目撃した八番の男と戦闘となった、というわけである。

 そしてどういうわけか、シルバはシロノを捕まえた。

 

「ゾルディックに捕まったの? よく逃げられたわね、シロノ」

 キモノ姿のパクノダが、驚いて言う。

 しかしシロノはその声もよく聞かず、ボロボロのクロロをじっと見つめていた。骨が折れているわけではなさそうだが、ヒビくらいはあるだろう。服は破れ放題だし、盛大に血が滲む傷は多い。

 

「パパ、」

「なぜ呼んだ」

 クロロに言われ、シロノがびくりと震えた。クロロはすっとシロノを見下ろし、続けて言う。

「あの時、シルバ・ゾルディックに念をかけていたのだろう? なぜオレをパパと呼んで、念を解除した?」

「あ、」

 シロノは青ざめた。

 

「ご、ごめんな、さ」

「なぜ解除したと聞いているんだ。何のための能力だ?」

「おい団長」

 フランクリンが、なだめるように口を挟んだ。

「ゾルディック相手に念をかけただけでも大したもんじゃねえか。別に情報漏らしたわけじゃねえんだろ? こいつは子蜘蛛だ、そこまで要求するのは」

「黙れ」

 そう言われて、フランクリンが仕方なく黙る。

 

「しかも、敵に完全に背を向けてオレの方に走って来たな。馬鹿かお前は」

「……」

「“ママ”が必ず守ってくれると? それともオレがか? ふざけるなよ」

「……ごめんなさい」

「…………はァ」

 失望した様な、イライラしたものが滲むそのため息に、シロノはビクっと身体を跳ねさせたあと、俯き、ブルブルとまた震えだす。

 

「……いい。お前にそこまで要求するのは確かに荷が重かったようだ」

「ちょっと団長。別にそこまで言わなくてもいいだろう」

「アンタの姿見て気が緩んじまったんだろ? まだチビなんだから、」

「マチ、ノブナガ」

 びしりと名を呼ばれ、二人もまた黙る。クロロは団員達をゆっくり見回してから、言った。

「お前ら、こいつを甘やかしすぎだ。こいつは確かにナンバー入りの正規団員じゃないが、仕事を任されたんだ。普段ならまだしも、仕事でまで甘やかすな。つけあがる」

「つけあがるって」

 パクノダの言葉は、それ以上発されることはなかった。

 

 シロノは気の毒なぐらい青くなってブルブル震えており、団員達は困ったように顔を見合わせる。

 しかしクロロの言っていることも確かで、仕事においてもシロノを甘やかすことは、蜘蛛にとってもシロノにとっても、決して良いことではない。

 

 仕事は成功したが、気まずい沈黙の車内のまま、彼らは帰還した。

 

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

「……シロノ、ちょっと休んだら」

「ううん、いい。やるの」

 ひたすらじっと“堅”を行なっているシロノは、マチの言葉に、ふるふると首を振った。

 

あの日から、シロノはずっとこんな調子だ。

 いつもの鬼ごっこやかくれんぼもやけに真剣だし、絵本を読んだり、テレビを見たり、歌を歌ったりすることがなくなった。そのかわり、こうして延々念の修行をしたり、課された体術の修行を自主的に倍にしたりしている。

 

 

 

「さすがに見てらんないんだけど」

「同感ね」

 女性団員二人は、最近のシロノの様子について、顔を顰めてそう評しあった。

「確かにシロノを可愛がってるのは認めるけど、甘やかしてるつもりはないわ。それにあの子は今まで言われたことをちゃんとやって来たし、今回だって任されていたことは完璧にこなした。ゾルディックのことはあの子の実力に見合わないアクシデントで、それに対処できなかったってことで怒るのは、ちょっと違うんじゃないの」

 パクノダが、不満げな表情で言った。そして団員の多くが自分と同じ意見なのではないか、とも。

 そして誰も反論しなかったということは、肯定だということだ。

 

「まあ、熱心に修行するのはいいことだとは思うがな」

「そうだけど、必死すぎて痛々しい」

 ウボォーギンがこめかみを掻きながら言った言葉に、マチが憮然としてそう返した。

「そもそも元気ねーし、笑わねーし」

「確かに辛気臭ェな」

「イラつくね」

 フィンクス、ノブナガ、フェイタンである。

 

「そもそも団長は、シロノを褒めなさすぎ。あっちが徹底して鞭役のつもりなら、私たちがちょっと飴あげたっていいじゃない」

「いやパクは飴与えすぎだろ」

「“ノブ兄”に言われたくないわね。一日に二回はシロノの頭撫でてるくせに」

「か、数えてんじゃねーよ!」

 ぎゃーぎゃーとシロノに対する態度について議論を始めた団員達に、彼らを見ていたボノレノフとフランクリンは、「まるで家族会議だ」と呆れた様なため息をついた。

 しまいにはクロロの教育方針についての議論、更に発展してただの愚痴になって来ている。

 しかし、その本人達はここには居ない。

 

 

 

 いくつかの紙束を持ったシャルナークは、部屋で何やら古い本を読んでいるクロロに近付き、「団長」と声をかけた。

 キリのいい行まで読み終わってから、クロロが顔を上げる。

「何だ?」

「ちょっと話が」

 そう言って、シャルナークはクロロの向かいに椅子を引っぱって来て腰掛けた。

「俺、今回の仕事かなりヒマだったじゃん? だからちょっと調べたんだけど」

「何を」

「アケミのこと」

 

 アケミの身元、また彼女が死亡した理由を調べることは、以前からクロロに頼まれていたことでもあった。

 しかし彼女自身に関する情報がかなり少ない上、シロノ自身が何も情報を持っていないので、パクノダが記憶を調べてもわからない。

 そしてアケミは、気分が乗ったときしか滅多に話さない。せっかちなところのあるクロロは、ボノレノフがアケミから聞き出すまで待ち切れなかったのである。

 

「──わかったのか?」

 クロロは目を丸くした。

 というのも、以前シャルナークが調べた時、今から約十年前までのあらゆる死亡記事、記録を調べても、アケミらしき人物のデータが全く見当たらず、結局お手上げ、ということになってしまったからである。

「うん。もうダメモト、暇つぶしのつもりで、国際人民機構に侵入して一年ずつ遡った」

「──で?」

「……シロノ関係は、なんでこう怪談じみた展開ばっかりかな」

「どういう意味だ」

 クロロが完全に本を閉じて聞く体勢に入ると、シャルナークはため息をついて、言った。

「──『アケミ・ベンニーア』。ヨルビアン大陸にある第十五ロマシャ自治区生まれ、女性。24歳で死亡」

「……」

「このアケミ・ベンニーアって女性自体は、何の変哲もない一般人だよ。最終学歴は中等、その後は水商売みたいだね。おかげでほとんどデータがない。……でも彼女の死因とその後起こった事件は、当時少しだけ話題になった。──これだよ」

 ばさ、と、古書が三冊ほど置かれたこれもまたアンティーク系のデザインのネストテーブルの上に、シャルナークは持っていた紙束を置いた。それは文書のプリントアウトであり、またかなり古い新聞でもあった。

 

「──おい」

 手に取った新聞のある箇所を見て、クロロは表情を歪めた。

「何の冗談だ」

「そうだったらいいんだけどね。でも該当者はこれだけ──というか、これしかない」

「何故そう言える」

「いいから、とにかく読んでよ」

「……“臨月の24歳女性、腹の子の父親である23歳男性に全身十八カ所をナイフで刺され死亡。動機は不明、現在取り調べを行なっているが”──……」

 クロロが、古い新聞記事を読み上げる。

 

「これか」

「そう。アケミ・ベンニーアは未婚のまま妊娠し、出産を控えていたところだった。でもなんでかその父親である男がいきなり彼女のアパートに押し入って、ナイフで彼女をメッタ刺しにして殺したそうだよ。痛ましい事件として、まあ何週間かはかなり話題になったみたい」

 もう一つ下に重ねられた、同じ年の日付の違う新聞には、若い母親と生まれずして死んだ赤ん坊のための献花台にたくさんの花や玩具が供えられた、という記事が、事件当時の記事よりも小さく載っていた。

 

「そこの、友人のインタビューってとこ見て」

 シャルナークに言われて目を通すと、そこには殺されたアケミ・ベンニーアの仕事仲間で友人であったという女性のインタビューが載っていた。

 被害者のアケミはとても明るい性格で、未婚の母ではあったが子供が生まれるのをそれはもう楽しみにしていた、ということが切々と語られている。

「……確かにアケミっぽいが、」

「ちょっと、最後まで読んでよ。そこが重要なんだから」

 シャルナークが、文句を言うように顔を顰めて言った。クロロは仕方なく、今度は黙読で記事を読み進める。そしてある一文に当たり、目を見開いた。

 

 ──彼女は子供にシロノという名前をつけると決めて、楽しみに

 

 クロロは絶句している。シャルナークは、ふう、と息を吐いた。

「ね」

「……しかし」

「でも、他の条件は逆に合いすぎでしょ。で、今度はそっちの違う新聞、その下半分の記事見て」

 シャルナークが示したそれは、ゴシップや胡散臭いインチキ記事が中心の、週刊誌風味の低俗なスポーツ新聞だった。低俗すぎて、活字中毒なクロロでもほとんど触れない分野である。

 よくこんなものが長い間保存されているものだ、とクロロは呆れた様な顔をしてから、言われる通りの場所を探して、バサリと古い新聞をめくった。

 

「──“先月たいへん大きく報道された妊婦殺人事件、その被害者である女性の墓から赤ん坊の泣き声がするのを墓場管理者が聞き、意を決して墓を調べたところ、被害者女性の遺体が女の子の赤ん坊を抱いており”──?」

 あまりにB級のトンデモ記事にクロロが眉を顰め、シャルナークに向かって顔を上げる。しかし彼はにこりともしないまま、無表情で顎をしゃくり、先を読むようにと無言で促した。

「“生まれた子供はまるで日の光を知らない様な真っ白な髪と目を持ち”、……」

 クロロの表情が変わった。

「……“母親の遺体は再度丁重に埋葬され、赤ん坊は生前母親が名付けると決めていたシロノという名前をつけられ、施設に引き取られた模様。母体の心停止後の出産事例というものは過去いくつか報告されているが、埋葬後、墓中で生きた子供が出産されるという例は初めてである”──……」

 ばさ、と、クロロが古い新聞を捲る音だけが、やけに大きく響いた。

 

「実はさっき、その墓場に問い合わせてね」

 既に八十歳近いという墓守は、当時のことをよく話してくれた、と、シャルナークはやや疲れた様な口調で言う。

「マジだってさ。自分がアケミの死体から赤ん坊を抱き取ったって何回も言ってた」

「まさか」

「で、この爺さんもこの赤ん坊の行方が気になってたらしくて、預けられた施設も知ってたよ。施設自体はもうなくなってたけど、データは残ってたから調べた。……で」

 シャルナークは、今度は何か名簿らしき活字をプリントアウトしたものを示した。

 

「いるよ、シロノって子」

 

 名簿の上から三段目には、確かに『シロノ、女、乳児入所』という文字があった。クロロが名簿を穴があくほど見ている横から、シャルナークは続けた。

「でも、すぐこの“シロノ”は行方不明になる。施設が解散されたどさくさで」

「は?」

「ピンクの付箋ついてるでしょ」

 クロロは紙束を捲り、また別の古い新聞を引っぱり出した。

 記事は、まだ人民登録されていない幼児の人身売買を行なっていた施設の院長が、原因不明で死亡、そのことから施設の実体が明らかになり子供は保護され施設は解散、という記事だった。

「原因不明……ね」

「そ、原因不明。そんでそれからシロノって名前の女の子が、ヨークシンシティの人身売買オークションに出品されてる」

「ああ、見た目綺麗だとか珍しいとかの子供を売り買いする、アングラの変態競売か?」

「そうそう、それ。アングラとはいえヨークシンのオークションだから情報も豊富に残ってたし、言っちゃ何だけどこっちは本業だからね。調べるの簡単だった」

 今度は、シャルナークは自分のポケットから一枚の写真を取り出した。

 

「──写真付きで」

 

 渡された一枚のスナップ写真は、クロロも見たことがある、オークションのカタログ用に撮られた写真。それを手に撮ったクロロは、絶句した。

 

 それは、シロノだった。

 膝くらいまで髪が長いが、真っ白の様なストレートの銀髪に、クリスタルのように透明度が高い、極限まで薄いグレーの目。

 

「どういうことだ」

「俺が知りたい」

 ドサ、と、シャルナークは椅子の背もたれに勢いよく体重を預け、天井に顔を向けて大きく息をついてから、もう一度座り直した。

 

「──で、その写真の“シロノ”を競り落としたのは、当時の小さいマフィア一家の幹部だった。まあただ髪と目がキレイってだけだから、そんなに高い値段はついてなかったけど。で、競売で買った“シロノ”を自宅に連れ帰ってから、このマフィア幹部は原因不明で死亡」

「また原因不明か」

「そう、また原因不明。そんで“シロノ”もまた行方不明。このあとはもう調べ切れなかった」

 お手上げ、と、シャルナークは言葉通りのポーズをとった。

 

「俺に出来るのはここまでだと思うけど? ……で、どうすんの」

「何を」

「いろいろ」

 シャルナークは資料を重ねて端を揃えると、大きめのクリップでそれを纏めた。

「シロノの正体もそうだけど、みんな団長の教育方針に文句タラタラだよ」

「放っとけ。甘やかすのは俺のやり方じゃない」

「そりゃー子供デロデロに甘やかしてる団長なんか最強に気持ち悪いけどさあ。厳しくするだけだと伸びないって、育児書にも書いてあったよ」

 読んだのかお前、とクロロが言うが、シャルナークはそれにはノーコメントだった。

 皆の中でもシロノに対して比較的積極的ではなく、寄って来られれば当たり障りなく構う、つまりどちらかといえば受け身専門と思われていたシャルナークであったが、どうやらそうとも言い切れなかったらしい。

 

「あんなにパパ、パパって懐いてるんだからさ。もうちょっと優しくしてあげてもいいんじゃないの」

「充分してるつもりだがな。──それに、俺は確かにあいつを拾ったが、別に娘として引き取ったわけじゃない。最初に言っただろう」

 クロロは、ため息をついた。

「俺は緋の目と引き換えにあれを拾って、使い物になるように育てた。ものを育てるのは初めての経験だが、確かに面白い。だが、それだけだ」

「……あくまで戦利品、獲物だって?」

「そうだ。それに、お前が言ったんじゃなかったか?」

 

 ──ままごとでも嘘でも何でもいいよ。

 

 

「……ああ、言ったね、そういえば」

「俺にしてみれば、お前達が子供一人にああまで入れこんでいる方が意外だ」

「でも、シロノは蜘蛛でしょ」

「子蜘蛛だ」

 そう言って、クロロは椅子の肘掛けに頬杖をつき、体重をかけた。

「俺が頭で、お前達が手足。役割は違うが、どれもが蜘蛛という組織を作る一部だ」

「……でも子蜘蛛は子蜘蛛で、蜘蛛の一部ですらない、って事?」

「そうだ。蜘蛛全体をサポートする子蜘蛛、そうなるように拾って育てた。だから今回のように蜘蛛のために動けないなんてもってのほか、ということだ。ままごとの家族を演じて完璧な子蜘蛛になるのであれば、そうしてやってもいいかとも少し思ったんだが──……面倒だ」

 

 クロロの説明を聞いたシャルナークは、無表情ながらも何かもの言いたげな表情でいたが、やがて静かな声で言った。

「──じゃあさ、団長」

「なんだ」

「団長は、シロノを獲物として拾って、蜘蛛のための子蜘蛛に育てようとしてるんだよね」

「ああ」

「……じゃあさ。シロノがこのまま、団長の理想の子蜘蛛にならなかったとしたら、」

 

 ──飽きて、売り飛ばしちゃうわけ? 他の戦利品みたいにさ。

 

 クロロは、得た獲物を一頻り愛でると、全て売り払ってしまう。

 シロノを獲物として、戦利品として拾ったのであれば、クロロの目的通りに育たなかった──つまり飽きた場合は手放してしまうのか、とシャルナークは言ったのだ。

 

 シャルナークの目線を、クロロはまっすぐに見返している。

 静寂が部屋を支配した、その時だった。

 

「団長」

「何だ、パク。立ち聞きはやめか?」

「……悪趣味ね。気付いてたの」

 すっと部屋の端に現れたスタイル抜群の痩身は、ため息をついてそう言った。

「話があって来たんだけど、それと関係する内容だったものだから、ついね」

「お前もシロノ関係か? どこから聞いてた」

「写真? を見てた辺りから」

「なるほど。──で?」

 クロロが促すと、パクノダはシャルナークの横に立った。椅子はあるが、座ろうとはしない。

 

「シャルがアケミとシロノのことを調べてるのを見て、私もちょっとね」

「シロノを調べても何も出ないだろう? あれは何も覚えては居ない」

「ええ。だから今度はアケミを調べてみた」

 クロロとシャルナークが、ぴくりと反応した。

「──可能なのか?」

「幽霊は、肉体がないだけで人間と同じ。魂をコアとして構成された、オーラの集合体だって言ってたでしょ。ならそれに触れることで、記憶を読むことも出来るんじゃないかと思ったのよ。幸い私は旅団の中でも、少しは霊感がある方みたいだし」

 極限まで“凝”をしながら能力を発動させるのはなかなか骨だったけど、と言って、パクノダは息を吐いた。確かに、それは念能力者としてかなり難易度の高い仕事だろう。

 

「……なるほどな。──それで?」

「なんとか見えた。断片的だけど、主にあの子の能力について」

 シャルナークが椅子を引っぱって来て勧め、パクノダは一瞬迷う様な顔をしたあと、すっと腰掛け、見事な脚を優雅に組んだ。

「団長、さっきあなたが言っていたことが本音なら、あなたはシロノを売り飛ばしてしまうんでしょうね」

「──どういう意味だ」

 パクノダは、深く息を吐いてから、ゆっくりと言った。

 

「……この子はいずれ、能力を使えなくなる」

 

 シャルナークが目を見開き、クロロが険しく眉を顰めた。

 

 

 



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No.018/家出少女と家族会議

 

 

 

「だから、手放すなら早くしてあげて。ちょうど今ギスギスしてるし」

「ちょっと待ってよ。なんで? なんで能力が使えなくなるんだよ」

 シャルナークが、訝しげに、少し大きな声を出した。ワンテンポおいてから、パクノダは話しだす。ずっとまっすぐにクロロを見つめながら。

 

「あの、『おままごと』の能力。あの年齢であそこまで強力で複雑な内容の力が使えるのは、ルールが細かいからじゃない。とても大きな制約があるから」

 パクノダは、まっすぐにクロロを見ている。

 

「あの能力は、子供のうちしか使えない」

 

 だから能力だけ盗んでも使えないわよ、とパクノダは肩を竦めた。

「もちろん意図的にシロノが課した制約じゃないけど、アケミが、多分そうなるだろう、って……。ああ、多分と言っているけど、これは確信よ」

「……ふむ」

「能力が使えなくなる、正確な年齢は不明。ただ、“おままごと”という遊びに純粋な興味が持てなくなる様な年齢、という様な感じだった。一般で平均的な年齢は6、7歳? だったかしら。すぐよ」

 どうやらパクノダも育児書を読んでいるらしいことが、その発言でわかる。

 A級首盗賊団ともあろうものが、自分も含めこの中の何人があの育児書を熟読したのだろうか、とシャルナークは場の雰囲気にそぐわず、少し苦笑したくなった。

「そしてアケミも、自分に制約を課してる」

「アケミも?」

「そう。……“自分がこの子を守ってあげられるのは、この子が子供の間だけ”」

 

 ──アタシが守ってあげられるのは、子供のうちだけだから

 

 アケミがそう言っていたことを、クロロははっきりと覚えている。

 どこか寂しそうな色が滲んだ声で、大人になったらひとりで生きていけるように強くなくちゃ、とアケミは言った。

「……アケミはそうやって自分に制約を課すことで、あそこまで強力な力を手に入れている。オーラだけの身でもほぼ絶対的に娘を守ることの出来る、強力な力」

「……ちょっと待って。ということは……」

 シャルナークが言いたいことを察し、パクノダは頷いた。

「ええ。『おままごと』はシロノの能力だけど、『レンガのおうち』はアケミの能力。水見式をやらせることが出来ないから断言はできないけど、アケミは変化系の能力者なんじゃないかしら。オーラを硬化し、強固なシェルターを作る事が出来るっていう能力者」

「……多分、それで間違いないだろうな」

 クロロが、シャルナークが調べた資料の束のクリップを外し、再び事件についての記事を広げた。

 

「“アケミ・ベンニーアさんは約六畳の自宅室内に強行侵入され、すぐにナイフで襲い掛かられた模様”──この部屋の広さ。覚えがあるだろう? シロノの“円”の最大範囲だ」

「──あ」

 シャルナークがはっとした。生きていた頃のアケミの情報を初めて聞いたパクノダが、表情を歪ませている。

 

「……狼が絶対に入って来れない、レンガのおうち──というわけか」

 藁の家や木の家では、狼が入って来て、子豚を食べてしまう。でも、レンガの家なら安心だ。狼が絶対に入ってくることはない、頑丈なレンガの家なら。

「そして、“こども”を傷つける家族……それがたとえ家の中で最も権力のある父親であっても絶対的な制裁を下すことの出来る、母親としての強力な力」

「……なんてこと」

 パクノダが、片手を額に当て、背もたれに体重を預けた。

 

「深い怨みや未練を持ったまま死ぬことで、生前より念が強まる場合がある。つまり幽霊であるアケミは、腹の中の娘を守ることが出来なかったという未練と、更に期間限定という条件を自分に課すことで、マシンガンの一斉射撃も完璧に防ぐ『絶対的なセキュリティ付きの家』と、『父親にも制裁を下せる強力な力』、この二つを手に入れたわけだ」

「──なんて、」

 パクノダはもう一度呟いたが、最後まで言葉を発することは出来なかった。

 シャルナークも、驚いている。クロロだけが、淡々とした声で続けた。

「ボノに聞いたのだが、幽霊や精霊というものは、モノであれ人であれ、何かに取り憑くことでその対象を支配したり、媒介として何かの現象を引き起こすということが可能らしい」

 全ての妖精や幽霊に言えることであるが、人間と交わること──方法は色々である──で、その相手に霊感や才能を与えることもある、という。

 

「つまりアケミは娘に取り憑き、シロノの身体や念能力の成長を媒介にして能力を発揮している。アケミに取り憑かれることでシロノが自分の持つ以上の能力を発揮できる──、と、言い換えてもいいが」

 クロロはそう言って、資料を再び机に戻した。そして顎に手を当て、思案顔になる。

(いや……それだけではない、が)

「……それで団長、どうするの」

 シャルナークが言い、クロロは再度顔を上げた。

 

「何が」

「何が、じゃないわよ。シロノ、どうするの? 手放すの?」

 パクノダが、怒ったように言う。

「──あれ次第だ」

 クロロがそう言うと、パクノダは思い切り椅子を蹴り飛ばして部屋を出て行った。怒ったようにではなく、正真正銘怒っていたらしい。

 見事に粉砕された椅子を見て、シャルナークが重々しいため息をついた。

 

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

 そして、翌朝。

 

 本拠地(ホーム)は、旅団総出で大騒ぎになっていた。

 

「シロ──、……どこだコラ」

「箱の中にもいねえな……。オイ、こっち全部探したぞ」

 かくれんぼで隠れている確率が高い廃材の山の後ろを、ノブナガとフランクリンが探して回る。

 小さなシロノなら入れる空き箱も全部開けて回ったが、その姿はどこにもない。

 

「シロノ、出てらっしゃい! どこにいるの!」

「オラこのチビ! 早く出てこねえと尻ひっぱたくぞ!?」

「フィンクス、それじゃよけい出て来ないだろ」

 部屋を全部空けて回るパクノダと、既にイラついて足取りの荒いフィンクスをじろりと見遣るマチ。こちらも収穫は無しである。

「くっそー、ちンまい奴は見つけづらいな!」

「おまえはでかいからな……。シロノ、いいかげんに出て来い」

 片っ端から全てをひっくり返すウボォーギンの横で、ボノレノフが穏やかな声を響かせていた。しかしやはり反応はなく、二人はため息をつく。

 

「──屋上と外壁、建物の周りにもいなかた。拷問室にもいないね」

 部屋に戻って来たフェイタンが、イライラしたものが滲む声で言った。フィンクスがばりばりと頭を掻く。

「マジかよ、どこに居んだ? もう探してねえとこなんかねーぞ」

「……居たか?」

 そう言って入ってきたクロロに、全員の視線が集まった。マチが小さく首を振る。

「居ない」

「……手のかかる」

 ふう、とクロロがため息をつく。

 

 万策尽きてどうするか、という空気が流れて暫くしたあと、今度は、何か重たいものでも背負っているかの様な顔のシャルナークが現れた。

 部屋に入るなり、彼は鉛の様なため息をつく。それを見たノブナガが訝しげな顔で「どした、シャル」と声をかけると、彼は再度、更に重い息を吐いた。

「あーうん……シロノはさすがあれだよね……“絶”ばっかりは旅団随一だよね……」

「まったくだ。旅団総出で探しても見つからねえってこれ、よっぽどだぞ」

「いや、そうじゃなくてね」

 シャルナークはそう言って、手に持っていた小さな紙を皆に示した。

 各々が身を乗り出し、あるいは覗きこむようにして、それに注目する。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「……“みんなへ。 おせわになりました。くろろさん さようなら”」

 フィンクスが、可愛らしいメモ帳に色ペンで書かれたそれを読み上げた。

 丁寧に書いたというのがなんとなくわかる拙い字は、確かにシロノのものだ。下に小さく署名もしてある。

 

「あー……………………………。……家出か」

「おい、マジかよ」

「マジみたい……」

 は──……、と、シャルナークは重々しいため息をついて言った。

 

「なんてことなの。団長!」

「おい、速攻で俺か」

「ほかに誰がいるのよ。何したの?!」

 パクノダが、座っているクロロの前に仁王立ちになった。

 モデル顔負け、身長百八十センチのナイスバディに仁王立ちになられるとかなりの迫力があるが、さすがに団長だけあって、クロロは彼女を平然と見返した。

 

「いやまあ、団長のせいっていえば団長のせいだと思うよ?」

 シャルナークがそう言ったので、全員の視線が彼に集まった。クロロが顔を顰める。

「なんでだ。俺はここしばらく口もきいてないぞ」

「それも原因の一つだけどね。団長の本の部屋の前にこれが落ちてた」

 彼が出したのは、子供向けの算数ドリルである。頭の上に疑問符を浮かべる面々に、彼は言った。

「中、全部やってあるんだよ、これ」

「全部?」

「あの勉強大っ嫌いなシロノが?」

 シロノは、あまり勉強が得意ではない。

 しかし課題を出すクロロときたら、シロノと同じくらいの年には高等学校か大学レベルの問題を楽々解くような天才児だった。

 そのせいもあり、六の段から九九が怪しいシロノは勉強に劣等感を持ってしまっていて、机に向かって勉強するのが大嫌いなのだ。とくに算数はシロノの天敵である。

 

「……ほんとだ、全部やってある。七の段の九九間違ってるけど」

「でも分数のとこ、通分と約分全部ちゃんとできてるぞ」

 ドリルを受け取ったマチとノブナガが、ぱらぱらと中をめくって驚愕の表情を浮かべる。

 計算問題の横には、こんな単純な計算でなんでここまで式が長くなるんだ、という様な式を書いては消した努力の跡がいくつも見られるが、それでも答えはちゃんとあっている。

 

「団長に怒られてから、シロノ、修行だけじゃなくて勉強も頑張ってたじゃん? で、その結果を見せようと思って昨日、ていうかあの時、部屋の前に来てたんじゃないかな、と……」

「ちょっと……まさか」

 シャルナークの台詞に、パクノダが青くなる。

 

「あれを聞いてたっていうの……!?」

「……よっぽど緊張してたんだろうね。シロノ、緊張すると“絶”になっちゃう癖あるし……。あ~、よりにもよってあの時居たなんて……。全然気付かなかった……」

「おい、何の話だ?」

 フランクリンが眉を顰めて尋ね、シャルナークは仕方なく、昨日クロロにも見せたあの資料と新聞の束を持ってきた。そしてパクノダ含め、全員に説明をする。

 衝撃的な事実に全員が聞き入り、驚きながらも納得していく。

 

 そして全てを説明し終わったあと、全員の視線は残らずクロロに向いていた。

 

「団長が悪いな」

 

 ノブナガが、断言した。

 彼のこめかみには、やや青筋が浮いている。

「何やってんだアンタは。教育云々の前に、幻影旅団の団長ともあろう男があんなチビいびってんじゃねえよ、カッコわりーな」

「いびってなどいない。躾けただけだ」

「おォそうかい。じゃあ俺がこの、チビの根性が染み込んだ算数ドリルであんたの横っ面張り飛ばすのも、マジギレじゃなくて躾だよな?」

「やめろノブナガ。シロノがせっかくやったんだ、ページが千切れたらどうする」

 まだ答えあわせしてないだろう、というフランクリンの声に、ノブナガはハリセンよろしく高く構えた算数ドリルを下ろして、テーブルに置いた。

 

「………………あ──ぁあ」

 フィンクスが、風船の空気が盛大に抜ける様な声を出した。

「……クロロさん、だってよ」

「とうとうね。いつかこうなるとは思てたよ」

 いつもよりやや割り増して目が据わったフェイタンも、覆面の下でため息をつく。

 

「あーあ」

「……何だシャル、その目は」

 本人はこの時点でも罪悪感というものを感じていないという体たらくであるが、それでも全員からちくちくとした非難の目を向けられれば、クロロとて眉をしかめる位の反応はする。

 間延びした声とともに半目で見られ、クロロはとうとうシャルナークを見返した。

「あれだね、天下の蜘蛛の団長の大嘘も、シロノには通用しないんだって事だね。初めて会ったときからさ。……あの子は嘘をつかれてることに気付いちゃった」

「嘘?」

「“パパなんかじゃなかった”ってことだよ、“くろろさん”」

 おままごとの嘘、あの子はそれに気付いたんだ、とシャルナークは言った。

「それに、シロノが聞いてたって事はアケミも聞いてたってことだからね。あの娘命の……ああ、もう死んでるのか。とにかく彼女が、あんな話を聞いて、シロノをまだここに置いておこうなんて思うはずもない」

「……ま、そりゃそうだな。親としては」

 フランクリンが、はあ、と体の大きさに見合ったため息をつく。

 

「……でもまあ、もともともう手放すつもりだったんでしょ。じゃあ都合良かったんじゃない」

「ちょっと、シャル」

「マチも聞いたろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺たちのこともそうやって通り過ぎていく、それだけのことだよ。アケミがついてるなら命の危険はないしね」

 最初どんよりと重く疲れたようだったシャルナークの声は、ひどくハキハキしたものになっていた。

 いつもマイペースな彼が、こうして早口でまくしたてるのは珍しい。何らかの感情が高まっている彼に何人かが驚くが、何人かはすっかり同調してもいた。

 

「……まだ手放すとは言ってない」

「何言ってんの。“あれ次第だ”って言ってたじゃない」

 憮然としたクロロの声に、パクノダが、シャルナークと同じ口調でそう返した。

 

「あの子は出てったわ」

 

 シン、と、部屋中が静まり返った。

 

 シャルナークによると、シロノは荷物をほとんど持っていないらしい。

 団員達に似せてマチが縫った服も、小さなぬいぐるみも、子供用の勉強セットも、シロノとアケミは、全部置きっぱなしでここを出た。繋がりを断つようにして。

 

「……にしてもよ、どこ行ったんだ? 俺らといるようになってから、ほかの人間と繋がりなんて持ってねえだろ、あいつ。行くあてなんかねえはずだ」

「ただうろうろしてるんでしょう。今までだって誰かに拾われる前は野宿とか当たり前だったみたいだし。アケミがいるから、命の危険はなかったみたいだけど」

「野宿……」

 マチが、パクノダが“野宿”と言った途端、少し顔を歪めた。

 彼女は最近、シロノのためのかわいらしいベッドカバーを製作していた最中である。

 

「……なあ、どうすんだよ」

「どうすんだって言われても」

「コインで決めるとか?」

 さわさわと、困った様な表情の団員達が言いあう。

 シャルナークとパクノダ、マチ、ノブナガは、無言で延々クロロを睨みつけている。

 

 そしてそんな状態が三分も続いたかという時、耳をつんざく大声が響いた。

 

「ッだ────! 何なんだテメーら、まどろっこしい!」

「ぎゃあっ、何だよウボーいきなり! 鼓膜が破れる!」

 本気を出せば、大声だけで脳震盪を起こさせることも朝飯前なウボォーギンの大声に、ノブナガが文句を言う。

 ウボォーギンは丸太の様な脚で、コンクリートの床を踏みつけた。ビシッ、と盛大な音がして、蜘蛛の巣の様なヒビが床に広がる。

 

「役に立つとか立たねーとか、ぐだぐだ言ってんじゃねーよ、さっきからよ!」

「って……」

「気に入ったなら置く、気に入らねーなら追い出す、それでいいだろうが!」

 その言葉に、数人が目を丸くする。

「あんなチビがちょっと期待はずれだったからって、なにブチブチ文句たれてんだ、ケツの穴の小せえ話してんじゃねえ!」

「ウボー」

「例えあのチビがなんの役にも立たなかったとしてもだ、猫の一匹でも飼ったと思えばいい話だろうが。それとも何か、俺らは十何人もガン首揃えてチビ猫の面倒ひとつ見れねーってか」

 そう言って、ウボォーギンはどっかとその場に座り込んだ。

 

「俺はあのチビを気に入ってるぜ。おもしれーしな」

 

 終わり、と言わんばかりにそう言い切ったウボォーギンに、皆が呆気にとられた。

 しかしやがてそれぞれが彼の言った言葉を咀嚼し始め、そして顔を見合わせる。

 

「……ウボー、お前ってたまに物凄くいいこと言うよな」

 感心したように、ノブナガが言った。

「たまに、は余計だコラ。で、お前はどうなんだ?」

「おう、俺もお前の言う通りだと思うぜ。そんで俺もあいつを気に入ってる」

 ノブナガが言うと、ウボォーギンは、そうか、と言って、全く手入れをしていない髪をばりばりと掻いた。

 

「……そうだな。あんなちっこいのが居たところで邪魔になるわけじゃなし──」

「フィンクス」

「……………………わかったよ」

 パクノダに睨まれ、フィンクスはチッと舌打ちをしてから話しだす。

「……あァ、俺もチビを気に入ってるぜ。殺風景なアジトにおもしれーチビが一匹居るのもいいんじゃねーの」

「構ていて飽きないというのはワタシも同意見ね。アジトに居るときの暇つぶしには持てこいよ。それにワタシ、シロノに新しく編み出した拷問の仕方教える言てまだ教えてないね」

 フェイタンが言った。

 彼は定期的にシロノを拷問室に呼び出したりして、戦闘のみならず、拷問の仕方についてもよく教えている。

 ビビらないどころか積極的に質問して来る小さな生徒を、フェイタンは気に入っていた。

 以前はシロノの手を引いて外に出掛けていったことすらあって、子供連れで出掛けたというフェイタンに、全員が驚いたものだ。行き先が“世界拷問具博覧会”であったことと、そのうち何点かを盗んで帰って来たことは置いておくとしても。

 

「……アタシもまだベッドカバー縫ってないし。もう型紙作りまくっちゃったし」

「お前はどれだけあいつのものを作る気なんだ、マチ……」

 フランクリンが、苦笑した。

 シロノが来てからというもの、シロノの服やかばんやぬいぐるみなどは、全てマチが作っている。

 マチのクールな性格とはかなりかけ離れたファンシーな作品たちは団員達を驚かせたが、彼女自身はそういったものを身につける趣味はないものの、作る事自体は好き、らしい。

 シロノのものは全てがミニサイズなので、パっと思いついてパっと作るにはとても勝手がいいのだと言って、マチはシロノがここに来てから趣味を炸裂させているのだ。

「そう言うアンタはどうなのさ、フランクリン」

「俺か? ああ、わかりやすくて悩まねえ性格でいいと思うぜ。ガキが好きなわけじゃねえが、シロなら面倒見るのも苦じゃねえよ。ボノはどうだ?」

「素直で良い子だな。善悪抜きでああまでまっすぐな性質は珍しいと思う」

 

 こうしてだいたい意見が出切ったところで、シャルナークがくるりと身体を反転させ、クロロを見た。

「……ということだよ。あ、オレもシロのことは気に入ってるから。あとは団長だけだよ」

 シャルナークは完全にクロロに身体を向けて、しっかりと立った。

「シロノが使える使えないを抜きにして、団長はシロノをどう思ってるわけ?」

 全員の視線が、クロロに集まっている。

 

 クロロは、思考した。

 考えたこともないことだったので、いちから考えることにする。

 成長とともに能力がなくなる、つまり鍛えてもあまり意味がないかもしれないシロノを、たとえ何の役に立たなくなっても手元に置きたいかどうか。

 

「シロノを獲物だと思うなら、よけい簡単なことでしょ。気に入ってるかいないかだよ」

「直感だ、直感。ぐだぐだ考えるな団長」

 ウボォーギンが言った。

 

 クロロはゆっくりと瞬きをしてから、小さく息を吐いた。

 そして、顎に当てた手を下ろしたかと思うと、その手をシャルナークに差し出す。

 何かをねだるようなその手に、シャルナークはきょとんとした。

「何さ?」

「携帯。俺のは部屋に置いて来た」

 

 ──携帯は持ってってるんだろう、あいつ。

 

 そう言って手を差し出すクロロに、シャルナークは苦笑した。

「……なんだ、ちゃんと聞いてたんだ」

 シロノは、団員達に似せてマチが縫った服も、小さなぬいぐるみも、子供用の勉強セットも、全部置きっぱなしでここを出た。

 携帯を持っていったとは言わなかったが、シャルナークが作ってやった小さなピンクのウサギ電話は、部屋の中になかった。

 

 シャルナークはポケットの中から携帯電話を取り出すと、クロロの手に落とすように置いた。

 

 

 



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No.019/幽霊電話・ダンディ再び

 

 

 シロノは、とぼとぼと道を歩いていた。

 

 本拠地(ホーム)の外に出るなんて事は、仕事のほかは団員の誰かと出掛けるとか、お使いを頼まれるとかの時だけで、シロノ個人の用事で外に出たことなど一度もない。

 だから明け方、一人でシロノが外に出るなど団員の誰もが予想だにしておらず、シロノは誰にも気付かれることなく、書き置きをしてから、あっさりと外に出た。

 

 伊達にクロロ達に鍛えられていないシロノは、既に半日近くを走ったり歩いたりして、中規模の街に辿り着いていた。

 ざわざわと人が行き交うが、“絶”状態のシロノに気付く人間など誰もいない。

 

 身に纏って来たのは、日光を遮る大きなフードがついた、大きめのコート。

 シロノはフードの下からぼんやりと行き交う人々を眺めていたが、ふと腹が鳴ったことで朝から何も食べていないことに気付き、近くにあったホットサンドの屋台からひとつ失敬し、ベンチに腰掛けてそれを食べた。

 もちろん、金は払っていない。

 クロロたちに鍛えられてさらに“絶”の達人となったシロノは、店主に気付かれずにパンのひとつを平然と持ってくる位は朝飯前だった。

 

 そしてパンを食べ終わったシロノは、ピンクのウサギの形をした携帯電話のバッテリーの蓋を開け、中に入っている小さな紙を取り出した。

 

「……しるば・ぞるでぃっく」

 

 シロノは、手の中にある白い名刺を見つめた。

 クロロに怒られたあの日、シロノはキモノを着ていた。シルバと名乗った銀髪の男はいつのまにか、その帯の結び目に名刺を挟んでいったのだ。

 帰ってキモノの仕掛けを解くとハラリと舞った小さな紙に、シロノはとても驚いた。しかし敵に背を向けたばかりかこんなものを挟まれて気付かなかったなど報告したらまた怒られる、と思い、シロノはこの名刺を、慌てて携帯のバッテリーと蓋の間に隠したのである。

 

 名刺には、シルバ・ゾルディックという名前と、住所と電話番号──ホームコードと、携帯電話の二つが書いてある。

『暗殺請負』という一文さえなければ、味も素っ気もない普通の名刺だ。

 

 小一時間も携帯と名刺を見比べ、その間何度も通話ボタンと電源ボタンを押しては切りを繰り返したあと、シロノはとうとう、名刺に印刷された番号をゆっくりとプッシュした。

 

《──誰だ?》

「あ」

 5コールほどして聞こえた低い声には、確かに聞き覚えがあった。

「えっと…………あの、こんにちは」

《……?》

「シルバ・ゾルディックさんですか」

《そうだが……。…………うん? もしかして、十日ほど前に仕事で会った子か》

「あ、うん。シロノです」

《シロノ、か。“お口にチャック”はもういいのか?》

 シルバの声にはどこか笑いが滲んでいて、シロノは少しだけホっとした気持ちになった。

「いいの」

《そうか。で、用件は何だ? 殺して欲しい奴でもいるのか》

「ううん、いない」

 そう言うと、シルバは今度こそ声を出して笑い、「それは良いことだ」と言った。

 

《では、どうした?》

「…………………………わかんない」

 シロノは、馬鹿正直にそう言った。

 クロロのように湯水のごとく嘘がわいてくるような性格だったら、ここでもっともらしいことが言えるのだろうか、とシロノは思いながら、そのまま黙ってしまったシルバへ、ばつの悪い思いをした。

 

《今、どこにいる?》

「えっと……」

 シロノが慌てて街の名前を言うと、シルバはああ、と相槌を打ち、それから話しだした。

 

《俺は◯◯という所に居る、仕事でな。少し遠いが、そこからなら飛行船で五時間程度だ》

「白くておっきい美術館があるとこ」

《知っていたか。……そこまで来れるか?》

 

 シロノは、少し返答に迷った。

 一人で交通機関に乗って遠出をしたことなどない。そして◯◯というのは国ひとつまたいだ場所にある街で、風光明媚な町並みと、著名な画家を輩出したことから芸術が盛んなことが名物の街だった。そう、シロノが初めて蜘蛛の仕事についていって宝冠を盗んだ、あの街である。

 

「……行ってみる」

《俺は夕方四時から五分間、ヴェリアというホテルのロビーに居る》

「あい」

 それきり、シルバは電話を切った。

 

 シロノはそのまますぐに飛行船の発着場に行き、係員に◯◯まではどうやったら行けるかを聞いた。

 小さな女の子のたどたどしい質問に係員の女性はとても丁寧にルートを教えてくれたが、チケットを手配しようか、という親切を、シロノは断った。シロノは、パンも買えない一文無しだ。

 

 だがシロノは、あっさりと目的の飛行船に乗った。

 大人の腰ほどにも身長の届かない子供、しかも完璧な“絶”を使ったシロノが、誰にも気付かれずに乗客の中に紛れ込むのは、驚くほど簡単なことだった。

 シロノ自身も、自分一人で遠くへ行くことがこんなに簡単なことだったなんて、と一人拍子抜けに驚いていた。

 

 そして飛行船の中、特にやることもないシロノはいくつかの雑誌や自動販売機のある休憩室に入った。そしてそこで柔らかいソファを見つけ、シロノはくるりと猫のように丸くなり、そのまま眠りにつく。

 

 ──そして寝入ってしばらくしてから、シロノの携帯電話が鳴った。

 

 しかし、昨夜あまり眠れていなかったのか深く眠り続けるシロノは、マナーモードにした携帯が震えているのに気付かない。

 留守番電話に繋がる度にリダイヤルしているのだろう、何度もかかって来る電話に、向かいで新聞を読んでいる中年の男が気付いた。

 シロノは寝ている間も“絶”を行なっているが、携帯はそうもいかない。だからこそマナーモードにしていたわけだが、こう延々鳴っていては、やはり気付かれてしまったようだ。

 仕事なのか、棒タイを緩く締めたスーツの男は持ち主であろう小さな子供を起こそうかどうか迷っていたようだが、その時突然、一定期間……留守番電話に切り替わるまでのギリギリの間隔で切れてはかかって来たその電話が、プツリと鳴り止んだ。

 

 諦めたのだろうか、と男は思い直し、そしてシロノがあまりに深く眠っているせいか、再び新聞を読み出した。

 

 電話が切れたのではなく通話状態になったことなど、彼が気付く由もなかった。

 

 

 

「──出ない」

 長いコール音のあと留守番電話に繋がったシャルナークの携帯を片手に、クロロは言った。

 そしてシロノが電話に出ないということで何人かは身の心配をし、また何人かは本気で戻って来ないつもりかと訝しむ。

 

「前にも言ったけど、誠意ってものが大事だよ団長」

 シャルナークは、もっともらしい顔を作って言った。

「嘘つきのドロボーが、それを越えた信頼を得るにはどうしたら良いか、ということ。モノで釣るとかじゃなくてね」

「──……それはつまり……」

「そう、つまり、だ。考えて団長。正念場だよ」

 考え込むクロロを、全員が見守った。クロロは口元に手を当てて長らく考え込んだあと、やがて携帯を見つめ、

 

 ──リダイヤルを押した。

 

「そうそれ! 団長ナイス! この場合着信履歴こそ誠意の証だよ!」

「成長したのね……! えらいわ団長!」

 電話に耳を付けるクロロを、シャルナークとパクノダがお互いガッツポーズまで作って賞賛した。他の者は「リダイヤルかけただけで褒められるって、どっちが幼児だ」と呆れながらその様子を見遣っている。

 しかしこれがもし女相手の電話なら、留守電に切り替わった時点で確実にクロロは携帯を放り出していただろう。もしかしたら、留守電に切り替わるまでも待たないかもしれない。

 

 彼は盗む獲物に異常なまでの興味を持つ時はあっても、人間に対してはひどく薄情だ。

 

 それは自覚のない、深層心理からのひどい人見知りと言い換えてもいい。

 クロロ自身に人見知りの自覚はなく、むしろ本人は誰とでも当たり障りなく接することが出来る人間だと思っているのだ。

 確かにそれも間違いではないのだが、それは作り笑顔で適当に受け答えが出来る、というだけの話だ。彼は基本的に他人に興味を持たないし、人との繋がりを自分から欲しがることはない。

 人恋しさに出会い系サイトを利用したり、合コンに通い詰めたり、会ったこともない人間のワイドショーネタで盛り上がったりする人種とは、最も遠い性質の男である。

 

 ともかく、クロロがまともな付き合いをしているのは、それこそ旅団の仲間、特に結成時の古参メンバーのみだ。

 だからこそ、シロノに興味を持ったと言って拾い、さらに育てると言い出したクロロには皆、心底驚いたのだ。

 そして昨日はそれが人間扱いしていなかったからだ、ということにパクノダとシャルナークはガッカリしたのであるが、この展開だとそうでもないかもしれない、と二人は思った。

 

「……オイ、いくらなんでも出なさすぎだろ」

 クロロの誠意とやらが既にストーカーレベルになりつつある頃、ノブナガが言った。

「まさか、マジで身動き取れねえ状態なんじゃねえだろうな」

 その台詞に顔を見合わせた一同は、シロノがいつ電話に出ても皆で向こうの状態を音で観察できるよう、携帯電話にスピーカーを繋ぎ、クロロが留守電の壁をリダイヤルアタックでひたすら攻める様を見守ることにした。

 だが何度かけてもシロノが出ないので、本気で誘拐対策を講じた方が良いのでは、と皆が言い出し始めた時、スピーカーから本拠地ホーム全体に延々響いていた呼び出し音が、プツリと途切れた。

 

 クロロだけでなく、全員がピクリと反応する。

 

「──もしもし、」

《しつっこいわね、この身勝手男!》

 スピーカーから、“キーン”という不快な音とともに大音量で響き渡った女の声に、全員が耳を押さえる。

 そして同時に、電話に出たのがシロノではないことに目を丸くした。

 クロロもまた、珍しくかなり驚いた状態で目を見開いている。

 

「……まさか」

《何なのよさっきから、このストーカー並の着信!》

「──……アケミ、か?」

 半ば呆然としたようなクロロの声に、全員が更に驚く。

 旅団のほとんどの人間には、霊感がない。幽霊であるアケミの声をはっきり聞いたことがあるのは、夢で会ったことのあるクロロと、シャーマンでもあるボノレノフだけだ。

《そうよ》

「……驚いたな。どういうことだ」

《どうだっていいでしょ。悪いけど、もうそっちには帰らないわよ》

 冷ややかな声に、クロロが僅かに眉をひそめる。

 

《調べたんでしょ、あの子の血縁上の父親がどんな奴か》

「ああ」

《だからアタシは、あの子に素敵なパパと出逢って欲しいのよ。“おままごと”なんかじゃない、ホントの、成長してもちゃんと見守ってくれる父親をね。だからアンタはダメ》

「……俺は」

《アタシ、死ぬ前は占い師をしてた》

 突然、アケミは言った。

「占い師……?」

《そう。アタシがロマシャの生まれだって事は?》

「知ってる。ヨルビアン大陸起源の、所謂……ジプシーと呼ばれる民族だ」

 クロロが答えると、そうよ、とアケミは言った。

 

 ロマシャはヨルビアン大陸起源の移動型民族で、占いや音楽、踊りなどの技芸に優れ、旅芸人として各地を放浪するのが基本スタイルだ。

 特に音楽に関しては歴史的に大きな貢献をしている。独特の神秘的な考え方と文化を持ち、そのボヘミアニズム的スタイルを好む者も多い。

 

《よく知ってるわね。そう、アタシはロマシャの女よ。本来のロマシャは旅をしながら暮らすけど、もうそんなことしてるロマシャなんてほんの少ししか居ないわ。アタシはロマシャの自治区でアパートを借りて、ロマシャの間で伝わる占いで生計を立ててた》

 たまに踊り子とかもしたけど、と言って、アケミは続けた。

《女の子やカップルにお守りやおまじないの小物を売るのが主だったけど、アタシの占い、結構当たるってんで評判だったのよ。特定の人の心を読むとか、未来を占うとかもできたわ。そして、殺されてこうなってから、その力がケタ違いに上がったの》

 

 ──……心が読めるのか?

  ──多少ね

 

 ──おまえは、予言者か?

  ──まあそんなものよ。全部じゃないけど、色々わかるわ

 

 

「……なるほどな。もともと無意識に働いていた念能力が、死んだことで一気に強まった」

《そういうことなのかしらね。念ってモノ自体、アンタたちに会ってから初めて知ったんだけど。ていうかアタシの存在に気付いて素性まで調べたのは、アンタたちが初めてよ》

 アケミはそう言って、フウ、と息を吐いた。幽霊の吐息は、何となく違和感がある。

 

《だからあの子を騙せても、アタシには通用しないわよ、この大嘘つき!》

「……」

《でも、あの子が強くなるように鍛えてくれたことや、色々世話を焼いてくれたことは感謝してる。話すことは出来なかったけど、他の皆も良くしてくれたし》

 自分たちの話をし始めたアケミに、団員たちが顔を上げる。

 

《マチちゃんとパクちゃんはすっごく良いお姉さんだったし、ノブナガ君は厳つい顔して一番優しいし、なんだかんだでフィンクス君も構ってくれてたしね。フェイ君と話してるときのシロノはものすごく楽しそうだったし、ウボー君もちょっと乱暴だけどよく遊んでくれてたじゃない? フランクリン君はどっしり構えてて安心して預けられる感じだし、ボノさんはさすが年長だけあって違うわよね。シャル君も、扱い方を迷ってるだけで凄く細かく気を配ってくれてたわ》

「褒められてるよ俺ら」

 あはは、とシャルナークが小さく笑った。

 そして「扱い方を迷っている」ということを見抜かれていたのか、と頭を掻いた。

 子供などと喋った事のない、そしてやや理屈屋のシャルナークはシロノとどう接してよいのかよくわからず、結局身の回りのものを手配したり、過ごしやすいように気を配ったりということばかりしていたのだ。

「ふーん、ノブナガが一番優しいんだ」

「うっせえ黙れシャル。笑ってんじゃねえ」

「さすが母親、よく見ている」

 ボノレノフが、感心して頷いている。

 

《でもアンタはダメよ、クロちゃん》

「クロちゃんて呼ぶな」

 クロロは無表情で律儀に反論し、そしてその呼び名に数人が驚愕する。

 

《そうね、あの子を鍛えてくれたことは感謝してる》

「人の話を聞け」

《でもダメ。大きくなったら用済みだなんて、話になんないわ》

 重く、そして残念そうな、怒った声だった。

《言ったでしょ、アタシがこうして守ってあげられるのは、この子が子供のうちだけなのよ。しかもその期間はすごく短い。子供の成長なんてあっという間だもの》

「……アケミ?」

《アタシが居なくなったあと、ちゃんと支えて、見守ってくれるパパじゃないとダメなのよ。この子が大人になったら、アタシは》

「……アケミ!」

 大きな声を出して遮ったクロロに、アケミが黙る。

 

《……何よ? 大きい声出して》

「お前……」

 クロロは、訝しげに顔を歪めている。それはスピーカーで会話を聞いている団員たちも同じだった。

「……お前、気付いていないのか?」

《……は? ……何が?》

 意味わかんない、と言ったアケミに、クロロは眉を寄せた。

 

「何が“大きくなったら”だ! シロノの成長を妨げているのはお前だろう!」

「ちょっと、団長!」

《……何ですって》

 クロロの発言をパクノダが諌めるが、返って来たアケミの声は、ぞっとするほど重い。

 

《何ですって? アタシが、》

「お前が居るから、あいつはいつまでも成長しない!」

《……人の気も知らないで!》

 

 ──それは、泣き叫ぶのに近い怒声だった。

 

《アタシがどんな気持ちで死んだと思ってるの!? 死んでお墓に入っても必死でこの子を産んだ、アタシの気持ちがわかるって言うの!》

「アケミ!」

《身体のないアタシが、誰からも助けてもらえないこんなアタシが、どんな必死な気持ちで、──どんなに!》

 シン、と静寂が通り過ぎた。はあはあと、アケミの吐息が聞こえる。

 まるで生きている者のようであるのに、聞いている者たちは、それが死者の、意味のない虚しい吐息であることが、何故かはっきりと実感できた。

 

《……寝る前にこの子に本を読んでくれて、ありがとう》

「おい、」

《それだけよ、さよなら》

 ブツリ、と電話が切れた。ツー、と虚しい機械音が響く。

 

「くそ。予想外だ」

 クロロは下ろした前髪を掻き上げ、携帯を置いた。シャルナークがそれを取って再度リダイヤルをかけるが、今度は既に電源が切られている。

 

「──で、どうする? 団長」

「……また問題か?」

「そうだよ。誠意を見せるってのは大変な事だねえ。堅気って凄い」

 戯けたように肩をすくめるシャルナークに、クロロはため息を吐いてから、再度前髪を掻き上げた。

 そして今度はため息ではない、何かを決意するような息を吐く。

「……迎えに行く」

「こんな誠実な団長見たことない」

 マチが言い、数人が堪え切れずに吹き出した。

 

「本当ね。どんな女も、団長にここまで縋られたことないね」

「まったくだ、スゲーなあのチビ。将来は魔性の女かも」

 フェイタンとフィンクスが、笑いながら言う。クロロはさんざんのからかうような目線を背筋を伸ばして跳ね飛ばすと、シャルナークに向き直る。

「シャル、」

「場所ね。はい」

 彼が直ぐさま目の前に示した小さなディスプレイに、クロロはきょとんとする。

「場所を調べろ」と言う前に渡されたのは、小さなGPS所在モニタ。クロロがシャルナークを見遣ると、彼はにっと悪戯っぽく笑った。

「オレお手製の携帯ですから。電源切っても稼働する、迷子防止のGPS付きは常識だね」

 仕事のできる部下持って良かったね、と言うシャルナークに、クロロは苦笑を返し、モニタを受け取る。

「そのようだ」

「気遣い上手のシャルお兄ちゃん、でもいいよ」

 

 いってらっしゃいオトーサン、と、シャルナークはクロロの背中を叩いた。

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 熟睡していたシロノは、まるで五時間きっかりタイムスリップでもしたような心地で目覚めた。

 時間を見ようと携帯を見ると、なぜか電源が切れているのに気付く。

 寝ている間に身体で押してしまったのか、と首を傾げつつも、シロノはもう一度電源を入れる。

 そして来たときと同じように、“絶”を使った状態でぞろぞろと降りる大人たちの足下に紛れて飛行船を降りた。

 

「ついた」

 

 あっけなく、シロノはかつて旅団と、いやクロロとやって来たことのある街に降り立った。

 

 時刻は、三時半。シルバとの約束は四時である。

 シロノはさっそく空港の案内窓口へ行き、ヴェリアというホテルの場所を聞いた。ホテル・ヴェリアはどうやらガイドブックに必ず載っている有名ホテルであるらしく、「直通バスが出ていますよ、十五分くらいで着きます」と、手慣れた、そして酷く親切げな答えが返って来た。

 

 ずっと旅団の誰かと行動していたため、見知らぬ他人に尋ねるということをあまりしたことのないシロノだったが、シロノくらい幼いと、普通はこうして手取り足取り心配されるものであるらしい。

 行きでもそうだったが、手を引いて連れて行こうかという空港の女性係員の申し出を、シロノはやや顔を赤くして、丁寧に断った。

 

 目当てのバスはすぐ見つかったが、バス代などないシロノはやはり、というか当然無賃乗車である。

 しかしさすがにバスは狭いし人に紛れにくい。面倒だな、と思ったシロノは、くるりと辺りを見回すと、ぴょんと飛び上がってバスの屋根の上に乗った。大きなバスの上に小さなシロノが座っていても、死角になって、そう大勢の人間に見られるわけではない。

 すぐにバスは走り出し、シロノはバスの屋根の上で風に吹かれながら、かつて来た町並みを見渡した。

 

 前来た時は、夜だった。

 しかし夕方に差し掛かろうとしている時刻の空はまだ青く、白い建物や色とりどりの瓦の屋根、窓際に飾られた花、緑に生い茂る気の色が、太陽の光に照らされて眩しい。

 だが日光過敏症のシロノは、ただその眩しさを厭い、風圧で飛びそうになるフードを深く被り直した。

 

 

 

 係員の言った通りきっかり十五分後、バスは大きなホテルのロータリーに到着した。

 シロノはぴょんと屋根から飛び降りるが、やはり誰も気付かない。

 

 ロビーに入ると、大きなアンティークの掛け時計が、ちょうど四時を指していた。

 シロノは、きょろきょろと辺りを見回す。グレードが高いというよりはとにかく大きい、といった感じのホテル・ヴェリアのロビーはとても大きく、ビジネスマンやツアー旅行の団体などがよく目に着いた。

 

「──時間きっかりだな」

 

 一人掛けのソファに座った大柄な男が、シロノにほうを振り返っていた。

「おまえは俺を試してるのか? ……相変わらず見事な“絶”だ」

 いつホテルに入って来たかわからなかった、と、仕事とやらのためなのか、スーツを着込んだシルバは薄く笑った。

 

 

 



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No.020/理想のパパ

 

 

「小さい割によく食べるな」

「んー」

 昼前に屋台のホットサンドを食べてから何も食べていないシロノは、シルバに挨拶をする前に、くう、と腹を鳴らしてしまった。

 

 そのおかげで、シルバはこうしてホテルのレストランで食事をご馳走してくれたわけだが、その際、金を持っていない、というシロノにも驚いた。

「来れるか来れないか確率半々、と思っていたんだが……」

 それは道に迷うかも、ということでの予想だったのだが、シロノは一銭も持たずに国ひとつを越え、時間きっかりに指定場所に現れたのだ。

 シルバは片手で頬杖をつき、向かいでチャイルドチェアーに座って、もくもくと大人用のハンバーグセットを食べているシロノを見遣った。

 

「さすがは蜘蛛の子だ。……どんな教育をしているのか少し興味が」

「……あたし、もう蜘蛛の子じゃない」

「うん?」

 やや不器用にハンバーグを切り分ける手を止めぼそりと言ったシロノに、シルバは首を傾げた。

「あたし、大人になったら売りとばされるんだって。だから出て来たの」

「それはまた」

 ヘビーな理由だな、と、シルバは肩をすくめた。

 首領の男──クロロは若くしてかなりの実力があったし、そういう人間が若さに任せて残酷な行為に走ることは珍しくない。

 今最も話題の新鋭A級盗賊団ともなれば、そういうこともするのだろうか、などと考えながら、シルバは頼んだコーヒーを啜った。

 

「それで、これからどうするつもりだ?」

 レストランのウェイトレスが、忙しく歩き回っている。

「……わかんない」

 シロノは無表情のまま、ハンバーグをひとくち口に入れて咀嚼した。

 

「そうか」

 ざわざわとした喧噪の流れの中、ひとつのテーブルに沈黙が降りる。

 再度もくもくとハンバーグを食べ始めたシロノを、シルバは見遣る。驚くべきことに、大人用のセットはほぼ全てが食べられ尽くしていた。

 

「やることがないのなら、とりあえずこれから俺の仕事を手伝ってくれ」

「シルバおじさんのおしごと?」

 きょとん、と、シロノは口の端に少しソースを付けて聞き返した。

「実は、下心がまったくなくて呼び出したわけでもなくてな。一人でやれない仕事でもないが、お前が居ると助かる」

 シルバはそう言って、持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。

 彼の所作はきびきびとしていつつもゆっくりもしていて、どこか大型の猫科の獣の動きを思わせ、ふとした時は優雅にすら見えた。

 

「おしごとって、暗さ」

「こら。誰が聞いているかわからんだろう」

「ごめんなさい。おくちにチャックね? チャックね?」

「そう、チャックだ」

 ナイフとフォークを離し、口の前で指のばってんを作って言うシロノに、シルバは彼特有の、王様のように重々しい仕草で頷いた。

「それで、どうだ?」

「んー、いいよ。ごはんもらったし」

「安い依頼料だな」

 シルバは笑った。

「では、それを食べたら準備だ。やってもらうことはそのとき話そう」

 

 

 

 シロノが連れて行かれたのは、すぐ近所にある盛装・正装専門のブティックだった。

 適当にしてやってくれ、と言うシルバにスタッフは頷き、シロノは数人掛かりで飾り立てられ始めた。まず着るものを選ぶところから始まり、次に髪をいじられる。

 

「……やはり、女だと色々と勝手が違うものだな」

 飾り立てられているシロノにかかる手間の多さに、シルバは半ば感心したようにそう言った。

「うちは男ばかりだからな」

「あら、お子さん多くていらっしゃるのですか?」

「ああ、まあ」

「賑やかでいいですね。皆さんこんな綺麗な銀髪なのですか?」

「いや」

 シルバは、顎に手を当てた。

 彼の着ているスーツも、よく見るとパーティー用の正装だ。

「銀髪は三男だけだ。男は母親の方によく似るというしな」

「ふうん。じゃあ女の子はパパに似るの?」

 靴を探しに行っているスタッフを待ち、裸足の脚をぶらぶらさせながら見上げて来たシロノに、シルバは答える。

「まあ、俗説だが」

「でもこちら、パパとそっくりの銀髪ね。素敵」

「え」

 シロノの髪はストレートで、しかも子供特有の細くサラサラな質感を持っている。

 結う側からするすると逃げるその髪と悪戦苦闘しながらも、スタッフはそう言った。

 

 それなりの年齢の男と小さな子供が連れ立っていれば、当然ながら親子と見られる。

 そして、シルバは銀髪で、シロノも銀髪だった。親子として見られるには完全無欠の共通の特徴を持った二人は、すっかり親子としてみられていたのである。

 クロロはかなりのストレートの髪質だが、その色は、烏の濡れ羽色とはこういうものだろう、というくらいの真っ黒な黒髪だ。髪を下ろしていると十代にしか見えないため、シロノと並んでいると良くて兄妹にしか見られない。

 

「どうしたの?」

 何か考え込むように俯いたシロノを覗き込み、綺麗にメイクを施した女性スタッフが尋ねる。

 しかしシロノはふるふると首を振っただけで、何も答えなかった。

 

 

 

「……こんなの、初めて着た」

「そうか。なかなか似合うぞ」

 ふくらんだスカートの黒のドレスに、レースの黒いタイツに手袋、黒い靴。それは真っ白な髪と肌を持つシロノに、実によく映えた。

 さらさらの髪にゴムで飾りを付けるのは無理だったので、細いワイヤーとビーズで作った小さなティアラのついたカチューシャをつけさせられている。耳には青いガラスのイヤリング。小さな爪に、ラメ入りの透明のマニキュアまで塗られた。

 

 どんどん服を作るマチのおかげで比較的衣装持ちなシロノだったが、こういった恰好をするのは初めてのことだった。

 シロノの服は仕事であれ訓練であれ動くことが前提なので、ほとんどがズボンだ。マチとお揃いのキモノの下にも、スパッツを履く。

 パクノダはスカートを履かせたがったのだが、動き放題動いてパンツが見えるのが見苦しかったらしく、彼女はため息をついて諦めた。

 

 しかしそれにしても、こういった盛装をするのがまず初めてだ。

 パーティーらしい場所に潜入したり盗みに入ったりすることは結構あったが、子供連れだと目立つとか邪魔だとか言われて、シロノはいつも留守番か裏で待機のどちらかだった。

 

「ターゲットは、今回のパーティーに来る客の一人だ」

 シルバは襟を引いてジャケットを整え直すと、話し始めた。

「しかし厄介なのが、同伴というところだ」

「どうはん?」

「ああ……、誰か一人を連れて、二人で行かなければならない」

「大人じゃなくてもいいの?」

 その言葉に、シルバは少し笑った。

「本当は妻のキキョウと来たんだが、三男が熱を出して、帰ってしまった。夕飯に出した毒がまだ少し強かったらしいな」

 最後の台詞はぼそりと呟くようなものだったが、シロノは意味が分からず首を傾げた。

 

「どうしたものかと思っていた時、お前から電話があってな。正直、助かった。お前が来なければ、この歳でナンパまがいのことをするはめになっていたかもしれん」

 仕事で使っている斡旋所に電話してもいいんだが、どっちにしろまあ色々あとで面倒なことに……とシルバは言った。

 その意味はシロノにはよく分からなかったが、大人には色々あるのだろう、と思ってそのまま頷く。

「でもシルバおじさんかっこいいから、きっと簡単だよ」

「……それは、光栄だ」

 シルバは苦笑し、シロノの前にしゃがみ込む。

「確かにこういう場合は大人同士が普通だが、今回は家族でも構わない。そんなわけで、俺の子供のふりをして一緒に行ってくれ。やってもらうことがあるかもしれないが、それはその都度指示する」

「あい」

「よし。じゃあ行くぞ」

 

 シルバはそう言うと、すい、と驚くほど滑らかな動作でシロノを抱き上げた。

 シルバの曲げた肘の間に腰掛けるような形で片腕で抱えられたシロノは、いきなり抱き上げられたことに目を丸くする。しかし抱き上げられたせいですぐそこにあるシルバの表情は平然としていて、まっすぐ前を見据えていた。

 

 太くがっしりした腕の座り心地は文句なしに良く、厚めの肩は手を置くのに抜群の頼もしさを持っていた。

 既に夜、街灯のオレンジのランプが彫りの深い横顔に影を作っていて、やたらに格好良い。高めの白い襟から覗く太い首と喉仏が、ゆったりしたウェーブの銀髪の間から見える。

 ダンディとはこの光景にこそ名付けられるべき形容詞である、と高らかに宣言してもいい位のダンディっぷりだった。

「どうした?」

「……ううん」

 シロノは、ぷるぷると首を振った。

 さっき少しだけ毛先を切り揃えられた髪が、さらさらと小さな音を立てて揺れる。

 そうか、とシルバは返し、そのままオレンジのきらびやかなランプが続く方へ歩いていった。

 

 

 

 仕事は、あっけないほどスムーズに事が済んだ。

 

 最初に依頼人に挨拶と確認がてら会った時、シルバはシロノを、自分の娘だと紹介した。同じ銀髪の子供を、そうでないと疑う者は居なかった。

 シロノがあまりに小さいので、足手まといになるのではないかと訝しんだ依頼人たちだったが、シルバに言われて、強化した小さな拳でシロノが壁を殴ってみせると、皆絶句して青くなった。

 

 そして本番でも、シロノは三人のターゲットのうち、逃げようとした二人を“円”の範囲内に誘い込んで『犬』の役を振り、彼らは『パパ』の役を振られたシルバに、あっさりと殺された。

 

「ほう」

 こういう能力だったのか、と、シルバは足下に立っているシロノを見下ろしながら、興味深そうな声を発した。

「これはいい。かなり楽に仕事ができた」

 そう言って、シルバはシロノの頭を撫でる。その拍子にきらきらしたビーズのティアラがずれてしまい、彼は指先でそれを直した。

 シロノはといえば、そんなシルバの動作に目を見開いて唖然としている。

 他の団員はよくシロノの頭を撫でてくれるが、クロロは一度もシロノにそうしたことはない。「よくやった」と言ってくれること位はあるし、シロノが上手くやれば満足そうに笑むことはある。

 しかしこうして半ば手放しで褒めてくれることなど、一度もなかった。

 

「どうした?」

「……ううん」

 シルバを見上げたまま固まっているシロノは、二度目の同じ質問に、同じくふるふると首を振った。

 そしてそんな子供を見て、シルバは少し考えてからシロノを再度抱き上げた。

「いい能力だ。サポートにはもってこいだな」

 “子蜘蛛”として重宝されるのも分かる、とシルバは納得したように頷き、そのまま観察するようにして、興味深そうにシロノの顔をまじまじと見る。

 それは評価故の行動だったが、シロノは僅かに眉を顰め、ぼそりと言った。

「……でも、大きくなったら使えなくなるんだよ」

 アケミが驚くのが、シロノには分かった。

 今まで、シロノがアケミに逆らったことなどない。

 アケミはあらゆるものからシロノを完全に守ってくれる存在で、シロノにとって、ママ、という言葉の意味は、イコール精霊や神に近いものだった。

 幼児にとって親は世界そのものに近いが、シロノは普通よりもずっとその傾向が強い。

 

 しかし、今こうしていきなり核心をシルバに話してしまったこと自体は、直接アケミに禁じられていたことではない。

 自分の能力がいずれ消えてしまう事自体、シロノは今回初めて知ったのだ。

 クロロの部屋の前でそれを知ったとき、アケミがざわりと気配を際立たせたことで、シロノはアケミがそのことを知って居ながらにして自分に言わなかったのだ、ということもまた知った。

 

 そしてそのことを察知しているアケミは、顔を顰めてシルバを見つめている、いや半ば睨んでいるシロノを、少し困ったような気配でもって見守っていた。

 

 シルバは驚いた表情で、自分に抱かれているシロノを見遣っている。

「そうなのか?」

「うん」

 こくり、と、シロノは慎重な動作で頷いた。

「もしや、“大人になったら売り飛ばされる”というのはそのことか?」

「そうだよ。おままごとができなくなったらママもいなくなって、あたしいらなくなるの」

 シロノは、きらきらしたラメの光るマニキュアが塗られた小さな手で、シルバのスーツの生地をぎゅっと掴んだ。

 

「ママ……?」

 シルバが少し首を傾げたので、シロノは、「幽霊なんだよ。“凝”をすれば見えるよ」、と、これもまた立ち聞きした情報を漏らした。

 アケミがおたおたするのがわかったが、シロノは、まっすぐにシルバを見つめている。

 シルバは灰青の目にオーラを集中させると、ちらりとシロノの背後を見遣り、再度驚愕の声を発した。

 

「これは驚いた。……何か気配がするな、とは思っていたのだが」

 赤い髪と青い目、ロマシャの民族衣装、そしてシロノに似た顔立ち。

 どうやら、シルバは霊感がある方らしい。“凝”を行なえば、彼はそんなアケミの姿をはっきりと見ることが出来た。

 

 その後、シロノは少したどたどしい言葉で、アケミの能力もまたシロノが大人になれば使えなくなってしまうことなど、自分の知っている全てを投げ散らかすようにして喋り切ってしまった。

 

「……なるほど」

 シルバは、考え込むようにして、数秒黙った。

「行く所がないと初めに聞いてから、既に考えていたことなんだが……」

 そう言いつつ、“凝”をして、アケミの様子もうかがいながら、シルバもう一度、シロノをまっすぐに見る。

 

「ゾルディックに来るか?」

 

 その言葉には、シロノよりも、アケミの方が驚いた。

「……でもあたし、大人になったら能力がなくなっちゃうよ。……ママのも、」

「ああ、聞いた。しかし念自体がなくなるわけではないのだろう? 能力が決まっていない念能力者になる、というだけで」

 その問いに、シロノはこくりと頷いた。

「その能力がなくなってしまうのは確かに惜しいが、そのあと新しい能力を考えればいい」

 あっさりと発されたその提案にシロノは驚き、真ん丸に目を見開いた。

「うちは家族全員が暗殺者、つまり念能力者だ。能力がなくなった後のフォローもしてやれる。まあ、そのときうちの仕事により良い能力にしてもらえればなお良いが……。まあとにかくこの歳でそこまでの念使いであるなら、ゾルディックに来ても遜色はないだろう」

 シロノは目をまん丸くしたまま、じっとシルバを見つめている。

 

「お前は綺麗な銀髪だし──」

 大きくごつごつした指先が、シロノのさらさらの白い銀髪をすくった。

「ぎんぱつ?」

「私も銀髪だろう」

「うん」

「私の銀髪を受け継いだのは三男だけだ。そのせいもあって、妻は三男を特に可愛がっている」

 素質があるというのももちろんあるのだが、と、シルバは夫婦間の惚気にも聞こえる発言をフォローした。

「それに、うちには娘が居ないからな」

 キキョウも喜ぶかもしれん、とシルバは言ったがしかし、その発言にアケミがざわりと気配を険しくしたことにも気付き、シルバは少し冷や汗を流す。

 

 おそらく、実の母親としては面白くない話題だったのだろう。

 同じ発言をキキョウが聞けば、彼女もまたアケミと同じリアクションをとるだろうことは明らかだ。そういう女を熟知しているシルバだからこそ、そのとき「……母親が健在なら、養女というのは少し問題があるか」、と提案の修正を試みた。

「養女でなければ執事見習いにでも……いやしかしな──……ああ、そうだ」

 シルバは、良いことを思いついた、と言わんばかりに、少し笑った。

 

「うちの息子の嫁候補、というのはどうだ?」

「よめ? およめさん?」

「そうだ。婚約者探しというのは、うちでは最も難しいことの一つだ。ゾルディックに入って見劣りしない念能力者自体少ない上、そういう人間が家庭に入ってくれることは珍しい。同じ暗殺一家では、一族という囲い自体を広げることになって厄介だしな」

 だが、素質のある者を幼い頃から花嫁修業させておけばその手間が省ける、とシルバは言った。

 

 もちろん、ゾルディックでいう花嫁修業には念能力者としての修行も大いに含まれるということも付け足し、彼は続ける。

「年齢的には三男より下が丁度いいだろうが……次男は十六、長男は今年二十一で少し歳が離れているが、気があえばそれでも構わない」

 そう言って、シルバはシロノから目線を外し、「どうだ?」という視線でアケミを見た。アケミは、青い目を見開いている。

 

  シロノと同じ銀髪を持ち、既に五人もの子供が居る男。

  よく出来れば頭を撫でて褒め、躊躇いなく子供を抱き上げるその手。

  誰もが簡単には入って来れない、山の上の大きな家。

  そして、能力が消えてしまったという前提の上での、しっかりした将来のプラン。

 

「悪い話ではないと思うが」

 

 ──アケミが求めていた、“理想のパパ”がそこにいた。

 

「……どう思う?」

 シルバはそう言って、開け放したままのドアのほうへ視線を飛ばした。

「あ……」

 つられて同じ方を見たシロノは、ハっと目を見開き、小さく声を漏らした。

 

「どう思うも何も、勝手に話を進められては困る」

 そこに立っていたのは、黒髪の若い男。

 

 ──クロロだった。

 

 

 



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No.021/Eternal child.

 

 

 ばたばたする室内で話すのもなんだから、と、彼らは屋敷のエントランスまで出た。置いてある椅子にそれぞれが腰掛ける。

 

 ──まるで親子だ。

 

 シルバに抱き上げられたシロノを見たクロロの感想は、まさにそれだった。

 同じ銀髪に、適度に親子らしく離れた年齢、抱き上げた仕草の手慣れ具合。それは、どこをどう見ても親子そのものだった。

 

「まったく、もう新しい“パパ”を見つけているとはな」

 しかしそう言って、クロロは子供を見た。シロノがきゅっと唇を噛むのを、クロロは変わらない表情で見遣る。そしてシルバもまた、落ち着いた物腰で言った。

「“大きくなったら売り飛ばされるので家出をして来た”と聞いている」

「……ちょっとした誤解だ」

 クロロがぼそりとそう返した後、シルバは空を見つめる猫のような仕草で、ふっとシロノの背後を見遣った。

「…………………誤解ではない、と言っているようだが?」

「あんた、アケミと話せるのか?」

「アケミというのか?」

 シルバは、クロロを見ないまま言った。アケミと話しているのだろう、そうか、と頷いて、それからクロロに向き直った。

「そのようだ」

 そう言って、シルバは抱き上げたシロノの頭を撫でた。

「こちらの言い分はシンプルだ。お前達がいらないのなら、うちに連れて帰りたい」

「駄目だ」

「……売りとばそうとしたくせに」

 下唇を吸うように噛み、眉を顰め、じっとクロロを睨む子供の声は、呻くような、恨みがましいそれだった。

「売り飛ばすなんて誰も言っていないだろう」

「うそだ、言った。力が使えなくなったら使えないからいらないって言った」

「……まあ、言ったな」

 クロロはあっさりと認め、シロノは彼を睨んだ。しかし蛙の面に小便とはまさにこういうものだろう、もしくは何様だ、という感じで、クロロは悠々とシロノを見下ろしている。

「だが今はそう思っていない。能力がなくなるのは確かに惜しいが、そのあと新しい能力を」

 そこまで言われて、シロノは初めてカッとなった。

「それもうシルバおじさんが言ったもんね! ばかっ! ばーか!」

「ばっ……」

 初めてシロノに罵声を浴びせられ、クロロは驚愕の表情を浮かべて声を詰まらせた。そして「これが噂に聞く反抗期というものか」、と的外れなことを頭の端で思う。クロロはショックを受けつつも、精一杯大人の威厳がありそうな厳めしい表情を作り、コホンと咳払いをした。

「馬鹿とは何だ」

「ばかばかばかばかばか、ウソつきばかっ! ばかっ、うそつき、ハゲ!」

「誰がハゲだ」

 子供特有の手当り次第の罵声に世界一大人げない集団の頭目の大人の威厳は五秒と保たず、ごち、と、クロロの拳骨がシロノの脳天に炸裂した。シルバはその様子を、悠々とした態度で眺めている。

 

「ぅう~……」

 シロノは、じんじんと痛む頭に両手をやり、上目遣いの涙目でクロロを睨んだ。クロロが殴った衝撃で、可愛らしいビーズのティアラが無惨に潰れている。

 そしてクロロはハっとする。背後に居るアケミが物凄いオーラを発していることが、“凝”をしなくてもわかったからだ。

 

「……うわぁぁあああん! ぶったぁ──!」

 

 初めて大泣きしたシロノにクロロが不覚にもびくりと肩を跳ね上がらせ、アケミは烈火の如くオーラを燃え上がらせていた。悠然としているのはシルバだけである。

「うぇああああああ、わあああああん!」

 物凄い勢いで大口を開けて泣き喚くシロノに、エントランス中の注目が集まった。それは可哀想に、という視線もあったが、酷く迷惑そうな視線が大半だった。

「泣くな!」

「ふぎゃああああああ!」

 クロロが言うが、シロノはその声で泣き止むどころか、余計に泣きだしてしまう。しかも今度は、まるで小さな怪獣のような、本当にどうしようもない声で。

 

 そしてシルバは展開されるやかましい修羅場に一つ息をつくと、ハンカチを取り出し、涙と鼻水まみれになりつつある顔に押し付けた。

「ふぐっ」

 視界を塞がれたからか、シロノがひゅっと息を吸い込んで、大声を収めた。

 シルバは無言のまま、片手で掴めるほどのシロノの顔をハンカチでがしがしと拭きつつ、もう片方の手で、潰れたティアラを引っぱって取った。髪の毛が二本ほど抜けた上に顔の拭き方もかなりぞんざいだったが、シロノは物理的に黙らざるを得なくなり、ひくひくと泣きながらも黙って顔を拭かれている。

「う……」

 涙と鼻水はさっぱりしたが、綺麗に乗せられていたはずの薄い化粧もまた根こそぎ取り除かれ、そこにあるのは泣いたのと擦られたので赤くなった子供の泣き顔だった。クロロは面倒臭そうに顔を歪めたが、何も言わなかった。ひっくひっくとしゃくり上げるその様が、いつ再度涙の大噴火が起こるか分からない状態であったからだ。

 

 そんな小さな爆弾が少し落ち着くまで、シルバとクロロはとりあえず黙った。そしてしゃくり上げる声が小さくなった頃、シルバが言った。

「……とにかく、保護者が迎えに来てしまっては、こちらの言い分を通すわけにもいかないだろう」

 シルバは汚れたハンカチを裏返して畳み直すと、シロノの手に押し付ける。

「なかなか大事にされているようだしな」

「されてないもん、売り飛ばされるもん」

「ははは」

 ぐずぐずと泣きながら意固地に主張するシロノに、シルバは軽く笑った。

「そうでもないようだぞ」

 ちらり、と彼はクロロを見遣る。彼は表情を変えなかったが、シルバを静かに見返した。

 

「まあ、また売り飛ばすと言われたらうちに来い、いつでも歓迎しよう。ではな」

 不安そうな顔をしているアケミを見遣り、そしてシロノの頭を撫でてから、シルバは踵を返した。

「……えらくあっさり引き下がるんだな」

 クロロが言うと、ウェーブした銀髪が翻る。

「欲しいのは確かだが、私は欲しいものはまっとうな手段で手に入れる主義でな。……お前も、たまにはそうしてみたらどうだ?」

 そうでないとどうしたって手に入らないものもある、とシルバは言い、今度こそ夜の闇に消えた。

 

「……さて」

 

 銀色の鬣のような髪が完全に消えてしまってから、クロロは半ば呆然としたようにも見えるシロノをちらりと見下ろした。

「帰るぞ」

「いやっ!」

 ぷいっ、とシロノは顔を逸らした。後ろ向きでも、ぱんぱんに膨らんだ頬が分かる。クロロは小さくため息をつき、そして一拍置いたあと、ひょいとシロノを抱き上げた。

「う!?」

「とりあえずここを出るぞ」

「……や──! やだやだやだやだ、ゆうかいはん、人買い、ゆうか、むぐっ」

「黙れ」

 幼児らしいきんきん声で喚き散らすシロノの口を押さえ、クロロは“絶”を使い、素早く屋敷を飛び出した。

 

 

 

「──さて」

 走り出したクロロがそう言って足を停めたのは、以前ここで仕事をした時に使ったアジト、すなわち人目につきにくい場所にある廃墟だった。

「う~~~~……」

「何だ、そんなにゾルディックの子供になりたかったのか?」

 シロノは頬を膨らませたまま、答えない。しかしクロロはそのことは特にどう思っているわけでもないのか、シロノから目を離し、シロノの背後を見た。

 

「アケミ。話がある」

 

 霊感のないクロロには、アケミの姿や声を認知することは不可能だ。しかしクロロは、月光が僅かに射す夜闇をじっと見つめた。

「──アケミ。アケミ・ベンニーア」

 傍目から見ると独り言にしか見えないが、クロロは続ける。

「お前は、ずっとこうして、“家”を渡り歩いてきたんだな。ロマシャの女」

 シロノが、きょとんとクロロを見る。クロロは廃材の上にどっかと腰掛けた。

「……シロノ。最後の“ままごと”をしよう」

「え……」

 廃墟に差し込む月光、それと同じくらい静かで確かな声で言ったクロロに、シロノは困惑したような目を向けた。しかしクロロがそれ以上何も言わずにじっとしているので、シロノは仕方なく能力を発動させた。三人が、6畳間程度の四角い“円”の中に居る。

「……“クロロがパパで、あたしがこども”」

「ん」

 クロロは短く返事をすると、虚空からじっと目を逸らさないまま言った。

「……俺はこれから嘘をつかない。“約束”だ」

 シロノが、驚きに目を丸くしてクロロを見た。しかしクロロはやはり虚空からじっと目を逸らさないまま、「アケミ」、ともう一度呼んだ。

「話がある」

「……パパは霊感がないから、おはなしできないって」

「いいや」

 おずおずと通訳をしたシロノだったが、クロロは即断した。

 

「これだけの年月、正式な訓練を受けていないとはいえずっと念を使い続けてきたんだ。念の攻撃も防げるほどの“堅”をこなせるお前のことだ、自分自身を具現化させることぐらい、少し意識すれば簡単なはずだ。声を具現化して電波に乗せて電話に出ることは可能なようだしな」

 幽霊は、オーラと魂だけの存在だ。そのオーラを具現化させて実体になる、それをやってみろ、とクロロは言っているのである。それに、“レンガのおうち”という能力を持つアケミは、おそらく変化系能力者だ。具現化系能力の習得は得意なはずだ、とクロロは付け加えた。

「話があるんだ、アケミ。大事なことだ」

 クロロはそう言ったきり、じっと黙った。シンとした静寂の中、月の光が廃墟の隙間から差し込んでいる。それはまるで、聖堂の中に差し込む光にも似ていた。

 

「──ママ、」

 

 そのとき、突然そう言ったシロノの身体が傾いだ。クロロは素早くその小さな身体を支え、そしてシロノの身体からオーラが極端に少なくなっていることに気付く。

 

「……アタシのオーラだけじゃ、生きてる時と同じようになるまで具現化はムリよ」

 

 女の声が、廃墟に響いた。生きているものでないその声もまた、オーラで具現化したもの。

 

「アケミ」

 

 朱の髪と、海色の目。ロマシャの占い師の衣装をまとった若い女が、クロロの目の前に立っていた。初めてまともに見るアケミの姿に、クロロは心のどこかで感動した。持つ色彩こそ全く似ていないが、その顔立ちはやはりシロノとよく似ていた。

 

「……話って?」

 クロロを睨みながら、アケミはうんざりしたように言った。

 オーラをアケミに借り出されて意識を失ったシロノをどうしたものか、とクロロが一瞬手を迷わせると、いかにも占い師らしい、研磨していない天然石をふんだんにあしらった指輪やブレスレットをつけた女の手が伸びてきて、手慣れた仕草でシロノを抱きとった。そしてアケミもまた廃材を椅子にして座り込み、斜めに倒した膝の上にシロノを抱いた。

 

 クロロは、しばし無言になった。

 母親の表情でシロノを抱くアケミ、そしてこの世のものではない念で出来た彼女の身体は、僅かに月光が透き通っている。それは、聖堂にある聖母像よりも神々しいように見えて、クロロはそれに見蕩れたのだった。しかし、彼女が具現化を保っていられる時間はそう長くないだろう、とハっと思い直し、クロロは口を開いた。

 

「子供でも、オーラの存在を自然に自覚し、基本の四大行までくらいを習得出来るというのは少ないが、存在はする。俺がそうだったようにな」

 

 話し始めたクロロに、アケミが目を向けた。

「しかし、幼い子供が“念能力者”と言えるまで念を使えるようになることは、まず無い。例えどんなにいい師匠がついていてもだ。それは、能力のイメージができないから。はっきりした具体的なイメージを持たないと、どういう能力にするかを決めることは出来ない。子供はまだ己の自我のあり方すらはっきりしていない。だから基本の四大業程度は習得出来ても、“能力者”というところまではいかないんだ」

 だからこそ、正式に団員になれるまでの実力ではないにしろ、『おままごと』という確固たる能力を持つこの子供を逸材だと判断し、手元に置きたいと思ったのだ、とクロロは言う。

「そして念を目覚めさせるには、ゆっくり起こすか、無理矢理起こすか、二通りだ。シロノがこの幼さで念に目覚めているのは、オーラの集合体であるアケミ、おまえと生まれた時から──いや、生まれる前から共に在るからだろう」

「そうなるのかしらね、今考えればだけど。……話って、それ?」

「……いや。これは、今から話すことの前提だ。……話は、シロノのことというよりも……お前のことだ、アケミ」

「アタシのこと……?」

 僅かに首を傾げるアケミに、クロロは頷いた。

 

「まず、『レンガの家』は正真正銘、アケミ、お前の能力だ。しかしシロノもまた自分の意思で『レンガの家』を発動させることが出来、またシロノの念能力が上達するに連れて『家』の能力も強くなった。これは何故か? それは、お前がシロノに取り憑いた状態、つまりお前とシロノは一心同体で、オーラを共有しているからだ。お前達親娘は、二人でお互いの能力とオーラを自由に使うことが出来る。今お前がシロノのオーラも使って自分を実体化しているのが証拠だ」

 アケミは、黙ってクロロの話を聞いている。

「だが、『レンガの家』はもちろんのこと、その『おままごと』でさえ、シロノ自身の能力じゃない。『ままごと』は、お前がシロノのオーラを使って編み出した、お前の能力だ」

「…………え……?」

 クロロは、ずっと抱えていたファイルをばさりと膝の上に広げた。シャルナークが集めてきた、アケミとシロノに関する資料である。

 アケミはそれらを手に取らなかったが、自分のことを書かれている事には気付いたのか、ふん、と鼻を鳴らした。

「ふうん、こんな風に言われてたのね。知らなかったわ」

「ああ。……見つけてきたシャルナークにも驚きだが、そもそもよく残っていたものだ」

 これであたしのことを知ったのね、というアケミに、クロロは頷く。

 

「……お前は──……」

 クロロは、まっすぐにアケミを見た。夜の湖のように、ぞっとするまでに無限に澄んだ黒い目で。そしてアケミの目は海の青。深く広いけれど、確かに底がある海。しかし底があるからこそその青は揺るぎがなく、暖かい何かがあった。

「こうして死んで、そしてシロノを産んでから──お前は、……いやお前達は、……ずっと旅をしてきた。まさにロマシャのように」

 ロマシャ。神秘の呪いや占い、音楽、踊りを披露しながら、決して一所に留まらない移動民族。

「そういえば、そうね。でも、アタシは移動したくて移動してたんじゃない。……アタシは、“家”を探してた」

 アケミは、ぼそりと、しかししっかりと言った。そして彼女は腕の中で眠る娘を聖母そのものの目で見遣りながら、言う。

「家?」

「そう。この子がこの先も安心して暮らせるくらい安全で、守ってくれる“パパ”がいる家」

 クロロは少し、黙った。

「……なるほど。お前の『レンガの家』は、その家が見つかるまでの“つなぎ”か」

「この子を守れるように……とだけ考えてたらああいう力になっただけだけど、まあ、そうなるわね」

「そして『ままごと』は、“パパ”を吟味する為のシミュレートか?」

 アケミが、怪訝な顔をした。

「……何ですって?」

「『ままごと』の能力をイメージしたのはシロノじゃない、お前だ、アケミ」

「は……?」

 訝しげな表情を深くするアケミに、クロロは続けた。

「言っただろう、子供が、確固たる能力をイメージすることなど普通は不可能だ。世界中探せば、はっきりしたイメージを具現化させられるほど大人びた子供も居るのかもしれないが、少なくともコイツはそうじゃないだろう」

 クロロは、アケミの腕の中で眠るシロノを見た。起きていても幼いが、眠っている顔はいっそ赤ん坊にしか見えないほどに幼い。

 

「……だったら、何だって言うの?」

 アケミは顔を顰めた。

「実際アンタの言う通りかどうかなんて、私には分からない。念は自然に使ってたけど、自分のこの力に名前が在るなんて貴方たちにあって初めて知ったし──……それに、『おままごと』がアタシの考えた能力だからってなんだっていうのよ。使えてるんだからいいじゃない」

「まあ、俺もそう思っていたんだがな、……今までは」

 クロロは、ひとつ短いため息をついた。

「お前達の、……いやお前の能力は、“シロノが子供でなくなるまで”という限定つき、ということだったが──……」

「それが何よ。それでアンタは、」

「その条件は、今から無効になる」

 ぼそりと、だが重く言ったクロロに、アケミは表情を歪めた。

「は……?」

「お前の能力の制約は、今から無効になる」

「何を、」

「アケミ・ベンニーア」

 フルネームで呼ばれ、アケミは何故か気圧された。この男は、一体何を言おうとしている?

 

「かりそめの家の中で“ままごと”をしながら“家”を求めて彷徨う、ロマシャの女。……お前は一体、どのくらい“家”を渡り歩いてきた?」

「……どういう意味」

「やはり自覚が無いか」

「──どういう意味!」

 声を張り上げたアケミの前に、クロロは一枚の写真を出した。 長い髪の子供の写真。今よりもほんの僅かに幼いか、……いや、ほとんど変わらない、シロノの写真。

「シロノがヨークシンシティの人身売買オークションに出品された時のものだ。この頃のことを覚えているか?」

「は……?」

「覚えているか? アケミ」

 

 ──()()()()のオークションだ。

 

「………な、にを」

 目を見開き、そして恐ろしいものでも見てしまったかのような、引きつって歪んだ表情になったアケミの前に、クロロは古い新聞を広げた。

「『アケミ・ベンニーア』。1942年ヨルビアン大陸にある第二十ジャポン自治区生まれ、1966年に24歳で死亡、女性」

 クロロが、アナウンサーのような発音で、淡々と記事を読み上げる。

 

「現在は1998年。……アケミ。お前が死んでから、……シロノが生まれてから、既に32年が経っている」

 

 アケミは唇を震わせながら、腕の中で眠る娘を見た。十にも満たない、庇護が無ければまだまだ生きてはいけない、幼い娘。せめてこの娘が大きくなるまでは、と強く願い、そしてそれは自分の能力を飛躍的に高めた。

 

  ──狼が絶対に入って来れない、レンガのおうち。

  ──理想の“パパ”、理想の家族を作るおままごと。

 

「お前の能力は『レンガの家』と『ままごと』、そしてもう一つ」

 びくり、と、細い肩が跳ねる。

「そして、お前がその能力に無自覚だからこそ、『レンガの家』と『ままごと』の威力を増加させる制約がその内容で成り立つ」

 シロノが大人になることは無い。現に32年間も、シロノは幼いままだ。

 アケミは我が子を何よりも愛している。

 命に代えても守ると誓い、誰にも渡したくないほどに愛している。

 そんなアケミが、いくら『ままごと』でシミュレートを繰り返し、シロノを安心して預けられる“新しい家族”と“新しい家”を探した所で、結局彼女が満足することなど無いのだ。

「そんなに無念だったか、アケミ。自分だけが変わらず、子供が育っていってしまうことが」

 

  ──かわいい、私の赤ちゃん

  ──お墓の中に入っても、生みたかった、愛しい、

  ──いつまでも、このままで──……

 

「お前は、そう願った。()()()()()()

「……あ」

 

 早く会いたい、この手で抱きしめてあげたいと、十ヶ月。

 だがその願いは、無惨に打ち砕かれた。

 自分の身体は、もう無い。抱きしめてあげられる腕も胸も、歌ってやれる声も、何もない。

 

  ──どうして、どうして、……アタシがなにをしたというの!

  ──アタシの赤ちゃん、いつまでも、アタシだけの、かわいい、

 

「シロノの“成長”と“記憶”のリセット」

 それがお前の三つ目の能力であり制約だ、と、クロロは、きっぱりと言いきった。

 

 

 



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No.022/パパとママ

 

 

「あ……」

 

 赤い髪の女は、おろおろと所在なく青い目を惑わせた。

 

「ああ……!」

 

 アケミは、全てを思い出した。

 自分がなにを望み、なにを恐れ、なにを願ったのか。胸が張り裂けそうなほどに乞うたことを、何故忘れてしまったのか。

 

「アケミ」

「……わかってるわよ」

 アケミは歯を食いしばり、日の光の中で産まれなかった証のように真っ白な子供を抱いて、ぎゅっと瞑った目から涙を零した。

「せっかく生かせたこの子を振り回してしまってるってことぐらい分かってる」

 ぽろぽろと、青い目から涙がこぼれる。しかし彼女の身体は既に朽ちて大地に溶けてしまっている。熱いはずの涙は、彼女が膝の上に抱く娘の頬に落ちる前に、空虚にも消えてしまった。ただでさえ魂しか持たないアケミが具現化した念の身体は、本体から少しでも離れると途端に姿をなくしてしまうのだ。

 

「……どうして」

 

 涙が、こぼれては消えてゆく。

 

「どうして私が死ななければいけなかったの……!」

 

 母は、娘を抱きしめた。オーラを借り出された幼い娘は、眠っているせいで余計に暖かい。この世の何よりも愛おしい温もりを必死に抱きしめて、アケミは嗚咽を漏らした。

「私だって、好きでこんな風なんじゃない!」

 もうすぐもうすぐと毎日を歓びで一杯にしていた日々は、あっけなく壊された。自分はただあのまま幸せでいたかっただけだと、何も贅沢は言っていなかったはずだと、女は泣いていた。クロロは、月光が透けるアケミの姿をじっと見遣っている。

「ああ、」

 アケミはそう言ったきり、踞るような格好でシロノを抱きしめて固まってしまった。

 

「……アケミ」

 クロロは、教会でそっと誰かに話かけるように慎重な声で言った。

「提案がある」

 アケミは、すぐには顔を上げなかった。どの位時間が経ったのか分からなかったが、随分長い間だったと思う。既にクロロが立ち去っていてもおかしくないだろう、というぐらいの。

 しかしアケミが涙に濡れた顔を上げた時、クロロは正面からじっとアケミを見つめていた。

「これを、お前にやる」

 クロロは、すっと彼女に手を差し出した。長い指がゆっくり開かれると、その手のひらの上には、ひとつの指輪があった。赤に、青に、月光を吸い込んで揺らめき輝く神秘的な宝石の輝きに、アケミはほんの一瞬だけ心を奪われた。

「……これ、」

「『朱の海』という」

 クロロが言い、アケミは驚いて彼の顔を見る。クロロは、今日ここにやってきてから初めて笑っていた。

「お前の名前と同じ宝石だ、アケミ」

 

 綺麗だろう?

 

 クロロは、やさしい声で言った。だがその声の柔らかさは女を唆す為の紛い物ではなく、本当に美しいものをうっとりと愛でる本気の声だった。

「……ええ、綺麗」

 熱情・純愛の紅玉(ルビー)、慈愛・誠実・貞操の青玉(サファイア)。ダイヤモンドの次に固く、不滅の愛を誓うにこれ以上ないほどの石。アケミが望んだ全てが込められた、そしてアケミの色をした宝石。

「これを、お前にやろう」

「……え……?」

 アケミは、ぽかんとしてクロロをまじまじと見遣った。クロロは微笑んでいるが、その表情は真剣だった。

「これは、かの王が最も愛した女に贈ったものだが……その女は、かなり身分の低い女だった。……ジプシーだよ、ロマシャの」

「……本当?」

「嘘なら俺は“おしおき”されてるはずだろう?」

 素で驚いているらしいアケミに、クロロは指輪を見つめながら言う。

「その女は占いの力に優れ、王を色々と助けたそうだ。その時の念が今でも僅かに残っているところを見ると、相当のものだったようだな。……それで」

 クロロは、真剣な目でアケミを見た。アケミは、初めてクロロの目線に怯む。

「文献を漁り、ボノからも聞いたが……。幽霊というものは、生き物以外に、こういった名品……つまり念の籠ったものにも憑依することができるらしい」

「……それって」

「こっちに移れ。そうすればお前も消滅しないし、シロノも普通に成長していくことが出来る」

 お前がこの指輪に入った後は、俺がこれを管理する。

 クロロはそう言って、アケミを見つめた。驚いていたアケミだが、しかし、だんだんとその表情は訝しげなものになっていった。クロロがふうとため息をつく。

「……信用できないって顔だな」

「当たり前じゃない。自分がなにをやったのか振りかえってご覧なさいよ」

「言い返せないのが辛い所だが……ではもう一度言おう。俺は嘘をついていない。“約束”だ」

 クロロははっきりとそう言い、苦笑した。

「生憎、悪党なものでな。これが俺の精一杯の誠意、とやらだ、アケミ」

「……クロちゃん」

「クロちゃんと呼ぶなと言ってるだろうが」

 半目になったクロロは文句を言ったが、アケミはぼんやりしたような目で彼をしばらく見た後、腕の中の娘を見た。

「心配するな……というのは無理かもしれんが。……こいつは蜘蛛(うち)でちゃんと育てる」

「……本当に?」

 アケミは、もう一度ぎゅっとシロノを抱きしめた。

 

「ああ。……でなければ、“本当のこと”を言ったりしない」

 アケミの能力は、いまクロロが“本当のこと”を言ったせいで制約が無効になり、その無敵さは消えてしまった。彼が嘘をつき続けて真実を伝えなかったなら、アケミは自分が時をずっと止めていることにも気付かず、シロノは家と父親を渡り歩いてはそれを忘れるという無為なループを、32年よりさらに繰り返していくことになっていただろう。

 そしてそれは、母子の能力を買っていたクロロにとって、悪い話ではないはずだった。しかし、彼はそれをしなかったのだ。

 揺らぎの止まった赤い目は、美しいが物足りないのだ、ということに、彼は渋々ながら気付いたのである。

 

「蜘蛛に誓って本当だ」

 

 そうクロロが言ったとき、眠る娘に頬擦りした母の涙は、消えることなく子供の頬に落ちた。クロロは、その様子をじっと見ている。

「それに、アケミ」

「……何?」

「この中に居る間、念の修行をしておけ」

 クロロは、団長らしい顔ではっきりと言った。

「お前が幽霊という特殊な存在だ、ということは大きいだろうが……。それでも、念の何たるかをきちんと把握し使いこなせるかどうかでまた違ってくるかもしれん」

「……自主練、ってこと?」

「そうだ。お前が自分の力や性質を正しく把握できれば、……そうだな、コイツがいくらか成長したとき、またこうして出てこれるかもしれんだろう?」

 アケミの涙が、驚きと希望で引っ込んだ。

「……本当に?」

「本当……とははっきり言えんな」

「……ええ、いいわ。嘘を言ってくれない方が嬉しいものよ、泥棒さん」

「だから泥棒じゃなくてだな……」

 クロロが苦笑すると、アケミが初めて微笑んだ。

 

「……大事に、してあげて」

「……寝る前に本を読む位は、な」

 クロロが少し困ったような声でそう言うと、アケミは泣き腫らした顔で大きく笑う。

「しかし、もちろん厳しくもするからな」

「……ほどほどにね。まったく、曲者な“パパ”に当たっちゃったもんだわ……」

 アケミはシロノの前髪をめくって、子供らしい、広くてすべすべの額を愛おしそうに撫でた。しかしその手は先程よりも随分薄い。……オーラがなくなってきているのだ。

「アケミ、手を出せ」

 クロロが言うと、アケミは、半透明になってしまった手を、ゆっくりと差し出した。クロロは差し出された左手を恭しく取ると、薬指に『朱の海』をゆっくりと嵌める。廃墟の隙間から差し込む月光は青と赤の宝石を輝かせ、そして女の姿を透かした。

「……クロちゃん」

「最後までクロちゃんか……。何だ」

「もし私がこの指輪から出て来れなくても、……この子が大きくなったら、この指輪をあげてちょうだい」

「……わかった。それまでは俺が管理しよう」

「ありがとう」

 白い髪を撫でる、月の光に負けつつある透明な指。しかしそこに嵌まった赤と青に揺らぐ輝きは強い。不滅の愛を誓うにこれ以上ないほどの石。

 

「約束、して」

 

 差し込む月光に、女の身体が溶けていく。

 

「大事に、育ててあげて。大人になるまで、……ひとりでも生きていけるように」

 

 私のように、簡単に大事なものを奪われたりしないように。

 

「約束、」

「約束しよう」

「約束して」

「ああ、誓う」

 鮮やかな赤い髪が揺れ、青く煌めく目が笑った瞬間、消えた指から指輪が転がり落ちた。

 

 

 

 

 

 

 ──ママ?

 

 

「……んう、」

「……起きたか」

 目を擦ってシロノが目を覚ますと、クロロが顔を覗き込んでいた。クロロの膝の上で眠りこけていたことにシロノは驚いたが、しかしそれよりも、ぽっかりと抜けた気配が子供の不安を一気に煽った。

 

「……ママ?」

 

 シロノは、きょろきょろと辺りを見回した。夜明けの光が差し込む廃墟は、明るすぎる太陽の光のせいで酷く寂しい。

「ママ、」

 いつも側にあった温もりが、どこにも感じられない。みるみる不安でいっぱいになった子供の表情、目から涙がこぼれ出すのはすぐだった。

 

「……ママぁっ、ママは、ママ!?」

「アケミはいない」

 暴れるシロノを抱き込み、クロロが言った。シロノはその言葉にびくんと身体を跳ねさせると、ますます涙を溢れさせた。

「ママ、なんで、ママ、」

「シロノ」

「ママ、……ぅああああ──!!」

 昨日泣き喚いた時よりも悲痛な泣き声が、無遠慮な光が差し込む廃墟に響く。念まで使って暴れるシロノを、クロロは長い腕で押さえ、抱き込んだ。クロロと団員たちで鍛えた子供の力は強く、クロロに敵うはずはないものの、しかしなかなか彼を苦労させた。

 

「ママは、ママ、ママ、ママ、」

「シロノ」

 クロロが力を込め、涙でぐちゃぐちゃになったシロノの顔と自分の顔をあわせた。

「アケミはいない。暫く会えない」

「……なん、で」

「お前に害があるからだ」

「ないよ、そんなの、ない」

 シロノにとって、アケミはただ母親という以上の存在だった。

 赤ん坊にとって、母親は世界の全てである。だが成長するに従って外の世界を知り、親離れをする、それが生き物だ。しかし常に心で一体となり、奥底から心を交わし、そしてどんな時も必ず守ってくれるアケミは、シロノにとってほとんど世界の全てだったのだ。それをいきなり引き離されて、平気でいられるはずがなかった。

 そしてそのことを、クロロも理解していた。あの女があれほどまでして築いたのが、この絆なのだと。

 

 ──クロロは、子供を抱きしめた。

 朝日が差し込む寂しい廃墟で泣く黒いドレスの子供を、クロロは自分のコートでしっかり包んで、抱きしめた。コートの背に描かれているのは、銀色の大きな十字架。

 

「お前が大人になるまで会えないんだ、シロノ。大人になったらまた会える」

「……あた、あたっ、し、が、」

「大人になってアケミと会えるまで、お前は俺たちと一緒に居るんだ。“子蜘蛛”として」

 クロロが、シロノを初めて深く抱きしめた。シロノはそのことに驚き、そしてさんさんと朝日が降り注いでいるはずなのに、日光過敏症の自分の肌がちっとも痛くも痒くもないことにふと気付いた。素材のいいクロロのコートが、すっぽりシロノを包んでいるからだ。

 

「……あたし、能力、」

「ああ、もう使えないだろうな。アケミがいないから──だが」

 クロロは、ひくひくとしゃくり上げながら自分を見ている子供に言った。

「これから覚えればいい。お前はまだ子供なんだから」

 何も出来なくても、子供なのだからそれでもいい。

 何も出来ないなら、何か出来るように育てればいい。

 

「さあ帰るぞ、──お前は、蜘蛛の子だからな」

 

 クロロはそう言って、日光が当たらないように自分のコートをシロノに巻き付け直すと、布の塊のようになったシロノを抱き上げて歩き出した。

 

「帰ったら訓練だ」

 まだまだ泣きながら、シロノはクロロの肩をぎゅっと掴んだ。クロロはその小さい手を感じながら、廃墟の外に出る。

 

「……パパ」

 

 家出をしてから、シロノが初めてクロロをそう呼んだ。クロロは自分の肩を握り締める子供を抱き直し、言った。

 

「……ドリルを頑張ったようだから、今日の座学はナシだ」

 

 

 



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No.023/おおきくなったら

 

 

 

 クロロに“だっこ”されて戻ってきたシロノは、アケミがいなくなってしまったことで、しばらく前以上に沈んでいた。

 しかし、子供ながらに自分の中で何かを消化したのだろう、だんだんと調子を取り戻していく。

 

 あれから数ヶ月、シロノはほんの少し、背が伸びた。

 

 

 

 

 

 

「きゃ──! きゃはははは!」

 

 そして、真夜中の廃墟の周りでは、今日もウボォーギンに思い切り投げ上げられてはしゃいでいるシロノの声が響いていた。

 

「あ、いいなーソレ。ウボー、あたしもやってよ」

「お前もか? いいけどよ」

「やったー。シロノー、ターッチ」

「シズク、ターッチ!」

 ウボォーギンに地面に下ろしてもらったシロノは、しゃがんだシズクと手のひらをぱちんとあわせ、交代した。

 シズクはつい最近8番になった団員だが、流星街出身でもある彼女は、既に古参メンバーと同じぐらい蜘蛛として馴染んでいる。なぜかシロノに「~姉」と呼ばれなかった彼女はかなりマイペースな性格で、やや似た波長のシロノともそこそこに気があうらしく、たまに揃ってお菓子を食べていたり、本を眺めたりもしている。

 

「よーし、シロノより高く投げるぞ」

「……雲よりは下にしといてね」

 そして投げ上げられるシズクは、一般人は肉眼でやっと見えるかぐらいまで小さくなる。そしてシロノはそれを見上げ、きゃーきゃー笑いながら、手を叩いていた。

 

 

 

「シロノ、ゾルディックに嫁に来ないかって言われたんだって?」

 シャルナークに言われ、算数ドリルとにらめっこをしていたシロノは顔を上げた。以前死ぬ気でやった算数ドリルも、努力の成果かいつもよりは正解していたとはいえ、それでも正解率は半数程度。算数はやはりシロノの天敵であった。

「うん」

「マジかよ」

「あら、玉の輿じゃないの」

 ノブナガが呆れたような声を出し、そして見事な脚線美を組んで座っているパクノダが笑った。

 

「そういえば、帰ってきたとき着てた黒いドレス、かわいかったわね。やっぱり女の子はスカートだわ、マチ、次はそういうのにしてよ」

「作るのはいいけど、ウボーに投げられるのにスカートは向かないんじゃないの」

 丸見えもいいとこだよ、とマチが返すと、パクノダはため息をつく。

「まったくもう、女の子なんだからもうちょっとそういう所何とかならないのかしら」

「……間をとってキュロットからにしてみる?」

 新作の相談を始めた女性陣だが、シロノ当人はといえば、フィンクスとお揃いで買ったジャージでソファの上をゴロゴロしている。

 

「嫁ねえ。……シロノは、大きくなったらなんになりたい?」

「蜘蛛」

 子供に対する質問として王道中の王道の質問を投げかけたシャルナークに、シロノは間髪入れずにそう返した。シャルナークは苦笑し、フィンクスが「蜘蛛って職業か?」とどこかずれた突っ込みを入れた。

「まー、でもシロノは女の子だからなあ。お嫁さんとかに憧れないの?」

「……んー」

 シロノは、大きく首をひねった。

「ない」

「やっぱりスカートを履かせるべきだわ」

 パクノダが言った。どこから持ってきたものやら、彼女はえらく少女趣味な子供服の雑誌を片手に持っている。

 

 

 

「……まったく」

 

 ぶっ続けで本を読んでいた反動で今まで寝ていたクロロは、頭を掻きながらホームの廊下を歩いていた。そして彼は、前をボタン四つほど開けたシャツの胸元から、細い鎖に通された金の指輪を摘まみ上げた。

 “朱の海”と名前のついた指輪の中には、シロノの母親、幽霊のアケミが眠っている。もともとの持ち主は王と国を救ったというロマシャの姫だけあって最初から名品たり得るオーラを持っていたこの指輪だが、アケミというかなりのオーラを持った幽霊が丸ごと中に入り込んだことで、品自体の価値もずいぶん上がっている。クロロが常に身に付けるまで気に入っている、ということにしても不自然ではないぐらいに。

 少し吹っ切れたとはいえ、シロノはまだまだ母親を恋しがっている。そんなシロノにアケミがここに居ることを知らせてしまっては余計に恋しがるし、そんなシロノを見るのは辛いから、と、アケミの希望で彼女の居場所はクロロしか知らない。クロロとしても母親がいることで甘ったれる可能性は捨てたかったので、その通りにした。

 

「なんて女だ」

 あの日から既に半年以上が経っているが、なんと今さっき、アケミは再びクロロの夢枕に立った。幽霊というものはやはり夜に力が増すものらしく、深夜のごく短い間、しかも常に指輪を身に着けているクロロとしかコンタクトが取れないということではあったが、半年という短い期間で外部とコンタクトが取れるようになったアケミに、クロロは内心舌を巻いた。

 そしてアケミは、にやりと青い目を細めて笑い、こう言った。

 

「約束を破ったら、どうなるか」

 

 ──そう、アケミはクロロを信用などしていなかったのである。

 アケミがこの指輪の中に入った時、彼女は『おままごと』の能力を発動させていた。そしてその能力の範囲内でクロロは「ずっとシロノの面倒を見る」「アケミが眠る指輪を、シロノが大人になるまで管理する」ということを“約束”した。

 

 念というものは、術者が死んでしまっても、もしくは死んでしまうことで尚更強まる場合がある。

 アケミは既に幽霊の身であるし、そしてシロノのオーラを間借りして発動させていた『おままごと』の能力はもう使えない。しかし、彼女がかなりの念を込めて“約束”させたその誓いは、かなり強固なものとして生きているのである。

 つまりクロロがシロノの育児を放棄した場合、そしてアケミを手放してしまった場合、彼には大いなる“おしおき”が降り掛かる。

 

 約束を破る気はクロロには無いが、それにしても、全くもって信用されずに厳重な保険をしっかりかけられていたとあれば、ただでさえ大人げのないクロロのことである、いい気はしない。

 

 そんなわけで、正真正銘、本物の幽霊入りの“呪いの指輪”と化した“朱の海アケミ”を胸にぶら下げて、クロロはぶつぶつと悪態をついているのだった。

 五分で女を唆せるはずのクロロの面目は、彼の一番身近にいることになったこの母娘のおかげで丸潰れだ。しかしアケミ曰く、「なにしろ世界A級クラスの大嘘つきなのだから、信用していないからこそ側に居られるのだ」ということらしく、彼女はクロロの枕元でからからと笑った。

 

 

 

「うわ、ダメだこのチビ」

「シロノ、考え直しなさい。何もいい事なんかないわ」

「そうだよシロノ、シロノが一番分かってるだろ」

 アケミが夢枕に立った時は、起きたとき、異様に喉が渇いている。そのおかげでこうして水を求めてクロロは廊下を歩いてきたのだったが、ソファに座るシロノを囲んで何やら真剣に何かを言い募っている団員たちに、彼は訝しげに顔を顰めた。

 

「何の騒ぎだ」

「あっ、ちょっと聞いてよ団長!」

 そう言ったのは、シロノの手を握って「お前が一番分かってる」と言っていたシャルナークだった。

「ほらシロノさあ、ゾルディックに嫁に来ないかって言われただろ?」

「ああ、言われてたな」

「その流れで、“じゃあ結婚するなら誰がいい?”って聞いたんだけど」

「……何を下らない事を聞いてるんだお前ら」

「そしたらなんて答えたと思う!?」

 クロロは呆れて寝起きの目をさらに伏せさせたが、シャルナークは聞いていなかった。彼はシロノを指差し、そしてシロノはクロロを見て、言った。

 

「パパ」

「………………は?」

 

 短く言われた言葉に、クロロはぽかんと間の抜けた声を出した。傍らでは、シャルナークが「ありえない!」と喚き、パクノダとマチは残念そうなため息をついた。

「ダメねコイツ。母親に似て男を見る目がまたくないよ」

「わかってんのか、団長なんかと結婚したら人生台無しだぜ」

「お世辞にも趣味がいいとは言えねーな」

「……私、心配になってきた」

「面食いか? シロノお前面食いだったのか?」

「それでもいいが、本気で顔だけだぞ団長は」

「……お前ら、それは俺に喧嘩を売っているのか?」

 次々に言う団員たちに、さすがのクロロも青筋を浮かべた。

 

「それにしたって信じられないよ。よりにもよって団長が、世の中の父親が娘に言われたい台詞ナンバーワン、“大人になったらパパのお嫁さんになる”を言ってもらえるなんて」

 いや、別にシャル兄って言って欲しいわけじゃないけどさ、と言いながら、シャルナークが大袈裟なぐらい頭を振って言った。そして各々差はあれど、団員たちは大方シャルナークと同じ意見を持っているようだ。

 しかしクロロ当人もまさかそんな事を言われるとは夢にも思っていなかったので、彼らに対する反応も、寝起きということを差し引いてもキレがない。

 そしてクロロは、ふと女の声を思い出す。この子供が大人になるまでお前の代わりに預かると、そう約束した、決して破れない誓いの言葉を言った時のことを。

 

  ──もし私がこの指輪から出て来れなくても

  ──この子が大きくなったら、この指輪をあげてちょうだい

 

 

 彼の胸に下がっているのは、熱情・純愛の紅玉(ルビー)であり、慈愛・誠実・貞操の青玉(サファイア)。ダイヤモンドの次に固く、不滅の愛を誓うにこれ以上ないほどの石。

 

「……いやいやいやいや」

 クロロは思わず微妙な半笑いになり、ひとり小さく頭を振った。シロノと真逆の、真っ黒な黒髪がぱさぱさと音を立てる。

「ないないない。それはない」

「何が? 団長」

 何やら冷や汗をかいているクロロを、団員たちが訝しげに見遣る。しかし彼は微妙な表情で「さすがにない、絶対ない、ありえない」とぶつぶつ呟きながら首を振るばかりで、彼らに何か返すことは無かった。

 

「シロノとアケミばっかりは団長に騙されないと思っていたのだが……」

 ボノレノフが、がっかりしたような声で言い、ため息をついた。クロロは思わず振り返って彼を睨んだが、後ろ姿のボノレノフは気付いているのかいないのか、それを無視した。

 しかしシロノがそんな風に言うということは、この母娘から潰された面目が元に戻るということか、ともクロロは考え直した。子供の言うことだからまさか深く考える必要はない、素直に自分の“実力”に満足すればいいだけのことだ、と彼が思い直したその時、フランクリンが言った。

「しかし、なんで団長を選んだんだ?」

「んーとね」

 シロノはノルマをこなした天敵・算数ドリルを放り投げると、お菓子の袋を開けながら言った。

 

「一番偉いから」

 

 自分の額に当てられていたクロロの手が、がくりとずれた。

「あっ、わりと打算的な理由だ」

「なんだ、安心したわ」

 口々に言う団員たちの声を聞きつつ、クロロは今度こそ顔を顰め、ぼりぼりお菓子を食べている“娘”を睨んだ。

 

「……このクソガキ、みっちり教育してやる」

 

 覚悟しろ、と言ったクロロに、シロノはチョコレートに染まった舌をべっと出した。

 

 ちなみに、好みだけならウボォーギン、らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fan novel of "HUNTER x HUNTER" /『Play house family』

 

~ END ~

 

 

 

 



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【番外編】 No.ex-001/奇術師とおるすばん(1)

 

 

 

 シロノの役割は、仕事前の予備調査の雑務のほかは、もっぱら留守番である。

 能力が使えなくなってしまった今では、特に。

 

 シロノが居る前は最低でも二人を残していたのだが、今ではシロノと誰か一人、というのが最低ラインとなっている。そうすれば連れて行ける人数が増えるし、もしもの時に結果を報告する事が可能だからだ。

 その間一緒に居る団員は暇つぶしにシロノに訓練を施したり、はたまた洗濯や掃除をしてみたりしているのが恒例だった。最近は料理の出来る団員から簡単なレパートリーを習ってみたりしているおかげでシロノの家事能力が上がり、クロロと二人きりの時の生活環境が大幅に改善され、また同時にクロロのダメ親っぷりが更に浮き彫りになっている。

 

 

 

「すまないねシロノ、留守は頼んだよ」

「あい」

「はあ……あんたを一人で留守番させるのは正直気が進まないんだけど……」

 念糸縫合という能力を持つマチは、大きな仕事にはもしもの時の保険として同行する事が多い。しかし今回の仕事はマチの出番はないだろうということで、シロノと一緒に留守番を任されていた。

 しかし今さっき、急に「シャルナークがかなりの深手を負い、今は念能力で止血しているが至急こちらまで来い」、という電話が仕事先からあったのだ。予定外に強い能力者が居たのか、それとも単にシャルナークがドジったのかはわからないが、マチは腹いせ込みで、しっかり料金を請求する旨を伝えて電話を切った。

 

「いい、“絶”を怠らないこと。それと知らない奴が尋ねて来たら」

「あたしと同じかそれより強い人だったらすぐ遠くまで逃げる」

「よし。あ、明らかに弱い奴ならふん縛っといて。うるさかったら痛めつけな」

「うん! こないだフェイ兄から縛り方習った! あと手錠とか指枷とか貰った!」

 シロノは自分のおもちゃ箱から見るからにマニアックな拘束具をいくつかじゃらじゃらと出して、満面の笑みを浮かべた。

 これらはすべて彼女に“フェイ兄”と呼ばれ拷問における師匠であるフェイタンが与えたものである。だがしかし、おもちゃ箱の中には他にノブナガが与えたクレヨンやらパクノダからの綺麗な挿絵の絵本、そしてマチが作ってやったぬいぐるみなどもいっしょくたに放り込まれているため、中は凄まじくカオスな有様になっていた。つぶらな瞳のピンクのウサギに、ポールギャグがひっ絡まっている様はかなりシュールだ。

 

「よし、容赦だけはしないことだよ。あ、晩飯はちらし寿司作ってあるから食べな」

 マチがそう言うと、シロノは「わあい! マチ姉のちらし寿司!」と喜び、マチはそれに満足すると、すっと立ち上がった。

「じゃあちょっと出てくるから。言いつけを守るんだよ。あとちらし寿司は余ったらラップして冷蔵庫にね」

「あい、いってらっしゃいマチ姉」

「うん」

 手を振るシロノに手を振り返し、マチは目にも留まらぬ早さで走って行った。

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 三時頃、おやつを食べながらテレビを見ていたシロノは、どこかから小さな電子音が鳴り響くのに気付いた。

 篭ったような小さな音で、デロデロ、ドロドロといった風な、やけに不吉な雰囲気の音楽が鳴り響いている。シロノはテレビの電源を落とし、電子音の発信源を探した。そしてそれは、すぐに見つける事が出来た。ソファの隙間に挟まって音楽を奏でているのは、一個の携帯電話だった。

「パパの電話」

 クロロの携帯電話、である。

 忘れたのかポケットから落ちたのか、置き去りにされたそれは未だに音を鳴らし続けている。どうしたものかと迷ったが、あまりに長く鳴り続けているので、シロノは電話に出る事にした。通話ボタンを押し、耳に当てる。

 

《もしもし》

「あい、もしもし」

《………………………………》

「………………………………」

《………………………………》

「………………………………」

 

 長い沈黙のあと、電話をかけて来た男は言った。

 

《……間違えました》

 

 ぶつっ、と電話が切れ、シロノは携帯電話をテーブルの上に置いた。しかし数秒後、またも電子音のメロディが部屋に響く。今度は3コールですぐに通話ボタンを押した。

 

《もしもし》

「あい、もしもし」

《……あれ? キミ、さっき電話に出た子?》

 シロノが「そうですよ」と返すと、男は戸惑ったように少しだけ沈黙した。

 

《おかしいな。この電話、xxx-xxxx-xxxxだよね?》

「わかんない。パパの電話だから」

《……そうか》

「まちがいですか?」

《うーん……もう一回確認するよ》

「あい。さようなら」

《うん、さようなら》

 

 ぶつっ、と再度電話が切れ、十数秒ほど電話が鳴らないのを確認すると、シロノはもう一度テレビをつけてお菓子を食べ始める。そしていつも観ている子供向けのアニメが終わったとき、シロノと同じ位の小さな女の子が自宅の電話をとるという運送会社のCMが流れた。初めてそれを観たシロノは、目を丸くしてお菓子を口に運ぶ手を止める。

「そっか、電話に出たらおうちの名前ゆわなきゃ」

 そしてまた電話がかかって来た時の為に、と、シロノは口の中で予行演習をし始めた、その時だった。

 

 ──三度目の電子音が鳴り響く。

 

 既に手元に携帯を持っていたシロノは、待ってましたとばかりにテレビを消し、2コールもしないうちに素早く通話ボタンを押した。

 

「もしもし、げんえいりょだんですよ」

 

《………………………………》

 今度は沈黙というよりは、絶句というような間が流れた。

 シロノは自分の完璧な電話応対に内心誇らしさでいっぱいだったが、相手はひたすら絶句している。しかしやがて口を開いた。

《……キミ、名前は?》

「シロノです」

《シロノ……》

 男は何かを思い出そうとしているかのように、シロノ、ともう一度小さく呟いた。

《これ、キミのパパの電話だって言ったよね?》

「うん。パパお仕事行ったけど、電話忘れていったの」

《パパの名前は何かな?》

「クロロ・ルちっ、……ルシルフルです!」

 やや噛みながらも、完璧! と言わんばかりにシロノは言い切り、そして男はまたも沈黙した。しかし今度はすぐにクックッと笑い声が聞こえてくる。完璧に言えたはずなのに何を笑っているのだろう、とシロノは首を傾げた。

 

《へぇ~え……クロロって子供居たんだ……意外だなあ》

 

 男はクスクスと笑っている。

《シロノは男の子かな? 女の子かな?》

「女の子だよ」

《いくつ?》

「えっと、6さい」

 正確な年齢などもう誰にもわからないシロノだったが、クロロたちから「歳を聞かれたらそう言え」と言われている年齢を申告した。男は《十七の時かあ……クロロにも若さの過ちってものがあったんだねえ》などと、シロノには意味の分からない事を酷く興味深そうに呟いている。

 

《他に団員は居ないのかな?》

「ひとりでおるすばんなの」

《えらいねぇ》

 男はやけに楽しそうだ。ずっと笑っている男に、シロノは首を傾げて初めて質問した。

「お兄さんダレ? パパのおともだち?」

《ああ、名乗っていなかったね、失礼。ボクは蜘蛛の四番だよ》

「よんばん」

 シロノは記憶を引っ掻き回した。

「こないだメーちゃん殺して入った人?」

《……そうだよ》

 笑い声が、どこかすっと深いものになった。

 

「四番の人は、お名前なんですか」

《ヒソカ。よろしく♥》

 

 

 

 

 



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No.ex-001/奇術師とおるすばん(2)

 

 

「──あれ?」

 

 おかしいな、と、ヒソカはホームの中をきょろきょろと見回した。

 ちょっとした用事があってクロロに電話をかけたら、なんと彼の子供だという幼児が電話に出た。なんとしてでもタイマンしたいとヒソカが望んでいるクロロの子供、と思うと興味が湧き、ヒソカは電話を切ったあとすぐにホームに向かったのだった。偶然だがわりと近場にいたこともあり、小一時間で到着することが出来た。

 

 が、しかし。

 

「シロノ、いないのかい?」

 一応声をかけてみるが、ホームの中はシンと静まり返っている。気配を探ってみても、誰もいない。

「おかしいなァ」

 お化け屋敷と呼ばれるこのホームとはいえ、まさか怪談でもあるまいし、とヒソカは携帯を取り出し、クロロの番号にダイヤルした。すると奥の部屋から、ドロドロデロデロと不吉な電子音が聞こえる。ヒソカは自分の着信をこんな音楽に設定されていることなど気にもかけず、鳴り続けるその音に向かって歩き出した。

「……確かに子供はいるみたいだね♦」

 音を辿って辿り着いたそこは、ソファとテレビとローテーブルだけが置かれているだけの部屋だった。誰の部屋というわけではないが、いつも誰かが寛いでいる場所。ローテーブルの上に放り出してあるリモコンをなんとなく手に取って電源をつけると、教育番組のチャンネルだった。幼児向けのカートゥーン・アニメが流れ出す。

 そしてソファの上でデロデロと鳴り続けるクロロの携帯の横には、食べかけのチョコロボ君が放置してある。しかも周りを見渡すと、剥き出しのコンクリートの壁に、あきらかに子供のものと見られる絵があっちこっちに描きなぐってあった。額に十字が書かれた人間らしきものの横に「パパ」と書いてあるのを発見し、ヒソカも思わず吹き出しかける。

 

 ──その、瞬間。

 

「ぎゃっ」

 ヒソカが勢い良く振り返ったことで、ヒソカのすぐ背後まで近付いていた影が、驚いたのか小さく声を上げて飛び退った。

 構えをとってじりじりと距離を保ちつつヒソカをじっと見遣っている子供は、警戒する猫よろしく身体中の毛を逆立てている。髪も肌も真っ白で、そして目さえも薄いグレーという小さな子供は、本当に白い子猫に似ていた。

 そしてヒソカは、この距離まで、……いや実際には子供の手が届くような至近距離まで寄って来られても気付かなかった、という事実に本心から驚愕し、

 

 ────満面の笑みを浮かべた。

 

 禍々しさ極まるオーラが一気に充満するのに加え、顔の全てのパーツを細く吊り上げるような彼独特の笑みに、シロノは思わず垂直に少し飛び上がるほどビクッと身体を跳ね上がらせた。

 

「……君が、シロノ?」

 

 尋ねるが、凄まじいヒソカのオーラに半ば硬直した子供は、目をまん丸く見開き、彼を凝視したまま動かない。それを見たヒソカは何とかオーラを幾分か抑えると、ひょいとしゃがんで前屈みになり、腕を組んだ。

「シロノでしょ?」

 小さな相手と目線をあわせるためにしゃがんだヒソカは、携帯を操作しながら言った。すると、ソファの上の携帯が再度デロデロと鳴り出す。するとシロノは僅かだけ緊張を緩め、僅かに首を傾げた。……構えは解かないままだが。

 

「四番の、ひそかさん」

「そうだよ♣」

 ヒソカが頷くと、シロノは構えを解いて手を下に下ろした。

「シロノだよね?」

「うん、シロノだよ。あのね、ヒソカさんかなあって思ったから、“絶”でね、見てたの」

「そうかい。君凄いねえ、もう念が使えるのかい? それにかなりの“絶”だ、全然気付かなかったよ♥」

 ヒソカは何故か酷く嬉しそうに、そして満足そうにうんうんと頷いた。

「“絶”は得意だよ、能力はないけど……」

「その歳なら、能力は無理だろうねえ。でもさすがクロロの娘だなあ、髪の色とか正反対だけど、顔はちょっと似てるかな……?」

「え、んっと」

 似ていると言われ、シロノは首を傾げた。

「似てないと思うよ。だって、えっと、パパはね、あたしを産んだパパじゃないからね」

「……うん、産んでたら本気でビックリだけどね……」

子供ならではのぶっ飛んだ発言にさすがのヒソカも少し驚いたらしく、言葉に妙な間があった。だが、つまり本当の父親ではないということか、と尋ねれば、シロノは「うん」と頷いた。

 

「そう。まあどっちにしろ親子揃って美味しそうですごくイイ…… あ、逃げないで逃げないで♠」

 “危ないと思ったら直ぐさま全速力で逃げろ”というマチの教えを忠実に守ろうとしたシロノであったが、ヒソカの長い腕が伸びてきて、しっかりそれは阻まれた。

「えっと……ヒソカさんは、パパに、ご……ご用事ですか?」

「そうだったんだけどね、別に大した用事じゃないから……。クロロは仕事だよね?」

「うん。あたし、おるすばん」

「じゃあ、帰って来るまで僕も待ってていいかな?」

 ヒソカは、ニコニコしながら首を傾げた。

「ヒソカさんもおるすばんするの? ……するですか?」

「うん、ダメ?」

「ううん。いいよ、あ、いいですよ」

「ありがとう♥ ……ああそれと、敬語も“さん”もいらないよ」

「そう? じゃヒーちゃん」

 ヒソカの細い目が見開かれ、そしてたっぷり二秒の間の後、彼はクックッと笑い出した。

「そんな風に呼ばれたのは、生まれて初めてだねえ」

「いや?」

 首を傾げるシロノに、ヒソカはひどく楽しそうに言った。

 

「とんでもない♥」

 

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

「どういうこと」

 

 帰ってきたマチは、ドアを開けるなり、かなり据わった目でドスのきいた声で言った。

 

「おかえり、マチ姉!」

「ただいまシロノ」

「おかえり、マチ♥」

「死ねヒソカ」

「ひどいなァ♠」

 ヒソカはクックッと笑いながら、その表情にあわない台詞を返した。

「ちょっと、なんでアンタがここにいるのさ」

「僕だって蜘蛛だよ。団員がホームにいちゃおかしいかい?」

「どう呼んだって滅多に来ないくせに……。それと、聞きたくもないけど」

 

 ──なんで亀甲縛り?

 

 マチが、心底嫌そうな声で言う。

 ヒソカはロープで亀甲縛りを施され、ソファの上でイモ虫のように転がっていた。

 

「シロノと遊んでたんだよ。ねぇシロノ」

「うん。あのねマチ姉、フェイ兄に教えてもらった縛りかたでね」

「……そう」

「子供と遊ぶなんて初めての経験だけど、なかなか楽しいよ」

「アンタちょっと黙れ」

 亀甲縛りを施されてにやにや笑っているヒソカをまるで汚物を見るような目で見下ろしつつ、マチは吐き捨てる。しかしヒソカはその視線に更に笑みを深くしただけで、マチは心の底からうんざりした。

 

「ただいまー、いや久々にドジっちゃっ──……うわ、なにこのキモい光景」

 部屋に入ってきたシャルナークは、ソファの上で恍惚の表情を浮かべている亀甲縛りのヒソカというかなり見たくない物体に、あからさまに顔を顰めた。あとに続いてきたクロロは嫌悪感のある表情は浮かべなかったが、これ以上何も感じられないような表情は無いだろうな、というくらいの無表情になっている。

 

「おかえり! シャル兄、ケガだいじょうぶ? 痛い?」

「んー、マチが完璧に縫ってくれたからね。一週間も静かにしとけば平気だよ」

「そしてなぜお前がここに居る、ヒソカ」

 団長モードのクロロは、静かにそう尋ねた。

 

「君に電話したらシロノが出てね。一人で留守番してるっていうから来たんだよ。いくら念が使えても、こんな小さい子一人じゃ危ないだろ? 変質者も多いしさあ」

「あんたが言うかい、それを」

 きっぱりと言ったのは、やはりマチだった。

「ひどいなあ、見ての通り、身体を張って遊んで留守番をつとめたっていうのに」

「言う割には楽しそうだがな」

「まあね。……でも本当、親子揃って美味しそうだよね君たち……♥」

 身動きの取れないまま、しかし例の満面の笑みでねっとりとしたオーラを増幅させつつ、ヒソカはフフフフフフ、と身体を震わせて笑った。クロロは相変わらず無表情だが、その脚が僅かに後ずさったのをシャルナークは見た。

 

「ヒーちゃん、パパ帰ってきたから縄ほどこうか?」

「そうだねえ、名残惜しいけど」

 ありえない呼び名に皆が驚愕している間にシロノはヒソカの縄をほどき、そしてその縄をおもちゃ箱にしまおうとする。しかしマチが「焼却処分しろ」と言ってそれを窓の外に捨ててしまった。シロノはお気に入りのオモチャを捨てるはめになって不満そうだったが、ちゃんと新しいのをやるから、と言われて仕方なくその通りにした。

 

「おなかすいたー」

「あれ、ちらし寿司食べてないの」

「ヒーちゃんと遊んでて、忘れてた。今から食べる」

「手を洗ってきな。……汚いもん触ったんだから、念入りにね」

「はーい」

シロノはマチの言いつけに特に疑問も抱かずとことこと洗面所に行き、部屋からいなくなった。ヒソカは笑みを浮かべながら、小さな後ろ姿を見送っている。

 

「子蜘蛛か。……いいね♥」

「げ、シロノにも目ェつけたの? マジで何でもいけるんだな」

 シャルナークが口元を曲げると、ヒソカは相変わらず楽しそうに笑った。

「いやァ、さすがに今のシロノは青い果実どころか実ったばかりぐらいの感じだからねえ……。でも育ててるのが一流なんだから、美味しくなる確率は限りなく高いだろ?」

 ヒソカは笑みを深くしながら、クロロを見遣る。

 

 ヒソカは、クロロと闘ってみたいがために前の4番を殺し、団員になった。それは誰もが知っていることで、そしてその動機の為、蜘蛛としての活動に協力的でないことが反感を買っている理由にもなっていた。

「君となかなかタイマンできないのがすごくもどかしいって思ってたけど……。でも、シロノがもっと美味しそうになってから親子丼っていうのもなかなか素敵かもねフフフフフフ」

 鳥肌を立てたマチが苦虫を噛み潰しまくった挙げ句にそれを吐き戻しそうな顔をしているが、ヒソカはひたすら楽しそうだ。

 

 ねっとりとしたヒソカのオーラが、部屋に充満する。

 その時、手を洗い終わったらしいシロノが戻ってきて、きょとんとした顔で言った。

 

「親子丼じゃないよヒーちゃん、ちらし寿司だよ」

 

 ラップを剥がしながら言った子供に、ヒソカを除く全員が脱力したのだった。

 

 

 

 





お読みいただきありがとうございました。

ちょっと成長し、ハンター試験原作沿いの第二部『Deadly dinner』もよろしければどうぞ。
https://novel.syosetu.org/87173/


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