ラブライブ!サンシャイン!! Aqoursの戦国太平記 (截流)
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序章 1562 渚の少女たちは乱世に降り立つ
1話 戦国時代に来ちゃった!?


どうも、截流です。

今回は拙作、「ラブライブ!若虎と女神たちの物語」の15話の後書きにも書いたように新しいアイデアが下りてきたので、この話を書きました。


それではどうぞお楽しみください!!



「今日は気分を変えていつもとは違う場所で練習しようよ!!」

 

静岡県沼津市の片田舎の内浦のスクールアイドル『Aqours』のリーダーである高海千歌が発したこの一言が全ての発端だった。

 

彼女、高海千歌が選んだ練習場所はかつて城が建っていたという「長浜城跡」にある史跡公園だった。

 

「うわあ・・・!綺麗な景色・・・!」

 

東京出身である桜内梨子は城跡から見える海の景色に感動していた。

 

「気分を変えて、とは言ってもそもそもこの内浦自体が海に面しているからあまり新鮮味がありませんわね。」

 

「まあまあダイヤ、細かいことは気にしない気にしない。ここは広いし結構見晴らしがいいから練習にはもってこいだと思うよ。」

 

千歌の提案に乗り気でなかった少女、黒澤ダイヤを同じ学年の松浦果南がなだめる。

 

「ここは戦国時代に伊豆を支配していた北条氏が水軍、今でいう海軍の拠点となる城を建てた場所だから見晴らしがいいのは当然ですわね。」

 

「そうなんだ、お姉ちゃん詳しいね。」

 

「水軍かあ・・・。うちのご先祖様も水軍の船長をしてたのかなあ・・・?」

 

姉であるダイヤの博識さに妹である黒澤ルビィは舌を巻き、フェリーの船長を父に持つ渡辺曜は自分の先祖に思いを馳せる。

 

「こういう所に来ると昔の人たちの見ていた景色を共有できるから感慨深い気分になるずら。」

 

「でも城があった場所っていう割には何も残ってないからつまらないわね。なんか刺激的なものがないと飽きちゃうんじゃない?」

 

「ここなら海の悪魔、リヴァイアサンを召喚するための儀式を執り行うためにはちょうどいいわね!」

 

お寺の娘である国木田花丸は海を眺めながら感慨に浸り、刺激的なものが好きな小原鞠莉は何もない城跡を見て退屈気味で、自らを『堕天使ヨハネ』と称してる津島善子は地面に魔法陣を書き始めるなど、反応はみんなそれぞれ違っていた。

 

「よーし、じゃあ早速練習を始めようか!!」

 

千歌が練習を始める号令をかけた瞬間、なんと急にあたりが光に包まれて彼女たちの姿が消えてしまった。

 

 

 

 

 

「痛たた・・・。何が起きたの?」

 

「うーん・・・。そもそもここはどこなんですの・・・?」

 

「え?ここはどこって、長浜城の跡地じゃあ・・・。」

 

「でもあそこはこんなにたくさん木が生い茂ってなかったような・・・。」

 

「じゃあルビィたちは今どこにいるの!?」

 

「落ち着くずら、ルビィちゃん!あそこからさっき見えた海の景色が見えるから場所自体は変わって無いずら。」

 

そうやって花丸が指さした場所へ行ってみると木々の隙間からさっきまで眺めていた景色が見えた。

 

「でもちょっと待って。花丸ちゃんの言う通り『海の』景色はそのまんまなんだけどさ、内浦の町が見えない気がするのは気のせいじゃないよね・・・?」

 

「まさかー、そんなわけ・・・ってホントだ!内浦の町が無い!!なんで!?」

 

「お、落ち着いて千歌ちゃん!でもなんで内浦の町が無いんだろう?」

 

「ねえ、ひょっとしたらこれってありえないことだけど、私たちはタイムスリップしちゃったんじゃないかな・・・。」

 

みんなが動揺している中、梨子はふと頭に浮かんだ言葉を口にした。

 

「タイムスリップですって?そんな非科学的なことが起こるわけありませんわ。いくら梨子さんでも冗談が・・・。」

 

いつもは常識人ポジションである梨子がタイムスリップという非現実的なことを口に出したので、はっきりしないことが嫌いなダイヤが反論した。

 

「確かに突拍子もないことかもしれないけど、でも整備されてた場所に木や草が生い茂ってたり町が無くなってるのを見るとそうなんじゃないかって・・・。」

 

「ワオ!タイムスリップですって!?まさかホントにそんなことが起こるなんてアンビリーバボー!!これよ!こういう刺激が欲しかったのよ!!」

 

「な、鞠莉さん!今はそんなことを言ってる場合じゃないんですのよ!?」

 

「もー、ダイヤってば頭がかたーい!今は特にできることがないんだから今を楽しまなきゃ!」

 

「そうそう、何もわからない何もできないのないない尽くしの今の状況だからこそいつも通りでいる事が大事ずら。だからダイヤちゃんも落ち着こう?」

 

「うう・・・。それはそうですが・・・。」

 

「ねえ、善子ちゃん。さっきから震えてどうしたの?」

 

「ふふふ・・・!流石は私ね!このヨハネの手にかかれば時間遡行なんてお手の物よ!」

 

「善子ちゃん・・・。流石にそれは違うと思うよ?」

 

「ねぇ千歌ちゃん。これからどうするよ?」

 

「どうするって?」

 

「どうするって?って・・・。流石にずっとここにいるわけにはいかないでしょ。」

 

「そっか、確かにずっと森の中にいるわけにもいかないもんね。」

 

「曜ちゃんの言う通りだよ。もし熊とか猪が出たら・・・。」

 

曜と梨子が千歌に森から抜けるように提案する。

 

「あはは、梨子は考えすぎだよ。内浦には熊なんていないよ。」

 

「熊はいないって、それ猪は出るってことだよね・・・?」

 

 

ガサガサっ!

 

 

「ひっ!?」

 

梨子が果南の言葉に不安を覚えた直後、梨子の後ろの茂みが揺れた。千歌たちが身構えてると茂みの中からみすぼらしい格好をした男が2、3人出てきた。

 

「ふう、なんとか撒いたな。」

 

「でも仲間たちとはぐれちまったぜ?」

 

「なぁに、ここら辺は俺たちの庭みたいなもんだ。一晩やり過ごせば仲間たちともいずれは合流できるさ。」

 

「あ、すいませーん!私たち道に迷っちゃったんですけど・・・。」

 

「ちょっと待って千歌!」

 

千歌は男たちに声をかけようとするが果南が千歌の腕を引っ張って彼女を止めた。

 

「何するの果南ちゃん?」

 

「何するのじゃないよ・・・!だったその人たち、刀を持ってるんだよ!?」

 

「え?」

 

果南の言葉を聞いて千歌はもう一度男たちを見てみると、男たちはそれぞれ手に少し刃こぼれした刀や鉈を持っていたのだ。

 

「お?見ろよ、こんな所に女がいるぜ?」

 

「ひひひ・・・。こいつは僥倖だな、こいつらを売り飛ばせばそれなりに儲かるぜ。」

 

「でもただ売り飛ばすだけじゃ割りに合わねぇや、少しぐらい味見しても文句は言われねえだろ。」

 

「そうだな、よく見るとどいつも食べごろじゃねえか。」

 

男たちは武器を手にして下卑た笑いを浮かべながら千歌たちを見て舌舐めずりをしていた。その風貌はどう見ても野盗の類いにしか見えなかった。

 

「ど、どうしよう果南ちゃん・・・!」

 

「そんなの決まってるじゃん。逃げるよみんな!!」

 

果南がそう言うと千歌たちは男たちに背を向けて走り出した。

 

「あっ!逃げやがったぞ、捕まえろ!!」

 

男たちも千歌たちを追うべく走り出した。

 

 

 

「はぁ、はぁ・・・。お姉ちゃん、ルビィもう走れないよ・・・!」

 

「ルビィ!?そんな事言ってる暇はありませんわよ!あの男たちに捕まればどのような辱めを受けるか!ゼェ・・・ゼェ・・・。」

 

野盗たちから逃げ始めて5分ほどだった頃、お世辞にも体力や身体能力には自信があるとは言えない黒澤姉妹が疲労困憊となり、走るスピードが遅くなっていた。

 

「嘘でしょ!?ダイヤもルビィちゃんもしっかりして!早くしないと捕まっちゃうよ!?」

 

先頭を走っていた果南が立ち止まって二人の元に向かう。

 

「しょうがないでしょう・・・!いくら体力を鍛えてるとはいえそこまで一朝一夕で体力がつくわけないですわ・・・!」

 

「ヒャッハー!女は生け捕りだぜー!!」

 

「まずい・・・、もう追っ手が・・・!」

 

「ふふふ、ここはこの堕天使ヨハネがあの邪悪なる者どもを・・・!」

 

「よっちゃん!そんなことしてる場合じゃないでしょ!」

 

善子が野盗たちに突っ込もうとするが梨子が手を引いて止める。

 

「果南、あなたはルビィをおぶって逃げてください。」

 

「え、ダイヤはどうするのさ!?」

 

「そんな事、決まってるでしょう?私が囮になりますわ。その隙にみんな逃げてください…!」

 

「そんなのやだよお姉ちゃん!みんなで逃げなきゃ!!」

 

「ルビィ!世の中には何かを犠牲にしなきゃいけない時がありますの。それに、出来の悪い妹を守るのも姉の務めですわ!」

 

そう言ってダイヤは野盗のところへ向かおうとする。

 

「お?あの女、こっちに近づいてくるぜ。」

 

「自分一人で身代わりになるつもりだな?だが無駄だ、全員引っ捕まえて売り飛ばしてやるぜ!」

 

ダイヤを見て野盗が突っ込んできた。あと少しでダイヤに掴みかからんとした瞬間、

 

「お姉ちゃんに手を出しちゃダメえええええええええええ!!!」

 

ルビィがそう叫びながらカバンから防犯ブザーを何個か取り出してそれを全部鳴らして野盗たちに向かって投げ飛ばした。

 

「うおお!?なんだこりゃ!こいつはいったい何事だ!!」

 

「くそ!耳が!!なんつーうるさい音だ!!」

 

「このちっこいのから音が出てるのか!?うわわわ、どうやったら音が消えるんだー!?」

 

「早く消せ!でないと音に気付いて追っ手が来ちまうぞ!」

 

防犯ブザーから出る甲高い音を聞いた野盗たちは激しく狼狽えた。いくらこの時代の人間が鉄砲が出す轟音に慣れていても、防犯ブザーが大音量で長時間放つ甲高い音を聞く事は無いため動揺するのも無理は無い事である。

 

「ナイスルビィ!ほら、ダイヤも手を掴んで!一緒に逃げるよ!!」

 

果南はダイヤとルビィの手を引いて走り出した。

 

「ルビィちゃんかっこよかったずら〜!」

 

「すごいよルビィちゃん!防犯ブザーを投げるなんて考えたね!!」

 

「ナイスファイト、ルビィちゃん!すごくパワフルだったよ!!」

 

千歌と花丸と鞠莉がルビィの立てた大手柄を褒める。

 

「ううん、お姉ちゃんが危ないって思ったから夢中になって・・・。お姉ちゃんが今まで防犯ブザーを持たせてくれてなかったら何も出来なかったよ・・・。」

 

ルビィは恥ずかしそうに笑う。

 

「ルビィ、少しは黒澤家の娘としての心構えが身についてきたようね・・・!」

 

「お姉ちゃん・・・。」

 

「・・・でも本当に助かりましたわ。ありがとう、ルビィ。」

 

「お姉ちゃん・・・。えへへ。」

 

ルビィは普段厳しい態度をとってるダイヤが珍しく優しい言葉をかけてくれたので嬉しそうに笑った。

 

「あああ!!」

 

先の方から先頭を走っていた曜の叫び声が聞こえてきた。

 

「どうしたの曜ちゃん!?」

 

千歌が曜のところに向かうと、己の目を疑った。

 

「どうしよう千歌ちゃん・・・。私たち、追い詰められちゃったかも・・・!」

 

千歌と曜の眼前は断崖絶壁となっており行き止まりとなっていたのだ。

 

「そんな・・・。せっかくここまで逃げてきたのに・・・!」

 

「どうしよう~!ルビィたちもう捕まっちゃうんだ・・・!」

 

「ルビィ!黒澤家の娘たる者、こんなところで弱音を吐いてはいけませんわ!」

 

「ダイヤは何かアイディアはあるの?」

 

鞠莉はダイヤに何か策はないかたずねた。

 

「う!そ、それは・・・。ないですわ。」

 

流石のダイヤもお手上げといった様子であった。

 

「うーん・・・よし!みんな、いっそ海に飛び込もう!」

 

「「「「「「「「えええええ!!??」」」」」」」」

 

曜の突拍子もない発言に曜以外のメンバーは驚いた。

 

「本気なの曜ちゃん!?」

 

「うん、本気だよ。」

 

「確かに名案かもしれないけど無茶だよ!」

 

幼馴染である千歌と果南が曜を止めに入った。

 

「だってこのままじゃみんな捕まっちゃうよ!?確かに危ないかもしれないけどここは覚悟を決めないと・・・!」

 

「うーん、曜ちゃんの言うことにも一理あるずら。『進めば極楽、引かば無間地獄』って昔の偉いお坊さんも言ってたずら。」

 

花丸は目を閉じて手を合わせながら曜の言葉にうなずいた。

 

「花丸ちゃん・・・、それってこの場合だと本当に極楽に行っちゃうパターンだよね!?」

 

ルビィはすかさず花丸にツッコミを入れる。

 

「とにかく早くしないと追いつかれちゃうよ!」

 

「梨子ちゃんだったらどうする?」

 

「ええ!?私!?私は・・・。」

 

急に千歌と曜から話を振られた梨子は困り果ててしまった。

 

「リリーってば実は怖がりだったり?」

 

「そうじゃないけど・・・。じゃあよっちゃんは大丈夫なの!?」

 

「そんなのヨハネは平気に決まってるじゃない!」

 

そう言って善子は崖っぷちに立ってみるが、

 

「平気じゃない!平気じゃない・・・。平気じゃ・・・やっぱり無理いいい!!」

 

「う、うんごめんねよっちゃん・・・。」

 

怖気づいて泣きついてきた善子を梨子があやすように撫でた。

 

「ドラマとか映画ならここでヒーローがやってきて助けてくれると思うけど~。」

 

「鞠莉、流石にそれは無いと思うよ。」

 

「そもそも非現実的すぎますわ。」

 

そうこう言って千歌たちがどうこうするか揉めていると、野盗たちが森から抜けてきた。

 

「へへへ・・・。散々手間取らせてくれやがって・・・!」

 

「うう・・・。まだ耳がキンキンするぜ・・・。」

 

「さっきのお礼代わりにたっぷりと可愛がってやるぜ。特にさっき変なもんを投げつけてくれたそこの赤髪の嬢ちゃんはな!!」

 

「ルビィには手は出させませんわ!!」

 

「そうずら!おらたちがルビィちゃんに指一本触れさせ無いずら!!」

 

ダイヤと花丸がルビィの前に手を広げて立ちふさがる。

 

「お姉ちゃん・・・。マルちゃん・・・!」

 

「ヒャハハハ!お前らそんなか細いなまっちろい腕で武器も持たないで俺たちに勝てるかっての!!」

 

「そうそう、それに後ろは崖だ。逃げ場はもうねえぞ?」

 

「安心しな。お前たちは大事な売り物になるんだ痛めつけはしねえからよ。」

 

「でも中古にはするんだろ?」

 

「ちげえねえや!」

 

「「「ヒャハハハハハ!!!」」」

 

自分たちの圧倒的有利を確信し、野盗たちは下卑た笑い声を上げながら少しずつ千歌たちとの間合いを詰めていく。

 

「なんて下劣な・・・!」

 

「どうしよう・・・。」

 

「大丈夫ずらルビィちゃん。おらが守るから・・・!」

 

「うーん、これは少しデンジャラスかも。」

 

「もしかしなくてもデンジャラスだよ・・・。」

 

「そ、それ以上近づくと堕天使の裁きを食らわせるわよ!!」

 

「どうしよう千歌ちゃん・・・!」

 

「やっぱり飛び込むしか・・・って千歌ちゃん!?」

 

Aqoursのみんなが諦めムードに入っていく中、なんと千歌は単身で野盗たちの前に躍り出たのだ。

 

「あ?なんだお前?」

 

「お願いです!私がみんなの身代わりになるのでみんなには手を出さないでください!!」

 

「何やってんの千歌ちゃん!!馬鹿な事言っちゃだめだよ!!」

 

「そうだよ千歌ちゃん!!この人たちに捕まれば何をされるか・・・!」

 

曜と梨子が千歌を止めようとするが、

 

「私だって怖いよ・・・。でもみんなが辛い目に合うのはもっと怖いの!!だから私一人で済めば・・・!」

 

そう言う千歌の体は震えていた。

 

「ふむ・・・。友垣のために身を張る美しい自己犠牲の精神ねえ。感動的じゃあないの。」

 

「じゃ、じゃあ・・・!」

 

「だが断る!今は力が正義で何でもありの乱世だぜ?友情なんてもんは犬の糞にもなりゃしねえんだよ!!」

 

「まあ、自分から来てくれたのはありがたいんだけどな。」

 

野盗の一人が千歌を捕まえた。

 

「いや!離して!!」

 

「馬鹿言うんじゃねえよ、自分から身代わりになるっつったんだろ!?おい、こいつは押さえておくから他の奴らも捕まえろ。」

 

「あいよ。」

 

「いいか、間違っても顔は切ったり殴ったりするなよ?傷が残ったら価値が落ちちまうからな。俺たちに逆らえなくなる程度に二、三発痛めつけてやれ。」

 

「はいはい。」

 

「離してよおおお!!」

 

「こら、暴れるんじゃ痛えええええええええええええええ!!!」

 

なんと千歌は自分を抑えていた野盗の腕を思いっきり噛んで拘束を解かせたのだ。

 

「いつつつ・・・。このクソガキ・・・!優しくしてりゃあ調子に乗りやがって・・・!!」

 

「お、おい。せっかくの売り物を潰す気かよ。」

 

「一人減っても変わんねえよ!それに楽に殺す気はねえさ。とにかく嬲っていたぶってから野犬の餌にしてやらあ・・・!」

 

「千歌ちゃん逃げてえええ!!!」

 

「へ、恨むんなら馬鹿な真似をした自分を恨むんだな。」

 

梨子の悲痛な叫びも届かず、野盗の一人が千歌に刀を振り下ろした。

 

(ああ、私死んじゃうのかな・・・。せっかくスクールアイドルになれたのに、まだ穂乃果さんみたいになれてないのに、まだまだみんなとやりたいことがあるのにこんなところで死んじゃうんだ・・・。ごめんね、みんな・・・。)

 

千歌は死を覚悟して目を閉じたが、その時!

 

 

 

 

「ぐわああ!!!」

 

千歌を斬ろうとした野盗の後ろにいるもう一人の仲間が悲鳴を上げて倒れた。

 

「な、なんだ!何事だ一体!!」

 

仲間の異常に野盗が後ろを振り向いた。千歌は自分の体に何にもないことに気付き、目を開けると倒れてる野盗の側に二人の鎧武者が立っていた。

 

一人は歴戦を潜り抜けてきた壮年の武者で、鎧兜から手にしてる刀の柄や鞘まで純白に染めており、もう一人の鎧武者は先ほどの鎧武者と比べると若く、朱色の紐で結われているとはいえ全体的な色は黒と地味に見えるが、兜の前立てになっている三角形を三つ組み合わせた模様が印象的だった。

 

「ふう、何とか間に合ったようですな。氏規さま。」

 

「ああ、賊を追っていたら森の奥から妙な音が鳴り響いてて、山菜を刈りに来ていた民から『賊が女子を追い回している』と聞いてやってきたら案の定だったな。」

 

「ちっ!まさか見つかるとは・・・!」

 

「おい、あの全身真っ白な鎧を着てるやつ・・・、ありゃあ北条の『白備え』じゃねえか?結構な腕利きだって聞いたぞ。」

 

「構うもんか。あっちもこっちと同じ二人だ。しかも向こうのもう一人はこのガキと同じくらいだ。白いのにさえ気をつけてりゃあ平気さ。」

 

「あ、ああ。」

 

そして野盗二人と鎧武者二人は静かに睨み合う。先に動いたのは千歌を斬ろうとした野盗だった。野盗は砂を若武者の目にめがけて投げつけてから若武者に斬りかかった。

 

「うっ!」

 

「どうだッ!この砂の目つぶしは!!世の中勝ちゃあいいんだよ!!」

 

「そうか、勝てばいいのなら話は簡単だな。」

 

「え?」

 

若武者に刃が届きそうになった刹那、『白備え』と呼ばれた武者が横っ腹から野盗を斬りつけた。千歌たちには早すぎて何が起こったのか分からないほどだった。

 

「な・・・にぃ・・・!」

 

わき腹を斬られた野盗は地面に倒れ伏した。

 

「ひ、ひいいいいい!!お、お許しくださいい!!命だけはご勘弁を!!!」

 

もう一人の野盗は仲間が二人とも倒されたので土下座して命乞いをした。

 

「いかがいたしましょうか?」

 

白い武者は上官である若武者に野盗の処分に関する指示を仰いだ。

 

「命乞いをしてるから殺す必要はないよ。とりあえずそこの二人も生きてるから城まで運んで、裁きに関しては父上に書状を送って返事をもらおう。」

 

「はっ!御意にございます。」

 

そう言って後ろで倒れてる野盗二人を縛りに行こうとしたその時、

 

(へへ・・・、随分な甘ちゃんだなこいつは・・・!大名の息子にもなれば温室育ち全開だな。仲間の仇、取らせてもらうぜ!!)

 

「お侍さん、危ない!!」

 

命乞いをしていた野盗が若武者の背後に斬りかかってきたが、

 

「うん、知ってる。」

 

「がぁ・・・!」

 

なんと若武者は後ろから斬りかかってきた野盗のみぞおちに刀の鞘を突き立てていた。口ぶりから察するに襲撃を察知していたのだろう。

 

 

 

「うわあああん!みんなああ、怖かったよおおおおお!!」

 

「もう、千歌ちゃんの馬鹿!こっちもすんごくひやひやしたんだよ!!」

 

「すごく心配したんだから・・・!もうこんな無茶はしないでね!」

 

泣きながら飛びついてきた千歌を曜と梨子が優しく抱きしめた。

 

そして二人の武者は三人の野盗を縛り上げてから千歌たちに声をかけた。

 

「我らの落ち度でこんなことに巻き込んでしまってすまなんだな、娘たち。」

 

「ここらで暴れまわっていた賊を討伐しようとしたのはいいのですが何人かに逃げられてしまいまして・・・。このようなことに巻き込んでしまい、誠に申し訳なく思っている!!」

 

若武者が頭を下げると千歌たちは慌てて、

 

「そんな!私たちは別に巻き込まれたなんて!」

 

「そうですよ!お侍さんが来てくれなかったら私たちどうなってた事か・・・。」

 

「とにかく助けてくれてありがとうございます!あの、お侍さんたちのお名前は・・・。」

 

「ちょっと千歌さん!?失礼ですわよ!?」

 

さっきまでの状況が嘘であったかのように賑やかなAqoursのメンバーを見て二人の武者は笑った。

 

「ははは、どうやら心配する必要はなかったみたいですね康勝どの。」

 

「そうですな。おっと、名乗るのが遅れてしまったな。それがしは『北条五色備え』が一つ、白備えの大将にして、氏規さまの補佐をしている笠原能登守康勝と申す。」

 

「そして私は北条氏康が五男の北条助五郎氏規だ。父上の命で韮山城の城主として伊豆の統治と駿河方面の守りを任されている。」

 

「え?城主ってことはつまり・・・。」

 

「お殿様ってこと、だよね・・・。」

 

「ええええ!?お殿様だったのおおおおお!!??」

 

千歌の驚愕の叫びが、伊豆の海と空に響き渡る。果たして戦国時代に迷い込んだ千歌たちはどのように生き延びていくのだろうか。




読み切り一話目、いかがでしたでしょうか?

今回の小説は「若虎と女神たちの物語」とは真逆の『もし、ラブライブ!のキャラが戦国時代に迷い込んだら?』というコンセプトで書きました。書いた理由は前書きにも書いてありますように、「若虎と女神たちの物語」15話の後書きをご覧ください。(ダイレクトマーケティング)

自分は戦国大名の中でも後北条氏が好きなのですが、如何せん織田、豊臣、徳川の三英傑は当然として、武田、上杉、今川、毛利、島津、伊達、真田と言った人気どころと比べると地味なんです!!ゲームや小説、漫画などのどんな媒体でも地味であるがゆえにやられ役や噛ませ犬扱いが多くて・・・!しかも某戦国お祭りバカゲーのナンバリングタイトルではリストラされる始末!!!(これから発売される作品で復活が確認されましたが扱いは変わらないだろうし、リストラされた事は許さない、絶対にだ。)

故に後北条氏好きとしては北条氏がメインで書かれる創作が少なくてヤキモキしていたところに、『ラブライブ!サンシャイン!!』の舞台である内浦に後北条氏が建てた城の跡地があると聞いて、このコラボを考えついた次第です。

アニメキャラと戦国武将のコラボって楽しそうだな、という思いを『信長の野望』でアニメキャラ武将を作りながら考えていたのでまさに渡りに船でした。

自分が好きなラブライブ!のキャラたちと戦国武将のコラボを楽しむことができる上に、今まではやられ役か噛ませ犬扱いが多かった後北条氏を主人公側として書くことができて感無量でございます・・・!


・・・え?「若虎と女神たちの物語」を書けって?もちろん書きます!!こっちはあくまでもまだ読み切りです!向こうの方の物語がひと段落着いてから、あるいはラブライブ!サンシャイン!!のアニメが始まった後に手を付けていこうという寸法です!!

出来れば失踪という形で幕を引かないように頑張っていきたいと思います!!

もしよろしければどちらの作品でもいいので感想をじゃんじゃん書いてください!あなたの感想が私のモチベーションと持続力に繋がります!!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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2話 韮山の若殿さま

どうも、截流です。

早速感想をもらって有頂天気味です!割と好感触でよかった・・・!


今回は千歌ちゃんが主人公らしく、さらに大活躍しちゃいますよ!?そしてさらに新しい武将がもう一人参戦します!




それではどうぞお楽しみください!!


野盗に追い詰められた千歌たちを助けたのは、韮山城の城主である北条氏規とその補佐役である『白備え』こと、笠原康勝であった。

 

「す、すいません!お殿様だって知らなかったんです!!だから切り捨て御免は勘弁してください!!」

 

千歌は凄まじい勢いで氏規と康勝に土下座した。

 

「ははは・・・。気にしないでください。それに我ら北条は民を無礼討ちにするなど粗末な扱いはしません。だから顔を上げてください。」

 

氏規は笑いながら千歌に顔を上げるように促した。

 

「しかし氏規さま。よくよく見てみるとこの娘たちは実に面妖な格好をしておりますな。南蛮人でしょうか?」

 

「いや、それにしては日の本言葉が流暢すぎるし、それに顔立ちが日の本の者のそれだから日の本の者で間違いないでしょうね。まあ、黄金色の髪の者は南蛮人でしょう。」

 

「What's!?ねえ果南、南蛮人ってなあに?」

 

「ええ?授業でやったでしょ。スペイン人とポルトガル人の事だよ。」

 

果南は鞠莉に南蛮人の意味を聞かれて答えた。

 

「私はスペイン人でもポルトガル人でもないわ!イタリア系アメリカ人と日本人のハーフよ!」

 

「ちょ!気持ちは分からなくもないけど失礼だよ鞠莉!」

 

南蛮人という言葉の意味を知った鞠莉は氏規と康勝に抗議した。

 

「お、おお。それは失礼した。」

 

「それより氏規さま。そろそろ城に戻るがよろしいかと。」

 

「そうですね。こやつらが目覚めて暴れないうちに牢に押し込めておきたいですからね。そうだ、そこの娘たち。どこの村から来たんですか?村までお送りしましょう。」

 

「え?どこから来たって・・・。」

 

「未来から来たって言っても信じてもらえないのでは・・・?」

 

答えに困っていたAqoursだったが、

 

「私たち、未来の内浦から来たんです!!」

 

千歌がメンバーの懸念などどこ吹く風といった様子で氏規たちに答えた。

 

「ちょっ!千歌ちゃん!?」

 

「え?だって本当の事だよ?」

 

「だからって、普通いきなり未来から来ましたって言われても誰も信じないでしょ!」

 

「ああ、そっか!」

 

「ああ、そっかって・・・。」

 

曜と梨子はため息をついた。

 

「ふむ、お主らが内浦から来たのは分かったが未来というのは?」

 

氏規が聞き返してきた。

 

「え~と、質問に質問で返すのは申し訳ないんですが、今って何年ですか?」

 

梨子が氏規に今が何年であるのかを尋ねた。

 

「ん?今は永禄5年ですが。それが如何しましたか?」

 

「永禄!?永禄5年って西暦何年・・・?」

 

「永禄というと恐らく1560年代かと思いますわ。」

 

「さすがダイヤ!ナイスだよ!!」

 

「ダイヤさん、ありがとうございます!!」

 

「そ、それほどでもありませんわ!黒澤家の娘たるものこの程度・・・。」

 

果南と梨子にお礼を言われたダイヤが照れる。

 

「えっと・・・。氏規さんたちには信じられないと思いますが、実は私たちは今から460年ぐらい先の日本から来たんです!!」

 

「おおー!梨子ちゃん言い切った!!」

 

「460年・・・?本当なのか?」

 

「果たして本当なのでしょうか?我らを欺かんとしている可能性も・・・。」

 

「本当なんです、信じてください!」

 

「そうです!梨子ちゃんは嘘をつく子なんかじゃないんです!!だから信じてください!!」

 

千歌は氏規と康勝の目を見据えながら言った。

 

「・・・そこまで言うのなら本当なのだろうな。」

 

「よいのですか?本当に信じて。」

 

「康勝どの。あの千歌という娘の目を見て、嘘をついているように見えましたか?」

 

「いえ、あそこまでまっすぐな目の者は男でもそうそう見かけませんな。氏康さまぐらいでしょうか・・・。」

 

「なら決まりですね。それではみなさん、未来から来たということは身寄りもないでしょうから私の韮山城に来てください。」

 

「は、はい!!」

 

「ああそうだ。まだ皆さんの名前を聞いてませんでしたね。」

 

「高海千歌です!」

 

「桜内梨子です。」

 

「渡辺曜です!」

 

「松浦果南です!」

 

「小原鞠莉よ。」

 

「黒澤ダイヤですわ。」

 

「い、妹の黒澤ルビィ・・・です。」

 

「国木田花丸ずら・・・じゃなくて、です!そしてこの子が津島善子ちゃんです。」

 

「そう、私は津島善子・・・じゃなくてヨハネよ!!」

 

 

 

 

 

そして、自己紹介を終えた千歌たちは氏規たちと韮山城に行くべく森の中を歩いていた。

 

「それで千歌どのたちはどういった集まりなんですか?」

 

「私たち、Aqoursっていうスクールアイドルをやってるんです!!」

 

「あくあ?『すくうるあいどる』とはなんですか?」

 

「千歌、いきなりそんな事言っても分かんないと思うよ?」

 

「そっか。それもそうだよね。」

 

「それで、あいどるとは一体何なのだ?」

 

「えっと、アイドルって言うのは歌と踊りでいろんな人たちを笑顔にする人たちの事です!!」

 

「ほお、歌と踊りというと能楽師のようなものか。」

 

「城に戻って一息ついたらそのアイドルの踊りとやらを見せてはくれませんか?」

 

「はい!!」

 

「千歌ちゃんはすごいずら。もうお殿様と意気投合してるずらってどうしたのルビィちゃん?」

 

花丸が千歌のコミュニケーション能力に感心してる一方でルビィの顔面は蒼白になっていた。

 

「だ、だってルビィ男の人が苦手なのにお殿様の前で踊るなんて・・・。失敗しちゃってみんなが打ち首になっちゃったらどうしよう・・・!?」

 

「うーん。氏規さんも康勝さんもそんな気の短い人には見えないから大丈夫だと思うよ?」

 

「でも音楽はどうするの?」

 

曜は踊りはできても音楽がないことを懸念していた。

 

「ラジカセならあるよ!」

 

千歌は鞄からCDラジカセを取り出した。

 

「ラジカセがあっても電源が無いと意味がないと思うよ。」

 

「その黒い箱は何だ?」

 

康勝がラジカセを指さして千歌にたずねた。

 

「これはラジカセって言うんです!!ここを押すと音楽が流れてくるんです!」

 

千歌は喜々として康勝に説明するが、

 

「でもこの時代には電気が無いから使えないんじゃ・・・。」

 

と梨子は言うが、

 

「確かにそうだけどやってみなくちゃ!!」

 

と言って、千歌はラジカセの再生ボタンを押した。

 

「コンセントも繋いでないのに音楽が流れるわけありませんわ・・・。」

 

とダイヤが言った瞬間・・・。

 

 

 

「今みーらーいー、変えてみたくなーったよー!だってー僕たちはーまだ夢にー、気づいたばーかりー♪ ♪~♪~」

 

なんとコンセントに繋いでないのにも関わらず、音楽が流れ出したのだ!!

 

「嘘でしょ・・・!?」

 

「あ、ありえませんわ・・・!」

 

「ほらー!!どういうことかは分からないけどやってみるのが一番だよ!!」

 

「おお!なんと、本当に黒い箱の中から声が!!」

 

「一体これはどういうカラクリなのですか!?」

 

ラジカセを見て氏規たちは子供のようにはしゃいでいた。

 

「これは中に私たちの声を入れたCDっていう円盤が入っていてそれを動かして音楽を流しているんです。本来は電気が無いと動かないんですが・・・。」

 

「ふむ、詳しいことは分かりませんが今流れてる歌はあなた方が歌ってるんですよね?」

 

「は、はい!どうですか!?」

 

「私たちの知っている歌とは雰囲気がかけ離れていますが、なんというかこう・・・、心が沸きあがってくるような感じがしますね。」

 

「だって!!私たちの歌がお殿様に褒められたよ!!」

 

千歌は自分たちの歌を褒められたのが嬉しくて跳ね回った。

 

「よかったね、千歌ちゃん。」

 

「うん!」

 

「でも、さっき氏規さんたちがまだこの辺に野盗?たちが残ってるかもって言ってたから早く消した方がいいんじゃない?もし見つかったら大変だよ?」

 

果南が千歌に忠告した。

 

「そうだね。」

 

そう言って千歌は音楽を止めた。

 

「では、日が傾かないうちに森を出ましょう!」

 

「「「「「「「「「 はい!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

「もうすぐで森から出られますよ!」

 

「や、やっと出られるのですね・・・。」

 

「お姉ちゃん、ルビィもう疲れたよ・・・。」

 

もともと体力の少ない黒澤姉妹はもとより、野盗からの逃走劇を繰り広げたほかのメンバーも疲れていた。

 

「森から出たら近くの村で休みましょう。そして兵を率いている清水どのと合流してから韮山城へ戻るのは如何でしょうか?」

 

「そうした方がいいみたいですね。というわけで皆さんあと少しで休めますから頑張ってくださ・・・皆さん伏せてください!!」

 

氏規がそう叫んだ瞬間、どこからか矢が飛んできた。

 

「ひい!?」

 

飛んできた矢は善子の足元に突き刺さった。

 

「善子ちゃん大丈夫!?」

 

「へへへ平気に決まってるじゃない!ヨハネの堕天使の加護があれば矢を避けるなんて・・・。」

 

「善子ちゃん危ないずら!!」

 

「ひゃあ!!」

 

さらにもう一本善子に向かって矢が飛んできたので花丸はとっさに善子を押し倒した。

 

「まさかこんなところで残りの野盗に出くわすなんて・・・!」

 

千歌たちの前に立ち塞がった野盗たちは10人ほどいた。

 

「まずいですな氏規さま。」

 

「そうですね。私たち二人だけなら逃げきれますが、疲れている千歌さんたちを庇いながらでは無理ですね。」

 

「おい、あいつらに捕まってるのは権助じゃねえか?」

 

「弥七に仁平もいるぞ!」

 

「おい、そこの侍!!俺たちの仲間を返してそこにいる女どもと金目の物を置いてけ!!そしたら生きて帰してやるぜ!!」

 

野盗たちは捕まっている仲間の返還だけでなく、千歌たちと金品も要求してきた。

 

「断る!貴様らのような賊に渡すものはない!!」

 

「だったら全員で力づくで奪ってやろうか!いくら手練れだからっつっても二人じゃ守り切れねえだろ!!」

 

「ぐっ・・・!」

 

野盗に正論を突かれて氏規は唸った。事実、2人で9人の少女を守りながら10人の野盗と戦うのは精強で知られた『五色備え』の大将の一人である康勝と一緒でも無理があった。

 

「康英どのの隊がいればなんとかなるのだが・・・。」

 

「奴らがいるということはまだこの辺りにはいないということでしょう・・・。万事休す、ですな。」

 

氏規と康勝は途方に暮れる。

 

「諦めちゃだめだよ!」

 

突然千歌が叫んだ。

 

「諦めちゃだめだよ氏規さん!『人間その気になったら何でもできる!』ですよ!!」

 

「千歌ちゃん、それ・・・!」

 

「そう、穂乃果さんが言ってたっていう言葉だよ。」

 

千歌は憧れの存在であり、スクールアイドルを始めるきっかけにもなった高坂穂乃果が言っていたという言葉を用いて氏規たちを鼓舞した。

 

「しかし千歌どの、そうは言っても限界というものが・・・!」

 

「大丈夫!私に考えがあります!」

 

そう言って千歌は野盗たちの前に歩いて行った。

 

「千歌ちゃん!!身代わりはだめだよ!!」

 

曜はまたみんなの身代わりになろうとしている幼馴染を止めようとした。

 

「ううん。もうそんなことはしないよ。私には武器があるもん。」

 

「武器・・・?」

 

曜は千歌の意図が読めなかった。

 

「みんな!氏規さん!康勝さん!耳を塞いでてください。」

 

「な!?耳を塞いでは刀を持てないでは・・・!」

 

「・・・そっか!みんな、氏規さんたちも今すぐ耳を塞いでください!!確かに千歌ちゃんはあいつらを倒すことはできませんが、あいつらの『動きを封じること』はできます!!」

 

曜は「耳を塞いで」という言葉で千歌のやろうとしていることを察知して、みんなに耳を塞ぐように呼び掛けた。

 

「へっ、あのガキ自分からこっちに来るみたいだな。」

 

そう言って野盗たちが千歌に向かって近づいてきた。すると千歌は鞄からラジカセとイヤホンを取り出して、イヤホンをラジカセに繋げずにそのまま付けた。

 

「みんな、耳はちゃんと塞いだよね!?いくよ!!」

 

そして千歌はラジカセの再生ボタンを押した。

 

 

すると、さっきと同じ曲が、さっきとは比べ物にならないほどの大音量で森に鳴り響いた。

 

「ぎゃああああああ耳がああああああ!!!!」

 

「か、雷か!?雷が落ちたのか!??」

 

「なんだこの音!!あのガキがやったのか!??」

 

「ひいいいいいいいい止めてくれえええええええ!!!」

 

耳を塞いでいなかった野盗たちは突然、至近距離で最大音量の音楽を流されたので鉄砲とは違い長時間なり続けるタイプの爆音に耐えられずに気絶してしまった。

 

「みんなもう耳栓しなくていいよ!!」

 

と千歌は音楽を止めて音量を下げてから、親指を立てながら大声で叫んだ。

 

「びっくりした~・・・。まさかラジカセの音楽を最大音量で流すとはね~。」

 

「ずいぶんロックな解決法ね・・・。ワンダフル!!」

 

「全く・・・。耳を塞いでも十分うるさかったですわ・・・。」

 

「一体何が起きたというのだ!?凄まじい音がしばらく流れていたが・・・。」

 

「まさかあの『らじかせ』に人を気絶させるほどの威力があったとは・・・。」

 

氏規や康勝はラジカセの力に目を丸くして驚いた。

 

「いやあ、私たちは大きな音に慣れてますが、この時代の人たちってあまりこういう大きな音には慣れてないんじゃないかなって思って考えついたんだ。」

 

「なるほど、確かに我らは鉄砲の音には慣れていますが今のような音は初めて聞きましたからね。千歌どのの作戦と弾力の勝利ですね!」

 

「うむ。ひょっとしたら千歌どのは武将に向いてるかもしれんな。」

 

「えええ!そんな、私が武将に向いてるなんて!!」

 

千歌は氏規たちに武将に向いてると褒められて慌てた。

 

「とりあえず早く森を出ようよ!」

 

「そうですね。」

 

そう言って千歌たちが森から出ると、

 

「おおーい!氏規さま!康勝どのー!!」

 

数十人の兵士たちを率いている、康勝の物ほどではないが鎧を白く染めた騎馬武者が千歌たちに向かって近づいてきた。

 

「おお、康英どの!来てくれたのか!!」

 

「そりゃあ、こっちの方からすごい大きな音が聞こえてきたと近くの村の者から知らされてきたものだからな。それでそちらにいる女子たちはなんだ?奇妙な格好をしているが・・・。」

 

康勝に康英と呼ばれた武将が怪訝な表情で千歌たちを見た。

 

「彼女たちは『あくあ』という歌と踊りで人々を楽しませる『あいどる』の集団で、野盗たちに追いかけられていたのを康勝どのと一緒に助けたのです。」

 

氏規が康英に千歌たちを紹介した。

 

「『あくあ』?『あいどる』?詳しいことは分かりませんが、賊の方はどうしましたか氏規さま。」

 

「ああ、三人捕まえました。他にも10人いましたが、この千歌どのの機転で全員気絶させて今は向こうで倒れています。康英どの、とりあえず奴らを縛り上げてきてください。」

 

「御意。それにしてもこのような小娘が賊を・・・?」

 

「ああ、本当だとも。それがしと氏規さまがこの目で見たのだから間違いない。さっきの爆音を千歌どのが起こして賊どもを一網打尽にしたのだ。」

 

「なるほど。それはすごい大手柄だな、見事だな千歌どの。他の女子たちもこのような勇気のある者を友に持って果報者だな。よし、皆の者!向こうの森に賊どもが倒れているらしい。目覚めぬうちに残らず縛り上げろ!」

 

康英は兵士たちに野盗たちの捕縛を命じた。

 

「ああ、名乗るのが遅れたな。それがしは清水太郎左衛門康英と申す。康勝どのと共に伊豆衆に所属しており、伊豆の南半分を統治しておる。」

 

「あれ?伊豆は氏規さんが統治してるんじゃないんですか?」

 

千歌は康英の言葉に疑問を感じて氏規に質問した。

 

「我ら北条家は統治してる城や国ごとに『衆』と呼ばれる集団を持っていて、この伊豆は『伊豆衆』の管轄となっているんですよ。その伊豆衆の中でも康勝どのの笠原家と康英どのの清水家は一番と言っていいほどの実力者なんです。故に康勝どのが伊豆の北半分を、康英どのが南半分を治めているんです。そして私は父に命じられて伊豆の重要拠点である韮山城の城主に任じられ、二人の上官のような立場にいるんです。ちなみに私は本来は相模の『三崎衆』の大将を勤めています。」

 

「ん?んん?なんかよく分からないなあ?」

 

「つまり氏規さんは伊豆を統治してる二人の上司を一時的に任されている、ということですのよね?」

 

氏規の説明で頭がこんがらがっている千歌にダイヤが簡単に説明した。

 

「まあ、そのようなものですね。」

 

「すごいよダイヤちゃん!すごい分かりやすかったよ!」

 

「千歌さんはもう少し理解力を上げなさいな。」

 

「改めて聞くと氏規さんがすごい偉いのがよく分かるな。」

 

「それほどでもないですよ。私には他にも3人の兄がいるので兄上たちには及びませんよ。」

 

「氏規さま!賊どもの捕縛が完了しました。」

 

「そうか。よし、これより韮山城に帰還する!」

 

「「はっ!!」」

 

「千歌どのたちもついてきてくださいね。」

 

「「「「「「「「「 はい!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

そして、韮山城にて・・・。

 

「ほええ、ここが氏規さんのお城なんだ!」

 

「テレビで見るあの大きな建物がないね。あの屋根にしゃちほこがついてるやつ。」

 

「天守閣だっけ?」

 

「このころの城に天守閣はありませんよ。作られるのはもう少し後の時代ですわ。」

 

「へ~そうなんだ。」

 

「ダイヤさんは物知りずら~。」

 

千歌たちは今まで抱いていた城のイメージと違うことに驚いていた。

 

「ここが本丸の御殿ですよ。」

 

「うわあ、広ーい!!」

 

「はぐれないようについてきてくださいね。」

 

「はーい!!」

 

 

 

そして韮山城本丸の広間にて・・・。

 

「なるほど。お主が梨子どのに曜どので、果南どのに黄金色の髪の娘が鞠莉どので、黒澤姉妹のダイヤ殿とルビィ殿に、花丸どのと、善子どのですな。」

 

「ヨハネよ!!」

 

「ん?善子なのかヨハネなのか名前が分からんな・・・?」

 

「とにかくヨハネで呼んでちょうだい!!」

 

「う、うむ。しかし460年先の日ノ本から来たというのは誠なのか?」

 

「ああ、彼女たちはこの時代の日ノ本には無いものを持っている。それが何よりの証拠であろう。」

 

「確かに身に着けている衣服は奇妙なものだな。これが未来の民の服装か?」

 

「いえ、これは制服っていって学校という文字の読み書きや計算に、様々なことを学ぶ場所に行く人が身につける服なんです。普段は普段の生活用の衣服をつけてます・・・。」

 

梨子が制服をまじまじと見ている康英に困惑しながら説明した。

 

「なるほど・・・。」

 

熱心にうなずく康英だが、もちろん下心なんてものはなく、ただ純粋な好奇心で制服を熱心に見つめているのだ。

 

「それより、さっき言っていたお主らの踊りをそこの庭で踊って見せてくれませんか?」

 

氏規が千歌たちに踊りを見せてほしいと頼んだ。

 

「はい!じゃあそこの縁側で座って待っててくださいね!」

 

 

そして千歌たちが中庭でフォーメーションを組んで並んだ。

 

「うう・・・。緊張するよぉ・・・!」

 

「大丈夫ずら。いつも通りに踊ればなんとかなるずら。」

 

「まったく、しっかりしなさいなルビィ!」

 

「まあまあダイヤ。誰だってお殿様の前で踊るなんて緊張するって。」

 

「私たちのビューティフォーでシャイニー☆な踊りで魅了しちゃいましょ!」

 

「うふふ。ヨハネの魅力的な踊りでリトルデーモンにしてあげちゃうんだから!!」

 

「不思議だなあ、お客さんはたった3人なのに緊張しちゃうね。」

 

「うん、でも私たちならどんな場所でも歌って踊れる。そうだよね、千歌ちゃん!」

 

「うん!私たちなら出来る!いくよみんな!!聞いてください。『君のこころは輝いているかい?』!!」

 

そういうと千歌が再生ボタンを押して、曲が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

『まだ夢にー、気づいたばーかりー♪・・・。』

 

曲が終わり、中庭が静寂に包まれた。

 

「どうでしたか!?」

 

千歌が氏規たちに感想を聞くと、

 

「ほおお、これが『あいどる』の歌と踊りか!!能とはかなり違うみたいですがこちらもとても素晴らしいですね!!あなた方の踊りを改めて見てみると心が沸きあがってきました!!」

 

「ふむ。なかなか騒がしい雰囲気の曲だったが見事なものだ。460年後にはこのような曲が広まっているのだな!」

 

「確かにこれはいいものですな。なにやらそれがしも楽しい気分になってきたぞ。ただ・・・。」

 

「ただ?どうしたのだ康英どの?」

 

康勝はうつむく康英に声をかけた。

 

「うむ・・・。なんというか踊りがあまりにも躍動的すぎてただでさえ腕や足が出ているというのにいろいろ出そうで・・・!」

 

康英は顔を真っ赤にして答えた。

 

「康英どの、お主そんなことを考えておったのか!堅物なくせに盛んなことですな!!」

 

「しょうがないであろう!今どきあんな腕や足を出すような衣服を着てるものなどおらんではないか!!」

 

「だがお主は子持ちであろう?ならば女房の裸も・・・。」

 

「馬鹿!うら若き乙女の前でそんな下世話な話をするな!」

 

二人はそのまま言い合いを続けていた。

 

「すみません。康英どのは生真面目なので悪気はないんです。気を悪くしないでくださいね。」

 

氏規は康英に代わって千歌たちに謝った。

 

「いえいえ!こちらこそそこまで熱心に楽しんでいただけてとても嬉しかったです!!」

 

千歌は笑顔でそういった。

 

「そういえば氏規さま。千歌どのたちをこの城に置くと言っておりましたが、誠ですか?」

 

言い合いが終わって戻ってきた康英が氏規にたずねた。

 

「ああ、彼女たちには身寄りがないですからね。私たちが後ろ盾になれば元の時代に戻る方法も見つけやすいでしょう。」

 

「となると、『御本城さま』に報告する必要がございますな。」

 

「氏規さん、御本城さまって誰ですか?」

 

「父上のことですよ。」

 

「氏規さんのお父さん・・・!」

 

「ええ、近いうちに父や兄たち、そしてほかの重臣たちとも謁見することになるでしょうね。」

 

「ええええええ!??」

 

千歌は氏規の言葉に驚きを隠せなかった。

 

「ああ、でもすぐではないですよ。父に書状を送ったのでその返事が戻ってから行くので、しばらくはこの城でくつろいでいってください。」

 

「「「「「「「「「はい!よろしくお願いします!!」」」」」」」」」

 

 

 

こうして、千歌たちAqoursは韮山城で滞在することになった。しかし近いうちに氏規の父である、北条氏康と、氏規の兄たちやその他重臣たちと謁見することになった!

 

北条氏康はどのような人物なのか、そして千歌たちは無事に謁見することができるのか・・・!?




いかがでしたでしょうか?

今回は千歌ちゃんたちの初ライブin戦国時代回でもありました!!

今回は少し北条家の家臣団の仕組みにも触れましたが、北条家マニアとしてまだまだ未熟なものでうまく表現できたか少し不安ですが、戦国時代に詳しい方やそうでない方にも「なんとなく理解できた」程度に伝えられることができれば幸いです。


さて、次回はいよいよ北条氏康を筆頭に北条家の武将がたくさん登場します!!どんな武将がどんなキャラで出てくるのか楽しみにしていてください!!


それでは次回もお楽しみください!!


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3話 獅子たちの小田原評定

どうも、截流です!

最近はモチベーションが少しずつ回復して来てるので筆の進み具合がグレートなことになってますよ!

もっと感想を送ってくださればさらにモチベーションが上がるかも!?(調子に乗る文字書きのクズ)

今回はいよいよ氏規の父親であるあの人物と北条家の重臣たちが登場します!

それではどうぞお楽しみください!!


千歌たちが氏規の勧めで韮山城に滞在し始めてから数日経った頃、物語の舞台は氏規の父、北条氏康と氏規の長兄である氏政の居城である小田原城に移る。

 

その小田原城の廊下を2人の若者が歩いていた。

 

「全く、今は上杉政虎(謙信)の関東侵攻で荒らされた各地の城下の復興で忙しいっつーのになんで俺たちを呼んだんだか・・・。」

 

「ぼやくな氏邦。あれから1年も経てばそれなりに目処は立ってるだろう。父上と兄上のもとに氏規から書状が届けられたのは知っているだろう?」

 

「ああ、『未来の日の本から来た女子』の事だろ?氏規の奴もホラを吹くならマシなのを吹けって思うがな。」

 

廊下を歩きながら話している若者は、ぶっきらぼうな口調で話しているのが、氏康の四男である北条氏邦である。そしてもう1人が氏邦の兄である北条氏照である。2人は父氏康と兄氏政から千歌たちについての話をするために氏照の居城である滝山城と氏邦の居城の鉢形城に書状を送って招集をかけたのだ。

 

「私も俄かには信じがたいが、あの氏規が嘘をつくとは思えない。私たちはその話が本当か否かを確かめる為にここに来ているのだからな。」

 

「そうだな。」

 

そうこう話してるうちに小田原城の広間に着き、2人は襖を開けて広間に入っていった。

 

広間の上座には兄の氏政が座っていた。

 

「やあ氏照、氏邦。久しぶりだな!わざわざ来てくれてありがとう。息災にしていたか?」

 

「おう、兄貴も元気そうだな。」

 

「兄上もお変わりなく。父上は?」

 

氏照はこの場にいない氏康がどこにいるのかを氏政に聞いた。

 

「父上もそろそろ来るはずなのだが・・・。」

 

氏政がそう言うと同時に、

 

「おお、三人とも揃っておるな。ささ、叔父上、こちらへどうぞ。」

 

「ほほ、すまんの氏康。又甥たちもまた一回り雄々しくなったのう。」

 

と、三人の父である氏康が入ってきた。氏政に家督を譲って隠居しているとはいえ彼はまだ権力の大部分を握っており、実質的な北条家の最高権力者として君臨していた。

 

氏康とともに入ってきた老人は氏康の叔父であり北条家の長老である、北条幻庵であった。北条家の開祖である北条早雲こと伊勢盛時の末っ子で、武蔵の小机城を守っている。

 

「ふむ、全員揃ったところで話を始めようか。」

 

「待ってください父上。氏規は呼ばないのですか?」

 

氏政はこの場に氏規がいない理由を父にたずねた。

 

「氏規を呼ばなかったのはこの書状の真偽を第三者の客観的な目で見極めるためだ。氏規は件の娘たちと既に接触しておるから好意的な立場を取るであろうからな。」

 

「なるほど。」

 

「とりあえず氏照と氏邦にはまだ氏規の書状を見せてなかったな。これがそうだ。」

 

氏康は氏規から届けられた書状を氏照と氏邦に渡した。そして氏照は氏規の書状を読んでみせた。

 

「なになに・・・。

 

『この度、沼津の近くで狼藉を働いていた野盗を捕まえるために内浦を散策していたら野盗に追われていた娘たちを保護しました。その娘らは『未来からやってきた』と言っておりました。とりあえず身寄りがないというので城に連れて帰る途中に野盗の群れの残党に囲まれ窮していたところ、その娘のうちの1人の千歌という娘が『らじかせ』なる未知なるからくりにて野盗どもを気絶させ難を逃れた次第でございます。』

 

か・・・。」

 

「氏規の奴も不甲斐ねえな。『白備え』の康勝どのと一緒にいながら女子の手を借りるなんてよ。」

 

「待て氏邦。氏規は9人の娘を康勝とたったの2人で守っていたのだ。守るものがなければ2人でも楽に勝てるが、9人を守りながら2人で10人を相手取るのは至難の技だ。むしろ1人で野盗を気絶させた千歌という娘の胆力を見るべきだぞ。」

 

氏規を笑う氏邦を氏康がたしなめた。

 

「しかし、ここに書いてある『らじかせ』というのはなんなのでしょうか?」

 

氏照は氏規の書状に書かれていたラジカセについて疑問を感じた。

 

「ああ、後ろの方に書いてあったが、どうやらそれは音楽を奏でるという箱らしいぞ。」

 

先に書状を読んでいた氏政は氏照にラジカセがどんな物かを教えた。

 

「音楽を奏でる箱?」

 

「氏規がいうには、箱の表面を押すことで音楽が奏でられるらしくて笛も鼓も琴もいらないという優れものらしい。そしてさらに音の大きさも変えられるようで、耳元で囁くような小さい音から雷のような轟音まで、変幻自在で、千歌という娘はその『らじかせ』から轟音を流して賊を気絶させたというぞ。」

 

「笛が必要ない、というのは釈然としませんが確かに面白いからくりですな。確かにこの時代には笛も鼓も琴もなくひとりでに音楽を奏でる道具は存在しませんね。」

 

「確かにそんな珍妙なからくりを持ってるんならそいつらは本当に未来の日の本から来たみてえだな。」

 

氏照と氏邦が千歌たちが未来人だと認めようとしたところ、

 

「まだまだ甘いな又甥たちよ。」

 

さっきまで黙って聞いていた幻庵が会話に入ってきた。

 

「な、まだまだ甘いというのはどういうことでしょうか大叔父上?」

 

氏政が幻庵に聞き返した。

 

「確かにそのらじかせというからくりはワシらの知らぬ未知のからくりであるのは分かったが、ひょっとしたら南蛮から取り寄せたものかもしれぬとは思わんか?南蛮からも未知なるものがこの日の本に入ってきておるからの。」

 

「なるほど、大叔父上の言うことも最もですね・・・。」

 

氏政は幻庵の言葉に感心して頷いた。

 

(確かに大叔父上の言うことは最もだが・・・。)

 

(あれは笛が必要無いって言われて若干ムキになっていらっしゃるな・・・。)

 

(大叔父上も氏照兄貴と同じで笛を嗜んでる上に自分で笛を作るほどだからなぁ・・・。)

 

氏照と氏邦は幻庵が笛が必要無いと言われてムキになってるな、と思っていた。

 

「確かに叔父上のおっしゃることも最もですが、もう一つ氏規から書状とともに送られたものがあります。」

 

氏康はそう言うと懐から一枚の紙を取り出した。

 

「はて?それはなんじゃ氏康よ。」

 

「それは『写真』ではないですか!無いと思ってたら父上が持ってたのですか!」

 

「なあ兄貴、親父が持ってる『写真』ってのはなんだ?ただの紙じゃないのか?」

 

氏邦は氏政の口から出てきた写真というものについて質問した。

 

「『写真』と言うのは『真を写す』と書いて写真と読むそうだ。どういうものなのかは見た方が早いだろう。私もこれを見た時は本当に驚いたからな。父上、それを早くみんなに見せてください。」

 

「そう急くな氏政。確かに氏政の言う通り、これを見れば叔父上も氏照と氏邦も驚くぞ。」

 

そう言って氏康は写真を表向きにして幻庵や氏政たち兄弟の前に置いた。

 

「なっ・・・、これは!?」

 

「おいおいどういう事だ!?氏規が紙の中にいるぞ!!」

 

「いや、これは絵じゃな。だが絵であるとは思えないほど氏規の顔が正確に描かれておる・・・。まるで氏規とその周りの風景をそのままこの紙に写したような・・・。」

 

写真を見た3人は大いに驚いた。

 

「氏規の書状には『この写真という紙は『かめら』という人や風景をそのまま写し取るからくりで作られる。』と書いてある。かの雪舟のような絵師でもここまで正確に風景を書き写すことは出来まい。」

 

氏康は写真を見ながらそう言って頷いた。

 

「確かにこれは凄いのお。目で見たものをそのまま写して一枚の紙に収めてしまうとは、我らより遥かに先の時代を生きる者はとてつもない技術を持っておるのじゃなあ・・・。」

 

幻庵も、ここまでのものを見せられては千歌たちが未来からやってきたことを認めざるを得なかった。

 

「しかしこの写真というのはいいなあ・・・。『かめら』があれば梅の姿を何枚も写して収められるんだがなあ・・・。あ、あと国王丸の姿も収めなくてはな!」

 

氏政は写真を見て目を輝かせながら自分の世界に入っていた。

 

「あーあー、また兄貴の奥方さま熱が始まりやがったか・・・。」

 

「国王丸が生まれてからはさらに拍車が掛かってるからなあ・・・。」

 

((ほんと、こういう気の抜けた部分が無ければもう少しは箔がつくと思うんだがなあ・・・。))

 

氏照と氏邦はそんな兄の様子を見て呆れかえっていた。

 

「わしも瑞穂を・・・。ってそうではなくてお前たち、茶番はそこまでにしてこれから本題に移るぞ。」

 

(((父上も私(兄上)(兄貴)のこと言えないような・・・。)))

 

氏政たち三兄弟は氏康の態度を見て釈然としない様子だったが、いつもの厳格な雰囲気に戻った父を見て背筋を正して氏康の話に耳を傾けた。

 

「氏規の書状には、ただ未来から小娘たちがやってきたこととそれを証明するための文が書かれていたわけではない。まだ続きがあるのだ。」

 

「続き、ですか。」

 

「そうだ。氏政、読んでみせい。」

 

氏康は氏政に書状を読むように促した。

 

「はっ。

 

『そして何故この書状を小田原に送ったのかというと、この娘たちを食客として北条家に留め置き、彼の者たちが元の時代に戻るための方法を探すことに協力したいので、当主である兄上と父上の正式な認可を仰ぎたいと思った故にございます。』

 

と、書かれている。私は彼女たちに協力してやりたいと思うが、お前たちはどう思う?」

 

氏政は弟たちの意見を仰いだ。

 

「まあ、その女子たちを食客として留め置くのは問題ないかと。」

 

「ああ、俺も悪くはねえと思う。その辺で野垂れ死なれても寝覚めが悪いし、何より民のために戦う北条家の信条に反するからな。」

 

氏照と氏邦は賛成した。

 

「大叔父上は?」

 

「わしは当主殿の意見を尊重するぞい。」

 

「父上は?」

 

氏政は最後に父の意見を仰ぐが・・・、

 

「うむ、わしもその点には同意しよう。だが、ただ認めるだけでは面白くない・・・。そうは思わぬか?」

 

「面白くない、と言いますと?」

 

氏政は父の意図が読めずに聞き返す。

 

「彼の者たちを試すのだ。この小田原城に招いて、わしとお前と謁見させるのだ。いや、それだけではない。氏照や氏邦、そして綱成ら五色備えや三家老、そしてその他重臣連中を集めようではないか。」

 

「な・・・!」

 

「本気か親父!?」

 

「何故そこまで!?」

 

氏政たちは父の提案に驚きを隠せなかった。

 

「よく考えてみよお前たち。普通なら右も左も分からぬ場所に放り出されて、尚且つ野盗に追われれば気が動転して何人かは捕まるだろう。だがこの女子たちは全員欠けることなく逃げ延び、さらには野盗の群れを退けたのだ、無論只者ではなかろう。」

 

「ほうほう、確かに氏康の言う通りじゃのう。」

 

「そこで、わしら一門や重臣たちの前であやつらの器を見極めるのよ。そして器があると見えれば、食客としてではなく客将として北条家に招こうぞ。」

 

「なるほど・・・。では、もし器がないと判断したときは如何に・・・。」

 

「まあ、その時は普通に食客として留め置くさ。あとは未来の日の本の話も聞いてみたいのう。」

 

「それでは、氏規にその旨を書状で伝えましょう。」

 

「うむ、任せたぞ氏政。それと、さっきから外で聞いているのは分かってるぞお主ら。いい加減に入ってきたらどうだ。」

 

氏康が襖の方を見ながらそう言うと襖が勢いよく開き、

 

「なんだ氏康!分かってたのなら初めから俺たちも加えてくれても良かったのにお前も人が悪いな!!ガハハハ!」

 

豪快な笑い声をあげながら入ってきたのは氏康の義弟にして、『北条五色備え』のうちの1つにして、常勝軍団との呼び声も高い『黄備え』の大将である『地黄八幡』こと、北条綱成であった。

 

「氏康どのが何やら面白そうな話をしていると聞いて綱成について来たらなかなか面白い事になってるみたいだな氏康どの!」

 

「全く・・・。こうなるのが分かってるのならわざわざ盗み聞きをせずとも良かったのでは・・・?」

 

「まあまあ直勝どの、たまにはこういうのも悪くはございますまい。しかし『未来からやってきた9人の女子たち』とは実に興味深いですな。」

 

綱成に続いて入ってきたのは、『赤備え』の大将の北条綱高、次に『青備え』の大将の富永直勝、そして最後に『黒備え』の大将の多目元忠である。どれも歴戦を潜り抜けた北条軍の精鋭たちである。

 

「ほうほう、五色備えが一堂に会するのを見るのは久しぶりじゃのう。しばらく前の松山城攻めの時以来かのう?」

 

五色備えはそれぞれ最前線の要衝の城に配置されているのでなかなか5人揃うことはないのだ。だから幻庵は揃って見るのは久しぶりと言ったのだ。

 

「いえ、幻庵どの。此度は康勝がおりませぬぞ。」

 

「そういえば康勝どのは今、氏規さまの韮山城に詰めてると聞きましたな。今いないのは韮山にて用事があって忙しいとか。」

 

直勝が思い出したかのように言った。

 

「なるほど、それに氏康さまたちの話を合わせれば康勝どのがここにいない理由も辻褄が合いますな。」

 

直勝の話と、仲間たちと一緒に盗み聞いた氏康達の話を合わせて結論を導いたのは元忠であった。彼は氏康の参謀も務めており、五色備えの中では一番頭の頭が切れる男である。

 

「全く、いい歳して盗み聞きなんぞしおって•••。まあ、話は聞いた通りだ。これより韮山から氏規と康勝と康英を伴って未来から来た女子たちをこの小田原に呼び寄せ謁見を行なう。分かっておるだろうがお主らも出席してもらうぞ。」

 

「おいおい氏康、俺たちの仲だろう。そんな水臭いこと言わずとも俺たちは全員出るつもりだったぞ!」

 

「全員出るつもりだったんですか・・・。」

 

氏政が呆れたように言う。

 

「当たり前だろう!その様な面白そうな者たちが来てるというのに見ないでおけるか!」

 

「は、はぁ・・・。」

 

綱成の熱気に氏政は気圧される。

 

「とりあえず五色備えを集める手間は省けた。あとは三家老の者たちを集めれば•••。」

 

三家老とは五色備えを軍団における最高幹部とするなら、内政における最高幹部にあたる五色備えの上位に位置する重臣である。

 

「ああ氏康。憲秀どの達なら既にいるぞ?」

 

「は?」

 

「いや、あっちの方に。」

 

綱成が指差した先の襖を氏康が開けると、

 

「綱成どの!なぜバラすのだ!」

 

「だから私はやめようと・・・。」

 

「綱成どのが調略はできても隠し事が苦手なのは憲秀どのも綱景どのも分かっていただろうに!」

 

下から筆頭家老の松田憲秀、直勝の同僚で江戸城の城代である遠山綱景、そして初代早雲の頃から仕えてきた家柄である大道寺政繁の3人がだるま崩しのように崩れてきた。

 

「全くお前達もか・・・。となると風魔も来てるのではないか?」

 

氏康がため息をつきながら言うと、天井の板が開いて

 

「うむ、呼ばれたから来たぞ。」

 

天井裏から1人の忍びが降りてきた。この忍びこそ、北条家に仕える忍び集団、『風魔党』の首領である風魔小太郎その人である。

 

「お前ら揃いも揃って盗み聞き好きすぎるだろう!!氏政たちは叔父上と一緒に下がれ!そして綱成たちはそこに座れ!今から説教だ!!」

 

綱成を中心とした康勝を除いた五色備えのメンバーと、三家老たちは広間の上座の前に正座させられて説教される羽目になった。その説教はかれこれ二時間ほど続いたという・・・。

 

 

 

 

そして物語の舞台は再び韮山城に移る。氏康たち北条家の当主と重鎮たちの話題の中心となっていた千歌たちは何をしているのかというと・・・。

 

「うあー!!もう無理ー!足痺れたよおー!!」

 

「千歌さん!はしたないですわよ!氏規さんのお父上と謁見するにあたって礼儀作法を身につけるのは大事なのですよ!旅館の娘なら接客する時に正座するでしょうに・・・。」

 

「確かにするっちゃするけどあんなに長く座らないし、そもそもそういうのはだいたいお母さんかお姉ちゃんたちがやってるから私はそんなに正座しないもん!!」

 

千歌たちは、氏康との謁見に備えてダイヤの指導のもと、礼儀作法の勉強をしていたのだが、ご覧の有様である。

 

「まあまあ、千歌ちゃんもだいぶ出来てきてるからその辺にしてあげても・・・。」

 

「いいえ!甘やかしてはダメですわ梨子さん!今度会うのは大名ですのよ!?しかも2、3国も保有している大大名とその重臣たち、今でいうなら規模こそは狭いけど総理大臣クラスの方と会うのなら礼儀作法は徹底して身につけなければ!!もし無作法をしたらどうなることか・・・!」

 

良家の娘であるダイヤは梨子に礼儀作法を身に着けることの意義などを必死に説くが、

 

「でもさーダイヤ、あの氏規さんのお父さんだからそこまで細かいことは気にしないんじゃない?氏規さんはそのへんどうなのか知ってますよね?」

 

三年生組の中でも暴走しがちなダイヤと鞠莉のストッパー役である果南がダイヤと梨子の間に割って入る。

 

「ええ、父上は厳格な方ではありますが、そこまで格式ばったお方でもないですから礼儀作法もほどほどで大丈夫かと思いますよ。」

 

氏規は氏康の人柄を千歌たちに教えた。

 

「ほらー!氏規さんもこう言ってるじゃん!私たちは私たちらしくするのが一番だよ!」

 

「イエス!千歌ちゃんの言う通り!!私たちのアイデンティティーをプッシュするのが一番よ!ほんとダイヤってば頭が硬度10なんだから。」

 

「誰が硬度10ですって!?」

 

「まあまあ、ダイヤさん落ち着くずら。人間何事もありのままで臨むのが一番ずら。ね、ルビィちゃん。」

 

「ま、マルちゃんの言う通りだよお姉ちゃん。私たちらしくが一番だと思うよ・・・!」

 

「はあ・・・。そこまで言うなら仕方ありませんわね・・・。」

 

韮山城で和気あいあいとして過ごしていたAqoursだったが、

 

「氏規さま!」

 

「来ましたか、康勝殿!」

 

「ええ、御屋形さま、そして御本城さまの連署の入った書状です!」

 

小田原から届いた書状が新たな局面へと彼女たちを導く。

 

「御屋形さまって誰だっけ?」

 

「氏規さんのお兄さんの氏政さんだよ!」

 

御屋形さまが誰の事を指しているのかを梨子が教える。

 

「それで、なんて書いてあるんですか?」

 

「ああ、この前に送った書状の返事ですよ。なになに・・・。」

 

氏規が書状を読んでいるのを千歌たちはかたずをのんで見守る。

 

「それで、返事はなんて・・・?」

 

梨子が氏規にたずねると、

 

「兄上と父上からの呼び出しですね。この書状がつき次第、私と康勝どの、康英どのは未来の日の本から来た女子たちを伴って小田原に出仕せよ。と書かれてますね。」

 

遂に氏康、氏政父子からの呼び出しが掛かった。

 

「それで小田原にはいつ出発するんですか?」

 

「そうですね。明日の朝には出発したいですね。」

 

「結構急なんですね。」

 

「ええ、というわけで今日は早めに休んでください。」

 

「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」

 

 

 

遂に関東の覇者である『相模の獅子』、北条氏康とその息子である『若獅子』、北条氏政との謁見が正式に決まった千歌たち!

 

果たして謁見は無事に成功するのか!歴史の歯車が少しづつ乱れ行く中、それは神だけが知っている・・・。




いかがでしたでしょうか?

3話目にしていよいよ相模の獅子、北条氏康と愉快な北条家の幹部たちが登場しました。果たして千歌ちゃんたちは曲者強者揃いのメンバーを相手に無事に謁見することが出来るのか!!

次回はAqoursと伊豆衆による楽しい楽しい小田原珍道中です。乞うご期待です!

あと読み切りについてですが、読み切りはあと2話続いて全部で5話構成になります。


それでは次回もお楽しみください!!


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4話 突撃!風雲小田原城

どうも、截流です!

今回のサブタイトルは「恋になりたいAQUARIUM」を買った人ならピンとくると思いますよ!



今回は小田原城に向かう千歌たち一行の珍道中!そしてまたまた新たなキャラが登場しますよ!

え?キャラが前回から登場しすぎて覚えきれないって?大丈夫です!ちゃんと戦国時代側の登場人物たちの紹介も書きますので、これを機に北条家についても興味を持ってもらえると嬉しいです!!



それではどうぞお楽しみください!!


北条家の最高権力者である、北条氏康とその息子にして現当主である氏政に呼び出され、謁見するために千歌たちAqoursは伊豆韮山城の城主である北条氏規とその補佐役である笠原康勝と清水康英と共に小田原に向かっていた。

 

「さて、皆さん熱海に着きましたよ。」

 

「ここが熱海ですか!!」

 

「やっぱ460年も前になれば雰囲気は違うよね~。」

 

千歌たちは今、熱海の町にいた。

 

「この頃から温泉があったんだね、お姉ちゃん。」

 

「当たり前ですわ!そんな数十年程度で日本でも有数の温泉観光地になれるわけがありませんもの!」

 

「うーん、せっかく温泉があるのになんかちょっと地味すぎじゃない?もっと街並みを派手にしてお客さんを呼ばなきゃだめよ!」

 

「ねーねー、氏規さん!せっかくだから温泉に入っていこうよ!!」

 

千歌が温泉に行こうと誘うが、

 

「温泉に入りたいのはやまやまだが、それがしらは御屋形さまと御本城さま直々の呼び出しを受けているのだ。」

 

「康勝どのの言う通り、今は父上と兄上のもとへ行くのが最優先ですからね。残念ですが温泉はまたの機会に行きましょう。」

 

「ええ~!」

 

康勝と氏規によって提案が却下されたので千歌は不満を漏らす。

 

「まあまあ千歌ちゃん、熱海は別に内浦からも行けるから現代に戻っても行けるよ。」

 

「そうそう、氏規さんが言ってるようにまた行けばいいよ!」

 

そんな千歌を曜と梨子がなだめる。

 

「そういえばおらたちはどこに向かっているずら?」

 

花丸が氏規にどこに向かっているのかを尋ねる。

 

「港ですよ。そこである方と合流する手はずになってるんです。」

 

「ある人?」

 

「あ!みんな見て!大きな船があるよ!!」

 

曜が指さす方向をみんなが見ると、港に大きな船が停泊しているのが見える。ちなみに泊まっている船は関船という中型の軍船である。

 

「あれはノアの箱舟!?まさか日本にもあるなんて・・・!」

 

「流石に違うと思うよ善子ちゃん・・・。」

 

関船を見てノアの箱舟と勘違いするのをルビィが冷静にツッコむ。

 

「どうやら先に来ていたようですな。」

 

「ええ、そうみたいですね。」

 

「もしかして、あの船に乗るんですか?」

 

果南が氏規に尋ねると、

 

「ええ、流石に箱根山を超えるのはお辛いでしょうからこの熱海の港から海路を通って小田原に向かうように、予めに梶原どのに頼んで船を手配してもらったんですよ。」

 

「梶原さん?」

 

「はい。梶原景宗どののことです。彼は元々紀伊の海賊だったのですが、父上がその実力を見込んで水軍を強化するために紀伊から呼び寄せたんです。」

 

「か、海賊なんですか!?」

 

海賊と聞いて果南が驚き、ほかのメンバーも怯えだした。

 

「み、皆さんどうしたんですか!?」

 

急に様子が変わった千歌たちを氏規が心配する。

 

「か、海賊の船に乗って大丈夫なんでしょうか?海賊って他の船の荷物を奪ったりするって言いますし・・・。」

 

「おいおい、ずいぶんひでえ言い草じゃねえのお嬢さん!」

 

氏規が声のする方に振り向くと、氏規の後ろに一人の男が立っていた。

 

「よお、氏規の若旦那!氏康どのから熱海に船を出せって言われたから急いですっ飛んできたが、そのヘンテコなかっこした嬢ちゃんたちは一体何なんだい?」

 

磯の香りを漂わせる少し色黒で顎に無精ひげを生やした男が千歌たちを品定めするようにじろじろ見つめる。

 

「梶原どの、千歌どのたちが怖がるのでその辺にしといてあげてください。彼女たちは父上に招かれたんですよ。」

 

氏規が簡潔に千歌たちの事を説明した。

 

「なるほど、そいつらが氏康どののお客人かい!そいつは失礼したな!!」

 

男は笑いながら千歌たちに謝った。

 

「なんか悪い人じゃないみたいだね、果南ちゃん。」

 

「確かにあっけらかんとしてるけど海賊だしなあ・・・。」

 

果南はまだ男に対する警戒心が解けてないようだ。

 

「おうおう。そこの青髪の嬢ちゃん!なんか俺たち海賊を誤解しちゃいねえか?」

 

「え?海賊って他の船の荷物を奪いながら海で暴れまわってるっていう・・・。」

 

「確かにそういう奴もいるっちゃいるが俺たちは別さ!俺たちや瀬戸内の村上水軍とかは予めに縄張りを通る奴らから通行料を取ってその船を警護するのが仕事なのよ!通行料を払わねえ生意気な連中や縄張りに他の海賊が入ってきたら荷物ぶん捕ったりして沈めちまうがな!」

 

「やっぱり略奪とかしてるじゃないですか!思ったよりはましだけど。」

 

「まあ、氏康どのに雇われてからは相模、伊豆の水軍と一緒に房総半島の里見家の水軍と戦ったり、ここらに来る貿易船の警護をしたりするのが仕事になってるけどな!」

 

男は慌てて今の仕事をつけ足した。

 

「大丈夫ですよ果南どの。私たち北条は何よりも民を大事にしていますから家臣は上のものであっても下のものであっても民に横暴に接したり狼藉を働くことは許しませんからね。彼も傭兵とはいえ例外ではありませんよ。」

 

そう言って氏規は果南たちを安心させる。

 

「怖えよ若旦那・・・。お、紹介が遅れたな。俺は紀伊生まれの梶原水軍の頭領、今は北条家の相模、伊豆の水軍大将の一人を務めている梶原備前守景宗ってもんだ!よろしくな!」

 

男が自己紹介すると、船つながりで曜が彼に食いついた。

 

「ねえねえ!水軍の頭領って言ったら梶原さんも船長なんだよね!?」

 

「お、おう?如何にもそうだが、お嬢ちゃんも船に興味があるのか?」

 

「曜ちゃんはお父さんがフェリーの船長さんで曜ちゃんも将来は船長になるのが目標なんだ!」

 

曜のテンションに戸惑う景宗に曜のテンションが急に上がったワケを千歌が説明した。

 

「なるほど。フェリーってのは何だい?」

 

「フェリーっていうのはたくさんのお客さんや荷物を運ぶ船なんだ!」

 

「なるほど、関船みたいな軍船じゃなくて人とモノを運ぶ船か。俺も商人と荷物が乗った船を駆った事はあるが、軍船に乗ってるのが性に合ってるからな・・・。俺とお前の目指す『船長』ってのは少しばかり勝手が違うぜ?」

 

「それでもいいよ!立派な船長になるためには経験が必要だからね!!」

 

曜は目を輝かせながら景宗の言葉に応える。

 

「・・・へっ!いい目してるじゃねえか。分かった、今は仕事があるから無理だがまた会うことがあればお前に海とは、船とは何たるかを叩き込んでやるぜ!」

 

「うん!約束だよ!」

 

曜と景宗はそう言って拳を突き合わせた。ここに時代を超えた友情が生まれた。

 

「おっし!じゃあ若旦那たちと嬢ちゃんたちはさっさと乗り込んでくれ!!野郎ども!客人が乗り込み次第、今すぐ出港だァ!!!」

 

「「「うおおおお!!!」」」

 

こうして千歌たちは景宗の関船に乗り込み、小田原に向かって出発した。

 

 

 

 

 

そして、千歌たちが熱海の港を出てから2時間ほど経った頃・・・。

 

「あっ!見えてきたよ!あれが小田原かな?」

 

「ええ、そうですよ千歌どの。あれが父上と兄上が治める小田原の城下町ですよ。」

 

千歌の言葉に氏規が応えた。

 

「でも、昔の船とはいえ案外快適ですのね。」

 

「もうちょっと揺れるかと思ってたよ~。comfortable(快適~)!」

 

「はっは!俺たち北条水軍の操船技術を侮るなよ!速さも快適さも抜群だぜ!」

 

ダイヤと鞠莉の言葉に景宗が笑いながら反応した。

 

「うむ、景宗どのが来てくれたおかげで我ら北条水軍の練度が大幅に上がったのは事実だしな。」

 

康英が景宗の言葉に大きく頷いた。

 

「そっか。康英さんも水軍の大将の一人なんだっけ。」

 

「さあ、お客人たち!そろそろ小田原に到着するぜ!」

 

 

 

 

 

 

千歌たちは船から降りた後、景宗と別れて氏規たちと一緒に小田原城に向けて歩いていた。

 

「うわあ~!ここが小田原の町か~・・・!」

 

「すっごい賑やかな町ずら~・・・!」

 

「そりゃそうですよ。この小田原は『西の山口、東の小田原』と称されるほどに、この日の本で最も栄えてる町ですからね!まあ、去年に上杉謙信が小田原に攻め寄せたときに荒らされてしまったので復興させてたんですがそう言っていただけて何よりですね。」

 

小田原の町を見てその賑やかさに驚いたルビィと花丸に小田原について説明した。

 

「え!ここで戦争があったんですか?」

 

「ええ、越後の上杉謙信が我ら北条を攻め滅ぼすために10万人の大軍を連れてここまで来たのですが、父上と兄上は民と兵を小田原城に引き入れて籠城戦に持ち込んだのです。」

 

「10万人!?そんな大軍に勝てるの!?」

 

千歌はその人数の規模に驚いた。

 

「ええ、確かに野戦を挑めばひとたまりもありませんが、籠城戦に持ち込めば相手は城を囲むのに大量の兵糧が必要になりますからそれほど長くは囲んでいられませんからね。それに風魔小太郎どのの忍び集団が上杉家の兵糧を奪ったりしたおかげで上杉軍を退けることができました。」

 

「上杉謙信と言えば戦いの天才で現代では軍神とも称されているほどの方なのに、それを退けるなんてなかなかできることじゃないですわね・・・!」

 

「しかもそんな人が10万人も兵士を連れてきてるんだから追い返すのはすごく難しいよね。氏規さんのお父さんってよっぽどすごい人なんだろうな。」

 

「確かに父上の力量もありますが、上杉を退けたのは我々北条家の者たちが君臣一体で戦ったからだと思っています。敵は確かに数は多いですが、いろんな考えを持った大名や国衆が集まった烏合の衆ですから足並み自体はバラバラだったんですよ。いくら数を恃んで攻め寄せようとも一致団結した相手には勝てない、ということです!」

 

「へえ~、まるで私たちみたいだね!」

 

氏規の言葉を聞いた千歌は、北条家の団結力とAqoursの一体感を重ねた。

 

「私たちみたいってどういうこと?」

 

曜が千歌にその意味を聞くと、

 

「だって私たちは性格とかはバラバラだけど力を合わせて練習とかライブとかいろいろ頑張ってるじゃん!だからそう思ったんだ!」

 

「千歌ちゃん・・・!」

 

「確かに、千歌どのたちの仲の睦まじさは見ているこっちも笑顔になってくるほどですからね。」

 

氏規は千歌の言葉に微笑みながら頷く。

 

「氏規さま!『あくあ』の面々も、そろそろ小田原城に到着しますぞ!」

 

千歌たちの一歩先を歩いている康勝が氏規に声をかけた。

 

「ようやくつきましたね。皆さん!ここが我ら北条家の本拠地である小田原城です!!」

 

「「「「「「「「「うわああ~~!!」」」」」」」」」

 

千歌たちは小田原城の威容を見て驚いた。

 

この頃(だいたい永禄2年)の小田原城は現在に知られる城を城下町ごと囲みこんだ全長9キロに及ぶ土塁や堀の『総構え』はまだ存在していなかったが、それでも韮山城に比べると規模が大きいので、彼女たちが驚くのも無理もない話である。

 

 

「北条氏規さまご一行の到着だ!開門!!」

 

門番たちが氏規たちを見て門を開けた。

 

「うわ~!中も広いね~!!」

 

「そりゃあ、見掛け倒しじゃないだろうからね。」

 

千歌たちは門の中に入ってからも、その広さに驚きっぱなしだった。

 

「そういえばこのまま直接氏康さんたちに会いに行くのかな?」

 

「いえ、千歌どのたちは一度本丸にある兄上の屋敷に行ってもらいます。」

 

「兄上って氏政さんのこと?」

 

「ええ、現在の当主は兄上ですからあなた方は兄上の客人という扱いになりますからね。」

 

「氏規さんはどうするの?」

 

「私は父上と兄上に挨拶をしてから千歌どのたちを謁見の場へ連れていくことになっております。」

 

「あれ?お兄さんは屋敷にいるんじゃないの?」

 

「氏政さんは当主なんだから仕事してるんだと思うよ?」

 

果南が千歌の指摘にツッコミを入れた。

 

「着きましたよ。ここが兄上の、北条家当主の屋敷です。」

 

「うわあ~!すごい立派な屋敷だね!!」

 

「やっぱ大名の屋敷となると迫力が違うね・・・。」

 

そして千歌たちは氏規の案内で屋敷の客間に通された。

 

「それでは、私はいったん失礼しますね。また後で。」

 

氏規はそう言って父と兄のもとへ向かっていった。

 

「しっかし、まさか大名とご対面することになるなんてね~。」

 

「そもそも戦国時代に迷い込むこと自体絶対にありえない事態だと思いますわ。」

 

果南が感慨深げにつぶやくがダイヤが冷静にツッコミを入れた。

 

「大丈夫かなあ。私、なんか失礼な事とかしちゃわないかな?」

 

「大丈夫だってルビィちゃん。ありのままで行けば大丈夫ずら。」

 

「そうよ!あなた達が心配する必要はないわ!このヨハネの悪魔の誘惑でこの城のみんなをリトルデーモンにして私たちの眷属にしてあげちゃうんだから!」

 

「・・・なんか急に心配になってきたずら。」

 

「ルビィも。」

 

「ちょっと!二人ともどういうことよ~!!」

 

「ほんとすごいよね~!こんな歴史上の人たちと目の前で話ができるなんて二度と出来そうにないよね!!」

 

「まあ当分、その人たちと一緒に過ごすことになるんだけどね。」

 

「あはは・・・。」

 

千歌たちはこれから一国の主とその重臣たちとの謁見を行う前とは思えないほど和やかな、いつも通りの日常のような状態で客間でくつろいでいた。

 

「あう~。」

 

「うん?梨子ちゃん、今なんか言った?」

 

「ううん。私は何も言ってないけど?」

 

「おかしいな。今なんか聞こえた様な気がしたんだけど・・・。」

 

「だあ~。」

 

「ほらまた聞こえた!」

 

「ほんとだ。襖の向こうから聞こえたけど誰かいるのかな?」

 

「千歌ちゃん、曜ちゃん、あまりいろんなところに触らない方が・・・。」

 

梨子は声が聞こえる襖の方に行く千歌と曜を注意するが、

 

「大丈夫だって、襖を開けるだけだからさ!」

 

「そうそう、開けるだけだから平気だって。」

 

そう言って曜が襖を開けると、

 

「あう~。」

 

「え?」

 

「これって・・・。」

 

「赤ちゃん?」

 

なんと千歌たちの目の前に、まだ立つことができないであろう赤ん坊がいたのだ。

 

「なんの騒ぎですか千歌さんって・・・、その赤ちゃんはいったい・・・?」

 

騒ぎを聞きつけてやってきたダイヤは状況が読めずに固まり、

 

「ワオ!赤ちゃんだ~!so cute!!」

 

「誰の赤ちゃん?かわいい~!」

 

鞠莉と果南は赤ん坊を見てはしゃぎ、

 

「うわあ~・・・!ちっちゃくてかわいい~・・・!」

 

「どこから来たんだろう?それにしてもかわいいずら~。」

 

「あら、かわいらしい赤ちゃんね!せっかくだからこのヨハネの悪魔の洗礼を・・・!」

 

「「それはダメ(ずら)~!!」」

 

赤ん坊に洗礼(?)しようとする善子をルビィと花丸が止めようとしたりするなど、客間は混沌とした状態になっていた。

 

「でもこの赤ちゃん、誰の子なんだろう。」

 

千歌が赤ん坊を抱っこしながら途方に暮れていると、

 

「はあ、はあ、見つけましたよ国王丸!急にいなくなるから心配したんですからね・・・って、どちら様でしょうか?」

 

廊下の方から、千歌たちより少し年上と思われる女性が足早にやってきた。その女性を見て千歌はただ一言、

 

「お姫様だ。」

 

と呆然としながら言った。

 

 

 

 

 

 

「すいません、うちの国王丸が皆さんに迷惑をおかけして・・・。」

 

赤ん坊の親と思われる女性が千歌たちに頭を下げると、

 

「いえいえ、そんな迷惑だなんて!」

 

「そうですよ、たまたま襖の外から声が聞こえるなって思って開けてみたらその子がいただけなんで。」

 

千歌と曜はあわてて言った。

 

「それにしても、千歌さんたちは不思議な格好をしてらっしゃるんですね。」

 

女性はまじまじと千歌たちの制服を見つめた。

 

「これが私たちの時代の服なんで・・・。氏康さんと氏政さんに会いに行くにはこの服を着ていったほうがいいかな~なんて思いまして・・・。」

 

千歌が照れながら説明すると、

 

「まあ、あなた達が氏政さまの言っていた『未来の日の本からやってきた女子たち』なんですね!あ、そういえばまだ私の自己紹介がまだでしたね。私は北条家当主である北条氏政さまの正室の梅と申します。そしてこの子は氏政さまと私の子の国王丸と言います。」

 

そう言って梅は軽く頭を下げながら自己紹介をした。余談というか、分かる人には分かると思うが、彼女はのちに『黄梅院』と呼ばれる女性で、国王丸はのちに北条五代の最後の当主となる北条氏直のことである。

 

「正室ってなに?」

 

千歌がそういうと、

 

「正式な妻ということですわ。この頃の武士や貴族たちは一夫多妻制でしたからね。」

 

博識であるダイヤが説明した。

 

「ということは梅さんって大名の奥様!?」

 

「というかなんで梅さんが私たちの事を知ってるんですか?」

 

「何故あなた達の事を知っているか、ですか?それは氏政さまからあなた達の事を聞いているからですよ。」

 

梅が言うにはAqoursの事は氏政から聞いているそうだ。

 

「氏政さんからですか?」

 

「はい、氏政さまは私にいろんなことを教えてくださるんです。和歌の事やこの関東の事とか色々と・・・。もちろんあなた達が何百年も先の日の本からやってきたことも、ですよ。」

 

梅は楽しそうに笑いながら千歌たちに話した。

 

「梅さんは私たちの事を聞いて疑わなかったんですか?普通なら未来からやってきたなんて話は信じないと思うんですが・・・。」

 

曜が梅にそう聞くと梅は首を横に振った。

 

「確かに最初はそんな事はあり得ないって思っていましたが、氏政さまは嘘をつくことが苦手なお方ですし、私には一度も嘘をついたことがありません。それに熱心に話してくださる姿を見れば本当の事だと分かりますから。」

 

と梅は答えた。

 

「梅さんは本当に氏政さんの事を信頼してらっしゃるんですね。」

 

梨子がそういうと、

 

「はい。氏政さまはまだこの国に嫁いだばかりでまだ何も分からなかった私に優しく接してくださいましたし、最初の子や国王丸が生まれた時もとても喜んでくださいました。」

 

「国王丸君にはお兄ちゃんやお姉ちゃんがいたんですか?」

 

千歌がそう聞くと、

 

「・・・。上の子は新九郎というのですが、2歳で夭折してしまいました。」

 

知る人ぞ知る話だが、北条氏直には兄がいたのだが(兄が生まれたのは1555年でまだ氏直は生まれていないが。)、たった2歳という若さでこの世から去っている。余談ではあるが氏政も長男ではなく次男で、氏政も兄に先立たれているのだ。

 

「あっ・・・。ごめんなさい!辛いことを思い出させちゃって・・・。」

 

「いいんですよ千歌さん。そんな悲しいことも氏政さまとの大切な思い出の一つなんですから・・・。それにあの頃はまだ13歳でまだまだ未熟だったんでしょうしね。」

 

「なんて素敵な夫婦愛ずら・・・!」

 

「うん!そうだね花丸ちゃん・・・!」

 

「ヨ、ヨハネはこんなことで泣かないんだから・・・!」

 

一年生が黄梅院と氏政の夫婦愛に感動して涙ぐんでいたが、

 

「え!?13歳で出産したんですか!?」

 

千歌たちは驚いた。むろん、一年生たちも衝撃的な事実を聞いて涙が引っ込んでしまったのは言うまでもない。

 

「この時代では16、17歳にもなれば大人とは聞いていましたがそれでも早すぎですわ!!」

 

「え?千歌さんたちの時代は違うのですか?」

 

梅がきょとんとして聞くと、

 

「違いますよ!女の子は16歳で結婚できるって言いますけど、20歳になるまで親の許可を取らないといけませんし!」

 

「というか梅さんは何歳で氏政さんに嫁いだんですか!?」

 

「え?確かあの時はまだ12歳で、氏政さまは17歳でしたよ。あ、私は今20歳ですよ。」

 

食い掛かるように質問する千歌たちに対して梅は平然と答えていた。これぞまさにジェネレーションギャップとでもいうべきであろうか。

 

「しょ、小学生と高校生が結婚・・・!」

 

「ま、まあ、この時代はまだ今みたいに80歳とか70歳まで長生きする人は全然いないみたいだし、いつ死んじゃうかわかんないから早いうちに子供を作るのはこの時代では常識なんじゃないかな。」

 

そう言って果南はみんなをなだめた。彼女の言う通り、この時代ではこれが常識なのだ。もっとも、前田利家が21歳で12歳であった妻のまつを孕ませたなんて話を聞いたらダイヤなんかは卒倒してしまうであろう。

 

「そんな話は置いといて、千歌さんたちは『あいどる』という方たちだと聞いているのですが、『あいどる』とは何をする方たちなのですか?」

 

と梅が聞くと、千歌が食いついた。

 

「アイドルっていうのは歌や踊りで人を楽しませる人たちの事なんです!!」

 

と得意げに説明した。

 

「まあ、能楽師のようなものなのですね。よかったら一度その歌と踊りを見せてもらってもよろしいかしら?」

 

と梅が頼むと、

 

「もちろんいいですよ!!」

 

と千歌が言うと、曜が千歌の袖を引っ張って、

 

「ストップ!これから私たち氏康さんと氏政さんに会いに行くんだよ?それにここじゃ狭くて踊れないでしょ?」

 

と千歌を制止させる。

 

「そうでした。千歌さんたちは氏政さまとお義父さまにお呼ばれされていたんでしたね。では歌と踊りはまた後の機会に。」

 

と梅が言うと、

 

「『あくあ』の皆様方!謁見の準備が出来ましたので来てください・・・って義姉上どの?こんなところで一体何を?」

 

氏規が直垂(当時の武士の正装)を着て入ってきた。

 

「あら、氏規さま。今はこの千歌さんたちと国王丸と一緒にお話をしてたんですよ。」

 

「そうだったんですか。相変わらず千歌どのたちは人と仲良くなるのがお上手ですな。」

 

「それが氏規さんたちの制服なんだ~。なんかかっこいいね!」

 

「いやあ、それほどでもないですよ千歌どの・・・ってそんなことを言ってる場合じゃありません!父上と兄上たちがお待ちですから早く行きますよ!」

 

氏規がそういうと、

 

「みなさ~ん!頑張ってくださいね!」

 

と梅が千歌たちを応援した。

 

「はい!じゃあみんな、氏康さんたちの所に行こうか!」

 

「「「「「「「「おお!!」」」」」」」」

 

 

 

 

遂に千歌たちAqoursと北条氏康と氏政、そして北条家の重臣たちが小田原城にて一堂に会する時が来た!千歌たちは気を引き締めて氏康たちの待つ大広間へ向かう!!

 

果たしてこの時代を超えた出会いはいったい何を生むのだろうか・・・。




いかがでしたでしょうか?


珍道中とか言っておきながら半分程度しか道中を書いていないって?こまけえこたあ(以下略。

今回もまた個性的な人物が登場しました!これから敵味方含めてどれくらいの人物が登場するのやら・・・。それもまたこの作品の醍醐味なので楽しんでいただけると幸いです!!



そして、次回はついに序章最終回!

果たして千歌ちゃんたちは無事に謁見を成功させることは出来るのか!?それは読者のみなさん自身の目でお確かめください!!



それでは次回もお楽しみください!!


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5話 獅子との対峙

どうも、截流です!

遂に迫るAqoursと北条氏康の会談、果たして千歌たちは氏康たちに認められるのか!?

その結末をその目に焼き付けろ!!




それではどうぞお楽しみください!!


遂に、千歌たちAqoursと、北条氏康、氏政父子とその重臣達との謁見の時がやって来た。

 

千歌達は氏規の案内で謁見の場である大広間に向かい、大広間の目の前にいた。

 

「うう、流石に緊張してきたな…!」

 

どうやら流石の千歌もこれから謁見が始まるとなるといつものノリと勢いはどこかに消え失せ、緊張していた。まだ17歳の高校生だから無理もない話ではあるが。

 

「大丈夫ですよ。作法の練習もちゃんとできてましたし、あとは胸を張って、貴女たちらしくしていればうまくいきますよ。」

 

氏規は千歌にフォローを入れた。

 

「氏規さんの言う通りだよ千歌ちゃん。」

 

「そうそう、私たちは私たちらしくだよ!」

 

曜と梨子も氏規に続いて千歌を励ます。

 

「そうだよね…。うん、そうだよ!私たちは私たちらしくしているのが一番だよね!」

 

仲間たちの激励で千歌はいつも通りのペースに戻った。すると部屋の脇から小姓が現れ、氏規に何かを耳打ちした。氏規はそれを聞いて頷き、千歌たちに声をかけた。

 

「皆さん、謁見の準備が整ったようです。襖が開いたら私に続いて入ってきてください。」

 

「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」

 

氏規の言葉を受けて、千歌たちは小声で返事をし、背筋を正した。

 

次の瞬間、襖が開いた。そして、氏規が歩き出すと同時に千歌たちもそれに続いて歩き出した。

 

部屋には上座の真ん中に若者が1人と、その両脇に老人と顔に二つの切り傷を持つ、壮年の男が座っていた。そして部屋の左右には重臣たちが十数人ほど並んで座っていた。

 

氏規が言うには、この謁見に参加しているのは当主の氏政と隠居の身ではあるが最高権力者である北条氏康と、一族のご意見番である北条幻庵。そして氏政の弟である氏照と氏邦、最高幹部である三家老と五色備えの大将たち、そして北条家における内政の最高決定機関とも言える評定衆のメンバーと、その他の重臣が数人ほど、といったそうそうたる面々であった。

 

もちろん康勝は五色備えの大将の1人として、康英も評定衆の1人として顔を出していた。

 

そんな歴戦の猛者や、知力に長けた知将に、政治力に優れた文官達による彼女達の器を見極めるための品定めをするような視線に晒されながらも千歌達は堂々と氏政のもとへ近づく。

 

多くの人からの視線には流石はスクールアイドルをやっているだけあって、みんな慣れている様子だった。

 

氏規に続いて歩いて、氏政の前に着いた千歌たちは氏規に続いて座った。全員が座ったあとに氏政が口を開いた。

 

「私がこの北条家の4代目当主の北条左京大夫氏政である。お主らが、未来の日の本からやってきたという『あくあ』の一団であるか?」

 

「はい!私たちがスクールアイドル、『Aqours』です!」

 

千歌が氏政の問いに答える。

 

「ふむ、では名を名乗られよ。」

 

氏政が千歌たちの名を聞く。

 

「私がAqoursのリーダーの高海千歌です!」

 

「渡辺曜です!将来は立派な船長になるために頑張ってます!」

 

「えっと、桜内梨子です。」

 

「松浦果南です!」

 

「イタリア系アメリカ人と日本人のハーフの小原鞠莉よ。気軽にマリーって呼んで♡」

 

「黒澤ダイヤですわ。以後お見知りおきを。」

 

「同じく黒澤ルビィです・・・。よろしくお願いします・・・。」

 

「おら・・・じゃなくて私は国木田花丸です。」

 

「私は堕天使ヨハネよ!あなた達はこのヨハネがリトルデーモンにしてあげるわ!」

 

メンバー全員の名乗りが終わったが、

 

「よ、ヨハネとはいったい・・・?」

 

「な、南蛮人のような名乗りだが・・・。」

 

「まんま日の本人なんだよなぁ・・・。」

 

善子のいつもの名乗りを聞いて北条家の一門や家臣たちは戸惑っていた。

 

「その、ヨハネというのは一体なんなのだ?」

 

「ヨハネというのは私の堕天使としての・・・!」

 

善子が意気揚々と説明するが、梨子が善子の口を塞いで、

 

「この子は本当は津島善子っていう名前なんです。」

 

「むぐー!(リリー!何するのよー!!)」

 

「よっちゃん、それ以上は収拾がつかなくなっちゃうから・・・!」

 

「では津島どのは善子とヨハネと、どっちが真の名前なのだ?」

 

氏政が問いかける。

 

「えーっと・・・。」

 

梨子が返答に困っていたが、

 

「ヨハネというのは、洗礼名のようなものですわ。」

 

ダイヤが梨子に代わって氏政に説明する。

 

「洗礼名、ということはこの者は最近西国で流行っているというキリシタンというものか?」

 

「はい、そのようなものですわ。」

 

ダイヤは氏政の言葉に真正面から受け応えた。

 

「ちょっとダイヤ!私はキリシタンなんかじゃないわよ!なんで私が敬虔な神のしもべみたいになってるの!私は堕天使で・・・!」

 

「まあまあ、お姉ちゃんがうまくまとめてくれたから・・・。」

 

納得がいかない様子の善子をルビィがなだめた。

 

「それで、お主ら『あくあ』はどこからやって来て、何をするためにこの時代に来たのだ?」

 

「お待ちください兄上!そのことに関しては書状に書いて送ったではありませんか!」

 

氏規が氏政の千歌たちへの問いに反論するが、

 

「氏規よ。確かに私たちはこの娘たちが未来から来たことを知っているが、ここにいる者たちにはそのことをまだ知らない者や完全に信じてない者たちもいるのだ。ここではそれを証明せねばならんのだ。」

 

氏政はそう氏規に返した。

 

「えっと、私たちは内浦の長浜城跡地の公園で練習をしていたんですが辺りが急に光りだして気づいたらこの時代に来ちゃってたんです。」

 

果南が氏政にどうしてこの時代に来たのかを説明した。

 

「内浦?それはどこなのだ?」

 

氏政が内浦の場所を聞くと、

 

「内浦というのは我が興国寺城の近くにある寂れた港町ですな。長浜城という城は存在しませぬが・・・。」

 

氏政の疑問に答えたのは沼津にある北条家の始まりの城である興国寺城を守っている重臣、垪和 氏続であった。

 

「長浜城という城の跡がお主らの時代にある、というわけか。」

 

「はい。」

 

「氏続、内浦に長浜という場所はあるのか?」

 

「ええ、確かにありますな。見晴らしが良く、水軍の拠点に適しています。」

 

「なるほど。ではいずれかそこに城を建てよう・・・じゃなくて、氏続が言うには間違いないようだな。我らが知らぬ城づくりに適した場所を知っているのは見事なものだな。」

 

氏政は氏続の答えを聞いて満足げにうなずいた。

 

「それでは次の話だが・・・。」

 

氏政が次の質問を千歌たちにしようとすると、

 

「そこまででいいであろう氏政。」

 

氏政の隣で無言で座っていた氏康が口を開いた。

 

「しかし父上、彼女たちが本当に未来から来たということを皆に証明せねば・・・。」

 

「もうよいではないか。この者たちは我らにとって利のある情報を未来から持ち込んでくれた。それだけで十分よ。それに、わしからも聞きたいことがあるのでな。」

 

そう言って氏康は氏政と座る場所を入れ替えた。

 

「さて、これでこの者たちが未来から来たということは疑いのない事実。皆の者も納得したな?」

 

氏康が家臣たちに聞くと、

 

「待てよ親父、こいつらが本当に未来から来たってことは俺たち北条家の未来や未来の関東について何か知ってるだろうからそれを聞いた方がいいんじゃないか?」

 

氏規の三人目の兄である氏邦が氏康に提案した。

 

「慌てるでない氏邦、それは今わしが聞こうとしておったというのに。まあよい、お主らが本当に未来から来たということはわしら北条家がどうなってるのかどうか、そして未来の関東、いや日の本がどうなっているかを教えてもらいたいのだが、いかがかな?」

 

氏康は千歌たちを真っ直ぐに見据えながら問いかけた。千歌はそれに、

 

「未来の日本は武士とか貴族はもういなくなっちゃってるけど、すごく豊かで平和で明るい国になってますよ!!」

 

明るく答えた。

 

「武士と貴族がいないというのはどういうことだ?」

 

「それは私たちの生まれる130年ほど前に日本で大きな革命が起きて、その時に武士や貴族、農民といった身分が無くなって平等な世の中になったのです。」

 

氏康の更なる質問にはダイヤが答えた。

 

「なるほど、では関東はどうなっておるのだ?」

 

「関東は日本の中心になってて本当にすごいんですよ!」

 

「私たちの時代では日本の中心は京都じゃなくてとうきょ・・・じゃなくて江戸になってるんです。」

 

梨子が千歌に続いて答えた。

 

「ほう・・・、江戸が日の本の中心か・・・。」

 

「やったな綱景どのに直勝どの!お主らの江戸開発が400年かけて報われたのだな!!」

 

わきに並んでいた綱成が両隣に座っていた遠山綱景と富永直勝の肩を叩いて喜んだ。綱景と直勝も満更でもない顔をしていた。

 

「うむ、未来の日の本については分かった。ではもう一つ、我ら北条家はどうなったのだ?」

 

「え・・・、それは・・・。」

 

ダイヤが思わず口籠る。北条家が数十年後に攻め滅ぼされるなんて口が滑っても言えるわけがなかったからだ。

 

「言えぬ理由があるのか?」

 

氏康の鋭い眼が千歌たちを見据える。しかし千歌はみんなの前に出て、

 

「はい、私たちには言えません!」

 

とはっきり言った。

 

「それは何故か?」

 

氏康が千歌に問う。ただ質問してるだけだというのに、その姿からほとばしる威厳はまさに、相模の獅子の異名に相応しい覇者の気迫であった。

 

「もし私たちが北条さんたちの未来を教えちゃったら歴史が変わっちゃうかもしれないからです!」

 

千歌は氏康の気迫に負けずに言い放った。

 

「歴史が変わる・・・だと?」

 

「はい、もし歴史が変わっちゃったら私たちは生まれてこなかったかもしれないし、Aqoursのメンバーが集まることもなくなっちゃうかもしれないんです。歴史が変わってみんなが離れ離れになっちゃうのは嫌なんです!!」

 

千歌の言葉にみんなが無言でうなずく。

 

「仲間を思う気持ちを取るか・・・。はははは!!天晴れだ高海千歌。そしてその仲間たちよ、このような仲間を持つことができたお主らは真の果報者よ。皆の者もこの娘のように仲間を思う気持ちを忘れるでないぞ!!」

 

氏康は笑いながら千歌たちに賞賛の言葉を贈った。氏康の家臣たちも千歌たちに喝さいを贈った。

 

「え?え?」

 

千歌は訳が分からない様子だった。

 

「父上、兄上、一体どういうことですか?」

 

氏規も状況が呑み込めず、氏康と氏政にどういう事かたずねた。

 

「すまんな氏規、わしらはこの娘たちを試しておったのだ。」

 

「試す、ですか?」

 

「ああ、私は氏規にも伝えた方がよいのではと言ったのだが、それでは氏規が入れ知恵をしてつまらなくなるではないかと言って聞かなかったのだ。」

 

「え、じゃあ千歌殿たちを謁見の結果次第でここに留め置くかを決めるというのは・・・。」

 

「嘘じゃ。このような小娘たちを放り出しては北条の信念に反するではないか。それに試していたのは別の事よ。」

 

「え、私たち試されてたの?」

 

曜が驚いた。

 

「ほほほ、氏康も人が悪いのお。」

 

氏康の隣に座っていた幻庵がからからと笑う。

 

「うむ、わしらが試していたのはお主らが北条の客将に相応しいか、ということじゃ。」

 

「あの、客将というのは何ですか?」

 

梨子が氏康に質問をした。

 

「客将というのはその名のとおり、客分として扱う将のことだ。」

 

「ということは・・・。」

 

「うむ、お主ら『あくあ』は本日この時よりわが北条家の一員となる、ということだ。」

 

「「「「「「「「「ええええ~~~~!!?」」」」」」」」」

 

千歌たちは驚いた。

 

「もちろんただ働きとは言わない。お主らが元の時代に戻るための方法を探すのも最大限に手伝うことも約束しよう!」

 

驚く千歌たちに氏政が笑顔で告げた。

 

「どうするの千歌ちゃん?」

 

「私は楽しそうだからいいと思うけどな。」

 

「そんな事ではいけませんわ!大大名に仕えるならそれなりの・・・!」

 

梨子を筆頭にAqoursのメンバーが北条家の家臣になるかを議論していたが、

 

「はい!私たちAqoursも皆さんのお手伝いをします!」

 

と千歌が氏康と氏政に向けて宣言した。

 

「そうか。では皆の者!今日からこの娘たちも我ら北条家の仲間だ!!ともに団結してこの関東に民と武士たちの理想郷を作り上げようぞ!」

 

と氏康が言うと、

 

「「「うおおおおお!!!」」」

 

その場にいた家臣たちが皆、同意の意を込めて鬨の声を上げた。

 

「なあ千歌殿、一つ頼みがあるのだがよいか?」

 

氏康が千歌に声をかけた。

 

「なんですか?私たちにできることなら何でもしますよ!」

 

「そなたらは歌と踊りで人を楽しませる『あいどる』という者らしいが、ぜひともわしらにお主らの歌と踊りを見せてもらえるかな?」

 

なんと氏康がこの城でライブをやってほしいと頼んできたのだ。

 

「もちろんいいですよ!みんな~!これからライブをやるから準備するよ!!」

 

 

 

 

そして小田原城の中庭では、氏康たち北条家の人たちが床几に座り、侍女や下人たちも茣蓙を敷いて見ていた。

 

「にしてもずいぶん変わった服をしているな~あいつら。」

 

「ああ、腕と足をあそこまで露出しているとは未来の日の本の奴らの貞操ってどうなってるんだろうな・・・!」

 

綱成と綱高は千歌たちの衣装を見ながら呟く。

 

「そりゃあ、400年も経てばものの考え方も変わるだろう。綱成どのも綱高どのもはしたないからやめたらどうだ。」

 

「まあまあ、いいではないですか直勝どの。アイドルというのは歌と踊りだけでなく見た目でも人を楽しませるものなんですから。」

 

「と言いつつ直勝どのもチラチラ見てますよね。それがしは直勝どのののそういう所、嫌いではないですよ。」

 

直勝は綱成と綱高をたしなめつつも、千歌たちの衣装を見て少し興奮していた。康勝はそんな直勝を宥め、元忠は直勝をからかっていた。

 

「まったくあやつらめ、どこを見ているのだ・・・。」

 

氏康はそんな五色備えの面々を見てため息をつく。

 

「ははは・・・。まあ、皆それだけ初めて見る『あいどる』の『らいぶ』とやらを楽しみにしてるんですよ。あ、そろそろ始まるみたいですよ。」

 

氏康たちが話している間に、千歌たちは準備を終えてフォーメーションについた。

 

「それでは北条家の皆さん!私たちAqoursのライブを楽しんでいってください!!」

 

千歌がそう言い終えると、氏規が千歌たちから離れた場所でCDの音楽を再生させて、千歌たちのライブが始まった。

 

 

 

 

そして、曲が終わり、

 

「「「「「「「「「皆さん、ありがとうございました!」」」」」」」」」

 

と千歌たちが言うと、見ていた人たちは喝采を贈った。

 

 

 

「これが『あいどる』の歌か・・・!」

 

「なんか能に比べて騒がしいなあ。」

 

「馬っ鹿野郎!この騒がしさがいいんだろ!」

 

「確かに騒がしいけど、なんか元気が湧いてくるよな!!」

 

「分かる分かる!なんか楽しい気分になってくるわよね!」

 

「あの子たちはなんていう一座なんだ!?」

 

「確か『あくあ』ってさっき言ってたような・・・!」

 

「いいぞー『あくあ』の嬢ちゃんたちー!!」

 

 

 

感想自体は千差万別だが、みんなが千歌たちに好意的な感情を持っているのが千歌たちにも伝わった。

 

「『あくあ』のみなさーん!!」

 

梅が千歌たちに向かって走り寄ってきた。

 

「あ、梅さん!」

 

「千歌さんたちの歌と踊り、すごく素敵でしたよ!国王丸も喜んでますよ~!」

 

梅に抱きかかえられている国王丸も笑顔を見せていた。

 

「喜んでもらえて何よりです!!」

 

「未来の日の本の方はこんな素晴らしいものを見れるのですね~。」

 

梅と千歌が話していると、氏政が走ってきた。

 

「梅~!急に走っていくからびっくりしたぞ。梅はこの者たちと知り合いなのか?」

 

「はい氏政さま。先ほどの謁見の前に、国王丸が引き合わせてくれたのです!」

 

「国王丸が?千歌どの、それは本当なのか?」

 

「はい、私たちが部屋で待ってたら部屋の外に国王丸君がいて・・・。」

 

「なるほど、そういうことだったのか。」

 

「はい、それでいろいろお話して千歌さんたち『あくあ』の皆さんとは仲良しなんです!」

 

楽しそうな梅の表情を見て氏政は、

 

「そうか。梅が楽しそうならそれでいいんだ。千歌どのたちも梅と仲良くしてもらえると嬉しいな。」

 

「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」

 

千歌たちが答えると、

 

「いやはや見事なものであった。能が『静の舞』であるならお主らの踊りは『動の舞』というべきだな。」

 

と言って氏康がやってきた。

 

「お主らの踊りは我らの知っているものとは何から何まですべてが違っていたが、これだけの者たちの心を掴むことができるとは実に見事である。図々しいようだが、たまにで良ければ城下の民や、わが領内の村々でもライブをやって、民たちを楽しませて欲しいのだがどうかね?」

 

氏康がそう聞くと、

 

「はい!ぜひやらせてください!!私たちの歌やダンスでみんなを喜ばせられるなら私たちも嬉しいです!!」

 

千歌が嬉しそうに答えた。するとさらに二人の若者がやってきた。

 

「素晴らしい曲であった。私も感動したぞ・・・ってまだ名乗っていなかったな。私は氏康が三男の氏照という。もしよろしければあなた方の歌を私の笛で奏でてみたいのだがよろしいかな?」

 

「俺は氏政兄貴と氏照兄貴の弟で氏規の兄の氏邦だ!!お前らのさっきの『らいぶ』で最初にやっていた曲、最高に良かったぜ!これからよろしくな!!」

 

「何を言ってるのだ氏邦、二番目にやっていた『待ってて愛のうた』という曲の方が良かっただろう!」

 

「最初の『君のこころは輝いてるかい?』って曲の方がさっぱりしてていいだろうが!」

 

氏照と氏邦は自己紹介をして曲の感想を言うや否や喧嘩を始めてしまった。

 

「あ、ちょっとお二人とも!どっちを好きになってくれるのも嬉しいんですが・・・。」

 

梨子は二人を宥めようとするが、

 

「まあまあ、梨子ちゃん。喧嘩するほど仲がいいって言うし放っておいてもいいんじゃない?」

 

「千歌ちゃん!?でも・・・。」

 

「千歌どのの言う通りだ。あやつらは武勇に長けているが方向性が違うもんですぐに喧嘩するんじゃ。まあ、すぐに仲直りするんだがな。」

 

氏康は呆れながら梨子に二人の事を教えた。

 

「それと千歌どのたちが所属する場所なのだが、お主らには氏政の馬廻になってもらおうと思う。」

 

「馬廻ってなんですか?」

 

千歌が質問した。

 

「馬廻というのは主の身辺を守る者たちの事を言うのだが、まあこれはあくまで建前で、氏政のもとで奉公のいろはを教わるとよい。」

 

「え!?じゃあ韮山の氏規さんとはお別れになっちゃうんですか?」

 

「うむ、流石にお主らを最前線に置くわけにもいかんからな。」

 

「北条家は今川や武田と同盟を結んでいるから心配する必要はないのでは?」

 

ダイヤが氏康に反論した。

 

「確かに安全ではあるのだが、二年前に今川義元どのが桶狭間で討ち死にし、さらに三河で松平元康が徳川家康と名を変え今川から独立した以上、駿河も安全とは言い切れなくなっているのだ。」

 

「徳川家康ってあの教科書に載ってる徳川家康!?」

 

「徳川家康まで出てくるなんて英雄そろい踏みずらね~!」

 

ルビィは驚いたが花丸はそこまで動揺してるわけでもなかった。

 

「というわけだ、しばらくの間色々よろしく頼む。」

 

と氏政が言うと、

 

「はい、氏政さん!」

 

と千歌は手を出した。

 

「千歌どの、この手は一体・・・?」

 

「握手ですよ!仲良くなりたいときやこれからよろしくって言うときにやるんですよ!!」

 

と戸惑う氏政に千歌が握手を教えた。

 

「そうか。このようにすればいいのだな。」

 

「はい!こちらこそよろしくお願いします!!」

 

 

 

 

こうして、千歌たちAqoursは北条家への正式な仲間入りを果たした。

 

この乱世に迷い込んだ少女たちが、北条家に連なる者たちの運命を変え、アイドルとして、そしてひとかどの将として活躍していくことは、まだ誰も知らない。

 

彼女たちの乱世の物語はまだ始まったばかりなのだから・・・。




いかがでしたでしょうか?

無事に氏康たちに認められ、北条家に正式に参入した千歌たち!そして次回からは第二章が開幕します!!



果たして乱世に迷い込んだAqoursはその目で何を見るのか・・・。


それでは次回もまたお楽しみください!!


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番外編 人物紹介①

この小説は歴史ものということで登場人物が多いです。とても多いです。「じゃあキャラ減らせよ」と思う方もいると思いますが、自分はこの小説でもっと戦国時代に興味がわく人、そして千歌ちゃんたちがいる後北条氏の事が好きになる人が増えてほしいと思ってるので、北条家やそれに携わる人物はメジャーだろうがマイナーであろうが登場させたいと思っています!!



というわけで定期的に登場人物の紹介を書いていこうと思います。


北条氏康

 

小田原城を拠点に関東の覇権を目指す『相模の獅子』の異名を持つ戦国大名。

 

作中ではすでに嫡男の氏政に家督を譲り隠居中。隠居中ではあるが、氏政はあくまで経験を積ませるために当主にしているだけに過ぎず、北条家における実質的な最高権力者として君臨している。

 

冷静沈着だが戦場に出れば勇猛果敢、知略に富んだ策士でありながら慈悲深さも合わせ持つという完璧超人だが、少々頑固な所があるのが玉にキズ。

 

 

北条氏政

 

北条氏康の次男にして、嫡男(実は兄がいたのだが知ってる人はかなり少ない)。北条家の若き新当主。

 

真っ直ぐな性格で若々しい覇気を持つ好青年。父を超える君主になるため日々精進中。政治に関しては父譲りの辣腕を振るうが、戦に関しては氏照や氏邦に一歩遅れを取る。しかし兄弟仲は良好で、くせ者揃いの兄弟を一つにまとめている。

 

妻の梅との仲も良好でかなりラブラブ。

 

 

北条氏照

 

北条氏康の三男。武蔵の西部、つまり対武田家の最前線にある滝山城の城主。

 

兄よりも若干クールな性格だが、少し熱くなりがちなところがある。兄を凌駕するほどの戦上手だが、それに驕ることはなく寧ろその戦の才能で兄を盛り立てようとするよくできた弟。実際に兄に代わって総大将を度々務めていたこともある。

 

北条家の中でも武闘派な彼だが実は笛の達人という雅な一面を持ってる。

 

 

北条氏邦

 

北条氏康の四男。武蔵の北にある鉢形城の城主で、上杉家に対する睨みを利かせている。

 

荒っぽい性格で激情に駆られやすい性格だが、義理堅くひとたび仲良くなればお節介なまでに気を遣う気のいい奴。脳筋に見えるが実は統治力にも優れていて、のちに武蔵の北部から上野にかけて林業や養蚕を普及させた名君となる。

 

 

北条氏規

 

氏康の五男。伊豆の韮山城の城主として駿河に睨みを利かせている。

 

千歌たちが戦国時代に迷い込んだ時に初めて出会った人物の一人で、野盗に襲われていた千歌たちを補佐役の笠原康勝(後述)と共に救い、彼女たちを韮山城に招く。

 

温厚な性格ではあるが、後ろから不意打ちしてきた野盗を倒す程度には強い。かつては人質として今川家に行っており、その時に学んだことや生まれ持つ交渉の才を用いて外交官としての役目を担う。

 

 

 

氏政の正室。のちの黄梅院。

 

おっとりとした性格で千歌たちとはすぐに仲良くなった。氏政とはかなりラブラブ。

 

 

北条幻庵

 

氏康の叔父。父は北条家初代当主の北条早雲。

 

兄と甥を陰から補佐する北条家の最長老。氏政や氏直も支えます。多趣味な人で、和歌や茶道、連歌に鞍(馬具の一種)作りや笛作りなどなど様々な方面で才能を発揮した文化人。あと、弓術や馬術にも長けてるという文武両道の人でもある。

 

甥やその子供たち、そして千歌たちを温かく見守る好々爺。

 

 

 

 

北条綱成

 

氏康の義弟。北条家最強の戦闘部隊である『北条五色備え』の一団、『黄備え』の大将で、地黄八幡の異名を持つ北条家最強の闘将。玉縄城主と、河越城代を兼任している。

 

元々は今川家臣の福島(くしま)家の人間だったがお家騒動に巻き込まれて北条家に逃げ延びてきた。その時氏康の父に見込まれて養子となり、『北条綱成』と名乗るようになる。北条家のターニングポイントである河越夜戦では三千の兵で八万の敵を相手に持ちこたえ、勝利に貢献した。戦場では朽葉色の生地に『八幡』と書いた通称『地黄八幡の旗』旗を翻しながら「勝った!勝った!!」と叫びながら敵陣を蹂躙し、北条家の常勝軍団の名をほしいままにした。

 

豪快で細かいことは気にしない、仲間想いな男である。

 

 

北条綱高

 

氏康の従兄弟にして義弟。『北条五色備え』の一団、『赤備え』の大将にして玉縄城代。

 

本名は高橋綱種だったが、その武勇を叔父である北条氏綱に見込まれ養子となり、『北条綱高』と名乗る。似たもの同士な境遇の綱成とは仲が良く、親友のような間柄である。

 

北条家中において、綱成と肩を並べるほどの猛将でもある。

 

 

富永直勝

 

『北条五色備え』の一団、『青備え』の大将にして江戸城代。

 

五色備えのメンバーの中では割と常識人。水軍大将も務めたことがある五色備えの水陸両用型戦士。たまに盛大なフラグを立てる。

 

 

多目元忠

 

『北条五色備え』の一団、『黒備え』の大将にして平井城代。

 

五色備えの参謀格。氏康の軍師を務めることもあり、河越夜戦で氏康が敵陣に深追いした時に独断で退却の法螺貝を吹いて氏康を救った。

 

五色備えの中でも堅物な直勝と康勝をからかうのが最近のマイブーム。

 

 

笠原康勝

 

『北条五色備え』の一団、『白備え』の大将にして韮山城代。

 

氏規の補佐役を氏康に任されて韮山城に入った。千歌たちが戦国時代に迷い込んだ時に初めて出会った人物の一人で、野盗に襲われていた千歌たちを氏規とともに救った。

 

直勝同様常識人ではあるが、同僚の康英をからかって笑うくらいにはお茶目な人。野盗との戦いでは目にも止まらぬ速さで野盗を瞬殺するほどの強者。パワーよりもスピードタイプかも。

 

 

清水康英

 

伊豆下田城主。康勝と同じ、『伊豆衆』に所属しており、康勝が伊豆の北半分、そして康英が南半分を治めている。伊豆水軍の水軍大将の一人。

 

性格は生真面目で千歌たちの制服がこの時代の衣服に比べて露出度が高いという理由で赤面するほどにうぶである。一応妻子持ち。というかこれに出てくる武将は現時点でほとんどみんな妻子持ち。

 

怪力の持ち主で武器は八尺もある樫の棒。ちなみに息子も妻も怪力である。怪力一家。

 

 

梶原景宗

 

北条氏康に雇われて紀伊からやってきた海賊。北条氏滅亡まで仕え、最後の当主の氏直が高野山に追放された時も一緒に着いて行ったほど義理堅い人。

 

最初は海賊という言葉のイメージから千歌たちから怖がられていたが、あっけらかんとした人柄と、氏規のフォローでなんとか仲良くなる。特に船長志望である曜とは特に意気投合し、水軍の長としてその技術を曜に教えると約束した。曜の師匠的ポジションの人。




今回は北条家の主な一門と、伊豆で出会った人たち、そして北条五色備えのメンバーを紹介しました。


まだ紹介してない人がいるって?その人たちはまた今度の機会に。ちゃんと後々出番を用意してますのでその際に・・・。


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第二章 1563 成長する少女たち
6話 成長と暗雲


どうも、截流です!!

皆さん長らくお待たせしました!!更新再開となりました!!

千歌ちゃんたちAqoursの本格的な活躍がこれから始まる・・・!



それでは第二章、開幕です!!!


北条氏康、氏政父子との面会を成功させて正式に北条家の客将となってから時間が過ぎ、時は永禄6年(1563)12月の終わり頃、千歌たちは氏政のもとで武術や内政、その他様々な事を学んでそれぞれ着実に成長を重ねていた。

 

「はあ、はあ・・・。やっと上手く乗れるようになったよぉ〜・・・!」

 

小田原城の一角で息を切らしていたのはルビィだった。

 

「やったねルビィちゃん!!遂にルビィちゃんも乗馬が出来るようになったずらー!!」

 

「OH!エクセレント!!お疲れ様ルビィ!」

 

「全く、馬に乗れるまでに1年近くもかかるなんて黒澤家の娘として情けないですわ!」

 

「まあまあダイヤ、せっかくルビィちゃんが乗馬できるようになったんだから褒めてあげてもいいんじゃないかな。」

 

鞠莉はルビィに付きっきりで乗馬を指導しており、ダイヤと花丸は常にそれを見守っていたのだ。果南は玉縄城で綱成から運動神経を見込まれて武術や戦術を教わっていたのだが、無事に全て終わらせて、小田原城に戻ってきたところだった。

 

「しかしまさか鞠莉どのが馬術の名手だとは思わなかったな。それに教えるのも実に上手いな。」

 

「ええ!乗馬は趣味でやってたからこんなの簡単よ!」

 

と氏政の賛辞に対して鞠莉はドヤ顔で応えた。

 

「そうか、もしよければ我が北条家の騎馬隊に入ってくれないか?鞠莉どのが入ってくれれば武田の騎馬隊に勝てる…と言うのは言い過ぎかもしれんが練度を大きく上げる事ができるだろう。」

 

「え!私が騎馬隊に?センキュー!ありがとう氏政さん!」

 

と鞠莉は氏政にハグをしようとするが、

 

「はいはい、氏政さんが困ってるからやめようねー。」

 

と果南に止められていた。

 

「でもみんなすごいなぁ、ここしばらくで見違えるくらい成長してるんだもん。」

 

と言ったのはAqoursのリーダーである千歌だった。

 

「そう?千歌ちゃんも十分すごいと思うよ、氏政さんの馬廻の1人として頑張ってるじゃん。」

 

と曜が千歌の肩を叩いて言うが、

 

「私はみんなみたいにすごい技術とか身に付けたいの!曜ちゃんは梶原さんとか康英さんに色々教えてもらって水軍大将見習いになってたし、花丸ちゃんは幻庵さんのところで色々教わってたみたいだし、ダイヤちゃんなんか偉い人たちと一緒に働いてるみたいだし!なんていう人たちだったか忘れちゃったけど。」

 

「評定衆ですわ!」

 

千歌は他のメンバーが様々なところで自分の才能や技能を伸ばしているのを羨ましがっていた。そしてすかさずダイヤがツッコミを入れる。

 

「評定衆って何?」

 

と千歌が首を傾げると、

 

「北条家は内政に関して何かを決める時は月に二回行われる会議で話し合って決めますの。その会議を行っているのが評定衆ですわ!」

 

とダイヤが評定衆について説明した。

 

「北条家は政策や訴訟では当主の独断でどうするかを決めるのではなく、家臣達とも話し合って決めるんだ。これこそが北条家の結束の固さの秘訣だ。」

 

と氏政は頷いた。

 

「へぇ~・・・。でも私は難しいことは分からないから出来そうにないな~。」

 

と千歌はため息をついた。

 

「まあまあ千歌どの。お祖父様が残した五箇条の遺訓にもあるように人には誰にでも捨てる所はなく、活躍できる所は何かしら一つは持ってるものなんだ。焦らずとも千歌どのが活躍できる時はくるさ。」

 

と氏政が千歌を励ました。

 

「そういえば氏政さん。善子ちゃんと梨子ちゃんはどこに行ってるんですか?」

 

と曜は梨子と善子がどこに行っているのかをたずねた。

 

「ああ、善子どのは風魔の里に行っていて、梨子どのは江戸城に行ってるんだ。」

 

「そっか、梨子ちゃんは東京に住んでたもんね。ていうか善子ちゃんが風魔の里ってどういうこと?」

 

と曜が氏政の答えに目を丸くしていた。

 

「ああ、それは・・・。」

 

と氏政が言うと、

 

「戻ってきましたぞ。」

 

どこからともなく声が聞こえたと思ったら氏政の後ろに1人の男が立っていた。口から牙を生やしており、身長が2メートル近くある大男だった。

 

「おお小太郎、戻ってきたのか。」

 

「うむ、前に連れてった娘を戻しに来た。」

 

そう言うと小太郎の後ろから、

 

「堕天使ヨハネ、小田原城に再臨よ!」

 

と言いながら出てきた。

 

「おお、善子ちゃん久しぶり!」

 

「なんかあまり変わってないような・・・。」

 

と果南が言うと、

 

「こやつには忍びとしての才能は皆無だったが、どうしても『悪魔の技を教わりたい』だのと駄々をこねるものだから我が風魔党の戦術を叩き込んでやったら物覚えが良いのか真綿が水を吸うように我が教えをモノにしていきよったわ。」

 

と小太郎が答えた。

 

「当然よ!ヨハネは賢いんだから!」

 

と胸をふんぞり返しながら善子が言った。

 

「そういえば善子ちゃん頭よかったよね・・・。」

 

とそれを聞いたルビィが呟いた。

 

「あれでいつものやつがなければ善子ちゃんも充分すごい人だと思えるんだけどね・・・。」

 

と、花丸もルビィの言葉に相槌を打つ。

 

 

「そういえば梨子ちゃんはいつ戻ってくるんですか?」

 

と千歌が梨子について氏政にたずねた。

 

「うむ、直勝や綱景が言うにはそろそろ小田原に帰すと言っていたからそろそろ戻ってくる頃合だと思うぞ。」

 

「そっか~、梨子ちゃん早く戻ってこないかなぁ。」

 

氏政の返答を聞いた千歌は東の空を見上げ、江戸にいる友人に思いを馳せた。

 

 

 

 

一方江戸城では…。

 

「ふう、これで今月分の税収の書類は終わりっと・・・。」

 

「お疲れ様でした。しかし梨子どのは物覚えが良く仕事が早くて助かりますね。あ、あとの分は私たちが片付けてしまいますので休んでてください。」

 

梨子はその月の税収に関する書類の整理をしており、ちょうどひと段落ついたようであった。そんな彼女を労っているのは江戸城の城代の1人にして、北条家の最高幹部である『北条家三家老』の一画を担う遠山綱景であった。

 

彼は江戸城の内政の最高責任者でもあるので、梨子に内政のいろはを教えていた。綱景の丁寧な指導や梨子の飲み込みの良さもあって、彼女は期待の新人官吏として江戸城内で少しずつ頭角を現しつつあった。

 

「そんな、綱景さんが働いてるのに休むわけにはいきませんよ。私もまだまだ平気なのでお手伝いします!」

 

と梨子が書類の整理を再開しようとすると、

 

「梨子どの、勤勉で熱心に働くのはいいことだが休む事も大事だぞ。綱景どのも休憩したらどうだ?」

 

と肩を叩いたのは綱景と同じく江戸城代で、北条家最強の戦闘部隊である『北条五色備え』のうちの一つである青備えの大将を務める富永直勝だった。

 

「あ、直勝さん。」

 

「直勝どのの言う事にも一理ありますね。今日のところはこれで手打ちにして休みましょうか。」

 

綱景がそう言うと3人は屋敷の縁側に座った。

 

「梨子どの、休もうと言った手前申し訳ないのですが、是非とも未来の江戸の話を聞かせてくれませんか?」

 

と、綱景は梨子に未来の江戸、東京についての話を求めた。

 

「うむ、俺も江戸城代としてその話は実に興味深い。頼めるか?」

 

直勝も興味津々だった。

 

「分かりました。私たちが生まれた時代の江戸は東京って名前に変わっていて…。」

 

梨子は東京についていろいろ話した。東京が日本の中心になっていて、各地からいろんなものやたくさんの人が集まっている事、外国からもたくさん人が来ている事、そして内浦に来る前に住んでいた秋葉原のこと・・・。彼女自身もびっくりするほどたくさんの事を話していた

 

綱景や直勝はどの話も熱心に、そして好奇心に溢れる子供のようにキラキラ目を輝かせながら梨子の話を聞いていた。

 

「・・・これが私が知ってる東京の話です。でもほんのちょっとでしかないんですけどね。」

 

梨子は話の締めにそう言うと、

 

「いや、それだけの事が聞けただけで俺たちは満足さ。」

 

「その通り、江戸城代として江戸の開発を任せられた身としては江戸がそれほどの発展を遂げていたという事を聞けただけで感無量です。」

 

と、綱景と直勝は満足げに返した。

 

「私からも一つ聞きたいんですが、どうして綱景さんと直勝さんはそこまで江戸の開発に熱心なんですか?何か思い入れがあるとか・・・。」

 

梨子は綱景と直勝に熱心に江戸の開発に勤める理由を聞いた。

 

「何故にですか・・・。それが私の生きがいからですかね。」

 

「生きがい、ですか?」

 

「ええ、私は氏康さまのお父上である氏綱さまから直勝どのと共にこの城を任されました。『直勝は江戸の兵を率いて江戸を守り、直勝はこの江戸の地を民のために豊かにせよ。』とね。あ、ちなみに私の名前の綱の字も氏綱さまからいただいたんですよ。」

 

「そうなんですか。名前も貰ってるんですね。」

 

と梨子が驚くと、

 

「武士にとって主から名前をいただくというのは名誉な事だからな。この家中で名前に綱の字が入ってたら氏綱さまから、康の字が入ってたら氏康さま、そして政の字が入ってたら氏政さまからいただいてるものだと考えていいな。」

 

と直勝が梨子に解説した。

 

「じゃあ康勝さんや康英さんは氏康さんからもらったという事ですね?」

 

「ご名答。あの2人も氏康さまからの信頼が厚いからな。」

 

「ああ、話が逸れてしまいましたね。私がなぜ江戸の開発に心血を注いでるのかですが、それは父上に江戸の大地をこの城から見せてもらったからなんですよ。」

 

と綱景は脱線しかかっていた話を戻した。

 

「お父さんにですか?」

 

「ええ、その時の景色に心を奪われましてな。それ以来、辺り一面真っ平らに広がる湿原、それが黄金色に輝く稲穂の海になれば、あるいはここら一帯を全て街にする事が出来ればどれほど多くの民が豊かになるのだろうか、と若い頃によく夢想したものです。」

 

「綱景さんは本当にこの地域の人達の事を考えてるんですね。」

 

「ええ、だからこそこの江戸を発展させて小田原をも超える関東一の、いや東国一の町に仕上げたいと日々研鑽しているのです。まあ、もう私もあまり若くはありませんがね。」

 

と綱景は自らの夢を語った後、苦笑いをした。事実、彼の年齢はもう50歳を過ぎており、人間五十年と言われたこの時代ではもういつ死んでもおかしくは無い年齢だった。

 

「綱景どのの情熱はすごいからな。なんせわざわざ京から有名な連歌師を呼んで連歌の会を催したくらいだからな。」

 

「今でいうと浦の星女学院にμ’s・・・は解散しちゃってるからプロになってるA-RISEを呼んでライブをやってもらうようなものなのかな…。」

 

と梨子は呟いた。

 

「そういえば梨子どの。そろそろ年の暮れが近づいていますがどのように過ごすつもりですかな?」

 

と綱景は梨子に年末はどのように過ごすのかを聞いた。

 

「私ですか?特に予定はありませんが・・・。あ、でも最近千歌ちゃん達と会ってないなぁ。」

 

「だったら一旦小田原に戻る気はないか?」

 

「え?いいんですか?」

 

「ええ、氏康さまと氏政さまから各地に散っていたAqoursの方々が最近小田原城に戻ってきているので梨子どのも一旦小田原に戻してやってはどうだ、とお達しが来ましてね。」

 

「それにお主はここのところたくさん働いてくれているから休みも兼ねて年の暮れと年初めは仲間と共に過ごすがいいだろう。」

 

綱景と直勝の提案に梨子は、

 

「お二人ともありがとうございます・・・!」

 

と頭を下げた。

 

「いえいえ、礼には及びませんよ。」

 

「うむ、ならばなるべく早くに仲間に元気な顔を見せてやるといい。」

 

「はい!!」

 

 

そして梨子はその日のうちに簡単な身支度を済ませ、綱景から2、3人のお供をつけられて小田原に向かっていった。

 

「じゃあ綱景さん、直勝さん。行ってきますね。」

 

梨子が馬上から2人に手を振ると、

 

「そう急がずともいいですよ。ゆっくりと休んで来てください。」

 

「氏康さまと氏政さま、そしてAqoursの面々によろしくな。」

 

と2人も手を振って梨子を送り出した。梨子の姿が見えなくなった頃、1人の僧が2人の元に走ってきた。

 

「はあ、はあ・・・、綱景さま!直勝さま・・・!!大変でございます!」

 

「あなたは確か法恩寺の住職の・・・。」

 

「そんなに息を切らせてどうしたのだ?」

 

2人は江戸城の近くにある法恩寺の住職の尋常でない様子を見て、只事ではない事を察知した。

 

「実はお二方のお耳に入れたい事が・・・!」

 

 

 

 

 

 

そして小田原城では・・・。

 

「梨子ちゃーん!会いたかったよ〜!!」

 

「ちょっ、千歌ちゃん苦しいよ・・・。」

 

梨子が小田原城に戻ってくるや否や、千歌が思いっきり抱きついてきた。

 

「おーい千歌ちゃん、それ以上は梨子ちゃんがまずいことになっちゃうぞー。」

 

曜が果南と2人がかりで千歌を無理やり梨子から引き剥がした。

 

「ありがとう2人とも・・・。」

 

「ははは、しばらく前まで皆離ればなれだったというのに実に仲睦まじいな。」

 

そう言って現れたのは氏康だった。

 

「父上。いらしてたのですか。」

 

「うむ、9人ともそれぞれ氏政とわしが課した修行を見事にこなし、我が北条家の客将として相応しくなって戻ってきたようだな。」

 

氏康が千歌達を見回しながら満足げに頷きながら千歌達を労うと、

 

「氏康さん!私たちはいつになったら戦いに出られますか!?」

 

千歌が目を輝かせながら興奮気味に氏康にたずねた。一応この年には武田軍と共に武蔵における上杉謙信の拠点の一つである松山城の攻略戦があったが、千歌達はまだまだ修行中だったので参加していなかったのだ。

 

「うむ、そうだな・・・。早くても来年の春頃には太田資正の岩付城を攻略しようと思っておるからその時がお主らの初陣となるであろうな。」

 

と氏康が言うと、

 

「本当ですか!?よーし、頑張るぞー!!」

 

と千歌が気合いを入れて叫ぶと、

 

「御本城さま!お屋形さま!!一大事でございます!!」

 

と1人の伝令が氏康と氏政の元に走りこんできた。

 

「む、どうしたというのだ?」

 

「息を整えてでいいから何があったのか教えてくれ。」

 

氏政にそう言われた伝令が呼吸を整えてから、2人に用件を伝える。

 

「江戸城代の遠山綱景さまと富永直勝さまより火急の報せでございます・・・!」

 

「えっ・・・!?」

 

伝令の言葉に梨子は驚いて目を剥いた。

 

「綱景と直勝からだと?一体何があったのだ。里見が攻めてきたのか?」

 

と氏康が伝令にそう言うと伝令は首を横に振り、

 

「同じく江戸城代の太田康資様とその御兄弟、郎党が揃って謀反を起こしました・・・!!」

 

「何!?新六郎が謀反だと!?」

 

「馬鹿な!康資どのが!?」

 

氏康も氏政も動揺を見せた。その報せがよほど衝撃的だったのだろう。

 

 

北条家の永禄6年の年末は、先ほどの和やかな雰囲気とは打って変わって不穏なものになろうとしていた・・・。




いかがでしたでしょうか?


ラブライブ!サンシャイン!!のアニメが放送開始と言うことでこちらもそれに便乗する形で再開しました!

新章が開幕して早々にいきなり不安なことになってますがまあ気にしないでください!

次回から遂に北条家とその宿敵ともいえる勢力と繰り広げられた戦いに千歌ちゃんたちが身を投じていきます。果たして最初の壁を超えることは出来るのか?



それでは次回もまたお楽しみください!!


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7話 疑問

どうも、截流です。


今回は若干解説要素が強めの回です。読んでて退屈になるかもしれませんが、これから出てくるキャラについての情報をふんだんに盛り込んでるので、これを読んでおけば「え?この人誰!?」と言ってググりながら読む手間が省けると思います!!(あと、キャラに語らせると普通に説明するよりかなり長くなるのでそれを防ぐ意図もあります。)



それではどうぞお楽しみください!!


江戸城代の太田康資が謀反・・・。その知らせを受けた氏康、氏政父子は衝撃を隠せずにいた。

 

「それで綱景と直勝、そして江戸城はどうなったのだ?」

 

氏康が伝令に江戸城とその城代である2人が無事であるかを伝令にたずねた。

 

「太田康資とその一族郎党は江戸城下にある太田家の菩提寺である法恩寺で謀反の算段を立てていたのですが、たまたまそれを法恩寺の住職が立ち聞きし、早急に綱景さまのお耳に入れ、直勝さまが手勢を引き連れて法恩寺に向かったところ、それを察知したのか既にもぬけの殻となっていた次第にございます!」

 

「そうか、2人も江戸城も無事であったか!」

 

北条家の領土における、東の守りを固める重要拠点であった江戸城とそこを守る二人の重臣が無事であった事に氏康は安堵し、

 

「して、新六郎達が何処に逃げて行ったかは分かるか?」

 

と、康資の消息を尋ねる。

 

「近隣の民の話によると、彼奴らは北の方角へと馬にて走り去ったとのこと。」

 

と伝令が答えると、

 

「江戸城の北の方となると恐らく岩付に向かったのではないかと・・・。」

 

と氏政が氏康に言った。

 

「うーむ、よりによって資正のところに寝返るとは・・・。これはかなり厄介なことになりそうだ。よし、こうしてはおれん。氏政、各城主たちを召集せよ!これより岩付攻めの戦評定を行う!」

 

氏康は氏政の言葉を聞き、彼に各地の支城の城主達の召集を命じた。

 

「あの、私たちは何をすればいいんですか?」

 

と千歌が氏政にたずねると、

 

「千歌どの達はとりあえず待機していてくれ。評定が終わり次第、追って指示を出す。」

 

と言って氏康と共に去って行った。

 

「久し振りにみんなが揃ったけど、なんか大変な事になっちゃったね。」

 

と果南が言うと、

 

「そうですわね。乱世に迷い込んだ時点で覚悟は出来ていましたし、今年も戦が無かったわけではないから心構えが出来てるとは思ってましたが・・・。」

 

「いざ当事者となってみると色々緊張するずら・・・。」

 

とダイヤと花丸がため息を漏らす。

 

「ねえ、梨子ちゃん。さっき氏政さん達が言ってた太田康資さんって人はどんな人なの?」

 

「確か梨子ちゃんも江戸城にいたよね。康資さんって人と接点はあったりしたの?」

 

と千歌と曜が梨子に太田康資について尋ねた。

 

「うん、確かに江戸城にはいたけど、私はどちらかというと綱景さんのところにいたから康資さんとはあまり接点は無かったんだ。一応どんな人かは知ってるし、何回か話した事はあるんだけどね。」

 

「うん?同じ江戸城に勤めてるのにあまり話したことがないってどういうことなんだろう・・・。」

 

とルビィが梨子の言葉に疑問を持った。

 

「まずは江戸城の城代について説明するね。江戸城の城代は三人いて、江戸城の本丸には富永直勝さんがいて、二の丸には遠山綱景さん、そして三の丸に太田康資さんって形で分担が決められてるの。」

 

「へぇ~、城代って一人だけじゃないんだね。」

 

千歌は梨子の説明を聞いて目を丸くしていた。

 

「うん。私がいたのは綱景さんが守っていた二の丸で、綱景さんの仕事だった江戸城周辺の内政のお手伝いをしてたの。」

 

「「「「「「「「へえ~。」」」」」」」」

 

8人は梨子の説明に納得した。

 

ちなみに余談ではあるが、綱景が二の丸、直勝が本丸にいたという事で、江戸城代のリーダー格は直勝だと思う方も多いが個人的な身分は綱景の方が高く、彼が江戸城代のリーダー格であるとする史料も多い。

 

「それで裏切り者の康資って人はどんな人なのよ、リリー。」

 

と善子は康資がどんな人物なのかを教えるように梨子にせがんだ。

 

「うーん、あまり話したことはないんだけど何というかすごい力強そうな感じの人だったな。あと、綱景さんが言うには康資さんは江戸城を作った太田道灌って人のひ孫さんで、綱景さんの娘さんを奥さんにしてるんだって。」

 

太田康資は梨子の言うように、北条早雲とほぼ同世代で江戸城を建築した戦国時代の関東地方における伝説的な名将である太田道灌のひ孫で、康資の父である資高が北条氏綱の江戸城攻めの際に北条家に寝返った事で北条家の家臣となり、直勝の父と、綱景の父と共に江戸城の城代となった。

 

康資自身は、三十人力と言われるほどの怪力の持ち主であり、道灌のひ孫である事と同じように自らの武勇を誇りとしていた。だが、それ故に江戸城の城主になれないことを不満に思っていたのだ。

 

「・・・なるほど、確かに江戸城は元はと言えば太田家の物になりますから城主になれないことに対して不満を抱くのは無理もありませんわね。」

 

「てことは康資さんは江戸城が欲しいから裏切ったってことなのかなぁ・・・。」

 

「多分そうなるでしょうね。ルビィの言う通り、彼は江戸城を手に入れるために謀反を起こそうとしました。」

 

ダイヤが梨子の話を聞いて、康資の謀反の理由を推察した。

 

「でも康資さんはそれに失敗してエスケープしちゃったんでしょ?」

 

「確かに、江戸城には直勝さんに綱景さんもいるのに奪えるとは思えないし、なんでこのタイミングなんだろう?」

 

ダイヤの推察にみんなは同意するが、鞠莉や梨子が康資がどうしてこのタイミングで謀反に及ぼうとしたのか疑問を示した。

 

「多分逃げた先に康資さんを手助けしようとした人がいるんじゃないかな?」

 

と果南が言うと、

 

「えーと、どこに逃げたんだっけ?確か・・・。」

 

と千歌は康資が逃げた先の名前を思い出そうとしていたがなかなか思い出せない。

 

「康資が逃げたのは岩付城だ。」

 

そこに評定を終えた氏政が戻ってきた。

 

「あ、氏政さん。評定は終わったんですか?」

 

「ああ、それと康資の謀反を裏で糸を引いているのは岩付城の太田資正と房総の里見家だ。」

 

「太田資正と里見家・・・ですか?」

 

果南がそう聞くと、

 

「そうだ。法恩寺の住職が聞いた話によると、里見が我らの領土に攻め入り、それを迎撃するために我らが出張ったところを康資が岩付の太田資正と一緒に背後から挟み討ちするという算段だったらしい。」

 

と氏政は答えた。

 

「あの~氏政さん。ちょっと質問いいですか?」

 

と千歌はおずおずと手を挙げた。

 

「なんだ千歌どの。」

 

「里見家と太田資正ってどんな人たちなんですか?」

 

と千歌が言うと、千歌以外のその場にいた全員がずっこけた。

 

「千歌ちゃん!北条家に仕えてるのにそれ知らないのは少しまずいよ!?」

 

と曜がツッコミをいれる。

 

「えー!?だって実際に見たことないし、聞いただけじゃどんな人たちなのか分かんないよ!」

 

と千歌が言うと、

 

「そうだな。確かに千歌どのたちはまだ奴らの事は耳にした程度だからよく知らないのは無理もない。よし、ならばこの機会に奴らについて詳しく教えよう・・・。」

 

と氏政は太田資正と里見家について語り出した。

 

まず、太田資正とはかつて北条家と敵対していた、関東管領(当時の関東で二番目に偉い役職)上杉家の片割れである扇谷上杉家の家臣であり、康資とは親戚同士であった。だが、河越夜戦で主君の上杉朝定が討ち死にし、扇谷上杉家が滅亡した後はもう片方の山内上杉家に所属し、松山城と岩付城を奪い返すも、関東管領である上杉憲政が越後に追われた後は松山城を北条家に奪い返され、一時的に北条家に従属する。しかし上杉謙信(当時はまだ上杉政虎だが、敢えて謙信と記述する。)が上杉憲政とともに関東に攻め寄せてくると真っ先に上杉方に味方した。それ以降は反北条の急先鋒として岩付城に拠って氏康と氏政と敵対している。

 

彼はかなりの戦上手であり、数回にわたる氏康の岩付城への攻撃を退けている。また、かなりの愛犬家としても知られており、日本史上初めて軍用犬を用いて風魔党による情報封鎖を破って味方への援軍要請を成功させている。

 

 

そして里見家は、北条家と長年にわたり房総半島の覇権を競い合っているライバルと言える間柄である。当主である里見義堯は、お家騒動の際に氏康の父である氏綱の力添えで里見家当主となるが、徐々に対立していくことになる。

 

1538年に下総の国府台で、足利義明を担ぎ上げて北条氏綱、氏康父子と決戦するが、義明と作戦について対立したらしく、戦闘にはまともに参加しなかった上に義明が戦死した途端に自分たちだけ真っ先に離脱した。

 

そして義明の死後は温存した戦力を用いて上総や下総に勢力を拡大し、里見家の最盛期を築くも、氏康により上総の大半を奪われ、居城である久留里城を包囲されて危機に陥る。そこで彼は越後の上杉謙信に救援を要請し、上杉謙信による小田原征伐のきっかけを作り、彼と同盟を結び北条家包囲網の一翼を担い、上総を取り戻す。そして1560年、千歌たちがやって来る2年前に隠居して息子の義弘に家督を譲る。

 

義堯自身は房州の狼と呼ばれるほど勇猛で、先に語った国府台での話を聞くと冷徹な策士と思われるが、領民からは「万年君様」と慕われ、氏康からも「仁者必ず勇あり」とその人柄を称えられている。

 

そして何より特筆すべきなのは、何度手痛く打ち負かされても屈することなく、何度でも力を取り戻して北条家に挑みかかる、恐ろしいまでの執念と粘り強さである。事実、北条と里見の抗争は50年近くにわたって行われていたのだから、彼らのそれは評価に値するものである。

 

 

 

「・・・これが我らが知りうる太田資正と里見家の情報だ。」

 

「結構どっちも北条とは根深い関係なんだね…。」

 

「・・・。」

 

「どうしたの千歌?黙りこくっちゃって。」

 

氏政の話が終わってから沈黙していた千歌に果南がそうしてる理由を聞くと、

 

「ねえ氏政さん、どうして康資さんに江戸城をあげなかったの?」

 

と千歌は氏政に質問した。

 

「そ、それは・・・。」

 

「ちょっと千歌ちゃん。それは流石に踏み込み過ぎだよ。」

 

「そうだよ。氏政さんや氏康さんにも考えがあってのことだろうし・・・。」

 

と曜と果南が千歌を諌めるが、

 

「だって、康資さんに江戸城をあげてたら康資さんが裏切ることもなかったんじゃないかな?」

 

「・・・。」

 

氏政が答えられずにいると、

 

「新六郎に江戸城を与えなかったのはわしの判断だ。」

 

と氏康が現れ、千歌の問いに答えた。

 

「父上・・・。」

 

「梨子どのが話していたように、康資は外様の家臣だ。それに江戸城は北条の領土における北東の守りの要だ。外様の家臣にそこを任せるわけにはいかぬが、それでは不満が出るだろうから「三家老」の綱景と、「五色備え」の直勝と共に城代に任命することであやつを監視させたのだ。」

 

「でも康資さんは上杉が攻めてきても寝返らなかったじゃないですか!」

 

梨子が反論すると、

 

「確かにそうだが、まだ奴を城主に任じなかった理由はある。それは奴を城主にするにはまだ相応しくない、という事だ。」

 

と氏康はもう一つの理由を挙げた。

 

「城主とは的確な判断力が求められるのだ。しかし奴は武勇に優れてはいるが、城主として部下に的確に指示を出す能力に欠けておる。故に城代に任じてその能力を養わせようとしたのだ。他にも不満が溜まらないように、奴にわしの名であった新九郎の『新』の字と『康』の字を与えて『新六郎康資』と名乗らせたり、所領も綱景や直勝よりも多く与えた・・・。」

 

康資の北条家における待遇は、外様でありながらかなり優遇されていたものだった。所領の大きさも一族である北条幻庵を除き、筆頭家老である松田憲秀に次いで当時の家臣の中では2番目に大きかった。

 

「氏康さん・・・。」

 

「なんだ梨子どの。」

 

「氏康さんは康資さんに江戸城をあげる気はあったんですか・・・?」

 

梨子は氏康に質問をぶつけた。その目は真剣そのもので、他のメンバーは彼女を止められなかった。

 

「・・・春に岩付を抑えたら、今度こそはあやつに江戸城を与えるつもりだった。だが、それも遅すぎたようだ。氏政には『家臣が仕える主を選ぶ事もある』と偉そうに語ったが、わしがそのような事を言える立場ではなかったかもしれんな。」

 

と氏康は梨子の目を見ながら声を落として呟いた。

 

「だが、犯してしまった過ちを悔いている時はない。今しがた里見義弘が国府台城に向けて進軍しているという知らせが来たのだ。」

 

「国府台城ですか。資正の救援でしょうか?」

 

氏政が氏康にたずねると、

 

「十中八九そうであろうな。国府台城が里見の手中にある限り、上総と岩付の間の通行が簡単にできて厄介な事になる。そうなる前に奴らを叩く必要がある。」

 

と氏康が頷いた。

 

「という事は合戦になるんですか!?」

 

と千歌が氏康に詰め寄った。

 

「そ、そうだがどうしたのだ急に?」

 

氏康は千歌が突然豹変したので戸惑っていた。

 

「私たちが氏康さんと氏政さんに仕えてから今日までずーっと修行してきたんです!だから私たちもそろそろお二人の役に立ちたいんです!!」

 

と、千歌は戦に出させてもらえるように懇願した。

 

「案ずる事はない。そもそもわしはお主達に氏政と共に出陣してもらおうと言いに来たのだからな。いよいよお主らの力を見せるときが来たようだな。」

 

と氏康は千歌に笑いながらそう言った。

 

「皆の修行の成果、里見と太田に見せつけてやろう!」

 

氏政もAqoursのみんなを鼓舞した。

 

「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」

 

千歌たちは力強く返事をした。

 

 

 

永禄6年(1563)の暮れ、いよいよAqoursが戦場に降り立つ時がやって来た。




いかがでしたでしょうか?


今回もあくまでも前振りです!次回からはいよいよAqoursの初陣です!!

北条家と、千歌たちAqoursの前に立ちはだかる里見義弘と太田資正は一体どのような将なのか?そして千歌たちは初めて立つ戦場で何を見るのか・・・。



それでは次回もまたお楽しみください!!


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8話 国府台宿命戦 序章

どうも、截流です!

今回は千歌ちゃんたちの初陣回にして、北条家以外の勢力の武将が初登場する回でもあります。果たしてどんな人物がどんなキャラで登場するのか、乞うご期待!


それではどうぞお楽しみください!!



1563年の暮れ、北条氏康は下総の国府台城に向けて宿敵である里見軍が進軍したと聞いて相模、伊豆、そして武蔵の大部分から里見軍を打ち破るために兵を集めていた。

 

そして、氏政の元にいる千歌たちAqoursにも出陣を命じた。

 

 

「うわぁ・・・!!これが私たちの鎧なんだ〜!!」

 

「うむ、城下の職人に特注で作らせた一点ものだ。」

 

氏政は千歌たちに職人に作らせた鎧を見せた。

 

「ルビィたちはこれを着るんですよね?重くないかなぁ・・・。」

 

とルビィが鎧を見て、着たら重さで動けないのではと不安そうに呟くが、

 

「そこは心配しなくても大丈夫だ。この具足は見た目とは裏腹に軽くできているし、修行をこなしたお主らならこれを着ても全力で走ることは出来るだろう。」

 

と、ルビィの不安を和らげるように氏政は言った。

 

「大丈夫だよルビィちゃん。ルビィちゃんが動けなくてもおらが守ってあげるずら!」

 

と花丸もルビィを励ました。

 

「では、鎧を着け終わったら屋敷前に来てくれ。私は色々やることがあるのでな。」

 

氏政が部屋から出て行ったあと、千歌たちは氏政達から教わったように鎧をつけていくが・・・。

 

「あれ?果南ちゃーん、ここ上手く結べないよぉ~!」

 

「もう、しょうがないなぁ千歌は・・・。」

 

「ちょっと鞠莉さん!喉輪(喉を守る防具)はちゃんと着けなさい!!」

 

「ええー、暑苦しくて嫌よ~。ダイヤは堅すぎー!だから硬度10ってニックネームつけられちゃうのよ?」

 

「誰が硬度10ですってぇ!?貴女の命が懸かってるんですからちゃんと着けなさい!!」

 

「はいはい。」

 

「善子ちゃん、手伝おっか?」

 

「よ、ヨハネがこんな鎧を着けるのに手伝いなんかはいらないわ!」

 

「善子ちゃん・・・、無理しない方がいいよ?ルビィがこっち結んであげるね。」

 

「じゃあおらはこっちを結ぶずら。」

 

「もう!手伝わなくってもいいのにー!!」

 

そしてかれこれ10分ほど過ぎ・・・。

 

 

 

「じゃーん!!出来た~!!どう?似合ってるかな!?」

 

千歌は自分の鎧姿をみんなに見せびらかした。

 

「うん、すごく似合ってるよ千歌ちゃん!」

 

「ありがとう~!曜ちゃんのも似合ってるよ!」

 

幼馴染みの二人組はお互いに似合ってることを褒めていた。

 

「うわぁ・・・!果南さん、なんかさまになってますね!」

 

「そうかな?ありがと、梨子。」

 

果南は初めて鎧を着けたというのに、何故か既に腕利きの戦士のような雰囲気を漂わせていた。北条家きっての武闘派である北条綱成率いる『玉縄衆』に身を置いて修行したというのは伊達ではないようだ。

 

「善子ちゃんの鎧もかっこいいずら~!」

 

「善子言うな!!まあ、このヨハネに相応しい鎧だというのは事実ね。」

 

善子の鎧の袖の部分には黒い羽根があしらわれており、善子もそれを気に入っていた。

 

「じゃあ、皆行こうか!」

 

「「「「「「「「おお!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

そして氏政の屋敷の前にて・・・。

 

「おお、皆似合ってるじゃないか!!」

 

氏政は千歌たちの鎧姿を見て彼女たちを褒めた。

 

「いやあ、それほどでも~。」

 

千歌は照れ臭そうにそう言ったが、

 

「千歌さん!これから私たちは戦場に行くのですのよ!」

 

「ダイヤの言う通りだね。遊びに行くとはわけが違うし、何より訓練じゃなくて実戦なんだよね。」

 

「ルビィ、氏政さんやみんなの足を引っ張らないかなあ・・・。」

 

ダイヤと果南が千歌をたしなめ、ルビィは不安の声を漏らす。

 

「確かにダイヤどのや果南どのの言う通り、これは遊びではなく命のやり取りだ。だが誰しも初めからそのような覚悟は備わってはいないし、初めから活躍できる者はいたとしてもほんの一握りだ。だからそういう心構えはこれから少しずつ育てていけばいい。」

 

そう言って、氏政は自分の旗印を持ってきた。その旗印には『钁湯無冷所』と書かれていた。

 

「ねえ氏政さん、それはなんて読むのかしら?」

 

鞠莉は氏政に旗印に書かれている文字の意味をたずねた。

 

「ああ、これは私が書いたもので、『钁湯無冷所(かくとうれいしょなし)』と読むんだ。钁湯というのは煮えたぎった湯の事で、煮えたぎった湯はどこを取っても冷えている部分は一滴もない、という事を示していて、つまり何事をするにあたっても全身全霊で臨め、という意味が込められているんだ。父上と幻庵大叔父上から教わった言葉だよ。」

 

と、氏政は千歌たちに自分の旗印に刻んだ覚悟を語った。

 

「何事にも全身全霊で臨む・・・。私たちと同じだね!」

 

「千歌殿たちと?」

 

氏政は千歌の言葉を聞いて、その真意をたずねた。

 

「私たちスクールアイドルも、いつどんな時でも全身全霊、全力で楽しんで歌って踊ってライブをするんです!!確かに楽しむような事じゃないけど、私たちもいつもみたいに全力でぶつかっていこうよ!壊せない壁なんてないんだから!!」

 

千歌はそう言ってAqoursのメンバーを鼓舞した。

 

「全く、こんな時でも千歌ちゃんは千歌ちゃんだね。」

 

「うん、でもそれが千歌ちゃんのいいところだと思うよ。」

 

梨子と曜はそう言って頬をほころばせ、

 

「なるほど、お主らスクールアイドルのライブが我らにとっての戦場であり、我らにとっての戦場はお主らにとってのライブということか・・・。見事な覚悟だな!」

 

と氏政は笑いながら千歌に賞賛を贈り、

 

「皆も千歌殿の言葉は聞いたな!壊せぬ壁など無い!お前たちも初陣である彼女らを支え、そして彼女らに負けぬように全力で奮起してくれ!!」

 

控えていた兵士たちを鼓舞した。

 

「「「おおおおお!!!」」」

 

兵士たちも鬨の声で氏政に応えた。

 

「よし!これより出陣するぞ!!」

 

「「「うおおお!!!」」」

 

「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」

 

氏政の号令に千歌たちは兵士たちにも負けない声で応えた。

 

 

そして千歌たちが所属する氏政隊は、氏康率いる本隊や清水康英らが率いる伊豆の兵たちと合流した後、江戸城に向けて進軍していった。その途中で、玉縄城の北条綱成、康成(のちの氏繁)父子、河越城の大道寺政繁、滝山城の北条氏照、鉢形城の北条氏邦らの軍勢も合流して北条軍の総数は2万人に膨れ上がっていた。

 

 

 

 

 

 

その一方その頃、下総の国府台城では周りを北条家の領土に囲まれている太田資正を救援するために、上総の久留里城から里見義弘が1万2千人の軍勢を引き連れて入城して、北条軍を待ち構えていた。

 

「ふむ、北条は2万人も引っ張り出してきたか・・・。こちらも一万二千の兵を引き連れてきたが少しばかりきついな・・・。」

 

里見軍の総大将である里見義弘は、伝令からもたらされた北条軍の情報を聞いてため息をついていた。

 

「北条との戦で我らが兵力で劣勢を強いられていることなどいつも通りではありませんか。」

 

彼の側に控えていた若い武将が義弘の言葉に応える。

 

「いや、それはそうなんだがな。毎度毎度不利な戦をしてるとため息の一つもつきたくなるものなのだよ信茂・・・。」

 

義弘は苦笑いしながら信茂と呼ばれる若者に言葉を返す。

 

その若者の名前は正木信茂。彼は里見家の筆頭重臣である正木時茂の息子である。

 

正木時茂は里見義堯の若い頃から彼に従っていた武将で、槍に優れていたことと、『大膳亮(だいぜんのすけ)』と言う役職を自称していたことから『槍大膳』と呼ばれた猛将であり、越前の伝説的な名将である朝倉宗滴は、彼を武田信玄、今川義元、上杉謙信(当時は長尾景虎)、織田信長、三好長慶、毛利元就と肩を並べるほどの優秀な戦国武将であると語り残している。

 

その優れた武勇で主君を支えた時茂は1561年、つまり千歌たちがこの時代に来る1年前にこの世を去っている。そしてそのあとを17歳の若さで継いだのが、この信茂である。彼もまた父と同じく『大膳亮』を名乗り、父にも劣らぬ武勇を振るい、二代目の『槍大膳』として義弘を支えている。余談ではあるが、義弘やその父である義堯も彼の働きぶりを称えて義弘の妹を信茂の妻として嫁がせ、一門衆に加えている。

 

「ですが、我々の今までの北条との戦いを顧みれば全く勝ち目の無い戦と言うほどでも無いかと・・・。」

 

「だが負ければそれだけ損害を被るのだ。上総や安房は下総に比べるとかなり貧しいから損害を出せばそれだけ房総の民に負担をかけてしまうのだ。それ故にこの決戦は負けられん。」

 

義弘はまだ若く勝ち気な信茂を諌める。彼もまた民を思う名君であり、房総の民のことを考えて動いているのだ。

 

「お屋形様!お耳に入れたい事が。」

 

二人で話してるところにまた一人伝令が入ってきた。

 

「なんだ?北条の動きを掴んだか?」

 

「いえ、岩付の太田資正さまがこの国府台城にいらっしゃいまして・・・。」

 

「おお!資正どのが来てくれたか!!」

 

義弘はその言葉を聞くと表情が晴れやかになった。

 

 

「久方ぶりでござる、義弘どの。この太田資正、貴殿らをお助けするため岩付より馳せ参じた!!こたびの戦では我ら太田軍はお主の指揮下に入り、全力を尽くして共に氏康と氏政めを叩き伏せましょう!!」

 

「政虎どのの関東管領就任の儀以来だな、資正どの。かの名将太田道灌公の再来と謳われ、氏康めの攻勢を幾度にわたって凌いできたお主が来てくれたからには百人力よ!して、そちらの御仁はどなたかな?」

 

義弘は資正の隣にいる武将が何者であるのかをたずねた。

 

「ああ、この者はわしの親類でこの度北条家より離反した元江戸城代の太田康資どのだ。三十人力の怪力を持つ強者よ!そちらにいる若者は槍大膳こと正木大膳時茂どのの倅どのだな?実に見事な面構えよ!」

 

資正は自慢げに康資を紹介し、信茂を褒めた。信茂は照れ臭そうに資正に頭を下げた。

 

「それがしは太田新六郎康資でござる。この度の戦で氏康、氏政父子を破った暁には我が曽祖父、道灌の城であった江戸城の城主となることを認めていただきとう存じます!」

 

「もちろん認めるとも。しかし、道灌公の再来と道灌公のひ孫どのが来てくれるとはまさに鬼に金棒、虎に翼を与えたようなもの!この戦、我らの勝利もあり得ぬものではなくなりそうだな!」

 

「ふふふ、油断は禁物ですぞ義弘どの。氏康めはかなりの戦上手である故、心して臨みましょう。」

 

「うむ、わしらもあ奴らとは資正どのにも劣らぬほどの長き戦いを繰り広げておる故、用心はしておる。それより、酒を用意してあるので一献どうですかな?」

 

「おお、それはいいですな。では作戦を練りながらいただくとしようではないか!」

 

そして四人の将は奥の間へと消えていった。

 

 

 

 

一方で北条軍は江戸城に入城し、氏康を中心として作戦会議が行われていた。千歌たちはあくまでも氏政の馬廻なので、作戦会議には加わらずに氏政の陣で待機している。

 

「綱景さんと直勝さんの様子はどうだった?梨子ちゃん。」

 

千歌は梨子に綱景と直勝の様子を聞いた。

 

「うん、二人とも大丈夫とは言ってたんだけど・・・。」

 

作戦会議の前に二人と会った梨子は二人の様子を語るがその口調から、あまり芳しくないことが察せられる。

 

「でもさ、二人とも落ち着いてる性格なんでしょ?あまり無茶はしないと思うんだけどな。」

 

「分からないよ曜、普段大人しい人ほど追い込まれると予想できない行動を取るって綱成さんも言ってたよ。」

 

「ですが二人とも北条家の政治と軍事の中核を担う幹部ですのよ?理屈はわからないでもないですが、自分たちの立場を分かってるでしょうからそんな事はしないでしょうし、氏康さんもその様な状態の人たちを前線に出しはしないでしょう。」

 

千歌たちは綱景と直勝が無茶な事をしないかと心配していた。特に二人のもとで働いていた梨子は気が気でない様子であった。

 

「でも二人とも康資さんが里見に寝返った事をかなり気に病んでたみたいなの。特に綱景さんは娘さんが康資さんの奥さんだからもっと辛いと思う・・・。」

 

梨子がそう言ってため息をつくと、

 

「戻ったぞ。いったい何を話してたんだ?」

 

と氏政が陣に戻ってきた。

 

「あ、氏政さん。実は綱景さんと直勝さんのことが心配で・・・。」

 

梨子がそう言うと、

 

「まあ、梨子どのがそう案ずるのも無理もない話だ。しかし心配する必要はない。先陣は綱成どのと筆頭家老の憲秀、そして私たちの隊に任されることになった。直勝と綱景の隊は左備えに置いて、我らが里見軍とぶつかった際に奴らの横腹を突いてもらう手筈になっている。」

 

と、千歌たちに布陣図を見せた。

 

「おお!先陣って一番前で戦うんだよね!?腕がなるなぁ・・・!」

 

と千歌が息巻いていると、

 

「いや、先陣と言っても基本的に最前線に立つのは綱成どのの部隊で憲秀と私の隊は綱成どのの後に続く事になっているから、最前線に立つ事は無いだろうな。」

 

と氏政が付け加えた。

 

「なんだぁ~。せっかく活躍できるって思ったのに・・・。」

 

「落ち込まないの千歌ちゃん。こういうのは着々と手柄を立てるのが一番だよ。」

 

氏政の言葉を聞いてガッカリした千歌を曜が慰め、

 

「良かったぁ・・・。ルビィまだ一番前でなんて戦えないよ~・・・。」

 

千歌とは反対に、気の弱いルビィは少し安心していた。

 

「それで、私たちはいつ布陣するんですか?」

 

果南がたずねると、

 

「ああ、布陣は明日の早朝に行なうことになっている。そう言うわけだからお主たちは明日に備えて早めに寝るといい。」

 

と、氏政は千歌たちに早く休むように促し、千歌たちのいる場所から離れていった。

 

「じゃあ、私たちはそろそろ寝よっか。」

 

「そうだね、お休み千歌ちゃん。」

 

千歌たちは氏政が去っていったあと、それぞれ眠りについた・・・。

 

 

 

 

江戸城にいる将兵たちが寝静まった後、二の丸で何かを話している二人の男の影があった。

 

「・・・本当にいいのか、綱景どの。抜け駆けは軍規違反だぞ?」

 

「分かっています。しかし、私たちにはこれしか道は残されてないのです。」

 

「うむ。同じ江戸城代でありながら康資どのの離反を見抜けなかった我らの責は大きい。それを雪ぐには・・・。」

 

「ええ、明日の合戦で里見軍に奇襲をかけ、けじめをつけるのみ。」

 

「では手筈通りに明朝の布陣が終わり次第、江戸川を渡り里見軍を強襲しましょう。直勝どの、御武運を。」

 

「綱景どのもな。」

 

二人の壮年の将は悲壮な覚悟を胸に、自らの陣へと戻っていった。

 

 

 

 

 

そして翌日、1564年1月7日の早朝、北条軍のそれぞれの部隊は江戸川を前に布陣し、今は氏康の本陣で作戦の確認を行っている。今回の軍議には、氏康と氏政の指名でAqoursも加わっていた。

 

「ふああ~ねむ~い。どうして昨日の会議に出られなかったのに今日はわざわざ会議に出させられたのかしら。」

 

「鞠莉さん!せっかく氏康さんと氏政さんが直接私たちを指名して軍議に呼んでくださったのですからしっかりしなさい!」

 

「ほら千歌ちゃん、寝ちゃだめだよ~。」

 

合戦の前でもAqoursの面々はいつも通りであった。

 

「よし、主な隊の将は揃ったな?」

 

「いや、まだ綱景どのが来てませんよ父上。」

 

「そういや直勝どのも来てないぜ親父。」

 

氏照と氏邦が氏康に綱景と直勝の不在を指摘した。

 

「おかしいな、直勝と綱景どのが軍議に出ないなんてなんかおかしいぞ?」

 

綱成は真面目なことに定評のある盟友の直勝とその同僚であり、同じく真面目な綱景が軍議に出てこないことに疑問を感じていた。

 

「どうしたのリリー?顔色が悪いわよ?」

 

「大丈夫だよよっちゃん。でも、なんだか嫌な予感がするの。」

 

梨子は二人の上司がいないことに胸騒ぎを感じていた。するとそこに一人の伝令が駆け込んできた。

 

「た、大変です氏康さま!!」

 

「どうしたのだ?そんなに慌てて。」

 

「それが・・・、左備えの富永直勝さまの隊と、遠山綱景さまの隊が、江戸川を渡河して国府台に向けて進軍しています!!!」

 

「なんだと、直勝と綱景が!?」

 

氏康はその知らせに驚いた。彼らはそのような無茶な行動を今までしたことが無かったので、氏康は驚きを隠せなかった。

 

「綱景どのと直勝どのが!?いったいなぜ・・・?」

 

氏政が二人の抜け駆けに戸惑っていると、

 

「やっぱりそういう事だったんだ・・・。」

 

「梨子ちゃん?」

 

「梨子どの、そういう事とは一体なんなのだ?」

 

千歌と氏政は梨子の言葉の意図が読み切れず、たずねた。

 

「綱景さんと直勝さんは・・・、康資さんの裏切りを見抜けなかったことに責任を感じて死ぬ気なんだ・・・!」

 

梨子は恐る恐る昨日から予感していた、実現してほしくなかった彼らの行動を口に出した。

 

「ば、馬鹿な!綱景どのと直勝どのがそんな・・・!」

 

「いや、ありえなくもないぞ氏政。直勝も綱景どのも昔っから責任感の強い男だったからな、同僚の寝返りを見抜けなかったことに対する罪悪感は相当大きいもんだろうな。」

 

綱成は拳を震わせながらそう言うと、本陣の外へと歩き出していった。

 

「綱成、どこへ行くのだ!?」

 

「決まってるだろう!あの二人を連れ戻すんだよ氏康!!」

 

「しかし無茶だ綱成、いくらお前であろうと・・・。」

 

「じゃあ、二人を見捨てるってのかよ!!」

 

「そういうわけでは・・・!」

 

二人が睨み合っていると、

 

「ではそれがしの隊も連れ戻しに協力しよう。」

 

そう言って名乗り出たのは氏康の率いる本隊と行動を共にしていた清水康英だった。

 

「康英・・・!」

 

「いくら綱成どのとはいえ、二人の隊を後ろに退かせるのは難しいだろう。故にそれがしが綱景どのを連れ戻し、綱成どのは直勝どのを連れ戻す。それでよろしいですかな氏康さま。」

 

「うむ、問題ない。憲秀、綱成が抜けた分はお主が補ってくれ。」

 

「はっ!お任せくだされ!!」

 

「よし!予定より早いがこれより進軍を始め・・・。」

 

氏康が将兵たちに命令を下そうとしたところ、

 

「待ってください!!」

 

梨子が待ったをかけた。

 

「どうしたのだ?」

 

「あの、私を康英さんの隊に入れてくれませんか?私も綱景さんを連れ戻しに行きたいんです!!」

 

なんと梨子は康英の隊に入って、綱景の元へ向かうことを志願した。

 

「無茶だ梨子どの!初陣で敵の真っただ中へ飛び込むなんて!」

 

氏政は反対した。

 

「でも、私は・・・、私はいろんなことを優しく、丁寧に教えてくれた綱景さんを死なせたくないんです!!」

 

梨子は涙ながらに氏政に訴えた。

 

「・・・行かせてやれ氏政。」

 

「しかし父上!」

 

「お主の言いたいことは分かる。だが、女子とはいえこれほど強い覚悟を秘めた目をする者の想いに報いることも主君としての務めだ。それが危険なものであってもな。」

 

「・・・分かりました。」

 

「うむ。梨子どの、お主に康英隊に加わり綱景を連れ戻しに行くことを許可する!だが、何があっても必ず戻ってくるのだぞ!」

 

氏康の言葉に、

 

「はい!!ありがとうございます氏康さん!!」

 

と梨子はお辞儀をしながら礼を言った。

 

「梨子ちゃん、気を付けてね!!」

 

「うん、絶対帰ってくるよ。千歌ちゃん、皆!」

 

梨子はそうAqoursのみんなに告げると康英と共に去っていった。

 

「よし!これより進軍を開始する!!皆はそれぞれの陣へと戻り、速やかに前進せよ!!」

 

「「「おおお!!」」」

 

氏康の号令にその場にいた者は皆、鬨の声で応じた。

 

 

 

「よし、これよりわが隊は江戸川を渡り、綱景どのの隊に合流する!!いくぞ!!」

 

「「「おおおおお!!!」」」

 

康英は八尺の樫の木で出来た棒を掲げて兵士たちを鼓舞して、綱景隊に向かって進軍を始めた。

 

(お願い、綱景さん・・・、直勝さん・・・。二人とも死なないでくださいね・・・!)

 

梨子は綱景と直勝の生存を祈りながら、康英に着いて行く。

 

 

「行くぞお前ら!!必ず直勝を連れ戻して、この戦に勝ってみせるぞ!!」

 

「「「おおおおお!!!」」」

 

「よっしゃあ!!勝った勝ったあ!!!」

 

「「「勝った!!勝った!!勝った!!」」」

 

綱成もまた、直勝を救うために江戸川を渡り始めた。

 

 

 

1564年の1月7日の早朝、のちに『第二次国府台合戦』と語り継がれる合戦が始まろうとしていた。

 

果たして梨子は師とも言える綱景を救うことが出来るのだろうか・・・。




いかがでしたでしょうか?

初陣だというのに早速シリアスなことになってきました!

悲壮な覚悟を胸に先行する二人の江戸城代、宿敵との来たる決戦の時に向けて動き出す房総半島の雄と岩付よりやってきた孤軍の闘将、そして師を救うために危地へ飛び込まんとする一人の少女…。それぞれの想いや野望が戦場で交錯する!


この戦は無事に終わるのか?いえ、ただでは終わらせません!

この『第二次国府台合戦』は歴史好き以外にはあまり知られてないマイナーな合戦ですが、前半の山場の一つなので、「宿命戦」の名に恥じない壮絶なものとして描きたいと思っています!是非とも楽しみにしていてください!!


それでは次回もまたお楽しみください!!


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9話 国府台宿命戦 舅のけじめ

どうも、截流です。

今回は国府台合戦の第二回目です!!

果たして綱景と梨子は先行していった直勝と綱景を救うことは出来るのか!?



それではどうぞお楽しみください!!


「くそっ…!直勝の奴、いくら責任感じてるからってこんならしくもねぇ無茶しやがって…!!頼むから間に合ってくれよ!」

 

江戸川を渡った綱成は直勝の無事を祈りながら彼の部隊がいるであろう地点まで全速力で進軍していた。

 

「綱景さん…!どうか早まらないでくださいね…!!」

 

梨子もまた、綱成と同じように綱景の無事を祈りながら康英とともに江戸川を渡り綱景隊に向けて疾走する。

 

 

 

一方その頃…、

 

「よし、敵は城に向かって退いていってるぞ!このまま先陣の綱成どのらの正面にいる正木隊の横腹を突けば、敵は総崩れだ!」

 

「では直勝どの、私は背後まで回りましょう。横と背後を突かれればいくら勇猛で知られる正木隊とて耐え切れないでしょう。」

 

「綱景どのの言う通りだな。頼むぞ。この戦いで康資の寝返りによる責を雪いでみせる!」

 

「ええ!」

 

直勝と綱景は二人同時に敵に向かって進軍していたが、敵の先陣である正木信茂隊に奇襲をかけるために二手に分かれて進軍を続けた。だが、それが命取りとなった。

 

 

 

 

「ぐわああああああ!!」

 

「ぎゃああああああ!!」

 

突然、坂道の両脇の森の中から銃弾の雨が降り注ぎ兵士たちが次々と倒れていく。

 

「くっ、伏兵ですか・・・!急いで体勢を立て直してください!!」

 

綱景は突然現れた伏兵に少し動揺するも、冷静に混乱する部隊を立て直す。

 

「城に向かって退いたのはこのためだったか・・・、怯むな!突き進め!!」

 

直勝は北条家の最強の戦闘部隊である『五色備え』の一角を率いる将の一人なだけあって怯むことなくさらに前へ躍り出ていく。

 

 

 

 

「始まったか・・・!」

 

前方から鉄砲の轟音や兵たちの声、武器がぶつかり合う音が聞こえてきたことで、康英は綱景・直勝の両隊が戦闘を始めたことを察知した。

 

「綱景さんは大丈夫なんでしょうか・・・。」

 

梨子は不安げに康英に声をかけた。

 

「なあに、綱景どのは五色備えの面々に劣るとはいえど年季はかなりのものだからそれなりに持ちこたえられるだろう。だがあの旗の家紋は太田桔梗・・・となると相手は太田資正か康資であろうから総崩れになるのも時間の問題だ。急ぐぞ梨子どの!」

 

「はい!!」

 

康英と梨子はさらに馬の速さを上げた。

 

 

 

一方、綱成隊では、

 

「くそ、始まっちまったか・・・!」

 

苦虫を潰したような顔で綱成が呟くと、

 

「まあまあ、そう焦るなよ綱成。あの直勝がそう簡単にくたばるわけないだろ?急ぐのはいいが、肝心のお主が焦っていては成し遂げられることも成し遂げられんぞ?」

 

五色備えの『赤備え』の大将である綱高がたしなめた。

 

「むむ、確かにそうだな。あいつが簡単にくたばるわけがねえ・・・。よし!直勝、あと少し持ちこたえろよ!!俺たちが今すぐそっちに行くからな!!」

 

「おう!!突っ走るぞ綱成!!」

 

そう言って、綱成たちもさらに速さを上げて直勝のもとへ向かっていった。

 

 

 

 

 

「ちっ・・・。流石に一度動揺した軍勢を立て直すのは難しいか・・・!」

 

直勝は馬上で刀を抜いて奮戦していたが、徐々に状況が悪化していくのを止めることが出来ないでいた。

相手の士気が高いのもそうだが、里見軍に地の利を取られてるのが劣勢である理由だった。国府台はその名の通りの台地であり、国府台城に攻め上がるには坂を上らなければならないのだが、山や丘で合戦をするときはどちらが相手よりも上の場所を取れるかで勝敗が決まってくるのだ。故に、坂を上って攻める北条軍より坂を駆け下りて迎撃する里見軍の方が地の利に恵まれていると言える。

 

そして、奮戦している直勝を木の上から狙っている男の姿があった。

 

「ふふふ・・・。北条五色備えの一角である『青備え』の富永直勝、ここで消えてもらうぞ・・・!」

 

資正はそう言って弓を引き絞り、直勝に向けて矢を放った。彼は弓の名手であり、放たれた矢は一寸の狂いもなく直勝の首へ飛んでいった。

 

(終わりだ!!)

 

資正が勝利を確信したその一瞬、

 

 

 

「どおおりゃあああああああああああ!!!」

 

なんと直勝の前に一人の男が走って来て、さらに資正が放った矢を切り捨てたのだ。

 

「なにっ!?馬鹿な、俺の矢を切り伏せるなんて・・・!」

 

資正は唖然とした。

 

「直勝、大丈夫か!!」

 

「綱成どの、何故ここに…!?」

 

直勝はその声を聞き、振り返ってみると驚いた。何故なら、先陣にいるはずである綱成がいるのだから。

 

「言いたいことは山ほどあるが話は氏康んところに戻ってからだ!お前ら!!青備えと江戸衆の連中を援護しろ!!」

 

綱成がそう叫ぶと、

 

「「「うおおおおお!!!」」」

 

「「「勝った!!勝った!!勝ったあああ!!!」」」

 

と、綱成の直属部隊である黄備え隊や玉縄衆の兵士たちが雪崩を打って里見軍に打ち掛かった。

 

「くっ…!さすがにまずくなってきたな。ここは一旦正木隊に合流して…。」

 

と資正が撤退しようと木から飛び降りようとするも、

 

「直勝を狙った奴はそこの木にいるぞ綱高!」

 

「本当か!よっしゃ任せろぉ!!」

 

綱高がそう言うと同時に資正が乗っている木を思い切り何回も蹴りつけた。綱高も綱成に負けない程の猛将であるため、その力は凄まじく、木から飛び降りようとしていた資正はバランスを崩して落ちてしまった。

 

「ぐあっ!くそっ、馬鹿力め…。」

 

「あっ!お前は!!」

 

「太田資正じゃねえか!!」

 

資正を見て綱成と綱高は驚いた。だが二人とも数多の戦場を潜り抜けて来ただけあって、ただ驚いているだけというほど判断力は低くなかった。

 

「よっしゃあ!その首貰ったぁ!!」

 

「こんな形ですまねえがここでぶっ倒させてもらうぜ!!」

 

そう言って二人は刀を抜いて資正に飛びかかった。資正も二人に負けない程の勇士であり、二人の攻撃をなんとか躱していた。

 

「くそっ、こいつら相手は流石に不利すぎるな…。ならば!」

 

そう言って資正は首から下げていた笛を鳴らし、一帯にピィー!という鋭利な音が鳴り響いた。すると次の瞬間、

 

『ワンワン!!』

 

なんと十数匹程の犬がどこからともなく現れて綱成と綱高に飛びかかってきたのだ。

 

「うわ!なんだこの犬!!」

 

「くそっ!!離せ!どけっておい!!」

 

綱成と綱高は突然現れた予想もしなかった新手に四苦八苦していた。

 

「ふん。流石の俺も五色備えのうちの三人とまともにやり合うのは無理なんでな、ここらで退かせてもらうぞ!源五郎、しばらくこいつらの足留めをしてくれ!皆の者!撤退だ!!国府台城へ退けぇ!!」

 

自らの名前をつけた犬に綱成たちの足留めを命じた資正は、自らの部隊に撤退を指示して、自らもまた城に向かって走り去っていった。

 

「くそっ!この犬っころどもめ!!痛てててて!」

 

「うわわ、噛むな噛むな!資正め、まんまと逃げやがって!!」

 

資正の姿が見えなくなると、また笛の音が響いてきた。すると犬たちはピタリと綱成と綱高への攻撃を止めて資正が走り去っていった方に向かって走っていった。

 

「ふぅ、酷い目にあったぜ…。」

 

「だが、直勝は無事で済んだから良しとしよう。」

 

「すまない、綱成どのに綱高どの…。」

 

直勝が二人に謝ると、

 

「水臭いぞ直勝どの!俺たちは五色備えの仲間たちじゃないか!なぁ綱成!」

 

綱高は笑いながらそう言って、

 

「ああ、そうだな。本当に無事で良かった。とにかく言いたいことは山ほどあるが、それは氏康のとこに戻ってからにしよう。とりあえず富永隊も俺たち玉縄衆も全軍、本陣へ退くぞ!!」

 

綱成は本陣への退却を二人に促した。

 

「「ああ!」」

 

二人も綱成の言葉に応えて、将兵たちをまとめて江戸川に向かって引き返した。

 

こうして綱成隊による富永直勝の救出戦は、直勝の部隊に大きな損害が出たが無事に終わった。

 

 

 

一方、康英と梨子の方は…、

 

「よし、そろそろ綱景どのと太田隊がぶつかってるところに着くぞ!」

 

「はい、康英さん!それで、綱景さんはどうやって探しましょう…?」

 

梨子が康英にたずねると、

 

「とりあえずそれがしたちが暴れまわって敵の注意を惹き付ける。その間に梨子どのは何人か護衛を付けるから綱景どのを探して合流してくれ!」

 

と、樫木棒を構えながら梨子に指示を出した。

 

「分かりました!では康英さん、お願いします!」

 

「うむ、そちらも武運を祈る。よしお主ら!なんとしてでも梨子どのを守るのだぞ!」

 

「「「はっ!!」」」

 

「よおし、皆の者!!我ら伊豆の武士の力を太田の者どもに見せつけてやろうぞ!!」

 

「「「おお!!」」」

 

そう言って康英は里見軍の真っ只中に飛び込み、樫木棒を縦横無尽に振り回して里見の兵士たちを打ち払った。

 

「では行ってきます!康英さん!!みなさん、ついてきてください!!」

 

「「「はっ!!」」」

 

梨子は康英たちが暴れ始めたのを見届けると、康英から付けられた10人程の護衛に声をかけて康英隊から離脱していった。康英もまた、綱景を探しに走っていった梨子を見届け、敵兵に梨子を追わせないようにさらに敵陣の奥深くに飛び込んでいった。

 

「太田新六郎康資はどこだ!!この中に太田新六郎康資という男がいるであろう!いるのならば出てきて尋常に勝負せよお!!!」

 

康英はそう怒鳴って樫木棒を振り回しながら坂を駆け上がった。すると前から、

 

「おお、その声は伊豆の清水太郎左衛門康英だな!?俺はここにいるぞ!!」

 

と馬上で刀を手にした康資が康英の声を聞いて躍り出てきた。康英は康資の姿を見るや否や、

 

「康資ぇ!!お主、氏康さまや氏政さまから身に余るほどの大恩を受けながら、私利私欲で敵に寝返るとは不届き千万!この康英の樫木棒で成敗してくれる!!」

 

と康資めがけて馬で突進しながら樫木棒を横殴りに振るって殴りつけた。康資は刀でその攻撃を受けるが、康英もまた怪力の持ち主であったので、康資の刀を鍔ごと刀身を叩き割ってしまった。

 

「うおおっ!?」

 

康資はなんとか康英の攻撃を躱すと、馬首の向きを変えて坂の上に引き返した。それを見て康英は、

 

「ふん、裏切り者の太刀は実に粗末なものだな。」

 

と言ってその場から走り去っていった。

 

康資はこの康英の罵声を背に受けて怒りに燃え、康英と同じように樫木棒を持って戦場に戻ってきた。

 

「おのれ康英めえ!!棒ならば俺も負けんぞ!!出てこい康英えええええ!!!」

 

康資は康英への怒りで躍起になり滅多やたらと棒を振り回して戦場を暴れまわった。その時の康資は怒りで我を忘れ人だけでなく、馬でさえも無差別に殴りまわっていたという。

 

 

 

 

康英と康資が一騎討ちを繰り広げていた頃、梨子は護衛たちと一緒に綱景を探し回っていた。何人か敵兵と出くわすこともあったが、その度に護衛と一緒に協力して打ち倒しながら進んでいった。

 

「綱景さーん!!どこですかー!返事をしてくださーい!!」

 

梨子は声を腹の底から振り絞って綱景を呼び続ける。そして、康英の所から離れて4、5分ほど経った頃、

 

「その声は梨子どのですか?私はここですよ!!」

 

と梨子の声に反応した綱景の声が聞こえてきた。梨子がその声がする先へと向かうと、何人かの部下と一緒に木陰に座って休んでいる綱景の姿があった。

 

「・・・綱景さん!!よかった・・・、無事で本当によかった・・・!」

 

綱景を見て梨子は声を震わせながら綱景の無事を喜び、馬から飛び降りて綱景の側へ走り寄っていった。

 

「ははは・・・。心配をかけてしまったようですね。」

 

「はい!本当に心配したんですよ・・・!」

 

「ええ。私が言い出しっぺなんですが、流石に抜け駆けをするなんて無茶が過ぎましたね。氏康さまになんて申し開きをしたらいいか・・・。しかも梨子どのを初陣なのにこんな戦場の真っただ中に来させてしまうなんて恥ずかしい限りですね。」

 

と綱景が苦笑いして言うと、

 

「そんなことないですよ、綱景さん!あなたが生きていればそれでいいんです。さあ、氏康さんの本陣に戻りましょう!」

 

梨子はそう言って綱景の手を引こうとするも、

 

「・・・その気持ちは嬉しいのですが、それは出来ません。」

 

と言って梨子の手を振りほどいた。

 

「え?どうしてですか!?」

 

梨子は綱景の言葉が理解できなかった。綱景が梨子の手を振り払ったことはこの戦場に残ることを意味していた。そしてそれはこの戦場で命を散らさんという綱景の覚悟が滲んでいた。

 

「どうして、ですか。簡単に言ってしまえば『けじめ』ですかね。」

 

「けじめ?」

 

「はい。私が康資どのの妻の父であることは知ってますね?私と康資どのは家族同士です。家族が何か罪を犯したらそのけじめをつけるのもまたその家族の役目なのです。」

 

綱景は諭すように梨子に言った。

 

「分かりません・・・。私には分かりません・・・!どうして綱景さんはそうも死に急ごうとするんですか!?そんなけじめのつけ方なんて間違ってます!!それならもっと働くとか命を捨てない方法でけじめをつけましょうよ・・・!」

 

梨子は涙ながらに綱景に訴えた。

 

「・・・そういえば梨子どののいた時代にはもう武士はいないと言っていましたね?」

 

「は、はい・・・。」

 

「それならば分からないのも無理もありません。梨子どのの時代にはもう我ら武士のように命で償う事をしなくても罪は法で裁き、罰を以て罪人(つみびと)を償わせるという文化が出来上がっていましたね。それほど成熟した文化を持ち、泰平の世に生きるのならば確かに我々の考えが理解できないのも当然です・・・。」

 

「・・・。」

 

「ですがこれだけは憶えておいてください。何故私たちがここまでするのか、それは『意地』があるからなんですよ。」

 

「意地・・・ですか?」

 

綱景は梨子の言葉にうなずくとさらに続けた。

 

「ええ、我ら武士が意地や誇りに命を懸けるように、あなた達もスクールアイドルとしての誇りがあるからこそ、人々を楽しませるために全力で歌って踊るのでしょう?形こそは違えどその根底には似た物があると私は考えるのです。」

 

「武士とスクールアイドルが、似ている・・・?」

 

梨子がそう言うと綱景は無言でうなずいた。

 

「それでも・・・、それでも私はあなたを見殺しになんてできません!!あなたがここで死ぬというのなら私もここで一緒に・・・!!」

 

梨子が綱景と共に死ぬ、と言おうとすると、綱景は梨子の頬を思いっきりはたいた。

 

「馬鹿な事を言わないでください!!あなたはこの時代の人間ではないのですよ!?あなたには帰るべき時代や場所が、そして一緒に帰るべき人たちがいるのです!!あなたは一時の感情でその全てを捨てると言ってるのですよ!?梨子どのが死ねばあなたの仲間たちがどれだけ悲しむと思ってるんですか!!!」

 

いつもは温厚な綱景が感情的になって怒ったことに梨子や部下たちは驚きを隠せなかった。

 

「それにあなたはまだ若いのですよ?それなのに無駄に命を散らせてはいけません。あなたはあなたのため、そして千歌どのたち友垣やご両親、そしてあなた方の歌や踊りを楽しみにしている方々のために生きなくてはならないのです。」

 

「・・・はい。」

 

梨子が綱景の言葉に返事をすると、

 

「綱景さま!!太田康資が近くで暴れているとのこと!!」

 

と伝令が駆け込んできた。その言葉を聞いた綱景は先ほどまで梨子を諭していた温厚な顔から一変して歴戦の勇士の顔に変わった。

 

「綱景さん、本当に行っちゃうんですか?」

 

「・・・ええ。暴れている娘婿を宥めるのも舅の務めですからね。」

 

梨子は綱景の言葉を聞き、その背中を見て、もう彼を止めることは出来ないと悟った。悟った瞬間、梨子の目から涙が溢れ出したが、梨子はそれを拭い、つとめて明るい声で、

 

「絶対に帰ってきてくださいね!!」

 

と言った。綱景はその言葉を聞いてから、

 

「ええ、行きなさい。・・・そして強く生きろ、『梨子』。」

 

と振り返ることなく梨子に言い残して再び戦場へ走っていった。

 

「・・・止めなくてもよかったんですか?」

 

護衛の一人が梨子に確認したが、

 

「いいんです。もう私には止められないし、止めるのは綱景さんに失礼ですから。」

 

と言って馬に乗った。

 

「さあ、康英さんと合流して本陣に戻りましょう!!」

 

と護衛たちと共に康英のもとへ走っていった。先ほど梨子に声をかけた護衛の一人は、梨子の顔に涙が伝っていたのを見ていたが、それを口にはしなかった。

 

 

 

 

 

「うおおおお!!康英え!出てこい、尋常に勝負しろおおおお!!!」

 

康資はまだ戦場で暴れまわり、康英を探していたが、彼は既に別の場所に移動しており姿を見せることは無かった。だがそこに、

 

「新六郎!お主の武勇、実に見事なり!!」

 

と声が聞こえてきて康資が振り返ると、そこには馬に乗った綱景がいた。

 

「おお!これは義父(おやじ)どの・・・、いや遠山丹波守綱景どのではないか!!」

 

と康資は不敵な顔で答えた。

 

「うむ、実に見事な働きではあるが、御本城さまを私利私欲で裏切った挙句に何の罪もなき馬まで打ち据えるとは何事か!!」

 

と綱景は康資を叱り飛ばした。

 

「ほう・・・。そう仰るなら馬なんぞより、北条家に名高い義父(おやじ)どのの首を取り、里見殿への手土産にしてやろう!!」

 

と綱景の方に馬首を向けた。

 

「来るがいい新六郎!!武士の信義や情けを知らぬ娘婿を誅するのも舅の務めよ!!」

 

綱景も馬上で刀を抜き放ち、康資に向かって馬を走らせた。康資もまた樫木棒を構えて綱景に向けて馬を突進させた。

 

 

(すいません梨子どの。絶対に帰るという約束、破ってしまいそうです。娘のようなあなたにこのような辛い思いをさせてしまった私が言えた言葉ではありませんが、元のあなたが暮らしていた平和な時代に戻るまでの間、強く生き続けてくださいね・・・!)

 

 

「うおおおおおおお!!!」

 

「でりゃあああああああ!!!」

 

二人は互いの武器が届く範囲に入ると同時に互いに全力で武器を振るった。

 

そして、二人がすれ違った。その瞬間、

 

 

 

 

綱景の兜が砕け散り、綱景の体は大きく吹き飛んで頭から地面に落ちた。

 

 

 

 

康資は綱景が地面に落ちるのを見た時、脳裏に綱景の娘である妻の姿がよぎり、そのまま綱景の首も取らずに国府台城へと退き返していった。

 

「おのれ!!綱景さまの仇!!」

 

綱景の部下たちは主君の仇を討たんと康資に挑みかかるが、すべて返り討ちにされた。

 

そして父の死を聞いた綱景の長男である遠山隼人佐(はやとのすけ)や、もう一人の娘婿である舎人経忠といった重臣級の武将も彼に殉じるように討ち死にしていった。

 

 

(これでいい・・・。これでよかったのです・・・。)

 

綱景は康資に頭を殴られ、地面に落ちる一瞬、そう呟いて満足そうに笑って死んでいった。

 

康資が去ったしばらく後に梨子を探していた康英は綱景の死を知らされ、彼の亡骸の側までやってきた康英は安らかな顔をしていた綱景に涙ながらに手を合わせ、綱景の率いていた兵士たちをまとめて梨子と合流し、本陣へと戻っていった。

 

 

 

 

 

北条家の三家老の一人にして、江戸城の城代として北条氏康と氏政に仕え、江戸の開発に全力を尽くした重臣である、遠山丹波守綱景は、梨子に乱世に生きる武士の厳しさを教え、暁の空に散っていった。




いかがでしたでしょうか?

梨子の師匠であり、父親のような存在であった綱景は、史実でもこの『第二次国府台合戦』で討ち死にしました。軍記物ではこの物語と同じように娘婿の太田康資に討ち取られたという記述があるそうです。

まさに綱景は師として、そして父のような存在として梨子に乱世の厳しさを身をもって教えたと言えます。


そして次回は、いよいよ氏政の隊にいる千歌たちの戦いが始まります!果たして千歌たちはどのような活躍を見せるのか!?




それでは次回もまたお楽しみください!!


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10話 国府台宿命戦 初めての戦場

どうも、截流です!!

今回はいよいよ千歌ちゃんたちが初めて本格的に戦闘に参加します!!果たしてうまく描写できるか不安ですが、見守っていただけると幸いです!!



それではどうぞお楽しみください!!


梨子たちが綱景と直勝の救出に尽力していた時、綱成に代わって先陣を任された松田憲秀は、里見軍の先陣である正木信茂の部隊と戦闘を繰り広げていた。

 

「綱成どのに代わって先陣を引き受けたのはいいが・・・、槍大膳は死んだのではないのか!?話が違うではないかぁ!!」

 

憲秀が率いる松田隊は、松田家の領地が北条家の家臣の中でも最大規模を誇ることから一門衆以外の家臣の中では1、2を争う兵力を有していたが、信茂による苛烈な攻勢と太田資正と康資が綱景と直勝の部隊を奇襲し、追い詰めてるとの知らせを受けて兵士たちの士気が上がっていたことから、数で劣る信茂隊に押されっぱなしだった。

 

「ったく、これだからもうちっと兵たちの鍛錬をしとけって言ったのによお!!」

 

そう言って群がる里見軍の兵たちを次々となぎ倒していく赤い鎧に身を包んだ荒武者の名は、松田康郷という。彼は憲秀のいとこであり、力自慢で知られた猛将であった。

 

「そうぼやくな康郷。我が隊の練度もそこまで悪いものではない。綱景どのや直勝どのの隊が逆に奇襲されたことが敵にとっての活力になってしまったようだな。それに敵将の正木信茂の武勇は、まだ若いというのに父である正木時茂にも劣らないというではないか。」

 

そう敵を分析しながら康郷と共に敵を倒しているのは康郷の兄で、同じく憲秀のいとこである松田康長で、彼は評定衆に所属している。弟とは対照的に落ち着いた性格で主に内政面で活躍しているが、戦の腕もなかなかのものであった。

 

「憲秀どの、これ以上は兵の士気が保たない!一旦後ろに下がるべきだ!」

 

「う、うむ・・・。分かった!ここはいったん退こう!!松田隊、全軍引き返せ!!」

 

康長の提案を受けて憲秀は退却を兵たちに命じた。そして松田隊が撤退していくのを見た信茂は、

 

「よし!!敵は退いていってる!!このまま追撃するぞ!!」

 

と北条軍にさらなる打撃を与えるためにさらに軍勢を前に進めた。

 

 

 

 

 

「そうか、ご苦労であったな。お主も憲秀の陣に戻って休んでくれ。」

 

憲秀からの伝令から松田隊が撤退したという知らせを聞いた氏政は伝令を労って下がらせた。

 

「まずいことになりましたな氏政さま。」

 

「ここは危険です!!我らも陣を下げなくては・・・!」

 

と氏政の部下が後ろに下がることを進言した。それを聞いて氏政は、

 

「いや、ここは打って出るぞ。」

 

と部下たちに命じた。

 

「な!?」

 

「危のうございます!!敵は遠山・富永隊を退け、さらに松田隊を蹴散らして勢いに乗っているのですぞ!!勢いに乗っている敵に挑むのは下策にございます!!」

 

部下たちは真っ先に反対した。相手の士気は最高潮、さらにそれを率いるのは若き猛将と名高い正木信茂である。真正面からぶつかり合えば大損害を被るのは日の目を見るより明らかであった。

 

「何か策はあるのですか?」

 

ダイヤが訝しげにたずねると、

 

「否、これといった策はない。だが、敵が勢いづいているのはよく分かる。」

 

と氏政は兜の緒を締めながら言うと、

 

「そ、それってルビィたちは大ピンチってことですよね・・・?」

 

とルビィは今にも泣きだしそうな顔で氏政に問いかけた。

 

「うむ、確かに敵が勢いづいているという事は我らにとっては非常に不利な状況なのは明白だ。だが、逆に考えてみよ。敵は勢いづいてるだけに長きにわたって戦い続けていることが分かる。そこが絶好調に見える奴らの弱点よ。」

 

と氏政は床几から立ち上がっていった。ルビィをはじめ、千歌たちは氏政の言葉の意図を読めなかったが、

 

「そうか!!」

 

と曜が何かに気付いた。

 

「どうしたの曜ちゃん、何が分かったの!?」

 

と千歌が曜に何が分かったのかをたずねた。

 

「簡単な事だよ千歌。今私たちの所に迫って来てる正木さんって人の軍勢は朝からずっと戦いっぱなしで、私たちは今までここで待機していた・・・。ここで相手と私たちに出てくる違いは体力だよ!」

 

果南は腕に力こぶを作って千歌たちに力説した。

 

「果南ちゃんの言う通り、相手はたくさんの部隊と戦ってそれを破ってきたけど、その分私たちよりもずっと疲れてると思うんだ。氏政さんはそこを見抜いていたから今が攻撃するのに一番適してるって思ったんだよ。そうだよね氏政さん?」

 

曜はみんなに自分が予想した氏政の考えを分かりやすく説明し、それが合っているかを氏政に確認した。

 

「ああ、果南どのと曜どのの言う通りだ!敵は勝ちに乗じて戦い続けて我らよりも著しく疲弊している、そこを叩くのだ!」

 

と氏政は刀を空に掲げて声を張り上げていった。刀身に光が反射しているせいか、その姿は実に雄々しく見える。

 

「待たせたな千歌どの、いよいよお主たちの出番だぞ!」

 

と氏政が千歌に向かって微笑みながら言うと、

 

「は、はい!!」

 

と千歌は目を輝かせながら返事をした。

 

「皆の者、覚悟をきめろ!ここが我らの正念場だ!!ここでの働き次第でこの戦の趨勢が決まると思え!!」

 

と氏政は兵士たちに指示を出す一方で、

 

「いよいよお主たちの本格的な初陣の時がきた。覚悟はできているな?」

 

と千歌たちに聞いた。

 

「「「「「「「「・・・はい!!」」」」」」」」

 

千歌たちは頷いた。いつもは臆病風に吹かれているルビィもそれなりに覚悟を決められたようだ。

 

「よし、ではお主らに作戦を伝える。そこまで難しいものではないから気構え無くてもいい。まずは敵を惹きつけてから鉄砲隊の一斉射撃を浴びせる。それを受けて敵の動きが止まったら次は弓隊が一斉に奴らに矢を射かける。この二つの攻撃を繰り返し、敵の勢いを削いだらいよいよ突撃だ!とにかく前に出て敵を押し返すのだ。だが深追いはするなよ、ほどほどに追い回すほどで十分だ。」

 

氏政は千歌たちAqoursや部下たちに作戦を伝えた。

 

「「「はっ!!!」」」

 

作戦を聞いた部下たちは駆け足で自分の持ち場へ走っていった。

 

「さて、いよいよお主たちにも本格的に働いてもらうことになるが問題ないな?」

 

氏政が千歌に聞くと、

 

「はい!何でも言ってください!!」

 

と答えたのを聞いてから、

 

「そうか。ではまずダイヤどのは弓隊に就いてくれ。次に千歌どの、曜どの、果南どのは徒武者(かちむしゃ)隊と共に突撃してくれ。鞠莉どのは騎馬隊を率いて突撃だ。善子殿には10人ほど兵を貸し与えるから風魔より学んだ戦術を用いて敵陣を攪乱してくれ。」

 

「ふふふ・・・。風に潜む魔の力を得たヨハネにかかればお安い御用ね・・・って善子言うなあ!!」

 

「あの・・・、氏政さん。ルビィと花丸ちゃんは何をやればいいんですか?」

 

氏政に指名されなかったルビィは何をすればいいのかを聞いた。

 

「ああ、ルビィどのと花丸どのは私の側にいてくれればいい。」

 

「それだけでいいずら?」

 

「もちろん私が出るときは一緒についてきてもらうぞ。」

 

「ぴぎぃ!?大丈夫かな・・・。」

 

「大丈夫だよ。おらがついてるずら!」

 

不安になるルビィを花丸が励ますと、

 

「氏政さま!敵が近づいてきております!!」

 

と伝令が氏政に敵の襲来を伝えた。

 

「よし!では千歌どの達も配置についてくれ!!」

 

「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

「氏政さま・・・。」

 

鉄砲隊を指揮する氏政の部下が不安そうに言うと、

 

「まだだ。まだもう少し引き寄せろ。」

 

と命じた。

 

敵は少しづつ近づいてくる。一歩・・・、二歩・・・、三歩と・・・、そして相手方は何もしてこないのを怖気づいたと判断したのか走ってきた。

 

「よし今だ!放てええ!!」

 

氏政が軍配うちわを振るって叫ぶと、鉄砲隊の一斉射撃が始まり辺り一帯を轟音で包み込んだ。

 

「「「ぐあああ!!」」」

 

敵兵が少しづつ倒れていくのを見ると氏政は、

 

「弓隊放て!!敵に矢の雨を降らせよ!!」

 

ともう一度軍配うちわを振るった。それを聞いてダイヤは、

 

「この黒澤ダイヤの誇る強弓・・・、受けてみるがいいですわ!!」

 

と言って矢を放った。矢は他の弓兵が放ったものと一緒に放物線を描いて敵陣に降り注いで、敵兵の一人に刺さった。ダイヤはそれを見ると、

 

「ふふ、私にかかれば造作もありませんわ!もっと行きますわよ!!」

 

とさらに矢をつがえて次々と矢を放つ。

 

そして鉄砲隊の一斉射撃と弓隊による矢の雨を交互に受け続けた里見軍の勢いが少しづつ減っていき動きが止まると、氏政はそれを見逃さなかった。

 

「敵の勢いが止まったぞ!!この機を逃さず全力で敵を打ち破れ!!突撃せよ!!!」

 

氏政が軍配うちわを前に向けると、

 

「「「おおおおおおおお!!!」」」

 

と氏政隊の兵士たちは鬨の声を上げて、里見軍に向かって突っ込んでいった。

 

「よーし!私たちも行こう!!」

 

「うん!」

 

「そうだね、私たちも負けてられないからね!!」

 

千歌たち三人も負けじと突っ込んでいった。

 

この氏政隊の攻勢を受けて、正木隊の兵士たちは驚いて押し返そうとするが、ただでさえ疲労困憊なうえに、氏政は戦の腕では弟の氏照や氏邦に劣るからその配下たちも弱いと思っていたが予想外に精強であったので、その強さと勢いに驚いて今まで通りの戦いが出来なかった。

 

「うおお!!普通魔人ちかちーの槍捌きを喰らえー!!」

 

と千歌は槍を滅多やたらと突き出して敵兵をなぎ倒していき、

 

「ヨーソロー!!千歌ちゃん、あんまり前に出すぎると危ないよ!」

 

曜も千歌をたしなめながらもノリノリで敵兵を打ち倒していく。

 

 

「おいおい!なんで北条軍に女がいるんだ!?」

 

「分からねえよ!でも女にしちゃ少し強すぎねえか!?」

 

里見軍の兵士たちは奮戦する千歌たちを見て戸惑った。そもそも戦場に女がいることなんて普通はありえない(例外はいるが)ので戸惑うのも無理は無い。里見軍が戸惑う一方で氏政隊の兵士たちは、

 

「あんな嬢ちゃんたちが戦ってるんだ俺たちも負けられねえな!」

 

「ああ、あの子たちを死なせちまったら一生の恥だ!!みんな!!あの嬢ちゃんたちを討たせるなよ!!」

 

と男特有の負けず嫌いな性分と、女を死なせちゃならないという庇護欲が混ざりあって今までの合戦とは比べ物にならないほどの爆発力が生まれた。

 

だが、士気が上がるのは敵兵も同じで、

 

「おい、あいつらを生け捕りにしたら捕虜としてかなり高く売れるんじゃねえか!?」

 

「ああ、それになかなか顔もいいしな!」

 

「売る前につまみ食いするのも悪かねえよな!!」

 

と、ゲスなものではあるが勢いを取り戻した何人かの兵が千歌たちに向かっていくと、

 

「どりゃああ!!勝った勝った!!」

 

と何者かが風のように走って来て薙刀を振り回して敵兵たちを一瞬でなぎ倒した。

 

「ふふふ、綱成さん直伝の武術の味はどうかな?」

 

と微笑んで敵に言ったのは果南であった。

 

「すごいよ果南ちゃん!今のどうやってやったの!?」

 

千歌が目を輝かせて果南にたずねるが、

 

「話は後で。今は合戦の最中だからね。」

 

と言って前へ走り去っていき、千歌と曜もそれに着いて行った。

 

 

 

 

「よし、そろそろ頃合いだな。」

 

徒武者隊が敵を少しづつ押し返しているのを見た氏政はそう呟いて、

 

「鞠莉どの!騎馬隊を率いて敵陣を縦横無尽に引っ掻き回してくれ!!」

 

と鞠莉に命じた。

 

「イエス、ボース!!行くわよみんな!マリーについてきてちょうだい!!」

 

と鞠莉が走り出すと、

 

「「「おおおおお!!!」」」

 

と騎馬隊がその後ろに続いていった。

 

「あれ?善子ちゃんはどこいったずら?」

 

「ほんとだ、さっきまでここにいたのに。」

 

と花丸とルビィが辺りを見回すと、

 

「ああ、善子どのならば徒武者隊が突撃していったのと一緒に敵陣を攪乱しに行ったぞ。」

 

と氏政が言った。

 

「えええ!?気づかなかった・・・。」

 

「善子ちゃんすごいずら・・・。」

 

それを聞いたルビィと花丸は目を丸くした。

 

「忍びとしての才が皆無であったとはいえ、風魔党の攪乱戦術や破壊工作などと言った戦場における影働きのほぼ全てを体得したのだ。その力はまさに敵を恐怖に陥れる魔となるであろうな。」

 

と氏政は呟いた。

 

 

 

 

 

その頃戦場では・・・、

 

「くそ!北条軍の奴ら強すぎるだろ!!」

 

「ああ、このまま正面から戦うのは無謀すぎる。とにかく迂回して本陣を狙おう!」

 

と、正木隊のうちの2、30人ほどの兵士たちが氏政のいる本陣に奇襲をかけるべく迂回していた。

 

「いくら我らを押している氏政でもこれには気づけまい!がははは!」

 

とその隊の大将と思わしき男が高笑いしてると、彼らの足元に5個ほどの煙玉が転がって来て煙を噴き出した。

 

「な、なんだ!?敵襲か!」

 

「煙玉です!!前が見えません!!」

 

「分かっておるわ!だがそれは敵も同じこと、皆の者散開するな!一塊になれ!!」

 

と大将が指示を出す。だが、

 

「ぐわ!」

 

「ぎゃあ!!」

 

と次々と部下の悲鳴が聞こえてきた。

 

「馬鹿な!!敵も我らの姿は見えないはず!!」

 

「分かりません!ですが我らの兵がやられているのはじじtぎゃあ!!」

 

大将の側にいた側近と思われる男も遂に討たれ、気づけば全く悲鳴が周りから聞こえなくなっていた。

 

「くそ・・・おのれ出てこい!!煙に姿を隠して我が部下たちを殺めるとは卑怯なり!!武士としての誇りがあるなら今すぐわしの前に出てきて尋常に勝負せよ!!」

 

大将は刀を抜いて叫ぶが、

 

「お断りよ。だってヨハネは武士じゃなくて堕天使なのだからあなたのようなむさ苦しい男と一騎討ちする必要なんてないじゃない。」

 

とどこからともなく声が聞こえてきた。

 

「貴様が部下たちをやったのか!その声は女だな、出てこい!!女とて容赦せぬぞ!!」

 

大将はさらに怒りで顔を赤くして叫ぶが、

 

「言ったでしょ?一騎打ちする必要なんてないって。」

 

と、また別の方向から声が聞こえてきた。その言葉を聞いて堪忍袋の緒が切れた大将は、

 

「おのれ馬鹿にしおってえええ!!!ならばわしが貴様を葬ってくれるわ!!」

 

と我を忘れて刀を振り回すが、手ごたえは何一つ感じなかった。だが、しばらくすると喉のあたりに違和感を感じ、触ってみると首にクナイが刺さっていたのだ。

 

「な・・・、馬鹿・・・な・・・!」

 

男はそう呟くと地面に倒れ伏した。

 

「き、貴様・・・、なにも・・・の・・・。」

 

最期の力を振り絞って大将が聞くと、

 

「私はヨハネ。風に潜む魔より新たな力を授かった堕天使よ。」

 

と返ってきた。

 

「風に潜む魔・・・。風・・・魔か・・・。」

 

と言うと大将は事切れた。しばらくすると煙は風に流され消え去り、善子と氏政から与えられた兵士たちが姿をあらわにした。

 

「すげえ、善子どのの言う通りに動いてたら本当に全滅させちまった・・・!」

 

と兵士の一人は驚愕の声を漏らした。

 

「当然でしょ!!ヨハネの手にかかればこんなの楽勝なんだから!!さ、次行くわよ!堕天使の力を見せつけてやるんだから!!」

 

と善子は自慢げに言いながら走っていった。

 

「なあ、『だてんし』ってなんだ?」

 

「知らね。」

 

善子について行きながら兵士たちはひそひそと話していた。

 

 

 

 

 

そして場所は千歌たちが戦っている主戦場に戻って・・・。

 

「よし、そろそろ私も出るか。」

 

「ええ!?出るんですか?」

 

氏政の前に出るという発言を聞いて驚いたのはルビィだった。

 

「うむ、確かに今のところは我らの方が優勢だが、数は相手の方が多い。戦いが長引いて相手に体勢を立て直されたらそこで我らは負ける。だから私が前線に出ることによって兵たちの士気をさらに上げるんだ。」

 

と氏政は馬に乗りながら言う。

 

「でも・・・。」

 

ルビィも氏政の言わんとしていることは分かっていた。だがそれでも戦に出ることへの恐怖は拭えない。

 

それに乗馬が出来るようになったのも一番最後だったことや、この時代に来て最初に野盗に襲われた時もへばってみんなの足を引っ張りそうになってしまったことなど、周りで仲間が活躍しているのに何もできない自分に劣等感を抱いていたルビィは戦場で氏政や他のみんなの足を引っ張ってしまわないかと言う不安に駆られていた。

 

「大丈夫だよ。」

 

そう言ってルビィの手を取ったのは花丸だった。

 

「マル知ってるよ、ルビィちゃんがみんなの足を引っ張らないように必死にお稽古していたの。」

 

「花丸ちゃん・・・。」

 

「大丈夫、ルビィちゃんの努力は絶対にルビィちゃんを裏切らないから!」

 

そう言って花丸はルビィに微笑んだ。

 

「花丸さんの言う通りですわ。一生懸命に研鑽を積んだ者にこそ勝利の女神は微笑むのです!行きなさい、ルビィ!今こそ黒澤家の名を内浦だけではなく、この乱世にも知らしめておやりなさい!!」

 

いつもはルビィに対して厳しいダイヤも、この時は優しく、そして強くルビィの心を震え立たせた。

 

「花丸ちゃん、お姉ちゃん・・・!うん、ルビィ頑張るよ!!」

 

姉と親友の励ましを受けたルビィの覚悟は決まった。

 

「姉と親友に励まされたなら百人力だな、今のお主ならどんな大手柄でも立てられるぞ!!」

 

氏政もルビィの頭を馬上から兜越しに優しく撫でた。

 

 

「ではいくぞ皆の者!!これより敵陣に突入する、我に続けえ!!」

 

氏政は刀を抜いてそれを振りかざし、馬を走らせた。

 

「「「うおおおおおお!!!」」」

 

陣にいた氏政の部下たちもそれに続き、

 

「ずらあああああああああ!!」

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

花丸とルビィも大声を上げて氏政と共に走り出した。

 

 

 

 

そして前線では・・・、

 

「うーん、どんどん相手の勢いが戻ってきたみたいだね。」

 

「え!?それってなんかまずくない!?」

 

「まずいなんてもんじゃないよ、調子に乗って一番前に出てきたけどこれじゃ逆に囲まれちゃいそうだよ・・・!」

 

千歌と曜は最前線で戦っていたがゆえに徐々に敵に勢いが戻りつつあることを感じていた。その証拠に周りで戦っている味方の数が少しずつ減っていっており、少しづつ囲まれて行っていた。

 

「女のくせに散々俺たちを痛めつけくれやがって!死ねえ!!」

 

少しの疲れから気が抜けていた千歌の背後から敵の兵が刀を振りかぶって襲い掛かってきた。

 

「千歌ちゃん!!くそお!邪魔だよ!!」

 

曜が助けに行こうとするも敵兵に阻まれる。そして、敵の振りかぶった刃が千歌に迫っている時、彼女の脳内に今までの出来事がよぎった。

 

(あ、これって走馬燈ってやつだよね・・・。てことは私、死んじゃうのかな・・・?そんなの嫌だな・・・。まだみんなと輝きたいのに・・・!)

 

千歌はあまりにも突然の事で体は動けなかったが、不思議と頭の中ではいろんなことを考えることは出来た。どれも『まだみんなと輝きたい』というただ一つの願いだった。

 

 

「くたばれえ!!」

 

敵兵が勝利を確信したその時、

 

 

 

「シャイニー!!」

 

 

 

そう叫んでやってきたのは鞠莉だった。彼女の駆る馬がなんと千歌に襲い掛かった敵兵を轢き飛ばしたのだ。

 

「ま、鞠莉ちゃん!?」

 

千歌はまたあまりにも突然の出来事だったのでこれまた驚きを隠せなかった。

 

「ヤッホー!遅くなってソーリー♪」

 

鞠莉が千歌たちに手を振ると、

 

「遅いよ鞠莉さん、何やってたの!?」

 

と千歌はふくれっ面をしながらたずねた。

 

「うーん、実はちょっと道に迷っちゃってね。まあ、軽い散歩にはなったから他の馬たちのコンディションも最高よ!」

 

と鞠莉はガッツポーズをし、

 

「それじゃあみんな!私たち騎馬隊の力を見せるわよ!!シャイニー!!」

 

と声を上げて走り出すと、彼女の後ろから、

 

 

「うおおおおお!!」

 

「鞠莉どのに続けえええ!!」

 

「シャイニー!!なんだかこの叫び方癖になるなあ!!」

 

と騎馬武者たちが走っていった。

 

「あれ?果南ちゃんがいる。」

 

曜は騎馬武者隊に紛れて走ってる果南を見かけた。

 

「あれが敵の騎馬隊の大将だ!!あの金髪の女を狙え!!」

 

敵の武将が部下の弓兵たちに鞠莉を撃つように命じるが、

 

「鞠莉はやらせないよ!」

 

果南が馬から飛び降りながら弓兵たちを薙刀で切り裂いた。

 

「サンキュー果南!」

 

「もう、ただでさえ恰好が目立つんだからしっかりしてよね。」

 

「はいはい、ダイヤみたいな事言わないの!」

 

二人がそう言い合ってるところに、

 

「くそお・・・、喰らえ!!」

 

と生き残っていた弓兵が矢を放とうとするが、

 

「だめええ!!」

 

とルビィが飛び込んできて弓兵を刀で殴った。

 

「オゥ!ルビィ、ナイスファイト!!」

 

と鞠莉がルビィを褒めた。

 

「あれ、ルビィがいるってことは氏政さんも出てきたってことかな?」

 

「うん!氏政さんはあっちにいるよ!じゃあルビィは氏政さんのとこに戻るね!」

 

ルビィが指さす方向には氏政がおり、彼女は彼のもとへ走っていった。

 

 

「氏政さん、少し前に出すぎな気がするずら~!!」

 

花丸は敵兵を防ぎながら氏政に前に出すぎてることをたしなめるが、

 

「ああ、確かにそうかもしれないな!だが、『俺』はこの関東の乱世を終わらせることが目標なんだ・・・!それを成し遂げるためにはみんなの協力が必要不可欠・・・。だからこそ当主である俺が前に出ることでみんなを引っ張っていくんだ!!」

 

氏政の一人称が普段使っている『私』から恐らく素であろう『俺』に戻っていることから、花丸は彼がどれだけの覚悟と想いを持っているのかを悟った。

 

「氏政さんはやっぱりすごい人ずら・・・。でも、その気持ちはおらたちも負けて無いずら!!」

 

花丸がそう言うと同時に、

 

「うりゃああああ!!!」

 

「よおおおそろおおおお!!」

 

千歌と曜が躍り出てきた。

 

花丸の言葉を聞き、奮戦する千歌たちを見た氏政は笑って、

 

「そうだな、お前たちの想いも見事なものだ・・・!よし、全軍総攻撃をかけろ!!正木信茂隊を押し戻すんだ!!!」

 

「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 

 

氏政が出てきたことで士気が最高潮にまで上がった氏政隊は、なんと数で自分たちより有利な正木信茂の軍勢を押し返し、兜首(大体中級武士以上の首)を4、50人ほど討ち取るという戦果を挙げ、その勝利を誇示するかのように、氏政のものである『钁湯無冷所』の旗印が雄々しく翻っていた。

 

 

 

「北条氏政・・・、獅子の子はやはり獅子であったか・・・!」

 

信茂はそう言い残し、これ以上の損害は出すまいと本陣である国府台城まで退いていった。

 

 

 

 

「やったあ!!やったよ曜ちゃん、皆!!相手を追い返したよ!!」

 

千歌は大いに喜んだが、

 

「千歌さん、相手はまだ国府台に残っているんですのよ?喜ぶのは早すぎますわ。」

 

ダイヤがくぎを刺した。

 

「まあまあ、相手を追い返したのは確かなんだから喜んでも罰は当たらないんじゃない?」

 

といつものようにダイヤを果南が宥めた。

 

 

 

 

 

こうして、『第二次国府台合戦』の前哨戦は北条軍は史実とは違い富永直勝が生還するも、遠山綱景ら幾人かの重臣たちが戦死するという大打撃を受けながら里見軍を追い返すという痛み分けに近い結果に終わった。

 

だがこれはあくまでも『前哨戦』である。この日にはそれ以降戦いは行われずに両軍はそれぞれ休息をとった。

 

 

関東の覇権を握らんとする北条家と、上杉謙信率いる反北条連合の急先鋒である房総半島の雄、里見家による、房総半島の覇権を懸けた決戦の決着は翌日へと持ち越された。




いかがでしたでしょうか?


千歌ちゃんたちの初めての戦いはとりあえずは成功という形で終わりました。ですがこれはまだ前哨戦にしかすぎません!

来たる『第二次国府台合戦』の本格的な決戦ではいったいどのような結末が待ち受けているのか、その目で是非とも確かめてください!!

感想があればどしどし書いちゃってください!!よろしくお願いします!!(久しぶりの宣伝)



それでは次回もまたお楽しみください!!


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11話 国府台宿命戦 一時の休息

どうも、截流です!


今日はにこちゃんの誕生日ですね。そんなわけで今日は『若虎と女神たちの物語』と一緒にダブル更新させていただきました!!


今回は『第二次国府台合戦』の前哨戦が終わった後の北条、里見両軍のお話し。

果たして両陣の将兵たちは何を想うのか・・・。



それではどうぞお楽しみください!!


正木信茂の部隊を寡兵で退けた氏政と千歌たちはそのことを報告するために氏康たちがいる本陣に戻ってきた。

 

「よくやったな氏政。それでこそ北条の次代を担う当主よ。」

 

「あの槍大膳の息子を退けるとはなかなかやるな!!」

 

氏政の報告を聞いて、氏康と綱成は氏政を褒め称えた。氏政も父とその右腕とも言える綱成に褒められて満更でも無い様子であった。

 

「千歌ちゃん達もすごく活躍したんだってね。」

 

梨子が千歌に話を振ると、

 

「うん!ようやく私もみんなに追いつけた気がするよ!」

 

と千歌は自慢げに答えた。

 

「梨子ちゃんの方はどうだったの?直勝さんと綱景さんは大丈夫だった?」

 

と千歌が聞くと、梨子は顔を俯かせた。それを見た曜は、、

 

「ねえ梨子ちゃん、何かあったの・・・?」

 

と恐る恐る聞いた。すると梨子は震えた声で、

 

「直勝さんは無事だったよ・・・。でも、綱景さんは・・・。」

 

と言ったので、

 

「嘘…?もしかして綱景さんは・・・。」

 

と曜が言おうとすると、

 

「綱景どのは残念ながら討ち死になされた・・・。綱景どのの兵に聞いた話では太田康資と一騎討ちをして敗れたそうだ・・・。」

 

と康英が千歌たちに説明した。

 

「嘘!そんなこと聞いてないよ!」

 

と千歌が康英に抗議すると、

 

「すまない、それは私の独断でお主たちに教えなかったからだ。」

 

と氏政が康英をかばった。

 

「なんで、なんで教えてくれなかったんですか!?梨子ちゃんが辛い思いをしてたのに・・・!」

 

と千歌は氏政に詰め寄った。

 

「千歌さんお止めなさい!氏政さんも本当は私たちに教えて梨子さんのところに行かせたかったのですよ!ですがその時は戦の最中で、千歌さん達が抜けたら私たちは相手を押し返すどころか逆に全滅させられてたかもしれませんのよ!?氏政さんはそれを避けるために、身を切られるような思いで千歌さん達に敢えて伝えなかったんですよ?」

 

ダイヤはいつもの厳しい口調ではあるが、少し声を震わせながら千歌をたしなめた。

 

「そうなんだ・・・。ごめんなさい、氏政さん。」

 

とダイヤの言葉を聞いた千歌は氏政に謝り、

 

「ねえ梨子ちゃん。梨子ちゃんは綱景さんの最期は見たの?」

 

と聞いた。梨子は首を横に振り、

 

「ううん、見てないわ。私は綱景さんが康資さんの所に行くのを止めようとしたんだけど、綱景さんは自分がこの戦で死ぬ事を覚悟して戦ってるんだって気づいて、強く止められなくて、見送るしかなかったの・・・。」

 

と答えた。

 

「そうなんだ・・・。」

 

「綱景さんが死ぬ事はなんとなく分かってたの。でも万が一生きて帰ってこれるように『絶対帰ってきてくださいね』って最後に綱景さんに言って、私は戻って行ったの。」

 

と梨子はその時の綱景の堂々とした後ろ姿を思い出しながら語った。

 

(なるほど、それで伝令が綱景どのが討ち死にしたと伝えた時もさほど動揺しなかったわけか・・・。)

 

康英は、梨子の言葉を聞いて彼女に綱景の死が伝えられた時、そこまで激しく取り乱さなかった理由を察した。

 

(尤も師であり、父のような存在であった綱景どのが死んだと聞いて辛くないわけなどないというのに、なんとも健気な娘だ・・・。)

 

康英は梨子の心情を察してやるせない気分になった。

 

「なるほど、そのようなことがあったのだな。」

 

そう言って出てきたのは直勝であった。心なしか顔の所々が赤く腫れていた。

 

『直勝さん、その顔はどうしたんですか?」

 

梨子が不思議に思って聞くと、

 

「これか。これは綱成に殴られたのだ。」

 

とあっさりと答えた。

 

「「「殴られた!??」」」

 

氏政や千歌たちは驚いた。

 

「うむ、俺たちが無茶な先行をした事に綱成はカンカンに怒ってな・・・。」

 

「そんで俺が『二度とそんな真似するんじゃねえぞ!!』っつって殴ったわけなんだ。」

 

綱成は苦笑いしながらそう言うと、

 

「やれやれ、お主は馬鹿力だから止めるのには苦労したんだぞ・・・。」

 

と綱高はため息をつきながら言った。それを見て梨子は、

 

「ふふっ・・・、そんな事があったんですね・・・。」

 

と笑った。そんな梨子の様子を見て、千歌たちや氏政は少し安心したようだった。

 

 

 

そんな千歌たちをよそに松田憲秀は、

 

「御本城さま、国府台城に籠っている里見はいかがいたしましょうか。」

 

と、里見軍をどうするかを氏康にたずねた。

 

「うむ、直勝の隊は半壊、綱景の隊に至っては康英がまとめてくれたとはいえ、綱景でなく隼人佐や舎人までもが討ち死にして壊滅状態と言っていいほどの損害を被っておるな。無理な戦は望ましくないが、上杉政虎が関東にやってくるまでにはけりをつけたいものだが・・・。」

 

「里見軍は恐らくかなり用心しておりましょうな・・・。」

 

そう言って氏康と憲秀はため息をついた。

 

「いいえ、心配には及びません。」

 

氏政はそう言って氏康の前に現れた。

 

「なに?それはどういうことだ?」

 

氏康が理由を聞くと、

 

「先ほどの戦で里見軍が撤退していく際に我が隊の兵士を二人ほど紛れ込ませて城の様子を探らせておいたのです。先ほど帰ってきたので話を聞いてみれば敵方は我らを打ち破ったのと、兵士たちの正月祝いを兼ねて祝宴を行っているようです。」

 

と、国府台城の様子を氏政は伝えた。

 

「なるほど、敵は油断しているというわけか・・・。よし、ではわしの本隊は国府台から見えるように西へと向かう。その隙に氏政と綱成は国府台城の南に、憲秀は北、氏照と氏邦、そして政繁らは東に回り込み夜陰に乗じて国府台城を包囲するのだ!そして夜が明けると同時に氏政と綱成が南から城に攻撃を仕掛けたら他の隊も城になだれ込み里見軍を押しつぶすのだ!!」

 

と氏康はその場にいた将たちに指示を出した。

 

「「「おおお!!」」」

 

 

 

 

そして軍議が終わった後、氏政の陣にて・・・。

 

「さっきはごめんね梨子ちゃん・・・。」

 

「どうしたの千歌ちゃん・・・?」

 

「遠山さんのこと、知らなかったとはいえ梨子ちゃんが辛い思いをしたっていうのにそれを思い出させるようなことを言っちゃって・・・。」

 

「気にしないで千歌ちゃん、私はもう大丈夫だから・・・。」

 

「梨子ちゃん・・・。」

 

 

「あー・・・。取り込み中であったか、失礼した。」

 

千歌と梨子が話しているところに康英がやってきた。

 

「康英さん、どうかしたんですか?」

 

梨子が聞くと、

 

「康英さん、梨子ちゃんに渡したいものがあるんだって。」

 

康英の後ろから出てきた曜が説明した。

 

「うむ、先ほど渡そうと思ったのだが、なかなか渡せる機会が伺えなくてな・・・。」

 

そう言って康英は一通の書状を梨子に差し出した。

 

「これは・・・?」

 

「それは綱景どのが梨子どのに向けて書いたという手紙だそうだ。康資と戦う前にしたためて兵士に渡していたものをそれがしが代わり受けたのだ。ではそれがしは氏康さまと共に動くのでこれにて・・・。」

 

康英はそう言って去っていった。

 

「綱景さんから私に向けて・・・。」

 

「ねえねえ、何が書いてあるのよリリー!」

 

「そうだよ!読んでみてよ!」

 

「いけませんわ!これは綱景さんが梨子さんに宛てたもので・・・。」

 

梨子への手紙を見て、千歌たちが騒ぎ立てた。

 

「みんな静かにして!今ここで読むから・・・。」

 

梨子はみんなを静かにさせると書状を開いた。

 

 

 

 

拝啓 桜内梨子どの

 

 梨子どのがこの手紙を読んでいるという事は、もう私は既に浄土に旅立っていった後なのでしょうね。まずは梨子どのに辛い思いをさせてしまったことを深くお詫び申し上げます。

 

 おそらく梨子どのは私を討ち取った者を恨みに思うことでしょうが、我ら武士にとってこのような形で死ぬことは本来ならば当たり前の事であるので、私を討ち取った者を過剰に恨むようなことがあってはいけません。強く恨めば恨むほど、それに身を任せて動くようになり、大事なものを見落とし、この戦での私のように無謀な働きを行なってお家や仲間に迷惑をかけてしまうことになるでしょう。ですから、いつものように落ち着いた心持ちで物事にあたってください。

 

 あなたと出会ったことで充実した一年を過ごすことができた私は最高の果報者です。この一年の思い出はどのような誉れや報償よりも素晴らしいものだと私は存じています。

 

 最後に、もし私の倅と共に働くことがあれば、その時は倅をよろしくお願いします。

 

 それではさようなら、桜内梨子どの。貴女と出逢えて本当によかった。

 

 

遠山丹波守綱景

 

 

 

 

「綱景さん…。本当に死ぬつもりだったんだね・・・。」

 

「でしょうね。それでこのような手紙を・・・。」

 

「遠山さんは最後まで梨子ちゃんのことをお弟子さんとして大切に思ってたずら・・・。」

 

「うう・・・。」

 

「なんだろう…。遠山さんは梨子のお師匠さんでありながら、お父さん代わりにも思えてくるね・・・。」

 

「梨子の方こそグレートなマスターを持てて幸せだったでしょうね・・・。」

 

「遠山綱景・・・。リリーのマスターに相応しい男だったのね・・・。それだけにこんな形でいなくなってしまうなんて・・・。」

 

曜、ダイヤ、花丸、ルビィ、果南、鞠莉、善子は梨子への手紙の内容を聞いてそれぞれ綱景へ思いを馳せた。彼女たちは綱景と接することは滅多になかったが手紙の内容から、とても優しい人物であったことを察した。

 

「ねえ、梨子ちゃん。」

 

千歌は肩を震わせていた梨子の肩を優しく叩いた。

 

「何、千歌ちゃん・・・?」

 

「綱景さんは最後に梨子ちゃんと話してた時、別れる前になんて言ったの?」

 

千歌は梨子に、綱景が彼女にどのような言葉を遺したのかを聞いた。

 

「確か・・・、『強く生きろ、梨子。』って言ってた・・・。」

 

梨子はポツリと綱景が最後に言い遺した言葉を口にした。すると千歌は突然梨子のことを抱きしめ、

 

「梨子ちゃん。その言葉・・・、絶対に忘れちゃ・・・ダメだからね・・・!!」

 

と強く言った。だが、その声もまた震えており、最後に至っては嗚咽交じりであった。

 

「うん・・・。うん・・・!!」

 

梨子は涙を流しながら千歌の言葉に何度も頷き、

 

「綱景さん・・・、綱景さん・・・!うわああああああああん!!」

 

と慟哭した。

 

梨子の哀しい叫びは夜の空へ響き渡っていた。この日の夜空は悲しいほどに美しく星々が煌いていた。

 

それはまるで綱景の死を弔うかのようであった・・・。

 

 

 

 

一方国府台城では、北条軍に大打撃を与えた事を祝すのと、兵士たちの正月祝いを兼ねて、酒宴が催されていた。

 

「おおーい、みんな!!北条軍が引き上げていくぞー!!」

 

櫓の上から一人の雑兵が北条軍が西に去っていくのを城内にいる将兵たちに大声で伝えると、国府台城は歓喜の声に包まれた。

 

「おお!北条が逃げていきおったか!!一時はどうなることかと思ったが、これも資正どのと康資どのが遠山と富永を叩きのめしてくれたおかげであるな!!」

 

義弘は上機嫌で功労者である資正と康資を褒めた。

 

「いやいや、それがしは富永直勝をあと一歩というとこで仕留めそこなってしまった故、褒めるなら康資どのを褒めてやってくだされ!!」

 

「康資どのは江戸城代である『北条三家老』の一角を担う遠山丹波守綱景を一騎討ちで仕留めたのでございます!!間違いなく此度の功労者は康資どのでございましょう!!」

 

資正と信茂は康資の手柄を義弘に教えた。

 

「おお!それは見事だ!!政虎どのが関東に攻め入り、江戸城を攻め落とした暁にはお主が江戸城の城主になれるように政虎どのに話しておかなくてはだな!!」

 

義弘が康資に笑顔でそう言うと、

 

「お、おお!それは嬉しゅうございます・・・!」

 

少し上の空気味だった康資は慌てて義弘に感謝の言葉を述べた。

 

「ん?康資殿、いかがなされましたか?どこかお体でも悪いのですか?」

 

まだ若い信茂は康資の様子を見て、具合が悪いのかと思って康資を気遣うが、

 

「ああいや、今日は早朝からの戦であった故、終わってから気が抜けたのか少し眠気が出てな・・・。」

 

と康資は言った。

 

「では今宵は早めにお休みになられた方が・・・。」

 

「いや!せっかく悲願の江戸城城主への道が切り開かれたのだ!今宵は存分に飲ませてもらいますぞ!!」

 

そう言って康資は盃に酒をなみなみと注いで飲み始めた。

 

(そういえば遠山丹波守は康資どのの舅だと聞いたな・・・。信茂どのは気づいていないようだが、舅を自らの手で討ち取ったことを気に病んでいるのかもしれんな・・・。まあ、このような祝いの席でするような話ではないから黙っておくか。)

 

康資と親族同士であり、彼の事情をそれなりに把握していた資正は康資の心情を察したが、康資の気持ちを慮ってそれを口にすることは無かった。

 

国府台城における里見軍の酒宴は夜通し行なわれて、朝方になるころには兵士たちはみんな甲冑や武器を外してそこらじゅうで雑魚寝をしているという有様であった。

 

 

 

 

一方、千歌たちがいる氏政隊は綱成隊と共に国府台城の南側に回り込んでいた。

 

「どうして里見さんたちが酒宴してて油断してるって分かってるのにこんなに進むのが遅いの~!?今なら絶対寝てるだろうからもうちょっとサクサク進んでもいいと思うんだけどな~!」

 

愚痴をこぼしていたのは千歌であった。今は1月なので明け方は寒いし、動きは極めてゆっくりとしたものなので彼女が愚痴をこぼすのも無理は無かった。

 

「ダメよ千歌ちゃん。昨日は綱景さんや直勝さんが相手の伏兵に襲われたせいで大打撃を受けたんだから同じミスがあっちゃいけないのよ。」

 

梨子は凛とした表情で千歌を諭した。その表情はどこか憑き物が落ちているように見える。

 

「うむ、梨子どのの言う通りだ。相手が油断しているとはいえ、万が一のことを想定して慎重に動くのが北条のやり方だ。」

 

氏政も梨子の言葉に同意した。

 

そんなわけで氏政と綱成は、ある程度進むと斥候を送って、伏兵がいないことを確認しながら進んでいた。

 

そしてそんなこんなしているうちに部隊は大手門の前までやってきた。

 

「俺たちはいつでも行けるぞ。」

 

氏政の右隣に馬首を並べていた綱成は小声で氏政にいつでも突撃する用意が出来ていることを伝えると氏政は無言で頷き、軍配団扇を振るい、

 

「突撃せよ!!」

 

と号令を下した。号令を受けた綱成や兵士たちは大手門に攻め上がり、氏政やその周りにいた千歌たちAqoursもその後に続いていった。

 

 

 

 

国府台城の中では急に地響きや鬨の声が聞こえてきたので、何人かの兵士が寝ぼけ眼をこすって起き上がると、

 

「なんだ、地震か・・・?」

 

「いや、地震ってこんな大きな音なんてしねえだろ・・・。」

 

「じゃあなんなんだよ・・・。」

 

などと他愛もないことを話していたが、城門が打ち破られ、

 

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 

と、北条軍の兵士たちがなだれ込んでくると眠気や酔いなどは吹き飛び、城内は大混乱の喧騒に包み込まれた。

 

「敵襲だあああ!!」

 

と一人の兵士が叫ぶも、

 

「うおお!!勝った勝った!!今さら叫んでも無駄だぞ!!勝ったと思い込んで油断して酒宴なんて開きやがって、山内上杉と扇谷上杉と古河公方の河越での失態を忘れたか!!」

 

と綱成の剛槍による一突きで黙らされた。

 

 

氏政と綱成の突撃を皮切りに城の周りに布陣していた他の部隊も次々と国府台城になだれ込んできた。

 

「くそっ!!昨日引き上げていったのは囮だったか!!」

 

義弘は悔しそうにそう叫ぶと、資正や信茂とともに将兵たちを励まして回った。

 

国府台城の中は文字通りの大乱戦となった。

 

 

「よし、千歌どの!みんな!!このまま突っ込むぞ!!これが決戦だ!!」

 

「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」

 

氏政は千歌たちを鼓舞すると、自らも刀を抜いて大手門に飛び込んでいき、千歌たちもまた、氏政に続く形で乱戦に身を投じていった。

 

 

 

 

1564年1月8日の早朝、北条家と里見家による房総半島の覇権を懸けた真の決戦がここに幕を開けた。




いかがでしたでしょうか?


遂に本当の決戦が幕を開けました!!北条軍と里見軍が入り乱れる中、果たして今回の戦でも千歌ちゃんたちは活躍できるのか!?

次回はAqoursの全員が同じ戦場に揃った初めての戦いなので必見ですよ!!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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12話 国府台宿命戦 暁天の大乱戦

どうも、截流です!

前回のラストに幕を開けた第二次国府台合戦の本戦。果たしてその結末はどのようなものになるのでしょうか!?

UA2000突破しました!皆さんありがとうございます!!

それではどうぞお楽しみください!!


1564年1月8日の早朝、北条氏政と北条綱成の部隊が国府台城に突入したのを皮切りに、国府台城の周辺を包囲するように布陣していたその他の部隊も城内に突入し、城内は大乱戦となっていた。

 

 

 

「くそっ!退いていったのは囮だったか!こうなってしまっては仕方あるまい、皆の者奮起せよ!何時もの房総兵の底力を見せつけてやれ!!」

 

「よいか!雑兵どもは捨て置け!!目ぼしい者のみを狙え!名のある者を打ち取れば敵の士気は自ずと落ちる!ここで踏ん張りを見せろ!!」

 

歴戦の強者である義弘と資正は、多少の動揺を見せても慌てふためくことなく将兵たちを励まし、自らも刀や槍を手にして迫り来る北条軍の兵士たちを次々と打ち倒していく。

 

「あっ、あの人もしかして・・・!」

 

梨子は誰か見覚えのある者を見つけたのか氏政やAqoursの面々から離れていこうとすると、

 

「あ!梨子ちゃんどこ行くの!?」

 

「この乱戦の中で単独行動は無茶だ!」

 

千歌と氏政が引き止める。だが梨子は、

 

「心配しないで千歌ちゃん、私は絶対に戻ってくるから!氏政さんも、私は千歌ちゃん達と一緒に元の時代に帰るためにここで死ぬつもりはないので大丈夫です!」

 

と、言い残して走り去っていった。

 

「なんか遠山さんの手紙を見てから今までより凛々しくなったよね梨子って。」

 

「うん、そうだね果南ちゃん。」

 

梨子の背中を見て果南と曜がそう呟いた。

 

 

 

 

梨子は敵味方が入り混じる人の波を潜り抜けて目的の人物を見つけ、

 

「太田新六郎康資さんですよね!?私です!江戸城で綱景さんと一緒に働いてた桜内梨子です!!」

 

と、康資に呼びかけた。すると梨子の方に振り向いて、

 

「・・・ああ、義父どのの所にいた小娘か。何の用だ?義父どのの仇でも討ちに来たのか?」

 

と答えた。そう答える康資の顔色は芳しくなかった。

 

「私はけじめをつけに来たんです・・・って臭っ!?康資さん、すごくお酒臭いですよ!?」

 

梨子は康資に近づくと、彼から漂う酒の臭いに顔をしかめた。

 

「おっと、すまねえな。いくら親兄弟が争う戦乱の世だからと言って舅である義父どのを自分の手で殺したんだ、そりゃヤケ酒でもしなきゃやってらんねぇさ。」

 

自嘲的に笑いながら康資はそう言ったが、

 

「で、けじめをつけるっつったか?いくら俺が二日酔いだからってお前のようなか細い女が三十人力と言われてる俺に勝てると思ってるのか?」

 

と、打って変わって梨子を威圧する。

 

「確かに私なんかじゃ康資さんには勝てないと思います。それでも私は今ここでけじめをつけたいんです!」

 

梨子は康資の威圧に怖気付くことなくそう言い返した。

 

「ふん…。そこまで言うのならその勝負、受けてやろう。だが俺は女子供が相手でも容赦せんぞ!!」

 

康資はそう言って樫木棒を構える。梨子も刀を抜いて康資と対峙する。

 

「おらああああ!!」

 

康資が樫木棒を横殴りに振り回すと梨子は慌てて躱す。康資は二日酔いにもかかわらず、凄まじい勢いで樫木棒を振り回し梨子を追い詰めていく。

 

「あっ!!」

 

何とか康資の攻撃を躱していた梨子だが、遂に躱しきれず一振りが彼女の胴を掠めた。怪力の康資の一撃は掠っただけでも梨子には平手で頬を思い切り打たれるほどのダメージを負うほどであった。

 

「呆気ねぇもんだな。死ねええ!!」

 

康資は梨子にとどめの一撃を与えるために樫木棒を振りかぶった。梨子はその一瞬の隙を突き、康資の胴に体当たりを繰り出した。

 

「うおぁっ!?」

 

康資は想定外の攻撃に驚いたのと、二日酔いで足元がおぼつかなかったのもあって地面に倒れた。梨子はすかさず馬乗りになって康資の首元に短刀を突きつけた。

 

「くそっ!まさか女子供相手に不覚を取るとはヤケ酒なんてするもんじゃなかったな・・・。」

 

康資はそう言ってまた自嘲的に笑った。

 

「俺の負けだ、やれよ梨子。義父どのの仇を取りに来たんだろ?だったらその短刀で俺の首を突くだけで終わる。さあ、一思いにやれ。」

 

康資はそう言うと目をつぶり大の字になって動くのをやめた。梨子は康資の悟り切った表情を見てから短刀を振り上げ、康資の首めがけて短刀を持った腕を振り下ろした。

 

 

 

 

「・・・な?」

 

康資は目が開くこと、息ができることに驚いた。ふと横を見てみると、あと数ミリずれてれば首に刺さってるであろう場所に短刀が刺さっていた。

 

「何故だ・・・。なぜ殺さない!義父どのの仇は取りたくないのか!俺に生き恥を晒せというのか!!」

 

康資は自分を殺さなかった梨子に向かって怒りを込めて抗議するが、彼女の顔を見て言葉を失った。

 

 

梨子は泣いていたのだ。

 

 

「はい・・・。綱景さんの仇は取りたいです・・・!綱景さんを殺した康資さんは憎いです・・・!!」

 

「だったら何故俺を殺さねえんだ!」

 

「もしここであなたを殺せば、綱景さんの想いを否定することになっちゃうから・・・!」

 

「なに?」

 

「綱景さんが遺してくれた手紙で言ってたんです、恨みに身を任せてはいけないって。それに、康資さんとはあまり接点は無かったけど、それでもあの時一緒に江戸城で働いていたことに変わりはなかったから・・・、ここで綱景さんの娘婿である康資さんを殺しちゃったら綱景さんの・・・、今まで江戸城でみんなで楽しく過ごしていた頃の思い出を全部否定することになっちゃうから・・・!!」

 

梨子はおのれの胸の内に秘めていた感情を康資にさらけ出した。

 

「お前・・・。」

 

梨子の言葉を聞いて康資は何も言い返せなかった。

 

 

「あ!あそこで組み伏せられてるのは太田康資どのじゃないか!?」

 

「お助けしますぞ康資どの!!」

 

康資を助けようと二人の武者が槍を手に梨子のもとへ走り寄ってきた。が、

 

「やめろお前ら!!こいつには手出しすんじゃねえ!!」

 

康資は叫んで二人を制止した。

 

「しかし・・・。」

 

武者の一人は納得できない様子であったが、

 

「こいつは江戸城にいたころの同心(同僚)で、俺が討ち取った義父、遠山丹波守の忘れ形見だ!!北条の奴らは誰でも討ち取ってもいいがこいつだけは俺が討ち取ることを許さん!!」

 

と叫び、有無を言わさぬ気迫で武者を睨み付けると、

 

「は・・・。分かりました・・・。」

 

そう言って武者たちは別の場所へ走り去っていった。

 

「康資さん・・・。」

 

梨子は康資の体から降りた。

 

「勘違いするんじゃねえよ。ただ義父どのが言ってた武士の情けとやらを思い出しただけさ。」

 

「武士の情け?」

 

「ああ、義父どのが俺に足りないものだって言ってたものでな。北条が武田と同盟を結ぶ前に武田と戦ってた時、原虎胤って男が俺が討ち取ろうとした敵将を『昔の顔なじみだから、見逃してやってくれ』って庇ったんだ。」

 

「そんなことが・・・。」

 

「あの時はそんなことしたら手柄が取れねえだろって思ってたが、今になってあの男の行動の意味が理解できたよ。もう少し早く理解できてたら義父どのを殺さずに済んだのかな・・・。」

 

康資はいつの間にか涙を流していた。

 

「康資さん、綱景さんの後を追うようなことはしないでください。とにかく生きてください!生きて、生きて、精一杯人生を綱景さんの分も生き抜くことが、綱景さんへの償いになるはずです。」

 

梨子は康資の目を真正面から見据えながら強く言った。

 

「はっ・・・。生き恥を晒してでも生き続けろねえ、案外手厳しいなお前。わかったよ、とりあえずこの戦は勝ち目もなさそうだし、一抜けするとしますかね。」

 

康資はそう言うと立ち上がって、歩き出していった。

 

「あばよ、またどこかで会えるといいな。桜内梨子。」

 

「はい、またどこかで会えるといいですね。太田新六郎康資さん。」

 

康資はそのまま戦場へ消えていった。

 

 

 

 

梨子と康資の一騎討ちと和解が行われていた頃、戦場では・・・。

 

「今こそ決着の時よ!皆の者、攻めかかれ!!」

 

退却した振りをしていた氏康が反転し、国府台城に攻め入った。氏康の本隊が現れ、五色段々(だんだら)の旗印を見た里見軍の兵士たちは、

 

「うわあ!氏康の本隊だ!!」

 

「相模の獅子だ!!俺たちじゃ敵わねえ!」

 

「逃げろおお!!」

 

と恐慌状態に陥り、戦場から逃げ出そうとするものが増えていった。

 

「くっ、もう里見は北条に勝てそうにもないな。これより離脱する!帰ったら北条に従属する旨の書状を送りつけるんだ!!」

 

そう言って戦場から離脱していったのは、里見家の家中の中でも実力者であった土岐為頼であった。彼は上総の南東部に領地を持っていたが、この戦い以降は里見家から離反して北条家の家臣として里見家との戦いに身を投じていくことになる。

 

そして、彼が離脱していったことで里見軍はさらに劣勢に追い込まれていく。

 

 

「皆の者逃げるな!!最後まで戦い抜くんだ!!」

 

そう言って兵士たちを励ましながら槍を縦横無尽に振るって群がる北条兵を次々と打ち倒しているのは正木信茂であった。

 

「流石は二代目槍大膳、里見軍の大半が劣勢の空気に飲まれているが彼の周りだけ勢いが増している・・・!」

 

氏政は苦々しそうに呟いた。

 

「里見軍の勢いを完全に削ぐにはあの男を止める必要がありますわね。」

 

「でもお姉ちゃん、あの人すごく強いんでしょ?流石に無理だよ・・・。」

 

ルビィが反対する中ダイヤは、

 

「確かにあの男は私たちの手に負えるような人ではありませんが人間であることには変わりません!それなら、あまり気に食わないやり方ではありますが、遠巻きから狙い打てばそれを喰らって耐えられる道理はありませんわ!!」

 

弓を強く引き絞り、信茂に向かって矢を放った。矢は真っ直ぐに信茂のもとに向かって飛んでいった。だが、

 

 

「こんな小細工で、俺を倒せると思うなああ!!」

 

なんと信茂はダイヤの矢を槍で打ち払い、さらに打ち払って地面に落ちた矢を拾ってダイヤに向かって投げ返した。

 

「!!」

 

投げ返された矢はダイヤの頬をかすめていき、さらに後方にいた兵士を射抜いた。

 

「ありえませんわ・・・。こんなの人間離れしすぎですわ!」

 

「でも、どうやらあの人を倒すには正々堂々と勝負しないとダメみたいだね。」

 

果南はそう言って薙刀を構えた。

 

「いや、それは止めたほうがいい。」

 

氏政は果南を制止した。

 

「なら私と曜ちゃんがサポートするよ!!」

 

千歌が提案するも、

 

「いや、それでもだ。」

 

と氏政は意見を変えることは無かった。

 

「どうしてですか!?」

 

千歌が理由を聞くと、

 

「確かにAqoursの面々の中でも武に長けているお主ら三人がまとめてかかれば並みの将兵を討ち取れようが、相手は若いとはいえど『槍大膳』の名を受け継ぐほどの武勇を誇る男だ、言葉は悪くなってしまうが戦いの経験がまだ浅いお主らでは相手にはならんだろう・・・。」

 

と理由を説明した。

 

「じゃあどうやって倒すずら?」

 

「うむ、氏照と氏邦なら二人がかりで相手できるだろうが二人は政繁と共に東から攻撃を仕掛けてるから連絡を取るには時間がかかりすぎる・・・。誰か奴の相手になる者はいないのか・・・。」

 

氏政が途方に暮れていると、

 

「ならばそれは俺に任せてもらおうか。」

 

何者かが氏政の肩を叩いた。

 

「お、お主は・・・!」

 

 

 

 

 

「俺に挑む気概のある奴はかかって来い!!」

 

信茂が兵士たちを打ち倒しながら叫んでいると、

 

「流石は『二代目槍大膳』の名をほしいままにしているだけあるな。」

 

と一人の武者が鎌槍を手にして信茂に近づいてきた。

 

「ほう。その殺気を見るに今までのものたちとは比べ物にもならないほどの強者のようだな、名を名乗られよ!」

 

「俺は北条上総介綱成が嫡男の北条常陸介康成(氏繁)だ!いざ、尋常に勝負!!」

 

康成は名乗ると同時に槍を構えて信茂に向かって突き出した。信茂はそれを防ぎ康成に槍を突き返す。二人の槍撃の応酬は周囲の者が戦いをやめて見とれるほど凄まじかった。

 

「あの人すごいなあ、あんなに打ち合ってるなんて・・・。」

 

千歌はその光景を呆然と見ていた。

 

「康成どのはあの綱成どのの嫡男で、父親譲りの猛将ですからね。氏照や氏邦と共に北条の次代の武の要を担うであろう男ですよ!」

 

「流石は康成さん、あんな人と相手に互角に戦えるんだから私なんてまだまだひよっこなんだなあ。」

 

「え!?果南ちゃんあの人と戦ったことあるの!?」

 

千歌が尋ねると、

 

「うん、綱成さんのところで修行してた頃に何度かね。でも一度も勝てたことは無いんだけどね。」

 

果南は苦笑いしながら言った。

 

 

 

康成と信茂はしばらくの間槍で互角に突き合っていたが、繰り返すこと23突き目には互いに疲れが見え始めた。

 

「スキあり!」

 

康成の槍が信茂の腕を突き、信茂は激痛のあまりに槍を取り落とすも、

 

「なんの!」

 

と刀を抜いて逆に康成の槍の柄を真っ二つに切り裂いた。康成もまた刀を抜いて斬り合いになった。

 

「ふ、若いのに見事なものだな。」

 

「当たり前だ!この戦には、いや、一戦一戦全ての戦に里見の命運が懸かっているのだ!!こんなところで負けることはできん!!」

 

信茂は康成を弾いて後ろに下がり態勢を整えてから康成に向かって突進していった。

 

「北条常陸介康成!覚悟おおお!!」

 

信茂の刃が康成に迫る一瞬、

 

「見事な戦ぶりだが、まだ経験が足りんな。」

 

康成はそう言うと足元に落ちていた切り落とされた槍の穂先がついてる部分を足でリフティングするかのようにすくい上げ、左手で柄を掴んで真っ直ぐに信茂の胸を突いた。

 

「がぁッ・・・!!?ば、馬鹿・・・な・・・!」

 

信茂は康成のあまりにも変則的な動きに対応できずに攻撃をもろに受けてしまった。

 

「勝負あったな二代目槍大膳。見事な戦いぶりだった。」

 

「くっ・・・。お主のような強者に討ち取られるのなら本望・・・!!しかし、義弘さま・・・、父上・・・。申し訳・・・ございま・・・せん・・・で・・・し・・・。」

 

信茂はそのまま大地に倒れ伏した。

 

「若いながらに見事な武者ぶりだったぞ。正木信茂、お前の武勇は生涯忘れはしない・・・。」

 

康成はそう言って彼の亡骸に弔いの言葉を投げかけた後、

 

「里見にその人ありと名高き二代目槍大膳、正木大膳亮信茂!!この北条常陸介康成が討ち取ったぞ!!」

 

と高らかに声を上げた。

 

「馬鹿な、あの二代目槍大膳が討ち取られただと!?」

 

「マジかよ・・・。もう俺達に勝ち目なんてねえ、逃げろ!!」

 

信茂の討ち死にによって完全に戦意を喪失した里見兵たちは次々と潰走していった。

 

 

 

 

 

「そんな、信茂が・・・!」

 

総大将である義弘もまた、信茂の死に動揺を隠せなかった。

 

「お屋形様!我らは総崩れです。ここは一刻も早く上総に退きましょう!」

 

「うむ、そうだな。」

 

義弘は腹心とも言える安西実元の薦めを聞いて、馬に乗って国府台城から脱出しようとするが、

 

「あそこにいるのは相当名のある人のようですね、逃がしませんわ!」

 

 

「しまった!うおっ!」

 

ダイヤの放った矢が馬にあたって義弘は落馬した。

 

「もはやこれまで・・・。」

 

義弘は諦めて自害しようとするも、

 

「何を言うのです!あなた様が房総の民を宝と仰っているように、房総の民もあなた様を宝のようだと言っているのです!さあ、私の馬でお逃げください。」

 

実元は義弘に自分の馬を貸した。

 

「しかし実元・・・。」

 

「さあ、早く!」

 

ためらう義弘を乗せた馬の尻を鞭で叩き退散させた実元は元来た方に引き返して、

 

「我こそは里見右馬頭(うまのかみ)義弘なり!!」

 

と叫んで北条軍に向かって突っ込んでいき、主君に代わって壮絶な最期を遂げた。

 

「あれは確か、義弘どのの側にいた安西伊予守実元どのではないか。主君の影武者となって討ち死にか、俺も朝定さまの代わりになれればよかったんだがな・・・。」

 

義弘の影武者となって散っていった男の最期を遠巻きから見ていた資正はその最期を見て羨ましそうに呟いてから手を合わせ、

 

「くそ!今回も北条を倒せなかった!!皆の者、岩付に退くぞ!!次こそは土に塗れさせてやるぞ!!」

 

と捨て台詞を吐いて岩付を目指して城から去っていった。

 

 

 

「よし皆の者、これ以上追うな!この戦、我々の勝利ぞ!!」

 

氏康が将兵にそう告げ、

 

「勝った勝った!!えい!えい!おおお!!!」

 

綱成が勝鬨を上げると、

 

「「「えい!えい!おおお!!!」」」

 

と他の将兵たちも勝鬨を上げた。

 

「やったな千歌どの!Aqoursの方々!あなた達の初陣は大勝利だ!!」

 

と氏政は千歌たちを労った。

 

「やったあ!千歌たちの勝ちだあ!!」

 

「ヨーソロー!!これからも上手くやってけそうだね!」

 

「ふう、何とか失敗しないでやれたよ~・・・。」

 

「お疲れさま、ルビィちゃん!」

 

「このヨハネが本気を出せば負ける気なんてしないわね!」

 

「皆さん!勝利に喜ぶのはいいですが『勝って兜の緒を締めよ』という言葉があって・・・。」

 

「もう、ダイヤってば堅ーい!!せっかく勝ったんだからもっと喜びましょうよ!シャイニ~☆」

 

「そうそう、せっかくの初勝利なんだからうんと喜ぼう!」

 

と千歌たちもそれぞれ勝利に浮かれていた。

 

「あれ?梨子ちゃんは?」

 

千歌がそう言って辺りを見回すと、梨子の姿が無かった。

 

 

 

 

「氏康さん。」

 

「む、何用かな梨子どの。」

 

梨子は氏康のもとに来ていた。

 

「お願いがあります。」

 

「お願いか。お主には辛い思いをさせてしまったからな。わしが出来ることなら何でも聞こう。」

 

「・・・私を『江戸衆』に編入してください!!」

 

梨子は頭を下げて、氏康に『江戸衆』に入れてもらえるように頼んだ。

 

「江戸衆に、か・・・。」

 

「はい。」

 

「それは綱景の仇を取らんとするためか?」

 

「いいえ、綱景さんの遺志を継ぐためです。」

 

「綱景の遺志だと?」

 

「はい、あの人は江戸をさらに豊かにしたいといつも言っており、そのために毎日必死に働いていました。私も、そんなあの人の熱心な姿に心を打たれて彼の夢を継ぎたいと思ったんです!!」

 

「なるほど、そのような想いがあったとは・・・。」

 

氏康は梨子の願いを聞いて考え込んだ。

 

「だが、今はそれを聞くことはできんな。」

 

答えはノーだった。

 

「何故ですか!?」

 

梨子は抗議するが、

 

「お主らがまだまだ未熟だからだ。今は氏政のもとで学び、この時代で生き抜く力を身につけるときぞ。それに我らには敵が多い。江戸城はそれらの敵に備えた前線の重要な拠点であるが故に未熟であるお主らを置くわけにはいかんのだ。」

 

と氏康は理由を説明したどれも正論であり、反論できない梨子は肩を落とすが、

 

「だが、絶対に置かんというわけではない。お主らが研鑽を積み、一人前になれば、お主の言葉は叶うだろう。」

 

と氏康は微笑んで梨子にそう言った。

 

「氏康さん・・・。はい、頑張ります!!」

 

梨子は笑顔で氏康に礼を言った。

 

「梨子ちゃーん!どこ~!!」

 

どこからか千歌が梨子を呼ぶ声が聞こえてくると、

 

「そら、仲間がお主を探しているぞ。早く戻って安心させてやるがよい。」

 

と氏康は梨子に戻るように促した。

 

「はい!氏康さん!!」

 

梨子はそう言うと、駆け足で氏政の陣へと去っていった。

 

「綱景よ、お主の弟子は見事に成長しておるぞ。」

 

去っていく梨子の背を見ながら、氏康はそう呟いた。

 

 

 

 

 

後に『第二次国府台合戦』と号されたこの戦は、北条軍は3700人、里見軍は5300人という死者を出すほどの大激戦であったという。

 

そして里見軍は全体の半数近くの死者を出しただけではなく、『二代目槍大膳』こと、正木信茂や義弘の影武者となった安西実元をはじめとして、里見弘次などの多くの一門衆や重臣がこの戦いで戦死するという大きな痛手を被った。

 

それだけでなく、里見軍はこの合戦の大敗により下総から撤退し、さらに上総に点在する国衆(その土地に根付いてる小勢力)たちの多くが北条家に寝返り、上総における大半の領土を失うこととなった。

 

 

そして太田資正は何とか岩付までたどり着くも、かねて家督相続の件で対立していた長男の資房に次男の政景ともども岩付から追放された。なんとか岩付城に返り咲こうと暗躍するも取り返すことは出来ず、佐竹家を頼って常陸へと落ち延びていった。

 

 

そして最後に、里見家に寝返った太田康資はこの戦いが終わった後に行方をくらませたという。里見家を頼って安房に逃げ延びて北条家と戦い続けたとも、同族の資正と政景父子と共に佐竹を頼ったとも言われるがこれ以降の経歴は曖昧になっている。

 

一説では1581年に起きた里見家の内紛に巻き込まれ、反逆者に加担したとして自害したという話もあるが、この物語においては彼の消息を知る者は誰もいなかった。そして、彼の妻であった綱景の娘は父が夫に殺されたことを聞くとそれを深く嘆いて出家して尼になったと言われている。こうして、太田道灌の直系の末裔であった江戸太田氏は没落していくこととなった。

 

 

 

北条家ではどのような変化が起きたのかというと、まず里見家の大敗と、それをきっかけに土岐為頼をはじめとした上総の国衆や里見家の一部の家臣が北条家に従属を申し込んだことで、北条家が上総の大半、正確な事は分かってはいないが、おそらく里見家の本城である、里見義尭の居城の久留里城の目と鼻の先まで領土を広げたことが一番の変化であり、まさしく房総半島の覇権を北条家が手にしたという事だろう。

 

そして次に、江戸城についてである。三人いた城代のうち、康資は寝返りで、筆頭であった綱景は戦死という形で二人も失い、さらに討ち死にした家臣のほとんどが江戸衆の所属だということで氏康と氏政は江戸衆の再編に追われた。

 

直勝はそのまま江戸城代に置かれるも、抜け駆けの罰としてしばらく居城であった葛西城に謹慎した。

 

江戸城代筆頭である遠山家の家督は本来ならば綱景の長男である隼人佐が継ぐのだが、彼もまた父と共に討ち死にしてしまったため、氏政は幼いころから出家していたという綱景の三男を呼び寄せ、名前の『政』の字を与え『遠山政景』と名乗らせて家督を継がせた。

 

彼はしばらくは江戸城代筆頭として働いていたが、後に上杉家や、里見や佐竹といった反北条家の勢力による圧力が強まったことによって、江戸城が重要防衛拠点として重要視されてくると、今回活躍した康成の弟である康元(のちの氏秀)に江戸城代の座を譲り、自らは下総に移って房総半島方面の攻略に力を尽くしたという。

 

 

 

そして、第二次国府台合戦の戦後処理が終わり、桜の花が咲く季節となった小田原城にて・・・。

 

「あの、すいません!桜内梨子どのでいらっしゃいますか?」

 

城内を歩いていた梨子の背後から何者かが声をかけてきた。声色から察するに梨子は自分と年の近い若者だろうと察した。

 

「はい、そうですが・・・。」

 

梨子は振り向きながら答えると、目を剝いた。

 

「あ、私は遠山丹波守綱景の嫡男の遠山政景と申します!氏政さまからあなたが父に仕えていたという事を聞いて父のお話を聞こうと思ったんです。私は幼い頃より寺に預けられて僧となるための修行をしていたもので、父のことはあまりよく知らないんですよ・・・。」

 

そう笑いながら話す、政景の顔はまさしく綱景に似ていたのだ。梨子は、縁側で茶を飲みながら直勝や綱景と一緒に語り合ったあの日のことを思い出し、涙が溢れそうになった。

 

「い、如何なされましたか!?どこかお体でも悪いのですか!?それとも初対面なのにいささか馴れ馴れしすぎましたか・・・?」

 

梨子の様子を見て政景が慌てるが、梨子はそんな彼を見て、

 

(綱景さんも、若いころはこんな感じだったのかな・・・。)

 

と思い、涙を拭って笑い、

 

「いえ、何でもないです。それより綱景さんの話ですよね。何からお話ししましょうか?」

 

 

 

春は別れの季節でもあれば、出会いの季節でもある―――

 

 

梨子は誰かが語ったその言葉を胸の中で呟いてから、師の若き息子を相手に語り始めた。

 

 

小田原城の庭に桜の花が穏やかに舞う。桜内梨子のその穏やかな心を表現するかのように。




いかがでしたでしょうか?

第二章の山場の一つである『国府台宿命戦編』が完結しました!!

次回からは一体どのような出来事が千歌ちゃんたちを待ち受けているのだろうか必見です!!


そして、なんと作者のツイッターのフォロワーさんである読者の方から千歌ちゃんと曜ちゃんが甲冑を着た姿を書いてくださったので、ここに貼らせていただきます!!(許可は予めとってあります)
本当にありがとうございます!!


千歌ちゃん: 
【挿絵表示】


曜ちゃん: 
【挿絵表示】




それでは次回もまたお楽しみください!!


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13話 三船山の挫折

どうも、截流です。

個人的な用事(趣味とかバイトとか某同人誌即売会とか)で両作共に更新までかなり日が開いてしまいました!!

今回はタイトルがものすごいどストレートです。挫折です。正直サンシャイン本編サンシャインを見るまで上手く案が浮かびませんでした。




それではどうぞお楽しみください!!


「お主もだいぶ当主としての心構えが身についてきたようだな氏政。これよりは戦や政務のことはお主に任せてわしは表から退くことにする。後は頼んだぞ氏政。」

 

「はっ!お任せください父上!!」

 

第二次国府台合戦が起きた1564年の終わりごろに、息子の後見役として北条家の実質的な最高権力者の座に君臨していた氏康は本格的に隠居し、国政の全てを氏政にゆだねた。これより氏康は戦に出陣することはほとんどなくなり、主に外交の場において裏から氏政をフォローする立場に回ることになる。

 

そして氏康が本格的に隠居してから2年経つ1567年のこと・・・。

 

 

「よし!これより里見にとどめを刺しに行くぞ!!」

 

氏政は国府台での敗戦で房総半島における影響力の大半を失くした里見家にとどめを刺すべく、上総に向けて軍を進めることにした。

 

 

 

 

 

 

上総国、久留里城にて・・・。

 

「御隠居様!北条氏政の軍勢が義弘さまの佐貫城に向けて侵攻中とのこと!!その数は2万!さらに北条氏照が1万の軍勢でこの久留里城に迫っております!!どうか安房までお下がりください!!」

 

伝令が北条軍の侵攻状況を上座に座る男に慌ただしく伝える。

 

「ふむ、数は3万といったところか。確かにこれは危ういかもしれんな。」

 

「ですから早くご避難を・・・!」

 

「慌てるな!氏康め、わしらにとどめを刺すのに自分が出る必要はないと考えおったな?小童の氏政と氏照ごときに倒されるほどこの『関東副将軍』、里見刑部少輔義堯は老いてはおらぬわ!」

 

そう言って不敵に笑うのは、前回の国府台合戦で手痛い敗戦を被った里見義弘の父である里見義堯であった。

 

「それに我ら里見は不撓不屈、あの敗戦で腐るほど義弘も甘い男ではない。あやつも氏政に借りを返すために手を尽くしている頃であろう・・・。」

 

義堯の言う通り、義弘は自らの居城である佐貫城の近くにある三船山の麓にある三船台に築かれた砦に攻撃を仕掛けていた。氏政が上総に向けて軍勢を進めたのはこれを阻止し、佐貫城を奪うためであった。

 

そして氏政は千歌たちや配下の将を引き連れて江戸湾(東京湾)を渡り、三船山に陣を構えた。

 

 

 

「いよいよデビュー戦ですね氏政さん!!」

 

千歌は元気はつらつといった様子で氏政に話しかけた。

 

「でびゅー戦?とは一体何かは知らぬが、初陣ならばとっくの昔に済ませたぞ?」

 

「多分千歌ちゃんは氏政さんが本格的な当主になってから初めて総大将として戦う戦だって言いたいんだと思いますよ。」

 

と梨子は千歌の言いたかったことを氏政に解説した。

 

「なるほど、確かに家督を譲られてからも父上が総大将を務めていたからな。それだけにこの戦は負けられんな・・・!」

 

氏政の顔には強い決意がにじんでいた。

 

「でもなんか曜ちゃんと果南ちゃんがいないのは落ち着かないな~。」

 

「仕方がありませんわ。この戦では彼女たちは水軍に参加しているのですから。」

 

ぼやく千歌をダイヤが宥めた。今回の戦ではAqoursのメンバーは分かれて行動していた。曜と果南は北条水軍に従軍しており、それ以外のメンバーはいつも通り氏政の馬廻として合戦に臨んでいるといった様子であった。

 

「氏政さ~ん、お客さんが来たずらよ~。」

 

花丸が氏政を呼びながら陣幕に入ってきた。

 

「む、客人だと?私は呼んだ覚えはないが・・・。」

 

「えっと、太田氏資さんって人が氏政さんに会いたいって・・・言ってます。」

 

ルビィが花丸の後ろからひょっこりと顔を出して客人の名前を氏政に伝えた。

 

「おお、氏資どのか!そうか、通してやってくれ!」

 

氏政は氏資の名前を聞くと顔を晴れやかにして、通すように花丸に伝えた。

 

「どうぞ、入ってきてくださ~い!」

 

花丸が陣幕の外に出てそういうと、代わりに一人の若武者が入ってきた。

 

「お久しぶりです義兄上!陣中見舞いに参りました!」

 

彼の名は太田氏資。前回の国府台合戦で里見軍として参加した太田資正の長男であり、太田家の現当主である。

 

「元気そうで何よりだ氏資どの。凛や娘は元気にしているか?」

 

凛とは氏資の妻で、長林院と北条家の系図に記されている氏政の妹である。彼女と氏資の間には娘がいて、名前は小少将と現在に伝えられている。

 

「はい。妻も岩付の暮らしに慣れてきたようですし、娘も日ごろすくすくと育っています!」

 

「そうかそうか、それは何よりだ!早くこの戦を終わらせて顔を見せてやらねばいかんな。」

 

氏政は先ほどまでの様子とは打って変わって朗らかな様子で氏資との話に花を咲かせていた。

 

「氏政さん、さっきまで緊張してたのに氏資さんが来たとたんに穏やかな感じになったね。」

 

「それだけ氏政さんが家族想いなんだよ。」

 

千歌と梨子は氏政の様子を見て嬉しそうに小声で話していた。

 

 

「本当に義兄上には感謝してもし足りません。」

 

「突然何を言い出すんだ氏資。」

 

「いえ、私のような親不孝者を一門に加えていただいただけでなく、『氏』の字まで与えていただくなんてこの身に余る光栄です!」

 

そう言って氏資は頭を下げる。武家には重臣や手柄のある家臣に名前の一字を与える文化があり、主人から名前を与えられることは非常に名誉なことであるとされていた。北条家においても、太田康資の『康』の字や、大道寺政繁の『政』の字などがそれにあたるが、北条家の血を引く者以外に『氏』という字が与えられた例は少なく、これは『氏』という字がそれだけ北条家では重く用いられており、それをかつての敵であった太田家の嫡男である氏資に与えたという事は彼にとっては最高級の名誉であったのだろうと考えられる。

 

「頭を上げてくれ氏資どの。私とお前はもう兄弟のようなものなんだ、そこまでへりくだる必要なんてないのだ。」

 

氏政はそう言って氏資の顔を上げさせ、優しく肩を叩いた。

 

「はい!これからも義兄上と共に関東静謐のために頑張ります!!」

 

氏資はそんな氏政の優しさに応えるように笑顔でそう言った。

 

 

 

 

そして三船山に北条軍が着陣した頃、国府台の雪辱を狙う義弘は、8千人の兵力で三船山にいる北条軍に向けて進軍した。

 

「ふふふ、北条め。あの時の屈辱、ここで晴らしてくれるわ・・・!」

 

 

 

「そうか、義弘が来たか!皆の者、三船山を下りるぞ!!狙うは義弘の首だ!!」

 

氏政は義弘来たるという知らせを聞いて、全軍に三船山を下りるように命じた。北条軍は三船山を駆け下りて義弘の軍にめがけて攻めかかろうとするも、その義弘の軍は北条軍が迫ったとたんに佐貫城に向けて逃げ出してしまった。

 

「なんだ?攻めかかってきたくせに逃げ出しやがったぞ?」

 

「この前の国府台の戦で負けたせいで怖気づいちまったんじゃねえの?」

 

「よし!このまま逃げる里見を打ち負かせええ!!」

 

北条軍の兵士たちは里見軍が怖気づいたものだと思い、そのままどんどん前へ進んでいった。

 

 

「何か妙ですわね・・・。」

 

「どうしたのお姉ちゃん?」

 

何か考え込んでるダイヤにルビィは理由を尋ねた。

 

「おかしいとは思いませんか?普通二倍以上の兵力を率いる相手に何の策もなく突っ込むほど相手の将は愚かではないはず・・・。何か罠があるかもしれませんから慎重に進むべきですわ!」

 

「うん、わかったよお姉ちゃんってぴぎゃ!?」

 

姉の言葉にうなずいた瞬間、ルビィは派手にすっ転んでしまった。

 

「ちょっとルビィ!?いきなり転ばないでくれるかしら!?」

 

「うう、ごめんなさいお姉ちゃん・・・。」

 

「ああもう、泥まみれにして・・・。」

 

ダイヤはルビィの顔に着いた泥を拭いた。

 

「何にもないところで転ぶなんてルビィちゃんってばドジっ娘なんだか・・・どわ!?」

 

「千歌ちゃん!?」

 

千歌もまたすっ転んだ。

 

「いったーい・・・。急に足がはまって転んじゃったよぉ・・・。」

 

「!!」

 

千歌の言葉を聞いたダイヤの顔が驚愕の色に染まった。

 

「どうしたのお姉ちゃん?」

 

「どうしたもこうしたもありませんわ・・・!どうやら私たちは誘い込まれていたみたいですわ!!氏政さん!今すぐ三船山に兵を退いてください!!」

 

ダイヤは慌てた様子で氏政に撤退を進言した。

 

「何!まさか義弘はこの為に!?」

 

氏政がダイヤの言葉を聞いて罠にはめられたことを確信するが、それは後の祭りだった。

 

「今だ!!北条軍を蹴散らせええ!!」

 

「「「うおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 

北条軍が沼地のぬかるみにはまって身動きが取れなくなったのを見て、里見軍は反転して身動きの取れない北条軍に攻めかかった。北条軍は泥に足を取られてまともに動くことが出来ずに次々と討ち取られていった。

 

「くそっ、みんな!とにかく三船山に向かって退くんだ!!」

 

「氏政さま!大変でございます!!」

 

「今度はどうした!!」

 

「それが、今度は北の八幡山から正木憲時の別動隊が襲い掛かってきました!!」

 

「なんだと!?」

 

北条軍は南と北から挟み撃ちにされてしまった。

 

 

 

「おらおらおらああああ!!!義兄上の仇だ!北条軍の奴らを完膚なきまでに叩きのめせええええ!!!」

 

北から攻めかかってきた別動隊の先頭に立って北条兵を次々と打ち倒している男、正木憲時は正木時茂の養子で前回の戦いで康成に討ち取られた信茂の義理の弟にあたる。

 

 

「義兄上!!ここはこの氏資に任せて退いてください!!」

 

氏資が氏政のところにやって来てそう言った。

 

「な、馬鹿な事を言うな!!お前の手勢は100騎もなかっただろう!?それではただの犬死にだ!!」

 

氏政は氏資を止めるが、

 

「いいえ、北条家の当主である義兄上を守るためならばこの程度!!」

 

と言って敵に向かって走り出していった。

 

「氏政さん!氏資を止めないんですか!?」

 

千歌が氏政に聞くと、

 

「氏資の想いは無駄には出来ぬ・・・。でも千歌殿がそういうならば!!お前たちは先に退いていてくれ!」

 

そう言って氏政は氏資のもとへ馬を走らせた。

 

「氏政さん、大丈夫かな?」

 

梨子は心配そうに言うが、

 

「きっと大丈夫だよ。皆、三船山に戻ろう!」

 

と千歌は氏政の背を見ながらそう言ってみんなと一緒に三船山の方へ走っていった。

 

 

 

 

「氏資どの!!」

 

「な、義兄上!?なぜこのようなところに!?」

 

氏資は氏政の姿を見て驚いた。

 

「何故とはご挨拶だな。兄が無茶をする弟を連れ戻すのは当たり前だろう!?さあ、三船山に戻ろう!」

 

と氏政は撤退を促すが、氏資は静かに首を横に振った。

 

「義兄上のご厚意は嬉しいですが、それには従えません。」

 

「何故だ!?何故お前は死に急ごうとする!!」

 

「それは・・・。私が親不孝者であるのと、あなたの恩に報いたいからです!!」

 

「俺の恩・・・だと?」

 

「はい、私は家を守るためとはいえ父と弟を追い出して無理やり当主となりました。もちろんそんな男を快く思う者なんているわけがありません、それが当主の妹を娶った男であってもです。ですが義兄上はそんな私に対してもまるで本当の弟のように接してくださいました。その優しさが父と弟を追い出した罪悪感に塗れた心を癒してくれた・・・。」

 

「氏資・・・。」

 

「ですから、そんな義兄上の御恩に報いるために私はここで殿(しんがり)となって義兄上をお守りするのです!!」

 

「お前が死んだら凛と娘はどうするのだ!!」

 

氏政に妻と娘のことを言われ、一瞬ためらいの表情を見せた氏資だったが、

 

「確かに妻と娘は悲しむかもしれません・・・。ですが妻も武家の娘としての覚悟はできているでしょう・・・!」

 

「・・・止めても聞きそうにないようだな。」

 

「はい。義兄上、お願いがあります。」

 

「なんだ、何でも言ってみろ。」

 

「もしここで私が討ち死にしたら、太田の家督は国増丸どのに継がせてください。」

 

「国増丸にだと?」

 

国増丸とは氏政の三男で国王丸の弟である。

 

「はい、わが娘・・・小少将の婿として太田家の養子にしてください。そうすれば太田の家も安泰です。」

 

氏資が笑顔でそう言うと、

 

「それは聞き入れられないな。何故ならそれはあくまでもお前が死んだらの話だからだ!」

 

と氏政も笑いながらそう言った。

 

「そうですね。では、その願いが実現しないようにしなくてはいけませんね!」

 

「ああ。是非ともそうしてくれ。」

 

「氏資さま!!敵が来ます!!」

 

伝令が氏資に敵の襲来を伝えると、

 

「では義兄上、ここは危険ですので。」

 

「ああ。生きて帰って来い、弟よ。」

 

「はい、義兄上こそお達者で!」

 

氏資がそう言うのを聞いてから氏政は三船山の方へ馬を走らせた。

 

(氏資・・・。すまない・・・!愚かな兄を許してくれ・・・!)

 

 

 

「よし!皆の者!!ここはなんとしてでも食い止めるんだ!」

 

「「「うおおおおおお!!!」」」

 

こうして太田氏資率いるわずか53人の勇士たちが北条軍を追う里見の軍勢に飛び込んでいった。彼らは勇猛果敢に戦ったが、敵うはずもなく、次々と討たれていった。

 

「さらばです義兄上・・・!あなた達と共に過ごした温かい日々は忘れません・・・。」

 

そして、太田氏資もまた討たれた。享年は26歳、命短しといわれた戦国乱世でも早すぎる死であった。

 

 

 

 

 

こうして北条軍が多大な犠牲を出して大敗を喫するという形で三船山合戦は終わりを告げた。

 

久留里城を攻撃していた氏照の軍勢も、里見義堯による決死の籠城戦に敗れ撤退していった。さらに北条水軍も安房の沖で里見水軍とぶつかるも大損害を負って三浦半島に退いていった。

 

 

 

「ふふふ・・・!これで国府台の屈辱は晴らした!!上総の地を取り戻すぞ!!」

 

「義弘よ、房総の覇者はこの里見であることを北条の者共に知らしめるのだ!」

 

 

 

この戦いで勢いを得た里見家は上総の国衆たちを再び傘下に収め、北条家の上総における拠点を次々と奪い返すために動き出した。

 

北条軍は水陸両面から追撃されることを恐れてすべての軍勢を上総から撤退させ、里見家は再び上総の大半を取り戻して房総半島の覇権を再び掴み取った。この先里見家の全盛期は10年先まで続くこととなる。

 

そして逆に氏政は倍以上の軍勢で挑みながら大敗を喫したことによって後世では『戦下手』という烙印を押されることになってしまった。




いかがでしたでしょうか?


今回は北条氏政が喫した負け戦である『三船山(三船台)の合戦』の話でした。氏政公にとっては慢心がどれだけ恐ろしいものなのかが思い知らされたことでしょう。

果たして氏政は再び立ち上がることが出来るのだろうか!?


そして今回もまた読者の方がAqoursのメンバーの武者姿を書いてくださったので、ここに載せさせてもらいます!


梨子ちゃん:
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ダイヤさま:
【挿絵表示】


果南ちゃん:
【挿絵表示】




それでは次回もまたお楽しみください!!


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14話 悲しみを超えて立ち上がれ

どうも、截流です!

今回は前回の後日談です。三船山にて手痛い敗北を喫した氏政は何を想うのか・・・。


それではどうぞお楽しみください!!


三船山で敗戦を喫した氏政は、小田原に帰ってから政務の時以外は部屋に閉じこもるようになってしまっていた。

 

「氏政さん、今日も部屋から出てこないの?」

 

「うん・・・。」

 

「よっぽど三船山のことが辛かったんだろうね・・・。」

 

千歌から三船山での敗戦について聞いた果南と曜も氏政のことを心配していた。自らの失態で義弟である氏資を失ったことがよほど心に突き刺さったのだろう。

 

「氏政さん、かわいそう・・・。」

 

「でもこのままじゃまずいんじゃない?氏政さんは当主なんでしょ。それがこんな風に閉じこもってたら他の人たちに悪い影響を与えちゃうわよ。」

 

「入学してからしばらく学校に来てなかった善子ちゃんには言われたくないと思うずら。」

 

「ちょっ、それは関係ないでしょずら丸!!」

 

善子は引き籠ってたことを引き合いに出されて顔を赤くして怒った。

 

「でもよっちゃんの言うことも間違ってないと思うよ。氏政さんの気持ちは分かるけど前を向かなきゃいけない時もあると思うの。」

 

師匠である綱景を亡くした梨子が善子の言葉に賛同する。実際に経験しただけあって言葉の重みが違う。

 

「もう、氏政さんってばそんな風に閉じこもってちゃダメよ!そんな悲しい時こそ楽しくシャイニー☆にいきましょ!!」

 

「ちょっ、鞠莉やめなって!」

 

氏政の部屋に向かって大きな声で呼びかける鞠莉を果南が制止した。すると、

 

「放っておいてくれ・・・。私のような無能に当主を名乗る資格など無いのだ・・・。」

 

と中から氏政の声が聞こえてきた。

 

「もう!氏政さんって物分かりがいいように見えて結構頑固親父よね!」

 

「まあまあ、誰だってあれだけの失敗したらああもなっちゃうよ・・・。」

 

氏政の反応に憤る鞠莉を果南が宥める。

 

「兄貴が政務の時以外は部屋に籠ってるって聞いて見舞いに来てみたが、こりゃかなり重症みたいだな。」

 

「兄上がここまで手痛い敗北を喫したのは初めてだからな。」

 

「それ以上に氏資どのを死なせてしまったのがよほど辛かったんでしょうね。」

 

千歌たちのもとにやってきたのは、氏政の弟である氏照と氏邦、そして氏規だった。

 

「して、千歌どの。兄上の具合は如何か?」

 

「あの日からずっとこの調子なんです。ご飯はちゃんと食べてるし、お仕事もしてるので特に問題があるわけじゃないんですが・・・。」

 

「うむ。父上が本格的に隠居した今では兄上が当主なのだから、この様子では家中にも影響が出かねん。いったいどうすれば・・・。」

 

氏照はそう言って考え込んでしまった。

 

「・・・よし!」

 

千歌は何かを決心したのか、氏政の部屋に向かってずかずかと歩いていった。

 

何をするつもりなのかと皆が見守っていると、なんと千歌はいきなり氏政の部屋の襖を大きく開け放したのだ。

 

「ちょっと千歌ちゃん!?」

 

「いきなり何してんの!?」

 

驚いた梨子と曜は千歌を止めようとするが、千歌はそれを気にも留めずに氏政の部屋に乗り込んだ。

 

「なんの用だ千歌どの・・・。私は今誰とも話したくはないんだ・・・。」

 

氏政はそう言って千歌に背を向けるが、

 

「氏政さん!いつまでそうやって落ち込んでるんですか!氏政さんはみんなのリーダーなんでしょ?リーダーがそんな風に落ち込んでたら他のみんなも落ち込んじゃいますよ!!」

 

千歌は氏政の肩を掴んで彼に一喝した。

 

「そのくらい俺だって分かっているさ!!俺は北条家の当主なんだ!負けても堂々としていなくてはいけないことくらい分かっているさ!!でも、千歌どのに俺の気持ちなど分かるものか・・・!!」

 

氏政は千歌の言葉を受けて激高した。普段は穏やかで理性的な氏政が感情的に怒鳴る姿を見て千歌をはじめとしたこの場にいる面々は驚いた。生まれてからずっと兄と接してきた氏照達もそんな兄の姿を見て戸惑いを隠せなかった。

 

しかし千歌はそんな氏政の激高に怯むことなく、さらに言葉を紡ぐ。

 

 

「・・・分かるよ。私にも分かるよ氏政さん。だって私も・・・、ううん。私たちも氏政さんみたいに悔しい思いをしたことがあるから分かるもん!!」

 

「千歌ちゃん・・・。」

 

「私たちが初めて沼津の外に出て東京の大会でライブをやった時、初めて全国レベルのスクールアイドルの実力を思い知らされた。そして、そんな全国レベルの人でもその大会でいい結果を残せなくて私たちがどれだけちっぽけなのかっていうのも思い知らされたんだ・・・。」

 

「千歌どの達にもそのような挫折が・・・。」

 

「内浦に戻るまではずっと笑ってごまかしてた。リーダーである私が落ち込んじゃったらみんなも悲しんじゃうって思って強がってた。でも本当はすごく悔しかったんだ。みんなで一生懸命に練習して、歌を考えて、衣装を作って、PVを撮って、ライブで大勢の人の前で歌って・・・。それでもダメだった、誰の心にも響かせられなかった、私たちの努力の成果が0でしかなかったことがすごく悔しかったんだ。」

 

「・・・。」

 

「でもね、私たちはその悔しいと思った気持ちを踏み越えて『0から1に向かって踏み出す』ことが出来たんだ。あの0を経験したことがあるからこそ今の私たちがあると思うんだ!だから氏政さんも、もう一度踏み出してみようよ!!」

 

千歌はそう言って笑顔で氏政に手を差し伸べた。氏政は千歌の手を取ろうとしたが、

 

「いや、それはできない。」

 

と手を引いてしまった。

 

「そんな、どうして・・・?」

 

「確かに千歌どのの言う通りだ。そういう敗北を経験し、立ち上がってこそ強くなれる・・・それ自体は間違っていない。だが、俺にそれを踏み越える資格などないんだ・・・!」

 

「踏み越える・・・資格?」

 

千歌は氏政の語った言葉がどういうことなのかを尋ねる。

 

「俺はこの戦いで義弟である氏資を死なせてしまった。そしてそれは氏資の妻である妹の凛から夫を、そして姪から父を奪ってしまったことになる。そんな男に千歌どの達のように前に進む資格などあるわけないじゃないか!!」

 

そう言って氏政はまた背を向けてしまった。

 

 

「おい兄貴てめえ!!!千歌どのが必死に慰めてくれてるっつうのにその態度はなんだよ!!許せねえ!!」

 

そんな氏政を見て氏邦は激怒し部屋に入り込もうとするが、

 

「やめろ氏邦!!お前の気持ちは分からんでもないが、そのように力ずくで解決しようとすれば余計に拗れるだけだ!!」

 

「そうですよ氏邦兄上!一旦落ち着いてください!!」

 

「離せ!!兄貴を一発ぶん殴ってやらねえと気が済まねえ!!」

 

氏照と氏規が暴れる氏邦を必死に抑え込んだ。

 

 

 

 

「あらあら、氏政さまのお部屋の前が珍しく賑やかになってると思ったら・・・。」

 

「あ、梅さん!」

 

騒ぎを聞きつけてやってきたのは氏政の妻の梅だった。

 

「これは義姉上、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。」

 

そう言って氏照とそれに続いて氏規が梅にお辞儀をすると、

 

「いえいえ、お屋敷がここまで賑やかになったのは久しぶりなので構いませんよ。それよりも何があったのかを教えてくださいな。」

 

梅はそう言ってここで何が起きていたのかを尋ねた。

 

「なるほど、そのような事があったのですね。」

 

千歌たちや氏照たち氏政の兄弟から事情を聞いた梅はそう言って頷き、

 

「もしよろしければ、私に任せていただけないでしょうか?」

 

と言った。

 

「止めといた方がいいぜ義姉上。今の兄貴は何言っても聞く耳持たずって有様だったからな。」

 

氏邦は乗り気でない様子だったが、

 

「いや、義姉上の言葉なら兄上も聞いてくれるかもしれません。」

 

氏規は賛成の意を示した。

 

「梅さん。氏政さんのこと、お願いします!」

 

千歌たちAqoursは梅に頭を下げた。

 

「そんな仰々しくする必要なんてありませんよ。落ち込んでいる夫を慰めるのも、妻の務めですので。」

 

梅は微笑みながら千歌たちにそう言って、氏政の部屋に入っていった。

 

 

 

 

「氏政さま。」

 

「梅か。俺は今一人になりたいのだ・・・。」

 

氏政がそう言うのもお構いなしといった様子で梅は氏政に寄り添う。

 

「氏政さまはお優しいのがいいところなのですが、時としてお優しすぎるのが玉に瑕でございます。武家の当主、それも大名となれば時には非情になる必要があると思います。」

 

「非情になれ、か。厳しいことを言ってくれるな。氏資の・・・、義弟(おとうと)の死に対して『奴は捨て駒だった』と振る舞えと言うのか梅よ・・・!」

 

普段は梅に対して優しく振る舞っている氏政の声は少しだけ怒りに震えていた。

 

「流石にそこまでは言っていませんわ。ですがあなた様はこの北条家の当主なのです。故に出してしまった犠牲をいつまでも悲しむのではなく、それを糧にして前に進めと言っているのです。私の父、信玄のように。そして氏政さまの父である氏康さまのように・・・。」

 

梅は声を怒りと悲しみで声を震わせる氏政に諭すように語り掛ける。

 

「流石は信玄どのの娘、というわけか。俺のような無能とは大違いだな。」

 

氏政は自嘲気味に笑った。

 

「いいえ、氏政さまは無能ではありません。確かに戦はあまり得意ではないかもしれませんが、あなた様には人を纏める才がございます。そして民や臣下、そして親兄弟同士の争いの絶えない戦国乱世において、兄弟や家族を慈しむことが出来るというわが父でさえも持ちえなかった誇るべき才を持ち合わせております。」

 

「梅・・・。」

 

「氏政さま、あなたの夢は何ですか?」

 

「俺の夢・・・。俺の夢は関東の、関八州の乱世を終わらせ、民と武士の理想郷を作り上げることだ・・・!」

 

「なれば、その夢を成し遂げるならば立ち上がってください氏政さま。あの子たちが言っていたようにもう一度立ち上がって、強き獅子となりて夢を追い求めてください!」

 

梅の氏政に再起を求める声はいつもの穏やかなものではなく、どこか力強さが宿っていた。

 

「梅よ。俺は・・・、俺は獅子になれるか?父のように、いや父を超える強き獅子となることが出来ると思うか?」

 

「なれますとも。あなた様ならきっと優しくてお強い、関東の覇者に相応しい立派な獅子になることが出来ましょう!」

 

「そうか。お前がそう言ってくれるならば、なれるかもしれないな。」

 

「その意気です氏政さま。国王丸や国増丸、そして菊王丸もあなた様が氏康さまの背中を見て育ったように、あなた様の背中を見て育っていくのです。ですから子供たちに恥ずる事のないようにお強い姿をあの子たちに見せてあげてください!!」

 

そう言われた氏政の脳裏には未来を担う、梅との間に生まれた子供たちの姿がよぎった。

 

 

 

 

「氏政さんと梅さん、大丈夫かなぁ。」

 

「どうだかなぁ。嫁さん一筋な兄貴でも今の状態じゃあ義姉貴の説得には耳を貸さねえんじゃねえの?」

 

千歌の呟きに氏邦がそっけなく答える。

 

「兄上は意外と頑固だからな。ああなってしまえば説得するにはかなり時を使うだろうな。」

 

氏照も氏邦の言葉を聞いて深く頷いた。

 

 

 

すーっ

 

 

 

 

氏照がそう言った直後、梅が入ってから閉まっていた氏政の部屋の襖が静かに開き、梅と共に氏政が出てきた。その顔からは先ほどまでの陰鬱さは消えており、憑き物が落ちたかのようにすっきりとして、いつもの爽やかな雄々しさを纏っていた。

 

「兄上・・・!」

 

「兄貴・・・!」

 

「氏政兄上・・・!」

 

「氏政さん・・・!!」

 

その顔を見た氏照ら弟たちと千歌は安堵の声を漏らした。

 

「みんなすまない。しばらく迷惑をかけてしまったな。そして千歌どの、お主の励ましに対してぞんざいな態度をとってしまって申し訳ない・・・!」

 

そう言って氏政は頭を下げた。

 

「そんな、頭を上げてくださいよ氏政さん!私の方こそ、氏政さんの辛さを分かったようにいろんなことを勝手に言っちゃってすいませんでした!」

 

千歌もまた頭を下げると、

 

「いや、お主は謝らなくてもいい。お主の言葉は理に適ってる物だった。『悔しさを踏み越えて0から1へと踏み出す』、その心意気を教えてくれたことは感謝してもしきれないものだ。本当にありがとう。」

 

と言って氏政は千歌の頭を上げさせた。

 

「えへへ・・・。」

 

千歌は照れ臭そうに笑った。

 

 

「おお、どうやらわしが出る幕は無かったようだな。」

 

不意に声が聞こえてきたので振り返ってみると、そこには氏康が立っていた。

 

「父上!どうしてここに!?」

 

氏政が驚くと、

 

「嫡男が自分の失態を悔いて部屋に閉じこもっていると聞けば誰だってのんびりしてられないであろう。だが、その様子を見るともう大丈夫なのだな。」

 

と氏康は言った。

 

「はい。私にはいずれ父上を超え、関東の乱世を終わらせるという夢がありますので!」

 

そう言い返す氏政の姿は、氏康の目に臆病者だった頃の自分から脱却し、獅子となる道を歩み始めた頃の自分が重なって映った。

 

「そうか・・・。それを聞けて安心したぞ新九郎。源三、新太郎、助五郎、梅どの、そしてAqoursの方々よ、これからも新九郎を支えてやってくれ。」

 

氏康はそう言ってその場にいたみんなに改めて氏政の支えになるように頼んだ。ちなみに源三は氏照の、新太郎は氏邦の、そして助五郎は氏規の仮名(けみょう)(通称)である。

 

『はい!』

 

氏政以外の面々は堂々と返事をした。

 

「それと氏政よ、お主に会いたいという者がいるというので連れてきたぞ。」

 

「私に、ですか?」

 

氏政は意外そうな顔をしていた。だが、氏康が真剣な顔をしているのと、呼び方が仮名から実名に戻ったところを見ると、重要な要件なのだろうと察した。

 

「人払いしましょうか?」

 

氏政は人払いをさせようとしたが、

 

「いや、その必要はない。入ってきなさい。」

 

氏康は人払いする必要はないと言って、氏政に会いに来たという人物を呼んだ。

 

「・・・。」

 

おずおずと歩いてきたのは少し小柄な少女だった。

 

(誰なんだろう・・・。)

 

千歌たちはその少女を見て首を傾げたが、氏政は表情を強張らせた。

 

「凛・・・。」

 

 

「え?凛さんって・・・。」

 

「確か、氏政さんの妹さん・・・だよね?」

 

「あと氏資さんの奥さんずら・・・。」

 

善子、ルビィ、花丸の三人がそう言うと、

 

「うそ!?あの人が氏資さんの奥さんなの!?というか名前がμ'sの星空凛さんとおんなじだ!!」

 

千歌は驚いた。ここで星空凛の名前を出してしまうあたり、流石はμ'sに憧れてアイドルを始めただけあるといってもいいだろう。

 

「驚くところそこなんだ・・・。」

 

曜は苦笑いしながらツッコミを入れる。

 

「でも凛さんは確か娘さんと一緒に江戸城に移っていたのではありませんか?」

 

「はい、私も少しだけ凛さんの顔を見たことがあります。」

 

ダイヤの疑問に、江戸城に出入りしている梨子が応えた。

 

夫である太田氏資が三船山で討ち死にしてから彼女と娘の小少将は岩付城に残っていたが、上杉謙信が度々関東に侵攻してくることから、関東防衛の前線基地である岩付城に残しておくのは危ないと判断した氏康と氏政によって江戸城に移されたのだ。

 

ちなみに彼女たちが去った後の岩付城の守りに就いたのは第二次国府台合戦で正木信茂を倒した北条康成であった。

 

「お久しぶりです兄上様、ご壮健そうで何よりです。」

 

凛は久しぶりに再会する氏政に挨拶をした。

 

「凛・・・、すまない!俺の落ち度で氏資どのを死なせてしまった・・・!誤って済む話ではないのは分かっているが、無力な兄を許してくれ・・・!」

 

凛が挨拶し終えるとほぼ同時に、といえるほどの勢いで氏政は凛に対して深く頭を下げて謝罪した。

 

「・・・え!?そんな兄上様、頭を上げてください!!私は別に氏資さまのことを責めようとしてここに来たわけではないのです!」

 

氏政の凄まじい勢いでの謝罪が予想外だったのか、凛は慌てて氏政に頭を上げるように促した。

 

「なに・・・?俺を責めに来たのではないのか?」

 

「はい、父上から兄上様が氏資さまを死なせてしまったことを深く気に病んでいると聞いたのでお見舞いに参ったのですが、どうやら杞憂だったようですね。」

 

「いやいや、さっきまで聞く耳持たずで大変だったんだぜ?梅どのが上手く慰めてくれたみたいだけどよ。」

 

氏邦がげんなりした顔で凛に先ほどまでの状況を教えた。

 

「そうだったんですか。」

 

「ああ氏邦の言う通りだ。梅のおかげで何とか持ち直せたが、流石に凛本人が出てくるとなると合わせる顔がないな。」

 

氏政は自嘲するように呟いた。

 

「先ほども言ったように私は兄上様を責めに来たわけではありません。」

 

「だがそれでも俺がお前から夫を奪ってしまったのは確かだ・・・。なんと言えばいいのか分からん。」

 

そう言って氏政が顔を俯かせると、

 

「もう!兄上様は少しうじうじとしすぎです!!」

 

と凛が一喝した。

 

『ええ!?』

 

凛の変わりようを見て千歌たちは驚いた。

 

「え?凛さんってあんな人だっけ?」

 

凛のことを少しだけ知っている梨子は唖然としていた。

 

「凛は見た目は大人しいが多少芯が強いというか気が強いというか・・・。なんと言うか姉上に似ているのだ。」

 

氏照が千歌たちに凛の性格を語った。

 

「氏照さんたちのお姉さん?」

 

「ああ、綾という名でな。今は駿河の今川氏真どのに嫁いでいる。」

 

「へえ~。会ってみたいかも。」

 

千歌が氏照の言葉を聞いてそう呟いたが、その言葉が意外な形で実現してしまうことになるのはまだ先の話である。

 

 

「兄上様はいつまで氏資さまの死を引きずるおつもりですか!?私がいつまでもそれを悲しんでいると思っているのですか!?私も武家の娘なんですよ!夫と死に別れることに対する覚悟はとうにできておりました!」

 

「しかし・・・。」

 

「氏資さまは兄上様に感謝していました!家中で肩身の狭い思いをしていた氏資さまを兄上様たちは本当の兄弟のように接してくださりました・・・。氏資さまはそれに恩義を感じて、どのような形でもそれに報いたいと言っておりました!」

 

「・・・。」

 

凛の言葉を聞いた氏政は、三船山での氏資の言葉を思い出していた。

 

「氏資さまは戦に出る前に言っておりました。『この戦で私は義兄上の恩義に報いて見せる。もしかしたらこの戦で私は命を落とすかもしれんが、それは私にとって本望だ。故に悲しまないでほしい。』・・・と。」

 

「氏資はあの戦にそこまでの覚悟を以て臨んでいたのか・・・。」

 

「はい。氏資さまは強き覚悟を以てこの戦に臨み、そして兄上様を守るために戦場で命を落としました。ですがそれは氏資さまの意志で決めたこと・・・。兄上様が気に病むことではございません!」

 

「しかし俺は・・・。」

 

「これ以上引きずるのはやめてください!それは氏資さまの想いを冒涜することになります!!氏資さまの死を無駄にしたくないとおっしゃるのならば前に進んでください!それこそが氏資さまの願いであり、私の望みでもあるのですから!!」

 

「そうか・・・。氏資もそれを望んでいるのか・・・。ありがとう凛、お前と梅のおかげでようやく本当に踏ん切りがついたよ。」

 

そう言う氏政の顔は先ほどの憑き物が落ちた爽やかさだけではなく、強い覚悟が宿っていた。

 

「俺はもう迷わない・・・。これよりは前へと進んでいく!」

 

「それでこそ氏資さまの慕っていた兄上様です!!」

 

「ああ、それと氏資が三船山で俺の息子の国増丸が成長した暁に娘の小少将どのと婚姻を結ばせて太田の跡継ぎにしてほしいと言っていたが認めてくれるか?」

 

氏政は氏資と三船山で結んだ約束を凛に話した。すると凛は目を潤ませ、

 

「氏資さまが・・・そう言っていたのですか?」

 

と言った。

 

「ああ、それが氏資が俺に託した最後の願いだ。」

 

氏政も兄らしく優しく微笑んで言葉を返す。

 

「その話、受けさせていただきます・・・!きっと氏資さまも草葉の陰で喜んでくださると思います・・・!」

 

凛は氏資の願いを果たせることを喜び、涙を流した。

 

 

「ふう、一時はどうなることかと思ったけど一件落着だね。」

 

曜が安心したようにそう言った。

 

「まさに雨降って地固まる、ですわね。氏政さんも一回り強くなったみたいですし。」

 

「お姉ちゃん、ルビィもお姉ちゃんを支えるために頑張るね!」

 

黒澤姉妹も北条兄妹に倣って自分たちも力を合わせると誓う。

 

「家族っていいね、千歌ちゃん。」

 

「うん!でも私たちAqoursも家族みたいなものだよね!私たちの仲も氏政さんたち家族には負けないよ!!」

 

「そうだね。私たちもこれから力を合わせて頑張って元の時代の内浦に帰ろうね。」

 

「うん!」

 

千歌と梨子はそう言って微笑み合った。

 

 

 

『名将とは一度大きな敗北を経験し、それを乗り越えた者を言う。』

 

戦国時代における伝説的な名将と称された朝倉宗滴は生前にそう語ったという。

 

相模の獅子と呼ばれた名将、北条氏康の息子である氏政は戦の実力では父に劣り、凡将と評されてきたが、兄弟や家臣たちと力を合わせて関東の大半を平定してみせた。

 

彼が関東の覇者となる道のりは、この敗北から始まったと言っても過言ではない。氏政は一度の大敗と、義弟の死と引き換えに翼を手に入れた。

 

 

 

若獅子は、坂東を制するために再び立ち上がった。




いかがでしたでしょうか?


サンシャイン8話を見て「今回の千歌ちゃんの挫折話はこれのネタにできるぞ!!」と思ってこの話を書きあげました!(なお投稿は9話後になった模様)

今回出てきた氏資の妻である凛をはじめとした女性キャラの名前についてですが、戦国時代の女性は一部の有名どころ以外は実名はほとんど伝わっていないので、名前は他の創作物から借りてきたり、自分のイメージでつけたりしています。地味に結構頭使います・・・w


今回も読者の方がAqoursのメンバーの武者姿を書いてくださったので、ここに載せさせていただきます!


マリー:
【挿絵表示】


善子:
【挿絵表示】



それでは次回もまたお楽しみください!!


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15話 老将の回顧 疾き雲

どうも、截流です!

最近は若虎の方に力を注いでいたので停滞気味になってしまっていましたが、ぼちぼち更新を再開していきます!

あとUA数が3000を突破しました!ありがとうございます!!


それではどうぞお楽しみください!!


「幻庵おじいちゃーん!遊びに来たずらよ~!!」

 

「ぴぎ・・・。幻庵さん、お久しぶりです・・・!」

 

「おお、久しぶりじゃのう花丸どのにルビィどの。」

 

氏政が敗戦から立ち直り、再び精力的な活動を始めてから1年近く経った頃、千歌たちは小田原城の城下にある久野という土地にある北条家の長老、北条幻庵の屋敷に来ていた。

 

「ほっほ・・・。千歌どの達と会うのは氏康と当主殿との謁見の時以来かのう。」

 

「はい、妹のルビィと花丸さんがお世話になっております。」

 

ダイヤは幻庵にお辞儀をした。花丸はAqoursが北条家に身を置いてから国府台での合戦が始まるまでの1年にわたる修業期間を幻庵のもとで過ごしていたのだ。ちなみにルビィは花丸に誘われてよく幻庵の屋敷に出入りしていたので幻庵に対して人見知りを発動しなかったのである。

 

「ささ、こんな所で立ち話もなんじゃから上がってくだされ。」

 

『お邪魔しまーす!』

 

千歌たちは幻庵に促されて屋敷に上がった。

 

 

 

 

 

「さて、それで今日はどのような用事でこんな老いぼれのところにまで足を運んでくださったのかな?」

 

千歌たちを客間に通して座った幻庵は千歌たちに用件を聞いた。

 

「えっと・・・。何しに来たんだっけ?」

 

「千歌ちゃん!?北条家のことを聞きに来たんでしょ!?」

 

「ああ、そうだった!えへへ、幻庵さんに出してもらったお菓子がおいしくてうっかり忘れちゃった・・・。」

 

「まったくもう・・・。」

 

千歌の様子に梨子がため息をつく。

 

「でも確かにおいしいよねこれ。」

 

「『ういろう』だっけ。なんかようかんみたいな見た目だけどお餅みたいな感じの食感だよね。」

 

曜と果南がういろうを食べながらそう言った。

 

「ほほほ、気に入ってもらえて何よりじゃ。花丸どのも美味しそうに食べておったからのぉ。」

 

「ずら丸はこっちに来てからも食べてばっかりね。」

 

「むぅ、美味しいからつい食べちゃうんだもん。善子ちゃんも食べてみるずら!」

 

そう言って善子の言葉に頬を膨らませた花丸は善子の口にういろうを突っ込んだ。

 

「堕天使たる私がそんなもn・・・むぐ!?・・・美味しいじゃない。」

 

「ほらね♪」

 

「Aqoursの面々はみな仲が良いのう。仲が良いのはよいことじゃ、ほほほ。」

 

千歌たちの様子を見て幻庵はからからと笑う。

 

「あ、そう言えば私たち北条家について聞きに来たんです!」

 

千歌が思い出したように幻庵に話を切り出した。

 

「ほう、当家についてのう。」

 

「はい!今こうやって私たちは北条家にいるわけだけどあまり氏政さんたちのいるこの家のこととか全然知らなくて、それを聞きたくて来たんです!」

 

「幻庵さんが初代の北条早雲さん・・・いえ、伊勢新九郎盛時さんの息子さんと聞いたのでこうして聞きに来ました。何とぞ私たちに北条家の成り立ちなどをお教えしていただけませんか?」

 

ダイヤがそう言って頭を下げたのに続いて千歌たちも頭を下げた。

 

「なるほど・・・。確かにお主たちは今は北条家の食客にして家臣でもある。この北条家について知ってもらうにはいい機会かもしれんの。」

 

「本当ですか!?」

 

「うむ。ではお主たちに北条家が如何にしてこの地に興ったかを教えて進ぜよう。かなり話が長くなるかもしれんから楽な姿勢で聞いてくれて構わんぞい。」

 

『はい!』

 

「まずわしの父上、北条早雲は今では北条家と名乗ってる都合でそう呼ばれておるが、ご存命の間は北条姓を名乗ってはおらんかったのじゃ。」

 

「じゃあ、なんて名乗ってたんですか?」

 

最初に質問したのは梨子だった。

 

「わが父の名は伊勢新九郎盛時。ダイヤどのが言っておった通りの名じゃ。」

 

「お姉ちゃん凄い・・・!」

 

「この程度の知識、当然のことですわ!伊勢新九郎さんは一時期沼津に拠点を構えていたのですから。」

 

ダイヤはドヤ顔で言った。

 

「左様。もともと伊勢家は京の将軍家に仕える家柄であったが、その分家筋であった父上は応仁の大乱の後に姉が嫁いでいた駿河の今川家に身を寄せたのじゃ。しかし今川の当主であった義忠公が討ち死になされ、嫡男であった氏親公、その当時は竜王丸と名乗っておったのだが、まだ幼く誰が今川家を支えるかでもめておったのじゃ。」

 

「確かに子供が跡を継ぐとしたら色々大変だもんね。」

 

曜がうへーといった風に呟いた。

 

「その時は義忠公の従弟の小鹿範満が今川家を牛耳ようとしておったのじゃが、父上が氏親公が元服するまでの間は範満が代理を務めるべし、という案を出したのじゃ。何とかそれでその場はそれで収まったのじゃが、氏親公が元服された後も範満は当主の座を渡そうとしないので父上は氏親公の兵を借りて範満を攻め滅ぼしたのじゃ。そして、その功績により氏親公より沼津の興国寺城を賜ったのじゃ。」

 

「新九郎さんって頭が回る人だったんだね。」

 

「そしてそれから数年経った時に父上は出家し『早雲庵宗瑞』と名乗ったのじゃ。そして明応2年(1493年)に伊豆で弟と継母を殺して悪政を行なっていた堀越公方、足利茶々丸を攻め滅ぼし伊豆一国を丸ごと手に入れたのじゃ。ちなみにわしはこの年に生まれたんじゃ。そして伊豆を手に入れた三年後にこの小田原城を攻め取ったのじゃ。」

 

「小田原城って結構攻めづらい城だったんでしょ?よく新九郎さんはそんな城を落とせたわよね。」

 

「うむ、善子どのの言う通り当時はまだ二の丸が無かったとはいえ今と同じく難攻不落であったのじゃが、父上は城主であった大森藤頼に贈り物を贈ったりして油断させ、『鹿たちが箱根山に逃げ込んだので追い戻すために勢子(狩人)達を入れたい』と手紙を送り、勢子に扮した兵士を送り込み、藤頼がいない隙に奇襲を仕掛けてこの城を奪い取ったのじゃ。」

 

『へえ~。』

 

「そして父上は今からちょうど50年前に亡くなるまでの間、相模を統一するための戦に尽力なさったのじゃ。」

 

「あら?そう言えばまだ北条って言葉が出てきてないデース。」

 

「ほんとだ。鞠莉さんの言う通りまだ北条って言葉が出てきてないですね。」

 

「わしらが北条と名を改めたのは兄上が父上の後を継いでからじゃからのう。」

 

「ど、どうして苗字を変えたんですか?そのまま伊勢さんのままでもよかったんじゃ・・・。」

 

ルビィがおずおずと幻庵にたずねた。

 

「いい質問じゃのうルビィどの。この時わしらは関東の者たちから『他国の逆徒』、つまりよそ者の国盗人として忌み嫌われてたのじゃが、それが関東制覇という父上の野望を成し遂げるには不都合だったので、兄上はかつて鎌倉の幕府を治めていた執権の北条家の姓を、朝廷に頼み込んで名乗ることにしたんじゃ。」

 

「力こそが全ての戦国乱世においても大義名分は必要ですのね。」

 

「その通り、兄上が氏康に残した五つの遺訓にも『義を守っての滅亡と義を捨てての繁栄は天地ほどの違いがある。故に大義を重んじて生きよ。』と記してあるからのう。何事も節度を守ることが大切なのじゃ。」

 

「あの、幻庵さん。一つ聞いてもいいですか?」

 

幻庵が語り終わったあと、千歌が幻庵に話を切り出す。

 

「なんじゃ千歌どの。」

 

「初代の早雲さん・・・じゃなくて新九郎さんはどんな人だったの?」

 

千歌がたずねたのは初代、北条早雲がどのような人物であったのかだった。

 

「あ、私もそれ気になってた!」

 

「どんな人だったんですか幻庵さん?」

 

曜や梨子、そして他のメンバーたちも流れに乗るように幻庵にたずねる。

 

「・・・そうじゃのう。わしが物心ついた頃にはすでに70歳に差し掛かるほどじゃったが、老いてなお盛んといった感じじゃったのう。70歳を超えても背筋はまっすぐで、歯もひとつ抜ける事なく壮健であったのう。」

 

「Seventy!?ダイヤがこの時代は50歳が平均寿命って言ってたけど、それを考えてみるとすごい長生きだったのね!」

 

「お人柄はどのような感じだったのですか!?」

 

ダイヤが食い気味にたずねてきた。

 

「父上は武勇に優れてるだけでなく、京の文化にも通じる文武両道のお方だったのう。そして何より父上は民を重んじておった。」

 

「民・・・、お百姓さんや商人さんたちの事?」

 

「うむ、その通り。北条の民を重んじる家風は父上が始まりであっても過言ではないのじゃ。」

 

首を傾げた果南に幻庵は優しく答える。

 

「父上は応仁の大乱を通して、醜い権力闘争やそれが原因で起きた戦乱に巻き込まれた民を見て心を痛めておられた。そして常に『京の都は腐っておる、なればこそわしが関東の地に武士と民が平穏に暮らせる国を作り上げよう。』と兄上たちやわしに語って聞かせてくださった。」

 

「早雲さんって優しい人だったんずらね~。」

 

「優しいだけではないぞ。それを成し遂げるためならば時としては鬼となった。先ほど話した伊豆討ち入りは幕府からの密命もあったのだが、何より父上は親兄弟を殺し、傍若無人な振る舞いで民を苦しめる茶々丸に激しい怒りを抱いていたからこそ攻め入り、6年にわたる歳月をかけて茶々丸を追い詰めて討ち取ったのだ。」

 

「幕府からの密命?」

 

「当時幕府で擁立された将軍は茶々丸の腹違いの弟で、母と弟を茶々丸に殺されたので、伊豆を平定すると同時に母と弟の仇を討ってくれという密命が父上に来ていたのだ。」

 

「そうだったんだ・・・。」

 

「伊豆を平定してからの父上は伊豆の民を癒す事に尽力する事に全力を注いだのじゃ。その頃は伊豆では疫病が流行っておっての、父上は京から大量に薬を仕入れて無償で民に配ったのじゃ。」

 

「でもこの頃の薬ってとても貴重だったんじゃ?」

 

「うむ、じゃが父上には外郎という薬売りの知り合いがおって、その協力もあってなんとか病に苦しむ民を救う事ができたのじゃ。」

 

「外郎?なんかこのお菓子と名前が一緒だね。」

 

千歌が首をかしげると、

 

「その菓子の『ういろう』は外郎家の当主が代々薬の口直しとして薬と一緒に出していたものが人気だったので菓子として単体で食すようになったものなんじゃよ。あと、その時の外郎家の当主、宇野藤右衛門定治どのは父上の招きでこの小田原に居を据えるようになったのじゃ。」

 

「そういえば小太郎さんがたまに薬売りの格好をしてたのはそういう事だったのね。」

 

「そうそう、善子どのの言うように小太郎も外郎どのに縁があってたまに薬を売り歩きながら各地で情報を集めて回ってるのじゃ。」

 

「色んな人に慕われてるんだね、早雲さん。」

 

「その人にあったらもっと色んな話を聞けるかも!」

 

曜と千歌がそう言うも、

 

「ああ、先代の外郎どのの定治どのはもう既に亡くなっており今では息子の家治どのが家督を継いでおるから定治どのに話を聞く事はできんのじゃ。」

 

「そうなんだ、なんか残念だなぁ。」

 

「仕方ないわよ千歌ちゃん。新九郎さんの頃の人なんだから少なくとも幻庵さんよりは年上なのよ。」

 

「そうだよね~・・・。」

 

残念がる千歌を梨子がなだめる。

 

「さて、話を戻すが父上は民を病から救っただけでなく、民を苦しめていた重税を改めたのもその功績の一つなのじゃ。」

 

「税?」

 

「左様、世間一般では年貢は五公五民か六公四民、つまり収穫を10とするとそのうち5か6を税として納めるのじゃが、それでは民の暮らしが苦しくなってしまうと言って父上は四公六民、つまり税収を減らしたのじゃよ。」

 

「なるほど…。でもそれでは資金繰りが大変なのではありませんか?」

 

ダイヤは幻庵に税収を減らした分はどのように補うのかをたずねた。

 

「うむ、税を減らしたからには確実に北条家の元に入ってもらわねば困るのじゃ。普通ならば家臣や配下の国衆達に回収させ、そこから蔵に入れるのじゃが、わしらはそれを無くして直接北条家の蔵に納めさせておるのじゃ。」

 

「北条家ってけっこう領地が広いし人も多いよね?本当にそんなことできるのかな・・・?」

 

「ふふふ、確かに果南どのの言うことにも一理あるのう。じゃがそのためにこの書物に押されてる印判があるのじゃよ。お主らは氏政のもとで働いておるから見たことあるであろう?」

 

そう言って幻庵は一枚の書状を見せた。

 

「あ、この最後にあるやつですよね!なんか書いてあるのは分かるんだけどなんて読むのかは分からないんですよね…。」

 

その印判を見て、千歌は苦笑いした。

 

「これは虎の印判と言って『禄壽應穏(ろくじゅおうおん)』と書いてあるのじゃ。」

 

幻庵は紙に『禄壽應穏』と書いて千歌達に見せた。

 

「どういう意味なんですか?」

 

曜が首を傾げてたずねると、

 

「禄というのは財産のことじゃ。そして壽(寿)とは命、要は『民の財産と命は我ら北条家が守ってみせる。』という意味が込められておる。」

 

「ワオ!エクセレント!!本当に北条家のみんなは領地に住む人達の事を大切に思ってるのね!」

 

「その通り。そしてこれは先々代の当主であるわしの兄上の遺志がこの印判に込められておるのじゃ。そしてこの印判を用いることが出来るのは当主のみで当主を騙った書状を出せないようにするという役割もあるのじゃ。」

 

「こうして聞いてみると北条家って凄い民衆想いの大名だったのね・・・。」

 

「なんていうかすごく優しい感じがするね・・・って、んん?」

 

幻庵の話を聞いてしみじみと呟いた千歌は突如縁側の方に視線を移した。

 

「千歌ちゃん、どうしたの?」

 

「なんかあっちの影から誰かがこっちを見てるみたいなんだけど・・・。」

 

千歌が指さした先に、柱の影から千歌たちや幻庵を覗き見ている人の影があった。

 

「あ、三郎く~ん!そっちで何やってるずら?」

 

なんと花丸が覗き見ている人物に声を掛けた。

 

「おお、なんじゃ。三郎も来ておったのか。三郎よ、そんなとこから見ておらんでこっちに来なさい。」

 

「は、はい幻庵大叔父上!」

 

柱の影から出てきたのは顔立ちの整った美少年だった。見た感じだと千歌たちよりも年下に見える。

 

「花丸ちゃん、この人のこと知ってるの?」

 

曜が花丸に少年のことを聞くと、

 

「三郎君は氏政さんたちの弟さんずら。小さい頃はお寺に入ってたんだけどつい最近になって戻って来たずら。オラが幻庵さんのところで修行してた時、たまに一緒に遊んでたりしてたんだ。」

 

と三郎のことを紹介した。

 

「ルビィも三郎くんとは少し仲良しなんだ・・・。」

 

「うむ、花丸どのの言う通り三郎も氏康の息子なのじゃ。じゃが母親は氏政から氏規たちとは違うから我ら北条家の菩提寺に預けておったのじゃ。三郎も花丸どのの御友人たちに挨拶しなさい。」

 

幻庵も三郎の肩を叩きながら彼のことを千歌たちに話した。

 

「は、初めまして。北条三郎といいます・・・。」

 

三郎はおずおずと頭を下げながら自己紹介した。すると千歌は三郎の手を取って

 

「よろしくね、三郎くん!そうだ、三郎くんも私たちの歌を聞かない?」

 

と目を輝かせながら言った。

 

「歌・・・ですか?」

 

「うん、オラたちが『スクールアイドル』っていう歌を歌ったり踊ったりしていろんな人たちを楽しませたりすることをしてるって前に話したよね?」

 

「ルビィと花丸ちゃんは千歌さんたちに誘われて始めたんだ!」

 

「そういえばそう言ってましたね・・・。僕も聞いてみたいです。花丸さんやルビィさん、そして二人の御友人たちが一緒に歌っている歌を・・・!」

 

三郎は頬を紅潮させながら言った。よほど興味があるのだろう。

 

「よーし!そうと決まったらさっそく準備しよう!」

 

「でも千歌ちゃん、ラジカセは氏政さんの屋敷に置きっぱなしだよ!」

 

「あー!!そうだった!!」

 

「心配しなくていいよ、あたしがひとっ走りして取ってくるからさ。」

 

「ありがとう果南ちゃ~ん・・・!」

 

千歌たちは三郎に歌を披露するため慌ただしく準備していた。

 

 

「幻庵大叔父上・・・。」

 

「どうした三郎?」

 

三郎は千歌たちの方を見ながら幻庵に声を掛けた。

 

「僕も花丸さんやルビィさんみたいに、氏政兄上たちと一緒に歩んでいけるでしょうか・・・?」

 

三郎は氏政たちとは違い、側室から生まれたので正室から生まれた氏政たちに対して引け目を感じていた。

 

「なるほど・・・。お主はそれを悩んでおったのか。じゃがそれは杞憂じゃ。わしも兄上たちとは母親は違っておったがその絆は生涯揺らぐことはなかった。よいか三郎、わしら北条の一族はそのような些末なことで兄弟を軽んじたりはせんのじゃ。氏政や氏照、氏邦に氏規もお前が元服し、共に戦場に出ること・・・、そして共に北条を盛り立てることを楽しみにしておる。じゃからお主は胸を張って、彼女たちの様に自分らしく生きなさい。」

 

「はい、ありがとうございます。大叔父上・・・。」

 

木々の葉も赤や黄に色づく秋が訪れ、千歌たちは平穏な日々を過ごしていたが・・・。

 

 

 

小田原城の氏康の屋敷にて・・・。

 

「なに?それはまことか小太郎・・・。」

 

「はっ、間違いありません。」

 

「・・・引き続き甲斐の動向を調べよ。」

 

「御意にございます、御本城さま。」

 

そう言って氏康の前から小太郎はふっと姿を消した。

 

「まさか信玄め、よもやそこまでするとは・・・。」

 

氏康はこぶしを握り締め、西の空を見据えながら呟く。

 

 

 

その平穏は少しづつ崩れ去ろうとしていた・・・。




いかがでしたでしょうか?


今回は北条家とはどういう家なのか、そして初代の早雲や氏康の父である氏綱について軽く触れました。


今回で第二章は終了し、次回は二章に登場した人物の紹介をしてから、次々回で第三章に突入していきたいと思っています!

第三章は最初から最後までクライマックスな展開ですので、お楽しみに!

そして今回も読者の方が書いてくださったAqoursのメンバーの武者姿のイラストを掲載させていただきます!


花丸ちゃん:
【挿絵表示】


ルビィちゃん:
【挿絵表示】



それでは次回もまたお楽しみください!!


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番外編 人物紹介②

今回は登場人物紹介第二弾です!この作品では章が終わるごとにその章で登場した人物の紹介を行うようにしています。

また、1章の終わりに紹介した人物もその都度更新するのでそちらも目を通していただけると幸いです。


北条家

 

 

遠山綱景

 

北条家の家臣。家臣団の中でも最も位の高い『北条家三家老』の一人にして江戸城代筆頭。『五色備え』の直勝と共に江戸城を守っている。

 

Aqoursが北条家に仕官してからは梨子に内政などを教え、彼女からは師として非常に慕われていた。江戸を小田原に負けない豊かな場所にするべく江戸城周辺の開発に尽力しており、また京から有名な連歌師を呼んで江戸城で連歌会を催すなど、内政家としてだけでなく文化人としても優秀だった。

 

娘婿であり、同じく江戸城代であった太田康資(後述)が里見家に寝返ったことに強く責任を感じ、第二次国府台合戦では直勝とともに抜け駆けをするも、逆に里見軍に奇襲を仕掛けられてしまう。何とか梨子が救出に来るが彼女の勧めを断りけじめをつけるために康資に一騎討ちを挑む。

 

しかし怪力を誇る康資に力及ばず敗れ討ち死にしてしまう。その命を懸けて梨子に乱世の厳しさを教えた。

 

 

北条氏繁(康成)

 

北条綱成の嫡男。最初は父綱成の「成」と氏康から与えられた「康」の字を合わせた「康成」という名を名乗っていたが、氏康の死後に、隠居した父の家督を継ぐと同時に氏政から「氏」の字を与えられ「氏繁」と改名する。

 

父譲りの戦上手で、氏照や氏邦と同様に北条家の次世代における武を担う将であるが、剛勇無双で気のいい父とは違い冷静沈着でぶっきらぼうであり、戦い方も力押しではなく技で戦うタイプである。また、武芸一辺倒と思われがちだが、実は絵や茶の湯、鷹の飼育を嗜んだりもしている。

 

第二次国府台合戦では里見軍の正木信茂に苦戦していた氏政隊を救援し、信茂との一騎討ちでは互角の戦いを繰り広げるが最終的には磨き上げた技を用いて信茂を討ち取った。

 

 

太田康資

 

北条家の家臣。江戸城を築いた名将である太田道灌のひ孫にあたる。北条家には父の代から仕えており、綱景と直勝と共に江戸城代を務める。

 

三十人力とされる怪力の持ち主で武勇に優れるが、指揮官としての能力が足りないとして城主にさせてもらえなかったのに不満を持っていたところを付け込まれ太田資正(後述)に寝返る。

 

第二次国府台合戦では康英と戦うもあっさり退けられた上に罵声を浴びせられ、怒り狂って樫木棒を振り回して暴れる。それを見咎めた綱景に一騎討ちを挑み討ち取るも、妻の父を殺してしまったことに罪悪感を覚える。国府台城での決戦で梨子と戦うも、ヤケ酒による二日酔いで力を出せず敗れ、彼女と和解し、どこかに姿を消した。

 

 

太田氏資

 

北条家の家臣。岩付城の太田資正の嫡男であったが方針の違いで父と対立し、第二次国府台合戦の後に父と弟を追放して岩付太田家の当主となる。妻に氏政の妹である凛(後述)を娶る。

 

親を追放したとして周りからは快く思われていなかったが、北条家の通字である『氏』の字を与え、実の兄弟のように接してくれていた氏政には大きな恩を感じていた。

 

三船山合戦では氏政からの恩義に報いるため、殿となって氏政の退却を手助けするがそのまま討ち死にしてしまう。そんな彼の死は氏政は深く悲しんだ。

 

 

凛(長林院)

 

氏康の娘で氏政の妹。現代には長林院という名が伝わっている。太田氏資の妻。氏資とは夫婦円満で娘を授かるも、三船山の合戦で夫を失い、氏政と夫に代わって岩付城の城代となった康成の手引きで娘と共に江戸城に避難する。氏資を死なせてしまったことで己を責める氏政の話を氏康から聞きつけて小田原城に訪れ、兄に喝を入れた。

 

小柄な体格と儚げな雰囲気とは裏腹に気丈な性格。史実での小田原征伐では城主不在の岩付城を守り、落城後も女子供が散り散りにならないように統率し、豊臣秀吉を感嘆させ、北条家のことを記した『北条記』でも「心剛なる女人」と紹介されている。

 

 

 

里見家

 

 

里見義弘

 

里見家当主。父から1560年に家督を譲られる。関東における反北条勢力の中心人物の一人で、太田資正と共に江戸城代である太田康資を寝返らせ、国府台城に進軍し、下総における北条領の攻略と、上杉謙信から依頼されていた太田資正の救援を狙う。

 

第二次国府台合戦では巧みなる采配で北条軍の先鋒であった富永直勝と遠山綱景の軍勢を蹴散らし、さらに松田憲秀隊を敗走させるが、氏康の偽装撤退を見抜けずに酒宴を開いてしまい、その隙を突かれて翌日の戦いでは信茂を中心とした多くの重臣たちを失う手痛い敗北を喫した。

 

しかし、数年をかけて態勢を立て直し、三船山の合戦では氏政の軍勢を破り氏資を討ち取った。その結果、里見を再び房総半島の覇者の座へ返り咲かせた。

 

 

里見義尭

 

里見家前当主。家督を義弘に譲ったことから第二次国府台合戦には参加していなかったが、三船山の合戦では居城である久留里城に籠り、長年にわたる氏康との死闘で培った武と知略で氏照が率いていた別動隊を退けてみせた。

 

「房州の狼」という異名を持つだけあって、戦上手の猛将であり、頭がかなり回る冷徹な策略家であるが、その一方で上総と安房に善政を布いており、房総の民たちからは「万年君様」と慕われていたという。

 

 

正木信茂

 

里見家の一番の重臣で義堯と共に里見家の全盛期を築いた猛将で『槍大膳』という異名を持っていた正木時茂の長男で、1561年に父の跡を継ぐ。その武勇と槍捌きは若者でありながら父にも劣らないものであったことから家中では『二代目槍大膳』と呼ばれ、義弘からもその妹を妻にもらうなど大きな信頼を寄せられていた。

 

第二次国府台合戦においては里見軍の主力を率いて縦横無尽の活躍を見せ、富永、遠山、松田隊を退ける。翌日の戦いでは北条軍の奇襲によって里見軍は大混乱に陥ったが、最後まで踏みとどまって兵士たちを励ましながら戦い続けた。

 

しかし康成との一騎討ちに敗れ、24歳の若さで討ち死にした。彼の死をきっかけに里見軍は総崩れとなった。

 

 

その他

 

 

太田資正

 

元扇谷上杉家重臣。河越夜戦で主君の上杉朝定が討ち死にしてからは関東管領上杉憲政の下で松山城を守っていたが、憲政が越後に去った後は北条家に降伏する。しかし上杉謙信が関東にやってくるといの一番に彼のもとに馳せ参じて反北条勢力の急先鋒を担う。

 

上杉謙信が越後に撤退してからは領土を着々と取り戻した氏康に周囲を囲まれるが、親族であった太田康資を寝返らせることに成功する。第二次国府台合戦では義弘の指揮下に入って戦い、前哨戦では富永直勝をあと一歩で討ち取るところまで追いつめるが、救援に来た綱成と綱高に阻止され、撤退する。翌日の戦いでは里見軍が総崩れになると岩付城に退く。

 

敗戦後は方針の違いで氏資と対立して次男の政景と共に追放され、何とか復帰を画策するもそれさえも阻まれ、常陸の佐竹家を頼った。

 

根っからのアンチ北条で史実では生涯を北条との戦いに費やし、小田原征伐で北条家が滅亡するのを見届けてから死んだ。また、大の犬好きであり日本史上で初めて軍用犬を用いた。愛犬には自分の通称である『源五郎』を名付けた犬を筆頭に数十匹にわたる犬を飼っている。




いかがでしたでしょうか?

この章からは敵対勢力が出てくるようになったので次の章からはかなり紹介する人物の量が増えそうだなあ・・・w

さて、次回からいよいよ新章『1568 関東三国志』編がスタートします!関東を巻き込む新たな戦乱にAqoursはどのように立ち向かうのか、乞うご期待!!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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第三章 1568 関東三国志
16話 新たなる脅威


どうも、截流です。


いよいよ今回から新章がスタートします!北条、武田、上杉の関東を巡る駆け引きに千歌たちはどのような形で身を投じるのか・・・!



それではどうぞお楽しみください!!


1568年12月、木々の葉が散り雪もちらほらと降り始めた。年の暮れを控えていた北条家の家中は平穏であったが一人の使者からもたらされた知らせをきっかけに、その平穏はいとも簡単に砕かれてしまった。

 

「甲斐の武田信玄が駿河に侵攻しました!!」

 

そう、武田信玄の駿河侵攻であった。

 

 

 

 

「くっ!おのれ信玄め、父上と氏康どのと結んだ同盟をないがしろにする気か!!こうなったら薩埵峠で迎え撃つのだ!」

 

信玄が攻めてくることを聞いた氏真は1万5千の兵力を庵原忠胤に預けて迎撃させようとしたが、武田軍が駿河に進撃すると今川軍は戦わずに撤退してしまったのだ。この時すでに今川家の重臣たちの大半は武田家や徳川家に内通していたのだ。

 

そんなわけで武田軍はあっさり駿府を占拠し、氏真は辛うじて遠江に逃れ、重臣である朝比奈泰朝の居城である掛川城へと逃げ込んだ。

 

だがここで一つ問題が発生する。氏真の妻であり、氏康の娘にして氏政の姉である綾やその侍女らが輿を用意することも出来ずに徒歩で小田原に逃げ戻ってくる羽目になってしまったのだ。家族想いであった氏康はこれに大激怒した。

 

「信玄め、おのれの欲のために息子を死に追いやり、わが娘をこのような目にあわせておいて『駿河をともに切り取ろうではないか』とは片腹痛いわ!!」

 

「では、いかがいたしましょうか。」

 

「決まっておる!信玄入道を攻める!!憲秀、氏政を呼んで来い!!」

 

氏康に氏政を呼ぶように命じられた憲秀はそそくさと氏康のもとから去っていった。

 

 

 

その頃、氏政の屋敷では・・・。

 

「えい!やあ!!」

 

「おっ、国王丸くん上達してきたね!」

 

「それじゃあ次は槍の突き方を教えたげるね!」

 

「はい!」

 

千歌と曜が国王丸に武術を教えてあげていた。

 

「いつも国王丸の相手になってくれてありがとうございます。」

 

「いえいえ、千歌ちゃんは三人姉妹の末っ子で曜ちゃんは一人っ子だから二人とも弟が出来たみたいってすごく嬉しそうにしてるんですよ。」

 

縁側で三人の様子を見ながら梅と梨子が和やかに話していた。

 

「へっくし!」

 

「大丈夫千歌ちゃん?」

 

「うん、大丈夫だよ曜ちゃん。」

 

「そっか。まあもう冬だもんね。」

 

「国王丸くんは寒くても元気だねえ。」

 

「子供は風の子って言うからね。」

 

千歌と曜はそう言いながら、庭で長い木の棒を槍に見立てて槍の練習をしている国王丸を眺めていた。

 

「あ、父上!お帰りなさいませ!!」

 

国王丸は父である氏政の姿を見るなり、彼のもとへ走っていった。

 

「あ、ああ・・・。ただいま国王丸。」

 

普段ならば走り寄ってくる国王丸に笑顔で応える氏政であったが、その表情は険しかった。

 

「お帰りなさいませ、氏政さま。何かあったのですか?」

 

梅は氏政の表情を見て何があったのかをたずねた。

 

「・・・梅、実はお前に話さなくてはならないことがある。」

 

 

 

 

「ふう、やっと今月分の議題が終わりましたわ。」

 

「お疲れ様ダイヤ。」

 

「評定衆だっけ?別に氏政さんや氏康さんがスパッと決めちゃえばいいことを無駄に何人も集まって決めるのってだるくならないの?」

 

「鞠莉さん!北条家は常に領民の皆さんのことを考えて政治をしてるのですよ!誰か一人だけで決めるのではなくいろんな人の意見を吟味してこそより多くの人のためになる結論が出せるのですよ!!」

 

「でもそれで決まるのが遅くなってたら意味が無いじゃない?」

 

「まあまあ、ダイヤも鞠莉も落ち着いて・・・ってあれ、千歌たちだ。」

 

果南、ダイヤ、鞠莉の三人が廊下を歩いていると部屋の前で固まってる千歌たち二年生組を見つけた。

 

「ヘーイ!千歌っちたち何やってんの?」

 

「うわ!鞠莉さん!?」

 

「氏政さんの部屋で何やってんの?」

 

「覗き見とは感心しませんわね。」

 

「なんか氏政さんが梅さんに大事な話があるみたいなんだけどね。」

 

「私たちも聞こうとしたら二人きりにしてくれって言われたからこうしてるの。」

 

「私は千歌ちゃんと曜ちゃんを止めようとしたんだけど二人とも聞かなくて・・・。」

 

千歌たちは三人はそれぞれ言い分を果南たちに話した。

 

「確かにそれは気になるね。」

 

「だったら私たちもウォッチしましょ!」

 

「そんなのいけませんわ!」

 

「じゃあダイヤは見なくていいのね?」

 

「むむむ・・・。別にそういうわけでは・・・。分かりました!こうなったら野となれ山となれですわ!!」

 

「そういう問題なのかな?まあ、私も気になるし見てみよっかな。」

 

こうして三年生も覗きに加わった。

 

 

 

「・・・お姉ちゃんたち何してるの?」

 

「みんな揃って氏政さんの部屋の前で何してるずら?」

 

「な!ル、ルビィに花丸さん!?決して私たちはやましいことをしてるわけでは・・・。」

 

ダイヤは慌てて弁明しようとするが、

 

「いや、覗いてる時点で十分怪しいんじゃ・・・?」

 

善子にあっさり論破されてしまった。

 

「なんか氏政さんと梅さんが二人っきりで話してるから気になって覗いてるんだ。」

 

「夫婦なんだから二人っきりで話すのは当然だと思う・・・。」

 

「でも氏政さんが帰って来た時すごく思いつめたような表情をしてたから絶対ただ事じゃないよね。」

 

曜がそう言うと一年生組も覗きに加わった。やはり9人とも乱世に迷い込んでから長きにわたって過ごしてるとはいえやはり女子高生、噂とかが気になるお年頃なのだろう。

 

「ちょっ、よっちゃん押さないで!」

 

「しょうがないじゃない見えないんだから!」

 

「お姉ちゃんもう少し頭下げて!!」

 

「そうしたいのはやまやまですがこれ以上は下がりませんわ・・・!」

 

「ちょっと鞠莉さりげなく胸揉むのやめてよ!」

 

「私じゃないわよ果南!」

 

9人で襖の隙間を覗くものだからぎゅうぎゅう詰めになってるはさりげなくセクハラ(不可抗力かもしれないが)を働く者が出るはとカオスな事態になっていた。

 

「ちょっとみんな、そんなに押したら倒れ・・・ってうわあ!?」

 

千歌がそう言った矢先に襖が外れて千歌たちは雪崩のように氏政の部屋の中に倒れこんだ。

 

「・・・お前たち、何をやってるんだ!?」

 

そんな千歌たちを見た氏政夫妻は驚いた。

 

「あはは・・・。氏政さんたちの話が気になってつい・・・。」

 

皆を代表して千歌が理由を話すと氏政はため息をつき、梅を下がらせた後に、

 

「・・・まあいい。お前たちにも話さなくてはならないからな。実は・・・。」

 

真剣な面持ちで話し始めた。

 

 

 

 

 

 

『えええええ!!?梅さんと離婚!!?』

 

「うむ、梅の父である武田信玄が父と今は亡き今川義元どのと結んだ三国同盟を蔑ろにして氏真どのの駿府に攻め入ったのだ。」

 

「でもそれだけで離婚なんて理不尽じゃ・・・!」

 

梨子は納得いかない様子で反論するが、

 

「前にも話したが氏真どのには私たちの姉上が嫁いでいてな。信玄の駿河侵攻の際の混乱で乗り物に乗ることも出来ずに徒歩で駿府からこの小田原まで逃げ帰る羽目になったのだ。もちろん姉上がボロボロになって帰って来たのを知った時には私も怒りを露わにしたが、それ以上に父上の怒りは凄まじいものだったよ。」

 

と自嘲するように氏政が答えた。

 

「確かに氏康さん家族想いだもんね。」

 

「というか駿府から小田原って結構距離あるわよ!?」

 

曜と善子はそれぞれの感想を口にした。

 

「でもだからって梅さんと離婚する必要なんてないんじゃ・・・。」

 

「私もそう思いたいのはやまやまだが、ただでさえ信玄が同盟を破ったことで家中の武田家に対する反感は強くなっているところに姉上の話が家中に広まったことで反武田の気風が強くなっている。」

 

「でも梅さんはもう氏政さんの奥さんになってから10年以上経ってるずら!」

 

「花丸ちゃんの言う通りです!梅さんはもう北条家の人だって言っても過言じゃないじゃないですか!」

 

「ああ、確かにそうだ。私もそう言って父上に梅との離縁はご容赦してほしいと願い出たが駄目だった・・・。」

 

「そんな!氏政さんは北条家の当主なんでしょ!?一番偉いんでしょ!?梅さんがいなくなっちゃったら国王丸君は、ううん。国増丸くんや菊王丸くんたち兄妹はどうなっちゃうんですか!?」

 

千歌は叫ぶように抗議するが、

 

「千歌どのの言う通り、確かにこの家の当主は私だが父上は完全に隠居したとはいえ家中に対する絶大な影響力を持っている。私は父上に逆らうことは出来ないんだ・・・!」

 

氏政は拳と声を震わせながら言葉を絞り出した。

 

「氏政さんの言う通りですわ。それに乱世の政略結婚とはそういうものなのです。嫁とは人質同然で同盟が破られればその身の安全は保障できませんし、離婚で済むならまだマシな方ですわ。」

 

ダイヤはつとめて冷静に千歌たちに乱世における政略結婚の在り方を話した。

 

「そんな・・・。」

 

千歌はそれを聞いて絶望するが、

 

「私もそれが道理だと考えていました。ですが・・・。ですが納得いきませんわ!確かにそれこそがこの時代の武家にとって正しいあり方であるのかもしれませんが、私は人として間違ってると氏政さんと梅さんの様子を見て確信しました!!冷静に考えれば氏政さんの妻となって14年も氏政さんのことを支え続け、北条家に尽くしてきた梅さんを、いくらその実家である武田家が同盟を無視して今川を攻め、氏政さんのお姉さんを辛い目に合わせたからってその責を梅さんに背負わせるなんて間違っていますわ!!もしそれが正しい道理だというのならこの黒澤ダイヤがぶち壊してみせますわ!!」

 

ダイヤは先ほどとは打って変わってまるで某熱い男の様に自らの持論をまくし立てる。曲がったことやはっきりしないことが嫌いなダイヤにとって、この氏政夫妻の離婚話は非常に理不尽なものに映った事だろう。

 

「さっすがダイヤ!硬度10の名に恥じないハートの硬さね!!」

 

「そうだ!ダイヤさんの言う通りだよ!!」

 

千歌はダイヤの言葉を受けて立ち上がりながら叫んだ。

 

「私たちで氏政さんと梅さんを助けてあげよう!!」

 

「でもどうやって助けるの千歌ちゃん?」

 

「そうよ、いくらなんでも私たちだけじゃどうにもならないんじゃ・・・。」

 

「曜どのと梨子どのの言う通りだ。父上はこのことに関しては本気だ。多分お前たちの説得にも耳を貸さないだろう・・・。」

 

「氏康さんって結構頭柔らかそうなのに実はかなり頑固なんだね。」

 

「策はあるのかしら千歌っち?」

 

「う~ん、氏康さんを説得できないってなると手の施しようがないよ~!」

 

千歌はそう言ってふて腐れるように寝転がった。氏政とAqoursの間に陰鬱な雰囲気が漂い始めるが、

 

「いいえ、策なら一つだけとっておきの物がありますわ。」

 

そんな中、ダイヤが悪い空気を打ち払うように言った。

 

「本当!?お姉ちゃん!どんな策なの!?」

 

「慌てないのルビィ。北条家は重要な事を決める時は当主が一人で決めるのではなく、重臣たちと合議を重ねたうえで決めると言っていたのを覚えてますか?」

 

「う、うん!お姉ちゃんのいる評定衆とかがそうなんだよね!」

 

「流石は我が妹ですわ!そう、私たちがそれぞれ手分けして各地に散らばる北条家の重臣に氏政さんと梅さんの離婚を阻止するために協力してもらえるように説得するのですわ!!」

 

「でも北条家の重臣って結構いるわよ?」

 

「確かに全員説得するのは難しそうずら~。」

 

「善子さんと花丸さんの言葉も一理ありますが、何も全員説得する必要はありませんわ。家中の中でも重きをなしている方たちさえ引き込めれば勝ち目はありますわ!!」

 

ダイヤは勝ち誇ったように言った。

 

「家中で重きをなしてるって言うと・・・。」

 

「『三家老』、『五色備え』、『評定衆』と『御馬廻衆』に・・・、あとは氏照さんたち兄弟や幻庵さんたちといった北条家の一族・・・ってところかな。」

 

果南は指折り数えながら確認した。

 

「よーし!じゃあ早速みんなでそれぞれ手分けして説得に行こう!」

 

『うん!!』

 

「じゃあみんな行くよ!Aqours~!」

 

『サンシャイン!!』

 

千歌たちはいつもライブ前に行う円陣を組んでから次々と部屋から走り出していった。

 

「じゃあ私は氏照さんと氏邦さんと会ってくるね!」

 

「江戸城の政景さんと直勝さんは任せて!」

 

「だったら私は綱成さんと康成さんのいる玉縄に行ってくるね!」

 

「おらは幻庵お爺ちゃんのところに行くずら~!」

 

「このヨハネは漆黒の軍勢の長にして私のもう一人のマスター、多目元忠さんのところに降臨するわ!」

 

「うーん、じゃあ私は大道寺政繁さんのところに行くわね。」

 

「ルビィはどうしよう・・・。」

 

「ルビィはお姉ちゃんに付いてらっしゃい。私たちは北条家筆頭家老の松田憲秀さんと評定衆たちを説得しに行きますわ!」

 

千歌以外のメンバーはそれぞれ自分の行くべき場所を決めてクモの子を散らすように氏政の屋敷から出発していった。

 

「よし、私は氏規さんのいる韮山に行くぞ~!」

 

千歌も目標を定めて部屋から出ようとした瞬間、

 

「待ってくれ千歌どの。」

 

氏政が千歌を呼び止めた。

 

「なんですか氏政さん?」

 

「何故お前たちは危険を冒してまで私と梅のためにそこまでしてくれるんだ?」

 

「何故・・・ですか。私たちをここに置いてくれてることに対する恩返しもあるけど、それ以上に氏政さんが大切な仲間だからです!」

 

「大切な・・・仲間?」

 

「はい、だから氏政さんや梅さんが悲しむ顔は見たくないんです!!」

 

千歌は氏政の目を真っ直ぐ見ながら言った。

 

「・・・ありがとう。恩に着る・・・!」

 

「お礼なら全部終わった後に言ってください。まだ始まったばかりなんですから!」

 

千歌は氏政にそう言い残して部屋から走り出した。

 

 

 

 

千歌たちの氏政と梅の運命を懸けた新たな戦いが始まった。果たして千歌たちは無事に氏政夫妻の離縁を阻止できるのだろうか・・・。




いかがでしたでしょうか?

北条氏政と梅(黄梅院)の離縁を阻止するために千歌たちが動き出す!!

氏政公と黄梅院の離縁はあまりにも切ないので、せめて架空の話の中では幸せになってほしい・・・!そう思って今回の話を書いている次第です!もちろん、阻止できるか否かは全て千歌ちゃんたちに懸かっていますがw


今回から始まる『関東三国志』編はこの物語の序盤の最大の山場なので、上手く書けるように尽力します!!

感想や意見があればどしどし書いていってください!(定期)



それでは次回もまたお楽しみください!!


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17話 Aqoursの懐柔作戦 その1

どうも、截流です。


今回は千歌ちゃんたちの交渉力が試される回です!果たして、個性派揃いにしてくせ者揃いな北条家の重臣たちを懐柔することが出来るのか・・・!?



それではどうぞお楽しみください!!


千歌たちAqoursは氏政とその妻である梅の離縁を阻止するためにそれぞれ各地に点在する重臣たちの元へ交渉に赴いていた。

 

 

 

江戸城にて・・・。

 

「なるほど、大方の事情は理解した。」

 

「じゃあ、協力してくれるんですね直勝さん!」

 

「確かにお前の言い分は分からんでもないが、これは国の問題でもあるのだ。感情的に動いてはならん。」

 

直勝は梨子の言い分にも理があるとした上で協力を拒んだ。

 

「そんな!どうして・・・。」

 

「人というのは感情を優先して動きがちだが、時としてはそれを抑えねばならん時がある。ましてや氏政さまは国主となるお方なのだからなおさら公私の区別を付けるべきだとわしは考えている。」

 

「確かにそうかもしれませんが、直勝さんだって4年前の国府台の合戦で抜け駆けしたじゃないですか!あれだって公私混同だと私は思います!」

 

梨子は直勝の言葉に納得しきれずに反論に出た。

 

「うぐっ・・・!それとこれとでは話は別ではないか!」

 

梨子に痛いところを突かれた直勝がムキになって反論し返すも、

 

「まあまあ、梨子どのも直勝どのも落ち着いてください。」

 

と綱景亡き後の江戸城代筆頭を務める政景が仲裁に入った。

 

「お二方の意見を聞けばどちらかというと直勝どのの方が正しいと私は思います。しかし、世の中は理屈だけではないと私は思うのです。時には合理的でないことが正しい道を切り開くことがある・・・。そう、例えば父上の様に梨子どのの勧めを受け入れていれば助かったのかもしれなかったのに、敢えて太田康資どのに戦いを挑みその命を以て康資どのに武士の情けを、そして梨子どのに乱世の厳しさを教えたように・・・。」

 

「政景さん・・・。」

 

「だからこそ私は梨子さんに協力しようと思っています。それが、最後まで父を救おうと奮闘してくださった梨子さんへの恩返しであり、諱を与えてくださり、三男でありながら家老へと取り立ててくださった氏政さまの恩義に報いるためのすべだと信じていますから!」

 

政景は一枚の紙に、梨子たちに協力する旨の文を書き、名前と花押をつけ足した。

 

「なるほど・・・。流石は綱景どのの子だな。その柔軟な考え方は父にそっくりだ。わしも老いたのかもしれないな・・・。」

 

そう言って直勝は苦笑いしながら、白髪が大半を占めてきた頭を撫でた。彼は本来なら国府台合戦で55歳で討ち死にするはずだったのが、綱成や綱高の奮戦により、それが阻止されたことで直勝は史実以上に年を取っていることになる。ちなみに年齢は今年で59歳となっている。

 

「そろそろわしも息子に後を託して表舞台から引き下がる時かもしれんが、まだ一つ仕事が残っていたな。」

 

「直勝さん?」

 

おもむろに紙に筆を走らせる直勝の事を首を傾げて見ていた梨子だったが、直勝から渡された紙を見てその表情は驚きと歓喜を湛えたものに変わった。

 

「そら、わしの署名だ。流石の氏康さまも五色備えと三家老の署名があれば少しは思いとどまるはずだ。うまく使えよ。」

 

いつもは無表情でお世辞にも愛想がいいとは言えない直勝が微笑みながら梨子に言った。

 

「はい…、ありがとうございます…!!」

 

梨子は涙ぐみながら直勝に感謝した。

 

「泣くのも礼を言うのもまだ早いぞ。それは全てが終わってからにするんだな。」

 

「私も署名だけでなく、最大限に出来ることはお手伝いしますからなんでも言ってくださいね!」

 

「はい!!」

 

直勝と政景の激励を受けた梨子は勇んで江戸城から出て行った。

 

 

 

 

場所は変わって河越城にて・・・。

 

 

 

「ほう、珍しいご客人が来たものだなあ。」

 

「ハーイ、大道寺さん。今日は大道寺さんに頼みがあってきたの。」

 

「ほぉ・・・?氏政さまの直臣である小原鞠莉どのが私に頼み事か。それはお前の主には言えないことかな?」

 

鞠莉が訪ねた相手は河越城の城代である大道寺政繁であった。彼は初代の早雲と共に関東へ下った7人の同志のうちの一人である、『大道寺太郎重時』の曾孫に当たる人物で、早雲の代から仕える最古参の家臣の家柄である『御由緒六家』の筆頭格であると同時に『北条家三家老』の一角を担っているのだ。

 

「別に氏政さんに言えないことじゃないけど、北条家の宿老の一人であるあなたの力が必要なんですよ。」

 

「ほう、これはなかなか期待されてるようだが話を聞かないことには何とも言えんなあ。」

 

政繁はまさに実力者といえる余裕を崩さずに鞠莉から用件を聞きだす。

 

「氏政さんとその妻の梅さんの離縁を阻止したいと思っているんだけど・・・。」

 

「それで私の・・・否、私たちの力が必要なのだと言いたいのだろう?」

 

「あら、まだ最後まで言い終わってなかったのに。レディーの話は最後まで聞いたほうがいいですよ?」

 

「ふふふ、すまんな。で、私にも協力して欲しいのだな?」

 

「ええ、北条家の家臣の中でもランクの高い大道寺さんにも協力して欲しいのよ。」

 

「ふむ、事情は理解したがそれ故に三家老の一角を担う私がおいそれと動くわけにはいかんのだよ。何せそれは氏康さまに逆らうことになるのだからな。」

 

「でも当主は氏政さんで氏康さんは隠居中でしょ?」

 

「ふふふ、分かっておらんな。確かに氏康さまは氏政さまに実権をお渡しされたが、ご存命であられる限りその影響力が無くなることはないのだよ。それに氏政さまと奥方さまの離縁を阻止しても私には何の利益が無い。この乱世において利益なくして人は動かすことは出来んよ小原どの。」

 

「そう・・・。確かに何の見返りもなくチキンレースに加わってくださいなんて言ってイエスという人なんているわけないですからね。なら、加わるメリット・・・利益をつけてあげればいいんですよね?」

 

鞠莉が不敵に笑いながら言うと、

 

「ほう?お主のような小娘にこの私を惹きつけるような利益を生み出す方法を知っていると?」

 

政繁も同じく不敵に笑いながら鞠莉に内容を聞く。この二人の様子を他人が見たらまるで越後屋と悪代官のようだと言いそうな雰囲気である。

 

「うふ、この小原鞠莉を舐めて欲しくないですね。私はこう見えてもホテルチェーンのオーナーの娘で学校の理事長も現在進行形で勤めてるから経営に関してはそれなりに自信があるのよ!」

 

「ふむ、ホテルチェーンだの理事長だのが如何なるものかは存じ上げぬが、お主も私のように吏僚として動いたことがあるらしいな。」

 

「イエス!そこで・・・、政繁さんが私たちに協力してくれたら私が現代で覚えた経営術をあなただけに教えてあげようと思うのだけど、どうかしら?」

 

鞠莉は政繁に耳打ちをするかのように条件を提案した。

 

「現代で得た経営術とな?」

 

「ええ、氏政さんから聞いてるわ。政繁さんってこの河越城の城代として熱心にこの周辺を開発したり商業を発展させたり、おまけに掃除奉行とか火元奉行なんてのも作ったりしてるんですってね。それに加えて私の経営術を加えればこの町はもっと豊かになると思うわ。」

 

「なるほど、確かにそれは魅力的な話だな・・・。」

 

(小原どのが言ってることが嘘か真実かは確証はないが、もしも本当ならばこれはとてつもない益を生むことになる…。ふふふ、ここは騙されたと思って乗ってみるのも悪くはないな。)

 

政繁はひとしきり考えた後、

 

「いいだろう。その話、乗らせてもらおうか。」

 

と鞠莉の要求に答えた。

 

「オウ!ありがとう大道寺さん!!」

 

「で、協力すると言ったが何をすればいいのかな?」

 

「とりあえず大道寺さんの署名が欲しいの☆」

 

「ほう、署名だけでいいのか。内容は氏政さまと奥方様の離縁への反対・・・というものでよいのだな?そら、これでよいのだろう。」

 

政繁は自らの署名を鞠莉に渡した。

 

「サンキュー!」

 

「さて、お主の要求に答えたのだ。お主が未来で培ったという経営術とやらを私に教えてもらおうか?」

 

「ええ、もちろんちゃんと教えますよ?ただ、少し長くなるからここではほんの一部しか教えられないけどそれ以外は後々に書状にまとめてあげマース☆」

 

「はっはっは。そうか、そこまで濃密なものなのか!それは楽しみだな。」

 

「楽しそうですね大道寺さん。」

 

「そりゃあそうだとも。河越が栄えればその分だけ私が率いる河越衆がより強固になり、それが氏康さまや氏政さまのお役に立つのだからな。」

 

政繁はからからと笑いながら言った。その日は鞠莉は帰るギリギリまで政繁と語り明かしたという。

 

 

 

 

次は玉縄城・・・。

 

「・・・そういうわけだからお願い!綱成さんと康成さんに協力してほしいの!」

 

玉縄城にある綱成の部屋で果南は手を合わせ、頭を下げて綱成父子に協力を頼んでいた。

 

「俺は反対だな。」

 

康成はため息をつきながら言った。

 

「そんな康成さん・・・!」

 

「前々から思ってはいたが氏政どのは甘すぎるところがあるのだ。まあそれは多くの人を引き寄せる、人の上に立つものとしてはこれ以上ない長所ではあるが、その情の深さが甘さとなって苛烈な判断を下せなくなる・・・、今の状態がまさにそれではないか。」

 

「・・・!」

 

「それにもし梅どのが父である信玄入道に我らの情報を流していたらどうするんだ?」

 

「康成さんは梅さんを疑ってるんですか!?」

 

果南は康成の言葉を聞いて彼に掴みかからんとしたが、

 

「落ち着け果南、別に梅どのを本気で疑っているわけではない。俺はあくまでも仮定の話をしているんだ。」

 

康成は果南を制止しながら言った。

 

「でもそういう考えが浮かぶっていう事は少しはそう思ってるって事じゃないですか。」

 

「そりゃ今は乱世だからな。この北条家は例外なだけで普通は身内でさえも敵になりかねないのだから常に最低の状況を想定するのは当たり前のことだ。」

 

「綱成さんはどう思ってるんですか!?」

 

「父上はどう思ってるんだ?」

 

果南と康成は綱成に意見を求める。

 

「ん、俺か?俺は協力してやっていいと思うぞ。」

 

二人が激論を交わしていたのにも関わらず、綱成は二つ返事で答えた。

 

「なっ・・・!いいのか父上!?」

 

「氏康の奴は康成が考えたことも視野に入れてるだろうが、そもそもは娘のことでカンカンにキレちまってそんなことを言い出したんだろ。あいつは昔っから変なところで意地っ張りなとこがあるからなあ、言っちまった後に冷静になって自省するも一度言い出したことは引っ込みがつかなくなってるんじゃないか?」

 

「綱成さんすごい・・・。」

 

果南は綱成の推測を聞いて感嘆した。

 

「そりゃあ俺たちはガキの頃から一緒にいたからな。血は繋がってなくても魂で繋がってる義兄弟(きょうだい)だからあいつの考えてることなんて大体分かるってもんよ!」

 

綱成はドヤ顔でそう言いながら笑った。

 

「んで署名がありゃいいんだよな?ほい、これでいいんだろ?」

 

「は、はい!ありがとうございます綱成さん!!」

 

「康成はどうするんだ?」

 

「俺は別に・・・。」

 

「そんなつれないこと言ってやるなよ~!かわいい妹分が頭下げて頼んでるんだから聞いてやっても罰は当たらないと思うぜ?それに、もしお前と奈々が氏政と同じ状況になったら同じ事言えるのか?」

 

部屋から出ようとする康成に綱成がニヤニヤしながらそう言うと、

 

「なっ・・・!奈々のことは今は関係ないだろう父上!」

 

康成は顔を赤くして慌てながら綱成に反論した。

 

「そう怒んなよ康成、冗談だよ冗談!」

 

「全く・・・。協力すればいいんだな?筆借りるぞ父上。」

 

康成はそう言うと、

 

「俺の署名だ。やると言ったからには成し遂げてみせろ。流石に氏政どのが落ち込むさまを立て続けに見せられちゃ堪らんからな。」

 

と言って果南に署名を渡した。

 

「ありがとう綱成さん、康成さん!絶対やってみせるからね!」

 

果南はそう言うと走って部屋から出ていった。

 

「お前ももう少しは果南みたいに素直になってくれればいいんだがな。」

 

「そのへんはほっといてくれ父上。じゃあ俺は岩付に戻る。」

 

果南の背を見送りながら呟く綱成に康成は素っ気なく反論して岩付城へと帰っていった。

 

 

 

 

そして次は・・・。

 

「で、いきなり私たちのところに来てどうしたというんだ曜どの?」

 

「全くだぜ。今は武田に対する備えをしなくちゃいけないってのによ。」

 

曜は氏照の居城である滝山城に来ていた。そしてそこには氏照と武田に対する対策を話し合うために来ていた氏邦もいた。

 

「いやあ、実は氏照さんと氏邦さんに頼みごとがあって・・・。」

 

曜が話を切り出そうとすると、

 

「兄上と梅どののことだろう?」

 

氏照が話の内容を察した。

 

「え!?なんで分かったんですか!?」

 

「そりゃ兄貴が梅どのとの離縁を渋ってるのなんて家中じゃ有名な話だぜ?まさかお前らを使って工作してるとは思わなかったがな。」

 

氏邦は呆れながら言った。

 

「違うよ氏邦さん!これは私たちが言い出して私たちがやってることなんだよ!」

 

曜は二人に反論する。

 

「なに?兄貴の命令じゃねえのか?」

 

「はい、氏政さんは氏康さんに何とかそれをやめさせてほしいって説得してたんだけどダメだったみたいで・・・。氏政さんがすごく辛そうだったから私たちが何か力になれないかって思ってこうしてるんです!」

 

「なるほど、それで私たちに協力を仰ぎに来たというわけか。」

 

「だとしたら俺たちは協力できねえな。」

 

「え!なんでさ!?」

 

「おいおい、俺と氏照兄貴は対武田の最前線の拠点を守ってるんだぜ?義姉上を疑ってるわけじゃあねえが、こっちの情報を漏らされちゃ俺たちにとって不都合なんだよ。」

 

「氏邦の言う通りだ。そういうわけだから残念ながらお主たちに協力することは出来ない。」

 

そう言って氏照は首を横に振った。

 

「そんな!あの時だって梅さんのおかげで氏政さんが立ち直ることが出来たのに、梅さんがいなくなったら氏政さんがどれだけ悲しむか・・・!」

 

「そんなことは分かってる!!だが、大名たる者ならばいずれは何かを犠牲にするような決断をしなくてはならんのだ・・・!」

 

氏照は拳を震わせながら曜に反論する。

 

「そりゃあ俺達だって義姉上がいなくなっちまうのは寂しいけどよ、でも兄貴はもう国王丸やその弟がいるし、いずれは代わりの正室をとることになるだろうさ。」

 

「お、おい氏邦・・・!」

 

氏邦は曜を落ち着かせるためにそう言って宥めたが、

 

「なんですかそれ・・・。それじゃあ梅さんが道具みたいじゃないですか!!」

 

完全に曜の逆鱗に触れてしまった。

 

「い、いや別に俺はそういう意味で言ったんじゃなくってあくまでも武家としての一般常識を・・・!」

 

氏邦は何とか弁明しようとするが、

 

「いいえ!いくら氏邦さんでも許せません!!悪気が無くても言って良いことと悪いことがあるって氏康さんか瑞穂さんかお兄さんたちに教わりませんでしたか!?」

 

曜はガンガンまくし立てる。一応氏邦の名誉のために弁護するが、彼は本当に悪気が無く当時としては当たり前のことを言っただけなのだが、現代に生きている曜からすればあまりにも認められない価値観なので激高するのも当然だった。価値観の違いとは悲しいものである。

 

「お、教わったけどよ・・・。」

 

「じゃあそんな事言う必要ないじゃないですか!もしも氏照さんや氏邦さんが同じ状況になったら二人ともそうやって奥さんを捨てることが出来ちゃうんですか!?」

 

「おいおい、大福(おふく)は関係ないだろ!!」

 

「というかこっちまで巻き込まれたぞ!?」

 

「いや、二人とも無関係なんて言わせませんよ!質問にはしっかり答えてください!!」

 

曜は畳を叩きながら氏照と氏邦に詰め寄る。

 

「うぐ・・・。そりゃあ俺達だって迷うけどよ・・・、北条を守るためなら離縁するしかねえだろ・・・。」

 

「私も氏邦と同意見だ・・・。比佐には悪いとは思うが北条を守るためなら是非もない・・・。」

 

二人は苦い顔をしながら答えた。

 

「ふーん、そういう答えを出しちゃいますか・・・。」

 

「な、なんだよキレたと思ったら急にニヤニヤしやがって・・・。」

 

「そういう答えを出すなら奥さんの前でも言えるのかなーって思っちゃいましてね?」

 

「ああ言えるともよ!大福の前でも堂々と言ってやるぜ!!」

 

曜のペースに飲まれていた氏邦はいつの間にかいつもの勢いを取り戻して曜に啖呵を切った。

 

「言いましたね?確かに言質は取りましたよ!」

 

曜も勝ち誇ったような顔で氏邦の売り言葉を受けた。

 

(なんだろう。すごい嫌な予感がする・・・。)

 

氏照は曜の自信満々な様子を見て少し冷や汗を顔ににじませた。

 

「だそうですよ大福さんにお比佐さん!お二人に言いたいことがあったら入ってきてください!!」

 

曜は横の襖に向かって呼びかけた。

 

「おいおい、お比佐どのなら兄貴の居城であるここに居るのは分かるが大福は俺の鉢形城にいるんだぜ?ここにいるわけ・・・。」

 

氏邦がそう言って振り向くと、

 

 

 

 

「私が・・・、なんですか?」

 

「話は聞かせてもらいましたよ氏照さま♡」

 

なんと氏照の妻の比佐と氏邦の妻の大福御前が立っていたのだ。

 

「げえっ!大福!!」

 

「げえっ!比佐!!」

 

思わぬ人物の登場に二人はどこぞの中華の武将のような驚き方をしていた。

 

「そんなわけでゲストの二人に来てもらっちゃいました~。あれ、二人とも顔色が悪いですよ?」

 

曜がニヤニヤしながら聞くと、

 

「当たり前だろ!!」

 

と氏邦は叫び、

 

「なあ、比佐。この話はどこから聞いてたんだ・・・?」

 

氏照が恐る恐る比佐にたずねると、

 

「えっと、曜さんが氏照さまたちに話の内容を話そうとしたところから・・・ですね。」

 

と比佐は答えた。

 

「ほとんど全部聞いてんじゃねえか!!」

 

「そうですよ氏邦さま。せっかくお世話になってる義兄さまご夫妻に対して少し薄情すぎるかと存じますよ?」

 

「そ、そりゃあ今は乱世だからな・・・。」

 

「そりゃ大福も武家の娘として覚悟はできていますがそうもあっさりと『家のためなら離縁する』と言われると少し傷つきます・・・。」

 

「いやマジで悪かったって・・・。まさか大福がいるなんて思わなかったんだよ・・・!」

 

氏邦は必死に妻に弁明する。悪意が無いとはいえ自分の発言で女性の地雷を踏みまくるのはあまりにも不憫であった。

 

「じゃあ、そういうわけで夫婦水入らずで話して絆を取り戻してください!」

 

「はい、じゃあお言葉に甘えますね曜さん。」

 

曜の言葉を聞いた大福は氏邦を引きずっていく。彼女は可憐な容姿であるが、のちに小田原征伐で夫である氏邦と共に鉢形城に籠って指揮を執ったという女傑でもあったため、氏邦を引きずるのは容易かった。

 

「氏邦さん頑張ってくださいねー。」

 

曜は引きずられていく氏邦に手を振った。

 

「てめっ、ちょっ・・・、貴様ああああああ!!!」

 

氏邦はそんな曜に怨嗟の叫びを浴びせながら奥の間へと消えていった。一方氏照夫妻の方はというと・・・。

 

 

 

「義兄さまや梅さまはたくさんの子宝に恵まれてるというのに私たちは未だに子が出来ず・・・。だから先ほどのような発言を・・・?」

 

「いや落ち着け比佐・・・。あれは兄上たちが特別なだけで別に比佐が悪いわけじゃないんだ。それに子は授かりものだというし私もお前もまだまだ先は長いんだ。気長に待とうじゃないか・・・。」

 

氏照は何とか比佐を必死に慰めていた。

 

(うーん、本当は大福さんと比佐さんに説得の協力をしてもらおうと思ったんだけどなんか違う展開になっちゃったなあ。でもまあいっか!)

 

どうやら曜の考えていた筋書きとはだいぶ展開が違っていたらしいが、彼女は気にしないことにした。

 

 

 

 

 

そしてかれこれ1時間弱が過ぎた頃、曜の前には氏照と氏邦が正座で座っていた。氏邦が心なしか少しボロボロになっているが、曜はそれについては何が起きたのか察したらしく何も聞かなかった。

 

「それじゃあ二人とも協力してくれますね?」

 

「あ、ああ。」

 

「おう・・・。」

 

そう言って二人は自分の署名を曜に差し出した。

 

「氏照さん、氏邦さん!ご協力に感謝するであります!」

 

曜は確認した後に敬礼しながら礼を言った。

 

「人の嫁を引き込んどいてよくもまあ言ってくれたもんだなオイ・・・!」

 

氏邦は顔を引きつらせながら言った。

 

「そういえば氏邦さんって恐妻家なんですか?」

 

「人の嫁を鬼嫁呼ばわりは感心しねえな。あいつは普段は優しいがキレると怖えだけなん・・・。」

 

「何か言いましたか?」

 

「いや、何でもねえよ。ほら、曜どのも署名くれてやったんだからさっさと戻りな。」

 

「曜どの。やるからには兄上と義姉上のことは頼んだぞ。」

 

「もっちろん!私たちに任せてください!!ヨーソロー!」

 

そう言うと曜は足早に去っていった。

 

「なあ大福、詫びと言っちゃなんだが帰りに城下の店でなんか買ってやるよ。」

 

「いいんですか?氏邦さま。」

 

「ああ、流石に悪いことしちまったしな。」

 

氏邦は頭を掻きながら言った。

 

 

 

 

こうして梨子、鞠莉、果南、曜が説得に成功したが、果たして残りのメンバーは無事に懐柔することは出来るのか!?




いかがでしたでしょうか?


何とも強烈な登場をした氏照と氏邦の奥様方ですが、二組とも恐妻家ではありませんよ!普段は仲がいいけど二人の発言で誤解を招いちゃっただけで普段はほんとに仲がいいんですよ!!(大事な事なのでry)

何とか梨子、鞠莉、果南、曜の四人は無事に懐柔が成功しましたが、果たしてほかの5人はどうなるのか・・・。それは次回のお楽しみです!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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18話 Aqoursの懐柔作戦その2

どうも、截流です!

皆さん長らくお待たせしました!何とかチマチマ書いていた戦国太平記の続きを更新することが叶いました!!

ホントに事情があるとはいえお待たせして申し訳ありませんでした!そしていつの間にか4000UA突破ありがとうございます!


それではどうぞお楽しみください!!


「ええ!?なんでダメなのよ!」

 

「いやあ、私も協力したいのはやまやまなんですがねえ・・・。」

 

そう言って元から細い目をさらに細めながら顎ひげを撫でるのは、北条五色備えのうちの一角である黒備えの大将にして、氏康の参謀を務める多目元忠である。

 

「元忠さんは五色備えの一人で、しかも御由緒六家?とかいうのの一人でもあるんでしょ?だったら問題ないんだと思うんですけど!」

 

元忠に対して不平を漏らすのは善子であった。彼女は風魔小太郎にゲリラや攪乱戦術や破壊工作などを習うと同時に、元忠からも軍略の講釈を受けており、黒備えに所属していないにも関わらず黒備えの鎧を着けるお墨付きを得ていた。善子はその縁を活かして元忠に協力を仰ごうとしたのだが、結果は見ての通りである。

 

「確かに私は御由緒六家ではありますが・・・、正直なところそこまで政治的な要職に就けるわけじゃないんですよねぇ。」

 

「嘘ぉ!?幻庵さんが言ってたわよ!御由緒六家って初代の早雲さんの頃からの重臣だって!」

 

善子は納得のいかない様子で反論するが、

 

「確かに御由緒六家は義祖父(じい)さまの代から仕えた重臣ではあるが、お前ら元忠と政繁以外の連中を見たことあるか?」

 

反論をしたのは元忠と一緒に碁を打っていた北条五色備えの赤備えの大将、北条綱高だった。

 

「え?そ、それは・・・。」

 

思わぬ反撃が返って来て善子は困惑する。

 

「荒木、在竹、荒川、山中・・・。大道寺と多目以外の御由緒六家の連中はみんな俺たち五色備えか『衆』の麾下に入っちまって実質格落ちしちまってるのが現状さ。まあ、このご時世家柄だけじゃやってられないって事さ。でもあいつらは無能ってわけじゃないから五色備えより下の『二十将』に就いてるがな。」

 

「へえ・・・ってなんで綱高さんがこんなとこにいるのよ!!」

 

「なんでってずいぶんな言い草だなオイ。俺と元忠が碁を打ってるところにお前さんが来たんじゃねえか。」

 

「綱高どのとは古い付き合いなんですよ。」

 

「そうなの?」

 

「おうよ、俺は元忠の親父どのである元興どのから兵法を習ったんだからな!」

 

「まさか紅蓮の闘将が漆黒の謀将の兵法の極意を掴んでたなんて・・・!」

 

善子は脳筋だと思われがちな綱高の意外な一面に驚きを隠せなかった。

 

「何言ってるかは分からんがすげえ失礼な言われ方してるのはなんか分かるぞ。」

 

「まあまあ、とにかく善子どのに頼まれた件に関しては重要な支城を任されてるわけでも無い私には政治的な影響力はあまりありませんので他の人に頼んだ方が得策でしょうね。あ、署名は書かせてもらいますね。」

 

「俺も一応氏康どのとは義兄弟だけど、就いてる役職があれだからなあ・・・。」

 

「あれって何なのよ?」

 

「俺、玉縄城の城代なんだよ。だから俺に頼むよか綱成と康成に頼んだ方が早いぜ。あ、俺も署名書くから元忠、書き終わったら筆貸してくれ。」

 

 

 

 

「はあ・・・。せっかく青木城まで来たのにこれじゃ他の子たちみたいな大きな収穫が無いじゃない!」

 

善子は元忠と綱高からもらった署名を片手に、ふて腐れながら帰っていた。青木城とは今の横浜のあたりにあった城で、多目家の持ち城となっている。

 

「他の人を当たろうにももう他の子たちが着いてる頃だろうし・・・。タイムスリップしても不幸な運命から逃げられないなんて、ヨハネはどうすればいいのよー!!」

 

「なるほど、お主らAqoursの面々が裏で何やらこそこそ動き回ってると思ったらそういうわけだったか。」

 

善子が一人で不平不満を吐き出していると、いつの間に何者かに背後をとられていた。

 

「なっ!?・・・って風魔さんじゃない、脅かさないでよ。」

 

善子は自分の背後に立っていた風魔小太郎の顔を見てため息をつく。

 

「別に我は驚かせる気は微塵もなかったのだがな。それよりもお主らは重臣たちの屋敷に出入りしているが一体何をしておる。もし北条に刃を向けるのならお主らには消えてもらわねばならんぞ。」

 

小太郎は善子に向けて少しだけ殺気を放つ。

 

「別にそんなことしないわよ!ヨハネたちは氏政さんと梅さんの離縁を止めたいだけなの!」

 

「ほう、氏政さまの命を受けて重臣たちを工作しているのか。」

 

「違うわ!これはヨハネたちが勝手にやってることよ!氏政さんは関係ないわ!!」

 

「何故介入しようとする?」

 

「不幸を背負うのはこの堕天使ヨハネだけで充分・・・。不幸に見舞われる者がいたら肩代わりしてあげるだけよ・・・。」

 

そう言う善子の脳裏には氏政と梅の悲しげな顔が映っていた。

 

「・・・。」

 

小太郎はそれを黙って聞いていた。

 

「・・・そうだ!ねえ風魔さん!ちょっと頼みたいことがあるんだけど!」

 

善子は突然、何かを思いついたのか目を輝かせながら小太郎に詰め寄った。

 

「いや、我は特に何をすると言うわけでも無いんだが。」

 

「とにかく!聞くだけ聞いて行ってよ!!風魔さんにしかできないことなんだけど・・・。」

 

善子は小太郎に思いついた策を伝えた。

 

「ふむ、それだけでよいのか?」

 

「ええ、それだけでいいわ!!」

 

「承知した。一度だけなら弟子の頼みを聞くのも悪くはないな。」

 

小太郎はそう言うと姿を消した。

 

「・・・全く、ヨハネってば堕天使なのに堕天使らしくないことをしてしまったわね。」

 

小太郎が消えた後の静かになった道端で善子は、誰に言うでもなく静かに呟いた。

 

 

 

 

場所は変わって小田原城の城下のとある屋敷にて・・・。

 

「おっほん!私が松田憲秀である。お主と話をするのは初めてであるな、黒澤ルビィどの。」

 

「ぴぎっ・・・!初めまして、黒澤ルビィです・・・。」

 

ルビィの正面に座っている男の名は松田憲秀。彼は北条家の家臣の中でもトップクラスの家柄を誇る三家老の中でも最も位の高い松田家の当主である。その領地は幻庵のものを除けば最も広く、その権力も北条家一門に次ぐものである。その佇まいも筆頭家老らしく大道寺政繁とも違う余裕と威厳に満ちていた。

 

(憲秀さん、すごい口髭だなあ・・・。)

 

ルビィは憲秀の顔を見ながらそんなことを考えていた。彼の口髭は某共産主義国家の某独裁者を彷彿させるような立派なものであった。こんなことを言うと脂ぎったおっさんの姿を連想するかもしれないが、彼は氏政とは3歳しか歳が違わなかったりする。(氏政はこの時31歳、憲秀は34歳)

 

「そういえばルビィどのはダイヤどのの妹であったかな?」

 

「は、はい!そうです・・・。」

 

父親以外の男性が相手でもちゃんと会話できるようになってるのは修行の賜物である。

 

「うむ、ダイヤどのは年若い娘でありながら知恵のある聡明な娘であるが故、私も評定衆の面々も評定(会議)が捗って助かっておるのだ。いずれ何かしらの礼をしなくてはならんのう。」

 

「は、はあ・・・。」

 

突然世間話を始めた憲秀に対してルビィは呆気にとられた様子で返事をした。

 

「して、一体この私に何の用があるのかねルビィどの?お主の姉であるダイヤどのには世話になっているから私のできることであるなら何でも言ってみるといい。」

 

「本当ですか!?」

 

ルビィは憲秀のその言葉を聞いて表情を晴れやかにした。

 

「うむ、私にできることなら何でも構わんよ!」

 

ルビィの言葉に対して憲秀はドヤ顔で答えた。

 

「じゃあ・・・、氏政さんと梅さんの離縁を阻止するのに協力してください!!」

 

「なんだ、その程度のことならこの松田憲秀に任せ・・・ってぶほっ!!?ゲホッゲホ!!」

 

憲秀はルビィの言葉を聞いて思いっきりむせ返った。

 

「大丈夫ですか憲秀さん!?」

 

「ゴホゴホッ・・・。る、ルビィどの・・・。いくらなんでもそれはできんよ君ィ・・・。」

 

「ぴぎ!?ど、どうしてなんですか・・・?」

 

「うむぅ、私は筆頭家老だ。それはつまり氏康さまと氏政さまの両方に仕えるという事だ。ただでさえ奥方様と離縁するようにという氏康さまのお言葉を氏政さまに伝えたことで、氏政さまからの覚えがめでたく無くなってる可能性があるのだ・・・。かと言って氏政さまに味方して離縁を止めようとすれば今度は氏康さまからの覚えがめでたく無くなる・・・。つまり今の私は氏康さまと氏政さまの間で板挟みとなっておるのだ・・・。」

 

憲秀は頭を掻きながら動けない理由をルビィに話した。

 

「そうだったんですか・・・。でも、憲秀さんはどう思ってるんですか?」

 

「どう思ってるか・・・か。私としてはあまりこのような家中に波風を立てるようなことは起こって欲しくないと思っておる。」

 

「じゃあ・・・!」

 

「とはいえ私は動くことは出来ん、私は中立を貫かせてもらうよ。悪く思わないでくれたまえ・・・。」

 

憲秀は力なくそうルビィに語った。

 

(どうしよう、このままじゃ・・・。こうなったらお姉ちゃんが教えてくれた『いざという時のための技』を使うしか・・・!)

 

ルビィは憲秀の言葉を聞いて思い悩むと同時にダイヤから授かったとっておきの策を思い出した。

 

「あの、憲秀さん!本当に・・・本当にダメなんですか・・・?」

 

「すまんルビィどの・・・。私にも私の立場があるのだ・・・。」

 

憲秀はそう言い、その場から去るために席を立った。

 

「本当に・・・ダメなんですね・・・?」

 

ルビィは俯きながら自分の胸を掴んで涙声で声を絞り出す。

 

「る、ルビィどの?す、すまぬ!泣かないでくれたまえ・・・!」

 

驚いた憲秀はルビィをなだめるためにもう一度ルビィと向き合う。ルビィはそのタイミングを見計らって、

 

「憲秀さん、おねがぁい!!」

 

目を潤ませておねだり攻撃を放った。とっておきの策というのはダイヤ直伝の『南ことりのおねだり攻撃』だったのだ。

 

(ぬおお!?なんだこれは!?ただでさえルビィどのはAqoursの面々の中でも庇護欲をそそる面立ちをしていると家中では評判であったが、そのつぶらな瞳を潤ませ、鈴を転がすような声でねだられては・・・。いや、流されるな憲秀!私は北条家筆頭家老だぞ!このようなものに屈しては・・・!だがしかし・・・。)

 

憲秀は脳内で葛藤しながらもう一度ルビィの顔を見た。

 

「だめ、ですか?」

 

ルビィはダメ押しと言わんばかりに首を傾げてみせる。

 

「あ・・・。」

 

憲秀の中で、何かが切れた。

 

 

 

 

「ごめんなさい憲秀さん、ルビィのわがままを聞いてもらって・・・。」

 

「よいのだルビィどの。筆頭家老たる者、下の者の頼みを聞くのも役目のうちだ。上手くやりたまえよ。」

 

「はい!ありがとうございます!!」

 

ルビィはそう言って憲秀の署名を持って帰っていった。憲秀はその背中を見守っていた。

 

「申し訳ありません、氏康さま・・・!」

 

憲秀は小田原城の方を見て頭を下げて呟いた。

 

(なんだろう、私は何か大事なものを失くしたかもしれん。だが、それなのに何故か清々しい気分だ・・・。)

 

その顔はどこか晴れやかなものだったと、憲秀の屋敷に仕えていた者たちは語っていたという。




いかがでしたでしょうか?


今回は善子ちゃんとルビィちゃんのターンでした!元忠さんと綱高さんは五色備えの大将であったという事以外の詳細な役職の記録が全然残ってなかったので二人に関しては苦労しました・・・w


ちょっと若干短いと思われますが、実は1話にまとめていたダイヤさまと花丸ちゃん、そして千歌ちゃんの懐柔作戦が思いのほか長編になったので、何とか区切りのいいここでカットさせてもらうことになりました。

懐柔作戦その3も近いうちに更新しますのでご期待ください!!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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19話 Aqoursの懐柔作戦その3

どうも、截流です。

今回は二日連続の更新です!!(ただ1話分の話を二つにしただけ)

いよいよ残るはダイヤ、花丸、千歌の三人!果たして千歌たちは作戦を遂行できるのか!?



それではどうぞお楽しみください!!


「本日は急な呼び出しにも関わらず集まっていただき、誠にありがとうございます。」

 

「よいよい、ダイヤどのは年若い娘・・・それも客人でありながら我ら評定衆の評定に貢献してくれておるのだ。そんなお主の頼みを聞いても悪くはあるまい。」

 

頭を下げたダイヤを制したのは評定衆筆頭を務める狩野泰光である。

 

「そうですよ、水臭いこと言わないでください。」

 

「三人集まれば文殊の知恵と申しますが、我らが集まればそれ以上でございましょう。」

 

泰光に続いて言葉を発したのは、千歌たちを氏規と共に救った笠原康勝の年の離れた弟である笠原康明と、北条家の家臣団名簿ともいえる『小田原衆所領役帳』をまとめた奉行の一人で、北条家の領国における年貢の量などを測る公用の枡、『安藤升』を提案した財政面で活躍した官僚の安藤良整である。

 

「定例の評定はついこの前に済ませたばかりですが如何なる用件でダイヤどのは我々をお呼びになったのでしょうか?」

 

「普段冷静な彼女の事だから急に我々を読んだという事は何らかの事情があるのだろうな。」

 

康明と良整に続いて口を開いたのは寺社奉行を務める板部岡江雪斎と康勝と共に伊豆を統治している清水康英だ。評定衆に所属している家臣は他にもいるが、評定衆は輪番制であり今回集まったのは最近に行われた評定に参加していた者たちである。

 

「しかしすまんなダイヤどの。他にも人を呼ぼうと思ったんだが・・・。」

 

「いえいえ、康英さんのお気遣い誠に痛み入ります。でも今回皆さんにお話ししたいことは少しばかり秘密裏に運びたいものなので、あまり人数が多くならない方がいいと思ってましたので。」

 

「む、そうなのか。」

 

「秘密裏に・・・ですか。一体どのようなお話なのでしょうか?」

 

話の口火を切ったのは良整であった。

 

「そうですね。皆さんは氏政さんが梅さんと離縁するかもしれないという話はご存知でしょうか?」

 

良整の問いに応じてダイヤは本題を切り出した。

 

「なんと!?噂では聞いていたが誠だったとは・・・。」

 

「私も耳にしていましたが愛妻家である氏政さまに限って、と思っていたものですから・・・。」

 

「康英どのは伊豆に、康明どのは岩付に駐在しておられるので知らずとも無理はありません。」

 

「しかし何故そのようなことに!?武田が駿河に攻め入ったのは知っておるが氏政さまはどうして・・・。」

 

「氏康さまのご命令ですよ。綾姫さまが這う這うの体で小田原まで逃れられたのは伊豆にいる康英どのならご存じのはず。」

 

「それで綾姫さまの様子をご覧になってお怒りになった氏康さまはその報復措置として氏政さまに奥方様をお返しするように指示を出されているのだ。しかし当の氏政さまは渋っておられる様子で話は難航しておるがな。」

 

解せない様子の康英に江雪斎と良整が状況を説明した。

 

「なるほど・・・。それでダイヤどの達はそれを止めようと・・・。」

 

「氏政さまが渋っておられるのもダイヤどの達が解決策を考えつくための時間稼ぎ、というわけですか。」

 

「いいえ、それは違いますわ康明さん。私たちは氏政さんの命令で動いてるのではなくあくまでも私たちの意志で動いてるのです!それに、氏政さんと梅さんの離縁について知ったのもつい昨日のことですので、氏政さんが離縁を渋ってるのは私たちが動き出したのと全く関係はありませんわ!」

 

康明の出した考察にダイヤは反論した。

 

「お主の想いはよく分かった。だが、果たしてお主らの策には勝算はあるのか?」

 

今までほとんど会話に入ってこなかった泰光が口を開いた。

 

「確かに氏政さまと奥方様の離縁は残念なものではあるが、これは世の運命(さだめ)でもあり、この国のための決断でもある。それを覆すと言うのならばそれを貫き通す覚悟と、それを確実にやり通す勝算が無くてはならん!これはこの乱世だけでなく、おそらく未来でも変わらぬ物だとわしは考えておる・・・。」

 

泰光はダイヤに忠告をする。北条家の行政機関の頂点ともいえる評定衆の筆頭であるだけにその気迫は尋常ではなく、ダイヤは思わず息を呑んだ。

 

「果たしてお主らにはその覚悟と意志はあるか?生半可な同情で動いてるというのであれば、この狩野飛騨守(ひだのかみ)泰光がお主らの策とやらを真正面から立ちはだかって砕いてみせようぞ!!」

 

ダイヤは泰光の奉行人とは思えないほどの威圧感に気圧されかけるが、不意にその口元をにやつかせた。

 

「む、何かおかしなことでも言ったか?」

 

「いえ、泰光さんの意見も一理あると思いました。しかし私たちAqoursはここに来る以前よりいくつもの苦境にぶつかってきましたわ。ですが、発起人である千歌さんは困難にぶつかってもその度にその壁を越えてきました。だからこそ私たちメンバーは彼女の『輝きたい!』という不撓不屈の意志に惹かれてここまで活動してきたのです!その覚悟と結束は泰光さんに言われるまでもなく、絶対に揺らぐことはありませんわ!!」

 

ダイヤは泰光に対して雄弁に反論を述べる。

 

「確かに覚悟は見事なものだな・・・。だが勝算はどうだ?覚悟だけでは勝てぬぞ?」

 

「心配には及びませんわ!私たちにはとっておきの切り札があります!!」

 

ダイヤは堂々と胸を張りながら語った。

 

「とっておきの・・・。」

 

「切り札・・・!?」

 

「一体どのような切り札を隠し持ってるというのだ!?」

 

ダイヤの言葉に江雪斎、康明、康英は驚きを隠せなかった。

 

「まあ、これを考えついたのは私ではなく千歌さんですが確実にこの状況をひっくり返すことができる物だと私たちは思っていますわ!」

 

「ほう・・・。その切り札がどのようなものか是非とも伺ってみたいものだな。」

 

「流石に泰光さんとはいえ、これをお教えすることは出来ませんわ。」

 

「ははは、それは残念だな。」

 

「ですが皆さんならば真っ先に考え付くような単純明快なもの、とだけ言っておきますわ。私たちも千歌さんがそれを言い出した時は驚きましたもの。」

 

「なるほど。なんとなく考えはつくが・・・、実に面白い試みではあるな。はははは・・・!!」

 

そう言って笑いだす泰光を見た他の4人は彼の考えが読めず、怪訝な表情を見せる。

 

「聞け皆の衆、我ら評定衆は高海千歌どの率いるAqoursに協力しようと思うのだが、異存はおありかな?」

 

4人の顔を見回しながら泰光がそう言うと、

 

「異存はありませぬ。」

 

「この江雪斎もありません。」

 

「この康明も同じく!」

 

「無論、この康英は泰光どのがなんと言おうと協力するつもりでござった!」

 

良整、江雪斎、康明、康英の4人も全会一致で賛成した。

 

「皆さん・・・!本当にありがとうございます!!」

 

ダイヤは思わず涙ぐみながら礼を言った。

 

「我らはお主たちの覚悟に心を動かされただけ・・・。さあ、我ら評定衆の連署だ。お主たちのこの一連の動きの責任はこの泰光が負う。存分に動くといい。」

 

そう言う泰光の顔は先ほどの威圧感とは無縁な、娘を送り出すような慈悲深い笑顔を浮かべていた。

 

「はい!必ず成し遂げてみせますわ!!」

 

ダイヤは泰光にそう言って部屋から出て行った。

 

「ふふ、氏康さまと氏政さまとの謁見の頃から思っておったが、まことに胸のすく、潮風のように爽やかな女子たちだのう、Aqoursと言うのは。」

 

「そうですねえ。」

 

「兄上の言う通り、真っ直ぐな方でした。」

 

「最近は帳簿とにらめっこばかりしておるせいか、海へと潮風を浴びに行きたくなりますな。」

 

「海ならばそれがし、いい所を知ってますぞ!小田原の海はいいものですからな!」

 

「そうだな、情勢が穏やかになったら海にでも行こうかのう。」

 

泰光たち評定衆は、ダイヤの背を見送りながら談笑していた。

 

 

 

 

 

一方、久野の幻庵屋敷にて、

 

「お願い幻庵おじいちゃん!氏政さんと梅さんの離縁を阻止するのに協力してください!!」

 

「なりません父上!武田は我らと今川の盟約を破った不義の者!いくら氏政どのの妻であろうと、武田の者であるならば送り返すべきです!このような小娘のいう事に耳を傾ける必要などありません!」

 

花丸の意見に反対しているのは幻庵の子供である氏信であった。

 

「ふむ・・・。確かに新三郎(氏信)のいう事も最もだのう・・・。」

 

幻庵は氏信の意見を顎髭をいじりながら聞いていた。

 

「確かに武田さんのしてることは悪いことずら!でも、その責任を梅さんにも押し付けるなんてあんまりずら!!親は親、子供は子供だってマルは思います!!」

 

花丸は氏信の言葉に反論した。

 

「ふむふむ、どっちのいう事も一理あるのう・・・。」

 

幻庵はそう言ってもう一度頷く。

 

「父上!初代早雲公の子であらせられる聡明な父上なら北条家の為すべき事が何であるかは分かっておられるはずです!」

 

「それとこれとは関係無いずら!」

 

「いやある!!もし武田の姫を置いておけば必ずや我らの情報が流されるに違いない!さすれば武田の手によって駿河だけでなくこの関東さえも蹂躙されてしまう!関東の民を思えばこそ氏政どのの奥方には犠牲になってもらわねばならぬのだ!!」

 

「違うずら!!確かに関東に住む人たちを守ることも大切ずら・・・。でも!その為に家族を切り捨てるのはおかしいずら!!」

 

「それはただの綺麗ごとだ!我らは大義を抱くからこそ、時には犠牲を出さなくてはならない!氏政どのの奥方も、北条の大義のためだと聞けば素直に甲斐に戻るでしょう!!」

 

「おかしいずら!大義のための犠牲なんて・・・、それこそ詭弁ずら!!大儀だからこそそうやって何かを切り捨てずに成し遂げることが大切なんです!!」

 

「・・・。」

 

幻庵は氏信と花丸の舌戦を無言で見守っていたが・・・。

 

「新三郎よ。」

 

突然氏信の名を呼んだ。

 

「はっ。なんでしょうか父上!」

 

「新三郎、わしの兄上が氏康に残した五箇条の御書置のうちの二箇条目を言ってみよ。」

 

「え?は、はい!侍中より地下人・百姓等に至るまで、何れも不便に存せられるべく候・・・。これが何か?」

 

「うむ、わしら北条家は武士から農民に至るまで全ての民を慈しむべきである。そう兄上は仰せられた。」

 

「ですから私は・・・!」

 

「まて新三郎。そして兄上はこうも言っておる。この世に捨てるべき人間はいない、ともな。」

 

「そうでございますが、それはあくまでも人を用いる際の心構えではありませぬか!」

 

氏信は幻庵の言い分に対して反論する。

 

「確かにその通りである。だがな新三郎、人に捨ててよい者などおらぬのだ。この乱世では国を守るために何かを切り捨てなければならん事もあるが、それが果たして本当に正しいことかと思うか?」

 

「それは・・・。」

 

「まあ、大半の者に聞けば正しいと答えるじゃろうな。だが兄上は違うと仰っていた。兄上は最初に義を重んずるべしと仰っておる。何かを成し遂げるために何かを切り捨てるという事は兄上や氏康が嫌う『義を違えての繁栄』だとわしは考えておる。義を軽んじて作り上げた繁栄と安寧に意味はあると思うか?」

 

「・・・私もその通りだと思います。」

 

氏信は幻庵の言葉に項垂れながら頷いた。

 

「氏信よ。大義を成そうというその志は見事なものじゃが、そればかりを追い求めて大切な物を見逃すようなことはあってはならん。時には立ち止まって見つめ直すことも大切じゃぞい。」

 

「はい、父上・・・!」

 

氏信は幻庵の言葉に涙を流していた。

 

「さて、花丸どの。」

 

「は、はい!」

 

「お主もよくぞ我が息子を相手に臆することなく論戦を繰り広げたのう。新三郎は弁舌に長けておったのじゃが、見事じゃったぞ。」

 

「幻庵おじいちゃんがいろいろ教えてくれたおかげずら!」

 

花丸は屈託のない笑顔で答えた。

 

「ほっほっほ。さて、そんな花丸どのの成長に免じて氏政の離縁阻止に関してはわしも協力してやろう!」

 

幻庵はそう言って署名を花丸に渡した。

 

「ありがとうございます、幻庵おじいちゃん!おらたち、絶対やってみせるから!」

 

花丸がそう言って部屋を後にしようとすると、

 

「待ってくれ!」

 

氏信が花丸を呼んだ。

 

「その・・・、お主のおかげで私はおのれの未熟さと間違いに気付くことができた!そして小娘と言ってすまなかった!!」

 

氏信は花丸への感謝と謝罪の念を込めて彼女に頭を下げた。

 

「こちらこそ、熱くなっていろいろ言ってごめんなさい。今度は幻庵おじいちゃんと一緒に縁側でお菓子を食べるずら!」

 

「ああ、そうだな!」

 

氏信は花丸の言葉に笑顔で頷いた。また後日、幻庵屋敷の縁側で三人が笑いながら過ごしていたというのは、また別の話である。

 

 

 

 

そして、いよいよ千歌のいる韮山城にて・・・。

 

「千歌どの。あなたは自分がやろうとしていることがどういうことか理解したうえで動いていますか?」

 

千歌から事情を聞いた氏規は千歌に一つ質問をした。

 

「私がやろうとしていること・・・?えっと、氏政さんと梅さんの離縁を止めるってことだから・・・、うーん・・・。」

 

千歌はその場で考え込んだ。氏規はその様子を見てため息をついて、

 

「千歌どの達は我々北条家の内政に介入しようとしているってことですよ。」

 

と言った。

 

「え?だって私たち一応氏政さんの家臣だしそれってあまり問題は無いんじゃ?」

 

千歌がきょとんとした様子で聞き返すと、

 

「いや、問題は大有りだ。確かに千歌どの達は氏康さまと氏政さまのお眼鏡にかない当家への仕官を許された身だが、それでもお主らがよそ者であることに変わりは無いのだ。」

 

氏規に代わって康勝が千歌に反論した。

 

「そんな!康勝さん達は私たちのことをそんな風に思ってたんですか!?」

 

「待て待て、誰もそうは言っておらん!私たちはお主らを信じてるし、何より国府台での戦や様々な局面で手柄を立てているのも分かっている!だが、それでもお主らに対して疑いの目を向ける者がいるのもまた事実だ、という事だ。」

 

「康勝どのの言う通りです。きっと家臣の中には千歌どのたちが氏政兄上の直臣であることをいいことに権力をほしいままにしていると考える者がいてもおかしくない・・・。ましてや此度の一件でもし兄上の離縁を阻止できても、それは兄上の直臣であるという強みを用いて押し通したと思われるでしょう・・・。」

 

「私たちは別にそんな権力とか興味無いのに・・・。」

 

「ええ、それは私たちが一番わかっています。ですが人が人を見る目というのはいくらかの偏見が混じっているのもまた事実なんですよ。」

 

「無論、疑いの目を向けられれば潔白であると証明することは難しくなるだろうな。」

 

「千歌どの達はそうなると分かってもなお、自らのやろうとしていることをやり通す覚悟はありますか?」

 

氏規は千歌に問うた。口調はいつも通りの穏やかなものであったが、彼の目は鋭くまっすぐに千歌の目を見据えていた。

 

「私は家の事情とか政治とか権力とかそういうことは全然わかりません・・・。でも!それでも私たちは氏政さんを、梅さんを・・・、そして国王丸くんたち氏政さんの子供たちを助けたいって思うの!!だって氏政さんは氏規さんの次に、この時代に来て何も分からなかった私たちにこの時代での生き方や、北条家の皆さんの親切に報いるための方法を私たちに教えてくれたんだもん!!国府台とか三船山とか、いろんな場所で一緒に戦って、一緒に笑って、一緒に泣いて、色々な経験を氏政さんとしてきた!!だから私たちAqoursにとっては氏政さんも大事な仲間なんだ!!」

 

「仲間・・・。」

 

「氏政さんね、梅さんに離縁しなくちゃいけないことを伝えた時、すごく辛そうな顔してたの。本当は泣きたいはずなのに大名だから、夫だからって、悲しい気持ちを押し殺して、でも抑えきれなくてすごく辛そうだった!!梅さんも本当は氏政さんと一緒に泣きたかったはずなのに泣かなかったんだよ!?氏政さんを悲しませないために、国王丸くんに何でもないように見せるために泣かなかったんだよ・・・!」

 

語るうちに千歌は涙をぼろぼろと零していた。

 

「私たちはそれを見ていてすごく辛かったの。ただ辛いんじゃなくって、2人に対して何もできないことが辛かった・・・。大事な仲間のために何もできない私たちの無力さが辛かったんだ・・・!だから私たちは私たちのやれることを考えたの。それで思いついたのが今やってることなの。」

 

「・・・。」

 

「私たちが嫌われ者になっても構わない!北条家を追い出されても構わない!!でも、氏政さんと梅さんだけはどんな事をしても助けたい・・・!そのためなら私たちはどうなっても構わない!!」

 

『・・・!』

 

千歌は力強くそう言った。その目は強い覚悟に満ちており、氏規と康勝は気圧されそうになった。

 

「・・・千歌どの達の想いはよく分かりました。ですが、少し捨て鉢気味なのはいけませんね。」

 

「え?」

 

突然氏規が優しい声で語り掛けたことに、千歌は戸惑いを隠せなかった。

 

「祖父さまの遺訓の二箇条目によれば『人に捨てるところは無く、万民を慈しむべし』とあります。人を大事にするという事は、自分のことを大事にして初めてできることだと私は考えています。ですからそのような悲壮的な事を言わないでください。もし追放されたとしても私があなた達を側に置きますから。それがこの時代に来たあなた達を拾った私の責任であり、千歌どの達への感謝の気持ちなのですから。」

 

「感謝の気持ち?」

 

「はい。実は正直な話、兄上の離縁の話を聞いたときから千歌どのがここに来るのはなんとなく分かってたんです。」

 

「ええええ!?そうなんですか!?」

 

「はい、そして千歌どのがかつて初めて会った場所で共に賊に囲まれ、万事休すだったところを『らじかせ』を用いて賊を倒したように、何か突拍子もない策を考え出して兄上たちを救ってくれるだろうと思ってたんです。」

 

氏規はそう言うと、懐から書状を取り出し、

 

「さあ、これも使ってください。私達も千歌どの達の力になります!」

 

と言って千歌に自分の名前を書いた署名を渡した。

 

「私の事を忘れてもらっては困るな。そら、私の名も使うがいい!」

 

氏規に続いて康勝も署名を渡した。

 

「氏規さん・・・!康勝さん・・・!うわああああああん!!ありがとうございまずううう・・・!」

 

緊張の糸が切れたのか、千歌は感極まって大泣きし始めた。

 

「ああ、泣かないでください千歌どの!!」

 

氏規と康勝は千歌を宥めるが、泣き止ませるまで30分近くかかった。

 

 

 

 

 

「じゃあ氏規さん、康勝さん!小田原に帰るね!」

 

「ああ、気を付けろよ。」

 

「もう少し休んでいってもいいのでは?ここに来てからまだ半刻(1時間くらい)ほどしか経ってませんよ?」

 

「ううん、私にはまだやることがあるの。だからゆっくりしてられないんだ!」

 

「やること?」

 

「うん!私たちの『とっておきの切り札』の準備があるんだ!あ、もちろんそれが何かは氏規さんと康勝さんでも教えられないよ!」

 

千歌はそう言っていたずらっぽく笑う。

 

「千歌どのがそう言うならきっとすごいものなんでしょうね。」

 

「うん!じゃあまたね!!」

 

千歌は短く挨拶をして馬にまたがって走り去っていった。

 

「まるで風のようでしたな。」

 

「ええ、それも実に爽やかな風でした・・・。」

 

千歌の背中を見ながら二人は感慨深げに呟く。

 

 

 

「あれが氏規さまの言ってた千歌さんですか?」

 

「ああ、そうだよ・・・。って翠!?」

 

「み、翠さま!?」

 

氏規の傍らにいつの間にか翠と呼ばれる女性が立っていた。冷静沈着な康勝もこれには驚いた。何故ならこの女性は氏規の正室であるからだ。

 

「いつからそこにいたのだ?」

 

「つい先ほどですよ。氏規さまが話していたAqoursという一座の人が来ていると聞いて一目見たいと思ってたんですがすぐに帰ってしまうなんて・・・。氏規さまももう少し引き留めてくださってもいいのに。」

 

「無茶を言わないでくれよ。あんな楽しそうな顔で次にやるべきことをやろうとするのを止めるなんて申し訳ないじゃないか。」

 

「確かに遠目からですがすごく楽しそうな顔してましたもんね。」

 

「ああ。」

 

「それにしても氏規さまも人が悪いですね。」

 

「なんの話だ?」

 

「さっきの千歌さんとの話ですよ。わざわざあんな意地の悪い言い方をしなくてもよかったのでは?最初っからあの子に協力しようと思ってたのは分かってたんですから。」

 

「なんと、気づいておられたんですか翠さま?」

 

「氏規さまのことなら妻の私なら何でもわかりますから。」

 

康勝の問いに翠は脱力感のあるドヤ顔で答えた。

 

「あれはあくまでも彼女の覚悟を試しただけさ。彼女たちに本当にこの事態を何とかするための覚悟があるのかを・・・ね。もちろん結果は言うまでもなかったけどね。」

 

氏規は翠に語りながら千歌がいなくなった地平線を眺めた。

 

 

 

遂に千歌たちはそれぞれ重臣たちの工作を成し遂げた。刻限は着々と迫っている。『とっておきの切り札』とは何なのか、果たして千歌たちはこの離縁を阻止できるのか!?

 

もちろんその結末を知る者はまだ誰もいない・・・。




いかがでしたでしょうか?

ここだけの話、この3人の部分は書いてるうちにかなり熱が入っちゃいましたw

それと今回出て来た「評定衆」などの北条家の家臣団に関する単語が分からない人もたくさんいると思い、後北条氏の家臣団編成がどんな風になってるのかを簡単に描いた図を上げさせてもらいます!字が汚いのはご容赦ください!


【挿絵表示】


次回は遂に離縁騒動決着!果たして氏政と梅の運命は!?千歌たちは歴史を変えることができるのか、それとも歴史は無情にも氏政夫妻を引き離してしまうのか・・・。それは全て次回に明かされます!!

感想や意見があったらどしどし書いてください!!

それでは次回もまたお楽しみください


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20話 愛を取り戻せ 前編

どうも、截流です。

皆さん長らくお待たせしました、2017年に入ってから初の戦国太平記更新です!最近はどうも若虎の方の筆ばかり進んでいたもので疎かになってしまいましたが、今回は前後編という事で連続更新となります!!

いよいよ遂に氏政夫妻の運命が決まる・・・。果たして千歌たちは二人の愛と絆を守れるのか!?



それではどうぞお楽しみください!!


千歌たちが氏政夫妻の離縁を阻止するために動き出してから特に何も起きないまま、およそ1週間が経過した。そして小田原城では・・・。

 

「これより、駿河出兵の軍議を始める。」

 

北条家の盟友である今川氏真への救援のための軍議が開かれていた。

 

「うむ。では氏政よ、大まかな作戦の概要を皆に伝えよ。」

 

評定の間の上座に座っている氏政の側に座っている氏康が氏政に作戦の説明を促した。この時、氏康は既に表舞台から退いていたのだが、三国同盟の崩壊をきっかけに再び表舞台に出てきたのだ。

 

「はっ。まず今回の戦いでは4万5千の兵を動員することにする。そして先んずは伊豆の三島に向かうのだが・・・。」

 

「兄上、氏真どのへの救援とはいえそれほどの大軍を素早く動かすのは難しいかと。駿河に着いて武田と戦っている間に氏真どのが籠っている掛川城が落ちてしまっては元も子も無いのでは・・・。」

 

氏政に意見を述べたのは兄弟の中でも一番の戦上手である氏照だった。彼は行軍が遅くなることで救援が間に合わなくなることを危惧していた。

 

「その点に関しては問題ない。三島に着陣すると同時に氏規を大将として伊豆水軍を派遣し、徳川家康の足止めをさせる。そうすれば武田との戦いのさなかに掛川城が落城することはあるまい。それにいざという時は氏規の得意分野で頑張ってもらおうと思っている。できるか氏規?」

 

「はい!交渉ならお任せください!!」

 

氏規は意気揚々と兄の言葉に応える。ちなみに氏規の得意分野とは外交工作であり、今川義元の人質だった頃に培った交渉力を活かしてこの時すでに足利将軍家との取次ぎ役を任されていたという。

 

「では話を戻す。三島に全ての部隊が着陣し済み次第、我々は長久保、蒲原、興国寺、三枚橋(沼津)といった諸城を落とし河東地域(富士川から黄瀬川の間。駿河の東半分)を制圧する。そこで薩埵峠を通り武田軍を攻めるというのが大まかな手筈と考えているが意見があれば何でも言ってくれ。」

 

氏政は作戦の説明を終えると、軍議に列席している重臣たちに意見を求めた。

 

(うむ・・・。やはり氏政はあの三船山での敗戦から徐々に当主として成長しておる・・・。もっともまだ甘さが残っているのは玉にキズではあるがな。しかし梅どのとの離縁を申し渡した時はあんなにも激しくうろたえておったのに何故あそこまで平静を保っているのだ?)

 

氏康は氏政の様子を見ながら薄々と感じていた違和感について考えを巡らせていた。

 

(しかしあの子煩悩ならぬ妻煩悩の氏政が離縁に納得してくれたとは考えにくいが、まあ納得してくれたのであればそれでよかろう・・・。)

 

氏康はそう己の中で納得していた。一方氏政の方は、

 

(千歌どの達が動き出してからかれこれ一週間経つが全く音沙汰がない・・・。小太郎に探らせたものの『心配することは無い』の一点張りだし・・・。上手く行ってくれてるといいのだが・・・。)

 

氏康の考えとは裏腹に千歌たちへの心配でいっぱいいっぱいであった。そして氏政の不安が募っていく中、時間だけが過ぎていった。

 

そして・・・。

 

「ではこれにて軍議を仕舞いとする!それぞれ城に戻って出撃の支度をしてくれ。」

 

と氏政が軍議を終わらせ、参加していた重臣たちが席を立とうとすると、

 

「待て。皆にはここで伝えなくてはならん事がある。」

 

と氏康が声を上げた。その声を聞いた氏政の表情は険しくなっていく。

 

「此度の戦で武田とは手切れという事になるが、まずその前に氏政の妻である梅どのを武田に・・・。」

 

氏康が氏政と梅の離縁を重臣たちに伝えようとしたその時・・・。

 

 

 

 

 

 

『その話、ちょっと待ったあああああああ!!!』

 

と叫ぶ声が評定の間の外から聞こえてきた。皆が声がした方にある襖に目を向ける。

 

「何事だ。」

 

氏康がそう言うと、襖が開いた。するとそこには千歌たちAqoursの9人が仁王立ちをしていた。そして千歌たちの額には『離縁反対!!』と書かれた鉢巻きが巻かれている。それを見た氏康は全てを察した。

 

「・・・その様子だと、お主らは此度の離縁を止めに来たようだな。」

 

「はい。私たちは氏政さんと梅さんの離縁を止めに来ました。」

 

千歌は氏康の問いに毅然と応える。

 

「いくらお主たちの頼みでもそれを聞くことは出来ん。」

 

「どうして・・・!」

 

「それはこれが北条の・・・この国のための決断だからだ。盟約に背き信義を踏みにじる武田に加担することはあってはならん事だ!」

 

「でもそれと梅さんを追い出すことは関係ないじゃないですか!」

 

「関係はある。お主たちもわしの娘であり氏真どのの妻である、綾のことは知っておるな。綾は氏真どのの対応が拙かったとはいえ、武田が盟約を破り駿河を攻めたことで落人同然に逃げ帰るという恥辱を被ったのだぞ!わしも心は痛むが、わが娘を辱めた信玄への報復として梅どのを甲斐に送り返さねばならぬのだ。」

 

氏康は梅を武田に返す理由を千歌たちに教えた。

 

「確かに信玄さんのやった事は悪いことですけどそれと梅さんは全く関係ないじゃないですか!」

 

曜が氏康に反論すると、

 

「親は親、子は子、という事か。確かにそれは理に適ってはいるが、果たしてそれにどれだけ納得する者がいる?」

 

と氏康は言い返した。

 

「それに我が北条家にとって、武田家は三国同盟を結ぶまでは、祖父の代から争い続けた間柄だ。同盟を結んだとはいえ遺恨を持つ者たちは大勢おるだろう。むろん、ここに集まってる者の中にもな。」

 

氏康は評定の間にいる重臣たちを見回しながら言う。

 

「じゃあ、その人たちを納得させることが出来ればいいんですよね?」

 

千歌が言うと、

 

「できたらな。だが、それは難しいぞ。」

 

氏康は千歌に応えた。すると千歌はニヤリと不敵に笑い、

 

「じゃあ氏康さん!これを見てください!!」

 

と氏康に書状の束を渡した。氏康はそれを受け取ると千歌たちにたずねた。

 

「これは?」

 

「それはこの北条家の重臣の皆さんのところに直接行って話し合って、合意の上でもらった氏政さんと梅さんの離縁を反対する署名です!」

 

「むむむ・・・。これは綱成と康成の連署だ。それにこれは五色備えの・・・。なんと!評定衆や憲秀の物まであるではないか!?憲秀、お主これは一体どういう事だ?」

 

氏康が憲秀を睨むと、

 

「ひっ!?も、申し訳ありません御本城さま!!されどこの憲秀、このような時期に家中に波風を立てるのはよろしくないと思った次第で・・・。」

 

憲秀は凄まじい勢いで土下座しながら氏康に弁明する。

 

「なるほど・・・。まさかこれほど多くの者が反対の署名を出したとはな。氏政、まさか我が目を欺きこのような事をしておったとはな。」

 

氏康は氏政に対してそう言うが、

 

「いいえ!私たちは氏政さんに命じられてやったわけじゃありません!!私たちが自分の意思で勝手にやったんです!!」

 

と千歌は氏政を庇った。

 

「お主らの意思だと?」

 

「はい。私たちは氏政さんが梅さんに離縁するという話をするところを覗き見しちゃって、氏政さんから話を聞いたんです。その時の氏政さんと梅さんの辛そうな表情を見て、私たちに何かできることは無いか考えたんです!!」

 

「そして私が考えついたのが、重臣の方々を説得して署名をもらい味方に付いてもらう事でしたわ。」

 

あくまでも氏政の命令でなく、自分たちの意思で動いたことを主張した梨子に続いて、ダイヤが自分がこの作戦の発案者であることを氏康に伝えた。

 

「この者たちはこう言っているが、本当なのだな氏政?」

 

「はい、少なくともこの一週間の間に私は彼女たちの動向を知ることは出来ませんでした。動向を探るため小太郎を差し向けましたが『案ずることは無い』の一点張りでした。」

 

氏政は氏康の問いに動ずることなく答えた。

 

「そうか、風魔を以てしても探れなんだか。しかしどうしたものか・・・。まさか五色備えや氏照ら一門衆に三家老に評定衆、そして叔父上までも名を連ねているとなると些か厄介だな・・・。」

 

氏康がそう呟くと、

 

「それがしは御本城さまの意に賛同いたします!!」

 

と声を上げた人物が出てきた。

 

「おお、綱秀か。」

 

氏康が綱秀と呼んだ人物の名は内藤綱秀。小田原城の北にあり、相模と甲斐の国境付近に位置する津久井城の城主である彼ら内藤氏一族は代々、津久井衆を率いて武田家に対する最前線の守りを担ってきたのだ。故に、三家老や五色備えに名を連ねることこそ無くても、それと同等の信頼を北条家の当主の信頼を勝ち取っているのだ。

 

「確かに奥方様を深く愛していらっしゃる氏政さまや奥方様の事を考えれば此度の件はまことに不憫な話でありましょうが、これは我ら北条家の存亡さえもかかっているのですぞ!それがしもあまり考えたくはありませんが、もし奥方様かその侍女が甲斐に我々の情報を流していたら我々は武田との戦いで不利になるだけでなく、いずれは滅ぼされる可能性も出てくるかもしれないのですぞ!!」

 

綱秀は評定の間にいるみんなに語って聞かせるように熱心に理由を述べた。長らく国境の防衛を担ってきた精鋭部隊を率いてきた将の話だけあって、彼の話に同意する者たちも少しずつ出てくる。

 

「Aqoursの方々、お主らの想いも分からぬわけではありませんがこれは我ら北条の存亡もかかっているのです。故にここは引いていただけると・・・。」

 

「果たしてそれはどうかしら?」

 

綱秀が千歌たちに引き下がるように言うと、善子が不敵な笑みを浮かべて前に出てきた。

 

「む、何やら案ずるに及ばぬという根拠がおありのようだな。」

 

「ええ、要は梅さんが情報を流していないという証明をすればいいんでしょう?」

 

「うむ、そうだが果たしてそれを証明できる術はあるのか?」

 

綱秀が訝しげに善子に反論するが、

 

「ふふん、この堕天使ヨハネの深謀遠慮を前にしても驚かずにはいられるかしら?」

 

善子は普段よくとっているポーズをとりながら意味深に笑うと、

 

「風魔さん!出番よ!!」

 

と小太郎を呼んだ。

 

「やれやれ、師匠遣いの荒い弟子だ。」

 

とどこからともなく小太郎が現れた。

 

「な、小太郎!?どうして・・・。」

 

氏政は善子の号令で小太郎が現れたことに驚いた。

 

「すまんなお屋形さま。此度の一件は善子と共に行動していたのだ。」

 

「じゃ、じゃあ今までの報告は?」

 

「善子から御本城さまかお屋形さまにAqoursの行動を探るように頼まれたら『案ずることは無い』と報告するように頼まれておってな。」

 

小太郎は悪びれる様子もなく答えた。

 

「して、善子どの。いかなる手段を以て我らに奥方様が情報を流していないと証明するのだ?」

 

綱秀がそう言うと、

 

「そう言うと思ったから小太郎さんを呼んだのよ。小太郎さん、『アレ』持ってきてくれた?」

 

善子が小太郎に何かを渡すように促した。

 

「善子ちゃん、『アレ』って何ずら?」

 

花丸がたずねると、

 

「まあ見てなさいって。」

 

とだけ言うと、善子は小太郎から『アレ』と言われた物体を受け取った。

 

「む、それは何だ善子どの?」

 

「これはビデオカメラっていう私たちの時代の道具よ。どういう物なのかは少し待ってなさいな。」

 

綱秀にたずねられた善子はそう言って鞄からノートパソコンを取り出して何かの準備を進めた。

 

 

 

 

「さて、これで準備完了ね。この部屋にいる人たちはみんなこの画面の前に集まってちょうだい。特に綱秀さんと氏康さんは。」

 

善子が準備していたのはノートパソコンにビデオカメラを繋げるという事だったのだ。そして善子はみんなを画面の前に集めた。

 

「本当にこのような道具で証明できるのか?」

 

綱秀はなおも訝しげな様子であったが、

 

「まあ見てなさいって。」

 

と言って再生ボタンをクリックした。すると・・・。

 

「おお、これは一体・・・?」

 

「すごいぞ、何かが映し出された!」

 

「これは誰かの部屋の前か・・・?」

 

とビデオカメラの映像を見て驚いた重臣たちがどよめき出した。

 

「善子ちゃん。これは何なの?」

 

と千歌がたずねると、

 

「梅さんの部屋の前よ。」

 

と善子は言った。

 

「でもなんで梅さんの部屋を?」

 

「そんなの梅さんの疑惑を晴らすために決まってるじゃない。まさか千歌さんたちは何の確証も無いのに言葉だけで解決しようと思ってたわけじゃないわよね!?」

 

善子が千歌にそう言って詰め寄ると、

 

「あ、あはは・・・。」

 

千歌が目を逸らして苦笑いし始めたので呆れた善子はそのまま解説を続ける。

 

「とにかく、風魔さんとその部下の人に交代でこれを持ってもらって今日まで五日間、梅さんの部屋の前で待機してもらったのよ。あ、これ結構時間あるくせにほとんど動きが無いから倍速にするわね。」

 

「ねえよっちゃん。バッテリーとかは大丈夫だったの?」

 

「ああ、それに関しては平気よリリー。予備バッテリーとソーラー充電器を駆使してそのへんは何とか乗り切ったわ。それに使えなくなった時のためにただ置いておくんじゃなくて風魔さんの部下に持たせたのよ。」

 

と善子は梨子にドヤ顔で説明した。

 

 

 

 

 

そして、五日間の記録を見終わり・・・。

 

「うむ・・・。梅が出入りしている時以外は特に何もないな。」

 

「義姉上と侍女と国王丸ら子供たち以外映っていない・・・。」

 

「怪しい動きがあるとすりゃあ真夜中になるが・・・。」

 

「その真夜中も全く動きがありませんね。」

 

氏政ら四兄弟はそれぞれ感想を述べた。

 

「こうも何もないと梅どのはシロでいいんじゃないか?」

 

康成がそう言うと、

 

「いえ!其れでもまだ分かりません!ひょっとしたら奥方様の部屋の前以外の場所で・・・。」

 

「それはないぞ。」

 

綱秀が納得いかない様子でまくし立てるも小太郎に遮られた。

 

「ふむ、小太郎。そう言いきれるのは何故だ?」

 

氏康が小太郎に問いかけた。

 

「我ら風魔衆は善子に頼まれた仕事も含め、五日間にわたってお屋形さまの奥方を監視していた。だがこれといって怪しい動きは全くと言って良いほど無かった。」

 

「だが、侍女が何か密書を送ったりした素振りも無かったというわけでも無いのではないか?」

 

「それも心配ご無用。甲斐との国境に風魔衆の全軍を忍ばせ『網』を張り、甲斐から来たと思われる忍びは皆殺しにした。しかしどの忍びの懐からも書状のようなものは出てこなかった。」

 

小太郎は氏康の問いかけに淡々と答えた。

 

「という事は梅は無実という事でよいんだな!?」

 

氏政は小太郎の言葉を聞いて顔を晴れやかにした。

 

「ああ、そうなるな。」

 

小太郎が頷き、

 

「確かに、ここまでの証拠がそろっているのならそれがしも矛を収めざるを得ませんな。お屋形さま、北条のためとはいえ奥方様をお疑いしてしまい、申し訳ございませんでした!どの様にこの無礼をお詫びすればよいか・・・。」

 

綱秀が氏政に謝罪すると、

 

「気にすることは無い、綱秀も国を想っての発言であろうからな。それに善子どのに小太郎!我が妻にかけられた疑念を晴らしてくれてありがとう!!」

 

と、氏政は綱秀を許し、善子と小太郎に礼を言った。

 

「べ、別に私は堕天使として救いを求める哀れな子羊に施しを与えただけよ!!?」

 

「善子ちゃん、堕天使設定がブレてるずらよ。」

 

「素直に氏政さんたちを助けたかったって言えばいいのにね。」

 

顔を真っ赤にして照れ隠しでいつもの堕天使モードになる善子を見て、花丸とルビィは微笑ましそうに笑った。

 

 

 

 

「うむ、梅どのに武田へ情報を流されることがないというのは分かった。だがそれでもわしはこの離縁を取り止めようとは思わん!!」

 

「そんな!父上、まだ何か納得のいかぬことがあるんですか!?」

 

まだ自分の意見を貫かんとする氏康に氏政は困惑した。

 

「氏政よ、お前は綾が乗り物に乗ることも出来ず徒歩で帰ってくる羽目になり、小田原に着いたときには心身ともに憔悴しきった事には胸を痛めぬのか!」

 

「確かに姉上の惨状には私も心を痛めましたし、信玄への怒りも湧きました!しかしそれとこれとでは話が違うではありませんか!」

 

「いいや、断じて違うことなど無い!!娘が被った屈辱を晴らすには同じ苦痛を信玄にも味わわせてやらねばならぬのだ!そうでなくてはならぬのだ!!」

 

氏康は氏政にそうまくし立てた。

 

「そんなことして解決するわけ無いじゃないですか!!!」

 

「ち、千歌ちゃん?」

 

突然大声で叫んだ千歌に隣にいた曜は驚きを隠せなかった。

 

「氏康さん!そんなことをして本当に綾さんが喜ぶと思いますか!?私は思いません!!」

 

千歌は怒りの形相で氏康に食ってかかる。

 

「ち、千歌ちゃん・・・。流石に恐れを知らなさすぎるよ・・・。」

 

梨子はそんな千歌の様子に戦々恐々であった。それもそのはず、千歌にはAqoursがまだ9人になる前に果南と鞠莉が取っ組み合いの喧嘩をし、ダイヤがそれを止めようとしていたところに割り込み、見事に啖呵を切ってその場を治めてしまったという実績があったのだ。もちろん、その時の千歌は半ば我を忘れていたような状態であったが。

 

「黙れ小娘!貴様に娘を想う親の気持ちが分かるか!!」

 

「私は親じゃないから分かりません!!」

 

「ならば出しゃばるでない!!」

 

「氏康さんがなんと言おうと梅さんに責任をかぶせるのは間違ってます!!それにそもそも当主は氏政さんじゃないですか!!ならこの事についてどうするかを決めるのは氏政さんの役目じゃないですか!!氏康さんはもうご隠居さんですよね!?だったら氏政さんに任せればいいじゃないですか!!」

 

千歌の言葉を聞いた氏康の怒りが頂点に達した。

 

「食客となり、氏政の下で功を立てておるからと図に乗るのも大概にせよ高海千歌・・・。貴様はおのれが氏政の下で権力を欲しいままにしておるとしてAqoursの者たちと共に罰しても良いのだぞ!!」

 

「・・・!」

 

氏康の言葉に千歌は息を呑んだ。

 

「千歌ちゃん・・・!」

 

「どうするの・・・!?」

 

曜と梨子は千歌を見て言った。

 

「分かりました。ならば罰していただいても構いません。そもそも私たちも梅さんの離縁を阻止するにはそれなりの対価を払わなきゃいけないんだろうなって思ってました。それが私たちに対する処罰で済むのなら私は構いません!」

 

千歌は氏康の怒気に臆することなく毅然と言い放った。

 

「・・・首魁である千歌どのがこう言っておるがお主たちはどうなのだ?」

 

氏康は梨子たちに問いかけた。

 

「私も、千歌ちゃんと同じ考えです!」

 

「千歌ちゃんがそう言うなら私はどこまでも着いて行きます!!」

 

「私も曜と梨子と同じ風に考えてます!」

 

「私たちは私たちが正しいと信じてる道を歩んでるだけデース。いくら氏康さんでもそれを邪魔する権利は無いと思いますよ?」

 

「私も、たとえ厳しい罰が待っていようとも自分の考えを曲げる気はありませんわ!」

 

「わ、私も千歌さんやお姉ちゃんたちと同意見です!」

 

「オラも意見を変える気は無いずら。」

 

「堕天使が行く道は常に苦難と共にある・・・。私も千歌さんの意見に従うわ。」

 

Aqoursの意見は全て千歌に賛同する物だった。まさに一枚岩と言える団結力だ。

 

「そうか、ならば皆揃って・・・。」

 

と氏康が言おうとすると、

 

「お、お待ちくだされ御本城さまー!!」

 

「憲秀さん!?」

 

憲秀が千歌たちと氏康の間に割って入って来た。これにルビィが驚きの声を上げた。

 

「憲秀、どういうつもりだ。」

 

「たたた、確かにこの娘たちに対する御本城さまのお怒りはもっともかと存じますが、ただ理不尽に罰するのは如何なものかと存じます・・・!!」

 

憲秀は震える声で氏康をたしなめる。

 

「筆頭家老どのの言う通りでございます。この者たちが功を立てているのは事実、特に罪を犯したわけでも無いのにこれを理不尽に罰すれば損失を招くだけでなく、家中も動揺いたしかねません。仮に罰して話が領国に広まれば、北武蔵や下総の国衆たちの離反にも繋がってしまいましょう!この件の責は署名にある様にこの評定衆筆頭たる狩野泰光がお取りいたします故、何とぞ千歌どのたちをご容赦くださいませ・・・!!」

 

それに続いて評定衆筆頭の狩野泰光も氏康をたしなめ、千歌たちを罰することが益とならないことを進言した。

 

「お主ら・・・。」

 

「その辺にしてやったらどうだ氏康?」

 

「綱成・・・。」

 

綱成は氏康の肩を叩いて言った。

 

「まあそりゃあ綾がひどい目にあったのを辛く思うのもそれに対して怒りたくなる気持ちも分かるぜ?俺だって親だし、何より義理のとはいえ俺も叔父だからな。だけどな、千歌どのたちのいう事も正しいと思うぜ?だって梅どのに責を負わせて放り出したところで綾が元気になるとは思わんし、何よりあの信玄坊主のことだ。これ幸いと梅どのから北条の情報を聞き出すだろうぜ?まあ喋らんとは思うがな。」

 

「氏康よ、今のお主は怒りに身を任せすぎじゃ。確かに感性が豊かなのはお主の良いところじゃが、氏政と同じく些か情に飲まれやすいのが玉にキズじゃ。少しは頭を冷やしたほうがいいぞい。」

 

「綱成、叔父上、だが・・・。」

 

綱成と幻庵に宥められるも氏康は不服な様子であった。

 

「はあ・・・、氏康は本っ当に昔っから強情だよな~。それじゃああの時の義父上どのみたいだぞ?」

 

綱成が呆れ気味にそう言うと、

 

「あの時の?どういう事なんですか?」

 

と千歌がたずねた。

 

「ああそれはだな、まだ先々代当主の氏綱さまがまだご存命だった頃に今川が武田と同盟を組んでこっちとの同盟を破棄したことがあってな。そん時の事なんだが・・・。」

 

「おいバカやめろ綱成!!その話はするんじゃない!」

 

綱成が語りだすと氏康はそれを止めようとするが、

 

「ハイハイ、せっかく綱成がAqoursの面々に『あの話』をしてやるんだから邪魔せず聞いてやりましょう氏康どの!」

 

とノリノリな様子の綱高に羽交い絞めされて動きを封じられた。

 

「今川家は初代の早雲公の頃から俺ら北条と交流があってな、だがその当時に跡を継いだ義元がこれ以上北条の影響を受けるのは好ましくないってんで北条家と縁を切っちまったのさ。それで怒ったのが氏康の父上で俺と綱高の養父である氏綱さまでな。今川から嫁いできた氏康の妻の瑞穂どのを離縁させようとしたんだよ。」

 

「そんなことがあったんだ。」

 

「あら?でも何かデジャヴを感じるわ?」

 

綱成の話を聞いた鞠莉が首を傾げる。

 

「もちろん氏康はこれに大反対でな。なんとか瑞穂どのを守ろうと俺らと幻庵どので一緒に奮闘したっけなあ。」

 

「それでどうなったの綱成さん?」

 

果南が事の顛末をたずねた。

 

「ああ、その今川との戦いの途中で氏綱さまが亡くなっちまったから離縁する必要が無くなってめでたしめでたしよ!」

 

「そういや今だから言えるんだけどさ、いつぞやの夜に氏康どのが瑞穂どのに『父上がなんと言おうともお前は俺の妻だ。絶対守ってみせる。』な~んて言ってるの見ちまったんだよな!!」

 

「な!?綱高貴様、見てたのか!?」

 

「いや~、武蔵の方の戦況報告しに来たらついうっかりな。」

 

「貴様ああああ・・・!!!」

 

綱成が語り終わると綱高が氏康の秘密話を暴露しだし、それに氏康が動揺して綱高の肩を揺さぶりだすというカオスな状況が出来上がっていた。はたから見ると学生のような雰囲気だが、全員50代を超えたおっさんであることをここに明記しておく。

 

「な~んだ!結局氏康さんも氏政さんみたいな奥さん想いだったんだね!」

 

「でもそれなのになんで氏政さんと梅さんを引き離そうとしたんだろ?」

 

「確かに自分がそういう経験をしたら普通なら自分の子にはさせないと思うんだけど・・・。」

 

千歌は話を聞いて安堵していたが、曜と梨子は氏康がどうしてこのような行動に出たのか疑問に思っていた。それに対して氏康はバツが悪そうに語りだす。

 

「うっ、それはだな・・・。」

 

「愛娘が可愛くてしょうがなかったからでございましょう?」

 

「そう、愛娘の綾が可愛くてしょうがなかったからって、ん?」

 

『え?』

 

氏康が千歌たちの方に振り向いたので千歌たちも振り返ってみると、そこにはにこやかに微笑んでいる女性が立っていた。

 

 

 

「み、瑞穂!?」

 

『ええ!?』

 

 

 

その場にいた者たちは一部を除いてみんな驚いた。何故なら普通なら大名の妻と言えども評定の間に顔を出すことなどほとんどないからだ。

 

そして彼女の名前は瑞穂。のちに『瑞渓院』と伝えられている氏康の正室である。




いかがでしたでしょうか?

話が色々ともつれる中現れたのはなんと氏康の正室の瑞穂さんこと瑞渓院!果たしてこれが吉と出るか凶と出るか、それは後編を読んでのお楽しみです!!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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21話 愛を取り戻せ 後編

どうも、截流です。

今回は連続更新第2弾目にして、いよいよ氏政夫妻離縁騒動の決着です!結末をその目に刻んでください!!


それではどうぞお楽しみください!!


千歌たちが氏康に対して氏政と梅の離縁を取り止めるように説得をしている最中、氏康の正室である瑞穂が現れた。彼女は氏康とほぼ同年代とされている説が有力であったが、その姿は夫と比べると実に若々しかった。

 

 

「氏康さんの奥さま・・・初めて見ましたわ・・・!」

 

「ていうかなんか氏康さんに比べると若くない!?」

 

ダイヤが驚くのも無理はない。何故ならAqoursは氏政の屋敷にいるので、氏康の屋敷にいる瑞穂とはほとんど会ったことが無いのだ。

 

「失礼ですが・・・、おいくつなんでしょうか?」

 

「ふふ、いくつに見えます?」

 

「だいたい・・・30代から40代前半・・・?」

 

梨子が質問すると、聞き返されたので真剣に考えて言うと、

 

「おほほ、はずれです。私は今年で49になります。」

 

と朗らかに笑って言った。

 

『えええええええ!?』

 

梨子たちは見た目の若さと年齢のギャップに驚いた。

 

「それはわしの自慢の妻だからな!・・・ではなくて何故ここにいるのだ?」

 

「それは私が呼んだからです!!」

 

氏康が瑞穂にたずねると、代わりに千歌がドヤ顔で答えた。

 

「千歌さんが呼んだんですか?」

 

「おら達聞いてないずら~。」

 

「えへへ、ごめんね~。ホントは皆に言おうと思ったんだけど忘れちゃってて・・・。」

 

「千歌さんらしいうっかりですわね・・・。」

 

千歌はルビィと花丸に平謝りすると、ダイヤは呆れたようにため息をついた。

 

 

 

 

「話はこの子から聞きましたわ。」

 

「う、うむ。」

 

「我が子が恥辱を加えられたからと言って、その責を相手の子に背負わせるのは良くありませんよあなた。あの時に何があっても守ってくれると言った人が息子の妻を追い出そうとするだなんて、それではあなたがあの時理不尽に思ったお義父さまと同じになってしまいますわ?私はあなたのそういう姿を見るのは非常に悲しく思います。」

 

「うむ・・・。」

 

普段は威厳に溢れる氏康であったが、妻に諭されるその姿はまるで叱られてしょげる子供のようであった。

 

「なんだか、これでもう解決しそうだね。」

 

「うん。これなら『秘策』は必要なかったかもしれないわね。」

 

「本当は秘策だけじゃ足りないかなって思って瑞穂さんに声を掛けたんだけどね~。」

 

千歌と曜と梨子の3人が話していると、

 

「ん?そう言えばさっきから言ってる『秘策』とは一体何なんだ?」

 

と氏政が千歌たちに話しかけると、千歌たち9人は笑って、

 

「それはですね・・・。」

 

「噂をすれば来たみたいですわよ。」

 

と果南とダイヤが言うと、どこからか『どどどどど・・・。』と小走りしているような足音が聞こえてきた。するといきなりまた千歌たちの後ろの襖が開き、

 

「父上!!」

 

と一人の女性が怒鳴りながら入って来た。その姿を見た氏康は大いに驚いた。

 

「あ、綾!?」

 

そう、彼女こそが今川氏真の妻で、今回の離縁騒動の理由の一つでもある綾姫であった。

 

「父上!話はそこの子たちから聞いたわ!!なんで私が這う這うの体で帰って来たからって氏政の奥さんの梅さんが追い出されなきゃいけないのよ!!」

 

綾は氏康に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。

 

「そ、それはお前や氏真どのを追い落とした信玄への報復措置であってだな・・・。」

 

「それは信玄が悪いんであって梅さんは何も悪くないでしょう!?それに私だってもう30過ぎてんのよ!?それなのにそんな風に子供の喧嘩に親が出てくるみたいな真似されたらこっちが恥ずかしいからやめてよね!!」

 

「す、すまぬ・・・。」

 

「あ、姉上。流石に皆の前で父上をそこまで責めるのは・・・。」

 

恥ずかしい話を暴露され、母に諭されるだけでなく、姉に責められる父の姿を不憫に思った氏政が綾を止めようとすると、

 

「新九郎!あなたもあなたよ!!夫なら妻のことをしっかり守りなさいよ!昔っから押しが弱いのほんとに変わらないわね!?助五郎(氏規)よりも年下の女の子に助けてもらうなんて恥ずかしいわよ!!」

 

と、氏政もとばっちりを喰らう羽目になった。

 

「なんか凛さんよりも気が強いかも・・・。」

 

千歌がそう呟くと、Aqoursの他のメンバーもみな頷いた。

 

「言ったろう?凛は姉上と似てるって・・・。凛は見た感じが大人しいからまだしも・・・。」

 

「姉貴は見た感じも勝ち気に見えるからなあ・・・。」

 

氏照と氏邦は苦笑いしながら千歌たちに小声で語った。

 

それから綾による説教は1時間ほど続いた・・・。

 

 

 

 

 

そして1時間後・・・。

 

「と、いうわけで此度の氏政とその正室である梅どのの離縁は取りやめることにする。」

 

『やったあ~~!!』

 

「はい!!ありがたき幸せにございます父上!!」

 

氏康の宣言に千歌たちAqoursは歓喜の声を上げ、氏政は感謝の言葉と共に平伏した。

 

「ありがとうAqoursのみんな!!みんなのおかげで梅を失わずに済んだ!!本当にありがとう・・・!」

 

氏政は千歌たちに礼を言った。

 

「いえいえ!私たちはほとんど何もしてませんよ~。お礼を言うなら綱成さんと幻庵さんと瑞穂さんと綾さんに言ってください!」

 

千歌は照れ臭そうに言った。

 

「そうだな!綱成どの、大叔父上、母上、そして姉上!みんなのおかげで妻を失くさずに済みました!!そして父上、此度は寛大な処置に感謝いたします!!」

 

と氏政は今度は氏康たちに頭を下げた。

 

「頭を下げずともよい。わしも年老いたのか感情的になりすぎた。これからは国だけでなく家族も守っていくのだぞ。」

 

氏康も先ほどと打って変わって優しげな声で氏政に言った。

 

「そんなことより、愛しの妻に報告したらどうだ?」

 

「そうそう、梅さんに離縁しなくていいってこと教えてあげなさいよ。」

 

「ああ!言ってくる!!」

 

氏政は綱成と綾に促されると駆け足で梅の下へ走っていった。

 

「綾さん、まだ病み上がりなのに力を貸してくれてありがとうございました。」

 

千歌がそう言って綾に頭を下げると、

 

「いいのよお礼なんて。家族の絆を繋ぎ止めるのが長女の仕事ですもの。氏親兄さまとの約束でもあるしね。」

 

綾は手を振りながら言った。

 

「氏親さんってお兄さんがいたんですか?」

 

「ええ、子供の頃に死んじゃったんだけどね。死ぬ前に兄さまに言われたのよ。『もし家族の誰かが仲違いしそうになった時は間に入って仲直りさせてやってくれ』ってね。」

 

綾は遠くを見るような目で千歌たちに話した。あまり知られてはいないが、氏政は長男ではなく次男であり、新九郎氏親という兄がいたのだが、氏親が若くして亡くなった事で嫡男となったのだ。

 

「そんなことがあったんですね。」

 

「ええ、だから私もあなた達の誘いに乗ったのよ。あ~でもほんと疲れた!じゃあ私は屋敷に戻って休むわね。」

 

綾はそう言うと屋敷に戻っていった。

 

「じゃあ私たちも氏政さんの屋敷に戻ろっか。」

 

曜がそう言って千歌たちが部屋を出ようとすると、

 

「待ってくれ。」

 

と氏康が呼び止めると、いきなり頭を下げた。

 

「千歌どの。先ほどは感情に任せてとんでもないことを言ってしまった。どうか許してほしい。」

 

「そ、そんな!私も調子に乗っていろいろ言いすぎました!!だから頭を上げてください!!」

 

千歌も慌てながら言うと、

 

「わしは危うく過ちを諫めてくれる者を罰するところであった。その詫びと言ってはなんだが、何か褒美を与えたいのだが・・・。」

 

と氏康は頭を上げて言った。すると千歌は首を横に振り、

 

「いいえ、私たちはご褒美が欲しくてやったんじゃなくて、氏政さんと梅さんの笑顔を守るためにやったので・・・。だからご褒美は私たちが何か手柄を立てた時で大丈夫です!では、私たちはこれで。」

 

と笑顔で言って、他のメンバーと一緒にお辞儀をしてから部屋から出て行った。

 

「そうか・・・。実に清廉潔白な者たちだ。いずれ元の時代に帰すことになると思うと実に惜しいものだ。」

 

氏康は千歌たちの背を見ながらしみじみと呟いた。

 

 

 

 

そして氏政の屋敷にて・・・。

 

「梅!梅ー!!」

 

「まあ氏政さま、どうかなさったのですか?何やらとても嬉しそうですが・・・。」

 

梅は部屋に駆け込んできた氏政を見て怪訝そうな表情をして言った。

 

「梅、落ち着いて聞いてくれ。俺たちは離縁する必要が無くなったのだ!」

 

「・・・え?」

 

梅は一瞬理解できなかったのか首を傾げた。

 

「だからお前は武田に帰らずともよくなったのだ!!」

 

氏政が大げさな身振りで言うと、

 

「つまり、氏政さまと国王丸たちと・・・子供たちと一緒にいても良い、ということですか・・・?」

 

と梅は氏政に聞き返した。

 

「ああそうだとも!これからもずっと一緒だ!!」

 

氏政は満面の笑みで答えた。

 

「・・・夢ではないのですね?」

 

「ああ、夢じゃない。夢じゃないとも・・・!」

 

氏政が梅の肩を優しく掴みながらそう言うと、

 

「嬉しい・・・!あなたとこれからもずっと一緒にいられるなんて、梅は幸せです・・・!」

 

梅は大粒の涙を流しながら氏政の胸に飛び込んだ。もちろん、その表情は曇り一つない笑顔であった。

 

「俺もお前とこれからも一緒にいられる事ができて幸せだ!これからもお前を守り続けるぞ・・・!」

 

氏政も、涙を流しながら梅を優しく抱きしめる。

 

 

 

 

 

 

「うう・・・、氏政さんも梅さんも本当によがっだね゛・・・!!」

 

「もう、千歌ちゃんってば泣きすぎだよ・・・。」

 

「曜ちゃんだって泣いてるじゃない・・・。」

 

「だ、堕天使はこんな純愛ラブストーリーで泣かないんだからね・・・!」

 

「善子ちゃん、そんな事言ってるけど目が真っ赤になって顔もぐしゃぐしゃになってるずらよ?」

 

「お姉ちゃん、よかったね・・・!氏政さんも梅さんも嬉しそう・・・!」

 

「ええ、やはりあのお二人は一緒が一番ですわ・・・。」

 

「ほんと、無事に済んでよかったね。」

 

「これこそ本当の愛の力ってヤツね!ワンダフル!!」

 

部屋の外から二人の様子を見守っていたAqoursも、みんな号泣していた。

 

「・・・歴史は変わってしまいましたが多分これでいいのでしょうね。」

 

ダイヤが小声で呟くとそれを聞いたルビィが、

 

「え!?私たち歴史を変えちゃったの!?」

 

と驚き、他のメンバーにも緊張が走った。

 

「ダイヤさん、本当の歴史だと2人はどうなってたの?」

 

千歌がたずねると、

 

「2人はそのまま離縁することになってましたわ。もちろん氏政さんは国境まで見送ったそうですが、梅さんは氏政さんと別れた悲しみによる心労で一年余りで亡くなってしまったそうですわ。」

 

とダイヤは答えた。

 

「ねえ千歌、私たち歴史を変えちゃったけどこの後はどうするの?」

 

「そうだね。もしかしたら歴史が変わって私たちも・・・。」

 

果南と曜が千歌にそう言うと、

 

「大丈夫だよ!私たちの絆は歴史が変わった程度じゃ切れないよ!!だって今も私たちはこうして一緒にいるんだよ?だから絶対大丈夫だよ!!」

 

と、千歌は屈託のない笑顔でそう言った。

 

「千歌っちの言う通り!私たちAqoursは何者にもバラバラにできない強い絆があるんだからそれを信じましょ!」

 

「鞠莉さん・・・。そうですね、私たちの絆は不変にして不滅!その言葉を胸に刻みましょう!!」

 

『おお!』

 

鞠莉の言葉を聞いたダイヤの鼓舞に千歌たちは小声で応え、しばらくそのまま部屋で寄り添っている氏政夫妻を見守った。

 

 

 

 

戦国時代に舞い降りた少女たちは、一組の夫婦の愛と絆を救うために歴史を変えた。

 

歴史が変わった以上ここから先は何が起こるかは誰にも予測できない。だがこれだけは断言できる。彼女たちの絆は絶対に絶えることは無い・・・と。

 

そして彼女たちは一組の夫婦の愛と絆を救った喜びを胸に抱きながら、戦場へと歩みを進める。




いかがでしたでしょうか?


展開自体は少しばかり粗削り感がありますが、やはり北条家ファンとしてこの北条氏政とその妻である黄梅院(梅)の離縁はなんとしても防ぎたかったのでこのような展開となりました。

さて、次回から遂に武田軍との戦いが幕を開けます!私の作品を読んでくださっている方々なら知っているかもしれないあの人物も千歌ちゃんたちと出会いますので、楽しみにしていてください!!

それとUAが5000を突破しましたので、この場でお礼を申し上げます!この作品を読んでくださり、本当にありがとうございます!!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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22話 薩埵峠遭遇戦 若虎との邂逅

どうも、截流です。

今回は新キャラが出てきます!サブタイを見ればピンとくる方もいると思いますw

ちなみにサブタイトルの「薩埵峠」は「さったとうげ」と読みます!



それではどうぞお楽しみください!!


なんとか梅との離縁が取りやめとなり、安堵した氏政はようやく駿河救援に着手することとなった。

 

年が明けた永禄12年(1569年)の1月5日に、氏政は軍議で決めた通りに4万5千人の大軍を率いて伊豆の三島に着陣。そこで氏規を総大将、康英や景宗を部将として編成された伊豆水軍を掛川城に籠る氏真への援軍として派遣した後、そのまま駿河に乗り込んだ。

 

そして氏政率いる北条軍は手筈通りに興国寺、長久保、蒲原など、河東地域の諸城を次々と落としながら富士川を渡り、武田軍が占領している駿府館跡(館自体は信玄が占拠した時に馬場信春の手により焼失)目指して進撃を続けた。

 

だがここで問題が起きた。信玄は氏政の侵攻を知ると1万8千の軍勢を薩埵峠に氏政ら北条軍よりも先に向かわせ、守りを固めたのだ。もちろん氏政もこの事態は想定できていたのだが、薩埵峠は守りに適した要衝であり大軍を動かすには不向きな場所でもあったため、下手に動く事ができなくなってしまったのだ。武田軍もいくら守りの堅い薩埵峠に布陣しているとはいえ、兵力差が2倍以上ある北条軍を相手に迂闊な攻撃は仕掛けられず、互いに睨み合って動かない膠着状態に陥ってしまった。

 

そして、1月18日に睨み合いが始まってから2月も武田軍が今川家の大宮城を攻めたのを撃退してからはこれといった大きな戦いが起きないまま3月になり、両軍ともに士気が下がり始めた頃・・・。

 

 

 

 

 

「千歌ちゃん、氏政さんの許可があったからってこんなことして大丈夫なのかな・・・?」

 

「大丈夫だよ梨子ちゃん!こういう時は偵察に出て敵の様子を見るのも大事だって氏政さん言ってたじゃん!」

 

「そうよ、リリーってば心配性ね。」

 

千歌たちは薩埵峠からおよそ4キロほど離れた場所にある北条軍の陣から離れ、より薩埵峠に近い場所にある森の中を歩いている。

 

千歌、曜、ルビィ、花丸、鞠莉は槍、果南は薙刀、ダイヤは弓、梨子は鉄砲、そして善子は手には何も持っていないがどこかに暗器が仕込んであり、みんなそれぞれ自分の得物を持っていた。

 

「確かに物見(偵察)は大切だと氏政さんは仰いましたが、本当は千歌さんがただ睨み合って戦いがほとんど起きないことに飽きたからこうすることになったんでしょう?」

 

「まあまあいいじゃないダイヤ。たまには気分転換も大切よ。」

 

「鞠莉さん。私たちは遊びに来てるのではないのですよ!?偵察と言うのは下手をすれば死ぬ可能性の方が高い危険な仕事なのですから、もう少し気を引き締めてください!!」

 

「まあまあ、ダイヤの言う事も正しいけどあまり気を張り詰めるのもどうかと思うよ。」

 

鞠莉、ダイヤ、果南の3年生組がいつものようなやり取りをしていた。

 

「でももし、武田軍もルビィたちと同じことしててばったり会っちゃったらどうしよう・・・!」

 

「大丈夫ずらルビィちゃん。もし武田軍の斥候の人たちと会っちゃっても、向こうもおらたちと同じくらいの少人数だし、それに千歌さんや曜さん、果南さんに善子ちゃんはおらたちの中でも特に強いから平気ずら!」

 

武田軍の斥候との遭遇をルビィは恐れていたが、花丸はそれでもどうにかなるとルビィを励ましていた。

 

「まあそれにいざという時はこのヨハネが風魔さんから教わった風の悪魔の技で攪乱してその隙に逃げちゃえばいいんだけどね。」

 

善子もどこからか煙玉を取り出してコロコロと手の中で回しながら花丸の意見に同意する。

 

「そうそう、善子ちゃんもいるし平気だってそれに漫画とかじゃないんだからそんな都合よくばったり会うわけ・・・。」

 

善子の言葉に頷きながらそう言うようであったが、いきなり歩みと言葉を止めた。

 

「どしたの曜ちゃん?」

 

「ごめん千歌ちゃん、みんな、前言撤回。誰かいるっぽい・・・。」

 

千歌にたずねられた曜は顔を引きつらせながら答えた。

 

「だからやめた方がいいって言ったのに~!」

 

「ぴぎっ!?どうしようお姉ちゃん!?」

 

「大丈夫ですわルビィ。気をしっかり持ってれば何とかなりますわ!」

 

「ダイヤの言う通りよ!ここで慌てたらもっとデンジャラスなことになるわ!こんな時は手の平に人って字を書いて飲むのが一番よ!」

 

「それは緊張した時の対処法だよ鞠莉・・・。」

 

曜の言葉を聞いた一行は慌てつつもなんとか落ち着くようにして前方に注意を払った。すると・・・。

 

 

 

 

「やはり戻った方がよろしいのでは?」

 

「何を言うか!敵を知れば百戦危うからずと父上もよく言っているだろう。俺は北条との戦の経験はほとんど無いと言っても過言ではない。だからこそ自ら斥候となって敵がどのように布陣しているのかをうかがうのだ。」

 

「しかし、こうも突出しては敵の斥候に見つかる可能性も・・・。」

 

「その時には皆殺しにしてやればよい。なあ信豊。」

 

「ええ。その通りです。」

 

「信豊もこう言ってることだしもう少し先に進んで・・・ん?」

 

千歌たちの前に二人の騎馬武者に率いられた小さな部隊が現れた。数は14、5人といったところか。その部隊の大将と思われる男は、赤を基調とした鎧に、白いヤクの毛を纏い、鍬形の代わりに角を付けた兜を身に着けていた。

 

「うわぁ・・・どうしよ。なんかすごそうな人と出会っちゃったみたいだよ・・・。」

 

千歌はその男の威容に面食らった。

 

「なんだ?なぜこのような場所に女がいるんだ?しかも具足まで身に着けているとは・・・。おい、貴様らここで何をしている。」

 

大将と思われる男は千歌たちにたずねた。

 

「わ、私たちは道に迷っちゃた旅の者です!」

 

(千歌ちゃん!それは流石に無理があるよ~!!)

 

千歌は質問に対して堂々と答えたが、梨子はそれに対して内心ではかなりヒヤヒヤしていた。

 

「旅の者か。それにしてはやけに物々しい出で立ちではないか?それに旅の者が槍や薙刀、弓鉄砲などの武具を持っているわけがなかろう。」

 

「勝頼どの、この者たちはもしや北条軍の斥候では?」

 

千歌たちを疑う対象と思われる男に、もう一人の『信豊』と呼ばれていた騎馬武者が話しかける。

 

「だろうな。それにおそらくこやつらは噂に聞く北条家に突如現れていくつもの手柄を立てて頭角を現した『あくあ』と名乗る9人の娘たちの集団だろう。ちょうど9人いるしな。」

 

そして大将と思われる騎馬武者はそれに対してそう答えた。どうやら千歌たちの事を知ってるらしい。

 

「ええ!?なんで私たちの事知ってるんですか!?あ、もしかして私たち遂に戦国時代でも有名人になっちゃったとか!?」

 

「いや~、それはないと思うよ。」

 

「武田軍は透破(すっぱ)や歩き巫女といった忍びたちを抱えていたと言いますから多分そこから情報が流れていったのでしょう。」

 

自分たちの正体を知られたことに驚く千歌に対して曜とダイヤが冷静にツッコむ。

 

「まあ、北条家の領国に差し向けた者たちはどういうわけか一人として戻ってくることは無かったがな。」

 

「それにしても、もしやとは思いますが私たちはとんでもない人を相手にしてるかもしれませんわ・・・。」

 

ダイヤは騎馬武者の顔を見て苦虫を噛み潰したよう顔で呟いた。

 

「ダイヤ、それってどういうこと?」

 

「果南さん、さっきの相手の会話を聞いてなかったのですか?あの赤い騎馬武者は隣の騎馬武者に『勝頼』と呼ばれていました・・・。」

 

「うん、それがどうかしたの?」

 

果南はまだ気づかないのかきょとんとしている。

 

「だから!私たちは今武田軍の総大将である武田信玄の息子の武田勝頼と対峙してるってことですよ!!」

 

ダイヤが果南の肩を揺らしながら大声で果南に自分たちの置かれた状況を教えた。

 

「ほう、そこの娘は俺のことを知っているらしいな。俺を知らぬ者もいるようだし名乗ろうではないか!我が名は武田四郎勝頼!!ゆくゆくは父信玄の跡を継ぎ、新たな虎となり天下を掴み覇を唱える男だ!!」

 

「そして私はお屋形さまの弟であり副将でもあった武田典厩(てんきゅう)信繁の子、信豊だ!」

 

と勝頼と信豊は堂々と名乗りをあげた。

 

「まさか武田信玄の息子と甥が出てくるなんてこんなの予想外すぎですわ・・・!」

 

「どうしよう・・・。あの2人凄く強そうだよぉ・・・。」

 

武田信玄の一族であり、武田軍の中でも上級幹部クラスの将が出てきたこともあり、普段冷静なダイヤも動揺を隠しきれず、ルビィも二人の威圧感に気圧されダイヤの背中に隠れてしまった。

 

「どうするの千歌ちゃん・・・?」

 

曜はリーダーである千歌にどうするかを問う。

 

「どうするかだと?何をしても無駄だ。悪いが女であっても俺たち武田軍の障害となる者を見過ごすわけにもいかんのでな。ここで消えてもらおうか。」

 

勝頼がそう言ってすっと右手を挙げると、付き従っていた兵士たちが千歌たちに槍を向ける。

 

「勝頼どの、殺してしまうのは浅慮です。ここは捉えて北条軍の情報を聞き出すのが最良だと思います。」

 

「そうか、ならばそいつらをひっ捕らえろ!抵抗するならば多少痛めつけても構わん!!」

 

信豊の進言を聞いた勝頼は命令を抹殺から捕縛に切り替えて兵士たちに指示を出した。指示を受けた兵士たちは千歌たちに槍を向けながらじわじわと迫って来た。

 

「向こうがその気ならこっちも相手になるよ!」

 

「でも大丈夫なの!?」

 

ノリノリな千歌に梨子は心配げな様子だったが、

 

「大丈夫だよ梨子ちゃん。私たちならなんとかなるって!よーし、みんな構えて!!」

 

千歌はそう言って梨子を励ますと同時にみんなを鼓舞し、槍を構えた。

 

「そうだよね。・・・もうこうなったら野となれ山となれ!!私たちだってやってやるんだから!!」

 

梨子たちも千歌に続いてそれぞれの得物を構えた。

 

(こいつら・・・女だと思って甘く見ていたが武器の構え方といい面構えといい、ただの女とは思えんほどだ。ならば・・・。)

 

千歌たちの様子を見た勝頼は彼女たちを見て何かを感じたのか、

 

「待て。」

 

と兵士たちを止めた。

 

「な、如何されましたか勝頼さま?」

 

兵士たちのうちの隊長格だと思われる男が勝頼の言葉に反応した。

 

「やはりお前たちは下がれ、俺が出る。」

 

勝頼はそう言うと馬からひらりと飛び降りると得物である鎌槍(穂先に鎌状の突起が付いてる槍。十文字槍もこれに含まれる)を構えた。

 

「な!?勝頼どの、いくら女子が相手とはいえ9人相手は無茶です!」

 

「信豊、心配するのも分かるが女を相手取るのであれば数の有利ぐらい与えてやっても構わんだろう。それにお前も俺の実力を知っておろう?いくら9人とはいえ女に後れは取らんさ。」

 

勝頼は自分を諫める信豊に対して余裕そうにいって千歌たちの前に出てきた。

 

「嘘、あの人こっちに来るよ!?」

 

「落ち着いて千歌ちゃん、相手は一人だよ。」

 

「ですが相手は個人的な武勇ではかなり強いですわよ・・・。」

 

「ダイヤは心配しすぎよ!いくら強いからって、物量作戦に適うもんですか!」

 

「出たよ鞠莉の金持ち理論・・・。とにかく油断しないで行こう。」

 

勝頼が千歌たちに向けて歩みを進める中、千歌たちは話し合いながら移動中に敵に出くわした時のための簡易的な陣形を組んだ。まず前衛に千歌、曜、果南、鞠莉。中衛にはルビィと花丸。そして後衛には梨子とダイヤ。そして善子は前衛と中衛の間、という形であった。

 

「じゃあみんな、手筈通りいくよ・・・。」

 

『うん(ええ)!』

 

「よし・・・。行くぞぉ~!!」

 

『おおー!!』

 

千歌の掛け声と共に前衛にいる4人が勝頼に刃を向けて突撃した。

 

「ほお!一糸乱れぬ突撃に刺突、練度も中々のものだ。だがその程度で俺を倒せると思うなよ!」

 

勝頼はそう言うと千歌たちの放った刺突を鎌槍で打ち払い、一気に間合いを詰めた。

 

「うわっ!この人すごい力だ!」

 

「うぅ・・・。曜ちゃん!果南ちゃん!鞠莉さん!散開するよ!!」

 

『うん(ええ)!』

 

千歌が号令をかけると前衛の4人が勝頼を取り囲むように散らばった。前衛が散らばったのを見計らったダイヤは

 

「今ですわ梨子さん!!」

 

と梨子に声を掛けた。

 

「は、はい!ルビィちゃんに花丸ちゃんどいて!!」

 

『はい!』

 

そして梨子の言葉を聞いたルビィと花丸が左右に飛び退くと、

 

 

ズドン!!!

 

 

と、轟音が鳴り響いた。梨子の持つ鉄砲が火を噴いたのだ・・・が、

 

「く、危なかった・・・。」

 

「勝頼どの!!」

 

「大事ない!ただ肩をかすめただけだ!!とはいえ不覚を取ったのもまた事実か・・・。いいだろう、ならばこちらも全力で行くぞ!!」

 

『うおおおお!!』

 

勝頼が吼えると同時に4人が勝頼に向かって再び突撃した。

 

「小癪な!2度も同じ手が通じるか!!」

 

そう言うと勝頼は千歌の槍を払い、逆に鎌槍を振るい返す。千歌はそれを伏せて躱すも、

 

「アウッ!」

 

「鞠莉さん!?」

 

そのまま一周回って槍の柄が鞠莉の横腹に叩き込まれるが、

 

「ふふ・・・。このままただでやられるもんですか・・・!曜!果南!!今よ!!」

 

鞠莉は痛みをこらえながら勝頼の槍の柄を捕まえていた。

 

『分かった!』

 

そして曜と果南が勝頼に突っ込み、曜が槍を突き出すと、

 

「くっ!ならば・・・!」

 

勝頼は槍を離して刀を抜き、曜の突き出した槍の柄を掴んで斬り捨てた。

 

「あっ!」

 

「曜下がって!」

 

曜の代わりに果南が薙刀で斬りかかるが、勝頼は再び鎌槍を掴んで鞠莉を振り払い刀で攻撃を受け止めた。

 

「この切れ味、只者ではないな・・・。」

 

「そりゃあ綱成さんに鍛えられたからね。」

 

「なるほど。地黄八幡に鍛えられたならその力にも納得がいくな・・・。ならば俺の槍捌き、受けきってみせよ!!」

 

そう言って刀で薙刀を振り払うと刀を納め、槍を繰り出した。果南もこれに負けず薙刀での攻撃を繰り出す。

 

 

突き、突き、払い、突き、払い、払い、突き、突き、突き・・・。果南と勝頼による連撃の応酬は幾度にわたって繰り広げられ、

 

『すごい・・・。』

 

千歌たちAqoursも、信豊ら武田軍もその壮絶さに目を奪われていた。

 

果南と勝頼は17回にわたって突いた斬ったの応酬を繰り広げていたが、いくら果南が優れた身体能力を持っていても男と女では体力に差があり、果南の顔に疲れが見え始めていた。

 

「くっ・・・!」

 

「そらどうしたどうした!槍捌きが鈍くなっているぞ!!」

 

勝頼はさらに攻勢を強め、今まで互角に戦っていたのが勝頼の攻撃を防ぐことで精一杯な状態にまで果南は追い込まれてしまった。さらに勝頼の突きの連撃が少しずつ果南の体に掠っていく。

 

「くそっ、康成さんと同じくらいかそれ以上に攻撃が激しすぎ・・・あっ!」

 

何とか勝頼の攻撃をギリギリで防いでいた果南だったが、疲れとダメージの蓄積からか一瞬のスキを突かれて薙刀を払い飛ばされてしまった。

 

「俺に傷を負わせたのは実に見事だったがまずは貴様からだ!しばらく眠ってもらうぞ!!」

 

勝頼は果南を気絶させるためか大きく槍を振りかぶった。

 

(あ、まずいなこりゃ・・・。)

 

果南はこの一撃を避けられそうにない事を感じ、目をつぶった。

 

 

 

だが次の瞬間―――

 

 

 

 

「果南には手を出させないわ!!」

 

「なにッ!?」

 

なんと勝頼の横に鞠莉が槍を突き出しながら飛び出してきた。

 

「くそっ小癪な!」

 

「ああっ!!」

 

勝頼はバランスを崩しながらも鞠莉の突きを躱し、逆に鞠莉に槍の穂先で斬りかかり、鞠莉の肩に軽く傷を負わせた。

 

「よくも鞠莉さんを!!喰らいなさい!」

 

ダイヤは気心の知れた友人である鞠莉に傷を付けられた怒りと共に勝頼に向けて矢を放った。

 

「ちっ!次から次へと・・・ぐっ!」

 

勝頼は間一髪、矢の直撃を躱したが矢は勝頼の左腕を掠めながら飛んでいった。

 

『やあああああああ!!』

 

すると今度は千歌と曜が勝頼に斬りこんだ。槍は捨て、刀による至近距離の接近戦を2人は挑むようだ。

 

「ぬん!!」

 

勝頼は背後からの2人の強襲に驚くが、槍の柄で二人の斬撃を受け止めた。

 

「果南ちゃんと鞠莉さんはやらせないよ!!」

 

千歌は真っ直ぐな目で勝頼の目を見ながらそう言った。

 

「やらせない・・・か。ならば貴様らも力を示してみせよ!!」

 

勝頼は槍を振るって千歌たちを弾き、千歌に向かって渾身の突きを放った。

 

「うわっ!!」

 

千歌はなんとか突きを躱したが、

 

「千歌ちゃん!油断しちゃダメだよ!!」

 

「馬鹿め遅いわ!鎌槍とは突きだけでなくこういう使い方もあるのだ!!」

 

曜が忠告したのもわずかに遅く、勝頼は槍を回し、穂先に付いてる小さな鎌を千歌の方に向け、そのまま槍を引いた。

 

「しまっ・・・!」

 

鎌の部分が千歌の首元に迫ったその瞬間、

 

「そうはさせないわよ!」

 

という善子の声と共に、

 

 

ドォオン!!

 

 

という爆発音が鳴ったと同時に辺りが煙に包まれた。

 

「くそっ、なんだこの煙は!」

 

勝頼は想定外の事態に槍を鎌の部分が千歌の首筋に触れる前に自らのもとに戻して構える。するとどこからともなく攻撃が飛んできた。それは善子が得意とする攪乱戦術であった。

 

「おのれ、煙に隠れて攻撃とは卑怯な!!」

 

勝頼は煙の中であちこちから不規則に繰り出される攻撃を防ぎながら言った。

 

「戦いの場には卑怯も糞もないのはあなた達もよく知ってるでしょ?」

 

煙の中で善子は挑発するように勝頼の言葉に応える。

 

「おのれ・・・。だがこの程度の煙など!!」

 

勝頼はそう言うと槍を頭上で水車のように振り回し煙を払った。しかしその時には既に前衛組は後方に下がっており、梨子が鉄砲を、そしてダイヤが弓を構えていた。そして善子はいつの間にか勝頼から少し離れた場所にある木の枝に登って棒手裏剣を構えている。下手に動けば勝頼は矢か鉛玉、或いは棒手裏剣の餌食になってしまうだろう。

 

「勝頼どの!これ以上一人で戦っても益にはなりません、どうか我々にお任せを!!」

 

信豊が後ろからそう叫ぶのを聞いた勝頼は一瞬悔しさで顔を歪めるが、すぐに冷静な顔つきに戻り、

 

「わかった。行け信豊!奴らを捕縛せよ!!」

 

と信豊と兵士たちに命じた。そして信豊と兵士たちが千歌たちを捕らえるべく走り出したが、

 

「そこまでだ!!」

 

と何者かの声が森に鳴り響いた。その声は野太く、山のようにどっしりとしていた。

 

「この声はまさか・・・。」

 

声を聞いた信豊と兵士たちは動きを止めた。勝頼もまた少し動揺しているような面持ちだった。

 

「・・・!また誰か来るよ・・・!」

 

千歌がそう言うと、勝頼たちの後ろから凄まじい威圧感を放ちながら壮年の将が現れた。

 

その姿は赤糸縅の鎧を身に袈裟をまとい、白いヤクの毛を纏わせ、前立てには金でできた小さな鬼の顔を付けた兜をかぶり、右手には鉄製の軍配を手にしていた。

 

「な・・・。まさかそんな・・・!」

 

「そんなに驚いてどうしたのお姉ちゃん?」

 

彼の姿を見て驚きを隠せないダイヤにルビィは疑問を投げかける。

 

「あの人は戦国武将の中では天下統一事業を行った織田信長、豊臣秀吉、徳川家康たち三英傑に次ぐ知名度を持った名将の一人で、この戦いで私たちが戦っている武田軍の総大将、武田信玄その人ですわ・・・!」

 

 

 

そう、千歌たちの前に現れたのは戦国時代最強の武将の一角と目されている戦国時代を代表する名将の一人、『甲斐の虎』こと武田信玄その人であった。




いかがでしたでしょうか?


今回はいよいよ駿河での武田軍との戦い・・・と行きたかったのですが、この駿河出兵において北条軍は武田軍と戦いらしい戦いを行っていないとされていたので、今回は千歌ちゃんたちが単独行動に出て、そこであの武将と出会って戦うという筋書きになりました!

そして次回は遂に天下三英傑に次ぐ知名度を持ったあの名将が遂に登場します!!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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23話 甲斐の虎、現る

どうも、截流です。

今回もいつもに比べて早い更新となります。

そして今回は、というか前回のラストで遂にあの男が登場しました!!果たして彼は何を語るのか・・・。




それではどうぞお楽しみください!!


薩埵峠付近の森で交戦していた千歌たちAqoursと武田勝頼の間に現れたのは、なんと武田軍の総大将である武田信玄だった。

 

 

 

「でもどうしてお姉ちゃんはあの人が信玄さんだって分かったの?」

 

「それはあの兜ですわ。あの兜は武田信玄が被っていた物として私たちの時代まで長く伝えられていて、武田信玄を知る人たちは多分あの兜をかぶってる姿をイメージしてますの。もちろん私も例外ではありませんが。」

 

ダイヤはルビィやみんなに自分が壮年の将が武田信玄だと分かった理由を教えた。

 

 

「父上、何故ここに!?」

 

勝頼もまた父がこの場に現れたことに驚きを隠せなかった。

 

何故なら信玄は用心深い性格で自分にそっくりな弟の信廉を影武者に仕立て上げたり、戦では基本的に前線には出ずに本陣で床几に腰かけながら軍勢を手足のように指揮していることから、このような場所に来るわけがない、と勝頼は考えていたからだ。

 

「なあに、弾正から四郎が信豊と共に物見に出たというのを聞いてな。お主は義信に代わる次代の武田を担う男なのだから軽々しく前線に出るなといつも言っておるではないか。」

 

「ですが父上!俺は元はといえば諏訪家を継ぐはずであった身、それ故に本家に出戻ってきたことを快く思わない者も少なくないのです!!だからこそ俺は前線に立ち、手柄を立て、武田の次代を担うに相応しい男であると家臣たちに証明し続けなくてはならないんです!!」

 

「・・・。」

 

信玄は勝頼の勇猛さをたしなめたが、勝頼はそれに反発した。

 

「何を話してるんだろ?」

 

「分かんない。でも勝頼さんと信玄さんの間にも何か複雑なものがあるんじゃないかな・・・。」

 

千歌は首を傾げ、曜もまた詳しいことは分かっていながら勝頼の表情から何かがあることを察していた。

 

 

 

「千歌どのー!!Aqoursの方々ー!!」

 

『氏政さん!!?』

 

千歌たちが信玄と勝頼の話を聞いていると、今度は彼女たちが来た道から氏政がわずかな供を率いてやって来た。

 

「どうしてここに!?」

 

「それはだな梨子どの、何せお主らがなかなか戻ってこない上にこっちの方から爆音やら煙が上がったりしていたものでな。もしやと思って駆けつけてみたらこの有り様ということだ。」

 

「そうなんですか。」

 

氏政は千歌たちに来た理由を説明すると信玄たちの方に視線を移した。

 

「お久しぶりです、信玄どの。そしてお初にお目にかかる、勝頼どの。北条左京大夫氏政です。」

 

「おお婿殿・・・いや氏政よ、久しぶりであるな。最後に会ったのは永禄6年(1563年)の松山城攻めの時だったかな?」

 

氏政が信玄に語り掛けると信玄もまたそれに応じる。

 

「ええ、そうですね。」

 

「あの時はまだまだ柔弱な面持ちであったが、5年も経てば見違えるものだのぉ。梅は息災か?」

 

「はい。梅は息災にしております。子宝にも恵まれております。」

 

「ふふ、いくら敵になったとはいえ嫁いだ娘は心配でな。噂によれば氏康め、梅をこちらに突き返すつもりであったとか。」

 

信玄はどこから聞きつけたのか、梅が氏政と引き離されそうになったことを氏政にたずねた。

 

「はい。私は反対しましたが父上の意思は固いものでした。しかしここにいる千歌どの達の尽力で何とか離縁を免れることができました。」

 

「ふむ。そういえば、この娘たちは先ほどまで四郎と戦っておったが何者なのだ?もしや妾などというわけではあるまい?」

 

「そのようなものではございません。彼女たちは400と数十年先の時代からやって来た者たちで、北条家の客将なのです。」

 

氏政は千歌たちの事を信玄に紹介した。

 

「400と数十年先の時代・・・とな。にわかには信じがたいが、確かにこの時代の民と比べると何かが違うようにも見えるな。それに9人がかりとはいえ、あの四郎を相手に善戦し傷まで負わせるのだから女であっても武士としてはなかなかのものだな。」

 

信玄は千歌たちの事を品定めするように見ながらそう言った。

 

「あの、信玄さん。」

 

「む、何かね。」

 

「一つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

 

すると千歌が前に出て信玄に声を掛けた。

 

「別に構わぬが、お主が未来から来たという者たちの頭か?」

 

「はい!高海千歌って言います!!」

 

千歌は信玄に対しても臆することなく名を名乗った。

 

「ふふ、わしを前にして怖気づかぬとはなかなか剛胆な娘じゃ。それで千歌どのと言ったな、何が聞きたいのだ?何でも答えてやろうぞ。」

 

信玄は千歌の態度が気に入ったのか嬉しそうに笑いながら言った。

 

「信玄さんはどうして同盟を破って、息子さんを殺してまで今川さんを攻めたんですか?」

 

「ちょっ千歌ちゃん・・・!流石にそれは・・・!」

 

千歌のあまりにも思い切った質問に梨子をはじめとしたAqoursのメンバーは驚きを隠せず、梨子もそれを諫めようとするが、

 

「信玄さんも甲斐と信濃を持ってる大大名なんですよね。それなのに何で味方だった今川さんを攻めて駿河を奪ったんですか?そのせいで綾さんは徒歩で小田原にまで逃げ帰らなきゃいけなくなって、それに氏康さんが怒って梅さんを氏政さんから引き離そうとしようとすることになっちゃったんですよ?」

 

千歌はそれでもやめようとしなかった。

 

「それに関しては私からもお聞かせ願いたいものです。なぜ信義に背いてまで駿河を欲したのかを・・・!」

 

氏政もまた、信玄にたずねた。

 

「簡単な話よ、甲斐は貧しい。だから民を食わせるには領土を広げねばならんのだ。信濃は甲斐に比べれば土地も肥沃であったがそれでもまだ足りず、わしは海を目指したのだ。」

 

「海、ですか?」

 

信玄の言葉に千歌は首を傾げる。

 

「うむ、海があれば買わずとも塩が取れる上に交易で莫大な富を得ることが出来る。だが南には義元や氏康といった強豪がいるので進めぬ。だからわしは越後を目指した。もっとも、上杉謙信がいたのは最大の誤算であったがな。だがわしにもツキが来た。義元が桶狭間で死に、跡を継いだ氏真には大名としての器が無い。だからこそ織田や徳川に駿河を取られる前にわしが取ろうと思ったのだ。」

 

信玄は利益のために氏真を攻めたことを語った。

 

「そんなの、自分勝手じゃないですか!それで自分の息子さんを殺して、梅さんまで不幸にするなんて・・・!」

 

千歌は信玄の言葉に怒りを覚え、彼に反論したが、

 

「そうとも、わしは勝手な男じゃ。だがその勝手さがあるからこそ甲斐の、武田の民は飢えずにすむのよ。人間の欲とは際限ないものだ。ひとたび何かを手にすればさらに欲しくなるからな。」

 

信玄はどこ吹く風といった様子で千歌に言い返した。

 

「それに欲とは人として生きる以上切り離せないものだからのぉ。それを捨てるというのは人であることを辞めることと同じじゃ。そんなことができる者などそうそうおらんわ。もっとも越後の、己を『毘沙門天の化身』とうそぶいてるうつけ者がいるが、あれは例外だな。」

 

信玄は上杉謙信を引き合いに出しながら自分の『欲』に関する持論を千歌たちに語り聞かせた。

 

「・・・。」

 

千歌もそれに反論することが出来なかった。

 

「ですが、信玄どののやり方は間違っている。筋が通っていない。そのような節度を持たないやり方ではいつか・・・。」

 

「この乱世で節度なんぞ守って何になるというのだ。太平の世なら信義や節度は必要かもしれんが乱世には不要なものだ。乱世に必要なのは欲と力よ、お主の曽祖父も祖父も、父である氏康もそうやって領土を拡大してきた。それにお主のその『節度を貫く』という思いも『欲』の一種だとは思わんか?」

 

「それは・・・。」

 

「まあ、お主も義信と同じくまだまだ青い。いずれわしの言葉の正しさが分かるはずじゃ。ではさらばだ、次は戦場で会おう。行くぞ四郎。」

 

信玄はそう言うと馬に乗り、勝頼たちと共に去ろうとしたが、

 

「待ってくれ信玄どの!」

 

と氏政が呼び止めた。

 

「まだ何かあるのか?」

 

「これを梅から渡してほしいと。」

 

氏政は梅から託された書状を渡した。信玄はそれを受け取ると、

 

「うむ、ではな。」

 

とだけ言って去っていった。

 

 

 

 

 

「なんか納得いかないな~。」

 

本陣へ戻る道の途中で、千歌は不満げに呟いた。

 

「信玄さんが言ってた事?」

 

「うん。」

 

曜がたずねると千歌は頷いた。

 

「まあ、確かに信玄さんのやり方がいいものとは思えないけど信玄さんの言い分は分からないでもないと思うよ。」

 

「そうだね。人ってどこかわがままなところがあるものね。」

 

「信玄さんはきっと企業の社長になればすごく活躍すると思うわ!性格はともかくハングリー精神は一流ですもの!」

 

「信玄さんもお寺に入って修行すればきっと煩悩もとれるはずずら~。」

 

「花丸さん。信玄さんは一応出家してますわよ。」

 

「人間とは欲に塗れた罪深い存在・・・。だから人は堕天するのよ。」

 

「善子ちゃんのそれはなんか違うと思うよ。」

 

曜たちもそれぞれ自分たちが思ってる事を話した。

 

「千歌だって、美渡姉とプリンを取り合ったりしてるじゃんそれと一緒だよ。」

 

「嘘だぁ!」

 

「ほんとほんと。」

 

千歌は果南の言葉に納得いかない様子だった。

 

「じゃあ信玄さんは私と美渡姉の喧嘩とやってることが変わらないってことなのかなぁ。」

 

「まあ、変わらないっていうか・・・、規模がすごく大きくなってるだけだと思うよ。」

 

梨子が千歌の言葉に対してそう付け加えると、

 

「な~んだ。なんか深刻に考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきちゃうな~!」

 

と千歌は笑って言った。

 

 

「そう言えば氏政さん。」

 

「どうした曜どの。」

 

「さっき信玄さんに書状を渡してたけど、あれって何?」

 

曜は氏政に、信玄に渡した書状の中身をたずねた。

 

「あれか。あれの中身は梅に見せてもらったが、信玄どのはきっと驚くぞ。」

 

「なになに?中身は何なんですか!?」

 

曜が目を輝かせながら聞くと、氏政は笑いながら語った。

 

「それはだな・・・。」

 

 

 

 

その夜、武田軍の本陣。

 

「父上、それは一体?」

 

「うむ、梅からの書状じゃ。」

 

「姉上からの?」

 

「ふふふ。実はな、梅には北条に嫁ぐ前に『もし盟約が破れる事があれば、北条の情報をわしに流せ。』と言っておいたのじゃ。」

 

「しかし、氏政はその中身を読んでるのでは?」

 

勝頼は訝しげに言うが、

 

「心配いらんよ。あの男は梅に惚れきっておる。万が一にも疑うようなことはせんじゃろう。さ~て、さっそく読むとするか。」

 

信玄はそれを笑い飛ばして書状を開き、中身を読んだ。

 

 

「・・・。」

 

「どうしたんだ父上?いきなり黙りこくって。」

 

梅からもたらされた情報が入っているなら喜びでもしそうなはずなのに、まったく言葉を発しない信玄に勝頼は不思議に思いながら話しかけると―――――

 

 

 

 

「なんじゃこれはあああああ!!あの若造め、よくもうちの娘をたぶらかしてくれたな畜生おおおおお!!もう今日は寝る!!ふて寝じゃふて寝!!」

 

 

 

 

といきなり激高すると書状を地面に投げ捨ててそのまま寝所に行ってしまった。

 

「な、なんだいきなり・・・。それにしても何を書いたんだ姉上は?」

 

勝頼は呆然と父の背を見送り、投げ捨てられた書状を見た。

 

 

『拝啓 父上様。

 

 お久しぶりです、お元気ですか?私は氏政さまと、国王丸ら子供たちと共に健やかに暮らしております。父上が盟約を破り駿河をお攻めになったこと、しかとこの耳に入れました。父上は『盟約が破れた時は速やかに北条家の内情や機密を流せ。』と仰っておりましたが、私は北条家当主たる左京大夫氏政の妻であり、北条家の女であるのでそのような事はできません。そういうわけですのでこの文にてそれをお伝えします。』

 

書状にはそう記されていた。

 

 

「ふ、ははははは・・・。姉上もなかなか面白いことをなさるものだ。」

 

信玄の事を大名や武将として尊敬こそしているが人間的にはあまりよく思ってなかった勝頼は梅の書状を見てひとしきり笑うと、それをかがり火にくべて燃やし、自分もまた寝所へと向かった。

 

 

―――――――薩埵峠の対陣の最中に起きた奇妙な一日は、静かに幕を下ろすのであった。




いかがでしたでしょうか?

今回はいつもに比べて更新が早いですが、大体更新が早い時は一話分で投稿するには長すぎると感じた話を半分にカットして調節したりしてるという横着があったりしますw


そして次回は綾姫の夫である最近えらく再評価されてるあのファンタジスタが登場します!どんな感じの人なのかは次回を読んでのお楽しみです!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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24話 貴公子来たる

どうも、截流です。

2ヶ月ぶりの更新です!今回はタイトルの通り、あの人物が登場します!!

それではどうぞお楽しみください!!


千歌たちが所属する氏政率いる北条軍本隊が薩埵峠で武田軍と睨み合っていた頃、今川氏真が籠る掛川城を囲みながら悩んでいる男がいた。

 

「どうしたものか・・・。」

 

「如何されましたかお屋形様?」

 

「このまま掛川城に手こずるのは如何なものかと考えていたのだ。」

 

家臣の問いにしかめっ面で答えたのは桶狭間の戦いで今川義元が戦死したのをきっかけに独立を果たした三河の岡崎城の城主、徳川家康であった。彼は今川家から独立すると織田信長と同盟を結び、三河東部を守っていた今川家臣を次々と遠江へ追い出して三河を統一すると、領土を拡大するために武田信玄と『駿河は武田、遠江は徳川の物とする』という条件で同盟を結び、遠江へと攻めかかっていたのだ。

 

「確かにこのまま睨み合ってるだけでは兵たちの士気も下がってしまいますからなあ。」

 

「それもあるのだが、このままだと恐らく信玄が介入してくると考えておる。事実、秋山虎繁がちょっかいをかけてきたしな。だからこそ信玄が薩埵峠で北条軍と睨み合っている間に掛川城を落としてしまいたいと思うのだがこれではなあ・・・。」

 

家康はそう言うとため息をついた。

 

家康は先ほど書いたように信玄と同盟を組んではいたのだが、氏政が駿河へ兵を進めた頃に信玄の重臣である秋山虎繁が信濃から遠江に侵攻して来たことを信玄に抗議しており、その時は誓詞を交わして関係改善を試みたが家康の信玄に対する不信感は完全にはぬぐえなかったのだ。

 

「家康さま!」

 

「なんだ忠次。わしは今どうすれば掛川城を落とせるのか考えてるのだ。」

 

家康は徳川家の筆頭家老にして後に徳川四天王の1人と称されることになる酒井忠次に対して素っ気なく振る舞うが、

 

「実は北条軍から使者が来てるので家康さまにお伝えしようかと思った次第で・・・。」

 

「なに、北条からだと?して、使者の名は?」

 

「北条助五郎氏規と・・・。」

 

「なに!?氏規どのだと!通せ!!今すぐ連れてくるのだ!!」

 

家康は氏規の名を聞くと態度を一変させて氏規を通すように忠次に命じた。

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです元康どの、いや今は家康どのですよね。」

 

「いやあこっちこそ久しぶりだ氏規どの!相模に戻った後も息災そうで何よりだ。」

 

家康は氏規の手を握り、和やかな様子で挨拶をした。なぜこうも家康が氏規に対して馴れ馴れしいのか不思議に思う方もいるかもしれないが、その理由は家康がまだ竹千代または元康と名乗っていた頃にある。

 

松平竹千代こと、かつての徳川家康が今川家の人質だったのは説明するまでもなく有名な話なのだが、その人質生活は我ら現代人が想像するよりも実に余裕があるものだった。彼に限った話ではないが人質に屋敷が与えられることもあった。竹千代もその例に漏れずと言うより、三河の有力国衆である松平家の嫡男である彼を義元は優遇していたので、当然竹千代にも屋敷は与えられた。

 

そして、その屋敷の隣で暮らしていたのが氏規であった。氏規もまた氏康が義元に同盟の証として出していた人質だったのだ。

 

つまり家康と氏規は現代でいうところの隣同士の家に住んでる幼馴染みといった間柄だったのだ。

 

「しかししばらく見ないうちに随分と逞しくなったな。噂では三崎城という城と韮山城を任せられてるとか。」

 

「いえいえ、まだまだ兄上たちに比べれば未熟も未熟。出来ることといえばこのような交渉の使者ぐらいですよ。」

 

氏規は頭を掻きながら照れ臭そうに答える。

 

「いやいや、交渉というのはよほどの胆力と弁舌が無ければ任されないものだ。それを任されているという事はよほどご隠居や氏政どのから実力を買われているのだろう。」

 

「ありがとうございます家康どの。して、此度の要件なのですが・・・。」

 

氏規は礼を言うと、話を切り出した。

 

「掛川城の事だな?」

 

「はい、此度は氏真どのへの援軍として伊豆水軍を率いて参りましたが兄上より掛川開城の交渉をして来いとの密命を受けてきた次第にございます。」

 

「なんと!?」

 

「驚いたな、北条は今川とは初代早雲公以来の縁戚であり同盟国であるはずだが?実際、駿河で武田軍と睨み合っているではないか。何故氏政どのはそのような申しつけを?」

 

氏規の申し出に家康は酒井忠次共々驚いたが、冷静に氏規に氏政の真意をたずねる。

 

「兄上は武田との戦は簡単に決着が付くものではなく、掛川城への援軍は間に合わないと予測し、せめて氏真どのだけでもお救い致そうと考え私を差し向けたのです。」

 

氏規は堂々と兄の狙いを家康に教えた。

 

「なるほど、確かに信玄どのは手強いからな。故にこうしてわしらも武田と駿河と遠江を山分けにすると言う条件で手を組んでいる。それに落城後の氏真どのの扱いにはわしも困っていたところでな。」

 

「氏真どのの扱いですか?」

 

「うむ、わしとしては義元公の息子でありかつての君主でもある氏真どのを殺すのは忍びなく思っているのだが、何せ家臣たちは氏真どのを殺せと言う者が多くてな・・・。」

 

「そ、それがしはそのような事は言っておりませんぞ!?」

 

「分かっておる。お主はわしが駿河にいた頃から付いて来てくれたからな。」

 

家康が悩ましい様子で現状を氏規に教えると忠次は慌てた様子で弁明し、家康は彼を宥めた。

 

「それに、武田への不信感も拭いきれてないのでは?」

 

「なに!?」

 

氏規の一言に家康はどきりとした。

 

「噂によれば信玄は伊那の秋山虎繁に遠江を攻撃させたとか・・・。」

 

氏規は風魔の忍び達から聞いた情報を話し出した。

 

「うむ。それに関しては信玄どのは秋山の独断であるとして互いに誓詞も交わしたが・・・。」

 

「ですがそれも信用しきれない・・・ですよね?」

 

「ああ、信玄どのは目的のためなら親を追い子を殺し、固く結んだ盟約もいとも簡単に反故にする男だ。わしらとの盟約もいつ反故にされるか分かったものではない・・・。」

 

家康は深刻な様子で氏規に信玄への心情を語った。

 

「でしたら、我ら北条と手を組みませんか?」

 

そこに氏規はさらなる申し出を家康に告げる。

 

「北条と?」

 

「はい、幸い兄が率いる本隊は武田軍と睨み合っています。そこで家康どのが背後を突けば武田軍を駿河から追い出すことができます!」

 

「しかしわしらは掛川城を囲んで・・・そうか!」

 

家康は一瞬氏規の真意が読めず悩むが、すぐに気が付いた。

 

「ええ、我々から出す条件は掛川城の開城と氏真どのの引き渡し、そして北条と徳川の同盟締結でございます。」

 

氏規は指を三つ立てて家康に条件を突きつけた。

 

「して、今川の所領は?」

 

家康は和睦成立後の駿河と遠江の処遇をたずねる。

 

「遠江は家康の領土として、駿河は信玄を追い払って安定した後に氏真どのにお返しするようにと兄上は仰っておりました。」

 

「よし!それならばその話に乗らせてもらおう!」

 

家康は喜々とした様子で氏規の出した条件に乗った。

 

「では私は掛川城に行って氏真どのを説得してきますね。」

 

「ああ、よろしく頼む!」

 

家康はそう言って氏規を送り出した。

 

 

こうして氏規の説得により氏真は掛川城を家康に明け渡した。そしてこれにより北条家と徳川家による同盟が結ばれた。

 

一方、薩埵峠で北条軍と睨み合っていた武田軍は長陣によって兵糧が足りなくなってきたことに加えて、徳川軍の敵対による挟み撃ちを恐れてひとまず江尻城に一門である穴山信君を残して甲斐へと撤退することになった。

 

そして肝心の今川氏真だが、掛川城が開城された後は朝比奈泰朝を連れて氏規と共に伊豆の戸倉城に入り、妻の綾がいる小田原へ移ることになる。余談であるが彼は氏政の嫡男である国王丸に駿河の統治権を譲ったが、結果的にそれが実行されることは無かった。

 

ともかく、この戦いで駿河を本拠に遠江や三河にまたがる大領土を誇り、もっとも天下に近い大名の一角として権勢をほしいままにした今川家は戦国大名としては実質的に滅亡することになった。

 

 

こうして武田軍による駿河侵攻を阻止することになんとか成功した北条軍は相模や伊豆に兵を引いた。そして数日後・・・。

 

 

 

「ふぅ~、熱海の温泉気持ちいい~!」

 

千歌たちは駿河での合戦の疲れを癒すために熱海の温泉に湯治に来ていた。

 

「それにしても今回はあまり出番がなかったよね。」

 

「出番が少ないことに越したことは無いと思うよ。」

 

伸びをしながら言う曜に対して梨子がため息交じりに答えると、

 

「合戦って言うと、国府台とか三船山みたいなのを想像しがちだけど今回はほとんど睨み合いだったもんね。」

 

「争いが少なかったのはいい事ずら~・・・。」

 

ルビィと花丸が梨子の言葉に同意した。

 

「大きな局地戦こそはそれほどありませんでしたが、あの時の武田勝頼さんとの戦いのようなことはこれからも起こり得るのですから、油断は禁物ですわよ。」

 

「確かにあの人、すごく強かったな・・・。」

 

「まあでも、今回もみんな無事だったんだしそれで all okでしょ!」

 

「そう言えば鞠莉さん、傷は大丈夫なんですか?」

 

千歌は、鞠莉が勝頼との戦闘で付けられた肩の傷を心配するが、

 

「心配してくれてありがと千歌っち。でもNo problem!鎧のおかげでそこまで深い傷にはならなかったし、痕も残らないってお医者様が言ってたから大丈夫デース!」

 

と、心配されてる当の本人は余裕綽々な様子であったが、

 

「まったく、こっちはすごく心配したんですのよ!私たちはスクールアイドルなのですからもしも傷痕が残ったりなんてしたら・・・!」

 

「ダイヤの言う通りだよ鞠莉。それにいくら私たちのためだからって相手は戦いに慣れてる武将なんだから無茶しちゃダメだよ。」

 

ダイヤと果南に勝頼との戦いでの無茶をたしなめられた。

 

「うゆ・・・。」

 

「どうしたずらルビィちゃん?」

 

急にそわそわしだしたルビィを見て不思議に思った花丸が理由を聞いた。

 

「なんか気のせいかもしれないけど、誰かに見られてるような・・・。」

 

「うそ、覗き!?」

 

ルビィの言葉を聞いた梨子は慌てて胸を手で隠した。

 

「そう言われてみると何かどっかから人の気配がするわね・・・。」

 

風魔小太郎に直々に鍛えられた善子がそう言って周りを見回し始め、しばらくして何かがいることを察知したのか

 

「そこっ!」

 

と叫んで石を茂みに投げ込んだ。すると、

 

「あ痛!」

 

と茂みの中から声が聞こえた。

 

「え!?うそ、ほんとにいたの!!?」

 

梨子がそう叫ぶと同時に千歌たちは胸を隠しながら身構えた。

 

「いないふりをしても無駄よ、伊達に風魔のところで修行してたわけじゃないんだから。次は桶をぶち込むわよ。」

 

善子が桶を掴みながら茂みに隠れている何者かを脅すと、

 

「ひぃ!分かった、分かったからもう痛くするのはやめておくれよ!」

 

と茂みの中から声が聞こえてきたら、

 

「いやぁ、まさか隠れていたのがバレるなんてこいつは計算外だったなあ。あ、僕は怪しいものじゃないからそのまま温泉に入ってて大丈夫だよ。」

 

と言いながら男が1人茂みから出てきた。彼は柔和な印象であったが、どこか高貴な雰囲気も纏っていた。

 

『・・・。』

 

「あれ、どうしたの?」

 

 

 

 

『い、いやあああああああああああああああああ!!!』

 

千歌たちは突然の出来事に呆然としていたが、しばらくすると彼女たちの悲鳴が温泉中に響き渡った。

 

 

「何事ですか!?あ。」

 

悲鳴を聞きつけた氏規が温泉に飛び込んできたが、目の前にあられもない姿の千歌たちがいた。

 

「いやああああああ!!氏規さん入ってきちゃダメえええええ!!!」

 

「わ、わ、すいません!」

 

氏規はそう言って千歌たちから目を背けた。

 

「というか誰なんですのこの方!!」

 

「というか覗きじゃないこの人!?」

 

「ぴぎゃあああああああ!!!」

 

「Oh!これがジャパニーズ夜這いね!?」

 

「いやああああ出てってくださいいいいい!!」

 

千歌たちは茂みから出てきた男に桶を投げつけまくった。

 

「痛たたた!ちょ、暴力反対!暴力反対!!」

 

「ん?その声はもしや?」

 

「あ、そこにいるのは氏規どの!助けてくだされ氏規どの!!」

 

千歌たちに桶を投げられまくった男はたまらずに氏規に助けを求めた。

 

「何やってんですか氏真どの!!?皆さん落ち着いてください!!その方は姉上の夫である今川氏真どのです!」

 

氏規は千歌たちを止めようとするも千歌たちの方を見てしまい、お湯をぶっかけられたり桶をぶつけられることになり現場はさらにカオスな状況になってしまった。

 

このカオスな状況が完全に鎮圧されるまで時間がかかったのは言うまでもなかった―――――――

 

 

 

 

 

「ほんっとうにうちの馬鹿な夫がごめんなさい!!ほら、あなたもちゃんと頭下げて謝って!」

 

「いや~、誠に申し訳ない。」

 

「もうちょっと真剣に謝りなさいよ!」

 

「ちょっ!綾、やめてやめて頭割れちゃう!割れちゃうから!!」

 

氏真と合流するために熱海にやって来ていた綾に氏真は千歌たちに謝るようにと頭を叩きつけられていた。

 

「まあまあ姉上、そのへんになさっては・・・。」

 

「助五郎!あんたも千歌さんたちの裸を覗いたんだから謝りなさい!」

 

「ひっ!すいませんAqoursの皆さん、悲鳴が聞こえたものだからつい・・・。」

 

「いやいや、氏規さんは悪くないよ~。綾さんも氏規さんは許したげてください。」

 

氏規が姉に半ば強制的に促される形ではあったが真剣に謝ると千歌は2人を宥めた。

 

「というか氏真どのは何故このような事を・・・。」

 

「いや~、駿河で武田勝頼と戦い信玄に真正面からものを言って見せた女子たちが、たまたま僕らと同じく熱海にいると聞いて会いに行ったら温泉に行ってていなかったから温泉まで直接赴いたってわけさ!」

 

氏規に呆れられながらたずねられた氏真はけらけらと笑いながら理由を話した。

 

「じゃあ何故氏真さまは千歌さんたちを覗いたんです?話がしたければ温泉からあがってからでもよろしかったんじゃ?」

 

氏規に続いて、綾が不自然なまでの笑顔を浮かべて氏真に理由を聞いた。

 

「それは決まってるだろう!温泉に女子が入ってると聞いてそれを覗かないというのは添え善に手を出さないのと同じでこのような巡り合わせをくださった天に失礼というもの痛たたたたた!!」

 

「ほんっとあなたって人はだらしないにもほどがあります!!そんなんだから義父さまが亡くなったスキを突かれて国衆たちに背かれたり信玄に責められたりするんですよ!!」

 

氏真はまた綾にしばかれていた。

 

『あはは・・・。』

 

そんな氏真夫婦の様子を見ていた千歌たちは苦笑いするしかなかった。

 

「まさか覗きの犯人が今川家の当主である氏真さんだったとは・・・。いくら覗きをした犯人とはいえ大名だった方に桶を思いっきり投げつけてしまうなんて、私たちはなんてとんでもないことを!!」

 

「大名だった人が入浴現場を覗くなんて普通なら考えつかないからしょうがないと思うよダイヤ・・・。」

 

そう言って果南は頭を抱えるダイヤを宥めていた。

 

「それにしても氏真さんは気さくな人ずら~。」

 

「なんていうか、あまり大名らしくない感じだよね。あ、もちろんいい意味でだよ!?」

 

花丸とルビィがそう話していると、

 

「はは、よく言われるよ。まあ僕自身あまり大名に向いてないからね。」

 

と氏真が笑いながら2人の言葉に答えた。

 

「氏真さんは遊興にふけって政治を顧みなかったと私たちの時代では言われていますが実際はどうだったのですか?」

 

「ん?私たちの時代?」

 

「ああ、そう言えば氏真どのには彼女たちの事は紹介していませんでしたね。彼女たちは四百と数十年後の伊豆からやって来たAqoursというアイドル・・・すなわち歌や踊りで人々を楽しませる者の一座の少女たちなんです。」

 

氏規は氏真に千歌たちの事を紹介した。

 

「へえ、つまり僕たちの遠い子孫たちの時代から来たって事だね。」

 

「そう言う事になりますね。」

 

「まあ、そこの黒髪の子の言葉から察するに僕はあまり優れてない人物だって伝えられてないみたいだね。」

 

「あっその、すいません!失礼いたしました!」

 

ダイヤが慌てて謝ると、

 

「いや、謝らなくてもいいよ。僕が優れていないのは事実だしね。」

 

と氏真はあっさりとした様子で答えたが、

 

「そんなことはありません!氏真さまは義元さま亡き後の今川家を寿桂尼さまの助けがあったとはいえ切り盛りしてらしたではないですか!」

 

「そうよ!確かに氏真さまは蹴鞠とか連歌とかに現を抜かすことも多かったけど楽市を開いたり徳政令とか民の税を減らしたりいろいろ頑張ってたじゃない!」

 

と側にいた侍と綾は氏真を擁護した。氏真はかつては『父義元の敵討ちもせず、和歌や連歌、蹴鞠などに現を抜かして家を滅ぼした愚か者』と伝えられてきたが、最近の研究で義元亡き後の今川家を何とか切り盛りしていたことが明らかになっている。敵討ちをしなかったのは桶狭間で父と共に重臣のほとんどが戦死し、遠江や三河の国衆たちへの支配力が弱まって大規模な軍事行動に出られなかったのが実際の理由であったとされる。

 

「あの~、そこのお侍さんはどちら様ですか?」

 

「む?ああ、名乗っていなかったな。俺は氏真さまの家臣の朝比奈泰朝という者だ。」

 

千歌に声を掛けられて名乗ったのは朝比奈泰朝という男だった。この男は多くの今川家臣が武田信玄や徳川家康に寝返る中、岡部元信や富士信忠といった今川家が滅亡するまで氏真のために戦った数少ない武将の1人で、駿府から逃れた氏真を自分が城主を務めていた掛川城に受け入れ、徳川家康に徹底抗戦していたのだ。掛川城が明け渡された後は氏真と共にこうして北条家を頼って亡命してきたのだ。

 

「泰朝さんはどうして氏真さんを見捨てなかったんですか?」

 

千歌が泰朝に氏真を見捨てずに仕え続けている理由をたずねた。

 

「そりゃあ、氏真さまはどこか放っておけない雰囲気がするお方だからな。同盟を破った信玄や義元さまから大きな恩を受けておきながら今川を裏切った家康に寝返るなんてことは全く考えられなかったものだ。」

 

「泰朝・・・!」

 

泰朝が氏真を見捨てなかった理由を聞いた氏真は感激していた。

 

「氏真どののためにも、そして泰朝どのの忠義に報いるためにも必ずや駿河を完全に取り戻してみせますよ!」

 

「あーそれについてなんだけど、僕はもういいかなって思ってるんだ。」

 

『え!?』

 

氏真の発言にその場にいた者たちは驚いた。

 

「父上が死んでから8年間大名として頑張って来たけど、やっぱり僕は大名に向いてないなって思ってたんだよね。父上が武将らしさを身に着けろって言うから塚原卜伝に新当流の剣術を教わったけど剣術が上手くなるだけで戦が上手くなった試しも無かったし。」

 

「では駿河はどうするんですか!?」

 

「ん?正直義父どのや氏政どのは僕を駿河の国主に戻すようにしてくれるみたいだけど、僕自身はもう大名に戻る気は無いからなあ・・・。あ、その時は氏政どのの子を猶子にでも貰ってその子に駿河を譲るよ。その後は綾と一緒に隠居して平和な余生を過ごすよ。」

 

どうやら氏真は大名として返り咲く気はほとんどないようだった。

 

「なんていうか、氏真さんって変わった人だよね・・・。」

 

「うん、そうだね・・・。」

 

千歌と梨子が小声で話していると、

 

「そういえば君たちは歌と踊りが出来るって言ってたよね!?よかったら僕たちにも見せてくれないかな!?」

 

と、氏真が目を輝かせながら千歌たちに迫った。

 

「いや~、お見せしたいのはやまやまなんですが今はラジカセを持ってないので・・・。」

 

「そのラジカセって物が無いとできないのかい?じゃあ小田原に着いて落ち着いたらその時また頼むことにするよ。」

 

氏真の前で歌うことを約束した後、千歌たちは氏真たちと様々な話に花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

氏真が小田原に落ち延びたあとも武田と北条の駿河をめぐる抗争は続き、信玄は着々と駿河での勢力を広げてはいたが完全に駿河を支配するに至ることは無かった。

 

そこで信玄は氏規が守る韮山城を攻めるが、氏規は兄の氏照や氏邦にも劣らぬ勇将ぶりを発揮してこれを退けてみせた。

 

 

「くそっ、伊豆を攻めたが駄目だったか。まさか氏規も氏照や氏邦と同じように戦上手だったとは・・・。」

 

韮山城から撤退する最中、勝頼は悔しそうに呟いた。

 

「ふふふ。四郎、此度はこれでよいのだ。」

 

「これでよいとはどういうことですか?」

 

信玄の意味深な言葉に勝頼は首を傾げた。

 

「伊豆は相模に並ぶ北条の本拠地よ。駿河と共にそこを攻められれば奴らは駿河と伊豆に守りを集中させるだろうよ。」

 

「伊豆と駿河に守りを集中すると言いますと・・・上野と武蔵はがら空きになりますね。」

 

「その通りだ四郎よ。甲斐に戻り、十分に兵を休ませたら北条攻めの支度をするのじゃ!」

 

「はい!!して、目的は武蔵ですか?」

 

「いや・・・。目的は奴らの根城、小田原城だ!」

 

 

甲斐の虎、武田信玄の次なる狙いは、北条家の本拠地である小田原城。千歌たちAqoursや氏政たち北条家の喉元に虎の牙が迫りつつあった。




いかがでしたでしょうか?

氏真さんのキャラ付けに関しては大名に向いてなかったという個人的な評価をもとに、大名らしからぬ気さくでフレンドリーな言葉遣いや態度という形になりました!

次はいよいよ武田信玄による小田原城攻めです!!



ここしばらく忙しくなってきたのと、『若虎と女神たちの物語』の執筆に力を入れていたのとで更新が滞っていましたが、失踪による未完で幕を引く気は毛頭なく、どちらの作品もちゃんと最後まで書き抜くつもりでいるので、応援よろしくお願いします!

感想を書いてくださると作者のモチベーションが跳ね上がるので、感想なんかも書いてくださると幸いです!!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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25話 猛虎来襲 小田原城防衛戦

どうも、截流です。

いよいよこの関東三国志編も佳境に入ろうとしています!千歌ちゃんたちにとって初めての籠城戦、はたしてどうなるのか――――

それではどうぞお楽しみください!!


北条家は氏真の救援のために軍勢を駿河に派遣する一方で、越後の上杉謙信との同盟を結ぶための交渉を進めていた。交渉は上野に睨みを利かせていた氏邦が北条家に寝返った上野の国衆である由良成繁を仲介として行っていた。

 

同盟の条件で難航してはいたが、4月頃にはなんとか北条家と上杉家の同盟である『越相同盟』が一応締結されることになった。

 

この同盟が結ばれたことによって、北条家は北への警戒を緩めることができたが、その安堵を打ち破る知らせが届けられる――――

 

 

 

 

「武田信玄の軍勢が碓氷峠を越えて来ました!!!その数2万5千!!」

 

 

 

 

信玄が来た。

 

これだけならば武田との合戦が増えた北条家の家中にそれほどの動揺が走ることは無かった。だが問題は武田軍が『碓氷峠』を超えてきた、という所にある。

 

碓氷峠とは上野と信濃の国境にある峠で、普通ならば信玄が北条家の領土を攻めるなら伊豆や相模、あるいは武蔵に兵を進めるものと考えられていたが、信玄は越相同盟の成立で北条家が北への警戒を緩めていた隙を突くためにわざわざ軽井沢まで北上して碓氷峠を越えて兵を南下させてきたのだ。

 

これには駿河や伊豆に守りを集中させていた北条軍は大慌てであった。何せ裏をかかれたのだから無理もない話である。

 

 

「まずは鉢形城を落とす!」

 

 

9月10日、信玄がまず最初に狙いを定めたのは氏邦の居城である鉢形城であった。城主であった氏邦は信玄を相手にまともに戦うのは下策だと考え、徹底した籠城戦術をとった。

 

「む、中々に守りが堅いな。わしらの目的はあくまで小田原城じゃ、下手に攻めて兵を損じるわけにはいかん。ここは素通りして滝山城へ向かう!!」

 

信玄は鉢形城の堅固さと、氏政の弟たちの中で最も血の気が多いと評判だった氏邦が打って出てこなかったのを見て一筋縄では行かないと判断した。そして鉢形城の外曲輪を破壊してから、兵をさらに南へと進めていった。

 

「ちっ、足止めすることもできなかったか!すまねえ兄貴たちに親父、後は頼んだぜ!」

 

氏邦は南下する武田軍を見送りながら悔しげに叫んだ。

 

 

 

次に信玄は氏照の籠る滝山城に向けて兵を進めた。

 

「行くぞ!攻め落とせ!!」

 

信玄より先陣を任された勝頼は得物である鎌槍を片手に、従弟である信豊と共に滝山城に突撃した。

 

「耐えろ!ここはなんとしても耐えるのだ!!」

 

氏照は家臣の中山家範や、師岡将景に間宮綱信、かつては評定衆であったが小田原から氏照の家老として派遣された狩野泰光と共に獅子奮迅の防戦で勝頼による攻城を防いでいたが、

 

「申し上げます!小仏峠から小山田信茂の軍勢が侵入してきました!!」

 

「馬鹿な!小仏峠を越えて来ただと!?」

 

信玄は甲斐で待機していた小山田信茂が率いていた別動隊を滝山城の西にある小仏峠から滝山城に攻撃させた。小仏峠は軍勢を通すには道が狭すぎる難所であり、氏照にとって、そのような場所からの襲撃は完全に想定外であった。

 

「くそ!二の丸まで退くぞ!!」

 

東西からの挟み撃ちで更に形勢が悪化し、三の丸を落とされた氏照は二の丸まで引き下がりそこで指揮を執った。滝山城の落城も時間の問題だと思われたが、

 

「もうよい、あくまでわしらの狙いは小田原城じゃ。小田原城を攻める前にこれ以上無理攻めをして兵を損ねるわけにはいかん。今すぐ四郎を引かせよ。」

 

と信玄は勝頼に攻撃を中止させ、瞬く間に軍勢をまとめてさらに兵を南に進めていった。

 

「危なかった・・・。しかし短いながらもなんとか武田軍を足止めできた、あとは頼むぞ兄上、父上!」

 

氏照は肩で息をしながら天に向かって独り言を呟いた。

 

 

 

 

信玄率いる武田軍が滝山城から小田原城に向けて進軍する一方で、氏政と氏康は小田原城の城下町やその周辺の村々の住民たちを小田原城の城内に避難させていた。

 

 

「氏政さん!これで村や町の人たち全員避難出来たみたいだよ!」

 

「本当にすごいよね。この城下町だけじゃなくてそれ以外の村や町の人たちも入れられちゃうなんて・・・。」

 

千歌はよ氏政に住民たちの避難が完了したことを報告し、梨子は兵士たちだけでなく数多くの非戦闘員である住民たちも収容できてしまう小田原城の広さに改めて驚いていた。

 

「民の避難誘導に協力してくれてありがとう、Aqoursの皆。千歌どの達が来る前の年に上杉が小田原に攻め寄せて来た時もこのようにして民たちを城の中に引き入れたのだ。」

 

「そうだったんだ!」

 

「でもただでさえ兵糧が必要なのに町や村の人たちも入れたらもっと兵糧が必要になるんじゃないの?」

 

善子がふと浮かんだ疑問を口にすると、

 

「いや、民たちを避難させる際には必ず食料を持たせるようにしているんだ。勿論足りない分はちゃんと配給してているがな。」

 

と氏政は答えた。

 

「武田信玄が率いる甲斐の兵は兵揃いですからな。防戦の際に真正面から争うのは愚の骨頂!彼奴らがこの城を攻めあぐねて疲弊し、甲斐に引き返すところを追撃して一網打尽にするのが我々の戦術なのだよ。」

 

氏政に続いて、城内で様々な指示を出していた筆頭家老の憲秀が得意げに解説した。

 

「でも他のお城は大丈夫かなあ・・・。氏邦さんと氏照さんのお城も信玄さんに攻められたって聞いたけど・・・。」

 

ルビィが心配そうに呟くと、

 

「それに関しては心配無用だルビィどの。韮山や玉縄、河越に江戸といった北条の有力な支城はどれも堅い守りを誇っているんだ。それに氏照の滝山城や氏邦の鉢形城は最前線の城なだけあって守りはどちらも堅く、2人とも私よりも戦上手なんだ。いくら信玄が相手とはいえ簡単には落ちないさ。」

 

「それに信玄は石橋を叩いて渡る慎重な男だ。この小田原を囲む前に兵をいたずらに減らすような真似はせんだろう。」

 

と氏政と、そこにやってきた氏康が励ますように言った。

 

「父上!いらっしゃったのですか?」

 

「うむ、ここ最近は体調もよいのでな。此度はわしも兵たちの指揮に回るつもりじゃ。ごほっごほっ。」

 

氏康はそう言うと咳き込んだ。

 

「御本城さま、無理はなされない方が・・・。」

 

憲秀は心配そうな様子で氏康に声を掛ける。

 

「ねえ、氏康さん風邪気味なのかな?」

 

千歌は氏政に耳打ちをしてたずねた。

 

「うむ・・・。このところ体調がすぐれぬらしくてな。今はそれほど深刻な状態ではないと医者も言っておるのだが、あまり無理はさせられないな。」

 

氏政は顔をしかめながら答える。

 

「何はともあれ、武田の攻撃に耐えるのが我らの最優先だ。このことは他の者たちには内密に頼むぞ。」

 

『はい!!』

 

氏政の言葉に千歌たちAqoursは返事をした。

 

「さあ来い信玄・・・!この小田原城を落とせると思うなよ・・・!」

 

氏政は武田軍がやってくるであろう北の空を睨み、そう呟いた。

 

 

 

 

 

そして10月1日、遂に滝山城から真っ直ぐに南下してきた武田信玄が率いる本隊と、康勝が城代を勤める小机城と綱成の居城である玉縄城の周辺を荒らしながら南下してきた別動隊が合流して小田原城の城下に結集し、城を取り囲んだ。

 

 

「遂に信玄がこの小田原までやって来おった。だが案ずるには及ばぬ!この小田原城はかつて10万の大軍で押し寄せてきた上杉謙信でさえ落とすことのできなかった鉄壁の守りを誇っておる。」

 

氏康は本丸に集結した家臣たちを前に語り聞かせるように叫んだ。

 

「確かに信玄は日の本で有数の実力を持った名将であることに間違いはない。だが!奴もしょせん人の子、毘沙門天の化身と嘯き神がかった戦ぶりを見せるという謙信と引き分けた程度の男にこの相模の獅子の牙城たる小田原城は断じて落とせぬ!!」

 

氏康は信玄と謙信、5回に渡って川中島で争っていたこの2人の名将の実力を幾度か刃を合わせることで認めていたが、家臣や兵、そして城に避難させたその家族たちや百姓や商人といった無辜の民たちの士気を上げるためにあえて彼らは自分の敵ではないといった様に嘯いてみせた。

 

『おおおおおおお!!!』

 

氏康の演説で家臣たちの戦意は大いに高まった。

 

「だが、武田軍が精鋭揃いであることに変わりは無く、正面から挑めば痛手を負うのは火を見るより明らかぞ。故にまずはこの城に籠る!そして彼奴らが疲弊し、陣を解いて甲斐に引き返した時が反撃の時よ!!だからその時までこらえて欲しい!」

 

『おおおおおおお!!!』

 

 

 

「氏康さんって凄いね・・・。こんなにたくさんいる家臣の人たちをこうやって演説でまとめちゃうんだもん。」

 

Aqoursも氏康の演説を本丸で聞いており、千歌は氏康の老いてなお衰えることのないカリスマ性に驚嘆していた。

 

「そりゃあ氏康さんはあの氏政さんのお父さんなんだもん。なんて言うか、年季が違うよね。」

 

「甲斐の虎に越後の龍、と互角の戦いを繰り広げた相模の獅子と呼ばれる氏康さんなら当然ですわ。」

 

曜とダイヤが驚く千歌にそう答えると、

 

「確かに父上の統率力は見事なものだ。なにせ8万の大軍を相手に戦った河越での戦でも父上は、両上杉・古河公方連合軍に夜襲をかける前に今のように兵士たちを勇気づけてから突入したと聞いているからな。」

 

と、氏政は彼女たちの言葉に頷きながら父氏康の武勇伝を語った。

 

「河越の戦?」

 

「河越夜戦の事だよルビィちゃん。氏康さんがその戦いで扇谷と山内の両上杉家と古河公方の大軍を破ったから北条家は今みたいな関東の最大勢力に上り詰めたんずら。」

 

ルビィが首を傾げると、花丸が河越夜戦についてのあらましを話した。

 

「何はともあれ、此度はひたすらに武田の攻撃をやり過ごすのが肝心だ。何があっても打って出てはいけないよ。」

 

氏政がそう言うと、

 

「町が焼かれちゃってもですか・・・?」

 

と梨子は不安げに呟いた。かつて三家老であり、江戸城の城代として江戸の発展に心血を注いでいた遠山綱景の下で働いていたこともあった梨子にとって、町を焼かれるのはとても胸の痛むことであった。無論、梨子だけでなく他のAqoursのメンバーにとっても自分たちを拾ってくれた北条家の人々と共に過ごしたこの小田原が蹂躙されるのは耐え難い事であることに変わりは無い事実である。

 

「・・・そうだ、私もこの町が蹂躙されるのは辛い。確かに上杉謙信に攻められ、小田原の町を焼かれた時は身を斬られるような想いをした。お主たちの気持ちはよく分かるつもりだ。」

 

そう語る氏政の脳裏には千歌たちが来る前の年に攻めてきた上杉謙信の軍勢によって紅蓮の炎に包まれた小田原の城下町が映っていた。

 

「だがこれだけは覚えておいて欲しい。国とは人だ。国がどれだけ荒らされようが、そこに生きる民さえ生きていればどれだけ国が荒れ果てようとも・・・そして万が一北条家が滅ぶようなことがあったとしても、私たちが治めた関東の地は再び元の豊かな土地に戻るだろう。だから私たちは国を作る民たちを損なわないように、民たちも一緒に城に籠らせるんだ。そうすれば、また再びやり直すことができるから・・・!」

 

氏政は拳を強く握りしめながら千歌たちに語った。

 

「そうだよね・・・!どんなことをする時も皆がいるからこそだよね!!よーし!私たちAqoursも頑張るぞ~!!」

 

千歌がそう言うと9人で円陣を組み始めた。

 

「何をしてるんだ?」

 

「これは私たちの円陣なんだ!ライブが始まったりする前にやるの!」

 

「もしよかったら氏政さんもやりませんか?」

 

「私もか!?だが、そのAqoursの一員でない私が入ってもいいものなのか?」

 

千歌に誘われた氏政は困惑するが、

 

「氏政さんも私たちの大事な仲間なんだから大丈夫ですよ!」

 

と果南は笑顔で言い、

 

「私たちが『1、2・・・。』って順番に点呼するから氏政さんが『10』って言ったら、親指と人差し指を立てて合わせてから人差し指をたてて手を上にあげて『サーンシャイン!!』って言ってくださいね!」

 

と曜がAqours式の円陣の組み方を教えた。

 

「こ、こうか?」

 

氏政が円陣に加わると、千歌が点呼を始めた。

 

「そうそう!じゃあ行くよ~!!」

 

「1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

「4!」

 

「5!」

 

「6!」

 

「7!」

 

「8!」

 

「9!」

 

「じゅ、10!」

 

「今、全力で輝こう!0から1へ!Aqours!!」

 

『サーンシャイン!!!』

 

Aqoursと北条家4代目当主の北条氏政という時代を超えた奇妙な組み合わせで組まれた『0から1へ』の円陣での10人の声が天に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、小田原城の城外では―――――

 

「ふむ、これが謙信でさえ落とせなかったという小田原城か・・・。話には聞いていたがまさかここまでとはな・・・。鉢形や滝山とは比べ物にならんな。」

 

城を囲んでいた信玄は小田原城の威容を前に唸っていた。この頃の小田原城は、1590年の小田原征伐に向けて作られた城下町ごと城を取り囲む『惣構え』はおろか、三の丸さえ作られていないので全盛期に比べればその規模はかなり小さいものではあったが、それでも10万の大軍ですら寄せ付けないほどの堅固な守りを誇っていた。

 

「出てくる気配も全くありませんな。流石は相模の獅子、戦う相手の力量を弁えてると見えますな。」

 

そう言ったのは、武田四天王の最年長にして、長篠の合戦で討ち死にするまで生涯無傷であったことから『不死身の鬼美濃』の異名を持つ、馬場美濃守信春であった。

 

「すぐに飛び出してくる謙信とは違い、華は無いが堅実な戦で着実に勝ちを拾う・・・。氏康の戦ぶりも奴とはまた違う厄介さがあるのぉ・・・。」

 

信玄は苦虫を噛み潰したような顔で愚痴をこぼした。

 

「お屋形様。内藤隊、ただいま戻りました。」

 

「おお、昌豊か。どうであったか。」

 

「はっ。蓮池門まで近づきは致しましたが、北条の兵士たちは全く動かず・・・。もはや空き城ではないかと思ってしまうほどに静かでした。」

 

信玄に北条軍の様子を報告するこの男の名は、内藤修理亮(しゅりのすけ)昌豊。信春と同じく武田四天王の1人で、信玄の弟である武田信繁と共に『武田の副将』と呼ばれている。余談だが最近の研究で名前が昌豊ではなく昌秀だと明らかになったが、この作品では敢えて有名な昌豊の方で通すことにする。

 

「そうか、やはり出て来ぬか・・・。よし、では町を焼いておびき出すとしよう。昌豊、すまんがもう一度行けるか?」

 

信玄は少し考え込むと昌豊に町を焼くように指示を出した。

 

「はっ、御意にございます。」

 

昌豊は信玄の指示に応えると速やかに出て行った。

 

「信春、お前にも仕事だ。」

 

「ほう、わしにも仕事ですかい。」

 

「うむ、お前には松田の屋敷を焼いてもらう。」

 

「松田というと、北条の筆頭家老というあの?」

 

「うむ。町を焼くだけなら謙信もやったこと故に、恐らくそれだけでは効果も薄かろう。だからこそ北条家一の重臣と言える松田の屋敷を焼き、怒らせて飛び出してきたところを叩きのめす。」

 

「なるほど、『啄木鳥戦法』の応用ですな?」

 

信春は信玄が出した作戦と、第四次川中島の合戦で戦死した信玄の軍師であった山本勘助がその合戦で信玄に献策した『啄木鳥戦法』を重ねた。

 

「その通りだ。では行って来い!」

 

「御意。たまには鬼らしく乱暴な手に出るのも悪くはないですな。」

 

信春は笑いながら信玄の本陣を後にした。

 

 

 

 

 

 

そして小田原城の城内では―――――

 

「安堵せよ皆の衆!城さえ落ちねば我らの勝ちだ!!だから耐えよ!!」

 

「大丈夫だ!小田原城は落ちない!!だからこらえてくれ!!」

 

氏康と氏政はそれぞれ城内を回って兵士たちや民たちを励まして回っていた。千歌たちも氏政と一緒に回っていたがしばらくすると、

 

「あっ!」

 

「どうした!?何があった!!」

 

物見櫓の上に立っていた見張りの兵が声を上げたのを聞いた氏政は緊迫した表情で見張りの兵に何があったのかをたずねた。

 

「町が・・・。小田原の町が燃えています!!武田軍が町に火を付けました!!」

 

「なんだと!?」

 

氏政は大急ぎで櫓に登り、千歌たちも城壁の狭間から町を覗いた。

 

「くっ・・・!」

 

「そんな・・・!?」

 

氏政や千歌たちの目には炎に包まれる小田原の町が映っていた。『西の山口、東の小田原』と称されるほど栄えていた城下町が灰燼に帰していくのが目に見えるが彼女たちにそれを止める手段は無かった。

 

「お姉ちゃん、町が・・・!怖いよぉ・・・。」

 

「大丈夫ですわルビィ・・・。悔しいですが私たちは城に籠っていれば安全ですわ・・・!」

 

泣き出しそうになるルビィを優しく、そして力強く慰めるダイヤの目には怒りの炎が揺らめいていた。彼女もまた評定衆の1人として内政を司る立場に立っていたので町を焼く武田軍への怒りは並大抵のものではなかった。

 

「ああ・・・!俺たちの町が焼けていく!!」

 

「わしの店が!!」

 

「せっかく作り直したのに・・・!」

 

城に籠っている町の住人達も、ある者は怒りを露わにし、ある者は絶望に項垂れ、またある者は悔しさに涙を流しながら・・・。ただ町が焼けていくのを悲壮な表情で見ていた。

 

「みんな・・・。」

 

千歌は住民たちを慰めようとしたが、

 

「ダメだよ千歌ちゃん。」

 

曜が千歌の肩を掴んで止めた。

 

「でも・・・!」

 

「・・・千歌ちゃん。悔しいけど今は私たちが慰めてもあの人たちの怒りや悲しみを抑えることは出来ないよ・・・。」

 

「うっ、うう・・・!」

 

曜の言葉が理に適っていると分かっている千歌は、歯を食いしばりながら涙を流すことしかできなかった。

 

城下町の放火はそこに住む住民や兵士たちの士気を下げるのにもってこいの戦法であるのと同時に、兵士たちは城下町にある金品や食料を略奪する乱取りという当時における一般常識ともいえる兵士たちの士気を保つ戦術でもあった。上杉謙信による関東攻めも、冬に仕事がない民たちを食わせるために行っていたとされる説もあるくらいだった。だがしかし、今回は住民たちに財産や食料を持たせて避難させたので乱取りの被害はそこまで大きいものでもなかった。

 

だが、今回の放火で被害を受けたのは城下町の民たちだけではなかった。

 

 

 

「むぅ、武田め。乱世の習いとはいえ我々や民が汗水流して作り上げた町を好き放題焼きおって・・・。」

 

北条家の筆頭家老である松田憲秀は燃える城下町を見ながら苦々しく呟く。

 

「ん?おい、憲秀どの。なんか城下町から離れてる方からも煙が立ってやがるぞ。」

 

櫓で南の方を見張っていた憲秀の従弟で『赤鬼』の異名を持つ松田康郷が南の城下町から離れた場所に起きた異変を察知した。

 

「本当か孫太郎。」

 

「本当だぜ兄者、見てみろよ。」

 

康郷は兄である康長にも指を指してその場所を示した。

 

「む?この方角に距離は・・・。憲秀どの!大変だ!!お主の屋敷も焼かれておるぞ!!」

 

その場所に憲秀の屋敷があることに気付いた康長は大声で憲秀にそれを知らせた。

 

「なななななんだってーーーーーー!!?」

 

憲秀は凄まじい勢いで櫓に駆け上り、落ちそうになる程に身を乗り出して自分の屋敷から煙が立っているのを確認した。

 

「あああーーーー!!私の屋敷がーー!!」

 

「落ち着け憲秀どの!」

 

「危ねえよ!落っこちまうぞ!!」

 

櫓の上にいるにもかかわらず燃える屋敷に向かって飛び出そうとしている憲秀を康長と康郷はなんとか抑えていた。

 

「おのれ~!コツコツ営々と作り上げた町だけでなく私の屋敷も焼き払うなんてひどすぎるだと思わんかね!!」

 

「気持ちは分かるが何があって打って出てはならぬというのが御本城さまと氏政さまの命だ!ここはこらえてくれ!」

 

「兄者の言う通りだ!それに相手は兄者を挑発して焼いてるってことは恐らく憲秀どのの軍勢を簡単に打ち破れるほどの実力を持ってるはず・・・。下手に出て行けばすぐに袋叩きにされるぞ!!」

 

康長と康郷の松田兄弟は何とか憲秀を諫める。

 

「うむむ・・・。しかたあるまい、これは上杉の猿真似・・・。それに引っかかっておびき出されるのも実に悔しいのである。ここは耐えるしかあるまい・・・。」

 

従弟である松田兄弟の諫言を受けて憲秀は自分の心を落ち着かせてその場に踏みとどまった。

 

 

こうして小田原城に籠った北条家の将兵や民たちは武田軍の挑発的な攻撃を目の当たりにしてもそれに乗せられることなくこらえ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして信玄による包囲が始まってから数日が経ち、10月6日になると―――――

 

「御本城さま!お屋形様!武田軍が引いていきます!!」

 

なんと信玄はたった5日ほど城を囲むと、小田原から退き始めたのだ。

 

「追撃しましょう父上!」

 

「いや、これは罠やもしれぬ。追撃に回すのは最小限にとどめよ。」

 

氏康は信玄が誘いをかけていると警戒していた。

 

「では松田隊を向かわせましょう!松田隊は将兵ともに士気が高まっておりますゆえ、見事な戦ぶりを見せてくれるでしょう。」

 

「うむ。だが深追いしすぎぬように釘も刺しておけよ。」

 

「はい!」

 

こうして武田軍の追撃に松田憲秀率いる松田隊が派遣されたが、武田軍の殿として酒匂川で待ち受けていた武田勝頼隊に迎撃された。この時、憲秀の家老である酒井十左衛門尉と勝頼が馬上で4回ほど一騎打ちを繰り広げたという。

 

 

「そうか、やはり武田は本当に甲斐に引き返すつもりなのだな・・・。氏政!」

 

「はい!既に準備はできています!!氏照率いる滝山衆に氏邦の鉢形衆、そして綱成どのの玉縄衆とその他諸々を三増峠に待ちかまえさせておきました!!あとは我々が後ろから武田軍を追って挟み撃ちにするだけです!!」

 

氏政はかねてより氏照や氏邦に兵を温存させ、武田軍が甲斐に退却する時の通り道である三増峠で待ち伏せするように示し合わせていたのだ。さらにそれを聞いて、玉縄城を守っていた綱成と康成も三増峠に急行。他にも河越衆の大道寺政繁や小机衆の笠原康勝、松山衆の垪和氏続に江戸衆の富永直勝、さらに下総の他国衆(外様の国衆)である千葉胤富も三増峠に結集していたというかなり層の厚い布陣であった。

 

「此度はわしも出よう。」

 

「なっ!?父上、無理はなさらない方が・・・!」

 

隠居の身で長く戦に出ていなかった氏康が出陣すると言い出したことに驚いた氏政は、この頃病気がちになって来た氏康の身を案じるが、

 

「心配は無用じゃ。最近は体調も優れておるし、何よりお主らだけではまだ役者不足であろう。それにわしはあの男の息の根を止めるつもりじゃ。」

 

と、氏康は何がなんでも出陣する気であった。

 

「・・・分かりました。ではすぐに兵を集結させ、出陣いたしましょう。」

 

氏康の目を見て、父の覚悟は本物だと悟った氏政は彼を止めるのをやめ、出陣の支度に取り掛かった。

 

 

 

そしてしばらく経ち、城門前にて―――――

 

「これより雌伏の時は仕舞いぞ!敵の攻撃に耐え、反撃の時に備えて爪と牙を研ぎし獅子の(つわもの)たちよ!これより小田原に背を向け、甲斐の山影に逃げ帰る甲斐の虎を一気呵成に討ち取らん!」

 

『おおおおおおお!!!』

 

城兵たちの怒りと鬱憤を程よく駆り立てる氏康の演説を聞き、兵士たちの士気は最高潮と言っても過言ではないくらいに膨れ上がる。

 

「いざ反撃の時!狙うは甲斐の虎、武田信玄の首一つ!」

 

「さあ、虎狩りの時だ・・・!」

 

『おおおおおおおおおおおお!!!』

 

氏政と氏康の号令に兵士たちは天を突き抜けんばかりの鬨の声を上げた。

 

 

 

 

城に籠るばかりが北条の戦ではない。

 

獅子による虎への反撃が、今始まろうとしていた。




いかがでしたでしょうか?


今回の信玄による小田原城攻めは作品を読んでいただければお分かりいただけるように、わずか数日で信玄が撤退するという結果で終わっているので、この作品でもあっさりとしたものに仕上がりました!

さて、いよいよ戦国時代の合戦史上最も熾烈な山岳戦と言われた『三増峠の戦い』の幕が開きそうです!

次回は千歌ちゃんたちに意外な展開がやってくるかも!?



それでは次回もお楽しみください!!


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26話 私たちにできること

どうも、截流です。

最近は『若虎と女神たちの物語』が1期の佳境に入っていてそっちの執筆に力を割いていますが、こっちもちゃんと更新を続けています!両作品とも応援よろしくお願いします!!


それではどうぞお楽しみください!!



武田信玄が小田原からの撤退を始め、氏康氏政父子が兵を率いてそれを追撃するべく小田原城から進軍を始めてしばらく経った頃―――――

 

 

「南の商人町の鎮火を急げ!!」

 

「民たちの居住区の復興も急がねば!」

 

小田原城に残った奉行たちは、武田軍に蹂躙された城下町の復興のために城と城下町を往復し、声を嗄らしながらそれぞれの役目をこなしていた。

 

「これを運べばいいんだね?わかった!千歌と曜も運ぶの手伝って!」

 

『はーい!』

 

城下町では千歌、曜、果南の3人が町の復興を手伝い、

 

「え、えーっと。町もきっとすぐに元通りになりますから・・・、それまで頑張ってくださいね・・・!」

 

「はーい!みんな順番に並んでくださーい!ご飯はたっぷりあるし逃げないずらよ~!」

 

「ククク・・・。さあ無辜の民たちよ、この堕天使ヨハネの施しを受け取るのです・・・。」

 

「やめるずら。」

 

「じょ、冗談に決まってるじゃない!」

 

 

「ありがてぇ、ありがてぇ・・・!」

 

ルビィ、花丸、善子の1年生組は炊き出しなどといった、武田軍に家を燃やされて行き所を無くした避難民たちの慰撫の手伝いをしており、

 

「ねえダイヤ、町を元通りにするのはいいんだけどいっその事町をもっと改造しちゃってもいいと思うのよね~。」

 

「鞠莉さん!今は城下町の復興が最優先ですわ!!今は都市開発計画を練っている暇はありませんの!」

 

「まあまあダイヤさんに鞠莉さんも・・・。とりあえずこの区画の復興をどこから進めたらいいか安藤さんに聞いてきますね。」

 

ダイヤと鞠莉、そして梨子の3人は安藤良整ら復興の指揮を執る奉行たちのサポートを任されており、Aqoursも小田原の城下町の復興のために汗水を流しながら働いていた。

 

 

 

「どうしてこーなったああああああああ!!?」

 

 

 

 

「うるさいよー千歌ちゃん。」

 

「そうそう、口より手を動かさなきゃ。」

 

千歌の渾身の叫びも幼馴染2人に完全にスルーされてしまった。

 

 

 

 

事の始まりは、氏政と氏康が武田軍の追撃に出る少し前の事・・・。

 

「氏政さん、話っていうのはなんですか?」

 

千歌たちは氏政のいる本陣に呼び出されていた。

 

「うむ。千歌殿たちも知ってはいるだろうが、武田軍が退却を始めた。もちろん我々もこれを追撃するつもりだ。」

 

「っていう事はいつも通りの出陣ですね!?準備してきます!」

 

千歌が氏政の話を聞くや否や、そう言って準備に行こうとしたが、

 

「いや、今回は違うぞ。」

 

と氏政に引き止められた。

 

「出陣じゃないって・・・。武田軍は追わないんですか?」

 

氏政の言葉に対して曜は首を傾げながら、彼にその真意をたずねる。

 

「もちろん武田軍は追う。だが、今回はお主たちを小田原に置いて行こうと思うのだ。」

 

「な、なんでですか!?私たち、今まで氏政さんと一緒に戦って来たのに!」

 

氏政の言葉に納得できない千歌は彼に抗議した。

 

「ああ、確かに私たちは今まで共に戦って来たし、お主たちに助けられてきたことを忘れたことは一度もない。だが私としてはお主たちに戦ばかりをやらせたいというわけでは無いのだよ。」

 

「氏政さん・・・。」

 

「だから今回はお主たちに合戦への参陣を免ずる代わりに別の役目を与えようと思う。」

 

「別の役目・・・ですか?」

 

「ああ、父上はこの戦で信玄との決着をつける気だ。ゆえにこの城に籠った主な将はこぞって出陣することになるのだが、そうなると人が足りなくなるんだ。」

 

「人が足りなくなる・・・?」

 

「何をする人ずら?」

 

ルビィと花丸が首を傾げていると、

 

「荒らされた城下町の復興に用いる人員ですわ。」

 

「うん。ダイヤさんの言う通り、町づくりをするにも人手がいるからね。」

 

ダイヤと梨子が2人に氏政が言わんとしていたことをみんなに教えた。

 

「その通りだ。ダイヤどのと梨子どのの言う通り、復興事業に携わることのできる将のほとんどが私たちと共に出陣してしまうから、人員が少し足りなくなってしまったのだ。」

 

「それで私たちにその足りない部分を補って欲しいってことデースね?」

 

鞠莉が納得がいった様子でそう言った。

 

「そうだ。此度は戦働きはお預けになってしまうが、その分も我らが北条の民のためにその才覚を使ってくれると嬉しい。だからこの通り、よろしく頼む!」

 

氏政はそう言って頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

「氏政さんにあそこまで頼み込まれたからしっかりやらなきゃって思ってちゃんと働いてはいるけど大変すぎるよ~。」

 

それぞれに与えられた仕事の一つにめどが立ったので集まって休憩していたAqoursだったが、千歌は愚痴をこぼしていた。

 

「仕方ないよ千歌ちゃん、だって小田原の町は広いから・・・。」

 

「そうそう。それが焼かれたってなると元通りにするのが大変だからねえ・・・。」

 

千歌と同じく現場で働いている曜と果南が彼女を宥める。

 

「そういえば、住民の方々の方はどうなっておりますのルビィ?」

 

「えっと、石巻さんの話だと、もともと被害が少なかった城下町の外の村とか武田軍にそこまでひどく荒らされてなかった地区に住んでた人たちは帰せたみたいなんだけど・・・。」

 

「それでもまだまだ帰れない人たちの方が多いみたいずら~。」

 

「町も広いけど人も多すぎんのよ!」

 

ダイヤに促されルビィ達も避難民たちの状況を報告した。ちなみにルビィの言った石巻さんとは石巻康敬のことである。彼は兄の康保が氏政たちと一緒に出陣しているので、兄に代わって城に残って城下町の復興に従事している。

 

「やっぱりどこも状況が芳しいわけではないのですね・・・。」

 

「気にすることないよダイヤ~。こういうのは上手く行かないものなんだから~。」

 

ため息をつくダイヤを鞠莉は気楽な様子で慰める。

 

「・・・。」

 

「どうしたの梨子ちゃん、そんなに考え込んで?」

 

難しい顔で1人考え込んでいる梨子に千歌が声を掛けた。

 

「え!?あ、あのね?氏政さんが言っていたことが少し気になってて・・・。」

 

「氏政さんが言ってたこと?」

 

「うん。氏政さんは私たちの『才覚』を復興に役立ててくれって言ってたけどそれが何なのかなって考えてたの。」

 

梨子は氏政が出陣前に自分たちに残して言った言葉が気になって考え込んでいたようだ。

 

「私たちの才覚か・・・、何だろう?」

 

『う~ん・・・。』

 

千歌もそれが気になって考え出すと、他のメンバーもそれにつられて考え込み始めた。

 

 

 

「あれれ、君たちそんなに難しい顔をしてどうしたの?」

 

そんな能天気な声を出しながら現れたのは氏真であった。

 

「あ、氏真さん!氏真さんは出陣してないんですか?」

 

「僕は戦は苦手でね・・・。専ら留守番要員だよ。」

 

千歌の言葉に氏真は苦笑しながら答える。

 

「それで君たちは何を考え込んでるんだい?」

 

「実は・・・。」

 

千歌たちは氏真に氏政から言われたことを全部話した。

 

 

「なるほどね、話はよく分かったよ。」

 

「私たちはこれから何をすればいいんでしょうか?」

 

「そんなの簡単だよ!!氏政どのが言っていたように君たちの才覚をそのまま活かせばいいんだよ!ほら、歌と踊りとか!!」

 

「歌と踊り・・・ですか?」

 

氏真の言葉を聞いて千歌たちは思わず首を傾げた。

 

「うんうん。小田原に着いた後に綾と一緒に君たちの歌と踊りを見せてもらって思ったんだよ、『ああ、今のこの時代にはこの子たちのように人の心を癒して希望を与えるものが必要なんだ!』ってね!」

 

「そんな・・・、私たちはまだそこまで・・・!」

 

梨子は顔を赤くして照れていたが、

 

「そうだよ!!それがあった!!」

 

と千歌は合点がいったのか晴れやかな顔で叫んだ。

 

「私たちらしい方法ではありますが、町の復興とかで大変な時にいいのでしょうか?」

 

ダイヤも一応賛同するが、少し躊躇っているようだった。

 

「確かにこういう大変な時にいいのかな~って思っちゃうよね。」

 

果南もダイヤの言葉に頷く。厄災に見舞われた時には娯楽を慎むべきという現代の日本人の大半が抱いている概念が彼女たちにもあるが故に、踏み出せずにいた。

 

「No!No!No~~~ゥ!!みんな揃ってしみったれすぎデース!こういう時だからこそ盛り上げることが大切なの!!そもそもスクールアイドル・・・というかアイドルってどういう存在かしら!?はい千歌っち!」

 

「え!?えーっと、みんなを楽しませること・・・かな。」

 

「Exactly!そう、それよ!!町の人たちの心が沈んでるこんな時だからこそ私たちの歌が必要なの!!」

 

「うん、鞠莉どのの言う通りだね。確かに町を復興するのは大事な事だと僕も思うよ。でもね、町を元通りにするのにも時間はかかる・・・。避難民もいつ自分の家に帰れるか分からなくて不安だろうし、そんな時はどんな事でもいいから安心したいし安らぎや楽しみが欲しいものなんだよ。僕も父上が亡くなってから混乱続きだった領国を立て直す中で和歌とか蹴鞠で現実逃避に興じることもあったからね。」

 

氏真は鞠莉に続いて自分の考えを語りだした。

 

『氏真さん・・・!』

 

千歌たちは氏真の言葉に感激していた。ほんの少し前までは『名家の当主だから高貴な人かと思ったら自分たちの入浴を覗くくらい俗っぽくて、若干綾の尻に敷かれてる気がある、めちゃくちゃ現代人っぽい自由人』と思っていたのでそのギャップもあったが、彼女たちの氏真への眼差しには確かに尊敬の念が宿っていた。

 

「氏政どのが語る『民と武士のための理想の王国を作る』という理想は確かに素晴らしいものだし、臣民が付いて行くのも分かる。でもそれが実現するまでにあとどれくらいの時が掛かるか分からない以上、人々には今すぐに安心や楽しみを抱けるものが必要だと僕は思うし、それが出来る力が君たちにはある!きっと氏政どのもそれを考えたうえで君たちを城に残したんだと思うよ。」

 

「そっか。氏政さんは私たちの事を真剣に考えてこの仕事を与えてくれたんだ・・・!」

 

千歌は改めて氏政の自分たちへの想いを感じていた。

 

「そうそう!氏政どのはいろんな人にそれぞれ適した役目を与えるのが上手いんだよね~!でも僕の役目はちょっと荷が重い気がするような」

 

「氏真さま?こんな所で何してらっしゃるのかしら。」

 

「あ、綾?いつの間に・・・。」

 

いつの間にか氏真の背後に綾が立っていた。

 

「いや~、ちょっと休憩がてらに千歌どの達の相談に乗ってたんだよ~!」

 

「そうなんですか~!・・・仕事を放り出してですか?」

 

「ひっ!」

 

綾の声色が一瞬で冷ややかに変わったことで氏真の顔色も一瞬でサーッと青くなった。

 

「とにかくさっさと仕事に戻りなさい!!泰朝どのもあなたがどこに行ったか心配してたんですからね!!」

 

「痛だだだだだだ!!耳引っ張るのはやめてって!僕はああいう仕事は不向きなんだってば!」

 

氏真は綾に耳を引っ張られながら引きずられていった。

 

「ごめんなさいね、みんなうちの夫に付き合わせちゃって。」

 

綾は立ち止まると千歌たちにそう言って頭を下げると、

 

「いえいえ!氏真さんのおかげでやるべき事が分かりましたので!!氏真さんもお仕事頑張ってくださいね!」

 

千歌は笑顔でそう言うと、氏真に激励の言葉を贈った。

 

「そう、うちの馬鹿旦那が役に立ってくれたなら私も嬉しいわ。」

 

綾も笑顔でそう言うとそのまま氏真を引きずりながら去っていった。

 

「ああ〜!お礼を言ってくれるなら引き止めてくれた方が嬉しいんだけどな〜〜〜〜!!」

 

 

 

「で、結局どうするの千歌ちゃん。」

 

「ふっふっふ・・・!よくぞ聞いてくれました曜ちゃん!実はライブを開こうと思うんだ!!」

 

『ええ!?』

 

千歌の提案に千歌以外のメンバーは驚いた。

 

「さっきの氏真さんの言葉で私たちには私たちらしいやり方があるんだって思った時に浮かんだんだ!」

 

「でもどうやってやるの?衣装だってこの時代じゃ材料も現代に比べて全然無いし・・・。」

 

「あーそっか!う~ん・・・、いっそ制服でもいいんじゃないかな!?」

 

「それでいいのかな・・・。」

 

千歌の制服を衣装に使う案に梨子は若干呆れ気味だったが、

 

「でも、この時代の人たちにとって制服って凄く珍しいものみたいだし・・・、それにスクールアイドルだから制服で踊るのもいいと思います!」

 

ルビィは乗り気な様子だった。

 

「あっ!でも確か私たちがタイムスリップした日、みんなに新しい衣装を見せようって9人分持ってきてたような・・・。」

 

「ほんと!?今ある!?」

 

曜の言葉に千歌は目を輝かせて食い気味にたずねたが、

 

「ごめん、山賊に追われてる時に落っことしちゃったんだ・・・。」

 

「そうなんだ~・・・。じゃあ制服でいっか!」

 

千歌は衣装を失くしたことに落胆したがすぐに切り替えた。

 

「ライブの場所はどうするんですの?」

 

「それは~・・・。」

 

問題はライブの場所だった。避難民を集めてライブを行うからにはそれなりに広い場所が必要なのだ。

 

「場所だったら城の一画を借りちゃいましょうよ!」

 

「城主の氏政さんがいないけどいいのそれって?」

 

鞠莉が城の一区画を借りようと提案したが善子は城主たる氏政が不在なのに一部とはいえ勝手に使っていいのか疑問に思っていた。

 

「No problem!それなら復興チームのリーダーの安藤さんに聞けば心配ないわ!!」

 

鞠莉が言うには復興の総指揮を採っている奉行の良整に聞けばいいようだ。

 

「じゃああとはどうやって宣伝を・・・。」

 

「それはこうした方が・・・。」

 

「もっと来やすいようにしなくちゃ!・・・」

 

千歌たちはライブのための作戦会議に時間を費やしていった・・・。

 

 

 

「・・・なるほど、そのライブの為に城の一画を使わせてほしいと?」

 

「はい!お願いします!!私たち、自分たちの力で住民の皆さんに安心と希望を与えたいんです!!」

 

千歌たちはその日の夜、良整の所に行って許可を取るために交渉していた。

 

「確かに、復興が終わるまでには時間がかかりますしそれまで民心を安定させるのも楽なものではありませんからね・・・。」

 

そう言って良整は考え込む。

 

「分かりました、そういう事なら許可しましょう。」

 

『ありがとうございます!!』

 

千歌たちは許可が取れたことで良整に頭を下げた。

 

「私もあなた達がこの城に来た時に歌っていたのを見てましたからね。あれならば落ち込み気味な民たちの心の慰みにもなるでしょう。楽しみにしてますよ?」

 

『はい!!』

 

 

 

 

 

そしてその翌日、10月7日の朝・・・。

 

「なんだ?こんな所に立て札があるぞ?」

 

「なんて書いてあるんだ?」

 

避難民たちのいる仮居住区に立て札が置かれていた。

 

「なになに・・・。『今日の未の刻(午後2時頃)より、小田原城二の丸にて『あくあ』の『らいぶ』を行う』・・・って書いてあるな。」

 

避難民の1人が立て札に書いてある内容を読み上げた。

 

「あくあってなんだ?」

 

「確かお屋形様の家臣にいる9人のおなごがそう名乗ってるらしいぞ。」

 

「ああ、あの娘っ子たちか。」

 

「あんな可愛らしい見た目してて実は強えらしいぞ!」

 

「討ち取りは出来なかったが敵の大将とやり合ったんだってな!!」

 

ここに来てから小田原の城下町に行くことがよくあったので千歌たちの存在は既に町の住民たちにも知れ渡っていた。

 

「でもこの『らいぶ』ってなんだ?」

 

「なんでも歌と踊りを見せるらしい。」

 

「って事は舞とか猿楽みたいなもんかね。」

 

「だが俺たちみてえな下々の奴らが見てもいいのか?そういうのはお侍様とかしか見れねえって聞くぞ?」

 

「いや、どうもそうでもねえみたいだぞ!『来るもの拒まず、身分も問わず』って書いてある。」

 

立て札には、住民の1人が言うように誰でも来ていいと書かれていた。

 

「ほんとか!」

 

「って事は俺たちも見れるんか!」

 

「じゃあ女房や倅たちも連れてってやらねえとな!」

 

住民たちは大喜びであった。

 

「でもそこまでしてくれるってなると金を取られるんでねえか・・・?」

 

「確かに、ここまでしてくれてタダって話が美味すぎるもんなぁ。」

 

住民たちは、こんどは料金が必要ではないのかと心配し始めた。

 

「札には何も書いてねえや。」

 

「あ、あそこのお侍様に聞こうぜ!」

 

住民たちは近くを通りかかった侍に聞くことにした。

 

「すみませんお侍様、少しお聞きしたいことが・・・。」

 

「む、何だ。なんなりと申せ。」

 

「実はこの札の『らいぶ』ってのについてなんですが、どれくらい銭を払えばいいでしょうかね?」

 

「ああ、あの娘たちのか。あの者たちが言うにはお主たち城下の民の為にライブを開く、だから銭はびた一文取ることはないとの事だ。」

 

「じゃあ、俺たちはタダで『らいぶ』を見れるって事ですかい!?」

 

「うむ、そういう事だ。存分に楽しむといい。」

 

『は、ははー!!』

 

城下の民たちは喜びのあまり、無料であると教えた侍に頭を下げた。

 

「そうと聞いたらこうしちゃいられねえぞ!」

 

「ああ、町のみんなに教えてやらねえと!」

 

住民たちは大喜びで千歌たちのライブの話を町中に広めていった。

 

 

 

 

 

そして未の刻、小田原城二の丸にはライブの話を聞きつけた住民たちでごった返していた。

 

「すごい人だかりだね・・・。」

 

「やっぱりタダってのが効いたのかな?」

 

千歌たちは控え室代わりに使っている建物から集まった人々を見ていた。

 

「うぅ、私たちのライブでみんな喜んでくれるかなぁ・・・。」

 

「大丈夫だよルビィちゃん。いつも通りに一生懸命歌ってればちゃんとみんなに伝わるずら。」

 

ライブを前に、果たしてパフォーマンスが通じるのかと不安になっているルビィを花丸が励ました。今回のライブは元の時代のように自分たちの歌と踊りが伝わらないかもしれないという可能性も孕んでいるため、ルビィが気弱になるのは無理もない話であった。

 

「大丈夫大丈夫!あの時のミニライブだってウケてたんだから心配いらないよ!行こうみんな!!」

 

千歌はそう言ってステージに向かって歩き出した。

 

『うん(ええ)!!』

 

 

 

 

「おい!出て来たぞ!!」

 

「あれがあの『あくあ』っつう娘っ子たちかー!」

 

「変わった服着てんな~!」

 

千歌たちが出てくると住民たちは大いに沸き上がった。

 

「こんにちは!!私たちは氏政さんの馬廻衆として北条家に仕えている・・・!」

 

 

『Aqoursです!!』

 

 

「私たちは今から7年前に、この時代から400年以上経った未来の伊豆にある内浦という町からやって来ました!」

 

「突然この時代に迷い込んで山奥で山賊に追い回された私たちを氏政さんの弟である氏規さんと笠原康勝さんが救ってくださり、北条家に置いてもらえることになりました!」

 

「素性の知れない私たちを置いてくれた北条家の皆さんの恩に報いるために、政に戦と色々な事をやってきて、ここまで来るのに辛い事や悲しい事もありました。」

 

「でも、どんな事があっても私たちは仲間と一緒に支え合って乗り越えることができたずら!」

 

「でも、こうして私たちの第二の故郷になりつつあった小田原の町は昨日の戦いで焼かれてしまいました・・・。」

 

「私たちは、もう一つの故郷と言えるこの町が煉獄と化すのをただ見ていることしかできなかった・・・!」

 

「そして武田軍が去っていったあと、私たちは他の残った家臣たちと一緒に氏政さんから町の復興を任されました。」

 

「辛い思いをしている人たちの心を癒すにはどうしたらいいのか・・・、そう悩んでいる時に私たちのリーダー千歌っちがこのライブを開くことを提案したのデース!!」

 

「私たちは、北条家の方々と共に私たちを受け入れてくださったこの小田原の城下町に住む皆さま方の為に、微力ではありますが歌と踊りで勇気と希望を振りまきたいと思っております!!」

 

千歌、曜、梨子、花丸、ルビィ、善子、果南、鞠莉、ダイヤの順に自己紹介と、北条家と小田原の町に対する思いを住民たちに語った。

 

「皆さん!皆さんには夢はありますか!?」

 

千歌が大声で住民たちにたずねると、

 

「夢?商売が繁盛して大金持ちになることだ!」

 

「おいらは将来父ちゃんみたいな立派な足軽になるんだ!!」

 

「田舎の父ちゃん母ちゃんに楽させてやりてえ!!」

 

と住民たちは口々にこの町に対する思いを大声で叫んだ。

 

「氏政さんは関東をみんなが笑って暮らせる理想の国にするという夢を背負って戦っています。私たちもスクールアイドルとして精一杯輝きたいという夢を追いかけています!これから歌う歌はそんな夢を見る気持ちを、夢を抱いて未来に突き進みたいという想いを歌にしたものです!」

 

 

『それでは聞いてください!『ユメ語るよりユメ歌おう』!!』

 

 

千歌たちがそう言ってからラジカセの再生ボタンを押すと、曲のイントロが流れ始め、千歌たちは歌い始めた。

 

「なんか俺たちの知っている唄とは雰囲気が違うなあ。」

 

「でも、なんか楽しい気分になってこないか?」

 

「ああ!なんて言えばいいか分かんねえけど、辛い気持ちがどっかにぶっ飛んじまうような感じがするぜ!!」

 

千歌たちの歌を聞いた住民たちは口々に歌の感想を語り合い、

 

「いいぞー!嬢ちゃんたちー!!」

 

と、Aqoursを囃し立てた。

 

(やっぱり氏政さんや氏真さんが言ってた事は間違ってなかった!私たちのスクールアイドルとしての力はこの時代でもみんなを楽しませることができるんだ!!)

 

 

 

千歌たちは沸き立つ住人達を見ながら、心の中で彼らを楽しませることができたという喜びを噛みしめた。

 

そして千歌たちは、『ユメ語るよりユメ歌おう』が歌い終わった後も他の曲を何曲か歌ってライブを盛り上げ、酉の刻(午後6時頃)まで行われたライブは無事に成功した。そのライブでの歓声は城下町の端にまで響いたという・・・。




いかがでしたでしょうか?


今回は、千歌ちゃんたちにアイドルらしい事をさせる話を書きたいな~と思って書きました。荒れ果てた町で民心を癒すためにライブを開く・・・。すごくアイドルっぽいですよね!!


さて、次回はいよいよ小田原から撤退する武田軍とそれを待ち受ける氏照、氏邦兄弟の間で繰り広げられた戦国時代における最大規模の山岳戦と名高い『三増峠の戦い』が始まります!

感想や意見があったら、誰でも書けるようになっていますのでどしどし書いてくださると嬉しいです!!


それでは次回もまたお楽しみください!!


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27話 獅子と虎の探り合い

どうも、截流です。

今回はいよいよ武田と北条がぶつかり合う三増峠の合戦・・・が始まる前の探り合いです!



それではどうぞお楽しみください!!


千歌たちが小田原の町の復興に力を尽くしている頃、氏政と氏康が率いる1万人の精鋭部隊は甲斐に向かって退却する武田軍を追って氏照と氏邦が武田軍を待ち受けている三増峠に向かって大急ぎで進軍していた。

 

「氏政よ、あの娘たちを連れてこなくて本当によかったのか?」

 

氏康は氏政に千歌たちを従軍させなかった事についてたずねた。

 

「はい、これでいいのです。彼女たちはこの北条家にやって来て私の臣として戦働きをさせてきましたが、彼女たちは元はと言えば数百年先の太平の世に生きていた戦を知らぬ娘たちでございます。」

 

「・・・彼女たちを武士の道に引き入れたこと、後悔しておるのか?」

 

「いえ、彼女たちのおかげで乗り越えられたこともあるので後悔こそはしておりませんが・・・少し心苦しく思う事もありました。」

 

「・・・。」

 

「彼女たちが自らの意志で戦に出ているのは百も承知ですが、それでも時々彼女たちに対して申し訳ないと思う気持ちも出てきてしまうのです。」

 

「戦から遠ざけるために小田原に残したわけか。」

 

「いえ、そういうわけではありません。彼女たちは元々アイドルという歌と踊りで人々を楽しませるという存在でございます。此度の戦で町は焼かれ、民たちの心は沈み切っております。そこで千歌どのたちの力で少しでも民たちを慰めることができるように彼女たちを残したのでございます。」

 

氏政は氏康に、千歌たちを戦いから遠ざけるために町に残したのではなく、彼女たちのアイドルとしての力を信じて民の慰撫のために残したことを堂々と語った。

 

「なるほど、お主はあの娘たちに自分たちの力を活かせる役目を与えたというわけか、成長したものだ・・・。ゴホッゴホッ!」

 

氏康は氏政の采配に感心し、息子の成長を実感していたが突然咳き込んだ。

 

「父上!やはり無理は禁物です、進軍速度を少し落とした方が・・・。」

 

この時氏康は体調を崩していたのだが、無理を通して出陣していた。氏政は父の容態を悪化させないように進軍速度を落とそうとするが、

 

「構うな!わしはこの戦で信玄めとの決着をつけるつもりだ・・・。何があっても奴を逃がしてはならぬ!進軍速度はこのままでよい、武田の後を追うのだ!!」

 

氏康は自分に構うことなく武田軍を追うように全軍に下知した。

 

「御本城さま、お屋形さま!!」

 

そこに伝令がやって来た。

 

「どうした!」

 

氏政は伝令に何が起きたのかを説明させる。

 

「それが、この先に武田軍の物と思われる荷駄(軍事物資)が捨てられていたのですが・・・。」

 

『なに!?』

 

伝令の報告を聞いてもう少し先に進んでみると、彼の言う通り道端に荷駄が無造作に打ち捨てられていたのだった。

 

「これは一体・・・。武田軍は一体何を考えているのかね?」

 

それを見て憲秀は首を捻った。だが氏政と氏康の表情はみるみる緊迫したものに変わっていった。

 

「いかん!急いで進軍せねば!!」

 

氏康は信玄の狙いに気付いたのかさらに進軍速度を上げるように下知した。

 

「な!?御本城さま、それはどういう事で・・・?」

 

憲秀は困惑していたが、

 

「とにかく全力で走るんだ!恐らく武田は我らが思う以上に早く動いているかもしれん!!」

 

氏政は氏康の意図を汲んで馬を走らせた。

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り、三増峠に続く道中にて・・・。

 

 

「そうか、氏照と氏邦が待ち受けておるのか。」

 

「お屋形様の読みが当たりましたな。」

 

信玄は斥候の報告で氏照と氏邦が三増峠で自分たちを待ち構えていることを確認した。もちろん彼にとってこれは想定の範囲内であった。

 

「うむ。読み通りとはいえ相手は地黄八幡の綱成をはじめとした北条軍の精鋭たちが揃っておる。まともに戦っては流石のわしらも苦戦するだろうよ。」

 

「ですがお屋形様には策がおありなのでしょう?」

 

「ふふ、そう急くな信春。策はちゃんと用意してあるわ・・・。」

 

信玄は笑うと、将たちに今回の戦いでの策を伝えた。

 

まず、小幡憲重に1200人の兵を付けて、三増峠に布陣する北条軍との連携を図る内藤綱秀が籠っている津久井城のけん制に向かわせた。

 

次に主力部隊を3つに分けた。中央には馬場信春、武田勝頼、浅利信種、そして内藤昌豊の荷駄隊を配置し、右翼には信玄とその旗本による本隊を、そして別動隊には信玄の弟である信廉と一条信龍を配置した。さらにそれぞれの部隊の大将たちにそれぞれ信玄の側近から『検使』を配備された。

 

ここでいう検使とは副隊長のようなもので万が一、部隊長が戦死してしまった時に部隊長に代わって部隊を指揮する者たちのことである。信春には武藤喜兵衛、勝頼には三枝守友、信種には曽根昌世といった次代を担う若手の精鋭が派遣された。

 

「お屋形様!俺の出番はないのですか!?」

 

信玄が陣容を説明している時に憮然とした表情で声を上げたのは、武田軍の最強部隊として名高い『赤備え』を率いる武田四天王の山県昌景であった。

 

「ふふふ、慌てるな源四郎。お主にはこの戦でもっとも重要な働きをしてもらうのだからな。」

 

「流石はお屋形様、話が分かる!」

 

「まずお主には真田兄弟と残りの将たちと共に5000の兵を付ける。そして志田峠(三増峠の南西にある峠)を越えて迂回するのだ。」

 

「それで北条軍の背後を突けって事ですね?」

 

「流石は源四郎じゃ。よく分かっておる。」

 

信玄は自分の言わんとしたことを察した昌景に対し上機嫌な様子で頷いた。

 

「では我ら山県隊、これより志田峠に向かうぞ!俺たちが撤退したように奴らが錯覚するようになるべく目立つように動けよ!」

 

昌景は信玄から策を授かるとすぐに真田信綱・昌輝兄弟やその他の武将を引き連れて志田峠に向かって進軍して行った。

 

「ではわしらも進軍するとしよう。」

 

「我々はどのような進路で進むのです?」

 

「奴らは三増峠の上に布陣しておる。そこで奴らから見えるように三増峠と志田峠の間を通るのだ。昌豊率いる小荷駄部隊はそのまま志田峠を越えて甲斐に戻れ。中央の隊はそのまま敵前に陣を張るのだ。」

 

『はっ!!』

 

「あの~・・・。」

 

「む、どうした喜兵衛よ。」

 

「実は俺に策があるんですが~・・・。」

 

そう言って手を上げたのは馬場信春の検使に任命された武藤喜兵衛であった。

 

武藤喜兵衛は攻め弾正の異名を持つ真田幸綱の三男で、信玄の人質に出されていたのだが、その非凡な才を信玄に見出されて武田家の幹部候補生とも言える奥近習に任命されていた。しかも喜兵衛はその奥近習の中でも優秀なメンバーである『奥近習六人衆』として信玄から英才教育を受け、しかも武田家の重臣の家柄である武藤家の養子となって後を継ぐように命令されたことからも分かるように信玄の彼に対する期待は尋常ではなかったことがうかがえる。

 

そして彼は同じ奥近習六人衆のメンバーである曽根昌世と共に『信玄の両目』として信玄から重用されており、信玄が小田原に向かう途中に酒匂川付近で大道寺政繁が『地雷火』という罠を張って待ち受けていたのを看破し、これを逆に利用して大道寺隊を打ち破ったという逸話が残っている。

 

「言ってみるがよい。」

 

「はい!え~、三増峠に布陣している氏照や氏邦も馬鹿じゃないので恐らく我々が目の前を通っても小田原から来た本隊が向かってくるのを挑発に乗らずに待ってると思うんです。んでしかも本隊の方は確実に俺たちを仕留めるためにも急いでこっちに向かってくると俺は考えてるんですよ。」

 

「ふむ、それで?」

 

「そこで作戦を確実に成功させるには更に進軍速度を上げる必要があると不肖、この喜兵衛は提案させていただきます。」

 

「だがこれ以上どうやって足を速くするんだ?」

 

勝頼は怪訝そうな表情で喜兵衛にたずねた。

 

「そいつは簡単です!荷駄をここで捨てちまえばいいんですよ!」

 

「何!?荷駄を捨てるだと!?」

 

喜兵衛の策に諸将は愕然とした。

 

「無駄な荷物を捨てて身軽になれば小田原から追ってくる奴らに追いつかれることなく進軍できるうえに、動きが早ければ三増峠に布陣している連中も我々が必死に逃げていると勘違いして峠を下りてくるでしょう!いかがです、お屋形様?」

 

喜兵衛は自信たっぷりに自分の立てた策を信玄や他の将たちに披露した。

 

「なるほど、確かに喜兵衛の言う通りだ。わしらも出来るだけ早く甲斐に戻らねばならぬし、そのために短期決戦で臨まねばならんからな・・・よし。お主の策、ありがたく使わせてもらうぞ。」

 

「ははー!ありがたき幸せ!!」

 

喜兵衛は自分の策を採用されると恭しく信玄に平伏した。

 

「よし、では荷駄は必要最低限の物以外はここに打ち捨ててわしらも進軍するぞ!」

 

『おおー!!』

 

こうして武田軍は再び進軍を開始したのだった。

 

 

 

 

 

そしてそれからしばらく経って、三増峠では・・・。

 

「氏照さま、氏邦さま!武田軍本隊がこちらに向かってきております!」

 

「そうか、ご苦労であった。遂に来たな氏邦・・・!」

 

「ああ、俺たちがここにいるとは知らずにな!まさに飛んで火にいる夏の虫だぜ!!」

 

氏照と氏邦は自分たちの居城を突破され、武田軍の小田原への進撃を許してしまったことが悔しかったのか、この戦いで巻き返しを図ろうとしていた。

 

「よし!このまま一気に峠を下りて武田軍を一気に・・・!」

 

「待て氏邦、あくまでも小田原から来る兄上と父上の本隊と挟撃するのが今回の作戦だ。もう少し待つのだ。」

 

血気に逸る氏邦とは対照的に氏照は慎重な姿勢を崩さなかった。

 

「だが氏照兄貴!相手は脱落者か離散者が出たのか人数が前よりも少なくなっているし、何より俺たちは高所に陣取っていて地の利もある!いくら信玄が類稀なる戦上手だろうと峠から攻められちゃ苦戦を強いられるだろうよ!

 

「いや、有利だからこそ油断は禁物ですぞ氏邦どの。」

 

そう言って氏邦を諫めたのは富永直勝だった。

 

「血気に逸って先行したうえに戦が有利に運んだことで油断して逆に追い込まれたそれがしとそのせいで討ち死にしてしまった綱景どのの事を忘れたわけではありますまい・・・。」

 

直勝は氏邦の前に歩み寄り、綱景と共に犯した失敗を例にして氏邦が先行しないように諫める。実際に失敗して史実では綱景と共に戦死するはずが九死に一生を得た直勝の言葉には有無を言わせない説得力があった。

 

「はっはっは!直勝が言うと説得力があるなあ!!」

 

綱成は直勝の背中をばんばんと叩きながら豪快に笑って言った。

 

「つ、綱成どの・・・。すまんが俺ももう年だ、あまり強く叩かれると背骨が折れかねん。」

 

「おお、そう言えば直勝は今年で60か!こりゃ悪いことしたな、すまんすまん。」

 

そう言われた綱成は慌てて直勝に詫びた。

 

「それにしてもまさかこんな所で五色備えが全員揃うとは夢にも思いませんでしたよ。」

 

「元忠どのの言う通りだな。俺たちは大体いつもバラバラに動いてるもんな。そう言えば康勝どのは伊豆にいたんじゃないのか?」

 

元忠が五色備えが揃ったことに対して感慨深げに呟くと、元忠と付き合いの長い綱高がそれに頷き、康勝にも声を掛けた。

 

「私は元々は小机衆に所属していましたから。氏規さまの補佐を氏康さまに任じられ韮山に入ったが、氏規さまも成長されたので伊豆の事は一族の綱信どのと清水康英どのに任せて小机に戻ったのです。」

 

「ああ、そう言えば康勝どのは父であった信為どのの代から小机城の城代を務めていましたな。」

 

康勝は元々伊豆ではなく、北条幻庵の居城であった小机城の城代を務めていたのだが、氏康の要請により氏規の補佐のために伊豆に赴いていたのだ。そしてここ最近で幻庵は息子の氏信に小机を譲り久野に隠居し、氏信も駿河の蒲原城の守備を任されているため、康勝は小机城の城代としての役割を果たすために小机に戻って来たのだ。

 

康勝がそれをみんなに説明すると元忠は合点が言った様子で頷いた。

 

「和やかに雑談をしているところを申し訳ないのだが、こちらはどのような陣を敷くのですかな?氏政さまと氏康さま率いる本隊と挟撃するため未だ動くわけにはいかぬとはいえ、こちらも陣を整えねばなりますまい。」

 

そこに割り込んできたのは河越衆を率いる大道寺政繁であった。

 

「おお、確かに大道寺の言う通りだな!俺たちはどのように布陣すればいいんだ氏照?」

 

政繁の言葉を聞いて、思い出したように綱成は氏照に今回の戦いにおける布陣をたずねた。

 

「此度の戦での陣容はこのようになっております。ぜひご一同にはご確認いただきたい。」

 

氏照はそう言ってみんなに見せるように布陣図を広げる。布陣図には3つに分けられたグループがあった。

 

まず、綱成率いる玉縄衆を中心とした右翼部隊。この隊には康勝が率いる小机衆や綱高が率いる赤備えと元忠の黒備えと、五色備えのうちの4部隊が結集している。

 

次に氏邦率いる鉢形衆を中心とした中央部隊。この隊には氏邦の傘下である秩父衆や深谷衆、そして岩付衆、佐倉衆に土岐衆、小金井衆といった外様の他国衆の軍勢と、政繁が率いる精鋭部隊の河越衆、そして直勝の青備えと遠山政景が率いる江戸衆、さらには氏政たちの従弟で氏康の養子となった義弟の氏忠が率いる軍勢も加わり、重厚な陣容となっている。

 

そして最後に氏照率いる滝山衆を中心とした左翼部隊。そこには下総の小弓衆、上田朝直と垪和氏続が率いる松山衆や、成田長泰が率いる(おし)衆、氏照の傘下である御嶽衆が布陣していた。

 

「ほう、これはなかなかに良い布陣ですね。」

 

布陣図を見て、氏康の軍師を務めていたことのある元忠はうんうんと頷きながら氏照の考案した布陣を褒める。

 

「しかもこれで今の俺たちの兵力は2万!しかも地の利を得ているうえに兄貴や親父が率いる1万の本隊も来るんだったら武田軍の撃破も夢じゃねえな!!」

 

氏邦は意気揚々と叫ぶが、

 

「確かにそうだが、確実に勝つには我らと兄上たちの本隊との挟撃が必要なのだ。早まるなよ。」

 

と氏照は逸る氏邦を戒め、

 

「では各々所定の位置に布陣してくだされ。」

 

と、諸将たちに号令をかけた。

 

『おお!!』

 

氏邦たちはこれに応えると、本陣から出て自分たちの布陣場所へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

一方、三増峠の麓を通る武田軍は三増峠に布陣する氏照達の眼下を通っていた。もちろんただ素通りしているわけではなく、いつ襲撃されてもそれを迎え撃つことができるように態勢を整えながらの行軍であった。

 

「ふむ、氏照も氏邦もわしらが目の前を通るのを見て攻め下りぬのを見るところ、若造にしてはなかなかやるようだな。」

 

右翼に陣を敷いている信玄は三増峠の頂で全く動かずに待機している氏照たちの陣を見ながらそう言った。

 

「よし、ではここで揺さぶりをかけようか・・・。信春、勝頼、信種隊に陣形を多少崩しながら速度を速めるように伝達せよ!」

 

『はっ!』

 

信玄が近くに待機していた伝令たちにそう伝えると、彼らは信玄の策を中央に布陣する3つの部隊に伝達するために走り出した。

 

「これならばあやつらでも食いつくであろうよ。ふふふ・・・。」

 

伝令たちを見送った信玄は低く笑いながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

そして三増峠で待機している氏照の陣では・・・。

 

「む、武田軍の動きが変わったな。」

 

本陣で床几に座りながら峠の麓で行動している武田軍を見下ろしていた氏照は、彼らの動きに変化が起きたことを見逃さなかった。

 

「武田軍の隊列が乱れてきている・・・。我々に挟撃される前に撤退するためになりふり構わず走っているのか、我らを誘い出すための信玄の策なのか・・・。」

 

氏照は眼下を通り過ぎようとしている武田軍を見下ろしながら追撃するべきかどうか悩んでいた。するとそこに1人の伝令がやって来た。

 

「我が主氏邦さまより伝令!『逃げ惑う武田軍を追撃すべし』とのこと!!」

 

「氏邦め、信玄の策やもしれぬというのに迂闊に動くなと伝えよ。」

 

氏照はそう言って伝令を氏邦の元へ帰そうとするが、

 

「しかし氏邦さまは『ここで動かねば挟撃どころではなく、武田が甲斐に悠々と帰るのを見過ごせば天下の笑い者となるであろう』と・・・。」

 

と、伝令は氏邦が強く追撃を望んでいる事を氏照に伝えた。

 

(信玄の策を警戒するならばここで動かないに越したことはないが、ここで動かねば武田軍を見過ごすことになって武田を挟撃するという兄上と父上の策が破綻し、さらには『逃げる武田を有利な場所で待ち受けながら見過ごした北条は臆病者ぞ。』との噂が広まり北条家の威信に関わりかねんという氏邦の主張にも一理ある・・・。)

 

氏照は自分の考えと伝令を通しての氏邦の主張を客観的に吟味して、どう動くべきかを考える。

 

「氏照さま。忍衆、松山衆、御嶽衆も追撃を主張しております。ここは如何いたしましょうか?」

 

評定衆から退き、氏照の家老となっていた狩野泰光が氏照に判断を仰いだ。

 

「分かった・・・。なればこれより我らは武田軍を追撃する!ただし功を焦らず、小田原からの本隊が到着するまで奴らを足止めするのだ!!」

 

氏照は床几から立ち上がり、将兵たちに指示を出した。氏邦の伝令も、氏照の指示を氏邦に伝えるために走り出した。

 

「確かに信玄は比類なき強敵ではあるが、我らには地の利がある!ここで勝てずとも兄上たちが来るまでこの地に繋ぎ止めてやるぞ!!」

 

『おおー!!』

 

氏照が号令をかけると、将兵たちは雪崩を打つように峠を下っていった。

 

 

 

 

 

 

一方、右翼に布陣している綱成たちは・・・。

 

「む?綱成さま、中央の氏邦さまの隊と左翼の氏照さまの隊が峠を下っていきますぞ!?」

 

「なんだと!?あいつら待てなかったのか!!」

 

氏照隊と氏邦隊が武田軍に攻めかかるのを見た玉縄衆の副将にして綱成の腹心である間宮康俊の言葉を聞いた綱成は驚いた。

 

「信玄の奴が敵前で隊列を崩して逃げるなんて事があるかよ!こいつは信玄の罠だって血の気の多い氏邦ならともかく氏照が見破れんはずがねえ!!」

 

「ですが、ここで追撃せねば武田軍を見逃すことになるのも事実ですし・・・。」

 

「間宮どのの言う通りですよ綱成どの。ここで動くのは悪手とは言い切れませんからな。」

 

康俊の言い分を元忠が肯定すると綱高も、

 

「そうだそうだ!いくら信玄が手強かろうと氏照や氏邦が策に嵌まっちまおうとも俺たち五色備えが全力で戦って手助けすりゃいいじゃねえか!それとも五色備えの筆頭の地黄八幡ともあろうお前も老いぼれちまったか?」

 

と綱成を焚きつける。

 

「馬鹿言ってんじゃねえよ綱高!俺はお前より9歳若いわ!!まあ氏邦には直勝も付いてやってんだ。よし!じゃあ俺たち黄、赤、黒、白備えの4隊も峠を下って武田軍に攻めかかるぞ!!」

 

『おお!!』

 

綱高に煽られる形になったが、綱成も覚悟を決めて目の前を通る武田軍に向かって攻めかかった。

 

 

 

いよいよここに、戦国時代において最も大規模な山岳戦と後世に伝えられることになる三増峠の戦いの幕が開かれた。




いかがでしたでしょうか?


次回は遂に三増峠の戦いが開戦します!果たして氏照たちは武田軍を抑えきることができるのか、そして氏政と氏康は戦いに間に合う事ができるのか・・・。

次回も千歌ちゃんたち登場しないけど読んでくださるとうれしいです!あと感想お待ちしてます!!(若虎の方もよろしくお願いします)



それでは次回もまたお楽しみください!!


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28話 三増峠の激闘

どうも、截流です。

いろいろ忙しかったので1ヶ月ぶりの更新になりました。いよいよ今回は戦国時代最大の山岳戦と呼ばれた三増峠の戦いが幕を開けました!

果たしてこの戦いはどうなるのか、是非ともその目で確かめてください!

それではどうぞお楽しみください!!


10月8日、相模国三増峠にて遂に北条氏照・氏邦兄弟率いる北条軍2万と武田信玄率いる武田軍2万がぶつかり合った。

 

 

「行くぞ!武田軍に目に物を見せてやれ!!」

 

『おおおお!!!』

 

三増峠を駆け下りる氏照は兵士たちを鼓舞し、兵士たちもそれに応えた。

 

 

 

 

「遂に来たな・・・。焦るなよ者ども!地黄八幡の綱成や他の五色備えが相手ならともかく、相手は若造の氏照だ!多少は手こずるだろうがお屋形様が言っていた通りに動いてりゃ勝てる!踏ん張れよ!!」

 

氏照隊が駆け下りた先にいたのは馬場信春が率いている部隊だった。信春は信玄よりも年上のかつ、武田四天王の中でも最年長を誇る老練の将であり、峠の上からかけ下りてくる氏照隊を前にしても動揺することなく部隊を指揮していた。その采配から繰り出される戦いぶりは揺らぐことのない山のようであった。

 

 

「馬場どのはああ言っちゃあいるが、槍働きが苦手な俺の事も考えて欲しいもんですよ・・・。ほらそこ、あんまり前に出すぎるな、包囲されるぞ。そっちは手薄だから突撃しろ、すぐ崩れるはずだ。」

 

そうぼやきながら槍を片手にあちこちに指示を出しながら修羅場を掻い潜っているのは信春隊の検使を務める武藤喜兵衛であった。彼は父である幸綱譲りの知略を持つが、豪傑として知られる兄の真田信綱と比べると武勇は一歩も二歩も譲る有り様で、味方の兵に指示を出しながら安全地帯を探っていた。

 

「うおおおおお!何者かは知らんがお主は将だな!?その首もらい受けるぞ!!」

 

するといきなり喜兵衛の首を狙って北条軍の兵が喜兵衛に向かって突撃してきた。

 

「うおっ!?ったく勘弁してくれよ・・・。俺はこういうのはガラじゃないんだって!」

 

間一髪で槍を交わすと、喜兵衛はため息をつきながら一騎打ちに応じた。

 

「どおおおりゃああああああ!!」

 

喜兵衛に打ちかかって来た武者は力任せに槍を振るって喜兵衛を圧倒していた。

 

「あ~あ~やだねぇ、こう言う脳筋の相手ほど疲れるもんはねえぜ・・・。」

 

喜兵衛はなんとかギリギリで相手の攻撃を捌いていたが、兄との鍛錬で滅茶苦茶にしごかれた経験を活かして相手の隙をうかがい、

 

「!! しまった!」

 

何とか相手の槍を打ち払い、武者がその衝撃でよろめくと、

 

「悪く思うなよ、そら!」

 

「うぐっ!」

 

喜兵衛はその隙を突いて相手の喉に槍を突き刺した。喉を貫かれた武者はそのまま力なく騎馬から崩れ落ちた。

 

「ふぅ、何とか勝てた・・・。」

 

喜兵衛が安堵のため息をつくと、

 

「喜兵衛どのが一番槍を上げられたぞ!!」

 

とどこからともなく兵士たちが叫んだ。

 

「は!?」

 

「おお、一番槍とは大したものだ喜兵衛!流石は幸綱の息子にして信綱の弟だ。知恵が回るだけでなく武も振るうとは見事なものだぞ!」

 

困惑する喜兵衛を信春が褒め称える。

 

「あはは、そうでも無いっすよ・・・。」

 

(ま、ぶっちゃけるとまぐれ勝ちなんだがね・・・。)

 

信春に褒められながら喜兵衛は苦笑いしていた。

 

 

 

 

 

「うおおおおお勝った勝った!!武田軍を逃がすんじゃねえぞ!!」

 

氏照隊と信春隊が衝突している一方で、綱成が率いる右翼部隊は武田の上野支配の要衝である箕輪城の城代を務める浅利信種の部隊と交戦していた。

 

「よっしゃあ、綱成に続けー!!武田軍を轢き潰すぞー!!」

 

赤備えの綱高を中心に元忠、康勝、綱成の副将である間宮康俊といった勇将、猛将たちの率いる精鋭が信種の部隊になだれ込む。

 

「皆の者怯むな!!ここでこらえよ!」

 

部隊を率いる信種は信春と同様に兵士たちを励ましながら馬上で部隊を指揮していた。彼は四天王たちに比べると現代における知名度が低くその実力はあまり知られていないが、信玄から上野の要衝を任せられるのだから将としての実力の高さは窺い知れるだろう。

 

「態勢を整えつつ反撃に・・・ぐっ!?」

 

戦場に轟音が響いた瞬間、信種は自分の胸に違和感を覚えて胸元を見てみると、胸には鎧越しに風穴が開いていた。

 

「ば・・・馬鹿な・・・。」

 

信種はそのまま馬上から崩れ落ちた。

 

「やった!敵将を撃ったぞ!!」

 

「ああ!よくやったぞお前!!さっき撃たれた奴の旗印を見たところあいつはおそらく武田の譜代家老の浅利信種だろう。大手柄じゃねえか!」

 

「は、はい!ありがとうございます!!」

 

綱高が信種の胸を撃ち抜いた綱成隊の鉄砲足軽の手柄を褒めた。

 

「なんてこった!大将がやられちまった!!」

 

「に、逃げろー!!」

 

大将である信種が討たれたことにより浅利隊は総崩れになりかかったが、

 

「狼狽えるな!ここはこの昌世が信種さまの代わりを引き受ける!前衛は少しづつ後ろに退きながら敵の攻撃を受け流し、弓、鉄砲隊は前衛を援護せよ。敵は勢いに乗ってきているが冷静に対処すればどうという事はない!!」

 

信種の検使として信玄から派遣されていた曽根昌世が浅利隊の士気を引き継ぎ、彼の冷静かつ的確な指揮によって浅利隊は何とか態勢を整えることができた。

 

「ほう、あの若武者はすごいですね。大将を討ち取られて動揺する部隊を立て直すなんてなかなかできる事じゃありませんよ。」

 

「迂闊に深追いするな!痛い目を見るぞ!」

 

そんな昌世の指揮を見た五色備えの頭脳派である元忠は舌を巻き、康勝は敵将を討ち取った勢いに乗じて追い討ちをかけようとする味方に自重するように指示を出した。

 

 

「山県昌景!!どこにいる!地黄八幡はここにいるぞ!!正々堂々と勝負を付けようじゃねえか!!!」

 

綱成はいつもなら互いに先陣を切る者同士である山県昌景の名を呼ぶが、返事が返ってこないどころかどこを見渡しても戦場に際立って目立つ彼が率いる深紅の軍団の姿さえ全く見えなかった。

 

 

 

「それにしても妙だ・・・。いつもなら先陣を切って突っ込んでくる赤備えがいない・・・。」

 

時を同じくして、氏照もまた昌景率いる赤備えが一向に姿を見せないという違和感に気付いていた。

 

 

 

 

「お屋形さま!浅利信種さまお討ち死に!!」

 

「浦野重秀さまもお討ち死になされました!このままでは被害がさらに甚大になります!」

 

「慌てるな。まだ引き付けよ・・・。」

 

その一方で信玄は伝令による家臣たちの訃報に耳を傾けつつも、いつものように軍配を片手に床几に座って悠然と構えていた。

 

「お屋形さま、そろそろ昌景さまの隊が迂回しきる頃合いでございます。」

 

「うむ、いよいよだな。」

 

信玄は3人目の部下の報告を聞くと時が来たといわんばかりに床几からすくっと立ち上がった。

 

「さあ狼煙を上げよ!!源四郎率いる赤備えが峠を下り次第反撃に移れ!!」

 

『おお!!』

 

信玄が軍配を振るって大声で指示を出すと、部下たちも鬨の声でこれに応えた。

 

 

 

 

 

「くそっ、流石は信玄。粘るな・・・!」

 

なかなか攻めきれないことに焦りを感じ始めた氏照が苦虫を噛み潰したような表情で呟くと、

 

『ぎゃー!』

 

『うわあああ!!』

 

と、後ろの方から悲鳴と地鳴りが聞こえてくるのを感じた。

 

「何事だ・・・!?」

 

「大変です氏照さま!!山県昌景の赤備えです!赤備えが峠の上から攻め下ってきました!!」

 

「なんだと!?」

 

伝令から知らされた山県隊の奇襲に氏照は目を剝いた。

 

「そうか、今の今まで戦場にいなかったのは我らの背後に回るためだったのか!!」

 

氏照は昌景がいなかった理由にようやく気付いたが時すでに遅く、昌景率いる奇襲部隊は既に氏照隊だけでなく、氏邦や綱成たちの隊にまで攻め入っていた。

 

 

「おらおらおら!!武田軍最強を誇る赤備えの恐ろしさを思い知れ北条め!!」

 

赤備えの大将である昌景は部隊の先頭に立って北条軍の兵士たちを次々と蹴散らしていく。

 

「うおおおお!!!この大太刀の錆になりたくなければ道を開けよおおお!!!」

 

赤備えと共に三尺三寸(およそ1メートル)の刀身を持つ大太刀を振るいながら突撃するのは、馬場隊にいる武藤喜兵衛の兄であり、真田幸綱の長男である真田信綱であった。その武勇は父をも超えるといわれ、信玄からも将来を嘱望されるほどであったという。

 

「兄上に続け者ども!!山での戦は我らの独壇場だ、北条に目に物を見せてやれ!!」

 

そう言って部下を鼓舞するのは信綱の弟にして喜兵衛の2人目の兄である昌輝であった。彼も兄と同じく信玄に気に入られており、信綱と共に奇襲部隊の副将を任されていた。

 

『おおおおおお!!!』

 

昌景の奇襲部隊がやって来たことで、北条軍に多少押され気味だった武田軍が勢いを取り戻した。北条軍は峠の下にいる武田軍を追うために峠を下り、そこでぶつかった信玄たちの部隊は北条軍の攻撃を受け流しながら後ずさる形で志田峠の坂道を上り、更に迂回していた昌景たちが三増峠から攻め下りるという形で、氏照たちは信玄に地の利を奪われ、形成の逆転を許してしまった。

 

「何と言う事だ・・・。誘き出されていたのは我らの方だったというのか・・・!武田信玄・・・なんと恐ろしい男だ・・・!!」

 

「氏照さま、ここは何としてでも撤退せねばなりませんぞ!」

 

まんまと信玄の術中にはまってしまったことを悔やむ氏照を彼の家老である泰光が励まし、部隊の損害をこれ以上広げないように撤退を進言した。

 

「うむ、そうだな・・・。皆の者!撤退するぞ!!」

 

氏照が撤退を命じると北条軍は這う這うの体で武田軍がいない方面へと敗走を始めた。

 

 

 

 

「お屋形さま!北条軍が退いて行きます!」

 

「追撃なさいますか?」

 

「いや、追う必要はない。そもそもこれはわしらが甲斐へ戻るために立ち塞がる氏照と氏邦の軍勢を打ち砕くための戦じゃ。それにこちらの兵も疲れておるゆえ下手に追ってこちらの損害を増やす必要はあるまい。さあ、奴らが慌てているうちにわしらも甲斐に帰るぞ。」

 

信玄は勝利に沸く部下たちを諫めると、瞬く間に軍勢をまとめて甲斐に向かって退却していった。後世に『三増峠の戦い』と伝えられたこの戦いは、北条軍は敵将を2人と900人の兵を討ち取るも、3000人以上の兵を討ち取られてしまうという大敗北を喫する形で終わってしまった。

 

 

 

 

そして、氏政と氏康はこの敗戦の悲報を三増峠から程なく離れた荻野(現在の厚木市)で聞くこととなった。

 

「なに?それは本当か!?」

 

「氏照と氏邦、そして綱成どのたちは無事なのか!?」

 

「はい、900人もの兵たちが討ち取られましたが、氏照さまや氏邦さま、その他主な将の方々は皆ご健在です。」

 

「そうか・・・。」

 

氏政は伝令から氏照たちが無事であるという報告を聞いて胸を撫でおろした。

 

「それで、信玄たちは如何した・・・。」

 

「武田軍は氏照さまたちが敗走された後、わき目も振らずに甲斐へと退却していったそうです。」

 

「そうか・・・。ゴホッゴホッ!」

 

氏康は武田軍の動向を伝令にたずね、信玄が甲斐に退却したという事実を知った。

 

「父上、追いますか?」

 

「いや、追わずともよい。追うにしても奴らは既に甲斐に着いているであろうからな・・・。」

 

氏政の問いに対して氏康はゆっくりと首を横に振りながら答えた。

 

「そうですか・・・。」

 

氏政は悔しそうな顔で父の言葉に頷くと、

 

「兄上ー!父上ー!!」

 

「氏政兄貴―!親父ー!!」

 

道の先から氏照と氏邦、そして綱成に率いられた軍勢が歩いて来た。

 

「氏照、氏邦!無事だったか!!綱成どのもよくぞ御無事で・・・!」

 

氏政は3人の元に駆け寄り、彼らの生存を大いに喜んだ。

 

「済まねえ兄貴に親父、俺が逸ったばっかりに・・・。」

 

「氏邦だけが悪いわけではない。私ももう少し強く引き留めることができればこのような事には・・・。」

 

氏邦と氏照が真っ先に氏政と氏康に自分たちの失態を詫びた。

 

「2人ともそう気にするな。俺の方こそもう少し早く動けていれば追いつくことができたかもしれないんだ。それに武田軍から挟撃を受けて大きな被害を受けたというのによく生き延びてくれた・・・。俺はそれだけで安心してるよ。」

 

氏政は2人を責めることはせず2人を労った。

 

「兄上・・・。」

 

「兄貴・・・。」

 

氏照と氏邦は照れ臭そうに笑った。

 

「綱成、どれくらいやられたのだ?」

 

「ああ、ざっと3000人は死んじまった。国府台以来だぜ、こんなに死んじまったのはよ。でも挟み撃ちにされたってのに重臣たちが1人も死ななかったのは奇跡だよな。」

 

「そうか・・・。」

 

一方で氏康は綱成に、この戦いで出た被害を確認していた。綱成から改めてその被害の大きさを聞かされた氏康はそう頷くことしかできなかった。

 

「しっかし武田軍はほんとに強えぇや・・・。」

 

「ああ、こちらの兵数が有利だったとは言え武田軍の勢いは侮れんかったな。」

 

「此度の戦での反省を生かし、次に武田が攻めて来た時には此度よりもうまく立ち回れるようにせねばならないな。」

 

「氏政、氏照、氏邦よ・・・。」

 

氏政たち3兄弟が今回の戦に着いて振り返っているところに氏康が話しかけた。

 

「なんでしょうか父上?」

 

「此度の戦で武田がどれほど強敵であるかはよく分かったであろう。これからお主たちはこの脅威に本格的に立ち向かっていかなくてはならん。例え奴らがどれほど手強くとも兄弟一族家臣揃って団結してこれに当たるのが肝要だぞ・・・。」

 

「おいおい親父、そんな改まらなくっても俺たちはちゃんと分ってるって!」

 

「うむ、それから・・・うっ!」

 

氏康が更に語ろうとした瞬間、突然頭を抑えてうずくまった。

 

『父上!!』

 

「親父!!?」

 

「氏康!!おい!どうした!!」

 

氏康はこの戦い以前から度々体調を崩すことがあったがこの戦いに加わったことで悪化してしまったのか、今までなら軽い頭痛や風邪による咳で済んでいたのがさらに悪化してしまったようだ。

 

ちなみに史料によると彼の病状は中風―――脳血管疾患であったとされている。

 

 

 

「なんと言う事だ、このような時に・・・!しっかりしてください父上!!誰か・・・。誰か医師を!!」

 

武田の脅威に直面している中での氏康の病状悪化は確実に北条家の内部に大きな動揺を与えることになる。果たして千歌たちの頼る北条家はどうなっていくのか・・・。それは誰にも知る由は無かった。




いかがでしたでしょうか?


作者の力量で皆さんに伝わっているかどうか分かりませんが、武田軍が如何に強大な敵であったかを今回の話で表現しました!

そして遂に病に倒れる相模の獅子・・・。そろそろ北条家も新しい時代に向けて少しずつ情勢が動き始めます。千歌ちゃんたちはこの新時代への動きにどのように向き合っていくのか・・・それを楽しみにしていただけると幸いです。



それでは次回もまたお楽しみください!!


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29話 三郎の決意

どうも、截流です!

今回はタイトルの通り、氏政たちの弟である三郎がメインの話です。

それではどうぞお楽しみください!!


1570(永禄13)年の2月末、三増峠の戦いから4か月経った今、北条家はあまり好ましいとは言えない状況の渦中にいた。

 

まず、3代目当主氏康の病気である。彼は武田との抗争が始まって少し経った頃から体調を崩すことが時々あったが、三増峠の戦いの直後に症状が悪化。中風を患ってしまい、この4か月は寝込んでいることがほとんどであった。一応氏政に家督を譲っている隠居の身であるとはいえ北条家家中における影響力はまだまだ強大だから、彼が病床に臥している現状に不安を抱いている家臣は少なくなかった。

 

2つ目に武田との抗争である。武田信玄の駿河侵攻をきっかけに北条家は今川氏真を匿い、駿河をめぐる抗争に身を投じていた。しかし、武田軍に抵抗していた岡部正綱、元信兄弟を中心とした今川の旧臣たちは次々と武田に降伏し、さらに信玄の小田原侵攻のしばらく前には北条家の重要拠点の1つである韮山城が狙われ(氏規が撃退する)、さらに三増峠で敗北を喫した事によりさらに勢いを増し、駿河における北条の前線基地である蒲原城と深沢城への攻勢が強まり12月には蒲原城が落城してしまい、駿河戦線は劣勢と言わざるを得ない状況に追い込まれていた。

 

そして3つ目は、越相同盟であった――――

 

 

 

 

「どうされたんですか?皆さんそんなところで・・・。」

 

「あっ、三郎くん。久しぶり!」

 

小田原城にある氏政の屋敷にて、氏政の自室の前にたむろしていた千歌たちに声を掛けたのは氏政たちの末の弟である三郎であった。幻庵の元で暮らしていたのだが、12月に蒲原城が落城した際に幻庵の息子であり、氏政夫妻の離縁騒動の際に花丸と舌戦を繰り広げた氏信とその弟である長順が戦死してしまい、氏信の遺児である孫の菊千代(のちの氏隆)しか後継ぎがいなくなってしまった幻庵の養子となっていた。

 

「それで千歌さんたちは兄上の部屋の前で何をされてるんですか?」

 

「実は氏政さんの機嫌が悪くて・・・。」

 

「兄上の機嫌が・・・ですか?」

 

「うん、越相同盟の条件の事で色々悩んでるみたいずら・・・。」

 

「ああ、上杉との同盟の件ですね・・・。」

 

花丸から兄が不機嫌である理由を聞いた三郎はそう言う事かと言わんばかりに頷いた。

 

 

越相同盟。それは北条家が武田家と戦うために氏康が画策した、武田家の宿敵である上杉家と手を組むことで、武田家をけん制するだけでなく、上杉家と同盟を組んでいる北条家と敵対している里見や佐竹、結城といった国衆たちとも手を結ぶことで後顧の憂いを失くすという目論見もあった。

 

交渉に関しては1569年から始まっており、交渉は氏照と氏邦の2人がそれぞれ別のルートで行っていた。氏照は上野の厩橋城主で、かつては上杉謙信の重臣であった北条(きたじょう)高広を仲介人としたルートを、氏邦は同じく上野の金山城を守る元上杉方の国衆であった由良成繁を仲介人としたルートを用いた。

 

そして1569年の6月には氏邦が用いたルートによって越相同盟は成立した。余談ではあるが、この同盟に対して上杉家の家臣たちは強く反対しており、氏政が妻であり信玄の娘でもある梅を離縁していないことに関して言及する者たちも少なからずいたが、謙信はこれに対して、

 

「この乱世において妻の実家と相争うことなど日常茶飯事であろう。我も姉上の夫であった政景(長尾政景、上杉景勝の実父)と争ったこともあった。武士たる者がそのような細事に目くじらを立てるな。」

 

と歯牙にもかけなかったという。

 

 

そんなこんなで同盟が成立したのだが、ある問題が発生した。それは同盟の条件であった。両家は同盟を結ぶにあたって次の条件を提示したという。

 

・8月15日までに謙信は武田攻めのために信濃に出兵すること。

 

・氏政の三男の国増丸を謙信の養子とし、謙信は柿崎晴家(柿崎景家の子)を北条家の人質とすること。

 

・足利義氏を古河公方として、謙信が関東管領を務めること。

 

・上杉家が岩付城をはじめとした武蔵・上野の諸城を領有すること。

 

3つ目の条件は無事に果たされたが、それ以外の3つの条件が理由で少しばかり面倒な事態になってしまったのである。

 

まず1つ目は謙信が当時、信玄に扇動された越中の一向一揆と対峙していたため果たされず、4つ目の条件は氏政が難色を示し、さらに交渉を進めた結果、岩付城を太田三楽斎に返すことを渋々誓詞をしたためて応じた。

 

そして最も大きな問題となったのが2つ目の条件であった。

 

「馬鹿な!!国増丸はまだ6歳だぞ!?それにこっちは息子を送れといわれているのに向こうは家臣の子を送るだと?ふざけるのも大概にしろ!!これでは我らが風下に立たされることになるではないか!!」

 

2つ目の条件を聞いて氏政は激怒した。国増丸はまだ6歳と幼く、小田原と気候が違いすぎる越後での生活に耐えられるとは思えず、さらに凛との『国増丸を太田家の養子にする』という約束もあったので氏政が条件を聞き入れられないのも無理のない話である。また、氏邦を人質に出すという案もあったが、幻庵の息子の氏信兄弟が戦死したことにより氏邦の家中での立場はさらに重くなったので、この案もあっけなく取り消しとなった。

 

「つまり兄上は誰を人質に出すかを悩んでおられるという事ですか?」

 

「うん、それで昨日から氏政さんずっとあんな調子で・・・。」

 

千歌に促されてわずかに開いている襖の隙間から部屋を覗いてみると、氏政が難しい顔をして唸っているのが見えた。

 

「では私が兄上と話してきますね。」

 

三郎はそう言うと襖を開けて氏政の部屋に入った。

 

「おお三郎、久しぶりだな。小田原に来るのは珍しいな。」

 

氏政は久しぶりの弟の来訪に頬をほころばせた。

 

「はい、父上の見舞いに来ましたので兄上にも挨拶をと思いまして。」

 

「そうか、何ももてなせなくて済まんな。ところで小机の方は上手く行ってるか?」

 

「はい、養父上(ちちうえ)の教えのおかげで上手く行っております。」

 

「そうかそうか、それは何よりだな。」

 

三郎と氏政はしばらく和やかに談笑していたが・・・。

 

「兄上、越相同盟の件でお悩みのようですね。」

 

三郎が千歌たちから聞いた話を切り出すと、氏政の表情が曇った。

 

「うむ、そうなのだ・・・。誰を謙信の養子に出せばいいのか見当がつかなくてな。」

 

「なるほど・・・。」

 

「国増丸は無理だという旨を伝えたら、『こちらもできれば成人である者をお願いしたい。』と返答が帰ってきてな。」

 

氏政曰く、謙信もあまりにも幼い子では不都合だったのか氏政の要請はあっさりと受け入れられたらしい。

 

「それで謙信どのは誰をご所望になったのですか?氏忠か氏光か・・・。他に養子に出せる者は・・・。」

 

「実は言いにくいのだが・・・。三郎、お前が欲しいと言われているのだ。」

 

氏政は声を絞り出すようにそう言った。

 

「私がですか!?」

 

「うむ、氏忠や氏光も考えたのだがあやつらは元はと言えば今は亡き氏尭叔父上の子・・・。謙信はあくまでも嫡流の者を望んでいる・・・。だが正直なところ俺としてはお前には氏照たちのようにこの北条家を支える柱石となって欲しいのだ・・・。」

 

氏政もどうやら三郎を養子に出すことに関してはかなり躊躇いがあったようだ。もちろん北条家を担う人材として手放したくないという理由もあったが、彼が三郎を手放したがらないのには他にも理由があった。

 

それは彼が氏政、氏照、氏邦、氏規たちとは母親が違っていた腹違いの弟であることと、それが理由で肩身が狭い思いをしているであろう三郎を気にかけている兄弟たちの中でもとりわけ氏政は弟として目にかけていたからだった。そんな可愛い弟を雪深い越後に追いやりたくない・・・それこそが氏政の兄としての想いであった。

 

苦悩する兄の顔を見た三郎は氏政になんて言葉をかけていいのか分からず沈黙する。そして2人の間に沈黙が流れ始めてから数分ほど経った時、三郎は意を決したように兄に声を掛けた。

 

「・・・兄上。」

 

「どうした三郎、何かいい考えでも浮かんだか。」

 

「私が上杉家に行きましょう!」

 

「そうか、お前が上杉家に・・・なんだと!?」

 

氏政は弟の言葉に耳を疑った。

 

「私は本気ですよ兄上。」

 

「それは分かっている!だが・・・。」

 

「兄上たちの私への想いは言われずともわかっております。」

 

氏政は三郎に対して何か言いたげな様子であったが、三郎はそれを遮って自分の意志が固い事を兄に言外に伝える。

 

「それにお前はもう幻庵大叔父上の養子になっているではないか。」

 

「それに関しましてはあとで養父上を説き伏せますゆえ。」

 

「・・・考えが変わるなどという事はなさそうだな。」

 

「ええ。私ももう大人ですので。」

 

「ふっ、つい最近まで子どもだと思っていたが・・・。もう19になれば無理もないか。」

 

氏政は三郎の熱意にほだされたのか、説得をやめて寂しそうに笑った。三郎はそんな兄の笑顔を見て在りし日の思い出が脳裏によぎり目頭が熱くなったが、それを堪えて笑顔で、

 

「私もいよいよ北条の役に立てる時が来ました。私は私の役目を全うするだけでございます!」

 

と言った。

 

 

 

 

 

 

「三郎くんたち何を話してるんだろうね~。」

 

三郎が氏政の部屋に入ってからしばらく経った頃、千歌たちは変わらず氏政の部屋の前でたむろして三郎が出てくるのを待っていた。

 

「・・・。」

 

すると噂をすれば影というべきか、三郎が氏政の部屋から出てきた。

 

「あ、三郎くん!どうだったずら・・・三郎くん?」

 

三郎が出てくると彼の姉のような存在といえる花丸が真っ先に声を掛けるが、彼のあまりにも真剣な表情を見て何か違和感を感じた。

 

「どうしたの?」

 

「・・・皆さんにも話したいことがあります。ここだとあれですのでお部屋にうかがってもよろしいですか?」

 

千歌が何があったのかをたずねると、三郎はいつものような柔和な笑顔を浮かべてそう言った。

 

そして、千歌たちの部屋にAqoursのメンバー全員と三郎を合わせた10人が集まって三郎を上座に、輪になって座った。

 

「それで話したいことと言うのは何ですの三郎さん?」

 

ダイヤが話を切り出すと三郎は深く息を吸ってからそれを吐き出し、意を決したような面持ちで氏政と話したことの一部始終を語った。千歌たちは最初こそ驚きの声を上げはしたが、ダイヤがそれを制してからは真剣な様子で三郎の話を聞いていたが、1人だけ彼の話に納得できないメンバーがいた。

 

「そんな!どうして三郎くんが養子に行かなくちゃいけないずら!?」

 

花丸であった。彼女は北条家に拾われてからの1年にわたる修業期間では久野の屋敷で幻庵の教えを受けていた。花丸はその当時幻庵の元に預けられていた三郎と、幻庵や久野屋敷の者たちからはまるで実の姉弟のようだと言われるほど仲良くなった。修業期間が終わってからも暇を見つけては幻庵の屋敷に出かけて三郎と遊んだり、勉強を教えたりしていた。

 

そしていつしか三郎が花丸の歳や背を追い越すようになっても花丸は変わらず三郎とは姉弟のように接し、三郎の方も花丸の事を姉のように慕っていた。もっとも、三郎の方は花丸の歳を追い越してからは少しばかり態度を改める事こそあれど2人の仲が悪くなることはなかった。

 

寺生まれで歳や見た目に似合わず精神年齢が同年代の少女たちよりも高めで、どこか達観している雰囲気があった花丸が子供のように駄々をこねる姿を見た彼女以外のメンバーや三郎は驚きを隠せなかった。

 

「花丸ちゃん・・・。」

 

花丸に連れられて三郎と過ごすことが多々あったルビィには花丸の気持ちが痛いほど理解できていたが、事情が事情なので、何も言う事ができなかった。

 

「花丸さん、三郎さんと長く過ごしてきたあなたの気持ちは分かりますが、何も三郎さんは無理やり行かされるのでは無く自分の意志で上杉家の養子になろうと決めたのですよ。であれば三郎さんの意志を尊重すべきかと・・・。」

 

「それはおらも分かってるずらダイヤさん!でも、でも・・・!」

 

ダイヤが花丸をたしなめるが、それでも花丸は納得できなかった。頭では三郎を止めることはできない事や上杉家に行くのは彼の意志によるものだと理解できていても心では納得できないのだ。

 

「・・・花丸さん。」

 

三郎が花丸の名を呼んだ。

 

「・・・ずら?」

 

花丸は涙をぬぐい、三郎の呼びかけに答えた。すると次の瞬間・・・。

 

「花丸さん、申し訳ありません!!」

 

『さ、三郎さん(くん)!?』

 

何と三郎が花丸に向かって土下座をしたのだ。

 

「ちょっ、三郎くんどうしたの!?」

 

「さ、三郎さん頭を上げて!!」

 

氏政たちとは腹違いであるとはいえ大名の弟である三郎が土下座したことで花丸やルビィ以外のメンバーは慌てて顔を上げるように言うが、三郎はそれでも土下座をやめる気配はなかった。

 

「三郎くん・・・。」

 

「花丸さん。先ほども言いましたが私は兄上に無理やり行かされるのではなく、自分の意志で上杉家に行くと決めたのです。北条家の役に立つために。」

 

「でも、北条家のためにって言っても他にやり方があるはずずら・・・。」

 

「ええ。ですが、上杉謙信どのは北条家の嫡流の成人を出すようにと仰せられました。氏政兄上の子たちは未だ幼く、氏照兄上たちは今や北条家の柱石とも言える立場にあり、六郎(氏忠)や四郎(氏光)は今こそ我らの兄弟ですが元はと言えば亡き氏尭叔父上の子で嫡流とは言えません。ゆえに謙信どのの出した条件を満たせる者は私だけだと判断したのです。」

 

「・・・。」

 

「私はようやく初めて兄上たちの役に立てる方法を見出したのです。花丸さんも言っていたではありませんか。『大切なのはやりたいかどうかだよ』と・・・!」

 

「!!」

 

三郎は幼いころから花丸に言われていた言葉を彼女に伝え、花丸もそれを思い出した。

 

「三郎くん、それって・・・。」

 

「ええ。幼い頃より寺に預けられていたので兄上たちに比べて非力で、武芸の鍛錬も振るわず挫けそうになっていた私にかけてくださった言葉です。花丸さんのこの言葉こそが私の心の支えとなり、氏政兄上からも北条の柱石として働いてほしいと仰っていただけた・・・。そうなることができたのも全ては花丸さんの言う通り、『北条家のために役に立ちたい』という思いを胸に抱き続けて来たからこそだと私は思っています。」

 

「そ、そんなことないよ!それは三郎くんが必死に努力した結果で、おらは特に何も・・・。」

 

花丸は照れ臭そうに三郎の言葉に反論するが、

 

「その三郎さんの努力の源って言うのがあんたの言葉なんでしょ、ずら丸?」

 

と善子にあっさりと論破されてしまい、花丸は顔を真っ赤にして唸り黙りこくってしまった。

 

「とにかく、今回の件も私のやりたいという気持ちに従って決めたことなのです。これはたとえ兄上や養父上、そして花丸さんに反対されようと曲げる気はありません。」

 

その三郎の言葉には誰にも異を唱えさせない威圧感があった。まさに相模の獅子と謳われた戦国大名、北条氏康の血を受け継ぐ男として相応しい雄姿だった。

 

「・・・そっか。」

 

花丸はそんな三郎の姿を見てふと呟いた。

 

「ずら丸?」

 

善子はそんな花丸の様子を不思議に思い彼女の名を呼びかける。

 

「そっかそっか!三郎くんがそこまで言うんだったらおらにはもう止められる権利も理由も無いずらね!三郎くんってば本当に大きく、強くなったね。」

 

花丸は晴れやかな笑顔でそう言うと三郎の元に歩み寄って彼の頭を優しく撫でた。

 

「は、花丸さん!?もう私は子供じゃありませんよ!」

 

三郎は花丸の突然の行動に困惑し、照れ臭そうに手を振り払おうとした。

 

 

「って言ってる割りには三郎さんも満更じゃなさそうね。」

 

「うん、花丸ちゃんと三郎さんは見てて本当の姉弟に見えてくるもん。」

 

2人の様子を見て善子とルビィは微笑ましそうにそう言った。実際に端から見た今の花丸と三郎の様子はまるでじゃれ合っているように見えているのだ。

 

「三郎さんってもう私たちより年上なのに、マルってばすっかりお姉さん気分だよね。」

 

「ええ、血は繋がって無くともその絆は肉親のように固いですわね。」

 

「まさにsoul brother&soul sisterね!」

 

「いいなあ、私もお姉ちゃんになってみたかったなぁ。」

 

「千歌ちゃんだって国王丸くんたちのお姉ちゃんみたいなもんだよ。」

 

「でも国王丸くんって落ち着いてるところがあるからどっちがお兄さんかお姉さんか分からなくなる時があるわよね。」

 

「あはは、確かにそうかもね。」

 

千歌が花丸の事を羨んでいると、曜が国王丸たちとの仲の良さを挙げて千歌をフォローするが、梨子の指摘を聞くと笑ってそれに同意した。

 

「もう!梨子ちゃんも曜ちゃんも笑わないでよ!」

 

『あはは!』

 

そんなこんなでしばらくの間、千歌たちと三郎の間に和やかな時間が流れた。

 

 

 

そして三郎が帰った後・・・。

 

「ねえ千歌さん、みんな。」

 

「どうしたの花丸ちゃん?」

 

「珍しいね、マルが何か言いだすなんて。」

 

花丸が真剣な表情でみんなを呼んだので、果南は珍しいと微笑んだ。

 

「おら、三郎くんの為にライブがしたいずら!」

 

『ライブ!?』

 

花丸が千歌たち8人を呼んだ理由、それは三郎の為にライブをしたいという提案でみんなは驚いた。

 

「だめ、かなあ・・・。」

 

みんなが驚いたのを見て、花丸はシュンとした様子で言うが、

 

「ううん、全然だめじゃないよ!」

 

「むしろすごくいいと思うであります!」

 

「私もそう思うよ花丸ちゃん。」

 

「ルビィもやりたいって思ってたんだ!」

 

「ふふふ、貴公子の門出に私たちのライブ・・・。いいアイデアじゃないずら丸!」

 

「うんうん、きっと三郎さんも喜ぶよ!」

 

「Wonderful!さっすが花丸ね!」

 

「私も賛成ですわ。」

 

千歌たち8人は揃って花丸の提案に大賛成だった。だが、

 

「でもこの前のライブみたいに大掛かりにってわけにもいかないよねぇ。」

 

と千歌が言った。小田原の復興の時に行ったライブは城下町の復興のためにたくさん人が集まっていただけでなく、理由が理由だったので普請に携わっていた人夫たちも快く無償で協力してくれたからこそ大規模に行う事ができたのだ。しかし、今は平時であるからステージを作るには人夫を雇わなければならず、千歌たち9人の所持金を合わせてもそれほどのステージを作るための人夫は雇えなかった。

 

「じゃあ氏政さんにお金を出してもらうって言うのは?」

 

「それができたら苦労しませんわよ・・・。」

 

果南の提案にダイヤは首を振る。今は武田との臨戦態勢が続いており、いくら当主とはいえどもそのような事に金を出せる余裕はあまりなかった。

 

若くして、そして女性でありながら評定衆として政治に参画しているダイヤだからこそその現状を理解していた。

 

「それについてはおらにいい考えがあるずら!」

 

「ほんと!?」

 

花丸の言葉に千歌は目を輝かせる。

 

「前に使ったステージを作り直して再利用するずら!」

 

『再利用!?』

 

それは実に花丸らしい意見だった。

 

「確かに、あのステージを作り直すだけなら私たちにもできますわね・・・。」

 

「しかもローコストでお金もそこまでかからないわね!niceよ花丸!」

 

ダイヤも鞠莉もその案に乗り気であった。

 

「じゃあライブの場所と歌う曲は・・・。」

 

「それもおらに考えがあるずら!それはね・・・。」

 

千歌が次の議題に移ろうとすると、また花丸に考えがあるようで彼女はまたスラスラと意見を話し始めた。

 

「なんか花丸ちゃんが別人みたいだね・・・。」

 

「うん、私の出番あっという間に取られちゃった。」

 

「いいんじゃない?マルにとって三郎さんは弟みたいなものだし、その弟分のために何かしてあげたいって思うのはいい事だと思うよ。」

 

『そうだね。』

 

花丸の話を聞きながら話していた千歌と曜と果南はそう言い合って微笑むと、また熱心に花丸の話に耳を傾けた。

 

 

花丸による三郎のためのライブの企画会議は丑三つ時まで続いたという・・・。




いかがでしたでしょうか?

いよいよ第三章も終盤に差し掛かり、北条家の歴史のターニングポイントの一つである『越相同盟』が話に絡んできました!史実同様に三郎は越後に赴くことになりますが果たしてどうなる事か?

そして千歌たちも花丸を主導に三郎のために動き出す!どの様なライブが開かれるかは次回を乞うご期待!

感想があったら、一行でも書いてくださると幸いです!


それでは次回もまたお楽しみください!!


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30話 愛された少年

どうも、截流です。

今回は本日2回目の更新となります!


それではどうぞお楽しみください!!


「ほう、そんなことがあったのか。」

 

「はい、養父上。」

 

その日の夜、三郎は久野にある幻庵の屋敷に立ち寄って昼にあった氏政たちとの出来事を幻庵に話した。

 

「上杉に行く件についてはわしから氏康に伝えておくでな。」

 

「かたじけのうございます。」

 

三郎はそう言って幻庵に頭を下げる。

 

「なあに、わしとお主は今や親子同士。そう改まって礼を言う必要はないぞい。」

 

「いえ。だからこそ礼を言わずにいられないのです。」

 

「む?」

 

「私が上杉に行くという事は、養父上との養子縁組を取り消すという事になります。養父上はそれでも私のために・・・。」

 

三郎は幻庵との間にある養子縁組を取り消すことに罪悪感を感じていた。

 

「三郎は優しいのぉ、こんな老いぼれのためにそこまで気を遣ってくれるとは・・・。その優しさは氏政にそっくりじゃ。じゃがこの乱世では時として情に流されずに決断することを迫られることも多い、今もその一部じゃ。」

 

幻庵は三郎の言葉に目を細める一方で、厳しい面持ちで三郎をたしなめる。

 

「はい。」

 

「そんな時こそ花丸どのがお主に常々言っておった『やりたいかどうかが大切』という言葉が生きてくる。そういう時こそ己の心に従い悔いのない道を選ぶのが大切なのじゃ。」

 

「はい。しかし、私がいなくなってしまっては養父上のお家は・・・。」

 

「なんじゃ、そんなことは気にせんでもよい。確かに氏信に長順と息子たちには先立たれてしまったが、幸いなことに氏信は菊千代を遺してくれた。それに万が一、菊千代が元服する前にわしが死んでも氏規か六郎か四郎に後見させればよいしの。ほっほっ。」

 

幻庵は朗らかに笑いながら三郎が懸念していた養子縁組取り消し後の自分の一族の行く末をどうするかを語った。『三郎がおらずとも我が家は安泰だ』という事なので現代的な目線で見ると三郎に対して冷たいのではと感じる人も多いかと思われるが、この時代において家を残すという事は最上級の使命なので、それを気にする三郎に対するこの言葉はむしろ彼に対するフォローのようなものであった。

 

「・・・重ね重ねのお心遣い、誠に痛み入ります。」

 

三郎は養父の厚意に目頭を熱くしながら頭を下げる。

 

「なに、これくらいしかわしにできる事はないもんでな。上杉に行っても達者で暮らすんじゃぞ。」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

翌日、三郎は改めて氏政に自分が越後に行くと伝えた。氏政も氏邦を通じて謙信に三郎を養子に出すことを承知したことを伝えた。謙信はそれを聞くと、氏政に三郎を4月中に沼田城へ向けて送って欲しいという旨の書状を送った。

 

そしていよいよ三郎が北条家を起つ前日の夜の事。

 

「養父上からお屋敷へと御呼び出しを受けたが一体如何なる御用なのだろうか・・・。」

 

幻庵から屋敷に来るように呼び出された三郎は呼び出された理由が思い当たらず、不思議に思いながら幻庵の屋敷にやって来た。

 

「確か養父上は大広間で待っていると仰せだったか。」

 

三郎がそう呟いて屋敷の大広間に入ると、

 

「噂をしとったら今日の主役のお出ましじゃな。」

 

「おお!やっと来たか三郎!」

 

「しばらく見ねえうちに色男になったもんだな!」

 

「久しいな三郎、息災にしてたか?」

 

「元気そうで何よりですね。」

 

そこには幻庵だけでなく、氏政をはじめとした三郎の4人の兄たちがいた。

 

「養父上、これは一体どういう・・・!?」

 

まさか兄たちと一堂に会するとは夢にも思っていなかった三郎は戸惑いながら幻庵に兄たちがいる理由をたずねる。

 

「ん、言っておらんかったかの?今宵は三郎が越後に立つ前夜であるがゆえ、送別の宴を催すと・・・。」

 

「大叔父上・・・。言ってなかったから三郎はここまで戸惑っておられるのでは?」

 

「そのようじゃな、ほっほっほ・・・。」

 

氏政に三郎への伝達に問題があったことを指摘された幻庵は笑ってそれを認めた。

 

「ここ数年、忙しくて三郎に会える機会がなかったもんでな。」

 

「北条にいられる最後の日くらいは一緒にってな!」

 

「そんなわけで大叔父上と兄上に呼ばれたんですよ。」

 

氏照、氏邦、氏規の3人もそれぞれ滝山、鉢形、韮山といった要衝を任された身でありながら、三郎のために駆けつけたのだという。

 

「しかし、それでは兄上たちの城は・・・!」

 

「心配はいらん。滝山は泰光に任せておるからな。」

 

「俺は鉢形を大福(おふく)の兄である重連(しげつら)に鉢形城を任せてるぜ。」

 

「韮山城は康英どのにお任せしているので心配ないですよ。」

 

3人ともそれぞれ自分の城を信頼できる人物に任せてくるという念の入れっぷりであった。それほど三郎の門出を祝いたかったのだろう。

 

「もちろん氏忠と四郎も来ているぞ!」

 

「それにしては2人の姿が見えませぬが・・・。」

 

三郎は氏政に言われて氏忠と六郎の姿を探して辺りを見回すが2人はどこにもいなかった。

 

「あいつらは千歌どのたちの手伝いをしてるんじゃなかったか?」

 

「そうそう、確か『ちぇんばろ』なる楽器を運ぶのを手伝っているとか・・・。」

 

「ちぇんばろ・・・ですか?聞いたことのない楽器ですね。」

 

「うむ、それは南蛮の楽器でな。梨子どのは曲を作る際は『ぴあの』なる楽器を使うそうだがこの時代には無いらしくいのだ。代わりにたまたま来ていた南蛮人が持っていたそれにそっくりな楽器を千歌どのたちに求められて買ったのだ。」

 

「なるほど、そのような事があったのですね。何から何まで本当にありがとうございます・・・。」

 

氏政たちの話を聞いた三郎は兄弟だけでなく花丸たちもが自分のために祝う準備をしてくれていることを知り、思わず目頭が熱くなったが、それを隠すように頭を下げて礼を言った。

 

「俺たちは兄弟なんだ、そうかしこまる必要なんてないぞ三郎。さ、宴の前に一献飲んでくれ。」

 

「はい、氏政兄上。」

 

氏政はにこやかに三郎の盃に酒を注ぎ、三郎もそれを受けた。それからしばらくの間、氏政兄弟と大叔父の幻庵は酒を肴に色々な思い出話に花を咲かせていた。

 

そして氏政たちが酒を飲み始めてから1時間ほど経った頃・・・。

 

『氏政兄上~!!』

 

と、2人の若者が慌ただしく氏政たちのいる部屋に駆け込んできた。

 

「氏忠も四郎もどうしたんだそんなに慌てて。」

 

「緊急事態というわけではないのですが・・・。」

 

「千歌どのたちが『らいぶ』の準備を終えられたそうです!」

 

「ゆえに兄上たちを庭に呼ぶように言伝を頼まれてきました。」

 

先ほどまで庭で千歌たちと一緒にライブの準備を手伝っていた氏忠とその弟である四郎(のちの氏光)は肉体労働をした後だからか息を切らしながらライブの準備が終わったことを氏政たちに伝えた。

 

「おおそうか!よし、ではみんな!大叔父上!千歌どのたちの待つ庭へ行こう!!」

 

氏政が場にいた者たちにそう言うと、氏政兄弟と幻庵は特設のライブ会場である庭へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

『おお!』

 

縁側に出てきて庭を見た氏政たちは驚きの声を上げた。久野屋敷の庭は普段は飾り気のない素朴な美しさを持つ庭園であったが、庭の中心に木材で作られた簡易ステージが配置されており、さらにステージの四隅には煌々と燃える松明が照明代わりに設置され、どこか浮世離れしている幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

「あ、氏政さんたちやっと来た!おーい!!」

 

氏政たちの姿に気づいた千歌は彼らに大きく手を振った。

 

「しっかし見事な舞台だなこりゃ!」

 

「なかなかの職人技だな・・・。お主らが一から作ったのか?」

 

「ううん。もちろん大工さんたちに手伝ってもらってるよ!」

 

「でもこのステージは小田原の復興の時にやったライブで使ったものを幻庵さんの屋敷でも使えるように少し小さく作り直したものなんです。」

 

氏照にステージを作ったのかをたずねられると、千歌と曜がそう答えた。彼女たち曰く、このステージは氏照たちが三増峠で戦っている最中に小田原の城下町を直す民たちを励ますために行ったライブ(26話参照)で使ったものを再利用しているとのことだったという。

 

「いや~、しっかしまた千歌どのたちの歌を聴けると思うと胸が高鳴るな!」

 

「うむ、私と氏邦は千歌どのたちが初めて小田原に来て歌った時以来全く聞いておらなんだからな。」

 

氏邦と氏照は千歌たちの歌を聞くのはかれこれ8年ぶりなのでワクワクすると同時にある種の懐かしさも感じていた。

 

「えー。今日歌う曲は、私たちが暮らしている時代で日本一のスクールアイドルを決める『ラブライブ』という大会の予選で歌った曲です。その時は、梨子ちゃんがピアノのコンクールがあったので予選には参加できず、8人で歌うことになりましたが、梨子ちゃんがくれたこのシュシュをみんなで付けてそれぞれライブとコンクールに臨みました。」

 

千歌はシュシュを付けた右手を上に掲げながら氏政たちにこれから歌う歌の説明をした。

 

「三郎くんはこれから越後の上杉謙信さんの養子になるから氏政さんたち兄弟やおらたちとは離れ離れになっちゃうけど、それでも心はずっと一緒だよって事を伝えたくってこの曲を選んだずら・・・じゃなくて選びました!」

 

そして千歌の説明に続き、今から歌わんとする一曲に籠められた『離れていても三郎との絆は不朽であれ』という願いを花丸が語った。

 

「花丸さん・・・。」

 

千歌と花丸が語り終えると9人はステージに登り、それぞれのポジションにつく。

 

「梨子ちゃん、チェンバロの調子はどう?」

 

「うん。ピアノとはだいぶ勝手が違うけどちゃんと練習したから大丈夫だよ。」

 

梨子は曜にそう言うと、チェンバロの前に座り、呼吸を整える。

 

「じゃあみんな、用意はいい?」

 

『うん(ええ)!!』

 

千歌はみんなの返事を聞くと大きく深呼吸をした。

 

「それでは聞いてください、『想いよひとつになれ』!」

 

 

 

「想いよひとつになれ♪この時を待っていた~♪」

 

『♪~♪~』

 

千歌のソロと梨子のピアノソロからイントロが始まり、9人は笑顔で精一杯に庭の真ん中に作られたステージの上を舞い踊った。

 

「やはり千歌どのたちの歌はいつ見てもいいものだ。」

 

「ああ、私も一曲吹きたくなって来たぞ兄上!」

 

「お!いいねえ、氏照兄貴の笛と千歌どのたちの歌と踊りが混ざったら最高じゃねえか!」

 

千歌たちの歌を聞きながら氏政は彼女たちの歌と踊りに酔いしれ、氏照は笛を吹きたくなるほどに心を沸かせ、氏邦は酒が入ってるせいかいつも以上に晴れやかな様子で氏照の肩を組んで彼の言葉に同意していた。

 

「・・・。」

 

「どうかしましたか三郎。」

 

「・・・。」

 

氏規は三郎に声を掛けたが、三郎はステージの方を一心不乱に見ていて心ここにあらずといった様子で氏規の呼びかけに応えるそぶりを見せなかった

 

「見入っておるようじゃ、邪魔はせんでやろう氏規よ。」

 

「ええ、そうですね。」

 

幻庵はステージを見ている三郎の表情を見て何かを察してそっとしてやるように氏規に言って、氏規も幻庵の言わんとしてることを察して幻庵と共に三郎の側から離れた。

 

「・・・。」

 

三郎は千歌たちのパフォーマンスに見惚れていた。彼は千歌たちが幻庵に北条家の成り立ちを聞くために久野の屋敷に遊びに来ていた時に、彼女たちのパフォーマンスを一度だけ見ていた。彼の脳裏にはその時の情景が走馬灯のように駆け巡っていた。

 

(そういえば2年ほど前にも彼女たちの歌と踊りを見せてもらったことがあったな・・・。今の物と比べれば即興のものであったがゆえに簡素でしたがそれでも私の知らない美しさを放っていた・・・。)

 

そして彼の視線は花丸の方に移ろっていく。

 

(今も昔もそうだが、皆さんの踊る姿は美しいが中でも花丸さんは格別に美しい・・・。私が知る限り、花丸さんは温厚で書物と食べることが好きで、側にいると不思議と心が安らぐ方で・・・。国府台の戦では氏政兄上のお側で戦っていたと言われるがそのような荒々しい様は微塵も浮かんでこない、その名のように野に咲く花のような素朴な美しさや愛おしさを纏っていた方だ。)

 

三郎は踊っている花丸を目で追いながら、彼女と過ごしてきたおよそ8年間の思い出を思い返していた。

 

(そんな花丸さんでも、ひとたび踊りだせば花の蕾が開くように一気に華やかになっていく。ああ、初めて花丸さんたち9人の踊りを見せてもらった時も同じような事を考えていたな。全く、私という男は・・・。)

 

 

 

『想いはひとつだよと~♪違う場所へ~♪向かうとし~ても~♪信じてる~♪』

 

いよいよ最後のサビが終わり、アウトロが梨子の演奏で奏でられ、曲は終わりを告げた。

 

『ありがとうございましたー!!』

 

曲が終わると千歌たち9人は縁側に座っている三郎たち兄弟と幻庵に挨拶をした。

 

「うむ、実に見事だった!」

 

「いいぞ~!!」

 

「これが千歌どのたち『あくあ』の歌と踊り・・・!素晴らしいものだな四郎!」

 

「はい!氏忠兄上!!」

 

氏政と氏照は喝さいを送り、そして氏忠と四郎は初めて見るAqoursのパフォーマンスに感激していた。

 

「いい歌だったぜお前ら~!!ううう~!」

 

「氏邦兄上、酔ってらっしゃるんですか?」

 

「酔ってねえよ!あまりにもいい歌だったから酒飲む手も止まっちまったぜ!!」

 

「ほほほ、酒よりも酔いしれる事のできるものを見つけられたというわけじゃな。」

 

氏邦は感激のあまり号泣し、氏規と幻庵はそんな彼の様子を見て笑っていた。

 

そんな中、花丸はいきなりステージから飛び降りて三郎の元に走り寄った。

 

「三郎くん!おらたちの踊り、どうだったずら?」

 

花丸は目を輝かせながら三郎に感想を聞いた。

 

「ええ、とても素敵な歌と踊りでした。」

 

三郎はにっこりと微笑んで花丸にそう言ってからふと立ち上がって、

 

「皆さんも私のためにこのような素敵な歌と踊りを見せてくださり、本当にありがとうございました!!」

 

と頭を下げて礼を言った。

 

「あ、そうだ!おらたち、三郎くんと氏政さんたちに渡したいものがあるんだ!」

 

「渡したいもの、ですか?」

 

花丸の言葉に三郎は首を傾げた。

 

「氏政さーん!氏照さーん!氏邦さーん!氏規さーん!渡したいものがあるのでちょっと来てくださーい!!」

 

いつの間にかステージから降りて三郎と花丸の側にやって来た千歌は氏政たち4人を呼び寄せた。

 

「ん?どうしたのだいきなり?」

 

氏政たちは突然呼び出され、何が始まるのかと首を傾げていた。

 

「せ~の!」

 

『じゃ~ん!!』

 

千歌の音頭から9人が大声を出すと、花丸は背中に隠していた両手を出した。その両手にはそれぞれ黄、青、赤、黒、白の一色で染められた5つのお守りが出て来た。

 

「これは・・・!」

 

「北条の五色じゃねーか!!」

 

「そのとおり!私たちのこのシュシュみたいなのが氏政さん達にもあれば三郎さんが遠くにいても心が1つだってことを証明できるかな~なんて思ってみんなで作ったんだ!!」

 

千歌がドヤ顔でふんぞり返りながら氏政たちに説明した。

 

「なるほど、一色づつ染めて五つ合わせて五色になるとは考えましたね千歌どの!」

 

「あ、でもこの色のアイデアを考えたのは花丸ちゃんなんだよね~。」

 

「花丸どのが考えられたのですか・・・。確かに幻庵大叔父上の元にいただけに発想が実に雅ですね。」

 

氏規はお守りをまじまじと見ながら感心していた。

 

「まず、黄色は氏政さんで赤は氏照さん、青が氏規さんで黒は氏邦さん。そして三郎くんには白のお守りずら!」

 

三郎はそれぞれのお守りを渡した。

 

「色には何か意味があるのか?」

 

氏政がたずねると、

 

「黄色は五色備えのリーダーの綱成さんの色だから長男の氏政さんに、氏照さんは兄弟の中で一番戦上手と伺ったので炎をイメージして赤、氏邦さんは黒備えの部隊を率いてると伺ったので黒、氏規さんは水軍を率いていて海が似合いそうだということで青ってみんなで決めたのです。」

 

とダイヤが説明した。

 

「それで、私が白なのはどういう理由があるのでしょうか?」

 

三郎が自分のお守りの色が白である理由をたずねた。

 

「三郎くんのお守りが白なのは、白は何色にも染まれる可能性の色だからずら!」

 

花丸は三郎の問いに自信満々な様子で答えた。

 

「可能性の色・・・ですか?」

 

三郎は花丸の言わんとしていることが一瞬理解できずに首を傾げた。

 

「絵をかく紙も最初は全く何もない白色でしょ?そして三郎くんも今は元服したばかりでスタートラインに立ったばかりずら。つまり今の三郎くんなら自分のなりたい者に何でもなれる!白い紙に自分の描きたい絵をかいたり、自分の好きな色を塗るように、三郎くんが越後に行っても自分のやりたい事ができるように何色でもないまっさらな白を選んだずら!」

 

「花丸さん・・・!」

 

花丸の言葉を聞いて三郎は感激のあまり言葉を失った。

 

「あれ、おら何か変な事言っちゃったかな?」

 

「い、いえ!そのような深い意味で私にこの白のお守りをくださり、感謝してもしきれません!先ほどの素敵な歌といい、このような素敵なものまで受け賜われて私は幸せです!」

 

三郎はすさまじい勢いで頭を下げながら花丸にお礼を言った。

 

 

 

 

(『想いはひとつだよと、違う場所へ向かうとしても信じてる』という歌に籠められた言葉といい、私の可能性を信じて贈ってくださったこの白いお守りといい・・・。私は兄上たちと同じように愛され、そしてこのように門出を祝ってもらえ、私はなんという果報者なんだろうか。期待をかけてくれた兄上たちのため、北条家のため、ここまで祝ってくれたAqoursの方々のため・・・。そして私を弟のように慈しんでくださった花丸さんのために、私は越後へ行こう!)

 

心の中で改めて越後に行くための決意を固め、右手にある白いお守りを強く、そして優しく三郎は握りしめた。




いかがでしたでしょうか?


三郎が出てくる歴史小説やその他の媒体の創作物では氏政たち兄弟とは腹違いであったことから捨て石のように上杉家に送られるパターンが多いですが、この話を書くために越相同盟についていろいろと調べてみると、実は三郎はかねてより謙信に『人質』ではなく『養子』と望まれて越後に行くことになっていたという事を知りました。そして三郎が一時期幻庵の養子として北条家の柱石になる事を望まれた人物でもあった事と合わせて前回と今回の話を書きました。

さて、次回はいよいよ三郎と越後の龍と呼ばれたあの英雄と邂逅するかも・・・!?



それでは次回もまたお楽しみください!!


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31話 三郎と軍神と、ときどき花丸

どうも、截流です。

今回はサブタイトルから察する人も多いかと思いますが、ある超大物武将が登場します!



それではどうぞお楽しみください!!


久野屋敷で幻庵と氏政兄弟、そしてAqoursによって行われた三郎の送別会から数日後、三郎は氏康と氏政から付けられた数人の家臣たち、そして警護役であり越相同盟締結の立役者でもある氏邦の軍勢と共に沼田城に向けて歩みを進めていた。

 

「康光どの、沼田まではどれくらいかかるでしょうか?」

 

「うむ・・・。厩橋城を出たのが3日ほど前の事でございますから、日が暮れる前には沼田城に辿り着けましょう。」

 

三郎の質問に答えた男の名は遠山康光。遠山という名字から国府台で戦死した梨子の師とも言える、遠山綱景の名を思い浮かべる読者の方もいるだろう。康光はその綱景の弟であり、時には兄の片腕として鎌倉の代官を務め、またある時は三浦半島の水軍衆との交渉、そして氏康の側近として外交に携わるなど、江戸城城代の筆頭にして北条家三家老を務めた兄に比べて知名度は劣るものの、北条家の為に力を振るった功臣であることに間違いはなかった。

 

そしてこれは余談なのだが、康光(そして綱景)の妹は氏康の側室であると同時に三郎の実の母親でもあるため、三郎にとって康光は叔父にあたるのだ。氏康が三郎に彼を付けたのは康光が叔父にあたる事が関係しているといっても過言ではないだろう。

 

「そうですか。上杉謙信・・・、相模の獅子と謳われた父上が決戦を避けるほどの戦上手である一方で毘沙門天を熱く信奉し仏の道にも深く帰依していると聞きますが、どのようなお方なのだろうか・・・。」

 

三郎は空を仰ぎながら、自分の新たな養父となる男がどの様な人物であるのか、思いを馳せていた。

 

「大丈夫だよ三郎くん。上杉謙信さんは義に篤い人だっておらたちの時代にも伝わってるずら。だからきっと悪い人じゃないと思うよ?」

 

そんな三郎に語り掛けたのは、花丸であった。

 

なぜ花丸がここにいるのか、そう疑問に思った読者もいるはず・・・。それを知るためには三郎の送別会の翌日・・・つまり三郎が出立する日まで時をさかのぼる必要がある―――――

 

 

 

 

 

それは三郎の送別会の翌日の卯の刻(午前6時ごろ)のこと・・・。

 

「では康光。越後にて三郎の事、よく支えてやってくれよ。」

 

「兄上さま。三郎の事、何とぞよろしくお頼み申し上げます。」

 

たまたま体調が少し回復していた氏康は側室にして三郎の母である康光の妹と共に三郎の見送りをしていた。

 

「はっ!この遠山康光、身を粉にして三郎さまをお支えしてみせまする!」

 

康光もそんな2人の期待に応えるべく、頭を下げながら堂々と宣言した。

 

「氏康さん!!」

 

「む、花丸どのか。1人とは珍しいな、他の者たちは如何した。」

 

いきなり花丸がやって来たことにわずかな驚きを見せながらも、氏康は落ち着いた様子で花丸に用件をたずねた。

 

「あの、おらも三郎くんに付いて行っていいですか!?」

 

『!!?』

 

花丸の言葉に、その場にいた者たちは皆驚いた。

 

「は、花丸さん!?」

 

「お主も越後に行くというのか!?」

 

三郎と氏康は驚いてそう言ったが、

 

「へ?おらが行くって言うのは三郎くんの見送りずらよ?流石に越後までは行けないずら~。」

 

「そ、そうであったか・・・。早合点してしまったな。」

 

花丸の言葉に氏康は安心した。

 

「しかし、他の皆さん・・・特にダイヤさんは反対したのではないですか?」

 

「ううん、おらが三郎さんを上野までお見送りに行きたいって言ったらオッケーしてくれたずら!」

 

花丸はにこにこしながら三郎の見送りに行ける理由を説明した。

 

「そうか、であるならば花丸どのも見送りに付けるとしよう。」

 

「はい!ありがとうございます、氏康さん!!」

 

花丸は氏康に頭を下げた。

 

 

 

 

 

――――そんな訳で、こうして花丸は三郎たちと沼田城への道中を共にしているのだ。

 

 

「よし、そろそろ沼田城に着くぞ。」

 

氏邦の言葉を聞いた花丸は息を呑み、襟を正した。

 

「鉢形城主、北条氏邦である!北条三郎を連れて参った!!門を開けられよ!!」

 

氏邦がそう言うと沼田城の門は開かれた。

 

「さあ、行きましょう花丸さん。」

 

「ず・・・ずら。」

 

行列が城に入っていき、花丸も三郎に促されると、ぎこちない動きで沼田城へ入っていった。

 

 

そして、三郎は越相同盟の立役者である氏邦や付家老(当主の元から派遣される家老)の康光や見送りに来た花丸と共に謙信や上杉家の家臣団が待つ大広間に向かった。

 

(いよいよ謙信公とご対面か・・・。)

 

三郎はまだ見ぬ越後の龍との対面がどうなるか緊張していた。

 

「小田原より北条相模守氏康どのが御子息、北条三郎どのが参られました。」

 

「うむ、通せ。」

 

襖の奥からそんなやり取りが聞こえ、三郎は意を決して大広間に入った。

 

「おお・・・。」

 

「これは見事な・・・!」

 

三郎が大広間に入り、謙信のいる上座に向かって歩くと大広間に居並んでいる上杉家の家臣たちが三郎を見てざわめき始めた。

 

三郎は『関東一の美男子』と言われるほどに容姿端麗であったため、そうなるのは無理もない話であった。

 

「北条相模守氏康が庶子、北条三郎氏冬と申します。」

 

三郎は謙信の前に座ると頭を下げて名乗った。余談だが、三郎はこの時期には既に元服していたと思われるものの、諱(実名)が伝わっていなかった。しかし最近の研究では氏冬だったかもしれないという説が出ているので、ここでもそう名乗らせた。

 

「うむ、小田原よりようはるばると来てくれた。我は上杉不識庵謙信である。」

 

謙信も三郎に続いて名乗った。

 

(この人が上杉謙信さん・・・。自分のことを毘沙門天の化身と呼んでただけあって威圧感がすごいずら・・・!氏康さんや信玄さんとも違う浮世離れした感じがする・・・!)

 

花丸は平伏しつつ、上目で謙信の姿をちらりと見てその威容に圧倒されそうになり、息を呑んだ。

 

「三郎どのも、供の者たちも面を上げるがよい。」

 

謙信がそう言うと康光と氏邦、そして花丸も顔を上げた。すると再び上杉家臣たちがどよめいた。

 

「おい、あそこにいるのはおなごではないか!?」

 

「本当だ!なぜここにおなごが?」

 

「いやいや、それよりも何故おなごが直垂(ひたたれ)(武士の正装)を着ているのだ!?」

 

女である花丸がこのような場にいるのは常識的に考えてもあり得ない事だったのでこうなるのは無理もない話であったし、花丸もこうなることは想定していなかったわけではない。

 

 

「静まれ!」

 

 

謙信の鋭く、厳かな一喝で大広間は一瞬で静まり返った。そして誰の声も聞こえなくなった時、

 

「女よ、名を名乗れ。」

 

と花丸に向けて問いかけた。花丸は謙信から発せられる異様な威圧感に呑まれそうになるが、歯を食いしばってこらえた。

 

「おら・・・、じゃなくて私は国木田花丸と申します。」

 

「国木田・・・、変わった苗字であるな。して、花丸と言ったか。そなたは男として育てられておるのか?」

 

謙信は再び花丸に問いかける。女でありながら花丸という男のような名前を名乗っていることを不思議に思ったのか男として育てられているのかたずねた。

 

「いいえ。こんな名前ではありますが、私はれっきとした女として育てられてきました。」

 

花丸がもう一度胸を張って質問に答えると、謙信はほんの一瞬だけ口元を綻ばせるともう一度厳しい表情に戻り、

 

「では重ねて問う。その方は何者だ?そして何をしにここへ来た。」

 

とたずねた。花丸は二回ほど深呼吸をして息を整えた。

 

「信じがたい話ではあるとは思いますが、私たちは今より400年先の未来からやって来ました。」

 

「なに?」

 

そこから花丸は自分たちが400年後の伊豆は内浦に住んでいたことや、Aqoursというスクールアイドルとして活動していること・・・。そしてひょんな事からこの時代に迷い込んで北条家に拾われてから8年間北条家の家臣として戦に出たり内政に加わったりしていたことを謙信に話した。

 

「それが私、国木田花丸とその仲間たちの身の上でございます。」

 

花丸は一通り話し終えると謙信にお辞儀をした。

 

「ふむ。北条氏政に仕え、女でありながら戦場に出て槍を振るうという『あくあ』という9人の少女たちの話は我の耳にも入ったことがある。だがしかしそれがこのような幼気な娘であったとは意外であったな。」

 

謙信は値踏みするように花丸の顔をまじまじと見ながら髭を撫でてそう言うと、

 

「叔父上、そのような女子の戯言に惑わされるなど・・・。」

 

三郎とあまり歳の変わらない若者が謙信に向かってそう言った。

 

「そんな!おらは一言も嘘なんて・・・!」

 

花丸は納得いかないと言わんばかりに反論したが、

 

「そのような突拍子もない話を誰が信じるというのだ。」

 

若い男は眉をピクリとも動かすことなく冷淡な声で言い返した。

 

「喜平次よ。」

 

謙信が若い男をそう呼ぶと、

 

「はっ、過ぎた真似を・・・。」

 

と喜平次は引き下がろうとしたが、

 

「いや、下がる必要はない。喜平次よ、あの娘の目を見よ。」

 

と謙信は彼に花丸の目を見るように促した。

 

「目、ですか?」

 

「うむ。あの者が嘘をついているように見えるか?」

 

「・・・分かりませぬ。」

 

「よいか、あの娘の目は真っ直ぐと我を見据えその瞳には曇りは微塵もなかった。目は心を表すという言葉のように、彼女の曇りなき目は曇りなき心を表している事の何よりの証拠よ。故に我はあの娘の言葉を信じるのだ。」

 

謙信は花丸の目を扇で差して喜平次に自分が花丸の言葉を信じる根拠を語った。喜平次はその言葉を聞くと、

 

「ご無礼仕った。」

 

とだけ言って下がった。

 

「済まぬな。あれは・・・喜平次は我が甥で、実直な男ではあるがまだ若く口数も少ないゆえにあのように不愛想なのだ。」

 

「そうなんですか・・・。でも悪い人じゃないずら・・・じゃなくで悪い人じゃないんですね。」

 

謙信の言葉に花丸はほっとした様子で言った。

 

「あ、そして何をしに来たかなんですが、私は三郎くんの見送りに来たんです。」

 

「三郎どのの見送り・・・だと?」

 

「はい、三郎くんとは8年ほど前からの付き合いで私にとっては弟のような存在でした。歳や背丈を追い越された今でも三郎くんを大切に思う気持ちは変わりません。だから私はここまで三郎くんを見送りに来たんです。」

 

花丸は、堂々と謙信にここまでやってきた理由を話した。謙信も口をはさむことなく彼女の言葉を真面目に聞いていた。

 

「なるほど、そのような想いがあったか。さて、三郎どの。一つ聞きたいことがある。」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「そなたは北条家に戻りたいと思うか?」

 

「なっ!?」

 

謙信の意外な問いかけに三郎は驚きを隠せなかった。

 

「聞いてはいると思うが、そなたは今日よりわが養子となる。つまりそれは北条家には戻れぬという事になる。」

 

「はい。」

 

「そなたにはこれほどまでに強くそなたの身を案じ、想う義姉(あね)もいる。そして実の兄妹たちからも愛されていたと聞く。其れを全て捨てて我が一門となる覚悟はあるか?」

 

謙信は過酷な選択を三郎に突き付けた。三郎は一瞬迷ったが、小田原で養父の幻庵と兄弟たちや、花丸たちAqoursが開いてくれた送別会を思い返し、

 

「はい!私は今日この日より謙信公の養子となるためにやって来ました。その意思が揺らぐことはありません。」

 

と、胸を張って毅然とした態度で答えた。

 

「ふふ、見事な面構えだ。流石は相模の獅子の血を受け継ぐ男・・・。見事な覚悟である。」

 

謙信は頬を綻ばせて三郎の元に歩み寄り、彼の手を握った。

 

「そなたのその覚悟を称して我が直々に名を与えよう。北条三郎氏冬、そなたはこれより上杉三郎・・・、『景虎』と名乗るがよい。」

 

『!!!!!』

 

謙信の言葉に大広間にいる上杉家臣たちは再びざわついた。それもそのはず、景虎というのは謙信が若い頃に名乗っていた名前だからだ。他国から来た養子に自分のかつての名前を与えるなどという行為は前例がなく、上杉家臣たちはもちろん、康光や氏邦、そして花丸までもが驚いた。

 

「は・・・、はっ!!有り難き幸せにございます!この上杉三郎景虎、これより上杉の一門として粉骨砕身してこの御恩に報いてみせます!!」

 

三郎は謙信に平伏して、自分の名前を与えてくれた礼を言った。

 

 

 

 

 

 

そして三郎と謙信の体面は無事に終わり、役目を終えた花丸と氏邦が沼田城から帰る時が来た。

 

「三郎・・・じゃなくて景虎くん!越後に行っても元気でね!勉強も鍛錬もしっかりするずらよ!」

 

「ははは、三郎のままでいいですよ花丸さん。たとえどれだけ名前が変わろうとも花丸さんからはそう呼ばれた方が心地いいですからね。」

 

三郎はそう言って寂しげに笑う。

 

「三郎くん・・・。またいつか会えるずら!?」

 

「幻庵大叔父上も言ってたではありませんか、人と人の間には縁という糸が結ばれていると。縁の糸が切れない限り私たちは再び会いまみえることが出来るでしょう。」

 

「そうだよね!きっともう一度会えるずらよね!」

 

花丸と三郎がそんな風に和やかに話していると、

 

「本当にそなたらは兄妹のように仲が良いのだな。」

 

と謙信が歩み寄って来た。

 

『謙信(さん)公。』

 

「三郎は必ずや我が手で立派なもののふに育てるゆえ、案ずることはない。」

 

「はい。」

 

「それと、花丸どの。お主はその目とその心構えを忘れてはならんぞ。」

 

「目と、心ですか?」

 

花丸は謙信の言いたいことが分からず首を傾げた。

 

「うむ、お主の目には穢れなき純粋な志が宿っておる。そしてその純粋な目はお主の心に穢れがない事を示している。我はお主の8人の仲間の顔や人柄は分からぬが、お主のその真っ直ぐな目を見るだけで、素晴らしい仲間に恵まれているという事が手に取るように分かる。」

 

「はいっ!リーダーの千歌さんや、曜さんに梨子さん、果南さんや鞠莉さんやダイヤさん、そしてルビィちゃんに善子ちゃん・・・!み~~んな、素敵なおらの仲間ずら!!」

 

花丸は自信満々に他のメンバーが大事な仲間であることを謙信に語った。

 

「あっ!また『おら』とか『ずら』って言っちゃった・・・。」

 

「ふふ、無理に直さずともよい。それはお主がお主である証なのだからな。大切にするがよい。」

 

また訛りが出てしまって落ち込む花丸に謙信は優しく頭を撫でながら励ました。

 

「ありがとうございます、謙信さん。」

 

「この時代に迷い込んでから8年生き延びてきたお主たちには釈迦に説法かも知れぬが、この乱世は厳しく辛いものだ。いずれこの先にはお主たちには大きすぎる困難や、今まで経験した事とは比べ物にならぬほどの辛い出来事が待ち構えているかもしれぬ。だが、お主たちはそこで挫けてはならぬ。諦めずに最後まで立ち向かえば必ずや道は開けるであろう。」

 

「はい!」

 

「よき返事だ。必ずや9人で乱世を乗り越え、お主たちが暮らしていたという時代に帰る事ができるよう祈っておるぞ。」

 

「ありがとうございます、謙信さん!おら・・・。ううん、おらたち必ず元の時代に戻ってみせるずら!」

 

花丸はもう一度深くお辞儀をして謙信に礼を言った。

 

「運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり。何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし。死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり。運は一定にあらず、時の次第と思うは間違いなり。武士(もののふ)なれば、わが進むべき道はこれ他なしと、自らに運を定めるべし。」

 

謙信はそう言うと、1枚の書状を花丸に渡した。

 

「運は天に、鎧は・・・?」

 

「その紙に書いてあるゆえ覚えずともよい。大きな壁にぶつかった時はそれを見て自分はどうするべきか、そしてどうしたいかを思い出すとよい。」

 

「はい。ありがとうございます!」

 

「おーい!花丸どの!!そろそろ帰るぞ!」

 

「あ、はーい!!」

 

軍勢をまとめた氏邦の呼ぶ声が聞こえると花丸は謙信からもらった書状を懐にしまって氏邦に返事をした。

 

「じゃあ、さようなら三郎くん!元気でね!!またいつかどこかで会おうずら!!」

 

「ええ!必ずや!!」

 

「さらばだ、未来より来た9人の少女が1人よ!お主たちの往く道に、毘沙門天の加護があらん事を!!」

 

城門から出て行く花丸を三郎と謙信は見送り、花丸はそんな2人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 

 

 

 

「それにしても花丸どの。さっき謙信から何か貰ってたみたいだが、何をもらったんだ?」

 

沼田城から小田原への帰り路の途中、氏邦は花丸に謙信から何をもらったのかをたずねた。

 

「これずら。」

 

花丸は懐から謙信からもらった書状を取り出した。

 

(ふみ)か?何が書いてあるか教えてくれよ。」

 

「えっと・・・、『運は天に、鎧は胸に、手柄は足にあり』・・・。謙信さんがさっき言ってた言葉が書いてあるずら!しかもすごく丁寧で読みやすい字ずら・・・。」

 

書状を開けてみると、謙信が語ったという戦陣訓が丁寧かつ、とても読みやすい字で書かれていた。

 

「『運は天に、鎧は胸に、手柄は足にあり』か。まあ、いいもん貰ったじゃねえか。」

 

「うん!」

 

花丸と氏邦たちは北条家の領国に戻るため、そして三郎との別れを惜しむようにゆっくり、ゆっくりと歩みを進める。

 

 

 

 

「うわっ!?」

 

そんな時、突然強い風が吹いて花丸は驚いた。

 

「ああ、上野じゃあたまにこんな空っ風が吹くんだ。気ィ付けろよ。」

 

「うん・・・。」

 

花丸は頷くと、沼田城・・・ひいては越後に通ずる北に向かうもと来た道を振り返った。

 

(何だろう、今の風・・・。なんか心の中がざわつくような風・・・。気のせいだよね。)

 

花丸は今吹いた風に一抹の不安を抱きながらもそれを誤魔化すように首を横に振ってまた歩みを進めた。

 

 

 

 

花丸の感じた不吉な予感は数年後に実現してしまう運命にあったが、それはまだ誰も知る由もなかった。




いかがでしたでしょうか?


遂に三郎が上杉家の一門となり、上杉景虎としての人生を歩み始めることになりました。また新しい時代に向けての動きが一歩ずつ前に進み始めていると言えるでしょう。

余談なんですが、最近新作であるラブライブ!サンシャインの二次創作小説、『輝きを追い求めて』を書き始めました。これは『若虎と女神たちの物語』から数年経った後の話ですので、この物語とは関係性がない事をここに書いておきます。

感想があったらどしどし書いてくださると嬉しいです!!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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32話 坂東の鬼将

どうも、截流です。

最近更新が滞っていましたがまた更新スタートです!!

今回は千歌ちゃんたちAqoursと北条家の宿敵となるあの男が初登場!



それではどうぞお楽しみください!!


三郎が上杉謙信の養子、上杉景虎と名を改め越後に旅立ってから1年が過ぎた。時は1571(元亀2)年の5月のこと、氏政と氏照は多賀谷政経が守る下妻城を攻めていた。

 

なぜ武田との戦いが激化しているこの時に東に兵を進めているのかと疑問に思う方も多いだろう。しかしこれには理由があるのだ―――

 

 

 

氏政率いる北条軍は上杉と同盟を結び、後顧の憂いなく武田との戦いに専念できると思えたが状況はそう簡単に事を運ばなかった。関東には、安房と上総を支配する里見や常陸(茨城県)の北半分を治める佐竹、下野の雄である宇都宮、下総の名族である結城など、上杉謙信に味方して北条に対抗している勢力が数多く存在していた。北条家は上杉と同盟を組むことでこれらの勢力とも和睦しようと考えていたのだが・・・。

 

「ふざけるな!今さら我ら里見が北条と和睦できるか!!」

 

越相同盟に衝撃を受けたのは北条と敵対していた里見義弘や太田三楽斎(資正)ら北条家に敵対していた関東の国衆たちであった。義弘の方は、北条から下総、上総、安房の領有を条件に和睦を持ち掛けられたが、数十年にわたって敵対していたことから義弘にとって和睦はできない相談であった。そして三楽斎の方は、この同盟を利用して岩付城の奪還を目論んでいた。上杉から三楽斎に岩付城を返還するようにという条件を氏政は渋々呑み、これで晴れて三楽斎は岩付城に復帰できると思った。だがしかし、三楽斎は謙信からさらに条件を出された。

 

「岩付城のみを安堵だと・・・?義重どのの元で手に入れた領地はどうなるのだ!!」

 

三楽斎の方はどちらかというと利権がらみの複雑な問題であった。三楽斎は第二次国府台の合戦に敗れ、長男の氏資に岩付城を追われてからは常陸の佐竹義重の客将となっており、常陸にも所領を持っていたのだ。そして今回の同盟では岩付城を返す代わりに常陸で得た領地を佐竹に返せと一方的に言われたので納得できるはずもなく、三楽斎は岩付城に戻る事はしなかった。

 

そして厄介な事に、信玄はこれらの謙信に従っていた諸将たちの不満に目を付けて使者を派遣し、里見と佐竹を中心とした反北条方の勢力と同盟を結んでしまったのだ。

 

 

 

―――そんなわけで武田を相手取ると同時に東にも目を向けなくてはならなくなったのだ。実はこの戦いの2ヶ月ほど前に駿河における北条軍の重要拠点の1つである、綱成が守る深沢城が落城してしまっているのだが、その戦いでなんとか駿河戦線もひと段落着いたので今度は東に向けて出陣することになったのだ。

 

 

 

 

 

「ふわああ・・・。」

 

「千歌ちゃん、私たち見張り役なんだから寝ちゃだめよ。」

 

「そうだよ、それにあと少しで交代だから頑張ろ!」

 

「うん・・・。」

 

下妻城から少し離れた岩井のとある林の中で千歌、梨子、曜の3人は敵が来ないかを見張っていた。なぜ彼女たちが林の中にいるのか、それには理由があった。

 

北条軍が下妻城に攻撃を仕掛けるという知らせを聞いた佐竹義重が下妻に向けて南下してきたのだ。そして北条と佐竹はこの下妻城付近の各地で小競り合いを繰り広げており、互いに決着を付けられずにいた。そんな時、氏政は風魔小太郎からある情報を受け取る。

 

「佐竹は今宵、我らが陣に夜討ちをかけんとしている模様。」

 

小太郎からの報せを受けた氏政と氏照は佐竹軍の裏をかくために北条軍の陣の近くにある林に伏兵を伏せ、千歌たちAqoursも氏政の命令で伏兵に加わったのだ。

 

そんな訳で千歌たちは学年ごとに交代しながら敵を見張っていたのだった。

 

「千歌さーん、曜さーん、梨子さーん・・・。」

 

「交代の時間ずら~・・・。」

 

「ククク・・・、ここからは堕天使ヨハネが目を光らせる時間なり・・・。」

 

夜も更けてきた頃、ルビィと花丸と善子の1年生組が千歌たちと見張りを交代することになった。

 

「もう交代なんだ。じゃあよろしくであります。」

 

「ほら千歌ちゃん、立って立って。」

 

「う~ん・・・。」

 

曜は礼を言うと梨子と一緒に千歌の肩を支えながら後ろの方に下がっていった。

 

 

 

「そう言えば、今戦っている佐竹さんってどんな人なんだろう?」

 

ルビィは茂みの陰から周りの様子を見ながら小声で隣にいる花丸にたずねた。

 

「佐竹義重さんは武田信玄さんと同じ源氏の末裔の戦国大名ずら。武勇と知略に長けた武将で坂東太郎、鬼義重とも呼ばれた名将だって言われてるずら。」

 

「坂東太郎って?」

 

「坂東太郎って言うのは利根川の事ずら。坂東って言うのは関東の事で、日本一大きい川だから坂東太郎って付けられたんだよ。あと一説には坂東武者で一番強い武士だからっていう意味もあるらしいずら。」

 

花丸はルビィに佐竹義重がどんな人物であるかを小声で教えた。

 

「関東一ってことは凄く強いって事なのかな・・・?」

 

「まさに『オーガ』を名乗るに相応しい猛将っていうわけね。」

 

ルビィは花丸の話から義重が恐ろしい男に聞こえたのか身震いし、善子はいつものように不敵に笑いながらそう言うと、

 

「っ!!何か聞こえるずら・・・。」

 

と花丸は善子とルビィの口を押さえて茂みの向こうに目と意識を集中させた。

 

「むぐぐぐ!?(どうしたの花丸ちゃん!?)」

 

「むぐぐ~!?(何すんのよずらまる~!?)」

 

善子とルビィは花丸の突然の行動に困惑したが、

 

「2人とも静かに。敵が来てるずら・・・。」

 

という花丸の言葉を聞くと2人は息を呑んで口をつぐんだ。

 

「ルビィちゃんは音をたてないようにみんなを起こしてきて欲しいずら。」

 

「う、うん。」

 

花丸の指示を聞いたルビィは小声で頷くと、音を立てないように他の6人が寝ている場所に下がった。

 

「私は?」

 

「善子ちゃんが行くと何か音を立てちゃいそうだからマルとここで待機ずら。」

 

「なんか納得いかないけどその方が良さそうね・・・。」

 

善子は一瞬憮然とした様子を見せるも花丸の言葉には説得力があったのでそれに従って待機した。

 

 

 

 

そして少し経つと、

 

「かかれえええええええ!!」

 

『うおおおおおおおおおおお!!』

 

と、北条軍の伏兵部隊が佐竹軍に襲い掛かる鬨の声が周りから聞こえて来た。

 

『今ずら(ね)!』

 

それを聞いた花丸と善子も立ち上がった。

 

「よっし、やるぞー!!」

 

「夜明けでの戦いは何度か経験あるけどこういう真夜中の戦いは新鮮デース!!」

 

「ヨーソロー!!」

 

すると同時に後ろから果南と鞠莉、曜の3人がそれぞれの得物を片手に勇ましく躍り出て来た。

 

「花丸ちゃん!」

 

「ルビィちゃんありがとずら~!」

 

花丸がルビィに礼を言うが、

 

「違うの、ちょっと来て!」

 

とルビィは慌てた様子で花丸の手を引いた。

 

「ど、どうしたずら!?」

 

花丸が困惑した様子で付いて行くと、

 

 

 

「もう、千歌ちゃん起きて!!」

 

「戦いはもう始まってますのよ!!」

 

なんと千歌はまだぐっすり眠っており、それを起こそうと梨子とダイヤが奮戦していたのだった。

 

「ルビィが慌ててると思ったら何してんのよ・・・。」

 

善子が呆れた顔でそう言うと、

 

「よっちゃん!千歌ちゃんが起きないんだけど何かいい方法ない!?」

 

梨子が藁にも縋るような表情で善子にたずねた。

 

「多少手荒になるけどこれを使うしかないわね・・・。」

 

梨子から事情を聞いた善子は懐から出した小袋からさらに何かを取り出した。

 

「善子ちゃん、それなぁに?」

 

「ククク・・・。これは風魔さんから授けられた夜討ち用の攪乱兵器。これを使えば夢の中の兵士たちも一気に現実に引き戻される!」

 

ルビィにたずねられた善子はいつもの中二病チックな雰囲気でルビィ達に解説するが、

 

「爆竹なのは見てわかります!!いいから早く使ってください善子さん!!」

 

とダイヤにせっつかれた。

 

「だからヨハネ!!言われなくても使うわよ!だからみんな耳を塞ぎなさい!!」

 

善子はいつもの決まり文句と共にその場にいたメンバーに耳を塞ぐように言った。そしてみんなが耳を塞ぐのを確認すると、

 

「地獄の火花よ!猛り狂え!!」

 

と掛け声を上げて爆竹に火を付けた。

 

 

パパパパパパパパパパパパン!!

 

 

 

「わわわわわわ!!?なに!?なに!?」

 

流石の千歌も爆竹の爆音で目が覚めたようだった。

 

 

 

 

 

 

「も~!なんで普通に起こしてくれなかったの!」

 

「普通に起こしても起きなかったからこうしたのよ!!」

 

「そもそも戦場で普段通りに爆睡するなんてありえませんわ!!」

 

その後、千歌は爆竹を使ってたたき起こされたことに抗議し、それに対して起こそうとしていた梨子とダイヤによる言い争いが走りながら行われていた。

 

「そう言えば果南ちゃんと曜ちゃんと鞠莉ちゃんの3人はどこまで行ったんだろう?」

 

「あの3人ならすっごくイキイキした様子で前線に飛び出していったから多分最前線にいると思うずら。」

 

「まったく、あの3人はそれなりに武勇に長けてるからいいもののこのくらい夜の中を考えなしに突き進むのは如何なものかと思いますわ・・・。」

 

千歌の質問に、3人が飛び出していくところを見た花丸が答えるとダイヤはため息をついた。

 

「よっちゃん、曜ちゃんたちが走ってったのってこっちで合ってるの?」

 

「だからヨハネ!だいたい気配で分かるわよ。うっすらとだけどね。」

 

「すごい善子ちゃん!気配なんてわかるの!?」

 

気配で先行した3人を追っていると言う善子に対して、ルビィは目を輝かせながらたずねた。

 

「まあ、風魔さんからは忍びとしての才能は落第って言われたけど、それなりに訓練してるからね。あんた達や氏政さんみたいに身近な人の気配なら普通に分かるわよ。」

 

「やっぱ善子ちゃんは凄いずら~!」

 

「ほ、褒めても何も出ないわよずらまる!あとヨハネだってば・・・ッッ!?」

 

花丸に褒められ、照れ臭そうにそう言う善子だったが突然立ち止まった。

 

「ど、どうしたの善子ちゃん?」

 

千歌がそうたずねながら善子の顔を見ると、彼女の顔には冷や汗が滝のように流れていた。

 

「善子ちゃん!?」

 

「どうしたずら!?具合悪いずら!?」

 

ルビィと花丸が善子の元に駆け寄って彼女に心配そうに声を掛けると、

 

「私は別に平気よ。ねぇ・・・、ずらまる。」

 

と善子が花丸に声を掛けた。

 

「なあに善子ちゃん?」

 

「さっき言ってた佐竹義重って・・・、最前線に出てくるような人なのかしら?」

 

「う・・・、うん。確か戦場で敵の兵士に囲まれた時、囲んでいた7人の兵士を一気に斬り捨てたって言う話が伝わるくらいだから間違いないと思うけど・・・、まさか!?」

 

「ええ、この先にすっごく強い殺気を感じるのよ・・・。多分、その佐竹本人が向こうにいると思う・・・。」

 

『!!?』

 

善子の言葉に6人は戦慄した。もしかしたら曜と果南と鞠莉が遭遇してるかもしれない、倒されてるかもしれないという考えが頭をよぎった。

 

「ど、どうしよう・・・!」

 

「落ち着きなさいルビィ、この暗い森の中そう都合よく遭遇するとは考えにくいですわ。とにかくどうするかを考えましょう。」

 

真っ先に動揺し始めたルビィをダイヤが落ち着かせ、どうするかをみんなで考えるように促した。

 

「・・・とにかく進むしかないよ。」

 

『え?』

 

「とにかく進むしかないよ!ひょっとしたら曜ちゃんたちは無事じゃないかもしれないけど、今行けばきっと3人を助けられるはずだよ!!」

 

「確かにそれはそうだけど・・・!相手は物凄く強い武将なんでしょ?私たちじゃ歯が立つかどうか・・・。」

 

「大丈夫だよ、勝てなくても9人で一緒に逃げ切ればいいんだから!」

 

千歌は怖気づく梨子の肩を優しく叩きながらそう励ました。

 

「千歌ちゃん・・・。」

 

「それに果南ちゃんは薩埵峠で勝頼さんと打ち合えたぐらい強いし、それに曜ちゃんと鞠莉ちゃんが一緒ならきっと平気だよ!」

 

「確かにそれしか道はありませんわね。善子さん、その殺気と果南さんたちの気配はどこにありますの?」

 

千歌の言葉を聞いて覚悟を決めたダイヤは善子に、3人の気配と義重の気配がどのあたりにあるのかを聞いた。彼女は心の中で少しでも離れている事を願っていた。

 

「近いけど、3人とも気配がある!今行けば間に合うわ!!」

 

「よし!曜ちゃんと果南ちゃんと鞠莉ちゃんのところに行こう!!」

 

『おお!!』

 

千歌の号令と共に、6人は全力で走りだした。

 

 

 

 

一方その頃、果南たちは・・・。

 

「でやーーっ!!」

 

「ヨーソロー!」

 

「シャイニー☆」

 

千歌たちの心配をよそに、佐竹軍の夜襲部隊と交戦していた。

 

「くそ!一旦ここは引くぞ!!」

 

北条軍による待ち伏せを受けて出鼻を挫かれた佐竹軍はたまらず退却していった。

 

「よし!追撃するぞー!!」

 

『おおーー!!』

 

佐竹軍を追い払った勢いに乗じて、侍大将がその場にいた兵士たちへ追撃の号令をかけた。

 

「よ~し、私たちも行くぞ~!」

 

果南も曜と鞠莉と一緒にそれに付いて行こうとするが、

 

「ああ、嬢ちゃんたちはいったん休んでろって!」

 

と、兵士の1人に止められた。

 

「なんでさ?」

 

果南は納得いかないといった表情で抗議する。

 

「いやぁ、確かに嬢ちゃんたちが強いのは確かだし、俺たちも頼りにしてるんだ。でもいくら嬢ちゃんたちが強いったって男と女じゃ体力の違いもあるしなぁ。」

 

「あんたらいっつも9人でいるのに3人しかいねえだろ。他の仲間も心配してると思うぜ?」

 

「それに、あんたらはお屋形様の側近なんだろ?もしもの事があったりしたら申し訳が立たねえからな。」

 

兵たちは苦笑いしながら果南たちに止めた理由を説明した。どうやら彼らなりに果南たちの事を気遣っていたようだ。

 

「そっか、じゃあお言葉に甘えて休ませていただくであります!」

 

「ああ、そうしてくれ。じゃあ俺たちは佐竹の腰抜けたちを追い回してくるからよ!」

 

兵士たちは笑顔でそう言うと、そのまま森の奥へと走っていった。

 

「じゃあ私たちはあっちの木の方で休みましょうか。」

 

「そうだね、ちょっと戦いっぱなしで喉が渇いたし。」

 

鞠莉と果南が兵士たちを見送りながらそう言い、3人は木の根元に座り込んで水分を取り始めた。すると・・・、

 

 

 

「曜ちゃ~~ん!!果南ちゃ~~ん!!鞠莉ちゃ~~ん!!」

 

 

 

と、どこからか大声で3人を呼ぶ声が聞こえて来た。

 

「この声って・・・。」

 

「もしかして・・・。」

 

「千歌ちゃん!?」

 

3人が声のした方に振り向くと、

 

「うわ~~~~~!!3人とも大丈夫~~~!!?」

 

と、千歌が猛ダッシュしながら飛び込んできた。

 

「千歌!?どうしたのそんなに慌てて・・・。」

 

「果南さんたちが先走るものだから心配してたんですわ!!」

 

のんきな様子で千歌たちにたずねる果南に対してダイヤが彼女の肩を揺らしながらそう言った。

 

「でもいくら先行してるからってそこまで心配する必要ナッシングだと思うんだけど。」

 

「ありますよ!もし鞠莉さんが佐竹義重と交戦してるなんてことがあったら・・・!」

 

「佐竹義重?」

 

「そうよ!さっきすごく強い殺気を感じたんだから!」

 

首を傾げる鞠莉に善子が得意げに説明すると、

 

「佐竹さんはいなかったよ?」

 

と曜があっさりと言い放った。

 

『へ?』

 

「さっきまで私たちは他の人たちと一緒に佐竹の一軍と戦ってたんだけど、普通に追い払ったよ?」

 

「それで追撃しようと思ったんだけど、足軽のおじさんたちにここで休んでろって言われてね。」

 

「そういうわけで今ここで水を飲んでたわけデース!」

 

佐竹義重はいない。そんな曜の言葉に呆然とする6人に対して曜、果南、鞠莉の3人はどういう状況だったのかを説明した。

 

「なーんだ!心配して損しちゃった!」

 

曜たちの話を聞いて安堵した千歌はそう言って地面に寝そべった。

 

「善子ちゃんが凄い緊迫した表情で言うものだから信じちゃったずら。」

 

「本当だってば!!本当にすごい殺気を感じたのよ!!」

 

先ほどのやり取りでの様子をからかう花丸に対して善子はムキになって抗議する。

 

「まあまあ、結局その佐竹さんに遭遇しないで済んだからよしって事にしようよ!善子ちゃんだけに。」

 

「だからヨハネ!!」

 

『あはははは・・・。』

 

曜と善子のやり取りをみんなが笑いながら楽しんでいた。

 

 

だが次の瞬間、予想だにしない出来事が起きる―――

 

 

 

 

 

『うわああああああ!!!』

 

 

 

「なにっ!?」

 

「どうしたの!?」

 

どこからか悲鳴が聞こえて来た。それも一人ではなく複数人の悲鳴である。千歌たちは和やかな雰囲気から一変し、それぞれの武器を手にかけて辺りを見回す。

 

「森の奥からですわ!!」

 

ダイヤの言葉に、千歌たちは森の奥を凝視する。すると・・・。

 

「うわあああ!!」

 

「鬼だ!本物の鬼だあああ!!」

 

と、先ほど果南たちを説得した足軽たちが我先にと森の奥から逃げるように走って来た。

 

「おじさんたちどうしたの!?」

 

「おお、嬢ちゃんたちか!あんたらもさっさと逃げたほうがいいぜ!!」

 

果南が足軽の1人に何があったのかを聞くと、彼は果南たちに今すぐこの場から逃げるように促した。

 

「待って、状況がよく分かんないよ。何があったのか教えて?」

 

「お、鬼が出たんだ!あいつはやべえ、俺たちの仲間をあっという間に何人も斬り捨てちまったんだ!!」

 

「七人斬りの話は本当だったんだ!!!」

 

足軽たちは顔を青くしながら口々に何があったのかを千歌たちに教えると、

 

「とにかくさっさと逃げるぞ!!嬢ちゃんたちも死にたくなかったら走るんだ!!」

 

と言って走り出した。

 

「何が起きたかは分かんないけどとにかく逃げよう!」

 

千歌の言葉に他の8人が頷き、そのまま来た道に向かって走り出そうとした瞬間、

 

 

 

 

―――貴様ら、どこへ行く気だ?

 

 

 

 

と後ろから声がした。背筋が凍りつくと同時に千歌たちが後ろに振り向くとそこには1人の男が立っていた。

 

『――――!!』

 

千歌たちは夜の闇から現れ、わずかな月明かりに照らされている1人の鎧武者を前に身動き一つとる事ができず、ただその場に立ち竦んでいる事しかできなかった。

 

その男の鎧兜は夜の闇に溶け込む黒一色、兜には毛虫をモチーフにしたといわれる毛を纏った前立て、さらに兜の横には横に向かって広がる鳥の羽をふんだんに使った脇立てをあしらい、その鎧姿は武骨でありながら夜の闇の中でも異彩な存在感を放っていた。

 

千歌たちはそれだけを見て驚いたわけではない。身長はAqoursの中でも長身な3年生たちでさえも見上げるほど高く、体格も北条家きっての武闘派である綱成や綱高、清水康英や松田康郷といった怪力を誇る豪将と見比べても遜色ないほどに筋骨隆々、さらに右手には刃渡りが1メートルを優に超える大太刀が握られていた。

 

 

「あの毛虫の前立て、間違いないですわ・・・!」

 

「この人が佐竹義重・・・!?」

 

ダイヤの言葉に千歌は息を呑む。

 

「如何にも。俺こそが佐竹家当主、佐竹義重である。そして貴様らは北条に仕えている『あくあ』の者たちであるな?」

 

「な、なんで私たちの事を!?」

 

「何時ぞやより北条家にふらりと現れてから国府台、三船山、武田との駿河での戦に参陣し、内政にも参画しては少しづつではありながらも北条氏政の側近として頭角を現している『あくあ』と名乗る一団を汲んでいる9人の女子の事は北条に関わりのある武家のものであれば一度は耳に挟んでおるものだ。」

 

千歌たちが名乗らずとも彼女たちがAqoursであることを見抜いたことに驚く梨子に対して、義重は余裕に満ちた態度で説明した。

 

「北条に関わりのある武家って事は・・・。私たちってひょっとしなくてもそれなりに有名人だったりして!?」

 

「いやいや、この場合スクールアイドルじゃなくて完全に武士としてだよね・・・。」

 

「なんだ~。ま、そうだよね・・・。」

 

義重の言葉に目を輝かせる千歌に曜は苦笑いでツッコミを入れると、千歌は期待外れと言わんばかりにため息をついた。

 

「そう気を落とすことも無いぞ。ここだけの話だが、実は俺は貴様らに興味を抱いているのだ。」

 

「私たちに興味・・・?」

 

「うむ。どこの馬の骨とも知らぬ女子たちが大名のそばに妾としてではなく一介の武士として仕え国政に携わり、戦に出れば小さいものではあるが活躍を見せる・・・。そんな貴様らの存在を知った時は如何なる人物であるか胸を躍らせたものよ。それが斯様な年若い娘であるとは思わなんだがな。」

 

義重は千歌たちに値踏みするような目線を向けながら語り始めた。

 

「えへへ・・・。どういうわけかこっちに来てから私たち歳をとってないみたいなんだよね。」

 

「確かにもうこの時代に来てから10年近く経ってるけどそういう感覚ないよね。」

 

千歌と梨子は互いに顔を合わせながらそう言い、

 

「今の私たちは悠久の時を彷徨う迷い子というわけね・・・。」

 

「不思議ずら。」

 

花丸はいつものように善子の言葉にツッコミを入れずに首を傾げる。

 

「噂では貴様らは今より遥か先の時代より来たと言うが、いつこの時代にやって来た?」

 

「えっと確か・・・、何年だっけ?」

 

「永禄5年・・・1562年ですわ!康勝さんが言ってたではないですか。」

 

義重に何年にこの時代に来たかをたずねられ、千歌は首をひねっていたがダイヤが助け舟を出した。

 

「そうだ!永禄5年だよ!」

 

「ほう?永禄5年か・・・。ふっ、ははははは!」

 

千歌の言葉を聞いて義重は笑い出した。

 

「そうか、永禄5年か!永禄5年に貴様らはこの時代に迷い込み、俺は元服を迎えた!!互いに形は違えど同じ年に乱世に降り立ったというわけか!!ふふふ・・・、どうやら俺と貴様らの間には何やら因縁めいたものがあるようだ!」

 

「じゃあ私たち仲良くなれるかな!?」

 

『え!?』

 

千歌の突拍子もない言葉に梨子たち8人は驚く。

 

「だって、義重さんが言うには私たちは同じ年に戦国デビューしたんでしょ?だったら仲良くなれるかもしれないじゃん!」

 

千歌はいつものように目を輝かせながら8人に語り掛ける。

 

「ははは!これは面白い事を言うものだ!!貴様、名はなんという。」

 

「私は高海千歌だよ!Aqoursのリーダーだよ!」

 

千歌は義重に対してにこやかに自己紹介する。

 

「そうか、高海千歌と申すか。実に快活で清々しい娘だ。」

 

義重は千歌の言葉にうんうんと頷いていたが、

 

「どうやら貴様は何か一つ勘違いをしているようだ。」

 

 

 

「―――え?」

 

 

 

義重の声色が冷たいものに変わった瞬間、千歌の眼前に刃が向けられていた。

 

『千歌(ちゃん)(さん)(っち)!!』

 

突然の事態に梨子たちは叫ぶことしかできなかった。

 

「どうやら俺が貴様らに興味を抱いている、という言葉を貴様らは友好的なものと解釈しておったようだが、それは大きな間違いだ。あくまでも俺が抱いた興味は敵としてのものに過ぎん。」

 

「そんな・・・。」

 

「それを仲良くなろうとはお人好しが過ぎるな。だが、初めて会ってみてわかったことが1つだけある。」

 

「それって何ですか・・・?」

 

千歌はこわばった表情で義重にたずねる。

 

「それは将としての素質よ。貴様らはいずれ優れた将となる。佐竹の者であったならば喜ばしい事なのだが貴様らは北条の者だ。いずれ我らに仇なすであろう貴様らを生かしておく理由など万に一つも無いのだ。」

 

義重はそう言うと、千歌に向けた大太刀を振り下ろした。

 

「っ!!」

 

千歌はそれを横っ飛びに跳んで何とか躱した。

 

「千歌ちゃん!!」

 

「大丈夫千歌ちゃん!?」

 

「うん、大丈夫だよ。」

 

千歌は自身の身を案じる梨子と曜に微笑みながらそう返した。

 

「ほう、俺の太刀を躱すか。いい体捌きだな。」

 

義重が感心するようにそう言うと同時に、千歌たちは義重に対してそれぞれの得物を向ける。梨子とダイヤもこの時ばかりはいざという時の事を考えて槍に持ち替えていた。

 

「俺と戦うつもりか。」

 

「義重さん、私たちを見逃すつもりは無いって言ってたからね。」

 

千歌は槍を構えて義重ににじり寄る。

 

「ふふ、ただのお人好しかと思ったがいい目をしているな。それに数の有利を生かし俺を取り囲むとは女だてらに対した戦術眼に連携力だ。」

 

義重は自分の前後左右を取り囲む千歌たちを見回しながらそうひとりごちる。

 

「だが、本当にいいのか?俺を相手取るのにたった9人で・・・。」

 

「やってみなきゃ、わかんないよ!!」

 

不敵に笑う義重に向かってそう言い返すと同時に千歌が義重に向かって突進し、他のメンバーも千歌と共に義重に斬りかかる。

 

普通の人間ならば、前後左右からの9人による連携の整った同時攻撃を受けてそれを捌ききるのは非常に難しい。恐らく一太刀二太刀ほどの傷を受けるのは間違いないと言ってもいい。

 

 

―――だが、今回ばかりは相手が悪かった。

 

 

 

「その程度で俺を倒せると思うな。」

 

義重は静かにそう言い放つと、まず最初に向かって来た千歌の攻撃を紙一重で躱し、梨子と曜の攻撃を大太刀で逸らして受け流す。ルビィと花丸による槍の刺突を寸でのところで槍の柄を掴んで思いっきり引いて2人を自らの後ろに投げ飛ばし、走って来た善子の足を引っかけて体勢を崩した。鞠莉とダイヤの連携攻撃も難なく捌き、メンバー随一の武芸を誇る果南の攻撃さえも、まるでじゃれついて来た子供をあしらうかのように捌いて受け流してみせた。

 

これだけの攻防がほんの一瞬のうちに繰り広げられた。

 

「七人の武士を斬り倒し、馬上の武者を八文字に切り裂いた鬼義重の太刀・・・。一度だけ見せるゆえ、ありがたく受けるがいい。」

 

という義重の言葉と共に、大太刀が目にも止まらぬ速さで振るわれた。9人を狙った九振りにわたる斬撃があまりの速さのせいか、千歌たちには一振りにしか見えなかった。

 

『――――!!』

 

一瞬のうちに放たれた九撃の斬撃を受け、千歌たちは声にならない悲鳴を上げて地面に倒れ伏す。

 

「才覚に溢れるとはいえ小娘であることには変わりなかったか・・・。呆気ないものよ。」

 

義重は地に臥す千歌たちを見下ろしながら、失望とも憐れみともとれる呟きと共に大太刀を鞘に納め、佐竹軍の本陣に向かって歩き出す。だが―――

 

 

 

「はぁ、はぁ・・・。まだ、まだ負けてない・・・!」

 

「なに!?」

 

驚いたと同時に歩みを止めた義重が振り向いた先には、荒い呼吸と共に槍を構えて立ち上がる千歌の姿があった。

 

「確かに私たちは小娘かもしれないけど・・・!」

 

「Aqoursを甘く見ないで欲しいな・・・!」

 

「私たちには元の時代に帰るっていう目標と・・・。」

 

「スクールアイドルとして輝きたいという夢がありますの・・・!」

 

「それを果たすまで、私たちは倒れないわよ・・・!」

 

「私たちは弱いし、戦いも怖いけど・・・。」

 

「道を開くためなら・・・。」

 

「迷わずに突き進むずら・・・!」

 

立ち上がったのは千歌だけじゃなかった。梨子、曜、果南、ダイヤ、鞠莉、ルビィ、善子、花丸・・・、立ち上がった9人の少女たちの瞳には闘志という炎が消える事なく輝いていた。

 

「ほう・・・、これは驚いた。」

 

義重はそんな彼女たちの姿を見て驚嘆の声を上げるが、その表情は喜びに満ちていた。

 

「まさか、わが師宗通(むねみち)より教わった陰流の剣を受けてなお立ち上がるとは思いもしなかったぞ・・・!」

 

「この鎧が無かったら私たちは本当に助からなかったかもしれない・・・。氏政さんに感謝しなくちゃ。」

 

千歌は鎧の胴のど真ん中に付いた一文字の傷を撫でながらそう呟いた。

 

「・・・鎧か。7人の兵を斬り捨てた時は鎧ごと切り裂いたはずだが・・・。どうやら女子が相手だった故か無意識に手心を加えてしまったようだな。」

 

義重は次は確実に殺すと言わんばかりに刀を構え直す。千歌たちも呼吸を整えながら武器を構える。千歌、曜、果南、鞠莉が先頭に立ち、弓を構えたダイヤと鉄砲を構えた梨子は後衛に、そして後衛の2人を守るようにルビィと花丸が前衛と後衛の間に立ち、善子はルビィと花丸の前で暗器を構える。薩埵峠にて勝頼と戦った時に使った陣営を組み、義重と睨み合う。

 

「行くぞ・・・!」

 

義重が千歌たちに向かって足を踏み出したその瞬間―――

 

 

 

「義重どのー!!」

 

と1人の若武者が数人ばかりの兵たちと共に駆け込んできた。

 

「どうした義久。」

 

「どうしたではありませんよ義重どの!早く本陣にお戻りくだされ!!」

 

義久と呼ばれた若武者は義重に本陣に戻るように諫める。

 

「義久、貴様我が勝負に水を差す気か?」

 

「義重どのは些か前に出すぎでございます!おかげで本陣は手薄に・・・。ただでさえ夜襲を見抜かれ逆に奇襲をかけられ兵の士気が下がっているのですよ!もし夜陰に乗じて総攻撃を掛けられでもしたら多賀谷の救援どころではなくなりますぞ!」

 

義重が不機嫌そうに睨むのも意に介さず、義久は堂々と義重への諫言を続けた。

 

「ふむ・・・。分かった、お前がそこまで言うのであればここは引こうではないか。」

 

義重は義久の諫言を聞き入れて本陣への退却を決意した。

 

「『あくあ衆』の娘たちよ、貴様らの勇に免じてこの場での勝負は預けてやろう。だが次に戦場で相見えた時は決死の覚悟で俺に挑むがいい、それが貴様らの最期よ。」

 

義重は千歌たちに向かってそう言い捨てると、義久とその供の兵たちと共に夜の森の中に消えていった。そして義重たちの姿が見えなくなった後、緊張が切れて気が緩んだのか千歌が膝から崩れ落ちるように崩れ落ちた。

 

「千歌ちゃん!」

 

「大丈夫?」

 

曜と梨子が心配して駆け寄った。

 

「・・・っはぁ~~~!!怖かったよぉ~~!」

 

千歌は思いっきり息を吐いて叫んだ。

 

「確かに、あれほど恐ろしい殺気を放っている人は初めて見ましたわ・・・。」

 

「うん。なんて言うか信玄さんや勝頼さんとは別物の、凄い殺気だった。あれが本当の意味での殺気なんだろうね、まだ震えが止まらないや・・・。」

 

果南は震える右手を見ながらダイヤの言葉に応える。綱成に徹底的に鍛え上げられた果南でさえも、義重の圧倒的な力を目にして恐怖を感じていた事が伺える。

 

「それにしても悔しいなぁ。」

 

「悔しい?」

 

「うん、私たちはようやくこの乱世に慣れてきて戦に出て氏政さんたちの手伝いができるようになって、9人で力を合わせれば勝頼さんみたいな強い人ともそれなりに戦う事ができるようになったけど、義重さんと出会って私たちはまだまだなんだってことを思い知らされちゃったんだもん。」

 

千歌たちはここしばらくの戦いで成長を感じていたが、佐竹義重という強敵との出会いで自分たちの力不足を如実に実感させられた。千歌はそれが悔しかったのだ。

 

「うん、そうだね。」

 

「千歌っちの言う通り、このままあの人にいいように言われっぱなしなのも悔しいですものね!」

 

「だから私たちはもっともっと強くならなくっちゃ!スクールアイドルとしての力を磨くのと一緒に、武士としての腕も磨くんだ!!」

 

梨子と鞠莉が頷くと、千歌は空に浮かぶ月を掴むように手を伸ばして決意の言葉を口にする。

 

『うん(ええ)!!』

 

他のメンバーも千歌の決意の言葉に頷いて同意する。

 

「じゃあ私たちも本陣に戻ろう!」

 

千歌の言葉と共に、Aqoursも北条軍の本陣に向かって歩き出した。

 

 

 

坂東太郎の異名を持つ鬼将、佐竹義重の戦いに敗れた千歌たちAqours。だが、この敗北は挫折ではなく彼女たちの新たな成長に向けての糧として9人の心に深く刻まれることとなった。

 

ゆっくりと迫りつつある新たな時代に向けて、千歌たちはまた少しずつ歩み出すことになる。

 

 

 

余談ではあるが、千歌たちが本陣に戻った後に義重と交戦したことについて報告したら9人揃って氏政に説教されることになったのはまた別の話である。




いかがでしたでしょうか?


今回は内容が内容だったのでいつもより長めになってしまいましたが楽しんでいただけたら幸いです・・・w

遂に満を持して坂東太郎、鬼義重こと佐竹義重が物語に参戦!千歌ちゃんたちに圧倒的な力を見せつけた義重率いる佐竹軍とどのような戦いを繰り広げるのか・・・。そしていよいよ3章完結まで残りあとわずか!どのような展開がAqoursに待ち受けてるのか、是非ともその目に焼き付けてください!!


感想があればドシドシ書いてくださると嬉しいです!!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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33話 相模の獅子、天に還る

どうも、截流です。

ラブライブサンシャインの2期7話のおかげで創作意欲が湧いたので筆が自分でも不思議に思うほど進みました!

今回はいよいよあの人物が・・・。



それではどうぞお楽しみください!!


下総で行われた佐竹義重との戦が終わってから5か月が経った10月の3日のこと・・・。

 

小田原城は緊迫した空気に包まれていた。

 

 

「父上!」

 

「親父!!」

 

 

氏康の部屋に氏照と氏邦、そして氏規が慌てて駆け込んできた。

 

「父上の容態はいかがですか!?」

 

「うむ・・・。あまり言いたくはないが芳しくなく、外郎の薬も効き目が薄くなってきているそうだ・・・。」

 

氏規の問いに対し、氏政は伏し目がちに答えた。

 

「うう、私の祈祷が足りなかったせいで御本城さまが・・・。」

 

「江雪斎のせいではあるまい。お主はよくやってくれた方だ。」

 

北条家に仕える僧形の家臣、板部岡江雪斎は氏康が病に倒れた時に鶴岡八幡宮で氏康の病が回復するようにという祈祷を行なっていたのだ。だがそれも空しく病状が悪化して行く様を見て胸を痛めていた。

 

もちろん氏政も彼の働きを知っていたので彼を責めることなく労った。

 

「氏康さん、三増峠の戦いの後からずっと寝込んでたけどこんな事になってたなんて・・・。」

 

「おらが三郎くんの見送りに行く時は体調がよかったみたいだったけど・・・。」

 

「恐らく、三郎さんの為に残っていた力を振り絞ったのでしょう。」

 

千歌と花丸とダイヤの3人が部屋の隅の方で小声で話し合っていた。

 

この場にいるのは寝込んでいる氏康と妻の瑞穂に、氏政や綾たちをはじめとした氏康の子供たち、そして叔父の幻庵と義理の兄弟である綱成や綱高といった氏康の親族が集まっていた。

 

本来であればこの場にいられるのは近しい親族くらいであったが、氏康の平癒祈祷を行なった江雪斎や、特別に入る事を許された千歌たちAqoursといった例外も無いわけではなかった。

 

「いつかこんな日が来るかもって事は分かっていたけど、辛いものね・・・。」

 

「そうだね・・・。」

 

果南と曜がそう呟くと、

 

「う、うう・・・。」

 

と呻き声が聞こえた。氏康のものだ。

 

『父上(親父)!!』

 

氏政ら子供たちが声を掛けると氏康はゆっくりと目を開けた。

 

「やれやれ、そう大きな声を出すな・・・。眠ろうにも眠れぬではないか。」

 

「お、おい氏康!無理するんじゃねえよ!」

 

ゆっくりと起き上がった氏康を支えながら綱成は無茶をしないように諫める。

 

「気遣わずともよい、もうわしの身体も限界だ。だが不思議な事に調子が良いのだ。まるで神仏が最後に語らう時間を与えてくれたようにな・・・。」

 

「氏康・・・。」

 

綱成は氏康の言葉に思わず涙ぐみそうになったが堪えた。

 

「それにしても久しぶりだな綱成・・・。三増峠以来だったか。」

 

「ああ。それにしても済まねえな氏康、深沢城を守り切れなくってよ・・・。」

 

綱成は駿河における北条家の重要拠点である深沢城の守備を担当していたのだが、武田軍の攻撃により落城している。

 

「よいのだ・・・。お前が生きているという報せを聞いて心の底より安堵したからな・・・。」

 

氏康は深沢城の落城を憂うより、綱成の生存を喜んでいた。彼らは初陣の頃より苦楽を共に分かち合って来た義兄弟であり、その絆は実の兄弟と見紛うほどに深かったという。

 

「でも地黄八幡の旗を城に忘れてしまったんだろ?」

 

「う、うるせー!それを言うんじゃねえよ綱高!」

 

「歳をとっても変わらんな、お主らは・・・。」

 

氏康は綱成と綱高の掛け合いを微笑ましそうに見ていた。

 

「氏康よ、まさかお主まで先に逝くことになってしまうとはのぉ・・・。」

 

氏康の父、氏綱の弟である幻庵が氏康に申し訳なさそうに語り掛ける。

 

「なぁに、人の寿命とは天が決めたもの、わしの役割がここで終わるだけですよ叔父上。」

 

「わしの齢も70を超えたが一向に父上や兄上たちの元に行ける気がせん。わしの命をお主に分けてやりたいもんじゃい。」

 

「冗談はよしてくだされ・・・。叔父上にはこれからも北条家を見守ってもらわねばなりませんからな。」

 

「ほっほっほ。手厳しいのぉ氏康は・・・。任されよ、この命続く限り北条の行く末を見守り続けるぞ。」

 

幻庵の冗談交じりの言葉に対して氏康が後の事を託すと、幻庵はひとしきり笑い、一転して真面目な表情で氏康の手を握って彼の想いに応えた。

 

「ええ、頼みにしています。」

 

氏康は幻庵の手を握り返してそう言った。

 

「梅どのはいるか・・・?」

 

「はい、これに。」

 

氏康に呼ばれた梅は氏康の枕元に座った。

 

「梅どの・・・。一時の感情とは言え、わしはとんでもない事をしてしまう所であった・・・。最期にもう一度だけ詫びたかった・・・。」

 

「そんな、お気になさらないでくださいお義父さま・・・!」

 

「こんな事を言えた義理はないが氏政の事を、最期まで支えてやってくれ・・・。」

 

「はい!」

 

氏康の言葉に、梅は気を引き締めて返事をした。

 

「瑞穂よ、最後まで苦労を掛けたな・・・。」

 

「いいえ、あなたの乗り越えてきた苦難を思えば私の苦労など、苦労のうちにも入りませんよ。」

 

瑞穂は氏康の言葉に対して優しく答える。

 

「お前は昔から優しかったな・・・。その心と、この温かい手に何度心を救われてきた事か・・・。」

 

氏康は瑞穂の手を取って最後まで傍に寄り添っていてくれたことを感謝した。

 

「そう言ってくださると私も鼻が高うございます。」

 

「ふふ、氏政ら子供たちを見守ってやってくれよ・・・。」

 

「ええ、言われずとも。」

 

氏康は彼女の言葉に安心すると、握っていた彼女の手を離して手を下ろした。

 

「Aqoursの面々よ。近う寄ってくれ。」

 

『はい。』

 

氏康に呼ばれ、千歌たちは氏康の枕元を囲むように並んで座った。

 

「本当ならば、わしが壮健なうちに元の時代に帰してやりたかったのだが、それができなかった事だけが心残りよ・・・。本当にすまないと思っておる。」

 

「そんな!氏康さん、頭を上げてください!」

 

「そうですよ、氏康さんは私たちが北条家に留まる事を許してくださったんですよ!」

 

「だから流石にそれ以上を求めちゃったら罰当たりですよ。」

 

頭を下げる氏康に対して千歌、梨子、曜の3人が慌てて頭を上げるように言った。

 

「ここだけの話だが、すまないとは言いつつもこれほどの出来た娘たちを元の時代に帰してしまうのを惜しんでしまうこともあった・・・。」

 

「ふふ、それだけの才能がこのヨハネとリトルデーモンたちにあったという事ね。」

 

「やめるずら、善子ちゃん。」

 

氏康の言葉に鼻を高くする善子に、花丸がくぎを刺す。

 

「私はそこまで褒められるようなことはやってないし・・・。」

 

「いやいや、お主らは十分に北条のために尽くしてくれた。氏政もお主らが来るまではどこか頼りない顔をしておったが、お主らと共に歩むことで北条の未来を託すに相応しい男に成長してくれた・・・。」

 

氏康は千歌たちが氏政を成長するきっかけを作ってくれたことに感謝していた。

 

「No、No!それは氏政さんにそういう素質がちゃんと備わってたからだと思うわ氏康さん!」

 

「うん、氏政さんは最初っからいいお殿様をしてたと思うな。」

 

「ええ、国府台での氏政さんの奮戦なんかは実に見事でしたわ!」

 

鞠莉たち3年生は、氏政と出会ってから今日までの軌跡を振り返りながら、その器が大名として相応しいものだったことを氏康に教えた。

 

「ふふ、氏政め。ずいぶんと家臣に慕われるよき君主となったのだな。」

 

氏政の事を語るAqoursを見て、氏康は嬉しそうに目を細めた。

 

「話は逸れたが、お主たちが元に戻るための方法は見つからなかった・・・。」

 

「はい、私や寺社の奉行を務める良整どのが三島大社や箱根権現、鶴岡八幡宮といった関東中の寺社に千歌どのたちに携わる神託が下りてないかを探っていたのですが、まったくそのようなものはありませんでした・・・。」

 

千歌たちが帰る手段を氏康の命令で探し回っていた江雪斎がそう言って肩を落とすも、

 

「気にしないで、江雪斎さん。本当なら私たちが探さなくちゃいけないのに私たちの代わりに探し回ってくれてありがとうございます!」

 

千歌はそう言って彼を励まし、感謝の言葉を述べた。

 

『ありがとうございます!』

 

他のメンバーも千歌に続いて頭を下げた。

 

「千歌どの、そしてAqoursの面々よ。お主たちが元の時代に帰る事ができるまでどれほどの時が掛かるかは分からんが、この乱世で生きていくからには多くの辛い事や悲しい事に直面するであろう・・・。」

 

『・・・。』

 

「だが、それでもお前たちには帰る時代と場所がある。何があってもその心を強く持ち続けるのが肝要である・・・。そして、武士として生きるのはよいがお主らは『すくーるあいどる』だ。その矜持を忘れることがあってはいかんぞ・・・!」

 

氏康は乱世の厳しさに直面しても強く心を持ち、スクールアイドルとしての自分たちと、その在り方や誇りを忘れてはいけないと、彼女たちに伝えた。

 

『はい!!』

 

「うむ、いい返事よ・・・。」

 

氏康の言葉をしっかりと胸に刻んだ千歌たちを見て氏康は微笑んだ。

 

「では息子たちよ、これに。」

 

氏康は遂に子供たちに声を掛けた。

 

『はっ!』

 

氏政をはじめとした氏康の息子たちが氏康のそばに座った。

 

「氏忠に氏光よ。」

 

『はい!』

 

氏康に呼ばれた氏忠と氏光は居住まいを正した。

 

「うむ、よき面構えよ。まさに北条の未来を担うに相応しい顔をしておる・・・。」

 

「伯父上・・・、じゃなくて父上!私たちを実の子のように育ててくださり、誠にありがたき幸せにございます!」

 

「もっと父上の恩義に報いるために働きとうございました・・・!!」

 

氏忠と氏光は感極まって涙を流した。この2人は氏康の子では無く、千歌たちが来た年に没した氏康の弟である氏堯の息子であり、氏堯の死後に彼に引き取られたのであった。氏康は2人を氏政たちと区別することなく、まるで自分の息子のように2人を育て上げたのだ。そして氏忠は信玄が韮山城に攻め入った時に、城将であった氏規と共に信玄を退け、氏光は駿河戦線で戦死した幻庵の息子たちに代わって小机城に入って城主としての役目を全うしていた。

 

「その想いだけで充分よ・・・。あとは兄たちを支えるためにその若い力を振るってくれ。それがわしの望みだ・・・。」

 

「はい、必ずや!」

 

「兄上たちを支えてごらんに入れまする!!」

 

2人は涙を拭って、快活に返事をした。

 

「氏規よ・・・。」

 

「はい。」

 

次に呼ばれたのは氏規だった。

 

「氏規よ。お前は兄弟の中でも視野が広く、交渉に長けておる。戦いで解決できぬことがあればその才で道を開くのだ・・・。」

 

「はい、父上。今川家での人質としての生活で身に着けたこの才、兄上の為、そして北条家の為に振るってみせます。」

 

氏規は氏康に頭を下げながら、誓いの言葉を立てた。

 

「氏邦・・・。」

 

「はっ!」

 

「お前の武勇は兄弟一だとわしは思っておる・・・。だが些か気が短く早とちりする気もある。」

 

「うっ・・・。」

 

氏邦は、氏康に長所と共に短所も指摘されて気まずそうな表情を浮かべた。

 

「だが、お前の実直なところは素晴らしいものだ・・・。如何なる時も分別さえ忘れねばその武勇と実直さは最高の武器となる。北条の槍として励めよ・・・。」

 

「北条の槍・・・。分かったよ親父!何者にも負けねえ堅く鋭い槍になってみせるぜ!!」

 

「氏照・・・。」

 

「はっ。」

 

「氏照、お前は兄弟の中で最も将としての力量に優れておる。言わずとも分かっておると思うが驕る事の無いようにな。その才はあくまでも北条の為、当主である氏政を助けるために振るうのだぞ・・・。」

 

「言われずとも分かっていますぞ父上、我が才は兄上を助けるためのもの。道を踏み外すことなく、兄上の為、北条のためにこの采を振るいましょう。」

 

「うむ、それでよい・・・。」

 

力強く氏康の言葉に応える氏照の表情を見て満足げに氏康は頷いた。

 

「氏政・・・。」

 

「はい。」

 

「ふふ、氏政よ。ずいぶんと逞しい顔つきになったものだな・・・。つい最近まではどこか頼りない顔つきであったが、今ではそのような様子は見る影もない、大名に相応しい顔となった・・・。わしもようやく安心して逝けるというものよ。」

 

「その様な弱音を吐かれるとは父上らしくもない・・・。我ら北条にはまだ父上が必要でございます。」

 

氏政は目を潤ませ氏康に語り掛ける。

 

「いや、もうわしの役目は終わった。時代とは移ろいゆくもの・・・。これからはお前たちが時代を築くのだ。」

 

「私たちが・・・。」

 

「そうだ・・・。お前の手で時代を切り開くのだ。」

 

「しかし、私には氏照のような将としての器量も、氏邦のような武勇も、そして氏規のような器用さもありません。そのような私が時代を切り開けるのでしょうか・・・。」

 

「氏政よ、弱気になるでない。お主には弟たちにはない素晴らしい才があるではないか。」

 

氏康は、弱気になった氏政を励ますように声を絞り出す。

 

「王としての才よ・・・。」

 

「王としての才・・・ですか?」

 

「そうだ。確かにお主は武勇も将才も器用さも弟たちに劣っているかもしれん。だがお主には将兵を、民を束ねる才がある!将兵と共に苦楽を共にし、民に寄り添う、そんな王としての才がお前には満ちているのだ氏政・・・。今のお前になら心置きなく北条の未来を託すことができる・・・。」

 

「父上・・・!」

 

「王となれ氏政・・・!関東の王となってこの地に住まう民に平穏を・・・。」

 

氏康はその言葉と共に、氏政に手を差し伸べた。

 

「父上!この氏政、必ずや関東の王になってみせましょう!関八州の戦乱を平らげ、民たちが笑って平穏に暮らせる理想郷を・・・、この地に必ずや築いてみせます!そして何年かかろうとも必ずや千歌どのたちを元の時代に帰します!!」

 

氏政は涙ながらに氏康の手を握って、氏康の理想を受け継ぐことと、千歌たちを未来に帰すことを氏康に誓った。

 

 

「忘れるな。我ら北条は『禄壽應穏』という存念と共に生き続け、民のために戦い、国を治めていくのだ・・・。」

 

『はっ(はい)!!』

 

部屋にいた者たちは皆、氏康の言葉に応えた。氏康はそれを見とどけると、

 

「では、わしはそろそろ疲れたゆえ、ひと眠りさせてもらうぞ・・・。」

 

といって再び寝転がり、布団を掛けた。

 

「はい、父上。ゆっくりお休みくださいませ・・・。」

 

氏政の言葉と共に氏康は目を閉じて眠りにつき、そのまま目覚めることはなかった。北条氏康は、家族やAqoursのメンバーに看取られながらその生涯に幕を閉じた。

 

 

 

 

相模の獅子と呼ばれた関東の名将、北条氏康は57歳でこの世を去った。

 

幼少時は臆病者として嘲られたが、父や家臣たちの温かい教育を受けて勇敢な将へと成長を遂げた。戦場に出れば敵に背中を見せる事のない猛将であると同時に、税制改革などといった革新的な善政を敷き民を愛した名君でもあった。それ故に彼の死が領内に広まると、民たちはその死に泣き崩れたという。それほど彼は民を愛し、また民からも愛されていたのだ。

 

氏康の死によって、関東における乱世の一時代は終わりを告げ、Aqoursは名実ともに北条家の当主となった氏政と共に、新たな時代を迎えつつある乱世に身を投じる事となる―――




いかがでしたでしょうか?


『相模の獅子、天に還る』というサブタイの通り、遂に関東の英雄たる北条氏康がこの世を去る回となりました。1つの時代が終わるという事は新しい時代がやって来るという事も示しております。

名実ともに当主となった氏政とAqoursがどのように戦乱の世を乗り越えていくのか、期待していただけると幸いです。


そして次回はいよいよ第三章が完結!果たしてどのような話になる事か・・・。



それでは次回もまたお楽しみください!!


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34話 別れは突然に

どうも、截流です。

いよいよ今回で第三章『関東三国志』完結です!


それではどうぞお楽しみください。


「はあっ、はあっ・・・!」

 

 

1571(元亀2)年12月。10月に亡くなった北条家3代目当主、北条氏康の葬儀や代替わりに際して行われる雑事も終わり、家中もいつも通りの雰囲気に戻りつつあった・・・。

 

 

「はあっ、はあっ・・・!」

 

 

そんな北風が吹き、木の葉が枯れ落ちた冬の寒空の下で千歌は小田原城から出て西に向かって馬を走らせていた。その表情は切迫したもので、周りに他のメンバーはおらず1人だけであった。千歌たちは今日、特にこれといった重要な仕事があるわけではなかった。ではなぜ千歌はたった1人で西に向かって馬を走らせているのだろうか。

 

その理由を知るためには少しばかり時を遡る必要がある。

 

 

 

 

それは今日の朝・・・。

 

 

「うぅ~ん!寒いけど今日もいい天気だなぁ!」

 

千歌は空を仰ぎながらそう呟いた。

 

「そうだ!今日は特にこれといった仕事も無いし綾さんと氏真さんのお屋敷にみんなで遊びに行こうよ!!」

 

「おっ!ナイスアイデアであります千歌ちゃん!」

 

千歌の言葉に曜がいつものように敬礼をとりながら賛同する。綾と氏真の夫婦が小田原に落ち延びてから、千歌たちAqoursは、時々彼女たち夫妻がいる早川の屋敷に遊びに行くようになっていた。

 

余談だが、この綾たち夫婦が屋敷を与えられていた早川という土地の名前から綾は文書では『早川殿』と呼ばれていたという。

 

「でも氏康さんのお葬式が終わってから、氏真さんも綾さんも姿を見かけなくなったよね。」

 

「そう言えばそうね。あの氏真さんが屋敷に籠りっきりになるなんて想像できまセ~ン。」

 

梨子の言葉を聞いた鞠莉が首をひねる。そう、綾たち夫婦は少なくとも3日に一度はどちらかが小田原城に顔を出していたのをAqoursのうちの誰かが少なくとも1人は目にしていたのだが、ここ最近では全くその姿を見てないのである。

 

「恐らくきっと喪に服しているのでしょう。あの氏真さんとはいえどもそれほどの慎みはあるはずですわ。」

 

「でもそれにしたって長すぎない?」

 

「確かにそれもそうですわね。」

 

「じゃあ綾さんか氏真さんのどっちかが風邪かご病気なのかも・・・。」

 

「馬鹿ねえルビィ、そうだったら今頃城内にそういう噂が出回ってんでしょ。」

 

「確かにそういう話は全く聞かないずら。」

 

メンバーがそれぞれの推測を述べ立てて話し合っていたが、話が一向に進む気配を見せない。

 

「じゃあさ、会いに行こうよ!そうすれば何かわかるかもしれないよ!」

 

「千歌の言う通りだね。話し合ってるより実際に行ってみた方がよく分かるよ。」

 

千歌がそう言うと果南もそう言って頷いた。

 

「よ~し、じゃあ綾さん達のお屋敷にレッツゴー!!」

 

『お~!!』

 

千歌たちが早川の屋敷へ向かおうとしたその時、

 

 

「待ってくれお主ら。」

 

 

と9人を呼び止める声がした。その声がした方を振り返ってみるとそこには氏政が立っていた。

 

「どうしたんですか氏政さん?」

 

「お主たちは今姉上と氏真どのの屋敷に行こうとしていたな?」

 

「そうですが・・・。」

 

「どうかしたんですか?」

 

氏政の問いに梨子が聞き返すと、氏政がバツの悪そうな表情で顔を背けるも、意を決したように深く深呼吸した。

 

「姉上と氏真どのはもういない。」

 

『―――え?』

 

氏政の言葉に千歌たちは衝撃を受けた。嘘だと言おうとするも氏政の人柄を知っている千歌たちには氏政が嘘を言っているようには見えなかった。

 

「どういう事なんですか氏政さん・・・!」

 

「・・・姉上たちは今日の朝、この小田原を出た。今は西へ向かうために早川の港で船を出す支度をしている頃だろう。」

 

千歌が問い詰めるように言うと氏政は声を絞り出すように綾たちの動向を教えた。それはまるで暗に「今ならまだ間に合うから早くあって来い」と言っているような気がしている、千歌はそんな風に感じた。そして、そこからの千歌の行動は早かった。

 

「私、早川まで行ってきます!!」

 

千歌はそう言い終わるよりも速く走りだした。

 

「ち、千歌ちゃん!!」

 

梨子が呼び止めようとするも千歌は止まらなかった。そして千歌はそのまま(うまや)で馬に飛び乗り小田原城から早川の港へ向かって飛び出して行ったのだった。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ・・・。やっと着いた・・・。」

 

小田原城から飛び出してから半刻(およそ1時間)、巳の刻から午の刻に差し掛かる頃(だいたい11時ごろ)に千歌は早川の港町に辿り着いた。

 

「綾さーーん!!どこですかーー!?」

 

千歌は大声で叫びながら綾を探しまわった。そしてそうこうしているうちに彼女は船着き場へとたどり着いた。

 

「綾さんどこにいるんだろ・・・。船は出てないみたいだからいると思うんだけど・・・。」

 

千歌は周りを見回しながらそう呟いていると、

 

 

「あら、千歌さん?どうしてここに?」

 

 

千歌が声のした方に振り向くと、そこには市女笠をかぶり旅の装束を身にまとっている綾が立っていた。

 

「あ・・・綾さ~~~~~ん!!!」

 

「わっ、もう千歌さんってばどうしたの!?」

 

綾の姿を見た瞬間に感極まったのか、泣きながら綾に抱きついた。抱きつかれた綾の方はというと、本来ならばここにいるはずのない千歌が涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして自分の胸に飛び込んできたことに困惑していた様子だった。

 

「だって、氏政さんが・・・!綾さんと氏真さんが小田原を出るって言ってたから・・・。それで夢中になって・・・。」

 

千歌は顔を拭いながら早川の町まで来た理由を話した。

 

「そう、氏政が言ってたのね。」

 

「どうして綾さんは小田原から出て行っちゃうんですか!?氏康さんは亡くなっちゃったけど氏政さんたちや瑞穂さんだっているじゃないですか、それに子供だって・・・。」

 

千歌の説明に対して合点がいったような様子で頷く綾に千歌は詰問するように彼女が小田原を去る理由をたずねた。子どもと言うのは綾が小田原に戻って来た次の年である1570年に産んだ氏真の嫡男の五郎、のちの今川範以の事である。

 

「ええ、分かってるわ。でも私たちはここを出なきゃいけないの。」

 

「なんで・・・。」

 

「北条が武田と和睦して同盟を復活させたことはもう知ってるわよね?」

 

「あっ・・・!」

 

綾の言葉に千歌ははっとしたような表情をした。

 

 

 

 

 

北条家は、武田家とは信玄の駿河侵攻を発端として1568年から戦争を続けていた。氏康は武田家に対抗するために越後の上杉家と同盟を結び抵抗するも、駿河の重要拠点であった蒲原城や深沢城を奪われ、さらに伊豆や武蔵に度々侵攻を許すなど劣勢を強いられていた。

 

そんな中氏康は1571年の10月3日に死んだ。通説では氏政に対して上杉を見切り武田との同盟を復活させるように遺言を遺したとされているが、実際のところは氏康はそのような遺言を遺しておらず、最期まで上杉との同盟を重要視していたという。

 

だが、氏政は上杉との同盟が形だけで機能していない事や武田家との抗争の戦況が好転しない事を踏まえ、氏康が亡くなる数ヶ月ほど前から武田家と秘密裏に和睦交渉を進めていた。そして氏康の死から1ヶ月経った11月に武田家との和睦と同盟の復活を家中に発表したという。氏照ら一門衆や重臣たちもこの時になって初めて甲相同盟を知ったと記録に残っている。

 

 

 

 

 

「やっぱり武田家と和睦したことが理由だったんですね・・・。」

 

「ええ、あの信玄のことだもの。氏真さまの首を要求してくるのは間違いないでしょうね。下手をすれば氏真さまを捕らえるために追っ手を送ってくるかもしれないわね。」

 

「そんな・・・!」

 

綾の言葉を聞いて絶句した千歌は、意を決したような表情でもと来た道へと引き返そうとしていた。

 

「どこに行くつもり?」

 

「小田原に戻って氏政さんにかけ合うんです!そうすれば綾さんや氏真さんも・・・!」

 

「やめなさい。」

 

小田原に戻ろうとする千歌を綾は厳しい声色で制した。

 

「どうして・・・?せっかく小田原で2人でゆっくり過ごす事ができて、お子さんも生まれたのに、それなのに綾さん達が出て行かなくちゃいけないなんておかしいよ・・・!」

 

千歌は綾の方に振り向くことなく声を絞り出す。

 

「そうね、私も氏政が武田と和睦したことを知らされた時は怒ったわ。直接氏政の部屋に怒鳴り込んだくらいよ。」

 

「じゃあどうして止めるんですか・・・!梅さんの時みたいに説得すれば綾さんと氏真さんも・・・!」

 

「いい加減にしなさい!!」

 

「!!」

 

綾の叫びに千歌はビクッと体を震わせた。そして彼女の顔を見ると彼女は涙を流していた。

 

「いい?千歌さん、梅さんの離縁の件が上手く行ったのはあなた達が北条家でそれなりに信頼を得ている事とこれが家中の問題であった事、そして何よりあなた達の運がよかったからなの。」

 

「・・・。」

 

綾は、千歌たちAqoursによる氏政夫妻の離縁阻止が上手く行った理由が『運がよかった事』であることを千歌に教えた。千歌もそれに関しては自覚していたのか、綾の言葉に反論することができなかった。

 

「でも今回の事はあの時とはわけが違う、これは北条家の未来が懸かってる状況での選択なのよ。国と国がそれぞれの行く末を考える外交なの。あなた達が出張ったところで同行できる問題じゃないのよ。」

 

「でも、でも・・・!」

 

「千歌さん、あなたの気持ちは嬉しいわ。私だって故郷を離れるのは辛いけど、それ以上に氏真さまや五郎と一緒にいたいの。能天気でお気楽で緊張感のない人だけど、不思議な事にあの人の側を離れたくないのよね。だから私はここを出ることを選んだの。その選択に後悔なんて微塵もないわ。」

 

綾は泣きじゃくる千歌の頭を撫でながら、優しい声色で諭すように氏真への想いを語った。

 

「あと、私と氏真さまの事で氏政を責めないであげてね。今回の決断も氏政なりに考えた末のものだから・・・。越後に行った三郎を見捨てることになってしまったとしても、それ以上に氏政は当主として北条家の事を想って武田家の和睦に踏み切ったのよ。だからそれを分かってあげて欲しいの。」

 

「・・・はい。」

 

千歌は涙を拭い、綾の言葉に返事をした。その瞳は真っ直ぐ綾の瞳を見据えていた。

 

「正直なところ、この小田原に戻って来てから氏政の顔を見た時はほんとにびっくりしたわ。」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、私が今川に嫁ぐ前に見た氏政の顔はどこか頼りなくって、本当に当主が務まるのかしらって思ってたくらいだったもの。でもそれが、あんなに凛々しく覇気のある顔になって・・・。」

 

小田原の方を見て氏政の事を語る綾の顔は、どこか嬉しそうな表情をしていた。きっとそれだけ弟が立派に成長したことが嬉しかったのだろう。

 

「きっとあなた達がこの時代に来て、北条家に転がり込んできたおかげね。」

 

「そ、そんな事ないですよ!氏政さんは私たちが出会った時からずっと一生懸命頑張ってたし、素敵なお殿様でした!むしろ私たちが今もこの時代で元気でいられるのは氏政さんのおかげなんです!梨子ちゃんや曜ちゃん、Aqoursのみんなもそう思ってます!!」

 

千歌は今の自分たちがあるのは氏政のおかげであることと、彼が君主として相応しい男であったことを綾に伝えた。

 

「そう、そこまで家臣であるあなた達に慕われてるのなら、きっと氏政は本当にいい君主なのかもね。」

 

氏政の事を喜々として語る千歌を見て、綾は微笑みながらそう言った。そして、北条家は氏政の代になっても上手く立ち行くであろうことを感じていた。

 

「ねえ、千歌さんは私たちが初めて会った時のこと覚えてる?」

 

「初めて会った時の事ですか?」

 

綾が突然昔の事を話し始めたので千歌は少し戸惑った。

 

「もしかして忘れちゃったり?」

 

「そんな事ないです!ちゃんと覚えてますよ!確か・・・。」

 

千歌は綾と初めて出会った時の事を想い返した。

 

 

 

 

 

 

それは1568年の12月、千歌たちが氏政と梅の離縁を阻止するために各地に散らばる北条家の重臣や一門の所へ赴き、説得に励んでいた時のこと。

 

千歌は韮山城に向かい、笠原康勝と氏規の説得を終えると休む暇もなくある場所へと向かっていた。それは―――

 

 

 

「ふぅ・・・。何だかんだあったけど久しぶりの故郷は良いものね・・・。」

 

駿河を脱出し、徒歩で小田原に戻って来た綾は母である瑞穂の屋敷の一角で療養していた。

 

「どうですか綾、足の具合は。」

 

「ええ、だいぶ疲れも取れてきたところよ。氏真さまは大丈夫かしら・・・。」

 

縁側に座っていた綾は足を上げながら瑞穂に具合が良くなってきた事をアピールする。

 

「氏康さまが言うには遠江の掛川城に逃れていると聞きましたよ。」

 

夫の安否を心配する綾に、瑞穂が氏康から聞いた氏真の動向を教えた。

 

「掛川城ね・・・。あそこには確か朝比奈どのがいたわね。だったら氏真さまが引き渡される心配は無用ね。」

 

氏真が掛川城に籠ったと聞いて綾は安堵のため息をつく。そんな所に・・・。

 

 

 

「御台所さま。」

 

「おや、どうしました?」

 

「御台所様と綾姫様ににお会いしたいという者が来ているのですが・・・。」

 

「え?私にも?」

 

侍女の言葉に綾は首を傾げた。

 

「はい、お屋形様の馬廻の者だとその娘は言っております。」

 

「娘?」

 

「ああ、綾は知りませんでしたね。実は・・・。」

 

状況が読めない綾に対して、瑞穂は千歌たちAqoursの事を話した。彼女たちが未来からやってきた事、氏規に拾われた事、小田原で重臣たちの前で氏康と氏政と謁見して2人に気に入られて北条家の家臣となった事、そして氏政の馬廻として戦や内政に貢献している事、それらをかいつまんで話した。

 

「へぇ・・・。そんな子たちが来てるのね。」

 

瑞穂の話を聞いた綾は興味津々といった様子であった。

 

「それで、いかがいたしましょうか?」

 

「お通しなさい。」

 

「ええ、私もその子たちに会ってみたいわ。」

 

「はっ、少々お待ちください。」

 

瑞穂と綾の言葉を受けると侍女は下がった。しばらくすると今度は廊下の方からどたどたと走ってくるような足音が聞こえて来た。

 

「はぁ、はぁ・・・!瑞穂さんの部屋ってここでよかったんだっけ・・・!」

 

息を切らして瑞穂の部屋の前にやって来たのは千歌だった。

 

「おや、どうしたんですか千歌どの。武士として氏政に仕えてるとはいえそのように慌ただしく廊下を走ってははしたないですよ。」

 

「あ、すいません・・・。瑞穂さんお久しぶりです!」

 

瑞穂にやんわりと注意された千歌は苦笑しながら謝ると同時に頭を下げて挨拶をした。

 

「えーっとあなたは確か・・・?」

 

「あっ初めまして!高海千歌って言います!!Aqoursのリーダーで今は氏政さんの家臣をやってます!」

 

千歌はいつも通りの様子で自己紹介をした。

 

「ああ、あなたが『あくあ』って言う一座の首魁なのね。私は綾。氏政たちの姉で今川治部大輔(じぶだいゆう)氏真の妻よ。」

 

綾も千歌に自己紹介した。

 

「あなたが綾さんですか!?よかった!!実は綾さんと瑞穂さんに頼みたいことがあったんです!!」

 

『私たちに?』

 

千歌の言葉に綾と瑞穂は首を傾げた。すると千歌は2人に向けて土下座をしてこう言い放った。

 

 

「はい!どうか、氏政さんと綾さんを助けるのを手伝ってくれませんか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったくあの時はびっくりしたわよ。なんせ初対面で互いに名乗ったばかりでいきなり氏政と梅さんを救ってくれなんて言われたんですもの。」

 

「あはは・・・。あの時はホントに急いでたんで・・・。」

 

初めて会った時の事を思い出して笑う綾に対して千歌は少し恥ずかしそうに笑ってそう言った。

 

「でも綾さんはどうして私たちに協力してくれたんですか?今になって思ったんだけど綾さん、梅さんは信玄さんの娘さんだったのにかばってくれたし・・・。」

 

千歌は綾に何故自分たちに協力してくれたのかをたずねる。

 

「そうね、確かに信玄の事は憎くて仕方なかったわ。でも親は親、子は子っていうでしょ?信玄の罪を梅さんに押し付けるのはおかしい話だって思ったの。それにね、私が協力したのはあなたのおかげでもあるのよ?」

 

「私のおかげ・・・ですか?」

 

「ええ。あの時氏政と梅さんの為に初対面である私に頭を下げるあなたの必死な様子を見て、ここまでされたら全力で期待に応えるしかないなって思ったの。それにね・・・。」

 

「それに、何ですか?」

 

「千歌さんのことを見てると妹がもう一人増えたように思えたのよね。」

 

「私が・・・、綾さんの妹?」

 

「ええ、他にも妹はいるけどほとんどみんな嫁に出ちゃってるし、奈々や凛、お種以外の子は私が今川家に嫁いで生まれたから私とはほとんど面識が無いのよね。」

 

綾が語った、奈々(康成の妻)や凛(太田氏資の妻。未亡人)や、北条家の重臣である小笠原康弘に嫁いだお種以外は歳がだいぶ離れており、面識もほとんどないため北条家に戻ってきた時に出会った時はほとんど他人同然であったが、それでも彼女は実の妹なので慈しんでいたのだ。たとえほぼ他人同然であっても家族だから仲良くするのは当然だというのは北条家においては当然のことであったからだ。

 

「妹たちは今も昔も何かあるごとに姉様姉様って頼ってくれてたから、千歌さんが私を頼って来てくれた時はとても嬉しかったのよ?」

 

綾はそう言うとにかっと白い歯を見せて笑った。

 

「私も初めて綾さんを見た時は美渡ねえや志満ねえに似たような雰囲気だったから初対面だったのにまるで他人のような気がしなかったんですよね・・・。」

 

千歌は照れ臭そうに笑いながらそう言う。千歌は千歌で綾に実の姉である美渡と志満の姿を映し見ていたという。

 

「へえ、私って千歌さんのお姉さんたちにそっくりだったのね。」

 

「う~ん、全部が全部ってわけじゃないんですけどね。髪が長いのと後ろ姿は志満ねえの髪をもっと伸ばした感じだし、性格とか顔つきはどっちかって言うと美渡ねえっぽい感じがするんですよねえ・・・。」

 

千歌は綾の全身を値踏みするように見つめながら美渡と志満とそっくりなところを挙げる。

 

「ねえ千歌さん、まだもうちょっと船の支度ができるまで時間もあるからあなたたち姉妹の話も聞かせてくれないかしら!」

 

「はい、いいですよ!」

 

綾の頼みに応え、千歌は美渡や志満の話を始めた。

 

 

 

 

「・・・んで美渡ねえってばいっつも千歌のことをからかってくるんですよ!」

 

「あはは、美渡さんと千歌さんはいつも楽しそうね。きっと志満さんも2人の事を見てて楽しく思ってるんでしょうね。」

 

綾は千歌の話を聞いて楽しそうに笑っていた。今の彼女は北条氏康の長女にして今川氏真の正室としてではなく、綾という1人の女として千歌との他愛もない話を心の底から楽しんでいた。

 

「それでこの前もですね・・・。」

 

また別の話をしようとしたその時、千歌は突然口をつぐんだ。その表情は先ほどまでの楽しそうな表情とは打って変わってどこか寂し気な雰囲気を湛えていた。

 

「どうしたの?」

 

「そういえば、もう私たちがこの時代に来て19年経ってるんだよね・・・。毎日がものすごい勢いで過ぎていくもんだから今の今までほとんど実感できてなかったなって思っちゃって・・・。」

 

「千歌さん・・・。」

 

綾は千歌に対してどんな言葉をかけていいのか分からなかった。突然見ず知らずの過去の時代に飛ばされ、20年近くにわたって元の時代に戻ることもできずに暮らし続けてきたという、常人では計り知れない経験をしてきた千歌たちの心中を慮ることは、現代人の観点から波乱万丈な人生を歩んだように見える綾にとっても難しいものであった。

 

「実は不安なんです。もし元の時代に戻る事ができたとしても、浦島太郎みたいに内浦の景色が、そこにいるみんなが私たちがいた時から変わっちゃってたらどうしようって時々思っちゃうんですよね・・・。」

 

「・・・。」

 

いつも笑顔で他のメンバーを引っ張ってきた千歌の、姉のようだと慕っていた綾の前だからこそ吐き出すことのできる不安の言葉を綾はただ黙って聞いていた。

 

「美渡ねえ、志満ねえ、しいたけ、会いたいよぉ・・・。」

 

千歌が涙をこぼしながら呟いたその時――――

 

「・・・!」

 

「あ、綾さん・・・?」

 

突然綾が千歌のことを強く抱きしめた。

 

「もう、めそめそしないの。千歌さんは笑顔が可愛いんだから泣いてたらそれが台無しよ?」

 

綾は千歌の頭を優しく撫でながら優しい声で千歌を諭す。

 

「笑顔・・・。」

 

「ええ。それに元の時代に戻ってご家族に会えた時にいつも通りの笑顔で会えなきゃ嫌でしょう?」

 

「でも、みんな私たちのこと覚えてくれてるかなぁ・・・。」

 

「心配いらないわ!たとえ何年経ってておばあちゃんになってても家族なんだから覚えてないわけがないわよ。それにあなた達言ってたじゃない。『歴史が変わっても私たちの絆は変わらない』って、だとしたらきっとあなた達がこの時代にやってくる前にいた時代にちゃんと戻れるって私は信じてるわ。」

 

不安を拭いきれない千歌に対して綾は力強く千歌を励ます。その言葉に根拠などほぼ無いに等しかったが、それでも千歌の心を奮わせるには十分だった。

 

「そう・・・だよね。うん!私信じるよ!元の時代に必ず帰れるって!だからその日まで氏政さんや北条家を支えてみせるよ!!」

 

「うんうん、その意気よ。それと話は変わるけど、一つ頼みごとをしてもいいかしら?」

 

「何でも言ってください!今の私なら何でもできそうな気がするからお安い御用ですよ!」

 

千歌は胸をドンと叩いてそう言った。

 

「じゃあ、私の事を綾ねえって呼んでくれないかしら?」

 

「え?」

 

千歌は自分の予想の斜め上を超えて来た綾の願いに一瞬戸惑いを隠せなかった。

 

「あはは、変な頼みだってのは自分でも分かってるの。でもね、あなたのお姉さんたちの話を聞いて羨ましくなっちゃって・・・。だから妹だと思ってる千歌さんからそう呼ばれてみたいな~なんて思っちゃったの。」

 

綾は恥ずかしそうに笑いながら千歌に『綾ねえ』と呼ぶように頼んだ理由を語った。

 

「そんな事だったら何度だって呼んであげるよ、綾ねえ!」

 

「ありがとう千歌さん・・・。ううん、千歌・・・。」

 

綾は千歌の言葉に目頭が熱くなり涙がこぼれそうになったが、それを誤魔化すように千歌を先ほど以上に力強く抱きしめた。

 

「うわ、苦しいよ綾ねえ。」

 

「よいではないか、よいではないか~!」

 

「くすぐったいよ~!」

 

抱きしめ合いながらくすぐったりと、2人で戯れる千歌と綾の姿はまさに実の姉妹のようであった。

 

 

 

 

 

そしてしばらく時が流れ・・・。

 

「ふぅ、ありがとうね。私のわがままを聞いてくれて。」

 

「いえいえ、私の方こそ綾さんのおかげで元気になれたんですからお互い様ですよ!」

 

千歌はニコッと笑いながら綾の言葉に応える。

 

 

「お~い!」

 

 

「あ、氏真さんだ。」

 

どこからか呼ぶ声が聞こえる声が聞こえたので周りを見回してみると、氏真が彼女たちの方に向かって歩いて来ていた。

 

「綾、そろそろ船が出るみたいだよ・・・って千歌どのじゃあないか。」

 

「お久しぶりです氏真さん!」

 

「やあ、義父上の葬儀以来だね。相変わらず元気そうで何よりだ。」

 

氏真は微笑ましそうな笑顔で千歌に挨拶をした。

 

「もう船出の準備はできたのかしら?」

 

「ああ、もう出発だってね。だからこうして迎えに来たんじゃないか。」

 

「あの!氏真さんたちはこれからどこへ行くんですか?」

 

千歌は意を決したように2人にこれからの行き先を尋ねる。

 

「そうだね・・・。やっぱり都かな、あそこには蹴鞠や和歌の仲間がいるからね。そこでゆっくりと余生を・・・。」

 

「違うでしょ!遠江の徳川家康どのを頼るんでしょうが!」

 

「あだだだだ!冗談だからつねるのはやめてくれよ・・・。」

 

「あはは・・・。」

 

「さて、君たちにもホントに世話になったね。」

 

氏真はさっきまでのお茶らけた雰囲気から打って変わって真剣な表情で礼を言った。

 

「い、いえいえ!私たちはそこまで・・・。」

 

いきなり氏真に真剣に礼を言われた千歌は戸惑いながら謙遜する。

 

「いいや、充分に世話になったさ。僕はこんな性格だけどやっぱり大名だからこんな形で妻の実家を頼るのは心苦しかったけど、君たちに会えたおかげで心がだいぶ楽になったもんだよ。それに、君たちの歌と踊りも楽しませてもらったしね。」

 

「ほんとごめんね千歌、この人ってば最後までこんなので・・・。」

 

「いえ、氏真さんらしくって私はいいなって思いますよ!」

 

苦笑いする綾に対して千歌は笑顔でそう答えた。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか。」

 

「ええ、でもその前に千歌に言い残しておきたいことがあるの。いいかしら?」

 

「うん、でもあまり長くならないようにね。」

 

綾の頼みに対して氏真は優しい笑顔で頷く。

 

「千歌、父上が亡くなった事で武田との同盟を含めてこの関東の情勢は大きく変わるわ。氏政もきっと関東静謐のために本格的に動き出すはずよ。」

 

「はい。」

 

「だからきっと戦も今まで以上に熾烈なものになるかもしれないし、これからたくさんの辛い事や悲しい事に向き合うことになるかもしれない・・・。」

 

「うん、わかってるよ綾ねえ。」

 

綾の言葉に頷く千歌の脳裏には、国府台の戦いで師として慕っていた綱景を亡くした梨子の悲しむ姿が映っていた。

 

「でもあなた達はそれに負けちゃダメ。あなた達は北条家臣である以前に『スクールアイドル』なんだから笑顔を忘れてはダメよ。きっとその笑顔が誰かを救うことになるんだからね・・・。それと、氏政の事をしっかり支えてあげてね。氏政は結構一人で抱え込みがちだからその辺はちゃんとしっかりね。」

 

「はい!!」

 

千歌は綾の言葉にもう一度強く頷く。その表情には先ほどの不安は微塵も感じられなかった。

 

「じゃあ、行ってくるわね。」

 

「うん!じゃあね綾ねえ!!遠江に行っても元気でね!!」

 

千歌は氏真と共に船に向かって歩き出す綾を手をちぎれんばかりに振って見送った。

 

 

 

 

―――ありがとう綾ねえ。私、元の時代に帰れるまで頑張るからね!だから綾ねえも、どこに行っても氏真さんと幸せにね!!

 

 

 

 

手を振り続ける千歌の目からはとめどなく涙が溢れ続けていた。

 

しかしその表情は悲観に満ちたものではなく、むしろまるで雲一つない晴天のように晴れやかな笑顔であった。

 

 

 

出会いがあれば別れもまたある。千歌たちはこの戦国乱世でいくつもの出会いと別れを紡ぎながら今日もまた生きていく。

 

笑顔で綾たちの乗る船を見送る千歌の瞳には、新たな出会いを待ち望む光が宿っていた。




いかがでしたでしょうか?

最近、というかここ3ヶ月ほど上手く文が書けなくなるというスランプ状態に陥ってしまい、更新が大幅に遅れてしまいました。

余談ですが、綾(早川殿)の小田原脱出がいつ行われたかについては北条氏年表を使って調べあげましたw


遂に次回から第四章幕開け・・・と言いたいところですが、あと一話だけやりたい幕間の話が残っているのでお付き合いしていただけると幸いです!

感想があれば書いてくださると幸いです!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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34話 幕間 弟

どうも、截流です。


前回で第三章完結と言いましたが、今回は前回で語られなかったとある話を綴りたいと思って執筆しました。


それではどうぞお楽しみください!


「それにしてもこれでよかったのかい?」

 

船が出た後、氏真は綾にそう問いかけた。

 

「ええ、千歌には言い残しておきたいことは全部言ったわ。」

 

「そうじゃなくて氏政どのたちのことだよ。ほぼ喧嘩別れ同然じゃないのかい?」

 

氏真は氏政たちとの別れがこんな形でよかったのかと心配していた。事実、記録では綾が氏政の武田との和睦に憤り、夫である氏真や息子の五郎を連れて出奔したという記述が残っている。

 

「ええ、いいのよ。あんな馬鹿な弟たちの事はね。」

 

綾は氏真にそうきっぱり言うと空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと氏政!!武田と同盟なんて正気!?」

 

氏康の葬儀が終わってしばらく経った11月末、氏政の部屋に来ていた綾は氏政に掴みかかった。

 

「仕方ありません姉上。武田との抗争もあまり芳しくないですし・・・。」

 

氏照はバツが悪そうな表情で綾を諫める。

 

「氏邦もなんか言いなさいよ!あんたは上杉との同盟の取次ぎ役でしょ!?」

 

「俺だって最初は反対したが冷静に考えたらなぁ・・・。駿河だって結局は武田に殆ど奪われちまった上に武蔵だって御嶽領があいつらに占拠されちまってるんだぜ?それにあいつらめっぽう強いから真正面から戦いを挑めば氏信どのや長順の様に犠牲が出るかもしれねえ。」

 

甲相同盟復活に反対していた氏邦も、蒲原城で戦死した幻庵の息子である氏信と長順を例に挙げて綾を諫めた。普段強気な氏邦でさえも弱気にならざるを得ない状況に北条家は直面していたのだ。

 

「それに将軍からも武田と和睦するように御教書が来てますからね・・・。」

 

北条家の外交官である氏規は室町幕府の将軍である足利義昭から送られてきた書状を見せた。

 

「じゃあ今川家はどうなるのよ!」

 

「・・・心苦しいですが、武田から何か言われたら氏真どのを差し出すしか・・・。」

 

「ふざけないで!!あんた、義兄弟(きょうだい)を売る気なの!?そんなの許され―――」

 

 

 

「だからその前に姉上たちは小田原から脱出してくだされ。」

 

 

 

「―――え?」

 

氏政の言葉に綾は呆然となった。

 

 

「姉上が氏真どのと共に行方をくらませてしまえばあの信玄どのとはいえ強くは言えないでしょう。」

 

氏政は先ほどの申し訳なさそうな顔から一転して不敵な笑顔で綾や氏照ら弟たちにそう告げる。

 

「だとしたら行き先は家康どのの所がいいでしょうね。」

 

「確かに駿河をとる大義名分としても欲しがりそうだもんな。」

 

氏規の提案に氏邦が頷く。

 

「だが駿河は通れねえから船を出さなきゃならねえな。」

 

「そう言えば師走に梶原どのが紀伊に向けて商船を出すそうなのでそれに乗せていただけるように頼みましょう。」

 

氏規は水軍大将にして交易にも携わってる梶原景宗に交渉するべく部屋を出て行った。

 

「そうであれば伊豆にはこの事を伝えねばなりませんな兄上。」

 

「そうだな、であれば康英に連絡しておこう。あやつなら上手くやってくれるだろう。」

 

氏政は氏照の提案に頷いた。

 

「氏政・・・。」

 

「姉上。我らは武田との盟約があるので目立った支援はできませんが、姉に対する不孝の償いとして小田原から出るための準備に協力は惜しみません。どうか我らを頼っていただけると幸いです。」

 

氏政はそう言うと綾に頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ええ、これでよかったのよ。」

 

そう感慨深げな表情で呟く綾の顔には涙が一筋流れていた。果たしてそれは頼りない弟の成長を嬉しく思うものか、家族との別れを惜しむものなのか、誰にもわからない。

 

「・・・そうか。」

 

氏真はそんな綾に対して、何も言わずただその隣に寄り添った。

 

 

 

 

 

今川氏真と、その妻である綾(早川殿)――のちの蔵春院――は各地を転々としながらも、乱世を無事に生き延びて5人の子供に恵まれ、さらには江戸幕府の高家として今川家の名を後世に残すことに成功している。

 

綾は大坂の陣が勃発する前年の1613年に天寿を全うし、氏真もその2年後の1615年の12月に綾の後を追うようにひっそりとその生涯に幕を閉じたという。

 

 

 

乱世にあり、数奇な運命に見舞われながらも、死が2人を分かつその時まで互いに寄り添い合いながら生きたその生涯は、恵まれたものとはいえないものの、氏真と綾にとってはきっと幸せなものであったかもしれない。




いかがでしたでしょうか?


今回の話は、本当なら前回の話でいっぺんに書いちゃいたいと思ったんですが、思った以上に書きたい話があって、字数がかなり多くなってしまったので幕間という形で掲載することにしました。


少しばかり美化しすぎた気がしなくもないですが、まあ主人公勢力だし是非もないよネ!


それでは次回もまたお楽しみください!!


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第四章 1574 関東大乱
35話 新たなる野望に向けて


どうも、截流です。

社会人になってからのゴタゴタと、若虎の執筆でだいぶ間が開いてしまいましたが、連載再開&第四章開幕です!!

氏康の死を経て新たな時代に突入しつつある関東で千歌たちは何を見るのか・・・・・・。



それではどうぞお楽しみください!!


北条家の3代目当主の氏康が亡くなり、氏政が名実ともに北条家の当主となってから3年経った1574(天正2)年の4月が終わろうとしてた頃、小田原城にて・・・。

 

 

 

「うあ~~~~~!!ぜんっぜん書類が片付かないよ~~~~~~!!!」

 

 城の一室で千歌は鬱憤を晴らすかのように叫び声をあげていた。

 

「しょうがないでしょ千歌ちゃん。北条家は大大名なんだからやる事が多いのも無理ないわよ。」

 

「でも氏政さんが当主になってから仕事めちゃくちゃ増えたよね・・・。」

 

 それを聞いて梨子と曜はそれぞれ千歌を諭したり、その言葉に共感したりしながらも書状の整理を進めていた。

 

「氏康さんが亡くなった直後に上杉との同盟を切った件で上野の由良さんからの猛抗議の書状がかなり凄かったのに比べればまだマシな方ですわ。」

 

「由良さんは氏邦さんと一緒に上杉さんとの交渉をしてたみたいだししょうがないわよ。」

 

 ダイヤと鞠莉は氏康が亡くなった直後に越相同盟を解除したことでその交渉を担当していた上野の国衆、由良成繁から氏政への抗議文が記されている書状が山ほど小田原に届けられたのを思い出してため息をついた。

 

「でも氏政さん見事にのらりくらりと躱してたよね・・・。そう言えば三郎さんは大丈夫かなぁ。」

 

 ため息をつく姉とその友人の言葉に苦笑いしながら答えたルビィが越相同盟で越後に旅立った三郎の身を案じると、

 

「三郎くんは謙信さんにすごく気に入られてたし殺されるなんてことは絶対無いずら。三郎くんが敵になっちゃったのは辛いけど、それでも三郎くんが元気でいてくれたらおらはそれで満足ずら。」

 

と花丸はいそいそと書状の整理を進めながら、ルビィにそう言った。

 

「花丸ちゃん・・・。」

 

 弟のような存在である三郎を案じる花丸の表情はいつもの穏やかさと、彼を心配する気持ちとが混ざりあって何とも言えない深みのあるものになっていた。

 

 

 

「あ~~~、書類の整理とかお城の仕事だけじゃなくって戦に出たいな~~~!!」

 

 そんなこんなしているうちに再び千歌が駄々をこね始めた。

 

「戦なら氏政さんが当主になってから何度もあったではありませんか。」

 

「そりゃ確かにあったけど、上杉さんとの戦は利根川をはさんで睨み合ってただけだし、他の戦いだって国府台のに比べたら全然出番がなくてつまんなかったもん!」

 

 ダイヤはそんな千歌を諭そうとするも、千歌は頬を膨らませて聞く耳を持つことはなかった。

 

「千歌の言う事も分からないでもないよね。氏政さんは当主だから本陣にずっといるのはしょうがないけど私たちもずっと本陣にいるもんだからやる事なくって腕がなまっちゃいそうだよ。」

 

 果南はそう言いながら肩を回す。彼女は北条家の軍団の中でも精鋭と名高い北条綱成が率いる玉縄衆に身を置き、綱成に直接手ほどきを受けていただけあってAqoursのメンバーの中でも特に武勇に長け、勇んで先陣に躍り出る武人となっていたので彼女は千歌の気持ちがよく分かっていた。

 

「千歌ちゃんと果南ちゃんの意見に曜ちゃんも賛成であります!」

 

「もう、曜ちゃんまで・・・。」

 

千歌と果南の幼馴染みコンビに賛同する曜に梨子は呆れていた。そんなこんなで雑談に花を咲かせながら千歌たちはいつものように書類の整理に勤しんでいた。

 

 

 

 

 

「ふぅ、疲れた~!」

 

 書状の整理がひと段落着き、千歌たちが休憩していると、

 

「9人揃っているところは初めて見るが氏政どのから聞いた通り、実に賑やかな連中だな。」

 

と声が聞こえたので振り向くと、

 

「あ、康成さん久しぶり!」

 

と果南がにこやかに手を振った。

 

「果南、俺はもう康成じゃあない。氏繁に改名したと言ったはずだろう。」

 

「ごめんごめん。だって氏繁さんとはここ数年全然あってなかったから忘れちゃって・・・。」

 

 呆れた様子の康成改め氏繁に果南は苦笑いしながら弁明した。

 

「康成さん・・・じゃなくて氏繁さん名前変えたの?」

 

「ああ。氏康公が亡くなった後、俺も父上から家督を譲られてな。その時氏政どのから弟と共に『氏』の字を授かったのだ。」

 

 千歌が首を傾げながらたずねると、氏繁は簡潔に改名に至った経緯を説明した。

 

 氏繁は元々北条康成と名乗っていたのだが、1571年に氏康が没すると彼の父である綱成も隠居を表明し彼に家督を譲られた。そしてそれを受けて新たに当主となった氏政は康成と彼の弟である康元に北条家の通字である『氏』の字を与えたのだ。

 

 北条家において『氏』の字は本家に連なるものだけに許されるもので、これを与えられたという事は北条家の一門である『御一家衆』への加入を許されたことを意味し、三船山で戦死した太田氏資もこれに該当している。そして何より、氏政の義理の従兄にして彼の妹である奈々を娶り義兄弟となっていた氏繁にも十分その待遇を受ける権利があった。

 

 

「――そんなわけで俺と氏秀は氏照ら氏政どのの兄弟衆と同等の地位を得ることになったんだ。」

 

「そうなんだ~・・・。」

 

 普段ならこう言った小難しい話を聞くと目を回しそうな千歌も氏繁の説明が分かりやすかったのか理解した様子で頷いていた。

 

「それで氏繁さんはどうして小田原に?」

 

「確か氏繁さんは岩付城の城代も務めてらしていましたよね?」

 

「今日は氏政どのと新たな方針と、次の攻略対象の話をするために来ていたのだ。氏秀と一緒にな。」

 

『新しい方針と次の攻略対象!?』

 

 氏繁の言葉に千歌たちはいっせいに反応した。特に千歌、曜、果南、鞠莉の退屈そうにしていた4人は食い気味に反応していた。

 

「まず新しい方針としては、武田と同盟を結び直したことで相模、伊豆、そして武蔵西部の守りが固まったことで俺たちは関東平定に集中できるようになった。」

 

「でも上杉さんはどうするの?それに関東だって房総半島の里見さんに、下野の宇都宮さん、常陸には佐竹さんだっているよ?」

 

「氏政どのから方面軍の話を聞かなかったか?」

 

「方面軍・・・あっ!」

 

 千歌は思い出したのかハッと目を見開いた。

 

 

 北条氏政は氏康の死後に武田との同盟を再び結ぶと、関東攻略の方針を固めた。まず長弟の氏照に下総と下野の攻略、次弟氏邦には上野、三弟の氏規に水軍の統括と房総半島の攻撃を任せたのだ。

 

 

「そういえばそんな事言ってたような・・・。」

 

「もう、千歌ちゃんってば大事な事なんだから忘れちゃダメじゃない。」

 

 梨子は苦笑いする千歌をたしなめた。

 

「そして氏政どのの弟たちによる方面軍が形成されると同時に、あらゆる方面で配置換えや人事異動が起きた。父上や綱高どのの隠居や、江戸城の配置換えなんかがこれにあたるな。」

 

「そう言えば政景さんが江戸城代から外されたって聞いたんですが・・・。」

 

 梨子は恐る恐る氏繁に、かつての師であった綱景の息子の政景の人事についてたずねた。

 

「江戸城は上杉や里見の抗争や下総への進出において重要な拠点だからな。それを踏まえたうえで氏政どのは俺の弟の氏秀に江戸城代を任せた。氏秀、入って来い。」

 

 氏繁は簡単に説明すると後ろの襖に向かって声を掛けた。

 

「はい。」

 

 それと同時に1人の男が部屋に入って来た。入って来たのはぶっきらぼうな印象の氏繁に比べると柔和な印象を感じる男だ。

 

「果南どの以外は初めましてですね。私は北条綱成改め上総入道道感の次男、北条氏秀と申します。」

 

 氏秀はぺこりと頭を下げてAqoursに自己紹介をした。

 

「康元さん・・・じゃなくって氏秀さん久しぶり~。」

 

「果南どのこそ御無沙汰してます。」

 

「果南さんはこの方とお知り合いなんですか?」

 

「そりゃあ氏繁さんの弟だもん。綱成さんの玉縄城に出入りしてたんだから何度も顔合わせるよ。」

 

 ダイヤの質問に対して果南は笑いながら答えた。

 

「桜内梨子どの・・・でしたっけ?」

 

「あ、はい!」

 

 突然氏秀に声を掛けられた梨子はビクッとしながら彼に返事をした。

 

「政景どのは江戸城代の任を解任こそされはしましたが、葛西城主として里見への抑えや下総の国衆との外交などで私の補佐を務めてくださってるので、左遷されたわけではないのでご安心ください。」

 

 そんな梨子に対して氏秀は優し気な声色で政景の現状を教えた。

 

「そうですか、ありがとうございます。」

 

 梨子は安堵しながら政景の現状を教えてくれた氏秀に礼を言った。

 

「江戸城代と言えば直勝さんもいたけど、去年亡くなっちゃったよね。それで確か政家さんが後を継いだみたいだけど・・・。」

 

 果南は思い出したように、遠山政景と共に江戸城代を務めた富永直勝とその息子である政家を話題にあげた。史実とは違い、第二次国府台合戦を生き延びた直勝は氏康の死後に、同じ五色備えの仲間である綱成と綱高と同じように隠居して余生を送っていたが、1573(天正元)年の秋に64年の生涯に幕を下ろしたのだった。

 

余談ではあるが黒備えの多目元忠と白備えの笠原康勝は隠居せずにそのまま現役で活動を続けているが五色備えの半数が隠居、逝去し、氏照らによる方面軍が形成されたことによる軍団の再編成が進められたことによって五色備えは実質解散したといえる。

 

「政家どのは栗橋城に入城し、氏照どのの指揮下に入っていると聞いていますね。」

 

「他に配置換えというと河越衆副将の山中頼元どのが小田原衆に、松山衆の垪和氏続どのが馬廻衆に配置換えされていたな。」

 

「そう言えば氏繁さん私たちに用があって来たんでしょ?」

 

 氏繁と氏秀が話していると、果南が声を掛けた。

 

「ああ、話が脱線したな。次の攻略対象について氏政どのからお前たちに伝えるように言われてるんだった。」

 

「それで次はどこに行くんですか!?」

 

「まあそう慌てるな。俺たちが次に狙うのは下総、関宿城だ。」

 

 千歌が食い気味にたずねると氏繁は彼女の頭を押さえながら彼女たちに次に狙う城を伝えた。

 

「関宿城ですか?」

 

「確か関宿城は前にも何度か攻めてますよね?」

 

「でもその2回とも落とせずじまいだったわよね。」

 

「善子ちゃん!」

 

 梨子と曜は「本当にそこを攻めるのか?」と言いたげな表情で氏繁にたずね返し、善子に至ってはため息交じりにそう言って花丸にたしなめられていた。だが彼女たちがあまり気の進まないような態度をとっているのにも理由がある。

 

 そもそも関宿城とは下総の北部、今の千葉県と茨城県、そして埼玉県の県境付近に古河公方の重臣の簗田氏によって築かれた城で、古河公方の居城として用いられた城でもあった。この城は旧利根川(現在の江戸川)と常陸川(現在の利根川)の関東地方を代表する二大大型水系が交わる場所に築かれている。

 

 関宿はその地理的な条件から関東地方において最も重要な交易拠点として栄えており、北条氏康は生前に「関宿城を手に入れるのは国を一つ得ることに値する」と評していたという。

 

 だが、関宿城は利根川と常陸川という関東の二大大型河川に挟まれる形に築かれ、さらにその周辺に湿地帯が広がっていたこともあってとても攻めにくい難攻不落の城としても名を馳せていた。実際に北条家はこれまで2回にわたってこの城を攻めているが、今現在まで落城させることができずにいたのだ。

 

「確かに今まで落とすことはできませんでしたが案ずることはありませんよ。」

 

「氏秀の言う通りだ。今回は氏政どのが氏邦や氏規も引き連れ3万の大軍を率いて自ら出るという。もちろん俺も出るつもりだ。」

 

 乗り気じゃない様子の千歌たちに氏繁兄弟は励ますように次の関宿攻めの内容を説明した。

 

『3万!?』

 

「確かに関宿城は重要な城ではありますが、そこまでの大軍を動員するのですか!?」

 

 氏繁から動員される兵数を聞かされた千歌たちは驚き、ダイヤは氏繁に大規模動員する必要性がある理由をたずねた。

 

「恐らく簗田は上杉謙信に救援を求めるだろう。さすれば連中は三国峠を越えて関東平野に出てくる。それに佐竹や宇都宮と連中もそれに呼応して南下してくるだろうな。」

 

「なるほど、敵は簗田だけじゃなくって上杉さんや北関東の佐竹さんたちも含まれるって事だね!」

 

「そういう事だ千歌どの。」

 

「千歌ちゃんはこういう時だけ物分かりがいいんだから・・・。」

 

 氏繁がにこりと笑って千歌の言葉に頷く一方で梨子はため息をついた。

 

 

 

 

「Aqoursの皆様方はおられるかな?」

 

 千歌たちが氏繁兄弟と話をしていると1人の男が部屋に入って来た。

 

 入って来た男の名は山角(やまかど)康定。板部岡江雪斎や笠原康明に並ぶ氏政の側近の一人で、評定衆や伊豆の代官、越相同盟の交渉に参加し、さらに氏康から名前に『康』の字を与えられるほどの優秀な官僚であると同時に、当主直属部隊である『御馬廻衆』の統括者として300騎の侍大将を任され、幕僚としても氏政を支えている重臣である。ちなみに千歌たちも氏政の直臣でありながら御馬廻衆にも所属しており、彼女たちにとって上司のような存在でもある。

 

「あ、康定さん。どうかしたの?」

 

 千歌は康定に向かって用件をたずねる。

 

「お屋形様から千歌どのたちに向けての言伝を頼まれましてな。」

 

 康定はいつもの物腰柔らかな面持ちで彼女たちに用件を伝える。

 

『用件?』

 

「はい、実は次の関宿攻めでは千歌どのたちに氏照さまの陣に加わるように、と。」

 

『私たちが氏照さんの陣に!?』

 

「ほぉ、やったじゃないか。」

 

 康定から伝えられた氏政の指令に千歌たちは驚き、氏繁はそれを見て笑っていた。

 

「氏照さまは既に栗橋城に着陣されてるとのことで、すぐにこれに合流するようにお屋形様が仰られてました。貴殿らの活躍、楽しみにしてますぞ!」

 

 康定はそう言ってすぐに部屋から去っていった。

 

「氏照さんの陣って事は先陣って事だよね!」

 

千歌は興奮冷めやらぬ様子で梨子たちに確認する。

 

「そういう事だとは思うけど・・・。」

 

「でも氏政さんいつもなら私たちを呼び出して何をするのか言ってくれるのに、どうして今回は伝言なんだろ?」

 

曜はいつもとは違う状況に首を傾げていたが、

 

「多分氏政どのはお忙しいのでしょう。」

 

「ああ、今回は敵が多いからな。さっきも氏政どのと話したが此度の戦ではある策を練っているらしい。」

 

と、氏繁兄弟がフォローを入れる。

 

「氏照の陣にお前たちを送るという事は氏照の采配を見せてお前たちにさらに戦術を学ばせるつもりなのだろうな。まあなんにせよ、氏政どのはこの戦で確実に関宿をとる気だ。氏政どのの期待を破るなよ?」

 

それに続いて氏繁は千歌たちに発破をかけてみせた。

 

「はい!!もちろん私たちも今回の戦で活躍してみせます!!みんな!!」

 

千歌はそれに対して不敵に笑って応えると、円陣の構えをとった。

 

「1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

「4!」

 

「5!」

 

「6!」

 

「7!」

 

「8!」

 

「9!」

 

「関宿攻めでも活躍して全力で輝こう!0から1へ!!Aqours!!」

 

 

『サーンシャイーン!!』

 

 

千歌たちは新たな時代の戦に向けて今、大きな一歩を踏み出そうとしていた。




いかがでしたでしょうか?


今回は第四章開幕という事で、氏康死後の北条家の状況の確認と次の戦いである関宿城攻略戦の導入となりました!

氏政による関東攻略戦線はここから激動かつ混迷を深めたものになるので多少マニアックで複雑な描写が多くなっていきますが、歴史に詳しくない読者の方にもわかりやすく読んでいただけるように形にしていく予定なので是非とも見守ってくださると幸いです!!


感想もよろしくお願いします!!



それでは次回もまたお楽しみください!!


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36話 関宿城攻略会議

どうも、截流です!

およそ半年の間更新を止めてましたが失踪したわけではありませんぞ!!


それではどうぞお楽しみください!!


1574(天正2)年の5月頃、氏政から関宿城を攻めている氏照の陣に加わるように命じられた千歌たちAqoursは氏照が関宿城攻略の拠点として軍勢を置いている下総の栗橋城に入城した。

 

栗橋城に入った千歌たちは氏照から栗橋城の城代を任されている布施景尊(かげたか)に案内されて城内を歩いていると、どこからか笛の音が風に流れて聞こえて来た。

 

「ねえ、なんか聞こえてこない?」

 

「本当だ。向こうの方から聞こえてくるね。」

 

 突然聞こえてきた笛の音を聞いて辺りを見回す千歌に曜が応える。

 

「綺麗な音ですわね・・・。素朴ですがどこか爽やかな音ですわ。」

 

 ダイヤは聞こえてくる音色に耳を傾け、その美しさにうっとりとしていた。

 

「多分氏照さんじゃないかな?氏照さん笛が好きでよく吹いてるって言ってたし。」

 

 梨子はその音の主が氏照であると看破してみせた。時代や得意な楽器は違えど、音楽を奏でる者としてどこかシンパシーを感じていたのだろう。

 

「如何にもその通りでございます。氏照さまは時折笛を吹いて無聊をお慰めになるのです。平時はおろか、戦の時は城中の者や兵士たちの癒しにもなっております。」

 

 景尊は氏照の笛が家臣たちにも人気であることを嬉しそうに語った。

 

 そしてしばらく歩くと城の広間に通され、そこに入ると上座には氏照が座っており、彼の傍らには笛が置かれていた。

 

「氏照さん、お久しぶりです!」

 

「ああ、久方ぶりだな。確か最後に会ったのは父上の葬儀の時であったかな?」

 

 千歌たちがお辞儀をして挨拶すると氏照は髭の生えた顎を撫でながら千歌たちと最後に会った時の事を思い返した。

 

 氏康の葬儀は一族や重臣、氏康の側近だった者のみ参列を許されたというしめやかなものであったが、千歌たちも参列を許されていた。これは、千歌たちの家臣としての位は高いとは言えなかったが氏政をはじめとした北条家の一族から一族重臣と同等の待遇を受けていたと言える。

 

「世間話はさておき、話は兄上から聞いている。」

 

「はい!しばらくの間お世話になります!!」

 

「ははは、そう堅苦しくせんでもいいぞ。わしらはもうかれこれ10年も付き合いがあるのだからな。それで、何か元の時代に戻るための手掛かりは何か見つかったか?」

 

 氏照は笑いながら千歌たちにそうたずねるが、

 

「ううん、江雪斎さんたちがいろいろ手を尽くしてくれてるみたいなんだけど全然見つからないみたいで・・・。」

 

千歌から返って来た返事は芳しいものではなかった。まずい事を聞いてしまったと思った氏照は話題の転換を図り、

 

「おおそうだ、お主たちは此度の戦について兄上から何か聞いているか?」

 

と、関宿城攻めの話を出した。

 

「いえ、関宿城攻めについては現地にいる氏照さんに聞いた方がいいかなって思いまして・・・。」

 

「あと氏政さんは最近色々忙しいみたいであまりお話しできてないんですよね~。」

 

「まあ、そうなるな。兄上ももう名実ともに当主となったのだ。近臣であるお主らとて今のような状態では早々話ができる機会も無かろうな。」

 

 梨子と曜の答えを聞いた氏照は苦笑しながらそう言うと、

 

「よし、では軍議の前にわしが此度の戦についていろいろ教えてやろう!おい、地図を持ってまいれ!」

 

と氏照は小姓に地図を持ってくるように命じた。少しして小姓が地図を持ってくるとそれを受け取り地図を広げ、

 

「そら、近う近う。」

 

と千歌たちを近くに呼び寄せ、絵地図の周りを輪になって囲むように座らせた。

 

「さて、お主らはこのあたりの地理はまだ明るくないであろうからそれと共にこの関宿城攻めについて説明しよう。」

 

 氏照は扇子で地図に書いてある関宿城を指しながら千歌たちに言った。

 

 

 

 

 

 関宿城攻めと呼ばれる合戦は1574年、つまり千歌たちが今携わろうとしてる戦い以外にも過去に2回行われている。

 

 まず最初の関宿城攻め、「第一次関宿合戦」は1565(永禄8)年、第二次国府台合戦の次の年に行なわれた。国府台での戦いで里見と太田資正を完膚なきまでに叩きのめし、下総、そして上総の大半を制圧した北条家が次に狙ったのが関宿城だ。

 

 関宿城は利根川(現江戸川)と常陸川(現利根川)といった関東の大型河川に囲まれた流通経済の一大拠点であると同時に北関東侵攻への橋頭保になる重要な城であったため、他の城のように懐柔で手にするのではなく直接手に入れる必要があり、この戦いでは氏康が自ら槍を取って指揮を執ったという記録が残っている。

 

 しかしこの戦いでは関宿城の地の利を生かした城主、簗田晴助の伏兵戦法や、上杉謙信率いる上杉軍来襲の報せを受け取った事によって、退却を余儀なくされている。

 

 

 2回目の関宿城攻め、「第二次関宿合戦」が行われたのはその3年後の1568(永禄11)年であった。この戦いでは氏政が直接出向くのではなく、氏照を総大将とした軍勢が攻略を担当していた。氏照は古河城と関宿城の中間地点にある古河公方の家老、野田氏の城である栗橋城を接収、そこを拠点として関宿城攻めを行なった。氏照は山王山砦や不動山砦を築き、関宿城を追い詰めていたが、ここで予想だにしない緊急事態に見舞われた。

 

 武田信玄の駿河侵攻による三国同盟の崩壊であった。これによって北条家は外交方針を転換させて上杉謙信と越相同盟を結び、上杉謙信の同盟勢力の1つであった簗田晴助と和睦して兵を退くことになった。だが、反北条の盟主であったはずの謙信が他でもない北条と手を結んだことに不満を覚えた晴助は他の北関東の国衆たちと共に武田信玄を同盟を結んだ。

 

 もっとも、その同盟を結んでいた信玄も北条と和睦、同盟を結んだことで簗田家は北条、上杉、武田の関東を巡る三大強国の間で孤立することになり窮地に陥るも、なんとか佐竹義重ら北関東の諸侯や上杉謙信と手を結び、生き延びて来た。

 

 

そして1574(天正2)年の春、氏政は氏照に関宿城攻略を命じ、「第三次関宿合戦」が幕を開けることになる。

 

 

 

 

 

「かれこれ10年くらい関宿を手に入れるために戦ってきたんだね~。」

 

 氏照の話を聞いた千歌が感慨深げにそういうと、

 

「うむ、今までは幾度と予想外の事態や敵方の抵抗に悩まされてきたが、兄上の綿密な戦略とわしらが着々と重ねてきた地道な努力が実っていよいよこの関宿城攻略も大詰めに・・・!」

 

 氏照は普段の冷静な雰囲気からは想像できないくらいの大仰な仕草で語りだした。

 

「・・・氏照さま、御家老衆の皆様が集まりました。」

 

「む、いい所だったのだが・・・。まあよい、時間も悪くない。千歌どのたちも軍議に加わってはどうかな?」

 

 景尊が割り込んできたことで氏照は憮然とした表情を見せたがすぐに切り替えて千歌たちに、軍議への同席を誘った。

 

「いいんですか!?」

 

「私たちは氏政さんの直属の家臣とはいえ山角さんや岩付にいる康明さんのように軍議に同席できるような身分ではありませんが・・・。」

 

 梨子とダイヤは驚くと同時に、山角康定や笠原康明といった氏政の幕僚といえる家臣たちと自分たちを比較して遠慮し、

 

「ルビィたちじゃあんまり氏照さんたちの役に立てそうにないような・・・。」

 

「おらも幻庵さんに習ったって言ってもあまり兵法とか得意じゃないし自信無いずら・・・。」

 

 どちらかというと戦いが好きではないルビィと花丸は自信無さげにそう言った。だが氏照は、

 

「案ずることはない。こうして軍議に立ち会う経験が少ないお主たちにいきなり戦術などの意見を求めるほどわしも鬼ではない。今はただ見ているだけでよい。わしらの軍議を見て後のために学んでくれればそれでよいのだ。もちろん少しでも名案があれば忌憚なく申し出てくれてもよいぞ!」

 

と緊張している千歌たちを宥め、呵々と笑った。

 

「じゃあお言葉に甘えて軍議に参加させてもらいます!」

 

千歌たちがそう言ってお辞儀をすると、

 

「ああ、こちらこそお主らの成長の糧になる軍議をせねばな。」

 

氏照が照れ臭そうに笑った。

 

 

 

「氏照さま、家老衆参上仕りました!」

 

「おお、来てくれたか監物、綱秀、家範、将景、泰光、照基。ささ、近う寄ってくれ。」

 

 氏照は家老たちから挨拶されるとにこやかに自分の元に来るように促した。

 

「氏照さま、この者たちは?」

 

 4、50歳ほどの男が千歌たちを訝しげに見ながら氏照にたずねた。

 

「その方たちは氏政さま・・・御本城さまの直臣であるAqoursの皆さんですよ監物どの。」

 

 監物と呼ばれた男、横地監物の質問に答えたのはかつて評定衆の筆頭を務めていた狩野泰光であった。

 

「なるほど、一庵どのは先代氏康公にお仕えし小田原に詰めておられていましたな。その縁で知り合ったというわけか。」

 

 監物は合点がいったような様子で頷き、

 

「しかし、この者たちは女子だ。いくら御本城さまの直臣と言えど戦の役に立ちましょうか?」

 

「言葉は悪うござるがそのあたり、少し疑わしいですな。」

 

 そう言って千歌たちに懐疑的な目線を向けたのは、氏照の家臣の中でも武辺者として名高い中山家範と、かつて武田軍が滝山城を攻めた時に勝頼と一騎討ちを繰り広げてみせた師岡将景であった。

 

「この者たちを侮らぬ方がいいぞ家範に将景。千歌どのたちは政に携わっているだけでなく、兄上に付き従って多くの戦場に臨んだのだ。国府台、三船山、駿河、下総・・・、それに駿河では9人がかりとはいえあの武田勝頼と渡り合ったのだから女子としては上出来も上出来だと思うぞ?」

 

 氏照が笑いながら家範と将景にそう言うと、それを知っている泰光以外の者たちがざわついた。

 

「泰光さん、お久しぶりです。」

 

「ダイヤどのも皆さんも、あの日から変わらず息災なようで何よりです。」

 

 ダイヤが泰光に挨拶すると泰光はにこりと笑ってお辞儀をした。

 

「泰光さん、頭にかぶってるそれって何ですか?」

 

「ああ、これですか?実は氏康さま亡き後に頭を丸めましてな。名も一庵と改めたのです。」

 

 千歌にたずねられた泰光は頭巾を脱ぎ、髪をそり落として綺麗さっぱりとした頭を軽く撫でた。

 

 狩野泰光は詳しい時期こそ分かってはいないが、氏康が没する少し前から没後にかけた時期に出家し、狩野一庵と名を改めている。

 

「へぇ~、じゃあ私たちもこれからは一庵さんって呼ぶね!」

 

「はい、よろしくお願いします。」

 

「よし、それでは皆集まったからそろそろ軍議を始めるぞ。」

 

『はっ!!』

 

 千歌たちAqoursと泰光改め一庵の話が一区切りついたところで氏照が軍議を始めるように号令をかけると、一庵を含めた氏照の家老たちがそれに応え、氏照を上座にして床に置かれた地図を中心に、車座になって座った。千歌たちは少し離れたところから氏照たちを見守る事にした。

 

 

「なんかすごい雰囲気あるよね・・・。」

 

「うん、実際にこうやって軍議してるのを見るの初めてだからね。」

 

「氏照さんたちすごい真剣な表情ずら・・・。」

 

 千歌たちは氏照とその家老たちによる軍議を見守りながらひそひそと話していた。

 

「私たち、氏政さんの部下だけど基本的に会議は見たことないもんね。」

 

「当然ですわ。私たちは氏政さんの直属の家臣とはいえど、知行(領地)も家臣も持っていない馬廻の1人でしかありませんから。」

 

 果南の言葉にダイヤがそう言って頷いた。千歌たちは当主である氏政の直臣であり、身分も高いと思われがちだが、実際には知行の無い食客同然であるため、実際に氏政の側近である板部岡江雪斎や馬廻衆の筆頭である山角康定、氏繁と共に岩付城代を務めていた笠原康明に比べたらその身分はかなり低いと言っても過言ではなかった。

 

 それ故に軍議に出ることがなくとも氏照の陣に派遣されるなど氏政に重用されているのは、彼女たちが氏政の側で着実に実績を積み、重臣たちからもある程度の信頼を得ているのが一番の理由であると言える。

 

「秋に兄上が後詰めに来るまでの間、これまで通り包囲と多少の強攻を織り交ぜ少しずつ城方を消耗させるという方針で固まったが、何か他に意見はある者はいるか?いないのであればこれで軍議を・・・。」

 

「ハイハーイ!マリーに提案がありマース!!」

 

 関宿城攻めの方針が固まったところで氏照が家老たちに意見を求めたところ、誰も発言しなかったので氏照が軍議を終わらせようとすると、鞠莉が大きく手を振って名乗りをあげた。

 

「鞠莉さん!?」

 

「なんだお主!?いくら御本城さまの直臣とはいえ我々の軍議に口出しは・・・!」

 

「まぁそう言うな監物、この者たちは凡庸ならざる才を持っていると兄上は常に言っておった。その者たちが意見があるというのなら聞こうではないか。」

 

「サンキュー氏照さん!ではお言葉に甘えて・・・。」

 

 鞠莉に対して不快感を見せる監物を氏照が宥めると、鞠莉は驚くダイヤを尻目に掛けることなく自分の意見を語り始める。

 

「確かに関宿城攻略の方針については氏照さんたちが決めた通りでオッケーだけど、私はここにもう1つスパイスを加えた方がもっと有利に攻められると思うわ。」

 

「すぱいす、とは何だ?」

 

「氏照さん、確か関宿城にはこっちに内通してる人がいるって言ってましたよね?」

 

 首を傾げる氏照に対し鞠莉は1つ質問をした。

 

「う、うむ。簗田の家老や侍大将数名を既に内通させているが・・・。」

 

「オゥ!それなら話が早いデース!じゃあちょ~っと耳を貸してください♡」

 

 氏照が鞠莉の言葉に頷くと鞠莉はここぞとばかりに氏照の側に駆け寄り耳元に顔を寄せる。

 

「な!?何をするのだ鞠莉どの!?」

 

「ちょっと内緒話をしたいだけですよ~。マリーの作戦は・・・。」

 

 鞠莉は驚く氏照にそう言うと氏照の耳元で何かを話し始めた。氏照は鞠莉の言葉に合点がいったような表情で何度も頷きながら話を聞いていた。

 

「―――っていう感じでどうかしら?」

 

「なるほど・・・。確かに面白い策だ、それが実現できれば彼奴らに大きな打撃を与える事ができるな!流石は兄上の下で着実に手柄を立て、大道寺政繁をも言いくるめただけあるな!」

 

 話を聞き終わった氏照は晴れやかな表情で鞠莉を褒めた。

 

「何を話したの鞠莉ちゃん~!」

 

「ノーノ―!これはマリーと氏照さんだけの秘密デース!知ってる人が多いとどっかから漏れちゃうでしょ?」

 

 鞠莉に氏照に伝えた提案を教えて欲しいとねだる千歌に対して鞠莉は人差し指を唇の前に立てながらそう言って断った。

 

「鞠莉どのの言う通りだ。しかし鞠莉どの、これは確実に成功するとは限らんがそれでも構わんな?」

 

「ええ、ぶっちゃけ私もこの作戦が確実に成功するとは思ってないけど、それでも関宿城に籠ってる人たちを動揺させることができるでしょうからそれで充分よ。」

 

「分かった。では後で密使を関宿城に派遣しておこう。他に意見がある者は?」

 

 氏照は鞠莉の言葉に頷き、更なる意見を求めた。

 

「あ、じゃあ私も意見言ってもいいですか?」

 

 次に手を上げたのは曜だった。

 

「曜どのか。忌憚のない意見を頼むぞ。」

 

 氏照が曜の発言を認めると、曜は咳ばらいを一つして語り始めた。

 

「関宿城って、利根川とか常陸川とか逆川とか色んな川に挟まれてるんですよね?」

 

「如何にもその通りだ。それ故に攻めにくく守りやすい、まさに堅城と言える城だ。それにこの辺りは湿地帯も多く兵の運用が難しいのだ。」

 

 氏照は曜の言葉を受け、彼女に関宿城の守りの堅さの秘密を教えた。現に氏照はこの城の攻略を数年前に任されながらそれを果たす事ができなかっただけあって、この城の攻略が難しい事を深く実感していたと言える。

 

「それで一つ提案なんですけど、この城の総攻撃を行う時に船を使った方がいいって思ったんですよね。」

 

『船だと!?』

 

 曜の発言に家老たちはざわついた。

 

「確かに船があれば関宿城への攻撃は楽にはなるが・・・。」

 

「問題はその船をどこから手配するか・・・ですね。」

 

 監物と泰光は唸り、

 

「成田に船を出すよう書状を出すか?」

 

「バカを言うな、成田は羽生城の攻略の最中ではないか!こちらに船を回す余裕など・・・!」

 

 氏照と歳の近い大石照基がそう言うと近藤綱秀がそれに反論するなど、曜の発言をきっかけに軍議の席が騒然となったが、

 

「あの~・・・。船に関しては私に一つあてがあります・・・。」

 

 そう言って手を上げたのは梨子だった。

 

「船にあてがあるだと?利根川周辺の城はほとんどが氏繁さまと一緒に羽生城攻略に兵と船を駆りだされておる。そんな中で他に船を出せる城があるとは・・・。」

 

 綱秀が梨子の言葉に首を傾げながらそう言った。

 

「遠山さん達の江戸衆なら船をたくさん持っています。それに利根川を通じて関宿城まで一気に呼び寄せる事ができると思います!」

 

『!!』

 

 梨子の言葉に氏照や、綱秀ら氏照の家老衆はハッとした。梨子は今は亡き江戸衆の筆頭であった遠山綱景や富永直勝と共に江戸の内政に携わっていた事で、江戸城の構造や江戸衆を構成している軍の編成、そして当時の江戸が水上交易のターミナルであることから数多くの船が用意できるという事を熟知していたのだ。

 

「なるほど、江戸衆か!!そうと分かれば急いで政家を呼んでまいれ!」

 

 氏照は梨子の提案に膝を打つと小姓に1人の男を呼ぶように命じた。

 

「富永孫四郎政家、ただいま参上仕りました。」

 

 少し経つと小姓と共に一人の若者が部屋に入って来た。

 

(この人が直勝さんの息子さん・・・、直勝さんも若かったころはあんな感じだったのかな?)

 

 梨子は政家の顔を見ながら彼の父である直勝について思いを馳せた。直勝は温和だった綱景とは対照的に真面目ではあったもののどこかぶっきらぼうというか不愛想な雰囲気をしており、息子である政家からも父親のような雰囲気を感じ取っていた。

 

「政家よ、江戸にいる政景に連絡を取る事は出来るか?」

 

「はっ、可能ではありますが一体如何なるご用向きで?」

 

 政家がたずねると氏照はにこりと笑いながら、

 

「実はな、そこにいる曜どのの提案で関宿攻めに船を使いたくてな。そしてかつてお主や政景の父であった直勝どのや綱景どのに仕えていた梨子どのが江戸衆なら船を数多く用意できると聞いたのだ。」

 

 と、政家に理由を説明した。

 

「なるほど。」

 

 氏照の説明を聞き終わった政家は梨子の方に顔を向けると、

 

「流石は父上や綱景どのの下で内政に携わっていただけあるな。父上からお前の話は聞いていたが、実に利発なおなごだ。」

 

 と梨子に向けて賛辞の言葉を贈った。にこりと笑う事もない不愛想な表情だったものの、褒められていることに変わりは無かったので梨子も悪い気分ではなかった。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 梨子がそう言って頭を下げると、政家は特に何を言うでもなくそのまま部屋から出て行った。恐らく江戸にいる政景に向けた書状をしたためる為だろう。

 

「なんかあの人ちょっと感じ悪いわね。」

 

 鞠莉がそうこぼすと、

 

「そう言わんでやってくれ。政家はあまり人付き合いが上手いわけではないのだが、それでも心根が悪いわけではない真面目な男なのだ。」

 

 と、氏照がフォローを入れた。

 

「さて、策ももう出尽くしたところで今日の軍議を終えるとしよう。」

 

『はっ!!』

 

 氏照が軍議の終わりを告げると氏照の家老たちはそれぞれの持ち場に戻るべく速やかに部屋を出て行った。

 

「Aqours衆の方々。この戦は今までお主たちが加わって来た戦とは違う、時間をかけた長丁場となる。今までとは勝手が違うであろうが、思う存分に腕を振るってくれよ!」

 

『はい!!』

 

 氏照の言葉に千歌たちは強く頷く。関宿城を巡る北条軍の、そしてAqoursの長い戦いが始まろうとしていた。




いかがでしたでしょうか?

前回の更新から半年にわたって、モチベーション不足やら社会人としての忙しさや疲れにかまけて更新が滞っていましたが、なんとかまた1話だけですが話を進める事ができました。

千歌ちゃんたちがこれから直面する関宿城攻略戦こと「第三次関宿合戦」は関東とそれを取り巻く勢力の歪で複雑な政治事情が絡んで複雑でわかりづらい話が出てきますが、これを読んでくださっている、歴史にそれほど強いわけではないラブライブファンの皆さんにも分かりやすいように話を組み立てていきたいと思います!


それでは次回もまたお楽しみください!!


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37話 氏政の策

どうも、截流です!

半年ぶりの最新話です!今回千歌ちゃんたちの出番はありませんが、是非とも楽しんでいただけると幸いです!


それではどうぞお楽しみください!!


 1574(天正2)年3月、千歌たちが氏政の命令で関宿城に派遣される1ヵ月ほど前のこと。氏政の下に1人の使者が駆け込んできた。

 

「―――なるほど、それで成繁の倅どのは我らの援軍が欲しい・・・と」

 

「はい、上杉謙信は無人の野を往くが如く膳、女淵、深沢、山上、五覧田といった我々の城を根こそぎ落とし、金山城を囲った次第でありまして・・・」

 

 氏政の前で平伏しながら話をしているのは上野国(現在の群馬県)の国衆、由良国繁の使者であった。国繁は北条が上杉と結んだ越相同盟の立役者の一人である由良成繁の息子で、去年――1573(天正元)年に父から家督を継いだばかりであった。

 

 卑賎の身分から領主の座に成り上がり、乱世の厳しさをこれでもかと味わって来た成繁は老い、若く独立心が旺盛で上杉や北条から独立した勢力を築こうとしていた。さらにそれに呼応する形で国繁の弟である長尾顕長が、上野国を騒然とさせる行動に出たのだ。

 

 かねてより上杉謙信から館林城代を任されていた広田直繁を暗殺し、館林城を乗っ取ったのだ。独立する気配を見せる国繁に、直属ではないとはいえ謙信の部下を暗殺した顕長、この兄弟を謙信が野放しにするはずなど無かった。

 

 そして1574年3月に上杉謙信は2年ぶりに三国峠を越えて関東に出陣し、由良国繁を攻めた。その過程は使者が氏政に報告したとおりである。

 

 

「ふむ。援軍を送ってやりたいのは山々だが、生憎こちらは関宿を取るための準備で忙しくてな」

 

 氏政は少し気だるそうな声色で扇子を閉じながらそう言うと、

 

「ど、どうか援軍を・・・!国繁さまはそのためならば北条に従う旨を誓書にしたためるのも厭わないと申しております!!どうか・・・!」

 

 使者は再び使者は畳に頭をこすりつけて氏政に懇願した。すると氏政はその言葉を待っていたかのように、

 

「あい分かった、そこまで言うのであれば断れんな。援軍を遣わそう」

 

と、氏政は使者に扇子を向けて援軍の派遣を約束した。

 

「ありがたき幸せ!!では早速金山城に戻って国繁さまにお伝えします!」

 

 使者は歓喜の表情を浮かべ氏政に礼を述べ、頭を下げるとそのまま大広間を出て行った。

 

「いいのか?そう易々と援軍を派遣すると言って」

 

 出て行った使者と入れ違いに、皮肉を言いながら入って来たのは北条綱成の嫡男であり、氏康の死と同時に隠居した綱成から家督を譲られた氏繁であった。その後ろには弟である氏秀がいた。

 

「まぁまぁ兄上。氏政どのにも何か考えがあるのでしょう」

 

「そうだ、だからこそお主たち2人を呼んだ。まぁ座ってくれ」

 

 氏秀の言葉に相づちを打った氏政は氏繁と氏秀に座るように促し、2人もまたそれに応えるように氏政の前に座った。

 

「さて、お主らも聞いていたとは思うが・・・」

 

「上杉が金山城を囲んでいるのだろう?」

 

「由良長尾の兄弟の事ですから降伏すると思っていたのですが、籠城を選ぶとは意外でしたね。」

 

 氏秀は由良国繁・長尾顕長の兄弟が上杉に降伏しなかった事を意外に思っていた。由良や長尾を初めとした北条と上杉の間に領地を持つ国衆たちは常に上杉が関東に来れば上杉、上杉が越後に帰り北条が迫ってくれば北条、といった具合に従属先をひっきりなしに変えるという、一歩間違えれば即滅亡というミスの許されない生き残りを懸けた駆け引きを行なっていた。

 

 余談ではあるがもちろん中には一貫として同じ勢力に付き続ける国衆もいないわけではなく、下総の千葉氏や原氏、高城氏は北条に、北武蔵の羽生城を拠点としている木戸忠朝は上杉、といった具合にそれぞれの勢力に従属し続けている。

 

「援軍を出すとは言ったが気が進まんな俺は。はっきり言わせてもらえばあいつらは信用ならん」

 

「氏繁どのの気持ちは分からんでもない。だがわしからすれば、上杉が金山城に目を向けているうちにやる事をやっておきたいと思っているのだ」

 

「なるほど、それで上杉が囲みを解けば由良には恩を売れるというわけか」

 

「かといって由良が滅んでもそこまで痛くはない・・・。上手く行けば一石二鳥を狙えますね」

 

 氏政の言葉に氏繁と氏秀は合点がいったように口を揃えた。だが氏政は、

 

「いやいや、それだけでは済まさんよ。成田にも恩を売り一石三鳥を狙うぞ」

 

と、不敵に笑いながら三本指を立てながら2人に言った。

 

『成田・・・?』

 

 氏繁と氏秀は首を傾げた。今のところ上杉に寝返る気配もなく北条に尽くしている成田にわざわざ恩を売る理由が分からなかったからだ。

 

「ははは、まあいきなり言って別れと言うのも理不尽だな。おい、あの地図を持って参れ」

 

 氏政は自分の言いたい事が分かりかねていた2人の呆気にとられたような顔を見て一笑いすると、小姓に命じて地図を持ってこさせた。

 

「さて、2人ともこれを見てくれ。」

 

 氏政はそう言って小姓に地図を氏繁と氏秀の前に地図を広げさせた。そこには利根川とその周辺にある城が記されていた。

 

「金山城と羽生城はそれぞれ利根川に面しておるだろう?」

 

「金山城の方は利根川より離れてはおりますが・・・」

 

「―――なるほどそういう事か」

 

 氏政の言葉を聞いた氏繁は彼の言わんとしたことが分かったのか膝を叩いて呟いた。

 

「一体どういうことなのです兄上?」

 

 氏秀は氏繁にどういう事かたずねた。

 

「氏政どのは羽生城を囲むつもりなのだ。そうだろう?」

 

「うむ、その通りだ氏繁どの。お主は話が早くて助かる」

 

 氏繁の言葉に氏政は満足げに頷いた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 この図を見て頂けばわかる通り、金山城と羽生城は利根川を挟むように位置している。羽生城を囲むという事は即ち利根川の周辺に大軍を展開するという事であり、謙信は金山城から動けなくなる。

 

 それでは由良への援軍にならないと読者の方々は思われるかもしれない。だが上杉謙信には由良への攻撃の他にやる事があった。それは北条家がこれから攻撃しようとしている関宿城への救援だ。謙信としては由良などさっさと片づけて関宿城を助けに行きたいのだが、利根川の対岸にいる北条軍に背を向けることはできないと氏政は踏んでいた。

 

 話は逸れるが、羽生城は忍城を治める成田家にとっては目の上のたん瘤であると同時に喉から手が出るほど欲しい城であった。これを囲み、さらに落城させた暁に成田家に褒美として与えれば氏政の言う通り成田家に恩を売る事ができる。もちろん成田家には当然働いてもらう事にはなるのは言うまでもない事ではあるが。

 

 氏政の言う一石三鳥の策とは、

 

①これから侵攻する関宿城への救援の阻止

②金山城への間接的支援で由良に恩を売る

③羽生城を攻撃することで成田に恩を売る

 

というものであった。

 

 

 関東平野のほぼ中心に位置する交通と通商の要衝たる関宿城と、関東において一途に上杉への忠誠を尽くしたほぼ唯一といってもいい木戸忠朝が籠る羽生城、謙信にとってはどちらも秤にかけることはできない。かと言ってそのどちらかに向かえば金山城から由良・長尾軍が出てきて背後を突かれる。

 

 つまり上杉軍は金山城を囲むつもりが逆に金山城、羽生城、関宿城の三方向から敵に囲まれる形となるのだ。

 

 

 

「なるほど・・・。氏政どののおっしゃることは分かりましたが、それをやろうとすればいくつかの軍勢を用意しなくてはならず、『一石三鳥』にはならないのでは・・・?」

 

 氏秀はそう氏政に反論した。だが氏政はそれすらも織り込み済みと言わんばかりに笑い、

 

「だからこそお主たち兄弟を呼んだのよ。氏繁どのに羽生城を囲んでもらうためにな。」

 

と、氏繁に言った。

 

「つまるところ、俺が率いる羽生城攻略の軍勢が由良への間接支援部隊であり、上杉軍の動きを封じる牽制部隊であり、そして羽生城を攻略することで成田に恩を売る部隊である・・・。そういう事だろう?」

 

「な、なるほど・・・!」

 

「その通りだ。そういう訳で済まんが、頼むぞ氏繁どの」

 

 氏政の意図を代弁してみせた氏繁の言葉に氏秀は驚嘆し、氏政は流石と言わんばかりに頷き、氏繁に出撃を要請した。

 

「なぁに、別に構わんさ。俺は父上が今は先代氏康公の右腕だったように氏政どのの右腕・・・、いやそれは氏照の役目だからせめて左腕くらいではありたい。だから遠慮なく使ってくれ」

 

「ああ、頼りにしているぞ氏繁どの!」

 

「では私は兄上の背後を固めつつ江戸から羽生へ向かいましょう!」

 

 氏繁と氏秀は氏政の期待に応えるべく頭を下げた。

 

「そして成田氏長にも出撃命令を出しておく。此度の戦で武蔵や下総における上杉の影響力を一掃する!心してかかれよ!」

 

『ははっ!!』

 

 氏政の言葉に頭を下げると2人はすぐにそれぞれの居城に戻るべく、部屋を後にした。

 

「いよいよ、本格的に打って出るのですな?」

 

 そう氏政に声を掛けたのは御馬廻衆の筆頭であり、氏政の側近の一人である山角康定であった。

 

「ああ。ここ数年は耐えてばかりだったからな。ようやく、といったところだな」

 

「千歌どのたちもそろそろ戦に出たいとぼやいておりました」

 

 康定は書類仕事や雑務に追われながらぼやく千歌の姿を思い出し、笑いながら氏政に言った。

 

「そうだな、千歌どのたちも内政の仕事にだいぶ慣れて来た事だし戦においても少し先の段階に進んでもらうか」

 

 康定の言葉を聞いた氏政は何かを閃いたかのような表情でそう呟いた。

 

「先の段階に進む、と言いますと?」

 

「千歌どのたちを関宿に送る。氏照の陣に付いて行かせ、そこで戦について更に学んでもらうのだ」

 

「なるほど、確かに氏照さまは家中きっての戦上手。彼女たちの模範にはもってこいですな!」

 

「そういう訳だ、千歌どのたちに伝えておいてくれ」

 

「ははっ」

 

 氏政の指令を伝えるように言われた康定もまた千歌たちの元へ去って行った。

 

 

 

 そして氏政の命により氏照が関宿城に侵攻すると同時に氏繁が羽生城に侵攻し、包囲を開始した。羽生城は北には利根川と通じている広大な蓮池、他の三方も湿地や水田が多くさらに幾重にも堀が張り巡らされている水の城であり、攻め手となる陸地は少ない。

 

 氏繁は陸地側から羽生城を遠巻きに囲むと同時に羽生城から利根川への船が出入りするルートを厳重に封鎖した。ここで成田家の協力が活きることになる。

 

 成田家は源平の時代から利根川の渡し、つまり船着き場として発展してきた要衝の長井郷を領地に持っており、船を数多く動員することができた。もちろん、岩付城代として岩付を支配している氏繁も利根川を封鎖するために船を動員していたが、それでもやはり船が大量に必要なので成田家当主の氏長に協力を仰いだのだ。

 

「氏繁どのの仰った通りに利根川の封鎖は完了しましたぞ!」

 

「ご苦労。しかし壮観だな。岩付からも船を連れて来たがお前が動員した船も中々の数だ。」

 

 氏繁は氏長を労うと同時に彼が動員した船の数に驚いた。

 

「ええ、長井郷の支配を任せている豊嶋長朝に命じて根こそぎ動員しましたゆえ。」

 

「これだけ大量の船があれば上杉軍も迂闊に手は出せまい。」

 

 船が大量にある、という事は対岸に大軍を運ぶことができるということ。補給路の閉鎖だけではなく上杉軍へのプレッシャーとしても役立っていた。

 

「それで、羽生城を落とした暁には・・・。」

 

「ああ、氏政どのはお主にこの城をくれてやると言っていた。励めよ。」

 

 揉み手で戦後の羽生城の処遇についてたずねて来た氏長に対し氏繁が素っ気なくそう言うと氏長は、

 

「ははっ、ありがたき幸せ・・・!ではこの成田下総守氏長、一所懸命に羽生城攻略に取り組ませていただきますぞ!」

 

と答えると、小躍りするような足取りで氏繁の陣から自らの持ち場へ戻っていった。

 

「さて・・・。これで氏政どのの策の大半は整ったが、上杉はどう動く?」

 

 氏繁はそう独り言ちると床几に腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 一方、金山城を囲む上杉軍の本陣では―――

 

「氏政め、嫌らしい策を・・・。」

 

 金山城を見上げながら上杉謙信が不機嫌そうな面持ちで呟いていた。金山城は赤城山から関東平野に向けて突き出ている丘陵群の最南端にある金山に築かれた山城である。さらに金山城の北東には渡良瀬川、南には利根川が流れており、城下の平野部にはその両方から派生した小川が無数にある湿地帯があった。

 

 城自身が山を一つ丸ごと要塞化されたものである上に城下には湿地帯と、まさに守りやすく攻めがたい城の典型ともいえる城であった金山城を上杉軍は攻めあぐねていた。

 

 おまけに羽生城や関宿城から矢継ぎ早に救援要請が送られてきているにも関わらず、氏政の策によってどちらにも向かう事ができないでいる事も謙信の機嫌を損ねる原因となっていた。

 

「利根川の増水が収まったと思えば既に羽生城が封鎖されている・・・。我が来ると聞けば及び腰になる割にはこういう手回しだけは早いな」

 

 謙信は氏政の事を侮っている節があった。かつて氏政が下野で佐竹義重に退けられた際に、『加様に東方之衆にさえ出合い、敗軍せしめ候、増して愚の越山に旗を合わすべきか、腹筋に候 』と言う書状を謙信が書き残している。

 

 意味は「このように東方之衆(佐竹ら)にさえ敗れている。それなのに私が越山した時に戦えるものか、腹が捩れる」といった具合であり、佐竹にも勝てない氏政が自分に勝てるものかという自信に満ちたものであった。そんな書状を書くくらいには氏政の事を軽く見ていたことが伺える。

 

 それだけに氏政の策に翻弄されている現状を腹立たしく思っていた。

 

「おい、佐藤筑前守を呼べ。そろそろ羽生に送った補給船が着く頃合いであろう。」

 

 謙信は側にいる家臣にそう命じた。謙信は佐藤筑前守という家臣の進言を受けて、せめてもの持久策として30隻ほどの船に兵糧と弾薬を積んで羽生城に送り込んでおり、それが無事に羽生城までたどり着けたか報告を聞くためであった。

 

「・・・。」

 

 少し経って謙信の前に現れた筑前守の顔色は優れておらず、心なしか目も泳いでいた。

 

「筑前。羽生城への補給はどうだ。もちろん北条の妨害があり全部が無事に辿り着いたとは思っておらん。ありのままに報告せよ」

 

 謙信は筑前守の緊張を和らげるため、つとめて柔らかい声色でたずねた。

 

「そ、それが・・・。羽生城に送った補給船は、ほぼ全て拿捕されてしまいました・・・!」

 

「なに!?」

 

 筑前守が意を決したように声を絞って告げた報告を聞いた謙信は思わず立ち上がった。

 

「馬鹿な!30隻もあって1隻も辿り着かなかったというのか!!」

 

 普段は冷静沈着な謙信が顔を赤くし、凄まじい剣幕で筑前守に迫った。

 

「い、いえ・・・。全てと言うわけではなく、1隻は羽生城に辿り着いたとのことで・・・」

 

「馬鹿者!!それでは意味が無いではないか!!元はと言えば貴様が問題ないと言うからそれを信じたものの―――」

 

 それから謙信は筑前守に対しこれでもかと言わんばかりに説教をしたという。ちなみにこの羽生城への補給失敗についても謙信は「佐藤ばかものに候」と書き残している。

 

 

 

 

 

―――そして、その一方で羽生城の包囲陣では。

 

 

「上杉軍も早まった真似をしたものだな。わざわざこちらに兵糧弾薬を寄越すようなものだろうに」

 

 上杉が羽生城に派遣した補給船の拿捕が上手く行った氏繁が上機嫌に氏秀に語っていた。

 

「ええ。我々も一応兵糧や弾薬の類は数多くそろえてはいますが、やはりそれが増えるに越したことはありませんね」

 

 氏秀もまた上機嫌でそれに応える。当時の関東における攻城戦は基本的に短期決戦を想定して行われるものが多く。長期戦と言っても三、四ヶ月程度の包囲が基本的なものであった。かつて1560(永禄3)年に上杉謙信が小田原城を包囲した時も3ヶ月に満たない短期間のうちに包囲を解いている。

 

 しかし、この羽生城及び関宿城の包囲は半年以上にわたる長期間の包囲が行われていた。攻城戦において最も重要なのは兵糧であり、それを確保するための兵站線を保てるかが重要であった。もちろんこの時期にそれができる大名は限られていた。

 

 関宿と羽生の二つの城を囲む北条軍は、そこまでの通り道である岩付城や江戸城といった拠点を通じて数多くの物資を確保できたからこそ半年にもわたる長期間の間、城を包囲して兵糧攻めを展開することができたと言える。

 

 対する上杉軍は現在兵站線として確実に確保できている拠点は沼田城と厩橋城の周辺地域だけであり、兵站線が脆弱なのが上杉軍の致命的な弱点であった。ただでさえ兵糧の確保が大変なのにもかかわらず、羽生城が持ちこたえられるように自分たちの予備の兵糧を運び込もうとしたのがほとんど全部取られてしまったとなるともはや打つ手が無くなったも同然であった。

 

 

 

 そして1574(天正2)年5月、上杉謙信は金山城を引き払い越後へ帰国した。

 

「そうか・・・」

 

「残念そうですね、兄上」

 

 謙信撤退の報告を聞いてため息を吐く氏繁に氏秀が声を掛けた。

 

「まぁな。氏政どのの策では奴の動きを封じ撤退に追い込むのが目的で、それを達成することができたのは喜ぶべき事だろう」

 

「ですが、兄上は謙信と交戦するおつもりだったのでしょう?」

 

「やはり俺も地黄八幡の息子だからな、こういう睨み合いよりも直接干戈を交えて勝敗を決したかったよ」

 

 氏繁は自嘲するように笑いながら氏秀に自分の胸中を語った。実際に氏繁は5月4日に奥州の白河義綱に対して、今の発言と同じような内容を書き記した書状を送っている。

 

 

 千歌たちの知らぬところで氏政の策が動いている一方で、関宿城を巡る戦況が少しずつ動いていた。




いかがでしたでしょうか?

今回は関宿城の包囲と並行する形で行われていた羽生城包囲とそこに派遣された氏繁氏秀兄弟の話でした!何とか35話の氏繁のセリフの回収ができてよかった・・・。


次回は関宿城包囲とそれに関する上杉や、佐竹ら北関東組の動きがメインになる予定です!千歌ちゃんたちの出番はちゃんと確保しますぞ・・・w


それでは次回もまたお楽しみください!!


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