【完結】島村卯月「もういいです、私、アイドル辞めます」 (ラジラルク)
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episode,1 魔法が解ける時

 

 

 

 

「島村さん、選んで下さい。このままここに留まるのか、可能性を信じて進むのか……。島村さんが決めて下さい」

 

 

 

そう言って静かにプロデューサーは左手を差し出した。

逆の手に握り締めたライトが放つ僅かな光が薄暗い辺りを照らしている。その僅かな光によって見えるプロデューサーの表情はいつもと何も変わらない、私がいつも見ていた無表情で――……、それでもいつの日からか温かさが宿るようになった大人の表情だった。

 

 

私は今、選択を迫られている。

あと数十分後にまで迫ったニュージェネレーションズのクリスマスライブに参加するか否か――……、即ちアイドルを続けるのか。それともリタイヤするのか。

 

 

ほんの最近までアイドルを辞めることなんて考えたこともなかった。

物心付いた時からアイドルに憧れていて、アイドルになるのが夢だった。何度オーディションに落ちても、時には酷いことを言われても、私はこの夢を諦められなかった。

それほどまでに強い想いがあったはずなのに……、最近になって初めて迷いが生じ始めている。

 

 

舞踏会で成果が出なかったら部署が解散。そう告げられてからシンデレラプロジェクトに参加するみんなが必死に成果を上げようと努力をしていた。

ニュージェネレーションズとして共に活動していた未央ちゃんと凛ちゃんも、それぞれが新しい世界に足を踏み入れ活躍の場を少しずつ広げ始めている。

 

その傍ら、私はというと何も変わることができず、一人取り残されてしまっていた。

私も頑張っていたつもりだった。それでも現実として二人と私の間には距離が出来てしまっている。

 

そう思うと不安で自分が情けなくて、今まで普通にこなしてきた仕事も出来なくなり、笑うことも出来なくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

もしかして私にはアイドルになるための才能なんてなかったのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

一番考えたくなかった現実が、今になって私を苦しめ始めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は……、私には……」

 

 

 

 

 

私は怖かった。頑張っても私には何もない気がして、それを思い知らされることが。

 

 

 

 

「ぷ、プロデューサーさん……」

 

 

 

 

私だってキラキラ出来るって信じたいし、凛ちゃんと未央ちゃんと一緒に進みたいと思ってる。思ってるけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もういいです。私、アイドル辞めます」

 

 

 

私は逃げ出した。

自分が恐れている現実から、プロデューサーが与えてくれた最後のチャンスから。

 

そのまま私は踵を返しプロデューサーに背中を向けると全速力で階段を駆け上がった。何度も転びそうになりながらも、とにかく一瞬でも早くこの場から逃げ出したかった。何度も頬に冷たい感触が伝ったがそれすらも無視して、私は全力で走り続けた。

 

プロデューサーは追い掛けてこなかった。

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

気が付いたら私は自分の部屋のベッドの上で天井を眺めていた。

 

全速力で走って会場から逃げ出し、電車に乗って家に帰ってきた。全速力で走ったせいか熱を帯びた身体から出た汗が制服を少しばかり重くしている。

 

 

 

あぁ、私は逃げ出してしまったのか。

 

 

 

自分の夢から、立ちはだかる壁から、私は逃げ出してしまった。

ライブはどうなったのだろうか。二人だけでもやったのだろうか。未央ちゃんと凛ちゃん、プロデューサーに多くの関係者スタッフに迷惑をかけてしまっただろうな、なんて思うと凄い罪悪感に苛まれる。

 

昨日も凛ちゃんと未央ちゃんが私に会いに来てくれた。二人とも待っていると言ってくれた。

その期待を私は裏切ったのだ。そう思うと申し訳ない気持ちと逃げ出してしまった自分への後悔で目頭が熱くなる。

 

 

 

「ごめんね、未央ちゃん……凛ちゃん……」

 

 

溢れ出てくる涙を止めることなく、私は布団の中で大泣きした。

高校生にもなって子供のように声を上げて泣いた。何分も何分も、次から次へと溢れてくる涙と共に声も枯れることはなかった。

 

どれくらい泣いただろうか。窓から見える外の世界が闇に染まりだした頃、ポケットに入れたままのスマートフォンが静かに揺れた。

ポケットからスマートフォンを取り出してみると画面にはLINEを受信したことを告げるポップが二件、表示されていた。表示されている送信者は渋谷凛と本田未央――……。

そして右手に握り締めたスマートフォンが再び揺れる。二人に遅れて届いたLINEの送信者はプロデューサーだった。

 

 

私は暫く画面を見つめていたが、そのまま三人のLINEを開くことなく画面を消した。そしてそのままスマートフォンの電源を切ると机の上に静かに置いた。

 

 

 

あぁ、終わったんだ。私の夢も、半年もの間続いた夢のような時間も。

 

 

 

それは半年前までは何にも個性がないただアイドルに憧れるだけの普通の女の子だった私にプロデューサーがかけてくれた魔法が解けた瞬間だった。



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episode,2 魔法の反動

 

 

 

ニュージェネレーションズのライブがあった日――……、私がアイドルを辞めたあの日以来、毎日のように私のスマートフォンにはシンデレラプロジェクトのメンバーたちからのLINEが届いていた。

 

 

 

 

『しまむー、もう一度だけ三人でちゃんと話をしようよ』

 

 

『今はゆっくり休んで、心の整理が出来たら返事をして。卯月が帰ってくるの、あたしたちは待ってるから』

 

 

『アイドルを辞めるって本気にゃ?』

 

 

『何があったのかは知らないけどさ、このまま逃げ続けるのはロックじゃないと思うよ』

 

 

 

 

 

私を心配してくれるメンバーもいれば叱ってくれるメンバーもいた。文面は様々だった。

メンバーから届いたLINEを私は全て、ちゃんと読んでいた。それぞれの文面から送り主がどのような表情で、どのような心境でこのメッセージを私に送ったのかが頭の中に浮かんでくる。たった半年といえども、毎日のように事務所で顔を合わせていたメンバーたちだからか、『たった半年』という言葉で片付けることのできないような固い繋がりを私は感じていたからだ。

 

 

そしてそのメンバーたちをまとめるプロデューサー。プロデューサーはあの日以来、毎日のように私の家にやって来た。

 

 

 

「少しでいいので話をさせてください」

 

「島村さんの中で整理が出来たらいつでも連絡をしてください」

 

「みんな、島村さんが帰ってくるのを待っています」

 

 

 

毎日のように私の部屋の前まで来てはドア越しに一人で語り掛け帰っていくプロデューサー。

私はその声を毎日のように聞きながらも何一つ返事をしなかった。それでも諦めず、どんなに寒くて雪が積もった日でも、決して一日たりとも休まず私の部屋の前にやって来た。

 

プロデューサーと私を遮っている部屋のドア。このドアによって私はプロデューサーの表情を見ることができない。

だが、LINEを送ってきてくれたメンバーたち同様、プロデューサーがどのような表情をしているのか、私には容易に想像することができる。

 

 

 

 

 

 

私の頭の中に浮かんでくるシンデレラプロジェクトのメンバーたちやプロデューサーの表情は、誰一人として笑っていなかった。

 

『Power of smile』というフレーズの基、何より『笑顔』を大切にしてきたプロデューサーとシンデレラプロジェクトのメンバーたちだったが、誰一人としてその表情に笑顔を浮かべている姿が私には想像できなかった。

 

 

彼女たちの笑顔を奪ったのは誰か――。

 

 

 

 

答えは分かりきっていた。

 

そう思う度、私は罪悪感に押しつぶされそうになる。

 

 

 

 

 

「私が、全部壊したんだよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も震えるスマートフォン。毎日のように届くLINE。毎日のように一人でドアに向かって語り掛けては帰っていくプロデューサー。

 

何度も私は返事のLINEを送ろうとした。何度もプロデューサーの声に応えようと思った。

 

 

 

 

 

だけど私には怖くてできなかった。

夢から逃げて、プロデューサーが与えてくれたチャンスから逃げて、そしてメンバーたちの笑顔を奪って……。

 

最低なことをして迷惑をかけた私はどんな顔で何を伝えれば良いのか分からなかったのだ。

 

 

 

 

そして私はスマートフォンを解約した。全てを捨てて逃げたのだ。

その日以来、プロデューサーは二度と家に来ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから季節は流れ、高校最後の年の夏休み。

私は生まれて初めてママに頬を叩かれた。

 

 

 

「アンタ何してるの!?」

 

 

 

ピシャ、と乾いた音が鳴り響いた後、頬からじんわりと痛みが伝わってくる。

思いっきり右手で私の頬を叩いたママは目に涙を浮かべていた。

 

 

 

「最近様子が変だと思ったら、こんな物に手を出して! どうしちゃったのよ!?」

 

 

そこまで言い終えるとママは両手で目を覆い、大粒の涙を流し始めた。

 

 

 

 

数日前、私は学校から停学処分を受けた。

理由は簡単だった。学校帰りに制服でタバコを吸ったのが運悪く先生に見つかったのだ。

 

現行犯で捕まった私は学校へ連れて行かれ、先生がすぐに親へと連絡して三者面談が行われることになった。

それに加え三年生に進級する少し前ほどから私は頻繁に学校をサボるようになっていた。サボると言っても朝普通に家を出て、そのまま学校には行かずゲームセンターや漫画喫茶で一日を過ごし、夜になったら自宅に帰る――。そういった生活をするようになっていたのだ。

学校が嫌とかイジメがあるとか、そういったものではなく、ただ単に何に対してもやる気が起きなかったのだ。

アイドルを辞めたあの日以来、私の心にポッカリと空いた穴と思い出す度に私を苦しめ続ける傷が私を確実に変えてしまっていた。

 

 

勿論、そのせいで出席日数も著しく低下していて、そのことも三者面談の場でママに知られることになったのだ。

 

 

「毎朝普通に家を出ていたからこんなことをしているとは思っていませんでした」

 

泣きながら先生に何度も何度も頭を下げるママ。

そんなママの姿を横の目に、申し訳ないという気持ちはある。

未成年の自分がタバコを吸っていはいけないことくらい頭では理解していた。そしてそれを分かっていながらもこんなバカな行動をしてママに心配をかける自分がどれだけ親不孝者なのかも。

 

そう理屈では理解していながらも私は分からなかった。この心に空いた穴はどうすれば埋めることが出来るのか、アイドルを辞めた私はこれからどういう風に生きていけばいいのか、あの日以来探し求めているこの問に対する答えは見つかる気配がなかったのだ。

 

今までのように生活をしていたら嫌でもアイドル活動をしていた頃の自分を思い出してしまう。

もう二度と戻れない夢に向かってひた向きにアイドル活動をしていた過去の生活。そんな昔の自分に対する未練と後悔とで私の心は押しつぶされそうになっていた。

 

自分で辞める道を選んだはずなのに。何度も立ち上がれるチャンスをみんなが作ってくれていたのに。

それでも自分を信じることができなかった私。頑張ったからといって成功が保証されていない未来に怯え、進むことを自ら諦めた私。

あの日以来、私は何度も自分自身に「アイドルを辞めて正解だった。続けたとしても私なんていずれアイドルを辞めていたんだから」と言い聞かせてきた。必死に過去に選んだ選択が間違っていなかったのだと信じれるように。

 

 

しかしそう思い込もうとすればするほど、未練と後悔は膨らむばかりだった。

もしあの時頑張って自分を信じることが出来たなら……。そう思っては必死に首を横に振る毎日に私は心身ともに疲れ切っていたのだ。

 

 

 

 

 

「アンタ、これからどうするつもりなのよ……」

 

 

 

 

目の前で泣き崩れるママ。

先ほどまで顔を覆っていた両手のうちの右手は数分前に私の鞄から取り上げたタバコの箱を握り潰している。

 

 

 

 

「事務所を辞めたかと思えば、学校にも行かないでタバコなんて吸って……」

 

 

 

 

私は黙り込んで下を向くしかなかった。

 

何も言えない。何を言えば良いのかすら分からない。

 

 

 

「黙ってないで何か言いなさいよ!?」

 

 

 

ママが机を思いっきり叩いた瞬間、反射的に私は立ち上がった。そしてママの方を見ることなく、背中を向けると走ってリビングを出た。

何を言えばいいのかも分からないしどうすればいいのかも分からなかった。そんな私はこうして逃げ出すことしかできなかった。

 

一度逃げ癖が付いたらなかなか治らないと何処かで聞いたことがあるが、まさに今の私はその通りだった。

立ち向かうことから逃げ、押しつぶされそうな過去から逃げ、そしてママからも逃げた――……。

 

 

 

「逃げてばっかだな、私」

 

 

 

自虐を込めて言葉にすると余計自分が惨めに思えた。

 

飛び出してきたリビングからはママのすすり泣きが聞こえてくる。

こんな親不孝者でゴメンね、そう心の中で謝ると私は家の外へと飛び出した。

 

 

 

 

ママもプロデューサー同様、追い掛けてこなかった。

 



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episode,3 魔法の後遺症

 

 

 

 

アイドルを辞めてからというもの、私は変わってしまった。

 

停学になった後も、タバコを吸い続け学校をサボる回数も増えた。家にいるとママと口論になることが多いからという理由で夜中の外出も頻繁にするようになっていた。

ほんの一年前までは友達からよく「卯月は真面目だよね」、だなんて言われてたことがまるで遠い過去の事のようだ。

 

しかしどれだけタバコを吸っても、夜中に友達とカラオケに行ったりゲームセンターでバカ騒ぎをしても、私の心に空いた穴は埋まることはなかった。

そんなこと、私は薄々勘付いていたのかもしれない。こんなことをしてもどうにもならないことくらい。

 

それでも私はこの行き場のない気持ちをどこに向ければ良いのかが分からず、こうして燻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ……、これって」

 

 

 

 

 

その現実を知ったのは私がアイドルを辞めてから一年が経とうとした冬のある日だった。

何気なく点けたテレビの音楽番組。その音楽番組に映っている女の子たちに私は見覚えがあった。

白いドレスを纏いガラスの靴を履いた13人のシンデレラたち――……。半年もの間、毎日のように事務所で顔を合わせていたメンバーたちだったのだ。

 

 

 

『今日のゲストはシンデレラプロジェクトの皆さんです!』

 

 

 

昔からよくテレビで見かける有名な女性芸能人がそう叫ぶと13人のシンデレラは元気よく、そして笑顔で「こんにちは!」とカメラに向かって叫び手を振る。そしてギャラリー席から一際目立つ黄色い歓声が上がった。

 

あの日以来、初めてメンバーたちの顔を見た。みんながみんな、一年前の面影を残しながらも大人の、アイドルの表情をしていた。

その様子から、それぞれがぶつかったアイドルとしての試練を潜り抜けてきたんだなと察する。私と違って誰一人逃げなかったことをメンバーの13人の成長した姿が、そして何より舞踏会で成功を収め部署を存続させたことを証明していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――もし私があの時アイドルを辞めなかったら。私もここにいたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悔しかった。

私だってアイドルになりたかったのに。

みんなみたいに可愛い衣装を着て、テレビに出て、歌を歌いたかった。

 

この想いは誰よりも強かったはずなのに。

どうしてこうなってしまったんだろう。

 

 

懐かしいメンバーたちを見て、浮かんだ感情は「嫉妬」だった。

 

 

 

 

 

 

 

――ほんの少し前までは一緒に肩を並べていたはずなのに。

 

 

 

 

 

 

今となってはそんな過去の事が自分でも信じられないほどに、シンデレラプロジェクトの13人は遠い存在になってしまった。

 

きっと私だけではなく、他のメンバーたちもそれぞれ悩みや不安、壁にぶつかることはあったはずだ。

それでも逃げ出さずに立ち向かった13人。逃げ出した私。

 

結果は現実になって表れていた。

日本人なら誰もが知っているような有名音楽番組に出演しているシンデレラプロジェクトの13人。

かたや私はというと、高校卒業を目前に控えているのに関わらず進路が決まっていなかった。大学受験をするつもりもないし専門学校や短大に行くつもりもなく、正社員として何処かに就職するつもりもなかった私は相変わらずちょくちょくと学校をサボっては宛もなく街をフラフラしたり、人陰に隠れてタバコを吸うような毎日を送っていた。

 

 

 

 

「どうしてこんな事になっちゃったのかな……」

 

 

 

リモコンを握る右手に思わず力が入ってしまう。

受け止めたくない現実が残酷にもテレビの中には広がっていた。

 

それでも私は自分の過去の選択を無理矢理にでも正当化しようとしていた。

今テレビに出ているシンデレラプロジェクトの13人、この中でトップアイドルとして生き残れるのは果たして何人いるのだろうか。いたとしてもせいぜいほんの二、三人程度だろう。もしかしたら誰一人としてトップアイドルになれず、数年後には無名の売れないアイドルに成り下がっているかもしれない。

 

この13人も遅かれ早かれ、私のように魔法が解けて現実と向き合う時がくるのだ。

 

 

 

――だから例え後悔や未練があったとしても、あの時私が選んだ選択は間違ってないんだ。

 

 

 

どうせトップアイドルになんてなれないのに。

そう思うとテレビに映る13人のシンデレラが滑稽に見えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あたし、ロックなアイドル目指してるんです!』

 

 

ロック、ロックって、李衣菜ちゃんはただ単に『ロック』ていうフレーズが言いたいだけでしょ。

 

 

 

 

 

『闇に飲まれよー!』

 

 

良い歳して訳の分からないセリフばっか並べて、蘭子ちゃんは恥ずかしくないのかな。

 

 

 

 

 

『よろしくニャ~!』

 

 

猫キャラなんてイタイキャラ、いつまでやるつもりなんだろ。

 

 

 

 

 

『杏、別に仕事とかしたくないし……』

 

 

杏ちゃんは良いよね、色んな才能に秀いていて。頑張らなくても人生イージーモードだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビに映るシンデレラプロジェクトのメンバーたちを見て出てくるのはマイナスなセリフばかり。

みんながどれだけ頑張ってこの場に立っているのか、半年だけでも一緒にいた私はファンや他の誰よりもみんなの苦労を知っているはずなのに。

それなのにどうしても呟いてしまう言葉は批判の言葉ばかりだった。

 

私の選んだ選択が間違いだったということを認めたくないせいか、素直にみんなを応援することができなかったのだ。

ちっぽけなプライド、みんなへの嫉妬、認めたくない現実が次々と捨て台詞のようなマイナスな言葉を生んでいく。

 

 

 

 

 

――最低だなぁ、私。

 

 

 

 

 

必死に頑張ってる人たちを、誰よりも夢に向かって真っすぐな人たちを、バカにすることでしか自分を保つことの出来ない自分に無性に腹が立ち、そして何よりも惨めでカッコ悪くて、もうどうしようもない人間に見えてきた。

 

 

 

『良い? 何があっても必死に頑張ってる人を嘲笑うような大人にだけはなっちゃダメよ』

 

 

 

小さい頃、何度もママに言われたセリフを思い出す。

何度も言われ私もそんな大人には絶対ならないと決めていたはずだった。

 

それなのに――……。今の私は、一番なりたくない大人になってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

私はテレビを消すと自分の部屋へと戻りベランダへと出た。

ポケットから煙草の入った箱とライターを取り出すと慣れた手つきでタバコに火をつける。

 

唯一、この煙草を吸う一瞬だけが私の荒んだ心を制御することのできる時間だ。

 

 

 

月の見えない空からは小さな雪が舞い降りていた。

アイドルを辞めたあの日もこんな天気だったなぁ、なんてぼんやりと思い出す。

 

おそらく私は高校を卒業してフリーターにでもなるのだろう。卒業は出来ても進学できるほどの出席日数はないし、何より意欲もない。

何かをしなければならないのは分かってるのに、何もする気になれないのだ。

 

今の私はまさに『燃え尽き症候群』だった。

アイドルを目指して必死に努力して、それこそ寝る間も惜しんで努力をしていたあの頃。それでもどうにもならない壁、努力だけでは超えることのできない現実に屈し、アイドルを辞める道を自ら選んだ。

 

夢破れた後の今の現実を私は未だに受け入れることができていないのだ。どうしても残った過去への後悔と未練。その二つが今の私を無気力にしていた。

 

 

プロデューサーは私に魔法をかけてくれた。

何の個性もなかった私をたった半年だけでもアイドルにしてくれた。

 

だけどその魔法は今解けてしまい、私はその魔法の後遺症に苦しんでいる。

一瞬でも垣間見ることのできたキラキラしたアイドルの世界。沢山のお客さんがお金を払って私の歌を聞きにきてくれて歓声を送ってくれるライブの感触。

 

あの世界を味わってしまった私には今の現実は物足りなさすぎるのだ。

 

 

 

 

「いつかこの後遺症が消える時が来るのかなぁ」

 

 

 

白い吐息と共にそう呟いてみる。

もしいつかこの後遺症が消える日がくるならば、それはアイドルよりも夢中になれる何かを見つけることができた時だろう。

 

私はそのアイドルより夢中になれる何かを見つけることができるのだろうか。一度逃げ出してしまった私にアイドルより夢中になれる何かを見つけることなど出来るのだろうか。

 

 

見つかる気がしなかった。

そうなると私は一生、死ぬまでこの後遺症を抱えたまま生きていかなければならないのか。

 

そう考えただけでゾッとした。

私はそんな想像したくない未来の自分から逃げるようにして、左手をポケットに突っ込み新たなタバコを取り出した。



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episode,4 魔法の微光

 

 

 

「島村さん、もう上がっていいよ。お疲れ様でした」

 

「あ、はい。お先に失礼します」

 

 

 

 

私は目深に被っていた帽子を外しスーツを着た男に深く一礼をする。男がニッコリとした笑顔で私に向かって軽く会釈をしたのを確認するとそのまま背中を向け更衣室へと向かった。

 

古びた更衣室でジャンパーを脱ぐと、『派遣A』と書かれたロッカーあるハンガーの袖にジャンパーを通す。薄暗い更衣室の窓からふと外を眺めると、窓の外には数日前までは綺麗に咲き誇っていた桜が弱々しい姿になって街灯の灯りに照らされていた。

 

 

 

高校卒業してから三年の月日が流れていた。結局進路が決まらずに高校を卒業することになった私は、こうして派遣の仕事を転々とする生活を送っている。

長かったようであっという間に過ぎ去っていったこの三年間。高校の卒業式に成人式、今振り返ると長い三年間だったようにも感じる。

だがその長かったはずの三年間を過ごしても尚、私の心に残った過去への未練と後悔は変わらず私を苦しめ続けていた。

 

私と対照的に『新時代のアイドルグループ』だなんて世間から騒がれていたシンデレラプロジェクトのメンバーたちも、徐々にメディア出演が減ったかと思えば昨年の年末に突然の解散宣言。

 

 

 

「ほらね、やっぱりトップアイドルなんて簡単になれるもんじゃなかったんだ」

 

 

 

偶然立ち寄ったコンビニで読んだ音楽雑誌でそのニュースを知り、私は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

 

解散となったシンデレラプロジェクトのメンバーたちの中でも、私の知ってる範囲で今でも活動を続けているのは元々ソロでも人気のあった凛ちゃんと、女優としても活動していた未央ちゃん、モデルへと転向したきらりちゃん、シンガーソングライターとして活動している李衣菜ちゃんの四人くらいだ。

他のメンバーたちは何処で何をしているのか全く知らない。もしかしたら何処かでアイドル活動続けているのかもしれないけど――……。

 

いずれにせよ、私の思っていたとおりの現実になってしまっていた。

 

 

 

 

――だから私は遅かれ早かれアイドルを辞めて正解だったんだ。

 

 

 

何度も何度もそう言い聞かせてきて、思ってた通りの現実が訪れて、そのはずなのに私の心の中に掛かった霧は依然として晴れる気配がなかった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

「あっ、休憩の時のが最後の一本だったんだっけ……」

 

 

 

派遣のバイトの帰り道、私は煙草を切らしていることを思い出した。

いつもはカートン買いで部屋にストックを置いていたが、おそらくこの箱が最後の一箱だった気がする。

 

今日は疲れたしどうしようか――……。チラッと目を移した腕時計は夜の11時を指している。このまま家に帰るかコンビニで買ってから帰るか、迷った私だったが丁度のそのタイミングでコンビニの看板が目に入ったため買って帰ることにした。

 

 

いらっしゃいませ、店内に入ると同時に女性店員の明るい声が聞こえてきたが私は声の方へと目も向けず雑誌にコーナーへと向かう。

コンビニの角にある雑誌コーナーでは私が中学生の頃から欠かさず買っていた音楽の月刊誌が並んでいた。表紙には青と黒のドレスを着た長い黒髪の女性がマイクを握り締めて写っている。右下には『大ブレイク中の人気歌姫』のフレーズ。

 

 

 

「凛ちゃんはすごいな……」

 

 

 

アイドルを辞めてからも毎月のように立ち読みをしていたこの音楽雑誌。

中学生の頃、アイドルを夢見ていた私がいつか絶対に表紙に載りたいと夢見ていた雑誌の表紙に、かつてのユニットメンバーが大々的に掲載されている。

 

凛ちゃんは一目見た時からこういう人がトップアイドルになるんだろうなと予感していた。

何が凄いのかと聞かれたら上手く答えられないが、凛ちゃんは昔からカリスマ性というか、トップアイドルになるというオーラが凄かったのだ。

 

それに加えてルックスも良いし歌も上手い。頑張る事しかできない私とは元々のポテンシャルが桁違いに違っていたのだ。

 

 

同じくニュージェネレーションズとして活動していたもう一人のメンバーである未央ちゃんは本格的に女優活動へと転向しており、最近では自身が主演した映画の主題歌を担当し、その主題歌がオリコンチャートにも入っていた。

 

嫌でも痛感させれる現実。昔は一緒にレッスンを受け横に並んで小さなライブハウスなどでライブをしていたはずなのに、今となっては私一人だけが取り残され、未央ちゃんと凛ちゃんは遠い世界へと行ってしまった。

 

 

 

私はその現実から目を背けるようにして雑誌コーナーを後にすると、そのままレジへと直行した。

レジには女性店員が立っており、私の前に並んでいたサラリーマンの男が弁当をレンジで温めている。

 

 

――はやくしてくれないかなぁ。

 

 

弁当を温めるたった数分の時間でさえ、私は待つという行為にイライラを募らせていた。

こんな些細なことでイライラするなんて。荒み切った私の心の余裕のなさに我ながら呆れてしまう。

 

 

 

「お待たせしました、次のお客様どうぞ」

 

「タバコ。メビウスのメンソール、カートンで一つ」

 

 

ぶっきらぼうにそう呟く。

女性店員はすぐさま後ろにあったタバコの棚から私の言った煙草を探し出し私の前へと差し出した。

 

 

 

「こちらでお間違いなかったでしょうか?」

 

「はい、そうです」

 

「ではお値段四千四百円です。それと……」

 

 

 

金額の後に続く女性店員のセリフ。私はその時初めて女性店員の顔を見た。

歳はおそらく私と同じくらい、だけどまだ何処か幼さを残したあどけない表情、茶色のショートカット。

 

何処かで見覚えのある顔だった。

 

 

 

「もしかして……、島村卯月ちゃん?」

 

「えっ?」

 

 

突然のことに思わず動揺してしまう。

そしてふと女性店員の胸のところへと目線を落とした。制服の胸の辺りに付けられている顔写真付きの名札。

そこの名札には『前川みく』と書かれている。

 

私の前に立ってレジを打っていた女性店員はシンデレラプロジェクトのメンバーの一人であり、李衣菜ちゃんとユニットデビューした前川みくだったのだ。

 

 

 

 

「やっぱり、卯月ちゃんだったんだ! 前川みく、覚えてない? 猫耳してた猫キャラのアイドル!」

 

 

 

 

さっきまでの表情とは一転、屈託のない笑顔でそう話しかけてくるみくちゃん。

そんなみくちゃんの感じに、私は何処か懐かしいような居心地の良さを感じていた。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

「ごめんね、お待たせ~」

 

「ううん、全然大丈夫。バイトお疲れさま」

 

 

あの後、もう少しでバイト上がりだから少しお話ししない?だなんて言われてしまい、私はこうやってコンビニの外の駐車場でみくちゃんがバイトを終えるのを待っていた。

シンデレラプロジェクトのメンバーたちと会うのはアイドルを辞めた日以来、初めての事だ。突然の再会で何を話せば良いのか分からず、私たちは無言のまま肩を並べて歩き始めた。そして暫くして見えてきた公園のベンチに並んで腰を下ろす。

隣に座るみくちゃんは若干雰囲気が変わったような気がするけど私の記憶の中にいるみくちゃんの面影をしっかりと残していた。誰よりもアイドルとしての活動に真摯に向き合っていたみくちゃん。今はどうしているのだろうか。気になったが怖くて聞くことができなかった。

 

 

「卯月ちゃんは今何してるの?」

 

「派遣のバイトを転々としてる」

 

 

そっか、そう呟いたみくちゃんはそれ以上は何も聞かずぼーっと前だけを見ていた。なんとも言えない重苦しい空気から逃げ出すように、私は先ほど買ったばかりの煙草に火を付ける。

 

 

「あたしね、アイドル、ダメだった」

 

 

絞り出すようなみくちゃんの声。みくちゃんの両膝の上に作られた拳を私は見逃さなかった。

やっぱり――……、思わずそう思ってしまったが私は口には出さなかった。何て言えば良いのか分からず、私はただ黙って煙草を吸い続ける。

 

 

 

「シンデレラプロジェクトが解散になったのは知ってるよね?」

 

「う、うん。理由は知らないけど雑誌で見たよ」

 

 

 

シンデレラプロジェクトの突然の解散宣言。理由は公にされていないため、誰もその真相を知らなかった。

そして凛ちゃんや未央ちゃん、きらりちゃんに李衣菜ちゃん以外の他のメンバーがどうしてるのかも。

 

 

「でもどうして? 舞踏会では成果を残せたんでしょ?」

 

 

私がいた頃にもちらついていた部署解散の噂。

だがその噂は舞踏会までに成果が出なかったら、というものであって、私が辞めた後に行われた舞踏会も無事に成功を収め、その後もシンデレラプロジェクトは着々と結果を残していたはずだった。

だからこそ突然の解散は不可解だったのだ。

 

 

「Pチャン……、武内プロデューサーがクビになったの。突然だったけど常務の命令だったんだって」

 

「え? プロデューサーさんがクビ!?」

 

 

予想外のセリフに思わず声が裏返りそうになってしまう。

 

口下手でイマイチ何を考えているのか分からなかったプロデューサー。

だけど誰よりもアイドルの事を考え、行動していた。

私が辞めると言った時も、何度も部屋の前へとやって来ては必死に説得しようとしてくれていた。

 

あのプロデューサーがクビになるなんて、一体何があったのだろうか。どんなに考えても何も思い浮かばなかった。

 

 

 

「それで私たちは移籍しなくちゃいけなくなったんだけど……」

 

 

 

そこからみくちゃんはシンデレラプロジェクトの最期を話してくれた。

 

「このような事態になったのもプロデューサーである私の責任です。ですが皆さんの進路は私が責任をもって面倒を見させて頂きます。これがプロデューサーとして出来る私の最後の仕事です」、そう言ってプロデューサーは自分の今までのコネクションを使ったり時には他社に自ら頭を下げに行ってまで残された十三人のシンデレラのために東西奔走していたらしい。

その甲斐あってか、次々とみんなの進路は決まっていった。元々人気のあった凛ちゃんはソロとして、女優業も兼ねていた未央ちゃんは本格的に女優に転向することになったり、スタイルの良かったきらりちゃんはファッションモデルに、などそれぞれがそれぞれの新たな世界へと踏み込み始めた。

 

だがすぐに進路が決まったのはその三人だけで、あとの十人はなかなか進路が決まらずに苦労していたらしい。

それでも部署解散の日までに皆、ある程度の進路を決めることができた。元々ソロとしてデビューしていた蘭子ちゃんはそのままソロで活動を続け、智絵里ちゃんと美波ちゃんは地方の女子アナに、アーニャちゃんもきらりちゃん同様にモデルに、杏ちゃんはアイドル活動を辞め346プロダクションの社員になり、莉嘉ちゃんとみりあちゃんは共に346の他部署へと移籍。

 

 

 

「あたしは李衣菜ちゃんとアスタリスクとして活動を続けるつもりだったからさ、何度も二人で他社のオーディションなどを受けに行ったんだけど……」

 

 

 

返って来た返事は合格。しかしその概要は李衣菜ちゃんのソロデビューであって、二人揃っての合格ではなかったのだ。

 

 

 

「李衣菜ちゃんとは何度も話し合ったよ。話し合ったうえであたしから解散しようって伝えたの」

 

 

 

アイドル活動は仲良しこよしでやるものではない。誰よりも真面目にアイドル活動に向き合ってきたみくちゃんだからこその答えだった。

その日を以って、アスタリスクは解散。李衣菜ちゃんは他社のソロシンガーとして活動することになった。

 

 

 

「そうそう、かな子ちゃんは結婚したんだ」

 

「か、かな子ちゃん、結婚したの!?」

 

「うん。確か四つ上の彼氏とか言ってたなぁ。かな子ちゃんは料理も出来るし、良い嫁さんになってると思うよ」

 

 

 

こうしてみんなが次のステージへと移って行こうとする中、みくちゃんだけは進路が決まらなかった。

他社のオーディションを受け続けても不合格ばかり。

 

結局部署解散の日までにみくちゃんだけが進路を決めることができなかったらしい。

 

 

 

「もうアイドル辞めて大阪帰ろうかと思ったよ。さすがのあたしでも心折れかけてたし」

 

 

 

そう言って笑うみくちゃん。

残酷だがアイドルの世界はこれが現実なのだ。決して運や勢いだけでは生き残れないシビアな世界――……。それがアイドルの世界なのだ。

 

 

 

「でもね、大阪に帰る前日にプロデューサーがあたしに会いに来てくれて声優の養成所を紹介してくれたの」

 

「声優の養成所?」

 

「うん! ほら、あたしってたまに声優のお仕事とかもしてたでしょ?」

 

 

 

そういえばみくちゃんはアイドル活動の他にも声優としての活動も少ししていたような覚えがある。

 

 

 

「プロデューサーにね、『その経験を生かして、更にもっと磨いてみませんか?』って言われて。あたし、声優の仕事って嫌いじゃなかったしさ」

 

 

 

いざ本格的にやってみるとアイドルと同じくらいハードな仕事で未だに慣れないんだけどね、だなんて言いながらみくちゃんは苦笑いを浮かべた。

 

 

 

「それじゃあその学費を払うためにコンビニでバイトを?」

 

「うーん、払うためっていうか返すためかな」

 

 

 

払うためではなく返すため? 私は首を傾げ頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

 

 

 

「プロデューサーがね、払ってくれたの。『最後まで決まらなかったのはプロデューサーである自分の責任ですから』だなんて言ってね。声優の養成所って結構な額するんだよ? それを自分の貯金と346の退職金を合わせて一括で払ってくれたんだ」

 

 

 

誰よりもアイドルのことを優先し、例え自分が怒られたり嫌な目にあってもアイドルたちのために全ての情熱を持って接してくれるプロデューサーらしい話だった。

 

プロデューサーは結構です、って言うんだけどね。やっぱりあたしはちゃんと返したいし、助けてくれたプロデューサーの為にも有名な声優になって恩返しがしたいんだ。だからもっともっと頑張らないと! そう話してくれたみくちゃんの目はキラキラと輝いていた。

 

 

その輝きは私には眩しすぎる光だった。

現実に、ぶち当たった壁に、プロデューサーがくれたチャンスからも逃げ出して、それでいて頑張っている人たちを馬鹿にして見下して自分をかろうじて保っているような私には眩しすぎる光だった。

 

私もみくちゃんみたいにプロデューサーが差し伸べてくれた手を取る勇気があったら、現実に負けず自分を信じることができたのなら、今頃どこかで夢中になれる何かを見つけて生きることができたのだろうか。

 

 

 

「それから暫くしてみんなで集まってプロデューサーの送別会をすることになったんだけどね、その時卯月ちゃんのことをプロデューサーが話してたよ」

 

「ぷ、プロデューサーさんが私の事を?」

 

「うん、もしかして気になる? 気になるなら直接聞いてみたら?」

 

 

 

 

気にならないと言えばウソになる。

だけどあんな形で一方的にプロデューサーを拒絶して、私はどういった顔をして会えば良いのだろうか。

 

 

 

「卯月ちゃんにも色々あると思うけどさ、このまま終わるのは勿体ないと思うよ」

 

 

 

そう言うとみくちゃんは鞄から取り出したメモ帳を一枚だけ破り、スマートフォンを見ながら何かを書き記している。

 

 

 

「これ武内プロデューサーの番号。一回直接会って話してみたら?」

 

 

 

差し出されたメモ用紙を私は何も言わず黙って受け取った。

その番号に見覚えがあった。初めてプロデューサーが私に魔法をかけてくれたあの日、私が通っていた養成所で受け取った名刺に書かれた番号と同じだったのだ。

見間違えるはずがなかった、初めてスカウトされて貰った名刺を嬉しさのあまり家に帰ってずっと眺めていたのだから。もしかしたら本当に夢が叶うかもしれない、そういった抑えきれない興奮で名刺を握り締めたまま眠っていたのだから。

 

受け取ったメモ用紙を見てるとあの日の夜を思い出す。

嬉しさのあまり凛ちゃんの店で自分の為の花を買って帰ったこと。ずっと憧れていた夢の光がほんの少しだけど、確かに垣間見えたこと。ずっと応援してくれていた養成所のスタッフやトレーナー、何よりママが私よりも大喜びしてお祝いしてくれたこと。

 

あの日から数年が経ち、荒んでしまった私だがあの日のことは全て鮮明に覚えていた。

 

 

 

 

 

「ありがとう、みくちゃん」

 

 

 

 

私はメモ用紙を眺めながら、静かにそう呟いた。

もしかしたらプロデューサーに会って話をすればアイドルを辞めてからずっと私の心を曇らせていた霧を晴らせるかもしれない。

確証はないが、私の直感はそう感じていた。

 

プロデューサーに会いに行こう。会ってちゃんと話そう。あの時私が何を思っていたのか、アイドルを辞めてからも何をすれば良いのか分からずにずっと燻っていた事を。

言葉にしたら上手く伝えられるか自信がない。けど、これは二度とないチャンスなのかもしれない。

 

アイドルを辞めたあの日以来、初めて私の心に希望が生まれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

「それよりみくちゃん……」

 

「ん? どうしたの?」

 

「語尾に『にゃ』って付けるの、止めたんだね」

 

 

 

ずっと引っ掛かっていた違和感の正体だった。

何かある事に必ず『にゃ』って言ってたのに、コンビニで会ってからは一度もその『にゃ』という語尾をつけていない。

 

だからレジで会った時から何か違和感を感じていたのだ。

 

 

 

 

 

「ほ、ほら、あんまり『にゃ』ってばっか言ってると癖になって声優の仕事中もつい……」

 

「どうだろう~。本当は恥ずかしくなったんじゃない?」

 

「べ、別にそんなわけじゃないにゃー!」

 

 

 

 

必死に抗議をするみくちゃん。

その様子が何だか可笑しくて懐かしくて、私は思わず声を上げて笑ってしまった。

 

こうしたくだらないことで笑って盛り上がる――……、シンデレラプロジェクトにいた頃、毎日のように過ごしていた日常のひとかけらだった。

あの頃から年月が流れて私も荒んでしまった。それでも当時一緒に夢に向かって頑張っていたみくちゃんとこうして他愛もない会話で盛り上がれることが何より嬉しくて楽しくて、そして懐かしくて――……。

 

私は懐かしさのせいで流れた涙を誤魔化すように、大声で笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 



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episode,5 魔法の欠片(前編)

 

 

「どうしよう……」

 

 

 

バイトの休憩中、古びた更衣室のベンチで私は溜息交じりにそう呟いた。右手には数日前にみくちゃんから受け取ったメモ用紙が握り締められている。

そのメモ用紙に書かれたプロデューサーの電話番号を私はぼーっと眺めていた。

 

 

プロデューサーに直接会って話をすることが出来れば払拭することが出来るかもしれない。あの日から私の心を苦しめ続けていた後悔と未練を。

確かにこのメモ用紙を受け取った時はそう思った。それは間違いないのだが、いざ連絡するとなるとどういった風に連絡すれば良いのか分からないのだ。

 

何回も何回も、私を連れ戻すために、私を救うために、毎日のように家に通っては私を説得しようとしてくれたプロデューサー。そのプロデューサーの差し伸べてくれた手を私は全て無視しして、挙げ句の果てにはスマートフォンを解約してまで一方的に連絡を遮断した。

 

あんな酷いことをして、どのような顔をして会えば良いのだろうか。

もしかしたら今度は私の方が拒絶されるかもしれない。そういった類の恐怖のせいで私はなかなか行動に移せずにいたのだ。

 

 

 

「で、プロデューサーには連絡取れたの?」

 

「ううん、まだ連絡してない」

 

 

 

どうすれば良いのか分からず、バイトの帰り道になんとなく立ち寄ったみくちゃんが働いているコンビニ。

私のセリフにレジを挟んで向こう側に立つみくちゃんは呆れたような表情を浮かべている。

 

 

 

「なんて言えば良いのか分からなくて……」

 

 

 

私がアイドルを辞めてから四年と半年ほどの時間が流れていた。

決して良いとは言えない別れ方をしてしまった上にこれだけの月日が流れてしまっている。

今更どのような言葉を並べて切り出せば良いのか分からないのだ。

 

 

 

「まぁね……。そうだ、良いこと思い付いた!」

 

 

 

突然手をポンと叩いたみくちゃん。

私はその仕草に首を傾げる。

 

 

「電話じゃなくてメッセージを送ってみたら? それなら電話で話すより簡単でしょ?」

 

 

 

確かにみくちゃんの言う通りだ。

いきなり電話をかけて話をするより、文字にしてメッセージを送る方が簡単に思える。しかもプロデューサーは私の新しいスマートフォンを番号を知らないはずだからいきなり電話をかけてもビックリするだろう。

 

みくちゃんは得意げに腕を組んでいる。まさに名案だった。

 

 

 

「それなら私にも出来るかも」

 

「でしょ? そうと決まれば早く送りなよ! こういうのは勢いも大切なんだって」

 

 

 

そう急かされ、私はポケットからスマートフォンと数日前にみくちゃんから受け取ったメモ用紙を取り出した。

送信先の欄にプロデューサーの番号を打ち、本文欄へと移る。頭の中で何度も考えた文章をとりあえず打ってみたが一度読み直し、送信ボタンは押さずに全て消してしまった。そして再び空欄になった本文欄を見て思わずスマートフォンの画面をタッチしていた指を止めてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――やっぱり怖いかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな不安が生まれると同時に反射的にみくちゃんの顔を見てしまう。

 

 

 

 

「卯月ちゃん、逃げたらダメだよ」

 

 

 

みくちゃんの眼は真っ直ぐに私を捉えていた。

その眼は私もよく知ってる、アイドル活動に真摯に取り組んでいたみくちゃんの眼だ。

デビューが決まらず不安なってストライキを行った時、李衣菜ちゃんと音楽の方向性の違いが原因で喧嘩をした時、そして自分を助けてくれたプロデューサーのためにも何とかして声優として再び華を咲かせようと努力をしている今でも変わらないであろう、みくちゃんの夢や現実から逃げずに立ち向かっている真っ直ぐな眼だった。

 

 

その眼に私は背中を押される。私も逃げたらダメなんだ、そう心の中で呟くと私は震える指を再び動かしはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『突然すみません。昔、お世話になりました島村卯月です。お話ししたいことがあります、いつでも良いのでお時間ある時に直接会ってお話しできないでしょうか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

返事が来たのはみくちゃんと別れ、ちょうど家に着いた頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『島村さん、お久しぶりです。ご連絡ありがとうございます。では、今週の日曜はいかがでしょうか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった数行のこのメッセージを見るだけで私は懐かしい気持ちになった。

 

間違いない、この人はあの武内プロデューサーなんだ。

口下手で不器用、無表情で一見強面に見えるけど、誰よりもアイドルたちの事を親身になって考え、そして誰よりも情熱を持って接してくれた。

そしてアイドルを夢見ていた何の個性もない私を見つけ出してくれて素敵な魔法をかけてくれた大切な大切な私のプロデューサーーー……。

 

私は一度だけ深呼吸をすると、『日曜日で大丈夫です』とメッセージを打ち送信ボタンをクリックした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい夢を見た。

 

高校の頃の制服を着て、凛ちゃんのお店で買った華を大事そうに両手で抱えている私。そんな私の前に『デビューおめでとう』と書かれたプレートが乗ったケーキを持って満面の笑みを浮かべるママ、その両隣には未央ちゃんと凛ちゃんが「おめでとう」と言いながら拍手をしている。

そしてその三人より少し離れたところでプロデューサーが立って私を見つめていた。拍手もしていないし「おめでとう」とも言っていないが、その表情は私を祝福している様子を物語っている。

 

 

間違いなく私の人生で一番輝いていた時間だった。

同じ目標を持って毎日一緒に努力をする大好きな友達がいて、そしてただ夢を見ることしかできなかった私に魔法をかけてくれて夢のような世界を次から次へと経験させてくれるプロデューサーがいて。

毎日がキラキラと輝いていた、そんなダイヤモンドのような日々。純粋に夢に向かってひた向きに頑張れていた純粋無垢な日常。

叶うのならば、こんな夢のような時間が永遠に続けば良いのに。そう思って止まないほど、私にとっては大切でかけがえのない時間だった。

 

 

 

「夢……、か」

 

 

 

意識を取り戻した私の視界に入ってきたのは見慣れた自分の部屋の天井。

私は制服を着てもいないし華も抱えていない、当然だが未央ちゃんも凛ちゃんも――……、魔法をかけてくれたプロデューサーもいない。

私の傍にあるのは最近銘柄を変えたタバコとコンビニで買った安物のライター。あまりにも夢の中で見た過去の自分の生活とかけ離れた現実に思わずげんなりとしてしまう。

 

丁度そのタイミングでベッド脇の机からジリジリといった音が鳴り響いた。五月蠅いくらいに鳴り響く目覚まし時計を止めるとデジタルの画面には数字の七が表示されている。その横には『Sun』の三文字。

 

 

 

「そっか、日曜日か……」

 

 

 

だからあんな懐かしい夢を見たのか。思わず苦笑いをしながら納得してしまう。

未だにぼんやりとしたままの意識。私は無理矢理にでも寝ぼけた意識を起こすかのように髪を掻き上げた。

 

今日は四年半ぶりにプロデューサーと会う約束をした日曜日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

待ち合わせの喫茶店に到着したのは予定より三十分も早い時間だった。少し早く着いちゃったかな、と店内を見渡して思わず呟く。まだオープンしたばかりの店内には一番隅に座っている私以外にカウンター席でマスターと仲良さそうに話す老夫婦の姿しか見えず、静かな店内にゆったりとしたジャスが響き渡っていた。

 

久しぶりにプロデューサーに会うせいか、朝から落ち着きがなかった私は部屋の中でいつもより念入りに化粧をしては何度も鏡の前に立っては鏡に映る自分の姿を眺めていた。前髪の細かな流れ、化粧に違和感はないか、など普段は全く気にもしないことが今日に限って気になって仕方がないのだ。

そんなことを繰り返してたら埒が明かない、そう思って予定より早く家を出たのにこうしてプロデューサーを待っている今でも私は何度も鞄から手鏡を取り出しては前髪を触っている。

 

 

プロデューサーを待つ今の私の心は、久しぶりに会えることへの期待が二割で残りの八割は不安や恐怖が埋め尽くしていた。

本当はプロデューサーは私に怒ってるのではないのだろうか。差し伸べてくれた手を一方的に無視したことを。そしてこうして四年半の月日が流れた今になって突然会いたいのだと自分勝手な事を言い出したことを。

プロデューサーと会う約束をしてからというもの、そういった嫌なイメージが何度も何度も頭の中をグルグルと回っては私を苦しめていた。その度に逃げ出したい気持ちに駆られてしまう。

 

でも何度逃げ出したいと思っても、その度に浮かんでくるみくちゃんの顔を思い出した。絶対に逃げてはいけないのだ、頭の中に浮かんでくるみくちゃんは私にそう言い続けてくれる。

 

 

それに私も今のままは嫌だったのだ。変わりたい、今までのように心にポッカリと空いた穴を抱え込みながら苦しんで生きたくない。

 

 

 

 

そういった思いが何とか私を紙一重のところで踏み止まらせていた。

 

 

 

 

 

チラッと腕時計へと目をやる。約束の十時まではあと十五分。マメなプロデューサーのことだ、時間より早く来るに違いない。

そう思った時だった。静かなジャズが流れていた店内に小さな鈴の音が鳴り響く。薄暗い店内に開いたドアから明るい光が差し込み、その逆光の中に一人の男が立っていた。その男が店内を見渡すように首を振っているとカウンターで老夫婦とお喋りをしていたマスターが声を掛ける。

 

 

 

「いらっしゃい、お一人かね?」

 

「いや、ここで待ち合わせを……」

 

 

 

そこまで言って男の声は途切れた。それと同時に薄暗い店内に眩しいまでの光が差し込んでいたドアがバタンと音を立てて閉まる。

スーツを着た男は私の方をじっと見つめていた。私を見つめている男は間違いなく、私に魔法をかけてくれた武内プロデューサーだった。一気に私の鼓動が音を立てて加速していく。

 

暫く私を見つめたまま立ち尽くしていたプロデューサー。私も何も言えずただただ立ち尽くすプロデューサーを見つめていた。

どれくらいの時間が流れたのだろうか。プロデューサーは金縛りが解けたかのように突然動き出すとゆっくりと店内の隅の席に座っていた私の元へと向かってくる。

 

そして私の横に立つとプロデューサーは強面の表情を崩すようにして頬を緩めた。

 

 

 

「島村さん、お久しぶりですね」

 

 

 

四年半ぶりに聞いたプロデューサーの声に私の目頭は思わず熱くなってしまった。

 

 

 



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episode,6 魔法の欠片(後編)

 

 

 

 

 

 

「島村さん、お久しぶりですね」

 

 

 

プロデューサーはそう言うと私の向かい側にゆっくりと腰を下ろした。

久しぶりに見たプロデューサー私の記憶の中の姿より少しだけ痩せて見える。そして何よりほんの少しだけ歳を取った表情が四年半という月日が流れたことを証明していた。

 

 

 

 

「お、お久しぶりですプロデューサーさん!」

 

 

 

 

立ち上がってそうは言ってみたものの、私の声は緊張で思わず裏返ってしまいそうになる。

そんな私の様子を見てプロデューサーは何も言わず温かい眼で笑っていた。それは私の記憶の中にはない、プロデューサーの新たな表情だった。

 

何を話せば良いのだろう。

何度も頭の中でシミュレーションしてきたはずなのに、いざプロデューサーを目の前にするとそんなシミュレーションも何も意味を持たなくなってしまった。

話したい事、聞いてほしい事、そして謝りたい事――……。沢山あったはずなのに、私の口は重くなかなか開くことができない。

 

 

 

「ご注文、どうなさいますか?」

 

 

 

いつの間にかテーブル横へとやって来ていたマスターの声で我に返る。

目の前のプロデューサーはコーヒーを頼んでいた。そして私の方へと目を向ける。

 

 

 

「島村さんは……、カフェオレでよろしかったですか?」

 

 

 

私がカフェオレ好きだったこと、覚えてくれてたんだ。

それがなんだか嬉しくて、それまで緊張で引き攣っていた表情を私は崩して頷いた。マスターは了解しましたとだけ呟くとゆっくりと背中を向け私たちのテーブルを後にする。

 

 

 

 

「覚えてくれてたんですね、私がカフェオレ好きだったこと」

 

「えぇ。島村さんはいつもカフェオレを注文してましたから」

 

 

 

 

ちゃんと覚えてますよ、そう言ってプロデューサーはまた頬を緩めた。

あんなに強面でなかなか笑うことのなかったプロデューサーだったのに、四年半ぶりに再会したプロデューサーは自然に笑みを浮かべるようになっていた。

変わったなぁ、だなんて思わず心の中で呟いてしまう。こうしてプロデューサーが自然に笑えるようになったり、私が荒んでしまったり――……、人が変わるには四年半という時間は十分すぎる時間なのだ。その時間がどれだけ長かったものか、今更になって痛感させられる。

 

すぐにマスターがトレイに乗せてカフェオレとコーヒーを持ってきてくれた。私の前にカフェオレがそっと置かれる。

そのまま一礼してマスターは去ると、再びカウンターで老夫婦とのお喋りへと戻って行った。その姿を目で追いながら、私は深呼吸をする。

 

 

 

 

――ちゃんと話さなきゃ。そのために来たんだから。

 

 

 

 

そしてカウンターから目の前のプロデューサーへと視線を戻した。

プロデューサーは目の前に置かれたコーヒーにはまだ手を付けておらず、黙って私を見つめている。

 

 

 

「……プロデューサーさん、今日は聞いてほしい話があって連絡させてもらいました」

 

 

 

はい、そうプロデューサーは呟くとゆっくりと頷いた。

 

 

 

「あの日、アイドルを辞めてから私が何を考えてどういう風に生きてきたのか。もしかしたらプロデューサーさんは私の話を聞いて失望するかもしれないけど……。それでも聞いてほしいんです」

 

「分かりました。聞かせてください、島村さんが過ごした四年半を」

 

 

 

プロデューサーの優しい声を聞き、私は目を閉じてもう一度だけ深呼吸をした。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

私の四年半の全てを話した。

 

アイドルを辞めたあの日の前日、凛ちゃんと未央ちゃんの前で「笑うなんて誰でもできる」と言って自分には何も取り柄がない現実を認めてしまったこと、アイドルを辞めたあの日以来プロデューサーやシンデレラプロジェクトのメンバーたちが差し伸べてくれた手を握りたくても怖くて握る事ができなかったこと、アイドル活動をしていた過去への未練と後悔が癒えぬ日々を過ごす中で無理矢理にでも忘れるためにタバコや夜遊びに走ったこと、テレビや雑誌でどんどん遠い世界へと離れていくシンデレラプロジェクトのメンバーたちを見かける度に嫉妬をしては「頑張ったってどうせトップアイドルになんてなれないのに」だなんて言ってみんなを冷めた目で見ることで自分を必死に保とうとしていたこと、解散のニュースを知り自分の過去の選択が誤りではなかったのだと思い込むことで自分自身を正当化しようとしていたこと、そんな荒んでしまった自分が嫌で嫌でどうしようもないのにどうすればいいのか分からずっと苦しんでいたこと、そしてみくちゃんと再会したこと――……。

 

 

私は自分自身が過ごした四年半もの時間を喋り続けた。途中、何度も目頭が熱くなり頬を涙が伝った。自分でも何て言っているのか分からないし、ちゃんとプロデューサーには伝わらなかったかもしれないけど、私は自分自身がどのような心境でこの長い四年半を過ごしたのかありのままを伝えた。

プロデューサーは何も言わず、ずっと黙って私の話を聞き続けてくれた。その気遣いあってか、私はプロデューサーに伝えようと思っていた全てのことを話すことが出来た気がする。

 

 

話し終わっても溢れ出る涙は止まらなかった。何度も何度も止めようとしたが、その度に力を増して堰を切ったかのように涙が溢れてくる。

 

 

 

 

 

「島村さん、本当に申し訳ありませんでした」

 

 

 

 

ずっと何も言わずに話を聞いていたプロデューサーはゆっくりと立ち上がると私に深々と頭を下げた。

私は溢れる涙を必死に止めようと何度も両目を擦りながら、黙って首を横に振る。

 

プロデューサーは何も悪くないのに。寧ろ何度も助けてくれようとしたのに。その手を握ることのできなかったのは私なのに。

そう伝えたかったのに次から次へと溢れる涙が邪魔をして私を口を開くことができなかった。

 

 

 

 

「あの時、島村さんが苦しんでいることにもっと早く気が付いて、ちゃんと私が気持ちを伝えることができていたら……。本当に申し訳ありませんでした」

 

 

 

そう言うと再び頭を下げるプロデューサー。

私はただただ黙って首を横に振る事しかできなかった。

 

 

 

「……島村さん、本田さんがアイドルを辞めると言い出した時、私が島村さんの家へとお見舞いに行った時のことを覚えてますか」

 

 

 

私は泣きじゃくりながら、なんとか「はい」と言葉を絞り出した。

ニュージェネレーションズとして初のミニライブを行った時、未央ちゃんは理想と現実のギャップに耐え切れず逃げ出そうとした。それこそ四年半前の私のように。

その時のプロデューサーの対応に疑問を感じた凛ちゃんもプロデューサーに反発し、デビュー早々ニュージェネレーションズは解散の危機に陥った。そんな大事な時に限って風邪を引いて寝込んでしまった私。そのお見舞いにプロデューサーが来てくれた時だ。

 

 

 

「私は……。あの時、島村さんにこう伝えるつもりでした。『ニュージェネレーションズを解散します』と。ですがあの時の島村さんの笑顔を見て、『絶対に解散させてはいけない』、そう思ったんです。島村さんの笑顔がなかったらきっと解散させてしまっていました。今の渋谷さんや本田さんがあるのも、あの時の島村さんの笑顔があったからだと私は思っています」

 

 

 

そこまで言うと一度プロデューサーは言葉を区切る。

そしてゆっくりと、そして穏やかで優しい口調で話を続けてくれた。

 

 

 

「本田さんと向き合うことを恐れていた弱気な私に島村さんの笑顔は勇気を与えてくれました。私だけはありません、本田さんに渋谷さん、他にも沢山の人があなたの笑顔の救われています。何度も島村さんに救われたのに、それなのに……」

 

 

 

何度も助けてもらっていたのに、私は助けるどころか、あなたが苦しんでいる姿に気付くことができませんでした。

そう呟いたプロデューサーの腰の横に添えられた拳が震えている。

 

 

 

 

「それが心残りでした。もし何時か、何処かでまた島村さんと会える機会があればちゃんと謝らないといけない、この四年半もの間私はずっとそう思っていました」

 

 

 

私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。私の目の前ではプロデューサーが私だけを真っすぐに見つめて立っている。

 

 

 

「四年半もの長い間、貴女に独りで辛い思いをさせ苦しめてしまっていたのは紛れもなく私の責任です。今更許してもらえるとは思っていません」

 

 

 

ですが……、そこまで呟くとプロデューサーは言葉を詰まらせた。

一瞬だけ目線を泳がせたプロデューサー。私たちの間に流れた僅かな沈黙。店内に流れるジャズのボリュームがやけに大きく聞こえてくる。

その沈黙はどのくらいの時間だったか、おそらくほんの数秒の時間であったが私たちにはとても長い時間に感じられた。

その無限のように感じられる長い時間を得て、プロデューサーの腰に添えられた震える拳が強く絞められたと同時にプロデューサーがようやくゆっくりとだが口を開いた。

 

 

 

「……島村さん、あなたは今楽しいですか?」

 

「え?」

 

 

 

予想外の言葉だった。

『楽しい』というのは今の私の日常を指しているのだろうか。

 

 

 

「あなたには今、アイドル以上に夢中になれる何かがありますか?」

 

 

 

プロデューサーの問いに私は思わず下を向いてしまった。

答えられなかった。逃げるようにして辞めたあの日から流れた四年半という長い時間を過ごしても私はアイドル以上に夢中になれる何かを見つけることができていなかったのだ。

煙草を始めたり夜遊びを頻繁にするようになったのも、結局のところはアイドル以上に夢中になれる何かが見つからなかったが故の行動だった。だがどんなに煙草を吸っても夜遊びをしても、現状は何も変わらなかった。所詮それはただの誤魔化しであって、要はアイドル活動をしていた過去の自分や耐え切れない現実から逃げているだけだったのだから。

 

 

 

 

「……いいえ」

 

 

 

 

そう答えた私の口は微かに震えていた。

悔しかった。あんなに夢中になれるものがあったのに、向き合う勇気を持てずに逃げ出した過去の自分が。

怖かった。もしこの先、死ぬまでアイドル以上に夢中になれる何かが見つからなかったらこのモヤモヤを抱えたまま生きていかなければならないという未来が。

 

四年半もの間、私を襲い続けた恐怖だった。

 

 

 

「そうですか……」

 

 

 

私は余程苦しそうな表情をしていたのだろうか、プロデューサーは私を心配そうに見つめながらそう言うと腰を下ろした。

座ったかと思えばプロデューサーは身体を曲げ机の下に置いた鞄を手に取ると自身の膝の上へと置く。そしてゆっくりとファスナーを開け右手で鞄の中を探り始めた。間もなくしてプロデューサーが鞄から取り出したのは少し大きめの薄い茶色の封筒。

それを私の前に静かに置く。封筒には何も書かれていない。

 

 

 

「もしまた島村さんに会えることができたらこれを渡そうと思っていました。よろしければ受け取って頂けないでしょうか」

 

 

 

差し出された封筒を手に取ってみる。チラッとプロデューサーの方を見るとプロデューサーは黙って頷いた。

「開けてください」という無言のメッセージ。私はゆっくりと封筒の中を開けてみる。

 

 

 

「S(mile)ING……?」

 

 

 

中に入っていたのは一枚の紙だった。

その紙の一番上には『S(mile)ING!』の文字が飾ってある。

 

 

 

「島村さんをイメージして私が作詞をした曲です」

 

「ぷ、プロデューサーさんが作ったんですか!?」

 

 

 

驚きのあまり声量が思わず上がってしまう。

だがそんな私とは対照的に「はい」、プロデューサーはそう静かに呟いた。

 

 

 

「もし島村さんが今でも夢中になれる何かが見つからず少しでもアイドル活動をしていた過去の自分へ未練や後悔などがあるのなら、もう一度だけあの頃に戻ってみませんか?」

 

「……復帰、ということですか」

 

 

 

プロデューサーは静かに首を縦に動かす。

私がアイドルに戻る――……。それはこの四年半で一度も考えたこともない選択肢だった。

 

 

 

「タイトルのS(mile)ING!ですが、島村さんにはどんなに辛い道のりでもその道を歩き続け、いつまでも笑顔で歌い続けてほしい。そういった気持ちから付けさせてもらいました」

 

 

 

プロデューサーはタイトルの由来をそう説明してくれた。

カッコ内の『mile』は日本語で『道のり』を意味し、それに『S』を足すと笑顔の意味を持つ『Smile』に、そしてカッコ内を除けば『Sing』で『歌う』という意味になる。

 

私はそのままタイトル下に書かれた歌詞に目を通した。

 

 

 

 

「先ほども言いましたが、この歌詞は島村さんをイメージして私が作らせてもらいました。ゆっくりでも良いんです、立ち止まることなく島村さんのペースで歩き続けて欲しい」

 

 

 

そして――……、そう言って言葉を区切ったプロデューサー。

私は思わず上から順々に歌詞を追っていた目線をプロデューサーへと戻す。

 

 

 

「渋谷さんと本田さんからニュージェネレーションズのクリスマスライブ前日に何があったのかを聞かせてもらいました」

 

 

 

ニュージェネレーションズのクリスマスライブ前日――……、養成所まで様子を見に来てくれた凛ちゃんと未央ちゃんと公園で話したあの日だ。

凛ちゃんは私の笑顔があったからアイドルを始めたのだと、未央ちゃんはもう一度友達になろうと言ってくれたことを思い出す。

それでも私は自分を信じることができなかった。隣で自分の色を持つ二人に対し、自分は何も色を持っていないのだと、そう思う劣等感に押し潰されてしまったのだ。

 

 

 

「あなたは自分には何もない、そう仰ったそうですね。ですがそれは悪いことではないと、私は思っています」

 

 

 

プロデューサーは真剣な眼差しでキッパリとそう言い切った。

 

 

 

「島村さんは今はまだ何もない真っ白な存在かも知れません。ですが真っ白という色は他の色を変えることのできる力を持っています。そして他のどの色よりカラフルになれる可能性を秘めています」

 

 

 

どんなに濃ゆい黒でも、白を混ぜると黒味が薄れるように――……。真っ白という色はどんな色でも変えることができる力を持っているんですよ。

プロデューサーがそう付け加える。

 

 

 

「白という色は島村さん、あなただけの『色』であり『個性』だと私は思っています」

 

 

 

私はずっと自分のことを何も個性のない人間だと思い込んでいた。

歌もダンスも特別上手いわけではなかったし一際目立つカリスマ性があるわけでもない、どちらかと言えば地味な方に属する『普通の女の子』だと。

 

でもプロデューサーはそんな無個性な私にも『色』があると教えてくれた。何もない真っ白なのも立派な『色』の一つであるということを。

 

 

 

「島村さん、貴女の笑顔に私も含め多くの人が救われてきました。確かに笑うだけならば島村さんが言っていた通り誰でも出来ます。ですが自分の笑顔で誰かを幸せにする、救うことができるというのは誰にでも出来るようなことではありません」

 

 

 

シンデレラプロジェクトに私が合格した選考理由を聞いた時もプロデューサーは『笑顔』だと教えてくれた。

でも後から凛ちゃんの選考理由も『笑顔』だったと知り、ただ適当に言っていただけだと思っていた。プロデューサーは私が無個性で目立たない存在だったからなんとなく『笑顔』が取り柄と言ったのだと。

だが今目の前で話してくれたプロデューサーからはそういったものが感じられなかった。

 

私は嬉しいような照れくさいような、そういった色んな感情が心の中を渦巻きなんて返せば良いのか分からなかった。

言葉が見つからず私は逃げるようにして再び歌詞を目線で上から順々になぞっていく。

 

 

 

「今すぐに答えてほしい、とは言いません。一週間の間この歌詞を何度も読んで何度も考え、アイドルに復帰するのかどうかじっくりと考えてみてください。そして一週間後の日曜日、ここで島村さんの答えを聞かせてください」

 

 

 

そう言って再びプロデューサーは深々と頭を下げた。

私はそんなプロデューサーを見て「分かりました」と答える。

 

アイドルに復帰するかどうか――……、確かに今すぐに答えられる問いではなかった。

あのキラキラした日常に戻れるなら復帰をしても良いかもしれない、そう思ってしまう反面、あの頃の純粋に夢に向かっていた気持ちを無くして荒んでしまった今の私にあの頃のと同じように頑張れるのかと問われたら答えれる自信もない。

アイドルはキラキラしたイメージがあるが想像以上に過酷で厳しい道なのだと、半年だけでも経験した私はその事実も十分に理解していた。

 

 

そんな私の気持ちも見透かして、プロデューサーは一週間の猶予をくれたのかもしれない。

 

 

 

 

「プロデューサーさん、本当に色々とありがとうございます。ゆっくりと考えさせてもらいます」

 

 

 

 

プロデューサーが私の為だけに作ってくれた『S(mile)ING!』の歌詞が書かれた紙を封筒に戻すと、私もそう言って深々と頭を下げた。

 

 

 



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episode,7 魔法の足跡

 

 

 

 

プロデューサーと喫茶店で話をした日曜日。

それから次の一週間、私はひたすらプロデューサーと話した日曜日のことを思い出しては頭を悩ませていた。

 

 

 

『もう一度だけあの頃に戻ってみませんか?』

 

 

 

プロデューサーと別れた後も、そう言ってアイドル復帰を持ちかけたプロデューサーの言葉がずっと頭の中をグルグルと渦巻いていた。

私がアイドルに復帰する――……。辞めてからの四年半の時間の中で、どれだけアイドル活動をしていた頃に未練や後悔があっても一度たりとも復帰するという選択肢は考えたことがなかった。

その理由もなんとなくだが分かっている。『戻ったところでトップアイドルになんて私はなれない』、そういった自信のない自分が心の何処かで復帰するという選択肢を隠し続けていたのだ。

 

だから私は楽しい思い出もあったあの半年間の時間を引きずりながら生きていた。

どれだけ後悔や未練があっても復帰したいとは思わない。よく考えればおかしな話だ。

ようはこの四年半もの間、私を苦しめてきた過去への後悔や未練はアイドル活動へ復帰したいというのものではなく、ただ単に認めたくない、受け入れたくない今の現実から逃げるために自分が一番輝いていた過去の栄光に浸るというただの現実逃避に過ぎなかったのだ。

 

そんな気持ちでアイドルに戻ったところで結果はたかが知れている。私はまたすぐに逃げ出してしまうだろう。

 

 

 

 

「やっぱり私には無理だろうなぁ」

 

 

 

 

何度もそう思い、そう思う度にスマートフォンを手に取って連絡先からプロデューサーに電話をかけようとした。だけど私はこの一週間で一度もプロデューサーに電話を掛けることはできなかった。「ごめんなさい、私にはやっぱり無理です」そう伝えるだけなのに、何度も決心してスマートフォンを握っても発信のボタンを押すことができなかったのだ。

 

私を踏み止まらせて居たのは、おそらくこれが正真正銘の人生で最後のプロデューサーが差し出してくれたチャンスなのだと、分かっていたからだ。

本当にここでアイドルに戻らなくて後悔しないのか。この先も長く続く人生の中で私はこの選択が正しかったと胸を張って言えるくらいのアイドル以上に夢中になれる何かを見出すことができるのか。

そう私は何度も自問自答を繰り返した。その迷いが最後の発信ボタンを押すという行為に躊躇いを生んでいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

プロデューサーが私に与えてくれた一週間という猶予は考えるには十分な時間だと思っていた。だがこうして過ぎてしまうとあっという間に感じてしまう。

アイドルに復帰するべきか否か、このことで頭が一杯だった私は派遣のバイトにも身が入らなかった。あれだけ毎日憑りつかれたかのように吸っていたタバコも今週は全く吸う気にならず、私のベッド横には先週の土曜日に空になったタバコの箱がそのままになって置いてある。

 

机のスタンド電気だけが付いた薄暗い自分の部屋で私はスマートフォンの画面をチラッと見た。ロック画面のデジタル時計は『23:45』の数字を表示しておりその隣のカッコ内には『土』の文字。

あと十五分で日付が変わろうとしていた。明日はプロデューサーと約束した日曜日であり、私がアイドルに復帰するかどうかを決めなければならない日だ。

 

 

考え込んでいたせいか眠気が全く来なかった私は少し夜風に当たることにした。ゆっくりと足を踏み入れた玄関の外の世界は大きな月と無数の星が闇を照らしている。

そんな月明かりの下、私は大きく溜息を付いた。結局この一週間、私は答えを出すことができなかったのだ。

今の現実から目を背けるようにしてアイドル活動をしていた過去に逃げていたのにアイドル活動に戻る勇気もない。中途半端で言い訳ばかりして受け入れられない現実から逃げ続けながら過ごしたこの四年半。そんな四年半もの時間がありながら私は一体何をしていたのだろう、痛感させられる時の流れとその時間を無駄に過ごしてしまった自分に無性に腹が立ってしまう。

 

 

 

 

――あの時、もしアイドルを辞めていなかったら今はどんな日常を生きていたのかな。

 

 

 

後悔や未練ではなく、単純な疑問だった。

もしあのままアイドルを続けていたとしたら今の私はどうなっていたのだろうか。シンデレラプロジェクトが解散したとしても凛ちゃんや李衣菜ちゃんのように何処かでソロでもアイドル活動を続けていたのかもしれない、もしくは未央ちゃんやきらりちゃんのように違う世界に飛び込んでいたかもしれない。

 

こればかりは分からなかった。ただ、一つだけ分かったことがある。

それは例えソロでアイドル活動を続けることになっても、女優やモデルに転向したとしても、恐らく今のように過去の栄光にしがみつくような生き方はしていないということ。

間違いなく今私が過ごしている日常よりはキラキラした日常を送っていただろう。これだけは確信をもって言えることができる。

 

それくらい、今の自分は惨めで情けなくてカッコ悪く見えて仕方がなかったのだ。

 

 

 

 

暫く歩いたがどうにも家に帰る気にはなれなかった。家とは真逆の方へと、無意識に足を進める。

どのくらいの時間を歩いたか分からないくらい歩いた頃、私は止まらず動かし続けていた足を止めた。目の前には懐かしい見覚えのある景色。夜のせいで少しだけ思い出の景色とは違って見えるが、それでもその景色は私の思い出にしっかりと焼き付いている景色だった。

 

 

 

「……懐かしいなぁ」

 

 

 

思わず声に出してしまう。

私の眼に映っているのは私がシンデレラプロジェクトに参加する前、およそ二年もの間通っていた養成所だった。

この養成所でアイドルを夢見て毎日レッスンを受けていた過去の私。アイドルになる夢を諦め、次々と同期の子たちが辞めていく中、私は一人でもレッスンを受け続けていた。あの頃は『アイドルを諦める』、なんてことは一度も考えたこともなく、『こうして毎日頑張ればいつの日かアイドルになれる』とそう信じ込んで努力を続けていた。よく言えば夢に真っすぐで、悪く言えば夢見がちな女の子――……、だったのだ。

 

 

 

「そう言えばプロデューサーさんと初めて出会ったのもここだったんだよね」

 

 

 

当たり前だが電気が消え、闇に包まれている養成所。私が立っている道路からは真っ暗なトレーニングルームしか見えない。

ここで私はプロデューサーに魔法をかけてもらった。それはシンデレラプロジェクトのオーディションを受け、落選の結果を知った数日後の話だ。

欠員が出てたらしくその繰り上げ合格。それでも私は嬉しかった。繰り上げ合格でも長年の夢であったアイドルになれたのだから。

あまりに嬉しくて家に帰るまで我慢できず帰り道にママに電話で合格が決まったことを話したこと、凛ちゃんのお店で自分の合格祝いの花を買って帰ったこと、そんなあの日の思い出が一気に蘇ってくる。

 

そして次に頭に浮かんできた光景は夕暮れ時、私が養成所で一人でレッスンをしている光景だった。

鏡に映る自分を見つめながら何度も笑顔を取り繕って踊る私。暫くして踊るのを辞め、鏡を背に体育座りのような格好で蹲る私。

それは魔法が解ける数日前の私だった。

 

 

この養成所は私の夢が始まった思い出の場所であり、私の夢が終わった苦い思い出のある場所でもあるのだ。

アイドルを辞めたあの日から通る機会のなかったこの場所。純粋に夢に向かって頑張っていた昔の私がいたこの場所に、四年半の月日が流れ、夢を諦め心が荒んだ私は立っている。

 

懐かしいような、息苦しいような、言葉では言い表せない感情がこみ上げてきた。

 

 

 

 

暫くの間、私は闇に包まれた養成所を見ては静かに佇んでいた。

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

養成所を後にした私はおそらく真逆の家から何キロも離れた場所へと足を運んだ。

私が足を止めたのは何本もの街灯が照らしてはいるが人気がなく静寂に包まれた公園――……、プロデューサーに連れられ初めて凛ちゃんと出会った場所であり、アイドルを辞める前日に凛ちゃんと未央ちゃんの二人と話をした場所だった。

 

ここで私は認めたくない現実を認めてしまった。『自分には何もない』という、アイドルとして過ごす時間のいつの日からか薄々と気づいてはいたが気付かないように無視していた現実を。

 

 

 

『プロデューサーさんは私の良いところは笑顔だって。だけど……、笑顔なんて、笑うなんて誰でもできるもん……!』

 

 

 

凛ちゃんと未央ちゃんの目の前でそう叫び泣き崩れた私。

プロジェクトクローネとしても活動を始めた凛ちゃんに、舞台女優としての挑戦を始めた未央ちゃん、そんなどんどん先に進んでいく二人に対し私は頑張っていたはずなのに何も変わることができず、いつの日からか劣等感を抱えるようになった。

その劣等感が徐々に私を追い詰めると、『もしかしたら私には才能がないのではないか』といった一番認めたくない真実が次第に現実味を帯びてき始めていたのだ。

 

 

 

 

『誰でも出来るなんて言わないでよ……。踏み出したんだよ、自分も輝けるかもって。あの時の卯月の笑顔が、キラキラで眩しかったから……』

 

『ごめんね、気づけなくて……。私たちさ、もう一回友達になろうよ』

 

 

 

凛ちゃんと未央ちゃんのセリフ。

私はあの日、ここで何を思って何を言われたのか、四年半経った今でも鮮明に覚えていた。

 

ニュージェネレーションズとして活動を始め、初めて本音をぶつけあった日でもあった。だがその本音を私はずっと言いたくなかった。口に出してしまうとそれを認めてしまうことになってしまうから――……。

だから私はみんなに心配をかけさせないよう、何より自分に言い聞かせるように『頑張ります』と言い続けたのだ。頑張り続ければいつか私だってアイドルになれる。そう信じていた養成所時代のように。

でも半年でも本物のアイドルの世界に立って私は色んなものを見てしまった。努力じゃ越えることのできない壁、本物のトップアイドルとの埋まらない差、見たくないものをたくさん見てしまったのだ。

次第に目を背けることの出来ないほどまでに迫っていた現実に私は震えながらアイドル活動を続けた。楽しかったはずのアイドル活動が、あれほどまでに夢に見て憧れていたはずのアイドル活動が、日に日に私を苦しめ始める。その苦しみに私は精神を擦り切らしそうになりながら耐え続けていた。

 

 

もしかしたらこれが『大人になる』ということなのかもしれない。

子供の頃からの夢を叶えきれた大人は一体どのくらいいるのだろうか。殆どの人が子供の頃に憧れていた大人とは違う姿の大人になり生活している。誰しも私がアイドルに憧れていたのと同じように強く願った夢があったはずなのに――……。

でもそれが現実なのだ。大人になるにつれ知りたくない、見たくない現実に嫌でも直面し、その中で大半の人が夢を諦め現実を生きようとする。いつまでも子供の頃のように憧れを抱くだけでは生きていくことはできないのだ。それこそプロデューサーが私にかけてくれた魔法が解けたあの日のように。

 

だから私が経験したことはもしかしたら誰でも経験する挫折なのかもしれない。

でも私は大半の人とは違い、魔法が解けた世界――……、現実を生きることができなかった。現実に向き合うことが出来ず、だからと言ってもう一度夢に挑戦する勇気もなく私は四年半もの時間を過ごしてしまった。

 

 

 

この公園にも先ほど立ち寄った養成所にもしっかりと魔法の痕跡が残っていた。次々とフラッシュバックするアイドル時代の私――……、私が人生で一番輝いていた時間の思い出が詰まった場所なのだ。

 

その場所に四年半もの月日を過ごし、変わり果てた私が立っている。プロデューサーとの約束の時間はゆっくりと、だが確実に迫っていた。

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

家に帰ったのは四時だった。ほんの少しの散歩のはずが養成所に立ちより公園に立ち寄り、思いのほか時間がかかってしまった。

真上にあった月も位置を変え、空の黒味は少しばかり薄れ始めている。窓から見える外の世界をぼんやりと眺めていた私はカーテンを閉めるとオレンジ色の光を灯している電気スタンドが飾られた机へと視線を移した。電気スタンドの灯りに照らされている机の上、その机の上には先週の日曜日に受け取った封筒が置かれている。

プロデューサーが私のために作ってくれた曲、『S(mile)ING!』。この一週間で何度も何度も読み直した。その度に思う。「ホントに良い歌詞だな」と。

 

私をイメージして作ったと言っていた通り、この曲には私の心に響くフレーズが幾つも散りばめられていた。

 

 

 

 

 

 

でもこんな曲を今の荒んだ私が歌うことができるのだろうか――……。

 

 

 

 

私には勿体ないほどの曲だったのだ。

どんなに良い歌詞の曲だったとしても心を込めて歌わなければ名曲にはならない。それは半年だけもアイドルを経験した私でも十分に理解していた。

もし少なくとも私が夢に向かって真っすぐだった頃の気持ちがまだ残っていたら、歌えていたのかもしれない。だが今の私にはあの頃の気持ちなど、一かけらも残っていなかった。

 

 

 

やっぱり断ろう。そう思いプロデューサーから受け取った封筒を机の中の引き出しに入れようとした時だった。私は引き出しを開いた手を止めて固まってしまった。

私が開けた引き出しの中に入っていたもの――……、それは透明なクリアファイルに入った一枚の紙だった。

 

 

 

アイドルを辞めた時から何度も捨てようと思った。でも捨てきれなかった、私の一番の宝物――……。

あの時人生で初めて受け取ったオーディションの合格通知証。私が魔法にかけられた瞬間だった。

 

クリアファイルから取り出して手に取ってみる。たったそれだけで私は初めてこれを受け取った時と同じ感覚に誘われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし、ママ! 私、本当にデビューが決まったの!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『自分用なんですけど……。でも私にとって記念日なんです!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『笑顔だけは自信があります!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ずっと待ってました……。キラキラしたなにかになれる日が、きっと私にも来るって。そしたら、プロデューサーさんが声をかけてくれたんです。プロデューサーさんは私を見つけてくれたから! 私はこれから、夢を叶えられるんだって……それが嬉しくて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次々とフラッシュバックするあの頃の私。

ようやく努力が実を結んだんだ、もしかしたら本当に夢が叶うかもしれない、ずっと絵空事のように考えていた生活が現実になった瞬間だった。

あの時の高揚感、私は何処へだって飛んでいける、そう信じてやまなかった純粋な気持ちが蘇ってくる。

 

合格通知証が入っていたクリアファイルには写真が何枚も入っていた。

養成所で知り合った仲間たちと一緒に写った写真。夢が現実となった次の日にママが作ってくれた『CDデビューおめでとう』と書かれたプレートが乗ったケーキの写真。シンデレラプロジェクトのメンバーたちに初めて出会った日にみんなで撮った写真。そしてアイドルフェスが終わった後にみんなと、そしてプロデューサーと撮った写真――……。

 

 

私はあの頃の思い出を何一つ忘れていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――忘れたくない、やっぱりこのままは嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一枚一枚大事に手に取って眺める。

それはどんなに大人になっても、どんなに心が荒んでも、絶対に忘れたくない私の大切な時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――もし今からでもこの頃のように輝ける時間に戻れるのなら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は拳を握り締める。

それは私の覚悟が決まった瞬間だった。

 

目覚まし時計のデジタル時計はもう五時を回ろうとしている。

外の世界の闇が終わりを告げるかのように、そして私の心を長年苦しめていた闇が晴れたかのように、窓から見える外の世界は鮮やかなグラデーションを描き始めていた。



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episode,8 魔法の日々へ

 

 

 

 

 

「ぷ、プロデューサーさん! 遅れてすいませんっ!」

 

 

 

 

肩で息をしながら私は乾いた喉から必死に声を出した。

それと同時に頭を下げる。ほぼ九十度、気持ちは土下座。

 

プロデューサーとの約束の日の朝になってようやく決心がついた私。そこまでは良かったのだが、迷いが吹っ切れた途端に突如私を襲い始めた眠気に私は負けてしまった。

それから意識は飛び、次に気が付いた時には外は完全に日が昇っており枕元に置きっぱなしにしてたスマートフォンのロック画面には約束の時間を一時間も過ぎた時刻が映し出されていた。

 

一気に眠気が吹っ飛んだ私は慌ててプロデューサーに連絡をするとそこから慌てて支度をすまし、家をダッシュで飛び出す。鞄に入りきれなかった『S(mile)ING!』の歌詞が入った封筒を右手に、私は一度も立ち止まらずに約束の喫茶店へと走った。

何度も鏡の前で自分を見ては細かな部分まで気にしていた先週の自分とは真逆の私だ。

 

 

到着したのは予定より一時間半も過ぎた頃だった。先週とは違い、店内は多くのお客さんで賑わっている。それもそうだ、先週とは違って今はランチタイムに差し掛かろうとしているのだから。

 

 

 

「島村さん、おはようございます」

 

「え、あ、はい。おはようございます……」

 

 

 

汗で顔に張り付いた髪をゆっくりと直しながら顔を上げる。

先週同様、今日もスーツをキッチリと着たプロデューサーは苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

「前にもこういうこと、ありましたよね」

 

「え?」

 

「島村さんと本田さん、渋谷さんの三人が入社した初日の事ですよ。なんだか懐かしくなって昔を思い出しながら島村さんが来るのを待っていました」

 

 

 

私たちニュージェネレーションズが初めて会社に来たとき――……。そうだ、未央ちゃんが広い会社の中を探検しようと言い出した時だ。

初めて会社に来て、テレビの中でしか見たことがない有名なアイドルたちが普通に歩いていて、何より想像以上に大きかった会社がお城のように見えて。

 

私たち三人は抑えきれない興奮を胸にお城の中を探検してはしゃぎ回った。その結果、プロデューサーとの待ち合わせの時間に遅れて怒られたのだ。

 

 

そのことを思い出し、私も思わず笑ってしまう。

そして何より、プロデューサーがそういう細かなことまで覚えていてくれたのが嬉しかった。私がカフェオレが好きだったということ、そして遅刻をして怒られたこと、あの頃の細かな日常の一部を四年半が経った今でも私だけでなくプロデューサーも覚えていてくれた――……、あんなに最悪な終わり方をしてしまったのにプロデューサーは私との思い出も忘れずに今も覚えていてくれている。

会う前は何度も不安や恐怖が私の心を埋め尽くしていただけに、プロデューサーの思い出の中にもちゃんと私が残っていたという事実が私は嬉しくて仕方がなかった。

 

 

 

「……島村さん、結論は出ましたか?」

 

 

 

姿勢を直すように椅子の上に座り直すとプロデューサーは私の眼を見てそう問いかけた。

私は真っすぐで真剣なプロデューサーの眼を見てゆっくりと頷く。もう迷いは完全に消えていた。

 

 

 

「この一週間で何度も何度も考えました。そして考える度に『やっぱり無理だろうな』と思っていました」

 

 

 

プロデューサーは何も言わなかった。何も言わなければ頷きもしない。ただ静かに私の言葉を待っている。

 

 

 

「でも昨日の夜――……、正確には今日の早朝なんですけどね、私が昔いた養成所や未央ちゃんや凛ちゃんとお話しした公園に行ったんです」

 

 

 

養成所に公園。あの場所にはうっすらとだが、それでも確かに残っていた。私がアイドルとして活動していた頃の魔法の足跡が。

 

 

 

「そして帰ってプロデューサーさんと初めて出会った時に受け取ったオーディションの合格通知証やシンデレラプロジェクトのみんなと撮った写真を見て思ったんです。今まではこの過去にしがみついて生きてきたけど、そうじゃなくてこの過去の思い出を過去の思い出で終わらせないであのキラキラしてた日々があったから今の私があるって、いつかそう言えるようになりたいって……」

 

 

 

だから……。そこまで言葉を紡いでいた私の口は止まってしまう。止まった原因は迷いなどではなく、静かに頬を伝う涙だった。

 

 

 

「勿論復帰したからと言ってアイドルとして成功できる保証がないってのは分かってるし、もしかしたら頑張った先に何もないのかもしれないけど……」

 

 

 

私は頬を濡らす涙を拭かなかった。

その代わりに膝の上に置いた拳をぎゅっと握り締める。

 

 

 

「それでも……、あの頃の日々を過去に逃げるためじゃなくて未来のなりたい私への糧にしたいから……。私、アイドルに復帰します! 復帰させてください! お願いします!!」

 

 

 

これが私の結論だった。

四年半の前の輝いていた私。あの時は本当に毎日がキラキラして楽しくて仕方がなかった。今のように心が荒んでいるわけでもなく、純粋に自分の夢に向かって努力をすることができた。

アイドルを辞めてからの私はそんな過去にしがみついて生きることしかできなかった。今自分が生きなければならない現実から逃げ、私が輝いていた頃の時間に現実逃避をし続けていたのだ。

 

そんな生活をこれから死ぬまで送りたくなかった。いつまでも過去に逃げ続けるのではなく、あの時間があったから今の私がある――……、そう胸を張って言えるような人生を歩みたいと思ったのだ。

 

それが例えどれだけ過酷な道だったとしても、例え頑張った先に何もなかったとしても、それでも私はもう一度だけ頑張りたかった。じゃないと、いつの日かあの大切な半年の時間でさえも嫌な思い出になってしまいそうな気がしたから――……。

 

 

 

「……本気、なのですね?」

 

 

 

確認するよう、プロデューサーはそう呟く。

私は再び下げた頭をゆっくりと縦に振った。強い決意と覚悟ができた眼差しでプロデューサーを見つめる。

 

 

 

「ありがとうございます。島村さんならそう言ってくれると思っていました」

 

「プロデューサーさん、改めてよろしくお願いします!」

 

 

 

プロデューサーは静かに笑みを浮かべる。そのプロデューサーにつられて私は涙濡れた頬を緩めて笑みを浮かべた。

アイドルを辞めてから四年半もの間、ずっと探し続けていたアイドルより夢中になれるもの。探し続ければ探し続けるほどなかなか見つからず、どんなに煙草を吸ったり夜遊びをしても振り切ることのできなかったあの輝いていた日常。

どんなに考えても探しても、あの頃以上に輝く時間を見つけれる気がしなかった。そしてどれだけの時間を過ごしてもあの日常に残した後悔と未練を忘れ去ることもできないのだと、私はようやく気が付いたのだ。

 

勿論今からあの頃に戻ることは不可能だ。それでも私は少しでもあの輝いていた頃に近付きたいと思う。

それが例えどれだけ大変な道だったとしても、後悔と未練を残して生きていくこれからの人生に比べたら――……。

 

 

これがアイドルを辞め、夢から現実から逃げ、心が荒んでしまった私が四年半越しに見つけた答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが次の瞬間、何かを思い出したかのように我に返った表情をすると右手で頭をかいた。この仕草はプロデューサーの昔からの癖だった。だいたいあまり良くないことがあった時、困った時などにする仕草だ。

その仕草に私も思わず不安な気持ちを募らせてしまう。

 

 

 

「すいません、一つ説明をし忘れていましたが……」

 

 

 

明らかにプロデューサーの歯切れが悪い。その様子からやはりあまりいい話ではないのだと察する。

 

 

 

「……実は私はもう『プロデューサー』ではないんですよ」

 

「あ……」

 

 

 

そう言ってプロデューサーは再び右手を頭の後ろへと回す。

そうだった。私は肝心なことを忘れていた。みくちゃんから聞いたように、プロデューサーはもう346プロダクションを退社しているのだ。

すっかりアイドルに復帰するなら私のプロデューサーは武内プロデューサーになると勝手に思い込んでいた。だが武内プロデューサーがもうプロデューサーではない以上、私のプロデューサーは別の人になるのだ。

 

 

 

「安心してください。島村さんの新たなプロデューサーは既に手配してます。私の知り合いで信頼の置ける方ですので」

 

 

 

不安が募った表情を読み取ったのか、プロデューサーはそう言ってくれた。そしてすぐさまスマートフォンを取り出すと電話をかけ始める。まもなくして電話に出た相手に手短に私の話をしたかと思えば二、三分ほどで電話は終わってしまった。

 

 

 

「今からここに来るそうです。そうですね、おそらく十分もかからないかと」

 

「あ、はい……」

 

 

 

私の新たなプロデューサーがもう間もなくこの喫茶店に来るらしい。

すっかりまた武内プロデューサーがまた私の担当になってくれると思い込んでいた私は、今から新たなプロデューサーに会うと思うと思わず緊張してしまった。

次のプロデューサーはどんな人なのだろうか。武内プロデューサーが紹介してくれる人ならきっと良い人だろうけど……。

そういった類の不安が私の中をグルグルと渦巻き始め、一分一秒がとても長い時間に感じられる。私は無理矢理にでも気を紛らわせる為にプロデューサーに違う話をすることにした。

 

 

 

「プロデューサーさんは今、何のお仕事をされているのですか?」

 

「まだまだ新米ではありますが、今は作詞家のお仕事をさせていただいてます」

 

「作詞家ですか!?」

 

 

 

予想外の返答に思わず裏返った声が出てしまった。

「そんなに変でしょうか……」、だなんて言いながらプロデューサーはまた右手を頭の後ろへと回す。

そうか、だからS(mile)ING!の歌詞もプロデューサーが作ってくれたんだ。読めば読む度に良く出来た歌詞だと思っていた。明らかに素人が作れるものではないと。

 

 

 

「S(mile)ING!以外でプロデューサーさんが作詞した曲ってあるんですか?」

 

「先日公開された映画の主題歌も私が作らせていただきました。本田さんが主演だった映画です」

 

「もしかして『ミツボシ☆☆★』ですか!? すごい、あの曲私も大好きなんです!」

 

 

 

未央ちゃんが主演だった映画で未央ちゃん自身が歌った主題歌、『ミツボシ☆☆★』。オリコンチャートに入るほどのヒット曲だ。

初めて聞いた時、映画の内容より未央ちゃんにピッタリな曲だなぁ、だなんて思っていたがあれもプロデューサーが作った曲だったのか。そう思うと不思議と納得できてしまう。

 

 

 

「プロデューサー時代から作詞には興味があったので。実はシンデレラプロジェクトの皆さん、全員分のソロ曲を個人的に作ってはいたのですが……」

 

 

 

アイドル活動を辞めてしまったメンバーもいて結局全員に渡すことはできなかったんですけどね、そう言うとプロデューサーは寂しそうに苦笑いを浮かべた。

先週、プロデューサーからS(mile)ING!の歌詞を受け取ってから、何度も何度も歌詞を読み返していた。私の事をよく見ていてくれたんだな、だなんて思わず何度も感心してしまうような歌詞だった。

それはS(mile)ING!だけではなく、未央ちゃんの『ミツボシ☆☆★』を聞いた時にも同じ感情を抱いていた。きっとこの歌詞を作った人は未央ちゃんのことをよく知っている人なのだろうな、と。十四人ものシンデレラを独りで抱えて大変だったはずなのに、私たちの事をよく見ていてくれたんだなと今更になって実感する。

 

 

丁度その時、ランチタイムを迎え盛り上がりを見せる店内に小さな鈴の音が鳴り響いた。お客さんたちの楽しそうな声で掻き消されそうなほどに小さな音だったが私の耳はその音を聞き洩らさなかった。

店の入り口にはスーツを着た一人の女性が立っている。その女性はすぐに私とプロデューサーを見つけると、慌ただしく動き回る店員にぶつからないよう、ゆっくりと私たちの座るテーブルへとやって来た。

 

 

 

 

「卯月ちゃん、久しぶりね! ちょっと痩せたんじゃない?」

 

 

 

 

 

突然そう声を掛けられ私は固まってしまった。

プロデューサーの横の席に腰を下ろしたピンク色の髪を後ろで団子にして纏めているスーツを着た女性――……。

どうやら私の事を知っているようだが私には誰か分からなかった。

 

 

 

 

「えー、卯月ちゃん! 私の事、覚えてないの?」

 

「は、はい……。すみません……。」

 

 

 

咄嗟にそう答えてしまった。失礼だとは思うがどんなに記憶の中を探しても本当に誰だか分からない。

思わず女性の顔色を窺うようにして頭を下げる。目の前の女性はそんな私を見て苦笑いを浮かべると、「ま、久しぶりだから仕方ないよね。気にしないで」と言って私をフォローしてくれた。

 

プロデューサーは女性が隣に座るとわざとらしく咳ばらいをし、そのまま左手を女性に向けた。

 

 

 

「ご紹介します、本日から島村さんのプロデューサーになっていただく城ヶ崎プロデューサーです」

 

「城ヶ崎プロデューサー……。って、え、えぇぇぇ!?」

 

 

 

 

驚きのあまり私は思わず立ち上がってしまった。

そんな私を見て城ヶ崎プロデューサーはケラケラと笑っている。

 

 

 

 

「城ヶ崎さんて……、まさか城ヶ崎美嘉さん!?」

 

「やっと思い出してくれたんだー! そうだよ、よろしくね、卯月ちゃん!」

 

 

 

 

そう言ってウインクをする城ヶ崎プロデューサー。

私は未だに信じられずに固まったままだった。

 

城ヶ崎美嘉さん――……、私がシンデレラプロジェクトにいた頃に私たちの先輩として活動していた超有名アイドル。『カリスマギャル』と世間から騒がれていた城ヶ崎美嘉さんは当時の高校生なら男女問わず誰もが知っている超有名アイドルで毎日のように流れるテレビのCM、雑誌、看板広告など、彼女を見たことがない人はいない、と言っても過言ではないほど売れっ子だったのだ。

そんな有名売れっ子アイドルでありながら、私たちニュージェネレーションズをライブのバックダンサーとしてデビューさせてくれたり、アイドルになったばかりで右も左も分からなかった私たちにアドバイスをしてくれたりと当時から色々とサポートしてくれる優しい先輩でもあった。

 

 

アイドルを辞めてから確かに見かけなくなったと思ってはいたが、まさかプロデューサーになっていたとは。

そしてその城ヶ崎美嘉さんが私の新しいプロデューサー――……。

 

 

 

私は未だに現実を理解することができず、その場でフリーズしてしまっていた。

 

 

 

 



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episode,9 魔法を掴む力

訂正、付け足しをしていたら当初の書き溜めよりかなり長くなってしまいました。
7~10話ほどと言ってましたが、おそらく13~15話ほどになるかも。

一応、ここから話は上り坂です。


 

 

 

 

 

「卯月ちゃん、いつまでフリーズしてんのよ」

 

 

 

 

美嘉さん……、城ヶ崎プロデューサーの声で我に返る。目の前の城ヶ崎プロデューサーはそんな私を見て苦笑いをしていた。

 

 

 

 

「それでは城ヶ崎プロデューサー、あとはお願いしてもよろしいでしょうか」

 

「えー、もう行くの? もう少し居てもいいじゃない」

 

「いえ、私は例のライブの打ち合わせがあるので。それに……」

 

 

 

一瞬だけ私の方へと視線を動かす武内プロデューサー。その視線の動きを見て城ヶ崎プロデューサーも察したかのような表情を浮かべた。

 

 

 

「お二人でお話ししたいことも沢山あるでしょうから」

 

 

 

二人と違って武内プロデューサーの視線の意味を理解できなかった私のためにそう言ってくれた。

これからアイドル活動へと復帰する私。その私を担当してくれるのは城ヶ崎プロデューサーであって武内プロデューサーではないのだ。

おそらくそういったことも踏まえて武内プロデューサーは席を外すと言ったのだろう。不器用な彼らしい、優しい気遣いだった。

 

 

 

「それでは私はこれで失礼します。あと、島村さん……」

 

「は、はい! なんでしょうか」

 

「私はいつでも島村さんを応援しています。もし何か困ったことがありましたらいつでも連絡ください。私にできることであれば全力でお手伝いさせていただきますから」

 

 

 

そう告げた武内プロデューサーの表情はまるで親が自分の子供を励ますかのような暖かく、そして優しさの詰まった大人の表情だった。その表情に私は思わず「本当にありがとうございます」と言い頭を下げると、武内プロデューサーはまたニコッと笑みを浮かべる。

それでは失礼します、そう言い残すと武内プロデューサーは床に置いていた鞄を右手に持ち席を立つ。

そしてカウンターのマスターに軽く会釈をするとそのまま私たちの方を一度も振り返らずに店のドアを開けて去って行ってしまった。

 

武内プロデューサーの背中を名残惜しそうに見えなくなるまで見つめていた私は店のドアがバタンと閉じたのを確認すると再び視線を前へと戻した。

先ほどまで武内プロデューサーがいたこの席には私と城ヶ崎プロデューサーの二人が座っている。私の前に座る私の新しいプロデューサーに聞きたいことが沢山あった。どうして私のプロデューサーになったのか、武内プロデューサーとはどういった関係だったのか、そしてアイドル活動は辞めてしまったのか――……。

 

 

 

「何か色々聞きたげな顔してるわね」

 

 

 

見抜かれていたらしい。

思わずドキッとしてしまった私を見て城ヶ崎プロデューサーは笑っている。

 

 

 

「……卯月ちゃんの話はあの人から聞いたわ。アイドルを辞めてから今日までどのように過ごしてきたのかもね」

 

「は、はい……」

 

 

 

おそらく武内プロデューサーは先週、私から聞いた話をそのまま城ヶ崎プロデューサーに話したのだろう。

城ヶ崎プロデューサーは私の新しいプロデューサーになるのだから私の話を聞く権利はあったのかもしれない。でもあの四年半の私の話を聞いて城ヶ崎プロデューサーはどう思ったのだろうか。胸を張れるような時間を過ごしたわけでもない私には未だに失望されるかもしれないといった不安や恐怖が残っていた。

 

 

 

「色々あったみたいね、卯月ちゃんも。でも何だか羨ましかったわ」

 

「羨ましい……、ですか?」

 

 

 

予想外の言葉に私の声は拍子抜けしてしまった。

うん、そう言ってまるで子供のように無邪気に笑う城ヶ崎プロデューサー。その表情は私の記憶にある城ヶ崎美嘉さんのイメージに最も近い表情だった。

年上で先輩だけど何処かあどけなさや子供っぽい幼さも残していたあの頃の美嘉さん。今はすっかりスーツが似合う大人の女性になってしまったが、そういった昔の美嘉さんらしい面影が今でもしっかりと残されていた。

良かった、この人は本当にあの城ヶ崎美嘉さんなんだ。今更になってその事実が私の中にすんなりと入り始めている。

 

 

 

「ちょっと私の話をしてもいい?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

 

美嘉さんの話とは、アイドル活動をしていた頃の話だろうか。

私の返事にありがとうと呟くと美嘉さんは遠い過去を思い出すかのような眼差しでゆっくりと喋り始めた。

 

 

 

 

「私もね、昔は卯月ちゃんのようにアイドルを夢見てたの。それこそ私だって誰にも負けないって胸を張って言えるくらい、アイドルになりたかったわ。だからこそアイドルとしてデビューできた時は本当に嬉しかった。『やっと夢が叶ったんだー!』って思ってね、あの時の興奮とか感動は今でも覚えてるくらいよ」

 

 

 

 

少し恥ずかしそうにそう話してくれた美嘉さんも私と同じだったのだ。

同じようにキラキラするアイドルになれる日を夢見て努力を重ね、そして夢を掴むことができた。ただ私と違って美嘉さんは超が付くほどの売れっ子アイドルだったけど……。

 

 

 

「でもね、アイドルになるという夢が叶った後はなーんにもなかったの。勿論、歌を歌ったり踊ったり、アイドル活動はすごい楽しかったんだけどね。でもそれと同時に私の中で何か違うなーって気持ちも芽生えてたのよ。『いつかトップアイドルになる』だったのが『トップアイドルになりたい』になって『トップアイドルになれればいいな』、最後には『なれなくてもいいかな』て感じにどんどん情熱もなくなっていって……」

 

 

 

そこまで言うと美嘉さんは溜息交じりに言った。「自分からアイドルを辞めたの」と。

あんなにキラキラして誰よりも一際目立つ存在だったのに――……。私には理解できなかった。それこそ私とは比べ物にならないくらいキラキラしてカリスマ性もあって、間違いなく私よりトップアイドルになれるポテンシャルがあったはずなのに。

 

私たちニュージェネレーションズが初めて舞台に立った時、美嘉さんの後ろでバックダンサーとして踊った時に見た光景を私は今でも覚えている。目の前に広がるペンライトの海、美嘉さんを包み込む大歓声、そしてあの会場の一体感――……。思わずダンスを辞めて立ち尽くしてしまうほどの圧巻の光景だった。

美嘉さんが作り上げた美嘉さんだけが主役になれるあの空間。あの景色や雰囲気を作り出すことが出来るのはこの世で美嘉さんだけなのだ。

 

あのような雰囲気の景色を創造することの出来る人間がこの世界にどれだけいるのだろうか。そう考えると美嘉さんはある意味、「選ばれた人間」なのかもしれない。自分の歌やダンスで沢山の人に勇気と元気を与えることのできる選ばれた人間。

私はあの時、美嘉さんの後ろで踊りながらそういった事を考えていたのも覚えている。そして私もいつか美嘉さんのようになりたい――……、そう心に誓ったことも。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、卯月ちゃん。アイドルになるのもだけど、夢を叶える為に一番必要なものって何だと思う?」

 

 

 

 

 

今までの話とはまるでかけ離れたような質問。

突然振られた美嘉さんからの質問に私は頭を悩ませる。

 

夢を叶える為に一番必要なもの――……。

美嘉さんの問いを聞き、私の頭もパッと浮かんできたのは『才能』や『センス』、その次点で『努力』だった。

だがそんな私の心を見透かしたかのように、美嘉さんは静かに首を横に振る。

 

 

 

 

 

「才能やセンス、もちろん努力をすることも大切なことだわ。でも私はね、夢を叶える為に一番必要なものは『気持ち』だと思うの」

 

 

「『気持ち』ですか……?」

 

 

 

 

 

そうよ、そう呟くと美嘉さんは頷く。

 

 

 

 

 

「どれだけその夢を叶えたいと思う気持ちが強いか――。夢を想う強い気持ちほど大切なものはないのよ。そもそも強い気持ちがないと努力も続かないでしょ?」

 

 

「確かに……」

 

 

「極論だけどね、本気で願って本気で努力すればだいたいの夢は叶えることができるのよ。逆にどんなに努力したって才能やセンスがあったって気持ちが強くなければ長続きしないわ。私がそうだったようにね」

 

 

「……美嘉さんの気持ちは強くなかったんですか?」

 

 

 

 

 

私の言葉に美嘉さんは苦笑いを浮かべる。美嘉さんの苦笑いの表情、その表情に一瞬だけ寂し気な表情が募った。

失礼なことを聞いてしまったのではないか、そういった不安が私の頭を過る。

だが美嘉さんは変わらず私を優しい眼差しで、そして遠い過去を思い出すかのような眼差しで見つめていた。

 

 

 

 

「強かったわよ。強かったと思っていたわ。でもその気持ちが日に日に薄れてしまったっていうことは自分が思ってたほど強い気持ちではなかったのかもしれないわね……」

 

 

 

 

でもね、美嘉さんがそう付け加える。

 

 

 

 

 

「それが普通なのよ。自分自身を正当化するわけではないけどね、殆どの人が夢を諦めて生きていくでしょ?どんなに子供の頃に強く願った夢があったとしても、大半の人は生きていく過程の何処かのタイミングでその夢を諦めて現実を生きていくのよ」

 

 

 

 

誰しも子供の頃にはなりたい大人の自分を思い描いていた。男の子ならスポーツ選手、女の子だったらキラキラ輝くアイドル――……、といったように皆それぞれが何かしらの夢を持ち輝く未来の自分を描いていた。だけどその殆どが遅かれ早かれ昔思い描いていた大人の自分になることを諦め、現実的に生きる道を選択する。

美嘉さんもそういった人たちと同じだったのだ。例えそれが普通なのだとしても、美嘉さんが言うことも理解できるけど、それでも――……、同じアイドルを夢見ていた仲間として、憧れていた一人の先輩として、今の美嘉さんを見ていると寂しい気持ちなってしまう。

 

 

 

 

 

「だから卯月ちゃんが羨ましいと思ったのよ。四年半も忘れることなく引きずって生きるほどに強い想いがあった夢なんでしょ?私にはそれほどの熱い気持ちがなかったから」

 

 

 

 

美嘉さんの言う通りだった。

私はアイドルを辞めてからの四年半、一日たりともアイドルになるという夢を忘れることができなかった。

普通の人なら夢を諦めて現実を生きて行こうとするのに、私は夢を諦められず自分が直面する現実を受け入れることができなかったのだ。

それほどまでに、私の中を占めるアイドルになるという夢の存在が大きかったから。その事実に四年半もの時間が経った今、私はようやく気付くことができた。

 

 

 

 

「どんなに才能やセンスがあったとしても、何年も一途に追い掛け続けれるほどの熱い気持ちがないと無理なのよ。だからどんな才能やセンスより、夢をいつまでも追い続けれるほどの熱い気持ちが何より大切なのだと私は思うわ」

 

 

「美嘉さん……」

 

 

 

 

美嘉さんは――……、もうアイドルへの未練がないのだろうか。自ら辞める道を選んだと言っていたがその選択が今でも間違ってなかったと言えるほど、納得できる選択だったのだろうか。

私は心の何処かで美嘉さんに「未練がある」と言ってほしかったのかもしれない。諦めた、だなんてセリフを憧れていた先輩の口からは聞きたくなかったのかもしれない。

 

だけど私は今目の前に座る美嘉さんを見るとそんなこと、言えなかった。美嘉さんの表情から全く後悔や未練を感じなかったから。荒んで未練と後悔ばかりを引きずり現実を生きれなかった私とは違い、美嘉さんは今の現実を受け入れ生きて行こうとしているのだ。

 

 

 

 

 

「よく『頑張ったけど夢は叶いませんでした。でもその頑張る過程で得たものは今後の人生の糧になりました』みたいなこと言う人がいるじゃない?」

 

 

 

 

 

 

あんなの嘘よ。美嘉さんはキッパリと言い切る。

 

 

 

 

 

「そんなこと言えるのは本気で頑張ってない人だけ。厳しい言い方だけど、夢破れて得るものなんて何もないのよ。だからこそ本気の夢は叶えないといけないの。そうじゃないと時間だけが無駄になっちゃうから。もし本気じゃないんだったら始めからやらないがマシだわ」

 

 

 

 

 

厳しい口調でそう話す美嘉さん。

確かにそうだ、夢破れて得るものなんて何もない。もし何かあったとしても――……、所詮それは夢を諦めた自分を正当化するための言い訳に過ぎないのだ。

 

それは一度夢を諦めた私だからこそ理解できることなのかもしれない。

何度も自分の選んだ選択が正しいと思い込むために様々なことを自分に言い聞かせてきた。どうせ頑張ったってトップアイドルになんてなれない、自分には才能がないんだから、いずれ魔法が解けた現実を生きなければいけない。それが私は少し早かっただけ――……。だが何度も何度も自分に暗示をかけても心の底から納得することはできなかった。

心の奥底に居る自分はそれが『言い訳』だという真実に気付いていたのだから。

 

 

 

 

「卯月ちゃんは昔から必死に頑張ってたし、遠回りをしたのかもしれないけどこうして自分の諦めきれない夢にちゃんと向き合って帰ってきてくれたわ。だから大丈夫、私が絶対にトップアイドルにしてあげるから。卯月ちゃんはもう迷わないで自分の大事な夢を大切にしなさい」

 

 

 

 

そう言って美嘉さんはウインクをする。

それはバックダンサーとして舞台に立つ直前に緊張でガチガチになってしまった私たちを励ましてくれた、あの時の優しくて心強くて、そして勇気づけてくれるた先輩のウインクだった。

デビュー前から美嘉さんをテレビで見ていて、いつか絶対こうなりたいと憧れていた先輩が今はプロデューサーという立場になって私を勇気づけようとしてくれている。

 

美嘉さんはアイドルを辞めてしまった。それでも私にとって頼れる先輩なのに変わりはなかった。

優しくて後輩想いで、時折厳しくて――……。そして遠回りしてようやく向き合うことのできた私の夢を本気で応援してくれているんだなと感じることができた。

 

 

武内プロデューサーではなくて最初はガッカリした気持ちもあったが、美嘉さんなら大丈夫。

この人の元で絶対に夢を叶えよう。いや、絶対に叶えなくちゃいけないんだ。

 

 

私は自分の心に何度も何度も、そう強く誓ったのだった。

 

 

 



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episode,10 魔法の真実(前編)

遅くなりましたが、一万ヒット、100件以上のお気に入り登録、ありがとうございます。
こんな拙い文章を沢山の人が読んでくれているみたいでホントに感謝の気持ちでいっぱいです。

物語もこのep10も含め残り5話です。
残り少なくなってきましたが、よろしければ最後までお付き合いくださいませ。



 

 

 

 

 

「はい、今日はここまで!今日ミスしたところはちゃんと練習しといてね!」

 

 

 

 

トレーナーさんの手を叩く音が響き渡る。

私は両膝に手を付けながら乱れた呼吸をどうにか整えると、なんとか首を縦に振った。本当は口でちゃんと「はい」と返事をしたいのに、疲れ切った今の私にはそんな単純なことすら出来る元気が残ってなかった。

 

まさかここまで身体が鈍っていたとは――……。アイドルに復帰して一週間が経とうとしている今、何よりもその事実が一番の驚きだった。

四年半ものブランクは思ってた以上に長かった、その事実を私は毎回のように痛感させられる。こんなにハードな練習を昔は毎日のようにこなしていたなんて。四年半前の自分が信じられないほどだ。

 

 

 

「お疲れさま。どう、調子は?」

 

 

 

声のした方へと振り向くと最近になってようやくスーツ姿が見慣れてきた美嘉さんが壁にもたれかかって私の方を見ていた。いつから見ていたのだろうか。重い身体を動かすことに必死になり過ぎていて美嘉さんが来たことにすら私は気付かなかったようだ。

私は疲弊してなかなか言うことを聞いてくれない身体で一礼した、つもりだが思うように身体が動かなかったのか壊れたロボットのような一礼になってしまう。

その様子を見て美嘉さんは声を上げて笑うと壁から離れ私の方へとやってくる。美嘉さんが鞄からスポーツドリンクを取り出しすとそれを受け取り、私は乾いた喉に思いっきり流し込んだ。

 

 

 

「まだまだですね、思うように身体が動かなくて……」

 

 

 

喉に透き通る冷たいスポーツドリンク。私の頬を流れ落ちる汗を強引に腕で拭う。

鈍っているのもあるのだろうけど、一番の問題は肺活量だった。

アイドルを辞めてからの四年半、まるで何かに憑りつかれたかのように吸い続けたタバコのせいで心肺機能が想像以上に低下していたのだ。

 

なんでタバコなんか吸っちゃったのかなぁ、今更になってそう後悔したところで何もならないのに思わずそう思わざるを得ない。

 

 

 

「まぁブランクもあるからね。無理しないで自分のペースで戻していくといいわ。それより今日は今から時間ある?」

 

 

 

チラッと壁に掛けられた時計を見る。

今日は午前中にボイストレーニングがあって午後からダンスのレッスンがあるだけだった。そのダンスのレッスンも今終わり、これからは何も予定はない。

時計の針もまだ十五時を指していて微妙な時間だった。帰っても特に用事はないし――……。

 

 

 

「大丈夫です!」

 

「オッケー、それなら何処かでお茶でもしようか」

 

 

 

美嘉さんがそう言った時だった。突然勢いよくトレーニングルームのドアが開かれる。

私も美嘉さんもトレーナーさんも、皆が一斉に振り向いた先には二人の女の子が立っていた。綺麗な金髪の髪を両耳の横で結んでいる紺のブレザー姿の女の子と、肩くらいまでの長さの黒いセーラー服を纏った黒髪の女の子。少し幼さも感じるが歳は高校生くらいだろうか。そして開かれたドアの前に立つ二人の女の子は美嘉さんでもトレーナーさんでもなく私だけを凝視している。

静まり返るトレーニングルーム。暫く続いた沈黙を破ったのは金髪の女の子だった。

 

 

 

「卯月ちゃん……?」

 

 

 

 

確認するかのように私の名前を呟いた。

 

 

 

 

「莉嘉、いつもノックしてから入りなさいって言ってるでしょ」

 

「あ、お姉ちゃ……、城ヶ崎プロデューサー、ごめんなさい」

 

 

 

 

腕を組んで呆れたように溜息をつく美嘉さん。

美嘉さんのことを「お姉ちゃん」と呼ぼうとし、慌てて言い直した莉嘉と呼ばれる金髪の女の子。ということは……。

 

 

 

 

「莉嘉ちゃんとみりあちゃん!?」

 

「わー、覚えててくれたんだ!卯月ちゃん、ホント久しぶりだね!」

 

「卯月ちゃーん、会いたかったよ!」

 

 

 

涙交じりの声で駆け寄ってくる二人を私は汗だくのジャージのまま抱きしめた。

忘れるわけない、あの頃は毎日のように顔を合わせ一緒に夢を追い掛け努力をした大切な仲間なのだから。あの頃は莉嘉ちゃんはまだ中学生、みりあちゃんは小学生だったのに――……。二人とも四年半目の記憶とはかけ離れるほどに立派に成長していた。

 

 

 

「二人とも大きくなったね。見間違えるほど可愛くなってて誰だか分からなかったよ」

 

 

 

四年半の時間が流れ、莉嘉ちゃんは高校生に、みりあちゃんは中学生になっていた。

お姉さんである美嘉さんに憧れ、少しでも近づこうと背伸びをしていたあの頃の莉嘉ちゃん。今では憧れだった美嘉さんに全く見劣りしないほどに綺麗な女性になっている。

社交的で明るく、純粋無垢だったみりあちゃんもあの頃の面影を僅かに残しながらもしっかりと大人の女性になっていた。それでいてあの頃の汚れを知らない純粋な雰囲気がまだ残っていて、それがなんだか嬉しく感じてしまう。

 

 

 

「卯月ちゃんが戻って来たってホントだったんだ!」

 

 

 

きっと姉である美嘉さんから聞いたのだろう、莉嘉ちゃんが私の胸で鼻声ながらもそう叫んだ。

誰にも何も言わず一方的に逃げるようにしてみんなの元を去り、四年半も経過した今更になって戻って来た私をこうして温かく迎えてくれる二人の優しさに私も思わず目頭が熱くなってしまう。心の何処かで私が今更になって戻ってきたことをよく思わないメンバーもいるのではないかという不安もあったのだから。

それでもそんな素振りを全く見せず、二人は私を迎えてくれてあの頃と全く同じように接してくれた。

 

 

 

――この懐かしい感じ、やっぱりここは私にとって大切な場所なんだな。

 

 

 

四年半も時間が経って当たり前だが小さかった二人も大きくなって、それでもこうして四年半前と同じ雰囲気を感じることができて私は本当に嬉しかった。それと同時にこの雰囲気がどれだけ自分にとって大切なものだったのかを実感する。

 

その時ふと思い出したがみくちゃんから聞いた話ではシンデレラプロジェクト解散後、346に残ったのは他の部署に移った莉嘉ちゃんとみりあちゃんの二人。そしてもう一人、アイドル活動を辞め346の社員として働くことになった――……。

 

 

 

「あー、杏ちゃん!ほら、卯月ちゃんだよ!卯月ちゃんが帰って来たんだよ!」

 

 

 

丁度そのタイミングで開いたままになっているドアの前を走って通り過ぎようとした一人の女性をみりあちゃんが大声で呼び止めた。

みりあちゃんと莉嘉ちゃんよりも更に小さい小柄な女性。小さな身体が纏うスーツが失礼だが違和感を感じさせている。

呼び止められた女性は気怠そうに私たちの方に視線を向けた。そして私を見るや否や、一瞬だけ細い眼を大きく見開いた。

 

 

 

 

「おー、いつの間に帰って来てたんだ~」

 

「杏ちゃーん、久しぶりです~!」

 

 

 

 

その声を聞いて私の眼から再び涙が溢れてくる。泣きながら抱き着いた私を杏ちゃんは小さな身体でギュッと抱き締めてくれた。

見間違えるほど綺麗に成長したみりあちゃんと莉嘉ちゃんと違い、杏ちゃんは何も変わっていなかった。よく小学生と間違われるほど小柄な体系をしている杏ちゃんだったがシンデレラプロジェクトのメンバーの中では誰よりも大人だった。仕事も常にやる気がなくてアイドルを始めた理由も「印税生活を送りたいから」という不純な動機だったが、誰よりもシンデレラプロジェクトのメンバーたちに気遣いが出来て目立つことなくみんなを陰ながら支えていた。

言動や振る舞いがまるで私と歳が一つしか離れていないと思えないくらい大人なのだ。

 

 

 

 

「よくまたアイドルなんかやる気になったよね~。歌うのも踊るのもキツイし、杏にはもう無理だよ」

 

「あはは……。杏ちゃんは相変わらずですね。でもそう言いながらもちゃんと働いてるじゃないですか」

 

「給料良かったしアイドルよりラクかと思ったから社員になったんだけどね~。ホントブラックだよ、残業多いし休日出勤だってあるし……。早く養ってくれる金持ち探さなきゃ」

 

 

 

 

私たちは声をあげて笑った。杏ちゃんもみりあちゃんも莉嘉ちゃんも、変わってしまったのは外見だけで肝心な内面は何一つ変わってなかったのだ。

移り変わる時間の中で変わらないであり続けることがどれだけ難しい事か――。この事を私は身を以って体感していた。アイドルを辞めて未成年ながらタバコを始め毎日のように学校をサボっては夜遊びに明け暮れて、アイドルをしていた頃からは想像できないような変わり果てた生活を送っていた私。そんな自分を過去の自分と照らし合わせては、その度に嫌悪していた。もう昔の自分には戻れないのだと思い込んでいた。

 

でも今はこうして私の一番大切な時間を一緒に過ごした仲間と再会して、思い出の中の感覚が現実になり始めて、少しずつだが昔の私に戻り始めているような気がするのだ。夢に真っすぐで無邪気で純粋だったあの頃、もちろん完全にあの頃に戻ることは不可能かもしれない。この四年半で色々と知りたくなかった現実、見たくなかった現実を見てしまったのだから――……。

それでもこうして大好きな仲間たちとくだらない話をして笑って、そんな私にとってかけがえのない時間は荒んだ私の心を少しずつ解いては私をあの頃に誘ってくれる。そしてそのかけがえのない時間は思い出させてくれるのだ。あの頃の私を、そして消えかけていた情熱を――……。

 

 

 

「あー!双葉さん、こんなとこにいたんですか!」

 

 

 

突然大声で叫ぶと開いたドアから杏ちゃんに指をさしたスーツの男。

男の声に杏ちゃんはドキッと身体を反応させると恐る恐る男の方へと振り向いた。男は腰に手を当てて呆れたように杏ちゃんを見ている。

 

 

 

「定時までまだ二時間もあるんですよ?それまでに明日提出の意見書終わらせてくださいよ」

 

「定時って言ったって、絶対定時に帰れないだろ~」

 

「それは双葉さんがこうして仕事をサボってるからですよ。ほら、早く戻って今日こそ定時に帰りましょう」

 

 

 

ちぇ、そう呟くと杏ちゃんは肩をガックリと落として男に連行されて行ってしまった。

その背中を見て、残された私たちは三人とも思わず笑ってしまう。杏ちゃんはそんな私たちを恨めしそうに一度だけ見ては、大きな溜息だけを残し部屋を後にした。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

杏ちゃんが連行された後、みりあちゃんと莉嘉ちゃんはレッスンがあるため別れることになったのだが、二人はまるで今生の別れになるかのように最後まで大袈裟に別れを惜しんでいた。

 

 

 

 

「莉嘉もみりあちゃんも大袈裟よね。部署が違うだけで同じ会社なんだからいつでも会えるのに」

 

 

 

二人との大袈裟な別れを済ませた後、美嘉さんに連れられ立ち寄った会社近くの小さな喫茶店。目の前でコーヒーを飲む美嘉さんは呆れたように苦笑いを浮かべそう呟いた。

 

 

 

「まぁそれほど卯月ちゃんに会えたのが嬉しかったのよ、二人とも」

 

 

 

美嘉さんの言葉に私は黙って頷く。

莉嘉ちゃんにみりあちゃんの気持ちは言葉にせずとも理解していた。そしてそう思われることがどれだけ幸せなことかも。

 

 

 

「でも二人ともホント綺麗になりましたよね。杏ちゃんは相変わらずだったけど……」

 

「そうね……。でもそれが杏ちゃんの良いところなんじゃない?仕事に真面目な杏ちゃんなんて考えられないでしょ?」

 

「た、確かに……」

 

 

 

 

私は思わず苦笑いを浮かべる。

みりあちゃんも莉嘉ちゃんも杏ちゃんも、それぞれが違った四年半もの時間を過ごしたが皆自分らしさは失っていなかった。私は自分らしさも見失って変わってしまったのかもしれない。それでもあの三人を見てるとあの頃失った自分らしさを今更ながら取り戻せそうな気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

――みくちゃん、そして今日再会した三人、残りのシンデレラプロジェクトのメンバーたちは九人。その九人は今どうしてるのだろうか。三人と変わらず自分らしさを失わずに頑張っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

そう思うと無性に会いたくなった。

みんながみんな、今はバラバラの場所で頑張っているとみくちゃんが教えてくれた。他社へと移籍したメンバーもいれば女子アナやモデルに転向したメンバーもいる。みんなそれぞれがそれぞれの仕事をしており、もう昔のように簡単には集まることができないだろう。

それでも――……、私はみんなに会いたかった。もしかしたらあの頃から変わってしまったメンバーもいるかもしれないが、それでもあの頃共に夢見て頑張っていたみんなが今どうしているのか、直接会って知りたかった。

 

そうは思っても容易に集まることが出来ないのが現状だ。

私は自分で自分を納得させるように目の前に置かれたカフェオレを未だに乾きが残っている口の中へと流し込む。

 

 

 

 

 

「……ねぇ卯月ちゃん。みんなに会いたくない?」

 

 

 

 

思わず吹き出しそうになってしまった。まるで私がカフェオレを飲むタイミングを見計らったかのようにそれまで口を開かず私を見つめていた美嘉さんが呟いたのだ。まるで私の心の中を完全に見透かしているかのような美嘉さんの言葉。

思わずカフェオレが入ったグラスを私は机に戻してしまう。美嘉さんは「全てお見通しよ」と言わんばかりの表情で私を真っすぐに見ていた。

 

 

 

 

「会わせてあげるわよ。残りの九人にも」

 

 

 

 

そう言うと美嘉さんは鞄からクリアファイルを取り出した。

私の前に置かれた透明なクリアファイルに入った書類。透明なクリアファイル越しに見える文字列を見て私は思わず目を見開いてしまった。その文字列が信じられず、私はそして見開いた目を強引に擦り、もう一度見る。だが私の目に映る文字列は何も変わっていなった。

 

 

 

「『一夜限りのシンデレラプロジェクト復活ライブ』……」

 

 

 

何度目を擦っても変わらない文字列がそれが現実だということを私に証明してくれた。

思わずクリアファイルごと手に取って口に出して読み上げる。読み上げた瞬間、私の鼓動が一気に早まるのを感じたのと同時に胸の奥が急激に熱を帯び始めた。

 

 

 

「まだ企画段階だけどね、でもほぼ決まりよ。九十九パーセント決まりと言っても過言ではないわ」

 

「……すごい、凄いです!ホントにみんなに会えるんですね!」

 

 

 

私の反応が予想以上だったのか、美嘉さんは私を見て思わず苦笑いを浮かべていた。

それでも私は興奮を抑えきれなかった。私がアイドルを辞めてシンデレラプロジェクトが解散になって、もうあの十四人では二度と集まれないだろうと思っていたのに――……。まさかまた全員でステージに立てる日が来るなんて。本当にあと一回だけでも良い、あの十四人でステージに立てたらなぁ、それはアイドルを辞めた四年半の時間の中でも心の何処かで眠っていた私の願望だった。

もしあの時アイドルを辞めていなかったとしても、あの十四人全員がいつまで揃ってずっと活動できることはないのだと当時から薄々は感じていた。舞踏会に向けて部署存続のためにそれぞれが活躍の場を広げ始めた頃から、遅かれ早かれ皆バラバラの道を歩んでいくのだろうと実感はしていたのだ。

 

それでも私にとって大切な時間を共に過ごした大切なメンバーたちだったから。だからこそ、もう一度だけでもみんなで集まってあの頃のような時間を過ごせたら。あわよくばみんなで歌うことができたら――……。

 

 

アイドルに復帰してからの一週間で何度も何度も考えていた絵空事。それが今美嘉さんが差し出した書類によって現実味を増し始めている。

 

 

 

 

「ただこれには色々と問題があってね……」

 

 

 

 

問題ですか?そう言いながら私は首を傾げると美嘉さんは困ったように右手で頭を掻く。

 

 

 

 

「みんな所属してる会社が別々でしょ?その中にはウチとはあまり関係の良くない会社もあってね……」

 

「どういうことですか?」

 

「一応、全員の参加許可は個人にも会社にもアポは取れてるのよ。ただその会社同士の問題ってのがあってねー……、まぁ俗にいう大人の事情ってやつよ」

 

 

 

 

そこまで言われてもイマイチピンと来なかった。

参加は出来るのに大人の事情?どういったことなのだろうか。

 

変わらず頭の上にクエスチョンマークを浮かべる私。美嘉さんは一度周囲を確認するかのように首を振るとそんな私の為に小声で説明をしてくれた。

 

 

 

「例えばの話よ。ファッションモデルのアーニャちゃんと千葉でアナウンサーをやってる美波ちゃん。この二人はそれぞれ会社が違っても会社同士はそこまで仲が悪くないからラブライカとしてステージに立たせても大丈夫なのよ」

 

「はい」

 

「でも李衣菜ちゃんが今所属してる会社とみくちゃんが今通っている声優の養成所ってのはめちゃくちゃ仲が悪いのよね。だからこの二人はアスタリスクとしてはステージに立たせることができないの。お互いソロで別々にステージに立たせるだけ、ってのでしか許可が取れなかったわ」

 

「……なるほど」

 

 

 

特にアイドルを抱える会社というのは何処もお互いをライバル視しているとこが多いらしく、他社のアイドルとの競演をよく思わないらしい。

事情はそれぞれあるらしいが私にはあまり理解の出来ないことばかりだった。ただそれはもう何年も昔から続いている因果のようなものらしくて、今更どうにも改善できるような容易なものではないのだと美嘉さんが教えてくれた。

これが俗にいう「大人の事情」というやつらしい。

 

 

 

「だからね、卯月ちゃんには申し訳ないけどニュージェネレーションズも三人揃ってはステージに立てないのよ」

 

「そう、なんですね……」

 

 

 

もしかしたらまた三人で揃って歌えるかもしれない、そんな淡い期待を抱いていただけに私は思わず肩を落としてしまう。

 

それから美嘉さんはこのライブの詳細を教えてくれた。開催日は二か月後の日曜日でタイトル通り『一夜限定』の復活ライブでユニットとしてステージに立つことが出来るのは凸レーションとラブライカだけ、残りのメンバーはソロでステージに上がりそれぞれのソロ曲を歌うことになる。ライブの最後にもしかしたら十四人全員でステージに立つことはできるかもしれないが、それも今はまだ検討中だそうだ。ただ残りのニュージェネレーションズ、アスタリスク、キャンディアイランドはユニットとしてステージに立てる可能性は完全にゼロらしい。

 

正直ニュージェネレーションズとしてステージに立てないという事実は私にとってショックだった。

でも、それでもこうして十四人全員が揃ってまたステージに立てるだけでも良しとしなければ。私はそう自分に言い聞かせ自分を納得させた。

 

 

 

 

「卯月ちゃんには先日武内プロデューサーから受け取ったS(mile)ING!を歌ってもらうわ。だからライブまでの二ヶ月で徹底的にこの曲をマスターしなさい」

 

「分かりました」

 

 

 

 

ライブの詳細を聞き、抑えきれない高揚感が私の中に生まれたのは間違いなかった。

だけどそれと同時に緊張と不安も同じように生まれていた。四年半ぶり、しかも最後はライブから逃げ出してアイドルを辞めた私はちゃんとステージに立てるのだろうか。あの頃はまだマイナーなユニットでそこまで知名度がなかったニュージェネレーションズだが、おそらく復活ライブに来るお客さんの中には私がニュージェネレーションズとして活動していた頃から応援してくれている人もいるはずだ。そんなお客さんが私を見てどう思うのだろうか。

一度芽生え始めた不安の種が次第に私の心の中を覆いつくすように大きくなっていく。

 

 

 

 

「……大丈夫。卯月ちゃんなら大丈夫よ」

 

「美嘉さん……」

 

 

 

優しい美嘉さんの声。

美嘉さんに私は完全に見透かされていた。不安と緊張で最後に逃げ出した四年前の私を思い出してしまいそうになっている私を勇気づけてくれた美嘉さんは自分でも気付かないうちに震えていたクリアファイルを握り締めた右手をゆっくりと両手で包み込んでくれる。

 

 

 

「S(maile)INg!の歌詞、見せてもらったわ。良い曲じゃない、あれは卯月ちゃんにしか歌えない曲よ。大丈夫、飾ろうとしないでありのままの自分で歌いなさい。そうすれば絶対お客さんに卯月ちゃんの気持ちは届くから」

 

 

 

そう言うと温かい両手で右手をギュッと握り締めてくれた。そのまま優しい眼で私を見つめると黙って頷く。

お客さんに、シンデレラプロジェクトのメンバーたちに受け入れてもらえなかったらどうしよう。大勢のお客さんが集まるであろう復活ライブで失敗したらどうしよう。そういった類の不安が次から次へと私に襲い掛かった。今までソロとしてステージに立ったことは一度もないし、いつも常に未央ちゃんと凛ちゃんが傍にいてステージで歌っていた。それが次は一人で誰に頼ることなく大勢の観客の前で歌わなければならない。

 

そのプレッシャーに私は耐えれるのだろうか。

 

 

 

 

「……ありがとうございます。島村卯月、頑張ります!」

 

 

昔アイドル活動をしていた時によく言っていたこのセリフ。自分に大丈夫だと言い聞かせるように何度も何度も口にしていた。四年半ぶりに口にしたそのセリフは微かに震えていた。

だがもう逃げたらダメなのだ。目の前の恐怖から、自分の夢からもう逃げないと誓ってアイドルに戻る道を選んだのだから。逃げ続けたってその先には何もない、寧ろそれ以上の苦しみが待っているだけなのだ。

 

 

 

「よし、その意気よ!卯月ちゃんなら絶対大丈夫だから!」

 

 

 

私の右手を握っていた手をパッと開くとそう笑って美嘉さんは言ってくれる。

美嘉さんのためにも、そして私を何度も救ってくれた武内プロデューサーのためにも、私はここで不安や恐怖に負けるわけにはいかないのだ。

 

 

 

「まぁ今の段階で決まってるのはそれくらいかなー。他、何か質問とかある?」

 

 

 

美嘉さんにそう問われ、私は再び書類に目を通した。

何度も上から下まで目を通すとそのまま「何もないです」という言葉と共にクリアファイルを美嘉さんに返す。

クリアファイルを受け取った美嘉さんはコーヒーを飲みながらクリアファイルに挟まれた書類をぼんやりと眺めていた。

 

 

 

 

「それにしても奇跡よ奇跡。あんだけバラバラになった十四人を一晩だけでも集めたなんて。さすがあの人よ、ホントに考えられないようなことしてくれるわ」

 

「あの人……?」

 

 

 

思わずきょとんとする私。

美嘉さんはそんな私を見ると左手に握っていたコーヒーカップを皿の上へと戻した。

 

 

 

 

「武内プロデューサーよ、武内プロデューサー」

 

「え、これって武内プロデューサーが企画したんですか!?」

 

「今まで気付いてなかったの?こんなことできるのあの人しかいないじゃない」

 

 

 

当然のようにそう言い放った美嘉さんは驚きのあまり少しだけ声のボリュームが上がってしまった私を呆れたような表情で見つめている。

 

 

 

 

「表向きに名前は出てないけどね、裏では一から十まで全部あの人の仕業よ」

 

「へ、へぇ~……。そうだったんですね」

 

「昔からめちゃくちゃなことする人だとは思ってたけど、まさかこんなことまでやってしまとはねぇ……」

 

 

 

溜息交じりにそう呟いた美嘉さんは再びコーヒーカップを握ると口元へと運んだ。

そう言えば美嘉さんと武内プロデューサーはどういった関係なのだろうか。ずっと気になっていた疑問がさっきの美嘉さんのセリフでまた私の中に蘇ってくる。

 

武内プロデューサーがシンデレラプロジェクトを担当していた頃からちょくちょくと顔を出していた美嘉さん。妙に仲が良かったりズバズバと意見を言っていた様子を見て武内プロデューサーとは他人ではないということは薄々勘付ていたが、私は何も二人の関係性を知らなかった。

聞いても良いのだろうか。チラッと美嘉さんを見ると私は思わずそんなことを考えてしまう。

 

 

 

 

「ん?どうしたの?」

 

 

 

 

どうやら隠れてみていたつもりが美嘉さんにはバレバレだったらしい。コーヒーを片手に書類をぼんやりと見ている美嘉さんは目線を書類のままにそう呟いた。

 

 

 

 

「いや、美嘉さんと武内プロデューサーってどういう関係なのかな~って思いまして……」

 

「私とあの人?私がアイドル活動していた時の担当プロデューサーだっただけよ」

 

「……え?」

 

 

 

そう呟く美嘉さんの目線は相変わらず書類に向けられている。

まるでどうでも良いことを話す時のような雰囲気で美嘉さんは話してくれたが、それは決してどうでも良いようなことではなかった。

美嘉さんの担当プロデューサーが武内プロデューサーだったなんて……。今更になって知った事実に私は思わずフリーズしてしまう。そんな私にようやく気付いたのか、美嘉さんは書類を追っていた目線を私に向けると驚いたような表情を浮かべた。

 

 

 

 

「え、話してなかったっけ?」

 

「まったくですよ、初めて聞きました!」

 

「そうだっけ……。私も楓さんも美穂ちゃんも、あと瑞樹さんも。昔は武内プロデューサーが担当プロデューサーだったのよ」

 

「え、ええぇぇ!?」

 

 

 

 

思わず大きくなってしまった私の声。今初めて知った事実に私は無意識に机に両手を付いて前かがみになってしまう。

私の前にあるグラスに入ったアイスカフェオレが小さく波打っていた。

 



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episode,11 魔法の真実(後編)

 

「嘘じゃないですよね?」

 

「本当に決まってんじゃない」

 

 

 

嘘なんてついてどうすんのよ、そう言った美嘉さんは笑っている。

美嘉さんの担当プロデューサーが武内プロデューサーだったなんて……。美嘉さんだけじゃない、瑞樹さんも美穂ちゃんも楓さんも、昔は武内プロデューサーが担当していたなんて話を私は今初めて知ったのだ。

でもよくよく考えると当時からそう思えるような武内プロデューサーの言動があったような気がする。

 

シンデレラプロジェクトとはあまり接点のなかった部署に所属していた楓さんや瑞樹さんと知り合いだったり、一時的なものではあったが私も武内プロデューサーの紹介で美穂ちゃんと一緒に活動した時期もあった。美嘉さんも初めは妹である莉嘉ちゃんがいるからシンデレラプロジェクトによく顔を出しに来てたのかと思っていたが、莉嘉ちゃんの居ない時でもよく遊びに来ていたような気もする。

 

そして何より、私がまだ養成所にいた頃に当時まだ憧れでしかなかった美嘉さんや楓さん、瑞樹さんに美穂ちゃんが参加していたライブの物販の仕事をお手伝いさせてもらったことがあった。そのライブの時に私はお客さんとして来ていた未央ちゃん、実家の花屋の手伝いでライブ会場に華を運んでいた凛ちゃんの二人と初めて会っていたのだが、三人でぶつかってしまった際に私が持っていた箱を階段下に落としてしまった。その箱の中に入っていた透明な靴、それを階段下で拾ったのは武内プロデューサーだったのだ。

 

 

あの時靴を拾ったのが武内プロデューサーだと後から知った時、私は不自然に思っていた。どうして武内プロデューサーがあの場所にいたのだろうと。

それが美嘉さんの話を聞いて理解することができた。おそらくあの頃はまだ先輩たちを武内プロデューサーが担当していたのだ。

 

 

 

 

「それならどうして……。武内プロデューサーは美嘉さんたちのプロデューサーを降りたのですか?」

 

 

 

あのライブから半年後、武内プロデューサーは新規に設立されたシンデレラプロジェクトの担当プロデューサーになった。ということはその時点で既に美嘉さんたちのプロデューサーではなくなっていたということになる。

美嘉さんは罰が悪そうに頭を掻くと私から目線を逸らす。その仕草であまり良い話ではないのだと直感的に感じてしまった。

 

 

 

 

「あの人、辞めさせられたのよ。私たちの担当を」

 

「や、辞めさせられたんですか?」

 

 

 

美嘉さんは静かに頷く。

 

 

 

「私たちの部署も初めは十人のアイドルがいたわ。それが私と楓さん、瑞樹さんに美穂ちゃんを残してみんな辞めちゃったのよ。辞めた子たちが自ら申し出たとは言え、一度デビューさせてしまったアイドルを六人も辞めさせちゃったのが問題になったらしくてね」

 

「それで辞めさせられたんですか……」

 

 

 

それから大きく溜息をつき腹を括ったのか、その時の話を美嘉さんが詳しく教えてくれた。

美嘉さんたち十人の候補生アイドルはまだ新米プロデューサーだった武内プロデューサーの初めての担当アイドルだったらしい。その十人を武内プロデューサーは時間がかかったが無事に全員デビューさせることができた。だが次第に十人の中でも、ブレイクし始めた子とデビューはしたもののなかなか仕事を得られない子で差が出てくるようになり部署のメンバーの中に亀裂が生じ始めたらしい。

その中でも武内プロデューサーはなかなかブレイク出来ない子にも真っすぐに向き合っていた。シビアな話ではあるが、CDの売り上げやライブの来客数、それら現実の数字を隠すことなく教えてはアイドルたちが今何をしなければならないのかを的確に示していった。

 

 

 

 

「あの人は真っすぐな人だけど昔から不器用だったからね。その真っすぐさが六人のアイドルを窮屈にさせてしまったのよ」

 

 

 

真っすぐなのは決して悪い事ではないわ。それに私も武内プロデューサーが悪いとは今でも思ってないけどね。それでもみんなそれぞれ違ったキャラクターがあるように、みんながみんな真っすぐな想いを真摯に受け止めることはできないのよ。遠い昔を思い出すかのように美嘉さんはそう話してくれた。

それから間もなくして六人のアイドルが自ら引退を申し出て武内プロデューサーの元を去って行くこととなり、六人の退社を受けて部署は事実上の消滅。残った四人は別の部署へと移籍することとなった。

 

 

 

「そんなことがあったんですね……」

 

「それがねぇ……、それだけじゃ終わらなかったのよ」

 

 

 

 

そのアイドルを辞めた六人のうちの一人が退社して間もなく警察沙汰になった。

未成年の飲酒や喫煙、そして幾度となく行われていた万引き――……。それらが明るみになって武内プロデューサーは責任を問われることとなったらしい。

 

その子もきっと私と同じだったのだ。アイドルになる夢を諦めたものの、完全に断ち切ることができず有り余った力を持て余し燻っていたのだろう。一度でもアイドルの世界を体験してしまい、元の日常が退屈で刺激がなさ過ぎたのだ。

同じような経験をした私だから、少しその子には同情してしまう。

 

 

 

「あの人、すごく落ち込んでたわ。『一人の若い女の子の人生を完全に狂わせてしまった』って言ってね。私たちも何度もあの人のせいじゃないって言ったんだけど、それでもあの人は自分を責め続けてたわ」

 

 

 

だからシンデレラプロジェクトの時も初めは妙にみんなと距離が遠かったでしょ?美嘉さんにそう言われ確かにそんな気もした。

初めてシンデレラプロジェクトのメンバーたちと顔を合わせた後にみんなで写真撮影をしてもらった時のことを思い出した。みんなで最後に写真を撮ることになり、みんなが武内プロデューサーも誘ったが武内プロデューサーは一緒に写真に写ることを頑なに拒否していた。

 

今思い返せばそういった思い当たる節が何度も何度もフラッシュバックする。だけどそんな思い当たるシーンも未央ちゃんがアイドルを辞めると言い出した頃までで、それ以降は徐々に私たちと武内プロデューサーの距離が縮まり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

『私は……。あの時、島村さんにこう伝えるつもりでした。『ニュージェネレーションズを解散します』と。ですがあの時の島村さんの笑顔を見て、『絶対に解散させてはいけない』、そう思ったんです。島村さんの笑顔がなかったらきっと解散させてしまっていました』

 

 

『本田さんと向き合うことを恐れていた弱気な私に島村さんの笑顔は勇気を与えてくれました』

 

 

 

 

 

喫茶店で四年半ぶりに武内プロデューサーと再会した時に武内プロデューサーが言っていた言葉だ。

きっと武内プロデューサーも怖かったのだ。若い女の子の人生を左右するプロデューサーという立場が。またその時のように一人の人生を壊してしまうのではないかと思ってしまって。

 

それでも武内プロデューサーは逃げることなくその恐怖に立ち向かった。そして長い時間がかかってしまったが、夢を諦めきれずに燻っていた私にもう一度アイドルに戻るチャンスを差し伸べてくれた。

 

 

 

 

「昔は生意気にあの人にギャーギャー意見とかしてたけどね。プロデューサーの立場になった今ならあの人の苦悩も分かるわ」

 

 

 

 

苦笑いをしながらそう呟く美嘉さん。

 

 

 

 

「よく言ってたんだけどね、『プロデューサーという立場になって女の子たちを担当する以上はその子の親以上に責任を持たなきゃダメだ』って。みくちゃんの話は本人から聞いたでしょ?養成所代、全部一括で武内プロデューサーが払ったって話」

 

「はい、みくちゃんはいつか絶対に有名になって返すって言ってましたけど……」

 

「ホントに凄いわよね、あの人。普通あそこまでできないわよ」

 

 

 

 

 

誰よりもアイドルを大切にし誰よりも気にかけてくれていた武内プロデューサー。

無口で強面で表情が乏しい武内プロデューサーだが、内に秘める想いは誰よりも熱く、そして誰にも負けないほどの情熱を持っていた。

 

そんなプロデューサーが私の担当になってくれたことがどれだけ幸せなことだったか、その有難みが今更になって身に染みて分かる。

 

 

 

 

「この際だから全部言っちゃうけどね、卯月ちゃんがシンデレラプロジェクトに繰り上げ合格したっての、あれ嘘なのよ」

 

「え……?」

 

 

 

コーヒーに砂糖を足しながらゆっくりとスプーンでかき混ぜる美嘉さん。

美嘉さんの言う「嘘」という言葉の意味が分からず私は思わず言葉を詰まらせてしまった。

 

 

 

「ホントは欠員なんて出てなかったのよ」

 

「ならどうしてそんな嘘を……」

 

 

 

私は初めて武内プロデューサーに会った時、「シンデレラプロジェクトに三人の欠員が出たからその繰り上げ合格で採用が決まりました」と言われた。本来私はシンデレラプロジェクトのオーディションに一度落ちており、私には不合格の通知が届けられていたのだ。

武内プロデューサーが養成所までやってきたのはその数日後の出来事だった。

 

 

 

「卯月ちゃんの合否を巡ってだいぶ上司と揉めたらしいわ。本当は武内プロデューサーを除く他の面接官はみんな卯月ちゃんの採用には反対だったの。今だから言えるけどダンスも歌も下手ではないけど特別上手くもなく、色がないって理由でね」

 

 

 

話しにくそうにそう説明してくれた美嘉さん。悔しいけど美嘉さんの言う通りだった。

あの頃の私は頑張る事しかできなくて、歌もダンスも養成所に通ってるわりにはあまり上手いと言える方ではなかった。要するに特化した個性がないただの普通の女の子だったのだ。

個性がなさすぎる、シンデレラプロジェクトのオーディションに受かる前に何社か受けたオーディションでも何度かそう言われていた。

 

だからこそ不可解だったのだ。どうして私がアイドルを抱える会社では大手である346に採用されたのかが。

 

 

 

「でも唯一武内プロデューサーだけは採用派だったわ。普段は全く自分の要望とかは言わない人なんだけどね、『島村さんは絶対シンデレラプロジェクトに必要な人材です』って言いながら何度も上司と対立しては不合格の通知を送った後でもしつこく上司に迫り続けてたらしいわ。結局最後は強引に納得させちゃったんだから凄いわよね、ホント」

 

 

 

その際に上司が提示した条件として、無個性な私を引き立てる他のメンバーを二人を探し出し、その三人でユニットデビューさせる――……、といったものだった。

その結果、スカウトされた凛ちゃんと二次募集で採用された未央ちゃんが私と共に『欠員補充』という名目で採用されることになった、らしい。

 

 

 

 

「あの人は初めから卯月ちゃんの笑顔に惚れ込んでいたのよ。何度上司と喧嘩になっても『島村さんの笑顔は歌唱力やダンスをも凌ぐ才能です。絶対に彼女はブレイクできます』ってしつこいくらい言いまくって、無理矢理にでも説得してたらしいわ。私も昔は何でそこまでこだわるのかなって思ってたけど……、でも今卯月ちゃんのプロデューサーになってなんとなくあの人の気持ちが分かる気がする」

 

 

 

あの人は見る目があったのよ。そう言うとコップの中をかき混ぜていたスプーンを止め、コップを口元へと運んだ。

 

初めて聞かされる真実。私が採用された裏側がそうなっていたなんて私は全く知らなかった。ずっとただ単に欠員が出たからその補充として繰り上げ合格になったと信じていたのだ。

だが実際は武内プロデューサーの強引な力技で押し込んでもらえたようなものだった。

 

正直何とも言えない気持ちだ。そこまで評価してくれてたのも嬉しいが、悪く言えばコネ入社のようなものでもあるのだから。

それでも――……。例えそれが事実だったとしても、私は良かった。そのお陰で私は魔法にかけられて夢のような時間を経験させてもらえたのだから。アイドルにならなければ味わえなかったようなことも沢山経験させてもらえたし、何よりここでかけがえのない仲間たちと知り合えることができた。

 

色々と遠回りはしてしまったが、それでも私はアイドルの世界に飛び込んだことを後悔はしていない。

 

 

 

そんな私の様子を暫く黙って見つめていた美嘉さん。

そしてゆっくりと深呼吸をすると表情がガラッと変わる。

 

 

 

 

「……卯月ちゃん。ここまで話しちゃったからもう全部本当のことを話すわ。卯月ちゃんにとっては辛い話になるかもしれないけど、ちゃんと聞いてほしいの」

 

 

 

コーヒーカップを置いた美嘉さんは座り直すように姿勢を改めた。

今までより遥かに落ちている声のトーンからどれだけ真剣な話なのかを私は察する。

 

私は何も言うことなく、ただ美嘉さんの眼を真っすぐに見つめながら頷いた。

 

 

 

 

「武内プロデューサーがクビになったの、あれ、卯月ちゃんのせいよ」

 

 

 

 

どんな言葉が飛び出すのか、美嘉さんの雰囲気からある程度身構えていた私だったがあまりにも予想外過ぎる言葉に私は固まってしまった。

シンデレラプロジェクトを存続させることに成功したのに、その後の突然のシンデレラプロジェクト解散。解散の理由としては武内プロデューサーがクビになったとしか聞かされていないが、その真相はメディアどころかメンバーの誰も知らなかった。

 

どうして部署を存続させて成果も出していたはずの武内プロデューサーが突然クビになってしまったのか。みくちゃんから聞いた時から私の心の中を渦巻いていた謎が今美嘉さんの口から明かされようとしていた。

 

 

 

 

「卯月ちゃんがアイドルを辞めた後も、武内プロデューサーはずっとあなたが帰ってくるのを待っていたわ。いつでも卯月ちゃんが帰って来られるように、『引退』という扱いにはせずに『活動休止中』として籍をシンデレラプロジェクトに残し続けていたの」

 

 

 

 

それから暫くしてシンデレラプロジェクトがブレイクし始めると世間では妙な噂が流れるようになった。

テレビやライブで歌って踊っているのは十三人なのに登録メンバーは十四人になっている。そのことがブレイクすると同時に世間にも気付かれ始めたのだ。一応346プロダクションは『もう一人のメンバーは事情により現在活動休止中』と発表はしていたようだが、それでも様々な噂は途絶えなかった。

 

 

 

「アイドルの世界ってみんな勝手にギスギスした世界だって思ってるでしょ?だから活動休止中のもう一人のメンバーが実は部署で虐められていたとか、シンデレラプロジェクトのメンバーはメンバー同士では仲が悪い、って言った風なデタラメな噂が後を絶たなかったのよ」

 

「そんな……」

 

「その頃から346のアイドル部門も正直あまり景気が良いとは言えなかったからね、シンデレラプロジェクトが唯一の希望の星みたいなもんだったのよ。その噂によって希望の星であるシンデレラプロジェクトのイメージダウンを心配した美城常務が言ったのよ、『島村卯月を正式に引退させてシンデレラプロジェクトは十三人で活動させろ』ってね。でも武内プロデューサーはそれを頑なに拒否し続けた……」

 

 

 

 

そして武内プロデューサーは『三年間待って帰って来なかったら私が責任を取って辞めます』と美城常務に約束をしたらしい。

勿論、そんなことになっていたなんて私は全く知らなかった。そして三年の月日が流れ約束通り武内プロデューサーは事実上クビという扱いで退社をすることになった――……。

 

 

 

私は何も言えなかった。

私を見つけて助けてくれた武内プロデューサーがまさか私を庇ってクビになっただなんて――。

 

その話を聞いて私は自分がしてしまったことの大きさを改めて痛感させられた。いつの間にか頬を大粒の涙が零れ落ち始めている。

そして堰を切った私の目頭と同時に私は抑えきれず泣いてしまった。ここが店内だということも、周りには他のお客さんが沢山いることも、分かっていながらも私は両手で顔を覆うと声を上げて泣いた。

それこそ現実から逃げたあの日、自室のベッドの上で布団の中で大声で泣き叫んだあの日のように――……。

 

私を何度も助けてくれた武内プロデューサーに私は一体どれだけの迷惑をかけてきたのか。シンデレラプロジェクトを壊したのも、武内プロデューサーをクビにしたのも、全部私だったのだ。

それなのに私を恨むことなく、それどころか私のことをずっと気にかけてくれて私の為に曲まで作ってくれていた武内プロデューサー。その優しさを思うと尚更自責の念に押しつぶされそうになってしまう。

ここでいくら泣き叫んだってもうどうしようもない過去のことだということくらい私にも理解していた。それでも次から次へと溢れ出てくる涙が止まらなかった。

 

 

 

 

「辛い話を聞かせてごめんね、卯月ちゃん……。これは莉嘉から聞いた話なんだけど、シンデレラプロジェクトの解散は残りの十三人の全員の意見が一致しての解散だったんだって。武内プロデューサーが辞めるならシンデレラプロジェクトも解散にしよう、ってそれはみんなが言っていた事らしいの。もともとみんなのアイドルとしての基盤を作るために作られた部署だから、遅かれ早かれ、いつかはみんながバラバラになるんだからって」

 

 

 

美嘉さんはそう言ってくれたが私はただ泣きじゃくるだけで何も言えなかった。

 

 

 

 

 

「最後に武内プロデューサーの送別会をした時、みんな笑顔だったみたいよ。皆それぞれ違う道に進むことになったけど、それでもみんな笑顔で別れることができたって。みんな武内プロデューサーに感謝してたって。だから全然寂しくなかったって莉嘉が言ってたわ」

 

 

 

 

それでも……、美嘉さんが俯くような声で言葉を紡ぐ。

 

 

 

「あの人は最後まで後悔してたらしいわ。メンバー全員を笑顔で送り出すことができなかったって。卯月ちゃんのことだけが唯一の後悔だったって。どうしてあの時卯月ちゃんを強引にでも連れ戻さなかったのだろうかって。そう言いながらずっと後悔してたらしいわ」

 

 

 

 

武内プロデューサーは何も悪くないのに。

逃げ出したのは私で、差し出してくれた手を握ることができなかったのも私なのに。

 

 

 

 

「だから復活ライブもね、本当は『復活』じゃないのよ。あの時できなかったこと――……、シンデレラプロジェクトのメンバー全員が笑顔でシンデレラプロジェクトを旅立つことができるようにって企画された『卒業式』なのよ」

 

 

 

だから、いつまでも泣いてないでその最期の晴れ舞台で武内プロデューサーを泣かせるくらいのパフォーマンスを見せてあげなさい。

 

そう呟くと美嘉さんは席を立ち両手で顔を覆いながら泣き続ける私をゆっくりと抱き締めてくれた。

美嘉さんの温もり、そして美嘉さんが話してくれた真実の話。その話を聞いて更に感じることのできた武内プロデューサーの温もり。

 

この二つの温もりがあまりにも温かさ過ぎて、私はそれから暫く頬を伝う涙を止めることが出来なかった。

 



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episode,12 魔法の再会

 

 

 

 

 

美嘉さんが話してくれた真実の話。

あの話を聞いた時から私は死ぬ物狂いでレッスンに明け暮れる日々を過ごしていた。タバコは勿論、凄く怒られたが派遣のバイトも話を聞いた次の日には辞め、私はアイドル活動だけに集中すべく一日に使うことの出来る二十四時間という限られた時間を殆どレッスンに費やした。せっかく美嘉さんが組んでくれたスケジュール、そのスケジュールの中に散りばめらてた休みの日も返上しては、私は一日も欠かすことなくレッスンを続けた。

立ち止まってはいけない気がしたのだ。四年半のブランクをこの二ヶ月で取り返せるとは思っていない。それでも私は少しでもブランクを取り戻すべく、そしてシンデレラプロジェクトの復活ライブに向けて、私はがむしゃらに走り続けた。

 

 

 

「卯月ちゃん、休むのも仕事のうちよ。このままじゃライブ前に身体が壊れちゃうわ」

 

 

 

美嘉さんは走り続ける私を心配しては何度もそう声をかけてくれた。

勿論私だって美嘉さんの言うことは理解していたし、無理をして本番にベストな状態で臨めなかったら意味がないことくらい分かっていた。

それでも私は立ち止まれなかった。私を最後まで信じてくれた武内プロデューサーのことを思い出す度に私は走り続けなければいけないと思ってしまうのだ。

 

そんな私を見て次第に美嘉さんも何も言わなくなった。その代わりに、レッスン後に半強制的にマッサージを受けさせられたり、『打ち合わせ』という名目で私を食事に誘ってくれたり、少しでも私をリラックスさせようと様々な気遣いをしてくれた。

有り難かった。武内プロデューサーという素晴らしいプロデューサーに何度も助けてもらえて。そして美嘉さんのような憧れの先輩から応援してもらえて。

 

 

私はそれがどれだけ幸せなことなのか、レッスンに明け暮れる日常を過ごす中でそんな幸せを噛みしめながら過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

「うーん、そうね……。卯月ちゃんらしいとは思うけど……」

 

 

 

 

 

その提案をしたのはライブの二日前だった。

衣装の最終チェックを行って最後のライブ会場の下見を終えた帰り道、隣で車を運転してくれている美嘉さんは私の言葉に唇を噛んでいる。

着実に迫ってきているライブに向けたレッスン三昧の毎日を送る中、私の頭には一つの考えが浮かんできていた。アイドルに復帰した頃からボンヤリと考えてはいた事――……。だがそれはあまりにもリスクが高く、最悪私自身のアイドル生活を完全に終わらせてしまう可能性もあることだった。

直前までどうしようか迷った私だったが、どうしてもシンデレラプロジェクトの復活ライブでそれをしたかったためこうして美嘉さんに提案をしたのだ。それは次とか今度とかではなく、復活ライブで必ずしなければならないことだと、そう私は思っていた。

 

 

 

「それがどれだけのリスクを負うことかは勿論分かってるのよね?」

 

「……はい」

 

 

 

信号が赤になり美嘉さんと私を乗せた車はゆっくりと止まる。

美嘉さんは困ったような表情で私を見ると右手をハンドルから離し、頭の後ろへと持っていった。

 

 

 

「私は全力で卯月ちゃんを守るわ。それでも……、絶対に『大丈夫』とは断言できない……」

 

「分かってます。もし最悪二度とステージに立てなくなったとして……、私は後悔しません。絶対にしない方が後悔すると思いますから。だからお願いします!」

 

 

 

座ったまま私は頭を下げる。どうしても、例え本当にアイドル人生を終えることとなったとしても、それは次の復活ライブで必ずやらなければならないことなのだ。

 

その想いが伝わったのか、下を向いたままの私の頭上から小さな溜息が聞こえてきた。ゆっくりと顔を上げた先には、美嘉さんが呆れたような表情で笑っている。

 

 

 

 

「仕方ないわね、ホントにどうなっても知らないわよ?」

 

「……ありがとうございます!」

 

 

 

私はもう一度美嘉さんに頭を下げた。

 

 

 

「そういう正直なとこ、卯月ちゃんらしくて私は好きよ」

 

 

そう呟くと美嘉さんは視線を前へと戻し、再び車をゆっくりと走らせた。

私はそんな美嘉さんの横顔を暫く眺めては何度も心の中で感謝の意を伝えた。私のわがままを許してくれてありがとうございます、と。

 

 

 

苦笑いを浮かべたまま前だけを見つめて車を運転する美嘉さん。

この私の提案を伝えること、そしてもう一つ、復活ライブ前に美嘉さんにしておきたい話があった。何度も何度も聞くべきか迷った質問。それは美嘉さんに対して失礼な質問なのかもしれない。

 

それでも――……、私は自分の憶測ではなく、美嘉さん自身からその質問の答えを聞きたかった。四年半前、私たちを引っ張ってくれた憧れの先輩として、そして今はプロデューサーという立場に変わって私を応援してくれる美嘉さんとして。

 

私は小さく深呼吸をするとギュッと拳を握り締める。

 

 

 

 

「……美嘉さん、ちょっと変な質問しても良いですか?」

 

 

 

 

私は車の窓から見える流れていく景色を見つめながら静かに呟いた。

美嘉さんは何も言わなかった。窓の外へと視線を向けているため美嘉さんの表情は見えない。

 

 

 

 

「……美嘉さんは、美嘉さんはもうアイドル活動への未練はないんですか?」

 

 

 

 

喫茶店で武内プロデューサーに紹介され思わぬ再会を果たしたあの日から気になっていたことだった。

あれだけの素晴らしい世界を経験して、今の現実は物足りなくないのだろうか。

 

私は耐え切れなかった。あのアイドルとして過ごした時間とこの現実のギャップに。もしかしたら私は美嘉さんにもそう言ってほしかったのかもしれない。デビューする前からテレビで何度も見ていては憧れていた先輩に、『諦めた』なんて言ってほしくなかったのかもしれない。

心の何処かではあの頃の日常への渇望があってほしい――……、勝手ながら私はスーツが似合う大人になってしまった美嘉さんを見る度にいつもそう思っていた。

 

 

 

 

「ないわよ」

 

 

 

 

キッパリとそう言い切った美嘉さん。

美嘉さんの方を振り向いた私の眼に映ったのは、ただひたすらに真っすぐに、そして何処か遠い先の世界を見据えているような眼差しでハンドルを握っている美嘉さんだった。

初めて見る美嘉さんの表情――……、その表情からは一ミリの迷いも感じられなかった。

 

 

 

 

 

「確かにアイドル活動をしていた頃は毎日が魅力的で楽しかったわ。それこそ、今よりは間違いなく刺激が多い毎日だった」

 

 

 

 

 

でもね、美嘉さんはそこまで言うと静かにブレーキを踏んだ。私たちを乗せた車の前の横断歩道をランドセルを背負った小さな子供たちが手を上げて歩いている。

 

 

 

 

「それでも私はアイドルを辞めてプロデューサーとして生きる道を選んだの。例え間違ったと思うことはあってもあの時選んだ選択に後悔も未練もないわ」

 

 

 

 

一番後方尾を歩ていた小さな女の子が私たちの方を見ては律儀に頭を下げた。

その様子を見て美嘉さんは笑顔で右手を上げると、子供たちが去った横断歩道をゆっくりと跨ぎ始める。

 

 

 

「プロデューサーになってアイドルをしていた頃には気付けなかったようなことに沢山気付けたわ。あの人が何を思って私たちをプロデュースしてくれていたのかもね――……」

 

 

 

 

再び赤信号によってブレーキを踏んだ美嘉さん。

ハンドルを握ったまま私の方へと視線を向けた美嘉さんの表情は清々しいほどに真っすぐで後悔や未練は一ミリたりとも浮かんでいなかった。

 

 

 

 

「今はね、あの人みたいなプロデューサーになるのが夢なの。いつになるか分からないけど、それでもああやって自分の人生を賭けて夢に必死な子の力になれたら良いなって」

 

 

 

 

あぁ、美嘉さんは夢を諦めたわけじゃないんだ。

アイドル活動を通して自分の新たな道を見つけ、その道の先にしっかりとゴールを設定して新たな人生を歩んでいるんだ。

 

私は勘違いをしていた、美嘉さんがアイドルを辞めた理由を。美嘉さんは決して諦めたり逃げ出したわけではなく、自分の本当に歩みたい道を見つけてその道に進んだだけだったのだ。

私はそれ以上は何も聞かなかった。美嘉さんのあの時の判断を理解するのに、この言葉だけで十分だったのだ。

 

 

 

シンデレラプロジェクトの復活ライブはもう二日後までに迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

次の日。ライブ前日になり騒々しくなる社内を横目に、とある小さな部屋では騒々しさを微塵も感じさせない感動の再会ムード一色に染まっていた。

 

 

 

 

「アーニャちゃん、美波ちゃーん、ホントに久しぶりです~!」

 

 

 

両手を広げて抱き着く私。そんな私を優しく包み込んでくれたのは銀色の髪をした女性と記憶の中よりほんの少し髪が短くなった茶色の髪をした女性だ。

 

前日の最終確認があるから、そう言われ指定された部屋に向かった私を出迎えてくれたのはかつての仲間である二人だった。

明日のライブにラブライカとしてステージに立つ二人――……、美波ちゃんとアーニャちゃんだ。

アイドル活動を辞め、千葉のテレビ局でアナウンサーとなった美波ちゃん。私の記憶の中の美波ちゃんは長い茶色の髪を後ろで結んでいたが、四年半ぶりに見た美波ちゃんの髪は肩に掛かるかどうかくらいの長さまで短くなっていた。

 

 

 

「久しぶりね、卯月ちゃん。色々あったみたいだけど明日はみんなでステージに立つことができそうで嬉しいわ」

 

「ありがとうございます~。私もホントに嬉しいですぅ~」

 

 

 

止まらない涙のせいで鼻声になってしまった私を見て、美波ちゃんは笑いながらそっと指先で私の目に溜まった涙を拭いてくれた。

 

 

 

「ワタシも久しぶりにウヅキに会えてうれしいです。Желаю удачи!明日はガンバリマショウ」

 

「……アーニャちゃ~ん!」

 

 

 

アーニャちゃんは美波ちゃんと比べてあまりの私の記憶の中の姿とは変わっていなかった。

ただ、今はきらりちゃん同様ファッションモデルとして活動しているせいか、着ている服はとてもオシャレだし何より背筋がピンと伸びてて姿勢が良い。そのせいか、ほんの少しだけ身長が高くなったような気がする。

 

私たちニュージェネレーションズと同時期にユニットデビューしたこの二人。トップバッターとしてデビューした先輩として、そしてシンデレラプロジェクトの最年長者として、美波ちゃんは個性豊かなシンデレラプロジェクトのメンバーを束ねるリーダーのような存在だった。

アイドルフェスの前に行われた合宿では美波ちゃんが指揮を執り、亀裂が生じ始めたメンバーたちを『スペシャルプログラム』と称したレクレーションを通して見事メンバー全員を一致団結させたり、アイドルフェスではステージリーダーとして不安や緊張に押しつぶされそうになっているメンバーたちを励ましたりと、常に率先して私たちの前を走ってくれる頼もしいリーダーだったのだ。

 

 

そしてもう人のラブライカであるアーニャちゃん。アーニャちゃんはロシアと日本のハーフで日本語のリスニングが少しだけ苦手らしく、そのせいか活動初期はなかなかメンバーたちと馴染めないでいたが美波ちゃんが助けもあり次第にメンバーと打ち明けれるようになっていった。

そしてアイドルフェスが終わった数か月後、美城常務が立ち上げた新規企画である『プロジェクトクローネ』に参加することになる。

 

 

 

 

「自分は今まで一人で決めたことがなかった。だからこそ変われるならそこから変えたい」

 

 

 

 

これはアーニャちゃんのプロジェクトクローネへの参加が決まったと知った後、美波ちゃんに聞いたセリフだ。

プロジェクトクローネに参加することにアーニャちゃんは最後まで不安や迷いがあったらしいが、それでも「変わりたい」という意思を強く持ってその不安や迷いに立ち向かった。

 

その勇気が、その強い意志が、私は羨ましかった。

もし自分がアーニャちゃんの立場だったらどうしていただろうか。シンデレラプロジェクトのことをよく思わない美城常務が企画したプロジェクトに、全く知らないメンバーたちがいる中に、勇気を持って飛び込むことができるだろうか。

 

アーニャちゃんはおそらくおっとりした見た目に反して意志が強い女の子だったのだ。そんな強い意志の元、日々変わり続けようと不安や迷いに立ち向かっているアーニャちゃんを何処か羨まし気に見ていたのを覚えている。

 

 

美波ちゃんもアーニャちゃんも、二人とも今はアイドル活動は行っていない。テレビ局の女子アナとファッションモデル――……、あの頃とは全く違ったステージでの日常を送る二人。

それでもあの頃と何一つ変わらない二人の表情を見て、今の日常が充実していることを私は察した。

 

 

 

 

 

――私も、負けてられないなぁ。

 

 

 

 

 

自然と湧き上がってくる対抗心。

だがその対抗心は昔シンデレラプロジェクトのみんなを見て抱いていた『嫉妬』とは違う。頑張ってるみんなに負けないように私も頑張ろう――……、そう思える心地の良い対抗心なのだ。

 

この純粋な対抗心が妙に懐かしかった。少しずつ、だけど確実にあの頃の私に戻りかけている。

二人に抱き締められて涙を流す中、私はゆっくりと変わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「卯月ちゃーん、久しぶりだね!あ、クッキー作って来たんだけど、卯月ちゃんも食べる?」

 

「わー、美波ちゃんもアーニャちゃんもかな子ちゃんも久しぶり!」

 

「みんなお久しぶりです!なんだか懐かしいですね」

 

「仕事?終わらせてきたよ。まったく……、午後から最終確認あるから今日中にやらないといけない仕事を午前中で終わらせろって、どんだけここはブラックなんだよ」

 

「卯月ちゃん!Pチャンから聞いたよ、アイドルに復帰したんだってね!」

 

「おぉ、懐かしき我が下僕たちよ!」

 

 

 

 

 

それから暫くして小さな子供を抱えたかな子ちゃんがやって来て、午前中のレッスンを終えたみりあちゃんと莉嘉ちゃん、そして仕事を猛スピードで終わらせてきた(らしい)杏ちゃんが来て、最後にみくちゃんと蘭子ちゃんがやって来た。

 

四年半ぶりの再会をする度に私は枯れるほどの涙を流した。みんな四年半前と比べて変わったなと感じたことは多々あったが、根本的な大事なところは何一つ変わっていなかった。夢に向かって、憧れる自分を目指して、ギラギラした目で頑張っていたあの頃。シンデレラプロジェクトの解散に従い、皆選んだ道は別々だけどその別々の道で見つけた新たな夢や目標に向かって皆今もギラギラした目を持ち続けていたのだ。

その事実が嬉しくて嬉しくて、私はもう一生分の涙を流し切ったのではないかと思えるほどに泣き続けていた。

 

残りのメンバー――……、埼玉で女子アナとなった智絵里ちゃん、ファッションモデルのきらりちゃん、シンガーソングライターとして活動している李衣菜ちゃん、そしてニュージェネレーションズのメンバーであった未央ちゃんと凛ちゃんの五人はスケジュールの都合が合わなかったみたいで、明日の当日の会場入りの予定らしく今日は姿を見せなかった。

 

 

 

 

「残りの五人に関しては既に個別でリハも終えているので心配はないかと思います」

 

 

 

 

最終確認のためにざっと大まかな流れを話していたディレクターが最後にそう付け加える。

『一夜限りの復活ライブ』と大々的なフレーズを謳った今回のライブだが、実際は美嘉さんが話してくれたように様々な事情によって制限が多いライブになってしまっていた。それに売れっ子アイドルとして多忙な毎日を送るメンバーもいる中、十四人全員そろってのリハーサルは不可能に近い――……。

 

そのためライブ自体は目立った演出やステージがほぼ無いのだ。要は順番にステージに上がってそれぞれが歌を歌うだけ――……。派手な乗り物に乗って登場したり、全員でダンスを踊ったりするわけではないので極端な話、こうしてそれぞれ別々にリハーサルを行っても問題はなかった。

 

次第にライブに日が近づくにつれ緊張感が募っていた私だが、今日の説明を聞き少しは緊張もほぐれた。

基本的に一人一曲しか歌わないため私はS(mile)ING!の練習だけをこの二か月間やってきたし、まだまだ本調子には遠いとはいえある程度の感覚は取り戻すことができたと思う。

それに周りのメンバーたちもあまり緊張しておらず、どちらかと言えばリラックスして久しぶりの再会を楽しんでいるように見える。

 

 

最終確認が始まる前に各自に配られた明日のライブのセットリストが書かれた紙。その紙の五番目に私の名前とS(mile)ING!の名が書かれていた。

トップバッターはアーニャちゃんと美波ちゃんのラブライカ。それから蘭子ちゃん、みくちゃん、李衣菜ちゃんと続き、私の番だ。今日は合流できなかった未央ちゃんは私の次で、最後の十四人目は凛ちゃん。その後は何も書かれてなかったが、ディレクター曰くもし何もアクシデントが起こらず時間通りにスケジュールをこなせたら多少時間が余ることになっているらしい。だからその余った時間は十四人全員でステージに上がることも出来ると話してくれた。

 

 

 

 

結局、最終確認という名目で集められた私たちだったが、その最終確認は三十分もせずに終わってしまい、それから暫くは今集まっているメンバーでの懐かしい昔話に華を咲かせていた。

 

みんな分かっていたのだ、このシンデレラプロジェクトの復活ライブに隠された本当の意味を。

シンデレラプロジェクトの解散を機に更に景気が悪くなり続けている346のアイドル部門。その悪化に歯止めをかけるために美城常務が渋々この企画を許可した――……、というのはあくまで表向きの理由で、本当は美嘉さんが言っていた通り、数年前に出来なかった十四人全員が笑顔で旅立てるための本当のシンデレラプロジェクトの卒業ライブなのだ。

十四人全員に笑顔で旅立ってほしい――……、ただそれだけの気持ちで武内プロデューサーは自分をクビにした会社の企画のため、バラバラになった私たち十四人を集めたのだ。

 

 

 

 

「ホント、Pチャンには頭が上がらないわ。あの人のおかげでこうしてみんな集まれたんだよね」

 

 

 

みくちゃんの言葉にみんなが黙った頷いた。

自分をクビにした会社のために動くことがどれだけ屈辱的なことだったか、それでも武内プロデューサーは会社のためではなく私たち十四人のために動いてくれた。例え自分の名前がスタッフロールに載らないとしても、自分の働きを正当に評価してくれなかったとしても、武内プロデューサーは私たちの為だけに何も言わずに黙って動いてくれたのだ。

 

 

 

 

「明日は頑張りましょうね。『Power of smile』で。武内プロデューサーに全員で恩返しをしなきゃ」

 

 

 

美波ちゃんの言葉を最後に、私たちは別れた。

スマートフォンの時計はもう夕方の五時を表している。明日の会場入り予定時刻は午後二時。シンデレラプロジェクトのメンバー全員で集まるまでもう二十四時間を切っていた。

 

もう二十四時間もせずにシンデレラプロジェクトの十四人が全員揃う――……。そう思うと未だにまだ実感がないような気もする。

四年半もの間、いつか十四人全員で集まれたらなぁとただ夢のように思っていたことがもうすぐそこまで迫ってきては現実になろうとしているのだから。みんなに会ったら話したい事、聞きたい事、沢山あった。でもその前に――……、まずはちゃんと謝らなきゃいけない。未央ちゃんと凛ちゃんには特に、だ。

 

それでもメンバー全員に会うことにもう恐怖はなかった。アイドルを辞めてからの四年半の自分もアイドルに復帰したこの二ヶ月の自分も全てを隠さずちゃんと見せることができたらな、って思えるようになったのだ。

 

 

でも十四人全員で揃う前に、私には会わなくてはいけない人がいた。

私は会社を出ると待ち合わせの時間に遅れないよう、少しだけ足早に駅へと向かっていった。

 

 

 

 



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episode,13 魔法の正体

 

 

「そうですか、皆さん元気に頑張っているようで安心しました」

 

 

 

 

夕暮れ時を迎えた頃、私は会社から数駅離れた駅の前にある喫茶店にいた。私の前には先ほどまで一緒にいたシンデレラプロジェクトのメンバーたちの様子を聞き、安堵のため息をついている武内プロデューサー。

 

 

 

 

『復活ライブの前日の夜、お時間ありませんか?』

 

 

 

 

私がそのメールを送ったのは復活ライブの丁度一週間前の日曜日だった。

武内プロデューサーと会うのは私がアイドルへの復帰を決めたあの日以来。あれから早いもので二ヶ月の月日が流れてしまっていた。

美嘉さんから聞いた武内プロデューサーの話。私たちが入社する前に美嘉さんたちと何があったのか、私が採用された時裏側では何があったのか、そしてシンデレラプロジェクトの解散の真実――……。今頃になって全てを知った私はどうしても復活ライブまでに武内プロデューサーと直接会って話をしたかったのだ。

 

 

 

 

「……プロデューサーさんのこと、美嘉さんから全て聞きました」

 

「わたしの……、ことですか?」

 

 

 

 

私の台詞が言葉足らずだったせいか、武内プロデューサーは少し驚いたように目を見開いていた。はい、と小さく呟き頷くと私は視線を武内プロデューサーから目の前に置かれたグラスに入ったカフェオレへと落とす。

話したい事、伝えたい事があって今日は来てもらったのにいざ本人を前にするとなかなか言葉にして伝えることができない。私は二人の間に流れる沈黙を少しでも誤魔化すように、目の前のグラスに入ったストローを力なく回していた。

 

 

 

「美嘉さんたちの担当プロデューサーだった頃に何があったのか、本当はシンデレラプロジェクトに欠員なんて出てなかったことも、そしてシンデレラプロジェクト解散の事情も……」

 

「そう、ですか……」

 

 

 

武内プロデューサーは罰が悪そうな表情を浮かべると右手を頭の後ろへと持っていく。それは昔も今もと変わらない、武内プロデューサーの癖だった。

 

 

 

「今更遅いのかもしれないけど……、それでもちゃんと伝えたかったんです。上司に反発してまで私を採用しようとしてくれたこと、自分の事よりも私の事を優先して最後まで私を庇ってくれたこと、そして四年半の時間が経っても私の事を気にかけていてくれたこと……」

 

 

 

あの時の私はまだ子供で自分の事で精一杯だった。

ようやく見えてきた自分の夢に少しずつでも近付こうとがむしゃらに走って、次第に周りのメンバーたちと比べて自分には何もないことに気付き始めて不安になって、そして成功が保証されていない未来に怯え、自分を信じれなくなり見えない不安や恐怖に押し潰されそうになって、私は武内プロデューサーの優しさに気付くことが出来なかった。

 

どれだけ武内プロデューサーが私の事を気にかけていてくれたのか。もしあの時、私がそれに気付くことが出来ていたらもしかしたら未来は少し変わっていたのかもしれない。

 

 

 

「嬉しかったです。そこまでプロデューサーさんが私の事を大事にしてくれていたとは思っていなかったんで……。私、プロデューサーさんに魔法をかけてもらえて、本当に幸せでした。何も個性がない私があんなに素晴らしい世界を体験できたのは紛れもなくプロデューサーさんがかけてくれた魔法のお陰です」

 

「島村さん」

 

 

 

私の言葉を遮るような武内プロデューサーの声。私は思わず口を止めてしまう。

 

 

 

「島村さんは一つ、勘違いをしています」

 

「……勘違い、ですか?」

 

 

 

武内プロデューサーの言葉にきょとんとする私。

そんな私を真っすぐに見つめる武内プロデューサーは「そうです」とだけ言うと静かに頷く。

 

 

 

「私はただのプロデューサーであって魔法使いではないのですよ。島村さんが体験したこと、それは島村さん自分自身の努力で掴み取った体験です。島村さんは自分自身の努力と実力によって、自力で階段を上ったんですよ」

 

 

 

私はあくまでシンデレラである貴女たち十四人を城の前まで連れていく馬車ですから。

そこまで言うと武内プロデューサーはニッコリと頬を緩め笑みを浮かべた。

 

 

 

「だからもっと島村さんは自信を持ってください。貴女の努力が、夢に対する熱い想いが、そして誰にも負けない笑顔が、貴女を階段の上へと連れて行ったのですから」

 

「……プロデューサーさん」

 

 

 

そう言われたものの、私がシンデレラになれたのも、こうして再びアイドルに復帰することができたのも、決して私一人の力ではない。階段を上ることが出来てこうしてどん底から復活することが出来たのは紛れもなく武内プロデューサーがいたからこそなのだ。

シンデレラは一人ではガラスの靴を履くことが出来ない。まさしく私に靴を履かせてくれたのは武内プロデューサーだ。

 

そんな武内プロデューサーの気遣いに気付くのが遅すぎた。私の今のプロデューサーは美嘉さんであって武内プロデューサーではない。せめて武内プロデューサーが担当していてくれた時に気付くことができたら――……、そう悔やんでも時間は過去に戻せないのだ。

 

それでも、私は武内プロデューサーが私に経験させてくれた素晴らしい体験を、今度は私が一人のお客さんである武内プロデューサーに経験させてあげたいと思う。武内プロデューサーが私の為に作ってくれた曲で、明日は成長したの私を見せるのだ。アイドルとして毎日が充実していた半年間、その半年間を引きずり迷いながらも歩んだ四年半、その全てを通して少しでも変わった私を見てもらいたかった。

それが今の私にできる唯一の恩返しだと思うから――……。

 

 

 

「私はもう関係者ではないので舞台裏には入れませんが、明日は一人のお客さんとしてライブを見に行きます。是非、島村さんらしい笑顔で頑張ってください」

 

 

 

武内プロデューサーの言葉に私は満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「はい!島村卯月、頑張ります!」

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

ライブの当日は晴れ渡った快晴の空だった。

興奮してか緊張か、あまりよく眠れなかった私は家でジッとしていることが出来ず、予定より数時間も早く家を飛び出した。

 

 

 

「卯月、頑張ってね。ママも応援行くから」

 

 

 

家を出る前に見送りに来てくれたママがチケットを右手に、左手で拳を作り私に見せるようにして掲げている。

昨日の帰り際に武内プロデューサーに貰った今日のライブのチケット。それを私は昨晩、ママに渡した。最後まで迷ったがアイドル活動を誰よりも応援してくれていたママに、そして一番迷惑をかけたママに明日の晴れ舞台を見に来てほしかったのだ。

私がアイドル活動に復帰したことをママには話していなかったがママは薄々勘付いていたらしく、私の話を聞いてもあまり驚いた様子はなかった。

 

 

 

「親をなめたらダメよ。卯月の事はなんでもお見通しなんだから」

 

 

 

そう言って抱き締めてもらった時、私は子供の時以来にママの前で大泣きした。

アイドルを辞めて荒れた時期もあって、何度もママと喧嘩してはそのせいで昔ほどは仲良く話す機会が減った私たち。それでもママは私の事を一歩離れた距離からずっと見守っていてくれていたのだ。

そして今はこうして再び夢に向かおうとする私を静かに応援してくれている。親が自分自身を応援してくれることがどれだけ有り難い事か、それもこうして二十歳を超えた今、ようやく気付くことができたのだ。

 

 

 

 

会場入りする前に私はどうしても行きたい場所があった。

昔通っていた養成所だ。養成所の前の通りを通るのはアイドルに復帰することを決めたあの日以来だった。日曜日だというのに目の前の通りから熱心にレッスンをする女の子とそれを厳しい眼で見つめるトレーナーの姿が見える。

私もこんな頃があったなぁ、なんて懐かしい気持ちに浸り、立ち尽くしてしまった。夢が叶うことしか考えずにがむしゃらにレッスンを受け続けた養成所時代。今はもうあの頃ほどの純粋な気持ちはないのかもしれない。

大人につれ知りたくない現実、見たくない事実、色んなものを見てしまう。それは誰もが経験することだ。そうやって人は大人になっていくのだから。

 

それでもその壁にぶち当たって悩んで迷っていた私を力強く引っ張ってくれていたのは養成所時代の夢に向かって真っすぐな私だった。あの頃のひた向きな気持ちを思い出す度に、私は「まだやれる。まだ羽ばたける」と自分を信じることができるのだ。

 

昔はそんな自分が大嫌いだった。現実も見ないで夢ばっかり語って、そんな自分がカッコ悪いとさえ思っていた。夢から逃げて荒んで頑張ってる人を馬鹿にして、そうでもしないと私は自分を保っていられなかったのだ。

 

だけど今は違う。夢に向かってひた向きだった頃の自分も、夢破れて荒んだ自分も、そして今もう一度羽ばたこうとしている自分も、全部大切な私なのだ。何一つ欠けてはいけない、大切な私の欠片たちなのだ。

 

 

デビューに向けてひた向きに頑張っていた養成所時代の私、その時代を無理矢理でも忘れ去ろうとした四年半の私、そして全てを認めて受け入れようとしている今の私。

復活ライブを数時間後に控え、私は最後にこの養成所でもう一度私の全てを見つめ直していた。

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

予想以上に養成所に長くいたせいか、あれだけ早く家を出たのにライブ会場に着いたのは集合時間ギリギリだった。

美嘉さんは朝から事前に最後の打ち合わせがあるため今日は一人で会場入りする予定になっていた。昨日の最終確認で受け取った地図を頼りに静寂に包まれたライブ会場の中を一人で歩く。今はまだ真っ暗で関係者以外誰もいないこのライブ会場。数時間後にライブが行われることがまるで嘘のように静まり返っていた。

 

暫く歩いて見つけた楽屋と思われる部屋。もう一度左手に握った地図と今いる場所を照らし合わせる。ここで間違いないと確認すると私は重いドアをゆっくりと引いた。

 

 

 

「おはようございまーす」

 

 

 

呑気な声でゆっくりと楽屋に入った私だったが、その直後にドアノブを握り締めたまま固まってしまった。

狭い楽屋はもう既に大勢の人で埋め尽くされていたのだ。直前まで聞こえていた話し声はバッタリと消え、楽屋に居る大勢の人は皆一斉にドアを開けた私の方へと視線を向けている。

そこには私を除くシンデレラプロジェクトのメンバー全員が揃っていたのだ。

 

 

 

「卯月!」

 

 

 

勢いよく立ち上がって私の名前を呼んだ黒髪の女の子。立ち上がった際に倒れた椅子に目もくれず、私の前まで走ってくる。そして勢いそのままに私を思いっきり抱き締めてくれた。

 

 

 

「卯月……!ホントに会いたかったんだよ……」

 

「しまむー、久しぶりだね」

 

 

 

凛ちゃんは私を抱きしめたまま大粒の涙を流し、未央ちゃんはそんな凛ちゃんの肩を優しく撫でながらも目頭に貯まった涙を必死にこらえるようにして笑っていた。

四年半前に別れてからテレビ越しでしか見ていなかった二人。テレビや雑誌ではすごく大人びて見えた二人だったのに、こうして直接会って見るとあの頃と何も変わっていなかった。『大ブレイクの歌姫』だなんてフレーズで謳われていた凛ちゃんも、舞台女優として輝く未央ちゃんも、私の記憶の中にある共にアイドルを夢見て隣に立っていたあの頃と何一つ変わっていなかったのだ。

 

 

 

「凛ちゃん、未央ちゃん……。本当にごめんなさい~」

 

 

 

それから私たち三人は抱き合ったまま大泣きした。ここが楽屋だということも、これからライブだということも、何もかもを忘れて私たちは大泣きした。二人に会ったら泣かないで笑顔でいようと決めていたのに、そんな決意はあっという間に忘れて私はただただ泣き続けた。

三人で一緒に頑張ろうと約束したあの頃の私たち。いつも三人一緒でファミレスでくだらない話をしては何時間も盛り上がったり、オフの日に三人で洋服を買いに行ったり遊びに行ったり――……、そして美嘉さんのバックダンサーとしてデビューした事、ミニライブ直後に未央ちゃんがアイドルを辞めると言い出した事、凛ちゃんのプロジェクトクローネへの参加、未央ちゃんのソロ活動を巡って屋上で話をした事、私がアイドルを辞める前日に三人で公園で初めて本音をぶつけ合った事。小さな思い出も大きな思い出も、私は何一つ忘れることなく覚えていた。次から次へとフラッシュバックする思い出に私は涙を抑えることができなかった。

やっぱりこの二人は私にとって特別な存在なのだ。どれだけ時間が経っても、お互いの立場がどれだけ変わっても、この二人への思いは変わらないのだ。

 

私は暫く二人と一緒に何もかもを忘れて、ただただひたすらに泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、そろそろ三人とも泣き止みなさい。メイクスタッフが困ってるわよ」

 

 

 

暫くしてやってきた美嘉さんに苦笑い交じりにそう言われ、ようやく泣き止んだ私たち。そんな私たちを遠くから見ていたメイクスタッフの女性たちは笑っていた。

それからそれぞれが順番に最後のリハーサルを行っては衣装に着替えメイクをしてもらって、着々とライブへの準備が進められた。衣装に着替え、メイクもしてもらってから見る会場の景色は下見でライブ会場に来た時より少しばかり大きく見える。開演直前になり、ほんの少しばかり私の中に緊張が生まれ始めているのが分かった。

だがリハーサルを終えて楽屋に戻ると、そんな緊張とは無縁の残りのメンバーたちが思い出話に華を咲かせていた。

 

 

 

 

「で、李衣菜ちゃんはギター弾けるようになったの?」

 

「そ、それはその……。まだ練習中、みたいな感じかな」

 

「なら何でギター持って来てるのよ」

 

「う、うるさいなぁ!そういうみくちゃんこそ語尾に『にゃ』って付けるの辞めたけど今更なって恥ずかしくなったりしたんじゃない~?」

 

「なっ、そんな訳ないにゃ!ほらっ、猫耳だってちゃんと持って来てるし!」

 

「どーだかねぇ~」

 

 

 

ライブ前なのにどちらかと言えば同窓会に近い雰囲気だ。久しぶりに会ったのに変わらず口論になっているみくちゃんも李衣菜ちゃんも、全く緊張感の欠片も感じられない。その雰囲気のせいか、私も少しばかり張りつめていた緊張が解けたような気がした。

 

 

 

「しまむーはその衣装にしたんだ」

 

「その衣装も懐かしいね。卯月、似合ってるよ」

 

 

 

既に着替えもリハーサルもメイクも終えて楽屋で待機していた二人。黒主体でところどころの青色が散りばめられているドレスを着た凛ちゃんに、ニュージェネレーションズとして活動していた頃に何度か着た赤色のフリフリの衣装を着た未央ちゃんにそう言われ、私は鏡越しに映る自分をもう一度見つめた。

私が選んだ衣装は白色のシャツに黒色のネクタイ、斜めにかかったベルトがあって少しばかり破れているミニスカート。私たち三人が美嘉さんのバックダンサーとして初めてステージに立った時の衣装だ。

 

 

 

「私はこれが一番お気に入りなんです。今日歌う曲とはちょっとイメージ違うけど……」

 

 

 

S(mile)ING!の曲とは少しイメージが違うけど、私はどうしてもこの衣装を着て復活ライブに立ちたかった。あの時初めてアイドルとしての一歩を踏み出し時のこの衣装で、私はもう一度リスタートを切りたかったのだ。

 

楽屋に居ても聞こえる外の音。ライブ会場の外では物販の販売が始まったらしく、拡声器を通して聞こえるスタッフの声、そして今日のライブに来てくれたお客さんたちの声。そんな沢山の声がライブ開始が目前に迫っていることを私に知らせている。

それでも私はもう少しだけこの懐かしいメンバーとの思い出話に華を咲かせるべく、外から聞こえる声には耳を傾けずに、この小さな楽屋で大好きなメンバーたちが行わっている昔話だけを今はめいいっぱい楽しむことにした。



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Final episode 魔法のS(mile)ING!

 

 

 

 

綺麗で透き通った歌声がマイクを通して聞こえてくる。

私は舞台袖から隠れて李衣菜ちゃんのステージを見ていた。マイクを握り締めて高らかに歌い上げる李衣菜ちゃんの前には青一色のペンライトで染められた大観衆。ライブが始まる直前に美嘉さんが教えてくれたが、今日のライブのチケットは前売りが応募開始から一時間で完売、当日券もものの数分で完売したらしい。二万人収容のライブ会場は今日限りの復活ライブを見るために駆け付けたお客さんで満員となっていた。その大観衆が今、ライブ会場を幻想的なペンライトの海に作り替えている。

その絶景の前で李衣菜ちゃんは臆することなく自信満々に歌っていた。

 

 

 

「……卯月ちゃん、大丈夫?」

 

 

 

私の横で一緒に李衣菜ちゃんのステージを見ていた美嘉さんの声。

正直、大丈夫と言えば嘘になる。ラブライカの二人がトップバッターとしてステージに立った時から私の胸は張り裂けそうなくらいに緊張していた。五月蠅いくらいの音を響かせる鼓動、震えが止まらず立っているのが精いっぱいの私の足、私は今までにないくらいの緊張感に襲われていた。

 

 

 

 

『みんなー、今日はありがとう!この後もまだまだ続くから、ロックに盛り上げてねー!』

 

 

 

いつの間にか歌い終わっていた李衣菜ちゃんの大観衆を煽る声で我に返る。慌ててステージの上に立つ李衣菜ちゃんへと視線を戻すと、李衣菜ちゃんは別れを惜しむようにして手を振り続けるとゆっくりと私のいる舞台袖とは反対の方へと足を進めていた。李衣菜ちゃんがステージからいなくなると次はいよいよ私のステージだ。

そう思うと背中が一気に冷たくなる。更に加速する鼓動。私の膝は本格的に笑い始めていた。

 

 

 

「島村さん、予定通り一分後行きます!スタンバイお願いします!」

 

 

 

何処からか聞こえてきたスタッフの声に私は怯えたように肩を上げて反応してしまう。隣に立つ美嘉さんは私の右手を両手でギュッと握り締めてくれていたが、それでも隠しきれない緊張で私は右手の先までをも震わせてしまっていた。止まらない手汗、美嘉さんが握ってくれている右手が熱を帯び始めてくる。

チラッと見たステージは李衣菜ちゃんが残した熱がまだ残っていた。大観衆は次は誰が出てくるのかを楽しみに待っているかのように様々な色のペンライトをゆっくりと動かしている。

李衣菜ちゃんや他のみんなが残した熱を私はしっかり引き継ぐことができるだろうか――……。もし私が出ることによって会場の盛り上がりが冷めてしまったらどうしよう――……。

次から次へと湧き出てくる不安。私は次第に膨らみ続ける不安に押しつぶされそうになっていた。

 

 

 

 

「卯月!」

 

「良かった、間に合ったんだ」

 

 

 

 

突然私の後ろから聞こえてきた二人の声と足音。振り向いた先には少しだけ息を切らして肩で呼吸をしている凛ちゃんと未央ちゃんが立っていた。

暗くてよく見えないが、二人は何かを隠しているかのように笑っている。それはまるで小さな子供が悪戯を思い付いた時のような表情だった。

 

 

 

「しまむー……」

 

 

 

未央ちゃんがもう一度私の名前を呼ぶと二人はゆっくりと足を動かし、私を挟むようにして両脇に立ち止まった。何が始まるのか予想が出来ず、両脇の二人を交互に見渡す私。二人は変わらず悪戯を隠す子供のように笑っていた。

そしてキョトンと立ち尽くす私に未央ちゃんが満面の笑みで口を開いた。

 

 

 

「なま!」

 

「ハム!」

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 

 

突然何を言い出したのか分からず私は咄嗟に呟いてしまった。

凛ちゃんも未央ちゃんも、そんな私を見て笑っている。

 

 

 

「覚えてないの?ニュージェネで活動していた時、よく三人でやってたじゃん」

 

「私がチョコレートで未央がフライドチキン、卯月は生ハムメロンだったでしょ?」

 

「あぁ……」

 

 

 

そこまで言われてようやく思い出した。

初めて美嘉さんのバックダンサーとしてステージに立った時、それこそ今の私のように私たち三人は揃って緊張してガチガチになっていた。そのガチガチのままスタンバイの位置に着こうとした時、先輩である日野茜さんから「掛け声は決まってる?」と聞かれたのだ。

好きな食べ物とか良いですよ、なんて言われて私たちは咄嗟に自分の好きな食べ物をそれぞれ口にした。結局あの時はジャンケンで勝った未央ちゃんが言った「フライドチキン」を掛け声に、私たち三人はペンライトの海へと飛び込んだのだ。

そこからはあまり覚えていないが、あの掛け声でガチガチだった私たちの緊張が解けたのは今でも覚えている。それを機に、私たちニュージェネレーションズは何かライブがある度に毎回ジャンケンをしては勝った人の好きな食べ物を掛け声にしてステージへと飛び出すようになったのだ。

 

 

 

 

「すみません、忘れてました……」

 

「ほーら、やっぱしまむーのことだからそうだと思ったよ」

 

「……もう一回、やりませんか?」

 

 

 

思わず零れた笑み。私は両手を二人の前で合わせるとお願いするようにして片目を閉じる。そんな私を見る二人も笑っていた。

 

 

「いいよ、もっかいやろうよ」

 

「よしっ!それじゃあ気を取り直して……」

 

 

未央ちゃんの元気な声。私たちは笑顔でアイコンタクトを交わす。

 

 

 

 

 

「なま!」

 

「ハム!」

 

「メロン!!!!」

 

 

 

 

私たち三人は揃って右手を上へと思いっきり伸ばした。

あの時と一緒だった。どんなに緊張したって、不安があったって、この二人がいてくれたら私はその恐怖に立ち向かうことができる。不安に押しつぶされて消えようとしていた勇気の炎が一気に燃え上がるのだ。

今日だって二人が傍で見守ってくれているから大丈夫。私を襲っていた不安を二人が包み込んでくれる勇気が掻き消してくれるのだ。

 

 

 

 

 

「島村さん、オッケーです!」

 

 

 

 

響き渡るスタッフの声。

私はもう一度、未央ちゃんと凛ちゃんとアイコンタクトを交わす。そして最後にその様子を少し離れたところから見守ってくれていた美嘉さんの方へと戻した。美嘉さんは私に対し右親指を立てながらウインクをしてくれた。

 

 

 

 

「卯月ちゃん、行ってきな!」

 

「はい!私、頑張ります!」

 

 

 

それから私は振り返ることなく、大観衆のカラフルなペンライトが待つステージ目指して駆け出した。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

私がステージに姿を現すと地響きのような大歓声が私を包み込んだ。その大歓声に思わず怯みそうになりながらも私はゆっくりとステージの中央まで足を進めた。

ステージ中央まで辿り着くと私は一度深呼吸をすると正面へと身体の向きを変えた。そのタイミングで私にスポットライトが当たる。次第に大観衆の声は小さくなっていき、ペンライトの動きも鈍くなる。暫くすると会場は無言になりペンライトの動きも止まってしまった。

 

さっきまでのステージとは空気がガラッと変わっていた。独特の空気が包む会場、その会場に押し掛けた大観衆がみんな私だけを見つめている。

私はもう一度深く深呼吸をすると右手に握り締めていたマイクを口元へと近付けた。

 

 

 

 

「皆さん、はじめまして……、の人が多いかと思います。島村卯月です」

 

 

 

精一杯出したはずの第一声は僅かに震えていた。

そんな私の言葉に観客席からはぎこちない歓声が返ってくる。

 

 

 

 

「私はシンデレラプロジェクトが始動してから僅か半年で活動休止になり、それから復帰することはありませんでした。だから……、私の事、知らない人が殆どだと思います」

 

 

 

会場は静まり返っていた。その中でもほんの数えるほどだがピンクのペンライトが必死に目立とうと動いている。きっとニュージェネレーションズの時から私を見ていてくれたお客さんだろう。

 

 

 

「今日は私の歌を聴いてもらう前に、皆さんに私の話を聞いてほしいと思います」

 

 

 

 

異様な光景だった。会場に押し掛けた二万人もの大観衆が皆黙って私だけを見つめているのだ。同じ会場、同じ大観衆のはずなのに、数分前の李衣菜ちゃんのステージとは全く違う世界がそこには広がっていた。

今目の前にいる人たちの殆どが私の事を知らない人たちだ。その赤の他人と言っても過言ではない人たちに私の伝えたい事が伝わるだろうか。今更ながら不安になる。

それでも私はそんな不安を掻き消すようにしてマイクを握る手とは反対の左手で強く拳を作って握り締めた。武内プロデューサーのためにも美嘉さんのためにも、そして皆それぞれの場所で頑張り続けるシンデレラプロジェクトのメンバーたちに負けないためにも、私はもう逃げ出さないと決めたのだ。

 

 

 

 

「私は……、私は昔からキラキラするアイドルに憧れていました。素敵な衣装を着て大勢の人の前で歌を歌って、そんなアイドルになれたら良いなって思っていました。アイドルになりたくて養成所に通って色んな会社のオーディションを受けては落選を重ね、それでも諦めきれないで走り続けてきました。だから――……、シンデレラプロジェクトに受かった時は凄い嬉しかったです。『やっとデビューできるんだ』って思うと嬉しくて仕方なくて、ずっと遠かった夢の光がようやく見えた気がして、これから始まるアイドル生活への期待に胸を弾ませていました。だけど……」

 

 

 

 

そこで言葉を詰まらせてしまう。目の前の世界は相変わらず無言のまま、私の次の言葉を待っていた。

何度目か分からない深呼吸。今までよりほんの少しだけマイクを握る右手の力が強くなったのを感じると私はそのまま重い口を開いた。

 

 

 

「私はアイドルとして活動していく中で次第に劣等感を感じるようになりました。私には『個性』がなかったんです。『これだけは誰にも負けない』といった様に自信を持って言える個性が私にはありませんでした。その事に気付き始めるといつの日からか楽しかったはずの、あんなに憧れていたはずのアイドル活動が、成功が保証されていない未来への不安、今の自分が限界なのではないかという恐怖、それらに怯え神経を擦り減らしながらこなす苦行へと変わってしまったのです。その恐怖に逃げるようにして私はクリスマスに行われたニュージェネレーションズのライブの当日、アイドルを辞めました」

 

 

 

 

気が付けば自分でも不思議に思えるほど、次から次へと言葉が出てきていた。相変わらず目の前の二万人のお客さんたちは静まり返っているが、それに臆することなく自然と言葉が私の口から出てくる。

 

 

 

 

「辞めた後はどうにかしてアイドルへの未練を絶とうと、無理矢理にでも忘れ去るために非道に走った時期もありました。こういうことをステージ上で言うのもどうかと思いますが……、私は高校生の時に学校をサボっては毎日のように夜遊びに明け暮れたり、未成年ながらタバコを吸って停学処分を受けたこともありました」

 

 

 

私の言葉に静まり返っていた会場は僅かにざわめいた。それもそのはずだ、有名なシンデレラプロジェクトの一人が未成年ながらタバコを吸っていたという事実をステージ上で自ら告白したのだから。

これがどれだけのリスクを負うことかは分かっている。だけどそれを承知の上で私自身がこの話をしたいと美嘉さんに提案した。これが原因でもう二度とステージに立てなくなっても良い、それでも私は私がどういった想いでアイドルから離れた四年半の時間を過ごしたのかをみんなに聞いてほしかったのだ。例えそれが私の事を知らないお客さんでも、私はこの復活ライブで私が歩んできた全てを見て欲しかった。

アイドルを夢見てひた向きに走っていた養成所時代も、自分を信じられずにアイドルを辞めて燻っていた四年半も、今の私を支えている大事な私の一部なのだから。

 

 

 

 

「家ではママと毎晩のように喧嘩をしては泣かせてしまい、テレビや雑誌でシンデレラプロジェクトのメンバーたちを見ては嫉妬し、心の何処かでみんなの不幸を願ってしまったり、私の心は荒んでいました。もうどうしようもないくらいに荒んでいたと思います。悔しかったんです、あれだけ夢中になれる夢があったのに自分自身を信じ切れずに逃げ出してしまった自分が。でもどんなに夜遊びをしてタバコを吸ってもアイドル活動への未練が消えることはなくて、私はこのモヤモヤをどうすれば良いのか分からずにずっと燻っていました」

 

 

 

 

みんなが何度も救いの手を差し伸べてくれていたのに関わらず、アイドルを辞める道を選んだのは自分だったのに。何度も無理矢理にでもアイドルを辞める選択が間違っていなかったと、自分の選択を正当化しようと必死に思い込もうとしたけど、無理だった。そうしようとすればするほど逆に苦しくなっていたのだ。

私の居ないところでドンドン先の世界へと進んでいく残りの十三人が羨ましくて――……、悔しかった。私だってみんなと一緒に歩みたかったのに、あの時どうして自分を信じられなかったんだろうと、そう何度も過去の選択を後悔しては無理矢理にでもその未練を無視する毎日を送っていた。

 

それでもそんな日々を過ごす中で私は薄々勘付いていたのかもしれない。アイドルを辞めた選択が間違っていたのだと。だけど私はそれを見て見ぬふりをしては自分に嘘を言い聞かせ過ごし続けた。

 

 

 

「だけど、本当に偶然と偶然が重なって、私は当時は気付くことの出なかった沢山の大切なことを知ることが出来ました。あの時どれだけの情熱を持って私を応援してくれていたのかに、そして四年半もの間私が目を背け続けていた私の本心に気付かせてくれてくれる人たちがいて……。私ももう二十一歳です。ホント、気付くのが遅かったと後悔しています」

 

 

 

 

バイトの帰り道に寄ったコンビニで偶然会ったみくちゃん、そのみくちゃんの助けを借りて四年半ぶりに話をすることが出来た武内プロデューサー。そして私の新たなプロデューサーである美嘉さん。

三人から私は色々な話を聞いた。みくちゃんの冷めぬ夢への情熱、当時は気付けなかった武内プロデューサーの優しさ、美嘉さんが話してくれたシンデレラプロジェクト解散の真実――……。

 

私は幸せ者だった。これだけ沢山の素晴らしい人に私の夢を応援してもらえて。そのことに私は遠回りをして長い時間をかけて、四年半が経った今、ようやく気付くことができたのだ。

 

 

 

 

「アイドルサバイバルに負けて自分を信じられなくなって、逃げるようにして夜遊びにタバコに走って――……。確かに私は遠回りをしたかもしれません。でもそんな四年半という時間を通して私はようやく自分の夢に向き合うことができました。だから……、そんな荒んだ四年半も私にとっては大事な四年半だったんだと今は思っています」

 

 

 

迷って悩んで逃げたこの四年半。でもその時間は決して無駄な時間ではなかったのだ。

 

 

 

 

「今日は歌を歌う前に皆さんに私がどのような想いでアイドルから遠ざかった生活を送ったのを聞いてほしいと思っていました。私の話を聞いて幻滅した方も多いと思いますが……、それでもこれも私の大事な一部なんです。そんな荒んだ時間も経験したからこそ、今のアイドルに復帰する道を選んだ私がいるのだと思っています」

 

 

 

私はみんなに私の全てを知ってほしかった。シンデレラプロジェクトのメンバーたちは勿論、私の事を知らないお客さんにも知っているお客さんにも。

そこまで言うと私は一度マイクを口元から遠ざけ、深く頭を下げる。不気味なほどに静まり返っていた会場はまばらな拍手が起こったかと思えば、次第にその音は大きくなっていき、あっという間にまるで会場が揺れるような大観衆の拍手が巻き起こった。ところどころから聞こえてくる『ガンバレ!』という声援。私はその声援に後押しされるように、ゆっくりと頭を上げた。

 

 

 

 

「今から歌う曲は私を何度も助けてくれた人が私のことを想って私の為だけに作ってくれた大切な曲です。私の全てを込めて歌いますので、私の想いが届くと嬉しいです。これからはどんなに長い道のりだとしてもいつまでも笑顔で歌い続けるために――……。そして、私のように自分に向き合うことができずに燻っている人たちに勇気と笑顔を与えることができたらなと思います」

 

 

 

私は目を閉じた。この会場の何処かで私を見ていてくれるママに、武内プロデューサーに。そしてこの二万人に私の全てが伝わりますように――。

 

 

 

 

「それでは聞いてください、S(mile)ING!」

 

 

 

 

一瞬ステージのライトが消え真っ暗になった。そしてこの二ヶ月で毎日のように何度も何度も聞いたイントロが流れ始める。それと同時に真っ暗なステージの真ん中に立つ私だけにスポットライトが当てられた。

私は何度も深く深呼吸をしては肩の力を抜き、マイクをそっと口元へと運んだ。

 

 

 

 

 

 

それから私は無我夢中で歌い続けた。この二ヶ月で毎日のように何百何千回と練習してきたこの曲を通してこの会場にいる全てのお客さんに、シンデレラプロジェクトのメンバー全員に、そしてこの会場の何処かで私を見ていてくれているであろう武内プロデューサーに、私の全てを見てもらうために、私は全ての想いを乗せて歌った。

 

 

そして私がその姿を見つけたのは、最後のフレーズを歌い上げようとした瞬間だった。

カラフルなペンライトが埋め尽くす二万人の観客席。そのアリーナ最前列の右隅の方に私は目を奪われてしまったのだ。ステージからは遠く離れた見えないはずのその場所には、確かに武内プロデューサーが立っていた。一人だけペンライトを持たずにただ立ち尽くして私の方を見ている武内プロデューサー。

 

 

 

泣いていた。

 

 

 

武内プロデューサーはボロボロと大粒の涙を流してはそれを拭おうともせず、ただ茫然と立ち尽くしていたのだ。

この距離からは涙どころからお客さんの顔を見ることは不可能といっても過言ではない。でも私の眼に映っているのは大粒の涙を流す武内プロデューサーだった。

 

そんな武内プロデューサーを見て、私の脳裏を様々な思い出が走馬灯のように駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「欠員が三名出まして……、受けて頂けますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の全てが皆さんにとって貴重な経験になります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来週、ニュージェネレーションズのミニライブが決まりました。島村さんにも、出演していただきたいと思っています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春に出会った時、私はあなたに選考理由を質問されました。笑顔だと答えました。今、もう1度同じことを質問されても、やはりそう答えます。あなただけの、笑顔だと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「島村さんが帰ってくるのを待っています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本田さんと向き合うことを恐れていた弱気な私に島村さんの笑顔は勇気を与えてくれました。私だけはありません、本田さんに渋谷さん、他にも沢山の人があなたの笑顔の救われています。何度も島村さんに救われたのに、それなのに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし島村さんが今でも夢中になれる何かが見つからず少しでもアイドル活動をしていた過去の自分へ未練や後悔などがあるのなら、もう一度だけあの頃に戻ってみませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はいつでも島村さんを応援しています。もし何か困ったことがありましたらいつでも連絡ください。私にできることであれば全力でお手伝いさせていただきますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからもっと島村さんは自信を持ってください。貴女の努力が、夢に対する熱い想いが、そして誰にも負けない笑顔が、貴女を階段の上へと連れて行ったのですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間にしてまさしく刹那。

養成所で初めて武内プロデューサーに会った時から今までの思い出が次々と浮かんできたのだ。強面の無表情の武内プロデューサー、困ったように右手を頭の後ろへと回す武内プロデューサー、そしてぎこちないように頬を緩め笑う武内プロデューサー。

 

 

「ありがとう」と口にしてしまえば安っぽく聞こえてしまうほど私は武内プロデューサーに何度も助けてもらった。私をアイドルにしてくれ様々な世界を見せてくれて、そして燻っていた私にもう一度立ち上がるチャンスを作ってくれた。

 

武内プロデューサーは私は努力で城の階段を上ったと言っていた。確かにそうなのかもしれない。だけどそれは私だけの力ではなくて、あの人の助けがあったからこそ私はここまで来ることができたのだ。私の努力だけでは決して辿りつけなかった場所に、武内プロデューサーが私を連れてきてくれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その感謝の気持ちを、私の武内プロデューサーへの想いを乗せて、私は力強く握り締めた左手を天に向かって高らかに掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の声と同時に激しく左右に揺れるペンライト、そして鳴り響く大歓声。

その大歓声が私を包み込む中、私には確かに武内プロデューサーの声が聞こえた。

 

 

 

「良い、笑顔です」と。

 

 

 

私は両手でマイクを握り締め、大歓声が鳴りやまないスタンドに向かって深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

「本当に……、本当にありがとうございました!」

 

 

 

 

私を包む大歓声は静まる事を知らず、暫くの間鳴り響き続けていた。




一応、これにて物語はおしまいです。
あとは後日談となるエピローグとあとがきのようなものを載せれたらたと思います。

1ヶ月という短い間ではありましたが、沢山のコメントやお気に入り登録、予想以上に多くの人から見てもらえたようでホントに励みになりました。
当初の書溜めより訂正や付け足しで少し長くなってしまいましたが、拙い作品に最後までお付き合いいただけきホントにありがとうございました。
読者の方の記憶に残るような作品になれたら光栄です。

この作品の詳しい解説はあとがきにまとめようと思っています。
いつ頃投稿するか分かりませんが、もしよろしければそちらの方も読んで頂けたらと思います。


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epilogue 魔法の解けた世界で

 

歌い終わって舞台袖へと引き上げて来た私を待っていてくれたのは目を真っ赤にした美嘉さんだった。後ろから聞こえるのは未だに私を名前を呼び続けるお客さんたちの声と鳴り止まない拍手。そのステージを背に一度も振り向かずに舞台袖まで歩いてきた私。

舞台袖まで辿り着いた瞬間、私はその場に崩れ落ちた。張り詰めていた気が一瞬にして緩んでいくのを感じると、とっくに限界を越えていた緊張が私の全身の力を奪って去って行き堪えていたはずの涙がここにきて一気に堰を切ったように溢れてくる。

ステージに立つ時の緊張感、私の全てをさらけ出す恐怖、そしてアイドルを辞めてからの四年半もの間ずっと私の心を苦しめ続けていた霧から解放された瞬間だった。私は暫くその場に崩れ落ちたまま両手で顔を覆っていた。

 

 

 

 

「卯月ちゃん……。サイコーのステージだったわよ。やっと……、やっと卯月ちゃんもシンデレラになれたのね」

 

 

 

 

 

崩れ落ちた私を抱きしめるように、包み込んでくれた美嘉さん。その美嘉さんの言葉に私の瞳からは更に大粒の涙が溢れてくる。私を抱きしめてくれている美嘉さんも泣いていた。私のステージなのに私と同じように、いや、もしかしたら私以上に泣いていたのかもしれない。それから暫く、私たち二人は抱き合ったまま声を上げて泣いた。

 

 

暫くして私の背中から再び大歓声が上がった。そしてその大歓声の中心には未央ちゃんの明るくて元気な声――……。

 

 

 

 

 

――あぁ、私のステージはもう終わったんだ。

 

 

 

 

この時、初めて私は自分のステージが終わったのだと実感した。私のせいで武内プロデューサーがクビになってしまってシンデレラプロジェクトが解散になってしまって、何処までも迷惑をかけたはずなのに、唯一笑顔でシンデレラプロジェクトを旅立てなかった私のために武内プロデューサーが用意してくれた今日のこのライブ。そのライブで武内プロデューサーが私のためだけに用意してくれた曲を無事に歌え終えたのだ。

 

今聞こえてくる未央ちゃんの歌声や私の前にステージに立った李衣菜ちゃんに比べたらブランクを差し引いても私のステージは見劣りするものだったかもしれない。

だけど私はこの一曲に全ての想いを込めて歌った。ひたすらキラキラする自分に憧れて前だけを見て駆け抜けた養成所時代の二年間、武内プロデューサーとシンデレラプロジェクトのメンバーたちと出会って過ごしたかけがえのない半年の時間、何度も迷って悩んで苦しんで、紆余曲折しながら立ち止まっては歩んできたこの四年半の時間の全てを、そして私をこのステージに立たせてくれた美嘉さんと武内プロデューサーへの感謝の気持ちを込めて歌いきった。

 

これから私はもっとレッスンを受けて歌も今よりは遥かに上手くなるだろうしアイドル生活を送る中で何度もステージに立つ機会があるだろう。もしかしたら今日より大きな会場で沢山のお客さんの前で今日よりもっともっと長い時間歌うことができるかもしれない。

それでも、今日の私の歌と立ったステージは私の生涯で間違いなく一番のライブになると私は確信していた。

 

 

 

 

私のステージは終わった。

そう実感するのと同時に、昔本当に少しだけ垣間見えた夢の光の兆しが私には僅かだが、だけど間違いなく見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

その後のステージは何事もなく進んでいった。

シンデレラプロジェクトの復活ライブの最後を締めた凛ちゃんのステージは圧巻だった。さすが『大ブレイクの歌姫』と呼ばれるだけあって、シンデレラプロジェクトのメンバーの中でも群を抜いた歌唱力を見せつけてくれたのだ。一人だけ明らかに次元の違う歌唱力を披露し会場は最後にして一番の盛り上がりを見せていた。

そんな凛ちゃんに比べると私はまだまだだなぁと思ってしまう。歌も勿論だがダンスもカリスマ性も、今の私では凛ちゃんに勝てる要素なんか何一つないだろう。

 

それでも……、何年かかっても私は凛ちゃんにいつか追いついて追い越すことが出来ると信じている。

ずっと笑顔で歌って踊り続けて、もっともっと夢を見て願って努力すればきっと――……。

いつか私が憧れたキラキラした私に、絶対になれるのだと。私はそう信じて凛ちゃんのステージを舞台袖から眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

凛ちゃんのステージが終わった後、前日にディレクターから聞いた通り何もトラブルもなくスケジュールを消化できたから、ほんの少しだけの休憩を挟み私たちは再びステージに立つことができた。

シンデレラプロジェクトの十四人全員でステージに立つと、私たちは横一列に並んでみんなで肩を組んでアカペラではあるがシンデレラプロジェクトの代名詞とも言えるヒット曲、「star!!」を合唱した。

 

 

精一杯に輝くスーパースターに、それぞれが憧れるキラキラする自分を目指して、小さな一歩だけど少しずつ少しずつ歩んでいたあの頃の私たち。

シンデレラプロジェクト始動から五年が経った今、残念ながら半分のメンバーはアイドルを辞めてしまった。それでも、例えあの頃目指していた夢とは違う夢だとしても、みんな五年経った今でもあの頃と変わらず憧れるキラキラした自分を目指してギラギラした眼で夢を追い続けていた。

 

現役アイドル、舞台女優、女子アナに一児の母、ファッションモデルにOL、そして声優。シンデレラプロジェクト解散に従い、みんなバラバラのステージで生きる道を選んだ十四人の元シンデレラたち。私の隣にいる凛ちゃんも未央ちゃんも、横一列になって肩を組んでいる私たちは皆、歌いながら泣いていた。

みんなあの頃の時間を大切に胸に抱いてそれぞれの日常を送っていたのだ。例えアイドルになる夢を諦めたとしても、それぞれ違うステージに進むことになったとしても、決して色褪せないあのキラキラした日常を糧にして、それぞれが今の現実としっかり向き合って生きていたのだ。

 

何かを諦めて何かから逃げて、それが「大人になる」ことだと私はずっと思っていた。そしてそう思う度に、そんなことをするくらいなら大人になんかなりたくない、と思い続けていた。

でも実際は違うのだ。何かを「諦めたり」、何かから「逃げる」のではなく、それぞれが歩む人生の中で新たな夢や道を見つけてそれに生きて行くのが「大人になる」ということだったのだ。

 

横一列に並んで泣きながら歌うみんなを見ていて、私はようやくその真実に気が付いた。

そしてもし私がそう思ったことが本当の「大人になる」という意味ならば――……。

大人になるということは決して悪いことではないのかもしれない。私はそう思ったのだった。

 

 

十四人の元シンデレラたちが歌う鼻声交じりの「star!!」が終わり、シンデレラプロジェクトの復活ライブは幕を下ろした。

 

そしてこれ以降、二度とシンデレラプロジェクトの十四人が全員揃ってステージに立つことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

シンデレラプロジェクトの復活ライブからちょうど二週間が経過した日曜日の夕暮れ時、私はオフなのに関わらず会社の最寄の駅で電車を降りた。

降り立ったホームから見える黄昏時を迎えた空は綺麗なオレンジ色のグラデーションを描いている。その大空に描かれたグラデーションを暫くの間足を止めて見つめると、私は少しばかり足早に改札へと続く階段を降りていった。

 

 

 

 

「あ、卯月!」

 

「やっと来たかー、遅いよしまむー」

 

 

 

 

改札越しに立つ未央ちゃんと凛ちゃん。

私は財布に入れた切符を通すとすぐに二人の元へと駆け寄って行く。

 

 

 

 

「ごめんなさい、お待たせしてしまって……」

 

「気にしないで。それより早く行こう?みんな待ってるよ?」

 

「はい、これ!しまむー遅れたからこれ持つの手伝ってよね」

 

 

 

 

未央ちゃんが両手に握っていた大きなビニール袋を私の方へと一つ差し出す。私が受け取ったビニール袋には沢山のお菓子やジュースが詰め込まれていた。

 

 

 

「……これ、全部未央ちゃんが買ったんですか?」

 

「卯月も買い過ぎだと思うでしょ?私も一応注意したんだけど……」

 

 

 

呆れたように溜息を吐く凛ちゃん。

その横で未央ちゃんは苦笑いをすると空いた右手を頭の後ろに回し髪を掻く。

 

 

 

「ごめんごめん、みんなに会えると思うと張り切っちゃってつい……。あははは」

 

「ふふ、未央ちゃんらしいですね」

 

 

 

 

シンデレラプロジェクトの復活ライブから二週間が経った今日、今更ながらライブの打ち上げをすることになっていた。

「せっかくみんなで集まれたんだから打ち上げもやりましょうよ」、そう提案したのは美波ちゃんだ。美波ちゃんの意見にみんなが賛成し打ち上げをすることになったのは良かったのだが、いかんせんみんなそれぞれの生活があり日程がなかなか合わなかったのだ。

ライブが終わったその日の夜にしようという意見もあったが、まだ未成年である莉嘉ちゃんとみりあちゃんのことを考えるとどうしても時間が遅くなってしまうので残念ながらライブの終わった後はボツになった。

だが次の日からは当たり前だが皆それぞれの日常に戻り仕事が待っていた。凛ちゃんは全国ツアーを目前に控えレッスンと打ち合わせで多忙な毎日を送っていたし、智絵里ちゃんはライブの次の日に東北で収録があったりと、せっかく復活ライブで集まれたのに皆再びバラバラになってしまったのだ。

 

ライブが終わって数日が経ち、未だにライブの余韻が抜けないままだった私がやっぱりみんなバラバラの日常を過ごしてるんだから集まるのは難しいんだなぁ、なんて諦め半分に思っていた矢先に美波ちゃんから電話が掛かってきた。

 

 

 

 

「来週の日曜日の夕方からなら、ホント偶然なんだけどみんな予定が空いてるみたいなんだよね。卯月ちゃんはどう?」

 

 

 

スマートフォンを肩で耳に挟んだまま私は慌てて鞄からスケジュール帳を取り出して確認する。『シンデレラプロジェクト復活ライブ』と書かれた日の丁度二つ下の日曜日の欄には小さな字で『オフ』と書かれていた。

 

 

 

「私も大丈夫です!」

 

「そっか、良かったわ。なら詳しい時間と場所はまた追って連絡するわね」

 

 

 

 

それから数日後、美波ちゃんから届いたLINEを見て私は思わず目を見開いた。集合場所の横に記しされていた場所が『346プロダクション オフィスビル30階 旧シンデレラプロジェクトルーム』だったのだ。

 

ここは私たちがまだシンデレラプロジェクトに所属していた頃に夢を見て毎日通っていたあの思い出の場所だ。

美城常務がアイドル事業部の統括重役に就任したのとほぼ同時に半強制的に追い出されるようにして地下に拠点を移すこととなったシンデレラプロジェクトだったが、それからこの部屋は使用用途が決まらず空き部屋になったままになっていた。

 

どうやってこの場所で打ち上げをする許可を得たのだろうか。思わず浮かんでくる疑問。

 

それでもこの思い出が沢山詰まった場所で、大切な仲間たちとまた集まれることが、私は嬉しくて仕方がなかった。

 

 

 

美波ちゃんのLINEに「分かりました。楽しみにしてます」とだけ返信すると、私は興奮冷めぬままの筆先でスケジュール帳にしっかりと予定を書き込んだのだった。

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

「あー、やっと来たー!遅いよ、みんな待ってたんだからねー!」

 

 

 

 

久しぶりに訪れた旧シンデレラプロジェクトルームには私たち三人を除く全てのシンデレラプロジェクトのメンバーたちが集まっていた。

私たち三人の前で腰に手を当てて頬を膨らます莉嘉ちゃん。私の隣に立っていた未央ちゃんは頬を膨らましている莉嘉ちゃんを宥めるようにして頭を撫でる。

 

 

「ごめんごめん。ほら、お菓子いっぱい持ってきたから許してよ」

 

 

 

 

ニカッと笑うと得意げに右手に握っていたビニール袋を見せる未央ちゃん。だが未央ちゃんに頭を撫でられたまま莉嘉ちゃんはその様子を見てわざとらしく大きな溜息を吐いた。

莉嘉ちゃんの予想外の態度に未央ちゃんは思わずオドオドしている。だがそんな莉嘉ちゃんの態度の原因もすぐに知ることができた。

 

呆れて溜息を吐いた莉嘉ちゃんの後ろで私たちの様子を見ていた残りのシンデレラプロジェクトのメンバーたち。みんなが囲んでいる机の上には溢れ落ちそうほどまでのお菓子が広げられていたのだ。

 

 

 

 

「……みんなも買ってきてたんですね」

 

 

 

メンバー全員が良かれと思ってお菓子を買って持ってきていたようだ。

皆年齢も選んだ道もバラバラのはずなのに、こういう妙な所が似て偏っている。その光景に私たちは思わず笑ってしまった。

 

 

 

「ささ、三人も早くおいでよ!乾杯するよ!」

 

 

 

みくちゃんに手招きされ、私たちは李衣菜ちゃんとみくちゃんが空けてくれたスペースに並んで座り、みんなと同様にお菓子が大量に広げられた机を囲んだ。

 

私たち三人が来たことでようやく全員のシンデレラプロジェクトのメンバーが揃った。シンデレラプロジェクトのメンバーたちは皆無意識に私たちが座った席の向かい側に座る武内プロデューサーへと視線を送った。

その十四人の視線に気付いた武内プロデューサーはわざとらしく咳払いをする。そして机の前に置いてあった紙コップを握ると目の高さまで持ち上げた。

 

 

 

 

「それでは皆さん、シンデレラプロジェクト復活ライブお疲れ様でした。今日はライブの時よりも更に良い笑顔で楽しんでください」

 

 

 

 

武内プロデューサーの言葉に私たちは声を上げて笑った。

あんなに堅苦しいことしか言えなかった武内プロデューサーがほんの少し冗談を織り交ぜた言葉を話せるようになったのが妙におかしかったのだ。

 

 

 

「それでは、かんぱーいっ!」

 

 

 

みくちゃんの隣に座る美波ちゃんの掛け声と同時に、みんな紙コップを持ってお互いの紙コップへとぶつけ合った。

 

 

 

 

 

「えー、デビュー決まったの!?」

 

「うん!今年の冬から始まるアニメのヒロインだよ。しかもOPも歌わせてもらえるらしいの。ちゃんと李衣菜ちゃんもオンエアで見てよね!」

 

「みく凄いじゃん、声優デビューおめでとう!」

 

 

 

 

「美波ちゃん、あの野球選手との熱愛報道ってホントなのー!?」

 

「さぁね?莉嘉ちゃんの想像にお任せするわー」

 

「もーっ!誤魔化さないで教えてよー!」

 

 

 

 

「かな子ちゃん、結婚生活はどう?」

 

「うーん、色々大変だけど幸せだよ。子供も可愛いしね。智絵里ちゃんは結婚しないの?」

 

「わ、わたしは結婚なんてまだ……。ちゃんと好きな人としたいし……」

 

「杏は誰でも良いよ。早く養ってくれる男と結婚してこんなブラック企業辞めてやりたいね」

 

 

 

 

「アーニャちゃんはね、日本だけじゃなくてロシアでも活動してるんだよねぇ?凄いにぃ!」

 

「そ、そんなスゴくないです。キラリだって、今度新しいブランドメーカー立ち上げるそうじゃないですか。ソッチの方がスゴイです」

 

「えー、きらりちゃんがブランドメーカー作ったの?スゴーイ、私もきらりちゃんが作った服着たーい!」

 

「もちろん、みりあちゃんもきらりの服着て、みんなでハピハピしようにぃ!」

 

 

 

 

 

「あ、らんらん!そこのお菓子取って!」

 

「ら、らんらん!?だからその呼び方は止めろと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の眼の前で繰り広げられている一つ一つの会話、やり取り、その全てが懐かしかった。

あの頃はこれが当たり前でいつまでも永遠に続くと思ってた日常。そんな日常がどれだけ大事なものであって私を支える源になっていたのかーー……。

この思い出の詰まった場所で大事な仲間たちと過ごす幸せなこの時間を、私は一秒足りとも取りこぼさないように噛み締めようとしていた。

 

 

そして打ち上げが始まってすぐに気が付いたのだが、これだけみんながお菓子やジュースを別々に買って持ってきたのに、不思議なことに誰もアルコールは買っていなかった。

みりあちゃんと莉嘉ちゃんを除く他のメンバーはもう成人済みだからアルコールを飲んでも何らおかしくないはずなのに、誰一人としてアルコールを持って来なかったのだ。

 

 

 

最初は不思議に思っていたが、その理由が時間が経つにつれ何となく分かってきた。

 

あの頃にタイムスリップするのに、私たちにはアルコールが必要なかったのだ。

酒の力を借りなくても、お菓子とジュースだけで盛り上がっていたあの頃の自分を皆誰もが無くさずに今も心の何処かで持ち続けていたのだ。

 

 

 

 

「ねぇ、せっかくだしみんなで写真撮ろうよ!」

 

 

 

 

未央ちゃんがそう言いだしたのは打ち上げが始まって二時間ほどが経過した頃だった。未央ちゃんの突然の提案にそれぞれの会話に華を咲かせていたみんなが一気にまとまり賛成する。

 

 

 

「良いね、良いね!なんか同窓会っぽくてロックじゃん」

 

「なら私が皆さんの写真を撮りますよ」

 

 

 

武内プロデューサーがそう言って私たちから少し離れたところでポケットからスマートフォンを取り出そうとした時だった。

私の横でジュースを飲んでいた凛ちゃんが突然立ち上がると武内プロデューサーの元へと真っ直ぐに向かっていく。

 

 

 

「ほら、プロデューサーも映ろうよ!せっかくなんだしさ」

 

 

 

 

そう言うと無理矢理武内プロデューサーの腕を握って私たちの元へと凛ちゃんが連れてきた。武内プロデューサーは困ったような表情をしていたが嫌そうな表情にも見えない。

私たちが初めて顔合わせをして撮影を行った時にみんなからの誘いを頑なに断って写真に写らなかったあの頃の武内プロデューサーからは考えられないような表情だ。

 

 

 

 

「でもこれじゃあ写真撮る人がいないじゃん。どーするの?」

 

「未央ちゃん、安心して。ジャジャーン!」

 

 

 

ノリノリなセリフと同時に李衣菜ちゃんが鞄から取り出したのは黒いプラスチックの指示棒のようなもの。

 

 

 

「あ、これ今流行りの自撮り棒でしょ?」

 

「さすが莉嘉ちゃん!あったり~!ロックでしょ?」

 

「李衣菜ちゃん、相変わらず何でもロックにするとこは変わってないんだね……」

 

 

 

 

かな子ちゃんの言葉に顔を真っ赤にして必死に反論しようとするも、なかなか言葉が出てこなかったのか無意味に自撮り棒を振り回している李衣菜ちゃん。

そんな李衣菜ちゃんを見て私たちはまた笑った。

 

 

 

「も、もう……。そんなに笑わなくたって良いじゃんか~。はい、撮るよ!」

 

 

 

ふてくされたような台詞を呟くと李衣菜ちゃんは気を取り直したかのように自撮り棒に挟んだスマートフォンを私たちの斜め上にめいいっぱい伸ばす。

私たちは慌てて席を立つと李衣菜ちゃんのスマートフォンのカメラに入るように、みんなぎゅうぎゅうになって寄せ合った。

 

 

 

「パワーオブ!?」

 

 

 

私の真後ろにいる美波ちゃんの声。

その声の後に残りの十三人全員が誰にも負けない自慢の笑顔を浮かべながら声を揃えて叫んだ。

 

 

 

「スマイル!!!!」

 

 

 

 

 

 

――パシャ。

 

 

 

 

私たちの声に掻き消されそうなか弱い音を立ててシャッターを切った李衣菜ちゃんのスマートフォン。

その画面には私たち十四人の元シンデレラとその元シンデレラたちを城へと導いた一人の男が満面の笑みを浮かべて写っていた。

 

 

 

 

 

 

明日からはまた皆この懐かしい大切な時間を再び胸の奥にしまってそれぞれの日常に戻っていく。

今でもアイドルとして活動を続ける私と凛ちゃん、李衣菜ちゃんに蘭子ちゃん、そして私の後輩として共に346に残ったみりあちゃんと莉嘉ちゃん。ファッションモデルへと活躍の場を移したきらりちゃんとアーニャちゃん、女子アナになった美波ちゃんと智絵里ちゃん、舞台女優として変わらぬ元気で進み続ける未央ちゃんに今年の冬のアニメで正式に声優としてのデビューが決まったみくちゃん。そしてアイドル活動から離れ普通の日常へと戻っていった杏ちゃんとかな子ちゃん。

 

次にこうしてみんなで会えるのはいつになるのだろうか。近いうちにまた集まることができるのか、遠い未来になってしまうのか、それは今は誰にも分からない。

 

それでも、決して離れ離れだとしても、私の知らない場所でもみんなあの頃と変わらない夢に真っ直ぐな眼差しで新たな目標に向かって頑張っているのだから――……。

私も負けていられないのだ。

 

 

私たちにかけられた魔法は解けてしまった。

これからは魔法が解けたこの世界を、元シンデレラの十四人は生きて行かなければならない。きっとこれからもっと厳しい現実が待っているだろうし上手くいかないこともあるだろう。

それでも私は私と同じように魔法の時間を過ごしたかけがえのない仲間たちと共に、魔法が解けたこの世界を生きて行くのだ。

 

 

 

――誰にも負けない、武内プロデューサーが何度も褒めてくれた、私だけの笑顔で。

 

 

 

 

 




くぅ~疲れましたw
これにてこの物語は完結です。


予想以上に時間があったため、今日手直しをして投稿することにしました。

この物語のあとがきも書こうと思ったのですが、やっぱり書かなくても良いかなという気がしたので今は書かないでおくことにしました。
物語を読んだ読者の皆さんがそれぞれの解釈でこの物語を捉えてもらってください。気が向いたら書くかもしれませんが。笑


もともと書き溜めはしていたので早いペースでの投稿にはなりましたが、予想以上に沢山の方々に見てもらえたようでホントに感謝しています。
ここ最近はアクセス数がエグイぐらい増えてたり、偶然Twitterでこの作品を紹介してくださっている人を見たりと、予想外のことばかりで自分も驚いてばかりです……。

拙い文章ではありますが、見てくれた方々の記憶に残る作品になれたら光栄です。


当初は物語の終盤にあるライブで完全にS(mile)ING!の歌詞を引用して卯月の気持ちを反映させようとしていたのですが、自分の不注意で完全に著作権の問題を忘れており修正をしたため一度投降したラストとは少し違ったラストになっています。
なので出来れば物語を読み終わった後に、もう一度卯月のS(mile)ING!を聞いていただけたらな……と思っています。



次回作は今のところ予定はありません。
ですがこの作品と同じ時間軸でシンデレラプロジェクトの解散に従い、別々の道を歩むことになったアスタリスクの二人の解散してから復活ライブまでの話もいつか書けたらなと思っています。書くかどうかは分かりませんが……。


何はともあれ、短い間でしたが本当にありがとうございました。

もし次回作を書くことになりましたら、また是非ともよろしくお願いします。


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あとがき

なんだかんだ言いつつ、あとがきも書くことにしました。笑

説明不足だったところを中心に解説していきたいと思っています。



まず初めに完結までお付き合い頂きありがとうございました。

予想以上に沢山の人から見てもらえたようでホントに嬉しく思っています。

 

完結後に自分でも何度か読み直してみたのですが、読み直す度に「ここはこうしておけば良かったな」て思ったり、「ここは分かりづらかったな」なんて思う部分が多々ありまして、その解説も含めここであとがきを書こうと思います。

 

 

 

まず初めにこの物語ですが、アニメのデレマス24話を見た時にふと「このまま卯月がアイドルを辞めていたらどうなっていただろうか」と思ったことがキッカケでした。

 

アニメではあっさり(と言いつつも感動しましたけど)復活した卯月ですが、「Ifストーリー」であるこの作品ではあの時点でアイドルになることを諦め逃げる選択をしたところから物語は始まります。

 

 

序盤に多く見られた卯月の非行や荒んだ描写は一度でも挫折したことがある人なら共感してもらえる部分もあったのではないかと思います。

私事になりますが、自分も卯月のように昔から強く願った夢がありました。でもどれだけの稽古を続けても先輩や仲間、挙句後輩にまで置いて行かれ挫折した経験があります。まぁ作品中の卯月は極端な例ではありますが、その時自分が感じたことなどを思い出し卯月に照らし合わせて書いた部分もありました。

 

あくまでこの物語は卯月の挫折から復活までのお話であり、その物語をより一層楽しんでいただくために卯月の心境に読者の皆さんには少しでも共感してもらわないといけないと思っていたので……。

 

 

まぁ何度も言いますが卯月の荒れ方は極端な例ですけどね。

あの描写で完全に卯月のイメージを崩された方もいらっしゃると思います。こればっかりは本当に申し訳ありません、としか言いようがないです。少しでも気分を害された方がいらっしゃいましたらこの場を借りて謝りたいと思います。

 

 

 

 

さて卯月の物語ですが、挫折から始まり心が荒んで非行に走り、前川みくとの再会から武内Pとの再会、そしてアイドル復帰……、といったのは大まかな流れになりました。

ですがこの他にも入れたいと思っていたストーリーがありまして、それが

 

 

 

・親との和解

 

 

・男関係の話

 

 

・ニュージェネの二人との再会

 

 

 

でした。

 

 

親との和解はほぼ必ずと言っていいほど必要不可欠な話だと自分の中で思っていたのですが、もしこの話を入れてしまうと武内P(年の離れた大人が復活を手助けするという点)と少しばかり内容被ってしまうのではないかと考え、敢えて外しました。

親より武内Pとの話を強調したかったので……。でも今振り返ると最後の方に少しだけでも入れてたら良かったかもしれませんね。

 

 

 

男関係についてはかなり悩みました。正直、非行さを更にリアルにするために男遊びをしている描写も入れても良いんじゃないかとも思いました。

ただとある方へのコメント返信で書いたように、卯月は結局完全に不良になることはできなかったんですよ。煙草を吸うのもあくまで人目に隠れて一人で吸っていて、心の何処かでまだ完全に夢への未練を吹っ切れていませんでした。

夢を完全に諦めることもできず、不良にもなれず、のどっちつかずの中途半端な姿を描きたかったので男関係の話(他人を傷つけ不幸にするような)を書いてハッピーエンドはちょっと都合が良すぎるかなと。

まぁだからこそ土壇場でアイドルに復帰できたんでしょうけど。

 

 

 

ニュージェネの二人の扱いにもとても頭を悩ませました。

卯月の話を書く上で必ずと言っていいほど必要不可欠な二人なので、もう少し絡めたかった……というのが本音です。

この物語の大筋を考えていた時に一番最初に思い付いていたのが、ちゃんみおがブレイクできずに数年後に売れないアイドルに成り下がっていて、そのちゃんみおと卯月が再会する――といったものでした。

要するに前川みくのポジションをちゃんみおに当てようとしてたわけです。

 

ですがそれだと二人揃って余計マイナスになるかなーと思ったのと、成功街道を突っ走る二人を見て複雑な気持ちに揺れる卯月を書いた方がストーリーが円滑に進むと思い、ちゃんみおには挫折ルートから外れてもらいました。

 

そのタイミングでニュージェネの二人は最後まで会わせないと決めましたね。あくまで二人は卯月にとって「遠くに行ってしまった存在」であったほしかったので。

 

 

 

 

 

次は卯月の復活を支える上で重要なキーパーソンとなった前川みく、城ヶ崎美嘉、武内Pについて。

 

この三人に関しては卯月と似てるようで違う人生を送った三人です。夢破れたものの卯月とは違い諦めずに自分を信じ続けて前向きに違う世界へと活動の場を移した前川みく、一度は夢を叶えるもその中で自分が本当にしたいことを見つけた城ヶ崎美嘉、そして過去の失敗に逃げずに立ち向かった武内P。

 

前川みくと城ヶ崎美嘉は昔憧れた夢とは違う現実を生きる者として、武内Pは自分の過去の失敗に逃げずに立ち向かった者として、それぞれが卯月とは違った生き方で魔法の解けた世界を生きていました。そんな現実を受け入れ生きる者としてこの三人を現実を受け入れずに燻っていた卯月に絡ませたかったんです。

 

城ヶ崎美嘉が卯月のプロデューサーになるのは一番最初の段階で決めていました。アニメを見ていた時から絶対アイドル辞めた後は指導者かプロデューサーになる人間になるだろうなと思っていたので。

前川みくに関しては卯月と同じように夢破れたものの、卯月と違った生き方で魔法の解けた世界を生きる者として重要なポジションだったと思います。それにしては出番が少なすぎたとも思ってますけど……。

 

武内Pの扱いも最初から決めていました。S(mile)ING!を作ったのは武内Pで、その曲を卯月が最後に歌う――……、といったラストを一番最初に考えていたので。過去に城ヶ崎美嘉や高垣楓、小日向美穂たちのプロデューサーをやっていたというのは完全に自分のオリジナル設定です。そうした方が城ヶ崎美嘉とも絡ませやすかったかな、というのと、過去に武内Pの元を離れたアイドルの話を含んだ方が武内Pの言動(クビになってまで卯月を庇ったり、声優の養成所代を一括で払ったり)も読者に理解してもらいやすかなと思ったのでオリジナル設定で作らせてもらいました。

一人の若い女の子の人生を左右するプロデューサーという立場の責任が過去の失敗から誰よりも分かっている武内Pだからこそ、あそこまでの行動が出来たのだと思っています。

 

 

 

 

 

まだまだ説明不足な気もしますが、一応自分が書きたかった設定などは以上です。

 

もし他にも気になることや不明な点がありましたら感想欄にでも書いてください。

答えられる範囲でお答えします。そんな大した答えは出てこないと思いますけど……。

 

 

 

あともう一つ。

 

リアルタイムで読んでくれていた方は見たと思いますが、幻の最終話についてです。

 

 

今投稿している最終話とは実は少し違っていて、幻の最終話はS(mile)ING!の全歌詞に卯月の気持ちや過去のセリフを重ねて書いていました。

このラストは絶対にしようと決めていたのですが、その事ばかりに気を取られてすっかり著作権の問題を忘れており、泣く泣く修正することになったのです……。

完全に自分の不注意ですね。ホントに申し訳ないです。

 

 

自分の中でもこの物語にとってあれ以上の最終話はないと思ってはいるのですが、残念ながらあの幻の最終話はもうこの世に解き放つつもりはありません。笑

次やったらこの作品自体この世から抹消されてしまうと思うので……。

 

なので各自で読み終わった後にS(mile)ING!を聞いていただけたらなと思います。

それと作品中に歌詞をなぞったセリフや卯月の心境が至る所に散りばめられているので、そういったもので補完していただければ……。

 

あくまでこれは「二次創作」ではありますが、卯月が迷いながらも過ごした四年半を思い出して聴いてもらえたら更に作品を楽しめるのではないかと思いますので。

 

 

 

 

 

最後に……、次回作についてです。

 

なんだかんだ言いつつも、書こうという意欲はあります。意欲は。

この物語と同じ時間軸でシンデレラプロジェクトの解散後にそれぞれ別の道を歩むことになっただりーとみくにゃんのお話です。それぞれがどういった風に魔法が解けた世界を生き、復活ライブに挑んだのかも書けたらと思っています。

まだ大まかな流れスラ出来ていない段階ですのでおそらくまだまだ先にはなると思いますが……。

 

一応学生なので夏休みに入る頃ぐらいからゆっくりと投稿できたらいいな……、ってレベルなのであんまり期待はしないでください。笑

 

それにもうこの作品で全て出し尽くした感もあるので……。

 

 

 

 

 

 

 

最後にホントに予想以上に沢山の人に読んでいただけたようでホントにホントに感謝しています。

完全に自己満&妄想の話に「感動した」と言ってくださった方もいて、ホントに皆さんには頭が上がりません。

 

読者の皆さんの記憶に残る作品になれたら自分も嬉しいです。

 

 

 

 

あとがきは以上になります。

次回作を書くことになったらまたお会いしましょう!

 

それでは、

 

 

 



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