らくだい魔女と最初のラブレター (空実)
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旧作
一章


原作です。


エピソードローグ

 

なにを振り返っても、後悔ばかり…

なんで?どうして?

そう思うだけで、なにも変わらない。

もう、あの頃には戻れないとわかっているはずなのに…

 

 

 

 

 

〜1〜

 

 

「フウカちゃぁ〜ん、学校へ行きましょぉ〜」

 

あの頃からいろんなものが変わっていた。けれど、青い空は何一つ変わらない。

 

「まって、今いく!」

 

そういって、ホウキを出すあたし。

今日から、あたしたちは高校へ行くのだ。

王族や貴族、お嬢様やおぼっちゃまが通うような学校、ハリーシエル学園は、あたしたちが一応必死に勉強して入った高校である。

制服は紺色のブレザーに、白いシャツ。そして白地に黒のチェックのスカートで、結構かわいいのでお気に入りだったりもする。

 

風に乗ってホウキを走らせていると、やがてあるものが見えてくる。

それは、白を基調としていて、窓枠は金で塗られている宮殿のような建物だった。

ここが、ハリーシエル学園である。

校庭に降り立つと周りがザワザワし始めた。

 

「ねぇ、蝶のワッペンをつけた子がふたりも来たよ!」

「銀と緑だから銀の城の姫と緑の城の姫なのね!あの子たちは。」

 

……もちろん、あたしたちの噂だ。

そんなにもう、驚かなくなってしまった。

中学の頃から王族が特別扱いになっちゃって、その頃から色々言われてるのだ、慣れないわけがない。

小学校の頃はみんなと同じように入れたのに、なんて今じゃ時々考えるようになってしまった。

 

あの頃はチトセもいたし…戻りたい……よ…

カリンはあたしの顔を覗き込んで、

何かを思ったのか微笑んだ。

 

「フウカちゃん、教室に行きましょうよ〜」

 

そんなたわいもない発言だったけど、なんだか嬉しかった。

 

「うん…」

 

 

 

〜2〜

 

 

ふたりでみた、クラス発表にはカリンとあたしの名前が一番最初に書いてあった。

 

「カリンっ。同じクラスだっ。」

 

あたしが笑うとカリンもにっこりして、

 

「やったわねっ」

 

と言う意味らしく、ピースサインをこっちに向けてくる。

クラス名簿をもう一度みると、たくさんの名前が書いてあって、

「この子たちと…これから一緒に生活するんだなぁ」

なぁんて考えた。

 

教室に入ると、初めて会ったはずなのに息ぴったりに他の生徒たちがガタッと立って、こっちに向かってお辞儀。

 

「初めまして。王族の方々。」

 

流石に一瞬驚いてしまった。

けど、いつものあたしを封印して、お姫様っぽく、背筋を伸ばして、

「ごきげんよう。」

と、微笑んだ。

 

するとカリンも同じようにして…

「これからよろしくですわ。」

と言って同じように微笑んだ。

 

挨拶を終えてもだれも席につく気配がみられない。

あたしは「席についてよろしくってよ。」といいながら席につくと、やっとみんな座り始めた。

 

(はぁ…これからずっとこう?そんなことしたら…疲れるよぉ〜…)

 

あと五分で初めてのホームルームだけど、ひとりだけまだ来ていない子がいた。

そこは道を挟んで隣の席だったので机の上に乗った名札を覗いてみる。

そこにはアリサと書かれていた。

 

「カ、カリンっ。」

 

と言ってから姫ってつけなきゃって気がついて、

 

「じゃなくて…カリン姫。」

 

慌てて言い直す。

 

「どうしたの…ですか?フウカ姫。」

 

あたしがアリサちゃんの席を指差すとカリンは驚いて、その後、ふふっと笑って、

「そうだといいわねぇ。これから、楽しくなるわよぉ。」

と、いたずらっぽく微笑んだ。

その途端、ガラッとドアが開き、見覚えのある人物が顔を出す。

そして私たちの顔を見ると、驚いたように固まってしまった。

 

「フ、フウカ…?カ、カリン…?」

 

その声を聞いた確信した。

本当にアリサちゃんなんだと。

 

「アリサちゃん…?アリサちゃぁ〜んっ!」

 

 

 

〜3〜

 

 

あたしが飛びつくとアリサちゃんは嬉しそうなものの、少し顔を顰めていった。

 

「ちょっ…フウカ!一国の姫が飛びつかなのっ。私が変人に思われるっ」

「よかったぁ…このまま生活するなて…無理だよう…」

 

あたしがそういうと、アリサちゃんはあの頃のように笑う。

 

「えー?なんでよ。私はすのままのフウカとカリンでいいと思うけどー?」

 

あたしたちは「えへへ…」と笑う。

…もう、あの頃には…『モドレナイ』。アリサちゃんはそれを分かって言っているのだろうか。

席にアリサちゃんがつく間際、あたしに耳打ちした。

《…ちゃんと、やれてる?チトセくんがいなくても…》

やっぱ、わかってる。

アリサちゃんはわかってるんだ。

…ちゃんとなんて、やれてないよ…過去に縋り付いたままで、全く前に進めてないよ…

あたしは暗い顔で俯いてしまった。

そんなあたしにアリサちゃんは《…変われないと、始まらないよ。もう、過去には戻れないんだから。》

そう言って、背中を撫ぜてくれた。

 

〜3〜

 

青の城の庭にはチトセの墓があり、そこでチトセは眠っている。

チトセが時の壁が使えると城中…いや、国や大陸を超えて世界中に広まった2日後…チトセは原因不明の病に倒れ、死んだと…

…そう聞いた。

その日あたしはカリンと共にビアンカちゃんのいる水の国に遊びに行っていたんだ。

帰ってくると葬儀は終わり、墓だけが残っていた。

そりゃもう、泣いたよ。

カリンとふたりで。

どうして消えてしまったのか、全くわからなかった。

病ってなに?なんで?なんで、死んじゃったの?

もう、悲しすぎたよ。

つい、この前までいた人がいきなり消えるんだもの。

どうしてなのか、さっぱりわからなかった。

でも…どこかで生きていると信じている自分がいたんだ。

「ねぇ…チトセ。帰って来てよ…」

もう、涙は乾いた。

もう、チトセはいないという自覚は出来た。

でも…過去から逃れられないでいる。

そんな自分を変えたいのに…

 

 

〜4〜

 

銀の城に帰ると、セシルが手紙を持ってきた。

差出人は…不明。

随分前に届いていたのをあたしに出すのを忘れていたんだって。

手紙を開くと…

チトセからだとわかった。

セシルはパタパタと部屋を出ていき、あたしはベッドにドスン…と座ると読み始めた。

【フウカへ。

この手紙を読んでるってことはお前もカリンも高校生になったんだな。

手紙の中のオレはまだ小学生だよ。

オレはあの夜、旅に出たんだ。

遠い、遠い、旅にな。

親父はオレが死んだことにするって言ってたから、もう、お前の中ではオレは死んでんのか?

そうなんだったら、悪い。

もし、オレがお前と同い年になっていたら、高校一年の入学式に会いに行く。

いや、絶対、生きて帰るから。

チトセ。】

(…チトセ…)

あたしは頭の中がこんがらがる。

(…え?…チトセは…チトセは、生きてるの?なんで…死んだってことになったの?どうして…)

でも、そこで思考回路は止まった。

…チトセは、もう死んだ。

だってもう、入学式は終わったもの。

チトセは会いに来なかった。

ってことは死んだんだ。

今度は、本当に。

あの時以上に辛くて、苦しくて、涙がポロポロこぼれてくる。

…あん時は死んだって言い聞かせてて、それで涙が出てた。

けど今は…死んだって…本当なんだって…

自覚が更新された気がして…胸がギューーっと苦しくなる。

喉に小石が詰まったように、痛くて…苦しくて…

声が出ない。

その日は泣きはらした目で寝た。

 

 

〜5〜

 

…いつもと変わらない朝。

ただひとつ違ったのは机の上だった。

机の上にのる、一通の手紙。

チトセからの、最初で最後の手紙。

これを…ラブレターと言うのだろうか。

鏡に向かうと目は真っ赤に充血していた。

手紙を引き出しにしまって、支度を始める。

髪ゴムを持ってきて金色の髪をポニーテールにして、ご飯を食べ、部屋でポケーっとしていた。

するとカリンがやってきて学校に行く。

…変わらない。なにも変わらない。

あの手紙を読んだって、なにも変わらない。

でも、あたしの変化にカリンは気づいてくれた。

「フウカちゃん、なんかあったの?」

「…え?」

「なんか複雑な顔をしてるんだもの。ショックを受けたというか…なんというか…」

…迷った末、カリンに話すことにした。

「実はね、手紙…来たんだ。小学生のチトセから。」

「えぇ!?」

「そこにはオレは本当は死んでない。高校の入学式に会いに行く。って書いてあったの。」

カリンは頭の上にハテナマークを浮かべる。

「でも…入学式にチトセくんはいなかったわよねぇ。」

「うん。手紙には、生きていたら会いに行く。って書いてあったんだもの。だから…本当に死んだんだよ、チトセは。」

でも、カリンはふふっと笑って、

「生きてるわよ。きっと。」

そのままあたしたちは言葉もかわさないまま、学園へ入っていった。

 

 

 

〜6〜

 

 

あたしは、小学生の頃とは違うところがいくつかあった。

まず、遅刻しなくなった。

あの頃は遅刻常習犯で、チトセに呆れられてたっけ…

頭も良くなったと思う。

授業は聞くだけで覚えられて、ノートなんて取らなくても平気。

一応とってるけどね。

宿題も簡単だからやってるんだ。

 

…こんなあたしを見たら、チトセはなんて言うかな。

 

あの、憎たらしい顔で、「ほう。フウカも少しは真面目になったか。」って言ってあの笑顔で笑うんだろうな。

…あたし、なに考えてるんだろ。

二度と、チトセには会えないのに。

どうして、チトセは生きてるって信じてる自分がいるんだろ。

「はぁ…」

そうため息をついて、机にうつぶせになった。

その瞬間、

「では、ここをフウカさん。」

と、リリー先生に指名されて、ハッとする。

(そういや、今日、この列当たるんだった!あたしったら、別のこと考えちゃったよ〜…)

そう思って、問題にサッと目を通す。

「その場合、この部分が……(亜実のコメント。高校の問題なんて知らねーよ!あ、一応、数学ですw)

「性格です。流石フウカさん。」

拍手が沸き起こる。

……こんなんで拍手されるの?

まぁ、いいんだけど。勝手にしてればいいんだもの。

「フウカさんの言う通り、ここの部分はこうすることによって……(以下略)」

リリー先生の説明が長々としている中、あたしは窓の外のひつじ雲を眺めていた。

点々と広がる、雲。

みんな一緒。一緒に群れをなして、空を泳ぐ、雲。

『あの頃に戻りたい………』

あたしの小さすぎるつぶやきは誰の耳にも届くことなく、虚しく消えていった。

 

 

 

〜7〜

 

 

「フウカ姫、カリン姫、お昼をご一緒してもよろしいでしょうか。」

そういって声をかけて来たのは、貴族のスズだった。

青の国の貴族で、髪色は青に寄った紫。

スズのデイリー家は、青の城と交流が深く、いろんなイベントに参加していた。

だから…あたしとも知り合いなんだ。

「いいですよ。」

あたしは微笑んだ。カリンもコクリと頷いた。

すると、イスを持ってきて座るとお弁当を開けて食べ始める。

おもむろにスズが口を開いた。

「フウカ姫、カリン姫に質問があるのですが…」

「なんでしょうか?」

「アリサさんとはどのような繋がりでいらっしゃるのですか?」

やっぱり不思議だよねぇ。

王族と一般人だもの。

でも、あたしは笑って、

「アリサちゃんは小学生の頃のクラスメイトですわ。久しぶりにお会いしましたの。」

「では、3人がたは幼なじみでらっしゃいますのね?」

「えぇ…まぁ…」

(幼なじみ…かぁ…チトセ…。……あっ、またチトセのこと…)

顔は笑っていたけど、心にはチトセがいて…モヤモヤする。

(はぁ…)

チトセが消えてから、嘘の笑顔がたくさん出来た。

本当の笑顔がひとつもないわけではないの。

ただ単に、嘘の笑顔をたくさんつくるようになったというだけ。

でも、カリンには見抜かれるんだ。

ほら、今だって不安そうな顔してる。顔に、『フウカちゃん、大丈夫?』って書いてあるもん。

そんなカリンにあたしはいつもどうり、『大丈夫だよ』という意味を込めて微笑む。

カリンは一度目を伏せて、またあたしの方を見て『無理しないでね…』って…

いつものことなんだけども、カリンには助けてもらってる。

アリサちゃんもいるし、この高校生活は…

少し、楽しめるかな…

そのあと、ちょっとした雑談をしながら昼食休みが穏やかに過ぎていった。

 

 

 

〜8〜

 

 

その日は、とても涼しかった。

アイツと、初めて会った日のように。

 

 

『きみ、だあれ?』

『あたし?あたしはふうかっ』

『そっか。ぼく、ちとせ。よろしくね!』

 

 

忘れたはずのあの日のことが、湧き水のように溢れ出てくる。

思わず目を伏せたとき、カリンがあたしに呼びかけた。

「フウカちゃんっ」

「…へ?」

振り向くとカリンが不思議そうな顔であたしをジッと見つめている。

「へ?じゃないわよぉ〜。今日、わたしとアリサちゃんで銀の城に遊びに行くけど、クッキー持って行って欲しいかきいてるんじゃないのぉ〜。クッキーに目がないフウカちゃんが上の空だなんて……また思い出していたの?」

「えへへ…まぁ…」

あたしが答えると、カリンはハッとして申し訳無さそうな顔をする。

「じゃあ、邪魔しちゃったかしらぁ?」

「そんなことないよっ。クッキー、よろしく。チョコがいいかな〜」

カリンは、「ふふっ。わかったわ。じゃあね」と言って、教室を出て行った。

『……元気にしてる?…もう、生きてないの?そんなの…嫌だよ。生きてるんでしょう?生きてると信じたい。……答えてよ。知りたいよ。生きているなら、貴方を捜して、あたしも世界中を回りたい…』

(………)

心の問いかけなんかに、チトセが答えてくれるわけ、ない。

そんなの…そんなの、わかってるわよ。

だけど、止められないの。あたしを止められないの。

ねぇ、あたしを止めて?

…帰ってきてよ。

帰ってこれないなら死ぬなんて、くだらないことは考えないけど…

 



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二章

〜 ???のエピローグ 〜

 

 

 

 

サクッ…サクッ…と雪道を抜け

 

 

ヒューーー……と勢いよく吹く強い風に耐え

 

 

目に入る、砂をこすって落としながら旅を続けた。

 

 

「……もう、死んでるって思ってるよ。あの手紙を読んだとしても。」

 

 

「…まだ生きてるって信じてるかもしれねぇ。その確率も0じゃねーだろ?」

 

 

「それはそうだけど…」

 

 

「だから、いく。匿っててくれて、ありがとな。」

 

 

「うん……」

 

 

「じゃあ、また。」

 

 

ホウキに飛び乗ると国を飛びだした。

 

 

だんだんあの国に近づいていく。

 

 

『ごめん、ごめん、ごめん…』

 

 

何度も何度も心が痛くなった。

 

 

言えるものなら、直にアイツに伝えたかった。

 

 

あの日。オレの運命が決まったあの日から、アイツのことを忘れた日は一度たりともなかった。

 

 

 

『…フウカ……』

 

 

 

これから始まるのは、とある国ととある国の姫と王子のお話……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・1・

〜 Chitose glance 〜

 

 

スタッ…

降り立ったのは、城の前だった。

針のように尖った屋根のある、青の城の前。

警備のおじさんはいなくなり、新しいもう少し若めの人に変わっている。

今まで見たことないから…新入りなのだろう。

はなから、警備の人全員の顔を覚えているわけでもないが。

城に入ろうとすると、止められる。

 

「君。無断立ち入りは禁止されてるんだ。許可書は?」

 

ったく…

許可書なんて、あるわけない。

 

「ないです。」

「じゃあ、さっさと帰ってくれ。」

 

冷たく追っ払われた。

(どうすっかなぁ。他の奴らのいるところで兄さんとか、親父に会うわけいかない…)

門の前をウロついているからか、さっきの門兵から怪しい人物を見るような眼差しを向けられる。

悩んだ挙句、母さんのいる離れに行くことにした。

ホウキに乗って、ちょっとその場を離れてから離れへ向かう。

案の定、離れの母さんのいる部屋は窓が開け放たれていた。

入ると、中には母さんしかいなかった。

母さんはベッドに横になって、熟睡している。

オレは母さんが起きるまで、ベッド脇のイスに腰掛けていることにした。

 

 

しばらくすると、母さんがゆっくり目を開けた。

そして、オレを虚ろな目で見つめる。

 

「チ…トセ…?」

 

オレはゆっくり頷く。

母さんはベッドからガバッと起き上がったが「ゲホッゲホッ」と咳き込んでしまった。

 

「チトセ、どうして正門から入ってこないの?」

「門兵に追っ払われた。」

「そう言われれば、新入りの日だったわね。」

 

母さんがゆっくり微笑む。

 

「ロイドやレイたちを呼ぼうかしら。そうだ、今日はセイラちゃんも来てるのよ。」

 

(その前に…会いに行きたい。)

 

「いいよ、母さん。街を散策してくる。」

 

母さんはビックリした表情をしたが、見送ってくれた。

街を散策とは言ったが、本当は銀の城に行こうとしていた。

(久しぶりに会ったら…どんな顔するんだろうか。)

いろんな気持ちのまま、もう一度ホウキに乗って銀の城に向かって走らせた。

 

 

 

・2・

〜 Fu-ka glance 〜

 

 

「カリン、今日のクッキーも美味しいっ」

 

あたしがクッキーを頬張りながら言うと、カリンは嬉しそうに微笑む。

 

「そう?ありがとぉ〜。」

 

(やっぱ、カリンのクッキーは美味しいなぁ。ずっと変わらない味なのに、いつもちょっとずつ違って…

とにかく、とっても美味しい。

 

「フウカは本当にカリンのクッキーが好きだねぇ。確かに美味しいけどさ。」

 

アリサちゃんが呆れたように言った。

 

「だって、カリンのクッキーは世界一だもん!」

「フウカちゃんったらぁ。言い過ぎよぉ〜。」

 

カリンは顔を赤らめて、首を激しく横にふる。

 

「あ、私そろそろ帰るよ。お母さんに今日は外食だから早く帰ってきてって言われてるの。」

 

アリサちゃんが時計を見ていう。

 

「そっか。またね!」

「うん。」

 

アリサちゃんはホウキに乗って去っていく。

 

「じゃあわたしはトイレ行って来るわね。」

「え?あ、うん。」

 

カリンがトイレに行ったから、あたしは部屋にひとりきり。

さっきと違ってすごく静かになった部屋はなんだか寂しい。

その時だった。

 

ヒューーー…

 

と言う風と共に、カギをかけていなかった窓がキィィ…と静かに開く。

窓をもう一度閉めようと、窓に寄った。

気付いたのは、その時。

 

「フウカ。久しぶりだな。」

 

その声は変わっていた。

あの頃より、声が低くて…

男の人みたい。

でも、喋り方があのままだった。

いや、あの頃とはちょっと違う。あまり嫌味ったらしくない。

けど……けど……

絶対…【チトセ】……だ…。

確信したのに違う、いやそうかな。なんて自問自答を繰り返す。

あたしはずっと下を向いていた。

 

「フウカ、こっちみろよ。」

 

一瞬ビクッとしたが心を落ち着かせて、ゆっくりを上を向く。

 

 

 

・3・

〜 Fu-ka glance 〜

 

 

「チ…トセ……ッッ!!」

 

チトセの顔はあの頃のままだった。

ちょっとは変わっていたのかもしれないけど………

あの、嫌味ったらしい顔なんてせずに笑っていた。

気味が悪い程ではなく、あのままの笑顔だった。

あたしは、涙が溢れて止まらない。

ポロポロと溢れ出てくる涙を止めることなど出来なかった。

 

「フウカ、泣くなよ。」

 

チトセのその声に何故かさらにポロポロと涙が溢れる。

 

「だって…だって…」

「悪かったって。」

 

頭を撫でられて…なんだか安心して…クゥゥゥ…と唸るようにして涙を止めようとした。

でも、それも出来ない。

歯を噛み締めるほど、涙が出てきて…

つぶったはずの目からじわじわと涙が外に出てくる。

しばらくそうしてるうちに、ドアの向こうからカリンとセシルの話声が聞こえてきた。

 

「…フウカ、オレ、そろそろいく。カリンやセシルさんが来るみたいだし…」

「…もう、行くの?」

「あぁ、でも、もう帰ってきた。また、いつでも会える。今度…いや近いうちに会おうぜ。」

 

チトセはホウキに乗って銀の城を去っていった。

 

ガチャ…

 

「フウカちゃん、お待たせ〜……ってアラ!?泣いているの?どうしたの?」

「大丈夫だよ、カリン」

 

心配するカリン。あたしは目に少しだけ溜まった最後の涙を拭き取った。

 

「嬉し涙だから…」

 

そして、笑いかけた。

 

 

 

・3・ その次の日の話

〜 Fu-ka glance 〜

 

 

その日、あたしはなんだかウキウキしていた。

ウキウキ…というか、心が軽い。

理由は…わかっている。

きっと…きっと…チトセが帰ってきたから。

チトセは約束をいつも守ってくれた。あたしが忘れてても、覚えててくれた。

…今回だって、時期は遅れてもちゃんと守ってくれたの。

嬉しくて、嬉しくて、たまらない。

チトセの好きな人が他の人でもいい。貴方が帰って来てくれただけで、あたしは嬉しいの。ドキドキするの。

 

「フウカちゃん、いきましょぉ〜」

 

また、同じ1日が始まるけれど…

あたしにとっては違う。

誰もが同じだと言っても、あたしは違う。

あたしにとってのこれからの日々は紛れもなく、違うものだから。

 

 

 

・4・

〜 Fu-ka glance 〜

 

 

「やっぱりフウカちゃん、嬉しそうねぇ。本当に、どうしたの?」

 

ホウキに乗ったまま、カリンが不思議そうにこっちをみる。

「秘密っ」

 

「なによぉ」

 

カリンがふんっとよそ見したが、いきなり目を輝かせてあたしを見つめた。

 

「もしかしてぇ、チトセくんのことでなにかあったの!?」

 

ゔ…鋭い…

 

「どんなの!?」

 

あたしは動揺して、

 

「秘密だってばぁ〜!!!」

 

そう言って、学園に向かってスピードを出した。

 

「フウカちゃん、はやぁーい!」

 

カリンも猛スピードで追いかけてくる。

ものすごくホウキが上手になったカリン。あたしと追いかけっこすると、結果的にはあたしが勝つけどほぼ一緒。

そのまま追いかけっこするようにして学園に入った。

ホウキを降りたあたしたち。

その前にアリサちゃんが仁王立ちした。

 

「フウカっ。カリンっ。姫が猛スピードで学園に突っ込むなんて、あっちゃならないでしょーが!」

「うぅ…」

 

アリサちゃんに怒鳴られるとつい小さくなってしまう。

それを、冷ややかに他の生徒が見つめている。

あたしたちをアリサちゃんがいじめてるように見えるのだろうか。

…そんなこと、ないのに。

 

「ん?フウカ、いいことあった?」

 

アリサちゃんにもバレた〜!?

 

「い、いや…」

「あったでしょ?」

 

あたしたちにカリンが割ってはいる。

 

「アリサちゃん、フウカちゃんにいいことあったと思うでしょう?わたしにも教えてくれないのよぉ〜。」

 

カリンがため息を吐いて、あたしを上目遣いでみる。

 

(ゔっ…そんな目で見つめないで…罪悪感に包まれるからぁ!)

 

「何があったか、推理してあげよっか?」

 

あたしは嫌な予感がして、必死に抵抗した。

 

「い…いや、いいっ!」

「もしかして…チトセくんのこと?」

 

…////////…

ゔっ…

 

「どんなっ?」

 

チトセのこと前提になってるっ。

やばいぃ!

バ…バラしていいのっ?チトセぇ!

 

 

・5・

〜 Chitose glance 〜

 

 

 

帰ってきて、何日かたった。

親たちに適当に出迎えられ、また、あの毎日がやってくる。そう…思っていた。

 

「チトセさま〜!」

「チトセさま〜!」

 

気のせいだろうか。

大量の城のメイドたちがオレを追い掛け回しているのは。

……そう、帰ってきてから扱いが変わった。

兄弟の一員として、ちゃんと数えられるし、兄弟としての上下左右はあるものの、それ以上の格差が…ない。

違和感が絶えなかった。

(…あの…この扱い、やめて欲しいんだけど。)

今はまだ城の者、そして城に使える者。そして…フウカだけがオレの存在を知っている。

明日の王族会議で発表するんだとか。

『口外するな』そう言われたが、もう言ってしまったものはしょうがない。

 

「ふぅ…」

 

そう、ため息を吐いた時、上から聞き覚えのある声がした。

 

「チトセ。どうした?ため息なんぞ吐いて。」

「レイ…兄さん…」

 

レイ兄さんが前を立っていた。

前までレイ兄さんの方が全然大きかったのに、もうあまり変わらない。

 

「明日の王族会議だが…チトセとオレも出ることとなった。もちろん、フウカ姫とカリン姫もだ。」

「へ…?」

「明日は平日なのだが…フウカ姫とカリン姫は学校を休むそうだからな。」

 

な…なんでオレも…?

 

 

 

・6・

〜 Fu-ka glance 〜

 

 

「え…?ママ、今なんて…」

 

あたしはママにもう一度確認を取った。

 

「だから何度も言っているだろう。明日の王族会議にフウカも出ろと言っているんだ。」

 

な、な、な、なんであたしも!?

 

「学校は?」

「明日だけだ。休め。」

 

ママのちょっと不安そうな声。

 

「カリンも出席する。学校には連絡済みだ。」

 

んなっ…

カリンも?なんで?ってことは……

あることを期待してしまうあたしに嫌になる。

 

(そんなワケないっ。あいつは十三番目だし…来るとしたらレイ王子だけだよね…?)

 

でも、ドキドキが止まらない。

来ない、来ないって自分に言い聞かせても頭がいうことを聞かない。

 

(そうだ…カリンも来るんだ!)

 

そう考えたらなんだか心が落ち着いた。

何故かカリンがいると安心する。

それは、あの頃から変わらないんだ。

…あいつがいても安心できたっけ……

 

「フウカ、明日は朝早い。」

「う、うん。おやすみ、ママ。」

 

ハァ…とため息をついて窓の外を見る。

するとキラキラと星たちが瞬いていた。

 

 

 

 

〜 Karin glance 〜

 

 

「えぇ〜!?わたしも明日の王族会議に行くのぉ〜?」

 

ママからの申し出に素っ頓狂な声をだしてしまいました。

 

「でもぉ、わたしはまだ高校生よぉ〜?」

「レイアからの申し出よっ。ってことで明日は朝早いからカリンちゃん、早く寝ないとねっ」

 

部屋に戻ろうとするママをわたしは慌てて引き止めた。

 

「えぇっ?レイアさまぁ?…もしかしてぇ…フウカちゃんもなのぉ?」

「もちろんよっ。じゃあね〜」

 

いつもと同じ、能天気なママに少々呆れながらも自分の部屋の植物さんに目を向ける。

 

「ねぇ、みんなぁ。わたしがいっていいのかしらぁ?」

 

と、問いかけると植物さんはわさわさと揺れた。

『カリンちゃんなら大丈夫だよ。』

『頑張ってね。』

そう、植物さんたちに励まされながらその夜は眠った。

 

 

 

 

・7・

〜 Chitose glance 〜

 

 

「チトセさま、こちらを着てくださいな。」

 

メイドが差し出したのは、群青色のタキシード。ボタンは金色に輝いている。

それを着ると同時にレイ兄さんが顔を出した。

 

「似合っているな。」

「あ…ありがとうございます…」

 

大広間にいくと、父さんとじいちゃんがいた。

 

「チトセ…これを付けろ。」

 

じいちゃんに渡されたのは懐中時計…

 

「なんだ?これ。」

「まぁ…いずれお前にもわかるだろう。」

 

(ガチでなんなんだよ、これ…)

乗り込んだ馬車の外にはたくさんの国民が。

そしてオレは顔がバレないように特殊な窓の隣に座らされていた。

(こんなの…求めてねぇ…)

歓声を浴びる親父とレイ兄さんはなんだら誇らしそうで…

全く喜ばないオレとは正反対だった。

 

「そうだ、チトセ。オレの事はレイお兄様。父さんのことはお父様と呼ぶんだぞ。お前はチトセ王子だ。」

 

…はぁ…

だよな。そういうものだ。

てか、オレみたいな王子も王子になんのか?

…なるんだろうな。

 

 

 

〜 Fu-ka glance 〜

 

 

「姫さま!ちゃんとジッとしてくださいっ」

「そっ…そんなこと言ったってぇっ。なんでこんな…」

 

あたしはセシルに無理やり着されてるドレスは銀の城に相応しい、銀色のベールをまとったドレスだった。

(こんなの着たって…この髪の色じゃ…似合わないよ…)

 

「姫さまは銀の城の姫なのですよっ。ちゃんと立ってください!」

 

それにしてもこれがまたキツイ。そこまであたしだって細くないのに、ぴっちりしたドレスだからキツくてたまらない。

 

「次はドレッサーの前に座ってくださいっ」

 

今度は髪をお団子にし始める。

あたしはなにも言わず、その様子を鏡越しに見ていた。

 

「姫さま、あと30分後には出発です。ゆい終わったら馬車にのってください」

 

あたしが小さく、「うん…」と言った時お団子が出来上がった。

 

 

馬車は銀色に輝き、白馬が前についている。

門の外にはたくさんの人、人、人。

(すごい…いつもこんななの?)

 

「フウカ姫さま。どうぞ。」

 

ママの侍女のナツキがドアをサッと開ける。

 

「あ、ありがとう。」

「…そのお言葉、ありがたく受け取らせていただきます。しかし、姫という方ならば私なんぞに…」

 

(挨拶も言っちゃダメなんだっけな。)

 

「私がいいたかっただけよ。」

「かしこまりました。」

 

(…ハァ…これから感謝の言葉とかも言っちゃダメなんだっけ?…あ、でも他の王族にはいいのかな?)

 

 

ママが馬車に乗ると、ゆっくりと進み始めた。

 

「フウカ。姫としてのマナーとして、今からお母様と呼びなさい。もちろん敬語だ。今日のこれからだけだがな。私もフウカ姫と呼ばねばならん。」

「…かしこまりました、お母様。」

 

これが…姫としてのしきたり。

我慢しなければならないの。今日ぐらい…頑張らないと。

…いつもの自分を封印して。

 

 

 

 

〜 Karin glance 〜

 

 

草木のお友達がわたしにワンピースを着せてくれる。

わさわさと揺れるツルたちは、わたしのことをかわいいと褒めてくれた。

 

「カリンちゃ〜ん、そろそろ出れるかしら〜?」

 

のんびりしたママの声を聞くと、なんだか緊張した心がとろけていく。

 

「もう、行けるわぁ〜」

 

わたしが着ているのは、薄緑のワンピース。お花の刺繍が所々に入っていて、全く自然体なのだけど何処か威厳を感じさせるもの。

 

「ママ…」

 

もう、出れるのか聞こうとしたけどママの声に遮られた。

 

「もう、ママではありませーん。今日はこれからお母様って呼びなさい。わたしもカリン姫って呼ぶわ。」

 

…そうよね。ちゃんとした空間でママなんて呼べないもの。

これからの為にも、それぐらい…

 

 

 

 

・8・

〜 Fu-ka glance 〜

 

 

会場は赤の城。

色あせた赤い屋根。それに映える、肌色の壁。

城の周りの壁には勇ましい竜が描かれている。

サヤ様の婚約祝いパーティ以来の赤の城は、あの時より違って見えた。

 

「フウカ姫、行くぞ。」

「はい。お母様。」

 

いつもとちょっと違う会話。

ママの威厳はそのままだけど、あたしは変わる。

元気なあの性格を封印するの。

それは容易いことではないけれど学校で努力してるから、きっと大丈夫。

門兵があたしたちの顔を確認すると門を静かに開けた。

 

「銀の城のレイア女王様。フウカ姫様。どうぞお入りください。」

 

なにも言うことなく、入るママはいつもと違う。

あたしも歩みを進めるが、王族を一目見ようと集まった人々の視線が痛くて冷や汗をかいてしまう。

パシャパシャと切れるシャッター音の中、あたしは一歩一歩城のに近づいて行った。

 

「ようこそいらっしゃいました。銀の城のレイア女王様。フウカ姫様。」

 

道を作るように並んだ侍女たちはみな赤の城の正装に身を包んでいる。

 

「お母様、私は別室にいればよろしいのでしょうか?」

「…赤の王の判断に委ねるが…銀の城の部屋があるだろう。とりあえずそこに居ろ。」

 

そう。各城には、部屋がある。

銀の城もそう。

青の城の部屋、緑の城の部屋、黄の城の部屋、赤の城の部屋、水の城の部屋、白の城の部屋。

そして開かずの扉となった、古代都市、カンドラの部屋と…

…黒の城の部屋。

黒の城の王は、王族会議に参加しない。

古代都市、カンドラは数多の昔、消えたという。

それぞれの部屋はそれぞれの城をモチーフにしていて…

銀の部屋はちょっと現代風。

緑の部屋は植物だらけ。

青の部屋は時計がいっぱい。

と、他の部屋も似たような感じ。

 

「かしこまりました、お母様。」

 

あたしが返事をすると同時に赤の城の侍女が頭を下げた。

 

「わたくしが部屋へご案内いたします。」

 

初めて入る、赤の城の銀の部屋はなんだか違和感があった。

銀の部屋には大きな窓があり、そこから風を感じられるようになっている。

そこから下を見ると、不安そうにあたりを見渡す、カリンの姿があった。

 

 

 

 

 

・9・

〜 Karin glance 〜

 

 

わたしはついた赤の城の前でたち尽くしていた。

だって…外壁に魔獣は描かれているし、門のそばにはたくさんの人たちがわたしたちにフラッシュを焚いてるんだもの。

 

「マ…あ、お母様〜。えっ…とわたしは…」

「あぁ、カリン姫は緑の部屋に居てね。」

 

緑の部屋…かぁ。赤の城のはどんなだろう。

フラッシュの中、わたしとママは城の中に歩んで行った。

その時だったの。

本当は、馬車は門の外に停められるハズなのに、中まで入ってくる濃い、青色の馬車。

わたしはなんだか気になってその馬車を目で追った。

ガチャ。とドアが開いて、召使いに隠されながら裏口から入っていくコがいたの。

その子を見ようとして、つま先立ちをした時、言葉を失った。

 

(チ……チトセ…くん………?)

 

あの、深い、深い、群青色の髪と瞳。

 

(う……そ…)

 

フウカちゃんに知らせなきゃ!っと思ったけど、別の思いが頭の中を駆け巡った。

 

(もしかして…あの時の…)

 

わたしはこの前のフウカちゃんを思い浮かべた。

あの、銀の城での涙。

どうもよそよそしかったあの態度。

 

(きっと、フウカちゃんは、知っているんだわ…)

 

その後すぐ、私はママに呼ばれてついていった。

 

 

 

 

 

・10・

〜 Chitose glance 〜

 

 

 

赤の城の付く間際、緑色のツルが巻き付いた馬車を見た。

それを見たとき、直ぐにわかった。

『カリン…だ。』

と。

その、緑の馬車が門の前に馬車を停めていたのに対して、オレたちの乗った、青い馬車は門の中まで入っていく。

すると直ぐ、城でよく見る服を着た召使いたちが漆黒のシートを持ってやってきた。

ドアが開けられ、オレが降りたと同時にその召使いたちに姿を隠されてしまった。

 

(は…?)

 

最初はイマイチよくわからなかったが、だんだん状況が掴めてくる。

きっとまだオレのことを世界に発表してないからバレぬようにオレを隠しているのだと。

 

「チトセさま。チトセさまは青の部屋にいらしてくださいませ。決して部屋を出てはなりませぬ。」

 

オレはシートの中でゆっくり頷いた。

…もう直ぐ隠れる生活も終わるだろう。王族会議が終われば…

自由に生活できるはず。

赤の城に入った時、シートの外で声がした。

 

「サ…サヤさまっ。おっ…お久しぶりです。」

 

そんなカリンの声と、

 

「いいんですよ。ようこそいらっしゃいました、カリン姫。」

 

あの、ハキハキとした凛とした声。

…そう、サヤ王女ーーー…

 

「そちらは?召使いの服からして青の城の者でしょう。」

 

…バレてるじゃねーか。

 

「間違いないようですよ、サヤさま。靴が青ですし…わたしも先程あの漆黒のシートの中を見てしまいましたから…」

 

カリンには見えてるしよ…

意味あんのか?コレ。

 

「カリン姫、サヤ王女。この事は決して口外なさらぬよう、よろしくお願いいたします。」

 

隣で小さく頭を下げているのを感じた。

 

「貴女たちがそうおっしゃるのならおっしゃられた通りにいたしますが…」

「ええ。」

 

召使いたちは心底ホッとしたように、シートが縦に若干揺れた。

 

「カリン姫、緑の部屋にお邪魔しても…?」

「もちろんです。」

 

そんな会話をしながらふたりは去っていった。

青の部屋は時計だらけだ。

何処の城の部屋でもこんなだと親父に聞いた。

静かな部屋の中にチクタクと時計が時を進める音がする。

…さすがの青の城でもここまでうるさくない。

ここまで来ると、イライラする。

 

「チトセさま。お茶でございます。」

 

オレはなにも言わず、受け取った。

 

 

 

 

・11・

〜 Fu-ka glance 〜

 

あたしはもっと外を見ていたい気がした。

なにか…大切なものに出会える気がしたから。

でも、そんなの全く叶わなくて…

 

「フウカ姫さま。サヤ王女でございます…」

 

と、サヤ王女が部屋に遊びに来てしまった。

 

「ご機嫌よう、フウカ姫…」

「随分お会いしてませんでしたね。」

 

…これが礼儀なのだろう。

王女としての。姫としての。

サヤ王女が羨ましい。何故こんなに優しく居られるの。礼儀正しく居られるの。

そして……

なんで大切な人といつも一緒なの…

レグルスという人と、二度と会えない運命だと言うことは知ってる。

けど…けど…ユリシスさまがいるじゃない。

心から信頼できて、サヤ王女のことを誰よりも心配してくれる、そんな人が。

なんで…なんで…

あたしは…チトセと当たり前のように一緒にいた。

けど、いきなり消えた。

帰ってきてくれたけど、あれきり会えてない。

再会のあの日を…今では夢のように感じてしまう。

帰ってきてくれたって、会えなければ意味はない。

心のつっかえ棒になってくれただけで、大きな柱にはなってくれない。

 

気がつけば、サヤさまは銀の部屋を出ていかれていた。

 

 

 

 

 

・12・

〜 Karin glance 〜

 

 

サヤさまとの座談も終わって緑の部屋の植物さんとお話をしていながらあることを考えていた。

チトセくん……

…それからフウカちゃんのことを。

 

(フウカちゃん…なんで秘密にしてたのかな?)

 

普段なら怒っちゃう。

けど、そんな感情は何故か起こらない。

チトセくんとフウカちゃんだって色々考えて誰にも教えなかったんだと思うし…

色んな事情があったんだと思うから。

わたしは嬉しいの。チトセくんが帰って来てくれて。

そのおかげで、フウカちゃんの本当の笑顔が増えた気がするの。

大好きなフウカちゃんの大好きな人が帰ってきてくれたらわたしまで嬉しくなっちゃうよ。

『カリンちゃん、どうしたの?』

黙りこくってしまったわたしを心配したのか、ツタがさわさわ揺れた。

 

「ちょっと考えごとよぉ〜」

 

ツタは、それ以上なにも聞かずに壁に再び張り付いた。

 

…わたし、チトセくんが好きだったなぁ…

でも、チトセくんが居なくなっても平気な自分が居て…

フウカちゃんより、哀しまない自分が居て…

自然に諦めてしまった。

フウカちゃんを心配して慰めた。

涙がとまらないフウカちゃんを見て、わたしも涙がポロポロ溢れた。

あの時のあの涙の意味は今でもわからない。

次の日にはフウカちゃんはものすごく元気だった。

けど、わたしには分かっていた。

 

《あれは嘘の元気…》

 

と、言うことを。

毎日、その元気を振る舞うフウカちゃんでも帰り道のふたりきりの道では元気が無かった。

何も出来ないわたしが嫌だった。哀しむフウカちゃんを見てられなかった。

 

(…チトセくん、フウカちゃんをどうして置いていったのよ!)

 

そう夜ベッドの上で嘆いたこともあった。

 

あの日、それは変わったのだけれど。

トイレから戻ったらフウカちゃんが泣いていた。

その時は咄嗟にあの手紙をまた読んだのだと思ったの。

だけど、違った。

きっとあの時、チトセくんが現れたのだと今は思う。

 

《フウカちゃん、もう、泣かないよね?

チトセくん、もう、居なくならないよね?》

 

ふたりの輝く笑顔をいつでも見ていたいよ……!

 

 

 

 

 

・13・

〜 Karin glance 〜

 

 

召使いさんに部屋を出され、ママと合流し、大きな扉の前に来た。

 

「女王様がカリン姫に会いたいと言ったの。ちゃんと礼儀正しくしてね。」

 

わたしは黙って頷くと、ママと一緒に部屋に入った。

そこには、よく知る赤の女王様がいて、ちょっと感動してしまう。

 

「おはようございます。女王様。緑の城のカリンでございます。」

 

深々と頭を下げて挨拶をすると、一歩後ろに下がった。

 

「まぁ、カレンのように華やかな子ね。こんなにじっくり見るのは初めてだわ。」

 

女王様にジーッと見つめられてドキドキしてしまう。

 

「そう?まぁ、そうかも知れないわねぇ〜。カリンちゃんが生まれた時以来かしら。」

「そのぐらいになるわね。カリン姫は頭のいい子と聞くけれど…」

 

頭がいい子だなんてっ。

 

「学校の先生に褒めてもらえるわ。カリンちゃんはとって優しいって」

 

ママまでぇ〜!

 

「でしょうね。優しい顔をしてるもの。」

「あぁ、そうだわぁ。今日の会議にカリンちゃんは…」

「出てもらうわ。ちゃんと、席も用意しておくからね。」

 

出るのぉ?

出ないものだと思っていたわぁ〜。

 

「わかったわ。カリンちゃん、行きましょう。」

「わかりました。お母様。」

 

わたしがドアと出た時、床を見ながらレイア様の後ろを歩くフウカちゃんを見たとき、わたしはなんだか嬉しかった。

 

 

〜 Fu-ka glance 〜

 

 

「フウカ姫。赤の王女がお呼びだ。出て来なさい。」

「はい、お母様。」

 

あたしはママに呼ばれて部屋を出た。

ガチャ…と扉を開けると、たくさんの侍女が道をズラーッと作っていたので飛びのいてしまった。

 

「付いて来い。」

 

ママがクルッと背中を向けて、その道を歩き始めた。

その、歩き方からあたしを心配してくれているのだと…何故か思ってしまう。

後ろ姿なのにね。

 

ついた先には大きなドアがあって、そこには魔獣が描かれている。

 

「これはレイア女王様。フウカ姫様。どうぞお入りくださいませ。女王様がお待ちでございます。」

 

丸いメガネに灰色のヒゲ。黒のタキシードを着た、いかにも執事らしいその人はゆっくりとその大きなドアを開けた。

 

「女王様。レイア女王様とフウカ姫でございます…」

「入れて良い。」

 

その人は頭を下げたまま、その部屋から出るとママとあたしを入れた。

まず、あたしは頭をぺこりとさげ、

 

「女王様、銀の城のフウカと申します。」

 

と、言ってゆっくり頭を上げた。

女王様は赤の髪をゆったりと肩におろし、少し垂れた目からは優しみが溢れている。

これが、赤の城の女王様。

そして、サヤ様のお母さんなんだ。

その、女王様はママを見てからゆっくりとあたしの目を向けた。

 

「レイアが言っているほどやんちゃにはないけど…」

「今日だけだ。普段はまぁ…やんちゃ過ぎるのが悩みの種なのだ。」

「そう…でも、レイアに似て綺麗で可愛らしいじゃない。」

 

えっ!?

綺麗なんて、初めて言われた…

それに可愛らしいなんて、無縁よっ。

お世辞よね、きっと。

 

「最近は勉強を真面目にするようになったとは思うが…そんなに変わったか?」

「ええ、とても。サヤの婚約パーティーの時から比べたらとてもね。落ち着いた瞳をしてるじゃないの。」

…あたしはどんな反応をすればいいのー!!

「そうか……ああ、そうだ。今日の会議にフウカは…」

「出席してもらうわ。ちゃんと席も用意しておくわよ。」

 

嘘ー!出るの!?

 

「わかった。では、失礼する。…フウカ、行くぞ。」

「はい、お母様。」

 

あたしはドキドキする胸を押さえながらママと共に部屋を後にした。

 

もう直ぐ部屋という時、黒いシートが見えた。

 

(ん?なんだろ、これ…)

 

その方向を見ていると、レイ王子がチラッと見えて一瞬ドキッとしてしまう。

 

(ままま…まさかねぇ〜…)

 

そう思いながら期待してしまい、ずっとシートを見つめながら歩く。

ふとその足元を見たときだった。

 

(あの…青の靴…)

 

チトセの物だと思った。

何故なら、それはチトセが前に履いてあたしの家に来たから。

 

(…チトセ…?)

 

違うと言い聞かせたくてもココロが言うことを聞かない。

もっと見ていたいのに、部屋についてしまった。

 

 

 

 

 

・14・

〜 Chitose glance 〜

 

 

レイ兄さんがオレをドアの向こうから呼んだ。

 

「チトセ、ちょっと来い。」

 

オレは黙ってドアの前に立つと慎重にドアを開けた。

バッ…

と、また漆黒のシーツで姿を隠された。

 

オレはレイ兄さんに連れられ、大広間に着いた。

大広間には女王がいて、オレの包まれた漆黒のシートに厳しい視線を送っているのを痛いほど感じた。

…そりゃそうだ。

オレのことなど何も知らされず、得体の知れない黒い布がいきなり現れたのだから。

 

「女王様。弟のチトセです。」

「チトセ…?…ああ、時の壁の使い手か。前に死んだはずだが。」

「いえ。チトセは死んでなどおりません。あれは誤報でございます。」

 

レイ兄さんの声に更に空気がピン。と詰める。

 

「…誤報?」

 

いかにも不機嫌そうな声に一緒ビクついてしまう。

 

「…まぁよい。姿を見せよ。」

 

オレを囲んでいた布が取れ、明るい赤の景色が広がる。

 

「チトセ王子よ。」

「はい。」

「今回のこと、お主はどう思ったか。それだけが聞きたい。」

 

少し、オレは迷いがあった。

なんとも言えない、世界中を騙していたという罪悪感。

知らぬ間に死んだことにされていたからオレは悪くないと思う気持ち。

どちらかと言えば、オレは悪くないという気持ちの方が強かった。

でも、世界のためには罪悪感を選ぶ方がいい。

そう思い、口を開こうとした。

口を半分ぐらい開けた時、オレはハッとした。

これは…ふさわしい事なのか?

 

『オレは悪くない。』

 

それは違うような気がして。

オレだって城の者。

オレじゃなくたって、同じ城の者が言ったことなんだ。

それにオレは真実を知っても、ウソだと言うことを世界に知らせなかった。

それじゃあ…

 

『同罪』

 

なんだ。

フウカにも、カリンにも。

そして、クラスの奴らを傷つけたことには変わりない。

 

「…罪悪感があります。」

「どうしてだ。」

「…世界中の人々に嘘をついていたから…です。」

 

オレは重々しくいい、ゆっくりと女王の顔をみた。

女王はしかめていた顔を緩めている。

 

「よく言った。大体は嘘をつき、いいイメージを持たせたいと思ったり、正直に言い過ぎることがある。」

 

女王はにっこりを微笑み、優しい声でいった。

 

「でも…貴方はそれがなかった。誇りに思っていいですよ。」

 

 

 

 

 

・15・

〜 Fu-ka glance 〜

 

 

 

 

金色のドーナツ型のテーブル。黄金に輝くアンティーク椅子に紅のクッション。

そして、肌色の壁に描かれた魔獣はとても勇ましく、威厳に満ちている。

 

「これから第××回、王族会議を始める。」

 

そう話す赤の女王と隣よサヤ様は清楚な身なりでいかにも「王族」というふいんきを漂わせていた。

あたしは今、ママの隣にちょこんと座っている。いや、ちょこんととは違うかもしれない。

銀色の流れるような服はこの金色の髪には到底似合わない。でも、そんな服を着ているからちょこんととは言えないのだ。

右隣のカリンは顔が引きつり、緊張気味の様子。

カリンは黄緑色の女王とお揃いのワンピースを着ていた。

ライトグリーンの髪と瞳によく似合っていて、なんだか落ち込む。

…左隣にはレイ王子がいて、その隣に黒い布で隠された人がいるのだった。

 

「ではまず、この春に高校へと進学した王女がふたりいる。銀の城の王女、フウカ姫と緑の城の王女、カリン姫だ。」

 

あたしとカリンは立ち上がって一礼する。すると他の王族が拍手をしてくれた。

 

「ご存知のように、フウカ姫は銀の城。カリン姫は緑の城の王位継承者であり、学業の方もよく、フウカ姫に関しては運動神経が抜群であります。」

 

その言葉を聞きながらまた席につく…

ホントにもう、お世辞はやめてください…女王様…

 

「そしてこのふたりは高校卒業後に王位即位を予定している。」

 

…はぁ…

ママたちみたいな女王になる日も近いってワケね。

実は、ここ3年、お見合いを数え切れない程している。

チトセを忘れられないあたしを見て、ママが考えてくれたことだとは思ってる。

…でも、チトセより大切な人は居なかった。

だから、まだ独身。

普通だったら独身はあたりまえだけど、サヤさまなどの王族に比べたら、「まだ」。

ママも遅かったから気にしなくていいとは言われたけど、正直なところチトセとり大切な人が見つかるか自身が無かった。

 

「そしてもう一つ。重大発表がある。」

 

女王さまは深刻な顔をして、そう言ったのだった。

 

 

 

 

 

・16・

〜 Fu-ka glance 〜

 

 

 

(重大…発表…?)

 

あたしの胸がざわつき始める。

周りの王族たちは眉間にしわをよせ、心なしか、隣のレイ王子の顔が固まっていた。

 

「青の城の王子のことだ。」

 

…っ!!

カリンもピクリと反応する。

 

(ま、まさか…だよね?)

 

壁中にいた召使いたちは窓を閉め、サッとカーテンで覆うとドアから出て行った。

それを確認するかのように部屋中を見渡すと、重々しく口を開いた。

さっきまで吹いていた風も小鳥のさえずりも日の光も一切入らない部屋の中。

その中で、カチコチと大きな振り時計が時を刻んでいた。

 

「青の城の王子は今、12人だ。末の第13王子は既に亡くなっている。…このことについて、レイ王子からあるそうだ。」

 

レイ王子の首筋からは一筋の汗が流れている。

他の王族の目線も、あたしの目線も、みんなレイ王子に注がれる。

 

「青の城の第13王子は……

 

 

 

 

 

生きています。」

 

(!)

 

「では、何処にいるのだ。」

 

黄の城の王様が質問する。

レイ王子は隣の黒い布を指した。

 

「…ここです。」

 

 

さっきのは…見間違いじゃ…無かったんだね…チトセ…

 



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三章

*1*

☆ フウカ ☆

 

 

 

長いようで短い夏休みが終わった。

今日から2学期なんだ。

 

「フウカちゃんっ。行きましょぉ〜」

 

カリンが窓から顔を出す。

ハリーシエルの夏服は、真っ白の半袖シャツにリボンのタイ。スカートはオレンジ地に茶色と黄土色のチェック模様。

…ちなみにリボンは、王族なら城の色。その他の人はオレンジ色で、冬服のワッペンに比べるととっても王族が目立つ。

その王族のリボンは特注で…他の人の人より、3倍くらいの値段になるんだとか。

カリンはライトグリーンの髪を揺らしてあたしにそっと耳打ちする。

 

『楽しみね。今日からチトセくん、来るでしょう?』

 

ドキーーッ

 

真っ赤になるあたしを見て、カリンがふふっと微笑んだ。

 

「行くわよぉ〜」

 

カリンに手を引かれ、慌ててホウキを出すと学園に向かう。

 

 

赤の城での会議から、毎日がめまぐるしかった。

城に帰ったあと、セシルに言われて新聞を読むとチトセのことが一面を華々しく飾っていた。

華々しい写真とは裏腹に、内容はよろしくないものだった。

『青の城の第13王子の死亡報道。青の城の嘘であった。』

他の新聞でも、

『時の壁の使い手。実は…』

『青の城は嘘をついた。』

などと書かれていたのだ。

…チトセだって好きでこんなことになったわけではない。

こうなったのもマスコミが騒ぎ、チトセを付け回し、学校などの公共の場に迷惑をかけてしまったから。

 

学園についた時、いつもより少し遅れていた。

なので。

 

「あれって…銀の城のフウカ様じゃない?」

「本当だわ…でも、フウカ様がなんでこの時間に?」

 

なんて声がそこら中から聞こえてくる。

…登校時間なんて、自由なのにね。

 

「でも…夏季休暇後の初登校でフウカ様とカリン様のお顔を見られるなんて…目の保養だわ…」

「お二人方、美しいものね。」

「それに可愛らしいし。」

 

(へっ?…なんでみんなそう言うの…?)

 

あたしは小さくため息をつく。

 

「フウカ姫、行きましょう。」

「ええ。」

 

クラスに入ると、夏休み前と同じような日常が始まるのだと痛感した。

 

「フウカ様。カリン様。御機嫌よう。」

「ええ。御機嫌よう。御着席してもよろしいわよ。」

 

…そう。同じ、挨拶。

席に着くと、隣の席とミユが声をかけてきた。

 

「フウカ様、今日はアリサさんは?」

 

アリサ…ちゃん?そう言えばいないな…

 

「わかりませんわ。すみません、お役に立てなくて。」

「いいえ。ありがとうございます。少々気になったもので。」

 

…アリサちゃん、何処だろ。

 

その時、リリー先生がガラッとドアを開けて教室に入ってきた。

 

「みなさん、御機嫌よう。今日は転校生を紹介いたします。…入って下さる?」

 

先生のあとについて入って来たのは、予想通りの青い髪と吸い込まれるような瞳の、アイツだった

 

 

 

 

 

*2*

☆フウカ☆

 

 

 

 

「では、自己紹介をお願い出来ますか?」

 

…アイツは、あたしたちの方を向くと、閉じていた深いブルーの瞳をゆっくりと開いた。

 

「青の城の…チトセと言います。よろしく。」

 

周りの女子の目がハートになるのがわかる。

それと同時に男子の目は厳しくなり、好きなように言いたい放題。

 

「なぁ、青の城のチトセ様って…」

「夏季休暇中、ずっとニュースになってたやつだよな。」

「あと、フウカ様の幼なじみだとか。」

「あぁ、それな。…女子たち、なんであんなやつがカッコいいんだ?」

「同感。」

 

…あぁ…ま、予想はしてたけどね。

 

「チトセさんは、フウカさんの隣です。…フウカさん、いいですか?」

「えっ、ええ…」

 

あたしの隣?

チトセはあたしをジッと見つめ、テレパシーを送ってきた。

 

『フウカ、これからよろしくな。』

 

と。

…隣、か…

チトセはあたしの右隣にバックを置くと、そのまま着席して前を向いた。

 

「ではこれから一時限目を始めます。」

 

理科担当のカナンダ先生は理科の授業を始める。

 

「問1。溶質とはなんですか?では、フウカさん。」

 

あたしは眺めていた教科書から目を離し、前を向くと問題に答えた。

 

「液体に溶けている物質のことです。」

 

あたしがそう言うと、カナンダ先生は微笑んだ。

 

「正解です。」

 

ここがカナンダ先生の良いところ。

王族だから、解けるのが当たり前だと思ってない。

間違えてもそのまま続けるし、合っていても他の人と同じように褒めてくれる。

 

「次。牛乳は水溶液とは言えませんが、その理由を述べてください。ではここをチトセさん。」

 

…チトセって出来るの?

 

「透明でないからです。」

 

…そりゃそーか。夏休み中、城に監禁状態で全部教え込まれたみたいだし…

 

「当たりです。」

 

カナンダ先生は目を丸くしていた。

…多分、ずっと学校に来ていなかったチトセがさらりと答えたので驚いているのだろう。

相変わらず、チトセって勉強出来るんだな…

やっと築いた学年主席の地位がちょっと危ないかも。

 

『おい、フウカ。お前って勉強出来るんだな。』

 

いきなりのテレパシーにチトセの方を向くと、無表情のままこっちを向いていた。

あたしは教科書で口元を隠し、チトセの方を見る。

 

《…まぁね。これでも学年主席だから。》

 

そうゆっくり口を動かした。

 

『フウカが学年主席?…すげーじゃねーか。』

 

と、またテレパシーがくると、また前を向いた。

 

(へ…へぇ…ちゃんと信じるんだ…チトセのことだから信じないとばかり…)

 

 

 

 

 

*3*

☆フウカ☆

 

 

 

昼休み。

チトセはと言うと、女子に囲まれていた。

ガヤガヤしていて内容はよく聞き取れないけど、顔を赤く染めている様子から今日、ファンになった子たちなのだろう。

 

「フウカ姫〜」

 

カリンが学校での呼び名で呼びかけてくる。

 

「あら、カリン姫。行きましょうか。」

 

敬語を使う、あたしとカリンの会話に目を丸くするチトセの目線を感じた。

 

(ったく、これでも王族なんだからねっ)

 

『フウカちゃん、チトセ君…凄いわねぇ〜…人気。』

 

カリンの耳打ちにこくりと頷く。

やきもちを焼きそうなぐらい、モテモテのチトセに懐かしい光景がまぶたに浮かぶ。

 

「では、参りましょう。」

 

あたしはカリンの手を取って裏庭に入ると夏休み後から設置された王族室に入った。

普通の教室は、暑い。

だからクーラーが設置されているのだけど、《28°》と高めに設定されている。

なので王族のために空き部屋を模様替えし、暑い夏場と寒い冬場に自由に使えるようになっているんだ。

…もちろん、王族以外が入れないようにしてる。

そのおかげでICカードとやらを使ってタッチしないと入れないんだけどね。

 

ガチャ…

 

中には黄金の机と、9つの椅子。

全て城の色でピカピカに輝いている。

…銀の椅子の左には、緑の椅子。そして右には、青の椅子が置いてあった。

 

「カリンーっ。このクッキー、本当に美味しいよっ」

「本当〜?よかったわぁ〜」

 

あたしは手作りのチョコチップクッキーを口の中に放り込むともごもごと口を動かした。

 

「でも、いいのぉ〜?チトセ君、置いてきちゃってぇ〜…今、どうなってるか知らないわよぉ〜?」

 

ゲフッ…

 

いきなりチトセの話題を振られ、クッキーを吹き出してしまった。

 

「あっ、あら…ごめんなさぁい〜っ」

 

カリンが慌ててお手拭きで拭き取ってくれる。

 

「あ、ありがと…。…いーよ、別に。あたしには関係ないもん。」

「もぉ〜っ。またそんなこと言ってぇ〜…本当は気にしてるんでしょぉ〜?チトセ君も探してるかもしれないわよぉ?」

「そんな訳ないじゃん!」

 

カリンの言葉にいち早く反論する。

 

クッキーを食べ終え、中庭に再びでた時、カリンが慌てて「先に教室に帰ってるわよぉ?」と言って、駆け出していった。

あたしは訳がわからないまま見送ったんだけど…ね。

 

 

 

 

 

*4*

☆フウカ☆

 

 

 

「よぉ、フウカ。」

 

「カ…カカカ…カイ〜!?」

 

深緑の髪と瞳。

中学の小学生の頃と変わらない金色のピアス。

…ただ一つ変わっていたのは、いつも肩に乗っていた《マリアンヌ》が居ないことだけ。

 

「なんでそんなに驚くのさ。」

「だって、中学は違ったし…なんでここに居るの?」

 

カイはフワァ…とあくびをすると、手を頭の後ろに組んだ。

 

「おいらが何処に居ようと勝手だろ。」

「ま、そうだけどさぁ…お金は?あんた、貴族だったっけ?」

「ん〜?違うけど?お金だったらあるし。」

 

(そっか…カイってカリンのことが好きだったっけ…)

 

そう考えるとだんだんカイがこの学園にいる理由がわかってきて追求するのをやめた。

 

「フウカ、お前ここに居ていいの?もーすぐ午後の授業が始まるけど。」

 

あたしがパッと時計を見ると、1時半を指していた。

午後の授業は1時35分から始まってしまう…

 

「うわっ。やばっ。」

 

あたしはカイの腕を掴んで靴箱に連れて行く。

「じゃ、おいらはB組だから。じゃーねー。」

 

特別クラス、A組の隣までくると、カイはそう言ってスタスタとB組に入って行った。

あたしが教室に入ると、カリンが慌ててやってくる。

 

「フウカ姫、ごめんなさぁいっ。先に行ってしまって…」

「大丈夫ですよ。」

 

あたしがゆっくり微笑むと、カリンもにっこり笑ってそれぞれ席に着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

*5*

☆チトセ☆

 

 

 

「青の城の…チトセと言います。よろしく。」

 

そう自己紹介をし、前を見たとき…

すぐに気がついた。

フウカの存在に。

 

「チトセさんは、フウカさんの隣です。…フウカさん、いいですか?」

「えっ、ええ…」

 

フウカの大人しさに少し驚いた。

昔のフウカなら、「えっ、ええ…」なんて対応取らないハズだから。

でも、そこはサクッとスルー。

まずはこのクラスに慣れなきゃ始まらない。

とりあえず、

 

『フウカ、これからよろしくな。』

 

とテレパシーを送り、フウカの隣の空席についた。

 

小学校からのフウカの変わりようにオレは驚きを隠せなかった。

…まず、フウカの髪型はサイドテールに。頭も良くなったらしい。

そして、カリンとも敬語で話していた……

…オレがいない間に、フウカは随分と変わっていて、何故か悲しい。

理由は自分に聞いてもわからない。

 

その日のお昼休み。

気がついたら、フウカはいなかった。

近くにいた女の子に、

 

「フウカ…姫が何処にいるか、知ってるかい?」

 

と聞いたら、

 

「えっ…えっと、フウカ姫は…」

 

そう言ったまま口ごもってしまった。

 

「どうしたのか?」

 

と、また聞いたら…

顔を赤くして友達の影に隠れてしまったので結局確認が取れなかった。

 

昼休みが終わった頃。

フウカは何処からか帰ってきた。

オレにはもう、フウカの全てを知ることが出来ないのか…?

 

 

 

 

 

*6*

☆フウカ☆

 

 

 

「あふ…眠…」

 

あたしは伸びをしてとりあえず着替える。

 

「あら!?姫さま、まだ5時にもなってませんよ?」

 

…どうりでまだ眠いはずだよね。

あれ…目覚まし時計…

 

(ん?)

 

時間が違う〜!!!

目覚まし時計の時はなんと7時を指していた。

 

「ま、早起きする分にはいっか…」

 

あたしはいつもは出来ないことをすることにした。

 

「セシル、何か良いことある?」

「そうですねぇ…散歩でもして見ては?」

 

(散歩…かぁっ)

あたしはそのまま学校に行けるようにバックをとる。

 

「ちょっ…姫さま!?時間のあるときぐらい、正面から出て行ってくださいませ〜〜〜っ」

 

あたしは気がつくとホウキを取り出して窓を開け放っていた。

 

「それに…ホウキで行くのなら通学と変わらないのでは?」

 

(…そっ…そう言えば…)

 

あたしは窓を閉め、ホウキをしまって正面の門に向かう。

 

「おはようございます」

「姫さま、今日はお早いのですねぇ」

 

すれ違う侍女たちから次々に朝の挨拶をされる。

…こういうのって逆にうざったいのよね。

ま、そんなこと口が裂けても言えないけど。

最近は見なくなった、ママの怒りの様子を思い浮かべて何故かクスッと笑ってしまう。

 

(はーあ…最近はママのお怒りモードも見なくなったよなー…)

 

あたしは大きな門の前につくと手を上にあげた。

 

「門よ、開けっ」

 

ギギギィッ…という、いつもと変わらない耳をつんざくような音。

あたしはカツン…カツン…と靴の音を大理石の床に響かせながら街へでたのだった。

 

朝早くに街に出たからには行きたい場所があった。

…それは、市場。

たくさんの魚や野菜があってどれも美味しそうでなんだか嬉しくなるから。

 

「あれ?お嬢ちゃん、その制服はハリーシエル学園かい?」

「あ、はい…」

 

ハリーシエルの顔に泥を塗る行為は禁止。

だから、一応敬語を使ってるんだけど…

まぁでも、そんな学園の生徒が市場に居る時点でおかしいよね?

気がつけば、とあるお店の前に居た。

そのお店に、なんだか懐かしさを感じて…

 

(ん?ここって…)

 

「薬草…店…っ…まさかっ」

「いらっしゃいま……あれ?フ、フウカ?」

 

出てきたのは、小学校の時のクラスメイトの…ユイちゃんだった。

 

「や、やっぱり、ユイちゃんの家のお店!?」

「そうだよ。どうしたの?一国のお姫様が」

 

ユイちゃんはちょっと嫌味っぽく。

また、ちょっと優しくあたしに笑いながら問いかけた。

 

「ちょっと散歩にね、市場歩いてたんだけど気がついたらここにいて」

「…フウカって本当にハリーシエルに通ってるんだね…」

「えっ…あ、うん」

 

ユイちゃんに制服をジッと見つめられて、なんだか恥ずかしい。

 

「それにその銀のネクタイ…」

 

ユイちゃんにつられてあたしも目線を落とすと、髪の色とは全然違う銀のネクタイがあった。

…あたしの少し悲しげな表情に気がついたのか、ユイちゃんは申し訳無さそうにする。

 

「あ、ごめん…綺麗だねっ、似合ってるわよ」

 

あたしはこの髪をかばってくれるチトセがいなくなった時、度々学校に行かないことがあった。

きっとそれを覚えていてくれたのだろう。

 

「いいよ、謝らなくて!…褒めてくれてありがとっ」

「それより…そろそろ行かなくていいの?7時半だけど…」

 

あたしは店の中にかかった小さな振り子時計を見た。

 

「わっ、本当だ!今日はあたしが先に出たから緑の城に行かなきゃ」

「緑の城って…カリンのトコ?」

「うん、じゃあね」

 

あたしはホウキを取り出して緑の城へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

*7*

☆フウカ☆

 

 

 

 

(…まさかカイもこの学園の生徒だったとはねぇ)

 

あたしは1人、廊下でカイの姿を思い浮かべながら立ち止まっていた。

 

その時だった。

 

キーンコーンカーンコーン…

 

「うわっ、やばっ!」

 

カイのことで巡らせていた思考回路を止めて、誰もいない廊下をタタタッと足音をあまり立てずに駆け抜ける。

あたし以外誰もいないから、変に気を使う必要もない。

学園に入学してから、一番ありのままでいれた時間…かもしれなかった。

ガラッと扉を開けると、もうみんな席に着いている。

 

(うっ…)

 

「フウカさん、もう授業が始まりますよ」

 

社会・地理担当のリーラ先生は、礼儀を何より優先し、他の人が遅刻すると怒るのだけれど…

位を大切にしているらしく、王族にはあまり怒らない。注意するだけ。

他の先生より、王族、貴族、一般人を分けるからあたしはちょっと苦手。

【王族はなんでも出来るもの。】

と、信じ込まれているみたい。

 

(王族だって、普通の人と同じなのに…)

 

「申し訳ございません、リーラ先生。今すぐ準備をします」

 

あたしはそれだけ言って、席につく。

地図帳やらノートやらを取り出すと、誰かの視線がこっちに向いていた。

 

(…チトセ…)

 

チトセは横目で睨むように見ているのだけど、何かを訴えてるようにも感じる。

 

『ちょっと放課後…いいか?』

 

そうテレパシーが送られてきた。

チトセはあたしの返事なんて聞かず、前に向き直ってしまう。

 

(…こっちの都合も聞かないで…勝手なんだから)

 

あたしはなんのことだろうと考えながら、授業を受けた。

 

 

 

 

 

*8*

☆フウカ☆

 

 

 

 

(…授業…終わった…)

 

あたしはホームルームが始まるまで外をぽけ〜っと眺めていた。

ホームルームも上の空で、周りの子に心配されるくらい。

 

「フウカ様、どうされました?」

 

ってね。

…王族だって、上の空のことなんてよくあるのに。

王族だからって、何もかも完璧でいつでも一生懸命ってワケでもないのよ。

勘違いが過ぎる。

 

「フウカ姫、帰りましょう?」

 

カリンがのんびりした口調を封印してあたしを帰りに誘う。

 

「ごめんなさい、カリン姫…今日はちょっと用事がありまして…」

 

あたしがそう言うと、カリンは「残念ですわ…では、御機嫌よう」と言って帰ろうとした。

けど、何かを思い出したかのようにハッと私の方をみた。

 

《もしかしてぇ、チトセくんかしらぁ?》

 

カリンはあたしにこっそり耳打ちする。

カァッッと顔があっつくなって、自分のスカートの裾を掴んでしまう。

 

《あらぁ?図星かしらぁ?それならわたしはお邪魔虫ねぇ〜…今日、宿題をしたあと銀の城に遊びに行かせてもらうわねぇ〜》

 

あたしは赤面したまま、カリンをボーッと見送った。

カリンが教室から出た後、銀の城に遊びに来るのだと気がついてわぁぁっとプチパニックを起こしてしまうのだった。

 

まだ、教室には女子数人が残っていた。

 

 

 

 

 

 

*9*

☆カリン☆

 

 

 

(フウカちゃんってぇ、赤面するととっても可愛いのよねぇ〜)

 

わたしは下駄箱の前でフウカちゃんの赤面姿を思い出し、思わずクククッと笑ってしまった。

 

「あれ?…カリンじゃないか」

 

いきなり声をかけられてビクッと体を震わせてしまい、「へっ?」なんて変な声を出してしまう。

 

「驚かせちゃった?」

 

わたしはその声に聞き覚えがあった。

ゆっくりと振り返ると、カイくんが腕を組んでわたしの方を見ている。

 

「カイ…くん?」

 

耳には昔と同じ、金色のピアス。深い、緑の天然がかった髪。

 

「久しぶりだね、カリン」

 

(な、なんで…此処に?)

 

「フウカから聞いてなかったの?オイラのこと」

「聞いてなかったって…」

 

カイくんはフウカちゃんに向けたらしいため息を吐く。

 

「オイラも此処の生徒さ」

「こっ…此処のぉ…?」

 

何故か、周りの男の子たちの視線が痛い。

 

「歩きながら話そうか…送るよ」

「えっ…えぇ…」

 

 

**

 

 

「あのぉ、カイくん…マリアンヌはぁ〜?」

「マリは家でお留守番」

「そっ…そうなのねぇ…」

 

特に話題もなく、わたしたち2人の間に微妙な空気が流れる。

 

「そうだ、カリン」

「な、なぁに?」

「フウカ、どうしたの?普段は一緒に帰ってるって聞いたけど」

 

わたしはフウカちゃんのことを言おうかちょっと迷った。

あのフウカちゃんの態度から言って、チトセくんのことに違いないけど言っていいものか悩んだから。

でも、言ってもいいかなって。カイくんはそこまで言いふらさないかなって。

それに、フウカちゃんだってきっとカイくんにだったら言ってもなにも言わないハズ。

 

「チ…チトセくんと…なんか約束があるんですって」

「ふぅん…やるねぇ、ちーくん」

 

カイくんは手を頭の後ろに回して組んだ。

そして、わたしを横目でじーっと見つめる。

それで平然と保っていることが出来るわけなどなく、うつむいてしまった。

 

「…カリン、変わったね」

「え?」

「フウカも随分と変わってた…まさかと思ったけど、カリンもそこまで変わるなんてね」

 

カイくんは赤い夕日を眺めて「また、置いてかれちゃったな」と小さく呟く。

わたしは意味がわからないと言うようにカイくんを見つめた。

 

「あ…ううん。なんでもない」

 

カイくんはそう言葉を濁したけど…

わたしはしっかりとこの耳で聞いてしまった。

 

【置いてかれちゃったな】

 

って…どう言う意味だろう。

いつか、聞いてみたいな。

そう思いながら、歩いていると城についた。

 

「カリン姫…ボーイフレンドですか?おつきあいしてる方ですか…?」

 

ちっ…違いますって…

 

 

 

 

 

*10*

☆チトセ☆

 

 

 

 

「チトセさま、一緒に帰りましょ♡」

 

目が何故かハートのクラスの女子。

まず、この女子の名前なんて知らない。

クラスで知ってるのは、フウカとカリンだけなのだから。

誰かわからないけどクラスの奴っぽい女子がオレを帰りに誘うので、ナチュラルに流すことにした。

 

「ごめんな。今日はちょっと用事があるんだ…」

「そぉなんですかぁ?♡では、お待ち致しますわ♡」

 

…この前、兄さんたちから聞いた。

貴族や金持ちの女たちは、王族に嫁いで自分の一族を有名にしたいと思っている…らしい。

もちろん、それだけではなく自分も王族になりたいんだとか。

それはフウカやカリンも例外ではないと聞いた。

 

(オレ…王子っつっても13番目なんだけど…?)

 

作ったスマイルを保ちながら、ちらっとフウカの方を見る。

フウカは席について、読書をしていた。

 

(お前…本なんて読むのか)

 

「でもさ、君らには関係ないから帰ってくれない?」

 

オレは変わらない笑顔プラス微笑みで問いかける。

…ようやくこれ以上誘っても無意味だとわかったらしい。

 

「では、チトセさま。御機嫌よう。フウカさまも、お気をつけて」

 

フウカにも挨拶し、(フウカは顔を上げて微笑むだけだったが。)教室を去ったその女子。

 

(やっとフウカとふたりきりになった…)

 

そう考えながら、フウカの机の方にゆっくりを歩んでいった。

 

 

 

 

 

*11*

☆カリン☆

 

 

 

 

「し、失礼いたしました、カリン様。カイ様。」

 

とりみだす門番にクスっと笑ってしまうわたし。

城にクラスメイトを呼ぶとき。アリサちゃんやフウカちゃんを呼ぶとき。

門番に対する態度は全然違うと思う。

カイ君は、アリサちゃんやフウカちゃんを呼ぶときと同じ態度。

 

「カイ君、せっかくだから上がっていってぇ〜」

 

わたしはカイ君の手首を軽く掴んで門の中に入れた。

 

「おかえりなさいませ。カリン様。お客様。」

 

…銀の城の50人や青の城の80人には及ばない30人の侍女たちが出迎えてくれる。

緑の城の召使いは黄緑のフリルワンピースに緑のエプロン。エプロンにはそれぞれが好きな模様を刺繍してあって結構可愛い。

少ない男性の執事たちは黒の背広に濃い緑色のネクタイなの。

 

わたしは一昨日まで持ってる部屋はふたつだった。

自分の部屋と、植物さんたちとお話しできる部屋。

でも昨日、ママからもう一つ部屋をもらった。

そこは来客用に綺麗に整頓して恥ずかしく無いようにしてあるの。

もちろん、フウカちゃんも…フウカちゃんは今…4つあったと思う。

 

「カイ君、ここ入っててるかしらぁ〜?今、クッキー持ってくるからぁ…」

「あ、ああ。」

 

カイ君は蔓の描かれた綺麗な金色のドアノブをあけて、3つ目の部屋に入っていく。

わたしもキッチンに入るとクッキーをお皿に盛り付けて同じくドアノブをひねるのだった。

 

 

 

 

 

*12*

☆フウカ☆

 

 

 

教室に響く、カツン。カツン。というチトセの足音。

ペラッ。という、あたしの本をめくる音。

ピタッとチトセの足跡が止まった時、あたしは本をパタンと閉じる。

真っ赤な夕日に教室中が染まって、なんだか切なかった。

 

「おい、フウカ」

 

チトセの声になんだか照れくさくて顔があげられない。

 

「…手紙、読んだか」

 

(手紙…?)

 

「よっ…読んだよ。いっ…一応…」

 

言葉が上手くでない。

端々がつっかえて、自分でも可笑しくて笑ってしまいそう。

だけど今日は、笑えない。

 

「…で、今日は…なんであたしを…残したの?」

 

…前までなら普通に話せていたはずなのに。

…もっと、話したいのに。

全然、話せない。

…ただの幼なじみなのに。

…ただの腐れ縁なのに。

 

「…特に理由は無ぇよ。…しいて言えば、お前と話したかったから」

「はひっ!?」

 

あたしが驚いて顔を上げると、チトセが「ぷっ」と吹き出して前にあるアキちゃんの席に座った。

 

(んな…何言ってんの、コイツ!)

 

あー…もう!

と、クラスメイトたちがいないのを良いことに、あたしは髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。

せっかくセシルが久しぶりにセットしてくれた巻き髪も、意味のわからないぐしゃぐしゃ頭と化しているのがチトセの表情で分かる。

 

「………お前、何してんだ…」

「うっ…思わず…」

 

しょうがないので腕に付けてたヘアゴムと引き出しの中にある、ポーチの中のくしをだす。

そしてなんとなく昔と同じ、あの、ふたつ結びにしてみた。

あの頃とはあまり変わらない髪の長さだったから、背などを抜かせばほとんどあの頃と同じだろう。

 

「懐かしいな、その髪型」

「うん…」

 

あたしが左の結わいた髪を見て、両手で弄り回した。

毎日毎日、ちゃんと手入れはしてるからサラサラの髪。

でも、どんなにサラサラだって髪の色は変わらない。

するといきなり、右の結わいた髪にチトセの左手が伸びてくる。

 

「うへ!?」

 

 

 

 

 

*13*

☆カリン☆

 

 

 

 

 

「お待たせ、カイくん」

「うわ。カリンのクッキー、美味しそ〜」

 

カイくんが笑ってクッキーを覗き込む。

 

「そっ、そんなことないわよぉ〜っ」

 

わたしはテーブルの上にトンッとクッキーの乗ったお皿を置くと、カイくんの向かい側のソファに腰掛けた。

今さらになって何を話せばいいのかわからなくなってくる。

 

(こっ…こういうときって、どうするのが一番なのかしらぁっ?)

 

あーでもない、こーでもない。と自問自答を繰り返していると、カイくんが口を開いた。

 

「ねぇ、カリン。おいら、いつまでここに居ていいの?」

 

カイくんはそう言って窓の外を眺める。

わたしもつられて外を見ると、目を疑った。

さっきまで雲ひとつない空を塗っていたはずの夕暮れが消え、灰色の雲で一面覆われていたの_________……!!

 

ビシャーーーンッ……

 

空がピカッと光ったかと思うと、大きな音が響き渡った。

城の管理する森にカミナリが落ちたらしい。

 

「うひゃぁっ」

「カリン、大丈夫?」

 

カイくんともう一度外を見たとき、大粒の雨がバケツをひっくり返したように降りはじめていた。

不意に心配になってくるのが、フウカちゃんとチトセくんのこと。

おそらくまだ学園にいるであろう、ふたり。

でも…まぁ…ふたりなら、どうにかする…わよね…?

 

 

しばらく経っても、まだ雨は止む気配がない。

変わらずザーザーと降っている。

 

「カイくん…お家に連絡しなくていいのぉ〜?」

「ん?連絡?大丈夫だよ。おいら、家無いし」

 

わたしは「そっかぁ〜」と言ってから、ん?と思う。

 

「い…いいいい…家がないのぉ〜〜!?」

 

カイくんは「くっ、口が滑った…」と言って頭を抱えてしまう。

そしてわたしは驚きで頭の中がいっぱいになって、口をパクパクさせていた。

 

 

 

 

 

*14*

☆フウカ☆

 

 

 

 

「この髪、ホントにフウカらしいよな」

「あたし…らしい?」

 

チトセはハハッと笑いながら右肘をあたしの机に乗っけて右手にあごを乗っける。

 

「…この魔法界…と言うかこの辺の国には、いないだろ?金色の髪の少女なんて」

「そ、そうだね…」

 

どうやらチトセはあたしの気持ちを読み取ったらしい。

って言うか、《少女》って!

何言い出すの!?こいつっ。

あーーーー!!!もう、調子狂う〜〜〜〜〜〜!!!

でも、あたしは何も言えない。

何言えばいいか、わからない。

あの頃ならちょっとした口喧嘩ばっかしてたけど、口喧嘩ひとつで何かの糸がプツンと切れてしまいそうで。

なんだか、怖い。

だから何も言えない。

 

「な、な、フウカ。オドロオドロの木、行こうぜ」

 

オドロオドロの木_______……

小さい頃、よく遊んだチトセとふたりきりの秘密基地。

ちょっと不気味で誰も近づかないから、誰にもバレなかった。

 

「うん、いいね。行こっ、行こっ」

「よし。そうと決まれば出発だな!」

 

…小学生の頃よりは更に誇れるようになった、ホウキ乗り。

いつも無くして、折って、終いにはチトセやカリンにまで迷惑をかけていたけど今は違う。

滅多に無くさないし、壊さないし、迷惑もかけなくなった。

そんなあたしを見て、チトセは嬉しそうに微笑む。

夕焼けの空の反対側には、不気味な雲が渦巻いていたが、あたしもチトセもそんなことは気がつかなかった。

 

 

 

 

 

*15*

☆フウカ☆

 

 

 

 

アネモネ。

別名、風の花。

 

儚く散るその花はウインドフラワーと呼ばれ、この世界のイギリスでは昔からこの花に纏わる伝説が受け継がれているという。

 

そして、魔法界でもとある小さなお話がひとつ。

 

ある国の女王様にとある男がプロポーズした。

その時に渡した花が、アネモネ。

アネモネによって結ばれた両親から生まれた姫は、大きくなってまたアネモネに誘われた_______……と。

 

 

**

 

 

「おい、フウカ、待てよ」

 

チトセのホウキは遅いとつくづく感じた。これだったら、カリンの方がよっぽど速い。

 

「何?あたしのホウキが速いの?」

「いっ、いや…違うけど…」

 

チトセは急いであたしの脇までホウキを寄せてくる。

深い海のような青い髪も瞳も変わらないのに、どうしてこんなに違うのだろう。

 

「どうした」

「な、なんでもない」

 

…どうして、そっけないふりをしてしまうのだろう。

こんなにも、貴方が大好きなのに。

 

 

**

 

 

久しぶりのオドロオドロの木は、更に異様な空気に包まれていた。

元から薄気味悪い場所だったけど、いつの間にかあたりは真っ黒な雲に覆われ、ゴロゴロの雷音までする。

ザワザワと木の葉は音をたてて揺れていた。

 

「なんか、よくない天気だな」

「うん…さっきまでは良かったのにね」

 

……あーあ、いつぶりだろう。

こんなに暗くなるまで家に帰らなかったのは。

城に帰ったら、久しぶりに怒られるだろうか。

ママの雷が、あたしの上に落ちてしまうのだろうか。

でも、怒られても良いと思った。

だって、久しぶりにチトセとこんなところに来れたから。

こんないい思い出に勝るものなんて、無いと思うから。

 

ゴロゴロ…ピシャッ!!!

 

「うひゃっ!?」

 

…当たり前だ。

さっきからゴロゴロと言っているのだから。

その途端に降ってきた雨は、バケツをひっくり返したようにバシャバシャとあたしたちの上に降る。

あたしたちは慌てて、オドロオドロの木の陰に逃げ込むようにしてかけて行った。

 

「…濡れちまったな」

「…本当だね…」

 

ふたりで顔を見合わせて、ぷっと吹き出して。「あはははっ」と静かに笑う。

たわいもないことが、幸せなんだ。

 

 

 

 

 

*16*

☆カリン☆

 

 

 

 

「…おいら、赤の国に帰ってる時以外はずっと外で過ごしてるんだ。それを不便だと思ったことはないけどね」

 

 

***

 

 

「ど、どういうことぉ〜?」

 

カイはぽりぽりと頭を掻くと、ばつが悪そうに笑った。

 

「何処に住んでるわけでも無いんだ。ある日は学校の屋上だったり、公園のベンチだったり。つまりはホームレスだね」

 

『不思議なヤツだよね』

そう話していたみんなのことを思い出す。

みんなもわたしもカイくんがどんな生活してるかなんて、つい最近まで知らなかった。

 

「ええええ……でも、ハリーシエル学園に通えるんだから、家ぐらい借りれるでしょう?」

 

カイくんは首を横にふると、窓の外を眺めた。

 

「前までは借りてたんだよ、アパートをね。でも、一昨日アパートごと火事で燃えたんだ」

 

そういえば、ニュースでやっていた。

緑の国のはじのアパートで、大火事があり、周りの木々も燃えたと。

ここの辺りの建築物はほとんどが木造。緑の国は、人工林もたくさんあってそこから切り出している。

すぐに火は燃え上がってしまい、早く対処しないと取り替えしがつかなくなってしまうのだ。

 

「……じゃあ、ここに住めばいいじゃなぁい」

「へ!?」

 

わたしは必死で言った。

 

「ここに居ればいいのよぉ〜。ここはわたしの部屋だものぉ〜」

「いや、でも…悪いよ…」

「大丈夫よぉ〜。ふふっ」

 

なんで、こんなことを言っているのか。

今考えると、さっぱりわからない。

けれどもこの時のわたしの胸はキラキラとしていたのだ。

それだけは、はっきりと覚えている。

懐かしい面影に思わずほおが歪んでしまっているのか。

はたまた、新たな感情が芽生えてきたのか。

この時のわたしには、何もわからなかった。いや、考えるほど、わたしは賢くなかったんだ。

 

なんとか、カイくんを説得して。

ママに言ったらにっこり微笑んで、「人が多い方が楽しいもの。カイくん、是非この緑の城に住んでくださいな」と、すんなり許可を出してくれた。

そしてわたしには、「カリンちゃんには3つ目のお部屋をあげるので、そこをカイくんの部屋にしてあげてね」そういってキーを渡してくれたんだ。

だからわたしは後ろに控えていたメイドさんにキーを渡して「部屋にベッドなどを完備しておいてくれるかしらぁ?」

「はい、かしこまりました」

メイドはあと3人程を連れて、広間を出て行ったのだ。

 

 

 

 

 

*17*

☆フウカ☆

 

 

 

「……ねぇ、チトセ。」

「ん?」

 

雨音だけが聞こえてくる、オドロオドロの木の下。

騒がしいけどなんだか寂しくなってくるここで、あたしは沈黙も破るようにチトセに話しかけた。

 

「あ……のさ。ずっと、何処に行ってたの?」

「そうだなー」

 

チトセはなんの躊躇い(ためらい)もなく、話始めてくれる。

 

「だいたいは水の国に居たなー。水の国のさ、悪魔の谷とか居たぞ。そのあとは、ビアンカんとこ」

「へ、へぇ……」

 

(そっか……チトセはビアンカちゃんと一緒に居たんだ……)

なんだか悲しくなってきて、俯きたい。

けど、そうすれば直ぐ近くにいるチトセに若干落ち込んでるのがバレてしまうから、どうにか我慢した。

でもやっぱりチトセにはバレてしまうようで。

 

「……でも、オレ、ビアンカに怒られてさー。」

「え?」

「『何やってんの!』ってさ」

 

(なんで?ビアンカちゃんってチトセのこと好きなんじゃなかったっけ?諦めたとか言ってたけど)

 

「『なんで、フウカちゃんに何にも言わないで来たのよ!』ってすげー剣幕で怒るんだよ」

 

チトセが懐かしむように雨を眺めている。

ザァザァと勢いよく降っていた雨はいつの間にかシトシトという静かな雨に変わっていた。

 

「『そんなのオレの勝手だろ』って言ったら『ほんっとにちーくんつて女心わかってないよね』って。エルザ様も苦笑してたよ」

 

「へぇ……」そう、少し流してから、「ん?」と異変に気付く。

ビアンカちゃんって……あれ。

 

(なんでそんな、あたしのこと、知ってるの?)

 

カリンにしか、本当のあたしは見せていないツモリだった。

アリサちゃんや、ユイちゃんの前でもいつも見たいに屈託のない笑みを浮かべて、笑っていたツモリだった。

もちろん、一度だけビアンカちゃんが遊びに来た時も、「大丈夫?」って心配するビアンカちゃんとシロに、「大丈夫って、何が?」ってわからないフリなんかもした。

 

(もしかして、バレてたの?)

 

「『ちーくんって本当に好きな子には意気地なしだよね』って言われた時には、もう、反撃なんて出来なかったよ」

 

……ん?

 

(なんか、今、すごい言葉が聞こえた気がするんだけど。)

 

気のせいだよね。気のせい。そう、唱えてみるけどやはり気になって。

やっぱり、聞いてしまった。

 

「い、今なんて言った?」

 

 

 

 

*18*

☆フウカ☆

 

 

 

「ん?……もう、反撃なんて出来なかったよ。か?」

「いや、その前!」

 

あたしだって、チトセのこと嫌いじゃない。

好きかどうかは、わからない。

だけど、だけど。

そういうのは、聞きたい。

チトセが、あたしのことどう思ってくれているのか、知りたいから。

 

「……『ちーくんって本当に好きな子には意気地なしだよね』か?」

「そ、そこ!」

 

「あー……」とぽりぽりほおをかくチトセは、なんだか顔が赤い。

 

「まぁ、そのまんまだよ」

「そのまんまって?」

 

赤い顔のまま、チトセはあたしを睨みつける。

『わかってるだろ。』って言ってるみたいだった。

……わかってるけど、わかってるからこそ、教えてよ。

これで、違ったらあたし、一生立ち直れないもん。

どうして、チトセのことがあんなに不安だったのかはあたしにはよくわからない。

あたしのことでも、あたしはわからない。

あたしの中で、きっと新たな感情が生まれたんだ。

それも、きっと……

 

 

「お前のことが、好きってこと」

 

 

 

あたしが、チトセのことが好き。

っていう、感情が、芽生えたんだ。

 

 

 

 

 

 




これで高校生編が終わり。あとは番外編でしか高校生やってなかった気がします。


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番外編

番外編です。まあ本編に入れようとして忘れました。


Part・1

〜 アリサ 〜

 

 

ガラッ。

「おはよー」

 

昨日、1日休んだ。

風邪引いて、休んだ。

大したことはなかったのだけど、微熱があったから。

そうしたら、世界がちょっとだけ変わっていた。

 

「あ、アリサちゃん。おはよー」

 

っいうフウカの隣で、

 

「あれ?アリサ?お前もここなのか?」

 

と首を傾げるチトセくんがいた。

いや、まぁだいたいは予想してたのだけど。

 

「お、おはよ。チトセくん、フウカ」

 

相変わらず突き刺さるクラスメイトの冷たい視線。

辛いけど、いいの。

フウカたちと一緒にいれるなら、それで。

 

「アリサさん、フウカ様やカリン様だけでなくチトセ様ともお知り合いなのですか?」

 

スズだ。

スズは私に話しかけてくる、唯一の貴族。

だから別に私も嫌いじゃないし、カリンも嫌いじゃないと思う。

フウカはついこの前までスズのことを悲しそうな表情で見ていたけど。

髪の色が、チトセくんと同じだからだと思う。

 

「ええ。昔のクラスメイトですもの。3人共」

 

そう、落ち着いて返せば「そうだったのですね」と言って、席に帰っていった。

 

「んで?喧嘩尽くしだったらアンタたちが何故一緒に?まさか付き合ってるとか?」

 

……ほんの、冗談のつもりだった。

『ち、違うって!』と、慌てる姿がちょっと見たくって。

そしたらやっぱりフウカは赤面。

だけど、隣のチトセくんは……

 

「あぁ」

 

と、平然と答えたのだった。

 

「なぬっ」

 

……このふたりのこれからを、私には予想することが出来なかったようです。

 

 

 

 

 

 

 

Part・2 前編

〜 カリン 〜

 

 

「はっ!そ、そういえば、今日は銀の城に遊びに行こうと思ってたんだわ!」

 

わたしはカイくんの部屋でお茶を飲んでいたのだけど、そんな大切なことを思い出した。

 

「え?そうなのか?なら、カリンはフウカのとこに行けばいいよ。おいらは眠いしもう寝るさ」

 

そう、カイくんが言うので雨上がりの空へと飛び立った。

カイくんがツタの模様付きの窓からにっこり笑いながら手を振るので、わたしも振り返して前を向いた。

もう、ホウキが苦手なわたしじゃあない。フウカちゃんと冒険していれば、自然に上手になるものなのです。

 

銀の城の前につけば、門番さんが真っ先に話しかけてくる。

 

「カリン様!フウカ様をご存知ないですか!?」

「えっ、えぇ?」

「未だにお帰りになられていないのです。女王もただいま探しておられて……」

 

わたしが知らないと答えると、門番は残念そうに門を開けてくれた。

普段ならたくさんいる、来客用の侍女たちも今は少し少ない。

 

「あぁっ。姫様、何処へ行かれたのでしょう!?」

 

セシルさんは忙しなく城を駆け回っていたけど、わたしに気がつくと真っ先に飛んできた。

 

「カリン様!フウカ様がお帰りになられていないのです!何処に居るのでしょう!?姫様がいなくなったら、私、私……」

 

わぁっ。と泣きそうな表情をするセシルさんが、なんだか可哀想に感じて……

学校でのことを、話すことにした。

 

**

 

「そうですか、チトセ様と……。チトセ様も一緒ならば、少しは心配が和らぎます!女王に知らせて来ますね!」

 

慌てて走っていくセシルさんをみて、わたしはあることを思い出した。

 

『フウカちゃん?ここは?』

『ここはね、オドロオドロの木って言うの。小さい頃のチトセとあたしがよく来てたんだ。チトセと久しぶりに、来たいなぁ……無理だとは思うけどね』

 

「わ、わたしは……ちょっとまた出かけて来ます」

 

すぐ近くにあった窓を開けると、ホウキに乗って、オドロオドロの木へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

Part・2 中編

〜 カリン 〜

 

 

わたしはふわりとオドロオドロの木の近くに舞い降りた。

あいにく、まだフウカちゃんたちは見えないけれどこのあたりにいるということはすぐにわかる。

 

「さぁて……ふたりは何処にいるのかしらぁ〜?」

 

オドロオドロの木に近づくにつれて、だんだんと緊張してきて、不安になる。

……何年経ってもわたしは変わらないのだと、今は更に感じた。

ずっと、フウカちゃんに守ってもらっているのだ、わたしは。

 

(フウカちゃんみたいにわたしは変われないのよ、きっと)

 

ちょっとフウカちゃんに嫉妬してるのかもしれない。

だけどフウカちゃんの恋を応援してるし、人として大好きだから妬んではいないのだけれど。

 

「えっとぉ〜……何処を探せばいいのかしらぁ〜?」

 

一瞬迷ったけれど、答えはすぐに出た。

 

「そうだわぁ〜。この木さんに聞けばいいのよぉ〜」

 

わたしは木の方を向いて、目を瞑る。

こうすれば、より鮮明に聞こえる気がするのだ。

 

『はじめまして。オドロオドロの木さん。わたしはフウカちゃんとチトセくんの友達です。ふたりはここに居ますか?』

 

木は優しく答えてくれる。

少し怖いような。でも、落ち着くような優しい声で。

 

『あぁ、いるよ。でも、静かにな。眠ってしまっているからのぉ〜』

 

……きっと、ふたりはヘトヘトなのだろう。

わたしも今、色々とあって疲れているのだ。

学校で疲れている上に、こんなところまで好きな人ど出かけたら……

想像するだけでつかれてくるもの。

 

『ありがとうございました』

 

わたしは目を再び開くと、オドロオドロの木に向かって早歩きをした。

足音が起きないように、慎重に慎重に。

ざわざわと揺れるオドロオドロの木の葉。はらりと、わたしのほおを掠めた。

 

「んん〜と……」

 

木に手を触れると、辿りながらまあるく回り始める。

木肌はゴツゴツとしていて、勇ましい。

 

「あっ……」

 

たどり着いたところには大きめな穴がぽっかりと空いていて。

そこを除いてみれば……

 

「スー……スー……」

 

規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

「まあっ。木さんの言っていたとおりだわぁ〜」

 

フウカちゃんは木に寄りかかり、チトセくんはなんと、フウカちゃんの膝の上に頭を乗ってけている。

側から見れば、単なるラブラブカップルだ。

 

「さてと……起こさないと……よねぇ〜?どうやって起こそうかしらぁ〜?」

 

 

 

 

 

Part・2 後編

〜 カリン 〜

 

 

どうやって、起こそうか。

ちょっと大きな音を出してもいいかもしれない。

わたしの魔法で、びっくりさせるのもいいかもしれない。

それか……耳元で……

 

「フウカちゃん、お膝見てごら〜ん。お〜い、フウカちゃ〜ん」

 

何度かよべば、フウカちゃんは目を開いた。

 

「なっ……な、な、な、な、何ーー!?」

 

やっぱり赤面フウカちゃん。

可愛いとしか言えなくなっている。

 

「なっ、なんでチトセぇ〜!?」

「なんでも何も、わたしが来た時には既にこんなだったわよぉ〜。ふふっ、ラブラブねぇ〜」

「ちっ、違うってばー!」

 

と、騒がしいのかチトセくんも目を開けた。

 

「ん?どうしたんだ?フウカ。あれ?カリン?」

 

……膝枕には、別に動じていない。

さて、わたしが知らない間にこのふたりには何があったのか……

 

「んもぅ、チトセくんたら……本当にデレちゃって。付き合ってるみたいよぉ〜?」

 

フウカちゃんは再び赤面して俯く。

否定しないその姿に、違和感を覚えた。

 

「いや、だって付き合ってるし」

 

平然とチトセくんは答える。

普段のわたしなら絶対赤面だけど、赤面より先に、出てきてしまった。

 

「えぇーーーー!?」

 

と、いう、悲鳴なのか奇声なのかよくわからない大きな声が。

 

「ねぇ?ふ、ふたりともぉ〜。銀の城と青の城で、ふたりのことを探してるみたいよぉ〜?」

「え"」

 

まずそうな顔のふたり。

……ううん……予想通り。

 

「早く、帰ったほうがいいんじゃないかしらぁ〜?」

 

そう笑みを向ければ、フウカちゃんはちょっと引きつった笑顔で即答した。

 

「う、うん!もうあたし帰るねっ。じゃ、じゃあね、チトセ、カリンっ」

 

焦るように帰ってゆく。

 

「お、おー」

「また明日ねぇ〜」

 

状況がイマイチ飲み込めていないチトセくんと、フウカちゃんに向けて手をふったのだった。

 

 

-END-

 




カリンが超アクティブになりましたが、全てはあのフウカのせいです。
無理しまくってチトセにフウカが怒られてカリンがなだめて……っていうのやってたのに、チトセがいなくなってカリンがフウカを元気づけようとカリンがフウカを引っ張るようになったから。

っていうか「らくだい魔女」って今のフウカに似合わなくないですか。フウカはらくだい寸前のギリギリ。先生に「進級できないかも」といわれたプリンセスのはず……あっ、私のせいか。


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四章

大人になります。


× 1 ×

▼△ フウカ ▼△

 

 

 

……大人になるのは。

高校を、卒業するのは。

全然、先の話だと思ってた。

まだ、大丈夫だ。

まだ、あたしは子供だ。

まだ、ママがいるから。

あたしはまだ、女王になんてならない。

そう、思っていた。

でも、現実を目の前に突きつけられたとき、あたしはどうすればいいのだろう。

 

 

「女王様、赤の国のサヤ様に第一子が誕生されました。お祝いは、何をお送りしたしましょう?」

「女王様、お届けものです。水の国からでございます」

「女王様、来週の会議についてご意見をお伺いしたいのですが」

 

……騒がしい。

ママはこんなに忙しい思いをしていたのかと、今更ながら思う。

空は綺麗に晴れているのに、外に出るような時間などない。

友達に会うなんて、以ての外なのだろう。

 

「ひめっ……じゃなくて、女王様〜!!カリン様から、お手紙です」

 

相変わらずのセシルには苦笑する。

変わらないチョコレート色の髪と瞳は、あたしが小さい頃から変わらないのだ。

【お世話係】と言うのは姫につくものらしいが、あたしはセシルにそのままの距離でいて欲しいと頼んだ。

ママも好きだけど、セシルも大好きだから。

普通の侍女になってしまうのが、嫌だった。

 

「カリンから?」

「はいっ」

 

カリン。

あたしの親友。

……だったりするんだけど。

カリンも緑の城の女王になっちゃったから、中々会えなかったりする。

そういえば、この前会ったのって、三ヵ国会議でだった。

 

「ありがと、セシルッ」

 

『フウカちゃんへ

最近、どう?

わたしとカイ君は一応元気に過ごしてるわ。

今度、久しぶりに4人で会いたいです。

今度、会いませんか?

いつなら都合が合うでしょうか。

お返事待ってます。

カリン』

 

……あたしなら絶対手紙なんて思いつかない。

これならあえなくてもやり取り出来るのだけど、この単細胞にそんなことが考えられるわけがない。

流石カリンだなぁ……

無性にカリンに会いたくなった。

 

 

 

 

 

× 2 ×

▼△ カリン ▼△

 

 

 

 

女王。

そう聞くだけで、どれだけの人々がわたしにひざまずくのだろう。

わたしは、そんなことなんて望んでいないのに。

……そう、母も思ったと言う。

だけど変わらない友達に、心を癒されたと。

そう聞いて、フウカちゃんに会いたくなった。

ホウキで旅立とうとしたら、ツルさんに引き止められた。

〈仕事が終わってないでしょ〉。

たったそれだけの言葉だけど、わたしには未来が重くなる言葉だった。

そのとき、カイ君が現れて言ったのだ。

 

「カリン、出かけられないなら手紙を書けばいいじゃないか」

 

わたしはそれを聞いた途端に筆を走らせた。

そして、カイ君に届けてもらったのだ。

 

 

 

 

▼△ カイ ▼△

 

 

 

おいらは、なんでもないのに緑の城に住んでいる。

高校時代から、だ。

確か、ちーくんが帰ってきた頃だったと思う。

そう。あれは嵐の日で……

あの時、再度自覚した。

 

 

おいらは、カリンが好きなのだと。

 

 

だけど、居候の身でカリンに告白なんて。

いや、それ以前に王族に告白なんて。

そんなことが出来るほどおいらは偉くないし、勇気も持ち合わせていない。

 

くしゃくしゃっと髪をかいた時、カリンからあることを聞いた。

 

「あ、そうだわぁ〜!赤の城のサヤ様たちの元に、王女様が生まれたのよぉ〜」

 

そのとき、おいらはとある言葉を思い出した。

 

 

 

 

 

× 3 ×

▼△ カイ ▼△

 

 

 

『ねぇ……?レオ。本当の気持ちって、なんなんだろうね。レオの本当の気持ちって何?』

 

幼き日の記憶。

……とは言っても、幼き日が長かったおいらにはどの幼き日なのかわからないのだが。

赤い髪の初恋の少女が、おいらに向かって、いきなり問いかけたのだ。

でも、その時おいらはなんと答えることも出来なかった。

『本当の気持ち』。

そう、一言で言われてもなんの本当の気持ちなのかわからなかった。

 

「なぁ……おいらはどうすればいいんだ……」

 

いつの間にか曇った空は、明るい太陽を隠している。

さっきまで、気持ち良いほど晴れていたのに。

 

「なぁ〜お」

 

気づけば肩にマリがいて。

そっと撫でてやると、満足したようにおいらの前から姿を消した。

 

「マリ……」

 

 

 

赤の国は、お祭りムードだった。

婚約パレードを遥かに超える、騒がしさ。賑やかさ。そして人々の笑い声。

赤の城には旗が掲げられ、先ほどからずっと花火があがっている。

 

「カイくん、じゃあわたしはサヤ様たちに挨拶してくるわねぇ〜」

 

カリンを見送って、国を歩き回る。

久しぶりの赤の国はあまり変わらなかった。

良いとは言えない治安なのに、何処か親近感の湧くアットホームな国はおそらく此処だけだろう。

 

じいさんの店に顔を出すことも考えた。だけど、行ったら何か言われそうで。

特に、プシーに。

行くのはやめにした。

それと、カリンにさっき聞かれたのだ。

『サヤ様たちへの挨拶、カイくんも行くかしらぁ〜?ほら、前の婚約パレードの時会いたがってたでしょ〜?』

でも、断っておいた。

会いたくないわけではない。

だけど、会いたくもない。

複雑な感情の整理はあの頃から出来ていない。

姉さんも初恋の彼女も忘れて【カイ】として生きていこうと決めたはずなのに。

 

 

 

 

 

× 4 ×

▼△ カイ ▼△

 

 

 

「……レオ?」

 

はっとして振り返っても、あの少女は居なかった。

その代わりにきょとんとしたカリンの姿が見えただけ。

 

「カイくん、どうしたのぉ〜?そんなに驚いてぇ〜」

「カリン……いや、なんでもないさ。どうだった?サヤ様のご様子は」

 

カリンはいつものカイくんに戻ったと嬉しそうに笑いながら、おいらにサヤ様との会話を聞かせてくれた。

 

「そうねぇ〜。この前と同じだったわよぉ〜。ハナ王女はね、すごく可愛くって」

 

どんな会話をしたのか、カリンは事細かに教えてくれた。

何処に今日は泊まるのか。

今日、一緒に来たおいらのこと。

朝に食べた食べ物まで話したらしい。

でも、申し訳ないがおいらは全てよく覚えていない。

多分……今のサヤを想像していたからだと思う。

婚約パレードの時より、遥かに大きくなったのだろう。

おいらなんて、とっくに抜かしているのだろう。

……ぶっきらぼうに話してしまったあの時。

……指輪を届けた、あの時。

全てきっとサヤは忘れてしまっているのだろうと。

 

「……ねぇ?カイくんの話したらねぇ、サヤ様が是非会ってお話してみたいって仰ったの。一緒に来てくれないかしらぁ〜?」

 

……本当に、いきなりだったのだ。

ちょうど昔のことを思い出して。

あの笑顔を思い出して。

なんて言ったんだっけ……

と、考えてるときだったのだ。

 

「いいよ」

 

そう、なんも考えずに言ってしまった。

 

 

 

 

 

× 5 ×

▼△ カリン ▼△

 

 

 

「へぇ〜、会ってみたいわ、その【カイ】って方に」

「サヤ、正気かい?」

「ちょっと気になるのよ。カリン様、呼んできてくださる?是非お茶をしたいわ。5人で楽しみましょう?」

 

サヤ様は、そんなことを仰った。

もちろん断ることは出来たのだろう。

だけど、何かある気がする。

そう、疑問を抱いていたわたしが答えを出すのはとても簡単なことだった。

 

「ええ、ちょっと誘ってみますね」

 

これが、とある秘密を開けるきっかけとなってしまうなんて知らないで。

 

 

誘えばカイくんは直ぐに「いいよ」と返事を返してくれた。

その時に、すこし考え事をしていたことには気がついたけれど気がつかないふり。

 

 

**

 

 

ハナ王女と、サヤ様と、ユリシス様と、わたしと、カイくん。

この5人でお茶をしたのは、ほんの短い時間だった。

ハナ王女は途中で泣き出して部屋から退室。

ユリシス様も、要件があってすこししたら部屋から出て行った。

 

それから、空気がガラリと変わってしまったのだった。

 

 

「カリン様とカイさんは前に私の婚約指輪を探してくださったのですよね?」

 

穏やかな口調。

これがわたしとの年の差か。

 

「え、ええ。まぁ……」

 

ちょっとわたしたちを見つめるサヤ様の瞳は怖くて。

思わず目をそらしてしまう。

 

「あの時は本当にありがとうございました。カリン様だけではなく、カイさんも」

 

でも、そんな顔が嘘のようにサヤ様はにっこり微笑んだ。

 

「えっ?……あ、いいえ……」

 

でも、いきなり。

そう、いきなりだった。

何かを決心したように、カイくんを見つめて。

こんな話を始めたのだ。

 

「私(わたくし)には、幼馴染がひとり居ました」

 

わたしはいきなりの話についていけなかった。

 

「あまりにも素直とは言えない幼馴染で、そこのカイさんとは正反対だったのですよ」

 

カイくんは、サヤ様を見据えていた。

少し、居心地が悪そうに。

苦しそうに。

 

「でも、私は彼が大好きでした」

 

サヤ様は気がつかないのはそのまま続けた。

 

「彼は、私にたくさんのことを教えてくれました。私は、この世界のことを何も知らないのだと思ったくらいです」

 

サヤ様は懐かしむように窓の外を眺めた。

変わらず花火は鳴り響き、騒がしかった。

 

「私の知っている赤の国や緑の国なんかとは違う、幻想的な世界があることを。そこだけにしか咲かない花があることを。あの世界だけが知る、秘密の歴史があることを。……彼が全て教えてくれたのです」

 

おもむろにカイくんの口が開いた。

 

「……そんなんじゃない」

 

わたしの知っている、カイくんじゃなかった。

いつもヘラヘラしてて、でも、いざという時には頼りがいがあって、わたしの大好きな。

 

「カ、カイくん?」

「……おいらは。おいらは……。……ごめん、カリン」

 

カイくんは席をたった。

 

「カイくん?どうしたの?ねぇ、カイくん!」

 

ぺこん。とひとつお辞儀をすると、兵を抜けて部屋の扉に手をかけると、

 

がちゃん。

 

という音と共に部屋から出て行った。

 

「カリン様。カイさんのこと、貴女はどれくらい知っているのですか?」

 

唖然とするわたしに向かって、サヤ様が問いかけた。

 

「……え?」

 

……わたしはカイくんについて何も知らないかもしれない。

今、そう初めて思った。

 

 

 

 

 

× 6 ×

▼△ ___ ▼△

 

 

 

 

僕は自分が嫌いだった。

サヤに、本当のことを何も言えなかったし、みせられなかった。

サヤは本当の笑顔をたくさん見せてくれたのに。

 

「レオ〜!遊ぼ〜!」

「レオ、サヤが来ましたよ。いってらっしゃい」

「姉上様、いってまいります」

 

そんな日々が続いていた。

ううん。ずっと続くと思っていた。

 

「ねぇ、レオ。この花きれいだね〜」

「……ああ」

 

「彼処に見える、野原にいこうよ!」

「……ああ」

 

「綺麗な月だね〜。お星様も、負けじと輝いてるよ!」

「……ああ」

 

僕は、殆どの会話を「……ああ」で済ませていた。

別に、サヤが嫌いなわけでは無かったのだ。

むしろ、彼女のことが好きだったと思うくらい。

だけど、僕はいつだって無関心を装っていた。

何を守るためでも無かった。

サヤを傷つけると言う事ぐらい、幼心にわかっていた。

明日、自分が先にサヤへと「おはよう」と声をかけて驚かせてみよう。そう、何度誓ったかわからない。

でも、自分は変わらなかった。

 

『じゃあ、またね!』

『……ああ』

 

この、最後の挨拶でさえも。

 

 

**

 

 

「レグルス様、君は今日から【カイ】だ。言いかい?」

 

じいさんの口調は穏やかで静かだった。

でも、その周りをちょこまかと動き回るプシーとやらの妖精がうざったい。

振り払いたいのだけれど、少し前に振り払ったら一時間喋れなくなった。

多分魔法だろう。

 

「それからや。カイ」

 

もう、早速カイって呼んでやがる。

 

「赤の国にいたらあかんで。サヤ王女に見つかったらあかんからな」

「悪いが、カイには銀の国のとある学園に通ってもらうことになったんだ。……これは、カイのお姉様から直々に頼まれたことなんじゃよ」

 

別に、そんなの望んでいなかった。

カンドラが消えるなんてどうでも良かった。

ただ。ただ、レグルスとしてサヤの隣にいたかっただけなのに。

姉上と、一緒に暮らしたかっただけなのに。

 

……でも、運命は残酷だ。

カイになって初めての、そんな思いは儚く散っていった。

 

 

 

 

 

× 7 ×

▼△ カイ ▼△

 

 

 

おいらは城の中庭をとぼとぼと歩いていた。

花火の音なんて、うざったい。

先ほどからは紙吹雪も舞っている。

騒がしい音の中で、聞こえるはずのないカリンの足音が聞こえた。

 

「カイくんっ!」

「カリン……」

 

すぐに分かった。

おいらを心配しているのだと。

勝手に出て行った、おいらを。

合わせる顔が無くて、その場から立ち去ろうとした。

カリンに会うのは、もうやめよう。

あんなおいらをカリンに見せてしまった。

でも、カリンは許さないといったようにかけてきて。

 

ギュッ……

 

「カイくん、カイくん……」

 

いきなり抱きつかれた驚きと、名前を呼ばれたということでカリンに目線を向けた。

 

「……わたしね、サヤ様に気付かされたの。わたしは、カイくんのことを何も知らないって……」

 

カリンの瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。

その顔のまま、カリンはおいらを見上げた。

 

「ねぇ?カイくん。わたしにできることならなんでもするから……だから……」

 

カリンは更においらを強く抱きしめて。

 

「カイくんのこと、教えてくれる?」

 

いつものおっとり口調のカリンは何処かに消えていた。

いつから消えていたのだろう。

それにも気がつかないくらい、おいらは気をとられていたのだろうか。

 

「……ああ」

 

あの時と同じおいらのセリフはカリンを安心させたようで、少し後から「ふふっ」という嬉しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

 

 

* *

 

 

「カリン……おいらは、カンドラの住人なんだ」

 

 

 

 

 

× 8 ×

▼△ カリン ▼△

 

 

 

 

カイくんは全てを話してくれた。

話にくそうなことも、全て話してくれた。

 

「……サヤはおいらの初恋なんだ」

 

きっと、忘れられない恋。

わたしはそんなのしたことないけど、どんな気持ちなのかはわかる気がする。

お別れのひとつも出来ないで消えてしまった恋を、わたしは見たことがあるから。

 

「……きっと、サヤは気付いてるんだと思う。おいらもサヤに話すつもりはない。忘れる道を、おいらもサヤも選んだんだ」

「いいの?それで」

「いいんだよ。おいらの最後のサヤへの頼みは幸せになってもらうこと。もう、それが叶っているのならそれが続いて欲しい」

 

静かな、静かな声だった。

 

……わたしも、カイくんに頼みがあるよ。

わたしのずっとそばに居て。

わたしがカイくんの特別な人になってみせるから。

 

 

「ご、ごめん。今日は」

「ううん、いいの。わたしこそごめんね」

 

今日も爽やかな風が頬を撫ぜてゆく。

まるで、わたしたちを囲むように。

 

 

 

**

 

 

 

カンドラの王様と

赤の城の王女の恋

 

いきなり消えたそれは

ふたりにとってあまりにも

強烈な別れだったのだとわたしは思う

また

恋をつくるのは

けして簡単なことではないのけれど

新たな一歩を踏み出して

別れの道を選んだんだよね

 

でも

わたしは知っています

別れても

お互いをずっと

覚えてるということを

絶対

忘れられないということを

だったら

わたしも負けないように

貴方の大切な人になろう

貴方の隣に居よう

貴方の二人目でいいから

大切な人になれるようにと

祈りながら

 

 

 

 

 

× 9 ×

▼△ サヤ ▼△

 

 

 

不思議な男の子に会った。

顔を隠した、男の子に。

とある日のこと。

退屈な城を抜け出して街に出て。

追いかけてくる門番をかわしながら、小道に入った。

そしたら、

 

どんっ

 

「あ、ごめんなさいっ」

「い、いや……」

 

その、男の子がいた。

男の子はさっさと立ち上がると路地の向こうまでかけていってしまったのだが。

それも、私の前に、金色の輝くコンパスを落としたまま。

きっと男の子のものだろうと思ったが、あまりの綺麗さに我慢出来ずに拾い上げてしまった。

その、金色のコンパスは周りに丸い輪っかが嵌められて、ものすごい輝きに満ちていた。

 

「綺麗……」

 

ひっくり返したり色々としていると、どう考えても「回して!」と言わんばかりのネジがひとつ。

クルッと回してしまった。

 

「あっ……それはっ!」

 

ふと振り向けば、さっきの男の子がいた。

「あ、これ?ごめんね」と謝って返そうとしたが、無理だった。

突如眩い光が私と男の子を包み込んでしまったのだから。

驚きに私は声も出ず、男の子も慌ててコンパスを私の手から分捕った。

……が、時すでに遅し。

 

「うわぁーーー!!」

 

目を開けたとき、そこは赤の国ではなかった。

 

「何処……?此処……」

「……遅かったか」

 

男の子はコツコツと音を立てて、私に近づいてきた。

 

「此処は古代都市カンドラ。僕が治める国だ」

 

空では悠々と鳥が飛び回り、人々は皆若く老人などいない。

一言で言えば、そう、「砂漠の国」。

 

「カンドラ?でも、カンドラってもう……」

 

私は教科書に書いてあることを思い出した。

教科書には、「滅亡した都市」と書かれていたはず。

それにお母様もこの前古代都市の研究に行っていて、「何も無いからねぇ。いっても無駄だよ」とため息をついていたのだ。

 

「それは、カンドラが別次元にあるから。あのコンパスを回すとカンドラに行けるし、逆に此処でコンパスを回せば赤の国に行けるのさ」

 

よく、私はわからなかったけど、男の子がカンドラの説明をしていることにはよくわかった。

 

「君、早く帰りな」

 

そう、冷たく言われた。

だけど私はとてもとても聞きたいことがあって。

 

「名前は?私はサヤって言うの」

「……サヤか。僕はレグルス。あの、宮殿に住んでるんだ」

「じゃあ、レオね」

 

レオは笑った。

表現のしようがないほど素直な笑みだった。

しかしレオは急に顔を顰めて、私の手の中のコンパスを見つめた。

 

「……そうか僕と此処に来てしまったから、そのコンパスが無いと帰れないのか……これから僕は用事があるし……」

 

レオに私がコンパスを差し出すと、レオは私にコンパスを押し返して、

 

「いいよ。これはサヤにあげる」

「え、でも……」

「その代わりいつでもおいでよ、カンドラに。それを回せば来れる筈だから」

 

レオはコンパスをひとつしか持っていなかった。

多分、そのひとつを私にくれたのだと思う。

 

 

その後私は数え切れないほどカンドラに出かけた。

城でお母様に叱られて家出したときも向かったのはカンドラのレオの元だった。

新しい友達に出会った時も、何となく城に帰りたくなくなってしまった時も、いつもカンドラに行っていた。

嬉しい報告も、悲しい報告も、怒りの声も、楽しみの声も、すべてレオに教えていたのだ。

対するレオも、色々と教えてくれた。

花の名前にレオの家族のこと。

王宮で起こった可笑しな話や、ここに住む人々のこと。

すべて、教えてくれたのだ。

 

 

 

 

 

× 10 ×

▲▽ サヤ ▲▽

 

 

 

「じゃあ、またね」

「……ああ」

 

いつものようにレオに別れを告げてコンパスを回すと赤の国に帰った。

 

「姫様!?何処へ行かれていたのですかっ」

 

私は耳を疑った。

今まで、カンドラに行ってる間にこっちの時間が進んでたなんてことなかったのに。

この時に、一瞬おかしい。と思った。

いや、これは当たり前の反応なのだろうが。

これからまたカンドラに向かおうなんて私は考えることが出来なかった。

時計を見れば、3時間ほど時が進んでいる。

 

「ごめんなさい、ちょっと城の外へ……」

「今度からはきちんとお知らせしてくださいね。女王様も心配していらっしゃいましたよ」

「はい、以後、気をつけます」

 

 

**

 

 

また、今日もカンドラに出かけた。

 

くるっ。

 

コンパスをまた回す。

たどり着くのはいつもは宮殿の前だったのに、今日は巨大な廃墟だった。

 

「えっ_____……」

 

よく見て私は目を疑った。

これは、どう考えてもカンドラの宮殿の瓦礫なのだ。

色あせた壁は毎日見ているから知っている。

中には入ったことがないけど、外観なら見飽きるほど見てきた。

見間違えるはずなんてない。

 

「な……んで……」

 

はっ。

 

「レオ!?レオ!?レオーーーーー_____……!!!」

 

ハァッ、ハァッ……

 

何処にも姿が見えなかった。

カンドラの若き人々も、飛び回っていた小鳥でさえも。

 

……もちろん、レオも。

 

「何処?ねぇ、何処に行っちゃったの?」

 

はらり。

 

なにかの封筒が、はらりと落ちてきた。

広いあげて見てみれば、【サヤへ】と書いてある。

 

我慢できずに私は開いた。

 

『ごめん。』

 

彼のぶっきらぼうな字で、たったそれだけが書いてあった。

 

 

 

 

 

× 11 ×

▲▽ サヤ ▲▽

 

 

 

 

キィィ……

引き出しを開ければ、あの《ラブレター(手紙)》が顔を出す。

 

「ねぇ……レオ。私は、今、幸せだよ」

 

それが、婚約パーティーから一週間後の出来事だった。

 

「今日はですね、わたしと一緒に住んでるカイくんと来たのですよ。カイくんは赤の国出身で……ああ、そうです!サヤさまの婚約指輪を一緒に探してくれた子なのですよ」

 

嬉しそうに話す、カリン様。

顔は嬉しそうに輝いていて、きっとそのカイさんが思い人なのだろう。

そう、直感した。

 

 

『あー!レオ、また誤魔化してるでしょー』

 

耳に手をやるというレオの癖。

あの時のカイという少年も同じことをしていた。

 

 

「あの、カリン様。カイさんをここに呼んで来てくださる?」

 

私は確かめたくて。

ちょっとでも姿を見たくて。

カリン様にお願いしたのです。

……結果は……

まぁ、みなさんご存知の通りです。

 

 

 

**

 

 

私の初恋も

貴方の初恋も

どちらも

同じものだとしたとしても

それが100%叶うとは

誰も断言はできない

神のみぞ知るとは言うが

必ずそうとは限らない

それに

恋が叶うことが

幸せとも断言できないのだから

私は今

 

幸せです

 

あの日々よりも

 

幸せです

 

だからどうか

貴方も彼女と

幸せになってください

 

でも

約束があります

私を忘れないでください

私も忘れませんから

貴方も忘れないでください

忘れないでいてくれたら

私はそれだけで

満足です

 

 

 

 

 

× 12 ×

▲▽ フウカ ▲▽

 

 

 

 

お茶会。

手紙でカリンに誘われた、あたしとチトセだけどチトセは急用でこれず。

カイもなんやかんやで忘れていたらしく、仕事を入れてしまったなどとほざいていた。

そういえば、今日は怪盗Xが青の城に予告状を出したんだっけか。

それでチトセは駆り出され……

何故カイも休むことになったのかはあたしには全くわからないが。

 

「んで?カリンは結局カイに告白したわけ?」

「そっ……そそそ、そんなことするわけないじゃなぁい。向こうに気があるとは到底思えないし……」

 

あたしは忙しすぎて全く顔を出せなかった、赤の城の王女お披露目パーティー。

カリンはカイとともに、そこへ向かったらしい。

そのときのカリンの惚気話をあたしはちゃんと聞いてあげているということだ。

 

「そう?……そう言ってるうちは、一生付き合えないわねー……ま、あいつが直ぐ告白しないなんて想定外だけど」

「もぉ、フウカちゃ〜ん?」

 

あたしはごめんごめんと平謝りをしてティーカップを手に取った。

 

第三者から見れば、どう考えても両思いなのだ、カイとカリンは。

あたしなんて既に、脳内に【カイカリ】というタグを作ってしまっているくらい。

だけど、問題が。

素直なのか素直じゃないのか、わからない。

特に、カイが当てはまると思う。

昔の記憶では、すぐにカリンにでろーっとしてた気がするのに。

高校のハリーシエルで出会った時には、何処か内気なカイがいた。

あまり気には止めていなかったのだが、こう話を聞くとやはり違う気がする。

 

「そんなこと言ってぇ〜。そういうフウカちゃんはチトセくんと会えているのぉ〜?」

「あんまり会えてないかなぁ。たまーに仕事の後行くぐらい」

 

……実はあたし、最近チトセと会えてない。

忙しすぎる。

チトセもあたしも、仕事が嫌になるほどあるのだ。

 

「たまーにすらも会えてないんじゃぁないのぉ〜?」

「カリンっ!鋭いなぁ……全く……。しょうがないじゃん、仕事が多いんだし」

 

今年、銀の城で創立何年かのパーティが開かれる。

そのために仕事は何十倍にも膨れ上がり、ママにも「すべて任せてしまったな」と謝られたぐらい。

 

「……まぁ、今年はものすごく忙しそうだものねぇ〜」

「そうなんだよ!」

 

カリンに認めてもらえたようで、あたしも嬉しくなった。

にへっ!と笑うとカリンはクスクスっと微笑んだ。

 

「もぉ、フウカちゃんったらずっとわからないわねぇ〜」

 

こうして、カリンと話してるのがとても楽しい。

このまま、時が止まってしまえばいいのに。

そうすれば、あの大量の書類と格闘せずに済むのに……

一瞬でも考えてしまうあたしにゾッとする。

 

……なんでだろう。

どうしてこうしてる合間にも仕事をしなくちゃ。と思ってしまうのだろう。

仕事が好きなわけでもない。

現に今日は、止めるセシルにたくさんお願いしてお茶会に参加したのだ。

それなのに_____……

 

「どうしたの?」

「……ごめん、カリン。まだ仕事が残ってた」

「あら、そうなのぉ〜?また、お茶会しましょ〜」

 

カリンはわかってたと言うようにウインクをすると、パチンっと指をならした。

たちまちお茶の入っていたコップたちは消え去り、何も乗っていないトレーだけがテーブルにある。

 

「あたし……なんでこんなに変わっちゃったんだろう」

 

 

 

 

 

× 13 ×

▲▽ カリン ▲▽

 

 

 

「あたし……なんでこんなに変わっちゃったんだろう」

 

フウカちゃんの不思議そうな呟き。

確かに変わってしまっていた。

わたしも、フウカちゃんも、チトセくんも。

……この前、薬草店のユイちゃんがお城に薬草を届けてくれたときも、ユイちゃんはものすごく大人っぽくなっていた。

 

「なんで、でしょうねぇ」

 

わたしだって聞きたい。

これからの運命を。

これからの全てを。

 

「あーあ……じゃあね、カリン」

「ええ、また会いましょ〜」

 

フウカちゃんがひらひらと手を振って城へと帰ってゆく。

わたしも微笑んで手を振ると、緑の城の執事さんを呼んでお茶会の道具を片付けてもらった。

 

「ああ、そういえばカイくんは何処にいるかわかります?」

 

そう聞けば、執事さんはピシッと背筋を伸ばして、

 

「わたくし共にはわかりませんが……門番のツタたちに聞いてみてはどうでしょうか」

 

執事さんも変わった。

昔はものすごく優しかったのに。

今は、もう違う。

ちょっと厳しくて、仕事を効率よく進められるようなことばかりしてくれて。

わたしが楽しむためのことは、もうしてくれない。

 

「ツタさん……」

 

サワサワ……

 

『どうしたのですか』

 

……植物のみんなも、もう友達として接してくれない。

わたしの友達は、本格的にフウカちゃんたちだけになってしまっている。

フウカちゃんも、そうやって嘆いていたっけ。

 

「カイくん、知らないかしら?」

『いえ、存じ上げません』

「そう……」

 

もう、いいや。

さっさと仕事場に戻って、仕事を終わらせよう。

今日の分が終わったら、部屋でアルバムでもめくってみよう。

そうしたら、何か……

何かが、わかる気がするから。

 

 

 

 

 

× 14 ×

▲▽ _____ ▲▽

 

 

 

【世紀の大怪盗】

 

そう、呼ばれた。

 

「マリアンヌ、じゃあ行こうか」

「グルルルル……」

 

今の仕事は【怪盗】なのだ。

【怪盗X】という人物になりきって、お宝を盗む。

ただ、それだけの話だった。

カンドラの伝説の年を動かす魔法を使って自分を老かせ、大人に成りすまして盗みを働いた昔。

でも今は、自分の本当の年齢のまま盗みを働く。

そう、いいものでもないが。悪いものでもない。

 

「皆様、お待たせ致しました。怪盗Xでございます。本日は青の城の秘宝をいただきに参りましたが……。おっと、王様。これはとんだご無礼を」

 

ちーくんに会釈をし、ニヤリと笑って見せる。

 

「くっ……。時のくさりっ!」

 

長い付き合いのためか、いくらでも交わせた。

ちーくんも、何か異変に気付いたのか魔法を止める。

 

「お前……オレと会ったことがあるのか」

「そんなこと、ないですよ。きっと気の所為です」

 

そう言いながらもおいらはちーくんだけに見えるよう、すこし帽子を外した。

 

「おっ、お前……」

「実は今回の目的は、その秘宝ではないのです。少しの間、国王をお借り致します。問題はございません。わたくし共は知り合い以上の仲ですので」

 

国王軍に槍を向けられるが、おいらは軽くかわすとちーくんの手を取って夜空に駆け出す。

 

「ちーくん、ちょっとお話」

「なんなんだ、お前……」

 

次は軍に弓を構えられるが、国王であるちーくんが隣にいるので撃てずに構えたまま止まっていた。

 

「……お前たち、もういい」

 

ちーくんの暗い声が響く。

 

「ですが、国王様っ!」

「本物の、知り合いだ。朝までには帰る」

 

国王軍が城へと帰っていき、おいらも安心して変装をといた。

先ほどから声を唸らせていたマリアンヌにも元にもどってもらいひと撫でする。

 

「なんの用なんだ。単なる用ならわざわざそんなことしなくても……」

「だっておいら、何故か青の城に入れてもらえないんだもーん」

「は?なんでだ?」

「おいらはカリンやフウカと違ってあまり青の城に行ったことがないからねー。おまけに最近行ってないし、門番も変わってるでしょ?」

 

おいらはのんびりとそう言って、手を頭の後ろで組んだ。

 

「……だったら連絡してくれれば……」

「国王への手紙は厳重だから急用の場合はなかなか届かないのさ」

 

ちーくんは「まぁ、そうだけど」と嫌々納得する。

そして今度こそおいらを見据えた。

 

「要件をさっさと言え」

 

 

 

 

 

× 15 ×

▲▽ カイ ▲▽

 

 

 

 

「要件をさっさと言え。さもないと、国王権限でお前を牢屋に打ち込むからな」

「まぁまぁ、ちーくん落ち着いて」

 

優しくちーくんを宥めると、きつい表情で睨み返される。

気にならないふりをしてそっぽを向いた。

 

「……フウカ」

「は?フウカぁ?」

 

いきなり恋人の名前を呼ばれ、驚いているようだ。

まぁ、無理も無いことだが。

 

「……フウカに、会いに行ってこい」

「なんでお前に指図されなければならないんだ」

「……カリンが望んでいるから。ちーくんとフウカが、前のように冒険に出かけて行くことを」

 

それは、半分嘘で半分本当だった。

カリンがそう祈っていることは自分にはわかりきっていることだ。

でも、それだけではない。

自分だって祈っている。

友人の幸せは、誰にも負けないぐらいに祈ってきたのだ。

 

あと、あと一歩なのだから。

もうちょっと、頑張って欲しい。

そう思うのは当たり前だと思うんだ。

 

「そうかよ」

 

ちーくんのポーカーフェース。

もう、何度も見てきた。

それを見るたびにちーくんをからかって、カリンと共にフウカの鈍感さに笑って。

……そう、してきたのだから。

 

「おいらからはそんだけさ。多分、フウカは今でも待ってるんじゃないかな。銀の城で」

「……ああ」

 

おいらと一緒だ。

未熟だった、おいらと。

 

なんなんだ。ちーくんは。

帰ってきたと思ったら、急に何故か素直になっていて。

……でも、それ以上に行かない。

何故、なんだ。

あと、一歩なのに。

 

 

 

 

 

× 16 × 〜 パターン1 〜

▲▽ チトセ ▲▽

 

 

 

『チートセくんっ!』

『チトセ〜!』

『チトセっ』

 

オレは、いつだってフウカと一緒だった。

一緒じゃなくても、心はひとつ。

そのつもりだった。

 

 

**

 

 

フウカは、眠っていた。

今日はもう、遅いのだから仕方がない。

 

「フウカ」

 

コンコンっと窓を叩くも、フウカは唸ることすらしないほど、深い眠りについているようだった。

申し訳なく思いながらもそっと窓に手をかける。

昔から、フウカは窓を開けっ放しにして眠る癖があったのを、オレは鮮明におぼえていた。

 

「……おじゃましまーす……」

 

つぶやくように城へ進入し、フウカの布団に手をかける。

 

「フウカ」

「んん〜ん……」

 

フウカは半目を開くと、そのまま時を止めたかのようにしばらく停止。

 

「おーい。寝ぼけてんのか〜?」

「え……やっぱりチトセなの?」

「それ以外誰だよ」

「……さぁ」

「わからないのかよ」

 

そんな茶番をして、ふたりでクスクス笑う。

フウカの笑顔にまた、ほおが熱い。

 

「なんで、城に不法進入?」

「……なんとなく」

 

「ハァ?」と呆れるフウカも、前と変わらない。

 

「なぁ、フウカ。今日は久しぶりにどっか行こうぜ……デート、だな」

 

真っ赤になるフウカ。

それにたいし、可愛いとしか言えなくなったオレに苦笑する。

軽く変装をして、街へ出かけた。

 

 

**

 

 

「……懐かしいね」

「おう」

 

学校。

パティ先生に、たくさん怒られたフウカ。

それ巻き込まれた、オレやカリン。

この頃だ。たくさんの冒険へ繰り出されていたのは。

 

たくさんの思い出の場所を巡って、結局辿り着いたのは、公園のベンチ。

 

「……最近、どれくらい忙しいんだ?」

「すごく、だよ。猫の手も借りたいぐらい」

「ほう。じゃ、オレが手伝ってやろうか」

「何言ってるのよ……そんなの、銀の城の者じゃないと出来るわけないでしょ?」

「じゃあ、成ればいい」

 

 

 

 

 

× 16 × 〜 パターン2 〜

▲▽ カイ ▲▽

 

 

 

 

キィ……_____

 

「あら?カイくんっ。おかえりなさぁ〜い」

 

なんとなく入ったのは、カリンの部屋。

女の子の部屋に入るなんて非常識かもしれないが、カリンがいつも夜にいる部屋は、机と本棚とたくさんの植物がある結構シンプルな部屋。

ここには普通に執事やちーくんなんかも入っていたから問題ないのだと思う。

 

「……カリン。ただいま」

「元気ないわねぇ〜?どうしたのぉ〜?」

 

鋭いカリンは、意外と容赦ない。

心にぐいっと入り込んでくる。

 

 

……だから、惚れた。

 

「なんでもないよ、カリン。ねぇ、ちょっと外に出ようか」

「外?いいわよ〜。今日のお仕事もさっき終わったばかりなのぉ〜」

 

「それはよかった」と微笑んで、カリンの手を引く。

カリンの背中のあたりまで長くなったライトグリーンの髪がふわふわ揺れた。

最近はよく結わくようになっていたのだけど、今は下ろしていた。

 

 

**

 

 

「……なぁ、カリン。おいらはこれからどうすればいいのかな」

「どぉしたの?いきなり……」

 

今宵の夜は暗く優しい風が頬を掠める。満天の星空の下、おいらとカリンはテラスのイスに向かい合って座っていた。

 

「だって……さ」

「……ねぇ、カイ君。わたしはカイ君だから、信頼してるの。フウカちゃんもチトセ君も大切な友達だけど、カイ君は違う」

 

そういうと、カリンは優しく微笑んだ。

 

その姿に思わずドキッとしたが……

 

その後の言動によって、ドキドキは更に上のものへとなってしまったよである。

 

 

 

 

 

× 16.5 ×

 

 

 

 

▲▽ CHITOSE×FU-KA ▲▽

 

「だから、家族になればいいんだよ」

 

 

▲▽ KAI×KARIN ▲▽

 

「……ねぇ、わたしと、結婚してくれない?」

 

 

 

 

 

最終話。。。× 17 ×

 

 

 

▲▽ 銀の城 side ▲▽

 

 

『ああっ、こらっ。何してるの、ふたりともっ。ごめんなさい、ヒナリ。この部屋を片付けておいてくれるかしら?……ふたりにはお仕置きでもしましょうか』

 

『うう〜っ、ごっ、ごめんなさぁ〜い!』

 

『ぼくももうしないからぁ〜っ!』

 

『その言葉を聞くのは何回目?』

 

『……何やってるんだ』

 

『パパッ!』

 

『おかえり〜っ!』

 

『……はぁ……怒る気なくしちゃった』

 

『何やったんだ?』

 

『ほら今。ヒナリがかたしてるでしょ?』

 

『わっ。パパは見ないで!』

 

『父さんは見ちゃダメ!』

 

『……ああ、わかった、わかった。そうだ。黄の国のお土産があるんだ。みんなで食べるか?』

 

『なんのお土産?』

 

『まぁ、見ればわかるさ』

 

『食べよ、食べよっ!』

 

 

 

 

 

▲▽ 緑の城 side ▲▽

 

 

 

『おはよう、ふたりとも』

 

『ママ、つかれてるんだったらまだねてていいんだよ?きょうはおしごとおやすみなんでしょ?』

 

『だからこそ、早起きするのよぉ。今日はピクニックにいきましょぉ?もちろん、パパも誘って……ね?』

 

『ピクニック!?』

 

『えぇ。お庭の桜がとても綺麗に咲いていたのよぉ』

 

『ほんと?……じゃあ、パパをよんでくるねっ!』

 

『さぁて。カイ君は起きてくれるかしら?娘には甘いものね……きっと、起きてきてくれるでしょうけど……』

 

『まだ眠いんだけど……』

 

『ピクニックいくの!ね?いいでしょ?』

 

『ピクニック?……お前がそういうんだったらな』

 

『クスッ。もう、サンドイッチは用意してあるのよ。じゃあ、行きましょうか』

 

『うん!』

 

『ああ』

 




カイカリ編の裏に隠されたレオサヤの世界です。私はサヤ様大好きなんで、どうしても登場させたかった記憶があります。カイカリ派のレオサヤ派。新蘭派のコ哀派みたいなものですよ。
カイって不老なのかなぁ、初恋の君でもそんなに語られなかったカイの秘密は謎ですね。サヤ様と同い年くらいだったみたいだからそうなんだろうけど。
出会いの物語でも怪盗Xの謎が解けただけでしたし……


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一章
〜1〜


過去を振り返れば、当たり前のように後悔ばかりが舞い戻ってくる。

 

なんで?どうして?

 

そう考えたところで、あたしには過去に戻る能力なんてないから戻ることなど到底叶わない。そう思うだけで、なにも変わらない。

 

もう、あの頃には戻れないとわかっているはずなのに。

 

どうしても信じきれないのは、どうしてなんだろう。なんでなんだろう。

 

しかし、悩んだところでなんの答えもでない。

 

今の私が出来ることは、全てを忘れて日々を楽しく過ごすだけ。

 

 

 

 

 

 

 

「フウカちゃぁ〜ん、学校へ行きましょぉ〜」

 

小学生の頃から変わらないカリンの間延びした声に、今行くと声をかけた。

カリンの目の前まで行ってから片手を真上に掲げて念じれば、『ぽんっ』という軽快な音を立ててホウキが現れる。

いろんなものが変わっていた。

 

「お待たせっ、カリンっ」

 

魔法が上手くなったのもそうだし、おしとやかにできるようになったのもそうだし、今日からあたしたちが高校へ行くのもそうだ。

王族や貴族、お嬢様やおぼっちゃまが通うような学校、ハリーシエル学園はきっとまだ小学生だったあたしには無縁の学校だったのだろう。

制服は紺色のブレザーに、白いシャツ。そして白地に黒のチェックのスカートであたしには似合わないと思うけど。

 

カリンに連れられて飛び出した空には、海をそのまま写したような青い、青い、雲ひとつない大空が広がっていた。

風に乗って、ホウキを走らせていると、やがて学校が見えてくる。白を基調としていて、窓枠は金で塗られている宮殿のような建物は、あまり良い印象を受けることはできない。

校庭にカリンとともに降り立つと周りがザワザワするのも中学校生活で慣れたことだ。

 

「ねぇ、蝶のワッペンをつけた子がふたりも来たわ」

「王族よ、王族っ」

 

……やっぱりあたしたちのこと。

中学に入った頃くらいから王族の扱いがすごいことになり始めた。女王で国を治めているママの人気はとてもいいけど、それでもやっぱりママの政治に納得いかない人もいるみたいで、いきなり怒鳴られたこともある。ママはすごく謝ってくれて、すごく申し訳なくなったのは今でも記憶に新しい。

小学校の頃はみんなと同じようにいれたのに、なんてふと考えた。

あの頃はチトセもいた。みんなが幸せだった。楽しかった。あたしの大好きなものは、みんなあたしの近くにあっていつでも手が届いたんだから。

少し寂しそうなあたしをみたカリンが何を思ったのか微笑んだ。

 

「フウカちゃん、何組か見に行きましょうよ〜」

「うん……そうだねっ」

 

こそっとあたしに言ってきたのは、タメ口で話すとなんか色々ヤバくなることが最近わかったから。

小学生の頃はとくに気にされなかったことなのに、親しそうにカリンと歩いてるだけで国民から意見書が届くという……

プリンセスも、楽じゃない。

 

 

クラス分けの紙にはカリンとあたしの名前が当たり前のように一番最初に書いてあった。

 

「やっぱりAクラスだね」

 

あたしは苦笑いを浮かべてカリンに耳打ちしたが、カリンは嬉しそうにニコニコしている。

 

「いいじゃなぁい〜、おかげでおんなじクラスになれるんだからぁ〜……ね?」

 

まあそれを言ったらそうなんだけど、とカリンの昔から変わらないマイペースさにちょっと笑ってしまった。

クラス名簿をもう一度みると、あたしたち以外の名前ももちろんその下にあって。

まだ見ぬクラスメイトに、少しだけ心臓が高鳴った。

 

 

 



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〜2〜

扉を開けて教室に入ると、中にいた生徒たちが勢いよく立ち上がった。

それから、重っ苦しい挨拶の数々が繰り出される。

あまりにもすぐのことだったので、一瞬大げさなほど驚いてしまった。ドキドキとなる心臓をおさえ、だんだん落ち着いてくるとやっぱりこういうものかという実感が表れはじめた。

そしていつものあたしとは違う見本みたいなお姫さま(プリンセス)を演じるだけ。

 

「ごきげんよう」

 

と、微笑んで見せると、カリンも同じように微笑んで、

 

「これからよろしくお願いいたしますね」

 

挨拶が済んだところでだれも席にはつこうとしないので、座るように促すところまでがあたしたちのすること。

どうせみんな、なんのために王族なんかに挨拶しなきゃならないのかとでも思っているのだろう。あたしだったら疑問に思うこと間違いなしだし、あたしなんかよりずっと厳しくしつけられた新しいクラスメイトたちでさえもそう思うことだろう。

 

これからも、ずっと、毎日そうなんだろう。

そう考えるとため息を吐きたくなって、けどそんなことは出来ないからさっさと座って教室を見渡した。

あたしたちがついた頃にはほとんどの生徒がいたけれど、ただ一つだけ空席がある。

そこには、アリサと書かれていた。

思わず目を丸くして、びっくりしていると、カリンがあたしのところまでやってきた。

 

「これ……」

 

なにかしら?と言わんばかりのカリンが机を覗き込むと、同じようにびっくりして、

 

「まあっ!」

 

と、ちょっとだけ大きな声がでた。

クラスメイトの視線が一瞬だけこちらをむいたというのにカリンは気にする様子もない。あれから随分たくましくなったものだと考えてしまうのは、しょうがないことだと思う。だってあの頃のカリンはチトセのことが好きな、弱虫で泣き虫で守ってあげたくなっちゃうような女の子だったのだから。

その途端、ガラッとドアが開き、見覚えのある人物が顔を出した。

 

「フウカ、カリンっ!」

 

確信を持ったアリサちゃんの声に、あたしたちは顔を見合わせた。

まさかの再会だったと、思わず笑ってしまった。

 

「アリサちゃんっ!」

 

あたしがそう呼ぶと、アリサちゃんはひらひらと片手を振った。

あれからも変わらないふわふわくるくるした髪と、ちょっぴりつり上がった目。小学生のパティ先生のクラスのときによくあたしに構ってくれたアリサちゃんそのものだった。

 

「やっぱり二人だったの?名簿みたときからそうかなぁって思ってはいたんだけど」

 

周りから何事かという視線が集まり、親しそうにあたしたちにタメ口をきくアリサちゃんへと鋭い眼差しも見受けられる。

それでもアリサちゃんはあのときのように笑って、カリンも嬉しそうにニコニコして、一瞬だけ時が戻ったような気がした。

 

「……アリサちゃん、だぁ」

 

あたしが泣き顔で言うと、アリサちゃんはあたしのほおを勢いよくつねった。

 

「いだだだだっ!アリサちゃんいだいってばっ」

「フウカは笑顔が取り柄なんだから、笑ってなさいよ。ね?」

 

仕方なさそうなアリサちゃんのため息に、あたしはなぜかホッとした。

カリンだけじゃ埋められなかったなにかがすこしだけ埋まったような気もする。

________だけど。もう、あの頃には、戻れない。アリサちゃんもきっとわかっているはず。チトセがなにを言われたって、あたしやカリンがなにを言われたって、いつだって味方でいてくれたみんなだけど。それでも、チトセを失ったあの日からは、みんなどこか変わっていってしまった気がする。

 

席にアリサちゃんがつく間際、あたしに耳打ちした。

 

みんな、心配してるから。わたしがハリーシエルにきたのだって、みんなから頼まれたからでもあるんだからね!と、アリサちゃんは笑った。

 

やっぱりわかってる。

アリサちゃんはわかってるんだ。

 

……チトセがいなくなってから、ちゃんとなんてやれてない。

本当はわかってる。チトセがいなくなってからみんなが変わったんじゃなくて、ただわたしが変われなかっただけなんだってことぐらい、わかってる。

 

あたしは暗い顔で俯いてしまった。

 

そんなあたしの肩をアリサちゃんは軽く叩いて行った。

 

 

 

 

 

青の城の庭にはチトセの墓があり、そこでチトセは眠っているらしい。

チトセが時の壁が使えると城中、いや、国や大陸を超えて世界中に広まった二日後。チトセは原因不明の病に倒れ、死んだとそう聞いた。

聞いただけで本当にそうなのかは知らなかったけど、カリンと共にビアンカちゃんのいる水の国に遊びに行っていたあたしが帰ってきたときにはもうチトセはいなかった。

チトセのことを聞いてもだれも教えてくれなかったのはきっと青の城の者だからなのだろう。せっかくの姫だったのに、大事なときに使えない。

 

泣こうと思っても泣けないとはこのことだと思う。

心の片隅で、墓を目の前にしてもチトセはきっとどこかで生きてるんじゃないかって思ってしまった。

知らせを聞きつけて水の国から一緒にきたビアンカちゃんは大泣きしてたから逆に冷静になったのかもしれないけど。

どうして消えてしまったのか、全くわからなかった。

 

病ってなに?なんで?なんで、死んじゃったの?

 

頭の中でそんな考えが渦巻いた。

つい、この前までいた人がいきなり消えるなんて、信じられるはずなんてなくて。

どうしてなのか、さっぱりわからなかった。

 

「ねぇ……チトセ、どこにいったの?」

 

チトセはいないという自覚は長い時の中で慣れとともに出来上がって行った。

それでも、ふとした瞬間に思い出せば、たちまち胸が苦しくなって。

そんな自分を変えたいと願うようになったけど、そんな願いは到底叶うはずもなかった。

 

 

 

 




らく魔女が処女作みたいなもんだったので、一番書いてる歴が長いからか書きやすいことこの上ないですね。


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〜3〜

元がある分筆が進む進む……


銀の城に帰ると、セシルが手紙を持ってきた。

差出人は、どこにもかいていない。

随分前に届いていたのをあたしに出すのを忘れていたんだと教えてくれた。

 

「どなたからなのでしょうね?」

 

手紙をひっくり返したりしながらセシルと確認するが、どこにも名前は書いていない。

 

「あけてもいい?」

「もちろん、姫さま宛てですから!」

 

封を切って中身を取り出すと、あたしのよく知った文字がチラリと見えた。

 

「……まさかこれって、チトセから?」

「ええっ!?チトセさまからですか!?」

 

セシルはびっくりして、あたしが先ほど渡した封筒と便箋を見比べるが、チトセからだとはどこにも書いていない。

 

「でも、姫さまが言うからにはそうなのでしょうね!ご夕飯のときにまたお呼びします」

 

セシルはにっこり笑うとパタパタと部屋を出ていった。

あたしは昔から変わらないベッドに腰掛けると、手紙を開いた。

 

 

 

フウカへ

 

この手紙を読んでるってことはお前もカリンも高校生になったんだと思う。

手紙の中のオレはまだ小学生で、今は青の城の時空管理局にいる。

オレはこれから、遠いところに行かなくちゃならない。

親父はオレを死んだことにするつもりみたいだけど、オレは死なない。約束する。

きっとこの手紙がフウカの元に届くころには、もうオレは死んだ王子ってことになってるんだと思う。親父には墓を建てて置くとも言われたから、きっと墓まで立ってるんだろう。

それでも、絶対、帰るから。

 

チトセ

 

 

 

 

以外にも冷静に読み進めたあたしに困惑する。

ふと部屋を見渡して、アルバムが目に入った。

チトセは青の城の十三番目の王子に過ぎなくて、あの日までチトセの存在は青の国の人でも知らない人が多いくらいだった。

それなのに、あの日。チトセが完全無欠の封魔の魔法『時の壁』を使えると発覚したその日から________

 

 

変に冷静になった頭で、手紙を元のように折りたたんだ。

そして、再び封筒の中にしまって、机の上に放り投げた。

 

やっぱり、チトセは生きていたんだ、なんて考えが蘇る。この手紙をなんて例えよう。あたしとチトセの間に、恋愛感情なんてないとしても。ママが私を愛してくれるように、ラブレターなんて呼んでもいいだろうか。

 

「考え過ぎか」

 

あたしはベッドに横になると、そのまま目を瞑った。

その後セシルか夕飯だといいに来たけれど、どうせ今日はママもいない。

いらないと、そう答えた。

なんともいえない気持ちが胸を中を覆った。

 

 

 

 

 

 

……いつもと変わらないように見えた朝は、あの手紙が目に入った瞬間に違うものへと変化を遂げた。

ママが昔買ってきてくれた怪獣の目覚まし時計は、三年前に壊れてしまった。ママにそれを告げたときは悲しそうな顔をしていたけど、同時に今まであたしが使っていてくれたことにも喜んでくれて。次の日には、時を司る青の城で作ってもらった寸分の狂いもない精密な目覚まし時計を買ってきてくれた。

 

まあそんな話はさておいて、とあたしは手紙を手に取った。

ふと、鏡を見るとあたしの目は真っ赤に充血している。

昨日は怖い夢でもみていたのかもしれない。

手紙を引き出しにしまって、支度を始める。

真っ黒な髪ゴムを持ってきて金色の髪をポニーテールにした。毎日セシルにとかしてもらっていた髪も、今では自分で結わくようになった。

ママのいない食堂でご飯を食べ、部屋でポケーっとする。

しばらくして、カリンがやってきて学校に行く。

……変わらないなぁ、としみじみ思った。

あの手紙を読んだって、なにも変わらない。

 

「フウカちゃん、なんかあったのぉ?」

「……え?」

「なんか複雑そうな顔をしてるんだものぉ。チトセ君ほどじゃないけどぉ、わたしもフウカちゃんとは昔から一緒にいるのよぉ?」

 

クスクスと笑って言われてしまったら、なんとなく手紙を隠している自分がすこしバカバカしくなった。

 

「それとも、わたしにはいえないことなのぉ?」

「えぇ!?そ、そんなわけないじゃん!カリン何言ってるの!?」

「じゃあ、わたしに教えてくれる?」

 

カリンの優しさは昔から変わらないけど、最近は怖さもプラスされた気がする。

心を見抜かれてるような、そんな感じ。

 

「実はね、チトセから手紙が来たんだ」

「ええっ!?」

 




書きながら設定があやふやで私が忘れそうです。
フウカの一人称を私にしちゃったり、カリンの一人称「わたし」を「私」に変換しちゃったり。チトセも、「俺」って打ってしまってやり直すばかりです。



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〜4〜

空いた。
ピコ森にて五章六話を投稿しました!
こちらでの五章の投下は未定です。


すごく驚いたカリンの顔に、あたしは思わず笑ってしまった。

 

「……そこにはオレは本当は死んでない。高校の入学式に会いに行く。って書いてあったの」

「えぇ?入学式にぃ?」

 

うん、とあたしは頷いた。

 

「だけど、入学式にチトセくんはいなかったわよねぇ〜」

「手紙には、生きていたら会いに行く。って書いてあったんだもん。だから……今度こそ、本当に死んだんだよ」

 

あははっと乾いた笑いをこぼすと、途端にカリンの顔が変わった。すこし目を細めて、不機嫌そうに。

 

「生きてるわよぉ、わたし、チトセ君が約束を破ったところなんて知らないものぉ」

 

あたしはちょっとびっくりしたけれど。

カリンの顔をみると、なにもいえなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

唐突だが、あたしには小学生のころより成長した点がわりとある。

……いや、たくさんある。

ある、というか、あのころの自分がどれだけダメダメだったのか……

 

ともかく、一番は遅刻しなくなったこと。

あの頃は遅刻常習犯で、チトセに呆れられてたっけ……なんて思うことも少なくはない。学校にカリンと一緒に早く着きすぎたときとか。

それから頭も良くなったと思う。

授業は聞くだけで覚えられるなんてあのころのあたしじゃ想像つかないし、ノートを取るのも嫌じゃない。宿題だって、家に帰ったらすぐにやっちゃうから忘れたことなんてほとんどなくなった。

最初は家庭教師をつけようかと言っていたママも、こんなあたしをみたらなにも言わなくなってしまった。

 

……こんなあたしを見たら、チトセはなんて言うかな。

 

チトセがいなくなって、心に空いた穴を埋めたくて、早く寝てしまうようになったら早く起きるようになって、そのまま学校に早く着いたり、その空き時間を勉強についやしたりしていたことに、気づくのだろうか。

本人に気づかれるほど嫌なことはないけれど、あの、憎たらしい顔で、「へえ、フウカも少しは真面目になったか」って言ってあの笑顔で笑われたらきっとあたしはなにもいえなくなってしまうことだろう。

……あたし、なに考えてるんだろ。

二度と、チトセには会えないのに。

カリンはああいってくれたけど、チトセが約束を破ったことなんてざらにある。青の城の王子だって、守れない約束はあるんだから。

 

それなのに、どうしてチトセは生きてるって信じてる自分がいるんだろうか。

 

「はぁ〜あ……」

 

そうため息をついて、一気に脱力。

 

「では、ここをフウカさん。」

「は、はいっ」

 

ため息をついた瞬間に指名されてハッとする。

(そういや、今日、この列当たるんだったぁ……)

そう思って、問題にサッと目を通した。今は数学だ。

(……慌てたけど、なんだ。因数分解のそれも中学の復習レベルじゃん……)

オロオロとしてこちらをみるカリンに、大丈夫だとにっこり笑いかけた。

 

「(3χ+2)(2χ-4)です」

 

さすがに簡単すぎる。

 

「性格です。流石フウカさん」

 

拍手が沸き起こった。

……こんなんで拍手されるのも、わりとざらだ。

まぁ、いいんだけどね。勝手にしてればいいんだし。

 

リリー先生が説明を長々としている中、あたしは窓の外のいわし雲を眺めていた。

たくさん集まるちいさな雲。

みんな一緒に群れをなして、空を泳ぐ雲。

 

「また、あの頃に戻りたいなぁ……」

 

あたしの小さすぎるつぶやきは誰の耳にも届くことなく、虚しく消えていった。

 

 

 

「フウカ姫、カリン姫、お昼をご一緒してもよろしいでしょうか」

 

4時間目の授業の終わった昼休み。声をかけて来たのは、貴族のスズだった。

青の国の貴族で、髪色は青に寄った紫だ。

彼女の家、デイリー家は青の城と交流が深く、同じく青の城と仲の良い銀の城の姫であるあたしとも昔からの知り合いだった。同い年だし。

 

「いいですよ」

 

と、あたしが微笑むと、カリンももちろんですと頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

そしてスズは、あたしたちが囲んでいた机にイスを持ってきて座るとお弁当を開けて食べ始める。あたしもカリンもアリサちゃんも、スズから発せられる独特の雰囲気でちょっと食べにくい。

そんな空気を読み取ったのかわからないが、スズが喋り始めた。

 

「フウカ姫、カリン姫に質問があるのですが」

「なんでしょう」

「アリサさんとはどのような繋がりでいらっしゃるのですか?」

 

ああ、とあたしたちは顔を見合わせた。

自分には関係ないと思っていたらしいアリサちゃんも顔をあげる。

やっぱり不思議だよなぁ……王族と一般人だし。

でも、あたしは笑って、

 

「アリサちゃんは小学生の頃のクラスメイトですわ。久しぶりにお会いしましたの。」

「では、3人がたは幼なじみでらっしゃいますのね?」

「まあ、そうなりますわね」

 

幼馴染、と聞いたら自然とチトセが思い浮かんだ。

スズの容姿と合わさって、昔のチトセの記憶がより鮮明に思い出される。

笑顔を繕いながらも、やはりチトセのことを考えてしまう。

 

(はぁ……)

 

と、内心ため息を吐いた。

チトセが消えてから、嘘の笑顔がたくさん出来たなぁとふと思う。本当の笑顔がひとつもないわけではない。

ただ単に、嘘の笑顔をたくさんつくるようになったというだけ。

それでも、カリンには見抜かれて。あたしの性格を熟知しているアリサちゃんも、こちらをちらちら見ている。

カリンは今だって不安そうな顔していた。顔に、『フウカちゃん、大丈夫?』って書いてあって、ちょっと本気で笑っちゃった。

そんなカリンにあたしはいつもどうり、『大丈夫だよ』という意味を込めて微笑む。

カリンは一度目を伏せて、今度はカリンからスズに話しかけていた。

いつものことなんだけども、カリンには助けてもらってる。

アリサちゃんもいるし、この高校生活は楽しめるかなと考えた。

 

その後、ちょっとした雑談をしながら昼食休みが穏やかに過ぎていった。



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〜5〜

又の名を、一章最終話ともいう。


その日は、とても暑かったと思う。

いわゆる猛暑というやつで、赤の国の夏には負けるのだろうけど、それでも、この大陸の夏はものすごく蒸し暑い。

アイツと。チトセと初めて会ったのは、そんな暑い夏の日だった。

 

 

『きみ、だあれ?』

『あたし?あたしはふうかっ』

『そっか。ぼく、ちとせ。よろしくね!』

 

 

忘れたはずのあの日のことが、ぽんぽんと泉のように溢れ出てくる。

ママも、おじいちゃんも、チトセもパパもみんないた幸せな記憶。あたしのたいせつな人が、いつだって手の届く場所にいた頃の記憶。

思わず目を伏せたとき、カリンがあたしに呼びかけた。

 

「フウカちゃんっ」

「へ?」

 

振り向くとカリンが不思議そうな顔であたしをジッと見つめている。

 

「へ?じゃないわよぉ〜……今日、わたしとアリサちゃんで銀の城に遊びに行くけど、クッキー持って行って欲しいかきいてるんじゃないのぉ〜。昔からクッキーに目がないフウカちゃんが上の空だなんてぇ……またなにか思い出してたのぉ?」

「えへへ……まあ……」

 

カリンのクッキーは昔からあたしの大好物だ。

あたしが答えると、カリンはすこしだけ怒ってしまった。

 

「そんなに心配しなくても、チトセくんはきっともどってくるわよぅ」

 

すこしふてくされたようなカリンの顔。

『わたしのことを信じてくれないの?』とか言わないあたり、カリンも確信を持ってそう言っているわけじゃないみたいだけど。

 

「そうかなぁ……アイツ、なんだかんだ言って嘘つきだし。クッキー、よろしく。チョコがいいかな〜」

「わたしはそんなことないと思うけどぉ〜」

 

ちょっと不機嫌なカリンをなだめていると、先生に呼ばれて教室を出て行った。

 

(ねぇ、チトセ)

 

 

どこにいるの?

 

カリンのいう通り、本当に会えるの?

 

あの墓には、本当に眠ってないの?

 

会えたらいいなぁ。

 

もしこの広い世界のどこかで生きているなら、貴方を捜して、あたしも世界中を回ってみせるよ。

 

魔界とつながる黒の国でも、妖精のくらす城の国でも、カレストリアのある黄の国でも、どこへだってあたしは探しにいくよ。

 

それがもし、人間界や魔界だったとしても、コトリやキースを絶対に探し出して、黒の城にだって乗り込んで、元老院まで行ってやる。

 

滅んだはずのカンドラにだってプシーを連れてなんとしてでも乗り込んでやる。

 

だから________

 

(……だから)

 

心の問いかけなんかに、チトセが答えてくれるわけがないなんて、そんなの……そんなの、わかってるから。

 

だけど、止められないの。あたしを止められないの。

 

……ねぇ、帰ってきてよ。

 

あたしはずっと、この銀の城で待ってるから。

 

 




キース様の登場予定はありません。
っていうか、準レギュよりゲストがすごく多いです。

前回に比べて短い。


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二章
・1・


side チトセ


二章はわりと目線がかわります。


白い雪の道を歩き、

 

 

暗い森の中をライト片手に進み、

 

 

目に入る、砂をこすって落としながら旅を続けた。

 

 

「……ねぇ、ちーくん。あの手紙をもしフウカちゃんが見てても、あのままだとは限らないんだよ?ちーくんのことも信じてくれているかどうかの確信なんてどこにも________」

 

 

「________そんときはそんときだ」

 

 

「それはそうだけど……」

 

 

「だから、いく。匿っててくれて、ありがとな」

 

 

「うん________」

 

 

「じゃあ、また」

 

 

オレはホウキに乗って、水の国を飛び出した。

 

 

しばらくホウキを走らせていると、だんだんあの懐かしい国のある大陸が見えてくる。

 

 

 

何度「ごめん」と口にしたか、わからない。

 

 

ようやくついた水の国で、びっくりした顔のビアンカにすごく怒られたし、オレも何も言えなかった。

 

 

言えるものなら、直にアイツに伝えたかった。

 

 

あの日。

 

 

フウカとカリンが水の国へ出かけていって、すぐに告げられたあの日から一度だってあの楽しい空間を忘れたことはない。

 

 

あの、優しいプリンセスと、そして不思議なあいつと、なんだか気にくわない王子と、その妹と、クラスメイトと、兄さんたちと、それから________

 

 

 

『……フウカ……』

 

 

 

これから始まるのは、ある王子が姫の元に帰るお話________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタッ……

降り立ったのは、城の前だった。

針のように尖った屋根のある、青の城の前。

見知った警備のおじさんはいなくなり、新しいもう少し若めの人に変わっている。

一度も見たことないから……おそらく新入りなのだろう。

はなから、警備の人全員の顔と名前を覚えているわけでもないが、顔はある程度認識している。

正面から城に入ろうとすると、止められた。

 

「君。無断立ち入りは禁止されてるんだ。許可書は?」

 

ああ、やっぱり、止められてしまった。このただの門番が死んだことにされてる、それも十三番目の王子を知っているわけがない。

許可書なんて、あるわけがなかった。騒ぎが収まって、しばらく経って。これだけの年月が経てばいいだろうと定めた父さんの時期を少し過ぎたのだ。この地へ帰ることが出来ないなんて、そんなことはあるはずがないだろう。

 

「ないです」

「じゃあ、さっさと帰ってくれ」

 

冷たく追っ払われた。

(どうするかなぁ……だれかのいるところで兄さんとか、親父に会うわけいかないしなぁ……ましてやあいつに会いに行くなんて……)

門の前をウロついているからか、さっきの門番から怪しい人物を見るような眼差しを向けられる。仕方ない、とため息をついた。

悩んだ挙句、母さんのいる離れに行くことにした。

ホウキに乗って、ちょっとその場を離れてから離れへ向かう。

案の定、離れの母さんのいる部屋は窓が開け放たれていた。

入ると、部屋には母さんしかいなかった。

母さんはベッドに横になって、熟睡している。

オレは母さんが起きるまで、ベッド脇のイスに腰掛けていることにした。母さんの部屋には、ほとんど使いの者は入ってこないのだから。

 

 

しばらくすると、母さんがゆっくり目を開けた。

そして、オレを虚ろな目で見つめる。

 

「あら……?チトセ……?」

 

オレはゆっくり頷く。

母さんはベッドからガバッと起き上がったが「ゲホッゲホッ」と咳き込んでしまった。

 

「か、母さん!」

「大丈夫よ。チトセ、どうして正門から入ってこなかったの?門番長はあの頃と変わってないわよ?」

「その門番に追っ払われた。知らない人だったけど」

「そういえば、この前新入りが入っていたわね」

 

挨拶に来てくれたわ、と母さんがゆっくり微笑む。

 

「ロイドやレイたちを呼ぼうかしら。そうだ、今日はセイラちゃんも来てるのよ」

「いいよ、母さん。街を散策してくるから」

 

母さんはビックリした表情をしたが、見送ってくれた。

街を散策とは言ったが、本当は銀の城に行こうとしていることぐらいきっと母さんにはお見通しなのだから。

(久しぶりに会ったら……あいつはどんな顔するんだろうか)

いろんな気持ちのまま、もう一度ホウキに乗って銀の城に向かって走らせた。

あの頃のフウカの部屋には、変わらず電気が灯っていた。




二個目のエピローグです。チトセ目線だけにしたら短かったです。


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・2・

フウカに戻ります。


「カリン、今日のクッキーも美味しいっ」

 

あたしがクッキーを頬張りながら言うと、カリンは嬉しそうに微笑んだ。

 

「そぉ?ありがとぉ〜」

 

昔からいつだってカリンのクッキーは美味しい。

チトセがいなくなってからだって、カリンの味は変わらなくて。中学生になって、環境の変化に馴染めず悩んでいたときだって、あたしを慰めてくれたのはカリンのクッキーだった。

その話をすると、カリンは「わたしだってクッキーを食べたときのフウカちゃんの笑顔に元気をもらってたんだからお互い様よぉ〜」と笑ってくれる。

(食べるだけのあたしと、時間を割いて焼いてくれるカリンの大変さなんて比じゃないはずなのになぁ……)

 

「フウカは本当にカリンのクッキーが好きだねぇ。確かに美味しいけどさ」

 

アリサちゃんが呆れたように言う。

 

「だって、カリンのクッキーは世界一だもん!」

「フウカちゃんったらぁ。言い過ぎよぉ〜」

 

カリンは顔を赤らめて、首を激しく横にふった。

 

「あ、私そろそろ帰るよ。お母さんに今日は外食だから早く帰ってきてって言われてるの」

 

城にある銀色の時計を見て、アリサちゃんが立ち上がった。窓の外を見ると、少しだけ空が赤く染まり始めていた。

 

「そっか。また明日」

「うん」

 

アリサちゃんは窓を開け放つとホウキにのって去っていった。普通にクラスメイトを呼んだらきちんと正面玄関から来て正面玄関からさっていくのだろうから、こういうときに見知ったアリサちゃんは楽だと思う。

 

「じゃあ、わたし、紅茶のお代わり淹れてくるわねぇ」

「え?あ、うん。」

 

カリンがポットを持って出て行き、あたしは部屋にひとりきりになってしまった。

さっきまで騒がしかったあたしの部屋は一気に静かになった。

 

「ふぅ。カリン早く帰ってこないかなー」

 

なーんて、カリンの紅茶にはこだわりがあることをきちんと知っているのに呟いてみた。

おかげでクッキーも紅茶も上達したカリンは、今でも普通にプリンセスの差を感じてしまう。

 

その時だった。

 

ヒューーー…

 

と言う風と共に、カギをかけていなかった窓がキィィ…と静かに開く。

窓をもう一度閉めようと、窓に寄った。

気付いたのは、その時。

 

「フウカ。久しぶりだな」

 

その声は少しだけ変わっていた。

あの頃より、声が低くて、あの頃とは少し違うはずなのに、きちんとあの頃のチトセと重なって見えた。

喋り方があのままだった。

時々見せる、素直な昔のチトセと同じ喋り方。

 

「______________……」

 

チトセだ。絶対にそうだ。そう考えているはずなのに、心のどこかで、いやそうかな、本当かな、なんて疑う自分もいて。

あたしはずっと下を向いていた。

 

「フウカ、こっちみろよ」

 

一瞬ビクッとしたが心を落ち着かせて、ゆっくりを上を向いた。

 

 

「やっぱり、チトセ、なの……?」

 

チトセの顔はあの頃のままだった。

ちょっとは変わっていたのかもしれないけど、あたしには同じに見えた。

あの、嫌味ったらしい顔なんてせずに笑っていた。

気味が悪い程ではなく、あのままの笑顔だった。

あたしは、涙が溢れて止まらない。

ポロポロと溢れ出てくる涙を止めることなど出来なかった。

 

「フウカ、泣くなよ」

 

チトセのその声に何故かさらにポロポロと涙が溢れる。

 

「まさかっ……、あの手紙の通りだとは思わな……くて」

「悪い」

 

頭を撫でられて……なんだか安心して……クゥゥゥ……と唸るようにして涙を止めようとした。

でも、それも出来ない。

歯を噛み締めるほど、涙が出てくるのは、いわゆる生理現象なのだろうか。

つぶったはずの目からじわじわと涙が外に出てくる。

しばらくそうしてるうちに、ドアの向こうからカリンとセシルの話声が聞こえてきた。

 

「……フウカ、オレ、そろそろいく。カリンとセシルさんが来るみたいだし……

「……もう、行くの?」

「あぁ、でも、もう帰ってきた。また、いつでも会える。今度……いや近いうちに会おうぜ」

 

チトセはニッと笑うと、ホウキに乗って銀の城を去っていった。

 

ガチャ。

 

入って来たのはカリンだけだった。「セシルさーん」と廊下の向こうから声がするから、どうやらセシルは他の侍女に呼ばれたらしい。

 

「フウカちゃん、お待たせぇ〜……って、えっ?泣いているのぉ?」

「……えへへっ、内緒」

 

心配するカリン。あたしは目に少しだけ溜まった最後の涙を拭き取った。

 

「大丈夫だよ。なんでもないから」

 

そして、笑いかけた。




原文のままが多いですね!
この辺はわりと真面目に書いてたのか当時の自分……


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・3・

なんでもないなんてウソはお決まりのやつ。


そんなことのあった次の日、あたしはなんだかぼーっとしていた。

あれが夢だったような気がして、心がチクリと痛む。その度にあれはきっと現実なんだと、そう思い返していた。

心が軽いようで、すごく重い。心臓な鉛になったようで、ズッシリと沈む。友だちと喧嘩して、そのあとのような。もどかしい気持ちのままだ。

チトセは手紙にかいてあった通りじゃなくても、きちんとこの場所へと帰って来たんだ、と心をしっかりともつと少しばかり心が軽くなった気もする。

嬉しくて、嬉しくて、たまらない。

今すぐここで、何かを大声で叫びたい。

チトセの好きな人が他の人でもいい。貴方が帰って来てくれただけで、あたしは嬉しいんだって心から思えた。

 

「フウカちゃん、いきましょぉ〜」

 

また、同じ1日が始まるけれど、あたしにとってはどこか違った。ラブレターが届いただけのときとは違う。

窓をあけて、一度だけちらりと青の城へと視線を向けた。

今までもこういうことが何度かあったから、カリンは何も言わずに待っていてくれた。

 

そして、何も気づかれないまま学校にいって授業が始まる……と、思っていたのに。

 

「やっぱりフウカちゃん、どこか嬉しそうねぇ。本当に、どうしたのぉ?」

 

やっぱりカリンにはかなわなかった。

 

「ひ、ひみつ……」

「そぉなのぉ?」

 

カリンはそういって、また正面を向いた。

あたしがふぅ、と息をつくと、ばっとカリンの顔があたしのを覗き込んだ。

 

「うわぁっ!?」

「もしかしてぇ」

「え?」

「チトセくん、とか?」

 

やっぱりわかるのか、と思いながらもごまかすことはやめられない。

それでもやっぱりカリンには隠しきれなくて、カリンはあたしの周りをぐるぐる回り始めた。

 

「チトセくんがどぉしたの?あのお手紙に続きがあったのぉ?」

「だっ、だから、ひ、秘密だってばぁ〜!!!」

 

そう言って、学園に向かって猛スピードで突撃した。

 

「フウカちゃん、はやぁーい!」

 

カリンも猛スピードで追いかけてくる。

カリンもものすごくホウキが上手になって、あたしと追いかけっこすると、結果的にはあたしが勝つけどほぼ一緒。

そのまま追いかけっこするようにして学園に入った。

ホウキを降りたあたしたちに、アリサちゃんが仁王立ちした。

 

「フウカっ。カリンっ。姫が猛スピードで学園に突っ込むなんて、あっちゃならないでしょーが!」

「ご、ごめんなさい……」

 

アリサちゃんに怒鳴られるとつい小さくなってしまう。

昨日セシルに「学校にはついていけない私の代わりに、アリサさま、姫さまをお願いいたしますっ」なんて言われちゃったからなのか、容赦がない。

冷ややかに見つめる他の生徒なんて、眼中にないようだった。

すると突然、ん?とアリサちゃんがあたしの顔をじぃっと見つめて、

 

「ん、フウカ、いいことあった?」

 

と、聞いて来た。

……アリサちゃんにもバレた。

 

「い、いやぁ……

「あったんでしょぉ?」

 

あたしたちにカリンが割って入って来た。

 

「アリサちゃん、フウカちゃんにいいことあったと思うでしょぉ〜?フウカちゃんったらわたしにも教えてくれないのよぉ〜。」

 

カリンがため息を吐いて、あたしを上目遣いでみる。

 

(ゔっ…そんな目で見つめないで…罪悪感に包まれるからぁっ)

 

「何があったか、推理してあげよっか?」

 

あたしは嫌な予感がして、必死に抵抗した。

 

「い……いや、いいっ!」

「ズバリ!チトセくんのこと、でしょ?」

「わたしも同意見よぉ〜っ」

 

あたしってそんなにわかりやすかったっけ、って考えるけど、二人に見抜かれるってことはそうなんだろう。

否定するのも疲れてきたけど……果たして、チトセが帰ってきたなんてこの学園のど真ん中で言ってもいいのだろうか。

 




この辺書きにくいわ。
もうすぐ赤の国編ですね!あの城は王女四人の王子一人だそうなので(セシル曰く)、その辺も混ぜるのもありかなーって思ってます。
……ただのリメイクじゃなくなる。
ちなみに明日は三人視点とかいうてんこもり具合です。それぞれの城の描写があるからしょうがない。


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・4・

視点:チトセ→フウカ→カリン


この場所に帰ってきて、何日かたった。

親父には変わらず適当に出迎えられ、兄の命令を聞いて過ごす、あの毎日またやってくる。そう……思っていた。

オレが兄の命令を聞かないとならないのは、オレが十三人もいる王子の末っ子だからで。青の城では、兄の命令を弟は必ず聞かないとならないルールがある。もちろんオレにはなんの得もない。

だからなのか、オレの身の回りの世話係はオレよりも兄たちを優先していたし、慣れていたから別にそんなもんだと思っていた……のだが。

 

「チトセさま〜っ、どちらにいかれたのですかー?」

 

気のせいだろうか。

大量の城のメイドたちがオレを追い掛け回しているのは。

……そう、帰ってきてから扱いが変わった。

兄弟の一員として、ちゃんと数えられるし、兄弟としての上下左右はあるものの、それ以上の格差が……ないと言ってもいい。

半ば放任されて育てられたオレには違和感が絶えなかった。

(……この扱い、やめて欲しいんだけど)

オレの存在は城の者、そして城に使える者。そして、フウカだけがしっているのだが、使える者たちはなぜかオレにつきまとう。

親父曰く、明日から出発する王族会議でオレのことを発表するらしい。また国が混乱に見舞われても、慌てるなよ。と。慌てていたのはそちらのくせに。

 

「ふぅ……」

 

そう、ため息を吐いた時、上から聞き覚えのある声がした。

 

「チトセ。どうした?ため息なんぞ吐いて」

「レイ、兄さん……?」

 

レイ兄さんが目の前に立っていた。

前までレイ兄さんの方が全然大きかったのに、今ではもうほとんど変わらない。時の流れというのは、時に残酷だ。

 

「明日の王族会議だが、チトセも出ることとなった。もちろん、フウカ姫とカリン姫もだ」

「へ……?レイ兄さんが出るとは聞いていましたが、なぜ第十三王子の……」

「本人がいた方がいいのだろう。それから、明日は平日なのだが……フウカ姫とカリン姫は学校を休むそうだからな」

 

……レイ兄さんのことは尊敬してるし、まあいいんだけど。

最後の情報いるか?なんて、ふと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、ママ、今なんて……」

 

あたしはママにもう一度確認を取った。

 

「だから何度も言っているだろう。明日出発する王族会議にフウカも出ろと言っているんだ」

 

久しぶりにママが帰ってきたからと、ウキウキで出迎えたら「ついてこい」と大広間。ママは何食わぬ顔で、そんなことを言った。

 

「えっとぉ、学校は?」

「なんのためにあの学校に入ったんだ……休みの連絡くらい入れている」

 

当たり前だろう?とママが言う。

確かにハリーシエルは王族学級のあるような、だからこそかなり融通の利く学校だけど。

 

「ちなみに、カリンも出席する」

 

あからさまに嫌そうな顔をしたあたしに、ママが最後の切り札を切り出した。

カリンがいくなら、というあたしの思考回路をよく理解してくれている。

けど。今はそれ以上に、あることを期待してしまうあたしに嫌になる。

 

(そんなワケないっ。あいつは十三番目だし…来るとしたら一番上のレイ王子だけだよ……)

 

来ない、来ないって自分に言い聞かせても頭がいうことを聞かない。

 

(そうだよ、カリンも来るんだからっ(

 

そう考えたらなんだか心が落ち着いた。

何故かカリンがいると安心する。

それは、あの頃からずっと変わらないんだ。

 

「フウカ、明日は朝早い」

「う、うん。おやすみ、ママ」

 

ハァ……とため息をついて窓の外を見る。

するとキラキラと星たちが瞬いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ〜!?わたしも明日の王族会議に行くのぉ〜?」

 

ママからの申し出に素っ頓狂な声をだしてしまいまった。

 

「でもぉ、わたしはまだ高校生よぉ?れ

「レイアからの申し出なのっ。ってことで明日は朝早いからカリンちゃん、早く寝ないとねっ」

 

部屋に戻ろうとするママをわたしは慌てて引き止めた。

 

「えぇっ?レイアさまぁ?……じゃあ、ひょっとしてぇ、フウカちゃんもなのぉ?」

「もちろんよっ。じゃあね〜」

 

いつもと同じ、能天気なママに少々呆れながらも自分の部屋の植物さんに目を向ける。

 

「ねぇ、みんなぁ。わたしがいっていいのかしらぁ?」

 

と、問いかけると植物さんはわさわさと揺れた。

『カリンちゃんなら大丈夫だよ。』

『頑張ってね。』

そう、植物さんたちに励まされながらその夜は眠った。

 




ぐちゃぐちゃごめんなさい……


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・5・

チトセ→フウカ→カリン


毎度毎度のことだけど、カリンは短い。
4章の活躍まで待っててね!カリン!


「チトセさま、こちらを着てくださいな」

 

メイドが差し出したのは、群青色のタキシード。ボタンは金色に輝いている。オレみたいな十三王子のものなのに、新品のようだった。

それを着ると同時にレイ兄さんが顔を出す。

ほお、とレイ兄さんがすこし笑って、

 

「似合っているな」

 

と言ってくれた。

 

「ありがとうございます」

 

もちろん、オレも笑みを返した。

長い廊下を進んで大広間にたどり着くと、父さんと本当にそろそろ隠居した方がよくなってきたじいちゃんがいた。

 

「チトセ、これを付けなさい」

 

じいちゃんに渡されたのは懐中時計だった。

 

「なんだ?これ」

「まぁ……いずれお前にもわかるはずじゃ」

 

親父が複雑そうにオレを見て、オレはさらに疑問に思った。

 

「国王さま。馬車の準備ができました」

 

従者が頭を低くしたままそう伝えにきて、オレと親父とレイ兄さんは正面玄関に向かう。しかし、門の前まできて愕然とした。

そこには、大量の人が押し寄せている。

今まで何度か親父が城から馬車にのってでて行くところを見たことがあるが、ここまでだったことは一度もない。親父を見たがる物好きなんて、そうそういないのだ。……と、考えると。結論は一つ、レイ兄さんの人望である。

オレは顔がバレないように特殊な窓の隣に座らされていた。

歓声を浴びる親父とレイ兄さんはなんだら誇らしげで。

オレはそれを横目で見ながら、窓の外を眺めた。

 

「そうだ、チトセ。オレの事はレイお兄様。父さんのことはお父様と呼ぶんだぞ。お前はチトセ王子だ」

「はい」

 

そんくらい、わかってる。

前にいった赤の城のサヤ王女の婚約パーティーのときの態度じゃいけないのだ。そういうものなのである。

 

それよりも。

オレみたいな王子も王子になんのか?

……なるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

「姫さま!ちゃんとじっとしてくださいっ」

「そ、そんなこと言ったってぇっ。なんでこんな……」

 

あたしはセシルに無理やり着されてるドレスは銀の城に相応しい、銀色のベールをまとったドレスだった。

(こんなの着たって……この金色の髪じゃ、似合わないよっ)

 

「姫さまは銀の城の姫なのですよっ。ちゃんと立ってください!」

 

いくら髪が金で、瞳だって金で、ママとはほとんど似てなくても銀の城の姫だということには変わらなくて。

あたしだってそこまで細くないのに、ぴっちりしたドレスを無理やりセシルに着せられた。こういうとき、男子って羨ましい。

 

「次はドレッサーの前に座ってくださいなっ」

 

今度は髪をお団子にし始める。

あたしはなにも言わず、その様子を鏡越しに見ていた。

 

「姫さま、あと30分後には出発です。この後すぐに馬車にのってくださいね。今回、セシルはついていけませんから……しっかりやるんですよ?」

 

あたしが小さく、「うん……」と言ったときお団子が出来上がった。

セシルはあたしのお世話係だけど、実際は家族のようなもので。あたしはセシルがいないと、ほとんどなにもできないのだ。

 

 

馬車は銀色に輝き、白馬が前についている。

門の外にはたくさんの人、人、人。

(すごい……いつもこんななの?)

 

「姫さま。どうぞ」

 

ママの侍女のナツキがドアをサッと開ける。

 

「あ、ありがとう」

「……いえ」

 

ナツキが頭を下げ、あたしは馬車に乗り込んだ。

 

しばらくしてママが馬車に乗り込み、ゆっくりと馬車が進み始めた。

 

「フウカ。姫としてのマナーとして、今からお母様と呼びなさい。もちろん敬語だ。今日のこれからだけだがな。私もフウカ姫と呼ばねばならん」

「…かしこまりました、お母様」

 

ママが複雑そうにあたしを見るので、あたしは笑ってママをみた。

我慢しなければならない、ママのためにも頑張らないといけないと思う。学校の自分と同じなのだ。悩むことはなにもないと、そう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

草木のお友達がわたしにワンピースを着せてくれる。

わさわさと揺れるツルたちは、わたしのことをかわいいと褒めてくれた。

 

「カリンちゃ〜ん、そろそろ出れるかしら〜?」

 

のんびりしたママの声を聞くと、なんだか緊張した心がとろけていく。

 

「もう、行けるわぁ〜」

 

わたしが着ているのは、薄緑のワンピース。お花の刺繍が所々に入っていて、全く自然体なのだけど何処か威厳を感じさせるもの。

 

「ママ……」

 

もう、出れるのかそう続けようとしたが、ママの声に遮られた。

 

「もう、ママではありませーん。今日はこれからお母様って呼びなさい。わたしもカリン姫って呼ぶわ。」

 

……そうよね。ちゃんとした空間でママなんて呼べないもの。

これからの為にも、それぐらい……

あんな元気なフウカちゃんができるのだから。私が出来ないわけはないのだ。

 



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・6・

お久しぶりです。


会場は赤の城だった。

色あせた赤い屋根。それに映える、王道色の壁。城壁には勇ましい竜が描かれている。

サヤさまの婚約祝いパーティ以来の赤の城は、あの時よりすこし違って見えた。

 

「フウカ姫、行くぞ」

「はい。お母様」

 

いつもとちょっと違う会話。

ママの威厳はそのままだけど、あたしは変えなきゃいけない。といっても、学校とほとんど変わらないけど。

門兵があたしたちの顔を確認すると門を静かに開けた。

 

「銀の城のレイア女王さま。フウカ姫さま。どうぞお入りください」

 

なにも言うことなく、入るママはいつもと違う。

あたしも歩みを進めるが、王族を一目見ようと集まった人々の視線が痛くて冷や汗をかいてしまう。

パシャパシャと切れるシャッター音の中、あたしは一歩一歩城のに近づいて行った。

 

「ようこそいらっしゃいました。銀の城のレイア女王さま。フウカ姫さま。」

 

道を作るように並んだ侍女たちはみな赤の城の正装に身を包んでいた。

 

「お母様、私は別室にいればよろしいのでしょうか?」

「……赤の女王の判断に委ねるが……銀の城の部屋があるだろう。とりあえずそこに居ろ」

 

そう。各城には、部屋がある。

銀の城にももちろんあるのだが、青の城の部屋、緑の城の部屋、黄の城の部屋、赤の城の部屋、水の城の部屋、白の城の部屋。

そして開かずの扉となった、古代都市、カンドラの部屋と……

……黒の城の部屋がある。

 

黒の城の王は、王族会議に参加しない。

古代都市、カンドラは数多の昔、消えたという。

それぞれの部屋はそれぞれの城をモチーフにしているので、それぞれ違ってちょっと面白いのだ。

例えば、銀の部屋は窓が大きくて部屋も銀が多いし、緑の部屋は植物だらけだし、青の部屋は怖いくらいに時計がいっぱいで常に秒針がせわしなく動いている。

他の部屋も似たような感じなのだが、実はあたしも中々入ったことがないのだった。

 

「かしこまりました、お母様。」

 

あたしが返事をすると同時に赤の城の侍女が頭を下げた。

 

「わたくしが部屋へご案内いたします。」

 

初めて入る、赤の城の銀の部屋はなんだか違和感があった。

銀の部屋にはもちろん大きな窓があり、そこから風を感じられるようになっている。

そこから下を見ると、不安そうにあたりを見渡す、カリンの姿があった。

 

 

 

 

 

 

わたしはついた赤の城の前でたち尽くしていた。

外壁に魔獣は描かれているし、門のそばにはたくさんの人たちがわたしたちにフラッシュを焚いてる。先にいくママを、わたしは慌てて追いかけた。

 

「お、お母様〜。えっ……とわたしは……」

「あぁ、カリン姫は緑の部屋に居てね」

 

緑の部屋……かぁ。赤の城のはどんなのなんだろう。

フラッシュの中、わたしとママは城の中に歩んで行った。

その時だった。

本当は、馬車は門の外に停められるはずだというのに、中まで入ってくる濃い、青色の馬車。

わたしはなんだか気になってその馬車を目で追った。

ガチャ。とドアが開いて、召使いに隠されながら裏口から入っていくだれか。

その子を見ようとして、思い切りつま先立ちをしたとき、言葉を失った。

 

(チ……チトセ…くん………?)

 

あの、深い、深い、群青色の髪と瞳。

 

(う……そ

 

フウカちゃんに知らせなきゃと真っ先に思ったが、あのときの記憶が頭の中を駆け巡った。

 

(もしかして、あの時の……)

 

わたしはこの前のフウカちゃんを思い浮かべた。

あの、銀の城でのフウカちゃんを。

どうもそわそわしていた、フウカちゃんを。

 

(きっと、フウカちゃんは、知っているんだわ……)

 

その後すぐ、わたしはメイドさんに呼ばれてついていった。

 

 

 

 

 

赤の城の付く間際、緑色のツルが巻き付いた馬車を見た。

もちろん、それがなんなのかわからないはずがない。

 

(あれが、確か緑の城の馬車)

 

前に何度かみたことがあった。

その、緑の馬車が門の前に馬車を停めていたのに対して、オレたちの乗った、青い馬車は門の中まで入っていく。

すると直ぐ、城でよく見る服を着た召使いたちがオレを隠すようにやってきて、そのまま裏口からはいることになった。

 

(は……?)

 

最初はイマイチよくわからなかったが、だんだん状況が掴めてくる。

きっとまだオレのことを世界に発表してないからバレぬようにオレを隠しているのだと。

 

「チトセさま。チトセさまは青の部屋にいらしてくださいませ。決して部屋を出てはなりません」

 

オレもゆっくり頷いた。

……もう直ぐ隠れる生活も終わるだろう。王族会議が終われば、きっと、自由に生活できるはず。

赤の城に入った時、シートの外で声がした。

 

「サ……サヤさまっ。お、お久しぶりです」

 

そんなカリンの声と、

 

「いいんですよ。ようこそいらっしゃいました、カリン姫」

 

あの、ハキハキとした凛とした声。

……そう、サヤ王女________……

 

「そちらは?召使いの服からして青の城の者でしょう?」

「きっとそうだと思います、サヤさま。靴が青ですし……」

「カリン姫、サヤ王女。この事は決して口外なさらぬよう、よろしくお願いいたします」

 

メイドが隣で小さく頭を下げているのを感じた。

 

「貴女たちがそうおっしゃるのならおっしゃられた通りにいたしますが……」

「ええ。そうだわ、サヤさま、お話したいことがあるんです」

「そうですか。でしたら、緑の部屋にお邪魔しても?」

「もちろんです」

 

そんな会話をしながらふたりは去っていった。

なくとなく、カリンは気づいていたのかもしれないと思った。彼女は昔から察しがいいから、きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

青の部屋は時計だらけだ。

何処の城の部屋でもこんなだと、過去にフウカと一緒にレイア様に聞いたことがある。

静かな部屋の中にチクタクと時計が時を進める音がする。

……さすがの青の城でもここまで時計はない。一部屋に三つから五つが基本である。

 

「チトセさま。お茶でございます」

 

オレはなにも言わず、受け取った。

 



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・7・

元はフウカとカリンとチトセのsideが目まぐるしく変わっていたのですが、書き換えにあたって読みにくかったので少しだけ並びが異なります。・7・はフウカちゃんのターンです。


あたしはもっと外を見ていたい気がした。

なにか……大切なものに出会える気がしたから。

チラチラとそちらを気にしていると、ノック音とともに聞き覚えのある強かな声がドアの向こう側から聞こえた。

 

「フウカ姫、サヤです」

「サヤ王女?」

 

それは、あの婚約パーティー以来のサヤ王女だった。当時まだ婚約者だったユリシスさまからいただいた婚約指輪を失くし、あわや婚約破棄になってしまうところだったサヤ王女の指輪を、あたしとチトセとカリン、それからカイとで探し出した、という思い出がある。

 

「ご機嫌よう、フウカ姫」

 

サヤ王女はあたしと年が少ししか違わないはずなのに、あのころのあたしには随分と大人に見えた。

 

「随分お会いしてませんでしたね」

「ええ」

 

王女としての、姫としての振る舞いを忘れてはいけないと柔らかく微笑んで答えた。

サヤ王女はいつだって赤の女王さまゆずりのあの優しい眼差しであたしたちをみてくれていた。スイッチのオンオフの切り替えが上手で、あたしたちや国の人たちの前のサヤ王女は礼儀正しくいつだってあたしたちのお手本で。だというのに、見知った顔の中ではどこかおっちょこちょいで。

赤の国を作ったとされる初代と女王さまとそっくりだと言われるサヤ王女は、人々に親しみ、そして適度な距離感を持っている。

そして、サヤ王女はとても幸せそうなのである。お相手のユリシスさまと不仲だという話は一度も聞いたことがない。

サヤ王女にはレグルスという幼馴染がいて、二度と会えない運命だと言うことは知ってる。

それでも、心から信頼できてサヤ王女のことを誰よりも心配してくれる人がいるのだ。

 

「どうしたのですか、フウカ姫」

「あっ……いえ。……あの、ユリシスさまはお元気かな、って」

「ああ、元気ですよ。フウカ姫も元気そうで安心しました」

 

それから、とサヤさまはあたしの耳元でぼそりと

 

「あのときは、本当にありがとうございました。あなたたちのおかげで今の私はいるのです」

「い、いえっ!届けたのは私たちではありませんし……」

「ふふっ、カリン姫も同じことを言っていました」

 

赤の国では、プロポーズに指輪を使う。その指輪を失くしてしまえばその時点で婚約破棄、指輪がないということは、=でプロポーズを断るということに繋がるのがこの国のルールなのである。

 

「ああ、もうこんな時間」

「何かあるんですか?」

「お母さまのお手伝いがありまして。失礼いたします」

 

サヤ王女は微笑んで銀の部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

しばらくすると、またノック音が部屋に響いた。

今度はだれだか足音でしっかりとわかった。あのコツコツとしたリズムを刻む足音の持ち主は、ママだ。

 

「フウカ姫。赤の王女がお呼びだ。出て来なさい」

「はい、お母様」

 

ふかふかの椅子から立ち上がり、窓も閉めることなく部屋を出た。

なにも考えずに扉を開けると、たくさんの侍女が道をズラーッと花道を作っている。

 

「!?」

 

驚いたあたしに、ママは少しだけ笑って、

 

「付いて来い」

 

と、ママがクルッと背中を向けてその道を歩き始めた。

その、歩き方がなんだか上機嫌で、今でもスキップを始めそうな(ママがスキップなんて考えられないけど)足取りに、花道を前にして強張っていたあたしの顔は一気にほころんだ。

だって、ママのあんなに上機嫌な足取り、滅多に見られないし。

 

 

ついた先には大きなドアがあって、そこには魔獣が描かれていた。

 

「どうぞお入りくださいませ。女王さまがお待ちでございます」

 

丸いメガネに灰色のヒゲ。黒のタキシードを着た、いかにも執事らしいその人はゆっくりとその大きなドアをノックした。

 

「女王さま。レイア女王さまとフウカ姫さまでございます」

「入れて良い」

 

キィィ……と重厚なドアが開き、ママはしっかりとした足取りで女王さまのいる間へと入っていった。

あたしも執事さんに少しだけ会釈をして、ママの後を追った。

 

「久しぶりね、レイア。そちらはよく噂に聞いていたフウカかしら」

「ああ」

「大きくなったわねぇ」

 

そう言って微笑む女王さまにあたしは頭をさげた。

 

「女王さま、お久しぶりです」

 

そしてゆっくり頭を上げると、ニコリと微笑み返してみせた。

女王さまはミディアムの赤の髪をゆったりと肩におろし、少し垂れた目からは優しさが感じられる、サヤさまとはまた違った美しい人である。

これが、国を治める赤の城の女王。

そして、サヤさまのお母さんなんだ。

女王さまはあたしをじい、っと見つめてクスリと笑った。

 

「レイアがいつも、あなたのことを案じていたのよ。あの頃から随分と女性らしくなったのね」

「ありがとうございます」

 

そう真っ向から言われると、少し照れる。

高校生になって、あの婚約パーティーのときのサヤさまの年齢を越えた。

世間一般的には「大人」の領域に入りつつあるあたしは、王族であると同時にこの金髪のせいで、割と色々言われていたりする。「金髪だから相手がいない」だとか、「次の代が心配だ」とか。

チトセがいつも支えてくれたあのときとは違い、今はカリンがあたしを慰めてくれる。

「チトセくんの代わりにはなれないけど」とカリンはいうけど、カリンがチトセの代わりには絶対になれないんだから、そのままでいてほしい。

チトセは異性の幼馴染で、カリンは同性の大親友なのだから。

 

「最近は勉強を真面目にするようになったとは思うが……そんなに変わったか?」

「ええ、とても。サヤの婚約パーティーの時から比べたらとてもね。落ち着いた瞳をしてるじゃないの」

 

あたしはどんな反応をしていいのかわからず、適当にわらっておいた。

 

「そうか……ああ、そうだ。今日の会議にフウカは……」

「出席してもらうわ。サヤや青の城のレイくんがはじめて会議に出席した時期を考えると、遅すぎるくらいだもの」

「わかった。では、失礼する。……フウカ、行くぞ」

「はい」

 

あたしはドキドキする胸を押さえながらママと一緒に広間を後にした。

(あたしも会議に出るのかぁ……)

『魔法界で一番偉い人になったらみんなが気持ちよく寝坊できる世界にしたい』なんて昔は思ったこともあったけど、今思うとバカバカしいとさえ思えた。そんなことをしたら、世界はきっと一瞬にして大変なことになる。

ママが危ない場所に行っているときや、ふといつもいるママが見えない時には『ママが女王をやめてあたしだけのママになってくれればいいのに』と思ったこともあったっけ。

 

 

もう直ぐ銀の部屋というとき、青の部屋の方で黒いシートが見えた。

 

(ん?なんだろ、これ)

 

その方向を見ていると、チトセの一番上のお兄さんのレイ王子がチラッと見えて一瞬ドキッとしてしまう。

 

(ままま……まさかねぇ〜……)

 

一瞬、期待が胸をよぎり、シートを目の前に捉えながら部屋までむかった。

ふとその足元を見たときだった。

 

(あの、青の靴って)

 

チトセの?

それはチトセが前に銀の城に来てくれたとき、チトセはこの靴を履いていた。

 

(チトセも来ているの______________?)




ツイッターはじめました。


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・8・

カリンsideです。


サヤさまがフウカちゃんのところを訪ねると言って出て行ってから、わたしは緑の部屋の植物さんとお話をしていながらあのことを考えていた。

チトセくん。

…そして、大親友のフウカちゃんのことを。

 

(フウカちゃんはチトセくんが帰って来ているって知っていたのよねぇ……)

 

予測でしかないが、きっとそのはずだ。

きっとそれは、銀の城でアリサちゃんとわたしとフウカちゃんで一緒に色んなおしゃべりをしていたあの日。アリサちゃんが帰って、わたしが席をしばらく外していたあのとき。

わたしが部屋に戻るとフウカちゃんは泣いていた。

 

(なんで、教えてくれなかったのかしらぁ)

 

普段ならすこし怒ってしまうかもしれない。

なのに今は、「よかった」とか「うれしい」というチトセくんへと感情が上回ってそんな考えは一切浮かばなかった。

チトセくんとフウカちゃんだって色々考えて誰にも教えなかったんだとは思うし、仕方のないことだったのかもしれない。

二人にはわたしの知らない色んな事情があったんだと思うから。

 

わたしはチトセくんが帰って来てくれたことに関してうれしい気持ちでいっぱいだ。あの日を境にフウカちゃんの本当の笑顔が増えた気がする。大親友が心から笑っていてくれると、こちらまで嬉しくなるものだ。

大好きなフウカちゃんの大好きな人が帰ってきてくれたらわたしまで嬉しくなっちってしまう。

 

『カリンちゃん、どうしたの?』

 

黙ってしまったわたしを心配したのか、ツタがさわさわ揺れた。

 

「ちょっと考えごとよぉ〜」

『考え事?』

「ええ」

 

ツタは、なるほどというようにまたまた揺れた。

 

……わたしの初恋はチトセくんだった。

それでも、悲しかったのはチトセくんがいなくなったあの日とそれからしばらくだけで。

フウカちゃんより哀しまない自分が居て、もうすでに諦めていた恋ではあったけど、過去形としてしっかりとおさめられるようになった。

そんなわたしとは正反対にフウカちゃんはずっと落ち込んだままだった。明るさを徐々に取り戻したクラスでも、フウカちゃんだけはどこか暗いままで。

ふとした瞬間に涙がとまらなカナルフウカちゃんを見て、わたしもつられて涙がポロポロ溢れた。

あの時のあの涙の意味は今でもわからない。

 

 

しばらくして小学校を卒業し、中学生になったフウカちゃんはものすごく元気だった。周りとの関係が変化し、辛いこともたくさんあったけど、フウカちゃんは持ち前の明るさでそれを乗り越えていた。

 

『フウカちゃんっ』

『どしたの、カリン』

『ねぇ、フウカちゃん、大丈夫ぅ?』

『何言ってんのカリンっ、あたしは元気だよ』

 

空っぽの元気を振りまき、わたしは不安で不安で仕方なかった。

どれだけフウカちゃんが頑張っても、頑張りすぎるフウカちゃんを止めるチトセくんはいなくて。『だれか、とめてよ』ってそう言っているような気がした。

毎日、その元気を振る舞うフウカちゃんは帰り道のふたりきりの道では元気いっぱいだった。

何も出来ないわたしが嫌だった。哀しむフウカちゃんを見てられなかった。

 

『フウカちゃん、無理しないで』

『カリン、何言って……』

『わたしは、元気なフウカちゃんじゃなくて、自然体のフウカちゃんが大好きなのよぉ〜。きっとそれは、チトセくんだっておんなじのはずよぉ』

『……うん』

 

どうしても、チトセくんはどこかで生きてるって信じていたからなのか、『天国』という言葉は使えなかった。

もし、あれが本当にチトセくんで戻って来たのだというのなら。

 

(フウカちゃんはもう、泣かないよね?チトセくんも、もう居なくならないよね?)

 

わたしは今までもこれからもフウカちゃんが大好きで、チトセくんだって大好きなんだから。



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・9・

ちーくんの出番です。
ちーくんって呼び方は、なんかカイが言ってるからふざけて合わせてたら馴染んじゃいました。今更「チトセ」には戻れぬ。


レイ兄さんがオレをドアの向こうから呼んだ。

 

「チトセ」

 

たったその一言だったが、レイ兄さんが『出てこい』と言っているようだった。

オレは黙ってドアの前に立つと慎重にドアを開ける。

バッ…

と、また漆黒のシーツで姿を隠された。

 

 

オレはレイ兄さんに連れられ、大広間に着いた。

 

「レイ兄さん、父さんは?」

「ああ、別の仕事があるらしい」

 

ふぅん、と何も考えずに頷いて、視界の遮られた漆黒のシートを見つめた。

しばらく行くとレイ兄さんの「とまれ」という声がわきから聞こえ、シートから上を見上げると、重厚な大きな扉がみえた。

すると、

 

『女王さま。青の城のレイ王子らでございます』

 

という老人の声が聞こえて女王さまの『入れて良い』という声がこちらからも聞こえた。

バサリ、とシーツが取り除かれると目の前にはやはり大きな扉。振り返ると青の城の従者の服を身につけた人たちが花道を作っていたことがわかった。

 

『どうぞ』

 

先ほどの老人の声はこの執事だったらしい。開かれた扉の向こうは広間だった。

そこには当たり前のように女王がいて、驚いたようにオレとレイ兄さんを交互に見た。

オレがいない間に、他の兄弟は皆各国の王族に挨拶を済ませているらしい。レイ兄さんという素晴らしい人材がいるのに皇太子を決めない青の城は色んな意味で有名だったらしく、赤の女王でさえも覚えていたようだ。

十二番目の兄が挨拶を済ませたのはついこの間のことで、もちろんオレは兄弟の中で一番最後。小学生のとき使えるようになった時の壁のおかげで紹介してもらえるようなものだ

「赤の女王さま。弟のチトセです」

「チトセ……?ああ、時の壁の使い手か。前に死んだと聞いて葬儀に参列した覚えがあるけど」

「いえ。チトセは死んでなどおりません。あれは間違いだったんです」

レイ兄さんの声に更に空気がピン。と張り詰めた。

 

「……間違い?」

 

記憶の中の女王よりも、ずっと怖くて低い威厳に満ちた声。

オレは震えそうになる身体を押さえつけて、女王を見上げた。

 

「ふむ。チトセ王子」

「はい」

「今回のことをあなたがどう思ったか。それだけが聞きたい」

 

少し、オレは迷いがあった。

なんとも言えない、世界中を騙していたという罪悪感。

知らぬ間に死んだことにされていたからオレは悪くないと思う気持ち。

どちらかと言えば、オレは悪くないという気持ちの方が強かった。

でも、世界のためには罪悪感を選ぶ方がいい。

そう思い、口を開こうとした。

口を半分ぐらい開けた時、オレはハッとした。

これは…ふさわしい事なのか?

 

『オレは悪くない。』

 

それは違うような気がして。

オレだって城の者。

オレじゃなくたって、同じ城の者が言ったことなんだ。

それにオレは真実を知っても、ウソだと言うことを世界に知らせなかった。

それじゃあ……

 

『同罪』

 

なんだ。

フウカにも、カリンにも。

そして、あのときのクラスメイトをの奴らを騙していたことには変わりない。

 

「……罪悪感を、感じています」

「なぜ?」

「……世界中の人々に嘘をつき、身の回りの大切な人まで傷つけてしまっていたから、ではダメでしょうか」

 

女王はしかめていた顔を緩めて微笑んだ。記憶の中の優しい赤の女王がそこにいた。

 

「よく言った。大体は嘘をつき、いいイメージを持たせたいと思ったり、正直に言い過ぎることがある。しかし貴方はそれがなかった。王族として、素晴らしいです」

「ありがとうございます」

 

そして、赤の女王さまはオレとレイ兄さんに会議に出るよう言うと、部屋に戻れと言ってくださった。




ちーくん一番文字数少ない。


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・10・

10時が最近多いけど、決してわざとではありません。
お気に入り登録してくださっている方、覗きに来てくださっている方みなさんに感謝を!


金色のドーナツ型のテーブル。黄金に輝くアンティーク椅子に紅のクッション。そして、肌色の壁に描かれた魔獣はとても勇ましく、威厳に満ちていた。

 

「これから第××回、王族会議を始める」

 

そう話す赤の女王と隣のサヤさまは清楚な身なりで見た目からすごく華やかだった。

あたしは今、ママの隣でドキドキしている表情を隠すのに必死である。カリンを見ると、落ち着いた表情で赤の女王さまへと視線を向けていて、さすがカリンだなぁとしみじみと思ってしまった。

身につけているのは銀色のドレスである。ママと一部の布をお揃いにして城専属の仕立て屋さんが仕立ててくれた。昔から使えてくれているその仕立て屋さんは、あたしの制服やら部屋着やらももろもろ仕立ててくれる腕の確かな人だ。

この金色の髪には到底似合わないが、似合わないからこそ、きちんとした態度で臨まなければならないのである。

右隣のカリンは黄緑色のワンピースを華やかにきこなしていて、いかにも緑の城という草木をイメージしたデザインになっているようだった。

ライトグリーンの髪と瞳によく似合っていて、なんだか落ち込む。

……逆側には青の王さまとその向こうにレイ王子がいて、またその奥は、なぜか空席だった。

 

「ではまず、この春に高校へと進学した王女がふたりいる。銀の城の王女、フウカ姫と緑の城の王女、カリン姫だ」

 

あたしとカリンは立ち上がって一礼する。すると他の王族が拍手をしてくれた。

 

「ご存知のように、フウカ姫は銀の城。カリン姫は緑の城の王位継承者であり、学業の方もよく、フウカ姫に関しては運動神経が抜群であります」

 

その言葉を聞きながらまた席につく。

 

「そしてこのふたりは高校卒業後に王位即位を予定している」

 

ママはまだまだ現役でいられるぐらい元気で、言われたときはびっくりした。それでも、カリンのママである緑の女王と相談して退位を決めたらしいしママが今まで頑張っていたことも知っていたから黙ってそれを承諾した。

高校生ならなる前の春休みに聞かされたばかりで、まだあたしも実感は沸いてないけど。

 

ここ3年くらいはお見合いを数え切れないほどしている。

チトセを忘れられないあたしを見て、ママが考えてくれたことだとは思ってるけど、どうしても見つけられず、それは小学生のころからお見合い写真の山に囲まれていたカリンでさえも同じらしい。

普通だったら高校生で独身はあたりまえかもしれないが、サヤさまなどの王族に比べたら、「まだ」、となる。

ママも遅かったから気にしなくていいとは言われたし、カリンはもちろん、レイ王子もまだ結婚はしてないからあまり気に留めてはいないんだけど。

 

「そしてもう一つ。重大発表がある」

 

女王さまは深刻な顔をして、そう言った。

周りの王族たちは眉間にしわをよせ、心なしか、隣のレイ王子の顔が固まっている。

 

「みなさんもご存知のことだろう。青の城の王子のことだ」

 

あたしは思わずハッとして、青の城の方をみた。カリンもピクリと反応する。

 

(ま、まさか……だよね?)

 

壁中にいた召使いたちは窓を閉め、サッとカーテンで覆うとドアから出て行った。

それを確認するかのように部屋中を見渡すと、重々しく口を開いた。

さっきまで吹いていた風も小鳥のさえずりも日の光も一切入らない部屋の中。

その中で、カチコチと大きな振り子時計が時を刻む音が部屋にこだましていた。

 

「青の城の王子は今、12人だ。末の第13王子は既に亡くなっている。……このことについて、レイ王子からあるそうだ」

 

レイ王子の首筋からは一筋の汗が流れている。

他の王族の目線も、あたしの目線も、みんなレイ王子に注がれた。

 

「青の城の第13王子は……

 

 

 

 

 

生きています」

 

「では、何処にいるのだ。」

 

黄の城の王様が質問する。

 

「……ここです」

 

チトセの声がした。いつの間にか、あの空席の前にチトセはいた。

 

 

さっきのは見間違いじゃ無かったようで、チトセはまっすぐと前を見て、その席の後ろに立っていた。

 

「______________……」

 

ママも知らなかったのか、目を丸くしてあたしを見た。

そんなママに、あたしは______________少しだけ、笑ってみせた。

 




これで二章の終了です。四章まで終わったら、時の壁が使えることが世間に知られてしまったチトセの話を書こうと思っています。最近のラブレターの時間軸で書く予定ですので、つまりこれは予告です。
チトセが死んだことにされちゃうまでのお話ってことですね!まだまだ先の話ですが!


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三章
*1*


三章です。早いですねぇ……はは


長いようで短い夏休みが終わり、今日から2学期である。

 

「フウカちゃんっ。行きましょぉ〜」

 

カリンが夏服に身を包み、窓から顔を出した。

ハリーシエルでは制服の着用は絶対だが、年間を通して夏服を着ようと冬服を着ようと構わないのだった。入学式と卒業式は冬服だけど。

夏服は真っ白の半袖シャツと、城の色のリボンのタイ。スカートはオレンジ地に茶色と黄土色のチェック模様である。

……ちなみに王族以外のリボンは、紫である。あたしも紫がいい。銀のリボンというのは、多分一番ダサいのである。

その王族のリボンは学園で買うか、各自でつくるかの二択である。統一を大切にする学校でもあるので、つくる場合は寸分のくるいもなく作らなくてはならない。もちろん、王族は各自でつくるのである。リボンくらいは作れるのにママが作ろうとして間に合わなくて、仕方なく昨夜自分で作った。

朝、ママが隈のできた顔で謝ってきたからもっと待てばよかったかな、と後悔した。

 

カリンはライトグリーンの髪を揺らしてあたしにそっと耳打ちする。

 

『楽しみね。今日からチトセくん、来るでしょう?』

 

ドキーーッ。

 

真っ赤になるあたしを見て、カリンがふふっと微笑んだ。

 

「行くわよぉ〜」

 

カリンに手を引かれ、慌ててホウキを出すと学園に向かった。

 

 

赤の城での会議から、毎日がめまぐるしく駆け抜けていった。

城に帰ったあと、セシルに言われて新聞を読むとチトセのことが一面を華々しく飾っていた。

華々しい写真とは裏腹に、内容はあまり好意的ではなくて、

『青の城の第13王子の死亡報道。青の城の嘘であった。』

とか、

『時の壁の使い手。実は…』

『青の城は嘘をついた。』

とか。まあ、青の城は今まで色々あったみたいだから仕方ないかもしれないけど……ここまでくると、もう、なんていうか、かる〜く怒りがこみ上げた。かる〜く。かる〜く。……ね?

 

……チトセだって好きでこんなことになったわけではない。

時の壁が使えると世間に知られて、マスコミが騒ぎ、チトセを付け回し、学校などの公共の場に迷惑をかけてしまったから、こうせざる終えなかったのだと、あの会議の時に青の王さまが言っていた。

当時は他の国の王族も、チトセの時の壁に期待し、スパイなんかを青の国に送っていたみたいだからそれ以上何も言えなかったようで、追求されることはなかったのだけど。

 

学園についた時、いつもより少し遅れていた。

なので。

 

「あれって……銀の城のフウカさまじゃない?」

「本当だわ……でも、フウカさまがなんでこの時間に?」

「隣にいるのもカリンさまでしょう?」

 

なんて声がそこら中から聞こえてくる。

……登校時間なんて、着席に間に合えば自由のはずなんだけどなぁ……

 

「でも……夏季休暇後の初登校でフウカ様とカリン様のお顔を見られるなんて」

「お二人方、美しいものね」

「それに可愛らしいし」

 

あたしは小さくため息をついた。

 

「フウカ姫、行きましょう」

「ええ」

 

カリンがにっこりと笑った。

カリンは笑っても綺麗だから、すごく似合っている。あたしは笑ったらどうしても歯を見せてしまうから、あまり笑えないのだ。

 

クラスに入ると、夏休み前と同じような日常が始まるのだと痛感した。

 

「フウカさま。カリンさま。御機嫌よう。」

「ええ。御機嫌よう」

 

…そう。同じ、挨拶。

席に着くと、隣の席とミユが声をかけてきた。

 

「フウカさま、今日はアリサさんはご一緒じゃないのですか?」

 

へ?と、あたしはあたりを見渡してみると、本当にアリサちゃんはいない。

あんなにクラスで目立っていたアリサちゃんだけど、再会してからは割と静かである。窓側にあるアリサちゃんの席で、一人で本を読んでいたり、物思いにふけっていたり、かと思ったらあたしたちのところへ来て笑わせてくれたり。

はっきりいって、今、あたしが怖がられずに話しかけてもらえているのはすべてアリサちゃんのおかげだと思うんだけど______________

 

「……わかりませんわ。すみません、お役に立てなくて」

「いいえ。ありがとうございます。少々気になったもので。ほら、いつもみなさま3人で仲良くしてらっしゃるじゃないですか」

 

そう言って、ミユは微笑んだ。

……あーあ、あたしもこんな風に笑えたらいいのに。

それにしても、アリサちゃんはどうしたのだろうか。ねぇ、カリン、と声をかけようと立ち上がろうとしたとき、リリー先生がガラッとドアを開けて教室に入ってきた。

 

「みなさん、おはようございます」

 

おはようございます、御機嫌よう、とクラスメイトの口からから挨拶が次々と飛び出した。

 

「今日の欠席はスズさんとアリサさんと聞いていますが、他にいない人はいませんね」

 

よろしい、とリリー先生は言って、こほん、と一旦咳をした。

 

「……今日は転校生を紹介いたします」

 

どよっとクラス中が湧いた。チトセのことは、もう世界中が知っている。このAクラスは王族の転校でもない限り転校生はありえないので、この段階でほぼ100%チトセなのである。

 

「はじめまして。青の城のチトセと言います。よろしく」

 

周りの女子の目がハートになった。

小学生のときと変わらないなぁ、と思いながら周りをちらりとみやると、男子の目は随分と厳しく、好きなように言いたい放題だった。

 

「なぁ、青の城のチトセっつったらさぁ」

「夏季休暇中、ずっとニュースになってたよなぁ」

「あと、フウカさまの幼なじみだとか」

「あぁ、らしいな。……女子たちはなんであんなやつがカッコいいとかいうんだろうな」

「同感」

 

……まあ、こいつは運動神経もよくて、勉強も出来て、人間関係もうまい。この男子たちも、すぐにチトセの人を惹きこむ力に気づくことだろう。

 

「チトセさんは、フウカさんの隣です。……フウカさん、いいですか?」

「は、はい、もちろんです」

 

チトセはあたしをジッと見つめ、テレパシーを送ってきた。

 

『フウカ、これからよろしくな」

 

カリンがこちらを見て、目があうと微笑んでくれた。

……隣、かぁ。

チトセはあたしの右隣にバックを置くと、そのまま着席して前を向いた。

 

「ではこれから一時限目を始めます」

 

理科担当のカナンダ先生が薬草学の授業を始めた。

 

「問1の答えを、フウカさん」

 

あたしは眺めていた教科書から目を離し、前を向くと問題に答えた。

 

「はい、」

 

あたしが立ち上がってスラスラと調合薬の種類を述べるとカナンダ先生はうなずいて、

 

「正解です。よくわかりましたね。さすがフウカさんです」

 

といった。

ここがカナンダ先生の良いところ。

間違えてもそのまま続けるし、合っていても他の人と同じように、あたしをあたしとして「流石」だとそういってくれるのだ。

 

「次。問2番をチトセさん。わかりますか?」

 

カナンダ先生は、チトセにも問題を振った。

チトセはすこし驚いたように立ち上がって、教科書の問題文に目を通すと、分量正確に言い当てた。

……とはいえ、わかって当然かもしれない。夏休み中、城に監禁状態で全部教え込まれたみたいだし……

 

「なんと、流石ですね。素晴らしいです」

 

カナンダ先生は目を丸くしていた。

……多分、ずっと学校に来ていなかったチトセがさらりと答えたので驚いているのだろう。

相変わらず、チトセって勉強出来るんだなぁ、と感心する反面、あたしの成績もやっぱり抜かれるのかとすこし不安になった。やっとこさ築いた学年主席の地位がちょっと危ないかもしれない。

 

『おい、フウカ。お前って勉強出来るんだな』

 

いきなりのテレパシーにチトセの方を向くと、無表情のままこっちを向いていた。

あたしは教科書で口元を隠し、チトセの方を見る。

 

《……まぁね。これでも一応今は学年主席だし……》

 

そうゆっくり口を動かした。

久しぶりの感覚だった。チトセから送られてきたテレパシーに、あたしが口パクで対応する。あたしはチトセの口パクなんてわからないのに、簡単にあたしの口パクを読み取るチトセが昔から不思議だったのである。

 

『へぇ、すげーじゃん』

 

チトセはそう言って、ニッと笑った。

先生をみると、今は調合薬について黒板に書いているところだった。

 

《ありがと》

 

あたしもそうやって、笑い返した。




この辺は書いてて精神削れる。


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*2*

遅れました。
*3*は文字数の関係で新たにシーンを増やさなくてはならないため、時間がかかる見込みです。


昼休み。

チトセはと言うと、女子に囲まれていた。

ガヤガヤしていて内容はよく聞き取れないけど、顔を赤く染めている様子から今日、ファンになった子たちなのだろう。

 

「フウカ姫〜」

 

カリンが学校での呼び名で呼びかけてきて、あたしは隣にできた人だかりから目を背けた。

 

「あら、カリン姫。行きましょうか」

 

敬語を使う、あたしとカリンの会話に目を丸くするチトセの目線を感じる。

 

『フウカちゃん、すごい人だかりねぇ〜……』

 

カリンの耳打ちにこくりと頷く。

やきもちを焼きそうなぐらい、モテモテのチトセに懐かしい光景がまぶたに浮かんだ。

 

「では、参りましょう」

 

あたしはカリンの手を取って裏庭に入ると夏休み後から設置された王族室に入った。

普通の教室は、涼しくなるように工夫されているものの、工夫でしかないから暑い。

そのため、この学校では王族のために空き部屋を模様替えし、暑い夏場と寒い冬場に自由に使えるようになっているのである。

今、この学校に王族はあたしとカリンと、そして転校してきたチトセだけだからかなり広く、だからなのか王族以外でもあたしたちの連れなら入れるようになっていた。

……っていっても、この部屋にはあたしとカリンと、そしてアリサちゃんとスズしか入ったことがないんだけどね。

 

普通の教室に比べて、随分としっかりした扉の中はアンティークな机と椅子が9つ置いてあって、下は赤の城から取り寄せたらしい立派な絨毯である。

 

「カリンーっ。このクッキー、本当に美味しいよっ」

「本当〜?よかったわぁ〜」

 

あたしは手作りのチョコチップクッキーを口の中に放り込むともぐもぐと口を動かした。

 

「でも、いいのぉ〜?チトセくんを置いてきちゃってぇ〜……今、どうなってるか知らないわよぉ〜?」

「へっ……ごほっごほっ」

 

いきなりチトセの話題を振られ、クッキーを喉に詰まらせてしまった。

 

「あ、あら、ごめんなさぁ〜いっ!大丈夫ぅ?フウカちゃん〜」

 

カリンが慌てて背中をさすってくれた。

 

「あ、ありがと……。……いーよ、別に。あたしには関係ないもん」

「もぉ〜っ。またそんなこと言ってぇ〜……本当は気にしてるんでしょぉ〜?チトセくんも探してるかもしれないわよぉ?」

「いーのいーの!あいつがきたら、カリンのクッキー独り占めできなくなっちゃうし!」

 

カリンのクッキーほど美味しいものはないんだから、とあたしは懲りずにまたクッキーを口に放り込んだ。

カリンは苦笑して、紅茶を淹れて持ってきてくれた。

 

「フウカちゃんったらぁ……」

 

 

 

 

 

クッキーを食べ終え中庭にでると、カリンが何かに気づいたらしく慌てて「先に教室に帰ってるわぁっ!」」と言って、駆け出していった。

 

「ちょっ、カリン?」

 

誰もいない中庭でポツリ取り残されて呆然としていると、誰かに声をかけられた。

 

「よぉ、フウカ」

 

「カッ、カカカ……カイ〜〜〜〜っ!?」

 

深緑の髪と瞳と、小学生の頃と変わらない金色のピアスをつけたカイがそこにはいた。少しだけ変わった気もするけど、その格好やしゃべり方はなに一つ変わっていなかった。

……ただ一つ変わっていたのは、いつも肩に乗っていたマリアンヌが居ないことだけ。

 

「なんでそんなに驚くのさ」

「だって、中学は違ったし…なんでここに居るの?それに、マリアンヌは?一緒じゃないの?」

 

カイはふわぁ、とあくびをすると、手を頭の後ろに組んだ。

 

「おいらが何処に居ようと勝手だろ」

「ま、それいっちゃあおしまいなんだけど。けどここって、あんたみたいなやつが入れる学校でもなくない?」

 

小学校のときのカイは、なかなか学校にも来ないのらりくらりとしたやつで、かと思えば赤の国にいたりと色々と謎の多いやつだったのである。

 

「その辺はおいら詳しいから」

 

そこまで話して、あたしははっとした。

 

(そっか、カイってカリンのことが好きだったっけ)

 

そう考えるとだんだんカイがこの学園にいる理由がわかってきて追求するのをやめた。

 

「フウカ、お前ここに居ていいの?もーすぐ午後の授業が始まるけど」

 

あたしがパッと時計を見ると、1時半を指していた。

午後の授業は1時35分から始まってしまう。

 

「うわっ。やばっ」

 

あたしはカイの腕を掴んで靴箱に連行した。カイが驚いて抵抗したが、このままじゃこいつも遅刻になる。

 

「じゃ、おいらはB組だから。じゃーねー」

 

特別クラス、A組の隣までくると、カイはそう言ってスタスタとB組に入って行った。

あたしが教室に入ると、カリンが慌ててやってくる。

 

「フウカ姫、ごめんなさぁいっ。先に行ってしまって……」

「大丈夫ですよ」

 

あたしがゆっくり微笑むと、カリンもにっこり笑ってそれぞれ席に着いたのだった。

 




カイ君を出したのは、私がサヤさまを大好きだからです以上。


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*3*

お久しぶりです。ちょっと少な目かもしれませんが、チトセ目線となってます。


「チトセさま、こちらが制服でございます」

「あ、ああ」

 

オレは渡された新品の制服に袖を通した。制服なんて着るのは、小学生ぶりである。

夏休み明けということもあり、制服はまだ涼しげな夏服。

そのまま食堂へ向かうと、昔と変わらずに騒がしい兄たちがワイワイガヤガヤと食事をしていた。

姿の見当たらない二番目と三番目の兄さんはオレがいない間に結婚し、青の城の城下町に家を建てたそうだ。いつの間にか甥っ子がいた。つまりオレは叔父になっていたのである。

一番上のレイ兄さんにももちろんたくさんの間合いの話があるそうだが、一切受けようとしないのだと久しぶりに会ったメイドが言っていたっけ。

それはともかく。

 

「……朝ごはん食えねぇ」

 

この数が十に減ったとはいえ動物の群れのような集団に、久しぶりのオレが割り込んでいけるはずがないのである。

 

「時の楔っ」

 

……ほら、今も呪文が飛び交っている。

 

「チトセさま?お食事はよろしいのですか?」

「あー、うん。そうだな……ハリーシエルって食堂とか購買とか、そういったものはあるのか?」

「ございますが……王族の方々が使用なさっているというお話は聞いたことがありませんわ。チトセさまにもお弁当をご用意しております」

 

だよなぁ、とオレはぽりぽりと頰をかいた。

 

「ま、いっか」

 

どうせどうにかなるのである。

まあ、この青の城の風景も今となっては懐かしい。いつまでも変わらない兄たちと、いつまでも変わらない十三番目のオレ。

これからも先、ずっとオレはこの兄たちの雑用として生きていくのだと思うと少し悲しくはなるが……なんだか、それもいいように少しだけ思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリーシエルは圧巻の大きさだった。

本気のお嬢さまおぼっちゃま校である。これは王族御用達のはずだ。

綺麗に手入れされた校舎に踏み入れれば、涼しい風に包まれた。見上げると、最新型らしい魔法の空調機が上についていた。『ちーくんっ、おばあさまが買ってくださったのよっ』とビアンカが嬉しそうに話していたものと同じもののようである。さすがエリザさまだ。空調ひとつもぬかりない。

 

「えーっと。はじめまして。青の城のチトセです」

 

軽く自己紹介をして、クラスを見渡すと当たり前のようにフウカとカリンがそこにいた。

それだけで小学生のころのあの楽しかった記憶が思い出されて、またオレは学生に戻れたのか、なんて少しだけ感傷にひたる。

 

「チトセさんは、フウカさんの隣です。フウカさん、いいですか?」

「は、はい。もちろんです」

 

フウカの大人しさに少し驚いた。

昔のフウカならもっとオレに対して邪険に扱うはずである。

まあいいか、とフウカとカリン以外の生徒にも目を向けた。まずはこのクラスに慣れなきゃ始まらない。

とりあえず、

 

『フウカ、これからよろしくな』

 

とテレパシーを送り、フウカの隣の空席についた。

 

 

一応フウカの評判は夏休み中だというのに城の中でいやというほど聞かされた。だが、聞くの見るのではわけが違う。小学校からのフウカの変わりようにオレは驚きを隠せなかった。

 

……まず、フウカの髪型が変わった。あのゆるくてだぼっとした二つ結びが、編み込みいりのサイドテールに変わった。頭も良くなったらしく、授業で当てられても難なく答えるし運動神経は相変わらずでリレーでは男子と互角の争いを繰り広げていた。

そして、なにより衝撃的だったのはフウカの普段の様子である。

クラスメイトの男子にはもちろん、女子にも敬語だし、昔から親友のはずのカリンにまで敬語だった。

『本当にフウカか?』と考えてしまってもバチは当たらないだろう。

とどのつまりはキャラ崩壊である。オレの知っているフウカは、もうどこにもいなかったのだ。

 

理由はもしかしたら自分にあるのかもしれない。

 

そう考えたとき、はじめてオレを旅に出した親父が憎く思えた。

 

 

その日のお昼休み。

気がついたら、フウカはいなかった。

一応授業の内容は城で叩き込まれたために理解しているが、学校の授業に慣れるのにはまだ時間がかかりそうだった。

まあ、見失ったオレが悪いと近くにいた女子に

 

「フウカ……えーっと、フウカ姫が何処にいるか、知ってるか?」

 

と話しかけて見る。

女子は一瞬きょとんとして、それからすぐにぶあっと顔が猿のように赤くなった。

あっ。敬語で話しかけるべきだったのかもしれない。フウカとカリンがあの対応だったんだから、オレもそうしなきゃいけなかったんだろうに。

 

「えっ……えっと、フウカ姫でしたら……」

 

その女子はそう言ったまま口ごもってしまった。

 

なんだか聞きづらくてそのまま沈黙。とりあえずありがとうと返して(なにも聞いてないけど)、そのまま教室で弁当を食べた。

 

……うん。青の城の味だ。

 

昼休みが終わった頃にフウカは何処からか帰ってきた。

……オレにはもうフウカがわからないままなのかもしれないなんて、ちょっと思った。

幼馴染なんて、所詮はそんなものなのである。

 




若干前のと設定を変えてる部分があります。


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*4*

お待たせいたしました!

フウカちゃんsideです!


(……まさかカイもこの学園の生徒だったとはねぇ)

 

歴史の授業の中、あたしは上の空でぼーっとそんなことを考えていた。

カイは昔からよくわからないやつだった。学校に来たり来なかったりするのはもちろん、どこに住んでるのかも、どこからきているのかも謎な存在なのだった。……まあ、あたしとカリンとチトセだけはカイが赤の国の生まれだという話を知っていたけども。

 

その時だった。

 

キーンコーンカーンコーン……

 

チャイムが鳴り響いて、さっき始まったばかりだったはずの歴史の授業は終わりを迎えた。

カイのことで巡らせていた思考回路を止めて、教科書を閉じる。そして、次の準備をしようと机の中に手を入れた。

ふと、自分にだれかから視線が向けられているようか気がして、そちらを振り返った。

 

「……?」

 

チトセは横目で睨むように見ているのだけど、何かを訴えてるようにも感じる。

 

『ちょっと放課後……いいか?』

 

そうテレパシーが送られてきた。

チトセはあたしの返事なんて聞かず、前に向き直ってしまう。

 

(……こっちの都合も聞かないで、勝手なんだから)

 

そうぶつくさいいながらも少し嬉しいのは、なんでなんだろうか。

浮つく心を抑えながら、あたしは数学のしたくを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……授業、おわったぁ〜!!!)

 

勉強ができるようになっても、やっぱり授業は嫌いだった。やっぱりあたしは動くのが好き。それだけは、小学生の頃から何ひとつ変わってはいない。

ふと、さりげなくチトセの方をみると、チトセは帰り支度を始めるところだった。あたしもカバンに教科書や筆箱を詰め込んで、明日の持ち物をノートに書き込んだ。

 

「フウカさま、どうされました?」

「えっ」

 

いきなり前の席の子に声をかけられ、驚いて肩を震わせた。

どうやら、気が飛んでいたらしい。

 

「なんでもありませんわ」

「そうですか」

 

それでは、ごきげんようと彼女は一礼して去っていく。

その姿を見送っていると、入れ替わるように今度はカリンが帰ってきた。そういえば、さっき先生に呼ばれていたっけ。

 

「フウカ姫、帰りましょう?」

 

優しいはっきりとした声で、カリンが微笑む。あ、えっと、と咄嗟に言葉に詰まったあたしを見て、カリンが不思議そうに首をかしげた。

 

「?」

「ごめんなさい……ちょっとこれから用事がありまして」

 

あたしがそう言うと、カリンは何を思ったのか顔を明るくして、隣で女の子たちに囲まれるチトセをちらりとみやった。

 

《もしかしてぇ、チトセくんかしらぁ?》

 

カリンはあたしにこっそり耳打ちする。

 

驚きと恥ずかしさで噴火した。

 

……いや、カリンにはバレるだろうな、と思ったけど。それでも、こんなに早くバレるとは思わず、せいぜい明日の朝の登校中にでもバレるんだろうと思っていたのに。

 

噴火。別にキレたわけじゃない。噴火したかのように、顔が真っ赤になっていたらしい。

 

 

カリンが教室から出ていくと、クラスにはあたしとチトセと、その周りにいる数名の女の子たちになった。

あたしもカリンもこんな風におおっぴらに人に囲まれたことはないから、実は内心驚いていたりもした。やっぱりこの辺が男女の差なのか、はたまた『生きていた王子』としての知名度がそうさせるのか。あたしだったら、死んだことにされていた王子にベタベタくっつこうなんて思わないし、どうせ前者なんだろう。特にチトセのことも知らないくせに、よくここまでベタベタできるなぁと逆に尊敬する。

 

一人、また一人とチトセの周りから女の子が減っていって、残りはあと一人。

銀の国でも有名な地主の孫娘だけになった。

 

「チトセさま、一緒に帰りましょうよ〜」

 

冷静を装って本を読んでいるが、さっきから一向に進んでいない。

あたしはどういうわけだかこの女の子がすこし苦手なのだ。なんていうか、この金色の髪のことを悪く思っているみたいで、カリンには普通なのにあたしにはちょっと冷たい。まあ……銀の国の地主なわけだし、その国のプリンセスの髪色は気になるよねぇ、とは思うけど。それ以上に、あの、声がダメだ。もう少し、女子にも優しくしてほしい。

 

「ちょっと今日は、これから用事があってね」

「まあ、そうなんですの?お供いたしますっ」

「いや……えっと……」

 

どうやらチトセは彼女にロックオンされてしまったらしい。それなりに容姿端麗だし彼氏には困っていないはずだけど、きっとその問題ではないはずだ。

 

「ほら、まだ夏とはいえもう夕方。お家の方が心配しますよ?」

 

チトセにそう言われ、彼女はしぶしぶといった表情でクラスを後にしていった。

_________ちらり、とあたしをみやったあとで。




次の投稿もなるべく早くできたらいいなぁ


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*5*

(フウカちゃんってぇ、赤面するととっても可愛いのよねぇ〜)

 

わたしは下駄箱の前でフウカちゃんの赤面姿を思い出し、思わずくすっと笑ってしまった。

 

「あれ、カリン?」

 

後ろから聞こえる懐かしい声に驚いて、「へっ?」なんて変な声を出してしまう。

 

「驚かせたかい?」

 

そんなわたしを見て、その人はクスクス笑う。

ゆっくりと振り返ると、カイくんが腕を組んでわたしの方を見ていた。

 

「カイ……くん?」

 

耳には昔と同じ金色のピアスが付いていて、髪の色も変わらない深い緑だ。少し跳ねているところまで同じだった。

わたしはすこし髪を伸ばしたし、フウカちゃんも髪型を変えた。チトセくんもどうやらすこし伸ばしたようなのに、カイくんはなにも変わっていない。

 

「久しぶりだね、カリン」

 

カイくんがここにいることは知っていた。B組に変わり者の「カイ」という人がいるらしいという噂はたびたび耳に入ってきていた。だからわたしはなるべく会わないように避けていたのに、まさかこんなところで会ってしまうだなんて。

 

「フウカから聞いてなかったの?オイラのこと」

「え、ええ……」

 

カイくんはフウカちゃんに向けたらしいため息を吐く。

 

「オイラもここの生徒さ」

 

知っていた。

そう答えようとして、ふと周りからのチクチクとした視線に気づく。

わたしが『変わり者のカイ』と知り合いなのが気に入らないのであろう人たちからの視線だ。

それに気づいていたらしいカイくんはふっと笑った。

 

「歩きながら話そう。送るよ」

「あ、ありがとぉ〜……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのぉ、カイくん……マリアンヌはぁ〜?」

「マリは家でお留守番」

「そっ、そうなのぉ……」

 

それを聞いたのはいいものの、他には特に話題はない。わたしたち二人の間に微妙な空気が流れた。

その空気を打ち切るように、カイくんが口を開く。

 

「そうだ、カリン」

「な、なぁに?」

「フウカ、どうしたの?普段は一緒に帰ってるって聞いたけど」

 

ああ、とわたしは思った。

わたしとフウカちゃんが一緒に登下校をしているのは、この学校の誰もが知っている。カイくんもきっと、その例には漏れない。

そこまで考えて、わたしはフウカちゃんのことを言おうかちょっと迷った。あのフウカちゃんの態度から言って、チトセくんのことに違いない。

どうしたものかと悩んでいると、カイくんはぷっと笑って

 

「もしかして、ちーくん絡み?」

 

と、見事にあててみせた。

 

「よ、よくわかったわねぇ」

 

今日初めてハリーシエルにやってきたチトセくんだけど、やっぱり『死んでいたはずの王子』の知名度は凄まじく。カイくんは「B組はもちろん、他のクラスのやつもみんな知ってるよ」と言った。そうなの、とわたしは返す。

 

「チトセくんと、なにか約束があるんですって」

「ふぅん……やるねぇ、ちーくん」

 

カイくんは、「どうでもいいけど」と付け加えてわたしを横目でじーっと見つめる。

 

「カリン、変わったね」

「え?」

「フウカも随分と変わってた…まさかと思ったけど、カリンもそこまで変わるなんてね」

 

カイくんは、今度は赤い夕日を眺めて「また、置いてかれちゃったな」と小さく呟く。

わたしは意味がわからずにカイくんを見上げた。

 

「あ、ううん。なんでもないよ」

 

カイくんはそう言葉を濁したけど。

【置いてかれちゃったな】のその言葉がとても寂しそうだった。

手をのばしかけて、止める。カイくんは寂しそうではあったけど、それ以上に「近づくな」と言われているような気がした。

 

その後たわいもない話をしながら歩いていると、城についた。

 

「カリン姫……?ボーイフレンドですか?おつきあいしてる方ですか……?」

「ち、ちがうわよぉ〜っ」

「し、失礼いたしました、カリンさま。そちらのかたは?」

「カイくんよぉ」

「そうでしたか。カイさま、申し訳ありません」

 

とりみだす門番にクスっと笑ってしまうわたし。

城にクラスメイトを呼ぶとき、アリサちゃんやフウカちゃんを呼ぶとき。

門番に対する態度は全然違うと思う。

カイくんに対してはアリサちゃんやフウカちゃんを呼ぶときと同じ態度で、わたしとカイくんの仲を理解してくれているようだった。

 

「カイくん、せっかくだから上がっていってぇ〜」

 

わたしはカイ君の手首を軽く掴んで門の中に入れた。

 

「おかえりなさいませ。カリンさま、お客様」

 

銀の城の50人や青の城の80人には及ばない30人の侍女たちが出迎えてくれた。

緑の城の召使いは黄緑のフリルワンピースに緑のエプロンを身にまとっている。エプロンにはそれぞれが好きな模様を刺繍してあり、それぞれの個性か滲み出していた。

少ない男性の執事たちは黒の背広に濃い緑色のネクタイで、着方は自由。

青の城はかなり厳しいみたいだけど、緑の城はわりとフリーダムでそれぞれがおしゃれを楽しんでいた。

 

植物で彩られた階段を登り、わたしの部屋のある階までたどり着いた。

わたしは一昨日まで持っていた部屋はふたつ。自分の部屋と、植物さんたちとお話しできる部屋があった。

それが、今度は昨日、ママからもう一つ部屋をもらった。

そこは来客用に綺麗に整頓して、誰でも呼べるようにしてあった。ちょうどいいタイミングだったとも言えそうだ。

 

「カイくん、この部屋で待っていてくれるかしらぁ?」

「う、うん」

 

カイくんは真っ白いドアについた綺麗な金色のドアノブをあけて来客用の部屋に入っていく。

わたしはすぐ近くのキッチンに入ると紅茶を淹れた。それからクッキーをお皿に盛り付けてお盆に乗せると、部屋に入った。

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、カイくん」

「うわ。カリンのクッキー、美味しそ〜」

 

カイくんは部屋のイスの一つに座って待っていた。

ここに置いてある植物さんたちには、来客があったら決まった席に誘導するようにお願いしてあるので、それに従ったのだろう。

 

「ありがとぉ〜」

 

わたしはテーブルの上にトンッとクッキーの乗ったお皿を置くと、カイくんの向かい側のソファに腰掛けた。

部屋に招いたのはいいものの、何を話せばいいのかわからなくなってくる。

 

(こ、こういうときって、どうするのが一番なのかしらぁっ?)

 

あーでもない、こーでもない。と自問自答を繰り返していると、カイくんが口を開いた。

 

「ねぇ、カリン。オイラいつまでここに居ていいの?」

 

カイくんはそう言って窓の外を眺める。

わたしもつられて外を見ると、目を疑った。

 

さっきまで雲ひとつない空を塗っていたはずの夕暮れが消え、灰色の雲で一面覆われている。

 

ビシャーーーンッ……

 

空がピカッと光ったかと思うと、大きな音が響き渡った。

城の管理する森にカミナリが落ちたらしい。

 

「うひゃぁっ」

「カリン、大丈夫?」

 

カイくんともう一度外を見たとき、大粒の雨がバケツをひっくり返したように降りはじめていた。

 

「こりゃ……いつになったら止むのかね……」

「すぐ止むといいわねぇ……」

 

その後、何度かカミナリが鳴った。特にカミナリが怖いというわけでもなく、さっきのはただ本当に驚いただけだったのだ。

「カリンってカミナリ大丈夫な感じ?」なぜか苦笑したカイくんがそう言って、今度は別の話を始めた。

 

しかし、しばらく経っても、まだ雨は止む気配がない。

変わらずザーザーと降っている。

 

「カイくん、お家に連絡しなくていいのぉ〜?」

 

時計をみると、いつの間にかかなりの時間が経っていたようだった。

銀の城にいく約束をしていたことを思い出し、カイくんに一応そう聞いた。

 

「ん、連絡?大丈夫だよ。オイラ、家無いし」

 

わたしは「そっかぁ〜」と言ってから、ん?と思う。

 

「い、いいいい……家がないのぉ〜〜!?」

 

わたしは驚いて大きな声をあげ、カイくんはそんなわたしにびっくりして目を丸く開いた。

 



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*6*

「チトセさま、私と一緒に帰りましょう?」

 

転校初日、しらなち女子に声をかけられる。

いや、しらない女子というのは語弊があるかもしれない。彼女は先ほど教師によびとめられていた。名前は聞きとれなかったが、そのふんわりとしたサーモンピンクの髪色と、宝石がはめこまれた小さな髪飾りには見覚えがある。

 

「今日はすこし用事があるので」

「かまいませんわ。おまちいたします」

 

にっこりとほほえんで、彼女は目の前でかるそうなカバンをもった。

うーん、とオレは心の中で考える。

いちおう、兄さんたちから「おまえも気をつけろよ」と注意されていたので、彼女がなにをしたいのかは察しがつく。

 

(オレは十三番目だけど、いちおう『王子』だしな)

 

城のあとをつぐのはレイ兄さんであるべきだと、オレは物心ついたときから思っている。

作ったスマイルを保ちながら、ちらっとフウカの方を見た。

 

(もし、フウカが望むなら、検討くらいはするつもりだけど……)

 

コイツはオレに王になってほしい、と思っている節があったし。

しかし、青の城の王位をつぐのは第一王子であるレイ兄さんであるべきだ。オレはただ時の壁が使えるだけの第十三王子にすぎない。

 

「とても重要な用事なので、城の者以外に知られてはこまるんです」

 

すこし悲しそうに目をふせて言うと、彼女は「わかりましたわ」とようやく了承してくれた。

 

「ではチトセさま、ごきげんよう。フウカさまも、お気をつけて」

 

フウカはその声に顔を上げると、ほほえんで手をふった。

 

 

 

 

 

あたしが今すわっている席と、チトセがいた黒板の前はすこしはなれている。

クラスメイトの女の子をみおくって、あたしは本に視線をもどす。空気がゆれ動くかんじがして、チトセは小さな足音をたてながらあたしのそばまでよってきた。

 

「フウカ」

「……なに?」

 

本の行を目でおいながら、あたしはすこし小さな声で答えた。

 

「手紙、読んだか?」

「うん、いちおう。あんたらしくないわね、あんな手紙。恋文(ラブレター)みたいだったわ」

 

そう言いながらチラリとチトセを見上げると、苦笑いするチトセがいた。

 

「それなら、よかった」

「はーあ……どう?この学校の授業。あたしはかなり退屈だと思うんだけどっ」

「退屈かどうかは置いといてだな……オレは、おまえのかわりように違和感しかねー」

 

頭を抑え、頭痛がする。とチトセがしぼりだすように呟いた。

あははっ、とあたしは笑いながら本を閉じた。

 

ただの幼なじみで、ただの腐れ縁だった。

それでも、あたしはすこしおとなになって、チトセもすこしおとなになった。だから、その関係が変化することはなくても。あたしたちが、すこし、かわってしまったのだ。

 

「っていうか、なんであたしを残したの?この前みたいに、お城にくればよかったのに」

「いけるわけないだろ、そんなに何度も」

「そういうもの?」

「そういうものだよ」

 

年頃の姫のところに、年頃の異性がいたら、びっくりするだろ。

 

そう言って笑って、チトセは近くの席から椅子をひきずるとそこにすわった。

 

「……っていうか、フウカ。おまえってそんなにおしゃれに気をつかう……女子だったか?」

「え?」

「髪」

「あっ、これ?」

 

それは、セシルが久しぶりにセットしてくれた巻き髪。

ううん、普段はこんな髪型しないよ。今日はセシルがしたいっていうから。

セシルのひさしぶりな楽しそうな姿を思い出していると、チトセが「そういうのもいいもんだな」とあたしの髪に手を伸ばした。

 

「うひっ!?」

 

その瞬間、あたしはびっくりして椅子ごと後ろにひっくり返った。

 

「あっ、わ、わり……みてないぞ。オレはなにもみてない」

 

ぎゅっとつむっていた目を開けると、多分、これは……スカートの中身が見えてるやつだ。

 

「チトセ、大丈夫。あたし、最近ハニワスタイルだから」

「そういう問題じゃないからとりあえず起きろ」

 

ほら、とチトセは目かくししたままあたしにむかって手を伸ばした。

 

「あーあ、髪、ぐちゃぐちゃ」

 

しかたなく、あたしはポーチを引き出しからだした。ただの予備だからとただの黒い髪ゴムと、地味な見た目の黒いヘアブラシ。

そしてなんとなく昔と同じ、ふたつ結びにしてみた。

あのときとあまりかわらない髪の長さだ。かなり、うまく結べたと思う。

 

「懐かしい」

「でしょ」

 

へへん、と鼻をこすっていると、チトセが興味深そうにあたしの髪をのぞきこんだ。

毎日毎日、ちゃんと手入れはしてるからサラサラの髪。金髪の髪は、パパからうけついだものだ。

 

「あいかわらず、綺麗な金髪だな」

「まあ……手入れは欠かしてないっていうか、セシルとかママとか、みんなうるさいからね」

「そうじゃなくて、色だよ。金色って綺麗だろ、おまえの炎は殺人級だけどさ」

「……ほめるんだかけなすんだかどっちかにしてくれない?」

「ほめてる」

「そうには思えないけど」

 

そんなこと言ったら、とあたしはチトセの深い青の髪をみた。

チトセの髪の色だって、いつまでもすいこまれそうなうつくしい青い色をしている。

銀髪であるべき家に金髪で生まれたあたしと違って、生まれるべきして生まれた、その深すぎる青い髪。

金髪がいやだっていうわけじゃない。だけど、それでも。やっぱりうらやましいものはうらやましい。

 

「……いいなぁ」

 

チトセはすこし眉をさげて。

慰めるように、あたしの頭をポンポンと叩いてくれた。

 

「なあ。オドロオドロの木って、まだあるのか?」

「オドロオドロの木?」

 

小さいころ、よく遊んだチトセとふたりきりのひみつ基地。

ちょっと不気味で誰も近づかないから誰にもバレなかった、幼いころの思い出だ。

 

「どうだろう……チトセがいなくなってから、しばらくあのへんには近よってないから」

「じゃあ、見に行こう」

「えっ、今から?」

「今から」

 

チトセはあたしの手を引くと、ふたりぶんのカバンをもって教室をでた。

教室にはあかい光がさしこんでいて、反対側の空には不気味な雲が渦巻いていたが、あたしもチトセもそんなことは気がつかなかった。

 



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*7*

短めですみません


「……おいら、赤の国に帰ってる時以外はずっと外で過ごしてるんだ。それを不便だと思ったことはないけどね」

「ど、どういうことぉ〜?」

 

カイくんは困ったように笑う。

 

「どこに住んでるわけでもないんだ。ある日は学校の屋上だったり、公園のベンチだったり。ホームレスみたいなものだと思ってくれていいや」

 

『カイってほんと、不思議なヤツだよね』

そう話していたみんなのことを思い出す。そこに、悪意があったわけではないと思うけど、わたしはなんとなく気になっていた。

 

「でも、ハリーシエル学園に通えるんだから、家をかりるお金がないわけじゃないでしょぉ?」

 

学費は安くはない。

いくら奨学生があるとは言っても、学費以外のところでお金はたくさんかかってしまうものだ。

 

「前までは借りてたんだよ、アパートをね。けど一昨日、アパートごと火事で燃えたんだ」

「ええっ!?」

 

そういえば、今日の朝の新聞で見かけた。

緑の国のはじの方にある小さなアパートで大火事があり、周りの木々ももえたと。その木々の中に、樹齢がとんでもない木が混ざっていたりもして……かなりの大さわぎになったらしい。

その辺りの建築物はほとんどが木でつくられている。緑の国は、人工林もたくさんあってそこから切り出した家ばかりが立ちならぶまちなみもめずらしくない。

出来上がった家は自然と調和して美しいが、一度火事になるとすぐに火はもえ上がってしまう。取り替えしがつかなくなってしまうのが、木造のわるいところだ。

 

だが、それなのにどうしてここにいるのだろう。それなら赤の国に帰ればいいのに。

それをわたしの表情からくみとったのか、カイくんは困った顔をして「赤の国には帰れないんだよ」とすこし遠い目をしていた。

 

……カイくんにもいろいろあるのだろう、じゃあ、それなら。

 

「じゃあ、ここに住めばいいじゃなぁい。ここの部屋ならかしてあげられるわぁ」

「いや、それはさすがに……」

「大丈夫よぉ、ずっと住むわけでもないんだから。ね?」

 

カイくんは苦々しく笑うと、「そうだね」といった。

 

 

ママは「人が多い方が楽しいもの。カイくん、ぜひこの緑の城に住んでくださいな」と、よろこんでわたしに部屋のカギをわたしてくれた。

緑の城は、植物が門番の役割をになっているため、人間の働き手が少なかった。パパもめったに帰ってこないし、パパのいないフウカちゃんの銀の城よりも静かだ。

その点、お兄さんのたくさんいるチトセくんは、いつもお城が賑やかでうらやましい。

そのカギをわたしは後ろにひかえていたメイドさんに渡すと、部屋を整えておくようにと頼んだ。

 

「はい、かしこまりました」

 

メイドは嬉しそうに微笑むと、広間を出て行った。



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