やんでれ×ユウナっ! (れろれーろ)
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第一話

やんでれ×ユウナっ!

 

そのいち。

 

 

 

 

「まったく。女って奴は、みんな馬鹿ばっかだな」

 

 

とりあえずそう呟いて、強がってみた。

 

フォースの暗黒面落ちした俺も格好良いだろ?そう考える事で、俺は節操無しの自分を早々に慰めた。

 

後悔は何も産まないからだ、うん。

 

 

「ちょーろいぜっ♪つよーいぜっ♪ゼーットMA-NN♪」

 

ハミングしながら俺はパンツをいそいそと履いて、迅速にホテルから出た。

 

ベッド脇に三万ほど置いといたが足りるだろうか?

というかまず、今考えると口止め料という意味で捉えてくれない気もする。

 

でももうスキャンダルはごめんだ。先月の月刊誌みたいに、また記事にされたら今度こそ刺されかねない。その内アーロンに護衛を頼もう。

 

俺はパパラッチを警戒しながら試合会場へ向かった。

 

 

_________

 

 

 

「ごうっ!ごうっ!ゆう・あん・ぼげ!」

 

試合会場に流れ続けるBGMを口ずさみながらプレイするムサイ男と対峙する。目の前の男はパスを回したいらしい。

 

ブリッツには力は要らない。とか何とか昔の人は言っていたけど、嘘だと思う。ほら、こうやって「ふんっ!」タックルしなきゃいけない場面とか多いじゃんか。痛いの嫌いなのに!

 

 

瞬間、観衆がワッとはじけるように騒いだ。

 

俺が相手から弾いたボールが宙に舞ったからだ。どうやらスーパープレイのオカワリを期待されてるらしい。ヒーローの身分は困る。

 

「ふっ。ふっ」

 

水に満たされたフィールド内を昇る。昇る。泳ぐ。場外に飛び魚の様に飛び出すだけのスピードを乗せないといけない。

 

場外になるボールを追う。何でそんな無駄な事してるかって言うと、前回新しいシュートを見せると公言してしまったからだ。この前調子乗ってそんな様なコメントをしてしまったのが原因だ。酒の力が憎い。

 

バシャッ!

 

飛び出す。外気に触れたブリッツボールは水の粒子を散りばめて、一粒一粒がスポットライト反射して、黄金色に輝いているように見えた。

 

会場のライトを背負ったボール。空中でオーバーヘッドシュートのフォームに入る俺。

 

このツーショットは格好良過ぎる。超キマッテル。きっと今この瞬間会場はカメラフラッシュの嵐に違いない。これでシュート決めたらイケメンすぎる!絶対決める!

 

 

________________________________

 

 

最近金髪にしたジェクトの息子は、フィールドから飛び出したボールを追いかけて、勢いよくプールから飛び出した。

 

舞い散る水滴を身に纏って、本当に気持ち良さそか面でスポットライトの光を一身に受ける金髪の小僧_____ティーダと俺は古い付き合いだ。

 

あいつが鼻たれだった頃から知ってるが、今のあいつは自信過剰な生意気なガキという言葉がピタリとはまる。

 

重力制御の機械を使って作られた球体のプール。

その外に飛び出した場外ボールで放つシュートを決めるつもりなのだろう。

 

無謀とも言える行い。過去に類を見ないスーパープレイ。そんな物を積極的に狙いに行くのは、自分は何でもできるとでも考えているヒーロー気取りの若者しかできまい。自信過剰な所は親父にそっくりだ。

 

とっくりを傾け酒を一口飲み込んだ。海の向こうから迫り寄る巨大な怪物の向かいに立ち、杯を返す。

 

「そうは思わんか?」

 

とっくりを持った手を空に高く掲げる。怪物となった友に最後の問いを答えを聞くために。

 

「いいのかジェクト。お前の息子は…幸せそうだぞ?」

 

違う選択もあるのじゃないか。という言葉は胸に秘めることにした。

 

夜の海を走る巨大な生物は何も答えず、海面を不自然にめり上げてザナルカンドに迫ってきていた。

 

 

 

________________________________

 

 

外せない。真顔になってゴールに意識を集中する。

遠く離れた相手キーパーと視線が交差する。水の屈折でキーパーの表情はぐにゃりと歪み、情けない顔になっていた。

 

それを見て肩の力が抜けた。シュートを打った足から伝わる好感触。「勝った」と、そう確信したはずなのに____そこで意識が途切れた。

 

そうだ。「え?」という間には風景は一変していた。年中活気に溢れ「眠らない街」の代名詞を担う街ザナルカンド。夜でも轟々と眩しいスタジアムライトは全て壊され、途切れる事の無かった試合の歓声は、絶叫と悲鳴に変わっていた。

 

ガララッ

 

体を起こすと、スタジアムの瓦礫に足が挟まっている事に気が付いた。骨が折れてるんじゃないか?抜けないんじゃないか?とゾッとしたけど無理やり引っ張った所で何とか抜けた。足も軽い捻挫程度で済んだようだった。「よかった」思わずそう呟いた。

 

近くで大きな衝突音がした後、蚊の鳴くような小さな悲鳴が上がり、すぐに消える。正直、嫌な予感がした。

 

振り返ると、コンクリートの塊が道路に突き刺さっていた。スタジアムゲートに配置されていた巨人の石像よりも巨大な客席の欠片だ。その下に滴る謎の赤い液体が、地面に染みを作っている。

 

「ひあ」

 

思わず声が上がった。自分でもビックリする様な情けない声。頭の中は真っ白だった。尿道に変な刺激を感じた事だけがリアルだと感じた。あっけない。なんてあっけない。現実感が迷子になっている。

 

「いや、これくらい起きるだろう。こんなでかい地震起きたんだから」そうだ。だから安全な場所に逃げなきゃ。いや救急車が先?怪我人優先。あれ?なにを考えているんだ。頭がフワフワする。

 

深呼吸をするが意味は無かった。自分の体に載っかった瓦礫をゆっくりどかした。腰とか痛めてたら洒落にならん!とか考えてたけど大丈夫らしい。あの高さから落ちたのに、五体満足だ。自分はきっと神様に愛されてるんだと思う。

 

「おい」

 

そんな事を考えてたら頭上からムサい声がした。聞こえないフリをする。この大惨事だ。聞き覚えのありすぎる声だが無視して、今すぐ避難所に駆け込もう。駆け込むべきだ。俺は走りだした。

 

ガッ!「待て」

 

「怯えるな」

 

「捕まった。オッサンに捕まった。やっぱりこのオッサンはいつも厄介事を運んでくるらしいよ!」

 

「助けてやったのにその言い草か。良いから黙って着いてこい」

 

「知ってるよ馬鹿!ロリコンの癖にすましてんじゃねえ!今までどこ行ってたんだっつーの!この二ヶ月俺がどんだけあんた探したと思う!?ああん!?こんな時だけ颯爽と登場とかあんた狙ってるだろ!俺が女なら濡れてるぞ!」

 

「ふっ」

 

アーロンはやっぱりスカした笑いを浮かべた。この年齢で未だにニヒルに格好付けてるオッサンはやはり痛い人だと思う。

 

「ちくしょう。このオタンコナス」

 

俺はしぶしぶアーロンの背中を追った。

 

_____________________

 

 

 

突然の大災害。人間が目の前で死んでいく光景に怯えて一目散に逃げ出す。恐怖の色を瞳に乗せて、死という現象から逃避する事しかできないその様子は、あまりに普通の人間らしい当然の反応だ。

 

こちらの世界では、年頃の子供が他者や身内の死に慣れているなんて事は、そうそう無い。死との関わり方を知らず、また拒否しているのがこの世界だ。

 

それは町にたかが一匹の魔物が入り込んだだけでオロオロしだす大人に、へっぴり腰の警察官ばかりを生み出したが、その生温さは社会構造としては、本来褒められるべきものなのだろう。

 

だがこれからは違う。

そんな甘えた事を言っていられる場合では無い。俺も。こいつも。

 

「使え」

 

万感の思いを乗せて、ティーダに剣を持たせる。

 

突然ザナルカンドに現れた巨大生物。そこから生み出されるエイリアンと突然戦え。と言われる。

 

コイツの目から見た今の状況はそんな夢物語の類の物だろう。理不尽だと感じているはずだ。突如自分の日常を奪い取られた怒りすらも感じていられる余裕もないまま、剣を手に取る。

 

「お…思ったよりも軽いな」

 

約束を守る為に、俺はこいつを死地にやる。俺がティーダにこれからやろうとしている事を。こいつも、こいつの母もきっと俺を許しはしないだろう。この罪はいずれ償おう。

 

 

「ジェクトの剣だ」

 

「親父の!?ばっちい物持たせんな!」

 

「いきなり剣を持たせた事より、そっちに驚くとはな」

 

「うっさい!前だ!ま、魔物が来るぞアーロン!」

 

「いきがるな」

 

「楽勝だっての!見てろ!」

 

 

だが、まあ。

 

こいつなら何とかするかもしれない。

と思うのは親バカという奴だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話

やんでれ×ユウナっ!

 

そのに。

 

 

 

 

 

 

 

俺はあの時、人一人の命の価値をもっと軽視すべきだったのだ。

 

ぼーっと焚き火を見詰めながら俺は自分の愚行を責めた。自分の生来の人の良さが憎い。

 

 

____

 

ドガンッ!

 

でかい化け物を鮮やかに倒した後、突然ザナルカンドの地面が揺れた。上空に突然怪物が現れて、竜巻みたいに周囲の物を巻き上げだした。

 

 

俺は地面に伏せる。しかし、アーロンは格好をつけてスカして立った状態のままだった。

 

 

いやな。もちろん俺も「危ないぞ」とか注意しようと思ったんだよ。格好付けるのと命を大事にするの、どっちが大事なのって。

 

それでもさ。あのオッサン俺の前でスカして人を見下した様な笑いを浮かべてたのよ。あの目は腹立ったよなあ。

 

そりゃあTPOもわきまえずそんな事してたら、いきなり大きな石の塊が飛んできて、あのオッサンが横殴りにされるのも「ぐはっ!」必然の出来事だったんだよな。

 

しかも…その後はもうひどかった。

 

あの一際大きな怪物が街の瓦礫諸共、人間を吸い込んでるみたいだから、早く逃げないといけないのに。アーロンは這いあがって来るのが遅いどころか「先に行くぞ!」って俺が走り出すと「待て!ティーダ!」と来たもんだ。

 

「俺の屍を越えていけ」位の事言えないのかね。俺別に最初から置いて行こうなんて考えて無かったじゃん。

 

状況はこうだ。あまりの哀れさからつい俺はアーロンに手を差し伸べてしまったんだよ。隣人に手を差し伸べよ。とか言うけど博愛主義者でもここまで出来ないだろう。

 

それなのに「…自分で立ち上がれる」って言って手取らなかったんすよ?

 

素直じゃなさすぎる。将来場末の老人ホームにぶちこんでやろうと思ってたけど、あのコミュニケーション能力じゃ孤老になりかねない。将棋の輪にすら入れてもらえないだろう。やはり俺が一生保護するしかないのか。くそっ!世間体さえ無かったら!

 

 

「はぁ…」

 

パチッ。パチッ。

 

俺はため息と共に焚き火を憂いた瞳で見つめる。ちなみに今は半裸だ。濡れた服を乾かしている。セクシーな裸体と定評のある俺の体も見せる女がいなければ意味がない。

 

ちょっと寂しかった。

 

「くそぅ…アーロンめ…」

 

あの時。化け物の腹に巨大な眼球の様なものが現れた後、俺の意識は途切れた。その一瞬の間、アーロンが何かを俺に言っていた気がするけど無視したから覚えていない。夢の中では自分はお魚さんになるような夢を見た気がする。どうせなるなら深海魚より熱帯魚になりたかった。イルカさんと超音波でお喋りしたい。

 

「……。」

 

暇だ。今更だけど一体どこだよ、此処。

 

何かの古い遺跡みたいだし、人のいる気配が全くしない。

 

「まさか一生このままなんて事無いよな」

 

そう呟いた瞬間に背筋に寒気が走った。自分がいわゆる漂流者になってしまったのを実感してしまった。いかん。正直弱気になる。

 

やっぱりこれからSOSサインを出したり、狩りや釣りをする技術を学んだり、石板に漂流日数を彫ったりしなくてはいけないんだろうか。キャンプはともかくサバイバルとかやった事が無い。できる自信もない。ありえない。そんなの___

 

「ありえないっすよ…」

 

さすがに悪い想像しか浮かばなくて、思わず上を仰ぎみた瞬間だった。

 

「ホヨシミウオマガエガ!」

 

「うおっ!」

 

突然背後で知らないイントネーションの声がした。

 

慌てて振り返る。状況は分からない。分からないけど、きっと誰かが助けに来てくれたに違いない。そう都合良く思った。だから期待を込めて俺は自然と満面の笑顔を作っていた。

 

けど駄目だった。コンマ二秒で顔が崩れた。

 

「ハンベヨンハソヨノシミウ!ワタキミタユレ!」

 

だってその先にはガスマスク。見慣れないガスマスク集団がいたんだよ。しかも全身タイツ…変態さんかよクソが!お呼びじゃねえよ!

 

「フゾルハ!!」

 

「なんだこらぁ!ざけんじゃねえぞ!…ざけんじゃねえぞ!」

 

何故か二回言ってしまった。ポキャブラリーが枯渇している。俺の頭も大概オーバーヒートしているみたいだ。

 

いかん!COOLになれ俺!これはチャンスだ、この機を逃すな!人類を発展させてきたコミュニケーションの文化を信じるんだ!

 

「ゴフキセヨンハソヨノシミウ!ミネ!」

 

「え?何言ってんの!?分かんないって!」

 

「フゾルハ!」

 

どうやら外人らしい。言葉がチンプンカンプンだ。大声を出して身振り手振りで俺は、抵抗の意志が無い民間人だと何とか伝えようとしてみた。

 

「フゾルハソミセミウ!」

 

駄目だ。何故か怒ってるっぽいっすよ!この遺跡が謎のウホウホ部族の聖地で一歩入ったら怒られて、生け贄の皿に裸体盛り直行コースとかのアレな流れも想像している内に

 

「ヤコオガ!」

 

男達の中の一人が突然倒れた。何が起こったか確認する瞬間には既に____ガスマスク集団の背後から飛び上がったモンスターが俺の目の前に現れた。

 

 

キシャゥ!!

 

耳の痛くなる程の高い奇声。甲殻類を思わせるハサミを振り上げて俺に飛びかかる_____!「っ!」

 

 

ガイン!と俺の剣が鳴った。急に襲ってきたもんだから綺麗に受けきれなくて足がふらつく。

 

「この野郎っ!」

 

攻撃をしかけ、また攻撃を受ける。周りの男達も直ぐ火炎放射機っぽいのを構える。でも魔物の動きが素早くて狙いが定まらない様に見えた。ちくしょう!掛け声上げて一斉に打てよ!数打ちゃ当たるって偉い人が言ってたよ!

 

 

「調子乗んなよ!化け物!」

 

 

魔物の動きに合わせて、振るった剣はガチンと関節部の急所に入った。カタルシスの崩壊を下半身のジョイスティックでビクンと感じながら、虫の化け物を追う。斬る。突く。目を突き刺して蹴り飛ばした所で、化け物は動きを止めて倒れた。

 

天に召されたようだ。思ったより雑魚で、ちょっと欲求不満だ。この熱くイキり立ったモノをどうしてくれると言うんだ。オラ、舐めろよ。そのイヤラシイ触覚は飾りか?

 

「こんにちは!私の名前はティーダです!」

 

俺はテンションそのまま男達の方は振り返った。

 

今宵は血に飢えるぜと言わんばかりに脅してやろうかとも思ったけど、すぐさま剣を捨てて抵抗の意志が無い事を見せた。

 

文明の利器に立ち向かう気が無い以前に、争いは憎しみを産み憎しみは連鎖するからだ。俺はあやうく過ちを犯してしまう所だった。

 

「ホヨヤベ!(そこまで!)」

 

男達が火炎放射機っぽいのを俺に構えなおした瞬間、若い女の声がした。何を言ってるかサッパリだったけど、男達が銃を下ろした事で状況は好転したと悟った。助かった…。

 

カツカツ…

 

若いボディスーツ女がグイグイと近づいてきて、俺の周りをぐるっと一周回る。その間ハンズアップしたまま娘を見つめる。安産型だね。

 

「ふーん」

 

じろじろと遠慮無しに見られる状況に興奮しそうになりながら

 

「あんたの…名前は?」

 

と逆に俺は質問をした。

 

「え?」

 

金髪の女は口を半開きにして怪訝な表情を浮かべて、俺に視線を送る。そそる。

 

質問をした理由は、要するに名前を交換する事で俺の存在を認めてもらう為だ。

 

相手の事を日常的なプロセスを持って知る事で、相手を無碍にし辛くなる。この技術は違法駐車をめぐる家主の騒動の話から来ている。警官みたいに一方的に注意するより、顔見知りになって駐車場所を変える様に「お願い」をする方が効果があると聞く。

 

こんな状況でロマンスを求めるほど俺は馬鹿じゃない。悪ふざけももってのほかだ。ああ、教えてくれた近所のおばさん、ありがとう。今度の井戸端会議ではそのちぢれたパンチパーマを優しく撫でてやるよ。

 

…あ、言葉通じないんだっけ。

 

「リュッーク!」

 

「ワシチマガヤッセセ!(兄貴は黙ってて!)」

 

「リュック?」

 

モヒカンの男の叫んだ女の名前らしい単語を反復してみた。

 

「そう。リュック」

 

金髪の女は「絶対絶命のピーンッチから君を助けてあげちゃう…」ゴーグルをスチャッと勢いよく上げると

 

「良い女の名前だよっ!」と綺麗に笑った。

 

 

 

 

 

_________テンション上がってきたよ。俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話

やんでれ×ユウナッ!

 

そのさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウナー!」

 

遠くから、ワッカさんの声が聞こえる。

 

すごく大きな声で私の名前を呼んでいるみたいで、こんな村はずれの家の中まで響いて来ていた。

 

「ユウナ様…この婆めのお相手に付き合ってもらわなくてよいですぞ。」

 

「いえ、そんな」

 

「婆はユウナ様の邪魔をしとうございません…。どうかガードの御方達の元にお戻りください」

 

おばば様は、私の目の前で本当に申し訳なさそうなシワの流れを顔に作ってくれた。

 

その表情は明らかに寂しそうで、私はおばば様にこんな表情をさせるワッカさんに、筋違いと分かりつつも腹を立ててしまった。

 

「駄目ですよ。占いって途中で止めちゃうと災いを呼んじゃうんですよね?ユウナはちゃーんと覚えていますよ」

 

「ですが…」

 

「少しだけ。もう少しだけです。ね?」

 

私は自分にできる精一杯の笑顔を浮かべて、色鮮やかなオハジキを、おばば様の手に静かに握らせる。おばば様の手は昔触った時より冷たくなっている気がした。

 

「ユーウーナー!!」

 

島にやまびこする私の名前。このまま呼ばれ続けるのも少し恥ずかしい。

 

だけど、私はどうしても最後におばば様といたかった。

 

「女の子同士の秘密の占いをしていたって言えば、大丈夫なんですっ」

 

私はおばば様の膝元の地面に文様のように広がったオハジキを見つめて子供のようにガッツポーズをとってみた。

 

あれ?このポーズちょっと可愛い…かな?なんちゃって。

 

「……。」

 

じーっと思いを込めて見つめること数分。

 

「…分かりましたよユウナ様。婆は幸せ物です。」

 

おばば様はようやく笑顔を浮かべて、再度おはじきの示す星の位置を動かし出してくれた。

 

カチッ。カチッ。

 

と音を鳴らしてオハジキが弾かれるのを私はただじっと見つめた。

 

ありがとう、おばば様。

 

実はね。占いをしたかったのは、オババ様じゃなくて、本当は私の方だったんですよ?

 

だってね。わがままを言いたくなる位おばば様の占いはよく当たる上に、すっごく見てて楽しいんだもん。最後に…見ておきたかった私の大事な光景の一つなんだよ。

 

 

カチッ。

 

「…結果が出ましたぞ。ユウナ様」

 

「ど、どうだった?」

 

でも占いの結果自体は、緊張するよ。悪い目だったらどうしよう。

 

「新たな出会い。それが貴方を大きく変化させる。時期も近いようですが…星の感情の振れ幅を大きすぎて先が見えません。一体どう転ぶやら…」

 

おばば様はうーんと首をひねらせながら、星の予言をくれた。どうやら相当珍しい目が出たらしい。当たり…なのかな?成長の芽があるって事なら嬉しいな。

 

「旅は苦難の激しいものになり、貴方にとってその経験は血肉と変わります。気まぐれな風が吹き、惑う。きっと良いことばかりでは無いでしょう。ですが、ユウナ様」

 

「はい」

 

「ユウナ様は自分の心に正直になるべきです。これまでの様に村の皆に合わせる為に心を堅く閉ざされる必要は無い」

 

「え…?」

 

私が心を閉ざしている…?なにを言ってるの、おばば様。

 

「召喚獣はゆとりの無い心を嫌います。理性だけで整えられた狭い価値観の心は召喚獣にとっては住み辛いのです」

 

「自分を正だけの存在と思わず、清濁を合わせ持った人間だと自覚する。その上で事実を見つめ、一見間違ったように見える選択肢も受け入れる事です。

 

「それこそが曇り無き眼で物事を捉えるという事であり、心を磨く召喚士の旅の本質でございます。それをどうか努努お忘れ無いように」

 

「おばば様…」

 

「これが…婆の最後に送る言葉であります。」

 

おばば様は、一気にしゃべって疲れてしまったのだろうか。ベッドの方に歩いていってしまう。

 

「さあ。そろそろお行きなさい。旅の準備がまだでしょう。婆は少し眠ることにします。この老体の身で星の言葉を代弁するのは少し荷が重すぎたようですわ」

 

汗を額ににじませておばば様は不安気に、それでいて本当に満足そうに笑った。

 

「はあはあっ。ユウナッ!はあっ。ユウナっ!げほっ。どこだユウナーッ!ごほっ。でてきてくれユウナーッ!」

 

まるで私がどこかに誘拐されたような焦りぶりでワッカさんは町中を走っているみたいだ。正直、恥ずかしい。早く行かないと。

 

「おばば様、私じゃあ行ってきます。私…私っ!召喚士になりますっ!」

 

そう最後に行って、駆け出すように家を出る。その時____

 

「それでもね。婆はいつだってユウナちゃんの事、信じてるよ」

 

そんな優しい声が背中を押してくれた。

 

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

 

「やっべ、たまんねえよ。何だよこの金属の質感。あぁん?汚れの下にそんなテラテラした体を隠してやがったのか。ん?そんなにびしょびしょに濡らしてほしいのか?ほれほれ」

 

そんな事を呟きながら、俺はひたすらに甲板にデッキブラシをかけていた。かれこれ三時間も。こんな事でも言ってなきゃやってられん。くそっ、リュックの話に無条件に乗りすぎた。こき使われるより監禁される方がマシかもしれん。

 

「まったくよー。なんだよシンの毒気って。すっかりイタイ人じゃないっすか俺ってば」

 

記憶を失ったイケメンブリッツヒーロー。

そう言えばザナルカンドの特産品であるハリフッドン映画の設定みたいで聞こえはいいかもしれんが、当人にとっちゃ厄介事でしかない。

 

あの大きな怪物ってのは「シン」っていう名前らしくて、近くに寄りすぎると毒気に犯される。症状は主に精神病の類らしく、ひどい時には植物人間みたいになるとか。

 

要はその設定を適用された俺は『記憶の混乱』という途方もない病名を申告された。っていう事だ。

 

この世界では俺の故郷であるザナルカンドは一千年もの昔にとっくに滅びていて、今は遺跡になっているってさ。こんちくしょうっ!いきなりそんな事言われても_____「どう、やってる?」

 

「ああ、ごめんな。リュック。飯はあとでいいんだ。ちょっとまだシンの毒気が残ってるみたいで食欲がないんだ。」

 

「そっか…せっかく私のお手製なんだけど、冷めちゃうね」

 

「本当?なら前言撤回。食べてもいいかな?リュックが作ってくれた物ならきっと体に優しいはずだろ?」

 

「べ、べつにそんな事ないよ。ありあわせを炒めただけだし。胃が荒れてるなら…」

 

「いいから。食べさせてよ。単純に今、俺が食べたいんだ」

 

「もう調子のいい奴だなぁ…。そこまで言うなら、どうぞっ」

 

「じゃあリュックのアレを、いただきます」

 

「なんか変な言い方しないでよっ!あー、馬鹿!」

 

「あははっ」

 

___とまあ、この程度の反応しか返せないぜ?まったく、シンの毒気って奴は困ったもんだぜ…。

 

ん?

 

ガン!「痛っ!」

 

「ワサナキミキゾソガ」

 

いきなり誰かに後ろから殴られた。

ここの奴ら荒っぽすぎるだろ。客人をもてなす文化はないんかね。

 

「トヤネマトモデウモハ?」

 

…ん?なに?この酸素ボンベ。なになに。そのジェスチャーは、これを付けて泳げと。うん、海を潜れと。下に何かあるから探索しろ。拾って取ってこいと。そう伝えたい訳ですか?なんか不穏な空気がビシバシするぜ…俺の勘がそう言ってる。

 

 

「トヤネマトモデウモハ!」

 

 

「えーと…」

 

 

なにも分からないフリしちゃ駄目かな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

___と、まあ結局潜ることになったんだけどね。

 

頼まれたら断れない。困ってる人がいたらつい助けてしまう。…そんな性格を俺はしているんだよな。まったく…人情路線の俺も嫌いじゃないぜ?

 

「(こっちこっち)」

 

リュックに水中で手招きされる。声については俺の脳内で補完した。

 

「(すぐ行く)」

 

そんなような事を言っているクールな顔面を作っといてから、俺は深海へと繋がるロープを伝っていく。

 

海中の透明度は低く、プランクトンの一種と思われる白の胞子がびゅんびゅんと舞っていた。

 

この悪天候だ。潮の流れは馬鹿みたいに速く、手慣れたダイバーならこの状況下で海に潜るのはのっぴきならない冗談みたいな事件がない限りは、まず諦める。頭の沸いたバカでもさすがに本能で躊躇するんじゃないだろうか。

 

「(…んっ。よっ。)」

 

そんな中をあえぎ声をあげながらモッタリポッタリとロープを掴んで進んでいくリュック。

 

その光景を俺は不届きな目で見つめた。

 

やはりリュックはどこからどう見ても、潮の流れに体が持って行かれないように頑張っていた。

 

 

その光景を俺はふとどきな目で更に追った。

 

 

彼女をここまで必死にさせる深海の「お宝」とは何なのか。俺はあのアルベド族という人らの言葉は分からないので、リュックが簡単に説明してくれた言葉の端々しか分からない。

 

 

しかし、まあ。「お宝」と聞いて俺も興味はないとは言わない。

 

 

「シークレットトレジャー」は映画館で見たし、毎年の年明けと夏休みに放送されるナショナルジオグラフィックの古代エジプトのファラオの宝を巡る話は、必ずブルーレイで録画する自称エジプトマニアにはどうしても、こういう「失われた宝」とか「隠された財宝」とかいうキーワードに条件反射でよだれを垂らしてしまう。

 

パブロフの犬のごとき反応で、グッズに金を落とすTVっ子である資本主義の豚野郎であるこの俺に、リアルにお宝探ししているバカ達の作戦に参加させられて、期待するな、という方が土台無理な話だ。

 

と、まあ、要するにとにかくシンの事とか色々あったけど

「今は考えたって仕方がないんだから」

という事だ。思うままに行動すればいい。

 

 

それに…別に税金払わないといけない世界に帰りたくないとか言う訳ではないが、こっちの世界にもブリッツボールがあって、世界の半分が女なら俺にとっちゃ、そんなに変わらない世界だ。

 

 

身寄りがいないっていう身分もこうゆう時は役に立つ。強いて言えばアーロンの行方が分からないという事が大きな違いだが、何となく、まあアイツもこっちの世界に来ているだろうと俺は楽観視していた。

 

 

 

「(あ、やだっ。わっ!)」

 

 

そんな長い長い深海への道を伝う単純作業によって発生する思考の海の中で、リュックがそんな声を上げた。(脳内補完)

 

ロープを離してしまったリュックは眼球すらも濁りそうな紺色、血液中のヘモグロビンのように轟々と走り回る海の胞子の嵐の中に飲み込まれていく。

 

 

「____っ!」

 

 

その瞬間に泳ぐ。泳ぐ。体を波打たせてイルカの動きを模倣して、強く疾く身体を潮の流れに這わせた。体の中に隠された海蛇の筋肉を表皮に変えて、俺はリュックを追いかける……って、なにやってんの俺!?

 

 

ヤベぇ!「これロープ切れたらお陀仏だ」って海入るとき思ってたじゃん!くだらない正義感に流されて何命かけちゃってるの!?熱血ですか!?俺は熱血漢ですか!?

 

 

「(くそ)」

 

もうしゃあない!ここまで来たなら行ったれ!

 

「(んがあああ!)」

 

ぐんぐんと距離を詰めて詰めてそして何とか小指を掴む。

 

「(我慢しろよ!)」

 

思いっきりの荒技に女の体がちぎれないか一瞬迷ったが、俺は一思いに小指を引っ張った。

 

「(きた!)」

 

胸板にリュックを抱えて勢いを殺さないまま進路を反転させる。潮の流れが変わって更に視界が悪くなっていた。ロープはどこだ!?ええい、あっちだったよな!

 

「(ビンゴ!)」ガシッ!

 

帰ってきた。帰ってこれた…。洒落にならんかった。ぶっちゃけオシッコちびったからリュックの背中にかかったと思う…えへへ。

 

 

「(あ……ありがとう)」

 

 

そうリュックは言った、ような気がした。俺としてはお礼を言われるより謝ってほしい。そういう趣向だからだ。

 

「(……。)」

 

 

リュックは俺の体から身を離してロープを掴み直すと、今度は俺の後ろについてくる形をとって進み出した。バイクのツーリングでも何でも先導する方が技術を求められる。そういう事なんだろう。俺達はまた進み出した。・・・いいね。本格的に宝探しっぽくなってきた。

 

「(見て…)」

 

しばらく歩くと突然リュックは俺の肩を叩き、真下を指差した。その先には大きな大きな深い影が口を開けていた。まさに捨てられた遺跡という感じの壮大な遺跡だ。

 

 

「(……。)」

 

「(……。)」

 

帰ろっか。

 

そう目線で言い合った後、二度三度泣きそうな顔を浮かべてから、俺達は遺跡に向かって進んでいった。

 

 

ああ…死にたくねぇなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

やんでれ×ユウナっ!

 

そのよん。

 

 

 

 

 

 

 

 

突然だが、さっき俺がリュックに渡された胡散臭い謎の道具。

 

「スフィア盤」についての説明をしようと思う。

 

こいつはリュック達が先日またどこか違う遺跡からパクってきた古代の宝で、一種のオーパーツらしい。

 

思いを込めて触れると自然と頭の中に、誰かの囁きの様なものが聞こえてくるらしく、リュックに至ってはこれに触れてる間に思いついた薬剤の調合はどれも眉唾物の出来映えだったと言う。

 

船内で、やれイカした技を思いついたとか、彼女の心が分かったとか、チン長が3cm伸びたとかの喜びの声が挙がる内に神聖化されて、大切なミッションがある日は必ずコレをお守りとして持ってくんだってさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アホか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

要はマイナスイオンがここの真ん中のヴァギ●ナから噴出されてるって話だろ?アレが3cm伸びたとか言う奴の話聞いて何も思わなかったのかよ。スルースキル高すぎだろ。俺だったらこの穴には絶対触らないね。

 

まあ、大切らしい物を渡してくれたリュックに対する面子があるから無碍にはしないけど、こんな難物を照れながら男に渡すリュックも「あっ…この人アッチ系なんだ」って思われる類の人だと思う。

 

「(ティーダ。ねえ、ティーダ)」

 

「(ん?)」

 

「(息、大丈夫?)」

 

リュックは、あっぷあっぷと溺れる様な仕草を取ってから、心配そうに首をかしげた。俺があまりにも静かなのが気になったらしい。

 

「(苦しい)」

 

俺は喉に手を当てて、首を真横に振る。

 

そう。実はさっきから苦しかった。海中で呼吸できる瞬間とはつまり海中に漂う幻光虫に接触した時だけだ。

 

俺はレディーファーストの精神に乗っ取って、リュックに優先的に吸わせていたのだが、そのツケが今になって回ってきたという訳だ。さっきから幻光虫がなかなか見つからない。

 

「(えっ!?それヤバいよ!とにかく落ち着いて!今酸素ボンベ出すから!)」

 

リュックはゴソゴソとポケットをまさぐると、なにやら訳の分からん薬剤をぼろぼろ落としながら、瓶の先にストローみたいな物が刺さった金属を取り出した。

 

そこまで焦らなくてもいいのにな。ぶっちゃけこの位の状態なら人間はまだしばらく酸欠にならない。ブリッツ選手ならここからあと二個くらいの予備電源を持っている。

 

「(えーと。これでも無い。あれでも無い…。)」

 

でもまあ。これはリュックの優しさなんだろうな。

 

「(あった!ほら、ゆっくり吸って…吐いて。大丈夫。大丈夫だから)」

 

リュックは俺の背中を包むようにして、ストローを俺にくわえさせてくれた。

 

気の利く子だ。いわゆる母性を感じた。

 

アッチ系という先ほどの脳内発言は撤回して、「マリアの生まれ変わり」という称号を与え…持ち上げすぎた。うーん。「仲間由紀恵」…今度は下げ過ぎか。アレよりは胸あるだろ。

 

「(すー…はー…。)」

 

そんな無駄でしかない思考をしながら、呼吸していく内に、脳には酸素が行き渡っていく。頭の中に触覚ができる感覚というべきか。

 

とにかく頭が冴えてきて、周りが見えてきた。そう深海の奥に潜む宇宙の真理とも言える大きな影が…

 

「っ!!」

 

大きく触手を広げてこっちに迫っていた____!

 

 

「(由紀惠!危ないっ!)」

 

 

俺は由紀惠を付き飛ばし、大王イカの正拳突きを体で受け止める。

 

「がはっ!」

 

「(ティーダ!!)」

 

 

 

_____。

 

 

意識が一瞬消えていた。

 

吹き飛ぶ。そして壁に叩き付けられる。痛い。すっげー痛い。さっきまでのピラニア共のチクチクした攻撃なんかの非じゃない。腹が消し飛んだかと思った。

 

「(くそっ)」

 

腹が立った。猛烈に腹が煮えた。殴られた事じゃない。自分の偽善者的な行動を、俺は責めた。

 

あの触手がもし獲物を突き刺す針の様なタイプの手だったら俺は今完全に串刺しだったのだ。

 

腹に大穴をあけて、だらしないヨダレみたいにみっともなく血を流していたはずだ。

 

そう。あっと言う間も無く、いとも単純にあっけなく死んでいった。死んでいたんだ!

 

 

ドクン。

 

________お、今度は相撲か?いいのか?またビービー泣くぞ。

 

 

ドクン。

 

 

________ねえ、あなた。今夜は…。

 

 

くだらない正義感やら愛情やら友情やら理想やら信念やら!言葉は何でもいい!そんなものに体を動かして、命を掛けるなんて真似は愚行の極みだ!とにかく馬鹿だ!

 

 

ドクン。

 

 

_______なあ。坊主。「見殺し塔」の上の眺めってのはどんなものだと思う?

 

 

 

ドクン。

 

 

俺はクソ親父ともクソババアとも違うんだよ!!

 

「(このお!)」

 

「痛み」として這い寄るリアルな死の感触が感情を沸騰させた。

 

慌ててリュックが水中爆弾を投げると同時に化け物に突進する。剣を振り上げ、触手の一本を思いっきり断ち切って後ろに回る。数瞬遅れて爆弾が起動し、化け物は大きく後ろにのけぞった。OK。そのまま突っ立てろよ!

 

「(らあっ!)」

 

<キシャアアアアっ!!!>

 

化け物が金切り声をあげた。

 

今度は突き刺した。やっぱりこっちの方が殺傷力が高い。さっきの変な想像をさせたお返しだ!このイカ野郎!お前を部屋で焼く度に女に「また別の女と…」って疑われるんだよ!死ねやコラ!

 

剣を引き抜きもう一度差し込む。今度はもっと深い。完全に致命傷だ。自分の手並みが鮮やかすぎて惚れ惚れする。どうだ。亀頭野郎?俺のベッドテクにもうたじたじか?

 

化け物はギャアギャア騒ぎながら、体を揺すった後壁中にぶつかりまくる。

 

ごすんごすん!ごすんドゴッ!

 

「(おいおいおいおい!暴れすぎだっての!)」

 

俺は化け物に突き刺した剣を押し込みながら、必死にしがみついた。振り落とされたら武器がない。その状況はヤバ_____っ!

 

ドゴオオオオオオオンッ!!

 

 

 

 

 

 

「(……いってえ…)」

 

俺は壁に突き刺さってビクビクと二三度脈立った後に、ぐったりと息絶えた化け物から剣を抜いた。

 

最後に錐もみ状に回転しながら壁に激突した際、俺はイカと壁の接触面の間にいた。要は押し潰される寸前までいったのだ。

 

「(あー…そろそろ…)」

 

マジで息が苦しい。ささっと奥に行ってサクッと帰っちまおう。奥の方が若干光っているから幻光虫はいるだろ。

 

「(………)」

 

あたりを見回す。

 

 

 

…あれ?

 

「(リュックー!)」

 

剣で壁をがんがんと慣らしてリュックを呼ぶ。が、反応が無い…って、いた。いた。見つけた。おーい。リュック。はやく____

 

 

「(………)」

 

ぷかり、と力無く浮かんでいる女の体。金髪を力無く揺らめかせ、顔は真っ青に青ざめいた。明らかにチアノーゼの症状だ。

 

「(………)」

 

俺は表情を確認してから、リュックのポケットから酸素ボンベを取り出して……リュックが吸えないことに気が付いた。しかももう空だ。

 

「(……馬鹿か俺は)」

 

冷静になれ。ブリッツボールでは日常茶飯事じゃないか、こんな事。奥に行けば幻光虫がいる。アレなら接触するだけで生気が満たされるはずだ。そうすれば海上までは持つ。

 

ぐいっ。

 

リュックを抱きかかえて進む。イカが暴れたせいで海底の砂が舞い上がって視界が悪い。それでも僅かに漏れる光の方に向かって進んでいった。

 

「(…いたいた…幻光虫)」

 

俺はもう目の前に迫った光にリュックの体を触れさせる。

 

ボウウウン…。

 

「(………)」

 

光が消えない。むしろ光が強くなった。………ん?あれ?これってもしかして違う?

 

ガタン!

 

「(!)」

 

そんな音がした後周囲が急に明るくなる。…なんかのスイッチをONしたみたいだった。視界が得れるのだけは助かるが、見間違えた俺もたいがいの阿呆だ。

 

「(幻光虫……駄目か。いない)」

 

俺はリュックの顔をもう一度確認する。よーく確認し、それから脈を取る。

 

 

「(………)」

 

 

………置いていこう。

 

 

判断をくだす。人一人抱えて登り切れる深度じゃない。だいたい、この深さから一気に昇った場合、気圧で肺が爆発してしまう。ある程度体を慣らしながら行かなければならない。

 

 

「(………)」

 

 

俺は壁の窓を足で叩き壊すと、本気の泳ぎのフォームを取って、泳ぎだす。

 

 

 

頭は、冷えていた。

 

 

 

グンッグンッグンッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

昇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

昇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グンッグンッグンッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スピードを上げる。

 

 

 

 

 

 

 

昇る。

 

 

 

 

 

 

もっとスピード出して昇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________リュックが、重い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________________

 

 

 

「トシト!キッタリ!(来たぞ!引っ張れ!)」

 

「シナ!ハタヤマラカラザシ!エラッ!エタアタルッ!(おい!ちゃんと浮き輪を持て!持てっ!流されるぞっ!)」

 

「クルテテ!アラダマナ!(もういい!俺が行く!)」

 

           「タハナー!!(兄貴ー!!)」

 

 

そんなむさくるしい声と、落ちてくるモヒカンを俺は最後に見た気がした_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五話

やんでれ×ユウナっ!

 

そのGO

 

 

 

 

海はいい。

 

昔の人はそう言った。

 

ザザーン。

 

波打つ大平原は真夏の陽光を受けては弾き、俺の目をキラキラと刺激する。

 

地平線の果てで海と空が出会う時、昼は深いブルーで混じりあい、夕暮れ時には情熱の色に世界を染める。

 

その瞬間を観測する。それは聖なる時間であり、呼吸する空気すら甘い果実と変わる。そう。これこそがロマンだ。

 

見上げる空は天井の高い壁のような青一色。

 

そこにはいつの時代も変わらない悠久の時と、古代の神話が内包されている。

 

エジプト人いわく、見上げてみればこんなにも空は高いのにも関わらず、彼方の地平線ではしっかりと大地と重なりあう光景を見て不思議に思ったそうだ。

 

その不思議はみんなの疑問であるが故に広大かつ深淵であり、また単純に美しい物に見えた。

 

そんな共通の認識から神話は生まれた。

 

世界の始まりは「天と地は一つに重なっていた」状態だった。天の女神と地の女神が体を重ねいつまでも愛を交わしていたのだ。

 

それに怒った太陽神が二人を引きはがしにかかる。体は離されたがしかし、それでも二人はしっかりとお互いの手と足を握りあった。

 

だから地平線では天と地がつながり、見上げた時には遠く離れているのだ。

 

俺達は皆誰もがは性交をしている二人の間に挟まっているという事である。つまり世界が愛欲の庇護の元で構築されている証拠だ。

 

そう!世界はおしべとめしべの繋がりでできている!

 

「だから俺がこれからしようとする行いはきっと神聖なものなはずだ!今イクぞ!リュック!」

 

 

 

がらっ!

 

カツッ、カツッ、カツ。

 

 

「…………。」

 

「さあ、そろそろ起きろ!リュック!この神様の愛の箱庭で喜び(快楽)の歌を混成二部合唱しよう!」

 

「…………。」

 

「男声(性)パートだけではこの詩は完成しないんだ。女声(性)パートが上に重なったり下に重なったりくんずほぐれつして、ようやく形になるんだ」

 

「…………。」

 

「一人でできない事でも二人ならできる事が、たくさんある。俺とリュックならそりゃあもう…ほら…うん。色んな事ができるさ!」

 

良い事言おうとしたけど、子作りしか思いつかない。自分の学歴の無さを俺は呪った。

 

 

「…………。」

 

「……やっぱり、だめッスよね」

 

 

リュックは真っ白なベッドで泥のように眠っていた。今も呼吸は若干荒いままだ。

 

昨日の事件から、リュックがまだ目を覚ましていない。船内のメンバーからは「眠ってるだけだ。直に目が覚める」というだけの内容を、二時間かけてジェスチャーで伝えてもらったが、不安なものは不安なのだ。

 

リュックは15歳。まだジュニアハイスクールをやれる年齢だ。寝たきりで過ごすには健康に悪すぎる。

 

早く元気なリュックの声が聞きたい。

 

というかぶっちゃけ、そうしてくれないと俺が困る。

 

女の気配のしないこの禁欲の船上生活を二日以上続ける自信がない。カモメの背中の丸みの曲線美を見ているだけで暴発しかねない。16歳とは皆そういうものなのだ。

 

 

「はーあ。早く元気になって遊んでくれないかな、リュック」

 

 

要するに、暇なんだ。

 

俺が目を覚ました頃には、船の人達は俺に対して随分好意的になっていて、船内を自由に歩かせてもらえるようにしてくれた。

 

でも皆遺跡の中から何かを引き上げるので忙しくて、必要以上には構ってはくれないというのが現状だ。だから今頼りになるのはリュックだけなのだ。

 

「お前がいないと、締まらないんだよ」

 

いろんな所がさ、開きっぱなしのガバガバなんだぜ……だから早く起きてください。お願いします。

 

 

「…………。」

 

 

「はあ・・・・」

 

 

あーあ。仕方ないか。ゲームとか無いか探しに行くか・・・。

 

 

 

 

 

__キイッ。バタン。

 

 

 

 

 

 

「…………。」

 

 

 

 

「………………。」

 

 

 

……ゴロゴロッ。

 

 

 

「……あ……あうう……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

アルベド語入門講座

 

 

序文

 

「はいケン!今日もいい天気ね。こうゆう日は外に出て思いっきり遊びたくなるわ」

 

「シーズー。それはデートのお誘いとして受け取っていいのかな?」

 

「それはあなたの受け取り方次第よ。だけど、私は積極的な男の方が好みね。そう・・・禁じられた機械に颯爽とまたがり私を拐っていく。そんなワイルドな男が」

 

「ああ!その挑戦的で、扇状的な台詞!僕の心は今情熱の炎に燃え尽きそうだ!」

 

「ケン…」

 

「シーズー。会いに行くよ。軍用象にのって……」

 

上記の様にアルベド族特有の文化レベルの高いコミュニケーションを取るために、知らなければならない事は三つある。

 

一つは男尊女卑の文化だ。上記の様な会話の様に男性が女性を必要以上に持ち上げるような台詞を言ってはならない。

 

アルべド族では一夫多妻制も許されてる。君が一本の熱いパトスで天下泰平の意志を志す本物の「漢」ならば、獲物である雌に餌ばかり与える様な事をしてはならない。

 

女という生き物は雄を自分専属のモノだと確信した瞬間に堕落する。結婚後にぶくぶくと肥えていく様を、君も目撃した事があるだろう。自分を永遠に手に入らない存在と昇華する事が真に女を美しく保つ事に繋がろう。逆境を生き抜こうとするジャッカルのように。

 

 

二つ目は魂の崇拝について。つまりは死生感だ。アルベド族にはスピラに流行り病の様に蔓延る「第二の人生」の存在などを信じていない。死後、天界で自分の若かりし頃の肉体を神より受肉して、豊穣の大地に囲まれた世界を永遠に生きるなどという妄想は、シンという現実から目を背ける為の稚拙な言い訳を小難しく言っているだけのものだ。

 

天界に存在する「死者の審判」の存在を信じる事により、民は貧しい隣人に手を差し伸べる善行を積む事に意義を感じる。それは本来は富める者だけが損をしている形なのに、まるでお互いが得をしたような幻想を得る結果に繋がる。

 

長老会の統治に対する意志が見え隠れするスピラの死生感。それを象るエボンの教え。我々アルベド族はそれらのまやかしを一切信じていない。

 

現実は一つ。人生は一度きり。だからこそ我々は生きる意味を見いだせるのだ。一期一会の恋に燃え、半生を共にする仕事に精を出し、古代のテクノロジーを含める未知を開拓する。燃える挑戦の意志を心臓に差している間は一瞬一瞬が生命の燃える火花と変わる。それが真の意味で生きるという事だ。

 

今本書を取っている貴殿が私の言葉に言いようのない苛立ちを感じたのなら、どうぞこの本を閉じ、焼くなり煮るなりするがいい!そんな者達に崇高な言語であるアルベド語を学ぶ資格は無い。

 

だがしかしだ。もし君が私の言葉を理解する気概を今も持っているのなら、我々は尊敬と最高の賛辞を持って君を受け入れるだろう。

 

 

 

 

三つ目。最後だ。これはここまで本書に目を通していたら自ずと調べる必要性を感じるかもしれないが、あえて私の言葉で語る必要もあるとも考える。

 

今まで私は性についての話。そして物事の考え方についての話をしてきた。残ったものは一つ。そう。歴史だ。君は我々と現実で深く関わろうとして本書を取ったはずだ。ならば、細かな風習や、審美眼に価値観の通貨単位の違いにこれから何度も惑うだろう。

 

だが、今のアルベド族という民族を作ってきた絶対的な事実、過程を知る事によって理解を助けてくれると私は考える。なのでこれから記述する本書の例文。その横に絵付きのアルベド歴史豆知識を例文との関係性を踏まえた上で載せておいた。是非目を通しておいてほしい。

 

以上で序文を閉じようと思う。君がもし本書を持ってアルベド語マスターになった時、私のアジトに来るといい。その時は海を飛び魚のように走る鋼鉄の船の甲板でワインを共に酌み交わそう。

 

では、諦めず、頑張ってくれたまえ。私は君を応援する。

 

______シドより

 

 

 

「……し…し…シド様ああああ!!!一生付いていきます!いやむしろ結婚してください!もう…もうこの豚野郎はビショビショの濡れ濡れなのでございます!」

 

俺は風呂の中で魂の雄叫びとも言える感動の産声をあげた。反響効果の高い鈍い銀色の壁に二つほど並んだオレンジの照明だけがある、金属仕立ての堅くて暗い風呂の中をエコーがいい感じにかかった絶叫がこだましている。

 

「……俺…俺将来絶対アルベド語の通訳者になろう。見ててくださいよ。シドさん」

 

ゆらゆらと穏やかに揺れる船の中で静かにこの世界の魅力の一端に触れた俺は、ぐっと決意を新たにした。

 

ブリッツボールの英雄になり、著名人の一人として名を挙げた後にアルベド族とスピラを結ぶ親善大使になろう。宣伝効果もバッチリだ。

 

「いやー。素晴らしい。この一つ目の項目で俺の熱くたぎったパトスの心を鷲掴みした後にくる、この宗教批判の言葉の羅列。そしてかゆい所に手の届くアルベド豆辞典とは…アイヤー、参ったアルね。そっか一夫多妻制かぁ…」

 

俺はちゃぷりとすっかり温くなった湯からザバリと立ち上がり、蛇口を捻って更にお湯を足した。

 

ドボボボボボ……。

 

「くっそー。アーロンの野郎も同じ中年なのにこの違いは何だよ。こうゆう賢人の名を欲しいままにするダンディ極まりないオジ様の元で俺も育ちたかったぜ、まったく」

 

わしゃわしゃと頭に天然ソーダと石灰を混ぜて作られた石鹸を頭に擦りつけながら、俺はアーロンの憎たらしい笑い顔を頭に浮かべた。

 

「あいつ。今一体何やってんだっつーの」

 

こっちに来てるなら来てるでさっさと接触してこいっての。いつもならストーカーもかくやという速度でもうとっくに俺の事なんて見つけてるだろうに。使えないオッサンだぜ、まったく。

 

あっちの世界に戻れる方法があるのか無いのかはっきり言ってくれないとコッチも動き辛いだろうが。

 

 

「アーロンのばか。コッチの世界で俺が成り上がって金持ちになっても、お前には奢ってやらねー」

 

 

わしゃわしゃ。

 

                             「……テ…ティーダ。いる?」

 

わしゃわしゃ。

 

「ぜんっぜん、泡立たねーなこの石鹸。もっと科学を鍛えろよなー」

          

                             「あのさ…ちょーっと話があるんだけど、いい?ほら…お風呂出た後でいいからさ…」

 

 

わしゃわしゃ。

 

「まだまだ技術後進国っていう所か。こおゆう所でも機械壊されたのって効いてるんだな」           

 

                             「聞いてる?あのさ、昨日の遺跡の話とかしたいんだ。だから後で船の甲板の後ろの方に来てよ。そこで…」

 

 

「おっと。先にアルベド本を外に出しておかなきゃ。湿気ちまう」

 

ペタッペタッペタッ……

 

 

                             「えっと、さ。もしかして怒ってる?私、足引っ張ってばっかだったし……って、え?」

 

 

 

ガラッ!

 

「お?」

 

「あ……あ。あ。あ……」

 

「リュック!なんだ起きてたのかよ!いつ起きたんだよ!?怪我はない!?元気!?とにかくよかった!」

 

 「あ……あえ……ああ……」

 

「元気そうでよかった!ずっと暇だったんだよ。相手してくれよ!さっきさアルベド語の入門本っての見つけてさー興味出たから色々教えてくれよ!」

 

「あう……えと……あう……まえ…前を……」

 

「ん?あ、前?……おおっと!やっっべ。俺裸じゃん!また後でな!」

 

バタン!ペタペタ…

 

 

 

 

「…まえ……前……あぅあぁぁぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

 

カツ……カツ……カツ……ギギギギ……バタン。

 

 

私はふらふらと夜を彷徨う夢遊病者みたいな足取りで船の甲板にでた。聞こえていたかも分からない約束の為というよりは熱くなりすぎた頭と顔を冷やす為だ。

 

「い、いきなり……出てくるんだもんなぁ……」

 

おかげで考えていた台詞とかお礼とか、これからのスケジュールとか一気に飛んで行ってしまった。

 

「だってあんな……あんな黒……やあああああ!思いだしちゃったじゃん!」

 

ボンッと音を立てて頭が茹であがる。私の体には無いものを見るのは兄貴や男ばかりのこの船の生活で慣れていたつもりなのに、今の私は相当頭が変になってしまっている。

 

ただでさえ何か気持ちがむずむずするっていうのに……もうヤダ。昨日からこんなんばっかだ。

 

こんな生活が続いたら、頭の電流配線がおかしくなっちゃいいそうだよ、もう……もう!あのティーダとか言う男はなんなのさ!?

 

頭の中で名前をアイツの名前を呼んだ瞬間。

 

なにかどこかで見たような、耳元で聞いたようなノイズがかった映像が頭になだれ込んできた。

 

 

 

__________息をしろリュック。

 

 

 

____おいおい。ここまでしてやったんだ。ちっ。慈善事業じゃねんだぞ?死体を運んで船に帰らせるなんて、みっともない真似をオレにさせる気かよ。てかお前が死んだらオレが船の奴らにぶっ殺されるんだ!そいつを忘れるな。

 

 

________ぷはっ。息だ。呼吸だ。人間の基本機能だ。そいつを、ぷはっ……

 

 

私の口元に何か熱いものが触れてまた離れていき、私の左胸が硬いものに何度も何度も骨ごと圧迫される。それは一定のリズムで、小さくなった心臓に無理やり太鼓を打つみたいに痛いものだった。

 

 

______ってあれ?……いつのまにか息してんじゃん。ヒュー!さっすが俺。

 

 

______重いー。バタ足くらいしてくれー。ああーもう。なんでこんな海のど真ん中で駅弁みてえな体位しなきゃなんねえんだよ。ああくそっ。イライラする。このまま運んじまうからな。今をときめくラッコスタイルって事で船の奴らは誤魔化そ……。

 

 

揺れる。揺れる。背中全体に熱いあいつの体の熱を感じた。ゴロンと力なく横に倒れた私の頭が、左耳が、あいつの心臓の鼓動をただひたすらに聞いている。

 

 

そんな、ある日の夜の海の光景を私は「思い返した」

 

 

 

・・・・・・・・・・ボンッ

 

 

頭の中でそんなまたそんな音がした。ダメだ。もう私の頭は完全に故障したみたいだ。

 

「ああーもう!やめ!やめ!ストップ!」

 

こんなの私のキャラじゃないし!私はもっとこう、理系のインテリちゃんみたいな態度でいたいの!そうじゃないとこのつらーい船の上を生き抜けないよ!もう!

 

 

「おーいたいた!リュックー!」

 

「わひぃ!」

 

「…なに変な声出してんの」

 

「なんでもない!なんでもないってば!」

 

「ま、まあいいや。俺さ。さっきも言ったかもだけど、アルべド語勉強したいんだよ!すっげー興味出てさ!」

 

「え…?」

 

「え…って何だよ?頼むよ教えてくれよー。アルべド語で船の奴らともお喋りしてみたいんだよー」

 

今ティーダは何を言っているんだろう。アルべド語を勉強したい?そんなまさか。ありえない。

 

「いやー。すっかりアルべド文化の虜っつーか。もともと俺自体がコッチ寄り?みたいな」

 

「え?うそ?本当に言ってるの」

 

「嘘も何も……いったいどうしたリュック。なんかおかしいぞ」

 

ティーダの目は私には本気に見えた。アルべド語を、いやそもそもアルべド族はスピラの嫌われ者の種族の代表格だ。町に行ったら煙たがられ、飯がまずくなるという理屈で飲食店では俗称である「べド禁止」の文字が公然と張り出される。

 

警察だって意味も無く職務質問してくるし、ブリッツボールでは少し前まで参加資格すらなかった。

 

そんな種族の言葉を、本当に学ぼうとしているのだろうか。いけない。止めないと。ティーダも関係者に見られちゃうよ。

 

「駄目だよティーダ!絶対駄目!そんな事したら普通の町で生活できなくなっちゃう!」

 

「はあ?」

 

「ティーダはまだシンの毒気が残ってるからよく思い出せないんだろうけど、アルベド族ってのはものすっごーーく嫌われてるの!アルベド語を話せるなんてばれたら、居場所なんてどこにもないよ!?」

 

「……。」

 

「いい?ティーダ。これはリュックちゃんの忠告だよ!今後そーゆー事を軽々しく…「あーあ。何だよそりゃあ」

 

「え?」

 

「え?ってなんだよ。確かに俺はこの世界の事よくまだ分かってないよ。けど、実際問題今こうやって普通に話してるじゃん。何が違う訳?」

 

「え…え…そんなん…だって」

 

ティーダの目は今までに見た事が無い色をしていた。なんで私が責められてるんだろう?私はひどく一般的な話をしただけだと思う。

 

「だいたいさーシンの毒気シンの毒気って、そんな変人みたいな言い方されたら俺だって十分嫌われ者だっつーの」

 

「え……だから…いや、私はそうゆう意味で言ったんじゃなくて……」

 

「そんな事いちいち気にしてたら何にも始まんないじゃん。俺は刹那快楽主義者だから後先の事なんか……もういい。自分でやりますよーだ。リュックのバーカ」

 

「あ……」

 

カツッカツッカツ……。

 

いっちゃう。ティーダが遠ざかって行く。私に背を向けて、私の事を嫌な奴だと言って_____「待って!」

 

カツカツカツカッ……

 

「ちょっと待ってってば!」がしっ

 

「……」

 

「……ご……ごめん、なさい」

 

「ふっふーん。教える気になりましたか?リュックさん」

 

私の体は震えていた。自分でも思ってない速度で体が動き、ティーダの体を掴んでいた。

 

「リュックさん?あれ、えっ。ちょっとどうしたの?」

 

嫌だと思った。ただひたすらに私はティーダが離れていってしまうのを嫌だと感じた。

 

「え、あれ?マジで?どうしちゃったの…って、ああ!まだ体調悪いなら寝ないと駄目だろ!チアノーゼ舐めてんのか!?」

 

理由は分からない。知りたくもない。

 

「あれだぞ!?幕の内だってそれにかかったらデンプシー打てなくなるくらいヒーヒー言うんだぞ!?呼吸系の話は脳につながる症状になるんだって!」

 

 

 

 

感情が、制御できない。

 

 

 

 

「ああもう!手のかかる娘なやっちゃな!とにかく______っ!!」

 

 

ガタン!!!!

 

「!!」

 

 

 

           「シーーーーン!!!!!!」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

船が揺れた。

 

そう思った瞬間、オレは空を飛んでいた。下には固い甲板じゃなくて、真っ黒な海だった。

 

 

_____ああー。死んだな。こりゃ

 

 

そうなんとなく思った。本当にやばい時ってのはこんなものだ、と妙に納得してしまう、そんな感じだった。

 

 

落ちる。今度ばかりは助からない。なんだよ、あのでかい怪物。本当に海の中に住んでたのかよ。

 

 

「ティーダ!」

 

 

リュックの声がする。鉄棒に必死に捕まって呆然と俺の顔を見ていた。泣く、その一歩手前の顔をしている気がした。

 

「ティーダ!!」

 

リュックは立ち上がる。足を一度二度三度とばたつかせながらこっちに向かって走ってくる。もう、間に合わないってば。そのままつかまってろよ。もしお前まで落ちたらどうすんの。

 

「ティーダ!ティーダってば!」

 

必死に走るリュック。落ちる俺。その距離はもうさっき話していた距離の何十倍も離れていた。もう十分だぞリュック。15のガキが____「!!!!」

 

_____飛んだ。

 

 

「ティーダ!!」

 

 

こいつ、鉄柵に足を掛けて、思いっきりこっちに向かって大ジャンプを慣行してきやがった_____!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザバー―‐‐ーン!!ぶくぶくぶく……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リューック!!jふhhjgふうj!!!!!(今助けるーー!!)」

 

「んひhhctydrtc!!(兄貴ーーーー!!!命綱まだ結んでないー!!)」

 

 

 

ザバーン!____________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六話

____おい、聞いたか!海岸に若い男が一人、打ち上げられたらしいぞ。すごかったらしいぜ。

 

 

_____ちょっと、やめてよ!縁起でもない事言うのは!人の死をそんな風に言うなんて、怒るわよ!

 

_____ちげえよ!生きてるって!すごかったってのは、そいつのシュート!!滅茶苦茶格好良いって、聞いたんだよ!

 

_____そうなの?もう。まぎわらしいな。…シュートって言う事はその子、ブリッツボールの選手なんじゃないの?キーリカ・ビーストとかはここからも近いし…。

 

 

_____いや。そいつ、シンに近づきすぎたせいで、記憶が無いっていう話だ。でもキーリカ島をシンが襲ったって話は聞かない。明らかにこの辺の人間の目と違う色らしいから、相当遠くから来たんじゃないのか?

 

 

_____なんか、映画みたいね…興味が出たわ。……私達もあとで「おい。」

 

 

 

「その話、もっと詳しく聞かせろっ!」

 

 

 

私が後ろを振り返った時には既にワッカさんは村の人達に詰め寄って強引な会話を開始していた。

 

今から寺院に入るっていうのに、もう。緊張感ないんだからな、ワッカさんってば。

 

「砂浜にまだいるんだな?よし!ユウナ!ちょっと俺行ってくる!」

 

「え、ちょっとワッカさ…」

 

止める間も無く、ワッカさんは走り出してしまった。

 

・・・・・・・・・もう。

 

「どうしよう、キマリ?」

 

途方にくれた私はキマリの頭についた折れた角を見上げた。

 

「キマリはガードだ。何があってもユウナを守る」

 

「…そっか。そうだよね。私たちだけで、入っちゃおうか?」

 

「それでいい?ルールー?」

 

「あんな馬鹿は放っておきなさい。ユウナ。行きましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナッ!

 

 

そのろく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくらで?」

 

「……5万」

 

「駄目。安すぎ。俺はある程度まとまった資金が欲しいの。ほら、そこの下手にカモフラージュされた壺とか振ってみ。ジャラジャラいい音がするんじゃないの?」

 

「くぅ!目ざとい奴だな!8万!」

 

「何をやってるの…あんた達?」

 

私はユウナを無事に祈り子様の間に連れて行った後、お花を摘みに一旦村まで戻ってきていた。

 

キマリがいれば安心だとは思うけど、ユウナが頑張って召喚士になって出てきた瞬間に立ち会えないのは私も寂しいし、なによりユウナは残念がるだろう。そうなる前に帰らなくてはならない。

 

いくらユウナが妙に長すぎると思えるほどの時間、祈り子様の元に籠っているとしても。ユウナは必ずやり遂げてから、出てくるはずだ。私はそう信じている。

 

そう思っていた時だった。なにやら財布とにらめっこをしているワッカを見つけたのは。しかもこの家も、ワッカの握っているその財布も私の物だ。

 

「ル…ルー。いや、これはだな…」

 

「何?ガードであるあんたがユウナをほっぽり出してまで、かまかける程の用事って何?」

 

私がワッカに視線をやると天をついた赤髪が「いや…まあ…その、スマン。熱くなっちまった…」と、しおれていった。今更謝ったって遅いわよ。とりあえず財布は机に置きなさい。

 

 

「今、俺の選手契約の為の期間とか料金とか細かい話を詰めてる所なんだけど……なに?なんか忙しいの?」

 

ワッカの向かいに座っていた共犯の男が悠々と私に喋りかけてくる。空気の読めない男だ。そいつも私はぐっと睨み付けてやろうと思った。だけど・・・

 

「チャップ…」

 

少年と視線を交わした瞬間に現れた、そんな一瞬の幻が私の次の言葉を遮っていた。

 

「え?」

 

「いや…なんでもないわ…。ワッカ!先に寺院に行ってなさい!私はこの世間知らずにお灸を据えてから行くわ。」

 

「はい!」

 

ワッカはすぐさま立ち上がると若干嬉しそうな笑顔を浮かべて駆けだしていく。その後ろ姿を私は哀れなモノを見る目で送った。

 

「えーと…俺、何かまずい事しちゃったみたいっすね」

 

「そうよ。これは、あんたにも関係ある話。これからは知らなかったで済まされる話じゃないから、あんたも一応聞いておきなさい」

 

「う…うっす!そういう事なら、自分、お茶汲んでくるっす!」

 

「ありがと…って、妙に手際良いわね…」

 

私は金髪の少年に「お疲れだったみたいなので!」と元気よく手渡された、瓶から汲んだ水にお茶っ葉を香りのつく程度に放り込んだカップを一口すすって一息ついた。少し、休憩してから行こう。

 

「で、とりあえずあんた何者?この辺の人間じゃないんでしょ?」

 

「さぁ…」

 

「さぁ…ってあんた」

 

「いや。俺シンに近づきすぎたせいで頭がぐるぐるらしいんで…」

 

「……村の人間が話してた噂は本当だった、って事ね」

 

「噂?なんすかそれ?」

 

「ブリッツボール。上手いんでしょ?」

 

なにやらそんな様な事を村の人間が話していたような事を私は思い出す。ワッカもこの子がそういう才能を持っていたから熱くなっていたのだろう。

 

「ああ、そういう事っすか。どおりでワッカが到着するの速すぎると思った」

 

「スカウトされてたみたいだけど、いいの?ぶっちゃけウチのチームは史上最弱と名高い貧乏チームだけど」

 

「いや、よかないっすよ。けど今は話受ける以外俺に選択肢が無いっす」

 

「バカじゃないみたいね。試合はルカで行われる。あそこに行けばあなたの知り合いもいるかもしれないし、こんな辺境の島よりもずっと良い医者も、新しい生活のあり方もあるわ」

 

「…まぁ、そんな所っすね。ところで何急いでいたんすか?寺院とか言ってましたけど」

 

「もしかしてあんた…寺院と召喚士の関係も覚えてないの?」

 

「さっぱりです」

 

「・・・・・・・」

 

 

 

私はこの休憩は少し長くなるな、そう思って頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

私が祈り子様の間から出てきたそこには、いつも通りのキマリと、疲れた顔したルールー。何故か頬を腫らしたワッカさん。そして、なにやらポカンとした表情をして私を見上げる同い年位の男の子を見つけた。

 

「ユウナ・・・・おめでとう」

 

「ああ、あめでとう。これでこれからは「従」召喚士ではいられなくなるな」

 

「ありがとう。ワッカさん。ルールー。キマリもずっと扉の前で待ってくれていたんだよね?キマリの気配、伝わってきたよ」

 

キマリは照れたようにも「当然だ」とでも言うような誇らしげな顔にも見える表情を浮かべてくれた。

 

「えっと、それで、キミは?」

 

そして最後に私はとても綺麗な金髪の下に珍しい服を着こんだ男の子に向かって話しかける。

 

「俺はルー姉さんに、連れてこられた使いっ走り。なんか変な光り出す玉を持ってあっちへこっちへと…。まあ、とにかくオメデトさん。えっとユウナ…様だっけ?」

 

「そ、そうなんだ…。えっととにかくルールーを助けてくれたんだよね?私からもお礼を。ありがとうございます」

 

私がそう言ってぺこりと頭を下げると「いいって。元はと言えば俺のせいだとさっきから言われ続けてるし」と、いささかぶっきらぼうな調子で手を振りながら、彼はワッカさんにジトッとした視線を送っていた。

 

よく見れば同じタイミングでルールーもワッカさんに意味ありげな視線を送っている。

 

「いやー、とにかく良かった!ユウナ!さあ早く出て、村の皆に召喚士になった所を見せてやろうぜ!」

 

ワッカさんも妙に焦った調子で私の肩を叩いて、先を施してくる。…なんか変だ。本当になにがあったんだろう?

 

帰りの道中、ワッカさんは金髪の彼とずっと「10万!これで頼む!」「それじゃあ俺の右足は封印される」

「12万!」「それじゃあ俺の必殺技は封印される」「14万!もうこれ以上は!」「それじゃあ俺の…」

 

となにやら謎のやり取りをした後に、ルールーに一喝されてしゅんと大人しくなった。

 

でもすぐにワッカさんは立ち直って、また「期間は…」「もうこの際決勝戦だけでいいから…」とか、会話の口火を切っていた。

 

もしかしたら、お金の話なんだろうか・・・・?

 

私はここまでワッカさんが熱中するのを初めて見る気もするし、ルールーもその事に対してなにやら不満げな顔をしている気がした。

 

きっと私のいない間になにやら変な話題が立ち上がっていて、それを中心に今に至ってると私は推理した。うん、きっとそうだ。10万ギルとかすっごい大金なんだし。ワッカさんが目の色を変えてしまうのも頷ける。

 

そしてむくむくと沸き上がった好奇心が自分の中で大きくなっていくのを感じた私は、おもいきって話に混ぜてもらおうと会話の入り込める瞬間を探してみた。

 

「あー、わかったよ。それでいいよ。しょうがないなーワッカは」

 

そう金髪の彼がなにやら根負けしたような調子の声をあげた。でも、声色に反して優しげで、それでいて満足気な表情をしていて、私はこの人の事を不思議に感じた。あっ。今がチャンスだ!

 

「なんの話をしているの?」

 

そう首をかしげて、金髪の彼に尋ねてみた。すると男の子はやっぱり満足気に「いやー。俺をどーしてもスカウトしたいってワッカが言うから、仕方なく契約してあげたんだ」と言って白い歯を見せた。

 

「くっそー。一体これから何匹の魔物を狩ればそんな金に行き着くんだ…」

 

「バカねえ…。私は貸してあげないわよ」

 

ルールーも呆れ顔をして、会話に参戦してきた。ルールーはその時お母さんみたいな表情をしていて、私はこの話し合いはきっと良い方向に進んでいくものだったんだと勝手に予想をした。

 

「えっ?え?やっぱりお金の話なんだ。ワッカさん、いくら払っちゃったの?」

 

「・・・・・・15万ギル」

 

「無利子の無期限だろー?安いもんだって、俺を買うには」

 

「ふふ、頑張りなさいワッカ。たかが公式用ブリッツボール8個分の値段じゃない。それで契約できるなら安いものよ」

 

「そうだぞワッカ。優勝賞金の何十分の一だよ?軽い軽い」

 

「優勝?」

 

私はなにやら途方もない壮大な響きのする単語を呟いた。

 

「そっ、優勝。大会は来週なんだろ?練習期間足りないよな・・・ルー姉さん。相手チームのエースの一人か二人燃やしてきてよ。魔法使いなんでしょ?」

 

「なんで私がそんな事やらなきゃいけないのよ…?」

 

ははっ、笑いあう3人。私もなんだか楽しくなって一緒に笑う。

 

きっとスピラ中のチームが集まる大会。オーラカにとっては苦い思い出しかないあのワールドカップの試合に出る時の話なんだろう。優勝なんてすごい。もし叶ったら夢のような出来事だ。すごいすごい!

 

「ワッカさん!クリスタルカップ、必ず島に持って帰ってね!!」

 

「お、おう!ま、ま、ま任せろって言うんだ!」

 

そんなワッカさんの自信のなさそうな無理矢理な笑顔を尻目に、私たちは「おっ。もう出口か」

 

寺院からでる扉を開いた____。

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

ドンドンッドンドン!そいやっ!ドンドンドドン!はいっ!

 

 

 

村はてんやわんや。村中に火が焚かれて人々が踊り、騒ぐ。そんな晴れて召喚士になった私を祝う小さな宴がしばらく前から始まっていた。

 

そこには幾つもの小さなコミュニティができていて、恋人や夫婦で過ごしたり、親戚と家族ぐるみの付き合いをしている様がたくさん見えた。

 

「まあユウナ様も今日は飲んでくれよ!今夜は無礼講だ!たまには思いっきり騒いでくれ!」

 

私はというと、村の漁師の長の人の作っていた人の輪の中で呑めもしないお酒をさっきからガバガバともらっていて、正直困っていた。

 

「えっと、私は、もう」

 

「まあそう言わんと!今夜の主役なんだからさ!」

 

漁師長の人は私の手の中のおちょこを風のように奪うと、また新しいお酒を注いで突っ返してくる。

 

その手は拒否を許さない妙な圧力のある大きく毛だらけの手で、私は言われるがままにお酒を飲み干していく事を余儀なくされていた。

 

「・・・・・・んっ・・・・・」

 

「おお、良い飲みっぷり!意外とイケル口かユウナ様は!」

 

さっきまでは、そんな風な調子で私も控えめにもお祭りの雰囲気を楽しんでいたはずだった。

 

「ユウナ様ー!お話しよー!」そう言ってくれる子供の方を行っては、その家族の方達とお喋りをして、また違う家族をはしごする。

 

今はそんな事を繰り返した後の深夜で、村の老人の人達が引いた後の、若い人だけが残ったいささか閑散としながらも熱気だけのある少し荒っぽい祭りに移行しつつあった。

 

「ほら!もう一杯!ぐぐーっとっ!」

 

どうしよう。なんだかもう頭がフラフラなんだけど、こうゆう時どうした方が良いんだろう?

 

私はおろおろしてルールーの方に視線をやった。けど、ルールーは向こうで大きなとっくりを片手に「いいのよユウナ。今日くらい…」とでも言っているような慈愛に満ちた微笑みを私に向けるだけだった。

 

いや、ね、ルールー。私はそういう意味で困ってるんじゃなくてね・・・・・・あ、行っちゃった…。

 

「さあさあ!今日釣れた最高の魚を食って、飲んで、歌う!これ以上の幸福はないよユウナちゃん!ささ!ぐいっと!」

 

完全に酔いの回っていた漁師長は、いささか強引とも言える手つきで私の口元にこれまた大きなとっくりを突きつけてくる。

 

「そうだよ。ユウナちゃん。お祭りなんだから」

 

「最後に俺達の酒も楽しんでくれよ」

 

どうやら今目の前にあるこの太いとっくりは、輪の中で回し飲みされている一番高価でこの場の主役のお酒みたいで、勇気を振り絞らないと気弱な私には断れない大物だった。

 

「いや、私はそろそろお酒は…」

 

自分でももっと大きな声が出たらいいのに、と客観的に思う位なよっとした声が私の喉元から出てくる。

 

明日から長く辛い旅が始まる。その前日の夜にこんなに酔いつぶれてしまっていては、この先が思いやられる。きっと今日私を認めてくれた祈り子様も私の事をよく思わないに違いない。

 

「なーに老人みたいな事言ってるの!若いんだから無茶しても大丈夫だって!ほらっ」

 

だから、断らなきゃ。そう思って、顔を上げた瞬間だった。そこには大きく毛むくじゃらな腕と体が私の近くに迫ってきていた。

 

「さあ!ほら!」「っ!」

 

熱い。そう感じるほど度数のキツイアルコールが私の喉元を通っていく。ごろごろと雷鳴を私の口の中で慣らすような強いお酒の入ったとっくりからは、突き返したくても背中をがっちりと捕まれて申し訳程度に顔を背ける事くらいしかできなかった。

 

「残りは一気に!さあ!」

 

とっくりの口の部分は、何人もの男の人が口付けていたせいでドロドロな舌触り。上を向かされごくごくと動かさらざるを得なくなった喉元に若い男の人達の眼差しが集まっているのを私は感じた。

 

「よっ!ほっ!」

 

酔っぱらった漁師長の私の背中に回った手はなぜか肩胛骨あたりをなで回すような手つきに変わり、輪の対面に座った人達はなにやら内緒話をしているように私には見えた。

 

「っ。っ!ぷはっ!」 バシャッ。

 

私はどうしても続けて飲み続ける事ができず、ついにとっくりから完全に顔を背けて、とっくりを豪快にひっくり返してしまう。しかも、とっくりに残っていたお酒は私の体中、大切な召喚士用の衣装ににかかって染みを作ってしまっていた。

 

「あー、駄目だったか」

 

「けほっ。けほっ」

 

この村の祭りの風習として、主役は一番たくさん飲まなければいけないという暗黙の決まりがある。私は未成年だから許されるとか漠然に考えていたけど、甘かったみたいだ。

 

今みんなの頭の中には祭りを楽しむ事しかなくて、シンの事も召喚士の旅の事もみんな忘れているのだと、私は肌で感じた。

 

「こほっ。・・・こほっ!」

 

このまま辛そうな表情をしていれば、もしかしたら許してくれるかもしれない。私はそう考えて少しおおげさに咳き込んでいる様を見せた。

 

だけど漁師長は本当に残念そうな顔を一度うかべた後、すぐにまた「まあ、次の酒があるさ!なあ皆!もう一本続けてイケルな!?」と拳を高々と突き上げる。

 

「ヒュー!」「もちろん!」「いよっ!今日はとことんいっちまおう!」

 

周りの男性達もそれに乗じて、大きく騒ぎ出す。きっと今騒いでる人達には悪気はないの。ただ祭りの雰囲気に飲み込まれて少し制御が聞いてないだけだ。私は自分にそう言い聞かせて、必死に熱くなった胸のあたりを押さえつけた。

 

だけど、私がもうろうとなった目で見上げた先にいる、対面に座った人達の内緒話はやむ気配が無くて、自分でも訳も分からないけど、ぞっとした恐怖を感じた。あの人達は昔、私の目が両方違う色をしている事を理由にして髪を引っ張ってきたり、糸で作ったぬいぐるみを壊してきた男の子のグループだ。

 

もしかしたらまた悪巧みを考えているのかもしれない。そんな昔の恐怖が私の胸の内にふつふつとわき起こった。

 

「ほら!次はユウナちゃんが飲みきれる位の量にしてあげなよ!」

 

私がそんな邪念をふり払うように、空いたおちょこでお水を飲んでいたら、次の大きなとっくりは既にフタを空けられていて次々にごくごくと男の人が喉元を濡らしていた。

 

息をこのまま整えていたら、またすぐに私の番に回ってくる。もうこれ以上は駄目だ。少し強引でも逃げなきゃ。

 

「っ!」

 

だけど足も、腰も立たなかった。私は初めて飲んだお酒に体が動かし方を忘れさせられてたみたいだった。

 

「(どうして?)」

 

まただ。私はここぞという時に限っていつも運がない。おばば様は否定するけど、私という人間はきっとそういう星の元に生まれてしまっているんだと、どうしても考えてしまう。

 

「……っ。」

 

私は唇を噛みしめた。こういう時にはいつも側にいてくれるキマリはいない。人間のお祭りに馴染みがなく、苦手な上に自分が村の人間に嫌われていると思っているからだ。この時間はきっと今は森の奥深くで眠っているはずで、同じような理由でルールーも皆から少し離れた場所にいるに違いない。

 

「ほーら、もうちょいイケルっしょ!?ぐいぐい飲んでユウナちゃんを助けろお前ら!」

 

甲高く夜空に響く漁師長の声。いつもは優しい人なんだけど、こうゆうお祭り事では人が変わったように騒ぎ出し、そして村の人を巻き込んでいくのだ。

 

お祭りというバカ騒ぎでは必須のお調子者という役を先導しているのだけども、間近で関係するとこんなにも強引なのかと私は圧倒されて、声もでなかった。

 

「よし!よく頑張った!次の次で最後だ!お前の飲み込む量に全てがかかっているぞ!さあ一気!」

 

「っ。っく」

 

漁師長が立ち上がって、再びこっちに近づいてきた時、私は人知れず涙をこぼした。

 

自分一人では結局私は何もできないのだ。そう改めて実感した。いじめっ子件もそうだし、召喚士としての旅もそう。本当の本当は私も知っているのだ。ワッカさんは私のためにブリッツボールを止めようとしている事を。

 

ガードの職業を生業にしている人なんて探せば幾らでもいるのに、それでも私はワッカさんという身近な存在が着いてきてくれる事を単純に喜び、他のことは見ないフリをしていたのだ。もっと必死になって私が動いていたら、こんな事にはならなかったはずなのだ。

 

「さあ、次はいよいよユウナちゃんだ!」

 

漁師長の腕が迫る。もう逃げられない、と私は悟った。とっくりの中にはまだまだたっぷりお酒の量が残っていて、こんなに飲んでしまったら私は一体どうなってしまうんだろう、と恐怖に身を固めてられてしまった。

 

ぐいっ。

 

そうだ、これもあれも皆私にいつも勇気が無いから巻き起こしている事。

 

「さあ!お待ちかねだ!ユウナちゃん!」

 

ぐいっ。

 

強くなりたい。もっと強くなりたい。私の身だけじゃなくて、私が大切だと感じる皆を守りたい。それは私なんかの両手じゃ抱えきれないものかもしれないけどそれでも私はそうありたい。お父さんみたいに___。

 

「ほらっ!」

 

 

 

 

 

でも・・・・でも・・・・・怖くて、勇気が出ないんだよぉ・・・・キマリィ・・・・・!

 

 

 

 

 

 

 

パシッ!

 

「んっ……んっ……んっ……」

 

 

 

あれ・・・・・?

 

 

 

「んっ……んっ……んっ……ぶはあっ!ひゃー!うっめえ!」

 

 

え?と思う間には私の目の前にあったとっくりは移動していて、私の頭上で金色の髪が風にたなびいていた。

 

「なんだてっめえ!」

 

「優勝だ!優勝だ!優勝優勝優勝だ!」

 

「ああ!?なんだおめえ!」

 

「優勝だ!優勝だ!優勝優勝優勝だ!」

 

「余所者が勝手にこんな所まで……」

 

『優勝だ!優勝だ!優勝優勝優勝だ!』

 

「なんだてめえら!最弱ブリッツチームの野郎達じゃねえか、この島の面汚し共が!って、こっちに来るんじゃねよ!おい!座んな!飲むな!増えるな!」

 

『優勝だ!優勝だ!優勝優勝優勝だー!』

 

ウワァー!と叫びながら、お互いに肩を組み合った大量の男の人達が祭りの席になだれ込んできた。そしてしばらくの言い合いの末に結局みんなで飲み出した。言い合いと言っても、オーラカの人達は優勝としか言ってなかったけど。

 

「(悪かったな、ユウナ。気がついてやれなかった)」

 

そんな中にワッカさんもいてくれて、私の隣にそっと座ってくれるとそう申し訳なさそうな表情を作った。

 

ワッカさんの手には大きなコップに水がたくさん詰められていて、私はそれをせっつくように飲み干した。

 

「(あいつら、荒っぽいからな。こうゆう事も起きると予想しておくべきだった。許してくれユウナ)」

 

ワッカさんはそんな私をイヤな顔一つしないで、ただ見つめてくれた。

 

ううん、いいの。ワッカさん。そんな顔しないで、私が悪いんだし。それにこうやっていつも私を気遣ってくれるじゃない。それだけで本当に十分なんだから。

 

「(気持ち悪いんだろ?ここは俺らに任せて、遠くで休んでろ)」

 

「(でも…)」

 

「(いいっていいって。ほら、金髪のアイツ。ティーダのクソ野郎は人をノセるの神がかって上手いから…ってアイツ、どこに行きやがった)」

 

周りを見渡すともう金髪の青年の姿は見えなくなっていた。夢だったんじゃないかな、と思うくらいあっさりと私の目の届く場所から自分の痕跡を消していく。そんな予想とも言える印象が私の内にもやもやと残った。助けてくれたお礼を言いたかったのに・・・・。

 

「(まあいいや。とにかく任せてみろって)」

 

ワッカさんはポンと優しく私の肩を叩いて押すと、漁師長と飲み比べのような物を始めだす誰も私を見ていない。確かに今がチャンスみたいだ。

 

「んっ」

 

私はようやく反応してくれた足腰を奮い立たせて、コテコテとした千鳥足でお酒の輪から外れていった。

 

森へ。森の方向へ。足をゆっくり運ばせた。森の先の海岸の風に当たれば、少しは気分が直るとそう感じて。

 

 

 

______________

 

 

 

 

 

「えっ、ほっ、えっ、ほっ…」

 

チョロチョチョロ・・・・と流れる小川を越えようとして、蹴つまずいて、服をまたビショビショにしてから、私は海に至る小さな道に出た。細い道はまだ綺麗に踏み固められていなくて、ところどころで大きな石が私のつま先に引っかかった。

 

「うん…っしょ…んっ…」

 

ぐにょぐにょとした視界を泳ぐように、私の足はすり足で歩を進める。頭の中でパラパラと砂で作ったお城みたいに言葉を失っていくのを、喉元にせり上げって来る酸っぱい味覚と共に感じた。

 

ずりずり。

 

スカートも水を吸って重くなってしまっていて、地面の砂をたくさん食べ混んでいた。まだまだ重くなるぞ、そう言ってにやりと笑うようにシワを作っては消えていく自分のスカートを見下ろして、私は意味もなく笑った。駄目だ。歩いている内に、お酒が完全に回ってきたみたいだ。

 

ずるずる。

 

 

「んっ…んっ…っしょ…」

 

 

ずるずる。

 

歩いて行く内に私の頭の中で思考が消えていって、漠然としたイメージの様な頭の中を占めていく。

 

最初に見たのは、押しつけられるとっくり。その姿は太い蛇みたいに変わっていた。次に見えたのはルールーの安心する微笑みに、私の肩を叩くワッカさん。

 

それに小さな頃にお花の冠を作ってかぶせてくれた時のお父さんの笑顔。そして最後にブリッツボールを脇に抱えて、私の頭上で豪快にお酒を飲み干すライオンのたてがみ。

 

いくつもの出来事が夢みたいに妙に象徴化されて浮かんでは消えていく。お酒を飲むとはこうゆう事か、とこれまた漠然に思ったのだけど、なぜかお酒の席の真ん中に焚かれた変な香りのするお香が原因だと私はなんとなく悟った。もしかしたら全然関係無いのかもしれない。

 

 

「えっほ…えっほ…」

 

 

ずるずる・・・ずるずる・・・

 

歩く。暗い夜道を私は一人でひたすらに歩いた。海に出るにはこんなにも歩かなきゃいけなかったっけ?そう思いながら歩いた。

 

ずるずる。

 

体の平衡感覚が薄れていって蹴躓く回数がだんだん多くなってきた時、私はもしかしたら前に歩いているようで、本当は途中から後ろの方を向いて歩いているんじゃないか、と不安になった。

 

そう思い出したら、だんだん夜の森の暗闇が怖くなってきた。木々に生える枝の全てが私に向かって手を伸ばしている、そう感じながらも私は歩いた。時間が止まっているんじゃないかと思う位、自分の足跡は増えなくて、私は途方もない気持ちにもさいなまれた。

 

 

「ひ・・・・ひマリィ・・・・いる?」

 

 

思わず、弱音を吐いた。小さすぎて誰が聞いたとしても独り言に聞こえるような呼びかけ。おかしいな。舌が上手く回らないや。筋肉が弛緩したみたいに血液が体の中でカラカラと笑っていて、止まっている。それでいて頭の中はぽわーんとしてきた。なんだか・・・・変な気分だ。

 

 

「き・・・・ひまりぃ・・・・」

 

 

動く。動く。木の陰が大きくうねうねと動いている。その踊る動きは私の連想力を強く刺激して、いくつもの思い出したくない記憶と、こわーいこわーい魔物の顔に変わっていって、私の肌を音もなく触れていく。

それはとてもとても冷たくて、私の体温を奪っていく。いけない。体がぞくぞくとしてきた。

 

 

「ひまり・・・・あっかさん・・・・うーうー・・・・。こあいよぉ・・・・」

 

 

途端に私は泣き出した。迷子になった子供みたいにその場にうずくまって、私はピクリとも動けなくなってしまった。足が棒になったみたいに動かない。くすん、くすん、と泣き声を上げてこれから森の魔物達の一人に自分も変わってしまうのだ、という変な想像の影に背中を預けてしまった。

 

 

「っく・・・・・ひっく・・・・」

 

 

「おーおー、やっべ。やっべ。マジで効いてるよ」

 

「うっわー。アレは完璧にどつぼにはまってるな。でろでろだぜ」

 

「ばっか。はめるのは、俺達だろ?ぎゃはははは!!」

 

 

ふと、そんな魔物の声を聞いたと思って私は後ろを振り返った。だけど、誰もいない。どうして?

 

 

「違う。違うよドジユーナ。後ろじゃなくてこっち」

 

え?

 

「真横」

 

ドン!

 

「きゃっ!!」

 

押し倒された。私は今誰かに思いっきり付き飛ばされて押し飛ばされて、地面に頭を打った。

 

思考がぐるぐると混濁して砂嵐の視界が一週回ってグァンと波打つ。こみあげる吐き気と痛み。打ち付けた背中の衝撃が肺に伝わって、呼吸ができなくなった。

 

「さあ、お楽しみターイム」

 

「はあっ。はあっ。」

 

「うっわー。やっぱり近くで見るとよく育ってるなー。食べ頃の果実とはこうゆう事言うんだな」

 

そう言って下卑た笑いを浮かべる、幼馴染み。荒い息を吐くよく私の髪の毛をひっぱてきた乱暴な男の子、お酒の輪で対面に座っていたはずのいじめっ子達が魔物の衣装を着て、私に覆い被さってくるのを最後に、私の意識は___「あ……こわいよ……うーうー」___消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザザーン・・・・ザザーン・・・・・

 

 

 

 

私が目を覚ました時は、まだ夜の真っ最中だった。

 

思考はクリアだ。まだちょっと頭が重いし、なんだか意味もなく怖かったり、面白かったり、変な幻想が見えたりするけど・・・・あ、駄目みたいだ。ぜんぜん頭に思考ができてこない。

 

「・・・えっと・・・・」

 

それでも舌が重力に負けて這いつくばる、なんて事はなくなったみたいで、私は周りの状況を見てここがピサイド村の海岸だということを何とか把握できた。

 

 

「・・・・・あっ!いやっ!」

 

私は慌てて立ち上がり、自分の衣装を確認する。怖い想像が私の中で山びこして、私は体中を自分の手であちこち触った。だけど、予想を反して、服にはどこにも綻びもなく、また乱れてもなかった。

 

「・・・・・・・・あ・・・・ああ・・・よかった・・・あっ」

 

私は再び腰から力が抜けていくのを感じてどしん。後ろにふらりと倒れ込んだ。

 

「あれ」

 

嘘だ。倒れ込んだと思ったけど、椰子の木が私をしっかりと支えてくれていた。どうやら私はこの木のふもとで眠るこけてしまっていたらしい。

 

 

ぽんぽんっぽーん

 

 

そんな時、そんな軽やかな音が向こうから聞こえてきた。

 

 

ぽんぽんぽーんぽん。

 

 

ブリッツボールがそこで踊っていた。中心にいたのは金髪の男の子。たしか、ティーダという名前だったと思う。

 

 

ぽんっぽんぽーん。

 

彼の足に磁石が着いていて、そこにボールが吸い付いているんじゃないかと思う位優雅に、男の子はボールをトラップしていた。

 

 

なんでだろう?なんで私はここいるんだろう。

 

そんな光景を見て、私はそもそも自分はなんでここにいるのかという疑問を頭に浮かべた。

 

 

 

ぽんぽんっぽーん

 

 

 

なんで私はこんな風にキレイな服を着て今まで横たわっていて、こんな風に穏やかな気持ちでボールを見続ける事ができているんだろう。

 

私はたしかあの時あのグループにひどい事をそれはもう酷い事をされてたはずで、そのはずで。

 

 

ぽーん。ぽっぽっぽっぽーん。

 

 

一際高くボールが空に舞いあがり、まるでブリッツボールが彼に求愛しているように、元の位置に戻ってくる。月を背にしたブリッツボールの動きはとても幻想的で、私のまとまりそうな思考と視線を誘うように散漫にさせる。けど、それでも私は必死に考えた。

 

自分が一体どうなったのか?一体何が起きたらこんな風に無事な体でいられるんだろうか?

 

そう必死に考えた。

 

 

ぽんっぽんぽーん。

 

「よっ。ほっ、っと、」

 

 

でも駄目だった。そんなどこかの平和な島に行き着いた、こんな日でもブリッツボールをやっている様なお気楽そうな青年の声を聞いてしまったら、推理はいつまでたってもまとまりそうにない。

 

 

 

そう。本当になんでだろうね___?

 

 

「なんでなんだろうね・・・・なんか・・・安心して涙が・・・でてきちゃったよ・・・・・・」

 

 

 

 

 

ありがとう。

 

きっと、ううん。絶対。君がなんとかしてくれたんだよね。

 

 

 

「ひっく・・・・・っく・・・・ひっく・・・・・」

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

ぽんぽんっぽんぽーん…

 

 

 

 

「ひっく・・・・っく・・・・」

 

 

 

_______ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第七話

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんの金髪尻軽ビッチめ」

 

 

ちっと舌打ちを一つ。ぬるく残った酒の残り火に頭を痛ませながら、俺は自分の女運の悪さについて思索をしていた。

 

昨日の昼過ぎ。俺達はビサイド島からキーリカっていう島にいくための船に乗るためにビーチへと向かっていた。

 

天気は快晴。絶好の旅立ち日和の空の下。

 

そこにはユウナ様率いる愉快な仲間達と、ぞろぞろとペンギンの行進のごとく引っ付いて来た島中の人間達との、お互いの別れを惜しむ時間が流れていた。

 

「ユウナ様、いかないでー!」なんて大声で騒ぐガキンチョ達。

 

「ユ、ユウナ様。これは道中の安全を祈ったお守りです。どうか。。。あぁ!そんなお優しいお言葉を。。。ありがとうございます!」と咽び泣くお婆ちゃん達。

 

その人達一人一人に誠実に応対するユウナ様の目にはうっすら涙が浮かび、それを気丈な顔を浮かべてサポートするルー姉さんがいて、街の漁師達と拳を重ねあったりしているワッカの屈託無い笑顔がある訳だ。

 

そこは俺にとって完全にアウェイ。旅立ちを前にした笑いと涙と感動が支配している圧倒的アットホーム空間だった。

 

どこかでTVカメラでも回ってるんじゃねーのかって位、誰も彼もがセンチメンタルな思いを抱えた顔を浮かべる中で、その中で俺がしていた事とは?

 

 

 

それはそう。聞き込み調査だ。

 

 

 

俺が海に放り出された瞬間と、リュックが着水した時間はほとんど同時だ。

 

潮の流れがいかに乱れていても、俺がピサイド島に流されてきている以上はリュックも付近の岩場や浜に流れ着いてもなんらおかしくはない。

 

そう考えた俺は、島中の人間が一同に介するその場を借りてリュックの姿を見なかったかとどうかを尋ねて回ってたんだ。

 

念入りに一人一人、老若男女構わずに「全身ボディスーツ着た金髪の若い女が打ち上げられなかったか?」ってな。

 

そりゃーもう。散々だったわ。どいつもこいつも「なに言ってんだ?こいつ」みたいな顔しやがっていたよ。

 

いや、ね。俺も分かるよ?全身ボディスーツってなんだよ。なにそれエロいじゃん。それどこのイメクラ。って思うよね。そうだよね。俺も自分が逆の立場だったら通報していると思うよ?

 

でも事実そんな格好した女を探してるんだから仕方ないじゃんか!

 

そんな「シンの毒気がまだ・・・」なんて本気で頭の可哀想な人みたいな心配の仕方するのやめろよ!色んな障害を持った方にも優しいバリアフリーな世の中を一緒に目指していこうよ!マジでちょっと凹むんだよ!

 

 

 

 

チャリッ「レイズだ」

 

ええい、むさくるしい声だ。

 

 

 

 

____と、まぁ結局のところリュックの消息は分からずじまいに終わったって訳だ。

 

 

くそっ。あの金髪元気おしりっ子娘がぁ…人類の宝であるイケメンの手をここまで煩わしておいて、足取り一つ掴ませないってのはどういうことだってんだ。

 

だいたい、たかが初めて会ってから一週間も経ってねえような人間の為に命張ろうとしたって事自体がそもそも間違っているんだよ。

 

15の小娘がノリとテンションだけで、あんな大時化の海から人間一人抱え上げれる訳が無い、そうさっさと判断して俺なんか見捨てちまえば良かったんだ。

 

事実、飛び込んだ所で助けるどころか、一緒に遭難してるじゃねぇか。ったく、ほんとに無駄なことしてくれたもんだ。そういう情に流されましたっていう展開が俺は一番許嫌いなんだよ!

 

くそが!リュック!てめーはもうアーロンと同じく俺の中の絶対絶滅危惧種・要永久監視保護人物リストに登録だ!

 

これからは、外にでる時は首にリード付き。俺の半径5m以上は離れない事を条件にして、知らないおじさんと話さないように口にはギャグボール!

 

体調の不調を訴えたらすぐさま病院行きできる日当り良しの3LDKの室内飼いかつ三食玄米と納豆を食わせる三重苦の刑だコラ!今後は鍵つきのパンツ以外履けると思うなよ!

 

 

 

 

 

チャリッ「。。。」

 

 

 

いらだちのまま目の前に詰み上がったコインをさらに上乗せすると、

 

「ふはははははは!!いけねえなぁ?いけねえなぁ!ティーダ!勝負の最中に考え事なんかしてちゃ!」

 

下品な笑い声が耳元を貫いた。ちくしょう脳に響きやがる。なにがそんなに楽しんだこのティンポ頭。ちょっと右曲りなの何とかしろ。

 

「おらぁ!フルハウスだ!有り金全部吐き出しやがれ!!」

 

はははは!と高らかに笑い続けるワッカ。今までの負けが込んで鬱憤が溜まっていたのだろう、完全にアヘ顔だ。

 

真っ青の顔の上にギラギラ光らせた目を載せて、ワッカはもう待ちきれないとばかりに俺のコインへと手を伸ばしている。

 

金の掛かった勝負に負けている人間の哀れな姿って奴を晒し続けるワッカに、俺は哀れみの篭った視線を向けた。

 

まったく。まだゲームは終わっていないっていうのに。。。。なんて早漏野郎なんだ。

 

「さ、さーて、俺のコインをまずは返してもらうぜ・・・ふひひっ」

 

ガシッ!

 

俺のコインに触れようとしていたワッカの手を掴む。

 

「待ちな。まだ俺のレイズの権利が残っているぜ・・・」

 

もう既に勝負は着いたものだと思い込んでいたワッカのニヤニヤ顔が固まり、瞬時、時が止まる。

 

俺はゆっくりと手元のカードを床におろしていく。そこに圧倒的戦力を持ったカードの姿が徐々に現れていく。

 

「なん・・・だと・・・。お前・・・まさか!」

 

ワッカの表情がみるみる内に絶望の色へと染まっていく。嘘だろ、許してくれ、もうたくさんだ、そんな顔だ。

 

だが掛ける情けはない。俺のコインをそのイカ臭い手で荒そうとした亡者に、今、断罪の宣告をする。

 

「カードをオープンしちまったあんたに、拒否権はねぇぜ!全てのコインを賭けて勝負!フォーカードで俺の勝ちだ!」

 

バッと床の上に開いた俺のカードは色とりどりのキング。威厳をもった王の顔が愚者であるワッカを無表情に見つめていた。

 

「なん…だと…」

 

時が動きだし、その上にゆっくりとワッカの驚愕の表情を浮かべた顔面が沈み、その衝撃で垂れ流された鼻血が花のように広がっていく。けっ、汚ねえ花火だぜ。

 

 

 

「ワ・・・ワッカさん。大丈夫?」

 

「これは・・・むごいわね」

 

 

 

二人の女の声。

 

 

横を見ると、俺とワッカが「やる事ねーからポーカーしようぜ!」とやりだしてから10分後。

 

いきなり部屋に上がり込んでくるなり終止無言で観客を務めていたルー姉さんとユウナ様が、溜め込んでいた息をふぅーっと吐き出していた。

 

たしか二人は船のブリッジで旅のルートの確認や、召還士の心構えやらなんやらとお堅い話をしていたはずだ。なのに早速こっちの部屋に来るってことはおおかた会話が持たなかったのだろう。

 

キーリカまでの道のりは半日ほど。船足で9時間ほどの道のりだ。

 

旅に出て1日目で既に暇を持て余している事実をプライドが認めれず「私たちも混ーぜて♡」の一言が言えない系女子二人が見守る中、命を削り合うような戦いをしている野郎二人という構図ができたというのが今の状況だ。

 

「ワッカさぁ。これじゃあ全然コイン足らないから、貸しにしておくよ」

 

死体と化したワッカに声を掛け、俺はカードを持ってさっさと立ち上がる。イカサマはバレない内に撤退するのが基本だ。

 

「す、すごいね。ルールー。さっきのがポーカーフェイスっていう技なんだよね。私だったら絶対表情に出しちゃってたよぉ」

 

「そうね。私でも読めたかどうか・・・。あんた強いわね・・・」

 

「まぁエースっすっから」

 

汚れた俺の魂にはユウナ様のピュアの視線が痛い上に、ルー姉さんの闘志にも火がつきそうな事を感知して俺は脱出を試みる。

 

これ以上はまずい。そんな予感だった。そしてこういう予感はたいてい・・・

 

「すごいねキミは・・・れ、練習したら私にもできるようになるのかな?」

 

よし、脱出だ。今すぐこの場をおひらきに_____ガシッ!「待ちなさい」

 

走りの初動をルー姉さんに掴まれてギギギと悲鳴をあげる俺の服。痛いっすよ、爪めっちゃ食い込んでますって姉さん。

 

「ユウナが。あんたと。カードゲームを。したいって。・・・そう言ってるんだけど?」

 

 

ぼそりと。

 

 

耳元に息を吹きかけるように呟くルー姉さんを背後においた俺にできる事は無かった

 

 

 

 

 

____と言うとでも思うっすか!?お断りっすよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナっ!

 

 

そのなな。

 

 

 

 

 

 

 

ざざーん。

 

 

 

 

 

波が、船体を大きくゆったりと揺らす。

 

波の音を聞きながら俺はとっくりと水を一くち口にふくんだ。そしてフゥと一息つく。

 

ついさきほど親の敵でも見るようなルー姉さんの熱視線を背中に浴びながらも

 

「ちょっと船酔いしちゃったみたいなんっすよ・・・」と鮮やかに船室から脱出を成し遂げてきた自分の美しい仕事っぷりに酔いながら、俺は甲板から海を見渡した。

 

 

今はこれ以上女がらみの厄介事を関わるのは良くない。

 

 

そう思って、俺は文字通りユウナ様達から逃げてきていたのだった。

 

 

 

この判断の基準としては昨夜の事件だ。俺は空をあおいで、昨夜の出来事の記憶を頭の中に走らせた。

 

ユウナ様を囲んで開かれていた酒の回し飲みの席。そこに焚かれていたお香。あれの中身には「ダックの葉」が混ぜられていた。

 

 

 

ダックの葉。

 

 

 

それはそのままの形ならほとんど無害だけど、乾燥させるといわゆる麻薬ってやつになるタイプの植物だ。

 

俺は、この葉を少し嫌な思い出がある位には知っていた。だから、焚かれた香から漂う匂いですぐにソレに気がついた。

 

こいつの症状は幻覚系のトリップを見せるっていう、どっちかって言うとダウナー系のブツで、ザナルカンドではもちろん違法の薬物だ。

 

事の顛末としては、あれの煙を吸わせてブリブリになった女の子を廻そうなんてアホな事を考える本物のアホ共が昨日あの酒の席にいたってだけの笑い話だ。

 

けど、それにユウナ様が見事に引っかかっちゃたから話がガラッと変わる。

 

俺が思うにユウナ様は真面目で。純粋で清純で。自分から悪い事をしようと考えない分、自分が悪い事される対象だとも考えないような無垢な女の子だ。

 

おおかた酒を飲むのも初めてで、抵抗もあっただだろうけど「村の人との最後の付き合い」なんていう生真面目な考えの元に、あの酒の席に参加していた様子だった。

 

だから体や精神に明らかな異常を感じても『祭りの熱気に浮かされてるだけだ』と、『少し酔いが回っているだけだ』と、自分の事情を後回しにして判断を伸ばしていた節があった。

 

でもそれがいけない。はっきり言って正常な判断じゃない。

 

普通に考えたら、大の男達が寄って集まって未成年の女に無理に一気飲みをやらせようとしてる状況がそもそもおかしいんだ。

 

村の慣習だかなんだか知らねぇけど、嫌な思いをしながらも我慢する必要性がどこにあるってんだ。どう考えても理はこっちにある。

 

それなのにユウナ様は断らない。自己を主張しない。

 

それはもはや最後の夜だからとか。村の人たちに対する恩返し、または性格の生真面目さどうこうっていう話じゃないんだ。

 

昨日のあれはただの臆病って言うんだ。

 

酒を服にぶちまけられて召還士の衣装に染み作ってたときは、あんな辛そうな顔してたじゃないか。

 

大切なユニフォームが汚されたら俺だったらキレてるね。嫌なら嫌って言えばいいんだよ。

 

抜け出す理由なんて「明日は大切な日だから」の一言で十分なんだから。

 

 

 

ザザーン。

 

「・・・っ」

 

 

 

まぁたしかにさ。年上のガタイの良い男達に囲まれて酒を強要されたら、普通の女の子でも断るのは難しいだろうさ。

 

だからこっちも助け舟をだして代わりに俺が酒飲んだ訳なんだけど。。。問題はそこからだよ。

 

どうしてあの状態でふらふらと一人で森の方に歩いて行っちゃうんすか!?

 

体調悪いときは誰かに看病してもらう。これが鉄則でしょうが。ガードなんていう便利な人たちがいるんだから、付き添いを頼もうっていう発想がなんで出てこないのよ!まったく。

 

ダックの葉の匂いに俺が気づいてたから良かったものの、俺があのまま気づかなかったら、それはもう本当に洒落にならない色んな事されてたんだからな!

 

 

「・・・はぁ」

 

 

まぁそんな訳で、俺から見てのユウナ様は見た目はイケてるけど、色々性格に難ありな女の子って訳だ。とゆうかぶっちゃけ、面倒くさい女のタイプだと思う。

 

召還士なんていう手を出したらマジで殺られる5秒前な特別な身分も相まって、過度な接触もとい表面的な会話以上の深入りは避けるべきだというのが俺の結論。

 

ただでさえ今はあの金髪元気ケツ娘の事でこっちは手一杯なんだ。

 

召還士ユウナ様に関しては、どうせルカまでの短い付き合いなんだからと割り切っていくのが最良と俺は見ていた。

 

今後のコネクション作りの糧になってくれたら嬉しいが、まぁ多くは望まない。

 

そう。判断は早いほうがいい。

 

こと女がらみの話では判断を先延ばしにして、なぁなぁで処理していく事が最も愚かな行為なのだから。

 

この辺の線引きができなければ俺のようなイケメンチャラ男はやっていけない。

 

リスク管理をしっかりやらないと背後からサックリとナイフで刺されかねん。現にそれで選手生命を奪われた奴が身近にいた。

 

今まで自ら修羅場という地雷を埋め込んでいっては、爆発させてきた経験の数々が今の俺を作っている。

 

人は歴史から学んでいくことで成長してきたのだ。俺もまたその人の理に乗っ取って、自分の身を守ろうじゃないか。

 

そう。これは現代の様々な要因によって生まれるストレス。

 

そこからなる殺伐とした関係の社会を生きのびる為の知恵。処世術なのだ!

 

俺は自分の割り出したビューティフルなまでの回答、今後の身の振り方の展望に満足し、深呼吸を一ついれる。

 

結論は、でた。もう俺は、迷わない!

 

空は俺の晴れやかな心を映し出したかのように、青くどこまでも澄んでいる。

 

その青さを見届けたことを確信して、曇り無い笑顔で俺は____

 

 

「あ、あの、酔い止めのお薬貰ってきたんだけど!」____

 

 

 

けれども、人間思うようにはいかないことも多いっすよねー!

 

 

 

 

 

 

「もしまだ気分が悪いなら医務室のほうに行かなくっちゃ。。。」

 

「いや、それには及ばないっすよユウナ様。もう大分気分が良くなったから」

 

NIKORIと。爽やかな笑みを一ついれてから、不安そうな顔を浮かべるユウナ様に目をやる。

 

手には紙に包まれた茶色い粉末が握られていて、その上のおっぱいが波のタイミングと一緒に揺れていた。揺れていたんだ。

 

「そっか、良かった。よくなってきたんだね」

 

パアッと屈託のない笑顔を咲かせるユウナ様に応えて「うっす!もちっすよ!」俺は腕に力を入れて、ぽこっと力こぶを出してみせる。どうだい、堅そうだろ。触ってみても…いいんだぜ。

 

「そういえばユウナ様は大丈夫?昨日大分飲まされてたでしょ?」

 

「う、うん。実はまだ頭がちょっと痛いんだ。ルールーが二日酔いだからお水たくさん飲んでおきなさいって」

 

「あー、そういう時はシジミのスープ飲むといいっすよ。こう、塩っ辛いくらいのやつ!」

 

「え?シジミ?」

 

「アミノ酸やらなんだかの成分が肝臓に良いらしいんすよ。テレビで観てこの前やってみたらマジで効いて、それからはヤミツキっすよ!」

 

「アミノ・・・酸?」

 

耳慣れない単語だったのだろうか。ユウナ様は首を傾げた。

 

「こっちではそういう成分とか検証されてないの?ビタミンとか、そういうの」

 

「う、うん。少なくとも私は聞いた事ないかな」

 

「ふーん」

 

ザナルカンドでは健康マニアの主婦のお昼の話題のネタの一つ。大分庶民的な知識だ。こっちではまだそういった技術は発達してないんかね。

 

「キミはいろんな事を知っているんだね・・・ザナルカンドではそういう事をみんなが知っているの?」

 

「まぁそうっすね。今のは常識レベルっすけど、ガキの頃はぼっちでいる事のほうが多かったっすから、よくテレビ見ててさ。雑学には結構自信あるんすよ」

 

思わず口を付きそうになった、母さんが死んでからは特に。っていう言葉だけは伏せることにした。親の話なんて口にも出したくなかったからだ。

 

「ふふっキミがテレビッ子って、なんか意外だな。ちょっと想像できないかも」

 

一瞬驚いたような表情を浮かべた後、ユウナ様はあははっと声を出して笑った。ことのほかユウナ様にはテレビの話題は反応が良かったみたいだ。

 

「実は私もね、ワッカさんに内緒で長老様のお家でテレビをよく一緒に見せてもらってたから気持ち、ちょっと分かるかも。お昼間の番組ってなんか平和だし、にぎやかで面白いよね」

 

「あー分かる!?俺も夜の番組より、あのぬるい感じが好きなんすよね!」

 

「うん。私、村ではちょっと浮いちゃってたから。みんなと遊んだりっていうのなかなかできなくて、そうやってテレビ見て過ごしたり、おばば様と占いとかおはじきしてもらってたんだ」

 

「へー。俺こそ想像できないっすね。昨日の感じじゃユウナ様は村の人気者だったって感じたからさ」

 

見送りに来た人達の反応をちらちら見ていた俺は、ユウナ様の事を村のアイドルみたいなものだったと思っていたが、どうやらちょっと違うようだ。

 

「年配の人や小さな子は平気なんだけどね。同世代の人達はあんまり好かれていなかったと思うな。召還士の娘だったり目の色が左右で違うって事でよく虐められてて・・・ほら・・・昨日の男の子達とか」

 

ユウナ様はそう声のボリュームを先細りさせながら、そう呟いた。

 

昨日の男達ってのは、あのユウナ様を廻そうとしてたアホ共の事だろう。襲われた恐怖がまだ残っているのだろうか。ユウナ様は肩をすくめて目を伏せた。

 

 

「あー、なるほどっす」

 

 

たしかに言われてみたら、こんな小さな村にこんだけ可愛い子がいたら、色々確執ができても当然かもしれない。

 

男からは取り合いというかお互い牽制しあっちゃうだろうし、女の子からしたらその雰囲気が面白くないもんで爪弾きにされたんだろう。

 

「私、気づかないままに、なんかしちゃってたのかな。今考えても何であんな事されたのか・・・分からないんだ」

 

島のある方向の海へ目をやりながら、ユウナ様は自分を責めるような口調でそう言った。

 

なるほど。酔い止めは口実で、この話をしたかったのか。

 

「私にもどこか悪かったところ、あるはずだよね。。。」

 

やり残し。やれなかった事がある。後悔がある。

 

島の方向に向けられたユウナ様の目は、そんな寂しそうな目だった。

 

 

今にも泣き出しそうなその姿がまるで小さなガキみたいで。だからだろうか___

 

 

 

「あ、ご、ごめんね!私ばっかり。その、つまらない話をしちゃって!おもしろくないよね___」クシャ…。

 

 

 

___俺は自然とユウナ様の肩へ手を回して髪をなでていた。

 

 

 

「お疲れさま。辛かったすよね」

 

 

へ…?と顔をあげるユウナ様に合わせて、ユウナ様の頭から手を離す。シャンプーの良い匂いがふわっと漂った。

 

「自分の話をつまらない、なんて言っちゃダメっすよ。大丈夫。ちゃんと聞いてるっすから」

 

「え、あのあの、え?私今その頭に手を置かれて・・」

 

「ユウナ様は悪くないっすよ。大方ユウナ様が島で特別綺麗で可愛いから、それに嫉妬とか独占欲持ったりしたりしてた奴がやった事っすから、気にするだけ損っすよ」

 

顔を覗き込み、できるだけ優しく、言い聞かせるようにそう言ってあげる。昨日の今日だから仕方ないけど、今のユウナ様は見ていてどこか不安定で、危なっかしい。

 

「大丈夫。もうあんな怖い目なんかに合わないっすよ」

 

だからこれくらいの子供に言い聞かせるような感じの口調が好ましく思えた。ちなみにこういう仕草で女の子にあたるのはイケメン故にできる技だから素人にはおすすめしない。

 

 

「え、あのその!そうだ!私!本当は昨日のお礼言おうとここに来て____!

 

 

 

 

瞬間。

 

 

ザパーン!!!

 

 

船が大きく揺れた。

 

 

 

 

「シーーーーン!!!!」

 

 

 

____またかよっ!

 

 

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

ざばぁっ…ポタッ…ポタッ…

 

「・・・・」

 

海中から浮上して、背中に背負ったユウナ様を慎重に船のデッキに下ろすと、俺はそのままの足で歩き出す。

 

「ユウナ!」

 

「ユウナ!大丈夫か!」

 

遅れて海から船体に昇って駆け寄ってくるワッカと、必死な表情で海を覗き込んでたルー姉さん達にユウナ様を任せて、無言ですれ違うように船室へと向かう。正直、あまり余裕が無かった。

 

「けほっ!ごほっごほっ!私は、だ、大丈夫だからっ」

 

「そんなわけないでしょ!ほら背中見せて!」

 

「ティーダ!よくやった!あとで俺のケツ貸してやる!ユウナ!どこか打ってたり、擦りむいたりしてないよな!?な!?」

 

 

 

 

ポタッ…ポタッ…

 

 

 

 

むせてとてもじゃないが話せそうにないユウナ様を囲んで、やいのやいのと群がる群衆の間をするりと抜けていく。

 

靴の中に溜まった海水の感触に若干の不快さを感じつつ、俺はデッキから船内へ入る扉を体で押して入っていった。向かう先は医務室だ。自己判断としては、包帯と消毒液だけでとりあえずは足りそうだった。

 

 

「う…うぅ。頼むから、無事でいてくれ…」

 

 

廊下には男が一人うなだれていた。たしかこの人はワイヤーフックをシンに射出した人だ。

 

船の近くに突然浮上したシン。その進行方向にはキーリカ島があった。

 

この人がワイヤーフックをシンの尾ひれに射出して、シンの注意を引こうとして束の間。

 

俺たちはシンの邪魔者として判断されて、シンのこけらに襲われた。

 

こけら達をなんとか撃退したはいいけど、その間に繋がっていたフックは切れてしまって、シンはキーリカ島のある方向の海へと消えていく。今頃はもう島に到着しているだろう。

 

さらにシンは去り際に尾ヒレで一撃、船体をひっくり返すような衝撃とダメージを与えていっていた。被害は甚大。

 

船は破損しながら大きく揺れ、その拍子に船体に昇ってきた巨大な波にユウナ様は海へとさらわれたのだ。俺の、目の前で。

 

 

瞬間、俺は走っていた。

 

 

追って海に飛び込んた時にはもう、シンのこけらがユウナ様を襲っている真っ最中だった。ユウナ様は泳ぐ事ができないみたいで、状況的に俺がどうにかするしか無かった、

 

飛ぶような速度でユウナ様を魚の尖った触覚が襲う。その軌道に無理矢理割りこんだ俺の肩には風穴が空いたけど、持ってた剣を振り回してなんとか撃退。呆けていたユウナ様を抱えて浮上ってのが今の流れの顛末って訳だ。

 

 

 

ぽたっ…ポタッ…

 

「ほんと・・・何やってるんだか」

 

 

 

怪我をした肩を抑えていた手を離して、そっと手のひらを見る。血だらけだ。付着した自分の血は、妙にリアルで生臭いものに思えた。

 

 

キィ。

 

 

医務室への扉を押すと小さく軋むような音を立った。流れ込んでくる空気に混じる消毒液の匂いを見つけて、俺は足を進めた。医師は留守のようで、多分デッキのほうの怪我人に着いているのだろう。

 

適当にアルコール液を何本か掴み、備え付けの洗面台へ。

 

 

何故か先に手を洗いたかった。

 

 

俺は上着を脱いで一緒に洗面台にぶちこむと蛇口を捻った。

 

ジャー…。

 

赤い。紅い透明な液体が俺の手から、服から。ぬるりと触覚を刺激して流れ落ちて渦を巻く。

 

スポーツ選手やっていたら血なんか見慣れている。爪の接触や頭同士の衝突。いろんな理由で怪我をして俺達は医務室にやってくる。

 

ヒザを擦りむいた程度の笑う余裕のある時もあれば、目の上を切ってしまって心臓ばくばくの不安の状態で運ばれてくることもある。自分でも分かるほどの大きなクラッシュをした時なんて最悪だ。

 

怪我をした怪我をした怪我をしてしまった。症状は?後遺症は?復帰はいつ?これからも問題なくやっていけるのか。やっていけなかったらどうする。俺に他に何ができる?いや、なんでもできるさ。でもブリッツ以上の何かなんて。

 

 

そんなことばかり。

 

 

そんな言葉ばかりが頭に占めて、どうしようもなく怯えてしまう。そう、怖いんだ。不安で、孤独で。

 

 

ジャー、キュ…キュッ…。

 

「いっつ…!」

 

 

最後に一度怪我した肩を水に突っ込んで乱暴に洗う。そしてすぐさま消毒液を思いっきりぶっかけた。じわじわっとした痛みの不快感が肩口から胸のあたりまで広がってくる。

 

「いちちっ…いたいってば!この野郎!」

 

自分で自分に悪態をつきながら、消毒液のボトルの2本目の口をあけそのまま再度ふりかけてる俺は外から見たら相当なドMだが、後々膿んだりしないようにやはり、ここの行程はしっかりやっておかなければなるまい。

 

…ふーっ。…ふーっ。と強く息を吸い込んで細く吐き出す。

 

それを繰り返しながら、俺は自分の肩口に応急処置を施していく。傷口を洗い消毒をしてガーゼを三重にしてあて包帯をキツく縛る。

 

手慣れているとまではいかないが、素人にしては十分だろう。

 

包帯をきっちり巻いたら、あとは肉が塞がるのをじっと待つだけだ。包帯変えたりとかそういうのは、ここのベッドで寝てたら戻ってきた医者が勝手にやっておいてくれるだろう。

 

傷もちゃんと見てみたら体感的な感触よりも浅かったみたいだし、これで一安心_____「あんた、なに…やってるのよ」

 

 

___ん?

 

 

声の出所は医務室の扉のそばからだった。開けっ放しにしていた引き戸の横でルー姉さんが、なにか信じられないようなものを見たような目をこっちを見ていた。

 

 

「なにを…考えているのよ。ねぇあんた」

 

 

ルー姉さんは一瞬そんな呆けていた表情から一転、いつものクールな不機嫌顔を取り戻し再度俺に対して、見たら分かるであろう質問事項を繰り返した。ルー姉さんにしては珍しい態度だ。

 

これは…俺がなにか悪いことをしたパターンかもしれない。

 

心なしかいつもの不機嫌顔も120%増しな気がする。

 

もしかしたら事情聴取ごっこ(プレイ)をしたいのかな?とかも思ったけど、そんな事言い出せる空気じゃない上に、それ以外の面白い返しも思いつかない。困った。

 

「ユウナを船室に戻してる間、あんたは気づいたらいないし。探そうと思って廊下に出たら床に血痕が続いてて…しかもそれ、奥に行くほど大きくなっていくしで…!あんたどういうつもりよ!」

 

え。なにそれ。ルー姉さんもしかして血が苦手とかそういう設定あったの。

 

むしろ魔女だったりそのゴシックファッションとか相まってそっち系の世界観のものが好きなもんだとてっきり。

 

ギャップがあって良いと思うけどガードやっててそれは不味いと思う。

 

モンスターとか最後は何故か消えちゃうけど、戦ってる間とかは血とかびしゃびしゃ出してるし、ガード自身も爪で引っ掻かれたら血は出ちゃうよ。

 

それともあれかな。船室を汚したら追加料金払わされてやばいとかそういった類いの…いやそれは無いな。もうシンに船ごとあらかた壊されてるし。

 

とゆうか、そもそもそれで叱られたらさすがに凹む。

 

俺結構がんばったはずなのに、鬼の所業だ。そいつはひでぇよとっつぁん!なもんだ。

 

 

 

キィッ…バタン!カツカツ…。「見せなさい」

 

 

え、何を?下半身っすか。

 

 

 

「いいから見せなさい!さっきユウナを助けてた時に怪我してるんでしょ!」

 

なんだそっちか。上半身裸の男にそんな主語を抜かした状態の事言わないでよ。期待しちゃうじゃん。

 

「う、うっす」

 

はらり、と。巻きかけの包帯を外して傷口を見せる。ちょっとグロい。

 

「…っ!この馬鹿っ!!」パシンッ!

 

いたいっ!殴られた。なんか理不尽に殴られてるよ俺!え?なにこれどういう状況?

 

「あんた、なんでこんなになってるのに早く言わないの!ほとんど穴空いてるじゃない!」

 

「え、いや穴まではいってないっすよ。撃たれたわけじゃないんすから、そんなたいした事じゃない」

 

「そういう問題じゃないでしょ!そういう問題じゃなくてあんたは…」

 

あんたは…の後に言葉は続かなかった。

 

今まで怒りの有頂天状態のルー姉さんは目をハッと一度見開いてから、ゆっくり呼吸を整えた。

 

 

そして最後にはぁ、と一度深い溜め息はいて。

 

 

 

「…」

 

 

 

「…」

 

 

 

沈黙。俺もどうしたら分からず、沈黙で返す。その状態が何秒か続いた。

 

「…怪我は大丈夫なの?」

 

「う、うっす!痛みも予想の範囲っすし、まぁこれくらいだったら、すぐ治るんじゃないかと思うっす」

 

「そう…。こっちに来て座りなさい。包帯。巻き直してあげるわ」

 

キィ…と、治療道具を片手に椅子をひいてゆっくりと座るルー姉さん。保険医っぽくてエロいと思った。

 

「あ、でも多分俺の方が包帯巻くのうまいっすよ。ブリッツ選手っすから」

 

「私だってガードよ。だいたい肩の怪我なんだからやり方知ってても片手でうまくできないでしょ…。いいから、黙って巻かれなさい」

 

ルー姉さんは俺を引っ張って座らせると、縛りが甘かったのか、もう血がにじんできた包帯を捨てると新しい包帯を出してきては巻きだした。なかなか堂に入った手つきだった。

 

「今、医師は他の船員を見て回ってるわ。シンのこけらが船の裏手にも出てたみたいでね。大きな怪我員もでてなかったみたいだから一通り落ち着いたら、戻ってくるでしょう」

 

「そうなんっすか」

 

「ユウナは、ちょっと溺れかけたせいで軽くパニックになってた。そのせいでちょっと大変だったんだけど…キマリの顔見たら安心したみたい。今は着替えて船室で休んでるわ、多分ワッカも一緒」

 

あー。まぁあの状況じゃあな。

 

短い時間とはいえあんな流れの速い濁った海で一人、海に残ったシンのこけらに襲われてたんだから、ちょっとびびっちまうのは仕方ない。

 

「怪我もほとんどしてなかったしね。ユウナがあの程度の状態で帰ってきてくれたのはあんたのお陰よ。ガードとして、ユウナの姉として、あんたに礼を言うわ」

 

ありがとう。と、ぽつりと言って、ルー姉さんは俺の方をじっと見た。

 

これは…このままご褒美の流れか!そうか、さっき医務室の扉を閉めたのはこういう意味だったのか。鍵をしていないのもまた一興っていう趣味ですか、ルー姉さんんんん。

 

 

「でも」キュッ!「いでっ!」

 

 

「さっきの一件のあんたは、気に入らないわ」

 

 

えええええええええ。ほええええええ。なんでえええええ。

 

 

「ほんとに…気に入らないわ。あんたにとっては、まぁワッカはブリッツの事もあるけど、そうじゃない私たちのことをなんだと思っているの」

 

「え、いや、召還士一行っていう意味とか意義とかまだ俺よく分かっていないんで、あれなんですけど。みんなの為に命はってシンなんていうあんな化け物と戦うなんて立派だと思ってるっすよ」

 

それは本当だ。ユウナ様の召還獣とかも見てすげーとも思ったけど、あの化け物と戦いに行く決心の材料としてはまだ貧弱で、それを埋める要因は気持ちだ。半端な覚悟ではやっていないだろう。

 

「…そう思ってくれるのは勿論嬉しいし、励みになるわ。けど、今話してるのは、そういう召還士とかガードとかっていう意味じゃなくて、私たちも一人の人間だっていう話よ」

 

ん?どういうことだ。

 

「たしかに、あんたにとっては私達はちょっと道が噛み合っただけの旅の連れ合いかもしれない。私たちにとってもシンの毒気の事には同情しても、私たちの旅は先を急ぐタチのものだから力になってあげれない。そんな関係よ」

 

ならもっと個人的な深い関係に…「でも、あんたは助けてくれたじゃない。ユウナを。昨日も、そして今日も」

 

「え、まぁ、なんとなく空気読んだと言うかなんというか」

 

「なによその空気読むって…まぁいいわ。とにかく召還士の意味も分かっていないあんたからしたら、ユウナはお偉いさん所の一人娘って位の認識なもんでしょ」

 

ぎくり、とするが話の本題はどうやらそこじゃないらしい。俺は真顔を貫いた。

 

「そんな状態でのあんたが、身を張ってユウナを守ってくれた事に対して、私たちが何にも思わないとか考えてるの」

 

…あー、そういうことか。

 

たぶん要するにルー姉さんは俺が一方的に借りのような物を作っている形になっているのに、俺がなんの要求も頼りもしないことに怒ってるんだろう。

 

「まだ出会って二日ばかりだけど、ユウナはもちろん。私とワッカ、キマリでさえもきっとあなたに恩を感じているわ」

 

「…っすか」

 

別にそんな気にしなくてもいいのに。とゆうかあまりされたくない。ルー姉さんはあまり人を見る才はないんだな。

 

俺は、そんな綺麗な理由で動いた訳じゃない。

 

ただ、たまたま状況的にそうなっただけなんだ。

 

今日のことだって、損をしたと思ってる。後悔をしている。

 

召還士だかなんだか知らないけど、助けることに命がけになれるような使命感なんて、俺にはないし、もうちょっと状況が悪かったら構わずケツまくって逃げる判断をしていたはずだ。

 

率直に言ってそうゆう奴には一回の感謝こそすれど、特別な感情なんか感じない方がいいと思う。

 

そんな事を考えたのが思わず顔に現れたのか、包帯を巻く手を一端止めて、ぎろっと俺をルー姉さんはにらんだ。いかんいかん、血が流れすぎてぼーっとするせいかな。表情が作れてない。

 

シュルッ…キュッ。

 

包帯が巻き終わる。あとはもうやる事はないはずだ。ベッドメイクはもう済んでいるとゆうか、だれも使ってなかったみたいで綺麗なものだ。疲れてる。もう早く寝てしまいたい。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

そう思ってるのに、ルー姉さんは椅子を立とうとしない。こちらをじろっと観察している。居心地がわるい。美人に見つめられるのは嬉しいが時と場合にもよる。今は違う。そんなまっすぐな目で見るのは、やめてほしい。

 

「今のあんたが何を感じてるか私にはそのポーカーフェイスは見抜けないけどね…」

 

ルー姉さんは視線を逸らさない。俺は目をそらせた。しまった、露骨に見えたかもしれない。くそ、馬鹿になってるな。

 

 

「ルカに着いたらそれでバイバイ、はいさよならって笑って言うような薄情者に私はなった覚えは無いわよ!」

 

 

バンッっとルー姉さんは医務室の扉を勢いよく閉めて出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ザザーン。

 

 

 

 

 

と波の音が聞こえる程度の静寂が戻ってきた。

 

 

「よく分かんないな」

 

 

俺は自分の怒られていた理由にさきほど予想をある程度つけてたが、もしかしたら違ったかもしれない。

 

だって、俺今日がんばったもん。なのにあそこまで怒られる理由はないはずだと思う。ルー姉さんは、きっと今日が女の子の日なんだ。

 

うん、とりえず、忘れよう。生理の女が理不尽なのはいつものことだ!くよくよしててもよくないぜ!

 

そうと決まればとベッドに潜り込む。結構新品っぽい匂いがして悪くない。自分の匂いをこすりつけるようにゴソゴソもぞもぞ、色んな体の部分のポジションを治して満足した俺はふぅーっと息を吐き出し、目を閉じる。

 

 

 

 

…ザザーン。

 

 

 

 

すー…ふー…。と深く、深呼吸するように息をすることだけを繰り返す。

 

普段していない、息をする、という意識をあえてする。集中する。これは思考から言葉を追い出したい時、なにも考えたくないか、考える必要のない時の儀式みたいなものだ。

 

こうすると、いつもならそのまま眠れるんだけど。

 

ジワッ…ジワッ。

 

なんだけど、呼吸をするたびに肩の傷は小さな悲鳴をあげて、あと一歩のところで眠りに入り込めない。

 

傷の感触はまるで火傷のようで。堅い地面の上でこけて、皮がべろっとなるくらいにヒザを擦りむいたときの痛みによく似ていた。

 

そして俺はこの痛みに似た感触をよく覚えていた。

 

「…」

 

ぼっちで練習して、こけて、泣いて、痛い思いして、帰ってきた時には同情を誘う相手はもういなくて、また泣いて。

 

ぐすぐす泣きべそかきながら広くなった部屋で一人。

 

背伸びしないと届かない高い所に置かれた薬品箱を漁ってたあの時。

 

 

 

 

そう___あれは雨の日だったな。

 

 

 

怪我して帰れば少しは心配してもらえるだろうとか、構ってもらえるだろうとか。

 

マザコンらしい今考えたら馬鹿らしい幼稚な考えだったけど、あのときの俺はその怪我=気を引けるっていう定理に縋りたがっていた。

 

 

母親が死んだ。その実感が無かったんだ。

 

 

だから心配してくれる奴なんか誰もいないのに、あえて怪我するような練習の仕方をしていた。雨の中でひたすらランニングしたりボール蹴ったり、とかまぁそんなんだ。

 

当然のように体が傷だらけの上に、熱まで出して家に帰る。でも。

 

ただいま。って言ってるのに、部屋は暗いし誰もいない。こんな辛い思いしているのに誰も僕を見てくれない。気にかけてくれない。なんで、なんで僕ばかり。

 

そんな溜め込んでいた不満が、唐突にはじけた。

 

 

 

 

気づいたら、走っていた。

 

 

堤防の向こう、その先はすぐ海だった。大雨で海はびゅうびゅうの轟々として、ざわめいていた。まわりには人っ子一人いやしなくて、周りの民家も窓どころか雨戸まで閉め切っていた。

 

そのせいか振り返った街はいつもより暗くて、ビビって戻るのも躊躇するような感じだった。俺は海をみつめる。

 

今日の海は危ない海だ。この海で溺れかけたら、きっと今度こそ僕を見てくれる。そんな、もはや脅迫めいた思い込みだった。それしかもう俺ができる事は無かったんだ。

 

決心は早かった。

 

俺は堤防の先の先へと走り出す。クラウチングスタートからのダッシュ。徒競走みたいに、勢いよく走り出した。

 

足の回転が上がり、後頭部に靴から舞い上がった泥が付着する。

 

雨は縦から横殴りに、無数の小さなトマトがぶつかって弾けるような感触に変わる。

 

もう、目は開けていなかった。

 

だんだんと視界が暗い海で埋め尽くされていくのが怖かった。それでも止まらない。ブレーキを踏めないように、全力で走り出したのだから。

 

 

 

 

「ただいま」

 

 

 

小さくそんなことを呟いたと思う。

 

返ってこなかったその言葉が心の中で反響して、着地点のないまま小さくなってどこかに消える。

 

 

 

それが。我慢ならなかったんだ。

 

 

 

「…っ…!」

 

足音が早い。多い。頭の中が雨と足音だけになって、世界が妙にスローになっていく。

 

 

「…ッ…!」

 

 

ザアザア。ゴウゴウ。ザアザア。ゴウゴウ。ノイズのような音。それを振り切るように俺は走った。

 

 

「…ッダ…い…!」

 

 

一歩、二歩、三歩、どこまで数えただろうか、いつになったら自分の足は地面の感触か水の感触に変わるんだろう。

 

 

「ィーダ…っ!」

 

 

あと、何歩走ればいいのだろう。そう思って俺は薄目をあけた。

 

 

 

 

 

「あ…」

 

 

 

 

____なんだ____もう次の一歩で____。

 

 

 

 

 

慣性と、重力を感じる。

 

足場を無くした体はバランスを失い、宙へと放り投げだされるその時___

 

 

「ティーダッ!!」___誰かが俺の名前を呼んだ。

 

 

紅い外套。編み上げのブーツ。変なちょんまげ。腰に着いた時代がかった酒のとっくり。

 

雨に濡れた革手袋が、俺の腕を掴んで、持ち上げてた。

 

足場は無かった。下には海がある。でもそこに向かって落ちてもいない。

 

 

重力を感じる。

 

 

腕に、そして肩に。自分の体重を腕一本で支えられてるんだから当然だ。痛い。

 

「まったくっ…!こっちに来て早々手のかかる…!えぇい!ジェクトといいお前といい、お前ら一族は俺を走らせるのが本当に好きなようだな!」

 

どこから走ってきたのだろう。息を荒くした男が俺の目の前で怒った顔つきでこっちを見ていた。知らない人のはずだった。

 

「さっさと上がってこい。少しは甘くしてやろうかとも思ったが、ヤメだ!躾がなっていないようだから、この際みっちり説教してやるっ!来いっ!」

 

またさっきのスタートラインの位置まで戻されてから、ようやく下ろされた。再び地面に足が着いたけど、ストンと膝から崩れて、尻餅をつく。

 

「な、なんだ。どうした。ってお前痣だらけではないかぁ!なにがあった、まさか魔物に襲われでもしたのか!?」

 

俺の体をあちこち触りながら目を見開く紅い人。正直なにを言っているのかよく分からなかったけど、とにかくその紅い人は俺の顔を見て動揺しているみたいだった。

 

 

俺を、心配している、ようだった。

 

 

「くそっ医者が先か!いや、ここの地理をまだ把握しきっていない。ひとまずは家に!」

 

また足がふわっと一瞬宙に浮かび、今度は柔らかい感触に着地する。あっという間に俺は背中におぶらされれていた。

 

「熱もあるか…!おいっ!ティーダ!家への近道はあるか!」

 

どうやら家に帰るらしい。俺の家に。

 

「ええいっ!はっきりせん奴だな!もういい!来た道をそのまま戻るぞ!」

 

なんで。どうして。この人は必死なんだろう。俺に構ってくるのだろうか、知らない人のはずなのに。「どうして」

 

「む?なにか言ったか!いいから帰るぞ!それまでは黙っていろ!舌を噛むぞ!」

 

帰る?「なんで」

 

 

 

 

_____ハッ!___ハッ!__

 

 

 

 

おぶさった背中から体温の上昇を感じる。荒い息を出して走って。この人は俺を家に連れ帰ろうとしている。

 

この人が誰かは分からない。

 

なんで必死かは分からなかったけど。

 

 

 

 

 

いいから帰るぞ、という言葉が、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

 

記憶の淵に沈みだした頃にはもう眠りの世界へと船をこぎだしていた。とゆうか血がたりなくて貧血だ。意識が朦朧とする。

 

 

「…アーロン。なんで…なんだよ」

 

 

あんたはこれは俺の物語だと言った。俺にはその意味は分からないけど、とにかくこの世界に俺がくる事はあんたの予定調和な訳なんだろ?

 

 

「…俺、こんなに…怪我してるんだけど…」

 

 

ここはシンと、魔物に支配されているような世界でその中で俺が危ない目にあってるのも、あんたきっと分かってるんだろ?

 

 

「…ブリッツに支障がでちゃったら…どうするんだよ…」

 

 

怪我は、選手の大敵なんだぜ。あんたのヘッタくそな蹴りで飛んでいったボール拾うの誰だと思っているんだよ。

 

せっかくプロになるくらい上手くなったのに、またボール取れなくなったらどうするつもりだよ。

 

あんただって。酒場でTVに写った俺を指さして「あいつはワシが育てた」ってドヤ顔したいだろ?

 

 

「…だから…さっさと…助けにこいよ…」

 

 

 

そうだろ。なぁ、アーロン。

 

 

 

「…だから…」

 

 

 

だから、さっさと顔を見せろよ。

 

 

 

なぁ_____

 

 

 

 

 

 

_________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

船が、止まった。

 

 

 

バタバタとした音から察するにたぶん、ほんとにまさに今、キーリカ島に着いたところなんだろう。

 

そう思って、目を覚ました私が最初に目にしたのは二人の顔だった。

 

すっごく心配してくれているキマリとワッカさん。

 

キマリは、自分は泳ぐ事ができないから、海に飛び込んだけど私を助ける事ができなかった。って、まだ乾ききっていないオヒゲを揺らせて、何度も謝ってくれた。

 

ワッカさんも、私を助けようと水中に飛び込んでくれていたみたい。けど、シンが動いた後の海の流れが急すぎて身動きが取れなかった。俺の実力不足だ、すまねぇ。って、申し訳なさそうにそう私に言ってくれた。

 

「そんな。いいのに。私は無事だし、ほら、見て?私は元気だよ。だから二人とも顔を上げてよ、お願い」

 

もとはと言えば私がぼーっとしていたのが悪いの。

 

それなのに真剣に、何度も何度も頭を下げてくれている二人に、私の方が申し訳なくて。顔を上げてほしくて。私はちょっと勢いよくベッドから立ち上がってクルっとその場で一回転してみせた。

 

 

でも。

 

 

「いーや上げれねえよ。ガードとしてユウナを守れなかった。まだ旅が始まったばかりだと思って、俺の気が抜けてたんだ」

 

情けねぇ。そう言って、ワッカさんも、キマリも。いつまでも私に向かって頭を下げるばっかりだった。うぅ…これじゃ、本当に私のほうが申し訳ないよぉ。

 

 

「…あのとき、あの海の状況で自由に動けたのはアイツだけだった」

 

 

しばらくそうしていたら、ワッカさんが続けてぽつりと呟いた。「まったく、イルカみたいな野郎だな」

 

「あの流れの中で泳いで、戦闘して、船までユウナ抱えて昇ってって…。俺は…必死に沈まないようにモガくばっかりでよ」

 

私も初めて見たくらい、ほんとうに悔しそうな顔で。ううん、これはきっと

 

「こんな場面で選手としてのスペックの差を思い知らされるなんて思わなかったよ」

 

ガードとしてじゃなくて、ブリッツ選手としてのワッカさんの顔なんだと思った。そんなワッカさんを見て、私は_____

 

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

 

そうだ。私は、いったい何を今もぼーっとしているんだろう。

 

 

「えっ、もう、やだ」

 

 

お礼。

 

お礼言わないと。ティーダ君。どうしよう、彼に、そう。私は彼に助けてもらったんだった。「ど、どうした、ユウナ」

 

「え、どうしよう。どうしよう」

 

まただ。昨日に続いてまた助けてもらっちゃった。昨日の事もまだちゃんとお礼できてないのに。どうしよう私、また迷惑かけちゃったよ。「お、おい」

 

「寺院への貢ぎ物をお礼に使っちゃうには、あんまりいい品物じゃないかもだし…ううん!そうじゃない、そうじゃないよ私!」

 

私のばかばか。まずは、口頭でのお礼だよね。あと、迷惑かけてごめんなさい、って謝らなきゃ。昨日の事もあるし、と、とにかくちゃんと顔見てお話しないと!「ユ、ユウナさーん?」

 

 

「ワッカさん!」「お、おう」「彼は!どこですか!」「か、彼ぇ?」「ティ、ティーダ君です!」「あぁ、あいつなら医務室に」

 

 

「え?」

 

「あいつなら、肩を怪我して今は医務室で寝てるはずだぞ。」

 

「怪我をしてるの!?」

 

「あぁ。まぁ命に関わるようなもんじゃねぇみてぇだ。大丈夫だよ」

 

「そうなんだ…よかった」

 

「あぁ俺もさっき見舞いにいったんだけどな…イビキかいてたし、せめてもの礼に俺のなけなしのヘソクリを枕元に置いてやる事しかできなかったぜ」

 

「…わ、わたしも!ちょっと行ってきます!」「お、おい!」タタっ…バタンっ!

 

 

 

 

船室から廊下にとびでる。

 

「えっと、こっちで合ってるよね」

 

たしかこの廊下を奥に行った方に医務室があったはずだ。船室がここから先三つにトイレがあって、その向かいの部屋がそうだったと思う。

 

ギィ…ギィ…と大きく音を立てて軋む床を踏んで、私は足を進める。けど、どうも足がおぼつかない。

 

貧血気味なのもあると思うけど、歩いていくうちに、どうやって声をかけたらいいのかとか、寝てるのに起こしちゃったら迷惑かな、とかそんな事を考えだしてしまってる私がいるのが原因だ。

 

「やっぱりルールーを探して一緒に行ってもらった方がいいかな…ううん、ダメ。私がちゃんと言わなくちゃ」

 

そう。とにかくちゃんと会って私からお礼をしないと。いろいろ考えちゃうのはそれからでいいはずだよね。ファイトッ、私っ。

 

 

ギィ…ギィ…。

 

 

あれこれ考えてるうちに、医務室の前にたどり着く私。この中に…彼がいるはずだ。

 

 

キィ…バタン。

 

 

 

「そ、そのまえに」

 

 

 

…ちょっとトイレで鏡を見ておこう。だらしない身だしなみだったら、きっと彼も良い思いをしないよね。

 

鏡の中の私はちょっとだけ寝癖がはねていた。私はなかなか強情なそれを水に濡らして慌てて抑える。

 

「よ、よし。なんとかこれで」

 

櫛がなかったから何度も手で髪を流して、とりあえず髪の毛は収まった。

 

だけどいつもの召還士の服じゃないのが心細い。まだ乾かしている最中のはずだから、今の私は荷物に持ってきた数少ない私服姿なのだ。

 

「ださいって思われないかな。ティ、ティーダ君はお洒落だし。お化粧は…ルールーがいないとできないし…」

 

こんなことならルールーにお化粧のやり方をちゃんと教わっておけばよかったかな…。いや、今更そんなことしてる場合じゃないよ。

 

「あぁ、でもでも…」「ユ、ユウナ、目が覚めたのね」

 

声がして振り返るとルールーが、ちょっとひきつった顔で私を見ていた。

 

「えっ?えっと、彼にお礼言わないといけなくて、私それで」「あぁ…そうゆうこと。…あいつなら今いないわよ」

 

ルールーは、なんだかちょっと気まずそうにしているように見えた。

 

「え、どうして…かな?」

 

ルールーは溜め息を吐きながら首を横に振る。「私の方が聞きたいわよ…さっき私、アイツにちょっとキツイ事言ったの。それを謝ろうとして今医務室行ったら、もぬけの殻よ」

 

怪我してるっていうのに、一体どこ行ったんだか。ルールーは困ったような、呆れたような顔でそう言った。

 

「そうなんだ…」

 

 

ほんとに、いったい、どこに行っちゃったんだろう。

 

 

「まぁ、とにかくいいわ。一人で動けるくらいにピンピンしてるって事でしょ。そのうち戻ってくるわよ」

 

「うん…そうだね」

 

「ユウナ。起きぬけに辛いだろうけど、キーリカ島に降りたら、いつものアレ。宜しくね。あいつにお礼を言うのは、その後でね。」

 

「うん…分かったよ、ルールー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______ぶくぶくっ___はっ!_____ぶくぶくっ___はっ!

 

 

 

 

どうして気づかなかったんだろう!

 

 

 

 

______ぶくぶくっ___はっ!_____ぶくぶくっ___はっ!___おいっ!____

 

 

 

 

 

これはたしかに偶然だけど、予想できる範疇の偶然だ。海流の関係を考えたら、それも当然といえば当然だ。

 

 

 

______ぶくぶくっ___はっ!___おいっ!____おいっ!おーい!___

 

 

 

 

キーリカ島とビサイト島は隣同士の島だ。

 

俺がビサイド島に流れ着いたんだ。あいつはあいつで別々のタイミングで別々の島に流れつくっていう事も十分可能性がある。

 

 

 

 

_____バシャッ!

 

 

 

 

海からぽつんと頭をだした、小さな小岩。

 

俺も泳ぎの勢いそのままにのりあげる。目に前に横たわる全身ボディースーツの金髪の女は、確かに…動いている!

 

 

 

 

_____ぺたっ___ぺたっ___おいっ!__起きろ!____

 

 

 

 

都合がいい話かもしれない。何万分の一の確立かもしれない。だけど。

 

 

 

_______おいっ!起きろって!_______

 

 

 

 

だけど、油断してた俺が助かって。助けようと必死こいたコイツが助からない。そんなの結末は間違っている。間違ってるんだ。

 

 

 

グイッ!_____起きろって!なぁ!______リュック______!!

 

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

 

 

「うぅ…もう…もっと早く見つけてよぉ…」

 

 

 

 

 

 

_______この結果は、当然なんだ_____。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、やーっと戻って来やがったか!ほらっ、宿屋に移動しようぜ」

 

夜。小さな明かりを灯した船と三日月だけをプカリと浮かせただけの静かな夜の海の下。

 

俺が戻ってきた時にはとっくにもう皆の移動の準備が終わっていて、手持ちぶさたな退屈そうな顔したメンバーが港に集まっていた。

 

「待たせてわるいっす!」

 

俺は小走りのままワッカの側に行って拳同士でハイタッチした後に肩を組み合った。

 

「今日はありがとうな、ティーダ。お前がいなけりゃユウナを守りきれなかった」

 

「気にすんなって!それよりワッカ!今日は一緒に飲もうぜ!」

 

「おっ。なんだい、いいねえ!実はさっき船の奴から買った酒があるんだよ。ここの温泉にでもつかりながらガッツリ楽しもうぜ!」

 

「がってん承知!」

 

 

「なによ。妙に嬉しそうじゃない」

 

 

ルー姉さんはどこか呆れた調子の声色の中に、意外な優しさを響きに含ませた。あれは子供を見る目だな。

 

いかん。いかん。テンション上がりすぎだ。何か勘ぐられる前に誤魔化しておこう。

 

「ルー姉さんの言葉が、胸に染みたんだよ」

 

「な、なによ・・・急に。あんたがそういう優しげな顔すると気持ち悪いわよ」

 

「俺らは確かにルカで別れる関係だけどさ、そんな事考えて付き合ってたら何も始まらない。そうだろ?ルー姉さん」

 

「・・・・・なんだ。私はてっきり私の言葉なんて聞き流してたかと思ってたじゃない。人をヤキモキさせる前に次からは自分で気づきなさいよね」

 

ルー姉さんはしばらく探るように俺の顔を見つめた後、ふぅとため息を一つ、微笑みを浮かべながら腕を組み直した。ルー姉さんには短く簡潔な言葉を、これだけ言えば十分だ。物分かりが良すぎる、悲しい大人だが情が深い。俺はこういうずばっとした会話が好みだった。

 

「怪我、大丈夫なの?」

 

「もち、っすよ。そんなヤワな体じゃないもんでね」

 

「まったく。あんたが言うと説得力あるわね」

 

ルー姉さんにしては上機嫌気味に「さあ、行くわよ。皆」と珍しくリーダーシップを取り、歩き出す。俺達もその後にぞろぞろと続く。宿屋は運良く形を保っていて「こんな日だからこそ」と言わんばかりに営業中の看板を表に出していた。まさに根性だ。嫌いじゃない。

 

「本当に怪我は・・・・もう大丈夫なのかな?」

 

ユウナ様は穴だらけの橋に転ばないように気をつけながら、旅の荷物を引きずっていた。相変わらず少し鈍くさい動きに見かねた空手の俺は、ユウナ様の荷物を奪い取りながら答えた。

 

「この俺っすよ?ユウナ様こそ、転んで頭とか打たないようにしてくださいよ」

 

俺は見せつけるように肩を怪我をした方の手で荷物を引き上げて「お疲れみたいだし」歩いた。

 

「あっ、いいよ。自分で持てるから」

 

「平気。平気。すぐそこじゃん」

 

「強引なんっスね。もう」

 

「・・・・・・それ。俺の真似?」

 

「真似っス」

 

笑顔を浮かべるユウナ様。鼻筋の通った端正な顔立ちに子供っぽい表情が浮かんだ。顔射したい位かわいいじゃないか。

 

まったく、召喚士様ってのは訳が分からんね。まあ予想より余裕のある感じみたいだから、これは良い兆候なんだろう。そんな事を考えながら俺達は宿屋へと入っていく。

 

 

「何名様ですか?・・・・・あっ召喚士様一行ですね。どうぞ、お疲れでしょう。二階の一番左端以外のお好きな部屋をお選びください。」

 

「部屋の数は?」

 

「申し訳ありませんが三つとなっておりまして、どなたか相部屋になってもらう形になります。こんな小さな村ですから・・・」

 

「それでいいわ。じゃあユウナと私は右端。あとはあんた達が好きに使ってちょうだい」

 

「はい!俺一人希望!」

 

「あ、ずっこい!」

 

「決まりね。宿代はキマリに持たせてあるから私達は先に上がるわ。今から自由だから明日ロビーで落ち合いましょう」

 

 

『うーっす』

 

 

俺とワッカの声がはもる。さ、キマリ。料金先払いみたいだから、ちゃっちゃと払っちゃって。

 

「あれ?お客様?先ほどお連れの方と・・・・「さあワッカ!部屋行って風呂行こうぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

かぽーん・・・・

 

 

 

 

 

「いやー、良い湯だなオイ!」

 

「これぞ労働後の醍醐味っすね」

 

「なんだ、お前もさすがに今日は疲れたのか?」

 

「いやー、そんなつもりは無かったんだけど、風呂入ったら緊張の糸が切れちゃって」

 

俺はとろんとした目つきでワッカの方を向いた。そしたらガチムチの男の腰がそこにあって機嫌を損ねた。風呂の中で何故立つ。あ、パンダナ外し忘れたのね。

 

「そうか。いや、そうだよなぁ」

 

「どうしたん?」

 

「いや、な。お前も俺と同じ人間なんだなー、ってしみじみ」

 

「訳分かんね」

 

「お前が最初に島に来た日の夜、ユウナを祝う祭りがあっただろう」

 

「ああ、アレね」

 

「あの祭りはな、俺達にとって特別な物だったんだ。大召喚士ブラスカ様の娘、ユウナはあの席で初めて酒を飲んだ」

 

「それがどうしたのよ。大した事じゃない」

 

「大した事なのさ。小さな時からユウナといた俺達はユウナに酒を飲ませた事もなければ、あの男の三人組にも極力関わらせなかった。そのせいで事件は起きたんだ。もしかしたら責任は俺達にあるんじゃないか、って思う訳よ」

 

 

チャプ・・・

 

 

俺は、何かを混ぜているらしい白の湯を手で一度すくって落とす。

 

 

ワッカもルー姉さんも考えすぎだ、とは思わなかった。責任が親にあるケースってのは、大きくなった時でも十分存在する。「人に迷惑をかけるな」とか「お前にはできないよ」とか言われ続けて育った奴は基本的に根暗で行動力がなくなる。

 

親が子供の子供自身の「成功するイメージ」や「自分が一番前に出るイメージ」を思い描く事を阻害したのだ。

 

例えば体操でバク転ができる奴は、体を動かすイメージだけが頭の中を占めているに対して、できない奴は失敗して骨を折った時の痛みを想像している。そして、その思考は邪魔なのだ。

 

かなりざっくり言うとそういう事だ。親って言うのは決して子供を束縛したり、変に大人ぶった態度を取らすような事を示唆してははいけない。喜ぶべきポイント、そして何より「怒るべき瞬間」は親から学ぶ。怒りは情熱に変わる。

 

正しいポイントならば、親は子供の前で笑って、泣いて、怒って、ガキみたいに自分が楽しむ為に人に迷惑をかけてみる。やりすぎはアホに育てるが、そういう感情的で人間的な奴は意外と世渡りが上手いもんだ。

 

 

_____子供は親の真似をする生き物だから。

 

 

だから俺は、それについてはルー姉さんとワッカも悪いと思った。でもユウナもあの年ならそろそろその辺りの自分に気づき、もっと努力するようにしたら良いと思う。

 

 

「俺もガキだが、お前はユウナより大人でそして強い事は分かる。この二日でもう何回お前に助けられてるやら。だからつい比べちまって、そう思うんだよ」

 

「お前ユウナと同い年くらいなんだろ。幾つだ?」

 

「16」

 

「ユウナより二つも下じゃねえか・・・・。尚更凹むぜ。」

 

ワッカはそう言って顔を洗うように手を顔にやった。俺も記憶が正しければもうすぐ17になるはずだが、ユウナ様は18か。意外なようで案外納得できる年だ。おっぱい的に考えて。

 

「キーリカ島の被害を見て、それにワッカも煽られてるだけだよ。大丈夫だって・・・・って、あぁ。そういう事か。ルー姉さんも似たような事言ってのは」

 

「ルーも?」

 

____それ以上に、ユウナの事を妹みたいに思ってる。だから・・・・

 

 

結局・・・・その先の言葉をいつも濁らせてきたんだろうな。ワッカもルー姉さんも。

 

 

「やめ。この話止め。気にしすぎるとよくないよ」

 

 

「そういう訳にもいかねえだろ。ユウナはこれから召喚士としての旅をしなきゃならないんだ。なぁ、頼むよ。ユウナを信じてない訳じゃないんだが、このままじゃユウナは祈り子様の力を心に宿す事ができないかもしれないんだ」

 

ワッカはザブリとお湯の中を移動してきて、こっちに近寄ってきた、暑苦しい。

 

「頼むとか言われてもなぁ。俺にどうしろって言うんだ?」

 

「お前もユウナのガードになってくれ」

 

「はあ?」

 

ワッカは突然何を言い出すんだろう。今までの話題と全く関係なさそうな提案を持ちかけてきた。

 

「お前と出会って、ユウナは確実にお前の影響を受けている。お前が今日、医務室に行った時のユウナの表情を見て思ったんだ。俺達じゃ、こんな顔をユウナにさせる事はできないって。同世代のお前と自分を比べてユウナは成長しようとしているんだよ」

 

「まっっったく!訳が分かんないね!!なんで俺?こっちの世界に来てからの俺はブリッツのスターでも無いんだよ。価値がない」

 

「『こっちの世界?』」

 

「あ、いや、こっちの話。とにかく、ワッカの話は要領を得ないよ。俺が旅に着いていった所でユウナに悪影響を与えるだけだ。第一もっと強い敵とのバトルに生き残れる自信がない」

 

「お前にはバトルの才能がある!俺が保証がする!」

 

「そんな無茶苦茶な」

 

バトルの方はぶっちゃけ自信が着いてきた所だけど、俺はこれに手を染める気はなかった。

 

「悪影響なんて言葉、向こう見ずなお前らしくない。一体お前のどこに悪い所があるんだ?」

 

「はあああああ?????」

 

俺は俺の人生に稀に無い程のすっとんきょうな声を上げてしまった。どこが?どう考えても悪い所しかないでしょ俺は!ワッカは人を見る才能がなさ過ぎる。俺の事をどこかの聖人君子だとでも考えているようなら、サブイボが立ちまくりだ。

 

「もし、ルカに行ってお前の事を知っている奴がいなかったら、俺らと一緒に旅をしてさ。ついでにお前の故郷を探そうぜ。な?良い考えだろ?」

 

「ぜんっぜん」

 

「どうしてもか!?」

 

「どうしても!!」

 

「・・・・・・・・・」

 

「一体何なんだよ・・・もう。ワッカもルー姉さんも。俺はブリッツボールの選手でしかないじゃん。何を期待してるんだか・・・・」

 

「ユウナを・・・・守ってやってほしい」

 

「だからバトルは・・・」

 

「心だ。ユウナの重荷を少しでも・・・・。俺じゃ、駄目なんだ・・・・」

 

「・・・・・・・・」

 

ワッカの表情は、暗く、真剣なものだった。

 

「なんだよ。召喚士の旅ってのはそんなにしんどい物なの?」

 

「俺らと、召喚士のユウナじゃ待っている未来が違う。俺らの比じゃないんだ」

 

「・・・・・・・」

 

あー、これは何か隠してる顔だ。ポーカーの時もそうだけどハッタリのできない奴だな。ワッカは。

 

 

「・・・・・・・」

 

 

「・・・・・・・」

 

 

召喚士の旅。それが俺がどういうものかは知らない。だけど、ワッカの言う通り、ユウナは純粋すぎる。

 

大召喚士の娘に生まれ、人里離れた小さな村で綺麗な物しか見てこなかった農薬無しの純粋培養箱入り育ち娘。きっとそんな重荷も「私が背負わなきゃ、皆が悲しい思いをする」ってな感じで頑張って持とうとするんだろうな。

 

「・・・・・・ルー姉さんは何て言ってるの」

 

「まだ聞いてない」

 

「先にそっちでしょ・・・」

 

「悪い。明後日にはもうルカで、試合が始まると思うと今日しか・・・・」

 

「バカだな、ワッカは。俺は記憶が無いんだから、試合終わった後とか別にすぐにしないといけない事なんて無いのにさ」

 

「ああ、大馬鹿野郎さ・・・・」

 

ワッカは湯気でしなびた赤のトサカを更にしおらせて、真摯に頭を下げ続けた。

 

等価交換の成り立たないお涙頂戴の強引な取引。特にメリットもないそんな物に俺は情に流されて判断を間違う馬鹿じゃあない。だけど一応考えるだけは・・・考えとかないと。だから、俺は_____

 

「・・・・・・」

 

 

 

_________

 

 

 

「いくらで?」

 

「え?」

 

 

 

「無条件でOKとなると、とてもワッカの払いきれる金額じゃなくなるから、最安プラン。俺に有利な条件ドミノ倒しの取引と行こうか」

 

ワッカがぱぁっと顔を輝かせた。そういう顔もできるんじゃん。

 

「10万!!」

 

「まず条件を聞いてから!てか安すぎ!」

 

「まず、俺はガードにはならない。旅に着いていくだけ。確かベベル、だっけ?一番大きな都市。そこを目安に同行する。と言っても俺が途中で心変わりしたらいつでも抜けても良い。バトルもあまり手を出さない。俺に何させたいのか分からないけど、ユウナにあれこれしてくれ、って言うのも聞かないよ」

 

「ちょっ!シビアすぎ!」

 

「あーもう言い方変える。今までの関係とほとんど同じ!俺だって別にゴリゴリの契約の関係!みたいな絶対後々ぎくしゃくする関係になるつもりはないよ」

 

「なんだよ。それを早く言えよ」

 

ワッカは急に安心した表情を浮かべる。条件はまったく変わってないんだけどな・・・・言い方次第とはまさにこの事だ。

 

「最後に、ワッカのものは俺の物。俺の物は俺の物。そう叫んでくれたら、良いよ・・・」

 

「くっこの野郎!」

 

「さあ!」

 

「俺の物はお前のもの!お前の物はお前の物だ!」

 

「という事はルー姉さんは誰のもの!?はい!」

 

「お前のものです!!」

 

「よーし!よく言った!やればできるじゃん!ワッカ!!」

 

わっはっはっははは!もうどうにでもなれって言うんだ!そんなお気楽な声が夜空に響いた。

 

 

______

 

 

 

 

以上妄想だ。勘違いするなよ。

 

 

 

 

 

うん。男の友情が楽しめそうだ。だけど結局俺にメリットが無い。普通にベベルまで船一本で行けばいい。しかも俺がブリッツ選手になるまでのブランクが長くなる。その上ワッカなら「シンのコケラだ!ティーダ!行くぞ!」とか普通に言いそうだ。

 

あんな化け物の大物が次に出たら、戦う気は一切ない。今日だって水中でヒーヒー言いながら戦ったんだ。皆ぼろぼろだった場合、俺だけ戦わないで見てるだけとか、契約通りにはなんだかんだでできないだろう。

 

よって・・・・おことわりです!損得感情でしか動けない豚野郎でごめんね!!許せワッカ!

 

「ワッカ・・・・」

 

「ティーダ!分かってくれたか!?」

 

「やばい・・・・」

 

「は?」

 

 

「今、記憶を少し取り戻した」

 

 

「なに!?マジか!?」

 

「ああ、病気の母さんとそれを支える父さんの姿・・・・俺は帰らないといけないみたいだ」

 

俺の両親は既に昇天済みだ。ちなみにこんな綺麗な思い出は一切無い。

 

「親父と母親・・・・」

 

ワッカはショックを受けている!よし!もう一押し!

 

「妹もいた。金髪で目の綺麗な奴だ。年も近くてそれで、それで、俺は誕生日プレゼントを買いに街まで・・・・・・うっ頭が!!」

 

「大丈夫か!?無理に思い出さなくていい!ゆっくりでいいんだ」

 

「・・・・ああ、ワッカ。そうだな。ありがとう」

 

「ああ、俺もこんな話を振っちまって悪かった。旅には命がかかってるんだもんな・・・お前一人の体じゃないのに」

 

「いや、いいんだ。嬉しかったよ、誘ってくれて・・・」

 

「ああ。お前には助けられっぱなしなんだ。俺達で今度はお前もお前の家族もシンから守ってみせる」

 

「・・・・・・サンキュ」

 

にやり。パーフェクトだ。

 

ノリで妹も出してみた時の俺はアカデミーものだったぜ・・・。俺に妹がいたらそりゃあ可愛いに違いないが、俺はあんな良い兄貴ではないだろう。多分雑誌のエロいページとか朗読させてると思う。

 

まさに自分のマーベラスな演技力がモノを言ったぜ。才能に溢れすぎた自分は神が二物を与えた存在なんだと思ってチ●ンコが勃った。

 

「いいって。とにかく今は風呂を楽しもうぜ。ほれ。ふぃー」

 

「ふぅー・・・・・」

 

ちゃぷり、とモクモクと湯気を立たせる白湯に肩までたっぷりと漬からせて息を吐いた。雲一つない空にぽっかりと浮かんだ三日月が俺を優しく見守ってるな、と今日は思った。

 

 

シュっ・・・。

 

 

ん?何か頭にかすった?まあそんな事もある。

 

 

 

「・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・」

 

「なあ、ワッカ。そろそろ酒、飲もうぜ」

 

「おお!そうだった!お前良いタイミングで気がつくなぁ!」

 

「ふふん。まあね」

 

しゅぽん!「よし来た」

 

「いただき!」

 

「あ、普通俺先だろ!」

 

やはりワッカとはこういう関係の方が心地良い。「あはは、上手い酒は争奪戦と昔から決まってんっすよ」暗い話題とか重い話題は苦手だし、キャラじゃない。俺はこうやってアホみたいに笑ってられればそれでいい。それでいいんだ。

 

シュッ。

 

・・・また頭に何かが・・・。まあいいや。

 

「なあ、なあ」

 

「うん?なに?」

 

「お前さ、ぶっちゃけた話ユウナの事どう思ってるのよ?」

 

「どうって?」

 

「可愛いだろ」

 

俺はワッカと一緒に少し下品な笑顔を浮かべた。いいね。こういう風呂の場では腹を割り合うのも作法の一つだ。こういう話ならある程度正直に話してもいいだろう。楽しいし。

 

「ぶっちゃけ、めっちゃ可愛い。あの顔にあのスタイルだろ?歯磨きしてる姿とか見ててクラクラする時があるよ」

 

主に横乳が素晴らしい。あの衣装は分かってる奴が作ったと俺は見ていた。

 

「そうだろ。そうだろ・・・・って、なんかリアルな所見てるな」

 

「純粋だし、気弱さの中に芯がある。物腰は上品だ。言葉使いとかも女らしい」

 

「あの喋り方の娘が俺のベッドの中にいたらと思うと、楽しみで仕方ないね」

 

「ほーう。割と突っ込んだ話をするな」

 

「こういう時は雄になった方が楽しいんだぜ。ワッカはどうなのさ。ほらルー姉さんの事、悪く思ってないんじゃない?」

 

「あいつは・・・・そんなんじゃない。俺にとってはアイツはそういう対象に見れないな。兄弟みたいなもんだ」

 

「そんな事言っちゃってー。あのおっぱいをコウ!そしてこう!できたら、せいやっ!ってな事も・・・」

 

「なに!そんな技が!!いや、俺はあの・・・ほら。宿の受付のあの子みたいな・・・」

 

「ほうほう!なるほど。ワッカさんはああいうのが好みと仰るのですか。なかなかマニアックな」

 

「やーめーれー」

 

「いやいや、ああいう子はああいう子なりの楽しみ方がありましてね・・・」

 

「ど、どんなだ・・・?」

 

 

シュッ。かすっ・・・

 

 

・・・・・ええ加減にさらせや!誰か近くで石で遊んでるだろ!?

 

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

ぽーん。ぽーん。

 

 

夜空に浮かぶ月の下、俺達の宿泊する宿の屋根の上、

 

ぶん。ぶん。

 

こっちに手を振ってる金髪の女がいる。それだけじゃない!

 

「(ルールー・・・)」

 

「(ユウナ。こういうのはね、知らんぷりしとけばバレないものなのよ)」

 

そんなような会話をしてると思われる二人が、部屋のベランダでお喋りしていた。

 

 

 

「・・・・・・」

 

「どうした?ティーダ」

 

「いや、何でも。」

 

だ、大丈夫。どちらもさっきまでの会話が届くような距離じゃないはずだ。

 

仮にユウナ様達が上を見てリュックを見つけたところで現段階で俺と関連づける事はできない。

 

なんとかなる。なんとかなるはずだ・・・・。

 

「おい、どうした?」

 

「いや、何でも。で、話の続きだけど・・・」

 

今はひたすら気づかないフリして、切り抜けよう・・・頑張れ俺!____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おそーい!一体何やってたのさー!まったく!」

 

「・・・・・・・・」

 

「よーやく会えたってのに私のこと宿に放り込んでは放置してくれちゃってさ!いい加減にしてよ、私メチャメチャお腹減ってるのに!」

 

「・・・・・・・」

 

「誰だか知らないおじさんと、自分だけは悠々とお風呂なんか入ったりして。すっごく腹が立ったんだから!」

 

「なんか言うこと無いの!?」

 

「ごめんな」

 

「今更謝ったってゆーるーさーなーいー!」

 

「ほんとうにごめん。悪かったよ。」

 

「だーめっ!」

 

「こっちにも事情があったんだって」

 

「私には関係なーい」

 

「いや、本当に」

 

「ぶー、ぶー!」

 

・・・・・うざっ☆やってられっか!

 

「黙れ小娘!」がしっ

 

「(むー!むー!)」

 

ベッドに座ってポンポコと跳ねるリュックの口元を抑えにかかる。

 

「もうこの件については話は終わりだ。もっと建設的な話をしようぜ。これからのお互いの行動予定とかな」

 

「(むー!)」

 

「騒ぐなって頼むから。ばれたらどう責任取ってくれるつもりだ。言い訳考えてねえんだぞ」

 

「(むー・・・)」

 

「よし」ぱっ「ぷは」

 

リュックが大きく口を開いて空気を肺に取り込んでいる。チクショウ手が痛い。こいつ調子に乗って最後に噛みつきやがった。

 

「もう!相変わらず乱暴なんだから!可愛いレディーに対してそれはないよ!」

 

「はいはいかわいいねー。あ、歯形ついちまってる・・・・」

 

「むぅ・・・・・なんだよその適当な感じ・・・」

 

リュックはシュンとなったような調子を見せると、再びベッドに腰を下ろした。ちょっと強引すぎた気もするが結果オーライだ。

 

「ふぅ。じゃあ話を始めるか。リュックはこれからどうするつもりだ」

 

「・・・・私はルカに行くつもり。この辺にアルベド族の仲間はいないから、連絡の取りようがないよ」

 

「ルカに行けば連絡が取れるのか?」

 

「大きな街だからね。通信機を持った仲間をきっと見つかるよ」

 

「なるほどな。便利なもんだ」

 

「ティ・・・・・ティーダはどうすんのさ?陸に上がったは良いけど・・・その、記憶戻ってないんでしょ?」

 

リュックは妙に焦ったような面持ちでチラチラと俺の顔を見上げる。本人は気づいてないかもしれないが、不安そうで、ほっとけない顔をしていた。

 

さすがにいつまでも一人じゃ心細いんだろうな。そう思って俺は、俺に似合わないだろう微笑みを浮かべて答えた。

 

「俺?俺の行き先もルカ。・・・・・またしばらく一緒だなリュック。よろしく」

 

リュックの顔に満足そうな安心したような表情がパアァと広がっていく。

 

「そうなの!?・・・あ、いや、そうなんだー。へー。ふーん。まぁご飯奢ってくれたら、リュックちゃんも別に、私を放置した件はチャラにして、これからもよろしくしてあげない事ないよ?」

 

「このタイミングで普通強請るかなー、お前さんは」

 

「だってお金無いんだよー!」

 

「考え無しで海に飛び込んだりするからだよバーカ。天罰だ、天罰」

 

「ムキー!」

 

「自業自得。結局俺が助ける羽目になっちまったんだから、これからは人の心配より自分の心配してろよ」

 

本当に、マジで。めちゃくちゃ憂鬱になったんだからな。そんな事言うような顔をして、俺はリュックに入念に脅しを少しかけて・・・・・すぐに気を取り直してやる事にしてやった。

 

「つー事で、行くか」

 

「へ?どこに?」

 

「飯屋。どっか一つ位空いてるだろ」

 

また泣きそうな顔されたら、たまったもんじゃないからな。

 

「う。うん!」

 

「言っとくけど貸しだからな」

 

「あー、あー、聞こえない」

 

「てめっ。体で払わせるぞ」

 

「うわわっ。変態。や、やっぱりそういう目で私の事見てたんだ!」

 

「もう、お前に対するイケメンサービス期間は終了してるんだよ。これから俺に優しくされると思うなよ。ほら、行くぞ」

 

「そっちこそ!船降りたんだからもう私も優しくしないよーだ!」

 

 

 

 

ガチャリ。キィィィ・・・・・

 

 

 

 

____ん?なんかドアが・・・・・

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

沈黙が、三人。

 

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・えーと、誰、なのかな?」

 

 

口火を切ったのはユウナ様。それに対して俺は____

 

「ゆ、ユウナ様。こちらは、い、妹のリュックでござい「えっ!ユウナ!?」

 

「え?え?」

 

「あ、いやっ、もうユウナ・・・様なんだよね」

 

「・・・・・・・えっと」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

俺の言葉を火を噴く勢いで遮ったリュックはそう言うと、場違いにも何か考え込むように黙り込んでしまった。もしかして二人は知り合いか?いや、違うだろ。ユウナ様はリュックの事知らないっぽいし。でもリュックの様子は・・・。

 

 

一体何がどうなってる?俺の混乱が輪をかけて広がっていこうとした瞬間。

 

 

 

 

「リューック!!gyrんすfgsあg!!」

 

 

 

 

そんな、更に頭の痛くなりそうな、これまただでさえややこしい状況を更に面倒そうなモノに変えてくれそうなな声が近づいてきた。

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。とにかく色んなモノを鮮やかにスルーしつつ翌日に話は移る。・・・・移るんだよ!

 

今は火がごうごうと燃えてるらしい寺院の、「外」だ。俺はガードじゃないから、お留守番ってな訳だ。

 

だから現在のメンバーはリュック、アニキ。俺。というアルベド同盟トリオだ。

 

とにかく今を作り出す昨日、今日から作られる俺達の未来についての話をしよう。いい加減俺も状況を整理しとかないと今後の身の振り方に迷いがでる。

 

 

昨日、俺がリュックと部屋を出た所で遭遇したユウナ様とルー姉さんは俺に説明を要求する視線を送ってきた。しかし、俺も言い訳は考えていない。リュック達アルベド族に助けられた話はせずに、俺は旅の一行にはビサイドに来る前の記憶が無いという設定で話を進めていたのだ。要は嘘がバレざるを得ない状況、いわゆるピンチだった。

 

そんな崖っぷちの状況に乱入してきたのはリュックの兄貴であるアニキだ。謎の言葉を発しながら突進をかましてくるモヒカンに周囲は騒然。しばし収集がつかなかった。これを機に一端戦線を離脱しようと考えたがルー姉さんがそれを許さない。

 

俺はこの場を収集せざるをえなかった。とりあえず俺はリュックとユウナの関係について言及する事から話を始める事で、ルー姉さんの意識の矛先を変える事に成功する。

 

なんとユウナとリュックは従兄弟同士だ、と言うのだ。衝撃の事実が明かされ、しばし話はプライベートなモノへと移行するためにユウナ、リュック、ルー姉さんの三人は少し俺から離れた場所で相談を始める。

 

俺はこの時の会話を察することはできなかった。それが俺の混乱に拍車をかける事になったのだが、とにかく状況は好転したらしい。リュックもアニキもユウナ様とルー姉さんに存在を認められ、ルカまでの同行を許される事になったようなのだ。

 

なんだ、アルベド族というのはそこまで言うほど嫌われていないんじゃないか、と思ったが、この話はワッカにはしない方がいいとのお達しが来た。

 

どうやら一筋縄にはいかないらしい。しかし、アニキはアルベド語しか喋れないはずだ。そんな無茶は「オレ・・・スコシナラジャベレル・・」・・・・それなら俺が船にいる時から最初からそう言えや!!てなもんだ。

 

まあとにかくルカまでの一時同行メンバーという事でワッカは意外にも気前よく新規参入を認めてくれたらしく、今日の朝は割かし順調だった。アニキも基本的に喋らない事が功を制したようだ。

 

しかし、俺はこれからの旅路に一抹の不安を抱え始めていた。何故かとははっきり言い難い。まだ確信に至ってる訳じゃないのだが・・・・

 

 

「ユウナ・・・・アァユウナ・・・心配ダナ・・・大丈夫カナ・・・」

 

 

このモヒカンの挙動がなにやらおかしいのである。この異変が何か災いを呼び寄せなければいいんだが。あ、ちなみにリュックは案外いつも通りだ。問題なし。

 

と、まぁ今俺が分かってるのはこんな所だ。考えてみたが、まぁ俺のやる事に変わりはないみたいで結局なんて事なかったのが現状だ。ルカに行って試合に出る。ついでにその試合を後でスフィアで見ておけば契約するチームも決まる事だろう。

 

まぁ、せっかくだから選手として登録する前に、スピラで一番大きな街に腰をおろしてもいい。俺は都会ッ子だから街は活気のある方が落ち着くのだ。

 

まあ、とにかく何とかなりそうだ。どうせ明日にはルカに付く。・・・バイバイは、もうそろそろだ。

 

「と、そう思うんだが・・・・・」

 

俺は昨日あまり眠れなかったのか、隣で寝息を立てているリュックの奥。寺院の入り口に視線を向けた。

 

 

「いくら何でも・・・・遅すぎねぇ?」

 

 

空はもう____暗くなりだしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナッ!

 

 

そのはち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユウナが召喚士の間に入ってからもう何時間たったんだろうか?

 

俺はパンダナの下にじっとりと書いた汗をぬぐって、意識を持ち直した。

 

熱い。至る所に炎の焚かれたこの寺院は、ただその場に留まっているだけで体力を奪っていく。さすがのキマリも階段に腰を下ろし、若干荒い呼吸を吐いている位だ。ルーに至っては精神力だけで持たせているようなものだ。

 

俺達は召喚士だけが入れる祈り子様の間の中がどうなっているのか知らない。もしかしたらここより熱いのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 

俺達はユウナに声をかけるべきか、そうしないべきか迷っていた。もし中でユウナが熱中症にでもなっていたら?どうしてもそんな事を考えてしまう。

 

しかし、ガードが祈り子様の間に入った召喚士に声を掛ける事は禁止されている上に、ユウナの集中を邪魔してしまうかもしれない。そう考えると、俺もルーも手の施しようがなかった。

 

一体、外はどうなってるんだろうな?今はもう夜なのか?それとも普通に昼を過ぎた位なんだろうか?もう時間の感覚は狂っていた。

 

「頼むぜ・・・ユウナ」

 

だから、ただそう祈るばかりだ。そう思ってた時、奴の声が聞こえた。

 

 

「・・・・・・ワッカ。まだユウナ様は祈ってるのか?」

 

 

「バッカヤロウ。お前は立ち入り禁止だと言ったじゃねえか・・・・」

 

「バレないように忍び込んだから大丈夫だって。それよりワッカ、水」

 

ポイッ

 

「そぉい!!」ズシャァ!

 

「な、ナイスキャッチ・・・さすがに目の色変わったね」

 

「んっ・・・・んっ・・・んっ・・・」

 

「聞いちゃいないか。ほら、ルー姉さんも」

 

「アレ?なんであんたがここに・・・・ダメよ」

 

水をとにかく飲み干した俺は、ティーダがもう暑さで一言も喋らなくなっていたルーの目の前で手を振っていた。

 

「・・本格的にやばそうだな・・・・・」

 

ティーダはそう呟いて、ルーにゆっくり水を飲ませる。ルーはもうなされるがままになっていた。

 

俺はブリッツの練習で慣れていたが、やはりルーには相当厳しかったみたいだ。表情だけはいつもと同じだから俺も気づかなかった。本当は俺がちゃんと皆の状況を見るべきだったのに。

 

「キマリは・・・・わるい。もう無いんだ。辛かったら戻ってもいいけど、そんな事言っちゃう玉じゃなさそうだよなぁ」

 

「グルルル・・・・」

 

「うわっ。さっすがー」

 

キマリとティーダの間でコミュニケーションが成立していた。滅多に喋らないキマリだが、喋る必要のある人間だったら喋る。ティーダは認められたのだろう。

 

「問題は・・・・・ユウナか」

 

ティーダは祈り子様の間をじっと見つめてから、ルーを一度見て、そして俺を見た。

 

「どうするの?もう夜だけど」

 

判断は、俺に任されたみたいだった。今のルーに思考をしろというのは確かに無茶な話だ。ここは俺が考えるしかない。だけど

 

「お前はどう思うんだ?」

 

「さぁ。俺は召喚士の平均お祈り時間のアベレージスコアとか知らないんだし。さじ加減が分からないよ」

 

そんな人任せな言葉を吐いてしまっていた。俺にはどうするもこうするも待つしかない、と考えていたのだ。が、ティーダはもう外は夜だと言う。という事はここに入ってからもう十時間近くになるんだろう。さすがにこれは駄目かもしれない。それは、分かっている。なんだけど、

 

「・・・・・・・」

 

俺には、最後の一言が出てこない。ここでの召喚獣をユウナに諦めろ、そんな風に言わなきゃならないのか?この俺が?まさか、ありえない。ユウナは大召喚士ブラスカ様の娘で、召喚士としての最高の血を引いているんだ。失敗なんてありえない。もう少し待てばきっと出てくるはずだ。

 

そんな思いを振り切れなくて、俺は言葉が出なかった。

 

「いいの?ユウナ、中でどうなってるか、分かんないんだよ?」

 

「大丈夫だ、ユウナなら、きっと・・・」

 

「そういう時間をもうとっくに超してると思うんだけど、その辺どうなの?中は冷房でも効いてる訳でもないんでしょ。今は召喚うんぬんの話じゃなくてもっとシビアでリアルな話。命の話を俺はしているの。その上で、それでもいいのかって聞いてるんだけど、聞こえなかった?」

 

「・・・・・・・」

 

「はぁ?何その面。別に俺はいいよ。それがガードとしての判断なら構わないよ。俺はあんた達の旅のおまけだし。俺がここで行動する権利は無い。それでもさ、今助けないとヤバイんじゃね?とか思ってて尚このまま、意見言うなり、質問するなり、口も動かさないでいられる程倫理観に欠如していてはいないんだけど」

 

「・・・・・・うるせぇな」

 

分かってる。俺も分かってるんだ。だけど、今までのユウナの努力や覚悟を見てきた俺にはその一言が出てこないんだよ!

 

「あっそう。そうですか。ここで人に八つ当たりするのかよ。今の状況を収集できるのは自分だけだって分かっていながら、そういう態度しか取れないのかよ!そうかい!どうせ俺は召喚士の役目がどうだとか全然分からないよ!くそっ!」

 

ティーダは、アイツの口から本当に出ているのかと不安になるほど荒い口調で俺を罵倒すると、祈り子様の間に向かう階段にゆっくりと昇りだした。

 

「ぐるるるる・・・・・」

 

キマリはティーダを威嚇しながら槍を扉の前に掲げた。しかしキマリはそれだけしか行わなかった。斬りかかる様な加配は無く、今も腰を下ろしたままだった。自分の毛皮で暑さで参ってるのかもしれないが、キマリももしかしたら迷っているのかもしれない。そう感じた。

 

「どいつもこいつも・・・・。キマリ。いいよ、別にここを開けてどうこうしようなんて考えてないから」

 

キマリはティーダの言葉を聞き、しばらくあいつの顔を見つめると、ゆっくり槍をおろした。

 

 

「ユウナ様。聞こえるか?」

 

そしてあいつは話をし始めた。

 

「聞こえたら杖で二回地面に叩いてくれ」

 

しばらくの間があった後、コンコン、と小さかったが確かに地面がなる。その音を聞いてほっとしている俺達がいた。

 

「いけそうか?」

 

こんこん。

 

「違うよ。「まだ体は持ちそうななのか?」っていう意味じゃない。言い方を変えるよ。契約はできそうなの?」

 

・・・・・・・・。

 

「自信がない?」

 

・・・・・こんこん。

 

「じゃあ、止める気はない?今日じゃなくたって明日だっていいじゃん」

 

・・・・・・・・。

 

「・・・・・今日じゃなきゃいけないのか。召喚士ってのはいつも一発勝負なんだな」

 

・・・・・・・・こんこん。

 

「辛い?」

 

・・・・・・・・・・・。

 

「はっ。強情だな。俺から見てもうデッドラインすれすれの限界っぽいんだけど、まだ続けるんだな?」

 

こんこん。

 

「もっと強く。今自分にできる一番強い力で地面を叩いてみて」

 

・・・こんっ!こんっ!どさっ・・・・

 

「ティーダ!!」

 

今何かが倒れ込むような音が!!

 

「黙ってろって。あんたは待つって言ったんだろ」

 

ティーダは冷ややかな、それでいて燃えるような怒りの炎を瞳にのせて俺を睨んだ。

 

「・・・・・・いけるな?」

 

こんこん。

 

「なら、時々俺の声に耳を傾けていてくれ。まぁ俺は今から特に意味も無い話や質問をするつもりだけど。」

 

こんこん。

 

「もう、返事をしなくてもいいよ」

 

・・・・・・・。

 

「俺もさ、こういう皆の期待、プレッシャーがばりばりに掛かる時ってのは職業柄よくあるんだよ。絶対シュート決めろっていう目という目が背中に張り付いてるっていうかさ」

 

・・・・・・・・

 

「ゴール間際でボール持った時の仲間って、超おっかねぇの。気合い通りこして殺気っていう感じ」

 

・・・・・・。

 

「良いパスが通った時、ドリブルでDFを抜いた時、フリーキックの時。ありとあらゆる時に観衆の注目も含めたゲームの全ての流れが、俺のシュートを打つ瞬間に凝縮されて、弾ける。それは、自分で言うのもなんだけど、普通の思考じゃ重すぎてやってられない訳よ」

 

・・・・・・。

 

「だからさ、そういう時の俺って大抵すっげーアホな事考えてやりすごすんだよ。今の俺輝いてるー、とか、ボールをクソ親父の顔に見立ててみるとか」

 

・・・・・・・(ふふっ)

 

「皆は知らないだろうなー。俺がシュート打つ瞬間一体どんな事考えているか、なんて。だって、新聞に載ってる俺ってそんな事何も考えてないような真顔なんだぜ?笑えるっつーか、なんつーか」

 

・・・・・・・

 

「とにかくさ。要するにはリラックスする事なんだよ。恐怖感ってのは筋肉を固めてさ、ずばっとしたシュートを打てなくしようとするんだよ。不思議だよな。いつもならできる事なのに。人の視線って人間を殺せるんじゃないか、ってたまに本当に思うよ」

 

・・・・・・・・。

 

「俺がその場で何を考えていようがシュートさえ入れば構わない。ピッチってのはそういう意味でも自由なんだ。他人の期待とかそういうのを感じてるより、今夜の献立とか考えてた方が入っちゃう。嘘だ!なんて思うかもしれないけど、きっと、もう、体が覚えちゃってるんだよ。思考なんて必要ない位に」

 

・・・・・・・。

 

「俺がボールを蹴り続けた時間。それだけは俺を裏切らない。だから信じるんだ。「たとえ俺が何考えてようが、俺の体はボールを目の前にしたら言うこと聞かない」ってさ」

 

・・・・・・・・。

 

「ユウナも同じ・・・・なのかもしれないよ?」

 

・・・・・・・・。

 

「・・・・・・・・・・・・じゃあ、頑張って。ルー姉さんやワッカの事は任せておいて。俺がまた水持ってくるよ」

 

 

・・・・・・・・・。

 

 

「ファイト。「ユウナ」」

 

 

 

 

ティーダはそう言って、出て行った。水を。取りに行ってくれたのだろう。

 

 

「かなわねぇな・・・・アイツには」

 

 

そう天を仰いでだいたい十分くらい。

 

 

 

ゴゴゴゴオオオォォォ・・・・・・

 

 

そんな音とともに、祈り子様の扉が_____開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第九話

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ用意はいいな?この円より肘が出たら負け。手首の巻き込みも禁止だ」

 

「分かってるっすよ」

 

「さっさと始めろよ。この糞生意気なガキの腕…試合前ににへし折ってやる!」

 

「よーし、OKだ。力を抜いて。行くぞ……Ready…」

 

 

 

 

__________GO!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナっ!

 

そのQ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____アームレスリング_____

 

 

 

腕相撲とも呼ばれるその競技は古来から、漢と漢の一騎打ち、手を組み合ったお互いの腕力の強さを天秤にかけて勝負する無血決闘方法である。

 

そんなような事を、きっとどこかの偉い人が言っていると思う。

 

 

 

「んっ!」

         ビシィッ!

「おらぁっ!」

 

 

 

俺の目の前にいる下品な赤髪のこいつ…たしか名前はピックス…あれグラーブ…ん?ピクルス…?そんな感じの奴で、とにかくキーリカ寺院で初めて会った時から気にくわねぇ野郎だった。主に顔が。

 

 

今は副将戦。

 

 

我らがビサイド・オーラカと、こいつらルカ・ゴワーズとのブリッツ大会の前夜、前哨戦の真っ最中な訳だ。

 

 

「やっちまえ!」「おい、ビクスン!腕へし折るんじゃなかったのか!」

 

 

HAHAHA!と胡散くせぇ下衆な笑い声とヤジが飛び交う中、俺らは船の中の廊下にリングを敷いていた。

 

『一体…どうしてこんなことになってるの?』と、冷めた熱視線を飛ばしてくるルー姉さんに、その隣でおたおたと動揺しながらも、目線はしっかりこちらのまま観戦しているユウナ様。リュックに至っては最前線でガン見だ。

 

リュックはともかく、集中しているこっちの気も知らず野次馬の間を陣取って、視界の端にちらちらと入ってくる二人の様子は、そう。あれだ。

 

 

小学校の体育の時間。連れにパンツ下ろされて露になった男子の股間。キャーッ早く隠してよと、目の所だけ少し隙間を空けた手で顔を覆う女子。阿鼻叫喚となるグラウンド。

 

その後ろの方で、我関せずといった顔してる癖に、実はじっくりねっとり観察している女子達。そんな感じだ。本当は興味津々なのが隠れていない。

 

 

「おいてめぇ…よそ見してる余裕あんのかよ…」グググ…

 

「あぁん…そういうのは、お前が近距離ドアップで見て耐えられるような顔になってから吐けよ、ピクルス…」ググ…

 

「てめぇ…!その名で俺を呼びやがったな…」ググ…!

 

「…ハンバーガーの隙間に入るしか能がないオカマきゅうり野郎が、人間の言葉喋ってんじゃねえよ…お前が近くにいると、添加物くせえんだよ…」ググッ…!

 

「お前…殺す!ぜってえ殺す!」

 

肩をいきらせて、ぐっと更に前傾姿勢になるピクルス。これは向こうの反則だ。腰が少し椅子から浮いている。

 

俺はレフェリーを見た。が、しらんぷりされる。くそ、やはりこいつ。ゴワーズびいきか。

 

 

「てめぇ…そっちの肩怪我してるんだろ…今に…血吹きだせせてやるからな…」

 

「ん?なんか言った?もう一回言って。吹きだせせて、って何?私ピクルス語よく分かんない」

 

「こぉんのクソ餓鬼がぁあああ!」グッ…!!

 

 

 

 

 

 

___今___!

 

「っ!」

 

 

 

 

ガンッ!相手の甲を叩き付けるように、一気に押し返して勝負を決める。そして。

 

 

「死ねよてめぇ!」___当然殴り掛かってくるこいつを___「まーまー!落ち着けれーって」ワッカが止める、までがビサイド・オーラカ初の作戦行動である。

 

 

「離せごらっ!こいつ一生試合でれねぇ体に…」「おい…こいつも召還士のガードだぞ?殴っていいのか?うん?」ボソッ。

 

続けて更に、ぼそぼそとピクルスに耳打ちをするワッカ。

 

 

たぶん打ち合わせ通りなら、大会前の選手規定で暴力沙汰を起こしたらヤバい的な何かを絶賛吹き込んでいるのだろう。俺がガードっていう体はワッカの願望であって勿論違う。

 

大口あけて叫んだりして、歯を食いしばらねぇから負け星つくんだぞ、ピクルス。お前は持久戦になれば多分俺より強かったはずなのに。

 

トラッシュトークは戦術の一種。

 

…と言えば聞こえは良いが、実際あそこまでの誹謗中傷は、普通にテクニカルファゥルか、レッドカードものだ。つーか、その前に名誉毀損で訴えられたら負ける。

 

 

 

 

まぁ、とにかく勝った。

 

 

 

 

だから次。「頼むぜ、ワッカ」大将にタッチだ。

 

 

 

 

 

 

______ウリャァ!____グアァ!!

 

 

 

 

 

 

 

一瞬だった。さすがワッカ。だてにガードやってねえな。相手の腕は今後ガラスの腕となったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

 

 

 

 

二勝四敗。

 

 

 

試合には負けたが、勝負には勝ったなと勝手に確信しながら、俺は船のデッキに出ていた。ビサイド・オーラカの面子も全員そこにいた。

 

 

「あっ」「ティーダさん!」「監督!」「ティーダ!」「ティーダっ!」

 

 

オーラカの面々がこちらに駆け寄ってくる。

 

「すいません…俺ら…ゴワーズの連中にあっさり負けちゃって…」

 

揃いも揃って、申し訳なさそうな顔を浮かべるダット。レッティ。ボッツ。ジャッシュにキッパ。俺らはみんなと肩を組んで、円陣の隊形を取るよう施した。落ちていたブリッツボールを中央に添えて。

 

「気にする事無いっすよ。元はと言えば俺があいつら煽ったからだし、ダットもキッパもあいつらが卑怯な手使わなかったらこっちが勝ってたっすよ」

 

『『ティーダ(監督)さぁん…』』

 

涙目でハモリやがった。

 

オーラカの面々は皆性格良いが、なんというか闘争心が少ないというか、ぶっちゃけ鈍感だと思う。

 

やはりチーム内に流れるこの緩い空気、これがそもそも連敗続きの要因、チームの癌となっている気がする。俺はチームの監督として、これをまずは正さないといけないと確信していた。

 

「でも、聞いてほしいっす!このままじゃあいつらとブリッツの試合に入っても勝てない。間違いないっす」

 

『えぇ!?そんなぁ!!』

 

ダットの悲鳴と同時にきっちり一斉に残念そうな顔をこちらに向ける面々に、俺は若干引きながらも、負けじと全員をガン見した。

 

「原因はみんなが、あいつらに対してビビってる事」

 

俺はキツく責めるような視線でみんなをギロリと見回した。顔が順々に伏せられる。

 

「それ。それだよ。今も皆俺のこと怖いって思って目を逸らしたでしょ。怯えちゃ駄目だ、俺にも。あいつらにも」

 

『うっ…。』

 

「みんな顔上げて。胸を張って。深呼吸。ほら、吸ってー」

 

吐いてー、と皆で深呼吸する。

 

一回。二回。三回とそれを繰り返した。みんなが落ち着きを取り戻すまで。そして「なぁ、みんな」

 

 

「悔しくねぇの?」

 

 

ブスリと刺す。言いたい事は端的に。言葉は長くすると説得力が落ちる。

 

『…っ!』

 

問題はイメージ力不足。オーラカには「試合に勝つ」というイメージが存在しないこと。

 

「舐められてるよ俺たち?」

 

負けっぱなしでいることに慣れている。馬鹿にされる痛みに鈍くなっている。

 

だから俺は強く皆に言葉の針を刺していく。踏みつけられすぎて分厚くなった負け犬の皮、その奥に届かせるために。

 

「ワッカはこれでブリッツ引退だ。最後まで負け試合で」

 

『…』

 

悔しそうな顔。歯がゆそうな顔。何かを思い出しているのか、少し泣きそうな顔もあった。

 

だけど、誰一人として「どうでもよさそうな顔」はしていなかった。

 

勝つというイメージは無いかもしれない。だけど、明日の試合を最後に、ワッカがいなくなる事に対しては、明らかにみんなはイメージを持っているようだった。

 

「それでいいの?答えて」

 

グッ…っと、ジャッシュから背中に回された手に力が篭る。それを受けて俺は前に一歩進んで更に円陣の輪を小さく、体同士をくっつけるような距離にする。

 

『…っくねぇっす!』

 

最初に声を上げたのはボッツだった。呼吸が荒い。じっとこちらを見る目には光が灯っていた。

 

『よくない!』『ワッカさんには、恩があるんだ!』『そうだ!俺は小さい時からずっとワッカさんとブリッツやってきたんだぞ!』『俺だって!』

 

ボッツに続いて、みんなのボルテージがヒートアップしていく。灯がともる。だけど、まだだ。このみんな気持ちはまだ闘争心には繋がらない。

 

「そうだ。いいはずない。負け試合で終わらせていいはずないんだ」

 

『そうだ!』

 

「だったら、どうすればいいの?」

 

『…あ、相手にビビらない!』ダットが

 

『…シュートを打つ!点を入れる!』ボッツが。

 

『ゴッ!ゴワーズを倒す!』ジャッシュが。

 

『勝つ!試合に勝つ!』キッパが。

 

『クリスタルカップを島に!ワッカさんに渡すんだ!』レッティが。

 

「そうだ勝つんだ!勝てば負け試合じゃない!」俺も叫ぶ。お互いの手を外し腰を上げて、拳を中央に、ブリッルボールの上に差し出す。みんなの拳が中央に集まる。

 

「本当に勝ちたいか!」

 

『勝ちたい!!』

 

「だったら!」バンッ!とボールを俺は真上に蹴り上げ、集めたみんなの拳をはじき飛ばす。ここで___決める!

 

 

 

 

 

 

 

「俺と勝負だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おぉおおーーー!………おぉ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____その時__________________沈黙が、訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめろ。やめてくれ。

 

 

みんな、そんな「え、なんでそういう流れになるの?」って目を俺に向けないでくれ。空気壊したのは謝るから。

 

「あ、あのさぁ。ほら。俺らなんだかんだで合同で練習できなかったじゃん。そんな状態で勝とうだなんて言っても現実味ないし…。ほら、だからその、とにかくお互いの事をまずは知ることから始めようっていう、そういうの…とか…ほら…あるじゃん」

 

しどろもどろに俺はそう言った。

 

みんなを鼓舞するとか、そういう柄じゃないことをしようとしたのが裏目に出たかもしれない。

 

くそが!そもそも俺はそんな熱血キャラじゃなくて、どっちかというとロジカルな戦法を元にして試合するタイプなんだよ!ベッドの上以外の技術を俺に求めるなよ!そういうのはあの先細りチン●ポ頭の役目だろ!!

 

 

『や、やろうぜ!』

 

ん?

 

 

『あ、あぁ!俺もあんたとは一度やってみたいと思ってたんだ!』

 

『俺も!俺もだ!あの島に来た時に見せたシュート!俺が止めてやる!』

 

『よろしくお願いします!胸を借りるっす!』

 

口々にみんなの顔にガキみたいに楽しそうな顔が広がっていく。

 

そこには、今から起こる事を想像してワクワクしているような、さっきまでの負け犬の顔でも、力の入りすぎたギラついた顔でもない、そんな「良い顔」した奴らがそこにいた。

 

だったら。やる事は一つだった。

 

 

「ワッカ!!出てこいよ!」

 

 

デッキの後ろ。船長室の横の柱の影から飛び出た、赤茶色のトサカに俺は声を投げる。

 

「お、おう!なんだぁ…バレてたのか」『ワッカさん!?』

 

驚愕の表情を浮かべるオーラカ面子。こいつら…マジで気づいてなかったのか…。

 

「バレバレだっつーの。変に空気読まなくても良かったのに」

 

「いやぁ…あの空気で俺がのこのこ出ていくってーのは…」おずおずと。頭をかきながら姿を現せたワッカに、それに集まるオーラカの面子。

 

『お、俺ら!やるっすよ!勝つっす!』『あぁ!ゴワーズなんて蹴散らせてやる!』『見ててください!ワッカさん!』『今回は絶対勝つ!』

 

「あぁ、そうだな!負けっぱなしってーのじゃ、終われねぇよな!そうだろみんな!」『おおおおおぉぉぉお!!』

 

よく見たら、さっきのやり取りの煽りを受けてたのか、拳を上げるワッカの目にはじわりと光るものがった。…涙もろい奴め。

 

 

「じゃあ、やるぞ!ワッカと俺!さっきの腕相撲の勝者チームと、お前ら負け犬チームで勝負だ!」

 

 

ダンッとボールを足で踏みつけて相手チームを、挑発する。『ま、負け犬って…!』

 

そう。トラッシュトークは戦術の一部だ。

 

「2対5だ。こっちはキーパーも無し。これで負けてちゃお話にならないっすよ」

 

相手に怯えず、自分を鼓舞して、相手を威嚇する技術。

 

「あーあー悔しいっすか?24連敗中の負けっぱなしチームにそんなプライドあるの?言っとくけど、俺は元最強チームのエース。シーズンMVP選手っすよ」

 

『そんなもの知るか!そこまで言われて黙っていられるかよ!』

 

 

敵を倒す為の技術。

 

 

「だったら、勝ってみせるっすよ。今、ここで」

 

 

ルカ・ゴワーズに勝つ戦術になるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

 

 

 

ピッ…ピッ…ピッーー!!

 

 

 

__「さ、38対36っ!えっと!ま、負け犬さんチームの勝利ですっ!」___おおおおおおおぉおぉぉぉおお!!

 

 

いつのまにか増えまくっていた野次馬の歓声があがり、勝負の決着が告げられる。

 

『ま、負け犬さんチームってのはひどいよぉ…ユウナちゃん…』「えっ!あっ!ご、ごめんなさい!同じチーム同士の戦いだから、ビサイド・オーラカって呼ぶのも変だし!ティ、ティーダ君がそう言ってたから!」

 

 

責めるような、拗ねるような、そんな情けない顔を浮かべたダットのツッコミに慌てるユウナ様。

 

それを受けてまたドッとみんなの中に笑いの輪が広がっていく。

 

その輪を俺は「……ハッ……ハッ……」

 

地面に横たわって見る事しかできなかった。屍同然の状態だ。たぶん死ぬ一歩手前の顔をしているはずだ。

 

 

「ティ…ティーダ…俺に勝利の味を味あわせてくれるっていう流れ…じゃなかったのか…」

 

 

ずるずる、と這いつくばってこっちにやってくるゾンビこと、ワッカ。恨みがましい視線を受けて「…そ…そんな余裕ないっすよ…」

 

そう俺は言ったが、事実、試合が始まってからしばらくは俺の独壇場だった。

 

俺のドリブルは取れない。パスはカットされる。キーパーのいないゴールにシュートを打っても後ろから飛び込んできた俺にインターセプトされる。船のデッキの狭さが逆に俺に地の利を与えていた。

 

リバウンドを支配して、体にすら触れさせないフットワークを持って相手を幻惑し、俺はシュートをボコスカと決めていく。

 

オーラカの連中は、その間でも絶えずトラッシュトークを仕掛けまくる俺に業を煮やして、全員で一斉に飛びかかる体当たりで対抗しようと試みた。

 

それでも俺は止らない。そんな付け焼き刃で俺に対抗するには足りなかった。

 

体同士のわずかな隙間を見つけては、俺はダックインでそこを突破していく。オーラカの連中の目には早々と諦めの表情が浮かびだしていた。この時、点差は12対0。

 

 

頃合いだと思った。

 

 

俺はあえて凡ミスを多くする。そしてオーラカチームにボールを回して点を取らせた。

 

この時、ワッカはワッカで相当なタフネスディフェンスを見せたが多勢に無勢。レッティを中心としてパスを細かく回され、ワッカは振り回されるばかりだった。

 

点差が詰め寄り、もうオーラカからは、さっきまでの諦めの顔は消えていた。

 

押せ押せの空気がオーラカの周りに汗臭さと共に充満していた。やれば、できる。勝てるんだ、という希望をオーラカは見つけたんだ。

 

俺は再度、突き放しに掛かった。

 

「あ、靴ひも解けていたんっすね!どおりでさっきから!うっかり、うっかり」えぇえええっていう顔がオーラカに、浮かんでいた。

 

明らかに動きが復活したと言わんばかりに続けざまに点を決めていく俺。だが、もうオーラカには諦めるという選択肢が無かった。勝ちたい。勝つ、そんな意気込みがこちらにまで濃厚な汗のスメルと共に伝わってきていた。

 

そしてこの時オーラカは、初めて俺のドリブルを止めることに成功する。

 

ここぞというタイミングで、一人ずつ順々にタイミングをずらしてスライディングすることで、俺はシュートどころか、ボールをキープする事さえ難しくなってきていたのだ。ワッカにパスを回すことで、得点力はがくっと落ちた。

 

ワッカも結構強いシュートを撃つのだが、いかんせんノーコンで。キッパの真正面だったり、枠をこえていくものばかりだった。ワッカはディフェンス向きの人間だったのだ。

 

 

やはり、俺がやるしかなかった。

 

 

封印されしあの技。糞親父の冠をつけたシュートを自己流アレンジした、強烈なシュートを決める。

 

ジェクトシュート改の前振りに使う高等テク(ダメージトラップ)という技。相手にボールをわざとぶつけて、返るボールの軌道を計算、ハンドリングさせてからドリブルやシュートに繋げる、その技が種火だった。

 

俺のボールを顔面に受けたボッツとレッティは負傷。鼻血を出すという事態に陥った。そう。問題はここからだった。

 

「ごめんごめーん。でも反則じゃないっすからね!全員鼻血ブーになるまでどんどん使っていくっす!」そんな俺の挑発に『ティーダァアア!』完全に乗っかったオーラカの逆襲が始まる。

 

『せぇぇぇぇいやああああ!!』『おらぁ!このナメた真似するんじゃねえぞ外人風情がぁあ!』『もう一生そのキン●玉使えないようにしてやるっすよぉお!』

 

 

完全に俺のトークが伝染していた。

 

 

俺のドリブルへの当たりからは怪我させないようにという気遣いが消え、「レッティ!俺に回せ!」と気弱なジャッシュからも声も出るようになって、自分が決めるという意思の元にフットワークも格段に良くなった。

 

「おい!声が足りねーぞぉ!」ワッカが相手チームを鼓舞するような寝返りもあったが、もうその必要もないほど皆、夢中だった。

 

ブリッツでここまでお互いぼこすか点を入れ合う状態になるのは普通ないが、今回はみんなにシュートを打つ。点を入れる。というう意識を植え付けたかったので、俺は一人この試合の成功を確信していた。

 

だが、試合の勝敗は別だった。

 

俺は別に勝てとは言ったけど、勝たせようと最後まで仕組むつもりは無かった。負けるのが、嫌いだからだ。

 

そう思って俺は再度ジェクトシュート改。後方からのスフィアシュートを解禁。強行突破に出た。そこからは、もう言わずもがな。

 

点の入れ合い、シーソーゲームへと場の流れは移行していた。俺が決めたら、あっちも決める。俺がカットをしたら、あいつらも全力で俺を止めにかかってきた。

 

最後は気持ち。

 

その言葉が現すように、スタミナの限界まで来た勝負だった。俺の誤算は、オーラカの持つ本当の武器を知らなかったこと。

 

そう。オーラカには無駄に体力の底があったのだ。ワッカが今までどんな練習方法をしていたのか知らないが、はっきり言ってここまとは到底思えず、見くびっていた。

 

「おい!おめぇら!もっと走れ!とにかく動け!」とワッカが激を飛ばすごとに活力が戻ってくるような、そんな錯覚。

 

俺も体力には自信があったんだけど、一人で動き回っていたツケが終盤に一気に襲いかかってきていた。終止自慢のシュートまでもキッパに止められ、もうオーラカゾンビを止める手だては無く___

 

 

 

ピッ…ピッ…ピッーーーーー!!

 

 

 

試合終了。屍と化した今に至るという訳だ。

 

 

 

_____なんだよ!ガッツあるじゃん!オーラカ!_____

 

___金髪のあいつ!___なんだよオーラカの隠し球かよ!あんなシュート見た事ねぇ!_____

 

____こいつは、まじで分からなくなってきたぜ!___俺、明日みんなに自慢しよう!____

 

 

やいのやいのと熱気の冷めやまない野次馬。この感じは久しぶりだった。

 

こっちの世界に来て、なんやかんやで溜まっていた鬱憤が一気にはじけて解放された。そんな感じだった。

 

 

ブリッツがあって、それに熱狂する奴らがいる。

 

それなら俺にとっては、ザナルカンドもこっちの世界も、ほとんど変わらない世界だ。

 

そう、思ったからだ。

 

 

 

ピトッ…「ヒョウッ!」

 

そんな試合後の特有の余韻に浸ってた時。いきなり、ヒヤリとした感触を頬に当てられる。

 

 

「おつかぁーーれっっ!キミ!ホントの本当にエースだったんだね!」

 

「あぁ…なんだリュックか…」

 

俺はそう言って「なんだとはなんだよー!せっかくわざわざキンッキンに冷やしたボトルあげてるのにぃ!!」ボトルを受け取り、すぐさま口をつけた。運動後にいきなり冷たいもの飲むのは…とかそんなのもう知らん。

 

 

______ん???

 

 

ゴクッ…ゴクッ…うまっ

 

 

「スピラでこんな冷たい飲み物飲めるなんて、ものすぅーっごく!珍しいんだからね!ちょっとは感謝してくれてもいいじゃん!」

 

 

ゴクッ…ゴクッ…マジうまっ…!

 

 

「あー!またそうやって無視するー!キミ、ちょっと最近私に対しての扱い雑すぎー!レディーに対する態度じゃないよー!」

 

 

ゴクッ…ゴクッ…激うまっ!!!

 

 

「ぶー!もう、ぜっったい!冷やしてあげもしないし、持ってきてあげもしないぃ!イーっだ!」

 

 

ぶはっ…。ハーッ。

 

 

「……飲む?」

 

 

俺はストローをリュックに差し伸ばした。

 

「ふぇ…?」

 

「つーか飲んで。これ今すぐ」

 

「え、えぇ!?だ、だってキミ今っ!くち着けてっ!」

 

「コレマジデウマイ。オレコンナノハジメテ。オドロキ」

 

思わず言葉がアニキ状態だ。それほどにこのドリンクはウマかった。

 

ザナルカンド時代。

 

俺はCMのモデルや『あの有名ブリッツ選手の飲んでるドリンクは!?』的な企画に登用される事も多かった。

 

その関係で俺は、今まで数々のスポーツドリンクを飲んできていたのだった。中には発売前やお蔵入れとなったドリンクを飲んで感想を聞かせる仕事や、疲労回復に効く新成分を入れたドリンクの効果実験にも参加したこともある。

 

やがて俺は成分表示にも着目、その上での味比べが自身の趣味と化し、まずいドリンクの宣伝には、にべもなく断るようなレベルに達していた。

 

「こんな糞ドリンク宣伝したら、俺のイメージが落ちるわぁ!!」っと企画書の並んだテーブルをひっくり返したこともある。

 

そんな俺の噂はいつしか業界に広まり。

 

一口飲めば、売れるか否か。

 

二口飲めば、ドリンクの成分表示が。

 

三口飲めば、ドリンクに合うデザインからCM絵コンテが。

 

そしてこいつが四口飲めばもうそれは一種の宣伝効果があるとまで言われ、ピッチ上のスポーツドリンクソムリエという異名を雑誌に載せた俺の舌が告げる。これは…素晴らしい(beautiful…)

 

もう言葉はいらない。もはやスポーツドリンクというジャンルをはるかに上回ったドリンク。

 

この感動を早く伝えたくて、俺はリュックの口内に手慣れた動作でストローをくわえさせ「そ、そ、それはちょーっとさすがのリュックちゃんも、恥ずかし…っンんんんっ!!」中身をピュッピュッさせる。

 

「コレ、どウやって。作っタのリュック様。どうか。ドウカ教えて欲シイ」

 

もはや、カルチャーショック。ヤック・デカルチャーだ。

 

俺は原人状態の人間が、いきなりヤマダーン電気に並ぶ家電製品に出会ってしまったような錯覚に陥りながら「んんんっ!んむぅぅっ!!」口内発射を続けた。

 

 

「んんぅうう!!…ぶはっ!も、もー!いきなりなにすんのさー!」パシャ!

 

 

あぁあぁぁぁぁぁぁあ!!!こぼれたああああああああああ!!

 

 

「あー!服にかかっちゃたぁ…!こんなのいつでも作れるんだから…そんなガッツかないでよぉ…」

 

まじで!?

 

「リュック!それ本当か!」

 

「うん…私がさっき、果実とか色んなドリンクとかをちょちょちょいーって混ぜ合わせて急速冷凍しただけなんだから、別にすぐ作れるよぉ…あぁあーびしょびしよだぁ…」

 

 

なん…だと…。

 

 

リュックはどうやらこの味合いをすぐ作れるらしい。

 

それだけでも素晴らしいのに、舌で見た所、成分もほぼ理想的だ。ドリンクは冷やしすぎたら、逆に風味が壊れるのが常だが…これは違う…!こ、こいつは…金の匂いがプンプンするぜ…!

 

「リュック、服の事はごめんって!でも俺興奮しちゃってさぁ!これ自分で作れるとかすっげー!マジすっげーっす!まじリスペクトっす!」

 

俺はリュックの肩を持って、リュックの首ががくがくぶんぶんになるほど振り回す。

 

「わっ!たっ!たっ!そんなにぃ!驚く!ことぉ!?」

 

「あぁ!お前本当にすげーよ!リュックはスポーツドリンク界の革命児!ピッチに舞い降りた天使っすよ!」

 

全部本音。まじで全部本音だった。

 

「べ、べつに、そんなたいした事してないじゃん…ティーダは私を…大げさに褒め過ぎだよぉ……」

 

 

覗き込んだリュックの顔は真っ赤に紅潮していて。

 

肩を掴まれて逃げれないのか俺に呆れて観念してるのか。顔だけそっぽを向いて「もう…ばか」と消えいりそうな声で俺を責めていた。

 

「と、とにかくっ!今はこんな遊んでる場合じゃないでしょ!作り方なら後で教えてあげるから、勝ったオーラカの皆に何か言ってあげなよ!監督なんでしょ!」

 

ほら!とリュックが顔を向けた方向には、ワッカを先頭としたオーラカの面子がいやに無表情でこっちを見ていた。何故か壁に穴があいてるのが気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめぇら…妙に仲いいよなぁ…」                                   

 

                                                      『やっぱり、キンタマ潰しとくべきだったっす』

見ると、ワッカはにやぁっと嫌らしい笑みを浮かべてそう言った。

 

「さぁてはお前らアレかぁ…うん?どうなんだ、ティーダァ」

 

にやけ顔の口が更に横に広がる。ワッカは下愚た笑いを浮かべながら、俺とリュックを交互に眺める。そして、止まる。

 

また交互に眺めて…止まる。

 

うん?どうした、ワッカ。そんな目見開いて。「お前ら…」

 

ワッカの様子はがなにやらおかしかった。わなわなと肩を震わすような様子で_____「お前らまさか…

 

 

 

 

「まさか!!あの時言ってた兄弟か!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい…?

 

 

 

 

 

 

             ______________「今、記憶を少し取り戻した」

                            「ああ、病気の母さんとそれを支える父さんの姿・・・・俺は帰らないといけないみたいだ」

                           「親父と母親・・・・」  

                        これ→「妹もいた。金髪で目の綺麗な奴だ。年も近くてそれで、それで、俺は誕生日プレゼントを買いに街まで・・・・・・うっ頭が!!」

                            「大丈夫か!?無理に思い出さなくていい!ゆっくりでいいんだ」

                            「・・・・ああ、ワッカ。そうだな。ありがとう」

                            「ああ、俺もこんな話を振っちまって悪かった。旅には命がかかってるんだもんな・・・お前一人の体じゃないのに」

                            「いや、いいんだ。嬉しかったよ、誘ってくれて・・・」

                          「ああ。お前には助けられっぱなしなんだ。俺達で今度はお前もお前の家族もシンから守ってみせる」

                            「・・・・・・サンキュ」

 

 

 

 

 

 

 

 

あーーーー。あれか!!!!!風呂の時の会話!!

 

 

 

「お、お、お、おまえらああぁあぁあ!!よかったなぁあああ!!」

 

 

 

ぶわっ。とした勢いでワッカの目から涙が溢れた。

 

ざぁざぁとさざめ泣くワッカに俺とリュックは二人まとめて、その臭い胸板に押しつけられる。「おぉお!よぉかったなぁああ!!再会できたのかぁあ!!」

 

「むー!むぅぅううう!!」

 

(ちょ、ちょっと!どういうこと!?ティーダ!説・明・して!)

 

(頼むから話合わせてくれ!俺とお前は兄弟っていう設定だ!)                        『なんだ、兄弟だったんすか。壁埋めてくるっす』『待て、俺も手伝うぜ』

 

(はぁぁぁ?!ちょっと、それどーゆーこと!?)

 

(風呂の時、石投げてたお前見てただろう!?あのときお前と俺は兄弟となったんだ!妹よ!)

 

(意・味・わかんないっ!)

 

(無理矢理ガードにされない為についた方便っすよ!頼むって、なんでも言う事聞くから!嘘がバレたら無理矢理ガードにされかねん!)

 

(なにそれー!どういうことなのさー!もー!あとで絶ッッ対!ちゃんと説明してもらうんだからね!!)

 

 

 

10秒ほどワッカに抱擁された俺たち。

 

ワッカもようやく落ち着いたらしく俺たちを解放した。

 

 

 

「おめぇら…はやく言えよぉ…隠す事ねぇじゃねぇか…」

 

 

 

「い、いやー…その…たははー。なんだか気恥ずかしくって…」

 

ワッカの涙目の責めに耐えきれず、先に口を開いたのはリュックだった。

 

この瞬間、ワッカの中で俺×リュック=仲良し兄弟という方程式が完成してしまった。もう後にはひけない…突っ走れ!!

 

「いやさ!俺も言おうかなーとは思ってたんだよ!ほんとに!」

 

「みずくせぇなぁ…こんにゃろめっ!」

 

「はははっ!ワッカやめろって!まさかこいつの事思い出した翌日、同じ宿から出てくるなんてまさか夢にも思わなくてさぁ!よくよく考えたら身内を改めて紹介するのってのも何か恥ずかしいだろ?」

 

「俺は恥ずかしくなかったがな!まぁ俺も兄弟持ちだ!気持ちも分からんでもねぇ!っくーー!こいつはエボンの神のお導きだなぁ!」

 

運が向いてきている証拠だぁ!と豪快に笑い出すワッカ。

 

ワッカにはもともと仲の良い弟がいたらしく、そういう家族系の話に滅法弱いみたいだ。

 

ここまで信じ込まれると少し俺の小指ほどの良心が痛む節もあるが…ひとまずはルカに着くまでバレなければそれでいい。悪気はなかったんだ、許せワッカ!任せろ…キッチリ騙し通してやるからな!!

 

俺は、ワッカにリュックの真実を告げるという選択肢を思考を司る神経からおもいっきり遠投した。

 

もし嘘がバレて兄弟じゃなかったらなんなんだと追求されたら、リュックがアルベド族だとばれてしまう。それはそれで、ルー姉さんに燃やされる。三すくみの関係だ。

 

ちらり、とデッキの先端で事の様子を見ていたルー姉さんの方を、俺は見た。

 

 

___アイ・コンタクト。

 

 

それは一流の人間同士が行う作戦開始の合図。

 

オペレーション名。「あいつの信じた嘘はルカまで真実(Never ending lie /優しい嘘よ。今、真実の風となれ)』__阿吽の呼吸、誰も傷つく事のない優しい口裏合わせが、そこにある。

 

 

そしてルー姉さんの合図は____!

 

 

 

「あんたバカ?」

 

 

 

よーーーし!!オッケー!!思ったより怒ってない!!

 

あれは、もう勝手にしなさい。と言わんばかりの視線だ。人間「こいつはもう仕方ない」って呆れられてからが本当の乞食になれる本番だって、隣の屋根のない家のじいちゃんが言ってたよ!

 

 

 

「ビサイド・オーラカァアアアア!!!!」

 

 

 

ワッカが燃えるような咆哮をあげる。もう俺は流れに身を任せることに決めて、拳を共に突き上げる。

 

「今晩俺たちは、一つの奇跡を目撃した!これは、かくっっじつに!俺たちに運が向いてきている証拠だぁ!明日もこの流れは続く!そうだろ!みんな!」

 

『おおおおおおおぉおぉおぉぉおお!!!』

 

「いくぞぉぉおお!優勝だ!優勝だ!優勝優勝優勝だ!!」

 

『優勝だ!優勝だ!優勝優勝優勝だ!!!!』

 

ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

 

 

と、俺らは拳を高く上げ、いつまでも空まで打ち上げるような歓声をみんなで上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が彼に話しかけに行こうと決心をしたのは、ルールーが眠りに着いた後だった。

 

 

 

ルールーが起きちゃわないように、私は船室を音を立てないように、そっと忍び出た。

 

きしむ廊下をスカートを軽く持ち上げて、私はゆっくりと摺り足で歩いていく。

 

 

キィ…キィ…

 

 

と、それでも小さく鳴る廊下さんを、私は恨みがましい視線で見つめながら船の甲板へと進む。私は、彼があそこにいる事を、なんとなく予想していたのだ。

 

 

ティーダ君。

 

 

ブリッツボールのすっっごく上手い人。

 

 

そして…とっても不思議な人。

 

 

私の彼に対する印象はまるで蜃気楼のように、もやもやと姿を変えていく。一日…ううん。数分ごとに、彼は私に新しい何かを見せつけてくる。

 

 

「まったくアイツは…本当に何しでかすか分からない奴ね」

 

 

さっき寝る前にそう呟いていたルールー。

 

私も…そう思う。彼はなんてゆうのかな、その、すごく形の掴めない人。

 

 

 

「でも、今日のオーラカの一件を見るとあいつは…そうね。月並みな言い方しか思いつかないけど…ビッグになる器ってあぁいう奴の事を……ごめん。ユウナ。今の忘れて」

 

 

あの、いつも理路整然としているルールーに、そんな言葉を言わせちゃう彼は、きっと私だけじゃなくて、他の人にとっても特別な人なんだと思う。

 

 

 

キィ…キィ…。

 

 

 

つかみ所の無い人っていう言葉は、たぶんどちらかと言うと悪口に使われる事の方が多いと思うんだ。

 

それは、何を考えてるのか分からなくて、気味が悪いっていう意味だったりして、人との関わりを遠ざけるような言葉だからだ。

 

 

でも、彼は違う。

 

 

むしろみんなを惹きつけるような感じで…うーん…なんて言うんだろうな、何が違うのかとは、私には上手く言えないけど、とにかく…絶対ちがうのっ。

 

 

 

キィ…キィ…。

 

 

 

…そんな彼は、きっとこの先にいる。

 

 

私が彼と出会った日の夜。

 

 

村でのお祭りが終わって、静かで、寝ぼけ眼みたいにとろんとした月明かりのしたで見た彼の姿が、ふと目に浮かんでくる。

 

きっと今日も。

 

まるで遊んでる子供みたいに、一人でブリッツボールを蹴ってるんだよね。

 

 

…私、多分変な子だよね。

 

 

まだ、私が彼と出会って三日目。

 

ほんとなら、君のこと、まだ私は全然なんにも知らなくて。そのはずで。

 

こんな、キミの事を知った風に思っていいはず、ないのにね。

 

 

 

 

キィー…パタン。

 

 

 

デッキに出た。今夜は、まんまるな満月だ。

 

髪を揺らす生温い風。私は海風が好きだった。きっとこの風は、すごく遠い場所から運ばれてくるもので。

 

もしかしたら、この世界に私の全く知らない土地があって、そんな所から運ばれてきた匂いなのかもしれない。

 

そんな想像をするのが、私の密かな楽しみなんだ。

 

 

ポンッ…ポンッ…

 

 

「あ…」

 

 

いた。

 

 

彼はやっぱり甲板にいた。ボールをなんて言うんだっけ、たしか…そうだ。リフティング。彼は、それをしていた。

 

きっと、この時間は彼にとって毎日の日課のようなものなんだ。たぶん…私が寝る前にこっそりスフィアに日記をつけてる時間と似ているんだと思う。

 

なんだか一日の終わりにやらないと落ち着かない事。そんなのってあるよね。ふふ。なんだか、ちょっと親近感感じちゃうな。

 

 

 

ポンッ…ポンッ…

 

 

 

でも。そうだとしたらこの時間は、もしかしたらあんまり邪魔したらいけない時間なのかも…。

 

私はそんな事を考えてしまって。いつまでたっても柱の側から彼を見つめるばかりで、なかなか出て行くタイミングを見つけることができなかった。

 

 

 

ポンッ…ポンッ…ぱしっ。

 

 

しばらくそうしていると、彼がリフティングを止めた。い、今なら、大丈夫かな…?

 

 

「おい、出てこいよ。いるんだろ」

 

 

__心臓を鷲掴みにされた。

 

 

え?え?私、そんなにバレバレだったのかな?ちゃんと、うまく音出さないようにしてたのに…。どうしよう、どうしよう。

 

じーっとこっそり覗いてたとか、絶対変な子だと思われちゃうよね…あぁぁ、もう…わたしのバカ!

 

 

 

 

『う、うっす!』

 

 

 

え、あれ?

 

 

 

東側の船長室の影にいた私の反対側。船の西側から、ビサイド・オーラカのみんながぞろぞろと出てきていた。え、えぇ!?みんな隠れてたの?それじゃぁバレちゃうよ、みんな…。

 

 

__

______

___________

______

__

 

 

 

 

複数の視線を感じて、カマかけた俺の言葉に応じて出てきたのは、ワッカ以外のオーラカメンバーだった。

 

 

「ワッカと同じ場所に隠れてたら、そりゃバレるっすよ。つーか、そもそも大の男が揃いも揃って人の練習風景覗いてるなんて。趣味、わるいっすよ」

 

 

『ご、ごめんなさいっす』『俺たち、なんだか眠れなくて…』

 

 

「試合前の緊張?誰だってそうなるっす。早めに慣れといた方がいいっすよ」

 

俺が船室から出る頃には、ワッカは屍のように眠っていた。

 

あれもビビリな所あるから、試合前夜に寝れないタイプだと思うが、今日の試合の疲れで、もうこのまま朝まで昇天しているだろう。

 

 

『でも、何かしていないと不安で…明日がワッカさんの最後の試合だと思うと…』

 

 

レッティはぐっと握りこぶしを作って、微かに震えるそれをじっと見つめた。

 

 

「…まったく、オーラカの先輩たちは、肝っ玉が小さいっすねー」

 

 

『めんぼくない…』『すまん…』

 

 

口々にそう言って情けない顔を浮かべるオーラカ面子。今まで負けてきたトラウマが相当根が深いものなんだろう。

 

 

 

 

負けるのに慣れてしまうくらい今まで負けてきて。でも今回は絶対勝ちたい理由があって。かといって、今から何もできなくて。

 

そんな行き場のない気持ちでみんな一杯なんだろう。

 

 

 

「…みんな。こっちに来て座って」ドシッ。

 

 

 

俺はそれを見て、しばらく眠るのは諦めた。

 

これも監督を引き受けた範疇だ。そう思って、床に置いたボールに腰を据えて、話をすることにした。

 

オーラカメンバーも俺の前を囲んで、輪になって座る。

 

「今日、俺たち、試合をしたっすよね?もう、クタクタになるまで」

 

俺はエースであってリーダーじゃなかったから、こうやって頼られるのは、あまり慣れていない。

 

だから一体なにから話そうか。精神論?戦術?それともまずは普通に世間話?そんな風に迷ったけど、まずは今日の試合の話をしようと思った。

 

 

「…楽しかったすよね」

 

 

俺は今日の試合の風景を脳裏に描きながら、尻に敷いたボールを手に取って、床にどっしり腰を下ろした。

 

 

『お、おう!』『熱い…戦いだった!』『俺もあんな感覚…ほんとうに久しぶりだったっす』

 

 

オーラカのみんなはさっきの試合を思い出して、なんだかお互いの顔を見て、うなずき合っていた。

 

コートの狭さが、シュートのチャンスを増やし、得点するという快感を皆味わったのだろう。みんなの顔には自信のようなものが見え隠れしていた。

                                             

「今日、シュート自分が何本打って、何本点を入れたか分かってる人!はい!」

 

俺はぴっと手を挙げながら、学校の先生のような口調で今日の試合のデータを聞いた。すると、

 

『お、俺!外しまくったから何本打ったかは覚えてないけど、たしかに!8点入れたぞ!』

 

ボッツが、そう言って胸を張り。

 

『俺は!たしか21本打って、その内10点入れた!』

 

レッティが、目を輝かせながら手を挙げる。

 

『俺は6本っす!でも打ったのは全部入れたぜ!』『僕は…残りの点数全部っす!』

 

気弱なジャッシュも、少し引っ込み思案のダットも、同じように手を挙げて、俺に笑顔を向けた。

 

 

「点を入れる気分は?」『『『最高!』』「いい返事っす!」

 

 

声を揃えてそう言う皆の表情は生き生きとしていて、思いつきだったけど、俺は今日の試合をやっておいて良かった、と率直に思った。

 

この様子なら、今言っても平気かな。

 

 

「これは明日のミーティングに言おうと思ってたっすけどね…

 

明日の試合は今日くらいみんなシュートを打ってもらうっすよ!」

 

 

『『ええ!?』』

 

驚愕の表情。オーラカの面子に動揺が広がる。

 

 

 

『そんな!むやみに打っても絶対入らないっすよ!』『そうだ!それはいくらなんでも無茶苦茶…!』

 

口々に、みんなの間に当然生まれる疑問と不満。当然だけど、俺の言おうとしている事はまだ伝わっていなかった。

 

「そうはならないっす!」

 

一際大きく声上げる。

 

「なぜなら明日のゴールは二つに増えるんっすよ!」

 

驚天動地。そんな、天地がひっくり返っても起こらないような、無茶苦茶な事を俺は自信満々な顔を浮かべて、みんなに告げた。

 

 

『は、はぁ!?ど、どういうことだ!?』『全く意味がわかんねぇぞ!』『説明してほしいっす!』

 

勿論今から説明する。うまく例えようとして、はぐらかすような言い方をしてしまったかな、とも思う。

 

 

「明日、ただみんなはハーフコートラインまで来て、ボールが奪われそうになったらシュートを打てばいい。」

 

「いつものゴールと…そして俺に向かってっす!!」

 

 

びしっと親指を自分の胸にさして、高らかに宣言する。

 

 

『お前一体なに言って…』

 

「俺の体はゴールの的としてが小さいっすよね」

 

『ま、まぁお前をゴールに見立てるっていう、そのまんまの意味でとらえるんならな。』

 

レッティが太い眉毛をひそめながら俺を見る。これから俺が言おうとしている事は、自分でもかなり怪しく思える与太話だ。だけど、

 

 

「でも、俺は動く的なんっすよ。どんなに先輩達が加減無し、コントロール無視のノーコンシュート打っても追いつくような高速自動追尾機能つきの」

 

『んな無茶苦茶な…』

 

明日。ルカ・ゴワーズ並びに、他の列強チームに勝つ為には、この方法が最善なのだ。

 

 

「キッパ。俺の今日のデータ教えてくれる?後方で見てたから全部とは言わないでも、だいたい分かるっしょ?」

 

 

俺はここで今までほとんど黙っていたキッパに話をふる。キーパーのポジションのキッパには、試合前に多少データの集計をお願いしていたのだ。

 

 

「…きょ、今日ティーダさんは32本打って、30点入れたっす」

 

「パスカット率、シュートのインターセプト率は6割ちょいで」

 

「全体のボール支配率に至っては7割、リバウンド率は8割に近いっす」

 

キッパは、突然の事でちょっと焦ったような顔をして、俺のデータを読み上げる。高いボール支配率とリバウンド率は、この船の甲板という狭いフィールドだからできた数字だった。

 

 

『す、すげぇ…!』『改めて聞くと…おまえほんとに化け物だな』『しかも…2対5だろ…』

 

 

ざわめきの広がるオーラカメンバーに俺は意地悪い笑顔を向けた。「ね。俺、結構やるっしょ」

 

『結構どころじゃねぇよ!』『スピラの大陸中探したってお前みてぇな野郎いねぇよ!』『そうっすよ!もうなんか存在自体がずるいっすよ!』

 

BOOOoo!とまるでスタンドから飛んでくるヤジのようなテンションで俺は責めたてられた。でも俺はこんな程度では、へこたれず。

 

「まぁ、これでもエースっすからね!」

 

いつもの。決め台詞を。そして

 

『ちくしょー…』『もう…なんか悔しさ通り越して、いっそ感動しちまうよ』『ちょっとティーダさんは異常っすよ』

 

 

 

「その俺が、明日は仲間なんっすよ?」

 

 

 

 

と、自信過剰な男をあえて演出するようなキザな台詞を目の前で吐いてみせる。『『あ…』』とポカンとみんなが口をあける。

 

 

「先輩達は俺というゴールにシュートを打つだけ」

 

 

「それはブリッツ的にはロングパスっていう奴っすけど。パスとして考えると俺の進行ルートだったり、タイミングやコントロールを気にして、みんな本気でボール投げれないっしょ?」

 

 

「それで生まれる威力のないパスボール。言っちゃ悪いですけど、先輩達の肩じゃルカ・ゴワーズが相手の場合、カットされるんすよ」

 

 

『むぅ…』『う、うぅ確かに今までぜんぜんパスが通らなくて…それで…』『監督…言葉が…痛い所にびしばし入ってますって…』

 

 

「先輩達は明日ボールを俺に絶対肩で投げない。(パス)をしない。俺へボール回す時は、全部足で蹴ってもらう、つまり(シュート)するんっすよ」

 

 

ようやく俺の言わんとしている事が伝わってきたようだった。

 

本来、ブリッツでは基本的にパスは肩で投げるものとされてる。足で蹴った場合と手で投げた場合とじゃ、コントロールは段違いの上、味方もその速度のボールが取れなくなるミスの可能性が高いからだ。

 

でも、それは『こっちの世界』での話だ。

 

俺がザナルカンド・エイブスに在籍していた時、リーグ上位選手はこの方法を普通に戦術として取り入れていたのだ。名前もあって(フット・トゥー・フット)呼び辛いから、(スクリューパス)とも呼ばれていた。

 

フィジカルに優れた選手に渡すパスとして極めて有効な手段とされ、一世を風靡したが、いったん警戒・対策されるとインターセプトされる確立も高いという話で、みんなここぞという時しか使っていなかった。

 

でもワッカに聞いた所、こっちの世界ではまだ、浸透していない方法だったようだった。警戒さえされていないならば、この戦術がゴワーズを破る突破口となると感じていた。

 

 

 

『でも、そんなことしたら、おまえ…!俺ノーコンだからどこ飛んでいくか分かりゃしねえぞ!』

 

レッティが焦った顔で俺を見る。

 

「だーいじょうぶっす!俺から動いて追いつくんで」

 

それに俺は胸を叩いて答える。

 

 

 

『でも…そんなの聞いた事ないし…練習してないのに、できるかどうか…』『そうっすよぉ…ティーダさぁん…やめましょうよぉ…』

 

ジャッシュとダット、いっつも不安そうな顔浮かべる組には

 

『今日の感じで、シュートしてくれたら大丈夫っすよ!明日明るくなったら、ちょっと海もぐって練習する時間もとりますっし』

 

安心させるように言い聞かせる。でも、二人の顔色は優れなかった。

 

『そんな馬鹿な。シュートボールの速度に人間が泳いで追いつけるわけ…』

 

まだ不安なのか、それでも食らいつくボッツ。

 

「みんな、このまま普通にやったら、負けちゃうんだよ。今回は俺が監督なんだからお願いだから、言う事聞いてほしいっす」

 

俺は、伝家の宝刀である監督権限をここぞとばかりに掲げる。だけど、それが失敗だったのか。

 

 

『横暴だ!』『そうっすよ!』『監督の言う事でも聞けない事もあるっす!』『明日はワッカさんの引退試合なんだぞ!』

 

 

みんなの不満が、徐々に膨れ上がっていた。俺を入れた即席チームだからこそ生まれる不和がここぞとばかりに表出した。

 

信頼が足りない。今日の事で、俺のことを皆に完全に認めさせることができたと考えていたが、甘かった。

 

選手としての俺はともかく。こういった戦術を、取り入れる監督としての役目をうけもつにはそれなりの時間が必要だったのかもしれない。

 

 

「みんな、そんなに難しい事言ってる訳じゃないんすよ…今回は」

 

 

 

 

 

『で…できるかも…しれない』

 

 

 

 

……キッパ?

 

 

 

 

『俺…昨日見たんだ』

 

『俺、昨日船酔いしてて、シンが出たときちょうど船のデッキにいたんだ』

 

『ティーダさんが、ユウナ様を海の中潜って助けてるところ見た。ホントに、本当にすげえ速かった。側にいて逃げる途中のイルカと多分同じくらい』

 

『だから…そんなティーダさんなら、みんなが思いっきりシュート打っても…今日のゴール枠の広さくらいな範囲だったら、追いつけるかも』

 

 

 

 

______キッパ。お前、このタイミングでよく言ってくれたな。

 

 

 

 

 

『そ、そういえば昨日、あの時の海の状況ちらっと見たけど、あのワッカさんでも、ほとんど動けてない中、こいつだけ動けてたな』

 

『お、俺もそこは見たっす!』

 

『じ、実は俺も』

 

『ティ、ティーダ!そういや、お前水中での60w泳、何秒とかわかるか?』

 

「えーと、たしか…自己ベストは、4,52…だったっすね?」

 

『4秒台ぃいいいいい!!??』『おまっ!俺の陸上より2秒もはええじゃねぇか!』

 

「そうっすよ。今日は外の陸上デッキだっただったから、分からなかったと思うっすけど、俺実は、水の中の方が速いんっすよ」

 

『はぁぁあああああ!?』

 

「信じらんないなら、今海に潜ってタイム計っても構わないっすよ?」

 

オーラカメンバー全員が俺に向かって、まじかよこいつ…、という顔を向けてくる。

 

だけど、本当に俺が嘘言ってるのかと、疑ってる様子はなかった。

 

 

『おまえ…生まれてくる生物間違ってるって…』『そうっすよ…速すぎてもはや監督キモイっす…』『魚の生まれ変わりって言われても信じまいそうだ…』『同感…』

 

 

そんな呆れにも似た、表情が広がっていき、硬直していた場の雰囲気が弛緩していく。

 

いまなら、俺の言葉がみんなに届くと思った。「みんな、もっとこっちに来て」

 

 

「明日の俺は、みんなの右足、そのものだ」

 

「明日の俺はボール持ったら、絶対ゴールを決めるから」

 

「だから。みんな、俺になんとしても、ボールを回してくれ」

 

「責任はとれないっすけど、俺、全力で皆のボール拾うから」

 

 

「だから…『分かった!わーかったよ!!』

 

 

オーラカの中では一番パスの上手く、コートの中央配置の司令塔、ミッドフィルダーであるレッティが、そう声をあげる。

 

『俺が良い所でボールを持ったら、お前には俺のノーコンシュートをくれてやる。でも俺がドフリーでお前があんまりにも近い所にいたりした時とか、他の仲間にパスする時はいつも通りだ。それでいいんだろ?』

 

「あぁっ!もちろんオッケーっす!俺も必ずしも相手のゴール付近にいるって事はないっすしね!その辺は臨機応変っす!」

 

『ま、まぁそれなら』『ど…どうせこのままやっても、ゴワーズ相手には勝てないっすからね』『お、俺も!ボールとったら監督に蹴るっす!』

 

ようやく。ようやく、まるで交渉のようなミーティングが終わりを告げようとしていた。

 

「うっす!!任せるっすよ!明日の早朝!今度は海で練習するっすから!寝坊はなしっすよ!」

 

『おいおい早朝ってお前!走ってる船から海潜ったら、そのまま置いてかれちまうぞ』「追いつくっす!」『無茶言うな!こんにゃろう!』「もう…だったら、朝はデッキで練習。ルカの近く海辺に来た瞬間、全員海に飛び込むっすよ。試合まで時間ないっすからね」

 

『まじかよぉ…』『もう…俺明日は死ぬ覚悟決めるっす…』『俺の監督がこんなに横暴すぎるわけがない』

 

 

 

 

 

 

『…。』

 

 

 

 

 

 

「キッパ。今日なにもできなかったとか思ってるでしょ」

 

 

話がついたところで、俺は最後にキッパに声をかけた。

 

 

『え、ティーダさん…』

 

「最後の俺のシュート。コース威力も良かったのに、あれは完全に止めたっすよね」

 

『あれは…ただの偶然で』

 

「俺が全力で撃ったシュートっす。偶然なんかで止めれるはずないっすよ」

 

『え…』

 

「だから、自信もっていいっすよ」

 

そう、俺はキッパを過小評価していない。

 

近距離からの俺のシュートにもビビる事もしなければ、俺のシュートをとる事を最後まで諦めることもしなかったたキッパは、落ち着いて回りを見る事を覚えたら、良いキーパーになるとふんでいた。

 

「大丈夫っすよ」

 

俺はキッパのでかい体に肩を載せた。

 

「たとえ明日、どんなにシュートを打たれてもゴール決められても。」

 

不安そうなキッパ。今日の試合で、自信がついた皆とは対照的に、自信を奪われたかもしれない。

 

でもキッパ。今日俺のシュートを何本も受けたお前だから、信じてくれるよな?

 

 

 

俺は顔を覗き込んで、肩を叩く。

 

 

 

「俺が全部取り返してやるからな」

 

 

 

だから。キッパ。安心しろよ。

 

 

 

 

 

『ティ、ティーダさぁん…(きゅん)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

か…かんぜんに、出ていくタイミング逃しちゃったよぉ…。

 

 

彼は、最後にキッパさんと肩を組んでちょっとだけおしゃべりした後、すぐあくびをしながら船室へと戻っていってしまった。

 

「わたし…タイミングわるいなぁ…」

 

はぁ。と思わず出ちゃう溜め息。

 

「…やっぱりキミはすごいね…」

 

さっきのビサイド・オーラカの様子を見て私は思った。

 

なんだか比べちゃうよ。

 

私だったら、みんなをあんな風にまとめあげる事なんて、できないよ。

 

キーリカ寺院で、ドナさんに言われたこと。

 

「あらあらーお付きの人達がなんとも一杯で…。そんな様子じゃ、この子、なーんにもできない子になっちゃうんじゃない?」

 

あの時は、私はムキになって反抗したような事を言っちゃたけど…本当に、よく考えたら私は皆に頼りっぱなしだ。

 

 

いつも私を大事にしてくれるワッカさん。

 

 

小さなころから側にいてくれたキマリ。

 

 

まるで本当の妹みたいに扱ってくれて、私が間違っていた時には優しく叱ってくれるルールー。

 

 

そして…今日も。昨日もその前も助けてくれたキミ。

 

 

キーリカ寺院でイフリート様を前にして、召還獣になってもらうお願いの何時間もお祈りを捧げていた時。

 

彼が言っていたように、私は心のどこかで、このまま契約できなかった時の事を考えていた。

 

もし、ここで契約できずに、私に召還士の才能が本当に無いっていう分かったら、一体どうなるんだろう?

 

ワッカさんは、悲しむかもしれない。オハランド様…お父さんの事をすごく尊敬していてくれてたから、すごく期待も大きかっただろうし。

 

でも、最後はきっと、安心したような顔をして「ユウナが、こうして農作業してるの見るのも悪くないな」なんて事を言ってくれるんだ。

 

キマリは、なにも言わずにいつものぶすっとした顔で、きっといつものように、私の近くに着いてくれてる。

 

ルールーもそう。私が召還士になると言ったとき、一番心配して、反対してくれたのは、ルールーだから。

 

きっと「ユウナ。たとえ召還士じゃなくなっても、あんたは私の妹だからね」そんな言葉を掛けてくれるんだろうな。

 

そんな想像。その想像は優しすぎて。

 

そんな優しいみんなの笑顔が簡単に想像できてしまうから。私は、迷ってしまったんだ。

 

イフリート様。イフリート様。どうか、私に力をお与えください。

 

そんな言葉を心の中で唱えていたくせに、私はその力を欲しがるのを怖いと思ってしまった。

 

そんなの…契約できなくて、当たり前だよね。

 

でも、そんな時、声が聞こえたんだ。君の声が。

 

「ユウナ様。聞こえるか?」って、いつもとおりの…君の声。

 

ティーダ君。彼のしてくれた話は、やっぱりブリッツボールの話で。ゴール前の恐怖感とか、やった事ない私にはそういうのはわからなかったけど。

 

 

「俺がボールを蹴り続けた時間。それだけは俺を裏切らない。だから信じるんだ」

 

「たとえ俺が何考えてようが、「俺の体はボールを目の前にしたら言うこと聞かない」ってさ」

 

「ユウナも同じ・・・・なのかもしれないよ?」

 

 

今までやってきていた事。

 

悩んで。悩んで。召還士になるって決めて。

 

それに向かって、毎日のお祈りと心と体を鍛えてきた。

 

その時間はなんだったの?諦めちゃっていいの?

 

私の中で、そんな言葉が、ふっと浮かんだ。

 

無駄になんてしたくない。

 

みんなを守りたい。その気持ちを私は、私は無駄にしたくない。

 

だから、お願い。

 

 

そう思ったとき、イフリート様は答えてくれた。

 

それぞれの寺院の召還の間には、かならず固有の質問が削り込まれている。

 

『汝、何故願う』

 

ちょっと特別な言葉だから、翻訳が難しいんだけど、イフリート様の召還の間にはそう削り込まれていた。

 

私は、答えを自分の中の答えを見つけた瞬間だったから、きっとイフリート様には全部お見通しだったんだろうな。

 

 

「…。」

 

 

もっと…いろいろ知らなくちゃ。

 

召還士は、年老いていた方が良いって言われてる。

 

きっとそれは、心の強さだったり、経験の量だったりで、私は、まだまだ他の召還士に比べたら若輩者だ。

 

それのせいにする訳じゃないけど、私はきっと力が不足しているんだ。心も。体も。

 

この先の旅で、私は本当に、全ての召還獣に認められるほど、強くなれるのかな?

 

自分を成長させる、そんな機会って、あるのかな…?

 

 

「今考えても…仕方…ないよね」

 

 

ギギッ…。

 

私は立ちすぎて棒にようになっていた足を動かして、船室に戻ろうと振り返る。

 

 

その時、頭の上から。

 

 

ヒュッ…タンッ!

 

 

「やっ!ユウナ!なにしてんの?」

 

目の前に、リュックが落ちてきた。

 

「え?え?」

 

「こんな夜更かししてぇー。わるい子だっ!」

 

「リュ、リュック。ずっと船長室の上にいたの?」

 

リュックはかわいらしい、ちょっといたずらっ子っぽい笑顔で私の顔を覗き込んでくる。

 

「そだよー。オーラカのみんな!気合いムンムンッて、感じだったよね」

 

そだよー。って…。そ、そっか。リュックも、さっきの皆を見てたんだね…。

 

「あいつ、結構勘がいいよねー。『出てこいよ、いるんだろ』とか言われた時、心臓ドキーーッ!てなったよね」

 

リュックがあいつと言ったのは、たぶんティーダ君のこと。リュックは声を低くして彼の声真似をしながら、一度飛び跳ねた。

 

「そ、そうだよね!わたしも!『人の練習風景覗くなんて、趣味わるいっすよ』とか言われちゃった時、隠れてぺこぺこ頭さげちゃったよぉ。」

 

あの時、私はオーラカのみんなが怒られてるのを見て、なんかすごく申し訳ない気持ちで、そんなことをしていた。

 

 

「あははー。ユウナらしいなぁ。変わってないね」

 

 

リュックとは幼い時に会っていた私のことをよく覚えていてくれたのだ。

 

もちろん、私もよくおぼえている。積み木遊びもしたし、一緒におままごともしたよね。

 

あの時は、お昼間にやっていた番組を真似してて。たしか、旦那さんの帰りを待つ妻と、夫の愛人が鉢合わせするなんていう変な話だったかな?ふふっ、懐かしいなぁ。

 

 

「ところで、ユウナ。これ、飲んでくれる?」

 

 

私がちょっと昔の思いでひたっていた時、リュックからひょいっとドリンクボトルを渡される。

 

「もう一つ新しいドリンク作ったから、あいつに試飲させようと思ったんだけど…タイミング逃しちゃってさぁ…。だから、温くなっちゃったけど、ユウナにあげる!」

 

たしか、これ、さっきリュックが彼に。試合後にコートで倒れていた、ティーダ君に飲ませていたスポーツドリンクのボトルと同じものだった。

 

ティーダ君と…ふたり一緒に飲んでいたボトルだった。

 

 

「洗わずに、返してくれてもいいから!それじゃ!また明日ね!リュックちゃんは良い子なので、そろそろ寝まーす!」

 

 

おやすみー!と元気よくそう言ってリュックは、タタタッと船室の方へと戻っていってしまう。「あっ!リュック!」

 

 

私は何故か、リュックを呼びとめてしまった。

 

あれ?おかしいな。思い出話をしたかったのもあるけど、そんな急ぐ話じゃないし、だいたいもう夜も遅かった。

 

私は自分で呼んだくせに、なんでリュック止めたのか、自分でもよく分からなかった。

 

 

「んー?どったの?」

 

 

だからなのかな。

 

 

「ティ、ティーダ君と…兄弟って…どういうこと…かな」

 

 

そんな、よく分からないことを、聞いてしまった。

 

ほんとは。本当はその話は、ルールーから聞いていたのに。

 

 

 

『あいつ。ワッカの前ではティーダとリュックは兄弟…そういうことにしておけば、リュックがアルベド族ってバレないってさ。多分そういうことね』

 

『はぁ…嘘つくにしても、何も兄弟っていう設定にしなくていいじゃないの…ボロがでたら、痛いわよ。馬鹿なオママゴトだけど。今更仕方ないわ』

 

『だからユウナ。あんたもよろしくね』

 

 

 

そうやって聞かされていた。

 

なのに今、私は再びリュックにそれを問いただそうしている。

 

 

 

「わわっ、わわー!ユウナ聞いてたの!そっか、そうだよね。ば、バッカだよねー!あいつさぁ!ワッカの前では私に、妹になりきってくれーって!とか、自分で嘘ついたくせに、私まで巻き込むんだからさー!」

 

 

リュックは、あたわたと手をぶんぶん振りながら、そう言った。

 

ルールーに聞いた通り、答えは予想していたものと、おなじはずだった。

 

「あいつってほんとバカだよねー!ユ、ユウナも巻き込まれると面倒だから、あいつにあんまり近付かないほうがいいよ!わたしなんて、何回あいつに振り回されてるか!くそー!ティーダめ!」

 

 

リュックは、船室の方角に向かって、パンチをしていた。船室のオレンジのライトに顔が照らされて、顔が赤くなってるよう見えた。

 

 

「まぁ、とにかく今更言っても仕方ないしね…じゃ、ユウナもそういう事で!」

 

 

今度こそ、おやすみー!そう言って、リュックの背中が、船室へと消えていく。

 

 

 

 

ザザーン。

 

 

 

静かな、波の音がきこえる。

 

 

取り残されたのは、私と、転がったブリッツボールと、スポーツドリンク。

 

 

 

 

 

 

「んっ…」

 

 

 

 

最後にストローをくわえて、一口。ボトルに入った、ドリンクを飲んでみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ホントだ……おいしい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、ストローを見ながら、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十話

 

 

カァッ…カァッ…

 

 

 

 

 

 

青すぎる青い空。

 

 

 

 

ギラついた太陽。焼け付くような熱斜線が、露出した首筋をこんがりと焼いていく。

 

まるで唾広帽子のような形の大きな積乱雲に、蝉のようにやかましく鳴いている白いカモメが混ざって消えていった。

 

船から見える、遠く。

 

水平線に浮上したルカの街から、大会の始まりを告げる、黄色い花火が上がるのを俺は目視した。

 

今は早朝。そんな真夏のある日。

 

ジリジリと耳障りな程に晴れ渡った、最高のブリッツ日和のしたで。

 

 

 

 

「お先に行かせてもらうっすよ!!」

 

 

ダンッ…!______________バシャーーーーン…!

 

 

 

 

 

『おいおい…マジで飛び込んだよ…』『でも…向こう着いたら練習の時間ないっすし…』『あぁあ、俺高い所苦手なんだよ…』『バカだ…あの人ブリッツ馬鹿だ…』

 

 

 

「おまえらぁ!!ここまで来たら、シャキッとしろぉ!!ティーダはもう!飛び込んじまってんだぞぉ!!」

 

 

『あぁぁぁぁああもう!』『目をつぶって…深呼吸して…!』『この高さから腹打ちしたら、痛いだろうっすね…』『って、ワッカさん!肩つかまないで!まだ心の準備が!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくぞぉぉぉぉおおおおお!!ビサイド・オーラカァアアアア!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________ダンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『『『ゆ、優勝だぁああああああ!!!!!!うわぁああああああ!!!』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________ドッポーン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナっ!

 

 

そのX

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うぅ…ひどい目にあったっす…』

 

べそべそと、泣きべそをかきながらそう言ったのはダットだった。

 

『ま、まさかこんなびしょ濡れの状態で、ルカの街を歩くとは…』『もう、俺恥ずかしくてこの辺ひとりで歩けないっす…』『あぁ…みんなに笑われてたな…指まで刺されて』

 

焦燥した顔で、ぐちぐちと不満をたらすをオーラカメンバー。

 

厚顔無恥なのはワッカだけだったのか、控え室に入るなりそのまま「じゃあ俺!クジ引いてくるわ!」と出て行った。勿論びしょ濡れのままだ。

 

「それでも、練習しておいて良かったっしょ?みんな」

 

俺はタオルで汗と海水をふきながら、みんなに尋ねた。

 

『まぁな…やれることはもう全部したよ…』『そうっすね…ティーダさんが本当の化け物だっていうのはよーく分かったっす…』『イルカと並走してたっすよ…この人…』

 

上がった顔は、やれやれといった顔ばかりだったけど、緊張してガチガチになっている感じではなかった。俺は「それが分かってくれたら十分っすよ」と、みんなに笑いかける。

 

 

「あんた達はほんっとに…マイカ総老師の開幕演説も聞けなかったじゃない…。あぁ、もう。ほらボッツ。タオル落とさないの。ばっちぃでしょ」

 

はぁ、と溜め息をつく呆れ顔のルー姉さん。

 

額を抑えながらも、こうやって皆に真摯にタオルを配ったりしてるころを見ると、まぁそんなに怒ってるわけじゃなさそうだ。ルー姉さんは口うるさい所があるが、結局の所、とことんお節介で世話好きな人なんだな。

 

「ふふっ、みんな。今日はしっかり応援するので、がんばってくださいねっ!」

 

みんなに向かって満面の笑顔を咲かせるユウナ様。どうやら今日のポジションはチアリーダー的な位置らしい。

 

『ユ、ユウナちゃん…僕頑張るんで見ててくださいね』『俺も!精一杯頑張る!』『俺もだ!』

 

この感じを見たら、その応援効果も馬鹿にできないらしい。オーラカ面子にデレッととろけた表情が浮かぶ。

 

「あー、あー、ユウナ様?今から俺たちミーティングに入るから、ちょっと」

 

「あっ!ご、ごめんなさい!すぐ出るね?」

 

ぺこぺこと頭を殊勝に下げて、選手控え室から出て行くユウナ様。続くルールー。それを『あぁ…』と残念そうに見送るオーラカ面子。こいつら…この期に及んでやる気あんのかコラ…チンチン蹴るぞ、おい。

 

「はいはいはーーい!注目!時間ないんだからサクサク行くっすよ!」

 

パンパンと手を叩き、場の空気を仕切り直した俺は「昨日言った事、朝やった事、みんな覚えてるっすね?」とみんなに聞いた。

 

『あぁ!』『もう、なるようになれって感じっすけどね』『それでも、何だか今回はいつもと違う希望みたいなの感じるっすよ』『そうだな…試合が楽しみなんて…久しぶりだぜ』

 

みんなの顔には確信のようなものが広がっていた。うん。力の入りすぎでも抜けすぎでもない。この感じなら、大丈夫みたいっすね。

 

「うっす!だったら、あとは細かい注意と心構えだけっすけど、みんなちゃんと聞いてっすね」

 

『『おぉ!』』

 

打てば鳴るような勢いを感じる返事。それを聞いて俺は_______バンッ!!「くじ!引いてきたぞ!!」と、その前にワッカが控え室に飛び込んできた。

 

「よく聞けおまえら!そして喜べ!俺たちは…シード権を獲得した!」

 

「初戦はアルベド・サイクス…これに勝てば決勝で…二回勝てば…優勝だ!!!」

 

おぉぉぉ…!と湧くオーラカメンバー。俺も思わず「うっし!」と、ガッツポーズをとった。

 

これはいい流れだ。同日に何試合もやっていたら、どうやっても集中力が落ちてしまう。相手より有利な立場なのは、間違いない。

 

「やはり運が向いてきてる!この流れにのっちまって優勝まで駆け上るぞ!」

 

『おう!!』と、俺も一緒に拳を突き上げる。

 

「ワッカのお陰で万事オッケーの流れっすね!うっし!じゃあワッカもミーティングに加わって…」バンッ!

 

ん??また誰か入ってきた。「ねぇ!聞いて!」

 

入ってきたのは、ユウナ様だった。バタバタとした足取りな上、いやに焦った面持ちだ。

 

「カフェでアーロンさんを見たっていう人がいるの!」

 

 

 

______________アーロン…?

 

 

 

「それ本当か!?」

 

飛ぶように、俺はそれに反応してしまった。

 

 

「え?」

 

 

「服は?もしかして赤い服?腰にだっせぇ酒のとっくり着けてて、ただのカッこつけのグラサン着けた、最近加齢臭の気になるお年頃な感じのオッサン!?」

 

「え?か…カレー臭…?ティーダ君、きみ、もしかしてアーロンさんと知り合いなの…?」

 

詰め寄って、肩を掴んでゆさぶる俺を、おろおろといった顔で見返すユウナ様。

 

「え、えっと、私がまだ小さい頃に見た、アーロンさんは…その、髪を後ろで縛ってて、赤い僧兵の服で、うん。お酒のとっくりをいつも腰に…」「ビンゴ!!それっす!そのオッサンっすよ!」

 

当たりか!同姓同名の人違いかとも一瞬思ったが、あんな分かりやすい未だ中二センスの格好は、世界中探してもあのオッサン一人しかいない。俺が出会った時と全く同じいでたちだ。

 

「俺からしたら、むしろ何で、ユウナ様が知ってるのかって方が驚きっすけど…って、あっ、ごめんっす。肩掴んだりして…」

 

俺は手につかんでたユウナ様の柔らかい肩を離して、一歩引いた。「あっ…。う…うん。べつに、謝らなくていいよ…?」ユウナ様はそう言って、なぞるように自分の肩に手を当てる。

 

「そっかぁ…あのオッサン、よーやく見つかったか」

 

俺は、熱くなった頭を、ふぅと一息はいて冷ました。

 

「わたし、それでね。今からちょっとだけ、アーロンさんを探しに行こうと思うんだけど…き、キミも、その、よかったら…来る?」

 

ユウナさんは妙にキョドりながら、俺の顔をおずおずと見上げてくる。

 

 

「いや、もう試合始まるし。こっちにいるの分かったから、俺は後でいいっすよ」

 

 

俺は、たしかにアーロンのことも気になったが、あのオッサンのことだ。

 

俺の影響で半ば趣味となった試合観戦を、カフェで一杯酒でもひっかけてからスタジアムでしようっつー流れだろう。

 

ユウナ様もなんでかは詳しく知らないけど、アーロンの事を知っているっていう事は、オッサンはザナルカンドとスピラを行き来できる方法を持ってるっていう事だ。

 

つまりはそういう事。

 

大方、俺の行動パターンを予測して、こっちの世界に来てはぐれても、ブリッツボールの大会で選手として出てるはずだから見つけれるっていう寸法で、ルカにいるんだろう。

 

アーロンのことだ。それなら、どうせ後で向こうの方から呼んでも無いのに声をかけてくるに決まってる。

 

ならば、何もわざわざこっちから探してやるなんて優しさを見せる必要は無い。そうやって甘やかすとつけあがるタイプのオッサンなのだ。

 

とゆうか、もとはといえば、俺が迷子で困っているのは、あのオッサンがそもそもの原因な気がする。その辺は会った時に問いただし、返答次第ではあのグラサンを粉砕せねばなるまい。

 

まぁ…あのオッサンの老眼が進行しすぎてる可能性を考えて……せいぜい俺が試合で目立って活躍して、見つけやすくしてやるってくらいまでなら、してやってもいい。

 

「そ、そっか…」

 

「うっす!報告感謝っす!俺は俺で試合に集中するっすよ!」

 

ユウナ様はゆっくりとした足取りで、再び控え室から出て行く。それを見送ってから俺は

 

「さぁ!ミーティング!始めるっすよ!!」

 

『おう!!』

 

と、声をいつもよりも張り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

________________________________________________________________________________________________

 

 

 

 

 

 

「はっ…はっ…!」

 

 

 

こんなに走るのは久しぶりだった。こんな時はこのいつもなら気に入ってる自分のゴテついたワンピースの服装が口惜しい。

 

だけど今の私には、そんな泣き言を言ってるような暇すら無かった。

 

バタンッ!「ティーダ!ワッカ!いる!?」

 

控え室の扉を慌ただしく開ける私を、驚いたような顔で見るティーダの瞳と目が合う。微かに伸ばされていた手は、私のあけた扉のドアノブに向けられていたものだろう。

 

「ユウナがアルベド・サイクスに攫われた!返して欲しければこの試合に負けた後、4番ポートに来いって!」

 

「は、はい?」

 

素っ頓狂な声を上げるティーダ。突然の事すぎて無理も無いかもだけど、あまりの危機感の無い態度にどうしても苛ついてしまう。

 

「おいおいおいおいおいおいおい!!!!それ本気で言ってるのかルー!」

 

さすがに焦った顔持ちのワッカ。「冗談でこんなこと言うわけないでしょ!」私は怒鳴ることで今の危機的な状況を伝えよう務めた。

 

「はぁ!?こんな時になにやってるんっすか!?キマリは!?」

 

おちゃらける事も多いけど、いつもならこういう時、妙に落ち着いた態度で事に当たりそうなこいつにしては珍しく、ティーダがそんな焦ったような声を上げた。

 

「キマリは…さっきカフェで、ロンゾ族の仲間と衝突があったみたいでね…失神して起きてこれないのよ…」

 

あちゃっ!と言いながら、顔に手をやって天井を向くワッカに「なにやってんっすか!ガードがしっかりしねぇでどうすんの!?」

 

そんな耳に痛い言葉で私達を責めるティーダ。言っている事は正論だ。

 

これは、私達…いや私の失態だ。私が着いていながら、アルベド族に攫われてしまったのは完全に油断していたとしか言いようがない。

 

「ごめんなさい…私のミスよ。私がもっとしっかりユウナを見ていたら…」

 

私は素直に頭を下げた。ティーダが前からビサイド・オーラカの試合の為に色々と奔走してくれていたのを、私は見ている。

 

それなのに。今、私の失態でこのチームを危機に追い込んでしまっていること。それに対して私は何の言い訳もできなかった。

 

 

「つまりは…ようするに!ユウナ様を助けて、速攻で試合に戻ればいいんだな!?」

 

 

ティーダは、頭を下げた私を見て、一瞬何かを思索するような間をあけてから、そう言った。

 

「ワッカ!俺が行く!どうせ、助けに行ってる間は点を入れれない!だったら一人でもディフェンスが多い方が良い!リーダーとしてなんとしてでも持ちこたえろ!」

 

「ボッツ!あんたはボール持ってからの行動が遅い!ボールを持って困ったらレッティかダットに回せ!パスカットは上手いんだ!無理に攻めずにディフェンスに集中しろ!」

 

「ダット!お前は泳ぎもパスもうまい!突破力があるんだ!パスを回すな!エースとして自分で攻めろ!攻めてる時間が多ければ守る時間は減る!点さえ入れなければ向こうも文句ねぇだろ!」

 

「レッティ!あんたはパスの名手で視野も広い!ダットと協力してパスを回しまくれ!チームへの指令はあんたが責任を持て!」

 

「ジャッシュ!今回はポジョションを真ん中よりにしろ!いつでもみんなのヘルプに回れるように身構えろ!得意のタックルで相手のボールを奪うんだ!」

 

「最後に…キッパ!!」

 

ティーダはキッパの肩に手を置き「お前が最後の砦だ!頼んだぜ」と、笑った。

 

「ユウナ様を助けたら、ルー姉さんの魔法で花火を上空にうちだす!それを確認したら、全員攻めろ!分かったな!」

 

『ティーダさん…』「返事は!」『お、おう!!』

 

ティーダの語気は強かった。それはまるで不安そうにしていたオーラカに喝を入れるようで、ぐらつきかかったみんなの気持ちを引き締め直した。切り替えの速さは、さすがだった。

 

「ルー姉さん、行こう」

 

「あ、あぁ、そうね!走るわよ!」「うっす!」

 

たっと駆け出す私達。扉を出て、階段をかけすぐにドームから出た。

 

「4番ポート!…向こうっすね!」

 

駆けるティーダの背中の遠ざかる。

 

速い。とてもじゃないけど追いつけない。

 

男と女の違いはあれど、あいつの身体能力には本当に目を見張るものがある。

 

いや、それ以外でもこの子の能力の高さは異常だ。

 

船がシンに襲われたあの日、荒れ狂った水中でユウナをすぐさま回収したのは、誰にだってできることじゃない。むしろこいつ以外の誰にも出来なかったと思う。

 

私達の旅に一時的とはいえ着いてくる為の自衛手段として、教えた魔物とのバトルのやり方。

 

パーティの中には剣士はいなく、参考にする人がいなかったにも関わらず、気づいた時には剣の扱い方を自分のものとしていたこいつなら、もう少し経験を積めばすぐに立派な戦士になるだろう。

 

このまま、もう少しこいつが旅に同行してくれるなら…「いや…私まで何を考えてるの。ワッカじゃあるまいし…」

 

今まさにこいつに頼ってることは、思考の隅に置いた。正直今のブリッツしか頭の無いワッカより、こいつに同行してもらった方が安心する。あとで礼を言うとして、この場は甘えよう。

 

「ルー姉さん!あの船!?だったら急いで!あいつら、船を動かそうとしてる!沖に出られたら手の出しようがないっすよ!」

 

ハッと思考を戻すと、たしかに4番ポートに着けられたアルベド族の船。武装されたその船は今まさに沖に向かって発進されそうになってた。

 

 

ブォォォォォォ!

 

「なんてこと…!」

 

けたたましく回り始める船のスクリュー音。

 

私は悪態を着きながら、更にスピードを上げようと試みる。だけど、たいして変わらない。このままじゃ…届かない…!

 

 

ダンッ!「ルー姉さん!」

 

 

叫ぶティーダは、先に船のデッキに飛び乗ってて、私に向かって手を伸ばしている。了解…ちゃんと掴みなさいよね…!

 

ダンッ!「ティーダ!」

 

ブォォォオオオオオオオオッ!!

 

 

________「はぁ…はぁ…」

 

 

掴まれた手。タッチの差で私の手はティーダの伸ばした手に届いていた。

 

「っし!ちょっと痛いの我慢するっすよ!」 

 

ぐっと勢いよく持ち上げられる体。軽々と持ち上がった私の体は、あっというまに船のデッキに移動させられていた。

 

「…次からは、もう少し優しく持ち上げなさい」

 

私は少し痛んだ肩をさすりながら、そうつい悪態をついてしまった。悪い癖だと分かりつつも、なかなか治らない。

 

「次があるんすか?…!そうっすね!ベッドの上で良かったらいくらでも…あ、はい。そんな場合じゃないっすよね」

 

まったく、こんな時でもこいつ腹立だしいほどいつも通りで気が抜ける。

 

「ユウナは多分下の船室ね。ハッチを魔法で壊すわ。下がってなさい」

 

そう言って腕に魔力を集めた時____ガタンッ!と大きな音がした。

 

 

 

_____ウイイイイイイイイン!!ゴンッ!ガチャッ!

 

 

 

騒音を鳴らしながら、開く床下の昇降口。そこから飛び出てきたのは機械だった。

 

アルベド族が使う…たしか練習用のブリッツボールマシン…!侵入しようとしている私達の存在に気がついて排除しにきたって訳ね…!

 

「ティーダ!下がりなさい!そいつは…」

 

ドドドドドドドドッ!!

 

言葉は最後まで言えなかった。超高速で打ち出されたブリッツボールが、私の体に何度か当たった。「ルー姉さん!」心配そうな声が上がる。

 

「大丈夫よ!たかがボール当てられたくらい!」

 

私はそう声を張ったが、強がりだった。頭に当たったブリッツボールが私の脳を揺らして、歩行を怪しくさせた。

 

「ルー姉さん!こいつ放っておいて、ハッチに魔法ぶち当てて!さっさと中に入っちゃおう!」

 

「くっ…分かってるわよ!」

 

私は、この舐めた機械を破壊してやる事を諦めて、ハッチに向って電撃を放った。

 

ドォン!「よしきた!」「行くわよ!」

 

私達は船内へと駆け込む。ユウナが捕らわれてるとしたら恐らく地下の船室だろう。

 

カンカンカンカンッ…

 

高い金属音を鳴らし、階段を駆け下りる。さっきのマシンはデッキに取り残されたまま。さすがに中まで追ってくるような気配は無かった。

 

「くぅおらぁあああああ!!!このクソガキどもぉおおおおおおお!!!!」

 

ガンッ!!

 

と音を鳴らしたのはティーダの持った剣。水のフラタニティ。それと、私に向って振り下ろされた鉄パイプだった。

 

「おまえらぁああああ!!!船を壊しやがって、いってぇどういうつもりなんだぁああ!このクソジャリがぁあああ!!」

 

「はぁ!?なに言ってるんすか?このハゲ!?毛髪と一緒に記憶まで無くしたんすか!?最初に喧嘩売ってきたのはそっちっすよ!?」

 

「こぉのガキィィイイ…これはハゲじゃなくて剃ってるんだよ…!」

 

「言い訳してんじゃねぇよ、このハゲ!脇腹サクっとやられたくなかったら、得意のヘア無しピンカーブでドリフトしながら消えるっすよ!」

 

「口のへらねえ餓鬼だな!船長の俺がここで引いたらどーやって皆がここを守れると思ってやがるんだ!ああん!?」

 

こちらの言葉を流用に話せるアルベド族。こいつじゃないけど私もその特徴的な頭には、覚えがあった。

 

「シ、シドさん!?」

 

「あぁぁん?」

 

そう、言って睨みをきかせた顔で、こちらを向く顔。やはりだ、間違いない。この人は

 

「おめぇ…もしかしてお漏らしルールーか!そうか…でかくなったな…!なぁるほどぉ…お前がユウナのガードって訳か…!」

 

そんな私の抹消したい自己の恥を公然と読み上げるその粗暴さ、そうだった。この人はそういう人だった…各地に分散したアルベド族を集結させ、まとめあげた族長。部族での名は

 

シド・デ・アームスロング______「しゃらくせぇ!!そんならお前も人でなしの馬鹿野郎だ!おまえらやっちまえ!!」

 

「え?」「なんっすか!?」

 

カチャッ!と構えられた火を吹く猟銃。

 

それに気をとられた瞬間、「うっ!」バチバチッ!背後からそんな耳障りな音と、体を貫いた痺れを最後に_____「ルー姉さん!?」

 

 

 

「ティ、ティーダ…」

 

 

 

__________私の意識は闇に落ちた__________。

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________________________________

 

 

 

 

 

 

「いやー!これがアルベド族の戦闘型旅船って奴なんすか!!うわ!これもしかして操縦桿ってやつっすか!!かっけー!シドさんマジかっけーっす!」

 

「がっはっははは!!!そーだろ!!なんだ、てめぇ!ただのクソガキがと思ったら、なかなかどうして分かってる奴じゃねぇか!!」

 

「恐縮っす!自分もうシド師匠の本読んでからは、もうアルベド文化に魂を売った豚っす!まさかこんな所で会えるとは思ってなかったっす!!」

 

船の操縦席に座った俺は、めまぐるしいほどに揃ったスイッチの数々を凝視しながら、全力で媚を売っていた。

 

「カカカカーっ!と、くらぁ!まさか昔若い頃に気まぐれで書いた本が、まさか読まれてて、しかもそいつが、ブリッツ選手ったー驚きだ!まったく!」

 

がはがはと上機嫌に笑う光る頭がチャーミングなナイスミドルこと、シド師匠。

 

俺がリュックのいた船で、隅にほこりを被らせて置かれていたアルベド族の本を見つけ、感銘を受けた筆者が今、俺の目の前にいる。

 

ルー姉さんが倒れた時、多勢に無勢。

 

このままでは俺の命がマッハでやばいと悟った俺は、未来のアルベド族の親善大使になるという夢をくれたシドさんと、どうしてもお話がしたいと熱弁した事によって、何故か危機的にもあの修羅場からの生還に成功していた。

 

「まったく…スピラにはどいつもこいつも、エボンの教えに魂を引かれた大馬鹿野郎しかいねぇと半ば諦めて、あの本の存在も忘れちまってた所に…!見てる奴もいるもんだ。こんな若造が俺らアルベド族を尊敬しているなんて…くそっ!目に汗が入りやがる!」

 

どうやら、あの本を書いた当初には、今の俺と同じようにアルベド族とスピラを繋げようとしていた意思があり、それに情熱を燃やしていたらしいシド師匠は、俺の話を聞いてあの時の気持ちを思い出したようだった。

 

俺はもしやこの流れなら交渉もできるかもしれない、と、それとなくユウナ様を返してくれないか、ブリッツボールの試合に負けろっていう話はちょっと取り消してくれないっすか、と聞いてみた。

 

「あぁん…幾らオメーの頼みだろうがそいつは聞けねぇよ。ブリッツボール?の事は…俺にはよく分かんねぇけど、とにかくユウナを返す訳にはいかねぇ!オメーはガードじゃねぇみたいだから知らねぇかもしれねぇがな。俺は叔父としてユウナを守ってやらなきゃならねぇんだよ」

 

と、そう言って、顔をしかめるばかりだった。

 

どうやら、シド師匠はユウナ様の誘拐こそしたが、ブリッツの試合の件に関しては関与していないようだった。

 

おおかた、先走ったシド師匠の部下、誘拐の実行犯グループがついでにそんな要求をしただけで、ユウナ様の旅をやめさせ、匿う事ができたらそれで良かったらしい。

 

だから、さっきも4番ポートから船を出していた途中だったと言う。

 

どこをどうしたらこの顔の遺伝子がユウナ様に伝わるのか分からないが、ユウナの叔父であると言うシド師匠には、ユウナ様を害する気はない。

 

 

それが分かった以上、俺のやる事は決まっていた。

 

 

「いやー…こいつはすごいっす!あれ?これ戦闘型旅船ってことは…もしかして主砲とかそんなんもあるんすか!?」

 

「おぉ!!あったりめぇでぃ!そこのボタンをてぃていっと弄くったら、昇降口からでけぇ大砲がにょきにょき出てくるっつー寸法よぉ!」

 

「うわああああああ!!!すっげえ!マジ一度で良いから見てみたい!シド師匠!その主砲今ここで見せてもらうって訳にはいけないっすか!?」

 

「ああん!?オメーこんな所で敵もいねぇのに主砲なんてぶっ放してどーすんだよ!」

 

「そんなこと言わず!このとーりっすよ!!お願いっす!!空に向って一発撃ってくれるだけでいいっすから!!」

 

「駄目だ駄目だぁ!貴重な弾を無駄遣いするわけにはいかねぇ!!」

 

「俺、試合終わったらアルベド族の言葉を勉強するっす!その勉強のモチベーションの為にも!どーっしてもっ!アルベド族の機械の凄さを目にしたい!なんでお願いっす!」

 

「お、おまえ…そんな言い方ズリィぞおい…」

 

「お願いっす!なんなら、俺大会終わったら、アルベド・サイクスと選手契約してもいいっすから!ほら!アルベド族のちょぉーといいとっこ見てみたいっ!ハイッ!ハイッ!ハイハイハイッ!」

 

「だあああああ!!!わかったわかった!!一発だけだぞ!!」

 

「やりぃー!!シド師匠はもう最高っすよ!!」

 

「てやんでぃ!!うまく持ち上げやがって!!そうだな…祝砲代わりだ!いっちょ派手にぶちかましてやるぜぇ!!!」カチャカチャ…ポチッ!

 

 

 

ウイーーーーン…ガチャッ…ガコンッ…。

 

 

ドンッ!!ヒューーーー!!!ドォォォォン!!!!

 

 

 

『おおおおぉぉぉぉぉおおお!!!』

 

ゴーグルを被ったほかのアルベド族の仲間も腕を上げながら歓声を上げる。俺もそれ流れにさらりと混じって拳をあげる。

 

「かーかかかか!!どうでぃ小僧!!野郎ども!!こいつがアルベド族の力ってもんだぜ!!!」

 

『おおおおおぉぉぉぉおおお!!』

 

 

 

 

 

 

 

_______ワッカ_____気づいてくれよ___________!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

さきほど上で、ドタバタとした喧噪、そしてしばらくした後、大きな爆発音が聞こえた。

 

 

その中に彼の声が混じっているのに私は気がついた。

 

 

私は閉じ込められた船室の扉を叩く。もしかしたら、彼は、今この船に載っていて…私を、助けようとしてくれているのかもしれない。

 

でも、いけない。この船の人達は皆武装していて、彼一人だったら大怪我をしてしまうかもしれない。

 

私が鈍臭いばっかりに攫われて、それが原因で彼がまた危険な身にあっている。それは駄目。

 

 

「お願いします!ここを開けてください!」ドンッドン!

 

 

私の叔父さん…アルベド族の長にしてリュックのお父さん。あの人なら、本当に人を傷つける事をしないはずだけど、少し粗暴な所がある。

 

彼がもし、船内で暴れてたりしたら、きっと多少乱暴をしてでも事態を抑えようと行動するはずだ。もし彼が本当に怪我をしてしまったら、私は…。

 

 

バタンッ…!

 

「フウラミボ!キブアシキノ!」(うるさいぞ!しずかにしろ!)

 

 

大きな音を立てて、開かれる扉。アルベド族の衣装に身を包んだ男の人の脇から、放り投げられたのは…「ルールー!」

 

ドサッ…と床に崩れ落ちたのは、ルールーだった。縄にしばられて身動きの取れないようにされていたルールーの顔は、真っ青に青ざめていた。

 

「ルールー!起きて!おきてよぉ!」

 

ゆさゆさと肩を揺するが、ルールーの反応は無く、完全に気絶していた。

 

「ワヤニラカヅハモ!」(あまりさわぐなよ!)

 

バタンッ!と荒々しく扉が閉められる。取り残された私と、動けないルールー。

 

私はすぐにルールーの縄。それについた堅い結び目をほどきにかかった。「…っ!」

 

ハラリと縄がほどけ、ルールーを抱き起こしてもやっぱり応えてくれなくて、私は、生きてるのは分かっているのに、ルールーが呼吸しているか何度も確かめてしまう。

 

 

「ルールー…私…」

 

 

いつも優しいルールー。私を見てくれ、側にいてくれるルールー。

 

頼りにるお姉さんみたいにいつだって守ってくれる、助けてくれるルールーが今。こうして私のせいで痛めつけられて、怪我をしている。こんな顔をさせてしまっている。

 

嫌だ。こんなのは、嫌。

 

ルールーにこんな顔して欲しくない。こんな真っ青で、息をしていないんじゃないかと思うくらい冷たい顔。させたくない。見たくない。

 

私は、ルールーにこんなヒドい事をされていたのに、反抗する勇気を持てず、自分がそれに対して何もできないでいた事。

 

 

 

それがどうしても悔しくて。

 

迷っていた私の心を決めさせた。

 

 

 

「お願い…!」

 

 

 

私は、願った。召還士の杖が無く、上手く力を収束できないけど、私はただひたすらに祈った。

 

「答えて…!」

 

助けたい人がいます。守りたい人がいます。

 

今この時動かなければ私は一生後悔する。みんなが私の為に動いてくれたこと…それに今応えたい…!

 

だから…人に向かって、あなた達の力を使う事、どうか今この時だけはお許しください…!

 

 

 

 

「ヴァルファーレ…!」

 

 

 

 

 

_________________キンッ!!

 

 

 

 

ドォォォオオオオオオオン!!!!

 

 

上空から、船室の壁を打ち破って私の前に現れた召還獣。ヴァルファーレ。その大きな翼を広げて、私とルールーをやさしく包み込んでくれた。

 

 

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

 

 

 

 

「みなさん!下がってください!!」

 

 

そんな声が聞こえ、俺たちは振り返る。

 

ズシズシッと大きな足音。

 

暗い廊下から近づいてくるその存在は、これまでの道中に何度か目にした巨大な鳥の召還獣。そいつが操縦室にぬっと顔を出してきた。

 

「みなさん!これ以上私の仲間を傷つけたら…容赦しませんっ!」

 

大きく声を張り上げ、召還獣の横に立ったユウナ様。ルー姉さんも召還獣の背中に寝転んでいた。

 

ユウナ様はグッと睨むような目つきで周りを見回していたが、俺の目にはその足は微かに震えていたのが見えた。

 

「ユ、ユウナ!おめぇ!こんなところでそんな召還獣なんて出して…!」

 

「叔父さん…今回は、私のことを心配してくれて、こういった事をしたのは分かってるけど、でも!その手段が、みんなを傷つけるものなら…私…!」

 

スッと両手に持つ震えた杖の先端をシドさんに突きつけるユウナ様。それを受けてたじろぐシドさん。

 

銃を構えたほかのアルベド族もいったいどうしたらいいのか分からないようで、動き出す気配は無い。

 

それは場が膠着状態へ移行する瞬間。今が…チャンスだ!

 

「ナイス!ユウナ様!」

 

走る。

 

駆け寄る。

 

三歩使って俺は廊下側へ。

 

すかさずユウナ様を掴んで、召還獣の背中に押し込み俺も転がり込む。そして叫んだ。

 

 

 

 

「飛べ!!!」

 

<クエェエエエエオン!!>

 

 

 

 

俺の声に応え、そんな甲高い声を上げた召還獣は______キンッ!ドォオオオオオン!!

 

と操縦室の天井を打ち破る轟音を立てて、一気に上空に飛び出た。

 

 

 

 

コォォオォォォォオオオオオ…

 

 

 

 

昇る。90度もの角度で急上昇で飛翔する。

 

外に出た瞬間、既に上空となった周りから吹く強い風音が耳元を通り過ぎる。

 

ざわざわと騒いでいる船を、空にゆったりと浮かんだ召還獣の背中から見下ろした。「さすがに、主砲とか撃ってこねぇよなぁ…」

 

シド師匠ならやりかねない。俺はそんな警戒をしたが、ユウナ様を傷つける気は無いと言った手前、どうやらその気はないらしい。

 

 

 

コォォオォォォォオオオオオ…

 

「ぷはっ…!」

 

 

警戒を解き、俺は抱えているユウナ様の背中に回した手を緩めると、必死で顔を埋めていたユウナ様が顔を上げた。「び…びっくりした…」

 

そんな顔をして、まだ荒い心臓をぎゅっと押さえつけるように、自分の手を胸に押し付けていた。

 

俺はルー姉さんの方も振り落とされないようにと、よこしまな気持ちで脇に抱えていたが、さすがは召還獣。そんな必要はなかったほどに、素早いながらも安定した飛行だった。

 

 

「…ユウナ様!」

 

「は、はいっ!!」

 

 

呆けていたユウナ様に俺は声をかける。わたわたっとした様子でこちらに顔を向ける。

 

目があう。ユウナ様は何か言いたげな瞳だ。でも、言葉が出てこない。最初になんて言えばいいのか分からない。そんな顔だ。

 

言葉が出るように施してもよかったが、あいにく今はそんなぐずぐずとしたやり取りをやっている暇はない。

 

 

「大分沖に出ちまってる。だから、このままルカに向って飛んでくれって指示してくれる?この召還獣に」

 

 

俺は二人を軽く上から抑えこみ、中央に陣取るように体勢を入れ替える。そして再度身を屈めて、予想される衝撃に身構えた。

 

「え、え、あっ!はい!」

 

俺にのしかかられる形となったユウナ様は、先程の興奮の冷めやまぬ紅潮した顔で、返事をしてすぐに召還獣に向ってぼそぼそと話しかけた。

 

 

<クエェエエエエオン!!>

 

 

甲高い声を上げて、ユウナ様の呼びかけに応えるように翼をばさりと動かす召還獣。

 

間近で聞いたその声に覚醒を施されたのか「ん…うん?あれ、ここどこなの?」と、ルー姉さんはこのタイミングで目を覚ましていた。

 

一度、二度、焦点の定まりきらない目で周囲を見回すルー姉さん。

 

ルー姉さんからしたら、何故か気づいたら空を飛んでるんだ。たぶん夢の続きかとでも思ってるんだろう。

 

ルー姉さんのそんな様子が珍しくて、面白かったが、俺は状況の説明をする時間を取らなかった。

 

 

 

「おはよう、ルー姉さん。起き抜けに悪いんだけど」ガシッ!「えっ?」

 

 

<クエェエエエエオン!!>

 

 

 

 

 

「振り落とされないようにするっすよ!」「え?なに!?」グッ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<クエェエエエエエエエオン!!>_______________________キンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シュゴォオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 

「キャァァアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブーーーーーーーーーー!!!!!チャージ・ド・タイムアウト!ビサイド・オーラカ!

 

 

 

『おーーーっと!ここでまたしても!タイムアウトだぁ!ビサイド・オーラカ!後半が始まって20秒もたってないのに、この試合で使えるタイムアウトを全て使い切ってしまったぁ!休憩を入れた所で、はたして逆転の策はあるのかぁ!?』

 

 

けたたましいブザー音が鳴り、3分間の休憩の合図を告げられる。

 

俺らは水中から出て、スフィアプールをぐるっと一周囲むように備え付けられた選手のドームに入る為の歩行路。そこの東側のベンチに戻ってきた。

 

 

『うぅ…』『くそっ…ゴワーズの奴ら…あんな馬鹿にした態度とりやがって…』『キーパーなんて浮かんで寝てたっすよぉ…!』『くそっ!くそぉっ!』

 

 

水中から出てきたあいつらは、そうがっくりと肩を落とした様子で、ゴワーズのベンチの方向を見ていた。

 

にやにやと笑いながらこちらを指差すDFのバルゲルタ。スポーツドリンクじゃなくて炭酸飲料を飲んでいるFWのビクスン。大きくあくびをするKPのラウディア。

 

そいつらの態度は、こちらを明らかに馬鹿にしたもので、この態度はさっきまでの試合中から続いていたものだった。

 

一回戦。俺たちはシード枠だから、大会的な意味では違うかもしれないが、俺たちは初戦のアルベド・サイクス。

 

ユウナを攫い、俺らにこの試合に負けろと脅してきた、きたねぇアルベド野郎達を、俺たちは打ち破ることに成功していた。

 

上空に上がった信号弾は、なんだかルーの魔法とは思えねぇほどの派手な爆発だった。

 

だが、合図には十分で、全員の捨て身の攻撃でパスを回し、なんとか渾身のシュートを打つ俺、揺れるゴールネット。告げられる試合終了の合図。

 

1−0。自分達の勝利を示すスコアボードを見て、俺たちは、当然肩を組みあい涙を流して喜んだ。

 

なんせ、いままで俺は公式戦で勝った事が無かったんだ。今ここで喜ばないでいつ喜ぶんだ!そう思って歓声を先程まで上げていた。

 

絶叫を上げながら、俺は自分の体に幸福感と高揚感が充満しているのを感じた。早々に、みんなとドリンクを片手に乾杯!なんてこともしていた。

 

勝った事が嬉しくて。嬉しすぎて。もう頭が真っ白になってた。そりゃぁもう最高の気分だったさ。

 

 

だけど今思うと。それも、あいつの…ティーダの言う負け犬根性って奴で、そいつがここぞとばかりに、出ちまっていたんだろう。

 

 

 

俺はそこで、満足しちまってた。

 

 

 

ドームから上がり、控え室に帰る道中。

 

心の中で俺は、ティーダのいない状況で真にビサイド・オーラカとして勝った!勝ってやったんだ!!

 

そんな気持ちで一杯で、次の試合に向ける集中なんて、そんなものこれっぽっちも考えてなかった。

 

今までの辛い練習風景が目に浮かび、ガキの頃に初めて握ったブリッツボールの感触が記憶として蘇る。

 

あの時の俺から成長して、試合に負けた時のくそみてぇな味も覚えて、でもいつの間にかそんな味にも慣れだしちまった馬鹿な舌に、突然与えられた極上の勝利の味。

 

あのアルベド野郎共を踏みつけ、蹴散らしてやったという愉悦感によって、さらに盛りつけを増したその味の余韻に、俺はただただ浸るばかるだった。

 

そんな浮かれ気分のまま迎えた決勝線。

 

優勝をかけたルカ・ゴワーズとの試合に向うために通るここ。この、円形のスフィアプールをぐるりと真横に一周する歩行路の上を歩いている瞬間。

 

 

多分そこで既に負けていたんだ。

 

 

場違いなところに出てきてしまった、って思った。誰も俺を見ないでくれとも思った。

 

360度の見渡すばかりの人の目、人の目、人の顔。

 

人気のねぇ対戦カードだったんだろう。初戦のアルベド・サイクスの戦い。それとは比べ物にならねぇほどの観衆が俺たちを見ていた。

 

満員の観客。運だけで勝ち上がったと叫ぶ男と、それに応えるように沸く周囲の野次。嘲笑の視線。そして…耳の割れんばかりのルカ・ゴワーズに対する応援の声。

 

『GO!GO!ゴワーズ!GO!GO!ゴワーズ!』

 

 

それを聞いた時、俺はびびって足が震えちまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「情けねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぽつりと。思わず、そう呟いちまった。

 

 

でも、一度溢れだしたら、もう止めようが無くて

 

 

「情けねえ!情けねえ!!情けねえ!!なんだよこれ!こんなのありか!!?」

 

 

俺の突然の叫びに、あぜんとした顔で俺を見る仲間達。

 

すまねぇ。すまねぇ。みんな。こんな時本当だったら皆の背中叩いて、キンキンな大声だして、みんなに勇気を出させてやらなきゃならねぇってのに…!

 

 

でも____!

 

 

 

「せっかく!勝ったっていうのに!!死ぬような思いして決勝までこぎつけたっていうのに!ボコボコにやられて!こんなにも馬鹿にされて!大勢の前で恥かかされてよぉ!」

 

 

 

とまらねぇ___とまらねぇんだわ____すまねぇみんな___俺いま悔しすぎて____どうにかなっちまってるんだ_____

 

 

「ゴワーズの連中には馬鹿にされるわ!観客にはブーイングされるわで!いったいなんなんだってんだ!こんな事だったら!初戦で負けてた方がマシだったぜ!!」

 

 

 

_____すまねぇみんな____リーダーがこんな腰抜け野郎で________こんな嫌な思いさせて_____こんな無様な姿を人にさらせちまって_______

 

 

 

「あんまりじゃねぇか!!こんな!こんなことってよぉ!」

 

「こんな事になるって分かっていたら!こんなチーム…最初っからぁ!!」

 

 

 

________俺の引退試合_____ブリッツやる最後の日のはずなのによぉ_______!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________キンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が絶対言っちゃいけない言葉を吐こうとしちまった、そんな時。

 

 

上空で、そんな音が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コォォオォォォォオオオオオ…

 

 

 

 

上空からブリッツドームを見下ろすのは初めてだった。

 

 

 

 

バタッ…バタバタバタッッ……!

 

 

 

 

 

 

服をバタバタと絶えずはためかす程の強風。

 

 

その遠い海から何にもぶつからないまま運ばれてきた風を、俺は両手を広げて大きく一度吸い込んでから、吐き出した。

 

 

眼下に見えるスコアボードが示す数字。

 

 

「7対0。対戦相手のルカ・ゴワーズが優勢。試合の後半から20秒。ビサイド・オーラカ側のタイムアウト中って感じっすね」

 

 

 

バタッ…バタバタバタッッ……!

 

 

 

「あ…あ、あぁ…」

 

 

召還獣の背中から顔出して、眼下に広がる凄惨な状況を確認したユウナ様はそんな声を上げる。

 

 

「間に合わなかった…私、間に合わなかった」

 

 

ユウナ様は、そう肩を震わせて呟いていた。

 

 

「私のせいだ。私が攫われたせいだ…。私のせいで、みんなが負けちゃう…負けちゃうよ!!」

 

 

「ユウナ!あんたのせいじゃないわ!ガードである私が…あんたを守れなかった!私のせいよ…」

 

ふらふらとよろけてへたり込み、真っ青に青ざめた顔で震えるユウナ様の肩を持つルー姉さん。

 

「ちがうよ!私のせいなの!ルールーのせいなんかじゃ絶対無い!私がカフェでアーロンさんを探しに一人で、ふらふら歩いちゃって…!それで!!」

 

「黙りなさい!そこをガードが守るのが務めなの!なにが起ころうが召還士を守る、それができなかったガードは責任を持つ!それが当たり前なの!」

 

二人はこの状況の責任の所在を自らのものだと主張しあっていた。頭を抱え込むユウナ様にそれを無理矢理あげようとするルー姉さん。

 

「ワッカさんの引退試合なのに!!私がそれを台無しにしちゃって!私、もうワッカさんの顔どうやって見れば…!」

 

「ワッカには私が説明する!あいつには…いくらでも気が済むまで、私が代わりに叩かれてあげるわよ!」「そんな事させる訳にはいかないよ!」

 

終わりのない言い合い。きっと、これは。今日の一件はもしこのままいってしまったら、これからの旅の大きな禍根になるんだろうな、と俺はなんとなくそう思った。

 

 

 

コォォオォォォォオオオオオ…

 

 

 

空を見上げる。こんなにも空に近づいたのは初めてで、雲なんてもう目の前で、手を伸ばしたら届くんじゃないかと思うくらいだった。

 

太陽は熱く、目のくらむような正午を指し示す高さだった。

 

 

「とにかく今は!ユウナの身が無事に済んだ!それだけでも十分なの!それ以外の事はユウナの考える所じゃない!」

 

「ワッカさんの試合を、それ以外の事だなんて言わないで!」

 

「この…バカッ!」

 

パシンッ!と乾いた音が鳴る。ルー姉さんが、ユウナ様の頬を張ったのだ。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

荒いルー姉さんの息づかいが広がり、すぐに「…っく…ひっく…」とユウナ様のすすり泣く声が背後から聞こえてきた。

 

「一人で…なんでもできる人間なんていないの…今はただ…召還士である自分の身が無事であることを…不幸中の幸いと思いなさい…」

 

「…っく。ひっく…そんなの…そんなの無理だよぉ…だって…だって…」

 

微かに聞こえる衣擦れの音。ルー姉さんがユウナ様を抱きしめたんだろう。

 

「…っく。ひっく…。いや…こんなの嫌だよ…」

 

「……。」

 

 

 

やがて、そんなユウナ様の独白のような泣き声だけになった。

 

 

 

 

「もう、喋っていいっすか?」

 

 

 

そんな時、俺は振り返って、軽い調子でそう言った。

 

 

「あんた…!ふざけてるつもりだったら…許さないわよ…!」

 

 

ルー姉さんの頬にも、一筋涙の落ちた跡があった。きっと、二人とも同じくらい悔しいんだろう。

 

「ふざけてなんかないっすよ。二人は何?間に合わなかったって思ってるの?」

 

俺にとっては。そんな見当違いの理由で泣いている二人がおかしくて、あえて小馬鹿にするような調子でそう続けた。

 

「はぁ!?なに?あんたは逆に間に合ったとでも言いたいの?あんた!今朝もオーラカの奴らとあんなに練習してたじゃない!それがこうやって無駄になってるの見て、あんた、まだそんな事言えるわけ!?」

 

おちゃらけた奴だけど、そんな最低な事を言う奴だとは思ってなかったわよ!そう言って、烈火のような怒りを浮かべた視線でルー姉さんは俺を睨んだ。

 

でも、俺はそんな、泣き目で下から睨むようなルー姉さんが何ともみっともなくて、まったく怖いと思えない。だって、そうだろ?

 

 

「いーや、ユウナ様は間に合ったんだ。試合はまだ、終わってない」

 

 

後半残り5分42秒。ビサイド・オーラカを舐めて、あんなにもガラ空きになったゴワーズのゴールに、ボールを8回入れるには十分な時間だった。

 

「あんた、なに言ってるの!もしかして…あんた今から戻ってスタジアムに戻って参戦する気?」

 

「そうっすよ」

 

「馬鹿!もうそんな時間ないわよ!見なさい!もうタイムアウトも終わり。どんなに走ってもルカの街からスタジアムを上がっても追いつけない!そもそも試合が始まってるなら、受付の段階ではじかれるわよ!」

 

「だったら受付を飛ばせばいいっすよ。今ここは、それをするには、おあつらえ向きの場所っすよ」

 

俺は二度三度足を屈伸させてから、背筋を伸ばして肺の中の空気を入れ替える。うん、大丈夫。さっきのごたごたで体はあったまってる。

 

「あんた、本当に何言ってるの…?」

 

俺のことを不思議な物でも見るような目で見上げるルー姉さん。あ、これは頭の可哀想な人を見る目だ。

 

 

「ユウナ様。こっちを見て」

 

 

俺は人を馬鹿にした目をしたルー姉さんを放って、ユウナ様に声をかける。

 

泣きはらしてない。まだ泣き足りない。そんな声が聞こえてくるような、打ちひしがれたような顔がルー姉さんの膝から上げられる。

 

 

「ワッカの引退試合はさ。今なんだよ。さっきの一戦で勝ったから、この決勝。今から再開するこの試合が本当の引退試合。そうでしょ?」

 

 

「…っく、ひっく…」

 

顔中に鼻水と涙の筋を何本も浮かべながら、話に着いてこれてない、そんなポカンとした表情をうかべたまま、コクリと頷くユウナ様。

 

「つまりは、この試合を勝ち試合にすればいい。そうしたらこの試合は負け試合じゃなくなって、ワッカは喜んで、胸を張ったオーラカはクリスタル・カップを島に持ち帰れる。そうなれば万事オッケーなんでしょ?」

 

 

「っく…うん……ぐすっ…でも…」

 

 

「でも、何?」

 

 

「ぐすっ…でもっ…でも今からじゃ…「勝てるっすよ」

 

 

「…っく…そんなの…信じれない…ぐすっ…」

 

 

「だったら。今から、それを見せるっす」

 

 

俺はゆっくり召還獣の背中を歩いて、ユウナ様の頭をポンと軽く手で叩いてから、尻尾の方に歩み寄った。

 

 

 

 

「本当に最後の最後。間に合ったんすよ」

 

 

 

 

ビーーーーーーーー!!!とスタジアムから休憩終了10秒前を告げる合図が鳴る。

 

 

俺は足下に広がる、スフィアプール。そこに狙いを定めた。

 

 

 

 

「だから。後は任せるっすよ。『ユウナ』」

 

 

 

 

「え…?うそ…!」

 

「ちょっとあんた!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________タンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________________________ザパーーーーーーーン!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                       やんでれ×ユウナっ!

  

                                         そのX-Ⅱ

 

                                      「ビサイド・オーラカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______ザパーーーーン!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手のつま先から伝わるプールの水を貫く衝撃。

 

 

そのままプールの下まで貫きそうになった体の勢いを、背を逸らすことで上昇の力へと変換する。

 

 

体をまとわりつく大量の泡が徐々に消え、視界が晴れる。

 

誰もいないスフィアプール。

 

着水に成功した事を確認した俺は、今まさにこのプールに戻ろうとしていたオーラカメンバーと目を合わせた。

 

 

「選手・交代っす!」

 

 

奥にいるワッカに目を合わせ、俺は意地悪い笑顔を作った。「なんっすかなんっすかー?その負け犬が、小便垂らしながらこっちを見てるような目はー?」

 

 

「おまえ…!ティーダ!!!おまえいったいどっから現れやがった!!??」

 

 

驚愕の表情を浮かべたワッカの質問の答えとして、俺は上空を指さすことで教えた。見上げたワッカは眩しそうに上空に目を凝らした。

 

遠く、真っ青な空の上空でユウナ様の召還獣、ヴァルファーレが優雅に滞空している。よく見ると、小さな顔が二つ、こちらを見ていることに気がつく。

 

 

『え、えー!いったい、何が起こったんでしょうか。突然プールに大量の泡が生まれたと思ったら、一人の金髪の少年が出てきましたねぇ。あんな選手いたでしょうか…?』

 

 

そんなおどろおどろしい声を出す実況は

 

『あー確認できました。たしかに登録されていますね。突然プールに現れた金髪の彼は、ティーダ。ビサイド・オーラカのフォワードとして登録されています。選手の交代でしょうか』と続けた。

 

 

『ティ…ティーダァ!!?』『え、うそ!まじっすか!?一体どこから!?』『ティーダさん!!』『監督!!』

 

 

次々と入水してくるオーラカメンバー。みんなの顔にはいろいろと問いつめたい事があるように見えた。

 

だが、ピッ!と短く鳴る警告の笛に、その場をはばまれ、ポジションに戻ることを余儀なくされた。

 

ディフェンダーのボッツを控えに回して、俺は自陣のハーフコートの前に躍り出て、みんなの顔を再度見回した。

 

『…。』

 

表情は、優れない。

 

俺が戻ってきたのは嬉しいが、もう今更何が起こってもどうしようもない。そんな事を、考えてる顔だった。

 

 

 

ピッ!

 

 

『ジャンプボール!』

 

 

ブリッツでは、後半に取られたタイムアウト後には、再びジャンプボールから始まる。

 

コートの中央に向った俺に正対したのは昨夜の腕相撲の相手である、ビクスン。にやにやと嫌みったらしい笑い顔を浮かべながら、気怠げな足取りでのろのろと中央に出てくる。

 

 

ピーッ!

 

 

と、音が鳴り、スフィアシューターからボールが上方にはじきだされる。

 

それに合わせて俺も飛ぶ。が、ビクスンは飛ばない。

 

やはりにやにやと笑いながら、わざわざでかくあくびをするようなジェスチャーで観客にアピールをしていた。

 

 

バシッ。

 

 

ボールをはじかず、そのまま自分の手に持ち、相手チームを俺は見回す。

 

ビクスン。アンバス。グラーブ。ドーラム。バルゲルダ。ラウディア。どいつもこいつも、そろいも揃ってボールを持った俺に向って泳ぎもせずにプカプカと浮かんでいただけだった。

 

横になって寝転がり、足を組んだポーズでゴール前に浮かぶゴワーズのゴールキーパー。ラウディア。俺はそいつを見て呟いた。「起きろよ、ラウディア」

 

 

 

トンッ…。

 

 

 

ボールを離す。

 

手から軽く押すように放り投げる。

 

首を一度こきりと鳴らし、ゆらりと体を一度揺すり、上体をねじる。足を振り上げる。

 

視線は遠く。相手のゴール前に浮かんだ、腐った寝ぼけ顔。

 

そこに向って、ギリギリと捻り上げた体のバネを解放をしようと、俺はシュートモーションに入る。

 

 

 

__________________ゴッ!___________

 

 

 

 

________シュゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!『ふわ…っ。どーせ、後半もボールなんて来ない………ッ!!アガァっ!?????』

 

 

 

 

ビーーーーーーーー!!!

 

 

 

 

『ゴ…ゴール?ゴールッ…!ビサイド・オーラカ…ティーダ選手の放ったハーフコートラインからのシュートが、ゴワーズのゴールネットを揺らしました…が、どうしたのでしょうか。ラウディア選手、今顔に受けましたよね?』

 

 

 

覇気のない実況のせいで、盛り上がりに欠ける。

 

キーパーの顔面にわざと当てたボールだ。今ので試合続行不可能になれば、万歳三唱…なんだが…くそっ、生きてやがるか。交代すんなよ、そのままリングに残れよ。ぼこぼこにしてやるから。

 

 

『と、とにかく試合は続きます。ラウディア選手はなんとか続行のようです。油断していたのでしょうか…とにかく、初のゴールを入れられたルカ・ゴワーズからのボールでゲームは進行します』

 

 

ピッ!…タンッ!

 

 

と軽やかな音と共に、シューターから吐き出されたボールを取ったのは、バルゲルダだ。選択は…ドリブル。

 

俺はそれに向って、一直線に泳ぐ。

 

 

グンッグンッグンッグンッ!!!「え?」

 

 

追いついた。変な髪型した女選手の目の前に躍り出る間もなく、俺は勢いそのままにタックルを仕掛ける。「うばぁ!!」

 

そんな謎の奇怪な声を上げるバルゲルダ。

 

どうやら鳩尾の良い所に入ったみたいだ。わるいっすね、俺、顔面至上主義者なんで、一定レベル以下の容姿の女には容赦ないんすよ!

 

はじかれるボール。上空に舞い上がる。

 

「ぱぅ!」バルゲルダのはじいた体の腹を今度は足場として蹴り飛ばし、俺は、そのまま方向転換をした。

 

ラフプレーだが反則ではない。

 

空中にあるボールは最後に持っていた奴のボールと見なされる。そしてブリッツでは基本的にボールの所有権を持ってる奴は、急所突きのファウル以外の文句は言えないのだ。

 

バシッと勢いを殺さないまま、ボールを回収した俺はそのままドリブルを移行する。

 

『おいおい!バルゲルダ!なにをしているんだ!?』

 

叫んだのはミッドフィルダーのグラーブ。こいつだけはマトモなようだ。そんな声が聞こえたあと、ディフェンダーのドーラムが目の前に現れる。「てめぇ!」

 

俺の進行方向に現れて両手を広げるドーラムの選択。

 

それは悪手だ。

 

ここまでスピードが乗った選手を「手を広げて」「棒立ちで」「待ち構える」なんてのは、愚の骨頂だ。

 

「はぁ?っぅう!!」俺はその広げた両手の左腕に体ごとぶつかってから抜きさる。

 

衝撃は、質量とスピードによって計算される。

 

立ちふさがった腕一本の重さと、突破を狙ってスピードを載せた選手の体の重さでは、衝撃の差は当然差が出る。本当に今の俺を止めたかったら取るべき選択はタックル以外にありえない。

 

ディフェンスを抜き去った俺の前には、もう誰もいない。キーパーと1対1。ONEonONEの状況だ。だったら、する事は一つ。シュートだ。____ゴッ

 

 

_________シュウウウウウウウウ!!!

 

 

けたたましいスクリュー音。飛んで行った方向はゴールの右端。

 

キーパーのラウディアは、一歩も動けなかった。

 

 

ビーーーーー!!

 

『ゴ…ゴーーーールッ!ビサイド・オーラカ!2点目!再びティーダ選手の放ったシュートがゴワーズのネットを揺らしました!』

 

 

ようやく実況も調子が出てきたようだ。そうそう。ゴールしたときは、そうやってちゃんと叫んでくれなきゃこっちも張り合いが無いと言う物だ。

 

『どうしたのでしょうか、ルカ・ゴワーズ。突如現れた金髪の選手に、振り回されています。衝突をしたバルゲルダ選手は大丈夫でしょうか…?』

 

歓声もなく、かと言って野次もなく、ドーム内は奇妙にざわめいていた。俺は、自陣へと戻るために振り返り、足を動かした。

 

その時に見たオーラカのみんなの顔。唖然とした表情だった。まだ、今の状況に思考が追いついていない。そんな顔で、復活にはまだ時間が掛かりそうだと、俺は思った。

 

だから、もう一点。とりあえず、まだ誰もが油断しているこの時に点を稼いでおく。

 

 

『それでは気を取り直して…。再びゴワーズからのボールでスタートです』

 

 

ピッ!…タンッ!

 

撃ち上がったボールをキャッチしたのは、グラーブ。中央配置のミッドフィルダーでチームのリーダーであるグラーブ。こいつには、ちょっと注意が必要だ。

 

「お、おい!パスを回すぞ!何が起きてるかよく分からないが、とにかくこの点差だ!ボール持って守ってればそれでいい!」

 

そう言って、ボールをビクスンに戻すグラーブ。よし、あの赤髪なら、警戒はいらね。

 

「ふっ」

 

そう小さく肺の中の空気を圧縮して、駆ける。

 

ヒュゴォォォオオオ…!

 

耳を通り過ぎる水を切る音。体にスピードが乗り始め、口から漏れる泡を後方へと置き去りにする。「っ!?パスだ!」

 

そう言って、ライトフォワードのビクスンは再び真ん中のグラーブに戻す。俺はそれを再び追う。「アンバス!」

 

グラーブの判断は早く、俺の接近を許す前にボールをはじくようにアンバスに流す。

 

「なっ!?なんだよこいつ!一人で全員マークでもする気かよ!?」

 

そう声を上げ、今度は後方のドーラムにボールを回す。ちっ、勝負しかけに来いよ。

 

「なんなんだ!こいつ!はえぇ!!」

 

今度はバルゲルタにパスが行く。が、このパスボールは遅い。どうやら肩の悪い選手のようだった。

 

「ひっ」

 

そんな小さな悲鳴が聞こえた。バルゲルタの顔は恐怖にこわばる。多分さっきのタックルでびびらせたせいだろう。

 

パスボールにすでに追いつきかけていた俺は、ボールを受け取ろうとしていたバルゲルダに再び突進を仕掛けていた。「いやっ!来るなっ!」

 

バシッ!ボールがバルゲルダの手にはじかれ、宙にころがる。

 

キャッチミス。儲け物。俺はボールを拾う。

 

「あっ!」

 

再度悲鳴が聞こえる。でも、もう遅い。ボールはもう回収されている。「よう。ラウディア」

 

俺は声をかけた。キーパーの目の前で。「う…うそだろ…?」

 

「顔面いくぜ?今度は動いてみせろよ!」__________ゴッ

 

 

シュウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!カッ!

 

ビーーーーーーー!!

 

 

『ゴッ、ゴッ、ゴーーーーーーーーーールッ!!!!!ゴーーールッ!!!ラウディアッ、止めれない!止めれなーーーーーいっ!三点目!ビサイド・オーラカ!ここに来て三連続得点!!!』

 

 

「びびってんじゃねーよ」俺は手を自分の顔に覆っていたラウディアを見て笑った。ボールはゴールの左端。ネットに突き刺さって止まっていた。

 

『どうしたのかルカ・ゴワーズ!金髪のFW!ティーダに完全に振り回されています…ですが…私の、目が正しければ彼は、パスボールに追いついていたような…とにかく速い選手のようです…』

 

「じゃあ次行くっすよー!」

 

俺は、オーラカのメンバーにあえて元気よく、いつもみたいな調子で手を振り上げる。オーラカの反応は。

 

『は、ははっ…すげぇや…何だこれ』『おい…おいおい…なんだよこれ…俺夢でも見てんのか』『監督…!監督!』『ティーダさぁああんん!!』

 

顔に活気が。体に活力が戻ってきていた。

 

信じられないものでも見たような顔だけど、今の3点は油断しきった相手から、ただで貰ったようなものだ。

 

ここからは、チームプレイが無いと厳しい。

 

「ワッカ!!」「お…おう!」

 

呆けているワッカ。それを見て、俺はワッカの隣まで、自分のラインを下げて、少しの間、話す時間を作ることにする。

 

「ワッカ。全員に前に上がるように指示して。このまま相手にパスをぐるぐる回してやるのは良くない。時間がない。全員でプレッシャーをかけるんだ。」

 

「え、わ、分かったけどよ!お前!お前、こっからまさか逆転する気か!?」

 

「当たり前だ!寝ぼけてんっすか!?」

 

俺は怒声をワッカに浴びせた。ワッカの顔に一度、二度、戸惑いや困惑が数巡するような間が訪れる。そして顔が上がる。不安そうな顔。

 

 

「し…信じていいんだな?俺は、まだ勝てるって思っちまっていいんだなっ!?」

 

「もちろん!」

 

「クリスタル・カップを手にすること!!まだ夢見ていいんだな!!」

 

「夢じゃねぇ!!5分後の未来にはもう掴んでる!!」

 

 

「…お…お…」

 

 

「おぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

ワッカの目から涙がどっと溢れた。

 

希望の火が灯り、隆起する体の筋肉。

 

全身が高揚感に身を包まれていた「ビサイド・オーラカァアアアアアアアアアア!!!!!」ワッカの天まで届くような咆哮が響く。

 

 

「あと五点!!!信じろ!俺たちはできる!!」

 

 

俺も声を上げる。叫びをあげる。拳を高く振り上げ、戦場のラッパを振り鳴らす。

 

 

「ルカ・ゴワーズをぶっ飛ばす!!!いくぞぉ!」

 

 

『『『『『おおおおおおおお!!!!』』』』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼下に広がる光景に、私とユウナはただただ息を飲んだ。

 

『『おおおおおおおお!!!!』

 

オーラカから上がった低い地鳴りのような歓声が、会場に大きく写った画面と共にスピーカーで拡声され、地上から大きく反響して聞こえてくる。

 

3対7。目まぐるしく変化するスコアボードを私はただ唖然と見つめる。

 

視線はドームにクギ付けのまま、乾いた口内の唾を飲んで、喉に通す。

 

「すごいわね…オーラカが息を吹き返している」

 

未だ4点差。勝つにはあと5点ものゴールが必要。それを聞いただけなら、私はオーラカの負けを確信するだろう。

 

だけど、今私は手品を見せられていた。ティーダの作ったマジックのタネを見抜けないまま、ただただ驚愕するばかりの観衆と化している。

 

私の脳内に、ふとある思い込みが生まれる。もしかしたら追いつけるかもしれない。もしこのままいったら追い越せるかもしれない。

 

そんな、宣伝文句のような甘い誘いにいつもの私なら乗りもしない。現実はいつだって厳しく私達の前に立ちふさがるのだ。

 

でも、私は今幻惑されている。金髪のマジシャンの作るショーに魅せられ、私は、もしかしてあのブリッツボールが5回、あの相手チームのネットを貫くように移動する。

 

そんな妄想を今、私は現実に起こるものとして錯覚しようしといていた。

 

私は現実に立ち返るべく、同意を求めて私は独り言を呟くようにユウナに声をかける。

 

 

「でも、今からじゃ間に合わない。あと4分を切ったわ。ゴワーズもこれからは本気よ」

 

 

瞬間、私はいったい何を言っているんだろう。と自分の発言を撤回したくなった。

 

この後に及んで、なんでこんな言葉しか出てこないのだろう。悪態をついて、冷静な態度ぶって、斜めな言い方をする自分が大人だと思い込みたいのだろうか。

 

ユウナは応えない。ただひたすらに黙っていた。ぐすっ…ぐすっ…と、まだ泣いたまま、ぐずぐずと鼻水をすすりながら、視線をドームに釘付けにして見ているだけだった。

 

さっきの言葉は聞こえなかったのかもしれない。私は、そんなことを思った。

 

 

「すんっ…ぐすっ…」

 

「ユウナ…」

 

 

ぽつりと声を出してしまった。私の声は届かない。それほどにユウナは眼下の光景に、目を奪われていた。

 

 

ピッ!

 

そんな音がして、試合が再開する。私は慌てて視線を会場に戻した。

 

『おーーーーっと!ここでオーラカ動き出します!自陣でボールを回すゴワーズに全員でプレッシャーをかけに行く!!今回初めて見せる強気なディフェンスだぁ!』

 

『くそっ!こいつら、今になってやる気出しやがって!』

 

スピーカーで拡張された、プール内の赤髪の選手の独り言がおかしくて、私は頬がにやけるのをぐっと抑えた。

 

試合に集中する。私も関係者だ。自分の失態を忘れて笑みをこぼすなんて礼儀がない。そんな事を思った。

 

『おい!あのトサカ頭を抜いちまえ!!』『分かってる!』

 

そう言って、アンバスと呼ばれた選手はボールを回すことを一端止めて、ディフェンスに張り付いたワッカを抜きにかかる。

 

二人の攻防が、会場のスクリーンにアップになって投影される。ワッカの顔は私が初めて見た表情だった。

 

ブリッツの最中、いつも眉をひそめているアイツではなく、なんとゆうか本当に子供のように生き生きとした表情をしていた。

 

さきほど私達がこちらに到着した時、ちらりと見たベンチに座っていたワッカは、打ちひしがれ、絶望し、チームのみんなに怒声を浴びせていたように見えた。

 

その光景はワッカにしては当然の事だった。

 

直情的で感情的で。思った事をそのまま口に出してしまう、そんな私とは正反対の人間性。

 

素直とも言える。人間的とも言える。それは自分には無いもので、少しだけ羨ましく思った事もある。

 

だけど、本当に追い込まれた状況では、その性格ではみんなの前で弱音を吐き出してしまう辺り子供のようだと私は今までずっと思っていた。

 

でも、そんなワッカは今スクリーンの中にいなかった。

 

『ワッカ、猛烈なディフェンス!相手のアンバスに競り勝っているぞぉお!』

 

『勝つ!勝つんだ!!』そう大きく声を上げて、腰を落とし、強烈なディフェンスを続けるワッカの目にはもう、ボールしか映っていない。

 

集中している。

 

ワッカの顔には、さっきまでのような諦めたような表情はなく、ただ相手を抜かせないガーディアンとしての仕事を全うしようとしている。

 

臆病な思考、やけっぱちになった考え。そんな余計な事を考えている様子は一切無かった。

 

『くそっ!こいつ!なめんな!』

 

でも…。いけない…!痺れを切らせたアンバスは、ワッカの脇の下に滑り込みをかけ突破する。

 

ワッカはタックルなんかの当たりには強いけど、こういったスピード型の選手と組み合うととことん弱い。

 

翻弄されて、こうやって抜かされてしまうんだ。それがいつものパターン。なのに。

 

 

『うぅおおおおおおお!』でも。『なにっ!?』

 

 

そのはずなのに、ワッカは反応をした。脇の下をすり抜けたアンバスに対して、体を180度捻るようにして後ろから飛び込むようにタックルをする。

 

『ぐぼぁ!』『はなさねぇ!絶対離さねぇぞ!』ワッカは相手の選手の腰にしがみついてボールに手を伸ばす。

 

『アンバス!こっちだ!』そんな声を会場マイクが拾った先には、グラーブという体格の良い選手が手を挙げていた。

 

『頼む!』そう言って、アンバスはワッカの手から逃れるように伸ばした肩から、グラーブに向って、ボールを投げ出す。「…!」その時_____

 

 

『ナイスパース!』

 

 

そう言ってボールを受け取ったのはアイツ。ティーダがボールを両手に、小気味良い笑顔を浮かべてアンバスを見ていた。『あぁ!!』

 

『まずい!!』そう言ってマークに着こうとティーダに向って泳ぎだすグラーブ。だけど______

 

『速い速い速ーーーーーーーーーーいっ!!!ティーダ選手!!高速の泳ぎでグラーブを追いつかせなーーーい!!』

 

ボールを脇に抱えてぐんぐんと魚のように進むティーダは、目を疑うようなスピードでスフィアプールを突き進む。

 

ボールを持った人間はその玉の浮力も当然受けるため、ディフェンスの走りより遅くなるものだけど。

 

だが、そんな事は一般論。凡人の考える事。そんな人を嘲笑うような態度で走るティーダに、私は海を泳ぐ海豚を幻視した。

 

ドルフィン泳法。

 

これは手を使わず両足を揃えて団扇をあおぐように体を波打たせる、ドルフィンキックで水中を泳ぐ泳法だ、

 

通常の選手がする手足を回転させるクロール。バタ足泳法に比べ、水に対する抵抗は少ないとされる。

 

でも、それはあくまで海を泳ぐ魚を模した動き。

 

魚にヒレという水をはける特別な器官があるから有効なだけで、それを持たない人間が真似をしても推進力は少なく、スピードの少ない泳法のはずなのだ。

 

腕に何かを持たないといけない状況だったり、抵抗が少ない分体力の消耗を抑えられるという目的で使われる泳法であり、普段ブリッツではお目にかかれない泳ぎだ。

 

 

だがアイツは『このまま行くか!?行くのか!?行ったーーーーーーーーーー!!!シューーーーート!!!』

 

 

ビーーーーーー!!!

 

 

『ゴォォォオオオオオオオル!!!ティーダ選手止まらない!止められなぁあああい!!!私実況を初めて15年となりますがあんな速度で泳ぐ選手を見た事がありません!!!いったいあのスピードはどういう事なのかぁああああ!!!??』

 

その泳ぎを持って、完全にゴワーズの連中を後塵に化すかのような速度で泳いでいる。

 

これは、いったいどういう事なのか、私にはその理屈は分からなかった。

 

 

『試合は続きます!7対4!オーラカの怒濤の追い上げ!いったい誰がこの展開を予想できたでしょう!?恥ずかしながら私は、この展開をただ見守ることしかできません!!ゴワーズのボールから再びゲームはスタートです!!』

 

でも、今はそんな事はどうでもいい。そう思うほど今の試合展開は一瞬たりとも目が離せないものになっている。

 

私も、ただ一人のブリッツファンとして試合を見る事しかできなかった。

 

『うそだろ…!なぁ。あいつどうなってやがる!?本当にオーラカのメンバーなんかよ!?』

 

そんなもはや喚き声にも聞こえるような悲鳴を、ドーラムが上げる。

 

無理もない。

 

私はそう思った。これではまるで子供と大人の勝負。魚と速度で対決した人間くらいの差がある。

 

こと、スピード勝負ではティーダに立ち向かえる人間は、ゴワーズどころか大陸中探してもいないだろう。

 

つまりティーダに対しては専用の対策を練る必要性がある。

 

だが今からそんな事を言っても、もう遅いのだ。よって、今よりゴワーズの勝負はいかにティーダにボールを回させないかの勝負になってくる。

 

『バルゲルダ!ドーラム!向こうの攻撃時、あの金髪を二人でマンマークしろ!!あいつにボールを渡すな!』

 

そら来た。この展開に当然なるだろうと、私は自分の予想通りの進行をするプールを見つめた。

 

だけど、こうも思った。「でも、たった二人で足りるのかしら?」

 

 

____タンッ!

 

 

打ち出されたボール。ボールを取ったのはやはりグラーブ。

 

「ワッカ!ダット!今朝のあれだ!」

 

「う、うっす!」

 

「おう!」

 

ティーダとワッカ。それにダット。三人の間でなにやら合図が交わされる。その意図はすぐに分かった。

 

『ダブルチーム!!ティーダ選手、ワッカ選手、オーラカの2トップが二人がかりでグラーブに襲いかかるううううう!!!』

 

『くっ!この!』

 

まるで今グラーブに言った戦術をやられる前にやり返すかのようだった。

 

ボールを受け取ったばかりで、まだ泳ぐ体勢に入ってないグラーブを二人がかりで、左右から手を広げて押しつぶすように重圧をかける二人。

 

残り時間は3分を切った。速攻で勝負を仕掛けているようだ。

 

「へいへいへーい!抜くっすか!?無理っすよ!?抜かせても追いつくっすよ!?」

 

「おらっぁ!さっさとボール渡しやがれ!!時間がねぇんだ、よっ!!」

 

二人して囲んで言葉攻めって…あいつら手段とか選ぶ気まったく無いのね…。

 

私は会場、ひいてはスピラ中にTVを通して拡声されるその声を身内の恥として、いたたまれない気持ちになった。

 

『こんぉの!!くそ野郎共がぁ!!』

 

今まで比較的冷静だったグラーブも、これには頭に血が昇ったようだった。『グラーブ!こっち!ボールを一端下げなさい!!』

 

そこで相手の仲間がヘルプに入る。手を挙げた選手はバルゲルダという女性選手。左右を埋められ残りの空いたルートである後方に、グラーブはボールを投げた『ちくしょお!!』

 

だけど、その時「「ダット!!」」グラーブのパスの方向。ティーダとワッカが叫んだその視線の先には「ダット…!」私はプールを走るそのいがぐり頭を発見した。

 

「う、うっす!」パシッ!

 

『カットーーーーー!!今まで良い所無しのさえないアイツ!ダット選手がグラーブのボールをインターーーーセプトーーー!!』

 

実況の癖になかなかひどい事言うが、あの引っ込み思案のダットが、相手チームの深くに切り込んでボールをカットしている。

 

私はそれに驚きを感じた。

 

ダットはオーラカ一の才能を持ったエースだったが、その気弱な性格が災いしてなかなか自分から相手に攻め込まないでパスを待つ癖があった。

 

今までのオーラカをさんざん見てきた私にも、その光景は珍しく映った。

 

『くっ!させないわよ!』でも、そこでダットに立ちふさがるバルゲルダ。自分に向けられたボールをカットされた失態を取り戻す気か、ボールを持ったダットに素早く詰め寄る。

 

「くっ、わっ、ティ、ティーダさん!」

 

そんなダットの助けを呼ぶ声が響く。だけど、ティーダはまだ動きの初動を掴まれたグラーブのマークを振り切れてない。

 

「攻めろ!!抜け!!」

 

そんな声がティーダから発せられた。ダットの怯えの表情が、バルゲルダに向けられる。走るワッカもまだ前線には追いつけない。

 

「抜くんだ!ダット!」今度はワッカ。

 

再度叱咤されたダットの表情が引き締まる。覚悟が決まったのか。ダットは精一杯顔を強張らせて「い、いくっす!!」と応え、バルゲルダに突っ込む_____抜いた!!

 

 

「「シュートォ!!」」二人の声が重なる。

 

 

それに背中を押されるように、ダットはシュートを打った___でも!

 

『なめんなぁっ!!』

 

そう叫んだキーパーのラウディア。

 

パンチングで弾いたボールが宙に。右に大きくはじかれてコートのラインを割_____「うおおおおおお!!」___ジャシュ!?

 

右翼から猛烈なダッシュで突っ込んでくる人影。金髪の青年。

 

ライトディフェンスのジャッシュ。走り込んできた勢いそのまま、コートのライン上に飛び込みそのまま___蹴った!

 

だが体勢を崩しながら焦って蹴ったそのボールはゴールに向わなかった。外した事を確信して、相手チームの緊張が緩んだその瞬間。

 

 

「監督ぅううう!!」

 

 

__________________ゴッ!

 

 

シュウウウウウウウウウウウ!!!「うそだろぉ!!?」___カッ!

 

 

ビーーーーー!!!

 

『ゴォオオオオオオオオオオオオル!!!!』

 

ウワアアアアアアアアアア!!!!

 

 

上がる観客の絶叫。魅せられたスーパープレイに「やったわ!」思わず私もつい歓声をあげてしまう。

 

ゴールとは見当違いの方向に打たれたシュート。ジャッシュは素晴らしいリバウンドを魅せたけど、角度的にもゴールを狙うのが難しかったのだろう。

 

体勢を崩したまま打たれたボール、上方に打ち出され、この軌道はコート外に飛び出てしまう物だろう、みんなが思ったその時。

 

グンッグンッグンッグンッ!!!

 

と、浮力を利用して加速、まるで滝登りの竜のように昇ったティーダがボールに追いつくと、オーバーヘッドのシュートを決めた。

 

『アリウープ…!?そんなのありかよ!』

 

がんっ!とゴールポストを叩く相手キーパーの気持ちも当然だ。

 

あんなのは予想できないし、する必要もない。あんなシュートボールをパスとして受け取ろうとするティーダの存在さえなければ。

 

『おい!ドーラム!バルゲルダ!お前らなに金髪のマーク外してやがる!』

 

怒声を上げるグラーブ。謝るバルゲルダとドーラムの言い訳は聞かなくても分かる。

 

『でも、だって、ありゃあ!完全にコート外に出る球で!』『言い訳してんじゃねぇよ!』

 

グラーブにはもう一切余裕が無く、大人げなく二人を責めていた。

 

だが、私はむしろ、ティーダのマークを任された二人に同情を寄せてしまう。

 

ようやくオーラカの攻撃の手を止めた。ようやくあの怒濤の攻めが終わり、休めると思った瞬間だっただろう。無理もない。

 

 

『5対7!残り2点差まで詰まってきました!どうでしょう!何がおこってるのか!?そんな会場の声が聞こえてきそうです!私も同じです!会場は奇妙にざわめいた熱気に包まれております!さぁ再開!再びゴワーズが取った!』

 

 

パシッとボールを取ったグラーブ。

 

ワッカとティーダのダブルチームを警戒して、自陣の大分後ろの方で受け取ったボールを、自らドリブルで運びだす。『攻めるぞ!あの金髪以外は雑魚だ!こっちが点を取るんだ!』

 

『『おう!』』

 

と呼応するように叫んだルカ・ゴワーズにはもう一切の余裕も無く、額に汗をにじませて必死にオーラカの陣地へと切り込んで行く。

 

「へいっ!」

 

『クソッ!アンバス!』

 

「へいへいっ!」

 

『っ!ドーラム!』

 

しかし、攻めれない。もう、ゴワーズは完全に恐慌状態に陥っていた。

 

ティーダの速度が掴めない上に、何やってくるかもう分からない奇怪な者として見てるようで、少しでもティーダがこちらに来ようとする挙動を見せると、すぐにボールを後ろに戻してしまうのだ。

 

そうして行くごとにゴワーズの上げたはずの戦線のラインは下がっていき、またすぐに自陣へと押し込まれてしまっていた。

 

 

「逃げんなよ…おい」

 

 

プールのマイクが拾った音声の中には、相手を挑発するティーダや相手チームの悲鳴のような声だけじゃなかった。その声の発生源は、ワッカだった。

 

「前半まで、あんなに余裕ぶっこいてたじゃねぇか…攻めてこいよ…!」

 

ワッカの声が次第に大きくなっていく。はっきりと聞き取れるような声に。「なぁ…!王者がそんなんでいいのかよ…!?」

 

そんなワッカの腹の底から絞り出しているかのような低い声が会場に広がっていく。

 

私は胸の中でそれに同調した。こんな無様な姿を晒しているのがスピラを代表するチームであっていいはずがない。私の心に浮かんできたそれは、もはや怒りにも似た感情だった。

 

時間が刻々と流れ、1分と30秒を切る。

 

会場は、自陣の奥深くに引きこもり、パスをただただ回しているだけのルカ・ゴワーズを不気味なほどに静まりながら、見つめていた。

 

そんな寒々しい光景のまま残り1分を回る。ティーダもあれだけ執拗にパスを回されては手がだせないようだった。さっきから動き回ってパスを追っているが、あと一歩の所で追いつけない。

 

まずい…もう時間がない。このまま膠着状態で終わってしまう。逃げ回るだけの相手にかみつく牙が、武器が、もうオーラカには残されていない。

 

 

そんな時だった。

 

「ゴワーズ!!ずっるいぞー!!勝負しろぉー!!」

 

 

そんな耳慣れた、あの元気な金髪の女の子の声が、会場のどこかから聞こえてきた。

 

『そうだそうだ!!』『おい!俺もうファンやめるからな!!』『情けねぇ姿見せてんじゃねぇぞ!!』『そうだ!勝負しろぉお!!』

 

床を踏みならし、大声で野次を上げるサポーター達が徐々に立ち上がる。握りつぶした手を振り挙げて叫ぶ観衆。一際大きく漏れてくるのは、

 

 

「オーラカ!ガンバレえええええッ!!!」やはりリュックの、声援だった。

 

 

やがてその輪は広がって『オーラカ!オーラカ!!オーラカ!!』と、規則的なリズムを持ったそれへと変わっていく。

 

私はその大きな。次第に広がって行く大声援を聞いて、胸がぐっと熱くなるのを感じた。「チャップ…見てる…?」

 

「今、あのビサイド・オーラカが、こんなにも応援されてる…」

 

いつだって負けて負けて、そのまた次も負けて…結局一度も勝てなかった。あんたの心残りは、私との結婚と、ブリッツの大会で優勝する事だったもんね。

 

「あんたの未練、もしかしたら今日、晴れるかもしれないよ…」

 

それは、私自身にも向けた言葉だったかもしれない。

 

 

『あーーーーーーーーーっと!!!』

 

 

けたたましい実況の声。ハッと一瞬の感傷から帰ってきた時、ボールは誰の手とも言えず、宙に浮いていた。

 

「レッティ!!」

 

相手のパスを弾いたのはレッティ。会場中からチームに送られる野次に気を取られ、雑になった相手のパスの軌道を飛び出してカットしたのだ。

 

「ジャッシュ!!拾うんだ!!」

 

前線に走るティーダの声にも、もういつもの余裕気な色は乗っていなかった。このチャンスを逃したら、もう逆転の目が無い事を感じ取っていたんだろう。

 

「させるかよ!」「らぁああ!」

 

飛び出してきたアンバスと、ジャッシュの体がボールの軌道で交差する。だけど___「はぁあああ!!」

 

バンッと音を立てて、ボールを拾ったのはジャッシュ。ジャッシュは自らの体格の良さを生かして、ボールを追う前に相手を吹き飛ばすことを選択していた。ファインプレイかつ、英断だった。

 

「マークだ!」慌ててジャッシュの前に出てくるドーラムとバルゲルタ。前線に走ったティーダへのパスコースを塞ぎにかかった。

 

それを見たジャッシュは自らがパスをする選択を即座に除外し、レッティに回すが、その時既にティーダははるか遠く。彼はパスの名手だかそれでも届くかどうか__

 

「ティーダァアア!!約束だったな!!おまえには俺の!!」え?なに?ボールを離して足元に_______「ノーーコンシュートをくれてやるってなぁああああ!!!」

 

ドッ____!という音と共に放たれたシュート___何をやってるの!?こんな遠くからシュートして!?

 

焦ってすかさず飛び出てくる相手キーパーのラウディア。だけど、ボールはゴールから遠く既に見当違いの方向へ____!?

 

グンッグンッグンッグンッ!!!バシッ!

 

「取った!?」思わず声をあげた。だってそうでしょ!あいつ、さっきのジャッシュの球と同じようにまた____!「いくっすよぉ!!」

 

そんないつものあいつの観声が聞こえた時「うぉおおおおおお!!」そんな絶叫と共にティーダにぶつかりに行く人影…グラーブ!頭に足が______危ないっ!!!

 

 

________ゴッ!

 

シュウウウウウウウウウウウウウウ!!!カッ!

 

 

ビーーーーーーー!!!

 

『入ったぁああああああ!!!ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオル!!!』

 

ウワアアアアアアアアアアア!!!!

 

「は、入ったのね…」そう呟いて、へたり込みそうになった私は、ハッと気づくようにちらりと時計を見た。

 

先程のゴワーズのパス回しにはかなり時間を取られていたはず。そう思ったのだ。

 

 

時計。示されていた数字。_________________00、04____

 

残り時間、4秒。

 

そんな、残酷な数字を指し示していた。

 

 

それを見た時、私の中でなにかがプツリと切れる音がした。

 

「ここまで来て…!」

 

バンっと思わず自分の膝を私は叩いてしまった。

 

あとたった3分。いや1分でも良い。もう少しはやく、あいつをここに送り届ける事はできなかったんだろうか。

 

スタジアムに送り届け、この試合を最初からあいつに出させてやることがどうしてできなかったのか。

 

私があの時、情けなくも気を失った時、何が起きたかは分からない。だけど、私がそもそもあの時、背後から襲ってきたアルベド族を撃退することができたならこんな事にはならなかった。

 

掴みかけた希望、それが目の前で失ったことで私の心には再び自責の念が浮上してきた。

 

自分の膝を思い切り握りこむことで、私はなんとかむせび泣きそうになる自分の衝動を押さえこむ。

 

「最低ね…最低ね…私」

 

なんにも悪くないはずのユウナの頬を感情のままに叩いて、不幸中の幸いだった、だなんて、大人ぶった言葉を浴びせて…私は本当に何様のつもりだろう。

 

自分が汚くてとんでもなく低俗な人間に思えてくる。私に本当にユウナの姉として振る舞う資格があるの、ガードとしてやっていく資格はあるの。

 

そんな事を考えてた時。

 

ふと、観衆の声が聞こえていないことに気がついた。

 

「なんなの、もう」私はいつの間にか流れ落ちていた、涙を拭いながら再び会場に視線を戻した。

 

『……!』『……!』なにやら二人の審判が集まって言い争いをしていることに気づいた。ティーダの額にはいつの間にか、包帯も巻かれている。

 

そうか。あの時、さっきのシュートの時に、やはりグラーブの足はティーダの頭に衝突をしていた…。だから怪我を…。

 

私は自分を責める材料にあいつの怪我も加えなければならない、と思った。

 

あんな無茶をさせてしまったのも、ユウナを、ワッカを傷つけてしまったのも、私がガードとしての役目を果たせなかった。だからで___ん?

 

審判の言い争いのようなものが終わり、一人の審判が右手を左手の肘を掴むような形で上げて、何かを示すポーズを取っていた。

 

ざわめきだす観衆。胸の中に広がるなにか奇妙な期待感。そうだ。昔一度読んだことのあるルールブック。あれに出てきた審判のコール___!!

 

 

『イ、イ、イ、インテンション!!!インテンショナルファゥルだぁああああ!!ビサイド・オーラカっ!!ここでっ!P・Kーーーーーーーーーーーーーー!!!!』

 

ウワアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

 

「P・K!?うそ!!あの実況、今、P・Kって言ったわよね!?そうよね!?」

 

私は地上の状況を、グズグズと泣きながらも、今まで一言を喋らずに見守っていたユウナの肩を思わず揺すっていた。自分の耳をどうしても信じられなかったのだ。

 

P・Kということは、つまり、時計はこのまま静止状態で、相手のゴールキーパーと1対1。ゴールの目の前でシュートをする権利を貰えるということだ。

 

これで、もし入ったら、同点。残り4秒だからそのままサドンデス。先に1点を入れた方の勝者となる。「すごい!すごいわよ!ユウナ!ほらっ相手がコートから出て行く!本当にP・Kよ!?」

 

私は年甲斐も無く興奮してしまって、そんな子供みたいな言い方でユウナの肩を何度も揺すってしまった。

 

でも。だって、仕方ないでしょ!?この土壇場でまさかこんな…こんな事が起きるとは思ってなかったわよ!

 

もしかしてティーダあいつ、これを狙ってわざと頭に蹴りを受けたっていうの!?なんて奴!?

 

「ユウナってば!もう!」

 

私はまるで子供の時に戻ったみたいに、ユウナにせっついてしまった。

 

なにも私も昔から完璧にお姉さん役をやっていた訳じゃない。たまにだけど、こんなはしゃいでしまう時があったのだ。

 

それなのに、ユウナは石みたいに、頭だけ空にだして下の様子でじっと見つめている。もう何もこんな時まで「ぐすっ…すんっ…よぉ…」

 

ユウナの目は本当に釘を打ったように、固定されていた。

 

地上のスフィアプール。いや、プールの中のある金色の一点に向って、ユウナの目線は釘付けにされていた。「ぐすっ…よぉ……」

 

ユウナは私の声自体はどうやら聞こえていたようで、何か独り言を言っていたようだった。「はっ…すんっ…ぐすっ…よぉ…どうしよぉ…」

 

「ユウナ、どうしたの?」

 

私はそう聞いた。なんだか、妙な気配というか、変な予感がしたのだ。

 

 

『さぁアドレスに入ったティーダ選手!!打つか!?打つか!?強烈ーーーーー!!!!ゴォオオオオオオオオオオオオル!!!!!同点!同点ーーーーーー!!7対7!サドンデス決定ーーーー!!!!!』

 

 

そうこうしている内にシュートは打たれたらしい。しまった。見逃した。

 

まぁ…けど、あいつが打ったならそりゃあまぁ入るでしょうね。

 

私はそんな呆れたような、安心したような、そんなほっとした溜め息を吐いて、もう一度ユウナを見た。

 

「ほら、ユウナ。あいつまたゴール入れたよ。凄いわね」

 

自分でも今優しい顔をしてるのが分かる。

 

子供みたいに試合に齧りつくユウナの後ろ姿がおかしくて、私はふふっと笑ってから、昔みたいにユウナの体勢に合わせて、肩を並べて一緒に観戦をする事にした。

 

でも。

 

その行動は間違い、やってしまってはならない事だとすぐに分かった。

 

隣から聞こえるユウナの声。私の耳の聞こえたその言葉は、なにやら呪文のように呟かれていた言葉のようで。

 

「っ…ティ…だ…すんっ…ぐすっ…うぃいよぉ…どう…よぉ…私、な…か変だよぉ…」

 

「え?」

 

「…すんっ…ぐすっ…」

 

「ユウナ?」

 

私は微かに聞こえたユウナの独白。そのあまりの場違い感に自分の耳を疑って、そんなことを聞いてしまった。

 

 

 

 

 

「すんっ…ぐすっ…カッコいいよぉ…ティーダ君……どぅしたんだろ……なんか…わたし…なんか…変になってるよぉ……」

 

 

 

 

 

 

 

「ユ、ゆうなー…?」

 

 

 

 

 

まじ…?

 

 

私は自分の口から漏れ出たとは思えない、そんな間抜けな声を、思わず上げてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『『ティ…ティーダ(監督)さぁあああああああああんっ!!!!!!!!!』』』』』

 

 

ワっと声を揃えて飛びかかってきた、汗臭い野郎共に走り迫られてぎょっと驚き俺は避けようとしたが

 

 

『ティ…ティーダあああああああああっ!!!!!!!!!』

 

 

駄目だった。背後から迫って来たワッカに掴まれたのを皮切りに、もうみんなにモミクチャにされる。次々と俺の体にのしかかるマッチョ達の体に潰されて、倒れ込む。

 

『『『『ティ…ティーダ(監督)さぁあああああああああんっ!!!!!!!!!』』』』』

 

「だぁーーーっ!もう!暑苦しいっつーのっ!!」

 

俺はそんな事を必死に野郎共の隙間から叫んだが、もうそんな静止の言葉は意味がなかった。だから俺は実力行使。みんなに向って蹴りを放ちながら叫んだ。

 

「まだ試合終わってないんっすよ!!泣いてるんじゃねぇ!!」

 

『だって…だって…こんなのもう…信じられないっすよ!』『あぁああ!もうなんか俺やべぇ!もうなんかやべぇ!』『すいません!でもなんかもう止まらなくて!』『ティィィィダさぁあああああん!』

 

 

あかん。駄目だこいつら。俺は、最後の頼みのつなとしてワッカに視線を送る。

 

 

「ティーダ…俺…俺…お前に出会えて…本当に…良かった……」

 

 

もっとだめだった。もうなんかワッカの胸の内では、きっと思い出とか色々な汗臭い思いがバーストしている状態のようだった。

 

 

「だぁあああああ!!!もう!!!お前らとにかくポジション戻れ!!涙で…ボールが見えねぇよ…!とかいう漫画みたいな理由でパスミスしたらマジではったおすぞ、おまえら!!」

 

 

俺は全員の尻を蹴飛ばして、最後の喝を入れたところで、ようやくあいつらはポジションへと戻っていった。

 

最後の5秒以内に同点で試合が止った時。ブリッツではその最後の秒数までは計算しない。時計の針が全て零に戻ったことを確認して、俺はコートの中央に泳いで行く。

 

 

ピッ!

 

と高く鳴る審判の笛の音。

 

それに応じてコートの中央にでてきたのはグラーブ。ルカ・ゴワーズのミッドフィルダーにしてチームのリーダー。俺が最も警戒していた奴だった。

 

『ジャンプボール!』

 

審判の声が上がり、上昇の構えを二人同時にとった。グラーブは俺をじっと見つめていた。「なぁ、お前。ティーダっていう名前で良かったか?」

 

そんな、会話を仕掛けてきた。無視しようかとも思ったけど、そいつの目があまりに真剣だったから、つい会話に乗ってしまう。「そうっすよ」

 

「俺はグラーブ。ブリッツ歴は18年。年は25だ」

 

グラーブ突然そんな場違いな自己紹介を始めた。俺にはその意図が分からなくて「それが…なんなんっすか?」と聞いた。

 

「別に。ただ、覚えてほしかっただけだ。俺の名前を」

 

知ってるっつーの。とは声には出さなかった。俺はなんとなくだが、こいつの言ってる意味が分かったからだ。

 

そうだな。グラーブ。これから先もお前とはどっかで、対戦するだろうしな。長い付き合いになるんだったら、覚えておいてもお互い損は無いだろう。

 

「勝負だ、ティーダ。お互い小細工は無しだ」

 

「あぁ。ところであんた。俺がさっきわざとぶつけにいった俺の頭、あんた蹴る瞬間、最後手加減しただろ?」

 

「あぁ?」

 

「それだけ」

 

「あぁ。それだけか。別に、ただお前の頭を馬鹿にしちまうのは勿体ねぇと思っただけだよ」

 

「そっか」

 

「あぁ、俺もそれだけだ」

 

その後の、言葉は無かった。いりもしなかった。

 

俺たちの準備ができたことを確認した審判は無言でボールを、スフィアシューターにセットして____打ち上げた_____!

 

「ふっ!」

 

「んっ!」

 

一斉に垂直に飛ぶ俺たち。_____バシッ!

 

 

ボールを弾いたのは俺。後ろのレッティに向って、ボールを打ち流す。「よし、きたぁ!」と上がるレッティの声。

 

「全員!あがれえええ!!」と叫ぶワッカの声。俺もそれに応えて前線に上がる。

 

「ダット!」

 

レッティがパスを回したのは、オーラカの若きエース。ダット。

 

今回は俺に役を奪われたが、最後に頼りになるのはやはり、あの気弱ないがぐり坊主だった。

 

「う、うっす!」

 

ダットが前でボールを受け持つと、その前にビクスンとアンバスが立ちふさがる。

 

だが相手の二人の顔はもう完全に焦燥しきった顔で、有り体に言って恐怖が滲んでいた。

 

相手チームで平静を保ってるのはさっきのあいつ。グラーブしかいない。と思った俺は

 

「パスを回すな。抜いちまえ!」と声を張った。

 

弾かれたように動き出すダットの顔にはいつもの恐がりな顔ではなかった。

 

 

ダットは二人のがらあきの隙間を見つけると、泳ぎの勢いそのままにぶち抜いていく______!「ばっかやろ!」

 

 

そう声を上げて次に動いたのはグラーブ。

 

あいつはやばい。

 

俺はそれを見て「パスだ!逆サイド!」とダットに指示を飛ばす。「っ!」

 

ダットの判断は素早く、ボールはロングパス。反対側のジャッシュの手に受け取られる。____バシッ!

 

ジャッシュの泳ぎは遅い。

 

だけど、体は当たりに強く「このぉ!!」とタックルを仕掛けてくる女選手バルゲルタくらいの体重なら___「ふっ!」

 

と、難なく吹き飛ばせる。ディフェンスであるバルゲルタを抜かしたジャッシュ。前にはもう誰にもいないまま、コートの右のライン際でドリブルを慣行する。

 

「ワッカ!」俺は叫んだ。ワッカは俺の瞳を見て、俺はワッカの瞳を見た。一瞬。それで十分だった。

 

俺はそのまま俺のマークに着いたグラーブを引き連れ、ドーラムの方向へとあえて進む。グングンッと、急にスピードを上げ大きく派手な動きでアピールをする俺。こちらに注意を引かせた。

 

「ティーダ!良いんだな…っ!」

 

そんな言葉を最後にワッカは言って走った。こっちを振り返ることは無い。全力でワッカは駆け出していた。

 

アイ・コンタクト。俺の意思は正しくワッカに伝わっていた。

 

「パスだ!!」俺の言葉を聞いたジャッシュ。俺の方向を見るジャッシュに俺は黙って視線で応える。

 

 

ワッカは既にゴールの目の前へと駆けている。考えうる最高のポジション取り_____

 

 

それを受けて「くっ!」俺のマークから外れようとする、グラーブ。やっぱりこいつだけは冷静か___だがな!

 

ガシッ!!

 

俺は逃さない。逃がす訳ないだろ____!!

 

「ごふっ!」タックルを仕掛け、グラーブをとにかくワッカから引き離す。

 

グラーブも俺がこのタイミングでタックルを仕掛けてくるとは思わなかったのだろう。横っ腹にうまく体がねじ込まれて体格差はあれど、身動きは取れない。

 

「お前っ!離せっ!!」

 

「もう遅せぇよ、グラーブ」

 

「何だと!?」そう叫ぶ、グラーブに俺は応えない。なぜならもう。この勝負の決着は着いているんだ。「よくもっ!」「お前だけは行かせねぇ!」

 

そう口々に言って、ワッカの隣を抜けていく俺に、さらに飛びかかるドーラムとアンバス。引きつれたグラーブを含めると、三人がかりで、俺を囲んでいた。

 

 

「あんたは、オーラカを舐めすぎたんだ」

 

 

そう、あの時、あんたは仲間に俺以外は雑魚だ、と言っちまった。それが、間違いなんだ。

 

俺は突っ込んできた二人からのタックルをあえて、受け止める。そして、そのまま掴まれたままにしていた。「ここまでされたらお前も動けねぇだろ!」「離さねぇぞこのクソ餓鬼!!」

 

ボールを持っていない俺に馬鹿みたいにしがみつく二人の目は完全に濁っていた。俺を警戒しすぎて、周りが何も見えていない。

 

 

 

「そら、ワッカ。」

 

 

 

_________道があいたぜ________

 

 

 

 

 

『ゴーーール前に躍り出たワッカ!!ジャッシュからのパスは!パスはーーーーー通ったーーーー!!!ゴール前!無人の荒野をワッカが駆けるーーー!!!』

 

 

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

『シュート!』『ワッカさん!』『ワッカさん!いってくれええええ!!!』『ワッカさああああん!!!シュートおおお!!』

 

 

 

 

「行けよワッカ」

 

 

 

_______________最後の華はお前が持ってけよ_______________

 

 

 

 

『ゴール前!!無人!!!ノーマークウウウウウウウ!!!!ビサイド・オーラカ!!リーダーのワッカ選手!!振りかぶってシュウウウウウウウウウウウウウトっ!!!!!』

 

 

 

____________________カッ!!

 

 

 

ビッ!ビッ!ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 

 

『ゴール!ゴール!ゴォオオオオオオオオオオオオオオルッ!!!!!ビサイド・オーラカ!!遂にっ!遂に遂にやったああああ!!!!!試合終了おおおおおお!!!!!!!!!!今、この時、伝説!爆・誕ーーーー!!!!』

 

 

ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________________________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで、地鳴りのような歓声。

 

私の耳元を反響する、その大きな大きな歓声は全て。ビサイド・オーラカの勝利を讃えるものだった。

 

 

 

______『すげえええ!!俺!今日、伝説見ちまったよ!!』______『俺、この試合一生忘れねぇ!』__________

 

____________『金髪のあいつ!おいあいつ!どこの国のやつだ!データは!?経歴は!?』____________

 

______『あぁああああ!!!ゴワーズ負けちまったぁあああ!!俺何万ギルも賭けてたのにいいい』_____『おまっ!最後オーラカ応援してたじゃねぇか!!』_______

 

 

そんな。みんなの声が熱狂の渦の中に混じって、消えて、また新しく生まれていく。

 

私はその余韻の冷めやまない、半ば熱くなった一番前の応援席に備え付けられた金属棒に寄りかかった。

 

 

「ほんっとに…勝っちゃうんだもんなぁ…」

 

 

ふぅ、と、なんだか私は、呆れてしまうような面持ちでプールの中をちらりと見る。

 

 

『おおおおおっと!今回の立役者ティーダ選手は未だもみくちゃにされてる!男臭い空気に女性客は大興奮だぁ!私も大興奮だぁ!!こんな試合はもう二度とお目にかかれないかもしれない!そんな想いが胸に広がります!!』

 

「あいつらー…まーだやってるよぉ…」

 

そんな、言葉を吐いた私だったけど、まぁそれもしょうがないか。と、ぼーっと見つめる事にした。

 

「だって、頑張ったもんね…」

 

…にひっ。と何故か一人で笑ってしまう。なんだろこの気持ち…なんだかオカしいっ。

 

アルベド・サイクスが負けちゃって残念だなーともちょっとだけ思ってたのに、私の心はどうやらもう、ビサイド・オーラカに鞍替えしてしまったようだっ。

 

 

『さっきから私の後ろの放送室の扉が叩かれています!あの金髪の選手はなんだ!知ってる事全部吐け!と言った罵声は大会関係者!何故かただの実況である私の方に押し掛けてきています!』

 

『それもそのはず!彗星のごとく突如現れた金髪の彼!黄金のドルフィン!ティーダ選手に対しての情報がまったく!どこを探しても出てこないからだぁあああ!!!マスコミ!数多のスカウト達の戦いは試合の終わったこれより始まりそうだぁああ!!』

 

『キャーッ!ティーダくーーん!!』

 

と言った女性客の声援が上がる。むっ。

 

『キャーーーー!!!!いやーーーーー!!!手振ってくれたーーー!!!』

 

と更に叫ぶ女性客の一団。え、増えたっ!?むむむっー!!

 

「もー!!なんだよー!あいつー!!デレデレしちゃってー!!」

 

プールの方から手を振ってる金髪のあいつ。ティーダは、オーラカの皆に頭をワシワシされたり、足下ですすり泣かれてたりしながらも、ブンブンッとこっちに向って手を振っていた。…って、あれ?こっちに向って?

 

 

「リューックーーー!!勝ったぞーー!!」

 

 

ふぇ?え?えぇぇぇぇえええ!?あいつまさかこっちに気づいてる!?同姓同名の人違いとか…じゃないよね?

 

キャーーーー!!!!もっと手振ってーーー!!

 

そんな事を言ってる女性の一団…もうなにかの大きな組織みたいになっているその女性一向は遥か彼方。あいつが手を振ってる方向とは、まったく違う方向にいた。

 

 

「リュック!リューック!ってば!あれ?もしかして聞こえてないっすかーー!?おーーい!!!」

 

 

目を必死に背け続ける私。空を仰ぎ見て、まったく気づかないような風を貫く。

 

______他人のフリ…他人のフリ…!こんな注目集まってる所で、あいつの関係者だとバレたら、私まで!絶対!また振り回されちゃうよ!_____

 

「リューック!あれ?聞こえてない?マイク使おうかな?あ、いいっすか?」

 

そんな事を考えて、この無視を継続して決め込もうとした。『あー!あー!よし!これで聞こえるだろ!』

 

でも、そんな理屈であいつを諦めさせることなんで、絶対できないって私はすぐに悟った。

 

マイクで機械的に拡張された、あいつの声。

 

勝利者インタビューに向けられたリポーターのマイクを奪い取るとあいつは、こんなほんっとのほんっとにバカな言葉を言い放った。

 

『リューック!リューックてば!聞こえてるんだろーー!?お前の為に勝ったんだぜーー!!こっち向けよーー!!』

 

「き、聞こえてるっちゅーのっ!もー!そんなおっきな声で人の名前呼ばないでよー!バカー!」

 

そんな。大声で。

 

気づいた時には私も、負けじとあいつに返事をしてしまっていた。

 

「って、あ…」

 

私が我に帰った時には、もう遅かった。

 

会場中のカメラが、顔面に一気に血が上って気づいた時には思わず声を出してしまった、私に向ってズームアップしてくるのが、頭上のスクリーンから見えてしまう。

 

『おおおおおおおおおおおっと!!!なんと!なんとぉおおお!ティーダ選手の声を掛けていた相手は女性だぁあああ!!同じく金髪の美少女!リュックと呼ばれた女の子はスクリーンに映ってるこの子だぁあああ!!女性ファンの悲鳴が聞こえるぅうう!!』

 

『キャアアアアアアアアアアア!!いやぁああああああああ!!』

 

____だって!しょうがないじゃん!だって今っあいつっ!私の為にーっ!とかっ!バカなこと言って!それでっ!それでっ!____

 

『だって聞こえてないって思ったからさー!仕方ないっすよ!とにかくこの勝利はリュック!お前のおかげっす!!あとで、ちゃんとお礼言わせてなー!!』

 

____いやぁあああああああ!だれかマイク切ってっ!誰かあいつのマイクを切ってぇえええええ!!_____

 

『ティーダ選手ぅぅううう!!攻める!立て続けに甘い言葉で攻めるぅううう!!私が女なら濡れているぞぉおお!!ティーダ選手は女性関係でもスピードキング!夜のドルフィンなのかぁあああ!!??』

 

 

_____あの実況も誰か口ふさいでぇええええ!!!_____ドォオオオオオオオン!!!!___ふぇ?

 

 

突然だった。何かの爆発音。

 

 

<キエエエエエエエシャア!!>

 

 

そしてこんな。この、みんなが笑って過ごせるはずの、ブリッツボールの会場に場違いな、魔物の声が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっいきなり何だってんだ!!」

 

 

襲ってくる魚の怪物をワッカは試合のボールを拾い上げると、すぐに応戦していた。

 

俺も剣は持っていなかったので、同じく落ちていたボールを拾い上げると、すぐにワッカの加勢に向った。

 

オーラカ。そして、ゴワーズの連中は先に逃がした。あいつらはブリッツ選手であって、魔物とバトルをする人間じゃない。

 

厳密に言ったら、俺もだけど、今はそんな事言っていられないほど状況は切羽詰まってた。

 

 

<キエエエエエエエシャア!!>

 

 

そんな甲高い奇声を上げて突っ込んでくる魚の化け物を蹴り返し、更にボールで追撃することで息の根を止めた。なんだ、俺やっぱりバトルもやるじゃないっすか。

 

ちらりと、覗き見た会場。応援席のアルプススタンド。そこには、避難する皆を指示しているリュックが取り残されている。あいつバカ!なにやってんだ!

 

<キエエエエエエエシャア!!>

 

気をそらせた俺に飛びかかる魚。それを「おらぁ!」とした掛け声と共にボールを投げて撃ち落とすワッカ。あっぶねー。

 

「油断すんなぁ!ティーダ!」

 

ワッカはそうは言うが_______ズンッ!ズンッ!_____糞が!やっぱり応援席にも魔物がうじゃうじゃいやがる___!!

 

「リュック!」

 

声をかける。こっちに来いと叫ぶ。が、聞こえていない。周りの悲鳴に声がかき消される。

 

______ズンッ!ズンッ!_____

 

リュックの背後に近寄っていく魔物。やばい。リュック気づいてない。

 

______ズンッ!ズンッ!_____

 

もう猶予はなかった。俺は一度コートの端に掛け戻り、そしてUターンでそのままリュックの方に向って泳ぐ____「ティーダ!!?」

 

 

「リュック!」バシャンッ!

 

 

俺は叫びながら、スフィアプールから飛び出して、リュックのいるスタンドに突き刺さるように着地した。ギ…ギリギリ届いたぁ…!

 

水が髪からダバダバと滴り落ちて、俺を見上げるリュックの額に水がこぼれる。

 

 

______ズンッ!ズンッ!_____

 

 

俺は振り返る。魔物の距離はまだ数メートルある。「リュック!何かないの!?前みたいに手榴弾とか!?」

 

「えっ!あっ!うんっ!今出す!」「はやくっ!急いで!Hurry!」「うるさいってば!今出すよぉ!…あった!」

 

「オッケー!」俺はそう言って、リュックから受け取った手榴弾を受け取り、振りかぶる。「ビッチャー!第一投…」

 

ビュンッ!「投げましたぁ!!」

 

_____________________チッ_____

 

 

ドオオオオオオオン!!!

 

という爆発音と共に上がる魔物の悲鳴。でも…!<グゥオオオオオオオオン!!>

 

 

______ズンッ!ズンッ!_____

 

 

舞い上がる砂塵。周りを包む火薬の匂い。

 

もくもくと体から上がる煙の奥の魔物の瞳_____肉を削り取ったが、魔物はまだ生きているっ____!

 

手負いの獣。そんな言葉が頭に浮かぶほどの猛スピードで、こっちに向って走ってきた___!「走れっ!リュック!」「うそーーー!!?」

 

 

______ズンッ!ズンッ!_____

 

 

ダダダッダダ!

 

走る。

 

リュックと一緒にアルプススタンドの観客のベンチという山脈を駆け上る。

 

後ろの魔物とは大分距離を離した俺たち_____けど!

 

 

 

<キエエエエエエエシャア!!><グォオオオオオオン!!>

 

 

「こんなに多かったら、関係ねぇよ!」

 

くそっ!と声を上げながら、俺らは通用口の扉へと走る。その曲がり角、そこから。

 

 

 

___いやに、見覚えのある赤い外套が出てきた。

 

 

キィィィィィンッ…

 

 

と静かに、床を鳴らす大剣。

 

「ふっ…」

 

と鼻の奥で鳴らすような、年甲斐も無くカッコウつけた笑い声。

 

「やはり、ここか」

 

ゆったりと曲がり角から飛び出てくるセンスの悪い編み上げブーツ。

 

ジャン・レノ意識でかけだしたイタイ、丸い形のサングラス。

 

腰に着けた謎ファッションのとっくりが、コロンと、小さく音を鳴らす。

 

 

「さがってろ」

 

 

そう言って、剣を構える時だけ、無駄に綺麗に剃られた脇毛を見せびらかすそのオッサン______!

 

 

「アーロン!!」

 

 

 

俺達はようやく再開を果たした_________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十一話

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事なんだよ!?アーロン!!」ガタンッ

 

 

 

薄暗い照明。並んだ酒瓶がカウンターでぼんやりと光っている。

 

ダンッと机に叩き付けた拳。衝撃で飛び上がるのは、安っぽい味のするモヒートを注いだジョッキ。

 

モンスターの襲撃を切り抜けて、街まで帰って来た俺達は、そのまま場末のバーに身を隠していた。

 

 

 

「どういう事だも何もぉ…さっきからぁ…何度も言ってるだろぉ…シンは、ジェクトでぇ…」

 

 

 

状況は見れば分かるだろう?

 

 

 

最悪だ。

 

 

 

何が悲しくて、俺は呂律の回り出さなくなった、ベロンベロンに酔っ払った舌っ足らずな口調のきもいオッサンの胸ぐらを掴む事になっているんだろう。

 

くそっ!酒くせぇ!しかも、ヒゲの感触が癪に触る!俺だって掴みたくなんか無いが、このオッサンはこうでもしないと今にも寝てしまいそうなのだ!

 

俺は酒に溺れる情けない中年親父の頭を掴んで叩いてジャンケン•グーする寸前で思いとどまり、もう一度だけ最後にこのオッサンに問いかける。

 

 

「そっちの話じゃねぇよ!聞けよ!」

 

 

「ザナルカンドに帰れないのは悔しいが、理解した!」

 

 

「クソ親父が、シンって言う人殺しの化け物になったっつー与太話もどうでもいい!!本当だろうが嘘だろうが俺には関係ねぇよ!」

 

 

 

 

そう。アーロンの口から語られた話は俄にに信じがたい物だった。

 

が、実際にタイムスリップを体験してる俺には、そのイカレタ話を信じるだけの心の土壌があった。

 

だから、どんな与太話でも一応はこのオッサンの話を信じてやる事にした。オッサンの本当の出身地はここで、俺よりこの世界に詳しいのは事実みたいだしな。

 

 

だが、これだけは信じられない。いや!だからこそ可笑しいんだ!

 

 

どう考えても無理がある設定の話がそこにはあった…これを解決しない限り俺の物語は先に進まない_____!!

 

 

 

 

 

 

 

「なんで!伝説のガードとか言われてるあんたが!金も!権力も!どっちも持ってないんだよ!?この甲斐性無し野郎ぉおお!!」バキッ!「ごふぅっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナッ!

 

そのXI。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…しまった…」

 

「……。」

 

 

 

寂れた酒場のカウンター席に沈んだ男が死人となっている…勢い余った鉄拳が、一人の中年親父を敗者のリングへと沈めてしまったのだ。

 

 

あぁもう。何でだ。何でいつもこうなるんだ。

 

 

だってどう考えてもオカしいじゃないか。不条理だ。世界の脅威であるシンを一度でも倒したなんて言う、このオッサンにしては上出来な成果を上げたと言うのに。

 

それなのに!なんで!?

 

なんでこいつはその世界でホームレスになってんだよ!?くそぉ!この世界の戦争軍人に対する保証体制はどうなってやがる!!ボランティアでやってたとでも言うのかよ!?

 

 

こんな状況で俺の戸籍とか保険とかどうするんだよぉぉお!!??

 

 

「起きやがれ!この野郎!」ゲシッ「おふぅ!!」

 

 

赤い外套を蹴り飛ばし、俺はアーロンの顔を引っ掴んで、畳み掛けるように振り回す。「何か突破口はねぇのかよ!?戸籍を用意できる政界議員との裏のコネとかヤクザとかよぉ!」

 

ガクガク。とシェイクされるオッサンの頭部。俺は、今後の先行きの不安さに煽られて少々凶暴になっていたようだ。オッサンの頬はぼこりと腫れていた。

 

 

「だ…だから、とりあえずユウナのガードをやる事で路銀と社会的地位を獲得してだな…」「そんなもんお断りだぁああ!殺す気か、この野郎ぉぉお!!」バキッ!

 

 

再び無惨にも特に理由のない理不尽な暴力がアーロンを襲った気がするが、関係ない。

 

シラフの状態のオッサンならともかく千鳥足のこの親父に俺が負ける筈が無い。八つ当たりの対象として売ってつけだ。いつもの鬱憤を晴らすチャンスとも言える。

 

 

「いきなりこんな世界に連れて来ては、住む家も金も何もかも用意してないなんて、一体全体何考えてるつもりなんだよ…ったく」

 

 

まぁ。俺もさ。

 

 

ここまで言ったり殴ったりしといて何だけど、このオッサンにも言い分があったのは認めているのだ。

 

ザナルカンドはシンに襲われて無惨な姿になってしまったのは俺も見ている。あの調子では俺がザナルカンドに帰った所で、ブリッツボールなんて場合じゃないのは目に見えている。

 

だから、アーロンにこの世界に連れて来てもらったのは、むしろ好都合とも取れる訳で。俺は少し前からここで生きていく為の算段を立てていたはずだった。

 

今となっては今日の大会であんな派手に活躍したのもその術策の一つに変わる。どこのチームもきっと俺を欲しがっている所だろうさ。

 

シンが変わらずいるとしても、とりあえずこの世界にはブリッツボールがあって、選手となって金を稼げるシステムがあるのだ。ザナルカンドに躍起になって戻る方法を探す必要はない。

 

 

 

そう考えていたはずだった。それは間違いない。

 

 

 

アーロンの支援も少しは期待してはいたが、どうせ役に立たないこのオッサンの事だ。

 

最初から俺の役に立つ功績を計算していた訳じゃなかったので、この事態はある意味で計算通りとも言える。

 

それなのに、ここまでオッサンをぼこぼこにしてしまったのは…まぁ何だかな。俺も心の何処かでクソ親父がシンになったなんて言う馬鹿な話に動揺した影響も少しはあるのだろう。

 

だから、何となく…こうぶっちゃけ俺はノリで、思うがままにこのオッサンを殴り飛ばす事でストレスを発散していた。うむ。だからまぁ、こんなもんで良いだろう。

 

 

「アーロン。あんたがユウナ様のガードになるっていう話は分かった。けど、俺はそれに付いていかない」

 

 

俺は気を取り直して、倒れたオッサンの体を起こしてやりながら、そう告げた。バトルをするのは慣れては来た物の、あんな強行軍のような危険な旅には着いていく気はない。

 

 

「まぁ…俺もお前はそう言うだろうな、と薄々分かってはいた。ジェクトとの約束もあるが…まぁお前ならしばらく放っておいても大丈夫だろう…」

 

 

スチャ、と床に落ちたグラサンを拾い上げて、そう言うアーロン。このオッサン…やっぱりタフだな…。

 

 

「だが、ユウナはそういう訳にはいかん。あの娘はお前と違って繊細に育ったようだ…ブラスカとの約束との為にも俺はユウナを守らねばならない」

 

オッサンの目には強い意思の炎が灯っていた。酒で真っ赤に紅潮した顔でなければもっと説得力もあっただろうに。

 

「かと言ってもお前はどうする気だ?さっきも言ったが、俺はユウナの旅に同行する以上、お前の支援はできんぞ」

 

オッサンの顔は少々センチメンタルな影があった気がする。まぁ…多少は俺の事を心配する気持ちもあるのだろう。

 

いつもなら殴り合いに発展していくタイミングなのに、黙って殴られていたのはこういう部分もあったと見える。……だからと言って俺は謝る気はないけどな!

 

 

「まぁ…とりあえずは何かしろで金を稼いで家を借りたりとかの生活の基盤を整えてからだろうな…。今の何も分からない状態でいきなり選手契約とかはリスキーすぎる」

 

 

恐らくは街にふらふら出て行ったら、マスコミか新聞雑誌の人間が俺を見つけて捕まえてくるだろう。

 

俺はその時にシンの毒気にやられた記憶喪失のイケメンを演じれば、戸籍とかその辺の問題は解決できるかもしれないとは思っていた。俺はシンに襲われて家族も友人を失ったとか解釈されるだろう。

 

そこまで来たら、俺を欲しがるチームのお偉いさんが、何とかしてくれるに違いない。と、希望の混じった楽観視をしていた。

 

だが。それは先にも言ったようにリスキーだ。

 

そこまで相手に頼り切った所から始まる関係では、契約金や待遇そこらは足下見られるに決まっている。

 

なにせ対等な関係じゃないのだ。こっちは住む家も無いような、素性の知らない分からない流れ者を囲ってやるんだ。多少の事は目を瞑ってもらわないと、と言ってくるに決まっている。

 

あまり派手な事はやってくるとは思えないが、こちらの弱味に付け込んで無茶な要求ばかりしてくるに違いない。俺はそう考えていた。

 

だから、せめて最低限の家や連絡先が整わない限りは、俺はブリッツボール界に舞い戻る気は無かった。

 

目立ちすぎも考えものだ。

 

さっきからバーのTVで流れてるのは俺の話題ばかりだった。世間は俺を躍起になって捕まえようとするだろうから、今の俺は行動が制限されてしまっているに等しい。

 

 

この状態で、何かできるとしたら、それは一つしか考えれなかった。

 

とりあえず、最低限の体勢を整えれるまで身を隠すかつ仕事のできる状況_____それは_____

 

 

バタンッ!!!

 

 

___!!____勢いよく開けられる扉____しまった___まさかマスコミ関係者____尾けられていたのか_____!?!?

 

 

 

 

 

 

 

「テ•ィ•ー•ダ〜〜っ!!!!」

 

 

 

 

 

開け放たれた扉。

 

 

そこには見覚えのある全身ボディスーツの金髪の女。しかもゴーグルあり拳銃ありのフル装備というアルベドスタイル。物騒極まりない格好だった。

 

 

 

 

 

 

 

カツカツカツ……ダンッ!!

 

 

 

「はぁ…はぁ…やっと見つけたよ!!この馬鹿ティーダ!!」

 

「リュ…リュック…よくここが分かったな…?」

 

 

 

そう。俺達はバーに身を隠していたが、スタジアムを出た際にその場でリュックとはぐれてしまったのだ。

 

いや、正確には、はぐれたと言うよりも置いていったに近い。シーモアとかいう触覚頭が、まじ逝き寸前のヘブン状態の顔して魔物を掃除してくれたお陰で、脅威は去ったスタジアム前。

 

もう大丈夫だろうと思って、回りを見たら俺の顔見て騒ぎだす群衆という構図があった。もみくちゃにされる前に俺は、一目散にその場に逃げ出したのだった。

 

そして、その際の俺の速度に着いていけたのはアーロンしかいなかったという話になる。

 

 

「もー!キミのせいでもうコッチはすっごい!大変だったんだからね!聞いてるのかー!こんにゃろうめーっ!?」

 

リュックは息も絶え絶え、髪の毛はぼさぼさのままブーブーと文句を垂らしていた。「ごめんって、悪かったよ」

 

「ところで、凄い荷物だな…リュック…どしたん?」

 

「だーかーらー!キミのせいでこうなったんだよー!!責任ッ!絶ぇぇっ対っ!取ってもらうんだからねっ!!」ドシッ!

 

リュックは背中に背負った大きな大きなリュックサックをどしっと下ろすと、スチャッとゴーグルを外しながら俺の隣に座った。

 

「な…なんだよリュック…俺何か悪い事したっけ…?」

 

「したっ!!思いっきり!したー!!ゔぅぅぅぅゔゔう!!!」

 

バタンっと更に音を立てながら、机に頭から突っ伏せるリュック。ボサッとなった髪が机の上に広がるように投げ出される。

 

 

「ティーダ達がアルベド族の船を壊しちゃったせいで私、しばらくホームに帰れなくなっちったんだよぉ…」

 

 

「え?」

 

 

朝の一件。アルベド族に攫われたユウナ様。救出に向かった俺。

 

召還獣で船から脱出した際に、確かに船を壊した気もするが…リュックはその件は無関係のはずだ。なんでそんな事に…。

 

「ユウナ…召還士の近くにいたのに、お前は何もしなかったのかー!船を壊されたのもオメーがそもそもちゃんと仕事しなかったせいだー!とかオヤジも怒っちゃって…それでこれだよぉ…。完全にとばっちりだよー!!もーやだー!!」

 

 

なん…だと。

 

どうやらシドさんの虫の居所が悪かった為に、リュックはなにやら正しく俺達のトバッチリで罰を受けたらしかった。ぶんぶんイヤイヤと頭を振っているリュック。

 

「ティーダは絶対っ!逃がさないからねっ!キミが無茶な事しなければ船も壊れなかったし、私だってこんな仕事やらされなかったんだからー!!」

 

「ちょ!ちょっと!待て!リュック!俺はただ試合しないといけないって事で…」

 

「うるさいうるさいうるさーい!黙って言う事聞く!私だってトバッチリなんだから原因のティーダにだって手伝ってもらうよ!!」

 

「なんだよそれ!?無茶苦茶だ!」「いーいーかーらー聞くのっ!!」

 

ダンッ!とリュックはごそごそと鞄の中を漁った手から、机に叩き付けられたのは何かの機械。電子端末のような形をしていた。

 

 

 

 

 

「…え、何これ?」

 

「魔物ん図鑑だよ?」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

リュックはさも当たり前のような顔して、俺を見ていた。

 

 

目尻にはまだ涙の浮かんだ後があるが表情そのものはケロッとしていた。…切り替えの早い奴だな。

 

 

「これが私に発令された任務その1。魔物ん図鑑の100種コンプリート…魔物っていうのは、ダメージを与えて倒しちゃうとそのまま幻光虫になって消えちゃうのは知ってるよね?」

 

 

「あ…あぁ。そうだな」

 

 

「でも、ある方法を使えばその限りではないんだ…魔物っていうのはその体自体が良質な素材の宝庫!魔物がまだ生きてる状態の時に魔物の体に生成されている素材をハギ取れば、その魔物の素材…つまり、スピラの鉱物よりも堅い牙とか爪とかの素材を回収できちゃうっていう寸法なんだよ!…ちなみに、この発見はアルベド族が最初にしたんだよ!」

 

へっへーん、と言った調子で、リュックは冗長に説明をしだした。

 

何でか知らんが、あまり深く事情を聞いては捕まって後戻りできないような気もする。が、急に生き生きとしだしたリュックの顔を見てたらそんな事を言えるはずもなく。

 

 

「へ…へぇ…それが、その端末とどう関係があるんだよ?」

 

「よくぞ聞いてくれましたっ!」

 

そう言って、更にガチャガチャと大きな鞄を漁りだすリュック。出されたのは…スプレー缶?

 

「幻光スプレー(仮)だよ。これには幻光虫が濃縮された液体が入ってて、はぎ取った素材に振りかける事で魔物の分光現象を止めて、保存する事ができるんだ。フィキサチーフみたいなものかな?」

 

「へー、なるほどな」

 

「でね!その保存した素材を解析して、データ化。共有する為の端末がこの魔物ん図鑑って訳!」

 

リュックの目は先程のような怨念の影は浮かんでいなかった。

 

新しい玩具を自慢するような子供のような調子で機材を振り回すリュックの姿は見てて微笑ましいものだった…俺と関係ない遠くでやってくれてさえいればの話だが。

 

 

 

「そ、それを百種コンプリートってのは…」

 

「…」

 

「リュック…?」

 

「手伝ってもらうよ…」ガシッ!

 

「リュ…リュックさーん?」

 

 

 

ぐぐっ…っと。リュックは俺の肩を掴んだ手の力を強めてくる。まずい、嫌な予感がビンビンするぜ、これは!

 

 

「これの業務の大変な部分って分かる…?」ググッ…

 

 

「な…なにかなー…それよりもリュックさん…痛いっす…力緩めてくれると嬉しいなーなんて…」

 

「素材を傷つける訳にはいかないから、爆弾や火炎放射はなるべく使っちゃ駄目…つまり魔物とガチンコ勝負、素材の回収と保存を戦闘中にしないといけないっていう事なんだよね…」

 

「そ…そいつは大変そうだなー…」

 

「それをこんなかよわい少女が一人でできると思う?サポートが無いと絶対無理なこの仕事…私これやらないと帰れないんだけど…」ググッ…

 

リュックの前髪が顔に垂れて表情は見えない。だが見たいとも思えない。

 

 

「手伝うよね?ティーダ…?私知ってるんだよ、君がバトルできるっていう事…」

 

 

「いやいや、そんな、ねぇ?俺ブリッツの選手であって戦士でないっつーか、そもそもそんな危ない事なら尚更…痛い!痛いっす!リュックさん!」

 

 

「私がこの仕事でもし怪我しちゃったらどうするのかなー…ブリッツをやるどころか見る事すらできないような体になっても責任取ってくれるのかなー…」

 

 

「いたい…いたいっすよぉ…リュックさーん!!ちょっ…分かったから、俺の話を聞い…」

 

 

「なんなの!ティーダ!!私がどうなっても良い訳!?さっきは私の為に勝ったとかなんとか言ってさ!本当に私嬉しかったのに!ここでバイバイとか!そんなの言うつもりなの!?」

 

 

「分かったから…痛いってばぁ!」

 

 

「責任取れ!責任取れ!責任取ってよぉ…!オヤジだって君は俺に借りがあるから一緒に行ってくれるはずだとか言って!それならって事で私も了承してるんだよぉ!今更そんな事言わないでよぉ!ばかー!!」

 

 

「爪が痛い痛い遺体…!…って、え?え?本当か!?リュック!!??」

 

 

ガシッと、俺は逆にリュックを掴み返す。

 

それが本当だったら話が早い!!

 

 

 

「ふぇ?」

 

 

 

「俺らが一緒にその…魔物ん図鑑を作っていくっていう業務は、リュックの親父さん!シドさんの了承の元で行われてるってこと!?」

 

「え?え?う、うん。そうだけど…」

 

「つまり、正式な仕事って訳だよな!?これに携わったら俺もアルベド族とのコネクションが作れるって事だよな!?」

 

 

「そうだけど…って、うわぁっ!!?」ダキッ

 

 

「うぉおっしゃ!!やりぃ!!俺もその関係でリュックに泣きつこうとしてた所だったんだよ!話が早いっすよ!!やっぱりリュックは女神様っすよぉ!!」

 

 

俺はあまりのトントン拍子で話が進んでいく感動に思わずリュックを抱き寄せた。やっぱり俺は神に愛されてるんだな!うん、そうに違いない!

 

 

「あわわわっわわっわわっわっわわ…!ちょ、ちょっと!ティーダ!離してよぉ!!お願いだからぁ!」

 

 

 

 

事のいきさつはこうだ。

 

俺は目立てない。かつ仕事がしたい。それはさっき言った通りだ。

 

その二つを両立させる方案として、しばらくアルベド族にご厄介になるなりして、世間の目から離れて体制を整えれないかと考えていたのだ。

 

アルベド族はスピラの嫌われ者との事らしいが、俺は偏見が無いどころが、むしろリュックとシドさんの影響で非常に仲良くなりたい存在だと思っていたのである。

 

アルベド族とコネクションも作りながら、正式に仕事を貰えるというこの状況。しかも族長であるシドさん直々に下した任務だ。

 

バトルの危なさというという懸念事項以外は、ほぼ理想的!シドさんなら戸籍の件とかその辺は何とかしてくれるに違いない!この仕事の功績が認められたら、きっと俺にとって理想の状況が整うだろう!

 

 

「あははっ!リュックは本当に頼りになるなぁ!!俺もうリュックに対しては足向けて眠れないっすよぉ!!」

 

 

「むー!むー!…ぷはぁっ!…え!?え?なんで?急にどうしてやる気になったの!?…って!その前にお願いだから離してよ!皆見てるよぉ!」

 

リュックは真っ赤になって俺の頭をパカパカと叩いた。俺もさすがにこれ以上のセクハラはまずいと思って、リュックを離した。

 

女神認定したリュックは、俺にとってもう尊重しなければならない存在だ。

 

とりあえず、リュックの意思をまず大事にしよう。

 

 

「…う…うぅぅ…なんなんだよぉ…もぉ…急にそんな事言わないでよぉ…こ、心の準備ってものがあるじゃんかぁ…バカ…」

 

 

「いやさー!俺って今求職中の身分だったんだよね!ワッカとの選手契約も切れた所だったし、こんな家も身分も何もない状態でブリッツボールの選手やる訳にもいかなくて途方にくれてた訳!」

 

 

「え…?ブリッツの選手やる訳…じゃなかったの?本当に?」

 

 

「あぁ!ここまで一回目立っておけばいつでもカムバックできるしな!むしろ今は世間の目から逃れたいから、リュック達アルベド族のご厄介になろうと思ってた所さ!それがこんなスムーズに行くとは…リュック!本当にありがとうな!」

 

手を取って、ぶんぶんと振り回す。やっほーと言いながら、俺は笑いながらリュックの回りをくるくると。小躍りしたい気分とは正にこの事だ!

 

 

「え…本当?ほんとに本当?アルベド族だよ?今回は海で拾われた居候とかそんなんじゃないんだよ?アルベド族と本当に手を組むって事だけど、ティーダはそれでいいの?私も自分で言っておいてなんだけど…そのオヤジの言う君の借りって奴も…そんな君を縛る強制力があるとかでは無いんでしょ…それなのに…」

 

「リュックはもう細かい事気にするんだなー!俺はシドさんへの借りがあるとか云々より、アルベド族と協力して仕事できるって事が嬉しいんすよ!」

 

ぐちぐちと何か水臭い事を言っているような気がするリュックの手を離して、俺は力強くドンっと自分の心臓を叩くジェスチャーをする。

 

「嬉しい…?私達と…私とこれから旅する事になるんだけど…それが…本当に?」

 

ぽかんとした表情を浮かべたリュックの顔。目尻に浮かんでいたはずの涙はもう乾いていた。

 

「そうっすよ!そもそもリュックをそんな危険な事一人でさせるってのも後味悪いっすしね!俺のトバッチリのせいってのは本当だから責任取るっすよ!」

 

そしてグッとサムズアップ。リュックの目の前に俺は握手を差し出した。これは契約で、約束だ。今度はリュックから握ってもらおう。

 

 

「よろしくな。リュック。お前は本当に良い奴っすね」

 

「よ…よろしく…お願いします…」

 

 

リュックはまだ、状況に着いて来れないような、ぽけっとした顔だったけど、おずおずと俺の手を握ってくれた。

 

 

「リュック」

 

「な、なに?」

 

 

「試合の時、声援ありがとうな。あれが無ければ勝てなかった。リュックの事、本当に天使に見えたっすよ」

 

 

にこりと俺はできるだけの感謝を込めて笑いかける。バッ!と伏せられたリュックの顔はやはり見えなかったけど、耳まで真っ赤だった。

 

 

 

 

 

 

何故か沈黙が続いた。でも、繋いだ手だけは、少しだけ力を強めて。

 

 

 

 

 

「ず…ずるいよぉ…キミは…ほんとう…」

 

 

 

 

 

そんな事を、リュックは最後まで言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____

 

______

 

____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふっ。話は決まったようだな。…だったら俺はもう行くぞ」

 

 

キィィィン…高い音を響かせて大剣を背負い直すアーロン。あ、いたな。そういえばこんなオッサン。

 

「これは、俺の連絡先だ。そっちの娘がアルベド族なら機械でコールはできるだろう。何かあったら、呼べ。ユウナ達の状況次第では助けてやらん事もない」

 

そう言って一枚の紙を渡してくるアーロン。TEL番号を記載された無骨な文字が載った紙。このオッサン…携帯なんてもの持ってやがったのか…。

 

「あ、アーロンさん!いたんだ!…は、はい!私は通話機器を持っていますので!」

 

俺からバッと体ごと離れて、あたふたとアーロンに返答するリュック…リュックはリュックでこのオッサンが座っていた事に気づいてなかったのか…。

 

「…アーロン!」

 

それだけ言って、さっさとバーの出口の方に向かっていく背中を俺は呼び止めた。

 

 

 

「…なんだ?」

 

 

 

なんだ?じゃねぇよ!くそっ。こんな時まですかしやがって…!

 

 

「…。」

 

「…。」

 

「…か。」

 

「…。」

 

 

「風邪引くんじゃねぇぞ…もう歳なんだからよ…ユウナ様達にも迷惑だろうしな…」

 

 

なんで、俺はこんな事言っちまうんだよ…。このオッサンは甘やかすとつけあがるタイプのオッサンだって…分かってるだろ俺…。

 

 

「ふっ…」

 

 

オッサンは、そうやって鼻で笑うだけ。出口の方へとまた歩いていく。暖簾をくぐり、バーの一歩外へとオッサンは出た。

 

 

 

 

「お前もな。」

 

 

 

 

ほら、つけあがるタイプだろ…?

 

…こうやって格好付けるんだよ…このオッサンはいつも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____

 

__________________________

 

____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局…ティーダの野郎は見つからずじまいかぁ…」

 

 

はぁ…。とガックリと肩を落とすワッカさん。

 

 

「あの子…本当にどこ行っちゃったんだか…」

 

 

ふぅ…。と息を大きく吐き出すルールー。

 

それにキマリも。どこかも憂鬱そうな顔を浮かべてるのが、傾いたおひげの角度で私には分かった。

 

私に至っては…現実感が無かった。

 

なにかポッカリと心に穴が空いたような感覚だけがあって。それがどうやっても埋まらない事だけが何故か分かってて。

 

ただただ黙って、俯いて歩く事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「あいつ…まだ…選手契約の金だって払えてねぇのによ…いや、今すぐに出せるような額じゃないけどよ…」

 

 

ワッカさんの言葉が、痛い。

 

過去になっていく。彼が一緒にいた事が急速に過去の出来事になっていくような言い方をするワッカさんの言葉が、私は痛いと感じる。

 

 

「そうね…お金の事だけじゃないわ…私なんてまだ…お礼も…謝ることも…なに一つできなかったわよ…」

 

 

ルールーの言葉が、苦い。

 

私にもそれは言える事だった。私は、まだ、彼から貰ったものに対して何も。何ひとつだって返せていなかった事が、私は苦いと感じる。

 

 

 

 

 

 

ミヘン街道。

 

 

私たちは昨日一日、街に残って夜通しで彼の姿を探し続けた私達は、彼の足取り一つ掴むこともできないまま、ルカの街を出て、次のジョゼ寺院に行く為の道に立っていた。

 

たくさんいたのはマスコミの関係者の人達。どこから聞きつけたのかは分からないけど、私達の旅に同行していた彼の事を聞きにくる取材の人達ばかりだった。皆が…彼の事を探していた。

 

 

 

彼は、ずるい。

 

彼は、まるで真夏の蜃気楼みたいに突然現れて消えてしまう。目が涙で滲むくらい。激しくて眩しい幻影を見せて、最高の結果だけを残して、ふっと立ち消えてしまう。

 

こっちの反応を待たないで先に。前に向かってまっすぐに駆け抜けて行ってしまう、後に残された人達の気持ちも知らないで。

 

 

 

私は、ずるい。

 

本当ならこんな状態で、旅になんて出るべきじゃない。

 

俯いてばかりで、吹き出しそうな涙を堪えて、旅の無事を祈ってくれた街の人達の事も無視して、ただぽけっとしながらここまで歩いて来てしまった。

 

皆の足が進んでいるから、それに着いていくだけで何も考えていない。彼のように意思を持って、笑って、歩いて来た訳じゃない道を、これからも歩こうとしている。

 

 

召還士の道。それは私が歩くと決めた道。

 

 

でも、その道は、何があっても笑顔を振りまきながら歩くって決めていたはずだった。

 

召還士が辛そうな顔をしていたら、一体スピラの人達は何を思って、毎日を過ごせばいいんだろう。それを考えて考えて、自分で出した私の答えだった。

 

そのはずだったのに、私は早速それを破ってしまっている。自分の誓いに嘘をついている。ごくごく私的な気持ちを優先して、私は前を向いていない。

 

どうしてだろう。なんでだろう。

 

辛い事は、いっぱい。いっぱい想像してたはずなのにな。何が起きても耐えれるように、たくさん残酷な想像をしてきたのにな。

 

痛い事。嫌な事。惨めな気持ちになる事。ビサイド村に帰りたいって思ってしまう事。

 

いろいろ。いろいろ想像して、辛い気持ちになるのは慣れてきたと思ってたのにな。

 

でも…でも…違うよ…こんなの…こんな事…こんな気持ちになるなんて事…

 

 

 

 

 

 

「…想像してなかったよ…ティーダ君…」

 

 

 

 

 

 

ぐすっ…。すんっ…ぐすっ…。

 

 

 

 

「ユウナ…もう泣かないの…あいつの事だから、絶対にどこかで元気でやって行くわよ」

 

 

ルールーの包容が優しい。

 

 

でも、私にはその包容が優しすぎて辛い。痛いんだ。私は皆に頼らないとしゃんと前も向けない格好悪い人間だって分かってしまって苦いんだ。

 

「ユウナ…あいつの事は俺が絶対に探し出す。この旅が終わる前に、必ずだ。こうなったら人探し板でも新聞広告でも懸賞金掛けるでも、なんでも使ってでもあいつを取っ捕まえてやる。それで…皆であいつに言ってやるんだ。「ありがとよ!」ってな。そうしないと…俺の気が収まらねぇよ!」

 

 

ワッカさんはそう言って自分の手の平をじっと見つめた。すりむけた右手。ブリッツボールの試合でずるずるに皮の剥けた手をワッカさんはぎゅっと握り込んで、笑った。

 

ワッカさんは私とはまた別の気持ちを彼に対して思っているみたいだった。

 

私は私自身の気持ちもまだよく分かっていないのに、ワッカさんはもう前を向きだしている。感謝の気持ちっていう思いは同じはずなのに、何でワッカさんみたいに笑えないのだろう。

 

 

私はやっぱり弱いみたいだ。

 

感謝の気持ちで泣いてしまう人がいていいのだろうか。

 

 

思いが大きすぎて、私はきっと今馬鹿な子になっちゃってるんだ。これって感謝なのかな?なんなのかな?本当に感謝の気持ちだけなのかな?

 

 

そんな事ばかり。考えてしまうのだ。

 

 

 

「え…あれ…まさか!ユウナ!見て!!」

 

 

 

 

ルールーが突然大きな声をあげる。私はびっくりして、顔を上げた。もしかしたら、期待したのかもしれない。ルールーの驚きがあまりに大きかったみたいだから。

 

金色の幻想を私は見れると、一瞬だけ。

 

 

 

「アーロンさん…」

 

 

 

 

見たのは赤。赤い外套。その姿は、お父さんのガードをやっていた頃より幾分歳を重ねた、大人の風格を持ったアーロンさんだった。

 

 

 

 

「ユウナだな」

 

アーロンさんは私達の目の前で止まった。

 

赤い外套を風にたなびかせて。お酒のとっくりを一度からんと鳴らして。

 

 

 

「ユウナのガードになりたい。旅に俺も同行させてほしい」

 

 

 

アーロンさんは端的に。率直に。間違いようの無い言葉で、私にそう言った。

 

「アーロンさん!?それ本当ですか!?…だったら大歓迎です!もちろんです!伝説のガードが俺達に同行してくれるなんて…断る理由がありません!」

 

「私も!同じです!アーロンさんがいてくれれば前衛は盤石。私は魔法に集中できます。こちらこそ宜しくお願いします!」

 

 

ワッカさんもルールーも。二人は一様に目を輝かせて。アーロンさんの前に出ていた。

 

 

「そうか、感謝する。…ユウナはどうだ?」

 

 

問いかけるアーロンさん。そうだ。私も答えないと。私に質問がされているんだった。

 

ちゃんと、声が出てくれるかな。

 

 

 

______君も、ガードになってくれないかな?________

 

 

 

 

口を開きかけたその時。

 

彼に。言えなかったあの言葉が、私の脳裏によぎった。

 

 

 

「…ユウナ?」

 

 

 

心配そうなルールーの声。ごめん、ルールー。

 

私、やっぱり駄目な子みたいなんだ。

 

 

「か…」

 

 

「…。」

 

 

「彼は一緒じゃないんですか…アーロンさん…?」

 

そんな見れば分かる事を、私は再び問いかけてしまっていた。

 

 

 

 

「ユウナ…」

 

「ゆ、ユウナ…」

 

 

 

動揺した様子のルールーと、ワッカさん。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

なんで私はこうなんだろうね。アーロンさんがせっかく私なんかのガードになってくれるって言ってくれているのに。

 

まるで、アーロンさんだけじゃ『足りない』。そんな風に聞こえるような失礼な言葉を言っちゃって。私は本当になにをしているんだろう。

 

「…なるほどな。あいつは、またやったのか…」

 

アーロンさんは、そんな独り言を呟いていた。私の顔を見て、何かを察したように、少し笑っていた。

 

「あいつは…ティーダはもう別の道を歩き出した。自分の物語をな。ユウナ。お前はどうだ?」

 

歩けるのか?そうアーロンさんは訪ねるような言葉を私にかけた。

 

強い言葉。

 

意思を持った瞳で私をじっと見つめている。試すように。叱るように。

 

ちゃんと答えないといけない。アーロンさんに呆れられないように、ちゃんと召還士らしくしないといけない。

 

 

なのに。

 

 

「…わ、わかりません…私には、分からないんです…」

 

 

言葉はあやふや。条件反射のように、今の心情を表した言葉が。言葉が。何故か自然と懺悔するように出てしまった。

 

情けない。泣き言ばかり。私は泣き言ばかりだ。本当に、いやになる。

 

こんな時にも強くなれないなんて。こんな時にも、笑えなくて。

 

 

「そうか。」

 

 

 

それなのにアーロンさんは、私は頭にポンと手を載せて。

 

 

 

 

「それでいい。」

 

 

 

 

そんな言葉を。

 

優しい口調で、かけてくれるんだ。

 

 

 

「悩め。お前はまだ子供だ。下手に取り繕うな。自分の心に素直になれ」

 

____召還獣は、狭い心を嫌うぞ。アーロンさんの言葉が、私の心に響いて反響して、奥深くの所に吸い込まれていった。

 

 

「はい…はい…すんっ…分かりました…ぐすっ…頑張ります…ぐすっ…お願いします…アーロンさん…ぐすっ」

 

私は涙が抑えれないままだけど、精一杯の感謝を込めてそう返した。

 

私には分からない。アーロンさんが、悩め。と言った本当の意味も分からないままだけど。これだけは分かった。

 

私は自分の気持ちに向き合うべきなんだ。

 

きっと。アーロンさんはそう言っているんだ。そう言ってくれてるんだ。

 

だから、今は。今だけはその言葉に甘えさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

ザッ…。ザッ…ザッ…。

 

 

 

 

「ユウナ?行くのか?」

 

 

「ユウナ?」

 

 

「ふっ…」

 

 

 

 

 

歩くんだ。

 

 

まだ笑えないかもしれない。召還士らしくできないかもしれない。

 

 

それでも、歩こう。

 

 

泣いた顔で情けないかもしれないけど、それでも、前を向こう。

 

 

この道を。ただただ歩いていこう。この先に待っているのは、きっと楽しい事ばかりじゃない。

 

 

昨日までの、心強い、すごく安心するような羽のように軽い気持ちでも、甘いけど胸を締め付けられるような気持ちでも無くて、笑っていけないかもしれないけど、それでも、歩こう。

 

 

 

 

 

 

 

きっと、それが「皆が笑える明日」につながっていく事に繋がっていく道なのだから。だから_______。

 

 

 

 

 

 

 

 

ザッ…。ザッ…ザッ…。

 

 

 

 

 

__________でもさ。______________

 

 

 

 

 

 

ザッ…。ザッ…ザッ…「あー!こら!そっち!ちゃんと魔物押さえててってばぁ!!」

 

 

 

__________でもさ。______________

 

 

 

 

ザッ…。ザッ…ザッ…。「いやいやいや!無理っすよ!こいつ超絶動き早いっすよ!?」

 

 

 

 

__________でもさ。その『皆に』______________

 

 

 

 

ザッ…。ザッ…ザッ…。「あーー!!倒しちゃった!!まだ素材回収しきれてないのに!」

 

 

 

 

「お、おい…おいおいおいおい…まさかあれ?あれってまさかじゃないのか!?」

 

 

 

 

ザッ…。ザッ…ザッ…。「今のは切らないと俺がやばかったっつーの!!」

 

 

 

 

「え、えぇ…なんかアルベド族っぽい格好してるけど…あれって…そうよね?」

 

 

 

 

ザッ…。ザッ…ザッ…。「だいたいリュックが、回収するのが遅いんすよ!さっきだって失敗したじゃないっすか!」

 

 

 

「ふっ…見てられんな…」

 

 

 

ザッ…。ザッ…ザッ…。ザッザッザッ…!「ムッキー!そういうティーダだって!私がポーション投げるタイミング遅かったら、どうなってたか分かんなかったくせにぃ!!」

 

 

 

「アーロンさん!?って、おいユウナもだ!走るなよ!俺だって!!おぉぉぉぉぉおい!!お前らぁあ!!俺もまぜろぉおおお!!!」

 

 

「まったく…全員で嬉しそうな顔して…バカね…キマリ!走るわよ!!」

 

 

 

 

ザッザッザッザッザッザッ…。

 

 

 

 

 

 

__________その『皆に』ユウナ様は入っているの?______________

 

 

 

 

 

走る。

 

 

前に向かって走る。熱くなった目頭もそのままに走り出した私の頭に。

 

 

 

 

そんな声が、響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十二話

 

 

 

 

 

 

旅は好きだ。

 

 

 

 

ユウナ様達一行との旅も悪くなかったが、その道中のほとんどが船旅だったのが惜しい。

 

旅ってのは、歩くものか運転するものだ。方向を定めてそこに向かって自分の力で進んでいく。

 

それで得られる充足感や達成感こそが、旅の本質なんだ。

 

そういう意味では山登りなんかも悪くない。頂上からの景色を目にした時に全てが報われる。…帰りが無ければの話だが。

 

 

そして、その充足感には、正しい味わい方という物がある。

 

 

それは…星の下でひっそりと飲むコーヒー。中二病の発露だからこそ、男として欠かせない。

 

これは自分へのご褒美であれば何でもよくて、人によっては煙草だったり夜食や酒だったり小説を読む事だったりする。

 

ようするにメリハリだ。動と静があればそれで良い。今日の俺達は大変お疲れだなのだ。主に肉体的疲労で。

 

魔物と戦い、慣れない危険な素材回収業務という重労働。捕獲した魔物の素材のデータを見ては、ほうほうとうなずき、大量に現れた魔物からは、ひぃひぃと逃げのびる。

 

一喜一憂。起こる事全てに全力の反応を返す俺達を見て、神様は笑ったんだろうな。運命のいたずら。ネタ振りかと思うような出来事で満載な一日だった。

 

 

 

 

カンカンカン…

 

 

 

 

今やってるのは、そんな一日の総纏め。テントを張って飯を食って、コーヒーと雑談を楽しんで、寝る。仕事を終えた体を癒すための準備の時間だ。

 

 

 

カンカンカン…

 

 

 

金槌で地面に杭を打ち付ける。一定のリズムで、確実に、テントから伸びた紐の輪と地面をキスさせて、離れないようにさせる。

 

暗くなった星の夜空。ミヘン街道は吹き抜けの大地だ。風が強い。しっかりと打たないとテントが飛ばされてしまう。

 

だからこそ、焦らない。じっくりと、柔らかい寝床を作ろう。

 

 

 

 

ジュージュー…。

 

 

 

 

焼けるソーセージの匂い。

 

フライパンから小さく昇る湯気といっしょに風に乗る。土の匂いよりもそれは高音で、空腹の鼻によく抜ける香りだった。

 

カショカショ…と小さく鳴るのは、肉を転がすヘラが、フライパンに擦れる音。

 

リュックが後ろで、料理を始めていた。スポーツドリンクの調合も上手かったリュックは、料理もお手の物らしい。

 

だから分担作業。船旅生活でテントの張り方を知らなかったリュックの寝床の確保が、俺の今やっている作業だった。

 

 

悪くない。

 

 

仲間と共にいて、静かに流れるこの時間。それは悪くないものになる…はずだった。

 

 

 

 

「なぁティーダ!俺の分は!あるんだろ!?ケチケチするなよ!」

 

「そうね。美味しそうだわ…リュックが珍しい保存器具を持ってるから、生物だってこうやって食べれるのね」

 

 

 

こいつらがシャリシャリと俺達より先に張ってやったテントから出て来さえしなければな…!!

 

 

 

「お前ぇらの分はねぇよ!!さっさとテントに戻りやがれ!わざわざ離れた所にテント張ったんだから空気読めよ!」

 

 

俺はガインと最後の釘を打ち終わり、完成したテントの足下から立ち上がり叫ぶ。なんでこんな大所帯の旅みたいな雰囲気になってんだよ!?

 

 

「い…良いじゃない…。わ、私達、実はちょっと事情があって、お腹空いてるのよ…」

 

「そ、そうだよ…なぁ?せっかく再会出来た仲間だろう、俺達?そんな水くせぇ事言わずによぉ…」

 

「ざっけんな!こっちの方が腹ぺこだっつーの!お前ぇらに食わせる銀シャリ(米)はここには無ぇよ!失せな!!」

 

 

 

 

 

 

久しぶりの旅らしい旅。

 

 

静かな緩やかな時間を想像して、テンション上がってた俺の空気をぶち壊したこいつらの態度のせいで、俺はまさにオカンムリだった。

 

こいつら召還士御一行様と俺達の旅のルートは被っていた。

 

それは別に良い。朝に再会した時は、俺もそりゃ少なからず嬉しかったさ。ワッカとの契約金の受け取りもしたかったしな。

 

試合に勝った喜びを分かち合って、握手する。お互いの旅の無事を祈り合って、手を振り合う。それ位までならしていいさ。実に美しいやり取りだ。

 

 

だが。こいつらは。

 

 

 

「契約金…あぁ…あれはな。えっと、ほら?スタジアムを魔物が襲ったゴタゴタで大会役員も混乱してるみたいでな…その優勝賞金の払いが遅れるらしんだよ…だ、だからー」

 

 

などと、事実上の踏み倒し宣言をほざく。更には。

 

 

「あのね…私、実はテント張った事ないのよ。前も旅した事あったんだけど、男の人がやってくれていたから…。ワッカは馬鹿だし、アーロンさんには頼れないし…」

 

「ご…ごめんなさい!わ、わ、わ、私からもお願いします!」

 

 

とか、女特有の面倒くささを発揮する、ルー姉さんにユウナ様。先に着替えがしたいらしく、わざわざ俺達より先にテントを張ってやったのだ。

 

そして極めつけに今の飯をかっさらおうとする乞食のごとく所行…こいつら恥ってものが無ぇのか…。営業スマイルのティーダと呼ばれた俺も流石に怒髪天付く3秒前だ。

 

ここは一度がつんと言わねばなるまい。

 

親しき仲にも礼儀あり。今日の失敗を正しく後悔させる為にも俺はそろそろ我慢をやめるべきだ。と言うかその方がこいつらの為だ、この野郎ぉぉお!!

 

 

「おい。お前ら!あまりみっともない真似をするな」

 

 

そう声高らかに叫んだのは、アーロンだった。街道横の茂みからガサガサと出てくる。

 

 

「旅というのは過酷なものだ。背負えるだけに荷物には、他人に助力をできるだけの余裕は詰まっていない。それは俺達も同じだろう。おんぶに抱っこで渡りきれる程、お前達の旅は気楽な物なのか?」

 

 

アーロンの口から漏れでたのは、正論。美しいまでに論理立った理屈だった。

 

まじかよ…このオッサン……輝いてる。輝いてるぞ、オッサン!今最高に格好いいこのオッサンは誰だ?このサングラスの似合うナイスミドルは、本当に俺が知ってるアーロンなのか?

 

…くそっ!やられたぜ、アーロン!あんた本当に伝説のガードだったんだな!経験者は語るっていう奴か!かーっ!濡れるぜ!

 

よし!オッサン!あんた好みの幼稚園児を見つけたら、必ず連絡してやるからな!さらさらの髪を撫でるの好きな謎性癖のあんたにはたまんねぇだろ!?

 

 

「あ、アーロンさん…すみません…」

 

「ご、ごめんなさいアーロンさん。私達たしかに少し図々しかったわね…」

 

 

シュンと大人しくなる悪魔二人。親に怒られる子供そのものだ。中々バランス取れてるじゃねぇかこのパーティ。

 

俺はケケケと内心で舌を出しながら、荷物をテントに持ち込みマットの準備に移った。

 

リュックの用意してくれたアルベド印のこのマットは優れものだ。こうやって、しぼんだマットの右端の栓をチョイチョイっと捻ってやれば……

 

キュ…キュ……シュゥゥゥゥゥゥウウウ…

 

この通り!何もしなくても空気の圧力で勝手に膨らむのです!!こいつは簡単ですよぉ奥さん!!

 

そして、テントのチャックの開閉確認。中に虫が入り込んでないかチェック。よし、問題無し。俺はバサリとテントから出て、最後にガスランタンに火を灯す。

 

…ボッ…ォォォォ…

 

これもさすがのアルベド印。火の付きが簡潔だ。ガスの量の調節つまみも問題なく動く。この揺れる光とガスの音を聞くと落ち着くよな。電池式には風情が足りない。

 

「あんた、手慣れてるわね…」

 

「そうっすか?」

 

俺の動きをじっと観察していたルー姉さん。まぁこれ位ならあのオッサンでもできる些事の手業だ。むしろここまでは基本。応用はここから先の話となる。

 

 

「アーロン」

 

「あぁ。そろそろ言いだす頃だと思っていた」

 

 

オッサンはそういってスッと取り出したのは木の釣り竿、二刀流の構え。

 

やはり。さっき茂みでゴソゴソやってたのはこれ作っていたからの様だ。相変わらず見かけに寄らず芸達者なオッサンだぜ。

 

 

「何がいそう?」

 

「鮎に、イワシに、ニジマスだ」

 

「おい嘘付くなよ、オッサン」

 

海水魚が混じってんじゃねぇか。こうやってナチュラルな流れで嘘付く事もたまにしてくるので、注意が必要だ。

 

「幻光虫の住む川にはこういう事も起きる」

 

「絶対嘘だろ!それっぽい設定言って騙そうしてんじゃねぇよ!このロリショタコンが!」

 

「ふっ…そうだな。お前には信じられる筈も無い、か…。だが、本当だ。お前も試してみれば分かる」

 

そう言ってくっくっくと喉の奥で笑うオッサン。え…?マジなんすか、それ?

 

 

「その前に飯は食っておけ。俺は先に行く。準備が出来たら来い」

 

 

ガサガサと茂みへとまた消えていくアーロン。もしや、あいつも飯食えなくて自分で釣ろうとしてやがるのか…。

 

 

 

 

「……ア、アーロンさんとあんたって、どんな関係なの…?」

 

ルー姉さんは唖然とした表情で俺を見ていた。ワッカもアーロンと俺を交互に指刺す謎のジェスチャーを送ってくる。

 

「なにって…育ての親っすかね…一般的な言い方したら…」

 

ちなみに一般的な言い方をしなかったら、居候だ。親父の知り合いだと言って、勝手に俺の家に上がり込んでは住み込んで来たショタコンの変態男とも言える。

 

「あんた記憶無かったんじゃなかったっけ?」

 

「色々あるんすよ。でも、シンのせいで記憶が無いってのも本当の話っすよ?」

 

俺はなんせこの世界の新参者だ。記憶も何も元から無い。嘘はぎりぎりで付いていないと思う。

 

「それは分かるわよ。今までの会話が演技だった方が逆に怖いわよ」

 

ルー姉さんはそう言って、くすりと笑った。俺も笑みを返してから立ち上がる。リュックの料理を手伝う事にした。

 

 

「どう?リュック?」

 

「……」(ぷい)

 

 

無視。どうやら、まだご機嫌ナナメみたいだ。

 

リュックとはさっき些細な事で口論していたのだ。風呂に入りたいと言ったリュックをからかった軽口が、何故か逆鱗に触れてしまったようなのだ。時が解決するのを待とう。

 

俺はリュックの裏に回って、簡単な追加のオカズ作りを始める。うん。今日も良いプリケツだ。

 

そうこうしている内に飯ごうが炊きあがり、熱くなったそれを持ってテーブルに食器と一緒に並べる。

 

準備、完了だ。

 

 

「いただきます」

 

「…いただきます」

 

 

手を合わせて始まる食事。食器の音がかちゃかちゃと小さな食卓に響く。

 

 

「あ、はい。醤油。目玉焼きに」

 

「…」

 

「レモン。かける?鶏肉のステーキ」

 

「…」

 

「…リュック、美味いよ。これ全部」

 

「…うん」

 

よし。ようやく言葉を引き出したか。

 

 

それをきっかけにやんわりと場の空気が弛緩したのを肌で感じる。

 

 

まったく女って奴は面倒くさい。

 

こうして畳み掛けるように話しかけたら、治る程度の機嫌のくせに無視まで慣行しやがるんだからな。世の男達はいつもこうして苦労をしているのだ。

 

「ごくり。ティ…ティーダ…」「お前に食わせる銀シャリは無い。戦時中は芋ばかりだった事を思い出すんだワッカ、あの苦労を思い出したら何だって耐えれるさ」「戦時中っていつだよ!?」

 

ギャーギャーと耳元で騒ぎ立てるワッカにイライラして俺はつい聞いてしまった。事情を聞いてしまう事で深入りしてしまうのを避けたかったのに。

 

 

「だいたい、何でご飯食べれてないんすか?俺達より早くここに着いていたんでしょ?」

 

そう。ワッカ達の旅は俺達と違って先を急ぐものだ。だから、再会した時もダラダラ一緒にいるより、ここで分かれようと言う話をしたはずだった。

 

キャンプ地が被ったのは、まぁミヘン街道に手頃な広場がこの辺りしか無かったので仕方ない。

 

だとしても魔物を特別な方法で狩らないといけない俺達とは違い、こいつらはここは足を止める必要はないものだから、さっさと野営地に入って飯の準備やら何やらをしていたはずだ。

 

現に俺達がここに到着した時にはもう、これから食べると思われる空の食器が並んでいた。

 

「…いやー…な?旅が始まる前までは何故かいけると思ってたんだけどな…」

 

「私たちの中に絶望的なまでに料理できる人がいないのよ…私は少し出来るけど、こんな焚き火で料理するのは勝手が違って………………炭になったわ…(ぼそっ)」

 

「ふーん」

 

「薄情な奴だな!ここまで聞いて同情の一つも無いのかよ!?そこの胸肉のステーキを齧り付かせてくれるとかよぉ!」

 

「ワッカ。そのまま肉に手を付けたら容赦なく通報するぜ…。はぁ。まぁ大丈夫でしょ…。オッサン…アーロンが魚釣ってくれる可能性がまだあるよ。それか非常食ないの?」

 

「あんなんで腹膨れるかよぉ!?もう昼には食っちまったよ!」

 

馬鹿だこいつら。

 

「これが、召還士様を守るガードの方達とはねぇ…戦闘以外の事もできるようになった方がいいっすよ」

 

「耳に痛いわね…」

 

はぁ。一斉に溜め息をつく俺達。こいつらこんなんで明日からの旅大丈夫なのか…ユウナ様も腹ペこ…って、あれ?そういやユウナ様は________

 

 

 

ゾクリ。

 

 

 

バッッと振り返る俺。視線の方向は背後の緑の茂み。…遠くに乱雑に点在した小さな木がそこにあるだけだった。

 

 

「(気のせいか…)」

 

 

何かいたような気がしたのだけど…ウサギでもいたのだろうか。まぁ、いい。「ワッカ。そう言えばユウナ様は?」

 

「ユウナか?さっきまでテントでマットを膨らませようと、フーフー息を入れてたんだけど…あれ?どこ行ったんだ?小便か?」

 

こいつ、マジで一回殴った方がいいな。どこの世界に飯食ってる奴の隣でそんな下の話をする奴がある。しかもデリカシーも皆無だ。

 

 

「…ちょっと、私探しに行ってくるわ」

 

 

ルー姉さんはそう言って立ち上がる。

 

多分、昨日の試合前の一件でも思い出したのだろう。ユウナ様を一人にさせると危ないと考えたようだ。そして俺は食物を狙う人間が一人減って安心していた。

 

 

そういえば何故か俺達に会った時、ユウナ様は既にぐずぐずに泣いていた気がする。

 

多分アーロンが加入するのがよっぽど嫌だったんだろう。そうだよな、あんなむさ苦しい中年の加入を喜ぶ女の子はいないよな。

 

まぁ、明日の旅立ちの時にでも一言声を掛けてやろう。うちのオッサンが世話になるのだ。召還士の旅は過酷らしいし、激励しておいてもいいだろう。

 

 

「なぁ…ティーダ…ティーダさぁん…」

 

 

もぐもぐ。無視だ。無視。もぐもぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナっ!(Lv1)

 

そのXⅡ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーロンさんに言われた言葉が私の中で反響していた。

 

 

「下手に取り繕うな。自分の心に素直になれ。」

 

 

頭を撫でて優しく言われた言葉は、私の心の穴の空いた部分にすっと染み渡っていった。

 

召還獣は、すぐに心がブレてしまう私のような狭い心を、きっと住みづらい家だと思ってるはずだ。

 

今日、ミヘン街道で初めて私は召還獣同士で戦った。相手はベルゲミーネさんという妙齢の女性召還士で、私の実力では遠く及ばない実力を見せつけられた。

 

召還獣は、私が魔物と戦ったり旅の道中で色んな経験をする事で、その強さを増していく。

 

ベルゲミーネさんの召還獣は強くて格好よくて、私の呼んだ召還獣とは明らかにその力強さにおいて別物だった。

 

強くなりたい。私はもっと強くならないといけない。

 

人間としての器が、戦闘能力にここまで関係してくる召還士という職業は、もしかたら私には向いていないかもしれない。

 

物知らずの世間知らず。今日だって、そう。外で寝るなんていう初めての体験をする事に少しだけのワクワクと怯えを覚えてしまうような、子供っぽい私では召還獣も呆れてしまうだろう。

 

でもかと言って、諦めたくない。

 

みんなが安心して笑える毎日の為に、私は止まってはいけないんだ。成長する必要があるなら成長する努力をしないといけないんだ。

 

泣き言を言うのはそれからなんだ。きっと。

 

この中で一番の年長者で、お父さんの旅を共にして、その本当の召還士の姿を目にして来たアーロンさん。

 

伝説のガードと呼ばれているほどの人の言葉には、きっと私を成長させる真実が詰まってるはずなんだ。

 

私は不器用だから、アーロンさんの言葉に必死になって付いて行こうと思う。

 

 

…スチャ!

 

 

自分の心に素直になる。

 

それを考えると、私の心には絶対に無視できない、今とても大きな、大きくなっていく存在がある。

 

 

 

ティーダ君…。

 

 

 

彼の存在が、私の心の中にある。まるで檻から飛び出そうとするライオンのように心の中で暴れているのが分かる。

 

手の付けようが無いんだ。私は恐る恐るそれに触れようとするけど、あまりに大暴れするものだからすぐに手を引っ込めるばかり。遠くから見守る事しかできない。

 

でも…そんな彼は、ただ見守るだけでもすごく楽しいんだ。

 

 

「ティーダ君ってば…ふふ。美味しそうに食べてるなぁ」

 

 

もぐもぐ。って感じ。ワッカさんに取られないように慌てて口に詰め込むもんだから、もうホッペタがリスみたいに膨らんでいるよ?

 

ご飯粒も付いてるし…ふふ。もうだらしないなぁ。私の手が届いたら取ってあげるのになぁ。そしたらパクって食べてあげちゃって…もう!なに考えてるの私!

 

 

バッ!

 

「!?」

 

 

突然振り返るティーダ君。さっと反射的に木の陰に隠れてる私。

 

び、びっくりしたぁ…なんだろう。虫でも首筋にいたのかな?

 

彼の首筋。日中、真夏の陽光にあてられて真っ黒に焼けた彼の首筋に一筋の汗が流れてる。それを私は綺麗だと感じた。

 

夏を具現化したような彼から生まれた雫なのだから、虫さんも蜜のように吸い寄せられてしまうのも仕方ないよね。うんうん。気持ち分かるなぁ。

 

彼はそうこうしている内に食事を終えて、ひまわりの種を口一杯に頬張ったシマリスみたいな顔のまま、立ち上がって何処かに向かって歩き出した。どこに行くんだろう…この双眼鏡ってもっと倍率上がらないのかな?あっ…!分かった!アーロンさんの所に行くんだね!なんだか育ての親ってさっき小さく聞こえた気がするし、きっと仲良しさんなんだね!もう…最初からそう言ってくれれば良かったのになぁ。アーロンさんと深い関係っていう事は、私のお父さんとも凄く縁が深い訳だから、私とも関係があるよね!そうだね、こんな所でも繋がっているんだなぁ、君と。これって正しくエボンの神のお導きだよねっ。すごいすごい!私たちの出会いって最初から決められてたものだったりするのかな?ううん、きっとそうだよ!だって、そうじゃないと私に乱暴しようとしてきた男の子達からも助からなかっただろうし、シンに吹き飛ばされて海に私が落ちちゃった時も、もしかしたら死んじゃってたかもしれないんだもん。きっと、神様が私たちを巡り会わせてくれたんだよ!こんなにも運が良いのは、お父さんが善行を積んでくれたお陰かな?それともお父さんが星の海から見守ってて、私に贈り物をくれたのかな?そうだとしたら、お父さんは彼と私の事を知ってて巡り合わせを仕組んでくれたって訳で…。えっ!?本当!?駄目だよお父さん、私は召還士で彼はブリッツボールの選手なんだから…あぁぁ…でもでも。お父さんの意思がそこにあるなら、無下にはできないよね。とにかくこれからも…その宜しくね、ティーダ君。旅の行き道は被ってるとはいえ、私達が寺院に行ってる間に彼は進んじゃうだろうし、彼が魔物を狩るのに手間取って旅が遅れちゃったら、今度は私達が彼が置いて行っちゃうのかな?他にも私が道行く人達に拝まれちゃって、足を止めないといけない時に置いてかれちゃうかもしれない。うぅぅ…難しいなぁ。お父さんの希望なんだからそれに答えないとだよね。あっそっか!彼と一緒に行動する事でもしかしたら、私の心が成長するとしたら、それはきっと旅の進行に不可欠な事だよね!きっと、そう言えばルールーも分かってくれる…よね?あぁ無理かなぁ…。突然そんな事言いだしても変だよね。やっぱり、私からお願いしてみようかな。彼に私のガードになってくださいって…。ガード。私を守る騎士の職業。いつだって私の事を一番に考えてくれて、私とどこに行くのも一緒…あれ?それって!あわわ!恥ずかしくてそんな事言えないよぉ!うぅ…でも彼は特別なお仕事があるみたいだし、私が急に言いだしても困るよね。せめて彼の仕事が終わってからなら…。でもアルベド族の服を着て変装してる彼は、もう有名人だ。そんな人を私が独り占めしていいのかな…迷惑だよね…。でも!私だって仮にも召還士、少しくらいの地位なら…あれ?でもリュックはどうなるんだろう。そもそも何で一緒に彼と一緒にいるんだろう。しまった、朝に会った時説明されたはずなのに…泣いてたからよく聞こえてなかったよぉ…。私のバカ。魔物を狩る特別な方法でお仕事までなのは良いとして…たしか彼…そうだ!今お家も戸籍も無くて困ってたから、それが揃うまではリュックと一緒に仕事をするんだって言ってた!大丈夫なのかなぁ…心配だよぉ…お家が無いのってきっと不安だよね。私が協力できる事があったら協力させてくれないかなぁ?そうでもしないと恩返しにならないよね。あっ!彼、川辺に着いたみたい!進む私の足にかかる茂みも、だんだん湿り気を帯びたそれに変わりだしている。うぅ、声をかけていいのかな?アーロンさんとやっぱり仲良さそう…。私もあんな風に楽しそうにお喋りしたいな…。リュックはさっき喧嘩してたみたいで、ほとんど喋ってなかったね。いいなぁ、私だったら絶対そんな風に喧嘩したりなんかしないよ。リュックはちょっと贅沢さんだよ、ずるいよ。一緒にご飯食べるなんてそんなの羨ましいよ…。あっ!魚!釣れたんだ!やっぱり彼は凄い!きっとお魚さんからも好かれてるんだね!アーロンさんちょっと悔しそう…ふふ。まるで本当の親子みたい。私もあの輪の中にいれてくれないかなぁ…あれ?そうだよ!アーロンさんともお話したいし、二人とも私は顔見知り以上の関係なんだから、今がチャンスだよ!行かないと…もう心臓止まってよぉ…顔も熱いし…なんでこうなっちゃうのかなぁ。でも勇気を出さないと!召還士としての成長がかかってるんだもんね!が、がんばる!

 

 

 

 

 

「はぁ…すぅ…はぁ…行くぞぉ…」

 

 

 

「…。」

 

 

 

「深呼吸して…双眼鏡は大事にしまって…」

 

 

 

「…。」

 

 

 

「じゃあ。キマリ。行ってくるね。ちょっと遅くなるかもだから、休んでて大丈夫だからね?」

 

 

 

「…。」

 

 

 

 

タタタッ…。

 

 

 

 

 

「…。」

 

 

 

 

「…。」

 

 

 

 

 

「…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キマリは…何も見ていない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「釣れねぇな」「あぁ…」

 

 

 

ピチピチと跳ねるイワシを横目に俺は呟いた。

 

この一匹が釣れて以降、またボウズの気配が濃厚に漂って来ていた。

 

昔は元々釣りはそんなに好きではなかった俺だが、アーロンに釣りの仕方を仕込まれて以来は、まぁそれなりに楽しめる位の遊戯と化していた。

 

今だって、文句こそ言うが、こうして動きのない釣り竿を見つめてぼーっとし続ける事を俺は辞めようとは思っていない。

 

これは勝負なのだ。アーロンと俺との。魚と俺との命とプライドをかけたバトル。そこに乳臭い女子供が入ってくる余地はない。

 

この一時では明鏡止水。揺れの無い心が求められる。

 

動揺や雑念は糸を伝染し魚に、奴らに伝わる。気取られるのだ、人間の欲望とは匂いがするものだから。

 

だから、最近抜いてないなー、とか。ザナルカンドでのセフレ達の地雷を予想外に処理できたから、これからが楽しみだなーとか考えてはいけないのだ。

 

そもそも俺は、自分で自分を慰める等の愚行を自ら禁止した、生粋の種付けマシンとしての自覚と誇りを持ってる。負けてなるものか…。核爆発を防ぐ三ヶ条とは、エロは見ざる、聞かざる、近寄らずだ。

 

妄想等というシャドーボクシングで、貴重な白き弾丸(セイクリッドバレット)を消費してはならない。イケメンの持つDNAは人類の持つ財産でありそれを守る義務がある。よってRTよろしく、拡散するべきが使命であり死命なのである。リングを前にした減量中のボクサーと同じだ。

 

 

だから幾ら…ピクッ…俺が16歳と言う…ピクッ…体を持て余す年頃だとしても…ピクッ…お魚さんなんかには負けないんだからぁぁぁ…!「引いてるぞ、おい」

 

 

 

「おっし!来たぁ!フィィィィッシュ!」バシャァ!

 

 

 

ピチピチッ…!と跳ねるのはまたもやイワシだ。いい加減信じよう。川なのに…。この世界は根本的に間違っている。

 

「ふん…この量では全員食わせるには足りんな。続けるぞ」「いいから、オッサンも釣れよ」

 

そう言って、また釣り竿を握る俺…あぶねぇ。もう三秒遅かったら、違う釣り竿をフィッシュする所だったぜ…オッサンの横でそうなったら目も当てられん。賢者として俺は突発的にリストカットをする事だろう。

 

「お前達の旅の行き先は」「ん?あぁ…とりあえずアルベド族のホームまで旅する。マカラーニャの森でちょっと足止め食らうだろうけどな」

 

そうか。と言ってオッサンは、黙って釣り竿を持ち続けている。見慣れた姿だ。旅慣れしたオッサンには、この時間は別段興奮する事もないんだろう。

 

 

「…マカラーニャの森まで行くのか」

 

「あぁ、そうだけど…なんかあるのか?」

 

「まぁな…。森に着いたら連絡しろ。見せたいものがある」

 

「…なんだよ、それ?」

 

「ふっ…今は言えんな」

 

「なんだよ…それ…」

 

 

出たよ。オッサン特有のカッコ付けの隠し事。どうせたいした秘密でも無いくせに、こうやって思わせぶりな事を言うのだ。まったく秘密のある男が格好いいっていう教育でも受けていた世代なのかね。

 

「ふっ…そう拗ねるな。別段お前に被害がある訳でもない…。だが、そこまで行く予定があるなら少し教えておく事がある」

 

オッサンはそう言って、釣り竿を地面に置き。腰に差した大剣を取り出した。「虎徹と言う」

 

 

「今朝、お前が相対していた狼の様な魔物の他に、殻を被った丸い魔物がいただろう?」

 

「あれか。オッサンが走り込んで来てそのまま切った奴な。余計なお世話だっつーの」

 

オッサンは今朝、俺達を見つけるなり走り込んで来て、俺の後ろにいた小さな魔物を切って俺にドヤ顔を向けていたのだった。多分その時に切られた魔物の事だろう。

 

「あれは鎧持ちと呼ばれるタイプの魔物でな…お前ら二人では、あの魔物とはまともにやっては埒があかん」

 

「…なんでだよ」

 

「非力だからだ。片手で持った剣では、奴のような魔物の装甲は貫けん」

 

オッサンはそう言って笑った。ぴくりと引かれた釣り竿を見逃す事なく釣り上げる。ニジマスだ。くそ、中々でかいじゃねぇか。

 

「お前の戦い方も間違いではない。このまま足回りの速度を生かして魔物と戦えば良い。鎧持ちと会った時は迷わず逃げろ」

 

オッサンは釣り竿をまた地面に戻して、地面に腰を下ろす。「逃げるって訳にもいかないんだよ。仕事だからな」「ふっ…一度痛い目に会わねば覚えんか…」

 

「別にたいした事じゃねぇだろ。殻の隙間狙えば良いだけの話なんだろ?」「全身が鎧の場合もある。すぐにでもそういった魔物は出てくるぞ」

 

「…どうしたら良い?」「ふっ…最初からそう素直に訊ねろ。と言っても、対抗策らしい物はない。お前次第だ」「なんだよ、それ!?勿体ぶって対策ねぇのかよ!?」

 

このオッサンはこういう所が面倒くせぇ!くそ!その髭剃るぞ!朝起きたらツルツルのテカテカにしてやんぞ、おい!

 

 

 

「…だったら、あの魔物と相対した時は剣を両手に持ち変えろ。断ち切るのでは無く、叩き切れ。足を止めて体重を剣に載せろ」

 

「そんな事して、カウンター入れられた時どうするんだよ…怪我しちゃうだろ…」

 

「だから言っただろう。逃げろと。臆するのなら戦う魔物は選べ」「選べって言ってもなぁ…」

 

 

「…斬鎧と言う。更に堅い装甲を切る時は、斬鉄と呼ぶ」

 

 

キィィィンと音を鳴らし、剣の先で石をなぞるオッサン。…あ、竿引いてる。…気づいたか。オッサンの二匹目だ。追いつかれた。

 

「斬鎧はお前なら、覚悟次第ではできるだろう。コツは『切れる』と、信じきる事だ。反撃を予想して、逃げの形を取った足取りではいつまでたっても切れんぞ」

 

「簡単に言いやがって…いーよ別に。俺は剣士になるつもりは無いから」

 

「ふっ…まぁ他に方法が無い訳でもないがな。お前の剣は水の結晶。フラタニティだったな」「それが何だよ?」

 

「最後の剣。斬魔だ。これは修練を積んで覚える系統の技では無い。剣とその使い手に魔物の血がこびりついていく事で、存在そのものが魔を切る事に特化されていく」

 

「はぁ?オカルトかよ」「ふっ…そうかもしれんな。俺自身、自覚は無い。切るごとに魔物の体から放出される幻光虫を吸収しているなど、俄には信じがたい」

 

アーロンはそう笑って、剣を下ろした。虎徹という中二ネームの剣は、確かに禍々しい鈍い光を放ってる…ような気がする。

 

「お前が、この先何匹の魔物を切るかは分からんが、そういった物はあるらしい。可能性があるとしたら、それだろうな」

 

「ねーよ。無い無い。そういう都合良いオカルトは俺は信じない主義なの。どーせ使い手自身が強くなったのを剣のお陰と勘違いしてるか、商人が中古品売りつける時に考えたセールストークってオチでしょ」

 

「くっくっく…まぁそう言うな。その剣は水だ。幻光虫を過分に含んだ水を持って鍛えられた剣。軽く。そして折れぬ。剣は消耗品で、基本的にはいつかは折れる物だからな。斬魔があるとしても、それに至る前に剣が先に根を上げるのが普通だが、それは違う」

 

「そして…美しい。血を吸うほどその剣は透明度を増していく等という逸話持ちだ。皆蔵に大事に仕舞うからな、現存する数は極端に少なく、レア物だぞ」

 

 

「…ふーん」

 

 

だったら、金に困ったら売っぱらってしまおう。ワッカは弟の使っていた剣だと言っていたが、契約金が払えないと言うのならば仕方ない。鬼の心でこれを質に入れて金に換えよう。

 

 

 

 

「…魔物との戦いは何が起こるか分からん。油断するな」「分かってるっつーの…」

 

 

 

 

 

 

 

 

_____ちゃぽん。

 

 

 

 

 

 

 

そう最後に言って、俺達はまた竿を投げ直して、釣りに戻る。ったく。回りくどいんだよ。最初からそれが言いたかっただけのくせに。

 

 

 

 

 

 

ガサッ…

 

 

 

「あ…あの…」

 

 

「ん?」

 

 

「お、お、お話してもいい…かな?」

 

 

茂みから出て来たのはユウナ様だった。挙動不審なおずおずとした様子で、俺達の後ろに現れた。

 

 

「あぁ、ユウナ様か。アーロンに話?こっちに座ったらいいよ」

 

 

ポンポンと俺とアーロンの間の空間を叩く俺。むさくるしいオッサンより美少女が隣にいた方が良い。「お、お邪魔します…」そう言って座るユウナ様。

 

「ユウナ様も大変だな。こんなオッサンと旅しないといけないだなんて。このオッサンは特殊性癖だから大丈夫だと思うけど変な事したら容赦なく通報して良いからな」

 

「そ、そんな事ないよ!アーロンさんが着いて来てくれるなんてすっごく光栄な事だよ!アーロンさんと君のお父さんと私のお父さん…シンを倒した伝説の三人組なんて言われてるんだから…」

 

「げぇ…クソ親父…。こっちでも、そんな事言われてるのかよ…」「くくっ…」

 

俺のげんなりした声を聞いた、アーロンが一人で吹き出している。すかしてる癖によく笑うオッサンだ。

 

「ジェクトさんにティーダ君…アーロンさんは、ザナルカンドから来たんだよね…?い、一緒に住んでいたの?」

 

「そんな訳あるかよ!オッサン二人とか拷問かよ!恐ろしい事言うな、ユウナ様は!」

 

「ご、ごめんなさい…!私、ちょっとよく分かってなくて…」「あぁいいっすよ。今の怒った訳じゃなくて、ツッコミっす」

 

アーロンはにやにやと笑いながら。ユウナ様は真っ赤な顔で俺を見ていた。なんだってんだ…。

 

「…アーロンがやってきたのは9年前。クソ親父が消えたのは10年前。入れ替わりになったんだよ、オッサン同士のトレードとか誰が得…って、ユウナ様。ザナルカンドの話信じてたんすね」

 

 

俺はよく考えたら、ユウナ様がすんなり俺の話をすんなり信じていた事に驚いた。

 

 

この前のビサイド島でのお祭りの日の夜。ユウナ様がバカ三人組に襲われかけた後に俺達は少しだけ二人きりになる時間があった。

 

流石にあんな事があった状況の後で下ネタで場を繋ぐ訳にいかず、間が持たなかった俺は、少し俺はザナルカンドの話をしてみたのだった。

 

ユウナ様はザナルカンドの話を驚いて聞いていた。ジェクトという男がザナルカンドから来た。そしてお父さんのガードになった、と、そう言っていた。

 

俺もその時は人違いとか思っていたけど、根っこの所ではそれを信じていた。確信に変わったのはアーロンを見つけた瞬間だったけど、こんな話を信じる輩はその当事者くらいなものだろうと思っていたのだ。

 

それなのにユウナ様がその話を覚えていて、しかも信じきってるのはどうも俺にはピンと来なかったのだ。

 

この話はルー姉さんもワッカも知らないはずで。リュックも、ザナルカンドの話は半信半疑と言った所だろう。

 

 

「もちろんだよ…。ザナルカンドから君とジェクトさんがやって来たのは、きっと…その運命みたいなもので…その…私と君が会ったのだって…その…」

 

だんだんと語尾に行くにつれ、声を弱めて行くユウナ様の言葉は途中からはもう聞こえていなかった。

 

が、ユウナ様から見たら運命的な何かが、ザナルカンドと俺らを繋げていると考えているらしいのは分かった。…神への信仰心が根付いている国はこういう突拍子も無い話も信じれるものなのかね。

 

「まぁ…とにかくそういう事っぽいすね。別にザナルカンドがあるからと言っても貿易できる訳でも無いから、あんまり関係ないっすけどね…別に戻る気もないっすし」

 

「え?」

 

と、ユウナ様はきょとんとした顔を上げた。なんか、俺可笑しい事言ったっすか?

 

 

「え…君は…その、ザナルカンドに戻りたいって…その…思わないの?だって故郷なんだよね?」

 

 

なるほど。郷愁の念、か。

 

 

分からないでも無いが、俺は何度も言う訳ではないが、刹那快楽守護者のバカだと自覚している。ブリッツボールがあって、世界の半分が女なら特に問題ない。

 

ブリッツドームも破壊され、考え無しに抱いた女達の地雷原と化していたザナルカンドに戻るよりは、こっちの世界に引っ越しした方が遥かに俺にメリットがある。

 

「思わないっすね。嫌な思い出ばかりの土地だし、アーロンが目立ってるお陰で、向こう程こっちは親父は有名じゃないみたいっすしね。比べられなくなってせいせいする位っすよ」

 

故郷を何とも思わない薄情者だが、俺っていう人間はそんなもの。自分さえ良ければそれで良いのだ。人間、自分がクズだと分かってからが楽になるんすよ!

 

「そ、そうなんだ。凄いなぁ…私は、そんな風になれないよ…」

 

ユウナ様はそう言ってうつむいた。俺はそれを見て、どうしようもない違和感を感じた。

 

「いやいやそれは違うっすよ、ユウナ様。ここは尊敬するべきポイントじゃなくて、むしろ俺を軽蔑する所っす」「え?」

 

「故郷を思う気持ちの何が悪いんすか。俺がちょっと特殊なだけで、ユウナ様が俺と比べて凹むポイントでは断じて無いっすよ」

 

俺はユウナ様の好感度を稼ぐ必要が無いから、自分の心に素直に答えた。いつもの俺ならここで、ビサイド村の事を思うユウナ様を慰めるポイントだが、それをしなかった。

 

「俺の話をちょっとするとっすね…俺、親父が嫌いなんすよ。傲慢でいつも上から目線で…俺と同じブリッツの有名選手だったからいつも比べられて…目の上のたんこぶだったっつーか…」

 

「そう…だったの?ジェクトさん…いつも優しかったけど…」「外面は良いんすよ…まぁ、今となっては母親の方が嫌いなんすけどね」

 

 

アーロンは眉をしかめて川を見ている。

 

 

オッサンにも思う所はあるのだろう。流石に両親を貶すっていう行為は世間受けは良くない。俺はこの話を止めるべきだった。けど。

 

「母親は弱かった。親父が行方不明になったら、そのまま弱って消えて行くみたいに逝っちまったっす…人の事勝手に生んだくせに…。結局母親としてじゃなく女としての顔しか持ってなかったんすよ…あの人は」

 

けど、俺の舌は止まらなかった。ユウナ様が俺にとって身の回りの人間じゃない事が、逆に俺の口を軽くさせた。縁が深いと逆にこういう話はできない気がした。

 

「それに比べたら…あくまで、それに比べたらっすけど。まだ親父の方がマシだったっすよ。酒びたりの割には仕事は出来たし、俺に手を上げる事だけはしなかったっすね」

 

「そうなんだ…ジェクトさんはザナルカンドに帰りたいって…。ガキに…ティーダ君にまだブリッツを仕込んでないって、てっぺんからの眺めをまだ見せてないって…いつも言ってた…」

 

「それ本当っすか…?あいつ、自分の立場の事、見殺し塔のてっぺんの眺めだとかナルシスト全開の発言してたっすけど」

 

見殺し塔ってのは、あいつが言うには『競争を勝ち抜いた塔』だと言う。…要するに、皆が蹴落とし合ってるのを上から眺めるて話だろう。

 

それがてっぺんからの景色からだというならとんでもなく下らないもので、俺にブリッツを仕込む事で見せたかった景色とやらがそれだったとしたら、もっと下らない。

 

 

俺と親父は違う。

 

 

根本的な所で。選手として違うのだ。チームメイトに対する考え方も。ブリッツに掛ける思いも。何もかもが逆だった。

 

 

俺は水が好きで、仲間が必要で、泳ぐのが好きだった。

 

 

親父は水が嫌いで、仲間が邪魔で、泳ぐのが面倒臭かった。

 

 

あいつは才能だけがあって、俺にはそこに努力もあった。なにもかもが逆なのに、息子ってだけで同列に比べられる事がたまらなく腹が立ったんだ。

 

 

 

「もう俺は…あんたを超えてるっつーの…」

 

 

 

「え?」「ごめん、独り言。まぁそんなんで、親父の話はここまでっす!」

 

見るとアーロンがまたも喉の奥で笑っている。しかも今度は表情まで出ているくらいだ。くっそ!聞こえてたのかよ!

 

「アーロン!ぼさっとしてねぇでさっさと釣れよ!ガードになったんだから、ユウナ様の腹の虫からも守ってやれよ!」

 

「え、えぇ!?そんなお腹鳴ってないよぉ!」「くっくっく…あぁ…召還士様はどうやら空腹のようだ…早く飯にしよう…」「アーロンさんまでぇ!」

 

 

どうにも上機嫌そうなオッサンと俺は釣り竿を握り直した。

 

 

ユウナ様はやっぱり真っ赤な顔で俺達を責めるような目つきで見ていた。ユウナ様には悪いが話の流れは変えれたみたいだった。珍しく自分語りしたもんで居心地悪かったんだ、こういうバカなノリの方が俺には好ましい。

 

 

俺はただ馬鹿みたいに笑っていられればそれで良いんだ。クソ親父がシンになろうが、そんな事、理由も何もどうでもいい話なんだよ。

 

 

「ユウナ様もちょっとやってみる?釣り竿持って、ぼーっとしてるだけでいいからさ」「え、えぇ?私!?」「大丈夫だって!ほら持って持って」

 

 

ユウナ様の手を取って釣り竿を任せるが、ユウナ様の手をぷるぷると震えるばかり。…釣りには向いてないタイプか…。

 

「ユウナ様。落ち着いて。魚逃げちゃうよ、それじゃ」「だ、だってぇ…」「こうだよ。こう」

 

俺はユウナ様の後ろから、釣り竿に手を回して竿を落ち着けた。肘に当たる豊満なおっぱいの感触だけで満足せず、こっそり股間を背中に刷り付ける事も忘れない…てへへ。イケメンって便利だよね。

 

 

「あぅ…あぅ…」ユウナ様は気づいてるのか気づいてないのか分かんない顔でただただうつむいていた。うむ。初心な反応で可愛らしいじゃないか。

 

「ユウナ様どったの?」「えぇ!?いや、何でもないよ!うん!全然なんでもないんだから!」「そう?顔赤いけど、熱とか無いよね?大丈夫?」

 

ここで満足して引くのは素人のやる事。俺が何かしてる事を気付いていないっていう設定ならば、気にしてる風に振る舞ってはならない。

 

痴漢も上級者になると、自らの存在をアピールしつつ尚かつ畳み掛ける事で逆に相手を混乱させる事で…何言ってるんだ俺。そんな訳ねぇだろ、普通に捕まるわ。これは単純にイケメンがする痴漢は常に合意の元になるという話だ。

 

 

「そっか。無理しちゃ駄目だよ?ユウナ様は大事な体なんだから」「え?えぇ!?だ、だ、だ、大事!?って耳ぃ…!」

 

 

俺は耳元でふぅと囁くようにユウナ様に問いかける。調子に乗れる時は乗った方がいい。ユウナ様に後から嫌われようが俺には関係ない上に、いい加減このおっぱいを楽しむくらいの役得はあってしかる物だ。けしからん一品を持ちやがって!こっちは我慢の限界なんだよ!今をときめく16歳舐めんな!

 

 

「ユウナ様はね、ちょっと溜め込みすぎなんだよ。(胸を)みんなの為に頑張るのも必要だけど、人間なんだから肩肘ばっか張ってると疲れちゃうよ。ほら、力抜いて。魚逃げちゃうよ?」ふぅっ「ひゃ…ぁぁ…」

 

 

あくまで釣りの話に持って行く。背中に擦り付けた本命から気をそらす上級テクニックだから素人にはおすすめしない。一般人ならばここで御用になる。

 

 

「ほら、ビンビンになってる…。釣り竿の扱いはこう。そう…うん、いいよ…」「耳…みみぃ…」

 

 

よし、ユウナ様は耳の方にしか気がいってない。同時に攻めるポイントは多い方がいい…って、むしろここまで露骨にやったり言ってるのに、色々気づかないユウナ様はちょっとアレな子だと思う。

 

「おい。いい加減にしろ」むさくるしい声がするが無視だ。「魔物だ。来るぞ。」このオッサンの事だから嘘だろう____ん?

 

 

 

 

 

 

 

______ガサガサガサッ!<ギエエエエエエエエエエ!!>

 

 

 

 

 

 

 

 

耳をつんざくような叫び声____マジかよ!クソが!もう少しで魔弾解放できたのに!くそがぁあああ!!どうしてくれるんだごらぁ!!

 

 

 

「鎧持ちか…実戦講座だな…まずは見てろ」ダッ…

 

 

 

そう言って、駆け出すアーロン。対する魔物は…でかい…!しかも鎧持ちって言ったか!?あのオッサン!「ふん!!」

 

ズバッ!と太刀を振り下ろしたオッサン。<ギエエエエエエエエエエ!!>叫ぶ魔物はまだ息がある____!腕が振り上げられる___あぶねぇ!!「むん!」

 

キィン!とはじかれた魔物の腕。切り返したオッサンの太刀が、魔物の長い腕をはじき飛ばした。

 

 

「こんな所だ。やってみろ」

 

 

オッサンは一端下がって、下がったグラサンを上げながら、俺の隣で太刀を背中に悠々と余裕げに背負い直すポーズを取った。…もう何も言うまい。これは病気なんだ…。

 

 

「やってみろって言われてもなぁ…っと!おらぁ!」

 

 

ブンッと派手なアドレスと共に繰り出されたテレフォンパンチをかわして、俺は魔物に切り掛かる____キィン!「まじかよっ!?」

 

 

弾かれたのは俺の剣。皮膚の堅さに剣の勢いが負けて、逆にこちらが体制を崩す_____まずっ!<ギエエエエエエエエエエ!!>

 

 

 

__________ドォォォォォオオオン!!

 

 

 

上から振り下ろさた魔物の拳。それが俺の頭に届く前に、魔物の顔面に特大な火球が襲った。___召還獣か!!

 

 

 

「彼に手を出すのは…許しません!」

 

ユウナ様の口元には髪の毛が一束。乱れた髪の毛のままそこに立っていた。「ティーダ!持ち替えろ!」「…!」

 

 

斬鎧。そうか、オッサンは言っていたな。_____『臆するのなら戦う魔物は選べ』

 

そうだ。確かに言ってはいた。だけど、言うのは簡単だけどやるのは難しい訳で俺には_____『なんだ?こんな事もできねぇのか?ジェクト様の息子のくせに』

 

 

 

_____________!!?<ギエエエエエエエエエエ!!>

 

 

ドォォン!!

 

 

くそが!危ねぇ!!当たる所だった!魔物はまだ変わらず俺を狙っていた。イフリート兄さんの方がどう考えても目立つんだからそっちを狙えよ!!「この野郎!」

 

キィン!!とまた弾かれる剣。__なんでだ!両手で持ったっつーの!!??「まだだ!来るぞ!」___後ろからゴチャゴチャと!!

 

 

 

…ドォォン!!

 

 

 

飛び込み前転。そこから再び立つ。どうやらターゲットは俺らしい!くそが!弱そうな奴から狙うんじゃねぇよ!知性でもあんのかこいつ!!

 

腹立つ!むかつく!頭に来る!何なんだってんだ!くそが!アーロンも俺に何させたいんだ!俺はブリッツ選手であって剣士じゃねぇって言ってるだろ!

 

 

____『そのシュートってのは…こうやって打つんです…よっと!!』

 

 

…ドォォン!!「ティーダ君!」「ユウナ!ここにいろ!」「でも!」「黙って見ていろ!」

 

 

なんでこんな時にあいつの事なんて思い出すんだよ!くそ!あいつは_______『ジェクトの剣だ』『親父の!?ばっちぃの持たせんな!』

 

 

 

…ドォォン!!「…っ!イフリートッ!」「黙ってティーダを見ていろと言った!ユウナ!」

 

 

 

止めんなよ!助けろよ!この野郎!俺一人で対処しろって言うのかよ!?なにが実戦講座だ!!____『斬鎧はお前なら、覚悟次第ではできるだろう』

 

 

 

…ドォォン!!「でも!彼が!」「…どうせこの先も魔物は出てくる…こいつ位対処できんとどうにもならん。しかもあの魔物、チョコボを食うと街道の人間が言っていたあいつだろう…ここで見逃す訳にもいかん」

 

 

 

正義感ぶっこぎやがって!だったらオッサンが倒せばいいだろ!俺に回してるんじゃねぇ!____…ドォォン!!

 

 

ごろごろごろっ!…ドォォン!ドン!ドォン!

 

 

這いつくばって避ける。体を転がしてから、もう一度立ち上がる。とにかく足だ。足を付けないと____「ティーダ!『横』だ!」__やべっ!!

 

 

 

「ごふっ!」<ギエエエエエエエエエエ!!>____ドォン!!

 

 

 

 

____いってぇ…!腹吹き飛ぶかと思った…!剣を割り込ませなかったらマジでやばかったての…!あぁ!もう!!またかよ!…ドォン!

 

 

_______『…てっぺんからの眺めをまだ見せてないって…いつも言ってた…』

 

 

うるせぇんだよ、さっきから!!クソ親父も!アーロンも!俺に何を求めてるんだよ!ただのガキだろ!俺なんか!!<ギエエエエエエエエエエ!!>「うるせぇよ!」

 

キィン!!

 

ほら見ろ!できやしねぇ!!何が覚悟次第で出来るだ!こんなんいきなりできる訳ねぇだろ!___キィン!キィン!…ドォン!!

 

 

 

<ギエエエエエエエエエエ!!>

 

 

切れろ!___キィン!

 

切れろ!___キィン!!

 

切れろぉおお!!___ギィィン!!____ドォォン!!「もう限界です!!」「無理か…!」

 

 

無理か!じゃねぇ!!今更信じるのやめてんじゃねぇよ!!あんたにだけはそんな事言われたくねぇんだよ!!___ギィィン!!

 

 

<ギエエエエエエエエエエ!!>

 

振り上げられた拳。狙いは肩。動作は見え見え!遅いんだよ!!力ばっかりありやがって!!___ガリガリガリッ!!「…!刃走り…!流したらそのまま次だ!」

 

「ああぁぁあ!」___ザシュッ!!

 

部分的には柔らかい___!間接部か!!<ギエエエエエエエエエエ!!>

 

 

怪我の箇所を庇うような動き___。垂れ下がった頭がこちらに向く…!舐めてんのか!!同じ生き物なんだ!切れねぇ訳ねぇだろ!!

 

 

「コツは切れる!体重は載せる!」___ギィィン!!___「嘘つきぃ!!」「もっと踏み込め!!小僧!!逃げるな!!」

 

 

 

「あぁああああああ!!!もう!!!」___ギィィン!!___ギィィン!!___ギィィン!!___ザシュッ!「!?」「ティーダ君!?そのまま!」

 

 

 

<ギエエエエエエエエエエ!!>____ドォン!!

 

 

 

「このっ!!叩き切ったらぁあああ!!くんちくしょぉおおおおおおおおおお!!」____ブンッ!!________

 

 

 

 

 

_____<ギエエエエエエエエエエエェェェェ…!!>______どぉぉぉおぉぉぉん…。

 

 

 

 

「はぁっ!はぁっ!はっ!はっ…」ツンツン…ツンツン…

 

「…もう死んでいる。幻光虫が見えないのかお前は…」

 

「見えてるよ!ビビってんだよ!確認なんだよ!」

 

 

はぁ…。はぁ…。くそっ…。結局、このオッサンの言う通りになっちまった…くそっ…。なんなんだよ、才能ありすぎだっっつーの俺…。

 

 

「怪我はどうだ?」「問題ねぇっつーの!アーロン!あんたさっき一瞬諦めただろ!」「…一瞬だ…」「一瞬で十分だ!信じるなら信じろや!くそが!親父にできて俺にできねぇ訳ねぇだろ!…ってか!その前に援護くらいはしろよ!!まずはノーマークで切らせろよ!」

 

 

ユウナ様は、目尻に涙を浮かべたぼけっとした顔のまま。こっちを見ていた。

 

「よかった…よかったよぉ…」こんな調子だがユウナ様の方がよっぽど役に立ってくれた。

 

 

「ふん…まぁ今回は合格だな」「ちげぇよ!そうじゃねぇだろ!そこは地べたに頭をこすりつけて、ごめんね、だろうがよ!可愛く言ってみやがれこの野郎!ケツから刺してやっからよぉ!」

 

ふふふ、あははっとついに笑い出すユウナ様。笑ってんじゃねぇ!ユウナ様も間違っている!そこは、股を開いて、惚れたわ!Fuckme!だ!このド天然巨乳が!プリンプリンにしてやんぞ!

 

 

「…たくっ!もう帰ろうぜ!皆そろそろ腹空かせてるって!」

 

「ふっ…そう言えばそうだな…ユウナ。魚はお前とルールーと言う娘で食うが良い。俺はもう少し釣っていく」

 

「え?そんなアーロンさんも…」「ユウナ様!いーってこんな奴!焼いて上げるから、さっさと食って寝ようぜ!」「え?あ?ティ、ティーダ君っ!?」「ほら!行くっすよ!」

 

 

 

…タタタッ…がさがさがさ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________ちゃぽん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やはり…親子だな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

 

 

 

パチパチ…

 

 

 

 

「おー、焼けて来た焼けて来た…」

 

 

「なぁティーダ…これもうイケルんじゃね?いって良いよな!?な!?」

 

 

「ワッカは後。男の子でしょ?アーロンが釣ってくるまで待ってなって…」

 

 

「そんな殺生な!!」「俺に頼むより、二人に頼んだら?ほら。ユウナ様とルー姉さんはもう準備万端みたいだけど」「それも殺生なぁ!」「知るかよ…」

 

 

「ティーダ!あんたよくやってくれたわね!」「わ…わたしも流石にお腹減った…かな…」

 

 

「ティーダァ!!」「知らねーって言ってんだろ!!」

 

 

 

わいわい。やいのやいの。ガヤガヤ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふん。」

 

 

 

 

 

 

「…なんなのさ…ティーダの奴…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ユウナ…ばっかり…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十三話

 

 

 

チュっ….んっ….チュッ….ッン…..チュプッ…...

 

 

 

_____人には役割があり、役割には仕事がある。

 

自分の仕事を、顕微鏡で覗いでごらん。

 

よく見れば「小さな作業の集合体」でしかない事に気づくだろう。

 

複雑に考える意味は無い。プレッシャーに怯える必要も無い。

 

君たちは常に、その瞬間瞬間に現れる小さな簡単な作業。それらを一つ一つ丁寧にこなしていくだけで良い。

 

積み重ねれば、ゴールに必ず届くさ_____。

 

 

禿げのおっさん監督の癖に、これだけは良い言葉だったから、たまに思い出す時がある。

 

パスタを茹でながら、そのソースを作っている時、一見作業自体が二つに分岐されてる様に見えるが、コンロを二つ使っているだけで、やっている事は、常に一つの作業だけ。

 

ニンニクを切る。油を投入する。ニンニクと鷹の爪を共に炒める。焦げさせない様に目を見張る。

 

やっている事は一つの作業。物事は細分化して観察すれば、シンプルな作業を数珠繋ぎに紡いでるだけだ。

 

ブリッツボールしている時も同じだ。

ボールをよく見る。キャッチする。「あんっ….」

 

顔を上げ、相手チームの動きを見る。ディフェンスの空いたスペースを見つける。そこに向かってダッシュ。もう一度、相手チームの反応を見る….などなど、そういった細かい作業を丁寧にするという考え方が重要だという事だ。「んっ...」

 

チュっ….んっ….チュッ….ッン…..チュプッ…...

 

 

今の状況もそれと同じだ。

 

唇に唇を合わせるのは、パスボールを投げる様な強めの衝突。だが、傷つけない。コントロールする。相手の反応を見る。潤んだ瞳。ハッと見開かれる。驚きの眼孔の開き方。

 

現状を把握。唇を奪われた喪失感から、嫌悪感に変化する前の段階。今度は優しく吸う。相手の反応を見る。抵抗をするタイミングを失う。混乱。同時に罪悪感と喪失感を感じているはずだ。ここは攻めない。

 

目尻から流れ落ちた涙の筋を指でふき取る。優しさをアピール。強引さは出さない。現状を維持。淫靡な音が辺りに響き渡る。行為はゆっくり慎重に。だが、わざとキス音は鳴らす。

 

『あぁ、今私はこの男(イケメン)と唇を合わせているのだな』という事を、まずは聴覚で心底実感させるのだ。

 

意識は一つ。思考は一本道。それは相手も同じ事。

 

一つ一つの俺の動きを、緩慢にする事で、体感時間を遅める。思考を鈍重にさせる。

 

人間が何かを拒絶する時は、リズムが必要だ。

 

キッカケという名のリズム三拍子。

1、え、何?

2、私もしかしてキスされてる?犯されてる?

3、キモイ!マジで無理!(パシーン!)の三ターン分の思考が必要である。

 

キスの瞬間から、0.5秒間がその行間に当たった筈だが、俺の方が一手行動が速い。俺のチェンジ.オブ.ペース(傲慢のシンデレラキスからの緩慢な愛のアダムタッチ~イカ臭いミルフィーユソースフィニッシュ)が先に決まったのだ。

 

嫌だけど、突き放す程の嫌悪感ではないという心理状態。ここまで来たらもう拒絶はできない。判断が遅れるほど、人間は慣れていき、状況に適応しだす。

 

そぉら。ならば、そろそろキスの料理の味も分かりだす頃だろう。

 

花の蜜を吸う様に、女の口端から漏れ出て零れ落ちる唾液を残らず舌腹で舐め拾い、丸めては捏ねて粘度を持った飴細工にしてから、また相手の口内に押し戻し、飲ませる。

 

脱兎の如く遁走しようとする舌先を畳み込み、絡ませながら、相手の死角から後頭部のリンパ腺を指でぞわりと撫で上げると、女はふあっ。。。と小さく声を上げる。

 

キスの次は触ります。ですが、変な所はまだ触りませんよ、とアピールする必要がある。ガッツイテナイ俺の意図をしっかりと伝える。

心の準備をさせるのだ。これは相手に対する思いやり。無言のコミュケーションである。つまりは、お流れドサクサセックスという大きな仕事をこなす為の小さな作業をしているに過ぎない。

 

そう。人には役割があると言ったな。

 

今、俺は全世界のイケメンのみが許される仕事『傷ついた女を体で慰める崇高な役目』に本物の精を出しそうになりながら精を出しているのだ。

 

 

チュっ….んっ….チュッ….ッン…..チュプッ……あんっ...

 

 

そうそう。目の前の女の名前は『ルチル』とか言うらしくて、さっきまでアルベド族の機械を使ってシンを倒そうとする謎の会合、通称『ミヘン・セッション』に参加していて、シンと戦っていたらしい。

 

当然の様にシンに返り討ちにあったらしく、怪我をしていた上に、チョコボまで失ってしまったと言うから、俺が適当に介抱していたのだ。その最中

 

「くっ!自分はチョコボ騎兵隊の隊長だ。騎士としてっ、命ある限りシンと戦わないといけないっ!」

 

とか

 

「くっ、憐れみで優しい言葉などかけるなっ!何人死んだと思っているんだ!」

 

とか威勢の良い言葉を言っていたけど、ちょっと優しい言葉を掛けながら、押し倒したらこのトロケ顔だ。やっぱり傷ついている女騎士ってのは、どうしようもなくチョロいぜ!エロ漫画どおりだ!ひゃっほう!

 

 

チュっ….んっ….チュッ….ッン…..チュプッ……や、やめっ..んっ、あぁっ...

 

 

軽い抵抗をされるが無視する。この抵抗は自分に対する言い訳であり、免罪符だ。自分は抵抗したが犯された、という構図が重要だ。女は自分を被害者の立場に置きたがるものだ、甘んじて受け入れよう。

 

『休んで良いんだ』と唇を離し耳元で囁き、目を見つめてもう一度口付け。これを二三回ループしてればいい。

 

こういう錯乱してる女と話すときは楽で良い。会話の繋がりとか全て無視していい。

 

「大丈夫、君のせいじゃない」と「辛かったね」と「今は休んでいいんだ」の三つの言葉を繰り返してたら、イケメンシナジー効果で好感度が軒並み上昇し続けて、速攻でエロい空気が作り上げられる。あとは流れと勢いだ。

 

俺は、すでにゆっくりと胸をこねくり回しだしている。

 

露出狂みたいな格好している癖に、意外に初心なのか?今はキスに夢中で、胸に触られている事にすら気づいてない様だ。

 

もはや時間の問題だ。身体がだんだん暑くなってきたと自覚してきた頃には、俺のフェザータッチで敏感な身体にされちまっていて、もう欲しく欲しくて堪らなくなる様になっていく筈だ。

 

ふふふふふ、野外かぁ。久しぶりだなぁ。楽しみだなぁ。たまりせんなぁ。なんだか知らんが、ミヘン・セッションとやらありがとう!イヤッフゥ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナっ!

 

その13

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいっ!皆さんこんにちは!全ての女性の肉バイブ!ティーダでございまーす!!生きている方、いませんかーっ!?」

 

耳に手を添えて返事を待つ俺。返ってくるのは風の音。静まりかえった海岸には、ノリの良いオーディエンスがいる気配は一切無い。なんだよ!どんな時でも波を忘れないサーファーの一人や二人いないのかよ。寂しいじゃねーか。

 

「あれあれー!?元気ないなー?お兄さんの元気♂な声、ビンビンに響いてると思うんだけどなぁ。もう一回いくよー?」

 

「生きている人!いませんかーっ!?」

 

コツン。と砂浜に横たわっている男の頭が、俺の足に当たる。男はピクリとも動かない。

 

「ひょうっ!びっくりー、こんな所で寝てたら風邪ひいちゃうぞー?寝酒は体に悪いですよーっと」

 

俺は寝ている男のポケットに突っ込まれてた、酒瓶を引っ張り出して、一気にあおった。

 

トロリとした舌触りの芳醇な味わいのした液体は、火の吹いた松明の様な熱のまま胃の中に転がり込んでは、赤く燃え上がった。

 

恐ろしく度数の高い酒だ。死の恐怖を紛らわせる為に、あえて持ってきたのだろうか。それとも、華々しい勝利を飾った瞬間に味合おうと考えたのか。それならば、こんなにも無念を残して逝くのは勿体無いだろう。

 

そんなに益体もない事を考えながら、少し男の口にも含ませてやった。えへへ。間接…キスだね?

 

シンの襲った砂浜の上。自分の身に何が起きたのかもわかっていない様な呆然とした表情を浮かべて、横たわる死体。屍体。肢体。死体の群れ。凄惨たる光景がミヘン街道沿いの海岸に広がっていた。

 

 

 

「どうしよう、ルチル隊長の言ってた事はマジだったのかよ...」

 

 

こんな事態は予想していなかったぜ。さすがの俺もちょっぴり良心が痛む。

 

そういや、急に用事があるって席を外していたリュックから、メールで「少し遅くなりそうだけど、心配いらない。あたしが戻るまでは海岸には近寄らないで」とか書いてあったな。。。

 

まったく。そんな暇っ子してるタイミングで、明らかに焦燥しきった女が、道端に座っているもんだから、つい駅でゲロ吐いてる飲み帰りのOLを介抱して連れて帰るみたいなノリで、ルチル隊長をルチルチルチルしてしまった。

 

ちなみにルチル隊長は木陰でお寝んね中だ。俺の巧みなボールハンドリング(意味深)に着いていけなったらしく、合体直前に昇天失神。

 

ドクターストップで未遂に終わりかけたが、幸いレフェリーはいない。タオルが投げ込まれる事も、テンカウントダウンの無いリングでは、タップ以外の敗北は許されない。不屈の精神で、顔面にポリマー噴射することで、抜いた槍の矛先を納めてきた。まったくテクニシャン過ぎるのも考えものだが、今はそんな事はどうでもよろしい。

 

 

「これがシンの真の力なのか。。。」

 

 

言ってみただけだけど、寒い。この状況でこんな阿呆な言葉しか弾き出さない低脳さ加減を生きとし生ける者に、徹頭徹尾謝罪したい気持ちすらでてくる。

 

やっぱり、人が死ぬ時って奴は、思ってたよりも呆気ない。世界の裏側で誰が死のうか関係ない様に、無感動だ。

 

しかも、こいつらは、シンに傷一つすら負わす事もできずに、死んだんだろう?結果として、何一つを成し遂げる事無く命を無駄に散らした。結果を見れば、同情の余地があまり無さそうだ。

 

それでも戦線に向かう過程には十人十色な想いがあったんだろう。やれシンの恐怖に怯える家族のためだとか。やれシンに殺された親族の仇だとか。村を壊された復讐だとかさ。

 

もしかしたら、惚れた女を振り向かせる為なんていう下心を持って来ていた奴も中にはいたかもしれない。死に場所を求めてただけのキチガイ野郎が、こんな大勢いた筈がないんだ。

 

そもそもだ。『ミヘン・セッション』なんていう大層な名前を付けた事がそもそもの原因なんじゃないだろうか。

 

そんなカッコイイ作戦名なんか付いてるから、勘違いしちまうんだ。俺達男って生き物はナルシストでバカなんだよ。

 

 

シンに戦いを挑む。今回はアルベド族の機械っていう切り札が、確かな勝算が其処にある。

 

そこまで分かれば、自分の命をチップとしてテーブルに載せる口実になる。自分が主人公になれる舞台がそこにある訳だからな。

 

努力もいらない。才能もいらない。積み重ねた経験は無く、守るべきものが無い若者はごまんといる。参加権は無謀を勇気と履き違える頭の足りなさだけ。

 

若ければ若いほど、自分の承認欲求を満足させる機会に対して貪欲だ。ふっと湧き出た英雄になれる機会に無節操かつ無頓着に飛びつくってもんだ。

 

だって、見ろよ。俺と同じ位の年齢の男ばっかりだろう?逃げ腰の入ったオッサンくらい年の人間は、殆どいやしない。何時の世も戦争で死ぬのは、若い男の仕事ってか?

 

 

「あー、もう...やってらんねぇ..」

 

 

シンドいんだよ、そういうノリ。暑苦しい。そういう面倒なノリをたしなめる奴等、俺達バカな男を止める大人は、本当にいなかったのかよ。

 

俺はこの世界では新人で異邦人だけどよ、シンとガチンコで戦うのはヤバイって考えるまでも無く分かる。ありゃ正真正銘の怪物だ。詰まる所人智を超えている。

 

あんな怪物と、どうしても事を構えないといけないってなら、それは戦争しか無い。

 

つまり人類VSシンの構図だ。今回のように、アルベド族といくばくかの若者VSシンであっては戦う意味がない。総力戦以外で、シンと戦うっていう選択肢はありえない。そんな半端な戦力で叶う相手じゃない。

 

アレは獰猛で残酷で非道で人を人と思わず、努力とか勇気とかそういう青臭え代物を鼻で嘲笑するのが大好きな頭のネジの緩んだ人非人なんだよ、昔から。

 

 

そうだろう______クソ親父。

 

 

忌々しい髭面の顔面が脳裏に掠めた瞬間、ザッと砂を掻き分け歩いてくる足音が鳴る。

 

 

「ここで何をしている」

 

あぁもう、うるせぇな、いつもこのオッサンは。いつも狙った様なタイミングで現れやがって。

 

俺は背後に立っているであろうアーロンに目もくれずに、海を見つめたままグイッと酒瓶を傾けた。酒自体が熱を持ち、感情を持ち、俺の苛立ちを音叉の様に増幅させている。そんな錯覚。くそ、俺はなんで苛ついてるんだ。

 

 

「….ジェクトはお前を待っている」

 

 

なに言ってるんだ、このオッサンは。どう見ても、あの怪物はもう一仕事終えて海に帰って鼻歌交じりに一杯引っ掛けてるタイミングだろうが。

 

「ジェクトはお前に殺されたがっている。自分がもう化け物だという事をお前に伝えようとしているんだ」

 

はいはい無視だ、無視無視。論外です。仮にも親が子に何かを伝えようとして、大量殺人現場見せるってどうよ?クレイジー過ぎるだろ。メキシコ生まれの親子でもそんな事しねぇぞ。

 

「ジェクトは、孤独だ。言葉をもう持っていない。それ故の行動だ」

 

「はっ」いるんだよねー、こういうのが。物言わぬ人間の想いを自己都合で解釈してついつい美化しちゃう奴が。あのクソ親父が、そんな殊勝なタマかよ。

 

「シンはジェクトだ。だがアレにはもう人としての意思は普段は無い。怪物としての習性に自分の思いをかろうじて忍び込ませてる様な状態で、かろうじて存在している」

 

「うるせぇなぁ。なんでか分かんねーけど、今機嫌悪いんだよ。クソ親父の話なんかするんじゃねぇよ。酒がまずくなる」

 

ぐいっと瓶をあおり、喉でわざとらしく濁音を鳴らしながら酒を飲み下していく。お前の話なんか知るか。どうでもいい。オヤジの事なんて俺は一切興味が無い。それはきっとオヤジも同じ事だ。

 

「まだ認める気が無いのか。俺の言葉に嘘はない。本当は気付いているのだろう」

 

気付いてるだろうだって?まるで俺が本当は何もかも分かっている癖に、そこからあえて目を背けてる。「逃げてる」みたいな言い方じゃねーか。

 

「はっ。仮にあんたの言葉が本当だったとしても、俺にできる事はねーよ。あんたがガードなんだろ?しかも、伝説級の人物で、旅だって一回クリアしてて、今再プレイだ。無敵だろ。俺の出る幕がどこにあるのよ?意味わかんねー」

 

そうだ。そもそもシンは召喚士にしか倒せない。俺が出しゃばる機会は、本当に何も無いのだ。精々邪魔にならない様に隅っこにお行儀良く固まる位しか思いつかない。

 

「あぁ。シンは召喚士の究極召喚でしか倒せない。俺の時も、そうだった」

 

「だろー?だったらそれで何を俺にさせたいんだよ。ブリッツボールしか能の無い俺にあんたは何を求めてる訳?」

 

いや、もう一つベットの上の才能があった。この技術だけでも、俺は性の殿堂カブキ街で王者にすらなれるだろう。王者どころか、この俺の編み出した技術の数々を民に伝えれば、もはや性の伝承者として神殿が建つレベルだ。

 

性世界の救世主の階段を掛け登れるはずであり、もうその存在は高尚すぎていっそ近づきがたい位の存在な訳で、つまりは神「ぶはっ!」何考えてるんだ俺。酔いが回ってる。意味もなく足元がガクガクする。

 

「お前に行動を求めてるのは俺ではない。ジェクトだ。あいつの想いを汲んでやれ」

 

「仮にそうだったとしても、クソ親父が俺の想いを汲んでくれた事は無い。おあいこってやつだろ?」

 

「そんな単純な話では無い」

 

頭がぐつぐつしている。俺をそんな目で見るな。そんな聞き分けの無い子供を見る様な目で、見るな。

 

どう考えても、俺が正しい。

 

「うるさいな。いい加減しつこいって」

 

「…ならば、せめて今はユウナの助けになってやれ。あの娘の心をお前が支えるんだ」

 

「うるせぇって言ってるんだよっ!!!」

 

ブンッと投げたオッサンの眉間目掛けた酒瓶スローイングも狙いを大きくはずれ奥の岩場にあたって粉砕される。

 

ガラスの割れる高い音が余計に頭に響いて、腹が立つ。イライラする。なんだ、それ。なに言ってるんだ、このオッサンは。

 

「それがいずれ、ジェクトもお前も救う事になる」

 

「知った風な口聞いて悦に入ってるんじゃねーぞヒゲ!どいつもこいつもユウナを助けろ、支えろだって!?責任転嫁しようとしてんじゃねーよ!

 

「それが、お前の役割だ。お前にしか出来ない事なんだ」

 

「知るかよ!むかつくんだよ!頭のここがムズムズするんだよ!俺に何させてぇってんだ!?親父がシンになった!でも俺には倒す術が無い!だから知った所でどうしようもねぇ!それでいいじゃねーか!」

 

アーロンの胸ぐらを掴みかかって叫ぶ。この髭面を一発ぶん殴らねぇと収まりが付かない。いつもいつも上から目線でむかつくんだよ!

 

その時だった。

 

 

 

《____ギエエエエエエエエエエエエ!!!》

 

 

 

魔物の声が上がる。海岸中に響き渡る大物の気配。濃厚な死の匂いが海岸の岩場上、テントの残骸近くから放射される。シンのこけらだ。ユウナ様のいたテントの近く。

 

「敵だ。いくぞ」

 

「行くわけねぇだろ!」

 

アーロンは先に一目散に魔物に向かって駆けていく。遠ざかる背中。大剣を担いだ赤い外套を横目に見る。振り上げた拳はもう届かない。

 

「くそっ…なんなんだよ、畜生…!」

 

どいつも、こいつも勝手な事ばっかり言いやがって。何度もいうか、俺はこの世界の異邦人なんだ。

 

客とまでは言わないが、右も左も分からないルーキーに、この世界の進路に関わっている暇なんかはない。自分の事で手一杯だ。

 

今は、俺の身分をはっきりさせるための活動、リュックと一緒にアルベド族の仕事をこなして、後ろ盾に使えるコネクション作るっていう、ブリッツ界に舞い戻る為の前準備。それに集中していれば良い。他の事なんか知るかよ!

 

 

《____ギエエエエエエエエエエエエ!!!》

 

 

視界の端で、アーロンが魔物と戦いだした。横目で攻防を傍観しながら俺は、違う男の死体からまた酒瓶を抜き取り、一気に飲みくだす。それを繰り返した。

 

シンのこけらが、アーロンに甲殻に包まれた腕を振り下げ、アーロンが片手で持った剣でそれを撃ち落とす。やっぱりあのオッサン強ぇな。シンを倒した英雄一団様ってのは、全員こんな感じだったのかな。

 

ユウナ様も、この旅が終わる頃にはあんな風に戦える様になっているのだろうか。ワッカやルー姉さんが、そんな感じに戦える様になるのは、なんとなく予想できるけど、ユウナ様の凛々しいお姿ってのはピンと来ない。

 

確かにユウナ様の召喚獣は凄いけどな。でも、ザナルカンドをあんな風に一息でぶっ壊したリヴァイアサンみたいな奴に勝てる位の強さを手に入れる事は出来るのか、はなはだ疑問だ。

 

旅ってのは、人を心身共に強くするものなのかもしれないが、召喚士が旅をするだけで世界の脅威である怪物を倒せる様になるのだったら、この世界の価値はなんなんだろうか。

 

召喚士ってのは勇者の職業で、魔王を倒すのは勇者補正が無いと無理って事なのかよ。ぶっ壊れてるな。しかも魔王は復活するからイタチごっこな訳だ。

 

倒したら100年の平和が訪れるってならともかく、ユウナ様の親父さんがシンを倒して、その娘がまたシンを倒そうってしてる辺り、魔王復活のサイクルも相当に短い。

 

次こそは復活しないかもしれない。そうでも考えないとやってられないよな。俺だったら絶対ふてくされてる。召喚士の家系に生まれようが知ったこっちゃないって感じで、絶対バックレてるな。

 

そう考えると、やっぱりユウナ様って結構凄いな。あんな豆腐メンタルっぽい感じなのに、そんな儚い希望に全力一点掛けできるのか。皆のために、ただその一心で。

 

 

《____ギエエエエエエエエエエエエ!!!》

 

 

アーロンとシンのコケラの攻防は、拮抗している。おっさんの剣は重いけど、小回りがきかない。相手はデカブツだけど、リーチが長いから懐になかなか入れさせてもらえない。そんな感じだ。

 

アーロンも歳だな。俺だったらいっつか前に華麗に避けて、あの目に剣を突き刺す自信がある。オヤジでも、それくらい軽くやってのけるだろうなって「はははそりゃないぜ!オヤジはもうシンなんだから共食いになっちまう!」

 

だめだ、ツボに入った。やっぱり酒のせいで笑いの沸点が低い。しかも変な想像が脳裏に駆け巡る。ユウナ様が、アーロンがシンに食われる。オヤジに食われる。飴玉みたいにペロリと丸呑みされて、消化されて、排出されて、海に帰る。

 

養分になって、栄養になって、シンのコケラとしてまた生を受ける。化け物になった自分の身体に見ても、ユウナ様は何も思わない。人類を滅ぼさずにはいられない、そんな闘争本能に身を任せる。

 

あんな女の子が。あんないっつも泣く一歩手前の顔をした、気弱な女が。人を殺す。俺のオヤジを殺そうとして失敗する。なんだ、それ。なんだよ、それ。おかしいだろ。どういう事だよ。

 

怪物がオヤジで、オヤジは人を殺しまくってて、俺はその息子で、アーロンにザナルカンドから連れてこられて、ユウナ様は召喚士で、オヤジを殺す修行の旅をしていて、それでそれで。

 

 

《____ギエエエエエエエエエエエエ!!!》

 

「ぐぅっ!!」

 

オッさんと海老と蟹の中間みたいな魔物が鍔迫り合う。アーロンの足がにわかに地中に沈みこみ、肩の筋肉がびくびくと隆起してるのが見える。力比べの構図。

 

ハサミでガッチリ剣を掴まれて、力を受け流せない。あのくそでかい化け物と正面から力比べってやっぱりオッさんも化け物だよなぁ。

 

「ぐぅぅっ…!」

 

 

オッさんの呻き声が海岸に響き渡り、場が硬直する。オッさんはカウンターを入れる一瞬を狙ってるのだろう。押し勝つ気か、それともあえて力を抜いて型を崩し後の先を取り、一気に離脱するのか、「かっ!はっ…!」

 

アーロンが苦しそうな声が上げた。あの似合わないサングラスを地面に落とし、脂汗を浮かべていた。シンのこけらに上から押さえつけられた剣を震わせてで耐えている___俺が今まで見たことの無い様な、必死な表情で。

 

「……おいおい」

 

嘘だろ?

押されてる?あのアーロンが?あのドンクセェ魔物相手に?って、いやいや、そんな訳ねぇだろ。伝説のガードとか言われてるんだろ?ガキの頃何度も不意打ちで殴りかかっても指先一つで綺麗にすかしやがったあの化け物ヒゲが?ありえねぇよ。

 

「…グゥアアア…!」「はっ!…かっ…!」

 

 

「そんな姿、俺に見せてるんじゃねぇよ…」

 

あのオッさんは機会を伺ってるだけ。馬鹿みたいに真正面で受けて立ってるのは、それだけ自信があるから。そうに決まってる。

 

「アーロンさん!大丈夫ですか!?」

 

テントの残骸から飛び出してきたのはユウナ様。露出していた部分に折れた木でも突き刺さっただろうか。肩から血が流れている。杖を地面に立てながら、ふらふらとした千鳥足で出てきては召喚の印を結び出す。

 

ユウナ様の足元に黄金色に輝く陣が形成される。印の形はイフリート。地面を割って登ってきたイフリートに命令を出そうとしたその瞬間。

 

フッ

 

陣が消える。イフリートの皮膚が蒸発するかの宙に散り、存在が消えていく。

 

失敗したのか?ここで、このタイミングで?

 

見ると、ユウナ様は腰を落としペタリと地面に座り込んでいた。目線の先、ユウナ様の膝下には死体。1人の男の亡骸。

 

「…さん。…なんで…」

 

何かを呟いてるユウナ様。まさか、知り合いか?

 

「ユウナ離れてろ!」

 

叫ぶアーロンの声は届かない。ユウナ様の意識はまだ目の前の男に囚われている。

 

助けに来た癖にあれではかえって足手まといだ。なにしてんだよ。どいつもこいつも。アホくせぇ。踊る阿呆に見る阿呆。その辺転がってる死体だってカラカラ笑い出すぜ。

 

この状況で突っ立って見てるだけのNO,1アホは俺だが、本来ガードでもない俺は傍観者でいいだろう?

 

たかがシンのこけら。シンの身体の欠片。自然と出てくる垢みたいなものだ。難なく倒して当たり前だ。召喚士一行ってのは勇者パーティなんだ。強い武器と強い仲間がいて、シンっていう化け物魔王を倒す存在なんだよ。ストーリーラインが世界を救う話ならば、俺は村人Aであればいい。死体になりたくないから、隅っこで震えて見てるんだ。それでいい。それでいいんだよ。

 

 

なのに

 

 

なんで

 

 

俺は剣を今握った?

 

 

やめろ。振りかぶるな。

 

 

考えなしに動くな。後悔するのは分かってるんだ。

 

 

走るなよ。叫ぶなよ。関わっちゃいけないんだ。

 

 

止まれよ。俺の身体。

 

 

 

 

 

 

_______

 

 

 

 

 

 

 

「キマリ!」

 

キマリが雄叫びを上げながら我先にと駆け出した。それに私は追従した。武器である人形が無いのが心細いが、そんな事を言ってる場合では無い。

 

ユウナが、アーロンさんが危ない。

 

アーロンさんが魔物と正面で戦ってるおかげで、ユウナの元に攻撃は届いていない。

 

ユウナは戦闘の場からルッツの身体を離そうとしてるようで、意識の無いルッツを肩に担ごうとしているが、うまくいってない様子だ。

 

「ユウナ!ルッツの事は…っ!」

 

言葉に詰まった。今は放っておけとでも口走るつもりだったのだろうか、私は今。自分でも出来なそうな事をユウナには強要するの?

 

 

「キマリ!お願い!魔物は私が…!」

 

 

堪らずキマリに声をかけた。縋る様な気持ちだったが、キマリの耳には届かなかった。「ヴォォォオ!!」ユウナの肩から血が出てるのを見て、逆上して歯止めが効いていない。キマリは槍を振り上げて魔物の腹に突き立てていた。

 

「ゥヴォォ!」

 

何度も槍を突き立てるキマリに対して、無反応のシンのこけら。魔物の固い甲殻にキマリの槍は阻まれていた。

 

「キマリ…お前にはまだ、この外殻を破れん…!ユウナをっ…!」

 

アーロンさんが魔物と睨みあっているお陰で、後ろのユウナにはまだ注意が向いてない。

今しかない。頼れる人はいない。私がやらないと。

 

「ユウナ!一緒に担ぎ上げるよ!?良いね?」

 

私はユウナに駆け寄ると、耳元であえて大きな声を張り上げた。

 

私の名前を弱々しく呼ぶユウナ。目尻には安堵の潤いが見て取れる。

 

ユウナの片口の傷は思ったより深かった。血をかなり失っている。顔色も蒼白で、思考が来ていない様なピントの合わない目線。明らかにまずい様子だ。先にユウナを下がらせるべき?

 

「う、うん!ルッツさん!もう大丈夫だよ!ルールーが来てくれた!今助けるからね!」

 

意識が朦朧としている様子のユウナだったが、ルッツを助けるという強い意志で固まっているのが見て取れた。まずはルッツをここから運ばない限りはユウナはテコでも動かなさそうだ。私は覚悟を決めて、ルッツの左手を掴んでは引っ張り上げ左肩を担ぎ上げた。

 

ユウナと歩幅を合わせて一歩、また一歩と足を進める。ルッツの身体から滴る血が背後に道を作る。生暖かく伝わる熱からはルッツの生死は判断できない。これだけ身体を寄せれば判断できるかとも思ったが、意外な程に分からない。

 

正直に言うと、ルッツの生死を確認するのが怖かった。同時に、チャップを思い出すのも怖かった。

 

仮に既にルッツが死んでいると分かった時。「死体を助ける行為に意味は無い」とユウナに言わねばならない。それも嫌だった。

 

合理的な判断をする大人の顔をしたナニカになりたくなかったのだろうか?最近の私は、そんな子供っぽい想いを抱きやすくなっている気がする。だとしたら理由は、キッカケはなんだろう。

 

__そんな取り留めもない事を考えながらの鈍重な行進だった。

 

今日一日で血を見過ぎた。先程まで話していた人達の命が目の前で花火の様に消えていく、シンの残したこの海岸のモノクロームな光景に現実感が持てなかったのだ。

 

場違いなほどに、気が抜けていて惚けていて___詰まる所、私は、どうしようもなく、油断していたのだ。

 

 

 

ドッ!!

 

という音がした。音の発生源は自分の脇腹。ボキッ!という嫌な音が胸骨を通して喉から湧き出た。口元から温かい赤い液体が溢れ、世界がぐるりと回転する。

 

砂埃が立っていた。視界には赤と黒の星が軌跡が散らばり、チカチカと明滅している。頭の中に自分の血が大量にドクドクと流れこんでいくのを体内の音として感じる。

 

何を考えればいいのか分からない。先程までのまとまらない思考は、全て胡散して砂の中に取りこぼした。砂漠の中に零れ落とした数多の言葉の中に、ユウナは?という言葉が一瞬見つけたが、その言葉が現実のどこにも繋がらない。行動に移せない。

 

「ユウナ」

 

だから、浮かんだ疑問は無意味な声になった。視線を彷徨わせる。赤黒く染まった視界の中に、倒れたユウナとルッツを見つけた。砂の中に頭から突っ込んでる。気を失ってる?

 

「ユウナ!ルー!」

 

ワッカの声がどこからか聞こえてきた。次の意識のつなぎ目には、いつの間にか肩を抱かれいた。丸太の様に太いワッカの腕に妙に安心してしまう。

 

「グゥオオオオオオ!!!」

 

キマリの怒声が海岸に響き渡った。振りかぶった槍をシンのコケラの顔面に投げる。咆哮と共に視認できないほどの速度で宙に放たれた槍は初めて魔物に痛撃を与えた。血塗れの槍が抉り取ったのは左目。

 

魔物の口から耳をつんざく様な悲鳴があがり、怒り狂って振り回した尻尾にキマリは弾かれ、吹き飛ぶ事およそ20m、岩壁に叩きつけられたキマリは意識を失った。

 

一矢報いたもと言える状況、更なる追撃の一手は誰にも担えなかった。力比べの拘束から逃れたアーロンさんは、砂中に沈んだユウナの頭を片手で引っ張り出すと、気道を確保して背中を叩き、砂を吐き出させていた。ユウナの口から湿り気を帯びた土が、血と混じり飛び出てくるが、ユウナの意識は戻ってきていない。

 

「ワッカ!!ユウナを!」

 

ワッカはやるべき事をすぐに理解し、同時に後悔した。攻撃を受けたのは確かに私だが本当に命の危機があるのはユウナだった。ガードとしての本分を忘れていた自分を叱責する様にワッカは私から離れ、走り出した。

 

その後ろ姿に、私はなんで一瞬の制止の声を掛けれなかったのだろうか。

 

<ギギャアァァアーー!!>

 

自身の命の危機を悟ったのか、シンのコケラは突如全身を発光させて咆哮を上げた。固い甲殻の奥関節の隙間から漏れ出す蒼い光は怒りを表し、手負いの獅子と化した魔物は続々と増える敵対者の侵入を嫌ったのか、鞭の様に大きくしならせた尻尾の先端をワッカへと向け、ビクビクと震える。

 

 

この魔物が攻撃に入る予備動作はこの場では見逃された。

 

ワッカの目には、ユウナしか見えていない。ユウナの危機かつ妄信しているアーロンさんの命令である事もワッカの視界を狭めている。ワッカには攻撃は避けれない。無防備なワッカの背中にあのサソリの様な魔物の尻尾を突き刺さる。一切の温情もなく、命を刈り取る。

 

その未来を数瞬先の未来として幻視した。

 

振り下ろされる魔物の尾がワッカの背中を抉り掠めていく。鮮血の花が咲く。尾はまっすぐとワッカの背中の中心に向けて射出されていく中、

 

金色が私の横を疾風の様に通り過ぎた。

 

剣が振るわれる。ティーダの剣が魔物の尾を叩き、ワッカの無防備な背中に向かっていた尾の軌道が変わる。ワッカの脇腹を抉り取り、鮮血が飛び散り、転がりながら倒れこむ。

 

「っ!…ティーダ!来い!」

 

ティーダはそのま走り抜けていく。向かう先。声を上げたアーロンさんの元。一瞬の視線交差。アーロンさんは剣の胴体をティーダに向ける。ティーダは剣に向かい、迷うことなく足を掛ける。

 

足場だ。ティーダはアーロンさんの剣を踏みしめ、跳んだ。

 

 

うあぁああぁああっ!!

 

 

_______________

 

 

 

 

叫んでいた。気づいたら魔物は目と鼻の先の距離な訳で、俺は魔物の目に剣を突き刺していた。

 

                      どうしてこんな事になっている。

 

 

ギャアァァア!!

 

奪ったのは右の目。手に伝わるのは柔らかい眼球の更に奥、何処ぞの名前も分からない肉の感触。右の手を捻り上げ、それを掻き分ける。左目にはキマリの投げた槍が未だ深々と突き刺さっている。狂ったように叫ぶ魔物。生命の危機に瀕した緊急信号代わりの発光現象は今や最高潮を迎えている。

 

                       どうしてこんな場所に俺はいる。

 

思考は停止。疑問を持ってしまった。自分のこの舞台での存在理由を模索しだす。心と今が乖離しているのにも変わらず、俺の手は休まず力を込める。行儀の悪い左足は左目に刺さったキマリの槍の先端に金槌の様に踵を落としていた。

 

ギャアァァア!!

 

まるで雷鳴の轟き。痛みという情報を乗せた電流。ショートした乱雑なノイズは、そのまま悲鳴に変わった。鼓膜を鉤爪で引っ掻く様な金切り声に、俺は正気を取り戻した。戦う理由がない事に今頃気付く。

 

「ルー姉さん起きろ!!カミナリ打って!!キマリの槍だ!!」

 

退け。降りろ。もういい。元より俺には動機が無い。こいつを殺す意味が無い。剣を取ったのは、気まぐれだ。気まぐれに命を掛けてたら幾つ命があっても足りはしない。この魔物の額の上っていう最上級のデッドゾーンから、一目散に走り抜ける。

 

そう思って、地上を見下ろした。脇腹のいかれたルー姉さん、血の砂を吐き出したユウナ様。ワッカは言うまでもなくヤバイ。血だらけで蹲ってる。アルベド族の仲間が死んだせいか、遠くには怒りで、泣きながら走ってくるリュックがチラリと見えたところで、再びジェットコースターの様に揺れる足場。俺は何処に飛びおればいい。この地獄のどこに逃げればいい。視界に飛び込んでるのは海岸に横たわる死屍累々。そいつらは、揃いも揃って俺を見ている。親父に、シンに殺された奴らが、こっちを見ている。

 

       俺をそんな目で見るな。  

 

頭が沸騰しそうだ。いい加減にしろ。どいつもこいつも恨みがましい目で見やがって。筋違いだ。俺じゃない。お前らを殺ったのはクソ親父であって、俺じゃない。

 

「リュックは爆弾!!全部投げこめ!」

 

挑んだお前らの自業自得だ。霊魂になってまで一丁前に人を憎んでんじゃねぇ。死んだんだろお前ら。なら立ち上がるな。こっちを見んな。黄泉路に迷うくらいなら最初から覚悟なく死んでんじゃねぇ!

 

<キキギャアァァア!!!>「お前もうるっせぇんだよ!!!」

 

クソックソックソックソッ!!!!糞がっ!!

剣を引き抜き、もう一度。差し込む。ルー姉さんの落とした雷で焼け焦げたキマリの槍を引き抜き、差し込む。差し込む差し込む差し込む。魔物の血がリットル単位で顔面に噴き出しかかるが気にしない。断末魔の雄叫びを耳元であげられても気にならない。ルー姉さんのカミナリが真横に落ちたから、耳の鼓膜が破れたんだろう。何も聞こえない。

 

 

________ジェクトはお前を待っている_____________

 

 

「なんなんだってんだよぉおお!!どいつこいつもさぁああ!!」

 

「お…ティー…ダ!!!」

 

オッさんが何か言ってる。オッさんはいつの間に取り付いたのか、魔物の背に乗って俺と同じ様に剣を突き立てていた。グラサン無いこのオッサンの顔なんて見るの何年振りだ。寝る時ですら外さねぇからな。ははっ。表情ダダ漏れじゃねぇか。なに焦ってやがるんだよ。大丈夫だよ、もうあと一押しじゃねぇか。危ねぇ事なんかねぇよ。剣を引き抜いては、差し込む。この繰り返しだ。

 

「あぁぁああ!!」

 

「お…ダ!!…やめ…!」

 

繰り返し。差し込む。繰り返し。差し込む。繰り返し。差し込む。

 

「ィーダ…!も…この…!」

 

ピストン運動は元より大得意なんだよ。ハハッほら、見ろよ俺の手さばきを。惚れ惚れするだろ?痙攣してるぜ、こいつ。ピクピク動いてやがる。どんな生物だろうが昇天する時ってのは痙攣するんだな、新発見だ。はははっ。

 

「もういい。やめろ」

 

声が聞こえる。しかも囁き声だ。なんでだ。聞こえないはずなのに聞こえる。それどういう事だ。神のお告げかな?キモいオッサンの声に似ている気がするから、全力で無視したい。ついでに俺の手が掴まれてる。ってか関節極められてる。なんでさ。

 

「お前は毎度毎度見て分からんのか。死体を荒らすな。この阿呆」

 

オッサンの囁き声が聞こえる。吐息の水分で耳が湿るくらい距離から、暑苦しいお告げが聞こえる。鼓膜がまだ少し残ってたのだろうか。

 

「もういいんだ」

 

そうか。もう良いのか。休んで良いのか?俺は、もう、休んでいいらしいのだが、どうなんだ「いるんだろ、そこに」お前だよ、そこの紫フード被ったガキんちょ。お前、俺の事ずっと見てたんだろ?アーロンの言葉だけじゃ信用ならん。本当にもういいのか。おい、笑ってんじゃねぇ。こら。

 

 

 

「よくやった」

 

 

 

まぁいいか。

 

オッサンが珍しく褒めてるんだ。 

 

多分なんとかなってんだろ。

 

最低限、クソ親父のひねり出した糞の尻拭いはしたんだ。

 

仕上げに、ユウナ様が異界送りしてくれりゃあとは万事オーケーのはずだよな。

 

 

 

____________ジェクトはお前に殺されたがっている_________

 

 

 

「あぁぁああぁぁあ…!!!」

 

 

 

 

 

だから

 

もういいだろ

 

 

 

休んでも

 

いいよな

 

 

 

 

 



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第十四話

『(亜鉛とエビオスの併用は効きますよ)』

 

俺の目の前でシーモアとか言う青い触覚が、流麗な仕草で会釈しながら、多分そう言った。

先程の戦闘の影響で耳が聞こえずとも、俺には読唇術の知識がある。鼓膜など飾りに過ぎん。

 

『(オナ禁は最初の一週間が勝負ですよね)』

 

乳首半開せの胸に片手を添えて頭を下げる。

主人を迎える執事の姿勢で、下から獣の眼光を上目遣いで送ってくる触覚に俺は頷きを返した。

 

あぁ、シーモア。確かにそれは分かるぜ。

最初の一週間を超えると、猿から理性を持った人間に進化した気分になるよな。

 

禁欲を一ヶ月続ける事で「成れる」という、伝説のモテモテスーパーサイヤ人。あんたもその頂。この果ての無い男坂を登る同士だったか。

 

サプリブーストを利用した禁欲生活で常に精巣満たんの状態にしてるから、皆から早漏師とか呼ばれてるんだろ?

ん?それはマイカ早漏師という爺だっけ?で、こいつは次期早漏師か。まぁそんな違いは無いだろ。

 

「シーモア老師ね、この前のブリッツの試合観てたんだって。凄いプレイヤーだって褒められてるよ。ティーダ」

 

リュックが俺の耳に手を当てて囁く。これは嘘だろう。俺は読唇術に自信があるんだ。

 

俺には分かる。

 

奴は会釈する際に右手を左胸に当てて頭を下げた。

そして会話をしている間も、中指のポジショニングがそのままずっと乳首先端だったのはおかしい。

あれは乳首弄り柳生流の構えだよ、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

突起物に対する異常な執着心を感じさせる昆虫の触覚を模したヘアスタイル。少年誌掲載OKライン上をタップダンスするかの様な乳首半出し般若の装い。顔面には意味深な血管模様の刺青と来たらもはや文句無しトリプル変態役満。災害クラスの大妖怪だ。

 

洗練された紳士然とした立ち振る舞いで俺と会話してる今この場でも、下半身では今にも溢れんばかりのションベンを幼児用のオムツに垂れ流す背徳感で悦に浸る様な男に違いない。騙されないぞリュック。

 

「シーモア老師。こいつはさっきの戦闘でルールーの放ったサンダーの弾着音を間近で聞いた影響で一時的に耳が聞こえ辛くなっているみたいでな。返答に窮する無礼は許してやってほしい」

 

「む。そうでしたか。それは残念ですね、今話題の人物と是非会話をしたかったのですが…」

 

アーロンの奴がなにやらモゴモゴと話しかけると、触覚はチラリと俺に青い果実を見る様な流し目を送ってくる。

 

僕のジョイステイックをサッカーボールキック。3万ギルでどう?の目だな。10万ギルならケツアナにジェクトシュートしてやるよと目で返す___が、交渉は決裂したようだ。

 

触覚は残念そうな顔を一つして、抉られた肩の傷を抑えながらも必死に異界送りするユウナ様を冷やかしに行ったようだ。

異界送り中だ、邪魔をしないでいただきたい。

とか割って言いそうなアーロンも、揉み手で指紋が消えてそうな顔したキノックとかいう新キャラオッサンと奥でなにやら話し込んでいる様だ。二人は旧知の仲らしいし、アツイ風俗店のレビューの意見を交わしているタイミングだろう。

 

「ユウナと知り合いなのかな?シーモア老師」

 

ユウナ様となにやら話し込んでいる触覚を見て、リュックは俺の耳元に背伸びして口を寄せる。

 

「___なんか、親し気だね、あの二人」

 

お?変な事想像してるのかこのスケベ娘め。声色が違うぞ。

確かにこうやって眺めていると上流階級の話し合いな感じがして立ち入れない雰囲気だ。俺ら庶民は邪魔しない方がいいだろう。

 

 

「キマリ。そっちはこっからどうすんのさ__旅、続けるんだろ?」

 

 

あっちこっちで会話の輪が広がっているが、出歯亀する空気でもないので、話題を変える___今の状況は整理が必要だ。

 

ワッカも脇腹にひどい裂傷を負った。ルー姉さんは肋骨は折り、ユウナ様も肩を怪我し頭も軽く打ったみたいだ。

キマリは派手にふっ飛ばされたけど、意外にもケガらしい怪我は無く、今もガードとしてユウナ様を見つめている。

 

つまり__無事なガードはアーロンとキマリだけ。

 

しかもキマリの槍は先程戦闘で無茶な使い方をしたから持ち手の部分が黒焦げだし、俺の蹴りで半ば折れている。

ルー姉さんのサンダーを受ける避雷針代わりに使った事をちょっぴり責任を感じない訳でもないが、戦闘後のキマリは男らしく俺の肩に手を置くと何も言わなかった。

 

もしかしたら案外大人なのかもしれない。キマリが今この状況をどういう風に考えているか、俺は妙に気になった。

 

「キマリは、ユウナを守る」

 

キマリは真っすぐ俺を見る。「だよな」

 

「ユウナはこれから無理をする。みんなが辛い時ほどユウナは気丈に振舞おうとする」

 

「…だよな」

 

本質を、捉えている気がした。

ユウナ様は私事になると豆腐メンタルだけど、使命の為には猪突猛進できる。

ワッカとルールーの様態も気になるだろうけど、異界送りをすぐに始めたのもそう。使命感だ。

 

ミヘン•セッションで知り合いが死んじゃったらしいが、自分の気持ちを押し殺し、召喚士の義務を全うしている。

 

言い換えれば___泣くタイミングを逃したとも言える。ストレスを吐き出せなかった心は平衡を失ったままになる。

長年繕った召喚士の仮面を被ってこれから、無理をするのだろうな。キマリの言う通り。

 

「キマリは笑うのがうまくない。ユウナを楽しい気持ちにさせられない」

 

キマリは珍しく言葉を重ねる。俺に近寄ってくる。「ティーダ」俺の名前を呼んで。

 

「だから笑い話を一つ教えてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

キマリはやっぱりキマリだった。

なんかちょっとズレてる奴だなとか笑いつつ、何個か鉄板の笑い話を伝授しておいた。感想を楽しみにしよう。

 

 

さて。なんだかんだと時間は流れ、今はみんなでゾロゾロとジョゼ街道を歩いている。

リュックの「今の皆を放ってはおけないよ...!」との一言に俺も同意だったからだ。

 

アーロンもいるし、二人での魔物ん図鑑の収集より効率も良くなるかもしれない。とにかく皆を怪我の治療のためジョゼ寺院っていう腰を落ち着けられる場所まで同行する運びとなった。

 

まずは前衛。

ユウナ様の召喚獣イフリート先輩とアーロンが雑魚掃除という珍しいフォーメーション。

リュックは遊撃かつ、シンのコケラがこの辺りで増えた事で避難的に俺らの一行に一時的に加わった民間人の護衛だ。

 

シェリンダって女神官(チョロそう)と、緑の帽子のウンチク爺さんメイチェン、謎のゴシックパンクイケイケ女剣士のパインを間に挟み、最後尾がワッカに肩を貸す俺と、ルー姉さんを背負ったキマリだ。

 

ルー姉さんは俺に掠れ声で時々何か話しかけてたみたいだけど、周囲も騒がしく耳が聞こえづらい。

 

俺はすぐにキマリと背負う役を交代しようと訴えた。ホント真摯に何度もルー姉さんを背負うのは俺が向いていると訴えたのに、いつもの呆れ顔を浮かべられた事で、交渉が失敗した事を理解した。ちょっと笑ってくれたからまぁヨシだ。

 

ワッカとはむしろ距離が近すぎるので、逆に会話が通じる。悪かったな重くてよ。お前には世話になるな。とか最初はシンミリした空気だったけど、すぐにルー姉さんの背負い心地の想像実況をしたり、シェリンダさん可愛くね?とかの話に変わっていた。

 

あの手のタイプは奉仕属性だから男のダメな部分を見せる事で牙城を崩せる。仕方のない人だなぁと思わせたら勝ち。むしろ金の無心をする事で好感度が逆に上がる。ビサイドオーラカのこの前の試合を見てたらしいのもチャンスだ。今やワッカも俺も時の人。押せばワンチャンとか話してる時に、バジリスクとかいう1つ目の魔物が出てきた。

 

バジリスクとの戦闘中に、リュックがユウナ様を庇い、ユウナ様もリュックを庇うものだから、抱き合う女の子2人という題名のエッチな石像が誕生するハプニングが置き、俺はあまりの不思議現象に嬉し恥ずかし大興奮したものだった。

 

というか、それが今だ。ちなみに魔物は半ギレしたキマリとアーロンが片付けた。

 

「で、どーするのよこれ」

 

シェリンダさんは白魔導士っぽいのにエスナを使えないらしい。回復役のユウナ様と道具係のリュックが同時に石化するのは想定外で、石化を解けるらしいアイテムの手持ちは石像リュックの鞄の中だ。

 

「石化を解くには金の針がいる。明日ここを通る人間を捕まえてアイテムを売ってもらう他ないだろうな」

 

アーロンの提案にみんなが頷いた。まさか石化で足止めとはな…と半笑いで言っていたし、見た目のエッチさの割に大丈夫な状況なんだろう多分。

 

俺たちはドスケベ地蔵の隣、ジョゼ街道の真ん中でキャンプを張ることにした。

 

 

 

 

 

————————————

 

 

 

 

 

夜。食事を終え、皆が寝静まった頃合い。

日課のブリッツボールとの戯れの時間である。俺は、汗だくの上着を脱ぎ捨て、シェリンダさんにいつ遭遇しても大丈夫な様に半裸でテントの外にいた。

 

リフティングミスしたボールは、リュックとユウナ石像の足元へと転がっていき、視線は自然と石像となった2人に吸い込まれた。

 

 

「ユウナ様…なんて痛ましいお姿に…」

 

 

俺はドスケベ地蔵を見つめていると、そのあまりの神々しい造形美にエボン流の礼拝の構えをとっていた。

 

足を半歩下げ手を広げながら、頭を下げる。片膝を地に着け、2人を見上げていると自然と沸き起こる感謝の気持ち。世界を守ろうとする召喚士様、それを庇おうとする金髪の美少女戦士の尊い気持ちに思いを馳せて、尊敬の念を込めて祈り、ズボンを脱いだ。

 

「ユウナ様はリュックを守ろうとピンと手を伸ばす慈愛の姿勢。またリュックはユウナ様を庇う為に走り寄る躍動の姿勢。絡み合う2人の戦場の絆を感じさせる一瞬を切り抜いた名カメラマンの様な構図に尊さすら感じますねぇ、はい」

 

立ち上がり、至近距離から最も尊い構図を俺は探した。「美しい…」

 

ユウナ様の凛々しい横顔から細い首筋。「なんて綺麗なんだ、ユウナ様は」ブラチラしてる腋から肩をつたい、視線を滑らせる。「召喚士なんて勿体ないですよ。処女じゃないとなれない役職だろうしさぁ」ほんとエロ脇してやがるぜ毎日剃ってるんですか?いつも戦闘中チラチラチラチラチラポヨンポヨンポヨンされるこっちの身になってほしいですよ。というヘイトもユウナ様の背中にぶつかる様に重なるリュックの頭を見ることで静まってくる。舐めるようなカメラワークは走り寄る際に振り上げた太腿へ、思わず両手で掴んでジャンケンポンしたくなる形状の安産型の腰つきも素晴らしい。「リュック。可愛いよリュック。へへっあけすけな耳年増処女ビッチめ、分からせてやりたいですねぇ」尻からふくらはぎの筋肉の流線形を辿っていたら地面に行きつき、自然と俺は再び地に伏して2人を見上げていた。何という事だ。自然と礼拝の形をとってしまう力がこの像には「うっ…」ドピュッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤンデレ×ユウナっ!

 

その十四。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は無駄にしてしまった二億の火の玉達をリュックの太腿から拭き取ると、ボールを拾ってテントへと反転した。

 

わざとじゃない。パンツは履いてたんだ。ただそのせいで摩擦運動が生まれた。不幸で笑えるシニカルな事件が人知れず起きただけさ。

 

「あんちゃんはー何やってるんだぁ?こんな夜更けに」

 

ヤバイ。なんか話しかけられた。

勢いで誤魔化せ!

 

「見てわかんないの!?ブリッツボールの練習をしてる善良な市民ッスよ!てか誰だオッサン!召喚士様を付け狙う草の者か!」

 

俺はワッカの戦闘スタイルを真似し、ブリッツボールは武器ですよ?と思い込みながら謎の赤髪のオッサンに勢いよく詰め寄った。余計な事を目撃していないか詰問しなければならない。

 

「うぉぉ!少年よ落ち着け!俺は怪しいものじゃない!商人だ!蛮族じゃないなら、そのすごい格好で詰め寄らないでくれ!」

 

「商人だぁ?」

 

「そうだ少年。俺は泣く子も黙る旅する商人、オオアカ屋だ。遠くで飯炊きの火が見えたもんでな。ジョゼ海岸がシンのコケラでうようよしてる中1人で野宿ってのも、おっかなくてな。近くで寝させてもらおうと思って、こっちまで来ただけなんだ」

 

鼓膜のせいで半分くらい聞き取れなかったが、オッサンは最もらしい言い訳をしているらしいのは分かった。

 

「少年はこの旅団の人間みたいだな。ちょっと口利きを頼めるかい?礼はするぜ」

 

「別に良いけど、その前にオッサンは金の針ってアイテム持ってる?」

 

「金の針?あぁこの辺はバジリスクが出るからな…あるぜ」

 

「じゃあこの召喚士様と金髪娘に使ってくれ」

 

「…へ?ってこれ!少年!ユウナ様じゃねぇか!?驚いた!本物の石像かと思っちまったよ!」

 

「夕方に魔物の石化ビームに当てられたちまってな…石像界の名作が誕生しちまったよ…」

 

「はぇー2人同時ってのもまた珍しいこっちゃなぁ…よし来た!ユウナ様のピンチとなっちゃ俺も黙っていられねぇ…ほら、こいつを刺せば石化は解けるぜ」

 

赤いオッサンはそう言ってデカイ背負い鞄を地面に置いて漁ると、2本の金色の針を俺に手渡した。じんわりと発光するそれはたしかにご利益がありそうだった。

 

「なぁオッサン。所で何で石像がこんな針で治るんだ?」

 

「へ?そ、そうだなぁ、なんでって言われても…俺も詳しくさ知らねぇけどな。ただこれを作れるのは薬屋じゃなくて、白魔導を収めた人間だって話だぜ」

 

「ん?なんでさ。」

 

「本当に石像になってる訳じゃなくて、あくまで魔法で作った上っ面の状態変化らしい。

 

『抵抗力が高ければ意識のある奴もいる』

 

らしいし、高位の魔道士になると稀に自力で解ける奴もいるらしい。俺は石のまま朽ち果てるまで死ねないのかとか思ってたら2、3日で魔法の力が切れて解放されたって、実際に石化になった奴が言ってたんだよ」

 

「へー。これ魔法なのか」

 

見た目の割になかなかインテリな魔物だったらしい。時間が止まる訳でもないなら商売利用も難しいか。なにか閃きそうだったのに…ん?でも、なにか引っかかるな…

 

まぁいい。とにかく使うか。

まずは、ユウナ様か。「ほいっ!」

 

パァァア…

 

と軽く発光するユウナ様像。

みるみる内に肌に血色が戻り、瞼がパチパチと動き、瞳孔がピントを調整しだしていた。

 

「あ…あ…」

 

ユウナ様は俺の顔面にピントを合わせる。あれ、オッドアイだったのか。瞳孔を開いて金魚の様に口をパクパクと開いて何か言葉を発せずうめいていた。なんだ?

 

「ユウナ様おかえり!いやー災難っしたね!調子はどうっすか?」

 

俺が声をかけても、ユウナ様の様子はおかしいまま。顔も真っ赤だ。石化の後遺症だろうか…なにか様子がおかしい。リュックは大丈夫なのか?「とにかくリュックにも刺してっ…と」

 

パァァア…

 

 

同じ様に起こる鈍い発光現象。

血の気が戻り、綺麗な金髪が生気を取り戻す。グルグル模様の緑の目が、俺に焦点を徐々に合わせる。

 

「リュック!お前は大丈夫か?」

 

リュックの顔はみるみるうちに異常な肌真っ赤になった。これはまずい。2人とも同じ症状。「くそっ、大丈夫じゃないな!すぐ人を呼んでくるぞ!」

 

「よ、呼ぶ、呼ぶなぁ!バカぁっ!?」

 

理不尽に殴られた。

パカッってレベルじゃない。バキッっていう擬音のレベルでテンプルにフックを入れられる。ふーっ!ふーっ!と吐息も荒く涙目のリュック…完全に混乱している、石化ってのはこんな事になるのか?クソッ!全然大丈夫じゃないやつじゃねぇか!

 

「リュック!落ち着け!ユウナ様も変だしお前まで変になっちまったらどうすりゃ…」

 

「うぅうるさい!うるさいぃ!このヘンタイ!バカ!エッチバカ!!淫乱男!!」

 

リュックはやはり混乱しているが…変態?

 

「ん?え、あぁパンツ一丁だったな!それは悪かったな」

 

「そそそそれも悪いけど!それも悪いけどぉ!」

 

頭を両手で抑え、顔をブンブンと左右に振り回すリュック。

男の半裸姿位ででここまでリアクションを取ってくれるのか。なんか癖になりそうだ。

 

「なぁリュック!悪かったけど正気ならユウナ様を運ぶの手伝ってくれ!ユウナ様がやばいんだよ!」

 

「それもキミのせいだああ!!」

 

 

「はあ!?もう何なんだよ!!ハッキリ言えよ!!訳分かんねぇよ!」

 

いい加減に頭きた。朝からミヘン•セッションやらなんやらで色んな事が起きてキツい1日で、身体も傷ついた。平気そうにしてるけど俺だって耳がいかれてるんだぞ!めんどくさいモードの時の女なんか相手してられっか!

 

「ほ、ほんとに分かんないの!?」

 

「わかんねぇよ!もうお前らなんか知らん!勝手にしろ!!」

 

振り返ってボールを拾う。テントに向かって足を向け、なんもかんも知らん!寝るわ!

そう思って走り出したその時だった。

 

 

 

 「私をっ!

 

    オカズにしたくせにぃいいいい!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

そんな声が後ろから響いてきた_________え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____え、意識あったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十五話

 

 

 

 

 

 

「なんて綺麗なんだ…ユウナ様…」

 

 

 

立ち上がった私の目の前にティーダ君の顔が近づいてくる。気づいた時には、日に焼けたティーダ君の顔、青い宝石の様な瞳が私をまっすぐに見つめていた。か、顔から火が出そうだ。

 

今までこんな至近距離で誰かの顔を見た事も見られた事もない。彼の吐息の熱さまで感じられる距離。突然の緊急事態だ。恥ずかしすぎて顔を背けたいのに、私の身体はびくとも動かない。

 

「召喚士なんて勿体ないですよ『ショジョ』じゃないとなれない役職なんだろうしさぁ」

 

私の首元に彼の顔が回り込む。ど、どんな所を見られているんだろう。確認したいけど、やっぱり私の身体は固まったままな訳で。そんな困った事になっている訳で。もうどうしようもないみたいだ。

 

「リュック。可愛いよリュック。あけすけな耳年増ショジョびっちめ。わからせてやりたいですねぇ」

 

彼は私の背中に張り付いたリュックを見てそんな言葉を言った。言葉の意味の大半が理解できない。

 

耳年増という言葉だけは拾えて、私は頭の中の辞書を索引した。多分、大人だけが知っている言葉を子供が知っている事だ。もしかしたら、ショジョとかびっち、っていうエスニックな響きの言葉は大人だけが知っている言葉なのだろうか。私の年齢でもまだ知らない言葉なのかな。

 

熱暴走しそうな頭も、ティーダ君が再び地面に腰をおろす様な形で私の視界から完全に消える事で、少しだけ冷静さを取り戻した。

 

リュックは可愛いと言われた。私の事は、き、綺麗と言ってくれた。なんて私は現金な奴だろう。こんなにも、舞い上がりそうな気持ちになる。嬉しくて恥ずかしいのに嬉しくて恥ずかしい…や、やっぱり恥ずかしいよ!なんで!なんで!そんな言葉さらっと言えちゃうのかなぁ!キミは!

 

 

 

「なんて綺麗なんだ…ユウナ様は…」

 

 

 

時間が巻き戻る。再び彼の顔は私を見つめている。彼の汗の匂いが頭の中に入って来る。もう少しで唇がくっつきそうだ。私が、も、もし、ここで身体が少しでも動いたら唇がぶつかってしまう。

 

私の事を、綺麗、って言ってくれた。

社交辞令なんかじゃないタイミングだったと思う。まっすぐ見つめて私を褒めてくれた…!

 

出会ってから今までずっと、何回も助けてくれた。迷惑に思われてないか心配だった。本当は鈍臭い私の事が大嫌いで、早く離れたいって思われてるんじゃないか、って気にしている。

 

キーリカ島に行く船の途中、意識が途切れる前、海に溺れた私の腕を掴む必死な表情を、私は覚えている。

 

イフリート様のいる寺院最奥の召喚士の試練の間。「汝、何故願う」と彫られたガラス板の前でうじうじと悩んでいた私の背中を押してくれた。私の大事な人を、皆を守りたい。その為にシンを倒したい。召喚士になる事を志した頃の強い気持ちを、彼が呼び起こしてくれた。

 

ワッカさんのブリッツボールの引退試合を滅茶苦茶にしてしまって、泣くばっかりの私の目の前で…クリスタル色の奇跡を起こしてくれた。

 

 

他にも…いっぱい。

いっぱいの何かを、彼からもらった。

それなのに私は彼に何も返せていない。

普通はさ、嫌だよね。私みたいな恩知らず。

面倒だよね。煩わしいよね、ごめんね、ティーダ君。もう少しだけ、待っててよ。ルカの時みたいに、いなくならないでよ。

 

もうちょっとで…多分、閃きそうなんだ。

私があげられそうなもの。そんな予感がするの。

 

 

今日さ。シンのコケラの顔に乗って剣を振るっていたティーダ君の横顔、夢うつつだったけど、見ちゃったんだ。

 

キミは多分…泣いていたよね?

 

なんでだろう。

怖かったのかな。

辛かったのかな。

キミのあんな顔、初めて見たよ。

 

なんか迷子の子供みたいな表情で。

抱きしめてあげたくなる。

慰めてあげたくなる。そんな顔。

 

キミも私と同じ人間なんだって。

弱い所だってあるんだって何故かそう思って、それなら!私なんかでもキミにしてあげる事、本当はあるのかもしれないって私_____

 

 

「なんて綺麗なんだ…ユウナは…」

 

 

考えがまとまりだした時に、再び時間が巻き戻って、思考が吹き飛んだ。

 

 

ティーダ君が目の前にいる。

こ、今度は『ユウナ』って呼び捨てにしてくれている。

 

今まで何回かだけ、私の事をそう呼んでくれた。気づいたら、いつもの様付けに戻ってて、距離を感じて。リュックと気安い掛け合いするキミを見るとちょっと胸が痛くて、それがもどかしくて、どうしようもなく本当は嫌で、それでそれで。

 

 

「綺麗だよ、ユウナ」

 

 

顔が着火した。胸は爆発して吸い込んだ息が全部消えた。そう!これ!これがいい!私これがいい!感情が濁流になって、私の身体は何故か動いて、彼の唇に私の唇を重なっていた。石みたいな感触であれ?ってなってそれで場面がビサイド島の森になって、私の身体は今日の半裸の彼の下に組み敷かれていて。泣きそうな位恥ずかしいのに私は全然嫌じゃなくて彼の顔がすごく近くて何故か分からないけど突然下半身が猛烈に熱くて、でも知識が足りないせいでなにが起きるのかその先わからなくてもどかしくてそれでそれでそれでね彼が私の事が実は好…

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、わっ!わぁぁっ!」ガバッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナっ!(第二ステージ)

 

その15

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウナとリュックの様子が…すっっっごく変なんだけど…あんた何か知らない?」

 

 

ルー姉さんの掠れ声の質問を、俺は聞こえないフリを継続していた。鼓膜が破れてるから仕方ないよね?時々ちょっと体調が悪いです。今話しかけても生返事しか返せませんよ?っていう仕草も折り混ぜつつ、俺たちは再びジョゼ街道を歩いていた。

 

「シーモア老師と話した後もちょっと変だったけど…なんかその時とも様子が違うのよね…」

 

ルー姉さんのブツブツとした独り言とも俺に話しかけているとも取れないうわ言を躱しながら道中を歩く。

 

ワッカは昨日よりも体調が悪そうだ。アドレナリンが切れて痛みに意識が割かれてしまうのだろう。俺は無言でワッカの体を支え続ける敬虔なスポーツマンの顔をしながら、パインという名前の女剣士の尻を見つめながら歩いた。

 

民間人のオオアカ屋のオッサンを加え、徐々に明るさを取り戻す一団の空気。昨日がミヘン•セッションの悲壮感を背負った鈍重な行進だったのに比べると幾らかは足が軽い。

 

意外にもシェリンダさんがムードメーカーの役目を務めていて、無口なパインとも積極的に絡んでいる。

 

なんでもパインは昨日の夕飯前のタイミングで、こっそりとユウナ様の石像に俺と同じ様にエボン流の礼拝をしていたらしいのだ。その姿をシェリンダさんが目撃した訳で、エボンの教えの素晴らしさを共有する仲間と見定めるメイチェンの爺さんとの2人がかりのウンチク波状攻撃を仕掛けていた。

 

 

一夜明けたオオアカ屋のオッサンはユウナ様に石化から助けた恩でも売り込みに行くのかと思っていたが…むしろ俺に興味津々だった。

 

朝の明るい光で見た俺の顔が、今スピラで一番話題の男、ティーダ君だと気づいたらしく「少年、何か困ってる事はねぇか?!」と言った調子で、目にも止まらぬ揉み手の姿勢で俺に媚を売ってくる。俺を絡めた金の匂いを嗅ぎつけたのだろうし、腰を落ち着けたらゆっくり話を聞いてやろう。

 

 

そんな事を考えていた時、俺の髪が逆立った。静電気だ。空気が、帯電している事に気付いた。

 

 

そうか。ついに辿り着いたのか。

雷の舞い散る、不思議な寺院。

 

 

 

ジョゼ寺院だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

 

 

 

寺院に流れ込んだ俺たちが腰を落ち着けられるタイミングは無かった。

 

ワッカは寺院に入り込んだ途端、意識を失ったのだ。昨夜の段階で患部にバイ菌が入ったのだろうか。重症のくせに、皆を心配させないようにヤセ我慢をしていたらしいのだ。

 

ケアルラを使える神官と医者を寺院から呼び出して、すぐに医務室で治療が施される。

 

「ワッカ!しっかりしなさい!私達はガードでしょ!使命は終わってないのよ!」

 

とあえて厳しくハッパをかけるルー姉さん。

 

「ワッカさん…あれだけ無理はしないでって言ったのに…!」

 

と、涙を浮かべてケアルを掛け続けるユウナ様。2人の背中を旅団一同で見つめながら、俺はブリッツボールをワッカの手に擦り続けていた。

 

ただの思いつきだ。

俺なら…このボールの感触を頼りに意識を戻せるかもしれない。それはワッカも同じだろう。「戻ってこいワッカ!」そんな事を考えたんだ。

 

 

名前を呼び続ける事一時間。

ワッカはまぶたを微かに動かした。

 

ユウナ様は魔力切れで虫の息で、ルー姉さんはスフィア盤を手に持って白魔法を自分が覚えられないかと必死に瞑想していた時だった。

 

 

俺の掴んでいたブリッツボールを握り返す力を微かに感じて、俺はワッカと目が合った。アイ•コンタクト。ワッカは声も出さずに、何をバカな事してんだよお前、もう大丈夫だよ、って俺に笑った。

 

 

________________

 

 

そっから先はあまり俺も覚えていない。

同じく無理をしたルー姉さんもそのまま医務室に。ユウナ様も肩の治療を受けながら、疲れで眠ってしまったので、キマリとリュックが部屋に運んでいった。

 

俺も寺院の人間に言われるがままに、飯を食い、耳の治療を受けて、また飯を食い、一眠りして今起きた所だった。

 

窓の外はもうすっかり夏の夜だった。

 

「変な時間に目が覚めちまったな」

 

喉の乾きを覚えて歩いた寺院の中は、ミヘン•セッションの爪痕をまざまざと感じる光景だった。どうやら俺達は優遇されていたらしい。大部屋は怪我人で埋まっていて、ロビーにまで人が溢れていた。

 

パタパタとお湯の入ったタライやらタオルを持って走り回るシェリンダさんも見かけ、優しく微笑みながら虚な目をした子供の相手をしているメイチェン。シンとの戦いは舞台裏でも続いていたのだ。

 

 

「起きたか」

 

 

水の入ったコップを片手にぼけっと突っ立っていた俺にアーロンが声を掛けてくる。

 

「アーロン。みんなは?」

 

「大概は眠っている。全治一週間という所だな。暫くは俺達はここに滞在する事になるぞ」

 

「そっか。ずっと休み無しで忙しかったからな。それがいいよ」

 

俺は少し安心した。やっと一息つけるのかと素直に思える程度には俺も疲れていたらしい。

 

「今日は休め。明日から稽古をつけてやる」

 

「あぁ。頼むわ」

 

「…反抗しないのか」

 

「え?」

 

俺も疑問に思った。なんで今素直に受け入れたんだ俺?

 

「あー、うん。とりあえず明日またどうするか決めようぜ。リュックの意見も聞きたいし」

 

「あの娘も疲れが出ているみたいだぞ。先程部屋の前を通ったが、夢見が悪いのか、うなされていた様だ」

 

「ふーん、悪い夢でも見てんのかな…って、それならドア叩いて起こしてやれよ」

 

「む…それも…そうか」

 

アーロンはそう言って、顎をしゃくった。

寝てる子どもを起こすというのが、オッサンの頭には選択肢として浮かばなかったらしい。ったく、このオッサン。こーゆー所あるんだよな、昔っから。

 

「いいよいいよ、俺が行くわ。リュックとちょっと話したい気分だし」

 

俺はそう言うと頭を切り替えて、足早にリュックの部屋に足を進めた。あんまり話してるとオッサンに説教されかねん。

 

 

「…ふっ。さて、どうなるか…」

 

 

走り去る俺の背中からアーロンのそんな呟きが聞こえた。

 

 

 

______

 

 

今から女の部屋に行く。

そう思ったら頭が冴えてきた。

寺院の奥にある個室が並ぶ花の調度品を置いた、ひっそりとした暗い廊下を歩く。

 

キマリが謎にガード本能全開で廊下で寝ずの番とかして、仁王立ちで立ってたらどう突破しよう。何処にでもありそうなダンボール箱に入って、徐々に移動すれば行けるかもとか考えたけど、どうやら居ないらしい。

 

俺は一つの部屋に狙いを定め、ドアに耳をつける。リュックの部屋がよく考えたらどの部屋か分からん。オッサンの言葉が正しければ寝言が聞こえるかもしれん。

 

『…謎に包まれたティーダ選手の高速のプレイング。その秘密を解き明かす為、私達はスタジオの専門家の意見を…』

 

TVの音だ。ハズレか。

 

次の隣の部屋からは、寝息が聞こえる。多分…これはキマリだな。次だ。

 

「き、綺麗…綺麗だよ…」

 

これは女の声。ユウナ様か。寝言なのか起きてるか分からんけど、寝てるならなんかお花畑の夢でも見てるんだろうか。ワッカの治療で活躍したんだ、そっと寝させてあげよう。次だ。

 

 

 

「…くっ…うっ…」

 

 

こ   れ    だ    な

 

 

 

うーん。うなされ方が思ったよりエッチ。

才能あるよリュック。

俺はさっさと部屋のドアをノックして部屋に入れてもらおうと考えたけど、うなされ方が面白くて急に寝起きドッキリしかけたくなってきた。ヘアピンを取り出して、口に出せないあの形に曲げおって鍵穴に差し込んだ。くそ、意外にむずい。手間取るとアーロンのオッサンに逮捕される。急がねば…

 

 

「…分からせたいってなんだよぉ…」

 

 

んん?なんだ、寝言にしてははっきりしてるな。

 

 

 

 

 

 

 

「私になにを分からせるつもりなんだよぉ…なんで処女ってバレてるんだよぉ…くそぉ…ビッチじゃないもん……ぐすっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…俺も部屋に戻って、寝よう。

 

 

なにも聞かなかった。そうだろ?

俺は音速でヘアピンを元の形に戻して、暗殺者の足取りで自分の部屋に逃げ帰って布団を被った。

 

 

みんな、おやすみ!良い夢見ようぜ!

 

 

 

 

俺の意識は驚く程はやく闇に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそぉ…ティーダの…バカ…」

 

 

 

 

 

「んっ…ぐすっ…バカ…私を…オカズにした…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「私だって……んっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私だ…って…カズに…あんっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

クチュ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オカズに…し返してやる……あっ…うんっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様感想ありがとうございます。
エタッてしまった作者を、こんなに暖かく迎えてもらえるとは…。
感想返しも落ち着いたらしていくつもりです。
これからもよろしくお願いします…!


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第十六話

 

 

___やぁみんな!今日もハッピーかい?

俺はハッピーさ!なんて言ったってね、今朝すごい素敵なアイテムをゲットしたからね!

 

__まぁ!凄いアイテムですって!ザナルカンド時代では女の子とのデートの待ち合わせは、ヨトバシカメラ前かラブホテル前の2択しかない程の家電マニアだった貴方が喜ぶアイテムって何かしら!

 

____気になるだろう?この科学技術の発展していないファッキンな世界では手に入れるルートが限られてて時間がかかったけど、遂に手に入れたぞぅ!これだぁ!

 

_____キャア!眩しい!科学の光が眩しくてよく見えないわ!懐かしいプッシュボタン式で画面も小さくてロクにゲームも入れれなさそうだけど神々しい画面の光で目が潰れそうよ!お願い、眩しくて前の見えない私にこの謎の光る物体を教えてぇぇ!

 

___フフフ。もう欲しがりさんだな、スージーは。そう!こいつの名前は!携帯電…

 

 

 

「くそぅ!」

 

 

怒声と共に____ダンッ!と机に叩きつけられるビールジョッキ。そこから飛び散った飛沫が食堂の机を汚し、脳内のスージーと会話していた俺の頬も水びたしにした。

 

辺りは急にシン…と静まり返り、ワチャワチャしながら昼飯を食べていたガキ共も目を見開き、奥のテーブルに座って食パンをシチューに着けてせっせと口に運んでいたルー姉さんも何事⁉︎とオッパイを揺らしていた。

 

 

「なんで!?なんでこの僕が交感も契約も出来ないんだ!ここの召喚獣は絶対間違ってるよぉー!」

 

 

酒に溺れて絶叫をあげるこの男の名はイサール。おかしいな。今朝までは「フフ、今日こそ寺院のパズルを解き明かせそうだよ。ユウナ君、お先に失礼するよ」ってニコニコ優男のイケてる召喚士様ムーブをしていたはずなのに…。猫かぶっていやがったなコイツ…。

 

朝にリュックから貰った携帯の設定をいじりながら、召喚士の旅の苦労話を聞いてあげていたのだが、話が今日のジョゼ寺院に移った瞬間、唐突に爆発してしまった。

 

仕方あるまい。召喚士も色々大変な事が分かったし、フォローを入れてやる事にする。

 

 

「まーまー!一体くらい振られても召喚獣も星の数ほどいるさ!クヨクヨするなよ!」

 

「そ、そうだぜ兄貴!ティーダ君の言う通りだ!星の数程はいないけどな」

 

「そうだそうだー」

 

「イサールはヴァルファーレ姉貴もイフリート先輩も呼び出せるんだ!話聞いてたら召喚士でも意外と少ないらしいじゃんか、二体も召喚獣と契約できるなんて!ユウナ様より早く他の寺院回ってシンを倒したら一気にヒーローよ!石像立っちゃうぜ!」

 

「そうだぜ兄貴!兄貴は優秀なんだ!絶対にシンを倒せるぞ!あ、ティーダ君。ちなみに体じゃなくて柱な、召喚獣の数え方は。恐れ多いぞ」

 

「恐れ多いぞー」

 

「本当にそう思うかい…?交感に失敗した僕なんかを」

 

 

イサールの瞳に光が灯りだす。

あと一押しだ!うぉおお!頑張れ俺ぇ!

 

 

「はいっ!みんな一緒にぃ!イッ•サール!ゆ•う•しゅう!」

 

「イッ•サール!ゆ•う•しゅう!」

 

「イッ•サール!ゆ•う•しゅう!」

 

 

俺達は食堂で負け試合を初めて経験したらしいイサールをリズムに乗せて慰め続けた。

 

 

 

__________

 

 

 

「ありがとうね。お陰で元気が出たよ、ティーダ君。交感こそ出来なかったけど、召喚獣に心の力を分けてもらえたし、僕達はこのまま次の寺院に向けて出発するよ。君の言う通り、いつまでも止まっていられないよね!」

 

「あぁ頑張れよ!俺がブリッツ界に舞い戻ったら、イサールの事応援してるってヒーローインタビューで言ってやるから、TV見忘れるなっすよ!」

 

「ふふっ。楽しみにしておくよ」

 

 

ガシっと力強く握手を交わして俺はイサール召喚士一行を送り出した。俺の携帯にはオサールという名前が追加され、アーロンとリュック以外にもメールが出来る相手が増えた。1ヶ月もすれば自然と女の名前でメモリが一杯になってしまうかもしれないから、男の知り合いもこれはこれで大事だ。

 

「しかし、ここの寺院は難関なのか。イクシオン…だっけ?契約するのはユウナ様でも手こずるかもな」

 

イサールは召喚士の家系としてユウナ様と、どっこいレベルで優秀らしく、気難しいジョゼ寺院の召喚獣との契約も出来ると有望視されていたらしい。

 

詳しくは聞けなかったが、ヴァルファーレ姉貴は召喚士としての才能に伸び代があり、弱き人々を助ける優しさを持っている人間と契約が成功しやすいのが通説らしく、召喚士の登竜門とされている。

 

イフリート先輩は意思の疎通が難しく、戦闘以外のタイミングでは召喚出来ないという縛りこそあるが、タフだし速いしとにかく強い。契約に関してはシンを倒すという一念が燃えている事が大事で、弱気が入っていると契約が出来ないとイサールは語っていた。

 

ヴァルファーレを使えれば一人前。イフリートも使えればシンを倒す有望な召喚士として箔が着くレベルらしいのだ。

 

 

「ユウナ様、やっぱり凄かったんだな」

 

 

俺の脳裏にユウナ様(石像)が自然と描かれ、尊敬の念が高まってくる。

この思いを伝えたいが、今朝からユウナ様は目が合うと何故かピューっとルー姉さんの所に逃げられている気がする。何かした心当たりはないから、気のせいかもしれない。

 

ちなみにリュックに至っては目も合わせてくれない。切れたトイレットペーパーの補充を外から渡すみたいなノリで、部屋の扉ごしから携帯を渡してきた。

 

「お、お願いだから3日間くらいは、私への会話はこれでして...お願いだから...」

 

と来たもんだ。

何かした心当たりが無いから、気のせいかもしれない。

 

寺院に戻る足を進めつつ、そんな事を考えていた時だった。突然_____

 

 

「はぁっ!」

 

ビュッ!

 

 

という風切り音が、俺の頭上から迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 

_________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________っ。

 

 

 

 

一瞬意識を失っていて、そして目覚めた時の感覚だった。

 

 

 

頭がズキズキと痛い。え、なんだこれ。マジで痛い。

 

開いた目に刺さる太陽が眩しく、俺は地面に仰向けで寝転んでいるのが理解できた。

 

 

 

「…起き…た?」

 

 

 

焦点が定まってくると見えてくるのはマブイ女の像。

黒一色ゴシックパンクな服。エキセントリックでキメキメな銀髪逆立ちヘアースタイル。

厳ついカーブを描いた剣を携えた神尻スタイルの女剣士___

 

 

「あんたは…」

 

 

俺と目が合うと、さーっと血の気を無くす目の前の女剣士。

それで状況は分かる。こいつ____俺に闇討ちを仕掛けやがった。

 

 

「パイン…だっけ?」

 

 

俺は頭を抑えながら上体を起こした。

フラッシュダウンだ。瞬間的に意識が飛んだだけで、そこまでダメージは無い。

パインは尻を地面に着けないタイプの体操座りの姿勢で、俺の方をチラチラと見てくる。

 

 

「ごめん…」

 

 

涙目で謝ってきたが許さない。

こいつは絶対キャバクラに沈めてオッサン相手に酌をした金を巻き上げつつ、月金シフトのカキタレにする、と俺は瞬間的に炎の様に熱い決意を固めた。

 

考えろ、この状況を最大限に利用する方法を____!

 

 

 

 

「俺は…誰だ?」

 

「えっ……はぁっ!?」

 

 

 

 

効いてる___!畳みかけろ___!

 

 

 

 

 

「___うっ!頭が…!」

 

「だ、大丈夫か!?本当にゴメン!医者まですぐ連れていく!背負うよ!」

 

そう慌てて言ったパインは意外にも力持ちで、俺をよろめきながらもオンブをするのに成功すると、寺院への帰り道へとゆっく

りと歩き出した。ヤダ…イケメン。

 

 

 

「一体…何が…」

 

 

「わ、私が悪いんだ!くっ。昨晩、ティーダ。あんたとアーロンさんの会話を私は聞いたっ。「稽古をつけてやる」とっ…」

 

 

「稽古…?」

 

 

たしかに記憶の奥底でそんな会話をしていた気がするが、今の今まで忘れていた。

それすらも覚えていないという設定にしよう。

 

 

「昔っ!あ、アーロンさんに憧れて私は剣士を志したっ!だからっ。嫉妬したんだ!アーロンさんの弟子のっ、あんたにっ!」

 

 

パインは歩いた。声も途切れ途切れに俺を寺院に運ぼうと必死に歩く。

パインは珠の様な汗を流す。せっかくなので俺は首筋の匂いを嗅いだ。思っていた以上に若いスメルだ。

若さ故に、俺をアーロンの弟子とかいうウホウホ関係だと妄想を爆発させて、その嫉妬で凶行を起こしたらしい。

なんて無謀な暴走なんだ。これはしっかりと指導してやらなければならない。

 

 

 

「アーロンって…誰だい…?」

 

 

「あんた…あ、アーロンさんの事まで…!」

 

 

 

 

俺のアカデミー主演男優賞確定の演技から繰り出す一言に、遂にパインの目元から涙がこぼれる。

 

 

パインの名前が目覚めてすぐ出てきて、なぜかアーロンの名前が出てこないという無理めの設定を、演技力一本で押し通す自分の才能に勃起が止まらない。良心の痛みをスパイスに感じながら、俺はパインのうなじに顔を埋めた。

 

 

「うっ!ゴメン!私っ!本当にトンでもない事を…!

昨夜アーロンさんに私を弟子にしてくださいって、必死に頼んだんだ。

 

でも!

 

『…俺には他に見るべき奴がいてな。そいつで手一杯なんだ。他を当たれ』

 

って、無碍なく断られて!私があんたをシメる…た、倒せる力量を見せれば弟子にしてもらえるかもって、先走って…!」

 

 

 

 

あ  の  オ   ッ  サ  ン   の  せ  い  か  い !!

 

 

 

「ごほっ!ごほっ!」

 

あぶねぇ。危うくツッコミそうになった。あのオッサンが厄介事に絡んでくると理性が飛んじまうよ、まったく。

 

 

「討伐隊も!アカギ隊も滅茶苦茶になって!あいつらの行方も分からないし、キノック様の僧兵からも追っ手がかかってて、私、ちょっと頭がどうかしてたんだ…説得力は無いかもだけど、私もいつもこんなのじゃなくて…って何を言っているんだ私は…わるい!忘れてくれ…」

 

パインはなにかよく分からない自分の設定を話しているが、ちょっと処理できない。厄ネタっぽいから体調悪い感じでスルーしよう。

 

 

 

 

「すまない!私を前に通してくれ!急患なんだ!」

 

 

 

 

ボロが出る前に寺院にたどり着いて良かった。

ルー姉さんがあんぐり口を開いてこっちを見ているが、スマイルを送って今は無視しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______

 

 

 

 

「タンコブできてるね。うん、頭痛いよね?湿布いる?」

 

「先生、下半身のここも痛いっす」

 

「湿布出しとくねー」

 

 

 

_______

 

 

 

 

 

 

 

 

すぐに治療は終わった。

 

 

診察室の外で祈りのポーズで待っていたパインと目が合う。「結果は?」と必死な表情を浮かべる。髪を下ろしているのが気になるが、まず俺は答えた。

 

__症状は何とも言えない。慎重で気長な対応が必要で、この病室でやれる事は残念ながら無い。

 

自室でとにかく安静にして眠る様に医師から言い使った___と伝えた。嘘は言っていない。多分。

 

 

パインは「そうか…」と、思いつめた顔で肩を貸してきて、男前な自然な流れで俺を自分の部屋までエスコートしてくれた。

 

 

 

扉を開け、俺をベッドに寝かせ

 

 

 

「…ティーダ。困った事があったら、これを鳴らしてくれ。何でも私に言ってくれ。

 

 私は___今からあんたの剣だ」

 

 

 

と吹っ切れた顔で颯爽と一言言って、銀色のベルを枕元に置くと、俺を安心させるように笑顔を一つ浮かべて、部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

___眠って起きたら、記憶が戻った…って事にしてあげよう…なんか…なんかさ…罪悪感で押し潰されそうだよぉ…。

 

 

ってか、これもあれも、全部アーロンのせいだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナっ!

 

そのじゅうろく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠気も無く暇に耐えかねた俺は、パインが俺の部屋の前で立って黙想しているのを確認し、ばれない様に窓の外から部屋を抜け出すと、寺院の中を探検していた。

 

ジョゼ寺院は建物と洞窟が合体した様な不思議な造りで、広い広場だったり行商人が泊まる施設やチョコボ小屋などもあった。近くに街が無いので需要に合わせて自然と拡張された感じなのだろう。

 

行商人に声をかけ商品を見せてもらったり、TVで俺のこと見た事ある!と騒ぐガキの相手をしたりしながら歩いていたら、召喚士の間に続く扉が目に入る。

 

 

「入っちゃダメだよ」

 

 

チラリと振り向くと紫フードのガキんちょがいた。

あれ。たしかジョゼ海岸でもいたなこいつ。

 

「み、見てただけなんだからねっ。な、謎解きなんて全然興味なんかないんだからっ」

 

おどけながら身体ごと振り返った時にはもういなかった。素早い奴だな。

 

でもなぁ。「入るな」って言われちゃ仕方ないよな。

 

 

____

 

 

 

「おっしゃビンゴ!この謎の玉を嵌めてっと…」

 

という事で来てみました謎解き。

だって駄目って言われたたら入るしかないじゃん。俺の中の竜平タルパがそういう時は入れって言うから仕方ないじゃん。

 

それに俺も寺院の謎解きスタンプラリー3回目のベテランだ。多分寺院にくるのも最後だろうし、出禁覚悟で思い出作りしよう。

 

しかしイサールもなかなかやる。今までの寺院より格段に謎を解くのがむずい。俺はあっちこっちに玉を持って走り回った。

 

 

そして無事パズルを解き、召喚士の間の前までやってきた。この奥はガードすら入れない召喚士の間だ。荘厳な掘り込みをされた石の扉は固く閉ざされ、不埒者の侵入を拒んでいる様に思えた。

 

流石にここは開かないんじゃね?

そう思いながら俺は扉にかける。すると扉の輪郭が鈍く発光した。

 

 

ゴゴゴゴゴ…ガタンッ

 

 

…開くのかよ…ガバガバのセキュリティだな。灯りもなく真っ暗な空洞の様な部屋が見えるのだが、流石にこの先に進むのはマジでまずいか…どうする?

 

 

ゴゴゴゴゴ…ガタンッ

 

 

迷ったらやる、ってのが信条だからもう身体は召喚士の間に入っていた。俺の心の竜平が行けよ!って言ってくるからさぁ…。てか、扉が閉まったは良いけど、今度は出れない。自動ドアじゃなかったのか、ヤバイ。ボス部屋と同じシステムかこれ?

 

そんな感じで焦っていたら、さっきまで暗闇だった部屋が、いつの間にか足元に走る青いラインが光り、明るくなってきていることに気が付いた。

 

ビリッ…ビリッビリッ…

 

空気中に、電気の帯が走る。

パチパチと音を出し髪が逆立ち、肌が泡立った。足元の青いライン上の光は巨大なネットワークを思わせる挙動で部屋中を走り回っていて、そのスピードはドンドン上がっていく。

 

コォオオオ!という風が狭い所を通り抜ける際の鈍い音が辺りに響く。すると、部屋の奥が黒いワームホールの様なものが生まれ、空気中の電気の帯が中心に吸い込まれていく様から俺は目が離せなかった_____なにか、来る。

 

 

カコッ…カコッ…カコッ…

 

 

穴の奥から響いてくるのは足音。

ヒールの様に硬いけど、それより重い何かが石の地面を叩く音。そいつはゆっくりとこっちに近づいてきて…俺の前に姿を現した。

 

白い毛並みの美しい馬。頭から生えた黄金のツノ。神話の絵本でしか見た事が無い、一角獣。

 

 

召喚獣イクシオンだ。

 

 

 

「えーと…」

 

奇跡のコラボレーションが誕生してしまった。片や召喚士でもなんでもない異邦の侵入者の男。片や処女しか乗せないとかいう悪名高い逸話を持ち、その逞しい角で悪人共を串刺しにする姿も容易に想像できる獣。

 

メンヘラ気質の高そうなビジュアルから感じられるプレッシャーは、俺はここからの選択肢をミスったら死ぬかもしれないという事を暗示していた。

 

ブルルッ…ブルッ…

 

目の前の召喚獣イクシオンは、ユラユラと揺れて鼻を鳴らしながら、俺と見つめ合う。どうしよう。ナイスなアイデアが何も出てこない。相手が獣では俺の初対面コミュニケーション四十八手の一つも使えない。くそっ使いこなせば出会って4秒で合体すら出来るのに!

 

 

イクシオン様は黙って俺を見ているのも飽きたのか、荒っぽく俺に鼻先を突きつける。そして…

 

スピスピッスピスパスパスピスピ…!

 

と久しぶりに旅行から帰ってきた親父の匂いを嗅ぐ飼い犬並の高速の鼻くんかを俺に仕掛けてきた。感情は匂いにでる、と聞いた事がある。俺の全てを匂いで理解して、このまま帰してくれないだろうか…。

 

スピッ…ブルルッ…カコッ…カコッ…

 

鼻くんかの時間は続いていた。俺の周りをゆっくりとノシノシと周り出すイクシオン様。

 

「あのですね、私、その…間違えてここ入ってしまった一般人でして…」

 

どうすればいい____ユウナ様なら召喚獣の間でいつもどうしているんだろう。

 

「お休みの所起こしてしまって本当に申し訳ありません…恐縮なのですが、後ろのドアのロックを解除していただけますでしょうか…」

 

たしか、お祈りをしていると言っていた。マジで?この状況で?こんな悪い人達で行われるタイプの新人アイドルの水着審査並のお触りタッチプレイの中、何時間もお祈りしてるの?

 

ユウナ様の凄さを改めて感じて、猛烈に苦労を共有したいが、生きて帰れる保証がない。もう伝わってるか分からないが言葉によるコミュニケーションを試みるしかない。

 

「わざとじゃないんです。竜平が入れって言うから…僕いじめられてて。ふざけてここに閉じ込められちゃったんです…。竜平がカチョウ倶楽部ってお笑いトリオでTVで売れてから、僕みたいな新人芸人いびりしてくる様に…」

 

ガンッ!「痛いっ!」

 

蹴られた!この馬蹴ってきたよ!言葉分かるのか!?嘘の匂いがしてますか!?

 

ブルルッ!

 

コンコンッ…

 

「え?なになに…?」

 

馬は俺を蹴り倒して、地面に這わせると、金色のツノで地面の一点を指し示した。円状のガラス板の上に何か…言葉が彫られている。

 

「『我、悪を憎む者。汝、真実を追うか』って書いてありますね…」

 

言葉の意味は理解できる。これを読んで欲しかったんだろうか。俺はイクシオンに目を向ける。ブルルッ。と感情の読めない目を返された。

 

「真実…って…シンの話っすか?」

 

直感で答える。召喚獣がどうやって生まれるのかあるいは作られて運用されているのかは知らないけど、大義名分としてはエボン寺院の管理するシンとの決戦兵器な訳で、こういう場所で聞くのはシンの話だろう、と当たりをつけた。

 

ブルルッ…

 

イクシオンは俺と目を合わせると、正解とも不正解とも言わず…

 

 

カコッ…カコッ…カコッ…

 

 

と、ワームホールの中へと戻っていった。

え?なにこれ、置いていくの俺?

 

 

______________

 

 

 

 

カコッ…カコッ…カコッ…

 

イクシオンが戻ってきた。30分位放置プレイされて、俺は剣の柄で壁に穴を掘り脱獄は出来ないかと試みている最中だった。

 

ブルルッ!

 

「はい!はい!すぐ行きます!何が御入用でしょうか?外行ってニンジンでも買ってきましょうか!?ヒトッパシリ…痛いっ!」

 

また蹴られた。本気じゃ無いんだろうけど、さっきから調子乗りだしたらボコってくる気がするなぁ。

 

イクシオンは俺に再び鼻先を突きつけてきて、鼻を鳴らす。口に何か咥えている…何かが書かれた紙とペン____あまりにこの場で似つかわしくないものだった。…てか、やっぱりこいつ言葉が分かるな?

 

紙とペンを受け取り、地面に置いて内容を読み解く。なんかの秘密保持の誓約書とかかな…なになに何が書いてあるんだ…

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

問13 配点5

 

崖から落ちそうな妊婦と第一階級の神官。どちらを助ける?理由も含めて答えよ。

 

答え

妊婦。神官は偉いから年寄り。どうせ未来は無い。

 

 

 

問14 配点15

 

シンは堕落した人間への罰であり、エボンの教えを守ればシンはいつか消えるという教えに対して一言。(自由回答)

 

答え

めっちゃ嘘っぽい。

 

 

問15 配点10

 

アルベド族は迫害すべき?

 

答え

迫害、ダメ、絶対。

 

 

 

 

 

サラサラと舞い落ちる砂時計の音と、俺のペンを走らせる音だけが、召喚士の間に響く。

 

ドラゴン大桜を読んだ俺に死角は無い。初めに全ての問題に目を通し配点の高い問題と難易度の低い問題点をチェック。三角をもらえる可能性を考慮して分からなくても全ての問題に何かしらリアクションを返す。

 

しかし見直しの時間をとるのは…無理か…くそっ俺は…絶対に東大に受かるんだ…こんな所で終わってたまるか…東大に入って学生証をアクセサリー代わりにして合コンに出席して無双しまくり勝ちまくり…ドコッ!!「痛いっ!」

 

 

集中が乱れたのを確実に察して蹴りをくれてくるイクシオン先生の指導の元、俺は最後の問いを書き上げ、提出した。

 

 

__________

 

 

 

 

カツカツカツ…

 

イクシオン先生は蹄を一定のリズムで貧乏ゆすりしつつ、俺の答案の目を通している。もう絶対に人間が中に入っているなと確信しているが、強すぎて斬りかかる勇気は無い。大人しく採点風景を見つめていたら、イクシオンは急に立ち上がり、角で俺の手をチクッと刺した。

 

________血が少し出て、傷口から電気の糸が引いた。

 

 

 

パチパチッ!パチパチッ!

 

地面が、揺れていた。

 

 

部屋の中の青い光は眩しいほどき走り回り、空気中に紫電が乱舞しだす。

電気の糸は徐々に大きく太くなり、俺の身体を包み込んでいく。

 

感じるのはひたすらに強大な力。

 

肌の表面が沸騰し、身体中を燃やすように電流が舞う。

このまま蒸発して消えてしまいそうだ。

 

 

まとわりついた紫電は遂に俺の眼球に入り込み、白く、白く、風景を染め上げていった______。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、読んでいただき、ありがとうございます。
感想返しもまだ全部は完了しておりませんが、4年前の感想に対してもボトルメッセージの様に今更返信をしております。応援の一つ一つ本当に励みになります。待っていたよ、とのお優しい言葉が染みます。
これからも何卒宜しくお願い致します。


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第十七話

 

 

 

そこは真っ白な空間だった。

床も空もない場所に少年が1人座っている。

 

 

「やぁ。ジェクトの息子。こっちに来て座りなよ」

 

軽く手を上げる、気安い挨拶。

敵意の無さを感じとり、腰を下ろした。

 

「誰っすか」

 

「イクシオンの祈り子だよ。生前の名前はライトニング」

 

「祈り子…?」

 

「祈り子は召喚士に自分の夢の設計図を与える存在。召喚士は幻光虫を集め、設計図を具現化する術を持った者だ。僕はイクシオンという召喚獣の夢の開発者であり、また本人と考えていい」

 

「ふーん…えっ。じゃあさっきの馬があんたっすか?」

 

なんとも驚きの事実だ。このガキがさっきまでボコってきたり、謎のテストをやらせたりしてきた訳か…。

 

「…初めは召喚士でもないのに、バハムートの臭いをプンプンさせてる奴がいるってのが気になって招き入れただけなんだけどね。よく君の顔を見たらジェクトの息子じゃないかと気が付いた_____

 

____違うと思うけど一応確認だ。

君。バハムートの差し金でここに来たりしてないよね。大抵は、黒人の子供の姿をとっている筈さ、心当たりは?」

 

ギロッと強い視線で睨まれる。

子供の出せる眼力じゃなくて素直に怖い。

 

「だ、誰かに言われて来た訳じゃないっす!」

 

「じゃあ、なんで?」

 

「いえ…あの…寺院の謎解きが…したくて…」

 

「…ふざけた奴だな君は」

 

イクシオンは、ため息を一つして後ろに振り返り、何か作業を始めた。空気が霞んでいて、手元は見えない。白いもやの中、何かの配線作業の様にも部屋の片付けをしている様にも見える動きだった。「やっぱりだ」少年は何かを掴んでそう言った。

 

「君は、バハムートに管を付けられている。少なくとも5年前…いや、それ以上だな。ジェクトが祈り子になってから、すぐか」

 

ん?ジェクトが祈り子?なんの話だ?

 

「ずっと監視されていたって事さ。警戒した方がいい。最近の彼は、夢のザナルカンドにも顔を出さない。君を使って何かをしようとしているんだ」

 

「え…はい?親父が祈り子…夢のザナルカンド…?」

 

脳の処理が追いつかない。さっきから頭がふわふわする。この子供は一体何を言っているのだろう。

 

「む…ブラスカがジェクトを祈り子として究極召喚をしたという事は知っているかい?バハムートやアーロンはどこまで話しているんだ。アーロンは何らかの方法で夢のザナルカンドに渡り、君に接触を取った。そして共にスピラに戻って来た筈だ。だから君は今此処にいる。では、ベベルとの戦争に負けそうになったザナルカンドを守る為に、大召喚士エボン=ジュが対ベベル決戦兵器としてシンを…」

 

まくしたてる様に言葉を紡ぐ少年。

少年は俺の表情を見て察した。

 

「なにも…聞かされていないのか…」

 

そう、申し訳無さそうな顔を浮かべた。

なんか俺の知識と学歴が不足しているせいで、少年を悲しませてしまったらしい。

 

アーロンとかジェクトとか知っている名前が出ているのにも関わらず、俺には何の話をしているのかさっぱり分からなかった。

俺は、まだ何も知らない。

親父がシンになった理由も。俺がスピラにタイムスリップしてしまったのもきっと、ただの摩訶不思議な事故じゃない。

 

 

少年は作業に戻っていた。

何かの配線を繋いでいる様な背中が動いている。

 

「まぁ…いいさ。今、契約作業も完了した。もう行っていいよ。どうやら、まだ猶予はあるみたいだ」

 

「あ、帰っていいっすか」

 

なんだか頭が痛い。帰ってシャワーを浴びて布団に入ろう。だが…その前にこれだけは聞いておかねばなるまい。

 

「先生…あのテスト…何点だったんすか?」

 

「85点。君はバカだけどフェアで、倫理観の基準にスポーツマンシップがある。予想通り、心の居心地は悪くないよ。…女性関係の考えを除けばだけどね」

 

先生はそう言って俺に静かに微笑んだ。

どうやら、褒めてくれているらしい。

 

「召喚士はいつもあんな思いしてるんすね…」

 

「他の召喚士には無いよそんなもの。君に交感の技があれば、あんな茶番は必要無かったんだ…ってあれ?君。なんでヴァルファーレと微妙に管が繋がってるのさ…命令権までついてるし…」

 

「え…?ルカのブリッツの試合の時に、そう言えば俺の言う事聞いてくれた様な…」

 

「エコ贔屓かよ…あのおばさん…」

 

そんな会話をしているうちに白いモヤが濃くなってきた。少年の姿が白く、遠く、見えなくなっていく。「ティーダ」と名前を呼ばれた。

 

 

「ザナルカンドは現在二つある。遺跡のザナルカンドと夢のザナルカンド。このスピラの何処かに召喚されている筈なんだ。旅の間、それを探して欲しい」

 

 

「分かった!連絡方法は!」

 

 

「何を言ってるんだ君は。僕はこれから、ずっと側にいるよ______」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナっ!

 

その17

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガヤガヤ…ガヤガヤ…。

 

 

 

食堂に響く人々の喧騒をBGMに私はユウナと食事を取っていた。思えば、2人きりでこうしてゆっくりと食事をするのも随分と久しぶりだ。

 

好物のホワイトシチューにパンをつけて口に運ぶ。口の中でホロホロと広がる甘味。机に置かれた花瓶の花言葉について話すユウナの自然な笑顔を見て、私も笑みが溢れる。

 

ワッカの容態も峠を越えて、心配は要らなくなったし、ユウナと私の怪我も回復は良好。旅の再開まで少し時間が生まれた事で、心に張り詰めていた糸が緩まっていくのを感じる。

 

ビサイド島で暮らしていた時の、穏やかな気持ちが戻り、自然と会話は弾んでいた。そんな時だった。

 

「あっ。ねぇルールー。『私をオカズにした』ってどういう意味か分かる?」

 

バフッ!

「ゴホッ!ゴホッ!」

 

「大丈夫!ルールー」

 

平穏は突如破壊された。

ユウナの口から投擲された炸裂弾が私の呼吸器系を乱れ打ちにしていた____い、いい、いきなり何言いだすのこの子はっ! 

 

「ゆ、ユウナ!どこでそんな言葉を拾って来たの?」

 

「リュックがそう言うのを聞いて…」

 

「とんでもない子ね、あの子…」

 

リュックが電話で女友達と話している会話を聞いたとかそんなのかしら…最近の子は進んでいるわね。とにかく召喚士に要らない知識で、ユウナを汚す訳にはいかない。

 

 

「ユウナはそんな言葉覚えなくて____」

 

 

_____その先の言葉が喉まで出かけて、止まった。

 

本当にいいのかしら、それで。という疑問が突如生まれた。

 

ユウナは18歳だ。今は心を鍛える旅の途中で、最近のユウナは変化もめざましい。原因は…ティーダだろう。バカでスケベだけど、妙に大人で変に人を惹きつける才能があって…優しい。そんなあいつの影響を受けている。

 

あいつを見ていると、ユウナをいつまでも子供扱いしていい訳じゃない気がする。同世代のリュックもユウナの友達になってくれたのに、2人と話が合わないのも可哀想だ。少しは世俗にまみれた知識も知った方が人間関係も円滑にいくかもしれない。

 

「ルールー。どうしたの?」

 

「…コホン。ゆ、ユウナ。ちょっと隣に来て」

 

私は覚悟を決めて、ユウナを向かいの席から隣の席に誘導する。ユウナは無垢な表情で私の隣に座り直した。

 

「そ、それはね。男に人によく見られる生理現象でね。溜まった欲求不満を1人で解消する行為のお供にする事で…」

 

「ん…んんー?」

 

 ユウナの首を傾げる表情を見て思った。これはダメだ。こんな遠回しな言い方では何も伝わっていない。

 

「じ、自慰…の事よ。マスターベーションとも言うわ。せ、性交をしたい相手を想像して一人で…その…自分の性器を弄る発散行為よ」

 

こ、これなら流石に伝わるでしょう。私はそう思っていた。心臓の動悸は強く不定期になり、呼吸が乱れる。

 

熱くなった頭が弾き出した淫猥な言葉を、可能な限り変換をあまりかけないまま紡ぎ出した____だと言うのに。

 

 

「え、うーん?ジイ…マスター…?ルールー。何を言っているの。分かんないよ…」

 

 

それなのに____駄目っ…!

ユウナは私を無垢な好奇心の瞳で自覚なく責め続ける。嘘でしょう。これでも許してくれないの。それなら、これならどう⁉︎

 

「おっ、オナニーよ!オナニーはセックスしたくて堪らない不満を解消をする際に自分で自分の股間を弄って快感を得る行為!オナニーの興奮を高める為には、セックスをしたい相手を想像する事が多くて、その想像のセックスの相手役をオカズと言うの。興奮を高めるスパイスという意味合いをご飯のお供と掛けた…俗語よっ!」

 

____文句なしの寿命を一年は減らすであろう限界を超えた豪速球を私は投げた。キャッチャーであるユウナの顔が羞恥のあまり顔面が熱暴走してしまっても知った事か、と思える程の会心の一投。

 

「え…あっ…想像の、…ックス…」

 

ユウナの顔がみるみる紅潮して、顔を俯かせる。

届いた…届いたのね…。

身を斬る様な思いをした価値はあった。ユウナのこういう方面に対する知識の無さを侮っていたわ…。疲れた…。

 

「わ、分かってくれた様ね…そういう事だから。ユウナが知らないのも無理はないわ…」

 

「そう…だよね…」

 

ユウナの照れ具合を見て私も冷静さを幾分か取り戻してきた。私は…やりきったのだ。自分を自分で褒めてあげたい。

 

「その…子供を作るの…想像するなんて、できないよ。神聖な儀式だもん…」

 

ユウナはそんな事を呟いて、ますます困った顔になる。

 

「うん…そうね神聖な儀式…快感だけを得て本丸の目的を果たさない昨今の風潮は…」

 

ん?なにか……神聖…?

 

「ゆ、ユウナ。一応聞くけど神聖…って事でも無いのよ。むしろ、その最近はもっとカジュアルというか…ね?」

 

「えっ…でもでも。すごい不思議な現象だよね?そ、それで子供が出来ちゃうんだから…」

 

…何かおかしい。さっきまで熱かった身体から冷や汗とも脂汗とも言えない液体が溢れ出てくる。何かを私は見落としている。

 

「一応ね。一応…聞かせてくれないかしら。子供ってユウナ…どうやって出来るか、私に話してくれる?」

 

ボンっとユウナの顔が再び赤面し、「ルールー、い、いじめだよそれはぁ」と恨みがめしい目を向けてくるが、私ももうここまで来たら引けないのだ。

 

「だ、大事な事なの。私も恥ずかしいのを我慢したのだから、ユウナもよ」

 

私が引き下がる気は無いとユウナが悟ると、蚊の鳴くような声をだした。

 

 

「結婚した2人が、は、裸になって、ベッドに入るの…」

 

 

「そ、そう、そうね」

 

 

よ、良かった。分かっている。

 

考えてみると当たり前よね。ユウナは18歳だもの。当たり前の知識よ。やぁね、私ったら、変な心配して。

 

 

「ふ、2人は重なる様に抱き合うの。そしたら…」

 

 

これ以上は可哀想だから、やめときましょう。召喚士の口に下品な言葉は似合わないわ。

 

 

 

 

「そしたら、光が生まれて…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光が大きくなってお腹に入ってくるの…それが…赤ちゃん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドンドコ…ドンドコ…

 

 

 

 

 

 

 

 

ドンドコ…ドンドコ…ドンドコ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドンドコ!カッ!ドンドコ!カッ!ドンドコ!ドンドコ!カッカッカッ!せいやっ!ドンドコカッ!せいやぁ!ドンドコカッ!せいやっ!せいせいせいやぁっ!

 

♪あぁー!ピサイドは!いつも•いつでも•いいところっ!魚はいっつも•美味しいし!海が綺麗でっ•泳がにゃソン•ソン!人はみーんなっ•優しくてっ!寺院だって•あるんだよ!

あぁー!ビサイド島はいいところっ!ビサイド島はすみやすいっ!みんなおいでよビサイドにぃ!♪

 

せいやっ!せいやっ!せいやっ!せいやっ!

ドンドコ!カッ!ドンドコ!カッ!ドンドコ!ドンドコ!カッカッカッ!せいやっ!ドンドコカッ!せいやぁ!ドンドコカッ!せいやっ!せいせいせいやぁっ!

 

ビサイド島のみんながそこにいた。

島の宣伝ソングが鳴り響き、炎が焚かれ、雨は吹き荒れ、洪水が起き、暴風が吹く中、神輿は担がれていた。

 

せいやっ!せいやっ!せいやっ!

 

掛け声と共に豪華絢爛な煌びやかなゲートから入場してくるティーダの顔を先端につけたご立派な男神様が入場してくる。褌に腰を包んだ汗だくのワッカが和太鼓を叩き鳴らし、「もっと声をあげろ!」とアーロンさんが檄を飛ばす。

 

神輿の上にいるユウナは異界送りの舞を踊り、ジジババ達はそれを崇め、拝み狂っていた。女達はユウナに見惚れる男達の間に入り情熱的なフラメンコを踊る中、私は魔女を探す。この中にユダがいる。ユウナに偽りの赤ちゃん物語を吹き込んだ魔女がいるので火刑に合わせなければならない。

 

 

せいやっ!せいやっ!せいやっ!せいやっ!

ドンドコ!カッ!ドンドコ!カッ!ドンドコ!ドンドコ!カッカッカッ!せいやっ!ドンドコカッ!せいやぁ!ドンドコカッ!せいやっ!せいせいせいやぁっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「る、ルールー!どうしたの!?白目向いてるよ!起きて!起きてってばぁ!」ユサユサ

 

 

「っ!…ごめんねユウナ。私は…私は、ユウナに清廉に育って欲しいと大切にしていたつもりだけど、それが真実を覆い隠す目隠しにもなっていたのね…。ふふ…そうよね…あの呑気な島の住人にまともな教育を期待していたのが間違いだったのね…」

 

 

「ルールー…本当に今日はどうしたの…?」

 

 

「いいのよユウナ。ユウナは何も悪くない。さっ、私の部屋に行きましょう。お菓子があるの。最近作ったティーダの人形とワッカの人形もあるのよ。それを使ってユウナの知らなかった全てを、図解と実践を教えてあげる。大丈夫、大丈夫だから______」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいたか。稽古を始めるぞ。食い終わったら外に来い」

 

妙にざわついている食堂で飯を食っていると、遂にアーロンに見つかった。

 

「ちぇっ。三時間だけっすよ。こっちの夜のテレビ番組も見てみたいんだよ」

 

「ふっ。お前が課題をこなせたらな」

 

いつものすかした笑いを残して食堂を出て行くアーロンの背中を目で追う。

 

アーロンは、なんで俺を鍛えようとしているんだ。

 

別に俺じゃなくてもいいだろう。

 

なんで俺を育ててくれて。なんでザナルカンドから俺を連れてきて。なんでユウナのガードをしているんだ。

 

あのオッサンは過去、ユウナの父さんのブラスカと親父の三人のパーティで旅をしてシンを倒したって話は知っている。

 

伝説のガードって言われてて、パインみたいな女の子の憧れになる立ち位置らしい。オッサンが剣術道場でも開けば、ガード志望の門下生で溢れて、左団扇で生きていけるだろう。

 

 

それなのに、俺の親になった。

まずい飯を炊いて、乾き切らない洗濯作業をして、俺のブリッツの練習に付き合った。

 

 

____どうして。

 

 

召喚士の間で変な夢を見たせいだ。

聞きたい事はたくさんあるのに、何故かそれを一番初めに知りたくなって、俺は剣を持って、食堂を出た。

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

 

「遅いっ!手だけで振ろうとするな!」

 

 

オッサンの怒号が耳に痛い。

もう鼓膜直してもらったっていうのに、馬鹿でかい声出しやがって!

 

「おらぁ!」ブンッ!

 

______キイン!

 

 

オッサンとの鍔迫り合いの形になる。

俺だって力が無い方じゃない。押し切ればそれでいい。それなのに

 

「はっ!」

 

オッサンの気合いの掛け声と共に発せられた謎の圧に押し負けて、弾き飛ばされるどころか地面に這いつくばらされる。

 

どういう理屈かは頭では理解できない。頭じゃ無理だから身体の学習機能も稼働させた。

オッサンの呼吸のリズムのパターンを感じとり、足取りを見る。

 

「む…」

 

立って剣を振る。今度はオッサンの真似をして両手で振った。

そしたら威力だけは出たようでオッサンの剣と接触しても、足がふらつかない。だから次の行動に移れる。

 

「やっ!」

 

肩を狙った横薙ぎの一閃は、オッサンの手甲に弾かれる。そう来るのは予想していない。

虚をつかれた浮遊感が到来する。剣の反動が身体を伝わり足を浮足立たせる。

 

一時的に機能を止める身体。それでも自分の身体の結果を受け入れる。足は動かないから、上体を反対に曲げてバク転して距離を取り、ようやく回復の追いついた足を構え直す。

 

「ほう…」

 

オッサンは嬉しそうな顔をして、顎をしゃくった。くそっ!雑魚いびりして楽しみやがって!

 

「さぁ。来い」

 

剣は手足の延長。自分の手足に振り回されるのは未熟の証拠。

 

「はあっ!」

 

足りないものは、何で埋めれば良い。

経験を検索してヒットするのはブリッツの理論ばかりだ。共通点を探すしか無い。結局それしか俺には出来ない。

 

ブリッツにも接触はある。

俺はタックルをされても、力を逃してプレーを継続できていた。相手の力のベクトルを水と身体で変換できた。

同じ事をオッサンもやっている筈だ。

 

ここは地面で水じゃない。反動を逃す時に掴んでいた水は空気に変わった。ならばオッサンはどこに俺とぶつかった力を逃がしている。バランスを取っている。考える。分からないならアーロンを感じとるしかない。ぶつかっていくしかない__。

 

 

 

「うおぉ___!」

 

 

 

 

 

 

 

_________

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう心境の変化だ」

 

 

オッサンは地面に倒れ伏した俺に声をかける。会話を求められているが、今はやめてほしい。脳みそに酸素が足りない。

 

 

「べっつに!」

 

「ふっ。強情だな」

 

 

しつこいな、このオッサンも。

別になんだっていいだろう。俺があんたを知りたがってる理由なんか。

 

「はっ。あんた、なんで。はあっ。ザナルカンドに来たんだよ。家、こっちだろ」

 

「ジェクトとの約束だ」

 

「ユウナのガードになったのは!」

 

「ブラスカとの約束だ」

 

「全部約束かよ!」

 

アーロンの事を知るつもりが、俺は今更、親父の事を知った。

あいつ、俺の事をオッサンに任せたのか。

俺を覚えていたのか。

呑気にこっちで過ごしていた訳じゃ…ないのか。

 

 

「はぁっ。約束一つで人の親になるとかっ。はあっ。あんた頭いかれてんじゃねぇか」

 

 

「なかなか面白かったぞ」

 

 

だからさ!!このオッサンはぁ!!!そう言う事いきなり言うなよ!

 

 

「そんな顔をするな」

 

 

どんな顔だよ。くそっ。ムカつくぜ。

 

 

「ガキ1人別にほっときゃいいじゃねぇか。あんたはこの世界のレジェンドだ。たくさんの子供に剣術教えて、ガードをたくさん生み出せばいい」

 

「俺は口下手だ。無理だろう」

 

「それはそうだけどさぁ!」

 

そう言う事じゃねぇんだ!そういう事じゃ!

 

「だからお前しかいない」

 

は?なにこのオッサン。告白ですか?恥ずかしいんですけど。

 

 

「俺は口で伝えられる技を持っていない。剣術は剣術でも魔物を斬る術に特化している」

 

「それが、なんだよ」

 

「自分では言いたくないが、才能がいる。魔物は決まった形をしていない。呼吸を読む応用力は資質に備わる」

 

「無茶苦茶言ってんな…」

 

オッサンは真顔で自分の才能をひけらかした。その年で出来る事じゃねえぞ。

 

「俺も歳を取る。年々衰える身体を技で補う術を得てきた。それも言葉にはしにくい技だ」

 

オッサンは剣を取る。休憩は終わりだ、と言わんばかりに。

 

「剣を教えるのは、誰との約束でもない。俺のエゴだ」

 

ギラギラとしたオッサンのオーラを感じる。

立てよオラ、という圧を感じるが、マジで面倒くさい。三時間はとうに過ぎた。

 

 

「この歳になると出てくるものだな。鍛えた技を後に遺したいという…欲だ」

 

 

「くっそやろう…人を簡単に伝承者扱いするんじゃねぇよ…」

 

 

ムカつく。ムカつくから立ち上がる。

このオッサンを今日で一回は地面に膝をつけさせるという決意を持って、顔を上げた。

 

遠くの木陰にパインが見える。

あいつはアーロンの弟子になりたがっていた。

アーロンに憧れて剣士になったって言っていた。

俺よりも気持ちは強いだろう。

無下なく弟子入りは断られたと言うので、こういう光景は本当は、見たくない筈だろう。

 

だから_____ごめんな。

 

 

 

 

「あの娘が気になるか」

 

「気にしてられっか!」

 

「それで良い。_____来い。」

 

 

 

 

 

 

 



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