I remember you (春瑠雪)
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下の階のお兄さん

「ユイ」

「ん?なぁにー、お母さん」

 

ベッドでゲームをしていると、母が部屋に入ってきた。ユイが夢中になっているということは知っているらしく、ドアの近くで話を始めた。

 

「ー...とりあえず下の階の人のところにお邪魔してくるね。すぐ戻ってくるから」

「はぁい」

 

生返事をするのも母は何も言わない。ずっと寝たきりのユイがゲームをするのを、母は悪く思っていないようだ。

 

あーあ、ゲームオーバー。

 

ぼふん、と枕に顔を埋める。最近はこのゲームにも飽きてきた。それはいつまで経ってもクリアしないということもあるが。

ユイは小さい時に事故に合い、それからずっとベッドとお友達状態である。みんなが学校に行ってる間、ユイはずっと家にいる。病院ではないところが唯一の救いだ。

と、つけていたテレビが最近放送し始めた月9のCMになった。それで今日は月曜日なのだ、と思う。

 

つまんないな...こんな人生。

 

CMでは人気の俳優がこれまた人気の女優を抱きしめている。そしてー...キスをした。そこでCMは終わった。

それを見てまた、はぁ、とため息をつく。

 

れんあい、か...いつかしてみたいな...なんて。寝たきりの私にどんな出逢いがあるのかなぁ。

 

「いつか...カッコ良くて優しい王子様に逢えないかなぁ...」

 

そういえば母は何のために下の階の人に会いに行ったのだろうか。ふと疑問に思った時に、「ただいまぁ」と声がした。母だ。

 

「おかえりー」

「ああ...ユイ、これ下の階の人が」

「ふぇ?わ、美味しそうなケーキ!!いいの!?」

「うん...貴女のことを話したら、ね」

 

食べよっか。そう言って母はユイを車椅子に乗せた。ユイはそれに従って、乗る。母が押す車椅子でリビングまで向かった。

 

「ねぇお母さん。何で下の階の人に会いに行ったの?」

「んー?さっきも言ったでしょ?洗濯物がね、飛んじゃってて。ほら、今日風が強いから」

「へー...って、何で私のパンツがテーブルにあるの!?」

「だから、洗濯物が飛んで」

「せ、洗濯物って私のパンツが飛んだってこと!?」

「そうそう...女の子の下着見ちゃったからって、下の階の人がお詫びにケーキくださったのよ?」

「ええ!?」

「大丈夫よ、優しそうなお兄さんだったから」

「なっ...おっ男の人っ!?」

「大丈夫って。貴女も女の子になっちゃったのね」

 

くすくす笑いながらケーキを小皿に入れ、こちらへと持ってきた母に頬を膨らます。

女の子ってなんだ。ユイはいつだって王子様に憧れていたのだ。素敵な恋だってしたいし、異性に下着を見られたら恥ずかしい。

 

「お母さんはわかってないなぁ。ユイ、もう16だよ?」

「そうね...良かったわ、貴女も女の子で」

「私は女の子なんだから、そう思うのは普通だよ!」

 

ユイは顔を赤らめながら、ケーキを頬張った。

 

 

 




初投稿です。どうか温かい目で見てやってください。


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下の階のお兄さん②

今日は月に一回通院する日だ。その日は朝から遅くまでずっと病院。検査やらリハビリやらなどで一日が潰れてしまう。ユイは自分のことだし、どうせ家にいても暇なので一日病院ということに特に不満を持ってはいない。が、母はずっとユイに付きっ切りだ。楽しいわけがない。ユイにとって月に一回訪れるこの日が、母への罪悪感でたたまれない。

 

ユイ。

 

そんなことを考えていたユイを見てか、母は優しい笑顔を見せた。

 

「お母さんはユイが頑張っている姿が見たいだけなの。別に嫌とは思ってないわよ」

 

ーーー嘘だ。毎日娘の車椅子を押してあげるなんて、こんなお荷物なんてこの上ないだろう。自分のせいで、母の自由を奪っているのくらいわかっている。

 

だってー・・・そういって、口を閉じた。これを言っては母を傷つけることになる。

ちょうど待っていたエレベーターが来た。中へと押される。エレベーターの中にある鏡に写った自分たちの姿はどこか暗かった。

 

ーーーだって、こんなことしても治んないじゃん!

 

さっき飲み込んだ言葉と似たようなことを一度、過去に言ったことがある。あれは世間が中学生と呼ぶ年齢だったから、ほんの1、2年前のことだ。その頃は今よりも通院する回数が多く、ストレスを感じていた。頑張って、そう声をかける看護師にも当たった。

治らない、その言葉を口にした瞬間、母は涙を流した。ごめんね、と何度も謝られた。別に母が悪いわけではないし、謝ってほしかったわけでもない。だから正直母の涙を見たときは、言葉が出なくなった。

 

「待った待った!閉まるなエレベーター!」

 

ユイが暗い気持からいつもの明るい気持に切り替えようと思ったとき。突如ドタドタと慌ただしく走ってくる足音がした。母は慌てて「開く」ボタンを押した。

 

「おっ、俺の声が聞こえたか!?って、すいません!」

 

まさか中に人がいたとは思ってなかったのか、入ってきた人は頭を下げた。男の人だ。見た目は高校生くらいだろうか。

すると、その男の人はユイと母を交互に見て、あっ!っと声をあげた。

 

「上に住んでる人ですよね」

「あ、はい。先日頂いたケーキ、美味しかったです」

 

母と男がそんな会話しているのを見て、首をかしげる。それを見かねた母が「ほら、この前の・・・洗濯物の」といった。

そういわれてピンと来た。小さくふぇ!?と言って、肩が跳ねた。顔が赤くなるのも自分でもわかる。そんなユイを見て、待て待てと男が言った。

 

「あんなん不可抗力だっつの!んな意識されたらこっちだって嫌でも思い出すだろ!?あんな・・・」

「おっ思い出さないでくださいっ」

「ま、まぁ・・・あ、俺日向な。日向秀樹。知っての通り、お前の部屋の下の階に住んでるからな。んまぁ、気軽にひなっち!って呼んでくれ!」

「はぁ・・・私、ユイっていいます」

 

自分の名を彼、日向秀樹に告げると、ユイ・・・?と呼ばれた。見ると日向は首を傾げ、ユイのことをしげしげと見ていた。

 

「俺とお前、どこかで会ったことあるか?」

 

そう言われて、胸がずきんと痛んだ。

別に初対面の日向にどこかで会ったかと問われることに嫌悪感を抱いたわけではない。ただーーーその問いに傷ついたのだ。

 

会うってどこで?ユイ、ずっと寝たきりなのに?どうやって会うの?

 

「ユイ、寝たきりだから、会えないよ」できるだけ暗い雰囲気にならないように、笑顔を繕った。しかし、その笑顔が自分でも引きつり、無理に笑っていることがわかる。

 

 

「・・・わり・・・」

「いいよ、こんなの慣れてるもん」今度は苦笑だ。

 

エレベーターが止まり、一回に着いた。もうおそらく二度と日向秀樹というこの男を見ることはないんだろうな・・・そう思いながら、母に車椅子を押され、エレベーターから出た。

 

「んじゃな、ユイ」

「うん・・・えーっと、秀樹?」

「っちょ!」

 

ユイが彼の名前を呼ぶと、彼はオーバーにコケる真似をした。芸人の卵か、と思うくらい自然な動きだった。芸人に卵があるかは知らないが。

 

「ふぇ?どうしました?」

「い、いや・・・まさか下の名前で呼ばれるとは思わなかったからな・・・」

「あっ・・・馴れ馴れしかったですか?」

「そうじゃないけど・・・コンプレックスなんだよな・・・だからさ!気軽にひなっちって呼べよ!」

「じゃあ・・・ひなっち・・・先輩?」

「ひなっち先輩・・・?」

 

ひなっち先輩、と鸚鵡返しされた。何かこれもダメだっただろうか。

 

「なんか・・・すっげー今懐かしい感じがしたな・・・おう!よろしくな、ユイ!」

「は、はい!」

 

二度と会わないだろうけど、と心の中で思いながら、しかしこの時だけにはしたくないと思ったユイは、明るく、笑顔で応えた。




お母さんが空気になりましたね。
日向とユイについての詳しいことは次回書きたいと思います。
読んでくださった方、ありがとうございました!


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下の階のお兄さん③

「ほおほお...ひなっち先輩は野球やってるんですか」

「おうよ!高校生の時はあれだよ、甲子園。甲子園目指してたんだよなぁ」

「あれ...先輩っていくつですか?」

 

走らせていたペンを止め、彼、日向秀樹の目を見る。

高校生と踏んでいた予想が外れていたのか。

 

「ああ、言ってなかったっけ?俺今18歳だぜ?今年で19な!」

「ということはー...大学生、っすかね?」

「おおそうだ、大学生だぞ、これでもな!」

「おお...大人、ですね!」

「そうか?そういうお前はいくつなんだよ?」

「あたしは今年16でっす」

「お前...若いなぁ」

「おおっと~、ひなっち先輩おじさん臭いこと言いますね~」

「んだとぉ!?」

 

そういって日向はユイの髪をくしゃくしゃにした。

 

もう二度と会わないんだろうな...なんて思って日向と別れた日の翌日。彼はユイの部屋に現れた。彼曰くーーーどうせ寝たきりのユイが毎日退屈しているのだろうと思ったらしい。だったら退屈な人生だとは思わねぇように、俺が相手してやんよ!と。

お母さんは日向がまさかそこまでしてくれるとは思ってなかったみたいで、かなり嬉しそうだった。当方のユイはというとーーー男の人が勝手に女しかいない家に上がるのはいかがなものかと...と不服に思っていた。

しかしそれからまめにやってくる日向に心を開くようになり、今に至る。

 

「んなぁ、俺もお前に聞きたいことがあるんだけどさ」

「ん?なんすか?」

「その...どうしてひなっち“先輩”なんだ...?別に呼び捨てでもいいだろ?それに歳だって今知ったってのに」

「ああ...そんなことですか」

 

日向の情報用メモ帳を近くにあるテーブルに置いた。風で揺れているカーテンを見つめながら、ユイは“先輩”に込められたことを日向に告げた。

 

「ユイね、小さい頃に事故にあったんだ。だからさ、寝たきりになっちゃったの。ひどいよね、学校、いけないもんこんな身体じゃ...だからね、先輩なんだ。ユイが初めて関わるお母さん以外の年上の人。憧れてたんだよね、先輩っていう存在ができるの」

「そっか...」

「嫌、だった?元カノのこと思い出したりした?」

「ん?ちょっと待て、何だよいきなり元カノなんて出してきて!」

「ふぇ?だって、ユイがひなっち先輩って呼んだとき、先輩懐かしいな...とか言ってたじゃないっすか!だからてっきり元カノからそう呼ばれてたのかと!」

「いやそうじゃねぇよ!」

「おっと、すいませんっ!先輩に元カノ、なんていませんよねっ」

「お前なぁ...言っとくが、俺だってそれなりにモテんだぞ?」

 

とその時、日向のケータイが鳴った。悪い...と言ってユイに背を向けた。

日向が電話に出た途端、女の人の声で「遅い!」と聞こえた。

何だよ、いきなりかける方が悪いだろ!?---ああ、まぁそうだけどなーーーはぁ!?おまっ...何してんだか...あー、わかったよ。今から優しいひなっちさんが行って...そのいいようはひどくないか!?違いますから!何でそんな風に言うんですかね!?---っと、ちげーよ!何でそんな風に言うんだ!?...thank you!って、んなことしてる場合かよ!?---ああ。今から行ってやんよ!

 

「わり、ちょっと用事できちまったから今日はこの辺にしとくな」端末を耳から離した日向が右手を顔の前に持っていき、ごめんのポーズをとりながらそう言った。

「いいよ。彼女さん怒ってるみたいだからね」

「彼女って...悪いな、ホント。また明日な、ユイ!」

「はい」

 

 

***

 

 

「はぁ...退屈になっちゃったなぁ」

 

先ほどまで賑やかだった分、いきなり訪れた静寂に思わずため息がこぼれた。

ベッドでごろんと寝返りを打ち、日向が座っている椅子を眺める。

 

「彼女、かな...大学生なんだもんね。そりゃ、彼女の一人や二人はほしくなるか...」

 

テーブルに置いていた日向の情報用メモ帳を取り出し、そこに“彼女持ち”と書く。

 

「...ユイ、何してるんだろ」

 

何故かわからないが、胸がモヤモヤしてきた。目頭も熱を持ち始める。こんなの初めてだ。

 

「...ひなっち先輩の馬鹿ぁ...」




次回から日向編に少しばかし突入します。
なんだかユイがおとなしくなってますが、多少性格が違くても転生後ですもの、と言い訳ができますね。...はい、アニメ、漫画、キャラコメンタリー、ドラマCDでしっかり復習してきます。

追記◆誤字発覚しましたので直しました。パソコンでやるとどうもかなり誤字が出てしまうものなので...すいません。


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これが出会い

今回から日向sideです。
日向もキャラが掴めるか不安ですが...


「いよっと...ただいま...って、誰もいないんだよな」

 

大学から帰り、自分の部屋に入るがそこは静寂の間であった。親元を離れ、一人暮らしを今年の春から始めた日向は、まだこの感覚がむず痒い。

日向はお世辞でも頭がいいとはいいきれなく、学生のイベントでもあり試練でもある定期テストでは中高といつも三桁の位置にいた。しかし唯一得意だった野球と積極的な性格のおかげで内申点だけは優等生に劣らないほど好成績だったので、何とか推薦で大学が決まった。

ムードメーカーのような存在で、ルックスもいいと周りから何度か言われてきた日向は一人という孤独感を味わったことがなく、今の生活になかなかなじめないのだ。

 

「これで彼女がいたらなぁ...帰ってきて、台所で飯なんか作ってくれてたら最高だけどな」

「いるわよ、日向くん」

「どわっ!?」

 

突如背後から声がした。その声が怖かったのか、突然の声に驚いたのかわからないが、心臓が跳ねた。

ゆっくり首をひねると、そこには思っていた人が立っていた。

 

「んだよ...ゆりっぺかよ...」

「何よ、んだよ...とは!」

「わり...って、お前いつからいたんだよ!」

「貴方がマンションのエレベーターから出てきた時からよ。驚かせようと思って、声はかけなかったけど、まさか本当にあたしの存在に気づいてなかったとはね...」

「お前存在消すのうまいよなぁ...」

「それって褒め言葉?」

 

ゆりっぺこと、仲村ゆりがため息をついた。

 

ゆりとは中学校が一緒でその時の交友関係がまだ続いている。日向とは正反対で、頭もよく、かなり成績は優秀だ。彼女は中学を卒業すると同時にドイツに留学に行ったので、学年は今は一個下になってしまったが、彼女に逆らえないのは変わらない。特に激怒した時なんか、ドイツ語で怒鳴られるのでそれが余計に怖いのだ。

 

「んで?何のようだよ?」

「ああ...参考書。前借りてたから、返しに来たのよ」

「あー、あのレベルの低い参考書な。役に立ったか?」

「ぜんっぜん。だから早めに返しに来たのよ!」

「ひでぇいいようだな...ゆりっぺは何でんな頭いいんだよ?それなのに何でこんな学校に進路を決めたんだよ?お前ならもっと上が目指せるだろ?」

「そ、それは別にいいじゃない...あたしのやりたいことがここにあったのよ!はい参考書!」

 

日向の胸に参考書を押し付け、ゆりは身を翻した。その時、ふわっと甘い香りがした。そこでゆりが一人の女性であるということを意識した。

 

「...何よ、人のことジロジロ見ちゃって」

「あっ...わり」

「んまぁそんなことはどうでもいいわ。じゃ、日向くん。ちゃんと食事は取りなさいよ」

「わかってるって。んじゃな」

 

 

***

 

ゆりがいなくなり、また部屋は静寂に包まれた。

 

「...俺こんなんでこの先大丈夫か?」

 

 

ふと不安になったその時、チャイムが鳴った。ゆりがまたっ戻ってきた、と思い少し嬉しくなったのは言うまでもない。

慌てて玄関に向かい、ドアノブをひねった。

 

「何だ?お前もやっぱ寂しくなったのか?ゆりっ...」

「あ...突然の訪問ごめんなさい」

 

ドアの向こうにはゆりーーーではなく、年上の女性だった。どこかで見たことがあるような、けっこう美人の。

 

「あの...私、階が上の者なんですけど」

「あっ、どうりで見たことがあると思えば!」

 

しかし何故マンションの部屋が一つ下の自分のところに突然現れたんだ?まさか、ゆりっぺとの会話がうるさくて迷惑だったとか?苦情か?

 

アホと呼ばれる部類にいる日向はそう考えた。むろん、さっきの会話は会話とも言えぬほど短く、たいして大声を出したわけでもないし、もし苦情が来るのなら、お隣さんからしかないということにも気づかずに。

 

「えっと、そちらのベランダに洗濯物が飛んでしまって」

「あー、今日風強いですからね!ちゃんと飛ばないよう工夫しなきゃだめですよ?」

「ふふ、そうですね」

お、笑顔も美人っつーか、可愛い。

「んじゃ、ちょっと取りに行ってきますね」

「あ、はい。すいません」

 

いえいえ、と言いながら日向は部屋の中へ入り、ベランダに出た。

しっかし、洗濯物、なんてアバウトだよなぁ。まぁ明らかに女物で落ちているやつを見つければいっか。これで下着だったらラッキースケベなんだけどな、なんて。そもそも下着なら俺に取らせないだろう。

 

「は?」

 

なんて思いながらベランダを見回すと、明らかに女物の洗濯物が見つかった。

 

下着だった。

 

「...いや。いやいやいや!なんだぁ、これ。モニタ〇ングか?」

カメラがいるのはわかってるぞー、と吐き捨てて、ベランダから出る。窓も閉めた。

 

 

「っWhy!?何なんだよこれっ!試されてんのか!?って、誰に試されなきゃなんねぇんだよ!?」

 

再度チラリ、とベランダを見る。きっとあの人は外で俺が下着を持ってくるのを待っているんだろうな、と思うと、胸がチクリと痛んだ。

いやらしいことは一切考えていません。神様、どうかお許しを。

さっと下着を掴んだ。ささっと、ではなく、さっとだ。

とりあえず、これをはいどうぞ、とは渡せないので、その辺にある紙袋を手に取り、その中に入れる。

 

 

「あの、持ってきました」

「あっ、ありがとうございます。こんなもの落としてしまって、すいません」

「いえ!万々歳ですよ!って、何言ってんですかね俺っ!あ、変な目で見てて渡すの遅くなったわけじゃないですからね!」

「わかってますよ。面白いんですね」

「そんなことないですよ」

「あの子と波長が合いそう...」

 

クスクスと笑う彼女を見て、子供のことだろうか、と思った。

 

「あの、お子さんのことですか?」

「あ、ああ、はい。家には一人娘がいるんですよ。なんだか娘と合いそうで」

「ってことは、それ娘さんのですよね!?」

 

それ、と言って指を指したのは紙袋。柄的には中高生だろうか。

 

「あ、はい」

「っ!ちょっと待ってくださいね!」

 

慌てて部屋に再度入り、台所へ向かう。最近買ったケーキを取り出し、それまた紙袋に詰め込む。

つまり、思春期の女の子の下着を見たということだ。しかもそれを手に取ったのだ。これは詫びなくてはならぬ。

 

「っこれ!つまらないものですが!娘さんにあげてくださいっ」

「えっ、大丈夫ですよこんな!」

 

ケーキを母親へ押し付けると、逆に押し返されたが、何とか日向が説得し、無事にケーキを渡すことができた。

その母親の後ろ姿が見えなくなるまで日向はずっと頭を下げていた。

 

「縦じまだったな...」

 

ようやく母親の姿が見えなくなったので、ぼそりと呟いて日向はドアノブをひねり、室内へ入った。




日向とゆりっぺの関係をちょろっと書きましたが、まぁ彼たちは中高と同じ学校なのです。
激怒するとドイツ語で怒鳴るゆりっぺ。この設定をいつか活用していきたい。
今回は長くなりましたが、閲覧ありがとうございます。
試験が近いので次回の投稿は7月頃になります。


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trap

 

「おっと、すいませんっ!先輩に元カノ、なんていませんよねっ」

「お前なぁ...言っとくが、俺だってそれなりにモテんだぞ?」

 

再び日向がユイの頭をガシガシと撫でようとした時、ケータイの着信音が鳴った。

ディスプレイを確認すると、ゆりからだった。

珍しい。直感的にそう思い、何かあったのか、とも思った。

それでユイに悪い、と一言だけ言い放ち、後方を向いた。

 

『遅い!』一言目がこれだった。

 

「何だよ、いきなりかけてくる方が悪いだろ!?」

『それは事件がいきなり起きたからよ。電話するってアポとるような人はそんな急用じゃないと思うわよ』

「ああ、まあそうだけどな」

『で、本題入るわよ日向君。簡潔に言うと、火事ね』

「はぁ!?おまっ...何してんだか...」

『ちょっと料理をみんなでしようとしただけよ。ちなみに発端はあたしじゃないわ。わかってると思うけど、アホがやったからね』

 

と、そこで騒がしくなった。換わってくれ、とか何やら聞こえるので、おそらくだがゆりが言う「アホ」たちがいるのではないのだろうか。

 

「あー、わかったよ。今から優しいひなっちさんが行って...」

『自分で優しいとか言っちゃうあたり残念よね。言わなくても残念だけど』

『そんな言い方はないだろ、ゆり』男の声だ。

『そうよ。きっと日向さんは傷ついているわ。でも自分で優しいって言って優しかった人の例はないわ』今度はゆりとは違いふわっとした声がした。

 

だいたいゆりの周りにいるメンツに見当がついた。

 

「そのいいようはひどくないか!?違いますから!何でそんな風に言うんですかね!?」こらえきれず、ツッコミを入れる。

 

『うっ...』

『おい日向、やめてくれ。知らないと思うが、ここにはかなでがいる。今まさに日向の声を聞いて片頭痛を起こしてる』

「っと、ちげーよ!何でそんな風に言うんだ!?」

『かっこいいぞ、日向!』

「thank you!って、んなことしてる場合かよ!?」

『なら日向君急いで来て。あたしの部屋ね』

「ああ。今から行ってやんよ!」

 

日向は電話を終え、ユイの方に向き直った。ユイは首をかしげていた。

 

「わり、ちょっと用事できちまったから今日はこの辺にしとくな」

日向がそう言うと、ユイの顔が若干暗くなったのを見逃さなかった。---最も、日向はアホなのでその表情の変化が意図することがわからなかったが。

 

 

 

***

 

 

「ゆりっぺ!」

「あら、日向君早かったわね」

 

ゆりの家は日向とユイが住んでいるマンションからそう遠くない場所にある。そこまでの道のりを野球で鍛えた体力で全力疾走。当然早く着くわけだ。

そんなことより、日向はゆりの態度がおかしいと思った。

 

何故。火事が起きたというのに。こんなにも冷静でいるのだろうか。

 

「音無君たち、日向君来たわよ」

「結弦、タイムは?」

「16分58秒だ」

「きゃー!あたしの勝ちね!」

 

「...は?」

 

日向が呆然としていると、ゆりの部屋にいた音無結弦が「日向が何分でここに来るのか賭けをしてたんだ」と微笑しながら説明した。

 

「Why!?火事は!?」

「嘘よ」

「そもそも日向、火事にあったなら近所が大パニックになってるはずだぞ」

「しまったぁー!そういえば俺、隣に住んでるおばさんにこんにちはって穏やかに挨拶されて、こんにちは、って返してたぁー!」

「...アホね」

「ゆり、仕方ないわ」

 

日向はため息をつきながら、その辺にあった椅子に腰を下ろした。




お久しぶりです、春瑠雪です。
無事考査に終止符がついたので投稿がやっとの思いでできました。

音無、かなでの登場をさらっと終えましたが、彼らの細かい設定は後程載せていきます。
久しぶりすぎてキャラが掴めず文章もひどいですが、閲覧ありがとうございました。
次話の投稿も頑張りたいです。

そういえば一挙放送ありましたね、直井の日に!
作者は5,6,7話以外はしっかり視聴し、Twitterで暴れてました。
やはりAngel Beats!はいつ見ても感動しますね。一番好きなアニメです。


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夏休みの計画を

前回の続きです。
ゆりの家に日向、音無、かなでが遊びに?来ています。


「で、結局お前らはただ俺を使って賭け事がしたかっただけなのかよ?」

「?だから音無君がさっきそう説明したじゃない」

 

誰が切らした飲み物をコンビニまで買いに行くか。その賭け事に使用された日向はゆりに問いかけた。火事だと言われて人のいい(ゆり曰くそういうところが残念)日向はまんまと騙され、喉が乾ききっているのに仕方なくぬるい水道水をいただいている。

賭けには想像通りかなでが負けた。どう考えてもこういうのが苦手そうであり、さらに2分で日向がたどり着くといったらしい。

小学生でもそんなに早くたどり着かないとわかるだろうが、かなでの顔が真剣だったみたいなのでゆりも音無も何も言えなかったらしい。

そしてやはり愛しのアモーレを一人で買い出しに行かせるのは気が引けたらしく、結局買い出しは音無が代わりに行った。

 

本当につくづくアホな連中だ。平均年齢は成人済みくらいなはずなのに。

 

「ゆり、もう一つあったじゃない」

「え?そうだっけ?」

「うん。えっと...なんだったっけ...」

「...本当にちゃんと理由あんのか?」

 

何か俺の周りの女子ってこんなんだよなぁ...あいつも含め。

 

かなでが必死に思い出そうとし、ゆりが「かなでちゃん頑張って!」と応援している間、数十分前までいたユイのことを思い出した。

 

よく笑うしよく暴言も吐く。怒ったかと思えばニヤリと笑い、また暴言を吐く。口癖は「アホですね!」

...あいつのこと考えても暴言吐いてるところくらいしか思い出せねぇ...なんでだ。

 

しかしそこがー

 

そこが、元気であることの証拠となる。いや...正確に言うなら、元気であると見せかけている証拠だ。一番つらいのはユイ自身なのに、それすら隠し通し、まるで不自由でない人のように振る舞う。それがあいつの強さであり、弱さでもあるのを知っている。

...まだ出会って数か月しか経っていないが。

 

「思い出したわ。海よ、海」

「へ?海?」

 

すっかり脳内はユイが日向を罵倒する顔一色になった時。かなでがいきなり海だ、とか言ったので何の話をしていたか記憶が飛んで行ってしまった。

 

「ほら、夏休みよ。ゆりが言っていたじゃない。みんなで海に行きましょうって」

「あー、そんな気もするわ」

「おい、提案者がそんな曖昧でいいのかよっ!」

「待って。ゆりに罪はないわ」

「お、おお...そうだな。わり...って、よく考えたらゆりっぺに罪ありありだろ!むしろゆりっぺにしかありませんよ!?」

「うぅ...」

 

かなでが“日向秀樹の口癖アレルギー”の発作を起こしかけたので、日向は仕方なく口を閉じる。

 

「んで、行くのかよゆりっぺ」

「そういうことでいいんじゃない?」

「お前なぁ...まぁ俺たちは夏休みってのが存在するが、音無とかなでちゃんは大丈夫なのかよ?」

「結弦が私の水着が見たいって言ってたから」

「リア充爆発してくれませんかねぇ!?」

「日向君、かなでちゃんがまた苦しんでいるじゃない!ったく、これは治療のしようがないってんのに」

「わり...って、それって俺はかなでちゃんにずっとこんな気を使わなきゃいけねぇの!?」

「とりあえずメンバーね。あたしとかなでちゃん、音無君、日向君っと...ほかに誰かいる?」

「あのアホな人は?ゆりの水着を見せないなんてかわいそうよ。もっとアホになるかもしれないけど」

「ああ、野田君ね。こんなもんかしら?」

「...ひでぇ言いようだな」

 

野田、というのはゆりの同級生であり、日向の野球部の後輩だ。

日向の通っていた学校は野球部の人数が少なかった。そこに互いの親が仲良かったことで小さい頃から遊んでいた野田を勧誘した。...なかなか手ごわかったのは言うまでもない。

 

ゆりにかなでと音無、野田に自分、と指を折って数えた。5人か。

 

「なぁ」

 

そこでふと考え付いた。

 

 

「もう一人誘っていいか?」

「え?別にいいけど」

「私も結弦がいれば」

「さんきゅ。一人、外に連れていきたいやつがいるんだよ」

 

 




はい。ようやく時勢が少しばかり見えてきました。夏です。
かなでと音無は成人済み。社会人の設定です。いや、私の趣味ではないですよ。
年齢と細かい設定、どういう関係なのか、というのは野田がしっかり登場してからにします。高校生から社会人までの年齢の友情ってなんでしょう笑
まぁちょこちょこ本編でも書いていますのでいろいろ考えてみても。

個人的には日向がユイを若干想っているような感じが大好きなので、次回からはひなユイ要素たんまり入れていけたらなぁとか。
ひなユイいいですよねー。番外編では死後の世界での両片想いも書いてみたいなぁ。ひなユイ妄想の主食です。
10話でいきなりプロポーズしますが、それまでのひなユイとか。二人きりだったらギクシャクしちゃうみたいな。青春だぁ...

ただいまBGMで一番の宝物ユイvar.をちょうど聴いてるからか、ひなユイの妄想が止まりません。

次回は夏!青春するよ!

閲覧、誠にありがとうございました。


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夏休みと言えば

「おお...ひなっち先輩!塩の匂いしますね」

「そりゃぁ海に来ているんだからな」

「な、何でそんなつまんない返事なんですかっ」

 

8月。大学生の夏休みが始まったころにゆりが計画した海に来た。社会人組の音無とかなでの予定と合わせたがやはり難しいらしく、彼らは遅れてくるようだ。

大学生の日向は自分の車を持っているので、その車でユイと共に海に着いた。最初は「ひなっち先輩の運転で!?」とか青ざめていたユイのおでこにデコピンをかました。その時に知らない人と海に行くことを拒否しななかったので少し安心したのは言うまでもない。

 

「日向くーん!こっちこっち!」

「おーっす。...さ、紹介に行くか」

「へへ、車いすから落としたりしたら殴っちゃいますよ、せーんぱいっ」

「...ぶりっこぶっっても言ってることが怖いんだが」

 

そう口に出しても、本当は日向を信用していることが何となくわかるが、それを指摘するとひねくれそうなのでやめた。

 

日向がゆりのいるところに近づくにつれ、ゆりの顔が少しずつ変化していくのがわかった。嫌悪するような顔ではなく、驚いたような。

 

「よ」ゆりが近くにいた野田を手招きし、4人がちゃんとそろったところで日向が言った。

「...貴方、彼女?」

「ちげぇよ!」

「あたしはゆり。仲村ゆりよ。ゆりっぺ、とか呼ばれてるけど好きに呼んでちょうだい」

「あ、初めまして!あたしユイっていいます!」

「...野田だ。日向の彼女か何だか知らないが、よろしく頼む」

「だっから彼女じゃねぇよ!」

 

「えっと、じゃあゆりっぺ...先輩と野田先輩」

「何で先輩なんかつけるのよ?堅苦しいじゃない。あ、野田くんはむしろアホとか呼んでくれてもかまわないわ。後から来る子もアホとか呼んでいるからね」

「アホと呼ぶのはゆりっぺだけしか認めないぞ」

「この通り、こいつはゆりっぺ信者だ。アホだがゆりっぺ絡みだと役に立つ」

「ふん、俺はゆりっぺのためにしか動かないからな」

「...アホですね」

 

一通り紹介を終え、「音無はいつ頃来るんだ?」と聞く。

 

「ああ、かなでちゃんはすぐ来れるんだけど、音無くんがねやっぱり忙しいみたいで」

「まぁそうだよなぁ...あいつの仕事って」

「音無?」ユイが首をかしげた。

 

「ああ、もう一組カップルが来るんだけどな。そいつら社会人で働いているから忙しいんだよなー。あ、あいつらはなかなかに熱いバカップルだから気温高くなると思うぞ」

「嫌ね、このままじゃあたし野田くんとペアになっちゃうじゃない」

「おお、野田良かったな。ゆりっぺが気持ちに応えてくれるそうだ」

「何!?ほ、本当か、ゆりっぺ!」

「んもう、熱いんだから寄って来ないでよ!」

「みなさんアホですね!」

 

 

***

 

 

「あー、疲れた!日向くん、あたし休むから貴方野田くんの相手よろしくね」

「why!?そこは野田とゆりっぺがやるから面白いんだろ!?」

「いちいちうっさい」

 

野田とゆりが一対一でビーチバレーボールをし、日向は得点係をしていた。

ったく、わがまま御嬢さんだぜ...

 

そんなゆりの行先はユイの元。それで何となくユイに気を遣ったように思えた。いくら本人がアホアホほざいて楽しそうに見えても年上の初対面の人と海に来ているのだ。知り合いは日向しかいない。さらにユイは車椅子のため海に入ることはもちろん、バレーをすることもできない。気分転換になれば、と思っていたが逆にかえってユイが無理しているかもしれない。

 

あいつもなかなか面倒見がいいからな。

 

楽しそうに雑談し、たまに顔を赤くしたりする姿が何だか微笑ましい。ユイは「先輩」にこだわっているが、こっちから見たら友達か、または姉妹のように見える。

 

「ひなっち先輩!」

 

突然ユイにそう呼ばれた。何故かゆりも顔はこれでもかといわんばかりにニヤけている。

 

「ほら、もっと大きな声で言いなさいよ?」

「うっ...頑張ってくださいね!ユイ、応援してます!」

「おうよ!」

「ゆりっぺは俺を応援しているのか!?」

「あー、はいはい、野田くん頑張って」

「ふっ...日向、容赦しないぞ」

「いや待て待て待て待て!何でそこで落ちてるビン拾うんだよ!?ボール割る気満々だろ!」

 

「なんだ、盛り上がっているじゃないか」

 

背後から聞きなれた声がした。音無だ。隣にかなでもいる。

 

「ようっ音無!」

「む、音無か。久しぶりじゃないか」

「ああ、久しぶりだな。ゆりは?」

「ゆりならあそこに座っているわ。あら、隣にいるのは...誰かしら」

 

かなでが早速ゆりとユイを見つけた。それに気づいたゆりがゆっくりユイの車椅子を移動させる。その間も楽しそうに話している。

 

「紹介するわね、音無くん、かなでちゃん」

「初めまして、ユイです!」

「...お前らいつの間に仲良くなったんだよ」

「なーによ、嫉妬しちゃって」

 

「...ユイ?」

 

音無がそう呟き、ユイの顔を見た。ユイも音無の顔をまじまじと見ている。

 

「...音無、先生?」

 

 




夏休みです。こんにちは、春瑠雪です。
私の夏はとにかく白くなることが目標です。わけわかりませんね。引きこもりになりたいのでしょうか。

ということで前々から気になっていたCLANNADを視聴しています。もうすんごい渚ちゃんと岡崎にハマり、twitterで騒ぐ一方です。いい涙も流してます。次はリトバスを制覇する気満々です。

まだまだにわか鍵っ子ですが、key作品の良さを、そしてkey作品に出会うきっかけとなったAngel Beats!にはとてもとても感謝しています。はい、キャラコメもドラマCDもとても美味しくて...ガルデモの曲は毎日聴いてます。
いつか上京できたら、ゲームがしたいなぁなんて。夢のまた夢ですね。あはは。

さて、お次は久しぶりにユイ目線です。
閲覧、ありがとうございました。


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夏休みと言えば②

久しぶりにユイ視線でいきます。



「そんなに熱い視線で日向くんを見つめてたら、日向くんの背中に穴が開いちゃうわよ」

「ふぇっ!?」

 

ゆりと野田がビーチバレーをし、日向がその試合の審判をしていた。車椅子のユイは勿論その試合に参加することはできず、ただぼーっとその試合の行方を見ていた。

ユイとしては試合を見ていたと思っていたが、無意識に視線は日向へと向いていたようだ。それはたった今休憩に入ったゆりが放った言葉が示している。

 

「あっ、あたしそんな!ひなっち先輩ばっかり見てないですから!」

「ふぅん?まぁ何でもいいけどね。まぁ日向くんはモテるわよ」

「だから違いますからっ!」

「そんな真っ赤になって否定しても説得力、これっぽっちもないわよ?」

「うう...」

 

ユイの頬が火照ってきたので、手で仰ぐ。そこでゆりはユイにスポーツドリンクを渡した。

「あ、ありがとうございます」

有り難くゆりからペットボトルを受け取り、キャップを開けようとする。そこでゆりが持っていた部分がにわかに熱を持っていることに気づいた。

 

「あたしね、日向くんとは腐れ縁なの。わかるかしら...出席番号でいつもペアになっちゃうのよ。中学校三年間は同じクラスだったからね」

少し羨ましいな、と思いつつ、ユイは「そうなんですか」と相槌を打った。

「ええ。だから貴女に日向くんの過去を曝露してやってもいいわよ?」

「それってあたしにどんなメリットがあるんですか!?」

「ほら、好きな人の事は知りたくなるじゃない?」

「いや、好きな人ってわけでは...」

「まぁまぁ、なかなか面白い話もあるものよ」

 

そういってゆりは自分の膝を抱え、日向を見た。

なんだかその視線、ゆりが日向を見つめている表情、どちらも認めたくなくて、ユイはゴクッ、と先ほどのスポーツドリンクで喉を潤した。

 

そして、口を開く。

 

「ゆりっぺ先輩。先輩ってーーー」

 

「あっ、ほら、日向くんと野田くんの試合が始まるわよ。ほらユイ、貴女日向くんへラブコールを送りなさい!」

 

ーーーだから、あたしはひなっち先輩をそんな風に思ってないんですってば!

 

さっきまでそう否定していだが、何故だかわからないが、今は素直にそれを受け入れた。

 

「ひなっち先輩!」

「ほら、ら、ぶ、こ、お、る」

「...頑張ってください」ゆりに二度言われ、何だか恋心を肯定してしまったようで急に恥ずかしくなった。

「ほら、もっと大きな声で言いなさいよ?」

「うっ...頑張ってくださいね!ユイ、応援してます!」

「おうよ!」日向はニッ、と笑った。

 

「ゆりっぺは俺を応援しているのか!?」

「あー、はいはい、野田くん頑張って」

「ふっ...日向、容赦しないぞ」

「いや待て待て待て待て!何でそこで落ちてるビン拾うんだよ!?ボール割る気満々だろ!」

 

そんな会話をしている日向と野田がおかしくて、ユイとゆりは顔を見合して笑った。

 

と、その時。遠くから誰かが日向達の近くに来たのが見えた。

ゆり曰く、“音無くんとかなでちゃん”。

 

「音無くんたちが来たわ。ユイ、挨拶に行くわよ」

「っ御意!」

 

ゆりの押す車椅子乗り、日向の知り合いの元へと連れて行ってもらった。

 

「紹介するわね、音無くん、かなでちゃん」

「初めまして、ユイです!」

「...お前らいつの間に仲良くなったんだよ」

「なーによ、嫉妬しちゃって」日向の呟きにゆりが茶化しを入れた。

 

「ユイ...?」

 

不意に聞いたことのある声でそう名前を呼ばれた。ちょうど先週に聞いたばかりの声だ。

 

「...音無、先生?」

「なんだ、やっぱりユイだったのか。日向の彼女がユイだなんて、世間は狭いな」

「だから彼女じゃねぇって...」

「結弦、この方は?」

「ああ、俺の受け持っている患者だ」

 

そう、音無はユイが通院している病院の先生だ。そして偶然なことにユイの担当の先生でもある。

 

「いやー、まさかこんなところで音無先生に会えるなんて、あたしびっくりしちゃってます」

「そうだな。日向の彼女なら、これからもよろしくできるしね」

「音無...何なんだよ、お前ら揃って茶化しやがって...」

 

 

「ほぉら、いいからみんな揃ったところだし、おっひるっにしーましょっ」

 

すでに野田がBBQの準備を始めているのを見て、それぞれの腹の音が鳴った。

 

 



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それぞれの変化

 あの海から早一週間が過ぎた。しかし一週間過ぎても8月はまだまだ終わらない。いまだユイの部屋ではセミの鳴き声が響く。

 

「あら、あっがりー!」

「んなっ!?」

 

 そんなセミの鳴き声をBGMにし、ユイの部屋ではババ抜き大会が開催されていた。

 メンバーはユイ、日向、そしてゆりだ。

 

「くっ...まさかお前と一騎打ちになるなんてな...」

「どーしたんですか?まさかこのユイにゃんと戦うのが急に怖くなった的な?逃げるのは今ですよ、ひなっち先輩!」

「誰がお前ごときに怖がるか!てっきり俺が一番であがれると思ったんだよ!」

「あらぁ、日向君。その言葉は聞き捨てならないわね?このゆりっぺさんに勝てると思ってたわけ?寝言は寝てから言いなさい」

「どんだけ自信家なんだよ、こんなみみっちい勝負でもよぉ!」

「でも実際一番に抜けたのは?あ、た、し」

 ゆりがふふんと胸を張って見せた。それを日向は横目で見たかと思うと、視線を逸らした。きっと目のやり場に困ったのだろう。そんな日向をこれまた横目で見て、ユイは日向に顔を突き出した。

「ひなっち先輩!さっさとカード引かせてください!」

「うおっ!?い、いきなり驚かすなよ!?」

「日向君ユイが急に近くに来てドキドキしてるんじゃなぁい?」

「んなわけあるか!」

 

 ---ないのか。

 ユイが日向に顔を近づけたのはもちろんカードを引くためだ。しかし同時にゆりの身体を日向が見ていたのが何となく嫌だったからでもある。自分以外の女が日向の視界に入ってほしくない。こんなこと思うなんて、自分でも馬鹿らしいとは思っている。でもこの気持ちはなかなか収まらないのだ。

 

 それにもしかしたらゆりっぺ先輩も---

 

 はた、と我に返る。も、とはなんだ。も、とは。

 

「ええい、隙ありぃ!」

 

 急に頬が紅潮したのが自分でもわかったので、慌てて日向の手元にあるカードを引き抜いた。そこに書いてある数字を見る。7だ。そしてユイの手持ちのカードにも、マークは違えども同じ数字が記されている。

 

「ふおっ!?勝った、ひなっち先輩に勝った!」

「何でだよWhy!?」

 日向はジョーカーを片手に持ち、床にゴロンと寝転がった。それをゆりはニヤニヤと笑いながら見ている。

「最下位には何か罰ゲームを与えなきゃね?」

「同じく、罰ゲームは必要だと思いまっす!」

「お前らなぁ、絶対俺が負けたからだろ!?」

「当たり前でしょ?」

 

 ゆりと日向の会話にたまに相槌を打っていると、嫌でもわかってしまう。二人がどれだけお似合いなのか。

 確か二人は腐れ縁というやつだ。中学校三年間同じクラスで席も隣だったと、先日の海で聞いた。二人とも高校も同じ学校だった気がする。学校でも顔を合わせるのか、と思うとやはり胸のモヤモヤは強くなる。

 

「あら、呼び出しだわ」

 

 突然ゆりのケータイが鳴った。バイトのシフトが変更になり、急きょ入ってほしいと言われたようだ。

 

「じゃあね、お二人さん。日向君は罰ゲームのこと忘れちゃだめよ」

「はいはいっと...一人で大丈夫かよ?」

 腰を浮かせた日向にゆりはくすりと笑った。

「貴方今何時だと思ってるのよ?真昼間よ?」

「いや、そうだが...」

「いいの。そんなことよりユイと二人でスピードでもしたら?で、負けた方にはあたしが罰ゲームを考えてあげるわ」

「...相変わらず鬼畜ですねゆりっぺ先輩」

 

 

***

 

 ゆりが帰って、日向とトランプを再開するわけではなく、二人はテキトーにダべっていた。当たり障りのない世間話だったり、野球の話だったり、音無の仕事ぶりだったり、いつものような喧嘩まじりのじゃれあいだったり。そうこうしているうちに、気づけば夕方になっていた。

 

「っと、悪いな。そろそろ帰って洗濯物取り込まなきゃなんねぇからお暇とするぜ」

「はい。楽しかったです」

「おお。それなら何よりだな」

 わしゃわしゃとユイの頭を撫で、日向は微笑んだ。その顔に何故か後ろ髪をひかれ、思わず日向のシャツの裾を掴んでしまった。

 

 



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変わる者と変わらない物

 引っ張られた服の裾を見て、日向はやや驚いた表情になった。その日向を見るユイの目は何故だかどこか寂しそう。やがて、日向の顔がユイの方を向き、二人は見つめあうような形となった。どちらも何も言葉を交わさない。まるでこの時間が壊れ物のようで、それを壊さないようにしているかのように。

 また、明日も会えるのに。

 そうは思っても、ユイの心は何故か日向を求めていた。こんなの生まれて初めてだった。それに日向の表情も今まで見たことないほど優しかった。そんな日向の顔がユイに近づく。ユイはこれから先何をされるのかわからなかったが、何となく何かを期待していた。

 やがて日向の前髪がユイの顔に触れる位置まで来た。ここまで来るのに何十分もかかったような気がするが、本当はものの数秒。互いの鼻がこすれる。緊張が高まった。

 

 こつん。

 

「だー、暑くてバテそうだぜ...」

「ふぇっ」

 

 日向の頭部はユイの肩に落ちた。ふっと気が抜けてしまった。

 

「あー、外出て部屋戻んないとな!階段とエレベーターだとどっちが近いと思うか?」

「あ...先輩だと、階段じゃないですか...」

「そうだよな、この時間だとエレベーターは主婦のもんだ。んじゃな、ユイ!」

「は、はいっ。また...」

「おう!」

 

 ばたん、とユイの部屋のドアが閉まる音がした。その音の後、徐々に己の頬が赤く染まってきた。クッション代わりにしていた枕に顔を埋める。

 な、何期待してたんだろう。ユイ、ばっかみたい。

 突如駆け巡る羞恥心。バクバクと心臓が鳴りやまない。

 

 本当は、わかっている。そう思い、ユイは先ほどまで日向がいた辺りを眺める。初めてだけど、何となくわかっている。ずっと憧れていた、ドラマの世界がするようなものーーー恋を今、していることなんて。

 日向が好きだ。あの明るい性格、明るい笑顔、そして何より、彼の思いやりに惹かれた。身体が不自由ということを気にして生きてきたユイとは正反対の。

 日向と一緒にいたら、楽しい。安心できる。彼はユイの身体のことなんか全く気にせず、何不自由ない人のように接してくれる。だから日向の隣にいれば、自分が車椅子なしでは生きられないことを忘れてしまうのだ。

 

「---さっきの、キス、できたのかな...なんちゃって」

 

 ぎゅう、と枕を抱く力を強める。日向の顔があんなに近くて、それに初めて見る顔していて...もしかしたら、日向もユイにキスしたい、と思ったのかもしれない。そう思うと、また火照りだす頬。

 

 でも。

 

 日向はしなかった。自分だけが期待していたみたいだった。日向は平然としていた。

 日向はユイなんかーーー

 その事実が己の心臓を突き刺す。これが現実だ。いくら仲良くなっても日向の心はユイには動いたりなんかしない。そう確信してしまった。

 

「アホひなっち先輩...大っ嫌い...」

 

 これまた初めて痛感する胸の痛みに、思わず涙が溢れ出す。その涙の止め方を、ユイはまだ知らない。

 

 

 

 

***

 

 

「あら、日向君。お帰りになりますか?」

「あ、ああ。はい!お邪魔しました!」

「そんな、毎日毎日無理しなくても大丈夫ですよ」

「いやいや、俺がしたくてしてるんですから!むしろ毎日毎日うるさくてすいません」

「いえ、あの子がやっと楽しみを見つけたんですから...日向君には本当に感謝してます」

「そんな、大げさですよ。じゃ、お邪魔しました」

「はい、今日もありがとうございました」

 

 ユイの母に会釈して玄関のドアを開いた。振り向くとあちらも微笑し、会釈した。その顔にやや罪悪感を覚えながらドアを閉めた。

 

「くっそ...」

 

 ずるずるとその場にしゃがみ込む。そして髪を思いっきりぐしゃぐしゃにする。自分の気が済むまで手を動かし、ゆっくりとその手を頭部から離した。

「...あいつ、なんて顔してんだよ...」ため息まじりに呟く。

 ユイに裾を引っ張られ、胸が高鳴った。そして...恥ずかしいことに理性が飛びそうになってしまった。あの紅潮した顔、潤んだ瞳、あんなのを前に何もするな、なんて男には酷な話だ。---まして、好きな相手なら、なおさら。

 うまくごまかせただろうか。ユイを怖がらせてはいないだろうか。それがとても気がかりだ。

 

「俺、この調子で前みたく接してやれる自信なんかねぇっての...」

 



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片思い

 “またな、ユイ!”

 毎日そう自分に告げる日向のことを思い出す。その言葉を思い出すだけで胸が熱くなる。胸がきゅん、とときめくがそれと同時にチクリと痛む。ほっと息を漏らすとその息は熱かった。

 

 ---ずっと、一緒にいれたらどんなに嬉しいだろうか。恋人でなくとも、今のように毎日会いたい。

 

「...いつまでも...一緒だから、恋人のように」

 

 ぼそり、と呟いて、ペンを走らせる。そしてまた日向のことを思い出す。いつまでもって、どんな時も?どんな時も。あの、暑かった日の時でも。

 ぼっ、っと頬が紅潮する。また、あの日のことを思い出した。日向の顔があんなに近かったなんて、今までなかった。今までと言っても日向と出会ってまだ数か月しか経っていないが。

 

「いよっ!おはようさん」

「ふぇっ!?勝手に部屋に入って来るなぁ!」

「ぶっ...」

 

突如日向が自分の部屋に入ってきたので驚いてしまい、つい枕を声のする方へと投げ飛ばしてしまった。日向の顔面見事直撃だ。

 

「ったたた...」

「おおっと、ひなっち先輩じゃないですか!」

「...お前なぁ...どうして枕を狂気のごとく使うんだよ...」

「ひなっち先輩こそ、女の子の部屋に勝手に入るなんて犯罪ですよ?」

「わり、お前のこと女の子だと思ったことが...」

「なっ...こんな可愛い女の子が近くにいるというのに...先輩、コレですか?」

 

ちっげーよ!と言いながらいつもの指定席であるベッドの隣の椅子に日向が腰掛けた。そんな日向を横目で見やり、ちくりと胸が痛んだ。異性として見られていない。その現実がナイフのように胸を突き刺す。

 わかっている。ユイなんか、相手にされていないのなんか。

 だって、先輩にはゆりっぺ先輩がーーー

 

 くしゃり。

 

「なっ、いきなりなんですかっ」

 ユイは日向が触れた頭を触りながらそう言い、日向を見た。

「いや、その...さっきの枕の仕返しだ!」そう言い返す日向の顔は何故か複雑そうな顔をしていた。

 

「んで?お前何書いてんだよ」

「ああ、これですか。作詞です」

「ああ、作詞...ってはぁ!?作詞って...曲作れるのか!?」

 ぴらぴら、とユイが先ほどまでペンを走らせていた紙を見せると、日向は目を見開いた。そんなに驚くことだろうか。

「でも原曲があるのであたしは作曲しませんよ。先輩知ってますか、Girls Dead Monsterってバンド」

「が、Girls ...?」

「って知らないんですか!?ガルデモですよガルデモ!今話題の10代の女の子だけのバンドですよ!?あたしとそんなに歳が変わらないのに歌も曲もすっごくうまいんですよ!?中でもあたしが一番お気に入りの曲、Alchemyなんて...!ボーカル&ギターの人、岩沢さんっていうんですけどっ、その岩沢さんの世界観が」

「ちょっと待て、その話長くなるか?」

「ふえ?もちろんですよ?なんたって」

「あー、わかったわかった!で?そのガールズデーモンモイスチャー」

「Girls Dead Monster!」

「...と、その歌詞、どう関係があるんだよ?」

「ああ...えっとですね。このガルデモの5周年記念として、ファンのみんなから歌詞を募集してるんですよ。岩沢さんが作った曲の歌詞です」

「なるほどなぁ。ちょっと見てもいいか?」

「どうぞ。まだ途中ですけどっ」

 

 紙を日向に渡し、自分はスマホを操作してその岩沢が作曲した曲を流した。それに伴って、ここ1週間考えてきた歌詞を口ずさむ。

 そんなユイを日向は頬杖をして見ていた。

 

「っと、ここまでです」

 さっき書いた詩まで歌い、曲も止めた。

「どうですか?」

「いや、どうとか言われても、俺さっぱりわかんねぇんだが...」

「まぁそうですよねー。そもそも先輩ガルデモも知らなかったのに」

「でも、お前歌うまいじゃねぇか。この歌詞が通ってさ、で、ガルデモ...?が歌うだろ。それでお前もテレビかなんかに出ちまってさ、歌手としてデビューする。そういうやり方狙ってんのか?なんてなっ」

「そんなこと...思ってないです。それにユイね、この歌詞応募しないこと決めてるんだ」

 

ユイがそう告げると、日向の顔色が変わった。少しだけ、険しくなる。

やだなぁ、先輩。今すっごい面白い顔してますよー?

 

「何で...だよ?」

「だって、ユイ歩けないし立てないんだもん。もし本当に通っちゃったらどうするの?ガルデモの事務所に行って、実は車椅子の少女が書いてたんですーなんて、反応に困っちゃうよ。結局は自己満に陥っちゃうんだけどね、とりあえず書いてみて、ユイもガルデモみたいなことして、同じ人間なんだって感じたかったんだよね。変だよね、でも気持ちは収まらなくて」

「んなの...気にしねぇよ」

「アホだなぁひなっち先輩は。先輩は優しいから」

「しねぇよガルデモだって!!お前が好きなバンドなんだろ!?憧れてるバンドなんだろ!?なのにそんな人を見下す奴らなんだってお前は思ってんのかよ!!」

「...ガルデモは思わなくても、世間はよく思わないよ」

「んなの誰が決めた。ユイはユイだ。俺と同じ人間だ」

「そうやって」

 

キッ、と睨みつける。その瞳は悔しいことに濡れていたし、声も波を感じるくらい震えていた。

 

「そうやって、先輩は何でも許すから!!ユイは自分の立ち位置を見失ったの!!わかる?車椅子で外に出ると白い目で見られるの。わかる?ただ並んでるだけなのに邪魔だって言われるの。わかる?どうせ、治らなー...」

 

ぐっ、と口を噤む。これを言ってはだめだ。

 

「...何にもわかんないくせに、偉そうに言わないでよ、同じなんて。所詮先輩は何不自由ない大学生でしょ」

 

帰ってください。

 

どうせ泣いていることがバレているのはわかっているが、せめてもの抵抗で視線は窓を向けながら、そう告げた。

 

「ああ、俺にはお前の気持ちなんかわからねぇな。アホ故に風邪も引かない。けど、俺はお前の気持ちに近づきたい。知りたいんだ。そう思う権利くらいはあるはずだ」

「...それって、あたしが人の助けがなきゃ生きられないから、あたしを助けて偽善者ぶりたいんですか」

「所詮は偽善者かもな」

 

いよっと、といい日向は立ち上がった。そして歌詞が書かれた紙をユイに握らせる。

 

「ただな、好きなもんは追いかけていいと思うぜ。周りがどう言おうとも、お前が好きなら仕方ねぇ。中途半端に諦めきれないくらい熱中するのはいいことだ」

 

────それは、先輩への恋心もですか。

 

「あ、そうだ。忘れるところだったな」

 

部屋のドアノブを掴み、くるっと日向は顔を180°回した。

 

「────お前の書いた歌詞、俺は好きだぜ」

 

 

 

それだけを言い残し、彼はドアの向こうへ消えていった。

その静寂さが胸に染み、もともと溢れていた涙がさらに溢れ出した。

 

あたし、傷つけた。自分の身体のことを武器にして、たくさん酷いことを言った。

偽善者って何。先輩のどこが偽善者だ。どうして止まらなかった。どこかで笑って、冗談です、なんて言うタイミングくらいいくらでもあっただろうに。

 

そして一番ユイの胸に突き刺さったのは、どんなにユイが酷い言葉を浴びせても、日向はユイのことを見放さなかったことだ。

 

「ひなっち先輩...ごめんなさい...」

 

日向の優しさをこれ幸いとうまく漬け込んだ己が情けない。もう合わせる顔などない。

そして、どれだけ自分が彼の傍に立つことが、精神的にも、身体的にも不釣り合いなのか実感することができた。

 

 

『────またな、ユイ』

 

いつも別れ際に言われるその言葉が、なかった。

大丈夫、だよね。先輩はまた明日も笑って来るよ。昨日はごめんなって言って、きっと笑うんだ。

そうだ、明日先輩にガルデモの曲を聴かせよう。きっと、気に入るはずだ。そしたらまた笑って話せる。大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日はそう思って寝たが、日向は翌日姿を表さなかった。その次の日も。

日向が来ないことは、初めてだった。



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それぞれの場所で

日向が来なくなってどれくらい経っただろうか。ふとそう思い、カレンダーを見てみるとまだ一週間とちょっとしか経っていなかった。しかし不思議と気持ちは一か月は経っただろうと感じていたのだ。おかしなものだ。

ユイはまた、孤独を感じるような生活に戻った。しかしそれが本来ユイがする生活だ。日向がいたのは夢だと思った方がいい。あの賑やかさに慣れてしまっては、生きていけない。現にユイは今、以前よりも寂しいと思っている。

 

 毎朝、もしかしたら、と思って部屋のドアを見つめることが多くなった。お昼を食べると、朝は寝坊し、もしかしたら昼から姿を現すのでは、とまたドアを見つめる。日が暮れるとようやく諦めがつく。が、明日は来るかな、なんて儚い思いを抱いてしまう。

 

“あたしを助けて偽善者ぶりたいんですか”

 

 わかっている、先輩がそんなことするはずがないって。先輩は本当に優しくて、みんな平等に接してくれる。なのに、一番ひどい言葉で傷つけた。

 

 ごめんね、先輩。

 

 そう謝ることすらできない今の状況が苦しい。そして、今まで自分たちがどんなに脆い付き合いだったのか痛いほどわかった。日向が来なくては会うことができない。今まで日向がユイに会いに来ていたから毎日会うことができたんだ。どうして当たり前なことみたいに思っていたんだろう。

 

「ユイ?入るわよ」

「あっ、お母さん」

 

 やっと仕事がもらえた部屋のドアが開き、母が顔を出した。

 以前は日向がそこから現れていたが、今ではドアを開ける作業をするのは母だけになっている。

 

「何、どうしたの?」

「大した用じゃないけどね、お母さん少しこれ渡しに行こうかと思って。ユイも行く?」

 そう言ってタッパーを見せた。中にはお母さんが得意で、ユイが好物のシフォンケーキが入っている。おすそ分け、といったところだろうか。

 誰に?

「おすそ分け?」

「そう。日向くんにでもって」

 どきん、と胸が鳴った。日向の名前を耳にするなんて久しぶりだ。

 そういえば母は日向が急に来なくなったことをどう思っているんだろうか。あれだけ毎日毎日顔を見せていたのに、急に来なくなったら不思議に思わないだろうか。喧嘩したのか、もしくは────色恋沙汰で気まずい、とか思ってないだろうか。

「日向君ね、最近来なくなったじゃない」

 ユイの心を見透かしたかのように言ったのでまた胸が、どきりとした。

「うん」

「実はねー」

「...え?」

 

 母が告げ終わり、再度どうする?と聞いてきたので、ユイは首を縦に振り、意思表示をした。

 傷つけた、気まずい、会うのが怖い。そう考えている場合ではなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 うわ、意外と綺麗に片づけられている。

 日向の部屋に入り、そう思った。母はリビングに向かい、ユイは日向がいるであろう部屋の前まで来た。こんこん、とノックをしてみるもの、返事はない。やや躊躇ったが、深呼吸をしてドアノブに触れる。そこで鍵がかかっていないことに気づいた。

 

 いいのかな、ユイ入っちゃうよ?

 

 きぃ、とゆっくりドアノブを回した。

「ひなっち先輩...?」

 ひょこ、と顔を出すが、やはり日向からの返事はない。いないのか、と思ったが、ベッドから寝息が微かに聞こえた。どうやら寝ているようだ。

 思い切って部屋に車椅子を踏み込んでみると、そこは居間とは大違いで散らかっていた。紙類や空のコンビニ弁当が散乱している。おおかた、ここにずっと引きこもっていた違いない。

 ブー、とスマホのバイブ音が鳴った。その振動で日向の手に握られていたスマホが手から滑り落ち、思わず「わぁっ」と大声を出してしまった。

 

 ええっと、このままじゃ危ないから...スマホ、机の上におかなきゃ。

 しかしユイは車椅子に乗っている。故に床に落ちてしまったスマホすら拾うことができない。こんなことでさえ、自分は皆と違うんだ、と感じてしまうのだ。

 近くにあったA4のノートと壁を使って何とか掬い上げた。その拍子にボタンを押してしまったようで、ロック画面になる。

 

「あれ、音無先生からのLINE?」

 

 二人って本当に友達なんだ。なんて会話してるんだろう。

 チラッと送られてきたメッセージを見る。

 

“残念ながら、今のところ治療法はないな。でも必ず良くしてみせるさ”

 

 それだけの短いメッセージ。ロック画面でも充分見ることができた。

 音無先生が、医者がそう言っている。ということは医療関係のこと。それって?

 ユイは日向を見た。母からは風邪だ、と聞いたが、実は風邪じゃなかったら?もしかしたら、もともと持病があって、風邪でこじらせていたら?だから、身体が不自由なユイのそばにずっといたんじゃ?

 

 ぐるぐると良からぬことが頭を駆け巡る。じゃあ、部屋に錯乱しているこの紙はーーー診断書?

 慌てて机の上に放り出されている紙類を掴む。しかしそれはパソコンから印刷したもののようだ。つらつらと難しい漢字ばかり並んでいる。だがユイはその言葉がわかる。学校に行っているわけでもないのに、その言葉が読めるのだ。

 だって、これはーーー

 

「ん...音無...?」

「音無先生じゃなくてすいません」

「んじゃ...って、ユイ!?」

「あたしじゃ何か問題がありますか」

 

 ユイの顔を見て、日向は飛び起きた。その顔はどこか焦りを感じるような感じだった。実際、ユイに見られたらまずかったのだろう。何がと言われれば、資料が、だ。

 そしてその資料がユイの手元にあるのを見、深くため息をつかれた。

 

「何でここにいんだよ?」

「お母さんが、先輩にってシフォンケーキを渡しに行くって言ったから、ついでです」

「ああ...さんきゅな」

 

 それだけ告げると日向は押し黙ってしまった。もともと寝起きでまだ覚醒していないのかもしれないが、視線はユイの手元にある紙に向いているので、紡ぐ言葉を探しているのかもしれない。それは日向のみぞ知る、だ。

 

「...風邪、だったんですか」

 こらえかねたユイがそう問う。すると日向は頭を掻きながら首を縦に振った。そしてまた沈黙。

 前まで何の会話をしていたのか思い出せない。どうして言葉がスラスラ出てこないのだろう。

 そういえば似たような曲名もあったな、とぼんやり考えていると、日向の口が動いた。

 

「ユイ。何つーか...それ、見たんだよな?」

 

 

 

今度はユイが首を縦に振る番だ。そのユイの仕草を見て日向は、ふーっと深く息を吐き捨てた。そして頭を掻く。

 

 

「先輩、どういうことか説明してもらえませんか」

「あーあ、フライングか」

 

ダセェな、と自嘲気味に笑いながら、日向はベッドにあぐらをかきユイを真っ直ぐ捉えた。

 

「────ユイの事、俺何も知らなかったから。まずは病気のことについて調べて、そっから音無づてに治療方法聞いたりしてたんだよ。まさか本人にこんな形でバレるなんてなあ」

「...何で、そこまでするの?」

「何でって...そりゃあユイには笑ってて欲しいからだろ。何か俺にもできる事ってねぇのかなって探したはいいんだけど...俺、結構アホだからさー、活字がダメなんだろうな、もう難しい言葉ばっかで頭痛くなって知恵熱出してさー。大変だったんだぜ」

「...ばか」

 

ユイがポツリと呟くと、んだとぉ!?と日向は声を荒らげてみるも、以前のような活気はなかった。目の下にクマもあることから、きっとろくに寝てはないだろう。

 

こんなやつれるまで、何してるの。ユイ、あんなに酷いこと言ったのに。何で先輩はこんなに優しいの?

 

「...ユイ」

 

ユイの胸がいっぱいになり、目頭が熱くなってきた時。日向がユイの名前を呼んだ。

 

「...はい」

「んな悲しそうな顔すんなよ」

「だって...!ユイ、先輩に酷いこと言っちゃったもん!思ってもないこと沢山言って、傷つけたんだもん!...嫌われて、当然だよ」

「あー、そうだったっけ?」

「ふぇ?」

 

日向が明るい声を出し、とぼけたような仕草を見せる。そして、ニカッと笑った。

 

「俺、あほだからもう覚えてねぇわ」

「っ、先輩の、あほ!」

「んはは、最っ高の褒め言葉だ」

 

そこで、ユイの中の何かが切れた。

 

「ちょ、おい、ユイ!?」

「っ、先輩のっばかぁー!!!」

 

わあわあ子供みたいに泣きじゃくるユイ。そんなユイを前にオロオロし始める日向。そして突然騒がしくなった事から、ユイの母が慌てて駆けつけた。

「すいません、すいません!」と日向はユイの母に頭を下げる。どうやらユイを泣かせた事に対して罪悪感を抱いているようだ。

ひとしきり泣いた後、日向はユイをベッドの近くまで連れてきて、頭を撫でた。「あほでごめんな」「なかなか会いに行けなくてごめんな」と謝りながら。

 

────こんな優しくて素敵な人、どこ探したって先輩しかいないよ。

ねえ、先輩。もう止められないよ。好きが溢れちゃうよ。

でも、またユイが子供だからって事で思ってもない事を口にして傷つけたくはないよ。だからね、もう少し大人になったら、この気持ち伝えてもいいですか。

 

 




お久しぶりです。最近LiSAの活躍をテレビでよくやるので、Angel Beats!懐かしいなあ、って気持ちでガルデモをまた聴くようになり、キャラコメ聴いたり漫画読んだりしてます。
少しずつお話を進めていきたいと思っておりますので、どうかお付き合いください...。


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