一角獣を駆る少年の物語 (諸葛ナイト)
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物語の始まり
プロローグ


 閑静な住宅街。

 そこでは車が通り過ぎる音、蝉の声に真夏だというのに元気に走り回る子どもの声が遠巻き響いていた。

 

 そんな場所にある外見上は普通の一軒家。

 パソコンのキーボードを小気味よく弾く音がクーラーが適度に効いている部屋に響いていた。

 

「ん~と、よし。こんなもんかな……」

 

 パソコンの画面を見ながら呟いた少年、岸原(きしはら) (つばさ)は背もたれに体重を預けて大きく背筋伸ばし、肩を揉み解す。

 肩が回される度に1つにまとめられた綺麗な黒の襟髪が尻尾のように揺れる。

 

 半ば女性のような顔立ちの目元を抑えて翼は一息ついた。

 そんな時、モニターに映る時計が目に入った。そうしてようやく彼は針が12時を過ぎていることに気がついた。

 

「あ~、もうこんな時間か」

 

 翼が呟いたと同時、まるで見計らったかのように部屋のドアが数回ノックされて女性の声が投げかけられた。

 

「昼食が出来ましたのでお呼びに来ましたが……いかがでしょう」

 

「ああ、大丈夫、今一区切りついたところだから行くよ」

 

 女性の声に応えながら立ち上がった翼は部屋の扉を開いた。

 その先には予想していた通り、ゴシックなメイド服に身を包んだ女性が笑みを浮かべていた。

 

 彼女の名前は柏原(かしはら) 咲夜(さくや)

 アルビノ特有の赤い目と白い肌、肩上で切りそろえられた銀髪が特徴的な女性だ。

 彼女は岸原博士夫妻の助手をしている。

 住み込みで助手をしており、研究を手伝うこともあるがそれと同時に家事を率先して行なっている。研究科気質の人物しかいない岸原家では重要な存在だ。

 

「いつもありがとう。咲夜さん」

 

「いえ、構いませんよ。これも私の仕事ですから」

 

 そう答えた咲夜は一階のリビングに向かった。

 それに続いて階段を降りた翼はリビングに入ってダイニングの椅子に腰を下ろした。

 

 改めて緊張をほぐすように息を吐いてリラックスしたところで今日1日ずっと疑問に思っていながらも問えずにいたことを切り出す。

 

「ねぇ、咲夜さん。1つ聞きたいことがあるんだけど……」

 

 台所での作業を終えてタオルで手を拭いていた咲夜はいつも浮かべる和かな笑顔を翼に向けながら首を傾げた。

 

「なんでしょう?」

 

「なんで今日メイド服着てるの?」

 

 たしかに彼女はこの家ではメイドのような役割を持っている。

 だが、いつもはもっと普通の服装をしていた。なのになぜか今日はメイド服である。

 変に露出が多いコスプレじみた物でないところは良いが、そのせいで一般的なこの家では浮いて見えてしまっていた。

 

「え? へ、変でしょうか?

 はっ!? まさか似合ってないとか……」

 

 焦った様子でスカートを軽く摘み自分の体を見回し始めた咲夜へと翼は慌てて言う。

 

「い、いや。そうじゃなくて。その、似合ってるけどさ」

 

「ああ、良かった。ありがとうございます」

 

 咲夜は嬉しそうに微笑みながら頭を軽く下げた。

 答えは聞けていないが少し照れ臭さを感じた翼は話を逸らすことにした。

 なにか丁度いい話題を探ろうとリビングとダイニングを見回している時、それに気が付いた。

 

「え、えっと、そ、そういえば父さんと母さんは?」

 

「ああ、お2人ならおそらく––––」

 

 咲夜は全てを言い切らずに下を見る。

 そして再び上げられたその顔は少し引きつっていた。

 

 翼は咲夜のその動きと表情で2人がどこにいるのかを察した。

 

「地下室か……」

 

◇◇◇

 

 階段の後ろにある梯子を降りて地下室に入った翼は目的の人物たちをすぐに見つけた。

 

 1人は男性で身長が高く180cmぐらいあるだろう。髪は寝癖のようにはねている。

 もう1人は身長は平均的、だが髪が長く腰のあたりまである女性だ。

 

「父さん、母さん。咲夜さんがご飯作ってくれたんだけど、そろそろ休憩にしないか?」

 

「あらもうそんな時間なの?」

 

 おっとりとした柔和な顔立ちで微笑み答える女性は翼の母である岸原(きしはら) (かえで)

 

「む。もうそんな時間か、早いな」

 

 顎に手を添えながら答えた男性は翼の父親である岸原(きしはら) 鳥也(とりや)

 

 翼は通常運転の両親に少しため息をつき、ここで何をしていたのか聞こうとしたがその答えはすでに両親の後ろに鎮座していた。

 

 【IS】、正式名称【インフィニットストラトス】。

 元は宇宙での使用を想定されていたマルチフォーム・スーツである。

 しかし、様々な理由から結局宇宙進出は全く進まず、兵器と呼ばれるようになり各国の思惑から最終的にスポーツへと落ち着いた代物だ。

 

 そのIS、それも白いISが翼の目の前にあった。

 

「ユニコーン……だっけ?」

 

「ああ、もう解体しようと思ってな。その準備をしていたんだ」

 

「え? 咲夜さんがなるんじゃなかったのか?

 てっきりそうだとばかり思ってたんだけど」

 

「ええ、私たちも最初はそのつもり、だったんだけどね。

 色々考えて咲夜ちゃんには別の機体を用意することにしたの」

 

「そうなんだ……」

 

 少し勿体無い気持ちで翼は呟いた。

 

 一見オーバーテクノロジーのようなISだが、それにも大きな欠点がある。

 そのせいで翼は解体を待つユニコーンを見つめることしかできない。

 

「俺が動かせたらなって思うけど、男じゃ動かせないんだよな」

 

 そう、ISは男には反応せず、女性でしか動かせないのだ。

 理由は不明。開発した3人のうちの2人、つまり鳥也と楓にもそれはわからない。

 

 翼はゆっくりと両親の間を抜けてユニコーンの眼前に立つ。

 そのままじっと見つめて搭乗者がついぞ現れなかった機体の装甲へと手を伸ばした。

 

 その時の彼にあったのは哀れみだった。

 ISコア開発者によって制作された様々な最新技術を試験的に導入されたIS。区分的には現在様々な国、企業や機関で開発されている第3世代の一歩先、第3.5世代に区分されておきながらただの一度も動かされることがなかった機体。

 

 ただの一度も何もなせず、ただ消えていくそれを哀れみ、労うために少し撫でる。

 

 そのつもりだった──

 

「ッ!?」

 

 ユニコーンに触れた瞬間、頭の中に濁流のように知識、情報が押し込まれた。

 急激な変化でありながらも不思議と恐怖心を覚えられず、ただ翼はユニコーンから発せられた光に飲まれた。

 

 その光が途切れ、地下室に静寂が戻って少し、最初に口火を開いたのは鳥也だった。

 

「な、ん……これは何の冗談だ?」

 

「う、ウソでしょ……」

 

 楓と鳥也は目の前の本来ならばありえない現実を見て息を呑む。

 自分たちが作った物だからこそ、尚更にその衝撃は強かった。

 

 本来あり得ないはずだ。

 ユニコーンが起動することも、息子である翼がそれに乗っていることも、その全てがありえないことであり同時に"あってはならない"ことだった。

 

◇◇◇

 

 玄関から入ってくるや否やリビングに直行し、ソファに翼は倒れ込んだ。

 

「あー、帰ってきた~」

 

 現在は3月の後半。とある事情によって彼にとっては約8ヶ月ぶりの自宅である。

 スライムのように伸びている翼に咲夜が話しかける。

 

「大丈夫ですか? 翼さん」

 

「ああ、うん。どうにか……。お茶、貰える?」

 

「あっ、はい。すぐに準備しますね」

 

 そう言い咲夜は台所へ行き、慣れた様子で冷たい紅茶を入れ、それをトレイに乗せてリビングに向かい翼に差し出した。

 礼を言い紅茶を受け取って口をつけて翼は満足気に表情を綻ばせた。

 

「ふぅ~、やっぱり咲夜さんが入れる紅茶は美味しいね。落ち着くよ」

 

「ふふっ、ありがとうございます。

 随分と疲れているようですが。何かあったんですか?

 というよりこの今日まで一体何をしていたんですか?」

 

 咲夜も大体の事情は彼の両親から聞いていたが詳しいことについては知らされず、あれよあれよという内に3人揃ってどこかに行ってしまった。

 

「うん、咲夜さんにはかなり急いでいてろくに説明できてなかったけど。ほら、俺ユニコーン動かしちゃってさ。その後は父さん達のラボに行ってずっと訓練、訓練また訓練で……」

 

 翼の力ないその声に咲夜はピキッと笑顔を固めて聞き返す。

 

「えーっと、8ヶ月間ずっと、ですか?」

 

 力なく小さく頷く。

 それを聞きその光景を思い浮かべたのか咲夜の表情は完全に引きつっていた。

 その表情を咳払いすることで打ち消して同情の声をかける。

 

「ま、まぁ、あの人達らしい、と言えばらしいですが……お疲れ様でした」

 

 どこか遠い目で頷き再び紅茶を静かに飲む翼を見て「あっ」と何か合点がついように声をあげた。

 

「なるほど、あれはそういう意味でしたか……」

 

「ん? どうしたの」

 

 翼の質問に咲夜は「少し待ってください」と言いリビングを出て行った。

 

 数分後、咲夜がリビングに戻ってきて、持ってきたそれを翼に差し出しながら言う。

 

「IS学園の制服と体操服、パンフレットです」

 

「あー、そっか。なんかそんなこと言ってたな……」

 

 咲夜が差し出したものを受け取った翼はパンフレットを軽くパラパラとめくる。

 

(まぁ、動かしちゃったからなぁ……)

 

 翼は一通り読んだパンフレットを閉じると綺麗に折り畳まれた制服を手に取った。

 

 IS学園。不安なことも多いが、IS開発者を志す翼にとっては良い経験になるはずの場所だ。

 そこに通うこと自体は問題ない。納得もできる。

 

 ただ脳裏にラボで聞いた話がチラついていた。

 

(ユニコーン……)

 

 腕輪のような待機状態となっているそれを翼は見つめた。



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少年、入学
IS学園入学(上)


「全員揃ってますねー。それじゃあSHRはじめますよー」

 

 黒板の前でにっこり微笑むのは副担任である山田(やまだ) 真耶(まや)

 身長は平均よりも少し低め、だいたい生徒と変わらないぐらいだろうか。

 だが、服のサイズや眼鏡の大きさが微妙に違っておりどこか子供が無理に大人になろうとしているといった印象を受ける。

 

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

 

「「「……」」」

 

 しかし、教室内は妙な緊張感に包まれており誰からも反応がない。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 

 その場の雰囲気をなんとか変えようと真耶は額に汗を浮かべながら言った。

 

 そして、その中でも真耶と同じくらい。もしくはそれ以上の冷や汗を浮かべる少年がいた。

 

(くっ、これは予想以上にこたえるな)

 

 翼だった。

 彼は緊張で乾いた唇を舐め、生唾を飲み込む。

 彼のこの感覚は自意識過剰などではなく。クラスメイトほぼ全員の視線を感じていた。

 

 そもそも彼の席は明らかに悪い。

 なぜか翼の席は真ん中のそれも最前列、その上なぜか隣まで同じ“男”だ。

 必然的に視界に入り、目立つ上に絶対に注目を浴びることなど誰にでも予想できることだろう。

 

「えっと、織斑 一夏です」

 

 今自己紹介をしている少年が織斑(おりむら) 一夏(いちか)

 このIS学園にいることからわかるとおり、もう1人のIS操縦可能な少年である。

 

(本当なんでこの席なんだよ。誰か仕組んだのか? だとしたら一体誰が……?)

 

 そこまで考え、そしてある人物たちが浮かんできた。

 

「ッ!?」

 

(まさか、父さんと母さんが? いや、いくらあの人達でもそこまで––––)

 

 否定しようとしたが頭の中では笑いながらハイタッチする両親の姿を容易に想像できた。

 

(……やってそう。さも当然のようにやってそう。俺の反応を楽しむためにとかの理由で)

 

「はぁ」

 

 翼はため息をこぼすと現実から逃げるように窓の方を見る。何人かの女子と目が合い手を振られながら空を眺める。

 

◇◇◇

 

 時は遡り8月の真夏の日。

 学生は夏休みという時期だ。そんな中、買い出しに行っている咲夜以外の岸原家の3人はリビングダイニングに集まっていた。

 

 リビングにはテーブルがあり、その両側に3人が同時に座れるほどの大きさのソファがある。翼の向かい側には楓と源治が座っている。

 源治はお茶を少し飲み、かなり真剣な面持ちで言う。

 

「さて、話は分かっていると思う」

 

「ええ、そうね」

 

 こちらもかなり真剣な面持ちで楓は頷く。

 そんなあまり見ない真剣な両親を目の当たりにして翼は何も言えずにコクリと静かに頷くしかなかった。

 

「そう、我ら岸原家は今年、旅行に行っていない」

 

「うん……って、うん?」

 

 翼は神妙な面持ちで頷いたが不思議と場違いな言葉が聞こえたような気がして首をかしげる。

 

「そうなのよね~。ねぇねぇ、源治さん今年は海に行かない?」

 

 楓は首をかしげる翼を無視。旅行のパンフレットを広げ始めた。

 

「そうだな。去年は山に行ったから、海でいいか。さて場所は––––」

 

「ちょっと待って」

 

 源治がどこからか取り出した地図を広げようとしたところで翼はそれを止めた。

 急に止められた源治は口を尖らせながら翼の方を見る。

 

「なんだ~、翼。どこか行きたい場所があるのか?」

 

「いやいや。なんで旅行の話? 今は旅行より大切なことがあるでしょ!?」

 

「「んん?」」

 

 真剣な翼とは裏腹に楓と源治は首を傾げ顔を見合わせる。

 

「いや、んん?じゃなくて、一番大切な––––」

 

 翼が全てを言いきる前に楓はパンッと両手を叩く。

 

「あっ! そうよ。原始さん。まだ国内か、国外か決めてないわ」

 

 しかし、出た言葉はやはり翼の予想の範囲外にあるものだった。

 

「おお! そうだったな。すっかり忘れていたぞ」

 

「それも違う! 国内国外以前に旅行自体が今はどうでもいいから!!」

 

「「んん?」」

 

 先ほどと同じように真剣な翼とは裏腹に楓と源治は首をかしげ、顔を見合わせる。

 まるで「そんな話題あったっけ?」と言いたげな顔だ。

 

 翼はそんなある意味でいつもどおりの両親に我慢の限界を超え机を両手で勢いよく叩いた。

 

「だから、んん? じゃなくて、今一番の問題は俺がISを、インフィニットストラトスを動かしたところだろ!」

 

「「はっ!?」」

 

 2人は初めて聞いたかのような驚愕の表情を浮かべる。

 

「その顔まさか忘れてたの? ほんの数時間前のことなのに? 思いっきり驚いてたのに?」

 

 その問いかけに源治は頭を掻く。

 

「いや~、すっかり忘れてた。あはははっ」

 

 翼はため息をこぼすとジト目で両親に問いかける。

 

「あはははっ、じゃないよ。どうするんだよ」

 

「大丈夫よ」

 

 しかし、翼の心配をよそに楓の表情には余裕がある。

 

「母さん。まさか何か策があるの?」

 

「ううん、なぁんにもないわ」

 

 と楓は美しく清々しいほどの笑顔で言た。

 

「はぁ!?」

 

 興奮した翼を落ち着かせるように楓はいつもの笑みを浮かべる。

 

「冗談よ。あなたにはIS学園に行ってもらうから」

 

 耳に届いた言葉が信じられず翼は無意識に聞き返す。

 

「……えっ?」

 

「IS学園に通ってもらうわ」

 

「いや、うん。二回も言わなくていいから」

 

 【IS学園】

 ISの操縦者育成を目的とした教育機関であり、その運営および資金調達は原則日本国が行う義務を負う。

 ただし、当機関で得られた技術などは協定参加国の共有財産として公開する義務があり、黙秘、隠匿を行う権利は日本国にはない。

 

 また、当機関内におけるいかなる問題にも日本国は公正に介入し、協定参加国全体が理解できる解決をすることを義務づける。

 さらに、入学に際しては協定参加国の国籍を持つ者には無条件に門戸を開き日本国での生活を保障すること。

 

 かなりわかりやすく言うと––––。

 

「ジャップが作ったISのせいで世界は混乱してるから責任持って人材管理と育成のための学園作れや、んでそこの技術よこせや。あっ金は自分で出してね」

 

 ––––と言うことである。

 

「まっ、それが妥当だろうな。良かったな翼、ハーレムだぞ、ハーレム」

 

「ハーレムはともかく、それが安全か。

 いや、でも俺はたしかにISを動かしてみたいとは思ったさ。でも、動かしたいわけじゃない」

 

 翼が目指しているのは開発者であり、操縦者ではない。

 そのために学校から出された課題を早々に片付けては一日中モニターや資料と睨めっこをしていた。

 

 なのに動かせるからといった理由でいきなり放り込まれるなどあっていいわけがない。

 

「それは私たちもわかってるわ。

 でも、いつでもどこでも私たちはあなたを守れるわけじゃないの。

 あなたの身はあなた自身で守れるようにもならなくちゃならないのよ」

 

「ああ、少なくともIS学園にいる間は安全は絶対に保障される。

 それにあそこは言ってしまえばIS開発の最前線、デモンストレーションも兼ねている節がある。刺激になると思うぞ」

 

 そう言われてしまえば翼も納得するしかない。

 しかし「はいわかりました」と2つ返事をするにも不安が多すぎる。

 

 それを見透かしたのか楓は母親らしく包容力のある笑みを浮かべた。

 

「大丈夫よ。翼はIS関係の事はほとんど知っているし、ISの操縦訓練は旅行先のラボでやるから」

 

「あっ、そうなんだ。って言うかそこまで旅行に行きたいの?」

 

「「もちろん!!」」

 

 その子供のようにはきはきとした返事を聞き翼は「はぁ~」と深いため息をこぼす。

 

(なんか嫌な予感しかしないんだよなぁ)

 

 そう思っている翼の目の前には旅行の話でかなり盛り上がっている両親の姿がある。そんな両親を見て翼はまた深い深いため息をついた。

 

◇◇◇

 

(そして、それからその日の内にラボに行って3月までずっとISの操縦訓練漬け。しかもすごい厳しいし)

 

 何度か見かけた死地を思い出し身震いする翼。

 

「あの~、岸原君?」

 

 そんな彼へと真耶は声をかけているが、呼ぶ声が当の本人は未だ思考の中。答える以前に聞いていない。

 

(確かにおかげで操縦は覚えることはできたけど。って言うか嫌な予感見事に的中してるな)

 

「はぁ~」

 

 深いため息をついた途端、頭を硬い何かで叩く音と衝撃が同時に翼の頭に現れた。

 

「いった!!?」

 

 あまりの痛みに頭を抑え、悶絶する。

 

(痛い。急になんだよ。って、ちょっと待て。この衝撃と痛み、まさかっ!?)

 

 翼は衝撃で下がっていた頭をゆっくりと上げて自分を叩いた人物を見る。

 

 その人物は黒のスーツとタイトスカートを完璧に着こなし、すらりとした長身で狼を思わせる吊り目をしていた。

 翼はその人物をよく知っている。

 

「ち、千冬さ––––」

 

 再会した人物の名前を呼びきる前にまた強い衝撃と音が頭に現れた。

 彼の頭を2回硬い出席簿で叩いた人物は織斑(おりむら) 千冬(ちふゆ)

 翼の隣にいる一夏の姉であり、翼の師匠でもある。

 

「お前は自分の名前を忘れたのか?」

 

 千冬の力強い眼光が翼を見下ろす。

 その目を見るのは数年ぶりで翼はどこか懐かしい感覚を覚えていた。

 

「い、いや、そういうわけじゃ––––」

 

「なら、さっさと自己紹介をしろ」

 

 感傷に浸る時間など与えるつもりもないらしく千冬は言い放つ。

 千冬のその指示に翼は返事をして席から立ち上がり後ろを向き、咳払いをする。

 

「岸原翼です。えっと、まぁ、男だけど仲良くしてくれると嬉しい、です」

 

 言いぎこちなくニコッと少し笑った。

 その途端––––。

 

「「「きゃぁぁぁぁぁ!!」」」

 

 という黄色い悲鳴がクラスに響いた。



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IS学園入学(中)

 IS学園では入学式から授業がある。現在はその一時間目が終了し休み時間。

 

「……」

 

 そんな時間に頭を抱えている少年が1人。

 

(これは、すごい暇だ)

 

 翼はIS開発者の子供。ISに関することを今更説明されても彼にとっては知ってて当然のことなので退屈以外の何物でもなかった。

 開発の案を練ろうとも思ったが先が最前列ということもあり、とてもではないができない。

 

 これから数時間どうするものかと考えている中、隣から半ば助けを求めるような声音で呼びかけられた。

 

「なぁ、岸原。でいいんだよな?」

 

「ああ、えっと織斑 一夏だよな?」

 

 翼に声をかけたのはもう1人の男子である一夏だ。

 彼は人懐っこそうな笑顔を浮かべながら言う。

 

「おう、一夏でいいぜ。同じ男同士よろしくな」

 

 そう言うと一夏は手を差し出す。

 翼はその迷いのない動作に少し驚きながらも笑顔でその手を取った。

 

「ああ、俺の方こそよろしくな。俺も翼でいいぞ」

 

「んー、ならさ。翼」

 

「なんだ?」

 

「千冬姉と昔会ったことあるのか?」

 

「なんで……って、ああそうか」

 

 唐突な質問に翼は疑問符を浮かべたがどうやら一夏は翼が千冬をさん付けで呼ぼうとしたことを聞いているのだと翼は悟った。

 

 千冬は元IS日本代表。そのため名前は知っているだろうがそんな人を前にいきなり『さん』と付けて呼ぶ者などはいない。

 それに2人のやりとりはどこか親しみが感じられ、明らかに会ったばかりの者たちとは思えなかったのだろう。

 

「母さんと父さんの友達みたいな人だからな。それで俺も何回かあったことがあるんだ」

 

「へぇ、そうなのか。全然知らなかった」

 

「あの人はそういうことはあまり言わない人だからな。苦労多いんじゃないか?」

 

 一夏はどこか困ったような表情で頷く。翼にも思い当たる節があるようで頷いている。

 

「にしても––––」

 

「ああ、そうだな」

 

 翼は一夏の言いたいことを分かっているためそれに同意する。

 

 さっきから彼等は考えないようにしながら普通に会話をしていたが。

 

「「「……」」」

 

 先ほどから、いや、授業終了後からクラスだけでなく、廊下にまでいる女子達の視線が集中していた。

 

「これはきついな」

 

「ああ、これじゃ、まるでパンダだな」

 

 2人が顔を見合わせ息を吐いたところで突然声がかけられた。

 

「ちょっといいか?」

 

 声をかけたのは無論女子だ。その顔はどこか申し訳なさそうにも見えるが別の何かも見え隠れしている。

 

「……箒?」

 

「知り合いか?」

 

 一夏が箒と呼んだ少女は、身長は大体平均的、ただ何処と無く目つきは不機嫌な感じがしている。髪型はかなり長いポニーテールだ。

 

「ああ、篠ノ之 箒だ。俺の––––」

 

「あ、彼女か?」

 

 翼にとってはふと口から溢れてしまった程度の言葉だったが2人は顔を赤くしてほぼ同時に声を荒げる。

 

「「なっ!!? そ、そんなわけないだろ!?」」

 

 2人の予想外の反応に翼はたじろぎながら交互に見て問いかけた。

 

「じゃ、じゃあなんなんだよ……」

 

「箒とは幼馴染だ。会うのは久々だけど」

 

 一夏は否定の言葉を付け加えていたが翼には後ろの箒の表情は一瞬、怒りのようなものが見えた気がした。

 

「へぇ~、幼馴染なんだ……幼馴染!?」

 

 幼馴染と言葉を聞いた途端に翼のからかう表情はすぐさま消え、震え出し自分の肩を抱き締めた。

 

「ああ、そうだ、一夏とはそんな……って、どうしたんだ?」

 

「さぁ? 翼どうし––––」

 

「嫌だ嫌だ嫌だもう嫌だ」

 

 声をかけようとしたが翼はずっと「嫌だ」や「ごめんなさい」と言ったことを永遠とつぶやき続けているだけだ。

 

「「……」」

 

 2人は震える翼をしばらく見つめていたが一夏は言った。

 

「……箒、話あるんだろ。廊下に行こうぜ」

 

「あっ、ああ、だが––––」

 

 箒は心配そうにチラッと翼を見る。

 

「さすがに授業時間になったら戻るだろ」

 

 一夏は言い箒の手を掴んで教室から出た。

 

◇◇◇

 

「であるからして、ISの基本的な運用は––––」

 

 すらすらと教科書の内容を読み上げていく真耶。千冬はその隣、窓側の椅子に腰掛けている。

 

 そんな中で翼は正気に戻り、寝かけていた。

 一方その隣の一夏は理解できないのか周りを少しキョロキョロしている。

 

「織斑くん、何かわからないところがありますか?」

 

 その行動に気付いた真耶が一夏に声をかけた。

 

「あっ、えっと……」

 

 どうしようか戸惑っている一夏をよそに翼の頭はだんだん下がっていく。

 

「大丈夫ですよ。私は先生なんですから、それと岸原くんはきちんと教科書を開いててください」

 

 一夏は逡巡していたのか少しの間を置くと意を決すると。

 

「先生!」

 

 大きな声で言いながら手を挙げた。

 少ししょんぼりとしながらも素直に教科書を開いた翼の隣でその会話は続く。

 

「はい、織斑くん!」

 

「ほとんど全部わかりません」

 

「えっ、全部、ですか?」

 

 一夏その答えは予想外だったらしく真耶の顔は一気に困り顏になった。

 

「えっと……織斑くん以外で、今の段階でわからないっていう人はどれぐらいいますか?」

 

 真耶そう言い挙手を促した。だが、誰も手を挙げない。

 

 そんな光景を見て困惑している一夏。

 隣の翼は今授業で話していた部分を流し見して問いかける。

 

「一夏、ここに入学する前に参考書。渡されなかったか?

 ここってそこに書いてあるぐらい基本的なことだぞ」

 

 一夏は記憶の引き出しを開けているらしく少し考えて「ああ」と思い出したように言う。

 

「あれなら古い電話帳と間違えて捨てた」

 

 言った瞬間、響く出席簿で頭を叩く音。

 

「必読と書いてあったろうが馬鹿者」

 

 もちろん叩いたのは千冬だ。

 彼女は腕を組みながら一夏を見下ろす。

 その表情や言葉には誰にでもわかるほどの呆れが含まれていた。

 

「あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」

 

「いや、一週間であの厚さはちょっと––––」

 

「やれと言っている」

 

 一夏が言い終わる前に千冬は有無を言わせぬように言った。

 

「は、はい、やります」

 

 さすがにもう言い返せないと判断した一夏はやむなく返事をする。

 

「それと––––」

 

 次は千冬は一夏の隣に居る翼の方を見る。

 

「岸原は織斑に勉強を教えてやれ、いいな」

 

「えっ、いや、俺は設計の方を––––」

 

 翼は言い終わる前に千冬に睨まれた。

 彼にはその目が「嫌と言ったら殺す」と言っているように見えた。

 

「あっ、はい。わかりました……はい」

 

 その返事を聞くと千冬は真耶に授業を止めたことを謝罪し、窓側の椅子に戻った。



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IS学園入学(下)

今回は少し短め


 二時間目の休み時間また女子の視線が集まる中、翼はさっそく一夏に勉強を教えていた。

 

 そんな時だった。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

「ん?」

 

 翼達に声をかけた女子は日本人にはまずない鮮やかな金髪を持っていた。

 白人特有の透き通ったブルーの瞳が少しつり上がった状態で座っている2人を見下ろしている。

 わずかにロールがかっている髪が高貴なオーラを出して、雰囲気もいかにも『今の女子』という感じだった。

 

 今の世の中、ISのせいで女性はかなり優遇。いや、もはや行き過ぎて女=偉いという構図ができている。

 そうなってくると男の立場は奴隷や労働力。そのため今ではすれ違っただけで女のパシリにされる男、というのも珍しくはない。

 

 つまりそういう女子が翼達の前にいた。腰に手を当てているその姿が妙に様になっている。

 ちなみにこのIS学園は無条件で多国籍の生徒を受け入れているためにクラスの半分が外国人だったりする。

 

「訊いています? お返事は?」

 

「ああ、訊いているがなんか用か? 今ちょっと忙しいんだけど」

 

 嫌な予感を感じた翼はこの会話を早々に切り上げようと答えたのだが、その女子は軽くあしらっていると感じたようでわざとらしく声をあげた。

 

「まぁ!? なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも栄光なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 

 改めてその少女の顔を見つめて翼は首を傾げた。

 

「悪いな。俺は君のこと知らないし、今は手が離せない」

 

 しかし、彼の答えは少女に付け入る隙を与えた。

 少女は驚いたような声で2人に詰め寄るとよく通る声を辺りに響かせる。

 

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを!?」

 

 翼はその名前を心の中で数回唱え、ようやく思い出した。

 

(セシリア・オルコット、イギリス。ああ、そう言えば入学式で挨拶をしてたな)

 

 ようやく思い出せた翼の隣で一夏が小さく手を挙げて問いかける。

 

「あっ、質問いいか?」

 

「ふん。下々の者の要求に応えるのも貴族の務め。よろしくてよ」

 

「代表候補生って、何?」

 

 聞き耳を立てていたクラスの女子が数名ずっこけた。

 隣にいる翼もこの時は怒りがどこかに吹っ飛び机に突っ伏している。

 セシリアでさえもピクピクと震えていた。

 

「あ、あ、あ……」

 

「あ?」

 

「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」

 

 とセシリアはかなりの剣幕で言うが。

 

「おう、知らん」

 

 一夏はそれにかなりあっさりと答える。

 しかし、そのおかげでセシリアは怒りが一周して冷静になったらしくこめかみに人差し指で押さえながらブツブツと呟き始めた。

 

「あ、あのなぁ、代表候補生ってのは国家代表IS操縦者の、その候補生の事だ。そうだな、エリートって言ってもいい。

 っていうか社会常識だろ。これ……」

 

「そう、エリートなのですわ!」

 

「って言っても俺には関係ないことだって思ってたからさ」

 

 そんな一夏に対して胸を張っていたセシリアがさらに詰め寄ろうとしたところで少し小さめに、しかし聞こえるように翼はこぼした。

 

「……と言っても、『候補』でここまで自慢してるんじゃ実力は怪しいけどな」

 

 翼の挑発するような言葉にセシリアは睨みつけながらかすかに殺気を含ませた。

 

「あなた、わたくしを馬鹿にしてますの?」

 

 学生とは思えない十分な迫力のある表情。自信と誇り、それを貶された怒りの表情だ。

 だが、翼はそれに気圧されることもなく平然と返す。

 

「権力は傘にするものじゃない。自信は持っていい」

 

 そんな2人の掛け合いの中で一夏には確かに見えた。翼とセシリアの間に火花が散っているのを。

 

「でも、それで他者を支配しようとするのは見栄えが悪いし、見ていて不快だ」

 

「ッ!?」

 

「おい、翼もうやめろ」

 

 一夏が仲裁に入った時だった。

 三時間目開始のチャイムが険悪なムードが漂い始めていた教室に響く。

 

「っ!? またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」

 

 それにより勢いを削がれたセシリアは言い捨てると自分の席に戻った。

 

◇◇◇

 

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 3時間目の授業は1、2時間目とは違い千冬が教壇に立っていた。よほど大事なことなのか真耶もノートを手にし耳を傾けている。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

 ふと思い出したように千冬は言う。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席、まぁクラス長だな。

 ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。

 今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると1年間は変更はないからそのつもりで」

 

 一通りの説明を終えた千冬はクラスを見回す。

 翼はどうするか考え込むようにしていたが答えは早く出た。

 

(ふむ、パスだな。これは時間を取られるやつだし、こういうのは––––)

 

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

 

 女子が1人手を挙げながら言った。

 そして、それに同意するような声が続く。

 

(ほら、こういうのは一夏のしご––––)

 

 翼は安堵の息を吐こうとしたところで予想外の言葉が耳に飛び込んできた。

 

「私は岸原くんを推薦します!」

 

 と女子が1人が手を挙げて声を上げた。

 また、それに続くように翼を推薦するような意見がちらほらと出始める。

 

(は?」

 

「「お、俺!?」」

 

 翼と一夏は同時に言い立ち上がる。

 

「織斑、岸原。揃って立つな。席に着け、邪魔だ。

 さて、他にはいないのか? いないなら、この2人のどっちかに決まるぞ」

 

 決定を下そうとする千冬に翼は拒否の言葉を飛ばす。

 

「ちょっと待ってください! 俺はそんなことに裂く時間は!」

 

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

 しかし、千冬のその言葉と眼力により封じられた。

 

「ぐっ」

 

「い、いやでも……」

 

 一瞬たじろいだ翼の代わりに反論をしようする一夏を今度は甲高い声が遮る。

 

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

 そう言いながらバンッと机を叩いて立ち上がったのは、あのセシリア・オルコットだった。

 

「そのような選出は認められません!

 大体、男がクラス代表者だなんていい恥さらしですわ!

 わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

(そうだ、もっと言ってや……んん?)

 

 セシリアの言葉に翼と一夏は同意するようにうんうんと頷いたが言葉の妙なニュアンスに気がつき首をかしげる。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の雄猿にされては困ります!

 わたくしはこのような島国までISの技術の修練に来たのいるのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

「なに––––」

 

「翼、気持ちは分かるけどとりあえず落ち着けって」

 

 翼が言い返そうとしたが一夏が小声で静止する。それで頭が少し冷やされたのか小声で翼は謝ろうとした所だった。

 

「大体、文化として後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で……」

 

「イギリスだってそんなお国自慢ないだろ」

 

 翼の堪忍袋の尾が完全に切れた。からかうように、挑発するように言う。

 

「なっ……!?」

 

「おい、翼!?」

 

 セシリアと一夏、どちらも驚愕の表情をあらわにしていたが挑発された本人であるセシリアはすぐさま言葉を返す。

 

「あっ、あっ、あなたねぇ! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

「先にしたのはそっちだろ! 自分がされたくないことはするなって教わらないのかそっちは!」

 

 このままでは口論はどんどん激しくなる。そう誰もが予想したがそれはセシリアの机を叩く音と続く言葉により予想は外れた。

 

「っ!! 決闘ですわ!」

 

「ああ、いいだろう。口論するよりは楽だ」

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い、いえ、奴隷にしますわよ」

 

 そのどこか余裕を感じる顔に翼はさらに苛立ちを募らせるが顔を背けることでそれを抑え込む。

 

「侮るな。真剣勝負で手を抜くほど腐ってない」

 

「そう? 何にせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」

 

 翼はあることを思いつきセシリアに聞く。

 

「んで、ハンデはどれぐらいだ?」

 

「あら、早速お願いかしら?」

 

「俺がどれぐらいハンデをつければいいかって聞いてんだよ」

 

 翼が言うと同時にクラスからドッと爆笑が巻き起こった。

 

「き、岸原くん、それ本気で言っての?」

 

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ」

 

「岸原くんは、それは確かにISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」

 

 全員本気で笑っている。

 それもそうだろう、現在、男性はかなり弱い。腕力は全く役に立たない。

 

 ISは確かに限られた一部の人間しか扱えないが、女子は潜在的に全員が扱える。それに対し、男は原則ISを動かせない。もし男女で戦争が起こったら1日もたないだろう。

 しかし、彼女たちはある部分を見落としている。

 

「そうだな、制限時間は10分。これが過ぎたら俺の負けでいい」

 

 翼のその言葉は挑発ではなく、寧ろただふざけているようにしか聞こえない。

 

「なっ、あなたはどこまでわたくしを馬鹿にしますの」

 

「翼」

 

 一夏は少し心配した口調で言う。

 

「大丈夫だ、問題ない。俺は、あの2人の子供だからな」

 

 翼が言っている言葉の意味を理解し一夏は表情を和らげる。

 そう、彼はIS開発者の息子なのだ。そしてそんな2人から約8ヶ月間訓練を受けた。

 技能だけならば代表候補生であろうとも負ける要因にはならない。

 

「さて、話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑、岸原、オルコットはそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」

 

 ぱんっと手を打って千冬が話を締める。そのあとに翼達は席に着く。

 これは余談になるが。

 

(あっ、これ勝ったら俺がクラス代表になってしまうんじゃ……)

 

 と翼が気付いたのはそれから数時間過ぎた後のことだった。




う〜ん、Fate/EXTELLA。どこで予約しよう(2016/06/02)
↑ISとは無関係


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1日の終わり

 教室には頭を抱える少年と別の意味で頭を抱えている少年がいた。

 

「うう……」

 

「––––んでだな、って意味わかるか?」

 

「全然、わかりません」

 

「はぁ~」

 

 現在授業はすべて終わり放課後、翼は千冬に言われたとおり一夏に勉強を教えていた。

 

「辞書でもあればなぁ~」

 

 と一夏は期待の視線を翼に向ける。

 

「あるにはあるけど、とんでもない量だぞ?

 まぁ、とりあえず今日はここまでやるから頑張れよ」

 

 翼は教科書のページを一夏に見せながら言う。

 

「ああ、分かった」

 

 翼が「よし」と説明を再開しようとした所だった。

 

「ああ、織斑くん、岸原くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」

 

 話しかけたのは彼らの副担任の真耶だ。

 

「山田先生、なんですか?」

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

 そう言い部屋番号が書かれている紙と鍵を2つずつ差し出す。

 

 生徒達の名目上は保護のためにIS学園は全寮制となっている。

 実際は監視、ということが正しいのだがそれを知っているのは極々少数だろう。

 

「俺達の部屋って、まだ決まって無いはずじゃ?」

 

 一夏は真耶に問いかける。

 彼の言うとおり彼らの部屋は決まっていなかった。

 理由は単純に2人が男だからだ。

 さすがに女子ばかりの場所に男2人を無策で放り込むわけにもいかず、かと言ってわざわざ自宅から通学されては下手をすれば拉致されてしまう。

 

 そこでしばらくは護衛付きで登校を、という話だった。

 

「そうなんですけど、やはり事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理やり変更したらしいんです。

 なので、どちらかは女子と同室に––––」

 

 2人は真耶のその言葉を聞くとすぐさまじゃんけんを始めた。

 初戦の結果はどちらもチョキを出しあいこ。

 

「ふむ、あいこか」

 

「だな。それじゃ––––」

 

 2人が手を引っ込め次の手を出そうとしたところで真耶は聞く。

 

「って何してるんですか?」

 

「えっ、ジャンケンですよ」

 

 翼はさも当然のように答えた。それにどこか曖昧に答える真耶を傍目に一夏は急かす。

 

「翼、次だ」

 

「ああ」

 

「「ジャンケン、ポンッ!!」」

 

 そのジャンケン後、2人の反応は真逆だった。

 翼はその手、パーを出した手を天高くに掲げ、一夏はその手、グーを出した手を地面に叩きつけていた。

 

「山田先生、1人部屋の鍵を下さい」

 

 翼は嬉々とした表情で手を差し出す。

 

「えっ、あっ、はい」

 

 いきなり話しかけられたのが驚いたらしく真耶は少し慌てて翼に鍵と紙を渡す。その後に一夏に2人部屋の鍵と紙を渡した。

 翼はそれらを貰った後にふと思い出すように呟く。

 

「あっ、そういや荷物ないから家から持ってこないと」

 

「あっ、荷物なら––––」

 

「荷物なら私が手配しておいてやった。ありがたく思え」

 

 真耶の言葉を先回りして言ったのは千冬。いつの間にか教室の入り口に立っていた。

 

「まぁ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

 そう付け足した千冬は真耶を呼びに来たのか目配せをする。真耶はそれに頷いて答え2人に言う。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。

 夕食は18時から19時、寮の一年生用食堂で取ってください。

 ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。ただ、その、織斑くんと岸原くんは今のところ使えません」

 

「えっ、なんでですか?」

 

 一夏はすぐさま首をかしげる。その表情から見ると本当に理由がわかっていないらしい。

 翼は額を手で抑えため息をつく。

 

「お前馬鹿か? まさか女子と一緒に入りたいなんて言うのか?」

 

「あー、そっか」

 

 どうやら一夏は忘れていたようで頬を掻いた。

 

「おっ、織斑くんっ、女子とお風呂に入りたいんですか!? だっダメですよ」

 

 真耶の教師として当然のような言葉が一夏に飛ぶ。

 一夏はそれにすぐさま首を横に振り否定を表す。

 

「い、いや、入りたくないです」

 

 その言葉を真耶は頭の中でどう解釈したのか妙なことを言い始めた。

 

「ええっ? 女の子に興味が無いんですか!? そ、それはそれで問題のような」

 

 真耶のこの言葉が伝言ゲームのように広まり早くも女子の話しに花が開いていた。

 

「織斑くん、男にしか興味が無いのかしら?」

 

「えっ、じゃあ、もしかしたら岸原くんと……?」

 

「「「きゃ~~~!!」」」

 

 そんな女子達の黄色い悲鳴が教室や廊下に響く。

 

「あ、えっと、それじゃあ私達は会議があるのでこれで」

 

 女子に2人の風評被害を与えた真耶はそう言い千冬と教室から出ていった。

 

「俺は一度部屋に行くけど、一夏はどうする?」

 

「俺も疲れたから部屋に行く」

 

「んじゃ、一緒に行くか」

 

「ああ」

 

 翼と一夏は軽い雑談を交わしながら教室を出た。

 

◇◇◇

 

「隣の部屋だったんだな」

 

「ああ、そうらしいな」

 

 翼は鍵を開けて部屋の扉を開けながら言う。

 

「まっ、なんか勉強教えて欲しかったら俺が起きている時に来い」

 

「分かった。助かるよ。じゃあな」

 

 言ったあと一夏は部屋に入って行く。

 

 翼もすぐに部屋に入る。

 部屋はかなりシンプルでベッドが1つあり、その正面に机と椅子が並んでいた。

 手狭と感じてしまうが1人が過ごす分には問題はないだろう。

 

「……」

 

 翼はすぐさまベッドに飛び乗った。

 心地良いベッドの反発と柔らかさにしばらく身を任せる。

 

(あー、寝心地いいな……)

 

 安心し無意識に張っていた緊張の糸も切れたのか目が閉じていく。

 

「ふぁ~」

 

 大きな欠伸を一つすると枕に顔を埋める。

 

(このまま少し眠ろう……流石に少し疲れた)

 

 襲ってくる睡魔に身を任せて微睡み始めた時だった。

 隣の部屋、より正確には一夏が入っていった部屋から大きな物音が聞こえてきた。しばらくは我慢しようとしていたが止む気配が感じられず翼は上半身を起こす。

 

「なんだ? 初日から喧嘩か?」

 

 当人同士の問題であるならば翼が介入する理由はないが、それを判断するにもまずは様子を伺うべきだろう。

 そう結論付けた翼はベッドから起き上がって部屋から出た。

 

「一夏? お前何してんだ?」

 

 廊下にはもう1人の男子である織斑一夏がいた。

 だが、その様子は普通ではない。なぜか扉の前で尻餅をつきその顔には脂汗が浮かんでいる。

 彼は翼を見るやいなや縋るように近付き訴える。

 

「つ、翼! 助けてくれ! 箒が」

 

「箒? ああ、お前の幼馴染の……」

 

 翼は少し考え込むと1回頷いた。

 

「ふむ、よし分かった。俺が少し話をしよう」

 

「おお、本当か、ありがとう翼」

 

 翼は扉をノックして扉の向こうに居るであろう人物に話しかける。

 

「あ〜、篠ノ之、さん? 岸原だけどちょっといいか?」

 

「なっ、岸原!? ちょっと待ってくれ」

 

 聞こえたあと扉から遠ざかる音とガサゴソと言う音が聞こえたあとに扉が開いた。

 

「ま、待たせたな、入ってくれ」

 

「お邪魔します。あっ、一夏は俺の部屋に行っててくれ。終わったら呼ぶから」

 

「分かった。任せたぞ」

 

 言ったあと一夏は隣の翼の部屋に入って行く。

 

◇◇◇

 

「それで何のようだ」

 

 箒は少し警戒しているように言う。

 なぜ一夏に席をはずさせたのか疑問に思い警戒しているようだ。

 

「そう警戒しないでほしい。一夏がいると篠ノ之さんは正直に答えないかもしれないからな」

 

「?」

 

 翼は言いにくそうに一度咳払いをして言う。

 

「単刀直入に言うぞ」

 

「あ、ああ」

 

 その真剣な顔に箒は少したじろぐ。

 

「篠ノ之さんって一夏のことが好きな––––」

 

 翼が全て言いきる前に箒は翼に向けて近くに何故か置いてあった竹刀を振り下ろした。

 

「って、危ない、危ないから! やめろ。いや、やめてくださいお願いします!」

 

 言いながら振り下ろされた竹刀を真剣白羽取りで受け止めた。

 相手は女子なのにその力は翼と拮抗するどころか少しずつ押してきている。

 

「なっ、なぜ分かった。私がい、一夏のことを」

 

 後半は小声で何を言っているのか理解できないが翼は構わずに言う。

 

「いや、なんとなくの直感だ」

 

「それだけか?」

 

 箒は呆気に取られ竹刀にこめる力をゆるめる。

 

「あ、ああ。それだけだが。反応を見てみるとそのとおりのようだな。とりあえず竹刀を下ろしてくれ」

 

「あ、す、すまない」

 

 箒は自分がしていたことを思い出し竹刀を下ろす。

 翼はとりあえずの命が助かったことに胸を撫で下ろすと確認のためにもう一度問いかけた。

 

「んで、もう一度聞くが、篠ノ之さんは一夏のことが……」

 

「あ、ああ。そうだ」

 

 そう答える箒の顔は赤い。図星を突かれたためか翼とも目を合わせようとしない。

 

「なら、このままじゃだめだ」

 

「む、何故だ?」

 

 翼の断定するような言葉に箒は我に帰り翼に詰め寄る。

 

「何故もなにも、あんなの照れ隠しじゃなくて殺人未遂にしか見えないだろ。

 とてもだけど好意が向けられてるとは思えないよ」

 

「う、だが––––」

 

「だが、じゃない」

 

 きっぱりと真正面から言われては箒としても返す言葉はない。

 加えて彼女自身もある程度の自覚が多少はあったようで真剣に悩み込んでいる。

 

 しかし、明確な答えは見出せなかったようで半ば縋るような視線と共に翼へと問いかけた。

 

「で、ではどうすればいいんだ?」

 

「んー、篠ノ之さんは何か得意なことって何か無いのか?」

 

「りょ、料理ぐらいなら多少は……」

 

 自分で言うとなると少し自信がないようで恐る恐るといった感じの箒。

 しかし希望を見出した翼は明るい表情で頷いた。

 

「それだ、それ使える」

 

「え?」

 

「一夏に料理を振舞えばいいんだよ」

 

「そ、そんな単純なことで……」

 

「単純で良いんだよ。好意はストレートな方が伝わりやすいんだ」

 

「そうか。そういうものか」

 

「うん。まぁ、ストレート過ぎるとちょっと重くなるけど、そこら辺は篠ノ之さんなら大丈夫だ」

 

「うん。そうか。ありがとう、岸原。さっそくやってみようと思う。それと私のことは箒でいいぞ」

 

 箒のその表情は憂いが全てが吹き飛んだかのように清々しいものだった。

 

「ああ、がんばれよ。あと、俺も翼でいい。じゃあ話はまとまったな。そろそろ部屋に戻るな」

 

「ああ、本当にありがとう」

 

 「ああ」と翼は言い。部屋から出ようとドアノブに手をかけた。

 

「ん、そういえば。翼は昔どこかで私とあったことがあるのか?」

 

「んー? 気のせいじゃないか? 俺は……昔のことはあまり覚えてないな」

 

 改めて思い起こすがやはり彼女と会っていたという記憶はない。

 翼はそれを確認すると箒に柔らかな笑みを浮かべて部屋から出た。

 

◇◇◇

 

 翼は部屋から出てすぐに隣の自分の部屋に入った。

 

「一夏、もういいぞ」

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「ああ」

 

「おお!ありがとうな。翼」

 

 一夏はそう礼を言い残すと部屋から出て行った。

 

「……昔、過去か」

 

 翼は手を強く握り締めて目を閉じた。




個人的にはヤマトはロボじゃないと思うんだ(2016/06/05)
↑またもISとは無関係


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違う空気

 入学式翌日の朝8時。

 一年生寮食堂で翼は一夏、箒と共に朝食(和食セット)を食べていた。

 

「一夏、勉強の方は大丈夫か?」

 

「ああ、もう大丈夫だ。箒が教えてくれるからな」

 

「お、幼馴染なのだから当然だ」

 

 そう言う箒の顔は照れているのか少し赤い。

 

「へー、良かったな。一夏」

 

 翼は言いながら二人を眺める。雰囲気としてはまだ少しぎこちないところがあるがそれはこれからの時間が解決してくれることだろう。

 

(よかった。結構順調みたいだな)

 

「頑張れよ」

 

「ん、ああ」

 

 一夏ははっきりと答える。それを聞いて翼は一夏に聞こえないようにぼそりと小声で言う。

 

「いや、別に一夏に言ったんじゃないんだけどな」

 

 一夏は翼が何を言ったのか聞こえなかったようで首をかしげる。

 

「いや、なんでもない」

 

 3人で話しているときのことだった。

 

「き、岸原くん、隣いいかなっ?」

 

「ん?」

 

 翼は声がかけられた方を見る。そこには朝食のトレーを持った女子が3人立っていた。

 

「ああ、俺はいいけど。一夏と箒は?」

 

 聞かれた2人は頷いて答える。

 その反応を見て声をかけてきた女子は安堵のため息をもらして、残りの2人は小さくガッツポーズをしていた。

 それと同時に周りからから声が上がる。

 

「ああ~っ、私も早く声をかけておけば……」

 

「大丈夫、まだ2日目。まだ焦る段階じゃないわ」

 

「昨日のうちに部屋に押しかけた子もいるって話だよ」

 

「「「なんですって!?」」」

 

 ちなみにさっき言っていたことは本当のことで翼の方には一年生が7人、二年が16人、三年が23人自己紹介に来ていた。

 

 話しかけて来た3人は、スムーズに席に着く。

 席は六人掛けのテーブルで窓側に一夏、箒、一夏の向かい側に翼。その残りの席が全て埋まった。

 

「うわっ、織斑くんも岸原くんも朝すっごい食べるんだー」

 

「お、男の子だねっ」

 

「朝はしっかりとらなきゃ頭が良く回らないからな」

 

 翼は答える。それに同意するように頷き続くように一夏が言う。

 

「っていうか、女子って朝それだけしか食べないで平気なのか?」

 

 2人が見るトレーにはパンやサラダが少量、といった内容の朝食しか見えない。

 男子2人からすれば明らかに少なすぎる。

 

「私達は、ねぇ?」

 

「う、うん。平気かなっ?」

 

「お菓子良く食べるし」

 

 雑談しながら少しゆっくりで食べていると––––。

 

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻したらグラウンド10周させるぞ!」

 

 千冬の声がよく響く。

 途端、食堂にいた翼たちも含め全員が慌てて朝食の処理の続きに戻った。

 

◇◇◇

 

 時間は進み現在は授業3時間目、一夏は早くもグロッキー状態、翼は相変わらず思考を別の場所に飛ばして授業を受けていた。

 

「というわけで、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアで包んでいます。

 また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。

 これには心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどがあげられ––––」

 

「先生、それって大丈夫なんですか?なんか、体の中をいじられてるみたいでちょっと怖いんですけど……」

 

 クラスの1人がやや不安げな面持ちで尋ねた。

 

 不安を持つのは当然と言えるだろう。

 なにせ安定した状態を保つためとはいえ体に調整が入るのに変わりはないのだ。

 もしかしたら日常生活に影響があるのでは、と考えている者もいる。世間にもそれを訴える者も少なくない。

 

「そんなに難しく考えることはありませんよ。

 そうですね、例えばみなさんはブラジャーをしていますよね。

 あれはサポートこそすれ、それで人体に悪影響が出ると言うことはないわけです。

 もちろん、自分にあったサイズのものを選ばないと、形崩れしてしまいますが––––」

 

 と説明しているとき。真耶はふと翼、一夏と目が合った。

 そして一瞬の間を置いて一気に顔が赤くなる。

 

「えっと、いや、その、織斑くんも岸原くんもしていませんよね。わ、わからないですよね、この例え。あは、あはは……」

 

 その真耶のごまかしの笑いは教室中になんとも微妙な雰囲気を漂わせた。

 この妙に気まずい雰囲気は「んんっ」という千冬の咳払いで収まった。そのまま真耶に言葉を向ける。

 

「山田先生、授業の続きを」

 

「は、はいっ」

 

 千冬に急かされ、真耶は教科書を落としそうになりながらも話の続きに戻る。

 

「そ、それともう一つ大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話。

 つまり、一緒に過ごした時間で分かり合うというか、えっと、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとします。

 それによって相互的に理解し、より性能を引き出せることになるわけです。

 ISは道具ではなく、あくまでもパートナーとして認識してください」

 

 それにすかさず女子が挙手して言う。その口調は質問、というよりはふざけているような感じだ。

 

「先生、それって彼氏彼女のような感じですかー?」

 

「そっ、それは、その、どうなんでしょう?私には経験がないのでわかりませんが……」

 

 真耶は赤面しながら俯く、それに対しクラスの女子はきゃいきゃいと男女交際の雑談が始まった。

 

「なぁ、一夏この変にこそばゆい空気どうにかならないか?」

 

「翼、それは俺も言いたい」

 

「「……」」

 

 翼と一夏は少し顔を見合わせ。

 

「「はぁ~」」

 

 とため息をついた。

 そのとき、授業終了のチャイムが鳴った。そのチャイムで現実に戻ってきた真耶は告げる。

 

「あっ、えっと次の授業は空中におけるIS基本制動をやりますからね」

 

 真耶はそう言い、千冬と共に教室を出た。

 

◇◇◇

 

「織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」

 

 4時間目のあいさつが終わり全員席についたところで千冬はそう言った。

 

「へ?」

 

 言われた本人である一夏は突然のことで理解が追いついていないのか首をかしげる。

 

「予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 

「?」

 

 首をかしげている一夏とは正反対にクラスは一気にざわつきだした。

 

「せ、専用機!? 1年の、しかもこの時期に!?」

 

「つまりはそれって政府からの支援が出てるってことで……」

 

「いいなぁ。私も早く専用機欲しいなぁ」

 

「ん?」

 

 未だに状況を理解する事が出来ずに一夏が首をかしげていると、それを見るに堪えかねた千冬がため息混じりに、そして同時に投げやり気味に言う。

 

「岸原」

 

「えっ、あっ、はい」

 

 意識を現実に戻した翼は返事をすると一夏に向き直ると咳払いを1つ挟み、説明を始めた。

 

「いいな? 幅広くの国家、企業に技術提供がされているISだが、その中心であるISコアを作る技術は一切開示されていないんだ。

 現存するISは全部で467機。その全てのコアは篠ノ之博士と俺の両親である岸原博士夫妻が作成したもの、これらは全て解析すらまともに出来ずにいて博士達以外はコアを作れないって状況だ。

 だが、博士達はコアを一定数以上作ることを拒絶。各国家、企業、組織、機関ではそれぞれ割り振られたコアを使っての研究、開発、訓練をしている。

 そして、コアを取引することはアラスカ条約の……えっと、たしか第七項辺りにあるけど、すべての状況下で禁止されてる」

 

 翼は説明を終えると「これでいいですか?」という視線を千冬に送る。千冬はそれに頷くことで答えて言う。

 

「つまりは、そういうことだ。

 本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。

 が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解できたか?」

 

「なんとなく……」

 

 翼は少し頭を掻くと指を立てながら言う。

 

「整理して言うとだな––––」

 

 1、ISは世界に467機しか存在しない。

 2、コアは篠ノ之博士と岸原夫妻以外作れない。だが、博士達はコアをもう作っていない。

 3、一夏が特別待遇。ただし実験体。

 

「ちなみに言うと俺も専用機を持ってる」

 

 そう言い腕につけている白いブレスレットを一夏に見せる。

 そのシンプルなデザインのブレスレットには一角獣のシルエットが刻まれていた。

 

「それでは山田先生授業を」

 

「あっ、はい」

 

 真耶は返事をして黒板の前に立ち授業を再開する。

 

「それでは教科書の––––」

 

◇◇◇

 

 現在は授業が終わり昼休み。

 

「安心しましたわ。まさか訓練機で––––」

 

「よし、一夏飯食いに行くぞ。箒も一緒に行くよな?」

 

 セシリアが言い終わる前に翼が割り込んで言う。すでに翼達のところに来ていた箒は頷いて答えた。

 

「ちゃんと最後まではな––––」

 

「ああ、早く行こうぜ」

 

 またセシリアが言う前に今度は一夏が割り込んで言う。

 

「何食べようかな」

 

 翼は呟きながら一夏、箒と一緒に教室を出て食堂に向かった。

 

「あ、あなたたちねぇ!」

 

 というセシリアの叫びは完全に無視して。

 

◇◇◇

 

 その後、翼達は食堂に移動していた、のだが––––。

 

「なんなんだ、この人の数」

 

「混んでるなぁ。席空いてるか?」

 

 一夏の言うとおり食堂は席が空いているのか怪しいぐらいに混んでいた。

 

「あっ、あそこ空いているぞ」

 

 キョロキョロと周りを見ていた箒がちょうど三人分空いている席を指差しながら言う。

 数分後頼んだ料理が乗ったトレイを取り空いていた席に翼達は座る。

 

「「「いただきます」」」

 

 それぞれ言い食べ始める。

 食べ始めて約数分後翼はふと思い出すかのように一夏に向け言う。

 

「あっ、一夏、言い忘れてた」

 

「ん?」

 

「今日の放課後訓練するぞ」

 

「えっ?」

 

 あまりにも唐突な言葉を聞いて一夏は箸で挟んでいたご飯を茶碗に落とした。

 

「一夏って昔、何かしてたか?」

 

「昔は私と一緒に剣道をしていた」

 

 翼の質問に箒がすぐさま答えた。

 翼は食べていた魚をしっかりと噛んで飲み込み、短く言う。

 

「よし、じゃあ放課後は剣道場に集合な」

 

「え? マジ?」

 

「もちろん」



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課題と始まり

 

「なぁ、箒、翼」

 

 時間は放課後、場所は剣道場。昼の予定どおり翼達は訓練をしていた。

 のだが––––。

 

「……あ〜」

 

「どういうことだ」

 

「いや、どういうことって言われても……」

 

 とりあえず今の一夏の力を知るために箒と試合をさせたのだが、1分もまたずに一夏が負けた。 それも完全な完封負けだ。

 

「……どうしてここまで弱くなっている!?」

 

「えーっと、受験勉強してたから、かな?」

 

 頬を掻きながら苦笑いを浮かべる一夏。

 それに対し箒はこめかみを痙攣させながら質問した。

 

「一夏、お前中学では何部に入っていた?」

 

「帰宅部。3年連続皆勤賞だ」

 

「あ、それはすごいな。立派なことだ」

 

 感心して頷く翼とそれに対して少し照れながら頭を掻く一夏。

 2人の間には穏やかな空気が流れていたが、箒は違った。

 

「––––なおす」

 

「はい?」

 

「鍛え直す! IS以前の問題だ! これから毎日、放課後3時間、私が稽古を付けてやる!」

 

「えっ、いや、それより先にISのことを––––」

 

「まぁ、それ以前の問題ではあるのは間違いない」

 

 一夏の反論の言葉が終わる前に翼が遮った。

 

「正直あれじゃ、ISに乗っても振り回されるだけでまともに扱えないぞ。

 ISはロボットじゃない。パワードスーツだ。補助はあれど動くのは自分なんだ」

 

「うっ」

 

 と図星を突かれたじろぐ一夏を見て箒は––––。

 

「軟弱者め」

 

 軽蔑の眼差しを一夏に向けながら言い、更衣室に向かった。

 翼はそれを見送ると、挑発を含ませながら言う。

 

「さて、どうする? 現在最底辺の織斑一夏くん?」

 

「……」

 

 一夏は少し俯いてから何か決心したように顔を上げた。

 

「決まってるだろ。最低辺なら後は上がるだけだ!」

 

 はっきりと言い、落ちていた竹刀を拾って素振りの構えを取る。

 

「おう、その意気だ。俺も付き合ってやるよ」

 

 翼はいつの間にか持っていた竹刀を一夏に向け構えた。

 

「えっ? でも、翼、お前防具は? いくら竹刀でも当たると怪我するぞ」

 

「心配すんな」

 

 少し笑いながら言い、その表情を真剣なものにさせる。

 

「今のお前の攻撃は絶対に当たらないから」

 

 言うと同時一夏向けて竹刀を思いっきり振り振り下ろす。一夏はそれを下段からの切り上げで受ける。

 その後連続で竹刀同士が激しくぶつかり合う音が道場に響いた。

 

◇◇◇

 

 そして翌週の月曜日。セシリアとの対決の日。アリーナのピットに翼達はいた。

 

「なんだ、一夏」

 

 一夏の呼びかけに先に答えたのはISスーツを着込んでいる翼。

 

「気のせいかもしれないんだが」

 

「そうか、気のせいだろ」

 

 次に答えたのは箒。その顔にはわずかに冷や汗が浮かんでいる。

 そう、一夏には問題がひとつあった。それは––––。

 

「ISのことを教えてくれる話はどうなったんだ?」

 

 ISに関することを“何一つとして教えていない”ということだ。

 

「「……」」

 

「目 を そ ら す な」

 

 あれから6日間一夏は箒と翼(特に箒)に剣道の稽古をみっちりつけてもらっていた。

 だが、一番の問題はそれしかしていなかった、というところだろう。

 

「ま、まぁ、しょうがないだろ。俺と違ってお前のISまだなかったんだから」

 

 箒がうんうんと同意するように頷く。

 

「確かにそうだけど、でも、基本的なこととか教えられるとこあっただろ!」

 

「……」

 

 箒は目をそらしたが翼は腕を組み自信満々に告げた。

 

「いや待て。大丈夫だ、心配するな」

 

「はぁ? なんでだよ」

 

「俺の戦い方を参考にすればいいんだよ」

 

 こういう無茶なことを平然と言い切れるあたりはやはり、あの2人の子供、ということなのだが翼本人がそれを自覚することはおそらく一生ないことだろう。

 

 一夏が「無茶だ」と言う直前にスピーカーが鳴った。

 

「岸原、準備しろ」

 

 千冬の声がアリーナピットに響く。「了解」と翼は答えてすぐさまISを展開させた。

 

 翼の体が光に包まれたがその光はすぐに消え去り、そこには彼の専用ISであるユニコーンが展開されていた。

 

「それが、翼のISか……」

 

「ああ、そういや見せたこと無かったな。そう、これが俺のIS、ユニコーンだ」

 

 翼がそう言うとそれに同意するかのようにユニコーンの2つのセンサーアイが光る。

 

 ユニコーンの最大の特徴はその特異な形と色だろう。

 展開されたユニコーンを箒は興味深そうに見て呟く。

 

全身装甲(フル・スキン)か。珍しいな」

 

 そう、箒が呟いたようにユニコーンは翼の全身を覆うように展開されている。

 色は本体の九割ほどが純白だった。残りの一割は関節部などのみだ。

 

「え、なんでだ?」

 

「その辺の説明は俺が全部終わってからしてやるよ」

 

 翼はそう言いピットゲートに進む。

 進みながら翼は「ああ」と何かを思い出すかのように一夏に向けて言う。

 

「一夏、きちんと準備しとけよ次の相手はお前なんだからな」

 

 この試合に勝った者が一夏と戦い、その勝者がクラス代表となる。それゆえ、翼の言葉は誰にでもわかる明確な勝利宣言だった。

 一夏は一瞬、驚いたような顔を浮かべたがすぐに力強く頷き答える。

 

「ああ!」

 

 翼は行ってくると言うように軽く手を挙げるとユニコーンをカタパルトに接続して強く前方に視線を向ける。

 各システムを確認したところで千冬から通信が来た。

 

『翼』

 

「はい」

 

 千冬は通信に表示される翼の顔を真剣な顔で見つめて言う。

 

『天狗になったあいつの鼻を思っ切りへし折って来い。いいな?』

 

「……了解です」

 

 その翼の返事を聞いて千冬は通信を終える。

 

(千冬さん。気付いていなかったみたいだけどさっき俺を名前で呼んでたよな)

 

 翼はふっと口元を緩め笑う。

 

(俺のことも心配してくれるのか……)

 

 ユニコーンの基本武装であるビームマグナムとシールドを展開させ中腰の姿勢をとる。

 

「本当、俺は周りの人達に感謝しないとな」

 

 小声でそう言うと同時にランプが点灯、3つの緑のランプが一つずつ消えていき残り一つになり。

 翼はゆっくりと息を吐く。

 

「岸原翼、ユニコーン––––」

 

 大きな警告音と同時に最後の緑のランプが消えて、赤いランプが3つ点灯した。

 

「––––出る!!」

 

 カタパルトに乗って白い一角獣は勢い良く空に飛び出した。



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一角獣vs青い雫

「全身装甲ですの? ずいぶんと珍しいISを使いますのね。まぁ、いいですわ」

 

 セシリアは鮮やかな青色のIS【ブルー・ティアーズ】を展開させ待ち構えていた。

 その外見は特徴的なフィン・アーマーを四枚背に従えており、どこか王国騎士のような気高さが感じられる。

 それを駆るセシリアの手には2メートルを超える銃器が握られていた。

 

 翼はすぐさまそれを検索、すぐに検索結果がユニコーンの頭部アーマー内に表示される。

 

(ふむ、六十七口径特殊レーザライフル、スターライトmkⅢか。リーチはこっちが不利。なら……)

 

 頭の中でこれから起こす行動を組み立てていた翼へと自信を惜しむことなく見せつけながらセシリアが告げる。

 

「最後のチャンスをあげますわ」

 

「チャンス?」

 

 翼は答えながらシールドを構えビームマグナムの銃口をセシリアに向ける。

 

「わたくしが一方的勝利を得るのは白明の理。ですから––––––」

 

 セシリアが言い終わる前だった。

 重く響き、耳に残る高いビームマグナム独特の発砲音がアリーナに響いた。

 

(やっぱ、あれじゃあたってくれないか……)

 

 セシリアは警戒していたらしく翼の不意打ちの攻撃を綺麗に回避した。

 

「まだ私が話しているでしょう! 話はきちんと最後まで聞きなさい!」

 

「もう試合は始まっている。

 こっちは10分以内に試合を終わらせなきゃならないんだ。話を聞く暇はないな」

 

「いや、それ自分で言ったんだろ」

 

 と言う一夏の冷静な突っ込みがあったのを翼は知らない。

 

 気にせず翼はビームマグナムのトリガーを引く。

 響く独特の発砲音、セシリアはまたもやその攻撃を回避。

 

「そうですか……ならば! 踊りなさい! わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でるワルツで!」

 

「悪いな。俺はワルツは苦手なんだよ!!」

 

 射撃、射撃射撃射撃、また射撃と、まさに弾雨のように攻撃が降り注ぐ。

 

 翼はそれを回避。出来ないものはシールドで防いでいくが狙いがかなり正確でいくつかはかすってしまう。

 

(さすが、代表候補生なだけはあるな。狙いが的確で回避しにくいっ!)

 

 それでも翼は隙を見つけてはビームマグナムを放つ。

 しかし、直線的であり弾速も遅いそれはすべてが綺麗に回避されていた。

 

「そんな遅い攻撃当たるわけがありませんわ!」

 

「そうか。ならッ!」

 

 翼はビームマグナムを放つがやはり回避される。

 

 だが––––。

 セシリアが回避した場所に丁度ビームマグナムから放たれた別の熱線が来ていた。

 

「なっ!?」

 

 翼の先読みの攻撃。

 だが、さすが代表候補生なだけはあり、セシリアはぎりぎりのところで回避。

 しかし、完全には出来ずブルー・ティアーズの右脚部装甲の一部が少し溶けた。

 

「や、やりますわね」

 

 余裕の笑みをなんとか浮かべるがセシリアの内心は混乱しかけていた。

 

(わたくしの攻撃を最小限の被害で防ぎ、合間の的確な攻撃。

 そしてあのライフルの威力、掠めただけでしたのにエネルギーがかなり減らされた)

 

「ありがとよ」

 

 翼は投げやりな礼を言うとリアスカートアーマーにあるカートリッジを取り出しビームマグナムにつけてリロード。

 

「ですが––––」

 

 セシリアの背中にあった4つの特徴的なフィンアーマーがはずれて浮く。

 

「なるほど、それがビットか、これは面倒だ」

 

「ええ。これがブルー・ティアーズ。これを出されてもまださっきのように動けますか?」

 

(ビットの名前がブルー・ティアーズだからIS名がブルー・ティアーズね。実験機らしいずいぶんと安直な名前だな)

 

 セシリアは余裕の笑みを浮かべながら右腕を横にゆっくりとかざす。すぐさま、4つつのビットが多角的な直線機動を取りながら翼に接近してくる。

 そして、それらは翼の上下や後ろ斜め上などに回り、ビット先端が発光、レーザーを放つ。

 

 翼は周囲に展開しているビットたちを見据えると放たれたレーザーをシールドで防ぎ、四肢を動かして回避する。

 

 ビットたちの攻撃はそれで終わることはなく、すぐさま移動その後、レーザーを放った。

 それは回避できたが、セシリアが放つライフルのレーザーに掠める。

 

 翼は表示されているタイムを一瞥。

 

(あと6分弱。攻撃の手は読めた。ならば!)

 

 ビットから放たれるレーザーをくぐり抜け、翼は銃口を脇の下を通しビームマグナムを放つ。

 ビットが来るであろう所に––––。

 

「なっ!?」

 

 セシリアの驚愕の中、ビットはまるでビームマグナムから放たれた光に飛び込むように移動し、熱線に擦りそのまま爆発。

 遅いその攻撃は普通に狙えば当たることはなかっただろう。

 

 そう、普通に狙ったら––––。

 

「やっぱりか」

 

「なぜ……」

 

 何故動き回っているビットに当てることができたのか、あまりのことにセシリアの表情が歪む。そんなセシリアを前に翼は余裕綽々といった様子で答えた。

 

「簡単だ。ビットっていうのは毎回命令を送らないと動かない。しかも、制御に集中しているため操縦者は動けない」

 

(といっても、普通にビット使いながら、やたらと動き回る人もいるけど。まぁ、動きが単純なのは正直ラッキーだったな––––)

 

 翼はビームマグナムをバックパックにマウントしてサイドスカートにあるビームサーベルを装備、光の刃を展開。

 

(あれは必ず俺の反応が一番遅くなる角度を狙う––––)

 

 ISの全方位視界接続は確かに完璧である。

 だが、それを使っているのは所詮人。真後ろ、真上、真下は直感的に見ることが出来ない。

 一度情報を整理するために、コンマ数秒の隙ができる。そこをセシリアは突いていたのだ。

 

 ということは、自ら隙を作ればそこに必ずビットは来る。

 

(あれは、中距離射撃型。接近すれば勝ちも同然だな。近接装備が待機状態の可能性もあるがおそらく展開は間に合わないだろう)

 

 翼は勝利を確信しニヤリと笑った。

 

 一方のセシリアはかなり動揺していた。

 本来なら避けられるわけがない攻撃を回避し、当たるわけがない攻撃を的確に当てる。それは今まで経験したことがないことだった。

 ありえない。ありえない。という考えが頭に浮かぶ。

 

(一体なんですの? あの人は……)

 

 それは、恐怖、と言ってもいいだろう。

 セシリアの目の前でユニコーンのセンサーアイが光る。

 

「ッ!!」

 

 セシリアにはそれが獲物を見つけた獣のように見えた。

 彼女はそれを打ち消すように頭を振る。

 

(まだ手はありますわ。焦る必要はありません)

 

 絶対に負けるわけがない。その強い意志だけがセシリアを突き動かしていた。

 

◇◇◇

 

「はぁぁ、すごいですねぇ。岸原くん」

 

 ピットでリアルタイムモニターを見ていた真耶がため息混じりに呟く。

 だが、千冬は対照的に忌々しげな顔をしていた。

 

(あのISは……)

 

「織斑先生?大丈夫ですか?」

 

 真耶は考え込む千冬に心配そうな顔をしながら言う。

 

「大丈夫です」

 

(考え過ぎであればいいが……)

 

◇◇◇

 

(よし、とった!!)

 

 セシリアの間合いに入った翼は、ビットの攻撃を回避、又はビームサーベルで弾く。

 ライフルの砲口は間に合わないタイミングで一撃が確実に入る。

 

 はずだった––––。

 

「かかりましたわ」

 

 にやり、とセシリアが笑う。

 

「ッ!?」

 

 翼は本能的に回避行動、防御行動を取る。

 

(なに!?)

 

 セシリアの腰部から広がるスカートアーマー、その突起が外れて動いた。

 

「おあいにく様、ブルー・ティアーズは6機あってよ!」

 

 その言葉と同時に放たれたそれはさっきまでのレーザー射撃を行うビットではなく、これは––––。

 

(––––ミサイル型!?)

 

 翼は白い爆発の光に包まれた。

 

◇◇◇

 

 爆煙がユニコーンを包む姿がモニターには映されていた。

 

「あっ」

 

「翼ッ!」

 

 一夏と箒は心配するようにモニターを見つめる。

 千冬と真耶もモニターをじっと見つめていた。

 

「ッ!! あれって……」

 

 真耶の声には驚きがはっきりと現れていた。

 

(やはりか……)

 

 残っていた煙が一気に吹き飛ばされる。

 そしてその中央には一機のISがいた。

 

◇◇◇

 

『ブーステッドシステム起動、全システム、オールグリーン。戦闘続行可能』

 

 そう表示されたシステムウィンドウを確認し、翼は「ふぅ~」と息を吐く。

 

「まさかファースト・シフト!?

 あ、あなた、今まで初期設定の機体で戦っていたっていうの!?」

 

 セシリアの驚愕の表情と言葉を翼は軽く受け流す。

 

「残念、ハズレだ。これはユニコーンのシステムだ」

 

 ユニコーンは大きく姿を変えていた。

 

 特徴的だった真っ白な装甲は一部スライドし、赤く光る装甲がその間から見えている。頭部の長い一本角はV字に開いている。

 2つのセンサーアイははっきり見えるようになり、それらが強く光を放つ。

 

「にしても今のは危なかった」

 

 ミサイル型ビットの迎撃に使ったらしく右手に持っていたビームサーベルがなくなっていたがバックパックから一本、ビームサーベルを取り光の刃を展開。

 

「ああもう、面倒ですわ!」

 

 弾頭を再送装填したビットが2機、セシリアの命令で翼に向かって飛ぶ。

 

「邪魔だ」

 

 そう言って通り抜け様に2本のビームサーベルを振って2つのビットを切り裂く。切られたビットは制御を失いながら少し進んで爆散。

 翼はその爆風を背に受けながら4つに増えた背部ブースターと一対の足のブースターで一気に加速、セシリアに近づく。

 

「くっ!?」

 

 セシリアはビットを操作して動きを止めようとする。

 

「そこッ!」

 

 しかし翼は2本のビームサーベルの出力を落とし、ダガーモードにするとそれらを2つのビットにそれぞれ投げた。

 それはビットに命中、そのまま爆発。

 

 バックパックにあるビームサーベルを流れる様な動作で左手で取り、右手に持ち替えるやいなやすぐに刃を展開し直進。

 

「まだですわ!」

 

 ビットが丁度翼の進路を塞ぐように動く。

 翼は持っているサーベルを再びダガーモードにして投擲。それの命中とともにビットは爆発。

 この時に翼はセシリアの間合いに入った。だが今のユニコーンには“目に見える”武器はない。

 

「これで、あなたの装備はもう無くなりましたわ」

 

 セシリアは自信ありげに言う。

 いくら距離を詰められようとも武器がなければ何の意味もない。

 

 そう、彼女は思っていた。

 

「いや、まだあるさ」

 

 しかし、セシリアの予測は完全に裏切られた。

 ユニコーンの前腕にあるビームサーベルのグリップ、それが展開、光の刃が生成され ビームトンファーの状態へとなる。

 

「ッ!?」

 

 セシリアの顔には焦りと驚き。

 

 翼の顔には確かな勝利の確信。

 

 ユニコーンのビームトンファーでの連撃が繰り出される。

 斬撃や刺突など翼は両腕を鞭のようしなやかに使い連続でセシリアに叩き込む。

 

 セシリアはそれを防ごうとライフルを動かしているが、明らかに近距離戦では翼の能力のほうが格段に上だ。

 

(な、なんですの……!?)

 

 自問が浮かぶ。今更、意味などない自問。

 その間にも振るわれるビームトンファーによる攻撃。

 

(なんなんですの!!?)

 

 繰り返される自問と浮かぶ恐怖心。

 

 そして、セシリアは一瞬目があった。

 それは翼のものではない。人間のものであるわけがない。

 

 目があったのは翼の目、ではなく言うなればユニコーンの目。

 

「ッ!!?」

 

 セシリアは息を飲み動きを止めた。

 

 理由はどうであれその一瞬を翼が逃すはずもない。

 

「こいつで––––」

 

 翼は大きく両腕上げ、ビームトンファーの出力を最大にする。

 

「––––トドメ!」

 

 拳を握りしめクロス字に一気に振り下ろした。

 それがセシリアに直撃した瞬間、ブザーがアリーナに鳴り響いた。

 

『試合終了。勝者、岸原翼』

 



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予兆

「ふー、残り時間3分ちょっとか」

 

 ビームトンファーの展開を解除し、翼はユニコーンの頭部アーマーも解除する。

 

「ま、まさか本当に10分以内にわたくしを倒すなんて……」

 

 セシリアは信じられずに半放心状態になっていた。

 翼はそんなセシリアをじっと見つめる。

 

「な、なんですの」

 

 その顔には警戒とわずかな畏怖が見え隠れしている。

 しかし、翼から出た言葉はセシリアが馬鹿馬鹿しくなるほど気の抜けたものだった。

 

「あ~。い、いや、その、すまなかった」

 

 翼は気恥ずかしそうに頬を掻いていたが、意を決したように頭を下げた。

 

「えっ」

 

 セシリアは突然のことに驚きで目を見開く。

 

「あの時は言い過ぎた、本当にすまない!」

 

 今にして思えばあれは諍いを生む返し方だった。

 たしかに余裕はなかったが、あのような返し方をしなければこれほどに拗れるようなことはなかったのは間違いない。

 

 これは先にけしかけた自分の責任だ。

 

 そんな翼の言葉の意味を理解するのにしばらくの時間を要した。

 セシリアは自分が黙っていることを思い出し言葉を返す。

 

「……べ、別に構いませんわ。わ、わたくしもの方も、いえ、わたくしこそ挑発したようなものですし」

 

 翼は様子を伺うように頭を少し上げセシリアの顔を見る。

 

「ほ、本当か?」

 

 確認する問いに「ええ」とセシリアは頷いた。

 そのセシリアの反応を見て翼は胸をなで下ろすと手を差し出す。

 

「んじゃ、クラスメイト同士これからよろしくな」

 

 セシリアはその差し出された手を取った。

 

「は、はい。こちらこそよろしくお願いしますわ」

 

 表情には美しい笑みが浮かんでいる。

 翼はそれを見て笑顔で言う。

 

「セシリアにはそういう顔の方が似合ってるな」

 

 突拍子もない感想を受けセシリアは顔を赤面させる。

 

「えっ、そ、そうでしょうか」

 

「ああ」

 

 翼は顔が少し赤くなっているセシリアに笑顔でそう答えた。

 

◇◇◇

 

「あれ? 一夏はどこ行った?」

 

 翼はアリーナピット戻って来て回りを見回す。そこにはセシリア戦前には確かにいた一夏の姿はない。

 

「一夏ならもう別のピットに向った」

 

 翼の疑問に答えたのは箒はだった。

 

「お、そうか。なら、さっさと補給しなきゃな」

 

 そういい翼はユニコーンを待機状態にして補給に向かおうとする。

 

「翼」

 

「ん? なんだ?」

 

 翼は箒に呼び止められ振り向く。

 箒はしばらく逡巡していたが目をそらし、顔を赤くさせながら翼にギリギリ聞こえるほどの声で言った。

 

「えっと、その、か、かっこ良かったぞ」

 

「え?」

 

 翼は驚きで固まった。

 

「つ、翼?ど、どうかしたか?」

 

 そして、しばらくするとぷっと吹き出し腹を抱えて笑いだした。

 

「な、何故笑う!」

 

「いや、悪い。まさか、そんなことを言われるとは思わなくてな。そういうのはあいつに言ってやれ」

 

 翼は少し笑いながらそう言って箒の頭をポンポンと軽く叩いて通り過ぎた。

 

◇◇◇

 

 翼が補給を終えカタパルトで待機している時、軽く叩かれた頭に箒は手を乗せていた。

 

(昔、誰かに同じことをされたような……)

 

 すぐさま浮かぶのは当然、一夏だった。

 他の候補はすぐさま除外する。両親や親戚はとてもそんなことをする人たちではない。

 たった一人、姉なら、とも思ったが違うという確信がある。

 

 しかし、確かに昔同じことをされた。

 

(じゃあ、一体誰に。翼?私はやはり昔あったことがあるのか?)

 

 IS学園の入学式、翼を見た時に感じたあの感覚。

 だが、よく思い出せない。あと少しだが思い出せない。

 

 翼との接点は姉を通してならばありそうだがどうにもその辺りは曖昧にしか覚えていない。

 

 その彼は準備が終わったらしくユニコーンは数秒後にまた空へと飛んだ。

 

(翼の言う通り、気のせい、他人の空似なのだろうか?)

 

 箒は晴れぬ疑問を思いながら対戦終了後に一夏が戻るであろうピットに向かった。

 

◇◇◇

 

 翼はシールドとビームマグナムの点検を終え一夏を見る。

 

「お前のISも白か。っていうか本当に白いな」

 

「それは翼に一番言われたくないな」

 

 再びアリーナに出た翼の言うとおり、一夏のISは真っ白だった。本当に全身が白い、また滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的でもある。

 

 持っているのは一本のブレードのみ。翼はそのブレードを指差しながら言う。

 

「それ、雪片、だよな」

 

「ああ。正確には雪片二型って言うらしいけどな」

 

 雪片。それはかつて千冬が駆っていたISのたった1つの、最強の装備である。

 

(だとすれば一番の危険はバリア無効攻撃か)

 

 翼はすぐさま脳内でシュミレート。その結果からさらに戦闘の流れを組み立てる。

 

「一夏」

 

「なんだ?」

 

 出た結果は至って単純なものだった。

 翼はユニコーンの頭部アーマー内でにやりと笑いながら告げる。

 

「速攻でケリをつけてやる」

 

 ユニコーンは一夏の専用IS、白式に急接近していく。

 

◇◇◇

 

 対戦結果、岸原翼 勝利。

 

 対戦時間、約3分。

 

「いや、お前弱すぎるだろ」

 

「翼が本気出すからだろ!いきなり、姿変わった奴でくるとか。卑怯だろ!!」

 

 このようにしてクラス代表者は岸原翼に決定した。

 

◇◇◇

 

 クラス代表決定戦の後、翼は自分の部屋で一夏、箒の質問に答えていた。

 

「んで。なんで全身装甲(フル・スキン)は珍しいのか?だっけ」

 

「ああ」

 

 箒はそれに同意し首を縦に振った。

 翼は少し考えて2人、より正確には一夏に質問を投げかける。

 

「えっとな、ISっていうのは基本に部分的にしか装甲を形成しないんだが、それはなぜか? 分かるか?」

 

 一夏は少し考えながらも答える。この辺は翼と箒に教えてもらった範囲だ。

 

「必要ないから、だろ?」

 

「正解。防御は基本、シールドエネルギーでしてるから見た目の装甲はいらないし、そもそもあっても邪魔だ」

 

「ふむ。では、なぜ翼のISは全身装甲をしている?」

 

「ユニコーンの性能自体はかなり低くてな。初期の第二世代型ぐらいの性能しかないんだ」

 

 その言葉を聞き一夏と箒は訝しみながら首をかしげた。

 それにしてはセシリアのIS、ブルー・ティアーズと互角、いや、後半は完全に圧倒していた。

 

 翼はその理由は話し始める。

 

「そこで出てきたのが通称A.E.B、正式名称アクティブ・エネルギー・ブラスターって言う特殊装甲だ。

 これを低出力で常に起動させておくことでユニコーンは第三世代型とも互角に渡り合える。それに合わせて全身装甲型にしたって感じだな。

 ちなみにあの姿が変わった奴はそのA.E.Bの出力を解放、それと同時にISコアのリミッターを外したものだ」

 

 一通り話し終えた翼はお茶を飲み質問する。

 

「んで、一夏、お前のIS白式には雪片があるんだよな」

 

 質問を振られた一夏は「ああ」と頷き肯定する。

 

「でも、よく分からないんだよな。なんか急にシールドエネルギーが減ったんだよ」

 

 一夏は翼との対決を思い出す。

 確かに翼の連撃を完全に捌くことなどはできなかったがいくつかは確かに防げた。

 しかし、それにもかかわらずシールドエネルギーは減少。その結果があの惨敗に繋がっていた。

 

「んー、一夏、バリア無効化攻撃って知ってるか?」

 

「なんだそれ?」

 

「雪片の特殊能力だ。相手のバリア残量に無関係でそれを切り裂いて直接本体にダメージを与えることができる。すると、どうなる?」

 

 翼は一夏に再び質問する。

 一夏はほんの少し前に知ったことを復習するかのようにゆっくりと口に出す。

 

「えっと、ISの絶対防御が発動して、大幅にシールドエネルギーを削れる」

 

「正解。ちなみに千冬さんが世界一位の座にいたのも、その特殊能力が大きいだろうな」

 

 さらりと翼は言ったが、それはすごいことである。

 3年に一度行われるISの世界大会 モンド・グロッソ、その第一回大会で優勝したのが織斑千冬だ。

 

 翼はパンッと両手を合わせると今度は箒にも質問を投げかける。

 

「さて、ここで問題だ、雪片の特殊攻撃を行うにはどれぐらいのエネルギーが必要でしょうか?」

 

 一夏と箒は少し考えていたがある考えに行き当たり互いに顔を見合わせる。

 

「えっと、ってちょっとまて、まさか……」

 

「まさか、自分のシールドエネルギーを攻撃に転化しているのか?」

 

 尋ねた箒に翼は頷き言う。

 

「そ、つまり欠陥機だな」

 

 翼は苦笑いを浮かべていた。

 

「はぁ!?」

 

 それを聞き驚きの声を上げる一夏。

 

 それもそうだろう。

 なにせ今日貰ったばかりのISがいきなり欠陥機、と呼ばれてしまえば誰でも驚く。

 

「あっ、言い方が悪かったな。

 そもそもISはどれも完成してないから欠陥も何もない。

 ただ、白式は他の機体より攻撃、特に近接戦に特化しているってだけ。

 どうせ、拡張領域(バススロット)も埋まってるんじゃないのか?」

 

「そ、それも欠陥だったのか………」

 

 一夏は力なく椅子に座りなおす。明らかに落胆の表情を浮かべていた。

 しかし、翼は首を横に振る。

 

「いや、違うな。

 本来拡張領域用の処理を全部雪片に振ってるんだ。その分威力は全IS中トップクラスだ」

 

 思い出すように一夏はつぶやく。

 

「そう言えば千冬姉のISも雪片しか装備してなかったような…」

 

 翼は一度頷くと今度は呆れたような目を一夏に向ける。

 

「まぁ、お前みたいな素人が射撃戦闘なんかできるわけないけどな。

 ざっと挙げると反動制御に弾道予測、距離の取り方、一零停止、特殊無反動旋回、それ以外にも弾丸特性から大気状態、相手武装による相互影響を含めた思考戦闘と、できるか?」

 

 一夏は並べられた単語としばらく格闘していたようだが、ため息を一つこぼすと力なく言った。

 

「……無理です」

 

「ま、あの人の弟なら1つのことを極める方が合ってるんじゃないか」

 

 翼は一夏を安心させるように優しく微笑みながら言った。

 

◇◇◇

 

 他にも雑談を少し交わしたあと一夏と箒が翼の部屋を出た時だった。

 翼の携帯が着信を告げる。

 

「ん? 誰からだ?」

 

 翼は携帯の画面に表示される発信者を見る。

 

「父さん?」

 

 そこには彼の父親の名前が映し出されていた。

 翼は携帯を疑問を感じながらも通話ボタンを押し「もしもし」と言う。

 

「やぁ、少年、ハーレムを楽しんでるかい?」

 

 聞きなれた男性の声と「イェーイ!!」と言う元気な女性の声が後ろから聞こえる。

 

「……切るよ」

 

「わー! ちょっと待って話すから切らないでくれ!!」

 

 翼は「はぁ」といつも通りの両親にため息をついて怒りを通り越し呆れを含ませながら言う。

 

「それでどうしたの? 急に電話なんかかけてきて」

 

 電話の向こうにいる翼の父、源治は、「はははっ」と笑って言う。

 

「喜べ翼、ユニコーンの装備がすべて完成した」

 

「えっ、ほんと?」

 

 翼の耳に届いたのは吉報だった。

 ユニコーンの装備は今のところシールドとビームマグナム、ビームサーベルしかない。確かにそれだけでも十分ではあるが戦略の幅を広げるにはどうしても種類がない。

 

 しかし、次に届いた言葉には耳を疑った。

 

「ああ、だから、近々そっちに行くからな」

 

「はぁ?」

 

 翼は一瞬だけ固まった。

 

「えっ、え。ちょっ、行くってIS学園に来るの?」

 

「ああ、2人で行くからな。じゃ」

 

 それを告げると翼が「待って」と言う前に電話が一方的に切られた。

 切られた携帯を見つめながら翼は生唾を飲む。

 

「なんだろう。すごく嫌な予感が……」

 

◇◇◇

 

 源治は電話を切ったあとまた何処かに電話をかけるために操作をする。

 少しの待機音の後に「もしもし」と言う声が聞こえてくる。

 

「やぁ、千冬ちゃん。こんばんは」

 

 千冬は「こんばんは」と答えて続ける。

 

『それでどうだった』

 

「千冬ちゃんの予想通りだよ。あれは予兆だね。昔と同んなじだ」

 

 源治は自分の目の前にあるモニター、その中に映されているのは今日あったクラス代表決定戦の映像である。

 千冬は「やはり」と呟き問う。

 

『何故、あれを作った。危険性はあの時に分かったはずだ。なのに––––』

 

 千冬の声には少し怒りのような焦りのようなものが感じられる。

 アレを見た者ならば当然の反応だ。

 

「あの人の、いや、あの人達の最後の望みだったからだ」

 

「っ!?」

 

 千冬は何も答えない。返す言葉を見つけられない。

 

「近々そっちに行くからその準備しなきゃいけないからもう切るよ」

 

『……ああ、分かった』

 

 源治はそれを聞くと電話を切った。

 

「楓、念のため武御雷の準備をしておいてくれ」

 

「……分かったわ。でもあまり使いたくは無いわね」

 

「それは、もう……願うしかないな」



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IS設定Part1

主人公機であるユニコーンとその装備の説明です。

2017/04/25 すいません続きはもう少しお待ちを……


【IS名】

 ユニコーン(ユニコーンモード)

 

【外見】

 純白の全身装甲(フル・スキン)IS。

 頭部には一本の長い角を持ち、全体的に角ばっている。

 また肩アーマーやバックパックにはハードポイントを有しているためある程度の拡張性を持つ。

 

【装備】

『ビームマグナム』

 威力は現在の全ISの射撃装備の中では最高の威力を誇る。

 ただし、その分制限が多く五発打つとリロードをしなければならず、反動もかなりある。そのため連射は出来ず取り回しは悪い。

 

『ビームサーベル』

 前腕部とサイドスカート、バックパックにあるがこのモードでは前腕とサイドスカートにあるもののみ使用可能。

 

『シールド』

 IS用のシールドとしてはかなり大型で長さは大体ユニコーンの全長と変わらない程度。

 

『ビームバルカン』

 頭部に二門ある。攻撃力はさほどないがミサイルなどの迎撃などに使用される。

 

【その他】

 スタインシリーズと呼ばれるシリーズの第一号機。

 第三.五世代ISであり第四世代ISの試作タイプ。

 本来の性能的には初期の第二世代機と変わらないが白い装甲の下にアクティブ・エネルギー・ブラスター(AEB)が最低出力で常に起動しているため第三世代機とも互角に戦える。

 待機状態は白いブレスレット。かなりシンプルでユニコーンのシルエットが刻まれている。

 

◇◇◇

 

【IS名】

 ユニコーン(ブーステッドモード)

 

【外見】

 白い装甲がスライド、展開して間から赤く光る装甲が見える。長い一本の角は二つに割れ、V字の角になる。

 その他にバックパックにあるビームサーベルが使用可能になり、ブースターがユニコーンモード時の二つから四つになる。

 腕のビームサーベル(トンファー)も使用可能となる。

 シールドも連動して形が変わり、ビーム兵器の威力を軽減するフィールド(Iフィールド)が展開可能となる。

 

【装備】

『ビームマグナム』

 ユニコーンモード時と変わらない。ただ、ブーステッドモードになったことで反動が多少軽くなった。

 

『ビームサーベル』

 ユニコーンモード時はサイドスカートの左右に一本ずつ、両腕に一本ずつ、だったのがバックパックにある二本が使用可能となった。

 

『ビームトンファー』

 腕にあるビームサーベルを持たずにビームを展開させたもの。

 

『シールド』

 ユニコーンモード時から形が少し変わり、ビーム兵器の威力を軽減するフィールド(Iフィールド)が展開可能となる。

 

『ビームバルカン』

 頭部の二つ以外に鎖骨のあたりに二つ展開される。

 

【その他】

 ユニコーンのブーステッドシステムを使用し一時的にISコアのリミッターを外しアクティブ・エネルギー・ブラスターを露出、展開した姿。

 赤く光る装甲は全てアクティブ・エネルギー・ブラスター。

 だが、試作段階のためか長時間の連続使用自体は可能だが機体の方が耐えられず、五分を越えると最悪バラバラになってしまう。しかし機動力、防御力を大幅に増加することが出来る。



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逃れぬ罪
慣れた日常


「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を行ってもらう。

 織斑、岸原、オルコット。試しに飛んでみせろ」

 

 4月下旬、翼達のクラスはグラウンドで授業を受けていた。

 授業内容は先ほどの千冬の言葉通りISの基本飛行操作の実演である。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで1秒とかからないぞ」

 

 急かされ翼達はそれぞれ意識を集中させた。

 ISは一度フィッティングをしてしまえばアクセサリーの形状で待機できるようになり、操縦者はそれを保持し自由に展開することができる。

 セシリアは左耳のイヤーカフス、翼は右腕のブレスレットだが、一夏は理由は不明だがそれらと異なりガントレットの形状を取っていた。

 

 翼は約0.4秒ほどでユニコーンを展開、セシリアも無事に展開を完了させ、一夏の方も2人に少し遅れながらもISを展開を終えた。

 ちなみにセシリアのブルー・ティアーズの翼との対戦で破壊されたビットはすべて修復が完了している。

 

「よし、飛べ」

 

 言われて、翼、セシリアの行動は早かった。

 急上昇し、他のクラスメイトや千冬の頭上で静止した。その動作に迷いや躊躇いはなく、流石は専用機持ちと言われる腕だ。

 しかし、今回もまた一夏は少し遅れてそれらを終える。

 

「織斑、何をやっている。カタログスッペクでは白式のほうが上だぞ」

 

 地上から一夏へと千冬の叱責の言葉が飛ぶ。

 それに身を怯ませながらも彼はボヤいた。

 

「ってもさ。自分の前方に角錐をイメージって言ってもよくわからないんだよなぁ」

 

「一夏、イメージはたかがイメージだ。教科書より自分がやりやすい方法を探したほうがいいぞ」

 

 翼からのアドバイスを受けるがいまいち実感ができない一夏は唸りながら首を傾げる。

 そして自分が引っかかっていることをどうにか言語化して口を開いた。

 

「んー、でもまだ空を飛ぶイメージがあやふやでさ。って言うかなんで浮いてるんだ、これ」

 

 一夏のその疑問は当然であろう。

 

 白式には翼状の突起が背中に二対あるのだが、明らかに飛行機と同じ原理で飛んでいるわけがない。そもそも翼の向きとは関係無く飛べている。

 加えて言えばユニコーンにはその翼自体がなく、背中にあるこじんまりとしたランドセル1つで白式同様の高速機動を取れていた。

 

「説明してもいいけど、なぁ」

 

 苦笑いと共に翼は隣にいるセシリアに顔を向ける。

 

「ええ、長くなりますわね。反重力力翼と流動波干渉の話になりますから」

 

 頭が混乱しそうな単語が飛び出し一夏はすぐさま首を振る。

 

「いい、説明はいらない」

 

「そう、残念ですわね。翼さん」

 

 セシリアは微笑みながら翼に向けて言う。

 その微笑みには皮肉も嫌味も含まれていない、本当にただ純粋に会話を楽しんでいる笑顔だ。

 

「ああ、そうだな」

 

 翼は同じように笑いながら返す。

 あの対戦以後セシリアはよく翼たちといるようになった。

 誰かが一緒にいようと言い出したわけではない。彼女が自分の意思でいるようになっていたのだ。

 

(んー、あの時に謝ったからか?)

 

 翼はチラッとセシリアを見る。

 そのセシリアは一夏と少し笑いながら話していた。

 

(まぁ、いがみ合ってるより全然いいか)

 

 これは彼が知ることではないがセシリアは翼たち、とではなく翼の近くにいることが多くなっている。

 その心境をクラスメイトたちに察されているのだが、当の本人がそれを知るのは神のみぞ知ると言った感じだろう。

 

「織斑、岸原、オルコット、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10センチだ」

 

「了解です。それではお先に」

 

 言って、すぐさまセシリアは地上に向かう。

 なんの危なげもなく千冬からの指示を完全にこなしていた。

 

「流石、代表候補生。うまいな」

 

 一夏が舌を巻くように言う隣で翼は徐々に降下していく。

 

「そうだな。んじゃ、一夏俺も先に行ってる」

 

 軽く手を振った翼は一息に速度を上げて急降下。

 地面から数センチのところで完全に停止すると主脚で地面に着地する。

 

「お上手ですわね」

 

 なんの苦もなく課せられた課題をこなした翼へとセシリアは讃えるように拍手しながら言った。

 

「おりがと。セシリアも流石の腕だったよ。

 さて、あいつの方は––––」

 

 セシリアの礼を聞いて上に意識を向けた瞬間だった。

 

 ギュンッ––––––ズドォォンッ!!

 

 何かが地面に落ちた。

 

「「「……」」」

 

 千冬は呆れたようにため息をこぼすと地面に落ちた何かに向けて言う。

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

 

「……すみません」

 

 地面に激突した一夏は姿勢制御して上昇、地面から離れた。

 ISのシールドバリアのおかげで白式は傷どころか汚れ一つすらない。

 

 そんな彼を見て千冬は「はぁ」と再び少し深めのため息をついた。

 

「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

 

「は、はぁ」

 

「返事は、はい、だ」

 

「は、はいっ!」

 

「よし、でははじめろ」

 

 一夏は意識を集中するために目を閉じる。

 

 するとそれに応えるかのように手のひらから光が放出されていき、それが像を結び、それが形作られていく。

 そして、その光が収まった頃には一夏の手には白式唯一の武装である近接用ブレード、雪片弐型が握られていた。

 

「遅い。0.5秒で出せるようになれ」

 

 一夏は躊躇いながらもそれに返事を返した。

 千冬は翼とセシリアの方を向いて言う。

 

「岸原、オルコット、武装を展開しろ」

 

「「はい」」

 

 2人が答えると同時に一夏とは違い爆発的に光ると翼の右手にはビームマグナム、左前腕にはシールドが、セシリアの手にはスターライトmkⅢが展開されていた。

 ただ––––

 

「岸原、さすがだな。現時点で異なる性質の武装を2つ同時に出せるのは立派だ。

 だが、オルコット。そのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。岸原のように動作なしで展開できるようにしろ」

 

 翼は確かに特に構えを取らずに装備の展開ができていたがセシリアは左手を肩の高さまで上げて装備を展開していた。

 

「で、ですがこれはわたくしのイメージをまとめるのに必要な––––」

 

「直せ。いいな」

 

 千冬の有無を言わせぬ一睨みと鋭い言葉。

 

「……はい」

 

 セシリアは渋々と言った感じで返事を返した。

 

「オルコット、近接用の武装の展開をしろ」

 

「えっ。あ、はっ、はいっ」

 

 頭の中で文句でも言っていたのか返事の反応が少し遅れる。

 セシリアはライフルを光の粒子に変換し、収納すると新たに近接用の武装を展開させようとする。

 だが、その光は最初のようになかなか像を結ばずに空中をさまよっていた。

 

「くっ……」

 

「まだか?」

 

 千冬に即され、セシリアは焦りの色をよりいっそう強くさせた。

 

「す、すぐです」

 

 言うがいまだ光が像を結ぶ気配がない。

 ただただ無様に空をさまよい続けている。

 

「ああ、もうっ! インターセプター!」

 

 セシリアはヤケクソ気味に叫んだ。

 

 それに呼応するように光は武器としてようやく構成された。

 だが、この方法は初心者用の手段である。

 

 これを使わなければ展開出来ないのはセシリアにとってはかなり屈辱的なことらしく、表情もかすかにだが歪んでいた。

 

「何秒かかっている。お前は実戦でも相手に待ってもらうのか?」

 

「じ、実戦では近接の間合いに入らせません! ですから問題ありませんわ!」

 

「ほう。岸原との対戦では簡単に懐を許していたように見えたが?」

 

「あ、あれは、その……」

 

 セシリアは図星を突かれ口ごもる。

 翼は他人事のようにその様子を見ていると、突然セシリアにキッと睨まれた。それと同時に個人間秘匿通信(プライベートチャンネル)が送られてくる。

 その表情には羞恥が現れており、わずかに頬が赤くなっていた。

 

『あなたのせいですわよ!』

 

 ユニコーンは珍しい全身装甲型のIS。

 当然顔も装甲で隠され見えていないはずだがセシリアには翼が他人事のように思っていたことがわかったようだ。

 

『なんでだよ』

 

『あ、あなたが、わたしくしに飛び込んでくるから』

 

『しょうがないだろ。ビームマグナムが当たらなかったしカートリッジももうなかったんだから』

 

 ちなみに個人間秘匿回線を含めISの通信には宇宙での使用を前提としていた名残が残っており、思考による意思疎通が可能である。

 そのためこの言い合いが起こっていることを千冬は察してはいるかもしれないが知らない。

 

『せ、責任をとっていただきますわ!』

 

『なんの責任だよ……』

 

 翼が言ったところで授業終了のチャイムがなる。

 

「時間だな。今日はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 

 一夏は「はぁ」とため息をついて箒の顔を見るが、顔そらされる。

 翼との討論を終えたセシリアはすでになく、最後に1つの希望を持ち翼を縋るように見た。

 

「俺が手伝うと思ったか?」

 

 ユニコーンの展開を解除し腕を組み堂々と答える翼。

 

「だよな~」

 

 「はぁ」と一夏はため息をつくと諦めて土を取りに向かった。

 

◇◇◇

 

 その日の夜、翼は欠伸をもらしながら散歩をしていた。

 

 彼はあまり散歩はしないのだが気分が沈んだりするとよく気分転換に散歩をする。

 外に出て外の空気を吸い、景色を見る。それだけで少しは気分が楽になる。ある人物から教えてもらったことだ。

 

(母さんと父さん、今日も来なかったなぁ。でもそろそろくるのは間違いないし、明日かなぁ)

 

「はぁ」

 

 と少し深いため息をつく。

 

(それも心配だけど––––)

 

 翼は立ち止まり上を向く。

 今日は三日月のような月が浮かんでいた。雲もあまりないが星は周りが明るいせいであまり見えない。

 しかし、月だけは綺麗に見えている。

 

(んー、あの感じなんだ? ユニコーンに乗る度に強くなってるような気がするんだよな)

 

 しばらく三日月を見つめながら違和感の正体を考え込んでいたが、あまりにも抽象的で不確かなことが多い。

 検査も自分で何度かしたが出る答えは全て異常なしだった。

 

(……ま、それは父さんと母さんに聞けばいいか)

 

 翼が前方に意識を向け直した時だった。

 

「あっ、あんた岸原翼でしょ」

 

「ん?」

 

 翼は突然声をかけられて振り向く。そこにはIS学園の制服を着ている生徒がいた。

 

 特徴的なのは肩にかかるか、かからないかぐらいの髪。それは左右それぞれ高い位置で結ばれている。

 顔は日本人と似ているが少し違う、鋭角的でもどこか艶やかさを感じさせる瞳は、中国人のそれであった。その少女はすこし不釣り合いな大きなボストンバッグを持っている。

 

 その少女はクシャクシャになっている紙で示しながら問いかけた。

 

「えっと、本校舎一階総合事務受付ってどこ? 知ってたら案内してくれない?」

 

「ああ、別にいいが」

 

「ありがと、じゃあ早く行きましょ」

 

 そう言い少女は歩き出した。

 

「そっちは反対だぞ」

 

「えっ!?」

 

 少女は歩き始めた足を止め翼の方を向く。

 

「っていうか道分かんないのになんで俺より先に行くんだよ」

 

「う、うるさいわね! 早く案内しなさいよ!!」

 

 羞恥で少し顔を赤くした少女の声が響いた。

 

◇◇◇

 

 時は少し進み現在は翼が少女の目的地へ案内している。

 

「そういやさ」

 

「なによ」

 

「なんで俺の名前知ってるんだ?」

 

「はぁ!?」

 

 翼の後ろを歩いていた少女は素っ頓狂な声を上げて立ち止まった。翼は振り返りながら声をかける。

 

「ん? なんだよ」

 

「あ、あんたテレビ見てないの? どこもあんたと一夏のことばっかり言ってたわよ」

 

 それは本当のことで男性でISが使えるだけでも珍しいのに翼はIS開発者の息子、一夏は千冬の弟ということでかなりニュースで報じられていた。

 現在はかなり落ち着いては来ているがまだ報道され続けることだろう。

 

 しかし、最近はテレビを見る暇がなかった翼はそんなことがあっているなど知るよしもない。

 

「見てないな。そんな余裕も暇もなかったし。って、あれ? もしかして一夏とは知り合いなのか?」

 

「えっ、なんで?」

 

「さっき、名前で呼んだろ?」

 

 目の前の少女は何の違和感も感じないほどにスムーズに一夏の名前を呼んでいた。翼にはそれがまるで旧友かのよう思えた。

 

「ああ、そんなことか。あいつとは幼馴染なのよ。まぁ、腐れ縁って言ってもいいわね」

 

「へぇ、そうなのか」

 

(幼馴染って箒だけじゃなかったのか)

 

「あっ、ついたあそこだ」

 

 翼は指差しながら言う。指差す先の窓口には30代前後の女性がいた。

 

「ありがとう」

 

 少女は礼を言いその場所へ少し駆け足で向かい、そこにいる受付の人と話を始めた。

 少し距離があるためその会話の内容はわからなかったがどちらも時々翼のことをチラ見している。少女の顔には驚きのようなものが浮かんでいる。

 

 しばらくすると会話が落ち着いたのか少女は翼の方に戻ってきた。

 

「あんた、クラス代表らしいじゃない」

 

「……だったらなんだ?」

 

 唐突な質問に翼は首をかしげる。

 確かにこの間の模擬戦の結果不本意ながらクラス代表を務めることになったのは事実。

 そして、その事実はあっという間に学園中に広まった。だが目の前の少女はまるで知らなかったようだった。

 

(あ、さっき話してたのって俺のことか)

 

「ふーん」

 

 ようやく合点がいった翼をよそに少女はじーっと翼を品定めするように見つめる。

 その視線は足から頭、頭から足とそのながれを数度繰り返している。

 

「な、なんだよ」

 

 翼がそれに耐え切れず疑問の声を漏らす。

 しかし、少女はふっと含みを感じさせ微笑み言う。

 

「なんでもないわよ。じゃ、案内ありがとね」

 

 少女はそうどこから意味深に言い学生寮のある方向へと向かった。

 

「なんだったんだ?」

 

(でも、なんか嫌な予感が……。ま、気のせいか)

 

 翼はそう思いながら寮の方向へと向かう。

 ちなみに本人に自覚はないがこういう時の翼の嫌な予感というものはよく当たる。

 

◇◇◇

 

「あー、疲れたぁ」

 

 部屋に戻った翼はフラフラとした足取りで歩き、ベッドへ飛び込んだ。

 あの謎の少女を案内した後、部屋でゆっくりしようとしたら一夏に捕まり食堂へ、そこでは岸原翼クラス代表就任パーティーが行われており、主賓である彼は無理矢理参加させられた。

 

 すぐに帰ろうとしたのだが「主賓がすぐに帰ったらダメだろ」と一夏、セシリア、箒に止められ、結果最後まで参加していた。

 あの女子達の様子だと今頃も各々の部屋で騒いでいるんだろうと翼は疲労した脳で思っていた。

 

(まったく、女子のあのパワーはどこから出てるんだ……)

 

 もうこのまま休もうかなと思っているところでメールの着信音がする。

 

「ん、メールか」

 

 端末を操作してメールフォルダを開く。メールは翼の父である源治からだった。

 

『翼へ。おそらく明日そっちに着く。それと、今回持ってくる装備データをパソコンに送るので確認しておくこと』

 

 翼はそれを確認するとパソコンを起動、送られていた装備データを確認する。

 

(雷撃、電撃、松風、か。さすがIS開発者だな。どれも完璧に仕上げられてる)

 

 パソコンで「ありがとう」と返信してその後、シャワーを浴びてベッドにいつも通りの眠りに入った。

 そう、何一つ変わらない普通の、いつも通りの眠りに──



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枷と鎖と転校生

間違えてこの話を先に投稿してしまった……
並び替えはしましたけど消すのも面倒なので連続投稿ということで……


 ポチャン、ポチャン──

 

 水滴が水たまりに滴る音がその部屋には響いていた。

 その部屋にはそれ以外にたった一人の肩で息をする少年の呼吸音だけがあった。

 

 ポチャン、ポチャン──

 

 その不規則で、しかし、同じような音がその異常な部屋を支配していた。

 

 真っ赤な液体がいたるとこに飛び、真っ赤な水たまりがいたるところに作られ、真っ赤に染まった部屋で、真っ赤に染まった包丁を持ち、真っ赤に彩られた少年が1人、ただ立ち尽くしていた。

 

 その部屋は異臭に包まれていた。

 どこか生臭い血肉と鉄の匂い。

 それが少年の鼻腔を強く刺激していた。

 

 しかし、その少年は気付かぬうちにすでにその匂いに慣れてしまった。

 目の前には何かの3つの赤黒い塊。それらの所々から硬そうな白いなにかがみえている。

 

 部屋の中心にいた少年はその3つの中で一番大きな塊に近寄り手に持っている包丁を高く掲げると勢い良くその塊に振り下ろし、突き刺す。

 包丁の刃はすでに欠けておりろくに物は切れず、手は汚れ、腕は限界以上の力を出したせいで包丁を持つ手も滑りかけ力がうまく入らない。

 

 だが、それでも少年は何度もそれを振り下ろし続けていた。

 まるで目の前の地獄から逃げるように同じ動作を繰り返していた。

 包丁を振り下ろすたびに生々しい感触が手を伝い、腕を伝い、そして、全身を走る。

 

 そんな部屋の中でその包丁を突き刺し続ける少年の目は涙を浮かべ、口は三日月のように吊り上げられていた。

 

◇◇◇

 

「ッ!!」

 

 翼は見開くと掛け布団を吹き飛ばす勢いで飛び起きた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 息は全力で走った後のように荒く、汗で着ていたシャツがくっついて気持ち悪い。

 まだ起きたばかりだというのにその体は鉛のように重く倦怠感があった。

 

 夢を見た、それも考えうる限りで最悪な夢。

 

(なんで……なんで今更、あれからもう8年だぞ。最近は夢に見てなかったのに)

 

 這いずるようにベッドから離れて小さい冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して飲む。

 ひとまずはそれで喉を潤わせて気持ちも落ち着かせて時計を見る。

 

(まだ5時半か)

 

 起きるのには早く、二度寝をするのは少し躊躇われる時間。

 翼はこれ以上の睡眠を諦め、肩の力を抜くように大きく息を吐いた。

 

「時間あるし。シャワー……浴びるか」

 

 翼は倦怠感に包まれている体に鞭を打ち、ゆっくりと壁に手をつきながら洗面台へ向う。

 洗面台に入り服を脱いだ時、鏡に写るその顔は酷く憔悴しきっていた。

 

 しかし、その顔が憎たらしく感じた翼は強く睨みながら鏡を殴りつけ吐き捨てるように言った。

 

「クソッ!」

 

(ああ、そうだな。わかってる。 わかってるさ)

 

 助けられた。

 色々な人に助けられて今の自分はここにある。生きていられる。

 

 しかし、完全に救われることはない。

 

 あの出来事は原因はどうであれ忘れられるはずがない。いや、決して忘れてはならない。

 未だに枷として鎖として翼を縛り続けている。

 

「お前からは逃げられないのぐらい、もうわかってるんだよ」

 

 しかし、鏡に映るその目は先ほどと変わらず嘲るような視線を自分に向けていた。

 

◇◇◇

 

 翼は少し憂鬱な気分で教室の前にいた。

 本来なら休みたいのだがそんな事をしては彼らが心配してしまうのは目に見えている。

 

(あいつら、特に一夏は自分のことには疎いくせに他人には変なところで鋭そうだからな、悟らせないようにしないと……)

 

 翼は平静を装うために息を整えて教室の扉を開けた。

 

「おはよう、翼」

 

 すぐさま一夏の挨拶が飛び込んできた。

 違和感がないように気をつけながら表情と声音を使って返す。

 

「ああ、おはよう。セシリアと箒もおはよう」

 

 箒とセシリアからされた返事を受けながら翼は席に座り道具を準備し始めた。

 

「なぁ、翼」

 

「ん、なんだ? どっかわからないところでもあったか?」

 

 一夏は箒に基本的なことを教わり少し発展した応用のようなものを翼から教えてもらう、という方法で勉強している。

 彼の物覚えの早さも重なり、今では普通の生徒達とさほど変わらないほどには覚えさせることができていた。

 

 てっきりそんな日常となった会話をすることになると思っていた翼だったが、一夏は首を横に振った。

 

「いや、それは今のところは無いけど。そうじゃなくて……」

 

「転校生が来るらしい。翼は何か噂を聞いたか?」

 

「転校生? 珍しいなこんな時期にか」

 

 一夏の代わりにされた箒からの質問に翼は首を傾げた。

 

 このIS学園は転入条件がかなり厳しい。

 試験はもちろんだが国の推薦がないとまず試験を受けることさえ出来ない。

 そのため必然的に──

 

「なんでも中国の代表候補生らしい」

 

 ──各国の代表候補生、もしくは企業に所属している者となる。

 

「へぇ。中国の……」

 

「ん、代表候補生といえば」

 

 一夏は言いながらセシリアを見る。

 

「おそらく、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入でしょう」

 

 そう言いながら「ふふん」と誇らしげな表情をセシリアは浮かべていた。

 

 ブルー・ティアーズは未だ試作段階とは言え完成度は高い。

 たしかに他の国が多少なりとも焦りを覚えて何かしらのアクションを起こすのも不思議ではない。

 

(転校生。転校生……あれ、なんか忘れてるような)

 

 翼はなんとか思い出そうと頭をひねるがあの悪夢が全て吹き飛ばしたのか何も思い出せない。

 そんな彼に箒が声をかける。

 

「翼は気になるのか?」

 

「んー、そりゃちょっとはな」

 

「って言ってもさ。翼は転校生を気にしている余裕あるのか? 

 来月はクラス対抗戦だぞ」

 

 ちなみにクラス対抗戦とは読んでそのまま、クラスの代表者同士のリーグマッチだ。

 スタート時点での実力指標を作ることが目的で行われ、優勝賞品としては学食のデザートの半年フリーパスが贈呈されることになっている。

 

「あぁ、そういや来月か。ま、やるだけやってみるさ」

 

「やるだけでは困りますわ! 翼さんには勝っていただきませんと!」

 

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

 

「岸原くんが勝つとクラスみんなが幸せだよー」

 

 どこか他人事のように軽く言ってのけた翼へとセシリア、箒、クラスメイトの順で口々に言葉が飛ばされた。

 

 思っていなかった反応の多さに少したじろぎながらも彼は返す。

 

「そうは言ってもなぁ。俺も無敵じゃないから断言なんてできるわけないだろ?」

 

「まぁ、それはそうだけどさ。

 でも翼なら大丈夫じゃないか? それにほら、専用機持ちって今のところここと4組だけらしいし」

 

「その情報、古いよ」

 

 一夏の言葉への答えは教室内からではなく、入り口の方からだった。

 それぞれが一斉に振り向いたその場所には1人の小柄な少女が仁王立ちしている。

 

「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝なんてさせないから」

 

 彼女を見て大半の者は疑問符を浮かべていたが、2人だけは違った。

 

「鈴……? お前鈴か?」

 

「お前……昨日の」

 

 一夏と翼が同時にその少女を指差しながら言う。

 

「中国代表候補生、(ファン) 鈴音(リンイン)

 翼、今日はあんたに宣戦布告に来たってわけ」

 

 鈴音はそう言うとふっと小さく笑みを漏らす。

 しかし、どこか楽しそうな彼女に対して翼は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「えーっと、俺って凰さんにそんなこと言われることしたか?」

 

「別に。ただ今のところあんたが一番強そうだったから。

 そりゃあんたにも意識してもらうわなきゃならないでしょ?」

 

「そういうもんか……」

 

 挑発してきた理由を理解できた翼が頷き、そんな彼へとさらに続けようとした鈴音だったが唐突にその背後から声が飛ばされた。

 

「おい」

 

「なによ!?」

 

 鈴音は後ろに勢いよく振り向く前に痛烈な出席簿の打撃が入る。

 入れたのはもちろん鬼教官こと織斑千冬だ。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

 相当いい角度かつ力でそれは入ったようで鈴音は頭を手で押さえ目を潤ませている。

 しかしそれに返されたのは容赦のない言葉だった。

 

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

 

「す、すみません」

 

 謝りながら鈴音はすごすごとドアから退いた。

 あからさまに変わったその態度から千冬に完全に怯えていることがわかる。

 

「またあとで来るからね。特に翼、逃げんじゃないわよ!」

 

「さっさと戻れ!」

 

「は、はい」

 

 鈴音は言うと2組へ逃げるように向かって行った。

 

「って言うかアイツ、ISの操縦者だったのか。初めて知った」

 

「あーあ、なんか変なことになっちゃったなぁ」

 

 それぞれ呟く2人に対し一夏には箒が、翼にはセシリアが詰め寄る。

 

「……一夏、今のは誰だ? 知り合いか?食えらく親しそうだったな?」

 

「つ、翼さん!? あの子とはどういう関係で──」

 

 それに続くようにクラスメイトから質問が翼と一夏に向けられる。

 

「席に着け、馬鹿ども」

 

 再び教室がざわつき始めたがそれは千冬の一声によって押さえ込まれた。

 生徒たち全員が席についたことを確認した千冬だったが、ふとその視線を翼に移す。

 

 疑問符を浮かべる彼へ向けられる千冬の目にはどこか哀れが浮かんでいた。

 

「……それでは、今日から新しい教師がこのクラスに入ることになった」

 

 千冬が言った瞬間──

 

「「「ええええっ!!?」」」

 

 クラスメイトのほとんどが驚きの声を上げた。

 その反応からして噂すらもなかったようだ。

 

「と、言っても授業はしないだろうがな。入ってくれ」

 

 千冬が言うと同時に教室の入り口が開けられ男性と女性が入ってきた。

 その人物を見てクラスのほとんどの人は固まった。いや、固まるしかなかった。

 

「それでは、自己紹介を」

 

 千冬の言葉で2人は一歩前へと進み出て口を開いた。

 

「岸原 源治だ。しばらくお世話になる。まぁ、男だけどあまり肩肘張らなくていいぞ」

 

「岸原 楓で~す。よろしくね~。

 あと、いつも翼がお世話になってるわね」

 

 どこか気が抜けるような間延びした声で言うと楓はフフッと優しく微笑む。

 

「「「……」」」

 

 クラスのほとんどが呆然としているなか源治は首をかしげる。

 なぜそんな反応を浮かべているのか理由が本当にわかっていないようだ。

 

「ん? どうしたんだみんな」

 

「そりゃIS作った人がいきなり教師です。よろしく、なんて言われたら誰でも驚くよ」

 

「と言っても千冬ちゃんが言ったように授業はほとんどしないわよ。訓練用のISは全て私達が調整するけど。

 ああ、そうそう専用機は見ないからその辺はよろしくね」

 

 クラス全員が放心している中でもお構いなしに2人は続けた。

 

「よし、じゃあ質問コーナーといこうか。

 誰でもいいぞ、答えられない質問は答えないけど」

 

 源治の言葉に「ISコアの作り方とかね」と楓が楽しそうに付け足す。

 

「はい」

 

 真っ先に手を挙げたのは翼だ。

 

「よし、では我らの愛する息子である翼くん」

 

 翼は源治に指され立ち上がり呆れたような視線を2人に向ける。

 

「なんでIS学園に来たの?」

 

「翼のISの装備を届けるついでにこの学園ってどんな感じなんだろうと思ったから」

 

 まともだ。少なくとも子を思う親ならば子どもが通っている学校について興味を持つのは当然のことだろう。

 

 しかし、翼にはわかる。自分の両親は普通ではない、ということを。

 そのため続けて投げかける。

 

「んで、建て前はその辺にして本音は?」

 

「「先生ってすごい面白そうだったから」」

 

 と2人がニコニコしながら答えるとちょうどよくチャイムが鳴った。

 

「む、もう時間か、じゃ早速ISの整備していますか」

 

「そうね。あっ翼は昼休みに職員室に来てね。バイバ〜イ」

 

 そう言うと2人は教室から出ていった。

 そして──

 

「「「…………」」」

 

 教室には沈黙が訪れ千冬のため息がかすかに響いた。

 



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決戦前日

今回は短め。19時くらいにも投稿しますので許してください


「お前のせいだ!」

 

「あなたのせいですわ!」

 

 昼休みに入ってすぐの開口一番、箒は一夏にセシリアは翼に詰め寄り同時に言った。

 

「「なんでだよ……」」

 

 翼と一夏はそれに対し同時に首をかしげる。

 ちなみに箒とセシリアは午前中だけで真耶に注意5回、千冬に3回ほど叩かれている。

 理由はあの転校生と翼や一夏との関係をずっと考えていたためだ。

 

 だが、超が付くほどの唐変木の2人がそれに気がつくわけもない。

 

「まぁ、落ち着けって」

 

「そうそう、話ならメシ食いながら聞くからさ」

 

 揃ってなんとか彼女たちの怒りを鎮めようと言葉をかける。

 こんなことに怒っていた自分がどこか馬鹿らしくなり箒とセシリアは顔を見合わせため息をついた。

 

「ま、まあ翼がそう言うのなら、いいだろう」

 

「そ、そうですわね。行って差し上げないこともなくってよ」

 

◇◇◇

 

「待ってたわよ、翼!」

 

 食堂に入ってすぐにどーん、という文字を後ろに従えるように翼達の前に立ちふさがっていたのは件の転入生、凰鈴音だった。

 

「そこ邪魔になるぞ」

 

「う、うるさいわね。分かってるわよ」

 

 ちなみにその手にはお盆がありラーメンが置いてあった。一夏はそれを指差し指摘する。

 

「麺、のびるぞ」

 

「わ、分かってるわよ」

 

 翼達はそれぞれ料理を取ると適当な席にそれぞれ座った。

 それと同時に一夏が切り出した。

 

「それにしても久しぶりだな。ちょうど丸一年ぶりか? 元気にしてたか?」

 

「んー、まぁ、元気してたわよ。アンタこそ、たまには怪我病気しなさいよ」

 

「どういう希望だよ……。

 それに、鈴、日本にいつ帰ってきたんだ? おばさんは元気にしてるか? いつ代表候補生になったんだ?」

 

 さらに続きそうになった質問攻めに鈴音も流石に答えきれずに声を上げた。

 

「質問ばっかりしないでよ。アンタこそなにIS使ってんのよ。テレビで見たときびっくりしたじゃない」

 

 このまま放っておけば一夏と鈴音の2人で会話がさらに続くだろう。

 当然、一夏に想いを寄せる箒がそれを許すわけがない。咳払いを1つして彼らの間に割って入るように切り出した。

 

「あー、一夏。そろそろどういう関係か聞きたいんだが……」

 

 箒のその視線は鈴音を警戒するように向けられている。

 鈴音もそのことに気がついたらしく苦笑いを浮かべ答えた。

 

「あー、こいつとはただの幼馴染よ」

 

 その言葉を聞き箒の警戒はさらに強くなる。

 幼馴染みが自分以外にいることが予想外だったようで怪訝な表情を浮かべて一夏へと視線を向けた。

 

「えーと、箒が引っ越したのが小四の終わりだろ?

 鈴が来たのが小五の頭で、中二の終わりに国に帰ったから、会うのはちょうど1年ぶりだな」

 

 そこから3人で会話が始まっていたが翼とセシリアは彼らとは幼馴染ではなく、クラスメイトであり友人。

 昔話になどに入れるわけもない。

 

「うーん。なんか蚊帳の外感あるな……」

 

「翼さんともどこか親しそうでしたけど、その、何かありましたの?」

 

「ああ、昨日たまたま会って道案内をしたんだよ」

 

「なるほど。ではなにか特別な関係ではないのですね」

 

 安堵の息を漏らすセシリア。

 翼はその理由を察することもできずに疑問符を浮かべながら箸をすすめていく。

 

 そうして彼らよりも先に昼食を食べ終えた翼は両手を合わせた。

 

「ごちそうさまでした」

 

「速いですわね」

 

「父さん達に呼ばれてるからな。んじゃ」

 

「はい、頑張ってくださいね」

 

 セシリアの言葉を受け取った翼はお盆を持って席から立ちあがる。

 一夏達はまだ思い出話が盛り上がっているらしくまだ話し合っていた。彼はそんな様子を見て食器を片付けて食堂から出た。

 

◇◇◇

 

 昼食を食べた後、翼は自分の両親と共にISの整備室にいた。

 機材の前に立つ源治はすぐさま指示を出す。

 

「よし、翼、ユニコーンを出してくれ」

 

「分かった」

 

 翼は答えると素早くユニコーンを展開させる。

 

「じゃあ早くインストールさせましょうか」

 

 楓は言うとホロキーボードを空中に展開、素早く操作する。数十秒後に全装備のインストール完了させた。

 翼はインストールされた装備を確認していく。

 

「ん? 装備1個増えてる……」

 

 そう呟くと翼はメールになかったその装備を展開。

 

 デザインはかなりシンプルだがどこか機械的な刀だった。柄にはナックルガードのようなものがついている。

 黒い刃は照明の光を鈍く反射していた。

 

「それは【不知火】。私達からのプレゼントよ。大切にしてね」

 

「不知火……」

 

 翼はそれを数回振るい手応えを感じながら2人に問いかける。

 

「ねえ、父さん、母さんこの装備って……」

 

「そうだ。【スタイン】の装備の一つだったものだ」

 

「なんでこれを?」

 

「ユニコーンには近接武装が少ないからな。どうせ武御雷じゃ使えないから持ってきたんだ。

 能力については、知っているな?」

 

「もちろん」

 

 頷く翼に楓は満足そうに再びいつもの笑みを浮かべた。

 

「じゃあ説明はいらないわね。他の装備は放課後に試すんでしょ?」

 

「うん、そうするつもり」

 

 翼はユニコーンの展開を解除させる。

 そして、何かを思い出したように機材を片付け始めている両親に聞く。

 

「あっ、父さん、母さん。少し質問があるんだけど……」

 

「ん? なにかミスがあったかしら?」

 

「あ、いやそれは今のところないけど。

 なんかユニコーンに乗るたびに何ていうか、変な感覚っていうか……。それが強くなってきているような気がするんだよ」

 

 その言葉を聞いた途端、2人の雰囲気が変わった。ような気がしたがすぐにそれは戻った。

 楓は出来る限りいつも通りの笑みを浮かべたまま聞く。

 

「……変な、感覚って?」

 

 翼は言葉を探すように整備室の天井を見上げ、右手首の白いブレスレットに視線を落とす。

 

「えっと……何て言えばいいのかな。何か、別の何かを感じるっていうか。そのせいで動きが微妙にずれてるような気がするんだよ」

 

 源治と楓はISのことに関しては開発者らしく真剣に翼の話を聞いている。少なくとも翼にはその2人はいつも通りに見えていた。

 

「んー、それは多分翼の反応速度にユニコーンがついてこれてないだろう……。

 翼、ユニコーンを貸してくれ少し調整する」

 

「分かった。よろしく」

 

 翼は待機状態でブレスレットになっているユニコーンを源治に渡す。

 そこでちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

「あー、もう行かなきゃ」

 

「おう、頑張れよ」

 

「寝ちゃだめよ~」

 

「寝たいんだけど、4時間目って千冬先生の授業だからね。まぁ、頑張るよ」

 

 翼は手を振り整備室から出た。

 楓はそれをニコニコしながら見送った後、真剣な表情をして言う。その目には不安の色が感じられた。

 

「……源治さん」

 

「ああ、分かっている。楓手伝ってくれ、ユニコーンにリミッターをかけ直す」

 

 2人の脳裏には最悪な実験の失敗、そして、その結末が浮かんでいた。

 

「ねぇ、源治さん、あの時のようなことは……」

 

「ああ、もう繰り返したくないな」

 

 源治は持っているユニコーンを見ながら呟く。

 

「司さん、皐月さん……」

 

 その目はどこか懐かしみのようなものが感じられた。

 

 そして翌日、生徒玄関廊下に大きく張り出された紙があった。表題はクラス対抗戦日程表。

 翼達一組の初戦の対戦相手は二組であった。

 



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クラスマッチと侵入者

今回も少し短いです


 クラス代表戦の当日。

 第二アリーナの観客席は人でごった返しており、会場に入りきらなかった生徒や関係者たちはモニターで鑑賞までしていた。

 

 それもそのはず。ここで行われる第一試合の組み合わせはどちらも専用機持ちであり、今回のクラス代表戦での注目株である翼と鈴音なのだ。

 

「ふー」

 

 好奇の視線に晒される翼は目の前の鈴音とそのIS、甲龍(シェンロン)を見据える。

 彼女のISの特徴は非固定浮遊部位(アンロックユニット)だ。

 肩の横に浮くそれのスパイクアーマーや全体的に赤い色はまるでその装備者の意気込みを示すかのように攻撃的なものを主張している。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

 アナウンスに促されて翼と鈴音は空中で向かい合う。

 その距離は5メートルほどまで近づいたところで鈴音がオープンチャンネルで翼へと言葉を飛ばす。

 

『あんたなら当然知ってるとは思うけどISの絶対防御も完璧じゃない。

 シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させることなんてできてしまう』

 

 それは脅しでもなく本当のことだ。

 ゆえにISの操縦者に直接ダメージを与えるための装備も存在している。

 もちろんそれは競技規定違反であり、人命に危険が及ぶが言ってしまえば殺さない程度にいたぶることはできる。

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 ビーッ!と鳴り響くブザー。

 それが切れる瞬間に翼は展開していた新武装であるビームライフルの雷撃と実弾式のアサルトライフルの電撃を構え放つ。

 

 向かってくる実弾とビームを鈴音は一度上に高く上昇してそれをかわした。

 あまり深追いをすることはなく射程に収めながら翼は電撃、雷撃で攻撃を続けていくが、機動力は十分にあるようで当たることはない。

 

(セシリアよりもずっと早いな。射撃されることに慣れている、ということは──)

 

 翼が予測した通り、射撃をかわし続けていた鈴音は突如旋回を行うとジグザグの軌道を取りながら距離を詰め始めた。

 

 彼女が手にしていたあまりにもかけ離れすぎており、辛うじて青竜刀と呼べるそれをバトンでも使うように器用に回しながら切りかかる。

 両端に刃の付いた、いや、刃に持ち手が付いていると表現できるそれは、縦、横、斜めと容赦なく翼へと奮われ続けていた。

 

 翼はシールドを使い防ぎ、鈴音に膝蹴りをしたが彼女はそれが当たる瞬間に右半身を引き後方に下がった。

 

(やっぱり近接戦に特化してるな。だとすれば下手に詰められ続けるとこちらが潰される。

 ここは、一度距離を––––)

 

 なにをするにも一度距離を取って戦況を立て直すべき。そう判断して下がろうとした瞬間だった。

 

「甘いっ!」

 

 言葉と共に甲龍のアンロックユニットの装甲がスライドして開き中心の球体が発光した。

 

「っ!?」

 

 直感に従い右に回避行動を取ったが、それは寸でで間に合わず、左肩が目に見えない衝撃により軽く殴り飛ばされた。

 翼はそれによりバランスを崩す。

 

「今のはジャブだからね」

 

 鈴はにやりと不敵な笑みを浮かべていた。

 ジャブのあとはストレートが来るものである。

 

 ドンッ!!

 

「くっ!?」

 

 翼は反射的にシールドでそれを防ぐが衝撃まではなくせず、地表へと吹き飛ばされた。

 地面に叩きつけられる寸前でブースターを全力で吹かし上昇する。

 

(さすがは代表候補生に与えられるだけのものだな。

 毎度毎度妙に面倒な装備を持っている……!)

 

 雷撃、電撃を収納、大きな刃を持つ槍、松風を展開させるとすぐさま鈴音へと距離を詰めた。

 

◇◇◇

 

「なんだよあれ」

 

 ピットからリアルタイムモニターで戦闘を見ていた一夏が反射的に呟いた。

 それに答えるのはセシリアだ。

 

「衝撃砲、ですわね。

 空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃、それ自体を砲弾化して打ち出す。ブルーティアーズと同じ第三世代型兵器ですわ」

 

 箒にはその会話は耳に入ってこずただモニターを見つめていた。

 

(翼––––)

 

 箒の表情には本人が気付かないほどの微かな焦りの色が浮かんでいた。

 

◇◇◇

 

「よく躱すじゃない。衝撃砲(龍砲)は砲身も砲弾も見えないのが特徴なのに」

 

 そう、翼を苦しめていたのはまさにそれだ。

 砲弾が見えないならまだしも砲身が見えないと銃口から攻撃の予測が出来ずにうまくかわせない。

 

(ハイパーセンサーに空間の歪みと大気の流れを探らせてるが、これじゃ射たれてからしか回避が出来ない)

 

 翼はゆっくりと深呼吸をして、松風を構え直した。

 甲龍に特徴的な武装があるのと同じようにこの松風にもちょっとした隠し球がある。

 通用するのは一度だけだが、その一度あればこの状況をマシにはできる。

 

「凰」

 

 急に雰囲気が変わった翼に鈴音はたじろぐ。

 

「な、なによ?」

 

「悪いけどこの状況、ひっくり返すぞ」

 

「ッ! や、やれるもんならやって見なさいよ!」

 

 鈴音はたじろぎながらも言うと接近を開始。再び2人の距離が詰まる。

 翼は頭部のビームバルカンで攻撃を仕掛けるが、当然その程度ではほとんどダメージを与えられない。

 

「ふっ、そんなもの?」

 

 挑発を含み言う鈴音に対し、翼は表情を変えることはない。

 

 刺突はかわされ、続けて振われた一撃も当たることはなかったがその槍の切っ先は突如として甲龍のアンロックユニットへと向けられた。

 

「っ!!!?」

 

 そして、その瞬間、鈴音は見た。

 

 何かの目を。明らかに人ではないものの目を。

 

 それはユニコーンの機械的な目でもなく、人のような真剣な眼差しでもない。獰猛な獣のような目だった。

 

 それに睨まれ鈴音は動きが一瞬止まる。

 瞬間、松風の槍の先端が上下に開き、その間から稲妻が走った。

 

「まさか!?」

 

「もらった!」

 

 松風のメインは槍としてだが、レールガンとしての役割も持っている武装だ。

 電磁加速を受けて放たれた弾丸は甲龍のアンロックユニットを貫き、爆発させる。

 

 その爆発に乗じてそれぞれ大きく距離が開いた。

 

「な、なんなのよ……」

 

 小声でそう言う鈴音の声は聞こえていない翼は口を釣り上げる。

 

「どうした? その程度か凰!」

 

 翼は言いながら役割を終えた松風を収納、不知火を展開して中段に構えた。

 しかし、鈴音の方はそれどころではなかった。

 

(なに、なんなの……あの目。あれは機械の目なんかじゃない)

 

 脳裏には生物的な目をこちらに向けるユニコーンの姿が浮かんでいた。

 

 それに一瞬、ゾクリと寒気が走ったが鈴音はそれを首を振ることで消す。

 視線を前に移すと翼が不知火を中段に構えて、一気に攻撃しようと近づいていた。

 

(今は勝負に集中しなさい!私!!)

 

 それを迎え撃とうと青竜刀、双天牙月(そうてんがげつ)を構える、時だった。

 

 突然「ズドォォォォンッ!!!」という大きな音と衝撃がアリーナ全体に走った。

 それはステージの中央あたりに落ちたようでそこからはもくもくと土煙が上がっている。

 

「な、なんだ?」

 

『翼、試合中止よ』

 

「当たり前だ」

 

 答えるのと同時、ISのハイパーセンサーが緊急告知のウィンドウと機械音声が響く。

 

『ステージ中央に熱源。所属不明。現在ロックされています』

 

「チッ」

 

 翼は状況の悪さに舌打ちする。

 アリーナ内にいると言うことはISと同じもので作られている遮断シールドを破ったということ、その力を持った機体が乱入、ロックしているということだ。

 

 危機迫った状況ではあるが念のために左手に電撃を展開して構えて所属不明の侵入者へと問いただす。

 

「おい、貴様。今すぐに所属している国家又は企業等を言え。ここはIS学園敷地内だ」

 

「……」

 

 予想通りそれから答えが来ることはなかった。

 それから1分ほど待つがそれでも何か言葉が返されることもない。

 

(まぁ、そりゃここで答えるならわざわざこんなことしないよな)

 

 なら、と翼が次の行動を考えていると、高エネルギー発生のアラームが鳴り響いた。

 その方向は自分。ではなく––––

 

「凰ッ!?」

 

 ロックオンされたのは鈴音だ。

 翼はそれがわかるや否やすぐさま鈴音の体を抱きかかえてさらったその直後、彼らがいた場所を熱線が通り過ぎる。

 

「ビーム兵器!? しかもビームマグナムと殆ど同じ威力だと!?」

 

 驚愕する翼の腕の中で抱えられている鈴音は顔を赤面させ暴れ始めた。

 

「ちょっ、ちょっと、馬鹿! 離しなさいよ!」

 

「お、おい、そんな暴れんなって馬鹿! 殴るな!」

 

「う、うるさいうるさいうるさいっ! だ、大体どこ触って––––」

 

「っ!? 次!」

 

 恥ずかしさで言う鈴音の言葉を遮るように翼は回避行動を取れるように構える。

 煙を晴らすかのようにビームの連射が放たれた。

 

 翼はそれを回避するとその射手であるISがふわりと浮かび上がってきた。

 

「……あれ、あんたの知り合い?」

 

「残念ながら、変人は何人かいるがこんなことする奴は知らないな」

 

 そのISは深い灰色で手が異常に長い。つま先よりも下まで伸びている。

 それにはビーム砲口が左右に2つずつ合計4つあり、それを支えるためか全身にはスラスター口らしきものが見えている。

 剥き出しのセンサーレンズが不規則に不規則に並ぶ頭部は肩と一体化されており、どこか不気味さを醸し出していた。

 

 加えて一番の特徴はユニコーンと同じ全身装甲(フル・スキン)というところだろう。

 

 翼達が目の前の侵入者を警戒している時通信が送られてくきた。

 

『岸原くん! 凰さん! 

 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生達がISで制圧に行きます!』

 

 通信を送ったのは緊急事態のせいかいつもよりどこか威厳のある真耶だ。

 しかし、それに対して翼は同様も戸惑いもなく毅然とした態度で返す。

 

「いえ、先生が来るまで俺たちで食い止めます。

 今俺たちが下がってしまうと最悪の場合、観客席にいる人たちに被害に合うかもしれません。

 悪いけど凰、いいよな?」

 

「べ、別にいいけど、それより早く離しなさいよ! 動けないじゃない」

 

「ん? ああ、悪い」

 

 翼が腕を放すと、鈴音は自分の体を抱くような格好で離れる。

 

『岸原くん!? だ、ダメで––––』

 

 翼は真耶の制止を無視し途中で通信を切ると不知火を展開して構えると鈴音へと告げた。

 

「凰は援護、俺が突っ込むからフォロー頼む」

 

「あっ、ちょっと––––」

 

 鈴音の制止を聞かず翼はユニコーンのブーステッドモードを使用、一息に侵入者との距離を詰めると不知火を振り下ろす。



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侵入者と闇

「もしもし!? 岸原くん聞いてます!? 凰さんも聞いてますー!?」

 

 ISのプライベートチャンネルは声を出す必要は無いのだが、そんなことを忘れるほどに真耶は焦っていた。

 いくら専用のISを持つとはいえ彼らはまだ学生だ。正体不明の相手に対し心配するな、という方が無理だろう。

 

「本人たちがやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」

 

「そうねぇ~」

 

「まぁ、死にはしないだろう」

 

 しかし、本来なら無理なことを千冬、楓、源治の順にどこか呑気に言い切っていた。

 

「そ、そんな! 何を呑気なことを言ってるんですか!?」

 

「落ち着け。コーヒーでも飲め。糖分が足りないからイライラすんるだ」

 

 焦る真耶に対し千冬は言いながら容器から白い粉を取りコーヒーに入れていく。

 その様子を見ていた楓がゆったりとした感じで指摘した。

 

「千冬ちゃん。それ、塩よ~」

 

「……」

 

 千冬は固まった。

 その様子を見て源治は笑いを堪えているのか口を抑え肩を震わせている。

 千冬は塩が入っていた容器に視線を落とす。その隣にはおそらく砂糖が入っているであろう似たような容器があった。

 

「なぜここに塩があるんだ」

 

「さ、さぁ? でもあの大きく塩って書いてありますけど」

 

 真耶はそう言い漢字で大きく「塩」と書かれたほうの容器を指差す。

 ちなみにその隣の容器には大きく「砂糖」と書かれていたため、これでは間違える方がどうかしていると思われても仕方がない。

 

「……」

 

 再び固まる千冬に楓と源治は笑いを堪えるように口元を抑えている。

 

「あっ! やっぱり岸原くんのことが心配なんですね!? だからそんなミス、を––––」

 

「「「……」」」

 

 謎の沈黙が訪れた。

 さっきまで笑いを堪えていた楓と源治までもが黙っている。真耶はその只ならぬ空気にとっさに話を逸らそうとする。

 

「あ、あのですねっ」

 

「山田先生、コーヒーをどうぞ」

 

 千冬はそれを妨げるようにコーヒーを差し出す。もちろん中には砂糖の代わりに塩がたっぷりと入っている。

 

「へ? あ、あの、それ塩が入っているやつじゃ」

 

「どうぞ」

 

 ずずいっと押し付けられる塩入りのコーヒー。真耶はそれを涙目で受け取った。

 

「い、いただきます」

 

「熱いので一気に飲むといい」

 

 千冬の後ろで小声で源治と楓は言う。

 

「悪魔がいるな」

 

「照れ隠し、可愛わね~」

 

「聞こえてますよ」

 

 千冬の突っ込みが入ったそんな時だった。

 

「千冬姉っ!!」

 

 一夏が部屋に勢いよく入って言うと同時にその頭をタブレットで叩く音が響いた。

 出席簿よりも固いそれを受けた彼は頭を抱えながらその場でうずくまる。

 

「貴様は何度言えば分かる、織斑先生と呼べ」

 

「は、はい。織斑先生……」

 

 少し遅れて部屋に入って来たのはセシリアが声を荒げた。

 

「先生! わたくしたちにIS使用許可を! すぐに出撃できますわ!」

 

「そうしたいところだが––––」

 

 タブレット端末の画面を数回叩き、表示されている情報を切り替える。表示されているのは第二アリーナのステータスチェックだった。

 

「遮断シールド、レベル4!?

 しかも、扉が全てロックされて……あのISの仕業ですの!!?」

 

「これでは避難することも救援に向かうことも––––」

 

「いや、できるよ、結構簡単に」

 

 言い終わる前に源治が遮った。

 千冬はさらっと言った源治を無言で睨みつける。

 

 険悪なムードが流れ始めていたのだが、そんなことはまるで気にしていない様子で彼は続けた。

 

「だって、ここには白式と雪片があるだろう?」

 

「あ!そうか、雪片でシールドを切ればいいのか!」

 

「そうそう」

 

 一夏は気合いでも入れるように「よし」と頷くとセシリアと一緒に部屋を出た。

 

「がんばってね~」

 

 楓は手を振りながらその二人を見送った。

 千冬はそんな2人に対して何か言いたげな様子だったが、源治は至っていつも通りに口を開いた。

 

「千冬ちゃんそんなに心配する必要はないよ」

 

「そうよ~、もしもの時には私が出るから」

 

「……はい」

 

◇◇◇

 

「ふっ!」

 

 必中の間合い。だが、翼の斬撃はするりとかわされる。

 これで今まで合計四回攻撃を外した事になった。

 

「馬鹿! ちゃんと狙いなさいよ」

 

「狙ってる!」

 

 翼は普通ならかわせるはずのない速度、角度で攻撃をしている。

 だが、敵ISは全身に付いているスラスターの出力が尋常ではないため零距離から離脱するのに1秒もかかっていない。

 さらに、鈴音が注意を引いても翼の突撃にはかならず対応して回避行動をとる。

 

「翼っ、離脱!」

 

「ああ」

 

 その敵は攻撃を避けた後、必ず反撃する。

 敵は腕をコマのように振り回して翼達に接近してくる。その回転中にビーム砲撃も行う

 

「ああもうっ、めんどくさいわねコイツ!」

 

 鈴音が焦れたように衝撃砲を展開、砲撃。だが、敵は腕でその衝撃を叩き落とす。これはすでにもう7回目だ。

 しかし、これのおかげで翼は離脱できている。

 

「凰、エネルギーどれぐらいある?」

 

「180ってところね。あんたは?」

 

「残り237だ」

 

「結構残ってるじゃない」

 

「もともとエネルギーは多いんだよ」

 

 そういう翼だが、心中は穏やかとは言えなかった。

 

(……それにしてもヤバイな。ブーステッドモードの残り時間はもう30秒をきった、攻撃出来るのは多分後1回)

 

 どうすれば突破できるか。

 案自体はすでにあるが実行できるだけのエネルギーがない。

 補給をしようにもまだ生徒や関係者が安全な場所に退避できていない可能性があるため、下手に下がることもできない。

 

「翼っ!!」

 

「翼さんっ!!」

 

 そんな時、一夏とセシリアが翼に声をかけながら向かって来た。

 

「なっ!? なんで来た!!」

 

「心配だったからに決まってんだろ。なぁ、セシリア」

 

 セシリアは「ええ」と言いながら頷いた。

 翼は「はぁ」と呆れたような諦めるようなため息をつき言う。

 

「ただ、かなり助かった」

 

「んで、戦力は増えたけどどうすんの?」

 

「大丈夫だ。もう考えてある。

 ただその前に、ちょっと質問って言うより問題だ」

 

「「「問題?」」」

 

「凰、なんかあいつの動きを見て思わないか?」

 

 鈴音は少し思い出すように唸る。

 

「んー、コマに似てるわね」

 

「見たまんまじゃねぇか」

 

「……機械っぽい?」

 

 一夏は自信がないのか少し小声で呟くように言った。

 

「一夏、正解」

 

「どうゆうことですの?」

 

「ISは機械よ」

 

 セシリア、鈴音は理解できずに訝しむ目で翼を見ていた。

 

「そうじゃなくて、あれって人が乗ってると思うか?

 今までのあいつの行動を思い出してみろ。

 ずっと同じ攻撃方法、回避をしている。それに今だってこれだけ話してるのに無反応だ」

 

 おそらくは自分に攻撃が向かってきたときのみ防衛、反撃を行うプログラムがされているのだろう。

 もちろん人が乗っている可能性も少しはあるが、しかしそれでも人が乗っているのなら隙だらけの今に攻撃を仕掛けないわけがない。

 

「でも––––」

 

 鈴音が言おうとするところで翼が割り込み言う。

 

「ああそうだな。ISは人が乗らないと動かない。だが、もし、無人機だったらどうだ?」

 

「なに? 無人機なら勝てるっていうの?」

 

「ああ。なんたって、容赦なく全力で攻撃できるからな」

 

 言いながら一夏に視線を向ける。

 

「あっ、そうか! 零落白夜を使えば……」

 

 零落白夜、白式が持つ唯一にして最強の武器、雪片弐型の能力だ。

 全力で使えば最悪相手を死亡させてしまうほど強力なものだが、相手が無人機ならば手加減する必要はない。

 

「全力でもその攻撃を当てられなかったら意味がないんじゃないの?」

 

「大丈夫だ。俺が作った作戦だが、これで十分だろ。いいな、まず––––」

 

 翼が考えた作戦はこうだ。

 翼がブーステッドモードを使用して近接戦を仕掛けることで相手の動きを止める。セシリアはそれを援護。

 一夏は瞬間加速(イグニッションブースト)を使用して相手を零落白夜で切る。

 

 ただし、瞬間加速のエネルギーは鈴音の衝撃砲を使用する。

 一夏が零落白夜で切った部分を翼かセシリアが攻撃、止めを刺す。

 

 説明を終えたところで鈴音が手を挙げた。

 

「質問」

 

「なんだ?」

 

「なんで私があんたと同じ役じゃないの?」

 

 鈴音の質問はもっともだ。

 侵入者をその場に足止めするためならば数はもっと多い方が安定する。

 今まで鈴音が下がっていたのは翼のバックアップをするためだったが、セシリアが来た今ならばそうする必要もない。

 

 しかし、翼は首を横に振った。

 

「だめだ。それを説明するには。一夏、瞬間加速の原理言ってみろ」

 

 振られた一夏はゆっくり思い出しながら言う。

 

「ええっと、後部スラスター翼からエネルギーを放出、それを内部に一度取り込み、圧縮して放出。その時に得られる慣性エネルギーを利用して爆発的に加速するん、だっけ」

 

「あってる。

 つまりな、使うエネルギーは外部からでも良いんだよ。ついでに言うと瞬間加速の速度は使用するエネルギー量に比例して上がる」

 

 現在の甲龍は片方のアンロックユニットが破壊されてはいるが、もう片方だけでも白式だけのエネルギーよりもずっと多い。

 

 後方にいるのは少し気に入らなくはあるがそちらの方が成功率は高い。

 その考えに至ると鈴音は頷いた。

 

「なるほど、ね……分かったわ。その作戦で行きましょう」

 

「セシリアは?」

 

「問題ありませんわ」

 

「一夏は?」

 

「大丈夫だ。絶対に決めてやる」

 

 翼は一夏に拳を向ける。

 

「頼むぜ、作戦の要」

 

「言うなよ。緊張するだろ」

 

 しかし一夏は答えながらその拳に自分の拳をぶつけた。

 

 作戦は固まった。成功するか否かはこれからの自分たちの行動にかかっている。

 それぞれにそのことを意識し、翼が作戦開始の号令をかけようとしたところでアリーナのスピーカーから大声が響いてきた。

 

「翼ぁ!一夏ぁ!」

 

 ハウリングが尾を引く声は箒のものであった。

 

「あいつなんなところでなにを……」

 

「男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

 そう言う箒の表情は怒っているような焦っているような、そんな複雑な表情をしていた。

 

「………」

 

 それを興味深かそうに見ていた敵ISは両手を挙げて迷いなくビームを放った。

 

「箒!」

 

 一夏が叫ぶと同時に翼はユニコーンをブーステッドモードにして加速、放送室に向かう。

 

(早く、早く!)

 

 だが、ビームの方が圧倒的に速い。どれだけ祈ろうと、ユニコーンの速度は上がらない。

 

(くっ、俺は守れないのか?あの時とは違うんだぞ。あの時とはっ!!)

 

 フラッシュバックしていく光景。

 翼は奥歯を噛み締めビームを追う。

 

「間に合えぇぇ!」

 

『力を欲するか?少年』

 

 どこからか声がした。男か女か、子どもか大人か、判断がつかない曖昧な声。

 それは耳ではなく脳に直接聞こえるかのような不思議な感覚だった。

 

「え?」

 

 翼は周りを見渡す。気が付けばそこは闇が広がっていた。

 どこまでも暗い闇。少しの先すらも見えない闇の中に体が浮いていた。

 

『もう一度問おう。力を欲するか?』

 

 声はどこからしているのかわからない相変わらず曖昧な声。

 だが、翼はそれでもはっきりと答えた。

 

「ああ、欲しい。力が」

 

「その力でどうするの?」

 

「何をするの?」

 

「っ!?」

 

 今度は判断がつかない声ではなかった。二人の女の子の声が確かに聞こえた。

 そして、その声を翼はよく知っていた。

 

「ねぇ」

 

「ねぇ」

 

 少しぼやけていた2人の女の子の形がはっきりしてくる。

 身長から見ると1人は小学生、もう1人は中学生ぐらいだ。

 

「やめろっ!!」

 

 翼は否定する。

 その声を姿を、だがそれでもだんだん姿ははっきりしてくる。

 

「ねぇ、––––ちゃん」

「ねぇ、––––お兄ちゃん」

 

 その声を聞いて翼は顔を上げる。

 目の前に2人の見慣れた、見慣れていた少女たちの顔が映った。

 

「「その力で何をするの? また、殺すの?」」

 

 その少女たちはあの時と同じように、昔と同じようにどこか翼をからかうような笑みを浮かべていた。

 

「「私達みたいに」」

 

 翼の意識はそこで途絶えた。

 



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一角獣の暴走

 襲撃者から放たれた光を見て箒は足がすくみ動けなくなっていた。

 そんな彼女を助けようと、守ろうとユニコーンも向かってくるが後一歩、間に合わない。

 

(私は、私は……こんなところで)

 

 箒は無駄とわかっていても衝撃に耐えるために目を閉じた。

 しかし––––

 

「……?」

 

 箒は目を閉じていたがいつまでたっても衝撃が来ない。

 不思議に思いゆっくりと目を開けた先にいたそれへと彼女は声を上げた。

 

「翼!!」

 

 本来ならば間に合わなかったはずのユニコーンの背中が視界に写っていたのだ。

 安堵と感謝と心配と謝罪が入り混じってあるため咄嗟に言葉が出せない。

 それでもなおなにか言おうとしたところでその光景がフラッシュバックした。

 

「っ!?」

 

(思い、出した。あれは……)

 

「……チ、ガウ」

 

 箒にある記憶が蘇るのに合わせてそんな声が聞こえたような気がした。

 

「つ、ばさ……?」

 

 声をかけようとしたが、そこにはユニコーンは文字通り消えていた。

 

◇◇◇

 

「箒ぃ!!」

 

 一夏は叫ぶ。

 放送室に敵ISから放たれたビームが向かう。

 ユニコーンも向かっているが間に合わない。そう誰もが思っていた。

 

「えっ!?」

 

 セシリアは驚きの声を漏らした。その驚きも無理はない。

 なぜならユニコーンが一瞬消えたかと思ったら放送室の前にいて箒を守っていたからだ。

 瞬間加速も考えたがそれにしてもあまりにも速すぎる。

 

「あ、あいつ、いつの間に」

 

「翼、大丈夫か?」

 

「……」

 

 一夏は聞いたが答えは返ってくることはなく、そのままユニコーンが消える。

 

 その直後、敵ISが吹っ飛びアリーナの壁に勢いよくぶつかり、そこから土煙が上がった。

 そして、さっきまで敵ISがいたところに拳を突き出したユニコーンが立っている。

 

 明らかに普通ではない状況を察した鈴音が近付きながら声をかけた。

 

「翼、あんたどうしたのよ!」

 

「グガァァァァァァア!!」

 

 しかし、まるでその声を打ち消し無視するかのようにユニコーンが吼えた。

 反射的に耳を塞ぎたくなる咆哮は人のそれとは全く違い完全な獣であった。

 

 その叫び声を上げた後、ユニコーンは吹っ飛んだ敵ISに突っ込む。その衝撃で消えかけていた土煙が再び舞う。

 続けてその土煙がまっているところからバギンッ、ガギンッ、という音が鳴り響き始めた。

 シルエット程度しか見えないが敵ISのパーツが辺りに散らばっていくことからユニコーンがそれを引きちぎり、砕き、潰していることはわかる。

 

「な、なんですの……」

 

 セシリアがようやく声を発したところでユニコーンはゆっくりと土煙の中から現れた。

 それはボロボロになり辛うじて原形を保っていた敵ISを投げ捨てるその姿は明らかに異常だった。

 

 白かった装甲は黒い装甲に一部変色し、頭部では獣の口のようにフェイスアーマーは上下に開いていた。

 カメラアイの色は緑から赤になり、その目は機械的な目ではなく完全に生物のそれへと変質していた。

 また、全身の赤く光る装甲からは赤い粒子が炎のようにゆらゆらと出ている。

 

 ユニコーンとと呼んでいいのかも怪しいそれはに対して一夏達は動けなかった。

 少し動いただけで潰されると思った、いやそう確信できたからだ。

 

 一夏達が固まっているなかユニコーンはゆっくりと中腰になり、右手の指を全て伸ばし手刀のようにするとセシリアの方へと向かって飛んだ。

 

「セシリア!」

 

 一夏は硬直していた体をなんとか動かしセシリアにユニコーンの攻撃が当たる瞬間に割り込み攻撃を受け止めた。

 

「翼! 一体どうしたんだよ!

 なんでセシリアを!」

 

「オレ、ハ……」

 

「翼?」

 

「チガウ、チガウ、チガウチガウ、オレハ、オレハアァァァァァアッ!!!」

 

 狂ったように言うとユニコーンは一夏を蹴り飛ばした。

 予想の数倍はあったその力に押された彼はアリーナの地面に叩きつけられ、雪片弐型もその手から溢れた。

 

「ガッ、ハァ!?」

 

「一夏!」

 

「一夏さん!」

 

 衝撃に悶える一夏に対してユニコーンは飛びかかりながら手刀を突き出す。

 

(回避っ!間に合わねぇ!?)

 

 回避をしようにもまだ上半身を立て直したところであるのに加えて雪片弐型はすぐ届く距離にない。これでは攻撃を受け止めることもできない。

 

 そこで一夏は少しでもダメージを減らそうと腕を交差し、防御態勢とる。

 

 これから襲われるであろう衝撃と突然の状況に奥歯を噛み締める一夏。

 そんな彼へと迫る手刀は彼の両腕を貫かんとするほどの鋭さがある。

 

 突き出されたその手刀。それは白式の両腕を貫く直前、何かに撃ち抜かれた。

 

「今度はッ!?」

 

 一夏は砲撃が来た上空へと視線を投げた。

 

 その先にいたのは灰色のISだった。

 ユニコーン同様に全身装甲をしているが手や二股に割れた足先、すねなどエッジが効いた部分にブレードを持つそれはゆっくりと地面に降りた。

 

 頭部にあるバイザー型センサーが光を放つのと同時にそれぞれに通信が送られる。

 

「みんな、大丈夫?」

 

「えっ、楓さん?」

 

 その灰色のISに乗っていたのは翼の母親である楓であった。

 最初や時々話していたようなおとっとりとした感じは少し残っているが、声と雰囲気はまるで違う。

 千冬に近いものを放っていた。

 

「は、はい。なんとか……」

 

「そう、良かった……」

 

 雰囲気は違う楓だが、それでも浮かんでいる笑みはいつもの優しい、しかし掴みどころがないものだ。

 

「あれは、一体なんですか? それに翼は!」

 

「事情の説明は後、鈴音ちゃんはこれを使ってエネルギーの補給を」

 

 そう言い楓は鈴音にデバイスを渡すしと視線を残りの一夏、セシリアへも向けた。

 

「みんなには悪いけど少し手伝ってもらうわよ。アレが攻撃してきたら回避に専念。いいわね?」

 

 一夏、セシリア、鈴音は頷き答える。

 彼女たちの先には撃ち抜かれた腕を自己修復で直したユニコーンが状況を伺っている。

 生物的な目が獲物を見定めるかのように彼女たちを見る。

 

 そして、獲物を決定したのか翼は、ユニコーンが狩りを始めた。

 

◇◇◇

 

 時間は少し戻る。

 翼が箒を守ろうと動き始めた時だった。

 

「なに!?」

 

 源治が画面を驚いた顔で見ていた。その画面はユニコーンのステータスを映しているものだ。

 

「どうかしたの? 源治さん……ッ!?」

 

 楓も源治が見ていた画面を見て両手で口を覆った。

 彼女の表情にも驚愕が浮かんでいた。それは信じられないものを見ているようにも感じ取れるほどだった。

 

 そんな2人に千冬は嫌な予感を感じ声をかける。

 

「どうした?」

 

「ユニコーンのコアリミッターが……お遊びで付いてるもんじゃない。本気で本当に外されないように封印したはずの部分まで」

 

 源治がゆっくりと呟くように言った。

 それは千冬の予感した嫌な予感、それ以上のものだった。

 

「どういうことだ!なぜ––––」

 

「それは俺のセリフだ!」

 

 源治は机を力強く叩くと頭を抱えて自問自答を始める。

 

「くそっ!? なんでだ? リミッターは確かに正常に機能していた。

 では、外部からの侵入? いや無理だ。できるわけがない。

 では、内部からの解放? ありえない。翼が解除コードを知っているわけがない」

 

(なにがあった? なにが起こっている?

 外部でもなく、内部でもないなら他に介入できるものは……いや、モノは!)

 

 考えられる可能性、それに行き着いた源治は楓へと指示を飛ばす。

 

「楓、悪いが武御雷で出てくれ。俺はユニコーンにハッキングして遠隔でシステムを落とす」

 

「ええ、分かったわ」

 

 楓は返事をして部屋から出た。

 

◇◇◇

 

 そして現在に至る。

 

「ガアァァァァァァァアアッ!!」

 

 ユニコーンは吼えて、楓に接近していく。

 楓はIS用の近接用長刀である三日月を2本展開し構える。対するユニコーンは左右の手刀を振った。

 それを三日月で受け止め、弾いていく。

 

「楓さん!!」

 

「大丈夫よ」

 

 そういうが余裕はない。楓はフェイスアーマーの下で奥歯を噛みしめる。

 

(速いわね)

 

 そう、攻撃がとにかく速い。

 右の手刀を弾いたと思ったら左の手刀がくる。

 それを弾いたら今度は右の手刀、次は左、さらに突きや蹴りなども混ぜてきてかなり攻撃が読みにくかった。

 

(でもっ! これなら)

 

 武御雷の背中にあるサブアームが脇の下を通り、突撃砲の銃口を前方に構え19.5mm滑空砲を放つ。

 ユニコーンは攻撃の途中であったため、回避が出来ずに直撃。連撃を受けないように一度距離を取ろうと後ろに下がる。

 

「うおおぉぉおおっ!!!」

 

 それを追撃するように一夏が接近、雪片弐型を振るう。

 ユニコーンはさらに後退、間髪入れずセシリアの攻撃がユニコーンに向かう。ビットとスターライトmarkⅢによる複数方向からの攻撃。

 その攻撃もユニコーンは容易に躱す。

 

「くそっ! さっきのやつよりもさらに速いぞ!」

 

 一夏は言い捨て、セシリアは何も言わないが唇を噛み締めた。

 どちらも強い焦りの表情が浮かんでおり、そのせいで動きも少し悪くなっているように見える。

 

「みんな、落ち着いて」

 

「ですがっ!!」

 

 事情は分からない。

 しかし、翼の身が危険というのは本能でわかる。

 

 大切な者が目の前で危険に晒されているというのに黙って見ていることなど彼女たちにはできない。

 

 そんな鬼気迫る状況でユニコーンはスラリと立ちセシリアのビットを興味深そうに見つめ始めた。

 まるでたまたま飛んでいた鳥を眺めるように。

 

 かと思えばユニコーンは見つめていたビットに右手を伸ばす。

 まるでたまたま飛んでいた鳥に手を触れるように。

 

「え?」

 

「まずい!」

 

 ウィンドウに突如表示された文言を見て素っ頓狂な声を上げるのと楓が「しまった」と後悔するような顔を浮かべた頃には手遅れであった。

 

 ユニコーンの生物的なツインアイが強く光を放ち、伸ばされた手が飛んでいた鳥を握り殺すように握りしめられた。

 

 瞬間、4機のビットが反転、レーザー発射口は楓たちの方を向けられる。

 

「回避!!」

 

 楓の叫びと同時、ビットからレーザーが放たれる。

 

「セシリア!?」

 

「あんた何やってんのよ!!」

 

 一夏、鈴音から驚愕と疑問、怒りがない混ぜになった声が飛ばされた。

 しかし、2人よりもセシリアの方が表情としては酷かった。起こったことに対処できていないようで焦り、戸惑い、疑問が混ざり混ざっている。

 

「ち、違いますわ! ビットの操作権にエラーが出てて私は今バットの操作をしていませんわ!

 これは勝手に」

 

 この現状とセシリアの言葉に楓は表情を険しくさせた。

 

(まさか、ビットの操縦権を無理矢理奪い取るなんて……アレが––––)

 

 操縦権をセシリアから奪われたビット群はユニコーンの背面に回る。そこにはいつのまにか赤い粒子でビットホルダーが生まれていた。

 それにビットがセットされた瞬間、青いビットが黒く変色、形状も刺々しいものへと変貌した。

 

 変貌を終えたビット群はユニコーンのビットホルダーから離れ一夏と鈴音の方へと向かう。

 ビット特有の複数方向からの同時攻撃。移動速度、連射速度が明らかに向上しているその攻撃を二人は紙一重ながらも回避する。

 

「セシリアちゃん!!」

 

「だ、ダメです! 操作権が取り返せません……!!」

 

「っ!しょうがないわね。セシリアちゃんはビットの迎撃を、でもそのときに新しいビットは出さないで。また奪われるわ」

 

 セシリアは頷くとビットの迎撃に向かった。

 3人を相手にしてもビットは攻撃を回避し、反撃を行っていた。しかし、そこには少しの余裕を感じる。

 これならば反撃を行いビットを破壊することもできるだろう。

 

(3人かかってようやく、か……これはユニコーンの能力というよりも彼自身の能力ね)

 

 楓は改めてユニコーンを見つめる。

 それはビットの操作に集中しているのか動きは止まっている。

 

 しかし、その顔、その目は楓を見つめて離さない。

 楓は二本の三日月を握り直し構える。

 

「っ!!」

 

 そして、一息に接近、三日月を振るう。

 ユニコーンの手のひらから赤い粒子が溢れ、刀の形に収束、その刀で振るわれた三日月を受け止める。

 

「グルルッ」

 

 獣のような声を漏らすユニコーンに楓は間髪入れず連撃を加える。

 

(下手に攻撃をさせたら私でも捌ききれない。なら、反撃をする隙を与えなければいい)

 

 楓の連撃は異常な速さだった。動きに何一つの無駄がない。不規則で予想が難しい特殊機動を取る武御雷にユニコーンは攻撃を受け流す、それだけで精一杯になっていた。

 

 楓は逆手持ちで剣を振るうとすぐに順手に持ち替え突き出す。

 突き出された三日月をかわすため左に回避行動をとるユニコーン。しかし、武御雷の機動力、即応性の高さによりユニコーンより先にその回避先に辿り着き、三日月を横に振るう。

 

 ユニコーンは赤い粒子で形成された刀でそれを受け止めた。

 今度は武御雷の右足の蹴りが向かう。しかし、その蹴りもただの蹴りではない。その脛、足先にはカーボン製ブレードが付いており普通に蹴る、それだけでも十分な攻撃力を持つ。

 だが、ユニコーンは回避行動を取ろうとしない。代わりに右の肩のアーマーが吹き飛びそこから赤い粒子が勢いよく放出された。

 

「ッ!!?」

 

 楓がある予感を感じ足を引こうとするが遅かった。

 武御雷の足は放出された粒子に完全に捕らえられ動かすことができない。その赤い粒子は徐々に形を整えていき腕のような形になった。

 

 楓はその腕を振り解こうと足掻くがその腕の力は彼女の予想よりずっと強くなかなか離れない。

 今度は左の肩アーマーが吹き飛び赤い粒子の腕が形成される。その腕は一直線に楓が左手に持っている三日月に向かい、掴んだ。

 

(まずいっ!!)

 

 楓はそう思うと左の三日月から手を離しその手で手刀を作る。

 その指先にも脛と同じようにカーボン製ブレードが取り付けられている。

 それを突き出すが今度はその左手はユニコーンの右手に掴まれた。

 

 間髪入れず武御雷の二本のサブアームが展開。

 そのサブアームに保持されている二丁の突撃砲から弾丸が放たれる。

 

「グルアァァアッ!!」

 

 ユニコーンは叫ぶと掴んでいる武御雷の右足をさらに強く掴み地面に叩きつけた。

 そして、地面に倒れている武御雷を押さえつけるように右足を乗せる。さらにユニコーンは粒子の腕で手刀を作るといつでも武御雷を貫けるように構える。

 

「楓さん!!」

 

 一夏はそれを見て武御雷を助けようとするがビットの攻撃により阻まれる。

 さらに追撃で放たれたレーザーを鈴音は双天牙月でそれを弾く。

 

「一夏!油断しないで!」

 

「くっ!ここから狙撃を––––」

 

 しかし、セシリアの攻撃もビットにより妨害された。

 赤い粒子の手刀、それが突き出される、その瞬間だった––––

 

「グッ!?」

 

 ユニコーンが苦しみ出したかのように頭を押さえて低くうめき始めた。

 

「えっ!?」

 

 それに驚いたのは全員、特に一夏たちよりも知っている楓は特に驚きをあらわにしていた。

 

(な、なに?ハッキングにはまだ時間が足りないはず……)

 

 外部からの強制停止にはまだ少し時間が足りない。だが、ユニコーンは唐突に頭を抑え苦しみ出している。

 

 ユニコーンは数歩、後ずさる。

 その混乱はビットにも伝播しているのかビット群は明後日の方向にレーザーを放ち続けている。

 

「グ、グガァァァァァァァアッッ!!!」

 

 今までで一番大きく吼えると同時にユニコーンの背中のバックパックが吹っ飛び、そこから真っ赤な粒子が勢いよく流出、それは徐々に大きな二対の鳥のような大翼になる。

 

(ま、さか、もう時間切れ?いえ、そんなはずは……)

 

 楓はゆっくりと立ち上がりながら三日月を構える。

 一夏たちはその光景を呆然と見ているしかない。

 

 ユニコーンは長い槍を粒子で作り、それを両手で持ち自分自身に勢いよく刺した。その瞬間、赤い粒子が血刺した部分から放出される。それは血のように見えた。

 

 その粒子の放出が終わる頃には赤い翼は消え黒くなっていた装甲色が元の白に戻っていった。

 赤く光っていたAEBは色を失い機能停止を示すグレーになっている。

 

(まさか押さえつけたの?あの力を……)

 

 ユニコーンが完全に白に戻るとゆっくりと仰向けに倒れた。

 

「翼っ!」

 

 呼びかけながら駆け寄ることで見たユニコーンの被害は悲惨なものだった。

 一部装甲は完全に無くなりその他の部分もヒビが入っていたりとしている。修復にはかなりの時間を要するだろう。

 

 しかし、そんなことはどうでもいいという勢いでユニコーンの背面装甲を切り飛ばして翼を引きずり出した。

 

(よかった。四肢はちゃんとあるわね)

 

 人知れず安堵の胸を撫で下ろし、すぐに声を張り上げた。

 

「救護室に早く!!」

 

 ようやく終わった状況に一夏たちは慌てて行動を始めた。



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目的と恐怖

 あれから約2時間が経過した。

 

 翼は保健室のベッドで寝かされ、その近くには一夏たち全員が揃っており辺りに重い空気を漂わせていた。

 そんな中一夏は意を決して切り出した。

 

「あれはなんだったんですか?」

 

「あれ、とは何かな?」

 

 わざとらしくはぐらかす源治へと千冬は怒りを少し見せながら続ける。

 

「分かっているだろう。あのユニコーンの姿のことだ」

 

 源治は逡巡すると一夏たちの方を向く。

 ここで隠し通す気はないようだが、あまり話したくはないという雰囲気だけはひしひしと伝わった。

 

 話した後に彼らがどのように受け止め、どのような答えを出すかはわからないが真摯に向き合うと言うのならば答えるべきだ。

 

「少し話をしよう。ここから先は他言無用。

 いいね?」

 

「はい、絶対に言いません」

 

 一夏がはっきりと答えて他の者も首を縦に振ったのを見て楓が微笑む。

 その隣で彼女と同じように小さな笑みを浮かべた源治は咳払いでそれを消し飛ばした。

 

「君たちに聞こう。一番最初に出来たISとは?」

 

 一夏達は少し視線を合わせる。

 その後に控えめな声で答えるのはセシリアだ。

 

「白騎士、です」

 

 白騎士と呼ばれるISはとある事件で世界中でかなり有名であり、おそらく名前を知らない者はいないだろう。

 そして、それは同時に世界で初めて見られたISでもあるため、彼女のような答えは常識であり普通のものだ。

 

「当然の答えだが、違う」

 

 楓がいつの間にか入れたコーヒーを全員に渡しながら続けた。

 

「本当はその前に出来ていたISがあるのよ。名称はスタイン。

 ユニコーンや白騎士、その他全てのISの基礎設計はスタインのものよ」

 

「同時にスタインは『全ての始まりのIS』であり『完全なISに最も近いIS』でもある」

 

 それを聞いた瞬間、一夏たちは驚きの声を上げることすらできなかった。

 もはや言っていることが斜め上のこと過ぎて頭が理解に追いつかなかったのだ。

 

 全ての始まりのISが別にいることにも驚いたが、それが一番完全に近いという意味がわからなかった。

 設計の基礎となったと語るその言い方にはどこか「今のISは違うもの」と言っているように感じられたのだ。

 

 しかし、源治はそれを詳しく説明する気はないようでコーヒーを飲んで話を再開させる。

 

「スタインが完成した後、その操縦者から1つの提案が出された」

 

「それは1機のISにコアを2つ搭載する、というものよ」

 

「え!? そんなことって出来るんですか?」

 

「ああ、可能だ。しかしそれには2つのISコアが同調する必要がある」

 

 操縦者である人はもちろんのことISコアにもそれぞれ個性がある。

 ISコア製作者たちであってもその個性を完全に作ることはできない。

 

 そこであるシステムが考案された。

 

「それが【シンクロシステム】。

 2つのISコアを操縦者の脳を介して同調させるシステムだ。

 理論上はISの操縦性も従来の10倍に跳ね上がる画期的なシステムだった」

 

「だった。過去形……?」

 

 鈴音の言葉に楓が頷いて問いかける。

 

「さっきISコアにも個性があると言ったのは覚えているわね?

 シンクロシステムはその特性上、その個性……いえ、意識と接続するのよ」

 

 操縦者はシンクロシステムで接続したISコアの意識に飲み込まれた。

 結果、スタインは源治たちの制御化から離れて暴走した。

 

 その時は千冬と楓が押さえ込んだため設備が破壊された程度で終わった。

 

「それって今日のユニコーン……」

 

「あ、操縦者はどうなったんですか?」

 

 一夏の質問に源治、楓、千冬の3人が揃って口を噤んだ。

 いつの間にか訪れた沈黙を切り裂いたのは源治の言葉だった。

 

「スタインを開けて操縦者を出そうとしたがその中には、人の形は無くなっていた。

 肉片1つ残らず液状に溶けていたよ。おそらく変化する膨大なエネルギーにすり潰されたんだろう」

 

「うっ」

 

 一夏、セシリア、鈴音はその光景を想像出来たらしく口を抑えると喉元に上がってきていたものを無理やり飲み込んだ。

 妙な違和感が残ったがそれをコーヒーを飲むことで洗い流す。

 

「ユニコーンはそのスタインの改良型。スタインシリーズの一号機。君たちがブーステッドシステムと思っていたものはシンクロシステムよ」

 

「えっ、それじゃもしかしたら翼は……」

 

 鈴音はチラッと翼を見る。未だに目を瞑っているが時折規則的な寝息が聞こえていた。

 

「ええ、もしかしたら翼も同じようになってたかもしれなかったわ」

 

 やはり、とは思うが直接聞くと悪寒が全身を駆け巡った。もう少し、後少し、ユニコーンが動いていたら翼は間違いなく死んでいた。

 

「話はこれだけだ。質問はあるかな?」

 

 箒が手を軽く挙げてから言う。

 

「翼はそのことを……」

 

「知っている。初めてユニコーンに乗った日に教えたよ。あいつは知っていて、それでも乗っている」

 

「なぜ?」

 

「さぁ?なんでだろうな。聞いても教えてくれないだろうし……」

 

 源治は残っていたコーヒーを一気に飲み干して息を吐き言う。

 

「さて、話はとりあえずここで終わりだ。千冬ちゃんISの整備室ちょっと借りるよ」

 

「いや、あなた達には見てもらいたいものがあるついてきてくれ」

 

◇◇◇

 

 千冬が言いながら部屋を出る。それに源治と楓は続く。

 廊下に出て千冬はすぐさま聞く。その顔には余裕などなく誰から見てもわかるほどの怒りが浮かんでいた。

 

「なぜ、翼をユニコーンに乗せた?」

 

 殺気が多分に含まれている声、しかし、源治と楓は意に返す様子はない。

 

「なぜって、千冬ちゃん自身が分かってるんじゃないのかい?なんたって君はユニコーンの搭乗者になるはずだったんだからね」

 

「ユニコーンが翼を選んだ、ということか……?」

 

「おそらくね。あの事件以来スタインは全く動かなかった。

 千冬ちゃんが知る通りユニコーンに改良しても。二つのコアを初期化しても。コアを分けても。なのに、翼が触れると反応した。今の段階じゃISが選んだとしか言えないよ」

 

「そうか」

 

 暗くなった雰囲気を明るくするためか楓がいつものように微笑みながら言う。

 

「千冬ちゃん早く私達に見せたい物を見たいんだけどなぁ」

 

「あ、ああ、分かった。ついてきてくれ」

 

(この二人はまだ何か隠してる)

 

 千冬はにらみつけるように源治と楓を見る。

 

「ん、どうしたんだい?」

 

「……いや、なんでもない。こっちだ」

 

 千冬は歩き出し源治と楓はそれに続いた。

 

◇◇◇

 

 保健室では一夏達が残っていたコーヒーを飲んでいた。

 

「翼は……翼はなんであんなISに乗ってるんだろうな」

 

 一夏が今ここにいる者達が思っていることを呟いた。

 

「……聞けばいいんじゃない?」

 

 鈴音がどこかそっけなく答えた。

 

「で、でも……」

 

 本人に聞けば確かに早い。それはわかっているが気軽に聞ける理由ではない、そんな気がしていた。

 

「そうだぜ、一夏。そんなに聞きたいなら本人に聞けばいいんだよ」

 

「え?」

 

 だが、突然声が聞こえた。

 一夏たちはその声が聞こえた方を見る。

 

「翼、起きていたのか?大丈夫か?」

 

 箒が聞きながら翼に近寄る。

 

「ありがとう。もう、大丈夫だ。まぁ、全身に激痛が走ってるが」

 

「それ、大丈夫じゃないだろ……」

 

 苦笑いを浮かべながら一夏は言う。その言葉には安堵も含まれている。

 

「全身痛がろうが動ければ問題ないんだよ」

 

 翼は周りを少し見渡して言う。

 

「父さんと母さん、あと千冬先生は?」

 

「ああ、少し話をして出ていったよ。それで……」

 

「なんで、俺がユニコーンに乗ってるか?だっけ。それを聞くってことはユニコーンのことを……」

 

「ああ、さっき源治さんと楓さんに聞いた」

 

 翼は「はぁ」とため息をつき言う。しょうがないかという顔をすると言った。

 

「まぁ、自分のためだな」

 

「自分のため?」

 

「ああ、ISはなんなのか、なんでISが生まれたのか、あれに……ユニコーンに乗ってたら分かる気がするんだよ。それに––––」

 

 翼は窓から空を見て力なく笑って言う。

 

「守りたいんだよ。大切な人を、守りたいと思った人達をちゃんと––––今度こそ……」

 

 その表情は今にも壊れそうな儚い表情だった。

 

「翼……」

 

 一夏は椅子から立ち上がり翼に近づこうとするが翼は一夏の前に手を出して言う。

 

「悪い、ちょっと出ていってくれないか?少し一人にしてくれ」

 

「……分かった、鈴、セシリア、箒行こう」

 

 一夏達は「しばらくしたらまた来る」という旨を言い残すと保健室から出て行った。

 

「はぁ、俺って本当にかわんねぇな。昔と…………全然」

 

 翼は拳を握り締める。目が少し潤んでくる。

 

 ただ、怖い、自分の中にまったく別の自分がいるようで––––

 

 そして、その自分が段々大きくなっていくようで––––

 

 また、繰り返しそうで––––

 

 翼は一人涙を流す。誰にも悟られないように声を押し殺しながらも涙を流し続けた。

 



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日常へ?

 それから二十分ほどたってコンコンッと少し控えめに保健室の扉を控えめにノックする音がした。

 

「……少し、いいか?」

 

「えっ?箒?ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

 

 翼は手で目を軽くこすってから入っていいぞ、と伝える。

 箒はそれを聞いて保健室に入り翼の寝ているベッドのそばの椅子に座る。

 

「翼……話がある」

 

「な、なんだ?また、いつもの相談か?」

 

 箒は度々翼のところを訪れどうすれば一夏が落ちるかを話していたのだ。翼は恐らく今回もそうだろうと思い言ったが箒は首を横に振り言う。

 

「こんな時にそんな相談をすると思うか?」

 

 妙に棘を感じる声色で箒は言った。その目は冗談言っているにも見えない。

 

「わ、わかった。すまん。それでなんだ?」

 

「思い出したんだ、昔のことを」

 

 箒は俯き言葉を紡ぐ。そこには申し訳なさのような感情が感じ取れる。しかし、翼にはなんのことかさっぱりわからない。

 

「昔のこと?」

 

「ああ、昔、私はクラスの男子からいじめを受けていてな」

 

「……なんかわかる気がする」

 

 箒は正直強い。

 一夏から話を聞くかぎりそれは昔から変わらないのだろう。同じクラスの男子は自分より強い女子が気に入らなかったのだ。

 もしくは好意の照れ隠しということもありえるだろうが、彼女のことをそこまで理解していた、または理解しようとした者などいなかっただろう。

 

「それである日私がこの髪型にして学校に行った時に、クラスの男子に男女と言われてな。そんな時だった、一人の男子が間に入ってきてそれを止めた」

 

 一人の男子、箒の言い回しに翼は多少の違和感を感じたが感心した。

 

「へぇー、あいつそんなことしたのか……」

 

「あいつも男らしいところがあるんだな」と翼が付け足すと首を横に振った。

 

「……私もそれは一夏だと思っていた。でもその間に入ってきた男子は翼だ。覚えていないのか?」

 

 翼は頭を軽くかきながら言う。

 

「あー。悪い。昔のことはあんまり覚えてないんだよ」

 

「そ、そうなのか……」

 

 少しの沈黙のあと箒はスカートを握りしめて、意を決して頭を下げて言う。

 

「すまなかった」

 

「は、はぁ?ちょっとまて、なんで急に頭下げるんだよ」

 

「あの時、私は礼が言えなかった。しかもそのことをずっと忘れていて……一夏がしたことと思い込んでいて。今日だって私のせいで翼は––––」

 

「い、いいんだって。そんな昔のこと、俺は別に気にしてないし、そもそも俺だって忘れてたぐらいだし……」

 

「だがっ!」

 

 箒は頭を上げて翼に反論しようとすが翼は箒の頭に手をのせて首を横に振って言う。

 

「本当にいいんだ。どうせ昔の俺に礼なんて言ったってろくに聞かないんだしな」

 

 翼はにっこりと笑って箒の頭から手を離す。

 

「そ、そうか……」

 

 箒の顔が赤くなる。箒自身もそれを自覚しているのか咄嗟に目をそらす。

 

「ん、どうした熱でもあんのか?顔赤いぞ」

 

 翼はそんな様子の箒を心配し顔を覗き込む。

 

「そ、そんなことは無いぞ!だ、大丈夫だ!」

 

 箒は勢いよく椅子から立ち上がる。

 

「わ、わかった。わかったから落ち着け」

 

 翼の指摘になんとか落ち着きを取り戻せた箒は椅子に座りなおす。

 

「す、すまない」

 

「そういやさ、怪我はなかったか?箒にもあいつらにも」

 

「大丈夫だ。今回のことで怪我をした者はいない」

 

「そうか、なら……良かった」

 

 安心したように小さく呟く翼の横顔を見ながら箒は歯をくいしばる。

 

(私は守られてばかりだ……)

 

 箒は小さく拳を握りしめ俯く。

 

「……」

 

「どうしたんだ?急に黙り込んで」

 

「いや、なんでもない。私はもう行く」

 

「ああ、じゃあな」

 

 翼は手を振り箒を見送った。

 

◇◇◇

 

 それからしばらくした後のことだった。

 また部屋の扉をノックする音が響く。今度は控えめなものではなくかなり堂々としたものだ。

 

「翼、いる~?」

 

 鈴音の声だった。

 

「いないぞ~ってもう開けてんじゃねぇか」

 

 鈴音は翼の返事を聞く前に保健室に入りベッドのそばに向かう。

 

「どうしたんだ?」

 

「お礼を言いに来たのよ」

 

 鈴音は両手を腰に当て胸を張る。

 セシリアも時々同じようなポーズをするが明らかに胸のある部分で圧倒的な差が生まれている。

 

「別にそんなのいらないんだが」

 

「いいでしょ。私がしたいんだから」

 

「ふーん」

 

 翼は気が抜けたような声を漏らす。

 

「なによ。その気のない返事は、こんな美少女と一緒なのに」

 

「自分で美少女とか言ってる奴はほとんどバカばっ––––が!?」

 

 翼が言い終わる前に鈴音は左右の拳を翼のこめかみの部分に合わせてグリグリと動かし始めた。

 

「あんた、今私のことバカって言ったでしょ!」

 

「鈴音のこと言ってねぇだろ!ってバカって自分で認めてんじゃねぇか!」

 

 鈴音はその攻撃を唐突にやめると自分の顎を翼の頭の上に置いた。

 

「はぁ、あんたとはまだまだ短い付き合いだけどさ。誰かがあんなになるのなんて見たくない」

 

 翼は目の前にある鈴音のわずかな胸から目を逸らしつつ答える。

 

「ごめん。なんか、心配かけたみたいで……」

 

「心配したわよ。バカ……」

 

「本当に返す言葉もない」

 

 鈴音は溜め息を一つ吐く。

 

(こいつは一夏以上のお人好しね)

 

「あと、私のことは鈴でいいわ」

 

「え?なんで」

 

「堅苦しいのは嫌いなの。私。それにそっちの方が慣れてるしね」

 

「……わかった」

 

 そのまま静寂の時が流れた。しかし、その静寂は翼の耐えかねるような声によって唐突に終わりを告げた。

 

「な、なぁ鈴」

 

「なによ」

 

「その、そろそろ離れてくれないと誤解を招きかねないと思うんだが」

 

「えっ?って、あ……」

 

 鈴音はようやく自分がしていることを自覚し顔を赤面させ、そのまますぐさま離れた。

 

「あ、あ、あんた!なにしてんのよ!!」

 

「いや、俺はなにもしてないだろ!!」

 

 翼は自分を落ち着かせるように息を吐く。

 

「まったく俺は怪我人だぞ」

 

 未だに全身に痛みが走る体をベットに預ける。

 

「胸張って言えることじゃないわよ……」

 

「鈴は張る胸もない––––って、いや、本当にごめんなさい。だからIS一部展開するのはやめて下さい」

 

 保健室の扉をノックして失礼しますわと言い保健室にセシリアが入ってきた。

 

「ってこの状況は一体?」

 

 セシリアが見たのは翼はベッドで土下座。鈴音はISを腕の部分のみ展開して迫っている状態だった。

 

「はぁ、気にしないで。こいつが原因だから」

 

 鈴音はISの展開を解除、椅子に座りなおした。

 セシリアの訝しげな視線に耐え兼ね翼はなんとか話題を変えようとする。

 

「そ、そういえば。セシリアはどうしたんだ?」

 

「お見舞いですわ。それと痛みが引いたら部屋に戻っていい、と…」

 

「分かった。わざわざありがとうな、セシリア」

 

 翼がいつも通りの優しい笑みを浮かべる。その後ろには沈みかけている夕日、その橙色の光を受け向ける笑みに鈴音とセシリアは顔を赤面させながら目を逸らした。

 

「ん?どうしたんだ?二人とも急に顔赤くして……」

 

「う、うるさい!なんでもないわよ!じゃ、私は行くから。それとその––––ありがと」

 

 鈴音は最後に小さく言い残すと走りながら保健室から出て行く。

 

「なんだったんだ?あいつ」

 

 翼は鈴音が出て行った扉を見て言った。

 

「さぁ?わかりませんわ」

 

 そういうセシリアだがその言葉と視線には呆れが含まれていた。

 

◇◇◇

 

 IS学園地下五十メートル。特別な権限がなければ入ることが許されることがない隠された空間。

 そこに千冬、源治、楓はいた。

 

「見せたい物ってあれ?」

 

 源治は目の前の機能停止になっているISを指さしながら言う。

 

「ああ、これの解析結果を聞きたい」

 

「無理言わないでよ千冬ちゃん。私たちはまだこのISを解析してないのよ」

 

「いや、終わっている。あれの回収にはあなたたちも参加していた。騙せるとは思って無いだろう?」

 

 千冬は二人を睨みつける。

 少しの沈黙がこの場を支配する。

 その空気を破壊したのは源治のいつも通りの屈託の無い笑い声だった。

 

「はははっ、いやー、参った参った。まさか、ばれているとはなぁ」

 

 源治はまた「あははっ」と笑い、急に真剣な面持ちになり言う。

 

「あれは無人機だよ。どうやって動いていたかは不明。もう全然分からないんだわ」

 

「あなたたちが調べて分からなかった……だと?」

 

 千冬は源治たちを怪しみまた睨みつける。

 

「落ち着きなさい。ユニコーンがバラバラにしたのよ?分かるわけ無いわ」

 

 楓はそれに、と区切りいつものように微笑みながら続ける。

 

「そんなに怖い顔してるとしわ増えるわよ~」

 

「……これでいつもどおりです。それで、コアの方は?」

 

「もちろん未登録だよ」

 

「ISコアを作れる者は現在三人のみ、だが……」

 

 千冬は源治たちをチラッと見る。

 源治は慌てて両手を上げて言う。

 

「おいおい、俺たちを疑うのはやめてくれよ。千冬ちゃんだって知ってるだろう?俺たちが作ったコアはスタインシリーズと武御雷、陽炎だけだよ」

 

「……そうだな。“あなたたちが作った物”はな」

 

 言葉を一部分のみ強調するように言い、千冬は二人の様子を伺う。

 

「……話は以上かい?」

 

 楓と源治、そのどちらもいつも通りの表情を浮かべている。そう、表情“は”いつも通りの柔らかいものだった。

 

「……ああ、そうだ」

 

 千冬はそれから何かを追求することはない。したところで流されてしまうのが落ちだ。

 源治はその千冬の沈黙を話しの終わりと受け取る。

 

「よし、じゃあISの整備室を貸してくれ」

 

「構わないが、なにをするんだ?」

 

「ユニコーンの修理ついでの改造をね。あの暴走のおかげでかなりボロボロになっちゃったから。でもあれぐらいだったら武御雷とスペアパーツを使えばなんとか直せると思うんだよねぇ」

 

「あいつがまだ乗るかわからないのにか?」

 

「大丈夫よ。絶対に乗るわ、あの子はまだなにもしてないもの」

 

 源治と楓はいつも通りに微笑んでいた。

 

◇◇◇

 

 保健室から自分の部屋へと戻った翼はパソコンのモニターに貼り付けられたメモに気付いた。

 そのメモにはこう書いてあった。

 

『翼へ、ユニコーンはとりあえず修復したのでここに置いておく(データはもうパソコンに送っておいた)。

 ただし、かなり扱いづらくなっているので注意すること。

 私たちは二号機の起動テストと三号機の組み立てに入るからラボに向かいます。

 PS.彼女マダー?』

 

 パソコンのキーボードの横に見慣れたブレスレットが置いてあった

 待機状態のユニコーンだろう。

 

「PSは無視しといて、早速確認するか」

 

 言いながらパソコンを起動させてメールフォルダを開いてメールを確認する。

 

「……これは、確かに扱いにくそうだな」

 

 一通り確認してパソコンを切る。それと同時だったコンコンッと扉をノックする音がする。

 

「は~い」

 

 翼は返事をして部屋の扉を開ける。

 

「箒か?どうした?」

 

「その、チ、チャーハンを作ったのだが、食べてくれないか?」

 

 そう言う箒の両手には皿に盛られ、ラップを付けられているチャーハンがあった。

 

「ん?俺じゃなくて一夏に出した方がいいんじゃないか?」

 

「翼はいいとは言ったがやはりなにもしないのはどうかと思ってな。その、お礼だ」

 

「そうか、ありがとうな。少し上がっていくよな?」

 

「ああ」

 

 箒を椅子に座らせお茶を出して翼はもう一つの椅子に座る。

 

「そんじゃ、いただきます」

 

 言って、チャーハンを一口食べる。

 

「ど、どうだ……?」

 

「………ごめん、もう一口」

 

 言って、翼はもう一口チャーハンを食べる。

 

「あー、うん、やっぱりだ」

 

「ど、どうした?」

 

「味がしない」

 

「なっ!そんなはずは……」

 

「んじゃ自分で食ってみろよ」

 

 そういい翼はスプーンでチャーハンを一口分すくい箒に向ける。

 

「え?あっ、いやその……」

 

 箒の顔がみるみる赤くなっていく。

 

(こ、これは間接キ–––––)

 

「ん?どうしたんだ?いいから食ってみろよ。ほれあーん」

 

 箒は気がついていたが翼は全く気にする様子がない。気がついていないだけかまたは本当に気にしていないだけか。箒にはわからなかった。

 

「うっ、あ、あーん」

 

 箒は少し動きが硬いが一口パクリと食べた。

 

「……味がしない」

 

「なっ?」

 

「こ、今回はたまたま忘れただけだ!」

 

「調味料を入れ忘れる奴はそうそういないと思うが……っていうかなんで調味料使ってないのにこんなにうまそうなんだ?」

 

 翼は付け足してまた食べ始める。

 

「その……もう食べなくてもいいぞ」

 

 そう言う箒に対し翼は当然のように言う。

 

「いや食うよ。せっかく作ってもらったんだからな。まっ、薄味だと思えば…………」

 

「………」

 

「……食えなくもないしな」

 

「今の間はなんだ?」

 

「な、なんのことだ?」

 

 翼はまた一口チャーハンを食べて言う。

 

「まぁ、ありがとうな。作ってもらうことなんてあんまりないからな、嬉しいよ。ただし、一夏に作ってやる時には忘れんなよ」

 

「あ、ああ分かっている」

 

 それから翼は箒と少し話しながらゆっくりとチャーハンを食べた。

 十分後、翼がチャーハンを全て食べ終え「ごちそうさまでした」と言ったところで箒は言う。

 

「翼、その来月の、学年別個人トーナメントのことなんだが……」

 

 学年別個人トーナメント。六月末に行われるそれは完全な自主参加の個人戦で学年別で区切られている以外には特に制限もない。

 だが、当然のことながら専用持ちは九割九分出場することから訓練機を使用する一般生徒が圧倒的に不利なことに間違いはない。

 

 しかし、学年別個人トーナメントの主目的は勝敗を決するではないため特別な処置などは取られない。

 

「ん?どうしたんだ急にあらたまって」

 

「わ、私が優勝したら––––」

 

 箒は顔を真っ赤にして続ける。かなり恥ずかしいらしく目は翼を見ていない。

 

「つ、付き合ってもらう!」

 

 ビシッと翼に向け指を差し、言い切った。

 

「………………はい?」

 

 翼は箒の言葉に固まった。



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IS設定Part2

武御雷とその装備、ユニコーンの新装備の説明です。


【IS名】

 武御雷(たけみかづち)

 

【外見】

 通常のISと比べ四肢が細く長い。全身装甲型でありながら細身のシルエットを取っているためパッと見では通常のISと見間違えることがある。

 四肢の先や肩アーマー、頭部に至る各所にはブレードが装備されているため全体的に刺々しい見た目となっている。

 

【装備】

月牙(げつが)

 武御雷に装備されている突撃砲。武御雷の特性上近接戦になることが多いため取り回しのしやすいショートバレル式が採用されている。

 基本的に背中のサブアームに装備されそのまま使うことが多い。

 

《三日月》

 武御雷の基本装備。全身の重心バランス込みでの設計がされているため文字どおり自分の体そのものを刀として振るうかなり変わった長刀。

 一撃の威力より切り回しの良さを追求した結果のためそうなったのだがまともに扱える者は少ない。

 

《新月》

 武御雷の四肢に装備されているブレード群全てを指す。

 腕だけで指先、前腕装甲の短刀(前1本、後ろ2本)、肩アーマー。足だけで足先、すね、太ももアーマー内の短刀がある。

 

【その他】

 超近接特化型高機動ISがコンセプトのIS。第ニ世代ISでありながら近接性能に関してだけ言えば第三世代機を大きく上回るだけの性能を持つ。

 その反面、性能がかなりピーキーに調整されているため操作するにはコツが必要。

 ユニコーンが暴走した場合の抑止力として開発されたため近接戦に特化した性能となった。

 

◇◇◇

 

【ユニコーン新装備】

雷撃(らいげき)

 ビームサブマシンガンで連射性能が高い反面、威力は高くない。

 電撃と連結させることでロングビームライフルの『雷電撃(らいでんげき)』となり威力、射程が上がる。

 

電撃(でんげき)

 実弾式のアサルトライフル。通常のアサルトライフルだが弾は対IS用貫通弾が使われている。

 雷撃と連結することでレールガンの『雷電撃《でんらいげき》』となり高い貫通力を持つ。

 

松風(まつかぜ)

 薄い刃を持つ大型の槍。刃部分が2つに割れレールガンとしても使用できる。

 

『不知火』

 刀に似ておりデザインはかなりシンプル。零落白夜(れいらくびゃくや)を再現しており、シールドエネルギーを消費してバリア無効化攻撃 『斬月(ざんげつ)』を使用することができる。

 雪片の試作モデル。雪片とは違い少し細身な刃を持つがエネルギー効率が劣悪のため外部バッテリーを柄とつばの部分につけているがあまり意味をなしていない。

 そのため、斬撃時にのみ展開させるようにしている。



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救いの手を
募る焦りと心配


  洞窟の中を灰色の装甲をその身に纏いユニコーンは飛んでいた。

 しかし、その洞窟は仮想のものであり本物ではない。これはISが操縦者の脳に直接写し出している飛行シミュレーションの一種だ。

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!!」

 

 いくら呼吸をしても苦しい。汗が頬をゆっくりと伝う。

 そして、鳴り響く警告音。

 この警告音は自機が洞窟の壁に近づいていることを表している。その警告がさらに翼を急かし結果的に動きがより悪くなる。

 

「はぁ、はぁ、くっ!?」

 

 目の前に迫った壁に衝突する寸前で左に曲がり無理矢理に姿勢を立て直し仮想の洞窟を飛ぶ。

 

「ゴーストを表示!レベルは10だ!」

 

 翼はやけくそ気味に叫んだ。

 すると正六角形の的が翼の目の前や横、後ろに展開されそれぞれが一斉に動き始める。

 

 それを一瞥すると雷撃、電撃を展開し正六角形の的に向けて射撃を開始。

 しかし、ユニコーンの機動に手一杯で放たれた弾はほとんど当たることはなかった。

 

(ユニコーンの機動だけに集中するな。周りを見ろ)

 

 翼は上に来ていたターゲットを背中のライフルマウントを動かし打つ。それと同時に前方のターゲットに向け雷撃、電撃それぞれで攻撃。

 3つのターゲットがほぼ同時に破壊された。

 

(よしっ!)

 

 だが、そこで集中が途切れたのだろう。

 耳を劈くほどの警告音が鳴り響く。

 

「っ!?」

 

 翼の目の前にまた壁が迫る。

 リアスカートアーマーから伸びているサブアーム、さらにそれについている大型ブースターの噴射口を前方に向け止まろうとするが––––

 

(間に合わないっ!)

 

 翼は仮想の洞窟の壁に勢いよく衝突した。

 

 ウィンドウにはシュミレーション終了の文字と記録が表示される。

 表示されている記録は一夏が行ったものよりもずっと下のものだった。

 

◇◇◇

 

 翼はゆっくりと地面に着地しそれと同時にユニコーンを解除。それとほぼ同じタイミングでセシリア、鈴音が翼の方に向かう。

 

「はい、水とタオル」

 

 鈴音から渡されたそれらを受け取り翼はペットボトルの水を一気に半分ほど飲み、タオルで顔を拭く。

 疲労困憊といった様子の翼を見てセシリアが心配した様子で口を開いた。

 

「調子は良いとは言えないようですわね……」

 

「残念ながらな……。本当に難しい機体にしてくれたよあの人たちは」

 

「そんなに扱いにくいようには見えないわよ?」

 

 鈴音の疑う言葉に翼はしばらく唸ると答えた。

 

「大きく2つ。

 まず新しく追加された大型ブースターの出力が大きすぎるってところだな。しかも各部スラスターとのバランスが取れてないから高速機動中の方向転換がかなり難しいんだ。

 次に大型ブースター用のサブアーム、あれの反応速度が速すぎる。おかげで細かい機動がとれないし、エネルギーの消費もバカにならない」

 

 「はぁ」とため息をついた翼は待機状態のユニコーンを見つめる。

 

 今のユニコーン、ユニコーン・リペアの性能はどこか中途半端なものだった。

 

 各部バランスが全く取れていないのだ。

 新人が作った物の方が遥かに完成度が高いと言い切れてしまうほどにアンバランスを極めている。

 

 だが、それが原因ならば解決策というものは自ずと出てくる。

 

「それは簡単に解決出来ることじゃないですの?」

 

「そうよねぇ。自分が扱えるように調整すればいいじゃないの?」

 

 鈴音の提案に翼は首を横に振り答えた。

 

「本体を調整する必要は多分、ない」

 

 言葉自体は少し自信がなさそうだったが声音は違う。

 明確な形になっていないだけで確信があるような声だった。

 

「なんたってユニコーンはあの二人が改修したんだ。そんな不具合は残さない。あの2人はいつもはどこか抜けてるけどISに関してはプロだ」

 

 言って鈴音にタオルとペットボトルを返しユニコーンを展開させる。

 少し慌てながらセシリアが声を上げた。

 

「も、もう少し休憩したほうがよろしいのでは?

 そんなに根を詰めては身体が持ちませんわ!」

 

「ありがとうセシリア。

 でもとにかく動きに慣れないと戦闘にならないんだよ」

 

 翼の言葉はもっともだ。

 高速機動を得意とするISの戦闘、今の彼はその機動すらまともにとれていない状態だ。

 そんな状態では鈴音たちはもちろん一夏、下手をすれば訓練機相手ですらともまともな戦闘にならない。

 2人もそれはよくわかっているために翼に強く言い返せなかった。

 

 翼は2人に申し訳なく思いながらもユニコーンを展開、上昇すると再びシミュレーターを起動させた。

 灰色の鎧を身に纏う一角獣は仮装の洞窟内を再び飛ぶ。

 

◇◇◇

 

 時刻は午後7時過ぎ。体に重くのしかかる疲労を少しでも癒すために翼はベッドに寝転んでいた。

 

「今月、か。学年別トーナメント」

 

 学年別のIS対決トーナメント戦であるそれは約一週間かけて行われる。

 

 なぜそんなに長期間行う理由は単純明快。名目上は自主参加ということになっているがこれは自分の力量を測る重要な機会、そのためIS学園の生徒が全員参加するからだ。

 そのため結果的にトーナメントは一学年で約120人で行うことになり、必然的に大規模なものとなる。

 

 評価する点は学年ごとに違う。一年は浅い訓練段階での先天的才能評価、二年はそこから訓練した状態での成長能力評価、三年はより具体的な実践能力評価がされる。

 

(とにかく何とかして今のユニコーンを使えるようにしなきゃなぁ)

 

 しかし、このまま闇雲に訓練を行うのではダメだ。

 新たな訓練、別の方向性を見つけなければ今の状態から進展することはないだろう。

 

 別の方向性。わかってはいるがそう易々と浮かばないそれに頭を悩ませているそんな時だった。

 ドアをノックする音が部屋に響く。

 

「翼、いる~?」

 

「いな––––」

 

「入るわね」

 

 翼が言い切る前に言いながら部屋に入ってきたのは鈴音だった。

 

「––––って、最後まで聞けよ!」

 

「るっさいわね。ほら、さっさと起きなさい!夕飯食べに行くわよ」

 

「拒否権は?」

 

「あるとでも?」

 

 鈴音の堂々なその佇まいと言葉に翼は呆れたように息を吐くとベッドから起き上がる。

 

「はぁ、わかったよ。行くよ」

 

「ええ。そうしなさい」

 

 鈴音と翼は並んで食堂に向かい歩き出した。

 

 移動した食堂は思春期女子で埋め尽くされかなり騒がしい。その中でも特に奥の方でスクラムを組んでいる一団が目に付いた。

 

「ねぇ聞いた?」

 

「聞いた!聞いた!」

 

「え、何々、何の話?」

 

「だから、あの岸原君と織斑君の話よ」

 

「いい話?悪い話?」

 

「最上級にいい話」

 

「聞く!」

 

「まぁまぁ落ち着きなさい。いい? 絶対これは女子にしか教えちゃダメよ?

 女の子だけの話なんだから。実はね、今月の学年別トーナメントで––––」

 

 食券を買いながその一団を眺めていた翼は隣にいる鈴音へと問いかける。

 

「あそこのテーブルやけに人が集まってないか? なんかさっきから騒がしいし」

 

「さぁ、占いでもやってんじゃないの?」

 

「うーん?」

 

 翼は疑問で頭をかしげる。確かに占いの時も騒がしいが今日のそれはいつも以上に見えた。

 

「えええっ!? そ、それ、本当っ!?」

 

「本当! 本当!」

 

「うそー! きゃー、どうしよう!」

 

 と先ほどからきゃあきゃあと黄色い声が津波のように翼に押し寄せている。

 

「翼」

 

「ああ」

 

 鈴音に急かされ翼は和食定食を受け取り、空いていた席に移動すると腰を下ろした。

 それぞれ手を合わせ夕飯を食べ始める。

 翼が焼き魚の骨を取っているとき、鈴音は質問する。

 

「大丈夫なの? あんた」

 

 鈴音が心配を表に出すなんて珍しい。と翼は出会ってほんの数日の行動と照らし合わせて思いながら答える。

 

「大丈夫、大丈夫。トーナメントまでには扱えるように意地でもするから」

 

「違っ! 私が言いたいのは……はぁ、やっぱりなんでもない」

 

(私が言いたいのはあんたの体の方よ。あんな無茶な訓練ばかりして……)

 

 鈴音は翼の顔を心配そうにしながらを見る。だが、当の本人はそんなこととはつゆ知らず魚の骨を取っている。

 

「おっ、綺麗に取れた」

 

 翼は嬉しそうにそう言うと取った魚の骨を皿の端に置く。

 良くも悪くも彼は表面上はいたっていつも通りだ。そう、表面上は。

 

「はぁ」

 

「ん?どうしたんだ鈴。急にため息なんかついて」

 

「……なんでもない。お茶取ってくる。番茶でいいよね?」

 

「ん?ああ、悪いな」

 

 鈴音は翼の返事を聞くと椅子から立ち上がり番茶を取りに行った。

その瞬間だった。

 

「あっ!岸原君だ!」

 

「えっ、うそ!?どこ!?」

 

「ねぇ、あの噂って本ともがっ!?」

 

 奥にいた一団の内翼の存在に気付いた女子が雪崩れ込んでくる。

 

「ん?噂ってなんだ?」

 

「い、いや、なんでもないの。なんでもないのよ。あはは……」

 

「バカっ!秘密って言ってたでしょうが!」

 

「い、いや、でも本人の前だし……」

 

 一人が翼の前で通せんぼをしてその陰で二人が小声で話している。

 

「なぁ、噂って?」

 

「う、うん?なんのことかな?」

 

「ひ、人の噂も三六五日って言うよね!」

 

「いやちょっと待て、それ長いだろ?一年だぞ」

 

 翼は冷静に突っ込む。

 

「そうだよ。な、何言ってるのよミヨは!四九日だってば!」

 

「七五日だ。それと、何か隠してるだろ」

 

 翼は再び冷静に突っ込む。その女子三人の焦り具合は尋常ではない。何かを隠しているのは見え見えだった。

 さらに問いただそうと翼は口を開きかけたが。

 

「そんなことっ」

 

「あるわけっ」

 

「ないよ!?」

 

 それからその女子三人は即撤退した。ちなみにこの間わずか二秒ほど。翼は状況が飲み込めずに唖然としていた。

 

「なに?あんたまたなんかやらかしたの?」

 

 鈴音は湯気が出ている湯飲みを二つ持って戻ってきた。

 翼はそれを一つ受け取って言う。

 

「またってなんだよ。それじゃあ俺が問題児みたいじゃないか」

 

「問題児じゃないつもり?」

 

「………………」

 

「………………」

 

 沈黙に耐え切れずお茶を飲み、一息つく。

 

「あ、ああ、お茶がうまい」

 

「逃げたわね」

 

「………………」

 

「………………」

 

 翼は再び訪れた沈黙から逃げるように目をそらす。

 

「ふ、ふー……や、やっぱり食後のお茶は落ち着く落ち着く」

 

「……まぁ、いいけど。後、嘘つくならもう少し声震えないようにしなさいよ」

 

 少し食後の余韻を楽しんだ後、翼は気になっていたことを鈴音に聞いた。

 

「なぁ、今日の訓練。動きどうだった?」

 

 誰の、とは言わない。言う必要がないからだ。当然のように聞く翼に少しの不安感を覚えながらも鈴音は答える。

 

「……動きにはだいぶ慣れてきてる。でも、まだ動きは単純で読みやすいわね。近接戦になったら一夏には確実に負けるわ」

 

 鈴音の分析を聞き翼は唸る。

 

「うーん、どうするか……。学年別トーナメントでは射撃を主体にするかな?いや、でも ユニコーンのあの機動力を活かせないのは結構きつい。本当どうするか」

 

「……あんまり無理すんじゃないわよ」

 

「ん?ああ、分かってる」

 

 鈴音の心配をよそに翼はずっと自分の思考に入りっぱなしでひりごとを呟き、返事はかなり適当だった。

 

「って、あんた本当に分かってる!?」

 

「分かってるって、そう心配すんな」

 

 迫る鈴音に翼はどこか他人事のように答える。これ以上何を言おうとも少なくとも今の翼には無駄と感じ鈴音は自分を落ち着かせるようにお茶を飲む。

 

「なら、いいんだけ––––」

 

「あ」

 

「あ」

 

「ん?」

 

「あって何よ、あって。––––あ」

 

 順番は翼、箒、一夏、鈴音だ。

 

「…………」

 

 翼と視線が会った箒は気まずそうに翼から視線を外す。

 

「よ、よお、箒」

 

「な、なんだ翼か」

 

「「…………」」

 

 すぐに会話が終わりどこか気まずい沈黙が訪れる。その二人の様子に疑問を感じた一夏は言う。

 

「どうしたんだ?二人ともなんかあったのか」

 

「「いや!べつになにも!」」

 

 二人はとっさに否定しようとして全く同じタイミングで言っていた。

 

「なにその、明らかに何かありました。って反応。わざと?」

 

「そんなわけないだろ……」

 

 翼はジト目で言い訳じみたことを言う。それが何か彼女の気に障ったらしく箒はぷいっと顔を逸らすとそのまま歩いていった。

 

「ん?なんなんだ?」

 

「翼ってあれか?鈍感なのか?」

 

「お前に一番言われたくないな」

 

 男二人がそんな会話をしていると鈴音はため息をついた。どっちもどっちだという表情を浮かべている。

 

「じゃ、あたしは部屋に戻るから」

 

「ん?ああ。誘ってくれてありがとな」

 

「たまにはアンタから誘いなさいよ。まったく……」

 

 鈴音は小声で言うと自分の部屋に向かって歩き出した。

 

「なんなんだ?鈴も」

 

「翼……」

 

「なんだ?一夏」

 

「もう一度言うけどお前やっぱ唐変木なんだな」

 

「俺ももう一度言う。お前にだけは一番言われたくない」



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三人目の少年?(上)

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

 

「え?そう?ハヅキってデザインだけって感じしない?」

 

「そのデザインがいいの!」

 

「私は性能的にミューレイかなぁ。特にスムーズモデル」

 

「あー、あれかー。確かにモノはいいけど、すっごい高いじゃん」

 

 月曜日の朝。翼と一夏が教室に入ると中ではクラスの女子たちが賑やかに談笑していた。

 全員が何かのカタログを手に意見交換をしている。

 

 一夏と翼がそれぞれ自分の席に座ったところで女子が話しかけた。

 

「そういえば織斑君と岸原君のISスーツってどこの?見たことないけど」

 

 翼より先に授業の準備を終えた一夏が先に答える。

 

「えっと、確か特注品なんだよな。どっかのラボが作ったらしいんだよ。もとはイングリッド社のストレートモデルって聞いてる」

 

 翼も準備を終えそれに続くように質問に答える。

 

「俺のは完全新規だな。ユニコーン用のISスーツだ」

 

 ちなみにISスーツは元々女性専用、なので見た目はワンピース水着やレオタードに近い。

 だが、翼と一夏のISスーツはスキューバダイビング用の全身水着のようになっている。理由はデータ収集や考慮のためだ。

 

 また、専用機持ちはパーソナライズを行うとIS展開と同時にスーツも展開される。

 だが、これはエネルギーを消費するため、緊急時以外は使用せず事前にスーツを着てISを展開するのが常である。

 

「でもさ、ISってスーツが無くても動かせるんだろ?なんでわざわざ着る必要があるんだ?」

 

「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。でも、衝撃は消えませんのであしからず」

 

 一夏の疑問にしっかりと答えながら真耶が教室に入ってきた。

 

「山ちゃん詳しい!」

 

「一応先生ですから。って、や、山ちゃん?」

 

「山ぴー見直した!」

 

「今日が皆さんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習してきてあるんです。えへん。………って、や、山ぴー?」

 

 入学から約二ヶ月立っている現在では真耶には翼が知る限り八つほど愛称がついていた。

 それは慕われているとういう証拠でもあるのだろうと翼が考えている間にも女子と真耶の雑談は続く。

 

「あのー、教師をあだ名で呼ぶのはちょっと……」

 

「えー、いいじゃんいいじゃん」

 

「まーやんは真面目っ子だなぁ」

 

「ま、まーやんって……」

 

「あれ?マヤマヤの方が良かった?マヤマヤ」

 

「そ、それもちょっと……」

 

「もー、じゃあ前のヤマヤに戻す?」

 

「あ、あれはやめてください!」

 

 そこまで嫌なのか珍しく語尾を強くし真耶は拒絶の意思を示した。

 ゴホンッと咳払いをすることで真耶は続きそうだった雑談を切る。

 

「と、とにかくですね。ちゃんと先生とつけてください。わかりましたか?わかりましたね?」

 

 「はーい」とクラス中から返事が来るが、言っているだけなのは間違いない。これからも真耶のあだ名は増えていくことだろう。

 

「諸君、おはよう」

 

「お、おはようございます!」

 

 ざわざわしていた教室が一瞬で静かになった。

 教室に入ってきたのはこの一組担任の織斑千冬だ。

 とある弟曰く立てば軍人、座れば侍、歩く姿は装甲戦車。

 

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機だがISを使用しての授業になる。各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでの間は学校指定のものを使用するので忘れないようにな。忘れた場合は水着、それもないものは、まぁ、下着で問題ないだろう」

 

(((いや、問題しかないよ!)))

 

 と一夏や翼はもちろん他の女子たちも心の中で突っ込む。

 

「では山田先生、ホームルームを」

 

 そんなことは知る由もなく千冬は真耶に言う。真耶はメガネを拭いていたらしく、少し慌てながら眼鏡をかけ直し千冬と入れ替わりで教壇に立つ。

 

「ええっとですね。今日はなんと転校生を紹介します!しかも二名です!」

 

「え…………」

 

 その言葉に女子が固まる。しかし、それも一瞬のこと。

 

「「えええええっ!?」」

 

 真耶のいきなりの転校生紹介でクラス中が一気にざわつく。それもそうだろう。噂好きである彼女たちのその情報網をかいくぐっていきなり転校生が現れたのだから驚きもする。

 

(って、なんでこのクラス?普通は分散させるものじゃないのか?いや、違うな………俺たちがいるからか?)

 

 翼は仮説を立てながら転校生が入ってくるであろう入り口に視線を向ける。

 

「失礼します」

 

「…………」

 

 クラスに入ってきた二人の転校生を見て、ざわめきが冷水をかけたかのようにピタリと止まった。

 

(な、なに……?)

 

 それもそうだろう。なぜならそのうちの一人が男子だったのだから。



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三人目の少年?(下)

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 その男子である転校生の一人、シャルルはにこやかな顔で流暢な日本語でそう言った。

 それにあっけにとられたのはクラス全員。

 

「お、男……?」

 

 誰かが確認するかのように呟いた。

 

「はい、こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて本国より転入を––––」

 

 例えるならば貴公子といった感じだろう。

 人なつっこそうな顔。礼儀正しい立ち振る舞いに中性的な顔立ち。髪は濃い金髪で首の後ろで丁寧に束ねている。体は華奢だがしゅっと伸びている足が格好いい。

 

「きゃ……」

 

「はい?」

 

 翼はあれがくると予想し耳を塞ぐ。

 

「翼、どうし––––」

 

「「「きゃあああああっ!!」」」

 

 一夏の言葉を遮り女子の黄色い悲鳴が教室に響き渡る。

 

「男子!三人目の男子!」

 

「しかもうちのクラス」

 

「美形!守ってあげたくなる系の!」

 

「地球に生まれて良かった~~!」

 

 口々に女子たちは言う。

 だが、翼の思考はそれどころではなかった。

 

(なんで父さんと母さんが分からなかった?あの二人が気付かないわけがない)

 

 それに、フランスでデュノアと言ったらあそこしかない。

 ISを知っているものならば必ず知っていると言っていいほどの大企業。しかし、そこに子どもなんていないかったはず。

 翼は確かにそう記憶しているし子どもが生まれた、という話は全く聞いていない。

 

(どういうことだ?いや、それより––––)

 

 翼は浮かぶ疑問を今は振り払い気になっている方を見る。

 まだ騒いでいる少女達を真耶が止める。

 

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~~!」

 

 全員が忘れていたわけではない。というより少なくとも翼は彼女を一番警戒している。

 

 彼女は銀髪で長さは腰近くまである。ただ、それは伸ばしっぱなしという感じだ。

 そして左目の黒い眼帯。医療用のものではないのは一目で分かる。唯一見えている右目は赤い。

 一目で見た印象は––––

 

(あいつ、軍人か……)

 

 その佇まいや雰囲気からはそう感じ取れた。

 

「……」

 

 当の本人は口を開かず、教室の女子たちをどこかつまらなさそうに見ている。いや、見下ろしている。

 

「挨拶をしろ、ラウラ」

 

「はい、教官」

 

 その返事と千冬の方を向き同時に敬礼する。それに千冬は面倒くさそうにして言う。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

 

「了解しました」

 

 両手は体の横、足をかかとで合わせて背筋を伸ばす。

 

(あいつやっぱり軍人。しかもドイツ……)

 

 ある事件で織斑千冬は一年ほどドイツで軍隊教官として働いていた。その後一年くらい空白期間があり現在のIS学園教師になったようだ。

 

(そういや、間の一年間誰も教えてくれないよな)

 

 おそらく両親ならばその辺のことも知っているだろうがどうせはぐらかされて終わる。容易く出た予測に翼はさして疑問を抱かない。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「「「………………」」」

 

 シャルルの時とは逆の沈黙。続く言葉を待っているのだが、口を開く様子が感じられない。

 そんな様子のラウラに真耶は恐る恐るといった感じで声をかける。

 

「あ、あの、以上……ですか?」

 

「以上だ」

 

 無慈悲な即答が返ってくる。しかし、何かを見つけたラウラは目を見開き表情を表に出す。

 

「!貴様が––––」

 

 そしてつかつかと一夏に近づいて行き流れるように右手で平手打ちをした。

 

「え?」

 

「…………」

 

 された一夏はなんで?という疑問の顔をしている。そして、それは彼以外もだ。皆同じような疑問の表情を浮かべている。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

「いきなり何しているんだ?」

 

 翼が少し睨み言うが––––

 

「ふん……」

 

 貴様には関係ない、と言いそうな顔をして空いている席に向かい座って腕を組んで目を閉じる。

 翼は一夏に小声で話しかける。

 

「一夏、お前あいつに何した?」

 

「何もしてないし俺もよくわかんねぇよ」

 

 一夏は唐突に殴られたせいかどこか苛立っているように見える。

 

「あー、ゴホン!ではHRを終わる。各人は着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。以上、解散!」

 

 ぱんぱんと手を叩き千冬が行動を促す。

 

「ああ、そうだ。織斑、岸原。デュノアの面倒を見てやれ。男子同士だろう」

 

 そう言うと千冬は教室から出て行った。

 

「えっと、初めまして。僕は––––」

 

「ああ、悪い。まずは移動だ。女子が着替え始めるからな。ほら、一夏、イライラしてないで行くぞ」

 

「……っ!ああ」

 

 翼はシャルルを引っ張りながら教室を出る一夏はそれに続く。

 

「とりあえず男子は空いているアリーナ更衣室で着替え。実習のたびにこれだから早めに慣れてくれ」

 

「う、うん」

 

 シャルルはそう返事をするがどこかうわの空といった感じだ。

 

「どうしたんだ?トイレか?」

 

「トイ……っ違うよ!」

 

「そうか、それは何より」

 

「おい!翼!急がないともう時間が……」

 

 しかし、一夏の警告は遅かった。

 

「ああっ!転校生発見!」

 

「しかも岸原君と織斑君も一緒!」

 

 もうすでにHRは終わっている。そのため各学年各クラスから情報収集のための生徒が駆け出している。

 

「翼!捕まったら……!」

 

 翼には一夏の言いたいことがよく分かる。

 もし捕まったら質問攻めにあい授業に遅刻、担任鬼教師の特別カリキュラムが待っている。

 

「ああ、分かっている!ちょっと急ぐぞ」

 

 翼はシャルルを引っ張りながら一夏と共に駆け出す。

 

「いたっ!こっちよ!」

 

「者ども出会え出会え!」

 

「おいおい、ここはいつから武家屋敷になったんだよ」

 

「さぁな。でも、今にもホラ貝とかが出てきそうな雰囲気––––」

 

 一夏の言葉を遮ったのはホラ貝を吹く音だった。それに答えるように女子たちがまた増える。

 

「「本当に出てきた!?」」

 

 一夏と翼が同時に驚きの声を上げた時シャルルが二人に話しかける。

 

「ね、ねぇ。なんでみんなこんなに騒いでいるの?」

 

「そりゃ男子が俺たちしかいないからだろ」

 

「?」

 

 当然のように言った一夏の言葉にシャルルは意味が分からないっと言っているような表情をして首をかしげる。

 

「いや、普通珍しいだろ。ISを操縦できる男って」

 

「あっ!ああ、うん。そうだね」

 

 翼の言葉にシャルルは何かを思い出したような返事をする。

 

「にしても不思議なんだよなぁ」

 

「どうして?」

 

「いや、男性IS操縦者なんてかなり珍しいのにそのことに父さんも母さんも気付かなかったなんて……ちょっと引っかかるんだよな」

 

 シャルルは目を見開き翼から視線をそらす。

 

「っ!!」

 

「ん?どうした」

 

「い、いや、な、なんでもないよ。はははっ」

 

「まぁ、いいんじゃないか?男がまた一人増えるのは」

 

「そうだなぁ、もう一人の男子は役立たずだからなぁ~」

 

 翼はニヤニヤしながら一夏を見る。

 

「うっ!」

 

「まぁ、何にしてもよろしくな。俺は岸原翼。翼でいいから」

 

「あっ、俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

 

「うん。よろしく翼、一夏。僕のこともシャルルでいいよ」

 

「わかった、シャルル」

 

 三人が自己紹介を終えた後に校舎を出てアリーナの更衣室に入った。

 

「まずいな……」

 

 時計を見てみるとギリギリだった。

 

「ああ、すぐに着替えちまおうぜ」

 

「そうだな」

 

 翼と一夏は言いながら制服のボタンを一気に外しそれをベンチに投げて一呼吸でTシャツを脱ぐ。

 

「わぁ!?」

 

 その時だった。急にシャルルが声を上げた。

 

「ん?どうした」

 

「忘れ物か?っていうか早く着替えないと本当に間に合わなくなるぞ」

 

「う、うんっ?き、着替えるよ?でも、その、二人ともあっち向いてて……ね?」

 

「まぁ、別にいいが……」

 

「でも、シャルルはジロジロ見てるな」

 

「み、見てない!見てないよ!?」

 

 シャルルは両手を突き出し、慌てて顔を床に向ける。

 

「「……?」」

 

 シャルルの行動に疑問を抱きながらも翼と一夏は後ろを向きまた着替え始める。

 だが––––

 

「「……………」」

 

 二人は背中に感じる熱心な視線。

 

「シャルル?」

 

「な、何かな!?」

 

 二人は気になり後ろを向くと、シャルルは向けていたであろう顔を壁の方に向けてISのジッパーをあげた。

 

「うわ、着替えるの超早いな」

 

「本当だよな。なんかコツでもあんのか?」

 

「い、いや、別に……って翼も一夏もまだ着てないの?」

 

 翼と一夏はズボンを脱ぎISスーツを腰まで通したところで止まっている。

 

「これって、着るときに裸になるのがなぁ」

 

「ああ、分かる。着にくいんだよなぁ」

 

「「引っかかって」」

 

 あえてどこかは二人とも言わない。

 

「ひ、引っかかって?」

 

「ああ」

 

「おう」

 

 二人の気のせいかシャルルの顔が一気に赤くなった。

 

「よし、行こうか」

 

「おう」

 

「う、うん」

 

 二人は着替え終わって更衣室から出てグラウンドに向かうその途中で一夏はシャルルを見る。

 

「にしても、そのスーツ着やすそうだな」

 

 ちなみに男性用のISスーツは全身をほぼ覆っており首のところまである。露出をしているのは頭、手、足ぐらいだ。

 データ収集などの理由でそうなっているのだが一方の女性用のものはワンピース水着、レオタードに近いものだ。

 

「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、ほとんどフルオーダー品なんだ」

 

「デュノア?ん?どっかで聞いたような」

 

 一夏の疑問に翼が答える。

 

「デュノアって言ったらフランスで一番大きいIS関係の企業だぞ」

 

「僕の家なんだよ。父がね、社長をしてるんだ」

 

「へえ!じゃあシャルルって社長の息子なのか。道理でなぁ」

 

「道理でってどういうことだ?」

 

「いや、なんか気品っていうか、いいとこの育ち!って感じがして………翼は分かんないか?」

 

「ん~言われてみれば」

 

(やっぱりデュノア社の関係者、か。これは少し探ってみるか……)

 

 言い合っていていたために二人は気付かなかった。

 

「いいところ……ね」

 

 とシャルルが静かに呟いたのを。

 

 そして––––

 

「遅い!」

 

 これは男子三人が第二グラウンドに到着したときに鬼教師から言われた言葉だった。



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ヒント

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 二クラス合同での授業。人数はいつもの倍、さらに千冬が教えているためか返事には妙に気合が入っている。

 

「今日は戦闘を実演してもらう。凰!オルコット!」

 

「「はい!」」

 

「どっちも頑張れよ」

 

 翼の声援が入る。それに二人は笑顔で答えた。

 

「はいですわ!」

 

「当然!それで相手は誰?セシリアでもいいけど」

 

「ふふっ返り討ちしてあげますわ」

 

 二人が早速火花を散らす。どちらもすぐに始めの合図があれば模擬戦を始めるだろう。

 

「慌てるなバカども。対戦相手は––––」

 

 千冬が言っている途中だった。

 キィィィンっという空気を切り裂く音が響く。その音は段々と翼の方に向かっていた。

 

「ん?なんだこの音?」

 

「ISの飛行音だろ?」

 

 翼がさも当然のように一夏に返した瞬間。

 

「ああああーっ!ど、どいてください~っ!」

 

 と叫び声がその飛行音が聞こえる方向からしてきた。

 

「んんっ!?」

 

 ドカーン!という派手な音を立て翼は謎の飛行体とともに数メートル吹っ飛んだ後少し転がった。

 

「はぁ、ギリギリでユニコーンの展開が間に合った。って、ん?」

 

 翼が疑問の声をもらした。理由は簡単だ。

 なぜか手に柔らかい感触があったからだ。地面はこんな柔らかい感じではない。ということは分かる。

 

(それじゃあこれは……?)

 

「あ、あのう、岸原くん……そ、その、ですね」

 

 翼は恐る恐る自分の手の先に視線をやる。

 自分の手は真耶の大きな胸の上にあった。いくらISの装甲が間にあるとはいえその柔らかな感触は良く感じられる。

 

「あ、あの、こんな場所では……いえ!場所ではなくてですね」

 

 追記すると飛ばされたおかげで側から見れば翼が真耶を押し倒している体制に見える。

 

(いや、いやいや。どんな状況だよ……)

 

 呆れを感じ翼は息を吐く。それとほぼ同じ時だった。

 

「っ!?」

 

 殺気を感じ翼は即座に真耶から体を離す。その瞬間に先程まで翼の頭があった場所をレーザーが貫いた。

 

「ほほほほ。残念です。外してしまいましたわ……」

 

 それを放ったのはセシリア。その顔は笑顔が浮かんでいる。

 そう、たしかに顔は確かに笑っている。普通なら見惚れるくらいだ。

 ただし、その目に強い殺気がこもっていなければ、だが。

 

「お、落ち着こう。セシリアここは平和的にだなーーー」

 

 翼はなんとかセシリアの怒りを抑えようと言う。その後ろでガシーンと何かが組み合わさる音がした。

 

(今の音って……)

 

 翼はゆっくりと後ろを振り向く。そこには鈴音が甲龍を展開しその武装、双天牙月(そうてんがげつ)を連結させ振りかぶって投げている姿があった。

 

「って、おいおい!?」

 

 間一髪すれすれでそれをかわす。だが、その勢いのまま翼は仰向けに倒れた。

 そのせいで投げられた双天牙月がブーメランのように戻ってきているのが見えた。

 

 翼は急いで電撃を展開、それと同時に打つ。

 “二つの発砲音”の後、ライフルの弾丸が双天牙月に命中し地面に撃ち落とした。

 

 だが、翼はすでにその方向を見ていない。クラスメイトも驚きで声が出ていないようだ。

 

 翼が展開したのは今右手に持っている雷撃のみだ。

 だが、発砲音は二つした。

 翼含めほとんどの者が見ているのはもう一つの発砲音がした方。そこにはアサルトライフルを構えている真耶がいた。

 翼は真耶の上から移動して真耶はその場から起き上がる。

 

「え?山田先生?」

 

「山田先生はああ見えて元代表候補生だからなを今くらいの射撃は造作もない」

 

「む、昔のことですよ。それに結局候補生止まりでしたし……」

 

 肩部武装コンテナにライフルを預けて手を振りながら照れ笑いを浮かべる真耶。

 

「さて小娘どもいつまで惚けている。さっさと始めるぞ」

 

「え?あの、二対一で?」

 

「さすがにそれは……」

 

「安心しろ。今のお前たちならすぐに負ける」

 

 負ける。と断言されたのが気に障ったらしく、セシリアと鈴音の瞳には闘志をたぎらせていることがよく分かる。

 しかし、翼もその言葉に疑問は感じなかった。

 

(あの不安定な姿勢の中での武装展開と射撃。並みの腕でできるような芸当じゃない……)

 

「では、はじめ!」

 

 翼が冷静に分析している中、千冬の号令とほぼ同時にセシリアと鈴音は飛翔。真耶はそれを確認して同じく飛翔する。

 

「手加減はしませんわ!」

 

「さっきのは本気じゃなかったしね!」

 

「い、行きます!」

 

 言う言葉は少し緊張しているのか震えているがその目は先程の狙撃時と同じく鋭く冷静なものになっている。

 先制したのはセシリア鈴音組だがその攻撃は簡単に回避されている。

 

「さて、今の間に……デュノア、山田先生が使用しているISの説明をしてみせろ」

 

「あっ、はい」

 

 シャルルは返事をししっかりとした声で説明を始めた。

 

(あのIS、ラファール・リヴァイヴか……)

 

 ラファール・リヴァイヴ。

 デュノア社製の第二世代型IS。開発自体は最後期だがその分性能は他の第二世代型ISよりもかなり良く初期第三世代型にも劣らないほどだ。

 安定性、整備性、豊富な後付武装が大きな特徴である。

 

 その扱いやすさ故に世界第三位のシェアを持ち、七ヶ国でライセンス生産、十二カ国で正式採用されている。

 

 さらに特筆すべきはその操縦の簡易性。これにより操縦者を選ばず多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)を両立させている。装備により格闘、射撃、防衛のように全タイプへの切り替えが可能となっているのだ。

 

 翼がラファールの解説を簡単に思い出しているところで千冬は言った。

 

「ああ、一旦そこまででいい。……終わるぞ」

 

 千冬の声でシャルルは説明を中断し翼は上空の戦闘に意識を向ける。

 

 真耶の射撃がセシリアを誘導、鈴音とぶつかったところでグレネードを投擲。爆発が起こり煙の中から二つの影が地面に落下した。

 

「くぅ、このわたくしが……」

 

「あ、あんたねぇ。何面白いように回避先読まれてんのよ」

 

「り、鈴さんこそ!無駄に衝撃砲を撃つからいけないのですわ!」

 

「じゃあなんであんたはすぐビット出すのよ!しかもエネルギー切れ早いし!」

 

 代表候補生の言い合い。

 しかもどちらの主張も合っているので余計にみっともなく見えてしまう。

 

 この二人のいがみ合いは他の女子たちのくすくす笑いが起こるまで続いた。

 ぱんぱんと手を叩き千冬はみんなの意識を切り替えさせる。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教師の実力は理解できた事だろう。以後は誠意を持って接するように」

 

 千冬は少し周りを見渡して続ける。

 

「専用機持ちは織斑、岸原、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では岸原以外の8人をグループリーダーとして実習を行う。岸原は山田先生と模擬戦闘をしろ。では、分かれろ」

 

 千冬が言った瞬間一夏、シャルルに一気にニクラスの女子が詰め寄る。

 

「織斑君一緒に頑張ろうね」

 

「ちょっと教えて欲しいんだけど」

 

「デュノア君の操縦技術を見たいなぁ」

 

「ね、ね、私もいいよね?同じグループに入れて!」

 

 あまりの繁盛ぶりで二人ともどうすればいいのかわからず立ち尽くしているのみだ。

 その状況を見かねたのか、あるいは自分の浅慮に嫌気がさしたか、千冬は面倒くさそうに額を指で押さえ少し低い声で言った。

 

「この馬鹿どもが……。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ!順番はさっき言った通りだ。次にもたついていたらISを背負ってグラウンド百周だ!」

 

 鶴の一声とはまさにこのことだろう。それまで一夏とシャルルに集まっていた女子たちはそれぞれの専用機持ちグループに分かれた。

 

「最初からそうしろ。馬鹿者どもが。岸原も準備しろ。山田先生お願いします」

 

「は、はい。じゃあ岸原君。早速始めましょうか」

 

「分かりました」

 

 翼は言うとISを展開。すでにIS展開済みの真耶と少し距離を取る。

 そうしながらもチラッとグループに分かれた女子達を見る。各グループの女子はぼそぼそとおしゃべりをして楽しそうだが、たった一つラウラ・ボーデヴィッヒのグループのみ会話がない。

 

 張り詰めている緊張感に人を拒むオーラ。生徒たちへの軽視が込められている冷たい眼差し、一度も開かない口。さすがにそんな状態ではあの女子達も話しかけることができないようだ。

 

(ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ軍人か……。あいつのことも少し調べておくか)

 

 翼の思考を中断させたのは真耶の声。

 

「岸原君、準備はいいですか?」

 

 先ほどの模擬戦闘で自信がついたのかどこかいつもより堂々としているように見える。

 翼は雷撃、電撃を展開して答える。

 

「はい、問題ありません」

 

「それでは、行きます!」

 

「っ!!」

 

 真耶が言った瞬間、二人は上空へ急上昇。二十メートル程上昇したところでそれぞれ射撃を開始。

 

 翼は射撃をしながら真耶に接近、真耶は一定の距離を維持したまま後退しながら反撃を行う。

 

(長期戦になったら機体を扱えていない俺は不利。ならっ!!)

 

「速攻で終わらせる!」

 

 電撃と雷撃を連結させ雷電撃にし砲撃、それと同時に接近しながらサイドスカートの ビームサーベルを装備と同時に刃を展開する。

 

 真耶は左手にもう一丁ライフルを展開し射撃。

 翼はそれを最低限に回避して出来るだけ速度を落とさずに真耶に肉薄。ビームサーベルを振り下ろす。

 

 真耶はそれを二丁のライフルを交差させ受け止める。その後受け止めたライフルを放棄。そのライフルはビームサーベルに切り裂かれ爆発。

 

「チッ」

 

 舌打ちをして少し距離を取ろうと後退するが爆煙の中からナイフを展開し突き刺そうとする真耶が飛び出してきた。

 

 翼は肩のスラスターと腰にあるブースターを使いスレスレで左に回避。

 その勢いのまま真耶の後ろに周りをビームサーベルを振るう。その攻撃は真耶の背中に命中、翼は間髪入れずそれを蹴飛ばし電雷撃を放つ。

 

「なかなか、やりますね」

 

 真耶は言いながら姿勢を立て直しシールドで受け止めライフルを展開し射撃。

 

「まぁ、なんとかですけどねっ!」

 

 翼は言いながら砲撃を回避、ビームサーベルをサイドスカートに収納し電雷撃を分 離、背中にある二つのライフルマウントを展開し前方に向けて同時に打つ。

 

 真耶はそれをシールドで受け、回避するがさすがに全てを防ぎきることは出来ずに少しずつだが確実にシールドエネルギーは減っていく。

 

(機動力、火力ではラファールは不利、接近しなければ有効打は与えられませんか……)

 

 真耶は思いながら接近するタイミングを伺う。

 

 翼は四門同時射撃をしながらチラッとライフルの残弾数を見る。この減り方だと後三十秒ほどで弾は切れるだろう。

 

(多分リロードする隙はない。 弾切れになった瞬間に接近戦に持ち込んでくるはず)

 

 翼の頬を汗が伝う。

 

(出来るか?今のユニコーンと俺に……)

 

 不安を抱えたまま四つのライフルの弾が切れた。

 その刹那だった。真耶は翼にブレードを展開して接近する。

 

「くっ!?」

 

 翼は雷撃、電撃を収納。サブアームも元の位置に戻しサイドスカートからビームサーベルを取り刃を展開、ブレードを受け止める。

 ユニコーンの機動力を活かして距離を取ろうとするが––––

 

「動きが硬いですよ」

 

 最低限の動作で後ろに回り込んだ真耶は翼に告げブレードを振るう。

 

「分かってますよ!!」

 

 翼はもう一方のサイドスカートからビームサーベルを逆手に持ち、刃を展開し受け止める。

 真耶はライフルを収納グレネードを展開する。

 

「っ!?」

 

 翼はとっさに距離を取る。そこで気付いた。

 

(まずいっ、距離をとったらっ!?)

 

 真耶はグレネードを翼に向けて投擲。回避は間に合わない。翼は––––

 

(俺の負けか……)

 

 動かなかった。

 

 グレネードは翼の目の前で爆発。翼は地面に吹き飛ばされた。

 

◇◇◇

 

「はぁ」

 

 翼は爆発の衝撃で激突した地面から起き上がりユニコーンの展開を解除する。

 真耶はゆっくり下降しながら言う。

 

「ダメですよ。最後まで油断したら」

 

「そうですね。あそこで距離をとらなかったらなぁ」

 

 はぁ、と翼はまたため息をつく。

 先ほどの模擬戦、翼は距離をとった時点で詰んだ。

 

 グレネードを撃ち落とせばグレネードを防ぐことはできたが動きが止まったところで今度は狙撃か又は不利な近接戦になり落とされていただろう。

 

「岸原君どうしたんですか?近接戦になった途端に動きが悪くなりましたよ?」

 

「いや、俺がユニコーンを扱いきれていないんですよ」

 

「そうですか……。何かあったら先生を頼ってもらって構いませんから焦らずに頑張ってくださいね」

 

 真耶は笑顔で言うと千冬の方に向かった。少し話していると今度は千冬が翼の方に近づいてきた。

 

「岸原」

 

「は、はい」

 

「まだ、動きに慣れていないのか?」

 

「まぁ、そうですね」

 

 千冬は少し考え言った。

 

「今のユニコーンは武御雷とほとんど同じか?」

 

「はい。各部スラスター、ブースター出力とか微妙に違いはありますけど」

 

 千冬の突拍子な質問に翼は若干困惑気味に答えた。

 千冬はそれを聞くとため息をつきぼそぼそと小さく呟くと言った。

 

「その機体、常識で考えるな。それと過去の機体を調べろ。それで分かる。お前は先にISの整備をしろ。それと終了の十分前になったらISの輸送用カートをもってこい」

 

 千冬は言うと各グループを見に行った。

 

「どういうことだ?昔のISを調べろ?激震と陽炎のことか?」

 

(考えるより動いた方がいいか)

 

 翼はISの調整室に向かった。

 

◇◇◇

 

 そんな翼を見て一夏は言った。

 

「翼大丈夫かな?」

 

「大丈夫だろう。あれぐらいではな……」

 

 箒は冷静に答えた。ISに搭乗するために箒は一夏にお姫抱っこされている状態だが自分でも驚くほどに冷静だった。

 

(昔の私なら他のことを考える余裕などなかっただろうな……)

 

 もう気付いた自分の気持ちに––––

 

 思い出した過去を––––

 

(私は翼のことを……)

 

 好きなんだ。ということを––––



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ブロンド貴公子

今回は少し短め。次回は少し早めに更新するので許して下さい……


 時間はギリギリだがなんとか全員が起動訓練を終え、一組と二組の合同班は格納庫にISを移し、再びグラウンドへと集まっていた。

 だが、先ほど言った通り時間ギリギリだった為にほとんどの者が肩で息をしている。

 

「では午前の授業はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備をする。各人は格納庫に班別で集合。専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。では解散!」

 

 連絡事項を伝えると千冬と真耶は校舎に向かって歩き出した。

 

「あー。あんなに重いとは……つ、疲れた」

 

「まぁ、動力=人だからなぁ。あれ」

 

 訓練機はIS専用カートで運ぶのだが動力という優しい物はなく翼が言ったとおり動力=人である。

 

「お疲れ様。んじゃ俺ちょっと機体調整するから先行ってろ」

 

「ああ、分かった。シャルルはどうする?」

 

「僕もちょっと整備するよ。少し時間がかかるかもしれないけど……」

 

「別に大丈夫だ。んじゃ、先に行っているからな」

 

 一夏は言うと着替えるためにアリーナに向かった。

 

「さてと、さっさと終わらせて合流するか」

 

「うん。そうだね……」

 

 どこか歯切れの悪いシャルルに翼は声をかけようとしたが。

 

「翼、ちょっといいか?」

 

 翼は箒に話しかけられた。ずっと待っていたらしくまだISスーツを着ている。

 

「シャルル、先に行っててくれ」

 

 シャルルは頷くと整備室に少し駆け足で向かっていった。

 

「どうした?箒」

 

「い、いや。その、だな……」

 

 箒はよほど恥ずかしいのか顔を微かに赤くし少し言い淀みながらもなんとかそれを口にした。

 

「今日、い、一緒に昼食を取らないか?」

 

「別にいいけど……。あっ、で––––」

 

 翼が続きを告げる前に箒は表情を一気に明るくさせ嬉しそうに微笑み「そうか」と言うと翼から背を向け校舎の方に走り去った。

 

「………まぁ、いいか。って、ちょっと急いだ方がいいな」

 

 翼は時計を少し見て駆け足で整備室に向かった。

 

◇◇◇

 

「……これはどういうことだ」

 

「ん?」

 

 昼休み、翼たちは屋上にいた。

 屋上は欧州風で花壇には花が綺麗に咲き、それぞれ円テーブルには椅子が用意されている。

 普段ならかなりの人がいるのだが今日はシャルル目当てで学食に向かっているらしく翼たち以外には人がいなかった。

 

「天気がいいから屋上で食べることになったんだろ?」

 

「そうではなくてだな……」

 

 箒は横に視線を向ける。その先にはセシリア、鈴音、シャルル、一夏がいた。

 

「せっかくの昼休みだし、大勢で食べた方がうまいだろ?それにシャルルは転校したばっかりでよくわからないだろうし」

 

 今度は箒に聞こえるぐらいの声で加える。

 

「この方が箒もやりやすいと思ってな。もし邪魔だったら一夏と二人っきりにさせるけど、どうする?」

 

「は、はぁ!?な、なぜ私が一夏と……あっ」

 

 箒はそこで気付いた。翼はまだ自分は一夏のことを好きだと思っている。まだ自分は何も翼に伝えていないということに。

 

「も、もう、そのことは何もしなくても大丈夫だ。その……ひ、一人でなんとかできる」

 

「ん?そうなのか。んじゃ余計なお世話だったかな?」

 

 翼が箒との会話を終えたところで。

 

「はい翼。あんたの分」

 

 鈴音は言うとタッパーを放り投げる。

 翼はそれを危なげなくキャッチしフタを開ける。

 

「おお、酢豚か」

 

「そ。今朝作ったのよ。アンタ、一度食べてみたいって言ってたじゃない?」

 

「悪いな」

 

「べ、べつにいいわよ。自分のついでだし……」

 

 鈴音は顔を少し赤くし自分の酢豚とご飯を食べ始める。

 

「って、俺のご飯は?」

 

「あるわけないでしょ」

 

「おい、酢豚だけかよ……」

 

 はぁ、とため息を吐き肩を落とす翼にセシリアは声をかけた。

 

「コホンコホン。翼さん、わたくしも今朝はたまたま偶然何の因果か早く目が覚めましたので、こういうものを用意してみましたの。よろしければどうぞ」

 

 言うとバスケットを開く。そこには丁寧に作られたサンドイッチが綺麗に並べられていた。

 

「お、おう。あ、あとでもらうよ」

 

 翼はの返事はいささか引いている。その反応は全てを知っている鈴音、一夏、箒も同じような反応だ。鈴音にいたっては「うわぁ」と表情で言ってしまっている。

 

「どうかしまして?」

 

「いや!どうもしてない!」

 

 なぜこのような反応をするのか。理由はただ一つ、彼女セシリア・オルコットはイギリス生まれだからか、はたまた王族だからか、料理が下手なのだ。

 

 見た目は食欲を誘うほど綺麗に仕上がっているが味が凄まじく悪い。

 本人曰く本と同じにすればいいのでは?とのこと。

 

 だが、翼はそこに突っ込みたいと思っている。それは本と同じではなく写真と同じと言うことを。

 うなだれる翼に鈴音は小声で言う。

 

「はっきり言わないからずるずるいっちゃうのよ。バーカ」

 

 翼も小声で返す。

 

「確かにそうだろうけど。でも、せっかく作ってもらったものだしなぁ。言いにくいんだよ」

 

 それを聞くと鈴音は少し呆れたようにため息を一つ吐くと「あっそ」と素っ気なく言い食事に戻った。

 

「ねぇ、本当に僕が同席して良かったのかな?」

 

 翼の左側にいるシャルルは言う。その姿勢からかなり遠慮していることがよく分かる。

 

「まぁ、大丈夫だ。なあ?一夏」

 

 シャルルの隣にいる一夏は箒からもらった弁当を食べながら答える。

 

「そうそう、同じ男同士だし仲良くしていこうぜ。色々不便もあるだろうが、協力していこう。分からないことがあったらなんでも聞いてくれ」

 

「IS以外でだろ。唐揚げ貰うぞ」

 

 翼は言い切った一夏が持っている弁当から唐揚げを流れるような動作で一つ掴みそのまま口にする。

 

「あっ、翼!何すんだよ」

 

「ん!?美味いなこれ。もう一個寄こせ」

 

「嫌に決まってんだろ」

 

 一夏は弁当を翼から遠ざける。

 そんなやりとりをしていると鈴音が呆れたように話す。

 

「一夏はそうやって遊んでないで、もうちょっと勉強しなさいよ」

 

「してるって。これでも。多すぎるんだよ、覚えることが。お前らは入学前から予習してるから分かるだけだろ」

 

「ええまぁ、適性検査を受けた時期にもよりますけど、遅くてもジュニアスクールのうちには専門の学習を始めますわね」

 

「へぇ、そんなもんなのか」

 

 翼が感心するように声を上げている翼に鈴音は話しかけた。

 

「アンタはいつからIS関係の勉強してたの?」

 

「そういえばそうですわね」

 

 両親はIS開発者、その息子が一体ついからその専門知識を知ったのか少し気になっていたようだった。他のメンバーも同じような反応だ。

 

「んー、はっきり覚えてないけど。多分、八年ぐらい……前……」

 

 最後の方は隣にいたシャルルがやっと聞こえるほどの小さい声になっていた。

 

「ん?どうしたんだ?翼」

 

 翼の変化に疑問を感じ声をかける一夏。翼は一瞬ハッとなりすぐに元の調子に戻り少し笑いながら言う。

 

「い、いや!何でもない。にしてもこの酢豚美味しいなぁ。さて、これも……」

 

 翼はなにか焦っているのかバスケットの中のサンドイッチに手を伸ばしそれを掴む。

 

「あっ、つ、翼それは……!」

 

「ん?」

 

 一夏の声が翼の耳に届いた瞬間、翼はサンドイッチを口にした。

 

「………………っ!!!?」

 

 翼は口を押さえながら悶える。

 

「つ、翼さん!?どうしたんですの!」

 

「な、なんでも……ない。ちょっと……お茶貰えるか?」

 

 翼は目に涙を浮かべながらもなんとか言う。

 セシリアは急いでお茶を翼に差し出す。翼は礼を言いすぐに出されたお茶を飲み干した。

 シャルルは心配し翼の背中をさすりながら小声で話しかける。

 

「だ、大丈夫?」

 

 翼はセシリアに聞こえないようにそっと小さく呟いた。

 

「……甘かった。甘かったんだ。BLTサンドなのに……ホワイトチョコよりも数倍、いや数十倍も甘かったんだ」

 

「えっ?………なんで」

 

「わからん。バニラエッセンスがあるのは分かる。だが他が全くわからない……」

 

 翼は少し心配そうな表情をしているセシリアを見る。

 

(セシリア・オルコット。なんて奴だ……)

 

◇◇◇

 

 時間は流れ夜のこと。

 

「じゃあ、改めてよろしくな。シャルル」

 

「うん。よろしく、翼」

 

 夕食を終えた翼とシャルルは部屋に戻ってきていた。

 食堂では三人目の男性操縦者ということで女子の質問攻めにあっていたがシャルルの丁寧な対応でなんとか切り上げて来た。

 部屋はこの通り翼と同室になっている。今はそれぞれ椅子に座り日本茶を飲んでいた。

 

「紅茶とはずいぶんと違うんだね。なんか不思議な感じ。でも美味しいよ」

 

「気に入ってもらえたようで何よりだ。そうだな。今度抹茶でも飲みに行くか?」

 

「抹茶って畳で飲むやつだよね?特別な技能がいるって聞いたけど、翼はいれられるの?」

 

「抹茶はいれるんじゃなくてたてるって言うんだ。出来るけど今は駅前に抹茶カフェがあるらしくてな。それならコーヒーみたいな感覚で飲めるらしい」

 

「ふぅん。そうなんだ。じゃあ今度誘ってよ。一度飲んでみたかったんだ」

 

「ああ。ついでに色々案内っても俺はあんまり知らないからなぁ。一夏も誘って三人で行ってみるか」

 

「本当?嬉しいなぁ。ありがとう、翼」

 

 柔らかな笑みを浮かべるシャルルに翼は一瞬ドキッとした。

 あまりにも素直な笑顔を向けられて戸惑ってしまったのだ。それに気付かれないように翼は少し窓の景色を見ながら言う。

 

「ちょっと買いたいものあるしついでだついで」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 翼が照れているのを見透かしているのかシャルルの笑みはどこか優しげだった。

 

(母親ってこんな感じなのかな)

 

 翼はシャルルの笑顔を見てそんな場違いのことを思っていた。



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少女と少年の過去(上)

「お前がセシリアや鈴に勝てないのは、射撃武器の特性把握しきれてないからだな。多分」

 

「そ、そうなのか?一応分かってるつもりだったんだが……」

 

 もう一人の男であるシャルルが転校してきて五日が経った。

 今日は土曜日。IS学園では土曜日の午前が理論学習、午後は完全に自由時間となっている。

 だが、土曜日はアリーナが全開解放さるためほとんどの生徒は実習に勤しむ。そして、それは翼たちも同じだった。

 

 現在は一夏の模擬戦の結果から戦闘に関する軽いレクチャーをしていた。

 

「うーん、知識として知っているだけって感じかな。結局、僕と戦ったときもほとんど間合いを詰められなかったよね?」

 

「うっ、確かに。瞬時加速(イグニッション・ブースト)も読まれてたしな……」

 

「一夏のISは格闘戦オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。特に一夏の瞬間加速って直線的だから反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうからね」

 

「直線的か……あっ、じゃあ––––」

 

 一夏の言うことを予測した翼が割り込み注意をする。

 

「だからって瞬間加速中は曲がること考えるなよ。空気抵抗や圧力で機体に負荷がかかりすぎると最悪の場合骨折するぞ」

 

 一夏は青ざめた顔でこくこくと頷いた。

 

「んじゃ、俺は自分の訓練に戻るから。シャルル、後はいつも通り頼むな」

 

「うん。翼も頑張って」

 

 翼はそれに少し手を振って答え、上空に浮いているセシリアの方に向かう。

 

「悪い。待たせたな」

 

「いえ、構いませんわよ。それではいつも通りに?」

 

「ああ、頼む」

 

 翼は言い雷撃、電撃をそれぞれ展開。戦闘態勢に入る。セシリアもスターライトmkⅢを展開し同じく戦闘態勢に入る。

 

 翼の最近の訓練は一夏の訓練はシャルルに頼み自分は鈴音かセシリアと模擬戦闘をするようになっていた。それは単純に動きに慣れるためである。それは功をそうし、動きには少しずつだが慣れてきた。

 だが、未だに解決していない問題がある。

 

(千冬さんの言葉の意味。それが分からない。昔のIS、撃震や陽炎を調べてもほとんどわからなかった。ただ、唯一分かったことは今のユニコーンと同じく扱いにくそうな機体になったのは陽炎から、ということぐらい……)

 

 翼がシステムチェックをしながら考えているとセシリアから通信が入ってきた。

 

「準備はよろしいですか?」

 

「あ、ああ。大丈夫だ」

 

「それでは始めますわよ」

 

「ああ。そうだな」

 

 翼とセシリアは少し間隔を開けるとどちらが言うまでもなく模擬戦を開始した。

 

◇◇◇

 

「はぁ……はぁ……はぁ。はぁ~」

 

 翼は模擬戦終了後ゆっくりと地面に降りた。

 

「動きにはずいぶん慣れたのではないですか?」

 

 先ほどの模擬戦は翼がなんとか勝利していた。ただ、余裕といった感じではなく半分運で勝てたようなものだった。

 

「どうだろうな。まだ射撃主体だからな。多分、いや確実に鈴が相手だと負けてたな。にしてもセシリアもビットの使い方だいぶ変わったよな。動きがかなり読みにくくなってるぞ」

 

 翼の言う通りセシリアのビットの扱い方はかなり変わっておりビットの動きにランダム性が出てきていた。

 後ろに来たかと思えば前から別のビットから放たれたレーザーが飛んでき、それを回避すると後ろにいたビットがレーザーを放つ。如何に攻撃を与えるかを焦点に置かれた攻撃方法に変化していた。

 

「翼さんにあそこまで完全に動きを読まれて落とされるのは代表候補生としては悔しいですから」

 

「まぁ、それもそうか」

 

「ごめん。遅れた」

 

 セシリアと翼が話しているときにその二人に向かってきたのは鈴音だった。もうすでにISを展開している。

 

「いや、別にいいが。また頼めるか?」

 

「いいわよ。セシリアとはやったの?」

 

「ええ。私が負けましたけど……」

 

 セシリアは少し悔しいといった表情をしている。

 

「んじゃ私が仇を取ってあげる。翼、早速始めるんでしょ?」

 

「ああ、と思ったんだがな」

 

 翼の意識は二人の後ろに向けられている。その方向は少しざわつき始めていた。

 

「ねぇ、ちょっとアレ……」

 

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

 

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど」

 

 そのざわつきの中心にいたのはもう一人の転校生であるラウラ・ボーデヴィッヒ。

 転校以来クラスの誰とも話そうとせず、つるもうともしていない。翼たちも初日からあれだったために話そうとはしていない。

 

「おい」

 

 ISの開放回線(オープンチャンネル)で一夏に向けて声が飛ぶ。一夏はそれに渋々といった態度で答える。

 

「………なんだよ」

 

 その返事を聞くとラウラは言葉を続けながらふわりと飛翔した。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

 

「イヤだ。理由がねぇよ」

 

「貴様にはなくても私にはある」

 

(まぁ、そりゃそうだよな)

 

 ドイツと千冬、この二つで真っ先に思いつくのは第二回世界大会モンド・グロッソ決勝のことだ。端的に言うと織斑一夏はその日、誘拐された。

 分かったことは組織の犯行ということのみ。そして、その一夏を文字通り飛んで助けたのはISを装備した千冬だった。

 

 もちろん決勝は千冬の不戦敗となり大会二連覇は果たせなかった。

 一夏の誘拐事件は世界には一切公表されることはなかったが独自の情報網から一夏の監禁場所に関する情報を入手していたドイツ軍関係者は大体の内容を把握している。

 

 そして、千冬はそのドイツ軍からの情報によって一夏を助けたという借りがあったため、大会終了後一年間ドイツ軍のIS部隊で教官を務めていた。

 

「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様を、貴様の存在を認めない」

 

 ラウラのその声は千冬の教え子ということ以上の感情が込められていることが分かる。その気持ちでさらに千冬の経歴に傷を付けた一夏が憎いのだろう。

 

「また今度な」

 

 去ろうとする一夏にラウラはニヤリと口を吊りあげる。

 

「ふん。ならば、戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 言うと同時にラウラは漆黒のISを戦闘状態にシフト。左のアンロックユニットに装備されている大型実弾砲、レールガンが火を噴いた。

 

「!!」

 

 一夏は急な攻撃で動けずにいた。だが、一夏の体は衝撃で飛ばされることはなかった。代わりにゴガギンッ!という何かがぶつかり合う音が響いた。

 

「……こんな密集区画で何戦闘始めようとしてんだ。ドイツ人はビールだけじゃなくて頭もホットなのかよ?冷めてるのは料理だけか?」

 

 横合いから割り込んだのは翼だった。翼は大型の楕円形の実体シールドで攻撃を防ぎ右手に雷撃を展開していた。

 

「ふん、そんな急場凌ぎの機体で私の前に立ちふさがるとはな」

 

「未だに量産化の目処が立ってないドイツの第三世代型なんかよりはまともに動けると思うが?」

 

 翼の表情は見えないがおそらくはラウラと同じく涼しい顔をしながら睨んでいることだろう。

 一つのきっかけで戦闘が始まりそうなほどの緊張感。だが、それはアリーナに響いた教師の声で消えた。

 

『そこの生徒!何をやっている!学年とクラス、出席番号を言え!』

 

 おそらくはこの騒ぎを聞きつけ大急ぎで来たのだろう。言う教師の呼吸は少し乱れている。

 

「……ふん。今日は引こう」

 

 さすがに二度も横やりを入れられて興が削がれたらしくラウラはあっさりと戦闘態勢を解除しアリーナゲートに去っていく。

 翼はそれを見て肩の力を抜くように息を一つ吐き言う。

 

「大丈夫か?一夏」

 

「悪い。助かった」

 

 つい数秒前までラウラと対峙していた時の鋭い感じが消えている翼はいつものような声色で続ける。

 

「今日はもうあがるか。気分悪いし、それに四時過ぎてどのみちアリーナの閉館時間だしな。悪いな鈴。模擬戦はまた今度頼めるか?」

 

 翼が鈴音と会話している間に一夏はシャルルに向き訓練で借りていた銃を渡す。

 

「銃サンキュ。色々と参考になった」

 

「それなら良かった」

 

 にっこり微笑みシャルルは銃を受け取る。

 

「えっと……それじゃあ先に着替えて戻ってて」

 

「ん?今日もか」

 

 翼が今日も、と言うようにシャルルはIS実習後の着替えを翼たちと一緒にはしたがらない。というより、一度も一緒に着替えていない。授業の時にも前もって着替えていたりしている。

 

 さらに翼にはわからないことが一つあった。

 

(なんで部屋に戻った途端にぎこちなくなるんだ?実習や授業じゃ普通なんだが……)

 

 例えば少し前、翼がシャワーから上がった時の事だ。

 

「あー、すっきりした。あ、シャワー空いたぞ~」

 

「つ、翼っ。なんで服着てないの!?」

 

「はぁ?着てるだろ。ズボンだけだが……」

 

「う、上も着てよ!そ、それと髪もちゃんと乾かさないとダメだってば!」

 

「まぁまぁ、そう言うなって」

 

「い、言うよ!翼はもうちょっとちゃんとしないとダメだよ!」

 

「別に男同士なんだからいいじゃねぇか。シャルルも気を遣う必要はないぞ」

 

「つ、翼はもっと気を遣わないとダメなんだよ!ああもう、知らないっ!」

 

 ––––というようなことがあった。

 

(まさかシャルルが実は女子だったりとか……。するわけ––––)

 

「ん?いや、まてよ……」

 

(それなら母さんや父さんが気がつかなかったのも頷ける)

 

「まっさか〜」

 

 結局ユニコーンのゴタゴタでシャルルに関しては詳しい調査は行えていない。今日こそはきちんと調べておこうと翼は心に決める。

 

「どうしたのよ。急に」

 

「いや、なんでもない。一夏行くぞ。んじゃ、シャルル先に行ってるな」

 

「う、うん。じゃ、じゃあね」

 

 シャルルは手を振りながらゲートに向かう左を見送った。

 

◇◇◇

 

「しかしまぁ、贅沢だよなぁ」

 

 がらーんとした更衣室で一夏は呟く。ロッカーの数は五十個ほどあり、室内もそれに合わせかなり広めに造られている。

 

「まぁ、これをたった三人で使ってるからなぁ」

 

 更衣室内にあるベンチに座り今日の模擬戦の戦闘データを見ながら翼は言った。

 

「にしても、シャルルってなんで一緒に着替えないんだろうな。部屋でもなんか変なんだろ?」

 

 一夏はふと気付き呟くように聞いた。その隣で翼はISスーツを脱ぎ着替え始めている。

 

「そうなんだよなぁ…………あ。なぁ、一夏」

 

「ん?」

 

「シャルルって本当に男だと思うか?」

 

「はぁ?男だろ。絶対」

 

「でも、ニュースとかじゃあ何も言ってないだろ?まぁそれはまだ調べが付いていないとか圧力がかかってるとか理由はいくつか予想出来るが。俺の母さんや父さんが全く気付かないなんてことはちょっとおかしくないか?」

 

 翼の両親はISの発明者のうちの2人だ。当然、ISに関する最新情報を取り逃がすとは考えにくい。

 

「それは、確かにそうだな……」

 

「今日ぐらいに調べてみるかなって思うんだが」

 

「そんな余裕あんのかよ」

 

「……まぁ、ないな」

 

 と翼と一夏が着替え終わったところでドア越しに声がかけられた。

 

「あのー、岸原君と織斑君、デュノア君はいますかー?」

 

 その声は真耶のものだった。ドア越しのせいか少し語尾が伸びている。

 

「岸原と織斑だけいます」

 

「入っても大丈夫ですかー?まだ着替え中だったりしますかー?」

 

「大丈夫ですよ。二人とも着替えは済んでます」

 

「そうですかー。それじゃあ失礼しますねー」

 

 空気が抜ける音とともに真耶が入ってくる。

 

「デュノア君はどうしたんですか?一緒に実習しているって聞いてましたけど」

 

「まだ、アリーナですよ。多分ピットまで戻ってきてるかもしれませんけど、何か大事な話ならすぐ呼んできますよ」

 

「ああ、いえ、そこまで大事な話でもないですから、二人から伝えておいてください。ええっとですね、今月下旬から大浴場が使えるようになります。時間帯別にすると問題が起きそうなので、男子は週二回の使用日を設けることにしました」

 

「本当ですか!やったな翼!風呂に入れるぞ!」

 

「ああ、そうだな。ありがとうございます」

 

 翼は無意識に真耶の手を握り言う。

 

「そ、そこまで感謝されると少し照れますね。あはは……」

 

「翼?何してるの?」

 

 声が聞こえた方を見るとそこにはシャルルがいた。

 

「シャルルか」

 

「まだ更衣室にいたんだ。それで。なんで先生の手を握ってるの?」

 

「ん?なんでもないが」

 

 翼はシャルルに言われて手を離す。真耶もシャルルに言われて急に恥ずかしくなったのか、手を離されると同時にくるんと翼に背中を向けた。

 

「翼、先に戻ってって言ったよね」

 

「ああ、そうだな。すまん」

 

「喜べシャルル。今月下旬から大浴場が使えるようになるらしいぞ!」

 

 やや興奮気味の一夏を横目にシャルルはタオルで顔を拭き始める。

 

「なんか、不機嫌だな。一夏、なんかしたか?」

 

 翼はシャルルに聞こえないように小声で一夏に聞く。

 

「さぁ、何もしてないはずだが」

 

 一夏は首を少しかしげ答える。

 

「ああ、そういえば織斑君にはもう一件用事があるんです。岸原君は織斑先生が呼んでいたのでちょっと職員室に来てもらえますか?」

 

「わかりました」

 

「んじゃシャルル、ちょっと長引きそうだから先にシャワー使っていいぞ」

 

「うん。わかった」

 

 すぐに返事は返ってきたがシャルルはどこか不機嫌なように翼は感じられた。

 翼はそれを疲れがそう見えているのだろうと結論付け深く追求することはなく一夏、真耶と共に更衣室を出た。

 

◇◇◇

 

「……………。はぁっ……」

 

 ドアを閉め、寮の自室に自分1人だけになったところでシャルルは吐き出すようにため息を漏らした。

 それまで我慢していたせいか無意識に出たそれは思ったよりも深く、シャルル本人が驚くくらいだった。

 

(何をイライラしているんだが……)

 

 さっきの更衣室での自分の態度が今になって恥ずかしい。きっと翼や一夏も面食らっていたに違いないと思うと、ますます落ち込みに拍車がかかる。

 

(……シャワーでもして気分を変えよう)

 

 シャルルはクローゼットから着替えを取り出してシャワールームに向かった。

 

◇◇◇

 

「……」

 

 翼は考え事をしながら廊下を歩いていた。

 千冬に呼ばれた理由はユニコーンの装備が届いたので受け取ってほしいというものだった。どうやら千冬は源治と楓に無理矢理頼まれたらしくかなり面倒くさそうにしていたのが印象的だった。

 

(装備の追加……か。しかも全て遠距離、中距離用の武装。多分俺が今のユニコーンを扱いきていないからか)

 

 おそらく今の翼ではユニコーンの高速近接戦闘は無理だと判断した結果、急遽遠距離武装を送ってきた。と予想することができる。

 だが、翼が考えているのはそこだけではない。

 

(今のユニコーンと激震、陽炎との同じ点が分ったなら違う点を見つけてみろか……)

 

 それは武装と一緒に送られてきたメッセージだ。

 

「違う点ねぇ。今度はOS関係も探ってみるか」

 

 翼は言いながら部屋の扉を開け中に入る。そして気付いた。

 

「シャルルいないのか?」

 

 ルームメイトがいないことに。だが、すぐ横のシャワールームから水音が小さく聞こえる。

 

(シャワー中か。そういやボディーソープ切れてるって言ってたっけ)

 

 翼はシャルルに言われたことを思い出し補充用のボディーソープを棚から取り出す。

 

(困ってるだろうし届けてやるか)

 

 シャワールームは洗面所兼脱衣所とドアで区切られている。ひとまず脱衣所まで持って行ってそこで声をかけよう。翼はそう思いながら脱衣所に入る。

 ちょうどそのタイミングでガチャというドアが開く音がした。おそらくボディーソープがないことに気付き替えを取りに来たのだろう。

 

「ちょうど良かった。これ、替えの––––」

 

「つ、つ、つば……さ………?」

 

「ん……?」

 

 翼はシャルルがシャワーを使いシャルルがボディーソープを取りに来たと思っていた。だが、彼の目の前に現れたのは見知らぬ『女子』だった。

 金髪に紫眼という外見から日本人ではないことは分かる。そのせいか、バストが大きさに関係なく際だって見える。

 

「え、えっとだな、うん……」

 

「きゃあっ!?」

 

 ハッと我に返った女子は胸を隠してシャワールームに慌てながら逃げ込む。

 ドアが閉じられる音で翼もようやく我に返る。

 だが、どちらも絶句し言葉が出てこない。翼はなんとか声を出す。

 

「ぼ、ボディーソープ、ここ置いとくぞ」

 

「う、うん」

 

 会話と言えるのか分からないやりとりをし翼はシャワールームの前に替えのボディーソープを置き洗面所から出た。

 翼はそのまま部屋から出ると一夏の部屋にノックをせずに入る。

 

「ん?翼、どうしたんだよ。ノックもしないで––––」

 

「ダアァァァァァァアアッッ!!」

 

「うおっ!?なんだよ急に叫んで」

 

 翼は一夏の両肩に両手を乗せて焦り気味に言う。

 

「い、一夏。お、お、俺の部屋に知らない金髪女子がいた。し、しかもなんかシャワー使ってすごいくつろいでた」

 

「金髪女子?」

 

「ああ、ちょうどシャルルが髪を解いた感じ……の………」

 

 翼はそこまで言って一つの仮説に行き着いた。

 一夏もそれを察し翼に確認するように聞く。

 

「なぁ、それってまさか………」

 

「ああ、たぶん………」

 

 二人はお互いで確認するためか同時に言う。

 

「あの女子シャルルだな」

 

「その女子シャルルなんじゃ」

 

 しばしの沈黙、互いが互いの言葉の意味を理解するのに数秒かかったためだ。

 

「「………いや、意味わかんねぇよ」」

 

 二人同時に目の前にいる相手に突っ込むが翼は考え込むように黙り込むと言った。

 

「シャルルが女子だったか……。なるほどな、それなら確かにつじつまは合うか」

 

「どういうことだ?」

 

 翼は少し表情をきつくさせ一夏に言う。その表情はさっきまで焦っていた人間には見えない。

 

「それは本人に聞かせてもらうさ」



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少女と少年の過去(下)

「さてと……んじゃ、なんで男子のふりをしていたのか話してもらおうか」

 

(まぁ、だいたい予想出来るがな)

 

 現在いる場所は翼の部屋。そこに翼、一夏、シャルルはいた。それぞれ手にはお茶がある。

 シャルルはいつもは感じない翼の雰囲気に少したじろぎながらも話を切り出した。

 

「……実家の方からそうしろって言われて……」

 

「うん?実家っていうと、デュノア社の––––」

 

「そう。僕の父が社長。その人からの直接命令なんだよ」

 

「命令って……親、なんだろ?なんでそんな––––」

 

「僕はね。愛人の子なんだよ」

 

 一夏はそれを聞き絶句していた。一方の翼は変わらない表情で静かに聞いている。

 

(なるほど、それなら公表できるわけもないか……)

 

 愛人がいると言うだけでも相当なスキャンダルだと言うのにさらに間に子どもまでいるなどと知れば普通どんな企業であれ隠す。しかも、それが現在のデュノア社ならばそれがバレることは実質破滅を意味する。

 

「引き取られたのは2年前。ちょうどお母さんが亡くなったときにね、父の部下がやってきて。それで検査の過程でIS適応が高いことがわかって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね」

 

 シャルルは健気に話し続ける。おそらくは話したくないであろうそれを。

 2人はそれを察し、ただ黙って聞き続ける。

 

「父にあったのは2回くらい。会話は数回くらいかな。本妻の人に殴られたよ。泥棒猫の娘が!ってね。参るよね。お母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね」

 

 あはは、と愛想笑いをする。それは乾いておりちっとも笑っていないことがよく分かった。そして、それはとても痛々しかった。

 

「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」

 

 シャルルの重々しい発言に一夏は首をかしげる。

 

「え?デュノア社はたしか量産機ISのシェア世界三位だろ?」

 

 翼はその一夏の疑問に答える。

 

「だが、言い方は悪いがリヴァイヴはどれだけ性能が良くても所詮は第二世代型。IS開発っていうのは莫大な費用が必要になる。大半の企業は国からの支援でようやく成り立っているんだ。個人レベルなんて普通はありえない。欧州あたりだと、絡んでいるのは【イグニッション・プラン】だろ?」

 

「うん。やっぱり知ってたんだね」

 

「大半のことはな。結局調べられずに仮説だけしか立てられなかったけど…」

 

 翼はお茶を飲む。一夏は翼に聞く。

 

「なぁ、イグニッション・プランってなんだ?」

 

「欧州連合の統合防衛計画のことだ。ちなみに現在フランスはそれから除外されてる」

 

 シャルルはそれに頷き言う。

 

「だから第三世代型の開発は急務なんだよ。国防のためもあるけど、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨なことになるからね」

 

「欧州連合では第三次イグニッション・プランの次期主力機の選定中。今のところトライアルに参加しているのはイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタⅡ型。今のところ実用化ではイギリスがリードしているが、まだ油断はできない。おおかた実稼働データを取るために、セシリアはIS学園に送られてきたんだろう」

 

 スラスラと説明をする翼に一夏はふと浮かんだ疑問をぶつける。

 

「じゃあ、ラウラも」

 

「ドイツからラウラが転入してきたのも確実にその辺りも絡んでるだろうな」

 

 一通りの説明が終え、翼はシャルルに視線を戻す。シャルルはそれに頷き話を始める。

 

「話を戻すね。それでデュノア社でも第三世代型を開発していたんだけど、元々遅れに遅れての第二世代型最後発だからね。圧倒的に時間もデータも不足していて、なかなか形にならなかったんだよ。それで、政府からの通達で予算を大幅に縮小されたの。そして、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット、その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったの」

 

「なんとなく話はわかったが、それがどうして男装に繋がるんだ?」

 

「…………」

 

 一夏の問いに答えにくいのかシャルルは黙り込む。そのかわりに翼は予想していることを話す。

 

「注目を集めるための広告塔。いや、第一目標は俺たちに接触して使用機体と本人データの回収……だろ?」

 

 確認を取るように翼はシャルルに視線を送る。

 シャルルは一瞬驚いたような顔をしたがすぐに頷いた。

 

「それはつまり––––」

 

「そう、白式とユニコーンのデータを盗んでこいって言われてるんだよ。僕は、あの人にね」

 

「なるほどね。元々IS開発が遅れてるんだ。そりゃISコア開発者が作ったISのデータは喉から手が出るほど欲しいんだろうな」

 

 翼の口調は自分が確認するというよりは一夏に説明をしているようだった。

 

 白式もユニコーンもどちらも開発にはISコア製作者が絡んでいる。それを欲しがらない者はいないだろう。

 そして、それが開発が遅れている企業ならばなおさらだ。

 

 シャルルの父親は一方的にシャルルを利用している。

 ただ、たまたまISの適性が高かったそれなら使う。おそらくそれぐらいしか考えていないだろう。

 

 そして、そのことはシャルル本人が一番わかっている事だ。

 

「とまぁ、そんなところかな。でも二人にばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」

 

(似ている。あの時の俺たちと……)

 

 翼は知っている。そのような考え方で起こったことを……その結末を––––

 

 翼はチラッと一夏を見る。表情は険しく拳は握りしめている。怒りを押さえ込んでいるのは明らかだった。

 

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今まで嘘をついていてゴメン」

 

 シャルルは深々と頭を下げる。

 

「……本当に、いいのか?」

 

「「…………え?」」

 

 言ったのは翼だった。

 一夏とシャルルは驚きの声を漏らしながら翼の方を向く。

 

「もう一度聞くぞ。それでいいのか?」

 

「つ、翼?」

 

「いいわけがないだろ。親が何だ?なんで親が子供の自由を奪える?おかしいだろ、そんなこと」

 

「お、おい。翼」

 

 二人とも戸惑いと怯えの表情を浮かべている。だが翼はそれに構わず拳を握り締めながら静かな叫びを続ける。続けられずにはいられない。

 

「親が子供に何をしてもいい?そんな馬鹿みたいなことあってたまるか。生き方を選ぶ権利は誰にだってある。それをたかが親に邪魔されるいわれななんてないんだよ」

 

 翼には分かっていた。これは自分に向けて言っているという事に。言いながら幾つもの風景がフラッシュバックしていく。

 

「ど、どうしたんだよ。翼」

 

「悪い。つい、熱くなってしまって」

 

「別にそれはいいが。本当にどうしたんだよ。なんでそんな––––」

 

 息を吐くと翼はシャルルの方を見ながら言った。

 

「シャルルが自分の話したくないことを話してくれたんだ。俺も少し話そう」

 

 翼は自分の過去を話し出した。忘れたくとも忘れられない話を。

 

◇◇◇

 

「まず、源治さんと楓さんは俺の本当の親じゃない」

 

 翼の話はその静かな声で始まった。

 

「なっ……」

 

「嘘……」

 

 二人の驚きの声に翼は力なく笑いながら首を横に振る。

 

「本当だよ」

 

 翼はまた少しつづ言葉を紡いでいく。

 

「俺は本当は五人家族だった。母親と父親、それと中三になったばかりの姉と俺の一つ下で小二になったばかりの妹のな。普通の家族だった。家は五人が住むには十分の広さで庭があって、そこでよく遊んでいたよ。でも、突然のことだった。母さんが急に消えた」

 

「な、なんで?」

 

「さぁ?今でも探してるんだが手がかりすらない。だから生きてるのか死んでるのか全く分からない」

 

 翼は二人を見て自虐的な笑みを浮かべながら話を続ける。

 

「それからの崩壊は早いものだったよ。父さんは酒と薬に溺れていって、何故か俺にだけ暴力を振るうようになっていった。でも、姉さんと妹が守ってくれていた。そんな中、姉さんは言ったんだ。自分が中学を卒業したらこの家を出ようってな。あの時は嬉しかったけど自分の不甲斐なさにすごい悔しかったのを覚えてる」

 

 そこまで言って翼の表情は一段と暗くなる。

 

「でも……それからほんの少し経った後のことだ。俺と妹が買い物から帰って来てリビングに入った時に見てしまったんだ」

 

「み、見たって……何を」

 

 一夏はこれは聞いてはいけない事と分かっていた。でも聞かずにはいられなかった。不謹慎にも一夏は翼の話に興味を持ってしまっていた。

 そして、それは隣にいるシャルルも同じだった。

 

「姉さんが父親に犯されていた」

 

「え!?」

 

「なっ!?」

 

 シャルルと一夏は予想外の事で目を見開き言葉を失くす。あまりにも衝撃的過ぎて現実味がない。

 しかし、翼のその表情はそれが事実である事を告げている。

 

「その時の俺は何をしているのか理解できなかった。でも、ダメな事だって言うのは分かった。そうやって立ち尽くしている時だった。姉さんは俺たちの方を見ていつも、どんな時でも笑顔を浮かべていた顔を歪めながら言ったんだよ。大丈夫だって––––」

 

 翼は手に持っているカップを握り締めながら言葉を紡ぐ。その姿はまるで神の前で懺悔する罪人に見えた。

 

「それから先は覚えてない。ただ、気が付いた時には––––」

 

 カップを握り締めている手を見つめながら、いや、恨めしく睨み付けながら言う。

 

「俺は赤黒く染まった部屋に同じくらい赤黒く染まったままたった一人で立っていた。右手に包丁を持ったまま––––」

 

「そ、それって。まさか」

 

「察しがいいな。つまりは……そういうことだ。俺は怒りに身を任せて父親も俺を守ってくれていた姉と妹までもこの手で……」

 

 翼は人を殺した。

 それは二人に衝撃を与えるのは簡単すぎる事実だった。

 

「それから源治さんと楓さんに拾われて今の俺だ」

 

「……翼にそんな過去があったなんて」

 

 一夏は信じられないと言いたいような表情で言った。

 翼は暗くなった雰囲気をなんとか直そうといつも通りの調子だがどこか優しさが感じられる声音で告げる。

 

「シャルル。今のお前と昔の俺は似てるんだよ。本当なら選べたんだ。でも、選ばなかった。結局は諦めて何もしなかったんだ」

 

 シャルルは翼の言葉を静かに聞いている。

 

「いいな?自分には選ぶ権利がないなんて思うなよ。お前の近くには沢山の味方がいる。お前は頼っていいんだ。お前はここに居ていいんだ」

 

 翼は優しい笑みを浮かべ安心させるかのように言った。

 

「特記事項第二十一。そこから先は自分で考えろ」

 

 呟くように言うと椅子から立ち上がり部屋から出て行った。

 

「特記事項第二十一?…………あっ!そうか!!」

 

「えっ?な、何?」

 

「特記事項第二十一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」

 

 それを思い出す事で混乱していた一夏の頭は少しつづ落ち着きを取り戻していく。

 

「つまり、この学園にいれば、少なくとも三年間は大丈夫って事だ」

 

 それから少しして翼は部屋に戻ってきた。いつも通りの表情と調子で。まるでさっき話した事が全て嘘かのようにシャルルと一夏は思えた。

 同時にそれらはどこか痛々しかった。

 

 だから一夏とシャルルはいつも通りに接しようと決めた。

 

◇◇◇

 

 暗い。暗い闇の中にそれはいた。

 

「…………」

 

 いつ頃からこうなのかはもう覚えていない。ただ、生まれた時にはもう闇の暗さを知っていた。

 

 人は生まれてすぐに光を見るというが、この少女は違った。

 闇の中で育まれ、影の中で生まれた。そしてそれは今も変わりがない。光のない部屋で影を抱いて闇に潜み、その赤い右目は鋭く光を放っている。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 それが己の名だと知っているが、同時にそれに意味がないことを理解している。

 だが、唯一例外がある。教官。いや、織斑千冬に呼ばれるその時はだけは、その響きが特別な意味を持っているような気がして、心の高揚を感じていた。

 

(あの人の存在が……その強さが、私の目標であり、存在理由……)

 

 それはまさに一条の光だった。

 出会った時に一目でその強さに震えた。恐怖と感動、歓喜に。心が揺れ体が熱くなった。

 

 そして願った。

 ああ、こうなりたい––––と。

 

 これに、私はなりたいと。

 空っぽだった場所が埋まり、全てとなった。

 自らの師であり、絶対の力であり、理想の姿。唯一自らを重ね合わせてみたいと感じた存在。

 ならばそれが完全な状態でないことを許せはしない。

 

(織斑一夏。教官に汚点を残させた張本人)

 

 あの男の存在を認めはしない。そして––––

 

(岸原翼。あいつは私の邪魔をする)

 

 あの男も邪魔を続けるならば––––

 

(排除する。どのような手段を使ってでも……)

 

 ラウラは静かに瞼を閉じる。闇と一体になりながら一人の少女は夢のない眠りへと沈んでいった。



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進展

「そ、それは本当ですの!?」

 

「う、ウソついてないでしょうね!?」

 

 月曜日の朝、教室に向かっていた翼、一夏、シャルルは廊下まで聞こえる声に目をしばたたかせた。

 

「なんの騒ぎだ?」

 

「さぁ?」

 

「行ってみれば分かるんじゃないか?」

 

 3人は一度顔を見合わせ教室に急ぐ。近づくほどに騒ぎの声はより一層はっきりと、大きく聞こえるようになった。

 

「本当だってば!この噂、学園中で持ちきりなのよ?月末の学年別トーナメントで優勝したら3人の中から1人好きな人と交際––––」

 

「3人ってなんだ?」

 

「「「きゃああっ!?」」」

 

 翼が声をかけながら教室に入ると女子たちは一斉に悲鳴を上げた。

 

「なんだよ。俺、何かしたか?」

 

「さっきから何の話をしてたんだ?」

 

 翼と一夏は言いながら授業の道具を準備する。シャルルは道具を自分の席に置くと翼たちの席の近くに向かう。

 

「う、うん?そうだっけ?」

 

「さ、さあ?どうだったかしら?」

 

 鈴音とセシリアはどこか含みのある笑みを浮かべて言う。それはどこか話を無理に変えようとしている感じがはっきりと伝わってくる。

 追及しようと翼は言葉を出そうとしたが。

 

「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」

 

「そ、そうですわね!私も自分の席につきませんと」

 

 と、どこかよそよそしい様子で2人はその場を離れていく。それと同様に何人か集まっていた他の女子たちも同じように自分のクラス、又は席に戻っていった。

 どこか3人に隠しているような、そんな確信に近いものを感じていたが問いただしてもあの様子ではおそらくはぐらかされるだろう。

 

「……なんなんだよ。本当」

 

「さぁ?」

 

「なんだったんだろうね」

 

 男子2人と男装の女子1人はお互いの顔を見てまた首をかしげた。

 

◇◇◇

 

(なぜこのようなことに……)

 

 教室の窓側の席で外を見ている箒。その姿は平静を装っていたが心の中では頭を抱えていた。

 最近なにか学年別トーナメントに関する噂が流れていることは知っていた。そこについては問題はなかった。ここの者たちが噂好きなのは既に知っていたからだ。

 一番の問題はその内容の方だった。

 

 『学年別トーナメントの優勝者は男子3人の中から1人好きな人と交際できる』

 

(……おかしい。私は翼に言っただけなのにどうしてここまで話が大きくなっている!)

 

 内容からして翼が広げたとは考えられない。おそらくどこからか情報が漏れ、それにヒレがついたのだろう。

 よく思い出してみるとあの時の声は少々大きかった気がする。

 

 原因はともかくヒレがついてしまった噂話は学園内のほとんどの女子が知っているらしく、先ほども教室にやってきた上級生が「学年が違う優勝者はどうするのか」「授賞式での発表は可能か」などクラスの情報通に聞きに来ていた。

 

(まずい。これは、非常にまずい……)

 

 もちろん自分以外の女子が翼と付き合うことに激しい抵抗感があるのは言うまでもない。

 だが、これでは自分が翼と付き合いだした時もあっという間に学園中に広まってしまう。

 

 正直言うと箒は《2人だけの秘密の関係》というものに年相応+αの魅力を感じており、夢想も抱いている。

 しかし、そこは花盛りの十代乙女。止めようのない溢れる情動の暴走を誰が責められるのか。

 

 普段はやや時代がかった口調のせいでそのような浮ついた考えがないように見られがちだが抱く望みはセシリアや鈴音とさほど差がないのが実のところだった。

 

(と、とにかく、優勝だ。優勝すれば問題はない。…………そう、問題はない)

 

 ふと、箒の頭を翼と初めて出会ったときの思い出がかすった。

 

 翼と出会ったのは小学校四年生の頃だった。

 箒は周りから少々浮いた存在だった。

 それもそうだろう。体力は男子並みにありファッションに関しても特に気にかけることもなかった。

 

 それゆえに時々虐められていた。

 その中で特に堪えたのもが髪について言われることだった。唯一とも言っていい友人であった一夏に似合うと言われ、それ以降する様になった髪型。それを指摘された箒は 何故か体が動かなかった。

 

 今までの自分ならばなんとも思わず無視していたはずだった。なのにその時だけは違った。

 何も言い返せずにただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

 しかし、そんな箒を救ったのが翼だった。

 当時の翼は箒以上に浮いていた。

 表情はいつも暗く、目に光はなく、笑うこともなく、常に周りに壁を作っていた。そのあたりはラウラと似ているが箒個人からしてみればあの時の翼はラウラ以上に近寄れなかった。

 

 箒はその少しミステリアスな雰囲気を持ち、母性本能を刺激する様な翼に惹かれていた。その時の箒自信は全く気が付かなかったがそれは一目惚れだった。

 

 そんな時だった。翼に守られたのは。

 礼を言おうとしてもいつもの他人を突き放すような顔をして結局言うことはできなかったが……。

 

「………………」

 

 箒は正直自分の頭が心配になった。

 いくらその後ISの発表のせいでごたついたからと言ってこんな忘れられそうにないことを完全に忘れていた自分は本当に大丈夫なのか?と。

 

「………はぁ」

 

 箒は誰にも聞こえないぐらいの小ささでため息をついた。

 

◇◇◇

 

「………………」

 

 翼は一人静かな自室でパソコンのモニターを見つめていた。それに表示されているのはユニコーンと陽炎のデータ。

 翼はカーソルを動かし目的の項目を見つけそれをクリックして開く。

 

「……なるほどね。確かに、これは普通のISじゃないな」

 

 目的のデータ。陽炎のOSを見た翼は呆れたような表情をして力なく笑った。

 

 通常のISのOSは国により多少の違いはあるが基本部分は全て同じ。それはユニコーンも例外ではない。

 

 現在のユニコーンのOSは日本機の物を翼が少し変えたような物だ。だが、陽炎のOSは根本から全くの別物だった。これではもはや概念が違うレベルの決定的な差だった。

 

「ただ、まぁ、これで進展する」

 

 呟きながらカレンダーを見つめる。

 

「OSの書き換えかぁ。トーナメントまで残り時間は殆どない。書き換え自体はさほど時間はかからない。問題はデバッグの方か…………」

 

 翼自身はISのOSには何度も触れてきた。そのため書き換え自体はさほど苦労しない。最も苦労するのはデバッグのほうだ。

 大小あれどデバッグを全て消すことを考えると時間は絶対的に足りない。目立つもののみを消すならばかろうじて間に合うかどうかというところだろう。

 

(時間的にはギリギリだな。どれだけ完璧に近い形で作れるか…………)

 

 翼は両頬を軽く叩き気合いを入れると「よし」と言いOSの書き換え作業に入った。

 

◇◇◇

 

 そして、それからどれくらい経ったのだろうかと思い時計を見るとその針は3時を指していた。

 

「もうこんな時間だったのか……」

 

 呟いてベッドの方を見るといつの間にかシャルルが眠っていた。

 翼は立ち上がろうとした時に机の上にコーヒーが置かれていることに気づいた。

 

(……悪いことしちまったかな?シャルルが部屋に戻ってたの全然覚えてないぞ)

 

 思いながら翼はぬるくなったコーヒーを一気に飲み干して席を立ち軽く背伸びをする。

 

(シャワー浴びて寝るか……)

 

 結局翼が眠ったのは4時過ぎのことだった。

 

◇◇◇

 

「––––だからそんな眠そうにしてるのか」

 

 翌日の朝、教室で机に突っ伏している翼を見ながら一夏は言った。

 

「うん。僕が夕飯に誘ったりしても曖昧な返事だったし。さっきの話も翼に朝聞いたばかりのことだし」

 

 シャルルは心配そうに翼を見る。

 

「にしてもすごいよ。たった数時間でISのOS、それ以外の全システム書き換えなんて常人技じゃないよ」

 

「そうなのか。……って、翼、いい加減起きないと千冬姉が来るぞ」

 

 一夏が言うと同時にバッと勢いよく顔を上げた。

 

「…………眠い」

 

◇◇◇

 

 そして、時間は過ぎて昼休み。

 それぞれ食堂で昼食を殆ど食べ終えお茶を片手に雑談していた。

 

「––––にしても本当に眠そうだな。OSできたんなら今日はゆっくり休むんだろ?」

 

「……休みたいけど無理だな。まだ、デバッグが残ってる。今日からさっそく動かしてシステム修正、動かしてシステム修正の繰り返し。各システムの細かいズレやらなんやらを直す作業が残ってる」

 

 ほとんど寝ていないはずの翼はさも当然の様に平然と言い切るのを見てシャルルは心配そうな表情を浮かべる。

 

「……そんな無理すると体壊すよ?今日はゆっくり休んだ方が」

 

「ああ。そのせいでトーナメント出られなくなったらどうするんだ?」

 

 心配する2人に翼はどこか弱々しい笑みを浮かべ答える。

 

「ありがとうシャルル、一夏。でも、トーナメントまでに7割は完成させたいんだよ。悪いけど今日の放課後付き合ってくれ」

 

 言いながら翼は席を立つ。だが、体がよろけ倒れそうになった。

 

「危ない!」

 

 そこを翼の隣にいたシャルルが支える。

 

「お、おい。本当に大丈夫かよ」

 

「だ、大丈夫。ちょっと立ち眩みしただけだ。ありがとうシャルル」

 

 翼は微笑みながら言ったがその笑みは完全に衰弱しきっていた。

 

「……一夏、ちょっと翼を保健室に連れて行くね。ほら、歩ける?」

 

「ああ、わかった。頼む、シャルル」

 

 シャルルは一夏に返事を返すと翼に肩を貸し保健室に向かい歩き始めた。

 ちなみにこの2人を見て大半の女子の頭の中にはシャルルが翼を押し倒している景色が浮かんだそうだ。

 

◇◇◇

 

 それから保健室に着きシャルルにベッドに寝かされた後、翼はゆっくりと口を開いた。その声はどこか弱々しいものだった。

 

「……悪いな。シャルル」

 

「別に大丈夫だよ。これぐらい。翼ももっと他の人を頼るべきだよ」

 

 シャルルは翼を安心させるように優しく微笑んだ。

 

「ねぇ翼。最近眠れてないよね?」

 

「……流石、ルームメイトだな。気づいてたか」

 

 シャルルは軽く頷き肯定する。

 

「ちょっと、昔のこと思い出してな……」

 

「昔のことって––––」

 

「ああ、あの時話したことだよ」

 

 翼はまた力なく笑い。言葉を紡ぐ。

 

「最近よく夢に見てな……」

 

 そこまで言うとシャルルから顔をそらし言った。

 

「なぁ、ちょっと頼みたいことがあるんだが。いいか?」

 

「ん?なに?」

 

「そ、そのだな。俺が寝るまででいいんだけど。その、手を握っていてくれないか?」

 

 恥ずかしそうに言うと翼は手を差し出す。

 

「え?」

 

 翼はシャルルから顔をそらしているせいで見えないが翼の顔は羞恥で耳まで真っ赤に染まっていた。

 

「……うん。いいよ」

 

 シャルルは差し出された翼の手を優しく握る。

 

「ありがとう。シャルル」

 

 翼それから目を瞑るとすぐに眠りについた。



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譲れぬ想い

「「あ」」

 

 二人出会い頭に反射的に間抜けな声を出していた。

 時間は放課後。場所は第三アリーナ。声を出したのはセシリアと鈴音だ。

 

「奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」

 

「奇遇ですわね。わたくしもまったく同じですわ」

 

 二人の間では見えない火花が激しく散る。どちらも狙っているのは当然、優勝だけだ。理由には多少の雑念が混ざっているが。

 

「ちょうどいい機会だし、この前の実習のことも含めてどっちが上かはっきりさせとくってのも悪くないわね」

 

「あら、珍しく意見が一致しましたわ。どちらの方がより強くより優雅であるか、この場ではっきりさせましょうではありませんか」

 

 両者は自分の武器を展開させ、それを構え対峙する。

 

「では––––」

 

 しかし、二人が衝突する瞬間のことだった。二人の間を遮るように超音速の砲弾が飛来した。

 

「「っ!!?」」

 

 緊急回避の後、 鈴音とセシリアは揃って砲弾が飛んできた方向を見る。そこには漆黒のISが佇んでいた。

 そのISの名前は【シュヴァルツェア・レーゲン】。搭乗者には2人とも面識がある。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

 セシリアの表情がこわばる。その表情には欧州連合のトライアル相手以上のものが含まれていた。

 

「……どういうつもり?いきなりぶっ放すなんていい度胸じゃない」

 

 連結した双天牙月(そうてんがげつ)を肩に預けながら鈴音は衝撃砲を準戦闘状態へとシフトさせる。

 

「中国の甲龍とイギリスのブルー・ティアーズか。……ふん、データで見た時の方がまだ強そうであったな」

 

 いきなりの挑発発言に鈴音とセシリアの口元が引きつる。

 

「なに?やるの?わざわざドイツくんだりからやってきてボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそういうのが流行ってるの?」

 

「あらあら鈴さん。こちらの方はどうも言語をお持ちでないようですから、あまりいじめるのはかわいそうですわよ?犬だってまだワンと言いますのに」

 

 ラウラのすべてを見下すような目つきに並々ならぬ不快感を抱いた二人はそれでもどうにか怒りのはけ口を言葉に見いだそうとする。が、それは無駄な労力だった。

 

「はっ……。二人がかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。よほど人材不足と見える。数くらいにしか脳のない国と、古いだけが取り柄の国はな」

 

 ラウラのその言葉はセシリアと鈴音の神経を容易に逆撫でし怒りを爆発させた。その感情に身を任せ、二人は装備の最終安全装置を解除させる。

 

「ああ、ああ!わかったわよ。スクラップがお望みなわけね。セシリア、どっちが先にやるかジャンケンしよ」

 

「ええ、そうですわね。わたくしとしてはどちらでもいいのですが……」

 

「はっ!二人がかりで来たらどうだ?1足す1は所詮2にしかならん。下らん種馬を取り合うようなメスにこの私が負けるものか」

 

 それは明らかな挑発だったが堪忍袋の緒が完全に切れた二人にはもはやどうでもいいことだった。

 

「今なんて言った?あたしの耳にはどうぞ好きなだけ殴ってくださいって聞こえたけど?」

 

「場にいない者まで侮辱するとは、同じ欧州連合の候補生として恥ずかしい限りですわ。その軽口、二度と叩けぬようにここで叩いておきましょう」

 

 確かに自分やその祖国が馬鹿にされるのは許せない。

 しかし、それ以上に彼がどれほどの苦しんでいるのかを自分以上に知らない。知ろうともしていない者に馬鹿にされるのは許せなかった。

 

 それは彼を想う純粋で、強烈な感情の末に芽生えているものだ。

 

 セシリアと鈴音が得物を握りしめる手にきつく力を込める。それを冷ややかな視線で流すと、ラウラはわずかに両手を広げて自分側に向けて振る。

 

「とっとと来い」

 

「「上等!」」

 

◇◇◇

 

 

 廊下で翼は一夏とシャルルと並んで歩いていた。

 

 翼は本当に申し訳なさそうにしながら両手を合わせる。

 

「悪いな。付き合わせて」

 

「別にいいって。それより体の方はもういいのか?」

 

「少し休んだからな。大丈夫だ。そういや今日使えるアリーナって––––」

 

「第三アリーナだ」

 

「「「うわあっ!?」」」

 

 予想外の声が予想外の方向から飛び込み、翼たち三人は揃って反射的に声を上げた。

 その様子が気になったのか、いつの間にか横に並んでいた四人目の箒は眉をひそめる。

 

「……そんなに驚くほどのことか。失礼だぞ」

 

「わ、悪い」

 

「す、すまん」

 

「ごめんなさい。いきなりのことでびっくりしちゃって」

 

「あ、いや、別に責めているわけではないが……」

 

 折り目正しく頭を下げるシャルルに流石の箒もその気勢を削がれる。

 そして、謝らせてしまったことを恥じるように、ごほんと話を逸らすように咳払いを一つした。

 

「ともかく、だ。第三アリーナにむかうぞ。今日は使用人数が少ないと聞いている。空間が空いていれば模擬戦もできるだろう」

 

 箒の意見に反対する理由はない。

 彼らが真っ直ぐ第三アリーナに向かっていると、そこに近づくにつれなにやら慌ただしい様子が伝わってきた。今思えば先ほどから廊下を走っているような生徒も妙に多い。

 向かう先が自分たちと同じなのでおそらく騒ぎの中心は第三アリーナなのだろう。

 

「なんだ?」

 

「何かあったのか?こっちで先に様子みるか?」

 

 そう言い翼は観客席の方を指す。確かに観客席ならばピットに入るより早く様子を見ることができる。

 観客席にはすでに他にも生徒が多数いた。翼たちは観客席の最前列に移動しステージの様子を伺う。

 

「誰かが模擬戦をしてるみたいだね」

 

「ああ、でも、それにしては様子が––––」

 

 翼が言い切る前にドゴォンッ!!という爆発音がアリーナに響いた。

 

「「「!?」」」

 

 突然の爆発に驚き視線を向けるとその煙を裂くかのように影が飛び出す。

 

「鈴!セシリア!」

 

 エネルギーシールドにより隔離されているためステージから観客席に爆発が及ぶことはない、だが同時に観客席からの声が聞こえることもない。

 

 鈴音とセシリアは苦い表情のまま、爆発の中心部へと視線を向ける。そこには漆黒のIS、シュヴァルツェア・レーゲンを駆るラウラの姿があった。

 

 2人のISは一目でかなりのダメージを受けていることが分かる。機体はところどころ損傷し、ISアーマーの一部は完全に失われている。

 一方ラウラの方は無傷だったとまではいかないがそれでも2人と比較するとかなり軽微な損傷だ。

 

 鈴音とセシリアは目配せのあとラウラへと向かう。

 

(2対1の模擬戦か?だが、あの2人の追い込まれようはなんだ?……いや、確かあのISには––––)

 

「くらえっ!!」

 

 鈴音のIS、甲龍のアンロックユニットが開きそこに搭載されている衝撃砲(龍砲)が放たれる。

 訓練機ならば一撃で沈めることもできるその砲撃をラウラは回避しようともしない。

 

「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」

 

 龍砲の不可視の砲弾がラウラを目指す。だが、その攻撃はいくら待っても届くことは無かった。

 

「くっ!まさかこうまで相性が悪いなんて……!」

 

 何かバリアのようなものを展開しているのか。ラウラは右手をただ突き出しただけで龍砲を完全に無効化しすぐさま攻撃へと転じる。

 

 肩付近にあるアンロックユニットに搭載されている刃が左右一対で射出され鈴音のISへと飛翔する。

 それは本体とワイヤーで接続されているためか複雑な軌道を取りながら迎撃射撃をいとも簡単にくぐり抜け鈴音の右足を捕らえた。

 

「そうそう何度もさせるものですかっ!」

 

 鈴音の援護のため射撃を行うセシリア。それと同時にビットを射出、ラウラへと向かわせる。

 

「ふん。理論値最大稼働のブルー・ティアーズならばいざ知らず、この程度の仕上がりで第三世代型兵器とは、笑わせる」

 

 セシリアの精密射撃とビットによる意識外からの攻撃。その両方をかわしながらラウラは腕を突き出す。

 今度は左右同時、交差させた腕の先では目に見えない何かに捕まえられたようにビットはその動きを停止させていた。

 

「動きが止まりましたわね!」

 

「貴様もな」

 

 セシリアの狙い澄ました狙撃はラウラの大型カノンによる砲撃で相殺される。間髪入れず連続射撃の状態に移行しようとするセシリアをラウラは先刻捕まえた鈴音をぶつけることで阻害する。

 

「きゃああっ!」

 

 ぶつかり、空中で一瞬姿勢を崩した2人へとラウラは突撃を仕掛ける。その速度は弾丸並みで間合いを1秒足らずで詰めた。

 

「あれって……」

 

「間違いない。瞬間加速(イグニッション・ブースト)だ」

 

 それは一夏が得意とする格納特化の技能だった。だが、近接格闘戦ならば鈴音にも分がある。

 ラウラは両手首に装着している袖を思わせるパーツから超高温のプラズマ刃が展開させ、左右同時に鈴音へと襲いかかる。

 

「このっ……!」

 

 前進し続けるラウラはに後退で一定の距離を保ちながら鈴音は刃を幾度となく凌ぐ。

 

 うまくアリーナの形状に合わせた機動で追い詰められないようにしている鈴音だったが、ふたたびラウラのワイヤーブレードが襲いかかる。

 しかも今度はアンロックユニットだけではなく腰部左右に取り付けられているものも合わせた6つ、それらが三次元躍動で接近してくると同時にプラズマ刃の猛攻。鈴音でもそれらすべてを捌くのは至難の技だ。

 

「くっ!」

 

 再度、龍砲を展開しエネルギーを集中させる。

 

「甘いな。この状況でウェイトのある空間圧兵器を使うとは」

 

 その言葉のとおり、衝撃砲は砲弾を打ち出す前にラウラの実弾砲撃により爆散した。

 

「もらった」

 

「っ!!」

 

 アンロックユニットを吹き飛ばされて大きく体勢を崩した鈴音にラウラがプラズマ刃を懐へと突き刺す。

 

「させませんわ!」

 

 間一髪のところで鈴音とラウラの間に割り入ったセシリアはスターライトmkIIIを盾に使い必殺の一撃を逸らす。同時にウェスト・アーマーに装着された弾頭型ビットをラウラへ向けて射出させた。

 

 半ば自殺行為の近接戦でのミサイル攻撃。その爆発は鈴音とセシリアをも巻き込み、2人は地面に叩きつけられた。

 

「無茶するわね、アンタ……」

 

「苦情は後ほど。けれど、これならば確実にダメージが––––」

 

 セシリアの言葉は途中で止まった。

 

「………………」

 

 煙が晴れそこに佇んでいたのはラウラ。至近距離での爆発にすらダメージがほとんど無かったらしく宙に浮いている。

 

「終わりか?ならば––––私の番だ」

 

 言うと同時に瞬間加速で地上へと移動、鈴音を蹴飛ばしセシリアに近距離からの砲撃を命中させる。さらにワイヤーブレードが飛ばされた2人を捕まえラウラの元にたぐり寄せる。

 

 そこからは一方的な暴虐だった。

 

「あああっ!」

 

 その腕に、脚に、体に、ラウラの拳が叩き込まれる。

 シールドエネルギーはあっという間に減少し、機体維持警告域(レッドゾーン)を超え、操縦者声明危険域(デッドゾーン)へと到達する。

 これ以上ダメージが与えられ、ISが強制解除されるようなことがあればその時は生命に関わる。

 

 しかし、ラウラは攻撃の手を緩めずただ淡々と鈴音とセシリアを殴り、蹴り、ISアーマーを破壊していく。

 

(あいつ、殺す気かよ!)

 

 そう思いながら普段と変わらないラウラの無表情が確かな愉悦に口元を歪めたのを見た瞬間だった。

 

「ユニコーン!!」

 

 翼は半ば反射的にユニコーンを展開、同時に【不知火】を展開し、【斬月】発動させ、放出されたエネルギー剣をステージを取り囲んでいるバリアへと叩きつけた。

 

 斬月によってバリアは紙のように簡単に切り裂かれ、開いたその間を突破する。

 

「もう、やめろぉぉお!!」

 

 翼は腰の大型ブースターの出力を最大にしてラウラに接近。鈴音とセシリアを掴んでいるラウラへと不知火を振り下ろす。

 

「ふん……。感情的で直線的、絵に描いたような愚図だな」

 

 不知火の刃が届く寸前で翼の体は止められた。

 

 翼はなんとか動こうとするがまるで目に見えない腕に力掴まれているかのように体が言うことを聞かない。眼帯をしていないラウラのその右目が上から飛び込んできた翼を正確に捉えていた。

 

「…………けんな」

 

「何?」

 

「ふざけんなぁぁああ!!」

 

 翼はただ叫んだ。それに反応するかのようにユニコーンを赤い光が包んだと思った瞬間。ユニコーンは再び動き出した。

 

「っ!!?」

 

 ラウラは明確に驚愕の表情を浮かべると鈴音とセシリアを離し、身を逸らすことで不知火の刃からすれすれで逃れた。

 翼はそのまま追撃し不知火を振るう。ラウラはプラズマ刃でそれを受け止める。

 

「貴様、どうやって!!私の––––」

 

「うおぉぉぉぉお!!」

 

 ラウラの疑問の言葉を無視するように翼は叫ぶ。その叫びに反応するかのようにユニコーンを包むように赤い光が放出される。

 

(くっ、なんだこの光は!)

 

 ラウラはプラズマ刃で不知火を弾きその勢いのまま後退しユニコーンと距離を取る。

 

「貴様、一体何者だ!!」

 

「…………」

 

 翼は答えず不知火で霞の構えを取る。

 

「くっ!」

 

 ラウラが飛び出そうとした瞬間、一食触発の二人の間に影が入り込んだ。

 ガギンッ!という金属同士が激しくぶつかり合う音が響いてラウラはその影に加速を中断させられる。

 

「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

 

「………千、冬先生?」

 

 その影は千冬だった。ただし、その姿は普段と同じスーツ姿でISどころかISスーツすら装着して居ない。

 だが、その手にあるのはIS用近接ブレード。170センチはあるそれをISの補助なしで軽々と扱っている。

 

「模擬戦を行うのは構わん。が、アリーナのバリアまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

 

「教官がそう仰るなら」

 

 ラウラは素直にうなずきISの展開を解除する。

 

「岸原、お前もそれでいいな?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ、はい」

 

 その言葉を聞き千冬は改めてアリーナ内のすべての生徒に向けて言った。

 

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」

 

 パンッ!と千冬は強く手を叩く。それはまるで銃声のように鋭くアリーナに響いた。



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結成

「「「…………」」」

 

 場所は保健室。時間は第三アリーナの一件から1時間が経過していた。

 ベッドの上では怪我の治療を受けて包帯を巻かれた鈴音とセシリアが不機嫌そうな顔で視線をあらぬ方向へと向けている。

 

「別に助けてくれなくてよかったのに」

 

「あのまま続けていれば勝っていましたわ」

 

「はぁ、お前らなぁ……。まぁ、その軽口が叩けるくらいなら怪我はたいしたことないようだが」

 

 呆れるような翼に鈴音とセシリアは反論するように叫ぶ。

 

「こんなの怪我のうちにはいらなーーいたたたっ!」

 

「そもそもこうやって横になっていること自体無意味ーーつううっ!」

 

 が、その瞬間に体に激痛が走ったようで顔を強張らさ、肩や腕を押さえる。

 

((こいつらはバカなんだろうか))

 

 男子2人がそんなことを考えていると鈴音とセシリアは2人をギロリと睨み付ける。

 

「バカってなによ。バカって!このバカ!」

 

「翼さんや一夏さんのほうこそ大バカですわ!」

 

「あ、あのなぁ~……!」

 

「好きな人に格好悪いところ見られたから恥ずかしいんだよ」

 

 言いながらシャルルは買った飲み物を手に保健室に入ってきた。だが、翼と一夏にはその言葉ははっきりと聞き取ることができなかった。

 

 しかし、それは翼と一夏だけで鈴音とセシリアは聞き取ることができたらしく顔を真っ赤にさせ怒りはじめた。

 

「な、な、何言ってるのか、全然わからないわね!こ、これだからヨーロッパ人って困るのよねぇ!」

 

「べ、べ、別にわたくしは!そ、そういう邪推をされるといささか気分を害しますわね!」

 

 2人はそうまくし立てる。その顔はさらに赤く染まっている。

 

「…なぁ、一夏。シャルルはなんて言ったんだ?」

 

「……さぁ?俺もよく分からなかった」

 

 翼と一夏はお互い顔を合わせ首を傾げる。シャルルはそんなどこか抜けている男子2人にため息をこぼしながら鈴音とセシリアに飲み物を差し出す。

 

「はい、ウーロン茶と紅茶。とりあえず飲んで落ち着いて、ね?」

 

「ふ、ふんっ!」

 

「不本意ですがいただきましょうっ!」

 

 2人は差し出された飲み物をひったくるように受け取りペットボトルを開けるなり一気に飲み干す。

 

「ま、先生も落ち着いたら帰っていいって言ってるし、しばらく休んだら––––」

 

 シャルルの言葉を地鳴りのような音が遮る。

 

「な、なんだ?なんの音だ?」

 

 よく聞いてみるとそれは廊下から響いている。さらにそれはだんだん保健室に近づいている。というよりもここ一直線迷いが感じられない。

 

「なんか、こっちに来てな––––」

 

 翼が言いきる前に保健室の扉が文字どおり吹き飛んだ。

 

「織斑君!」

 

「デュノア君!」

 

「岸原君!」

 

 入ってきた。いや、もはや雪崩れ込んできたと言っていいほどの勢いで数十人の女子生徒が現れた。

 

 保健室はかなり広めに作られているのだが、それでもあっという間に室内は人で埋め尽くされる。さらにその女子たちは翼、一夏、シャルルを見つけるなり一斉に取り囲み手を伸ばしてきた。

 

「え?な、なんだよ」

 

「な、なんだなんだ!?」

 

「ど、どうしたの、みんな。ちょ、ちょっと落ち着いて」

 

「「「これ!!」」」

 

 状況が飲み込めていない3人に女子生徒たちが差し出したのは学内の緊急告知文が書かれた申込書だった。

 

「えっと––––『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、2人組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』」

 

 続きを読もうとした翼の前からは紙が引っ込められた。

 

「ああ、そこまででいいから!とにかくっ!!」

 

 女子の1人がそこで言葉を区切ると再び手を差し出しながら。

 

「私と組もう、織斑君!」

 

「私と組んで、デュノア君!」

 

「私と組んでください、岸原君!」

 

 そう言い女子生徒は勇み追ってくる。

 翼は一夏とシャルルに視線を送る。

 どちらも困り果てた表情をしていた。別に彼らは誰と組んでも問題はない。

 

 問題があるのはシャルルだ。

 シャルルは実は女子。ペアになると今後訓練等をしていく中で正体がばれる可能性がある。流石にそうなった場合どんなことが起こるか。

 十中八九ろくなことにならないのは予想は出来る。

 

 思考を巡らせながら翼はしばらく唸ると苦笑いを浮かべながら言った。

 

「悪いけど、その話は後にしてくれないか?ほら、ここ保健室だし怪我人もいるし、な?」

 

 女子生徒たちは沈黙しベッドで寝ている鈴音とセシリアに視線を向ける。

 

「ご、ごめん。ちょっと騒ぎすぎた」

 

 1人の女子生徒が言うとそれに連鎖し謝罪の声が2人に向けられる。

 

「う、ううん。別に大丈夫よ」

 

「そ、そうですわ。そこまでかしこまられるとわたくしたちが悪いみたいですわ」

 

 女子生徒たちは少し頭を下げると続々と保健室から出て行く。

 

「ふぅ……な––––」

 

「あ、あの、翼––––」

 

「翼っ!!」

 

「翼さんっ!!」

 

 安堵のため息をついた翼にシャルルは話しかけようとしたがそれを上回る勢で鈴音とセシリアはベッドから飛び出してきた。

 

「あ、あたしと組みなさいよ!」

 

「いえ、ここはクラスメイトとしてわたくしと!!」

 

 翼を締め上げる勢で鈴音とセシリアは詰め寄る。一難去ってまた一難。2人をどうしようかと悩んでいる時だった。

 

「ダメですよ」

 

 いきなり声をかけたのはいつの間にか現れていた真耶だった。

 真耶は驚き目をぱちくりさせる2人をよそに言う。

 

「お2人のISの状態を先ほど確認しましたけどダメージレベルがCを超えています。当分は修復に専念しないと後々重大な欠陥を生じさせますよ。ISを休ませる意味でもトーナメント参加は許可できません」

 

 それを聞くと2人は表情を青くさせた。そして、悔しそうに拳を握り締める。

 

「うっ、ぐっ!わ、わかりました」

 

「不本意ですが……本当に、非常にっ!不本意ですが!トーナメント参加は辞退します」

 

「分かってくれて先生嬉しいです。ISに無理させるとそのツケはいつか自分が払うことになりますからね。肝心なところでチャンスを失うのはとても残念なことです。あなたたちにはそうなってほしくありません」

 

「はい……」

 

「分かってますわ……」

 

 鈴音とセシリアは納得していないが、トーナメントに参加できないことを理解し渋々了承する。

 一夏はそれに納得ができていないらしく首を傾げていた。

 

「……IS基礎理論の蓄積経験、それの注意事項第三だ」

 

 翼は呆れたように言った。一夏は思い出そうとしているようだが、再び頭を抱える。

 今度はそれを見かねたシャルルが一夏に向け説明をする。

 

「……ISは戦闘経験を含むすべての経験を蓄積することでより進化した状態へと自らを移行させる。その蓄積経験には損害時の稼動も含まれ、ISのダメージレベルがCを超えた状態で起動させると、その不完全な状態でエネルギーバイパスを構築してしまうためそれらは逆に平常時での稼動に悪影響を及ぼすことがある」

 

「おお、それだ!さすがはシャルル!」

 

 なかなか記憶を手繰り寄せることができなかった一夏の代わりにシャルルがすらすらと説明をする。

 話が少しまとまったところで翼は疑問を口にした。

 

「そういやなんで鈴とセシリアはラウラと模擬戦することになったんだ?」

 

「え、いや、それは……」

 

「ま、まぁ、なんと言いますか……女のプライドを侮辱されたから、ですわね」

 

「?そうなのか」

 

 翼は歯切れの悪い2人に首を傾げる。だが、シャルルはなにか悟ったらしく手をパンッと叩くと言った。

 

「あっ!もしかして翼のことを––––」

 

「あああっ!デュノアは一言多いわねぇ!」

 

「そ、そうですわ!まったくですれおほほほ!」

 

 だが、すべてを言い切る前に鈴音とセシリアはシャルルを押さえつけた。2人に口を押さえられたシャルルは苦しそうにもがく。

 

「やめろって。シャルルが困ってるだろ?」

 

「そうだぞ。それにお前らは自分が怪我人って言う自覚あんのかよ」

 

 翼は言いながら鈴音とセシリアの肩を軽くつついた。

 

「「ぴぐっ!」」

 

 その瞬間激痛が走ったらしく2人は甲高い声を上げるとその場で凍りついた。

 

「「………………」」

 

「あ、悪い。そんなに痛かったのか」

 

 鈴音とセシリアは翼を恨めしそうに睨め付ける。

 

「つ、つ、翼ぁ。……あんたねぇ……」

 

「あ、あと、で……覚えてらっしゃい……」

 

 涙目で2人にはそう告げるのがようやくだった。

 

◇◇◇

 

「あ、あのね、翼っ」

 

「ん?」

 

 夕食後、部屋に戻ってくるなりシャルルは口を開いた。その顔はどこか緊張しているような恥ずかしがっているように見える。

 

「そ、その、学年別トーナメントさ。僕と組まない?」

 

 シャルルのその申し出に即答しようとしたが一瞬ためらい、シャルルに質問する。

 

「………別に俺はいいけど。いいのか?俺、足手まといになるぞ」

 

 翼のISであるユニコーンは未だOSの調整中。冗談でも万全と言えるような状態ではない。

 現在も急ピッチで進めてはいるが学年別トーナメントまで終わる保障はない。というより、終わらない確率の方がずっと高い。

 

 そして、当然ながらそのことはシャルルも知っているはずである。しかし、シャルルはそれでも言う。

 

「だ、大丈夫。僕がカバーに入るから」

 

「うーん。そうか?シャルルがそう言うなら俺も嬉しいし」

 

 翼は手を差し出しながら言った。

 

「んじゃ、ペア。よろしくな」

 

「う、うん」

 

 シャルルは嬉しそうにその手を取った。

 

「……それと、悪けど先にシャワー浴びていいか?さすがに今日は疲れた」

 

 翼、一夏、シャルルは食事中も女子たちに詰め寄られ半ば詰め込むように食事を終え、部屋に逃げるように戻ってきていた。

 

「う、うん。別にいいけど……」

 

「悪いな」

 

 翼は言うとそそくさと脱衣所に入る。

 その瞬間、目の前が霞み膝から崩れ落ちそうになったのを洗面台を掴むことでなんとか堪える。

 

(あ、危ねぇ。後少し遅れてたらまたシャルルたちを心配させるとこだった)

 

 翼は姿勢を正し、軽く首を振り訪れた睡魔を紛らわせようとする。

 

(やっぱり、最近ろくに寝れてないからか……まずいな。このままじゃISの方が間に合っても体が駄目になるぞ)

 

 その考えと睡魔を紛らわせるためにシャワールームに入った。

 

 それから数十分後、翼は脱衣所から出るとすぐにベッドに飛び込んだ。

 

「大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫。ちょっと今日は色々あったろ?それと今日までの疲れが一気に出たらしくな」

 

 翼は一つ大きな欠伸をして続ける。

 

「悪いけど先に寝るよ。おやすみ」

 

「うん、おやすみ」

 

 シャルルが答えてからしばらくすると翼の寝息が聞こえるようになった。

 シャルルはそれを確認すると翼を起こさないようにゆっくりと近づきその顔を覗き込む。

 翼はそんなことに気づくはずもなくただ眠っているだけだ。

 

(……寝てるとこんなかわいいのに)

 

 翼を見ているとどうも心配になる。

 母性本能を刺激させるようで構ってあげたくなる。シャルルにはその理由が少しわかっていた。

 

 彼は確かに頭が良いしISの扱いもうまく行動力もある。だが、一方で精神的には脆い部分がある。

 思い出すのは翼の過去。翼本人はあの過去のことを払拭することなどできていない。そんなことは彼と会話していれば分かる。

 

(翼……)

 

 シャルルはゆっくりとその手を伸ばし翼の頭を撫でる。

 翼の髪はサラサラしていて手触りは良い。翼は寝ていながらも頭の違和感に気がついたのか寝返りをした。

 そのおかげでシャルルは我に帰り翼から勢いよく離れる。一連の行動を思い出し顔が赤くなっていることを自覚した。

 

(ぼ、僕は何してるんだろっ!)

 

「は、早くシャワー浴びよう」

 

 シャルルは半ば逃げるように脱衣所に入る前に翼を見て優しく呟く。

 

「おやすみ、翼」




かな〜り遅れて申し訳ありませんでした。色々やることあって時間足りなかったんです。あとオリジナルの方も書いててこっちまで手が回らなかったんです……。


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黒い雨(上)

 6月も最終の週に入り、IS学園は月曜から学年別トーナメント一色に染まった。

 その慌ただしさは尋常ではなく、翼たち生徒は第一回戦が始まる直前までにも雑務や会場の整理、来賓誘導などを行っていた。

 

 そして、それらに解放された生徒たちは急いで各アリーナの更衣室に走る。ちなみに男子組は例により広い更衣室を独占していた。

 そのため反対の更衣室では倍の人数を収容している。それを申し訳なく思いながら男子2人と男装女子1人は着替える。

 

「しっかし、すごいよなぁ……」

 

 一夏は着替えながらモニターから観客席の様子を見ていた。

 一夏が見ている観客席には各国政府関係者、研究所員、企業エージェントなどが一堂に会している。その姿は真剣そのもので威圧感も感じる。

 

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にきてるからね。一年は今のところ関係ないみたいだけど、それでも上位入賞者にはさっそくチェックが入るだろうね」

 

「本当、ご苦労なことだよなぁ」

 

 翼はISスーツの感触を確かめるように手を握ったり開いたりしている。

 

「そういや、一夏は結局誰と組むことになったんだ?」

 

「箒だ。結局くじで決まったよ」

 

「……そうか」

 

「どうかしたの?」

 

「いや、なんでも……」

 

(箒か。あいつなんであんなこと言ったんだ?)

 

 翼が思い出すのは箒の言葉だった。なぜ唐突にあんなことを言い出したのかが彼には全くわからなかった。

 

(別に優勝しなくても付き合うのに……)

 

 友人である箒の頼みならば聞く心構えがあると自負している翼は再びなぜ?と自問する。そうしていると後ろで着替えていた一夏はISスーツを着終え、翼に声をかける。

 

「よし、準備完了っと。翼、大丈夫か?」

 

「ん?あ、ああ。大丈夫だ。心配すんな」

 

 その一夏の言葉で思考の海から戻ってきた翼は適当さを感じられるような返事を返す。しかし、一夏は真剣な表情で聞き返す。

 

「……信じて良いんだな?」

 

「……ばれてたか。やっぱり」

 

 翼は諦めるように苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。

 

「当たり前だ」

 

「ん?何がばれてたの?」

 

 少し真剣な表情で言葉を交わす男子2人を疑問に思いシャルルは聞いた。翼と一夏は顔を見合わせると翼は切り出した。

 

「シャルル。クラス代表戦の時の事件知ってるよな?」

 

「え?うん。無人機が代表戦中に乱入してきた事件でしょ?確か翼たちが鎮圧したって––––」

 

 翼はやっぱりそこまでか、と呟くと真剣な表情で言った。

 

「あの時、俺のISは暴走して一夏たちを殺そうとした。今はリミッターがかなり強化されてるからそうそう暴走するはずはない。だが、鈴とセシリア、ラウラとの模擬戦に介入した時にユニコーンは暴走しかけた。赤い光、それが兆候だ」

 

 翼はそこまで言うと申し訳なさそうにすると続けた。

 

「すまん。試合前にこんなこと言って、でももしかしたら今回のトーナメント中にもまた暴走するかもしれない」

 

 シャルルは首を振ると翼の目を見つめながら言った。

 

「いいんだよ。僕は翼を信じるって決めたから」

 

「……ありがとう。優しいなシャルルは」

 

「う、うん。そう、かな?」

 

 2人が見つめ合っていると一夏はゴホンッと咳払いを一つして言う。その目はどこか冷めている。

 

「そろそろ対戦表が発表されるぞ」

 

「お、おう。悪い」

 

「ご、ごめんね。一夏」

 

「はぁ、別にいいって、さてと––––」

 

 3人が対戦表に意識を向ける。

 

「「「え?」」」

 

 声をもらし思考が一旦停止して表示されている文字を食い入るように見つめる。一夏の対戦相手は別クラスのペアだった。そこにはなんの問題もない。問題は翼、シャルルペアの方。

 

「これは、神様も中々粋なことをしてるくれるな」

 

 翼は気がつけばそう小さく呟いていた。

 彼らの対戦相手はラウラだった。

 

◇◇◇

 

「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けた」

 

「そりゃ良かったな。でも残念だったな。お前の本命は一夏だろ?」

 

「っ!!」

 

 翼の軽いからかいをラウラは嫌悪や憎悪をより一層深くさせながら眉間にしわを寄せ睨みで返した。

 

(さてと、一戦目から中々に面白いが……)

 

 翼はユニコーンのステータスをチェックする。ユニコーンには装備がいくつか追加されていた。

 

 まず、両肩上部のミサイルコンテナだ。

 一つだけで300発のマイクロミサイルを放つことができる。それが左右で合計600発。

 さらに、肩アーマーの横には大型のミサイルコンテナが装備されている。こちらはミサイルが大型でコンテナには片方で3発の計6発が装填されている。

 

 次に、両腰のビームサーベルは肩アーマー内に移動し代わりに雷撃、電撃がマウントされている。

 

(……新装備の《雪崩》は正常稼動っと)

 

 試合開始まであと5秒。最後のカウントダウンが始まったタイミングで翼は左手に楕円形の大型のシールド、右手にロングバレルに改良した突撃砲を展開させる。

 

 試合開始まで––––3––––2––––1––––。

 

 試合開始のベルが鳴る。

 

「「叩きのめす」」

 

 翼とラウラがベルと同時に発した言葉は奇しくも同じだった。

 

 翼は試合開始と同時に肩アーマーの上部と横に装備されている【雪崩】のミサイルを放つ。大型ミサイルは途中で分解、そこからさらにマイクロミサイルが放たれる。

 

 放たれたミサイル群はその名のとおり雪崩のようにラウラとそのペアに向かい降り注ぐ。

 

(さてと……。散弾も幾つか混ぜてるがこれであの【AIC】を破れるか?)

 

 【AIC】

 ラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンが持つ第三世代型兵器。アクティブ・イナーシャル・キャンセラーの略称だ。

 その能力は別名で言った方がわかりやすいだろう。その別名は慣性停止能力。

 

 鈴音の甲龍が持つ龍砲と同じくエネルギーで空間に作用を与えるものだ。そのせいで鈴音の空気砲は完全に無力化されていた。

 

 翼の視線の先には土煙が舞い上がり様子は確認できない。

 

(……あいつのAICを破るのは簡単なことじゃない。確かにエネルギー制御してるから零落白夜や斬月で切り裂けるが腕を止められたら意味はない。なら、攻められる点は––––)

 

 意外性だ。予想外の動きで予測不可の攻撃を放つ。そして、それは今のユニコーンの十八番だった。

 

(各システムは八割方完成している。不安は残るが、今でもIS側で修正している。十分やれる。いや、やってやる……!)

 

「………シャルル。タイミング、3、2、1!!」

 

 翼がゼロと言うと同時に土煙を引き裂くようにワイヤーブレードが伸びる。

 

 翼は雪崩をパージし後退。

 ワイヤーブレードは雪崩を突き刺し爆発。間髪入れずレールガンが放たれる。それを大型のシールドで防ぐ。

 

 今度はラウラが飛び出し翼に一気に近づきプラズマ刃で斬りかかる。翼はライフルの砲門下部にある短刀で受け止めた。

 

「開幕直後の大量のミサイルによる先制攻撃か」

 

「お味はどうだったかな?」

 

 翼は言うと同時に短刀でラウラを押し返し砲門を向ける。その体勢のままプライベート・チャンネルでシャルルに話しかける。

 

「シャルル。そっちはどうだ?」

 

『まだ動けるみたい。多分AICの影に隠れてたんだと思う。そっちは?』

 

 その通信ですぐさま翼はあるウィンドウを開く。そして、“それ”が正常に稼動していることを確認する。

 

「第1段階は成功。あとはタイミングを見て誘い込むだけだ。シャルル、そっちは頼むぞ」

 

『わかった。翼、倒されないでよ?』

 

「任せろ」

 

 言うと今度はラウラに言葉を向ける。それはなんのことはない挑発の言葉だ。

 

「一夏とデートする前に俺と付き合ってくれないか?」

 

「ッ!!ふざけるな!」

 

 ラウラは叫ぶとワイヤーブレードを6つ射出させる。

 翼は稼働するリアスカートから伸びたサブアームとその先にある大型ブースター、全身に装備されているスラスターを駆使しながら縦横無尽に動きワイヤーブレードの攻撃をかわす。

 

 そうしながらもライフルを放ち、ラウラの接近を防ぐ。

 

「くっ!ちょこまかと!」

 

「悪いな。これがユニコーンの長所なんでね!」

 

 翼は一度後退すると大型のシールドを前面に向けそのままラウラに急速接近。ワイヤーブレードは翼の突然の行動についていくことができず追いつくことはない。

 

 ラウラは迎撃のためレールガンを放つが大型シールドに防がれる。だが、衝撃までは防げずシールドが弾かれユニコーンは大きく体勢を崩す。

 

「もら––––」

 

「––––わせるかぁ!!」

 

 翼は弾かれた衝撃を生かし空中で一回転するとラウラの後方に背中を向けたまま着地、それと同時に背中にマウントされている突撃砲をラウラに向け打つ。

 

「くっ!」

 

 予想外の攻撃にラウラの対処が間に合わず放たれた弾丸はラウラに命中した。ラウラは振り向きざまに戻したワイヤーブレードを鞭のように振った。

 

 翼はシールドでそれを防ぎ、手に持っているライフルを放つ。

 その動きを予想していたらしくラウラはスムーズな動作でそれを全弾回避、その流れのまま翼に近づく。

 それに答えるように翼は腰にある電撃と雷撃、背中にマウントされている突撃砲2門、手に持つライフルをむけ5門同時に放つ。

 

「そんなもの!」

 

 しかし、ラウラはその弾丸の雨をいとも簡単に交わし翼に肉薄。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちを一つ鳴らすとライフルを投げ捨て後退。

 投げられたロングバレル突撃砲はプラズマ刃により切り裂かれ爆散。その爆発の煙を抜けラウラはプラズマ刃を翼に突き刺そうと迫る。

 だが、そのプラズマ刃が突き刺さる瞬間、ラウラの視界からユニコーンが消えた。

 

(な、に?)

 

「もらったぁ!!」

 

 翼はラウラの背後にいた。それも地に頭を向けた上下逆さまの状態で。

 

「しまっ––––」

 

(飛んだ瞬間に頭を下に向けて減速させずに降下した!?)

 

 翼がどのようにしてそうなっていたかをすぐさま処理することはできたがそこまでができた、というだけ。行動までには移せない。

 

 いつの間にかシールドの先端部を動かされ、大型のナックルガードのようになっていた。それでラウラの背中を殴る。

 同時にシールド先端部にある爆発反応装甲(リアクティブアーマー)が起爆。

 ラウラは一気に吹き飛ばされた。

 

 翼も衝撃により上下逆さまの状態で吹き飛ばされるがその体勢のまま残っているシールドを捨て雷撃、電撃を手に持ち突撃砲をラウラに向け四門同時に放ち追撃。

 

 体勢を立て直せないラウラは吹き飛ばされたままその砲弾の追撃を受け続ける。

 翼は空中で横に1回転、着地すると地面を削りながら減速。そのまま間髪入れず不知火を展開、斬月を発動させ一息に斬りかかる。

 

「油断したな」

 

 しかし、翼が斬りかかる頃にはラウラは体勢を立て直していた。

 ラウラはAICを使い翼の動きを止めていた。そのまま大型レールガンの砲門が翼の胸の中心に向けられる。

 

「ああ、そうだな。油断したな」

 

 ラウラはその言葉を自責の言葉と取り口を吊り上げる。

 しかし、次に続いた言葉で驚愕に変わった。

 

「だが、それはお前だ」

 

 ラウラがその真意を探ると同時に横から衝撃が走った。

 

「お待たせ!」

 

 砲撃したのはシャルルだった。その攻撃のおかげでAICの鎖から離れた翼はシャルルの横に降り立つ。

 

「ああ。だが、本番は」

 

「うん。ここからだね」

 

 翼は不知火を収納。腰にある雷撃、電撃を取る。

 

「さぁ、2対1だ。ここからひっくり返せるか?」

 

◇◇◇

 

「ふあー、凄いですねぇ。岸原くんの動き。ISであんな動きできるんですねぇ」

 

 教師のみが入れる観察室でモニターに映し出される戦闘映像を眺めながら真耶は感心したようにつぶやいていた。

 

「普通のISではできない。あれは今のユニコーンだからこそできる動きだ」

 

 モニターに映し出されているユニコーンの動きは無茶苦茶なものだった。

 

 一瞬バランスを崩したかと思ったら回転して攻撃に移り、ワイヤーブレードをすれすれでかわすと危うい体勢のまま脛のモーターブレードで斬りかかる。

 その動きはまるでバランスを捨てたような物だった。

 

 本来のユニコーン・リペアの戦闘スタイルがこれだ。

 バランスをわざと崩すことで初期動作を早くする。そのズレを調整するためにわざとブースターやスラスターの出力などを狂わせていた。

 

 通常のとおりに運用しようとすると狂ったまま動くことになるがバランス崩したような動きになるとその狂いがむしろ丁度良くなる。

 

(しかし、その反面動きの制御が難しくなり。相手はともかく自分すらもその動きがわからなくなる)

 

 バランスを崩したおかげで簡単に上下逆さまになったり、不安定な体勢になるためどこかふわふわした挙動になり扱いずらい。

 それがユニコーン・リペアの弱点だ。しかし、それ故に近接戦闘戦、高速戦闘においては最強と言える。

 

「それにしても学年別トーナメントのいきなりの形式変更は、やっぱり先月の事件のせいですか?」

 

 先月の事件とはあの黒い全身装甲のISが乱入してきたことだ。

 それは一般的には反政府組織の仕業ということになっている。

 IS学園を襲撃した、というだけでも重大なことだが、それが無人機だとわかればますます事態は危うい方向へと向かってしまう。

 

 現在でも各国が敵対国の仕業ではないのかとお互い探り合っている。

 

「詳しくは聞いていないが、おそらくそうだろう。より実戦的な戦闘経験を積ませる目的でツーマルセルになったのだろう」

 

「でも一年生は入学してまだ3カ月ですよ?戦争が起こるわけでもないのに、今の状況で実戦的な戦闘訓練は必要ない気がしますが……」

 

 真耶の言うことはもっともだ。だが、千冬はその疑問が投げかけられるのを予想していたらしく変わらぬ表情で答える。

 

「そこで先月の事件が出てくるのさ。特に今年の新入生には第三世代型兵器のテストモデルが多い。そこに謎の敵対者が現れたら、何を心配すべきだ?」

 

 そこまで言われ真耶もその考えに達し、パンッと軽く手を叩く。

 

「あっ!つまり、自衛ため、ですね」

 

 千冬は1回頷くことで肯定を表した。

 

「そうだ。操縦者はもちろん、第三世代型兵器を積んだISも守らなくてはならない。しかし教師の数は有限である以上、それらは原則自分の手で守るしかない。そのための実戦的な戦闘経験なのさ」

 

「ははぁ、なるほどなるほど」

 

 真耶は疑問氷塊とばかりに頷く。

 なお、原則ISに使用されている技術は開示することが決まりである。

 しかし、新しい技術を作りすぐに開示してしまっては他国に簡単に盗まれてしまう。それでは開発するメリットはない。少なくとも技術応用のノウハウやIS操縦者の練度を高めなくては、開発国や企業が損をするだけなのである。

 

 そこで、登場するのがこのIS学園だ。

 ISはその成り立ちの特性上、あらゆる法の適応外という側面を持っている。もちろんすべての法に対し無効化できるわけではないが、一番重要なのは『IS技術における試行』という項目である。

 

『新技術に必要とされる試行活動を許可し、またそれらのデータの提出は自主性に委ねるものとして義務は発生しない』

 

 つまり、ISの新技術において『データの開示をせずに実戦データを集められる』のは世界中を探してもIS学園だけだ。

 

 そのため、各国は第三世代型兵器搭載ISを送り込んでくる。そして、真の狙いはワンオフ・アビリティーとの融合である。

 三年の間にうまく第二形態に移行し、第三世代型兵器を使用したワンオフ・アビリティーが生まれれば、その後技術が開示されてもなんら問題はない。

 なぜならワンオフ・アビリティーは“絶対に”真似できないからである。

 

 ワンオフ・アビリティーが発現する確率は低いがそれでも三年間の稼働経験値、蓄積データという決して小さくないアドバンテージを得ることができる。

 これらのことから、IS学園の生徒は代表候補生でありながらも最新型の専用機を与えられる。

 

「それにしてもすごいコンビネーションですね」

 

「…………」

 

 真耶の感心する言葉を聞きながら千冬は視線をモニターに戻す。

 そこには真耶の言うとおりの翼とシャルルがいた。翼が近接攻撃をしかけたかと思えば途中で急に動きが変わりシャルルが近接攻撃をしかけていた。

 

 その複雑にかつ迅速に入れ替わる動きにラウラは押されていた。しかし、押されているだけで決定打は未だ受けていない。

 

「強いですねぇ、ボーディヴィッヒさん。あの攻撃をかわしながら反撃するなんて」

 

「……そうだな」

 

(ラウラ・ボーディヴィッヒ。強さを攻撃力と同一と思っている時点でお前は––––)

 

 モニターにはかすかに焦りを帯びたラウラが映る。

 

(一夏には勝てない。そして翼––––)

 

 千冬はモニターに映るユニコーンを見つめる。

 そんな時、会場が一気に沸いた。その歓声は凄まじく観察室に直接響いたほどだ。

 

「あっ!岸原君、斬月を展開しましたね!一気に決めるつもりでしょうか」

 

「さて、そう上手くいくかな」



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黒い雨(下)

「これで決める!」

 

 翼は斬月を発動させラウラへと直進する。

 ラウラはその必殺の一撃を防ぐためにAICによる拘束攻撃を飛ばす。が、その不可視の攻撃をユニコーン・リペア独特のバランスを捨てた機動ですべて回避される。

 

「くっ、ちょろちょろと!」

 

 舌打ちをこらえながらその攻撃にワイヤーブレードも加え、攻勢は熾烈を極めるがそのすべてをすれすれでかわされ当たることはない。

 

 翼は不知火を高く掲げた。

 ラウラはそれを見てその次に来るであろう攻撃にAICをぶつけるために意識を集中する。

 

 が、翼はあろうことか地面に不知火を突き刺すと棒高跳びの要領で一気に上空に飛び上がった。

 

 彼が飛ぶその先にはいつのまにか一丁のライフルが宙を舞っていた。

 

「なにっ!?」

 

「残念だったな。斬月はフェイクだ」

 

 翼はそのライフルを掴むとラウラに向けて放つ。

 だがラウラは意識をすぐさま切り替えそれをAICで防ぐ。

 

「無駄な小細工を!」

 

「無駄かどうかはわからないぜ」

 

 翼の口がニヤリとつり上がる。

 ラウラはその言葉の意味が理解できずに疑問符を浮かべるがその意味は自分の周りを見てようやくわかった。

 

 ラウラの周りには大型ミサイルの破片が転がっていた。そこにはなんら問題はない。

 しかし、問題はそのミサイルの破片に紛れるようにその地面には小さい突起があるということ。

 

「しまっ––––」

 

「遅い!!」

 

 翼はある装置を起動。その瞬間、小さい突起から電磁ワイヤーが伸び、ラウラを絡め取る。

 

 開幕に放った大型ミサイル、その中には元々電磁ワイヤーの発生装置が仕組まれていたのだ。

 ユニコーン・リペアの機動に振り回されるであろうラウラは周りへの注意が散漫となる。半ば掛けではあったがその読みはあたり成功した。

 

「くっ!こんなものに!」

 

 ラウラは電磁ワイヤーから逃れようと足掻くが、焦っているせいかなかなか脱出する事ができない。

 しかし、あまり強力ではないそれはすぐに切られるだろう。

 

「シャルル!!」

 

 だが、少しでも動きが止まったのは確かなことだ。

 

「了解!!」

 

 翼の声にシャルルは答える。

 

「っ!!?」

 

 慌ててラウラは視線を動かしシャルルに大型レールガンの砲門を向けるが、それはあまりにも遅かった。

 瞬間加速(イグニッション・ブースト)で零距離まで肉薄していたシャルルのISが装備してた盾の装甲が弾け飛び、中からリボルバーと杭が融合したような装備が露出する。それは第二世代型IS中トップクラスの攻撃力を誇るものだ。

 

「貴様が瞬間加速を!?」

 

「今初めて使ったよ」

 

(いや、今はそれよりも!)

 

 驚くべきはそこではないとラウラは視線を盾から露出したそれに向けていた。

 それは六九口径パイルバンカー灰色の鱗殻(グレー・スケール) )。通称––––

 

「––––盾殺し(シールド・ピアース)!」

 

 そう呟くラウラの表情は焦りが強く現れ必死の形相だった。

 

 シャルルは左手拳をきつく握りしめ、叩き込むように突き出す。

 それは動きの読みにくい点の突撃。さらにその攻撃は瞬間加速により接近している。

 

 全身停止はできない、間に合わない。

 電磁ワイヤーのせいで回避もできない。ピンポイントでパイルバンカーを止めななければ––––

 

「くっ!!!」

 

 ラウラはその目を集中して一点に狙いを澄ます。

 だが、瞬間加速には追いつけず外した。一瞬シャルルは笑みを浮かべる。

 それは見るものに死を宣告する天使を思わせた。

 

「ぐううっ……!」

 

 ラウラの腹部にパイルバンカーの一撃が叩き込まれる。

 ISのシールドエネルギーが集中し絶対防御が発動するがエネルギー残量が一気に減少する。

 

 しかし、それでも相殺しきれなかった衝撃に深く体を貫かれラウラの表情は苦悶に歪む。

 だが、これで終わりではない。

 

【灰色の鱗殻】はリボルバー機構により高速で次弾炸薬を装填する。

 つまり、連射が可能なのだ。

 

「っ!!っ!!がっ!!」

 

 続けざまに三発を撃ち込まれラウラの体が大きく傾く。機体には紫電が走りISの強制解除の兆候が見える。

 だが、次の瞬間それは起こった。

 

(こんな……こんなところで負けるのか、私は……!)

 

 確かに相手の力量を見誤ってしまった。それは間違えようのないミスだった。

 しかし、それでも––––

 

(私は負けられない!負けるわけには、いかない!)

 

 ラウラ・ボーディヴィッヒ。それが彼女の名前であり識別記号だ。一番最初に付けられた記号は遺伝子強化試験体C-0037。人工合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から彼女は生まれた。

 

 暗い。暗い闇の中に彼女はいた。

 

 ただただ戦うために作られ、生まれ、育てられ、鍛えられてきた。

 知っているのは人体の攻撃方法。わかっているのは敵軍への打撃を与えるための戦略。

 

 彼女は優秀だった。格闘技を覚え、銃をならい、様々な兵器の使い方を体得した。性能面において最高レベルを記録し続けていた。

 それがある時、世界最強の兵器。ISが現れてから彼女の世界は一転した。

 原因はISの適合性上昇のために行われた処置『ヴォーダン・オージェ』だ。

 

『ヴォーダン・オージェ』

 擬似ハイパーセンサーとも呼べるそれは脳への視覚信号伝達速度の大幅な上昇と超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした肉眼へのナノマシン移植処理を指す。

 

 擬似的なシンクロシステムと言っていいそれの危険性は0、理論上では不適合もない。はずだった。

 しかし、彼女の左目はこれにより金色に変質、常に稼働状態のままカットできない制御不能へと陥った。

 

 これを境に彼女はIS訓練で後れを取り、トップの座から転落していき奈落の闇へと落ちていった。

 そんな彼女の救い。それが織斑千冬との出会いだった。

 千冬の言葉を忠実に実行するだけで、彼女は再び最強の座に君臨した。

 

 彼女は願った。こうなりたいと。この人のようになりたいと。

 そんな時彼女は千冬に尋ねた。

 

「どうしてそこまで強いのですか?どうすれば強くなれますか?」

 

 その時だった。千冬は初めて彼女にわずかに優しい笑みを浮かべた。

 

「私には弟と弟子のような奴がいる」

 

「弟と弟子?ですか」

 

「ああ、あいつらを見ていると、わかる時がある。強さとはどういうものなのか、その先に何があるのかをな」

 

「……よく分かりません」

 

「今はそれでいい。そうだな。いつか日本に来ることがあるなら会ってみればいい。……だが、一つ忠告しておく。これは特に弟子の方だが––––」

 

 優しい笑み、どこか気恥ずかしそうな表情だった。

 

(それは、違う。私が憧れるあなたではない。あなたは強く、凛々しく堂々としているのがあなたなのに)

 

 だから許せない。千冬にそのような表情をさせるその2人の存在を。

 

(力が、欲しい)

 

 そう望んだ時だった。唐突にそれは言った。

 

『願うか?汝、自らの変革を望むか?より強い力を、欲するか?』

 

 その問いに彼女は即答する。

 

「よこせ!私には何もない。空っぽだ。そんな私などすべてくれてやる。だから、比類無き最強を、唯一無二の絶対を!私によこせ!!」

 

 Damage Level……D.

 

 Mind Condition……Uplift.

 

 Certification……Clear.

 

 《Valkyrie Trace System》……boot.

 

 

「あああああっ!!!」

 

 それは突然だった。

 ラウラは身を裂かんばかりの絶叫を発した。それと同時にシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれ、シャルルの体が吹き飛ばされた。同時に電磁ワイヤーも引き千切られる。

 

「ぐっ!一体何が……。っ!?」

 

「な、に!?」

 

 翼とシャルルは目を疑った。

 2人の視線の先ではラウラが纏うそのISが変形していた。しかし、それはユニコーンのようなものではなく装甲をかたどっていた線はすべて溶け、どろどろになりラウラの全身を包み込んでいく。

 

「なんだよ。あれ……」

 

 翼は呆然とつぶやいていた。

 ありえない。翼はISを開発していた経験があるためにそう強く思う。

 ISが形状を変えるのは【初期操縦者適応(スタートアップ・フィッティング)】と【形態移行(フォーム・シフト)】の二つだけだ。

 例外としてユニコーンのシンクロシステム発動時があるがそれでも目の前のそれは明らかに異常だった。

 

 シュヴァルツェア・レーゲン“だった”ものはラウラの全身を包むと、その表面を流動させながらまるで心臓の鼓動のように脈動を繰り返し、ゆっくりと地面へと降りていく。

 

 それが地面にたどり着くと、今度は倍速をしているかのような速さで全身を変化させ成形する。

 そこに立っていたのは黒い全身装甲(フル・スキン)のISのようなもの。

 

 ボディラインはラウラのそれをそのまま表面化した少女のそれであり、最小限のアーマーに覆われ、目の箇所には装甲の下にあるラインアイ・センサーが赤い光を漏らしていた。

 

 翼はその形状に見覚えがあった。

 

「あれって、まさか【暮桜】?なんで……いや、そうかっ!!?」

 

(ドイツの連中はアレを引っ張り出してきたのか。なるほど……シュヴァルツェア・レーゲン、黒い雨と言うのはそう言う意味か)

 

 黒い雨。それはある隠語として使われている言葉だ。そのある物、とは。原子核爆弾投下後に降る雨のことである。

 

 翼がそれの正体を見破った瞬間、体に異常が走った。

 

(なんだ。ユニコーンが……!!)

 

 ユニコーンの装甲の間からは赤い光が薄っすらとだが浮かんでいた。

 

「翼!!」

 

 シャルルは翼に近寄る。

 

「なんだこれ。ユニコーンが反応している?いや、これは共鳴?」

 

 翼がユニコーンの異常の原因を探っている時だった。横を白い何が通り抜けた。

 

「一夏!?」

 

 それは白式だった。翼はそれを確認すると一夏を追いつきその腕を掴んだ。

 

「お前何してんだよ!わざわざシールドを破ってくるなん––––」

 

 翼の言葉を最後まで聞くことなく一夏は言葉を飛ばす。

 

「あれは【雪片】なんだよ!千冬姉の刀なんだよ!」

 

 その表情には明確な怒りが浮かんでいた。

 

「たからなんだ!お前一人で行ってどうにかなるのか!?」

 

「邪魔するな!どかないなら力づくで––––」

 

「っ!この野郎!」

 

 翼は一夏の顔を殴りつけた。その衝撃で一夏は横に転んだ。

 

「落ち着けバカ野郎。お前の怒りは分かる。あれは千冬さんのコピーだ。だが、お前一人でどうにかなるのか?」

 

 その言葉は冷静そのもの。しかし、表情には明確な怒りが浮かんでいた。

 

「…………っ!!悪い、翼。俺……」

 

「わかればいい」

 

 翼はそう言うと不知火を展開する。

 

「翼?」

 

「まぁ、そうは言うが俺も正直イライラしてんだ。あのバカ。突然現れたかと思えばあんな力に振り回されて」

 

 そこで言葉を切ると一夏の方をに視線を移し続ける。

 

「一夏、あいつを正気に戻す。手伝え。1人では無理だが俺たちなら、あの人に剣を教わった俺たちならいける」

 

 一夏は翼の言葉に目を見開くと呆れたように言った。

 

「命令形かよ。まぁ、いいけどよ!」

 

 その言葉に答えながら雪片弐型の感触を確かめるように振るう。

 

『非常事態発声!トーナメントの全試合は中止!状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む!来賓、生徒はすぐに避難すること!繰り返す!』

 

「聞いてのとおり2人がしなくても状況は収拾されると思う。けど––––」

 

「ああ、俺たちがやる」

 

「だな。ここで下がったら、俺らしくない」

 

 シャルルは翼と一夏の言葉にやっぱりと言うような表情を浮かべると言った。

 

「だと思った。ちゃんと戻ってきてね。翼、一夏」

 

「ああ」

 

「任せろ」

 

 翼と一夏は目の前の相手へと向かう。

 

「一夏、アレ、やるぞ」

 

「……了解!」

 

 2人は短くそう交わすと意識を己の武器に向ける。

 イメージするのは一束の光、それをさらに細く、鋭く、尖らせる。そのイメージに応えるかのように放出されていたエネルギーは日本刀のように集約される。

 

 翼は不知火を、一夏は雪片弐型を腰に添え、居合の構えで黒いISへと向かう。

 それは2人がこれまでの経験をまとめため磨き上げた技。

 

 黒いISは刀を振り下ろす。それは千冬が繰り出すものと寸分違わず同じ、速くそれでいて鋭い袈裟斬り。だが––––

 

「そんな意志がないものなど!!」

 

「ただの真似事だ!」

 

 2人は腰から同時に抜き放ち横一閃、2人で相手の刀を完全に弾く。その攻撃により黒いISは大きく仰け反る。

 そして、すぐさま頭上に構え、ちょうどクロス字を描くようにそれぞれ斜めに断ち切る。

 

 これが一閃二段の構え。

 一足目に閃き、二手目に断つ。2人が編み出していた彼らの技術を集めた技だ。

 

「ぎ、ぎ、……ガ……」

 

 紫電が走ったかと思うと黒いISはバラバラに砕けた。

 そして、気を失うまでの一瞬に翼とラウラの目があった。眼帯が外れ、あらわになった金色の左目。

 そして、それはひどく弱りきった子犬を思わせた。

 

「……さて、と。俺は気が変わったが。お前は?」

 

「俺も、ぶっ飛ばすのは勘弁してやる」

 

 翼はラウラを優しく抱き抱えた。



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親友

「一つ忠告しておくぞ。これは特に弟子の方だが、心は強く持て。あれはあまりにも脆すぎる。そのくせ妙に女を刺激する。油断していると惚れるぞ?」

 

 彼女にはその表情は嬉しそうで、どこか照れくさそうで、悲しそうだった。

 

「教官も惚れているのですか?」

 

「師匠が弟子に惚れるものか、馬鹿め」

 

 ニヤリとした顔で千冬は言った。

 彼女には今ならなんとなく分かる千冬が言った弟子のことが。

 

 その少年に出会ってわかった。戦って、理解した。

 少女は問う。強さとは?

 

『俺もよくわからない。でも、強いて言うなら自分がどうありたいかじゃないか?』

 

『……そうなのか?』

 

『うーん。まぁ、俺はまだ歩き方を覚えた赤子だからなぁ』

 

 少年はどこか恥ずかしそうに笑みを浮かべ頬を掻く。

 

『……歩き、方?』

 

『そう。どこへ向かうのか、どうして向かうか、だな』

 

『……どうして向かうのか……』

 

『ああ、俺もまだ答えは出てないけどなぁ』

 

『……一つ聞いていいか?』

 

『なんだ?俺に答えられることなら答えるけど』

 

『……お前は、なぜ強くあろうとする?どうして、なぜ強い?』

 

 少女の問いに少年は一瞬止まると吹き出すように笑い始めた。何がそこまでおかしいのか少年は腹を抱えて笑っている。

 

『はぁ?俺が強い?あはははっ!』

 

『……何がおかしい』

 

 何もおかしいことは聞いていない。真剣に聞いた。少なくとも自分のなかでは。

 

『いや~、すまんすまん。俺は強くない。俺はただの負け犬さ。強いのはたぶん一夏みたいな奴だよ。でも––––』

 

 さっきまで腹を抱えて笑っていた者とは同じとは思えない真剣な表情を一瞬浮かべると再び表情を和らげる。

 それはどこか儚げで脆さを感じた。

 

『……?』

 

『でも、もし俺が強いって言うんならそれは、強くなりたいからかなぁ』

 

『……強くなりたい?』

 

『ああ、強くなって、したいことがあるんだ』

 

『……したいこと?』

 

『守りたいんだよ。今度こそ。俺のすべてを使って、大切な人達を守りたい。それは償いみたいになるけどな』

 

 照れ笑いを浮かべるその表情。彼女にはそれは、まるで––––

 

『お前ももう俺の大切な人達に入ってんだぞ?だから守ってみせる。ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

 言われて、彼女。ラウラの胸は感じたことのない衝撃に強く揺さぶられる。

 

『守る』

 

 どこか儚く、しかし、力強い表情でそう言われてラウラは分かった。

 

 早鐘を打つ心臓が言っている。こいつの前では、私はただの15歳なのだと、ただの『女』なのだと。

 

 ––––岸原 翼。

 

(ああ、これは確かに。惚れてしまいそうだ)

 

◇◇◇

 

「う、ぁ………」

 

 ぼんやりとした光が天井から降りてきているのを感じ、ラウラは目を覚ました。

 

「気がついたか」

 

 その声には聞き覚えがあった。いや覚えがある程度ではない。この声は自らが尊敬して敬愛してやまない織斑千冬のものだ。

 

「私……は……?」

 

「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉疲労と打撲がある。しばらくは動けないだろう。無理をするな」

 

 千冬はそれとなくはぐらかそうとしたつもりだったが、かつての教え子には通じることはなかった。

 

「何が……起きたのですか?」

 

 無理をして上半身を起こすラウラは全身に走るその痛みに顔を歪める。

 だが、右目の赤色、左目の金色の瞳が千冬をまっすぐ見つめる。

 

「ふぅ……。一応、重要案件である上に機密事項なのだがな」

 

 しかし、千冬は相手がそう言って引き下がらないことを十分知っている。沈黙でここだけの話であることを伝えるとゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「VTシステムを知っているな?」

 

 その言葉を聞くとラウラは一瞬目を見開き、そして、自分の身に何が起きたのかを察し、暗い表情のままラウラは千冬の質問に答える。

 

「はい……。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするシステムで、確かあれは––––」

 

「ああ、IS条約ですべての国家・組織・企業での研究・開発・使用のすべてが禁止されている。それがお前のISに積まれていた」

 

 ラウラはやはり、と言ったような表情を浮かべ苦い顔をする。

 

「…………」

 

「かなり巧妙に隠されていたがな。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意志、願望。それらが揃うと発動するようになっていたらしい。現在学園はドイツ軍に問い合わせている。近く、委員会からの強制捜査が入るだろう」

 

 千冬の言葉を聞きながらラウラはシーツを握りしめる。その視線はいつの間にかうつむき、眼下の虚空をさまよっていた。

 

「わたしが……望んだからですね」

 

 あなたになること。その言葉を口にすることはなかったが千冬に十分に伝わった。

 千冬はラウラから隠すように心の中でため息をこぼす。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はいっ!」

 

 いきなり名前を呼ばれラウラは驚き顔を上げる。

 

「お前は誰だ?」

 

「わ、私は……」

 

 言葉の続きが出てこない。自分がラウラ・ボーデヴィッヒであると、どうしても言えなかった。

 

 その言葉に詰まるラウラに千冬はすべてを察しているように少し表情を緩める。

 

「誰でもいいのなら、ちょうどいい。お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。なに、時間はある。なにせ三年間はこの学園に在籍しなくてはならない。もちろん、その後も、時間はある。たっぷり悩めよ、小娘」

 

 千冬は言い終えると保健室を出ようとドアに向かう。

 そして、ドアに手をかけたところで、振り向くことなく再度言葉を投げた。

 

「お前は私にはなれないぞ。アイツの師匠というのはなかなか心労が絶えん。それに同じような弟もいるしな」

 

 ラウラにはその表情は見えないがなんとなくニヤリと笑っていると思った。

 千冬が去ってから数分経って、急におかしくなり笑みがこぼれた。

 

(ああ、なんてずるい師弟だろう。2人揃って言いたいことだけ言うと逃げてしまった)

 

 あそこまで言って後は自分で考えろとは、ずるいことこのうえない。

 

(自分で考えて、自分で行動しろ、か……)

 

 完敗だった。それも完膚無きまでの。だが、それは今はたまらなく心地よく感じた。

 

◇◇◇

 

『トーナメントは事故により中止となりました。ただし、今後の個人データ指標と関係するため、すべての一回戦は行います。場所と日時の変更は各自個人端末で確認の上––––』

 

 と流れていた学食のテレビを誰かが消した。

 

「やっぱりこうなったなぁ」

 

「そうだねぇ」

 

「そうだなぁ」

 

 当事者たちがなにを呑気なことを、と言われそうだが彼らは先ほどまで教師陣から事情聴取されていた。

 それに解放される頃には時刻は食堂閉鎖ギリギリの時間。慌てて食堂に向かってみれば話を聞きたがっている女子たちが待っていた。

 

 だがとりあえず晩飯を食べてから、ということで夕食優先でテーブルに着き、重要な告知があるとテレビで帯が入り、流れたのが先ほどの内容だ。

 

「そう言えば、ユニコーン、また暴走しかけてたけど」

 

「ああ、あれな。俺もよく分からん。何か。まぁ十中八九、あの黒いやつと思うけど。それに共鳴したって考えてる」

 

「「ふーん」」

 

 この話は長くなることが容易に予想できたため一夏とシャルルは適当に答える。

 

 翼も疲れから話をろくに話せる状態でないことを自覚しているために詳しく説明をすることもない。

 そんな彼らの後ろでは女子一同が珍しく落胆していた。

 

「……優勝……チャンス……消え……」

 

「交際……無効……」

 

「……う、うわあああんっ!」

 

 そのままバタバタと食堂から十数名の女子が走り去っていった。

 

「何事だ?」

 

「さぁ?」

 

「なんか賭けでもやってたんじゃないか?」

 

 女子たちが去った後に呆然と立ち尽くしている姿を翼は見つけた。それは翼がよく知る人物だった。

 口から魂が抜けているような姿だったが、翼はひとまずその人物、箒に近づく。

 

「そう言えば、箒。先月の約束なんだが––––」

 

 翼の言葉に反応した箒がゆっくりとした動作で翼の方を向く。

 

「付き合ってもいいぞ」

 

 箒の表情が固まった。彼女自身の中では時間さえも止まっている。

 

「…………なに?」

 

「だから、別に俺は付き合っても良いって……うわっ!?」

 

 突然バネのように大きく動いた箒は翼に詰め寄った。

 

「ほ、本当か?本当に、本当に、本当なのだな!?」

 

「あ、ああ」

 

「な、なぜだ?り、理由を聞こうではないか……」

 

 箒は腕組みをして咳払いする。その頬は赤みがさしている。

 

「そりゃ友人の頼みにぐらい付き合うさ」

 

「そ、そうか!」

 

 箒の表情は嬉しそうにパアッと明るくなる。しかし、それも束の間のことだった。

 

「買い物の荷物持ちだろ?」

 

「………………」

 

 翼の言葉を聞いた瞬間、箒の表情はこわばる。

 

「……だろうと……」

 

「んで、どこに行くんだ?家具か?」

 

 翼は箒の変化に気づくことはなく言葉を紡ぎ続ける。そこに悪意といった感情はない。ないからこそ余計に性質が悪い。

 

「そんなことだろうと思ったわ!」

 

「ぐはぁっ!?」

 

 腰のひねりを加えた正拳が翼の頭に直撃した。翼の視界は一種暗転した。

 

「う、ぐっ、ぐぅ……」

 

 ずかずかと去っていく箒を視線で追うことすらできず翼は悶える。

 

「翼ってさぁ。本当に鈍感だよなぁ」

 

「だから、本当にお前にだけは言われたくないんだよ……」

 

◇◇◇

 

 それから翼が回復したのは15分後のことだった。席に戻った翼は未だに痛む腹を抑えながらお茶を飲んでいた。

 

「そういえば少し聞きたいんだが」

 

「うん、なに?」

 

 シャルルは機嫌がよさそうな様子で答える。試合が終わってからシャルルは妙に機嫌がよかった。

 翼はもちろん、一夏にもその理由はわからない。

 

「ISってプライベート・チャンネル以外に2人だけの空間で会話できたっけ?」

 

「うん?うーん。聞いことあるけどIS同士の情報交換ネットワークの影響で起きるあれかな?」

 

「ああ、なるほどな。ふむ、あんな曖昧な空間なのか……」

 

 意味を理解する前に始まり終わった会話に一夏は疑問符を浮かべる。

 

「なぁ、2人だけで会話が成立してるんだが。あれってなんだよ」

 

「ああ、悪い。ISには操縦者同士の波長が合うと特殊な相互意識干渉、プロッシング・アクセスっていう現象が起きことがあるんだ。ってもISは本当に分からん。母さんと父さんもなにも言わないし。束さんは自己進化するようにしたって言うし。本当、あの3人は」

 

 翼ははぁ、と重いため息を漏らす。

 

「なんか、らしいなぁ」

 

 一夏も束については同意することができ今度は2人揃って重いため息を漏らす。

 

「……ねぇ、翼。2人だけの空間の会話って、ボーデヴィッヒさんと?」

 

「ああ、そうだけど……」

 

「ふーん。そう」

 

 なんでもないように返したシャルルだが、ここ最近の特訓のおかげか途端に不機嫌になったのが翼には分かった。

 

 シャルル本人はなるべく表面上は出さないようにしているため見た目ではほとんどわからないが語尾が少し強くなっている。

 翼が急に不機嫌になった理由を聞こうとした時だった。

 

「あ、3人ともここにいましたか。さっきはお疲れ様でした」

 

「いえ、山田先生こそ。ずっと手記で疲れたんじゃないですか?」

 

「いえいえ、私は昔から地味な活動は得意なので心配には及びませんよ。なにせ先生ですから」

 

「えっと、それでどうしたんですか?また事情聴取ですか?」

 

「あっ!そうでした。なんとですね!今日から男子の大浴場の使用解禁です」

 

「え?そうなんですか!?」

 

「早いですね。てっきり来月からかと……」

 

「それがですねー。今日は大浴場のボイラー点検があったのでもともと生徒たちは使えない日なんですよ。でも点検はもう終了してので、それなら男子たちに使ってもらおうって計らないなんですよ」

 

◇◇◇

 

 ということで3人はさっそく大浴場の脱衣所に来ていた。だが、問題が一つ。

 

「シャルル、どうする?」

 

 そうシャルルは本当は女子。さすがに男と一緒に入るわけにはいかない。

 

「い、いいよ。2人が入ってよ。その、お風呂ってそんな好きなわけじゃないから。それに今回のことを解決したのは2人だよ?ゆっくりしなよ」

 

「……分かった。ありがたく入らせてもらうよ」

 

「ありがとう!シャルル」

 

 翼と一夏は言うと服を脱ぎ大浴場に入る。

 

 大浴場は2人が驚きの声を反射的に漏らすほどかなり広かった。

 まず、すぐ目につくのが大きい湯船。その隣にはジェットバブの付いている中くらいの湯船。

 それに加え檜風呂があった。さらにはサウナ、全方位シャワー、打たせ滝までも完備してあった。

 

「おお!すっげぇ」

 

 一夏は嬉しそうに大浴場を見回す。かなりの風呂好きのようでその目は輝いていた。

 

「すごい。設備だな。……これが国民の税金で作られたのか」

 

 2人はその大浴場に圧倒されながらも体を洗い、2人にはあまりにも大きすぎる湯船に浸かる。

 

「はぁ、風呂にゆっくり浸かれるなんて…………なんて」

 

 翼は自分の両手の掌を見ながら小刻みに震えていた。

 

「翼?」

 

「初めてじゃん!」

 

「え?なんで?」

 

「俺が湯船に浸かろうとしたら父さんか母さんが入ってくるし、その2人が来なかったら絶対に沙耶が入ってくるし」

 

 翼の目にはかすかに涙が浮かんでいた。先ほどの小刻みな震えは歓喜からきていたようだ。

 

「それはたしかにきついな……って、ちょっと待て、沙耶って誰だ?」

 

「ん?ああ、言ったことなかったな。俺の幼なじみだよ。ちょっと。いや、かなり変わってるな」

 

 そう呟く翼はどこか遠くの景色を見ていた。

 翼も大変なんだなぁ。と一夏はぼんやり思っていると急に雰囲気が変わった翼が口を開いた。

 

「ありがとうな。一夏」

 

「……なんだよ。急に」

 

「あの話を聞いた後も俺の友人のままでいてくれて」

 

 己の過去を打ち明かしたにも関わらず。一夏とシャルルは全く変わらない雰囲気で接してくれていた。

 

「……別に、確かに翼はしたらダメなことをした。それは償わなきゃいけないことだ。でも、それは昔のことだろ?それを知ったとこで俺が今見ている岸原翼は変わらねぇよ」

 

 翼はそれを聞くと大声で笑いだした。その声は大浴場によく響く明るいものだった。

 

「あはははっ!本当、姉弟だよなぁ。同じようなことを千冬さんに言われたよ。『私は昔のお前など見ていない。私が見ているのは今、私の目の前にいる岸原翼だ』って。まったく俺は本当にいい親友を持ったよ」

 

 翼は一夏に向け拳を突き出す。

 

「それは俺もだ。こんな頼もしい奴そうそういないからな」

 

 翼の拳に一夏は己の拳を軽くぶつけた。



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脈動する力

「シャルル。ありがとう」

 

 あれからしばらくたち翼は部屋に戻りシャルルに軽く頭を下げた。

 シャルルはその礼の意味を察し頭を横に首を振る。

 

「感謝するのは僕の方だよ。翼がいなかったら僕は諦めて流されるままに生きてるだけだったから。ありがとう翼」

 

 笑顔でそう返した。それはいつもと変わらないシャルルの姿だった。

 

「い、いや。あれはその。俺みたいに自分の生き方で後悔して欲しくなかったから」

 

 翼はその眩しい笑顔から目をそらす。

 

「それに、ね。もう一つ決めたんだ。僕のあり方。翼が教えてくれたんだよ」

 

「そんなこと教えたか?」

 

 そんなことを言った覚えはない。そもそも自分の話のどこにそんな要素があったのかわからない。そう思っている翼の心情をある程度察しシャルルは肩を落とす。

 

「翼って鋭いときあるけど基本鈍感だよね。もう憎たらしいくらいに」

 

「う、それは……すまん」

 

「いいよ。許してあげる。ただし、これから僕のことはシャルロットって呼んでくれる?2人きりのときだけでいいから」

 

「それって、本当の?」

 

「うん。本当の僕の名前。お母さんがつけてくれたんだ」

 

「分かった。シャルロット」

 

「ん」

 

 嬉しそうにシャルル、いや、シャルロットは返事を返す。それは子供のように無邪気でいつもの屈託のない表情だった。

 

「本当は俺にも名前があるんだよ。本当の両親がつけてくれた名前が……」

 

「……そうなんだ」

 

「ちょうどいい機会だし教えよう。俺の本当の名前は––––」

 

 翼が本当の名前を口にするとシャルロットは優しい笑みを浮かべた。

 

「……いい名前だね」

 

「汚れた名前だけどな……。たぶん俺はこの名前を使うことはないだろうな」

 

(いや、もう一度使うとき……それは)

 

 翼はその考えを消すように部屋から見える夜空を見上げた。

 

◇◇◇

 

 翌日。朝のホームルームにシャルロットの姿はなかった。

 

「あれ?」

 

 翼は疑問に思いながらも自分の席につく。

 

「どうした?」

 

「いや、シャルロ……。シャルルがいないんだよ。先に行っててって言われたんだが。ラウラはまだ怪我が治ってないだろうから分かるんだが」

 

「み、みなさん、おはようございます」

 

 教室に入ってきた真耶はフラフラしていた。朝からかなりの精神的ダメージを負ったことがよくわかる。

 

「今日は、ですね……みなさんに転校生を紹介します。転校生といいますか、すでに紹介は済んでいるといますか、ええっと……」

 

 真耶の説明にほとんど全員が首をかしげる。

 

 たった1人を除けば、だが。

 

(あれ?なんだ。なんか嫌な予感がする。この予想は組み上がったらダメなような気が……)

 

 翼は頭を下げていた。顔には冷や汗が浮かんでいる。

 

「じゃあ、入ってください」

 

「失礼します」

 

「っ!!?」

 

(や、やっぱり!)

 

 翼の嫌な予感は的中した。してしまった。

 顔を上げた翼の視線の先にはスカート姿の彼女がいた。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 そう言うとシャルロットは丁寧に頭を下げる。

 

「ええっと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです。はぁぁ……また寮の部屋割りを組み立て直す作業が始まります」

 

(山田先生、大変そうだなぁ。……って、今の問題はそこじゃない!!)

 

「大丈夫だ。昨日の大浴場は俺たち2人だけで入ったから––––」

 

 ざわつく女子から翼をかばうように一夏は先手を打ち女子たちにそう告げた。そして、付け加えた。

 

「まぁ、同じ部屋で色々あったみたいだが、な?」

 

 一夏は笑っていた。ただし、それは他人の不幸をだが。

 そんなときかなりの勢いで教室のドアが蹴破られたかのような勢いで開いた。

 

「死ね!!!」

 

「第一声がそれか!!」

 

 翼の叫びはISを展開した鈴音に聞こえない。

 鈴音は衝撃砲の龍砲をフルパワーで放つ。

 

「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」

 

 怒りのあまり肩で鈴音は息をしていた。それはさながら毛を逆立てた猫のようだった。

 

(……あ、れ?なんで、生きて)

 

 鈴音の攻撃は直撃したはずだった。だが痛みは全く訪れない。

 翼が目を開けるとそこにはIS『シュヴァルツェア・レーゲン』を展開しているラウラの姿があった。

 

「た、助かった。ラウラ。ISは予備パーツでも使ったのか?」

 

「ああ、コアは無事だったからな」

 

「そうか。よかっ––––むぐっ!?」

 

 それは突然だった。

 翼は突然胸倉を掴まれるとラウラに引き寄せられ、唇を奪われていた。

 

「っ!?!?!?」

 

 その光景にその場にいる全員が唖然としている。と言うよりもするしかなかった。

 

「お、お前は私の嫁にする!決定事項だ!異論は決して認めん!」

 

「よ、嫁?そこは普通、婿じゃ」

 

 混乱が一周しむしろ冷静になった翼はつっこみを入れる。

 

「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

 

「それ、デタラメだぞ」

 

「あっ、あっ、あ……!」

 

 鈴音はぱくぱくと口を動かし声にならない声をあげる。

 

「あんたねえぇぇえっ!!」

 

 再び衝撃砲が展開される。

 

「ちょっとまて!俺はどちらかというと被害者側––––」

 

「アンタが悪いに決まってるでしょうが!絶対!全部!アンタが悪い!」

 

「どんな理屈だよ!」

 

 翼は生命の危機を感じ教室の後ろ側の扉から廊下に出ようとする。だが––––。

 

(っっっっ!!)

 

 強い何かを感じギリギリのところで立ち止まる。その鼻先をレーザーが通り抜けた。翼は恐る恐るレーザーが飛んできた方向を向く。

 

「ああら、翼さん?どこにお出かけですか?わたくし、実はどうしてもお話ししたいことがありまして、突然ですが急を要しますので」

 

 おほほほ、と笑みを浮かべるセシリアの顔は明らかに怒りが浮かんでいた。

 セシリアはゆらりと立ち上がる。その手にはスターライトmkⅢが握られておりビットも展開されていた。

 

「わ、悪いが。俺も急を要するんだ。あ、後にしてくれ!」

 

 翼は言うと今度は窓の方に向かう。ここは二階だが着地の瞬間にISを展開すれば余裕だろう。

 だが、翼の行動は目の前に突然現れた日本刀により妨げられた。

 

 ここはいつから戦国時代になったのかと現実逃避をしている翼に日本刀のような鋭い言葉が投げられる。

 

「翼、貴様どういうつもりか説明してもらおうか」

 

「待て待て。説明を求めたいのは俺も––––って、危なっ!!」

 

 鋭き斬撃が翼に襲いかかる。

 その斬撃から逃げていると誰かにぶつかった。

 

「ん?」

 

 翼は顔を上げるとそこには満面の笑みを浮かべるシャルロットがいた。

 

「翼って他の女の子の前でキスしちゃうんだね。僕、びっくりしちゃった」

 

「シャルロットさん。俺がしたわけではなくどちらかといえばされたと言う方が正しいのであってなぜISを展開しているのか聞きたいのですが?」

 

「さぁ?なんでたろうね」

 

 パンッ!と炸薬のはじける音ともに露出するのは六七口径のパイルバンカー【灰色の鱗殻(グレー・スケール)】。通称【盾殺し(シールド・ピアース)】。

 

(これ、さすがに死ぬなぁ。俺……)

 

 その日のホームルームは轟音と爆音、そして絶え間ない衝撃でクラスは文字どおり揺れた。

 

◇◇◇

 

 翼が死を予感している時を同じくしてとある研究施設が炎を激しく上げ燃えていた。

 ここはあるシステムを研究開発していた場所だった施設。

 しかし、その貴重なデータ類は物理的にも破壊されつくされている。

 

 研究施設を無残な有様にしたのは紫色の全身装甲のISだ。

 それは肩や胸部、スカートアーマーなど細かな違いはあるがそれはユニコーンに酷似していた。唯一とも言える大きな違いは頭部の二本角だ。

 何かを感じたのかその頭部が天を仰ぐ。空は上がる煙や火の粉のせいでよく見えない。

 

(翼ちゃん……)

 

 そのISに通信が入る。

 

『あー、あー。聞こえるかな?』

 

「……はい。状態は良好。よく聞こえますよ。お母様」

 

 お母様と呼ばれた女性、楓はどこか照れくさそうに微笑む。

 

『あらあら、気が早いわねぇ。沙耶(さや)ちゃんは』

 

 明るい世間話をするように返すと表情を真剣なものに転じさせる。

 

『沙耶ちゃん。もう一度言うけどその施設は残していたら翼に悪影響が及ぶ可能性があるの。研究員は誰一人殺さず。けれど施設は徹底的に破壊しちゃって』

 

「翼ちゃんに悪影響……」

 

 沙耶の脳裏に浮かぶのは感情をなくした翼、そしてその翼が初めて自分に向けてくれた笑顔。

 

 彼女はそれだけでなんでもできた。翼のためになんでも。

 

「翼ちゃんは私が守る。もう、あんな顔はさせない!お願い。私に力を貸して【バイコーン】!」

 

 沙耶の声に答えるようにツインアイが赤く光る。

 沙耶は前腕部からビームサーベルを取り出し刃を展開させ研究施設の破壊を再開した。

 

 それをモニターで見ていた女性は電話の相手言う。

 

「とまぁ。VTシステムの研究施設は絶賛破壊されてるところだよ。この調子だとあっという間に破壊され尽くされるだろうね」

 

「……そうか。では、邪魔をしたな」

 

 そう言うと電話の相手、千冬は電話を切った。

 千冬と電話をしていた女性の姿はどことなく不思議の国のアリスを思わせる服を着ている。しかも頭には白うさぎの耳まで付いていた。

 

「いや~。束さんは久しぶりにちーちゃんの声を聞けて嬉しかったけどねぇ」

 

 そう言うと篠ノ之束は携帯電話を放り出した。

 千冬と束の出会いは小学生の頃だった。

 それ以来、束により2人はずっと同じクラスだった。

 

 束が過去に思いを馳せようとした時だった。まるでそれを防ぐかのように放り出された携帯電話が着信を告げる。

 

「やあやあやあ!久しぶりだね!ずっとずうううっと待ってたよ!」

 

 束は嬉しそうにその電話に出た。

 なにせ着信を告げた音楽は今まで一度も鳴ることがなかったものだからだ。それが鳴った。その意味を分かるからこそとてつもなく嬉しい。

 

「……姉さん」

 

「うんうん。用件は分かってるよ。欲しいんだよね?君だけのオンリーワン、オルタナティヴ・ゼロ、箒の専用機が。モチロン用意してるよ。最高性能にして規格外。そして、白と並び立つもの。その機体は【紅椿】」




【IS名】
 ユニコーン・リペア

【外見】
 灰色の装甲がいくつか追加。肩や胸にはスラスターが追加され重装備化されている。また武御雷と同様のブースターを装備している。
 頭部はツインアイだったものがバイザー型に変更された。

【装備】

《ビームサーベル》
 前腕部、バックパックにあったビームサーベルは無くなり両腰のみになっている。
 その他ビーム出力、形状などは変わらない。

《ビームバルカン》
 頭部の二門にあり威力が少し上がっている。

《シールド》
 今まで使っていたものではなく楕円形のシールドに変更されている。
 またシールドの先端部分は可動する。そこには爆発反応装甲(リアクティブアーマー)があり攻撃にも使うことができる。

《突撃砲》
 武御雷のものと変更点なし。
 ユニコーン・リペアでは背中に追加されたサブアームで保持して使用することが多い。

《モーターブレード》
 ユニコーン・リペアの脛に追加された装備。チェーンソーのように刃を回転させることで轢断する。

《雷撃》
 変更点なし。

《電撃》
 変更点なし。

《不知火》
 変更点なし。

【その他】
 一角獣の暴走で大破したユニコーンを無理矢理使えるようにした機体。
 ユニコーンの機動力強化を目的としていた追加装備の【疾風迅雷】を元に改修された。ただし、あくまでも応急処置のために制御は難しい。


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舞う翼
騒がしい毎日を


 朝の7時、数羽のスズメが鳴きカーテンの隙間からは朝日が差し込む。

 そんな朝のまどろみの時間を翼は少し目覚めた意識の中過ごしていた。

 

(そろそろ、起きるかなぁ)

 

 とは思うがまだもう少しこの時間を楽しみたいという欲求もある。

 翼はひとまずは寝返りをしようとした時に気がついた。

 手に妙な感触があったのだ。すべすべして柔らかい物体。それに手が触れている。

 

(あれ?布団の中に何か入れたっけ?……っていうか、この感触)

 

 翼は何度かそれと同じようなものに触れている。大きさこそ違うが同じようなものを。

 

(ま、まさか。な……)

 

 翼はある予感を脳裏に走らせながら布団を勢いよくめくる。そしてそれを見て翼は頭を抱えた。

 その先には––––––

 

「ら、ラウラ……」

 

 ドイツの代表候補生であるラウラ・ボーデヴィッヒがいた。

 先月に転校してくるやいなや一夏に宣戦布告。そこに翼が横槍を入れて色々なことが起きた。

 

 その色々については思い出す度に頭が痛くなるので翼はあまり考えないようにしている。

 

 だが、現在翼が頭を抱えている理由はそこではない。

 彼が頭を抱える理由、それは何故か彼女は衣類を身に纏っていないからだ。

 つまりは全裸。唯一身につけられているのは左目の眼帯と待機状態になっているIS(右太ももの黒いレッグバンド)のみだ。

 

 ラウラが動く度に特徴的な長い銀髪が白い肌を撫でる。

 

「ん……。なんだ……?朝、か?」

 

「ああ、そうだ。もう朝だ。いいからさっさと前隠せ」

 

「おかしなことを言う。夫婦とは包み隠さぬものだと聞いたぞ」

 

「それは確かにそうかもしれないけどさ。お前はもう少し恥じらいをだな……」

 

 翼の言葉を完全に無視しラウラは一度目をこする。それだけで残っていた眠気を消したらしくいつもと同じ顔立ちになる。

 

「日本ではこういうが起こし方が一般的と聞いたぞ。将来結ばれる者同士の定番だと」

 

「……お前に間違った知識を吹き込んだのはどこの誰だ?」

 

 翼は一つ諦めるようにため息を一つ吐く。

 彼がこの状況に妙に冷静なのはただ単純に慣れているからだ。ある一人の少女のせいで。

 

(ラウラは第二の沙耶になりそうだな)

 

 翼はある少女の顔を思い浮かべ再び頭を抱えため息を吐く。

 

「しかし、効果はてきめんのようだな」

 

 翼が疑問の視線を送るラウラは控えめな胸を張りどこか自慢するような顔で言った。

 

「目は覚めただろう?」

 

「……当たり前だ」

 

 ここで追記をするが翼はあくまでもこのような状況に慣れているだけであり、全く驚いていないわけではない。

 

「しかし、朝食までまだ時間があるな」

 

 ラウラは差し出されたシーツを身に纏い、一度束ねた後ろ髪を散らす。朝の陽光が銀色の髪を照らし美しく輝いた。

 

(それにしても、先月のトーナメント以降ちょくちょくこういうことをするから本当に困る……)

 

 ここ最近のラウラは食事に同席するのは当然のようで少し前はシャワーを浴びている時に、さらにその前は着替え中にまで現れるようになった。

 

(……あれ?これ、第二の沙耶が生まれてないか?)

 

「………………」

 

 このままでは自分の身がもたない。なんとかしてこの積極性を削ぐことができないものかと考えていると。

 

「どうした?……あ、あまりそう見つめるな。私とて恥じらいはある」

 

 ラウラは言うと頬を赤く染め視線を逸らす。

 そのあまり見ない表情に翼は一瞬たじろいぐ。そんな時一つの名案が生まれた。

 

「ラウラ」

 

「なんだ?」

 

「俺は奥ゆかしい女性が好みだ」

 

「ほう」

 

 ラウラは少し驚くいたように僅かに目を開く。続けて、言葉を噛みしめるように二回頷く。

 翼は手応えを感じ心の中で小さくガッツポーズをしたが次に耳に届いた言葉にそれらは全て間違いだったと気づいた。

 

「だがまぁ、それはお前の好みだろう?私は私だ」

 

 強い意志が秘められた瞳が翼を貫いていた。

 

 まるで心のありかを指し示すように胸に添えられている手が、妙に絵になっていた。

 そして翼は今度こそ確信した。第二の沙耶が生まれた、と。

 

「だ、大体、お前が言ったことではないか……」

 

「……俺が?何か言ったか?」

 

 翼は頭の中を探るが思い出せずに首をかしげる。

 

「す、好きなようにしろと言ったくせに……卑怯だぞ……」

 

 たしかにそのようなことを言ったような気がする。が、それでも、と思い視線をラウラに向け翼は一瞬息を飲んだ。

 

 ラウラは上目遣いで翼を見つめている。先ほどまでの強気はどこへやら。今は不安そうな眼差しを翼に向けていた。

 さすがにそのような目を向けられればなにも言うことができない。

 

「か、隠せと言った割りには随分と熱心な目だな」

 

 ラウラはそれを下心がある。と受け取ったらしく冷たい目を向ける。

 

「んな!違う!そうじゃ」

 

「で、では、見たい。と言うことか?朝から大胆だな。お前は」

 

 と、ラウラはシーツを緩める。

 

「バッ!待て待て待て!!」

 

 さすがにこれ以上はまずいと翼は大慌てで止めようとするがラウラは慣れたようにひらりとかわす。

 それを翼は追う。と朝の6時からの大立ち回り。隣人には少々申し訳なさも感じるがそれどころではない。

 

「くっ!とった!!」

 

 その結果、ようやく翼はシーツを掴みラウラの動きを取り押さえた。

 はずだった。

 

「甘いな」

 

「あっ、しまっ!」

 

 ラウラは軍隊仕込みの体術を駆使し、翼が上になった体勢を逆手にとり足払いをされた。

 そのままひっくり返った翼はベッドから床へと落ちた。

 

「お前はもう少し組み技の訓練をするべきだな」

 

 どことなく千冬と同じ物言い。

 しかし、それは全くもって事実だ。油断したとはいえこうなっているのだ。返す言葉もない。

 

「し、しかし、だな。ね……寝技の訓練をしたい、と言うのであれば、私が、相手をしてやらないでも……ない」

 

 頬を赤らめどこか恥ずかしそうに言った。

 あのラウラが珍しい。と翼は思考を回転させ、その意味を悟った。

 

「は、はぁ!?おま、なに言って」

 

「ふむ。つまりはお前の口から言いたい、と?よ、よかろう」

 

「違う!!っていうかお前は俺にあんなことして反省なしか!!」

 

「あんなこと?」

 

「キスだよキス!!」

 

 別にキスされたことよりも1番きつかったのはその後の地獄。よくもまぁ命があるものだと今でも思うほどの。

 

(……いや、あれ?これ……沙耶に知られたら俺……)

 

 ある少女を思い浮かべ翼の顔から血が引いていく。

 もしキスのことを彼女に知られでもすれば……あれ以上の地獄が待っているに違いない。

 

「翼。どうかしたか?」

 

 翼はラウラの言葉により意識を現実に戻した。

 

「え?あ、なんでもない」

 

 そうか。とラウラは未だに翼に馬乗りになりながら首をかしげる。かろうじて未だにシーツが残っているがそれもどこか危うい。

 そもそもこの姿、この状況を誰かに見られるのはまずい。

 

「なぁ、いい加減に降りてくれないか?」

 

「嫌だ。なに、朝食までにはまだ時間がある。ゆっくり……そう、そうだ。ゆっくり夫婦の絆、というものを深めようではないか」

 

 そう言うとラウラはゆっくりと翼に覆いかぶさっていく。

 

「え?は?ちょ!!待っ––––」

 

「翼?そろそろ準備を」

 

 翼の言葉を遮ったのはラウラの唇ではなく部屋に入ってきた箒だった。

 

「あっ」

 

「む?」

 

 ぴしり。と箒の表情が、動きが、その体が止まった。

 それもそうだろう。その部屋ではシーツ1枚の全裸のラウラが翼の唇を奪おうと覆いかぶさっているからだ。

 そして、彼女の目から見て翼は抵抗をしているようには見えない。

 

「翼……これはどう言うことだ」

 

 冷たい目だった。それはあの時、約1ヶ月前の時と同じ目だった。

 

「い、いや。これは……だな」

 

「これは……なんだ?」

 

 さらに箒の目から光が消える。

 

「なんだ貴様。今取り込み中だ。後にしろ」

 

「………」

 

 箒は答えない。ただその手はゆっくりと彼女が持つあるものへと動いている。

 

「なに嫁なら後で貸してやる。安心しろ」

 

 ちなみに、嫁=翼である。普通なら婿になるはずなのだが一体どこの誰に教え貰ったのか『日本では気に入った相手を“嫁にする”』と言う言葉を信じきっている。

 この知識をひとまずどうにかしたいとは思うがそれはいつになることかもわからない。

 

 と、半ば現実逃避にそんなことを思っていたのだがそうしているうちに箒は我慢の限界を迎えたらしい。

 その手はあるもの、日本刀の柄に乗せられている。それを一息で真剣を抜刀。その動きはスムーズで流れるような動きと言っていい。

 

「翼もろとも、死ね!!」

 

「お前なに言ってんの!!?」

 

◇◇◇

 

 あの朝の地獄のようなトラブルから時間は過ぎ、翼、ラウラ、箒の3人は少し遅めの朝食をとっていた。

 溢れそうになったため息を押し殺すように翼はご飯を食べる。

 

(はぁ……なんで俺は朝から死にかけるんだ?)

 

 あの後どうにか箒に事情を説明し納得して貰い今に至るのだが、思い出すとまた頭が痛む。

 

(ただでさえバイコーンとフェニックスできついって言うのに)

 

 ちらりと2人に視線を移す。2人とも少々急ぎ気味に朝食を食べている。

 

(こうしてみると2人とも美人だよなぁ)

 

 と、不意に珍しい声が耳に届いた。

 

「わああっ!ち、遅刻!遅刻する!!」

 

 その声の主は忙しそうに食堂に駆け込み余っている定食を手に取った。

 

「シャルロット!」

 

「あ、翼。えっと、おはよう」

 

 翼はちょうど空いていた隣の席に誘う。

 シャルロットはそれに従いその席に座った。

 

「どうした?珍しいな。寝坊か?」

 

「う、うん。その……ね、寝坊」

 

 どこかその歯切れの悪い言葉に首をかしげた。そういえばどこか翼と距離を取ろうとしているような気がする。

 

 1ヶ月ほど同じ部屋にいたおかげでなんとなく彼女の表情が読める翼だがあまりしつこく言っても仕方がないこと。

 何気なく視線をシャルロットに向けていると少し恥ずかしそうにしながら首をかしげた。

 

「つ、翼?ずっと僕の方を見てるけど、どうかした?あ!ね、寝癖、とか?」

 

 髪を触りだしたシャルロットに翼は首を横に振る。

 

「いや、先月はずっと男装してたろ?改めて女子の服を着てる姿を見ると新鮮だなってな……」

 

「し、新鮮?」

 

「ああ。似合ってるよ」

 

 その言葉が耳に届くと共にシャルロットは顔を赤くさせた。

 

「……と、とか言って、夢じゃ男子の服着せて––––」

 

「ん?夢って?」

 

「な、なんでもない!なんでもないよ!?」

 

 強く否定すると再び朝食に手を戻す。

 翼もそれに習い朝食に戻ろうとした。が、目の前のラウラから非難のような眼差しが向けられていることに気がついた。

 

「な、なんだよ……」

 

「いや、人に奥ゆかしい女が良いと言っておいて、貴様は随分と軽薄なことだな」

 

 翼がその言葉に言い返そうとしたがそれを遮るようにチャイムが鳴った。

 

(ん?あれ?このチャイムって––––)

 

 翼は顔から再び血が引いていくのを自覚した。

 

「って!今の予鈴じゃ!!?」

 

 慌てて立ち上がったがそこにはすでに翼1人だけ。箒、ラウラ、シャルロットでさえもすでに食堂を出て猛スピードで駆けていた。

 

「お!おい!!置いていくな!今日のSHRは––––」

 

 そう、今日のSHRの担当教師は鬼教師こと織斑千冬である。つまり、遅刻=死、である。

 

「私はまだ、死にたくない」

 

「右に同じく」

 

「はは、ごめんね、翼」

 

 ちなみに翼もこのような状態になった時には真っ先に逃げる。翼もまた自分の命は欲しい。

 全力で走ってはいるがこの調子では間に合うかどうか半々といったところだろう。

 翼は焦りで顔を歪める。

 

「ほら、翼っ!!」

 

 その声と共に翼はシャルロットに手を引かれた。

 

「翼、飛ぶよ」

 

「は、はぁ?」

 

 翼が聞き返そうとした瞬間、シャルロットの脚や背中に光が広がり、彼女の専用機である《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》が部分展開された。

 脚のスラスターと背部推進ウィングを実体化させた簡易展開だ。

 

「お、おま––––」

 

 言う前に強い力で体が引っ張られた。

 すでに本鈴が間近なため廊下に生徒の姿はない。

 そんな中をISの飛翔能力により翼とシャルロットはあっという間に3階に到着した。

 

「到着っ!」

 

「ああ、ご苦労なことだ」

 

 翼とシャルロットは視線をその声へと向ける。そこにはまだ本鈴がなっていないと言うのに鬼教師がいた。

 翼、シャルロット共に完全にその表情は青ざめている。

 

「本学園はISの操縦者育成のために設立された教育機関だ。そのため、どこの国にも属さず、それ故にあらゆる外的権力の影響を受けない。が、だ」

 

 千冬の前にいる青ざめた表情の2人の頭に出席簿の強烈な一撃が加えられた。

 

「敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味はわかるな?」

 

「は、はい。すみません」

 

 優等生であるシャルロットが予想外の規律違反をしたと言うのはクラスメイトにも衝撃的だった。ほとんどの者が唖然としている。

 ちなみにその後ろからラウラと箒が難なくすり抜けて着席していた。

 

「岸原とデュノアは放課後に教室の掃除をしておけ。2回目は反省文の提出と特別教育教室での生活をさせるので、そのつもりでな」

 

「「はい……」」

 

 と、2人が意気消沈しながら席に着いた。



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前準備(上)

「今日は通常授業の日だな。IS学園とはいえお前たちは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」

 

 授業数自体は少ないがIS学園では一般教科も履修することになっている。

 授業数が少ないため中間テストはないが期末テストはある。そして、そこで赤点を取れば晴れて夏休みの補習組の仲間入りとなる。

 

「それと、来週からの校外特別実習期間だが、全員忘れ物はするなよ。3日間だけだがここを離れることになる。自由時間も羽目を外しすぎないように」

 

 それは7月頭に行われる校外学習。すなわち、臨海学校だ。

 3日間の日程のうち、初日は“基本的に”自由時間。当然ながらそこは海。

 そして、咲き乱れる10代女子。先週あたりから妙にざわついているのはそのせいだ。

 

 ちなみに翼は水着を持っていない。

 家に帰ればありはするがそこまでする必要をあまり感じない。そもそも時間が取れるかどうかも怪しい状態だ。

 

 などと言うとセシリアと鈴音から強烈な注意を受けてしまったため用意しなければならない。

 そしてそうなると買ってしまった方が早い。

 

「ではSHRを終わる。各員、今日もしっかりと勉学に励めよ」

 

 千冬がそうしめたところでクラスメイトの1人が手を挙げて質問した。

 

「あの、織斑先生。今日は山田先生はお休みですか?」

 

 その質問の通りいつもなら千冬の隣にいる真耶はいない。

 

「山田先生は校外実習の現地視察に行っているので今日は不在だ。なので、山田先生の仕事は私が今日1日代わりを担当する」

 

「ええっ、山ちゃん一足先に海に行ってるんですか!?いいな〜!」

 

「ずるい!私にも一声かけてくれればいいのに!」

 

「あー、泳いでるのかなー。泳いでるんだろうなぁー」

 

 話題一つあれば一気に賑わうのはさすがは10代女子、言うべきか。ともかく、それを鬱陶しそうに千冬は言葉を続ける。

 

「あー、いちいち騒ぐな。鬱陶しい。山田先生は仕事で行っているんだ。遊びではない」

 

 はーい、と揃った返事を返す女子たちは相変わらずのチームワークだった。

 

◇◇◇

 

 放課後、夕暮れに染まる教室で翼とシャルロットは罰の掃除をやらされていた。

 基本的に教室含め学園内は清掃業者が清掃を行なっているため生徒は誰1人として残っていない。

 そのため教室の掃除、といえばこのようにもっぱら軽い罰として使われている。

 

「よっと……」

 

「ごめんね。翼。僕のせいで」

 

 机を運んでいた翼にシャルロットは表情を曇らせながら言った。

 

「いや、俺のせいでもあるからな。謝るなよ。それに、いい気分転換にもなってるし」

 

「気分転換?」

 

「ああ、まぁ、な……って、机は俺が運ぶから」

 

 ふと視線をシャルロットに向けると彼女は重そうな机を運ぼうとしていた。

 どうやら中に教科書類がほとんど残っているらしい。

 

「へ、平気、だよ?い、一応これでも専用機持ちで体力は人並みに……」

 

 言いながら机を持ち上げた。が、重量に負け足を滑らせた。

 それを翼はとっさに後ろから体を支えた。

 

「ふぅ……怪我したら元も子もないんだから気をつけろよ?ほら、俺がやるから」

 

「う、うん……あり、がとう」

 

 後ろに倒れそうになったシャルロットを背中から支えているので体勢的には翼がシャルロットを抱き締めているようにも見えた。

 シャルロットは落ち着かないのか視線をさまよわせている。

 

「っと、悪い」

 

「あっ……」

 

 一瞬、ほんの少し残念そうな声が翼には聞こえた。ような気がした。

 

「……別によかったのに」

 

「ん?」

 

「な、なんでもない」

 

「そうか?」

 

 翼は気のせいだろうと片付けると早々に机運びに戻った。

 

 だが、シャルロットはとてもではないがそんな余裕などない。

 

(わ、わ、心臓すっごいバクバクいってる……。あ、顔大丈夫かな?へ、変な顔になったりしてないかな?)

 

 いくら罰とはいえ願っても無い放課後の2人きりというシュチュエーションにシャルロットの胸は自然と高鳴っていた。

 そして、今のこの状況は遅刻する大きな理由となった夢とほとんど同じなのだ。

 

(翼と……)

 

 指が自然に唇へと動き、それをなぞる。

 そのせいで顔から自分でもわかるほどに熱を帯びている。普段の落ち着いた様子というものはほとんど見えない。

 

(ど、どうしよう……何か、何か喋らないと。でも……)

 

 シャルロットが全力で何か共通の話題をと探している中だった。

 翼は何かふと疑問に思ったらしく声をかける。

 

「そういえばさ」

 

「え!?な、なに?」

 

「急に男のフリをするのをやめたけど何か理由があったのか?」

 

 そこには探るような雰囲気には感じない。本当にただ単に少し気になった。その程度の声音だ。

 

 しかし、そんなことはわかってはいるが聞かれては答えなくてはいけない。だが、翼には知られたくないある事情があるため言うわけにはいかない。

 

 いつものようなはっきりとした答えを出せずしどろもどろしていたが翼は机を運びながら言った。

 

「あー、いや。言いたくなかったらそれでいいんだよ。少し気になっただけだからな。よっと」

 

「き、気になってたの?」

 

「ん?そりゃ気になるだろ」

 

「そ、そう……なんだ」

 

 迷いながらもシャルロットは何度か窓の外に広がる夕焼け空と翼とを交互に見ると意を決したように口を開いた。

 

「そ、その……ちゃんとした女の子として。翼には見て欲しかったから……。なんて言うか。そうなったら少し他のみんなに対して卑怯っていうか……と、とにかく!翼が原因なんだからね?」

 

「え?そ、そうだったのか?それは悪いことをしたな」

 

「べ、別に謝られることでもないけど……」

 

 そう言いシャルロットは顔を窓の方に向ける。その顔は夕日に照らされていると言うことを差し引いても赤くなっている。

 

「だがなぁ。ちゃんとシャルロットのことは女子として見てるぞ?」

 

「え?それって……」

 

 予想外の言葉に一瞬胸をときめかせるシャルロット。しかし、言ったのは“あの”翼だ。

 

「男じゃないんだから当然だろ?」

 

 これである。

 本人は本当に悪気があって言っているのではない。おそらく本当にそう思って言っている。少なくともシャルロットからはそう見える。

 そもそもわざとではないからなおのことタチが悪い。無自覚ほど強いものはない。

 

 ため息をつきながら肩を落とすシャルロット。翼はそんな彼女に気づかずに切り出した。

 

「でも、そうすると、せっかく教えてもらった名前も普通になったし。なんか別の呼び名でも作るか?」

 

「え?い、いいの?」

 

「ああ、シャルロットがよければ。だけどな」

 

 そう答えた翼を否定するようにシャルロットは首を横に振る。

 

「ぜ、全然大丈夫。せ、せっかくだし、お願い、しようかな?」

 

 同様と興奮を隠そうとするが声が半音高くなってしまっている。

 なんとか落ち着こうと努力はする、するが。

 

(わ〜っ!!ど、どうしよう。翼どうしたんだろ。こ、心の準備が……あ!でもこれって少なからず僕のことが……す、好きってこと、だよね?ね!?)

 

 心の盛り上がりが最高潮の彼女にそんなことができるわけもない。

 せいぜいがその声を漏らさないように咳払いをして抑え込むのが精一杯だ。

 

「う〜ん。そうだなぁ。シャルってどうだ?」

 

「シャル……シャル。うん!いいよ!すごくいい!」

 

「ん?そうか。気に入ってもらったようで何よりだ」

 

「ま、まぁね。シャル、シャルかぁ……ふふっ」

 

 喜んでいるシャルロットに早速翼はその愛称で呼ぶ。

 

「んで、シャル。少し頼みがあるんだ」

 

「うん?なにかな?」

 

 半ば心ここに在らず、と言った様子のシャルロットの手を翼はしっかりと握り見つめる。

 シャルロットが頭に疑問符を浮かべる中で翼は告げた。

 

「付き合ってくれ」

 

「へ?」

 

 シャルロットは、世界が止まる音を確かに聞いた。



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前準備(下)

「おー、天気いいなぁ」

 

 週末の日曜日。天気は快晴。雲も少なく暑さが少々きつくなってきたのを除けばいい天気と言ってしまっていいだろう。

 

 笑顔で背伸びをする翼に対しその隣にいるシャルロットは仏頂面だった。

 

「……僕は、夢が砕ける音を聞いたよ」

 

 ちなみにだがなぜシャルロットがこんな様子になっているのかなど翼は知らない。そのためか先ほどの言葉さえも聞こえていない。

 

「どうした?調子、悪いのか?」

 

 翼はシャルロットの顔を覗き込むがぐいっとその顔を押し返した。

 そこに言葉はない。ただ非難の目を翼に向けている。

 

「な、なぁ、シャル」

 

「ねぇ、翼」

 

「あ、ああ。なんだ?」

 

「乙女の純情を弄ぶオトコは馬に蹴られて死ぬといいよ」

 

 冷たい言葉と目だった。

 が、翼はなぜその言葉が出てきたのかなど知る由もない。

 

「はぁ……。どうせ、どうせね……買い物に付き合ってくれって……そんなことだと思ってたよ。なんか似たようなこと前も言ってたもんね……はぁ」

 

 呟きながら深いため息をつくシャルロット。

 

「いや、その……無理、しなくていいんだぞ?なんだったら帰って休んでても」

 

 翼も流石にそこまで意気消沈しているシャルロットを見れば心配する。

 そのために出た言葉が先ほどのものなのだが、帰ってきたのは無言の圧力だけだ。首を絞められるような息苦しさすらもどこか感じてしまうほどの圧力。

 

「……えーっと、パフェかなんか奢る。けど」

 

「パフェだけ?」

 

「け、ケーキとか、ドリンク……とか?」

 

「……ん。あと、はい」

 

 シャルロットは翼に手を差し出した。

 翼はその理由がわからず首を傾げるしかない。

 

「手、繋いでくれたらいいよ」

 

「あ、ああ。そんなことか」

 

 翼は深く考えることもせずその手を握った。

 

「よし、なら行くか!」

 

「う、うん」

 

◇◇◇

 

 と、駅前へと向かい歩き出した翼とシャルロットを物陰から見つめる影がそこにはあった。

 2人が青になった横断歩道を渡って人混みに消えると、これ頃合いとばかりに茂みからその影は現れた。

 

 1人は躍動的なツインテール、その隣のもう1人は優雅なブロンドヘアー。

 要するに、凰鈴音とセシリア・オルコットである。

 

「あのさぁ……」

 

「なんですの?」

 

「あれ、手ぇ握ってない?」

 

「……握ってますわね」

 

 100人が見れば100人ともそう返すであろう言葉を発して、セシリアは引きつった笑みを浮かべながらペットボトルを握りしめる。

 その力は相当なものだったらしく音を立てながらそのフタが吹き飛んだ。

 

「ははっ、そっかぁ。そうかぁ……。あたしの見間違いでもなく、白昼夢でもなく、やっぱりそっか。……よし、殺ろう」

 

 握りしめられた鈴音の拳にはすでにISアーマーが部分展開されており準戦闘モードに入っていた。衝撃砲発射までのタイムラグはおよそ2秒といったところか。

 

 10代乙女の純情というものはどこまでも恐ろしいものである。

 

「ほう、楽しそうだな。では、私も混ぜるがいい」

 

「「!!?」」

 

 いきなり背後から声が聞こえ、驚きながら2人同時に振り返った。

 そこに居たのは、忘れられるわけもない少女。ラウラ・ボーディヴィッヒ。

 

「なっ!?あ、あんたいつの間に!」

 

「そう警戒するな。今のところお前達に危害を加えるつもりはない」

 

「し、信じられるものですか!」

 

 2対1で負けたことが鈴音とセシリア。2人の懐疑心をより強く顕著なものとしていた。

 が、それを気にもとめずラウラは平然と言葉を返す。

 

「あのことは……まぁ、許せ」

 

 そうあっさりと言われ、2人は一瞬意味を理解できず呆けていた。が、すぐさま持ち直し続ける。

 

「ゆ、許せって、あんたねぇ……」

 

「はい。そうですかと言えるわけが……」

 

「そうか。では私は翼を追うのでな。これで失礼するとしよう」

 

 そう言い本当にすたすたと歩き出したラウラを2人は慌てて止めに入る。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

「そ、そうですわ!追ってどうしようと言いますの!?」

 

「決まっているだろう。私も混ざる。それだけだ」

 

 ここまであっさりと言い切られてしまっては逆に怯むしかない。こうもストレートにものを言えることに羨ましいのか悔しいのかよくわからない感覚を抱く。

 

「ま、待ちなさい。未知数の敵と戦うにはまずは情報収集が先決でしょ?」

 

「ふむ。一理あるな。ではどうする?」

 

「ここは追跡した後、2人の関係を見極めるべきでしょう」

 

「なるほどな。では、そうしよう」

 

 結果、よくわからない追跡トリオがここに結成された。

 

◇◇◇

 

「えっと。水着売り場はここ、か」

 

 翼たちは駅前のショッピングモール、その二階に居た。

 一夏曰く「ここにないなら諦めろ」ということだったがそれは実際にその場所に来てその意味を理解できた。

 食事処はもちろんのことレジャー施設、衣服は量販店から一流ブランド店までもが揃っている。

 

「ところでシャルも水着買うのか?」

 

「そ、そうだね……あの、翼はさ、その……僕の水着姿、見たい?」

 

「ん?そうだなぁ。せっかくだし泳いだらどうだ?」

 

 翼はシャルロットの質問の意図が読めずそう返事を返した。

 

「そ、そうなんだ。なら、せっかくだしあたらしいの買っちゃおっかな?」

 

 繋いだ手に入れ軽く力を込めながらシャルロットは数度頷く。

 

「じゃ、男女で水着売り場違うみたいだし、ここで別れるか」

 

「あっ……」

 

 手を離した瞬間、シャルロットは心残りのあるような声を漏らした。その後も何か言い出せていないように見える。

 

「えっと、どうした?」

 

「う、ううん。なんでもないよ」

 

「そっか。じゃあ、とりあえず30分後にここに集合ってことで」

 

「うん、わかった」

 

 こくんと頷きシャルロットは女性用水着売り場へと向かった。それを見送ると翼は男性用水着売り場へと向かう。

 

「………これでいいか」

 

 翼はもともと服に関してはとことん関心がない。

 服なんて着ることができれば何でもいいのでは?と思ってすらいる。

 そうしていた結果、両親に着せ替え人形のようにされ、沙耶に泣きつき結局そこでも着せ替え人形にされることになったのだが、その考え自体にさしたる変化はない。

 

 そんな考えのせいか翼は深く考えることもせず目に入ったグレー色の水着を手に取り会計に向かった。

 

(まぁ、これでいいか)

 

 すぐに目的のものを購入すると翼はシャルロットと別れた場所へと戻る。

 まだ彼女は来ていない。そう思っていたがその予想に反し、シャルロットはすでにその場所に立っていた。

 

「あれ?もう買い終わったのか?」

 

「あ、ううん。ちょっとね、翼に選んでほしいなぁって」

 

「ん?そうか、なら見に行くか」

 

 そう思い翼は女性用水着売り場へと足を踏み入れる。

 相変わらず形や色の数は男性用の比ではない。数々の水着が並ぶ中翼は圧倒されていた。

 

(すごいよなぁ……よくもまぁここまでデザインしたなぁ)

 

 日曜日、ということもありそこそこの女性客、その視線が翼へと向けられるがそんなものにいちいち気に取られるほどの精神力ではあの両親と共に暮らせない。

 そもそも何もしていないのになぜオドオドしなければならないのか、と気にせず水着売り場に入る。

 

「翼。早速だけど、その水着を見てもらえるかな?」

 

「ん?ああ、わかった」

 

 返事を返すと翼はシャルロットに引っ張られ、気がつけばなぜか試着室に来た。

 

「……あの〜、シャルさん?」

 

「ほ、ほら!水着って実際に来て見ないとわからないし、ね?」

 

「いや、確かにそうではあるが。なぜ俺が入る必要が?」

 

 至極当然のことを聞く翼にシャルルはすぐに答える。

 

「す、すぐに着替えるから待っててっ!」

 

「いや!だからそれなら外に!」

 

「だ、ダメ!」

 

 思いっきりダメ出しをされてしまった。半ば混乱する頭で次の言葉を考えているといきなりシャルロットは上着を脱ぎ出した。

 

 翼は咄嗟にシャルルに背を向ける。

 狭いボックス型の試着室には翼とシャルロットの2人きり。さらにそのせいか背中越しに聞こえる衣擦れの音が耳について仕方がない。

 

「あ、あー。しゃ、シャル?」

 

「な、なに?」

 

 なぜこんなことになっているのかを聞きたかったがどう聞けばいいのか言葉を持て余す。

 

(ん?)

 

 ぱさり、と衣服の上に何か軽いものが置かれたような音が耳に届きふと視線を下に下ろすとそこには女性らしい下着があった。

 

「………ッッ!!!?」

 

 翼には恥ずかしさからくる震えか恐怖による震えかが全くわからなかった。

 

◇◇◇

 

(ううっ、い、勢いでこんなことしちゃったけどどうしよう……)

 

 翼もドギマギしていたがそれ以上にシャルロットはテンパっていた。

 そうなった理由は自分たちを追跡している存在、セシリア、鈴音、ラウラに気がついたからだ。

 

 全てのISは基本的にすべて『コア・ネットワーク』と呼ばれる特殊情報網で繋がっている。本来宇宙での相互通信用のものだったのだがそれの名残でIS同士ではお互いの位置を認識し合うことが可能なのだ。

 

 当然、正確な位置情報は許可を出さなければならないし、相手が潜伏(ステルス)モード、と呼ばれるものされてしまえば位置確認は難しくなる。

 追跡トリオはもちろん潜伏モードにしているのだがそのせいでむしろシャルロットは追跡に気がつけた。

 

 潜伏モードにしている、ということは現在の位置を知られたくない、ということでそれへ追跡をしているからと考えられるからだ。

 

(ん〜3人とも諦めて帰ってくれないかなぁ)

 

 とりあえず今は翼と2人きりでの外出、つまりはデートだ。

 唐変木でしかも天然のたらしとある意味で救い用のない彼との貴重な時間だ。邪魔をされるわけにはいかない。

 

 ひとまずシャルロットは水着を着終えると翼に声をかける。

 

「い、いいよ……」

 

「わ、わかった」

 

 翼はゆっくりと振り返り水着姿のシャルロットを見る。

 セパレートとワンピースの中間のような水着で色は鮮やかなイエロー、正面のデザインはバランスよく膨らんだ胸の谷間を強調するようにできている。

 

「あ、あの!一応もう一つもあって––––––」

 

「い、いやいや!それでいいんじゃないか?うん!それがいい!」

 

 とにかく早くこの空間から出たかった翼は反射的にそういった。

 半ばテンパっている翼の言葉を真に受けたシャルロットは嬉しそうに微笑んだ。

 

「じゃ、じゃあ、これにするねっ」

 

「あ、ああ!それじゃ俺は出てるから」

 

 シャルロットに止められる前に翼は試着室を出ようとドアを開く。

 

「あ?」

 

「えっ?」

 

「ええっ?」

 

 翼の目の前にいたのは一組副担任の山田真耶、隣には数少ない同性の友人である織斑一夏、その後ろには状況に気がついた担任の織斑千冬が頭を押さえた。

 

「何をしている、馬鹿者が……」

 

 真耶の軽いパニックに陥った悲鳴がこだましたのはそれからすぐのことだった。

 

◇◇◇

 

「はぁ、水着を買いに。でも、試着室に2人で入るのは感心しません。教育的にもダメです」

 

「す、すみません」

 

 ぺこりと頭を下げるシャルロット。

 これ以上追求されると困るのは翼も同じ、話の流れを変えようと千冬と一夏に話を振る。

 

「ところで2人も水着を買いに?」

 

「ああ、駅であってさ。千冬姉も山田先生も買いに行くっていうから一緒に行こうってことになって」

 

「ああ、なるほど」

 

 そういうことだ、とでも言うように頷くと「ところで」と千冬はある一点に視線を向けてそこに言葉を投げた。

 

「そろそろ出てきたらいいんじゃないか?」

 

 しばらくの沈黙の後そろそろと2人の少女が現れた。

 

「そ、そろそろ出てこようかと思ってたのよ」

 

「え、ええ。タイミングを計っていたのですわ」

 

 鈴音とセシリアだ。

 

「あぁ、なんかつけられてるなって思ってたけど鈴とセシリアだったのか」

 

 ふう、とため息混じりに千冬は言葉をこぼす。

 

「さっさと買い物を済ませて退散するとしよう」

 

 と何かに気がついたのか真耶が唐突に口を開いた。

 

「あ、あー!私ちょっと買い忘れがあったんですよ。えーっと、場所がよくわからないので凰さんとオルコットさん、ついてきてください。あと、デュノアさんも」

 

 言うと有無も言わさず真耶は3人を連れてどこかへと行ってしまった。

 と、結果的に残ったのは千冬、一夏、翼の3人だ。

 

「……まったく、山田先生は余計な気をつかう」

 

「「へ?」」

 

 当然ながらその真意を翼も一夏も理解できるわけがない。

 

「はぁ、言っても仕方がないか。一夏、翼」

 

「は、はい」

 

「なんでしょう、か」

 

 久しぶりに名前で呼ばれ2人はギクシャクした反応しか返すことができなかった。それに千冬はどこか苦笑いを浮かべて聞く。

 

「それで、だ。一夏、翼。どっちの水着がいいと思う?」

 

 そう言い千冬は2着の水着を見せた。

 片方はスポーディであり、メッシュ状にクロスした部分がセクシーさを演出している黒の水着。

 もう片方は一切の無駄を省いた機能性を重視した白の水着。

 ちなみにどちらもビキニタイプだ。

 

(これは––––––)

 

(––––––黒だな)

 

 弟子2人の感想は完全に一致していた。

 更にその先、この水着だとおかしな男たちが寄り付くのでは?という考えまでも同じだ。

 

 それ故に2人は同時にその水着を指差した。

 

「「白の方」」

 

「なるほど、黒の方か」

 

「「い、いや。だから白の––––––」」

 

「嘘をつけ。お前たちが先に注視していたのは黒の方だったぞ」

 

 グサッと弟子2人の心に突き刺さる言葉の針。

 

「まったく、他人の心配をするよりもまずは自分の心配をしろ」

 

 その呆れたような言葉は、しかしどこか優しい声音だった。



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海と水着と動き出すもの

しばらくは土日&気が向いた時に更新します


「海っ!見えたぁっ!!」

 

 トンネルを抜けたバスの中でクラスの女子が声を上げた。

 臨海学校の初日、天候にも恵まれ無事快晴。陽光を反射する海面は穏やかで、心地良さそうな潮風にゆっくりと揺らいでいた。

 

「おー!やっぱり海を見るとテンション上がるなぁ……ってのに––––––」

 

 歓喜の声が上がる中、翼は一夏の隣でアイマスクをして熟睡していた。

 ここ最近の翼は暇さえあれば眠っていた。なんでもバイコーンと呼ばれるISのロールアウトがもうすぐらしくそれの調整であまり眠れていないらしい。

 

 当然ながらそれを聞いているため一夏たちも無理に翼を起こそうとは思っていない。

 

 しかしそろそろ目的地の旅館見えてきた。さすがにそんな時にまで翼を寝かせるわけにはいかない。

 

「おい、翼。そろそろ起きろ。もうすぐで着くぞ」

 

「ん?んん、あと、少し……」

 

「まったく、お前。昨日何時に寝たんだよ……」

 

「ふっ、甘いな。一夏。寝たのは今日の6時だ!」

 

 アイマスクをひたいのあたりにずらした翼は寝ぼけながらも力強く言った。

 ちなみにだがバス集合が7時である。

 

「……お前、それ自慢できないからな」

 

 一夏はため息をつきながら椅子に座りなおし、言葉を続ける。

 

「お前、またぶっ倒れるぞ……」

 

 翼はそれにアイマスクをしまいながら答えた。

 

「安心しろ。今日は自由行動だろ?少しゆっくりさせて貰うさ」

 

◇◇◇

 

 というわけで宿に到着した一夏、翼は部屋(千冬、真耶と同室)に荷物を置くと水着に着替えるために更衣室に向かっていた途中の別館への道でばったりと箒と出くわした。

 そこ自体は問題はない。ただ奇妙なものが3人の目の前にあった、と言うだけだ。

 

「……ウサミミ?」

 

 なぜか地面からウサミミが生えていた。当然ながら生ではなくバニーガールなんかがしているものだ。

 ご丁寧に引っ張ってくださいという張り紙までしてある。

 

「なぁ、これって––––––」

 

「知らん。私に聞くな。関係ない」

 

 一夏が全てを言い切る前に箒は即否定の言葉を返した。その様子に2人は確信を得てそれを見る。

 間違いなくこれは彼女、箒の実の姉である篠ノ之束に違いない。

 

「これは、抜くべき、なのか?」

 

「好きにしろ。私には関係ない」

 

 言うと箒はそそくさと歩き去った。

 

「……あ〜、まぁ、俺もいいや」

 

 それに続くように翼も歩き去––––––。

 

「よっと!」

 

 ––––––ろうとしたところで一夏はそのウサミミを引っこ抜いた。

 一夏は引っこ抜いた二本のウサミミを両手で掴みながら翼を見る。その目は訴えている。

 「逃さない」と。

 

「お前……」

 

 そんな時、キィィィィン。と言う空気を切り裂き高速で何かが向かってくる音が耳に届いた。その音はだんだんと大きく近くなっている。

 

 ドカアァァァァアアンッッ!!!

 

 という盛大な音を立て謎の飛行物体は地面に突き刺さった。

 

「……人参?」

 

「……人参だな。英語でcalotte」

 

「発音いいな翼」

 

 半ば現実逃避のような会話をしていたのだがそれは高らかな女性の笑い声によってそれは防がれた。

 

「あっはっはっはっ!引っかかったね!いっくん&つっくん!!」

 

 真っ二つに割れた人参の中から現れたのはやはり篠ノ之束。まごう事なき天才科学者だった。

 馬鹿と天才は紙一重、というがそれを彼女以上にぴったり合うものはいないだろう。

 

「やー、前はほら、ミサイルで飛んでたら危うくどこかの偵察機に撃墜されそうになったりするからねら!私は学習する生き物なんだよ!」

 

 全開のドヤ顔である。

 不思議の国のアリスをイメージさせるような青と白のワンピースを着ている束は一夏の手からウサミミを取るとそれを直ぐに装着した。

 

「お久しぶりです。束さん」

 

「また無茶なことばっかりやってる、みたいですね」

 

「うんうん。2人ともお久しぶり〜。それとつっくんよりは無茶してないよ〜。あ!ところで箒ちゃんはどこかな?」

 

 箒があなたの事を避けてます。と真正面から言うわけにもいかず2人が言い淀む。

 

「まぁ、この私が開発した箒ちゃん探知機であっという間に見つけるし。じゃね。いっくん、つっくん。待ったね〜!!」

 

 走り去る束を唖然と見ていると後ろから今度は1人の男性が現れた。

 

「まったく。彼女はまた突拍子も無い事を……」

 

 その男性は岸原翼の義理の父親、岸原源治だ。

 

「あれ?義父さんも来たの?」

 

「ん?ああ、ほら。せっかくの臨海学校だろ?大まかな設定をお前から聞こうと思ってな」

 

 源治の言っている意味が理解できずに首をかしげる翼に源治は言葉を続ける。

 

「お前は海を楽しめ。バイコーンの最終調整とユニコーンのアレもしとくから」

 

「え?いや、でも!」

 

「でも何も無い。せっかくの学生時代だ。楽しめ少年」

 

 そう言い源治は手を出した。

 翼は一瞬ためらったが右手首にある待機状態のユニコーンを外し源治に渡しす。

 

「バイコーンの方はっと、ノートPCの中にあるから。途中までだけど大まかに書き出してるから多分見れば直ぐにわかるよ」

 

 バッグからノートPCを取り出しそれを渡す。

 ニヤリと源治は笑みを浮かべると翼の頭を荒々しく撫でると翼の手から腕輪とノートPCを受け取った。

 

「おう。わかった。俺に任せとけ」

 

 そう言い浮かべる笑顔は翼の父親らしいものだった。

 その笑顔を浮かべながら源治は2人から去ろうとしたが一夏の隣を通り過ぎる時に小さく言った。

 

「翼を、頼むな」

 

 当然ながらそれは翼には聞こえていない。

 

「どうした?一夏」

 

「……いや。なんでもない」

 

 2人は別館の更衣室に向けて歩き始めた。

 

◇◇◇

 

 そして着替えると2人はすぐさま海へと向う。更衣室を出てすぐに浜辺があるためそこまで時間がかかることはない。

 

 ちょうどその隣から出てきた女子たちが翼と一夏の水着姿を見て頬を僅かに赤らめていた。

 2人に聞こえないように小声で会話を交わす。

 

「す、すごい……いい!」

 

「織斑君もすごいけど岸原君もなかなかだよね……」

 

 再びチラリと様子を伺う。

 2人ともそれに気がついていないらしく砂浜へと足を踏み出した。

 砂の熱さで爪先立ちになる一夏に対し翼はサンダルを履き、そんな様子の一夏を笑って見ていた。

 

「「「………」」」

 

 その女子数人たちは青い空を仰ぎ見て心の中で言葉を浮かべる。

 

(((産まれてきて……良かった)))

 

◇◇◇

 

 自分たちの後ろで女子たちが生の喜びを感じていることなど知る由もない一夏と翼は泳ぐ前の基本、準備運動を念入りにしていた。

 

「……っと、こんなもんかな?」

 

「ああ。んじゃ早速––––––」

 

「あんたたち真面目ねぇ。一生懸命体操しちゃって。ほらほら、終わったんなら泳ぐ泳ぐ」

 

 準備運動を終えいざ海へ、というタイミングで後ろから声をかけられた。

 その聞きなれた声の方を見ると鈴音がいた。

 有無を言わさず翼に近づくとその背中を押しながら海へ向かおうとしている。

 

 ちなみに彼女はスポーティーなタンキニタイプの水着を着ていた。オレンジと白のストライプで鈴音の健康的な体を適度に強調していた。

 

「お前、ちゃんと準備運動したか?」

 

「あたしは溺れたことなんかないわよ。ね?一夏」

 

 聞く鈴音と同じように翼は視線で少し後ろを歩く一夏に聞く。

 一夏は苦笑いを浮かべ1回首を縦に振る。

 どうやら本当のことらしい。

 

「いや!それとこれとは話が––––––」

 

「あ、あの!翼さん!」

 

 翼が説得の言葉をかけようとしたところで次もまた聞き慣れた声がした。

 その声の主はセシリアだ。彼女は鮮やかなブルーのビキニタイプの水着を着ており、腰に巻かれたパレオが彼女の優雅な雰囲気とよく似合っている。

 

「す、少し頼みたいことが……」

 

 その顔には緊張の色が見えたがよく見るとその目は鈴音の方を見ており、しかも少々殺気立っているようにも見える。

 鈴音はそれに答えるようにセシリアの正面にたち互いに視線をぶつけ合う。

 

「……は、ははっ、セシリア。あんたいい度胸してるわね」

 

「ふ、ふふっ。鈴さんこそ。抜け駆けは許しませんよ?」

 

 会話の内容は一夏、翼には聞こえてはいない。が、そのやたらとトゲトゲした雰囲気だけは嫌という程感じてしまう。

 

「……場所、移るか」

 

「……だな」

 

 その元凶である翼の提案に一夏は乗り、男2人は早々にその場から離れた。

 

 みんなどうやら今日は泳いでいるらしくそこそこの広さがある海岸でも泳ぐには少し手狭に感じてしまう。

 ひとまず伸び伸びと泳ぎたい2人はどこか空いている場所を探し歩いていた。

 

「ん?あれって」

 

「あ、シャルだな。おーい!シャルー!と……なんだあれ」

 

 そんな時一夏と翼はシャルロットを見つけた。

 見つけたのだがその隣にはバスタオルで全身、それこそ頭から膝下までを覆い隠している謎の存在があった。

 

 声をかけられたシャルロットも2人の存在に気がつき、バスタオルに包まっている何かを引き連れながら近寄ってきた。

 

「翼も一夏もここにいたんだ」

 

「ああ、泳げそうな場所を探しててな」

 

「んで、それ……その、なんだそれ?」

 

 翼はバスタオルを纏うそれを指差す。

 シャルロットは「あ〜」と苦笑いを浮かべながらそれに言う。

 

「ほら、出てきなってば。大丈夫だから」

 

「だ、だ、大丈夫かどうかは私が、決める……」

 

「その声、ラウラか?」

 

 翼の問いにバスタオルを纏ったそれはピクリと反応を返した。どうやら本当にあのラウラが包まっているらしい。

 

「ほーら!せっかく水着に着替えたんだし見てもらわないと!ね?」

 

「い、いや。しかし、だな!」

 

 翼と一夏はそれをどこか安心したような目で見ていた。

 ラウラとシャルロットは現在同室となっている。この2人の様子からも分かる通り仲はかなり良い。

 

「ええい!脱げばいいのだろう!脱げば!!」

 

 シャルロットの押しに参ったラウラはヤケクソ気味に叫びながらバスタオルを脱ぎ捨てその素肌と水着を陽光に晒した。

 

 レースをふんだんにあしらった黒の水着。それに合わせ髪も左右一対のアップテールにされていた。

 

「いいんじゃないか?なぁ、翼」

 

「ああ、可愛いぞ」

 

「な、なっ!!」

 

 翼の言葉があまりにも予想外だったのかラウラは驚きを浮かべた瞬間たじろいだかと思うと顔を赤くさせた。

 

「しゃ、社交辞令などいらん!!」

 

 そう言葉を荒げるラウラに他の3人は再び笑みを強くした。

 

 その後、2人が千冬の水着姿に完全に見惚れてしまい他の女子たちに白い目で見られたのを追記しておく。



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それでも……

「あ〜、さっぱりした」

 

「やっぱり温泉はいいよなぁ」

 

 豪勢な夕食を食べ終え、翼と一夏は温泉を使った。海を一望できる露天風呂をたった2人で使うなど贅沢以外の何物でもない。

 そんな上機嫌で部屋に戻ってきたがそこに千冬の姿はなかった。

 

「ん?なんだ。お前たちだけか。女1人連れて来んとはつまらんやつらだ」

 

「いや、それは……なんでもないです」

 

 後ろから突然現れ言い放った千冬に翼は言い返そうとしたが無駄とすぐに悟り中断させた。

 そもそもここは織斑千冬も居る部屋なのだ。おいそれと女子をそういう目的で連れて込めるわけがない。

 さらに言えば男はもう1人いる。そのもう1人にそれを見せつける、という酔狂な趣味を2人は持ち合わせていない。

 

「あ!千冬姉」

 

 一夏が口を開いた瞬間、頭に鋭いチョップが入った。鈍い音が響くと同時一夏は痛みで頭を抱える。

 

「織斑先生と呼べ」

 

「ま、まあ、それはいいじゃん。このメンバーなんだし、久しぶりに、な?」

 

「ん?何をするんだ?」

 

「千冬姉にやったら翼にもしてやるよ」

 

 一夏のどこか意味深な言葉に翼は首をかしげるしかなかった。

 

 

 一夏があることを始めてから30分後。3人の部屋の前、その入り口のドアに張り付いている女子が3人いた。

 

「「「…………」」」

 

 全員がほぼ同時に生唾を飲み込み、ドアに貼り付けている耳から入ってくる音に集中していた。

 

『あっ!お前、どこ触って、ッッ!?」

 

『翼、少し緊張してるだろ?』

 

『そ、そりゃそうだろ?こんなの、初めてなんだからぁああっ!!?』

 

『お前、無理し過ぎ。相当溜まってるぞ?』

 

『そりゃ、こんなことしてる暇なんて、なかっ、うっつうぅ!っなかったからな』

 

 部屋の中で繰り広げられている詳しいことはわからない。しかし、男子2人の声だけはしっかりと聞こえていた。

 

「こ、こ、これは、一体、何ですの……?」

 

 3人の女子のうちの1人、セシリアがひくひくと口元を震わせ引きつった笑みを浮かべながら残りの2人に尋ねる。

 

「「…………」」

 

 だが、残りの2人、箒と鈴音はそれに答えず耳まで顔を赤らめそのドア奥から聞こえる声に集中していた。

 2人の頭の中には翼が押し倒され一夏がそれに覆いかぶさっている姿が浮かんでいる。ちなみにどちらも裸だ。

 

『じゃあ、次は––––』

 

『一夏、少し待て』

 

『え?どうかしたんですか?』

 

 2人の声が途切れたと思うと別の聞きなれた声が聞こえていた。

 違和感を感じ疑問符を頭に浮かべているとドアが思っ切り殴られた。その打撃の衝撃により女子3人は声を漏らし悶絶。

 

「何をしているか、馬鹿者どもが」

 

 開け放たれたドアの前に立っていたのは当然ながら織斑千冬。腕を組み悶絶して腰を抜かしていた3人を見下ろしている。

 

「は、はは……」

 

「こ、こんばんは、織斑先生……」

 

「さ、さようなら!織斑先生!」

 

 脱兎のごとく逃げ出そうと駆け出す。が、鈴音と箒は首根っこを掴まれ、セシリアは浴衣の裾を踏まれて失敗に終わった。

 

「盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入れ」

 

「「「えっ?」」」

 

 予想外の言葉に3人は耳を疑う。そんな3人に千冬は加えて言う。

 

「他の2人、ボーディヴィッヒとデュノアも呼べ」

 

「「は、はいっ!」」

 

 首根っこを開放された鈴音と箒は駆け足で2人を呼びに走り去った。

 同じように浴衣を開放されたセシリアはずれた胸元を正しながら部屋に入る。

 

「ん?セシリアか」

 

「よっと、どうしたんだ?こんな時間に」

 

 一夏と翼に声を掛けられセシリアは首を傾げた。

 翼の方は少し浴衣を正してはいるがどちらもしっかりと浴衣を着ている。明らかにそう言うことを今までシていたようには見えない。

 

「ありがとうな。一夏。マッサージ本当に気持ちよかったよ」

 

「ああ、別にいいけど。お前、疲れ溜まりすぎだぞ?」

 

「いや〜、わかってはいたんだがなぁ」

 

 2人が交わす会話にようやくセシリアは合点が付いた。そして自分が今まで何を想像していたのかを思い出し顔を赤面させた。

 

「ふっ、マセガキが」

 

 千冬がそう小さく呟いた言葉を聞き、セシリアはさらに恥ずかしそうに俯いた。

 

◇◇◇

 

「––––さて、全員好きなところに座れ」

 

 箒、鈴音、シャルロット、ラウラの4人がおずおずと部屋に入りそれぞれが適当な場所に座った。

 

「一夏、翼。お前たちはもう一度風呂に入ってこい。この部屋を汗臭くされては困る」

 

「ん、そうする」

 

「了解。んじゃ、難しいかもしれないけどごゆっくり〜」

 

 2人はタオルと着替えを持って部屋を出る。その直前、何かを思い出したかのように翼は振り向いた。

 

「あと、父さんも、変なことしないでくれよ」

 

 そう言い放つと今度こそ翼は一夏とともに風呂へと向かった。

 

「……まさか、バレてたとはね」

 

 ベランダから源治がゆっくりと入っていた。

 女子5人はその現状をうまく噛み砕けていないらしく固まったままだ。

 

「おいおい。葬式か通夜か?いつもの騒ぎはどうした?」

 

「い、いえ、その……」

 

「お、織斑先生や岸原博士とこうして話すのは、ええっと……」

 

「は、初めてですし……」

 

 口々に言う女子たちに千冬はため息をこぼすと備え付けの冷蔵庫を開き飲み物を取り出していく。

 

「ほれ。ラムネ、オレンジ、スポーツドリンク、コーヒー、紅茶だ。各人で適当に交換しろ」

 

 そう言われたものの、各々に適当に渡された飲み物に不満はなかったため交換されることなくそれぞれの手の中へと治った。

 

「「「い、いただきます」」」

 

 全員が言うと手にある飲み物を口にした。全員の喉が動くのを確認して千冬は小さく笑みを浮かべて念を押すように聞く。

 

「飲んだな?」

 

「え?はい」

 

「そ、そりゃ、飲みましたけど……」

 

 疑問符を浮かべる5人より先に源治が何かに気がついたのか口を開いた。

 

「あ!?まさか!中に何か仕込ん、ッ危な!!」

 

 千冬から投げれたそれを源治は反射的に掴んだ。

 

「失礼なことを言わないでもらいたい。ちょっとした口封じだ」

 

 源治に投げられたそれと同じものが千冬の手にあった。

 それは星のマークがついた有名な缶ビールだった。

 

「おお!ありがたいねぇ」

 

 千冬と源治はほぼ同時にプシュッ!という音を響かせながらプルタブを開け、喉を鳴らしながら中身を減らす。

 そんな2人に唖然としている中、千冬は上機嫌な様子で腰を下ろし笑みを浮かべる。

 

「本当なら、一夏に一品作らせるところだが……我慢するか」

 

「んん〜、翼のおつまみが恋しいねぇ」

 

 それぞれがビールを飲んだ感想を口にする。

 女子全員はまたしてもポカンとした表情を浮かべるだけだ。いつも見ている織斑千冬という人間と今目の前にいる織斑千冬の姿が重ならない。特にその衝撃はラウラが強く受けているようで先ほどから何度も瞬きを繰り返していた。

 

「おかしな顔をしてくれるな。私だって人間だ酒くらいは飲む」

 

「いや、でも……その」

 

「今は仕事中では……?」

 

 そんな疑問の言葉に千冬はニヤリと笑みをこぼし全員の手元を見ながら言う。

 

「堅いことを言うな。口止め料なら確かに払ったぞ?」

 

 そこまで示されてようやく渡された飲み物の本当の意味を悟り「あっ」と声を漏らした。

 

「さて、んじゃ肝心の話をしようか」

 

 和やかな雰囲気から唐突に真剣なものへと変わり自然と5人の表情も引き締まる。

 

「君たちは、彼の過去を知っているのかい?」

 

 4人が首をかしげる中その言葉の意味を理解できたシャルロットだけは目を見開いた。

 それを源治は見逃すことなく「なるほど」とつぶやきビールを飲む。

 

「1人は知っているようだね」

 

 どこか意外そうに呟くと源治は再び口を開く。

 

「君たちに彼の話をしよう。少し昔の話さ」

 

(それでもなお、君たちが彼に想いを寄せるのなら––––)

 

 それから翼が過去に何をしてきたのかを源治は話始めた。今までの経験、少なくとも自分が知っている翼の過去を。

 

「––––と、これが私の知る全てだ」

 

 それが終わると5人は言葉を失い半ば呆然としていた。

 千冬はそれを聞きながらどこか物悲しげな表情を浮かべながら窓の外に映る海を眺めていた。

 

「……なぜ、それを私たちに?」

 

 他の4人よりも少し早く現実に戻ってきたラウラは源治に問う。

 

 源治の話はあまりにも現実離れしていた。それに酷く残酷な話だった。

 本当の親に強い恐怖を覚え、自分を守ってくれていた姉妹をその父親ごと殺した。

 それも小さな子どもがだ。全てを奪われたのではない。自分で自分の全てを捨ててしまった。

 

 例え全て無意識化でやったとしてもそれは変わらない現実だ。

 

「君たちは翼が好きなんだろ?」

 

 全員が何も答えない。視線も合わせない。しかしほぼ同時に頷いた。

 

「なら、彼の隣に立ちたいと思うのなら彼の過去は知らなければならない。彼の過去を知ってなお、それでも君たちは彼の隣に立てるかい?」

 

 源治の問いにしばらくの沈黙が続いた。そんな時だった。

 

「……私は、それでも、翼の隣にいたい、です」

 

 箒がしっかりとした眼差しを源治に向けながら口を開いた。

 翼への想いは消えてはいない。彼が過去にやったことは消えはしないし許されはしない。償いもしなければならない。しかし、それでもと想う。

 

「そう、ね。誰かがあいつの近くにいないと、あいつ絶対に無茶するし」

 

 鈴音が呆れたように息を吐いて口を開いた。

 翼はいつも何かに責め立てられるように何かしている。勉強であれ、ISの設計や開発であれ、なんにせよ彼は何かから逃げるようにしていた。それを支えてやりたいと思った。

 

「翼さんは、それでも、素敵な方ですわ」

 

 セシリアが優しく微笑みながら口を開いた。

 彼の過去は今知った。それでも今の彼を嫌いにはなれなかった。過去は確かに問題だ。しかし、今まで接してきた彼は嘘ではない。少なくとも自分はそう信じている。

 

「翼は、うん。本当の僕を知っても何も言わなかった」

 

 シャルロットはあの時の記憶を思い出しながら口を開いた。

 彼はシャルロットの事を知っても攻め立てることなどしなかった。そうされてもおかしくはなかったのに、それでもしなかった。たったそれだけで肩の荷はだいぶ降ろされた。

 

「……あいつは、私を守ると言った。ならばあいつの隣を守るのは夫たる私の使命だ」

 

 ラウラは今一度強い意志を持ち口を開いた。

 あれだけの自分の過去を背負っておきながらそれでも彼は「守る」と言った。今ならわかる。それだけ彼の意志が強いことが。

 

「……そうか、そうか。あいつは本当に、いい子たちに出会えたわけだ」

 

 源治が満足そうに頷きビールを煽ると改めて女子たちに言った。

 

「なら、私は君たちに対して何も言わない」

 

 その言葉を聞き女子たちは表情を緩める。彼の義理とはいえ父親に認められた。これほど心強いものはない。

 ほっと息をついたのもつかの間。源治は何か思い出すように呟いた。

 

「まぁ、でも、君たちには少々手強い少女がいる。その子をどう退くのか、私は期待してるよ」

 

 彼女たちが意味深に呟かれたその言葉の意味を知るのはもう少し後のことだった。



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灰色の鎧

お待たせしました……

再始動です……


 日が開けて合宿の2日目を迎えた。

 

 今日は前日と違い丸1日中IS付けとなる。より詳しい内容は主に各装備試験運用、そしてそのデータ取りとなる。

 特に専用機持ちは各国、研究機関、企業などなどから大量の装備を送りつけられるため大変な作業だ。

 

「ようやく全員集まったな」

 

 千冬はそう言い並んだ者たちへと視線を巡らせる。が、視線を鋭いものに変えてその者を見る。

 

「おい、遅刻者」

 

「は、はい!」

 

 千冬からの鋭い視線と声に身をくすませたのはラウラだった。

 彼女にしては珍しく寝坊したようで集合に5分ほど遅れていた。

 

「そうだな……ISのコア・ネットワークについて説明しろ」

 

「は、はい」

 

 ISのコアは例外なくそれぞれの相互情報交換のための通信ネットワークを持つ。

 これは元々が広大な宇宙での活動を想定していた名残で位置情報の交換のためのものだ。

 現在はオープンまたはプライベート・チャンネルによる操縦者の会話などの通信に使われている。

 

 それ以外にも『非限定情報共有(シェアリング)』をコア同士が行い、得た情報を元に自己進化しているということが近年わかっている。

 

 これらは製作者である篠ノ之博士、岸原博士夫妻が自己発達の一環として無制限展開を許可したため現在も進化途中であり全容は全くの不明。

 

 と、このような説明を終えると千冬は一度頷いた。

 

「さすがに優秀だな。遅刻の件はこれで許すとしよう」

 

 そう言われてラウラは胸をなでおろすように息を吐いた。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を始めろ。専用機持ちは専用のパーツテストだ。全員迅速に行え」

 

 一同が「はい」と一斉に返事を返す。

 一年生全員が並んでいるためかなりの人数だ。

 

 ちなまに現在彼らがいるのはIS試験用のビーチだ。

 四方を切り立った崖に囲まれており秘密のビーチじみている。

 ドーム状のようになっており学園のアリーナをどこか彷彿とさせた。

 

 ここに搬入されたISと新型装備のテストが今回の合宿の本来の目的。

 当然ISを扱うため全員がISスーツを着ている。

 

「ああ、篠ノ之。お前はこっちだ」

 

「はい」

 

 打鉄用の装備を運んでいた箒は千冬に呼ばれて向かう。

 

「お前には今日から専よ––––」

 

「ちーちゃああああああん!!!」

 

 千冬の言葉を遮ったのはその声。

 それが響いてきた方向からは砂煙をあげながら一直線にこちらに向かってくる人影がある。

 

 それを見て千冬は頭を抑えながらこぼすように言った。

 

「……束」

 

 そう、向かってくるのはISコア開発者の1人である篠ノ之束だった。

 

「やあやあ!会いたかったよぉ!ちーちゃん!!さぁ、ハグハグしよう!愛を確かぶへっ」

 

 千冬へと飛びかかっていく束。

 しかしその千冬に片手で顔面を鷲掴まれた。さらに言うなら顔に指が食い込んでいる。

 

「うるさいぞ、束」

 

「ぐぬぬぬ……あいも変わらず容赦のないアイアンクロー」

 

 束は言うとするりとその拘束から脱出。難なく着地を果たすと今度は箒の方を向いた。

 

「やぁ!」

 

「……どうも」

 

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うの何年ぶりだろうねぇ。おっきくなったね、箒ちゃん。特にそのおっぱい」

 

 言い切るのが速かったのか箒の行動が速かったのか。ともかくとして束の頭に強烈な鞘の一撃が入った。

 

「殴りますよ」

 

「な、殴ってから言ったぁ……。しかも日本刀の鞘で!酷い!箒ちゃんってば酷い!!」

 

「ん〜、自業自得だと思うんだけどなぁ。私は」

 

 頭を押さえ、涙目で訴える束の後ろから岸原源治が現れた。

 

 そんなやりとりを一部を除いてぽかんと眺めていた。否、眺めるしかなかった。

 

「え、えっと、この合宿では関係者以外––––」

 

「んん?珍妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者と言うのなら、1番はこの私だとおもうよ?」

 

「えっ、あっ、はい……そう、ですね」

 

 束は教師として意を決して言った真耶をバッサリと切り捨てた。

 

 しかし、彼女の性格を知っているゆえか千冬、箒、一夏、翼に源治はなんとも思わない。

 彼女には基本的に何を言っても無駄だ。好きにやらせるしかない。

 

「おい、束。自己紹介くらいはしろ。うちの生徒たちが困っている」

 

「え〜、面倒くさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろはろー。はい終わり」

 

 軽い調子で言うとくるりんと回った。

 その隣で源治は咳払いを一つすると自己紹介を始める。

 

「えーっと、岸原翼の父の岸原源治だ。まぁ、一部の生徒とは少しあったことがあるけどな」

 

 反対に源治の自己紹介はいたって普通だった。

 

 しかし改めて名前を聞いたことでぽかんとしていた生徒たちも今の現状を理解できたようでにわかに騒がしくなる。

 

「はぁ……。束。もう少しまともにできないのか。そら一年、手が止まって切るぞ。こいつらのことは無視してテストを続けろれ

 

「こいつって酷いなぁ。らぶりぃ束さんと呼んでいいんだよ?」

 

「こいつらって……私も含まれてないそれ?」

 

 2人の言葉にしかし千冬は「うるさい、黙れ」の一言のみを向けた。

 

「山田先生。各班のサポートをお願いします」

 

「わ、わかりました」

 

 それでも真耶はやはり気になるらしくチラチラとこちらを見ながら生徒たちの方へと向かって行った。

 

「んじゃ、翼。行こうか。もう用意して起動段階に入ってるから」

 

「わかった。んじゃ、また後で」

 

 言うと翼は一夏たちに軽く言葉をかけると源治共にその場を離れた。

 

◇◇◇

 

 着いた場所は少しひらけた場所だった。先ほどのように四方を崖に囲まれた場所だが先ほどよりも少し狭い。

 周りに人はないがそこにポツンと1機のISが鎮座していた。

 

 それは騎士甲冑を思わせる灰色の鎧を身に纏ったユニコーンであった。

 

 背中には1対の大型のスタビライザー翼と少し小さめのスラスター翼を持つブースター。その大型の追加装備の上部にはもともと背中にあったサブアームが移設され、突撃砲が保持されている。

 肩アーマーやサイドスカートアーマーも大型化され、そこにはスラスターが増設されている。

 

 それに合わせてリペアの頃からあったスラスター、リアスカートアーマーから伸びたサブアーム、その先にあるブースターも大型化されていた。

 

「これが、ユニコーン・リペアⅡ……」

 

 前まで使っていたリペアとは違いこのリペアⅡはきちんと専用の追加装備として開発されたものだ。

 変更点は多いがそれに戸惑うことはあまりないだろう。

 

「じゃ、乗ってみてくれ。軽く調整するから」

 

「わかった」

 

 翼はふたつ返事で了承するとすぐにユニコーン・リペアⅡに乗り込んだ。

 

 ゆっくりと立ち上がらせると手を開いたり閉じたり、肩を回したりと可動の感触を確かめる。

 翼がそうしている間に調整を終えた源治は聞く。

 

「よしっと、調整完了。調子はどうだい?」

 

「問題なし。最高の仕上がりだよ」

 

 満足気に言う翼に対し源治は心底嬉しそうに笑みを浮かべた。

 それと同時にあるデータを翼に送る。

 

「ん?これって––––」

 

「軽い肩慣らしに、どう?」

 

「軽い、肩慣らし……ねぇ」

 

 呟く翼の視界にはあるISのデータが映し出されていた。

 

 持っている装備は【雨月(あまづき)】、【空裂(からわれ)】と呼ばれる二本の刀。

 たった二本の刀しか装備として持たない第四世代IS、名前は紅椿。

 

 搭乗者、篠ノ之箒。

 

 たしかに搭乗者はまだその扱いに慣れてはいないだろう。だが、軽い肩慣らし、というには少々辛い相手である。

 



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紅き華

 青い空に紅いIS、紅椿が飛んでいた。

 

 急上昇した時に発生した衝撃波で起こった砂が舞い上がっているのが空から見える。

 

(……これ、は––––)

 

『どうどう?箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?』

 

「え、ええ、まぁ……」

 

 束もISか、もしくはそれに類したものを装備しているのだろうか、オープン・チャンネルでの会話が飛び込んできた。

 

『じゃあ、刀使ってみよー。右のが『雨月(あまづき)』で左のが『空裂(からわれ)』ね。武器特性のデータ送るよん』

 

 そう言い束は空中に指を踊らせる。

 武器データを受け取った箒は二本の刀を同時に抜き取る。

 この辺りの動作は普通の刀の扱いと同じらしくなれたような動作だった。

 

『親切丁寧な束おねーちゃんの解説〜♪ 雨月は対単一仕様の武装で打突に合わせて刃からエネルギー刃を放出、連続して敵を蜂の巣に!射程距離は、まぁ、アサルトライフルくらいかな?流石にスナイパーライフルの間合いは無理だけど〜、紅椿の機動性なら大丈夫』

 

 束の解説に合わせて行なっているのかどうかは一夏たちにはわからないが、箒は試しとばかりに突きを放つ。

 

 右腕を左肩まで持って行き構える。

 篠ノ之剣術流二刀型・盾刃(じゅんじん)の構え。

 攻防どちらにも転じやすく、刀を受ける力で肩の軸を動かして反撃に転じる守りの型である。

 

 そこから突きが放たれると同時に周囲の空間に緋色のレーザー光がいくつもの球体として現れ、順番に弾丸となり白い雲を穿つ。

 

『次は空裂ね〜。こっちは対集団仕様の武器だよん。斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギー。ぶつけるんだよ〜。振った範囲に自動で展開するから超便利』

 

 箒は右脇下に構えた空裂を1回転するように振るった。

 再び現れた紅いレーザーが帯状に広がり雲を断ち切る。

 

「––––やれる!この、紅椿なら!」

 

『それは良かった。んじゃぁ、早速戦ってみよっか』

 

 どこか楽しそうに言う束にほぼ全員が首を傾げた。

 

「戦うって、誰と?」

 

 束が答える前に––––

 

 キュィイイイイイインッッ!!!

 

 という空気を引き裂き飛ぶ音を聞いた。

 

「レーダーに反応……」

 

 紅椿が捉えたその映像を箒は拡大させる。

 

「なっ……これ、は!!?」

 

 拡大した映像に映っていたのは灰色の騎士甲冑を思わせる装甲を身につけたユニコーンであった。

 

◇◇◇

 

「……一気に仕掛けても?」

 

『まぁ、大丈夫だと思うよ。なにせ相手は新型……“最後”の舞台には丁度いいだろ?』

 

「まぁ、たしかに」

 

 たしかに彼女はまだIS紅椿の扱いに慣れてはいないだろう。

 しかし、それをカバーできるほどの性能があれにはある。

 

(さて、んじゃぁ行きますか)

 

 ユニコーンは紅椿をカーソルに捉えるとさらに速度を上げた。

 

◇◇◇

 

 突如として現れたユニコーンは紅椿の前を一気に走り抜けると急上昇、その間にロングバレルタイプの突撃砲を展開、両腕で構えるとすぐに放つ。

 

「翼!?」

 

 箒は反射的に回避、そのまま移動を始めた。

 その背中を追いながらユニコーンは突撃砲を収納、電撃、雷撃を展開させ、追撃を放つ。

 

 実弾とビームの弾丸は逃げる紅椿を容赦なく攻め立てる。

 

(翼……本気か!?)

 

 箒は躊躇いながらも戦うことを決め、転進、雨月を空中に突き出す。

 その動きに合わせて複数の紅い弾丸が放たれた。

 

(データで見てはいたが実物を見ると––––)

 

 ユニコーンはリアスカートアーマーから伸びたブースターの噴射口を前方に向けて急停止。それと同時に肩に増設されたブースターを吹かし、スラスターの出力を調整して180度回転。

 

(––––面倒な装備だ)

 

 足と腕の間をその紅い弾丸が通り抜けていく中、背中の大型ブースターで急接近。そのまま足のモーターブレードを展開、回転を開始させ切りかかる。

 

 紅椿はそれを空裂で防ぐ。

 モーターブレードはそんなことを物ともせず回転を続け、2つの間で火花が舞う。

 

「くっ!?」

 

 間髪入れず空いている足もモーターブレードを展開させ切りかかる。

 

 半ば反射的に紅椿はその一撃を雨月で弾くとその反動のまま大きく後退して距離を取った。

 

◇◇◇

 

「……2人ともすげぇ」

 

 一夏は感嘆の声を漏らした。

 他の専用気持ちは言葉もなく広がる戦闘を見つめていた。

 

 性能的には箒の駆る紅椿が圧倒的に上、しかし技能的にはおそらく翼が駆っているのであろうユニコーンの方が上だ。

 

 色々と馬鹿げたISとトチ狂った機動で対抗するISの戦闘。

 

 ふと頭の片隅でもし自国の開発者たちがこの戦闘を見ればどのような反応をするのだろうか。と思う。

 見ていても何もマネなど出来るわけがない。そんな光景を見て彼らは何を思うのだろうか。

 

「お〜、やっぱり予想通り拮抗したね」

 

「んー、どっちが勝つかなぁ〜」

 

 そんな者たちの後ろでこの現状を作り上げた2人、源治と束はどこか間延びしたような気の抜けた声を出していた。

 

 この展開になるのは半ば予想していたどおりだ。

 だが、2人にはどちらが勝つか、その7割ほどは答えが出ている。

 

 果たしてその7割を覆せるのか、そこを彼らは見ていた。

 

◇◇◇

 

(これが、翼の動き……!!)

 

 度々映像で見ていたが実際に手合わせするとその戦いにくさがより実感できた。

 

 とにかく攻撃が当たらないのだ。

 普通なら絶対に当たる一撃を放っているというのにその僅かな網目を縫うような動きにより全てがかわされる。

 そしてその動きから展開される予測の困難な攻撃の数々。

 

 もし自分のISがこの紅椿ではなく、打鉄であったのならばもうすでに自分は地面に膝をついていただろう。

 

 雨月、空裂の二本から放つ時間差をつけた攻撃。

 しかしユニコーンはそのどちらも回転するように動いてかわし、その回避行動の流れのまま、雷撃、電撃による射撃。

 

 それをどうにかかわした頃にはその回避した位置にいつ放ったのか実弾かビームが飛んでくる。

 

 それを空裂、雨月で弾く頃にはすぐそこまでにユニコーンは接近しており足のモーターブレードを振るう。

 

 それを弾き距離を取ると同時に上空を取る。

 しかしユニコーンがそれを許すわけもなく背中のブースターにあるサブアームが展開、そこに装備されていた突撃砲が火を噴いた。

 

 それをかわしているうちにユニコーンも上昇、逃げる紅椿を追う。

 

(あれが、紅椿の動き……)

 

 現存するISの中で最強を謳うに納得できる性能だった。

 捉えたと思ってもするりと逃げられる。ようやく捉え力押しをしようとしても逆にこちらが押し負ける。

 

 紅椿の性能は機動力、出力共に強化装備を付けているユニコーン・リペアⅡよりも上だ。

 動きにどことなくぎこちなさが残っているがそれも戦闘が続くにつれてなくなり始めている。

 

 追いながら雷撃の後ろに電撃を連結、ロングビームライフルの雷電撃にするとその引き金を引いた。

 緑の光が伸びるが紅椿は急旋回を取ることで回避、そのままユニコーンに近づき空裂を振るい帯状のビームを放つ。

 

 ユニコーンは上昇しながら180度回転して回避、そのまま1回転すると今度は電撃の後ろに雷撃をを連結、レールガンの電雷撃にした。

 

 箒はその装備の攻撃を数度見ているため次に来るのはレールガンによる超高速の一撃が迫る。

 回避をしようと一瞬止まった。

 

 しかし、放たれたものは散弾。

 

「なん!!?」

 

 面の一撃をまともに受けた紅椿は一瞬、姿勢を崩した。

 その隙を逃すわけもなく間髪入れずに今度は徹甲弾を放つ。

 

 紅椿は未だ姿勢を立て直している途中、回避など取れるわけもなく反射的に防御する。

 しかし、放たれたのは対IS用の徹甲弾だ。

 

 放たれたその一撃は紅椿の防御を貫き、絶対防御を発動させることに成功。シールドエネルギーを大きく削り取った。

 さらに大きく崩れたところにユニコーンは不知火を展開、さらに斬月も展開させ一気に斬りかかる。

 

『はーい。中止〜』

 

 その通信が届くの同時に箒の胸元にまで迫っていた不知火の切っ先が止まった。

 

『千冬ちゃんからの報告だよ。ちょっと問題が発生したみたいだ』

 



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状況説明

「では、状況を説明する」

 

 旅館の1番奥に設けられている宴会用の大座敷、風花の間では翼たち専用機持ち全員と教師陣が集められていた。

 

 照明は落とされ、薄暗いその部屋には大型の空中ディスプレイが浮かんでおり、その前で千冬は説明をしている。

 

「2時間前、ハワイ沖で試験稼働中だったアメリカ・イスラエルが共同開発していた第三世代型の軍用IS【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】が制御下を離れ暴走。監視空域より離脱した」

 

 その説明に数人が息を飲み、すぐに表情を引き締める。

 事態の深刻さをすぐさま理解できたがゆえなのだが一夏、箒は違う。

 彼らは他の元たちと比べて一般人であるために突然のことに面食らっているらしく、周囲に軽く視線をやっていた。

 

 千冬はそんな2人を咎めることなく説明を続ける。

 

「その後、衛星による追跡の結果、銀の福音はここから2キロ先の空域を通過することがわかった。時間にして50分後だ。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処する」

 

 ただ淡々と彼女は説明をする。いつもの表情で、いつもと変わらぬ声音で真剣に伝えるだけだ。

 

「教員は学園の訓練機を使用して空域および海域の封鎖を行うため、本作戦では専用機持ちであるお前たちに担当してもらう」

 

 少しの間をおきディスプレイに戦闘海域、銀の福音の予測進路が表示される。

 

「それではブリーフィングを始める。意見があるものは挙手をしろ」

 

 それに対しすぐに手を挙げたのはセシリアだ。

 いつもよりも数段、凛とした表情と気迫を持って千冬を見ながら言う。

 

「目標ISの詳細データを要求します」

 

「わかった。しかし、これは二ヶ国の最重要軍事機密だ。情報が漏洩した場合、お前たちには査問委員会による裁判と最低でも2年の監視がつく」

 

「了解しました」

 

 セシリアが答え、他の者たちが頷くとディスプレイに銀の福音のデータが表示されているウィンドウが現れた。

 それを見ながらそれぞれが所感を告げていく。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃が可能」

 

「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。しかも、スペック上ではあたしの甲龍を上回ってるから、向こうが有利……」

 

「この特殊武装が曲者だね。本国からリヴァイヴの防御パッケージがきてるけど、連続の防御は難しいかも」

 

「しかも、データでは格闘戦が未知数だ。持っているスキルもわからん。偵察をしたいものだが」

 

「難しいだろうな。こいつは未だ超音速で飛行している。アプローチはできて1回だけだ」

 

 混乱する一夏と箒を尻目にセシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ、そして翼は意見を交わしていたがその結論にたどり着くとその場に静寂が訪れた。

 

 しかしそれは翼が千冬に向けていった言葉によって終わることになる。

 

「織斑先生。俺に行かせてください。リペアⅡの機動力なら福音にも追いつける。それに、不知火の斬月もあります」

 

「な!?翼、お前なに言って––––」

 

「お前も話は聞いていたろ?」

 

 アプローチは1回、ならば必然的に銀の福音の速度に追いつくことができ、なおかつ一撃必殺の攻撃を叩き込むと言うことになる。

 それが出来るのは現状、翼のユニコーン・リペアⅡか一夏の白式のみだ。

 

 そうなってくるとまだISの扱いに難のある一夏よりも新装備とはいえ技術的に彼より上の翼が行くのが自然だろう。

 

 そしてそれは一夏自身が1番わかっていることだ。

 それ故に一夏は奥歯を噛み締めて畳を殴った。

 

「……よし、それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、速度がユニコーンと同じ、あるいはそれ以上の機体はどれだ」

 

「それなら、わたくしのブルー・ティアーズが」

 

 ブルー・ティアーズには臨海学校の装備試験運用に合わせてイギリスから装備が送られている。

 強襲用高機動パッケージ【ストライク・ガンナー】と呼ばれるものだ。

 その名の通り、超音速下での戦闘を想定している装備である。

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

 

「20時間です」

 

「ふむ……それならば適任––––」

 

「待った待ーった!!」

 

 だな、と言うとした千冬をそんな底抜けに明るい声が遮った。

 その声の主、束は天井から首を生やし、千冬たちを見ろ下ろしている。

 

「山田先生、室外への強制退去を」

 

「えっ!?は、はいっ。あの、篠ノ之博士、ひとまず降りてきていただけると……」

 

 おずおずと言う真耶を無視して束は軽やかな身のこなしでくるりんと空中で1回転して着地。

 

「ちーちゃん!つっくん!もっといい作戦が私の中にナウ・プリンティング!!」

 

 頭を押さえて重い息を吐く千冬。

 興奮している束はそれに気が付かず、いや気が付いていても気にせずに続ける。

 

「ここは断・然!紅椿の出番なんだよっ!」

 

「なに?」

 

 たしかに紅椿の機動力には目を見張るものがある。しかし、それでも超音速での機動はできないはず。

 そんな疑問に対して束は自慢するように嬉しそうに言った。

 

「紅椿のスペックデータを見てみて!パッケージなんかなくても超高速機動が出来ちゃうんだよ!」

 

 束の言葉に応えるように複数の空中ディスプレイが千冬を取り囲むように展開される。

 

「紅椿の展開装甲を調整して、ほいほいほいっと、ほら!これでスピードはばっちりぃ!」

 

 ほとんどの者が聞き慣れない言葉に首を傾げていると束が千冬の隣に立ち、説明を始めた。

 しかもいつのまにかコンピュータに侵入していたのかメインディスプレイを乗っ取り、先程まであった戦闘域、銀の福音の情報から紅椿のスペックデータに変わっている。

 

「説明しましょ〜。展開装甲というのはだね、この天才の束さんが作った“第四世代型IS”の装備なんだよ〜」

 

 ISには大きく3つの世代で区分がされている。

 第一世代型は【ISの完成】を目指した機体。

 第二世代型は【後付武装による多様化】を目指した機体。現在もっとも普及してるISがこれだ。

 第三世代型は【操縦者のイメージ・インターフェイス。利用した特殊兵器の実装】を目指して機体。

 空間圧作用兵器、BT兵器やAICなどがあり国や企業が全力でな開発が進められているものだ。

 

 しかし紅椿はそのどれにも属さない新しいIS、第四世代型である。と束は言う。

 第四世代型の目標は【パッケージ換装を必要としない万能機】を目指したもの。彼女でさえ、まだ机上の空論でしかないものだ。

 

「は、はぁ……。え、いや、えーっと?」

 

「うんうん。一夏君の疑問はもっともだ。しかし、な。君たちはすでにみたことがあるはずだよ?」

 

 いつのまにか一夏の後ろに現れていたのは源治だった。

 

「源治さん?それって––––」

 

「わかりやすいのはユニコーンだよ。あれは一体何世代型でしょうか?はい、翼」

 

「第3.5世代型……」

 

 翼があっさりと応えると他の者たちもハッとしたように互いに顔を見合わせた。

 そう、ユニコーンの本来の性能が低いため忘れられがちだが世代は正真正銘第3.5世代型だ。

 

 本来ならシンクロシステムのエネルギー操作の効率化のために搭載されたA.E.Bと展開装甲だが紅椿はそれらの情報を元にシンクロシステムを除外し、設計し直したものが紅椿には使われている。

 

「紅椿はユニコーンの姉妹機って言えるんだ。合ってるかい?束」

 

「うん。合ってるよ〜。でも、その結論だと白式もだね。白式に試しに突っ込んだ【雪片弐型】にも使われてるし」

 

「2機の情報が集まって稼働そのものに問題はなかったから全身に使ってみた、と?」

 

 翼の問いに束は「そのとーり!」答えた。

 

「えっと……開発どうこうの話はよくわからなかったけど、要は2機の良いとこ取り?」

 

「うん、そうだよ。しかもデメリットなし、最強だね」

 

 一夏を含めてほとんどの者はぽかんとして彼らの話を聞いている。

 していないのは千冬、源治、翼だけで他の者はただただ話される言葉、単語に度肝を抜かされていた。

 

「ちなみに紅椿の展開装甲はユニコーンより発展したものだから、攻撃・防御・機動って用途に合わせて変更可能。これぞ第四世代型の目標である即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)ってやつだね」

 

 その場は驚愕の声もなく、疑問の声もなく、ただ静まり返った。

 束はそのことを不思議に思っているのか首を傾げているがそんな反応をしている彼女の方がこの場では異常だ。

 

 当然だ。各国、企業が多額の資金、膨大な時間、優秀な人材。その全てを惜しみなくつぎ込んで競いながら開発している第三世代型IS。

 それが全て無意味だと言っていることと同義だ。

 

 ユニコーンはある種例外的な位置付けにある機体だが紅椿は違う。現行のIS、その純然たる発展機に位置しているのだ。

 

 それを聞いて、理解して、なんと反応を返せばいいのか。

 疑問を返せばいいのか、驚けばいいのか。翼、源治、千冬以外の者たちは自分の中の感情がよくわからなくなっていた。



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銀の福音

「まるで、白騎士事件だな」

 

 ふと一夏は先を歩く翼の背中を見ながら呟いた。

 

 色々な意味で衝撃的だったブリーフィングを終えた彼らは作戦準備に入っている。

 しかし、翼は一夏を「話がある」と誘い、海へ向かい歩いていた。

 

「ああ、そうだな……」

 

 【白騎士事件】––––この事件の名を知らぬ者はいない。

 

 10年前のことだ。篠ノ之束、岸原源治、楓が発表したISは当初その成果をほぼ認められていなかった。

 彼らが言った『現行兵器を凌駕する』との言葉を誰も信じなかった。それは同時に信じるわけにはいかなかった、とも言える。

 

 たった3人で、今までなんの実績も上げていない、どこの組織にも属していないような者たちがそんな物を作れるわけがない。

 そして、たった3人でそんな物を作れたというのであれば今まで自分たちがやってきたこととは?

 思惑としてはそんなものだろう。

 

 ともかくとしてISの発表から一ヶ月後、事件が起きる。

 突如として日本を攻撃可能な各国のミサイル2341発。それが同時にハッキングを受け、制御不能、発射されたのだ。

 

 世界の誰もが諦めた。誰もが絶望と混乱の中にいた。

 

 そこに現れたのが白銀のISだった。

 

 初期バイザーを装備していたため顔は不明。出現時に装備していたのは1本のブレードのみだったが、後に大型荷電粒子砲を召喚し、1000発ものミサイルを斬り裂いた。

 

 超音速の格闘能力、大質量の物質を粒子から構成する能力、ビーム兵器の実用。

 どれもこれもが現存兵器にはないもの。

 

 それに対し、国際条約を無視して各国は捕縛、ないし破壊を行おうとした。

 しかし、白騎士は各国の戦力を全て退いた。それも人命を一切奪わずに。

 

 その圧倒的戦力差から全世界は『ISを倒せるのはISのみだ』という“束の言葉”を無抵抗に受け入れた。

 

(白騎士事件……手を引いていたのは間違いなくあの人だ。そして、今回のことも––––)

 

 翼は人気がない海岸に来ると立ち止まり、振り返って一夏を見る。

 

「んで、どうした?話って」

 

(だとしたら、保険はかけておくべき……だよな)

 

「頼みがある。––––––」

 

 波の音ともにその言葉が一夏の耳に届く。

 その言葉を理解し、翼の笑顔を見た瞬間、一夏は翼を思いっきり殴った。

 

 一夏は怒りを、翼はどこか儚げな笑みを浮かべて見つめ合っていた。

 

◇◇◇

 

 時刻は11時半。

 容赦のない陽光が照らす海岸にユニコーンと紅椿がいた。

 ユニコーンの後ろにはユニコーンとほぼ同じ全長のプロペラントブースターを両腕に抱える白式と甲龍がいる。

 

 このプロペラントブースターはユニコーン・リペアⅡ用の物だ。

 マイクロミサイルタンクでもあり、火力と機動力の補強、ブースター自体の燃料を使い機体のエネルギーの節約のために装備する。

 

 後付なのは大型ゆえに接続後の変わる機体バランスを整えるためだ。

 

 

「にしても、たまたま私たちがいたことが幸いしたな。私と翼が力を合わせればできないことはない」

 

「ああ、そうだな。だが、わかってるな?これは実戦だ。何が起きるかなんてことは––––」

 

「無論、わかっているさ。ふふ、どうした?怖いのか?」

 

「いや、そういうわけじゃないが……」

 

「ははっ、心配するな。この紅椿の力はお前も理解しているだろ?」

 

 箒は先程からずっとこの調子だ。

 専用機を手に入れらたことがよほど嬉しいらしく明らかに浮かれている。

 

『岸原、篠ノ之。聞こえるな?』

 

 そんな時、ISのオープン・チャンネルから千冬が通信を入れてきた。2人はそれに対し頷いて肯定。

 

『今回の作戦の要は一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間での決着を心がけろ』

 

「了解」

 

「織斑先生。私は状況に応じて翼のサポートをすればよろしいですか?」

 

『……そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機を使い始めたばかりだ。何かしらの問題が出るとも限らない』

 

「わかりました。できる範囲で支援します」

 

 箒の答えるその声は一見落ち着いているように感じれるがやはり口調は喜色に弾み、浮ついているように感じとれた。

 千冬はすぐにオープン・チャンネルからプライベート・チャンネルに切り替え、翼に言う。

 

『岸原。篠ノ之は浮ついている。あんな状態では何かを仕損じるるやもしれん。いざというときはサポートしてやれ』

 

「わかっていますよ」

 

『それと、お前もくれぐれも下手なことをするな』

 

 あさり答える翼に千冬は最後に付け加えるよう言って通信を終えた。

 

(バレてる……か。そりゃそうか……)

 

 次にオープン・チャンネルで源治が一夏と鈴音に指示を出す。

 

『それじゃ、一夏君、鈴音ちゃん。プロペラントブースターをユニコーンのブースターに近づけてくれ』

 

 その指示に従い、2人はユニコーンのブースターへと抱えているプロペラントブースターを近づける。

 近くまで来るとプロペラントブースターの先端にあるアームがユニコーンのブースターと接続された。

 

「プロペラントブースターA、B接続を確認。重心補正、各スラスター、スタビライザー出力調整…………完了」

 

 翼のその言葉を聞くと源治が一夏と鈴音にその場から離れるように指示。

 2人は頷くとゆっくりとその場から離れた。

 

 チラリと一夏の方へと視線を向ける。表情や雰囲気はいつも通りのように見えるがその手は強く握りしめられている。

 

(一夏……)

 

 2人が完全に離れると千冬が告げた。

 

『では、はじめ!』

 

「岸原翼、ユニコーン・リペアⅡ––––」

 

「篠ノ之箒、紅椿––––」

 

「「––––出る!!」

 

 2人は告げると数秒で目標高度の500メートルに到着。

 

「暫時衛生リンク確立……上方照合完了」

 

「目標の現在位置を確認。行くぞ、箒」

 

 そしてユニコーンはプロペラントブースターから火を吹かし、紅椿は脚部と背部の装甲を展開、強力なエネルギーを噴出させた。

 

(すごいな……たったあれだけで今のユニコーンとほぼ同じ……いや、これだけやってようやく同じ速度、か)

 

 改めて見るとやはり常軌を疑う。

 あれがその状況に合わせて攻撃・防御・機動に即時に対応可能だという。

 それに加えて今の状態ですら最大出力ではない。

 

 翼が感心しているとレーダーが反応を捉えた。

 

「翼っ!!」

 

 ユニコーンのハイパーセンサーの視覚情報が自分がその目で見ているかのようにクリアに目標を映し出す。

 

 全身がその名のとおり銀色のIS、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)

 特徴的なのは頭部から生えている一対の巨大な翼だ。本体同様に銀色に輝くそれは大型スラスターと高域射撃武器を融合させたものだ。

 

 センサーが捉えたということは接触まであと10秒、マイクロミサイル発射までは3秒––––。

 

「ッッ!!」

 

 その時が来て、ユニコーンの背部にブースターを介し取り付けられたプロペラントブースターの上部と下部が開き大量のミサイルが顔を出した。

 それらはほぼ一斉に飛び立ち、福音へと向かう。

 

 福音は最高速度そのままに反転、ミサイルの回避を始めた。

 しかし、その回避先は翼がわざと作ったものだ。

 

「箒!!」

 

「ああ!!」

 

 ユニコーンは不知火を展開、斬月を発動させ紅椿は空裂と雨月を展開、それぞれ斬りかかる。

 しかし––––

 

『敵機確認。迎撃モードへ移行。銀の鐘(シルバー・ベル)、稼働開始』

 

「!?」

 

 オープン・チャンネルから聞こえたそれは抑揚のない機械音声だった。だが、そこに確かな殺意を翼は感じた。

 

 ぐりん、と。福音は体を1回転し、ユニコーンの斬月を、紅椿の空裂の一撃をかわしきる。

 それはほんの数ミリという高い精度を持つ操縦だった。

 

「くっ……!あの翼が急加速をしているのか!?」

 

 箒の驚愕の言葉と同時に翼は心の中で舌打ちを鳴らす。

 

(なるほど、伊達に重要機密ではない、と……)

 

 ユニコーンはプロペラントブースターをパージしながら福音へと接近する。

 

「箒!援護を!!」

 

「任せろ!!」

 

 時間がかかればこちらが不利。

 それ故に翼はすぐさま箒に背中を預けて福音へと斬撃を仕掛けた。

 

 しかし、それはひらりひらりとかわされる。

 その独特の機動はどこかユニコーンと似通ったものを感じられた。

 

 しかしユニコーンの機動と違うのは制御されている、ということ。

 ユニコーンのように無差別で無作為に見えるような動きはない。

 

「なら!!」

 

 背部大型ブースターにあるサブアームを展開、それに接続されている突撃砲を放つ。

 やはりひらりひらりとかわされ当たる気配はない。

 

 ユニコーンは雷撃を展開、回避してくるであろう場所へと放つ。

 放たれたその場所へとちょうど福音が移動してきてその攻撃は命中した。

 

 翼は確かな手応えを感じると雷撃を収納、接近しながら箒に通信を送る。

 

「箒!福音の大まかな行動パターンだ。まだアラは多いが使え!」

 

「わ、わかった!」

 

 ユニコーンが不知火を振るうが福音は難なく回避、そこへ紅椿の空裂による帯状に伸びたエネルギーが飛ぶ。

 それも回避したがその回避場所に続けて放たれていた雨月のレーザーが貫いた。

 

 さらにそこへと追撃を仕掛けるためにユニコーンがブースターとスラスターを吹かし急接近、斬月を展開して斬りかかろうとするが銀の翼、その装甲が開き砲門が現れる。

 

 現れた砲門を接近するユニコーンに向けるため翼をせり出させた。

 瞬間、幾重にも光の弾丸が打ち出される。

 

 ユニコーンは接近をやめて打ち出されたそれを不知火で弾くが数発は装甲を貫いた。

 その弾丸は高密度に圧縮されたエネルギー弾らしく、装甲に着弾と同時に爆発する。

 

 厄介なのはその連射速度だ。

 射撃精度は高くはないが面で攻撃してくるため回避や防御は難しいだろう。

 

「二方向から攻める。左は頼む」

 

「了解した!」

 

 翼と箒は回避行動をとりながら連射を止める様子がない福音へ左右から斬りかかる。

 

 しかし、その攻撃はわずかにかするだけで確かな手応えがない。

 

 行動パターンが大まかにわかっているとはいえ、やはり近接戦闘で確かなダメージを与えるには動きを止める必要がある。

 

「翼!私が動きを止める!」

 

「頼む!」

 

 箒の二刀流から繰り出される斬撃と刺突。その椀部装甲は展開されており、そこから放たれたエネルギー刃が自動で射出、福音を狙う。

 

 それに加えて持ち前の機動力と展開装甲による自在な方向転換、急加速を使って福音との距離を離さなさず、逆に間合いを詰めていく。

 

 その猛攻に福音は回避ではなく防御をするようになっていた。

 

「そこだぁぁぁあッッ!!」

 

 翼は不知火を握りしめた。しかし、そこには全面反撃が待ち受けていた。

 

『La……♪』

 

 甲高い音声。それが響くと同時、ウイングスラスターが砲門を全て開く。その数、合計で36門。

 全方位へ向けて一斉に放たれた。

 

「やるな……。だが、押し切る!」

 

 紅椿はその光弾の雨を縫うようにかわし、迫撃。

 

 そこに、隙が生まれた。

 

 当然翼もそれを見た。だが同時にあるものを見つけてしまった。逡巡を挟んだがユニコーンは福音ではなく、その直下の海面へと急前進。

 

「翼!」

 

「く、そ!」

 

 かけられる言葉も振り払い、ユニコーンは急加速で一発の光弾に追いつくとそれを弾き飛ばした。

 その後ろには船があった。

 

 彼は福音を倒すのではなく、船を守るために動いていたのだ。



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紫の二角獣

「な、何をしている!せっかくのチャンスが!」

 

「船だ……。識別反応……なし。間の悪い密漁船だ」

 

 密漁船だと言って見殺しにはできない。

 チャンスは無くなったがそれでも彼らを救うことはできた。

 

 あの時とは違って––––

 

「馬鹿者!犯罪者などを庇って……。そんな奴らなど……!」

 

「箒!!」

 

「ッッ!」

 

「そんな、寂しいことを言うなよ。力を手に入れたら弱い奴は無視するのか?お前は。そんなの、箒らしくない」

 

「わ、私……は」

 

 明らかな動揺を浮かべ、それを隠すかのように手で顔を覆う。

 その動作で落ちた雨月が光の粒子に消えていくのを見て、翼の頬に冷や汗が流れた。

 

(今のは……具現維持限界(リミット・ダウン)!?……まずい!!)

 

 具現維持限界。

 端的に言えば武装を展開するエネルギーが枯渇したということ。さらにわかりやすく言うなら、エネルギー切れだ。

 

 そして、ここはアリーナではなく実戦の戦闘エリア。

 

「箒いぃぃいいい!!」

 

 ユニコーンは不知火を収納、すぐさま紅椿の元へと向かう。

 

(間に合えよ!!)

 

 視界の先では福音が再び一斉射撃モードに入っている。そして、その狙いは紅椿だ。

 エネルギーの切れたISアーマーは恐ろしいほどに脆い。そこにはISの世代など関係ないだろう。

 

 たとえ絶対防御を展開できるだけのエネルギーがあれどあの連写を防ぎきれる保証などない。

 

 ユニコーンはギリギリのところで紅椿の前に躍り出た。

 

 何かに福音の光弾が当たり爆発、爆煙が箒の前に広がる。

 

「翼ぁ!!」

 

 まるでその声に応えるように爆煙から左手に半壊した楕円形のシールドを持つユニコーンが飛び出し、福音へと急接近する。

 右手にはロングバレルタイプの突撃砲を持っており、その砲門から弾丸が3発放たれるがその全てを回避された。

 

「つ、翼……」

 

「はぁ、はぁ……っ箒。今すぐにその密漁船を連れて離脱しろ」

 

「な、そんなこと、出来るわけが!」

 

「エネルギー切れで何を言っている!今のお前は足手まといだ!早くここか––––」

 

 翼が全てを言い切る前に高熱原体の接近をレーダーが捉えた。

 それを確認するやいなや急上昇、その後すぐに光がユニコーンをいた場所を貫いた。

 

「な、なんだ……今のは」

 

 箒はその方向を見る。

 そこには紫色のISがいた。それは今、ユニコーンの方へと両側に大型のスタビライザーを持つブースター、そこにあるメガビームランチャーの砲門を構えていた。

 

 全身装甲で頭部には2本の角、その他はユニコーンとほぼ同じ装甲を見に纏っている。

 

「……バイコーン」

 

 翼は奥歯を噛み締めてそれを見つめた。

 

◇◇◇

 

「バイコーンが、暴走した!?」

 

 島の司令室となっていた宴会場の中で源治は通信を入れてきた楓に聞き返す。

 

『ええ、完全に制御不能。沙耶ちゃんとの通信も途切れている』

 

 戦闘エリアを映し出している空中ディスプレイへと視線を移す。そこには銀の福音の隣に並ぶバイコーンが映されていた。

 

「無駄だろうが、制御を取り戻せるか試してくれ」

 

『了解』

 

 楓は言うとそそくさと通信を切った。

 それを確認すると源治は千冬と真耶、そして束に言う。

 

「見ての通り我々が製造していたバイコーンが私たちと操縦者の制御下から離れて暴走した。おそらく、福音と同じやつだろう」

 

「そ、それじゃあ……」

 

「作戦は、完全に失敗したな」

 

 千冬はその映像を睨みつけながらそう呟いた。

 

◇◇◇

 

「……箒、離脱しろ。俺が時間を稼ぐ」

 

「こ、こんな状況でそんなこと出来るわけが––––」

 

「聞こえなかったのか!!」

 

 箒の視界に映る翼の顔には焦りと怒りが入り混じっていた。

 その目は今までにないほどに強く、箒を射抜いている。

 

「…………くっ、わかった」

 

 箒は俯きながら言うと降下、密漁船の壁面を掴むと急発進して島の方向へと向かった。

 

(ああ、そうだ。それでいい……これで後は託せる)

 

 翼は視線を前へ、福音とバイコーンへと向ける。

 半壊したシールドを投げ捨てるとロングバレルの突撃砲を左手に持ち替え、右手に松風を展開、大鎌の刃をビームで生成した。

 視界の右端にあるステータスウィンドウをチェック。損害軽微、戦闘に支障なしであることを確認。

 左端にあるエネルギー残量を確認。バックパックにあるバッテリーのおかげで戦闘するにはまだ充分なエネルギーがある。

 

「さぁって、新型相手にどこまで耐えられるか……だな!」

 

 ユニコーンはブースターを吹かしバイコーンに接近、松風を振るう。

 バイコーンはメガビームランチャーを折り畳んでブースターに収納。腕部装甲からビームサーベルの発振器を装備、ビーム刃を展開しそれを弾く。

 

 それと同時に2機はユニコーンの左右に回り込んだ。

 

 先に飛び込んできたのはバイコーンの方。

 ビームサーベルを振るおうと構えながら急接近。それを接近させないように松風を振るいながら反対側にいる福音へと射撃。

 

 バイコーンは急停止し上昇。その隙に福音が連射。

 ユニコーンがジグザグでそれをかわしていると急降下しながらバイコーンがビームサーベルで横薙ぎ。

 

 松風の大鎌の刃のようにビームを展開しているその基部を掴み直しながら刃を外側に向ける。

 その外側に向けた刃で攻撃を弾きながらバイコーンと入れ替わるように上昇、すぐに上下逆さまになりながら福音の方を向いて射撃。

 

 今度はサブアームも展開させ、そこにある突撃砲も加えた3門の同時射撃だ。

 

 福音はそれ完全にはかわしきれずに装甲をかすめ、2発は命中した。

 

 間髪入れず突撃砲を収納、松風を両手で持ち直しながらバイコーンの方に向かい急降下。

 通り抜け様にそれを振るう。

 

 それをスレスレのところでかわそうとしたバイコーンへとすぐさま左手にロングバレルの突撃砲を展開、それと同時に放った。

 

 全弾命中したバイコーンは姿勢を崩しながら後退、ユニコーンはそのまま海面へと向かう。

 

 海面スレスレで上空に向き直り、サブアームを展開、松風を収納し突撃砲を両腕で構えてると福音へと狙いを定めて撃った。

 

 ターゲットにされた福音は回避行動を取りながら面制圧射撃。

 ユニコーンはそれを回避するどころかその真っ只中に飛び込んだ。

 

 鳴り響く警報音をBGMに右へ左へ、時々止まり半回転、四肢を使い、重心操作を使った予測不能な機動を取りながら福音へと急接近。

 ほぼゼロ距離まで近づいた頃にはユニコーンの右手にはビームマグナムが装備されていた。

 

「とった!」

 

 言うが速いかトリガーを引くのが速いか。

 ともかく放たれた光を福音は左へと回避するが大きな翼までは回避できずに、表面を擦る。

 その部分から溶解し、爆発した。

 

 そのビームマグナム反動を受けながらユニコーンは降下、再び海面スレスレのところで立て直しすぐに前方へと急加速。

 先程までいた場所をバイコーンが放ったメガビームランチャーの光が貫く。

 

 しかし、ギリギリで間に合わず足先を掠めた。

 

 ビームマグナムとほぼ同等の威力のそれは掠めるだけでも充分なダメージを与えられる。

 現にユニコーンの足は溶解し、爆発した。

 

「ッッ!!?このおおお!!!」

 

 ユニコーンは急停止からの急旋回をしながら急上昇。

 松風を展開、分離させた。右手に鎌、左手に斧のビーム刃を発生させる。

 

 バイコーンに近づくと斧を振るう。

 それはビームサーベルで受け止めれられ、2機の間に光が舞った。

 

 そんな鍔迫り合いの中、バイコーンのはユニコーンの右腕を掴み動きを封じた。

 ユニコーンの真後ろには福音が残った大翼の砲門を向けている。

 

「ッッ!!」

 

 ユニコーンの脛の装甲が開き、モーターブレードが回転を始めると同時に振るう。

 流石にそれを受ける気はないらしくバイコーンは投げ飛ばし、その攻撃をかわした。

 

 降下するユニコーンへと福音の光弾が降り注ぐ。

 それに対し、姿勢を立て直す間すら惜しみ、回避。

 しかし当然完全に回避などできずにバックパックに数発命中、本体にも命中し、爆発した。

 

「くそ!」

 

 翼は視界が爆煙に包まれるなかで悪態を吐くと大型のバックパックを分離、予測で真っ直ぐに福音へと飛ばす。

 

 どうやらその予測は当たったらしく福音はそれを撃ち落とした。残っていた燃料に引火し爆発。

 2機の間に爆煙が広がった。

 

 それに臆することなく突入、その先にいる福音へと分離し、斧にした松風をブーメランのように投げる。

 

 当然ながらそんな攻撃が当たるわけもなく、福音は難なく回避。ユニコーンがそんな福音へと追撃を仕掛けようとしたがその間にバイコーンが入り込んでいた。

 

 反射的に鎌を振るったユニコーンのその手を掴むとビームサーベルをダガーモードにしてその切っ先をユニコーンへと向ける。

 

 ユニコーンはリアスカートから伸びているサブアームを介して繋がっているブースターの噴射口を真上に向けて一気に吹かした。

 その勢いにバイコーンは咄嗟に手を離すことができずに引っ張られる。

 

 少し降下したところで急停止、その動きに対応できなかったバイコーンは僅かにユニコーンより下にいる。

 それに脛アーマーのモーターブレードを展開、それで蹴り飛ばした。

 

 蹴り飛ばされたバイコーンの胸部にはくっきりとモーターブレードの後が走っている。

 

 それぞれに損傷を受けた2機は並んでユニコーンを見下ろす。

 それを見上げるユニコーン、その頭部アーマー内の翼は舌舐めずりをした。



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失墜

 ディスプレイに表示されているその戦闘映像を見てほぼ全ての者たちが息を飲んでいた。

 

「つ、ばさ……」

 

「なんだ……あの、動き」

 

 シャルロットとラウラがようやくひねり出すように声を漏らす。

 

 ディスプレイに映るユニコーンは新型のIS2機を相手に互角に戦っていた。

 明らかにユニコーンよりも上の性能を持つ2機を相手に、だ。

 

 そんな感想を感じ取ったのか源治は口を開く。

 

「そうだな……でも、これは翼が負ける」

 

「そんなこと!」

 

 一夏が反論の言葉を向けようとしたがそれは源治の続く言葉と何をも射抜く目によって妨げられた。

 

「なら、この状況でどうやって彼はあの戦域から離脱する?バックパックを落とされたっと言うことはもう予備のバッテリーはない。あのペースだと、もって3分だろう。その間にあの2機を落とせると?」

 

 それは、一夏もそれどころか他の全員もわかっている。しかし、ここにいる誰もが今から援護に向かっても間に合わない。

 

 だから、ただディスプレイ越しに彼を見るしかない。灰色の鎧を纏う一角獣を見ているしかない。

 

 ユニコーンの左肩にバイコーンが放ったメガビームランチャーが擦り、その部分が溶解した。

 

「くそおおおおおッ!!!」

 

 一夏はただ、それを見ているしかなく、叫び声をあげる。

 それはその場にいるほぼ全て者の叫びでもあった。

 

◇◇◇

 

「うおおおぉぉぉおおおッッ!!」

 

 溶解した左肩を気にせずに雷撃、電撃を展開、それらで動きを牽制しながらバイコーンへと急接近。

 距離を詰めると雷撃の後部に電撃を接続、ロングビームライフルの雷電撃にするとサイドスカートアーマーから右手にビームサーベルを装備と同時に刃を展開して下から切り上げる。

 

 バイコーンもビームサーベルで応戦、ユニコーンの物を受け止めた。

 

 その背中へと接近する福音に対し、雷電撃の砲門を肩から後ろへと向けて撃ち、牽制する。

 

 福音は素直に後退しながらそれをかわした。

 それを見ると今度はバイコーンへと砲門を向けたがそれを掴まれた。

 

 雷電撃を掴んでいるバイコーンの掌の装甲がスライドして開かれる。

 

「ッッ!?」

 

 それを見るや否やユニコーンは雷電撃を分離、電撃にした。

 その刹那、雷撃を掴んでいたバイコーンの掌から光の槍が伸び、それを貫き、破壊した。

 

 起こる爆発、爆風に機体を晒されるがどちらもビームサーベルのぶつけ合いを続けている。

 

 ユニコーンは雷撃の銃口をバイコーンへと向けた。だがそれに突きつけられた手のひらから伸びた光の槍が貫いた。

 

 雷撃が爆発する寸前でバイコーンを蹴り飛ばし、その勢いで両機の間に距離が開けられる。

 

 翼はユニコーンのステータスを確認。

 そこには一部が損傷を表す赤に染まり、それ以外は過負荷を示す黄色に染まっている。

 警告が表示されているウィンドウをすぐさま閉じた。

 

(残っている装備は、ビームサーベルとビームマグナム、か……)

 

 頭部にビームバルカンがあるにはあるがあれはミサイルなどの迎撃用。IS相手には挑発するぐらいにしか使えない。

 翼はそれを確認するとビームマグナムを展開させる。

 

「まだ……まだ、やれる。付き合ってくれよ。ユニコーンッ!!」

 

 その声と言葉に応えるように、ユニコーンのツインアイが光を放つ。

 それと同時に装甲の隙間から赤い光が溢れた。

 

 それは封印されているはずのシンクロシステム発動時のA.E.Bの発光現象。

 しかし、シンクロシステムは物理的に封じられているため光が漏れ、開こうとする装甲が動く音が至る所から響く。

 

 その現象に翼は気がつかない。ただ、福音へと接近する。

 

 それを迎撃するように光弾を放つがユニコーンはビームサーベルでそれを弾き、かわす。

 急停止や姿勢制御には時々ビームマグナムの反動も使う。そうしながらバイコーンの動きも牽制する。

 

 ビームマグナムを4発撃ち切った頃には福音の懐に滑り込んでいた。

 すぐにビームサーベルで横薙ぎ、その攻撃は福音に命中、さらに追撃で縦に一閃。しかしそれは回避される。

 

 攻撃後の僅かに、しかし確かに生まれた隙。

 時間にして1秒もない、だがそれはバイコーンが瞬間加速(イグニッション・ブースト)をしてユニコーンの腹に蹴りを入れるのには長い時間だった。

 

 蹴り飛ばされたユニコーンへといつの間にか放たれた福音の光弾が降り注ぐ。

 距離が近いため回避も防御も間に合うことはなく、ほぼ全てをまともに受け爆発、その衝撃でさらに吹き飛ばされた。

 

「––––––ッッ!!」

 

 もはや声を出すこともできず、ほぼ全身から煙を伸ばしながら吹き飛ばされるユニコーン。

 それへとバイコーンが迫る。

 

 どうにか意識を保っていた翼はどうにかビームマグナムを向け、引き金を引く。

 しかし、光が放たれるその直前に砲門をバイコーンのビームサーベルが貫き爆発。

 

 爆煙が広がり、爆風に吹き飛ばされる直前に、ユニコーンの頭部をバイコーンの右手が掴んだ。

 

 その腕から離れようと足掻くが完全に力負けしている。

 

 両脛にあるモーターブレードは損傷しているため使用不可。ならば唯一残っているビームサーベルを、と思い持ったところで気がついた。

 

(刃が……展開、されない……!)

 

 原因を探すまでもない。エネルギー切れだ。

 ユニコーンの展開自体は維持できているが戦闘可能なエネルギーは底をついていた。

 

 この距離からならばバイコーンの手のひらから伸びる光の槍に対しどんな防御も意味をなさない。

 

 絶対防御が正常に働くかも怪しい。

 全身が福音の攻撃で火傷と骨折をしているのか僅かに動くだけでも身体中に激痛が走る。

 

 ユニコーンの灰色の鎧どころか本体の白い外装すらも損傷し、赤く発光するA.E.Bが露出している箇所がいくつもあった。

 

 満身創痍。という言葉がよく似合う状況だろう。

 しかしながらそんな状況でありながら翼の顔には笑顔が浮かんでいた。

 

「なぁ……俺は、やれるだけをやったぞ……」

 

 ユニコーンの右手がゆっくりと銃の形を作られるとそれをバイコーンの胸部に向ける。

 

(一夏……みんな……悪い)

 

 血がゆっくりと這い上がり翼の口元から伝い落ちる。しかしそれを気にすることもなく告げた。

 

「後は、頼––––」

 

 翼が最後まで言う前にその左目をバイコーンの掌から伸びる光の槍が貫いた。

 

◇◇◇

 

「…………ユニコーン、反応ロスト。搭乗者シグナル、同じくロストしました」

 

 真耶が信じられないものでも見るかのように報告する。

 それは作戦の失敗したこと、そして、岸原翼が死んだことを意味していた。

 

 その映像を見て、その報告を聞いて反応は様々だった。

 息を飲む者、驚愕を露わにして言葉をなくす者、奥歯を噛み締めて拳を作る者、涙を薄っすらと流す者、それを抱きしめる者。

 そして、自分の力を悔いる者。

 

(……最後のあれはシンクロシステム。あれはシステムロックをかけた。物理的にも……リミッターを付けた。なのに、発動した)

 

 それは彼ができるようなことではない。少なくとも、あれほどの過酷な戦闘の中でできることではない。

 しかし、たしかに発動していた。

 

 その理由を唯一理解できた源治は送られてくる映像が途切れるまでユニコーンが沈んだ海面を見続けていた。

 

 一方、大破したユニコーンが海中に沈んで行く頃に、箒は島へと密漁船を連れてたどり着いていた。

 

(翼––––ッ!)

 

「作戦は失敗だ。以降、状況に変化があれば招集する、それまでは各自待機してろ」

 

 箒を出迎えたのはそんな千冬の言葉だった。



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決意

 波がゆっくりと浜辺に辿り着いては引いていく。その音を箒は虚ろな目で見つめていた。

 

(私のせいだ……)

 

 不意に思い出した思い出の中で翼は笑っている。

 だが、その笑顔はない。もう、見ることはできない。

 

 ユニコーンは沈んだ。

 

 性能的に圧倒的な差がある2機の新型ISに対し互角に戦ってみせたが最終的にはユニコーンの敗北で終わった。

 最後に見られた搭乗者のバイタルによれば体のほぼ全身を何かしらの怪我で損傷。そもそも体組織の4割を失っている。

 

 もし海から引き上げることができたとしてももはや絶望的。

 

 そんな事態を招いたというのに、箒は誰かに責められることはなかった。

 友人たちからも、彼の父親である源治からでさえも責められなかった。

 

 それがより一層箒を苦しめている。

 

(私は……どうして、いつも……)

 

 いつも、力を手に入れるとそれに流されてしまう。

 それを使いたくて仕方がない。

 わき起こる暴力への衝動をどうしてか抑えられない瞬間がある。

 

(何のために、修行をして……!)

 

 箒にとって剣術は己を鍛えるためのものではない。己を律するためのものだ。

 

 自らの暴力を抑え込むための、その抑止力。

 だがそれは非常に危うい境界線なのだと思い知る。

 薄い氷の膜のように、ほんの僅かな重みだけで崩れてしまう。壊れてしまう。

 

(私は、もう……ISには……)

 

 決心をつけようとした時だった。

 

「あー、あー、わっかりやすいわねぇ」

 

 そんな少々乱暴な声が後ろから響いてきた。

 その声の主、鈴音は海を見つめ続ける箒の隣に立つ。

 しかし、箒は鈴音に対して何の言葉も出せずにいた。

 

「あのさぁ」

 

 鈴音はそれを承知で話を続ける。

 

「翼が死んだのは、アンタのせいなんでしょ?」

 

 箒は頷くことすらせずに言葉を聞く。ただ、拳を握りしめ、唇を噛みしめた。

 

「で、落ち込んでますってポーズ?––––っざけんじゃないわよ!!」

 

 烈火のごとく怒りをあらわたさせたりん音は箒の胸ぐらを掴んでその目を睨みつける。

 

「アンタにはやるべきことがあるでしょうが!今!戦わなくて、どうすんのよ!」

 

「わ、私……は、もうISを……使わない」

 

「ッ!!」

 

 バシンッ!と鈴音に頬を打たれた箒は砂浜に倒れた。

 そんな箒に近づくと締め上げるようにして振り向かせる。

 

「甘ったれんじゃないわよ……。専用機持ちってのはね、そんなワガママが許されるような立場じゃないのよ。それともアンタは––––」

 

 鈴音の強い意志を宿す瞳が、箒の虚ろで何も宿さない瞳を直視する。

 その瞳に籠るのは闘志、怒りを思わせる赤い感情。

 

「––––戦うべき時に戦えない、臆病者か」

 

 その言葉で箒の何も宿さない瞳、その奥底の闘志に火がついた。

 一度着いた火は大きく燃え上がり、それは怒りを纏い言葉となり吹き出す。

 

「私に、どうしろと言うんだ!もう敵の居場所はわからない!戦えるのなら、私だって戦う!!」

 

 自分の意思で立ち上がった箒を見て、鈴音は呆れたようにため息をついた。

 

「やっとやる気になったわね。……あーあ、めんどくさかった」

「な、なに?」

 

「居場所ならわかるわ」

 

 鈴音の後ろにはいつのまにか一夏がいた。

 その手にはタブレット端末がある。

 

「居場所なら、アイツが教えてくれているよ。箒」

 

 それは、翼が戦闘に向かう前のことだ。

 

「頼みがある。俺にもしものことがあったら、お前が福音を倒せ」

 

 その言葉はまるで、作戦が失敗して彼が戻ってこないことを意味しているようだった。

 そんな最初から諦めきった言葉が届くと同時に一夏は翼を殴った。

 

 翼は怒りを向けられながらも儚げな笑みを浮かべているだけだ。

 それを見てさらに一夏の頭に血が上っていく。

 

「ふざけんな!お前、自分がなにを言っているのか、わかっ––––」

 

「わかっているさ!!そんなこと!だが、こうするしか方法はない!いいな?この作戦は失敗する。なにかしらの方法で、なにかしらのことが原因でだ!」

 

「翼……お前、なに言って」

 

 まるで何かを悟っている物言いに一夏は反射的に聞いた。

 翼はあることを言おうとしたがそこで言葉を飲み込み持っていた端末を差し出した。

 

「これに情報を暗号化して送る。白式に同期させたら自動で復号化されから安心しろ」

 

 一夏は躊躇いながらもその端末を受け取った。

 彼がここまですることにはなにかしらの意味がある。そう確信できたからだ。

 

「紅椿……箒は必ず離脱させる。俺がやられた後の要はお前と箒だ」

 

「俺と……箒?」

 

「ああ、頼むぞ。親友(一夏)

 

 翼は期待が多分に含まれた笑みを一夏に向けていた。

 

◇◇◇

 

「そんなことが……」

 

「ああ。白式に情報を同期して復号化させると銀の福音、バイコーンの現在位置が出てきた。それと2機の戦闘情報と行動パターンだ」

 

「アイツが私たちに残したものよ。文字通り、命をかけてね」

 

 一夏と鈴音の後ろには専用機持ちの面々が並んでいた。

 全員が自信の表情を浮かべて箒を見ている。

 

「んで、アンタはどうする?」

 

「私……私は……」

 

 箒は強く拳を握りしめる。

 しかし、その理由は違う。後悔して、不甲斐なくて握りしめているのではない。決意の表れがそこに出た結果だ。

 

「戦う……闘って、勝つ!今度こそ、負けはしない!」

 

「決まりね」

 

 鈴音は一夏へと視線を送る。

 

「ああ、作戦会議だ。福音とバイコーンを確実に堕とす!」

 

◇◇◇

 

 ぽちゃん、ぽちゃん。

 雫が水面に落ちる音が響いていた。

 ほぼ同じ感覚で同じ音を翼の耳に届けている。

 

(ここ……どこだ。俺は、確か……)

 

 頭によぎるのは銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)とバイコーンとの戦闘、そしてその結果。

 

(死んだ……のか?)

 

 思いながら辺りを見回す。

 暗い。どこまでも暗い景色がそこにはあった。

 感覚的には目を開けているのだが見える景色はどこまでも黒く、暗い、闇だけだ。

 どうにか体を動かそうとするが不思議と動く気配がない。

 

 そしてそんな中で聞こえるのは雫の音だけ。

 

「気が狂いそうだな……」

 

 翼は目を閉じてそう呟いた。その瞬間だった。

 

「今更––––」

 

「––––何を言ってるの?」

 

 その2つの声が聞こえた瞬間、反射的に目を開いた。

 その視界に広がっていたのは闇ではない。

 

 そう広くないリビング。そこは荒らされ悲惨な有様だった。

 テーブルとイスはひっくり返され、倒されておりその破片が散らばっている。

 そして、至る所には赤い液体が水たまりを作っていた。

 

「あ……あぁ……」

 

 翼は気が付かないうちにゆっくりと後ずさりをしていた。

 彼の視界にはその部屋の中央にあるものに向けられていた。

 

 倒れた男性に馬乗りになり、無心に包丁を振り下ろす少年。何かに責められるように、楽しむように、すでに事切れている男性へと執拗に刃物を下ろしている。

 その隣には少女の亡骸が2つ転がっていた。

 

 視界をそらそうとしても何かに押さえつけられているかのようにその一点にしか視線が向けられない。

 

「こんなことをしたのに?」

 

「こんなことをしちゃったのに?」

 

「「まだ、常人ぶるの?」」

 

「あああぁぁぁぁぁああああッッ!!!」

 

 翼はただ叫ぶしかなかった。



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再戦

 海上200メートル。そこに銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)とバイコーンはいた。

 

 福音は胎児のようにうずくまり、バイコーンは四肢から力を抜き浮いている。

 

 不意に、2機がほぼ同じタイミングで同じ方向へと顔を上げた。

 その瞬間、超音速で飛来してきた砲弾が福音の頭部に命中、大爆発を起こした。

 

 衝撃で吹き飛ばされる福音を一瞥するとバイコーンはすぐさま狙撃手へとビームサーベルを展開させながら近づく。

 

 バイコーンの先にいるのはラウラの駆るシュヴァルツェア・レーゲンだ。

 しかしその姿は少し違う。

 

 80口径レールカノン【ブリッツ】を2門をそれぞれ左右の肩に装備。

 さらに、遠距離からの砲撃・狙撃に備えて4枚の物理シールドが前後左右を守るように展開されている。

 

 これが砲撃パッケージ【パンツァー・カノーニア】を装備したシュヴァルツェア・レーゲンだ。

 

(接近まで……3000––––くっ!やはり、速い!)

 

 当然ながらラウラはバイコーンのその行動を予測していたためすぐさま次弾を放つ。

 だが、それが当たることはなく、ぐんぐんと距離を詰められあっという間に1000メートルを切った。

 

「ちぃっ!」

 

 砲撃仕様はその反動相殺のために機動との両立はかなり難しい。

 しかし対するバイコーンはそんな装備を積んでいないためさらに急加速、ラウラへとサーベルの切っ先を向けた。

 

 もはや避けられない距離だ。

 

 しかしラウラの顔は焦りではなく笑みを浮かべている。

 

「一夏ぁ!」

 

 攻撃がラウラに当たる瞬間、2機の間に白式が割り込み、バイコーンのサーベルを弾いた。

 

 わずかに姿勢を崩すバイコーンへと蹴り飛ばそうとしたが体をそらされ当たることはない。

 

 バイコーンは距離を開けようと後退するがそれを白式は追撃、距離を開けさせないようにラッシュをかける。

 

 それを見ていた福音は援護しようと砲門を向けたがそれは横から飛んできた光に妨げられた。

 

 その攻撃は【ブルー・ティアーズ】からの強襲。

 スカートアーマーへと移されたビットは全て砲門が塞がれ、スラスターとして使用されている。

 さらに手にしている大型BTレーザーライフル【スターダスト・シューター】はその全長が2メートルを超えている。

 

 強襲用高機動パッケージには【ストライクガンナー】を装備しているセシリアは移動を始めた福音へと追跡をかけながら射撃を行う。

 

 福音はそれを回避。しかし、別の攻撃がその背中に命中した。

 

「遅いよ」

 

 それはセシリアの背中にステルスモードで乗っていたシャルロットだった。

 ライフル2丁の射撃を受け、福音はさらに姿勢を崩す。

 

 しかし、それも一瞬のことですぐさま銀の鐘(シルバー・ベル)による反撃を始めた。

 

「悪いけど、その程度じゃ落ちないよ!」

 

 リヴァイヴ専用防御パッケージは実体シールドとエネルギーシールドの両方により福音の弾雨を容易に防ぐ。

 

 そのシルエットはノーマルのリヴァイヴに近く、2枚の実態シールドと、同じく2枚のエネルギーシールドが【ガーデン・カーテン】の名の通りカーテンのように前面を覆っている。

 

 その防御の間もアサルトカノンを呼び出し、タイミングを計り反撃。

 

 押され始めた福音は反撃ではなく、バイコーンとの合流を選択。

 セシリア、シャルロットに向けてエネルギー弾を放つと全スラスターを開き、強行突破を図る。

 

「させるかぁ!!」

 

 海面が膨れ上がり、爆ぜた。

 そこから現れたのは鈴音が駆る甲龍。

 

 甲龍は福音を捉えると機能増幅パッケージ【崩山】を戦闘状態に移行。

 両肩の衝撃砲が開くのに合わせて増設された2つの砲門がその姿を現し、計4門のそれが火を噴いた。

 

 それはいつもの不可視の弾丸ではなく、赤い炎を纏っている。熱殻拡散衝撃砲と呼ばれる福音と似た弾雨が降り注ぐ。

 

 ほぼ全弾命中したがそれでも福音が堕ちることはない。

 

 そんな福音にバイコーンが援護射撃を行おうとメガビームランチャーを展開、甲龍へと狙いを付けた。

 

「それを待っていたぞ!」

 

 バイコーンの上空から光弾と帯状のエネルギー刃が降り注ぐ。

 それらの攻撃はバイコーンが展開していたメガビームランチャーに直撃、爆発した。

 

 しかし爆発寸前にそれを分離していたバイコーンは爆風に乗り、上空から砲撃を行った紅椿へと向かい、ビームサーベルを振るう。

 

 紅椿はその攻撃を空裂と雨月で受け止めた。

 

「福音の元へは行かせはしない!」

 

 彼女たちの作戦は単純なものだ。

 福音とバイコーンの連携を断ち切り、それぞれ3対1に分けて戦闘を行う。

 

 バランスと機体性能、特性に合わせて白式、紅椿、シュヴァルツェア・レーゲンはバイコーン。

 ブルー・ティアーズ、甲龍、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは福音を相手にして戦闘を行う。

 

 第1段階であった2機の分断、バイコーンの強力な射撃兵装であるメガビームランチャーの破壊は成功した。

 あとは各個撃破をするだけだ。

 

 3対1、しかもどちらも軽くはない損傷を負っている。

 決して不利な戦いではない。むしろ翼が戦った時よりもずっと有利だ。

 

(負けられない)

 

 箒は空裂と雨月をさらに強く握りしめる。

 

 彼に託されたのだ。

 彼は自分を信じた。自分の力を信じた。自分の意思を信じた。

 

 ならば、それに応えなければならない。成し遂げなければならない。

 

 それが今の自分が出来る精一杯の償いだから––––。

 

◇◇◇

 

「なんなんだよ!お前たちは!」

 

 翼はしゃがみこみ、頭を抑えながら叫んだ。広がるその光景を見ないように目をキツく閉じている。

 

「わたしは、わたし……」

 

「ほかの何でもない」

 

 聞きなれな声で、忘れられない声で、もう聞けないはずの声でその言葉は翼の耳に届けられた。

 

「違う!死んだんだよ!」

 

 その時の光景と感触が蘇る。

 さらにそれから目をそらすように、意識をそらすように頭を抑えて歯を食いしばる。

 

「「ううん、違うよ」」

 

 その声がすぐ近くでして翼は顔を上げてしまった。

 景色はリビングから暗闇へと戻っていた。

 

 だから、より一層2人の少女が際立って翼の目に映る。

 

「––––お兄ちゃんに」

 

「––––ちゃんに」

 

「「殺されたんだよ」」

 

 不気味な笑みを浮かべて2人はそう言った。

 

「あああああッ!!」

 

 翼はそれを聞こえなくするために狂ったように叫びながら腕を振るう。

 2人の少女は不自然なほどに軽くその腕に吹き飛ばされ、床に転がった。

 

「あ……ッ」

 

 その方向を見て翼は息を飲んだ。

 転がった少女たちがあの時と同じ無残な骸となっていたのだ。

 

 中学生ほどの少女は裸、小学生ほどの少女は少し汚れた服を着ている。

 格好は違うが何かに突き刺された後が痛々しく、生々しく刻まれているということだけは同じだ。

 

 翼がそれを見てふと手に違和感を感じて視線を移すと––––

 

「……ぁっ」

 

 ––––その少女たちを殺した包丁を真っ赤な血で染まった手が握っていた。



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変革

(いける!)

 

 一夏は確かな手応えを感じながら雪片弐型を振るう。

 対するバイコーンはそれをビームサーベルで受け止めた。

 

 動きの止まったバイコーンへとラウラが横から砲撃を行う。

 それを察知するとそれはすぐさま一夏を蹴り飛ばすと急速後退。しかし、その退路に光弾と帯状のエネルギー刃が飛んで来る。

 

 スレスレのところで1回転し、それらをかわすが狙いを修正していたラウラが放った2発の砲弾がバイコーンへと飛んでいた。

 

 1発はビームサーベルで切ったがもう1発は肩アーマーに命中、大きく姿勢が崩れたところに一夏は零落白夜を発動させ追撃の斬撃。

 バイコーンはそれに切り裂かれ海へと落下した。

 

「よし!次だ!」

 

 一夏たちはセシリアたちが戦っている福音の方へと向かう。

 

◇◇◇

 

 セシリアの高機動からの射撃、シャルロットの多種多様な射撃兵装での射撃が多方向からほぼ同時に福音へと向かう。

 

 片翼がないためか上手く機動制御ができておらず当たり続けるがそのままで終わるわけもなく、弾雨がセシリアとシャルロットへと向けられる。

 

 セシリアは持ち前のスピードで回避、シャルロットはシールドで防ぐ。

 福音の意識が2人に向いているその間に甲龍が急加速で近づき、双天牙月を振るい斬撃を叩き込んだ。

 

 そのせいで狙いが鈴音へと向かったところにシャルロットが放ったグレネードが福音の頭部に命中、爆煙が広がり視界を奪う。

 

 福音が腕を振り、煙を払い飛ばすがその時にはもう遅く、その場所に鈴音の姿はない。

 しかし、代わりに真っ直ぐに進むシャルロットの姿があった。

 

「はぁああああッ!!」

 

 手に持つのは1本のブレード、福音はそれを手で握り攻撃を止めていた。そこから押し切ろうと力を込めるが出力ではシャルロットの方が下だ。

 

 次第にシャルロットが押されるなか、福音は大翼の砲門を向けるがその背中にセシリアの射撃が3発命中。

 それを見るや否やシャルロットはブレードを捨て、距離を取る。

 

 それと同時に鈴音が振るった双天牙月が命中、福音を海面へと蹴り飛ばした。

 

 その海へと落ちゆく福音へとセシリアがスターダスト・シューター、鈴音が衝撃砲、シャルロットがアサルトライフルで射撃を行う。

 

 それらの攻撃を受けながら福音は海へと落ちた。

 

「そっちも、終わったみたいだな……」

 

 その光景を見ていると通信が入ってきた。

 彼女たちが後ろを振り向くとバイコーンを倒した一夏たちがいた。

 

「ええ……そちらも、その様子だと」

 

 こくりと3人が頷く。

 

 終わった。

 失ったものは小さくはない。だが、その仇は取れた。

 

 だが、全てが終わったわけではない。まだこの事件の犯人がわかってはいない。

 この事件の犯人を捕らえ、その罪を償わせる。

 

 それでようやく終わることができる。彼も安らかに眠れることだろう。

 

「……よし、手分けして2機を回収して、戻ろう」

 

 一夏の言葉に全員が頷く。

 疲労を強くその顔に浮かべてはいるがやりきったという満足感もわずかだが感じている。

 目下の心配事は戻った後にあの鬼教官からどんな説教が飛んでくるかということだ。

 

(もう少し、待っていてくれよ……翼。すぐに、本当に終わらせるからな)

 

 一夏がバイコーンが沈んだ海へとゆっくりと降下している時だった。

 海の中から何か光が近づいてくる。

 

 それは次第に大きくなりながら近づいてきていた。

 

「……え?」

 

 その疑問の声と同時に一夏は海から伸びてきた光に飲まれ、海へと沈んだ。

 

 その代わりに海から上がってきたのは1機のISだった。

 

 全身装甲という珍しい分類のISでその装甲は黒。頭部からは2本の角が伸びている。

 背中には大型のスタビライザーをもつブースター、両腕が異常なまでに大きく膝あたりにまである。

 

 それを見た箒とラウラが息を飲み、絞り出すように呟く。

 

「ま、さか……」

 

第2形態移行(セカンド・シフト)……!?」

 

 まるでそうだとも言わんばかりにバイコーンの2つの赤いセンサーアイが光を放った。

 

 そして、最悪は重なる。

 

 福音が沈んだ場所では海面が強烈な光の球によって吹き飛ばされた。

 球状に蒸発した海はそこだけ時間が止まっているようにへこんだまま。

 その中心には青い雷を纏った銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)がうずくまっていた。

 

「そん……な」

 

「こんなタイミングで、第2形態移行なんて」

 

「ッ!?くる!!」

 

 福音は頭部からエネルギーの翼を生やし、3機へと真っ直ぐに向かって飛翔した。

 

◇◇◇

 

 さざ波の音で一夏は我に帰った。

 気がつくと波打ち際で打ち上げられていた流木に腰を下ろし、歌いながら踊る少女を見つめていた。

 

「あれ?ここ……どこだ」

 

 辺りを見渡してみるがそこにあるのは海と砂浜と青い空だった。

 空には太陽が浮かび、じりじりと一夏と少女を照らしている。

 

 視線を周りから少女に移すと少女は踊りと歌をやめ、空をじぃっと見つめていた。

 

 知らない少女、知らない場所。

 なぜ自分がここにいるのかも分からなかったが歌も踊りもやめたことを不思議に思い、一夏は流木から立ち上がり少女に近く。

 

「どうかしたのか?」

 

 聞くが少女は答えずに空を見つめ続けている。一夏も何の気なしに同じように空を見上げた。

 

 こんなところでみんなとピクニックでもしたら楽しいんだろうなぁ。と少し場違いなことを一夏は思っていた。

 

◇◇◇

 

 翼は何もない闇の中でただうずくまっていた。

 目を閉じ、耳を塞ぎ、口をきつく結び、全てを拒絶するようにおびえた子供のようにうずくまっていた。

 

 しかしそれでも容赦なく映像が流れる、音が聞こえる、感触が蘇る、においが立ち込める、味が広がる。

 

 五感の全てをそれが支配していた。

 

「もう嫌だ……もう嫌だ……もう、許してくれ……許して……」

 

 ただ翼は力なくそう泣きながら呟いていた。

 

「あなたは……また、そうやって逃げるの?」

 

 それは少女の声ではなく、女性の声だ。

 翼はそれに答えずに目をきつく閉じてさらに小さく縮こまる。

 

「あなたは……そうやってまだ、過去を認めないの?今を見ないの?未来を見ないの?」

 

「……るさい」

 

「いつまで、そうしているの?いつまで、枷に繋がれたままなの?」

 

「うるさい……」

 

「何も変わらないままで、あなたは何を守るというの?その汚れた手で」

 

「黙れぇええええ!!!」

 

 翼はその声の主の首を両手で握りしめる。

 

 その女性はそんなことができるほど近くにいるというのに不思議なほどに姿がおぼろげで、自分の手の上にある顔は霧がかかっているかのようにはっきりと見えなかった。

 

 しかし、そんなことも気にすることなくさらにその両手に力を込め、女性の首を締め上げる。

 

 翼のその想いに答えるかなのようにその体が次第に黒い泥に包まれ形を作っていく。

 

 最終的にできたのはシンクロシステムを発動したユニコーンだ。

 だが、その装甲色は黒でA.E.Bからは炎のようにエネルギーを放出し、頭部のフェイスマスクは獣の口のように上下に開いていた。

 

「黙れ!黙れ黙れ黙れ!!お前に何がわかる!お前が何を知っている!わかった風な口を聞くなぁああ!!」

 

「ここは、あなたを写す鏡の世界。あなたが見たものはあなたが見たかったもの」

 

 ISの力で首を締め上げているというのに女性の声は何かに押しつぶされたようなものではなく、普通の時と同じ聞こえ方をしていた。

 

「ふざけるな!あれを、あんなものを俺が望んだというのか!」

 

「あなたは望んでいる。贖罪を……でも同時に死に場所を探している」

 

「ッ!?」

 

「あなたは自分が死ぬことを贖罪と思っている……」

 

 形容しがたい違和感を覚えてその手からゆっくりと力が抜けていく。

 女性の目がよく見えなくてもわかる。彼女はユニコーンの拘束から解かれても変わらず翼を見つめる。

 

「だって……だってそうするしかないじゃないか!俺は殺したんだぞ!自分を守った人たちを!なにもできない俺を守って、俺に殺されたんだ!他にどんな償いが出来るっていうだよ!!」

 

 ユニコーンはゆっくりと膝から崩れ落ちた。

 頭部アーマーの中の翼は嗚咽を漏らしながら涙を流していた。

 

 自分のような人間が生き続けて何になる。

 自分のような存在があって何の意味がある。

 

 ただ、壊すことしかできない自分にこれから死ぬ以外に何が出来る。

 

「償いは死ぬことじゃないよ。––––ちゃん」

 

「償う方法はあるんだよ。––––お兄ちゃん」

 

 泣き崩れる翼に2人の少女が女性の後ろにスッと現れてそう言葉をかけた。

 

「お前……たちは……」

 

 その少女たちが現れたのと同時に暗闇の世界にヒビが入り始めた。

 

 中学生ほどの少女はユニコーンの右肩に手を置いて言う。

 

「生きてても何にもならないかもしれない」

 

 小学生ほどの少女はユニコーンの左肩に手を置いて言う。

 

「存在していても意味なんてないかもしれない」

 

 そして、その女性がゆっくりとユニコーンの頭部、頬の辺りを優しく撫でる。

 

「でも、それがここに居続ける理由にはならない」

 

「俺、は……」

 

「「「もう少し、自分を許してあげて」」」

 

 3人の優しい声音で暗闇の世界が完全に割れ、白い世界が広がった。

 

 翼はただ、言葉を失ってその景色と手を置く3人を見る。

 ユニコーンを介していてもたしかに伝わるのは、懐かしくどこまでも暖かい温もりだった。



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飛び立つ者

「許す……か。俺自身を」

 

 黒いユニコーンはゆっくりと立ち上がった。

 3人はその姿を見ながらこくりと頷く。

 

「俺は、何が出来ると思う?」

 

 その問いに中学生の少女が答えた。

 

「わからない」

 

 ユニコーンは、翼はゆっくりと頭をあげながら質問を続ける。

 

「俺は、何をすればいいと思う?」

 

 その問いに小学生の少女が答えた。

 

「わからない」

 

 今度はその両手を天へと伸ばしながら問う。

 

「俺は、どこに行けるんだ?」

 

 女性が首を横に振りながら答えた。

 

「わからない」

 

 そうか、と翼はフッと笑みをこぼす。

 

 そんな答えが返ってくることなど最初から理解していた。

 自分ですらわからないのだ。

 そんなものを他人が分かるわけがない。知るわけがない。教えられるわけがない。

 

 だが、それでいいのかもしれない。

 

 そうやってわからないことを悩み続けて、生き続けることが贖罪なのかもしれない。

 

 何をすればいいのか、何が出来るのか、どこに行けばいいのか。まだわからない。

 

 この手足には枷がある。まだ暗闇の中にいる。

 しかし、自分を責め続けてうずくまっているだけでは何もできない。

 

 だから、ほんの少しだけ自分を許そうと思った。

 もう少し、上を向いてみようと思った。

 そうしながら償いをしていきたいと思った。

 

「俺は––––」

 

 伸ばされた両手を強く握りしめると同時に黒いユニコーンの背中から真っ白の大翼が1対伸び始めた。

 

 それがいつまで、どれくらいかかるのかなんてわからない。どこまでその道が続いているのかもわからない。

 

 だが、それでも……いや、だからこそ––––

 

「––––生きる!」

 

 その大翼が大きく開かれると黒いユニコーンの外装が吹き飛んだ。

 新たな力を纏ったそれは大翼を大きく羽ばたかせると勢いよく飛び立ち、その空間から離れて行く。

 

 残されたその場所でそれを見上げるのは2人の男女。

 

「行ったな……」

 

「……ええ」

 

 飛び立ったその影はどんどん遠くへ飛び、小さくなっていく。

 

「あいつには、何もできなかったからな」

 

「……そう、ですね」

 

「次に来るときは、もっと強くなっていろよ。(いのる)

 

 男性はそう言うとどこか満足げな笑みを浮かべた。その隣の女性はその顔を見ると笑みを浮かべて静かに寄り添い、飛び立つそれを見送った。

 

◇◇◇

 

 ユニコーンが沈んだその場所が光ったかと思うと突如爆発。巨大な水柱が立ち、その中からは白いISが現れた。

 

 細身な全身装甲(フル・スキン)のそのほとんどを白に染め、頭部アーマーから伸びる天を穿たんと伸びる1本の角。

 その前では機体とほぼ同じ全長を持ち、生物的な流線形を持つ大型のウィングバインダーが閉じられている。

 

 それは閉じていた1対の大翼を大きく広げて羽ばたくことで付いていた水滴を吹き飛ばす。

 

 何かを探すように数度辺りすと目的の物を見つけたのかわずかに方向転換すると大翼を力強く羽ばたかせてその方向へと飛翔した。

 

◇◇◇

 

「……目覚めたのね」

 

 空を見上げていると少女が言った。

 その言葉でふと隣に視線を移したがそこにはあの少女はいない。

 

「あれ?」

 

 辺りを見回すが人影はどこにも見当たらない。

 ただ波の音だけが響いていた。

 

「力を、欲しますか?」

 

「え?」

 

 急に耳に届いたその声の方を向くと女性がいた。

 その姿は白く輝く甲冑を身に纏っており、さながら騎士を思わせる格好だ。顔も目を覆うバイザーのようなものに隠されており、下半分ほどしか見えない。

 大きな剣を自らの前に立て、その柄の上に両手を添えている。

 

 その女性はもう一度、一夏に問う。

 

「何のために、力を欲しますか?」

 

「……友達、仲間を守るため」

 

「仲間……」

 

「ああ、もう、誰かに守られて引っ張られるだけじゃダメなんだ。俺は、あいつに守られてばかりだった」

 

 頭に思い浮かぶ彼は1人だった。

 自分は確かに彼の友人だ。しかし、そうであったからこそ彼に頼られることはなかった。

 

 もう叶わぬ願いだが彼の隣に立てるほど、強くありたい。

 彼の代わりはできない。彼の代わりにはなれない。

 

「あいつには恩がある。あいつがやり残したことを、俺はする。そのための力が欲しい」

 

「そう……」

 

 女性はその答えを聞いて何を思ったのだろうか。ただ、静かに頷いた。

 

「だったら行かなきゃね」

 

 後ろから声をかけられ、振り向く。

 その先には白いワンピースを着た女の子がいた。

 人懐っこい笑みで、無邪気そうな顔でただ一夏を見つめている。

 

「ほら、ね?」

 

 その少女に手を取られ、にっこりと微笑みを向けられる。

 一夏はひどく照れくさい気持ちになりながら一度頷いた。

 

 その瞬間、空が、その世界が、眩いほどに輝き始める。

 

 その光景はどこか、夢の終わりのように見えた。

 

◇◇◇

 

「このっ!」

 

 ラウラがレールカノンを放つ。

 

 その先にいたバイコーンは右手を前へと向ける。そこには円形のエネルギーシールドが発生していた。

 

 2発の弾丸はそのシールドに弾かれダメージが入ることはない。

 さらに、バイコーンはそのシールドをまるでフリスビーでも投げるようにラウラへと投げ飛ばす。

 

 それを後退してかわすがバイコーンの左手からビームウィップが伸び、ラウラの前を通り過ぎたそれを捉えた。

 チャクラムに似たそれはバイコーンの腕の動きに合わせてラウラを襲う。

 

 しかし、ビームチャクラムの刃がラウラを捉える寸前でそれが箒が放った光の帯によって切り裂かれた。

 そのまま上空からバイコーンへと急降下で接近しようとしたが、両サイドのスカートアーマーが可動、砲門が向けられたかと思うとすぐにレールガンが放たれた。

 

 それを回避するがバイコーンはブースターを吹かして急接近するとその手の爪を振るう。

 

「くっ!」

 

 その攻撃を受け止めたが勢いは重く海面へと叩き落とされた。

 海面に衝突する寸前にスラスターを全開で吹かし、波飛沫を上げて急上昇。しかしバイコーンは変わらず箒を狙っている。

 

「箒!」

 

 ラウラが射撃でバイコーンの狙いを惹きつけようとしたが横から吹き飛ばされてきたシャルロットにぶつかり中断された。

 

 そのせいで動きが止まっている2人へと福音が頭部から生えているエネルギー翼から放たれた光の弾丸が向かう。

 

 2人が光弾に襲われる直前にセシリアが押し出すことでギリギリのところでその攻撃が当たることはなかった。

 

 さらに攻撃を続けようとした福音へと鈴音が切りかかることで阻止する。

 

 戦況は彼女たちが完全に押されていた。

 

 福音とバイコーンが第2形態移行(セカンド・シフト)したことが原因で翼の残した行動パターンに当てはまらなくなった。

 また、単純に性能が上がっているせいで数で押しきるということもできなくなった。

 

 さらに一夏が墜とされたことも重なり2機の分断もできなくなり、福音の射撃とバイコーンの両腕の近接の連携をまともに受けることになっている。

 

 福音が放った弾雨をセシリアはかわすがその回避した先にはバイコーンが両手を向けていた。

 その手のひらが光ったかと思うとビームが放たれる。

 

 それはシャルロットが前に出ることでセシリア、ラウラを守ったがその衝撃を相殺しきることができずに吹き飛ばされた。

 

「うわあぁぁぁあ!!」

 

「シャルロットさん!」

 

「よくも!!」

 

 セシリアの上に乗っていたラウラがレールカノンを向け、放とうとしたが横から飛んできた福音の弾雨によってセシリア共々吹き飛ばされた。

 

「くそ!」

 

 そんな2人に追撃をかけようとするバイコーンへと箒は切りかかる。

 

 その攻撃をバイコーンはその腕で完全に受け止めた。

 力を込めるがエネルギー節約のため展開装甲を出していない今、出力は第2形態移行してる分バイコーンが上だ。

 

 徐々に押し返される中でバイコーンのサイドスカートアーマーにあるレールガンが展開される。

 

「ッ!!」

 

 そこから超加速された弾丸が放たれる直前、海中から荷電粒子砲の一撃が真っ直ぐにバイコーンへと向かう。

 

 それに気がついたバイコーンは箒を投げ飛ばすとすぐに後退。

 海中から飛び出したそれは箒の前に出ると手に持つブレードを構える。

 

「悪い……遅れた」

 

 それは白式第2形態・雪羅(せつら)を纏った一夏だった。

 

「さぁ、反撃開始だ!」



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純白の大翼

短めなので今日の夕方か夜にも投稿します。


 一夏は構えている雪片弐型でバイコーンへと切りかかる。

 それをひらりとかわしたバイコーンへと左手の新装備【雪羅】で追撃。

 

 白式が第2形態へと移行したことで表れた左腕の雪羅は状況に応じてタイプを変更する。

 一夏のイメージに答えるように、指先からエネルギーが放出、クローが出現した。

 

「逃がさねぇ!!」

 

 伸びたそのクローがバイコーンの右腕を捉える。

 腕そのものがシールドになっているためさしたるダメージは与えられていないが動きを止めることはできた。

 そこへと雪片弐型を振るう。

 

 バイコーンはそれを掴み、止めた。

 完全に拮抗した2機だったがバイコーンの脛からビーム刃が展開、それを蹴りを入れるように振るう。

 

 一夏は雪羅で掴んでいた腕から手を離し、その足を受け止めたがすぐに反対の足で蹴飛ばされた。

 

 飛ばされた一夏へと両手のひらを向けてビームを放つ。

 

「食らうか!」

 

 それを避けようともせず、雪羅をシールドモードへと切り替えてそれを構えた。

 甲高い音を鳴らし、雪羅が変形。すぐに光の膜が広がりバイコーンから放たれたビームを消した。

 

 これはただのシールドではない。

 エネルギーを無効化する零落白夜をシールドに応用したものだ。

 エネルギー消費は多いがその性質上攻撃を完全に無効化できる。

 

 射撃が無駄だと悟ったのかバイコーンはすぐさま一夏への距離を詰め、両腕のクローを振るう。

 それを一夏は雪片と雪羅で弾き防ぎながら応戦。

 

 どちらも機動力の高い機体ゆえか高速で移動しながらの格闘戦を繰り広げた。

 通常ならば下手に援護できない状況。

 

 あの時の自分は浮かれていた。今のような状況でも嬉々としてあの場所に突入したことだろう。

 

 しかし、今は違う。

 

 きっかけはどうであれ一夏は戻ってきた。だが、いくら第2形態移行したとはいえ自分のせいで彼がもう一度沈むことだってありえる。

 

 あの2機の間にはいるのが怖い。

 足がすくむ、手が震える。

 しかし、それでも意志だけはまだ折れていない。それどころか強く燃え続けている。

 

(私は、もう……足手まといなどにはならない)

 

「私は、まだ!戦えるぞ……!紅椿!!」

 

 まるでその言葉に答えるかのように紅椿の展開装甲から赤い光に混じって黄金の粒子が溢れ出した。

 

 ハイパーセンサーには機体のエネルギーが急速に回復していることを表している。

 

 ––––【絢爛舞踏(けんらんぶとう)】発動。展開装甲とのエネルギーバイパス構築……完了。

 

 それは、紅椿のワンオフ・アビリティーだった。

 

(そうか……答えてくれるか。お前は)

 

 箒はキッと表情を引き締め、一夏の援護へと飛ぶ。

 

◇◇◇

 

 福音を相手取るセシリアたちは依然劣勢であった。

 戻ってきた一夏と箒によりバイコーンを考えなくてよくなったとはいえそれでも相当に強い相手。少しでも油断すれば容易に落とされる。

 

 福音が全方位へと弾幕を放つ。

 セシリアとそれに乗るラウラは回避、シャルロットの後ろに鈴音が隠れて攻撃を防ぐがそれもいつまでも持たない。

 

 すぐにエネルギー翼で繭のようなものを作り出したかと思うとそこからビームが放たれた。

 狙いはシャルロットだ。

 

「鈴は離れて!」

 

 咄嗟に予感を感じたシャルロットは鈴音を押し飛ばすと変わらず4枚のシールドを前面に向け、その攻撃を受け止める。

 

 だが、その攻撃は今までの弾雨とはエネルギー密度が桁違いで勢いよく吹き飛ばされた。

 

「シャルロット!」

 

「大丈夫!吹き飛ばされただけだから!」

 

 鈴音の声にシャルロットは姿勢を立て直し上昇しながらすぐさま答える。

 しかし、機体の方は防御に専念し続けていたせいでそろそろ限界がきている。

 今の攻撃はあと1度防ぐのが限界だろう。

 

 シャルロットがステータスウィンドウを見て奥歯を噛み締めた時だった。

 

「え?なに……これ」

 

 レーダーが何かの反応を捉えた。

 それはすぐさま他の機体にも表示され、皆が困惑の表情を浮かべる。

 

 熱源は1つだけ。しかし、その速度が異常なまでに速い。

 紅椿以上は余裕で出ている。などと思っている間にもさらに速度を上げていく。

 

「戦域突入まであと––––」

 

「シャルロット!!」

 

 疲れとレーダーに目を取られていたせいか集中がふっと途切れた。

 ラウラの声で再び意識を戻す頃には福音が先ほどと同じように翼で繭を作り、ビームを放とうとしていた。

 

「あっ––––」

 

 防ぐのは間に合わない。回避は言わずもがな。

 シャルロットはこの後に訪れるであろう衝撃、痛みに耐えるように奥歯を噛み締め、目を閉じた。

 

 そんなシャルロットへと容赦なくビームが放たれる。

 その寸前、なにかが福音のエネルギー翼とその本体を切り裂きながら通り過ぎた。

 

 シャルロット含めた4人が疑問の声を上げる前に福音の前を通り過ぎたそれは急上昇と共に反転、再び福音へと接近し、もう一度切り裂く。

 

 福音はその攻撃を防ごうとしたが速度もあってか完全に防ぐことができずに大きく吹き飛ばされた。

 

 それは急停止、ゆっくりと4人の方へと向き直る。

 ようやくゆっくりと確認できたのは白い装甲と白い大翼、そして額から伸びた白い角を持つ機体。

 

「ま、さか……」

 

「あ、あんた」

 

「よ……かった」

 

「…………遅い」

 

 セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラの順で思い思いの言葉を純白のそれに向ける。

 

 その言葉を受けた純白の機体ユニコーン・メドゥス。その搭乗者である岸原翼はいつも浮かべるものと同じ笑顔を浮かべて答えた。

 

「ああ、みんな。よく頑張ったな。でも––––」

 

 福音が体勢を整え、ゆらりと空中に浮かんでいる。

 狙いはすでに決めてあるのかユニコーンの方を向いていた。

 

「––––あと、もう少しだけ力を貸してくれ」



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戦闘終結

 バイコーンと激しい戦闘を繰り広げる一夏へと唐突に通信が入った。

 その主である翼はいつもも変わらぬ調子で言う。

 

『一夏!聞こえるか』

 

「つ、翼!?お前、生きてて––––」

 

『説明はあとだ。相性的にお前が福音を相手しろ。バイコーンは俺がどうにかする』

 

 生きていたかと思えば変わらぬ調子で指示を出された。言いたいことは山ほどある。

 だが、それはこのことにカタがついてからだ。

 

「ああ、わかった!」

 

「翼……」

 

『箒……』

 

 箒と翼の間で僅かな沈黙。それは翼の笑顔と言葉ですぐに終わった。

 

『もう、戦えるな?』

 

「ッ!まかせろ!」

 

『よし!なら、箒は一夏の援護をセシリア、ラウラとしてくれ』

 

 一夏がバイコーンを蹴飛ばし、翼が福音を前腕のスラッシュハーケンで吹き飛ばし距離を取り、すぐさま敵を入れ換える。

 

 一夏は福音へ、翼はバイコーンへとすれ違うその寸前で目を軽く合わせて向かった。

 その時、2人に言葉はない。言葉をかわす必要はない。

 

◇◇◇

 

「と、言うわけで……鈴、シャル。悪いけど、力を貸してくれ。まだこの機体を使い慣れていないからな」

 

「任せないさい。ただ」

 

「うん、そうだね」

 

 2人は頷き、そして、黒いオーラをその身にまとい告げる。

 

「「戻ったら、わかってるよね?」」

 

「……はい」

 

 そんな会話を繰り広げる3人へとバイコーンはエネルギーシールドを生成。それをブーメランのように投げた。

 

 ユニコーンはそれを右腕のスラッシュハーケンで弾き飛ばし、左腕のそれで掴み、投げ返す。

 

 投げ返されたそれを掴むと握り潰した。

 

(バイコーンの第2形態移行……楽ではない、が)

 

 ユニコーンの前腕のスラッシュハーケン。それの先端からビームソードを伸ばし、背中の大型ウィングバインダーを広げる。

 

「やれるな……ユニコーン」

 

 急発進したユニコーンとそれに答えるように飛び出すバイコーン。それぞれの獲物が激しくぶつかり合う。

 鍔迫り合いのように持ち込まれることはなく、互いに互いの攻撃を弾きながら攻撃を繰り返す。

 

 弾き飛ばされたユニコーンが錐揉み状態で落下、それへと攻撃を仕掛けようと両腕を構えてビームを放つ。

 その前に鈴音の衝撃砲の弾雨とシャルロットの射撃が防ぐ。

 

 その間に姿勢を立て直した翼は急上昇、バイコーンへと接近。

 

「舞え、フェザービット」

 

 1対の大型ウィングバインダーの裏側が開き、片翼18の合計36の小型のビットが射出された。

 

 そのビットたちはすぐに4つずつがひし形のように陣形を取るとクアッドモードに連結。9つとなったビットはすぐさまユニコーンを追い抜きバイコーンへと向かう。

 

 それらはすぐさまバイコーンの四方八方に並び、一斉にビームを放った。

 その動きと射撃に合わせて鈴音とシャルロットが回避先を潰すように射撃。

 

 回避行動をとるがその回避先はすでに2人の射撃により防がれている。当然、そんな状態でまともに回避などできるわけもなく数発命中。

 しかし、それに構わずバイコーンは左手でシールドを展開、右手でビームを放つ。

 

 つい先ほどバイコーンを攻撃したビットが円形を作るようにユニコーンの前に並んだ。

 その間にエネルギーシールドが展開、放たれたビームを防ぎ、そのまま砲門をバイコーンへと向け、放つ。

 

 バイコーンは左手のシールドでその攻撃を防ぎ、それを投げ飛ばした。

 それに対してユニコーンは2つのスラッシュハーケンでそれを弾き飛ばす。

 

 そうされている間にバイコーンは両サイドスカートアーマーのレールガンを展開、放つ。

 ユニコーンは大型ウィングバインダーを前面に展開し、それを防いだ。

 

 そのウィングを開いた瞬間、スラッシュハーケンの先端部が開き、そこからビームニードルが放たれる。

 放たれたそれはバイコーンの装甲に突き刺さり、爆発。

 

 その衝撃により吹き飛ばされたそれをユニコーンから放たれたスラッシュハーケンが捉え、上へと放り投げた。

 

 投げられたその先にはすでに衝撃砲とライフルを構えた鈴音とシャルロットがいた。

 

 ユニコーンもすぐさま大型ウィングバインダーの先端部と腕を放り投げたバイコーンへと向けた。

 2つのクアッドモードのビットが前腕、ウィングバインダーの先端部に接続。残りのビットは4つに分散するとそれぞれ前腕とウィングバインダーに接続された。

 

「「「これで––––」」」

 

 それぞれが構えた砲門から一斉に最後の一撃が放たれる。

 

「「「––––終わりだぁぁぁああッ!!!」」」

 

 炎の弾雨が、正確無比な実弾が、出力強化されたビームの4本の矢がバイコーンを3方向から貫いた。

 

◇◇◇

 

 翼たちとバイコーンが決着をつける頃、一夏たちも福音を追い詰めていた。

 

 一夏が放った雪羅の荷電粒子砲を福音はかわすがセシリアの一撃がその背中を穿つ。姿勢が崩れたそこへとラウラの2つのレールカノンが追撃。

 吹き飛ばされる福音へと箒の空裂、雨月がさらに襲う。

 

 福音はギリギリのところで姿勢を立て直し、かろうじて回避。

 

「よし!今な––––」

 

 雪片、空裂から零落白夜を展開しようとしたところでエネルギー残量が足りないため展開されることなく、わずかばかりの光を放出するだけだった。

 

(くそ!あと少しなのに!)

 

「まだだ!」

 

 箒が白式に触れた。その瞬間、エネルギーが急速に回復する。

 そのエネルギーをすぐさま消費して零落白夜が展開された。

 

「もう一度私たちで体勢を崩す。お前は最後の一撃を叩き込め!」

 

「ああ、まかせろ!」

 

 箒は頷くとセシリア、ラウラと共に福音へと攻撃を仕掛ける。

 

 セシリアとラウラの射撃を福音は掻い潜り、全方位へと射撃を放とうとしたところで箒が急接近し、2本の刀を振りおろした。

 

 それを回避したところでセシリア、ラウラの偏差射撃。

 ラウラの射撃をかすめ、セシリアの射撃で姿勢を大きく崩し、福音の上へと急上昇していた箒がそれを蹴り飛ばす。

 

 吹き飛ばされたその先には雪片弐型で零落白夜を展開させている一夏がいた。

 最後のあがきのように福音はエネルギー弾を飛ばすが雪羅で防ぐ一夏に大したダメージは入っていない。

 

「おおおおおっ!!」

 

 そして、一夏は雪片を振るい断ち切った。

 

 アーマーを失った福音の搭乗者を受け止める頃には同じようにバイコーンの搭乗者を抱えるユニコーンが近くまで来ていた。

 

「……いろいろと言いたいことはあるけど、おかえり。翼」

 

「それを言うのはまだ少し早いと思うが……ただいま。一夏」

 

 新たな力を持つ2つの白は落ち行く夕日が照らす朱色の光を受けながらそう言葉を交わした。



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質問

「作戦完了––––と言いたいところだが、お前たちは独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐに反省文の提出、懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」

 

「「「……はい」」」

 

 戦いを終えた戦士たちを千冬はそんな冷たい言葉で迎え入れた。

 千冬に腕組みでそんなことを言われた一夏たちは疲労困憊ということもあり、すでに勝利の感触さえおぼろげであった。

 

「あ、あの、織斑先生。もうそろそろそのへんで……。け、怪我人もいますし、ね?」

 

「ふん……」

 

 怒り心頭の千冬に対し、真耶はおろおろとしながら救急箱を持ってきたり、水分補給パックを持ってきたりと少し慌ただしい。

 

 そんな2人の隣にいた源治は苦笑いを浮かべると翼へと声をかける。

 

「んじゃ、翼は一緒に来てくれ。別で調べたい」

 

「わかった。んじゃ、みんな。また後でな」

 

 源治に連れられて翼は去って行った。

 

「本当に、よかった」

 

 どこからどう見てもいつも通りな翼の背中を見ながら一夏はポツリと呟き、拳を握りしめる。

 

(今度こそ、お前の隣に……俺は)

 

◇◇◇

 

「……これはすごいな。違和感とか、痛みはないか?」

 

 翼の体にいくつか貼り付けられた電極。それから送られてくるバイタルデータを見ながら源治は舌を巻いていた。

 

 通信が途絶える直前に送られてきた翼の体の損傷、その全てがまるで最初からなかったかのように治っているのだ。

 普通ならありえない。ケガならばまだわかる。前例があるからだ。

 しかし、消失していた部分まで治っている。ここまでの再生能力を有するものなどあるわけがない。

 

「うん。大丈夫」

 

 翼は答えながら手を動かし、首を動かし、足を軽く振ったりして体の調子を調べたがやはりいつもと同じだ。

 違和感も何も感じない。

 

「そういえば、沙耶は?」

 

「ああ、怪我はない。今は眠ってるよ」

 

 そうか。と翼は息を吐く。

 性格に少々難がある人物ではあるが彼女は言わば今回の件の被害者。いつもがどうであれ心配はする。

 ほっと胸を撫で下ろし、視線を自分の手から白いブレスレットへと向けた。

 

 ユニコーン・メドゥス。第2形態へと移行したユニコーンの性能は目を見張るものがある。

 シンクロシステム、A.E.B未使用状態であるのにもかかわらずにあの紅椿すらも越える性能。

 

 紅椿もまだ完全な稼働率ではないといはいえそれはユニコーンの方も同じ。

 どちらにせよ性能が高い。ということには変わりはない。

 

 これほどの力があればなんでも出来るであろう。

 

 そう、例え世界を敵に回しても––––

 

(俺は……この力で、守る。今度こそ……絶対に、誰からにも、失わせはしない)

 

 ––––守ることができるだろう。

 

◇◇◇

 

「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めて42%かぁ。まぁ、こんなところかな?」

 

 空中投影ディスプレイに浮かび上がる各パラメータを眺めながら、女性は無邪気に微笑む。

 その女性、篠ノ之束は月明かりに照らされながら鼻歌を奏で、2枚のウィンドウを追加で展開。

 

 それぞれに白式、ユニコーンの第2形態の戦闘映像が流れていた。

 それらを眺めながら束は岬の柵に腰かけた状態でぶらぶらと足を揺らす。

 

 目の前には海が広がり、高さは30メートルに近い。落ちれば無事では済まないような場所でも、彼女のその表情は変わらない。

 

 しかし、後ろから響いた足音に少し目を見開いた。

 それは忍ようなものではない。むしろ、自分が誰かを告げることすら省くためにわざと鳴らされたもの。

 

「……これはこれは驚いたなぁ」

 

 束は月を眺めながら自分の背後に立つ者へと言葉をかける。

 

「ちーちゃんが来ると思ったのに……まさか、つっくんが来るとはね」

 

 束に声をかけられた翼は僅かに棘を感じさせる声音で問いかけた。

 

「今回の一件。全て、あなたが手を引いていましたね」

 

「んふふ〜、どうだろ?なんでそう考えたのかな?」

 

「箒のデビュー戦のため……」

 

 最強の機体の性能を証明するのに最新鋭機をぶつける。

 半ば賭けではあるがデビュー戦としてこれほどまで衝撃的で、印象に残りやすい状況はない。

 

 その証拠に彼女は今回の一件で一悶着ありながらも自分の実力、機体の性能を存分に示して晴れて専用機持ちの仲間入りとなった。

 

「あなたのそんなわがままのせいで、俺の友人たちが全員危険に晒された。その中には箒もいたんだぞ!一歩間違えれば全員死んでいた」

 

「ふふ。あんな程度のことで私の箒ちゃんと紅椿が負けるわけがないじゃない。おかしなことを言うねぇつっくんは」

 

 へらへらと笑みを浮かべる束を変わらず翼は見つめるのではなく、睨みつける。

 

「あなたの狙いがなんなのか。今はわからない。だが、また同じようなことをするのなら––––」

 

「ねぇ、つっくん」

 

 翼がその先の言葉を続けようとしたところで束は有無を言わさぬ雰囲気をまといながら遮った。

 

「つっくんはさ……私の敵なのかな?」

 

 束は変わらず、笑みを浮かべながらその問いを翼に向ける。

 

 2人の間にはさざ波の音だけが響いていた。



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設定Part3

【IS名】

 ユニコーン・リペアⅡ

 

【外見】

 リペア時よりもさらに灰色の騎士甲冑のような増加装甲を装備した姿。

 肩アーマーの大型化、背中の大型スタビライザー翼付きブースターが目を惹く。

 もともと背中にあったサブアームはそのブースターに移設され、脇下ではなく肩アーマーの上に展開されるようになった。

 

【装備】

 

《ビームサーベル》

 変更なし。

 

《ビームバルカン》

 変更なし。

 

《シールド》

 変更なし。

 

《突撃砲》

 サブアームに接続されたものは変更はないが装備するものはロングバレルのものに変更されている。

 

《モーターブレード》

 変更なし。

 

《雷撃》

 変更なし。

 

《電撃》

 変更なし。

 

《不知火》

 変更なし。

 

【その他】

 急造であった装備を更新し、完全にした姿。また、後のユニコーンⅡ用の基本装備としてさらに強化される予定であった。

 リペアとの変更点は背中の大型ブースターの追加と肩アーマー、足アーマーの大型化。

 制御のしにくさは相変わらずだが単純な推力、防御力が強化された。

 

◇◇◇

 

【IS名】

 バイコーン

 

【外見】

 全身装甲でユニコーンとほぼ同じ姿をしているが頭部の額からは2本の角を持つ。

 色は濃い紫色で背中にはユニコーン・リペアⅡのブースターとほぼ同じものを装備している。

 

【装備】

 

《ビームサーベル》

 ユニコーンの物とほぼ同じ。前腕装甲内にのみ装備している。

 

《メガビームランチャー》

 通常時は背中のブースターに折りたたまれている。

 射撃時はそれを肩上で伸ばして展開し、射撃する。

 威力としてはビームマグナムとほぼ同じだが射程距離が倍にまで伸びている。

 

【その他】

 スタインシリーズの2号機であり、ユニコーン同様第三.五世代IS。

 ユニコーンのオーバーホールとリペアⅡからユニコーンⅡへの変更までの期間に翼が搭乗する予定であったIS。

 そのため、機動特性やOSはユニコーンにかなり寄せてある。

 また、試験時には未実装であったが後に本物のブーステッドシステムを組み込む予定であった。

 試験搭乗者は翼の幼馴染である園江(そのえ) 沙耶(さや)

 

◇◇◇

 

【IS名】

 ユニコーン・メドゥス

 

【外見】

 ユニコーン、リペア、リペアⅡと比べてかなり細身になっている。

 全身装甲の全てが白く、額から角を伸ばしていることには変わりはない。

 背中には鳥を思わせる綺麗な流線形をもつ1対の大型ウィングバインダーを持つ。

 

【装備】

 

《スラッシュハーケン》

 前腕に装備されており、状況に合わせてビームソードの展開、ビームニードルの射出が可能。

 当然ながら有線接続で飛ばすこともできる。

 

《ビームソード》

 スラッシュハーケンから展開される。

 ハーケン射出時にも使用可能。

 

《ビームニードル》

 スラッシュハーケンから放たれる。

 ハーケン射出時には使用できないがビームニードルは命中後爆発する。

 

《ビームサーベル》

 足の脛、つま先から展開することが可能。

 

《ビームシールド》

 前腕部の発生器より展開される。

 

《メドゥス》

 第2形態移行したユニコーンの機能の8割を持つ大型ウィングバインダー。

 スラスターとしての役割はもちろん、武装しての役割ももつ。

 先端部はビームライフルでもあり、側面部はブレードのように扱うことが可能。

 表部分は実体シールドと同じ機能を持つ。

 その内部にはフェザービットをそれぞれ18、計36個内蔵している。

 

《ビームライフル》

 メドゥスに装備されているもの。出力はそこまで高くはない。

 

《フェザービット》

 先端はビームソードでの近接攻撃、低出力だがビームライフルでの射撃も可能。また、ビット同士の連結によりシングル、ダブル、トライ、クアッドのモードに変更可能。

 前腕部、メドゥスに接続し、それぞれの能力強化を行う。

 

シングル:通常の形態。より多角的な攻撃は可能だが出力は低い。

 

ダブル:ビットの裏同士を接続した形態。バランスが良く、基本的にこの形態でビットは使用される。

 

トライ:ビットを三角形を作るように並べ、接続したもの。ダブルよりもさらに出力強化がなされている。また、それらを円形に並べることでビームシールドを展開することが可能。

 

クアッド:ビットをひし形のように並べ、せつぞくされたもの。最高の機動力、出力を持つ。トライモードのようにビームシールドの展開が可能。

 

 

【その他】

 ユニコーンの第2形態。

 細身なボディと四肢、背中には大型のウィングバインダーを持つ。

 性能としては最高の一言に尽き、カタログスペックだけを見れば紅椿以上の能力を持つ。

 白い装甲内部には変わらずA.E.Bが確認されておりシンクロシステムの使用も可能と見られているが現在は完全にブラックボックスとなっており、使用不可。

 

◇◇◇

 

【IS名】

 バイコーン・ファング

 

【外見】

 ボディや足は大きく変更された点はないが両腕が大型化、背中のブースターもメガビームランチャーがなくなったことで小型化された。

 装甲色は紫から黒に変更、額からは変わらず2本の角を持つ。

 

【装備】

 

《ファング》

 両腕の大型武装。

 状況に合わせて近接、防御、射撃が可能。

 

《クロー》

 全ての指にある。先端部からはビームサーベルを展開可能。

 強度もありそのまま実体シールドとしての使用も可能。

 

《ビームシールド》

 手のひらから円形に展開される。状況に合わせてそれをビームブーメランのように投げることも可能。

 

《ビームウィップ》

 手のひらから伸ばすことが可能。投げたビームシールドと接続、そのままある程度操ることが可能。

 

《ビームライフル》

 手のひらから放つ。

 連射、単射の二形態への変更が可能。

 

《レールガン》

 サイドスカートアーマーにそれぞれ1門ある。

 射撃時にはそれを展開する。

 

【その他】

 バイコーンの第2形態。

 第2形態へと移ることで完全に沙耶専用機へとなった。

 性能は白式に並ぶ。大型化された両腕のせいで通常ISの武装の装備ができなくなったが基本性能の高さゆえにさしたる問題にはなっていない。

 



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ご報告
ご報告


 皆さまIS二次創作【一角獣を駆る少年の物語】をここまで読んでくださりありがとうございます。

 

 さて、かなり中途半端なところで話が切れましたがこれはミスではありません。ということとこれからの予定についてお話しさせていただきます。

 

 現在私は以後の展開について二通り考えております。

 一つは今まで通り原作に沿って話を進める。そしてもう一つがオリジナルで進行するものです。

 

 束のあの質問に主人公である翼がなんと答えるかでルート分岐をするのであそこで切らせていただきました。

 

 オリジナル√ですが本来なら束と主人公が問答をするところから書きたかったのですが各キャラの関係、周りの状況を軽く説明するのにちょうどよかったので原作沿いに進めさせていただきました。

 

 予定では先にオリジナル、その次に原作沿いの話を書いていきたいと思っています。

 オリジナル√は原作と世界観が変わるため、一角獣を駆る少年の物語とは別で投稿することになると思います。

 

 しかし、四月から生活環境が変わり、また私がオリジナルで書いている別作品も進めなくてはならないためしばらく更新が止ることをお許し下さい。

 

 それでは、皆さま一角獣を駆る少年の物語√R(仮題)でまたお会いできることをお待ちしております。

 

 と、ここで終わる予定でしたが最低文字数の関係上、これを投稿することができませんでしたのでオリジナルの冒頭辺りを載せておきます。

 

※質問等はTwitter(@naito0710)、ハーメルの方へ連絡していただければ幸いです。

 

2018/03/09

 

◇◇◇

 

 臨海学校で起こった2機のISの暴走事件が起きてから1年という時間が経過していた。

 

「レーダーに反応あり!熱紋照合……メサイアです!数12!!」

 

 ここは国連極東第14支部。

 元々はIS学園と呼ばれていた場所だ。

 ここを落とされては極東、日本は首都まですぐさま制圧されるだけではなく、戦力を大きく失うことになる。

 

 理由はただ一つ。日本に残された数少ないIS配備基地であり、巨大な研究施設でもあるためだ。

 

「いつもの散発的な襲撃だろう。EOS(イオス)隊を出せ!織斑特務少尉は?」

 

 報告を受けた織斑千冬はすぐさま指示を出す。

 それを受けてすぐさま通信士である女性は報告を上げた。

 

「現在輸送機で移動中との事です。到着まで……300秒!」

 

 千冬は静かに唇を噛みしめる。

 確かにあるもののおかげで昔からEOSの性能も比較的に向上してはいるが相手がメサイア、【無人擬似IS】では相手が悪い。

 時間稼ぎが精々だ。

 

 だが、世界は彼の攻勢が始まってからのこの約1年をそうして耐え続けている。

 一夏が戻ってくるまでなんとしてでも耐えなくてはならない。

 

 



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