Gのレコンギスタ[外伝] アメリアン・ソルジャー (榊原啓悠)
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白亜のG-イシュリア
新たなるG


 緊張と不安が、全身をこわばらせる。

 何度となく気持ちを和らげようと深呼吸するが、なかなか思うようには落ち着かない。

 父のため、家のため、これまで培ってきた全てをここで発揮しなければならない。

 

「でなくっちゃ、頑張ってきた甲斐がありませんもの……!」

 

 慣れない作業着の胸をぎゅっと掴んで、自分に言い聞かす。

 全てはアメリアを、本来あるべき姿に戻すため。

 

「どうか私にご加護を……スコード……」

 

 荒れ果てた荒野の真ん中にポツンと建つ眼前のアメリア軍テキサス駐屯基地を睨みながら、少女―――ティアラ=ブリーチは呟いた。

 

 

※※※※

 

 

 

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「資料は読みましたか?」

 

「あぁ。けれど、あのカタログスペックは本物かい?」

 

「コンピューター上の計算では、ですが。少なくとも《ジャハナム》なんかとは比較にならない性能なのは、保証します」

 

 軍服に身を包んだ二人の男が、コツコツと靴音を響かせながら兵器廠へ続く渡り廊下を会話しながら行く。少尉の階級章を襟に付けた方の男がやや信じられないといった顔をすると、隣を歩く技術屋らしき男は少しだけ頬を緩ませた。

 

「大陸間戦争のエースパイロットである少尉のためのモビルスーツです。これくらいの性能は、あってしかるべきでしょう」

 

「おだてないでくれ」

 

「ご謙遜を。カイル=ガウェイン少尉」

 

 やがて兵器廠へ辿りついた二人は、安全ヘルメットを被って目的のモビルスーツのもとへと向かった。白亜の巨体を横たえたそれは、既にそのほとんどが完成しているらしく、新品のコックピットはそこに座るべき主人の到来を待ちわびるかのように計器のランプを点滅させていた。

 

「これが噂に聞く《G系》か。《ヘルメスの薔薇の設計図》は恐ろしいな……いや、宇宙世紀の技術は、と言うべきか」

 

「海賊部隊にいるアイーダ様の《G-アルケイン》や、このまえ鹵獲した《G-セルフ》のデータも反映させてあります。操作系はユニバーサルスタンダードですけど、触った感覚は全然違うと思います」

 

「名前はあるのかい?」

 

「《G-イシュリア》です」

 

「いい名前だね。僕の好みだ」

 

 周囲の作業音も気にならぬといった様子で、できたての《G-イシュリア》を見つめるカイル。28歳の誕生日を迎えてなお、モビルスーツを見るその瞳は少年のようであった。

 

「こいつと宇宙艦隊があれば、キャピタル・タワー占拠などたやすいことです」

 

「この機体も、カーヒル大尉の立てたキャピタル・タワー占領作戦があればこそ……か」

 

「面識がお有りで?」

 

「大尉には大陸間戦争でも何度かお世話になっている。カーヒル大尉のいる海賊部隊……メガファウナのクルーにも、何人か顔見知りはいるんだ」

 

「さすがは、カイル少尉でありますね」

 

「本当なら、僕も彼らとともに行きたかった……。だが、おかげでコイツのパイロットに任命されもした。だったら、その巡り合わせには感謝しなくっちゃいけないだろう」

 

「ん? お前、誰だ?」

 

 カイルが視線を《G-イシュリア》から外すと、会話していたハズのメカニックが通りすがった清掃員の方を向いて何やら話しかけていた。

 

「きょ、今日からここで清掃のお仕事を始めた者ですわっ」

 

 ややうろたえた様子で、清掃員のキャップを目深にかぶった少女が受け応えている。海賊部隊の戦友たちのことは取り敢えず忘れて、カイルはそちらに歩み寄っていった。

 

「ここは機密区域だから、入っちゃいかんよ。……あ、すみませんカイル少尉」

 

「構わないよ。……きみ、ひょっとして迷い込んでしまったのかな?」

 

「ひゃいっ……申し訳ございません」

 

「ここは入り組んでいるから、僕が案内しよう。安全ヘルメットも無しにうろつくのも危ないから……」

 

「いえっ! 自分ひとりで、戻れますからっ、では!」

 

 エスコートしようと手を差し伸べた途端、清掃員少女はバタバタと慌てた挙動で走り去ってしまった。差し出した手を所在無さげにぶらつかせていると、傍らのメカニックが顎に手を当てて低く唸っているのにカイルは気付いた。

 

「どうしたんだ?」

 

「いえ、清掃員にしちゃ言葉遣いとかが達者な気がしまして」

 

「というよりも、たまたまここに来たという方が怪しいけどね」

 

「とすると……!」

 

「キャピタルか、ゴンドワンか。僕の方で追っかけてみるよ」

 

 

 ※※※※

 

 

 人ごみをかき分け、基地内を探し回ること数分。だが、兵器廠での目撃情報を最後に手がかりも途絶え、カイルは彼女への疑念と、姿が見えないことへの苛立ちをますます募らせていた。

 

「くっ……。うかつだった。まさかとは思うけど……うーん」

 

 カイル=ガウェインはモビルスーツパイロットとしては優秀な男である。欧州の大国ゴンドワンとの大陸間戦争においても大きな戦果をあげ、こうして最新鋭モビルスーツのパイロットを任じられて召喚されるほどの信頼もある男だ。しかし……

 

「ちょっと抜けてるっぽいからなぁ、僕……。はぁ、もうすぐ30になるってのに」

 

 以前、作戦で一緒になったクリムトン=ニッキーニの容赦ない言葉が脳裏に蘇る。大統領の息子で天才パイロットである彼だが、年下の彼にああまで言われしまっては大人の自分が立つ瀬がない。

 

「あ、あの!」

 

「カイル=ガウェイン少尉、ですよね!」

 

 自身の至らなさに消沈していたカイルの背後から、やや喜色を含んだ声色の呼びかけがかかる。表情を作って振り向くと、そこには若いパイロットと思しき青年たちがいた。初々しい外見からして、恐らく士官学校を出たばかりなのだろう。

 

「大陸間戦争の英雄とこんなところで会えるだなんて、こっ、光栄でありますっ!」

 

「ぜひ実戦での体験などをお話していただきたくっ!」

 

「おっ、おう。あいや、英雄だなんて、そんなふうに呼ばれるほど僕は大したもんじゃ……」

 

 こりこりと頭皮を人差し指で掻きながら、照れ笑いを浮かべるカイルだが、心情的にはまんざらではない。思わず清掃員の少女のことを忘れて彼らの相手をしようとした―――まさにその時。

 

『emergency! emergency! 総員、敵襲につき第一種戦闘配備!』

 

「サイレン!?」

 

「ゴンドワンが攻めてきたの!?」

 

 鳴り響く警報が、新兵たちの表情を戦慄で支配していく。そして、彼らに囲まれるカイルもまた、三十路手前のやや腑抜けた男のそれではなく、大陸間戦争を生き延びてきた“いくさびと”の顔つきになっていった。

 

「……兵器廠に戻らないと……!」

 



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敵襲と会敵

「ミノフスキー粒子が撒かれたってんだろォ!」

 

「カーキの《ジャハナム》だよ、そいつが敵だ!」

 

「見た目に惑わされるな! 向こうはゲリラだぞ!」

 

 混沌のテキサス基地内で、隊員たちの怒号が飛び交う。ノーマルスーツに着替えるまもなく、カイルは制服の下に汗を滲ませながら兵器廠へと駆けた。

 

「どうしてこんな時に―――あッ!?」

 

 兵器廠へと続く渡り廊下が、轟音とともに叩き潰される。どうやら、敵のモビルスーツは兵器廠を孤立させる腹積もりのようだ。

 舞い上がる土煙と熱風を全身に浴びたカイルが思わずうずくまると、襲撃者と思しきカーキカラーの《ジャハナム》が網めいたセンサーを鈍く光らせているのが、崩れた渡り廊下から覗くテキサスの荒野に見えた。

 

「くそっ……一階からなら……だめだ。それだと《ジャハナム》に踏み潰される。これじゃあ兵器廠に行けない……いや!」

 

 まだ方法はある。徒歩で行けないのなら、モビルスーツで突入をしてしまえばいいのだ。さっきの新兵たちが行った方にモビルスーツドッグがあるはずだ。あそこなら、実戦配備されているモビルスーツが何機か置いてあるに違いない。

 

「カイル少尉!」

 

「きみは……さっきのメカニック!」

 

 腹の出た先程のメカニックが、土埃に塗れた顔で走り寄ってくる。その顔は他の職員らと変わらず、襲撃者に対する驚愕と怯えに支配されていた。

 

「奴らの狙いは《G-イシュリア》です!」

 

「確かにそう言ったのか!?」

 

「それ以外にこの基地をゲリラが襲う理由なんて、ありゃしませんよ!」

 

「想像のしすぎ……ではないか。モビルスーツドッグに案内していただけますか!?」

 

「出るんですか!?」

 

「自分のモビルスーツくらい、自分で守る!」

 

「残ってるのは《グリモア》が一機ですけど……」

 

「構わない!」

 

 

 ※※※※

 

 

 宇宙世紀の環境破壊から未だ立ち直れずにいるこのテキサスでは、緑などそうそうお目にかかれるものではない。ゲリラたちの駆るカーキの《ジャハナム》はその意味で実に実用的なカラーリングを施されており、逆に駐屯部隊のオリーブドラブカラーの《ジャハナム》はモビルスーツ戦の基本である有視界戦闘において視覚的な不利に立たされていると言えた。

 交戦開始から十分が経過し、三機目の《ジャハナム》が爆炎を上げた頃、作業服に身を包んだ少女は兵器廠の機密区画にある《G-イシュリア》のコックピットへ到達していた。

 

「経路を予習しておいて、正解でしたわね……」

 

 キャップを取り払い、少女―――ティアラ=ブリーチが呟く。腰まで届く金の長髪がふわりとシートにかかり、無骨なコックピットに少女の香りを満たしていく。

 

「ギャリソンたちの襲撃は予定通り。あとはこれで脱出して、みんなのところへ帰るだけ……!」

 

 コントロールパネルを操作してスターターを入れる。命を吹き込まれた《G-イシュリア》の各部に《フォトン・バッテリー》の光が灯り、白亜の巨体が蠕動を始めた。

 

「すごい、操作系はユニバーサルスタンダードだけど、この機体……五倍以上のエネルギーゲインがある」

 

 執事のギャリソンから教わった通りとはいえ、ティアラにとってこれは初めての実戦である。それも、軍事用のモビルスーツを使った武力行使だ。場合によれば、こちらにもあちらにも死人が出る。そしてその中に、自分が入っていないという保証はない。ゾクリとする感覚に背を震わせつつも、ティアラは父の崇高な理念とキャピタル・テリトリィへの留学で知ったスコード教の尊いタブーを杖にして、再び肢体に活力を入れた。

 

「………大丈夫。コックピットを狙わなければ、人は死なない……。みなさん、どいてくださいましーッ!!」

 

 気合とともに立ち上がる《G-イシュリア》。全長18メートルの巨体が屹立しようものならば、それは心理的効果というかたちで周囲の作業員たちにも現れる。ある者は驚き、ある者は味方と勘違いして喜び、ある物は何かをこちらに向かってわめきたてている。

 

「よかった、巻き込まれた人はいないみたい……。えっと、ジャンプで天井を破りますっ! 近くのものに掴まって、吹き飛ばされないようにしてくださいっ!」

 

 拡声器で作業員らに声かけをすると、ティアラはコックピットハッチを閉じてシートに深く座り込んだ。ここから先は、接触回線以外での通信は無効になる。ミノフスキー粒子散布下の環境では、無線通信は遮断されてしまうからだ。100回は読み返した作戦プログラムを反芻すると、ティアラは意を決してフットペダルを踏み込んだ。

 

 

 

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 ※※※※

 

 

「なっ……!?」

 

 兵器廠の屋根を突き破って、白いモビルスーツが飛翔する。《フォトン・バッテリー》の余剰光が軌跡となって、その様はカイルにとって神々しい光景にさえ見えた。

 

「……はっ、見とれている場合か、僕は!」

 

 搭乗した《グリモア》のセンサーを蠢かせて、現れた白いモビルスーツ―――《G-イシュリア》を補足する。状況と挙動から推察して、恐らくアレはテロリストの手に落ちた。となれば、この《グリモア》であれを奪還しなくてはならない。

 

「機体を傷つけず、パイロットだけを無力化できるか……!?」

 

 できるわけがない、という道理はこの際無視する。戦場はいつだって理不尽だったし、ここだってそうだ。経験で鍛えられた腕と判断力、そして知恵と勇気を信じて今は挑むしかない。

 

「うおぉぉぉおおぉおッ!!」

 

 砂塵舞う荒野を、カイルの《グリモア》が疾走する。目標は、兵器廠上空の《G-イシュリア》。

 

 白と黒、最新型と旧型、少女と軍人の―――巨人(モビルスーツ)を駆るもの同士の対決が、始まった。

 




ギャリソンの元ネタが【無敵鋼人ダイターン3】だと分かったきみは偉い!


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白い悪魔

 ティアラが接近する《グリモア》に気付くのと、《G-イシュリア》が落下を始めたのは、ほぼ同時のことであった。

 

「バックパック無しでミノフスキー・フライトは無理……だから!」

 

 執事のギャリソンから教わった通り、脚部スラスターで落下スピードを軽減する。半ばパニックに陥ってはいたものの、ティアラの操作は正確だった。

 

 だが、対する《グリモア》の熟練度を前にしては、それももはや児戯に等しい。

 経験を根拠とするカンでタイミングを合わせ、《グリモア》はジャンプして《G-イシュリア》の背面から回し蹴りを叩き込んだ。

 

「んぐぅッ―――!?」

 

 飛び出したエアバッグに顔面を突っ込ませ、ティアラが衝撃に悶絶する。そしてその直後、《G-イシュリア》は蹴られた勢いのまま一気に地表へと落下した。だが、OSが地表に激突するタイミングで受身の挙動をオートでとらせ、《G-イシュリア》は大破には至らない。ティアラが立ち直った頃には、既に《G-イシュリア》は兵器廠脇の地表に膝立ちで着地し終えていた。

 

「あの《グリモア》、なんという―――!」

 

 だが、肝心の《グリモア》の姿がどこにもない。上空に視線を滑らせても、さっきまでそこにいたはずの、あの特徴的な坊主頭のシルエットが無い。

 

「消えた……あんッ!?」

 

 瞬間、ティアラを襲う二度目の衝撃。どうやら《G-イシュリア》が受身をとっている間、《グリモア》は背後に回り込んでいたらしい。背後からの衝撃にたたらをふむ《G-イシュリア》をなんとかバランスをとらせて振り返ろうとすると、再三の衝撃がティアラに襲いかかった。

 

「あうッ……手玉に、とられて……!」

 

 金属同士が擦れ合う、嫌な音が聞こえてくる。どうやら《グリモア》は《G-イシュリア》に組み付いて取り押さえようとしているらしい。

 

『接触回線で聞こえるな! 今すぐそれを降りて投降しろ!』

 

《グリモア》のパイロットからの接触回線が、ティアラの耳朶を震わせる。抵抗すらままならぬまま捕らえられつつある現状に思わず涙目になるが、ここで弱気になってはいけない。なけなしの勇気を振り絞って、ティアラは毅然とした態度を自らに強いた。

 

「それはできませんし、しません! 舐めてもらっては、困ります!」

 

『そ、その声、さっきの清掃員の……!』

 

 接触回線のくぐもった通信音声で、《グリモア》のパイロットが驚愕の声をあげる。だが、向こうのリアクションにいちいち付き合ってやる道理などありはしない。この一瞬の隙を突いて、ティアラは一気に《G-イシュリア》の肢体に力をこめさせた。

 

「スコ―――ドッ!!!」

 

 ティアラの叫びに応えるがごとく、《G-イシュリア》の白亜の装甲の隙間やクリアパーツから、フォトン・バッテリーの光が噴出する。その瞬間、《グリモア》の拘束は瞬時に振りほどかれ、ティアラは振り向きざまのパンチを叩き込んだ。

 

 

 ※※※※

 

 

「ぐあぁぁああぁああぁッ!?」

 

《G-イシュリア》の鉄拳が、受け止めようと構えた《グリモア》のシールドを粉砕する。カイルは眼前のモビルスーツの想像を遥かに超えた性能に驚愕し、思わず恐怖の叫び声をあげて後方にバックステップをとってしまった。

 

「なんというパワーだ……。くっ、無傷で捕らえるのは無理か!」

 

 だが、闘志が萎えることはない。敵の驚異度を冷静に判断しつつ、カイルは手加減がこちらの死を招くという現実を認識し、敢えて使わずにいたサブマシンガンを構えた。

 

「発砲するッ!」

 

 咄嗟に回避へ移ろうとする《G-イシュリア》だが、しかしそうは問屋が下ろさない。サブマシンガンの銃口下から射出したビームワイヤーで即座に身動きを封じ、カイルはサブマシンガンのトリガーを引いた。

 

 吐き出される無数の弾丸が、やむを得ずガードの構えをとった《G-イシュリア》へと殺到する。弾き出される薬莢の落下音、着弾時の炸裂音と金属音、そして舞い上がる土煙が二機の間を埋め尽くしていく。至近距離でサブマシンガンの直撃をもらえば、まず間違いなく大破は免れない。せっかくの高性能モビルスーツをスクラップにしてしまうもったいなさと、コックピットで泣き叫んでいるであろうパイロットの少女への同情心を感じつつも、カイルはマガジンの弾が切れるまで《G-イシュリア》に向けて撃ち続けた。

 

 カイル=ガウェインは軍人だ。意味のない人殺しは忌避すべきだが、戦場で武器を伴って現れる敵を殺害することに躊躇はしない。その行動に疑問も持たない。ヒューマニズムや正義感などというものが、戦場という極限の地獄では何の役にも立たないことを知っているからだ。

 普段は気の抜けた青年である彼も、こと戦争という状況下においては情け容赦の無い職業軍人としての顔を覗かせる。無欲さがたたって未だに少尉から昇進する機会を逃してはいるが、戦果だけで考えれば、彼は既に“撃墜王”を名乗れるだけの撃墜スコアを誇っていた。

 

 ―――だがしかし、である。

 

「な、に――――――!」

 

 前段を撃ち尽くしたというのに、《G-イシュリア》は健在。それどころか、ほぼノーダメージとすら言っても過言ではない。白亜の装甲には多少の弾痕は残っているが、駆動系にはなんの損傷も与えられた形跡が無いのだ。

 

「じ、《G-イシュリア》は化け物か……ッ!!」

 

 硝煙の中、カメラ・アイをぎらりと光らせる《G-イシュリア》。その光は、内に秘めたフォトン・バッテリーの胎動か、それともティアラ=ブリーチの燃る闘志の現れか。

 

 いずれにせよ、この《G-イシュリア》がこれまでカイルがくぐり抜けてきた50を超える戦闘経験に無い未知の敵であったことは、言うまでもない。

 



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勝利と敗北

「グッ……!」

 

 奥歯を噛み締めて、恐怖を殺す。

 サブマシンガンを全弾直撃させてもなお効果的なダメージらしきものを与えられない眼前のモビルスーツに対し、他に何ができるかを模索する。

 

「無傷で捕らえられるか、じゃない。無傷で捕らえることしかできないんだ……!」

 

 思い上がっていた。見くびっていた。

 この敵に対しての認識が、根本から誤っていた。

 

 コンソールパネルを操作し、残っている武装をチェックする。

 プラズマ・ナイフが一本と、頭部バルカン砲が一門。

 

「あとは僕の……知恵と勇気!」

 

 硝煙を突き破って接近して来る《G-イシュリア》を迎え撃つべく、弾切れのサブマシンガンを捨ててプラズマ・ナイフを構える。モビルスーツの基本は格闘戦なのだから、ここからが本番という言い方もできる。制服のネクタイを緩めながら、カイルは《G-イシュリア》の一挙一動を見逃すまいとモニターを睨めつけた。

 

 だがその刹那、眼前の敵に全神経を集中させていたカイルの集中を乱す何者かの接近をアラート音が告げた。

 

「後ろから!? カーキの《ジャハナム》かぁッ!」

 

 前方から襲いかかる《G-イシュリア》と、後方から迫る《ジャハナム》。挟み撃ちのカタチだが、まだ詰みには早い。素早く《グリモア》の身をかがませると、カイルはこちらに掴みかかろうとしている《G-イシュリア》の脇に飛び込んだ。

 横や上空に避ければ二機の射線上に立ってしまうが、これならば少なくとも《ジャハナム》を相手に《G-イシュリア》を盾にとれる。カイルのとっさの判断は功を奏し、結果として《グリモア》は、味方の登場で油断が生まれた《G-イシュリア》の隙を突いて背後に回り込むことに成功した。

 

「はぁあぁあああッ!」

 

《グリモア》の限界値スレスレの高速挙動で《G-イシュリア》の背面をとったカイルは、今度は《G-イシュリア》めがけて渾身のタックルを叩き込んだ。パイロットは数トンぶんの衝撃に晒される格好となり、昏倒は必至。更に言えば、向こう側の《ジャハナム》に《G-イシュリア》をぶつけることもできる。

 

 だがしかし。敵のパイロットもそれを読んでいたとでもいうのか、カーキの《ジャハナム》はタックルをくらって吹き飛ばされた《G-イシュリア》をジャンプで回避して、上空からプラズマ・アックスを振り下ろしてきた。

 

「だがしかしッ!」

 

 焦ることなくフットペダルを踏み込んで、背後に飛びすさる。先程からの連続した高速機動でカイルの肉体はGでガタガタだが、今は捨て置く。目と鼻の先で《ジャハナム》のプラズマ・アックスがテキサスの大地を割り、凄まじい轟音と土煙を立てるのを見れば、あの攻撃を避けていなければ身体の不調どころで済まなかったのは明確だ。

 

「このパイロット、素人ではない……が!」

 

 見敵必殺が戦場の常である。こちらもプラズマ・ナイフを構えると、カイルは土煙に紛れて回り込もうとしていた《ジャハナム》に飛びついて刃をコックピットハッチのある腹部装甲に突き立てた。

 

『グォォォォオオォッ、ティアラお嬢様あぁあ………!』

 

 接触回線が、《ジャハナム》パイロットの断末魔をこちらに伝えてくる。だが同情はしない。撃たなければ撃たれることを、カイルは知っているからだ。

 

「恨みは無いが……死んでもらう!」

 

 カーキカラーに塗装された《ジャハナム》の腹部装甲をプラズマ・ナイフが溶断し、やがてその刃がコックピットに到達する頃、カイルは《ジャハナム》のセンサー光が消えたのを確認してゆっくりとナイフを引き抜いた。

 力が抜け、寄りかかってくる《ジャハナム》を引き剥がして脇にうち捨てる。だが、安心はできない。やっとクリアになった視界をざっと見わたすと、300メートル程離れた地点で別の《ジャハナム》が《G-イシュリア》を《フライスコップ》で回収していた。

 

 エフラグという兵器に分類されるそれは、宇宙世紀におけるサブ・フライトシステムの流れを汲む航空支援ユニットだ。魚介類でいうところのカレイにも似た平べったいシルエットをしており、上にモビルスーツを載せて運用する。アメリア軍で採用されている《エフラグ》の中でも特に大型であるその《フライスコップ》は、無茶をすればかなりの積載量でも飛べるパワーがあるだろう。

 

「クソッ……あんなもので逃げられたら……!」

 

 一度《フライスコップ》で上空に離脱されたら、もう《グリモア》単機での追跡は不可能だ。カイルは《G-イシュリア》を載せて飛び立った《フライスコップ》めがけて、再三の加速をかける。

 

「間に合え……!」

 

 全速力で《フライスコップ》を追跡するが、しかし元来が隠密作戦用に作られた《グリモア》が空を飛ぶエフラグに叶う道理はない。一瞬《グリモア》のマニピュレーターが《フライスコップ》の機体底面を掠めるも、それが最後の接触となった。

 

「逃げられ、た……。僕は何をやっているんだ……!」

 

 こうしてカイルの追跡も虚しく、《G-イシュリア》はテキサスの地平線の彼方に飛び去っていった。

 

 

 ※※※※

 

 

『ティアラ様、ティアラお嬢様、聞こえますか!』

 

 接触回線で《フライスコップ》のパイロットがこちらの無事を確認してくる。汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を清掃服の袖で拭いつつ、ティアラは震える声で返事を返した。

 

「問題ありません。心配をかけましたわ……」

 

『よかった。しかし、初陣で《ジャハナム》を2機も失ってしまいました』

 

 当然、《ジャハナム》にはパイロットが乗っていた。これでティアラたちは、勇敢なモビルスーツ乗りを一度に二人も失ったのだ。そうでなくとも、人の命は命だ。それが失われた。悔やんでも悔やみきれないが、それでもティアラは衝動的な涙を堪える。今生きている仲間たちの士気を盛り立てて、次の戦いにも臨まなければならないからだ。

 

「失われた命に換えは効きませんが、この《G-イシュリア》を手に入れられただけまだ成功というものです。私たちの勝利ですわ」

 

『それはそうでありましょうが……』

 

「まだ私たちの戦いは始まったばかりです。全てはアメリアを正しい形に戻すため……。今は勝利の凱旋といきましょう」

 



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断章
モビルスーツ紹介


ここまでに出てきたモビルスーツ、またはその他のメカや固有名詞についての説明です。


《G-イシュリア》

 アメリア軍所属のカーヒル=セイント大尉が鹵獲した出所不明のモビルスーツ《G-セルフ》のデータを、開発中止になっていた本国の新型モビルスーツに合流させ、足りない部分はアメリア製のG系である《G-アルケイン》の部品で完成させたハイブリッド・G。アメリアの技術的限界で再現しきれなかった部分も多々あるが、基本的には《G-セルフ》のコピーである。オリジナルである《G-セルフ》の圧倒的な性能が本機にも部分的ではあるが反映されており、純地球産である他のモビルスーツとは比較にならない運動性とパワーを持っている。

 

 

 

《グリモア》

 非正規任務用に量産された、アメリアのモビルスーツ。正規部隊で運用される《ジャハナム》を超える高いクオリティを実現しており、高い汎用性を持っている。また、その特徴的なシルエットから「坊主頭」の異名も持つ。

 

 

 

《ジャハナム》

 アメリア正規軍が運用している量産型モビルスーツ。濃緑の機体カラーは宇宙世紀の《ザク》の雰囲気を漂わせるが、本機の土台となった《ヘルメスの薔薇の設計図》にその意図があったかは定かではない。

 本作では、カーキカラーに塗り替えられたテロリスト仕様の機体も登場している。

 

 

 

《エフラグ》

 大気圏内でのモビルスーツの空輸を目的とした航空ユニット。アメリア軍で採用されているものは小さいものから順に《ビレイ》《レイドル》《フライスコップ》があり、本作においてテキサス基地から《G-イシュリア》を空輸したエフラグは最も大きい《フライスコップ》にあたる。

 

 

 

《G-セルフ》

 本作未登場。カリブ海にて任務遂行中であるアメリア郡所属非正規部隊である海賊部隊が鹵獲した、出所不明の謎の機体。フォトン・バッテリーを装甲そのものに通して光回路を形成し、それ自体を動力とする《フォトン装甲》の機構を有している。そのため、動力の心臓部にあたる部位が存在しない。だが、これを実現するためにはインビジブル・チタニウムという光を溜め込む素材を用いなければならず、アメリア軍での再現は不可能である。

 他にも様々な機能を秘めているが、現状明らかになっていることは少なく、必然的にこれらの数少ないデータから更に実現可能なもののみを取捨選択してコピーした《G-イシュリア》が、オリジナルである本機の劣化コピーでしかないことを示唆している。

 

 

 

《G-アルケイン》

 本作未登場。海賊部隊のアイーダ=スルガンがパイロットを務める、アメリア軍謹製の試作型G系モビルスーツ。高い性能を有しており、本機の機構の一部が《G-イシュリア》の設計にも流用されている。

 

 

 

《ヘルメスの薔薇の設計図》

 アメリアやゴンドワン、そしてキャピタル・テリトリィに流通している、宇宙世紀の兵器設計図。この設計図の存在が、各国の急速な軍事化を助けたことは言うまでもない。スコード教のタブーに抵触するため本来は存在自体許されないものなのだが、既成事実の積み重ねでお膝元であるはずのキャピタル・テリトリィまでもがこの設計図を利用して兵器開発を進めている。

 その出所は月の裏側にあるとまことしやかに囁かれているスペースコロニー・トワサンガではないかという噂が出回っているのだが、その真偽は定かではない。

 



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来訪、キャピタル・アーミィ
キャピタルの使者


 あれから数日が経った。

 テロリストの奇襲を受けたアメリア軍テキサス基地は見事に壊滅。守備隊の《ジャハナム》4機を撃墜され、基地施設もそのほとんどが機能麻痺に陥った。

 

 だが、それでも生きていかなければならないのが人間だ。宇宙世紀以来の環境破壊から未だ立ち直れずにいる荒野のテキサスで、カイルたちアメリア軍人たちは崩れた瓦礫の撤去作業と破壊された区画の修繕作業にあたっていた。

 

「悪いな、カイル。こんな辺境の基地で、華のエースパイロットにこんな現場作業させちまって

 

「いえ。もともと宇宙艦隊が完成するまでの間はここの隊員として勤務する予定でしたから」

 

 昼休みをとっていたカイルのところへ、缶コーヒーを両手に持った男が歩み寄ってくる。豊かなヒゲや刻まれた皺は、まさに貫禄たっぷりといった様子だ。そんな彼からコーヒーを受け取って、カイルは親しげな微笑みを返した。

 

「なるほど。ここで《G-イシュリア》の慣熟訓練をするはずだった、と……」

 

「ええ。そのはずだったんですけどね……。ところで、教官はここで何を?」

 

「試作モビルスーツのテストパイロットだ。ここで開発されていたのは《G-イシュリア》だけじゃない。……ま、老骨には似合いの仕事さ」

 

「でも、ブレン教官殿がいてくれて助かりました。正直言って、テキサスはアウェーでしたから」

 

「貴様ならうまくやっていけるさ」

 

「恐縮です」

 

 訓練学校での日々を思い返しながら、当時と変わらず頼もしいブレンの姿にカイルは安堵を覚えた。

 

 ―――だが、瓦礫の向こう側の基地司令部前に停められているキャピタルのエフラグが、カイルの心をざわつかせる。テロの直後にやって来た彼らは、自らを《キャピタル・アーミィ》と名乗り、《G-イシュリア》奪還に協力すると持ちかけてきたのだ。

 

「教官殿」

 

「んぁ?」

 

「連中、いったいどういうつもりなんですかね。それに《キャピタル・アーミィ》って」

 

「新聞くらい読め。キャピタルはここ二十年の大陸間戦争で緊張が高まる我が国とゴンドワンへの警戒を建前に、新たに軍隊を設立したんだ。《アグテックのタブー》を言いだしたのは、連中のくせしてな」

 

「キャピタルが軍隊を……。そんなことしたら、世界中の信者を敵に回すようなものじゃないですか」

 

「どういうつもりかなんて俺が知るか。それを言いだしたら、アメリアだってゴンドワンだってバチあたりもいいとこだろ」

 

 スコード教の教えの一つに、《アグテックのタブー》というものがある。科学技術、とりわけモビルスーツのような兵器技術の進歩を、ある一定の段階で抑制せよというものだ。これを守らなければ来年度以降のフォトン・バッテリーの配給権は怪しくなる。当然、フォトン・バッテリーが無ければ文化的な生活など維持できなくなる。そして、フォトン・バッテリーを生成できるのはキャピタル・エレベーターだけだ。そうしたキャピタルのスコード教による統治によって、1000年の平穏を人類は保ってきたのである。

 

「でも、そのキャピタルの軍隊がどうしてココに? それも、《G-イシュリア》を取り返すだなんて……。アメリアが宇宙艦隊を建造して、キャピタルを占領しようとしていることくらい知ってるだろうに」

 

「だからこそだろ。それに加えて、恐らく連中はトワサンガのことも知っている。俺のカンだがな」

 

「まさか! ……いや、有り得ないことはない、か」

 

「トワサンガから落ちてきた疑いのある《G-セルフ》の具体的なデータが欲しいのさ、連中は。だが肝心の《G-セルフ》はアメリアの海賊部隊がおさえちまってて、奪いようがない。となれば、コピー品の《G-イシュリア》で我慢しとこうって、まぁそういう腹積もりなんだろう」

 

「あいつらも、《G-イシュリア》が欲しいってことか……」

 

「分からんのはテロリストだ。連中、なんだってGを強奪していったんだか……」

 

 ブレンのつぶやきに、カイルもふと彼ら―――テロリストのことを考える。

 

 状況から察して、恐らく清掃員に化けていたあの少女が《G-イシュリア》に乗り込んでいたのは間違いない。そして、あのテロリストには似つかわしくない上品な言葉遣い……。

 

「……『ティアラお嬢様』って、もしかして……」

 

 

 ※※※※

 

 

 アメリア軍テキサス基地の、その司令室。

 同基地の司令官と同じテーブルにつきながら、そのキャピタル・アーミィの男は含みのある笑みを浮かべていた。

 

「―――つまりあなたがたは、《G-イシュリア》が今どこにあるのか分かる、と?」

 

「ええ。それだけではなく、彼らの正体についても情報があります」

 

「だから、情報と引き換えに奪還作戦に協力させろ、と……?」

 

「我々の望む条件は、《G-イシュリア》の原型となった《G-セルフ》の機体データの譲渡ですから」

 

 どさくさに紛れて《G-イシュリア》を強奪しようとしているくせに、どの口がそれを言うのか。喉まで出かかったその言葉を慌てて飲み込むと、キャピタル=アーミィの男はまるでこちらの心内を読み取っているかのごとく含み笑いをする。

 

「とにかく。情報提供には感謝するが、諸君らキャピタル・アーミィの手を借りずとも我々にはテロリストからモビルスーツを奪還する程度の任務は容易いことだ。これは本国の意思でもある。お分かりいただけたかな、ジェイ=ハミルトン少佐」

 

 本国からの指令を盾にどうにかやり過ごそうとするが、声の震えが誤魔化せていない。与しやすしと踏んだジェイは、鼻を鳴らして脚を組んだ。強気に打って出る合図である。

 

「―――なるほど分かりました。ですが不測の事態に備え、我々はもうしばらくこちらに駐留させて頂きます。いざという時には、我々の戦力もアテにしてもらって構いませんよ」

 

「戦力」というワードに反応するように、ジェイの背後に控えるアーミィの女兵士が眼球を蠢かせて基地司令を捉える。生気の失われたその瞳は、ゾッとするほど凍りついており、辺境の基地司令としての立場に甘んじてきた彼を心胆寒からしめるには充分すぎるほどの効力を発揮していた。

 

「モルテ=ポルテ少尉、そこまでにしておけ」

 

「…………はっ」

 

 アーミィの女兵士―――モルテ=ポルテは、人形めいた表情のない顔で静かに呟いた。

 



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アーリー・アメリアン

 その日の夜、カイルは基地司令によって会議室へ呼び出されていた。《G-イシュリア》の奪還作戦の目処が立ったのだという。カイル=ガウェインは腰の低い男だが、決してプライドの無い人間ではない。目の前で自分のものになるはずだった機体を強奪されたことは彼を激しく動揺させており、そしてそれを取り返すチャンスを得られるというのであれば、それは是が非でもモノにしたいところである。

 

「失礼します」

 

 軍人らしくキビキビとした動作と声で入室し、与えられた席に着席する。モビルスーツ隊の隊長と基地司令、そしてキャピタル・アーミィの士官が既に着席していた。階級章から察するに、佐官クラス相当の人物であるのは恐らく気のせいではない。

 

「では、これより《G-イシュリア》奪還作戦の説明を始める」

 

 時計の針がきっかり21時を示したタイミングを見計らって、基地司令は年相応のしゃがれ声で告げる。すると、示し合わせたかのようにキャピタル・アーミィの佐官は席を立って朗々と語りだした。

 

「こんばんは諸君。私はキャピタル・アーミィのジェイ=ハミルトン。階級は少佐だ。今回の《G-イシュリア》の奪還作戦に協力させていただく」

 

 顔を見合わせる基地職員たち。だが、誰一人として口を開けることはない。それはカイルとて同様である。ごく近い将来敵国同士になる間柄であることはお互い承知の上であるいえ、今はまだその時ではないからだ。

 

「ではこの場をお借りして、まずはあのテロリストたちの正体を説明する。彼らの組織名は《アーリー・アメリアン》。アメリア国内の、一部のスコード教信者たちが作り上げたテロリスト集団だ」

 

「なんだと!?」

 

「そんな……今さら!」

 

《アーリー・アメリアン》の名が出たとたん、職員たちは目の色を変えて吠え出した。ある者は怒り、ある者は狼狽している。カイル自身にも、その名前は聞いたことがあった。

 

 キャピタル・テリトリィへの不信感から始まったアメリアのスコード教離れが今日のアメリア軍の軍備を作り上げてきたのは言うまでもない。スコード教に忠実であれば、ここまで高い技術力を持つことなど不可能だった。

 だが、1000年の安寧がスコード教によるものであることもまた厳然たる事実であることは確かであり、その背景には進みすぎた科学文明が人類を滅ぼしかけた宇宙世紀という負の時代がある。そうした主張をもとに、スコード教の教えに則った、宗教国家としての古いアメリアを再興しようとした勢力があった。それこそが《アーリー・アメリアン》である。

 

「彼らの指導者であったハリソン=ブリーチ議員は既に他界しているし、政治組織としての《アーリー・アメリアン》はとっくに解体されたハズだ!」

 

「まだその根は絶えていなかったということだろうな。我がキャピタル政府は、フォトン・バッテリー供給にあたり各国の審査を行う調査部を抱えている。その調査部が、この武装テロ組織として再生した《アーリー・アメリアン》の存在をキャッチしたのだ」

 

「そんな馬鹿な……!」

 

「事実だ。彼らはアメリア軍内部に内通者を潜り込ませ、この十年間軍の装備を少しづつ準備していた。そしてついに、武装闘争を開始したのだ」

 

 ジェイの語り口は歌うように、楽しむように、基地職員たちを追い詰めていく。事前にこのことを告げられていたはずの基地司令でさえ、顔を青くしている始末である。

 

「現在の組織としての実態は未だその全容を掴みきれていないが、彼らは危険な存在だ。少なくとも、10年前までのようなタダの宗教団体ではない。教義を盾に殺戮をも厭わなくなった、凶悪なテロリストだ。……これを」

 

 ジェイが差し出した端末は、一枚の航空写真だった。経緯線も書き入れられており、縁に書かれた経緯度からそこが北太平洋―――つまりこのアメリアのすぐ西の海であることが分かる。

 だが、カイルたちの興味を引いたのはそこではなく、写真に写っている被写体そのものであった。

 

「………ぐ、軍事要塞だと………!!」

 

 ―――それは、前世紀の遺物である海上除染施設を基に作られた洋上軍事要塞であった。上空から確認できるだけでもモビルスーツは中隊規模相当が配備されており、生半可なものではない。

 

「これでは、奴らもタブー破りではないか!」

 

「だから言っただろう。……凶悪なテロリストである、と」

 

「………諸君、聞いての通りだ」

 

 基地司令の、苦虫を噛み潰したような顔に注目が集まる。これが事実であれば大変なことである。彼らの増長を許せば、《G-イシュリア》の強奪だけでは済まなくなるのは時間の問題だ。ここにいる誰もが皆、リギルド・センチュリー史上類を見ない凶悪なテロリスト集団の誕生に戦慄を覚えていた。

 

「よって、本テキサス基地は本国との合議の結果、《アーリー・アメリアン》を国家に仇なすテロリストと断定した。《G-イシュリア》の奪還を第一目標に、余裕があれば基地の殲滅も同時に行う。作戦の決行は、明朝○八○○。詳しい作戦の概要は……」

 

 

 ※※※※

 

 

「ティアラお嬢様、機体の方はいかがですか?」

 

「いい感じです。この子、今まで触ってきたどのモビルスーツとも違う、不思議な構造がたくさんあるんですよ」

 

「お紅茶をお持ちいたしました。作業のお手休めにどうぞ」

 

「ありがとう、ギャリソン。いただくわ」

 

 北太平洋、《アーリー・アメリアン》の洋上軍事基地の整備区画で、ティアラは執事のギャリソンの淹れた紅茶の香りを楽しみながら、整備途中だった眼前の《G-イシュリア》を見上げていた。

 

「皆の様子はどうでしたか?」

 

「初めての実戦を終えて数日ですが、やや浮き足立っております」

 

「あの高揚感というのは、到底拭えるものではないわ……。私自身、未だに胸の動悸が収まらない時があります。あなたも、軍にいた頃にそういう経験はあったでしょう?」

 

「ええ」

 

「士気が落ちているわけではないのなら、それで結構ですわ。………して、キャピタル政府からのお返事は頂けまして?」

 

「未だ、返答はございません」

 

「そう……。では、実力を見せるしかないですわね。我ら《アーリー・アメリアン》こそが、スコード教と世界の未来を導く聖戦士であることを示す、その実力を」

 

 純粋で無邪気な微笑みをたたえて、ティアラが《G-イシュリア》の装甲をそっと撫でる。その様子を、執事のギャリソンは糸の如き細い目でじっと見守っていた。

 



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月夜と少女

「はぁ……」

 

 眠ることもパイロットの仕事……ではあるのだが、眠れないのではどうしようもない。

 

 疲れているはずなのに、とてもそんな気分にはなれなかった。

 

「まずいよなぁ、明日は出撃なのに……」

 

 北太平洋上の《アーリー・アメリアン》基地に仕掛ける攻撃隊の隊長に選ばれたカイルであったが、彼にはどうにもぬぐい去れない胸騒ぎがあったのだ。

 

「キャピタル・アーミィは……ジェイ少佐は、取り敢えず今回の攻撃隊への参加を控えた。それって、要求としては中途半端すぎるだろう」

 

《G-セルフ》のデータが欲しくてわざわざ情報を持ってきたというのに、肝心の作戦に参加できないのでは対価として《G-セルフ》のデータを得ることは難しい。アメリア軍単独で本作戦を遂行することは絶対にできないと確信していなければ、彼らの行動は不自然だ。

 

「この場合、無理をしてでも作戦に参加して《G-イシュリア》奪還の功績を主張して目的のデータをアメリア軍に対価として要求しなくっちゃ意味がない。キャピタル・アーミィなんて連中がアメリア軍のために無償で働いてくれるわけがないんだから」

 

 テキサスの月を仰ぎ、言い知れぬ不安を口にする。明日の作戦参加メンバーたちも、不安な気持ちを抱えていた。隊長の立場でなんとか彼らを寝かしつけはしたものの、カイル自身こうやって深夜徘徊をするくらいには落ち着いてはいられなかった。

 

「……お前を連れてきた目的が、タダの威嚇なわけがないんだ……。そうだよな、キャピタルのモビルスーツ」

 

 寄宿舎から始まった深夜の散歩……そのゴールに設定した基地発着陸上で、カイルは誰に語るでもなく口を開いた。彼の眼前には、キャピタル・アーミィが持ち込んできたエフラグと、漆黒のモビルスーツが静かにパイロットたちを待っている。この散歩の目的は、このキャピタルのモビルスーツを近くから見物することでもあった。

 

「例の《カットシー》とは随分と形状が違うな……?」

 

 エフラグの積載量ギリギリのサイズの、大型モビルスーツ。大型の飛行用ブースターをマウントしていることから察するに、白兵戦よりも高速戦闘を狙った設計である。だが、装備しているのは大陸間戦争で現在主流とされているビームライフルではなく、旧式の実体弾ライフル。仮想的にアメリアやゴンドワンを想定するキャピタル・アーミィの兵器としては、あまりにもちぐはくだ。

 

「―――私のエルフに、何か?」

 

 顎に手をやり眼前の機体を見物していたカイルの背後から、突如声が聞こえた。若い女の声だ。この基地では珍しいその声に振り返ると、カイルは目を見開いた。

 

「………!」

 

 背後にいたのは、キャピタル・アーミィの女兵士だった。ショートカットにした黒髪や小柄な体躯は、軍人というよりも少女のそれである。だが、カイルの注目は少女兵士の風貌ではなく、彼女が構える拳銃に向けられていた。

 

「わ、悪かった。勝手にきみのモビルスーツを見物したりして……」

 

「………《エルフ》です。《エルフ・ブラック》」

 

「え?」

 

「その子の名前……」

 

「あぁ」

 

「一応機密ですから、これ以上のスパイ活動はご遠慮願います」

 

「……そりゃあ、まぁそうか」

 

 銃口を突きつけられたまま、促されるままに《エルフ・ブラック》から距離をとる。どうやらキャピタル・アーミィも、アメリアに対して友好的な感情を持ってはいないらしい。しかし、こうして銃で言うことを聞かされるのは少なからずムッとくるものがある。カイルは少女兵士に、ささやかな復讐をすることにした。

 

「別にスパイのつもりじゃなかったんだ。僕、モビルスーツが好きでさ」

 

「ジェイ少佐の命令ですので」

 

「きみ名前は? 歳はいくつ?」

 

「………はい?」

 

「別にいいだろう? 作戦に参加しないとはいえ、きみたちが来てくれなければ僕らは泣き寝入りだったかもしれない。これを機に親睦を深めたいんだ」

 

「私の名前なんて、知っても何もなりませんが」

 

「いいじゃないか。僕はカイル=ガウェイン。歳は28で、階級は少尉」

 

「……モルテ=ポルテ………少尉」

 

 こちらを訝しみつつ名前を口にするモルテだが、カイルはその顔が見られただけでも充分だった。あちらのペースを乱してやれただけでも、このささやかな復讐は大成功なのである。

 

「そうかモルテさんっていうのかぁ。よろしく……」

 

「近づいたら撃ちます」

 

「うっ」

 

 握手しようと一歩前に出たとたん、降りていた銃口が再びこちらに向けられる。カイルはモルテのかたくなな姿勢に閉口し、じりじりと後ずさった。

 

「何度も言うようだけど、僕はコイツをスパイしようとかそういうんじゃない。ただ、本当にモビルスーツが好きなだけなんだよ」

 

 これは嘘ではない。そもそもアメリア軍に入隊したのも、好きなモビルスーツを操縦することができる唯一の仕事だったからだ。大陸間戦争に参加して軍のトップガンになったのも、働きを認められて最新鋭機を受領されたのも、その最新鋭機をテロリストに横取りされたのも、全ては副産物である。

 

「………よく分かりません」

 

「好きなものを間近で見たいっていうのは、おかしいことじゃないはずだ」

 

「………」

 

 一瞬の沈黙を置いて、モルテは銃口を下げた。ほっと一息をついて、カイルもにっと微笑む。しかしモルテは微笑み返すこともなく、傍らの《エルフ・ブラック》に視線を向けた。

 

「この子は、私と同じなんです。歪で、その存在さえ許されなかった失敗作……」

 

「きみと同じ……? ひょっとしてきみ、クンタラ?」

 

 宇宙世紀の末期。著しい環境破壊で飢餓状態に陥った人類が作り出した、“被食人階級人種”。それがクンタラだ。既にその役目を終えているクンタラ制度ではあるが、彼らの子孫は未だに人種差別のそしりを受けている。

 

「この子は人を載せるには激しすぎる。だからクンタラの私が選ばれました」

 

「それって……人体実験じゃないか!」

 

「私に自由はありません」

 

 月光に黒光りする《エルフ・ブラック》に寄り添いながら、モルテは目を閉じて静かにつぶやく。歩み寄ろうとするカイルだが、しかしその歩みを遮る者が現れた。ジェイ=ハミルトンだ。

 

「この機体はキャピタル・アーミィの失敗作だ。しかし処分するより有効活用すべきということで、こうして余剰部品と武装を持たされ、クンタラのパイロットを積んでいる。……これでいいかな? モビルスーツ好きのカイル少尉」

 

「キャピタルは、クンタラなど部品程度にしか考えていないのですか!」

 

「彼女はそれを望んでいた。人間としてではなく、兵器の構成部品としての自分を」

 

「そんな、馬鹿な……!」

 

「彼女にはそれが必要なんだ。……ではな、カイル少尉」

 

 氷のように冷たい視線でカイルを一瞥すると、ジェイは回れ右をしてモルテのもとへ向かった。これ以上話すことはないということらしい。ジェイがモルテと唇を重ねるのを視界の端に捉えつつ、カイルも回れ右をして寝床へ帰っていった。

 




ジェイのイメージC.V.は中田譲治さんです。


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雲の中から

 朝の陽光が、波に反射してキラキラと輝く。

《フライスコップ》に飛行を預けながら、カイルはそんな朝の太平洋の景色を眺めていた。

 

 ……基地司令の言った、出撃直前の言葉が蘇る。

 

『万が一任務に失敗すれば、キャピタル・アーミィが作戦に介入してくる。機密保持のためにも、失敗は許されない』

 

 もちろん、失敗するつもりなどさらさら無い。

 大陸間戦争でも、失敗の許されないギリギリの死線はいくつも乗り越えて来た。

 だが、今度の敵は海の向こうの欧州のゴンドワン人ではなく同じアメリア人なのである。国民を守るために命を張ってきたカイルのような軍人にとって、このような内戦は憂鬱以外の何物でもなかった。

 

 湧き上がる複雑な思いを水筒の水と一緒に喉へ流し込み、息を吐く。もうあと2時間も飛べば、目的地の基地が見えるはずだ。キャピタルの思惑とやり方に思うところがありはすれども、取り敢えずは目の前の任務をまっとうしなければならない。

 

 何より、この作戦は奪われた《G-イシュリア》を取り戻す雪辱戦でもある。こちらの操縦傾向に合わせた特別チューンを施してくれたメカニックたちや、精神面を支えてくれたブレンへの感謝を胸に、今は与えられた仕事をまっとうする。それが、職業軍人であるカイルの誇りであり、また仲間たちの信頼への応え方であった。

『隊長、カイル隊長』

 

《フライスコップ》のコックピットから通信が入る。今朝顔をあわせた時の記憶を辿ると、彼が実践もロクに経験したことのない新兵だったことが思い出される。その初々しい面構えに、隊を率いる者としての責任の重さを腹の底で感じていたカイルは、彼の通信の相手をしてやることにした。

 

「どうした?」

 

『信用していいのですか、キャピタルの連中が寄越した敵基地の座標など。奴らにとっては、この作戦は失敗したほうがいいのでしょう?』

 

「そのための僕たちさ。モビルスーツが無人機でないのは、ミノフスキー粒子の問題とは別にもう一つある。それは、戦場では絶えず人間の判断力が必要とされるからだ」

 

『そ、そうではありましょうが……』

 

「それに、そういう背景事情を考えるのは僕たち兵隊の仕事じゃあない」

 

『……軍人たるもの、上官の命令は絶対。上の言うことに従っていれば良い、と?』

 

「乱暴に言えばそうなるな。けど、ここでアレコレ僕らが考えたって何も良くならないことだけは確かだ。むしろ、そういった雑念は判断を鈍らせる。判断が鈍れば咄嗟の対応は難しくなるから、必然的に戦死の確率は上がる。いいことなんて何もない」

 

『隊長は―――カイル少尉は、割り切っているのですね』

 

「パイロットの仕事に忠実なだけだよ。でも、その仕事は決して上官の奴隷になることじゃない」

 

『え?』

 

「真面目になりすぎちゃダメってことさ。結局一番大切にしなくちゃいけないのは自分の命。例え大統領が僕らに『死んでこい』って言ったとしても、死ぬ必要はこれっぽっちもないんだ。給料分働けばそれでいいんだよ」

 

『………ふふっ、楽になりました』

 

 通信越しに、新兵の緊張がほぐれたことを感じ取る。どうやらこちらの言葉は向こうにちゃんと届いたらしい。せっかくなので、他の緊張している隊員たちにも何か話をしてやろうと無線通信のコンパネを操作し―――

 

「ッ!」

 

『なっ……!』

 

 スピーカーから発せられる通信音声が、耳をつんざくようなノイズの彼方へ消えていく。同時にレーダーが殺され、オートで作動したエマージェンシーが《グリモア》のコックピットに鳴り響いた。

 

「ミノフスキー粒子が撒かれた……!」

 

 慣れた手つきで、素早く通信を接触回線に切り替える。こうすれば、少なくとも自分の乗っている《フライスコップ》とは通信ができるはずだ。

 

「接触回線、聞こえるか!」

 

『どっ、どういうことでしょうっ! 奴らの基地にある程度近づいたから、でしょうか!?』

 

「違うな。警告だけでミノフスキー粒子を撒いたりはしない。敵はこちらの戦力を把握した上で、ミノフスキー粒子を撒いたんだ」

 

『とすると……!』

 

「低空から接近していた我々を捉えたとしたら―――恐らく奴らが潜むのは雲の中だ! 上昇!」

 

『了解!』

 

《グリモア》の左腕でハンドサインを出しつつ、部隊を連れて一気に上昇する。カイルの素早い対応に遅ればせながら何機かが追従していくと、そうはさせぬと言わんばかりのビームの雨が空から降り注いできた。

 

 ビームの光と威力の程から察するに、上空に展開している敵部隊は襲撃時のそれと変わらぬ《ジャハナム》だ。となれば、航空支援ユニットであるエフラグとのセットでの運用は必須になる。同じく単独での航空戦闘ができない《グリモア》と同条件だ。

 

「―――そうらみろ。やっぱり思ったとおりだ!」

 

 カイルの予測通り、雲に紛れていた《アーリー・アメリアン》の部隊は《ジャハナム》とエフラグのセットで運用されていた。目視可能なまでの高度に上昇してそれを確認したカイルはそのまま高度をとり、上から撃ち下ろし攻撃をしかけようとしていた敵部隊の頭をとった。

 

「格闘戦をやるんなら、高度が大事だって教本にも書いてあるでしょ!」

 

 不意打ちをくらったとは思えない驚異的な速さで対応してきたカイルの《グリモア》にカーキカラーの《ジャハナム》たちがやや愚鈍な動作でライフルを構える。だが、そんな悠長な暇を与えてやるほどカイルは有情ではない。《フライスコップ》の上で身をかがませて被弾面積を狭めつつ、カイルは手持ちのサブマシンガンで瞬く間に一機を撃墜した。

 

「不意打ちに成功したからといって、安心する奴があるか!」

 

 続けて二機、三機。

 隊列を崩され、あれよあれよという間に高度を落としていくカーキの《ジャハナム》隊を一方的に撃滅していく。

 

 相手はテロリストだ。情けはかけない。

 ためらいなく四機目の《ジャハナム》に弾丸を叩き込むと、カイルはやっと追いついてきた味方部隊に残りの殲滅を任せて、もう一度上昇をかけた。

 

「予想が正しければ、そろそろ来るはずだが……っ!」

 

 洋上3000メートルの高度から、望遠モニターで周囲を索敵する。やがてカイルは、太平洋の青を背にして飛行する一機のモビルスーツのシルエットを戦場の西方に捉えた。

 大気圏用バックパックらしきモノを装備しているが、あの特徴的なフォルムとカラーリングは忘れろという方が無理だ。カイルは操縦桿を思わず握り締めながら、唸るように呟いた。

 

「見つけたぞ、《G-イシュリア》……!」

 



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断章
登場人物紹介


●カイル=ガウェイン

 本作の主人公。ゴンドワンとの大陸間戦争でアメリア軍のエースの一人に上り詰めたモビルスーツパイロットである。しかし彼自身の非好戦的で無欲な性格と、宇宙適性の低さから少尉の地位に甘んじている。元々モビルスーツが好きで、宇宙世紀時代のクラシックコレクションでは特に《ジェガン》をこよなく愛している。

 

 

 

●ティアラ=ブリーチ

 本作のヒロイン①。ブロンドの長髪と豊かな健康美が特徴的な美少女。アメリア国内でスコード教への回帰を訴え続けた父議員の遺した資産や人脈を用い、《アーリー・アメリアン》を過激派テロ集団として蘇らせた。しかし本人は、信じる道をがむしゃらに突き進む熱血さとスコード教への信心深さを持った、世間知らずの天然お嬢様である。

 

 

 

●モルテ=ポルテ

 本作のヒロイン②。軍人らしく鍛えられた、細くしなやかなボディラインを持つ少女兵士。キャピタル・アーミィ所属の少尉であり、キャピタルが死蔵していたゴーストファイター《エルフ・ブラック》の専属パイロット。クンタラ出身の出自を持ち、それゆえか自分を卑下したりモノ扱いするような言動が目立つ。

 

 

 

●ブレン

 カイルの元教官。パイロットとして適齢とは言えない年齢であるが、経験値を買われてテキサス基地でテストパイロットを勤めていた。

 

 

 

●ジェイ=ハミルトン

 モルテの上官であるキャピタル・アーミィの軍人。《アーリー・アメリアン》がテロ組織として復活したこの状況を利用して、《G-イシュリア》とその原型となった《G-セルフ》のデータをアメリア軍から手に入れようと画策する。部下であるモルテとは愛人関係である。

 

 

 

●ギャリソン

 ブリーチ家の執事であり、ティアラを支える。元アメリア軍人であり、ティアラにモビルスーツ操縦技術を教えたのは彼である。

 

 

 

○カーヒル=セイント

 本編未登場。カイルとは戦友同士である、優秀な軍人。アメリア軍の非公式特殊部隊《海賊部隊》に所属している。

 

 

 

○アイーダ=スルガン

 本編未登場。アメリア軍のトップであるグシオン=スルガン総監の娘で、《海賊部隊》所属のモビルスーツパイロットでもある。

 

 

 

○クリムトン=ニッキーニ

 本編未登場。ズッキーニ=ニッキーニ大統領の息子であり、《海賊部隊》所属のモビルスーツパイロット。大陸間戦争に参加していたこともあり、カイルとはその時知り合った。“天才”の二つ名は伊達ではなく、歴戦のカイルに勝るとも劣らぬ技量を有している。

 

 

 ※※※※

 

 

「えぇ~!? 僕は出番無いんですかぁ~!?」

 

「飛び級性はここでも主役を気取りたがるッ!」

 

「ベルリはGレコ本編でさんざんいい目にあってきたんだから、二次創作くらい自重して頂戴よ!」

 

「ハッハッハ! 私はセリフで登場を果たしたぞッ!」

 

「さすが天才クリム!」

 

「チュチュミィ!」

 

「ラライアは落ち着くの!」

 

「あぁもうっ! どうしてこんなに騒がしいんですっ!」

 

「ゲンキ・ゲンキ」

 

「こんな本編に関係ないところではしゃぎまわるなど、やはり地球人は絶滅していい動物の中に入るな!」

 

「帰りましょう! キャピタル・タワーに帰りましょう!」

 

「ババァめ……」

 

「それでは皆さん。末永く、健やかに。スコード」

 




 本作はGレコ本編に比べて元気成分が足りないので、ちょっち元気を補填しました。


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アーリー・アメリアンの真実
超高速大気圏用パック


「なんてこと……。やはり少佐の情報は正しかったということね」

 

 前方の先頭空域をデジタル望遠で観察しつつ、ティアラが静かにつぶやく。ちらりと手元のコンソールパネルに視線を下げ、機体背部に接続した超高速大気圏パックの状態のリアルタイムデータをチェックすると、ティアラはフットペダルを踏み込んで更なる加速をかけた。

 

「これ以上の損害は、出させませんわ!」

 

 混戦の場にライフルで撃てばフレンドリー・ファイアの可能性がある。バックパックの機動性を頼りに、ティアラは機体襟部分のビームサーベルを抜き放って突貫する。

 

 ―――通常、モビルスーツはそれ専用でなければ大気圏飛行は難しい。それも単機による高速戦闘などというのはまずもって不可能だ。人型のフォルムをとる以上、航空力学的に限界はある。そもそも機体耐久度がそれを許さない。

 

 だが、ティアラの《G-イシュリア》は違った。

 ほとんどの機構が再現不可能だったとはいえ、《G-セルフ》から培った多くのアイデアは《G-イシュリア》を、旧世代のみならず、同世代アメリア製モビルスーツからも機体性能という面において大きく引き離していた。

 圧倒的な加速性能と運動性に装備するモビルスーツが耐えられないとされていた超高速大気圏用パックの装備がまさにその証拠であることは、揺るぎない事実である。

 

 でなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()この状況の説明がつかない。

 

『うわぁああぁ――――ッ!!』

 

『速すぎる……ッ!』

 

 アメリア軍パイロットたちの経験にない電光石火の高速挙動が、次々と攻撃部隊の《ジャハナム》に襲いかかる。やや圧されかけていた《アーリー・アメリアン》の士気がティアラのこの活躍で回復したのは言うまでもなく、次第に戦況は攻撃部隊側の不利へと傾きつつあった。

 

 だが、しかし。

 

「むぐっ……!?」

 

 いかに高速戦闘ができるとはいえ、旋回の瞬間には動きが鈍る。その一瞬の隙を狙った射撃が《G-イシュリア》に殺到し、ティアラは被弾による激しい衝撃でエアバッグに顔を埋めた。

 強烈なGに晒され続けたティアラはヘルメットの中で鼻血を吹き出し、立ちくらみにも似た症状に吐き気さえ催していた。しかし今は戦闘中。気だるさと重力を振り切って即座に体を起こす。

 

 そして次の瞬間、ティアラは《G-イシュリア》の双眼に自身に被弾させた敵の姿を斜め上空に捉えた。

 

「来た……! あの《グリモア》……!」

 

 恐怖の混じった唸り声とともに、ティアラは戦慄した。敵弾の予測方向の先で、《フライスコップ》に伏せてこちらに銃口を向ける《グリモア》を発見したのである。

 

 彼女は知る由も無いが、あれこそがカイル=ガウェインの駆る、この攻撃部隊の隊長機なのだ。

 

「うっ……うわぁあ―――ッ!!」

 

 戦う決意をした時から、既に覚悟はできている。震える胸にそう言い聞かせて、ティアラは眼前の《グリモア》に向かってビームライフルの銃口を向けた。先程まで使っていたサーベルではなくライフルを選択したのは、機体性能でもカバーできない圧倒的な実力差から近接格闘に勝ち目がないことを察したからか、あるいは単なる動物的カンなのか。いずれにせよティアラは、サーベルの使用をためらって腰にマウントしたライフルによる射撃を選択した。

 

「それは悪手でしょ!」

 

 吠えるカイルが、気合とともにフライスコップから飛び降りて眼下の《G-イシュリア》に遅いかかる。敵を目の前にして、悠長に手持ちの武器を持ち替えるなど悪手以外の何でもない。カイルはサブマシンガンの銃口下からビームワイヤーを射出すると、《G-イシュリア》の繰り出したライフルを即座に絡め取って焼き潰した。

 

「あぁッ!?」

 

 引き金を引くよりコンマ数秒速くライフルを潰されたティアラが、慌てて先程のサーベルを襟から引き抜き直そうとする。だが、それでは遅いと言わんばかりにカイルは自由落下の勢いそのままに《グリモア》を《G-イシュリア》に接触させた。

 

「接触回線で聞こえるな! 降参しなければこのままコックピットを焼く!」

 

 サブマシンガンをハッチに押し当てつつ、空いた片手のマニュピレーターで頭部アンテナを鷲掴みにする。上空から落ちてきた《グリモア》にあっと言う間に封じ込められれば、心理的にも圧倒できているはずだ。そんな勝利の確信と共に、カイルは接触回線で《G-イシュリア》に降参を勧告した。

 

「やらせません!」

 

 ―――だが、カイルの予想を裏切って、《G-イシュリア》は反撃して来た。頭部のバルカンでこちらの頭部を潰してきたのである。素人と侮り、千載一遇の撃墜チャンスを逃した―――そんなカイルの後悔を他所に、《G-イシュリア》はバルカンの直撃で頭部を破壊されたカイルの《グリモア》を蹴飛ばし、一気に直上へと飛翔した。

 

「うおぉぉおおお………ッ!?」

 

 キックをくらってきりもみ落下状態に陥るカイルの《グリモア》。そこへ、上昇からの急降下攻撃をサーベルで仕掛けんと《G-イシュリア》が迫る。

 

「でぃやあぁ―――ッ!!」

 

 Gに晒され、急速に狭まっていく視界の中央に《グリモア》を捉えながら、ティアラは逆襲の一太刀を振りかぶった。

 



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戦場の宿命

『少尉、危ないッ!!』

 

 ミノフスキー粒子によるジャミングの彼方から、聞き覚えのある若い声が聞こえる。それがつい先程まで共に戦場を飛んでいたエフラグパイロットの新兵であると気付いた時には、カイルと《G-イシュリア》の狭間にエフラグはその機体を滑り込ませていた。

 

 当然、直上からサーベルで突撃して来た《G-イシュリア》がこれを避けられるはずもない。エフラグは《G-イシュリア》がサーベルを持ってふり下ろそうとしていた右腕部の挙動に叩き伏せられ、そのまま火と煙を吐きながら撃墜されていった。

 

「ぐッ―――」

 

 黙祷を捧げるのは後だ。自分の判断ミスで窮地に陥り、そのせいで若い命を散らせてしまったそのことに対する罪悪感と自責の念は当然ある。だが、今はそれに浸っている時ではない。

 腹の底から噴き上がるような感情の嵐を封じ込めて、カイルはビームワイヤーを発射した。狙いは、《G-イシュリア》の右腕だ。

 

『くっ、またしても……!』

 

 接触回線が開き、パイロットの少女の声が聞こえる。だがそんなことはどうでもいい。ビームワイヤーに引っ張られまいと踏ん張る《G-イシュリア》は膠着状態に陥った。カイルは《グリモア》の背部スラスターを吹かしてグンと上昇し、一気に《G-イシュリア》の斜め上方へと飛び上がった。

 

『ぁんっ!?』

 

 当然、上昇する《グリモア》に引っ張られて《G-イシュリア》の右腕はグイと上方へ開かれる。がら空きになった腹部を咄嗟に左手のシールドで覆うが、そんなことは関係無い。カイルは防御姿勢をとったシールドの上から、《グリモア》の高い格闘性能を発揮した強烈な飛び蹴りを叩きつけた。

 

『きゃあぁああぁ―――ッ!!』

 

 いかに大気圏内機動に優れたバックパックを装備しているとはいえ、中のパイロットがそれに耐えられるかは別問題だ。ならば、戦闘開始からずっと続く常軌を逸した高速挙動で疲弊したパイロットに更なる負荷をかけてしまえばいい。中のパイロットがGに耐え切れずに内蔵を吐き出して死んだとしても、機体さえ無事なら問題無いのである。

 

「容赦はしない……。このまま仕留める!」

 

 普段のおっとりとした彼からは想像もつかないような恐ろしい声で殺害を宣言しつつ、カイルがビームワイヤーを引っ張る。キックで吹き飛ばされそうになっていた《G-イシュリア》を強引にこちら側へ引っ張り戻すためだ。

 

『がっは……!?』

 

 接触回線が、《G-イシュリア》のコックピットに座っているであろう少女の尋常ならざる喘ぎ声を伝えてくる。これならば、もう強引にバックパックで加速をかけてこの拘束から脱出しようとは思わないだろう。

 

「このまま海面まで、一緒に落ちる!」

 

 身動きの鈍くなった《G-イシュリア》を両腕で捕まえて、一気に海面まで飛び込む。タイミングと入水角度を間違えれば、カイル自身も海の表面張力で大変な衝撃を受けかねない危険な行動である。しかし、エフラグ無しでの空中機動のやりすぎで既にスラスターは焼け焦げており、もうこれ以上の戦闘行為は不可能に近かった。

 

『ぁぐ……まだ、まだぁ……!』

 

 だが、しかし。《G-イシュリア》の少女は未だその体力を尽かしてはいなかったのである。

 

「ぐおっ……!?」

 

 界面衝突一秒前といったタイミングで意識を復活させたティアラは、バックパックのスラスターを点火。自らを封じ込めようとする《グリモア》を巻き込むカタチで、飛沫をあげて水上飛行を始めた。

 

「ああぁあぁ―――――ッ!!」

 

 それはティアラの叫びか、それともカイルの絶叫か。お互い絡み合ったまま水上を平行にまっすぐ飛び続けるうち、その加速とGが二人から残り僅かな持久力を奪っていく。

 

 しかしながら、いかに大気圏内用超高速バックパックとはいえ、想定以上の重量を抱えたまま水平飛行はできない。ティアラの気合も虚しく《G-イシュリア》はやがて水面に滑り込むように叩きつけられ、《グリモア》もろとも太平洋に沈んでいった。

 

 

 

「ぁ………」

 

 意識が途切れるその刹那。

 カイルは、大陸間戦争の従軍経験に連なる己の軍人としての半生を太平洋の深い青の中に幻視した。

 



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