救える者になるために(仮題) (オールライト)
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雄英高校入学編
第一話 壊されるロボのために大金をかけるのは悲しい


どうも、オールライトです。
ヒロアカにはまってついつい書いてしまった駄文です。
あまりおもしろくないかもしれませんが、よろしくお願いします。


 事の始まりは一つのニュース。

 中国にて発光する赤子の誕生というSFじみたニュースが世界中に流れたその日を境に世界は一変した。

 世界総人口の約八割が何らかの特異体質、「個性」を発現するようになった現代。

 個性の発現に伴い圧倒的に増加した犯罪件数、それに対抗するように生まれた職業は『ヒーロー』。

 まるで漫画のようにド派手に、かっこよく、エレガントに犯罪者を打ち倒すヒーローは瞬く間に脚光を浴び、なんと国から正式に公的職務として定められた。

 もはやヒーローはテレビの中の架空の存在ではなく、ごく一般的な職業となったのだ。

 ヒーローが職業となった今、そのヒーローを養成する環境も整えられている。

 全国の学校等に『ヒーロー科』といった子供たちをヒーローへと育成する科ができたのがいい例である。

 そのヒーロー科の中でも特に有名かつ難関で人気があるのが『雄英高校』と呼ばれる高校である。

 倍率は毎年300を超えるその高校の卒業者はNo1ヒーロー「オールマイト」をはじめ、プロヒーローの中でも屈指の実力を持つ者ばかりである。

 そんな超絶的な人気を誇る雄英高校の受験者人数は他の高校とは一線を凌駕している。

 そして今年も、多くの受験生達が自分の抱く『夢』へと向かっていくために雄英高校の狭き門をくぐろうとしのぎを削っていた。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「うへぇ、でかいなぁ…あれが校舎かよ。俺の中の校舎のイメージとだいぶ違うなおい。」

 

 数字の書いてある大きな扉や、ビルのように近代的なフォルムの雄英高校校舎を感心したように見つめる少年は感嘆したように溜息を吐いていた。

 どうやら自分の抱いていた古き良き校舎のイメージを覆されて、少しばかり驚いているようだ。

「やっぱり古き良き校舎の造形にするよりも今の近代的デザインにした方がいろいろと便利なのかね…。俺としてはノーマルな造形のほうがいいんだけど。」

 と人目をはばからずに独り言を言いまくる少年は傍から見たら気味が悪いことこの上なく、試験説明会場に向かっていくほかの受験者から訝し気な視線を向けられていた。

 しかし、少年はそんな周囲の視線を気にする様子はなく、「ま、これはこれで雰囲気あるからいいか。」と勝手に自分で納得して何回か顔を頷かせた。

 

「さってと、それじゃ俺も試験説明会場に向かうとするか。さすがにそろそろ移動しないと時間に間に合わないかもしれないし。しっかし、こんだけ広いと迷ったりしないか不安だな…。」

「おっおっ、おぉおおおお~」

「うお、何だ!?」

 

 いざ試験説明会場へと足を動かそうとした少年だったが、突如として聞こえた奇妙な叫び?のようなものに驚き思わずそちらへと体を向けた。

 その声の主は意外にも少年のすぐ近くにおり、そのことに再度少年は(ちっか!?)とびっくりした。

 

(ずいぶんと変な雄叫びだなおい。気合い入れるならもうちょっとましな雄叫びがあったろうに。)

「お、おおおお、お互い頑張ろうって言われちゃった。あんな可愛くて優しい女の子が本当にいるなんて…。ていうか僕、すんごい久しぶりに女子としゃべったような気が…」

「おおぅ…」

 

 頬を赤く染めながらブツブツと何かを呟き続ける目の前の声の主を見て軽くドン引きをする少年。

 つい先ほどまで自分も独り言をつぶやいていたのを棚に上げてのドン引きである。

 

「…とりあえず見なかったことにしよう。これは頭の中から消した方がいい。」

 

 そう言って顔を体の向きを元に戻した少年は軽く頭を横に振り、先ほど見た気味の悪い光景を頭の中から外へと放り出した。

 そして軽く二回ほど頬を両手で叩いて気合いを入れた後、「よっしゃ!」と軽く呟いた。

 

「気を取り直して向かうとしますか、雄英高校入学試験!合格して、ヒーローのスタートラインにきっちり立っておかないとな!」

 

 やったるでー!と声を張り上げて右手を大きく空へと突き上げた少年。

 大分恥ずかしい行動を平然とやってのけた少年を近くから見ていたもさもさ頭とそばかすが目立つとある少年は

(なにやってるんだろうあのひと…?と、とりあえず、見なかったことにしよう。)

 普通にドン引きしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

『今日は俺のライヴにようこそー!!エヴィバディヘイ!!!』

「HEーY!!!」

(あいつ…普通に反応した…。)

(反応したぞ…。)

(バカだろあいつ…。)

『オーケーオーケー!返事をしてくれた受験生リスナーは一人だけ!!こいつは中々シヴィーだぜぇ!!!緊張してるからって実技で腹痛起こしたりしないでくれよ!!んじゃ、実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!?』

「『YEAHHHHHHH!!!』」

(また反応した…。)

(バカだこいつ。)

(バカだろ…。)

(アホ…。)

(クソうるせぇ…。)

(あ、さっきの変な人だ…。声かけなくてよかった…。)

 

 程よい緊張感が場を支配していた会場の雰囲気とは明らかに場違いなテンションをぶつけてきたのは雄英高校の英語教師を務めているプロヒーロー『プレゼント・マイク』と先ほどの少年である。

 少年はプレゼント・マイクのうっとうしいレベルのハイテンションな掛け声に立ち上がって拳を振り上げて、これまたハイテンションに返事をしていた。

 憑き物を落としたような晴れやかな笑みを浮かべてである。

 プレゼント・マイクが試験の説明を始めたのとほぼ同時に席に着いた少年は満足そうに息を吐いた。

 

「ふぅ~。いやぁ、どいつもこいつもくそまじめな雰囲気ダダ漏れで重苦しくてしょうがなかったんだ。これで教師まで真面目だったら息が詰まっちまう所だった。プレゼント・マイクさまさまだ。」

 

 そう言いながらうんうん頷いている少年。

 その様子からして、自分が周囲からバカ認定されていることには全然気が付いてないようである。

 彼の周りにいる受験生達も顔を少年から逸らし、絶対に目を合わせようとはしていなかった。

 触らぬ神に祟りなし、危険そうな人物は極力接触しないようにしようという人間の防衛判断が働いているのだろう。

 少年も周りの人間が自分から目を逸らしていることに気づいてはいるが(俺の周りの奴はシャイな奴が多いんだな)としか思っていない。

 変なところで鈍い奴である。

 

「しっかし、雄英高校の入試試験か…。一体どんな試験なんだろうなぁ。」

「それを今から説明してくれるのよ?」

「それはわかってるって。でもやっぱ気になっちまうだろ?後でわかることだとしても、できるだけ早く知りたいし…。」

「その気持ちはわかるけど、今は我慢して先生の話を聞きましょう。」

「うー、やっぱそれしかねぇよなぁ。じっとして話を聞くのって苦手なんだよなぁ俺。」

「私は嫌いじゃないわよ。好きでもないけど。」

「……」

「……」

「誰だアンタ?」

「今このタイミングで聞くのね…。」

(((知り合いじゃねぇのかよ!?)))

 

 しばらく会話をつづけ、数秒見つめ続けた後さらっと少年が放った一言に周りが仰天している中、少年に声をかけた右隣の少女もほとんど表情を動かさないでいた。

 少女はしばらくの間、じーっと少年を見続けていたがふいに口を開いた。

 

「私の名前はあす」

『O,K!?』

「オーケーイ!!」

『YEAH!ノリノリな返事サンキューな受験生リスナー!』

「条件反射で反応してしまうのね…。」

「いやーああいうノリ大好きなんだよねー俺。面白いよなー、プレゼント・マイクって。」

「そうね、でもちょっとうるさいかも…。」

「ノリが悪いぜ、あす。もっとノリに乗って生きてかねぇとつまんねぇぞ。」

「あすじゃないわ、蛙吹よ。蛙吹梅雨っていうの。」

「お、そうなのか。なんか、THE・カエルって感じの名前だな。カエルに梅雨だもんな。」

「ストレートに物を言う人なのね、貴方。」

「あ、わりぃ気ぃ悪くしちまったかな?俺って思ったことサラッと言っちまうタイプなんだよ。直さなくちゃとは思ってんだけど…。」

「大丈夫よ、私も思ったことは言っちゃうタイプだもの、気にしてないわ。」

 

 蛙吹と言う少女は言葉通り気にした様子も見せずに少年の顔を見続けていた。

 というより、彼女自身の表情は最初から一貫して表情を変えていないため本当に気にしていないのかどうかはいまいちよくわからないのだが。

 

「貴方って、空気読めないって言われたことあるでしょ?」

「直球だなおい。本当は気にしてただろ?」

「そんなことないわ、ただのお返しよ。」

「気にしてるんじゃねぇか、わっかりにくいなぁアンタ。」

「ケロケロ♪」

 

 うへぇ、とすこし苦い顔をする少年を見て、嬉しそうに鳴く蛙吹。

 少年はそれを見て(変な奴だなぁ)と自分の事を棚に上げてそんなことを思った。

 だが、周りからすれば少年のほうが10倍くらい変な奴に見えるため、そんな少年と会話している蛙吹になかば感心している状態である。

 

「ところで、貴方の名前はなんていうの?」

「俺か?別に答えてもいいけど、なんでまた急に?」

「実は私、同じ中学の受験生がいなくて少し寂しかったの。だからせめて同じ演習会場の人と仲良くなっておこうと思って。それで話しかけさせてもらったの。」

「だからって俺に声をかけるとは…。面白い奴だな、蛙吹は。」

(((自分で言うんかい!?)))

 

 周りの思考が再びシンクロしたとき、少年が何かに気づいたように声を出した。

 

「ん、てことは蛙吹もDの演習場なのか?」

「ええ。」

「まじか!え、てかなんでわかったんだ?もしかして透視とかそういう感じの個性!?」

「貴方の資料をが横から見えたからよ。」

「ただのカンニングかよ畜生!返せ、俺のワクワクを!」

「ごめんなさい。」

 

 悔しそうに目の前の机に拳をダンダン!と打ちつける少年を見て、すこし表情をシュンッとさせて謝る蛙吹。

 しばらくそれを続けていた少年はふーッと息を吐いて心を落ち着かせた後、ゆっくり蛙吹の方を向いた。

 

「ふー、落ち着いた。んで、何してほしいんだっけ?」

「あまり頭はよくないの?」

「やっぱ直球なんだな蛙吹は。」

「梅雨ちゃんでいいわよ。それで、貴方はなんていう名前なの?」

「おお、そうだったそうだった。名前を聞かれたんだっけな。」

 

 ポンッと思い出したように手を叩いた少年は、申し訳なさそうにタハハと笑った。

 

「いやぁ、悪いな。俺って意外と忘れっぽくてさ。すぐに何か忘れちまうんだよ。」

「意外ではないわよ、安心して。」

「何をどう安心しろと…。まぁいいや!」

 

 そう言って少年は蛙吹の目の前に右の掌をズイッと出してきた。

 そして、二カッと笑顔を見せた。

 

「俺の名前は五十嵐衝也っていうんだ。よろしくな蛙吹!」

「よろしくね、五十嵐ちゃん。それと梅雨ちゃんでいいわよ。」

「おうよろしくな、蛙吹!」

「……」

 

 このあと、説明を全く聞いてなかった衝也は蛙吹にもう一度試験の説明をされた。

 

「面目ない、蛙吹…。自分が恥ずかしくなってくるぜ…。」

「大丈夫、なんとなく予想していたから。」

 

 

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「よっしゃ、これで75Pっと。だいぶ倒したなぁ、さすがに疲れてきたぞおい…。」

 

 そう言って軽く深呼吸をして口元についていた返り血ならぬ返りオイルをぬぐう少年こと衝也。

 その彼の目の前には、武器を壊され、攻撃手段を失い行動停止したロボットがあった。

 今彼が、というよりも受験生全員が演習場で取り組んでいる入試試験の内容は、簡単に言えばロボ掃除である。

『仮想敵』ヒーローになった際に戦うことになるであろう敵を想定して作られたロボットを行動不能にし、そのロボットの強さに応じたPをもらえ、そのPをとにかく稼ぎまくるというものである。

 会場に蛙吹と共に向かった衝也はしばらく彼女と談笑していたのだがプレゼント・マイクの『スタート』の言葉を聞いた瞬間反射的に動き出した衝也は他の受験者が出遅れる中、好調なスタートを切りだした。

 それを見た蛙吹は「やっぱり条件反射で反応するのね…」と呟いていたりした。

 そのまま勢いに乗って着々とPを稼いでいた衝也はぐるりとあたりを見渡した。

 辺りでは時折爆音が聞こえており、ほかの受験者たちも戦いを続けているのがわかる。

 

(市街地に似せているこの演習場に、各々特徴の分かれている仮想敵。加えて『倒せば』ではなく『行動不能』にすればPが入るっていう仕組み。そして限られている制限時間。結構実戦を加味した試験になってるって訳か。)

 

 チラリと自分が先ほど行動不能にしたロボットに目をやる衝也。

 そのロボットは装備していたミサイル発射装置を見事に粉砕されており、攻撃手段が残されていないような状態だった。

 

(武器を壊したっつっても機動力まで削いであるって訳じゃない。なのに行動を停止させたってことは恐らく、『武器を壊されたら停止』するようにって命令がインプットされているってことだろ、たぶん。そりゃそうか、試験の中ではヒーローである俺たちが敵とはいえ一人の命を奪うのは流石にやりすぎ。機械の見てくれだから忘れてたがこいつはあくまで『仮想敵』。きちんと一つの命として扱わなければいけねぇって訳か。ヒーローは命を奪う職業じゃなくて命を救うもんだからな。ま、加減するのは得意だから苦じゃねぇし、負担も楽になるからいいんだけど。)

 

 ま、さすがに全壊にしても失格になるこたぁねぇだろう。と呟いた衝也はいまだ爆音が響く演習場を見渡して、ガシガシと頭を搔いた。

 

「しっかしまいったな、周りに敵が全くいねぇ。ここら一帯のやつらはあらかた行動不能にしちまったしなぁ…。こんだけ時間が経ってるとほかの奴らも結構倒してるだろうから数も少なくなってるだろうし、どうすっか、もうあんま時間ねぇぞ?」

 

 ここで派手に暴れてロボをおびき寄せるか、自分が動いて探した方がいいのか、どちらが効率的かをうんうん唸って考える衝也。

 そんな彼の背後から突然ものすごく大きな音が響いてきた。

 何事か!と一瞬で背後に顔を向けるとそこには

 

 とんでもないでかさの仮想敵がいた。

 

「デカッッッッ!?なんだあのでかさは!あんなでかい敵なんてそういねぇだろおい!仮想も行きすぎたら仮想じゃねぇぞ!」

 

 そう叫んだあと「あ、でもMtレディみたいな奴もいるし、案外仮想に当てはまるのかもな。」と呟いて勝手に一人で納得する衝也。

 周りが慌てふためいているのに実に冷静である。

 

「しっかし、あんなロボット作れるなんて、雄英の懐はどうなってるんだ?壊されるためだけのロボットなんだし、あんま金かけなくてもいい気がするんだよなぁ俺は。」

 

 雄英高校のお財布事情に疑問を抱く衝也だったが、そんなくだらない考えをしている間

 にドデカロボはズンズンと歩みを進めていた。

 よく見るとドデカロボは数体ほど見受けられ、どれもゆっくりではあるが受験生たちめがけて歩いていた。

 

「なるほど、恐らくはあれがお邪魔ギミック、0Pか。確かにあんだけでかくて0Pじゃ倒す気も失せるわな。おまけにゆっくりでも歩幅がでけぇからすぐに追いつかれちまう。ここはセオリー通り逃げるとするか。ついでに逃げるのに夢中になってほかのみんなが取りこぼしたロボも壊していこう。Pが稼げる。」

 

 そう言ってくるりと反転して逃げの姿勢を作ろうとした衝也だったが、ふいにその足を止めた。

 彼は顔を斜め後ろに向けたままとある場所を凝視している。

 彼の視線の先にあったのは、0Pロボのせいで倒壊したであろうビルの向かい側の道路である。

 その道路にいたのは、瓦礫に足を挟まれている少女、蛙吹梅雨だった。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

(う、抜けない。完全に挟まってるわねこれ…。)

 

 自分の足の上にある大きな瓦礫、そしてズキズキとくる尋常じゃないほどの痛みに梅雨はわずかにその表情を曇らせた。

 本当ならばこんな風になるはずではなかった。

 0Pのロボットの出現、それにより彼女は行っていた仮想敵との戦いを中止、すぐに逃走を開始した。

 常に冷静でいられたからこそできたとっさの判断と動き。

 そのまま逃走をしていれば、こんなことにはならなかったはずなのだ。

 だが見えてしまったのだ。

 恐怖のため足がすくんでしまったのか、0Pのすぐ近くで動けなくなっている一人の受験生を。

 その受験生の上に、0Pが破壊したビルの瓦礫があったのを。

 それを見た瞬間、蛙吹の体は動いていた。

 受験生との距離はおよそ50m前後、到底自分の舌が届く距離ではない。

 だが彼女はとっさに舌を出してつかんだのだ、近くの信号を。

 そしてそのまま思い切り斜め前にとんだ蛙吹の体は、振り子のように揺れて前へと飛んで行った。

 そして舌を信号機から離した蛙吹はそのまま舌を受験生へと伸ばし、その受験生を思い切り後ろへとぶん投げた。

 そしてその後すぐに舌を後ろに伸ばして前へと向かう勢いを殺そうとしたのだが、間に合わずにそのまま瓦礫の下敷きに巻き込まれてしまったのだ。

 

(足だけだったと喜ぶべきだったのかしら?)

 

 挟まっている足を見ながらそんなことを考えた蛙吹だったが、すぐ近くから聞こえてきた大きな音によりすぐに意識がそちらへと向けられる。

 そこにあったのは、今まさに自分をつかもうとしている0Pの掌だった。

 

「やっぱり喜ぶべきではないわね…。」

 

 もう終わりかもしれない。そう思った瞬間、背筋が凍るような感覚を蛙吹は覚えた。

 いやだ、まだ終わりたくない。

 死にたくない。

 こんなところで、終わりになんてしたくない。

 まだやりたいこともやれてない。

 まだ高校に入ってもいない。

 できた友達だって

 

「五十嵐ちゃんだけなのに…!」

「おう!呼んだか蛙吹!」

「へ…?」

 

 今日初めて聞いたばかりの声が聞こえた蛙吹は、思わずその声のした方向へと顔を向けた。

 声がしたのは彼女の上、仮想敵の顔目前にいたのは、大きく拳を振りかぶった五十嵐衝也だった。

 

「い、五十嵐ちゃん!?どうしてここにいるの!?というか、どうしてそんなところに…!?と、とにかく逃げて五十嵐ちゃん!そんな大きなロボットに勝てるはずがないわ!それじゃぁあなたまで…」

「馬鹿言うんじゃねぇよ、蛙吹!たとえ敵がどんなに強かろうが!自分より敵のほうが格上だろうが!」

 

『助けるべき人がいるなら、逃げちゃいけねぇのがヒーローってもんだろうが!』

 

 そして衝也はその拳を

 思い切り振りぬいて

 0Pの顔面にたたきつけた。

 そしてゴッ!という音が、響いた。

 

 その瞬間、0Pのドデカロボットの顔面が

 大きな音を響かせて

 粉々に

 

 

 

 

 ならず

 

 

 

 そのまま攻撃標的を衝也に切り替えた。

 0Pの顔面には傷一つついていない。

 かんっぜんに無傷である。

 

「五十嵐ちゃん!?まさか個性を出し忘れるほどアホだったの!?」

「そこまでアホじゃないわ!つーか誰がアホだ誰が!?」

 

 思わず突っ込んでしまった蛙吹に割とガチそうなトーンで返事をする衝也。

 その衝也に向かって0Pはその巨大な掌を向けてきた。

 それを見て蛙吹はハッとしたように声を出す。

 

「五十嵐ちゃん!あぶな」

「くねぇよ。行くぜ…」

 

 

「出力!55%!」

 

 

 

 

「インパクトォォォォォ!!!!!!」

 

 

 

 

 彼が叫んだその瞬間

 ドバゴォォォォォォン!!という轟音と共に0Pロボの顔面が粉砕され

 それに続くように0Pロボの身体が音を立ててバラバラに崩れていった。

 

「「「「「な、なにぃぃぃぃいいいい!!??」」」」」

 

 途端周囲から聞こえる叫び声。

 傍から見たらバカ丸出しな衝也である。

 普通に考えたら全然強そうには見えないのだ。

 しかし、その予想に反して、あのドデカロボを一瞬にして粉砕してしまうほどの強さを見せたのだ。

 驚くのも当然だろう。

 蛙吹も口をあんぐりと開けて呆けた顔をしている。

 舌もベローンと飛び出てしまっている。

 

「痛っつ…。やっぱ50%以上は体に負担がかかるな…。っと、それよりも大丈夫か、蛙吹?」

「!え、ええ…大丈夫よ。」

「そうか、そりゃよかった。待ってろ、今瓦礫ぶち壊すから。」

 

 衝也に声を掛けられてハッとしたように正気に戻った蛙吹。

 そして衝也が瓦礫に触れ、その瓦礫を粉砕した直後。

 プレゼント・マイクから終了の合図が出されて、無事雄英高校の入試試験は終了した。

 入試試験の結果、衝也、蛙吹はともに試験に合格。

 特に、衝也はヴィランP75と救助P80の合計155Pという異例のPでぶっちぎりの1位だった。

 

「五十嵐ちゃんって…」

「ん、どうした蛙吹?」

「強かったのね。」

「どういう意味だよ、おい。」

「助けてくれて、ありがとね……。」

「お礼が遅いってぇの、全く。助けた時に言えって。」

「あの時は五十嵐ちゃんの予想以上の強さにびっくりしてたから。」

「俺ってそんなに弱く見えるのか、蛙吹?」

「弱そうっていうよりアホに見えるから強そうに見えないの。それと、梅雨ちゃんでいいわよ。」

「ぜってぇに名前なんかで呼ばねぇ…一生蛙吹って言い続けてやる。」

「照れてるの?」

「お前もアホなんじゃねぇの?」

 




とつぜんですがオリ主の個性紹介を

個性『インパクト』

手や足から衝撃を放出する個性。
衝撃の強弱はコントロール可能で、弱ければ連続放出もできるぞ。
それを応用して空中を歩くように移動可能だ。
ただし、パワーが強いとそれだけ体への負担が大きくなってしまうぞ。
本人曰く体は鍛えてあるので出力50%までは問題なく使用できるとのこと。
裏を返せば出力50%を超えるときつくなってくるってことだぞ。
最大出力は本人も出したことがないので威力・反動と大きさは不明。
ちなみに昔出力80%を試したところとんでもないことになったらしい・
衝撃波を使った中~遠距離での戦いもできるぞ。
相手に触れて直接衝撃を叩きこむときは20%~30%のパワーでするようにしてるらしい。
理由は大体の人間はそれで倒せるためと、ダメージを与えすぎないためらしい。


大体こんな感じですかね。
何か本文と同じでかなりがばがばな設定ですけどご容赦ください。
イメージはワンピースのインパ〇トダイアルや〇ひげのグ〇グ〇の能力みたいな感じですかね。



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第二話 俺の中学ではソフトボール投げではなくハンドボール投げだった

作者のご都合主義により青山優雅君がログアウトしてます。
青山優雅君が大好きな人には本当に申し訳ないことをしてしまいました。
すいません。
てなわけで二話になります





「うーん、おっかしいな…。」

 

 入学試験も無事に終え、今日が入学初日の登校となる少年、五十嵐衝也。

 真新しい制服に身を包み、空に散る桜の花を眺め、これから始まる高校生活に期待を大きく膨らませていた衝也。

 最難関と呼ばれる雄英高校ヒーロー科の試験に見事に合格し、ようやくヒーローとなるための切符を彼は手に入れた。

 そう、彼は今、ヒーローとなるための第一歩を…

 

「なぜ俺は1-Aの教室に向かったのに、仮眠室にたどり着いたんだ?」

 

 踏み出す前に迷ってしまっていた。

 彼の目の前にあるのは「仮眠室」という表記がされたドアがあり、「1-A」という表記はどこにも見当たらない。

 かんっぺきに迷子状態である。

 しかし、この結果は当然と言えば当然でもある。

 校舎の中へと入った衝也は、廊下にあった教室案内板の矢印通りに進まず、(少し早く着いたから時間あるし、ちょっと学校を見て回ってみるか!なんか面白そうなものいっぱいありそうだし!)というバカ丸出しの思い付きを実行してしまったのだ。

 普通初めて来た場所でそんな行き当たりばったりな行動はしないもの。

 絶対にうろうろと好奇心のままに動いて罠にはまりそうな人間である。

 

「どうしたもんかなぁ…。案内板がある所まで戻ろうにもここからどうやって戻るのかがわからんとどうしようもないし…。だぁぁ!このままじゃ登校初日で遅刻なんていうバカっぽいことになっちまう!?」

 

 ガシガシガシィー!と頭を両手でかきむしった衝也はしばらくこれからどうしようかを迷っていたのだが、不意に頭をかきむしっていた両手の動きを止め、目の前の仮眠室のドアを見つめ始めた。

 

「それにしても、仮眠室なんて場所があるんだな…。俺の中学では保健室が仮眠室みたいなもんだったんだが…。」

 

 そう言って興味深そうにジロジロとドアを下から、上から、斜めから、遠目から見たりしていたが急に動きを止めて、体を小刻みに震わせた。

 心なしかウズウズという効果音が聞こえてくるような気もする。

 

「中、どうなってんのかな?もしかして超絶心地よいベッドとかあんのかな?究極的に言えば寝るためだけの部屋なんだし、めちゃくちゃ快適なのかも…。」

 

 どうやら仮眠室に多大な興味がわいてきたようである。

 普通仮眠室に興味を持つ者などそうはいないのだが、どうやら衝也の価値観は多少異なるようである。

 

「気になるな……。よっし、開けちまえ!」

 

 我慢の限界が来たのか、衝也はドアに勢いよく手をかけて、バァン!とこれまた勢いよくドアを開けた。

 そして、彼の目の前に広がった光景は

 

「心配だ…心配だぞ緑谷少年!いくら力を与えたとはいえ、緑谷少年は調整も何もまだできない状態だ…。しかも担任が彼なら初日で除籍もなくはない。むしろ大いにあり得るかも…。もぉぉぉ、心配だしもう直に確かめに行っちゃおうか!?オールマイトがこっそり物陰で生徒の様子をコソコソと見に行っちゃおうか!?いやしかし、それは世間体的にどうなんだ…?ええい!世間体とかどうでもいい!初の愛弟子なんだもの気になっちゃうんだから仕方ないじゃん!そうと決まれば善は急げだすぐに行くぞ!緑谷少ね…」

 

 その場をぐるぐると回りながら何かを早口でまくしたてるように呟いているガリッガリに痩せこけた金髪の男性だった。

 思わず開いたドアに手をかけたままの衝也とものすごい速さで動いていた口を止め、ロボのような動きで顔を衝也の方へと顔を向けていく金髪のガリガリ男。

 そして二人の視線がばっちり重なった後、しばらくの間そのまま見つめあっていた。

 

「……」

「……」

 

 双方微動だにしない、なんとも気まずい時間が数秒ほど続いた後、金髪のガリガリ男が先に動いた。

 つかつかと衝也の方へ歩み寄ると、ガシッ!と両手で衝也の両手をつかみ、そのまま両手を体の横へと持って行った。

 いわゆる気を付けの姿勢である。

 そしてそのままゆっくりとドアを閉めた。

 まるで何事もなかったかのようにドアを閉められた衝也はしばらく呆然としていたが、ふと我に返って先ほどの骸骨男の言葉を反芻してみた。

 そしてそのままゆっくりとドアを閉めた。

 まるで何事もなかったかのようにドアを閉められた衝也はしばらく呆然としていたが、ふと我に返って先ほどの骸骨男の言葉を反芻してみた。

 

(おかしい、今あの骸骨の口から『オールマイト』っていう言葉聞こえた気がするんだが…。なんか、生徒の様子を見に行くとかなんとか言ってたような。ん?てことはあの骸骨がオールマイトってこと?あのガリガリのホラーマンが?)

 

 そこまで考えて衝也は自分の知っている筋骨隆々の最強ヒーローオールマイトと先ほど見た金髪が生えたホラーマンを照らし合わせてみた。

 

「いやないないないないそれはない。」

 

 ぶんぶんと物凄い速さで首を横に振って自分の考えを即座に否定する。…が

 

「…もう一回覗いてみよう。」

 

 どうしても気になってしまうのはもう人間の性だろうか、衝也はまたそろーりとドアに手をかけて

 

「とりゃ!」

 

 勢いよくドアを開けた。

 するとそこには

 

「おや!もうすぐ時間だというのにどうして生徒がここにいるのかなぁ!?さてはもうさぼりに来てしまったのかい!この不良少年め!最初のHRくらいきちんと出たまえこの困ったさんめ!」

「あれぇ~、オールマイトだ?」

「うむ、私が仮眠室に居た!」

 

 そう言ってかっこよくポーズを決めたのは先ほど衝也が思い出した筋肉もりもりオールマイトその人だった。

 衝也は目の前でどや顔で決めポーズしているオールマイトをスルーし、視線をキョロキョロとあちこちにむけた。

 

「ん?どうした少年!そんなに視線をキョロキョロさせて?私の決めポーズより気になることでもあるのかな?」

「あ、いや気になるっていうかなんて言うか…。すんませんオールマイト、ここにこうなんていうかリアルホラーマンみたいなガリガリの金髪男いませんでした?」

「知らない知らないホラーマンとか私知らないよーここにいたのはさいしょから私一人だったようんほかに人はいなかったなぁうん。」

「あーそうっすか…。あれぇーじゃあさっきの奴は一体…。」

 

 汗をダラダラと垂らしながら早口で捲し立てるオールマイトとその言葉を聞いて首を傾げる衝也。

 そんな衝也にオールマイトが一度咳払いをした後話しかけた。

 

「ッホン!ところで少年、君はどうしてここにいるのかな?もうすぐ朝のHRが始まってしまうよ。」

「あ!そうだやべぇ時間!このままだと遅刻しちまうんだった!ど、どうしよう…!こういう時はまず交番に行って道を聞くべきだろうか!?え、でも学校に交番なんてあったっけか!?」

「オーケーオーケー。とりあえず深呼吸して私に事情を説明したまえ少年。君相当危なっかしいぞ。」

 

 オールマイトに言われてあらかたの事情を説明する衝也。

 それをしきりに頷きながら一通りの話を聞き終えたオールマイトは「HAHAHA!」と豪快に笑い始めた。

 

「なぁんだ!つまりは迷子ってことかよ五十嵐少年!そーれなら簡単だぜ。昨日家に届いたであろう資料の中の一つの校内見取図を見ればいい!提出書類も入ってたからもちろん一通り持ってきてるんだろ?それを見ればよほどの方向音痴じゃなければ教室に行けるはずだぞ!」

 

 そう言って親指を立ててグッドポーズを衝也に向けたオールマイト。

 しかしその先にいた衝也は顔を下にうつむかせていた。

 

「あ、あれどうした五十嵐少年?あ、もしかして資料を家に置いてきちゃったのかい?それとも見取図を見てもたどり着けなかったとか…」

「その手があった!!」

「オーケーわかった!相当うっかりさんだな君!」

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「ってことがあったんだよ。」

「迷子になるなんて、五十嵐ちゃんらしいわね。」

「俺らしいってのは納得いかねぇ…。」

 

 蛙吹の言葉にがっくりと肩を落とす衝也。

 それを見た蛙吹は表情を少しだけ笑顔に変えて、楽しそうにしていた。

 衝也が、というより1-Aの生徒たちが今いる場所は雄英高校のグラウンドである。

 皆指定の体操服を着て、50m走のレーンの所で縦2列に並んでいた。

 今彼らが行ってるのは1-Aの担任である相澤消太の独断により行われた個性把握テストである。

 個性把握テストとはいってもやるのは単純な体力テストである。

 違うのは普通では禁止されている個性の使用を許可されていることである。

 

「握力やら50m走やらソフトボール投げやらいろいろな種目がある体力テストに個性使用を許可か…。20通りある個性も使いようによっては記録を伸ばせるものも多いこの種目。寝袋先生が見たいのは各生徒の個性とその長所短所ってところか。」

「五十嵐ちゃんって頭がいいのか悪いのかわからないわね。」

「そこは嘘でも頭がいいんだねって言ってほしかったわぁ~。」

「ところで寝袋先生って…相澤先生の事?」

「相澤?寝袋先生は相澤って名前なのか?え、じゃあ寝袋先生って誰なんだ!?」

「やっぱり頭は悪いのね。何を言ってるのかがよくわからないわ…。」

 

 衝也がなぜ相澤の事を寝袋先生というのかはごく簡単な理由である。

 彼が時間ぎりぎりに1-Aの教室の前に行くと寝袋にくるまった男性が自分が1-Aの担任だと言ってきたためである。

 実はその後きちんと自己紹介しているのだが、寝袋のインパクトが強すぎて名前が頭に入ってこなかったからである。

 余談だが遅刻ギリギリだった衝也に相澤は「ヒーローになったらその時間の遅れが一人の命を救えるか救えないかにつながってくるんだぞ」と言われてぐうの音も出なかった。

 ついでに蛙吹を除くクラスメートからは遅刻マンというレッテルをひそかに貼られていた。

 

「おい、そこの遅刻野郎と蛙吹!もうテスト始めんぞ、集中しろ。」

「了解っすぅ。(てか遅刻野郎て…)」

「はい、先生。」

 

 相澤に注意された衝也は間延びのした何とも気の抜ける返事をしたが、顔は真剣な表情になっていた。

 

「さってと行くとするか…。おい、お互い頑張ろうな眼鏡。」

「眼鏡!?ぼ…俺の名前は飯田天哉だ。人の特徴を名前にするのはやめていただこうか、遅刻マン君。」

「その言葉そっくりそのまま返すぜ飯田君よぉ…。」

「やられた者の気持ちを考えてほしかっただけだ。それよりもお気遣い感謝する、共にいい成績を残せるよう頑張ろう!えっと…」

「五十嵐衝也だ。よろしくな飯田。」

 

 隣で準備運動をしていた眼鏡の少年、飯田天哉に軽く声をかけた後目を軽く閉じて集中する。

 

(最下位は除籍…ね。ウソかホントかはこの際置いといて、とりあえず俺の個性の伸びしろを知れるいい機会だ。本気でやらせてもらうとするか。)

 

 今回の体力テストの結果、最下位の者は除籍というとんでもないことを言い出した相澤のせいで皆一様に真剣な顔で体力テストに臨んでいる。

 何人かは本気ではないだろうと考えているようだが、もしもということを考えたら本気を出しておいて損はないだろうという感じである。

 ちなみに衝也は後者である。

 

 そして始まった最初の種目である50m走。

 衝也はスタートの掛け声と同時に足から衝撃を放出しロケットのように吹っ飛んで行った。

 そのまま連続で足から衝撃を放出し続けほとんど足をつくことなく進み、3秒54というとんでもない記録を出した…が。

 

「上には上がいるってやつか、すげーな飯田って野郎。単純な速度ならあいつに勝てる奴はそういないかね。」

 

 隣で一緒に走っていた飯田は3秒04という衝也を超える高記録を叩きだした。

 飯田、衝也の下は4秒台以下であり、50m走は二人のツートップとなった。

 

 第二種目の握力測定は障子目蔵という異形型の個性を持つ少年が複製腕という体の一部を複製させる個性を使い、腕を何本にも増やし540㎏というゴリラみたいな記録を出した。

 

「うわぁ、凄いねぇ…540㎏だって!私たちも頑張らないと…。」

「でも私やお茶子ちゃんや三奈ちゃんの個性はこういった単純な力の増幅は難しいのよね…。」

「こういう時増強型の個性とか羨ましくなるよね~。」

 

 みんなで談笑しながら頑張って握力を測っているのは麗日お茶子、蛙吹梅雨、芦戸三奈の三人である。

 三人とも個性は優秀な物なのだが、純粋な握力測定などの力が試されるものとは相性が悪くあまり記録が伸びていなかった。

 

「うーん、やっぱり30㎏以上いかないよー。」

「握力はあきらめた方がいいかもしれないわね…」

「だねぇー…。」

 

 芦戸が蛙吹の言葉に同調したとき、いきなりバゴンッ!!という音が響き、一斉にクラスメートの視線が音のした方向へと向けられた。

 するとそこには

 

「っべぇ、加減間違えたっぽい…。出力35%は大きすぎたか?」

 

 見事に粉砕された測定器を持って冷や汗をかいている衝也だった。

 測定器を握って掌から衝撃を放出したのだが、加減を間違えて測定器をぶち壊してしまったのだ。

 もちろん記録は測定不可の記録なし。

 がっくりと肩を落とす衝也だったが、周りはそれだけのパワーがある衝也の個性を感心したように見ていた。

 

 握力測定の後も種目が続いていく。

 立ち幅跳びは衝撃を放出し続けて飛び続け、記録を伸ばした衝也がトップに。

 反復横飛びは峰田とよばれる小柄な少年がブヨンブヨンと自分の個性を使って跳ねまくりトップになった。

 

 そしてお次はソフトボール投げである。

 

「ソフトボール投げか…。俺の中学では体力テストはハンドボール投げだったんだけどなぁ。高校はソフトボールなのか。」

「あ、そういえば私の中学もそうだったよね切島!」

「だな。まぁソフトボールの方が飛ばしやすいし、こっちとしてはありがたいけどな!」

「……」

「……」

「……」

「誰だお前ら?」

「私芦戸三奈!さっきの握力測定凄かったよねぇー!粉砕!って感じだった!」

「俺は切島鋭児郎っていうんだ!よろしくな、遅刻の奴!」

「俺の名前は五十嵐衝也だ。よろしくな、芦戸に赤イガグリ。」

「赤イガグリ!?ひでぇ!?」

「その言葉そのまま返すぜ赤サンゴ。」

「サンゴになっちゃったよ!?どうすんの切島!」

「いや、どうするって言われても…。」

「おいそこの三人、成績云々の前に除籍にすんぞ…。」

 

 相澤にそう言われて一瞬にして静かになる衝也達三人。

 それを見た蛙吹は「もうお友達を作れたのね…すごいわ五十嵐ちゃん」と呟いていたとかいないとか…。

 この種目では大砲を使って高記録を出したり、無重力を使い∞という記録を出したりする中で、緑谷という少年が指一本で上位に食い込むという記録を出した。

 しかしその指は見るのも痛々しいことになっており、記録を残すためとはいえかなり無茶をしているように感じられた。

 

「指、大丈夫?」

「あ…うん…。」

「おいおい本当に大丈夫かよ。リハビリガールの所に行った方がいいんじゃねぇか?」

「でも、今はテスト中だしヒーローになったらリカバリーガールのお世話なんてあるわけじゃないし…」

「そりゃそうだけどよ(突っ込まれなかったな…)。ん?てかお前、どっかで…」

「あ、君は初日に大声でプレゼントマイクと一緒に騒いでたアホっぽい遅刻の人。」

「とりあえずお前の指折ってもいいか?」

「ちょ、やめようよ五十嵐君。もう折れとると思うんやけど!?」

 

 麗日と衝也に心配?された緑谷だったが彼はそのままテストを続行する形となった。

 ちなみに衝也は衝撃でボールを吹っ飛ばし727mという高記録を叩きだした。

 

(個性は身体機能の一部とされている。実際4歳という幼少期の段階から発症する個性は使えば使うほど体になじんでいく。俺たちが『自然に』個性の出力を調整できたりすんのはこの11年間で個性を体の一部としてなじませているからだ。この緑谷っていうモジャ男はそれができてない。なんか個性が体になじんでいるっていうか…体を無理やり個性になじませてるみたいな感じか…?)

 

 緑谷の個性を見てひそかに考えを巡らせていた衝也だったが次の種目へと移動が進んだため思考を一旦中止し、意識をそちらへと集中し始めた。

 

 その後も種目は続いていき、上体起こしは5回差で尾白猿夫が二位、衝也が1位となった。

 普段から体を鍛えている尾白と衝也がここでは高記録となった。

 余談だが衝也と尾白はこの後自分たちのトレーニングメニューを見せ合い、意見しあったとか。

 持久走では八百万が原付を出して行うという反則級の行いをしてぶっちぎりの1位。

 前屈では蛙吹が舌を出して距離を稼いで堂々の1位となった。

 

「てか舌ってありかよ…。」

「ありよ、だって私の個性だもの。」

「蛙吹の個性ってやっぱカエルなのか?」

「ええ、カエルっぽいことなら大体できるわよ。」

「……」

「?何かしらじーっと人の顔を見て。」

「いや、飯とか苦労してそうだなって。」

「ご飯は普通にみんなと同じよ?」

「ええぇ~…。ほんとかよぉ…?」

「何なら見てもらっても大丈夫よ?」

「お、じゃあ今度飯でも行くか。今日知り合った麗日とか緑谷とか切島とか芦戸とか飯田とか誘って。」

「すごいわね、もうそんなにお友達ができたのね…。」

「おい、そこのアホ」

「あほ!?」

「いい加減その口閉じないと除籍にするぞ、これで何度目だ…。」

「うぃっす…。」

 

 そして、時折衝也の除籍危機があったもののテストは無事に終了し、結果発表となった。

 1位は大砲やら原付やらその場その場にあった道具を作り出して上位を取り続け得点を稼いだ八百万。

 その下に轟、衝也、爆豪という形となった。

 衝也は握力の記録がなかったのが響き、惜しくも3位となってしまった。

 

 ちなみに最下位は緑谷だったが相澤は除籍のことを『合理的虚偽』として全員1-Aにそのまま在籍という形となった。

 

 




うーむ、グダグダだなぁー。
ていうか切島と芦戸同じ中学だったんですね、意外ですわ。
感想、ご意見ご指摘待ってます!


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第三話 核兵器なんて物騒なものを二人だけで隠すべきではないと思う

むう、ヒロインどうするかなぁ。
私の好きなキャラにしてしまうと年齢がなぁ…。
というわけで三話です、どうぞ




 雄英高校では、入学前に個性の概要等を提出すると、それにあったヒーローコスチュームが用意される。

 もちろん自分でデザインを考えることもできるし、個性に関する要望を書くとそれに合う機能を付与することもできる。

 それだけではなく、今後ヒーローとして活動していく自分のトレードマークにもなりえるコスチュームである。

 皆一様に各々が望む機能やデザインを真剣に考えて提出している。

 前者の理由はもちろん、コスチュームの機能一つで戦闘が左右することも十分にあり得るからである。

 それは衝也にとっても例外では…

 

「おお、要望通りだな、すげー。」

 

 あった。

 更衣室で広げているヒーローコスチュームはどこからどう見てもその辺のユ〇クロとかで売ってそうな長袖Tシャツである。

 もう一度言う、長袖Tシャツである。

 

「まさか本当にこんな要望が通るとは、さすが雄英専属のサポート会社だな。」

 

 彼が出した要望は以下の通り。

「動きやすく、丈夫なTシャツっぽい感じの奴。簡単に破れないのがいい。後、衝撃とか吸収してくれると助かる。体の負担も減らしたい。あと家で洗濯ができるようにしたい。私服としても使いたいので派手じゃないデザインで。」である。

 コスチュームを特注の洋服か何かと勘違いしてそうである。

 これを見たサポート会社の人は目を丸くしそうである。

 特に後ろの二つ。

 

「うーむ、しかし本当にTシャツにしか見えないな、素晴らしいぜ。これなら私服でも全然使えそうだ。通気性もあるから夏でも行けるし。」

 

 実際に着て着心地を確認して満足げに頷く衝也。

 そんな彼のコスチュームを見て思わず苦笑いをするのは彼と机が近い上鳴と切島である。

 席も近く、男同士なのもあるためかすぐに打ち解けている。

 

「うわー、お前それホントにコスチュームなん?」

「ん?おう、そうだけど。」

「なんちゅーか、地味だな。私服みてぇだ。」

「お前の個性と似たようなもんだろ。」

「……」

「それに私服で使えるようにしてくれって要望に書いておいたからな。このデザインは要望通りなんだよ。」

「たぶん史上初なんじゃね?そんな要望だした奴。」

「そうか?お買い物帰りにヒーロー活動できるし俺はいいと思うんだが…。コスチュームがないから人助けできないじゃ話になんねぇし。」

「だったら遅刻はよした方がいいんじゃねぇか?」

「もうやってねぇし。1日目だけだし。しかもぎりぎり間に合ったから遅刻じゃねぇし。」

「「言い訳乙」」

「よしてめぇら40秒で表でな。」

 

 そんな馬鹿なことをしつつも、更衣室を出て授業へと向かう1-Aの生徒たち。

 彼らがやる授業はヒーロー科のみの限定科目、ヒーロー基礎学である。

 ヒーローとして必要となる戦闘力、救助訓練、教養などを鍛え、ヒーローの素地を作っていく授業である。

 担当するのは今年教師になったばかりのNO.1ヒーロー『オールマイト』等を含めたプロのヒーローたちである。

 もちろんヒーロー科の単位の中でも一番であり、必修科目となっている。

 今回はその記念すべき最初の授業である。

 もちろんオールマイトにとっても記念すべき最初の授業である。

 カンペを見ながらたどたどしく授業を進めていくオールマイトを少しほほえましく思いながら授業が進んでいく。

 授業の内容は屋内対人戦である。

 ランダムに組まされた二人ペアを作り、それぞれヒーローとヴィランに分かれて訓練を行うものである。

 ヒーロー側は制限時間内にヴィランチームを捕まえるか、屋内に設置された核をタッチすれば勝利。

 逆にヴィラン側は制限時間内にヒーローチームを捕まえるか核を守り切ることができれば勝利といった形である。

 そして、それぞれくじ引きをしてペアが決まっていった。

 その結果衝也のペアになったのは

 

「よろしく、五十嵐くん!頑張って勝とうね!」

「おう、よろしくな芦戸。」

 

 この前の体力テストで少し仲良くなった芦戸三奈である。

 衝也としてはくそまじめすぎる飯田や話したことのないクラスメートじゃなくてホッとした感じである。

 そして最初に行われた訓練のペアはヒーロー緑谷・麗日ペアとヴィラン爆豪・飯田ペアである。

(実にヴィランっぽい奴がヴィランになったな)と爆豪を見てそう思ったのは内緒である。

 実は衝也は訓練をする前からなぜか爆豪からがんを飛ばされていたのだ。

 幼馴染だという緑谷から事情を聴くと、爆豪はなんでも一番にならないと気が済まないらしく、体力テストや入試試験で自分より上だった衝也が気に入らないのかもしれないとのことだった。

 迷惑極まりない因縁のつけ方である。

 とりあえず相手が爆豪でなかったことに安堵した衝也である。

 

 そんなこんなで訓練は進み、初戦で勝利したのはヒーローチームの緑谷・麗日チームである。

 緑谷が因縁?のある爆豪を核の真下の位置に固定し続け、お互いの大技の打ち合いであえて真上に大技をぶつけることで核を守っていた飯田に隙を作り、その間に麗日が核にタッチした形である。

 しかし、勝利をしたヒーローチームの負傷は大きく、逆に負けたヴィランチームはほぼ無傷というふつう逆じゃね?という結果になってしまった。

 しかし、勝利はしたもののヒーローチームは核をも巻き込んだ大雑把な攻撃は訓練だからという甘えによってつかんだ勝利だと指摘された。

 

「うわーうわー!なんかものすごい訓練だったね!緑君よく避けたよねー!」

「だよなー!よく避けたよな緑谷!個性も終盤まで使わなかったし。」

「ホントだよね!よく避けたよね!」

「まじよく避けられたよな緑谷。」

「ねー!」

「なー」

「貴方達、一体何の会話をしてるんですの?」

「「よく避けたなって話」」

「そう、ですか…。」

「八百万、深く考えない方がいい。こいつら色々とアホだからさ。」

 

 なんとなく疲れたような顔をしてる八百万にそっと肩を置いて忠告する切島。

 それを見た芦戸が首を傾げるが、もう一人のアホ、衝也はハンソーロボにより保健室に連れてかれる緑谷に視線を向けていた。

 

「?どうかしたんですの、五十嵐さん。」

「ん、いや緑谷の個性なんだけどさ、あれどう考えてもおかしいんだよな。」

「おかしい?」

「ああ、どう考えても個性が体にかみ合ってないんだよ。普通は個性は身体機能の一部、使えば使うほど強くなってくもんだ。それに合わせて体も普通は個性に見合って成長していくもんなんだよな。増強型の身体がごつかったりするのはそれが理由でもあるんだ。もちろん本人のトレーニングも影響してるけどな。でもあいつはあの個性を何とかして使うために急ピッチで身体を作ってる感じがするんだよなぁ…。増強型にしては体のつくり方が普通とちょっと違う感じがすんだよ。普通逆なんだけど…。ん?どうしたんだよお前ら。」

 

 顎に手を当てて考えを述べていた衝也はふと視線を感じてそちらを振り向く。

 そこには目を見開いて彼を凝視している八百万と切島と芦戸がいた。

 

「衝也、お前ってさ…」

「うん?」

「頭が良いアホだったのですわね」

「うん、頭が良いアホだったんだね五十嵐君。」

「すげー、アホだけど頭が良いなんて…。」

「てめぇら全員核ごと吹き飛ばしてやろうか?」

 

 そんなことがあったりしつつも進んでいった訓練。

 生徒たち全員がしのぎを削って訓練に勤しんでいく中、ついに衝也と芦戸の出番がやってきた。

 ヒーローチームは上鳴と耳郎響香の二人、衝也と芦戸はヴィランチームとなった。

 

「うへぇ、相手衝也かよ…まじかよぉクソ。」

「何アホみたいな顔してんのアンタ。」

「だって衝也だぜ?頭の方はともかくあいつは才能マンの一人なんだぜ。轟とか爆豪とかとおんなじ才能の塊だぜ?俺みたいなやつとは格が違うんだよ格が。」

「でもアホなんでしょ?」

「うん、めっちゃアホだぜあいつ。」

「なら何とかなるでしょ。アンタと同じアホなんだし。」

「おお、そうか!俺と同じアホならまだ何とかなるかも!?ん、今俺馬鹿にされたのか?」

「されてないされてない。」

「そっか、ならいいや!よぉし、この勝負勝つぞぉ!!」

「なぁ芦戸、とりあえずあの二人をぶっ飛ばす方法を考えよう。」

「ちょっと落ち着こうよ五十嵐君。顔がテレビに映せないような感じになってるよ。」

 

 そして各々スタート地点に着き、訓練が開始された。

 ちなみに衝也達のスタート地点は屋内の最上階である。

 ここに核も置いてある。

 

「さってと、それじゃあお互いの個性を一度整理するか。俺の個性はまあ簡単に言えば手と足から衝撃を放出する能力かな。うまく使えばいろいろできるし、威力も本気出せばたぶんこれくらいの建物なら余裕でぶっ壊せる。」

「うわー、サラッととんでもないこと言うね…。私はね!酸を出すことができるんだ!めちゃくちゃ溶かせるよ!コンクリートも全然溶かせる!」

「酸か…それはどこから出せる?」

「体全身から出せるし、手から飛ばしたりもできるけど。」

「濃度は調整可能なのか?」

「んーと、弱酸にしてスケートができたりするし、結構調節できるよ。」

「ふーん、なるほどなるほど。」

「どうどう?勝てそう?勝てそうかな?」

「それはまだわかんねぇよ。ところで芦戸、お前さ、耳郎の個性どんなのか知ってるか?」

「え、響香ちゃんの?えーっとなんか耳のイヤホンで音をキャッチしたりー、逆にイヤホンのプラグを指してものすごい音を出すことができるらしいよ!すごいよねー、イヤホンいらずの生活だよ。」

「なにそれ超羨ましい…じゃなくてっと。」

 

 ある程度情報を集めた衝也はしばらく思考を繰り返していたが、いい案が出たのか軽く指を鳴らして「うっし!」と呟いた。

 

「よっしゃ、作戦はあらかたできた。後はやるだけだ!」

「よーし!それじゃあ私行ってくるねー」

「待て待て待て待てアホなのかお前は!?作戦立てた言うとるやんけ!何、聞かずに行こうとしてくれちゃってのアンタ!?怖いわーマジで…。」

「えー、でも相手を見つけないと話になんないでしょー?」

「いや、耳郎の個性が芦戸の言う通りなら俺たちが歩き回ったりしてあいつらを探すのは絶対にダメだ。」

「へ?どして?」

「ここは屋内だ。しかも狭くて音もよく響く。些細な音すらキャッチできるっつう耳郎の個性なら、恐らく俺たちの足音一つで居場所が割り出せるはずだ。もしここで不用意に動いたら、こちらの動きが向こうにバレて、会敵することなく核をタッチされちまってゲームオーバーだ。」

「な、なるほど…。でもだったらどうするの?下手に動かない方がいいってこと?」

「そ!ここは動かずにここを戦いの場所にするべきだ。」

「でも、どうやって?」

「ふふふ、まあ俺に任せておきたまえよ…。」

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「さーて、核の場所もわかったし、このままさくっとクリアしちまおうぜ!」

「ウチの個性で見つけたんだけどね…。てか、そんな簡単にクリアできないでしょ普通。」

 

 ビルの屋内にある階段を歩きながら談笑しているヒーローチーム。

 耳郎の個性により早々に核の場所を割り出した二人は最短ルートで核のある最上階の一室に向かっていた。

 上鳴もあっさり核が見つかって気が緩んだのか笑顔で階段を駆け上っている。

 それを耳郎がたしなめている形である。

 

「へ、なんでだよ?核の場所が分かったんだから後は衝也と芦戸の奴らをぶっ飛ばして終了だろ?」

「ばか、さっきも言ったでしょ。あいつら二人ともその場から一切動いてないの。つまり、こっちが核を見つけるのは恐らく想定内だったってこと。今芦戸達、あたし達を迎撃するための準備でもしてるんじゃない?」

「ええ!?じゃあこのまま何もしないでいるのかよ!?迎撃にビビって何もしないんじゃ時間切れで負けちまうだろ?ここは多少のリスクは承知で突っ込むべきだって!」

「アンタって時々いいこと言うよね。確かにアンタの言う通りここでじっとしててもしょうがないし、このまま最短ルートであいつらんとこに向かうよ。んで正面突破で核を触る!」

「おう!わかった!そっちのほうがややこしくないからこっちもやりやすいぜ!ところで耳郎。」

「何、上鳴?言っとくけど私に戦闘は…」

「『迎撃』ってなんだ?」

「こんのアホが…」

 

 そんな会話をした後、二人はそのまま最短ルートで突っ走り、核のある最上階の一室のドアの前に立った。

 耳郎はドアの横の壁にそっと立ち、自身のプラグを壁へと突き刺した。

 

「いい上鳴、ウチが中の状況を確認するから、ウチがいいっていうまで絶対に扉を」

「おらー!来てやったぜ衝也ぁ!!覚悟しろぉぉ!」

「開けてんじゃねぇよこのあほがぁ!」

「ホゲブッ!!」

 

 忠告を思いっきり無視してドアをあけ放った上鳴を思い切りど突いた耳郎。

 そしてど突かれた上鳴は素っ頓狂な声を上げて部屋の中へ転げまわりながら入る形となった。

 

「全く、こいつがペアであったことが最大の汚点だわ…。」

「いってぇなぁ…いきなり何すんだよ耳郎ぉぉ~。」

「うるさいしねこのアホ」

「え、なんでこんな辛辣な言葉浴びせられてんの?」

 

 マジで不思議そうな顔をしてど突かれた腰をさする上鳴。

 そんな彼らを見て第一声を上げたのは他ならぬヴィランの衝也だった。

 

「は、よく来たなぁ、耳郎に上鳴!その様子だとペアに随分とふりまわされてるみてぇだなぁ!」

「まぁね、こんなアホがペアじゃなければなって思わなかった日はないよ。」

「なんか俺ものすごくディスられてる…。」

「うわぁ、なんかすごい大変そうだね、響香ちゃん。」

「うんすごい大変だよ…ってか上鳴!アンタもいつまでも腰さすってないで戦う準備しなよ!」

「誰にやられたと思ってんだよったく…。ま、今はそんなこと言ってらんないよな。」

 

 そう言って軽く肩を回した後、電気を手にまとい始める上鳴。

 それを見て耳郎も戦うための構えをとる。

 しかし、それを見た瞬間、衝也が意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「よっしそれじゃあいくぜぇ!」

「動くなぁぁぁぁ!!」

「「!?」」

「動いたらこの核爆弾に衝撃を叩きこんで爆発させるぞぉぉ!!」

「「は?」」

「ふふふ、いいのかぁ?核爆弾だぞぉ?爆発したらただじゃすまないぞぉぉ?」

「いや、それただのはりぼてじゃあ…」

「おいおいおいおい、なに甘いこと言ってんのよ耳郎ちゃぁん。さっきもオールマイトが言ってただろぉう?はりぼてだろうと何だろうと、これは『本物の核』として扱わなければならないってよぉぉ」

「「!?」」

「これを本物と想定するなら当然んんん~?壊されて爆発されたらぁ?ここら辺一帯が塵と化すことくらいぃぃ?余裕で想定できるよねぇぇ!?」

「おい耳郎…」

「何、上鳴…」

「俺たち今おんなじこと思ってると思うんだけど…」

「うん、私もそう思う。」

「どうするのぉぉ?動いたら核が爆発しちまうよぉぉ?いいのかぁぁい?上鳴くぅん、耳郎ちゃぁん?どぉぉぉするぅぅ?」

((こいつめちゃくちゃヴィランっぽい!))

 

「うーむ、そう来るかぁ。何というか、悪知恵がはたらくなぁ五十嵐少年は。」

 

 訓練場地下でそうつぶやいたのは今日のヒーロー基礎学の講師をしているオールマイトだった。

 彼は現在の訓練の様子が映されているモニターを見て、感心したような、呆れたような表情を浮かべていた。

 

「オールマイト先生。」

「ん、どうしたんだい蛙吹君!」

「五十嵐ちゃんは響香ちゃん達になんて言ってるのかしら。私たちには音声が聞こえないからわからないの。」

「あ、それ俺も知りてぇ。なんでかわかんねぇけど衝也の奴めちゃくちゃ悪いこと言ってそうな気がするんだよ。」

「ううむ、切島少年もか…。しょうがないな、簡単に説明するとだね。私は先ほどはりぼてであろうと本物の核として扱うように、と言ったよね?彼はそこを逆手にとって、『動いたらこの核を壊すぞぉ。これを本物の核として扱うなら動かない方がいいのはわかるよねぇ?』って言ってるんだ。」

「最低ね、五十嵐ちゃん。」

「でも、ヴィランとしては正しい気もしますわ…。」

「案外頭いいんだなぁ衝也の奴…。」

 

 五十嵐のヴィランそのものの行為に感心したり呆れたりしているなか、オールマイトはうーむ、と唸った後モニターに視線を向けた。

 

「これを許可したらさすがにまずいしなぁ…しょうがない。『五十嵐しょうねーん、核爆弾破壊するのは無しねー。それだとさすがに訓練にならないからさー』」

「理不尽極まりねぇ!!?俺の何がいけないというのか!?」

「なんていうか、ルールの裏搔いてる感じがする。」

「卑怯だよな。」

「ヒーローって感じじゃないね!」

「耳郎や上鳴に言われるのならまだしも仲間の芦戸にまで!?」

 

 自分の作戦を却下されて思わず大声を上げる衝也。

 そしてその隙をついてヒーローチームが動き始める。

 が、

 

「よっし、今だよ上鳴!」

「おっしゃぁ!突撃開始…」

「芦戸ぉ!プランB!!」

「りょーかい!とりゃぁぁぁ!!」

「「!?」」

 

 二人が動くよりも早く芦戸が動き始めた。

 芦戸はその場から大きくジャンプし、部屋中の床一面に酸をばらまいた。

 

「三奈の酸が床一面に!?」

「うわ、何だこの酸!?す、滑る!?っでぇ!?」

 

 芦戸が酸をばらまいたのを見て瞬間的に耳郎は動きを止めたが、上鳴はそのまま勢いを殺しきれず酸を踏んでしまい、思い切り滑って転んでしまった。

 

「滑るって…。つまりこれは濃度の低い酸ってこと?」

「そ!あんまり濃度を濃くし過ぎると床が溶けちゃって私たちや核にも被害が出ちゃうからやめろって五十嵐君が言ってたんだ。」

「へ、でも、こんな事すればお前らだって動けねぇだろ!?」

「上鳴の言う通り、そうやって時間を稼ごうったってそうはいかないよ。上鳴!アンタの個性とウチの個性使ってこの酸吹き飛ばすよ!うちは音で!アンタは電気で酸を…」

「させるかよ。」

「!」

 

 その声が聞こえた方に耳郎がバッ!と顔を向けると、そのすぐ目の前に衝也がいた。

 みると上鳴はすでに確保テープによってぐるぐる巻きにされていた。

 衝也はまず最初に核のあった部屋の中央から一番近くにいる上鳴の所まで個性の衝撃を利用をして飛んできたのである。

 そして上鳴の後ろの壁に再び足をつけて方向転換、今度は耳郎の元へと飛んできたのである。

 

「うっそ!?はや…」

「あーらよっと!」

「うむっ!?」

 

 衝也がそのまま彼女の横を通り抜けた時にはすでに耳郎は確保テープにより拘束されており、身動きが取れない状態であった。

 

「芦戸の酸で足止めすれば当然それの処理に追われるわな。なまじ対処できる個性を持ってるからなおのことだ。目の前に目的の核があるし制限時間もあるからいったん引いて体勢を立て直そう!なーんて考えも出にくい。その対処しようとする一瞬のスキがあれば、俺の個性で一瞬で間合いを詰めることができる。加えて、俺の個性は地面に足をつかなくても移動することが可能な個性。その気になれば空中も歩くように移動できる。万が一避けられたとしても芦戸の酸に滑ってる間に俺が空中を歩いて確保できる。まぁ早い話が、芦戸に酸をばらまかれてそれに対処しようとした時点で、俺等の勝ちはほぼ決まってたってぇ訳だ。」

「おぉ!なんだか超かっこいいよ五十嵐君!」

(こいつ、上鳴と同類だと思ってたけどかなり頭キレるんじゃん!普段あんななのに!)

 

『五十嵐少年、実は頭が良かったんだな。こいつは意外な一面が見れたぜ。オーマイグッネッス!』

「ちょっと待ってくださいオールマイト!意外ってそりゃどういう…」

『はーい勝者ヴィランチーム!』

「あ、話逸らしやがったあの金髪ウサギ!!」

 

 訓練後、皆に『意外に』頭が良いんだね!と言われ続けた衝也は若干涙目で蛙吹に愚痴をこぼしていたとかいないとか。

 

「みんな意外にとか言いやがって…。まるで普段から俺がアホみたいな言い方しやがって…。」

「大丈夫、全然意外じゃないわよ五十嵐ちゃん、本当よ。本当に全然意外でも何でもなかったわよ」

「……」

「……本当よ?」

「…本音は?」

「ものすごく意外だったわ。」

「うわぁぁん!青いお空のバッキャロォォォォ!!!!」

 




うーむ、やはりグダグダだな
というか戦闘シーンへたくそすぎますね私。
もっと精進しなくては…。
感想・ご意見・ご指摘お待ちしています。
あ、ただ辛口コメントはちょっと
私豆腐メンタルなもので…。
できればその、ハニーマスタードくらいの辛さのコメントでお願いいたします…。


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第四話 なんだかんだで結局眼鏡に落ち着くよなって話し

ヒロインが全然決まらない。
普通なら好きな女性キャラをヒロインにするんでしょうけど、私の文章構想力を考えるとそれは無理臭いんですよね…。
…ヒロインいた方がいいですか?
ってなわけで四話です、どうぞ。


 ヒーロー科での最初の訓練、屋内対人戦が無事に終わり、各々が訓練の講評を受け、直すべき点と伸ばすべき点を見いだせた(余談だが衝也と八百万と轟の三人は高評価だった)その次の日。

 登校のために校舎に行き交う生徒の中に一人、一際異彩を放つ少年がいた。

 腕や体に包帯を巻いた痛々しい姿で歩いているもじゃもじゃ頭のそばかす少年、緑谷出久である。

 屋内訓練での爆豪との戦闘で身体を酷使しすぎたため、雄英高校の養護教諭、リカバリーガールのチユでは治療しきれなかった怪我を次の日に持ち越してしまったのである。

 周りの視線を感じてしまうのか、キョロキョロと辺りを見ながら居心地悪そうに歩いていた。

 そんな彼に一人の少年がつかつかと近づいてきて、いきなり肩にポンと手を置いてきた。

 緑谷はビクッ!と体をこわばらせた後、ゆっくりと後ろを振り返った。

 するとそこには、軽く右手を上げて挨拶をする緑谷のクラスメート、五十嵐衝也が人の悪そうな笑みを浮かべていた。

 

「うぃーっす緑谷、おはよーさん。」

「あ、五十嵐君!お、お、おはよう!」

「かってぇーな緑谷。もうちょっと楽ーにしようぜ、別に知らない相手って訳でもないんだしよ。」

「う、うん、ごめん…。」

「別に謝らなくてもいいんだけど…。まぁ、俺みたいな変な人に声を掛けられても困るだけだろうし?やっぱり仕方ねぇのかなぁ?」

「ちょっ!?やっぱり怒ってるんじゃないかぁ!」

「ハハハハ!」

 

 慌てたように叫んだ緑谷を見て面白そうに笑う衝也。

 それを見て緑谷はちょっと面白くなさそうな表情を浮かべていた。

 緑谷は体力テストの時、自身の余計な一言により衝也が軽くキレたりしたため、緑谷自身は少し彼に対してビクビクしていたのだが、頭がいいバカである衝也は次の日にはそのことをとっくに忘れており、ナチュラルに緑谷に話しかけてきた。

 緑谷は最初、すぐに謝罪をして何度も頭を下げてきたのだが、衝也はなぜこんなにも謝られているのかがわからず首を傾げていた。

 そこで緑谷が恐る恐る理由を説明したのだが、それを聞いた衝也は笑って一言「ああ、わりぃ忘れてたわ。いいよ、許す許す。てか、そんなこと気にしてたなんてお前良い奴だな。てかちょっと小心者?」と言ったため緑谷は一瞬ポカーンとしてしまった。

 そんなこんなで二人は一緒に話をする、いわゆる友人関係になったのだが、緑谷の方はまだ少し衝也との接し方が固くなってしまっている部分があった。

 

「(ま、友人がいたような顔してないもんなぁ。時間が何とかしてくれんのを待つしかねぇか。)」

「えっとどうかしたの五十嵐君?僕の顔に何かついてるかな?それとも、やっぱりまだ怒ってるの?」

「いや、友達がいるような顔してないなぁ、って思っただけ。」

「やっぱりまだ怒ってるの!?」

「だいじょぶだいじょぶ、思ったことすぐに口にしちゃうだけだからさ。別に怒ってるわけじゃねぇよ。」

「なんか、それはそれで嫌なんだけど…。」

 

 がっくりと肩を落としてトボトボと歩く緑谷を見て「わりぃわりぃ」と笑いながら謝った衝也だったが不意に笑みを止め、少し心配そうに緑谷の全身をキョロキョロと見まわした。

 

「それにしても…あれだな。めちゃくちゃ痛そうだなその怪我。だいじょぶなん?」

「え、あ、うん!大丈夫だよ。この怪我は後でリカバリーガールの所に行って直してもらう予定だし。朝のSHRの時にはきれいさっぱりなくなってるだろうから。」

「つってもリカバリーガールのチユだってメリットばっかりってわけじゃないだろ?」

「まぁ確かに、朝早くから体力を奪われちゃうのは少しきついけど、なんとか」

「しわくちゃBBAの接吻とかデメリット以外の何物でもないだろ…。」

「そっちなんだ…。ていうか接吻って言わないでよ、何か余計生々しく感じちゃうから…。」 

 

 会話をしながら、若干顔色を悪くする二人。

 リカバリーガールの治癒の対価がどれほどのものなのかを物語る壮絶な顔色をしていた。

 衝也に至っては下を向いて口元に手を持ってきているような状態である。

 そんな二人は顔色を悪くしながらも学校に向けて歩みを進めていたが、緑谷がとある光景を目にしてふと足を止めた。

 

「?なんだろうあれ?」

「ん、どした緑谷?なんか変なもんでも見つけたか?」

「いや、変な物ってほどでもないんだけどさ…。ほら、あれ。」

「うん?」

 

 顔を上げて緑谷の指さす方向に衝也が視線を向けるとそこには、雄英高校の入口の校門の前にものすごい人だかりができていた。

 

「うおーなんだあの人だかりは。う〇こにたかるハエみてぇにうじゃうじゃいやがるなぁー。」

「もっと別の表現の仕方はなかったの…。」

「てか、どうすんだよこれ…。あれだけ人が多いと学校の中入れないぜ…。」

「うーん…とりあえず行くだけ行ってみようよ。ここの生徒だってわかれば通してくれるかもしれないよ?」

「ま、ここで立ち止まってるよりかはましかね。」

 

 そう言いながら二人が人だかりへと近づいていくと、突然彼らの前にスーツを着た一人の女性が現れた。

 

「ちょっとすみません!」

「うわぁ!?」

「どぉお!?」

「雄英の生徒さんですよね?ちょっとお伺いしたいことがあるんですけど!」

「へ!え、あの!ええっと!その…!?」

 

 女性はズイッ!とすばやい動きで二人に近寄ってきて早口でそう捲し立てた。

 周りを見ると先ほどの人だかりにいた連中が一様に二人に近寄ってきて囲っており、軽い包囲網が完成していた。

 突然のことで軽いパニック状態に陥っている緑谷だったが、隣にいた衝也は不機嫌そうに溜息を吐いて、軽く頭を搔いた。

 

「あのさ、話をする以前にアンタら何様のつもりなんだよ。いきなり出てきて自己紹介もしないで話を聞いてくれ、なんて非常識にもほどがあるぜアンタら。」

「あ、え、す、すいません!私たちはNHA報道ステーションの者です!この雄英高校に」

「マスコミなのはわかってんだよ。俺が言いたいのはこんな大勢で学校の門にたむろしてるのはなんでだって聞いてるんだよ。」

「え、いやあの…今年度から雄英高校の教師になったと言われているオールマイトについて話を…」

「にしたってもうちょっと場所選んでくれねぇかな?こんな門のど真ん中にそんな大勢でいられると学校の中に入ることもできないんだけど?マスコミだからって何しても許されるわけじゃねぇんだぞ。話を聞きたいんだったら学校側にきちんと許可とって堂々と中に入ってやればいいじゃねぇか。」

「えっと…」

「自分たちの知りたい情報を集めるためなら学校や生徒の都合はお構いなしッてか?随分と偉いんだなマスコミってのは。非常識の極みだぜおい。」

「何もそんなつもりは…」

「つもりはなくても現状の行動を鑑みるにそう思ってるとしか思えないんだよ。自分が大丈夫と思ってればなにしたって許されんのか?人に話を聞く前に自分の行動をきちんと見つめなおせよ大人なんだから。俺からは以上!行こうぜ緑谷。ほらどいてどいて邪魔ですよ。」

「え、ちょ衝也君!?あ、あのすみません、僕達、こ、これで失礼します!ま、待ってよ衝也君!」

 

 終始不機嫌そうにマスコミに喧嘩を売ったあと、ズンズンと門をくぐり校舎へと向かっていく衝也を見て、慌てたように彼を追いかける緑谷。

 駆け足で衝也の元までたどり着いた緑谷は、呆然と彼らの背中を見つめるマスコミに一度視線を向けた後、小声で衝也に話しかけた。

 

「しょ、衝也君駄目だよ、マスコミにあんなこと言っちゃあ…!あんなことしたら新聞にあることないこと書かれて大変なことになっちゃうよ?」

「しゃぁねぇだろ?気に入らねぇもんは気に入らねぇんだよ。俺マスコミとか報道とかが一番腹が立つんだよ。ズケズケと他人の領域に踏み込んできて、荒らすだけ荒らして興味がなくなったらすぐにほかの所に向かっていきやがる。ほんとクズみてぇな奴らの集まりだよ。」

「でも…」

「心配すんなって。何かあっても俺が悪く書かれるだけで、緑谷にはなんも被害はないと思うからよ。」

 

 そう言って緑谷の方を向き、笑顔で親指を立てる衝也。

 緑谷はそんな彼を見て困ったように苦笑すると、少しだけ顔を上げて校舎にある時計を確認した。

 

「あ!ご、ごめん衝也君!僕保健室によらないといけないから先に行くね!」

「ん、おう!じゃあまたあとでなー!」

「うん、また後で!」

 

 そう言って自分に手を振りながら走り去っていく緑谷を見送った衝也は振っていた手を下ろし、軽く後ろを振り返った。

 そこには相変わらず校門の前でインタビューを続けているマスコミたちと、それを追い払おうとしている相澤先生がいた。

 それを見た衝也はチッ!と舌打ちをした後恨めしそうに

 

「クソが…。」

 

 と呟いた。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 午前の授業も終え、各々が教室でお弁当を広げたり、ランチラッシュのメシ処に向かって行ったりして、友達とおしゃべりをし始めるお昼休み。

 もちろん1-Aの皆もお弁当を準備したり、財布を片手に食堂へと向かったりしている。

 そんな中衝也は…

 

「八百万…後生の頼みだ、食い物を作り出してくれ。俺に、飯を恵んでくれ八百万!」

「……」

 

 思いっきり友人にたかっていた。

 しかも創造の個性を持つ八百万に頼むという外道っぷり。

 タダで食べる気満々である。

 額を床にこすりつけて「何なら靴もなめるから!頼む八百万!」と叫ぶ衝也。

 八百万もその必死さに軽く引いてしまっている。

 

「あ、あのとりあえず顔を上げてください五十嵐さん。」

「否!断じて否!八百万が頷いてくれるまで俺は額を床から離すわけには…」

「別にそこまで頼まなくても作りますわ。ただ味の保証はでき」

「まじでか!!?まぁじでか!!!!!?」

「ッ!?え、ええ。作ることはそこまで難しくありませんし、そんな必死に頼まれたら断るのもしのびないですし。」

「……」

「?ど、どうかされまして?」

「俺、今日からお前の事八百万の神って呼ぶわ。」

「やめてください恥ずかしいです!」

 

 頬を赤らめながら衝也の持っているタッパーに卵焼きや唐揚げ等のおかずを出していく八百万。

 それを見ている衝也は涙を流して「ありがたや、ありがたや!」と彼女を拝んでいた。

 そんな衝也を見て、情けない物を見た様な雰囲気を出しているのは透明人間の個性を持つ葉隠透だった。

 彼女は全身が透明であるため表情が確認できず、雰囲気や声からでしか感情を読み取れないのだ。

 余談だが、浮いている制服の凹凸からして、結構良い物を持っていそうな女の子である。

 

「うわー、五十嵐ってプライドとかないの?女の子にたかるなんてさ~。かっこ悪いよ?」

「腹が減って敵と戦えないなんてことになるなら、俺はプライドなんて捨てる!」

「それっぽいこと言ってもかっこ悪いよ。」

「うるせぇぇぇぇ!こちとら腹減ってんだよぉぉぉお!空腹の苦しみに比べたらプライドなんて使い終わったトイレットペーパー並に軽く捨てられるんだよぉ!!」

「うわぁ…。」

「かっこ悪いね、五十嵐君…」

 

 人目を気にせずそう叫ぶ衝也を見て本気のドン引きをしているであろう葉隠と芦戸。

 その隣で終始表情を動かさずに衝也を見ていた蛙吹が首を傾げて衝也に尋ねた。

 

「ねぇ、五十嵐ちゃん。」

「ん?どうした蛙吹。」

「梅雨ちゃんと呼んで。それより五十嵐ちゃんはお弁当は持ってきてないの?」

「……」

 

 蛙吹の問いかけに急に無言になった衝也はしばらく無表情で立っていたが、机の上にある自身のカバンをごそごそとあさり始めた。

 しばらくあさると中から、掌の半分ほどのサイズの白いおむすびを取り出した。

 そしてそれをスススッと蛙吹達の目の前へと出してきた。

 その小さなおむすびを見た耳郎は怪訝な表情を浮かべて声を出した。

 

「うわ、ちっちゃ。それ具とか入ってんの?なに、塩むすびかなんか?」

「いや、具も塩もない。しいていうならむすびだ。」

「え?具も塩もないの?ただの白米?」

「ああ、ただのライスだ。」

「……」

「……」

「……」

「……」

「…よろしければもっと作りますわよ。」

「ウチもおかず一品あげるわ。」

「デザートのゼリーだけど、もらって五十嵐ちゃん。」

「私も春巻き、あげるね?」

「私も唐揚げあげるよ。」

「面目ねぇ、面目ねぇ!」

 

 詳しい事情も聞かずに、次々とお弁当のおかずを譲ってくれる女子たちの優しさに、ただただ涙を流すことしかできなかった衝也だった。

 

「そういえばさ、委員長って結局緑谷なわけ?」

「まぁ、悔しいですけれど投票の結果ですもの。本人が辞退しない限り決定だと思いますわ。」

「うーん、だいじょぶかな?ちょっと頼りなさそうだけど…。」

「私は大丈夫だと思うわ。訓練の時の緑谷ちゃんはすごかったもの。」

「だよね!よく避けたよねー緑君!」

 

 各々お弁当をつつきながら委員長になった緑谷について話し始める女子たち。

 朝のHRの時、突然相澤先生から学級委員長を決めろと言われたのだ。

 学級委員長といえば普通なら雑務として忌み嫌われる係なのだが、ヒーロー科では他を導くことができるとして大変人気のある係なのである。

 そのため皆一様になりたいなりたいと叫んでいたのだが、飯田の「周囲の信頼あってこそのもの。これは投票で決めるべきだ!」という案が採用され、投票が開始された。

 皆一様に自分に投票をする中、緑谷が三票、八百万が二票となり、委員長と副委員長が決められたのだ。

 各自不満は多少あったものの、彼らならいいかと納得した形である。

 まぁ、一部は不安があったりするのだが。

 

「そういえば五十嵐君には票がなかったよね?誰に入れたの?」

「ん、飯田だけど?」

「飯田さんですか…。確かにとてもまじめですし、意見をしっかりと言える度胸もあります。すこしまじめすぎるかもしれませんが、適任とも言えますね。」

「あ、いやそんな理由じゃなくて」

「?」

「ほら、あいつ眼鏡じゃん?やっぱ委員長といったら眼鏡だろ?」

「出た、頭のいいバカ。」

「てめぇのイヤホンぶっ壊してやろうか耳郎。」

「はい、トマト上げるよ。」

「わーい、サンキュー。」

(こいつチョロッ!)

 

 食い物に釣られる衝也に呆れつつも会話と食事をつづける女子たちだったが、突然部屋中に大きなサイレンの音が鳴り響いた。

 

「え!?なに、なんなのこれ!?」

「これは、警報ですわ!?一体何が…」

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください。繰り返します…』

「え!?え!?なにがどーなってるのこれ!侵入者ってこと!?」

「落ち着いてみんな。いったん冷静になりましょう?」

「そうですわ!みなさんいったん落ち着きましょう!とりあえず詳しいことがわかるまでここで待機を」

「でも屋外へ避難しろって言ってるじゃん!」

「まずは落ち着けってお前ら。慌てるなよ、ヒーロー志望だろ?緊急事態だろうと冷静にいなくちゃ助けられる命も助けられなくなるぞ。」

「!う、うん、ゴメン…。」

「うっし、じゃあまずは状況確認だ。」

 

 アタフタと慌てている耳郎や葉隠達を落ち着かせた衝也は軽く手を叩いて状況の整理を促した。

 それを見た八百万と蛙吹は感心したようにうなずいて衝也を見つめた。

 

「素晴らしいですね五十嵐さん。即座に皆さんを落ち着かせられるなんて…。」

「すごいわ五十嵐ちゃん。」

「そんなのはいいから状況整理だって。八百万、さっき放送でセキュリティ3って言ってたがセキュリティ3ってのがなんなのかわかるか?」

「ええ、雄英高校のセキュリティは三段階に分かれていて、入口の分厚い門がセキュリティ1。その次は門が三つ重なっているより厳重なセキュリティ2。そして最後が雄英高校の入口を囲うようにある鋼鉄の壁がセキュリティ3ですわ。」

「つまり、一番奥の一番厳重な部分までぶっ壊してきたってことか?」

「ええ…」

「ちょ、何それシャレになんないレベルじゃん!」

「やっぱ逃げた方がよくなくない?…。」

 

 若干怯えたような表情を浮かべる耳郎と芦戸。

 葉隠もどことなく怯えたような雰囲気を醸し出している。

 蛙吹も「ケロ…」と若干不安げな鳴き声を出していた。

 しかし、衝也は軽く首を横に振った後、校門側の窓の方へ視線を向けた。

 

「おかしい…。」

「?何がかしら?」

「雄英高校の厳重なセキュリティを破れるほどの実力があるやつが出たんだろ?ましてやこんな警報が流れたんだ。雄英の先生が対処をしないわけがない。なのに先生からの避難誘導も何もない。このことから考えられるのは、先生は生徒の避難誘導ができない状態にあると考えた方がいい。」

「避難誘導ができない状態ってなに!?」

「戦闘…」

 

 八百万の呟きに一斉に視線が集中する。

 衝也も深く頷いた後、窓の方へと歩き出した。

 

「その通り。先生が避難誘導もできないっつーことは、戦闘を行っている可能性が高い。…って普通なら思うんだが…」

「?何か別の可能性があるんですの?」

「戦闘に入ったんなら何かしらの音や煙があったり、とにかく普通とは違う変化があるはずなんだ。ところが今の所そんな様子は全くと言っていいほど無いだろ?」

「た、確かに…。」

「聞こえてくるのは生徒の悲鳴ばかりで、戦闘の音なんて全く聞こえないわ。」

「戦闘になったわけでもない。なのに生徒の誘導もできていない。となると考えられるのは…」

 

 そうしゃべりながら窓の方にたどり着いた衝也は、外を覗き込んだ後チッ!と舌打ちをした後蛙吹達の方を振り向き、外の方を指さした。

 

「こういうことだろ。」

『??』

 

 不思議そうに首を傾げた後、衝也の指さす外の方へと視線をやる少女達。

 彼女たちの視界に入ってきた景色は

 

「マスコミね…」

「マスコミですわ…」

「マスコミだねぇ~…」

「うわー、なんていうか…」

「拍子抜けしちゃったよ…」

「マスコミの対処に追われてただけってオチだよ。ったく…。」

 

 マスコミが雄英の下駄箱付近にまで雪崩のように押し寄せてきている風景だった。

 どうやら何かの手違いで門が開いてしまい、それに付け込んで奥まで乗り込んできたようだ。

 その様子を見て、芦戸はへなへなと床に座り込んだ。

 

「はー、何か安心したらドッと疲れが押し寄せてきちゃったよ…。」

「とりあえず、何事もなさそうで安心しましたわ。」

「ていうか、仮に門があいたとしても入っていいかどうかなんて考えれば普通わかるもんだろ。ほんとマスコミは自分たちの事しか考えねぇクズどもだな。一度徹底的にぶちのめした方がいいんじゃねぇか?」

「五十嵐ちゃん、顔がものすごいことになってるわよ…。」

「五十嵐…コワッ!」

 

 鬼の形相でマスコミを罵り始める衝也を少し怯えた様子?の蛙吹と葉隠。

 そんな彼女たちに軽く謝りながらも視線をマスコミから外さなかった衝也だったが、とあるものを見て、初めて視線をマスコミから外した。

 

(?何だあいつ、マスコミ…じゃぁねぇな、明らかに…。)

 

 彼が見ていたのは、雄英高校に体を向けているマスコミの後ろにいる一人の人間である。

 遠目のため性別等はよくわからないが、ただ一つわかるのは

 その人間はマスコミとは『真逆』の方へ歩いていたということである。

 

(……)

 

 顎に手を当てて考え込むような表情を浮かべながらその人間を食い入るように見つめる衝也。

 その人間は、決して雄英高校の方へ振り返ることなくそのまま門をくぐり、雄英高校を後にした。

 その数分後、通報を受けた警察が学校に到着し、マスコミはしぶしぶといった形で撤退。

 雄英高校マスコミ襲撃事件は無事けが人もなく解決されたのだった。

 

 ちなみに

 余談ではあるが、この事件がきっかけで委員長が緑谷から飯田に代わることとなった。

 その様子を見て衝也は「やっぱ委員長は飯田(めがね)だよな。」と呟いていたとかいないとか。

 

 

 

 




グダグダに慣れてきてしまった自分を殴りたい…。
飯田君の委員長抜擢がメインの話のはずなのに、ほぼおまけ扱いになってしまった。
申し訳ない…。


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幕間
遊べ騒げぶち壊せ!?開催、1-A親睦会!前編


この話は本編とは全く関係ない番外編です。
興味のない方は飛ばしてくださってかまいません。
時系列は飯田事件とUSJ事件の間くらいです。
それではどうぞ。


「親睦会?」

 

飯田の委員長就任が決まったその日の放課後、自分の机で帰り支度をしていた緑谷のつぶやきが1-Aの教室に響いた。

その緑谷のつぶやきを聞いて「そのとーり!」と親指を立てながら叫んだのは教室の黒板の前で立っている上鳴電気である。

さらに、彼の目の前にある教卓にはブドウみたいな頭をした背の低い少年、峰田実が立っていた。

1-Aのクラスメート全員の視線は彼らに注がれており、それを確認した峰田は軽く頷くと、拳を握りしめて演説(?)をし始めた。

 

「いいか!?今回の委員長決めにて、オイラ達1-Aヒーロー科には重大な課題があることが判明した!その課題は!おめぇら、何だと思う!?」

「峰田君!教卓とは立つためにあるものではない!即刻そこから降りたまえ!!」

「真面目ぶってんじゃねぇよ!空気読めや真面眼鏡野郎!!緑谷のコネで委員長になったくせに調子乗ってんなよ!?」

「コネッ…!?ぼ…俺は前委員長である緑谷君から指名によって委員長になったんだ!つまりそれは『俺にならば委員長を任せてもよい』という緑谷君の俺に対する信頼の印でもあるということ!それを裏切らないためにも俺は委員長という責任ある立場に着いたんだ!断じてコネなどではない!!」

 

教卓に立っていることを注意するというごく普通の事をしただけなのに峰田に逆切れされ、挙句自分の委員長就任をコネ扱いされてしまった飯田は異議あり!というように手を上げて峰田に反論する。

そのままギャーギャーと言い争いをし始めた峰田と飯田を横目で見た轟は視線を黒板の前にいる上鳴に移した。

 

「おい、上鳴。お前らの言うその課題ってのを早く話せ。このまま話さないんだったら俺はさっさと帰るぞ。」

「まぁそう慌てんなって轟。峰田に飯田も、とりあえず口喧嘩やめて落ち着こうぜ!今大事なのは口げんかすることじゃねぇだろ?飯田もさ、今回ばかりは目ぇつぶってくれよ、峰田は背が低いから何かに乗ってしゃべらねぇとと教室全体に声が響かないんだ。」

「むぅ、仕方がない。ここは上鳴君に免じて今回は目をつぶろう。」

 

上鳴に説得されてしぶしぶ自分の席に座る飯田。

峰田の方は、背が低いと言われたのが気に食わなかったのか、今度は上鳴に文句を言い始めたが、上鳴に小声で諭された後、大きく咳ばらいをして視線をクラスメートたちへと移した。

 

「オッホン!!少し余計な邪魔が入ってしまったが、改めて今日の委員長決めで判明した課題を発表する!その課題とは…!」

 

そこで言葉を切り、峰田は静かに目を閉じた。

口を開けば己の煩悩の事しか話さないことはこの短い付き合いの中でクラスメートたちも理解している。

その彼が珍しくまじめな雰囲気を醸し出しているため、クラスのみんなもゴクリと唾を飲み込み、緊張した様子で峰田を見つめる。

そして、峰田は不意にカッ!と目を見開いた。

 

「友情フラグイベントだ!!」

「はーいみんな帰ろ帰ろー。」

「バッカ峰田!普通に言うようにしろって言っただろ?あ、待ってみんな!ホントちょっとだけでいいからマジで!!」

 

耳郎の掛け声で各々溜息を吐いたり、首を横に振ったり、呆れたりしながら帰宅しようと動き始める。

それを何とか止めようと上鳴は大声で叫んでいる。

その内容はどこかのナンパ師のようだが、皆よりも先に動き教室の出入り口を防ぐ辺り、彼の本気具合が感じられる。

出入り口をふさがれてはしょうがないので皆しぶしぶといった形で自分の席に戻っていく。

 

「なんだよなんだよ!おめぇらノリが悪いんじゃねぇか!?友情フラグイベントと言えば、エロゲーの重要なイベントの一つだぜ?友情フラグをしっかり立ててから次の段階、つまりは恋愛フラグに行かねーとその先のゴール地点、つまり」

「峰田、お前もう黙れ。俺が説明するから。」

 

峰田の訳の分からないエロゲー知識を披露されそうになり、上鳴がもう擁護しきれない、とでもいうように真顔で教卓から彼を下ろす。

その様子を、女子たちがゴミでも見るかのように見ているが、峰田は「何しやがるんだ上鳴!と騒ぎ立てる。

上鳴はそれを完全に無視して話をし始めた。

 

「えーっと、峰田の言い方が悪かったんで誤解してるかもしれないんで、もう一度課題の方から説明させてもらうんだけど…その課題ってのはさ、簡単に言っちまえば信頼関係ってやつよ!」

「信頼関係?」

 

蛙吹が首を傾げたのを見ると、上鳴は「そ!」と笑顔で言った後さらに話をつづけた。

 

「今日の委員長決めでわかったんだけどよ、俺等って当たり前だけどクラスメートの事なんも知らないだろ?性格とか、何が好きなのかとかさ。」

「そりゃあ、まあな。」

「でもよ、それってどうなの?って話よ!」

「どうでもいいと思いますね。」

「はい衝也君空気読もうなー。てか!お前は俺ら側の人間だろ!?どう考えても!」

「てめぇらのような『バカ』と俺を一緒にするなよ。」

「お前に言われるとなぜかほかのバカな奴に言われるよりも腹が立つな…」

「アンタよりも馬鹿な奴なんてそういないと思うけど?」

「お、おめぇらな…」

 

どや顔の衝也とあきれ顔の耳郎の二人にそう言われて、若干傷ついたような表情をうかべる上鳴。

それをみて、呆れたように溜息を吐いた八百万は仕方がないというようにしょげている上鳴に声をかけた。

 

「上鳴さん、とりあえずお二人の話は少しおいておきましょう。それよりも早く続きをお願いします。」

「お、おう、わりぃなヤオモモ。」

 

八百万の言葉で気持ちを持ち直した上鳴は小さく咳払いをした後、話をつづけた。

 

「えっと、話し続けるけど…さっきも言ったけど、信頼関係ってさ俺たちヒーロー科には結構大事だと思わねぇ?ほら、この前の屋内訓練だって二人一組で授業やったじゃん?そういう風にチームで何かをするときにさ、お互いの事をよく知ってなかったら色々と困ると思うのよ俺らは!それでなくったって三年間ずーっと同じクラスなわけだし…きちんとした信頼関係を築けていなかったら気まずくもなっちまうだろ?そのためにもさ、まずはお互いを深く知るために親睦会みたいなものをやった方がいいと俺らは思うわけよ!!」

「んー、言われてみればそうかも…。」

「確かに、他事務所のヒーローとチームを組む際にはお互いの個性や素性等を明かしたりして信頼関係を築き、チームの連携を取りやすくしている、なんて噂があったりするし、そう言った意味では信頼関係はヒーローにとって大事になってくるのかも!」

 

上鳴の熱弁を聞いて、葉隠が納得したようにそうつぶやくと、緑谷もしばらくぶつぶつと呟いた後、上鳴の意見に賛同する。

その後も、続々と上鳴の意見に賛同するものが増えていく。

 

「確かに、チームを組む上では相手の性格を知るのも大事かもしれねぇな…。中々いい提案じゃねぇか!ダチに歩み寄ろうとするその心構え!気に入ったぜ上鳴!」

「お、おう!なんかよくわかんねぇけどサンキュー切島!」

「ま…確かにまわりの連中の事をこのまま何も知らねぇって訳にもいかねぇしな…。いいんじゃねぇか?」

「轟さんも賛成するなんて…少し意外ですわ。」

 

と、このように意外な人物も上鳴の意見に賛同していく中、一人の少年がうっとうしそうに「チッ!」と舌打ちをし、クラスメートの視線が集中する。

机の上に両足を乗せて、いかにも不良っぽい雰囲気を醸し出している爆豪である。

 

「信頼関係なんざ必要ねぇよ。そんなのは実力のねぇてめぇらザコモブ共だけが徒党組んで育んでいけばいい。俺には関係ねぇ。」

「おい!ノリが悪いぞ才能マン!!」

「そうだ!ちょっと強いからって調子乗んなよ!」

「うるせぇよカス。文句は俺に勝ってから言えよ殺すぞ。」

 

そう言って上鳴の意見を真っ向から反発するTHE・反抗期の爆豪。

それを聞いた峰田と上鳴がブーブー文句を言い、ちょっとした口論に発展した

そんな爆豪を傍から見ていた衝也は唇の端を吊り上げ、意地の悪そうな笑みを浮かべた

 

「ま、その性格じゃ友達できねぇもんな?さすがにクラスメート全員の中でボッチになるのは堪えるよな。」

「ボッチになんてなるか殺すぞコラァ!!」

「友達も作れないのに?」

「んだとコラ、作れるわ!!」

 

衝也の煽り言葉に怒りをあらわにした爆豪は「行って証明して見せるわ殺すぞ!!」と若干壊れたしゃべり方で上鳴の意見に賛同(?)し、何とか満場一致で親睦会をやることが決定した。

全員が賛同したのを確認した上鳴は小さくガッツポーズをして教卓の下にいる峰田にハイタッチをした。

 

「いよぉぉし!全員参加決定だなぁ!!んじゃ、今度の休みはみんな予定開けといてくれよ!!1-A親睦会だ!集合場所は県内最大のショッピングモール、木椰区ショッピングモールの3Fにあるゲームセンターの前な!!」

「よぉぉぉし!てめぇら!高校生活初のクラスイベントだ!気合い入れて来いよぉぉ!女子は肩だしワンピースとか露出度高めの服で来いよぉぉ!気合い入れるってそういうことだぞ!?」

 

上鳴と峰田の妙に暑苦しいテンションに若干引いてしまう者もいたものの、1-A親睦会が開催されることが正式に決定した。

周りの生徒たちが当日の服装や交通手段の相談をしている中、先ほど爆豪をあおりまくっていた衝也はまるで世界の終わりのような顔をしながらボソリと呟いた。

 

「「お金……どうしよう。」」

 

呟いた後、衝也は自分と同じ言葉を呟いたその人物の方に視線をバッ!と素早く向けた。

その人物もまた、彼と同じように視線を衝也の方に向けた。

その人物とは

緑谷曰くとっても優しくてかわいい女子、麗日お茶子だった。

二人はしばらくそのまま視線を合わせ続けた後

がっしりと固い握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「うーむ、9:15か…早く着き過ぎたな。」

 

木椰区ショッピングモール

人によって千差万別な個性、それによって変化してしまう形態や要望に応えるために最先端の店舗や技術を使用し、どんな個性のお客にも対応できるよう工夫を施してある県内最大のショッピングモール。

機能性だけでなく、幅広い層をターゲットにしたデザインや店舗を用意してあるこのショッピングモールにはまだ9:00過ぎだというのにすでに多くの客が行き交っていた。

個性の発現により、こうした個性に合わせたの多様化に対応する店というのは多くあるが、その中でも特に人気かつ規模の大きいショッピングモールがここ、木椰区ショッピングモールである。

その木椰区ショッピングモールのA入口付近で、困ったように腕時計を見ている一人の少年が居た。

前面に『弱肉強食!』、背面に『弱肉定食?』とプリントされているTシャツを着た五十嵐衝也である。

何とも独特なデザインのTシャツを身に着けている衝也は腕時計から視線を外すと、右手で数回ポリポリと頭を搔いた。

 

「集合時間は確か10:00…まだ45分もあるなー。どうしよ?」

 

1-A親睦会の開催が決定し、後日それぞれにLINEで集合時間が伝達されてきたのだが、その集合時間はAM10:00。

対して今の時刻はAM9:15。

遅刻したりして文句を言われないように、と少し早めに家を出たのが逆に裏目に出てしまったのである。

 

「しくったなー。こんだけ早いと、ほかの奴らもまだ来てないだろーし…。このままだとこの多くの客がいるショッピングモールで一人でいることになっちまう。そんなことになったら爆豪の事も笑えねぇ…。」

 

爆豪の事をボッチと馬鹿にしていた罰がここで来たのか、この広いショッピングモールでクラスメートが来るまでボッチでいなければならなくなったことに軽く絶望し、顔をうつむかせた衝也。

しかし、彼のボッチタイムは意外と早く終わりを迎えることとなった。

 

(もう無口な口田でもいいから誰か来てくんねぇかなぁ…)

「おや、そこにいるのは…五十嵐君かい?」

「!早速来たー!!」

 

思わぬ救世主の登場に大きな声を上げながら声のした方向に顔を向ける。

そこには

「おはよう!五十嵐君!」とビシィッ!と姿勢よく片手を真上にあげて挨拶をする飯田天哉だった。

 

「よりにもよって!よりにもよってお前かよ!!」

「?どうした五十嵐君、床に膝をつけて拳を打ち付けたりして?」

 

悲痛な叫びをあげながら、床に膝をつけてダン!ダン!と床を殴りつける衝也を不思議そうに見つめる飯田は直角に首を傾げた。

衝也がなぜここまで悲痛な叫びをあげているのか。

それは単純に飯田の事が苦手だからである。

真面目が服を着てコートを羽織り、さらには帽子とマフラーまでしているような飯田はまさに真面目の権化のような男であり、その真面目っぷりに時々まわりもドン引きしたり、鬱陶しく感じたりしている。

衝也としては、規律をしっかりと守る姿勢や、大勢をまとめ上げる能力に長けている部分は素直に評価しているし、別に嫌いというわけでもないのだが、彼の固すぎる雰囲気や真面目過ぎて融通が利きづらい部分が少しばかり苦手なのだ。

 

(まさか絶対に二人っきりでは居たくないやつBEST3の中のNo2といきなり二人っきりになる羽目になるとは…。神よ、俺が何をした…。)

「五十嵐君、いつまでそうしているんだい?まさか、どこか体の調子でも悪いのか!?それならばすぐに救急車を」

「やめろやめろ!?そんな大事にするな!ダイジョブだから!もうピンピンしてるから!超元気だから!なんなら今からフルマラソンやることだってできるから!」

「む、そうか。ならばよいのだが…。しかし、その靴でフルマラソンをやるのはどうかと思うぞ。そのような靴でフルマラソンなどしては靴が壊れてろくに走れなくなってしまう。やはりフルマラソンをするならばきちんとスポーツ用のランニングシューズ、高記録を狙うなら長距離用のスパイクをにしなければ!まぁ、スパイクの方は高いから買えないかもしれないが…」

「俺やっぱお前嫌いだわ」

「!?」

 

突然の嫌い宣言に困惑の表情を浮かべる飯田を横目でみた衝也は膝に着いたホコリを軽く払いながら立ち上がり、かったるそうに首を何回か回した。

そして一度溜息を吐いた後、気を取り直すように飯田に視線を向けた。

 

「しっかし、お前も随分と早く来たんだな。まだ45分前だぜ?」

「うむ、クラスの皆が集まる親睦会!クラスをまとめるべき委員長がその親睦会に遅れるわけには行かないからな。時間に十分なゆとりを持って来させてもらったんだ!」

「うわー、さすが眼鏡なだけはあるなー。真面目の塊見てぇな奴だ。」

「?眼鏡は視力を矯正するものであって性格にかかわるようなものではないぞ?」

「いやいや、眼鏡をしてるやつに真面目じゃねぇ奴なんていないって。眼鏡をした不良なんて見たことあるか?眼鏡してうんこ座りして頭にフランスパンのっけて『何見てんじゃコラァ!?』ってガン飛ばしてるやつ。」

「む、そう言われると確かに見たことがないな。もしかしたら眼鏡には視力だけでなく性格も矯正する効力があるのかも…」

「え、じゃあ爆豪とかも眼鏡かけたりしたらお前みたいになるのか?」

「いや、眼鏡をかけたからと言って俺みたいになるわけではないと思うぞ。外見的要素はまるで違うから、容姿は眼鏡をしたとしても似たりはしない。俺はあんなに髪が尖ったりはしないからな。」

「確かに、爆豪が眼鏡して性格変わるとか想像つかねぇわ。」

「真面目な爆豪君か…彼には申し訳ないが俺もそんな姿は想像できないな…。」

「……」

「……」

「あれ?俺等何の話してたっけ?眼鏡の話?」

「確か、集合時間についての話していたような気がするが…」

「そう言えば集合時間って10:00だっけ?今まだ9:20だぜ?なんでこんな早く来たんだよ。」

「何を言うんだ五十嵐君!俺は1-Aのクラス委員長だぞ?クラス全員が集まるこの行事で委員長が遅れるなんてもってのほかだ!確実に遅刻を防ぐためにも、時間にはゆとりを持って行動しなければ!」

「うわーさすが飯田だなー。真面目の塊見てぇだな。」

「ん?この話、さっきもしなかったか?」

「そうだっけか?覚えてねぇな…。」

 

そう言ってお互いに首を傾げる衝也と飯田。

真面目で冗談が通じにくい飯田と頭が良いけどバカな衝也。

衝也は少しばかり堅物な飯田が苦手なようだが、案外二人は仲の良い友人同士なのである。

問題があるとすれば、二人が話しをし出すとどういうわけか話がどんどん横にそれていくことである。

しかも、時々話がループすることもある。

冗談が通じない飯田のまじめすぎる性格と、頭は良いけどとにかくバカな衝也の性格とが化学反応を起こすと、こういうことがたまに起こるのである。

 

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「集合が遅すぎんぞてめぇら!!一体どこで油売っていやがったんだ!?」

 

ショッピングモール3Fのゲームセンター前。

1-A親睦会の集合場所にも指定されているその場所には1-Aの生徒20名がワイワイおしゃべりをしながら集合していた。

そんな中、この親睦会の提案者、峰田実がとある生徒たちに向かって怒号を飛ばしていた。

その生徒とは

45分前にこのショッピングモールに来ていたはずの五十嵐衝也と飯田天哉であった。

二人は神妙な面持ちで峰田の説教を聞き入れている。

 

「集合時間は10:00だって話だったろ!?なんでおめぇらはその30分過ぎにのこのこと集合してるんだよ!!」

「すまねぇ峰田…。今回は全面的に俺が悪い。本当にすまん。」

「クッ!クラス委員長たる俺がクラスの親睦会の集合に遅刻するなんて…!本当に、本当に申し訳ないみんな!クラスをまとめるべき人間としてあるまじき失態だ!!どう罵倒されようとも仕方がない!!」

 

そう叫んだ飯田は床に頭をこすりつけ、土下座をしながら謝罪の叫びを響かせる。

衝也もさすがに土下座とまではいかないが真剣な表情で頭を下げていた。

それを見ていた緑谷がおずおずといった様子で峰田に話しかける。

 

「ま、まぁ、五十嵐君に飯田君も悪気はなかったんだろうし、こうして謝ってるから許してあげようよ。」

「あめぇよ緑谷!!30分だぞ!?5分とか10分とかだったらいいにしても、30分だぞ?そこらの女の化粧時間よりも長いぞ30分なんて!」

「まぁまぁ、二人も反省してるんだし、これで手打ちとしようじゃねぇか!あんまグチグチ言い過ぎるのは男らしくねぇぞ峰田。」

「そうだぜ峰田。クラスの親交を深めるための親睦会なのにいつまでも怒ってたらつまんねぇーじゃん?それに、こうして説教してる時間だってもったいないしよ」

 

緑谷に切島、さらにはもう一人の主催者である上鳴の三人に説得された峰田はしぶしぶといった様子で説教を中止する。

衝也と飯田はトボトボとクラスメートたちの輪の中へと合流する。

そんな、すっかり意気消沈している二人を見て、蛙吹は少しばかり首を傾げた。

 

「それにしても、五十嵐ちゃんはともかく、飯田ちゃんが遅刻するなんて思わなかったわ。」

「あ、それ俺も思った。飯田ってめちゃくちゃきっちりしてるからてっきり集合時間の30分前くらいにはもうここにいると思ってたわ。」

「クッ!みんなの期待にすら応えられないとは…委員長失格だ。」

「いや、そんな仰々しいものじゃねぇんだけど…。」

 

蛙吹の言葉にうんうんと頷きながら同意をする瀬呂。

蛙吹と瀬呂の言葉を聞いた飯田は悔しそうな表情を浮かべながら拳を震わせていた。

その様子を見て思わず瀬呂はフォローを入れていた。

 

「いや、まぁ俺も飯田もさ?一応集合時間の45分前にはもうショッピングモールには着いてたのよ、ガチでさ。」

「?そんなに早く着いてたんなら、どうして遅刻なんてしちまったんだよ?」

 

衝也の言葉にそう疑問を投げかける砂藤だったが、その疑問を聞いた瞬間、衝也と飯田の顔に暗い影が落とされた。

それを見てまわりのクラスメートが砂藤を小突き、『何やってんだよ!』と目で訴える。

それを見て砂藤は慌てたように取り繕った。

 

「あ、いや…別に攻めてるわけじゃなくて、だな…。」

「いいんだ砂藤君!!いくら早くに来ていたとはいえ、遅刻してしまったのは事実!その遅刻により迷惑をかけてしまった君たちには本来真っ先に遅刻した理由を話すべきだった!!それなのに、それなのに僕は…!!本当にすまないみんな!!」

「い、飯田君、気にし過ぎだって!」

「そ、そうだよ飯田君!別に遅刻したくらいでそんな謝らなくたって大丈夫だって!」「そうよ、飯田ちゃん。一回の遅刻でそれだけ謝っていたら、五十嵐ちゃんなんて今頃おでこの皮が擦り剥けちゃっているわ。」

「…そうだな、今の俺は学習も何もしてねぇただの阿呆だ。」

「…こっちも重症ね。」

 

おもわず本来の一人称が出てしまっている飯田を何とか慰めようと声をかける緑谷と麗日。

蛙吹も衝也を引き合いに出して飯田を慰めようとしたが、てっきり怒ってくるかと思っていた衝也の反応が予想とだいぶ違っていたため思わぬ被害者を増やしてしまう形になってしまった。

蛙吹の言葉に反撃もせずに顔をうつむかせていた衝也はまるで罪を自白する犯罪者のような面持ちでポツリ、ポツリと語り始めた。

 

「俺たちはさ、お互いに45分前にショッピングモールについてよ。とりあえずかち合った場所で数分くらい二人でしゃべってたんだが、『時間はまだあるしどうせならいろいろな店を回っていこう』って俺が提案したんだ。それに飯田も賛成してくれてよぉ、二人でスポーツ用品とか洋服とか色々な店を観て回ってたんだ。その後、そろそろ時間だからゲームセンターに行こうってなって、ゲームセンターに向かったんだ。なのに、なのに!」

 

そこで衝也は顔をうつむかせ、唇をかみしめた。

そして、衝也の代わりに飯田が、顔を手で覆い隠しながら言葉をつなげた。

 

「俺たちがたどり着いたのは…3Fフードコートだったんだ!!」

『なんでだよ!?』

 

予想外の言葉にクラスメートのほとんどがほぼ同時にツッコミを入れてしまった。

それを見た衝也は悔しそうに拳を握りしめた。

 

「飯田は悪くねぇんだ!俺のせいなんだ!俺が、俺がきちんとマップを見ながら誘導をしていれば、こんなことには!!」

「何を言うんだ五十嵐君!君の『だいじょぶだいじょぶ!さっき俺マップ見たし、このまま3Fをブラブラ歩いていればいずれは着くって!』という言葉を鵜呑みにしてしまった俺にだって責任はある!!一人で背負わないでくれ!」

「飯田…お前!!」

 

拳を握りしめながら叫ぶ飯田を目にして衝也は思わず飯田の方へと視線を向ける。

飯田はそんな衝也を見てグッ!と拳を作り、ゆっくりと親指を立てた。

 

「罪を背負うときは俺も背負う!だって俺たちは、友達じゃないか!」

「飯田ぁ!!」

「五十嵐君!」

 

お互いの名前を叫びながらがっしりと固い友情の握手をする二人を苦笑いしながら見つめるクラスメートたち。

そんな中、常闇だけが極めて冷静に、皆がたどり着いていた結論を淡々と言葉にした。

 

「なるほど、つまりは迷子になっていたというわけか…。」

「何言ってやがる常闇!迷子っていうのは『自分の所在が分からなくなり、目的地に到達することが困難な状況に陥った状態の事』を指すんだ!俺たちは飯田のおかげで自分の所在地『だけ』はわかってたからな!断じて迷子になったわけじゃない!」

「うわぁ、何か言ってることが頭良さそうでむかつく…」

「要するに屁理屈ですわね…」

「頭が良いんだかバカなんだか…」

 

芦戸や八百万、そして轟すらも衝也の言葉に呆れていた。

そんな彼らの様子を見ていた上鳴「はーい!みんなちゅうもーく!!」と叫んだあと、大きく二回ほど手を叩いて、クラスメートの意識を自分へと集中させた

上鳴の声を聴いてクラスメートたちの視線は上鳴へと向けられた。

それを見た上鳴は満足そうにうなずくと、そのまま言葉をつづけた。

 

「よーし!それじゃあみんな集まったことだし、これから親睦会を始めるぞ!!今回の目的はあくまで生徒同士のことをよく知って絆を深めるのが目的だ!そこで、今回用意したのがこいつよ!!」

 

そう言って上鳴が懐から取り出したのは、20本の木の棒だった。

それを見てクラスメートたちが怪訝そうな顔をするが、上鳴は特に気にすることなく話を進めていく。

 

「これは俺が今日のために作ったくじ引きだ!みんなにはこれを引いて、4人チームに分かれてもらいたい!」

「四人チーム?」

 

葉隠のつぶやきに上鳴は「そのとーり!」と答えた後、さらに説明を続けていく。

 

「さすがに20人全員でゲームセンターで遊ぶのは無理があるし、ほかのゲームで遊びたい奴が遊べなかったりするかもしれないだろ?何よりコミュニケーションがとりにくいしな!でも4人なら動きやすいし、コミュニケーションだって取りやすいからお互いのことをより深く知ることもできる!」

「ですが、その4人以外の方達の事はどうするんですの?」

「ふふん、その質問はすでに予想済みだぜヤオモモさん!同じチームで行動する時間は1時間!その後はまた入口に戻ってチーム決め!万が一また同じ人とチームになっても、主催者であるオイラと上鳴が誰とチームになったかを記録しておくから、それを見てチームを決めなおさせてもらうから全員と1回ずつ遊ぶことができるって訳よ!」

 

八百万の質問にどや顔でそう答えた峰田。

その後、上鳴が「ほかに質問あるやつはー?」とクラスメートたちの顔を見回す。

 

「別に、特に問題はなさそうじゃね?」

「四人で行動かー!一体誰とチームになるんだろー?」

「なんだかちょっと楽しみになってきたかも!!」

 

特に反対の意見もなさそうなのを確認した上鳴は満足そうに何度も頷いた後、「よっしゃー!!」と大きな声で叫んだ。

その声の大きさに思わずクラスメートの何人かはビクリ!と肩を動かした。

そして、耳郎が忌々しそうに上鳴をにらみつけた。

 

「ちょっと上鳴!いきなり大声出さないでよ。」

「あはは、わりぃわりぃ。ま、とにかくだ!今回はせっかくクラス全員で集まったわけだし!目いっぱい遊んで!騒いで!クラスの絆を深めていこうぜ!!それじゃあみんな!1-Aクラス親睦会、開催だぁ!!」

『おおー!!』

「お客様、大変申し訳ありませんがほかのお客様のご迷惑となりますので、もう少し声を落として盛り上がってくださいますか?」

『……すいません』

 

申し訳なさそうな表情を浮かべた店員による注意から始まってしまった1-A親睦会。

開催からして不穏な空気が漂っていることに、一抹の不安を覚える生徒達であった。




ものすごく長くなってしまったのでここでカットします。
後編の文字数がかなり減ってしまいそうな予感しかしませんが



カットします(真顔)


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遊べ騒げぶち壊せ!?開催、1-A親睦会!後編

自分のネーミングセンスにそろそろ目を向けなければならないと感じる今日この頃。
せめてタイトルだけでも変えた方が良いでしょうかね…
てなわけで後編です、どうぞ













 クラスメート同士の絆を深めようと提案された1-A親睦会。

 その内容は、4人1組のチームに分かれてゲームセンターで遊びまくるというシンプルなものだった。

 そして、上鳴の掛け声と店員の注意により親睦会が開催された。

 各々が上鳴の用意したくじ引きを引いていく。

 衝也も、クラスメートたちと同じようにくじを引く。

 数分でくじを引き終えた1-Aの生徒たちは各自チームに集まっていく。

 

「よーし!チームは決まったな!それじゃあ各自ゲーセンに突撃だー!!また1時間後に会おうぜー!!」

「さっき静かにしろって言われたばっかだろ。あんまはしゃぐな。」

 

 テンションアゲアゲで大声を出す上鳴を軽く小突いて注意する同チームの轟。

 それを見てクラスメートたちは苦笑いをしつつゲームセンターの中へと入っていく。

 そして、衝也も自分のチームの者たちと一緒にゲームセンターの中へと歩いていく。

 そのチームメイトとは

 

「うわー、何かみんなでゲームセンターってテンション上がってくるねー!!」

「俺は、あまりこういった所には来たことがない。遊ぶものはお前たちが決めてくれ。」

「俺も障子と同様に、こういった娯楽施設には訪れたこともない。案内は葉隠と衝也の二人に任せるぞ。」

「んじゃ、とりあえずぐるっと何あんのか見て回ってみるか。気になったものとか、面白そうな物とか見つけたらどんどんやってこうぜ。そんで葉隠、はしゃぐのはいいけどあんまり離れすぎたりすんなよ。お前探すのマジで大変なんだから。」

「オッケー!!」

「了解。」

「御意。」

 

 葉隠・障子・常闇の三人である。

 常闇や障子はあまりこういった所には来たことがないらしく、落ち着かないように時折視線をあちらこちらに動かしていた。

 対する葉隠はしきりに服の裾が上下に動いていることから、腕を振り回してはしゃいでいるであろうことが想像できた。

 衝也もはしゃぐ彼女をなだめつつチームの指揮をとっていた。

 

(葉隠は姿は見えないけど明るくて元気ないい奴だし、常闇や障子もそんなに絡みにくい奴らってわけでもないし、最初のチームは当たりっぽいな。)

 

 衝也はチームでゲームセンター内を歩き回りながらほかの面子に視線を向けていた。

 そんな時、葉隠が「あ!!」と声を出したのが聞こえたかと思うと、彼女の服が急にその場にとどまった。

 つまりは立ち止まったのである。

 そんな彼女の方を見て、隣を共に歩いていた常闇が不思議そうな表情を浮かべた。

 

「む、どうした葉隠?何かめぼしい娯楽機器でも見つけたのか?」

(娯楽機器…)

「ねぇねぇ!せっかく4人でゲーセン回ってるんだしさ、4人でできるあのゲームやってみない?」

「……」

「……」

「……」

「え、もしかしていけなかった!?みんなあのゲーム嫌い?」

 

 自分の言葉に対して返事をせず、無言で自分を見続けている衝也達をを見て、彼女は慌てたように言葉をつづけた。

 そんな彼女の言葉に対して障子はゆっくりと首を横に振った。

 そして、言いにくそうに言葉を発した。

 

「いや、そういうわけではないんだが…その、だな。」

「葉隠…お前たぶん今そのゲームのこと指さしてるんだろうけどさ…こっちはお前の服だけしか見えてないからどのゲームの事指さしてんのかいまいちよくわかんねぇんだわ、すまん」

(!何のためらいもない…だと。)

 

 葉隠の事を気遣って、障子が言っていいのかどうか迷っていてなかなか言い出せなかったことをなんのためらいもなく言い放つ衝也。

 思わず障子は衝也の方に顔を向けて驚いたような表情を向けたが、当の本人は「あ!そっか!ゴメンゴメン!」と陽気に返事をしたため今度は葉隠の方に視線を向け、(言ってもよかったのか!?)と驚いたような表情を浮かべた。

 そんな障子には目もくれずに、葉隠はいそいそと自分のバックをあさり始めた。

 しばらくゴソゴソとカバンの中に手?(透明のため視認はできていない。)を突っ込んでいたが、「あ!あったあった!!」と嬉しそうに声を上げ、カバンの中に入れていた手?を外に出した。

 そこにあったのはシンプルな白色の手袋だった。

 葉隠はカバンから出したその手袋を身に着けた。

 すると、今まで形も見えなかった葉隠の手が、手袋によって形が視認できるようになった。

 

「よし!これで皆にもしっかり見えるよね!ほら、あれあれ!あれやろよー!!」

「む…あれは、ホッケーか?」

「そー!あれなら二人一組で対戦できるし、誰かが手持無沙汰になることもないからさ!!ちょうどよさそうじゃん?」

 

 彼女が手袋で指さしたのは最大2VS2で戦うことができるホッケーゲームだった。

 それを見た衝也はふむふむと何度か頷いた後、楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「なるほどな…。あれなら全員で遊べるし、ルールとかもシンプルだからゲーセン初心者でも安心して遊べるからな。障子と常闇とそれでいいか?」

「ホッケーなら俺も知っている。やるのは初めてだが…」

「選択権は既に五十嵐と葉隠に委ねてある。お前たちの決定に従おう。」

「よっし!決まりー!!じゃあじゃあ、チームはグッパーで決めるよ!もちろん、勝負に負けた方は罰ゲームね!!」

 

 楽しそうにはしゃいでいる葉隠を尻目に障子がホッケーボードをしげしげと眺めていると、彼の人一倍大きい背中をチョンチョンと触る者が居た。

 それに気づいた障子がくるりと背後を振り向くとそこにはチラチラと葉隠と常闇の方を横目で見ている衝也が居た。

 彼は障子にハンドサインで耳を複製するよう頼み、彼が複製した耳に小さな声で話しかけた。

 

「障子、相談なんだがここは俺と組まないか?俺とお前でパーを出してチームを組むんだ。」

「?なぜだ?ここはゲームセンターに行ったことがある葉隠とチームになった方が有利だろう?」

「それじゃあ面白くないだろ?ここは戦力を分散させるためにも俺と葉隠は別れた方がいいんだよ!つべこべ言わずにチーム組むぞ!!」

「…本音は?」

「罰ゲームってのは言い出した奴が受けるっていうフラグがある。俺は罰ゲームなんて受けたくないんだ。受けるのはメスのカメレオンと中二病患ってるカラス頭で十分よ、グヘへへ…」

「五十嵐、お前な…。」

「まさに人の道を外れた外道…。」

「わっるい顔してるねー五十嵐君。まるでヴィランみたいだよ…。」

 

 途中から声の大きさを元に戻して本音を暴露し、底意地の悪い笑みを浮かべて下品な笑い声を出す衝也を障子・常闇・葉隠の三人は半ばあきれたような表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「裏切ったな、友よ…。」

「俺は別にチームを組むとは言っていないぞ五十嵐。」

 

 なんやかんやで始まった罰ゲームありのホッケー勝負。

 各々チームに分かれてホッケー台に立つ四人。

 そんな中、衝也は向かい側、つまりは敵チーム側に立っている障子に恨めしそうな視線を向けていた。

 がっくりと肩を落としている衝也を見て、彼と同じチームの仲間、葉隠透は明るい声で彼を励まそうと声をかけた。

 

「大丈夫だって五十嵐君!こう見えて私、ホッケー結構得意なんだよー!もう私にどーんと任せといて!」

「やめろぉぉぉぉ!!それ以上敗北フラグを立てるんじゃねぇぇぇ!!つーか『こう見えて』なんて言われてもお前の顔見たことねぇから得意そうなイメージも不得意そうなイメージも全然ねぇんだよぉぉ!!」

「五十嵐…荒れているな。」

 

 まるで世界の終わりかのような叫び声を上げている衝也を見て、常闇は若干引き気味にそうつぶやいた。

 彼がこんなにも絶望したような叫び声を上げているのは、葉隠が提案した罰ゲームが原因である。

 敗北したチームに課せられる罰ゲーム、それは『日本最速ティーカップ…爆誕!!』というキャッチコピーが掲げられているティーカップである。

 ゲームセンタの端の方にポツンと置かれているそのティーカップの目の前には看板が立てられており、その看板には『このティーカップに乗って吐き気・嘔吐・吐血・意識消失・呼吸困難・脳震盪・遠心力によって体が吹き飛び大けが負う・体中の穴という穴から体液という体液が噴き出てくる等の症状が出たとしても当ゲームセンターは責任を負いかねます。ですが、119番通報はしっかりとさせてもらいますので、安心してお乗りください』ということが書かれていた。

 それを見た衝也の一言は「安心できるわけねぇだろ」である。

 常闇や障子も若干青ざめた顔をしてそのティーカップを見つめていた。

 それを見た葉隠はあろうことか「面白そう!」と言ってこのティーカップ罰ゲームに採用。

 その瞬間、三人の顔が一斉に死地に赴く兵士のように真剣な表情になったとか。

 

「まさか成人式も迎えずに死ぬことになるなんて…。まだやり残したことがたくさんあるのに…あんまりだぁ!!」

「フ…大げさな奴だ。」

「だったらチーム変われや常闇ぃぃ!!」

「却下させてもらう。俺もまだ深き闇にとらわれたくはないのだ。」

「なんか、さっきから遠回しに私の事ディスられているように感じるんだけど、気のせいかな、障子君?」

「…すまないが答えることはできない。」

 

 衝也も常闇も自分とチームになること=負け確定という思考をしているのを見て障子にそう問いかけるが、障子は気まずそうに顔を逸らしていた。

 そして、衝也の絶望的な急けび声が響く中、ホッケー台からスタートのブザーが鳴り響き、先攻の葉隠・衝也チームの方に最初のパックがでできた。

 

「よぉし!絶対に勝つぞー!!」

「くっそ、こうなりゃやけくそじゃぁ!!フラグも何もかもプリッツ見てぇにへし折ってあのクソダコと中二カラスをあのティーカップの中にぶち込んでやらぁ!」

 

 やけくそ気味に叫んだ衝也は「どりゃぁぁぁ!!」と気合を入れて思いっきりパックをマレットで力いっぱい斜めに打った。

 斜めに打たれたパックは壁に当たって跳ね返り、変則的な動きをしながら結構な速さで常闇・障子チームのゴールに向かっていく。

 しかし、

 

「跳ね返せ!『黒影(ダークシャドウ)』!!」

『アイヨ!!』

 

 常闇の掛け声と共に飛び出してきた黒い鳥のような影、『黒影(ダークシャドウ)』がマレットを持ち、即座に打ち返してきた。

 この『黒影(ダークシャドウ)』は常闇の個性の一つであり、彼の命令に従う相棒が住んでいるという個性である。

 その速度はかなりの物で右側を守っていた葉隠が慌てたようにマレットを動かすが打ち返すことはかなわず、そのままゴールの穴へと向かって行く。

 

「ちょ!それは反則でしょ常闇君!?」

「命のかかった真剣勝負、手を抜いたりはしない。全力で行かせてもらう!」

「まずは一点、だな。」

 

 腕を組んで屁理屈を言い放つ常闇を見て、障子は心なしか嬉しそうに頷きながら呟いた。

 だが、このターンはまだ終わらない。

 

「そう答えを出すにはちと速すぎるんじゃねぇのか、障子君よぉ!」

「む…!」

 

 葉隠・衝也チームのゴールの穴のすぐ手前。

 その手前には、衝也の持つマレットがあり、そのマレットの下には先ほど常闇の『黒影(ダークシャドウ)』が打ち返してきたパックがあった。

 

「エアホッケーをやる中で一番大切になってくるのは変則的かつかなりの速さで動いてくるパックの動きを見極めることができる動体視力!そして動体視力ってのは戦闘においても大切になってくる要素、鍛えておいて損はねぇ。」

 

 そこまで言って衝也はマレットの下にあったパックを手に持ち、ポーンポーンとどや顔で打ち上げて遊び始めた。

 

「一応俺はヒーロー志望なんでな。ヴィランとの戦闘のためにも日々の鍛錬は毎日欠かさず行ってる。そのメニューの中にはもちろん、動体視力の強化も入ってる。つまり、この勝負は、俺にうってつけの勝負って訳だ!」

「うおー!なんかめっちゃかっこいいよ五十嵐君!」

「なるほど、最初のリアクションは俺たちの油断を誘うためのフェイクか…やられたな。」

「クッ…!姑息にして狡猾…なんて卑怯な男だ、五十嵐衝也!」

「ぎゃははは!!何とでも言え!敗者がいくら吠えようとも、それはただの負け犬の悲しき遠吠えにしかならんのだ!!敗者は!おとなしく!ティーカップという名の墓標で眠りやがれぇぇ!!」

 

 ヴィラン顔負けの黒い笑顔で叫んだ衝也はそのままパックを台に置き「おわりどぅわぁぁぁぁ!!」と声を上げて思いっきり打ち込んだ。

 それは先ほどの『黒影(ダークシャドウ)』以上のスピードで向かい側まで飛んでいき、常闇も障子も反応ができないほどだった。

 そしてそのパックはそのままの速さで壁を何度も反射していき、そのまま勢いよく

 葉隠・衝也チームのゴールの穴へと向かってきた。

 

『!!?』

 

 かなりの速さで飛んできたパックに二人もまた反応できず

 ガゴンッ!という音とともにパックは穴に入っていき、電子得点版には常闇・障子チームに1Pが入っていた。

 何のことはない。ただ衝也の打ったパックが壁を跳ね返りまくり、そのままオンゴールしてしまっただけである。

 

「何…だと…。」

「えぇ…。」

 

 あまりのことにがくりと床に片膝をついてしまう衝也と呆然と立ち尽くしてしまう葉隠。

 そんな彼らを見て、常闇はポツリと、悲しそうに呟いた。

 

「所詮は頭の良い阿呆、か。天は二物を与えずとはまさにこのこと。」

 

 それを聞いた障子は憐みの眼で衝也を見ていたとかいないとか

 

 

 

 

 

 それから1時間後

 

「よーし、次は俺と口田と衝也と八百万だな!お前ら全員遊びまくろーぜ!!」

「……」

「おい!そこの頭の良いバカ野郎!!下ばっかりうつむいて前を見ろ前を!!」

「……」

「上鳴さん…」

「ん?どしたん、ヤオモモ?」

「五十嵐さんの眼…光が宿っていませんわ…」

「え、マジで…。うわぁ、ホントだ。レ〇プされたJKみたいな眼ぇしてやがる…。」

『だ、大丈夫なの!?』

 

 若干引き気味に衝也を見ている八百万と上鳴、衝也を心配そうに見つめる口田、そして魂が抜けたように動かない衝也の4人がゲームセンターの前に居たとか居ないとか。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 その後も昼休憩をはさみつつも、親睦会は順調に進んでいった。

 途中爆豪が同じチームになった轟や衝也にガンを飛ばしてくることはあったものの、特に大きな問題も起こることはなく、皆楽しそうにゲームセンターで遊んでいた。

 そして4度目のチーム決めをするために、1-Aの生徒たちはゲームセンター前に集まっていた。

 

「んーッ!!それにしても結構遊んだなー。こんなにゲーセンで遊んだのは随分と久しぶりな気がするぞ…。流石に疲れてきた…。」

「僕はこんなに大勢で遊ぶなんてことはないから、結構楽しかったかな。」

 

 軽く伸びをして、けだるそうに衝也に先ほど同じチームだった緑谷は嬉しそうな表情を浮かべて返事をした。

 そんな彼を見て、衝也は時折見せる底意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 

「ま、誰かと一緒に遊ぶなんてことなさそうな顔してるもんな、緑谷。」

「えぇ~…」

「なんてことを言うんだ五十嵐君!?いくら緑谷君が友達のいなさそうな雰囲気を漂わせていたとしても、さすがにそれを言葉に出すのは失礼だろう!君は少し本音と建て前というものを学ばないか!」

「やめたげてよ飯田君!デク君の顔があしたのジョーみたいに真っ白になってるから!!」

「お前の方が本音ダダ漏れじゃねぇか…」

 

 緑谷と同じように同じチームだった飯田の悪意のない言葉によって緑谷は真っ白な灰と化してしまい、慌てたように同じチームの麗日が飯田を止めようとする。

 衝也も飯田の悪気のない言葉を聞いて軽くドン引きしていた。

 

「それにしても…上鳴と峰田はどこ行ったんだ?」

「主催者の姿が見えないってどういうことよ…」

 

 そんな彼らを尻目に切島は手元のスマホで時間を確認しながらそうつぶやいた。

 隣の耳郎も呆れたように溜息を吐いている。

 現在新たなチーム決めをするために集まって来たのは20人中18人であり、残りの二人の上鳴と峰田は姿が見えていないのである。

 

「なあ、お前らおんなじチームだったんだろ?何かあいつらから聞いてねぇのか?」

「いや、ここに集合する前に『ちょっと確認したいものがある』って言ってどっかに行ったきりだ。どこに行ったかまでは流石にわからねぇ。」

 

 切島は困ったように頭を搔いたあと、彼らと同じチームだった轟に彼らの行方を聞くが、轟も小さく首を振った。

 それを見た衝也は軽くあくびをした後、実に呑気な表情で近くにあった椅子に腰かけた。

 

「どーせトイレで出すもん出してるだけだろ?そのうち来るって。」

「つってもよー…心配なもんは心配だし。」

「もしかしたら何か大変なことに巻き込まれているのかもしれないわ。」

 

 呑気な衝也とは対照的に不安げな表情を浮かべる切島と蛙吹。

 それをみたクラスメートたちも、最初は心配すらしていなかったが、もしかしたら…という可能性を考えて表情を曇らせていく。

 そんな彼らを見た衝也は「しゃーねーなー」とめんどくさそうにつぶやいた後、自分の携帯(ガラケーである)を取り出してカチカチとボタンを押し始めた。

 

「うわ、ガラケーだ…。」

「俺、ガラケー使ってるやつ初めて見た。」

「ウチも。」

「ダッセー…」

「おめぇらごちゃごちゃうるせーぞ、ちと黙ってろ。」

 

 衝也の持つ携帯を見て物珍しそうにしている切島や耳郎を軽く注意しつつ耳元にケータイを持っていく。

 

「そんなに気になるんだったら電話で連絡でもとれって。」

『……あ』

「お前らもう二度と俺のことバカにすんなよ…」

 

 その手があったか…見たいな表情をしてるクラスメートたちを見て呆れたように顔を顰めた衝也はしばらくして、つながった電話に話しかけ始めた。

 

「おう、上鳴か?峰田はいっしょか?お前ら一体どこで何やってるんだよ、こっちはもうおめぇら以外全員集まってんぞ…。ん?はー!?4Fに来てほしいだぁ~?おい、一体どういう…あ、おいコラ上鳴!お前事情をちゃんと説明しろって!」

 

 慌てたように携帯に向かって叫ぶが、声は届かずにツー、ツー、という電子音がむなしく流れ始めた。

 衝也はげんなりとした表情でため息を吐くと、携帯を閉じてクラスメートたちの方へと視線を向けた。

 そんな彼を見て切島が慌てた様子で声をかけた。

 

「どーだったんだ衝也!?なんか危ない目に…」

「あってないから安心しとけ。なんか二人とも4Fにいるんだと。今すぐ全員で4Fに来てほしいらしい。」

「4Fですか?それはまたどうしてですの?」

「さあ?とにかく主催者の命令なんだし、行くっきゃねーだろ。」

 

 そう言ってめんどくさそうに首のあたりをポリポリと搔く衝也。

 どうやら親睦会の開催地はゲームセンターから変更となるようだった。

 

 近くにあった上りエスカレーターに乗って4Fに移動した1-Aの面々。

 その移動した先の4Fで合流した上鳴・峰田に連れられて1-A面々が目にしたもの、それは

 

 遊園地などでよくみられるお化け屋敷だった。

 

「みろよこれ!!お化け屋敷だぜお化け屋敷!!こんなん見たらやるっきゃねぇだろ!?そうだろ!?」

 

 お化け屋敷を指さしながら興奮気味にそう叫ぶ上鳴。

 目の前のおどろおどろしいお化け屋敷は雰囲気抜群で、ホラー好きならば確かテンションが上がるのもうなずけるほど本格的そうなお化け屋敷だった。

 

「いや、まずなんでショッピングモールにお化け屋敷があるのかが疑問なんだが…」

「こまけぇことは気にすんじゃねぇよ衝也ぁぁ!!お化け屋敷だぞ!!合法的に女子にあんなことやこんなことができるぜっこーの機会じゃグフ!!?」

「黙れ歩く猥褻物。」

 

 衝也の疑問に答えるどころか自分の欲求を女子の目の前でひけらかし始めた峰田を物理的に黙らせる衝也。

 そして、軽くため息を吐いた後、視線をそのまま上鳴に向ける。

 

「ま、この際なんでお化け屋敷があるのかはどうでもいいとして、ここで何しようってんだ?」

「何言ってんだよ衝也!お化け屋敷が目の前にあるんだぞ!?入るっきゃないだろ!!」

「おおー!クラスのみんなでお化け屋敷かぁ!なんだかおもしろそうじゃねぇか!!」

「うんうん!なんかテンション上がってきちゃった!!」

「上鳴!お前中々男らしいサプライズしてんじゃねぇか!」

「切島、何でも男らしいってつければ硬派に見える訳じゃねぇんだぞ?」

「衝也…おめーな…。」

 

 テンション高めにそう叫ぶ上鳴につられたのか、砂糖や芦戸、切島などほかのクラスメートも楽しそうにワイワイ騒ぎ始めた。

 それを先ほど衝也によって黙らされた峰田が大きな声を出していさめた。

 

「落ち着けてめぇら!まだお化け屋敷に入ってすらいないのにそんな騒ぐバカがどこにいるってんだ!まずはワクワクドキドキのチーム決めだろーが!!」

「み、峰田君…頭から血が出てるけど、大丈夫なの?」

「バカか緑谷!お化け屋敷なんて絶好のエロフラグをこの程度のけがで逃しちまうようなオイラじゃねぇんだよ!!エロの申し子峰田実、今こそ合法的に女子の女体を堪能するとき!!」

「緑谷、もうお前のスマッシュで黙らせちまおうぜ。」

「お、落ち着こうよ五十嵐君…。峰田君は自分に正直なだけなんだよきっと…」

「正直すぎるってのもどうかと思うけどな…」

 

 緑谷のフォローに的確なツッコミを入れる瀬呂とそれを見て汚物でも見るような視線を峰田に向ける衝也&女子陣。

 そんなテンションアゲアゲ状態な1-Aのクラスメートの中で唯一浮かない顔をしている

 者が居た。

 その一人が浮かない表情をしているのに気付いた八百万がその一人に近づいて行った。

 

「耳郎さん?どうされたんですの、そんな暗い顔をして?」

「あ、ヤオモモ…。」

 

 八百万に声をかけられた耳郎は相変わらず暗い顔のまま八百万の方に視線を向けた。

 八百万の声を聴いたまわりの女子たちも、いつもの言いたい事をズバッという思い切りの良さと明るさがある耳郎とは明らかにちがう様子に心配して集まって来た。

 

「どしたの耳郎ちゃん?なんか浮かない顔してるけど…」

「調子が悪いのなら遠慮せずに行ってほしいわ、耳郎ちゃん。」

 

 心配そうに話しかけてくる葉隠と蛙吹。

 それを見た耳郎は軽く頭を搔いた後、困ったような表情を浮かべた。

 

「あ、いや…別に大したことじゃないんだけどさ…。あの、男子には言わないでよ?特に上鳴と峰田とかには絶対に。」

 

 そう念を押してくる耳郎の顔は真剣で、まわりの女子たちも彼女の真剣な表情を見て、同じように真剣に頷いた。

 それを見た耳郎は大きく深呼吸をした後、少しだけ頬を赤く染め、恥ずかしそうな表情を浮かべた。

 

「実は…さ、ウチ怖いのダメなんだよね…。お化けとか、そういう類のとかもうほんとに無理なの…。」

 

 自分のイヤホンのコードを指でいじくりながら恥ずかしそうにそうつぶやいた耳郎を見た女子たちは驚いたような表情を浮かべた。

 

「えー、耳郎ちゃん怖いの苦手なんだ!なんかすっごい意外!」

「確かに、耳郎さんは怖いもの知らずのようなイメージがありましたから…」

「うぅ…だってさ、怖いものは怖いんだもん…仕方ないじゃん。」

 

 芦戸や八百万に意外そうに言われた耳郎は、イヤホンのコードをいじくったままプイッと恥ずかしそうに顔を背けた。

 それをみた女子たち全員の思考が(可愛い…)で埋め尽くされた。

 そんな中蛙吹は彼女の肩に手を置いて、励ますように声をかけた。

 

「大丈夫よ、耳郎ちゃん。私は怖い物は平気だから、一緒に入りましょう。」

「蛙吹…ありが」

「よーし!それじゃあくじ引きで二人一組のチーム作るぞぉ!みんなぁ、願いを込めて引くんだぜぇ!!」

「……」

「いてぇ!?いきなり何すんだよ耳郎!?」

 

 蛙吹の言葉で希望の光を見出した耳郎だったが、主催者の上鳴によってその希望をあっさりと打ち砕かれてしまい、涙目で上鳴にコードを振り回して攻撃する。

 それを蛙吹が「落ち着いて耳郎ちゃん。」と冷静に止めに入る。

 

「止めないで蛙吹!あいつ、私の唯一の希望を粉々に…」

「まだ希望はありますわ耳郎さん!蛙吹さんでなくとも頼りになりそうな方はたくさんいらっしゃいます!」

「八百万ちゃんの言う通りよ、まだ希望は捨てないで、耳郎ちゃん。」

「うぅ…わかった。」

 

 涙目のままそう言った耳郎は、後ろで女子陣が応援している中、上鳴の言う通り願いを込めてくじを引いた。

 その結果

 

「お、俺のペアは耳郎か。よろしく頼むぜ!」

「終わりだ…。」

「何が終わったのかはわからねぇけど期待されてなかったのはなんとなくわかったわ…」

「ごめんなさい、五十嵐ちゃん。彼女、今ちょっと普通じゃないの」

 

 絶望的な表情で床に体育座りで座り込んでしまった耳郎を見て、若干傷ついた表情を浮かべる耳郎のペア、衝也は座ったままぶつぶつと何かを呟いている耳郎へと視線を向けた。

 

「最悪だ…せめて轟とか切島とかならまだよかったのに、よりにもよって五十嵐なんて…」

「おい、こいつ遠回しに俺の事不細工って言ってねぇか?さっきからイケメンの名前しか口にしてねぇぞ?」

「大丈夫よ、遠回しに頼りないって言っているだけ。不細工とは言ってないわ。それに五十嵐ちゃんは不細工じゃないわ、ごく普通の顔よ」

「……」

 

 蛙吹の返答を聞いて微妙な表情を浮かべる衝也。

 しばらく衝也はそのままの表情で蛙吹と話をしていたが、不意に今まで座り込んでいた耳郎が覚悟を決めた表情をして勢いよく立ち上がった。

 

「ペアは頼りないし、お化け屋敷はめちゃくちゃ怖そうだけど!決まったんなら仕方ない!女は度胸!やるっきゃない!たとえペアが五十嵐(バカ)だとしても!」

「なぁ蛙吹…どうして俺は耳郎にここまでディスられなきゃならんのだろうか…?」

「ごめんなさい、五十嵐ちゃん。彼女、今かなり普通じゃないの」

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 こうしてくじ引きによってチームと入る順番が決められ、耳郎・衝也チームは3番手となった。

 意外と早い順番に喜ぶ衝也と嘆く耳郎だったが、そんなことはお構いなしで列は進んでいく。

 最初に入った峰田・葉隠チームと二番目に入った上鳴・口田チームの悲鳴が中で聞こえてくるのを聴いて、耳郎は「ウッ…」と声を漏らした。

 それを目ざとく聞いていた衝也は不思議そうな表情を耳郎に向けた。

 

「ん、どしたん耳郎?なんか表情くらい見てぇだけど…」

「!べ、別に何でもないし!ほら、ウチの事はいいから前見ときなよ。次はアンタの番でしょ!?」

「いや、それはお前もおんなじだろ…」

 

 呆れたように小さく呟いた衝也から顔を逸らした耳郎。

 そして、頭の中で自分のペアが五十嵐だったことを再び嘆いた。

 もしペアが轟や切島だったら、いつもの言動や性格からしてたぶん頼りになりそうだし、仮に自分が怖がりだと気づいてもそれを馬鹿にすることはないだろう。

 だが、もしこれが上鳴・峰田・衝也のバカ三人だったらまず頼りにはならないし、怖がりだということを知ったら全力でからかってくるのは目に見えている。

 だからこそ彼女は衝也がペアになったことを嘆いていたのだった。

 

(とにかく、このバカにだけは絶対ばれないようにしないと)

「お客様?お客様!順番が回ってまいりました!早くなかにお入りください!お連れ様も向かいましたよ?」

「おーい耳郎!何やってんだぁ?早く中はいんぞー!!」

「あっ!?ちょ、おいてかないでよ五十嵐!!」

 

 つかつかとお化け屋敷の中へと入っていく衝也を見て、慌ててその後を追う耳郎。

 そして、何とも雰囲気のある暖簾をくぐって中へと入る。

 中はお化け屋敷らしく真っ暗で、かろうじて足元と目の前近くが見える程度だった。

 

「うわー、暗っ…。ちょっと暗すぎないこれ…」

「まあ、明るいお化け屋敷ってのもそれはそれで嫌だけどなー。」

 

 耳郎のつぶやきにさしていつもと変わらない様子で返事をしてくる衝也。

 それを聞いた耳郎はハッとしたような表情を浮かべた後、気を取り直すかのように声を出した。

 

「!と、とにかく、こんな子供だましみたいなお化け屋敷とっとと終わらせるよ!ほら、速く進んで進んで!」

「わかったわかった!わかったからあんま押すなよ耳郎!つーかまだ子供だましかどうかなんてわかんねぇだろ!?」

 

 速く終わらせたいがために衝也の背中を押して前に進んでいく耳郎。

 そのまま衝也の背中を押したまま先に進んでいくと、彼らの前に不気味な祠が見えてきた。

 その祠には看板と一枚のお札が飾ってあった。

 

「うわ、何あれ…」

「俺に聞かれてもわかんねぇって。とにかく看板あるんだし見に行こうぜ?」

「うっ…。ウ、ウチはいい!アンタ一人で行きなよ!」

「いや、それじゃあチームの意味ないだろーが…。なんだよ、もしかして怖いの苦手なのか?」

 

 自分の後ろから中々動かない耳郎を見て衝也が呆れ半分、からかい半分のような声色で耳郎にそういうと、耳郎はしばらく動きを止めた後、つかつかと前へと進んでいった。

 

「~ッ!!そんな訳ないじゃん!お化け屋敷なんて所詮作り物!そんなものにいちいち怖がってたらヒーローなんてなれるわけないじゃん!」

「は、そりゃ勇ましいこって。」

 

 軽く肩をすくめたあと、耳郎の後を追いかけている衝也。

 そして二人は祠の目の前にある看板に目をやった。

 

「なるほど、ようはここにあるお札を奥にある別の祠に置いて、暴れまわってるお化けを沈めろってことか」

「なんでここの祠においても効果ないのにお札置いてんの…。バカなのこのお札置いたやつ…。暴れまわってるお化けも迷惑だっての…。」

「お前、さっき自分で作りものだって言ってただろ…。」

 

 恨めしそうな目で看板をにらんでいる耳郎を見て、若干呆れたように呟いた。

 そして軽く首を回した後、看板とにらめっこしつづけている耳郎に声をかけた。

 

「さってと、とりあえずここにずっといる訳にもいかねぇし、さっさとあのお札とっちまおうぜ。」

「べ、別に二人で取りに行かなくても良くない?ほら、ウチか五十嵐のどっちか一人でも…」

「だから、それじゃあチームの意味ないだろって言ってんじゃん…。ほら、つべこべ言わずに行くぞー」

「ちょ!押さないで、押さないでってば!!」

 

 そう言って今度は衝也が耳郎の背中を押して祠まで移動する。

 そして祠に飾ってあるお札の目の前にまで歩いた後、衝也はしげしげとそのお札を見始めた。

 

「ほー、これがそのお札か。なんか…普通だな。」

「なんでもいいからさ!早くそのお札取って先に進もうって!」

「はいはいわかったわかった。まったく、せっかちな女はもてないぜ?」

「うるさい!大きなお世話!」

 

 はやくはやくと急かし続ける耳郎に、衝也はやれやれという風に首を振った後、お札へと手を伸ばした。

 その瞬間

 ばたんと勢いよく祠の扉が開かれ、中から貞子のような長い髪をした女性が飛び出してきた。

 

「うあぁぁあぁあああ!!」

「うお、思ってたより結構…」

「うわあぁぁあああああああああああー!!!!」

「うおおおおー!?」

「!!??」

 

 最初は少し肩を上げただけだった衝也だが、不意に自分のすぐ後ろから聞こえてきたとんでもない音量の叫び声に思わず大声を上げてしまう。

 祠から出てきたお化け役の女性も思わずびっくりしてしまっていた。

 衝也は耳をふさぎながら背後を振り返る。

 するとそこには腰を抜かしてしまったのか、尻餅を着いたままカタカタと涙目で震えて動かないでいる耳郎が居た。

 それをみた衝也はあんぐりと口を半開きにしている間抜け面をして耳郎を見つめていた。

 そんな彼の後ろ、つまりは扉の中から出てきたお化け役の女性は、そろそろと扉の中から出てきて、申し訳なさそうに耳郎に近寄っていった。

 

「あの、お客様?その…だいじょうぶですか?」

「いやあああぁぁぁぁああああ!!」

「……」

「……」

 

 女性が近づいた瞬間、この世の終わりかのような叫び声をあげて座ったまま器用に女性が近づいた分だけものすごい速さで下がっていく耳郎。

 それを見たお化け役の女性もどうすればいいのかわからずその場で固まってしまう。

 衝也は涙目で尻餅を着いている耳郎と、どうすればいいのかと顔を覆い隠した長い髪を振り回してアタフタしている女性を交互に見た後、大きくため息を吐いた。

 そしてお化け役の女性に小声で「とりあえず、持ち場に戻ってくれて大丈夫っす。なんか、いろいろとすいません…」と軽く頭を下げてそう言った。

 それを聞いた女性はとんでもない!とでもいうように何度も手を顔の前でブンブン横に振った後、申し訳なさそうに頭を下げながら持ち場の祠の裏へと戻っていった。

 それを確認した衝也はくるりと振り返り、今度は耳郎の方に視線を向けた。

 耳郎は恐ろしさで興奮状態にあるのか「はぁ…はぁ…!」と苦しそうに息を吸ったり吐いたりしていた。

 そして、

 

「!だから言ったじゃぁぁん!!怖いのは無理なんだってぇぇ!!」

「いぃっ!?」

 

 緊張がほどけたせいなのか、はたまた怖がりがバレたと決めつけてやけになったのか大声で叫んでボロボロと涙を出して泣き始めた。

 それをみた衝也はいきなりの事に驚いて半歩後ろに下がってしまう。

 

「うぅ…!怖いの無理だって…言ったのにぃ…グスッ…!だからお化け屋敷なんて…入りたく、無かったのにぃ…!」

「いや、俺そんなの聞いてねぇし…。ていうか、とりあえず落ち着けって。なんか見てて罪悪感が出てくるから。」

 

 目の前で女子が泣いてしまっているのを見て、別に自分が何も悪くないのはわかっていても罪悪感を感じてしまう衝也。

 とりあえず、泣くのをやめさせようと声を掛けようとするが

 

(同年代の女子の泣き止ませ方なんて知らねぇぞおい…。)

 

 自分がそこまで男前スキルが高くないことに気づき、冷や汗をにじませる。

 どうしたものか、どうしたものか!とパニックが伝染したのか衝也まで慌てたように顎に手を当てて緑谷のようにブツブツと何かを呟き始める。

 しかし、何もいい案が浮かばず「ちっくしょーめ…」と頭を両手で書きながら小さくつぶやき、何とはなしに耳郎の方に視線を向けた。

 耳郎は相変わらず床に座り込んだまま、時々鼻をすすりながら泣いていた。

 そこにいつもの強気で頼れる彼女の姿はなく、もはやただの怖がりな女の子にかわってしまっていた。

 その姿が衝也の頭の中で一瞬、ほんの一瞬だけ彼女(・・)と重なった。

 それを見た衝也はしばらくそのまま耳郎を見つめ続けた後、あきらめたかのように大きくため息を吐いた。

 

(しゃあねぇか…。あんま気は進まねぇけど…。)

 

 あきらめたように首をポリポリと搔いた衝也は、つかつかと腰を抜かしたままの耳郎に近寄って行った。

 そして衝也は彼女の目の前で立ち止まり、ゆっくりと目線を合わせるかのようにしゃがみこみ

 ポンッ。と彼女の頭の上に手を置いた。

 

「…!?」

 

 いきなり手を置かれたのに驚いたのか、耳郎は大きく目を見開いて衝也の方に目を向ける。

 身長さのせいか、屈んでいるはずの衝也の顔を見上げるような形になっている。

 そして衝也は、いまだ涙が頬を伝ってる彼女を見つめたまま

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 と何度も言いながら、優し気な笑みを浮かべた。

 彼の武骨で大きな手は、まるで赤ん坊をあやすかのように耳郎の頭を撫でる。

 不快ではない、むしろとても暖かくて、心地よい感覚。

 父親や母親に撫でられるのとはまた違った心地よさを感じる衝也の撫で方に耳郎はそのままされるがままに撫でられ続けている。

 それから数分後

 いつの間にか、耳郎が感じていた恐怖はなくなっており、涙も止まっていた。

 

「はぁ、やっと泣き止んだか…ったく。こんなことやったのマジで久しぶりだぞ…」

「ッ…!?」

 

 衝也が疲れたようなつぶやきをして頭から手を離したその瞬間、我に返ったかのような表情を浮かべた後、恥ずかしそうに素早く顔を目の前の衝也から逸らした。

 

「い、五十嵐アンタ!いきなり何すんのよ人の頭に!!」

「しょーがねぇだろ。お前がいつまでも泣き止まなかったんだからよ…。」

「うぐっ…」

 

 衝也にそう言われて言葉を詰まらせてしまう耳郎。

 なまじその通りでもあるので強く言い返せない。

 だが、それでも頭を撫でられたのは彼女としても少し看過できない。

 

「だからって…別に頭撫でる必要はないでしょ…。その…声かけるとか、励ますとか、ほかにも色々方法があるじゃん…」

「すまねぇな、俺にはそういうイケメンスキルはないんでね。泣いてる女子を慰める方法なんてこれくらいしか知らないんだよ。つーかさ、怖いの苦手ならここに入んなきゃいいじゃねぇかよ、変な意地張っちまって、バカだなぁ。」

「は、はぁ!?別に怖くなんてないし!ただ、ちょっと驚いたってだけ…!こんな子供だまし、ウチが怖がるわけないじゃん!!」

「はいはい、そうですか…」

 

 頬を若干赤くしながらそっぽを向く耳郎。

 そんな彼女を見て、肩をすくませた衝也はどっこいしょと言いながら立ち上がり膝に着いたホコリを払い落とした。

 そしていまだ腰を抜かしたままの耳郎に手を伸ばした。

 

「立てるか?」

「……」

 

 耳郎はしばらくの間無言のまま差し出された手も見ずに顔を背けていたが、やがてしぶしぶというように逸らしていた顔を元に戻し(とはいっても下を向いてうつむいているので衝也から顔は見えない)、ギュッと差し出された衝也の手を握った。

 衝也はそのまま耳郎の手を引っ張り、腰を抜かしていた彼女を立ち上がらせる。

 彼女が無事立ち上がったのを確認した衝也は、握っていたその手をすぐに離し、お化け屋敷の案内矢印の指す方向へと視線を向けた。

 

「さて、とりあえず先に進むとするか。流石にこのままここにとどまっとくわけにも行かんだろ。」

「あ、あのさ!」

「ん?」

 

 軽く伸びをした後、先へと進もうとした衝也だったが、突然の耳郎の声に立ち止まり、彼女の方へと視線を向けた。

 彼の目に映る耳郎の顔は今は上にあげられており、その顔はほのかに赤く染まっていた。

 

「その…このことはさ、絶対に誰にも…言わないでほしいんだけど…ダメ、かな…?」

 

 視線をあちこちに泳がせ、自身のコードを指でいじくりながら恥ずかしそうにモジモジしながらそういう耳郎。

 いつもの彼女とは違うしおらしい耳郎を目にした衝也は驚いて目を丸くした。

 その違いのせいなのか、彼はわずかに自分の鼓動が早く波打っているのを感じる

 

 

 

 なんてことはなく、一瞬だけ目を丸くした後、すぐに呆れたように溜息を吐いた。

 

「あのなぁ、お前さっき怖くないとか言ってたじゃねぇかよ…」

「うっ!そ、それは…その」

 

 痛いところ疲れた耳郎は慌てたようにたじろき、視線をわずかに横に逸らした。

 それをみた衝也はまた大きくため息を吐いた。

 そして、軽く肩をすくめたあとくるりと体を反転させた。

 

「だから、俺はお前が何のことを言ってほしくないのかわからねぇな。」

「へ…」

「俺はお前が驚いた姿は見たけど怖がってる姿は見たことない。だから、俺にはお前が一体何のこと言ってるんだかさっぱりわからねぇよ…。あー、それとなんだ…」

 

 そこまで言って衝也はガシガシと後頭部を搔いた。

 そして、少しばかりいうかどうか迷ったような動作をした後、大きくため息を吐いた。

 

「俺はあんまり頭がよくねぇ上にどんくさいからなぁ~。どっかの怖がりが服の裾に触ってたとしても、気づくことはないと思うぜ?」

「…何それ。ここに怖がりなんていないし、アンタの服の裾つかむようなもの好きなんてこの世にはいないでしょ。」

「…そうかよ。」

 

 耳郎の言葉を聞いた衝也は大きなため息を吐いた後、ゆっくりとお化け屋敷の奥へ向かって歩き始めた。

 そして衝也はフッ…と笑みを浮かべて瞼を閉じた後

 

(ぐおおおおお!何言ってるんだ俺はぁぁ!!あんなスマートな言葉はスマートなイケメンが言うからこそ女子受けがいいんだろぉぉがぁぁ!!俺みたいな超絶平均顔の男が言ったって乙っちまうことくらいわかってたのにぃぃ!ちっくしょぉぉぉおお!想像するだけで蕁麻疹が止まらねぇ!!)

 

 猛烈に後悔しまくった。

 心の中で叫び声を上げながら頭をかきむしりまくる衝也。

 そんな彼の右手の服の裾に、肌色のコードがひっそりと絡まっていた。

 

 

 

 

 

 その次の日。

 

「うおおおお!八百万の神ぃ!俺におかずを恵んでくれぇぇ!!」

「うわー、またやってるね五十嵐君。ヤオモモ大変そー」

「最早見慣れた光景ね…。あら…?」

「アンタいつもヤオモモにたかりすぎ。ほら、これ昨日の夕飯の残りだけど上げるから、今日はヤオモモからたかんの良しな」

「おお、こんなにたくさん!いいのか耳郎!?」

「昨日の残りだって言ってるじゃん。捨てるのももったいないし、アンタに食べてもらった方がもったいなくはないしね。」

「…おれ今度からお前の事耳郎の神って呼ぶわ。」

「いやに決まってんでしょそんな呼び名…。ほら、エサはやったんだからさっさとどっか行きな。」

「サンクス!!サンクス耳郎!」

「ったく…」

「ありがとうございます、耳郎さん。」

「珍しいわね、耳郎ちゃんが五十嵐ちゃんにおかずを上げるなんて。」

「何かあったのー、耳郎ちゃん?」

「別に何も…。ただ」

『ただ?』

「アイツにはちょっとした借りがあるからね…」

 

 衝也は新たなたかり先をひっそりと獲得した。

 




おかしい、前より文字数増えてやがる(震え)
この話は一部私の実体験が含まれていたりいなかったりしています。
それにしても私はこういったシーンを書くのは本当にへたくそですね…。
涙がでそうです。



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USJ編
第五話 ヴィランって何?って聞かれたらとりあえず爆豪を指させばいい


オリジナル展開も考えてみたいけど、私の想像力では無理そうなのでやろうかどうか悩んでいる今日この頃。
原作沿いの小説、私は好きなんですけど…オリジナル展開のあるものも好きなんですよね…。

てなわけで五話です、どうぞ!






 雄英クズ集団襲撃事件改め雄英マスコミ襲撃事件から数日後の水曜日。

『何かの手違いにより』故障してしまったとされている雄英の無敵の壁、雄英バリアーの修理も完了し、それに伴い厳重になっていた警備態勢も『多少』だが緩和された。

 警備が解けないのにはそれなりの理由があるのではないか?と某頭の良いバカやイケメンのハーフ&ハーフ等の一部の生徒は疑問に思ったりもしたのだが、学校から正式にマスコミ対策だと発表したため、一応はそういうことだと納得する形となった。

 そんなちょっとした普段との違いはあったものの、この数日は特に大きな変化もなく日常が進んでいった。

 そして今日もいつもと変わらない午後の授業、ヒーロー基礎学の時間がやってきた。

 

「いつも思うんだが、どうして午後の授業開始時間は13:20からなのに寝袋先生の時だけは12:50から授業を開始するんだろうか…」

「最初に言ったろ?生徒の如何は教師の自由、どんな授業をするのかもその教師の自由なんだよ。つーか寝袋先生ってのやめろ五十嵐。」

「だからって昼休みがたったの20分ってのはやりすぎでしょーよ。おちおち昼飯も食えないぜ…。」

「ヤオモモにたかって得た昼飯がねー。」

「おう、今日もうまかったぜ!」

「それを笑顔で言えるアンタがウチには百のヒモにしか見えない。」

「八百万、いやなら断ってもいいんだぞ?」

「すいません先生、五十嵐さんのお弁当を見るとその…見てられなくて。」

「余計な事言わないでくれよ寝袋先生!八百万の神からおかずがもらえなくなったら、俺は掌サイズの味無し白米が昼飯になっちまう!」

「……」

「……」

「今度職員室来い。余ってる職員用の弁当分けてやるから。」

「アンタは神か弁当先生。」

「お前大概にしとけよホント…。」

 

 衝也の切羽がつまりにつまり過ぎている私生活に思わず相澤も同情の視線を彼に向けた後、視線を1-Aの生徒全員に戻した。

 そして大きく首をまわした後、若干たるそうに話をし始めた。

 

「えー、一人のドアホのせいで邪魔が入ったが」

「ドアホて…」

「これから今日のヒーロー基礎学を始めるんだが…今回は俺とオールマイト、それとあともう一人の三人体制で見ることになった。」

「はーい先生。『なった』ってことは特例かなんかなんですか?」

(うわぁ、五十嵐君直球に聞くなぁ…。僕にはできないよ。)

「少し黙れこの超絶間抜け野郎。」

「寝袋先生、だんだん俺に対して態度が辛辣になってきてんな…」

「はーい、先生。」

「今度はお前か!?なんだ瀬呂!!」

「え…なんで俺こんな怒鳴られてんの?」

 

 完全に衝也の理不尽なとばっちりを受けてしまった瀬呂は少しだけショックを受けたような表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して先ほどの言葉を続けた。

 

「えっと、今回はどんなことすんのかなーって。そう思っただけっす、すんません…。」

「いや、謝るのは俺だ、怒鳴って悪かったな瀬呂。どっかのバカのせいで少し気が短くなっちまった。」

「人のせいにするのはよくないと思うんだが…。」

「お前ちょっと黙っとこうなホント。」

 

 またもやおバカ発言で先生を無意識に怒らせようとしている衝也をガチめのトーンで注意する切島を見て、相澤はホッとしたように息を吐くとポケットをごそごそとあさり始めた。

 

「今回の授業は、災害水難なんでもござれの人命救助訓練(レスキュー訓練)だ!!!」

 

 そう言ってポケットから取り出して生徒たちの目の前に出したのは『RESCUE』と大きな文字が書かれているプラスチックのカードだった。

 それを見た生徒達はザワザワと騒ぎ始めた。

 上鳴に至っては少しばかり嫌そうな表情を浮かべている。

 

「うへー、レスキューか…今回も大変そうだなぁ」

「バカか上鳴、これこそヒーローの本分だぜ!?鳴るぜ!!」

「腹が?さっき飯食ったばっかだろ?ランチラッシュの所で。金がないからランチラッシュのメシを食べられない俺に対する当てつけかこらぁ!!?」

「ちげーよ!どんな被害妄想だ!?腕だ!腕が鳴るんだよ!!」

「腕が鳴るわけねぇだろ!馬鹿にしてんのか切島コノヤロー!」

「お前ほんっとうに頭いいのにバカなのな…」

「上鳴、お前のその空っぽ豆電球みたいな頭の中身をぶちまけてやろうか?」

「落ち着いて五十嵐ちゃん。席から立つのはよくないわ。」

「……(あれさえなけりゃなぁ)」

 

 最早定番になっている衝也のおバカ発言に呆れて声も出せなくなってしまった相澤だったが、さすがにこのままにするわけにもいかないので軽く衝也達を注意した後説明をつづける。

 そして、今回はコスチュームの着用は自由であることと訓練場が離れた場所にあるためバスに乗って移動する旨を伝えた後、そのまま準備をするよう促した。

 相澤に促されて、生徒達も更衣室に向かい準備を開始する。

 コスチュームの着用は自由ではあるが、ほとんどの者はやはりコスチュームに着替えている。

 男子更衣室にいる者たちの中でコスチュームではないのは体操服に着替えている緑谷と衝也だけである。

 

「お、何だよ緑谷に五十嵐、オメーらはコスチュームじゃないのかよ?」

「あ、うん。僕のは屋内訓練の時に壊れちゃったから、サポート会社に頼んで修復してもらってるんだ。」

「俺は昨日洗濯しちまったからまだ乾いてないのよ。」

「せ、洗濯…。」

「まぁ、オメーらのコスチュームはオイラのとは違ってかっこわりぃからなぁ~。着なくて正解だったんじゃねぇか?」

「そ、そんなことないよ!僕にとっては最高にかっこいいコスチュームさ!」

「…峰田のコスチュームそんなにかっこよくなくないか?轟とか上鳴の方が全然かっこよくね?」

「喧嘩売ってんのか五十嵐ぃ!?あんな素がイケメンの奴はコスチューム着なくたってかっこいいんだよぉぉ!!つーかてめぇだってごく普通の平凡顔じゃねぇか!?その上コスチュームもクソ地味なのにオイラのコスチュームバカにすんなよな!!」

「機能性と実用性重視だ。それに、ヒーローってのはコスチュームや容姿が端麗だからかっこいいんじゃねぇんだからよ。人を助けるその姿がかっこいいだけだろ?だからコスチュームなんてなんだっていいんだよ。大事なのはここよここ。」

 

 軽く私怨が混じった峰田の言い分に自分の胸のあたりを叩いてそう反論する衝也。

 それを聞いた峰田は「ぐぬぬぬ…」とうめきながら悔しそうに拳を震わせていた。

 そこへ切島が衝也の肩を笑いながらバシッ!と叩いた。

 

「よぉく言ったぜ衝也!そうさ、ヒーローに必要なのは燃え滾るように熱いハートだハート!熱い心さえあれば、男ってのはいつだってかっこよく見えんだよ!なぁ、緑谷!」

「え、う、うん。五十嵐君の言ったことは一理あると思うよ。僕もヒーローが人を助けている時が一番輝いて見えるから。」

 

 そう言って緑谷は握りしめた自分の拳に視線を移して、真剣な表情を浮かべて感慨深そうにしていた。

 何かを思い出しているような緑谷を衝也はじーっと見つめていたがしばらくしてうつむいてボソリと、誰に言うわけでもなく小さな声で呟いた。

 

「まぁ、そういう意味では俺が一番かっこよくねぇヒーローになりそうだけどな…」

「ん、どうした衝也?腹でもいてぇのか?」

「…いんや、ちょいとぼーっとしてただけだ。」

「そうか?ならいいんだけどよ…。」

「なぁなぁ、なんか俺の名前が聞こえたような気がしたんだけど、一体何話してたんだ?」

「上鳴の頭の中身はおぼろ豆腐しか詰まってないんだろうなってはなし。」

「……」

「う、嘘だから!?五十嵐君の軽いジョークだから!」

「そうだぜ上鳴!?むしろお前の事イケメンとか言ってたんだからよ!」

「ほ、ほんとかそれ!?」

「イケメンなんて死んじまえばいいのに…」

「え」

「イケメンでもアホじゃなぁ。天は二物を与えずってやつの典型的だな、上鳴は。」

「……」

「ちょ、峰田君!?今の上鳴君にそれはきついって!」

「うるせぇ!イケメンなんてこの世から消えちまえばいいんだよぉ!そうすれば自動的にオイラがイケメンになれるんだ!」

「峰田君ちょっと性格歪んでない!?」

「衝也!おめぇそんなこと言うなんて男らしくねぇぞ!?さっきまでのお前はどこ行った!?」

「あ、わりぃ。俺って思ったこと何でも言っちまう性格なんだよ。悪かったな上鳴、思ってたことを口に出しちまうのは俺の悪い癖なんだ。これからは心の中で言うだけにしとくよう頑張るから許してくれ。」

「お前ホント大概にしとけよ!?見ろ、上鳴がもううつぶせで倒れこんじまってるじゃねぇか!?」

「…………」

 

 その後、上鳴のメンタルを持ち直すのにかなりの時間が掛かったとか掛かっていないとか。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 訓練場に向かうバスの車内。

 緑谷の個性の話になり、そのまま皆の個性の話へと発展していき次第にワイワイし始めた楽しそうな車内で、衝也は

 

「……」

「…チッ!」

 

 爆豪の隣で思いっきり彼にがんを飛ばされて舌打ちまでされていた。

 爆豪は隣にいる衝也を、まるで親の仇のような目で見ており、その視線を一瞬たりとも衝也から外すことはなかった。

 衝也はもう汗がダラダラでひたすらに向かいの八百万と麗日の方へと顔を向けていた。

 それを見ている彼女たちも同情したような表情を浮かべていた。

 麗日は口パクで『頑張って』と言い、軽く親指を立てた。

 しかし、衝也の心情はもう『限界』の二言しかないような状態である。

 彼がこうなった理由はこの数分前のこと。

 バスに乗り込もうとしていた衝也は、相変わらず真面目スロットル全開の飯田に言われて番号順に並んでいた。

 だが、いざバスに乗り込むと飯田が想定していたバスの席とは全く違ったため意味がなくなってしまったのだ。

 なのでとりあえず自由に座ろうということになり、衝也はなるべく後ろの方へ行こうとしたのだが、突然耳郎に呼び止められたのだ。

 

『ねぇ、ちょっといい五十嵐。』

『ん、どしたん耳郎。』

『アンタさ、今どこ座ろうと思ってる?』

『ん、まぁ…』

 

 耳郎にそう言われてぐるりと辺りを見渡してみる。

 空いている席はあと二つしかなく、一つは隣が口田、一つは隣が爆豪と言う形になっていた。

 それを見た衝也は

 

『……』

『ちょっと待って!お願いだからちょっと待って!』

 

 何も言わずにすぐ近くの口田の席に向かって行った。

 なまじバスの通り道は狭いため、どう考えても席に近い衝也が口田の席に座るような形になってしまうのだ。

 

『むりむりむりむり絶対に無理だって。俺あいつに会うたびにめちゃくちゃがん飛ばされてるんだぜ?なんか知んねぇけど俺あいつにめちゃくちゃ嫌われてるんだ。隣に座ったらどうなるかなんて見え透いてんだろ!』

『ウチだっていやに決まってんじゃん!爆豪の隣なんて絶対にロクなことになんないじゃん!』

『とにかく運がなかったと思ってあきらめてくれ、頑張れよ耳郎。』

『明日おかず2品あげるから!』

『俺がいつでも食い物に釣られると思うなよ耳郎。流石に自分の命には代えられ』

『唐揚げとハンバーグにしとくから。』

『爆豪がなんだってんだ!やってやるぜ俺は!』

 

 こうして思いっきり食い物に釣られた結果が今のこの状況を作り出したのだ。

 速い話が完全に衝也の自業自得である。

 

(もう隣から殺気しか送られてこない。こいつ本当にヒーロー志望かよ!?絶対にヴィランとかの方が向いてんだろ!!)

「おい」

「俺が何したってんだよなんでこんな目にあってんだもう嫌だここから離れたい」

「無視すんじゃねぇぞこのクソバカモブ野郎!!」

「誰がアホなことしか言わずにすぐ序盤で死にそうなモブキャラじゃぁ!こちとら天才主人公様だぞこのやろぉぉぉ!!」

「うわぁ、なんだかすごいことになってるよ五十嵐君たち…。」

「見てはいけませんわ麗日さん、巻き込まれますわよ。」

 

 爆豪の発言により衝也も軽くキレてしまい、クラス一のとんがり頭をもつヤンキーVSクラス一の天才系おバカ野郎の戦闘が勃発しかけている様子を見て、まわりの生徒達も顔を逸らしてとばっちりを受けないようにしている。

 

「いいか、よく聞けバカモブ!てめぇみてぇなクソバカに俺は負けねぇ!てめぇも半分野郎もデクの野郎も追い抜いて、俺が1番になる!だからあんま調子に乗るんじゃねぇぞ!わかったか!?」

「はぁぁ?何いきなり意味わかんねぇこと言ってんだあほじゃねぇの?1番になるだか何だか知んねぇけど、入試の時も体力テストの時も順位俺より下じゃねぇかお前。そんなんで1位を取るとか冗談はそのアホみてぇなとんがり頭だけにしとけよな!ツーカなんだその頭イガグリかよ!!中身の栗はちゃんと入ってんのか!?」

「地毛に決まってんだろ爆殺すんぞゴラァ!!」

「派手で強いっつったらやっぱ轟と爆豪、あとは衝也だよな。なぁ、爆豪、衝也!」

「「うるせぇ黙ってろこの地味個性!」」

「……」

「今の二人に関わったら飛び火しちゃうわよ、切島ちゃん。」

「かっちゃんはともかく五十嵐君があんな怒ってるのは珍しいね。」

「そうかな?五十嵐君ってバカ!とかアホ!っていえば大体キレるよ?」

「でもあそこまで本気で怒ることなくない?」

「あ~確かにそうかも」

「まぁ、隣でずーっと殺気の籠った視線を浴びせられ続ければ怒りたくもなるんじゃねぇの?」

「上鳴ちゃんって時々確信を突くような事言うわよね。」

「いい加減にしろ爆豪に五十嵐!もうすぐ着くんだから静かにしとけ!」

『ハイッ!』

 

 そんな衝也にとって最悪以外の何物でもないバスでの移動もようやく終了し、到着したのは

 

「おかしいな、俺たち訓練場に来たんだよな?目の前にあるのめちゃくちゃ楽しそうな遊園地なんだけど。幻覚かなんかか?」

「すっげー!!なんだこれ!USJかよ!?」

 

 まるで世界的に有名な某アミューズメント施設のような広大な訓練場だった。

 その入り口で興奮したように叫ぶ1-A御一行の目の前にいるのはこの訓練場の管理者でもあるスペースヒーロー『13号』である。

 宇宙服を着て素顔をすっぽりと隠している彼は、傍から見れば不審者同然だが災害救助を得意とする超絶優しいヒーローなのだ。

 

「あらゆる事故や災害を想定して僕が作った演習場、その名もウソの(U)災害や(S)事故ルーム(J)です!」

「うわー、まるで狙っているかのようなネーミングだな…。」

「ちょ、五十嵐君…。」

「水を差すような事言うんはやめようよ五十嵐君…。」

 

 衝也の身も蓋もない言葉に軽く肩を落とす麗日と緑谷。

 どうやら麗日は13号の大ファンらしくかなりテンションが上がっていたのだが、衝也の余計な一言に目に見えてテンションが下がっていた。

 

「それにしてもすっげーなここ。水難に火災に土砂災害…と。災害のオンパレードじゃねぇか。こりゃ結構本格的な訓練ができそうだな。」

「つくづく雄英のすごさが身に染みてくるよね。ヒーローに必要なことを学ばせるためにここまでの事をするなんて、普通は考えられないよ。」

「それだけ俺らに期待してるってことだろ!?男として、先生たちの思いにこたえられるよう全力で頑張らねぇとな!」

「おい、そろそろ始めるぞ。全員静かにしろ。」

 

 皆、想像以上の訓練施設にテンションを上げてより一層気を引き締めて燃えていた。

 それを頼もしそうに見つつも注意をすることは忘れない相澤の言葉により、視線はUSJから教師たちに移された。

 13号は生徒の顔を見渡した後、満足そうにうなずいて話をし始めた。

 

「えーそれでは訓練を始める前に軽いお小言を一つ、二つ…三つ…四つ。」

「やべぇぜってぇやばい人だぜあの宇宙服先生。」

「その、人の特徴で先生の名前を呼ぶのはやめた方がいいと思うよ五十嵐君。」

 

 そんな衝也の小言にツッコミを入れる緑谷だったが、13号の言葉に耳を傾けることは忘れていない。(それは衝也も同じであるが)

 13号は『個性とは物によっては簡単に人を殺せてしまう力。しかし、君たちは人を傷つけるために力を使うのではなく、人を救うために個性を使うようにしてほしい』というとてもありがたい話をして生徒達から拍手喝采を受けていた。

 

「さすが人命救助専門のプロヒーローだな、言うことが違う。なぁ、爆豪?」

「なんで俺に言うんだよバカモブ…。」

「お前が一番そういうことしそうだからだろ?」

「するわけねぇだろ殺すぞコラァ!!」

「お前話聞いてたのか?」

「よし、話は終わったな?んじゃ早速訓練を…!?」

「おい、何だあれ…?」

 

 相澤が顔をUSJの広場に向けた時とほぼ同時に、衝也の疑問のつぶやきが響いた。

 相澤と衝也の視線の先にあるのはUSJのセントラル広場である。

 噴水や植物が飾られてあるその広場に二人の視線が集中したのにはある理由がある。

 そのセントラル広場の中央、そこにある噴水の少し前、そこに黒い霧状のモヤのようなものがあったからだ。

 そのモヤはどんどんと広がっていき、その中から

 大勢の人間が姿を現した。

 脳が丸見えの黒い大男

 顔や体に掌を付けた者

 ガスマスクと刃物という異常な恰好をしている者

 どれもこれも普通ではない出で立ちをしているその人間たちが続々とモヤ状の中を通って広場に集まってきた。

 切島は不思議そうな顔をして出てきた奴らを見つめ、衝也に話しかけた。

 

「なぁ、衝也…。これってよ、入試みたいにもう始まってるぞ!的な奴なのか?」

「んなわけねぇだろ。今回は人命救助の訓練だ、災害のある場所に助けを求める人がいたらやとわれた人間かなんかだと想像はつくが、あんな災害も何もねぇ広場に大勢で集まってる時点でその線は無しだ。紹介にしたって、先生達から何も言われずあんな場所にあんな方法で出る意味がねぇからそれも却下。それに、あんな目ぇギラギラさせてこっち見てるやつらが関係者に見えんのかよ。」

 

 そう言って衝也は軽く首を回した後、屈伸や伸脚などの準備体操をし始めた。

 その間も口は閉じることはなく、そのまま解説を続けていく。

 

「ここからでもわかる明確な敵意と殺意、加えて臨戦態勢の先生達…少なくとも関係者じゃねぇ。とすれば後は何か。そんなの明白だろ?」

「お、おい、まさか…」

「最近の不自然なほど厳重な警備体制、『なぜか』故障してまっていたという学校のセキュリティ、そしてマスコミの襲撃事件…。これらの出来事すべてを線で結んでいけば、奴らが何者かなんてすぐわかる。」

「全員その場から動くな!!」

「いつ来るかいつ来るかと思ってはいたが、まさかこんな早くに来るとはな…」

「あれは…ヴィランだ!」

 

 ヒーローの卵たちに向けられる本物の敵意と殺意。

 それを肌で感じている1-Aの生徒たちの中、ただ一人衝也だけが

 まるで餌を目の前にした猛獣のように舌なめずりをした。

 

「さあ、来いよ…ゴミクズ共」




グダグダの原因は会話が長すぎるせいだろうか?
ちょっと会話の量を減らせるよう努力してみよう…。
こんな小説でも少しずつお気に入り件数と感想が増えてきて本当に嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。


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第六話 汚物は水洗トイレにて流すべし

お気に入り件数が100を超えました。
ついでにヒロバトでURの死柄木弔のスカウトに成功しました。
うひょおおおおお!!テンションが上がることしか起きてねぇぇ!!
というわけで六話です、どうぞ。

6月18日
終盤の一部分を改定しました




「ヴィランンン!?ヒーロの学校に入り込んでくるなんてそんな馬鹿な事あんのかよ!?」

 

 USJセントラル広場。そこに現れた途方もない悪意の塊、ヴィラン。

 それを目にした生徒達は皆一様に動揺しており、緊張で顔を強張らせていた。

 そんな中、教師である相澤改めイレイザーヘッドと13号、そして衝也や轟などの一部の生徒たちは冷静に状況の分析を開始していた。

 

「RPGの勇者だってたった四人のパーティで魔物ひしめく魔王の本拠地に乗り込んでラスボス倒しに来るだろ?あれと同じようなもんだろ、きっと」

「じゃあ何か!?あいつらはゲームやってるみたいなノリでこんな所に来たってのかよ!?まともじゃねぇぜそりゃ!!」

「いまさら何言ってんだよ、まともじゃねぇ奴らの集まりがヴィランだろうが。」

 

 衝也の答えに、ごくりと唾を飲み込み、広場にいるヴィランに視線を向ける切島。

 彼の拳は武者震いなのか、はたまた恐怖のためか、少しばかり震えていた。

 見るとほかのクラスメートの中には足を震わせている者も何人かおり、初めての敵との遭遇に軽い恐怖を覚えている者もいた。

 衝也はまわりのクラスメートの様子を見まわした後、一人の少年に近寄って行った。

 

「轟くんや、どう思うよ?あいつらの事。」

「…なんで俺に聞く?」

「現状、この中で一番状況を整理できてそうだから、かね。」

「そうかよ…」

 

 衝也に声を掛けられた少年、轟焦凍はしばらく視線を衝也に向けた後、目の前のヴィランに視線を戻した。

 

「こいつらが学校全体に現れたのかどうかは知らねぇが…センサーが反応している様子が見られないのを見ると、恐らくそういうことができる個性の奴が向こうにいることになる。加えて、教師(プロのヒーロー)が多くいるであろう校舎と離れているUSJ(ここ)少人数(クラス)が入る時間帯に襲撃…。突然の思い付きみたいな襲撃に見えるが、入念に計画されている奇襲…と見るのが妥当だな。」

「なーるほどね…。」

 

 轟の推測に何回か頷いた衝也は軽く首を回した後、ガシガシと頭を搔いた。

 

「つーことは、学校(こっち)のカリキュラムはもう敵に知られっちまってる、ことか。恐らくあのマスコミ襲撃をこいつらが誘発して、そのどさくさに紛れて情報を仕入れたってとこなんだろうけど…。クソ、どーしてマスコミといいヴィランといいこう面倒な事を持ち込んでくるのかね…。ほんと、クズの集まりみてーな奴らだな…。」

 

 そう呟いてにらみつけるように広場のヴィランを見つめている衝也をチラリと横目で見た轟は、しばらく彼の事を見続けていたがすぐに視線をヴィランの方に向けた。

 すると、広場にある変化があった。

 広場の方に向かって行く一つの人影が現れたのだ。

 その人影は広場に続く階段を飛び降りると、そのままヴィランの方へと向かって行った。

 それに気づいた何人かのヴィランはその近寄ってくる人影を迎撃しようと個性を発動しようとする。が…

 なぜか個性が発動せず、呆然とした一瞬の隙をついて人影は瞬時にヴィランたちを捕縛、撃退した。

 そしてそのままヴィランの群れへと単身で突っ込んでいき、次々とヴィランを撃退していった。

 その人影とは、1-Aの担任にして現役のプロヒーロー、イレイザーヘッドである。

 

「個性を消す個性っつっても所詮は個性を消すだけだ、相手を倒す決定打としてはいまいち使えない。そこをうまくカバーするためにちゃんと訓練してるって訳か…。さすが寝袋先生、個性に頼ってばかりのそこらの奴らとは技術が違う。」

「今は頭が良い方のお前なんだな。」

「轟てめぇどういう意味だこら。」

「五十嵐君に轟君!!この非常事態に何を呑気におしゃべりしてるんだ!?早く避難するんだ!!」

「止めるな飯田!!俺はこのアイスとホットのハーフ&ハーフ野郎を成層圏外までぶっ飛ばさなきゃいけねぇんだよ!!」

「やれやれ、随分と騒がしい生徒がいるものですね。相当肝が据わっているようで。」

 

 轟を問い詰めようとしていた衝也が飯田に声を返したその時、避難をしようとしていた生徒と13号の目の前に、呆れたような声を出しながら黒いモヤ状の人間(?)が現れた。

 恐らく、ヴィランがここに侵入するために使っていた黒いモヤはこの人間(?)の個性によるものだろう。

 

「(つまり、こいつの個性は空間と空間をつなぐような個性ってことか。つーことは…)」

「さて、何をするにしてもまずは自己紹介からというもの。雄英高校の皆さま、初めまして。我々は…」

「どぅおら!!」

 

 モヤがしゃべっているのを遮り、いち早く衝也が黒いモヤに向かって突っ込んだ。

 衝撃を使ってモヤの所まで飛んで行った衝也はそのまま掌をモヤに向けて振りぬいた。

 そして勢いよく前に出された掌はモヤに当たり、その瞬間BAGOOONという轟音と共に掌からモヤ男に衝撃が放出された。

 

「てめぇが敵の出入り口なら、ぶっ倒しちまえばあいつらもここから出れねぇだろ!」

「衝也!?ちょっとあんた何してんの!?」

 

 衝也の突然の行動に皆茫然とし、耳郎も思わず彼に向かって叫んだ。

 しかし、衝也はそれに応じることなく、何かに気が付いたように小さく舌打ちした。

 彼が舌打ちをしたすぐあと、霧散していたモヤが再び集まってきた。

 

「当たったような感触がなかったから、もしかしてと思ったが…やっぱり効いてねぇみてぇだな。」

「やれやれ、話の途中だというのに随分とせっかちな子がいるのですね…。人の話は最後まで聞くものだと親御様から習わなかったのですか?」

「少なくとも犯罪者の言葉を聞くように、とは習わなかったな。俺自身もてめぇらの名前になんざ興味はない。それに、社会の汚物はさっさと刑務所っていう水洗便所にでも流した方がいい。」

「ほう、相手の目的や行動に至った理由も聞かずに暴力で解決というわけですか?随分と野蛮な考えをお持ちのようで。」

 

 モヤ男の言葉を聞いた衝也は「ハッ!」と軽く笑った後、忌々しそうに目の前のモヤ男をにらみつけた。

 

「不法侵入している上に、年端も行かねぇ子供を大勢で襲おうとしているてめぇらに言われたかねぇよ。それに、てめぇらの目的は…」

 

 そこまで言って衝也は、足から衝撃を出して前へと飛び出し、再びモヤ男へと突っ込んでいった。

 そしてまた先ほどのように掌を振りかぶった。

 

「ぶっ飛ばした後にでも聞けばいい!!」

「五十嵐君!一人で飛び出すな!危険すぎるぞ!?」

 

 飯田が制止の声を叫ぶがすでに飛び出してしまっている衝也にはもう遅すぎる。

 そのままモヤ男へとぶっ飛ばそうと飛んでいく。

 

(このモヤ男に空間と空間をつなぐワープゲートのような役割があるなら、あいつらの出入り口になってるのは間違いない。普通なら脱出不可能にならないためにも一番に守らなきゃいけねぇ個性の持ち主だ。なのにそんな奴がわざわざ俺たちの前に現れたのは、決して俺たち生徒をなめてるわけじゃねぇ…。恐らくは)

「俺らをバラバラに散らして各個撃破しようとしてんだろうが、そううまくはいかせねぇぞ!!てめぇは今ここで!成層圏外まで吹っ飛ばす!!」

「!ほう、頭の悪そうな人に見えていましたが…どうやらそうではないようだ。」

 

 モヤ男が衝也の言葉を聞いてそうつぶやいた瞬間

 モヤ男に向かって行った衝也の目の前に、大きな黒いモヤが広がった。

 

「貴方は中々に厄介になりそうだ。今ここで先に飛ばして殺しておいた方がよさそうですね。」

「!?衝也、あぶねぇ!!」

 

 切島がそう叫ぶが、飛び出した衝也の勢いはもう止まらない。

 そのまま目の前の黒いモヤの中に突っ込んでいく。

 が

 

「あーらよっと!!」

「!?」

 

 黒いモヤに吸い込まれそうになる寸前、衝也は振りかぶっていた掌を下に向けた。

 そのまま掌から衝撃を放出した衝也の身体は上へと飛んでいき、目の前のモヤの上を通り抜けた。

 そして瞬時に衝也は上空で自身の背後に衝撃を放出し、そのままモヤ男の後方に着地、すぐにくるりと体を回転させがら空きの背後へと飛んでいく。

 

「これで王手だ!!黒霧野郎!!」

 

 そう叫んで衝也は掌を振りかぶり、そのまま勢いよく振りぬいた。

 だが、その掌から放たれた衝撃がモヤ男の背中を

 とらえることはなく、突如背中に広がった黒いモヤに吸い込まれた。

 

「なっ…!?」

「チェックメイトですよ。」

 

 衝也は何とか勢いを殺そうとするが、間に合わずにそのまま黒いモヤへと吸い込まれるように入っていった。

 そして、衝也の入っていったモヤは、そのまま霧散していき、完全に消えてしまった。

 

「五十嵐君!?五十嵐君!!!」

「嘘だろ…衝也の奴、飛ばされやがった!?」

「クソ…僕の行動が遅れたために生徒が…!」

 

 青ざめた顔で叫ぶ緑谷と切島、そして悔しそうに歯ぎしりをしながら目の前の黒いモヤ男をにらみつけている(?)13号。

 対してモヤ男は感心したように声を出した。

 

「実によく頭の回る少年ですね。無計画に突っ込んでいると見せかけて、その実、冷静に状況を把握し、瞬時に次に取るべき行動を考え、実行に移している。戦闘能力も申し分なし。私が前後両方にモヤを広げていなければ確実にやられていました。ここは経験の差というものでしょう。将来が末恐ろしい子だ…。願わくばここで死んでほしい物です。」

「年端も行かない子供に死んでほしいだなんて…!それでもあなたは人間ですか!?」

「ヒーローの卵となれば我々にとっては立派な敵となります。そこに大人も子供もありませんよ。我々はヴィランなのですから。」

 

 13号の怒りの声にもどこ吹く風というように答えるモヤ男は、気を取り直すかのように大きく一度咳をした後、生徒たちに目をやりながら口を開いた。

 

「さて、仕切り直しに遅くなってしまった自己紹介でもさせていただきましょうか。我々はヴィラン連合。僭越ながら、ある目的のためこのたびヒーローの巣窟、雄英高校に侵入させていただきました。なに、目的と言っても大したものではございません。ただ…平和の象徴と世間で言われているオールマイトに、息絶えていただきたいのです。」

『!?』

 

 そのモヤ男の言葉に、生徒はおろかプロヒーローでもある13号にすら驚愕する。

 最早名前そのものが犯罪の抑止力となっている、圧倒的実力をもつオールマイト。

 そのオールマイトをあろうことか殺害すると、そう目の前の男は言ってのけたのだ。

 生徒たちがごくりと唾を飲み込んでいる中、モヤ男は不自然にそのモヤのような体を揺らめかせながら言葉を続けていく。

 

「本来ならばここにオールマイトがいるとカリキュラムにはあったのですが…何か変更でもあったのでしょうか?まあ、それはとりあえず置いておくとして、私の役目は…!?」

 

 

 そこまで言葉をつづけたモヤ男は突然言葉を止める。

 目の前に二人の生徒が現れたからだ。

 その二人とは、切島と爆豪の二人である。

 切島は硬化させた腕で、爆豪は右掌からの大振りによる爆撃でモヤ男に攻撃を仕掛けた。

 その瞬間大きな爆音が鳴り響き、辺りに軽い砂埃が舞った。

 

「俺たちを散らすのが役目ってんだろ!?衝也が残した言葉を聞いてんのに、わざわざそんなことさせるとでも思ってんのか!?」

「俺はあんなバカモブが動かなくても動いてたけどな!!」

「こんな時に変な意地張ってんな爆豪!」

 

 たった一人で動いた友を守れなかったためか、顔に若干の怒りの表情を浮かべながら叫ぶ切島とイラついているような表情をしながら衝也と張り合う爆豪。

 だが、先ほどの衝也と同じように消えたと思っていたモヤが再び集結していく。

 どうやら彼らの攻撃も当たってはいなかったようだ。

 

「!?クソっ!やっぱ効かねぇのか!?」

「危ない危ない、生徒といえど貴方達は優秀なヒーローの卵、油断は禁物だと先ほど学んだばかりだというのに…」

「だめだ!どきなさい二人とも!!」

 

 13号が切島と爆豪にそう言った瞬間、先ほどまでのモヤが一瞬にして大きくなり、生徒達次々と飲み込んでいった。

 

「数を散らして…嬲り殺す!」

「みなさん!?」

 

 モヤをブラックホールで吸い込み、何とか自分のまわりにいた生徒を守った13号がほかの生徒の安否を確認しようとする。

 しかし、広場に残っていたのは何とかモヤの広がる範囲より外まで逃げた数名の生徒達だけだった。

 

「何名か散り漏らしがあるようですが…残ったのは13号に生徒6名。この程度であれば、私一人で対処できますね。」

「くッ…!」

 

 不敵な笑みを浮かべてそうつぶやくモヤ男。

 ヒーローの卵たちの目の前に突如現れたヴィラン。

 その牙が、無情にも年端も行かない子供たちに向けられる。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 USJ 火災ゾーン

 

「なんだよ…これ…。何がどうなってんだ。」

 

 柔道着のようなコスチュームと強靭なしっぽが特徴の少年、尾白猿夫は訳が分からないというように小さくつぶやいた。

 彼がモヤ男により飛ばされたのは、USJ入口から最も遠い場所にある火災ゾーンである。

 火災ゾーンはその名のとおり、町一つを覆いつくすような火災を再現してあり、このUSJの施設の中でも一、二を争うほどの高難易度なゾーンとなっている。

 そこに飛ばされた尾白はすぐに戦闘態勢に入ったのだが、目の前に広がる風景に思わず呆然と立ち尽くしてしまった。

 尾白の目の前に広がっているのは燃え盛る炎と数多くのヴィラン

 ではなかったのだ。

 辺り一面に広がっているはずの炎はすべて鎮火しており、先ほどまで燃えていた炎のせいで黒くなってしまっている地面まではっきりと見えている。

 そしてさらに驚くべきことに

 その地面には倒れ伏している多くの重症のヴィランたちがいた。

 

「炎もすべて鎮火されてる。ヴィランも重症…一体ここで何があったんだ?」

 

 尾白はそう呟きながら奥へと進んでいく。

 途中、倒れ伏してうめき声を上げているヴィラン達へと目をやるが、どのヴィランも血だらけで、誰がどう見ても重症というほどのダメージを負っていた。

 中には腕や脚があり得ない方向に曲がっている者や、腕の前腕部のみがぺしゃんこになっている者、顔面から血をダラダラと流している者までいた。

 全員、何とか生きてはいるようだが、すぐに処置をしなければ後遺症が残るかもしれないような状況である。

 一体誰がこんなことを…。と尾白が考えていたその時、少し先の方から大きな叫び声が聞こえた。

 

「わかった!!わかったよ!!俺たちの目的は全部話す!計画の主犯格も!オールマイトを殺す算段も!それを実行する奴も!全部話すから!頼むからもうやめてくれ!!」

「!?な、なんだこの叫び声!明らかに普通じゃない!?」

 

 辺りを警戒しつつも声のする方向へと走っていく尾白。

 そのまましばらく走っていると、ある二人の人影が見えてきた。

 それに気づいた尾白はその人影に声を掛けようとしたが、

 

「!?」

 

 突然走るのをやめて、茫然とその場で立ち止まった。

 人影のうちの一人は、恐らくヴィランであろう若い男性である。

 しかし、その顔面は血とよだれと涙でグチャグチャ、両腕も関節を無理やり伸ばしたのかかなりの長さになっている。

 そのうちの片方の手の指の爪もすべてはがれており、何本かは折れているようにも見受けられた。

 そしてもう一人は

 

 

 

 拳からぽたぽたと血を垂らし、死体にたかっている蠅でも見ているかのような表情でそのヴィランの胸倉をつかんでいる、五十嵐衝也だった。

 

 

 

 

 

 

 




そう言えば、今回の衝也君は終始頭の良いままだったような気がする…。
恐らく初めての事だと思うので少し自分で見て驚きました。


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第七話 火災ゾーン改め血の池ゾーン(なんちゃって)

誰か、誰か私にネーミングセンスをください…
ってなわけで7話です、どーぞ


「衝也…なのか?」

「ん?」

 

血だらけのヴィランの胸倉をつかみ、光を感じさせない瞳でそのヴィランを見下ろしていた衝也に、尾白は恐る恐る目の前の衝也に問いかけた。

今自分の目の前にいるのは本当に自分の知る衝也なのか、確かめたかったのだ。

尾白が、1-Aのクラスメートが知る衝也とは、バカな行動でクラスを笑わせるムードーメーカのような存在で、いざというときは意外と頼りになる、頭の良いバカが愛称の男だった。

だが、今目の前にいる男は、彼らの知る衝也とは明らかに違っていた。

ヴィランに向けている眼は敵意と狂気に満ち溢れており、いつものような無邪気で優し気な眼をしてはいなかった。

尾白の恐々とした声が耳に入ったのか、ヴィランに視線を向けていた衝也の眼が尾白へと向けられる。

その瞬間、衝也の表情がパッと明るくなった。

 

「おお、もう一人くらい誰か飛ばされるんじゃねぇかと思ってたけど…尾白が来たかー。」

「……」

「?どした?ハトが豆電球食ったような顔して?」

「……」

「ツッコミも入ってこないとは…」

 

いつもと全く変わらない陽気っぷりを見せる衝也を目にして尾白は茫然と目の前の少年を見つめていた。

血だらけのヴィランの胸倉をつかみながら笑顔で、普段と変わらずにしゃべりかけてくる彼の姿が異質な物に思えたからである。

衝也は自分を見つめたまま微動だにしない尾白を見て、不思議そうに首を傾げた後、軽く肩をすくめ掴んでいたヴィランを手放した。

ヴィランはすでに意識を失っているのか、特に抵抗することなく、どさりと音を立てて地面に倒れこんだ。

地面に倒れこんだヴィランをチラリと一瞥した衝也は手に着いた血をぬぐいながら尾白の元へと歩いて行った。

 

「ま、とりあえずお互いの状況確認を」

「お前が…」

「んお?」

「お前が、これをやったのか?」

 

そう言って尾白はあちらこちらに倒れこんでいるヴィランを指さした。

それを見た衝也は「んー?まあそうだけど?」とさも当たり前かのように呟きながら頭を数回ほど搔いた後、自分の手の平を指さした。

 

「俺の個性は掌から衝撃を放出するんだけどさ、ちょっと応用すれば衝撃波も飛ばせるんだよ。だから、あの黒霧のヴィランにここに飛ばされた時に、俺が動けなくならない範囲での最大出力で衝撃波をぶっぱなしてヴィランと炎を吹っ飛ばしたんだ。んで、動けなくなっている奴ら一人一人に衝撃ぶち込んで行動不能にしていったって訳。あ、ちなみにさっきのヴィランは情報収集のために残しておいた奴な。ちーっと痛めつけちまったけど、おかげで奴らの目的とかもいろいろわかったぜ。」

「行動不能って…」

 

衝也の言葉を聞いた尾白は再度辺りを見回した。

黒ずんだ地面に倒れこんでいるヴィラン達の中に五体満足でいるような者はほとんどおらず、どう見ても行動不能の域を超えていた。

 

「どう見てもそんなレベルの傷じゃないだろ…。これ、放っておいても大丈夫なのか?その…下手したら死んじまうんじゃ。」

「おいおい、仮にも俺はヒーロー志望だぜ?ヒーローってのは命を奪うんじゃなくて命を救うのが仕事の職業だ。いくらヴィランが相手でも命を奪うようなことはしねぇって!」

「そ、そうだよな!よかった…じゃあ、少なくとも命に別状はないんだな?」

「もちのろんですがな。」

 

衝也の言葉にホッと胸をなでおろす尾白。

それを見た衝也は「心配性だなー、尾白はー。」と言いバシバシと尾白の背中を叩いた後、地面に倒れているヴィランに視線を向けた。

 

「せいぜい一生歩けなくなるとか、それくらいの後遺症が残るくらいでしょ。」

「……は?」

 

衝也の口から出た言葉を聞いた尾白は、一瞬目を見開き、彼の言っている意味を理解できなくなってしまった。

一生歩けなくなる

聞く人が聞けば絶望で目の前が真っ暗になってしまうような言葉を、衝也はまるで『かすり傷ができただけ』かのような軽い口調で口にしたのだ。

 

「さ、心配性の尾白もこれで安心しただろ?今は『そんなこと』ほっといて、お互いの状況の確認と情報の交換を…」

「何を…何を言ってるんだよ五十嵐!?」

「うおっ!?」

 

気を取り直すように手を叩いた後情報の交換をしようとする衝也を見て尾白は拳を握りしめながら声を荒げた。

尾白の剣幕に思わず衝也も肩をビクリと上げて驚いてしまう。

 

「お前自分が何言ってるのか本当にわかってるのか!?一生歩けないんだぞ!?後遺症が残るんだぞ!?その人の人生を!丸ごと変えちまうようなことしちまってんだぞ!?それを…それを『そんなこと』の一言で片づけちまってるんだぞ!?」

「その人の人生って言ったてなぁ…。どうせこの先刑務所暮らしなんだろーし、この先の人生も何もないだろ。つーか戦う相手の今後の人生まで頭の中に入れてないし。」

「なっ…!?」

 

耳の穴に小指を突っ込んでけだるそうにそう返事をした衝也の言葉を聞いて、尾白は目を見開いて絶句していた。

衝也は何ともけだるそうな表情で耳から小指を出すと、指についていた耳垢を息で吹き飛ばした。

そして、けだるそうな表情のままの地面に倒れてるヴィランに視線を向けた。

 

「こいつらは少なくとも俺やほかの奴らの命を奪うつもりでここに立ってるんだ。だったらこっちだって相手の命を奪うつもりで戦わないと対等とは言えないだろ?自分が相手の命を奪うつもりなら、自分も相手に命を奪われる覚悟を持つべきだからな。むしろ後遺症が残るくらいですむのはラッキーな方だろ?」

 

そう言いながら衝也はヴィランへと向けている眼からだんだんと光を失わせていった。

その眼はまるで道路に吐きかけられた唾を見ているかのような眼をしていた。

まるで一切の感情を排除しているかのようなその眼は、見る人が見たら背筋を凍らせてしまうような眼だった。

だが、その眼に再び光がともり始めた。

それは尾白が再び声を荒げた直後だった。

 

「それは違うだろ!!」

「?」

「確かに、相手が殺すつもりでいるのだったら、こっちもそれ相応の覚悟を持たなければならないのは理解できる!だけど!だけど俺たちはヒーローだぞ!?俺たちが持つべき覚悟は命を奪う覚悟じゃない!命を救う覚悟だろ!?その覚悟があるからこそ俺たちは敵と戦うことができるんだ!殺す覚悟を持つヴィランに!救う覚悟を持って戦うのがヒーローだろ!!」

「……」

「お前のその思考は、ヴィランのそれと全く同じ思考じゃないか!お前が目指してるのはヴィランじゃないだろ!?お前が目指してるのは!俺たちが目指してるのは!命を救うヒーローだろ!?だとしたら!今のお前のその思考も!今のお前の行動も!間違ってるものなんだよ!!」

「……」

 

息を切らし、拳を固く握りしめながらあらん限りの音量で衝也に向かって叫び声をぶつけてきた尾白。

尾白の渾身の叫びを聞いた衝也はしばらくの間光を戻したその瞳で彼の事を見つめていたが、不意に顔をうつむかせてガシガシと後頭部のあたりを搔き始めた。

 

「確かにお前の言うことは正論だよ、これ以上ないほどにな。お前の目指すヒーローってのがどんなものか、お前がどんな気持ちでヒーローを目指してるのかがよくわかる。」

「五十嵐…!なら」

「けどな」

「?」

「お前が俺の何を知っている?」

「!?」

 

ゆっくりと顔を上げながら、いつもと変わらない声色でそうつぶやく衝也。

その彼の眼を見て尾白は思わず後ろへと後ずさりしてしまう。

憤怒、憎悪、拒絶、

暗く、深く、どこまでも続いている底の見えない闇を視認させてしまうような今の衝也の眼に、いつもの彼の眼にはない強烈な『負』の光を感じてしまったからである。

尾白はその眼を見続けることに耐えられず、視線を下に向けてしまう。

しかし、衝也はそんな彼を見ても言葉を止める気配はなかった。

 

「俺がどうしてヒーローを目指しているのか、どんな気持ちでヒーローを目指しているのか、俺が…一体どんな人生を送って来たのか、お前は知らないだろ?お前のその正義感あふれる価値観はお前が送って来た人生が、俺の価値観は俺の送って来た人生が形成してきたものだ。その価値観に正しいか正しくないか、好きか嫌いかの区別をつけることはできるだろうが、その価値観を変えることは誰にもできやしねぇよ。どんなに相手に感化されようとも、言葉を投げかけられようとも、最後に価値観を変えるのはほかならねぇ自分自身だ。お前の言葉も価値観も確かに正論だとは思うが、だからって俺は俺の価値観を変えようとは思わねぇし、その行動を変えようとも思わねぇよ。」

「……」

 

身動き一つせずに尾白の事を見ながら淡々と言い放った衝也はしばらくの間尾白の事を見続けていたが、不意に顔を覆い隠すように手を置いた。

そのまま顔を手で覆い隠していた衝也だったが、数秒後にはもう手を顔から離していた。

 

「よっし!もうこんな辛気臭い話はやめにしようぜ!なんかシリアスな空気になりすぎて腹が痛くなってきちまった!今までのことはきれいさっぱり水に流して、とりあえずこれから目の前の事に集中しよう!!」

「!?あ、ああ…。そうだな、今は目の前の問題に集中しよう。」

 

顔から手を離した衝也は明るい笑顔でそう言うと、軽く腹のあたりを右手で「の」のじマッサージし始めた。

その雰囲気はいつもの陽気な頭の良いバカそのもので先ほどのような負の光はもうどこにも見られなかった。

表情もさきほどの険しい表情とは打って変わって、元気そうであっけらかんとしている表情を浮かべている。

それを見た尾白も、先ほどの息もできないような緊張感から解放されたかのように体が軽くなった。

 

「さってと、まずは軽く情報収集といこうか。尾白、お前がここに飛ばされた経緯等を詳しく教えてくれ。」

「わ、わかった。」

 

今までの事を本当になかったかのようにしゃべりだす衝也を見て、軽く戸惑いや違和感、気持ち悪さなどを感じてしまい軽く言葉を詰まらせてしまう尾白だったが、何度か深呼吸をして心を落ち着かせた後、自分がここまで来た経緯を説明した。

 

「なるほど…。尾白やほかの皆もあの黒霧野郎に飛ばされちまったのか。」

「ああ、さすがに誰がどこに飛ばされたかはわからないけど…俺が見る限りでは飯田とか13号先生とか、何人かは広がった黒いモヤからぎりぎり避けてたから、さすがに全員は飛ばされていないと思う。」

「そうか、やっぱ散り散りされちまったか…。くっそ、あの時俺があの黒霧野郎をぶっ倒せてれば敵の出入り口もふさげるし、皆も散り散りにならなくて済んで、まさに一石二鳥だったのに。」

 

尾白の話を聞いて悔しそうに指を鳴らす衝也。

しかし尾白は悔しそうにしている衝也に向かって励ますように声をかけた。

 

「そんなことはないさ。実際、あの場で誰よりも冷静かつ迅速に行動できたのは五十嵐だけだ。俺はもちろんほかの皆も突然の出来事で動くこともできなかったんだしさ…やっぱお前はすごいよ。いつもの言動からは想像もできないけど。」

 

感心したように衝也をほめる尾白だったが、褒められているはずの衝也は相変わらず苦い表情のまま小さく首を横に振った。

 

「いや、あの行動は褒められたようなもんじゃない。今回は運が良かっただけで、もしかしたらとんでもないことになってたかもしんねぇからな。」

「?どこに問題があるんだ?」

 

衝也の言葉に不思議そうに首を傾げる尾白。

それを見た衝也は自分自身に呆れているかのように深いため息を吐いた。

 

「問題だらけだよ。、もし、あいつの個性が『空間と空間をつなぐ』個性に近い個性じゃなく『空間と空間の出入口』を作る個性だとしたら?俺があの穴に入り込んだ瞬間に出入り口を閉じちまえば俺はもうそこでどこともわからねぇ空間と空間のはざまっつう中二病くせぇ所に閉じ込められて終いだぜ?」

「な、なるほど…。」

「それに、あいつの個性の限界や効果範囲等も調べずに突っ込んだのもまずかった。おかげで敵の中で一番重要そうな奴の情報を集め損ねることになっちまった。」

 

そう言うと衝也は乱暴に頭を搔きむしった後、悔しそうに唇をかみしめた。

 

「くっそー、このままじゃ本当にまずいことになる。飯田の野郎が飛ばされていなかったのが唯一の救いか…。あの黒霧野郎に飯田が飛ばされたら絶望的だぜおい。」

「飯田が…?どうして飯田が飛ばされるとまずいんだ?」

「今回の奴らの目的はオールマイトを殺すことなんだろ?だからこそ、人も教師も少なく、かつほかの場所から隔離されるこの授業を狙って乗り込んできたわけだ。つまり、奴らとしても大勢のプロヒーローを相手にしながらオールマイトを殺すのは避けたいってことだ。そのためにすることは何だと思う?」

「え、そりゃあまあ、せっかくほかのヒーローたちの目の届かない場所にいるんだから、ほかのヒーローたちにばれないように通信手段を奪う…とかかな?」

 

いきなりの衝也の問に驚きつつも、自分の見解を途切れ途切れにこたえていく尾白。

彼の答えを聞いた衝也はゆっくりと頷きながら尾白の答えに同調した。

 

「そのとおり。だから相手はジャミングで通信機器を使えなくして、センサーの反応しないワープゲートを使ってきたんだ。さらには生徒をUSJ内に散らして外への脱出と連絡をすることもできなくしたんだ。まぁ、散らしたのは戦力分散のためかもしんねぇけど、結果的にはそうなっちまってるから変わんねぇか。んで、ここでキーマンになってくるのが我らが眼鏡委員長こと飯田君よ。俺らの中で一番機動力があるのは飯田だ。その飯田が出入り口のすぐ近くにいるんだ。下手に電波をジャミングしてるやつ探すより、そのまま飯田が走ってヒーローたちに連絡した方が断然速いだろ。つまり、今現在俺たちに残されている通信手段は飯田一人なわけよ。その飯田がどっかに飛ばされたとしたらヒーローたちがここに来る時間はかなり遅くなる。そうなっちまったら、正直プロヒーロー2人と生徒だけでこの数の敵を退けるのは限りなく難しい。下手したら…GAMEOVERかもな」

「な、なるほど…。でもさすがに飯田まで飛ばされることなんてないんじゃないか?さっきも言ったように飛ばされなかった人たちの中には13号先生もいる。あの人の個性ならさすがの黒霧野郎も倒せるんじゃないか?」

 

希望が出てきた!という表情を浮かべて、笑顔でそういう尾白。

人命救助のスペシャリストにして個性の『ブラックホール』で吸い込んだものすべてを塵にするプロヒーロー、13号。

それはたとえ黒霧野郎であっても例外ではなく、現に彼は広がったモヤを吸い込むことで飛ばされることを免れている。

そんな彼の個性ならあの黒霧野郎も退けられるさ!と自信満々に言い放つ尾白だったが、対する衝也は浮かない顔をしながら顎に手をやった。

 

「本当にそうか?」

「え」

「確かに13号先生の個性ならあの黒霧野郎にも対抗できるかもしれない。だけどさ。13号先生の個性はあの黒霧野郎を『倒せる』んじゃない。あの黒霧野郎を『殺せる』個性なんだぜ?先生の能力は究極的に言っちまえば、吸い込まない(生かす)吸い込む(殺す)かの二択。そんな個性を、あそこまで命を救うために動いているヒーローが、たとえヴィランだとはいえ一人の人間に向けるか?」

「それは…」

「ありえない。絶対に迷いが生じるはずだ。絶対にどこかしらで加減してしまうはずだ。迷いが生じればそこに一瞬の判断の遅れができる。そして、それはそのまま隙となる。なまじ戦闘に慣れているヒーローじゃないだろーから余計にその隙は大きなものになるはずだ。そこをあの黒霧野郎が突いてこないとはどーにも考えにくい。」

「……」

 

衝也の考えを聞いているうちにだんだんと尾白の顔が険しくなっていく。

尾白も衝也と同じように考え込むように顎に手を当てて苦虫を噛み潰して出てきた液体を下の上で念入りに味わっているかのような表情を浮かべた。

そんな彼に畳みかけるように衝也が自分の見解を述べていく。

 

「加えてあの黒霧野郎には物理攻撃が効かない可能性がある。そうなるともう対処できるのは13号先生を除けば、個性を消せる寝袋先…じゃなかった。イレイザーヘッドしか対処できなくなっちまう。」

「!?ちょ、ちょっと待ってくれよ!物理攻撃が効かないってどういうことだよ!?お前、さっきあいつに二回も攻撃しかけてただろ!?」

 

衝也の述べた見解を聞いた尾白は目を見開いて、慌てたように衝也に詰め寄った。

尾白の慌てぶりも無理はない。

13号先生が負けるかもしれないという見解を聞いた後に、さらに物理攻撃まで効かないということまで聞いてしまったら、もうあのモヤは不死身の個性かなにかに思えてしまう。

そんな尾白に落ち着くよう諭した衝也は、軽く深呼吸をした後話を続けていく。

 

「確かに、俺はあいつに二度攻撃を仕掛けた。理由は簡単に言えば一回目の攻撃に違和感を感じたからだ。」

「違和感?」

「そ、簡単に言えばまるで当たってる感触がしなかった。確かにモヤには当たってるんだが、こう、なんていえばいいのかな。すり抜けちまったような感じがしたっていうか…とにかく攻撃が成功したような感触じゃなかったんだ。んで、今度は真正面からじゃ効かなかったから今度は背後から攻撃してみたんだ。そして、攻撃はまたもや失敗。俺はここに飛ばされちまったって訳。」

「じゃ、じゃあ本当に奴には物理攻撃が、効かない!?」

「まだあくまで可能性だ。俺自身のいくつかの予測の中でどれかあってるものがあるとするんなら、まだ攻撃が効く可能性もある。」

「いくつかの予測?」

「そ。まず一つ目の予測は、全身黒い霧の物理無効個性。全身が空間をつなげる黒い霧で物理攻撃をしたとしてもほかの空間にその攻撃を移すことができちまう。続いて二つ目は実体はあるがその実態を黒い霧に変化させることができるこれまた物理無効個性。こっちは実体はあるが一つ目と同じように全身を黒い霧にすることができちまうから物理攻撃なんて通らねぇわな。三つめは、これだと一番助かるんだが…実体を黒い霧に変化させていて、変化できる部分が限られている。これならその限られてる部分に攻撃が当てられるから、まだ勝機がある。」

 

三本指を立てながら自分の予測を述べていく衝也。

それをじっと聞いていた尾白は「なるほど…」と呟いた後、顎から手を離し、しばらく目をつむった。

そして、ゆっくりと目を開けて衝也の方を指さした。

 

「五十嵐自身はどれだと思ってるんだ。」

「…。個人的には三番目かと思ってる。」

「理由は?」

「いや、正直情報が足りなさすぎるからめっちゃ単純な理由だぜ?まぁ、それは自業自得だからいいんだけど…」

「大丈夫だよ。俺は五十嵐自身の予想が知りたい。」

「…服だよ」

「服?」

「そ、あの黒霧野郎さ、めちゃくちゃ不格好な感じだったけど、ちゃんと服も来てたし、ネクタイもしてた。胴体とか、首みたいな部分もいくつか見えたし、ひょっとしたら実体はあるんだと思う。」

「なら、攻撃だって効くんじゃ」

「それはまだ早いって。言ったろ?俺はあいつの個性を『空間と空間をつなげる』個性だと仮定してる。とするとだ、相手が攻撃を仕掛けてきた空間と相手の背後の空間をつなげればどうなると思う?」

「!自分の攻撃がそのまま自分の背中に返ってくるって訳か!?」

「正解。いわゆるカウンター技ってやつだよ。実際、ワープゲートの個性持ちの攻撃手段なんてそれくらいしか思いつかねぇだろ。んで、カウンターを決めるためにはまず相手に攻撃をさせることが必要だ。それなのに全身黒い霧のまんまじゃ攻撃が効かないのがわかるんだから攻撃しようとは思わないだろ?ところがそこに来ている服が見えていたとしたら?そこに攻撃が当たるかもしれないと思って攻撃してみようって思うだろ?そして攻撃をしたけど、実は全身を黒い霧にできて、カウンターが決まっちまう…何てことだって考えられるわけだ。」

「なるほどな…。わかってはいたけど、こういう個性の分からない戦いではいくつもの予測パターンが出てくるんだな。その中から正解を導き出すなんて、それこそ何万人の人ごみの中から探し人を見つけるような物じゃないか…」

「正解があるんならまだいいんだけどな…。」

「げっ…。そっか、あくまで予測だから、全部が間違ってるって可能性も」

「もちろんある。」

「…キッツいなぁ~」

 

がっくりとうなだれる尾白とコリをほぐすかのように肩を回す衝也。

衝也は一通り体のコリをほぐした後、実戦の厳しさを目の当たりにしてうなだれている尾白の肩に励ますように手を置いた。

 

「ま、今俺らがやれることは一つだ。幸い、俺たちに当てられてるやつらはくそ雑魚いチンピラどもだ。恐ろしいほど実力差のある敵ってのは恐らくそうはいないだろ。クラス連中もたぶん何人か戦闘してるだろうが、正直このレベルなら心配ねぇ。今、一番心配なのは物理攻撃が効かない可能性のあるあの黒霧野郎と対峙してるやつらと、ヴィランが集中して集まってるであろうイレイザーヘッドの所だ。とりあえずは、その二つに加勢に行くためにもセントラル広場に向かおう。セントラル広場に行けばさっきいた出入り口の前の状況も確認できるだろーしな。」

「ふぅ~…。よっし!正直まだちょっと動揺してる部分もあるけど、こうなったら腹くくるしかないか!今俺にできることは、自分がやれることを全力でやり遂げることだけだ!」

 

各々拳を掌に打ち付けたり、頬を叩いたりして気合いを入れなおす二人。

情報も少なく、手探り状態のままで戦闘をしなければならないかもしれないが、プロのヒーローからしてみればそんなことは当たり前。

敵との戦闘の際に個性がわからないなんてことはよくあることなのである。

だからこそ、ここが正念場。

何もわからないとことから情報を集めていき、その情報を冷静に組み立てて、常に迅速な判断と行動ができるか否か。

それがヴィランとの戦闘に置いて重要になってくることなのである。

 

「良し…行くぞ尾白!目指すはセントラル広場だ!敵さんの群れに突っ込んでひっちゃかめっちゃかに暴れてやろうぜぇ!汚物は消毒だぁ!!」

「お前それ冗談だよな!?お前それ冗談で言ってるんだよな五十嵐!?さっきまでのお前どこ行っちゃったんだよ!」

「消しゴム頭もろとも殺菌消毒してやるぜぇ、汚物どもがぁぁ!」

「相澤先生まで巻き込むなよ!?つーかそんな敵陣に突っ込むような真似したくないからな!?」

 

鬼の形相で叫ぶ衝也を見て、思わずビシバシとツッコミを入れてしまう尾白。

そんな低レベルな漫才じみたことをやっている彼らの背後から、今一番聞きたくない人物の声が聞こえてきた。

 

「む、そこにいるのは五十嵐君と尾白君か!?」

「「こ、この声は…」」

 

ゆっくり、恐る恐るといったようすで背後の方に顔を向けていく二人。

できれば見たくない。どうか聞き間違いであってくれ。いま聞こえてきた声はすべて幻聴だ。だから、振り向いた先に眼鏡をかけた青髪の少年など居るはずがない!

そう心で叫びながらロボットのようにカクカクとした動きで後ろを振り返っていく衝也と尾白。

そして彼らが振り返った視線の先に

 

「やはり、五十嵐君に尾白君か!よかった、俺一人だけかと思って少々心細かったんだ!」

 

ワレラが1-Aの委員長にして、今現在一番のキーマン(だった男)飯田天哉が息を切らしながら走ってくる姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 




攻略難易度がNORMALからHARDに変わりました。
てか、尾白君後半なるほどしか言ってませんね。
なるほど…


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第八話 ヒーローに重要なのは登場するタイミングだと思う

なんか番外編作ったせいで投稿がうまくいかない…
軽く後悔してます。
前の話読めてない人は読んでから読んでくださいorz(何言ってんだろ私…)
てなわけで八話です、どうぞ。





 1-Aの生徒たちがUSJ内に飛ばされた後…

 

 生徒達を散り散りにした黒霧野郎と対峙していた13号先生や生徒たちは、今まさに絶体絶命の危機に陥っていた。

 衝也がある程度予想したように、警報も通信もつながらない今の段階で応援を呼べる方法は飯田の機動力を頼りにするのが一番の最善策、そう判断した13号は飯田に学校へ行くよう指示をし、その要たる彼を守るために目の前の黒霧野郎に向けて自身の個性『ブラックホール』を発動した。

 

(生徒を守る覚悟もできていた!敵と戦う覚悟もできていた!それなのに…)

「戦闘経験の差か…貴方自身の覚悟の問題か…。一般のヒーローと違い、個性の発動の際に一瞬の迷いが生じている。それでは戦いの際に重大な隙を与えてしまいます。その隙一つで、戦況は大きく動くのですよ。」

(人に個性を向ける覚悟だけが…できていなかった!)

 

 戦闘に用いれば簡単に相手を殺せるような個性を持ちながら、その個性を命を救うために使い続けてきた13号。

 それは、自分の個性を人を助けるために使おうとする彼の信念による行動であり、事実彼はその『行きすぎた』個性で多くの人々を救ってきた。

 しかし、彼は人に個性を使うことだけがどうしてもできなかったのだ。

 それはもちろん、ヒーローである自分が命を奪ってはいけないという覚悟があるせいなのもある。

 だが、一番の理由は恐怖である。

 自分の個性で人が死んでいく光景に、自分の指先一つで人を塵に変えてしまえるその個性に恐怖したからこそ彼は人に個性を向けることができなかった。

 それがたとえ、自分に仇名すヴィランだったとしても、である。

 そんな彼がなぜ今、ヴィランに向けて個性を発動したのか。

 それは彼の後ろに守るべき生徒が居たからである。

 生徒を必ず守り通して見せる

 そのたった一つの覚悟を持った13号は、心の内に沸く恐怖を無理やり抑え込んで、自身の個性を、初めてヴィランに向けた。

 その結果は

 

「こんな風に、自分を塵にしてしまうような最悪な状況へとね。」

「先生ー!!!!」

 

 自分の個性をワープゲートで自分へと飛ばしてしまい、自身の背中を塵にしてしまうという、無残な物であった。

 

「確かに、貴方の個性は素晴らしい。こと戦闘に置いて、これほど強力な個性はそうはありませんよ。ですが、そのような個性を持っていながら、貴方が今まで敵と大規模な戦闘をしたという情報は一つもないご様子。ヴィランと対峙したという情報すら、数えられるほどしかない。ここまで戦闘の情報が少ないと思わずこう勘ぐってしまいますよ。貴方は敵との戦闘を恐れているのではないか?とね。どうやらこの仮説、そう外れてもいなかったようだ。」

(く…そ…!)

 

 気分がよさそうに目を少し細めるモヤ男の目の前でガクリ!と膝をついた13号は、そのままなすすべなく地面へと倒れ込む。

 もし、このモヤ男が一切の物理攻撃が効かない全身黒霧野郎だとしたら、13号先生が倒れてしまった今では、このモヤ男を倒すことができる人材はイレイザーヘッドだけということになる。

 その上、飯田までどこかに飛ばされてしまえばその時点で、状況は衝也の想定した最も最悪な状況へと陥ってしまう。

 まさしく、絶体絶命だった。

 自分を守ろうと動いてくれた13号先生(プロヒーロー)がこうも倒れ込む姿を見て、皆の命を託された飯田は、思わず足を止めてしまう。

 

「さて、13号も無事行動不能にできたことですし…。次は貴方達の相手をしなければなりませんね。全く、やることが多すぎて目が回ってしまいそうです。」

 

 そう言いながら視線を飯田達生徒へと向けるモヤ男。

 その口調は先ほどと変わらず、丁寧ではあったがその眼には明確な敵意が存在していた。

 自分たちに向けられるその敵意と圧に、思わずたじろいてしまう生徒達。

 そのあまりにも戦闘に慣れていない雰囲気を見ても、モヤ男は決してその敵意を緩めようとはしない。

 

「先ほどの少年…確か、五十嵐と言いましたか?彼のおかげで私も一つ学ぶことができました。たとえ、戦闘経験が浅かろうとも、幼き子供であろうとも、貴方達はヒーローの卵であり、十分我々の敵となりうる者たちであるということを。決して油断したりはしませんよ?」

「くっ!?」

(まずい、五十嵐君や切島君たちの行動のせいで、先ほどまでたかが生徒と侮っていたヴィランが、僕たち生徒を『敵』として再認識してしまっている!これでは、隙をついて外に出ようにも、その隙を見つけることが…!)

 

 目の前のモヤ男の気迫に押されて、思わず後ずさりしてしまう飯田やほかの生徒達。

 モヤ男の放つ敵意に完全に飲まれてしまっている生徒達。

 そんな生徒達の中から、一つの大きな声が聞こえてきた。

 

「止まるな飯田!!」

「!?」

 

 急に発せられたその大きな声に思わず顔をそちらに向けてしまう。

 そこにいたのは、複製した口を飯田に向けている障子だった。

 

「お前だけなんだ!今ここで!クラスを!友を!助けられのはお前だけなんだ!だからこそお前に託された!ならば!お前は立ち止まっているべきではない!立ち止まることなど、俺が許さない!」

「障子君…」

「走れ!振り返らずに!後ろは、俺たちが守る!」

「…!」

(そうだ、僕が託された!みんなを!クラスを!なら、ここで立ち止まるべきではない!僕らを守るために行動してくれた、先生方のためにも!!みんなを救えるのは、僕しかいないのだから!)

 

 障子にそう叫ばれた飯田はハッとした表情を浮かべた後、弾けたように出口へと向かって走り出した。

 それを見た障子は軽く唇の端を釣り上げた後、視線をモヤ男に向けなおした。

 その瞬間、障子は驚いたように顔をこわばらせた。

 その間も、飯田は振り返ることなく走り続けている。

 その速度はやはりすさまじく、ぐんぐんと出入り口の扉に近づいていく。

 が

 

「行かせると思いますか?あなたが要だとわかっていながら。」

「!?」

 

 いつの間にか消えていたモヤ男が飯田の目の前に姿を現す。

 障子やほかの生徒達は、いきなり先ほどとは違う方向から聞こえてきたことに驚き、慌てて顔をそちらに向けた。

 突然の事で飯田も対応することができず、勢いを止めることができない。

 

(まずいッ…!)

 

 茫然と目の前から黒いモヤが迫ってくるのを見続けている飯田。

 それを見たモヤ男はひっそりと笑みを浮かべ、飯田を飛ばそうとする。

 しかし、

 

「!」

「こちらからも言わせてもらおう、俺たちが何もしないとでも思ったか?」

 

 突然モヤ男の真横から障子が覆いかぶさるように飛んできたことにより、飯田に迫って来たモヤが一瞬で霧散していく。

 

「やった!成功した!」

「今だ!走れ飯田ぁ!!」

 

 モヤが霧散していくのを見た麗日は嬉しそうな笑顔を浮かべており、隣にいる瀬呂は一瞬何が起きたのかわからず立ち止まってしまった飯田に声をかける。

 何の事はない、障子が飛んできた理由はこの二人にあったのだ。

 麗日の個性により無重力状態となった障子を瀬呂が個性のテープを使ってモヤ男の方へ投げ飛ばす。

 その後、障子が複製した腕で軌道を修正してモヤ男に覆いかぶさり、その瞬間に麗日が個性を解除したのだ

 

「後ろだけではなく、前も俺たちが守る。とにかくお前は走るんだ!」

「…!すまないみんな、頼む!」

 

 飯田は振り返らずにそう叫ぶと、再び個性を発動して出入り口へと走っていく。

 それを見たモヤ男は悔しそうに舌打ちした後、霧散した自分の姿を戻していく。

 

「クッ…中々やりますね。ですが…」

「!やはり効かないか…!?」

 

 そして、そのまま自分に覆いかぶさっている障子を飛ばそうとワープゲートを作り出す。

 障子もすぐにモヤ男から離れようとするが、それよりも早くワープゲートが広がっていく。

 

「邪魔者一人、排除完了です。」

「しま…」

 

 完全に開かれたワープゲートに、障子の身体が飲み込まれていく。

 そして障子の身体は完全にワープゲートに

 

「どりゃぁぁぁぁ!!」

「!?」

 

 飲み込まれる寸前、彼の身体がワープゲートからすっこぬかれるカブのようにそのまま真上へと引っ張られた。

 よく見ると、障子のちょうど首当たりに、白いテープのようなものが巻き付いていた。

 ワープゲートから抜け出した障子はそのままある程度引っ張られた後、ドサリ!と大きな音を立てて無造作に地面に落とされた。

 

「ゲホッ…すまない瀬呂…助かった。だが、もう少し優しく助けてはくれないか?首も締まっていたし、背中も痛い。」

「わりぃな障子、俺あんま筋力ないんだよ…。つーかお前重すぎなんですけど…。」

 

 苦しそうに膝に手を置きながら息を整えている瀬呂は、少しばかり笑っている障子に親指を立ててgoodサインを決める。

 

(また飛ばし損ねたか…クソッ!まぁいい、今優先すべきは…)

「あの眼鏡の少年ですからね!!」

 

 飛ばし損ねた障子を悔しそうに一瞥したモヤ男は、すぐさまそのことを頭から払いのけ、ターゲットを再び飯田へと戻した。

 そして、自分の身体を霧散させ、再び飯田を捕まえようとモヤを移動させた。

 モヤが霧散したせいなのか、そのスピードは凄まじく、あの飯田とほとんど同じかそれ以上の速さで飯田を追いかける。

 それをみた砂糖が慌てたように叫び声をあげる

 

「まずい!このままだと非常口が…!」

「砂糖君!」

「!何だ麗日!?」

「砂糖君、めっちゃパワーある系の個性だよね!?」

「あぁ!?そりゃ俺の個性はパワー増強系の個性だけど、それがどーしたってんだ!?」

「投げて!私を!」

「!?」

 

 モヤ男は徐々に徐々に飯田との距離を詰めていく。

 飯田もその気配は肌で感じてはいるが、ここで振り返って隙を与えてしまえば、それこそ一巻の終わりである。

 決して後ろは振り返らず、仲間たちが何とかしてくれることを信じて一心不乱に走り続ける。

 そして

 

「チェックメイトですよ、眼鏡君!」

「!」

 

 黒い、大きなモヤが出入り口の方へと向かって居いた飯田の眼前へと広がった。

 その瞬間

 

「行くぞぉぉ麗日ぁ!」

「うん!思いっきり頼むね!」

「どおおおおおりゃぁああああああ!!」

 

 ブオオン!!という空気の揺れる大きな音と共に、麗日がモヤ男に向かって飛んで行った。

 砂糖の個性『シュガードープ』により、身体能力が大幅に増強された砂糖の筋力、さらに自身の個性により無重力状態にしているのも相まって、麗日の身体はロケットさながらの速さでモヤ男へと突っ込んでいく

 

(五十嵐君はあの時二回攻撃を仕掛けてた!攻撃が効かないってわかった後も!障子君はあいつが意味の無い攻撃をするのは考えづらいって言ってた!なら、五十嵐君のあの二回目の攻撃には何か意味があったんや!)

 

 そこまで考えてから麗日は先ほどの障子の言葉を思い出す。

 

『瀬呂!麗日!お前たちの個性で俺を飛ばせ!!砂糖の個性では早すぎて俺もコントロールできるかわからない!』

『で、でもあいつに攻撃は効かんかったよ!?実体もない相手からどうやって飯田君を…』

『あいつは!』

『!?』

『五十嵐は無謀な行動はとるかもしれないが意味の無い行動はとらないはずだ!なら、あいつの二撃目の攻撃には何か意味があるはずなんだ!』

『意味って言ったって…二回目の攻撃だって背後を狙ってたけど結局飛ばされてたやん!!結局分かったのはあいつには前後も左右も関係なかったていうことだけで…』

『もしも、二回目の攻撃が背後を狙っていたものではなかったとしたら!?』

『!?』

『あいつが狙っていたのが何なのかまでは流石にわからない!だが、必ず何かあるはずなんだ!あいつが攻撃を仕掛けた理由が!必ず!それを見つけられれば、もしかしたらあいつを倒せるかもしれない!』

 

(私だって、五十嵐君が狙ったものはわからへん!けど、五十嵐君は何か気になるもんがあったから攻撃を仕掛けたんや!!だったら、私が(・・)このモヤ男を見て気になった部分に目を向けていけば、もしかしたらこいつを倒せるかも知れへん!)

 

 麗日は飛ばされることによる身体への負荷に耐えながら、必死に両手を『あれ』に伸ばしていく。

 自分がずっとこのモヤ男の事を見て気になっていたあれに。

 届け!届け!!と念じながら、ただひたすらに手を伸ばしていく。

 そして

 

「走れぇぇぇぇ、飯田くーーーん!!!!」

 

 あらん限りの声を振り絞り飯田へと激を飛ばした。

 彼女が手を伸ばしているもの、それは

 モヤ男のまとう黒い霧の中で不自然に揺れている服のようなものだった。

 

(理屈なんかわからない!けど、こんなん着てるんなら実体はあるはず!それさえ触れば、私の個性も…!)

 

 あと数センチ

 もう何秒もしないうちに彼女の手が、その揺れる服に届こうとしていた。

 そして、彼女の手がついに、モヤ男の服をとらえ

 

「させませんよ」

「え…?」

「なッ…!」

 

 ようとしていたその瞬間、彼女の身体は、ワープゲートの中へと飛び込んでいった。

 そのすぐ後に飯田も目の前のワープゲートに飲み込まれていった。

 

「言ったはずですよ?『油断したりはしない』と。それに、触った後ならともかく触る前にそう叫んでいては、何かをすると言っているのも同然ですよ。警戒しない方がおかしい。」

 

 そうつぶやいたモヤ男は前後に大きく広がっていた黒い霧を収縮させていき、本来の大きさまで戻していった。

 そして、嬉しそうに目を細めた後、視線を残っている砂糖・瀬呂・芦戸・障子へと向けた。

 

「さて、残り四名。一人一人、確実に消していくことにしましょうか。」

「くっ!!」

 

 後ろにいる仲間たちと倒れている先生をかばうように背中を広げる障子。

 生徒達(ヒーローの卵達)先生(プロヒーロー)が各々覚悟を決めて戦いを続けていく中で

 考えうる限りで一番最悪なシナリオが、一歩ずつ一歩ずつ彼らに近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

(な、なんだこれ…何なんだよこれ…)

 

 緑谷は目の前にある光景をただただ茫然と見つめ続けていた。

 彼の隣にいる蛙吹・峰田も同様である。

 彼ら三人はあのモヤ男に水難ゾーンへと飛ばされ、大量にして大漁のヴィランに襲われていた。

 それを何とか三人の力を合わせて退けた彼らは、このまま助けを呼ぼうとしたのだが、いまだ広場で戦っているであろうイレイザーヘッドを心配して彼に加勢することを決意。

 水辺を歩きながらイレイザーヘッドの元へと向かって行った。

 そして、彼らは無事広場にいるイレイザーヘッドの元へとたどり着いたのだが

 

(敵じゃなかったんだ…僕たちが戦ってきた相手は、敵ですらなかった…。これが、これが(ヴィラン)。プロが相手にしてる…本当の敵!)

 

 目の前に居たのは、脳みそが丸見えの黒い大男に押さえつけられている、ボロボロのイレイザーヘッドだった。

 

「どうしたイレイザーヘッド?個性を消せるんだろ、そいつの個性も消したらどうだ?」

 

 にやにやと底意地の悪い笑みを浮かべながら楽しそうにそうつぶやいたのは、顔や肩や手首など、体のいたるところに掌をつけている不気味な男だった。

 男の言葉を聞いたイレイザーヘッドは顔をわずかに上にあげ、瞳を限界まで見開き、自分を押さえつけている大男へとその眼を向けた。

 しかし、

 

「ぐぁ…!!」

 

 グシャ!という嫌な音と共に、イレイザーヘッドの左腕がまるでポッキーのように握りつぶされた。

 これは別に彼の腕がトッポのように最後まで中身たっぷりのたくましい腕ではなかった、というわけではない。

 彼の個性を個性は見つめたものの個性を『消す』個性である。

 その個性が発動しているのにも関わらず、この大男はイレイザーヘッドの腕をへし折るほどのパワーを見せた。

 つまり、

 

(素の力がこれかよ…!オールマイト並じゃねぇか…)

 

 大男はイレイザーヘッドの頭を大きな手の平でつかむと、地面へとたたきつけた。

 ゴッ!という音が響いた瞬間、彼の顔面の下にあるコンクリートの地面は、たたきつけられた衝撃でクレーターのようにへこんでいた。

 

「いいね、脳無。そのままそいつの眼を使いものにならなくさせろ。そうすればこいつのヒーロー人生も終わる…社会のごみ一名排除完了って訳だ。」

 

 男の言葉に反応したのか、脳無と呼ばれた大男はその後も執拗に、何度も何度もイレイザーヘッドの顔面を地面へと叩きつける。

 その音が、一定間隔でずっとなり続けている。

 その異様な光景を、緑谷たちは青ざめた表情で見つめている。

 先ほどの勝利から来た希望は、一転にして絶望と恐怖に代わっていた。

 手の平男とイレイザーヘッドの頭を打ち続ける大男、その背後に黒いモヤのようなものが現れた。

 

「死柄木弔」

「黒霧か。」

 

 先ほどまで出入り口にいた黒いモヤ男、黒霧は手の平男、弔に声をかけた。

 弔はカリカリと首元を搔いた後、黒霧に声をかけた。

 

「黒霧、13号はやれたのか?」

「ええ、ほかの生徒達もこの施設内に飛ばしました。しばらくの間は応援も呼ばれないでしょう。」

「いいねいいね、順調にことが進んでる。順調すぎて逆に怖くなってくる・」

「あとは、この緊急事態に今ここにいるはずがいなかったオールマイトが気づいてこちらに来るのを待つのみですが、この調子だと時間が掛かりそうですね。」

「何言ってるんだ黒霧。子供たちの絶体絶命の大ピンチだ。この状況で駆けつけてこないなんてNO1ヒーロー、平和の象徴の名が泣くぜ?」

 

 両手を大げさに上げながら、今この生徒たちの危機に参上してこないオールマイトに皮肉を言う弔。

 それを見ていた黒霧は、しばらくまわりを見た後不思議そうにモヤを揺らめかせた。

 

「ところで死柄木弔…」

「ん、何だよ黒霧?」

「この耳障りな音は何ですか?何かを打ち付けているような…」

「お前後ろ見てみろよ。」

「後ろ?」

 

 そう言って黒霧は後ろへと振り返る。

 そこには、まるで命令を受けた機械のように淡々とイレイザーヘッドの頭を打ち付けている大男、脳無が居た。

 

「なるほど、イレイザーヘッドでしたか。それにしても、なかなかに惨たらしいですね。人の背中を塵にしてしまった私が言えることでもありませんが。」

「黒霧、男の天然なんて需要ないぜ。」

「うるさいですよ…」

 

 げんなりとしたように返事をした黒霧はしばらく脳無を見ていたが、ふと気がづいたように死柄木へと視線を向けた。

 

「それで?これからどうしますか?今の私たちはオールマイトが来るまで待たなければならない状況にある。それまで何もしない、というのはあまりに不格好でしょう。」

「大丈夫さ黒霧。ちゃんと考えてある。」

 

 そう言って死柄木はまるでゲームでもしてるかのように楽しそうな笑みを浮かべた。

 その笑顔は歳幼き子供が見せるかのような無邪気な笑顔。

 しかし、その笑顔のまま口に出された言葉は、決して無邪気で済まされるようなものではない。

 

「ここは天下の雄英だ。おまけにオールマイトまでいる。その雄英の生徒たちが全員死体で見つかったら?幼い子供すらヴィランの魔の手から守れない教育機関が、ヒーローが、平和の象徴が!そんな不祥事が世間に知れたらどうなるか…思い知るのさ!平和の象徴が、いかに脆く、脆弱なのかを!たのしみだなぁ、楽しみだなぁ!!」

 

 興奮したように早口でそう捲し立てる死柄木。

 ものすごくよい笑顔で生徒全員の殺害宣言をする死柄木を見て、緑谷は背筋が凍るかのような感覚を覚えた。

 しばらくの間、笑顔で両手の指を組んだり話したり、動かしたりしていた死柄木は突然その動きを止めた。

 そして

 

「だから、手始めにまず…」

「!?」

 

 一瞬にして緑谷たちの所に飛んできた。

 その速さと目の前の光景に動揺したせいで、緑谷・蛙吹・峰田の三人は死柄木の動きに反応することができなかった。

 そして、ただただ棒立ちだった蛙吹に、死柄木の手が迫る。

 

「この三人から殺してこう!」

「…!?」

 

 触れたものを粉々に崩してしまう死柄木の手の平はそのまま蛙吹に迫っていき、

 ついに蛙吹の顔面に手の平が触れた。

 思わず緑谷は最悪の想像をしてしまい、我に返ったかのように蛙吹の方へ顔を向ける。

 しかし、

 

「……」

「…!」

「ほんっと、かっこいいぜ」

 

 蛙吹の顔は死柄木の手が触れているにもかかわらず、そのままだった。

 その理由は

 死柄木の背後でひたすら顔面を打ち付けられていたヒーローが、もはや痛みすら感じなくなってしまうほど神経がマヒしてしまったその『眼』を見開いていたからだ。

 

「イレイザーヘッド!」

 

 ヒーローとして、教師として絶対に生徒を助け出すというその信念のみで自身を奮い立たせ、目の前の生徒たちの命を救う彼のその姿は、まさしくプロのヒーローだった。

 だが、

 

「ぁ…!」

 

 その彼の信念をあざけ笑うかのように脳無は再び顔面を地面へとたたきつけた。

 その衝撃に、思わず相澤は目を閉じてしまう。

 

(クソッ、個性が…戻る!)

 

 彼の個性は視界に入った者の個性を消すことができる物だが、再び目を閉じればその個性は消えてしまう。だからこそ、彼は限界まで目を開き続けて効果時間を増加させているのだ。

 だが、ここまでダメージが眼に集中してしまえば、その個性の効果もほぼ一瞬である。

 個性が復活すれば、蛙吹の顔はテレビに放送できないほど悲惨な結末を迎えてしまう。

 だが

 

「手っ…放せぇ!!」

(さっきの敵とは明らかに違う!蛙吹さん、助けて、逃げなきゃ!!)

 

 その蛙吹を助けるために、緑谷はその拳を死柄木へと振りかぶった。

 彼の拳は、巨大ロボすら粉々にしてしまうほどの威力。

 その拳が届きさえすれば、この状況を打開することさえできるかもしれない。

 そして、

 

SMASSH(スマッシュ)!!!!!!」

 

 ズドォン!!という豪音と共に、大量の砂埃と大きな衝撃波が発生した。

 その威力は、並の人間では立つことすら難しくなるほどの高威力だった。

 そのうえ、いつもは放った瞬間ボロボロになってしまう腕はいまだ健在で、奇しくもこの危機的状況で緑谷は力の調節に成功した。

 思わず心の中で「やった!」と声を上げる。

 が

 

「え…」

 

 砂埃が腫れると、そこにいたのは

 吹き飛ばされ傷だらけの死柄木

 ではなく

 緑谷の拳が脇腹に深々と打ち込まれているのにも関わらず、堂々と立っている脳無だった。

 その姿から見るに、彼の拳がまともにぶち当たってもまるでダメージがないようだった。

 

(な、いつの間に!?早すぎる!ていうか、効いて、ない!?)

 

 目の前に現れた見た目も実力も普通ではなさそうな化け物を見て、思わず行動を止めてしまう。

 その隙をついて、目の前の脳無は自身に打ち込まれた緑谷の腕をつかむ。

 そして、そのまま自分の方へと引き寄せる。

 

(!力…すごッ!?)

 

 緑谷も何とか離れようと体を動かすが、脳無のあまりの力になすすべなく引っ張られていく。

 

「いい動きするなぁ。スマッシュってオールマイトのフォロワーさんかい?まぁいいや、君もう死ぬし。」

「緑谷ちゃん!」

「おっと」

 

 死柄木の手を払いのけて舌を伸ばし、緑谷を逃がそうとする蛙吹。

 だが、それでも脳無の腕は離れることはなく、空いているもう一つの手の平が固く握りしめられた。

 死柄木も、払いのけられていないもう一つの手を蛙吹へと向ける。

 蚊帳の外の峰田は、恐怖からか使っている水辺周辺を黄色に染めていた。

 

(まずっ…!死…!?)

「やれ、脳無。俺もすぐに片付ける。」

 

 そして、死柄木の手が蛙吹に、脳無の拳が緑谷に、

 まさに死の手と拳が彼らに向かって行ったその直後、

 

「おいおい、そんなごみを片付けるみたいなノリで俺の友達に手ぇださねぇでくん無いかね?」

「あ?」

 

 その言葉と共に一人の少年が空から突然死柄木と脳無の間に降り立った。

 いきなり空から降って来た少年に、思わず死柄木と脳無は動きを止めた。

 その瞬間

 

「そんなことしてっと、殺されても文句言えねぇぜ?死柄木弔さんよ…」

「ッ!?なんッ…!?」

 

 死柄木と脳無の身体が轟音と共に吹っ飛んだ。

 更に、時間差で衝撃による強風と砂埃が辺りに広がった。

 周りに植えてある大きな木も、ミシミシと音を立ててそれていた。

 

「クッ…死柄木!?」

 

 その強風でモヤを激しく揺らしながらも、必死に死柄木の名を呼ぶ。

 しかし、大量の砂埃のせいで中々姿を確認することができない。

 そんな中、砂埃をまき散らした張本人は

 

「ゲッホゲッホ!!やっべ、加減間違えた。砂が眼に入る。後は、は、ハックチョ!は、鼻にックチョ!」

 

 思いっきり砂埃のせいでせき込んでいた。

 それを見ていた緑谷と蛙吹は唖然とした表情でその少年を見つめていた。

 そして砂埃がどんどん晴れていくと同時に、二人の顔は徐々に明るくなっていく。

 

「良かった…生きてたんだ!」

「心配してたけど、無事だったのね。」

「「五十嵐君(ちゃん)」」

「よ、無事か二人とも!なんか知んねぇけどめっちゃいいタイミングで来たみたいだな。ゲッホゲッホ!うう、のどが痛ぇ…」

 

 そこにいたのは

 涙目で喉をさすりながら、苦しそうに口から舌を出している五十嵐衝也だった。




ただただ原作通りに進んでいるのみ。
なんか自分の文才の無さに絶望しますね…。
てか、芦戸と峰田が空気…


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第九話 ワンパンで終わる主人公なんてそうはいない

評価に色がついていた!しかも緑や青じゃない!
こんなの初めてです!嬉しい!
てなわけで九話です、どうぞ。


衝也の放った衝撃波により発生した砂埃が少しずつ少しずつ晴れてきたセントラル広場。

その広場の水辺の中にいる緑谷・蛙吹・の二人は目の前でむせこんでいる衝也に近づいて行った。

 

「五十嵐君!一番に飛ばされたから心配だったけど、無事だったんだね!よかった…」

「ゲッホゲッホ!ま、まあな。敵もそんなに強くない雑魚だったし、そこまで苦戦せずに済んだ。」

「五十嵐ちゃん大丈夫?苦しそうだけれど。」

「いや、ゲッホ!これは砂が喉にへばりついてゲッホ!」

「見ればわかるから大丈夫よ。」

 

鼻から水を垂れ流し、口から唾を吐き散らし…と、せっかくかっこよい登場の仕方っだったのに、その汚らしい姿がそれをぶち壊しにしていた。

そんな衝也を相変わらずの無表情で見つめている蛙吹とそんな彼女に「だったら言うなよ!」と恨めし気に声を張り上げ、またゲホゲホとむせてしまい、緑谷が心配そうに衝也の顔を覗き込んだ。

 

「だ、大丈夫?水汲もうか?」

「そうね、とりあえず水を飲んで喉にある砂を流しちゃいましょう。緑谷ちゃん、お水を汲んであげて。」

 

蛙吹がそういうのを聞いて、緑谷は自分が浸かっている水辺の水を両手ですくおうとする。

それを見た衝也は途端に青い顔をして、ブンブンと首を横に激しく降り始めた。

 

「ちょッ!?それは勘弁してくれよマジで!!ほら、取れた!もう取れたから!その水をこっちに近づけないでくれ!」

「えぇ!?な、なんでそんなに嫌がるの…。」

「五十嵐ちゃん、緑谷ちゃんは貴方のために水を汲もうとしていたのよ?その態度は失礼すぎるわ。」

「いやいや、当然の反応だぞこれは!ていうかお前らもいつまでもその水に浸かってるなよ!後ろ見てみろよ後ろぉ!」

「「後ろ?」」

 

衝也のその必死な叫びを聞いて興味がわいたのか、がっくりと落ち込んでいた緑谷もプンスコ怒っていた蛙吹も同時に後ろを振り返った。

そこには、眉毛一つ動かさず、ただただ真顔でその場に立っている1-A最強の思春期男子、峰田実がポツネーン…とたたずんでいた。

 

「後ろって、後ろには峰田君しかいないけど…」

「五十嵐ちゃん、いくら峰田ちゃんの事があまり好きじゃないからって言い訳に使おうとするのは流石にひどいと思うわ。」

「いや、だって峰田の奴、さっきこの水の中に思いっきりションベン漏らしてたぞ…!?」

「え、えぇぇぇえ!?」

「ケロッ!?」

 

峰田の水に浸かっている下半身に指を向けながらそう叫んだ衝也の声を聴き、先ほどまで肩を落としていた緑谷も、怒り顔で衝也を問い詰めていた蛙吹も慌てて今いた水辺からバシャバシャと音を立てて広場の方に上がっていった。

(峰田が漏らした場面がわからない人は第八話をよく見てみよう!)

 

「ちょ、ちょっと峰田君!?も、漏らしたんなら漏らしたって言ってよ!そ…そりゃ恥ずかしいかもしれないけどさ!!」

「峰田ちゃん…最低よ。」

 

水から出た緑谷は驚いたような、悲しいような、何とも言えないような表情を浮かべながら叫んでおり、蛙吹に至っては水道の三角コーナーに捨ててある生ごみを見るかのような眼を峰田に向けていた。

二人にそう言われた峰田は顔を緑谷と蛙吹と衝也、三人を転々と見続けた後、じわじわとその両目を潤ませていった。

 

「う、うるせぇなぁ!しょーがねぇだろぉが!!こちとらおめぇら二人が死んじまうかもしれねぇってめちゃくちゃビビったんだからな!!小便だって漏らすに決まってんだろぉ!?衝也が来なかったらおめぇらほんっとにやばかったんだからなぁ!?」

 

ついには目から噴水のように涙を流し始めた峰田を見て、緑谷と蛙吹はハッとしたような表情を浮かべた後、神妙な面持ちで顔をうつむかせた。

峰田の言う通りもしあそこで衝也が来てくれなかったらどうなるかはわからなかった。

 

(ううん、『わからなかった』じゃない。おそらく、いや、『確実に』殺されてた…!峰田君はそれを目の前で見ていたんだ。そりゃ、ビビるに決まってるよな…。)

 

もし自分の目の前で友達が殺されそうになっているのを見ていたら、自分も思わずちびってしまうかもしれない。

自分に迫る死とはまた違った、友に迫る死。

それは、恐らく自分に迫る死と同等の、人によってはそれ以上の恐怖を植え付けられてしまう。

その恐怖を峰田は肌で感じたのだ、ビビるのだって無理はない。

衝也は、いまだ涙を滝のように流し続ける峰田をじーっと何かを考えながら見つめ続けていた。

 

「ま、とりあえず早くそこからあがれよ峰田。そんなところにずっといると、正直色々やばくなるぞ。」

「わ、わかってらぁ!」

「あ、やっぱそのままでいいや。こっち近寄んないでくんね?」

「え」

 

涙をゴシゴシと拭いて水辺からあがろうとした峰田だったが、衝也の割とガチ目な表情と共に放たれたかなりガチな言葉に思わず固まってしまう。

その間にも衝也はススス…と峰田から距離をとっている。

 

「じょ、冗談だよな?」

「上がってくんな沈めんぞ。」

「……」

 

恐る恐る聞いてみた峰田に返って来た言葉は無情にも上がるどころか仲間に沈められるかもしれないというあまりにもひどすぎる物だった。

それを見ていた緑谷は「と、とりあえず上がってもらおうよ。峰田君も風ひいちゃったら困るしさ!」と苦笑いをしながら衝也をなだめる。

衝也は緑谷のその話を聞き、「んー、緑谷がそう言うなら…」としぶしぶといった形で峰田が上がるのを了承する。

どうやら結構本気で言ってたらしく、思わず緑谷も若干固まってしまったが、気を取り直したように峰田の方へむき、申し訳なさそうに顔をうつむかせた。

 

「ほ、ほら!大丈夫峰田君、動ける?」

「み、緑谷、お前…こんな小便にまみれたオイラに手を伸ばしてくれるのか…?」

「ひ、卑屈すぎる…。ていうか、そういう生々しいこと言わないでよ、匂わないはずなのに匂ってきちゃうように感じるじゃないか…。」

 

若干顔色を悪くした緑谷だったがそれでも苦笑いしながら峰田に手を伸ばす緑谷。

峰田はその手を握りしめ、「面目ねぇ…」と呟いた後、やっとこさ水の中から出てくることができた。

軽く体を震わせ、「はっくしょん!」と大きくくしゃみをした峰田は寒そうに軽く体をさすり始めた。

そんな彼を、蛙吹は神妙な面持ちで見つめていたが、不意に峰田に声をかけた。

 

「峰田ちゃん…。」

「ん?何だよ蛙吹。」

「ごめんなさい。」

「へ?」

「貴方の気持ちも考えずに最低だなんて言ってしまって…。私も目の前でお友達が殺されそうになったら、きっと怖くて泣きそうになってしまうもの。」

「いや、オイラは泣いたどころか漏らしちまったんだけど…。ま、まぁとりあえずあれだな!これでお前もオイラに負い目ができたわけだし、おっぱい揉んだのはこれでチャラってことで」

「許さないわ。」

「え」

「絶対に許さないわ、絶対に。」

「…」

 

蛙吹の無表情にも関わらず威圧感を感じるその顔に思わず言葉を失って震えてしまう峰田。

衝也もそんな峰田を道端に落ちている犬のふんを見るかのような眼で見つめていた。

その様子を見ていた緑谷は思わず苦笑いをしてしまうが、ふと慌てたようにまわりを見渡す。

 

「!そ、そうだ!こんな呑気なことしてる場合じゃない!ヴィ、ヴィランはどこに!?相澤先生は!?は、速く相澤先生を連れてここを脱出しないと…!」

「とりあえず落ち着けよ緑谷。一辺にそんな考え事しても頭がパンクするだけだ。一つ一つゆっくり考えて消化していこう。」

「あ、う、うん!」

 

アタフタしながらキョロキョロまわりを見渡していた緑谷の肩に置き、真剣な表情で落ち着くよう諭した。

それを見た緑谷は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、大きく頷いたあと目を閉じ、徐々に心と頭を落ち着かせていった。

 

「落ち着いたか?」

「う、うん!さっきよりはだいぶ。」

「蛙吹と峰田は?」

「問題ないわ。」

「お、オイラも!しょ、正直まだビビってはいるけど…」

 

冷静で無表情な蛙吹とは逆に、軽く体を震えながら顔をうつむかせる峰田だったが、そんな彼を励ますように衝也は口を開く。

 

「ビビるのはしょうがねぇよ、命がかかってるんだからな。これでビビらないのなんて爆豪か轟くらいだろ。とりあえずでも落ち着ければ十分以上だ。さて、とりあえず最初はねぶく…相澤先生の事なんだが」

「間違えたわね…」

「うるさいな…とりあえず相澤先生のことは大丈夫だ。そろそろ来る。」

「へ、来るって…!?」

 

衝也の謎の発言に緑谷が首を傾げて呟いたその瞬間

ドッボーン!という音が彼らのすぐ近くの水辺から聞こえてきた。

その音と同時にそれなりに大きい水の柱ができ、辺りに水しぶきが飛んできた。

いきなりの事に敵襲かと思った緑谷たちは、思わず身構えてしまう。

しかし、衝也だけは驚いた様子もなく軽く首を一周回した。

 

「な!て、敵!?」

「空から降って来たぜおい!?」

「いや、敵じゃねぇよ。」

「敵じゃないの?」

 

衝也の言葉を聞いて不思議そうに首を傾げた蛙吹に、衝也は自分の背後を親指で振り返らずに指さした。

 

「ここに来る一瞬の前にボッコボコにされてる血だらけ寝袋先生を見つけてよ。助けられれば良かったんだが、いかんせんお前らもちょいとやばそうな雰囲気だったもんでな、とっさに飛ばしたんだ。衝撃に巻き込まれる可能性もあったし。」

「「「飛ばした?」」」

「おう、飛ばした。」

 

どや顔で不吉すぎる言葉を口にした衝也を見て、思わず緑谷達三人は不安そうに聞き返してしまう。

その三人の不安そうな表情を見ても顔色一つ変えずに言い放った衝也の一言で、三人の頭の中にあった一つのいやな予感が浮かび上がってくる。

まさか、いくら衝也でも重傷を負っている人間にそんなことするはずがないだろう!と自分たちの頭によぎった嫌な予感を振り払おうとする三人。

そして、恐る恐る後ろを振り返り、先ほど何かが落ちてきた水辺に視線を向けた。

先ほど彼らが居た水辺は、落ちてきたものの衝撃で水面にそこそこ大きな波ができており、かなり大きなものが落ちてきたのであろうことが想像できた。

波によって揺れている水面をじーっと見続けている衝也達だが、ふと、その水面に黒い影ができた。

水面にできたその影は徐々に徐々に大きくなってきて、その影ができていた水面から

傷だらけの相澤先生の背中がプッカリ浮かんできた。

 

「って…五十嵐おめぇ何やってんだぁぁぁぁああああ!!」

「あ、相澤先生ーー!?」

「ケロ!」

 

大声で叫びながら衝也の脛辺りに思いっきり蹴りを入れる峰田とその横で青い顔をして相澤先生の名前をこれまた大声で叫ぶ緑谷。

緑谷の叫びもむなしく、全く反応を示さずにプッカリプッカリ浮かび続けている相澤を緑谷の横にいる蛙吹が慌てて舌を伸ばして救出する。

ちなみに峰田の蹴りをもろに脛に喰らった衝也は「いっでぇ!?」と脛を抑えてしゃがみこんでいた。

 

「安心して、息はしてるみたい。」

「ホント!?よ、よかったぁ…!」

「五十嵐ぃ!おめぇなんで重傷の人間に鞭打つような事するんだよ!?下手すりゃ息できずに溺死してたぞあれぇ!?」

「いや、だってさすがに着水の姿勢までは決められないし…しょうがないじゃん。」

 

蛙吹の言葉を聞いて割と本気で安堵の息を吐いた緑谷の横で、衝也は珍しく峰田に正論で怒られており、少し顔を後ろに引いて気まずそうな表情を浮かべていた。

そんな衝也に、先ほどまで相澤の容態を確認していた蛙吹がプンスコモードで衝也に詰め寄って来た。

 

「五十嵐ちゃん、相澤先生を飛ばしたってどういうことなの!?」

「え、いや、その衝撃でその、ポーンと」

「相澤先生はさっきまで私たちを守るためにボロボロになるまで戦っててくれたのよ?その先生に対してなんでそんなことしたの?普通に抱えればよかったじゃない。」

「そりゃ俺だってそれができたならそうしたさ。だけど、ヴィランの人数と位置と時間と俺の位置と距離とその他諸々を考慮したらどーしたって両手での攻撃が必要になってくる。だから寝袋先生には悪いけど、衝撃を利用して先生を水辺の方まで投げ飛ばしたんだよ。そっちの方が俺の衝撃の余波にぶち当たっちまった時よりも体の負荷が軽くなるしさ。」

「ケロォ、言われてみれば確かにそうだけど…」

 

怒り顔で詰め寄って来た蛙吹に努めて冷静に自分の見解と行動の理由を述べる衝也。

確かに、衝也は先ほどの攻撃の際両手を使っていたし、その余波も凄まじい物だったので彼の言うことに間違いはない。

ましてや蛙吹達は彼が迷わずに相澤を飛ばしてくれたおかげでこうして命がある状況であるため、まさにぐうの音もでない状態である。

 

「と、とりあえず、先生も僕たちも無事なんだし、結果オーライってことでいいんじゃないかな!?」

「そうね、緑谷ちゃんの言う通りだわ。ごめんなさい五十嵐ちゃん、命を助けてもらっていながら厚かましいことを言っちゃって…」

「いや、蛙吹のいうことだってもちろん正しいよ。後で先生にもきっちりかっちり謝っとくさ。」

「てか、その『後』があるのかどーかも怪しいんじゃねぇかオイラ達。」

「た、確かに…。」

「ケロ…」

 

珍しくまともなことを言った峰田の一言で、暗い表情を浮かべる緑谷と、不安そうな鳴き声を上げる蛙吹。

峰田の言う通り、今生徒たちはUSJに閉じ込められ、助けも来ないような状況で敵と戦わなければならない。

プロヒーロであるイレイザーヘッドも、もはや動けるような状態ではない。

むしろ生徒が担ぐなりなんなりして運ばなければいけないのだ。

 

「相澤先生も担いでなおかつ助けも来ない状態で目の前の敵と戦わなきゃならない…そう考えると今のこの状況はかなりやばい状況なんじゃ…」

 

顎に手を当てながら思考を巡らせる緑谷は、今の自分たちの置かれている状況のやばさに少しばかり表情を曇らせた。

そんな彼の言葉を聞いた峰田と蛙吹も同じように表情を曇らせたが、衝也だけは表情を崩したりせずに、皆を安心させるように声をかけた。

 

「大丈夫だって。流石に直接衝撃をぶち込むことはできなかったが、その代わり出力65%の衝撃波であいつらを吹っ飛ばしたんだ。少なくともこの辺にはもういないだろうし、仮に居たとしても動けるような状態ではないだろうよ。」

 

衝也の個性『インパクト』の威力は凄まじく、出力半分程度でビルよりも大きいロボットを粉砕できるほどの威力を出すことができる。

その出力の半分以上の衝撃波で吹き飛んだとしたら、常人ではまずその衝撃に耐えられずに意識を手放すことだろう。

先ほどの轟音と砂埃と強風が、その威力をわかりやすく物語っている。

実際辺りに人の気配は感じられず、先ほどまで感じていた敵意や殺気も感じられなかった。

 

「確かに、あの威力の衝撃波で吹き飛ばされたらそう簡単に動けはしないかも…。」

「本当なら直接衝撃ぶち込みたかったんだけどな。あいつらのお仲間さんの話では、あの三人がオールマイト殺しの実行犯だって話だったし。」

 

倒れている相澤先生を「よっこらっしょ」という掛け声と共に肩に担ぎながら若干悔しそうに緑谷のつぶやきに言葉を返す衝也。

そんな衝也の後ろで担ぐのを手伝っていた蛙吹は、励ますように衝也の背中に手を置いた。

 

「仕方がないわ、誰かを助けなければならないあの状況でさすがにそこまでの事は出来ないもの。むしろ、敵を倒すことより私たちの命を優先してくれたことに感謝してるわ。」

「ん、まぁさすがにそこで敵をぶっ倒すこと優先するほどクズじゃねぇからな…。それに…!?」

 

どこか照れくさそうに指で頬を搔いていた衝也だったが、不意に頬を搔いていた指を下ろし、表情を真剣な物へと変えていった。

その様子を見て峰田は、何かあったのかと恐る恐る辺りを見渡した。

蛙吹と緑谷も何かあったのかと衝也の顔を不思議そうに見つめる。

 

「お、おい急にどうしちまったんだよ五十嵐…そんな怖えぇ顔して。」

「…普通、あの衝撃波に耐えられるような人間はそうはいないんだがな。腐ってもヴィランの親玉、普通の人間じゃねぇらしい。」

 

ゆっくりと顔をセントラル広場の中央へと向けていく衝也。

そんな彼につられて、緑谷たちも衝也と同じ場所へと顔を向ける。

そこには

ヴィラン連合のリーダー死柄木弔が、黒い霧の中から這いずるように出てきていた。

 

「「「!?」」」

 

その姿を見た緑谷たち三人は、予想外の敵の登場に思わず身構えてしまう。

死柄木はドサリ、と黒い霧から地面へと倒れ込むように出るとゆっくりと体を起こし始めた。

 

「ってぇ…。くそ、ガキが…。」

「大丈夫ですか死柄木弔?」

 

黒霧が心配そうに声をかけて近寄るが「うるさい、大丈夫だ。」と死柄木は彼を手で払いのける。

そして、顔をうつむかせたままガリガリと首元辺りをかきむしり始めた。

 

「くそ、くそ!あのガキ、調子に乗りやがって!何だあの衝撃波は…!?邪魔しやがって…あともう少しでガキ二人殺せたのに…クソが!」

(なるほど、どうやら多少なりともダメージはあるみたいだな。恐らく吹き飛ばされる瞬間に後方に下がって衝撃波を軽減したんだろう。んで、吹き飛んでった死柄木をワープゲート野郎がその個性でここまでワープさせてきたわけか…。ちっ、やっぱ先にワープゲート野郎からたおしとくべきだったか。)

 

首元をしきりにかきむしりながら苛ついてるかのように早口で捲し立てる死柄木は、そのままうつむかせていた顔を衝也達の方へ向けた。

 

「舐めた真似しやがって…殺してやる。」

「ぁ…!?」

「ヒィ!?」

「!」

 

彼のその一言を聞いた瞬間、緑谷たち三人はその明確な殺意に、思わず声にならない悲鳴を上げた。

峰田に至っては声に出してしまっている。

血走った眼、まとう雰囲気、無邪気さの中にある狂気

様々な『影』の要素から生み出された強烈な殺意をじかに向けられ、三人はじりじりと後ずさりしてしまう。

そんな中、衝也だけは不敵な笑みを浮かべながら死柄木へと声をかける。

 

「へぇ、どーやら口先だけは一人前らしい。さっきまで何もできずに俺に吹っ飛ばされた雑魚キャラとは思えない強気っぷりだ。」

「……」

「知ってるか?雑魚キャラの『殺してやる』ってセリフは世の中では『死亡フラグ』っていうんだぜ?」

「…クソガキがぁ!」

「落ち着きましょう死柄木!ここは冷静に!」

 

衝也のバカにしたような口ぶりに思わず身を乗り出してしまう死柄木だったが、それを隣にいた黒霧が諭す。

そして、死柄木の耳元に小声で話しかけた。

 

「彼にペースを乱されてはいけません。彼の名前は五十嵐、恐らくここにいる生徒たちの中で最も警戒すべき少年です。むやみに突っ込んでいってはどうなるかわかりませんよ。」

「うるさい!そんなことはわかっている!いちいち口出しするんじゃない!お前から粉々にするぞ黒霧!」

「わかっているのなら飛び出すのはやめなさい!大丈夫です、彼はもうすでに倒したも同然なのですから。」

「!?…どういう意味だ?」

「先ほどの攻撃を見て彼の個性のおおよそは理解できました。私の推論が正しければ、彼はもうすでに詰んでいる。死柄木、あれをここにもう一度呼んでください。恐らく、あれはまだここにいる。」

 

黒霧が嬉しそうに目を細めるのと同時に、衝也は緑谷たち三人に小声で話しかけていた。

 

「緑谷、蛙吹、峰田、俺が時間を稼ぐ。その隙にお前らは出口の方まで走れ。それと、蛙吹、峰田、寝袋先生を頼む。」

「!何言ってるんだよ五十嵐!?さっきの見ただろ、ぜってぇやべぇって!あいつらガチでお前の事を殺そうとしてんぞ!?」

「そうだよ、ここはみんなで一旦逃げて体制を立て直さないと…」

「向こうにあのワープゲート野郎がいる限りどう考えたって逃げるのは難しいだろ。ましてや向こうには触られたら一発アウトの個性を持ってる死柄木とかいうやつもいる。もしワープゲートで死柄木の所まで転送されたらその時点で死んじまうぞ?」

「でも、それは五十嵐ちゃんだって同じでしょ?だったら、下手に戦うより逃げた方が」

「だからこそだよ。俺だったら機動力だってあるし、いざとなればさっきの大火力だって出せる。そう簡単にワープ野郎には捕まらない。あいつを煽って標的をこっちに絞り込ますこともできたしな。後は俺の踏ん張りとお前らの逃げ足次第よ。」

 

そう言った後、衝也は軽く両手を握ったり開いたりして、感触を確かめ始めた。

 

(50%以上を出せるのはあと5~6回ってとこだな。65%以上になるともう3回くらいしか出せねぇ。ここで一発に、火災ゾーンでも一発撃ったし、結構酷使しすぎたかもな…。)

 

そこまで考えた衝也は軽く深呼吸した後、緑谷たちに視線を向け、グッと親指を立てた。

 

「大丈夫、俺を信じろよ。そう簡単にはやられやしないって。勝てそうになかったら隙見て俺も逃げるからよ。」

「い、五十嵐君…。」

「合図だしたら思いっきり走れよ、緑谷。こん中じゃ、お前を一番頼りにしてるんだからな。蛙吹と峰田の事、よろしく頼むぜ。」

「…うん!」

 

覚悟を決めたかのような表情を浮かべて大きく頷いた緑谷を見た衝也は満足そうな表情をした後、視線を死柄木達へと向けた。

 

「さてと、そんじゃあやるとしますかね。ヴィラン連合なんてRPGの序盤で出てきそうな中ボス野郎どもに正義の鉄槌を喰らわせてやるよ。」

 

にやりと笑みを浮かべながら拳を構える衝也、それに応じるかのように緑谷たちも腰を低くして、いつでも動けるよう準備をする。

だが、彼らに対してヴィラン連合の二人は何もせずに堂々と立っているままだ。

それを見た衝也は怪訝そうに眉をひそめた後、大声で目の前の敵に声をかけた。

 

「おい、どーしたよ死柄木さん!そっちから攻撃しかけてもいいんだぜ!?それともビビってママの所に帰りたくなっちまったのか!?」

「……」

(なんだ、あいつなんだか様子が)

「脳無、命令だ。あのくそ生意気なガキを殺せ。」

「?あいつ今、何呟いたんだ…!?」

 

死柄木のつぶやきが聞き取れず思わず怪訝な顔をしてしまった衝也だったが、すぐにその顔は驚愕へと包まれた。

なぜなら

突然目の前に脳みそ丸出しの大男が立ちはだかったからだ。

 

(!速い!)

「こいつ、さっきの!?」

 

緑谷が驚いたように叫び声をあげるが、それに一切の反応を示さず、衝也は迅速に行動を起こす。

 

「60%インパクトナックル!!」

 

強く握りしめた拳を大男に思い切り打ち込み、打ち込んだと同時に衝撃を放出し直接相手に叩きこむ。

その瞬間、ズドォォォォン!!という轟音が響き渡り、辺りに再び強風と砂埃が舞う。

普段から鍛えられている衝也の肉体から打ち出される強烈な右ストレートと特大の衝撃放出を組み合わせた近接戦闘用の大技。

出力60%ともなれば、まともに喰らって動くことはおろか下手をすれば重傷を負いかねないその技を喰らってなお

その大男は顔色一つ変えずにそこに立っていた。

 

「!?」(なんだこの感触…!)

 

打ち込んだときのわずかな違和感を感じ取った衝也は、目の前の大男を一瞥した後、驚愕したように目を見開いた。

 

(まずい!こいつ、まさか…!)

「三人ともぉ!早く」

 

何かに気づいた衝也が、後ろを振り返り、三人に何かを言おうとした瞬間

その衝也の姿が突然消えた。

そのすぐ後に、ズドォォォォン!という大きな音と木がそれてしまうほどの大きな強風が辺りに広がった。

 

「!五十嵐君!?」

 

両手で顔をかばうようにしながら、必死に五十嵐の名を呼ぶ緑谷。

しかし、衝也からの返事はなく、その言葉はむなしく辺りを震わせた。

 

「おい、おいおいおいおい!!?何だよこれ、何が起きたってんだ!?」

 

吹き飛ばされないように緑谷の体操服にしがみついている峰田がそう叫んだあと、吹き荒れていた強風がやみ、

遠くの方からドガァンという何かが壊れたような音が聞こえてきた。

それを聞いた緑谷たちはゆっくりと視線を音がした方向へと向ける。

その方向、山岳ゾーンのちょうど真後ろ辺りのUSJドームの天井付近。

そこに大きな穴がぽっかりと開いていた。

 

「まさか、五十嵐ちゃんは…」

「そ、そんな…」

「う、嘘だろおい…」

 

あまりの出来事に声を失い、絶望したような表情を浮かべる三人。

自分たちを助けようと動いてくれた衝也は、あろうことか一瞬にして吹き飛ばされてしまったのだ。

 

「く、くはははは!!いいねいいね!さすが先生の作り出した怪人!ワンパンであのクソガキを殺してくれたよ!ハハハハ!!何が死亡フラグだ、フラグが立ってたのはお前の方だったよ五十嵐衝也!さっきまでのセリフを今のお前に聴かせたいぜ、さぞや恥ずかしいだろぉなぁ!まあ、もう聞くことすらできないだろうけど!?クハハハハ!!」

 

両手で顔を覆いながら大声で笑い続ける死柄木。

子供を一人殺したというのに、まるでなかなか倒せなかったゲームの敵を倒せたかのように楽しそうに、無邪気に笑い続ける死柄木を見ていいようのない恐怖を感じ始める三人。

 

(ま、まずいまずいまずい!とにかく、逃げなきゃ!!あんな化け物、正面から挑んだって勝てっこない!)

「峰田君、蛙吹さん!」

「やれ、脳無。」

「!」

 

死柄木のそのつぶやきを来た緑谷の身体はほぼ反射的に動いていた。

素早く蛙吹を抱えると、個性を使って無理やり体を横へと飛ばす。

その直後、ドバァァァンという音と共に辺り一面に水の雨が降り始めた。

大男の放ったパンチの衝撃が水辺の水を吹き飛ばしたのだ。

水辺には水は残っておらず、地面すら見えている。

その威力を目の当たりにして思わず背筋が凍ってしまいそうに感覚を覚えた緑谷だったが、地面に転がった瞬間、強烈な痛みが彼を襲い、意識はすぐにそちらに向けられた。

 

「いッ!?」

「緑谷ちゃん、大丈夫!?」

「!お、おい、緑谷!おめぇ大丈夫か!?」

 

緑谷に抱えられていた蛙吹は慌てて緑谷のもとに駆け寄る。

峰田も若干ほうけていたものの、緑谷のうめき声を聞いて慌てたように駆けつける。

見ると、緑谷の脚は痛々しく折れ曲がっており、誰が見ても一発で骨折してるのがわかるような状態だった。

 

(くっそ、さっきはうまくいったのに!!)

「緑谷ちゃん、脚が…」

「いいから!早く逃げないと」

「逃がすなよ脳無、必ず殺せ。」

「!」

 

死柄木の言葉に反応したのか、脳無はゆっくりと突き出していた拳を引き戻し、倒れこんでいる緑谷たちへと視線を向ける。

 

「よ…寄るな!こ、こっちに来るんじゃねぇ!!」

「おいおい、そんなに嫌がらなくてもいいだろ?俺は親切でやってるんだ。アンタらが寂しくならないように、お友達と同じところに連れてってやろうとしてるだけなんだからさぁ。」

 

恥じらいもせずに大声で泣き叫ぶ峰田をみて、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべて楽しそうに言葉を紡ぐ死柄木。

その間にも脳無はゆっくりと足を動かし、緑谷たちの方へと向かって行く。

そして

 

「殺れ、脳無。これでまずは1stステージクリアーだ。」

 

脳無が腰を低くし走り出そうとしたその瞬間、

脳無の動きがぴたりと止まった。

脳無だけではない、先ほどまで気味の悪い笑みを浮かべていた死柄木も、今は苦悶の表情を浮かべて微動だにしていない。

 

「くっ…なんっだコレ!?」

「それは、氷!?」

 

彼らがその場から動けない理由、それは

広場一帯の地面と共に、彼らの両脚が凍らされているからである。

死柄木が自分の足元をみて忌々しそうにつぶやいたその直後

 

「死にさらせぇ!!クソモブどもがぁ!!」

 

実に乱暴極まりない叫び声と共に、豪音と共に凄まじい規模の大爆発が起きた。

辺り一面に黒煙が広がり、その爆発による余波飛んでくる。

あまりの威力に地面に伏せていた緑谷たちにも影響が出そうになるが

 

「ダイジョブかお前ら!」

「「「!?」」」

 

突然誰かが三人を守るかのように現れ、その衝撃と爆発から彼らをかばう。

そして、黒煙が晴れていくと同時に彼らの姿が徐々に視界に入ってくる。

それを見た蛙吹は驚いた表情を浮かべて、思わず目の前にいる少年に声をかけた。

 

「き、切島ちゃん!?」

「おう!けがはねぇか梅雨ちゃん!?てか爆豪!お前ダチが居るのにこんな大火力で攻撃すなぁ!?危うくダチまで吹っ飛ばすとこだったぞぉ!」

「!?」

 

自身の個性「硬化」を使い三人を助けたのはつんつんした赤髪が特徴的な漢気あふれる熱血漢、切島鋭児郎だった。

切島が大声で叫んだその方向に視線を向ける緑谷たち。

そこには、自身の篭手に手を置いている爆豪の姿があった。

 

「うるせぇぞクソ髪野郎!そんなもんはてめぇとこのスカした半分野郎でどーにかしろってんだ!!」

「や、やっぱりかっちゃんだ!」

 

緑谷の叫び声を聞いた爆豪は「うるせぇ!黙ってそこで死んどけクソナードぉ!!」とにらみながら叫び、緑谷は「ひ、ひどい!」と若干ショックを受けたような表情を浮かべた。

 

「おい、油断するなよ。こんくらいでやられるような奴らじゃねぇはずだ。仮にも、平和の象徴を殺す実行役の奴らなんだからな。」

 

そんな彼らの気を引き締めるように声をかけたのは、1-A最強と謳われる少年

轟焦凍だった。

 

「す、すげぇ!轟までいやがる!クラス一の実力者たちが勢ぞろいだぜおい!!」

 

クラス一の実力を持つ轟とクラス一の戦闘センスを持つ爆豪、そしてクラス一の根性をもつ切島。

今考えられる増援としては最も頼りになる者たちが、セントラル広場に集結した。

そんな彼らの登場に黒煙の中から小さなつぶやきが聞こえてきた。

 

「…2ndステージ、突入~。」

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

同時刻、山岳ゾーン

 

山岳ゾーンに飛ばされてた耳郎、八百万、上鳴の三人はいままさに絶体絶命のピンチに陥っていた。

実力はともかく、圧倒的に数の多い敵を倒すために、八百万の作った特大絶縁体シートと上鳴のMax120万ボルト放電を使った三人は、見事に敵を撃破した。

ただ一人、地面に隠れていた伏兵を除いてである。

 

「なんだよ、今の爆音…。さっき飛んできた訳の分からんものといい、何が起きてるんだ?死柄木さんたちが動いたのか?」

 

右手からバチバチと電気を放電しながら、先ほどぽっかり開いてしまった天井の穴を見つめる伏兵のヴィラン。

恐らくはこのヴィランが通信手段の妨害をしているヴィランなのだろう。

彼の左手には上鳴が襟首を握られた状態で人質に捕られていた。

そのヴィランが視線を外しているのに気が付いた耳郎はスルスルとイヤホンのコードを足元スピーカーへと伸ばした。

彼女のスピーカは指向性スピーカーとなっており、自身の心音を爆音で相手に届けることができるのだ。

 

(あと、もうちょい…!)

「おっと」

「!」

「ウェイ!?」

 

だが、あと一歩という所でヴィランは右手を上鳴の首元に近づける。

そのまま右手が上鳴の首に当たれば放電により焼き切られてしまう。

普段の上鳴なら大勢の敵を倒したように放電で相手を倒せるのだが、今の彼は

 

「ウェ~イ…」

 

幼稚園児の落書きみたいな顔をしてウェイしか言えないアホになってしまっているのだ。

彼は放電のW数が許容オーバーすると脳がショートしてしまい、一時的にアホになってしまう。

その状態では何かをすることもできず、ただただ何を示しているかもわからない親指を立てたいわゆるグッジョブポーズをすることしかできなくなってしまうのだ。

 

「おいおい、さっきも言っただろ?子供の浅知恵なんてものはバカな大人しか通用しないってよ。」

「くっ!卑怯ですわ、人質をとるなんて!」

「ヒーローのセリフとは思えねぇなお嬢ちゃん。俺はヴィランだ、他人の命を守らなきゃいけねぇ義理はないし、むしろ他人の命を奪ってでも自分のしたいことをするのがヴィランってもんだろ?それにほら、よく言うじゃねぇか、ヒーローは逆境を乗り越えて強くなるってよ。お前らもヒーローの卵だったら逆境を乗り越えねぇとなぁ?」

「こいつ…いけしゃあしゃあと言いやがってぇ…!」

 

八百万の悔しそうな叫びに、ゲラゲラと下品な声で笑い、そう切り返すヴィラン。

ヴィランの言葉を聞いた耳郎も悔しそうに歯ぎしりをする。

その言葉はヴィランのくせに割と正論であり、そのことが余計八百万の中に焦りを生む。

 

(耳郎さんの攻撃も封じられている。私たちの動きも!この状況で、どうやって上鳴さんを助ければいいの!?考えないと!このままじゃ三人とも…!)

 

両手を上げてヴィランの様子を見つめながらも必死に打開策を考え続ける八百万だが、自分たちの動きを封じられ、上鳴も動けないこの状況ではなかなか打開策を組むことができない。

その間にも、ヴィランはゆっくりと二人との距離を詰めていく。

 

「さて、これくらい近寄れば十分だろ。」

「?一体何するつもり…」

 

耳郎の訝し気な表情でつぶやいたその瞬間、

ヴィランの右手から放電されていた電気が明確に大きくなってきた。

バリバリという音も次第に大きくなっていく。

 

「この距離なら俺の放電も届く距離だ。俺の個性は放電にある程度の指向性はもてるが、その距離が短いもんでな。こうして近寄らせてもらったわけだ。」

「うっそ、上鳴の格上じゃん…!」

「くっ、このままでは…」

「いやいや、さすがに威力はこいつには及ばないさ。よくても人ひとりをぶっ倒すのが精いっぱい。だから」

 

そこまで言ってヴィランは放電を続けている右手を耳郎の方へと向ける。

それを見た耳郎は思わず脚に力を入れ、腰を低く落としてしまう

 

「!?」

「まずは一番厄介そうなアンタから始末させてもらうぜ、イヤホン嬢ちゃん。」

「!耳郎さん、何とか避けて…!」

「避けた瞬間、このアホ面がどうなるかは、わかるよな?」

「クソッ…!」

 

逃げの体勢を作っていた耳郎だったが、ヴィランの言葉をきき、姿勢をもとへと戻してしまう。

それを見たヴィランは「さすがはヒーロー…」とニタニタ笑みを浮かべたあと、右手に電気を放電し始める。

右手の電気はさらに大きさを増し、バチバチバチィ!と先ほどよりも大きな音を立てている。

その電気が今、すべて耳郎に降り注ごうとしていた。

 

「さてと、それじゃあまずは…一人目だ!」

(来る…!)

 

思わずギュッと目をつぶってしまう耳郎。

そんな彼女に向かってヴィランはその右手に蓄えられた電気を放電しようとした

 

「おい」

「!?」

 

その瞬間、後ろから低く、ドスの聞いた声が聞こえてきた。

その声が耳に入った途端、ヴィランの背筋はゾクリと鳥肌が立ち、思わず右手を次郎から背後にいる何者かに移そうとする。

 

「傷だらけで意気消沈で苛ついている俺の目の前で…一体何さらしとんじゃこのボケェェイ!!」

「フゴバァ!!?」

 

それよりも早く背後にいた少年の蹴りが

男の股間へと突き刺さった。

さらに

 

「インパクトゥオオ!」

「!!???!?!?」

 

容赦なく股間に衝撃を叩きこんだ。

ヴィランはその場で声にならない悲鳴を上げた後、糸が切れたかのようにその場に倒れ込んだ。

ついでに上鳴も「ウェ~~~イ?」と言いながら地面に倒れ込んだ。

 

「あ…アンタ」

 

その様子を見ていた耳郎は呆けた顔をして、男の象徴をぶっ潰した目の前の少年に視線を送る。

その少年とは

 

「ハァ…ここ、どこだ?くっそ、体中が痛ぇ…。つーか血で前が見にくいし、頭はくらくらするし、マジでイライラすんなぁ!」

 

頭から血をダラダラと流してその顔を赤く染めている、全身傷だらけの

五十嵐衝也だった。

 

 




ながいな!(確信)

えー、このたびあくまで候補ですが何人かヒロインを選抜することができました。
選んだ基準は私が好きかどうかです。
もちろん一番は送崎信乃さんと知床知子さんと土川流子さんと茶虎柔さん(ん?)なんですけどさすがに年齢差きっつくね?
ということで除外しました!
が、未練たらたらなのでどうなるかはわかりません!(おい)
これからも頑張りますので皆さまどうか暖かく見守ってください!
感想、評価共にお待ちしております

PS、最近、思いっきり題名被った小説がハーメルン内で出てしまって焦ってます。
だれか、ネーミングセンスを私に下さい。
もしくは「こんなタイトルいいかもよ」でもいいです。
土下座しながらまってます…






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第十話 何を知っているのかでその時取る行動は大きく変わる

脳無が強すぎて困っています。
アイツどうやったら倒せるねん…
くそー、オールマイトー、かもーん…(泣)
てなわけで十話です、どーぞ



「五十嵐!?あ、アンタなんでこんなところに…」

「おう、皆が愛する天才系主人公の五十嵐衝也くんだぜ。」

 

 いきなり血だらけで目の前に出現した衝也の姿を呆けた顔をして呟く耳郎。

 口を半開きにして半ば茫然としている彼女のつぶやきに衝也は相変わらずのお調子発言を、傷だらけの顔の表情をピクリとも動かさないで返事をした。

 衝也は先ほど自分が男の象徴を粉砕して泡を吹いて倒れているヴィランを一瞥した後、視線を目の前の耳郎に移した。

 

「無事か、耳郎?」

「え、あ…う、うん。ウチは大丈夫だけど…」

「そーかそーか、それは何より。」

 

 耳郎は、いきなりの衝也の問いかけに多少言葉を詰まらせたものの返事をする。

 その返事を聞いた衝也は良かった良かった、という風に何度か頷いた後、視線を耳郎から八百万へと移した。

 

「八百万もけがはないか?」

「へ!?え、ええ…特にけがはしていませんけど…」

「上鳴は…無事か?無事なのか?」

「ウェ、ウェイウェ~イ…(な、なんとかな~…)」

「駄目だ、会話ができてない。」

「ウェ~イ…(え~…)」

 

 地面に伏している上鳴のハイウェイモードを見て、若干顔を引きつらせた衝也は気を取り直すかのように頭から垂れて、目に入りそうになった血を軽くぬぐった後まわりをぐるりと見渡した。

 

「んで、ここは一体どこなんだ?見たところかなりの数の敵が居たみたいだけど…」

「ここは山岳ゾーンですわ…ちょうど火災ゾーンの隣にある」

「火災ゾーンの隣か、こりゃ結構飛ばされたな…」

 

「クソッ…」と後ろの天井を見つめて、悔しそうな表情をして小さく舌打ちをする衝也。

 衝也はしばらく忌々しげに穴の開いた天井を見つめていたが、ふと視線を地面に倒れ伏してるヴィラン達に向けた。

 

「倒した敵はこれで全員なのか?残ってる敵は?」

「え、あ、た、倒した敵はこれで全員ですわ…残ってる敵も五十嵐さんが倒したその敵で最後でしたし、もう残っているヴィランはいないと思います。ですが…その…」

 

 八百万はいきなりの衝也の質問に少しだけ動揺するものの、すぐに淡々と彼の質問に答えていく。

 しかし、質問を答えた八百万は再び何かを言おうとして言葉を詰まらせる。

 普段ズバズバと人の気にしていることを言いまくる彼女の様子(衝也の偏見あり)とはまるで違うその姿に衝也は軽く首を傾げる。

 

「ん、どーした八百万?逃げられた敵でもいるのか?逃げられたくらいなら心配すんな。とりあえず敵がここに残ってないならそれでいい。んで、早速で悪いんだがお前らに」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「うお!?」

「!?」

「ウェイ!?」

 

 耳郎達三人に何かを頼もうとした衝也だったが、いきなり耳郎に大声で言葉を遮られ、軽く肩を浮かせて驚く。

 上鳴と八百万同様に、びくりと肩を震わせて耳郎の方へと視線を向けた。

 

「びっくりしたぁ、いきなりどーしたよ耳郎?」

「どーしたはこっちのセリフだって!!アンタ、その傷何!?一体何したらそんな怪我すんの!?てか飛ばされたって、じゃあさっき飛んできたものはアンタってこと!?一体何がどうなってるの!?しっかり説明しなよ!」

 

 ズンズンと衝也の方に駆け寄っていき、地面に倒れ伏している先ほどの電気ヴィランの脇へと蹴とばし、彼の間近にまで近寄って指を突き出して問い詰める。

 思わず体を後ろにそらしてしまう衝也と、彼女の怒涛の勢いに目を丸くしてしまう八百万。

 上鳴は相変わらずウェイしか言っていない。

 

「わ、わかったわかった。とりあえず一から説明するから、その突き出した指で胸を叩くのはやめてくれ。」

「なにそのウチがわがまま言ってるみたいな口調。むかつくんだけど…。プラグ刺して良い?」

「重傷の人間にとどめさそうとするなよ…。」

 

 叩かれた胸のあたりを撫で、少しばかり顔を顰めた後シュルシュルと自分の元まで伸びてきた耳のイヤホンコードをげんなりとした表情で見た後、どっかりと地面に座り込み自分がここまで来た…というよりは飛ばされてきた経緯を話し始めた。

 火災ゾーンに飛ばされ、そこにいた敵を一掃したこと。

 セントラル広場にいた連合の主力と脳無と呼ばれる謎の大男のこと。

 そして、その謎の大男によって天井を超えて外まで吹き飛んでしまったことも。

 

「んで、吹き飛ばされてる途中で何とか衝撃を使ってここまで戻ってきたら、耳郎がやられそうになってたってわけ。」

「なるほどね…」

「五十嵐さんを吹き飛ばした脳無と呼ばれる大男…そのヴィランがオールマイトを殺すための最大の切り札なのでしょうか?」

「恐らくだけどな。個性を使ってないのにあのスピードとパワー、正直そこらのプロヒーローなんかよりよっぽど強ぇ。あの速さと力なら、確かにオールマイトともやりあえるかもしれねぇ。それに…」

「ウ、ウェイ?(そ、それに?)」

 

 個性を使ってないのにも関わらずにオールマイト並のスピードとパワーを持っている、というチート極まりない発言にただでさえビビっている(?)上鳴は言葉をとぎらせ、血だらけの拳を見つめ始めた衝也の言葉の続きを、恐る恐るウェイ語で聞いてみた。

 

「……」

「……」

「上鳴その顔受けるからちょっとこっち見ないでくれねぇ、笑いがこみ上げてくるから。」

「ウェーイ!(ちっくしょぉ!)」

 

 必死に笑いをこらえようとする衝也は、こらえ過ぎたのか脇腹を抑え「いって…笑いこらえ過ぎた」と少し辛そうに呟いていた。

 対する上鳴は自分の言葉が伝わらないのを実に悔しそうに嘆いていた。

 相変わらずのアホ顔で

 

「それに?何か気になることでもあんの?」

「いや、何でもない。」

 

 呆れた様子でため息を吐いた後、耳郎はじっと拳を見つめ続けている衝也に問いかける。

 が、衝也はすぐに首を横に振り、拳をパッと開いてパタパタと顔の前で軽く左右に振った。

 その後衝也は大きく息を吐いて「さってと!」と呟き、ゆっくりとした動作で立ち上がった。

 

「とりあえず、今の状況を簡単に言うとだ。生徒全員が散り散りになったせいで救援を呼ぶためにかかる時間も、助けが来る時間も大幅に増えちまった。その上セントラル広場には、空間と空間をつなげるワープゲート個性の持ち主に、触れたものを粉々に崩す個性をもつ連合のリーダー…そして、オールマイト並のパワーとスピードを持つ脳みそ丸見えの大男がいる。あいつらがその広場を陣取ってる限り、正面からの脱出は限りなく不可能に近い。」

「つまり、救援も来なければ、脱出も困難な、まさに最悪な状況…というわけですわね。」

「……」

 

 衝也の言葉から冷静に現在の状況の深刻さを苦い表情で口にする八百万。

 耳郎も額から冷や汗を流し、ごくりと緊張したように唾を飲み込んだ。

 上鳴は

 

「やウェイなそウェ…。」

 

 ちょっと元に戻ったせいかかなりアホっぽいしゃべり方をしていた。

 それでもなんとなくやばいとおもっている雰囲気は感じ取れる。

 それぞれの反応を見た衝也は軽く拳を握ったり開いたりした後、耳郎達の方へ視線を移した。

 

「まぁ、速い話が絶体絶命って訳だ。そこで、お前らに頼みたいことがあるんだ。」

「頼みたい事?」

「そ」

 

 不思議そうに衝也の言葉を反芻した八百万に視線を向けた衝也は、いまだ頭から垂れてくる血をぬぐい言葉をつづけた。

 

「お前らは今から下山してセントラル広場に近づかないよう動きつつ、この施設の非常口を探してくれ。」

「非常口?」

「そ、こんだけ広い施設で、しかも設計したのは人命救助のプロフェッショナル。恐らくは非常口みたいな緊急用の出入り口があるはずだ。お前らにはそれを探してもらいたい。すでに合流してた飯田と尾白にはもう探してもらうよう頼んでる。もしかしたらもう見つけてるかもしれないが、万が一の時のためにお前らも探してほしい。うまくいけばお前らも外に出れるしよ。」

「ですが、先ほど電波を妨害していたであろうヴィランはもう五十嵐さんが倒しましたわ。上鳴さんの個性を使えば…」

 

 そう言って上鳴の方に視線を向ける八百万だったが、その上鳴の顔を見た瞬間身体が固まってしまう。

 そして、ゆっくりと視線を衝也へと戻して、大きく一つ咳払いをした。

 

「コホン!先生が持ってる通信機器を試せば、恐らく学校につながるはずだと思うのですが」

「ウェイ!どウェしておウェのコウェイを外ウィたんだ!?」

「使い物になんないからでしょ。てかウェイウェイうるさいからちょっと黙って。」

「……」

 

 耳郎の慈悲も容赦もない一言がグサリと心に突き刺さった上鳴はその場で体操座りをして、地面にのの字を書き始めた。

 しかし、それに目もくれずに衝也はゆっくりと首を横に振った。

 

「いや、寝袋先生も宇宙服先生も敵にやられっちまって通信できるような状態じゃない。それに、俺もこれで試してみたが、つながる気配がない。恐らくはもう何人か同じような電波妨害系の個性の奴がいるんだろう。」

 

 自分の持っているガラケーをトントンと指さしながらそう答える衝也に、「そうですか…」と小さくつぶやく八百万。

 しばらく下にうつむいて何かを考えていた八百万だったが、小さくため息を吐いた後、観念したかのように顔を上にあげた。

 

「ならばしょうがないですね。確かに現状五十嵐さんの言った通りに行動するのが一番よさそうです。交戦はなるべく避ける方向でよろしいですか?」

「いや、なるべくじゃなくて絶対に避けるようにしてくれ。俺たちが散り散りになってから結構な時間が経ってる。実際に緑谷たちは水難ゾーンにいたヴィラン達を倒してセントラル広場にまで来てるからな。恐らく、ほかのエリアにいるヴィランもあらかた片付いてるはずだ。つまり」

「もう残っている敵はそう多くはないと?」

「そ。さらに言えば、今まだ残ってるやつは相当強い可能性がある。ほかの生徒達を倒して配置されたエリアから移動しているかもしれないやつらだからな。加えて、脳無とかいう大男並に強い奴がほかにもいないとも限らない。俺は、最初相手の実力はそこらの不良レベルだと考えてた。が、脳無をはじめとする不良レベルとは到底思えないやつらが居たのを鑑みるに、うかつな戦闘はするべきではないと思う。勝てるかもしれない、なんて博打を打てるほど余裕のある状況じゃねぇからな。それにお荷物も一人いるし。」

「わかりました。それでは仮にヴィランに会敵したとしても戦わずに逃げるという方向で。」

「おう、頼むぜ『副』委員長!」

「…嫌味ですか?」

 

 今後の方針を話し合う衝也と八百万。

 あーするんだこーするべきでは?と何度か意見の交換をする二人だったが、無事今後の方針が決まり、衝也は親指を立てて副委員長に呼びかける。

 それを見た副委員長は一瞬表情を顰めるが、すぐに表情を引き締めた。

 

「ふぅ、それでは、私たちは非常口を探してUSJ内から脱出し、先生たちに救援を要請してきます。」

「ああ、くれぐれも戦わないようにな。」

「わかっていますわ。さ、上鳴さん、耳郎さん、行きますわよ!」

 

 そう言って、チョイウェイモードの上鳴の手を取った八百万は山岳ゾーンから離れるために下山コースと書かれている看板のある通り道へと歩いていく。

 上鳴も彼女に引っ張られるような形で看板の方へと向かって行く。

 しかし、

 

「…?耳郎さん?」

 

 耳郎だけはその場でとどまったまま、じーっと衝也の方に視線を向けていた。

 その表情は威圧感たっぷりで、どことなく怒っているような雰囲気が感じられた。

 それを見た衝也は一瞬、彼女の表情に気おされたような表情を浮かべるも、すぐに表情を元に戻した。

 

「うおっと…どうしたんだ耳郎、そんな怖い顔して…速く行かないと八百万たちに置いてかれちまうぜ?」

「…あのさ」

 

 衝也のどことなくおちゃらけたような口調を耳にしても一切表情を崩さずにいた耳郎は、しばらく彼をにらみ続けた後、ゆっくりと口を開いた。

 衝也も「ん?」と軽く目を開いて耳郎の言葉の続きを待つ。

 

「アンタは、これからどうする訳?」

「俺?俺は、まぁあれだ…お前らとは別方向で」

「嘘」

「…まだ別方向としか言ってないんだが」

「どうせ、『お前らとは別方向で非常口を探すつもりだ』とかいうつもりなんでしょ」

「……」

 

 耳郎の言葉に衝也は一瞬目を見開き、しばらくの間そのまま耳郎のことを見続ける。

 耳郎もまた険しい目のまま衝也の事を睨み続けていた。

 そして、衝也は見開いていた目を元の大きさへと戻し、大きくため息を吐いた。

 

「はぁ…耳郎。お前いつから見た目は子供で頭脳は大人な名探偵になっちまったんだ?」

「バレバレだっての。だってアンタ、さっきから視線がチラチラ広場の方に動いてる。そんなに動いてたら広場の状況が気になって気になってしょうがないって言ってるようなもんじゃん。」

「げ、マジか…うまく隠してるつもりだったんだが」

「まぁ嘘だけど」

「……」

 

 感心したような表情から一転してジトーっとした視線を耳郎へと向ける衝也。

 言外に『だましやがったなこのやろー…』と目で語っているのだが、耳郎はまるで意に返さず衝也を睨み続ける。

 彼女の表情は、いまだに変わる様子はない。

 

「アンタ、広場に行くつもりでしょ?」

「…」

 

 耳郎のその問に衝也は答えることはなく、大きく肩をすくませた後

 答えの代わりにゆっくりと顔に笑顔を浮かべた。

 それをみた耳郎は一瞬微動だにせずにいた表情をわずかに歪ませた。

 

「…ッ!アンタ、自分が今どういう状況かわかってんの!!?」

「うわッ!?」

 

 いきなり大声を出した耳郎に思わず肩をびくりと震わせて驚いてしまう衝也。

 八百万と上も彼と同様にわずかに肩を動かした。

 そんな衝也達には目もくれず、耳郎はズカズカと大股で衝也の方へと近づいていく。

 そして、ズズッ!と身を前に出して衝也の顔に自分の顔を近づける。

 それに合わせて、衝也もわずかに体を逸らし、耳郎から顔を遠ざける。

 

「アンタさっき自分で言ってたじゃん!広場には、ここにいるチンピラとは格が違う化け物たちがいるって!その化け物に、アンタ施設の外まで吹っ飛ばされたって!さっきアンタが言ってたじゃん!?」

「……」

「わかってる!?アンタ一回その化け物に負けてるんだよ!?施設の外まで吹っ飛ばされて!成すすべなく一撃で!」

「いや、それはそうだけど…けどあれだぞ?こんな派手に血ぃ流しちゃいるが、その脳無とかいう化け物の拳が当たる直前に衝撃で自分の身体を後方に吹っ飛ばしてるからそこまでダメージは」

 

 そこまで衝也が言った瞬間、耳郎は威圧感たっぷりの表情のまま

 パチン!と衝也の右腕を軽くはたいた。

 その直後

 

「ッつ!!?!」

 

 衝也は右腕をかばうように支え、声にならない悲鳴を上げて顔をうつむかせた。

 ギリギリと、痛みに耐える衝也の口元から歯ぎしりの音が聞こえてくる。

 そんな衝也を耳郎は相変わらず険しい表情のまま見つめる。

 

「どこがダメージがないだよ…アンタが何回も腕の調子確かめてるのに、ウチが気づかないとでも思った?」

「…へ、もうだまされないぜ、耳郎さんよ。」

「その腕、もう動かすのもやっとなんでしょ。それにアンタ、ここに来てヴィランを倒してから、その場から一歩も動いてないじゃん。アンタ、今まともに歩けるの?」

「…」

 

 耳郎の問いかけに衝也は何も答えず、ゆっくりと先ほどのように笑顔で肩をすくめる。

 そして、ぽつりと、観念したかのように口を開いた。

 

「ホント、よく見てるんだな耳郎は。名探偵もびっくりだぜホント。」

「…やっぱり」

 

 顔をうつむかせて痛みに耐えていた衝也はゆっくりと顔を上にあげる。

 衝也の目の前にいる耳郎はギュッと拳を握りしめ、唇をきつく結んでいた。

 耳郎はしばらくの間、衝也と視線を交わし続けた後、きつく結んでいた口をゆっくりと開いた。

 

「アンタさ…今の自分が敵と戦えるような状態だと思ってんの?」

「気合いとか…根性とか、そう言った心の力とか使えば何とか?」

「……」

「待って?ちゃんと答えるからそのプラグを俺に向けるのはやめて?」

 

 無表情でシュルシュルとイヤホンを伸ばして自身にプラグを向けてくる耳郎に、思わずおちゃらけていた笑顔を引っ込め、ガチ目な表情で彼女を止める衝也。

 そんな彼の様子を見て耳郎は、「フン」と小さく呟いた後、伸ばしていたイヤホンを元の場所まで戻す。

 それを見た衝也は軽くため息を吐いたあと、顔をうつむかせ、視線を自分の手の平に向けた。

 

「そりゃ俺だって、自分の状態が普通じゃねぇことくらいわかってるよ。正直歩くのだってやっとだし、あばらとかも何本か逝っちまってる。頭だってフラフラだ。こんな状態で規模のでかい衝撃打ったらどうなるかだって想像もついてるさ。」

「だったら!」

 

 いつになく真剣な表情で言葉を続けていた衝也だったが、突然の耳郎の大声に驚き、顔を上げた。

 

「だったら、そんなやばい奴と戦うのなんてよしなよ。オールマイト並に強い奴が広場にいるんだよ?今の状態で戦ったって…勝てっこないじゃん。下手したら…死んじゃうよ?」

 

 そう口にする耳郎の表情は、怒っているような、悲しんでいるような、悔しがっているような、色々な感情が混ざり合ったような表情をしていた。

 衝也は、今の今まで表情を崩すことがなかった彼女が初めて表情を変えたのを目の当たりにして一瞬驚いたような表情を浮かべるが、すぐにいつものおちゃらけた表情で、にへら、と陽気に笑みを浮かべる。

 が

 

「なんだよ、随分と心配してくれるんだな耳郎。そんなに心配されたら俺ってば思わず勘違いしちまいそうだぜ?」

「……」

「あ、ごめんなさい。すいません、マジですいません。」

 

 無言で再び伸びてくるコードを視界にとらえすぐさま謝り倒す衝也。

 それを見た耳郎は、半ばあきれたように溜息を吐いた。

 そして、少しばかり顔をうつむかせて、ゆっくりと口を開く。

 

「そりゃ、心配もするでしょ…友達なんだから。目の前で友達が傷だらけでいたら、心配するに決まってるじゃん。」

「…そっか。」

 

 本気で心配そうにしている耳郎を見て、衝也は一瞬間をあけた後、どことなく優し気な声色で小さくつぶやいた。

 耳郎はやはり顔をうつむかせたまま言葉を続けていく。

 

「緑谷の事も蛙吹の事も…峰田の事だって、心配じゃないわけじゃないけどさ。オールマイト並にやばい奴が敵にいるんじゃ、私たちじゃどうしようもできないじゃん。だったら、さっきアンタが言ったようにウチらで助けを呼びに行った方が絶対に安全で確実でしょ?だから」

「耳郎」

 

 不意に耳郎の言葉を遮って彼女の名前を呼ぶ衝也。

 自分の名前を呼ばれた耳郎は少しだけ顔を上にあげ、不思議そうな表情を浮かべる。

 衝也の顔は真剣な表情でいつもとは違った雰囲気を漂わせていた。

 

「確かに、お前の言う通り満身創痍のこの状態で広場にいる敵と戦うよりもお前らと一緒に助けを呼びに行く方が何倍も安全だし、敵に勝てる確率も上がるとも思う。」

「だったら…」

「けどさ」

 

 耳郎の言葉を再び遮る衝也。

 その顔は真剣そのものだが、どこか悲しそうで、それでいて何か覚悟を感じさせるような、そんな表情を浮かべていた。

 

「俺は知ってるんだ。」

「知ってる?」

「誰かを失う悲しみを、大切な人を失う苦しみを俺は知っているんだ。」

「……」

 

 傷だらけの手の平に視線を向けた衝也は小さくそういうと、ゆっくりとその掌を拳へと変えていき、固く、強く握りしめた。

 

「結局のところ、俺がここで動こうとするのはそれが理由だと思うんだ。どんだけ傷だらけでも、動いちゃいけねぇってわかっていても、身体が勝手に動いちまう。それはきっと、俺自身が『知ってる』からなんだよ。」

「五十嵐、さん…」

「うぃがらし…」

「何かを『知ってる』か『知らない』か…たったそれだけで、きっと人間の行動ってのは大きく変わるもんなんだと、俺は思ってる。」

 

 普段の彼とは全く違う、どこか愁いを帯びているその声色と表情に、思わず八百万と雷も彼の名前を口に出してしまう。

 衝也は、しばらく拳を握りしめ続けた後、ゆっくりと握りしめていた拳を開き、立ち上がった。

 

「ま、よーするにだ!俺は、お前らクラスメートの事が命がけで助けたくなっちまうくらい大好きだってぇことよ!」

 

 表情を見せないように顔をうつむかせたまま、いつものように軽い調子で言葉を口にする衝也。

 そして、視線を目の前にいる耳郎へと向ける。

 上げられたその顔の表情はどこか覚悟を決めたような、真剣な表情だった。

 

「悪いな、耳郎。お前が心配してくれる気持ちはわかるし、実際俺も目の前で誰かが同じ行動をしてたら止めに入ると思う。それがクラスメートや友達ならなおさらだ…。けど」

 

 そこまで言って衝也は一旦しゃべるのをやめる。

 そして

 傷だらけのその手の平を、ゆっくりと耳郎の頭の上へと乗せた。

 

「俺は…『知ってる』んだったら、後悔のない行動をしたいんだ…。」

 

 ゆっくりと、視線を耳郎に合わせながら、優しく彼女の頭を撫でる衝也。

 傷だらけで、意外とごついその手の平は耳郎の艶やかな髪をグシャグシャにすることなく、丁寧に、まるで幼子をあやすかのように彼女の頭を撫で続ける。

 

「ありがとな、耳郎。俺が言うのも変だけど、お前きっと良いヒーローになるよ。」

 

 耳郎がその言葉を耳にした瞬間

 頭の上にあった暖かな感触が消え去り、一陣の風が彼女の髪とイヤホンコードを揺らした。

 一瞬、その風に目をつぶる耳郎達三人。

 すぐさま目を開けて辺りを見回すが

 いつの間にか衝也の姿はなくなっており、遠くの方から何かを蹴るような音が連続して鳴り響いていた。

 

「五十嵐さん…まさか広場に?」

「な、なんてウィうスピードだよ…」

 

 キョロキョロと辺りを見渡しながらそうつぶやく八百万と上鳴だったが、耳郎だけはその場に立ち止まったまま、ずっと視線をうつむかせている。

 しばらくあたりに視線を配っていた二人は、いまだに動かない耳郎に気づき、心配そうに声をかけた。

 

「じ、耳郎、おまうぇ…大丈夫か?」

「耳郎さん、五十嵐さんが心配なのはわかりますが、今はとりあえずこの施設から一刻も早く脱出することに集中しましょう。それが結果として五十嵐さんや緑谷さんたちを救うことにつながるはずですわ。」

 

「さぁ、耳郎さん。」と耳郎に向かって励ますように手を伸ばす八百万。

 しかし、それにも反応を示さずにいた耳郎はしばらく顔をうつむかせていた後、不意に顔を上にあげた。

 そして

 突然下山コースの方に向かって走り出した。

 

「!?じ、耳郎さん!?」

「お、おうぃ!どーしたんだよ耳郎!?便所か!?」

 

 突然の耳郎の行動に一瞬反応が遅れた二人は、慌てたように耳郎の後を追いかけ始める。

 後ろから二人の制止の声が響いているが、それでも耳郎は止まることなく走り続ける。

 

(なんで…)

 

『俺は…『知ってる』んだったら、後悔のない行動をしたいんだ…。』

 

(なんで、覚悟を決めた顔(あんな顔)でそんなこと言うのかなぁアンタは!?そんな顔されたら、止められるわけないじゃん!)

 

 先ほどの衝也の言葉と表情を頭に思い浮かべながら悔しそうに、本当に悔しそうに口をかみしめながら走り続ける耳郎

 

『大丈夫、大丈夫だから』

『立てるか?』

『俺はあんまり頭がよくねぇ上にどんくさいからなぁ~。どっかの怖がりが服の裾に触ってたとしても、気づくことはないと思うぜ?』

 

(アンタには、アンタには借りがあるんだから!こんなところで勝手に死なれたら困るんだよ!それに…)

 

 息を切らしながら長い下山コースを全速力で駆け抜ける耳郎。

 その速度は相当なもので、途中一回でもつまずいたら、ただでは済まないようなスピードである。

 それでも、彼女は止まらずに走り続ける。

 

「友達一人助けられないで、ヒーローなんて胸張って言えるかっての!!」

 

 彼女は止まらず駆け抜ける。

 傷だらけでもなお、友のために動こうとしている、自身の友を追いかけて。

 

 




……ひどい!!(文章が)
そろそろタグに駄文とつけた方がいいかもしれない…
でもあれですよね
耳郎ちゃんわワイプシの四人の次の次の次の次くらいに可愛いですよね。
女キャラの中じゃ4番目に好きです。
元女のキャラを含めれば5番目ですけど。


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第十一話 悪いことをしたやつには拳骨で殴り飛ばすのが正解

うーむ、どうにも脳無が倒せない。
まるでウッドマンやエアーマンみてぇだ…。
てなわけで十一話です、どうぞ

追記
7月13日に後半部分を修正しました


 セントラル広場前

 

 爆豪の放出した大火力の爆破により、広場には大きな黒煙が広がっている。

 その黒煙の外では、篭手の中身を確認しながら獰猛な笑みを浮かべる爆豪と、冷静な表情で右手の平を確認している轟の姿が見えた。

 

「ッハァ!まずはザコモブ二人は吹っ飛ばしたぜ!あのスカしたモヤモブ野郎はどこに行った!?あの野郎、この俺様を飛ばすなんて舐めた真似しやがって、地平線のかなたまでぶっとばしたらぁ!」

「お前、少し落ち着けよ爆豪。今の爆撃だけで倒せるような輩じゃないだろ、オールマイトを殺せる連中だとしたら、な。」

「うるせぇよ半分野郎!倒せてねぇんだったらそれは俺の爆撃が悪いんじゃねぇ!てめぇの氷の足止めが失敗したからに決まってんだろ爆殺すんぞ!」

「……」

 

 少したしなめただけでガンを飛ばしてくる爆豪を見て思わず顔を顰めてしまう轟だったが、すぐに視線を黒煙の中に戻し、少しばかりまわりを気にし始めた。

 

「切島の奴、遅いな…。何かあったか。」

 

 そう言って少し眉を顰める轟。

 その横で爆豪が「てめぇ無視してんじゃねぇぞ舐めてんのかコラァ!!」とわめいているが、轟は一切無視して黒煙の中に視線を向け続けている。

 すると、轟の右斜め前、黒煙が不自然に揺らめいたかと思うと

 

「やっっと抜けれたァ!」

 

 そこから緑谷と相澤をわきに抱え、腰に蛙吹の下を巻いている切島が飛び出てきた。

 それを見た轟は安心したように溜息を吐いた後、切島の方に近寄って来た。

 

「切島、無事だったか、緑谷たちは?」

「おう、きっちり回収できた!おめぇの男らしい作戦のおかげだぜ。俺と爆豪だけだったらこんなうまくはいってなかった!」

「あぁ!?こんな半分野郎いなくったって何とかなったわ!!舐めたこと言ってっとてめぇも爆破させんぞクソ髪野郎!」

「クソ髪野郎じゃねぇ、切島だって言ってんだろ爆発さん太郎が!」

 

 わきに抱えていた緑谷と相澤を地面に下ろしながら爆豪に向かって声を上げた切島は、二人を地面に下ろしたあと、腰についていた蛙吹の舌を思いっきり引っ張った。

 すると黒煙から蛙吹と峰田が飛び出してきて、そのまま蛙吹は切島にがっしりとキャッチされた。

 蛙吹にくっついていた峰田は途中で蛙吹の胸に触ろうとして切島に叩かれたため少し顔が腫れあがっていた。

 

「ありがとう、切島ちゃん。」

「気にすんな梅雨ちゃん!ダチがピンチの時に助けるのは漢として当たり前の事よ!」

「お、おいらの顔面を殴ることは漢としてどうなんだよ…」

「俺に文句言う前に自分の行動を反省しろこの大馬鹿野郎。」

 

 蛙吹を下ろした切島は真顔で峰田にそう告げると、今度は緑谷の方に駆け寄って来た。

 地面に座り込んで脚を抑えている緑谷を見て、切島は心配そうな表情を浮かべる。

 

「緑谷、お前脚の方大丈夫か?すまねぇ、ちと焦ってたから乱暴な運び方になっちまって…」

「う、ううん!大丈夫だよ、そんなに心配しないで。むしろお礼を言わないと。切島君達のおかげで危ういところを助けてもらったわけなんだし。」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべている切島に対して、慌てたように首をブンブンと横に振ってお礼を言う緑谷。

 それを見た切島は「緑谷…お前、漢らしいな!」と感動したように呟いていたが、緑谷の後ろから轟が話しかけてきたことによりそのつぶやきはかき消される。

 

「緑谷、それに蛙吹、傷だらけで怪我もしてる所悪いが、状況を簡単にでいいから説明してくれ。状況の把握をしたい。」

「あ、う、うん!」

「けがをしているのは緑谷ちゃんだけだけれど…」

「はっ!クソナードのくせに粋がるからだ。おとなしく死んどけ。」

「爆豪、お前こんなにボロボロになるまでダチをかばった奴にその言い方は男らしくねぇぞ?」

 

 爆豪が忌々し気に舌打ちしたのを見てそれをたしなめる切島。

 その隣で緑谷と蛙吹があらかたの事情を簡潔に轟達に説明する。

 彼らから大体の事情を聴いた切島は悔しそうに拳を握りしめた。

 

「そんな、じゃあ…衝也の奴は!クッソ…!!」

「ごめん、五十嵐君が戦ってたのに…僕たち、何も…」

「…あいつだって、自分がやられるかもしれないとはなんとなくでも思ってたはずだろ?それでも、お前たちを逃がすために五十嵐は体張って敵と戦ったんだ。だったら俺たちがすることは、あいつが命かけてまで守ってくれたもんを、しっかり守り通すことじゃねぇのか?」

「…!うん、そう…だね!わかったよ…。」

 

 轟の『救われた命を大事にしろよ』と遠回しに伝えてくるその言葉を聞いて、緑谷たち三人は一瞬ハッとした表情を浮かべた後、悲しそうに、それでも覚悟を決めたかのように頷いた。

 三人の中から決して、彼に対する罪悪感や助けられなかった悔しさや悲しみがなくなるわけではなかったが、それでも少しだけ前に進む勇気は得られたようだった。

 しかし、そんな三人の表情を見て、爆豪はフンと鼻を鳴らした後

 

「くっだらねぇ…なーに辛気臭い顔して語ってんだよ馬鹿かてめぇらは。」

 

 と本当にくだらないという表情を浮かべて口にした。

 それを聞いた切島は一瞬、何を言ってるのかわからないような表情をした後、その表情を怒りに歪ませながら爆豪に向かって大声で怒鳴り始めた。

 

「…!てめぇ、爆豪!くだらねぇってそりゃ一体どーいう意味だよコラァ!?自分が何言ってんのかわかってんのか!?」

「ぎゃーぎゃーうるせぇんだよ赤鬼野郎。くだらねぇってのの意味なんざそのまましかねぇだろ。あのバカモブが命かけて守っただとか、そんな下らねぇことでいちいち落ち込みやがって。辛気臭すぎてうぜぇんだよクズが。」

「爆豪ちゃん…貴方ッ!」

 

 爆豪の言葉を聞いて普段は表情を崩さない蛙吹が珍しく怒りの表情を浮かべて爆豪に詰め寄ろうとするが

 

「!あ、蛙吹さん、落ち着いて!!」

「ッ!?緑谷ちゃん、離して!今の言葉は、お友達だとしても許せないわ!!」

 

 背後から緑谷に制止されてしまう。

 それを見た爆豪は小さく舌打ちを打つと、視線を衝也が飛ばされてしまった天井の穴へと向けた。

 

「あのバカモブが…こんな簡単に死ぬわけねぇだろ。」

「!」

「あいつをぶっ飛ばして一番になんのはヴィランじゃねぇ、この俺だ。ヴィランなんかにぶっ飛ばされるようなクソカス野郎が俺より上だなんて絶対に認めねぇ…。だから」

 

 そこまで言って爆豪は視線を再び蛙吹達の方へと向ける。

 その表情はいつも通りいかついままで、普段と何も変わってはいない。

 ただ

 

「アイツがこんなところで死ぬなんてことはあり得ねぇ。あいつをぶっ殺すのはこの俺なんだからな!ここで死ぬことなんざゆるさねぇってんだよ!」

 

 その言葉には、非常に、ひっっっじょおおおおにわかりにくいが、衝也に対するある種の信頼のようなものが感じられた。

 絶対に彼は生きているのだという、そんな信頼が。

 彼の言葉を聞いた蛙吹達は目を丸くし、しばらくの間茫然と爆豪の事を見つめ続ける。

 ただし、

 

「ホント、かっちゃんらしいや…」

 

 緑谷だけは、安心したような嬉しいような、そんな笑みを浮かべていた。

 緑谷のそのつぶやきの後、切島は軽く涙を浮かべながら「爆豪!悪かったぁ!おめぇやっぱ漢らしいぜぇ!」と肩を叩き、蛙吹も「ごめんなさい、爆豪ちゃん。私、勘違いしてたわ」と素直に謝っていた。

 当の本人は「何だてめぇら!?鬱陶しいな殺すぞ!」と叫んでいたのだが。

 その様子を見ていた轟は軽くため息を吐いた後、視線を黒煙の方へと向けた。

 

「おい、おしゃべりはそろそろ終わりにしとけ。目の前の事に集中しろよ。」

「そ、そうだぜそうだぜ!?五十嵐のことが心配なのはわかっけど!今は俺たちの命の心配をしねぇと」

「あぁん!?何言ってんだこのザコブドウ!舐めたこと言ってとその頭のブドウむしり取るぞコラァ!」

「え、なんでオイラ、こんなにキレられてんだ…」

 

 解せぬといった表情を浮かべて落ち込む峰田を隣の緑谷と蛙吹が励ます中、爆豪は自分の篭手を触った後、視線を黒煙へと向けた。

 

「俺の今出せる最大火力でザコモブどもを吹っ飛ばしたんだ!その爆破をもろに受けてんだぞ!?クソモブ共が生きてる訳ねぇだろぉが!」

「か、かっちゃん…僕ら一応ヒーロー志望なんだから、殺すのは流石に」

「うるせぇんだよクソナード!!使い物にならなくなったクズは死んどけ!」

 

 今度は注意してきた緑谷に罵声を浴びせる爆豪。

 そんな爆豪をなだめようと躍起になる切島と蛙吹の二人を見て、轟が再び溜息を吐いた。

 その様子を見て緑谷は軽く苦笑いを浮かべたのだが、

 次の瞬間、凍り付いたように動きを止めた。

 

「おいおい、随分と楽しそうにおしゃべりしてるなぁ、アンタら。どうやら相当俺たちをなめきってるらしい。」

 

 黒煙の中から、耳に残っているあの気持ちの悪い声が聞こえてきたからである。

 轟も、爆豪も、そして切島たちも、一斉に顔を黒煙の中へと向ける。

 しかし、黒煙はいまだ広場に立ち込めており、晴れる様子は見られない。

 

「とりあえず、こんなことをしたガキどもの顔を拝んでおくか。脳無、黒煙を吹き飛ばせ。」

 

 再び同じ声が聞こえたその瞬間、

 ブオンッ!!という大きな風を切る音がしたかと思うと、凄まじい強風が吹き荒れ、辺りに立ち込めていた黒煙を一気に吹き飛ばした。

 その強風から顔を両手で守りつつも、指の隙間から広場にいるであろうヴィラン達を確認しようとする轟達。

 するとそこには、

 先ほどの大爆発を受けたであろうにも関わらず、一切傷を負っていない死柄木と黒霧、そして、そんなヴィラン二人のの目の前に、やはり無傷のまま拳を前に突き出している脳無が悠然と立っていた。

 

「な…!?」

「嘘だろ…あのかっちゃんの最大火力を喰らって、無傷ッ!?」

「…クソモブ共がぁ」

 

 驚いたような表情を浮かべる緑谷や切島達。

 爆豪も、いまだ無傷でたたずんでいるヴィラン達を見て、忌々し気に歯ぎしりをしながら小さく呟いた。

 轟も、驚きでわずかに表情を曇らせていた。

 

(俺の氷でヴィランを固定し、動けなくしたところを爆豪が爆発でぶっ飛ばして、その爆発に耐えられる切島がその隙に緑谷たちを救出する。確かに、相手を倒すために立てた作戦じゃあねぇが…)

「それでも無傷ってのは、正直予想外だな…」

 

 思わず口に思考を出してしまった轟は心を落ち着かせるように一度息を吐いた後、目の前にいるヴィランを観察し始める。

 そして、ある一点に視線を向けた後、怪訝そうに眉をピクリとわずかにひそめた。

 

(…?あの黒い大男の脚…)

 

 脳無の脚に視線を移した轟は思わず心の中で首を傾げてしまう。

 

(少なくともあいつとあの手の平男の脚は確かに凍らせたはずだ。なのに、あの黒い大男の脚は…凍らずに動けている。)

 

 先ほどの大爆発の前、爆豪の爆発を確実に当てるためヴィランの脚を凍らせることでその動きを封じたのだ。

 しかし、黒い大男の脚は凍らせる前と変わっておらず、今も支障なく動けている。

 

(爆豪の爆発を受けて氷が解けたにしても、まずは爆発がなければ氷は解けないし、動けない。なのに、こいつは凍らせた位置とは違い、あの二人のヴィランの目の前にいる…。それはつまり、爆発が起きる前に動いた可能性があるということ…。それに、あの規模の爆発なら、凍らせてる脚は溶けて元に戻るより先に粉々に砕け散る方が確率としては高いはず…。奴自身が炎熱系の個性でも持ってるのか?いや、それじゃあ爆豪の爆発に無傷でいられるはずがない…)

「どうやら、どいつもこいつも普通じゃねぇ奴の集まりみたいだな…。」

 

 幾重にも思考を重ねた結果導き出された答えは、今まで戦ってきたヴィランとは明らかに普通じゃないということ。

 そのことに、轟は軽く冷や汗を流した後、隣にいる爆豪と後ろにいる切島達に視線を向けた。

 

「おい、切島」

「お、おう、どーした轟。なんかいい案でも思いついたか?」

「いや、正直あそこまでの火力を喰らって無傷なのは想定外だ。特にあの黒い大男。緑谷の話じゃ一番やばいのはあの脳みそ丸出しのヴィランだ。そいつの方は個性がまだ把握できてないし、逃げようにもワープゲートのヴィランが抑えられない限り逃げ切るのも難しい。あの爆発で少しでもダメージがあったんならまだ話は違ったんだろーが…見たところほぼ無傷だからな。」

「じゃ、じゃあこれってかなりやべぇ状況なんじゃ…」

 

 峰田の今にも泣き出しそうな震え声には返事をせずに、轟はしばらく視線を目の前の

 ヴィランに向ける。

 死柄木はいまだ茫然としている緑谷や切島たちに視線を向け続けた後、ゆっくりとしゃがみこみ、自分の脚を拘束している氷に一瞬、五指を触れさせた。

 その瞬間、彼を拘束していた氷はボロボロと崩れ去った。

 死柄木は軽く脚の調子を確認した後、再び目の前に視線を戻す。

 そんな彼に、背後にいた黒霧が話しかけた。

 

「大丈夫ですか、死柄木?」

「ああ、多少の凍傷はあるが動けないほどでもない。それよりも…」

 

 黒霧にそう返事をして、死柄木は目の前にいる少年たち、とくに爆豪と轟、そして緑谷の三人に視線を移した。

 

「氷を出したガキに爆発を出したガキ、おまけに、オールマイト並のスピードで脳無の拳を交わしたガキ…どいつもこいつも一筋縄じゃ行かないガキどもばかりだなぁ…。全く、ガキとのゲームなんてEASYモードだと思ってたのに、とんだ誤算だぜこれは。」

「子供とはいえ油断は禁物だと、先ほど言ったでしょう死柄木。あの少年の例もある。最後まで油断せずに、確実に、一人ずつ殺していかなければ、私たちでも危ういですよ。」

「クッハハハ!何言ってるんだよ黒霧!いくらガキどもが予想以上に厄介だとしても、こっちには対オールマイト用の怪人、脳無が居るんだぜ?たとえどんなことが起きようとも、こいつがこんな青臭いガキどもにやられるなんてありえないね!なにせ、あの人の最高傑作なんだからさぁ!」

 

 そう言って両手を脳無へと向けながら楽しそうに、無邪気に笑う死柄木の言葉を聞いて、緑谷は驚いたような表情を浮かべた後、視線を脳無へと向けた。

 

「対オールマイト用の…怪人!?じゃあ、やっぱりあの大男が…!」

 

 緑谷は悔しそうに表情を歪ませた後、視線を切島や蛙吹、爆豪に峰田、そして轟へと順々に視線を向けていった。

 そして、目の前にいる轟へと声をかけた。

 

「轟君!今の話…」

「ああ、ばっちり聞いてたよ、お前の言った通り、どうやらあの脳無とかいうやつが一番やばい奴らしい。」

「轟君、ここは広場から脱出して外にいる先生たちに助けを呼んだ方が」

「俺もそうした方がいいんじゃねぇかと思いはしたが、あっちにワープゲート野郎がいる限り逃げ切れる可能性は低いだろ?見たところ、俺の氷もちゃっかり避けてるみたいだしなあのモヤ男。」

「う…」

 

 轟にそう返された緑谷は「確かに…」と呟いた後、再び視線をみんなに回した後、ブツブツと何かを呟き始めた。

 

(峰田君の個性で足止めを…いや、あのワープゲートのヴィランに当たる保証がないし、あの大男のパンチの風圧じゃ、いくら峰田君のもぎもぎでもふっとんじゃう。蛙吹さんにかっちゃんを投げてもらって爆速ターボで出口まで行けば…ダメだ!轟君の氷が通用しないモヤ男がいるんじゃいくらかっちゃんが速く動けてもまたさっきみたいに施設内に飛ばされる!くそ、一体どうしたら…)

 

 いくら考えてもいい案が見つからない緑谷は思わずガシガシと両手で頭を搔きむしる。

 そんな様子を見ていた轟は、緑谷もいい案が出ていないことを悟り、ゆっくりと息を吐いた。

 そして、視線を目の前のヴィランから外さずに、切島へと声をかけた。

 

「切島」

「ん、お、おう?」

「さっきの続きだが…お前は個性を使って緑谷たちの守護を頼む。」

「え、あ、おう!」

「相手の個性も把握できてないうえに相手は三人でしかも格上。ここは倒すよりも動きを止めて逃げることに専念すべきだ。だから…」

 

 そこまで言って轟は視線を隣にいる爆豪に向けた。

 

「爆豪、お前の爆撃で隙を作ってくれ。その間に俺があいつらを凍らせて動きを封じる。お前が言うようにモヤ男にも実体が存在するんだったら、俺の右側も効くはずだ。頼んだぞ!」

 

 爆豪にそう言って轟は右半身に氷をまとわせ、いつでも氷結できるように準備をする。

 対して爆豪は両拳をきつく握りしめた後、その手の平から小さく発生させた。

 そして、ヴィラン顔負けの獰猛な笑みを浮かべて、唇の端を釣り上げた。

 

「いちいち上から命令してくんじゃねぇよハーフ野郎!言われなくったってなぁ!!」

 

 そう叫んだ爆豪は背後で両手から爆発を起こし、前に向かって突っ込んでいく。

 それを見た轟は一瞬目を見開いた後、「バカ、むやみに突っ込むな!」と叫ぶが、闘争心のせいか、目をギラギラさせて敵に向かって行く彼の耳にはすでに入ってこない。

 

「俺の事を舐め腐ってるクソモブ共はぁ!!全員まとめてぶっとばぁぁす!!」

「!脳無…!」

 

 

 いきなり突っ込んできた爆豪に一瞬目を見開いた死柄木は、小さく脳無の名前を呟いた。

 その瞬間、脳無はバッ!と爆豪の方へと顔を向ける。

 が

 

「おせぇんだよぉ!こんのデクのぼうがぁ!!」

 

 突然の事で若干反応に遅れてしまった死柄木は脳無に命令を出すのがわずかに遅れてしまい、そのまま脳無の行動もわずかに遅れてしまう。

 その遅れは、既に飛び出してきている爆豪にとっては格好の隙となる。

 

「おらぁ!!」

 

 ボォォン!という爆音とともに、目の前の大男の鳩尾に拳を打ち付ける爆豪。

 拳から発せられた爆発は決して小さいものではないのだが、それでも大男は微動だにしない。

 それを見て、死柄木はニヤリと唇を吊り上げる。

 

「はっ、そんな威力じゃ脳無には傷一つつけられないさ。さっきの衝也とかいうガキのバカでかい衝撃にも耐えた脳無に今更そんな弱攻撃、効くわけないだろ?」

 

 死柄木のバカにしたような言葉を聞いた爆豪のこめかみ辺りから、ビキッ!という音が聞こえてくる。

 そして、先ほどまで獰猛な笑みを浮かべていた爆豪の顔が、もう少年誌にのせられないようなとんでもない顔をしていた。

 そんな事には気づかない死柄木は再び脳無に命令を下す。

 が

 

「脳無、そのガキを」

「…!!上ッ等だクソやろぉがぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「!?」

 

 とんでもない声量の叫びが広場に響き渡った瞬間、

 先ほどと同じような爆音が、何度も何度も、連続で聞こえてきた。

 爆豪の文字通り爆発する拳が連続で脳無に打ち付けられる音である。

 

「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 爆豪の拳を脳無に打ち付けるたびに爆発と爆煙が立ち込める。

 視界がだんだんと爆発と爆煙で見にくくなってくるが、それでも爆豪は爆発ラッシュを止めることはない。

 そして何発も打ち出された爆発により敵の姿すら見えなくなってきた時、

 

「ぶっとべぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 爆豪は地面に向けて規模のでかい爆発を放った。

 その衝撃を利用した爆豪は、そのまま上に吹っ飛び、空中へと飛びあがった。

 それにより、爆煙が一瞬晴れ、脳無の姿がわずかに視界に入る。

 それを見た爆豪は即座に手の平から爆撃を放ち、右手の拳を大きく振りかぶる。

 

「吹き飛びやがれぇぇぇえぇぇ!」

 

 爆豪の身体は爆撃により、かなりの速さで脳無のいた方向に落ちていく。

 そして、落ちていくその勢いを利用して

 右拳を思いっきり脳無へと振り抜いた。

 

「チェインブラストォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」

 

 その瞬間、ドバゴォォォン!!という音共に、最初に放った爆撃以上の爆発と風圧が辺りに広がる。

 爆風が音を立てて周囲に吹き抜けていった後、広場は再び爆煙に包まれた。

 爆風で飛んでくる砂や小石に当たらないよう顔をかばいながら、緑谷は目の前を確認する。

 しかし、そこにはいまだに爆煙が立ち込めており、爆豪や敵がどうなったのかいまだに把握できない。

 

「くそ、爆豪の奴、爆煙上げ過ぎだ。これじゃあ相手の動きを止めようにもその相手がどこにいるのかわからねぇ…」

「てかすっげぇ爆撃の嵐…こりゃ動きを止める云々の前に、ヴィランの奴ら倒れちまったんじゃねぇか…?」

(かっちゃん…)

 

 呆れたように溜息をはく轟とは対照的に若干笑みを浮かべながら呟く切島。

 しかし、緑谷だけは心配そうな表情で目の前の黒煙を見つめ続けていた。

 

(なんだろう、このもやもやした感じ…すごい嫌な予感が)

 

 そんな一抹の不安を抱えている緑谷の思いに反応するかのように徐々に徐々に黒煙が晴れていく。

 そして、そこにいたのは

 無傷の脳無と、その脳無に右手をつかまれている爆豪だった。

 

「!?」

「んなっ!ウソ、だろ!?あれだけの爆撃喰らってんのに…無傷って!?チート過ぎんぞそれ!!」

 

 切島が驚いたように大声でそう叫ぶ。

 隣の轟も無傷なのは想定外だったのか、驚きで目を丸くしている。

 それに対して、死柄木は相変わらず気持ちの悪い笑みを浮かべたまま、脳無につかまれている爆豪を見つめる。

 

「ははっ…。だから言ってるだろ?そんな弱攻撃じゃ脳無は倒せないって。せめてあの衝也とかいうガキみたいに中攻撃で攻めてこないと。…まぁ、たとえどんな攻撃をしたとしても、脳無の前では意味をなさないだろうけどな?」

「ッ…!クッソがぁ!!」

 

 爆豪は悔しそうに声を上げた後、脳無の顔面に左手で爆撃を叩きこむ。

 が、バゴォン!という大きな音はするものの、やはりダメージを与えられず、脳無は平然と立ったままだった。

 そして

 

「さて、まずは敵キャラ一人、撃退完了だ。殺れ、脳無。」

 

 死柄木からの無慈悲な命令が脳無に下された。

 それを聞いた脳無が、その大きな拳を振りかぶる。

 

「!かっちゃん!!」

「ちっ…しまった!!」

 

 緑谷が思わず叫んだ瞬間、轟も慌てたように地面を踏みつけ、氷を発生させる。

 一瞬の動揺により、わずかに反応が遅れてしまったのだ。

 そのせいで

 

「おっと」

「!」

 

 死柄木が動けるだけの隙を与えてしまう。

 死柄木は両手を脳無に向かってきた氷へと伸ばす。

 そして、死柄木の五指が氷に触れた瞬間、脳無に向かっていた氷は、脳無に届くことなく崩れ去ってしまった。

 

「せっかくのショーだぜ?無粋な邪魔はやめてくれよヒーロー。」

「くそッ!!」

「爆豪!何とか逃げろ!!」

 

 切島がそう叫ぶが、爆豪がいくら爆撃を叩きつけようとも脳無が止まる気配はない。

 そして

 

「!」

 

 爆豪に向かって脳無の人ひとりを余裕で殺せる強烈な拳が放たれたとしたその瞬間、

 

「させるかぁぁぁ!!70%!インパクトキィィィック」

 

 脳無の拳に、強烈な蹴りが叩きこまれた。

 拳の威力と蹴りの威力、双方の衝撃が空間を震わせ、激しい轟音と衝撃波を生む。

 そして、脳無の身体が思わずといったように後ろに下がり、今まで掴んでいた爆豪の右手を離した。

 蹴りを放った少年の身体も大きく後ろに吹き飛ぶが

 

「ぬぉぉぉぉりゃあああ!!」

 

 素早く後方に衝撃を放出し、地面に落ちそうになっていた爆豪を右手でつかむ。

 少年は爆豪をつかんだまま足から衝撃を放出し、そのまま空中を飛ぶように移動して

 

「いっでッ!!」

「ぬが!」

 

 緑谷たちの所に倒れ込むような形で着地した。

 爆豪も着地の瞬間に放り投げられ、顔面を地面に強打する。

 それを見た緑谷や蛙吹、峰田は驚いたような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべる。

 緑谷と峰田に至っては目に涙を浮かべていた。

 

「お、おお、おめぇ…!」

「良かった、本当に!本当に良かった!」

「やっぱり、やっぱり生きてたんだね…!」

 

「「「五十嵐君(ちゃん)(ぃぃ!!)」」」

 

 三人の叫び声を全身に浴びる少年、五十嵐衝也は地面に倒れ込んだまま

 

「おいおい、人を勝手に殺さないでくれよ三人とも。かなしくなっちまうぜ…」

「五十嵐、生きてたのか、よかった。」

 

 ニヤリといつものお調子者の笑みを浮かべた。

 それを見た轟も安堵したような表情を浮かべる。

 切島も、目に涙を浮かべながら地面に倒れてる五十嵐を思い切り抱きかかえた。

 

「しょ、衝也ぁぁぁ!おめぇ、おめぇ…!生きでだんだなぁぁぁ!よがったぁぁ!!」

「ぐおがああああぁぁぁ!やめろ!やめろ切島!傷に!傷に響くぅぅ!?てか男が抱きしめてくんな気持ち悪りぃぃぃぃぃ!!」

 

 感極まった切島に抱きかかえられた衝也は悶絶しながら叫び声をあげる。

 ※切島君も衝也もノンケです。ホ〇ではありません。

 それを聞いた切島はハッとしたような表情を浮かべると慌てて衝也を放した。

 

「あ、わ、わりぃ衝也…て!おま、その傷どうしたんだよ!」

「五十嵐ちゃん、それ、さっきの…?」

「おう、あの脳みそ丸出しゴリラにぶん殴られた時の傷よ。たった一発、しかも衝撃で身体を後方に飛ばして威力を軽減したうえで受けた傷だ。」

「な、それだけして、その傷…!?い、五十嵐君、動いても大丈夫なの!?」

 

 心配そうに衝也を見つめる緑谷。

 そんな彼を見た衝也は軽く笑みを浮かべた後、グッと親指を立ててgoodポーズをして見せた。

 それを見た緑谷も、一瞬驚いた後、安心したように笑みを浮かべた…

 

「何言ってんだよ、緑谷」

「!五十嵐君…」

「あばらも脚も腕もボッキボキ。頭も血を失い過ぎたせいかクラクラ。どう考えたって動ける状態なわけないじゃん!」

「五十嵐君!?」

 

 のだが、衝也の口から出てきた言葉に目が飛び出そうなくらい驚いて、慌てだす緑谷。

 それを見た衝也は「タハハ、冗談だよ冗談」と軽く笑いながらゆっくりと体を起こす。

 しかし、その後ろから大声が聞こえてきた。

 

「てめぇ五十嵐ぃ!!何舐めたことしてんだよコラァ!」

「んあ?」

 

 それは先ほど助けられた爆豪である。

 爆豪は顔面を地面から引きはがすと、ゴシゴシと顔の汚れを落とし、衝也の方へとガンを飛ばした。

 

「ちょ、かっちゃん!?」

「てめぇが助けたりしなくたってなぁ!!俺は自分一人で何とかできたんだ!余計なことなんざしてんじゃねぇ!」

 

 緑谷の制止を振り切ってそう衝也に詰め寄っていく爆豪。

 だが、そんな彼の迫力にも気おされることはなくいたって笑顔で言葉を返す。

 

「そんなことはわかってるさ。さっきの行動は俺がやりたくてやったことだ。別にお前の事を心配したわけでもないし、お前の実力を過少してるわけでもない。それに、もしもってことだってあるだろ?」

「うるせぇ!この俺様にもしもなんてことがあるかこらぁ!あんま調子乗ってっと爆殺すんぞ!」

「はは、わかったわかった。以後気を付けるって。」

 

 グルル…と唸り声をあげる爆豪を軽くいなした衝也。

 そんな何ともおかしい光景を見た緑谷や切島達は思わずクスリを笑ってしまう。

 そんな彼らを見ながら、死柄木は首元をガリガリと搔き始めた。

 

「あの衝也とか言うガキ、生きてたのか…!?どうしてだ、脳無の一撃は確実に当たってたはず!あの距離まで吹っ飛ばされたのに、生きてたばかりか、もう戻って来たっていうのか…。クソ、クソ!何回も何回も俺たちの事を邪魔しやがって!!」

「落ち着きましょう死柄木。確かにあの少年が生きていたのは予想外だったかもしれませんが、どのみちこちらに脳無が居る時点で彼の負けは確定している。彼の個性では脳無に勝つことはまずできないのですから。」

「その雑魚キャラに二回も邪魔されてるんだろうが!クソォ、雑魚敵が調子に乗りやがって…」

(死柄木が冷静な判断ができていない。仕方が無い、私が冷静にしていなければ…)

 

 苛ついてるかのようにガリガリと首元を搔き続ける死柄木を見て、黒霧はわずかに目を細める。

 一つでも思い通りにならないと途端に冷静さを失ってしまう死柄木に一抹の不安を覚えながら、黒霧は目の前の少年達に視線を移す。

 そんな黒霧や死柄木たちに視線を向けていた衝也は、次に視線を脳無へと向ける。

 脳無は衝也に先ほど蹴られた後、さして動くような気配はなく、その様子はコマンドを待つゲームキャラクターのようだった。

 それを見た衝也は、しばらく脳無を見つめ続けた後、轟へと声をかけた。

 

「轟、一つだけ提案があるんだが、聞いてくれるか?」

「ん?」

「あの脳無の個性がなんとなくだが理解できた。まだ仮定の域をではしないが、恐らくこれであってるとは思う」

「…!本当か!?」

「ああ、最初にお見舞いした一撃と今の蹴りの感触で、大方の個性の全容が見えてきた。だが、」

 

 そこで衝也は言葉を切り、一呼吸を置いた後、全員の顔に視線を向けて話し出した。

 

「俺の仮定があっていたとしたら、爆豪も、俺も、恐らくここにいる全員の個性は通用しないことになる。」

「え!?」

「あぁ!?俺の個性が通用しねぇってどういうことだこら!!」

「ただ、轟、お前ひとりを除いてだ。お前が協力すれば、あの脳無を倒せるかもしれねぇ。」

「おい、無視すんじゃねぇぞこの…!」

「待て待て、今はとりあえず待てって爆豪」

 

 自分を無視する衝也に思わず食って掛かろうとする爆豪をなんとか止める切島。

その間に衝也は話をつづける。

 

「ただ、俺の考えた脳無の個性は候補が二通りほどある…この作戦はその内の一つをもとにして考えたもんだ。もし、その個性がその内の一つではなかった場合…この作戦は確実に失敗する。それでなくても成功するかわからねぇ穴だらけの策だ。失敗したら、ここにいる全員を危険にさらすことになる…。この状況でこんな博打みてぇな作戦、バカみてぇだとは思うが、でも現状あの脳無を倒せる策はこれしか思い浮かばねぇ。乗るか乗らないか…自分たちで決めてくれ。」

 

 衝也の言葉を聞いて、皆は一様に緊張したようにゴクリ、と唾をを飲み込んだ

 轟は、しばらく考え込むように顎に手を添えていたが、意を決したように衝也に声をかけた。

 

「現状、何も手立てがないこの状況じゃ、お前に頼るしかない。話してくれ。」

「逃げるのも無理なら漢らしく戦うしかねぇだろ!おめぇの作戦に乗っかるぜ俺は!」

「お、おいらもだ!どうせ動いても動かなくても死ぬんならやるだけのことやってやる!」

「私もみんなと同じよ。」

「逃げられないなら、戦って勝つしかないよ!使いものにならない僕が言うセリフじゃないけど…」

「はっ!!てめぇに言われなくったって俺は最初からあいつら全員ぶっ飛ばすつもりなんだよ!偉そうに命令してくんな!!」

「…!ほんっとお前らそろいもそろってこんな博打に打って出るなんて、馬鹿ばっかだな。」

 

 衝也は全員の賛同する声を聴いて一瞬目を見開いた後、顔を下にうつむかせ、呆れたように笑みを浮かべる。

 そして、軽く拳を掌に打ち付けた後、視線を脳無へと向けた。

 

「よっし、それじゃあ…こっから奇跡の大逆転と行こうじゃねぇか!行くぜ、お前ら!腹ぁ括っとけよ!!」

 

 

「どうやら、何か小細工を仕掛けようとしてるみたいですね。」

「関係ないね!どんな小細工を仕掛けようとも、脳無で正面から叩き潰してやる!」

 

 いまだに動かずにいる衝也たちの動きを警戒する黒霧だったが、対する死柄木はガリガリと首を搔きながら苛ついてるかのように声を張り上げた。

 そんな死柄木をたしなめるように黒霧は声をかける。

 

「死柄木、油断は禁物だと何度も」

「うるさい!あんな雑魚キャラ、一瞬で叩き潰してやる…脳無!」

 

 黒霧の言葉に乱暴に返事をすると、死柄木は脳無へと声をかける。

 その瞬間、脳無の頭がピクリとわずかに動いた。

 

「あの衝也とかいうガキを殺せ!必ずだ。」

 

 死柄木の言葉を聞いた脳無は軽く腰を落としたかと思うと、勢いよく前へと飛んで行った。

 そのスピードは先ほどの爆豪とはくらべものにならないほど早く、目で追うことすら困難なほどの速さだった。

 そして、ブオンと拳が空気を裂く音が聞こえたその瞬間

 先ほどの衝也と脳無のぶつかり合いと同等か、あるいはそれ以上の衝撃波が辺りに広がった。

 その光景を見て、先ほどまで笑みを浮かべていた死柄木の顔から

 完全に笑みが消えた。

 

「ガッ、ハァ!?」

「な…」

 

 脳無が突き出した拳

 その拳は確かに目の前の少年の腹に突き刺さっているが

 目の前にいる少年は脳無の本来の目的である衝也ではなく

 赤くつんつんした頭をしている、切島鋭児郎だった。

 だが、死柄木が驚いているのは脳無の拳を喰らったのが切島だったからではない。

 

 「な、なんで!攻撃は当たってるのになんで…!」

 

 一撃で人を殺せてしまう脳無の拳、それを受けてなお

 切島は苦しそうに血を吐きだしたりはしているものの、しっかりと立っていたのだ。

 死柄木は怒っているかのように声を張り上げていたが、対する切島は苦しそうにしながらもニヤリと笑みを浮かべている。

 脳無の拳が突き刺さっている彼の腹、そこにあったのは

 峰田の頭にあるもぎもぎだった。

 

(へっ!どーやら想定外の事でかなり焦ってるみてぇだな…。しかし峰田のボールで衝撃を緩和した上に腹をガッチガチに固めてもこの衝撃…!こんなの喰らっても動いてんのかよ衝也は…普通じゃねぇぞあいつ!?)

 

 心の中でこの拳をまともに受けてなお動いている衝也に驚く切島。

 そんな中峰田は

 

「血が、血が止まらねぇよぉぉ…」

 

 特徴的なブドウ頭はただの丸坊主になっており、その頭からダラダラと血を流していた。

 峰田の尊い犠牲と衝也の犠牲により、何とか脳無の動きを止めることができた。

 しかし、脳無の動きを止めて終了、ではない。

 むしろここからが本番である。

 

「今だぜ爆豪!!」

「うっるせぇ俺に命令すんなクソ髪野郎!!」

「!?」

 

 切島がそう叫んだ瞬間、彼の身体が突然宙に浮き、その背後から爆豪が飛び出してきた。

よく見ると、切島の腰には蛙吹の舌が巻かれており、彼女が切島を舌で持ち上げているのがわかる。

切島の背後から飛び出してきた爆豪は右手の篭手を死柄木達の方へ向け

 

「ふっとべクソモブ共がぁぁぁぁ!!」

 

篭手に刺さっていたピンを勢いよく抜いた。

その瞬間、大きな爆撃が死柄木の方へと放たれた。

 

「!黒霧!!」

「わかっています!」

 

死柄木は広がった黒霧のモヤの中に入るのとほぼ同時に、

爆豪の放った爆発が彼のいたところにまで届いた。

 

(!あの野郎、爆撃の瞬間にモヤモブ野郎の個性で安全な場所に飛んでたのか!?)

 

驚いたような表情を浮かべる爆豪、そんな爆豪の背後で

脳無が、先ほど切島に向けていた拳を今度は大きく爆豪に向けて放とうと振りかぶっていた。

しかし

 

「いまだ轟ぃ!!」

「わかってる!!」

 

 どこからか轟の名前が叫ばれたその瞬間、ダンッ!!という地面を踏みつけたかのような音が辺りに響く。

 そして

 脳無の顔から下が一瞬にして氷漬けにされた。

 脳無を凍らせた張本人である轟は、脳無のその姿を見て小さく舌打ちし、大きな声でとある少年に叫びかける。

 

「すまん五十嵐!距離がありすぎて顔から下しか凍らせれなかった!!」

「十分!!」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、凍っている脳無の目の前に

 五十嵐衝也が、突然空から降り立って来た。

 衝也は着地した瞬間、右手を脳無の方へと向け、大きく振りかぶる。

 

『いいか、脳無が攻撃しようと動いたら、切島が峰田のボールを付けた腹でその攻撃を受け止めるんだ。蛙吹は切島の腰に舌を巻いていつでも切島を誘導できるようにしといてくれ。

『わかったわ、任せてちょうだい』

『お、おいらのもぎもぎ…役立ててくれよ…。』

『切島、これはこの中で一番防御力があるお前にしかできない役割だ。正直俺はもう一度あいつの攻撃を受けたら死ぬ自身がある。根性入れて攻撃受けないと死ぬから気をつけろよ?』

『作戦の前にビビらすようなこと言うんじゃねぇよ!心配しなくても根性だったら誰にも負けねぇ自信がある!』

『さっすが切島、たのもしいぜ。んで、その後は爆豪、お前の番だ。お前は脳無以外の二人の足止めの爆撃を頼む。あいつらに動かれたら脳無がどうこうじゃねぇからな。』

『…チッ!俺に命令すんじゃねぇよクソバカが…言われなくたってあのクソ野郎どもが俺がきっちり爆殺してやんよ!!』

『殺すつもりで行くのはいいことだ、むしろそのまま殺しちまってもいいね。』

『ちょ、五十嵐君!』

『冗談だよ緑谷、マジにとらえるなって。』

『マジにしか聞こえなかったんだけど…』

『ハハハ』

『笑ってないで否定してよ…』

『おい、話がそれてるぞ。俺は何をすればいいんだ?』

『おっと、悪い悪い。轟は切島と爆豪が脳無の動きを止めたその瞬間に、脳無を凍らせてくれ。』

『了解だ。』

『頼むぜ轟、もしお前がタイミングを間違えたら俺たちはこの若い身空で三途の川をバタフライで泳がなきゃいけなくなっちまうからな!まぁ、俺バタフライできないんだけど。』

 

「ったく、こんなバカみたいな作戦、思いついたってやりゃしねえよ。穴だらけで、中身すっかすかで、自分を危険にさらすようなこんな作戦はよぉ…」

 

 そう言って、轟は作戦を言い終わった衝也のおちゃらけたような笑みを思い出し、フッ、とさわやかイケメンスマイルを浮かべる。

 そして

 

「五十嵐君!!」

 

 興奮したような、泣き出しそうな緑谷の声が

 

「い、五十嵐ぃ…」

 

 血だらけの峰田が弱弱しく放つうめき声が

 

「五十嵐ちゃん!」

 

 珍しく荒々しくなっている蛙吹の声が

 

「衝也ぁ!!」

 

 熱き漢の思いが込められた切島の声が

 

「勝てよ、五十嵐」

 

 小さくつぶやかれた轟の声が

 

「…チッ!!」

 

 忌々しそうにされた爆豪の舌打ちが

 

「「「「いっけぇぇぇぇぇ!!」」」」

 

 衝也の背中に、一斉にたたきつけられる。

 

「砕けろォォォォォ!!!」

 

 衝也の渾身の叫び声と共に振り抜かれたその固い拳は

 氷漬けの脳無の胸へと突き刺さった。

 衝也の拳から放たれる衝撃は、凍っている脳無の身体にヒビを入れていき

 最後にその体は、粉々に砕け散った。

 

『いやったぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 緑谷たちの歓喜の叫び声と同時にキラキラと光を反射しながら地面に落ちていく氷の欠片。

 そして、そんな氷の欠片に交じり

 脳無の首が、ゴトリと地面に落ちていく。

 そんな様子を見ていた黒霧の中から出てきている途中の死柄木は

 

 

 ガリッ…と人差し指で首元を搔いた。

 

 




書いていてわかる後半のグダグダ感。
てか最後の奴べつに衝也じゃなくて爆豪でもよかったんじゃねぇ?
とかいうツッコミは作者のご都合主義で消させてもらいます!!(え)
でもいいもんね!これで脳無は倒せたんだから!
…倒せたよね?


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第十二話 肉をそぎ落として骨を切る…あれ、ちょっとこっちの被害増えてない?

感想が増えて嬉しくなってしまう今日この頃。
そういえば日間ランキング第46位にこの前なっててびっくりしました。
まあすぐ消えましたけどね!
てなわけで十二話です、どーぞ


「やった…やったぁ!五十嵐君が勝ったぁ!!」

「やりやがったぜ衝也の奴!!まさか本当にあの脳無とかいう化け物を倒しちまうなんて!漢らしいにもほどがありやがる!!」

 

 セントラル広場に舞い散る氷の欠片、と響きわたる緑谷たちの歓声。

 その中にたたずむ衝也は自身が砕いた脳無の身体を見つめながら、額に流れる汗と血を軽く拭いた。

 

(最初の一撃と先の蹴りで、この脳無の個性が『衝撃を無効にする』ものか『衝撃を吸収』するものかのどちらかだとは踏んでいたが、後者の方が正解だったみてぇだな…。正直前者の個性だったらもうほとんど対処の仕様がなかった…。危険すぎる博打だったがラッキーパンチで何とか勝てた…。)

「つーか、個性が衝撃吸収ってことはあのパワーとスピードは素ってことかよ…。見た目通りの化け物だなこの脳無とかいうやつは…。」

 

 そう言って衝也は地面に転がっている脳無の頭へと視線を向けた。

 

「全く…こんなチート野郎の相手しなきゃならねぇなんて…とんだ、厄日だぜ…ほんと…」

 

 重く、長く、疲れ切ったような溜息を吐きながら、忌々しそうにそうつぶやいた衝也は

 フラリと、糸が切れた人形のように地面に倒れ込んだ。

 それを見た緑谷たちは、一瞬呆けたような表情を浮かべた後、慌てたように衝也の元へと駆け寄った。

 

「大丈夫、五十嵐ちゃん!?」

「おい、五十嵐!しっかりしろ!」

 

 倒れこんでいる衝也の顔を覗き込みながら心配そうに声を上げる蛙吹と轟。

 その後に続くように、両脇に足の折れている緑谷と坊主頭の峰田を抱えた切島と、背中に相澤を背負っている爆豪もぶすったれた表情で衝也に駆け寄っていく。

 

「衝也ぁ!!大丈夫かぁ!?」

「い、五十嵐君、大丈夫なの!?」

「あ、ああ…すまねぇ。なんか、あの脳無とかいうやつを倒したら、気が抜けちまって、な…」

 

 轟に身体を支えられながら衝也は心配そうな表情を浮かべる切島と、その切島に抱えられながら自身を心配そうに見つめている緑谷に目を向けた。

 そして、彼らを安心させるように片目を閉じて余裕そうな表情を浮かべた。

 

「心配すんなよ、ちょっと気がゆるんじまってるだけだ。こんな怪我、唾でもつけとけば治っちまうから安心しとけ。」

「五十嵐君、でも…」

「大丈夫だってば、心配性だなぁ緑谷は。言っとくけどお前も両脚骨折してるんだから俺と大差ねぇ重傷だぞ?」

 

 小さく笑いながら緑谷の脚の方を見る衝也。

 そんな彼の言葉を聞いて、同じように切島の脇に抱えられている峰田が緑谷に視線を向けた。

 

「そうだぜ緑谷…オイラ達は他人の怪我の心配よりも自分の怪我の心配をしねぇと」

「ゴメン、お前と一緒にするのだけはやめてくんない?マジで傷つくから。」

「おめぇのその言葉でオイラの心はやすりをかけられた後みたいになっちまったよ…」

「やすりでお前の心削ったら汚れが取れて真人間になるからいいじゃん。何せお前の心錆びだらけで薄汚れてるんだから。」

「……」

 

 続けざまに放たれる衝也の容赦なき言葉に軽くへこんだような表情を浮かべてショボーンと落ち込む峰田。

 それを見た切島も「おめぇは坊主になっただけだかんなぁー」「てめぇはどこに目ぇつけてんだ切島ぁ!オイラの頭皮から流れ出るこの血が見えねぇのか!!」と峰田をからかっている。

 そんな彼らを見て思わず笑みを浮かべてしまう緑谷たちだったが、轟だけは真剣な面持ちで、皆と一緒に小さく笑っている衝也へと視線を向けた。

 

(呼吸が普段よりだいぶ荒い。触れてみてわかる…体中傷だらけになってやがるのが。体中の骨にひび入りまくってんじゃねぇのかこいつ…。目も少し虚ろになってるのを見ると、血も相当失っちまってる。こんな傷だらけの身体で、よくもまぁあれだけ動けたもんだ。アホだアホだとは思ってたが、ここまでアホだとは、想定外だなこりゃ…。)

 

 呆れた半分感心半分といった様子でため息を吐き、何とも言えない微妙な表情を衝也に向ける轟。

 そんな勝利の後で気が抜けた感じになっている面々を横目で見た爆豪は相澤先生を地面へと放り投げ、視線を正面に向けて、苛ただしげに口を開いた。

 

「おい、何ピーチクパーチク騒いでんだよその口閉じてろ殺すぞ…。」

「な、爆豪てめぇ!せっかくみんなで敵を倒したってのにその言い方は…」

「倒せてねぇだろ…。」

「は?」

「まだ倒せてねぇだろって言ってんだよ!」

 

 何言ってんだこいつ?みたいな表情を浮かべた切島を視界にいれた爆豪は目をクワッ!開いて目の前に人差し指を向けた。

 そこにいたのは

 ガリガリと首元をしきりに掻き毟っているヴィラン連合のリーダー、死柄木弔とワープゲートの個性を持つ黒霧が悠然とたたずんでいた。

 

「アイツらもまだ残ってんだろうが…一人倒したくらいで調子に乗ってるんじゃねぇよザコが。」

「そうだった…あの化け物倒せた興奮で忘れてたぜ…。まだあのやばそうな手の平野郎も残ってるんだった。」

 

 先ほどとは一転して苦い表情を浮かべる峰田。

 ほかの皆も一様に峰田と同じような表情を浮かべていた。

 そんな彼らを見て、黒霧は少しばかり目を細めた後、若干言いにくそうに口を開いた。

 

「彼ら…どうやら我々の事を忘れていたようですよ死柄木。」

「ハッ…やっぱ所詮はガキだな。すぐに調子に乗りやがる。」

 

 しきりに首元を搔きむしりながら視線を身構えている少年少女たちに視線を向ける。

 そして、ニタァ…と気味の悪い笑みを浮かべた。

 

「まぁいいさ…どうせまた、あいつらは知ることになるんだから。絶えることなき絶望ってやつをな…!」

 

 ニタニタと気味の悪い笑みをこちらに向けてくる死柄木を見た切島は、そこに見える狂気を感じてか思わず後ずさりしてしまう。

 蛙吹や峰田、緑谷の三人は少し慣れてきたのか、軽く顔を顰める程度で済んでいるが、言いようのない恐怖を感じるのだけは変わらない。

 そんな中、爆豪と轟、そして衝也の三人は後ずさりも顔を顰めることもせず、視線をしっかりと前にいる敵へと向けている。

 

「衝也、とりあえず俺の背中におぶされ。俺なら両手がふさがれててもある程度は戦える。蛙吹と峰田はそこにいる相澤先生を頼む。」

「バカ言うなよ轟…一人減ったとはいえ、相手は二人だ。人一人背負って戦えるほど甘い奴らでもない。俺も…戦うぞ!」

 

 そう言いながらゆっくりと立ち上がる衝也を見て、轟は彼の全身を見た後、視線を再び前へと移しながら口を開いた。

 

「…お前、もう動いていい身体じゃねぇだろうが。無理してっと、ホントに死んじまうぞ?」

「は、何言ってんだよ、轟。怪我ってのは気の持ちようでなんとかなるもんなんだよ。今だってさっきまでめちゃくちゃ痛かった右手がさっき衝撃を放出してから痛みも何も感じなくなったんだから。」

「お前それ腕壊し過ぎて感覚なくなってるだけだからな?決して右手の怪我が治ったとかそういうわけじゃないからな?」

「……」

「なんだその顔は…当たり前だろうが。普通に考えればわかんだろ…。」

 

『嘘…だろ?』という言葉が聞こえてきそうなほど驚いた表情を浮かべる衝也を見て、思わずこめかみに手を当てて呆れたように首を横に振る。

 なんで頭もよく頼りになるのにこうもアホなのだろうか、思わずそう考えてしまう轟。

 

「おい、バカなことやってんじゃねぇぞ半分野郎にミジンコ頭。なんもしねぇで遊んでんだったらさっさとどっかで死んどけこのカス。」

「なぁ、爆豪、そのミジンコ頭ってのは中身がミジンコ並みにしか詰まってないってことなのかおい?」

「そうに決まってんだろ殺すぞ。」

「うっし、上等だやってみろこの爆発イガグリ。猿と蟹が出てくる昔話みてぇに飛ばしてやんよ。」

「やめろ二人とも。ふざけてるような暇ねぇだろ」

 

 爆豪の言葉に食って掛かる衝也と、それを見て舌打ちする爆豪と、自分の事を棚に上げて軽く衝也と爆豪をたしなめる轟。

 轟にたしなめられて仕方ないという風に視線を爆豪から目の前の死柄木たちに向ける衝也。

 

「なんか釈然としねぇけど、まあ今は置いとくとしてだ…。あいつら手の平野郎とモヤ男の二人。こっちは俺と轟と爆豪の三人だ。切島には万が一の時に備えて緑谷たちけが人の守護に回ってもらわなきゃいけねぇ。俺等三人であいつらをぶっ倒すぞ。」

「おう、こいつらの事は心配すんな!俺が命に代えてでも守り通してみせっからよ!!」

 

 そう言った衝也の言葉を聞いて、切島は拳を胸にどんと打ち付け、漢らしく堂々と言い放つ。

 しかし、よく見ると切島のその拳や足はわずかに震えており、先ほど脳無に殴られたダメージが残ってるのがわかる。

 それでも彼は笑顔で彼らを安心させるために漢らしく宣言したのだ。

 それに続くかのように爆豪も目を吊り上げていつも通りの獰猛な笑みを浮かべる。

 

「は!言われなくてもはなっからそのつもりだ!特にあのスカしたモヤモブ野郎は絶対に俺がぶっ飛ばす!」

「モヤ男は爆豪に任せるぞ、何でもあいつをとらえる方法を思いついてるらしいからな。」

「へぇー…そいつは頼もしい。それじゃあ、俺と轟は二人であの死柄木とかいうやつの相手をしよう。あいつは触れたものを粉々に崩す個性だ。下手に近距離で攻撃したらこっちがやられる。お前が氷、俺が衝撃波で中、遠距離からねちねち攻撃、隙ができたところを俺が衝撃で一気に近づいて衝撃を叩きこむ…」

「お前、その怪我で後何回衝撃放てるんだ?」

 

 轟の問に、衝也は軽く視線を自分の両手に向け、軽く握ったり開いたりし始めた。

 

「出力にもよるが、よくて2,3発だな…。50%以上はもう無理だ。すまん…。」

「別に攻めてるわけじゃねぇよ、謝んな。…なら、遠距離から攻めんのは俺の役目だな。」

 

 そう言って右手から軽く氷をい発生させる轟。

 それに続いて、爆豪も拳を掌に打ち付けて、軽く爆発を起こして気合いを入れる。

 衝也も両拳を一度固く握りしめた後、ゆっくりと息を吐いた。

 そして、視線を拳から死柄木たちへと移す。

 

「さって、ここからが正念場だぜみんな。全員、気を引き締めて……」

「…?どうした衝也?傷でも痛むのか?」

 

 気合いを引き締めようと声を張り上げていた衝也の言葉が急に途切れ、彼は突然微動だにしなくなった。

 それを見て心配そうに声をかける切島。

「…五十嵐、やっぱり俺がおぶろうか?」と隣の轟も心配して声をかけるがそれでも衝也は動こうとしない。

 

「みんな悪い…俺の予想、完璧に外れたみてぇだ。」

「え?」

 

 悔しそうに歯ぎしりしながら後ろに視線を送る衝也。

 それにつられた緑谷たちも、恐る恐る顔を後ろに向けた。

 そして、そこにいたのは

 首から下までの身体を粉々に砕いたはずの脳無が居た。

 

「は…!?」

 

 切島が思わず呆けた顔をしてそうつぶやきを漏らす。

 ほかの皆も、茫然としていて、恐怖よりもまず先に疑問が頭の中をよぎる。

 なぜあの化け物が立っているのか、なぜ先ほど粉々にした身体が何事もなかったのかのようにそこにあるのか

 様々な疑問が脳内をめぐる中、彼らの中に一つの現実が突きつけられる。

 あの化け物は、まだ倒せていなかったという現実が。

 

「そんなっ…!」

「嘘だろ…嘘だろおい!」

 

 絶望したような表情を浮かべて思わずといったように呟く緑谷と峰田。

 疑問により遅れてきた恐怖と絶望が、頭の中に流れてきた彼らは、顔色を絶望に染めて、思わず後ずさりする。

 突然の事で爆豪や轟も驚いた表情で固まってしまっている。

 

「全員散り散りに逃げるんだ!!」

「!?」

(峰田のボールがないんじゃ切島に囮を頼むこともできない!轟も右側の乱発ですこし息が乱れてる…いま体力に余裕があるのはスロースターターの爆豪と怪我らしい怪我をしてない蛙吹だけ。この状況じゃ、作戦を立てるもへったくれもない、戦闘すら危険だ!)

 

 衝也からの突然の指示に驚いたのか、一瞬固まってしまう緑谷たち。

 そんな彼らを見て、衝也は目を見開いて再度叫び声をあげる。

 

「何やってんだ!?速く」

「脳無」

 

 死柄木がボソリと呟いたその瞬間、ブオン!という音と共に、彼の叫び声が途中で途切れてしまった。

 そして、轟の目の前に突然拳を振りかぶった脳無が現れた。

 

「!?速い!」

「その氷のガキからやれ。そうすれば、もうお前を倒すすべはなくなる。」

「…!轟ぃ!?」

 

 死柄木がニヤリと笑いながらそう口にするのを聞いた衝也は一瞬目を見開いた後、顔を轟の方に向ける。

 そこには、

 

(この至近距離じゃ相手を凍らせる暇はない!だったら、防御するしかねぇだろ!!)

 

 自分と脳無の間に大きな氷壁を作り出した轟が居た。

 そのサイズは脳無の巨体のさらに頭一つ分大きく、普通の人間なら壊すことすらできないほどのもの。

 しかし

 脳無が拳を振り抜いた瞬間

 ドバゴォォォン!という音と共にその氷壁は一瞬にして砕け散る。

 そして、

 その後ろに居た轟の身体も、脳無の放った拳の衝撃波が直撃したことにより、大きく後ろに吹っ飛んだ。

 

「ガッ…!?」

(氷壁で攻撃を防いだのに、その攻撃の余波でこんだけの威力…!なんだこのバカげたパワーは!)

 

 苦しそうに顔をゆがめながら吹っ飛んで行った轟は

 ドッバァァン!という音と共に、後ろの水辺まで吹っ飛ばされた。

 轟が着水した衝撃によりできた水の柱はおおきなしぶきを地面に降り注ぎながら、徐々に徐々にその姿を消していく。

 それを見た衝也達は、一瞬その動きをわずかに止めて、呆然と立ち尽くした。

 しかし、

 

「!五十嵐ちゃん、後ろよ!!」

「!?クッソ!!」

 

 蛙吹の突然の叫び声に、衝也はハッとしたように目を見開き、指摘された後ろを見ようともせずに横へと個性を使って飛び出した。

 そして

 そのすぐ後に、衝也のいた場所に脳無の拳が通り抜けた。

 

「ぐっ、がぁ…!!?」

 

 その瞬間、大きな衝撃波が彼の背中にぶつかる。

 なまじ既に個性で前に飛んでしまっていた衝也は、余計に速度を上げて前に飛んで行ってしまう。

 それでも衝也は、何とか個性を使って方向を調整し、蛙吹の方と切島の方、そして爆豪の方へと飛んで行った。

 

「づがまれっぇぇえぇえぇ!!」

「ケロ!」

「!…ぬおぉ!!」

「んお!?何しやがんだこのクソバカが!」

 

 速度が上がり過ぎたのか、まともにしゃべれてない衝也の伸ばし両手の内の右手をつかんだ蛙吹は舌を伸ばして相澤をつかむ。

 その相澤の両脚に峰田もつかまっている。

 切島も緑谷をわきに抱えて、空いている片手で衝也の左手をつかむ。

 爆豪は、なんと襟首を衝也にかまれた状態で彼につかまっていた。

 

「んんぬぐあぁ!!」

 

 脳無の発生させた衝撃波も利用し、何とか脳無から距離を取った衝也は何とか足を踏ん張って着地をする。

 そして、掴んでいた蛙吹と切島の手をゆっくりと放し、二人を地面へと下ろした。

 その後衝也はパッと口を開くと、噛んでいた爆豪の襟首を放した。

 その瞬間、爆豪の身体は勢いよく地面へとたたきつけられた。

 

「いっ!?てんめぇ何しやがんだこの…!」

 

 いきなり地面に落とされた爆豪は目を吊り上げながら衝也に詰め寄ろうとするが、彼の

 姿を視界に入れて、思わず息をのんでしまった。

 

「おい、爆豪!衝也は俺らを助けようとして…!」

 

 衝也に詰め寄ろうとしていた爆豪をたしなめようとした切島だったが、爆豪が息をのんでいるのに気付き、視線を爆豪が向いている方へ視線を移した。

 そして、その光景を見て絶句したように言葉を失った。

 

「衝也、お前…その血!?」

 

 切島と爆豪の視線の先にいた衝也は息を荒くしながら両手を地面についており

 その地面には

 べっとりと、よだれが混じったような血が広がっていた。

 それだけではない、よく見ると衝也の全身は傷だらけでその顔からは、ポタポタと血が垂れていた。

 

「い、五十嵐君!?だ、大丈夫なの!?」

 

 切島に抱えられている緑谷が心配そうに衝也に声をかけたが、当の衝也は顔をゆっくりと上げた後、口元に垂れていた血をこっそりとぬぐい

 お調子者(いつも)の笑みを浮かべて緑谷たちに視線を向けた。

 

「何回も言わせんなよ緑谷。大丈夫だよ…多少血が流れちゃいるが、大した怪我じゃない。」

 

 そう言ってgoodポーズをする衝也だったが、指も唇も震え、眼も虚ろで、どう考えても

 大丈夫と言えるような状態ではないことがまわりにいる全員にも見てわかった。

 その場にいた全員が、衝也の状態を見て、ゴクリと唾をのむ。

 衝也自身も、決して自分の状態がわかっていないわけではない。

 

(この血の色…恐らくは消化器系の損傷による吐血…。とうとうダメージが内臓にまで来ちまったか…?くそ…さっきの衝撃波で怪我がさらに悪化しちまった。全身打撲…)

 

 先ほど口元を抑えた時に着いた自分の手の平の血を見ながらそこまで考えた衝也は、

 震えるその右手で、左手に軽く触れてみた。

 その瞬間

 

「ッ!!!」

 

 体中に雷が落ちたかのような痛みが彼の全身を襲ってきた。

 

(ってレベルじゃねぇなこれ…。衝撃波喰らっただけでこれかよ…。はは、こりゃもう動けねぇかも…。つーか、今まで動けてたのも不思議なくらいだったけど…これはガチでやばいかも…)

 

 ギリギリと痛みに耐える歯ぎしりを鳴らしながら冷や汗を流す衝也。

 そんな状態でもなお、衝也は視線を先ほど距離を取った脳無へと向けた。

 脳無は先ほど振り抜いた拳をゆっくりと下ろし、喜怒哀楽を感じさせないその眼を衝也達へと向けていた。

 

「衝也…おめぇ、本当に大丈夫なのか?」

「うるせぇよ。坊主に心配されなくても、まだ死んだりはしねぇから安心しとけこの煩悩坊主。」

「おめぇに今すぐお経でも読んでやろうかこの野郎…」

 

 衝也を心配しての二も関わらず罵声を浴びせられた峰田は相変わらずの坊主頭のまま悔しそうな表情を浮かべた。

 それを見た蛙吹は、心配そうな表情のまま衝也に声をかけた。

 

「衝也ちゃん…本当に大丈夫なの?どう見ても動けるような」

「大丈夫、大丈夫だよ蛙吹。まだ動ける…だから、ダイジョーブ!!」

 

 そう言って二カッと再び笑みを浮かべる衝也。

 その笑みを見た蛙吹は、思わず言葉を失ってしまう。

 

(ここで、俺が折れるわけには行かないんだ。皆不安と絶望で心がいっぱいなはず。俺が、いまここで、倒れたら…その不安を煽ることになっちまう!だから、ここで倒れるわけには…行かない!)

 

 そんな彼の必死の笑みを見た蛙吹は、もう言葉をつづけることができなかった。

 衝也は、そんな蛙吹にgoodポーズを向けた後、視線を脳無へと再び移した。

 

(それよりも、今はあいつの個性の問題だ。あいつの個性は、恐らくは衝撃吸収のはず!だからこそ俺の個性も爆豪の個性も効かなかった!だから、轟の氷結でその吸収の個性を無効にしたのに…なんであいつはまだ動けるんだ…!砕けた体まで元に戻るなんて、どんな個性を)

「超再生…たとえ身体が粉々になろうとも脳が傷ついてさえいなければ再生する驚異的な自分限定の回復系個性だよ」

「!?」

 

 突然聞こえてきた背後からの声に、衝也は背筋にゾクリと、何かが這いずるような気持ちの悪い感覚を感じた。

 緑谷たちも同じように突然の事に驚いて一瞬反応できずにその場に立ち止まった。

 

「さっきも言ったろ?脳無は対オールマイト用の怪人だって。あいつは、オールマイトの100%にも耐えられるよう開発された人間サンドバックなんだよ。まぁ、それはそれとして」

 

 衝也はすぐさま顔を背後へと向ける。

 そこにいたのは

 黒いモヤの中から気味の悪い笑顔をした顔を出している死柄木だった。

 

「ゲームオーバーだ、五十嵐衝也!」

(しまっ!!)

 

 そう叫びながら自身の手を衝也の顔へと伸ばしていく死柄木。

 突然の攻撃に加え、重傷を負っている衝也はその場から動くことも、攻撃をかわすこともできない。

 切島や蛙吹達も、反応が遅れてしまったためか行動に遅れが生じてしまう。

 

「なっ…!衝也!!」

「…ッ!五十嵐ちゃん!!」

「クッソが…!」

 

 急いで死柄木の攻撃を食い止めようと駆け寄る切島と爆豪。

 蛙吹も何とか舌を衝也に伸ばして救助しようとする。

 しかし、どの行動も死柄木を止めるには少しばかり遅すぎる。

 

(やべぇ…から、だが…!)

 

 逃げようにも、重症の身体が言うことを聞かずにいる衝也の顔に

 死柄木の死の右手が後もう少しで届きそうになったその時

 

「爆音ビート!!」

 

 どこからか一人の少女の叫び声が聞こえてきた。

 その瞬間、先ほどまで笑顔だった死柄木の顔が一瞬ではあるが苦痛で歪んだ。

 

「ぐ…なんだこの音…耳が!!」

「!?」

 

 そうつぶやいて、先ほどまで衝也に伸ばしていた右手を自分の耳の方へと蓋をするかのように置いた。

 よく見ると、その耳からは少量ではあるが血が流れているのが見える。

 しかし、

 

「おっらぁもう一発!!」

「!!ぐ…何なんだよこの音はぁ!?」

 

 再び少女の声が聞こえたかと思うと、今度こそ死柄木は両手で耳をふさぎ、顔を苦痛で歪ませ、苛ついたように大声で怒鳴りだした。

 その様子から、何やら大きな音が聞こえていることが想像できるのだが、衝也達の耳には彼の苛ついた叫び声しか聞こえてこない。

 

「…!死柄木っ!!」

 

 彼がしきりに耳をふさぎながら怒鳴るのを見た黒霧は、慌てたように死柄木を黒いモヤで包み込み、元の場所へとワープさせる。

 そして、死柄木が黒霧によって元の場所の地面へと落とされた後、切島たちは慌てたように衝也の元へと駆け寄った。

 

「衝也、大丈夫か!?」

「五十嵐ちゃん、怪我はない!?」

 

 そう言って衝也の元へと走ってくる切島と蛙吹だったが、衝也はかッ!と目を見開いた後、先ほど聞こえた少女の声がした方向へと顔を向けた。

 彼の向けた視線のその先には

 

「よっしゃ、何か効いたっぽい!五十嵐ぃ、皆ぁ!怪我とかないー!?」

 

 離れた場所で、汗を垂らしながら大声で皆の安否を確認する耳郎響香が大きく手を振っていた。

 耳郎のイヤホンコードは足元のスピーカーに伸びており、どうやら死柄木の攻撃から衝也を守ったのは耳郎のスピーカから流れた爆音の彼女の心音だったようだ。

 

「そうか、耳郎さんが指向性スピーカーで敵にピンポイントで爆音を届けたんだ!」

「それで衝也を救ったって訳か!耳郎のやつ、漢…っと!耳郎は漢じゃねぇな!とにかくめちゃくちゃ熱い奴だな耳郎は!」

「響香ちゃん、さすがね…すごいわ。」

 

 そう言って口々に耳郎をほめたたえる緑谷と切島。

 蛙吹も安堵したような息を吐いた後、嬉しそうに声を上げた。

 そして、口々に耳郎に向けて「よくやった!」「すげぇぞちっぱい!」とほめながら手を振っている。

 それを見た耳郎は彼らの方を首を傾げながら見つめていた。

 

「何言ってんのか全然わかんないんだけど…。てか、とにかく何にも状況がわかんないからとりあえず皆の所行かないと…。後なんでかわかんないけど峰田を思いっきりぶん殴りたい。」

 

「それに、あのバカがどうなってるのかも知りたいし…」と小さくつぶやいてから彼らの元へと走っていく耳郎。

 それを見た切島は一瞬目を見開いた後、困ったように視線を衝也へと向けた。

 

「お、耳郎の奴、何かこっちに来てるっぽいけど…どうするよ?この状況で」

「駄目だ!!」

「!?」

 

 切島の言葉を聞いた衝也は突然大声を上げて耳郎に向かって声を張り上げた。

 

「来るな耳郎ぉ!!速く逃げるんだ!」

 

 そう大声で耳郎に向かって叫び声をあげる衝也。

 しかし、そんな彼を見た耳郎は一瞬表情を曇らせた後、むしろ先ほどよりもスピードを上げて彼らの元へと走り出した。

 

「五十嵐の奴、さっきより怪我ひどくなってんじゃん!一体どんなバカしたらあんな怪我すんのよあんのバカ!」

 

 若干怒ったように呟きながら衝也の元へと走っていく耳郎。

 それをじっと見ているのが、衝也達のほかにもう一人だけその広場にいた。

 

「あいつか…俺の邪魔をしたガキは…!どいつもこいつもなめた真似しやがってクソガキがぁ!」

 

 ギラギラと、怨念と狂気が入り混じった眼を耳郎へと向けているその男はしばらく耳郎の事を睨み続けた後、ゆっくりと視線を脳無の方へ移した。

 

(あの男の性格なら、次の標的が…!)

「脳無ぅ!!」

(俺からあいつに切り替わる!)

「あそこにいるクソガキを殺せ!今すぐにだ!」

 

 脳無は自分に叫び声をぶつけたその男、死柄木弔を見た後、彼が指さしたその方向に顔を向けた。

 その方向にいたのは

 今まさに衝也達の方へ向かって走っている耳郎響香だった。

 

「!おい、まずいぞ!耳郎の奴が狙われた!」

「ちっぱいいいいいい!!逃げろぉぉぉ!!」

 

 死柄木の叫び声を聞いた切島と峰田は、一瞬目を見開くと慌てて耳郎へ向かって逃げるよう必死に叫び声をあげる。

 そんな彼らの横から、何かが通り過ぎたような突風が吹いてきた。

 

 そして

 

「ッ…!?」

 

 ブォォオン!という空気を裂く音と共に、大きな衝撃波と強風が辺り一面に広がっていった。

 その勢いに爆豪や切島たちは必死に腕で顔をかばいながらも先ほど耳郎が居たところへと視線を向ける。

 

「クッソ…相変わらずなんつー威力のパンチ放つんだよあの化け物。耳郎ー、無事かぁー!?」

「響香ちゃん…!」

「クソモブが、調子に乗りやがって…」

 

 心配そうな表情で耳郎の心配をする切島と蛙吹、その横で爆豪は忌々しそうに脳無が居る方向へと視線を向けていた。

 先ほどまで耳郎が居た場所、そこには今右拳を振り切ったままで固まっている脳無しか立っておらず、標的とされていた耳郎の姿はどこにも見えなかった。

 それを確認した峰田が青い表情を浮かべて、体を震わせる

 

「お、おい…まさかちっぱいのやつ、あの化け物に吹っ飛ばされて死んじまったんじゃ…」

「!え、縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ峰田!」

 

 シャレにならないようなことを言う峰田を注意する切島だが、その顔には焦りの表情が浮かんでいた。

 もしかしたら、という考えがどうしても頭からぬぐいきれない。

 そんな中、緑谷も心配そうな表情をしていたがふと何かに気が付いたように、辺りをキョロキョロと見回した。

 

「あ、あれ?」

「?どうしたの緑谷ちゃん、何かを探してるようだけど…」

「いや、その…五十嵐君が…!!」

「え…!」

 

 緑谷の言葉を聞いた蛙吹も同じように辺りを見渡す。

 しかし、どこを探しても、

 先ほどまでそこにいた衝也の姿が見えなかった。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「ん、痛ッ…」

 

 衝撃波と強風、そして砂埃が舞っているセントラル広場に大の字で倒れ込んでいた少女、耳郎響香は少しばかり苦しそうにうめき声を上げた後、ゆっくりと閉じていたその瞳を開いた。

 広場に向かったと思われる衝也を追いかけて広場へと来た耳郎は、衝也が掌を顔につけたヴィランに襲われていたのを見て、とっさにスピーカーによる爆音攻撃を仕掛けて、何とかそのヴィランを退けた。

 そして、傷だらけの衝也となぜだかぶん殴らなければならないと魂が叫んでいた峰田に文句を言いまくるために(ついでに今の状況を確認するために)彼らの元へと走って向かっていたのだが、

 突然斜め前から誰かが自分を押し倒してきたことにより移動を中断されてしまったのだ。

 最初は何が来たのか驚いたのだが、さらにその後とんでもない強風と衝撃波が向かってきたことにより、体が吹っ飛ばされてしまったため、結局自分に突っ込んできた物が何なのかわからずにいたのだ。

 

(いきなり押し倒されるわ、何かいきなりとんでもない強風と衝撃波が吹き荒れるわ、何がどーなってんの!?)

「つーか、何こいつ…重いんだけ、ど!」

 

 そう言って自分を押し倒してきた何者かに手を置いて、何とかどかそうとする。

 どうやら、押し倒してきたものはそのまま耳郎の上に倒れ込んでいるらしく、中々片手ではどかすことができなかった。

 思わず耳郎は「あーもう!」と苛ついたように叫ぶとばたんと手を地面へと下ろした。

 

(ぜんっぜん動かないんですけど…。つーかそろそろ本気でどいてほしいんだけど…その……当たってるから。)

 

 若干頬を赤らめながら、これでこいつが峰田だったら心臓破裂させて殺す、と心に決めてから視線を自分に倒れ込んでいる何者かに向けた。

 

「は…!?」

 

 一瞬何を見たのかわからずに呆けたような間抜け声を出してしまった耳郎だが、すぐに頭をガバッ!と起こして自身に倒れ込んでいる人物に視線を送る。

 その人物とは

 顔も身体も傷だらけで、苦しそうな荒い呼吸をしている五十嵐衝也だった。

 それを見た耳郎は慌てたように衝也に声をかけ始めた。

 

「ちょッ…五十嵐!?アンタ、どうしてこんなとこ…てか、怪我!!アンタその怪我は!?」

 

 そう叫んで思わず衝也に手を置いて揺さぶりそうになってしまう耳郎だが、どう考えても重傷人である彼にそんなことをするわけには行かないため、彼に聞こえるように大声で話しかける。

 

「大丈夫、五十嵐!?しっかりしなよ!!」

「……グッ」

 

 すると、彼女の声に反応したのか、衝也は苦しそうにうめき声を上げた後

 ゆっくりと目をうっすらとだが開いた。

 

「耳、郎…?良かった、何とか…間に合ったみてぇだな。」

「五十嵐!良かった、目ぇ開けた…。」

 

 衝也が眼を自分に向けたのを見て、耳郎は安堵したように胸をなでおろした。

 しかし、すぐにハッとした表情を浮かべ、慌てたように彼に声をかけた。

 

「て、良かったじゃない!アンタ、その怪我!!さっきよりひどくなってんじゃん!!一体ここでなにがあったの!?てか、間に合ったって何!?アンタまたなんか無茶したんじゃ…」

 

 衝也の身体を優しくおろしながら衝也に詰め寄る耳郎は、衝也の身体を支えつつ彼に肩を貸しながらに立ち上がった。

 そんな彼女の問い詰めに衝也は答えずに、何度かゲホゲホとむせ込んだ後、視線を耳郎の顔へと向けた。

 

「耳郎…逃げろ!」

「は?」

「は?じゃねぇって…聞こえないのかよ。速くここから逃げろって言ったんだ!ここは危険なんだ!今ここにいたらお前は確実に殺される!だから…速く、逃げろ!」

 

 衝也は口から唾と一緒に血をまき散らしながら、必死に耳郎に逃げるよう叫び声をぶつける。

 耳郎は一瞬目を見開いた後、衝也に負けないくらいの大声で彼に再び詰め寄った。

 

「逃げろって…アンタね!こっちは広場に来たと思ったらアンタがピンチで!それを助けたら今度は助けたアンタが傷だらけでウチの事押し倒してきて!もう何が何だかわかんない状況なんだけど!?そんな状況でいきなり逃げろなんて言われたって、何から逃げればいいのかもわかんないだよ!!いいから状況を速く説明して!!」

「そんな暇はねぇんだって…!速く逃げなきゃ…ほんとあいつに殺されちまうぞ!」

 

 そう言って衝也は顔を後ろの方へと向けた。

 そんな彼につられた耳郎は多少不思議そうな顔をした後、

 顔を衝也と同じ方向に向けた。

 そこにいたのは

 虚ろな目でこちらを見続けている脳みそむき出しの黒い巨体の大男が居た。

 それをみた耳郎は、言いようのない恐怖と全身に何かが這いずるような感覚を感じた。

 

「なに…あれ…?」

「あれが、俺が言ってた一番やばい敵…脳無だよ。」

「あれが…」

 

 それを見た耳郎はしばらくその場から立ち止まっていたが、不意に額から何かが流れ落ちたのを感じた

 自分でも気づかないうちに額から冷や汗を流していたのだ。

 思わず、ごくりと、乾いた口をいやすために喉を鳴らしてしまう。

 そんな彼女に気づいているのかいないのか、脳無は視線をじーっとこちらに向け続けている。

 耳郎はそんな脳無を視界に入れたまま、顔を衝也の方へと向き直した。

 

「それで?あいつがどうかしたの?」

「あの脳無とかいうやつは、恐らくではあるがお前が最初に攻撃したあの手の平男、死柄木の命令で動いてるみたいなんだ。あいつの声がなきゃ、あいつほとんど行動を起こさないし…」

「…で?それとウチが逃げるのとの関係性が見えてこないんだけど?」

「だから!お前が死柄木の行動を邪魔したせいで、あいつの標的が俺からお前にうつちまったってことなんだよ!てか、お前今、さっきあいつに殺されかけてただろうが!」

「!?殺されかけたって…じゃあ、アンタがさっきウチを押し倒したのは…」

「わかるか…!?オールマイト並のパワーとスピードがある敵が、お前を殺すために動いてんだぞ?これがどれだけやばい状況か、お前だってわかんだろ!?」

 

 耳郎は、衝也のその叫びを聞いて思わず視線を再び脳無の方へと戻す。

 脳無は、相川らすじーっとこちらを見続けたまま動かないでいる。

 その様子は、まるで耳郎と衝也、どちらを攻撃すればいいのか迷っているようにも見受けられた。

 

「いいか、なんでかは知らねぇけど、今は脳無の動きが止まってる。この隙にお前は水辺に向かって逃げるんだ。水の中に潜っちまえばお前の姿は視認しにくくなるからここから逃げられる確率は高くなる!重傷人のお荷物はここに置いて、さっさとここから逃げるんだ!」

「!」

 

 それを聞いた耳郎は、一瞬目を見開いた後、顔を勢いよく衝也の方へと向けた。

 衝也は、そんな耳郎に向かって二カッと笑みを浮かべた後、いつものgoodポーズを向けた。

 

「大丈夫、お前がうまく逃げてるまでの時間は俺も稼げる!こう見えても、逃げ足には自信があるんだよ!だから、速くお前は逃げるんだ。」

「…」

 

 いつも通りの笑みを浮かべながらそういう衝也をしばらく見つめた耳郎は、ゆっくりと視線を下におろした後、意を決したように顔を上にあげた。

 

「…イヤ。」

「……は?…!いッ!?」

 

 一瞬耳郎が何を言ってるのかわからなかった衝也は呆けた顔を浮かべた後、

 耳郎がいきなり手を離し、急に地面に下ろされたことの衝撃による痛みで軽く悶絶した。

 痛みに悶絶しながらも、衝也は視線を耳郎へと向け、思わず目を見開いて固まってしまった。

 なんと彼女は

 あろうことか脳無の方へと向き直りまるで衝也をかばうかのようにたち始めたのだ。

 それを見た衝也はけがの痛みなど忘れたかのように叫び始めた。

 

「なッ…!?耳郎!!お前、一体何してんだ!?さっきも言ったろ!そいつは普通のヴィランなんかとは次元が違うんだ!!お前ひとりがどうにかできる相手なんかじゃねぇ!速くここから逃げるんだ!」

 

 衝也が必死に耳郎に向けて叫び続けるが、それでも耳郎は歩みを止めようとはしない。

 それを見た衝也は小さく歯ぎしりをした後、こめかみに血管を浮き出させながら、大声で叫び声を彼女にぶつけた。

 しかし

 

「…!聞いてんのかこのバカ女!!」

「うっるさいんだよこの超ド級のクソ大馬鹿野郎!!」

「!?」

 

 自分以上の叫び声を上げた耳郎に思わず衝也は面食らってしまい、そのまま動きを止めてしまう。

 その間にも、耳郎は歩みを止めることなく、ズンズンと脳無の方へと歩みを進めてく。

 

「そんな傷だらけで!もう動けないようなその状態で!それでもまだアンタは人の心配してる訳!?速く逃げろだとか、時間を稼ぐだとか!ウチらの事なんだと思ってる訳!?ウチらだって、アンタと同じヒーロー志望の雄英生なんだ!アンタだけが誰かを守りたいだなんて思ってるわけじゃないんだよ!!」

「その通りだぜ、衝也ぁ!」

「!?」

 

 耳郎の言葉に続くかのように発せられたのは切島の叫び声。

 見るといつの間にか、切島が耳郎の隣で、同じように自分をかばうかのように立っていた。

 切島はガキィン!と硬化させた両拳を胸の前で打ち付けた後、その拳を脳無の方へと向けた。

 切島だけではない。

 蛙吹も、緑谷も、峰田も、爆豪も、そして、先ほど吹き飛ばされたはずのびしょぬれ轟も

 皆が一様に、衝也をかばうように脳無の前に立ちはだかっていた。

 …緑谷は轟の背中でおんぶしてもらっているが

 

「お前のダチを守ろうっていう漢らしい姿、しっかり見せてもらったぜ!けどなぁ、俺等だってお前に守られるばっかじゃねぇんだよ!お前に守られてばっかじゃ…そんなんじゃ俺は!胸張ってお前のダチだ、なんていえねぇから!」

「お友達が困っていたら手を伸ばす…それはヒーローである前に友達として当然の事なのよ。」

「君が、僕らの事を友達だと思ってくれてるように、僕らだって!君の事を…大切な友達だと思ってる!友達が命を削ってまで自分たちを守る姿を、これ以上僕らは見たくなんてないんだ!」

「つーか!これ以上おめぇがぼこぼこにされっと少年誌としてあるまじき姿を映さなきゃいけなくなっちまうから!オイラとしても、エロ以外のモザイクなんておよびじゃねぇからなぁ!」

「はっ!てめぇみたいな雑魚はさっさと寝て死んどけ!こいつらをぶっ飛ばすのは俺なんだよぉ!」

「お前は少し休んどけ五十嵐、あとは」

 

「「俺らが!」」

「僕らが!」

「私たちが!」

「オイラ達が!」

「俺が!」

 

『何とかする!』

 

 切島の、蛙吹の、緑谷の、峰田の、爆豪の、轟の、

 友を守るその背中を後ろから茫然と見続ける衝也。

 いまだに状況がつかめないのか、呆けた顔をしている衝也の方へと

 耳郎はゆっくりと振り返り

 どこかのお調子者と同じように

 二カッと笑みを浮かべた。

 

「見なよ、衝也。アンタ、一人じゃないんだよ?」

(……)

「アンタが、今までの人生で一体何を失ったのか、ウチは知らないけどさ、」

(耳、郎…)

「アンタは一人じゃないよ。」

(よしてくれ)」

「さっき、ウチのこと守ってくれたようにさ」

(やめてくれよ…!)

「今度はウチが、アンタの事守るから。」

(たのむから…)

「だって…アンタはウチの」

(頼むから!!)

 

 

 

「ウチの大切な『■■■(友達)』だから」

そんな(あいつ)みたいな笑顔を…見せないでくれ!)

 

 

 照れくさそう頬を赤らめながら笑った耳郎は、再び前を向く。

 友を守るため、(一名ほど違うかもしれないが)到底かなわぬ強敵に立ち向かおうとする彼らのその姿を

 鼻で笑うかのように

 無慈悲な絶望が彼らに降り注ぐ。

 

「友情ごっこか、すばらしい…素晴らしいよ!あまりに素晴らし過ぎて

 

 

 逆に壊したくなっちまう…なぁ脳無?」

 

 死柄木のその言葉に反応した脳無は、ピクリと顔をわずかに動かした。

 

「ガキどもを全員殺せ。一人残らず、だ。」

 

 その死柄木の言葉を聞いた瞬間

 脳無は腰を低く落とし、前へと勢いよく飛び出した。

 それを見て、一斉に身構える耳郎達。

 その後ろで衝也は

 悔しそうに地面に倒れ込んだまま両目から涙を流していた。

 

(違う、違うんだよ皆!俺は、俺はただ皆を守りたかっただけなんだ!傷つけたくなかっただけなんだ!なのに、なのになんでみんなが!みんなが俺を守ろうとするんだよ!なんで!俺なんかのために!俺は、俺はみんなから守られるような価値ある人間なんかじゃないんだよ!)

 

 衝也は必死に拳を地面へと打ち立て、体を起こそうとする。

 ポタポタと、額から汗のように血が流れ出て、口からも血がにじみ出てくる。

 体中からミシミシと嫌な悲鳴聞こえてくる。

 それでも、衝也は必死に体を起こそうとする。

 

(動け…動け動け動け動け動け!!このためだろう!?俺が!いままで!血反吐はいてまで特訓を続けてきたのは!)

 

 彼が必死に体を起こすこの瞬間にも、脳無はその拳を大きく振り上げて、耳郎たちの元へと向かっている。

 

(あの時誓ったんだろう!?もう何も失わないように!もう二度と!自分の大切な人を失わないようにって!あの時、他ならぬあいつと俺自身に!そう誓ったんだろうが!!だったら)

 

 

 

Plus Ultra(限界突破)しなくちゃ…守れるもんも守れねぇだろうが!!)

 

 そして、脳無のその拳が耳郎達に振るわれるその瞬間

 

 彼らのが作り出したその肉の壁の上から

 

「!しょ、衝也!?」

 

 五十嵐衝也が、勢いよく脳無の方へと向かって飛び出してきた。

 

(今まで撃ったこともない!鍛える前とはいえ、万全な状態で80%撃って死にかけた!こんな状態で撃ったらそうなるかなんてわからない!身体もただでは済まない!けど)

「身体くらい…くれてやるよ!それで、何も失わずに済むのなら!!」

 

 そう言って衝也は脳無が拳をふるうよりも速く、個性を使って空中を移動し、脳無の顔面を、右手で思いっきりつかんだ。

 そして左手で右手首をつかみ、しっかりと右手の平を固定する。

 脳無はそんな衝也を引きはがそうと、己の顔面めがけて拳をふるう。

 だがそれよりも速く、衝也が先に攻撃を仕掛ける。

 ただし、その攻撃は今までの攻撃とは

 レベルが違う。

 

「出力!!」

 

 右手をささえている左手に力をこめ

 

「100%!!」

 

 全身の筋肉という筋肉に力を入れて

 

 

 

 

 

 今、自身の最強の一撃を叩きこむ。

 

 

 

 

 

排撃(リジェクト)ォォォォォ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 衝也の叫び声がUSJ内に響き渡ったその瞬間

 全ての音が衝撃と強風にかき消され

 USJの広大ドームに地震と間違えるほどの大きな振動が広がった。

 

 

 




相変わらず後半が雑になってきている…
何か、書いていくうちに主人公の設定やこの先のストーリー構成がコロコロ変わってしまう。
皆さん!感想の返事に書いてある説明やネタバレみたいなものは安易に信じないでください!
作者は恐らくこれからかなりの頻度で自身が最初に構成したストーリーを改変していきます!


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第十三話 終わりと始まり

あれ…おかしいな
評価の色が赤い…よし、眼科へ行こう。
ということで、眼科に行ったら眼鏡とコンタクトを買うことになりました。
てか、どうせこの評価の色もすぐに緑とか青に変わってしまうんでしょうね。
がっでむ。
てなわけで十三話です、どうぞ。





あ、真面目なタイトルは別に見間違いじゃないですから、安心してくださいね。

追記

一瞬ですが日刊ランキングに乗ってしまいました。
眼鏡とコンタクト買ってよかったです。
まぐれでも嬉しいです!
これもひとえに皆様のおかげです、ありがとうございます!
もう作品終わらせてもいいくらい嬉しい!(おい)


 衝也の魂の叫びと共に放たれた、最後の一撃。

 その渾身の衝撃はUSJの施設全体を揺らし、辺り一面に凄まじい余波の衝撃波と強風を生み出した。

 

「な、なんじゃこりゃああああああ!?」

「峰田ちゃん暴れないで…舌が痛いわ!」

 

 その余波のあまりの強さに小さな峰田は簡単に吹っ飛んでしまい、何とか飛ばされないように蛙吹の伸ばしてくれた舌につかまっていた。

 周りの皆も何とか衝撃波に飛ばされないように踏ん張っている状態だ。

 

「クッ…余波だけでこの衝撃と風圧…なんつー一撃だよ…緑谷、お前吹っ飛ばされねぇよにちゃんとつかまっとけよ…」

「ぬぐおお…!!」

 

 両手を体の前でクロスさせて、体にたたきつけられてくる風圧を防いでいる轟は、背中に背負っている緑谷に声をかけた。

 その緑谷は、体を浮かせながらも何とか彼の背中につかまっていた。

 その隣にいる切島は、自身の身体を個性で硬化させて、必死に足を前に動かそうとしていた。

 

「ま、待っでろよ皆ぁぁ…!今すぐに…俺が、だでになっでやるがらなぁぁ!!」

「う、るせぇクソ髪!てめぇ一人で、この人数…守りきれっか、ボケ!いいから…黙って、踏ん張っとけ!」

「…!?げ、げどよ爆豪…」

「いいから、自分の事に、集中しとけ…!てめぇが、へまして吹っ飛んでも…俺は助けたりしねぇぞボケ!」

 

 前からたたきつけられる衝撃と風圧のせいで言葉がとぎれとぎれになってしまっているものの爆豪は皆の盾になろうと奮起している切島に苛ただしげに言葉を投げかけた。

 それを聞いた切島は「!…わがっだよ!みんなぁ、踏ん張れよぉぉ!頑張れぇぇぇ!!」と熱い叫び声を上げた。

 ここまでの風圧と衝撃を、いくらクラスでも屈指の防御力を持つ切島でも負傷している状態で耐えるのは難しい。

 実際、爆豪も少しでも気を抜いたら脚が宙に浮いてしまいそうになる。

 そんな状態で仲間を守るためとはいえ、むやみに足を動かしたら吹っ飛ばされてしまうだろう。

 それを危惧した爆豪は、だからこそ切島を注意したのだ。

 というより、切島一人ではここまで広範囲に広がる衝撃波からこの人数を守り切るのは不可能なので、正直無駄以外の何物でもない上に、鬱陶しいことこの上ないので邪魔なことはしないでほしい、というのが爆豪の本音である。

 そんな、皆が何とか余波の衝撃と風圧に耐えている中、耳郎は両腕で自身を守りながらも、視線をずっと前へと送り続けていた。

 

(衝也…)

 

 心の中でその名を呟いた彼女のその顔は不安と心配が入り混じったような表情を浮かべていた。

 皆は恐らく衝也の最後の叫び声しか聞こえていない。

 自身の個性だからこそ聞こえたであろう彼の呟きは、彼女を不安にさせるには十分すぎる物だった。

 

『身体くらい…くれてやるよ!それで、何も失わずに済むのなら!!』

「…!」

 

 彼の呟きを頭の中で反芻した耳郎は思わず、最悪の展開が頭をよぎってしまう。

 彼は、恐らくわかっていたのだ。

 あの重傷の身体でこれだけ規模の大きい衝撃を出せば、自分がどうなってしまうのか。

 それでもなお、脳無の攻撃から自分たちを守るために、その身体を無理やり動かし

 命をとして、渾身の一撃を放ったのだ。

 そこにどれだけの覚悟があったのか、彼女にはわからない。

 だが少なくとも、衝也はあの時

 文字通り命を懸けて、耳郎達を、大切な友達を守ったのだ。

 では、命がけの一撃を放った衝也はどうなるのか?

 

(…!ダメだって!縁起でもないこと考えんな!!)

 

 ブンブンと首を激しく横に振り、慌てて頭に浮かんできた光景をかき消す耳郎。

 しかし、いくら大丈夫だと自分に言い聞かせても、不安をぬぐい去ることはできない。

 そして、耳郎は恐る恐るというようにゆっくりと、顔を上にあげて、目の前の光景に視線を向けた。

 いつの間にか余波の衝撃波と強風は止んでおり、後に残っているのはまるで脳無と衝也、二人の姿を隠すかのように立ち込めている砂埃だけ。

 そして、ゆっくりと風に揺られていた砂埃が晴れていく。

 それを耳郎達は冷や汗を流しながら見つめている。

 あの衝撃の威力はどれほどだったのか、脳無はどうなったのか、そして何より

 

「衝也…。」

 

 拳を握りしめながらその名を呟いた切島は悔しそうに歯ぎしりしながら目を限界まで見開いて衝也の安否を確認しようと躍起になっている。

 他の者たちも、ある者は不安げな表情で、ある者は少しばかり緊張したような面持ちで、各々違う表情を浮かべながらも、全員が衝也の無事を祈っていた。

 そして、砂埃が完全に晴れたその時

 全員の表情が、驚愕に包まれた。

 驚愕している彼らの目の前に映ったのはセントラル広場、ではない。

 セントラル広場だった場所、といった方がふさわしい。

 なぜなら

 セントラル広場は影も形も無くなっており、そこにあったのはまるで小さな隕石でも落ちたかのような巨大なクレーターのみだったから。

 広場にあった美しい噴水も、きれいな木々も、跡形もなく消え去っており、広場全体が大きなクレーターに変わってしまっている。

 

「な、何だよこれ…。オイラ達、夢でも見てんのか?ここ、広場だったよな…?」

「ケロ…」

 

 峰田や蛙吹が、半ば茫然とした様子で呟いている中、爆豪は驚愕した表情でその広場跡を見つめていた。

 

「なんだ…これ…これを、あのバカがやったってぇのか…!?嘘だろ…こんな…こんなの…」

 

 ブツブツと、何度も何かを呟き続ける爆豪。

 そんな中、轟は背中の緑谷を軽く背負いなおした後、いつもと変わらぬクールな顔のまま広場を見渡した。

 だが、その顔には驚きと感嘆の気持ちが見て取れた。

 

「すげぇな…広場が跡形もなく消えてやがる…。」

「こ、これが、五十嵐君の全力…!すごい、この威力、もしかしたらオールマイトの100%以上の…!」

 

 轟の背中で少し興奮したように呟く緑谷だったが、すぐにハッとした表情を浮かべ、キョロキョロと辺りを見渡した。

 

「!?そうだ、五十嵐君!轟君、今すぐ五十嵐君を探さないと…!」

「待て、緑谷。五十嵐が無事かまだ確認できてないようにあの脳無とかいう化け物の無事も確認できてねぇ、今ここでむやみに動くのは危険だ。」

 

 その轟の言葉を隣で聞いていた切島は、一瞬目を見開いた後、慌てて轟の方へと顔を向けて、怒鳴りつけるように大声を上げた。

 

「な、バカ言ってんじゃねぇよ轟!もしあの化け物が生きていやがるんだったらなおの事衝也の奴を探さねぇと!そうしなきゃ、衝也の野郎があの化け物に!」

「落ち着けよ切島。脳無だけじゃねぇ、あの死柄木と黒霧とかいうやつらもいるかもしれないんだ。五十嵐が心配な気持ちは俺だってわかるが、今ここで何も考えずに行動して、俺たちの命を危険にさらすことになるのは、あいつだって望んじゃいねぇはずだ。」

「…!じゃあどうすればいいってんだよ!?」

 

 轟に友を探すことを止められてしまった切島は悔しそうに拳を震わせた後、半ば焼けくそ気味に轟に問いかける。

 自分だけが衝也を心配してるわけじゃない。

 それをわかってる切島だからこそ、轟の言葉に歯向かうことが彼にはできなかった。

 それに何より、『俺たちの命を危険にさらすことは、衝也も望んではいない』というその言葉が切島の、いや、切島だけではない。

 緑谷や峰田、蛙吹、この場にいる全員の胸に突き刺さった。

 この短い戦闘の中で、彼がどんな人間か、少しだけだがわかることができた彼らだからこそ、轟のその言葉の重みがわかっていた。

 彼は、自分たちに逃げるよう言っていることはあったが自分が先に逃げるようなことは一切しなかった。

 この戦闘中、常に重傷の自分より自分の友の事を考えながら行動していた彼の姿を見ているからこそ、その言葉がまさに真実ではないかと考えてしまう。

 一同が神妙な表情や悔しそうな表情を浮かべてるのを視認した轟は、ゆっくりと息を吐きながら口を開いた。

 

「…とにかく、今は今ここがどういう状況かを確認して」

 

 そこまで言って轟は突然目を見開いて言葉を止めた。

 轟だけではない、切島も峰田も緑谷も蛙吹も、なんと爆豪すらも目を見開いた。

 なぜなら、

 今までじっと拳を震わせていた耳郎が、突然広場跡に向けて走っていったからである。

 

「な、響香ちゃん!?」

「お、おいちっぱい!!おめぇ話聞いてたのか!?今動いたらアブねぇって言ってんだろうが!?」

 

 蛙吹と峰田が慌てたように耳郎の事を止めようと声を上げるが、耳郎は脚を止めることなく走りつづける。

 そして彼女は必死に走りながらも、何度も何度も辺りに顔を向けて衝也の姿を探し続けた。

 

(轟の言ったようにアンタはきっと自分を探してもらうより、ウチらが外に逃げて教師たちに保護してもらった方がうれしいんだろうけど…けど!)

「ウチだって、アンタの傷だらけの姿みるより!いつもみたいに馬鹿みたいに笑ってる姿を見てる方がいいんだよ!」

 

 彼女のその叫びを聞いた切島は、一瞬ハッとした表情を浮かべた後、何かを思案したように顔をうつむかせた。

 そして、覚悟を決めたように顔を上げた後、

 

「…!クッソ!!こうなりゃやけだ!!衝也ぁ!どこだぁぁ!!」

 

 耳郎に続くかのように衝也の名前を叫びながら広場跡に向かって走り出した。

 それをみた轟は、驚いたような表情を浮かべて手を切島の方へと伸ばした。

 

「な、おい切島!!」

 

 しかし、伸ばした手は空を切り切島を止めることはできなかった。

 それを見た轟は呆れたような表情を浮かべた後、背中に背負っている緑谷を軽く背負いなおした

 

「仕方ねぇ…全員一塊になって動くぞ…絶対に離れたり、気を抜いたりしないように。このままあいつらをほっとくのも危険だからな…行くぞ!」

 

 轟のその言葉に緑谷たちは真剣な表情でうなずき、全員で一斉に広場跡に向けて走り始めた。

 

 そして、轟達が広場跡に向けて走り始めたその頃、必死に辺りを見回しながら走っていた。

 

「はぁ、はぁ…衝也、無事でいてくれよ…!」

 

 まるで願うかのようにそうつぶやく切島は、その間にも広場跡を駆け回る。

 いや、正確には駆け落ちるといった方が正しい。

 クレーターの中心、つまりは衝撃の発生地点に向けて走っている切島だが、そのクレーターを中心に広がる急斜面を滑り落ちるかのように走っていたのだ。

 そして、中心に向けて走っていた切島は目の前に、一人の人間が立ち止まっているのが視線に入ってきた。

 

「!あれは…!」

 

 切島はそうつぶやいて、走るスピードを上げていく。

 そして、彼女の背中に向かって大きな声をぶつけた。

 

「耳郎!わりぃ、ちと来るのが遅れちまった!衝也の奴、見つかったのか…ッて、こいつッ!?」

 

 耳郎の元にまでたどり着いた切島はそこまで言った瞬間、彼女の背中の斜め前で倒れている大男を見て思わず拳を構えてしまう。

 そこに倒れていたのは、先ほど衝也の全力の一撃を喰らっていた化け物、脳無だった。

 攻撃が来るかと思わず身構えてしまっていた切島だったが、自分たちが近くにいるにも関わらず一切動く気配がないのを見ると、動けないと考えるのが妥当だろう。

 おっかなびっくりではあるがゆっくりと切島は拳を下ろした。

 

「こいつ、動かない…いや、動けねぇのか?もしかして、衝也の奴、今度こそ…!?」

 

 興奮したようにそうつぶやいた切島はすぐにハッとした表情を浮かべ、慌てて目の前の耳郎へと話しかける。

 

「って、今はそんなことはいいんだ!耳郎、ここは危ねぇ!一緒に衝也を速く見つけてここを離れよう!この大男もいつ動くかわから…ッ!」

 

 そこまで言って切島は呆けた表情を浮かべて突然言葉を止める。

 なぜなら、いきなり耳郎がへたりとその場に座り込んだからだ。

 それを見た切島は慌てて彼女へと駆け寄っていく。

 

「お、おい!いきなりどうしたんだよ!?どっか怪我でも…ッ!?」

 

 背後から耳郎の肩に手を置いてそう声をかける切島だったが、耳郎が茫然と見つめていた物に目を向けた彼は、一瞬目を見開いた後、言葉を失った。

 

 切島と耳郎、彼らが視界にとらえたもの…それは

 

 血だまりの海に仰向けに倒れ込んでいる五十嵐衝也だった。

 

「しょ…うや?」

 

 一瞬、何を見たのかわからなかった切島は、停止していた思考を何とか動かし、やっとのことでその名を口にする。

 彼の倒れ伏している地面に流れている血の海。

 その血がすべて、彼の物だとしたら…

 ありえない、何かの間違いだ、どうせからかってるんだ、この名を呼べば…

 

「…衝也」

 

 またいつものように笑顔で、バカみたいなこと言って皆を笑わせてくれる。

 頭の中で必死にそう考えてた切島が大声でその名を呼ぶが

 衝也は、指先一つ動かすことはない。

 

「…ッ!!は、ハハ…何だよ、からかってんのか衝也?おまえ、こんな非常事態でもバカなことし続けるなんて、さすがに笑えねぇぞ?」

 

 震えた笑顔を浮かべながら、切島は、その声さえも震わせながら言葉を続けていく。

 

「おい…いつまで寝てんだよ衝也、いい加減起きろって…あ、もしかしてあれか?ものでつらねぇと起きないとか、そういうパターンのボケか?ハハ、それじゃあしょうがねぇなぁ、お前、ラーメン好きか?ここの近くに、俺が見つけたうまいラーメン屋があるんだ、ここから出られたらそこのラーメンおごってやるよ。卵もメンマも、何ならチャーシューもトッピングでつけてやろうか?」

 

 そう言って衝也に笑いかける切島だが、やはり衝也は動く気配がない。

 それを見た切島の顔が、段々と…段々と歪んでいく。

 

「おい、起きろよ衝也、これ以上トッピング増やしたら俺の財布がパンクしちまうって…。頼む、目を開けてくれ…。ッ!!頼むから!目を開けてくれよ衝也ぁ!!!!」

 

 ボロボロと、両目から涙を流しながら衝也の名を叫ぶ切島。

 しかし、その叫び声でも、衝也が起きることはない。

 自身の血の上で倒れたまま、動くことすらしない。

 

「…ッ!嘘、だろ…!誰でもいい…誰か嘘だって言ってくれぇ!!!!」

 

 そう叫んだ切島は、顔を両手で覆い隠し、その場で両膝を地に着けてしまう。

 そして、切島の声にならない叫びと嗚咽が、静かにその場の空気を震わせる。

 そんな彼の前でずっとへたり込んでいた耳郎は、目を見開いた表情のまま、ゆっくりと、ゆっくりと衝也の方へと近づいていく。

 

 ピチャリ、ピチャリと、耳郎が地面に手を置くたびにはねるその血は、果たしてヴィランのものなのか、衝也の物なのか?

 いや、そんなこと、初めから分かり切っていた。

 この惨状を見たその瞬間から

 衝也のその痛々しいほどの傷を負っているその右腕から、ダラダラと血が流れているのだから。

 腕は見るのも拒みたくなるほど折れ曲がり、その折れている部分から骨が痛々しく突き出ていた。

 五指全ても完全に折れ曲がっている。

 もちろん、右腕だけではない。

 身体中も裂傷やら打撲やら骨折やらで傷だらけ。

 顔が、頭が、腕が、脚が、もはや傷のないところがないのではないかと思えるほどの状態の衝也に対して、脳無は

 意識こそ失っているものの、外傷らしい外傷は見当たらず、血を流しているようにも見えない。

 つまり、この地面に溜まっている血すべてが、

 ここに倒れ伏している…五十嵐衝也のものである

 

「…衝也」

 

 ゆっくりと、倒れ伏している衝也の元までたどり着いた耳郎は、いまだに目を開けない、傷だらけの衝也の顔を見つめながら、その名を呟いた。

 

「ねぇ、衝也…起きてよ、起きてよ、ねぇ!」

 

『俺は…『知ってる』んだったら、後悔のない行動をしたいんだ…。』

 どこか覚悟を決めたような衝也の顔が

 

『…おれ今度からお前の事耳郎の神って呼ぶわ。』

 いつものお調子者のような笑みを浮かべている衝也の顔が

 

『ありがとな、耳郎。俺が言うのも変だけど、お前きっと良いヒーローになるよ。』

 優し気な笑顔で頭を撫でてきた衝也の優し気な声が

 

 彼女の頭の中を駆け巡る。

 彼の事は何も知らない。

 彼の好きな物も、嫌いな物も、出身地も、家族構成も、

 彼がどうしてヒーローを目指したのかも、彼が過去に一体何を失ったのかも

 そう、耳郎は彼の事は何も知らないのだ。

 何十年も付き添ってきた親友ではないのだ。

 切島みたいに、入学してすぐに仲良くなったわけでもない。

 

『大丈夫、大丈夫だから』

 

 つい最近、借りができたからという理由でやっと興味を持ち、話をし始めたまだまだ関係を築き始めたばかりの友人だ。

 それなのに

 それなのにどうしてか、

 彼の今の姿を見ていると、涙がこみあげてきてしまう。

 

 

「ウチ、ウチ、まだお礼言えてない…!お化け屋敷(あの時も)……山岳ゾーン(ついさっきも)、今だって、一回も…お礼言えてないよ…?だからさ、起きてよ衝也…借りの作りっぱなしなんて…ウチのしょうに合わないんだ…!だから…!」

 

 何とか、何とか起きてほしい。

 その閉じている眼を開けてほしい。

 ただそれだけを思いながらひたすらに衝也に話しかけていた耳郎は

 

「お願いだよ…目を開けて…お願いだからさぁ…!」

 

 ついに嗚咽を混じらせながら涙をこぼす。

 必死に、流れ出る涙をぬぐおうと目元を手の平や甲でこするが

 それでも涙は止まらない。

 彼女の瞳から流れ出た雫は、耳郎の頬を伝って行き

 ポタポタと衝也の顔へと降りていく。

 

 静かな、実に静かな広場跡で切島の言葉にならない叫びが響き、衝也のそばで、耳郎の嗚咽が鳴り響く。

 

 そして、いまだに嗚咽を漏らしながら涙をぬぐっている彼女の左頬に

 傷だらけで、意外とごつごつしている手が触れた。

 その瞬間、耳郎の目が大きく見開かれる。

 そして、涙をぬぐっていた手を顔から離し涙で赤くなってるその瞳をゆっくりと

 地面に倒れている衝也に向けた。

 そこにいた衝也は相変わらず血だらけの海に倒れ伏している。

 ただ

 彼の閉じていたその瞳は

 わずかに、わずかにではあるが

 光を灯していた。

 

「…何、泣いてんだよ…耳郎。そんな、泣いてちゃ…せっかくの、かっけぇ…ペイントが、台無しだぜ?」

 

 そう言ってゆっくりと、涙によって滲んでしまった耳郎のペイントを撫でる。

 それを見た耳郎はしばらくの間、茫然と衝也の事を見続けていたが、不意に表情を歪ませたかと思うと、ゆっくりと顔をうつむかせ

 再び大粒の涙を流しながら、

 両手で、自身の頬に触れている彼の左手を、しっかりと握りしめた。

 彼が生きていることを確認するかのように、強く、強く握りしめた。

 

「…ッ!…ッく!よかっ…良かった…!…良かっ、た!」

 

 嗚咽と共に混じる彼女の安堵の声を聴いた衝也は、ゆっくりと、唇を吊り上げ

 お調子者(いつも)の笑顔を耳郎へ向けた。

 

「はは、お前が…泣くなんて、らしくねぇって…。笑ってた方が、お前…可愛いぜ?」

「うる…さいッ!泣いてなんか、ない…ての!!」

「…そうかい。」

 

 そう言って笑い続けている衝也を見て、

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!じょうやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!いぎでで、いぎででよがっばぁあああああああああああ!!」

「う、うるさいぞ切島…音が、傷に…響くんだけど。」

 

 歓喜の声を上げながら滝のように涙を流していた。

 その光景を笑いながら見つつも、衝也は若干苦しそうにする。

 それでも気にせず、切島は大声で泣き続ける。

 その声につられるかのように、轟、緑谷、峰田や蛙吹、爆豪たちも衝也の元へと集まっていく。

 緑谷と峰田は既に切島のように滝のように涙を流す。

 蛙吹も、ポロポロと粒のような涙を流しながら、嬉しそうにケロケロと泣き始める。

 轟も、安堵したような表情をうかべ、爆豪も悔しそうに舌打ちをしつつもどことなく安心したような表情を浮かべていた。

 

「なんだよ、何だよこのくそみたいなハッピーエンドは!!?こんな、こんなことが…脳無が、脳無が負けるなんて!!」

「まさか、あの少年がここまで強いとは…!」

 

 そんな彼らを、忌々しそうに見つめているのは衝撃波から逃げるためワープしていた死柄木と黒霧である。

 衝也の放った衝撃の余波が止んだのをほかの場所から見て、ようやく黒霧の個性を使って戻って来たかと思えば、目の前に出てきたのは

 倒れ込んで動かない脳無と歓喜の声を上げている子供たち。

 本来ならそのガキたちの死体が見れると思っていたというのに、結果はまるでその逆。

 そのことに、死柄木は苛つき、ガリガリと、いつもよりも乱暴に首元を搔きむしる。

 

「くそ、クソ!!あの脳無は、全盛期のオールマイトの100%にも耐えられるように作ったんだろ!?なのになんで…」

 

 そこまで言って、死柄木は目を見開く。

 アイツは、いや、あの人は嘘は言わない。

 あの人が、嘘を言うはずがない。

 事実、あの脳無のスペックは凄まじい物だった。

 アイツさえいれば本当にオールマイトを殺せると思ってしまうほどに。

 その脳無を、衝也は行動不能にした。

 そのことから考えられるのは

 

(あのガキの100%が…オールマイトの100%を超えたっていうのか…!?)

 

 首をかきむしるのをやめ、ゆっくりと顔を衝也の方へと向ける。

 そして、そのぎらついている狂気の眼を、限界まで見開いて、衝也の事を見続ける。

 

「…危険だ。」

「?…死柄木?」

「黒霧、あのガキは危険だ…今だ、今すぐだ!あのガキを、今ここで殺すぞ!」

「…!ええ、わかりました死柄木。私も、貴方の意見に賛成だ。あの少年をこのまま放置しておくのは、あまりに危険すぎる。」

 

 衝也をこのまま放置しすぎておくのは危険すぎる。

 このまま放置して、もし、彼が雄英のカリキュラムをこなし成長し続けたとしたら、

 いずれ必ず脅威となる。

 それは、あの人に言われるがままに動いていた死柄木が、初めて自分で判断し、決断した行動だった。

 

「黒霧!俺とあのガキの空間をつなげ!!」

「了解です!」

 

 そう言って黒霧は自身の身体を大きく広げる。

 その瞬間、倒れ込んでいる衝也の目のまえに黒いモヤが現れた。

 それを見た切島たちは、そこで初めて死柄木たちが居ることを知ることになった。

 

「ッ!このモヤは、あのクソモブ…!」

「しまった!あいつら、俺らの視界から外れた場所から…!」

 

 爆豪と轟が慌てたように辺りを見渡し、轟の方が死柄木たちを視認する。

 そして急いで地面を踏みつけて氷を発生させ、死柄木たちを止めようとするが

 

「遅いんだよ!終わりだぁ!五十嵐衝也!!」

 

 その氷よりも早く、死柄木はその手を黒霧へと突っ込もうとする。

 もし、このまま黒霧によって死柄木の手が衝也の所まで行ってしまったら、

 衝也は今度こそ死んでしまう。

 そして、

 死柄木のてが 黒霧の広げた黒いモヤの中に入り込もうとしたその瞬間

 

「カロライナァァァ!!スマァァァァッシュ!!!!」

 

 突然、死柄木の目の前にムキムキの金髪ウサギが現れ、クロスチョップをかましてきた。

 

「!?ッガ…!」

 

 ほぼ反射的にそのクロスチョップを躱すが、その強烈なクロスチョップの衝撃で後方へと吹き飛ばされてしまう。

 吹っ飛ばされた勢いを殺せず地面を数回バウンドした死柄木は何とか受け身を取り、先ほどクロスチョップをかましてきたウザい前髪をした似非アメリカンなマッチョにぎらついたその眼を向けた。

 

「クッソ…なんでだ、何でアンタがここにいる…っ!!?」

 

 そう言って思わず苛ついて首元に手を伸ばした死柄木だったが、

 その手の平を、今度は数発銃弾が貫いた。

 伸ばしていた手をとっさに引っ込め、反対の手で抑えつけた。

 その手から、痛々しそうに血が流れ出る。

 そして、さらに

 

「YEAHHHHHHHHHHH!!!!!」

「!?グッ…ガアァ!!」

 

 先ほどの耳郎の音の攻撃とはくらべものにならないほどの爆音が彼の耳を貫いた。

 慌てて耳を抑えようとするが、傷ついている手の平を動かそうとすると激痛が走り、耳をふさぐことができない。

 彼の耳は、流れ出る爆音により、血を垂れ流れていた。

 死柄木は、耳や手から血を流しながら、目の前のヒーローへと殺意を向ける。

 しかし、その殺意を意に返さず、そのヒーロは一歩、また一歩と彼に近づいていく。

 

「シット…!!まったくもってホーリーシットだ!!守るべき、少年少女たちが、ここまで傷ついていたというのに、一人の少年が、その命すら危うくなっていたというのに、私は、いや…我々は!そのことを少年たち自身に知らされるまで気づくことすらできなかった!怒りで自分自身を殴り飛ばしたくなってくる!!だが、だからこそ言わせてもらうぞ、ヴィランども!!」

 

 そう言って、そのヒーローは、高らかに宣言する。

 生徒達を安心させるように、目の前にいるヴィラン達を威嚇するかのように、そして何より

 ふがいなさすぎる自分たちに向けて。

 

「私たちが来た!!!!」

 

 そのヒーローとは、

 平和の象徴と謳われるNo,1ヒーロー『オールマイト』。

 更に、その背後にはスナイプやプレゼント・マイクなどの雄英高校の教師たちだった。

 その教師たちのさらに後ろには

 

「五十嵐くん!!君の約束、しっかりと果させてもらったぞ!」

「五十嵐!!遅れてすまない!けど、何とか先生たちを呼んできたぞ!」

「皆さま…ご無事ですか!!」

「おめぇら!!俺が外で個性使って先生たち呼んでやったぞぉ!もう安心だからなぁ!」

 

 飯田、尾白、八百万、上鳴達が口々に衝也達に向けて安心させるように声をかけていた。

 それを見た轟は、安堵したように溜息を吐いた。

 

「飯田達がプロヒーローを呼んだか…助かった。これだけプロヒーローたちが来たってことは外には敵はいなかったみてぇだな…。」

「アイツら…無事だったのか!?いや、それどころか助けを呼んでくれるたぁ…漢らしいぜあいつらはよぉ!!」

 

 切島も轟に続いて、安心したように声を上げる。

 そんな彼らを横目に見たオールマイトは悔しそうに歯ぎしりした後、

 ゆっくりと目の前の死柄木へと視線を向けた。

 

「さあ…観念しろよ、ヴィランども!」

 

 そう言ってじりじりと距離を詰めていくオールマイト達。

 そんなオールマイトたちを見ていた死柄木は、ガリガリと首を激しく搔きながら

 

「……黒霧!!」

「わかっています!」

 

 後方へと勢いよく飛んで行った。

 その瞬間、彼の向かって行った後方に黒いモヤが突然現れた。

 

「WHAT!?なんだなんだ…あの黒いモヤは!?」

 

 突然出てきた黒いモヤに驚いた雄英高校のプロヒーローたちだったが、ただ一人オールマイトは素早く前へと飛んで行った。

 

「ッ!テキサス・スマッシュ!!」

 

 そして、大きく振りかぶったその逞しい腕を死柄木とその黒いモヤへと叩きつける。

 しかし、その拳は死柄木たちに直撃することはなくその前にモヤへと吸い込まれてしまう。

 その姿を見た死柄木は、忌々しそうな視線をオールマイトへと向ける

 

「今は…アンタの相手をしている暇も駒もないんだ。残念だが、アンタを殺すのは後にしてやるよ。次こそは、アンタを必ず殺すぜ…平和の象徴。」

 

 そう言って死柄木は視線をオールマイトから耳郎に起き上がらせてもらっている衝也の方へと向けた。

 

「五十嵐、衝也…!」

 

 ボソリと、その名を呟いた死柄木はそのまま黒いモヤの中に吸い込まれていき、彼らの姿は

 

 USJから、影も形も無くなっていった。

 

「なんてこった…逃げられちまった」

 

 帽子を深くかぶりなおしてそうつぶやくスナイプ。

 その面持ちはとても重々しく、ほかのヒーローたちも傷だらけの生徒達の事を考えるとむいねが 苦しくなってしまう。

 後少しでも早く来れば、もっと厳重な警備体制を敷いていれば

 そんな、『できていれば』が頭の中をめぐっていく中…

 オールマイトは、ゆっくりと衝也達の方へと視線を向けた。

 

「皆、我々の反省は後にしよう!とりあえず今は」

 

 

「幼き有精卵たちを…一刻も早くねぎらわねば!」

 

 そう笑顔で言ったオールマイトはものすごい勢いで衝也達の方へと飛んで行ったかと思うと

 

「みんなぁぁぁぁぁ!!だいじょうぶかぁぁぁぁぁ!!?本当に…本当にすまなかったぁあぁぁ!!」

「ちょ、オールマイト!涙と鼻水だらけで汚いス!てか、泣く暇あるんなら速くリカバリーガール呼んでください!」

「なっ!ひどいじゃないか耳郎君!!私は君たちの事が心配で」

「いいから早く呼んで来いよこの筋肉ウサギ」

「え」

「はは…耳郎…それは、言い過ぎだって。…いって。」

 

 いつの間にか耳郎の一言で深く傷ついてこちらに戻って来た。

 しかし、その姿をみたヒーローたちは仕方がない、という風に呆れた溜息を吐いた。

 彼らの恐怖や緊張をときほぐそうと、必死に馬鹿なことをし続けるオールマイトの姿は

 どこかのお調子者を彷彿させるような姿だった。

 そしてそんなお調子者は、安堵したのか、はたまた全員が無事でいられた喜びをかみしめているのか…いつもとは違う、優し気な笑みを浮かべていた

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 とある場所のとあるところにある薄暗いとあるその研究室

 薄気味悪い研究機器や様々な研究資料が乱雑に置かれているその場所で一人の男が

 パソコンの画面に出ているデータをじーっと見つめ続けていた。

 その男は体にいくつもの管が通されており、そこから謎の液体を注入されている。

 その管は何と首にまで刺されており、その男が明らかに普通ではないことを、その管が物語っていた。

 だが、その重傷人のような身体には、死柄木弔と同等か、それ以上の深い、深い闇が漂っていた。

 その人物がパソコンをじっと見つめているのに気付いた一人の老人が、何か作業をしていた手を止めて、その人物に声をかけた。

 

「…?どうした先生。パソコンの画面をじっと見つめおって…何か気になるもんでも見つけたのかい?」

「ん、ああ…ドクターか。いや、先ほど帰って来た死柄木の報告の中で、少々気になる名前を聞いてね。もしやと思ってデータをあさっていたら、面白い物を見ることができたよ。」

「ああ…USJ襲撃失敗の報告のあれか。」

 

 先生と呼ばれた男の返事を聞いた老人はそうつぶやいた後、苛ついたように小さく手元の資料を机へと投げ飛ばした。

 

「あの子供め…わしと先生が作り出した脳無を…しかもよりによって上位(ハイエンド)の脳無を無駄にしてしまうとは…!」

「ハハハ、まあいいじゃないか。脳無はまだまだたくさんいる。それに上位(ハイエンド)の脳無もまだいないわけじゃないだろう?そんなに怒るとまた血圧が上がってしまうよドクター。」

 

 イライラしている老人を笑ってたしなめつつ、先生と呼ばれた男は視線を再び目の前のパソコンへと向けた。

 そして、頭の中で先ほど死柄木が言っていた言葉を再び思い浮かべる。

 

『五十嵐…衝也!あのガキが、あのガキがすべての誤算のつながりだった!あいつのおかげで、オールマイトと戦うことすらできなかったんだ!!なんだよあのパワー…チートなんて、オールマイトだけで十分だってのに!!あいつさえ、アイツさえいなければ…!あのクソガキがぁあ!』

 

 首元をしきりに掻き毟りながら苛ただしげにそう怒鳴っていた死柄木を思い出しながら、男は「ふむ…」と小さくつぶやき

 

「あの時、死柄木をなだめる黒霧は大変そうだったな…」

 

 まるで自分の子供を見ているかのような…笑みを浮かべた。

 そして、

 

「それにしても、五十嵐衝也…か。」

 

 そうつぶやき、目の前のパソコンの画面を食い入るように見つめ続ける。

 

「偶然か、それとも必然か、ここまで点と点がつながってしまうとどうしても必然の方を疑いたくなってしまうな…どちらにしても、彼とは一度ゆっくり話をしてみたいものだ。上手く事が運んでいけば」

 

 

「彼も死柄木の率いるべき精鋭の一人となれるかもしれない。」

 

 そうつぶやいてゆっくりと笑みを浮かべながら、パソコンの画面へと指を持っていく。

 そして

 その男は、自身の顔を狂気の入り混じった不気味な笑みへと変えていった。

 

 そんなパソコンの画面には

 

上位(ハイエンド)脳無DATA、No,2 検体名 ■■■ ■■』

 

 と書かれており、

 そのすぐ下にその検体であろう少女の画像があった。

 明るく、快活そうな水色のショートヘアーをしたその少女が浮かべている笑顔は

 どこかのお調子者が浮かべる笑顔と似ているような

 そんな笑顔を浮かべていた。

 

 




くそ、こういった感動系や恋愛系は苦手なんだよ!
皆さん、もうほんとに、こんな駄文ですいません!!(土下座)
しかもオールマイトが登場してきたあたりからかなり雑になっています。
皆さん、もうほんとに、こんな駄文ですいません!!(土下座)

ちなみに、衝也がオールマイトの100%を超えるほどの衝撃を放てたのは
命を捨てる覚悟が本当にあったことを示唆しています。
人間とは、死ぬほどの反動が襲ってくるとわかっていたら、無意識に手加減をしてしまう者です。
実際、とくに苛ついてもない普通の状態でコンクリートを思いっきり殴れって言われたら、私は殴れません。だって痛いもの
苛ついてるときだったらストレス発散のためにやりそうですけど…
なまじ彼は80%で死にかけていますから、70%辺りから無意識的にブレーキをかけてしまうのです。
しかし、衝也はあの時命捨てる覚悟を持ってその衝撃を放った。
だからこそ、彼が無意識的にかけていたブレーキがはずれ、アクセル全開となり
結果、あの衝撃につながったのです。






何だこの下手な言い訳は!!
納得なんてできないですよねすいません。
もう開き直って一言で言います。
トラップカード発動!タグ:ご都合主義発動!!


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幕間 その2
有無を言わさず無理やり入院させられるのは人権侵害に当たるのか否か


やっとUSJ編が終わり、ついに体育祭!
なんですけどね…まあ番外編はつけないと
物語上においても必要なことなのです。
あと、私の息抜き。脳無倒すのにHP使いすぎました。
てなわけで短いですけど番外編その…2か
どうぞ





USJで起きたヴィラン襲撃事件

その場にいた生徒と後から来たプロヒーローたちによって何とか潜り抜けることができたこの事件は、事件に関与したヴィランおよそ72名を検挙、

しかしながら襲撃の主犯格を取り残してしまうという失態も残してしまうこととなった。

現場に居合わせたプロヒーローは、イレイザーヘッドと13号の二名。

そのうち、13号は背中から上腕にかけての裂傷はあるものの命に別状なし。

イレイザーヘッドのほうは、両腕を粉砕骨折していたり顔面を骨折していたり、商売道具でもある眼に重傷を負ったりはしたが、幸い命に別状なしということになった。

生徒たち全20名も、約一名両足骨折はしているものの、特に目立ったケガもなく無事警察に保護された。

…約一名を除いて

 

「リカバリーガール、俺の聞き間違いでしょうか?今貴方…乳輪って言いました?」

「それは普通に聞き間違いだね…。私が言ったのは乳輪じゃなくて入院だよ。」

 

その約一名とは、この事件最大の功労者にしてこの事件で相沢と同等の重傷を負った、五十嵐衝也である。

敵の最大戦力と思われる怪人を見事撃破し、生徒たちの命を守り通した彼は、その代償としてみるのも痛々しいほどの深い傷を負ってしまったのだ。

そんな彼が今いる場所は、リカバリーガールの保健室。

保健室のベッドで横たわっている彼は身体中に包帯がまかれており、かろうじて掌が見えているような状態だった。

あたりはすでに赤い夕陽に照らされており、事件直後まで保健室で治癒を受けていた緑谷やオールマイトも今は各々の家に帰ってしまっている。

そんな時間になぜ彼がここにいるのか…それは単純に、いま先ほど衝也は意識を取り戻したからである。

無事事件が解決し、友が皆無事だったことを確認することができた衝也は、安心して今まで張りつめていた緊張が解けてしまったかのように意識を失ってしまったのだ。

そのせいで、彼を必死に支えていたロッキングガールや暑苦しい赤鬼達は軽くパニックに陥り、赤鬼に至っては警察官の胸倉をつかみ、必死にリカバリーガールを呼んでくれぇ!と叫んでしまうこととなったが…。

ちなみにこの話を聞いた衝也は後で警察の方々と赤鬼達にお礼を言っておこうと思ったとか思っていないとか。

そして、ほどなくして彼はリカバリーガールの保健室のベットの上で目が覚め、開幕早々入院宣告を受けたというわけである。

 

「あ…なんだ、聞き間違いか…よかったぁ。起きて早々『まったく、とんでもない無茶したもんだねぇー、アンタ…乳輪だよ』って言われたからちょっと焦っちゃって。いきなりなんてドギツイ下ネタぶっこんでくるんだこのBBAとか…ぶっちゃけお前の乳輪のほうがやべぇだろとか思っちゃいましたよ。」

「お前さん、よく本人を前にしてそんなこと言えるね…勝手に聞き間違いしといて。」

 

思わずといった風に安堵のため息をはく衝也に対してリカバリーガールの表情はあきれ顔である。

衝也はそんなリカバリーガールの目の前で軽く額から流れ出た汗を拭こうとして、

 

「ん?ちょと待てよ…入院…入院!!?」

 

慌てたようにベッドに横になっていたその体を勢いよく起こした。

 

「っ!!?ぬっぐぐっぐぐ…!」

 

すぐに体中に走った激痛で悶絶し微動だにしなくなった。

そんな様子を見ていたリカバリーガールはあきれた様子でため息をはき、ゆっくりと視線を衝也の身体のほうへとむける。

 

「あんまり動くんじゃないよ…傷に響くからね。というより、よくもまぁそんな重傷な体で動き回れたもんさね。普通ならとっくに意識が飛んでてもおかしくない、ここに来る前まで意識があったなんていまだに信じられないよ。」

 

そう言ってリカバリーガールは軽く肩をすくめた後、カラカラと座っていた大きい椅子を動かして自身のデスクにあるパソコンをいじくり始める。

そんなリカバリーガールに、衝也は苦悶の表情を浮かべながらも必死に訴えかける。

 

「いや、で、でも…ここにいるってことは、俺は貴女の治癒を受けたってことじゃないっすか…なんでわざわざ入院なんざ」

「右腕複雑骨折」

「…?」

 

衝也のその問いかけを無視したリカバリーガールは、パソコンをいじくる両手を止めないまま、淡々と口を動かしていく。

 

「左腕骨折、両足の骨にもヒビ、肋骨8本の骨折、消化器管の損傷、頭部損傷、おまけに衝撃波で全身裂傷と打撲だらけ。怪我の一部を上げるだけでも気が遠くなってくるよ。こんだけの怪我すべてを治癒だけで治せるもんかね。体力がいくらあったって足りゃしないよ。」

「…寝袋先生のですか?」

「アンタに決まってるだろ話聞いてたのかい。」

 

信じられない!という顔を浮かべている衝也の言葉に思わず動かしていた手を止めて突っ込みを入れてしまうリカバリーガール。

そんなリカバリーガールの言葉を聞いた衝也は一瞬呆けた顔をしたかと思うと急に笑顔を作り、その顔をリカバリーガールのほうへとむけた。

 

「ま、またまた御冗談を…。そんなに重傷な怪我は負っておらんでしょー…俺、自慢じゃないですけど結構動けてましたよ?そりゃ、骨にひびくらいは入ってるかなぁ、とは思ってましたけど、まさか入院なんて…」

「大切な私の生徒に嘘なんか教えるかね。ましてや本人の怪我の状態なんだから。」

 

そういうリカバリーガールの顔は真剣そのもので、その顔を見てようやく衝也は彼女の言葉が嘘でないことを確信する。

そして、ゆっくりと視線を自身の右腕へとむける。

その神妙そうな面持ちを見て、リカバリーガールはくるりと椅子を回して顔を後ろへ向けた。

 

「その右腕、アンタの残ってた体力のほとんどを使って修復させたよ。右腕は…正直残ってたのが奇跡みたいなもんさね。実際現場を見に行ったが…衝撃吸収の個性相手に衝撃を当ててなおあの威力だとしたら、その威力はオールマイトの100%以上。そんな規模の衝撃を放ってたら、普通は反動で腕そのものが爆散しててもおかしくはない。そのゆがんだ右腕は、アンタの行動が生んだ結果さね。」

 

彼の見つめる右腕、その右腕は動かすことも拳を握りしめることもできる…が

歪にゆがみ、傷を残してしまっているその右腕は最早普通の右腕ではない。

その傷は、仲間を助けるためとはいえ自身の身体を酷使しすぎてしまった衝也をまるで責め立てているかのようだった。

 

「戒めにしとけってことですか?ほかならぬ自分自身の…。」

 

顔を俯かせたまま、視線を右腕に送り続けていた衝也はリカバリーガールにそう言葉を投げかける。

その言葉を聞いたリカバリーガールは、しばらくの間何も言わないでいたが、不意にその口をゆっくりと開き始めた。

 

「…アンタの行動は、現役のプロヒーローたちから言わせてみれば、無謀以外の何物でもないよ。個性の相性が悪かったり、実力差があまりにも開いていた場合は、抗戦するよりも一旦退いて応援を呼ぶのが鉄則。アンタたち生徒たちのようなヒーローですらない卵たちなら、なおのこと応援を呼ぶほうが賢明だ。アンタだって、それがわかっていたからこそ、飯田や上鳴たちを脱出させて、応援を呼ぶよう指示したんだろう?…アンタが、そこまで自分を犠牲にせずともすむような結末だって、あったかもしれない。」

 

そういって、リカバリーガールは再び椅子を回して、衝也のほうへと顔を向ける。

実際、ほかならぬ衝也自身が応援を呼ぶ機会はあった。

脳無によって外にまで吹っ飛ばされたあの時、あそこで動けていたのならば、再びUSJに戻らず、一旦学校まで戻ってプロのヒーローたちを呼んでいれば、自身の身体を傷つけずに事件を解決することもできた『かも』しれない。

そんなリカバリーガールの言葉を聞いた衝也は、しばらく自身の右腕に視線を向け続けた後、ゆっくりと、口を開いた。

 

「確かに、俺の行動はプロのヒーローたちからしてみれば無謀な行動なのかもしれない。実際、俺一人が敵と戦ってるんだったら、応援を呼ぶことだって考えたかもしれません。…けど、あの時

 

俺は一人じゃなかったんです。」

 

そういって衝也はそのゆがんだ右腕を固く、固く握りしめる。

 

「友達が、いたんです。俺にとって大切な、失いたくない、とっても大切な友達が。その友達が、目の前で殺されそうになってるのに、『個性の相性が悪いから』だとか、『自分より相手のほうが強いから』だとか、『自分じゃなくても、ほかのだれかが助けてくれるから』だとか、そんな自分に都合の良い言い訳並べてその場から逃げるなんて、そんなことしたくなかったんです。目の前に救うべき人たちがいるのに、そんな都合の良い言い訳を言ってその場から退くのがヒーローとして正しいことなんだとしたら、俺は…ヒーローになんかなれなくったっていい。」

「……」

「だって別に、ヒーローじゃなくったって、だれかを救うことはできるんだから。

ヒーローだから、人を救うんじゃない。人を救うからこそ、その人たちはヒーローと呼ばれるんです。俺は、職業としてのヒーローではなく、だれかを救えるヒーローになりたいんです。それはきっと、失うことのつらさを知っている者にしかできないことだから…。」

 

そういって衝也は握りしめていた拳をゆっくりと元に戻し、二カッ!といつものような笑顔をリカバリーガールのほうへとむけた。

 

「この右腕は、あなたの言う通り戒めとして受け取っておきます。この先、もっともっと力をつけて、たくさんの人を救えるような者になれるように。」

 

「今みたいにすーぐボロボロになるんじゃ話になんないっすからねぇ…。」と苦い顔をしながらぼやく衝也。

そんな彼を見つめていたリカバリーガールは優し気な笑みを浮かべるものの、その表情をわずかに曇らせた。

 

(この子の信念、思いは確かに素晴らしいものさね、ヒーローが公務と化し、徐々に飽和しているこの時代で、この子のような信念を持ち続けている人間はそう多くはない。けど…この子の『誰か』には、きっとヴィランは含まれてはいないんだろうね…)

 

くるりと、椅子を回して顔を衝也から逸らしたリカバリーガールはゆっくりと視線をしデスクにあるパソコンの画面へとむける。

 

(この子の心に秘めてあるその信念は、彼が『失った』からこそ持つことができたもの。大半の人間はそのような信念を『描く』ことはできても『抱く』ことはそうはできない。けど

彼の持つ憎悪もまた『失った』からこそ持つことができたもの。その深く、暗い憎悪は、ちょっとやそっとじゃ取り除くことはできない。

何かを『失う』ことによって得ることができた信念が正義()へと変化していくように『失う』ことにより植え付けられた憎悪は、そのまま悪意()へと変化していくのだから。その闇を取り除くには、)

 

「結局のところ、自分次第さね…。他人がいくら言葉を紡いでも、光も闇も、取り除くことはできない…。きっかけには、なるかもしれないが…。」

 

小さくつぶやいたリカバリーガールはちらりと横目で衝也を見る。

リカバリーガールにみられてることにも気づかない衝也は軽く右腕を動かし「む、この右腕、動くな…。これは…頑張れば筋トレとかできそう…?」と物騒なことをぶつぶつとつぶやいている。

 

「願わくば…この子の光が、いつかその闇をかき消してほしいものさね…。」

 

そういってリカバリーガールはパソコンの電源をプツリと切り、身体の動かせる部位をしきりに探している衝也に向けてあきれたような顔を向けた。

 

「おっ!両足も痛いけど何とか動かせそう…ということはめちゃくちゃ頑張ればスクワットとかもできそうだな。なんだ、怪我してても案外鍛えることできるな…」

「…言っとくけど、動かせるからってむやみやたらに動かしまくったら怪我が悪化するからね。しばらくは身体を動かすのは禁止だよ?」

「!なん…だと…!?」

 

リカバリーガールのその言葉に両足をピクピクと動かして笑顔を浮かべていた衝也がまるでこの世の終わりを見たかのような表情を浮かべる。

そんな衝也の表情を見てリカバリーガールはさらにあきれたような表情を浮かべてため息をはいた。

 

「当り前さね…何のために入院すると思ってるんだい?身体の傷を治すためだよ?その傷が治るまでは絶対安静さね。」

「そんな殺生な!俺は、個性のデメリットに耐えうるためにも!トレーニングは毎日欠かさず行っているんです!それなのに…それを取り上げるなんて!」

「入院するっていったって、体力さえ元に戻ればまた私が直せる。長くても一週間かそこらで退院できるから、それまでは身体を鍛えるのは禁止さね。」

「じゃあ個性を鍛えるのならいいと!?」

「人の話聞いとるのかい?だめに決まってるさね」

 

筋トレがだめなら個性のトレーニングならどうだぁ!とばかりにそう言い放つ衝也の言葉をバッサリと切り捨てるリカバリーガール。

そんなリカバリーガールの言葉を聞いた衝也はがっくりとうなだれる。

 

「そんな…日課のトレーニングを取られたら俺は入院中何をしていればいいんだ…?」

「身体を休めな、それが入院の目的でもあるんだから。」

 

何言ってんだこいつ、みたいな表情を浮かべるリカバリーガールは片手をこめかみにあてながらため息をはき、軽く思案した後口を開く。

 

「たまには身体を休めて趣味にでもいそしんだらどうだい?アンタ、休日は何してるんだい?」

「トレーニングです。趣味もトレーニングです。後は料理とか、掃除とか、家事全般を…」

「主婦かいアンタ…」

 

うなだれながらそういう衝也の言葉に思わずダンベル片手にエプロンつけて料理をする衝也の姿を連想してしまうリカバリーガール。

そのあまりのシュールさに軽く顔を引きつらせてしまいそうになるが、それはさすがに衝也に失礼なので何とかこらえる。

 

「後は…音楽を聴くとか?ヒップホップとかロックとか演歌とか聞いたり」

「それを先に言いなよ。じゃあ入院中歌でも聞いてな。」

 

そういってやれやれというふうに首を振るリカバリーガール。

そんな彼女を見て衝也はげんなりとした様子でリカバリーガールの方へと視線を送る。

 

「…なんですかその、聞き分けのないガキだねー、みたいな反応…。」

「似たようなもんだろうに、ああいえばこういって…」

「ていうか!そもそも俺は別に入院したいとか!そんなことも一言も言ってはいないわけで!こうやって半ば無理やり病院へぶち込まれるあたり横暴だと思うのですが!?」

「けが人はおとなしく医者のいうこと聞いてればいいんだよ。」

「横暴だ!?ていうかアンタ医者じゃなくてヒーローじゃん!?」

「何言ってんだいこう見えて医師の免許は持ってるんだよ?手術だってできるさね。」

「このBBA抜かりがねぇ!?」

「それに、ご家族の了承もきちんと得ているしねぇ。『家の息子をどうかよろしくお願いします』だってさ。いい親御さんじゃないか?もう病院でアンタが来るの待ってるみたいだよ?」

「マジで抜かりがねぇ!もう入院しなきゃいけない流れになってる!?」

「というか、本気で入院拒否する腹づもりだったんだねぇ、その怪我で…。そっちのほうが私驚きだよ…。」

 

こうして、衝也の入院が決定する。

そして、衝也はこの入院で知ることとなる

とある少年の抱える苦悩を

 

 

 

 




なんか、こういった場面は特に駄文になってしまいますね…
まぁ、ほかの部分は良いのかと問われると汗しか流れ出てこないですけどね!

番外編、あとどれくらいで終わるかなー
早く体育祭編書きたいです。


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そうだ、病院へ行こう。

ヒロアカのほかの人の作品を見てるとすごすぎてなんか気分が沈んでしまう今日この頃。
ほんと、あの人の作品とか、あの人の作品とか…面白すぎて先が気になる。
…読み専に転職しようかなぁ
てなわけで番外編その3です
どうぞ


USJ襲撃事件から二日後、まだ幼きヒーローの卵たちが、プロのヒーローたちに向けられている本物の悪と戦い、見事乗り越えた1-Aの生徒たちは、その早すぎる経験に各々恐怖や悔しさ、不甲斐なさを感じながらもそれに屈することなく、ヒーローになるための本当の覚悟を決めた彼らは、再びこの雄英高校へと赴いていた。

今、雄英高校の門をくぐった緑谷出久もまたそんな生徒の一人である。

 

(お母さんに…ずいぶんと心配かけちゃったな。)

 

1-Aの教室に足を運びながら、緑谷はおとといの母の姿を思い浮かべる。

息子がヴィランに襲われた。

そんな知らせを聞いた緑谷の母、インコは、彼が警察により自宅に送り届けられたその瞬間、泣き叫びながらわが子を抱きしめた。

良かった…本当によかったと、そう呟きながら強く自身を抱きしめる母の姿を、彼は黙ってみることしかできなかった。

 

(もっと、強くならないと…!)

 

そう考え、自然と握られていた拳に力が入る。

母に心配そうな顔で送り出されることのないように、もっと

母に笑顔で送り出されるようになるように、もっと

そして何より、だれかを救えるようになるために、もっと強くならなくてはならない。

あの事件を通して、緑谷はそのことを痛感することができた。

憧れや強き思いだけでできるような甘いものではない。

自分が夢見ている…いや、目指しているものは、そんな生半可なものではないのだから。

 

(強くなければ…誰も救うことはできないんだ!いくら気持ちが強くたって…それに見合うくらいの強さがないと!)

 

今回の事件で、緑谷はほとんど何もできてはいなかった。

最初のほうこそ蛙吹と峰田の力を借りて大量の敵に勝つことができたが、そのあとできたことといえば蛙吹と峰田を脳無の一撃から守っただけ。

そのあとは両足が骨折してしまい、ただただみんなに、衝也に守られてばかりだった。

奇しくも、相沢が体力テストのときに言ったとおりの結果になってしまったのだ。

 

(無個性だったころ以上に…悔しい!力がない悔しさを…力をもらうことができたいま感じるなんて!)

 

今はだめでも、いつか…

オールマイトからもらったこの個性を使いこなせるようになればきっと

自分は最高のヒーローになれる。

そう緑谷は思っていた。

だが、それはとても甘い考えだったことを、彼はようやく思い知ることができた。

 

(いつか…なんて甘い考えじゃ、この先一生強くなることなんてできないんだ!いつ、どこで、どんな危険がみんなに降り注ぐのか、そんなのだれにもわからないんだ!いつかじゃだめだ!今日にでも、明日にでも、今すぐにでも!そういう気持ちでいかないと、また、誰かに頼ることになる!)

 

ヒーローの成長を待ってくれる敵など、テレビや漫画の中でしかいない。

本当の敵とは、突然現れ、その悪意と狂気を振り回すものなのだから。

これからは死に物狂いで、今まで以上に頑張らなければならない。

自分はもう、ただあこがれているだけの少年ではないのだから。

命を賭して誰かを守る、ヒーローを目指す有精卵なのだから。

 

「もっと…頑張らないと!」

 

そう呟いて握りしめていた拳に視線を向ける緑谷。

その顔は、かつて無個性だ、デクだとバカにされるたびに泣いていた彼からは想像もつかないほど

強い覚悟を決めたような顔をしていた。

そんな彼は、ふとその拳の根元、つまりは手首の部分に巻き付いている時計に気づき

 

「あ、やばっ!時間がっ!?遅刻!?」

 

慌てたように駆け足をし始めた。

そして、走ること2分、何とか予冷前に教室の前にたどり着くことができた緑谷は軽く深呼吸をした後、ゆっくりその大きな教室の扉を開けた。

 

「む、緑谷君か!おはよう!どうした、今日は少し登校してくるのが遅かったようだが…はっ!もしや、怪我をしていた両足に何かあったのかい!?」

 

緑谷が教室に入ったその瞬間、大きな声で話しかけてきたのはメガネで真面目なクラス委員長、飯田天哉だった。

ヴィランに襲われた後でも変わることのない彼のその姿勢に緑谷は思わず頬を緩ませてしまう。

 

「おはよう飯田君、大丈夫、怪我はもう治ってるよ!後遺症も残ってないし…遅れたのはその、考え事をしてたというか…。」

「そうか、まああんなことがあった後だし、そうなってしまうのも無理はないかもしれないな。」

 

少しばかり言葉を途切れさせる緑谷を見て、飯田は少しばかり表情を暗くし、神妙な面持ちで数回ほどうなずいた。

そんな中、緑谷を見つけた一人の少女が慌てたように彼らのもとへと駆け寄ってくる。

 

「あ、麗日さん!お、おはよ…っ!?!」

「あー!!デク君、来てたん!?よかったぁ…怪我は!?足はもう大丈夫なの!?」

 

そう叫びながら駆け寄ってきた少女、麗日お茶子を視界にとらえた緑谷は若干緊張気味に挨拶しようとするが、そんなことはお構いなしといった具合で近づいてきた麗日は彼の全身を至近距離で心配そうに見まわし始めた。

その距離があまりに近いためか、緑谷は両手で必死に赤くなっている顔を隠しながら麗日に話しかける。

 

「ちょ…!麗日、さん!?だ、だいだい、大丈夫だよ!?ぼぼぼ、僕、なんともない!すっごく元気!だから、大丈夫!!」

「ほんと…?それならいいんやけど…」

 

若干片言になりながらもそう伝える緑谷の言葉を聞いて、心配そうな表情を浮かべながらも彼から離れていく麗日。

緑谷はその様子を見てほっとしたようなため息をはくとともに、少しもったいないような気持ちを感じた

が、すぐにキョロキョロとあたりを見渡して、誰かを探し始めた。

そんな緑谷の様子に、思わず飯田は不思議そうに首をほぼ直角に傾げた。

 

「む、どうした緑谷君?誰か探しているのか?」

「あ、いや…その五十嵐君ってどこかなぁって…。五十嵐君、昨日はずっと意識がなかったからあってお礼が言いたかったんだけど…」

 

そう緑谷がつぶやくと飯田も麗日もわずかに表情を曇らせる。

それを見て緑谷はわずかに顔を首をかしげるが、そんな彼に一人の少年が話しかけてきた。

 

「衝也のやつは…まだ来てねぇよ。」

「あ、切島君…」

 

声のした方向へと顔を向けると、そこには神妙な面持ちでこちらに近づいてくる切島の姿があった。

切島は「おっす緑谷…」と右手を挙げて軽く挨拶をするが、その声にも表情にも、いつものような覇気がない。

そんな彼の様子に緑谷は五十嵐何かあったのかと身構えてしまう。

 

「五十嵐君…何かあったのかな?」

「さあな…それがわからねぇから、みんな不安なんだ…。」

 

そういってクラスの方を見渡す切島。

それにつられて、緑谷も今日初めて教室にいるクラスメートたちのほうへと視線を向けた。

いつもならワイワイと談笑し、時には上鳴や衝也あたりがバカなことをして飯田に注意されている時間なのだが、今は驚くほど静かで、何人かは話をしているものの、その表情は決していつものように晴れやかではない。

みな、気分が沈んでいるというより、不安がクラス全体を包み込んでいるような感覚だった。

特に、蛙吹と峰田、そして切島と、なんとあの轟と爆豪が重苦しい表情と雰囲気を醸し出していた。

 

「特に俺や蛙吹とか、あいつと一緒に戦ってたやつらは…さ。その、あいつがどれだけ無茶してたか知ってるから、よけいに、な。リカバリーガールんとこ行ってからなんも報告ないし…」

「…!うん、そう、だよね…心配、だよね。」

 

顔を俯かせて悲しそうな表情を浮かべる切島につられて、緑谷も表情を暗くする。

そんな中、緑谷は何かに気づいたかのようにふと教室のとある席に視線を向けた。

その席には、まるで壁を作るかのように女子たちが立っており、何人かの女子は時折その席に座っているであろう生徒を慰めるかのように肩に手を置いていた。

 

(あの席って確か…耳郎さんの席?)

 

緑谷がその席を見つめてることに気が付いた切島は、少しばかり声のトーンを落として声をかける。

 

「耳郎のやつさ…衝也の野郎を止めておけばよかったって後悔しててよ…ちょっとばかし、さ。たとえ止められなかったとしても、自分が変に出しゃばったりしないで逃げていれば、あいつがあそこまで傷つくことはなかったんじゃないかって。」

「そんな…それを言うんなら僕らだって五十嵐君に…」

「そうさ、『俺らだからこそ』、あいつの気持ちはよくわかるだろ?」

「っ…!」

 

切島の悲しそうなそのつぶやきに、緑谷は言葉を詰まらせてしまう。

あの時、衝也は何度も何度も緑谷たちの命を救ってくれた。

だが、その代わり自身の命を犠牲にしてである。

身体中ボロボロで命すら危うかったのにも関わらず、彼は必死に仲間を守るためにその身を奮い立たせたのだ。

そして、そんな衝也に、緑谷たちは甘えてしまった。

彼が動けるような身体ではないだとわかっていながら、自分たちは差し出された彼の傷だらけの手を、見て見ぬふりをして、つかんでしまったのだ。

その結果は、言うまでもない。

ただでさえ傷だらけの衝也の身体を死に体にまで追い込んでしまったのである。

 

「おめぇだってわかんだろ緑谷…俺らが、もっと…あいつみてぇに強かったら…きっとあいつもあんなことにはならなかったんだ。」

「……」

 

そういって拳を握りしめ、悔しそうに歯ぎしりをする切島。

それを見て、緑谷も思わず表情を悔しさでゆがめてしまう。

彼のいう強さとは、戦闘能力の強さではない。

戦闘能力という点においては、クラスでも五指にはいるであろう実力者の衝也と、あの場にいた者たちとを比べてもそこまでは劣ってはいない。

実際、轟や爆豪など、衝也と肩を並べているであろう者もいたはずである。

そんな彼らより、衝也が勝っていたもの。

それは、信念と覚悟

この二つが、衝也は他の者たちよりもずば抜けて強かったのである。

もう二度と、大切なものを失わないという信念。

そして、それを成し遂げるのならば命を懸けたってかまわないという本物の覚悟。

たったその二つの強さの違いだけで、あれだけの実力差が生まれるのだ。

そのことを、切島たちは今まさに痛感していることだろう。

 

「…くっそ!!」

 

悔しそうに、本当に悔しそうに拳を自身の手の平にたたきつける切島。

緑谷も悔しそうに唇をかみしめる。

そんな彼らを見て、飯田は悲しそうな表情を浮かべる。

 

(彼らには、きっと…衝也君とともに戦っていた彼らにしかわからない悔しさがあるのだろうな。…いかん、こういう時、友にどういった言葉をかけるべきなのか、僕にはわかりかねる…。緑谷君たちが苦しんでいるというのに…こんなとき、兄さんならば…いや!)

 

そこまで考えて、飯田は激しく首を振り、くわっとめを見開いた。

それを見ていた麗日が少しだけ驚いたように肩を震わせる

 

(こういうみんなが落ち込んでいる時こそ、クラス委員長である僕は!いつも通りにいるべきなんだ!クラスを率いるべき僕までが落ち込んでしまっていては、いつまでたってもみんなが立ち直ることができない!)

 

そして、飯田はゆっくりと深呼吸をした後、一昨日までの自分と同じように大きな声を教室へと響かせる。

 

「よぉし!皆ぁぁ、時間だぞ!朝のSHR5分前だ!席に着こう!!さあ、切島君も緑谷君も!早く席に着くんだー!!」

 

そういっていそいそとみんなを席に着かせようとする飯田。

そう、自分が普段通りにしていれば、一時ではあるがきっと

みんなの抱える不安が消えるかもしれない。

皆何がそんなに面白いのか、自分が話をするとあきれたように笑うのだ。

ならば、自分が普段通りにしていればきっと、みんなも少しは笑顔で入れるはずなのかもしれないのだから。

そんな飯田君なりの気遣いにみんなは気づくことはない。

ただ、後から周りに普段と変わらない飯田の様子を聞いたとある少年は

「さっすが委員長だな」と嬉しそうに笑ったのだとか

いいぞガンバレ飯田君!!

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「うおお…なんかとてつもないほど緊張するね…」

「お、おう…なんか、腹が痛くなってきたような気がする。」

 

そう呟きを漏らすのは、なぜだかものすごく緊張している切島と緑谷の二人である。

透明な自動ドアのセンサーが反応しないギリギリのラインで立って、大きく息を吸ったり吐いたりしている。

彼らの握りしめている透明な袋はガサガサと音を立てながら揺れており、袋の中身が震えるその腕のせいで暴れていた。

そんな彼らの目の前にあるのは大きな白い建物で、透明な自動ドアの先では

白衣を着た女性、いわゆるナースたちがせわしなく動いている、

そう、ここは病院。

彼らの友人、五十嵐衝也が入院している、病院である。

 

飯田が皆を席につかせ、朝のSHRが始まった後

なんとわずか二日で現場復帰してきた相沢先生はハロウィンの時期を間違えたミイラマンとして雄英高校1-Aの教壇へと立った。

そして、敵の襲撃があったのにも関わらず、雄英高校の体育祭が開催されることを、ごく普通に、怪我などしていないかのように普通に話し始めた。

雄英高校体育祭

人口も縮小していき、それに伴って規模も縮小してきたスポーツの祭典、オリンピック。

そのオリンピックもついには終わりを迎えてしまった現在、そのオリンピックの代わりになるほどの熱狂を見せている

個性ありきのスポーツの祭典

それこそが雄英高校の体育祭。

つまりは、人々がオリンピックに向けていた興奮や熱狂などが今現在はこの体育祭に向けられているというわけだ。

前途優秀なヒーローの卵たちが、自身の個性を存分に使い、凌ぎを削るこの体育祭。

もちろん、現職のプロヒーローたちもこぞってこの体育祭を見に来る。

その目的は、優秀な人材を少しでも自分の事務所にスカウトしようというものである。

そうとなれば、当然生徒たちのやる気も上がるもの。

皆一様に、プロとしての大きな一歩を踏み出すために全力で体育祭に挑むのだが

1-Aの生徒たちはそんなことよりも気がかりなことがあったのだ。

五十嵐衝也はどうなったのか

とにかくこれが気になりすぎて体育祭のことなんて頭にも入らない。

我慢ならず、とあるロッキンガールが効率廚な担任に

 

『そんなことはどーでもいいんす先生!衝也は、衝也はどーなったんすか!』

 

と叫んで衝也がどうなったのか言及する。

それに対して返ってきた言葉は

 

『ああ、あいつならいまは入院中だぞ』

『言い方かっる!?』

 

まるで「ああ、あいつなら今トイレでくそしてるぞ」くらいの軽い感じで言ってきた相沢に生徒一同が思わず突っ込みを入れる。

普通なら入院と聞けば何があったのか、深刻な怪我でもしたのかと思ってしまうが、相沢が言うには命に別状はなく、リカバリーガールの治癒と病院での治療を掛け合わせて2週間後の体育祭に間に合わせようとしているとのこと。

怪我の方も後遺症が残るほどひどいものは無いとのことで、クラス中が一斉に安堵のため息をはいた。

そして同時に、『知ってるんだったら先に言えよ』とも思った。

相沢としては命に別状はないし優先度で言ったら体育祭かなぁという、なんとも薄情な合理的思考のもとの発言である。

そんな薄情な彼だが、衝也が病院に入院した次の日、つまりは臨時休校日にこっそりだれよりも早く彼のお見舞いに行っている。

そして、衝也が入院していることを知った緑谷は、今度こそ、面と向かってお礼と謝罪をいうためにお見舞いへ行こうと決意したのだ。

…とはいえ

今まで友達のお見舞いへ行くなんてことを経験したことがない緑谷はお見舞いの品を選んでいる時から緊張しっぱなし。

スーツでお見舞いに行った方がよいのか母に相談してしまったほどである。

そんなこんなでどーにかお見舞いの品を見繕い、休日にもちろんスーツは着ずに病院へと向かっていた緑谷。

その行きの電車の中で、緊張しないように人の字を飲み込んでいると

突然後ろから肩に手を置かれ、思わずびくりと肩を震わせた。

ところが

 

『おめぇ…緑谷か!?』

『へ…?あぁ!き、切島君!?どーしてここに!?』

 

そのあと聞こえてきた声があまりに聞きなれていた声だったので振り返ってみると、そこにはなんと

自身と同じくお見舞いの品を手にひっさげている切島が笑顔で手を置いていた。

話を聞くと彼も衝也に会って直接お礼と謝罪をしたかったらしく、緑谷と同じように病院へと向かっていたのだ。

そこで二人はその病院へと一緒に向かおうということになり

そして冒頭に至る、というわけである。

 

「それにしても…なんつーか、立派すぎねぇかこの病院…ちょっと立派すぎて入るのに抵抗が…」

「た、たしかプロのヒーローたちが怪我したときに来るここでも一番大きい病院だよ。まさか、雄英がこことつながってるなんて…」

「さすが緑谷…物知りだな。」

 

お互い、緊張した面持ちで話をする緑谷たちだったが、その足は一向に病院へと進まない。

想像以上に立派だった病院の外装と初めてのお見舞い(実は病院へのお見舞いは切島も初めて。)で緊張が倍増してしまったようだ。

なまじ衝也のイメージが貧乏性なだけにこんな大きな病院だとは想像できなかったのだ。

 

「…ええい!ビビッててもなんも変わらねぇ!別に悪いことしようとしてるわけじゃないんだ!堂々と入るぞ、緑谷ぁ!」

「え!?あ、う、うん!そ、そうだよね!このままドアの前に立ってたらほかの人にも迷惑だろうし…そうだね!入ろう、切島君!」

 

二人して視線を互いの顔へとむけ、数回ほど勢いよく首を縦に振り、大きく深呼吸をしあと、緑谷たちはゆっくりと、透明な自動ドアの目の前へと立った。

すると、自動ドアは静かにその扉を『さあ!どんどん入っちゃてぇ!!』というかのように全開に開いた。

扉があいたのを確認した二人は緊張したように唾をのんだ後、ゆっくりと病院の中へと入っていった。

その瞬間、病院特有の消毒液のような、なんとも言えない匂いが彼らの鼻を刺激する。

中は思った以上に広く、時折ベンチに座った患者のおじいさんや若者、通りがかるナースにまであいさつをされる。

それに何とか頭を下げることで答える切島と緑谷だが、もうすでに場違いな雰囲気に耐えられずこのままUターンしたくなってしまう。

そこを何とかこらえつつ、緑谷は切島へと小声で話しかける。

 

「ね、ねぇ切島君…どうしよう、すっごく帰りたい。」

「だいじょぶだって!心配すんな緑谷!とりあえず、受付行ってさっさと見舞いに行こうぜ!衝也に会えばあいつのバカっぽさでうまい具合に緊張がほぐれるはずだ!」

 

衝也本人が聞いたら「だれがバカじゃこの男色赤鬼がぁ!」と怒りそうなことを言った切島は緑谷とともに若干速足で受付の方へと向かおうとした。

その時

 

「あれ…緑谷に切島じゃん。アンタらも来てたんだ。」

 

後ろから一人の少女の声が聞こえてきた。

その少女の声は二人にとって聞きなじみのある声であり、まるで希望の光を見出したかのような表情を浮かべながら声のした方向へと振り返る。

そこにいたのはつい先日にはあの消しゴム頭に勇気ある一声を言ってくれたロッキンガール

耳郎響香がこちらに向かってパタパタと手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、耳郎がいてくれてマジで助かったわ、サンキューな耳郎!」

「ほんとに助かったよ耳郎さん…僕たち、変に緊張しちゃって、正直お見舞いどころじゃなかったんだ。」

 

病院の廊下を歩きながら頭に手を置き、耳郎にお礼を言う切島と同じように照れくさそうに頬を掻きながらお礼を言う緑谷。

今まで緊張していたのが和らいだのか、多少いつも通りに戻っている二人にお礼を言われた耳郎は気にしないで、という風に手を軽く振って二人の方へと視線を向けた。

 

「いいっていいって。ウチ一人で来てて少し緊張してたし、お互いさまってことで。」

「聞いたか緑谷、あいつ緊張してたんだってよ…見えたか、そんな風に?」

「ううん、全然見えなかった。すごいなぁ耳郎さん…。」

 

耳から伸びているイヤホンを軽く揺らしながら笑顔でそういう彼女の言葉を聞いて、切島と緑谷は思わず感嘆の声を上げる。

二人に声をかけた耳郎は、緊張してもぞもぞしていた二人を引っ張ってずんずんと受付の方へ行き、何も緊張した様子もなく

 

『すいません、ここに入院してる五十嵐衝也っていう人のお見舞いに来たんすけど…』

 

としゃべり、淡々と身分やら何やらを受付のナースにしゃべり、わずか数分で衝也の病室を聞き出したのである。

それを見た緑谷は思わず拍手をしてしまい、切島は

 

『すげぇ漢らしいぜ耳郎!』

 

と言って、彼女にどつかれてしまった。

そんな男顔負けの(彼女からしてみれば男二人が情けないだけなのかもしれないが)精神力を見せた耳郎は歩みを止めないまま後ろを歩く二人へと話しかけた。

 

「それにしても、アンタらが来てるなんてちょっと意外だったわ。なんか切島は緑谷と一緒にいるのあんま見たことないし。緑谷は飯田とか麗日とかしか一緒にいたとこ見てないしさ。」

「いや、俺らも今日たまたま電車で一緒んなっただけで、もともと約束してたわけじゃねぇんだよ。な、緑谷。」

「うん、切島君とあったのは偶然で、ほんとは僕一人でここに来るつもりだったんだ。でも、二人にあえて本当によかったよ。僕一人じゃ、たぶん病院に入ってもあたふたしっぱなしだったと思うし…」

 

そういって照れくさそうにポリポリと頭を掻く緑谷を見て、切島も

 

「それ言うんなら俺だってそうだよ…。くぅ!我ながら情けなくなってくる、こんなんじゃ衝也の野郎に笑われっちまうぜ…!」

 

と悔しそうな表情を浮かべていた。

そんな切島を見て、耳郎は人の悪そうな笑みを浮かべながら切島をコードで指さした。

 

「確かに、漢気重視のアンタにしては意外な感じするよね。何?ひょっとして病院とか苦手?注射とか苦手なタイプ?」

「いや全然。むしろガキの頃は注射のあと菓子とかもらえたから大好きだった。生まれてこの方怪我とかで病院に来た事なかったからなんか緊張しちまってよ…。あとはあれだ、衝也が入院してるっていうからなんかこう…もっと小さい感じの病院かと思ってたんだけど、想像以上にでかくてビビっちまったのもある。」

「あー…なるほどね。確かにそれはあるかも。あのバカがこんな大きい病院に入院なんて、普通は想像できないしね。」

(二人の五十嵐君のイメージって…)

 

地味ーに衝也のことをディスっている二人の会話を聞いて、二人の衝也に対するイメージがどんなものなのか若干心配になってしまった緑谷だったが、ふと何か思い出したかのような表情を浮かべ、視線を下へと俯かせた。

 

「でも、こんな大きい病院に入院するなんて、五十嵐君、大丈夫なのかな…」

 

緑谷のつぶやきを聞いた切島と耳郎は先ほどまでのおしゃべりをぴたりとやめて、一転して暗い表情を浮かべる。

相沢先生の話では、命に別状はなし、後遺症も残るようなことはない、リカバリーガールの治癒と病院の治療があれば1週間で戻ってこれる、と言っていたが、やはり心配なものは心配である。

緑谷も切島も耳郎も、各々が彼を傷つけてしまった悔しさや罪悪感を心の底から感じているのだ。

そのうえ、彼がどれほどの重傷を負ってしまったのかも、その目に焼き付けている。

ほかのクラスメートたちよりも、心配しすぎてしまうのも無理はない。

三人の間に重苦しい無言の静寂が漂う中、切島はしばらく握りしめた自分の拳を見つめた後、ポツリと、覚悟を決めたかのようにしゃべり始めた

 

「俺は、俺は…あいつが血だらけで倒れこんでいた姿を見てさ、後悔したよ。猛烈に、後悔した。あいつ自身が無茶してるのも、動けるような身体じゃないことも、頭ではわかってたのに…『衝也なら大丈夫だ』『衝也ならなんとかなるだろう』って自分にそう言い訳して、ずっとあいつに頼りっぱなしだったんだ。」

 

悔しそうに拳を震わせ、音が聞こえてくるほど歯ぎしりをしながら切島は、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

それはまるで、自分に言い聞かせるかのように。

 

「『あの時俺がこうしていれば』とか『もっと俺が早くあいつを助けていれば』とか、いろんな後悔が頭の中を駆け巡ったけど最後に残ったのはさ、『情けない』と『悔しい』だったんだよ。俺はさ、自分はダチのためなら命だって張れるんだって、勝手に自分でそう思い込んでた。けど、ふたを開けてみたら…ダチのために命張るどころか、自分のダチに命張らせちまうような結果になっちまった。情けない…本当に、本当に情けない!あんなんで、よくあいつのダチだなんてこと言えたもんだよ…。自分の未熟さが、覚悟の足りなさが、思い上がりが、そして何より自分自身の弱さが!めちゃくちゃ情けなくて…言葉にならないほど悔しくて…気が付いたら、柄にもなく泣いちまってた…。」

 

そこまでつぶやいた切島は握りしめていた拳を勢いよく振りかぶり

 

「だから…!」

 

思い切り、その拳を自身の手の平へと打ち付けた。

 

「俺は、もっと強くなる!そんであいつみてぇに、自分のダチを命懸けて救えるような強ぇヒーローになる!もう二度と、あんな悔しい思いは、したくなんてねぇから!」

 

そういって切島は顔を上げ、いつものように暑っ苦しい、漢気あふれる笑顔を見せた。

 

「んで、今度こそ、あいつの隣に立つ!正真正銘、本物のダチとしてな!」

 

そう叫んだ切島の顔は、これまで見たことがないほど漢らしく、今まで見たどの切島よりも最高にかっこよく見えた。

そんな切島を見て緑谷は、自然と笑みを浮かべてしまう。

そして、自分も、強くならなくてはと改めて気を引き締める。

自分自身の弱さを嘆き、強くなろうとしているのは、自分だけではないのだから。

そんな中、耳郎は緑谷と同じように優し気な笑みを浮かべた後、不意に表情を曇らせ、

 

「悔しい…か。」

 

とだれにも聞こえないようにぽつりとつぶやいた。

そんな耳郎がふと俯かせていた顔を上げた後、後ろにいる切島と緑谷に話しかけた。

 

「ま、とりあえず反省タイムはいったん終了にしよ?そろそろここに来た目的に移らないと、いつまでたっても腕にぶら下がってるビニール袋が外れないし。ていうかこれ意外に重いんだよね。ウチ、腕疲れてきた。」

 

そういってめんどくさそうな表情を浮かべた耳郎は自分の持っているビニール袋を指さした。

確かに、そのビニール袋は切島や緑谷と比べても若干ではあるが大きく、重さもそれなりにありそうだった。

それを見た切島は、慌てたように声を出す。

 

「あ、そういやそうだったな!俺ら、衝也のお見舞いに来てたんだっけな!危うく本来の目的を忘れるところだったぜ…」

「いや、忘れるのはさすがにまずいんじゃないかな、切島君。五十嵐君が聞いたら『何忘れてやがんだこの赤鬼がー』って怒っちゃうかもよ?」

「うーむ、確かにありそうだな…てか今の衝也のまねか?緑谷、おめぇ意外とうまいな。」

「うん、今のは確かにうまかった。緑谷、意外と才能あんじゃない?」

「へ?あ、ありがとう…でいいのかな?」

 

緑谷の意外な物まねスキルに感嘆の言葉を上げつつ三人は上へ行くためのエレベーターへと乗り込んでいく。

そして、最後に緑谷が乗り込んだ時点で。一番最初に乗り込んだ耳郎が衝也のいる病院階のボタンを押し、『閉』のボタンを押そうとした瞬間

 

「すまない!ちょっと待ってくれないか!?」

 

突然声をかけられ、耳郎は慌ててボタンを押そうとした手を引っ込める。

その直後、一人の女性が耳郎達の乗っているエレベーターへと駆け込んできた。

きれいで透き通った水色をしているショートヘアーのその女性は走ってきたせいか、少しばかり呼吸を荒くしており、胸に手を当てて息を整えている。

そして、二、三度深呼吸をして呼吸を整えた後ゆっくりと顔を耳郎たちの方へとむけた。

 

「ありがとう、君らのおかげで、階段を使わずに上まで行けそうだ。年齢を重ねていくと階段で上るのもきつくてね…。」

 

そういって笑みを浮かべるその女性は、凛とした目をした端正な顔立ちの女性で、同姓である耳郎もおもわず

 

(うっわー、めっちゃ美人…。スタイルもめっちゃいいじゃん!)

 

と見とれてしまうほどの美人だった。

緑谷もその綺麗さに思わず顔を赤くしてエレベーターの四隅の方へと移動してしまう。

そんな中、切島はずずいと前に出て若干頬を赤くしつつも笑顔でその女性に話しかける。

 

「あ、あの!何階に用があるんすか!?俺、よかったらボタン押しますよ!」

「ん?ああ、助かるよ少年、優しい子だな君は。だが、どうやら君たちと私は降りる階が一緒のようだ。でも、せっかくボタンを押してくれるというのだし、どうせなら、空いているドアを閉めてもらおうかな、お手数をかけるが頼めるかい?」

「は、はい!そりゃもう喜んで!」

 

切島の申し出に対し、笑顔でそう答える女性。

その笑みはまさにクールビューティーと呼ぶにふさわしい大人らしい知的な笑みで、その笑みを向けられた切島はテンションを上げて嬉しそうに『閉』のボタンを押す。

それを見た耳郎は(こういう時の反応もある意味男らしいな…)とジト目で見ていた。

が、同姓から見ても美人に見える女性だし、それもしょうがないかなと思ってしまう。

そして、切島が『閉』のボタンを押すと、ゆっくりとドアが閉まり、上昇していく。

それを見た女性は腕時計で時間を確認した後、申し訳なさそうに耳郎達へと声をかける。

 

「すまないね、こんな年を重ねた女と一緒で。せっかく若い者同士でいたというのに、悪いことをしたかな?君も、そんな隅に行かせてしまい、申し訳ないね。」

「いい、いえいえいえ。そ、そんな、わわ、悪いだなんて…!」

「そうですよ!むしろ味気ないメンバーに可憐な花がパーッと咲いたみたいで、もう全然ウェルカムすよ!」

「味気のない花で悪かったね…!」

 

切島の言葉にジト目でそう返す耳郎を見て、思わず切島は「あ、いや…その」と言葉を詰まらせてしまう。

そんな耳郎を見て、女性は優し気な笑みを浮かべる。

 

「ははは、お世辞がうまいね君は。こんなおばさんにお世辞を言っても残念ながら何も出せないよ?それに味気ないだなんてとんでもないじゃないか。そこに綺麗でかわいらしい子がいるだろう?」

 

そういって耳郎の方へと笑顔を向ける。

いきなり自分が褒められたのを聞いて失礼と分かっていながら思わず耳郎は照れくさそうに顔をそらしてしまう。

 

「い、いや…ウチはそんな、可愛らしいなんてことは…」

「何を言う。大きくてかわいらしく、それでいてクールな部分もあるその目に、つややかできれいなその髪、肌もきれいだし、ほかにも魅力的な部分がたくさんある。それでかわいくないなどと言われたら、私など立つ瀬がなくなってしまうさ。まあこんな年ばかりの女と比べられるのは君もいやかもしれないが。」

「いや、そんな…それを言ったらウチの方が、その比べるのもおこがましいというか、」

 

怒涛の褒め言葉に、耳郎は頬を真っ赤に染め上げ、照れくさそうにイヤホンをいじくったりプラグ同士をつついたりし始める。

それを見て、女性はかわいらしいものを見たかのような笑みを浮かべた後、何かに気づいたような表情を浮かべた。

そして、あごに手を当ててぶつぶつと何かをつぶやき始めた。

 

「っ!待てよ…イヤホンコードのある少女に、つんつんした赤髪、緑色のもじゃもじゃした頭にそばかすが目立つ顔…」

 

そう呟きながら耳郎達の顔を順々に見ていく女性は、しばらくそれを繰り返した後、あごから手を放し、ゆっくりと顔を耳郎達の方へ向けた。

 

「すまない、一つだけ聞いてもいいかな?」

「はいはい!もう何でも聞いてくれて大丈夫です!」

「ありがとう…それじゃあ、間違えてたりしたら大変申し訳ないのだが…もしかして君たちの名は、そこの可愛らしい女の子が耳郎響香、赤い髪をした君が切島鋭児郎、そして、そこの緑色の髪とそばかすがある君が緑谷出久、じゃないか?」

「「「っ…!?」」」

 

女性の口からいきなり自分たちの名前が出てきたことに思わず驚いて固まってしまう。耳郎達。

そんな様子を見て女性は心配そうな表情を浮かべ始める。

 

「?どうしたんだい?あ、まさか…違っていたのかな?それならば本当に申し訳ないことを…」

「あ、いや名前はその…あってるんすけど…」

 

何とか耳郎がそれだけ言うと、女性の目が見開かれる。

 

「!それじゃあやはり君たちがあの!話には何回も聞いているからもしかしてと思ったんだが、まさかこうして会うことができるとは思っていなかったよ。」

 

そういって嬉しそうに笑顔を浮かべる女性をただただ茫然と見ている耳郎達だったが、このままではどうにもすっきりしないので。意を決して耳郎は女性へと話しかけた。

 

「あ、あの!」

「ん?どうしたんだい、耳郎さん…だったかな?」

「あ、はい。ウチの名前は耳郎すけど…その、失礼スけど貴女は一体…?」

「あ…ああ!そういえば、自己紹介がまだだったね。すまない、少しばかり年甲斐もなく気持ちがはしゃいでしまってね。ついつい自分のことを紹介するのを忘れてしまっていた。」

 

これでは私はただの不審者ではないか、とつぶやいてから女性は軽く身なりを整えた後、先ほどと同じような優し気な笑みを耳郎達へとむけた。

 

「私の名前は五十嵐静蘭(せいらん)。君たちにいつも世話になっている五十嵐衝也の母親さ。」

 

そういっていつも息子が迷惑かけて本当にすまない、と頭を下げてくる静蘭。

そんな彼女を耳郎達は数秒見続けた後

 

「「「……えええええええええええええええええええ!!!!!????」」」

 

予想外の返答に思わずエレベーターが震えるほどの大声を響かせてしまった。。

 

 

 




安定しない静蘭さんの口調、
一応イメージしてるキャラがあるのにこれ…もうだめだ
読み専になろう(おい)



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病院の土産の定番?俺的にはフルーツとかだと思いますね。それがほしいかどうかは別として

小説を見直していて気付いたんです
衝也君…どんな容姿してるのかわかんないかもしれない、ということに
本文でわかってることなんて…顔がめっちゃ平凡なフツメンだってことくらいじゃないですかね…
どうしよう…
てなわけで番外編その…
その……
……どうぞ!!


「は、母親…この人が…衝也の…?」

「うっそ…」

「…!」

 

エレベーターにて衝也の母親であるという女性、五十嵐静蘭と出会った耳郎達は

驚きのあまり顔を絶句させてしまっていた。

切島は口をあんぐりと開けて静蘭の方へと人差し指を向け、耳郎は半ば茫然としたように静蘭を見つめ、緑谷に至っては驚きのあまり固まってしまっていた。

当の静蘭はというと、彼らのあまりの大声に軽く驚いてしまった後、すぐに面白そうに目を細め、優し気な笑みを浮かべた。

 

「ふふ、まさかそんなに驚かれるとは思わなかったなぁ…。私があの子の母親だというのがそんなに意外だったかい?私としてはよく似ていると思うんだが…ほら、笑った時の目元とか、息子に似てないかい?周りからよく似ていると言われてるんだ。」

 

優しい笑顔のままズズイ!と顔を耳郎達に近づけながらそう問いかける静蘭。

その彼女の問いかけに対し、切島は動揺をしつつもなんとか答えようとする。

 

「いや、あの…意外ってーかなんというか…衝也の母親であることが意外だっていうか…その…ぶっちゃけ全然母親に見えないというか…。あ!いや、似てないとかそういうわけじゃ…なくてですね…。」

「…?」

 

動揺と緊張のせいかしどろもどろなセリフを小さくつぶやくことしかできない。

それを見て、静蘭はやはり笑顔のまま少しだけ首を傾げた。

どうやら切島の言っている意味があまり理解できていないらしい。

それでも彼が何とか言葉にしようとしているのを見て、文句も言わずじっと切島が言葉をつづけようとするのを待つ静蘭のその対応は、まさに大人の女性といった感じである。

しかし、切島としてはこんな美人にじっと見られ続けると、非常に心臓がうるさくなってしまい、もう緊張やらなんやらで何を言ったらいいかもわからなくなってしまう。

あたふたと視線をあちらこちらにやっている切島を横目で見た耳郎は、あきれたようにため息をはくと、ゆっくりと一つ深呼吸をした。

 

「あの…こんなことを聞くのはすごい失礼だってわかってはいるんすけど…その…静蘭さんはおいくつなんすか?」

「!なんだ、切島君は私の年齢が聞きたかったのか…それならそうと言ってくれればいいのに。あまりにも緊張しているから一体何を聞きたいのか、と少しひやひやしてしまったよ。」

 

耳郎の質問を聞いた静蘭は一瞬キョトンと目を丸くした後、すぐにまた先ほど通りの笑顔を浮かべた。

世の女性がされたくない質問TOP3には入るであろうその質問にも、笑顔で返す静蘭を見て、質問をした耳郎は内心で安堵のため息をはく。

 

「しかし、私のようなおばさんの年齢を聞きたがるなんて、君たちも物好きなものだね。まあ、若い女性にはそもそもこんな質問ができないか。ん?待てよ、ということはだ、年齢を明かすことへの羞恥心をなくしてしまった私はもう本格的におばさんへの道を歩んでいるということかな…?それはそれでいやだな…」

「いや…ていうか静蘭さん、高校生の子供持ってるような年齢には見えないですよ。20代って言っても全然違和感ないくらいっす。」

 

静蘭が少しばかりがっかりしたような表情を浮かべるのを見て、思わずそう口にしてしまう耳郎。

切島と緑谷の二人もしきりに首を縦に振り耳郎の言葉に肯定の意を示す。

それを見た静蘭が「はは、最近の子供はお世辞がうまいんだね」と嬉しそうな笑みを浮かべたその瞬間

軽い音とともにエレベーターのドアがゆっくりと開いていった。

それを見た静蘭は「とりあえず、降りようか」と着いた階を指さしながらこちらを振り返るのを見て、耳郎達は慌てたように静蘭とともにエレベーターから降りていく。

病人が入院する階のためか、下の階よりかなり静かで、それでいてより強い消毒液の匂いが漂うその廊下に、嬉しそうに笑顔を浮かべる静蘭の話声が響き渡る。

 

「ふふ、20代に見えるなんてお世辞を言われたのは初めてだが、嘘と分かっていてもなかなかどうしてうれしいものだね、ありがとう。」

「い、いやいや!マジでそんくらいに見えますよ静蘭さんは!もうほんと、めっちゃ美人っす!」

「きき、切島君の言う通りですよ…!もう、ほほ、ほんと…すすす、すごいお綺麗で…」

 

静蘭のその言葉を聞いて、切島は首をぶんぶんと横に振りながら静蘭の言葉を否定する。

緑谷も首をぶんぶんと縦に振り肯定の意を示す。

それを見た静蘭は少しばかり目を細めた後、笑顔で首を軽く横に振った。

 

「いや、見た目は多少化粧で若作りしてはいるけど、肩こりや腰痛も年を重ねるたびにひどくなっているんだ。41にもなると、身体のあちこちにガタが出始めてくるんだ…。君たちのような若い子たちが時々うらやましくなるよ。」

「「「まさかの40代!?」」」

「む…こら、声が大きいよ。ここは病院だ、大きな声は出さないように、ね?」

 

そういって大げさに腰をたたいて困ったような笑みを浮かべる静蘭だが、耳郎達三人は静蘭がさらっと言った年齢に驚愕する。

この美貌と若さでまさかの40代…まるでアニメの登場キャラクターのような見た目と年齢の違いに三人はただただ驚愕するのみである。

驚きのあまり廊下で大きな声を出した三人をしっかりと注意し、三人が慌てたようにうなずくのを見た静蘭は、優し気な笑顔で軽くうなずいた後、小声で「そんなに驚くかな…確かに本当かどうか疑われたりするけど…」とつぶやきながら首を傾げていた。

そんな彼女を見ながら、ふと耳郎はなにかを思い出したように静蘭に話しかけた。

 

「あの…静蘭さん、ちょっといいすか?」

「ん?どうしたんだい耳郎ちゃん?」

「その、衝也の奴、どんな感じですか?」

 

どことなく不安気にかんじる声色で静蘭にそう聞く耳郎の顔は、少しばかり表情が曇っており、切島や緑谷も同じように顔に不安や心配の色を浮かべていた。

彼女たちの言葉を聞いた静蘭は、わずかに目を見開いた後、優し気な表情を浮かべた。

 

「大丈夫、息子は至って元気だよ。意識もしっかりしてるし、怪我も…まあ大したことはあるが、後遺症も残ることはないし、何より本人が全くその怪我を気にしてない。医者と…あー、確か…リカバリーガール、だったかな?その方の話では遅くても後一週間で退院できるそうだ。」

「ほんとう、ですか…?」

「もちろん。息子の友達の前だ、下手な嘘は言わないよ?」

「…衝也のやつ、本当に無事なのか…よかったぁ!」

「五十嵐君…よかった…!」

 

静蘭の言葉を聞いた切島は嬉しそうに笑顔を浮かべ、緑谷もほっとしたように胸をなでおろしていた。

そんな中、耳郎はゆっくりと大きく息を吐きその顔を俯かせ

 

「よかった…ほんとうに、よかった…」

 

と安堵したようにつぶやいていた。

よく見ると、彼女の肩は少しばかり震えており、彼女が心の底から衝也のことを心配しているのであろうことが、静蘭の目に見て取れた。

そんな彼らを見て、静蘭は嬉しそうに目を細めて笑顔を作る。

しかし、不意にずっと俯いていた耳郎が顔を上げてこちらを向いてきたため、静蘭の視線が彼女に移る。

 

「…静蘭さん」

「?何かな耳郎ちゃん?」

 

名前を呼ばれた静蘭は視線を耳郎に向けたまま軽く首を傾げる。

そして、次の瞬間、静蘭の瞳が大きく見開かれた。

 

「…すいませんでした!」

「うおっ、ちょ、耳郎!?何やってんだよ!?」

「じ、耳郎さん!?」

 

突然、耳郎が謝罪の言葉とともにその頭を下げたからである。

それを見た切島と緑谷も混乱しているのかあたふたと耳郎と静蘭に視線を行ったり来たりさせている。

そんな中、静蘭だけは視線を耳郎から放すことなく彼女のことを見続けていた。

 

「…衝也のやつが傷ついたのは、ウチらのせいなんす!ウチらは、ウチらは、衝也のやつが傷だらけなのを知ってて、それなのに衝也のやつを止めることもできなくて!衝也のやつに…ずっと頼ってばっかりで…ウチが、ウチがあいつのことを止めていれば…ウチがもっと強かったら!衝也も、こんなことにならずに済んだんです!ウチが…ウチが…!」

 

そこまで口にして、顔を廊下の地面へとむけながら、小さく肩を震わせる耳郎。

いつの間にか『ウチら』は『ウチ』へと、自分自身へと変わっていた。

順序も内容もバラバラでめちゃくちゃ、事情を知らないものが聞いていたら理解するのも難しいのではないかと思う耳郎の謝罪の言葉を聞いていた切島と緑谷は、ただ悔しそうに握りしめていた拳を震わせている。

そう、この場にいるもので事情を知らないものは一人もいない。

耳郎も切島も緑谷も、そして、静蘭も。

事情を知らないものは、誰一人としていないのだ。

だからこそ、耳郎がどうして謝っているのか、それが理解できないものは誰もいない。

内容もしっちゃかめっちゃかで、頭に浮かんできた言葉を吐き出しただけのような彼女の叫びを、静蘭は何もせず、ただただじっと聞いていた。

そして

ゆっくりと、ゆっくりと表情を変えずに、彼女のもとへと歩み寄る。

コツコツと、歩く靴の音が響き、静蘭が耳郎の目の前に来た途端その音がやむ。

静蘭の腕は、ゆっくりと耳郎のもとへとのびていく。

そして、彼女の手の平が

 

ポフンっ、と耳郎の肩へと置かれた。

 

「ありがとう。」

 

その言葉を聞いて、耳郎は思わず固まってしまう。

いくら優しそうな人だとは言っても、自分の息子があそこまで傷ついた。

そして、その原因には少なからず自分も関与してる。

少なくとも、耳郎自身はそう思っていた。

罵倒されても仕方がない、文句を言われても、何を言われても仕方がない。

例え、謝っても、許されないかもしれない。

それでも、どれだけそれが怖くても、この人には、きちんと、自分の気持ちを伝えたうえで

謝らなければならない。

そう思っての謝罪。

しかし、返ってきたその言葉は、罵倒でも怨嗟の叫びでもなく『ありがとう』だった。

 

「事情はすべて、校長先生と警察から聞いたよ。…ヴィランに襲われていたというのに、それでもなお、逃げることなく君たちは、私の息子のそばにいてくれた。息子のことを、助けてくれた。」

「ち、違う!ウチはあいつのことを…」

「違わないさ」

 

衝也を助けられてなんかいない、あの時私は、衝也のことを助けることなんてできていなかった。

そう言おうと静蘭に顔を向けるが、

静蘭は、優し気な笑顔で、耳郎の言葉を否定した。

 

「あの子は、君たちがそばにいてくれたからこそ…敵に打つ勝つことができたんだ。君たちが、衝也のことを見捨てずに、ずっとそばで戦い続けてくれていたからこそ、衝也は…あんな傷だらけの身体でも戦うことができた。君たちがいてくれたから、あの子は大切なものを守り通すことができたんだ。友達という、あの子にとってとっても大切なものをね。」

「…っ!」

「だから、ありがとう。ずっと、息子のそばにいてくれて。息子を、一人にしないでいてくれて。もし、君たちが息子を置いて逃げていたら、きっと、息子はここにきていることすらできなかっただろうから。」

「……っ!!」

「息子のそばで逃げずに戦ってくれていた君たちは…私たちにとって、息子にとって

 

 

最高のヒーローさ。お礼くらい、言わせておくれ。」

「うっ…あ…。ごめん、なさい…!ごめんなさい!!」

 

静蘭の言葉を聞いた耳郎は、顔を上げることはなく、ただただ謝り続ける。

静かな廊下に、きれいな雨を落としながら、何度も、何度も。

いつの間にか、後ろで聞いていた二人の少年も涙を流してしまっている。

そんな彼らを見て、静蘭は思わず小声で嬉しそうにつぶやいてしまう。

 

「まったく…いい友達を持ったなぁ…家の息子は」

 

息子の安否を、ここまで心配してくれる友がいる。

そんな些細なことが母親である静蘭にはとてもうれしく感じてしまう。

警察や、雄英高校の校長や担任から、衝也がどういった経緯で、そして、『何のために』ここまで傷を負ってしまったのか、話には聞いていた。

自分のクラスメートを、友達を守るために、それこそ命を懸けて敵と戦い、勝利したことも…あの時起こったすべてのことを、謝罪の言葉とともに包み隠さず教えてくれた。

大切な、大切な自身の息子。

今やたった一人だけになってしまった、愛すべきわが子。

そのわが子が、いくら友を守るためとはいえ、ここまでの無茶をして、親が黙っているはずがない。

大声で、それこそ両目に涙を溜めながら問い詰める自身と夫にすまなそうな顔を向けながら

 

『ごめん、でも…俺、あの時決めたんだ。もう、二度と…二度と失わないようにって。あいつに…誓ったんだ』

 

はっきりと、自分たちを見すえながらそういった。

その瞬間、自身も、夫も、何も言えなくなってしまった。

あの時と同じ、覚悟を決めたような、そんな息子の顔。

自身が母親であることを忘れてしまったあの日から、

そして、自身が母親であることを思い出したあの日から

息子の覚悟は、信念は何も変わっていないのだということを、理解したから…理解、してしまったから。

なら、母親として自分ができることは

 

(見守ることぐらいしか…ないのかなぁ。)

 

例えどれだけ学校側に悪い感情を覚えても、どれだけ息子を止めたいと思っても、

息子が走っていくその姿を、ひたすらに応援し続けることしか、できないのかもしれない。

息子が走るその道が、息子にとっても、自身にとっても茨だらけの過酷な道であろうとも、である。

息子の傷だらけの姿を見ながらも、それを止められないというのは…親としてはくるものがある。

 

(まあ、自分の友達のためにあそこまでボロボロになるバカ息子…茨があろうが槍が降ろうが…私や旦那が止めようが…止まることはないんだろう…。家の子、わが子ながらものすごいバカだしなぁ…。頭も、行動も…中身も)

 

日頃のわが子の行動を思い出して、感慨深そうに首を縦に振った静蘭はその顔を、耳郎達の方へとむけた。

切島と緑谷は、いまだ俯いて肩を震わせている耳郎の方へと駆け寄り、励ますように声をかけている。

そんな様子を見て、静蘭はゆっくりと表情を笑顔へと変えていく。

衝也いわくぶっきらぼうだけどほんとはすごく優しい耳郎、衝也いわくだれよりも漢らしく、友達思いな切島、衝也いわくあがり症でよくビビるけど、しっかり芯の通ってる緑谷

毎日、毎日、楽しそうに学校であったことや自分の友達のことを話し続ける衝也のおかげで、会ってもいないのに名前を当てられるくらい詳しく?なってしまったが、

あんなに楽しそうに友達のことをしゃべるわが子を見るのは、初めてだった。

特にこの三人と轟、蛙吹、峰田、尾白、飯田、上鳴という人物の話を聞くことが多い。

今回の事件でも、耳郎達に助けられてばかりだったということを、しきりに話していた。

 

『高校に行ってからさ、俺にはもったいないくらいの友達が、たくさん増えたよ。まあまだ一か月くらいしかたってないけどなぁ…一人は絶対俺のこと友達とは思ってないだろうし…後は友達とは思いたくないやつも一人いるし』

(こんな良い子たちが、息子の友達なら…少しは安心しても、いいのかな?)

 

わずかに、その表情を笑顔に変え、自身が肩にかけていたバックに手を入れながら、いまだ肩を震わせる耳郎の方へと歩いていく静蘭。

そして、俯いている彼女の顔の前に、自身の取り出したハンカチを、そっと出した。

それに気づいた耳郎はゆっくりと顔をあげ、視線をハンカチから静蘭の方へと移す。

 

「…!せい、らんさん…」

「泣かないでくれ耳郎ちゃん、せっかくのかわいい顔が台無しだよ。それに、謝られてばかりじゃ…なんだか悪いことをしたみたいで悲しくなってしまう。」

「…!あり、がとうございます…」

「ああ、どういたしまして。…うーむ、お礼を言われたら言われたでなんだかこそばゆいな。」

(自分の息子を思って、涙を流してくれるような、そんな子が衝也の友達なら)

 

どこかのバカと似たようなセリフを言いながら、笑顔を浮かべてハンカチで耳郎の頬を流れる涙をぬぐう静蘭。

その言葉を聞いた耳郎は、涙をぬぐいながら、何度も何度も、お礼の言葉を述べていた。

 

 

 

そのまましばらくした後、耳郎は静蘭とともにお手洗いへ行き、女の子のための諸々のケアを手伝ってもらった後、再び衝也の病室へと足を進めていった。

 

「耳郎さん…その、大丈夫?」

「うん、大丈夫。心配かけてごめんね緑谷、切島も。」

 

歩みは止めずに軽く目をこすりながら緑谷の問いかけにうなずく耳郎。

それを聞いた緑谷は「そ、そんな…謝らなくても!ぼ、僕が勝手に心配してるだけで…」と慌てたように首を横に振る。

そんな彼の言葉に賛同するように切島もうなずく。

 

「そうだぜ耳郎!悔しいのは俺らだって同じなんだ!これから衝也みてぇにどんどん強くなって、ちゃんとあいつを守れるようみんなで前見て走ってこうぜ!」

「…うん、そうだね…ありがと、切島。」

 

少しばかり感慨深そうにしながら拳を上に高々と上げる切島にお礼を言った耳郎。

そんな彼らを見て、静蘭は笑顔を浮かべつつ耳郎達へと視線を向ける。

その顔はどことなく心配しているように見える

 

「ふふ、強くなりたいと思うのはいいことかもしれないが、焦りすぎるのは良くないよ切島君。君たちはまだ高校1年生。焦って強さを追い求めても、いいことの方が少ない、逆につらくなるだけさ。」

「?そうっすかね?俺は、今すぐにでも強くなりたいって、今はそう思うんですけど…」

 

そういって拳を握りしめてそこに視線を送る。

その表情はどことなく悔しそうだが、歩いているのに集中できていなかったのか変に足がもつれてこけそうになってしまう。

「うおっと!?」と思わず声を出してこけないよう踏ん張りを効かせようとする切島を見て、耳郎は「なにやってんだか…」と笑顔を浮かべている。

緑谷も心配そうに駆け寄るが、その顔は少しばかり笑っている。

 

「ふふ…それに、衝也だって最初から強かったわけじゃないさ。君たちと違うのはたぶんあれかな…強くなりたい、強くならなくてはいけない。そう思い始めた時期が少しだけ早かったからじゃないかな?」

 

静蘭の何かを思い出しているようなその顔を見て、思わず首を傾げる耳郎たち。

その表情にはどこか、悲し気な雰囲気が漂っていて、今までの静蘭とは少しばかり違ったような気がしてしまう。

しかし、それも一瞬で、すぐに静蘭はあきれたような笑みを浮かべて耳郎達に顔を向けてきた。

 

「それに、あの子は普通の高校生よりは強いだろうけど、普段の行動は…ねぇ…君たちもわかるだろ?」

「「ああ、確かに。」」

「ちょ!?し、失礼だよ二人とも!いくら親御さんが言ったからって…」

 

静蘭の言葉に思わず賛同してしまう耳郎と切島。

そんな二人を慌てて注意する緑谷だが、本人もそう思っていること自体はバレバレだった。

そんな彼らを見て静蘭は思わずといったように笑みを漏らしてしまう。

 

「ふふ、切島君といい耳郎ちゃんといい緑谷君といい、本当に優しい子ばかりだな…。」

 

そう呟いた静蘭は、ふと歩いていた足を止めて耳郎達の方へと顔を向ける。

その表情は先ほどよりも真剣で、後ろをついていくように歩いていた耳郎達も、思わず足を止めてしまう。

 

「……」

「あ、あの…静蘭、さん?どうかしたんすか?」

 

数秒の沈黙の後、恐る恐るといった風に静蘭へと声をかける耳郎。

そんな彼女たちを一瞥した静蘭は、少しばかり顔に笑みを浮かべた後

深々と、頭を垂らした。

 

「息子を、よろしく頼むよ。」

 

突然のことに目を見開いて驚き、固まってしまう三人。

だが、そんなことはお構いなしという風に静蘭は頭を下げたままはなしを続けていく。

 

「君たちの知ってる通り衝也は、私の息子は大バカ者でね…何かあるたびに一人で突っ走って、勝手に怪我をして、困らせることも多いだろう。君たちにも迷惑が掛かってしまうかもしれない。君たちの優しさに甘えるようで、本当に申し訳ないが…もしよかったら、息子のそばに、これからもいてくれないかい?」

 

これは、恐らく、五十嵐衝也の『母親』として、彼女が三人にお願いするもの。

このお願いに、彼女の息子に対する思いが、葛藤が、不安が、希望が、様々な思いが詰まっているのだろう。

 

「今、あの子に必要なのは…誰かの支えなんだ。そして、その支えに…私たち『親』はなることができない。まして私は、一度母であることを忘れてしまった人間だ。そんな人間が、あの子の『本当の』支えになることは…おそらくできないだろうから。だから…

 

 

息子のことを…よろしく頼む」

 

そう言って、よりいっそう深く、深く頭を下げる静蘭。

そんな彼女の言葉を聞いて耳郎達は

 

「もちろんす、任せてください。」

「当り前ですよ!ダチを支えるのは漢として当然のことっす!」

「ぼ、僕も、五十嵐君は…大切な友達ですから!」

 

三人とも、間髪入れずにそう答えた。

そのあまりの即答っぷりに、思わず呆けた表情をして、顔を上にあげてしまう

それぞれ、悔しさや不安などいろいろな思いを抱えていたのだろう。

衝也を傷つけてしまった不甲斐なさや、何もできなかった自分自身へのいら立ちや葛藤。

それがあることをうっすらとではあるが、わかっていながら静蘭は、息子を頼むと、そうお願いを…してしまった。

それなのに、それなのにこの子たちは…

 

(ああ、本当に…いい友達を持ったな…衝也。)

 

こんな最高の笑顔を浮かべて、任せてくださいと、当然だと、大切な友達だと、そういってくれた。

目からこぼれ出た小さなしずくを静かに指で掬い取る静蘭。

そして、一度大きな深呼吸をして

自分のできる精一杯の笑顔を浮かべ

 

「ありがとう。」

 

精一杯の感謝を込めて、その言葉を口にした。

 

そして、気を取り直すかのように大きく一度手をたたいたかと思うと、静蘭はその両手を左手にある扉の方へとむけた。

 

「時間を取らせてしまい申し訳なかったね。さて、少しばかり時間をかけすぎてしまったが、無事たどり着くことができました!ここが私の息子の病室だよ。」

 

笑顔で軽く拍手をしながら扉の方へと三人を案内する。

静蘭に背中を押された三人が扉の横にあるプレートを確認すると、静蘭の言った通りばっちりしっかり『五十嵐様』という文字が書かれていた。

 

「ここが衝也の病室か…やばい、何かまた緊張してきた。」

「ぼ、僕も…お手洗い済ませとけばよかった…」

「…二人とも緊張しすぎだっての」

 

ごくりと、緊張したように喉を鳴らす切島と緑谷を見て若干あきれた表情を浮かべる耳郎。

そんな彼らを見て、面白そうに笑みを浮かべた静蘭は、ゆっくりと手を扉の方へとかけていく。

 

「ふふ…そんなに緊張しなくても大丈夫。衝也も君たちが来見舞いに来たのを見ればきっと喜ぶさ。あ、ただ…あの子は今怪我が怪我だけに絶対安静の指示を受けていてね。一応、身体を動かすのも今は禁止になってるんだ。今日明日あたり、リカバリガールが治癒をしにこちらに来てくれるそうだから、リハビリはそのあとということになっているんだ。食事も腕を動かしてはいけないから介助をしてるような状態だしね。君たちにとっては少しばかり退屈になってしまうかもしれないし、お見舞いの品によっては今日は食べられなかったりするかもしれないが…そこは了承しておいてくれるかい?すまないね、せっかくのお見舞いだというのに」

 

耳郎達の方を向いてすまなさそう謝ってくる静蘭だが、対する耳郎達は気にしないでほしいという風に頭を横に振った。

 

「大丈夫すよ、お見舞いの品だって、別に衝也が食べてくれるんならいつ食べたってかまいませんし。それに、ウチらはお礼を言うためにここにきてるんです。楽しもうと思ってお見舞いに来てるわけじゃないですから。」

「まあ、退屈させねぇように楽しませようとは思ってるんっすけどね!」

「えぇ…僕、お礼とお見舞いのことくらいしか考えてなかったんだけど…」

「さっきの物まねでも見せてやれ!あいつきっと噴き出すぞ、間違いなく!」

 

耳郎が笑顔でそういったかと思えば切島が二カッと葉を見せて笑いながら頭を掻き、緑谷は知らず知らずのうちに物まねをやる雰囲気になったのを感じて、(おかしい、絶対におかしい気がする)と何度も首をひねっていた。

そんな彼らを見て、静蘭は、「そうか…」と嬉しそうに目を細める。

 

「まあ、とりあえずは君たちの元気な姿をあの子に見せてあげてくれ。あの子、病院に来た日から、皆に怪我はなかったか、そのことが気になってしょうがないみたいだから。それと、

 

 

できれば笑顔で、お礼の方を言ってほしい。そうした方が、きっとあの子も喜ぶだろうから。少なくとも、謝罪よりはずっと、ずっと…ね?」

「…っ!はい!」

「もちろんっす!!」

「は、はい!」

 

静蘭の言葉を聞いて、各々力強く、それでいて笑顔でうなずく三人。

それを見た静蘭は満足そうにうなずいた後、

 

「それじゃ、行こうか?」

 

ゆっくりと、病室のドアを開けて、消毒液の匂いがわずかにする室内へと入っていった。

そして、耳郎達に向けた笑顔よりもすこし優しさが上乗せされたような笑顔を浮かべて部屋の中にいるであろう衝也へと声をかけた。

 

「衝也、グッドなお知らせだ。君の友達が…」

「だぁぁぁ!もうさっきから変なとこで頑固だなぁ父さんは!いいからその手に持ってる紙袋を渡せって!!」

「だ、だめだよ衝也君!こ、これは絶対に渡さないからね!?」

 

病室内に響き渡る叫び声とその声におびえてるかのような声を聴いて、静蘭はその笑顔のまま歩みを言葉を止めてしまう。

耳郎達も口をあんぐりと開けてしまっている。

それはそうだろう。

先ほど、ほかならぬ当人の母親から絶対安静になっていることを聞いたというのに、その本人、五十嵐衝也は

思いっきりベッドから降りて、紙袋を抱きしめてじりじり壁際に後退している中年男性を追い詰めようと歩いていたのだから。

 

「ていうか!その紙袋持ってくるよう父さんに頼んだのほかならぬ俺なんですけど!?なんでここまで持ってきて置いて渡すの渋ってんだよ!?持ってきたんだったら渡してくれないと俺が困っちまうんですけど!?ギブイッツプリーズ!!」

「だ、だめだ!これは絶対に渡さないよ!?ほ、ほんとだよ!絶対だからね!?」

「さっさと渡さんと大けが負わせるぞこの愛すべき最高のお父さんがぁ!!」

「大けがして入院してる衝也君に言われても説得力皆無なんだけど!?あとありがとね!衝也君も最高の息子だよ!」

 

じりじりと間合いを詰めていく衝也に対して、これまたじりじりと後退していく中年男性。

優しそうで、それでいてどこか抜けていそうな、そんなイメージを見せるこの男性は先の会話から推測して衝也の父親なのだろう。

顔もいわゆる草食系イケメンと言われそうな顔立ちで、そう悪くはない。

なんと、あの顔で衝也の家庭は美形揃いだったらしい。

遺伝子はかくも残酷なものである。

と、ここで、後退を続けていた父親(仮)が不意に反撃に出る。

 

「て、ていうか!お父さんは衝也君にメールで『父さん、わりぃんだけど俺の部屋のベッドの下にある紙袋持ってきてくんない?さすがに母さんに持たせるわけにはいかないしさ。思春期でもある男子高校生の切なる願いを聞いてくれ!頼む!』っておくられてきたから、ああこれはきっとそういうものが入ってるんだろうな、それじゃあお母さんには持たせられないよね、しょうがないなぁ持って行ってあげよう!と思ってきたのに!いざ渡そうとしてみたら!」

 

そこまで言って父親(仮)は紙袋の口を下に向け、そのままガサガサと上下に揺らし始める。

その紙袋の中から

大量のダンベルやらおもりやら…

筋力アップのためのトレーニングの道具が音を立てて床に落ちていった。

 

「これだもの!!お父さん思わず二度見をとおり越して四度見くらいして中身確認しちゃったよ!しかも幸か不幸か衝也君に渡す前に!通りでそういう本にしては重いなぁ、なんて感じるわけだよ!何が思春期男子の切なる願いだ!思春期男子が入院中こんなものを親に持ってこさせるかぁい!!」

「思春期男子は皆筋トレにあこがれてんだよたぶん!父さんだって学生の頃はドラゴン○ールに影響されてひっそり身体に重りとかつけて筋トレして、ひっそりかめはめ○の練習とかもしてたんだろ!?あれと同じようなもんでしょうが!?」

「全然違うからね!?ていうか何さりげなく僕の黒歴史ばらしてるの!?一体誰から聞いたのそんなこと!」

「母さんだよ!」

「やっぱりか!ていうか、こんなものわざわざ僕に頼まなくても母さんに頼めばよかったじゃないか!」

「母さんじゃすぐに中身に気づいちまうだろぉが!父さんならアホだから絶対に気づかないと思ったんだよ!アホだから!だから絶対に渡してくれるって信じてたのに!最後の最後で裏切りやがって!」

「失礼極まりない信頼をしないでくれる!?とにかく、これは絶対に渡しません!絶対安静って言われてるんだからさっさとベッドに戻るの!」

「待てよ父さん!じゃあせめてダンベル!ダンベルだけでも!」

「ダンベルだけでもだめに決まってるでしょ!」

「20キロ…いや、10キロの重さのやつでもいいから!それくらいの重さのやつならいいだろ!?」

「重さの問題じゃなくてそんな状態で筋肉を傷めつけようとするなって言ってるの!」

「大丈夫だって!こんな軽いトレーニングで悲鳴上げるような筋肉じゃないからさ俺!頼むって!」

「今の衝也君の筋肉は酷使しすぎて悲鳴も上げらんないでしょうが!」

「ああもうわがままだな!じゃあもうハンドグリップでどうだ!」

「わがまま言ってるのそっちでしょ!握力ならいいとでもいうと思ったのかい!?」

「じゃあもういいよなんでも!とにかく、母さんが来る前に一個でもいいから器具を」

「ふむ、私が来る前にということは…少なくとも私が来たら怒られることは自覚しているわけだ?」

「当り前でしょうが!昨日ちょっとスクワットしようとしてあれなんだ!トレーニング機器持ってこようものならもうとんでもないことに…!」

 

そこまで言って、じりじりと父親(仮)を追い詰めていた衝也の足がぴたりと

まるでねじの切れた人形のように動かなくなる。

衝也の目の前にいる父親(仮)はまるで待ち望んでいた助けが来たように安堵したような表情を浮かべている。

そして

 

ポンと、衝也の肩に綺麗で細い手が置かれる。

 

ギチギチと、まるで壊れた機械のように首を背後へとむけていく衝也。

彼の背後に手を置いたその女性は

顔に笑顔を浮かべながら、それでいて眼だけは笑っていないというなんとも器用な表情を浮かべている。

衝也は、この人の子の笑顔をよーく知っている。

そう、マジ切れした自身の母親の笑顔である。

 

「…は、はろー愛すべき最高のマイマザー…ず、ずいぶんと遅かったですね…」

「ああ、遅れてすまないな私の愛すべき最高の息子殿?」

「いやぁ…ははは。そんな、全然気にしてないよ…来てくれてありがとう。えっと…ダンベルとかしかないけど、くつろいでく?」

 

乾いた笑みで何とか笑う衝也だったが、目に映る母親の笑顔はピクリとも動かない。

そして、ゆっくりとその口が、衝也の世界で一番怒らせたくない生物の口が開かれる。

 

「うむ…そうだな、せっかく来たのだしくつろいでいこうかな…まぁ、それはそれとして…」

 

 

 

 

 

 

 

「貴様、覚悟はできてるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

衝也の耳元で聞こえてきたその声は、峰田あたりが聞いたら卒倒しそうなほどの恐怖を感じるほどのもので

その直後

一人の青年の悲鳴と謝罪の叫びが病室内に響き渡った。

 

 

 

 

そんな中、その一部始終を見続けていた三人は

 

「すげぇな…なんかマジで親子って感じだ。つーか静蘭さんマジでこえぇ。おれ、自分の母親より怖い人見たの初めてかもしんねぇ。」

「ぼ、僕も。そ、それにしても…五十嵐君とお父さん…だよね?なんか雰囲気とか似てるよね。」

「あ、それは確かに思った。耳郎もそう思うだろ?」

「あのバカ…またあほなことして…怪我が悪化したらどうすんだっての…。次またあほなことしたら静蘭さんと一緒にウチのイヤホンジャックで拘束して、意地でもベッドに括り付けてやる。」

「あ、そっちにツッコミ入れるのね…てか、目がマジだぞ耳郎…」

 

それぞれこの特徴的すぎる五十嵐家の感想をつぶやいていたとかいないとか。

 

 

 

 

 

 

 




母親の心情というのを書くというのはこうも難しいものなのですね…。
ちゃんと描けたか心配です。
それはそうと、衝也君の容姿ですが…
なんかイラストがあった方がいいのかなぁ
なんて思ったので書いてみたのですが…
もうほんといろいろやばかったのでイラストは無しということにします。

ごめんなさい。
そのうち何とかします。

ていうか、お見舞い編が終わらねぇ


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見舞いに来た友達に殺されかけた、俺はもう何も信じられない。

体育祭を早く開催したい…
もう番外編何回目か忘れてしまいましたよ…
てなわけで番外編です
どうぞ



あ、後、後半にものすごいキャラ崩壊があります。
もう、ほんとにすごいです。
見たら一発で「あ、ここのことか」ってなるくらいわかります。
なので、
 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
から先を読むときは覚悟を決めて下さい。




「さて、見苦しいところを見せて申し訳ないね皆。ささ、遠慮せずに中に入ってくれたまえよ。」

「あ…は、はい!それじゃあ、お言葉に甘えまして…」

「なあ…大丈夫かな衝也のやつ…」

「自業自得でしょ。」

「容赦ねぇな耳郎。」

 

『五十嵐様』と書いてある病室に謝罪を通り越して懺悔と化した叫び声が響き渡ってからおよそ数分後、

先ほどとは打って変わって優し気な笑みを浮かべた静蘭に誘われた耳郎達は入る前に律儀に「し、失礼しまーす…。」と一礼してから病室の中へと入っていく。

白くて殺風景な部屋、その窓辺にあるベッドへとゆっくり歩いていく。

そして、そのベッドに横たわっていたのは

 

「ごめんなさいすいませんもうしません許してください私が悪かったですごめんなさいすいませんもうしません許してください私が悪かったですごめんなさい……」

「「「怖っ!?」」」

 

光をともしていない目を限界まで見開いてただひたすらに一定の音とリズムで謝罪の言葉を繰り返す五十嵐衝也だった。

最早懺悔をし続けるだけの人形と化している衝也のその姿に思わず挨拶も忘れて恐怖を感じてしまう三人。

一瞬気おされて後ずさりしてしまう三人を見て、その近くで「ふう、これで一安心だぁ。ありがとう静蘭、助かったよぉ。…ん?」と安堵の言葉をつぶやいていた衝也の父親(仮?)が不思議そうな顔をして静蘭の方へと顔を向けた。

 

「なぁ静蘭、この子たちは…もしかして?」

「ああ、もしかしなくてもこの子たちは…例の衝也の友達だよ。」

「おお!やっぱりかい!?」

 

静蘭の笑顔の返答を聞いた衝也の父親(仮)は眼をキラッキラ輝かせながら勢いよく耳郎達の方へと顔を向けた。

それを見た耳郎達は慌てて挨拶をしようとするが、それよりも早く衝也の父親(仮)が耳郎達のもとへと駆け寄っていく。

 

「いやぁ、息子がいつもお世話になってるねぇ!!衝也から君たちの話をたくさん聞いてるよ!あ、僕の名前は五十嵐衝駕!!よろしくね!」

「え、あ、その…ど、どうもっす…。」

 

耳郎の手を取り、ぶんぶんと上下に激しく振りながらニコニコと笑顔を浮かべて自己紹介をしていく衝也の父親、衝駕。

そのあまりのテンションの高さに手を握られてる耳郎は若干引き気味であり、挨拶の言葉を詰まらせていた。

そして、数回ほどぶんぶんと耳郎の手を上下に振り回した後、今度はその後ろの切島たちへと視線を向けた。

 

「ほらほら!君たちもそんなところにいないで、握手握手!!」

「え、あ、う、うっす!あ、うっすじゃねぇ…えっと、こういう時は…あれだ。よ、よろしくっす!!」

「うわわわ…あの、えっと、よ、よろしくお願いします?」

「うんうん!よろしくね!!よろしく!」

 

緊張と衝駕のテンションに圧倒されてかしどろもどろになってしまっている切島と緑谷の挨拶にもにこやかに返事をして握手を交わす衝駕。

もちろん、ぶんぶんと激しく手を振り回すのも忘れていない。

そして、一通り握手を済ませた衝駕は大満足という風に「むふー!」とため息をはき、嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

「うんうん!話に聞いてた通り皆優しそうないい子たちじゃないか!いやぁ実はね、衝也が家であまりにも高校の友達の話をしすぎているから僕も実際どんな人たちなのか気になって気になって!前々からあってみたいなぁ…今度の体育祭で会えるかなぁ?なんて考えてたんだよ!まさかこんな早くに会えるとは思わなかったなぁ!」

「おいおい衝駕、そんなに矢継ぎ早に話していては彼らに迷惑だろう?ほら、自己紹介をしようとしてくれていたのに、驚きのせいで固まってしまっているじゃないか。せめて挨拶くらいはさせてあげたらどうだい?」

「えっ、あ、ご、ごめんね!?ついテンションが上がりすぎちゃって…」

「あ…いやいや、そんな!?別に気にしないでいいっすよ!俺らは別に大丈夫っすから!」

 

衝駕の猛烈な言葉の嵐に挨拶もできずに茫然としていた耳郎達を見かねてあきれた様子で衝駕を注意する静蘭。

そんな彼女の言葉を聞いた衝駕はさっきまでの笑顔から一転、しゅんとした表情を浮かべて、申し訳なさそうに両手を合わせて耳郎達へ謝ってきた。

それを見た切島は、慌てたように首と両手を横に振って否定する。

耳郎達も同様のしぐさをして否定の意を伝えていた。

そんな彼らを見て、衝駕は嬉しそうな笑顔を浮かべて再び口を開く。

 

「本当かい?いやぁ、すまないねぇ…僕は昔からこんなんでさ、よく皆から煙たがられてたんだよ。この前もねぇ…」

「衝駕?」

「あ、いや…その、そ、そうだ!君たちの名前!名前聞いてなかったね!?まぁ聞いてなかったの僕なんだけど!ごめんねぇ、本当に。お手数かもだけど教えてもらえないかな!?」

「え、あ…はい!」

 

再び話がそれてしまいそうになっている衝駕だったが、背後から般若をのぞかせてきた静蘭に名前を呼ばれて、慌てて話を元に戻す。

そして、やっと挨拶ができる場を設けられた耳郎達は、ゆっくりと息を吐いた後、口を開く。

 

 

「えっと…挨拶が遅れてすいません。ウチの名前は耳郎響香っていいます。耳に太郎とかの郎に響く香って書きます。その、よろしくお願いします。」

「お、俺の名前は切島鋭児郎って言います!よろしくお願いしやっす!」

「み、緑谷出久…です!あの、いつも五十嵐君にお世話になってます!」

 

三人とも少しばかり緊張しつつもきっちりと頭を下げて自己紹介をする。

そんな様子を見て衝駕は感心したように数回ほどうなずきを見せた。

 

「耳郎ちゃんに切島君に緑谷君か!なんていうか、まさに名は身体を表すというか!そのまんまな名前だね、うん!切島君以外だけど」

「衝駕?」

「あ…ごめんいまのウソ!忘れて!きれいさっぱり水に流しちゃって!脳内トイレにバーッと!」

 

笑顔でとんでもなくどストレートなことを言う衝駕に再び視線を向ける静蘭。

心なしか彼女のこめかみがピクピクしてるのを視認した衝駕は慌てて耳郎達に両手を合わせて謝罪する。

そんな衝駕を見て、耳郎達は思わず

 

(この人たち、マジで衝也の両親って感じだなぁ。)

 

とあきれ半分に心の中でつぶやいてしまう。

恐らく、7:3くらいの割合でこの二人が交わったら衝也みたいな感じになるのだろう。

もちろん、7は衝駕で3は静蘭である。

残念なことに顔の遺伝だけは欠片もないのだが。

二人とも容姿端麗であるのに、どうしてその息子はこうもどこにでもいるようなありふれた容姿なのだろうか。

神様も酷なことをする、と心の中で同情する三人だが、ふと耳郎は視線をベッドにいる人形に目を向けて、言いにくそうに口を開いた。

 

「あのぉ…すいません。」

「ん、どうかしたの耳郎ちゃん?何か気になることでもあった?」

「あ、いやその…実はウチら…衝也のお見舞いに来させてもらったんですけど…」

 

そういってゆっくりと自分の腕にぶら下がってるビニール袋を見せる耳郎。

そんな彼女に続いて、切島と緑谷もおずおずと自分たちの持ってきたお見舞いの品を衝駕と静蘭に見せる。

それを見た衝駕はまた嬉しそうに笑顔を浮かべ始める。

 

「あ、君たち衝也のお見舞いに来てくれたの!?いやぁ…わざわざ息子のために苦労を掛けて悪いねぇ…あ、ということはもしかしなくても僕ってお邪魔な感じ!?それならそうと早く言ってくれればいいのに!」

「貴様のせいでこの子たちはそれが言えなかったんだろう?そろそろ貴様も覚悟を決めておくか?」

「はい、おっしゃる通りであります、すいませんでした。」

 

嬉しそうな表情から一転して謝罪の言葉を述べる衝駕。

そんな彼を見る静蘭の背後には般若の顔が見え隠れしていた。

そして、謝罪の言葉を必死に繰り返し続ける衝駕に半ばあきれた表情を向けた後、静蘭はいつもの優し気な笑みを浮かべて耳郎達の方へと顔を向ける。

 

「ふう…皆、家のバカが迷惑をかけてすまない。せっかく君たちが息子のためにお見舞いに来てくれたというのに…」

「あ、いや…それは別にいいんすけど…その、肝心の衝也の方に問題があるっていうかなんて言うか…」

「?」

 

耳郎のとぎれとぎれの言葉の意味がよく分からず少し首を傾げる静蘭。

そんな彼女を見て、耳郎は言いにくそうに口を開きながら、ベッドの方へと指を向けた。

 

「あの…衝也のやつ、大丈夫なんすか?どう考えても…普通じゃないというか…」

 

不安そうな彼女の言葉に、切島と緑谷もぶんぶんと首を縦に振って同意する。

そんな彼らを見た静蘭は一瞬きょとんとした後、背後のベッドに視線を向ける。

そのベッドに横たわっている衝也の瞳には生気がなく、身動きすらせずにただひたすらに謝罪をし続けていた。

見る人が見たら病んでると思われそうなほどシュールでゾッとするその光景に耳郎達はもちろん不安を覚えたのだが、その原因を作ったであろう静蘭は

 

「ああ!なるほど、そういうことか。大丈夫、心配しなくてもすぐに戻るよ。うちではよくあることだから。」

 

と言って安心させるためか優しい笑みを浮かべていた。

それを見た切島は、額に汗を流し、若干顔を引きつらせながら「よくある…こと…?」とつぶやいた後、ゆっくりと視線を衝也に向けた。

すると、今まで謝罪の言葉をつぶやいていた衝也の口がぴたりと閉じ、つぶやきが聞こえなくなった。

それを見た耳郎達三人は恐る恐る、そーっと、遠目から衝也の顔を覗き込むように視線を向けた。

そしてその瞬間、衝也は

 

「…アアアアアアアアアアァァァァ!!!!許してぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!」

 

と狂気じみた叫び声をあげた。

 

「よくあること!!?これが!?こんな懺悔の叫びがよくあること!?」

「だ、大丈夫なんすよね!?衝也の奴は大丈夫なんすよね!?」

「一体あの数分でどんなことを…」

 

その叫び声を聞いた緑谷は驚愕の表情を浮かべており、切島も心配そうに静蘭へと詰め寄る。

耳郎も、自業自得だとは言っていたものの少し不安そうにしていた。

しかし、そんなことはお構いなしというように、静蘭は衝也の方へと顔を向けた。

そして、すぐに考え込むようにあごに手を添え始めた。

 

「うん、でも…そうだな、君たちがお見舞いに来てくれているというのに、当の本人がこのままではお見舞いにもならないし、しょうがない。本当はほっといても治るんだが、少しだけ荒療治でいこうか。」

 

そういいながら数回うなずいた後、静蘭はゆっくりと衝也の方へと向かっていく。

その様子を、耳郎達三人は今度は何をするのかと固唾をのんで見守っている。

そして、静蘭は衝也の枕元まで立つと

 

「許して許して許して許アダッ!?」

 

スパァン!といい音を響かせて、ノーモーションで衝也の頭を平手打ちした。

 

「「「……ってえええええええええ!?」」」

 

一瞬静蘭が何をしたのかわからず茫然としていた彼らだったが、目の前で起きたことを時間をかけて認識し、驚いたように叫び声を響かせた。

それはそうだ。

いくら治りかけとはいえ絶対安静の怪我をしている人間の頭をひっぱたいたのだ。

驚かない方がおかしい。

思わず緑谷は静蘭と殴られたせいか頭を俯かせてうなだれてしまった衝也の方を交互に見ながら慌てて静蘭の方へと声をかけた。

 

「ちょ、ちょちょちょ!?え、あ、だ、だい、大丈夫なんですか?頭なんか叩いちゃったりして!?て、ていうかなんで頭なんて!?」

「ん?ああ、大丈夫、心配ないよ、 衝也がこうなった時は最悪たたけば治るから。」

「大昔のテレビじゃないんすよ!?そんなんで治るわけないじゃないっすか!?つ、つーか絶対安静の人間を叩くなんて普通にダメっすよ!?」

 

緑谷の質問に答えた静蘭の言葉を聞いて、慌ててツッコミを入れる切島。

それを聞いた静蘭はそんな切島のツッコミを笑って吹き飛ばした。

 

「大丈夫さ、ほら、だって動かしてはいないんだ。あくまでたたいただけ、安静にはしてるから。それに、いくら何でも本気でたたきはしないさ。こう、軽ーく、スパァン!とね。」

「結構いい音響かせてましたけど!?」

「なんか、やっと認識できた。この人は衝也の母親なんだって。」

 

軽く手首で叩く動作をしながら笑う静蘭にツッコミを入れる切島の後ろで、耳郎はしみじみと納得したようにうなずいていた。

そんな中、緑谷は衝也のベッドの横で心配そうに衝也の身体のあちこちを見まわしていたが、不意に

 

「ん…あれ、俺今まで何を…?」

「「「なんか治ってるうううう!?」」」

 

ゆっくりとうなだれていた顔を上にあげて衝也はゆっくりと困惑しているようにつぶやいた。

それを見た切島たちは驚いた様子でまたもや大声を上げる。

その大声に、思わず衝也は身体をびくりと一瞬上げてしまう。

 

「うお…うるさッ!ってあれ、耳郎に切島に緑谷じゃん!お前らなんでこんなとこに!?」

 

衝也はその音源を探そうとキョロキョロと視線を泳がせ、耳郎達を見た瞬間、驚いたように目を見開いた。

しかし、そんなことはお構いなしという風に、近くにいた緑谷は衝也の方へと詰め寄っていった。

切島も慌てて衝也の方へと近づいていく。

 

「い、五十嵐君、本当に治ったの?大丈夫なの?正気はきちんとある?」

「へ、いや何言ってんだよ緑谷。怪我はまだ治ってねぇよ、この包帯見ればわかんだろ?ていうか、正気はきちんとあるかって、俺別に精神科の病棟にいるわけじゃねから正気を疑われる要素は皆無なんですけど…?」

「え、いや、おめぇだってさっき…」

「さっき…?ん?そういえば俺さっきまで何やってたんだっけ?あれ、確か父さんが見舞いに来てくれて…あれ?なんか、こっから先が全く思い出せない。」

「あ、いや、やっぱ何でもない。何でもないよ衝也。思い出すな、何も思い出すな。」

「そういえば…なんかさっきから後頭部あたりが妙にズキズキする気が…」

「いいから!いいから何も思い出すな!思い出さなくていいんだ衝也!もうやめろ!」

「?あ、ああ、まあ…思い出せないんじゃそれほど重要でもないんだろうし、別に俺はいいけどよ。」

 

切島の言葉で何かを思い出しそうになっていく衝也だったが、それに比例するかのようにどんどん顔色が悪くなっていくのを見ていられず、思わず顔を彼から逸らして思い出そうとするのを止めてしまう切島。

どうやらあまりの恐怖に記憶を心の奥底にしまい込んでしまったらしい。

何が何だかわからないという風に首を傾げた衝也はふと視線を切島から緑谷の方へと

移した。

 

「ていうか、なんでお前らがこんなところにいるんだ?…!もしかして、お前らも怪我とかして病院に入院!?」

「んなわけないでしょ。なんで患者が私服で病院うろついてるんだよ。」

「あ、そっか。」

 

不思議そうにしていた顔から一転して焦ったような表情に変えた衝也を見て、あきれたようにそう言い放つ耳郎の言葉を聞いてポンと手を打って納得する衝也。

だが、すぐにまたあごに手を当てて首をひねり始める。

 

「ん?でも入院じゃないってことは一体全体なんだってこんなとこに?」

「まったく、意外なとこで感が鈍いなぁ相変わらず…。彼女たちはお前のお見舞いに来てくれたんだよ。」

 

半ばあきれたような笑みを浮かべながら衝也にそう言う静蘭。

それを聞いた衝也は一瞬目を見開いた後、顔を静蘭の方へとむけた。

 

「あれ?母さんじゃん!」

「ん。良い子にしてたか衝也。」

 

驚きつつもどこか嬉しそうに静蘭のことを指さす衝也に対して、静蘭は優しい笑みを浮かべながら軽く右手を上げる。

それを見た衝也は若干ため息をはきながら言葉を続けていった。

 

「なんだよぉ、来てたなら来てたって言ってくれればよかったのに。てか、今日パートは?休み?」

「ああ、かわいいかわいいわが子の見舞いのために、仕事を休んできたんだよ。どうだい?優しい母さんだろ?」

「えー…般若のお面が背に見えるような人が?やさしい?」

「ん?聞こえないな?なんていったんだい?」

「とっても素晴らしい母さんだと思いますよ僕は!!」

 

笑顔から一転、背後から般若をのぞかせ始めた静蘭を見て、慌てたように早口でまくしたてる衝也。

そんな衝也はしばらく冷や汗を垂らしながら視線を泳がせていたが、不意に何かに気づいたように口を開いた。

 

「てか、パート休みなら家でゆっくりしとけばよかったのに…せっかくの休みくらい身体休ませといたら?」

「何を言うかと思えば…息子が入院しているというのに家でゆっくりしてられるわけがないだろう?」

 

そういって笑みを浮かべる静蘭だったが、衝也の方は少々渋い顔をして軽く頬を掻く。

 

「そうは言うけどさ…見舞いになんて来なくても俺は別に大丈夫だぜ?もうすぐリハビリもできるようになるし…」

「何を言うんだい衝也君!恥ずかしがらずに寂しいときは寂しいって言わないと!僕なんて衝也君が家にいない生活が耐えられなくて…夜には寂しく枕を濡らしてるんだよ!?」

「とりあえず父さんは見舞いになんて来ずに就職活動ガンバレよ…てか、自分の父親にそう言われる息子の気持ち考えろよ…吐き気がしてくるんだけど?」

「ひ、ひどい!?」

 

父親の悲し気な叫びを正論で一刀両断した衝也のその言葉に、傷ついたような表情を浮かべる衝駕。

そんな父をあきれたように笑みを浮かべながら見ていた衝也はふと、何かを思い出したように視線を耳郎達の方へとむけた。

 

「それで?耳郎達はなんでここにいるんだっけ?」

「え、えぇー…話ちゃんと聞いてたの五十嵐君…。」

「まあ、なんとなくは予想してたけどな、衝也だし。」

「まあ、アホだからね、本当に。」

「本当に、どうしようもないほどアホだな衝也は…母親として恥ずかしくなってくるよ。」

「まぁ、バカは死んでも治らないっていうし、衝也君のバカは一生治ることはないんだよ。」

「おかしい、関係が近しいものほど罵倒のレベルが上がってやがる…」

 

緑谷<切島<耳郎<静蘭=衝駕と、だんだんレベルアップしていく自身の罵倒に軽くげんなりしてしまう。

そんな彼にあきれたようなため息をはいた耳郎はゆっくりと腕にぶら下げていた袋を衝也の軽く上へと持ち上げた。

 

「ウチらは、アンタのお見舞いに来たの!ほら、こうして見舞いの品まで買ってきてやったんだから、感謝しなよ。」

 

耳郎が袋を上にあげたのに続くかのように、切島も二カッと笑顔で自身が持ってきた袋を上にあげる。

緑谷もどことなく恥ずかしそう笑みを浮かべつつも見舞いの品を持ち上げていた。

それを見た衝也はきょとんとした表情を浮かべた後、すぐに照れたような笑顔を浮かべ始めた。

 

「…!なんだよ、それならそうと早く言ってくれればいいのによ!ほらほら、座れ座れ!歓迎するぞお前ら!」

「いや、さっき普通に言ってくれてたぞ、静蘭さんが…」

「細かいことは気にすんなよ切島、漢らしくねぇぞ!」

「アンタが気にしなさすぎなんでしょ…」

 

切島に笑顔でそう言う衝也にあきれながらも促された席に座る耳郎達。

そんな彼らを見た衝也は相変わらず笑みを浮かべながら耳郎達の方を見続けている。

 

「いやー…わざわざ遠いところからご苦労だったな三人とも!さあ、俺に貢ぐものを渡してくれ!さあ早く!前置きとか全然いいからとりあえず貢物を!」

「なんか妙に楽しそうかと思ったらそれが理由か!?現金だなおめぇ!」

「はは、何か五十嵐君らしいね…こういうの!」

「ったく…なんか見舞いに来たのが一気にばからしくなってきた…。」

 

「ほれほれ、早う早う」と言いながら催促をする衝也の姿に思わず声を上げた切島と、嬉しそうな、ほっとしたような笑みを浮かべる緑谷、そして、あきれたようにため息を吐く耳郎。

三者三様の反応を示す耳郎達だったが、その表情はどことなくうれしそうで、ほっとしているような、そんな表情をしていた。

一瞬にして四人の(主に衝也による)バカ騒ぎが始まったが、それを後ろから見ている静蘭はあきれ半分の笑みを浮かべていた。

 

(全く…照れ隠しとはいえ、こんなに騒がなくてもいいだろうに…。家の子はほんと、変なところで純情だよなぁ…狡い作戦とかすぐに立てるのに…。)

 

母親だからこそわかる衝也の照れ隠しの行動に思わず小さく笑ってしまう。

照れてるのを隠そうと必死に騒ぎ立てる衝也をしばらくほほえましく見守っていた静蘭は、持たれていた壁から背を離し、横で同じように笑顔で息子を見守っていた衝駕へと声をかける。

 

「さて、それじゃ私たちはちょっと席をはずしておこうか衝駕。」

「うーん、その方がいいみたいだねぇ…せっかく衝也君のお友達といろいろ話せそうだったんだけど…」

 

そういって衝駕も身体を動かすと、衝也と一緒に話していた切島が慌てて声をかける。

 

「あ、別にそこまで気を使ってもらわなくても大丈夫っすよ!お二人もくつろいでてください!俺らはお二人のおまけみたいな感じっすし…」

「あはは、そんなことはないさ切島君。その証拠に、衝也君のその嬉しそうな笑顔、僕はかなり久しぶりに見たよ。」

「ば!?ちょ、父さん!別に喜んでるわけじゃねぇって!いや、確かにただでなんかもらえるのはうれしいけど!」

「物欲の塊だね…」

「性欲の塊のブドウよりはましだけどな。」

 

照れたように父親の言葉に反論しつつも、緑谷の小さなつぶやきへの返しも忘れない衝也。

そんな彼を見て軽く笑った静蘭は、気にしないでほしいというように軽く手を横に振った。

 

「気を使わなくても大丈夫さ。少し席を外すだけで、帰るわけではないしね。それに…」

「?」

「私たちがいない方が、言いやすいだろうし、ね?」

 

そういって軽くウインクをして笑顔を浮かべる静蘭はそのまま病室を後にする

 

「衝也、耳郎ちゃんたちに迷惑をかけないようにね。」

「わかってます!さすがにお見舞いに来てくれた友達に迷惑かけたりしないって!」

 

前にきちんと注意だけは忘れない。

衝也の返事を聞いた静蘭は「よろしい」とつぶやいて今度こそ病室を後にした。

衝駕もそれに続き「皆、衝也君のことよろしくねぇ!」と言い残してから病室を後にし、扉を閉めた。

それを見ていた耳郎達はしばらくの間、扉を見ていたが、不意に耳郎がポツリと衝也に向けて声をかけた。

 

「ったく、家の母上は心配しすぎだっての…。」

「衝也」

「ん?どしたん耳郎?」

「アンタんちの親、かっこいいね。」

「……醜いアヒルの子とでも言いたいわけか?」

「卑屈すぎる…」

 

「いいさいいさ。どうせ俺は家族唯一のフツメンですよ。遺伝子の残酷さが生んだ醜き子ですよ…」と耳郎の言葉を卑屈にとらえた衝也はベッドで布団に丸まり軽く泣き始める。

地味に気にしていたらしい。

そんな彼を見て、耳郎は(そういう意味じゃないんだけどなー。)と思いつつも伝えるのがめんどくさかったのでスルーした。

 

「ま、とりあえず…静蘭さんたちの気遣い無駄にしないためにも、早めに言っちまうか…」

「ん?何を早めにいうんだ?」

 

切島のつぶやきが聞こえた衝也は、ベッドからモゾモゾと動き、視線を切島の方へ向ける。

すると、目に入ったのは切島のみならず緑谷、耳郎と、いつになく真剣な顔をしている三人だった。

そのただならぬ雰囲気に、思わず衝也は身構えてしまう。

 

「ど、どしたんお前ら…そんな怖い顔して…」

「衝也…」

「お、おう?」

 

切島に名前を呼ばれて、若干つまらせながらも返事をする衝也。

そして、切島たちは、ゆっくりと

 

「「「ありがとう」」」

 

その頭を、ゆっくりと下げた。

予想外のお礼とお辞儀に頭が追い付いていないのか、切島は口を半開きにしたまま切島たち三人を見つめている。

 

「お前が、お前が命がけで俺たちを助けてくれてなかったら、俺たちはきっと…いや、確実に殺されてた。傷だらけで、ボロボロで…動けない体に鞭打ってまで…俺たちのことを、守ってくれた。だから…俺たちは今ここで怪我らしいけがなく立っていることができるんだ。」

「ぼ、僕、たくさん迷惑かけちゃって…足ばっかりひっぱってたけど、どうしても、お礼の言葉だけは言いたくて!こんな頭下げて、お礼の言葉だけ言って…チャラになるような、そんなちっちゃなものじゃないけど…それでも、お礼だけは、どうしても言いたくて!」

「ま、ウチはもう三回もアンタに助けられてるし、ね。それに、言ったでしょ?借りの作りっぱなしはウチのしょうに合わないんだって。いつか、今よりももっと強くなって、必ずこの借りは返す。だから、だからさ、今はこれだけで、我慢しといて。」

 

そういって、三人はゆっくりと下げていた頭を上へと上げる。

そして

 

「「「ありがとう」」」

 

彼らができる精一杯の笑顔で、もう一度お礼の言葉を口にした。

強くなる。

衝也に負けないほど、強く。

そう心の中で誓いながら。

そんな彼らの笑顔を、ただただ茫然と見ていた衝也は微動だにせずそのまま彼らを見続ける。

 

「…?衝也?」

 

長いようで短い沈黙が病室を支配するのが耐えられなかったのか、たまらず耳郎が衝也に声をかける。

そんな彼女の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、衝也はぽつりと誰に言うでもなくつぶやいた。

 

「ありがとう…か…」

「…?なんか言った?」

「いや…」

 

耳の良い耳郎が衝也が何かつぶやいたのに気づき、声をかけるが衝也は軽く頭を横に振った後、照れたように頬を掻き始めた。

 

「んー…なんていえばいいのかな、俺としては…さ…自分がバカみたいに突っ込んじまった半ば自業自得の怪我だと思ってるし…俺一人だけじゃ、たぶんこんな怪我どころじゃすまなかったんだとも思ってる。それに、俺は自分がもう二度と後悔しないように行動したわけで、お前らがそんな気にすることじゃないっていうか…あー、えっと…なんだその…つまりあれだ…ああくそ!なんか、調子狂ったなぁもう!」

 

ガシガシと頭を掻きながらぐおおお!と変なうめき声をあげる衝也。

どうやら予想外のお礼に照れてしまい、言いたいことがうまくまとまっていないように見える。

そんなちょっと珍しい衝也を物珍しそうにまじまじと見続けていた耳郎達。

彼女たちの視線に気づいているのかいないのか…

衝也は頭を掻くのをやめてバッと耳郎達の方を向く。

照れて顔が赤く見えるのは果たして彼女たちの気のせいだろうか。

 

「とにかく!あれだ!お礼言われたら、あー…とりあえず…

 

 

どういたしまして!だ!!」

 

 

 

「「「……」」」

「……」

「「「…ブフォッ!」」」

「笑うなぁ!!くっそ、お前ら動けるようになったら覚えてろよ畜生!!」

「い、いや…だって…ここまで溜めて、結局…どういたしましてって…ほかになんかなかったの…ブフッ!」

「うるせぇ、こっちみて笑うんじゃねぇよ耳郎!つーか後ろ二人も隠れて笑ってんじゃねぇ!!」

「あははは…だめちょっと、こっち見ないで、さっきのどや顔の『どういたしまして』が…あぁ、笑いすぎて…腹筋痛いぃ…!あはははは!」

「耳郎お前ほんとに覚えとけよ!?てか後ろの二人ぃ!!床に膝ついて爆笑してんじゃねぇぞこの野郎ぉ!!」

 

何を言っていいのかわからず、勢いに任せてどういたしましてと叫んだ衝也のそのシュールさに思わず吹き出してしまう三人。

三人のその反応にぐがああ!とベッドの上で雄たけびを上げる衝也。

今、この時こそ身体が動いてほしいと思ったときはそうは無いというのは後の本人の言葉である。

やはりというかなんというか

衝也のいる場所は、どうあがいてもにぎやかになるというのはもう決まっているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

衝也の『どういたしまして事件』からの笑劇も過ぎ去った五十嵐病室。

耳郎達はとりあえず本題であるお見舞いの品を衝也へと手渡し、特にすることもないので必然的に他愛もない世間話をすることとなった。

ちなみに、お見舞いの品なのだが

 

『へいへーい!お前ら早く貢物を渡しな!そうすればさっきの爆笑はチャラにしてやるからよ!』

『言ってろバカ。んで、切島と緑谷は何もって来たの?』

『耳郎、おめぇほんとに容赦ねぇな…俺はあれだな、フルーツの盛り合わせ。なんか病院の見舞いって言ったらこれくらいしか思い浮かばなかった。』

『え!うそ…じ、実は僕もその…フルーツの盛り合わせをお見舞いに…』

『げ…嘘…二人ともフルーツの盛り合わせ?』

『もってことは、耳郎、まさかおめぇも…』

『フルーツの盛り合わせ。ばっちり三人ともかぶっちゃったわけね…。まあ病院といったらフルーツだし、仕方ないよ。というわけで、ほい衝也、フルーツの盛り合わせ三人前。これがお見舞いの品ね。ありがたく受け取んなよ。』

『お前らのお見舞いの品のレパートリーの少なさに俺は猛烈に絶望した…激しく絶望した。甘味だけじゃなく辛味もくれよ…フルーツダイエットかよ。』

 

見事に三人ともダダ被りであった。

衝也が寝ているベッドの横にはリンゴやらなにやら色とりどりのフルーツが盛りだくさんで、全部食べたらもうむこう三週間は衝也の身体にビタミンはいらなくなるのではないのかと思うほどの量である。

 

「それでよ、爆豪の奴その場に集まってたやつら全員をモブ扱いしてA組は目の敵にされちまったってわけよ。もう学校にあるトレーニングルームや訓練場を使ってる時の視線が怖いのなんのって…」

「ぼ、僕も登校のときとかすごい視線を感じるようになったよ…ちょっと怖いくらいに。まあ、かっちゃんらしいと言えばらしいよね。」

「おうおう、爆豪のせいでお前ら苦労してるのぉ…。これは俺も退院した時にちょっと気を付けなきゃなぁ。今のうちにB組の皆さまに媚売っとこう。…フルーツの盛り合わせ持って。」

「アンタ、よくお見舞い渡したウチラの前でそんなこと堂々と言えるよね…」

「ん?でもB組ってどこの組だ?つーか何科だっけ?普通科?ヒーロー科はA組だけだもんな…つーことはB組は普通科か!」

「アンタ、絶対媚売るのよした方がいいよ。絶対に。」

 

耳郎があきれたような表情を衝也に浮かべた後、げんなりした表情だった切島はふと視線を衝也の方へとむけた。

 

「そういや、衝也は体育祭どうするんだ?」

「ん、まぁ怪我もギリギリ一週間前には治ってるだろうし、リハビリがてら筋トレして体育祭始まるまでにコンディション整えるしかないだろ。」

「リハビリがてらに筋トレ…」

「まずはダンベル20キロくらいからかねぇ…あ、後は勘を取り戻すためにも演習場とか借りないとな」

「…アンタ、自分の身体に何か恨みでもあんの?」

 

リハビリがてらにとんでもないことをしようとしている衝也に軽く顔を引きつらせる緑谷と耳郎。

そんな二人と衝也を見てあきれたように笑い声をあげていた切島はふともぞもぞと落ち着きなく動き始めた。

それに気づいた衝也は、いち早く切島に声をかける。

 

「どうした切島?尿意か?それとも便意か?」

「言い方に悪意しかねぇ!?普通に便所でいいだろうが!」

「じゃあ、間をとって便所意で」

「なんだよそのエンジョイみたいな言い方…」

 

ケラケラと笑いながら自身をからかう衝也を見てまたもやげんなりとした表情を浮かべた切島は、仕方ないという風に首を横に振った後、ゆっくりと座っていた椅子から立ち上がった。

 

「さってと…それじゃあ、ちょっとトイレ行ってくるわ。」

「便所じゃねぇんだな。」

「おめぇいい加減にしとけよ…つーか、ほんとに元気だよな、心配して損したわ!」

「おいおい、この包帯だらけの姿が見えないのか?」

 

そういって自身の身体を見せる。

彼の頭を除いて身体はほとんど包帯だらけで、動かせそうなのはリカバリーガールが治してくれた右腕のみ。

その右腕もリカバリーガールの指示で、次彼女が来るまでなるべく動かさないようにとのことである。

 

「ま…怪我をしても衝也は衝也ってことだわな。ちと安心したわ。」

「安心して漏らすなよ。」

「漏らすか!ほんっとにおめぇは…」

 

そういって呆れた様に笑いながら病室を出ようとする切島と、それを見ていつもの笑みを浮かべる衝也。

そんな中、緑谷は急に慌てたように立ち上がった。

 

「あ、き、切島君!ぼ、僕も一緒に行っていいかな?なんか、五十嵐君としゃべって安心したらつい…」

「おう、じゃあ一緒に行くか緑谷!ついでにトイレどこにあるのか知らねぇから教えてくれ!」

「わからないで行こうとしてたんだ…あ、じゃあ、またすぐ来るね!」

 

そういいながら切島のもとへと駆け寄っていった緑谷。

そして、切島とともに衝也と耳郎の方へと手を振りながら病室を出ていった。

残されたのはベッドの横にある椅子に座ってる耳郎とベッドで寝ている衝也の二人だけになってしまった。

 

「衝也…」

「うぬ?」

「仮にも女子がいるのにそういう話する?」

「…すまん」

 

仏教面でそういってくる耳郎にただただ平謝りをする衝也。

確かに、女子がいるこの場であのジョークはするべきではない。

自身の軽率な行動を反省しながら申し訳なさそうにしている衝也を見て、耳郎はあきれた様にため息を吐いた後、話をつづけた。

 

「ま、けどさ…切島が言ったことじゃないけど、ほんとに、大したことなくてよかったよ。一時はほんとどうなるかと思ったし」

「ん?おう、まぁな。まぁ、まさか俺もこんなに早く治療できるとは思わなかったよ。リカバリーガール様様だよほんと。右腕とかよく残ってたよな、的なこと言われたし。」

 

そういって、うんうんとうなずく衝也を見て耳郎は少しだけ表情を曇らせた。

 

「は…?ちょっと、それってどういう意味?」

「ん、ああ。なんかな、リカバリーガールが言うには、最後の一撃あったろ、俺が脳無に撃った奴。あの威力の衝撃出してたら普通腕ごと爆散してるはずなんだって。」

「爆…ッ!?」

「いやぁ、その話聞いたらさ俺って案外ついてんのかもなぁ…なんて思ったりして…」

 

豪快にアハハハと笑う衝也だったが、次に視線を耳郎に向けた後、思わず笑うのを止めてしまった。

耳郎の表情は、どこか不安げで、悲しそうな、いつもの前向きな彼女には珍しい表情を浮かべていたからである。

その表情を見て、思わず衝也は気まずそうに視線をそらしてしまう。

すると耳郎は、急に椅子の上に足をのせ、器用に椅子の上で体育座りをしておでこを膝の間につけて顔を俯かせた。

そして、何かを考えているのか何もしゃべらずにそのままになってしまった。

重く、気まずい無言の空間の完成である。

思わず衝也は上を見上げてしまう。

なにやら知らないうちに地雷のようなものを踏んでしまったようである。

 

(くっそ…重苦しい、気まずい。何が悪かったんだ今の発言の…。ちょっとした冗談みたいな話だったのに…まあジョークではなかったんだけど。顔も悪い、女の子の会話もだめじゃ…俺、男としてあれだぞ…)

 

がっくりと心の中で肩を落とす衝也だったが、実際何かいい案があるわけではないのでどうしようもない。

せめて何か会話でもしようとするが、悲しいかな生まれてこの方付き合うどころか告白すらされたことのない非モテなフツメンである彼に女の子と楽しく話できるほどのイケメンスキルも話題もないのである。

まさしく八方ふさがりとはこのことだ。

それでもなんとか会話をしようとうんうんうなっていると、不意に耳郎が体育座りのまま話しかけてきた。

 

「衝也はさ…」

「ん?」

「衝也はさ、強いよね…ほんとうに。」

「?…どうしたよ、いきなり。」

 

いきなりの耳郎の言葉に思わずきょとんとしてしまう衝也。

そんな彼の問いかけに、耳郎は顔を上げずに、淡々と答えていく。

 

「だってそうでしょ?あれだけ傷だらけでも、動けない体してても立ち上がって、まだあって1か月くらいしかない友達のために、全力で戦って、そして勝つんだからさ。マジでヒーローって感じじゃん。」

「それは…なんだ、あれだろ、火事場のバカ力ってやつなんじゃねぇの?ピンチになってたまたま出せた力であってさ、本来の力とはまた違うんじゃねぇかなぁ?」

 

そういって軽く笑い声を出す衝也だったが、耳郎はその言葉には反応せずに話を続けていく。

 

「…怖かった。」

「?」

「切島はさ、アンタが血だらけで倒れてるのを見て、『情けなくて悔しかった』って言ってた。自分が弱かったから、友達のアンタをあそこまで傷つけることになったんだって。」

「あいつ、そんなこと言ってたのか…気にしなくてもいいのに、切島らしいつーか何つーか…」

 

そういって苦笑いする衝也だが、耳郎はそんなことには耳を貸さずに話を続けてく。

 

「そりゃ、ウチだって情けなかったし悔しかった。アンタを、山岳ゾーンで会った時に止めていれば、こんなことにはならなかったんじゃないかって。自分がもっと強かったら、アンタの足を引っ張ることにはならなかったんじゃないかって…」

「……」

「だけど…一番最初に感じたのは、恐怖だったんだ。アンタが、衝也が死ぬかもしれない。もう会えなくなるかもしれない。アンタの笑顔を見ることも、声を聴くことも、バカなことしてるとこ見ることも、何もかも全部できなくなるんじゃないかって思ったら…怖くて、怖くて、涙が止まらなかった。」

「……」

「もう、いやだよ。友達が、目の前で傷ついて、血だらけで倒れるのなんて、見たくない!」

「……」

 

顔を上げずに、そう呟いた耳郎は、時々嗚咽を混じらせながら、肩を震わせている。

先ほどまでの明るく、前向きで正直な彼女とは打って変わってしまっていて、衝也も少しだけ表情を暗くする。

ヴィランが襲撃してから一週間もたっていない。

そんな短期間で、そのとき受けた傷をいやすことなど、できないのだ。

特に、切島や耳郎などの、受けた傷が大きいものであればなおのこと。

まだ決して克服できているわけではないのだ。

友を失いかけたその悔しさや後悔、そして恐怖から。

中には、自分自身で答えを見つけ克服できたものもいるのかもしれない。

しかし、普通ならば、このように些細なきっかけで傷が開いてしまうはずなのである。

かつて、衝也がそうだったように。

 

(つらいよなー…そりゃ。つらくないわけ…ないよな。)

 

目の前で友が死にかけていて、ましてや当事者なのだとしたら、それは深い傷として残るのだろう。

その傷を乗り越えて、前へ進めるようになる者はけっして多くはない。

 

 

 

 

 

 

耳郎はその震える声のまま…そっと、つぶやくように衝也へと問いかける。

 

「ねぇ、ウチは…どうしたらアンタを守れるほど強くなれる?ウチは…どうしたら誰かを守れるほど強くなれる?ウチは、本当に…誰かを守れるような…

 

 

ヒーローに、なれるのかな…?」」

 

不安、恐怖、悲しみ、葛藤、様々な感情が入り乱れている彼女のその問いかけに、衝也は…

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん、なれるに決まってんだろ。」

「え…ッ!?

 

間髪入れずに即答した。

何の迷いもない、すがすがしいほどあっさりと、そう言い放った。

その瞬間、耳郎の肩はピクリと跳ね上がり、そのまま、ゆっくりと顔を上げる。

耳郎の目は涙であふれ、彼女の頬には涙の跡が見える。

そんな彼女の視線の先にある衝也の顔は

いつもよりも少し優し気で、耳郎が強くなれることを一切疑っていない、晴れやかな笑顔だった。

 

 

「俺の持論、耳郎は一回聞いてたっけ?」

「…『知ってる』か『知らないか』で、その時の行動は…変わる。」

「正解!」

 

そういって衝也は嬉しそうに軽くうなずくとさらに言葉を続けていく。

 

「今回さ、耳郎達はきっと『知ること』ができたはずなんだ。誰かを失う恐怖や悔しさとか。そして、それを知ったものは否が応でも変わっていくもんなんだと俺は思うのよ。まぁ、それが良い方向へいくか悪い方向へ行くかはその人次第だけどな。」

「…じゃあ…ウチだって、良い方向へ行くかは、わかんないじゃん。もしかしたら、悪い方向に」

「ないないないないそれはない。まかり間違ってもそれはない。だっておまえ、

 

自分で言うほどそんな弱くねぇもん、むしろ結構強いと思う。」

 

衝也のその自信たっぷりのその言葉に耳郎は思わず目を見開いてしまう。

自分は強くはない。

だって、強かったら、衝也をここまで傷つけるようなことにはならなかったはずなのだから。

それなのに、目の前の男は、そんな自分を強いと言っている。

 

「さっきお前は俺のことをさ、会って一か月も経ってない友人のために体張れるなんてすごい、みたいなこと言ってたけどさ、そのあって一か月も経ってない友達の身を心配して本気で止めてくれたのはどこのどなたでしたかな?」

 

そういって、軽く肩をすくめながら衝也は笑みを浮かべて耳郎の方を見つめ続ける。

 

「ヴィランの攻撃から俺を助けてくれて、脳無から俺を守ろうとしてくれて、自分が殺されそうになっても、ずっと俺のそばにいてくれたのは…お前だろ?あの時お前が死柄木から助けてくれなかったら、俺マジでやばかったんだぜ?」

「……」

「あの時、お前は、俺に『一人じゃない』って、そう言って笑ってくれただろ?俺を安心させようとして、俺を守ろうとして、必死にそう言って、俺を守ってくれた。少なくともさ、その姿は俺にとって

 

 

 

ヒーローそのものだったよ。」

「…っ!」

「だから、あんまり思いつめんなって、切島みたいにパパッと切り替えちまいな。耳郎は弱くなんてないさ。少なくとも、ここに一人、お前に救われた命があるんだから。友達の命を救うために命張れるほど優しいお前が、弱いわけねぇだろーよ。心配性なんだから。」

 

そう言って、耳郎の方へと手を伸ばし、ぐりぐりと頭を撫でまわす。

乱暴そうに見えて、それでいて優しく、温かいぬくもりを感じるその無骨な手の平に撫でられると、なぜだがすごく心が安らいで、ものすごく、安心してしまう。

その瞬間、耳郎は下を俯き、何粒ものしずくを床へと流していく。

 

「…ウチ、強くなるから!」

「おう。」

「アンタを守れるくらい強くなるから!」

「おう。」

「皆を守れるように、だれも失わないよう強くなるから!!」

「…おう!」

 

衝也に撫でられながら、顔を下に向け、何度も、何度も、そう誓い続ける耳郎。

そんな彼女を、衝也はどこかの女性のように優し気な笑みをしながら、撫で続けていた。

 

 

 

 

 

 

そんなことがあってから10分後

(……気まずい。)

 

あの後、必死に耳郎のことをなだめ続けた衝也だったが、ふと、自分は何をしてたのかと思ってしまう。

耳郎に偉そうなことをのたうち回り、上から目線で強くなれるだのなんだの。

挙句の果てには女子の頭を撫でてしまう始末。

いや、まぁ撫でたことはこれで三回目になるが。

それにしたってこれはもう駄目である。

気まずいどころか…冷静に考えて

 

(偉そうに上から目線で言えるほど偉くねぇだろうが俺は!ああもう、穴があったら飛び降りたい…)

「はぁ…」

 

隠れるどころかもういっそ死にたいと思ってしまう衝也はベッドの上で重苦しい溜息を吐いてしまう。

 

一方の耳郎はというと、窓際のほうで椅子に座り、窓枠に肘をつき、頬杖をしながら窓の外を見ていたが

 

(……ハズイ)

 

顔を真っ赤にして猛烈に恥ずかしがっていた。

衝也の右腕の話を聞いて、ふと、ふたが外れたかのように思っていたことや隠していた弱音を全部ぶちまけてしまった挙句、男子に慰められ、あろうことか頭を撫でられる始末。

末。

いや、まぁ撫でられたことはこれで三回目になるが。

それにしたってこれはさすがに恥ずかしすぎる。

自身のコードを指でいじくりながら必死に冷静になろうとする、が

 

(なんだよ、アンタを守れるほど強くなるからって…何言ってんだウチは!?これってなんか…その…聞きようによってはなんか!こ、ここ、こく、告白してるみたいじゃん!?まぁ、ち、ちがうけどね!これはあくまで、そう友達として!友達として衝也を傷つけないようにするだけであって…そこに恋愛感情なんてものは無い!そう、絶対ない!ありえない!)

 

ぶんぶんと首を横に振って自分の中に浮かんできた考えを否定する。

確かに告白といえば告白だが、どちらかというとこのセリフは男子が言うような告白セリフなのだが、耳郎はそのことには気づかない。

 

(ていうか、あれだなぁ…前から思ってたけど、衝也の手って意外と大きくて無骨だよね…なんか、ちょっとごつごつしてたし…)

 

そこまで考えて、ベッドの上にいる衝也の手元の方へと視線を移動させる。

よく見ると、衝也の手はまめのあとやタコができており、意外とボロボロで大きいことに気づく。

 

(温かかったな、アイツの手……てぇ!!ウチは何を思い出してるんだこのバカ!?)

 

頭の上に手を置きながらぼーっとしていた耳郎だったがすぐに正気に戻り、真っ赤な顔をして首をぶんぶん横に振る。

それにつられて耳郎の耳たぶのコードもぶんぶんと揺れる。

そして、首を振るのをやめた耳郎は

 

(あー、もうはずぎる…穴があったら飛び降りたい。)

 

やはり隠れるどころか死にたいと思ってしまう耳郎は思わずため息を吐く。

 

そんな中、こんな空気をどうにかしたかった衝也は、自身の脳をフル活用して何とか話題を作り出し、最初にこの気まずい空気を破って見せた。

 

「いやぁ…しかしあれだなぁ!切島と緑谷の奴は遅いなぁ!?トイレに一体何分かかってんだろうな!?もしかして、マジで大きい方だったりして!」

「…女子の前でそういうのよしてよって言ったじゃん。」

「…あ、す、すまん」

「……」

「……」

 

本日二回目の沈黙に突入である。

 

(馬鹿か俺は!?あの時もうトイレの話題はNGだっつったろーに!?いい加減学べやこのアホ!そんなんだからお前は告白もされないし彼女もできないんだ!このくそ非モテDT野郎!!…あ、今のちょっとへこんだ…。)

 

学習しない自分に思わず心の中で自虐的に罵倒してしまう衝也。

もう何が正解で何が間違いなのかもわからなくなってきてしまっている衝也は何か助けになるもの、せめて話題になるものでもないかとあちらこちらに視線をやる。

そして、隣の棚に置いてあるフルーツの盛り合わせを見て、もうこの際なんでもいいから話題にしちまえ!と半ばやけくそに話題を作る。

 

「な、なあ、ちっと腹減ったんでフルーツかなんか食っていい?」

「…わざわざ許可なんて取らなくても、もうアンタにあげたもんなんだから、好きに食べなよ。」

「…だよな!悪い悪い。」

 

相変わらず窓の外を眺めたままそっけなく返す耳郎に軽くわらいながら謝罪する衝也。

作戦失敗である。

 

(もう誰でもいいからこの状況を何とかしてくれ!てか切島と緑谷はほんとどこで何してんだこのやろー!)

 

と心で涙を流しながら、フルーツの入れ物に静蘭が入れておいてくれた果物ナイフを右手でつかんだ衝也は、その果物ナイフを目の前のテーブルに置き、今度はリンゴを(お一応食べたい。さっきから口の中が乾いてしょうがない)手に取ろうとしたとき

 

「ちょっとまって。」

「うお!?」

 

いきなり耳郎にその手を止められてしまった。

突然のことで軽く目を丸くしてしまう衝也だったが、右手を素直に引っ込め二郎の方を向く。

相変わらず耳郎はこちらに目を合わそうとはしないが、それでも身体だけはこちらに向けてくれていた。

 

「…どしたん耳郎?」

「どうしたじゃない。アンタね、自分がどんな状態か本気でわかってんの?絶対安静、何でしょ?」

「?そりゃまぁな。医者からもリカバリーガールからもそういわれてるし…。」

「だったらなんで果物なんて切ろうとしてんだよこのアホ。右腕も使うなって言われてるんでしょ。第一アンタ今左手使えないでしょうが。そんなんで果物切ったら怪我するっての。」

「…だからって、皮剥かなきゃ食えんだろ?さすがに丸かじるはちょっと…」

 

そう言って首を傾げる衝也を見て、耳郎は思わずといったようにガシガシと頭を掻く。

 

「…ああ、もう!ここまで言ってなんでわっかんないかなぁ?ウチがやるから、アンタは動かなくていいって言ってんの。全く、目ぇ放したらすぐ動こうとすんだから、あきれるよほんと。」

「あ、ああ…なるほどそういうことね。さ、サンキューな耳郎!」

 

そう言って衝也から果物ナイフを奪い、リンゴを片手でわしづかみ、くるくると皮をむき始める耳郎。

その様子はなかなか様になっており、それなりに料理をやっていることがわかる。

耳郎がリンゴの皮をむく音が響く中、とりあえずすることもないのでじっと耳郎の皮をむく姿を見続ける衝也は、何とはなしに口を開いた。

 

「耳郎ってさ、俺の母さんになんとなく似てるよな。」

「アンタは、ウチがあんなにスタイルよく見えるわけだ…。何、嫌味?」

「俺もたいがいだけど、お前も卑屈だなおい…」

 

ギロッ!という音が聞こえてそうなほどにらみをきかせた耳郎に思わずげんなりとした表情を浮かべてしまう衝也だったが、軽くせき込んだ後、気を取り直して話を続けていく。

 

「そうじゃなくて、性格がってこと。」

「性格?」

「そ、面倒見のいいところとか、優しいところとかさ、そういう内面が似てるってこと!」

「…ウチが怒った時には般若が出てくるんだ。なるほどねー。」

「だっから、なんでそう捉えるかなーったく…。」

「あはは、冗談だよ冗談。ま、とりあえずは褒め言葉として受け取っとく。」

「もっと素直に受け取ってくれよ。」

 

またもやげんなりとして肩を落とす衝也の姿を見て、思わず笑ってしまう耳郎。

そんな彼女をみて、とりあえずは何とか空気がよくなってきているのを感じた衝也はほっと息をなでおろす。

そして、視線を再び耳郎の方へとむけた。

 

「…ていうかさ」

「ん、何?」

「お前そこまで自分のこと卑下にしなくてもよくないか?」

「は…どういう意味それ?」

 

衝也の言葉に思わず皮をむく手を止めて首を傾げてしまう耳郎。

そんな彼女を見て衝也は話を続けていく。

 

「目だって大きくてクールでかっこいいし、髪だってさらさらしててきれいだし、その耳のコードだってなかなかかわいいじゃん?見たところ肌だって結構きれいみたいだし、もうちょい自分に自信もってもいいんじゃね?」

「……」

「…おい、リンゴ、落ちたぞ?」

 

いきなりの衝也の言葉にフリーズした機械のように動かなくなってしまう耳郎。

手元からごとりとリンゴも落ちてしまっている。

そんな彼女を見て心配そうに衝也は問いかける。

そんな衝也に耳郎は視線を勢いよく向け、ズズイと詰め寄っていった。

心なしかその顔が真っ赤になっている。

 

「…ッ!あ、アンタ!何でいきなりそういうこと…言うかなぁ!?」

「え、いや、褒めてるのに、なんで怒られてんの俺?え、なんかダメだったか?」

「~ッ!ああー!もういい!」

 

なにやら煮え切らず、声にならない声を上げていた耳郎だったが、半ばやけくそ気味にそう言って落ちたリンゴを拾い上げ、そのまま皮をむくのを再開する。

 

「…変えようぜ、リンゴ。」

「うっさい、三秒ルールだ。」

「おかしい、俺とお前の三秒にはずいぶん違いがあるみたいだ。」

 

衝也の問いかけにもそっけなく答え、皮剥きを黙々と進めていく。

そんな彼女の姿を見て、再び衝也は口を開いた。

 

「にしても、包丁の使い方うまいな耳郎は。」

「ん、まあ時々家の手伝いで料理とかするしね、そこそこはできるよ。」

「おおーすげぇな。そこは俺の母さんとは違うな。」

「え、静蘭さん料理下手なの?だとしたら意外かも…」

 

そう言って驚いた様子を見せる耳郎だったが、衝也は軽く頭を横に振って否定した。

 

「いや、普通。ただ俺の方がうまい。」

「ごめんそっちの方が意外だったわ。」

「……」

 

耳郎の一言で再び肩を落とした衝也を見て、「ごめんごめん、冗談だって」と笑顔でなだめる。

そんな耳郎を見て、衝也はまたもや爆弾発言を落としてくる。

 

「耳郎は、あれだな。いい嫁さんになりそうだよな、将来。料理もできて性格もよくて、ルックスもばっちりの。」

「……」

「…おい、リンゴ、落ちたぞ?」

 

またもやフリーズした機械のように動かなくなってしまう耳郎。

またもや手元からごとりとリンゴが落ちる。

そして、また耳郎は衝也の方へと近寄っていく。

やはり、その顔が赤く見えるのは気のせいだろうか?

 

「…ッ!あ、アンタねぇ!からかうのもたいがいにしないとマジで怒るかんね!?心臓破裂させるよ!?」

「褒めた見返りがむごたらしい!?」

 

もう何が何だかわからないよ!という風に頭を抱えそうになる衝也に、耳郎はもう何度目かわからないため息を吐いた後、ゆっくりとリンゴを拾い上げ、皮をむき始める。

 

「なあ」

「三秒ルール!!」

「…はい。」

 

そして、待つこと数分

 

「はい、アンタの横入れのおかげでずいぶんと時間かかったけど、ちゃんと剥けたよ。」

 

そう言って、お皿に盛った(ナースに持ってきてもらった。)リンゴを衝也のテーブルへと置く耳郎。

それを見た衝也は笑顔で耳郎の方へと顔を向けた。

 

「手間かけちまったな耳郎。サンキュー!」

「ほんと、リンゴ剥くのにこんな疲れたのたぶん初めてだわ。」

 

軽く肩を拳でたたきながらそういう耳郎にお礼を言いながら衝也は視線をリンゴへ向ける。

 

「うーむ、落ちたリンゴを食べるのには勇気が…」

「ちゃんと洗ってるから大丈夫。ほら、さっさと食べな。」

「おお、そっか、ならいいや。それじゃあ早速…」

 

そう言って衝也はリンゴを食べようと右腕を動かそうとするが

 

「ちょ!?いきなり何右腕動かそうとしてんの!?」

 

それを耳郎に止められてしまう。

 

「え、いや、だって、俺今右腕しか動かないし。」

「だから!右腕も絶対安静なのに、どうして動かそうとするかなぁアンタは!全く。」

 

そう言ってあきれた様にため息を吐く耳郎だったが、対する衝也は困惑したように耳郎へと、肝心な質問を投げかけた。

 

「けどよ、右腕動かせないんじゃ俺リンゴ食べれないんだけど…?」

「あ……」

 

衝也のその言葉に一瞬目を見開いた後、耳郎は何秒か固まってしまう。

そして、しばらく何かをぶつぶつとつぶやいたき始めた。

 

「これって、どう考えてもそれしかないよね?ほかに方法もないし、もう完璧にそれしかにないよね?いやでも、それはさすがに…」

「?」

 

ぶつぶつし続ける耳郎を不思議そうに見続ける衝也だったが、不意に耳郎が覚悟を決めた様に長く息を吐き、

突然テーブルに置いてあったフォークをつかみ始めた。

 

「いい?これは、その…仕方なくだから!アンタは今両腕が使えなくて、リンゴが食べれない、だから、仕方なく、仕方なく!やるんだからね?そこのところ、変に、その、勘違いしたりしないでよ!?ウチがやりたくてやってるわけじゃない!OK?」

「?ああ、わかった…けど何を?」

 

何を言ってるのかよくわからないがとりあえず了解だけはする衝也。

それを見た耳郎は大きく深呼吸をすると、

自身が持ってるフォークでリンゴを刺し、

そのリンゴを

 

「ほ、ほら、口開けなよ…。」

 

衝也の方へと差し出した。

そう

これは

いわゆる

『あ~ん』というやつである。

そう、よくリア充どもがやっていて、人によっては恨みを込めた目で見るイベント、

『あ~ん』である。

 

(え…あれ、ちょっと待って、あれ?これ、あれ?これ、あれ、これどういう状況?)

 

突然のことに脳内がパニックに落ちいてしまった衝也は目の前に差し出せれたリンゴと耳郎に交互に視線を泳がせる。

 

「…すまん、これどういう状況?」

「ど、どういう状況って…い、いいからアンタは早くリンゴ食べなってば!」

「え!?いやこれだってどう考えても」

「それ以上言ったらアンタの心音ウチの心音で消し飛ばすよ!」

「殺されるのか俺は!?」

 

(いや、のんきにツッコミ入れてる場合じゃねぇ!とりあえず、落ち着け、素数を数えるんだ、あれ…素数ってなんだっけ?3.141…ってこれは円周率じゃねえか!?あれ、ちょっと待って、思考回路が追い付いていませんですことよ!?)

 

思わず心の中で叫びながらも必死に、何とか状況を整理しようと周りを見る、

目の前の耳郎は手をこちらに伸ばして、自分が食べるのを待っている。

顔の向きは気恥ずかしいのか完全に横に向いているが、時折こちらをちらちらと見てくる。

ついでに耳のコードも時折プラプラと揺れていた。

その耳は上から下まで真っ赤である。

もう何が何やらさっぱりな状況である。

もうどうしてこうなったのかも衝也には理解できなくなってしまっている。

 

(とりあえず落ち着くんだ、冷静にあたりを見渡せ、てか目の前でちらついてるこれはなんだ!?リンゴだよな?リンゴでいいんだよな?)

 

もはや目の前に差し出されたリンゴが果たしてリンゴかどうかもわからないくらい混乱してしまっている衝也は、きわめて、冷静に、そう冷静に言葉を投げかける。

 

「リンゴが俺を食べればいいんだよな、耳郎?」

「え、え、何!?ごめんちょっと、きこえなかった、かも…」

 

訂正、両者ともに冷静じゃないらしい。

「俺がリンゴを食べればいいんだよな」と言いたかった衝也だったが、彼の口から出てきたのは世にも恐ろしい人食いリンゴであった。

そして、耳郎も緊張しているのかどうなのか、珍しく声を聞き取れずにいたらしい。

衝也は今度こそと、大きく息を吸う。

 

「俺は、リンゴを、その…食べればいいんだよな?え、ていうか、ほんとに食べていいのか?え、こういうのってもっとこう、好きな人同士でやるもんじゃないのか?」

「う、うるさいな!しょうがないじゃん、アンタは腕使えないんだから!べ、別に友達同士でやったって問題はないでしょ!いいから、早く食べなって、ウチ、もう腕が疲れてきたんだけど!」

 

チラチラとこちらを横目で見ながら必死にそういう耳郎の言葉を聞いて、衝也は思わず固唾をのんでしまう。

生まれてこの方、母親以外の異性からこんなことなどされたことがない。

ましてや付き合ったこともない衝也は、こういったことにかなり慣れていないのである。

静蘭の言う通り、変なところで純粋な男である。

 

「え、えと…じゃあ、その…食べます。」

「んっと…そ、その…どうぞ。」

 

衝也がそういうと、耳郎も少しだけ返事をして後、リンゴを衝也の口へと近づける。

そして、衝也は、意を決したように目をつむって耳郎の方を見ないようにし、口を大きく開けて、前へと持って行った。

そして、そのリンゴが衝也の口へと入ろうとしたその瞬間

 

「うぃーっす、衝也!見舞いに来たぜー!」

「…ッッ!!?」

「ゴフガァッ!!!!??」

 

いきなり開かれたドアに驚いて、耳郎は差し出してたリンゴ付きフォークを思いっきり前へと突っ込んでしまう。

そして、慌てた様にフォークを離し、ドアの方へと顔を向ける。

すると、そこには

上鳴を先頭に、クラスのみんなが続々とドアの方から病室へと入ってきていた。

 

「五十嵐君!クラス委員長としてお見舞いに来させてもらったぞ!皆でお金を集めて高級なメロンを買ってきた!ぜひ食べほしい!」

「あ、切島の言う通り耳郎がいた。てことはやっぱお前ら三人はもう病院についてたのな。」

「やっほー響香ちゃーん。五十嵐君大丈夫だった?」

「五十嵐ぃ!無事か!?腕おれてねぇか!?欲求不満になってねぇか!?てか、かわいいナースのおねぇさんいないか!?」

 

飯田、上鳴、葉隠、峰田と、続々と入ってくるクラスメートたちを茫然と見つめる耳郎。

 

「え、皆…なんでここに?」

「お見舞いだってさ。」

「あ、緑谷!切島も!」

 

耳郎の質問に答えてくれたのは、そんなクラスメートに混じって病室に入ってきた緑谷だった。

もちろん、隣には切島もいる。

 

「実は、僕たちが病院についた後、飯田君が皆に五十嵐君のお見舞いに行こうって提案してたんだって。」

「飯田が?」

「なんでも、皆でお見舞いに行けば衝也も喜ぶんじゃねぇかってな。それで、俺らにも連絡してくれたらしいんだけど、ほら、俺らってそのときもう病院だったじゃん?だから携帯も電源切ってて気づかなくてさ。」

「それで、とりあえず僕ら以外の人が集まり次第病院に行くことになったらしくて、それでみんなとさっきトイレに行った帰りにちょうど鉢合わせしたってわけなんだ。」

「ま、ダチを思う熱い気持ちはみんな一緒だったってことだな!爆豪と轟はきてないけど。爆豪はともかく、轟は何か、この病院だけはだめだとか言って、来なかったんだ。お金は後で渡すらしいけど。」

「な、なるほど、そうだったんだ。」

 

緑谷達んの話を聞いて納得したようにうなずいた耳郎のもとへと1-A女子たちが耳郎のもとへと駆け寄っていく。

 

「もう、響香ちゃん、お見舞いに行くなら行くで誘ってくれればいいのに!」

「あ、ご、ごめん。皆用事とかあるかと思って…」

「五十嵐ちゃんが心配なのはみんな同じよ?耳郎ちゃんばっかり背負わなくてもいいのよ。」

「あ、ありがと蛙吹。」

 

蛙吹のねぎらいの言葉を聞いて困惑しつつも嬉しそうに笑顔を浮かべる耳郎。

そんな耳郎に、芦戸は不思議そうに声をかけた。

 

「あ、そういえばさ、さっき響香ちゃんさ、五十嵐と何してたの?なんか見つめあってるようにも見えたけど」

「へッ!?い、いいいい、いや別に!?な、なな、何もしてなかったけど?あ、芦戸の見間違いかなんかじゃないの?ね、ねぇ衝也!」

 

芦戸の質問に慌てた様に両手を大げさに横に振り、ベッドの方にいる衝也に声をかける。

が、

 

「ま、まずいぞ皆!?五十嵐君の、五十嵐君の喉にリンゴが、しかもフォークに刺さったリンゴがまるで刺さったかのようにつっかえてしまっている!だ、だれか、すぐにナースコールを!!」

『え、えええええええええええええ!!』

 

肝心の衝也は飯田に支えられながら口からフォークの持ち手を出しながら白目を剥いて気絶していた。

その後、何とか大きな怪我もなくフォークとリンゴを取り出すことはできたが、しばらくの間衝也はリンゴとフォークを見ると震えが止まらなくなってしまっていたとか。

そしてそれを見るたびにどこかのロッキンガールが

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめん衝也。ほんと、ごめん」

 

 

 

 

と謝っていたとかいないとか

 




次回は本編です。
この病院の入院が、とある少年の苦悩を救うきっかけになる…かも!?
こうご期待です!
まあ病院と言ったら彼しかいませんよね!
うひょーやっと体育祭やー!!
トーナメント大好き!
あ、でも…障害物競走と騎馬戦あるやんけ…うわぁ…


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雄英高校体育祭編
第十四話 燃えよ若き有精卵!雄英高校体育祭!(有精卵は燃えるのか!?)


体育祭突入!
障害物競争と騎馬戦をどうするか…
トーナメントの構想はあらかた終わってるんですけどね…
てなわけで十四話です
どうぞ!


 

雄英高校体育祭の開催まで残り一週間となり、学校全体は程よい緊張感と気迫で満ち溢れていた。

日夜トレーニングを続けているもの、学校のトレーニングルームで己を磨くもの、クラスメート同士で摸擬戦をし切磋琢磨しあうもの、早朝から鍛錬をするもの。

皆一様に体育祭にむけて、着々と準備を進めていた。

疲労のせいか授業中の居眠りが多発するのも最早恒例となりつつあり、教師達も苦笑いである(一部のミイラマンは一切の容赦はしないが)。

もちろんその興奮や気合の入りようの高さは1-Aも例外ではない。

皆、普段はしないトレーニングや己の個性磨きを、自分なりのやり方で進めている。

そんなやるき十分の1-Aヒーロー科だったのだが、今日は少し、いやかなりそわそわしていた。

 

「遅い…」

 

しきりに貧乏ゆすりをしながら教室のドアを何回もチラッチラッ、と横見している耳郎のつぶやきが教室に響く話し声の中に消えていく。

見ると、切島や上鳴、轟や爆豪など、今来ているクラスメートたちのほとんどが、耳郎ほどあからさまではないが、それでもチラチラとドアの方に視線を向けていた。

その様子は半分挙動不審であり、怪しさは満点だ。

そして、そんなクラス中の視線を浴びていた扉が、ガラガラと音を立てながら開き始めた。

その瞬間、皆の視線が教室に入ってきた生徒に集中される。

その生徒とは

 

「おはよう皆。」

「あ…なんだ、尾白かよ…。」

「なんだって…」

 

フサフサしっぽの尾白君だった。

軽く右手を挙げて挨拶をする彼だったが、対するみんなの視線はがっかり、というか、期待外れといった視線をむけており、皆一応笑顔で挨拶を返していたが、隠しきれなかった『お前じゃない』オーラがあふれ出ていた。

 

(なにこの空気…俺が一体何をした…)

 

心の中で涙を流していた尾白が悲し気にため息を吐くと、先ほど尾白君を言葉の刃で傷つけた上鳴が慌ててフォローを入れる。

 

「あ、わりぃ尾白!?別に悪い意味じゃなくてよ!別にお前が嫌いとかそういうわけじゃなくてさ…。」

「わかってるって、一応俺だってLINEは見てたから。五十嵐のことだろ?心配なのは俺だっておんなじだしさ。」

「おう…まあ、そうなんだけどよ。」

 

そう言って、心の中で涙を拭いて笑顔を浮かべた尾白は、少しばかり表情を不安そうに暗くさせた。

それに続いて、上鳴もその表情を彼と同じように暗くする。

1-Aクラスメートがこんなにもそわそわしている原因。

それは、USJ事件以降病院に入院している五十嵐衝也にあった。

怪我の治療を体育祭に間に合わせるために病院へと入院した衝也は、皆で見舞いに行ったあの日以降も入院をし続けていた。

赤鬼やロッキンガールやアホの発電機などはそのあとも何度か見舞いに行っていたらしいが、つい先日、クラスで作ったグループLINEに衝也からのメッセージが入ったのだ。

内容は『た』『い』『い』『ん』『!』『が』『こ』『う』『い』『く』『!』

という11個の内容だった。

きっちり一文字づつで書かれたそのメッセージは、見ててイライラするほど読みにくかった。

ちなみにその内容にいの一番に返信した某ロッキンガールは

『うざいからやめろ。あと『っ』がない。』

と強めのツッコミを入れていた。

だが、言葉こそ強いものの、そのツッコミが来たのは衝也の内容が出たその数秒後である。

一体どれだけ携帯片手に画面を見続けたのか、非常に興味があるが、それを聞いたら恐らく心臓を破裂させられそうになるので、聞かないのが賢明だ。

そんな衝也と耳郎のやり取り、そしてクラスメートたちのおめでとうメッセージのやり取りが行われたのは昨日の放課後あたり。

ということは、衝也は恐らく今日から学校に登校することになるはずなのだが、待てど暮せど衝也は登校してこない。

 

「あんなこと言っといていまだに来てないんだよあいつ…もう予鈴なっちまうぜ…」

「言われてみれば、五十嵐って結構早めに登校してるよな、初日以外だけど。こんなに遅いのは初日ぶりかな…。」

 

上鳴の不安そうなつぶやきを聞いて心配そうに鞄を置いて、ドアの方に視線を送る尾白。

遅刻野郎として名をはせてしまった衝也は、そのせいもあってか、かなり早めに学校に登校するようになり、尾白やほかの者が来る頃には大体

登校中に拾ってきたテニスボールで遊んで相沢や飯田に怒られていたり、上鳴とかと鬼ごっこをして相沢や飯田に怒られていたり、箒をバットに見立てて遊んで相沢や飯田に怒られていたり、

とにかくバカなことをしては飯田や相沢に怒られ、クラスを笑わせていた。

そのせいか、衝也が登校しないこの数日間は、とても静かで、どこか落ち着かない雰囲気になっていたものだ。

もうそれだけ、衝也の存在がこのクラスに影響を与えていたということだろう。

そのことを考えた尾白は誰に言うでもなくぽつりとつぶやいた。

 

「…心配だな。」

「見舞いに行ったときは元気そうだったから大丈夫かなぁ、なんて思ってたんだけどよ…改めて考えるとさ、アイツ無理して元気な姿みせてたんかなぁ…なんておもっちまって。あいつの性格ならありえねぇ話じゃなくねぇしさ。」

 

頭をガシガシと片手で掻きながら心配そうにつぶやく上鳴。

尾白も、上鳴のその言葉を聞いて、少しだけ顔を俯かせた。

だが、ふと自分の目の前に人影ができたため、慌てて顔を上げた。

そして、自身の目の前に立っていた者へと視線を向けた。

 

「あ、おはよう耳郎さん。」

「ん、おはよう尾白。あ、上鳴も一応おはよう」

「俺はついでかよ…」

 

尾白の目の前にいた少女、耳郎響香は軽く手を挙げて尾白と上鳴に挨拶をした後、しばらくの間視線を尾白の方へとむけた。

その視線に気づいた尾白が不思議そうに首を傾げた。

 

「?あの…何かな耳郎さん?俺に何か用事?」

「あ、いや、用事ってほどでもないんだけどさ…尾白は登校中とか衝也に会わなかった?」

「え、いや、会ってないけど…。ていうか、会ってたら一緒にここまで来ると思うし。」

「あ…そっか、そうだよね。ごめん、ウチ変なこと聞いたね、今のは忘れて。ほんとごめんね」

 

尾白の言葉に一瞬目を丸くした後、申し訳なさそうな苦笑いを浮かべながら両手を顔の目の前で合わせながら自分の席へと戻っていく。

そんな様子を見ていた尾白はしばらく彼女の後姿を見送った後、上鳴の方へと顔を向けた。

 

「今日の耳郎さん、なんかいつもと様子違くないか?」

「あ、やっぱ尾白もそう思う?あいつ、俺が来た時にはもう学校にいてさ、開口一番さっきとおんなじ質問俺にしてきたんだよ。そのあともなんか落ち着かないってか…妙にそわそわしてるし。まあ、そわそわしてるのも様子が違うのも俺たちと同じだけど。」

「確かに、それもそうだな…。」

 

軽く肩をすくめて自嘲的な笑みを浮かべた上鳴の言葉に、苦笑いしながら数回うなずいて返答する尾白。

そして、予鈴5分前になって続々とまだ来ていなかったクラスメートたちが登校してきたが、そこに衝也の姿はない。

もうすぐSHRが始まる時間だというのに、一向に姿を現せない衝也にさすがに心配になってきたのかざわざわし始めた教室と大きくなり始めた耳郎の貧乏ゆすり。

だが、そんな話し声も

 

「おはよう皆。」

 

教室に入ってきた包帯だらけの相沢により中断される。

相沢は眠たそうにあくびをしながら教卓の方へと歩いていき、たどり着くとそのまま顔を教室の方へとむけた。

 

「さて、そんじゃちゃちゃっと出席とるぞ。…あ?なんで五十嵐がいないんだ?」

 

名簿と生徒たちを照らし合わせながら教室を見渡していた相沢だったが、衝也の席が空いていたのを見て、眉を顰める。

その反応に、思わず驚いたように緑谷が声をだす。

 

「え、先生は連絡かなにかはもらってないんですか?」

「いや、俺がもらったのは昨日退院したってことと、今日から登校してくるっていうことだけだ。今日休むなんて連絡は入ってきてない。」

「え、じゃあ、衝也の奴はどこに行ったんすか!?」

 

相沢の返答を聞いた耳郎が思わず立ち上がって質問をし、それにつられたかのように周りも心配そうに近くの者同士でざわつき始めた。

不安とざわつきが広がっていく教室をみて、相沢はいつものように半ば脅して静かにさせるわけにもいかないので、できるだけ声を荒げずに言葉をつづけた。

 

「落ち着けお前ら。その様子だと、アイツ自身から連絡をもらったやつはいなさそうだし、とりあえず今から、五十嵐の両親から連絡がないかどうか確認してくる。お前らは教室でしばらくの間自習なりなんなりしててくれ。くれぐれも、騒がないようにな。」

 

そう言って片手で頭を掻きながら扉の方へと歩いていく。

そして、相沢が扉を開けようと手を伸ばした時、

不意に、相沢が触れていないのにドアが横にスライドされた。

その様子に、相沢は思わずびくりと肩を少しだけ上げる。

それとほぼ同時に、その扉を開けた一人の少年も驚いたように肩を上にあげた。

 

「げぇッ!ね、寝袋先生…!」

 

その扉を開けた少年とは、教室の目の前の廊下で、まるで『一番会いたくない相手に出会っちゃったよ。めんどくさいなー』みたいな表情を浮かべている

五十嵐衝也、今まさに話題となっていた少年だった。

病院でしていた包帯はすべてとれており、少しゆがんだ右腕以外は完璧に元通りになっている。

特に怪我らしい怪我をしていない、完!全!復!活!を遂げていた衝也は、

 

「……」

「……」

 

しばらくの間目の前の担任と視線を交わした後

 

「……おはようございまーす。」

「待て。」

「ですよねぇー」

 

普通にスルーして中に入ろうとしたが、相沢先生の「何とか繊維に何とか合金の光線?を編み込んだ捕縛武器?(衝也談)」によってぐるぐる巻きにされた。

身体中包帯だらけなのにどうやってそれ取り出した!?という衝也を含めた全員の心の中のツッコミに気づくようすもない相沢は眉間にしわを寄せながらぐるぐる巻きの衝也に話しかける。

 

「お前、何だってこんな時間に学校に来た?」

「何言ってんですか先生、学校に登校するのは生徒の義務ですよ!その義務に俺は従っただけです!」

「……」

「あ、すみません、真面目に話します。はい、ほんとすみません。」

 

おちゃらけた調子でごまかそうとした衝也に対して、無言で締め付けをきつくしようとする相沢にすぐに謝罪を入れた衝也。

その姿はさながら捕食される前の芋虫である。

 

「いや、まー、なんていうんですか?俺ってほら、一日の生活パターンはきちんと決まってるタイプなんですよこう見えて。何時に起きて何時に飯食って歯ぁ磨いて寝る~…みたいな感じで?だから俺っていつも無遅刻無欠席なわけですよ。もうほんと自分の体内時計の正確さっぷりに思わず感心しちゃいますよねー。だからそれだけに病院での入院は大変だったっていうか?もう俺自身の生活リズムが乱れて乱れて。もう飯の時間も何もかも管理されてほんと地獄だったていうか。それで俺の体内時計もちょっと狂っちまったていうか」

「長い、まとめろ」

「寝坊しました」

『それだけ!?つーか言い訳なっが!?』

 

自身の寝坊を正当化しようと必死に話していた言い訳の長さと結論の短さにクラスメート全員のツッコミが衝也に突き刺さる。

だが、そんなことはどうでもいいとばかりに相沢は衝也に質問を続ける。

 

「遅刻するってわかってたんだったら連絡くらいしたらどうなんだ?」

「どうせ遅刻するにしたって学校には行くでしょう?なら学校に着いた時に言えばいいかなぁって。先生の言う、無駄を省いた合理的思考ってやつですよ。」

「……」

「痛い!先生、痛い!痛いです!骨がミシミシと悲鳴を上げています!つーか俺昨日まで入院してたんですよ!?少しは加減しろよこの効率厨!あ、すいません嘘です!嘘だから締め付けを強くしないでくださぁい!」

 

そう言って相沢の決め顔のまねをする衝也を見て無言で締め付けを強くした相沢。

それに伴って衝也も苦しそうにじたばたと暴れまわる。

時折、暴言や誹謗中傷を口にして暴れまわる衝也を見ていた相沢はため息を吐いた後、ゆっくりと拘束をほどいた。

 

「うう…退院早々えらい目にあった。…訴えてやる」

「勝訴できるとでも思ってんのか?ったく…いつも通り、平常運転だなお前は。あんだけ傷ついて、入院までして、生死の境をさまよったっていうのに…」

 

あきれた様にため息を吐いた相沢がそう言葉をこぼしたのを聞いて衝也はしばらく相沢に視線を向け続けた後、ゆっくりと身体を起こし始めた。

 

「まあ、あれですよ。」

「あ?」

「怪我しようが入院しようが、たとえ死のうが生きようが『俺』は『俺』です。変わることはありえない。これからも俺は、俺のやりたいように、後悔のないようにやってくってだけです。」

「…そうか。」

 

軽く誇りを払いながら立ち上がる衝也を見て、軽く笑みを浮かべた相沢は片手でがりがりと頭を掻いた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「五十嵐」

「はい?」

「よく、戻ってきたな。またよろしく頼むぞ。」

「……」

 

相沢のめずらしすぎるねぎらいの言葉を聞いた衝也は一瞬驚いたように目を見開いたかと思うと

 

「気持ち悪い!」

 

普通にドン引きした。

その様子を見た相沢は、ありとあらゆる感情を消し去ったかのように無表情でドン引きしている衝也を見続けた。

 

「いや、何急に普段しないようなことしてくるんですか!やめてくださいよ寒気がします!ほら、見てください寒イボたっちまったじゃないですか!」

 

そう言って自身に腕を見せてくる衝也を見続けた相沢は、ゆっくりとため息を吐いた。

 

「五十嵐」

「?」

「遅刻の反省文、後で提出しとけよ。最低5枚かけ。」

「なんですとぉー!?というか遅刻の反省なんて内容ほとんどないじゃないですか!5枚なんてムリゲーです!」

「絞り出せ」

「理不尽だ!」

 

相沢の衝撃の一言で顔をものすごい表情へと変える衝也。

そんな相沢と衝也を見て、教室にも笑い声が響き渡る。

相沢も、衝也も、耳郎も、クラスの全員が、その光景を見て思う。

ああ、これが、いつもの1-A(俺たち)だと。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

衝也が無事退院したその日、クラスメートほぼ全員にねぎらいの言葉を言われ、もみくちゃにされた衝也。

特に、峰田と蛙吹、耳郎や緑谷などの共に戦っていた者たちと、飯田や上鳴や瀬呂、障子に常闇などの普段から割と仲の良い奴らにはとくにもみくちゃにされていた。

ちなみに一部のいがぐりはなにやら複雑そうな表情を浮かべながら衝也のことを見ていた。

そんな、波乱万丈のようで、実はいつも通りに戻っただけの学校も終わりを迎えた放課後。

教室であるものは帰り支度を、あるものは少しばかり残ってトレーニングをしていこうとしていた。

そんな中、鞄の中身を整理しながら「どっこいしょ」と声を上げて椅子から立ち上がった衝也のもとに

 

「おーい!しょ・う・やぁ!」

 

一人の金髪チャラ男少年、上鳴電気が大声を出しながら衝也の元へと駆け寄っていき、勢いよく肩を組んできた。

そんな上鳴に肩を組まれた衝也は

 

「フンっ!」

「ゴフッ!?」

 

容赦なく腹に拳を叩きこんだ。

一瞬にして床へと腹を抱えて座り込んだ上鳴を見下ろしながら衝也は軽く肩を回す。

 

「いきなり肩を組もうとするなよ、こっちは退院したばっかなんだから。もっと俺の身体を労われ!」

「お前は友人の身体を労われよ…」

「いたわるような友人じゃないだろお前は。」

「くそ!久々だからあこんな扱いを懐かしいと感じる自分がいるぜ…」

「普通に気持ち悪いぞお前…」

 

苦しそうにしつつも立ち上がってそういう上鳴。

そんな上鳴をあきれた様に見ながら衝也は軽く指を耳に突っ込んで鞄を背負い始めた。

 

「んで、わざわざ俺の治りたての肩を壊そうとしてまで言いたかった用事とはなんですかな上鳴くん?」

「治りかけの肩で出せるようなパンチじゃねぇだろ今の…ばっちり回復してんだろーが…」

「その様子ならやっぱ誘ってもダイジョブそうだな。」

「てか、相変わらず容赦ねぇよな。一歩間違えりゃ大変なことになりそうだけど。」

「今度は切島に瀬呂か、どうせならもう少しかわいい女の子にでも近寄ってきてほしいんだけどなー」

 

上鳴に続いて出てきたのは切島と瀬呂の二人。

瀬呂は心配そうに上鳴を見ているが、切島の方はいつものことと半ば放置して衝也に話しかけてきた。

それを見た衝也も軽く肩をすくめながらやれやれといった様子で首を振る。

だれとでも仲が良く、クラスのガヤ担当でもあるこの四人は、つるむこともそれなりに多い四人であり、時々一緒に飯を食いに行ったりしているのだ。(衝也はこの三人にすでに莫大な借金があるぞ!)

 

「まあまあそういうなって、お前にとっても悪い話じゃねぇからよ。」

「ふむ、まぁ詳しく聞いてみようじゃないか。」

 

瀬呂が笑顔でそういうのを見て、衝也も鞄を肩にかけながら三人の話に耳を傾ける。

 

「実は、俺たち今日の放課後に第26トレーニングルームの予約入れてるんだよ。んで、そのメンバーの名前にお前も入れといたから、こうして誘いに来たわけだ。」

「え、ちょっと待ってくださるかな切島君。普通、順番逆じゃね?」

「あそこなら退院初日のお前のリハビリにもうってつけだろ?変に個性使ったりせず鍛えるだけだし。どうだ、俺たちの気遣いに泣いて喜べ。」

「偉そうにしてんな瀬呂!スルーすんじゃねぇよ!順番が逆だって言ってんの聞こえねぇのか?普通は俺に声をかけてからメンバーに入れるもんだろうが!」

「なんだよ、じゃあお前はいかないのか?」

「行く!」

「「行くんかい」」

 

上鳴の問いかけに笑顔で即答した衝也を見て思わずツッコミを入れてしまう瀬呂と切島。

第26トレーニングルーム。

数多くあるトレーニングルームの中では珍しい『個性使用完全禁止』の場所である。

ほとんどのトレーニングルームは教師が同伴していれば個性の使用によるトレーニングも可能なのだが、その26トレーニングルームはその個性使用すら禁止される。

その理由は、そのトレーニングルームの目的が、個性以外の基礎的な力を伸ばすことだからである、

まあ、速い話が筋トレジムのクオリティを極限まで高めた感じの場所である。

常に最新鋭の機材を持ちいって、様々な個所の筋力を鍛えることができる最もシンプルなトレーニングルームの一つである

 

「リハビリのためにまずは筋トレから始めようと思ってたんだよ、サンキューな三人とも。」

「おう、気にすんなって!今度缶ジュースおごってくれ」

「ああ、気にすんなよ、俺豆乳でいいから」

「俺ら友達だからな!コーラでいいぜ」

「お前らの友情を信じた俺がバカだった畜生!」

 

本来ならば許可さえ下りればタダで使えるトレーニングルームに金がかかることになってしまい、頭を抱える衝也。

そんな彼を笑いながら、上鳴は懲りずに衝也と肩を組み、指を前へと突き出した。

 

「まぁ、こまけぇこと気にすんなって!さ、行こうぜ行こうぜ」

「お前みたいなすっからかんな頭持ってたらどれだけ楽なんだかなぁ…」

「はは、気楽そうでいいよなー。何も考えてなさそうで。」

「ばっか、俺だって結構いろんなこと考えてんだぜ?こう、なんていうの、地球の平和…とか?」

「「「内容うっすいなぁ…」」」

 

どや顔でとんでもなくうっすいことを言った上鳴に半ばあきれたような顔を浮かべる三人はそのまま教室を出てトレーニングルームへと向かっていった。

そんな様子を一部始終見ていた今日トレーニングを一緒に行う予定の八百万、蛙吹、耳郎、葉隠の四人は衝也達が教室から出ていったのを見つめていた。

 

「すごいですわね、五十嵐さん。あれだけの怪我を負ってもなおめげずに己の実力を高めようと奮闘する。私たちも見習わないといけませんわね!」

「いや、リハビリに筋トレするようなアホ見習っちゃだめでしょ…。明らかにオーバーワークじゃん…。」

 

衝也の様子を見て、ぐっと拳を作る八百万に対し、半ばあきれた様にため息を吐いた耳郎。

だが、耳郎とは対照的に、少し感心したように数回ほどうなずいている(?)葉隠は感嘆の言葉を述べる。

 

「でもさ、退院後すぐにトレーニングするなんてすごいよねぇ。…だからあんなに強いのかも?私もちょっとトレーニングしてみようかなー。」

「ケロ…いくら怪我が治ったとはいえすぐにトレーニングをするなんて、少し心配だわ…。」

 

そう言って心配そうに衝也の出ていった方向を見ていた蛙吹。

そんな彼女たちの反応を見た耳郎はあきれた様にため息を吐いた後、手に持って肩に置いていた鞄を軽く揺らしながら肩をすくめた。

 

「ったく、あんなケガした後だってのに、もう鍛えようとするなんてさ。あそこまでアホだともうあきれを通り越して逆に感心するわほんと。バカは死ななきゃ治らないっていうけど、衝也の奴は死んでも治らなそうだよね。実際死にかけても治らなかったし。」

 

耳郎のあきれ半分のその言葉に苦笑いを浮かべる八百万と、同意するようにうなずく蛙吹。

そんな彼女たちの反応を見た耳郎は軽く笑った後、衝也達と同じように教室を出ようと歩き始めた。

 

(ま、だからこその衝也なんだろうけどね…)

「さ、とりあえずウチらも早く行こうよ。あんまり遅いと場所とられて特訓できなくなるかもだしさ。」

「そうですわね。五十嵐さんたちに負けないよう私たちも切磋琢磨していきましょう!」

「ケロ…そうね、五十嵐ちゃん達に置いて行かれないように、私たちも頑張らないと!」

 

そう言って気を引き締めたような表情で歩いていく八百万と蛙吹だったが、その二人とは対照的に、葉隠だけは動かずに何かを考えているように腕組をしている。

時折「あれー、私の思い違い?」とつぶやいているのが聞こえてくる。

そんな彼女を見て、耳郎が葉隠へと声をかけた。

 

「何やってんの透?速く来ないと置いてくよ!」

「…ねぇ、響香ちゃん」

「?」

 

改まって名前を呼んだ葉隠に違和感を覚え、軽く首を傾げた耳郎。

そんな彼女を見た葉隠は組んでいた腕をほどき、真面目そうな雰囲気を醸し出したまま意外なことを口にした。

 

「響香ちゃんって、いつから五十嵐君のこと『五十嵐』じゃなくて『衝也』って呼ぶようになったの?」

 

その言葉を聞いて八百万と蛙吹は一瞬目を見開いた後、お互いに顔を向けあった。

そういえば、言われてみると耳郎はUSJの事件の前は確かに「五十嵐」と彼のことを呼んでいたが、いつの間にかそれが「衝也」に代わっている。

何気ない変化なため気づくことはなかったが、よくよく考えてみると、耳郎が下の名前で呼んでいる男子はそれこそ衝也しかいない。

そんな彼女が呼び方を変えたということは…?

ヒーロー科に入学しているとはいえ八百万たちも年頃の女子高生。

色恋沙汰の話はとっても大好きであり、そういった男女の関係の些細な変化はとっても気になるお年頃なのである。

八百万も、蛙吹も、気づかれないようにこっそりと…しかしはたから見たらもろばれするくらい耳郎の方へと顔を向ける。

そして、その耳郎は

 

「な、え…あ…」

 

顔どころか耳のイヤホンまで赤く染まっていた。

 

「ち、ちち、違うって!ここ、これはね!べ、別に変な意味なんかじゃなくて!そ、そそ、その…あ、あれ!あいつにはその、いろいろな借りができたし!な、名前くらい呼んでやってもいいかな…っていうか!ぜ、全然深い意味は無くて!ほ、ほんとにそう!ほんと、全然そんなつもりじゃないから!!」

 

顔を真っ赤にさせながら手と首をぶんぶんと横に振りまくる耳郎。

それに合わせて耳の真っ赤なコードもぶんぶんと横に振られていく。

 

「て、ていうか!名前呼ぶなんて別に普通じゃん!ウチらだって、女子同士で名前呼びあったりするし…それが男子ではその…しょ、衝也だったってだけ!全然そんな感じじゃないから!ほ、ほら!三人とも早くいくよ!」

 

早口でそうまくしたてた耳郎はいまだ真っ赤だった顔をぐるんと身体ごと回転させて後ろにやり、そのままずんずんと教室を出ていった。

そんな彼女の首はうなじまで真っ赤だった。

その様子を一通りみた三人は、しばらくの間茫然とした後、ゆっくりかおを見合わせた。

 

 

「間違いないね」

「ええ、間違いありませんわ。」

「絶対に間違いないわね」

 

 

「「「絶対に何かあったんだ(のね)(りましたわ)!」」」

 

 

1-Aヒーロー科女子

心も腕っぷしも男顔負けの有精卵、されど心は乙女のままなのである。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

衝也も無事退院し、各々がトレーニングを積み重ね、万全な状態でついに迎えることができた体育祭初日

1-A控え室は、緊張と期待と不安で包まれていた。

 

「おい、外みたか!?今年の1年ステージの観客はんぱねぇぞ!!なんか俺変にテンション上がって緊張してきた!」

「落ち着け瀬呂、何を言ってるかわからないぞ。まあ、世間ではヴィランの襲撃を耐え抜いた超新星ルーキーなんて呼ばれてるからな。期待度も跳ね上がっているのだろう。」

『ぼ、僕、もう一回お手洗いに行っとこうかな…』

 

瀬呂が興奮半分不安半分のような声色で騒いでいるのを聞いて、障子が冷静に状況の分析を口にし、口田が不安そうな表情でハンドサインをしていた。

 

「けどさ、ヴィランの襲撃とかあった後にやるのってやっぱちょっと不安だよねー、大丈夫かなー」

「聞くところによるれば、今年は体育祭の安全を守護せし警備員の数をふやし、プロヒーローにまで警備の委託をしているらしいな。」

 

芦戸の全然不安そうに感じない話に腕を組んで答える常闇。

それを聞いた尾白は不安そうな表情を浮かべた。

 

「確かに、この体育祭にいきなりヴィランが乗り込んでくるとかも、ありえなくはないもんな…そうなったら俺たちどうなるのかな?」

「大丈夫ですわ。仮に襲撃しに来たとしても、先生方や観客、警備員を含め多くのプロヒーローたちが来ているんです。よほどの強者のヴィランでなければすぐに鎮圧されるはずですわ。」

 

尾白を励ますように声をかける八百万。

各々がこれからの体育祭についてや、ヴィランの襲撃について、などを話していたり、あるいは緊張をときほぐそうとみんなでおしゃべりをしたり、精神統一をして集中力を高めようとしたりと、様々なことをしている中、耳郎は一人、控室の隅でうんざりした様子でおなかをさすっていた。

 

「うあー、緊張するなぁ…なんか、おなか痛くなってきた。」

「おう嬢ちゃん!こんな隅っこで何しとんじゃい!」

「うわぁぁ!」

「ッ!ノグファッ!?」

 

そんな彼女の背後から声が聞こえたため、耳郎はつい驚いて思いっきり背後にる者へとコードを叩きつけてしまう。

そして、背後にいた少年も顔面をコードで打たれて、痛そうに鼻のあたりを抑えていた。

 

「あ、ご、ごめん衝也。ちょっとびっくりしちゃって…」

「い、いや…こっちにも非はある、謝んなくていいさ…。あ、ごめん、やっぱ無理結構痛いかも…」

「ご、ごめん…」

 

真っ赤なお鼻の衝也トナカイはさすさすと自身の鼻をさすりながらしゅんとしている耳郎に「あ、違う違う!別に攻めてるわけじゃないからさ、大丈夫!」と慌てた様に励ました。

実際いきなり背後から話しかけた衝也にも非はあるのでまさしく半々といったところだろう。

 

「いやぁ…しっかしみんな緊張してるよなー。なんか、ちょっと息苦しいよな。もっと肩の力抜けばいいのに。」

「アンタみたいにアホばっかじゃないんだって。図太いアンタには繊細な奴の気持ちはわかんないの。」

「何を言う!俺の心だって繊細で敏感なんだぞ!?」

「『繊細』と『敏感』の意味を辞書で調べてこいこのバカ。」

「ならば八百万から辞書を借りてこなければ!」

「……」

「…冗談だよ。だからその『おお、めんどくさいなこいつ』みたいな視線を向けないでくれよ。」

 

耳郎は目の前ではしゃいでる衝也にジトーッとした視線を向けたまま、おなかをしきりにさすっている。

衝也はしばらく苦笑いを浮かべていたが、不意にそのおなかに目が行き、口を開いた。

 

「…便秘を治すにはまず食生活を見直すことをお勧めするぞ耳郎」

「あぁ?」

「ごめんなさいマジですいません何でもしますからそのイヤホン=ジャックをこちらに向けないでください。」

 

割とがちなトーンと視線に思わず平身低頭して謝り倒す衝也を見て、あきれた様にため息を吐いた後コードを元の位置へと戻した。

 

(ったく、こいつはこんな時でも平常か…。相変わらずあきれるほどの図太さというか…ある意味ヒーローに向いてるのかもね…。)

 

そこまで考えて笑みを浮かべた後ふと自分が感じていた緊張がほぐれ、笑みを浮かべられるほどの余裕をモテていることに気が付いた。

心なしか、先ほどより身体も軽く感じられる。

どうやら、衝也のバカな行いのおかげで少しだけ心にゆとりを持てたらしい。

 

(まさか、こいつ、ここまで考えて…?)

 

思わず視線を衝也の方へとむけるが

 

「…?トイレはここを出て左にあるぞ?」

「うん、やっぱないな、偶然だ。」

「なんだろう、なぜだかわからないが俺は今バカにされていたようなきがする」

 

衝也の間抜け面をみてすぐにその考えを外へと放り投げた。

それを見た衝也はなんだか釈然としないという風に首を傾げた。

が、すぐに視線をとある方向へとむける。

その表情はいつになく真剣で、あのUSJのとき並みの表情をしていた。

そんな衝也を見て耳郎も視線を彼と同じ方向へと持っていく。

そこにいたのは、緑谷と正面から向き合い、なんと宣戦布告をし始めたクラス最強と周囲から言われている天才ハーフ&ハーフイケメン、轟焦凍だった。

どうやら、お互いにお前にはかつ!みたいな感じの熱い言葉を言っているようだ。

 

(見てるのは…緑谷じゃなくて、轟の方?)

 

もしかしてこいつもだれが一番とか、そういったことに興味があるのだろうかと首をかしげた耳郎は思い切って聞いてみることにした。

 

「アンタも、優勝とか、誰かに勝つとか、そういうのに興味あるわけ?」

「んー?そりゃないって言ったらうそになるな。誰だって上からの眺めを見てみたいってよくはあるし、それは俺にだって例外じゃない…」

 

耳郎の問いかけに一瞬彼女の方を向いて目を見開いた後、ガシガシと頭を掻く衝也。

その顔はやはり真剣そのもので、視線も轟から動かない。

 

「けど、今はそんなことより大事なことがあるからなー。優勝云々の前にさ。…あのひとにも頼まれちまってるし。」

「?まあ、なんでもいいけどさ。そろそろ選手入場だよ、ほら、あそこで飯田が騒いでる。」

 

そう言ってコードを飯田の方に向ける。

つられて衝也が飯田を見てみると、まるでロボットのようにビシぃ!と一つの動作ごとに動きを止めて皆を誘導している飯田がいた。

動きそのものまで真面目なその姿は最早機械である。

 

「うーむ、アイツは普段と変わらず平常運転だなぁ。あんな図太い神経持ってるやつそうはいないな、うん。」

「……」

「…何よその目は?」

「別に。」

 

目で『お前にだけは言われたかないだろう』ということを伝えようとした耳郎だったが、衝也は首を傾げるばかりで伝わってそうにない。

そんな彼を見てため息を吐いた耳郎はゆっくりと飯田の誘導しているところへと移動する。

それについていくように衝也も移動を開始した。

と、その時、耳郎はふと立ち止まり何かを思い出したように衝也の方へと顔を向けた

 

「あ、そういえばさ、アンタあれはどうなったの?ちゃんと考えてある?」

「…?あれ?あれってなんだ?」

 

訳が分からないという風に首を傾げる衝也に、耳郎は呆れた様に言葉を続ける。

 

「だ・か・ら!あれだって!

 

 

 

選手宣誓!ちゃんと言葉を考えてあんのかって聞いてんの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「選手宣誓??」

 

 

 

その衝也の言葉を聞いた瞬間

耳郎は確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この体育祭、のっけからグダグダになるであろうことを。

 

 




障害物競争どうするかなー。
ぶっちゃけある裏ワザを使えばすぐに終わるんだけど
そうするとさすがになー


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第十五話 巨大ロボといい崖といい地雷といい、いつか死人が出るんじゃないかと俺は思います。

雄英高校体育祭の障害物競争見てていつも思います。
これ下手したら死人出るんじゃね?と
てなわけで、十五話です
どうぞ!


雄英高校体育祭の会場1年ステージ、そのステージはもうすでに興奮と熱気と歓喜と期待とでおおわれていた。

観客席およそ12万席が見事に埋まり、観客やプロヒーロー、テレビの取材陣が今か今かと待ち望んでいる中、その会場に1年ステージの実況担当、プレゼント・マイクの声が響きわたる。

 

『エヴィバディ!ついに始まるぜ雄英高校体育祭!ヒーローの卵たちが、我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!どうせてめーらあれだろ、こいつらだろ!!?ヴィランの襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!

ヒーロー科!1年!!A組だろぉぉ!!?』

 

プレゼント・マイクの熱き言葉が会場にこだまする中、選手の入場口からゆっくりと

1-Aの生徒総勢20名が会場へと入場していく。

その顔には緊張と期待と不安と、そして何より覚悟の意が見て取れた。

彼らが入場したその瞬間、会場の空気どころか地面さえ震えてしまうのではないかと思うほどの歓声が響き渡る。

 

「うわぁ…やっぱ観客すげぇいんな。歓声がもう爆発音みたいになってやがる…」

 

「おいらちょっと便所行きたくなってきた…」

 

「俺も、何かここまで期待されると逆にプレッシャー感じて緊張してきた…」

 

「あそこの観客席にめちゃくちゃ美人なおねぇさんがいやがったんだ…!」

 

「お前は何をするために便所に行こうとしてるんだ!?ぶれねぇなお前も!」

 

観客席の熱気と興奮にあてられて心拍数が上昇してしまった瀬呂だったが、よだれを垂らしながら人間としてあれな峰田の言葉に思わずツッコミを入れてしまう。

そのほかにも、観客の歓声にテンションを上げるもの、緊張感を高める者、再び己を鼓舞するものなどさまざまな反応を見せる中、

 

「まずいどうしようどうにかしないと何言えばいいんだ何も考えてないどうしようどうしようどうしようどうしよう…!」

 

「五十嵐…お前、大丈夫か?」

 

「これはまずい、これはまずいぞどうしたらいいんだ誰か時間を、神様時間を止めてくれ十秒だけでいいんだ!」

 

「だ、大丈夫ではなさそうだな…」

 

衝也はあごに手を添え、珍しく真剣な表情でぶつぶつと何かをつぶやいていた。

人目をはばからずに小さな声で何かを言い続けるその姿は、少し、いやかなり気味が悪く、隣を歩いていた障子が思わず複製した口で衝也に話しかける。

が、それにも反応せずにつぶやき続ける衝也を見て、少し顔を引きつらせてしまう障子。

それを見ていた衝也の前を歩いている耳郎は、半ばあきれた様に手を横に振った

 

「ああ、無駄無駄、今の衝也には何を言っても耳に入ってこないと思うよ。完全に自分の世界に入ってる。」

 

「そ、そうか、さすがの五十嵐でもここまでの期待を浴びせられれば緊張するのだな…。

こいつは図太そうな奴だから大丈夫だと勝手に思っていたんだが、案外俺たちと変わら

ないな。」

 

「んー、たぶんあれはそういうんじゃないと思う…たぶんってか、絶対。」

 

衝也の方に視線を向けながら障子の言葉を否定した耳郎の言葉を聞いて、軽く首をひねる障子。

そんなことをしているうちに、B組や普通科、サポート科、経営科などのほかの組や科も続々と入場し、体育祭に参加する1年生の選手全員が会場の中央へと整列した。

 

「選手宣誓!」

 

その中央にて今年の一年の主審である18禁ヒーロー『ミッドナイト』が、鞭を一度振り回してから体育祭の始まりを合図すると言っても過言ではないほど重要な選手宣誓の開始を告げる。

途中常闇のツッコミが入るが、それを強引に黙らせて選手代表の生徒の名前を呼ぶ。

 

「選手代表!1-A五十嵐衝也!」

 

「お、来た来た!」

 

「へぇー、五十嵐君が選手代表なんだ…」

 

「あいつ、入試ではぶっちぎりで1位だったからな!」

 

「…ケッ」

 

衝也の名前が呼ばれたのを聞いて、切島や緑谷、そして瀬呂など、多くの生徒が衝也の方へと目だけを動かし視線を集中させた。

某いがぐり頭は、忌々しそうに舌打ちをしたのみだが。

そんな、生徒たちの視線を全身に浴びる中、衝也は、その場で大きく深呼吸をした後

ゆっくりと中央のマイクの方へと歩いていく。

そして、マイクの目の前で立ち止まると、生徒や目の前のミッドナイト、観客たちが見守る中、一度大きく息を吐いた後、ゆっくりと口を開き、

 

「……ご」

 

『ご?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「5分だけ時間をください…」

 

『なんでや!?』

 

頭を下げ、必死の懇願の言葉をマイクにささやいた。

思わず会場中からツッコミが入ってきてしまう。

 

「なんで5分!?考えてきたんじゃないの!?」

 

「しっかりしろよ衝也!お前選手代表だぞ!?」

 

「俺らに恥かかせんなぁこの間抜けぇ!」

 

「うるせぇ!こちとら選手宣誓やるなんざ聞かされてなかったんじゃぁ!聞いてないんじゃ考えるもくそもないだろボケェ!」

 

「お前以外皆聞いとるわこの馬鹿!」

 

「逆になんでお前らが聞かされてんの!?そっちの方が不思議なんだけど!?」

 

緑谷や切島、瀬呂、果てはクラスのほとんどからブーイングやらツッコミやらを投げかけられ、半ばやけくそ気味に叫び始めた衝也。

そんな様子を見て観客やほかの生徒たち、目の前のミッドナイトまであきれ顔である。

 

『YEAH!あいっかわらずクレイジーで面白すぎるぜあのリスナー!俺ぁあいつ気に入ってるぜぇ!んで、イレイザー、お前ちゃんとあのクレイジーボーイに選手宣誓のこと伝えたの?』

 

『きちんとプログラムと一緒に詳細の紙を渡してある。大方見るのを忘れてどっかやったんだろ。ったく…』

 

実況席で爆笑中のプレゼント・マイクと相沢の会話がマイクを通して会場に響く中、ミッドナイトはあきれた様にため息を吐くと、いまだクラスメートと言い争いをしてる衝也へと話しかけた。

 

「んー、事情はとりあえず分かったわ。五十嵐君、とにかく早めにパパッと言葉を考えちゃって。それっぽければなんでもいいから。」

 

「それ、先生が言っちゃダメなんじゃ…」

 

「もとはといえばアンタのせいでしょうが、文句言うな。」

 

「うっす…」

 

後方から聞こえた耳郎のツッコミに返事をしつつ衝也は腕を組んで言葉を考え始める。

そして、なんとも無駄な3分が浪費された後、腕を組んでいた衝也はその腕をゆっくりとほどいた。

 

「よっし…先生!とりあえずそれっぽいの考えました!」

 

「よっしゃ!それじゃ改めて選手宣誓!」

 

ピシャアン!と鞭の音を響かせたミッドナイトが改めて選手宣誓の始まりを告げると同時に、衝也はマイクの目の前でゆっくりと口を開いた。

 

『宣誓!我々、選手一同は!日頃のつらく、苦しい授業の中培ってきた力を存分に出し切り!共に切磋琢磨しあった仲間と全力を出してぶつかりあい!

今ここで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長きにわたり続いたこの体育祭の歴史を終わらせることを誓います!!』

『終わらせるんかい!!』

 

前半はまあまあ良かったというのに、後半で一体何をしようというのかと思わず聞いてしまいたくなるような物騒なことを言ってまたもや会場中からツッコミを入れられてしまう衝也。

だが、当の本人はくるりと後ろの方へと身体を向けて

 

(何とかなったぜ!)

 

と言いたげにクラスの方にさわやかな笑顔で親指を立てていた。

どうやら会場にいる全員が自分のことを『だめだこいつ、早く何とかしないと』とあきれたような目で見られていることに気づいていないようだ。

そんな衝也を見て、1-Aの生徒たちは、

 

今この時だけは他人のふりをしようと心に決め、全力で視線を逸らしていた。

 

「なんだかずいぶん濃いキャラした一年が出てきたなー…」

 

「あの子もヴィランの襲撃を受けたっていう1-Aの生徒だろ?」

 

「なんか急に胡散臭くなったなー…ほんとに襲撃乗り切ったのか?」

 

一年ステージの観客席からザワザワとそんな声が聞こえてくる中、衝也は達成感溢れる笑顔を浮かべながらクラスの元へと戻っていく。

そして、グッ!と親指を自分に向けながらどや顔を決めだした。

 

「どうよ!即興にしちゃあなかなかよかったろ今の!」

 

「よかねぇわこのドアホ!」

 

「そうだそうだ!おいら達に恥かかせてんじゃねぇよ!」

 

「クラス一の恥さらし者にだけは言われたくねぇよ。」

 

「…」

 

どや顔の衝也にツッコミを入れた切島に便乗した峰田だったが、衝也のまさかのカウンターの右ストレートに思わず固まってしまう。

だが、そんな彼らに続くように周りから衝也へのツッコミが入っていく。

 

「ほんと勘弁しろよなー。お前がこんな大勢の前でバカやると俺らまでバカに見られちまうだろー?せっかくいい感じで注目されてたのによー!」

 

「大丈夫、お前はもうすでにバカのレッテルが張られてる。今更何しようがお前のそのバカのレッテルははがれることはない。良かったな上鳴、お前はこれ以上バカになることはないぞ。ベスト・オブ・BAKAだ。あまりのバカっぷりに周りはあきれを通り越して尊敬してるはずだ、喜べ!」

 

「お、お前な…」

 

渾身の笑顔とグッドポーズをして盛大に上鳴をディスった衝也のその言葉に上鳴は片手で胸のあたりを抑えながら片膝を地面についてしまう。

中身はチャラいが打たれ弱い上鳴は容赦のない衝也の言葉によく心を痛めつけられているのだ。

 

「公衆の面前でお前が醜態をさらせば、俺たちの評価まで貶めることになる。もっとクラス代表という自覚を持て。」

 

「そうだぞ五十嵐君!選手宣誓という僕たち生徒を代表して誓いを立てる大切な儀式であのような行動をとるのはさすがにいただけない!雄英生として、最高峰としての自覚を改めて再認識すべきだ!」

 

だが上鳴に続いて、常闇、飯田から連続でツッコミを受け、さらにはほかのクラスメートからも指摘を入れられる衝也だが、当の本人はどこ吹く風という様子で腕を組み、実に堂々としている。

 

「おいおい、人のせいにするのは良くないぜ?俺の一言で評価が落ちるようだったら、それはお前らの評価がそれまでだったってことだろ?本物の実力者だったら周りがバカやっても評価が下がったりはしないんだよ。周りを見てみろ!」

 

『?』

 

「さっきの選手宣誓で俺の評価はダダ下がり!もうやってらんねぇ!」

 

『わかってんだったらどうにかしろよ頼むから』

 

腕を組みながらどや顔でそう言い放つ衝也の胸にクラスメート全員から切なるツッコミが突き刺さる。

そんなクラス中のツッコミを浴びつつ、衝也は自分のいた場所へと戻ると、どこか達観したような笑みを浮かべて目の前にいる耳郎へと話しかけた。

 

「耳郎…」

 

「何?」

 

「俺、将来自分に家族ができたら家訓を作るわ…

『選手宣誓の言葉は言う前にきっちりと考えるように』って家訓。」

 

「いやそれ至って普通のことだから。アンタがどうしようもないほど間抜けなだけ。家族にまで恥をかかせようとするなこの馬鹿。」

 

「うぃっす…」

 

耳郎の至極もっともな返答に衝也が軽くうなずきを返している中、体育祭の説明は着々と進んでいく。

そして、とうとう体育祭の大事な初戦、つまりは第一種目がミッドナイトにより発表された。

その第一種目とは

 

「障害物競争かぁ…」

 

障害物競争

約四キロあるスタジアムの外周をコースに沿って進んでいきゴールを目指す至極シンプルな競技であるが、一つ特出すべきところがあるとするならば、

コースに沿ってさえいれば何をしてもかまわないということ。

もちろん、個性使用による妨害や相手への直接攻撃だってかまわない。

 

(つまり、裏を返せば『個性を使用しなければ到底乗り越えられない障害物がある』ってわけだな…いや、考えすぎか普通科やほかの科の生徒もいるわけだし。どちらかというと、個性使用を許可することによって生徒同士の闘争をより過激なものにしていくのとプロヒーローたちへのアピールの機会を増やすのが狙い、なのかもな。しっかし…こういうのはヒーローを目指してる者より、個性を持て余してストレスが溜まってるヴィラン予備軍的な奴にやらせた方がストレス解消になる上にゴミが減るからそっちの方がいいんじゃないか?)

 

なんてことを考えながら衝也は目の前の大型モニターの方へと視線を向け続ける。

 

「?何やってんの衝也、早くいくよ。もうスタート地点に並ぶんだって。」

 

「え、もう?速くない?おやつ休憩とかないの?」

 

「あるわけないでしょ…」

 

「あはは、それもそうだなぁ。おやつは競技が終わってからか!」

 

「遠足に行ってる小学生じゃないんだからさ…」

 

後ろから耳郎に声を掛けられて思わず不思議そうに返答している衝也を見てあきれた様子を見せる耳郎。

そんな彼女のあきれた様子を見た衝也は後頭部を片手で掻きながら笑い声をあげる。

そして、衝也は耳郎やほかのクラスメートと一緒にスタート地点に向かおうとするが、不意にキョロキョロとあたりを見渡し始めた。

その様子を見ていた耳郎は明るく首を傾げる。

 

 

「?どうかしたの衝也?」

 

「いや…なんか、どっかから視線を感じるような気がして…」

 

「視線?ウチは特に何も感じないけど…緊張のしすぎなんじゃ…ってアンタに限ってそれはないな、うん。」

 

「なんかさ、耳郎最近俺に冷たくないか?ウサギはさみしくなると死んじゃうんだぜ?」

 

「アンタよりウサギの方が1千万倍可愛いから。」

 

「いやいや、俺にも中々どうして世の女子を魅了する可愛さが…」

 

「ないから。」

 

「即答かよ!?こいつはシヴィー!」

 

ケラケラと笑いながらプレゼント・マイクの物まねをした衝也は、あきれた様にため息を吐く耳郎と共にスタート地点へと歩いていく。

 

そして

 

そんな彼らを遠目から見ている者がひとりいた。

彼らが歩いていた場所から少し離れた場所で、二人と同じようにスタート地点に向かって歩いている少年、B組の物間寧人である。

 

「いたいた、やっと見つけたよ、五十嵐衝也。」

 

そういって、物間はわずかに唇の端を吊り上げる。

 

「あの時の借りを、返させてもらわないとな…」

 

あの時、衝也が退院してきたときに受けたあの屈辱。

その屈辱は、彼の、いや、彼らの心に深く刷り込まれている。

あの日の放課後

 

突然教室にやってきたと思ったら、この前自分たち全員をモブ扱いした爆豪とかいう少年の代わりに、クラス代表もかねて詫びを入れに来た、と笑顔で言ってきた少年は、手土産にフルーツの盛り合わせを持って謝りに来た。

その態度を見て、同じクラスメートの鉄哲徹鐵などや、ほかならぬ自分自身も、A組にもこういうやつがいるんだな、と感心した。

だが、その関心もすぐに敵意に代わることとなった。

あの男は去り際、決して許すことはできない言葉を口にしたのだ。

自分たちをなめているとしか考えられない、あの言葉を

 

『ま、ヒーロー科と普通科、お互い違う科だけど、体育祭の日は正々堂々勝負しような!あ、フルーツは早めに食べちゃってくれよ!腐らせたらもったいないし。そんじゃ、また体育祭の日に会おうぜ!』

 

そういって教室を出ていったのだ。

B組は普通科ではない。

A組と同じように、ヒーローを目指すもの達が集まり、A組と同じカリキュラムを受けているヒーロー科なのだ。

それをあろうことかあの男は、普通科と言い放ったのである。

これは、B組に対する明らかな侮辱行為に他ならない。

実際、B組の生徒大半がぶちぎれた。

結果、B組の生徒たちは決意したのだ。

あのUSJの事件以来明らかに調子に乗っているA組どもを、体育祭でぼこぼこに叩きのめすことを。

 

「待ってろよA組…そして五十嵐衝也。僕たちをバカにしたお返しは、この体育祭でたっぷりとしてやるよ…」

 

黒い笑みを浮かべながらスタート地点へと向かって歩いていく物間。

そんな彼を見ていたB組学級委員長、拳藤一佳はあきれた様にため息を吐き

 

「そういうの…試合前に言ったら負けるフラグじゃないかぁ…?」

 

とつぶやいて、プライドの塊みたいな自身のクラスメートを心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

『さぁさぁ!位置に着いたかボーイ&ガールども!緊張で胸がドキドキの奴も、闘志メラメラ燃やしてやがる奴も!けつの穴引き締めて覚悟を決めろぉ!そんじゃ!雄英高校体育祭第一種目!障害物競争…す』

 

「スタート!!!」

 

『うぉい!?そこ俺がいうとこだろーがミッドナイト!リハーサルと全然違うじゃねぇのよ!?』

 

プレゼント・マイクの…ではなく主審であるミッドナイトによる掛け声を合図に

スタート地点にいた生徒たちが一斉にコースの中へとなだれ込んでいく。

が、スタート地点のゲートは予想以上に狭く、まるでワイングラスに蓋をしてるかのようにゲートは人であふれかえっていた。

 

「な、何だよこれ!ゲート狭すぎだろ!?」

 

「こんなの通れるわけないじゃない!」

 

「いてぇ!おい誰だよ今俺の足踏んづけたやつ!」

 

『おおっと、スタートゲートで早くも小競り合いが続いてやがるぜ!この光景は、あれだな!人がごみのようだっやつだぁ!開始早々醜い争いが始まってやがるぅ!』

 

『合ってはいると思うが、その言葉は使いどころが違うんじゃねぇか?』

 

スタートゲートで早くも小競り合いを起こし始めている生徒たちを見て、プレゼントマイクがケタケタと笑いながら実況を始める。

そんな彼にツッコミを入れつつ相沢は目の前の選手たちの行動に注目をする。

 

(スタートゲートからすでに選手のふるいは始まってる。ここを抜けれもしないような奴らは、この先の障害を乗り越えることはできない。さて、あいつらはどう動く?)

 

すると、早くもスタートゲートで最初の動きがあった。

 

『おお!ここで早くも妨害発生!1-Aの轟が後ろの選手たちを氷漬けにしやがった!しかもちゃっかり自分のコースまで確保してやがる!こいつはせけぇ!』

 

 

先頭集団を走っていた轟が素早く前方と後方の道を氷結させ、後方の生徒の妨害と自身のコースの確保をしたのだ。

おかげでスタートゲートにいる大半の生徒が凍って動けなくなってしまうが…

 

「そううまくはいかせねぇよ半分野郎が!!」

 

爆豪をはじめとした1-Aのクラス陣が各々の個性や身体能力を生かし轟の氷結を突破していく。

その行動の速さを見るに、どうやらここで轟が行動を起こすのはすでに予想済みだったようだ。

 

「クラス連中は当然としても、思ったよりよけられたな…ん?」

 

轟は軽く後ろを振り向きその様子を確認する。

自身が勝つと宣言した緑谷がどこにいるのかを把握するのも忘れない。が

彼はその光景を見て、わずかに眉をひそめた。

 

(…五十嵐の野郎が、いねぇな。)

 

五十嵐衝也、クラス一と噂される実力者の轟や、戦闘センス抜群の爆豪ですら認めるほどの圧倒的戦闘能力を持つ彼(ほとんどの者からはただのバカとしか見られていないが)の姿が、スタートゲートの付近には見られなかったからだ。

 

轟も、体育祭に参加するからにはもちろん狙うのは優勝だ。

それもただの優勝ではない。

(父の力)を使わずに(母の力)のみで優勝し、あの男を完全否定する。 

そのために狙うは右のみを使い優勝しなければならない。

当然、オールマイトに目をかけられている(らしい)緑谷や爆豪、尾白などの実力者の行動はしっかりと警戒しなければならないと考えていた。

その中でも一番轟が危険視していたのが、衝也である。

圧倒的な戦闘能力に加えて頭の回転も速い。

判断力や決断力や身体能力、およそ戦闘にかかわるすべての能力がかなりの水準に達している彼(普段の言動が致命的)は、今現在轟が最も警戒しているといっても良い。

そんな彼が自分の攻撃をよけられないとは到底考えにくい。

 

(攻撃を受けないよう後方で様子を見てんのか、俺が視認できないほど個性を使って高く飛んだのか…どちらにせよ油断しない方が…)

 

そう思って轟が再び前を向こうとしたとき

 

「だああああああ!暑苦しいわァァァァ!!!」

 

という叫び声が聞こえたかと思うと

 

『!?う、うわああああああああ!!?』

 

ものすごい轟音と共に、スタートゲートでぎゅうぎゅう詰めになっていた選手たちが、ポップコーンのように勢いよく吹き飛んだ。

その衝撃に足を凍らせて動けなくなったものも、何とか回避して前に進もうとしたものも、見境なしに吹き飛ばされていく

そして次の瞬間

 

トップを独走していた轟の後方から、一瞬風が通り抜けたかと思うと

今まで姿を見せていなかった五十嵐が、轟を抜き去り怒涛のトップに躍り出た。

 

『早くも首位が変わったぁ!その首位とは!聞いて驚け、さっきのさえないフェイスのクレイジーボーイ、五十嵐衝也だぁ!なんだよやればできんじゃん!正直全然強くなさそうだったけど!もしかしたら実力者なのか!?あふれ出る雑魚臭は払しょくできるのかぁ!?』

 

「実況に悪意しか感じねぇ!?俺ってそんなに雑魚っぽいか!?」

 

プレゼントマイクの実況にツッコミを入れるほどの余裕を見せる衝也に対して吹き飛ばされた後方の選手はボロボロ。

どうやらゲートの中で思いっきり衝撃をぶっ放してから前へと飛んだらしく、ゲートは先ほどよりも二回りほど大きくなっており、その周りにいる選手たちも傷だらけだった。

中には白目を剥いて気絶してしまっている選手もいる。

 

 

「衝也ぁ!おめぇ少しは加減しやがれ!俺らならともかく、ほかの奴らがこんな規模の衝撃耐えられるかぁ!?」

 

全身を硬化させながら切島が走りつつツッコミをする中、当の本人はどこ吹く風というような表情で顔を後方へとむけた。

 

「おいおい、何甘いこと言ってんだよ切島!まるで砂糖とキャラメルとホイップクリームとチョコレートソースを盛ったアイスクリームみてぇな思考だぜおい!これは体育祭!全員が今自分の出せる全力を出し尽くして戦う戦争だ!そこに加減もくそもねぇ!あるのはただ勝者と敗者のみ!敗者は潔く地面の砂でもなめとけばいいんだよ!もしくは俺の足でもいいけどなぁ!」

 

『YEAH!とんでもなく悪い顔してとんでもねぇこと言いやがるぜ!もう顔つきがヴィランにくりそつ!さっきのクレイジーさも考慮してみるに、あのクレイジーボーイは碌な人間にならねぇと俺は思うぜ!』

 

『ま、だがいうことには一理あるな。今あいつらがやってんのは遊びじゃない、自分自身の目標、夢に近づくために戦ってる。ただただがむしゃらに、ただただ全力でな。そういう意味じゃ、アイツの言った通り、この体育祭は戦争ともいえるかもな。ま、敗者は別に五十嵐の靴をなめる必要はないけどな』

 

衝也のヴィラン顔負けの黒い笑みと言葉にプレゼントマイクと相沢が各々の見解を述べる中、首位を奪われた轟は一瞬悔しそうに歯ぎしりした後

 

「…ッ!ッの!」

「うおっとぉ!?」

 

前方を個性を利用してほとんど足をつかずに突き進んでいる衝也を狙って氷を地面へと這わせる。

が、衝也は相変わらず余裕そうに笑みを浮かべたまま斜め上へと飛び、氷をなんなく回避する。

 

「あっぶねぇな!何すんだよ轟!俺ら友達だろ!?友達を氷漬けにしようだなんて、お前は悪魔か!?」

 

「さっきお前も容赦なくほかの奴ら吹き飛ばしてただろうが。自分だけやられたかねぇってのは虫のいい話だろ?」

 

「人間だれしもそういう生き物よ…それにほら、俺って好きな人に程いやがらせしちゃう天邪鬼な性格だし?」

 

「言ってろ!」

 

再び轟が衝也に向けて氷を這わせていくが、その瞬間衝也は、轟にとって予想外のうごきを起こした。

なんと、あろうことか一瞬動きを止め、くるりと身体を反転させたのである。

 

右腕を構えた状態で

 

「ッ!?」

 

「お前、緑谷に『絶対勝つ』って言ったんだって?さっすがクラス一の実力者。絶対勝つだなんて言葉を真正面から相手に言えるなんてすげぇじゃねぇの。俺だったらよっぽど勝てる自信のある奴にしかそんな言葉言えないぜ?ほら、俺って小心者だしさ。

だから言わせてもらうけど

 

 

 

 

 

 

 

『今の』お前にだけは絶対に勝つぞ、轟。」

 

 

 

「ってぇわけで、ふきとべぇ!40%インパクト!」

 

そう衝也が叫んだ瞬間、彼の右腕から衝撃が放出される。

その瞬間、衝也に向けてはなった氷は粉々に砕け散る。

なまじ先に衝也に向けて氷を這わせたものだから衝撃から身を守るための氷を出すのがワンテンポ遅れてしまう。

ゆえに、轟はその衝撃により発生する波をまともに受け

 

「がッ…!?」

 

大きく数回バウンドしながら後方へと吹き飛んだ。

それを見た衝也は、一瞬、ほんの一瞬だけ表情を曇らせた後、

再び前を向いてコースを進み始める。

そして、ついに、この障害物競争の第一の関門が姿を見せた。

 

『さあ、障害物が出る前から白熱してたが!ここでついに障害物の登場だぁ!まずはて始め!この巨大なロボの大群をどう切り抜ける!ロボインフェルノぉ!』

 

「手始めがすでに手始めじゃねぇ!死人が出るぞこんな障害物!?」

 

プレゼントマイクの声に続くかのように衝也が前へと進みながらそう叫び声をあげる。

第一関門、ロボインフェルノ。

その名のとおり、無限のごとく続くロボの猛攻を選手たちがどう切り抜けるかが問われる関門である。

そのロボとはもちろん、入試で大活躍を果たしたあのロボたちである。

特に、0Pの巨大ロボなど数え切れないほどの数、出動している。

 

「ターゲット補足、攻撃開始!ニンゲンヨ、ワレラキカイノオソロシサヲシルガイイ!」

 

「ニンゲンハミナゴロシダ!」

 

「ヤキツクセ!イッペンノホネスラノコサズヤキツクセェェェ!」

 

「一体どんなデータがインストールされてんだよ!?ッと!!」

 

衝也の姿を補足した瞬間、物騒な言葉とともにミサイルやらなんやらの重火器を撃ちまくってくるロボ達。

そんなロボ達にツッコミを入れつつも衝也は重火器の嵐や、巨大なロボの拳を個性を使ってよけていく。

彼の個性、衝撃は足からも放出ができ、少し応用すればスーパーボールのような跳躍力

や機動力を得ることができる上に、空中を高速移動することも可能なのだ。

ロボの頭上や股座やわきの下など、攻撃の隙間を縫うようにロボの攻撃をよけながら衝也は先へ先へと進んでいく。

 

『おお!あのクレイジーボーイ、かなりクレーバーな動きでトップを独走中だぁ!後方との差もぐんぐん開いてくぅ!っと、ここで二位の轟も第一関門に到着だ!急げ急げ!もうすでに衝也はこの関門を超えちまいそうだぜぇ!?』

 

『前々から思っちゃいたが、五十嵐は個性の使い方がうまいよ。戦闘やそれ以外のことに使うときも含めてな。空を飛んだり、高速で移動したり、方向転換に使ったり、自身の個性のことをきちんと研究してやがる。こういう動きは、ちょっとやそっと鍛錬しただけじゃそう身に着くもんじゃねぇぞ…。一体どんな特訓してきたんだあいつは。』

 

実況と解説者の二人が感心したように衝也のことを話すのを聞いて、ほかの選手たちも負けじと進む速度を上げていく。

そんな中、轟はイラついているかのように小さく舌打ちをした後、少し屈んで左の手の平を地面へと着ける。

 

(くそ…だめだ、こんなんじゃ…だめだ、こんなんじゃ…!)

 

「くッそが!!!」

 

そう忌々し気につぶやいた後、左の手の平を勢いよく上にあげる。

その瞬間、

轟を補足していた巨大ロボやほかのロボ達が、一瞬にして氷像へと姿を変えてしまった。

 

『おおっと!ここで轟、大量のロボ達を大量の氷のオブジェへと変えやがった!あれだな、こいつの個性ずっけぇな!俺もこんなかっこいい個性がほしかった!』

 

プレゼントマイクがそういってる間にも轟は相変わらずイラついたような表情のまま凍らせたロボの足元をとおり、先に進んでいく。

 

「おい、アイツのおかげで隙間ができた!通れるぞ!」

 

それに追従するように、ロボを壊すことができずにいた選手たちが轟の作った道へと進んでいこうとするが、

不意に、その凍ったロボがぐらりと揺れたかと思うと、勢いよく地面に向けて倒れてきた。

 

「お、おい!やべぇぞ!倒れてきてる!早く逃げろ、下敷きにされんぞ!」

 

一人の生徒がそう大声で叫ぶものの、ロボは倒れるのをやめてはくれず、とうとう足元に選手がいるのにも関わらず重力にしたがい地面へと倒れこもうとする。

ビルよりもでかいロボの氷像に押しつぶされた人間がどうなるかなど、言わなくてもわかるだろう。

だれもが、その光景を想像し、目を逸らす中

 

「55%インパクトキック!!」

 

突然、そのロボの氷像がドバゴォォンという音と共に粉々に砕け散った。

その音と衝撃に近くにいた選手たちの何人かが吹き飛ばされたり、しりもちをついたりする。

そんな中、衝撃による砂埃が舞う中、そのロボを粉々にした張本人は、ゆっくりと地面へと足をつき、あきれた様に前方の方に顔を向けた。

 

「何とか、間に合ったか。ったく、あのハーフのイケメン野郎め、せめて忠告かなんかしろっての。これじゃあほんとに死人が出るぞ…!」

 

その張本人とは、先ほどまでトップを独走していた五十嵐衝也、その人だった。

焦っていたのかそれともいら立ちのせいなのか、忠告の一つもせずに進んでいった轟に苦言を漏らしている。

 

『おおっと、ここでまさかのトップが後退!轟の妨害により倒れてきたロボを粉々に打ち砕きやがった!なんてパワーだすげーなおい!』

 

プレゼントマイクが興奮気味にそう実況する中、先ほど下敷きになりかけた少年の一人、切島が走って衝也の方へと駆け寄っていく。

 

「衝也!わりい、助かったわ!サンキューな!」

 

「……」

 

「おい!?なんだよその『こいつかよ、だったら助けなくてもよかったなぁ』みたいな顔は!」

 

「切島かよ、だったら助けなくてもよかったなぁ…」

 

「声に出すなよ!?結構傷つくぞそういうの!」

 

「いやだって、お前身体硬化できるから助けなくても死なないじゃん?」

 

「そ、そりゃあまあ、そうだけどよ…」

 

「あーあ…ここまで来るのにめちゃくちゃ苦労したのにまさかの無駄足とか…ほんとありえねぇ。なんか一気にだるくなってきた…切島、とりあえずお前死んで詫びてくんない?」

 

「冗談だよな!?冗談で言ってんだよな!?」

 

頭をぼりぼりと掻きながら割とがち目なトーンと表情でそう言い放つ衝也に思わず詰め寄ってしまう切島。

そんな様子を、たすけられたもう一人の少年、鉄徹が不思議そうに見ている中、衝也は軽くため息を吐いた後、切島の方に人差し指を向けた。

 

「はぁ…まあいいや。切島、とりあえず俺行くわ。切島は俺のために缶ジュースとたこ焼きを買ってきてくれ。もちろんお前のおごりで。」

 

「絶賛競技に参加中だわボケ!って、あ、こら、人の話聞け衝也ぁ!くっそ、買うのは競技終わった後でだかんなぁー!!」

 

再び個性を使って上空を移動し始めた衝也の背中に向けてそう言い放つ切島を軽く見て笑顔を浮かべ、前方を突き進む。

 

(さって、予想外の出来事でちっと時間をくっちまった…あんまし轟との距離が開いてなきゃいいんだが…)

 

そこまで考えて衝也は一瞬表情を曇らせた。

 

(ん…待てよ?仮に俺が轟に勝ってとしても、それはあの人の頼みをかなえたことにはなんねぇよなぁ…。下手したらもっと意固地になってよりいっそう囚われ続けることになるかもしんないし…。でも、アイツこのままじゃきっと…)

 

なにやら難しそうな顔をしてうーん、と首を傾げる衝也。

考え事をしてても移動ができるのはなんというか、さすが衝也としか言いようがない。

だが、所詮は移動ができているだけで、決して周りが見えているわけではない。

なので

 

「まぁ…とりあえずはこの体育祭を全力で…バッハァ!!!??」

 

考え事をしていた彼の背中に後方から放たれた大砲の球がぶち当たるのもなんら不思議ではないのである。

 

「い、五十嵐さん!?すすす、すいません!?あの0pを倒そうとしたら、照準が五十嵐さんとちょうど重なってしまって…!?」

 

「おお、すごいじゃんヤオモモ。ロボを倒すと見せかけて衝也に攻撃とか。ヤオモモのそういうところ、ウチ結構好きだよ。」

 

「ち、違うんです耳郎さん!わ、私は故意に五十嵐さんを撃ち落としたのではなくて…!」

 

「どうせ考え事でもしてよそ見かなんかしてたんでしょ。それにほら、アイツも言ってたじゃん。これは戦争、情け容赦はいらないんだって。大丈夫、衝也はあれくらいじゃ死なないから…さ!!」

 

慌てふためく八百万をなだめながら耳郎は向かってきた小型ロボ、ヴィクトリーの攻撃をかわし、そのメカメカしい体にプラグを差し込み、自身の爆音の心音を内部に響かせて行動を停止させる。

そんな様子を見て八百万は少しばかり不安な様子を見せたものの、少しだけ笑みを浮かべて走り出した。

 

「わかりましたわ…確かに、今は五十嵐さんも、ほかの皆さまも敵同士、下手な同情や心配は、逆に皆様への侮辱になってしまいます!」

 

「そういうこと!もちろん、ウチラもだからね、ヤオモモ。」

 

「ッ!はい!」

 

そういって軽くウィンクをする耳郎をみて後を追うように八百万は笑みを浮かべて走り出す。

 

「それにしても耳郎さん。」

 

「ん?」

 

「よく見てるんですね。」

 

「……違うから、そういうんじゃないから。勘違いしないでよ。」

 

そういってプイと顔を前へとむけなおす耳郎。

しかし、彼女のコードは、まるで確信をつかれて焦っているかのようにしきりにプラプラと動いていた。

 

(…誰を、とは言っていないのですが。)

 

そういってくすりと笑う八百万の顔は、彼女には似合わないほど意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

衝也が八百大砲に撃ち落とされてからおよそ数分後。

レースも終盤となり、戦局は大きく揺れ動いていた。

第二関門のザ・フォール(蛙吹いわく大げさな綱渡り)

崖から崖へとつながれた一本の細い縄の道を通っていくという綱渡りだが、その高さが問題だ。

何せ底が見えない。

もし落ちたら確実に…なんてことが容易に想像できてしまうほどの暗さである。

加えて一本しかない縄も問題だ。

ルートはいくつかあるものの、もちろんルートが被れば何人もの人数の参加者が縄を渡ることになる。

もし一本の綱が途中で重さに耐えきれずぷっつりと切れたらどうなるか、それはご想像にお任せする。

ほかにも、縄の上での選手の妨害なども考えられるため、精神的には第一関門よりつらいものがあるだろう。

そして続くは第三関門、つまりは最後の障害物。

それは怒りのアフガン…名前は壮大だがつまるところ地雷が埋め込まれた地面を通るだけというものである。

だが、その威力はなかなかのものだが、良ーく見ればどこに地雷があるかわかるため、集中力と周りを見る視野の広さが大切になってくるものだ。

ここで今、まさに手に汗握る白熱の戦闘が繰り広げられていた。

大砲で撃ち落とされた衝也に代わってトップとなっていた轟だったが、ここで若干の失速。

そこをついて爆豪が爆破の衝撃を利用して衝也のように地面に足をつけずに移動することで地雷を気にせず前へと進んで轟と並んだのだ。

そこからは醜い足の引っ張り合いが二人の間で行われていたが…

ここで一つの変化が訪れる。

 

なんと、ここまで40位ほどに甘んじていた緑谷が、入口付近にあった地雷原をこれでもかと掘り起こしてかき集め、第一関門のロボから強奪した装甲と、大量の地雷による大爆発を利用して轟と爆豪を抜き去り、単身トップに躍り出たのだ。

 

『おおおおおおおお!!A組緑谷爆発で猛追っつーか…トップ二人を抜きやがったーぁぁぁぁ!!』

 

『うるせぇ…それと汚い』

 

大興奮のプレゼントマイクが唾をまき散らしながら実況を続ける中、爆発で空を勢いよく飛んでいた緑谷。

それを追って、今まで醜く争うだけだった轟と爆豪の二人がいったん争いをやめて緑谷を抜くことだけに集中する。

それを見たプレゼントマイクは共通の敵やら争いはどーたらだ云々カンヌン訳の分からないことを実況していく。

果たして第一種目の障害物競争のトップとなるのは一体誰なのか、観客全員が固唾をのんで見守っている中、

 

「ぬぐおおおおおおあああああああああ!!!」

 

突如コース全体を震わせるほどの大絶叫が聞こえてきた。

さすがに先頭の三人は必死すぎてその叫び声も耳に入っていないようだったが、後続を走っていた選手たちは何事かと目を向ける。

するとそこには

 

「せぇんとおは……どぅおこどぅわあああああああああああああああああああああ!!!!!!」 

 

『だ、だれだこいつぅぅぅぅぅ!!?』

 

ほこりまみれでぼさぼさな頭に焼けてボロボロな体操服、そして何より、若干狂気をはらませている血走った瞳。

どこから見ても危ないブツに手を出しているようにしか見えない少年が、猛スピードで後方から追い上げてきていた。

 

『おいおいおいおい!何かとんでもなくやばそうなクレイジー野郎が後方から怒涛の追い上げ!!つーかこいつ一体誰よ!?』

 

プレゼントマイクのツッコミが響いている間も、その少年はぐんぐんとスピードを上げている。

その少年はそのまま地雷原ゾーンへと突入するが、どうやら彼も爆豪のように地面に足をつけずに移動ができるようで、地雷を全く気にせず進んでいく。

だが、その速度は爆豪のそれよりもずっと速く、どんどんほかの選手たちとの距離を詰めていく。

そんな中、大体中位あたりで足元を気にしながらおっかなびっくり走っていた上鳴が、その少年の顔を見て驚いたように声を上げた。

 

「ったく…地雷原とか自衛隊かなんかかよ俺ら…って!あれ…おま、しょ、衝也!?お前、その恰好なんだぁ!?え、おまえ、一体何が…」

 

「どけよアホがあああああああああああああ!!」

 

「ゴフバァァ!!?」

 

ボロボロの衝也を気づかって声をかけた上鳴だったが

衝也はそんな上鳴を、まるで目の前を横切った蚊を払いのけるかのように握りしめた拳で彼の頬へとたたきつけた。

衝也の拳をまともに受けた上鳴はそのまま吹っ飛んでいき、直後大きな爆発音があたりに響き渡った。

 

『おわぁ…スパーキングキリングボーイの奴、瞬殺じゃねぇか…南無三…。ってそんなことより!そういえば見てないなって今更思い出したけど!ここでまさかの!まさかのだいぶ前の元トップ、五十嵐衝也が奇跡のカムバックだぁぁ!!なんだよなんだよ!イレイザー!お前のクラス熱いことばっかしやがるじゃねぇか!てぇか、アイツなんであんなにボロボロなわけよ!?』

 

『第一関門のときに、八百万が作った大砲の球をもろに食らったからだろ。つーか、よく大砲の球まともに食らって動けるもんだ…。タフな野郎だよ。』

 

『大砲!何それウケる!』

 

「うるせぇぞこのバナナ頭のでこひろしがぁ!!!こちとら死にかけとんじゃ!!バカにしてっとそのバナナの皮むしり取んぞごらぁぁぁ!!」

 

『え…あ、は、はい…』

 

『言われてるぞひろし』

 

『いや、おれひざし…』

 

鬼の形相で衝也に怒られたプレゼントマイクが一瞬たじろいている中、衝也はぐんぐんと後続の選手たちを追い抜いていき(目の前にいたテープと赤鬼は吹っ飛ばしたが)

ついに

 

「みぃつけたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

先頭集団の三人の背中をとらえることができた。

第一関門でどこからか放たれた副委員長の砲弾でボロボロになり、それでも何とか傷だらけの身体を引きずってここまで来た。

もう意地と執念と怨念とのみの力でここまで来た。

とはいっても、なまじ八百万には昼飯をたかってたりしていて借りがあるため、恨むわけにもいかず、だれを恨めばいいか迷いに迷った結果

 

 

 

 

俺に考え事をさせた轟が悪い!

 

 

 

 

 

という本人が聞いたら迷惑極まりない結論に至り

彼は意地と執念と『轟』への怨念のみの力でここに来たのだ。

そして、その怨念を向けるべき相手をやっととらえたのだ、ここで前に出ねば…

 

「ここまで来た意味がねぇんだよぉぉッぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

そういって足から放出する衝撃の出力を上げてスピードを底上げする。

そして、ついに、

 

轟と爆豪の間を潜り抜け、ついに

 

「これで、俺が…トップじゃぁぁああああああああ!!!」

 

「え…!い、五十嵐君!?」

 

「は…?」

 

衝也が彼らの間を通り抜けて頭一つ分抜けたあたりで、不意に上の方から声が聞こえた。

その声には実に聞き覚えがあり、衝也は思わず素っ頓狂な声を上げる。

彼の目に映っていたのは轟とその隣のいがぐり頭のみ

彼にしては珍しくそのうえにまでは視野がなかったのである。

 

そして、その予想外の声が衝也の耳に入った瞬間

 

「フゴブッ!!?」

 

彼の顔に分厚い鉄板がたたきつけられた。

そしてその直後

 

カチ

 

という音が四人の耳に響いてきた。

 

「「「あ…」」」

 

「……」

 

その時、衝也は頭の中で今までの人生の様々な走馬燈が走っていき、最後に一言、こう心の中でつぶやいていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺が一体何をした?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、地雷のアフガン

その場所に、

一つの爆発音が響き渡った。

 




あれですね…体育祭大変ですね、書くの。
ただでさえ駄文なのにいつもの5倍くらい駄文になってやがる。
もう読めたもんじゃねぇ。
なのにそれを投稿するとは…。
私も…堕ちたものだな…。









素直に謝ります、すいません…
転職を真剣に考えるか…


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第十六話 フラグを立てまくると自身が追い込まれていくことがあるためフラグ建築には注意が必要である。

速くトーナメントを書きたいというよこしまな欲求のせいか
ほかの二種目がおざなりに…
頑張らねば!
というわけで十六話です
どうぞ


終盤にて、緑谷・轟・爆豪…あとついでに衝也も含めた四人による白熱のトップ争いが繰り広げられた第一種目。

互いに死力を尽くし、策を練り、自分自身の力やその場にあった物を使い、勝利を手にしたのは

なんとまさかの緑谷だった。

しかも、個性を使わずに、鉄板と地雷を巧みに駆使してのトップである。

それに続く形で、轟が二位、爆豪が三位、そして衝也が四位となったわけだが…その衝也はというと

 

「…アンタ、第一種目で一体何があったんだい?」

 

「恩人に大砲で撃たれて友達に鉄板で地面にたたきつけられて、最後に地面に埋めてあった大量の地雷の爆破をまともに食らいました。」

 

「その二人は本当に恩人と友達なのかい?」

 

絶賛リカバリーガールの出張保健室にて治癒の真っ最中だった。

競技のとき、緑谷が轟と爆豪を妨害するために地雷原たっぷりの地面へとたたきつけようとした鉄板。

しかし、その鉄板がたたきつけたのは地面ではなくなんといきなり飛び出してきた衝也の顔面だった。

そのせいで衝也は緑谷によって地面に顔面からたたきつけられ、その衝撃で地雷が作動。

衝也はもろに爆撃をくらい、その近くにいた轟と爆豪もその爆発に巻き込まれてしまい、失速。

唯一上空にいたことにより、爆風を利用して前に進むことができた緑谷がトップに立ったのである。

対する衝也は、いきなり背後から大砲で撃たれるわ、分厚い鉄板で顔面を殴られるわ、大量の地雷原による爆撃をもろに食らうわと、さんざんな目にあっていた。

よくここまでされて四位になれたものである。

実際、ゴールする直前まで意識は朦朧としており、ゴールした瞬間、衝也は前のめりに倒れこんでしまった。

ちなみに、最後のつぶやきは『俺が…何を…したんだ…』であり、それを聞いたハンソーロボは機械のくせに涙を流していたとかいないとか。

 

「しかし、よくもまぁ無事だったもんだよ。普通なら大砲に撃たれた時点で動けなくなってただろうに。」

 

「無事なわけないでしょうが。死にかけましたよこちとら。人生の走馬燈なんて見たの久しぶりですよほんと。」

 

「その年でもう『久しぶり』なのかい…一体どんな人生を送ってるんだか…ほら、治癒は終わったよ!」

 

呆れた様にため息を吐きながら衝也の身体をパシン!と軽くはたくリカバリーガール。

それにたいし、衝也は「いてッ!」と軽く声を上げた後、リカバリーガールの方へと顔を向けた。

 

「ちょ…怪我人に何てことするんですか…ひでぇなもう。」

 

「退院早々無茶するようなバカにはそれくらいがいい薬さね。」

 

「いやいや!今回はさすがに俺が無茶したせいじゃないですってば!完全に事故ですから!事・故!」

 

オーバーな身振り手振りで大げさに事故であることをアピールする衝也だが、対するリカバリーガールはあきれたまま「わかったわかった」と軽く受け流す。

そんな彼女を見て衝也は軽くため息を吐いた後、お礼を言って保健室から出ていこうとドアに手をかけた直後、不意にリカバリーガールに呼び止められた。

 

「ああ、言い忘れてた。ちょっといいかい?」

 

「?なんですか?」

 

「アンタが一体何に気を取られてるのかは知らないけどね…あまり他人の事情に深く首を突っ込むのはやめた方が身のためさね。それで注意が散漫になって怪我したって、それは結局のところ自分の責任になるんだから。」

 

そういうリカバリーガールの声色はいつもよりも真剣で、衝也は思わず目を見開いて固まってしまう。

 

「……」

 

「今は、とりあえずは目の前の体育祭に集中することさね。他人におせっかいを焼くのはそのあとさ。特に、アンタや緑谷みたいなやつは、ね。」

 

「…了解でーす…っと」

 

「伸ばさない」

 

「いッでッ!つ、杖は卑怯でしょうよ…」

 

おどけた調子で返事をした衝也だったが直後にすねのあたりを杖でリカバリーガールに叩かれてしまい、軽く悶絶しつつ、叩かれた場所をさすったり息を吹きかけたりする。

そんな衝也を見てリカバリーガールは呆れた様にため息を吐くと仕方がないという風に首を左右に振り、くるりと座っていた椅子を反転させた。

 

「まったく…どうしてこうも優秀な子に限ってこう バカな奴が多いんだろうね…」

 

「やだ、そんな褒めないでくださいよ、照れる。」

 

「褒めてないから照れなくても大丈夫さね、ほら怪我が治ったらさっさと出た出た。まだ体育祭は終わってないよ。」

 

くるりと顔だけ後ろに向けて、あきれたような、それでいて優し気な笑みを浮かべながらそういうリカバリーガールをみた衝也は軽く頬を掻いた後、「うぃっす、それじゃあ、ありがとうございました、また来ます、リカバリーガール。」と笑顔で言ってからドアを開けて保健室から出ていった。

どうやらまたここに来る予定があるようだ。

そんな迷惑すぎる生徒の衝也はゆっくりと保健室のドアを閉めた後、深い溜息を吐きながらドアの方へと寄りかかった。

 

(なーんでばれてんだかなぁ…俺ってもしかして顔に出やすかったりするタイプ?)

 

自身の顔の頬をムニムニしながら怪訝そうな顔をした衝也はしばらくムニムニを続けた後、ゆっくりとムニムニしていた両手をダラン、と下におろした。

 

「…自分が怪我しようが何しようが、あんなこと聞かされて、そのうえ頭まで下げられちゃ…ほっとけねぇよな、やっぱ…。」

 

「何がほっとけないって?」

 

「んあ?」

 

ポツリと小さくつぶやいた独り言にいきなり返事が来たことに若干驚き、素っ頓狂な言葉を上げてしまう衝也。

顔をそちらの方へ向けると、そこには耳郎と緑谷、そして八百万の三人がこちらの方を向いていた。

耳郎は怪訝そうな顔をしているものの、緑谷や八百万は神妙そうな顔つきをしている。

 

「あれ、耳郎に八百万に緑谷か。どうした?まさか!お前らも怪我してリカバリーガールんとこに…」

 

「ウチらが怪我してるように見えるのアンタは?」

 

「ううん、全然。」

 

「こいつ…」

 

真顔で首を横に振る衝也を見て拳をわずかに震わせる耳郎。

その後ろにいた緑谷は神妙そうな面持ちのままゆっくりと前に出て、おずおずと話を切り出した。

 

「あ、あの、五十嵐君…その、怪我は、大丈夫?その、ごめんね、僕のせいで…」

 

「あ、緑谷!ったくてめぇ!やりやがったなこんちくしょうが!こんにゃろめ!!」

 

「うわわ…!」

 

申し訳なさそうに頭を下げてきた緑谷を見た衝也はその緑谷の頭に一瞬でヘッドロックをかまし、そのままわしゃわしゃと彼の頭を撫で繰り回した。

 

「まさかあそこであんな妨害されるだなんて思わなかったわ!完全にお前の作戦勝ちだ!悔しいけどやっぱお前根性あるよな…ヘタレ顔のくせによ!やるときはやる男だとは思ってたけど、想像をはるかに超えてきたぜ全くよぉ!」

 

「え、あ、ありがとう…ってそうじゃなくて!」

 

「ん?」

 

「ぼ、僕、さっきのこと謝ろうと思って…ほら、思いっきり顔を装甲で殴っちゃったし、地雷の爆破をもろに浴びせちゃったし…」

 

ヘッドロックをされたままもごもごと申し訳なさそうにしゃべる緑谷を見て、衝也は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、いつものように明るい笑顔を浮かべ始めた。

 

「そんなこと気にすんなって!これは体育祭で生徒同士の戦争なんだ。いちいち相手を傷つけただけで謝ったりなんかしなくていいんだよ!あいっかわらず心配性だな緑谷は!」

 

「五十嵐君…」

 

「だから、俺がもしうっかり加減を間違えてお前の顔面にインパクトをぶち込んじまったとしても、俺はお前には謝らない。覚悟しとけよ?お前の顔面を一周回ってイケメンに変えてやるから。」

 

「五十嵐君!?」

 

「はは、冗談冗談!マジに受け取んなって。」

 

「目が笑ってなかったんだけど!?」

 

 

一瞬、わずかではあるが目に本気の殺意を宿らせていた衝也に緑谷はがくがく震えながら衝也に詰め寄っていく。

そんな緑谷の問い詰めにいつもの笑みでのらりくらりとかわしながら今度は視線を八百万の方へとむける。

 

「つーわけで、八百万の神も気にしなくていいからな。」

 

「え、あ…いえ、しかし」

 

「全員が全員、あの場でベストを尽くした結果があのレースの内容だったってだけだろ。つーか、大砲食らっても結局俺の方が順位上だったし、そんな気にしなくていいって!」

 

「あ…そ、そうです、わね…そうです…よね」

 

衝也の満面の笑みで放たれた悪意なき一言に八百万は一瞬で表情を暗くして顔を俯かせる。

それを見た耳郎は肘で衝也の横っ腹を勢いよく小突いた。

 

「痛い!ちょ、いきなり何すんだよ耳郎!?」

 

「アンタは一度『やさしさ』と『気遣い』って言葉を学んで来いこの馬鹿。」

 

「おいおい、自慢じゃねぇが俺のやさしさと気遣いの良さはかのマザーテレサだってびっくりするほど評判がいいんだぜ?これ以上俺に何を求めようっていうんだい?」

 

「アンタ、マザーテレサってどんな人か知ってんの?」

 

「知ってるに決まってんだろ。照れ屋なお化けのお母さんだろ?」

 

「『人』じゃないじゃんそれ…アンタほど『バカ』と『適当』が似合う男はいないよほんと…」

 

そういって呆れた様にため息を吐く耳郎を見て衝也は、後頭部を掻きながら笑みを浮かべていたが、ふと何かに気づいたかのように首を傾げた。

 

「ん…ちょっと待てよ?耳郎は別に俺に何もしちゃいないよな?なんでここにいんだ?やっぱ怪我でもしたのか?」

 

「ウチはヤオモモの付き添い。別にどこも怪我はしてないって、最初っから言ってんじゃん。」

 

またもや心配そうに耳郎の方へと視線を向けるが、対する耳郎はあきれ顔である。

そんな耳郎の反応に衝也は安心したようにため息を吐くが、その隣で首あたりをさすっていた緑谷が不思議そうな表情を浮かべた。

 

「あれ?でも

 

耳郎さん僕や八百万さんよりも先に保健室の前に」

 

「ごめん緑谷耳が滑った」

 

「うわああああああ!!?」

 

「み、みどりやぁあああ!?おま、耳郎、なんてことしやがるんだぁ!?」

 

突如として緑谷の耳に突き刺さった耳郎のプラグによって放たれた音によって大声をあげながらばたりとその場に倒れこんでしまう。

それを見た衝也は素早く緑谷を抱え込むと耳郎に向けて抗議の叫びをあげる。

 

「いや、だから、耳が滑っちゃったんだって。ごめん緑谷、後でなんかおごるから…ほんとごめん。」

 

そう言って申し訳なさそうに両手を合わせる耳郎だったが、衝也はそんなことはお構いなしに叫び続ける。

 

「いやいや!耳が滑るなんてありえねぇから!絶対わざとだろ!?お前今絶対故意に緑谷に攻撃を仕掛けただろ!?」

 

「うるさいなぁ…いい加減黙らないとまた耳滑るかもよ?」

 

「怖い!女って怖いぃ!!」

 

耳郎がプラグをズズイ、と衝也に近づけた分だけ衝也も緑谷を抱えたままズリズリと後ずさりしていく。

後退している衝也の顔は恐怖でゆがんでおり、対する耳郎の顔は真剣そのものだったが、なぜかほんのりとだが頬が赤くなっている気がした。

そんな三人の様子を見ていた(蚊帳の外になったともいう)八百万は

 

(…照れ隠しにも限度はあるんですのよ、耳郎さん…)

 

耳郎の行き過ぎた行動に若干戦慄していたとかいないとか。

 

「…なんだか、また一仕事いけないような気がするね、まったく…一度本気でお灸をすえないとダメかねぇ。」

 

そんな外の騒ぎが壁越に聞こえてしまったリカバリーガールは呆れた様にため息を吐いた後、目の前にある二人の生徒の資料に目を通し始めた。

一人はとある苦悩を抱えたイケメン少年の

そしてもう一人は、深い、深い闇と光を隠し持つ一人のフツメン少年のものである

 

「あの子が、この子を『今』気にかけているのは、誰かに頼まれたからか、それとも

 

 

 

自分自身が『知っている』からなのか…どちらにしても…今年は難儀な生徒が多い年だよほんとに。」

 

そう言いながらリカバリーガールは机に置いてあった受話器を手に取った。

とりあえず、今ある二床のベッドのほかにもう一床ベッドを追加しておいた方が損はない、そう彼女の長年の直感が告げていた。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

若干の休憩タイム(またの名を治癒タイム)が終わり、続いて始まったのは第二種目。

その種目とは、第一種目の個々の力が試されるものではなく、チームワークが試されるもの

『騎馬戦』だった。

第一種目の1位から42位までの選手が会場へと集まり、2~4人の騎馬を作り、その組んだチームのPを合計したものを持ち点とし、それを鉢巻きに記して、互いに奪い合うといった形のものである。

得点は下から五点ずつであり、4位の衝也は195点が自分の得点ということになる。

そして、1位の得点は驚愕の1000万Pである。

え、下から五点ずつなんじゃ…というツッコミはしてはいけない。

というよりも、これにはきちんとした意味があるのだろう。

 

(まあ、あれだよな…ヒーローという人目に付き、他人を助けるべき職業、そのヒーローが担うべき重荷や、背負う命の重さは半端じゃないはずだ。もちろん、それに対するプレッシャーも。そのプレッシャーに耐えうるためのトップは1000万Pというとんでもない点数…と考えるのが妥当か?他人の命がかかってる時の『重さ』は半端じゃねぇし、それに慣れるにはうってつけか。)

 

自分が1位でもないくせにそう分析している衝也がしげしげと一緒に会場に入ってきた緑谷の表情を観察する。

冷や汗だらだらで目が大きく見開かれており、拳もわずかに震えてる。

だが、それでも彼は、そのプレッシャーに押しつぶされることなくそこに立っていた。

背負いきれているかどうかは別としてではあるが。

それを見た衝也は一瞬目を見開いた後、感心したように唇をわずかに吊り上げた。

 

(…覚悟はあり、か…案外肝が据わってるじゃないの。こりゃ、俺も負けらんねぇかな。

 

軽く背中を逸らして、ストレッチをする中、実に楽しそうに笑みを浮かべている衝也。

そして、そのあとはミッドナイトからのルール説明やらなんやらがあり、チーム決めおよび作戦会議のための15分が設けられた。

そんな中衝也は

 

「五十嵐!俺と組もうぜ!」

 

「いや、五十嵐君、私と組もうよ!私透明だから役に立つかもよ!」

 

「対人戦で一緒に戦った仲じゃん!?私と組もうよ五十嵐!」

 

「待て待て、いっぺんに話しかけてくんなよ、俺は聖徳太子か。」

 

まさかの大人気であった。

砂藤や芦戸や葉隠など、多くのクラスメートたちが衝也の周りへと集まり、自分と組もうと話を持ち掛けてきていた。

1位の緑谷と組むには得点の高さによる攻撃の集中、得点を保持し続けなくてはいけないという難易度の高さなどを考慮するとチームを組むのはリスクが高い。

そのうえ、緑谷の個性は一度使えば再起不能のような段階のため、チームを組むにはやはり個性がリスキーすぎる。

となると、狙うは緑谷を除いた上位三名である。

そのうちの一人である衝也の個性は移動にも使えるし、攻撃力もある。

広範囲の攻撃も可能で、カバーできる範囲も広く、おまけに中距離、遠距離の攻撃もできる万能的かつ攻撃力のある個性。

本人の特訓の成果なのか汎用性も高い。

それになにより、何を考えてるのかよくわからない轟や、数年間回収車が来ていないボットン便所のように汚れている性格をしている爆豪と比べると、多少アホだが人も良く、絡みやすい衝也が一番性格的にはまともなのである。

という様々な事情が重なったことにより、今、衝也は人生は初のモテ期が到来していた。

 

(俺の人生初のモテ期…。なんだろう、全然うれしくねぇ…)

 

ガシガシと頭を掻きながら自身のモテ期の到来を心の中で嘆きつつ、衝也はさて、だれと組むべきかとあごに手を当てて考えをし始める。

 

(騎手が騎馬を離れてもいいんだったら、組んでほしいのはあの二人…後は、だれにしましょうかねぇ…迷いどころよのう…索的能力をとるか、防御力を取るか…)

 

そう思考している衝也を見て話を無視されたと思ったのか、砂藤が先ほどより少し大きな声で衝也へと再び話しかける。

 

「おい!五十嵐!俺たちの話ちゃんと聞いてんのかおい!?」

 

「ああもう!うるせぇなこの甘党のたらこ唇野郎!大体てめぇら体育祭始まる前まで俺のことバカだアホだぬかしてこけにしてたろうが!そんな奴らとだれがチーム組むかボケェ!」

 

「よっ!五十嵐君超天才!イケメン!かっこいい!」

 

「五十嵐ってよく見ると味のあるいい顔してるよ!」

 

「俺はお前のこと前々から賢そうな良いやつだと思ってたぜ!」

 

「俺は今ほどお前らとの縁を切りたいと思ったことはねぇよほんとに…」

 

最初のころとは打って変わって媚を売り始めたクラスメートたちを見て、怒りを通り越してあきれてしまう衝也。

そんな彼だったが、不意に横から視線を感じそちらの方へと振り返る。

するとそこにいたのは

 

「耳郎よ、お前もか!」

 

「なにその『ブルータス、お前もか』みたいな言い方。腹立つんだけど…」

 

「一度言ってみたいセリフベスト100には入ってそうだよなこれ。」

 

あきれた様に衝也の方を見ている耳郎響香であった。

そんな彼女を衝也は某政治家の腹心に放たれた一言をまねたセリフを言いながらケタケタと笑っており、それを見た耳郎はまさしくうんざりといった様子である。

そんな耳郎は衝也の方へと数秒視線を送った後、ゆっくりとため息を吐いた。

 

「それにしてもアンタ、すごい人気だね。アンタの周りに人がわんさか集まってたじゃん。」

 

「ああ、なんだか人生初のモテ期が来たような感じだ。人気者ってのもつらいもんだぜ。」

 

そう言ってだっはっはっはと愉快そうに笑う衝也に対して、耳郎はどことなく面白くなさそうな表情を浮かべた後、衝也の方へぱちぱちとやる気なく拍手を送った。

 

「はいはいよかったよかった。それならそのまま適当にチーム組んじゃえば?」

 

「いやいや、一応はきちんと考えてチームは組まないとな。適当に組んじまったら勝てるもんも勝てなくなっちまうし。」

 

「いいじゃん別に。皆からの人気のアンタなら適当にチーム組んでも勝てるでしょ?ほら、あそこにいる変なゴーグルつけてる人のところにでも行って来れば?人気者なんだからすぐチーム組めるでしょ?」

 

「なんか、いやに人気者ってのを推してくるなお前…なんかあったのか?」

 

「別に普段と変わんないけど?アンタの思い過ごしでしょ。」

 

「そうか?ならいいんだが…」

 

軽く首を傾げつつも衝也は耳郎が指さした選手の方へと顔を向ける。

恐らくは耳郎が適当に指さした選手なのだろうが、幸か不幸か、その生徒は衝也の顔見知りの生徒だったのか、衝也はその生徒を見て一瞬目を見開いた。

 

 

「ん?あれ、発目か?あいつも予選突破してきたのか。スゲーなあの発明オタク…。まあ、アイツの発明品の中にゃ結構役に立つもの揃ってたし…いけなくもないのか。」

 

「…ちょっとまって。アンタ、あの変な奴と知り合いなの?」

 

 

衝也のつぶやきを聞いた耳郎はピクリと眉を動かすと、視線を衝也とゴーグル少女の方へと交互に向けながら彼に問いかけた。

 

「おう、確か…あー退院した次の日あたりかな?ちょっと野暮用があってパワーローダー先生に会いに行ったんだ。俺は別に工房とかには興味なかったんだが、先生が基本的に工房にいるもんだからその工房にお邪魔させてもらったんだけどよ、その時にあいつがいてさ、まあ…なんやかんやあって知り合いになった。いやぁ、知り合ったばっかだけど、アイツはすごいぞマジで。耳郎も一回来てみたらどうだ、工房。なかなかインパクトがあって面白いぜ。」

 

そう言い笑顔を浮かべながら耳郎の方へと視線を向けなおす衝也だったが、対する耳郎はというと

 

「……」

 

「?耳郎…?どしたん、なんか不機嫌そうだけど…」

 

「…別に。何でもない。」

 

表情はムスッとしていて、どことなくではあるが不機嫌そうな顔をしていた。

それを見た衝也が軽く首を傾げた後、耳郎に問いかけるが、耳郎は表情をムスッとさせたままプイと顔を横に逸らす。

 

「人気者は大会前から人気者なんだなって思っただけだから。もうそのままあの子のところに行ってそのすごい子の力を借りればいいんじゃない?どうせアンタが声かければチーム組んでくれるんでしょ?何せ人気者なんだから。」

 

「…怒ってるのか?」

 

「怒ってない。」

 

「いや、怒ってるだろ。」

 

「怒ってないって。」

 

「いや絶対怒ってるでしょーよ。何、なんか俺が悪いことしたのか?」

 

「別に何もしてない。つーか怒ってないって言ってんじゃん。」

 

「なぁ、なんかしたなら謝るからさ、機嫌治せって…」

 

「怒ってないから謝んなくてもいいっての。それ以上言うと…刺すよ。」

 

「え、えぇー…理不尽すぎる…」

 

顔を少しだけ衝也の方へと向けながらプラグを衝也へとむけてくる耳郎を見て、衝也は困惑した表情を浮かべる。

その直後、彼の背後から一つの声が聞こえてくる。

 

「五十嵐、少しいいか?」

 

「ん…?」

 

その声に反応して彼は反射的に後ろを振り返る。

そして、そこにいた少年の顔を見た衝也の表情が、一瞬だけではあるが真剣なものに変わる。

そこにいたのは、

 

「おお、轟か。どうした、いきなり?いきなりすぎてちょっとビクッてなっちゃったぜ。」

 

クラス一の実力者にしてイケメンの、轟だった。

衝也は一瞬だけではあるが目を細めて真剣な表情を作るが、すぐにいつものお調子者の表情を見せて軽く肩をすくめた。

 

「わりぃな、驚かせちまって。」

 

「…お前はマジで返すタイプなのね。」

 

「?」

 

衝也のつぶやきに軽く首を傾げる轟だったが、すぐに首を元に戻し、いつも通りのイケメンフェイスのまま話を続けていく。

 

「すまないが、ちょっとお前に用があるんだ。時間がない、できるならすぐに来てほしい。」

 

「え、あ…えーっと、だな」

 

轟にそう言われた衝也は軽く頬を掻きながら視線をそーっと斜め後ろにいる耳郎の方へとむける。

それに気づいた耳郎はひらひらと手を振って衝也に声をかけた。

 

「あー、ウチのことはほっといていいからとりあえず話聞きに行ってきなよ。」

 

「え、いや、けど」

 

「いいから、早く行きなって!」

 

「んー、まあお前が言うならいいけどよ…またさらに機嫌悪くなったりしねぇよな」

 

「アンタがいなくなって機嫌が悪くなるわけないでしょうが。むしろ清々するから大丈夫だって。」

 

「…耳郎、ウサギは」

 

「ああもう!いいから早く行きなって!ほらほら!」

 

シッシ!と犬でも追い払うかのように衝也の方へと手を振る耳郎を見て衝也は若干肩を落としながら轟の方へと向かっていく。

それを見た轟は一度耳郎の方を向き、軽くお辞儀をしてから衝也を連れていく。

細かな気配りも忘れていない。

さすがイケメンである。

それを見た耳郎は、気にしなくてもいいから、というように笑顔で手を横に振り、二人が離れたのを確認した後

 

「はぁ…最悪だ、ウチ。」

 

自身のコードに指を絡めながらそう愚痴をこぼした。

 

(勝手に機嫌悪くして、変に衝也に当たったりなんかして…マジ最低でしょウチ。)

 

大きくため息を吐きながら自身のコードをいじり続ける耳郎。

ほんとうは、あんな嫌味みたいなことを言うつもりではなかったのだ。

『自分と一緒にチームを組んでほしい。』

間近で見たからこそわかる衝也の純粋な戦闘能力の高さと意志の強さ。

それを知ってるからこそ、耳郎はなんとしてもこの予選では衝也と組みたかったのだ。

この体育祭は例年最後の第三種目は個性を使ってトーナメントによるサシの勝負をすることがほとんどだった。

つまり、クラスメートやほかの組のクラスと戦う機会ができるということ。

それは、それだけ自身の経験を積むことができるということに他ならない。

それになにより、うまくいけば衝也自身と戦うことも…もしかしたらできるかもしれない。

自身の強さの目下の目標は、衝也の強さに少しでも近づくこと。

そして、もう二度とあんな恐怖を味合わない、味合わせないことである。

そのために必要なのは、経験と戦闘能力の向上。

その経験と戦闘能力の向上のために一番効率の良い方法は、強者の戦闘方法を見て、強者と直接戦うこと。

いつか見たどこぞのバトル漫画に描いてあったのを鵜呑みにするわけではないが、実際、強者との戦闘によって自分にどこが足りてないのかを知ることはできるだろうし、彼女は強者の戦闘を間近で見たからこそ、『変わる』ことができたのだと思っている。

だからこそ、この騎馬戦で衝也(強者)の戦闘を間近で見て、次の本選で衝也(強者)との戦闘を体験したかった。

そのためにも、衝也と組みたいと思ったのだが

衝也の周りに人がたくさん集まっているのを見て、胸のあたりが少しだけチクリと痛くなった。

衝也が皆に囲まれているのは当然だ。

今回の持ってる得点も高いし、実力もあるし、個性も強い。

だから、この騎馬戦で人気が出るのもわかるのだが、

皆に囲まれて、どこか楽しそうにしている衝也を見ると、どうしても胸のあたりが少しおかしくなり、そのあと猛烈に苛々してしまった。

 

何をあんなへらへらしているのか…

 

皆に囲まれて少し調子に乗ってるんじゃなかろうか。

 

浮かれすぎだあのアホが…

 

などと心の中で好き勝手に言いまくり、少しばかり嫌味もかねて目に移ったいかにも変人オーラがするゴーグル少女を話に出してみると

今度はその少女と知り合いだと言い出した。

 

どういうことだ?

 

いつどこで?

 

どういうきっかけで知り合ったんだ?

 

そんな言葉が頭の中を反芻していたその時、先ほどよりほんの少し痛みをまして、またも胸のあたりがチクリと痛み、もう先ほどの五倍くらいイライラが募り、つい不機嫌になったりしてしまった。

 

(いつもはこんなんじゃなかったんだけど…どうしたんだろ、ウチ?体育祭の熱気にあてられたのかな…)

 

別に、衝也が誰かに囲まれるのはいつものことだ。

切島や瀬呂、上鳴、最近は緑谷や尾白など、クラスの男子とはしょっちゅう絡んでいるし、先ほどみたいに男子たちに囲まれて談笑しているなんていうのはよくあることだ。

クラスの三大ガヤ担当の一角であるためか注目を集めることも多いし、バカなことをして皆から笑われるところだって何回も見てる。

別に、その風景をみてこんなふうになることはない。

今日に限って、なぜかさっきの光景を見ると、胸がチクリと痛んでしまうのだ。

これは一体どうしてなんだろうか?

そう思って首をわずかにひねるが、考えても答えが出るようには思えない。

とりあえず、一度頭を冷やした彼女が出した結論は

 

(とにかく、一度謝っとかないと…)

 

謝罪の言葉を衝也に述べることだった。

そして、改めて言わなければならない

 

(それで、『ウチと一緒にチーム組んでくんない?』そう聞けばいい!本来はそのために来たんだし!)

 

自身の嫌味でずいぶんと遠回りになってしまったが、やっと自身の本来の目的を再認識できた耳郎は自身の頬を二回両手で挟むように叩くと

 

「よし!」

 

と小さくつぶやいた。

そして、あたりをキョロキョロと見まわして衝也の姿を探し始める。

すると

 

(あ、いた!)

 

わずか数秒で衝也の姿が視認できた。

ゆっくりと、顔を俯かせながら耳郎の方へと歩いてくるのを見た彼女は、自身も少しばかり速足で衝也の元へと近寄っていく。

 

「あ…え、えと、衝也!轟との話は終わった?」

 

「……」

 

「あ、あのさ衝也…さっきはその、ごめん。ちょっと緊張かなんかのせいかウチちょっと苛々しちゃってて…」

 

「……」

 

「そ、それでさ、ちょっと衝也にお願いっていうか頼みたいことがあるんだけどさ…えっと、その…別に、アンタが良かったらでいいんだけど、さ。もし良いんなら、その…ウチと」

 

「耳郎…」

 

「?」

 

しきりに自身のコードを指でいじくり、チラチラと衝也の方を見たりみなかったりしている耳郎だったが、衝也が突然顔を俯かせたまま自身の名前を口にしたため不思議そうな視線を衝也の方へとむけた。

すると衝也は、今まで俯かせていた顔を勢いよく挙げて、

ガシィ!と両手で耳郎の両手をこれまた勢いよく握りしめた。

 

「ッ!?え、っちょ…」

 

「この騎馬戦…何が何でも勝ちに行くぞ!何か俺ちょっともうこの体育祭で『轟には絶対勝たなきゃいけないフラグ』立てちまってる!これで騎馬戦で本選出場ならずなんてなったら恥ずかしすぎて学校にいられなくなっちまう!」

 

「いや、あのさ…その、手を」

 

「こうしちゃいられねぇ…そうと決まれば善は急げだ!さっさとケロインと歩く公然猥褻物を誰かに取られる前にスカウトしに行かなきゃならん!行くぞ耳郎!」

 

「はぁ!?え、ちょ、全然状況が呑み込めてないんだけど!?何がどういうことで何がどういう風に決まったわけ!?きちんとウチに説明を…ていうか!いい加減手ぇ放してってば!」

 

ずるずると衝也に手を引っ張られる耳郎。

その様子が物珍しいのか、周りからのいぶかし気な視線が衝也と耳郎に降り注ぐが、衝也はそれを気にも留めないであたりをキョロキョロと見まわしながら誰かを探している。

最早耳郎の訴えは耳に入っておらず、その様子は必死すぎて目が限界まで見開かれており、一体轟になんと言ったのかものすごく気になるところである。

そんな中、周囲からの視線に対する恥ずかしさか、はたまた男子と手を握っているという状況のせいなのか、少しばかり頬を赤くしながら衝也に手を引っ張られ続けていた耳郎はふと

 

『あれ、なんだかよくわからないけどもうチームを組むのは確定?』

 

と心の中でそっとつぶやいた。

どうやら、想像とはだいぶ違ったものの、無事、自分は目的を果たすことができたようだ。

だがなぜだろう、どうにも釈然としない。

困惑しているようなうれしいような戸惑っているような、とにかくいろんな心情が混じった複雑な表情をしながら、耳郎はぶつぶつと何かをつぶやき続ける衝也に引きずられ続ける。

 

 

そして、チーム決めと作戦会議のための15分が終わり

ついに

血で血を洗う残虐極まりないバトルロワイヤルの開始のゴングが

鳴り響こうとしていた。

 




トーナメントにいきた過ぎて駄文になっている…!!
どうしよう、一応レクリエーションのところも用意してあるのに…!
それにしてもあれですね…騎馬戦憂鬱です。
さて、一体だれがチームになるのやら(棒読み)


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第十七話 知らない人にいきなり因縁をつけられた場合、名誉棄損で訴えて勝訴できるのか否か

ヒロアカの体育祭を見て私は思いました。
レクリエーションの部分もしっかり描いてほしかったと
まあレクリエーション描いてなくてもめちゃくちゃ面白いですけど。
というわけでレクリーエーションを私は書きたい!
まだ騎馬戦終わってないけどね!!(泣)


チーム決めが終了するその五分ほど前。

轟は自身が集めたチームと作戦会議をしながら、先ほど話していたとある少年との会話を思い出していた。

自身の人生、家族の人生、伴侶であるはず母の人生すら狂わせたあのクソを下水で煮込んでとどめに犬とサルと馬の糞を隠し味として入れて、最後のアクセントに大量の嘔吐物を入れてボットン便所の中で煮詰めたように人間として最低な性格のあの忌々しい髭ダルマを完膚なきまでに否定するため、この体育祭を自身の経験と知恵、そして母の力のみで勝ち進み、多くの強豪を打倒して優勝する。

そして、いつかプロヒーローとなり…父を母の力のみで超えたとき、自身の『復讐』は終わりを告げるのだ。

そのための大きな足掛かりであるこの体育祭は、なんとしても負けられない。

それはこの騎馬戦においても同じことである。

そのために、轟は自身が考える中から最も強い布陣を完成させるために、そのメンバーへと声をかけた。

飯田、八百万、そして…五十嵐。

もちろん、断られたときのための保険は考えてはいるが、彼にとってこの三人がチームの一員となってほしい三人だった。

そのうち、飯田と八百万は一言でこれを承諾。

ただし、飯田は『どのタイミングでもいいので、必ず緑谷のいるチームからPを奪取すること』を条件に出してきた。

とはいえ、轟としてもNo1ヒーローのオールマイトから目をかけられているらしい緑谷を倒すことは、あの糞を見返す上で重要となってくるためむしろ好都合であった。

問題は、あの天才と変人は紙一重(正しい使い方にあらず)の体現者、五十嵐衝也であった。

気のせいでなければ、障害物競争の時、ちょっと挑発じみた言葉を自身に投げかけていたし、彼が色々と妨害をしたり、一位になったりしたせいで少しばかりイラつき、彼に対して口が悪くなってしまっていた。

USJの事件ではおざなりにもコミュニケーションが取れていたとはいえ、基本的に二人にはあまり接点がない。

そんな奴にいろいろと言われれば双方腹も立つというものだ。

そんな事情により、体育祭が始まって以降いっそう微妙になりつつ彼との距離感から、少しばかり話しかけづらくなっていたのだ。

それでも背に腹はかられないと覚悟を決めた轟は意を決して衝也の方へと話をかけた。

対する彼の態度はいつもと変わらず、どこか抜けているようなのほほんとしたもので、思わず少しだけではあるが安堵したものである。

そして、彼と話をしていたであろう耳郎に断りを入れつつ轟は場所を移し、彼に話を持ち掛けた。

彼の衝撃による広範囲のカバーで敵を近寄らせず、さらには機動力もあるので八百万とともに飯田の補助もできる。

出力調整いかんでは爆発的な加速も期待できる。

衝撃というガード方法がほぼ皆無なのも利点である。

そういった衝也をメンバーに入れる理由を一通り話してから、チームに入ってほしいと告げた轟。

それに対して衝也が問いかけたのは

 

『それで、お前は何をするんだ?』

 

という質問である。

答えではなく質問がかえって来たことにわずかに戸惑ったものの轟は騎手で上から氷で攻撃と足止め、牽制をすることが主な役目だということを伝える。

もちろん、戦闘において左の力は使わないことも加えて、である。

それを聞いた衝也は『うーん』と後頭部を掻きながらうなった後

 

『それじゃ無理だわ、誘ってくれたのはうれしいけど他当たってくれ。』

 

と一言、軽ーく、実にあっさりと拒否の意を示した。

それを聞いた轟も、周りにいた八百万も飯田も、ポカーンとした風に彼を見た後、慌てて彼に理由を問いただした。

自身の布陣に何か欠点でもあったのか?

そう考え、問い詰める轟や飯田たちに若干引き気味になった衝也は『いや…まあいろいろと?』と相変わらずの笑みを浮かべて答えをはぐらかし、『そんじゃま、そういうことで、お互い頑張ってヤりあおうや。』と言ってから軽く手を振りその場を後にしようとする。

三人がただただあっけにとられている中、衝也は『…轟』と自身の名を呼んだあと、少しだけ間をあけながら

 

『まぁ、なんだ…俺が言えるようなことじゃないから別にいいんだけどさ、『今の』お前…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめた方が良いと思うぞ、ヒーロー目指すの。』

 

はっきりと、轟に向けてそういった。

一瞬、驚きにより思考が停止してしまった。

いきなりの衝也の言葉に思考が追い付かず、ただただ茫然としてしまう轟に対して、周りにいた飯田や八百万は彼のらしくないその言葉に異議や遺憾の声を口にする。

だが、彼らのその言葉に意を返さずに衝也はケロッとした笑顔でこちらを振り向き

 

『まあ俺の個人的意見だから別に参考にしなくてもいいんだけどなー。そんじゃ、お互い頑張りましょうや旦那ぁ。』

 

と言ってゆっくりとその場を後にした。

その背中はどうしてか、とても遠くに感じられ

どこか悲し気な背中をしていたのが印象に残っていた。

 

(俺は…あいつに何かしただろうか?)

 

何か嫌われるようなことでもしてしまったのかと考えを巡らせるが、同じメンバーの八百万が大砲で背中を撃っても許すほどの寛大さがある男だ。

特に人を嫌うということも、峰田以外にはしていないようにも見える。

もしくは自身が八百万の大砲での撃ち落としよりもひどいことをしたのかもしれないが、あいにくと心当たりは浮かばない。

 

(あいつは…俺に、何を思ってああいったんだ?…。

アイツは、俺の何をみてヒーローにふさわしくないと感じたんだ…?)

 

腕を組み、真剣な表情をしながら考えを巡らせる。

いつもの自分なら、人の言うことなど関係ないとバッサリ切り捨てていくはずなのだが今回はどういうわけかそれができないでいる。

それは果たして、彼の放った言葉が『初めて』言われた言葉だったからか

言葉を放った人間が『あいつ』だったからなのかはわからないが、

どちらにせよ、わかることは

 

アイツは俺を『ヒーローを目指すもの』として認めてはないということである。

 

(…とりあえず、今は騎馬戦に集中するしかない、か。考えてても、言った本人にしかきっとわからねぇだろうし…)

 

そう考えを改めながら轟はゆっくりと顔を上げて、飯田と八百万、そして衝也の次に候補としていた上鳴と作戦会議を始めていく。

アイツが自身を認めなかろうが、親父が自身を認めなかろうがそんなことは関係ない。

そういったやつらもまとめて、ねじ伏せていけばいいだけの話なのだから。

この体育祭は、少しばかり難儀なものになるかもしれない。

そんな漠然とした予想を立てながら、轟は作戦を立てていく。

自身の勝利と『復讐』のために。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

『さてさて!15分のチーム決めが終了!とりあえず実況のミイラマンみてぇなコミュ障な奴がチームも組めずにあたふたしちまうなんて状況がなくてひそかに俺はほっとしてるぜぇ!やっぱ持つべきものは友ってな!』

 

『おい…てめぇ人が寝てる間に何言ってやがんだこら。』

 

『さぁ起きろミイラマン!チーム決めはもうとっくに終わってんぞ!実況者の役目を果たせ!』

 

『起きてんだろうが、見てわかんねぇのか。』

 

『こいつはソーリィ!包帯だらけで気づかんかった!』

 

『てめぇ…』

 

隣の同期のケタケタとした笑いにこめかみを動かしながらもステージにまばらに並んだチームを見て、わずかにではあるが面白そうに目を細めた。

 

『こいつは、なかなか面白い組み合わせのチームがちらほらいるな。』

 

そう言って何人かの生徒たちに興味深そうに視線を移す。

その中の1チームにも目を向ける。

そのチームとは

 

「いいか、全員気を引き締めろ。ここで負けたら俺は轟に鼻で笑われる。お前ら、俺の体裁のために全力で戦ってくれ。お前らの目的や評価なんて二の次でいい!ほかならぬ俺のために死力を尽くせ!」

 

「あぁ?」

 

「ごめんなさいマジですいません土下座しますからそのイヤホンプラグを耳にお納めください。」

 

「五十嵐ちゃん、変わらないわね。」

 

「変わらなすぎだっての。たく、こっちが緊張してるってのに…このあほ見てると緊張してるウチがバカみたいに見えてくる…。」

 

「うひょー!まさかの女二人がチームの一員!若干一名胸が物足りねぇけど!これは事故と見せかけてあんなとこやこんなとこをおさわりするしかねぇ!興奮で俺のリトル峰田がビック峰田になっちまうぜ!あ、やべ、よだれ出てきた…。」

 

「峰田ちゃん…変わらないわね。」

 

「ねぇ衝也、ウチこの騎馬戦が終わったらあいつのこと消していい?」

 

「任せろ、これが終わったらミッドナイトに棄権の報告をしておいてやる。」

 

 

なんか、色々とカオスとかしている五十嵐チームである。(チーム代表者、つまりは騎手の生徒の名字がチーム名となっている)

先頭は衝也に伸ばしていたコードを元の長さに戻してギラギラと殺意を宿した目をしている耳郎響香

その後ろに彼女と手を組む形であきれたような顔をしているのが蛙吹。

その上に先ほどまで耳郎に謝り倒していたのに、いつの間にか耳郎とともに汚物を見ているような目をし始めた衝也が乗り、その背中にはよだれを手でぬぐう峰田がおぶさっている。

(よく女子二人で男子二人を支えられている者だと思うかもしれないが、実は衝也は個性を使って浮いているのだ)

これは果たして衝也が騎手なのか峰田が騎手なのか判断に迷うところではあるが、『565P』と書かれた鉢巻きが額に巻かれているのは衝也のため、彼が騎手なのだろう。

 

(個性の人選はまあまあ良しとしても…性欲の権化みてぇな奴と頭のねじが緩いやつがいちゃあな…大丈夫かあのチーム…)

 

相沢があきれた様にため息を吐くと同時に、隣のプレゼント・マイクがカウントダウンを始める。

 

「さぁて、おしゃべりはこのくらいにいといて、だ。耳郎、蛙吹!」

 

気合十分、拳を打ち付けて衝也は前と後ろの二人に声をかける。

 

『3!』

 

「はいはい…!」

 

「けろ!」

 

そんな彼に耳郎はけだるげに、されどやる気と覚悟は瞳に宿して返事をし

蛙吹はいつも通りのカエルフェイスで力強くうなずいて見せる。

 

『2!』

 

「峰田になんかされたら俺に言え!ビッグ峰田を去勢してウーメン峰田に代えてやる。」

 

「お、おま…!俺のナニになんてことを…!!」

 

希望とよだれで満ち溢れていた峰田の顔は、衝也の言葉を聞いた瞬間絶望へと移り変わる。

対する耳郎達は予想外の言葉に軽い肩透かしを食らってしまう。

 

『1!』

 

「アンタねぇ…こんな時までアホなことばっか言って…。少しは緊張しろこのバカ!」

 

「やっぱり変わらないわ、五十嵐ちゃんは。」

 

あきれた様に衝也へとジト目を向ける耳郎と、嬉しそうに鳴きながら笑顔を浮かべる蛙吹。

そんな二人の言葉を聞いた衝也はタハハ…!と小さく笑い声をあげる

 

「さって、それじゃあ…」

 

そうして浮かべた笑みはさながら獲物を前にした肉食獣のようであり、それにつられるかのように三人の表情も真剣なものへと変化していく。

 

『START!!』

 

「目指すは勝利ただ一つ!全員、気張っていくぞ!騎馬だけに!」

 

「ごめんギャグのセンス磨いてもう一度出直してきて。」

 

「……」

 

拳を突き上げながら騎馬戦が始まってから温めていた渾身のギャグを繰り出し、その低レベルさから耳郎は遠慮なしにバッサリ切り落とした。

これはつらい。

あまりの一刀両断っぷりとそのつらさに思わず衝也は拳を突き上げたまま固まってしまう。

 

「五十嵐ちゃん…その、私は…嫌いじゃないわよ…?…好きでもないけど。」

 

「五十嵐…ギャグ言うにしてももうちょっとハイセンスなのを頼むぜ。そんなんじゃ失笑ももらえねぇぞ?」

 

「うわぁぁぁぁ!!!お前ら全員大っ嫌いだぁあぁァァァァ!!!」

 

そう叫んだ衝也は両目から大粒の涙を流しながら

騎馬を離れ、個性を使って一気に斜め上へと飛び、空中を移動し始めた。

その際に背中にしがみついていた峰田も一緒である。

 

「うおおおお!おま、五十嵐ぃぃぃ!話がちげぇぞ!?おいらは騎馬に残ったままじゃねぇのぉぉぉぉ!?つうかはえええええ!!?」

 

背中にしがみついている峰田はその速さに慣れていないのか必死に落とされないよう彼の服をつかみながら叫び声をあげていた。

そんな峰田の顔はすでに死にそうな表情である。

それを見た耳郎は慌てた様に彼らに声をかける。

 

「ちょ、衝也!?アンタいきなり飛び出すなって!まだこっちは準備が…ああもう!好き勝手に飛び出した上に峰田まで連れてくなんて…アンタが提案した作戦なんだから、せめてアンタくらい作戦通りに動けっての!いくよ蛙吹!」

 

「ケロ…でも、峰田ちゃんを連れて行ってくれたのは正直ありがたかったかも…。」

 

「…否定できない、むしろ肯定したい。」

 

蛙吹の言葉に複雑な表情を浮かべた耳郎だったが気を取り直して騎馬を進ませる。

とはいっても、この二人の騎馬は騎手がいない騎馬。

Pを持っている衝也はステージの上空で個性を使って移動しているため、Pに気を配ることなく移動できる。

そのうえ、相手のチームのほとんどはスタートの合図とともに一千万Pを持つ緑谷のチームに向かっているためこちらにはごく少数のチームしか気づいていない。

これならば、こちらの準備が終わる時間程度ならありそうだ。

 

「でも、峰田ちゃんがいないと作戦が成り立たないわ…どうすればいいのかしら。」

 

「そこんとこは衝也も何か考えてあるでしょ。あいつはアホで適当でどうしようもないほどバカだけど、無意味なことをするようなやつじゃないし。とりあえずは作戦通りに動こうよ。」

 

少々不安げに空中を飛び回っている衝也を見ている蛙吹をみて励ますように声をかける耳郎。

その顔は自信と信頼に満ち溢れており、そんな彼女を見て、蛙吹は「そうね、わかったわ」と笑顔で返答する。

 

「ふぅ…さってと、それじゃあウチ等もP奪いに行くとしよっか。蛙吹、準備はOK?」

 

「いつでも大丈夫、一緒に頑張りましょう!」

 

「うん、もちろん!んじゃあ、まずはウチだね…。」

 

二カッと笑みを浮かべた耳郎は少しだけ息を吐いた後、意識を自身のコードの方へと送り始める。

観客の声援や会場に響く轟音や爆音などの戦闘音など様々な音がプラグを通して彼女の耳に入ってくる中、耳郎は数秒ほどイヤホンをあちらこちらに向けた後、

 

「…よし!」

 

ゆっくりと大きくうなずいた後、自身の真上をしきりに動き回ってる衝也へと顔を向けた。

そして、片手で何かのハンドサインをし始める。

それを見た衝也はニヤリとほくそ笑んだようにすると、動くのをやめて、背中の峰田へと声をかけた。

 

「おい、峰田出番だぞ!耳郎からの合図だ。こっから2時と5時、それと11時の方向に投げてくれ!」

 

「き、気持ち悪い…吐きそう…」

 

「てめぇ俺の背中で吐いたら箱詰めにして8円で出荷してやるからな。」

 

「ひ、ひでぇ…横暴だ。」

 

「いいから早くしろって!相手のルートが変わったらどうすんだ!?」

 

「だああああ!もうわかったよ!くそ、本当なら今頃蛙吹の尻か胸でももめてたってのに…ど何が悲しくてこんなむっさい男同士で空中散歩しなきゃなんねぇんだちくしょぉぉぉ!」

 

顔色の悪い峰田に対しても一切の容赦がない衝也に軽く絶望しつつも、峰田は自身の頭からボールをもぎり、衝也に指示された方向へと次々と投げていく。

するとそのわずか数秒後、ステージ内でPを奪取しようとしていた三チームにある異変が起きた。

 

「うわ…ちょ、何だよこれ!?なんか踏んじまった!くっついて離れないよこれ!気持ち悪い!」

 

「ん…あせっちゃだめ吹出君。いったん落ち着いて。」

 

「おい宍戸!何とかしろ、こんなところで棒立ちとかシャレにならないぞ!」

 

「わかってる!クソなんだこれ全然とれんぞ!?」

 

葉隠のような透明人間と大きなゴーレムのようなものに抱えられている美少女のチームや、中国人っぽいやつのいるチームなどが、突然その動きを止めたのである。

その理由は至極単純で

いつの間にか足元に黒いボールのようなものがあり、それにくっついて身動きが取れないでいるのだ。

それを見たもうひとりの被害者チーム

葉隠・口田・砂藤チームはその見覚えのある球体に思わず声を張り上げる。

 

「こ、これってもしかして、峰田君の…!」

 

「正解っと!」

 

「ぬがぁ!?」

 

その瞬間、聞き覚えのある声が聞こえてきたかと思うと突然葉隠の頭すれすれを何者かがものすごい速さで通り抜ける。

その勢いによって起こった風と衝撃に軽くバランスを崩してしまう騎馬の口田と砂藤だったが、どうにかそれを持ち直す。

 

「くっそ…なんだ今の風…!お、おい葉隠!?」

 

「わかってるよ!くっそー、そういうことか!あいっかわらず姑息だなぁ五十嵐君はー!!」

 

悔しそうな声を出す葉隠、そんな彼女の頭には先ほど巻かれていた鉢巻きが見られない。

しきりに悔しそうにしていた葉隠チームは視線を自身の後ろの方へとむける。

するとそこには、葉隠の鉢巻きを手に持った衝也が実に良い笑顔でこちらにピースを送っていた。

 

「ふはははは!鉢巻きはいただいたぜ葉隠ぇ!姑息だろうが何だろうが勝てば官軍よぉ!あとおめぇ服着ろこの歩く公然わいせつ物その2!」

 

「な!?誰が峰田君と同類の犯罪者だー!どうせ見れないんだから服なんて着なくていいんだもーん!どうせ私のナイスバディが見れなくて悔しいだけなんでしょ!?」

 

「いや、おいらには見えてるぜ…おめぇの生まれたままの姿が…。おいらのエロQにかかればおめぇの裸体を想像するのなんてお茶の子さいさいだぜぇ…。ハァハァ…」

 

「どうしよう、峰田君が本気で気持ち悪い…。」

 

「俺もこいつを背中から突き落としたくなってきた…」

 

血走った眼で鼻息荒くこちらをガン見してくる峰田にかなりドン引きしている葉隠とその御一行を後にした衝也は鉢巻きを首元へと巻き付けると標的を葉隠からほかのチームへと移す。

 

「な!しまった、鉢巻き!ほらみろ宍戸!取られっちまったじゃねぇか!」

 

「クソ、このトラップは足止めと囮ってことか!」

 

そう忌々しげにつぶやく中国人チーム?の言葉を聞いて内心で正解!と拍手を送る衝也。

耳郎のイヤホン=ジャックで相手の進む方向と現在地をその足音で把握、即座に位置と大まかな距離を真上の上空で待機している衝也にハンドサインで伝達。

そして、その位置に峰田がボールを投げつけることでトラップ設置完了である。

そのトラップに引っかかった者をこれまた耳郎のイヤホン=ジャックにより把握し、今度はそのボールを処理しようとして視線が下に向いているすきに衝也が個性を使って一気に近寄り鉢巻きをかっさらって逃げていく、というのが今回の作戦である。

しかし、この作戦には弱点がある。

それは

 

「ん、来たよ凡戸君。」

 

「了解だ!」

 

一度見られると何かしらの対策をされてしまう確率が高いこと。

それに、最終的に取るのは衝也自身である。

衝也がバカ正直突っ込んでくるのを見たら普通に迎撃されるに決まっている。

実際、もう一つのチームは自分たちの鉢巻きを奪おうとしてくる衝也にめがけて白い液体のようなものを放ってきた。

 

「うおっとぉ!?」

 

それをとっさに衝撃でわずかに斜め上にそれを難なく躱す、がさすがに鉢巻きは取れずにそのまま衝也は再び安全圏の上空へと移動する。

 

「ふう。危ねぇ危ねぇ。危うく迎撃されちまうところだった、反応がいいなぁあのチーム。」

 

「見たか今の!あれ絶対●●だぜ!白くて粘っこいっていったらもう●●しかねぇって!なんだよあいつの頭は●●なのか!?あの野郎、全身が●●だなんて…とんだ変態やろうじゃねぇか。」

 

「峰田、お前…ほんとに女になってみるか?いい加減その口閉じねぇと戸籍の性別の欄を書き換えなきゃならなくなるぞ…」

 

「こ、股間が、今股間に謎の寒気が…!」

 

衝也のドスの聞いた声に峰田の息子がビビッて縮こまっている中、凡戸と呼ばれた青年は安堵したようにため息を吐いた。

 

「ふぅ…とりあえず鉢巻きは奪われずに…っ!?」

 

「ん?どうしたの、凡戸君。」

 

「小大!お前、鉢巻きは!?」

 

「ん!?」

 

凡戸の驚愕の表情と言葉に思わず小大と呼ばれた少女は慌てて頭に巻いてあったはずの鉢巻きを手で確認する。

そして、その頭に鉢巻きは…巻かれていなかった。

 

「な…どうして!?」

 

目を見開いた小大はとっさに先ほどの少年、衝也へと視線を送る。

するとそこには、

 

「お、来た来た。ナァイス、蛙吹に耳郎!まさに作戦通りだな!」

 

「ケロ…作戦通り、うまくいったわ!」

 

「まぁアンタはしょっぱなから作戦無視してたけどね…!」

 

「ヒーローを目指すものならそれくらいのイレギュラーな行動にもきちんと対応しなきゃだめだぜ耳郎。」

 

「ヒーロー目指してるやつがイレギュラーな行動すんなっての!」

 

騎馬を組んでいる耳郎と蛙吹の隣で小大チームの鉢巻きを手渡され、自身の首元に巻き付けている衝也がいた。

 

「な…どうしてあそこに僕たちの鉢巻きガァ!」

 

先ほど吹出と呼ばれていた透明人間のような少年(?)が驚いたように声を上げる。

 

この作戦が迎撃されやすい類のものだということは衝也も理解している。

第一種目の死人が出そうなほどやばい(衝也談)障害物競争を勝ち残ってきた者たちだ。

恐らくは一度か二度その作戦を見たら迎撃されたりなんなりで対応をされていくことだろう。

ならばどうするのか。

その答えは簡単で

 

その迎撃の行動すら囮にしてしまえばいいだけの話である。

 

あの時、衝也に向けて小大チームが迎撃を仕掛けたその瞬間、イヤホン=ジャックで状況を把握していた耳郎達がこっそり近づき、背後から蛙吹の舌で彼女たちの鉢巻きをかすめ取ったのだ。

蛙吹の舌はおよそ20mほど伸びるのでその範囲は広く、相手の攻撃範囲外から鉢巻きをかすめ取ることも可能。

イヤホン=ジャックで逐一相手の動きを把握し、その都度相手の進行方向に沿うような形でトラップを設置。これが第一回目の攻撃である。

そのトラップに掛かるか、あるいは踏まないようにと気を付けて、意識を足元に集中してしまっている間に衝也が上空から第二回目の攻撃。

そして、迎撃等で鉢巻きが取れなかったとしても、抗戦の音を拾った耳郎達が迎撃の隙に鉢巻きをかすめ取るという、三段構えの作戦。

これが、衝也の考えた作戦という物だった。

 

(トラップに意識を向けたら衝也から攻撃が来て、衝也に意識を向けたら今度は蛙吹から攻撃が来る。意識をそこかしこに向けなきゃならない状況を意図的に作り出して相手の隙を強引に作り出す。なんというか…性格の悪さがにじみ出てるなぁ…この作戦。)

 

感心とあきれが混じったような視線を隣の衝也に向ける耳郎。

そんな彼女の視線を感じた衝也はグッと親指を立てて嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

「ナイスアシストだ耳郎に蛙吹!こっから先もよろしく頼むぜ。特に耳郎!」

 

「え、う、ウチ?」

 

「お前のイヤホン=ジャックでの状況把握が作戦の一番の肝になってくるからよ。ターゲットの位置把握はもちろん、こっちに攻撃しようとしてくるチームの把握も必要になってくる。一番神経使うから大変かもしんねぇけど、頑張ってくれよ耳郎!頼りにしてるからな!」

 

「…アンタに頼りにされても別にうれしくないっての。まぁ、チームのためだし、一応やれるだけやっては見るけど。」

 

「中々に辛辣だな…まぁ頑張ってくれんならいいけどさ…時には優しさも必要だと思うんだ俺は。なぁ耳郎、ウサギは」

 

「うっさい黙れ聞き飽きた。いいから試合に集中しろってのこのアホ。」

 

「…うっす。」

 

衝也に笑顔で頼りにされてしまった耳郎は一瞬目を見開いた後、顔をプイとそむけて早口でまくしたてる。

その辛辣な言葉に衝也は若干悲しそうに肩を落としたもののすぐにいつもの顔を浮かべて他のチームの方へと視線を向ける。

それを見ていた蛙吹は、前でそっぽを向いている耳郎に声をかける。

 

「耳郎ちゃん」

 

「ん、何蛙吹?」

 

「照れ隠しもほどほどにしないと、嫌われちゃうわよ?」

 

「…ハァ!?別に照れてなんかないって!なんでアイツに頼りにされてるってだけでウチが照れないといけない訳!?わけわかんないこと言ってないで蛙吹も集中しなッてば!」

 

「ケロ…了解よ…フフフ。」

 

クワッ!と目を見開き、早口でそうまくしたてる耳郎を見て少しばかり嬉しそう笑顔を浮かべる蛙吹。

そんな彼女を見て耳郎は「うぅ~…なんか調子狂うなぁ、もぅ…」とコードを揺らしながらつぶやく。

そんな彼女たちを見て、衝也と峰田が

 

「あいつら何話してんだ?」

 

「さぁ?生理の話でもしてんじゃねぇか?」

 

「お前ほんといい加減にしろよ?」

 

とバカなことをしている中、不意に彼らの前に何者かが立ちはだかった。

 

「へぇ…ずいぶんと余裕そうに話し込んでいるじゃないか。もしかしてもう勝った気分でいるのかい?だとしたらずいぶんと平和ボケした頭してるよね、思わず笑っちゃうよ?」

 

その何者かはまるでこちらを挑発するかのようにそう言ってにやにやと笑みを浮かべた後、まっすぐ衝也の方へと視線を向けた。

対する衝也達も目の前のチームへと視線を向ける。

 

「まぁそれはそれとして、だ。やっと見つけたよ、それじゃあ早速だけどこの間の借りをまとめて代えさせてもらおうかな?」

 

その少年はゆっくりと笑みを浮かべて衝也達を見据える。

その瞳には尋常じゃないレベルの敵意が混じっており、どう考えても目の前の騎手の少年が恨んでいる人物が衝也達のチームにいることが予想できる。

その視線を浴びせられた衝也は、ゆっくりと

 

 

背中の峰田に目を向けた。

 

「お前…まさか男にもセクハラするようになったのか?」

 

「ちげぇよ!?どこをどう解釈したらそうなるんだよおかしいだろ!?」

 

「じゃああの男の彼女の胸でも触ったのか?なあ、峰田、お前いい加減吐いて楽になれよ。罪は自白した方が軽くなるんだぜ?」

 

「だからほんとにおいらじゃねぇって!」

 

確かに、この中で人の恨みを買いそうな者はだれかと言ったらA組の全員は峰田一択であろう。

だが、目の前の少年はこめかみをピクリと動かした後、忌々しそうに衝也の方を指さした。

 

「おいおい、まさか忘れたとは言わせないぜ?五十嵐衝也、お前は僕らをコケにしたんだ。その借りをいまここで返させてもらうと、そう言っているつもりなんだが…もしかして理解できなかったかな?」

 

「え…オレェ!?」

 

少年のその言葉を聞いた衝也は一瞬目を見開いた後、驚いたように自分の方を指さした。

そして

 

「いやいや、悪いけど俺はアンタなんか知らねぇぞ?人違いじゃねぇか。」

 

普通に彼の意見を否定した。

首を横にぶんぶん振って否定する衝也を見た少年はさらにこめかみをぴくつかせるが何とか平静を装って言葉を続ける。

 

「はッ…さすがだな五十嵐衝也。自分がコケにした相手なんていちいち覚えてないってことか?これはまたたいそうなヒーロー志望もいたものだね。」

 

「いや、だから本気で知らねぇって。第一俺は慈愛が脊髄にまとわりついて生きているような人間なんだぜ?人に恨まれるような生き方はしちゃいないよ。」

 

「…慈愛、ねぇ」

 

「おかしいな、隣にいる友達の耳郎さんから視線を感じるのだが…」

 

どや顔の衝也に対して、ジト目でそんな彼を見つめている耳郎に思わず顔をしかめてしまう衝也。

それを見た少年はこめかみと唇をピクピクさせながらも、何とか余裕(そうに見える)笑みを浮かべて大げさに肩をすくめた。

 

「まぁ…こちらとしてもアンタが僕たちのことを覚えているとは思ってないからね。何せ僕らB組の」

 

「あ、もしかして中学のころケンカしてコテンパンにしたヒロシか?」

 

「違う、だれだよそのどこにでもいそうな名前の奴は」

 

「じゃあ中学で給食のパンの争奪戦で負けて泣いてたあのヒロシか?」

 

「どのヒロシだよ、君の中学時代の周りはヒロシって名前の奴が多いのかい?」

 

「まあ俺中学通ってなかったから中学時代なんてなかったけどな!」

 

「こいつ…」

 

アハハ!と後頭部を掻きながら笑う衝也を見て、思わず眉間にしわが寄り始めた少年。

どうやら余裕を保てなくなっているらしく、いつの間にか人を見下しているようなあの笑みが消えていた。

 

「んで、ヒロシ君はどうして俺のことを知ってるんだ?もしかしてストーカーとか?さすがに男のストーカーは俺もごめんこうむるんだが…」

 

「ッ!?僕の名前はヒロシじゃない!お前が散々コケにしたB組所属のヒーロー志望、物間寧人だ!」

 

「…ものまね?芸人か?てかB組って…ヒーロー科じゃなくて普通科だろ?もしかして入試に落ちて普通科に編入されたのか?あーそれでA組、というか俺を恨んでんのか。でもよ、ヒロシ。お前、それはただの八つ当たりだぜ?そうやって人に当たるのは良くないと思うぞ俺は、うん。」

 

「はぁ…このバカ…」

 

衝也がそう言ってうなずくのを見て、思わずあきれた様にため息を吐いたのは隣にいる耳郎である。

その後ろの蛙吹も目の前の物間という少年と衝也とを困ったように見続けている。

峰田はもうすでにあきらめて何かを悟っているような顔である。

そんな中、衝也の目の前に立つ物間はゆっくりと決意を新たにする。

目の前にいるこの男、五十嵐衝也だけは、なんとしてでもぶちのめすということを。

 




アンチコメントっていうわけじゃないですけど、体育祭の時の轟君を見たときに『絶対にヒーローになっちゃいけない人間だろこいつ』と思いましたね。
今はそんなことないですけどね。
轟君超かっこいいっす。
理由はトーナメントの時に話します。

それにしてもあれだな…騎馬戦書くのど下手だな私は。


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第十八話 経験値が足りない?そんな時ははぐれたあいつを探すといいぞ

えー、皆さん、お久しぶりです。
おそらく5か月ぶりでしょうか?
いやー、遅くなって申し訳ございません。
もう世が世なら袋叩きにされているところですよほんと。
まー、簡単に言うとですね、スランプみたいなもんですね。
なんというか、小説がまったくもって書けなくなってしまいまして。
そのせいで何もかもめんどくさくなりまして。
どうせこんな小説シレーっと投稿やめても大丈夫だろう、と思い投稿をやめようかと思ったのですが
一応ストーリーの構成は考えてあるんだし、やっぱ書きたいなぁ
と思い、また書き始めたはいいのですが…やっぱりうまくかけず。
どーしよーかなぁーなんてクゥオキャクゥオーラを片手にパソコンと向き合っていたら

なんと!!

いつの間にか小説のUA数が100000超えてるじゃぁありませんかぁ!

お気に入りもいつの間にか1000件超えてましたしね。
いやぁ、びっくりっすね。
最初はお気に入りが5人になって大はしゃぎしていたのが
今や1000ですよ1000
こんな駄文を1000人の方が見てくれてるんですよ?
奇跡ですね、私は来世の分の運まで使い果たしてしまいましたよええ。

いつかは記念の話なんて作らないとね


てなわけで、ひそかにそれを見てやる気を出した私は連日の仕事の合間合間を使って何とか話を作り上げたわけです。
正月休みなんて存在しない仕事なうえにスランプなんで書くのに時間かかりましたけど…


というわけで、スランプにより駄文率100000%の本文です。
もう不安しか心に残ってないです。

どうぞ


雄英高校体育祭の第二種目の騎馬戦の中で、物間寧人君を物まね芸人と勘違いした衝也の発言により完璧に目をつけられてしまった五十嵐チームのメンバーは、呆れを通り越して悟りを開いているような表情をしていた。

 

「まぁ、もうしょうがないか…衝也だし。…衝也だし。」

 

「あの、なんで二回言ったか理由をお聞きしてもよろしいですか耳郎さん?」

 

「自分を納得させるために決まってんでしょ、こうでもしないとアンタをハッ倒しそうになるから。」

 

「解せぬ…」

 

人を小ばかにしたような表情から鬼のような形相へと変化した物間を見て、無表情のまま虚空を見つめて呟く耳郎。

その言葉を聞いて理不尽だ!というような表情を浮かべる衝也。

そんな彼の背中にしがみついている峰田は絶望したような表情で蛙吹に話しかけていた。

 

「なぁ、オイラはさ…五十嵐の作戦を聞いてさ『これなら楽に勝てる!』と思ってチームに入ったんだよ。それがどこをどう間違えて、こんな最悪な状況になるんだろうな?オイラはいったい何を間違えたんだ?」

 

「峰田ちゃんの場合は人生そのものを間違えてると思うわ。一度死んで生まれ変わったらどう?」

 

「あ、それウチも賛成。むしろ生まれ変わらずにそのまま未来永劫死んでて。」

 

「土の中から一生出てくんじゃねぇぞ腐れブドウ。」

 

「お前らホントいい加減にしないと泣くぞこのやろー!!?」

 

「やめろ背中が汚れる汚いブドウ汁ブシャーとかはやんないから殺すぞ。」

 

「五十嵐…おま…大概にしといてくれない?ほんとに…」

 

あらぬところからの罵倒に心を折られて寂しく衝也の背中で呟く峰田。

すると、そんな四人の様子を見ていた物間がしびれを切らしたようにポツリとつぶやいた。

 

「…四人で談笑とは、ずいぶんとコケにしてくれるじゃないか。よっぽど僕らに勝つ自信でもあるみたいだね?でも、そんな余裕な態度をとれるのも今のうち」

 

「いやいや、だったら攻撃してくればいいじゃん。こっちの話聞き続けて攻撃してなかったのヒロシだからな?特撮ヒーローの悪役かよ。言っとくけど本当の悪はそんなに甘くないぞ、実際にあってる俺が言うんだから間違いない。」

 

「……!!!!」

 

「い、いててててて!?ちょ、物間!?痛い!?痛いから!手に力入れ過ぎだって!!禿げる!禿げるから!?」

 

衝也の発言にこめかみをぴくぴくさせている物間。

その物間の騎馬の先頭である少年、円場から悲痛な叫び声が上がるが当の本人の耳には入っていないのか、円場の毛根の悲鳴は収まらない。

 

「何度も言うが…僕の名前は物間寧人だ。あまり人の名前を間違えないでくれるかな?君だって人に名前を間違えられるのは嫌だろ。それに、そうやって名前を間違えてばかりいると人としての品位を疑われるよ?」

 

「だから、物まね芸人なのはわかったって。ていうか、いきなり他人にいわれのない因縁吹っかけてくるヒロシのほうがよっぽど品位疑われるだろ。」

 

「このうすら馬鹿!!」

 

「痛い!?」

 

あきれ顔で物間に返答を返した衝也だったが隣にいた耳郎から頬に強烈なイヤホンビンタを食らい、思わず声を上げてしまう。

そして、右手で右ほほを抑えながら彼は隣にいる友人へと抗議の声を上げた。

 

「ちょ、いきなり何すんの耳郎!?突然人をビンタするとか…せめて前ふりとかくんないと覚悟ができないんですけど!?」

 

「前ふりがあればいいんだ。わかった、じゃあ殴るから。」

 

「目が痛いッ!?」

 

すると今度はきちんと前ふりをしてから耳たぶイヤホンのコードで衝也を殴る耳郎。

しかし、今度は場所が頬ではなく両目である。

なまじイヤホンのコードの細さが両目にいい具合に入り込むような細さだったうえに勢いもあるため、痛さは倍増である。

痛みで床を転げまわると失格になってしまうため、衝也は空中で悶絶しながらうねうねしたり、くねくねしたりしながら痛みを必死に和らげる。

そして、少しだけ痛みが治まったのか目に涙を浮かべながらも再び抗議の声を上げる。

 

「い、いやね…前ふりがあればいいとか、そういうのじゃないんですけど。理由もなく人を殴るのはやめていただけないでしょうかって話なんですけど…」

 

「うるさいこの異次元級バカ。一生そこでもがいてろこの頂上級バカ。あんたがしゃべると状況が悪化しかしないんだよこの宇宙級バカ。この体育祭が終わるまで口開くな超絶級バカ」

 

「え、なにこの壮絶なる罵倒…俺が何をしたってんだ?」

 

「自分の胸に手を当てて考えてみなよ、自分が何をしたのか。それでもわからないんだったらアンタはもう本当に黙ってて。」

 

「…耳郎、ウサギは」

 

「いいから考えろって言ってんでしょうが!」

 

「脛が痛いっ!?」

 

一切の反論を許さない耳郎のイヤホン攻撃により再び悶絶し始める衝也。

そんな彼の背中にしがみついていた峰田は、「まったく…」とつぶやいて呆れたようにため息を吐いている耳郎の方を向いて、ぼそりと呟いた

 

「自分は触る胸もないくせに、よく言うぜ…」

 

「そぉぉい!!」

 

「ぬぉぉおお!?」

 

そのつぶやきを聞いた瞬間、隣に異常なまでの殺気を感じた衝也はほぼ反射的に背中にいた峰田をつかみ、前方の物間たちの方へとぶん投げた。

 

「っ!?円場!」

 

「わかってる!」

 

それをみた物間が素早く円場に支持を出すと、円場はすぐに大きく息を吸い込み、肺にため込んだその空気をすべて吐き出した。

その瞬間、叫び声をあげながら物間に向かって飛んでいった峰田は

 

「ぬぉぉぉおっぐぶ!?」

 

物間のほぼ目の前で、壁にぶつかったかのようにビッターン!と空中に張り付き、そのまま重力に従って地面へと倒れ込んだ。

 

「って…いきなり何すんだ五十嵐ぃぃぃぃ!」

 

が、すぐに起き上がり衝也の方へと向き直り、人差し指を彼に向けながら怒号を上げ始めた。

 

「なにいきなり人をボールみたいに投げてんだよ!?しかも敵チームの目の前に!!」

 

「いや、なんか…このままだと巻き添えを食らうと本能が危険信号を上げてたもんでつい…」

 

「てめぇ、そんなあいまいな理由で仲間を投げるか普通!?いくらオイラでもさすがにキレるぞこの野郎!!」

 

「そっちこそなに堂々と仲間です宣言してんだよキレるぞこのクソブドウ!!」

 

「…泣くぞー、ほんとに。」

 

そういって本気で涙目になっている峰田と口喧嘩をし始める衝也だったが、ふいに横にいた耳郎から制止の声があげられた

 

「ちょっと衝也、アンタいつまでしゃべってんの?今は目の前の敵に集中しなよ」

 

「ん、ああ、悪いな耳郎。なんか目の前のわいせつ物がわめきたてたもんでつい…」

 

「さっさとブドウ狩り始めるよ、目標は目の前の腐ったブドウただ一人。」

 

「うぉぉぉぉい!!お前が目の前の敵に集中しろぉぉぉ!?オイラ敵じゃねぇだろおぉぉぉ!!」

 

峰田はまさか耳郎までもが自分を敵扱いし始めるとは思わなかったのか、最大限の清涼で二人に対して抗議を上げていく。

 

「オイラ達の敵はオイラじゃなくてオイラの後ろのやつらじゃねぇか!オイラは敵じゃなくてみ・か・た!!」

 

「オイラ達じゃなくて俺達の敵だろ?そんでもってお前は俺の敵。」

 

「あとウチの敵。」

 

「あとは女の敵ね。」

 

「なんでオイラが衝也やちっぱいの敵になってんだよ!?つーかさりげなく二人に混ざってんじゃねぇぞ蛙吹!」

 

「お前今ウチのことなんて呼んだ?ねぇ、なんて呼んだ?答え方次第じゃ…潰すよ?」

 

「こぇえよ!もはや仲間に向けるような目ぇしてねぇぞ、ち…耳郎」

 

「『ち』って言った?今アンタ『ち』って言ったよね?」

 

そういって光を失った瞳で峰田のことをにらみ続ける耳郎。

大量の冷や汗を流す峰田、『耳郎はこんなにも恐ろしい殺気を出せるのか!?』と戦慄する衝也。

そして、

 

「…っ全員、いい加減に、しろぉぉぉ!!」

 

「いってぇぇぇ!俺の髪がぁぁぁ!」

 

ついに痺れを切らした物間が怒りで握りしめていた拳と顔をを大きく上にあげて怒号を叫びだした。

握りしめられていた己の髪の毛を引き抜かれてしまった円場は悲鳴を上げた。

彼の毛根も悲鳴を上げた。

 

「さっきからまるで僕らなど眼中にもないかのように、グダグダと…ここは幼稚園児の遊び場じゃっ…!?」

 

そこまで言って上にあげていた拳と顔をもとに戻し、文句を言おうとするが、その言葉はすぐに中断された。

なぜならば

 

彼のすぐ目の前に、己のハチマキ目指して腕を伸ばしている衝也がいたからである。

先ほどまで前方でしゃべっていた衝也がすぐ目の前まで移動してきたことに驚いた物間はわずかに迎撃が遅れてしまう。

 

「っつ!?」

 

(これは…円場の…!

 

ハチマキまであとわずか数十センチといったところで衝也は先ほどの峰田のようにまるで壁に当たったかの如く動きを止めてしまった。

だが、奇襲を防がれた衝也はこのことが想定内だったのか慌てる様子もなく瞬時に後方へと下がり、物間たちの攻撃圏内から離れていく。

 

「くっそ…やっぱこうなるか。あー、腕いてぇ。」

 

「…助かった円場。今のは危なかった。」

 

「いや、今のは俺が痛みで思わず反射的に出しちゃっただけ。マジでたまたまだから、次は期待するなよ。つーか、物間、体育祭の後で話したいことがあるから体育館裏まできてくんない?」

 

額に一筋の冷や汗を流しなっがら円場にお礼を言った物間は、先ほどと同じように、人を馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

自身の安堵と焦りを相手に気取らせないために。

 

「人の会話の途中に攻撃を仕掛けてくるとは、あまりいい性格とは思えないね。卑怯というか姑息というか…少なくともヒーローのすることじゃないよ。」

 

「人を救うのにいちいちそういうの気にしてたら救えるもんも救えねぇんだよ。ヒーローが守るのは自分の体裁でもプライドでもない、人の命だからな。そのためならどんな卑劣な手でも使ってやるさ。

つーか、自分がそんな怒鳴るから攻撃される隙が生まれるんじゃないの?もうちょっとクールに行こうぜクールに。短気は損気ってよく言うだろ?」

 

「自分のことを棚に上げて…よく言うじゃないか…!あんなに隙だらけだったのに…!」

 

「だぁかぁらぁ、それは物まね君が攻撃しなかったから悪いだけだから。攻撃されても普通に迎撃できてたから。こっちはいつでもOKって感じ出してるのにそっちが律儀に待ってただけだろ?それを人のせいにするのはいただけない。別に俺攻撃しないでくださいなんて頼んでないし、なぁ耳郎?」

 

「えっとさ…言ってることは衝也がただしいのかもしんないけどさ…」

 

「だろ?」

 

「相手の方、見てみなよ。」

 

「ん?」

 

もはやすべてを悟ってあきらめてしまったような表情の耳郎に言われて物間の方を悪人する衝也。

するとそこには

 

 

 

 

 

ちょっとここでは書けないほどとんでもない顔をしている物間がいた。

 

「…爆豪より怖いんだけど、あの顔。」

 

「ケロ、今までの笑顔がかけらほどもなくなっちゃったわね。」

 

「心なしか黒いオーラまで出てきてるような気がするんだけど…ウチの気のせい?」

 

「オイラ、ああいう顔どっかの寺か神社で見たことあるぞ。両脇に鬼のような形相して立ってる仏像みたいなやつだ。」

 

「ちょっとまて腐れブドウ。てめぇいつから俺の背中に戻ってきた?」

 

「おめぇが物間のとこに突撃してきたときに」

 

「死ねぇ!」

 

「ぎゃああああ!目から爆音がぁぁぁ!!!」

 

耳郎の制裁を受けた峰田が叫び声を上げる中、蛙吹は衝也へと淡々と声をかけた。

 

「それで、何か敵の個性の情報はつかめた?」

 

「蛙吹…お前、こんな時に冷静に聞けるってすげぇな。今完璧にギャグの流れだったのに…。」

 

そういって苦笑いをする衝也だったが、すぐに視線を物間たちの方へと移す。

見るとあちらも物間を落ち着かせるために円場と呼ばれていた少年たちが必死に彼をなだめていた。

 

「あの物間っていう男の個性はわからない。けど、前の騎馬の男の個性はなんとなくわかった。俺や峰田がぶつかった『見えない壁のような物』を作ったのはおそらくアイツだろう。さっき峰田を投げた時、物間があの円場とかいうやつの名前を呼んだ瞬間、あいつが一瞬大きく息を吸い込んで、そのまま一気に空気を吐き出したんだ。その瞬間に峰田が壁みたいなものにぶつかったのを見ると、おそらくは吸い込んだ空気をどうにかできるんだろう。自在に操れるのか、それとも壁を作ることしかできないのかは断言はできねぇけど、まぁ、おそらくは後者だろうな。もし前者ならこの瞬間にでも攻撃しかけられるだろうし。」

 

「さすがね、さっきの二回でそこまでわかるなんて…。というか、名前ちゃんと言えるのね。」

 

「当たり前だろ。俺聴覚も鍛えてるから。名前間違えてんのはわざとだよ、あいつプライド高そうだし、怒ったら怒った分だけ視野が狭まるからな。」

 

「じゃあ、B組のことも…」

 

「いや、それはガチ。なあ蛙吹、こういうのって体育祭終わりに菓子折り上げて土下座50回くらいしたら許してもらえるかな?」

 

「…」

 

衝也の言葉に思わずジト目を向けてしまう蛙吹を見て、彼は気まずそうに大きく咳ばらいをした。

 

「っんっん!!とはいえ、壁の強度や大きさが均一なのかそれとも吸った空気の量で変わるのか、あとその壁の持続時間とかも未知数だけどな。でもま、さっきの強度なら何十倍になろうが突破は楽だ。問題は」

 

「その突破してる隙に何をしてくるかわからないってことでしょ?」

 

「おお、耳郎。峰田の制裁はもう終わったのか?」

 

「ほんとなら潰したかったけど…衝也の背中が汚れるし、とりあえず目玉に爆音ビートの刑だけにしといた。」

 

「耳郎って、意外に容赦ないな。」

 

「乙女の尊厳を踏みにじったやつには制裁が必要でしょ?」

 

(そんな気にしなくても十分スペック高いと思うんだがなぁ…。峰田、世の中胸だけじゃないんだぞ。)

 

言葉にするとこちらにいらぬ飛び火がかかりそうなため、心の中でそうつぶやきを漏らす衝也。

変なところで空気が読めるのに、肝心のところでは空気が読めないらしい。

まぁ、飛び火とまでとはいかぬものの、言葉にすればめんどくさくなるのはまちがいないので、今は口にしなくて正解だろう。

耳郎のコンプレックスをなんとなく把握できた衝也は気を取り直すように物間たちの方へと視線を向ける。

 

(あの騎馬の男が何の個性かはわからないが…前の騎馬の個性が防衛向けなのを考えると、攻撃系とみるのが妥当だろうな。おそらく、あの『見えない壁』で隙を作った後に個性で追撃するなりなんなりして攻勢に出る作戦なんだろう。少なくとも俺だったらそうする。それなら…)

 

「蛙吹、耳郎、いつでも準備を頼む。峰田…振り落とされんなよ!」

 

「え、おま、何言ってんのぉぉぉぉぉおっ!?」

 

小声で三人に話しかけた衝也は瞬時に物間の方へと身体を向け、そのまま一気に個性を使って彼らに向かっていった。

先ほどと同じように真正面からである。

 

「お、おい!来たぞ物間、どうするよ!?」

 

「作戦通りにやればいい!来るぞ円場!」

 

「わ、わかった!」

 

そういって円場は先ほどと同じように、大きく息を吐き出した。

その瞬間

 

「ぃよっと!」

 

「「っ!!?」」

 

衝也の姿が彼らの前方から消えた。

 

「なっ!アイツ、どこに…」

 

「後ろだ!」

 

「いぃ!?」

 

そういって物間が後ろを振り返ると、そこにはこちらへと腕を振りぬいている衝也の姿があった。

なんてことはない、いつぞやあったUSJ事件で黒霧の攻撃をよけたのと同じ要領で、今回は右横へと回避したのだ。

そしてすぐに後ろへと回り込み、そのままハチマキをかすめ取ろう、といった具合である。

 

(前に壁があるなら、壁のないところから攻撃をすれば…!)

 

そして、衝也の腕が物間のハチマキに迫るその瞬間

彼の伸ばした指が…

壁に当たったかのように折れ曲がり、少し嫌な音が響いた。

 

「ッ…!?」

 

その痛みに一瞬ひるんでしまう衝也だったが、伸ばされてきた物間の手を視界にとらえ、瞬時にその場から距離をとった。

何とか物間からハチマキをとられることはなかったが、衝也は自身の指に目を向ける。

 

「ガキの頃にやったボール遊びを思い出すな、飛んできたボールでよく突き指したっけな。」

 

「は!自分で突っ込んできて突き指なんて…ずいぶんと間抜けなヒーローじゃないか。話だけなら面白いね。」

 

「…間抜けはお前だよ、そんな油断してっと…痛い目見るぜ?」

 

「悪いけど、それはこっちのセリフだよ。」

 

そういうと物間は

 

「円場、範囲シールド!」

 

「え、あ…りょ、了解!」

 

円場に声をかけてすぐに彼にシールドを張らせた。

しかも今度は広範囲にである。

息を吐いている円場は苦しそうだ。

そして、円場が息を出し終えた直後

 

彼らの視界の外からそのシールドに蛙吹の舌がぶつかってきた。

その様子を見て、衝也はわずかに目を見開いた

 

「ッ!」

 

「…ようやく、面白い顔を見れたよ。」

 

そういって、いつもの笑みを浮かべた物間は実に得意げに話をし始めた。

 

「君たちの戦い方は観察させてもらってたよ。簡単に言うならば洗練された空中と地上との分離攻撃だ。一つの攻撃に意識がいけば、もう一つに意識が外れて攻撃が成功する。実に合理的で無駄のない緻密でよくできた作戦だが、その二つに対処できるように盾を作ってしまえば案外怖くはないんだよ。結局は物理的攻撃だしね。」

 

「…」

 

自慢げにそういってくる物間を見続ける衝也は一言もしゃべらずに彼らを見続ける。

そんな彼に、耳郎達が近寄ってきた。

 

「衝也!指大丈夫!?さっき少し嫌な音してたけど…!」

 

「よく聞こえてんな耳郎…大丈夫、軽い突き指だ。全然動かせるし、問題はない。」

 

「…一回ちゃんと見せて、あんたの大丈夫は信用ならないから。」

 

「いや、マジで大丈夫だし…それに体育祭でそんな派手なけがなんかしないだろ普通。俺ってそんなに信用ないの?」

 

「そうね、少なくとも信頼できても信用はできないわ。」

 

「…蛙吹、お前もか。」

 

耳郎に指を確認されながら少し残念そうな顔をする衝也に対し、背中にいた峰田は声を荒げて彼に話しかけた。

 

「おい五十嵐なんだ今の!?あの壁作る個性って背後にもできんのか!?」

 

「いや、さっきの息の吐き方からしておそらく壁は前方に設置させたはずだ。おそらくは…あの物まねくんの仕業だろ。」

 

「あのいけ好かないすかし野郎の?」

 

「…」

 

峰田の呼び方に一瞬眉を動かす物間だったが、すぐにいつもの笑みを浮かべて余裕そうな雰囲気を出す。

 

「ああ。あの時、一瞬だが円場とかいうやつと同じように息を吸って吐く動作をしたんだ。おそらく、それで壁が生成されたんだろ。」

 

「それって…」

 

「切島と同じ個性かぶりか!?」

 

「そっちの可能性もなくはないが…似てる個性だったら騎馬戦で組む必要がないだろ?似てるってことは役割もおのずと同じになってくる可能性が高い。それに、同じ系統のやつがチーム組んで特化型のチームつくるより、こういった競技ではどんな状況にでも対応できるように個性の幅があるチームを作ったほうが良い。となると残るのは

 

 

 

『相手の個性を模倣できるような』個性ってとこかな。」

 

「正解!模倣、つまりは個性をコピーする。それが僕の個性さ。」

 

そういって拍手をする物間に対し、衝也はわずかに笑みを浮かべた。

 

「まさかほんとに物まねができるとはな…驚いたぜ。」

 

「なんだよ、個性を模倣するって…そんなのチートもいいとこじゃねぇか!?」

 

峰田が顔色を悪くしながらそう叫ぶが、対する衝也はその表情を一切変えていなかった。

 

(相手が自分から個性をばらしてくれたのはありがたいが、コピーの条件や持続時間が分からねぇ以上はうかつに手出しはできねぇ。…ようやく合点がいったっぜ。ようはカウンター戦法ってことか。円場とかいうやつの個性で一瞬の隙を作り、その隙に個性を模倣する条件を達成するか、ハチマキを奪う。奪えなかった場合は相手の個性で攻勢に出るってわけだ。)

 

「なかなかにいい作戦立てるじゃねぇの、物間君。」

 

「やっと、名前で呼んでくれたね…えっと、名前なんだっけ、君?」

 

「…ねぇ衝也、こいつウザくない?」

 

「うん、くそウゼェ。」

 

「自分のことを棚に上げて言うのか…!」

 

耳郎と一緒に物間のことをウザいと言う衝也に思わず顔を怒りで染めてしまうが、すぐに笑顔へと顔を戻す物間。

そんな物間に向かって、衝也もまた笑顔を浮かべる。

 

「ま、なんにしてもこっちの個性を模倣するならこっちもやりやすいや。」

 

「…へぇ、なら遠慮なく使わせてもらおうかな?」

 

そういって物間はゆっくりと手のひらを衝也たちへと向ける。

その様子を見て、蛙吹は一瞬目を見開いた。

 

「!まさか…」

 

「悪いけど、君の個性も模倣させてもらったよ。よい個性じゃないか、威力も応用性も抜群だ。巨大ロボを粉砕できるほどの破壊力、それを自分に向けられるのは怖いかい?」

 

そういって笑う物間だったが、それを見ても衝也は笑みを浮かべたままだった。

それをみて、思わず物間は心の中で歯ぎしりをする。

 

(最初からだ…この戦いのはじめから、ずっとこいつは動じない…それが、それが気に食わないんだよ!今こうして、僕が、アンタの個性を使おうとしてる時も…こいつは一切態度を崩さない。動じない!これじゃあ、これじゃああんたの言葉一つ一つに動じている僕が…!)

 

「やってみろよ。」

 

「!?」

 

「ちょ、五十嵐おめぇ…!」

 

「五十嵐ちゃん!?」

 

「……」

 

突然の衝也の発言に目を丸くする物間と峰田と蛙吹。

そんな中耳郎だけは真剣な面持ちで彼のことを見つめていた。

 

「やってみろよ、俺の個性で、俺を倒すことができると思ってんなら。」

 

「…いいのかい?自分の個性の破壊力は、自分がよくわかってるはずだと思うんだが?」

 

「いいからやれって…なんだそれとも

 

 

怖いのか?」

 

「…ッ!」

 

衝也のその一言を聞いた物間は、ぎりぎりと歯ぎしりをした後、ゆっくりと彼らに向けた手の手首を反対の手で握りしめた。

 

「言われなくても、そうしてやるさ!!」

 

「ちょ、物間!直接的な攻撃は反則…」

 

「吹き飛べ!五十嵐衝也ぁ!!」

 

そう物間が叫んだ直後

 

彼の前方に大きな衝撃波が飛んで行った。

衝也のものとは威力に差があるものの、その威力は中々のもので、彼らが対峙していた場所を砂埃で覆ってしまうほどの威力はあった。

彼らの周りにいた選手たちも少しばかり巻き込まれている。

 

『おおっと!?ここですんげぇ音と砂埃!?緑谷とかの動向追ってたら見逃したけど!どっかのチームも派手に戦ってたみたいだぁ!』

 

『おい、直接的な攻撃って禁止なんだろ…大丈夫かあれ。』

 

マイクと相沢の声が、そして会場の観客のザワザワとした声が響く中、徐々に砂埃が晴れていく。

そして、そこにあったのは

 

 

 

 

 

壁に深くめり込んでいる物間チームだった。

 

 

『ってなんか知んねぇけど物間チームがめり込んどるぅぅ!?』

 

隣でプレゼント・マイクの叫びが響く中、ふと相澤が上空を見るとそこには

 

(確か、物間の個性はコピー…なるほどあいつの個性を使ったってわけか…)

 

耳郎と蛙吹をわきに抱えて上空に避難していた五十嵐チームがたたずんでいた。

 

『おおっと、どうやら戦ってたのは五十嵐チームみたいだぁ!一体何がどうなってこうなったのか!?個人的にめっちゃ見たかった、畜生、なんで見逃してたんだオレェ!!』

 

そういって悔しそうに実況するマイク。

そんな彼の声には反応せず、衝也はゆっくりと息を吐いた。

 

「コピーの個性…ね。確かに聞いてみるとチートみたいな能力かもしれねぇけどさ、俺達がこんなに自由自在に個性を使ってるのは長年それと共に過ごしてきた時間と、それなりの特訓があったからだ。だが、コピーしてるやつには時間も特訓もない。あるのはその場で見た限りの雀の涙ほどの情報のみ。だからこそ、お前は後方から入念に観察を行ってきたのかもしれねぇけど…所詮はどうあがいてもレベル1、経験値を積んでここまで来たレベル50の俺にはかなわねぇよ。」

 

そういって衝也は一呼吸おいて物間の方を向く。

 

「転職が自由自在にできるってのも案外不憫なもんさ。お前に足りないのは…役職じゃねぇ…は〇れメタルだよ。おとなしくメタル狩りに行ってこい。」

 

そういって衝也は物間たちから視線を外す。

もちろん、物間たちのPを回収することは忘れずに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五十嵐チーム、現在2位

 

残り時間 わからん!

 




物間君と耳郎のキャラ崩壊が激しいですな…

ていうか、物間君の個性って使いにくいですよね。
闘い方をうまくしない限り基本後手に回らざるをえないことが多いですし。
何より、自分の個性なのに自分の個性を持てないってのがつらい…
あれ、私何言ってんの?
い、言いたいことは伝わってる…よね?

いくら個性を使っても使ってるそれは自分のではなく他人の個性…
そう考えると私は物間君が病むのもわかる気がします。


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第十九話 最近の主人公ってのは汚い野郎が多い気がする

さてさて、もうすぐバレンタインデーです。
学生時代は靴箱を開けるときにチョコが入っているかどうかドキドキしながら開けたものです。懐かしい。
特別編でバレンタインデーの話とか書いてもいいのかな?
でもそれをすると「本編も書いてねぇくせに調子乗るな」とか言われそうで怖いです…
というわけで、十九話です
どうぞ


衝也たちが物間たちに勝利したその光景を見た観客たちは知らず知らずのうちにつばを飲み込んだ。

今まで上位三名の三つ巴(・・・・・・・・)にばかり目を向けていた会場の観客全員が、である。

 

 

(なんだよ…ありゃあ)

 

その観客の一人であるプロヒーロー『デステゴロ』はモニター越しに見るその光景に絶句する。

 

(たった一撃!たった一撃で周囲が軽く吹っ飛ぶほどのパワー…いや、あの個性を放った野郎が後方に吹き飛んだ(・・・・・・・・)パワーを合わせたらそれ以上のエネルギーになる…!つまりもともとのパワー全部を放てたとしたら…!)

 

あの物間という少年が放ったあの衝撃、その威力のレベルの違いはプロヒーローの中でも比較的高いパワーを武器に戦っている彼だからこそ理解ができた。

 

次元が違う。

『パワー』のみに関して言えば、この個性のパワーはほかの個性とは違う次元の領域にいる。

自分はもちろん、隣で唖然としている、プロの中でもパワーに関しては群を抜いているであろうMt,レディでさえも、あの個性のパワーにはかなわない。

 

(…オールマイト以来だぜ、こんなことを感じたのは…)

 

まだ自分がアマチュアだったころ、自分の力は同業者の中でもトップレベルのものだと勘違いしていたころ。

その日戦っていた敵は自身と同じパワータイプの個性を持った敵だった。

個性が似ていれば当然戦闘スタイルも似かよる。

戦いはほとんど互角だった。

何回も交差する拳は自身の頬に、時には敵の鳩尾に突き刺さっていく。

一瞬の気のゆるみも許されぬ、まさしく『死闘』。

肉と肉を打ち続ける音が、周囲のやじ馬たちの声の中へと消えていった。

そんな一進一退の攻防が幾度となく続いていた最中、その戦いは突如として幕引きとなる。

そう、偶然通りがかったNo.1ヒーロー(オールマイト)の手によって。

 

たった一撃

 

自身と同等のパワーを持つ敵をたった一撃で叩きのめし、自分以上の歓声を周囲から浴びるそんな彼を見て、デステゴロは悟ったのだ。

 

自分とこの人とでは、次元が違うと

 

「末恐ろしいぜ…こんな個性を使いこなせるガキがいるってのかよここには…」

 

この実況者や解説の話を聞くに、この物間とかいう男は『個性を模倣する』個性の持ち主であるらしい。

ということは、こいつが放った個性の持ち主は本来この衝也とかいう子供の個性ということになる。

個性の持ち主である以上は、少なくともこの物間とかいうような個性に振り回されて自滅するというようなポカをするようなことはないだろう。

ということは、少なからず自身の個性を使いこなせているということになる。

 

あの段違いのパワーを秘めている個性を。

 

(…つっても、あんな個性、一体どういうふうに鍛錬すりゃ使いこなせるようになるっつうんだよ。)

 

そこまで考えて彼はもう一度モニターを見る。

するとそこにはもう件の少年の姿はなく、

 

もう一つの激戦(・・・・・・・)が画面に映し出されていた。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

(…よし、いける!このまま耐えきれば…!)

 

自身のチームの状態と、敵対するチーム達(・・・・・・・・)の状態を確認した障害物レース1位の少年、緑谷出久は頬に流れた汗をぬぐいながら今の状況を整理していた。

 

騎馬戦の開始から、チームにいる発目明という少女の作ったベイビー改めメカと先頭の騎馬を務める常闇踏影の個性、黒影(ダークシャドウ)や麗日お茶子の個性を駆使し、何とか一千万Pを死守し続けていた緑谷チーム。

だが、残り時間半分にして轟がついに動き出した。

体育祭直前、いきなり自身に宣戦布告をしてきた彼が何もしてこないとは思ってはいたが、いざ目の前にするとその威圧感はすさまじい。

もちろん、特筆すべきは威圧感だけではなく、その実力もである。

個性の熟練度、戦闘時の動き、知識、その能力のほとんどが自身の上を行くA組一の実力者の彼になぜ意識されているのかは知らないが、ここにいる生徒の中でも苦戦必須なのは予想ができた。

ましてや宣戦布告をしたというのなら、ほぼ間違いなく自分を狙って行動を起こす。

そう踏んでいた緑谷はこの短い時間の中で彼に対する対策を考えた。

もちろんそれはこの騎馬戦においても同様である。

 

(様々な組が入り乱れて混戦必須になるこの騎馬戦で、他の組からの攻撃をかわしつつハチマキをとるのは難しいし、自分の攻撃の邪魔にもなる。…だとしたら、轟君はおそらく僕らと一対一で戦えるように仕向けてくるはず…)

 

そう考えた緑谷はあえてサシでの対決を避けずに、一対一で戦うことにした。

緑谷とほかのチームとで大きく違うこと、それは

 

『攻める』闘いより『守る』闘いを重視しなければならないことである。

 

一千万という1位確定のP数をいかにして守り切るか、それに焦点を当てなければならない。

攻めるのと守るのとでは難易度は少なからず差が出てくる。

精神面しかり、戦闘面然り、必ずとは言い切れないがそこには必ず差が生まれてくる。

今回の騎馬戦では、狙われる確率が上がるなどということを含めれば、攻めるよりも守るほうが難易度は上がってくる。

チームの得点の散らばりを把握できず、制限時間も15分と短いことを考えると、確実に1位になれる緑谷チームを狙ったほうが無駄は出ないことも多いからだ。

もちろん堅実にP数を稼ぐチームもあるだろうが、大多数のチームは自身を狙ってくるはず。

ならば、あえて一対一の勝負に乗ったほうが、ほかの選手の攻撃を心配せずともよくなる。

そのほうが、乱戦の中でハチマキを守るよりやりやすいと考えたのだ。

もちろん、轟がサシで戦わなければそれまでなのだが、わざわざ宣戦布告したのにも関わらずこそこそと相手の戦闘中に忍び寄りハチマキを奪い取る、なんていう姑息な手を使って勝とうとするような性格を轟はしていないだろう。

そんなことをするのは卑劣にしてドアホな五十嵐くらいだろう。

 

実際に緑谷の予想は当たり、轟は上鳴の放電と自身の凍結の個性で他のチームを行動不能にし、わざわざ子悪露で囲ってフィールドまで作ってサシでの戦闘を仕掛けてきた。

そして、緑谷の対策は功を制した

厄介な轟の個性を封じるための策として常に相手の左側という位置をキープするようにしたのだ。

それにより轟は凍結を発動しようにも騎馬の先頭である飯田が直線状に入ってしまうため凍らせることができず、攻めあぐねてしまう結果になったのだ。

さらに、上鳴の放電でバックパックは壊れたものの、瞬時に空中にジャンプできる発目の作ったブーツのような発明品や麗日、常闇の個性により、機動性と守りも抜群なチームとなっていたのだ。

 

(発目さんのバックパックは壊れちゃったけど、まだ常闇君の個性での牽制に発目さんの飛べるブーツみたいなのもある!このまま足を止めずに動き続ければ…!)

 

そう考えていた緑谷だが、ここで予想外の事態ができた。

それは

 

「おいコラ半分野郎!!てめぇ勝手にデクとサシでやってんじゃねぇよ!てめぇらぶっ潰すのはこの俺なんだよ!」

 

「なっ…!かっちゃん!!?」

 

突如彼の後ろから激怒した爆豪が飛び出してきたのだ。

どうやら背後の氷を爆発でぶち壊し、そこから爆豪が緑谷のハチマキめがけて飛んできたようだ。

 

「まずはてめぇだデク!死にさらせやぁぁ!!」

 

「と、常闇君!」

 

「心得た!」

 

緑谷の声を聴いた常闇が返事をしたすぐあと、こちらめがけて飛んでくる爆豪がデクに向けて振り上げた拳を思い切り振り下ろした瞬間、その目の前に壁のように黒い影が出て、爆豪の攻撃を遮った。

 

「くっ、なんという威力…!」

 

「んだよこれ…っんが!?」

 

予想外の壁の出現に一瞬動きを止めてしまった爆豪、それを見た緑谷は瞬時に彼の腕をひっつかみ

 

(かっちゃんの性格ならすぐに追撃を仕掛けるはず!そんなことをされたら轟君に注意を向けられない…だったら…)

 

「うらぁぁぁぁ!!」

 

「ぬあっ!?」

 

(かっちゃんと轟君をぶつけるしかない!)

 

この日までずっとUSJの時の成功した感覚を反芻させ、ある程度のコントロールを可能とした緑谷は、その個性を使って爆豪を轟の方へと向けて思いっきりぶん投げた。

 

(あの野郎…!俺が一瞬目を離したすきに…クソデクが調子に乗りやがってぇ!!)

 

「くっそが…調子にのってんじゃぁ…」

 

そこまで言って爆豪は左手の爆発で身体を回転させ、

 

「ねぇぞコラァァ!!!!!!」

 

そのままの勢いで右手を轟の方へとたたきつけた。

中々の爆音とともに煙が上がる、が

 

「甘いですわ、爆豪さん!」

 

八百万が作り出した装甲によりその爆撃は防がれてしまう。

その装甲に守られた轟は視線を爆轟へと向けながら口を開いた。

 

「…言う相手間違えてんじゃねぇのか?緑谷は向こうだぞ?」

 

「ハッ!てめぇも同じなんだよ半分白髪!俺は、デクもてめぇもぶっ潰して

 

 

『完膚なきまでの1位』をとるんだよ!てめぇにも、デクにも…衝也(あのクソバカ)にも!俺はぜってぇに負けねぇ!一人残らず完膚なきまでにねじ伏せて

 

 

 

 

俺がトップに立つんだよぉ!!」

 

「ッつ…!?」

 

そう叫んで爆豪はおまけとばかりにもう一度爆撃を放ち、大きく後方へと距離をとった。

その爆撃に装甲で防御していた轟チームも思わずふらついてしまう。

だが、それ以上に不利なのは攻撃をした爆豪自身である。

空中での攻撃で吹っ飛んだ上に態勢を崩してしまった爆豪。

いくら個性によってある程度空中でも自由が利くとは言っても、衝也のように自由自在に空中散歩ができるわけではない。

このままでは彼はなすすべなく地面に倒れ、失格となってしまう。

そう、彼一人ならば(・・・・・・)

 

「あーらよっっと!!」

 

どこからか間の抜けた掛け声が聞こえたその瞬間、空中で態勢を崩した彼の腰に白いテープが張り付いた。

そして、そのままきギュルルル!と音を立ててまかれていくテープと共に、彼の身体がぐんぐん引っ張られていく。

 

「てめぇ…爆豪!!一人で勝手すんじゃねぇよ!おま、あのまま行ってたら失格だぞ失格!自分で飛び出して失格とかやめてくれよ恥ずかしいから!」

 

「うるせぇんだよクソ髪!てめぇらがいちいちおせぇからわりぃんだろーが!」

 

「お前が勝手に出てくから行動が遅くなんだよ!せめて掛け声でもかけろ!あとクソ髪じゃなくて切島だってのいい加減覚えろこのやろう!」

 

これは個人戦ではなくチーム戦。

彼一人ならば負けていたかもしれないが、それをカバーする者がいれば話は別である。

爆豪がテープと一緒に巻き取られていった場所にいたのは切島、瀬呂、芦戸の三人。

そう、彼らは突如として騎馬を離れた爆豪を追ってここまで来たあと、今にも落ちそうになっている彼を見て慌てて瀬呂テープを使って救出したのである。

 

「ていうか爆豪行動早すぎだって!ちょっとぐらい打ち合わせなりなんなりしないとこっちも動けないって!」

 

「打ち合わせして動く時間なんざあるか!てめぇらが俺に合わせろ!」

 

「無茶言うな!お前の突拍子もねぇ動きについてなんか行けるか!さっきだってホントぎりぎりじゃねぇか、俺がテープ伸ばしてなかったら失格だぞ!?」

 

 

芦戸や瀬呂が口々に異論を唱えてくる。

しかし、

 

 

 

「ゴチャゴチャゴチャゴチャうるせぇんだよ!もう時間がねぇんだ!できようができなかろうがすぐにでも動かなきゃなんねぇんだよ!

雑魚にだってそれくらいはできんだろうが!いいから黙って俺に合わせろ!!

 

てめぇらだってテッペンとるために戦ってんだろうが!

 

黙って俺に力貸せや雑魚共!!!

この試合、何が何でも勝つんだよ!!」

 

『!!』

 

爆豪のその言葉に二人は思わず目を見開いた。

爆豪は素行や口は悪いがどこかの誰かと違ってアホというわけではない。

しっかりと自分なりに考えて行動を起こしている。

それはつまり、『彼らなら自分が飛び出してもカバーするだろう』という身勝手極まりない押し付けがましい理由で動いているということ。

だがしかし、言い換えれば、その三人のことを『それなりには』認めているということになる。

それに何より、切島も瀬呂も芦戸も、爆豪とチームを組んだ理由は一つ

 

1位をとるためである。

自身の夢のため、あるいは自身の力を高めるため、自身の欲のため、各々思いは違えど目的を同じくして徒党を組んだのだ。

少なくともそのために爆豪は行動しているのだ。

 

行動したものすべてが勝利するわけではない、それは爆豪も承知の上だ。

だが、それでも彼が行動するのは、

 

 

動かなければ勝てないからである。

手をこまねいているだけで勝てるほど、相手は弱くはないのだから。

 

「俺一人じゃハチマキは奪えねぇ!

行くぞ!

轟もデクもまとめてぶっ倒して

 

俺らが(・・・)勝つ!!」

 

 

 

 

 

「…それやれば勝てるんだよね?」

 

「勝てるんじゃねぇ!勝つ!!」

 

「ハッ、なんだよそれ、根拠ねぇな!…でもま、ここで何もしないで負けるよりかはまし、か」

 

芦戸の問に大声で答える爆豪。

その答えを聞いた瀬呂は呆れたようなふりをしながらも軽く首を回す。

そんな爆豪たちのやりとりを今まで聞いていた切島は、口元にうっすらと笑みを浮かべる。

 

「…よっしゃ、全員腹ぁ決まったな!ならここは行動あるのみ!死ぬ気でとり行くぞ!」

 

 

 

 

『完膚なきまでの1位を!!』

 

そして、爆轟チームはここにきて初めて、同じ視点に目を向け始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まずい状況になってきたな…)

 

視界の端に爆豪チームを入れながら、轟は表情を曇らせていた。

本来ならば誰にも戦いを邪魔されないようにわざわざ上鳴の放電と自身の個性で寄ってきた他の相手チームを行動不能にし、一対一での戦いを可能としたフィールドまで作った彼らだったが、寄りにもよって一番来てほしくないやつがここにきてしまった。

 

(いや、遅かれ早かれこいつが来るのはわかってた…それまでに決着をつけられなかった俺に責任があるか。)

 

爆豪は他人の目から見てもわかるほど緑谷を敵視している。

いや、正確に言えば緑谷だけではない。

なぜかはわからないが、自分や五十嵐にも尋常じゃない対抗意識を燃やしていた。

そんな奴が、この場に来ないなどと考えられるほど轟は甘くはなかった。

 

(芦戸の酸の個性がある限り俺の個性で凍結させたとしてもすぐに溶かされる。

となると、上鳴の放電を頼りに戦うしかないが、先頭にいる切島の硬化がどういう原理で硬化しているのかわからない以上、上鳴の放電が必ず通るという確証が得られない…。いや、それよりももっと警戒しなきゃならねぇのは、アイツ(爆豪)の並外れた執念だ。)

 

気に入らないやつがいたらそいつが誰であろうが徹底的に追い詰めて叩き潰す。

効率云々よりもまず自身の感情によって動くことが圧倒的に多い爆豪の性格からして逃げ切ることはおろか攻撃を振り払い続けるのも難しい。

そして、その粘着質ともいえる執念は時として戦況を大きく変えうるものとなる。

もちろん、裏目に出ることもある時はあるのだが。

 

(幸い残り時間は少ないんだ、爆豪達が何かする前に1千万Pを奪って守りに徹すれば勝機はある、はずだが…)

 

そこまで考えて轟は正面の緑谷を見る。

正直、彼がここまで粘るとは思いもしなかったのだ。

自身の個性やチーム配置の弱点を突いて守りに徹する緑谷、そのせいでかなりの時間を浪費することになってしまっていた。

 

(ちまちまと動き回りやがって、このままじゃ…)

 

「おい、どうすんだよ轟!爆豪達までここに来ちまったぞ!?こんなんでハチマキ奪えんのかよ!?」

 

「轟さん!このまま手をこまねいているようでは緑谷さんに逃げ切られてしまいます!いえ、もしかしたら爆豪さんたちがハチマキを奪ってしまうかもしれない…!轟さん、とにかく何かご指示を!今は行動を起こすしかありませんわ!」

 

このままではジリ貧は必須、それどころか爆豪チームも入り乱れての三つ巴になってしまってはこの少ない残り時間で緑谷チームに勝つ可能性は薄くなってしまう。

そんな不安に駆られたのか、上鳴や八百万が慌てたように轟に声をかけた。

そして、様々な作戦を頭に思い浮かべていた轟の頭に一瞬、ほんの一瞬だけ自分の右手がちらついた。

 

(…ッ!クソが…!何考えてやがる、そんなことをしたらアイツの思うつぼじゃねぇか!!)

 

忌々しそうに拳を握り、ほんの数秒だけ観客席にいる自身の父親に目を向けた。

自身の人生も、母の人生も狂わしたすべての元凶、No.2ヒーロー『エンデヴァー』。

自分の『復讐』すべき相手は、その観客席でもなかでも見つけるのが容易なほど髭や眉毛やらを炎で燃やしていた。

その表情は憎らしいほどにいつもと変わらない。

それがより一層、轟の憎悪を募らせた。

まるでテストベッドでも見ているかのようなその表情が、憎くて憎くてしょうがない。

 

(勝ってやる…!何が何でも…この体育祭で…あいつの個性を使わずにっ…!!)

 

大きく歯ぎしりを立てながら拳を握りしめ続ける轟。

そんな彼の心境を知ってか知らずか、今まで黙っていた騎馬の先頭である飯田が、ゆっくりと口を開いた。

 

「轟君」

 

「!飯田?」

 

「俺はこの試合、何が何でも勝つつもりだ。俺は、絶対に緑谷君に勝って見せる、そのために君とチームを組んだんだ。目的を同じとする君と。同じ者を見ているであろう君と!」

 

「!」

 

「勝つぞ、轟君!この一瞬にすべてをかける!ハチマキをとった後、君は勝つことだけを考えろ!」

 

「飯田?」

 

「行くぞみんな!これが最後の攻撃、いわば『奥の手』だ!」

 

その言葉と同時に飯田は体を少しだけ低くし、大きく息を吐き出した。

 

轟チーム、爆豪チーム、両者はほぼ同時に動き始めていた。

 

どちらもこれが最後の一手となる。

 

 

決着の時が、徐々に徐々に近づいている。

 

この一手で、騎馬戦の勝者が決まる!

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

迫る最終局面、緑谷チームは爆豪、轟両チームから距離をとりながら、相手の出方をうかがっていた。

 

(残り時間はあと少し!なんとしてでもこのPを死守する!そうしないと、そうしないと僕たちの負けだ!!)

 

「残りの時間まであとわずかなんとしてでも死守するぞ緑谷!」

 

「デク君!このままいけば私ら勝てるよ!頑張ってこう!」

 

「一位の人!勝つのもいいですけどできればもっと私のドッ可愛いベイビーたちを使ってくれると助かるのですが!?」

 

常闇や麗日、発目達の声援が聞こえてくる中、緑谷は大きく息を吸って心を落ち着かせる。

 

(僕は一人じゃない!みんなの思いも、自分の思いも、オールマイトの(あこがれた人の)期待も!みんなの思いを背負ってるんだ!射程距離や行動範囲はあらかたわかってきた!絶対に、絶対に…)

 

 

 

「みんな!絶対に勝つよ、もう少しだけ踏ん張って!!」

 

(絶対に勝つ!)

 

残り時間はわずか、緑谷は初めて誰かの思いを背負うこととなり、

初めてそれに全力で応えようとしていた。

そして、

 

 

 

ついに戦況が大きく動き始める。

 

「行くぞみんな!トルクオーバー!!」

 

最初に動いたのは、轟チームだった。

しかし、それに気づけた者は誰一人としていない。

正確に言えば、彼らが何をしたのかに気づけた者は。

 

 

『レシプロバースト!!』

 

 

「…は?」

 

一瞬、ほんの一瞬だけ、彼らの姿が消えたその瞬間。

緑谷の横を、轟が一気に駆け抜けた。

その左手にしっかりと1千万P(緑谷チームのハチマキ)を握りしめながら。

 

『お、おおおおおおおおお!なんとなんとなぁんと!!ここにきて攻めあぐねていた轟チームがまさかのハチマキ奪取ぅぅぅ!!飯田の目にもとまらぬ早業で轟チーム一気に一位に上り詰めたぁぁぁ!てか今轟チーム一瞬消えなかった!?』

 

『消えたんじゃねぇ、俺たちの動体視力では追いつけないほどの速さで動いたんだよ。にしても、騎馬作ってる状態であの速さとは、今までの飯田の走りとは馬力がまるで違うな。エンジンをかけ続けた今までの走りではなく、加速力を一気に爆発的に上げて一瞬の速さに重点を置いたような走りだ。』

 

『ナイス解説!』

 

プレゼント・マイクと相澤が話しているそのさなか、ハチマキを奪った轟チームは氷の壁に当たる寸前で向きを緑谷チームの居るほうへと向き直す。

そして、

 

「言っただろ、緑谷君…君に

 

 

『挑戦』すると!」

 

こちらを見据えた飯田が、笑顔で呟いた。

 

『うおぉぉ!轟チームの飯田天哉!気持ち悪いほどドヤ顔かましてやがる!なんかちょっとウゼェ!!こういうエリートっぽい奴のどや顔ってなんか腹立つよな!』

 

『…お前さ、前々から思ってたけど好きな奴と嫌いな奴とで対応変えるよな。』

 

実況が熱くしゃべっている最中、轟は驚いたように飯田の方へ視線を向けた。

 

「飯田、今のは?」

 

「トルクと回転数を無理やり上げて爆発力を生む、いわば裏技のようなものだ。それよりも早くハチマキをつけろ轟君!この技を使用した後、俺は反動でしばらくエンストして動けない!」

 

「!ばか、それを先に…」

 

そういいながらハチマキを首にかけようとした轟の手が、ふいに止まる。

いや、正確には止まらざるをえなかった。

ハチマキを首にかけるよりも優先しなければならないことができたからだ。

それは

 

「それを…

 

 

寄こしやがれ半分野郎ぉぉぉぉぉ!!」

 

ハチマキめがけて突っ込んでくる爆豪が目に入ったからである。

しかも、それは自身の背後から

 

「な、爆豪!?アイツどうやってここまで!?」

 

上鳴が思わずといった様子で叫ぶ、轟もまた心境は同じだった。

 

(こいつ、いつの間に!?)

 

視界に爆豪をとらえながらそう考える轟、そんな彼の目の端に移ったのは

 

爆豪の背後。

 

まるで誰かが滑ったかのような跡をして溶けている氷の壁と、

その壁のすぐ近くですっころんで倒れている切島、瀬呂、芦戸達であった。

 

『おおおおおお!!ここでさらにさらにぃぃ!爆豪の野郎が轟のハチマキめがけて単身特攻!!これはますます熱い展開になってきたぁぁ!!騎馬の三人は無様にずっこけてやがる!面白!!』

 

『なるほど、考えやがったな爆豪。』

 

プレゼントマイクが熱く実況している中、相澤は一人感嘆の言葉を漏らしていた。

 

(芦戸の個性と瀬呂のテープで加速、そのまま芦戸の個性で氷の壁を滑って轟の背後まで一瞬で移動、最後に爆豪の個性で轟めがけて特攻ってわけか。なんていう奇抜な奇襲だよおい。中々考え付くもんじゃねぇぞ?)

 

「いってぇ、あの野郎人の頭踏み台にしやがって。」

 

そういいながら頭をさすりつつ身体を起こす切島、どうやら飛ぶ際に足で頭を思いっきり踏まれたらしい。

そしてそれに続いて芦戸や瀬呂もゆっくりと身体を起こしていく。

 

「まぁ、でもこんな作戦思いつくなんてさすがだよねぇ…」

 

「ああ、あいつあんな顔で色々と考えてるんだな。」

 

「俺たちは、あとは賭けるだけだ…」

 

 

「「「いけぇぇぇぇ!爆豪ぉぉぉぉぉ!!」」」

 

大声で爆豪の背に声をぶつける三人、その声が聞こえているのかいないのか、爆豪は口の端を釣り上げていつもの獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

「死にさらせぇぇぇぇ!!!」

 

大声で物騒な暴言を吐きながら振りかぶっていた右手を思いっきり振りぬく。

もちろん、狙っているのは轟の左手にあるハチマキ一つ。

そして、爆豪の右手が、轟の手にあるハチマキに届きそうになったその瞬間、

 

 

突如、そのハチマキが消えてなくなった。

 

「…あぁ!?」

 

「なッ!?」

 

一瞬、何が起こったのか全く分からなくなり、動きを止めてしまう二人。

そのせいで爆豪は

 

「!?しまっ…いって!!」

 

なすすべなく重力に従って地面に落ちてしまう。

 

『おおっと!?ここで爆豪チームまさかの地面に不時着!ってそれよりハチマキ!突如としてハチマキが轟の手から離れてったぞ!?一体どこに…あ、見っけた!』

 

「!」

 

プレゼントマイクが実況したとほぼ同時、轟もまたハチマキがどこにあるのかを確認することができた。

彼が持っていたハチマキは、空中できれいなピンク色をしている長い舌に巻き取られていた。

その舌はゆっくりとハチマキと共に元の場所へと戻っていく。

 

そして、舌が元の場所へと戻るとほぼ同時に、そのハチマキはある男の手へと握られた。

 

「…戦いにおいて、一番理想的な勝ち方ってのを知ってるかい?それはな…」

 

空中を悠然とたたずむその男はハチマキをゆっくりと、見せつけるように首へとつけた後

悪役も真っ青の悪い顔をして言葉をつづけた。

 

「戦わずして勝つことなんだよ。」

 

『で、で、出たァァァァ!ここでついに動いたのはこの大会の序盤からいろいろな意味で注目されまくってるA組きっての三枚目!五十嵐衝也だぁぁぁぁ!轟と爆豪が槍やってる隙にまさかのおいしいとこどり!これを卑怯と呼ばずしてなんと呼ぶってなもんだぁぁ!』

 

「おいまて誰が三枚目だ!?」

 

『怒るとこそっち?』

 

『なるほどな、あいつら、フィールドの外からずっと耳郎の個性で戦況を窺ってたわけか。そして、時間ぎりぎりでハチマキを奪い取れる瞬間をひそかに狙っていた。しかも蛙吹の舌が届くであろう距離をきちんと計算して。まさしく漁夫の利を得たってわけだ。それとマイク、これは卑怯じゃねぇぞ、第三者の介入を許したあいつらの落ち度だ。二人の世界だけに入ってるからこういうことになる。』

 

『ちょっとまてイレイザー。その発言は誤解される。特に世の腐れ女どもに、』

 

プレゼント・マイクの言葉に憤慨している衝也だったが、すぐに顔を下に向けて、地上でハチマキをとってこちらにパスしてくれた者へと視線を向けた。

 

「ばっちりだぜ蛙吹!!タイミングも完璧!さっすがだぜ!」

 

「ケロ、お礼を言うなら耳郎ちゃんに言って。耳郎ちゃんの個性がなかったらうまくハチマキをとることはできなかったわ。」

 

「いやいや、ウチはなんもしてないって。実際ハチマキとったのは蛙吹だし。」

 

 

蛙吹の言葉に耳郎は苦笑しながら否定をする。

そう、彼らは物間と戦い終わった後、耳郎の個性を使ってずっと彼らの戦闘の様子を確認し続け、ハチマキを奪い取れる瞬間を探していたのだった。

 

 

『いいか、闘いなんてのはできるだけ楽に勝てたほうが良いに決まってるんだ。そこで、俺はこんな作戦を提案したい。俺は空中で待機しておくから、耳郎があの三チームの戦闘の様子を逐一様子見しておくんだ。本当なら俺が合図を出したいところだが、地上だと戦闘が見にくいし、かといって空中のサインは伝わるのに時間がかかる。この横取り…じゃないや。奇襲作戦は速さが命、一瞬でも遅れたら高確率で失敗する。だから、目視以外で地上から戦闘の様子を把握できる耳郎の個性を使って絶好の機会を見定めるんだ!そして、ハチマキを蛙吹の舌で奪った後はそのまま空中にいる俺にパスしてくれ。そうすればもう勝ちは確定よ!あいつらの中で空中にいる相手を攻撃できる奴なんていないからな!』

 

『汚い、さすが五十嵐、汚い。』

 

『お前に汚いとか言われたくねぇんだよ汚物ブドウ。』

 

『ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってよ!』

 

『ん?どうした耳郎?』

 

『いや、絶好の機会を見極めるとか、そんなのウチにできるわけないじゃん!そりゃ音を聞けば多少の戦闘の様子くらいなら理解できるかもしんないけど、そんなのウチには荷が重すぎるって!失敗したらやばいじゃん!』

 

『大丈夫大丈夫、さ、それじゃさっさと轟たちを探しますか。』

 

『大丈夫じゃないって!アンタ何を根拠に大丈夫って言ってんの!!』

 

『根拠って…

 

俺は耳郎ならできると思ってるだけだけど?』

 

 

『ッ!』

 

『俺は、できないと思った奴に作戦を話したりはしないし、大役を任したりはしねぇよ。現に峰田には何も任してないだろ?』

 

『え、ちょっと待って、オイラが何もしなくていい理由ってそういうこと?』

 

『大丈夫、耳郎ならできるって!少なくとも俺はそう信じてるし。なーに、失敗したら俺の立てた作戦が悪かったとでも思っとけばいいんだって。

 

頼りにしてるぜ、耳郎。』

 

『おい五十嵐、オイラの声聞いてる。ねぇ、ねぇちょっと!?』

 

(…まったく、あんなあっさり大役決めるなんて、頭おかしいんじゃないのアイツ。)

 

つい数分前の作戦会議を思い出していた耳郎は苦笑した後、空中にいる衝也へと視線を向ける。

そんな彼女の視線に気づいたのか、衝也は彼女に向けて笑みを向けた。

 

「そんなことねぇって耳郎。お前のおかげで作戦大成功だ!おかげでこのままトップで騎馬戦通過!少なくとも俺の面子は守り通せた!サンキューな耳郎!」

 

「…ハイハイ、わかったからそんなにはしゃがないでよ。まだ試合は続いてるんだから。油断したらハチマキとられるよ。ていうか少しウザいし。」

 

「相変わらず冷たい!南極から流れ着いた流氷のごとく冷たい!耳郎、ウサギは寂しいと」

 

「だーかーらぁ!それがウザいって言ってんじゃんこのバカ!このウサギのやり取り何回目だよ!」

 

 

そういって呆れたようにため息を吐きつつも耳郎はほんの少しだけ笑みを浮かべる。

 

(でもま、あそこまで当たり前のように信じてもらえてるんだったら、それはそれでいいのかもね…。)

 

衝也が、自分ならできると何のためらいもなく言ってくれた

その事実が、彼女の心を大きく躍らせた。

それはひそかに目標としていた衝也に認められているような気がするからななのか、はたまた別の理由なのか。

それはまだ彼女にはわからない。

というか、彼女はまだ自分が心躍っていることに気づいていない。

自分が先ほどから終始ずっと口元に笑みを浮かべていることにも。

そして、ついに騎馬戦の終わりが近づき始める。

 

『おおっと、ここで残り20秒!空中にいるクレイジーボーイに轟も爆豪もなすすべはナッシング!このまま1000万Pは奴の物となるのかぁぁ!!?』

 

「いやー、しかし絶景だなぁ。相手が攻撃できない位置から敵を見下ろすというのは。愉快愉快。」

 

「あんのクソバカがぁぁぁ!!降りてこいやぶっ殺してやらぁぁぁ!」

 

(く、完璧に油断した。空中じゃ上鳴の放電も俺の凍結も届かねぇ!)

 

阿修羅の如き形相で衝也に怒号を浴びせる爆豪と黙って上空の衝也をにらみ続ける轟。

しかし、攻撃手段がないことにはハチマキを奪うことができないため、状況を覆すことはかなわない。

爆豪に至ってはすでに失格である。

それを衝也の背中で見ていた峰田は嬉々として彼に話しかけた。

 

「あと数秒で騎馬戦も終わるし、これでオイラ達の勝ちは確定だな五十嵐!」

 

「は?オイラ達じゃなくて俺達だから。なに勝手に仲間になろうとしてんの?」

 

「…お前さ、そんなにオイラのこと嫌いなのか?」

 

「ああ。それにな峰田」

 

「ええ!?サラッと即答してすぐに別の話に切り替えやがった!?そんなに、そんなにオイラのこと嫌いなの!?」

 

背中で涙ながらに問い詰めてくる峰田を無視して衝也は話を続けていく。

その顔は、真剣そのもので、先ほど耳郎に向けていたものとは真逆の物だった。

 

「こういう時に一番気をつけなきゃいけねぇのは

 

『窮鼠』だよ。」

 

「きゅ、窮鼠?」

 

「そう、追い詰められた奴ほど突拍子もないことしてくるもんだ…油断してると

 

 

 

首元かじられて死んじまうからな!」

 

そういって衝也は勢いよく身体を反転させる。

彼の目に映ったのは

 

『おおおおおおおおおおおお!!きたきたきたぁぁぁぁ!!残り14秒!ここにきてまさかの反撃!その反撃の一手を繰り出してきたのは…』

 

「当然、来るよな」

 

『元・騎馬戦トップ。予想外の粘り強さと根性を見せたあの男

 

 

 

緑谷出久だぁぁぁぁ!!』

 

「緑谷ぁ!!」

 

右手を振りかぶり、まっすぐこちらへと突っ込んでくる緑谷出久だった。

 

 

(取り戻す!何が何でも!!絶対に!)

 

 

わずか数十秒前

 

『麗日さん!僕に個性を使って!』

 

『へ!?』

 

『何をする気だ緑谷!?』

 

『五十嵐君は残り時間まで空中にいるはずだ、空中を攻撃する手段がないと思い込んでいるから!そう思い込んでいるのならまだ勝機はある!麗日さんの個性で僕を浮かせて、常闇君の個性で僕を五十嵐君のところまで投げてもらうんだ!そしたら発目さんのこのブーツで加速して一気に彼に近づいてハチマキを奪い取る!幸い僕らの位置は五十嵐君の背後!うまくいけば気づかれずにハチマキをとれる!

 

もう時間がないんだ、みんな、僕に賭けて!絶対に取り戻して見せる!』

 

強い気持ちと共に発せられた緑谷の言葉、その言葉に

 

『ッ!!わかった!行こうデク君!絶対ハチマキ取りもどそ!』

 

『残された猶予はあとわずかだ!急げ緑谷!」

 

『気を付けてくださいね、あの被検体一号さんもとい五十嵐さんは私のベイビーたちのことをよく知ってます。気づかれる可能性は大です!私のベイビーを少しでも有効活用してください!』

 

何の逡巡もなく賛同してくれた。

皆、自分のことを信じ、この残された時間と思いを自分に託してくれた。

その思いを

 

 

 

 

(無駄にするわけには…いかない!!)

 

 

 

 

『そろそろ時間だ!カウント行くぜエヴィバディセイヘイ!』

 

 

 

 

 

『10!9!8!』

 

 

緑谷と衝也の距離が、かなりのスピードでぐんぐんと狭まっていく。

 

 

 

 

 

 

『7!6!5!』

 

「ッ!!」

 

そして、五十嵐が迎え撃とうと左手を握りしめる。

 

 

 

 

 

 

『3!2!』

 

その刹那、

 

「ああああああああああああああ!!!!」

 

緑谷の咆哮とともに、彼の、いや、『四人』の思いを乗せた右手が勢いよく振りぬかれ、

 

『1!!』

 

両雄は 

 

 

交叉した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『TIME UP!!』

 

そしてついに

 

白熱した騎馬戦は幕を閉じた。

 

『さぁさぁさぁ!!白熱した一位争い!その争いを制したのは…!!』

 

一瞬、たった一瞬の攻防。

しかし、見るものによってはそれが数秒にあるいは数十秒に、あるいは数分に感じたであろうその勝負。

結果は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『チィィィィィィム!ショウヤ・イガラシィィィィ!!』

 

空中で下を見下ろす五十嵐の勝利だった。

 

対する緑谷は、意識はあるものの、放心したように力なく地面へと倒れ込んでいた。

 

「とりあえず、第一種目の借りは返したぜ緑谷。こう見えて、俺は結構根に持つタイプなんだぜ?」

 

そういってわずかに唇の端を釣り上げる衝也。

その左頬には、

 

指一本分ほどの擦り跡が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

衝也チーム

 

騎馬戦一位通過。

 

 




はい、というわけで戦闘はほとんど原作と同じ感じになってしまいました。
つまらないと言われないか非常に不安ですが、私のつたない能力ではこれが限界でした。
すいません。

爆豪チームは四巻の『俺らのPも取り返して、1000万へ行く!』という言葉で初めて同じ視点に立つことができて、それがあのチームワーク(?)につながったんだと勝手に妄想しております。
個人的にこのシーンが騎馬戦の中で一番胸アツでした。


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第二十話 できれば会いたくない人ほど再開する確率は異常なほど高かったりする。

さて、いよいよトーナメントですね。
いやぁ、わくわくが止まりません。
ですが!
その前にいくつかクッションを入れさせてもらいます。
ちょっと私のメンタルがやられてしまいそうなので。
今回もそんなクッションの一つですね。
あ、あとあとがきでそれなりに重要かもしれなくもなくなくない話をします。
よろしければ読んでいただけると嬉しいです。
それでは、二十話です。
どうぞ


緑谷出久と五十嵐衝也

二人のたった数秒間の戦いは衝也の勝利で幕を閉じた。

プレゼントマイクの自慢の大声で試合の終了が告げられた後、緑谷は麗日や発目などが駆け付けるまで呆然と地面に仰向けで倒れ込んでいた。

麗日や常闇が必死に彼に声をかけて身体を起こしているその様子を興奮冷めやらぬ観客席の中で見つめている者たちがいた。

周りがいまだ騎馬戦の熱を帯び続けているのに対し、ひどく冷静で落ち着いている様子のその者たちの頭の上には『S』という文字が真ん中に記された学帽がかぶられている。

世間一般的な常識によほど疎いものでない限り、その学帽を目にすれば、彼らが何者かは容易に考え付くだろう。

 

『西』の士傑

 

星の数ほどあるであろうヒーロー科の学校の中でも最難関とされている雄英高校。

その雄英に匹敵するほどの難関名門高校、その名を士傑高校。

その二つの難関校はそれぞれ『西』の士傑、『東』の雄英としてヒーロー科最難関の双璧をなしている。

 

雄英が自由な校風を売りとしているのならば、士傑の売りは厳格な校風。

生徒の一挙一動が士傑高校のあり方を表しているという考えのもと、生徒は活動時学帽を身に着けるようになっているほどだ。

言い換えれば、それだけ生徒たちの意識が高く、それだけ誇りも持っていることになる。

その厳格さと意識の高さで士傑高校は雄英高校と並ぶ難関校になったのだ。

 

「…あの五十嵐という男、強いな。」

 

そんな名高い士傑高校の学帽をかぶった団体の中にいる一人の男が、忌々しそうに口からつぶやきを漏らした。

その男の目は限りなく細くなっており、それが素なのか会場が見にくいから目を細めているのか判断しにくいほど細くなっていた。

 

「言動、立ち振る舞い、闘い方。どれも雄英高校の品位を貶めるほどの下劣なものばかりだが、こと実力に関してはあの男はほかの生徒たちとも一線を凌駕している。」

 

「おお!先輩がそこまで言うなんて、あの五十嵐っていうやつまじでアツいじゃないっすか!!いやでも、俺もあの人の戦いは見ててマジ胸が熱くなりましたよ!!あの人まじアツいっすね!!」

 

細めの男のつぶやきが耳に入ったのか、今度は隣にいたいかにも熱血といった感じの丸坊主頭の男が勢いよく笑顔で細めの男の方を向いて大声で叫び始めた。

その大きすぎる声に細めの男は「うるさいぞ、もう少し小声で話せ、品位に欠ける」と言って片耳を指でふさいだ後、また視線を会場の方へと移した。

その目は、耳郎や蛙吹に笑顔でハイタッチを要求している衝也に向いている。

 

(先の緑色の髪の毛の少年との攻防のやり取り、もしあれと同じことをしろと言われても、私には不可能だ。あまりに卓越しすぎている。)

 

細めの男が注視したのは騎馬戦終了間際の緑谷と衝也のやり取りだった。

 

(あの緑の少年が右腕を振りぬいたその速度は通常よりも数段速くなっていた。あそこまでの至近距離で放たれればよほどの者でない限りよけるのは難しい。普通は防御姿勢をとるのが一般的だ。だが奴は違った。奴は、緑の少年が攻撃しようとしたその瞬間身体を前へと進ませた(・・・・・・・・・・)。そして、わずか皮一枚の差で緑の少年の腕をよけ、そのまま彼の懐へと入り込み、彼の前進する力を利用し、後方へと投げ飛ばした。)

 

言ってみるとたいしたことはしていないように思えるが、少しでも戦闘訓練を受けているものならばその難しさが理解できるだろう。

相手の攻撃をよけて反撃するというのはそれほどに難しいのだ。

そもそも相手の攻撃を受けて(・・・)反撃するのでもかなりの訓練が必要とするというのに、避けてから反撃することが簡単なわけなどないのだ。

 

(相手の攻撃の軌道、いや…奴が見ているのはもしかしたら『起こり』かもしれないが、どちらにしても相手の攻撃を即座に見切れるほどの動体視力が奴にはある。その上回避後すぐに反撃ができるほどの戦闘技術に身体能力も備えている。どれも普通の高校生が到達できる技量のレベルではない。あの五十嵐という男…今まで一体何をしてきた(・・・・・・)?)

 

衝也のその圧倒的なまでの戦闘能力に思わずそんな疑問を抱いてしまった細めの男だが、しばらくの間会場を見続けた後、わずかに視線を後方へと向けた。

 

「どうやら貴様の目的(・・)である奴は予想以上の者らしいな…」

 

「肉倉先輩、あの人(・・・)ならもう走ってどっかに行きましたよ!!」

 

「…ふん、まあいい。それより、お前の方はどうなんだ、イナサ?」

 

イナサと呼ばれた丸坊主の男に指摘された細めの男は誰もいなかった後方へと向けていた視線を再び前へと戻した後、イナサに話を振った。

対するイナサは相変わらず笑みを浮かべたまま大声で叫び始める。

 

「肉倉先輩、いいって言ってる割には少し顔がしょぼーんってなってますけど!!」

 

「貴様、触れなくていいことに触れてくるな。それと私の話を無視するな、お前も見たいやつがいるからここに来たんだろ?」

 

「!ああ、そのことですか…」

 

「…どうした?」

 

肉倉と呼ばれた細めの男が話を振ったとたん、今まで元気そうだった声も表情も一瞬で消え去り、その表情が一変した。

それは、今までの明るい雰囲気の彼とは真逆の、怒りと憎悪と、わずかな悲しみが見え隠れするような暗い雰囲気を漂わせていた。

 

「…イナサ?」

 

「変わってませんよ。

 

一つも変わっちゃいない、闘い方も、立ち振る舞いも、あの眼も…何一つあの時と変わってない。」

 

「…」

 

尋常ではないほどの怒りを声に潜ませるイナサのその姿にわずかに目を細める肉倉はしばらくの間彼を見続けた後、くるりと身体を回転させてかつかつと毅然とした態度で歩き始めた。

 

「まぁ、少なくとも今の(・・・)彼であればお前が負ける確率は限りなく低いだろう…。お前がその気ならもっと鍛錬にいそしめばよし。それよりも先輩方を待たせてしまっている。早く集合場所へと移動するぞ。」

 

「…了解っす!!」

 

肉倉がそう声をかけるとイナサはまるで今までのことがなかったかのように笑顔で大声を上げた後、走って肉倉の後を歩いていく。

 

「あ!ていうか肉倉先輩!あの人(・・・)は探さなくていいんすか!?やっぱ集合するなら全員じゃないと…!」

 

「放っておけ、ああ見えて意外ときっちり約束は遵守する奴だ。集合時間内には戻ってくる。」

 

「けど、所在がわからないと後で苦労しそうっすけど!」

 

「ふん、どうせ件の男のところにでも行ったのだろう?ここに来てからのアイツはそれしか口にしていなかったからな。」

 

そういって肉倉は再び視線だけを会場の方へと送る。

その視線の先には、クラスメートと退場口の方へと歩みを進めている一人の生徒へと注がれていた。

 

(雄英高校の一年が敵に襲われたと耳にしたからこちらへと足を運んだが、予想以上の収穫があった。早急に対策を思考する必要性があるようだ。)

 

そこまで考えて肉倉はその細めを会場から外し、歩みの速度を速めていく。

そして、二つの学帽は観客の波に飲まれ、いつの間にかなくなっていた。

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

「衝也!てめぇきたねぇぞ横からハチマキかすめ取るなんてよぉ!あのまま行けば絶対爆豪がハチマキ取れたってのに!」

 

「え~、そんなにキャンキャン吠えられても何を言ってるのかさっぱりですなぁ瀬呂範太くーん。あいにくと俺は犬としゃべれるような個性は持ち合わせておりませんのでねー。口田ぁ、ちょっとこの負け犬がなんて言ってるのか翻訳こんにゃくしてくれない?」

 

「てめぇセロテープ、口に巻いて窒息死させるぞこの野郎!!」

 

「やってみろこの健康オタク。豆乳ばかり飲んでる贅沢野郎が水道水をひたすらがぶ飲みしてるこの俺に勝てると思うなよ!」

 

騎馬戦も終わり、昼休憩のため会場から移動をしている生徒たちの集団の中で、衝也は悔しそうにこちらに文句を言いに来た瀬呂を小ばかにしておちょくっていた。

案の定それに腹を立てた瀬呂がちょっかいを出そうとするが、瞬く間に衝也にチョークスリーパーを決められてしまっていた。

そんな二人を、衝也に話しかけられた口田が止めようとするが、どうすればいいかわからずあたふたと左右に行ったり来たりしてしまっている。

それに見かねた上鳴が慌てて止めに入る。

 

「おーい、とりあえずその辺にしとけよ衝也。口田も困ってるし、何より瀬呂がもう死にそうだぞ?」

 

「じょ、じょうや…ぎぶ、まじぎぶ…!」

 

上鳴に指摘された衝也が自分の腕にいる瀬呂へと目を向けると苦しそうな表情で自分の腕をタップしている瀬呂が今にも死にそうな声でこちらへと訴えかけていた。

それを見た衝也は「やれやれ、軟弱な奴よ…」と呆れた素ぶりをした後、瀬呂を解放する。

 

「ぷっはぁ…!!ああ、まじ苦しかった、空気がうまい…。いやほんと、マジ死ぬかと思ったわ。つーか、何サラッとチョークスリーパー決めてくれちゃってんのお前。」

 

「ふっ、豆乳などというタンパク質や食物繊維等が豊富でかつ味もまろやかでコクがあり、癖になるような味わいが魅力な飲み物など飲んでるような奴が俺に勝てるはずがなかったんだよ…。」

 

『い、五十嵐君…よだれ出てるけど…』

 

「ダニィ!?」

 

口田に指摘された衝也は慌てて自分の口元に出ていたよだれをふき取る。

そんな様子を見ていた上鳴はわずかに苦笑した後衝也に話しかけた。

 

「いやでも実際あんなタイミングで攻撃しかけてくるとは思わなかったわ。まさか梅雨ちゃんの舌を使ってハチマキ奪いに来るとは…えっと、ああいうのなんていうんだっけ…主婦の利だっけ?」

 

「…上鳴さん、それを言うなら漁夫の利ではないでしょうか?」

 

「おおそれだ!ヤオモモナァイス!」

 

上鳴の隣を歩いていた八百万は苦笑いを浮かべながら上鳴の間違いを訂正した後、視線を衝也に向けなおし、感心したような表情を浮かべた。

 

「しかし、上鳴さんの言う通り、文字通りの漁夫の利を狙った作戦でしたわ。ハチマキをとるタイミングも相手がそれぞれ攻撃と防御に意識を向けてしまっていた絶好のタイミングでしたし…。最初の戦闘訓練の時から感じてはいましたが、五十嵐さんはこういった作戦を考えるのが本当にお上手ですのね。わたくしも作戦立案等に関しては自信があったのですが、五十嵐さんには勝てそうにもありません…」

 

「いやぁ、そんなことないって。人の背後にいきなり大砲ぶち込むなんて言う卑劣極まりない行動をする八百万の神にはかなわねぇよ。」

 

「…すいません、あの時は本当に…。後ほど必ず謝礼を用意しますので…!」

 

「え、あ、いや嘘だからね!?軽いジョークだから!笑い話だからここ!そんな真剣にとらえんでも…ハウッ!?」

 

「何ヤオモモを責めてんのこのバカ。あれはあんたの自業自得でしょうが。」

 

 

自身の作戦をほめたたえた八百万に笑顔でジョークを返した衝也だったが予想以上に真に受けてしまった彼女に慌ててフォローを入れるが、その最中に横にいた耳郎に横っ腹を小突かれてしまう。

衝也を小突いた耳郎は呆れたように息を吐いた後、八百万の方へと笑顔で向き直った。

 

「大丈夫だってヤオモモ。このバカさっき見たように何事もなかったかのように元気だから。謝礼なんて上げないほうが良いよばかばかしいし。」

 

「いや、まあ大丈夫なのはそうだから否定はしないけどよ…バカバカしいっていうのはさすがに言い過ぎだと思うんだ俺…」

 

「それに、こいつは考え方が汚いからああいう作戦を思いつくだけであって、別に頭がいいとかそういうわけじゃないし。ヤオモモとは全然違うからそんな褒めないほうが良いよ。あんま褒めるとこいつ調子乗るし。」

 

「汚いなんて人聞きの悪い、効率の良い手段と言ってくれよ耳郎ちゃん。」

 

「ちゃん付けでよぶな気色悪い。」

 

「…耳郎、ウサ」

 

「このやり取りもウザいからもうやめて腹立つから。」

 

「…切島ぁ。ウチの子がとうとう反抗期に突入したんだけど…お父さん悲しい。」

 

「ぶれねぇなぁ、お前らも…。」

 

ばっさばっさと衝也の発言をぶった切っていく耳郎と、それに懲りずふざけ続ける衝也の根性に思わず彼の後ろにいた切島も苦笑してしまう。

しかし、耳郎の言葉を聞いた八百万は小さくかぶりを振った。

 

「いえ、そんなことはありませんわ耳郎さん。蛙吹さんと耳郎さんの個性それぞれの特性や活かし方を見つけ、それに合った作戦を立案し実行に移す。口で言えば簡単ではありますが、それを実際の戦闘で行うのはとても難しいことですから。それをこの短時間で実践できた五十嵐さんは本当に素晴らしいと思います。」

 

「うお!ヤオモモべた褒めじゃねぇか!?くっそ、やっぱ才能マンは違うなちくしょー!うらやましい!」

 

八百万の衝也への賛辞を聞いた上鳴は羨ましそうに両こぶしを胸の前で震わせる。

しかし、当の衝也はというと軽く後頭部を掻いた後、少しばかり思案顔で口を開いた。

 

「んー…確かに作戦を立てたのは俺だけどさ、本当に頑張ったのは蛙吹と耳郎の二人だからなぁ。俺はただ指示をしただけであって、結果を残せたのは作戦の要たる二人が成果を残してくれたからなんだよ。いくら作戦を立てたとしても、動く人間が優秀じゃなきゃ机上の空論でしかないし。」

 

「…五十嵐さん」

 

「いや、だからさっきも言ったけどウチは別に…。頑張ったって言ってもアンタの指示通りに動いただけだし…。」

 

衝也の言葉を聞いて両手を胸の前で合わせて感動したような様子の八百万。

褒められた本人である耳郎も否定の言葉を口にするものの、その様子はどことなく照れくさそうだ。

そんな耳郎に向けて衝也はビシィ!と人差し指を向けた。

 

「その『指示通り』に動くのが案外難しいんだぜ耳郎ちゃん。謙遜は日本人の美徳でもあるけどさ、時には自分の活躍を認めるってのも大事だと俺は思うぜ?」

 

「…ん、じゃあとりあえずそう思っとく、サンキュー衝也。」

 

衝也に笑顔でそういわれて、そっけなく返事をするものの少しばかりこそばゆそうに頬を掻く耳郎。

そんな様子を見ていた衝也は少しばかり笑みを浮かべた後、今度は親指を自分の方向に立てて少しばかり偉そうに胸を張った。

 

「まぁ、耳郎の言うように?作戦を立案し、最終局面で轟や爆豪、さらには緑谷という三人の強者達の攻撃を見事さばき切りハチマキを守り通した俺がマジ超最高かっこいい!ていう言い分もわからなくはないけどな!」

 

「ごめん、そんなこと一言も言ってない。それにアンタ別にかっこよくないでしょ。」

 

「…いや、知ってるよ?知ってるけどそんなはっきり言わなくていいでしょ。傷つくんだけど…。」

 

相変わらずのドライな返し方に思わず少し肩を下げてしまう衝也。

その二人の掛け合いが面白く、思わずクスクスと笑ってしまう面々。

 

「ちょ、みんなこのタイミングで笑わないでくれる?なんかこのタイミングで笑われるとかっこよくないことを肯定されてるみたいに感じるんだけど…」

 

「いや、実際そんなかっこよくねぇじゃん。やってることも姑息だし。」

 

「ごめん、熱血バカの単細胞は黙っててくれない。暑苦しい男ってモテないんだぜ?負け犬の遠吠えは瀬呂だけでおなか一杯なんで。」 

 

「…お前も大概はっきり言うよな、さすがの俺でも傷つくぞ?」

 

「体は傷つかないのにな。」

 

「うまくねぇよ!」

 

衝也のつぶやきに返答した切島だったが、衝也のまさかの返しに思わず突っ込みを入れてしまう。

そんな二人のやり取りが続く中、ふいに一人の少年から待ったコールがかかった。

 

「いやいや、ちょっと待てよ!五十嵐や蛙吹やちっぱいもすごかったけどよ。肝心のもう一人を忘れてねぇか?」

 

「もう一人?あれ、誰かほかにいたっけか?」

 

瀬呂が『あれー?』といった様子で首をかしげていると、その少年は今度は若干切れたように話を続け始めた。

 

「いただろうが!!三人と一緒に大活躍したおいらの雄姿を忘れたとは言わせねぞこの野郎!!そう、おいらの個性『モギモギ』の猛威をいかんなく振るいあまたの騎馬の動きを封じた

 

この峰田実様の活躍!おめぇらも見てただろうが!!」

 

「…え、ごめん。お前なんかしたっけ?」

 

「したから!序盤でかなりの活躍をしましたから!おめぇらは見てねぇかもしんないけど!」

 

どや顔で自身の活躍を誇示する峰田だったが、八百万や切島たちはみなポカーンとした表情しかしておらず、上鳴からは何をしたのか聞かれてしまう始末。

そんな様子に憤慨した峰田は視線を衝也と耳郎と蛙吹の同じチーム三人組に向けた。

 

「おめぇら!こいつらに教えてやってくれよ!オイラが一体どれほどの活躍をしたのかを!」

 

「え…お前何かしたの?ていうか騎馬戦出てた?記憶にないんだけど」

 

「出てたからね!?始まりから終わりまで終始ずっとお前の背中に必死にしがみついてたから!途中投げ飛ばされたけども!」

 

「ごめん、俺思い出したくもない嫌悪感と吐き気を催すような記憶は全部消去するようにしてるから。」

 

「あのさぁ!いくら何でもそこまで嫌わなくてもいいだろ!!オイラ男には何もしてないだろぉ!?」

 

「女に何かしてることに問題を見いだせていない時点でお前は人として終わってんだよ。」

 

衝也の情け容赦ない言葉に血涙を流す峰田は、彼から称賛されることはないと判断し、標的を耳郎の方へと移す。

 

「耳郎!お前ならオイラの」

 

だが、峰田が話しかけた瞬間、彼の目の前に現れたのこちらには突きつけられている二本のプラグだった。

 

「なぁ峰田。アンタ右目と左目、どっちから潰されたい?」

 

「え、ちょ、耳郎?おま、いきなりなにして…」

 

「で、峰田、さっき言ってたけど…『誰の』『どこが』ちっぱいなんだっけ?返答しだいじゃアンタ…殺すよ?」

 

「ヒーローが一番しちゃいけない宣言だろそれぇ!!」

 

「あんたがヒーローを語るほうがよっぽどしちゃいけないことでしょ。世の女のために今ここで死んどこうか峰田?」

 

怒りを通り越して殺意を表情に浮かばせる耳郎の様子に思わず身震いしてしまう峰田。

彼女のその顔は一切の感情が排除されており、目の前の怨敵をどうするかしか考えていない様が垣間見えている。

実際にその殺意を浴びせられていないほかの面々ですら恐怖を覚えるほどのその光景をまじかで見ている峰田はじりじりと耳郎と距離をとりながら顔を最後の一人にして希望の蛙吹へと向ける。

 

「あ、蛙吹!頼む、もうオイラの活躍とかどうでもいいから耳郎を何とかしてくれ!このままじゃオイラ少年漫画では見せられないような惨劇に合っちまう!」

 

「自業自得よ峰田ちゃん。そのまま耳郎ちゃんに一度お灸をすえてもらうといいわ。」

 

「ちょ、蛙吹!そういう冗談マジでいらないから!蛙吹?蛙吹さん!?あす、あすぅぅぅぅぅぅい!!」

 

峰田のヘルプコールも虚しく耳郎からの制裁が執行される。

そのわずか数秒後、彼の凄まじい絶叫が辺りに響き渡った。

そんな様子を見て若干引き気味になる口田だったが、ふと視線を衝也の方へと向けると、彼はその様子には目もくれずきょろきょろとあたりを見回していた。

その様子を見た口田は不思議そうに首を傾げた後、トテトテと衝也のほうへと歩み寄っていき、その肩をたたいた。

 

「ん?おお、口田じゃん。どうした、俺に何か用事か?」

 

『いや、そういうわけじゃないんだけど、さっきから何か探してるようだったから、探し物でもあるのかなって思って。』

 

こちらを見て不思議そうにしている衝也へとハンドサインで会話を始める口田。

衝也と口田、この二人は接点がないように見えて意外と仲が良く、こうして口田のハンドサインを理解できるほどには良好な関係を築けている。

というものも、これは衝也が基本的に分け隔てなく(峰田を除いた)クラスメートと接することができる人間だからという理由がある。

衝也は基本的に上鳴や切島、瀬呂とつるむことが多く、四人まとめてクラスのガヤ担当と呼ばれており、周りからはクラス一の三枚目という認識をされている。(本人は納得していない。)

底抜けに明るく、普段はバカな発言や行動ばかりしていることもあり、少なくとも話しかけづらいというイメージを持たれることは少ないうえに、本人も社交的でコミュニケーション能力が高いことも相まって、彼はクラス全員とそこそこ仲の良い関係を築けているのだ。

 

「あー、いや…探し物つうか探し人かな?轟とか緑谷とかの姿が見えないから、どっか行ってんのかなぁって思って。」

 

「轟さんと緑谷さんなら先ほど二人でどこかへ行っていましたけど?」

 

衝也が辺りを見渡しながらそう返事をすると、二人の会話を聞いていたのか近くにいる八百万が彼の疑問に返答した。

それを聞いた上鳴が意外そうに話へと乱入してくる。

 

「え、それってマジ?あの二人ってそんな仲良くないんじゃないのか?始まる前だって宣戦布告してたくらいだし。」

 

「そういえば姿が見えないで気づいたけど、爆豪の姿も見えねぇな…どこ行ったんだあの野郎。」

 

上鳴の発言に続くかのように今度は切島が衝也と同じようにあたりを見渡し始める。

その様子を見ていた耳郎はシュルシュルと耳たぶのプラグの長さを戻しながら口を開いた。

 

「緑谷も轟も二人の事情か何かがあるんじゃないの?爆豪は、あれでしょ。衝也に勝てなかったからイラついてどっかでストレスを文字通り爆発させてるんじゃない。」

 

「おお、耳郎中々うめぇこというな。」

 

耳郎の言葉に感心したような反応をする峰田。

その顔は原型がとどめていないほどぼこぼこになっており、次の最終種目に出場できるのか心配なレベルに負傷している。

ここまで顔がぼこぼこなのに普段と変わりなくしゃべれるのが不思議でしょうがない状態だ。

 

「んー、そうか…ならしょうがねぇか。」

 

「どしたの五十嵐君?そんなに三人のことが気になるの?」

 

「ま、気になるって程じゃないけど、そんなとこかなぁー。…ってちょっと待て、葉隠お前いつから俺の後ろにいたの?」

 

「えー、最初からいたよ!ひっどいなぁ五十嵐君。」

 

つい背後からの声に返事をしてしまった衝也だったが、そういえば後ろにはだれもいなかったような気がしたため、声の主であろう葉隠に声をかける。

対する葉隠は怒ったような声で衝也に返事を返す。

その返事に対して、衝也は後ろを振り返って葉隠に話しかけた。

 

「嘘つけ、さっきまで気配も何も…っておい、お前服はどうした?」

 

「あれ?五十嵐君見てなかったっけ?私騎馬戦の時上半身裸だったでしょ?」

 

「…お前、もしかして」

 

「うん、服はそのまま更衣室に置いてきたよ。」

 

「バカかぁぁおんどりゃぁぁぁ!!」

 

「うわッ!?」

 

衝也は葉隠の返答に叫び声をあげながら素早く自身のジャージを脱いで自身の大声に驚いた様子の葉隠の上半身を隠すようにそのジャージを羽織らせた。

 

「何公衆の面前で堂々と裸です宣言しとんのじゃこの痴女!いやまぁほんとなら騎馬戦でも服を着ていてほしかったけど!勝負だから見逃してやるかとか思ってたのにてめぇナチュラルで歩くわいせつ物か!?」

 

「痴女ってひどくない!?別にみられてるわけじゃないからそこまで気にしなくてもいいじゃん。」

 

「女としてどうなんだよ!?もっと恥じらいってものをもて!」

 

「もー、いちいち細かいなぁ。お父さんみたいだよ五十嵐君。」

 

ぎゃーぎゃーとわめきながら葉隠に羞恥と世間一般的な常識について説いていく衝也。

対する葉隠は表情はうかがえないため何とも言い難いが、声色からして少々うんざりしているようだ。

そんな二人の様子を見ていた蛙吹は少しばかり意外そうな表情を浮かべていた。

 

「五十嵐ちゃんってああ見えて意外に紳士的なのよね。普段の言動からは中々想像できないわ。」

 

「確かに、峰田さんが女性に何かする前にたいてい止めてくださいますものね。」

 

「ヤオモモも梅雨ちゃんも言い過ぎだって。大体、紳士が女子にただ飯要求したりしないでしょ。」

 

「耳郎ちゃん、厳しいわね。」

 

蛙吹の言葉に感心した様子で同調する八百万だったが、耳郎の容赦ない一言に思わず苦笑いしてしまう。

そんな三人を尻目にいまだ葉隠を注意し続けている衝也。

その長さに葉隠も疲れてきているようだった。

 

「うぅ~、五十嵐君、もう十分に反省したからさー、そろそろお説教やめにしない?私ちょっと疲れて来たんだけど…」

 

「いーや、葉隠みたいなタイプのやつには一度徹底的に締め上げないとまた同じようなことを…」

 

「あ、このジャージなんか五十嵐君のにおいする。不思議な感じ―。」

 

「葉隠、お前ちゃんと話聞いてる?」

 

峰田当たりが聞いたら興奮しそうな言葉を口にする葉隠に怒りを通り越して呆れた様子を見せる衝也。

 

「はぁ、ま、これ以上注意するとまたお父さんみたいとか言われそうだし、今日のところはこの辺で…」

 

「いったぁぁぁ!見つけましたよ被検体一号さん!」

 

「!この声…まさか」

 

そして、『なんかもう怒り疲れたし、そろそろいいか』と考えた衝也がOHANASHIを中断しようとしたとき、彼の背後からなかなかの大声が響き、思わず彼はその動きを止めてしまう。

そして、ゆっくりと後ろを振り返ると、額に変なゴーグルを装着している少女がずんずんと衝也の方へと近づいてきていた。

 

「やっぱりお前か発目。そんな大声出して、なんか用事か?あとその被検体一号っていう呼び方やめろ。」

 

「なんか用事かじゃないですよ!あなたのせいで私のかわいいベイビーたちの活躍をサポート会社の方々に見せるという目的がパァになってしまったじゃありませんか!」

 

「んなもん知らんがな。お前の発明品が役立たんかったから悪いんじゃねぇのか?」

 

「可愛いベイビーたちを作るために尽力してくださった被検体一号さんのいうようなセリフではありませんね!私とあなたが協力して作り上げたドッ可愛いベイビーのすごさは被検体一号さんも理解しているでしょう!?ともに汗を流し、共同して作り上げた私たちのかわいいベイビーたちを世に出したいとは思わないのですか被検体一号さん!いわば私たちの努力と愛の結晶みたいなものですよ!」

 

「ごめん、とりあえずその口閉じてくんない?周りがキャーキャーうるさいから。というかお前わざと誤解生むような言い回ししてない!?」

 

衝也と発目の二人が一緒に作ったかわいいベイビー

という意味深極まりないものをサポート会社に売りつけようと考えていた発目が衝也に文句を言い続けているが、その言葉の意味深さに葉隠や芦戸や上鳴らがキャーキャーと騒ぎ立てていた。

中でも上鳴は衝也の肩に手をかけて

 

「おいおいおいおいおい!お前一体何やったんだよ衝也ぁ!この子と一体ナニしてかわいいベイビーを作ったんだおい!」

 

「うるせぇぞ上鳴少し黙ってろ。」

 

「お、あなたは確か…電気の人!あなたのおかげで私のかわいいベイビーの改善点を見いだせました!ありがとうございます!」

 

「うぇい!?あ、ど、どういたしまして?あれ、俺なんかしたっけ?」

 

「ほら!先ほどの騎馬戦で私のバックパックベイビーを壊してくれたでしょう!?それのおかげで新たな改善の余地を見つけることができたんです!失敗は成功の母!これでまたかわいいベイビーを作ることができます!」

 

「え、どうしようまったく記憶にない。」

 

「つきましては電気の耐久力テストの協力をお願いしたいのですがよろしいでしょうか!?最初は弱い電力でもいいから長時間の電気にも耐えられるようにしたいのです。そのあと徐々に電圧を上げていこうと思っているので、できれば丸一日ほどあなたの個性を借りたいのですが!大丈夫です、ちゃんと一時間につき15分の休憩は与えますから!…たぶん」

 

「衝也、どうしよう。この子めっちゃやばい感じがするんだけど」

 

「あー、まぁ…常人とは程遠いわな発目は。」

 

言葉のマシンガンと共に醸し出される発目の熱量に思わずドン引きしてしまう上鳴の言葉に半ばあきれたように返事をする衝也。

すると発目が思い出したように上鳴から衝也の方へと視線を移した。

 

「あ、そうだ被検体一号さん!」

 

「うわ、こっちに来た!」

 

「今回の私に対するお詫びについてなんですがね」

 

「ちょっと待って俺まだお詫びするなんて言ってないんだけど?」

 

「実は私第49子になるベイビーを作ろうと思ってるんですけどね」

 

「いつも思うんだけどさ、たまにはよ…俺の意見も聞いてくれていいと思うんだが。」

 

「それにいつものごとく協力してくれれば今回のことは水に流して差し上げましょう!」

 

「…うん、もう、いいわ。俺が折れるよ、折れればいいんだろ!」

 

「おお!さすが話が分かる!それじゃあ、さっそく失礼します!」

 

がっくりと肩を落として協力を宣言した衝也を見て嬉しそうな笑顔を浮かべた発目は嬉々とした表情で

 

いきなり真正面から衝也の胸へと抱き着いてきた。

 

「んなぁぁ!!」

 

それを見て思わずといった風に声を上げる耳郎。

八百万なども口元に両手を合わせてキャーキャー言いまくっている。

 

「ふむふむ、なるほどなるほど。あれ、被検体一号さん、あなたまた筋肉量増えました?この前より一回り胸筋大きくなってますよ。」

 

「…発目、一応聞いとくぞ…てめぇ何してやがる?」

 

「いえね、実は今度作るベイビーは全身の筋力向上のためのパワードスーツを作ろうと思ってまして、とりあえずそのサイズを被検体一号さんに合わせようと考えているんです。そのための採寸を図ろうとしてます!」

 

「ならせめて人前でやらずに工房でやってくんねぇ!?人前でいきなり人に抱き着くとかマジでやめてくれよ!あらぬ誤解を生むだろうが!」

 

「おお?もしかして五十嵐衝也さん照れちゃってます?女子の身体が密着して照れちゃってます?」

 

「いやそれだけはないから安心しろ。お前が女子とか悪夢でしかねぇ。」

 

「うーむ、それはそれでなんだか心外ですね。さて、上半身は終わりましたし、次は下半身の採寸を」

 

「やらせねぇよ!?」

 

ようやく身体を離し、今度は下半身を採寸しようとする発目から即座に距離をとる衝也。

それをみた発目があきれたようにため息を吐いた。

 

「ちょっと被検体一号さん、そんなに離れないないでくださいよ。採寸できないじゃないですか」

 

「採寸なら後日メジャーをもってやりやがれこの痴女野郎!この学校の女子は変態ばっかりか!!」

 

「え、私に採寸されるために体操服一枚の姿になってたんじゃないんですか?」

 

「んなわけねぇだろどんだけ都合の良い解釈だ!」

 

ぎゃーぎゃー文句を言いまくる衝也とそれをかいくぐり何とか採寸をしようとする発目。

そんな二人を見ていた八百万は少しばかり意外そうに口を開いた。

 

「なんというか、意外とおモテになりますのね五十嵐さん。女性の方からあんなに言い寄られるなんて。」

 

「んー、あれって言い寄られてるっていうんかなぁー?どちらかというと実験台にされているような…」

 

「細かいことはいいじゃん!とりあえずこういう桃色的な展開私好きだよ!」

 

八百万、芦戸といった女性陣からそれぞれキャーキャー言われまくる衝也と発目の二人だが、発目とチームを組んだ麗日からするとあの二人はそんな桃色な関係ではなく実験動物と科学者のような関係性のようであるように見えた。

 

(…あれ?そういえば五十嵐君と発目さんってどうやって知り合ったんだろ?流石に知り合いじゃなければあんなにフレンドリーにはならんやろし…)

 

「なぁ耳朗ちゃん、あの二人って…ヒッ!?」

 

とりあえず隣にいた耳朗に二人がどうやって知り合ったのかを聞こうとしてそちらを向いた麗日だったが、突如その言葉を中断して短い悲鳴をあげた。

 

そこにいたのは、いつもの気さくで、大胆で、冷めていそうで実は乙女チックで、時おり見せる笑顔が可愛らしい彼女とは程遠い表情を浮かべていた。

眉間にはシワがよりまくり、心なしか彼女の周りから『イライラ』という擬音が聞こえてきそうなほど苛ついているのが手に取るように把握できる。

 

「…なんだかなー…釈然としない。なんでか知んないけどすごい腹立ってきたんだけど…。」

 

(ひぃぃ!?なんかブツブツ言い始めた!?耳朗ちゃんがデク君みたくなっとる!?)

 

更には小声でなにかをブツブツ呟き始めた耳朗を見て麗日は耳朗に話しかけるのは諦めてそっと視線を彼女から逸らし、再び衝也の発目へと向けた。

どうやら二人の攻防(?)はいつの間にか終わっていたらしく、発目がやたらと満足げな表情を浮かべていた。

 

「それでは被験体一号さん、約束通り後日改めてベイビーの作成に協力してもらいますからね!」

 

「それって結局この場でやらないってだけで後日また協力させられるってことだよな?」

 

「もちろん!」

 

「…どのみち俺がモルモットとして扱われるのは確定なんですね、わかります。」

 

ガックリと肩を落としながらとぼとぼと歩みを再開する衝也。

そんな衝也に涙を流しながら峰田が話しかけてきた。

 

「てめぇ五十嵐ぃぃ!おめぇいつからあんな可愛らしい女の子とベイビーを共同作業で作るような仲になったんだよ!?ていうかなんだあの羨ましすぎる状況!?オイラ女子から体の採寸なんてしてもらったことねぇぞ!オイラも下半身にあるリトル峰田を採寸してもらいてぇのに!!」

 

「おーおー、是非採寸してもらえ。たぶん10分もしねぇうちにお前のそのリトル峰田がメカニックな峰田に改造されちまうぞ。」

 

「おお、それはそれで面白そうですね…。流石の私も人の⚪器に手を加えようとは考えたこともありませんでしたので…。」

 

「やめろバカ。お前も一応性別は女と識別されてんだからむやみにそんな言葉をつかうんじゃねぇ。ったく、葉隠といい発目といい、この高校の女子に羞恥ってもんはないのか…。」

 

「『一応』とはまた失礼な言い分ですね。私の性別はれっきとした女なのですが?なんなら確認します?」

 

「まじでお前いい加減にしとけよ?」

 

峰田の発言に便乗するかのように自身へと話しかけていく発目に思わず疲れたようにうなだれてしまう衝也。

そんな彼に更にちょっかいをかけようとした上鳴が話しかけようとしたその時、ふと目の前に視線を送ると目の前の通りの真ん中に一人の人間がまるで通せん坊でもするかのように佇んでいた。

 

「?なんだあの人?あんな処に立たれると通行のじゃまなんだけどなぁ。」

 

上鳴の言葉を聞いた面々もまたその人に視線を送り始める。

そして、その人の姿を見た瞬間切島が軽く首をかしかげた。

 

「体操服じゃなくて制服を着てるってことは少なくともうちの生徒じゃないよな?誰だあの人?」

 

切島の言う通り、その人物は白のYシャツを羽織っており、頭には『 S』という刺繍のある学帽を被っていた。

顔は残念ながらその学帽を深く被っているため視認できない。

そんな中、八百万が突然なにかに気づいたのか驚いたように目を見開いた。

 

「!あの学帽…まさかあの人、士傑高校の?」

 

「士傑ぅ!?そんな有名どころの生徒がなんでこんなとこに?つーかここ関係者以外立ち入り禁止じゃ…」

 

八百万の言葉に驚いた様子の峰田がそう口にした瞬間

 

突然その人物はものすごい勢いでこちらへ向けて走ってきた。

 

「うお!?なんだなんだ?いきなりこっちに向かって来たぞ。」

 

切島が慌てた様子でそう言っている最中にもその人は勢いを上げてこちらへと近づいてくる。

そして、ある程度の距離まで近づいてきた瞬間、

 

その人は勢いをそのままに空中へとジャンプした。

 

『と、とんだぁ!?』

 

あまりの出来事に皆が半ば呆然 としている中、その人物は勢いそのままに空中を飛んでいき、

 

「……あれ?」

 

衝也のいる位置に向かって踵下ろしの要領で思い切り脚を降り下ろしてきた。

 

「おわっとぉぉ!?」

 

突然の攻撃に完全に油断していた衝也はすっとんきょうな声を挙げつつもなんとか後方へと下がり、降り下ろされた脚を回避する。

 

「…ッ!」

 

「うおぁ!?」

 

すぐさま後方に下がった衝也に向かって突っ込んでいき、握りしめた拳や脚を振り抜いて連撃を繰り出していく。

顔面、鳩尾、脛、こめかみ、気道、etc…

不規則に、そして正確に左右の拳や脚を使っておよそ人体の急所と呼ぶにふさわしい場所へ攻撃してくるものの、衝也はその連撃を一つ一つ確実に防いでいく。

その様子を半ば呆然と見続けている面々。

その中の一人である瀬呂が、ポツリと皆の気持ちを代弁した呟きをもらす。

 

「…え、なにこの状況?なんかいきなり謎の人物と衝也とのバトルが始まったんだけど?」

 

「…五十嵐ちゃん、あなた士傑の人に何かしたの?」

 

「人聞きの悪いこというなよ蛙吹!悪いが俺にはなんも身に覚えがない…うおっとぉ!?」

 

蛙吹の言葉にバックステップで距離を離した後律儀に返答する衝也。

だが、その一瞬の隙をついて士傑(?)の生徒が衝也の懐めがけて突っ込んできた。

 

(しまっ…懐に!?)

 

懐に入り込まれた衝也は、

 

(ここまで至近距離なら、手より脚の方が速い!ってちょいまち!いくら攻撃されたからって誰かもわからないやつを攻撃してもいいもんなのか?…ええぃ!とりあえずは寸止めで…!?)

 

一瞬逡巡してしまったもののすぐに右脚で士傑(?)の生徒のこめかみに向けて蹴りを放とうとするが、

 

それよりも速く士傑(?)の生徒が衝也の胸倉をつかみ、左脚で彼の右脚の膝裏を押さえつけた。

 

(!こいつ俺の身体に引っ付いて脚を封じやがった!?いや、それよりこの体勢はまずい!)

 

衝也がそう考えた瞬間、士傑(?)の生徒は空いていた右脚で、彼のこめかみ向けて勢いよく蹴りを放った。

 

「!衝也あぶない!」

 

耳朗が思わずといった様子で叫んだとほぼ同時に衝也のこめかみに士傑(?)の生徒の蹴りが突き刺さる

 

ことはなく

 

すんでのところで衝也の左腕が蹴りを防いでいた。

 

「なんの躊躇いもなくこめかみ狙いとは…あんた相当にクレイジーだぞ。」

 

「……。」

 

「すっげ…あれに反応できたよ衝也の野郎。」

 

切島が 驚いたような呟きが辺りに響き渡る。

そんな中、衝也はいつになく真剣な表情で士傑(?)の生徒を睨み付ける。

 

「せめて、その学帽とってくんねぇかな?俺に恨みかなんかがあるんだろうが、あいにく顔を見せてくれなきゃ俺にはおもいだせそうにないんでな。」

 

「…よっと!」

 

「なッ…!」

 

衝也にそう言われた士傑(?)の生徒はしばらく動かずゆそのままでいたが、不意に衝也の左腕に止められていた右脚を折り曲げ、彼の顔を自身の顔へと近づけた。

 

「!あんたなぁ、いい加減にしねぇとこっちも…!」

 

「アッハハ、相変わらず強いねぇ衝君は!」

 

「…は?」

 

流石の衝也も堪忍袋がキレたのか表情を険しくさせたが、次の瞬間発せられた明るい笑い声に思わず呆けた顔をしてしまう。

もちろん、緊迫した面持ちで様子を見ていた耳朗ら他の面々も同様だ。

 

「突然の不意な攻撃にここまで対処できるなんて、前よりも益々強くなってるみたいだね衝君。ボクも以前よりは強くなってると自負していたけれど、やはり君にはまだ追い付けそうもないね。」

 

「え、ちょ、待て。まてまてまてまて。その声にその呼び方。お前、まさか、まさかぁぁぁ!?」

 

呆けた表情から一転、額から汗をだらだらと流しまくる衝也。

そして、まるでそれを合図にしたかのように士傑(?)の生徒が被っていた学帽がパサリと床へと落ちる。

その瞬間、全員の目が限界まで見開かれた。

そんな中、峰田がふるふると体を小刻みに震わせ始めた。

 

「おいおいおいおい。なんの冗談だぁこりゃ。なんで

、なんであんなに五十嵐と肌を密着させてる士傑の高校生が

 

 

 

あんな超絶可愛い女なんだよおおおおおおお!!?」

 

激しい嫉妬と憎しみを声に乗せながら血涙を流しそう叫び声を上げる峰田。

 

短く整えられた金色のショートヘアーに褐色の肌。

少しばかりつり目気味の可愛らしい青色の瞳。

まるでモデルでもやってるかのように思えてしまうほど端正な顔立。

 

そう、今彼にこれでもかというほど密着している士傑の生徒は、峰田も驚愕の超絶可愛い女子だったのだ。

だが、当の衝也はというとまるでこの世の終わりをみているかのような表情でその女子を見続けていた。

 

「通りで強い訳じゃねぇかよ…。つーか、なんで、なんでお前がこんなとこに要るんだよ

 

 

(れん)!!」

 

悲痛にも聞こえるその声を聞いた恋と呼ばれた士傑の生徒は、一瞬、目をぱちくりさせた。

そして、

 

「そんなの決まってるじゃないか。」

 

そう言ってただでさえ近い顔の距離をさらに近づけ、口を衝也の耳元へと持っていく。

 

「君に会うためにだよ、衝君。」

 

そう小声で話した後、軽くウィンクを衝也に向けて放った。

そして、その様子から言葉まで全てを見届けた耳朗は終始真顔のままだったが、そんな彼女の頭の中で、

 

プツンと

 

何かが切れたような音が響きわたった。




えー、右翼曲折ありましたがようやっとトーナメントにこぎつけることができました。
これが終われば晴れて体育祭が終了します。
するとそのあとがあれですよ。
みんな大好きヒーロー殺し編ですね。
少なくとも私は大好きです。
ですが!
実は自分的にどちらのストーリーを選ぶか迷ってるんですよ。
一つはヒーロー殺しと衝也君が『会わない』ストーリーで
もう一つはヒーロー殺しと衝也君が『会う』ストーリーで
その二つのどちらを書こうか非常に迷っております。
というわけで、皆様にアンケートを取りたいと思います。
この小説の投稿とほぼ同時に活動報告を書いておくので、気が向いたら回答してほしい所存です。
来る可能性のほうが圧倒的に少ないので来なかった場合の対処法も抜かりはありません!
来なかった場合はヒーロー殺し編なんてなかったことにします!(おい!)

というわけで皆様、こんな駄文ではございますがこれからもよろしくお願いします。


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第二十一話 置き土産なんて残されてももらったほうはうれしくない。

トーナメントに行きたいんだけどなんか書いてるうちにどんどん楽しくなっちゃって、結果文章がグダグダになるわトーナメントに行けないわという悪循環に陥ってしまっている…。
まぁでも、このオリキャラも後々結構重要なキャラになっていきますし、そのためにもこの話は必要なのです!
…た、たぶんね?
というわけで、第二十一話です、どうぞ


人間とは、あまりに予想外のことが起こると固まってしまい、動こうと思ってもとりあえず何をしたらいいのかわからなくなってしまうことが多々ある。

現在の1-Aの生徒たちの状況がそれを淡々と物語っているといえるだろう。

突如として衝也に攻撃を仕掛けてきた士傑高校の生徒。

その生徒がまさかの超絶可愛いパツ金の女の子

しかも体をこれでもかと密着させ、顔をそれこそ接吻できそうなほどの距離に近づけている。

とどめに衝也はどうやらその女の子と面識があるように見える。

どれもこれも予想どころか普通ならあり得ないような出来事が立て続けに起きており、もはや1-Aの生徒達には何が何やらさっぱりというような様子だった。

 

「なぁ…俺達こういう時どういう反応すればいいわけ?正直あまりの超展開に頭がついてきてねぇんだけど…」

 

「でもなんか知り合いっぽいよね!?あの二人めちゃ深そうな関係性みたいだよね!?」

 

「いやいやいや!『あの』衝也にこんな可愛い子ちゃんの知り合いいるわけないでしょ!?」

 

切島は唖然とした様子で、芦戸が興奮した様子で言葉を漏らし、その言葉に目を限界まで見開いた上鳴が本人が聞いたら思わず個性を使ってしまいそうなほどの根拠でその可能性を否定する。

そんな中、話のタネの一人である衝也は少しばかりひきつった笑みを浮かべながら眼前の女の子、恋へと話しかけた。

 

「俺に会いに来たってどういう意味だよ…?ていうかできれば俺の身体から離れて話してくんない?」

 

「おや、久しぶりに会ったっていうのにどうしてそんなつれないことを言うんだい?少なくともボクは君との再会を身が焦がれるほど待ち続けていたというのに。」

 

「そのまま焦げて灰になってどうぞ。」

 

「アハハハハ!辛辣だなぁ、あんまりひどいとさすがのボクも泣いてしまうかもしれないよ?ボクの心はガラスのハートなんだからね。」

 

「防弾どころか戦車がいても壊せねぇだろそのガラス。つーかお前いい加減に体から離れろ!お前だって年頃の女子だろぉが!こんな不用意に身体を密着させんじゃねぇ!これが峰田だったら大変な事になってるからな!?」

 

「ふむ…その峰田という名前の人がどんな人なのかはひとまず置いておくとして、だ。ボクのことをちゃんと女子として扱ってくれるのはとてもうれしいんだけど…」

 

そこまで言葉を続けた恋と呼ばれる女子は衝也の目に向けていた視線をゆっくりと下げ、

 

「それなのに反応すら示さないというのは、少し残念かな?」

 

ある一点に集中させて少し笑みをこぼした。

より厳密にいうなら衝也の下半身のある一点に視線を集中させて。

 

「お前マジで俺から離れろよ!?なんてとこ凝視してんだてめぇは!!」

 

「うーむ、ここまで反応がないと逆に心配になってくるな…ねぇ衝君、君にとってボクはそんなに魅力のない女の子なのかい?」

 

「いきなり人に蹴りかましてきて、あまつさえ急所めがけて攻撃してくる奴に反応なんざできるわきゃねぇだろ!」

 

「いや、もしかしたら君がED(〇〇不全)という可能性も…」

 

「マジで離れねぇとその顔面ぶん殴るぞほんとに!?」

 

「フフフ、そういって君が本当にボクを殴ることが果たしてあったかな?ボクの記憶では今まで一度としてなかったように思えるのだけど。」

 

「わかってるならはよどけ!今どけすぐどけ早くどけぇ!」

 

「その要望は却下させてもらうよ。久しぶりに衝君と会えたんだ、ボクとしてはもう少しこうしていたい。」

 

そういってさらに身体を近づけてくる恋に思わず『だぁぁぁぁ!!』という意味不明な大声を上げる衝也。

そんな二人を見ていた上鳴と峰田はともに血涙を流しながら悔しそうにどこからか取り出したハンカチを噛んでいた。

 

「嘘だろ…嘘だろぉ!?なんで、なんで衝也にあんなかわいい子の知り合いが…!俺には…あんなかわいい知り合いなんていねぇのに!」

 

「なんで五十嵐にいておいら達にいねぇんだよぉぉぉ!アイツにいるんならオイラにだって一人や二人いるはずだろぉがぁぁぁぁ!!?」

 

「お前ら、それ衝也の前でいうんじゃねぇぞ、ぶっ飛ばされるから。」

 

悲痛のあまり雄たけびに乗せて衝也を軽くディスっている二人に一応くぎを刺しておく瀬呂。

そんな三人の少し後ろでは、麗日、芦戸、葉隠、八百万の女子四人が興奮冷めやらぬ様子で衝也と恋のやり取りを見つめていた。

 

「うわぁ、うわぁ!!なんか『運命の再会』って感じがしとるんやけど!!なんか猛烈にドラマチックな展開が目の前で繰り広げられとるんやけど!!」

 

「気になるぅ!五十嵐とあの子がどういう関係なのかすごく気になるぅ!!」

 

「麗日さんも芦戸さんもダメですわよ。あまり他人の交友関係を外野がとやかく言うのを好まない方もいらっしゃいます。ここはあまり不用意にかかわらないようにしませんと!」

 

「と言いつつ、本音は?」

 

「ものすごく気になりますの!」

 

「だよねぇ!私だって気になるもん!やっぱ学生って言ったら恋愛(これ)でしょ!」

 

麗日と芦戸をたしなめていた八百万だったが、葉隠の陽動により高らかに自身の好奇心をさらけ出す。

そんな興奮しっぱなしの四人とは対照的に落ち着いた様子の蛙吹はいまだ言い争い(とは言っても衝也が一方的に文句を言い続けているだけだが)を続ける二人を見て、不思議そうに首を傾げた。

 

「あの人、五十嵐ちゃんのお友達かしら?でもお友達にしてはちょっと仲が良すぎるようにも見えるけど…耳郎ちゃんはどう思うかしら?…あれ、耳郎ちゃん?」

 

自身の疑問を口にしながら隣にいるはずの耳郎へと言葉を持ち掛けた蛙吹だが、彼女が視線を送った先に耳郎の姿は見られなかった。

先ほどまで隣にいたはずの人物が消えたことに驚きつつも蛙吹はきょろきょろと首を回して耳郎を探し始める。

だが、そんなことを知る由もない衝也と恋はいまだ言い争いを続けていた。

 

「やっぱり前よりもだいぶ筋肉が大きくなってるみだいだ。相変わらずトレーニングばかりの生活かな?身体を鍛えるのもいいけれど、たまには学生らしく遊ぶのも大切だとボクは思うよ?というわけでどうだろう?今度ボクの家に久しぶりに遊びに来るというのは?父さんも母さんも衝君にあったらきっと喜ぶと思うんだ。あ、それかボクが衝君の家に遊びに行こうか?久しぶりに衝駕さんと静蘭さんにも会いたいし。」

 

「行かねぇよ、誰が行くか。そして俺の家にも来なくていい。ていうかなんで以前の俺の肉体の大きさ知ってるんだよ。」

 

「それは…ねぇ?さすがにこの場でいうのはちょっと」

 

「何をした!?お前一体何しやがった!?返答次第じゃ…」

 

「…アンタはぁ…」

 

「…ん?」

 

若干顔をヒクつかせながらそう叫ぶ衝也は恋にさらに文句を言おうと口を開く。

が、彼が文句を言おうとした瞬間、自分のすぐ横から聞きなれた人物の声が耳に入ってきたため、言葉を中断してそちらの方をへと顔を向ける。

その瞬間、彼の目の前に広がった光景は…

 

 

こちらに向かって勢いよく迫ってくる右拳だった。

 

「いつまでくっついてるつもりだぁぁぁぁ!!」

 

「おっと。」

 

「べばらぁぁ!!?」

 

振りぬかれた拳が怒号と共に衝也の鼻頭へと突き刺さり、衝也は打ち付けられた拳の勢いそのままにきりもみ状態で吹き飛んでいく。

ちなみに恋は衝也が殴られる寸前ちゃっかり彼から身体を離したため吹き飛ばずに済んだ。

そんな男子高校生一人を軽く吹き飛ばすほどの威力を誇る右ストレートを顔面にたたきつけたのは、ほんの少し前まで蛙吹の横にいたはずの耳郎響香ちゃんだった。

荒々しく肩で息をしながら耳たぶのプラグを揺らす彼女の右拳からは心なしか蒸気のような煙が見えている。

そんな彼女の右ストレートを目の当たりにした切島は唖然とした表情で感嘆のつぶやきを漏らす。

 

「すげぇ…男子を軽々吹き飛ばしやがった…。」

 

「おいら、もう二度とアイツのことちっぱいって呼ばねぇ…殺される…!」

 

あまりのその拳の威力に峰田ががたがたと身体を震わせる中、殴られた本人はしばらくうつ伏せに倒れていたが、すぐに右手で鼻を抑えながら起き上がった。

その手の下の鼻からはぽたぽたと血が滴り落ち、廊下を赤く染め上げている。

 

「い、痛ってぇぇ…おい耳郎!お前そんな細腕でなんてパンチ力してやがるヘヴィー級のボクサーかよおい!?」

 

「突っ込むところはそこなんだね…そういうところも変わらないなぁ。」

 

どこか的外れな彼のツッコミに懐かしそうな笑みを浮かべる恋。

そんななか、衝也を殴り飛ばした耳郎はどこか怒ったような様子でずかずかと衝也の方へ近寄っていき、ズビシィ!!という効果音が聞こえそうな勢いで彼に人差し指を向けた。

 

「衝也ぁ!アンタ、こんな公衆の面前で…女子と…あ、あんなに身体密着させて恥ずかしくないわけ!?もっと恥じらいってものを知りなよアンタは!!」

 

「異議あり!今までの一連の流れを見るに被告人は自身の意思とは関係なく無理やりああいった状況になってしまったのであって、罪のすべてはあの恋という少女にあります!よって俺は無罪です!」

 

「さっきから黙ってみてれば…人前でその…だ、抱き合ったりとか!か、身体をくっつけたりとか!アンタら…ほんと、い、いい加減にしなよ!!バカじゃないの!?マジバカじゃないの!?もうアンタバカなんでしょ!前から知ってたけどやっぱアンタバカなんでしょ!」

 

「あの、耳郎さん…俺の話を聞いてくださいません?ていうか今の会話の中でもう4回もバカって単語が出てるんだけど…。」

 

「うっさい!」

 

「頬が痛い!?何この理不尽!?」

 

ブオォン!という空気を切る音と共に振るわれた耳郎のイヤホンによって頬をぶたれる衝也。

その痛さに思わず『ぬおおおお!頬がぁぁぁ!鼻がぁぁぁ!』と叫びながら転げ回る彼は、耳郎の頬が真っ赤に染まっていることに気づくことができない。

そして、頬を赤く染めたまま一方的に彼に説教をし始める耳郎の姿を面白そうに見つめているのは先ほどまで衝也の身体にくっ付いていた恋と呼ばれる少女だ。

 

「うーん、あの右ストレート、腰の入り方も力の入れ方も素晴らしいね…。格闘技経験でもあるのかな?…あれ?ていうかあの子さっき衝君とチームを組んでいた…」

 

「あの…」

 

「ん?」

 

そういってしばらく腕を組んで考え事をしていたが、ふと後ろから声をかけられ、慌てた様子で顔を後ろへと向けた。

するとそこには、どこかぎこちない表情を浮かべている1-Aのクラスの面々が緊張した面持ちで彼女の方を向いていた。

 

「君たちは確か、衝君と同じクラスの?」

 

「あ、はい、私たちは五十嵐さんと同じクラスのものでして、私はクラスの副委員長を務めています八百万百と言います。」

 

「これはこれはご丁寧に…。衝君がいつもお世話になっているみたいで。彼の相手をするのには中々骨が折れるでしょう?衝君は普段からよく突拍子もないことをしでかす人だから。まぁ、ボクからしてみればそこも素敵な魅力ではあるのだけれど、普通の人だとなかなか相手をするのに疲れてしまうことも多いだろうからね。」

 

そういって笑顔を浮かべる彼女だったが、1-Aの面々からしてみればいきなり人に向かって攻撃を仕掛けてくるあなたも大概突拍子もないだろ、といった感じである。

そんな中、八百万は困ったような笑みを浮かべた後、意を決してさらに言葉を続け始めた。

 

「あの、それで…その、申し上げにくいのですが…あなたはいったい…?」

 

八百万の言葉に1-Aのクラスメート全員が心の中で何度も頷きを行った。

彼女の言葉は、ここにいる全員の気持ちを代弁してくれているようなものだ。

そんな彼女(兼クラス全員の)言葉を聞いた恋は、思い出したかのように手のひらをたたいた。

 

「ああ、そういえばボクまだ自己紹介も何もしてなかったね。いやぁ、ボクとしたことが衝君との再会に浮かれすぎて先にしておくべきことをすっかり忘れてしまっていたよ。申し訳ないね、八百万さん。もちろん、後ろの皆様も。」

 

片手で頭を掻きながら笑顔を浮かべた彼女は「いえいえ、そんな!」と言って首と両手を横に振っている1-Aの面々の方へ、一呼吸置いた後、大きく一度せき込んで、改まったように向き直った。

 

「ボクの名前は傷無恋(きずなしれん)。ごらんのとおり士傑高校の一年生さ。ってああ!帽子!帽子をすっかり忘れてた!」

 

自己紹介の途中で慌てたように落とした学帽のところへと歩いていき、それを拾ってついていたホコリを数回手で叩き落とした。

 

「危ない危ない…この帽子をなくすと先輩方がうるさいからなぁ。」

 

「あの…傷無さん?」

 

「ん、ああごめんごめん、話を中断させてしまって。というか、そんなさん付けで呼ばなくても大丈夫だよ。同い年なんだしもっとフレンドリーに『傷無』って呼び捨てで呼んでくれて構わないよ。」

 

八百万の言葉にそう返答を返してにこやかな笑みを浮かべる恋。

そんな恋に、切島は『それじゃあ』とばかりに声をかけた。

 

「えっと、傷無…でいいんすよね?」

 

「うん、それと別に敬語じゃなくてもかまわないよ。さっきも言ったけど同い年なんだしね。」

 

「あ、じゃあお言葉に甘えさせてもらうけど…傷無、アンタその…衝也とはどういった関係なんだ?さっきのやり取りを見るにただの知り合いってわけじゃなさそうだけど。」

 

切島の問いかけにクラス全員、特に件の女子四人が大きくうなずいて見せた。

それを聞いた恋は一瞬青い瞳をぱちくりさせた後、まるで小悪魔のような笑みを浮かべ始めた。

 

「そうだな…簡単に言うならば

 

 

 

浅からぬ関係…といったところかな。そこから先は君たちの想像に…」

 

「って待て待て恋!てめぇ何誤解されかねない言い回ししてんだ!いい加減な事言ってるとほんとに怒るぞ!?」

 

軽くウインクをしながら返答をする恋だったが、それを聞いていた衝也が慌てたように

耳郎の前で正座をしながら(正確には説教中のためさせられながら)彼女へと突っ込みを入れた。

 

「おや、聞いてたのか衝君。とはいっても、ボク的にはあながち間違った答えではないと思うんだが…。それとも、ボクと衝君の関係は所詮遊びだったということなのかい?それはあんまりじゃないか衝君。ボクはこんなにも君のことを想っているというのに。」

 

「お前そんなこと言ったらほんとに誤解されるだろうが!見ろ、八百万たちが口元に手を当ててキャーキャー言いまくってんじゃねぇか!完全に誤解されてるだろ!…待って耳郎!誤解だから!誤解だからその振りかぶった右拳とイヤホン=ジャックを俺に向けないでください!というかなんでお前はそんなに怒っとるの!?」

 

「そりゃぁ誤解されるような言い回しで言ったからね。そういう風にとらえてくれたならボクとしては大成功さ。」

 

「ふざけ倒せよお前ホント!」

 

意味深な恋の返し方にもう女子たちが興奮しまくり、男子(とはいっても上鳴と峰田の二人だけだが)はショックのあまり真っ白の灰と化しているのを見て、耳郎を必死になだめながら叫び声をあげる衝也。

そして、相変わらず正座したまま口を開いた。

 

「そいつは俺の幼馴染!浅からぬ関係ってのはそういうことだよ!断じてお前らが想像してるような関係性じゃないから!」

 

「む、もうネタばらしをしてしまうのかい?つまらないなぁ…」

 

「いやもうほんと勘弁して!これ以上誤解を生むと俺の今後の学校生活に支障が出るからさぁ!」

 

つまらなさそうに肩を落とす恋に半ば懇願するように大声を上げる衝也。

その鬼気迫る表情を見た恋は仕方がなさそうに息を吐いた後、再び笑顔を浮かべて1-Aの面々の方へと向き直った。

 

「さて、ヘタレで臆病ものな衝君のせいで「お前ホントいい加減にしろよ!?」ばれてしまったが、まぁおおむね彼の言った通りかな。ボクと衝君は小学生のころから面識がある世間一般的な常識でいう幼馴染という関係性にあるんだ。」

 

「といいつつも!?」

 

「本当は!?」

 

「中学卒業を控えた最後の春に一夜の甘く切ない夜をともに過ご…」

 

「してねぇからな!?葉隠も芦戸も変な横やり入れなくていいから!ツーカ恋!お前もお前で便乗してんじゃねぇよ!…っ!ま、待て耳郎!?冗談!今のアイツが言った冗談だから!だからその右拳を俺に向けないでくだゴバッファ!!?」

 

弁明も虚しく、羞恥のせいか顔を真っ赤にした耳郎の右ストレートをまたもや顔面に受ける衝也。

そんな一連の様子を見ていたクラスの面々、特に蛙吹や尾白、切島といった普段割と衝也と仲が良い面々は顔面に拳が突き刺さっている衝也を見て高らかに笑っている恋を見て

 

衝也の幼馴染だけあってやはりキャラが濃いんだなぁ…

 

ということをしみじみ感じていた。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

恋がクラスメートの前で誤解されかねない自己紹介をしてから数分後。

恋の悪意にしか満ちていない自己紹介によりいろいろな誤解をクラスメート(特に耳郎等の女子たち)からされてしまった衝也は、その誤解を解くために懇切丁寧に彼女との関係性をクラスメートたちに説明した。

途中途中恋の妨害にあったものの何とか誤解を解くことができた衝也だったが、その顔には疲労がありありと浮かんでいる。

 

「はぁ、疲れた…下手したら騎馬戦よりも疲れたぞこれ…なんて厄日だよ。」

 

「おや、それはよくない。まだ最終種目が残ってるんだ、体力を使いすぎるのはあまり好ましくはないよ衝君。」

 

「…」

 

「そんなに見つめないでくれよ、照れるじゃないか。」

 

まるで他人事のようにあっけらかんと言い放つ恋にジト目を向ける衝也だが、当の本人は相変わらず笑みを浮かべてばかりでまったくこらえた様子がない。

そんな中、衝也の隣を歩いている耳郎は顔を少しだけ赤くして恥ずかしそうに耳たぶのプラグをいじくっていた。

 

「ていうかさぁ…誤解なら誤解って早く言ってくれればよかったじゃん。なんか必死に怒ってたウチがバカらしいというか…なんかハズくなってくるんだけど。」

 

「いや、だいぶ序盤の方から誤解だって俺言ってたからね?聞いてなかったの耳郎の方だからね?ていうか、別にあそこまで怒らなくったっていいだろーよ…お前の右ストレートのおかげで俺は危うく三途の川をバタフライで泳がなきゃいけなくなっちまうところだったぜ?俺バタフライできないけど。」

 

「ふ、普通友達が…その…そういうことしてるって聞いたら怒るでしょ!?ウチらまだ学生なんだから!そ、そういうのはちゃんと大人になってからっていうか…なんというか…。が、学生でそういうことするのは早過ぎるっていうか…」

 

(意外と女の子らしいというか…ピュアだよな…耳郎。)

 

そういって顔を赤くしながらプラグ同士をつついてモジモジする耳郎を見て脳内でそんなことを思い浮かべる衝也。。

それを見ていた上鳴と峰田は呆れたような顔をしながら耳郎の意見に反論する。

 

「…大丈夫か耳郎?飯田の真面目菌が移ってねぇか?そんな真面目な高校生活送ってたら人生すさんじまうぞ?」

 

「そういうこともできない学生時代なんて監獄にいるのとたいして変わらねぇだろ。禁欲中の僧侶かよ。そんな事ばっか言ってっからちっぱいはいつまでたってもちっぱいなんだよ。いいかちっぱい?胸ってのはな、揉んでおッぶばぁぁ!!?」

 

「…次なんか言ったらコロス。」

 

人差し指を立てながら何やら解説を始めた峰田だったがものの数秒で耳郎に殴り飛ばされその姿は影も形もなくなってしまう。

そして耳郎は、峰田が吹っ飛んでいった方向へ顔を向けた後、魂が凍り付くようなドスの利いた声で殺害宣言をつぶやいた。

 

「おぉ~、さっきも見たけどやっぱりすごいなぁ…。衝君、彼女もしかしてボクシングクラブかなんかに入ってたりするのかい?」

 

「いや、俺が知る限りそんなことはなかった気がする…。」

 

「じゃあ、訓練もなしにあのパンチを…すごいな彼女。将来はゴリゴリの武闘派ヒーローになるかもね。」

 

「なんつーか、意外な才能を発掘した気分だな。」

 

「あのー、お二人さん?ツッコむところそこじゃなくないか?どっちかっていうとあの狂気に満ちた表情と物騒極まりない発言にツッコミを入れるべきじゃね?」

 

ほかの皆が彼女の意外すぎる一面に戦慄している中、まったく見当違いのことに視点を向けている衝也と恋にそこはかとなくツッコミを入れる切島。

そんな中、それまで感心したように耳郎に目を向けていた恋は、ふと何かを懐かしむような表情を浮かべて衝也の方へと視線を移した。

 

「それにしても…こうして会うのは本当に久しぶりだね衝君。いつ以来だっけ、こうやって面と向かって話をするのは?」

 

「いつ以来も何も…俺らまだ中学卒業してからそんな時間たってねぇだろ?久しぶりっていうほどでもないだろ別に。」

 

「確かに期間はそれほどあいてはいないかもしれないけれど、ボクの体感的にはもう何十年もあってないような気分だよ。それにほら、中学の時はクラスがずっと違ったから話す機会もなかったし。あと何より昔の衝君とは比べられないほど強くなってたから、そのころを知ってるボクからしてみたら、ちょっとこう…来るものがあってね。」

 

「お前は俺の母さんかよ…ていうか、強くなったのはお前もおんなしだろ?昔よりだいぶ動きのキレが増してる。危うくこめかみに蹴りもらっちまうところだったぜ。」

 

「そんな、奥さんだなんて、気が早いなぁ衝君は…。」

 

「…人の話聞かないところもほんっとあいかわらずだな。」

 

照れたように頬に手を添える恋に呆れた視線を送る衝也。

だが、そんな彼の表情はどこか嬉しそうで、いつもクラスメートたちに見せる顔とはまた違った一面をのぞかせていた。

 

「つーか、お前士傑に入学したんだな…よくもまぁあんな難関高校を。」

 

「それを言うならお互い様だ。ボクもまさか衝君が雄英に入学してるだなんて思わなかったよ。思わずびっくりしたんだからね?1年生にして敵の襲撃に会い、あまつさえ生き延びた雄英生がどんな人物か一目見ておこうと思ったら衝君がいたんだもの。思わず運命を感じてしまったよボクは。」

 

「嘘つけ。お前どうせ俺の父さんから雄英に入学したこと教えてもらってたんだろ?あの人は俺の友達…とりわけお前となるとすぐに何でもかんでも教えちまうからな。」

 

「そんな言い方は感心しないな衝君。もっと衝賀さんのことを信頼してもいいと思うよ。あの人は心の優しい良い父親じゃないか。」

 

「…で、正解は?」

 

「大当たりだよ。」

 

「やっぱりじゃねぇか…」

 

ニコニコ笑顔でそういう恋に思わず肩を落としてうなだれる衝也。

そんな彼らをじーっと見続けていた八百万が、ふいに彼らへと言葉を投げかけた。

 

「あの…お二人とも…一つ質問してもよろしいですか?」

 

「ん?どうした八百万の神。いきなりそんな改まった聞き方して。」

 

「…衝君、君は彼女のことを神様としてあがめているのかい?」

 

「慈悲深い神様だぞ?聖母と言ってもなんら差し支えないくらいに。」

 

「い、五十嵐さん!そういうことを言うのはやめてくださいと何度も言ってるではありませんか!」

 

衝也たちへ質問しようとした八百万だったが、なぜか自分が聖母扱いされてしまったことに軽く困惑してしまう。

そんな自分を落ち着かせるかのようにコホン!と大きく一つせき込んだ八百万は、ゆっくり息を吐いた後、途中だった質問を続けようとする。

 

「と、とりあえず質問の続きをさせてもらいますが、その…お二人は小学生のころからのご友人ですの?」

 

「んー、まあ…一応、そうなるかなぁ。つーか、友人というよりは一種の腐れ縁みたいなもんだよ。何の因果か小学校ではクラスが六年間ずっと一緒だったし、まぁ、中学は違ったけど。」

 

八百万の質問に衝也がめんどくさそうに答えると、隣にいた恋がまるでこの世の終わりを見ているかのような表情を浮かべ、大げさに体をのけぞらせた。

 

 

「そんな!衝君はボクとの縁を切りたいなんて、そんなむごたらしいことを考えていたのかい!?ああ!なんて人だ君は!ボクにとって君はかけがえのない友人だというのに!八百万さん!この心に良心のりの字もない人に友人の居る素晴らしさというものを教えてあげてくれ!」

 

「え!?あ、いえ、その!わ、わたくしは…ッ!」

 

 

まるで悲劇のヒロインのように叫び続け、八百万の手を両手で包み込むように握りしめてくる恋に、八百万はどうすればいいのかわからずにあたふたしてしまう。

その様子を見て、衝也は心底めんどくさそうに親指でその光景を指さし、近くにいた切島へと声をかけた。

 

「な、めんどくさいだろ。こいつやたらとテンション高く人に絡んでくるうえに人の話を聞きもしねぇんだ。困ったやつだよな。」

 

「いや、言っとくけどあれいつものお前とほとんど変わりないからな?」

 

「嘘つけ、俺はあそこまでウザい絡み方しねぇって。」

 

「うん…まあ、お前がそう言うなら、もうそれでいいよ…。」

 

「ケロ…五十歩百歩ね。」

 

切島のツッコミに腕を組んで否定する衝也を見て、呆れた表情を浮かべる切島。

そんな二人のやり取りを見て蛙吹が小さな声でつぶやきを漏らす。

 

「それにしてもなんかあれだよね~…やったら意味深そうな展開繰り広げておきながら結局ただの幼馴染って…なんかこう…期待外れだよね!あんだけ期待させてたんだからこっちとしてはもっとこう、桃色なエピソードがほしかったなぁ…。」

 

「勝手に期待したのはそっちだろうが…。ツーカお前ははよ更衣室に行って着替えをとってこい。いつまで俺のジャージ着てんだ。」

 

「いやぁ、男子のジャージってなんか新鮮でさぁ!このちょっとぶかぶかな感じが面白いんだよね!」

 

「いいから早く服を着ろよ…。」

 

葉隠がぶかぶかなジャージの袖をぶんぶん揺らしているのを見て、呆れたようにため息を吐く衝也。

ところが、衝也の反応とは裏腹にそんな葉隠の言葉に、今度は芦戸がうんうんとしきりにうなずきながら便乗してきた。

 

「いーや!確かに葉隠の言う通りだよ!ここまで全国の女子高生の期待を高めておきながらそれを一瞬で裏切るなんて、男のしていいことじゃない!期待させたんだったら最後まで夢見させてあげるのが男ってものでしょうよ!」

 

「いや、だからお前らが勝手に勘違いして期待しただけだろうが。俺には何の関係もないし…つーかそもそもそういう…なんて言うの?桃色なエピソード?って俺みたいな男より顔の良い轟とかの方がいっぱい持ってんだろ?俺みたいなフツメンにそんなエピソードがあるように見えるか?」

 

「あー…確かに。五十嵐君と轟君なら轟君の方がエピソードもってそう…!」

 

「ごめん五十嵐!私たちが過度に期待しすぎた!許して!確かに考えてみれば五十嵐がそんなエピソード持ってるわけないもんね!」

 

「うん…まぁ、俺が言いだしたことだからいいんだけどさ。少しは気遣いってものをしてくれてもいいんじゃんねぇか?いや、まぁいいんだけどね。まごうことなき事実だから…いいんだけどね?」

 

衝也の説明に一瞬で納得したような声を上げる葉隠と笑顔で衝也に謝罪をする芦戸の二人の言葉に若干納得できないような表情を浮かべる衝也。

そんな彼の肩に今度は上鳴といつの間にか戻ってきた峰田がそっと手を置いてきた。

 

「五十嵐、オイラはわかってたぜ…!お前にそんなおいしい展開があるはずなんてねぇってことにな。」

 

「ああ、何せお前は『衝也』だからな。あの『衝也』にあんなかわいい子とのあーんなことやこーんなことがあるわけねぇもんな。」

 

「え、何お前ら喧嘩売ってんの?ていうか気安く俺の肩に触れんな腐れブドウ、てめぇいつ戻ってきた?」

 

「もしも五十嵐にすらそんなおいしい展開があるんなら今頃オイラはトーストを咥えた超絶美少女と曲がり角で出会ってるはずだからな!」

 

「そうそう、きっと俺なんて空から降りて来た美少女をお姫様抱っこしてるはずだぜ!」

 

「ほーう、つまりはそれだけあり得ないって、そういいたいってわけだナてめぇらは?」

 

「「あったりまえだろ!」」

 

「よしお前らのその喧嘩高値で買ってやろうじゃねぇか。ありがたく思えよ腐れブドウに空っぽ豆電球が。」

 

そういうが早いが衝也は自身の肩をつかんでいた峰田の腕を即座に引きはがし、胸倉をつかんで思いっきり彼の右ほほを左手でぶん殴る。

 

「ぶげぼばぁぁぁ!!」

 

「み、峰田ぁぁぁ!!」

 

衝也の拳が頬に突き刺さった峰田は、またもや叫び声をあげながら再び吹っ飛ばされていく。

それを見て、思わず彼の名前を叫んでしまう上鳴。

しかし、衝也はすぐさまその上鳴の片腕をつかみ、腕をつかんだまま彼の背後へと移動し腕を締め上げた。

 

「いて、いてててて!!こ、降参!!降参です衝也さん!いや、ほんとまじ生意気言ってすいません!」

 

「いやいや、もうちょっと粘ってくれよ、ほら腕がいい音を奏でてるぜ?」

 

「腕じゃないから!?いい音奏でてるの骨の方だから!?あと数センチ動いたらポッキーみたいに折れちゃうからぁぁ!!ちょ、瀬呂!ヘルプ!ヘルゥプ!!ヘルプミィィィ!?」

 

「いや、だから俺さっき言ったじゃん、それ衝也の前で言ったらぶっ飛ばされるって。」

 

呆れたように肩をすくめてため息を吐き助けを求める上鳴にそう返答する瀬呂。

どうやら下手にかかわって飛び火を受けないようになるべくかかわらないスタイルをとろうとしているらしい。

それに気づいた上鳴が何とかして助けてもらおうと必死に瀬呂に言い寄り続ける。

 

「ちょ、まって瀬呂!マジでちょっと助けてくれって!今俺ぶっ飛ばされるどころか骨おられそうなんですけど!?」

 

「は?骨を折って終わると思ってるとか、もしかしてお前ホントに脳内空っぽ豆電球なの?」

 

「いやぁぁぁぁ!殺されるぅぅぅ!!」

 

「待て待て待て待て、それ以上はさすがにダメだぞ衝也。てかお前目が笑ってねぇからマジで。」

 

衝也のハイライトの消えた瞳を見て叫び声をあげる上鳴。

そんな上鳴の声を聴いた切島がガシガシと片手で頭を掻きながら呆れたように衝也を制止する。

そして切島に制止された衝也は「ふん、軟弱な男よ…」とつぶやいてから、ようやく上鳴から手を離した。

衝也の魔の手から解放された上鳴はつかまれていた腕をしきりにさすりながら衝也へと文句を言いまくる。

 

そんな様子をはたから見ていた恋は、思わずといった様子で笑みを漏らしてしまう。

 

「…フフフッ。」

 

「…っ!なんだよ恋、なんかおかしなことでもあったか?」

 

「いや、何も…。ただ

 

 

衝君、だいぶ『笑える』ようになってるなぁ…って。」

 

「…はい?」

 

思わず素っ頓狂な表情を浮かべる衝也に恋は笑顔で彼の顔を指さして話を続けていく。

それはもうとてもうれしそうな表情を浮かべて

 

「気づいてないかもしれないけど、衝君みんなとしゃべってるとき、ずっと口角が上がってるよ?」

 

「…マジ?」

 

「うん、見てるこっちが思わず楽しくなってしまうほどには、ね。きっと、それだけ君たちが大切な友人だってことなんだろう?中学の時、衝君あまり友達いなかったしね。」

 

「おい、さりげなく俺の黒歴史暴露してんじゃねぇぞ…!」

 

そういって軽くウィンクをする恋を尻目に、思わず首をひねって考え込むようなそぶりを見せる衝也。

そんな中、恋の言葉を聞いた上鳴と瀬呂がいやらしい笑みを浮かべながら衝也の方へと肩を組んできた。

 

「ほうほうほーう!なんだよ友達の少なかったボッチ系の衝也君はァ?嫌がるふりしてほんとは喜んでたわけぇ?」

 

「なんだよなんだよー、それならそうと早くいってくれればいいのになぁー。水臭いじゃないの衝也くぅーん?言ってくれればいつでも俺らお前にかまってやるぜぇ~?」

 

「…おい、恋。これでも俺の口角は上がってんのか?本当に?」

 

「いや、今はぜんっぜん上がってないね。」

 

「そうか、それを聞いて安心したぜ…!」

 

「あ、今口角がちょっと上がったね。」

 

「いや、ちょ!?それをカウントに入れちゃまずいでしょ傷無さん!?」

 

「これはどっちかっていうと獲物を狩る前の獰猛な笑みだから!」

 

いやらしい笑みから一転冷や汗だらだらで衝也から距離をとった上鳴がツッコミをいれ、それに続いて瀬呂も距離をとりつつ叫び声をあげる。

そんな彼らの言葉を聞いて恋は嬉しそうな笑顔を浮かべて彼らに話しかけた。

 

「もちろん、知ってるとも。だから教えたんじゃないか。」

 

「「余計に質が悪い!?」」

 

「アハハハハ!」

 

二人声をそろえてそう叫ぶ瀬呂と上鳴。

そんな二人を見て笑い声をあげる彼女だったが、ふと笑い声を止めて、嬉しそうに目を細めた。

その視線の先には、瀬呂と上鳴の二人にヘッドロックをかましている衝也へと向けられている。

その瞳に、ほんの少しの『愁い』をみせながら。

 

「さってと!とりあえず衝君に会うこともできたし、ボクはいったん先輩方のところに戻るとするよ。あんまり遅れるとさすがに怒られちゃうからね。」

 

「なんだ、もう戻るのかお前。」

 

「うん、まぁ、一応ボク個人で来てるわけじゃないからね。あれ?もしかして寂しかったりするのかな?」

 

そういってニヤニヤしながら衝也の方へ顔を向ける恋。

それに対して、衝也は軽く頭を掻きながら返答を口にする。

 

「ん…まぁ、久しぶりにお前の顔見れてうれしかった部分はあるし…そう考えると寂しいっちゃ寂しいのかもな。まぁなんにしても、相変わらず元気そうでよかったよ。」

 

「……」

 

その言葉を聞いた恋は一瞬目を丸くした後、顔を勢いよく下へと向けた。

 

「?どうした恋?」

 

「いや、何でもないから…気にしないで。」

 

「?お、おう。まぁ、なんだ、お前も怪我しねぇようほどほどに頑張れよ。おばさんとおじさんにもよろしく言っといてくれな」

 

そういって軽く頬を掻く衝也だったが、対する恋は相変わらず顔を俯かせたまま動かさない。

 

(…なんっでこう…不意打ちでそういうことを言うのかなこの男は!変なところで素直なんだからもー!!そういうところほんとずるいと思うんだよなぁ!!)

 

「…お前、さっきからぶつぶつ気持ち悪いぞ…?」

 

「…う、うるさいなぁ…元をただせば衝君のせいなんだけど?」

 

「…はぁ?お前が気持ち悪いのはもとからだろ?」

 

「ごめんそれどういう意味?」

 

呆れたように顔を上げてきた恋にわけがわからないと言って様子で生返事を返す衝也。

そんな彼を見た恋は、大きく一度ため息を吐いた後、再び笑顔を浮かべて、衝也の方へ向き直った。

 

「…まぁなんにしてもだ!今日は衝君の姿が見れて本当によかったよ。」

 

「そ、そうか…こっちとしては迷惑だった気もしなくはないけど。」

 

「さっきと言ってることが矛盾してるよ?」

 

「ふっ…男とは不器用な生き物なのさ…。」

 

「…君それ今適当に考えていっただけでしょ。」

 

「…いや、まぁ…うん。」

 

「君のその適当さも本当に変わらないよね。」

 

そういってますます大きなため息を吐く恋。

だが、次の瞬間、一瞬だけ目を細めポツリと、小さな声で、衝也にだけ聞こえるように呟いた。

 

「でも、本当によかったよ…少しでも、きちんと『前』を向けてるみたいでさ。」

 

「っ!恋…お前!?」

 

恋のそのつぶやきに一瞬目を見開いて口を開く衝也だが、すぐに恋は彼の背後にいるクラスメートたちに顔を向けた。

 

「1-Aの皆さんも、今日は会えてうれしかったよ。今日はあまりしゃべる機会がなかったけれど、『近いうちに』またいろいろと話を聞かせてもらうよ!もちろん、衝君の赤裸々な話をお土産に!」

 

「おい、お前余計な事言ったらマジでぶっ飛ばすからな。」

 

ニコニコと手を振って別れの挨拶を告げた恋は、くるりと身体を反転させてスキップしながら足を進めていく。

そんな彼女に手を振り返す1-Aのクラスメートたち

その中の一人である八百万は半ば呆然としながら口を開く。

 

「なんというか…まるで嵐のような人でしたわね。」

 

「衝也の幼馴染だけあってキャラが半端なく強烈だったね…ウチちょっとついていけそうにない。」

 

「いや、たぶんこの場にいる誰もがついていけないと思うぞあれには。」

 

八百万の言葉に続くかのように呆れた声色で呟く耳郎と切島。

その言葉にほかのクラスメートが同意するかのようにうなずいた数秒後

 

ふと何を思ったのか恋はその歩みを止めて、

再び身体をくるりと反転させてこちらへ向き直った。

より正確にいうならば、衝也の方へと向き直った。

 

「そういえば衝君。あの時の答えはもう決まったのかな?」

 

「?あの時?なんだよあの時って。」

 

恋の言葉に首をひねりながらそう答える衝也。

そんな彼の反応を見た恋は、まるで小悪魔のような笑みを浮かべて、ゆっくりと口を開いた。

 

「なんだ、もう忘れてしまったのかい?薄情だなぁ、衝君は…。

 

 

 

 

 

 

 

ボクと付き合ってくれるのかどうか、その答えに決まってるだろう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブッファ!!!!?」

 

『キャーーーーーーーーー!!!??』

 

『ぬわぁにぃぃぃぃいいい!!!??』

 

可愛らしくウィンクをしながらとんでもない爆弾を投下してきた恋に、思わず吹き出してしまう衝也。

続いて女子共が待ち望んだ桃色エピソードにキャーキャー言って興奮しまくり

そのあとに続くかのように男子共が驚きの叫び声を張り上げる。

そんな中、耳郎だけが口を少し開けて半ば呆然と立ちすくんでおり、それを蛙吹が心配そうに見つめていた。

 

「て、てめぇ恋!!おま、いい、今になっていきなりなんでこの話ぶっこんできやがたぁぁぁぁ!?」

 

「む、そりゃぁ早く返答がほしいからに決まってるじゃないか。まったく衝君は乙女心というものをまるで理解していないね。…とはいってもその様子だとまだ返事は聞けそうにないみたいだけどね。」

 

「そ、そそそれにしたって、たいたい、タイミングってもんがあんだろぉが!?」

 

今までにないくらいあたふたと動揺しまくっている衝也を見て嬉しそうに笑顔を浮かべる恋は、大げさに首を横に振った後、人差し指を頬の近くまでもってきて可愛らしく笑顔を浮かべた。

 

「まぁ、答えられないならばしょうがない。情けない男子の答えを待ち続けるのもよい女の条件というし」

 

「言わねぇよ!誰がいったそんなこと!?」

 

「お、それなら返答を今ここでくれるのかい?」

 

「いぃ!?いや、それは…その…」

 

「ほら見たことか、君がヘタレで臆病者なのは昔からよく知ってるからね。答えを求めるだけ無駄というものさ。君の答えは気長に待つとするよ。ただ、あまり待たせないでくれよ?君も知っての通り、ボクは意外とせっかちなほうなんだ。

 

 

 

 

あんまり待たせると、強行手段をとることになるかもしれないよ?」

 

そういって恋は今度こそ身体を反転させ、機嫌よくスキップをしながらその場を離れていく。

それと同時に、芦戸が高らかにこぶしを上へと突き上げた。

 

「きたーーーーー!恋だ恋愛だ桃色だ青春だーーーーー!」

 

「てめぇぇええええええ!!なにがあったぁぁぁああ!あのパツ金ねぇちゃんと一体過去に何があったのか今すぐ教えやがれぇぇぇ!!」

 

「なんで!?ねぇなんで!?なんでお前があんな美少女に言い寄られて俺にはなんもないの!?お前があるなら俺だってワンチャンあるでしょうよ!!なんでお前だけなの!?」

 

芦戸の叫び声に続くような形で峰田が衝也の胸倉をつかみ上げて血涙を流し、上鳴が床に崩れ落ちて悔しそうに拳を打ち付ける。

もはやこの後の昼休憩と体育祭最終種目があることなどほとんど頭の中から抜け落ちてしまっている。

そんな彼らを必死に引きはがそうと躍起になっている衝也。

 

そんな彼をちらりと横目で見た恋は

その表情をわずかに曇らせる。

 

(やっぱり…君は今も『あの日』を…『あの人』を引きずり続けているんだね、衝君。

君という男は、本当に…

 

 

どうして前を向いてばかりで…前へ『進もう』としていないのか…。)

 

「…君が『過去』にとらわれ続ける限り君は…前へ進むことはできないんだよ?」

 

小さく漏れた彼女のつぶやきは、彼のもとには届かない。

彼女の瞳には

 

深い悲しみと、ほんの少しの憐みが宿っていた。

 

 




前回飯田君を出すのを忘れてしまい、すっかり出番がなくなってしまった。
すまない飯田君よ、勘違いしないでほしいが私は別に君のことは嫌いではないよ。
ただ忘れてただけなんだ…!
それにしても今回は峰田君が殴られることが多い気がするなぁ。
ていうか、いい加減このグダグダを何とかしないと!
…ま、まぁ?トーナメントに入ればきっとそれも治りますよ!

た、たぶん

アンケートは引き続き募集中ですので、よろしかったらどうぞ。


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第二十二話 囚われる者、囚われた者

久しぶりにタイトルを真面目にしてみたり。
このタイトルがしばらく続いたり続かなかったり。
まぁ、体育祭ですからね!
ちなみにオリジナルキャラクターは恋以外にもまだ登場予定です、いつになるかはわかりませんけどね。
それでは。二十二話です。
どうぞ


昼休憩も半分をすぎ、幾人かの生徒は休憩を終え各々自由に行動をとり始めていた。

荷物を取りに更衣室へ行こうとするもの、皆で談笑を交えながらツレションに行くもの…様々な人たちが様々な理由で体育祭特設の食堂から出始めている。

そんな中、緑谷出久はその出始めている人々の波にもまれながらも食堂へと足を進めていた。

 

「…まいったなぁ、ずいぶんと遅くなっちゃった。みんなまだいるかなぁ…。」

 

困ったようにそうつぶやきを漏らしながら食堂へと向かう足を速めていく。

が、ふと何を思ったのか表情を険しくし、視線をわずかに下へと逸らし始めた。

 

(それにしても…凄い話だった…。)

 

自然とその表情はこわばり、その額に冷や汗を流す。

騎馬戦が終了してステージから退場してすぐ、緑谷は轟に呼び出されていた。

体育祭が始まる前からなぜかいきなり彼から宣戦布告を受け、それからも何かと対抗してくる轟からの呼び出しということで、若干の緊張をはらみながらも彼は自然とその呼び出しに応じていた。

単純な話、なぜ彼が自分にここまで固執しているのかを知りたかったのだ。

客観的に見ても主観的に見ても、轟と緑谷…この二人のどちらが強いのかなど一目瞭然だ。

自分の個性…正確にいうならばオールマイトやその先代から受け継いだ個性、『ワン・フォー・オール』は確かに規格外のパワーを出すことができる。

だが、その扱い方はどんなに希望的な観測をもって見たとしても及第点以下だ。

例えるとするなら、初めての個性の発動で暴走してしまった子供というような感じだ。

最近ようやく力の調整に成功し始めて来たものの、その力の向上は微々たるもの。

それなのに、少しでも気を抜けば調整が失敗し、自分が大けがを負ってしまうかもしれないという危うさまでおまけでついてきている。

衝也や爆豪などのほとんど呼吸をするかのように行っているそれが、緑谷にとっては意識と集中力を高めてやっと行えているような状況だ。

個性だけではない。

運動能力や判断力、およそすべての能力が自分を上回ってるような高嶺の存在に近い轟。

緑谷が彼と勝っている能力があるとするなら分析能力とクレーバーな発想力くらいだろう。

クラスどころか学年全体で見ても、轟に勝てるような生徒は数えるほどもいないとすら緑谷は考えている。

そんな彼が、どうして爆豪でも、衝也でもなくこの自分に宣戦布告をしてきたのか…どうしてここまで自分に勝ちたいと思うのか?

それが知りたかったのだ。

 

 

そして、呼び出した先で轟が語り始めたのは、自身の予想をはるかに超えるものだった。

轟焦凍の父親、轟炎司 またの名をNo,2ヒーロー『エンデヴァー』

野心の塊のようなその男の歪んだ欲、その強欲が求めたのは轟の母の個性。

自身の個性をより強くして子供に受け継がせるためにだけ配偶者を選び、結婚を強いる『個性婚』。

その倫理観の欠如と人間の感情を排除した前時代的結婚方法。

 

そう、その個性婚によって轟焦凍は生まれた。

オールマイト(NO,1ヒーロー)を超えるため、そんな身勝手な父親の欲を満たすためだけに。

轟の母も、轟焦凍も、その欲を満たすためだけに入念に用意された『道具』にされていたのだ。

 

『お前の左側が憎い…そういって、俺の母は俺の左側に煮え湯を浴びせた。』

 

その結果焦凍に生まれたのは、母と子の確執と癒えぬ心と顔の焼け跡

そして、父への復讐心だった。

母との確執を離しながら左側を手で覆い隠した轟の右目は、まるで暗闇に燃える炎のように光る憎悪の火をともしていた。

どこから聞いたのか緑谷がオールマイトから目をかけられていることに気づいた轟は、父親への復讐のために、緑谷へと対抗心を燃やしていたのだ。

 

この話だけで一冊の本を書けるような世界の話…自分とは、あまりに世界が違いすぎるその話。

そんな轟の話を聞いた緑谷は、最初彼に何かを返すこともできなかった。

だが、自分に話すだけ話して去ろうとする轟の後ろ姿を見た瞬間、そんな緑谷の脳裏に思い浮かんだのは、

 

自身の憧れであるオールマイトの笑顔だった。

その次に浮かんだのは、自分の雄英合格に涙を流して喜び、お手製のコスチュームまで作ってくれた母の笑顔。

それを皮切りに、高校でできた初めての友達、飯田と麗日や自分やほかのクラスメートをそれこそ自分のあこがれたヒーローのように救ってくれた衝也など、様々な人の顔が頭の中を駆け巡った。

そう、どの人も、無個性だった自分を…力のなかった自分を変えてくれた、救ってくれた大切な人達だ。

そのことが分かった瞬間、緑谷は自分でも気づかないうちに轟に話しかけていた。

轟と比べたら、あまりにちっぽけでしょうもなさすぎる理由かもしれない。

けれど、それでも

 

自分は、誰かに救われて今ここに立っている。

だからこそ、負けるわけにはいかないのだ。

自分を変えるためにも…変えてくれた人たちのためにも。

たとえ、相手が轟であったとしても。

ちぐはぐで、いまだまとまっていなかった自分の言葉が、轟にどう響いたのかはわからないが、それでも自分の言いたいことは少しでも伝わったはずだ。

 

(僕にも…轟君にも、負けたくない、負けちゃいけない理由があるんだ。)

 

思わず拳を握りしめ、その拳に視線を送る。

自分のあこがれた人、自分を応援してくれた人、自分を支えてくれた人、そんな人たちのためにも…自分は強くならなければいけない。

そう考えると、拳を握りしめる強さが、より一層強くなる。

 

「…!もっと、頑張らないと!」

 

小さくそう呟きながら視線を元に戻す緑谷。

その瞬間、食欲を刺激するおいしそうな匂いが彼の鼻をくすぐった。

どうやらいつのまにか食堂にたどり着いていたらしい。

あんなに思考を重ねながらも誰にぶつかることもなく食堂まで歩いてこれたことに感心を通り越して呆れてしまう緑谷だったが、とりあえずおなかの虫が盛大になりそうなため、急いで食堂のメニューに手当たり次第に目を配っていく。

 

(かつ丼…かつ丼は…あった!)

 

お目当てのかつ丼の文字を見つけた緑谷は足早にそのかつ丼の列へと並ぶ。

昼休憩が半分すぎていることもあってか、人は思ったほど多くなく、サクサクと列が消化されていく。

そして、あっという間に緑谷の番がくる。

すると、物の数分でホカホカご飯に卵でとじた豚肉がのせられたかつ丼が緑谷の用意していたお盆の上に乗せられた。

その食欲をそそる匂いに我慢ができなかったのか、ついに緑谷の腹の虫が大暴れを始め、あと少しでもしたら大声をあげてしまいそうなほどだ。

自身の食べ盛り真っ只中な食欲に負けないためにか、ぶんぶんと首を振った後慌てたようにあたりを見渡し、知り合いがいないかを探してみる。

むろん、空いている席は山ほどあるのだが、せっかくの体育祭の昼休憩を知らない人や、一人で過ごすなどということはさすがにしたくない。

いや、まぁ中学の頃は爆豪にいじめられていたせいか一人で寂しく給食を食べていてばかりだったのだが、悲しきかな人間は一度友達と食事をする楽しみを覚えると、なかなか一人で食事をしにくくなってしまうのだ。

特に、今まで友達といえる友達がいなかったボッチ系男子ならばなおのことである。

 

(…っ!と、とりあえず先に席を探さないと。って言っても、もうみんなあらかた食べ終えて…あっ!)

 

思わず嫌なことを思い出してしまった緑谷は、ぶんぶんと首を振って意識を切り替え、クラスメート(できれば麗日と飯田)がいないかどうかを探してみる。

すると、食堂の奥の席である一人の少年がぶんぶんと大きく手を振っているのが目に入った。

 

「おーい!緑谷君!ここだ!!ここだぞー!」

 

「飯田君!」

 

思わず笑顔になりながらその少年、飯田天哉のところまで速足で歩み寄っていく緑谷。

そして、彼が近くまでやってくると、彼は自慢げに眼鏡をクイッ!と上げた後、隣の空いている席へ指をさした。

その空いている席の向かいには蛙吹がおり、その隣には麗日、さらにその隣には耳郎も腰を掛けている。

 

「あー、デク君やっと来た!もう待ちくたびれちゃったよ!」

 

「緑谷ちゃん、お疲れ様。あなたの騎馬戦、すごかったわ。」

 

「おつかれー緑谷。」

 

「隣は君のために開けておいたぞ緑谷君!さぁ、早く食事を食べよう、もう時間はあまりないぞ!」

 

「ありがとう飯田君、麗日さん!よかった、もうみんな食べちゃったのかと思ってたよ。」

 

そういって飯田の空けてくれていた席へと腰掛、嬉しそうな表情を浮かべる緑谷。

てっきりみんな食事を終えているのかと思っていたため、そのうれしさも倍増しているのだろう。

そんな彼の言葉を聞いた麗日の隣にいる蛙吹は麗日の方を指さして口を開いた。

 

「ケロ…お礼ならお茶子ちゃんに言うべきよ緑谷ちゃん。お茶子ちゃんが、緑谷ちゃんが来るまで私たちだけでも待ってて上げようと提案してくれたのよ。」

 

「え、そうなの!?」

 

「あー、ま、まぁね!だってほら!みんなで食べたほうがごはんっておいしいもんやん!だからどうせなら人が多いほうがええかなぁーって思って!」

 

(麗らかだ!!)

 

少し照れたように頬を掻きながら笑顔でそういう麗日に、緑谷は思わずと心の中で叫びながら目を潤ませる。

だが、そんな彼に水を差すかのように麗日の隣にいた耳郎が少し呆れたように視線を目の前へと持って行った。

 

「ま、そうは言ってもほとんどのみんな…特に男たちはさっさと食べ終えてどっか行っちゃったけどね。ここに残ってる男子はもう飯田と…あとはそこでうなだれてる衝也だけ。」

 

耳郎の言葉につられて緑谷が視線を耳郎の正面に向けると、目の前に置かれたさんまの塩焼き定食に手も付けずにうなだれている衝也が額のみを押し付けていた。

 

「…疲れた、俺もう疲れたわほんと…。マジでアイツといるとほんと疲れるんだけど…。」

 

「えっと…五十嵐君、どうしたの?」

 

「さぁ?なんかいろいろあったんじゃない?ウチは知らないけど!」

 

そういって機嫌悪そうに顔を衝也からそらす耳郎。

そんな彼女を見て蛙吹は、耳郎をなだめるように肩に手をおいた。

 

「耳郎ちゃん、あんまりそんなことばかりしてると本当に嫌われちゃうわよ?」

 

「う…で、でもさぁ…」

 

「五十嵐ちゃんは何も悪くないもの。耳郎ちゃんがやきもきしてしまう理由もわからなくはないけれど、ここはひとつ落ち着いて。冷静に、大人の女性のような対応をとるべきよ。」

 

「ウチそんなに器用なことできないんだけど…。うー、まぁ…ちょっと頑張ってみる。」

 

「その意気よ耳郎ちゃん。」

 

「うん…ていうか、ウチは別に衝也に嫌われようが構わないんだけどね?まぁ、一応ってだけだから。」

 

小声でそういってくる蛙吹に頬を掻きながら返答する耳郎を見て、蛙吹は思わずめったに見せない苦笑をもらしてしまう。

そんな中、蛙吹は視線を緑谷の方へと戻した。

 

「それにしても、緑谷ちゃんはすごいわね。私思わずびっくりしてあの時鳴いてしまったわ。」

 

「え?ぼ、僕が?僕、何かすごいことしたかな?」

 

蛙吹に褒められた理由がわからず思わず目をぱちくりさせてしまう緑谷。

そんな緑谷を見て、耳郎がにやりと笑みを浮かべながら緑谷の方へプラグを向けた。

 

「何言ってんの緑谷。アンタ、衝也とのあの一瞬の攻防で

 

衝也からハチマキ奪ってたじゃん。正直こっちはハチマキを奪えるとは思ってなかったからさ、ちょっと驚いちゃったよ。」

 

そういって感心したような表情を浮かべる耳郎の言葉に、今まで机に伏していた衝也の耳がピクリと動き、モゾモゾと顔だけ上げ始めた。

 

「…ん?緑谷?あれ、誰か今緑谷って言った?あの野郎がどこかに…っていた!緑谷ぁお前ぇ!」

 

「うわ起きた!?」

 

顔を上げて緑谷の方を見た瞬間、勢いよく椅子から立ち上がり、緑谷の方へと指をさした衝也。

そのあまりの剣幕に思わず緑谷は少しビビってしまう。

そして衝也は緑谷の方へと近づくと、緑谷のもじゃもじゃ頭をつかみヘッドロックをかましてきた。

 

「またしてもだ!またしてもお前にいっぱい食わされたぞこの野郎!かんっぜんに見切ったと思ったのによぉ!なんであそこであんなことできるんだお前は!?」

 

「痛い痛い!ちょ、五十嵐君痛いって!」

 

「何をしているんだ五十嵐君!食事の席の途中だぞ!?それに何より、人に暴力をふるうのはいただけない!今すぐやめて席に座るんだ!」

 

飯田の制止も聞かずに緑谷にヘッドロックをかまし続ける衝也。

だが、その顔はセリフとは違いどこか嬉しそうな表情を浮かべている。

 

そう、緑谷と衝也のあの一瞬の攻防。

あの攻防で緑谷は目的のハチマキは奪えなかったものの、別のハチマキを奪うことに成功していたのだ。

 

 

 

 

~時間を少し巻き戻し、騎馬戦終了のすぐあと~

 

空中で10,000,000Pのハチマキを首元で揺らしたままどや顔を決め込んでいる衝也。

その顔は、もはや完膚なきまでの勝利を疑っていない表情だった。

 

『第一種目の借りはきっちり返した。お前はここでリタイアだぜ緑谷。観客席で俺の活躍を指をくわえてみてるんだナ』

 

そういって底意地の悪い笑みを地面に倒れ込んでいる緑谷へと向けた後、ゆっくりと顔を彼からそらし、ゆっくりと地面に着地しようと高度を下していく。

それと同時に、プレゼントマイクの声が会場に響き渡る。

 

『さーてと!そらじゃあ興奮冷めやらぬうちに順位を発表していこうか!

ま、1位はさっき言った通り五十嵐チームな。こいつらはもういいでしょ。』

 

『軽い!?1位だぞ!?もっとド派手に発表しろよ!』

 

プレゼントマイクのサラッとした発表にブーブー文句を垂れる衝也だが、そんなことは気にせずに発表が続けられる。

 

『んでもって!2位は轟チーム!!』

 

そう高らかに発表される轟チームだが、リーダの轟の顔はすぐれず、その拳は小さく震えていた。

 

『そして3位は…心躁チーム!?え、ちょっと待って心躁って誰だよ!なんだかよくわかんねぇけどよくわからねぇ奴が決勝進出!!爆豪チームは騎手が落ちたから失格な!惜しいけどそれも勝負ってもんよ!』

 

『ご苦労様』

 

続いて発表されたチームは心躁という少年をリーダーとしたチームらしいが、そのチームのメンバーはリーダーの心躁以外、何がどうなっているのかわからないというように何度もあたりを確認していた。

その反応は、かくれんぼで隠れ続けていたらいつの間にかかくれんぼに変わってしまっていた時に似ている。

いわゆる『あれ、いつの間にかくれんぼ終わったん?聞いてへんよ俺!?』というような感覚である。

そんな彼らの様子に気づいていないマイクは決勝進出の最後のチームを発表する

 

『そして4位はこいつらぁ!

 

 

 

 

 

緑谷チーム!』

 

 

『……

 

 

 

 

 

 

 

 

ファッ!!?』

 

一瞬、何を聞いたのかわからないという風に素っ頓狂な声を上げた衝也は慌てて後ろを振り返り緑谷の方を向く。

するとそこには、麗日や発目、常闇に駆け寄られ心配されながらも、ゆっくりと起き上がりこちらを見据えている緑谷がいた。

 

『確かに…一千万はとることはできなかった…!でも

 

 

 

 

僕だって、負けられない理由があるんだ!たとえ、五十嵐君が相手でも!だから、ここでリタイアするわけにはいかないんだ!』

 

そういって突き出した右腕、その手のひらには 

 

565Pと書かれたハチマキが握りしめられていた。

それをみた衝也は一瞬目を見開いた後、すぐさま額に手を当てる。

だが、そこに自身のしているはずの布の感触はなく、触りなれた額の感触がしっかりと感じられた。

 

(…っ!まっじかよおい!)

 

予想外のことに思わず心の中で驚きの声を上げる衝也。

なまじ完全に緑谷の動きを見切ったと思っていた衝也からしてみれば、ハチマキを奪われたということはあまりに予想していなかったことだったのだ。

 

(いつだ…一体いつ俺のハチマキを…あの時の攻防でとった?…いや、あいつが狙ってたのは明らかに一千万のハチマキ、俺の額には一切意識も視線を送っちゃいなかった。つーか、俺が投げた時はハチマキはちゃんと巻いてあったし…。ならいつ緑谷は…ッ!?まさか

 

 

 

 

『投げられた時』か!?)

 

そう、緑谷がハチマキをとった瞬間

それは、衝也が緑谷の懐に入り込んで彼を後方へとなげとばしたあの時、

緑谷は投げ飛ばされるその瞬間彼のハチマキを背後から咄嗟に奪い取っていたのだ。

 

(首元のハチマキを狙わなかったのも、おそらく偶然じゃない!Pの数が分からなかったから、ランダム要素の高い首元のハチマキではなく、確実に上位に食い込める俺の持ちPを狙ったってわけか!)

 

そこまで考え、衝也は思わず嬉しそうに小声で

 

『すげぇなおい…!』

 

とつぶやいた後、何かに気づいたのかふと眉を顰め始めた。

 

『…ってちょっと待てよ。アイツが投げ飛ばされた瞬間にハチマキをとったってことは…つまりは背後にいたてめぇが仕事してねぇからじゃねぇかクソブドウがぁぁぁ!!』

 

『いや、それたんなるやつあたりじゃねぇかッブッフ!?』

 

自身のミスを他人に擦り付けた衝也は背後にしがみついていた峰田の首根っこをつかみ、思いっきり床へとたたきつける。

そして、一呼吸置いた後、ゆっくりと緑谷の方へと顔を向ける。

ほんの僅かだけ、嬉しそうに口角をつり上げて。

 

『今回こそは借りを返せたと思ったんだけどな…

 

 

 

残念ながら次回に持ち越しってわけか…エンターテイナーしてくれんじゃねぇか緑谷!!』

 

そういって笑顔で緑谷へと話しかける衝也はビシィっと人差し指を緑谷へと向けた。

 

『ここまでもつれちゃ、もう最後は真剣勝負で借り返すしかねぇよなおい!

 

次の最終種目、今度こそ借りは返させてもらうぜ!』

 

『え…いや、借りも何も今回は一千万とられちゃったから僕の負けだと思うんだけど…』

 

『借りは返させてもらうぜ!!!』

 

『僕の話聞いてる五十嵐君!?』

 

どこまでも空気を読まない緑谷に強引に話を進める衝也。

まぁ、とどのつまり

緑谷の咄嗟の機転とあきらめない心が、彼の技術を上回ったという話である。

 

 

 

 

~休題~

 

「メンバーを見た時に緑谷当たりなら追撃してきそうとは思ってたが、まさか投げ飛ばされたときにハチマキをとってくるとは予想外だったぜ。完璧に一本とられっちまったわけだ。これが悔しくないってほうがおかしいだろ。」

 

「いや、あの時は無我夢中だったし…正直ハチマキをとれただけでも奇跡に近かったというか…」

 

飯田に説教をされしぶしぶ席に着いた衝也が箸でさんまの身をほぐしながら悔しそうにしているのを見て、緑谷はかつ丼の器を持ちながら照れたように言葉を返す。

 

「そんなことはないぞ緑谷君!まさかあそこで攻勢に出ることはできたとは…君はもしかして空中へ逃げるチームもいると仮定してチームを組んでいたのかい?」

 

「いやいや!そんなこと考えられるほどの発想力は僕にはないよ!あの時はほんとにたまたまメンバーが良かっただけで…!だからハチマキをとれたのも、全部麗日さんや発目さん、常闇君のおかげで、僕なんてほんと微々たる活躍しかできなかったよ。」

 

「そんなことあらへんよデク君!それいうんなら私だって騎馬戦ではほとんど何もできへんかったし。」

 

 

お味噌汁をきちんと飲み終えてから話した飯田に緑谷はぶんぶんと大げさに首を振って謙虚な言葉を口にする。

そんな彼の言葉を否定した麗日は申し訳なさそうに頭を掻いて笑みを浮かべる。

それを見て緑谷が慌てて言葉を言おうとするが、それよりも早く蛙吹が口を開いた。

 

「緑谷ちゃんもお茶子ちゃんも、みんな自分ができることを必死に頑張ってたじゃない。そこにきっと優劣は何もないのよ。みんながみんな頑張ったからお互い前に進むことができた、チーム戦の勝利ってそういうものじゃないかしら?」

 

「梅雨ちゃん…!」

 

「蛙吹さん…!」

 

「梅雨ちゃんって…ウチらと違ってなんか大人だよね、ちょっとうらやましいかも。」

 

「ケロ?そうかしら?私としては、思ったことを言ってるだけなんだけれど…」

 

「そんな考えを持てるってところがなんかウチらとは違って大人っぽいんだよね…。」

 

「ケロ…そこまで言われるとちょっと照れちゃうわ…。」

 

蛙吹の言葉に感激したような表情をする麗日と緑谷の二人、そんな二人に続くかのように発せられる耳郎の羨ましさをはらんだ言葉に、思わず照れたようにモジモジした後、顔を俯かせてしまう。

それをみた衝也は食べていたさんまを飲み込んでから意外そうな表情を浮かべた。

 

「へぇ…意外だな、蛙吹でも照れることなんてあるのか。」

 

「私だって人間だもの、照れることはあるわ。五十嵐ちゃんだってさっき照れてたじゃない。」

 

「あれは照れたというよりも…なんていうの…こう…錯乱した?」

 

「照れるよりもひどくないかそれは!?」

 

衝也の言葉に驚きの表情を浮かべる飯田だったが、たいする衝也は「ていうか、もうこの話はやめよう。思い出したくないもんには蓋をするに限る!」と言って適当に話を逸らそうと何か話題を考え始め、ふと何かを思いだしたように緑谷の方へと視線を向けた。

 

「そういえば緑谷、お前ここ来るまでどこ行ってたんだ?結構時間立ってからこっちに来たけど。」

 

「え、ああ、うん。そのちょっと色々あって…」

 

「いやその色々を聞きたいんだけど?俺の言葉の意味わかってる?」

 

「やめなよ衝也。アンタだって人に聞かれたくないことの一つや二つあんでしょ?それとおんなじ。無理な詮索はよくないでしょ?」

 

少しばかり苦笑いを浮かべる緑谷から根掘り葉掘り聞こうとする衝也をたしなめながらご飯を口に入れる耳郎。

そんな彼女の言葉に衝也は不満げな表情を浮かべる。

 

「何を言うか、俺には聞かれて困ることなんて一つも」

 

「じゃああの恋っていう幼馴染と一体何があったのか教えてよ」

 

「人に聞かれたくないものってやっぱり誰しも持ってるよなうん!深く聞いて悪かったな緑谷!」

 

「?う、うん。別に気にしてないからいいけど…?」

 

耳郎の言葉を聞いた瞬間、冷や汗まみれの笑顔で緑谷に謝ってきた衝也を見て思わず首をかしげてしまう緑谷。

そんな彼の返答を聞いてあからさまにホッとため息を吐いた衝也を見て苦笑いを浮かべる緑谷だったが、ふいにある考えが脳裏をよぎった。

 

(…五十嵐君は、轟君の話を聞いたらどう思うだろうか?)

 

学年でも轟と互角以上に戦えそうなのは、緑谷から見て、目の前にいる衝也と自身の幼馴染である爆豪くらいしか思いつかない。

特に衝也は、あの戦闘センスにかんしてだけは類稀なるものを持っている爆豪以上にそのセンスをありありと発揮している。

頭の回転も、普段とは比べ物にならないほど戦闘では早くなるため戦闘能力や技術は他の生徒とは一線を凌駕している。

そんな彼の強さを彼の母親である静蘭は『もともと強かったわけじゃない』と言っていたが、だとしたら一体何をすればあそこまで強くなれるのか、思わず聞いてみたくなってしまうほどの実力を持つ。

だが、それ以上に緑谷が彼に目を送ってしまっていたのは、彼のその内に秘めた覚悟の違いが大きいだろう。

自分とは違い、誰かを救いたいという思いではなく、誰かを救うという覚悟を持っていた彼。

そんな彼が、轟の過去を聞いたとしたら、一体どんな反応を示すのだろうか

ふとそんなことが気になってしまったのだ。

そして、いつの間にか、緑谷の口は自然と彼の名前を口にしていた。

 

「あのさ…五十嵐君!」

 

「んぐッ?…ウッッンっと!どうした、緑谷?そんな大きな声出して?」

 

いきなり名前を呼ばれて一瞬戸惑った衝也は慌てたように口にしていたさんまを飲み込んで緑谷の方を向く。

 

「あ、ごめん…大丈夫?喉詰まらせなかった?」

 

「いや、大丈夫だから早く要件を言ってくださいどーぞ。」

 

衝也は特に問題なさそうに心配してきた緑谷をあしらう。

それをみた緑谷は少しばかり真剣な表情を浮かべて大きく一度息を吐いた。

 

「う、うん。それじゃあ、そのちょっと五十嵐君に聞きたいことがあるんだけど…その…

 

 

五十嵐君は自分の『個性』をどう思う?」

 

「……ごめんちょっと意味が分かんない。」

 

「あ!ご、ごめん!?いやあのその…!つまり何を言いたいかっていうとね!?」

 

緑谷の質問に一刀両断でそう返す衝也。

それを聞いて緑谷は慌てた様子でほかの言葉をひねり出そうとする。

さすがに本当のことをここで話すわけにもいかないのでいい代替話を作らなければならないのだが、いざ話すとなるといい代替話が思い浮かばない。

そして、しばらくの間うんうんとうなりながら考えていた緑谷はいい話を思いついたのか、やっとこさ衝也の方へと向き直った。

 

「うーんと、その…そう!僕の知り合いにね、自分の親のことが大っ嫌いな人がいるんだけど」

 

「…いきなり予想の斜め上を行く話をぶっこんできたなおい。つーかなんでそんなに嬉しそうに話してんだよお前。」

 

「ごめん、やっとうまい言い方が見つかってうれしくなっちゃたんだ…。」

 

開幕そうそう重すぎる話をぶっこんできて、なおかつそれを嬉しそうに話す緑谷に若干引き気味になる衝也。

それを見て、少しばかりしゅんとする緑谷だったが、すぐに話を再開しようと口を開いた。

 

「えっと、それで話をつづけるけど…その知り合いの子はさっきも言ったのに親のことが物凄く嫌いで、そんな親の個性を受け継いだことをものすごく嫌がってるみたいなんだ。それこそ自分の個性を使いたくないほどに…」

 

「……」

 

「でも、僕はそんな子にどういう風に声をかけたらいいかわからなくて、結局つまらないことしか言えなくて…だからその…五十嵐君は、その子のことをどう思う?」

 

「知らん、以上。」

 

「ええ!?」

 

緑谷の問いかけにシレっと答えて食事を再開しようとする衝也に思わずすっとんきょうな声を上げてしまう緑谷。

慌てて、話を続けようと彼に続けざまに声をかけていった。

 

「そ、そんなあっさり!?もっとこう、なんていう言葉を投げかけるかとか…ぶっちゃけるとそういったアドバイス的なものが僕としてはほしかったわけで!?」

 

「だって俺は別にそいつがどんな奴なのかも知らないし、知り合いでもない。そんな奴のことをどう思うか聞かれたって、『ふーん、難儀な家庭環境してんだなぁ』くらいにしか思わないって。ましてやそいつにどんな言葉を投げかければいいのかなんてわかるわけないでしょうよ。知り合いであるお前にすらわからないのに…」

 

「いや、そうなんだけど…その…なんて言ったらいいのかなぁ!?」

 

一応はこのたとえ話の知り合いは衝也のよく知る轟という人物なのだが、それを言うわけにもいかないのでどうしたらいいのかわからず思わずあたふたしてしまう。

そんな彼をしばらくの間見続けた衝也は呆れたようにため息を吐きつつ、ゆっくりと口を開いた。

 

「緑谷は、俺の持論知ってるっけ?」

 

「…え?」

 

「…『知ってる』か『知らない』かで、その人がとる行動は大きく変わる…だよね?たしか。」

 

衝也のいきなりの言葉に一瞬呆けた顔をする緑谷。

だが、そんな彼とは対照的に、衝也の言葉を聞いていた耳郎が軽く耳たぶのコードをいじくりながら答えた。

それを聞いた麗日がきょとんとした表情で首を傾げながら耳郎の言葉を反芻した。

 

「知ってるか…知らないか…?」

 

「そ、人がそれぞれ行動が違うのは、その人が何を知ってるのかがそれぞれ違うからだと、俺はそういう風に考えている。」

 

そういうと、衝也はゆっくりと箸をおいて、人差し指を緑谷へと向けた。

 

「例えば、緑谷がなぜ最後の最後まで俺からハチマキを奪い取るのをあきらめなかったのか。それはきっと緑谷しか知らないことがあったから、お前は最後まであきらめなかったんだろう?」

 

「!」

 

そういわれて、緑谷は思わず目を見開いた。

そう、確かに緑谷は知っていた。

自分ひとりが戦っているわけではないことを。

自分ひとりだけの勝利じゃないことを。

今ここで、自分が勝たなければ…自分を信じてくれた三人の思いを無下にしてしまうことを。

三人の思いを背負っていると知ってたからこそ、あの時緑谷は『あきらめる』という選択肢を考えることすらしなかったのだ。

 

「ここでさらにたとえ話をしていこうか。」

 

そういうと、衝也は自分の持っていた箸を一膳手に取り、皆に見せるように掲げてみた。

 

「うーん、そうだな…ここは13号先生の言葉を借りていこう。」

 

「13号先生の?」

 

「そ」

 

あこがれのヒーローの名前が出たせいか麗日が衝也の言葉に反応を示す。

そんな彼女に軽く返答をしながら衝也は、箸を二つに分けてからさらに話を続けていった。

 

「例えばここに、二人の人がいたとする。個性はどちらも『簡単に人を殺せるような』個性だ。どちらの人間も、そのことに恐怖を感じている。一歩間違えれば多くの人間を、自分の手で殺してしまうような個性。そのことに、この二人はトラウマや恐怖を抱え、個性を使うことに踏ん切りがつかないでいた。」

 

「…なんだか、緑谷君と同じかそれ以上に重い話だな…。」

 

「ま、元の話が重っ苦しいんだ。たとえ話もそれなりに重くしないと『例え』として成立しなくなっちまう。」

 

飯田の重苦しい表情と共に発せられたつぶやきに軽く笑みを浮かべた衝也は次に右手に握っていた箸を掲げた。

 

「さて、ここからが重要なんだが…まずはこの右手の箸…まあ適当にAという名前にしとくか。このAは、その恐怖のあまり、個性を使うことを良しとしなかった。結果、彼は何不自由なく残りの人生を過ごすことになる。心の奥底にずっとその恐怖とトラウマを抱えたままな。」

 

「…なんだか、悲しい話ね。あまりいい気分はしないわ」

 

「ま、不自由なく人生を過ごせただけAはラッキーだったってとらえてくれよ。そのほうが多少は気が楽だろ?っていうか、これ一応たとえ話だからそんなガチなリアクションしなくても…」

 

「いや、話が重すぎてなんか軽く考えらんないってこれ。」

 

「…うん、なんか、悪いな…ほんと。」

 

蛙吹の悲しそうな表情に衝也が気分を明るくさせようと声をかけるが、蛙吹と同じような表情を浮かべている耳郎の言葉を聞いて気まずそうに謝罪の言葉を放つ。

が、ここまで来たらやめるわけにもいかないのでそのまま話を続けていく。

 

「んで、こっちの左手の箸は…まあCにしとくか。このCは、恐怖から逃げたAとは対照的に、その恐怖に押し負けることなく、抗い続けた。それはなぜか?…知っていたからだ。人を殺してしまうほどの巨大な力を持つ個性で、あまたの人間を救う者がいたことを。そんな人に、自分があこがれていることを。『自分のこんな個性でも、誰かを救うことができるかもしれない』ということを。そうして自分の恐怖に抗いつづけた彼は、いつしか多くの者に慕われるヒーローとなった。」

 

「C君…なんと素晴らしい人なんだ!人を殺してしまうかもしれない恐怖に抗い…ヒーローとして活躍するとは…!まさに苦難を乗り越えた真のヒーローじゃないか!」

 

「ええ話…ええ話や…!」

 

「いや、あの…お二人さん、これただのたとえ話なんだけど?本当にあった感動する話とかじゃないんだけど?」

 

両目を潤ませながら『ブラボー!ブラァボォー!!』と拍手をする飯田と、もはや少し泣いてしまっている麗日に思わず突っ込みを入れた衝也は(かんじょういにゅうしすぎでしょうよ)と思わず呆れたようにため息を吐いてしまう。

 

「…それで話を戻すけどさ。この二人は抱える恐怖もトラウマも一緒だったわけだけど、そのあとの行動や人生には大きく差違が出たろ?持論を展開している俺のたとえ話だから俺の都合の良い話になっちまってるけど…その理由は自分の個性が『人を殺すだけではなく、救うことができる』個性であると知っていたか否かが相違点にあげられる。…ま、そういう風な文章で言ってんだから当たり前なんだけど。そこのところはまぁ、勘弁してくれ。」

 

そういって、軽く頭を掻いた衝也はゆっくりと視線を緑谷の方へと持っていく。

 

「言っとくけど、このAもCもどちらかが間違ってるとか、そういうわけじゃない。

どちらも自分が信じた思いを胸に行動した結果だ。Aは『個性を使わないでいれば人を殺さない』という思いも、Cの『自分の個性は、人を救うことができるはず』だという思いも、どちらも自分が正しいと信じて行動してたんだからな。

緑谷のその知り合いってのも、たぶん同じだと思うぜ?そいつが一体何を知っていて、何を理由に親を嫌ってんのかは知らないけど、少なくともその知り合いは自分の考えを信じて『個性を使ってない』んだろ?」

 

「でも…もしその結果Aさんみたいによくない方向へと進んでいったら、それは…」

 

「…嫌…てことなんだろ?」

 

「うん。」

 

そういって険しい表情のまま拳を握りしめる緑谷。

そんな彼を見た衝也は半ばあきれたような表情をして、軽く肘をついた。

 

「なーんぎな性格しとるなぁ緑谷も…。」

 

「うぐっ…」

 

「いいか?まず初めに言っとくけど、自分の考え方に基づいてみんなそれぞれの人生を、わかりやすく言えばその人の道を歩いてる。その歩く道筋を変えるのはほかならぬその人自身なんだぞ?たとえどれだけ人の言葉に流されやすかろうがなんだろうが、結局最後に考えや行動を変えるのは『自分自身』なんだ。その人の歩く道を変えることができるのは『お前』じゃなくて『その人』なんだ。だから『自分の行動には最後まで責任をもて』なんて言葉があるんだから。」

 

「…!」

 

衝也の言葉が、緑谷の心に突き刺さる。

確かに、緑谷がいくら言葉を投げかけようと…轟が考え方を改めない限り、彼の憎しみも楔もなにも消えはしない。

轟の考えを変えることは、ほかならぬ轟自身にしかできないのだから。

 

(…確かに、五十嵐君のいうことも一理ある…けど、だとしたら僕にできることは…もう)

 

「けど」

 

「…っ!?」

 

ないのかもしれない。

そう考えた緑谷だったが、ふいに衝也がさらに口を開いてきた。

 

「その道を増やすことことくらいはできるかもしれねぇぞ?」

 

「…道を、増やす?」

 

「そ、増やすんだ。」

 

そういうと衝也は右手の人差し指と中指で人が歩く姿を模し始め、その二つを歩かせていった。

 

「いいか、その知り合いってのは自分の考えのもと、『親から受け継いだ個性を使わない』という選択をしたわけだ。そして、その選択した道をひたすら歩き続けてる。

道ってのは、自分で新しい道を見つけることは中々難しいもんだ。現実だってそうだろ?普段の登下校の道ばかり通ってるけど、もしかしたら別の道で学校に行くことができるかもしれない。けど俺たちはそんなことはしないよな?自分の通ってる道が一番学校に早く着くルートだと信じ込んじまってるからだ。本当は曲がり角を左に行くより、右に行ったほうが早く学校につくかもしれないのに。

 

だけど、そこに第三者がいた場合は話は別だ。

第三者、そうだな…例えば自分の大切な友達が『この曲がり角は左を曲がるより、右に曲がったほうが早く学校につくよ』といったとしたら、お前らも『それなら行ってみようかな?』って気持ちになるだろ?…ごめん、ちょっと例え下手かもしれねぇけど…。

 

 

とにかくまぁ、それと同じだよ。そうだな…さっきのやつに似ちまうけど…例えば緑谷がその知り合いに『実はその個性はこんなにたくさんの人を救うことができる』っていうことを教えてやったとしたら、それを『知ること』ができたその知り合いは自分の考えを改めて、しぶしぶでも個性を『誰かを救うために』使うかもしれない。そうすればその知り合いは『人を救う時だけはこの個性を使う』という新たな道を歩いていくことになるわけだ。そうすればもしかしたら、人生がガラッと変わる…なんてこともあるかもしれねぇ。それを転機に親と仲良くなっちゃったり!とかな。」

 

そういって、衝也はまっすぐ歩かせていた指を右へと方向転換させる。

 

「気づかせてやるんだよ。君の歩く道は『一つなんかじゃない』ってことに、もっと左や右、斜めなんかもあるんだよってな。…ま、後退がないってのが俺的には一番つらいとこなんだけど。それはきっと、その知り合いのことを『知ってる』緑谷にしかできないことだと思うぜ?」

 

そこまでいうと衝也は出していた指を引っ込めて、いそいそと空になった食器を重ね始める。

 

「って言っても、新しい道を歩くかどうかはその知り合いしだいだけどな。けど、緑谷が言った言葉でその知り合いが何かを知ることができるかもしれないし、お前に感化されて緑谷が気づかせた新しい道を歩くようになるかもしれない。それに、ここまで言っといてなんだけど、結局はその人次第ってことに変わりはない。なら、あとはお前がどこまで頑張るかだろ?

どうしてもその知り合いに違う道を歩いてほしいっていうんなら、そいつの脛にかじりついてでも気づかせてやればいい。

『君の考え方は、君や家族を傷つけているだけなんだぁ』ってな。」

 

そこまで言って衝也は空になった食器をすべてお盆の上に乗せ、ゆっくりと座っていた席を立つ。

そして、くるりと身体を反転させて食器置き場へと移動し始める。

 

「んじゃ、俺のくそつまらん話はここまでだ。ま、今日はそんな知り合いのことは忘れて正々堂々戦いましょうや。お互い、手加減なしで頑張ろうぜぇぃ。」

 

そういって振り返らずに手だけを振ってそう告げた衝也はそのまま食器置き場へと移動し、やがて人込みの中へとまぎれていった。

そんな彼の後姿をしばらくの間見続けていた緑谷達四人。

だが、そんな静寂を麗日の一言が一気に破った。

 

「なんていうか…すんごく意外やね…。野球の審判が実は野球よりサッカーの方が好きだということを知った感じに似てる。」

 

「まったくだ…!まさか五十嵐君があんなことを言えるような人間だったとは。つくづく人は見かけによらないという言葉がしみてくる。」

 

「それ、五十嵐ちゃんの前で言っちゃだめよ?傷つくだろうから。あと、お茶子ちゃん、例えの意味が分からないわ。」

 

本人がいないとは言えとんでもなく失礼なことをしみじみとした様子で語る麗日と飯田。

そんな中、緑谷は自然と拳を握りしめながら、目を閉じて彼の言葉を反芻していた。

 

(そっか、轟君の歩く道を変えさせることは…轟君の過去を『知ってる』僕にしかできないことなんだ…。だったら、だったら僕は…)

 

そこまで考え、緑谷はゆっくりと目を開ける。

その表情には、何か吹っ切れたような、、それでいて覚悟を決めたような表情を浮かべていた。

 

そんな緑谷を尻目に、衝也が去っていった方向をずっと見続けている耳郎は、少しばかり怪訝な表情を浮かべている。

 

(…何かを『知ってるから』選択は変わり、『選択』が変わるから歩む道が変わる。アンタの言うことはいつもいつも回りくどいけど納得がいくよなぁ…。でも、あんな考えをウチらと同い年の高校生が考えたりする?なんだかちょっと本気で怪しくなってきたな。普段の言動はともかくとして…。それに…)

 

そこまで考えて、耳郎はわずかに表情を曇らせる。

 

『…ま、後退がないってのが俺的には一番つらいとこなんだけど』

 

(あの時のアンタ…凄くつらそうな顔をしてた。)

 

緑谷も麗日も飯田も蛙吹も、誰も気づかなかった彼の小さな変化。

おそらくは、それなりに付き合いができ始めた自分だからこそ気づけたその変化が、どういうわけか、耳郎の心に引っかかっていた。

 

「衝也…アンタは、一体何を知って、一体どんな選択をして今の道を歩いてんの?」

 

思わず漏らした耳郎のつぶやきに、返答する者は誰もいない。

 

そして、彼女のつぶやきが食堂の騒音にかき消されるのとほぼ同時に

 

昼休憩終了10分前を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「あ…ごはんまだ食べ終わってない…」」」」

 

 

 

 

 

 

 

ついでに四人の慌てた声も響いた。

 




基本なんかそれっぽいことを書いておけば何とかなると思っている作者です。
ほんと、申し訳ないです。
そういえば、今現在募集中のアンケートで
『自信があるほうを書いてください』と書いてくださった方がいました。
自信があるストーリーはどちらかというと、やはりステインと会うストーリですね。
だって原作という下地がありますからね。
一から構成しなくていいって素晴らしいです。
…だから文才も構想能力も向上しないんでしょうね。


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第二十三話 覚悟の違い

さて、いよいよトーナメントですねぇ。
わくわくが止まりませぬ。



昼休憩も終わり、いよいよ最終種目の発表がステージでされる時間となった。

予選で落ちてしまった者も、本選を通った者も生徒はみな一様にステージへと集合していく。

予選で落ちてしまった者たちにとっては『予選に落ちたんだから別に集合しなくても…』

といった感じなのだが、最終種目の発表の後、そのまま全員参加のレクリエーションがあるため、それなら最初っから全員集めたほうが時間の都合上何かと効率が良いのだ。

某寝袋先生の言うところの『合理的処置』のようなものだ。

とはいえその処置に理解はできても納得がいくものは少なく、ほとんどの生徒はだるいだの、疲れるなど文句を垂れながらステージへと移動している。

 

 

もちろん、そんな気だるげな生徒の中には、例にも漏れず衝也も入っている。

 

「あ~、怠い…。控室で出番が来るまでゆっくりしてたい…。本戦が始まるまでちょっと何も考えないでいたい。思考放棄したい。」

 

「おーい、だいじょぶかー?しっかりしろよー?」

 

「戦う前から顔が疲れ切ってんなぁお前…。」

 

疲れ切った顔で動きたくないでござる宣言し続ける衝也に瀬呂と上鳴が呆れた顔で目の前で手を振ったりして大丈夫かどうかを確認する。

そんな衝也の横を歩いていた切島はにこやかな笑顔を浮かべて衝也の肩をバシバシと叩いた。

 

「なーに腑抜けたこと言ってんだよ衝也ぁ!せっかくこんな大舞台に立つことができるんだぜ!?こんな機会はめったにないんだ!もっと気合い入れてかなきゃ勝てる相手にも勝てなくなっちまうぞ!俺や瀬呂の分までお前や上鳴には戦ってもらわなきゃならねぇんだからな!」

 

「いや、そういう男同士の熱い友情物語みたいなこと俺にさせようとしないでくんない?俺が戦うのは自分のためであってお前らのためじゃないんですけど?俺切島のそういう部分マジで嫌い。」

 

「つれねぇこと言うなよ!俺はお前なら優勝できると思ってっから言ってんだぜ!?俺のこの熱い思いの分までお前らには頑張ってほしいんだ!」

 

「ま、俺らは騎馬戦で負けちまってるから本戦出れねぇし…。自分の友達が出るんだったらせめてそいつらを応援したいわけよ俺らは。」

 

ますますうんざりした様子の衝也に対して、握りこぶしを作りながら笑顔を見せる切島

その彼の言葉に続くかのように瀬呂が頭を掻きながらどことなく真剣な面持ちで衝也と上鳴の方へと言葉を投げかけた。

 

「つってもなぁ…正直俺は自信がないぞ?今回は運よく轟のチームに入れてもらえたから勝てたけど…本戦でその轟や爆豪とかの才能マンに当たったら俺たぶん瞬殺されるだろうし。」

 

「泣き言言うなこの空っぽ豆電球、お前の場合は戦い方が悪いだけ。個性に関して言えばお前は恵まれてるんだからな。つまりはお前が超絶ド級のバカだから悪い。」

 

「そういう正論をグサグサ心に刺してくんなよ!?俺は切島と違ってメンタル弱いんだからさぁ!!」

 

「頭は空っぽ、身体能力は並み、個性もろくにうまく扱えない。その上メンタルまで弱いって…お前どうして雄英入ったの?ヒーローやめたほうがいいんじゃない?」

 

「…」

 

「ヒーローにおいて最も重要なのってそのメンタル部分なんじゃねぇの?その一番重要な部分が弱かったらもう話になんねぇじゃん。それに、才能がどうとか個性がどうとか自分に言い訳して負ける理由を作ろうとしてる時点でヒーロー失格でしょ?わかる?ヒーローが負けたら救えるものも救えなくなるんだぞ?」

 

「……」

 

「だいたいそうやって」

 

「ストップ!衝也ストップ!もう上鳴のライフ0だから!もうこれ以上ないほどに落ち込んじゃってるから!体育座りして地面にのの字書き始めちゃってるから!」

 

気だるげな表情は変えずに辛辣な言葉を並べてく衝也にフルボッコにされた上鳴を守るために慌てて止めにはいる瀬呂。

そんな上鳴をどこから湧いて出て来たのか峰田が彼の肩に手を置きそっと声をかけた。

 

「同士よ、こんなところでうずくまってるな。お前はあれを見るためにここまで頑張ってきたのだろう?」

 

「っは!!そうだった、俺は、俺はあれを見るためにここまでやってきたんだった!」

 

「そうだ!あれを見るまで、お前もオイラも、下を向いてちゃいけねぇんだ…!下を見るな、前を向け上鳴!お前とオイラの見たかったものが、そこにはある!」

 

「ああ!俺は進むぜ峰田!あれを見るためだったら、俺はどこまでも前を向ける!」

 

「…え、何この茶番、こいつらに一体何が見えてるのか俺にはわからねぇんだが?」

 

「安心しろ衝也、俺もよくわかんねぇ。」

 

峰田に励まされた上鳴が彼と一緒にどこかを見つめ続けているのを見て、呆れた表情を隠せない衝也のつぶやきに切島が返事を返す。

それと同時に、切島は若干不思議そうに衝也のほうへと視線を送った。

 

「それにしても、やけに疲れてんなお前。本当に大丈夫か?」

 

そういって、心配そうに彼を見つめる切島。

いつもの彼だったら、こういう行事の際は上鳴と一緒に馬鹿をやるのが普段通りの彼であり、あそこまで上鳴を罵倒することはあまりやることではない。

上鳴がへこむまで罵倒をするときといえば本当に数えるほどしかなく、彼自身が疲れているか用事があるかで、上鳴の相手をしてる暇がなかったり気分が乗らなかったりした時にしか行わない。

ということは、いま上鳴を、しかもまだバカな事すらやってない状態でへこませたということは、それだけ疲れているということにも言い換えられる。

上鳴からしてみれば疲れた際の八つ当たりとして扱われているような物なので、大変迷惑極まりない行為である。

それがこれまでの付き合いからなんとなくわかっている切島のその言葉を聞いて、衝也は軽く頭を掻いた。

 

「んー、疲れてるわけじゃないんだけどなぁ…ま、あれだ。色々と考えることがあって大変だなぁって…なんか、そういう感じ。」

 

「?なんだそれ?意味わかんねぇぞ?」

 

「意味わかんなくていいんだよ別に。俺自身の…いやまぁ正確には俺だけじゃないけど…とにかく俺だけの問題だから。」

 

「??マジでちょっと意味わかんねぇな…」

 

「あとは単純に恋とあったせいで疲れた。精神的に」

 

「まだ引きずってんのかよ…」

 

「あの後、芦戸と葉隠の追求から逃れるためにどれほど労力を使ったかお前はわかってない…!」

 

「お、おう…そうか。まぁその…あれだ…ど、どんまい。」

 

そういってギリギリと歯ぎしりを立てながら下を向く衝也を見て

(あ、これは聞かないほうがいいな)と本能的に危険を察知した切島はそのことについて深くは追及せず軽くねぎらいの言葉をかける。

そんな切島の言葉を聞いた衝也は「おう、サンキュー」と軽くお礼を言った後、ふいに何を思ったのか切島の顔を見つめ始めた。

 

「…?ど、どうした衝也?俺の顔になんかついてんのか?」

 

「つーか、そういうお前だって大丈夫なのか?…それなりに無理してそうに見えるが…?」

 

「…お前なんでわかんの?」

 

「お前が俺が疲れてるのがわかるんだったら、俺だってお前のことは多少なりともわかるって思わなきゃ。」

 

「…ああ、確かに、言われてみればそうかもな。」

 

自分が相手の体調を見抜くことができるのならば逆もまたしかり、と衝也は言いたいのだろう。

こちらを向いて軽く口角を釣り上げる衝也を見て切島はしばらく、下を向いて拳を握りしめた後、ゆっくりと顔を上げる。

その顔は相変わらず熱苦しい笑顔のままだ。

 

「悔しい気持ちがないわけじゃないけど…今回俺が負けたのは、自分の実力が足りなかったからだ。俺なりに色々考えて、俺が最善と考えて爆豪達と手を組んだ。けど結果は本戦出場ならず…。だったらそれが今の俺の実力だ。運がなかったのもあるかもしれねぇけど、それいったら『運も実力のうち』っていうし。何より、自分が考え、行動した結果がこれなら文句のつけようもねぇ。だから…悔しいけど…後悔はねぇし無理もしてねぇ。お前らを応援したいって気持ちも本当だ。」

 

「……」

 

「それに、ここが限界ってわけじゃねぇ。これから先、頑張れば…本戦に進んだ誰よりも強くなれる可能性だってあるんだ。だったら今、負けた自分ができるのは自分より強い奴と自分の何が違うのかを『観る』ことだ。くよくよなんてしてらんねぇし、してる暇もねぇよ。」

 

そういって切島は衝也の方へとその熱苦しい笑みを向けた。

 

「だから、お前には何が何でも優勝してもらうぞ。強い奴が多く戦えば、それだけ学べることも多い!お前の戦い、しっかりと『観せてもらう』からな!」

 

「…お前、本当に切島か?俺が知ってる切島はそんなに難しいこと考えてないぞ?」

 

「お前ドストレートに言ってくるよなほんと!?こう見えて色々と考え始めてんだよ俺は!」

 

衝也の驚いた表情に心外だ!というように詰め寄っていく切島。

だが、自身に詰め寄ってくる切島の表情とは裏腹に、衝也の顔にはうっすらと笑みを浮かべている。

やはり友人が落ち込む姿を見るより、前へと進もうとしている姿を見るほうが自分にとってはうれしいのだろう。

そんなやり取りの中、ふいにプレゼントマイクがマイク越しに素っ頓狂な声を上げ始めた。

 

『……ん? アリャ? どーしたA組!!?何その恰好!?』

 

マイクの疑問の言葉を聞いた衝也と切島はなんだなんだ、何がおかしいんだ?と不思議そうな表情を浮かべたままきょろきょろとその疑問の元をたどったその瞬間、切島は愕然と、衝也は呆れた様子でその光景を見ることになる。

 

それと同時に、プレゼントマイクが疑問に思うのにも納得がいった。

そう、A組…いや、正確にはA組の女子全員が、場を盛り上げるために連れて来たのであろう本場アメリカのチアガールたちと同じ格好をしていたのだから。

 

白のハイソックスにへそ出しがセクシーなノースリーブと見えそうで見えなさそうな絶対領域のスカート。両手には黄色いポンポン。

どこからどう見てもチアガールと同じ格好である。

違うのは揃いも揃って目が死んでいることくらいだろう。

 

「…何やってんだ?アイツら。」

 

「ま、色々あったんだろ?」

 

「色々あり過ぎじゃねぇ!?何がどうあったらチアガールの恰好することになんの!?」

 

そういっていまだ愕然としている切島とは対照的にため息を吐いた衝也はゆっくりとそのチアガールたちに近寄って行った。

見ると八百万は悔しそうに膝に手を置いて顔を俯かせており、その背中には麗日の手が優しく置かれている。

この時点で犯人は半ば確定しているものの、一応証拠不十分で暴力をふるってしまうのはヒーロー志望としては失格なため、衝也は被害者たちから言質を取ろうと試みる。

 

「へい、そこのチアガールズ。何があったのかは予想できるが、とりあえずどうしてそんな格好してるのか聞いていいか?」

 

「そ、その実は…み」

 

「OK任せろ八百万の神。あのクソブドウの死体をあなたの供物としてささげてあげましょう。」

 

「待て待て待て待て!!まだオイラが犯人って決まッたわけじゃねぇだろうが!?」

 

「何言ってやがる、『み』というその文字が出た瞬間お前はもう有罪だ。」

 

「理不尽すぎる!?」

 

名前の頭文字だけで犯人とされてしまった峰田はそのまま衝也につかまりチョークスリーパーを決められてしまう。

まあ、衝也の推理は一μも外れてはいないので間違った行動でもなんでもないのだが。

そのまま峰田はゆっくりと衝也に落とされ、無残な姿のまま八百万の前へと放り投げられてしまう。

 

「八百万の神、今回はどうかこれでその怒りを収めてくれ。」

 

「あの、五十嵐さん、お気持ちはうれしいのですが、その言葉だとわたくしがまるでどこかに祀られている神様のようになってしまいます…。」

 

「峰田に対するツッコミは何一つねぇんだ…。」

 

衝也の言葉に困ったような表情を浮かべた八百万だが、その言葉の中に峰田に対する言葉は一言もない。

そんな八百万をみて変なところで衝也に毒されているのではないかとひそかに心配になってしまう切島。

 

「んー、でも本戦まで時間空くし、その間空気が張り詰めたらシンドイだろうし…いいんじゃない!やったろ!!ほら、本戦出場した人たちへのご褒美ってことで!」

 

「透ちゃん、好きね。」

 

「おおー!さすが葉隠話が分かる!お前の応援なら元気出まくりだぜ!」

 

「お前はチアガールが応援さえしてくれれば元気出まくりだろ…。」

 

そんな中、一緒にチアガールの姿に峰田によってさせられた葉隠はブンブンとポンポンを振り回してやる気を見せている。

その姿に感心する蛙吹と喜びに満ち溢れた表情を浮かべる上鳴。

そんな上鳴のチャラい発言に瀬呂がツッコミを入れる。

だが、乗り気の葉隠とは対照的にその隣で立っていた耳郎は片方のポンポンを地面へと投げ捨てて、不機嫌な表情を浮かべていた。

 

「言っとくけどウチはやらないからね。こんなアホみたいなことに付き合ってらんないし。」

 

「えー!んなつれないこと言うなよ耳郎!そのチアガール姿結構似合ってるぜ!いやホンとマジで!」

 

乗り気ではない耳郎をおだてて機嫌をよくしようとしたのか、上鳴がチャラ男スマイルを浮かべて褒めはやすが、耳郎はその表情を変えようとはしない。

 

「アンタに言われても嬉しかないっての。」

 

「確かに胸はないけどその分お前にはお前の魅力ってもんが…」

 

「うっさい!」

 

上鳴の発言を最後まで聞かずにポンポンを彼に向って投げつける耳郎。

それを見ていた衝也は上鳴にそっと手を置いて諭すように言葉を投げかけた。

 

「おい、いい加減あきらめろ上鳴。葉隠があそこまで乗り気なのは元来誰かに見られる羞恥心がないやつだからだよ。考えてみろ、人前で全裸になるのが平気な奴がいまさらチアガールで恥ずかしがったりするか?」

 

「あー!そういう言い方はひどいんじゃない五十嵐君!私だって一応羞恥心あるんだよ!この格好だって恥ずかしくないわけじゃないんだから!」

 

「全裸の方がよっぽど恥ずかしいと思うのは俺だけでしょうか?」

 

「何もつけてないと何も見られないけど、こういう服を着ると服の上から身体のラインとかわかるでしょ?そういうのってちょっと恥ずかしかったりするんだよねー。」

 

「うーん、わかるような、わかんねぇような?」

 

衝也の問いかけに対する葉隠の発言に首をかしげる上鳴だったが、そんなことは関係ないとばかりに衝也は肩に手をかけている彼に話をかけた。

 

「それより、上鳴…一つ聞きたいんだがな?」

 

「ん?どした衝也、急に改まって?」

 

「お前と峰田がさっき言ってた『あれ』とかいうやつは、これがそうだという認識でいいんだよな?」

 

「もちろん!これを見るために俺はここまで来たようなもんだぜ!?」

 

「ほーうほう、それじゃあ、お前は

 

 

峰田のたくらみを知ってても止めはしなかったわけだ?」

 

「ッ!?あ、いや…それは」

 

「もしかして…

 

 

 

協力とか…してないよな?」

 

「なななな…なーにをいってるですか衝也さん!?おお、俺がそんな下劣なたくらみに手を貸すような男に見えるんですか!?失礼しちゃいますよほんとにぃ!」

 

「峰田と一緒にウチとヤオモモにチアガールの恰好をするのは相澤先生からの言伝だって教えてきたのは協力に入らないんだ。初めて知ったよ。」

 

「うおおおおい!!じろぉぉぉぉ!?それ今言っちゃいけないやつなんですけどぉぉ!?」

 

「…これより正義を執行する!」

 

そういうが早いが衝也は峰田と同じように上鳴にチョークスリーパーを決め、きっちり上鳴が落ちたのを確認した後、峰田と同じように八百万の方へと放り投げた。

 

「八百万の神、これで首謀者はきっちり処罰しておいたぜ。」

 

「五十嵐さん、お気持ちはうれしいのですが、さすがにこれはやりすぎなのでは…?」

 

「上鳴の時はちゃんとツッコむんだな八百万…。」

 

気まずそうに衝也へとそういう八百万にまたもやツッコミを入れる切島。

そんな中、衝也はしばらくペコペコと八百万に頭を下げたあといまだ不機嫌そうな顔をしている耳郎に声をかけた。

 

「いやぁ、それにしても女子たちはとんだ災難にあったもんだな…。」

 

「ほんとだっての。ったく、なんでウチがこんな恰好しなきゃならないんだか…。あとで峰田の心臓潰してやる。」

 

「個人的には賛成だけど、ヒーロー志望がしていいことじゃないから、軽くにしとけよ。」

 

あくまでやること自体を止めようとはしないあたり衝也も大概だよなぁ、などと考えながら耳郎はなんとはなしに衝也の方を向く。

すると、彼にほんの少しある違和感を感じた。

 

目を合わせようとしていない。

いつもの彼は基本的に相手と話すときはきちんと目を見て話す。

まぁ、それは人として当然のことだから別段特筆すべきことではないのだが、今の彼は視線をわずかに横にそらし、極力耳郎から目をそらすようにしている。

これはいつもの彼とはだいぶ違う反応だ。

その反応に、思わず耳郎は首をかしげてしまう。

 

「…衝也?」

 

「ん?どうかしたか耳郎。」

 

「…なんで目ぇ逸らしてんの?」

 

「ブッ!?いや…別に深い意味はないというかだな…。」

 

その問いかけに思わず吹き出してしまう衝也。

そして、さっき以上に目をあちらこちらへと泳がせ始めた。

 

(…あからさまに動揺してる。)

 

普段との彼の反応の違いに若干驚く耳郎だったが、こうまで動揺しているとそれがなぜなのか知りたくなってしまう。

耳郎は衝也が視線を泳がせている方向へと身体を持っていき、何とかして視線を合わせようと試みるが

 

「…!?」

 

耳郎が右に来れば視線を左に、左に行けば右に、といった具合に頑なに視線を逸らし続ける。

 

「アンタ、ほんとにどうしたの?さっきから一回も目ぇ合ってないんだけど…」

 

「いや、なんでもないってほんとに。もうほんとマジでなんでもないから。」

 

「何でもないなら目を合わせればいいじゃん。」

 

「それは断固拒否する。」

 

「…なんで?」

 

「……」

 

「……」

 

耳郎の問いかけに無言で返答をする衝也だったが、耳郎は一度気になったら結構追求していくタイプの女子だ。

さすがに相手のデリケートな部分になると手を引くが、そうじゃないとしたら、多少なりとも追及はする。

じーっと衝也へと視線で『なんで?』と語り続ける耳郎に、だんだんと追い詰められていく衝也。

やがて、ゆっくりと口を開き始めた。

 

 

「いや、その…なんていうか…」

 

「なんていうか?」

 

「直視できないと言いますか…」

 

「?」

 

「その、視線のやり場に困るというか…。へ、へそとか出てるし。」

 

そういった後、ますます視線を遠くにやる衝也。

その頬は彼にしては珍しく真っ赤に染まっていた。

それをみた耳郎は一瞬目をぱちくりした後

 

「…ぶッ!アハハハハ!!」

 

盛大に笑い始めた。

 

「うおおおおい!わらうんじゃねぇ!!こっちは結構必死なんだよぉ!!」

 

「いや、だって…!こっちの予想外すぎる返答で…!『視線のやり場に困る』って…『へ、へそとか出てるし』って…!マせた小学生じゃないんだからさぁ…!アハハハハ!あー、ダメ、おなか割れそう!!あ、涙出てきた。」

 

「お前…ほんといい加減にしとけよこの野郎…!」

 

ひーひー言いながら出てきた涙を指でふき取る耳郎と、そんな彼女を見て、不機嫌そうな表情を浮かべる衝也。

そんな彼を尻目に、耳郎は大きく三度深呼吸した後、ようやく落ち着いたように彼へと視線をもどした。

 

「はー、笑った笑った。なんか久しぶりにここまで笑ったかも…。」

 

「へいへい、そうでございますか。俺をネタにそこまで笑えるとはいい性格しとりますな耳郎はよ。」

 

「ごめんごめん、悪気はなかったんだって。っていうか、ウチにですら目のやり場に困るとか…それならヤオモモとか芦戸とか見たら心臓止まっちゃうんじゃない?」

 

そういって笑いながら彼女らの方を指さす耳郎だったが、それとは対照的に衝也は一瞬だけ耳郎の方へと視線を向けたあと、再び視線を逸らしてから口を開いた。

 

「いや、前も言ったけど耳郎はかわいいと思うぞ…その服もちゃんと似合ってるし。」

 

「…ッ!?」

 

「そういう風にあんま自分を卑下にすんなって病院で言ったろ?もっと自信もっていいと俺は思うぞ、うん。その…脚とか細くてきれいだし…。」

 

「……」

 

頬を若干赤く染めつつも耳郎にそう言う衝也。

その言葉に耳郎は一瞬フリーズしたように動かなくなってしまう。

それから数秒後、耳郎はいきなり手に持っていたポンポンを衝也の方へとぶん投げた

 

「…っ!い、いきなり何言ってんのこのアホ!て、ていうか!視線のやり場に困るとか言ってばっちり見てんじゃんこの変態!し、しかもよりにもよって脚って…!」

 

「ブフッ!いや、一瞬!見たのほんの一瞬だけだから!ほんと、わずか数秒足らずしか見てない!これほんと!まじほんと!」

 

「うっさいバカ!いい!?次ジロジロ見たらもうアンタにおかずはわけないから!金輪際一切何もやんないから!」

 

「ちょ、それは困る!?俺の貴重な昼食が!?ていうかそんなジロジロ耳郎のことは見てないって、ちょ、聞いてます耳郎さん!」

 

「だからうっさい!今は話しかけんな!」

 

そういって衝也から視線を勢いよく逸らしてしまう耳郎と、どうにかして彼女をなだめようとする衝也。

そんな二人の様子を見ていた八百万たち女子組は、

 

「耳郎さん…顔が真っ赤ですわ。」

 

「心なしか顔が物凄くにやけていますねー。」

 

「ええなぁ!ええなぁ!!青春やん!」

 

「八百万ちゃん、芦戸ちゃん、お茶子ちゃん…そういうのは感心しないわ。」

 

「梅雨ちゃんはわかってないよ!女子高生の楽しみって言ったらこれくらいしかないじゃん!」

 

蛙吹に注意されるまでニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、二人の様子を見つめていた。

だが、蛙吹の注意にお構いなしという風に葉隠は自身の個性をふるか

そんな中、彼女たちに見られてることに気づきもしない二人は相変わらず同じやり取りを繰り返してる。

両人とも、その頬を赤く染めながら。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

A組のチアガール事件があったものの、無事行われることとなった雄英高校体育祭の最終種目。

その内容はいたってシンプル。

勝ち残った四チーム、つまりは16名でのトーナメント形式のガチンコバトルをやるといった内容だ。

 

「う、なんかこうして立ってみると改めて緊張してきた…」

 

「大丈夫耳郎ちゃん?深呼吸をすると楽になるわよ?」

 

「うん、ありがとう梅雨ちゃん、頑張る。」

 

蛙吹に言われて大きく深呼吸をして心を落ち着かせる耳郎。

そんな中、衝也はカリカリと首筋を掻きながら誰に聞くでもなくつぶやきを漏らす。

 

「…ガチンコのトーナメント…か。」

 

「形式じゃ違ったりするけど毎年サシでバトるよな、確か去年は…スポーツチャンバラだったはず」

 

「ほへぇー…。」

 

瀬呂の言葉に感心したような声を上げる芦戸。

だが、そんな彼らとは対照的に衝也は何かを考え込むように顎へと手を添えた。

 

(…そう、瀬呂が言った通り、例年この最終種目は相手と一対一でやるようなものが多かったが…『ガチ』のバトルってのは初めてだ…。つまり裏を返せば『より実践に近い』状態の戦いとなる。)

 

「なるほどね…『あの襲撃以来』色々と考えてくれてるわけだ学校側も。」

 

つまるところ、生徒たちをより実践という場に慣れさせようとしているわけだ。

先日の突然のヴィランの襲撃。

いきなり名門と名高い、おまけにオールマイトという正義の象徴がいるこの雄英を狙ってきたことを考えると、今後さらにそのヴィランの攻撃が多くなると考えられる。

だとしたら、生徒にも被害が出ることになる。

そのもしもの時にそなえ、より身につく学習を行っていこうとしている…のかもしれない。

所詮は一介の高校生が考える推論のため断定はできないが、おおむねの筋書きはあっている確率が高い。

出なければ、こんな怪我人がでそうなシンプルルールをいきなり実行したりはしないだろう。

 

「じゃあ早速くじ引きで組み合わせを決めちゃうわよ。組が決まったらレクレーションを挟んで開始になります!レクには出場者は自由参加よ、温存したい人も息抜きしたい人もいるだろうしね」

 

衝也が考えを巡らせる中、主審のミッドナイトがくじ引きの箱を用意し、さっそくトーナメントの順番を決めようとする。

 

「さぁて、それじゃあ早速1位のチームから…」

 

そこまでミッドナイトが口にしたその瞬間、とある少年の手が震えながらも上げられた。

 

「すいません、あの!おれ…辞退します!」

 

そう言い放つ少年の言葉に、会場の全員の視線が集中する。

その少年とは、

 

(尾白…)

 

1ーAきっての武闘派、尾白猿夫だった。

衝也はそんな彼の姿を見ながら、USJの時の彼の言葉を思い出してた。

彼の口から出たのは、この世にいる欲にまみれたヴィランや役職だけのプロヒーローたちに聞かせてやりたいほど素晴らしい彼自身の信念と、彼が思い描くヒーロー像。

衝也自身は、彼の言葉を否定こそしなかったものの、肯定もしなかった。

それどころか、多少ひどいことを言ってしまったという自覚もある。

だが、そんな彼の言葉を正しくないと思っているかというと、答えはNOだ。

彼の考えは、おそらく『自分の』考えの何十倍も正しいものだ。

およそヒーローの描くべき理想の信念として教科書に乗せてもいいほどの正論。

咥えて、あれだけのことを言った衝也とも、色々思うことはあってもいつもと変わらずに他愛もない話やトレーニングメニュー考案を手伝ってくれたりしてくれている。

そう、いつもと変わらずに『友人』として彼は自分と接してくれたのだ。

そういう内面的な面も実力的な面でも、衝也は彼がヒーローになった暁にはぜひ彼のヒーロー名を教科書に乗せるよう教育委員会に直訴したいと思えるほどには好印象を持っている。

まぁ、本人は嫌がりそうだが。

それを直に聞いた衝也だからこそ、彼がこうして辞退を宣言したことに驚いていた。

 

 

(あれだけ強い思いがあるのなら、なおのことここに立ちたいはずなのに…)

 

思わずそう考えずにはいられない衝也だったが、次の尾白の言葉を聞いてその考えを改めさせられる。

 

「騎馬戦の記憶、俺ほとんど覚えてないんだ。ほんとに、終盤ギリギリのことまでしか覚えてない。たぶん、奴の個性で…」

 

そういって尾白は悔しそうに拳を震わせる。

その表情は苦悶がありありと浮かんでる。

たぶん、本人も悩みに悩んだ末の辞退なのだろうことがうかがえる。

 

「チャンスの場だってことは分かってる。それをフイにするなんて愚かな事だってのも……!けど全員が力を出し合い、争ってきた場なんだ。こんな……こんな訳わかんないまま、そこに並ぶなんて……俺は出来ない。できるはずがない!」

 

その言葉に、葉隠や芦戸が気にすることはないと口々に彼を励ますが、外野の意見で揺れ動くほど、彼の信念は安いものではなかった。

 

「違うんだ……! 俺のプライドの話さ…。他の誰でもない、俺が嫌なんだ。あとなんで君ら、チアの格好してるんだ…!」

 

(信念どうこうのまえに語り掛ける奴の服装にも問題があったか…。)

 

チアガールが誰かを励ますその絵は確かにその意図通りなのだろうが、今この場においてその服装は単なるおふざけとしか尾白には映らないだろう。

それで揺れ動いたらそれはそれで尾白の性癖に問題があると考えてしまうだろう。

 

そして、そんな彼に続き、同じチームの庄田という男子と、障子も続けて声を上げた。

 

「ならば、僕も同じ理由で辞退したい!実力如何以前に、何もしていない者が上がるのは、この体育祭の趣旨と相反するのではないだろうか!」

 

「俺も同感だ。俺は、ヒーローになりたいからここに立っているのではなく、それ以前に、誰かを…友を救えるような者になりたいからここに立っている。自分の力でここまでこれず、あまつさえそれに甘んじるというのは、俺のその意思に反している!」

 

続けざまに辞退を宣言する三人。

彼らの言葉を聞いて衝也は少なくとも納得はいった。

彼らは、心のうちに大きな信念があるからこそ、彼らは自分の力で立てなかったこの場に立ちたくない、立つべきではないと判断したのだろう。

切島の言葉を借りるなら、すがすがしいまでに『男らしい』理由での辞退だ。

衝也としては、彼らのその信念を尊重したい。

だが、この辞退をのむかどうかは、衝也でもなく尾白でもなく、主審であるミッドナイトが決めること。

彼女が出ろと言えば、尾白は自分の信念を押し曲げてでも出なければいけない。

そこまで考えて、衝也はちらりとミッドナイトを見る。

すると、彼女のその顔は、普段よりも迫力のある真剣な面持ちをしており、そのあとに口にされる言葉が容易に想像がつくような表情をしていた。

 

「そういう青臭い話はさ…」

 

「っ!ミッドナイト先…!」

 

「好みっ!!」

 

(好みなのっ!?)

 

彼女の迫力に思わず尾白を擁護しようと声を張り上げた衝也だったが、その次に放たれた言葉に思わず盛大に肩透かしをしてしまう。

その様子に、ミッドナイトが目ざとく気づいて彼に声をかける。

 

「?五十嵐君、今私の名前よんだ?」

 

「いえ、何でもないです…」

 

「?そう、ならいいわ!とにかく!尾白、庄田、障子の棄権を認めます!」

 

「ミッドナイト先生…好みで決めちゃったわ。」

 

「衝也…今」

 

「何も言わないで耳郎ちゃん、ホント、今だけはそっとしといて?」

 

蛙吹が好みで決めてしまったミッドナイトに少し驚き、耳郎があきれた様子で恥ずかしそうにしている衝也を見つめる。

 

『へいへい!ミッドナイトぉ!好みで決めんのは勝手だがよぉ!繰り上がりのチームはどうすんの!?』

 

「んー、そうよねぇ、そこが問題よね…」

 

突然のマイクの声に困ったように返答するミッドナイト。

そう、三人が棄権する以上繰り上がるべき選手が三名繰り上がりになるのだが、なんと困ったことに、その下の5位は全員同列なのである。

そのP数は0。

実は、騎馬戦の時、五十嵐チームは漁夫の利を狙った作戦のため、時間を持て余してた時があり、その時に時間を有効活用するためほかのチームのハチマキを根こそぎ奪っていたのだ。

蛙吹と耳郎は漁夫の利作戦の要なので動かせなかったので、代わりに峰田の個性を使ったのだが、これが面白いようにあたり、気づけばほとんどのチームのハチマキを奪い取ってしまっていたのだ。

そのうえ轟と上鳴のコンビネーション凍結により複数のチームのハチマキが奪われているわ、3位の心躁チームがいつの間にか大量にハチマキを持っているわで、ほかのチームは全くPをとることができていなかったのだ。

まぁ、簡単にいうと、1位2位3位でハチマキ総取りしちゃったわけなのだ。

 

「まったくもー、五十嵐君、あなたあれだけハチマキ持ってたんだから一千万なんて見逃してよかったじゃなーい。おかげでこっちは大迷惑よ?」

 

「いや、いくらハチマキとったってやっぱ一千万はとりたいですよ。先生は小魚ばっかつって満足します?どうせならでかい魚釣りたいでしょ?」

 

「私小魚を暇つぶしで釣ったりはしないわよ?狙うなら大物一択でいくもの。」

 

「俺は小魚を釣りつつ大物を狙うタイプなんで。」

 

ミッドナイトの文句をのらりくらりとかわしていく衝也。

そんな中、繰り上がりのチームをどうしようか悩んでいたミッドナイトだったが、やがていい案が出たのかポンと手を嬉しそうにたたいた。

 

「そうだ、じゃあ、失格にはなったけど最後までずっとハチマキを持ってた爆豪チームにしましょうか!誰が出るかはくじ引きで決めて!赤い紐をとった人が本戦出場よ!」

 

『!!』

 

ミッドナイトのその発言を聞いた瞬間、1-Aの皆の空気が一瞬で凍り付いた。

 

 

それはだめだ!キレるぞあいつが!

 

と全員の心の中の叫び声が一致する。

こんな展開で選ばれたならば、まず何よりそれを許さない者がいる。

そう、爆豪勝己である。

クソを下水で煮込んだような性格の彼は、非常に厄介な性格をしており、自分が何が何でも一番でなければ気が済まない人間なのだ。

しかもそれが相手のすべての力をねじ伏せて手に入れる完璧な一番でないとすぐさま怒り出す器の小ささと比例するプライドの高さを持つ男。

もしそんな爆豪がこんな流れで本戦に出るとなれば

 

『ふっざけんじゃねぇぞこのクソカスババァ!!こんなお情けみてぇな勝ち上がり方望んじゃいねぇんだよボケ!クソみたいなこと言ってっと爆殺すんぞごらぁぁぁ!』

 

と言ってたちまちこの会場を爆発の嵐にしてしまいかねない。

ついでに年齢に触れられたミッドナイトがブチ切れかねない。

誰もが、自然と唾をのみこんで表情を硬くする。

そんな中、瀬呂と切島が顔を見合わせて、話をし始める。

 

(お、おいどうするよこれ!?俺としてはありがたい展開だけど…こんなことしたらこの歩くニトログソセリンが暴発しちゃうんじゃねぇ!?)

 

(と、とりあえず爆豪が怒らないうちに断ったほうが…)

 

二人でヒソヒソとそう相談をしていると、

 

「…ケッ!」

 

めんどくさそうに爆豪がつかつかとミッドナイトの方へと歩いて行った。

 

「あ、おい爆豪!?」

 

それに驚いた切島が慌てた様子で彼を止めるが、爆豪はそんなことは関係ないとばかりに、ずんずんとミッドナイトとの距離を詰めていく。

そして、ミッドナイトの目の前へと来た彼は

 

「……」

 

ごそごそと彼女の持ったくじを引き始めた。

 

『…え?』

 

おもわず1-Aの皆の目が点になる。

特に上鳴や切島なんかは口をあんぐり開けて驚愕している。

そして

 

「…赤だ。これで本戦出場、なんだろミッドナイト。」

 

「ええ!これで爆豪君は本戦出場ね!おめでとう!」

 

さっさと赤い紐を引き、その紐を乱暴に捨てて元の場所へと戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『誰だおまえはぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!』

 

その瞬間、会場に1-Aの皆の轟音が鳴り響いた。

 

「誰だお前は!?どこだ!本物の爆豪をどこへやった!」

 

「返答次第じゃただじゃ置かねぇぞこの偽物野郎!」

 

「きっと相手と同じ姿になるような個性を持った方ですわ!本物の爆豪さんはどこですの!?ここには多くのプロヒーローもいます、隠してもすぐ見つかりますわよ!」

 

「っんだてめぇらはぶっ殺すぞごらぁ!!?」

 

上鳴、切島、八百万の3人が口々にそういいながら戻ってきた爆豪を瞬時に取り囲む。

その動きは非常に俊敏で、先日のヴィラン襲撃の経験が生かされているのだろう。

 

「うわ!言葉遣いまでそっくり!こりゃそうとう完成度高いよ、私らじゃなきゃ見逃しちゃうね。」

 

「まさかよりにもよって爆豪に変身とは…趣味が悪いぜお前!」

 

「いやでもここまで性格の完成度高ぇとか、こいつ結構すげぇ奴だぞ?」

 

「やっぱこの人襲撃に来たヴィランなのかな!?だとしたら私らが慌ててる隙にほかのところに襲撃とかあるかも…!?」

 

葉隠や瀬呂も焦ったような表情で爆豪を取り囲み、麗日は慌てたようにあたりを見渡している。

そんなクラスメートたちの反応を見た爆豪(?)はいつもの数倍不機嫌そうな表情を浮かべた

 

「よぉぉぉし…上等だてめぇら…全員爆殺されてぇって言う風にとらえていいんだよなぁ…!!」

 

そういって両手から小規模爆発を連続で発生させる爆豪。

それを見て、爆豪を囲んでいる生徒たちの顔がまたしても驚愕に包まれる。

 

「な…!?うそだろ、あれは…爆豪の!?」

 

「じゃ、じゃあ…あれは本物?」

 

「うっそだろおい!あそこで普通にくじを引きに行くような素直ちゃんじゃねぇだろあいつ!」

 

「黙れこのアホ面!」

 

「……」

 

切島と芦戸の言葉を否定する上鳴だったが、爆豪のたった一言であえなく地面に座り込む。

そんな中、じっと爆豪の方を見ていた八百万が、ごくりと唾を飲み込み、

 

「まさか、自分と他人の身体を入れ替える…」

 

「んなわけねぇだろぶっ飛ばすぞポニーテール!俺はどこかの特戦隊隊長かゴラァァ!!」

 

そういってぬがぁぁぁぁと雄たけびを上げて左手の平へと思いっきり右拳を打ち付けた。

その瞬間ボォォンン!という派手な爆発音が彼の手のひらで発生した。

その様子に思わず彼を囲んでいた全員がびくりと肩を跳ね上げた。

 

「次だれかがもういっぺんふざけたことぬかしやがったら…顔面の形変わるまでぶん殴り続けて最後に爆破させてぶっ飛ばす…!それでもいいなら、かかってこいやぁ…本戦の前にぶち殺してやんよ!」

 

「ああ、うん…あの顔は間違いなく爆豪だわ。間違いない。」

 

「いつもの数倍顔が怖くなってるわね爆豪ちゃん…眉間の皺も数倍ね。」

 

少しだけ後ずさりしながらしきりにうなずき続ける瀬呂と冷静に眉間の皺の数を数える蛙吹。

そんな中、切島はみんなを擁護するかのように爆豪へと話しかけた。

 

「いや、でもよ…みんなが偽物と思うのも無理はないって!だってまさかお前があんなに素直にくじ引きに行くなんて誰も思わねぇだろ?いつもなら

『ふっざけんじゃねぇぞこのクソカスババァ!!こんなお情けみてぇな勝ち上がり方望んじゃいねぇんだよボケ!クソみたいなこと言ってっと爆殺すんぞごらぁぁぁ!』って言いそうじゃねぇか…。お前今日はほんとにどうしたんだよ…。」

 

「るせぇ黙れくそ髪殺すぞ。つーか似てねぇんだよ俺はそんな声じゃねぇ。別にどうもしてねぇ。」

 

切島の言葉に即座に返答した後、爆豪は切島の方は向かずに、ある少年の方へと誰にもばれないように一瞬だけ目を向けた。

 

「……」

 

「…?」

 

それに気づいたその少年は、わけがわからなそうに首を傾げた。

その様子を見た爆豪はほんのすこしだけ歯ぎしりをした後、「っち!」と舌打ちをして、元の位置へと戻っていった。

そんな彼に視線を送られた少年、五十嵐衝也の隣にいた耳郎は不思議そうにしている衝也の方へと声をかけた。

 

「…爆豪、今アンタのこと見てたよな。」

 

「ああ、チラ見してきたな、こっちのこと。」

 

「そのあと舌打もしたね。」

 

「…嫌われてるなぁ…俺としては仲良くとまではいかなくても、せめて突っかかれないほどには仲良くしたいのに…」

 

「…アンタがあいつに負けるかでもしないと無理でしょ?」

 

「いやだよ、俺マゾじゃないし、殴られるのも爆破させられんのもごめんだ。」

 

はぁー、と悲しそうにため息を吐く衝也だったが、ふと何かに気づいたのか、一瞬目を見開いた。

 

(…あれ?そういえば俺、USJ以降爆豪に絡まれてなくないか…?)

 

USJの前まではそれこそ、ちょっと視線を送っただけで『何見てんだぶっ殺すぞこら!』と理不尽に怒られていたのだが、いまは時々ああいう風に舌打ちをされるのみで理不尽に怒鳴られることはほとんどないに等しくなっていた。

 

(お世辞にも反省するような柄のやつじゃねぇし…どうしたんだアイツ?)

 

ついつい怒られやしないかとひやひやしながらもその爆豪に視線を送る衝也。

しかし、爆豪はこちらの視線に気づくことはなく、視線をくじを引きに行く瀬呂や切島や芦戸へとむけていた。

 

そして、爆豪チームは公平なるくじ引きの結果

 

「まさかの本戦進出か…なんつーか、尾白の言葉を聞いた後だとちょっと気まずいっつーかなんというか…」

 

「…マジか。」

 

「……」

 

気まずそうな雰囲気を浮かべる瀬呂と小さくではあるものの少し驚いたような表情を浮かべる切島、そして相変わらず不機嫌そうな爆豪が本戦に出場することになった。

 

「うーん、ちょっと悔しいけど、私は何もできなかったし…これでよかったのかもなぁ。」

 

「大丈夫よ芦戸ちゃん。またこれから強くなっていけばいいのよ。」

 

少し悔しそうに、でも納得したような、ちょっと複雑な心境のまま困った笑顔を浮かべる芦戸の肩に手を置いて励ます蛙吹。

そして、さらにそこからくじ引きが行われ、

ついにトーナメントの組み合わせが発表される。

 

「さて!それじゃあ爆豪、切島、瀬呂が繰り上がって16名!組み合わせはー!!

 

 

こうなりましたぁ!」

 

その組み合わせが、目の前の電子板に映し出されたその瞬間、それをみた衝也の顔が一気に引き締まった。

 

「まじ…か」

 

思わずこぼれてしまう言葉は静かな会場に響いて消えていく。

 

その言葉が聞こえたか聞こえなかったのかはさだかではないが、そのつぶやきが消えたとほぼ同時に会場にいた本戦出場者の全員が、衝也ともう一人に視線を送る。

 

「まさかこことはな…普通もっと後じゃねぇの…?」

 

衝也の苦笑と共に呟かれた疑問に答える者はいない。

ただ、その彼の隣にいた耳郎は、

彼のその複雑な表情をいつまでも見続けていた。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 




耳郎ちゃんも衝也君も変なところで純情です。
ちなみに私が1-Aのみんなの中で一番好きな男子は尾白と瀬呂です。
切島は五位くらいです。出番は多いのにね。
いずれ尾白君と衝也君のからみも書きたい。
あ、あと今回ちょっとある言葉の一文字をちょこっと普通と変えてます。
気づいた人は良く読んでらっしゃいますよ。

そして、結局爆豪参加という。
私の構想力では爆豪のいない体育祭トーナメントをつくることができませんでした。
期待に応えられなくて本当に申し訳ございません。
こんな駄文ですが、これからも読んでくださるとそれに勝る喜びはありません。
これからもよろしくお願いいたします。


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第二十四話 ヒーロー 上

どーも、オールライトです。
自分のネーミングセンスと真剣に向き合わなければならないと感じる今日この頃(二回目)
長くなりましたが、いよいよトーナメント開始ですね。
もろもろの事情により一部の試合がすっ飛ばされたりギャグで終わったりしますが、そこは勘弁願いたく思います。
てなわけで最初からクライマックスな24話です、どーぞ!


雄英高校体育祭最終種目、その内容はガチンコのトーナメント。

相手を場外に出すか、行動不能にするか「参った」と言わせるかのどれかの条件を満たせば勝利となる、できる限り実践に近づけた種目だ。

もちろん、命を奪うような…プレゼントマイクの言葉を借りれば『クソ』な場合は審判のミッドナイトおよびセメントスの止めが入ることになっている。

そんなマジな勝負なだけに、選手の緊張感も例年の比ではない。

それを考慮してか、選手たちにはそれぞれ個別の控室が用意してある。

さすがに16人分とまではいかないが、試合前の選手二人分の控室が用意してあるため、選手の入れ替わり立ち代わりはあるものの、一人で集中する分には十分すぎる空間が用意されている。

その控室の内の一つでは、テレビから発せられるどこか雑音混じりな音声がそれなりの広さの個室に響いている。

そこそこの歓声と健闘をたたえるかのような拍手。

それに交じって、ちょっとテンションが低めなプレゼントマイクの声が聞こえてくる。

おそらくは、控室でも相手の試合が見えるようにこのテレビが備え付けてあるのだろう。

だが、肝心の控室で控えている選手はこのテレビにまったく視線を送っていない。

 

 

机も椅子も、およそ部屋にあるものすべてをわきへと追いやり、上半身裸で部屋の中央へと立っているその少年、五十嵐衝也はいつになく真剣な雰囲気を漂わせていた。

 

(肩幅に足を開いて…正中線、特に丹田を意識し、空気を…一気に吐き出す…)

 

「っふぅぅぅぅぅぅ…」

 

瞼を閉じ、彼が息を吐き出すと同時に、彼の綺麗に六つに割れた腹筋が一気に引き締まっていく。

それを皮切りに、徐々に徐々に彼の鍛え抜かれた筋肉がより一層引き締まり、その形を際立たせていく。

数秒か、あるいは数十秒か、彼の息を吐く音がしんとした控室に消えていく。

そして、彼はようやく息を吐くのをやめ、ゆっくりと自身の瞼を開いた。

 

「…んー、ダメだなぁ、いまいちこう…パッしない。いつもこれやると身体が軽くなるんだけどなぁ。」

 

そういって、衝也はいまいち納得がいかないという風に首をかしげた。

先ほど彼がやった呼吸方は簡単に言えば一種の精神統一方法の一つである。

正中線や丹田に意識を集中し、息を吐くことで心を落ち着かせたり、体内機能の調整を行い、全身の入り過ぎた力を緩ませ、本来の自分の実力を引き出すための呼吸法。

少なくとも彼はそう教わった(・・・・)

実際、彼も何度かこの呼吸法をしたおかげで肩の力が抜けたり、余計な考えが頭から抜け落ちたりして、自然と身体が軽くなっていたため、おのずと特訓の前や入試の前、テストの時など自身にとって大事な場面の時に使うようになっていた。

だが、今回はなぜかいつものようにうまくいかない。

どうにも、身体の余計な力みが取れないのだ。

ここに入って軽く身体を動かして以降はひたすらこの呼吸法を繰り返していたというのに、である。

 

「意識の集中が足りねぇのか…。うーん、爺様(・・)からのお墨付きももらえてたし、うまくやれてると自負してたんだけど…」

 

そうつぶやき、軽く首に手を当ててひねったり回したりを繰り返す。

そして、隅に避けてある椅子に掛けてあった体操服とジャージをいそいそと着始めた。

その途中、ちらりと視線をテレビへと送る。

備え付けのテレビには健闘を讃える拍手をその身に浴びている緑谷の姿が映し出されていた。

どうやらあのエセヘタレ野郎(衝也命名)は無事一回戦を突発したらしい。

 

(…おめっとさん緑谷、とりあえずは一回戦突破だな。)

 

軽く笑みを浮かべながら画面の向こうにいる友人に賛辞を送る衝也だが、すぐに視線をテレビから外し、表情を曇らせる。

友達の勝利が嬉しくないわけではない。

だが、正直今の衝也には、あまり他人を心配できる余裕がないのが現状なのだ。

 

(にしても…意識の集中がこれほど乱れるとはなぁ…それほど緊張してる…ってことなのかもな。いや、あるいは迷いか…それとも両方か…たぶん、後者なんだろうなぁ。)

 

袖に腕を通しながら、衝也は思考の海に身を投じていく。

そう、自分はおそらく、過去のどの場面よりも今緊張している。

その理由は、言うまでもなく、一回戦の相手が『あの』轟焦凍だからだ。

1-Aの皆から満場一致で『クラス最強』と認められている轟。

衝也としては『戦闘』という面に関しては爆豪も負けていないと考えているが、統合的に考えてみればもちろん轟の方が上だと断言できる。

というか、爆豪は戦闘センスと精神力以外のすべてがヒーローとして及第点以下に見える。

その及第点を決めるのは衝也ではないので深くは言わない。

というか、今こうして偉そうに及第点だなんだほざいている衝也自身も爆豪とそう変わらないだろう。

とにかく、およそこの学園祭に参加している一年生の中でも間違いなくトップクラスには入るであろう実力を備えていると轟を評価している。

クラス最強の称号がつくのも納得の強さだ。

だが、衝也が緊張しているのは…一回戦でいきなりその最強と当たってしまったから

 

ではない。

確かに一回戦でいきなり当たってしまったということに驚きはした。

衝也の気分的には、もっと終盤で当たりたいと思っていたから。

だが、緊張している理由はもっと別の方向にあるのだろう。

そこまで考えた衝也の脳裏に浮かぶのは、白い部屋にあるベッドの上で、悲しそうに窓の外を見つめる一人の女性。

頬が少し痩せ、病的に白すぎる肌が特徴的なその女性の愁いあるその顔。

それを思い出した瞬間、衝也の心がより一層強い音を発し始める。

うすうすはこれだと思ってはいたが、この心臓の高鳴りを鑑みるにどうやら本当に『これが』緊張の原因らしい。

 

(…そりゃそうか、今の俺はただ戦う(・・・・)わけじゃねぇんだもんな。)

 

そして、同時に迷ってる。

この事に自分が首を突っ込んでいいのかどうかに。

これはただの自分の独りよがりなおせっかいなだけであって、本人にとっては有難迷惑な行為なのかもしれない。

もしくは、衝也が何もしなくても、彼も彼女も勝手に救われるかもしれない。

もしかしたら、自分よりうまく彼らを救ってくれるヒーローのような存在が現れるかもしれない。

そんな考えが、ぐるぐると衝也の頭の中を駆け巡り、それがさらに衝也の頭を悩ませた。

 

「…あー、やだやだ…俺ほど緊張なんて言葉が似合わない男はいないってーのに。」

 

そういって思わず苦笑を浮かべてしまう衝也。

いつもへらへら笑ってバカをやって、緊張のきの字も感じさせない。

それが客観的に見た衝也のイメージだ。

だが、本質的な部分は違う。

本当の自分はいつだって臆病だ。

こうして、誰かを救うことにためらいを覚えてしまう程度には。

誰かを救うことが怖い、その誰かを救えなかった時、どれほど自分の心が苦しむのかを知っているから。

誰かを失うことが怖い、大切な人を失うと、心がどれだけむせび泣くかを知っているから。

そう、いつだって彼は怖がりで、臆病で、でも…それでも誰かを失わないように強くなろうと決めた。

誰かを救うことができる、ヒーローのような存在になろうと決めた。

そのために、湧き出る恐怖から、不安から自分を欺くためにへらへら笑ってバカをやっているのだ。

だが、それでも不安がなくなるわけでも、恐怖が消えるわけでもない。

笑顔の裏に、不安と恐怖を抱えていても、それでもなお人を救う。

だからこそヒーローは英雄(ヒーロー)と呼ばれるのだろうと、こういうとき衝也は改めて感心してしまう。

そして同時に、自分はまだまだヒーローには手が届かないことを痛感してしまう。

 

「けど…あきらめるわけにもいかんのよなぁ。」

 

そう呟く衝也の脳裏に浮かぶのはとある女性のセリフ。

その女性は自分にとって、最も身近に居てくれた人。

その女性は自分にとって、最も大切だった人。

その女性は自分にとって、最高のヒーローだった人。

 

『いいかい衝也?救うという『行動』が重要なんじゃない。救いたいと『想う』ことが一番重要なんだ。誰かを救うのがヒーローなのではなく、誰かを救いたいと想うのがヒーローなんだよ。だから、衝也は、一度救いたいと想った人がいるのならその人にどんなことを言われようが、何が何でも救ってあげるんだ。たとえそれが、自分の身勝手な想いの押し付けだとしても。

例え相手から感謝されなかろうができないと頭の中で思おうが、自分のその救いたいという気持ちに、嘘をついちゃだめだからね!』

 

自分が知る中で、最も強く、最も勇敢で、そして誰よりも優しかったそのヒーローは自分の信念を最後の最後まで貫き通していた。

自分の心のうちにある救いたいという想いから、目を逸らそうとしなかった。

そんな姿に、自分はどうしようもなく憧れた。

今の自分があるのはそんな彼女(・・)を知っていたからだ。

自分がヒーローを目指したのは、彼女(・・)の言葉があったからだ。

自分が強くなれたのは、彼女(・・)の消えない後ろ姿があったからだ。

 

「俺自身の救いたいって気持ちに…目を逸らすわけには、行かないもんな…!」

 

迷いが消えたわけではないし、緊張がなくなるわけでもないし、不安も恐怖もいまだなくなったわけでもない。

だが、衝也は知っている。

誰かを失うつらさを知っている。

誰かを救えない苦しみを知っている。

 

そう、知っているから、衝也は轟を救いたいのだ。

 

余計なお世話と言われようが、相手から嫌われようが、そんなものは知ったことではない。

それでも、自分の気持ちから目をそらさないのが、自分の知るヒーローなのだから。

 

「さてと…んじゃ、そろそろ小難しいこと考えるのはやめにするか。いくら考えようが何しようが、結局やることは変わらんわけだし。とりあえず今はただ

 

救う(目の前の)ことだけ考えよう。」

 

そう呟いた衝也は、ゆっくりと体操服のファスナーを閉めていく。

その顔には、もう迷いも緊張も一切感じられていない。

 

救う覚悟を決めた男の揺らがぬ想いがその表情に浮かんでいた。

 

「悪いな…轟。てめぇのことは、ほとんど何も知らねぇし、お前の気持ちも想いも何一つわからねぇ。

これは俺の単なる身勝手なわがままで、余計なおせっかいみたいなもんだ。

だが、それでも…

 

救わせてもらうぜ?それが俺の知るヒーローってやつだからよ。」

 

そういって握りしめられた拳を手のひらに打ち付け、衝也は笑う。

いつも通り、へらへらと、お調子者を演じてく。

そのお調子者の笑顔もまた、自分の憧れたヒーローの姿なのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

轟焦凍は、今猛烈に不機嫌だった。

恐らくは人生で一番機嫌が悪い日と言っても過言ではないほど、彼の心は荒れに荒れまくっていた。

実際、控室においてある机や椅子、果てはロッカーまで、部屋にあるものが一つ残らず氷漬けにされている。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…くそ!!」

 

荒く息を吐きながらぎりぎりと歯ぎしりをする轟。

その表情は憤怒と呼ぶにふさわしいほどの表情を浮かべている。

彼がここまで荒れている理由はつい先ほど起こったある出来事が理由にある。

それを知るには、少しばかり時間をさかのぼらなければならない。

 

 

『…』

 

トーナメントの組み合わせが発表され、レクリエーションも終わり、一回戦が始まったころ、轟は次の試合の準備のために自身の控室へと足を進めていた。

試合の相手が相手だけに、油断も慢心も一切できない。

 

五十嵐衝也。

 

この学年の中で自分と同等か、あるいはそれ以上の実力を秘めているかもしれない衝也。

普段のおちゃらけた言動からは想像もつかないほどの強さと、そして信念を持った少年。

USJの事件以来、轟の衝也に対する評価は大きく変わっていた。

それまではただの奇行の多いバカとしか認識がなかったが、今ではその認識を大きく覆されている。

冷静な判断力と卓越した戦闘能力、そして…誰かを救うことへの覚悟。

どれもヒーローとして必要なものであり、それを兼ね備えている彼に、轟は純粋に驚愕し、そして同時に尊敬した。

実際、実力も判断力もあるという点では轟とそう変わりはない。

轟は今までの訓練のせいもあってかそこらのビギナープロヒーローを超えるほどの実力を兼ね備えている。

だが、衝也のような、あそこまでの信念や覚悟があったかといえば…答えは否だ。

あそこまでボロボロになりながらも、自分の命を勘定に入れず最後まで誰かを守るために戦い抜く彼のその姿に、初めて轟は気圧された。

なまじ一番近くにいるヒーローがクズなだけにその思いは一層強く、それが衝也に気おされた一つの理由になったのかもしれない。

 

しかし、

 

『お前…やめたほうが良いと思うぞ。ヒーロー目指すの。』

 

そんな彼に、自身は否定されてしまった。

彼のそのたった一言の否定は、轟の心をわずかに乱していた。

理由は、彼自身もよくわかっていない。

だが、少なくとも、彼のその一言が心のなかで引っかかっているのは間違いないだろう。

出なければ彼と試合をする直前というこんな時に思い出してはいないはずだ。

非常に自分らしくないが、どうやら衝也の言ったことを、むやみやたらに切り捨てられずにいたのだ。

あるいは、心のどこかで…そのことに納得してしまっている自分が、いるのかもしれない

 

(…なんて、そんなわけないな。俺は、俺の『復讐』のために強くなってきた。そこに迷いがあったことなんて一度もなかったし、金輪際迷うことは一切ない。)

 

そういってわずかに頭を振って思考を強引に切り替える。

今はそんな些細な事も、衝也の否定のことも気にしているような余裕はないのだから。

 

本番直前までできるだけ集中を乱さないためにも、そして何より、彼の言葉を頭の片隅に追いやるためにも、なるべくならはやく一人になった方がいい。

自然と控え室へ向かう足取りもはやくなっていく。

そして、轟が長い無人の廊下を曲がった直後

 

彼の表情に、嫌悪と敵意の感情が浮かび上がった。

 

『……何の用だ。』

 

『…実の父親に向かって「何の用だ」か…。随分な口を利くな、焦凍。』

 

憮然とした、それでいてどこか呆れのある声色で轟の名を呼んだその男は、廊下の壁に寄りかかりながら自身の燃える髭を雄々しく揺らしている。

その体から発せられる威圧感と重圧が、否応なしに彼が並みの人間ではないことを認識させてしまう。

実際に、その男は決して普通の人間ではない。

 

No.2ヒーロー 『エンデヴァー』

 

この飽和したヒーロー社会に置いて、平和の象徴とうたわれるオールマイトに次ぐ名声と実力を持つ男。

柔和で温厚で、朗らかなオールマイトとは対照的に、

厳格で冷淡で、威圧的な雰囲気を纏う男。

その野心と実力を武器に、このヒーロー社会のトップを狙い、走り続ける男。

そして、

 

その野心の高さ故に、轟焦凍の人生を、自分の子供の人生すらも歪ませてしまった男。

 

 

『何の用かなど、貴様が一番よくわかってるんじゃないのか?』

 

『……』

 

そういってエンデヴァーは組んでいた腕をおろし、ゆっくりと寄りかかっていた廊下の壁から体を離して、未だに自分をにらみつけている轟の目の前に立った。

 

 

『障害物競争では一回戦の緑谷とかいう奴に出し抜かれ、騎馬戦ではその視野の狭さを利用されてハチマキを掠め取られる。結果こそ上位ではあるが、蓋を開けてみれば貴様はただただ醜態を晒しているだけだ…。』

 

その言葉と同時に、彼の燃え上がる炎が僅かに大きくなる。

それはまるで、エンデヴァーの苛立ちと怒りを現しているようにもみえた。

 

『仮に貴様が『左』の個性を使ったとしたら、少なくともあんな無様な試合をする羽目にはならなかっただろうな。』

 

『…ぇ』

 

『お前のその子供じみた反抗の結果がこの体たらくだ。期待の新星?学年一の実力者?焦凍、貴様まさか…たかだか学校という狭い環境の中でもてはやされ、自分は強者だと思いあがっているわけではあるまいな?』

 

『…せぇ』

 

『はっきり言おう、貴様は弱い。『右』はもちろん、仮に『左右』両方を使って戦ったとしても、まだまだオールマイトはおろか、ほかのプロヒーローどもにも劣る。学生である今はまだそれもよしとしよう。だが、今後もそうであるならばもう看過することはできんぞ?』

 

『…るせぇ』

 

『『生徒の中で』強者であったとしても意味がないのだぞ?俺が一体何のために貴様を育て上げたと思っている?すべては貴様の、オールマイトを越えるという義務を果たさせるためだ。あんな有象無象のような者どもに足元を掬われているようでは、オールマイトはおろかプロの世界で生き残ることすらままならなくなっていくぞ。

わかってるのか?貴様は俺の『最高傑作』だ。

ここまで貴様を育て上げたのが誰か、今一度よく』

 

『うるせぇんだよ!!』

 

『…ッ!?』

 

廊下へと響き渡る轟の怒号により、今まで説教を続けていたエンデヴァーの目がわずかに見開かれ、それと同時に開かれていた口が閉じられる。

轟とエンデヴァーの二人しかいない、狭く長い廊下に、轟の怒号が徐々に消えていく。

そして、響き渡る怒号が完全に止んだあと、轟は目の前でこちらを見下ろしているエンデヴァーの横を、足早に通り過ぎていく。

その顔はエンデヴァーの方には向けられず、ただただ前へ向けられていた。

彼とは、視線を合わせようともしていない。

 

『口を開けばてめぇはいつもそればかりだ…ほかに言うことがないのかてめぇは…。

いいからてめぇは黙ってみてろ…俺は、闘いでてめぇの力は使わねぇ。

お母さんの力だけで、俺は戦い抜いて見せる。』

 

そういって轟は振り返ることなく控室へと歩いていく。

その背中には、エンデヴァーにたいする拒絶と憎悪が漂っているように見える。

その様子を目だけで追っていたエンデヴァーは視線を再び前へともどし、視界に薄暗い廊下を写しながら、はっきりと轟に向けて言葉を紡いだ。

 

『そうか、あくまで反抗を続ける気か…

 

 

 

ならば焦凍、貴様はヒーローを目指すのはやめろ。雄英からもそうそうに立ち去れ』

 

淡々と、それでいてどこか呆れを含んだような声色で放たれたその言葉に、轟の動きがピタリと止まる。

それに気づいているのかいないのか、エンデヴァーは轟へと振り返ることなく言葉を続けていく。

 

『貴様はヒーローがどんなものかをまるで理解していない。そんな奴がヒーローになったところで、オールマイトを超えることなどできん。むしろ社会において邪魔になるだけだ。そんな腑抜けがヒーローになれば俺の顔に泥を塗ることになるだけだ。

オールマイトを超えられもしないお前がヒーローになっても俺の野望は果たされん。』

 

『…』

 

『雄英には体育祭が終わった後、俺が直々に話をつける。この体育祭が最後の花だ。これまでのような醜態をさらすようなことはするなよ焦凍。』

 

そういってエンデヴァーはやはり振り返ることなく、廊下を歩き始める。

カツカツとエンデヴァーの靴音が自身から離れていくのを黙って聞いていた焦凍は、拳を固く握りしめ、ギリギリと歯ぎしりを立てる。

そして、去っていく自身の父の背中につぶやきを漏らす。

そのつぶやきに、ありったけの怒りと憎悪を込めながら

 

『てめぇが…俺の人生を、お母さんの人生を…自分の家族の人生を狂わせたてめぇが…ヒーローを語ってんじゃねぇよ…!』

 

そういって目の前の控室のドアノブを回し、部屋へと入ったあと、バタァン!

とそれこそドアが壊れるのではないのかというような勢いで扉を閉めた。

そのドアノブには、わずかに氷がまとわりついている。

 

轟が部屋に入った後、エンデヴァーは一瞬だけその扉へと目をやる。

 

『……』

 

その顔から呆れの感情が剥がれ落ちることはなく、揺らめく炎をより一層燃え上がらせながら、エンデヴァーは前を向きなおし、長い廊下をあとにする。

薄暗い廊下の中で、エンデヴァーの炎の明かりがゆらゆらと揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…これが、轟が控室に入る数十分前の出来事にして、彼がムカ着火ファイヤーしてしまっている原因である。

 

(クソッ…クソッ…クソッ!!何が『最高傑作』だ、何が『ヒーロー』だ!!お母さんをあれだけ傷つけて、人の人生を狂わせて…そんなてめぇが…ヒーローなんざ気取ってんじゃねぇよ!!)

 

心の中でぐるぐると渦巻くどす黒いものを消化するために、轟は手近にあったロッカーに思い切り拳を打ち付ける。

鉄板がへこむような音と拳に感じた鈍い痛みが轟に伝わってくるが、胸の内の憎悪も憤怒も消えることはなく、むしろより一層広く、激しく燃え上がっていく。

 

許せない

 

あれだけ自分の大切な人を傷つけておきながら、あれだけ自分の人生を捻じ曲げておきながら、あれだけ人の心に傷を負わせながら…それでもなおヒーローを気取るあの屑が。

そしてなにより

 

そんな屑が、自分のことを否定したことが、一番許せなかった。

 

(俺は、俺はあんな屑とは違う!あんな、あんな人間のクズみてぇな野郎に…俺を否定する権利なんざねぇだろうが!!)

 

心の中でそう悪態をつきながら轟は乱れてしまった息を整えようともせずに、勢いよく床へと胡坐をかいて座る。

 

(…どうでもいいんだ、あんなクソに否定されようがなんだろうが、どうだっていい。俺があいつに『復讐』出来さえすればそれでいい。あのクズがどれだけ否定しようがなにしようが、俺はお母さんの力だけであいつより上をいって…あいつを完膚なきまでに潰す!)

 

そうだ、どうでもいい、だれにどう否定されようが、自分は自分の復讐を信じて成し遂げればいいだけだ。

そう心の中で何度もつぶやきながら、轟はゆっくりと瞼を閉じる。

そして、燃え上がった憎悪と憤怒は、それを超える復讐心によって鎮火される。

自身の『目的』を再度自分に認識させた轟は、一度だけ大きく深呼吸をした後、ゆっくりと閉じていた瞼を開いた。

その瞳に先ほどのような激情はみられず、代わりに暗く、深い『黒』が映し出されている。

 

(そうだ、あいつがどれだけ否定しようが、俺を認めなかろうが、それを上から力で押さえつけて、否定してやればいい。アイツが今まで俺や母さんにしてきたことと同じように…それが、それが俺の『復讐』だ)

 

ゆっくりと、轟は床から立ち上がり、控室の扉の方へと歩みを進めていく。

そして、瞳に闇の炎を灯しながら控室の扉へと手をかけた。

その心の内にあったはずの衝也の言葉は、彼の復讐という炎によって跡形もなく灰にされていた。

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

一回戦を終え、保健室にいるリカバリーガールにて負傷した指を治癒してもらった後、緑谷は観客席へ半ば走るような形で向かっていた。

それは次に二人のどちらかと戦うことになるからということもあるが、一番は純粋なる好奇心だ。

一人はクラス最強とうたわれる実力者にして、心の内に自分の父親への復讐心を燃やす少年、轟焦凍。

彼の個性はその特性上か一瞬で勝負をつけてしまうことがほとんどで、あまりちゃんと見たことがない。

そのため、もし二回戦で当たった時のためにも、次の試合をみてきちんと研究しておきたかったのだ。

緑谷自身の個人的な見解だが、おそらくはこの試合、たとえ轟であったとしても一瞬で勝負がつくことはないと考えている。

 

(相手はあの五十嵐君…どう考えても一筋縄ではいかないはず…)

 

USJの時、その個性の秘めたるパワーをありありと見せつけた衝也。

その個性だけでも厄介だというのに、それを使いこなせるだけの技術がある。

さらに、この体育祭で緑谷自身が痛感した、彼の狡猾さと姑息さ。

聞くだけ聞くとけなしているようにきこえてしまうが、もちろん緑谷はそういった意味での評価はしていない。

ハチマキを横からかすめ取ったり、わざわざ敵の動きを止めていじらしくハチマキをとったり。

ずるがしこいというよりは汚く、それでいて一番手っ取り早く合理的な作戦を思いつくその姿は普段の陽気でおちゃらけな彼からは想像もつかない姿だ。

姑息だ汚いだ、正々堂々と戦えなどの文句をいう人間もいるかもしれないが、緑谷としてはそういったクレーバーな作戦を立案できる点は純粋に尊敬できる。

戦闘技術、判断力、思考判断等々…。

轟も、衝也も、どちらもすべての能力がほかの生徒たちから一歩抜きんでたところにいる。

緑谷から言わせてみれば、一回戦からいきなり最強決定戦の最終試合を見せられるようなものだ。

ましてや、その最強決定戦の勝者と自分が戦わなければならない。

そんな超大切な試合を見ないという選択肢など存在しないだろう。

いつの間にか半ばどころかマジで駆け出していた緑谷は、少し息を切らしながらも長い廊下を走り、観客席へとたどり着いた。

 

ザワザワと人の談笑や話し声が響き渡る観客席を緑谷はきょろきょろと見渡していく。

すると、観客席の前列に見知った1-Aの生徒たちの面々が座っているのが目に入った。

 

(!あそこだ!)

 

それをみた緑谷は座っていた人達に謝罪をしながらその前を通り、1-Aの集団席へと近づいていく。

 

「あー、デク君!オツカレー!」

 

「緑谷君、お疲れ様!素晴らしい戦いぶりだったな!あ、隣はもちろん開けてあるぞ!」

 

「あ、ありがとう二人とも!ごめんね、席とっといてもらって…」

 

緑谷が席に近づいていくと、それに一番初めに気が付いた麗日が軽く手を振りながら緑谷にねぎらいの言葉をかけ、それに続いて飯田も隣の席を指さして軽く眼鏡を光らせる。

そんな優しき友人二人にお礼を言った後、緑谷はそそくさと開けてもらっていた席に腰を下ろす。

すると、周りにいたほかのクラスメートも次々ねぎらいの言葉をかけていく。

 

「おーっす緑谷!一回戦、あんまし派手じゃなかったけど男らしいいい試合だったぜ!」

 

「お疲れ様緑谷ちゃん、指の具合はどう?試合に勝つのはいいけれど、あまり無理してけがを増やしちゃだめよ?」

 

「つーかおめぇ、指だけであんな威力って反則だろー、オイラのモギモギと個性交換しようぜ?」

 

切島、蛙吹、峰田などそれなりに付き合いのある人達から褒められたり、心配されたりされ、どことなくむずかゆくなりながらもひとりひとりにお礼を返していく緑谷。

そんな緑谷に、尻尾を揺らしながら尾白がゆっくりと近づいていく。

 

「あ、尾白君…」

 

「おめでとう緑谷、最初受け答えしたときはひやひやしたけど、ギリギリ勝ってくれてうれしかったよ。ごめんな、俺の分まで。」

 

「!う、ううん!そんな、あの試合に勝てたのはむしろ尾白君のおかげだよ!こちらこそありがとう!」

 

そういってあたふたしながらもお礼を言う緑谷を見て軽く笑みを浮かべる尾白はスッ…と手のひらを前に突き出した。

それに一瞬キョトンとした緑谷だったが、すぐに意図が分かり、慌てた様子で、しかしがっちりと彼の手のひらを握り返した。

 

「ありがとな緑谷。次の試合、つらいだろうけど頑張れよ。」

 

「う、うん!頑張るよ、尾白君もありがとね!」

 

そういってどちらからともなく手を離した後、緑谷は改めてステージの方へと視線を向ける。

どうやら試合はまだ始まってないらしく、ステージにはまだ轟も衝也も、誰もたっていない。

試合開始前に何とか間に合ったことにひそかに安堵のため息を緑谷が漏らす。

 

「緑谷オツカレー。すごいじゃんさっきの試合、豪快な背負い投げだったよ。」

 

「あ、耳郎さん…。いや、正直僕も無我夢中だったから、そんなに褒められたような物じゃなかったんだけど。」

 

「でも勝ったんだから結果オーライじゃん。それに、そこまで卑下するような試合じゃなかったと思うよウチは。」

 

「あ、ありがとう…。」

 

そんな緑谷に蛙吹と上鳴に挟まれている耳郎がパタパタと手を振りながら声をかける。

彼女の言葉に軽く照れ笑いをしながらそう答えた緑谷はゆっくりと改めて席へと座りなおす。

それと同時に、耳郎の隣にいた上鳴が両手を頭の後ろにやって感慨深そうにつぶやいた。

 

「にしても、一回戦からいきなり轟と衝也が対決かぁー。なんつーか、いきなり決勝戦見てるみたいだよなー。」

 

「かもねー。五十嵐も轟も二人ともめちゃつよだもん。」

 

上鳴のつぶやきに同調するように芦戸がうなずくと、それに続いてほかのみんなも口々に同調し始めた。

 

「確かに、このクラスでも実力の高いお二方の対戦…それだけに見る価値も大きいですわね。」

 

八百万のその言葉を聞いて、葉隠がふと何かを想ったのか手袋で表されている指を(おそらくは)額の方へと押し付けた。

 

「でもさ、ぶっちゃけ五十嵐君と轟君ってどっちが強いのかなぁ…そーだ!爆豪はどっちが強いと思うの?」

 

「んなこと関係ねぇよ。どっちも俺がぶっ殺す、それだけだ」

 

「だめだ会話にならない。」

 

「ああ!?んだこのクソ透明野郎!てめぇが勝手に聞いてきたんだろうが!?」

 

「ちょ、野郎ってなにさ野郎って!私は野郎じゃなくて女ですぅ!」

 

「そんなのわかるわけねぇだろ!顔も何も見えねぇんだから性別もくそもねぇだろ!」

 

「私の胸にある立派な母性の象徴が見えないの!?言っとくけど私飛んだら揺れるんだからね!ほら、ほら!!」

 

どちらが強いかを聞いたはずがしょうもない喧嘩に発展してしまった葉隠と爆豪。

葉隠に至ってはぴょんぴょんとはねながら爆豪にその揺れる果実を見せつけており、ちょっと年頃の女の子としてはアレな行為を繰り返していた。

それをみて峰田がぎらついた目をしながら鼻血を垂れ流しているが、それすらお構いなしといった感じである。

それに見かねた尾白が必死に葉隠をなだめている中、砂籐は顎に手を添えながらほかのクラスメートへと疑問を投げかけた。

 

「だけど確かに葉隠の言う通りちょっと気になるよな。轟はまさしくクラス最強って感じだけどよ…正直五十嵐は最初の屋内戦の時はすげぇって思ったけど、それ以外はあんまその…ぱっとしないっつうか…」

 

「バカっぽいから強く見えないよね、実際バカだし五十嵐君。」

 

砂籐が言いにくそうにしていたことをバッサリと言い放つ葉隠は本人が聞いたら間違いなくキレるであろうことを平気で口にする。

その様子に思わず苦笑いを浮かべてしまう緑谷だが、対する上鳴は腕を組んで真剣に悩み始めていた。

 

「んー、確かに時々アイツが才能マンだってこと忘れる時があるなー。いつだかあいつテニスボール持ちながら『おい上鳴、瀬呂、切島、ミントンしようぜ!』って言ってきたときは本当にバカだと思ったし…」

 

「…あの、上鳴さん?私の記憶が確かなら、バトミントンとは羽をついて戦うスポーツだった気がするのですが…?」

 

「あいつ曰くテニスとバトミントンはラケット使うから同じような物らしいぜ?」

 

上鳴のその言葉を皮切りに出るわ出るわ衝也の奇行エピソード。

ある時は相澤の椅子にブーブークッションを、本人がいる前で置こうとしていたり、

キックベースは野球のベースを蹴って野球をするものだと思ってたり、

相澤先生の普段巻いている特殊な拘束具を全部瀬呂テープに変えてやろうと画策したことがあったりと

この短い期間の間でかなりのバカをやってきてる衝也を見ていると、どうにも『強い』というイメージがわいてこないのだ。

 

その話をあらかた聞いていた面々は一様に押し黙ってしまい、その静寂を破るかのように八百万が口を開いた。

 

「や、やはり轟さんの方が強いのかもしれませんね。」

 

「だねぇ…いくら五十嵐でも轟には勝てないでしょー。」

 

「単純にイメージがつかないな、五十嵐が轟に勝つ姿が。」

 

八百万に続いて芦戸や常闇がうなずいているが、対照的に上鳴や瀬呂、障子などは彼らの言葉に少しばかり反論し始める。

 

「いやいや、俺が言いだした手前あれだけど衝也ってああ見えて色々考えてるやつだぜ?な、瀬呂。」

 

「だなー。トレーニングの時もそうだけど、あいつってああ見えて結構自分にストイックなところあるんだよ。そういう姿を見てると一概にただのアホとは言いづらいっつーかさ。」

 

「俺も二人に賛成だ、あいつはああ見えて俺達の中の誰よりも芯の通ってるやつだと俺は思う。」

 

いつの間にか轟派と衝也派の二つの派閥ができつつある中、上鳴は真剣な表情で話を聞いているだけだった耳郎へと話を吹っ掛ける。

 

「へい耳郎、お前は轟と衝也だったらどっちが勝つと思う?」

 

「ウチ?ウチは、そうだなぁ…」

 

一瞬目を見開いたあと、耳郎は考え込むように視線を下におろした後、ゆっくりと視線を元に戻して口を開いた。

 

「ウチは、」

 

「うんうん、お前は?」

 

「…わかんない。」

 

「えー、おま、わかんないは卑怯だろうよ…。」

 

がっくりと肩を落とした様子の上鳴だったが、対する耳郎は少しばかり真剣な様子で上鳴へと反論を返す。

 

「じゃあ逆に上鳴はどうして衝也の方が勝つと思ったの?」

 

「へ?いや、それは…」

 

「ウチは轟の戦い方もしらないし、衝也の戦い方もそんなに詳しくはない。二人と戦ったことだってないし、一緒にこうやって試合をしたこともないしね。個性の相性だってあるかもしんないし、相手の戦い方いかんによってはどう勝負が転ぶかもわからない。戦いってそういうものでしょ?だから、ウチは正直にわかんないっていうしかない。

どっちが勝つとかが分かるほど、ウチはまだ二人のことを『知ってない』からね、

けど、『強い』のは、衝也のほうだと思うよ。」

 

そういって「たぶんだけどね」と付け足した後、耳郎は真剣な面持ちを崩さないまま目の前のステージへと向き直る。

そんな彼女の言葉に上鳴はきょとんとした表情で首をかしげる。

 

「?強いのが衝也だったら勝つのだって衝也だろ…?あれ、俺なんかおかしなこと言ってる?なぁ切島、俺なんか間違ったこと言ってるか?」

 

「……」

 

「…切島ぁ?おーい、俺の声聞こえてますかー?」

 

そういって切島に声をかけるが、対する切島は耳郎の言葉に何かを感じたのか、珍しく思考にふけっており、彼の問いかけに反応も示さず神妙な面持ちで何かを考え始めていた。

見ると蛙吹や爆豪なども同じように思考にふけっているらしく、口を開くこともなく一様に真剣な面持ちで目の前のステージを見つめている。

その様子に上鳴は若干自身の場違いさを感じてあたふたし始めた。

 

「え、アレ?なにこの状況?俺、なんか変な事言っちゃった?」

 

そういって心配そうな表情でアワアワしている上鳴。

そんな彼を見て苦笑した後、緑谷はやはり真剣な面持ちで目の前のステージへと視線を向けた。

 

(お父さんの復讐を理由にあそこまで強くなろうとしてきた轟君…その執念の大きさは僕にははかり知ることすらできない。それだけに、彼がどれだけ強いのかも想像ができる。

けど

 

 

五十嵐君、君は、一体どんな理由で強くなろうとしてきたんだろう)

 

何を知り、何を選択し…そして何を思って強くなってきたのか。

それを知りたいと思うからこそ、緑谷も、耳郎も、切島も、蛙吹も、安易にどちらが強いとは言うことができない。

強さとは、何を想って強くなってきたかによって差が出てくるものなのだと

彼らは『知っている』のだから。

そして、その答えがもしかしたらこの試合でわかるかもしれないのだから。

人知れず固唾をのみ込む緑谷。

 

 

それがゆっくりと緑谷の喉を通り過ぎた直後、

 

プレゼントマイクのハイテンションな放送が会場へと響き渡った。

 

『お待たせしました!続きましたは一回戦第二試合!死力を尽くし、全力でぶっ殺しあうのはこいつらだ!』

 

『殺し合いじゃねぇだろ。』

 

プレゼントマイクの物騒な一言に思わずツッコミを入れてしまう実況の相澤だったが、そんなことはお構いなしという風に言葉を続けていく。

 

『障害物競走2位!騎馬戦も2位!二番続きでトップはなしだがその実力は学年一とも噂される天才!トーナメントで初のトップを飾って優勝なるか!?

 

ヒーロー科!轟焦凍ぉぉぉぉぉ!!』

 

プレゼントマイクにそう紹介された轟はゆっくりとステージへと歩いていく。

その顔は下へと向けられており、表情を窺うことはできない。

そして、彼がステージの上へとたどり着くと、再びプレゼントマイクの実況が再開される。

 

『んでもって対するはこの男!障害物競争4位!騎馬戦は姑息な手で1位に!実力はある!あるはずなんだが、正直まったく強そうに見えねぇのがこのクレイジーボーイのすげぇ所!ルックスに行動にすべてが相手と真逆の問題児!

ヒーロー科切手の三枚目!五十嵐衝也ぁぁぁぁぁぁ!!』

 

テンションアゲアゲのプレゼントマイクの紹介と同時に、轟の反対の入り口から、ゆっくりとした足取りで、それでいてどこか悠然としていて、そして何よりその瞳を轟から決して外さずに、一歩一歩確実にその距離を縮め、

ようやく轟の目の前に、衝也の姿が現れる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ことはなかった。

 

『……あり?』

 

思わず、といった感じで漏れるプレゼントマイクのつぶやきが会場へと虚しく消えていく。

 

そう、あれだけド派手な紹介をされておきながら、衝也はステージに上がってくることもなく、未だ轟の目の前にはだれにも立っておらず、ステージの角にある炎が揺らめいているのみだった。

 

『あれ?ちょ、五十嵐ぃ?ヘイカモン五十嵐衝也!!』

 

少しばかり焦ったようなプレゼントマイクの声が会場に響くが、それでも彼は姿を現さない。

その様子に会場内がにわかにざわつきはじめる。

 

『ヘイヘイヘイヘイ!?どーしたんだよクレイジーボーイ!う〇こが詰まって大洪水でもしてんのか!?とりあえずなんでもいいから早く来てくれ!ハリーハリー!!』

 

『あのバカ…こんな時までどこほっつき歩いてやがる…!冗談じゃねぇぞ…!』

 

ビキビキとこめかみに青筋を立てまくりながら怒りの表情を浮かべる相澤と困ったようにハリーだのカモンだのわめいているプレゼントマイク。

その声に会場内はざわつきが伝染していき、いよいよ本格的にざわつきが大きくなってきた。

むろん、1-Aの面々も例外なく、むしろほかの者たちよりも焦り始めていた。

 

「な、なぁ…五十嵐君どこ行ったんかなあ?ちょっと心配やあらへん?」

 

「まったく!こんな大舞台でまたもや遅刻するとは…彼は俺達のこの姿が全国に放送されているという自覚がないのか!」

 

心配そうにしている麗日や腕をオーバーに振り回しながら怒る飯田などと一緒に緑谷は心配そうにステージの方に目を向ける。

 

「五十嵐君…どうしちゃったんだろう…」

 

「ケロ…心配ね…耳郎ちゃんは何か知らないの?」

 

「ううん、ウチもわかんない。結局ウチは控室には行けなかったし…最後にあったのはトーナメントの組み合わせの発表の時だし…。あのバカ…一体どこで油売ってんの…。」

 

緑谷に続くように、蛙吹や耳郎も心配そうな表情を浮かべる。

その時、耳郎の脳裏に、組み合わせが発表された時の彼の、あの何とも言えない表情が思い出される。

 

(まさか…棄権なんてことは、ないよね?)

 

一瞬、その考えに思いいたり、慌てて頭を横に振る。

よりにもよってあの衝也が棄権するとは考えにくい。

だが、もしかしたら…。

そのようなあり得ない妄想までが皆の頭の中に思い浮かんできてしまう。

そんな中、上鳴がわざとらしく、みんなの気を紛らわすためにあっけらかんとした様子で口を開いた。

 

「みんな心配し過ぎだって!大丈夫大丈夫。どうせマイク先生が言ったみてぇにトイレが長引いてくるのが遅れてるだけだろ!」

 

「…そう、だな。どうせ初日みたいに迷子かなんかになって若干遅れてるだけだろ?心配しなくてもそのうちひょっこり出てくるって!」

 

上鳴に続いて切島もみなの気を紛らわすために続けて言葉を紡ぐ。

そんな二人の言葉に、切島の隣に腰を掛けた衝也が心外だという風に声をかけた。

 

「おいおい、失礼なこと言うんじゃねぇよ二人とも。悪いが俺はトイレは問題なく快便だったし、迷子になったりもしてねぇよ。そうやって俺に不名誉な事を俺の居ないところでいうのやめてくんない?」

 

「いや、だってそっちのほうが棄権よりも断然可能性高いだろ?普段の行動的に考えて。」

 

「上鳴にだけは言われたくないと思うのは俺だけだろうか?」

 

「俺もおめぇだけには言われたくねぇっての。」

 

「普段の行いの報いですわね…」

 

「だなぁ…」

 

衝也の問いかけに上鳴、八百万、瀬呂がしみじみといった様子でうなずいている中、衝也は納得がいかないという風に首をかしげて不満げな表情を浮かべる。

そんな中、切島が「これに懲りたら今度からは普段の行いに気を付けるんだな」と笑顔で注意し、それを聞いたみんなが笑顔で笑いあいながらうなずき合った。

 

『……ってちょっとまてぇぇぇぇぇぇぇ!!』

 

「うおッ!何事!?」

 

もちろんそれだけで終わることはなく、クラス全員のツッコミが衝也の方へと向けられる。

そのあまりの迫力に思わず衝也はびくりと肩を跳ね上げてしまう。

だが、そんなことはお構いなしという風に皆一様に衝也の方へと詰め寄っていく

 

「おまえマジで何やってんだよ!?なんでこんなところでシレーっと会話に混ざってんの!?思わず普通に会話成立させちゃったんですけど!」

 

「もうとっくに轟はスタンバってんぞ!?お前も早くしたいかねぇとマジでやばいって!つーかお前どうしてここいんだよ!?自分の出番忘れちゃってましたーっとかふざけた理由だったらとりあえず一発ぶん殴るからな!?」

 

「待て待て待て待て、とりあえず落ち着け皆の衆。そんなに取り乱しちゃだめでしょーよ。こんな時こそ平常心だぜ?それにほら、ヒーローは遅れてやってくるっていうし、これはこれでありじゃない?」

 

「「ぶっ飛ばすぞこの野郎」」

 

上鳴と瀬呂に胸倉をつかまれながら説教される衝也だったが、そんな二人をものともせず笑顔で二人に話しかける。

だが、上鳴の後ろにいるほかのクラスメートの表情を見るとその表情が一気に固まり、その額に少しだけ汗が流れ始める。

 

「えっと、あのー、皆さんその恐ろしいまでのお顔はいったいなんでございましょうか?」

 

「…ほー、バカだバカだとは思ってたけど…アンタここまでバカだったんだね。とりあえず一片死んどく?」

 

「ちょっと待って耳郎さん、いや耳郎様!ほかの皆様方もその迫力満点の表情を元に戻してくださりますか!?」

 

そういって距離を詰めてくるクラスメートからじりじりと距離をとる衝也は一度大きく咳ばらいをした後、人差し指を立てて弁解をし始めた。

 

「いや、その…ね。こうなったのにはその色々わけがあるといいますか…。」

 

『……』

 

「あのー…その、俺としてはですね…轟君と戦うというのはとても勇気がいることでしてね。できることなら決勝戦とか準決勝とかね?そこらへんで当たりたかったわけでして…」

 

『……』

 

「でも一回戦で当たったのはもうくじ引きなんでもう変えようがないじゃないですか。しかも一回戦の第二試合というね。だからその、せめてもう少し後、できれば一回戦の最終試合らへんまで引っ張りたいとおもいまして…」

 

『……』

 

「だからその…俺がこの場で出なければ試合が伸びてほかの試合が先に始まるかなー…なんて!」

 

『…っ!!』

 

「あ、痛い!痛い!ちょ、みんなやめて、俺の脛に蹴りを入れてこないで!そんな集団で俺の脛をリンチしないで!」

 

衝也の開き直ったような笑顔に我慢ならないといった様子で彼の脛に蹴りを入れていく面々。

そしてひとしきり衝也の脛を蹴り続けた後、うずくまって「横暴だ…いじめだ…訴えてやる」と脛をさすっている衝也の肩を八百万ががっちりとつかみかかった。

 

「五十嵐さん!」

 

「へ、あ、はい!なんでございましょう八百万の神!」

 

「あなたという人は、本当に…本当に大馬鹿なのですか!?」

 

「ぐはぁッ!!!八百万に言われるとほかの奴らよりもダメージがぁ!!」

 

胸を押さえて苦しそうに吐血したようなそぶりを見せる衝也だったが、そんな彼にお構いなしという風に八百万は言葉を続けていく。

 

「いいですか五十嵐さん!このままあなたが出なかったとしても試合が先送りになることはありません!むしろ

 

このまま出なかったら不戦勝で轟さんの勝ちになってしまいますよ!?ミッドナイト先生がルール説明でそうおっしゃっていたではありませんか!」

 

「バカやろー!誰だ試合先送りしたいだなんていった奴は!このままじゃ不戦勝になっちまうぞ!…って痛い痛い!ちょ、やめて、膝を…!俺のニーを蹴らないで!?」

 

八百万の言葉を聞いた瞬間手のひらを返した衝也の膝にこれでもかと蹴りを入れる上鳴と瀬呂の二人。

そんな中、障子は焦ったようにステージの方へと視線を向けた。

 

「まずいぞ、このままじゃ本当に五十嵐が不戦勝に!」

 

「何言ってやがる障子!あきらめたらそこで試合終了だろうが!」

 

「現在進行形で試合終了間近のてめぇがいってんじゃねぇ!」

 

峰田の的確すぎるツッコミには耳を貸さずに衝也はいそいそと観客席の手すりへと向かっていき、

 

その上へと足をかけ、ゆっくりと手すりの上へと立ち上がった。

 

「時間はもう限られてる…こうなったら最終手段だ…!」

 

「…!ちょ、お前まさか!」

 

その姿を見た上鳴が思わずといった風に声をかけるが、それでも衝也は止まる様子を見せない。

そして、ゆっくりと後ろを振り返り、クラスメートたちに向けて渾身の笑みを向けた。

 

「みんな見ていてくれ、今こそ俺は鳥になって見せる!」

 

「あ、衝也!ちょッ、止まって!」

 

「行くぜ!アイキャンフラッ…!」

 

そういって衝也は耳郎が止めるよりも早く手すりから勢いよくジャンプしようとして

 

ほどけていた靴紐を盛大に踏みつけた。

そして、バランスをくずした衝也はそのまま

 

「いぃぃぃぃぃ!?」

 

手すりの下へと真っ逆さまに落ちていった。

それをみた耳郎は呆れたように顔を手で覆い、

 

「靴紐…ほどけてるって言おうとしたのに…」

 

と情けなさそうにつぶやいた。

それと同時にわずかに地面に物が落ちたような音が響き、プレゼントマイクが驚いたようにマイクへと声を通す。

 

『うおっ!なんだなんだ!?観客席から誰か落っこちて来た…って!!よく見りゃ噂のクレイジーボーイじゃねぇか!?やべぇ、なんかものすごいだせぇ落ち方してるぜうける!!つーかなんであいつはあんなとこに!?つーかマジであの落ちかた!ちょっと笑いが止まんねぇぜ!!』

 

『あの…バカ野郎が…!』

 

もはや脳の血管がちぎれるんじゃないかというほどビキビキと額に青筋を立てまくっている相澤とまるで犬神家のような落ち方をしている衝也を見て大爆笑しているプレゼントマイク。

その上ではクラスメートの面々があきれ半分心配半分といった様子で下に落ちた衝也に視線を送っていた。

 

「まぁ…自業自得だな。」

 

「意義ナーシ。」

 

「猛省すべき。」

 

上鳴や芦戸、常闇などがあきれたように席へと戻っていくなか、切島と耳郎、そして緑谷は呆れつつもどこか心配したような様子で彼を見続けていた。

 

「…なぁ、耳郎」

 

「なに?」

 

「あいつさ、本気だったとおもうか?」

 

衝也から目を離さずにそう問いかける切島に、耳郎は少し逡巡したようなそぶりをみせる。

が、それも一瞬ですぐに衝也の方を向き直って少しばかり表情を曇らせた。

 

「十中八九わざとだろーね。」

 

「やっぱりそうなんだ…。」

 

「だよな…」

 

耳郎の言葉に緑谷と切島がそれぞれ反応を返す。

そして、いまだぴくぴくと足を動かしながらその場にとどまっている衝也を見て、緑谷がゆっくりと口を開く。

 

「緊張…してるのかな?」

 

「どうだろうね。ああ見えてあそこまで不謹慎な奴じゃないだろうし。あんな普段以上のバカをこんなとこでやったりしないでしょ。

普段以上に普段通りにしてないと、自分の緊張に押しつぶされるんじゃない?」

 

「ったく、普段通りにするのはいいにしても…もうちょっとましなやり方あったろうが…」

 

「ほんと、不器用な奴…」と半ばあきれた様子で呟く切島だったが、対する耳郎は少しばかり目を細めて衝也の方へと視線を送り続ける。

衝也はしばらくの間そのままの態勢でいたのだが、数分経ってやっと身体を起き上がらせ、ざわざわと一層ざわつき始める会場を見渡した後、ゆっくりと身体を伸ばした後、ようやくステージの方へと歩き始めた。

 

(衝也…)

 

思わず心の中で彼の名をつぶやいてしまう。

どこかいつもと違う、ステージへと向かう彼の背中に向けて。

 

ゆっくりと、悠然とセメントスが作ったステージの上へと上がっていく衝也。

一歩一歩地面を踏みしめながら

その視線を、轟へと一心に向けながら

彼との距離を、徐々に徐々に詰めていく。

そして、ステージへと衝也が上ってくると、主審のミッドナイトが少しばかり眉間にしわを寄せ、衝也の方へと詰め寄っていった。

 

「ちょっと五十嵐君!あなたどうして観客席から落ちてきたの!?試合開始前はちゃんと控室で出番が来るまで準備して待ってるようにって説明を…」

 

「すんません、ミッドナイト」

 

しかし、ミッドナイトの説教は衝也の謝罪により中断されてしまう。

一瞬、驚きからか言葉を止めてしまったミッドナイトには目もくれずに、衝也は続けて言葉を紡いでいく。

 

「色々と頭ン中で考えて、結構いっぱいいっぱいだったんで…でももう大丈夫です。

 

 

 

今やっと準備(・・)を終わらせることができたんで。」

 

 

そういって軽く首を回す衝也だがミッドナイトとしてはそんなわけのわからない理由でこのような行為を認めるわけにも行かない。

きちんと注意すべきところは注意をしようと、改めて説教を再開しようと口を開こうとして、

言葉が出る直前で動きが止まった。

 

彼女の視線の先にあるのは彼のその姿。

説教をすることに躍起になってしまい、意識を向けるのが遅くなってしまったその彼の姿は

 

いつもの彼とは真逆の、鋭く、威圧感すら感じてしまうほどの雰囲気をまとっていた。

 

その姿から見て取れる並々ならぬ戦意と

胸の内にある覚悟

 

それを感じ取れたのは、おそらくミッドナイト自身がヒーローだからだろうか

それとも

ここ最近急に身近になった、あのトップヒーローと同じような雰囲気だったからなのか。

どちらにしても、いまこの瞬間、ミッドナイトは間違いなく、

 

五十嵐衝也に気圧された。 

 

『へい!時間も時間だ、ちゃちゃっと始めるぜミッドナイト!』

 

プレゼントマイクのその声に、ようやくミッドナイトの意識が衝也から離れていく。

そして、結局彼に説教の続きをすることはせずにステージの上から足早に去っていく。

 

(雰囲気が、いつもとまるで違う…相澤からほかの生徒とは明らかに違うとは聞いてたけど…まさか、こういうこと?)

 

自然と出てきた額の汗をぬぐうこともせずにステージから出ていくミッドナイト。

だが、その最後まで、衝也と轟から目を離すことはしない。

 

(荒れる…この戦い…絶対に荒れる!根拠はないけど、なぜか断言できてしまう!

 

この戦い、『普通』で終わる予感が全くしない!)

 

そして、ミッドナイトがステージを降りたあと、会場にプレゼントマイクの声がマイク越しに響き渡る

 

『ヘイエヴリバディ!!大変長らく待たせちまったな!!首を長くしてろくろ首になってるやつは今のうちに首を元に戻しとけよ!そんじゃ気を取り直して、一回戦第二試合!

 

START!!!!』

 

プレゼントマイクの大声と共に開始された轟と衝也の試合。

だが、開始の合図が出てもなお、対する二人は全く動く様子もない。

ただただ下を向いて俯いている轟と、そんな轟を鋭く見続ける衝也。

どちらも、動こうとする気配もない。

そんな中、しきりに首や手首を回していた衝也は大きく一度息を吐くと、気まずそうに、それでもはっきりとした声で轟へと話かけた。

 

「轟…試合する前にこれだけは言っておきたかったんだが…」

 

「五十嵐」

 

「…んあ?」

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな」

 

自分の言葉を中断し、わざわざ名前まで言って謝罪をしてきた轟のその言葉に一瞬、衝也の動きが止まる。

そしてその瞬間、

 

 

 

ステージの上に氷山が降り立った。

 

 

 

比喩でも何でもない、文字通りの氷山。

およそテレビでしかお目にかかれないような氷の山がステージどころか会場の半分を埋め尽くした。

およそ轟が出せる最大出力の氷は、まさしく災害と呼んでもいいレベルにまで達していた。

そして、この行動は轟の今打てる最善の手でもあった。

衝也の戦い方はその個性を応用した超スピードを利用した強烈な打撃のヒット&アウェイ。

体力とスピードで自身を大きく優っている衝也を拘束するには小さな氷でちまちま闘い続けるより、こうして最大出力で閉じ込めたほうが一番手っ取り早く、合理的なのだ。

 

だが、それでも規模が大きすぎる。

そのあまりの規模のでかさに観客も主審も、実況も驚きで口をあんぐりと開けてしまう。

ただ一人、解説の相澤を除いて

 

『何やってやがるミッドナイト!試合を止めろ!!

 

 

 

五十嵐が死ぬぞ!!』

 

会場に響くその言葉に、今まで口を開けていた全員が一気にその視線を氷山へと向けた。

そう、衝也はこの氷山に動きを止められたのではない。

文字通り閉じ込められたのだ。

この氷山の()に。

そこまで思考を追いつかせたミッドナイトはすぐさま氷山の方へと視線を移す。

これほどの規模の氷山の中に閉じ込められたとしたら、数分も立たずに凍死してしまう。

ましてや、ここまでの規模の氷山から抜け出すことなど、普通であればできはしない。

 

「まずッ」

 

慌てたミッドナイトが試合を止めるよりも先にセメントスへと合図をおくり、どうにかしてこの氷山から衝也を救い出そうとステージへと駆け寄ろうとして

 

ビキッ!と

氷山の方から小さくヒビが入ったような音が響いてきた。

その音を聞いたミッドナイトの動きが止まり、轟の眉も一瞬だけ動く。

そして次の瞬間

 

 

会場を埋め尽くした氷山が、真ん中から音を立てて崩れていった。

 

「なっ、ちょ…嘘だろ!?」

 

突然のことに慌てつつもセメントスは咄嗟にセメントを操りミッドナイトと自分を守る。

しかし、観客席に落ちていく氷は防ぐことができず、そのまま観客席に氷が落ちていく。

その質量は氷山ほどではないものの人を潰すには十分すぎる。

 

「うわ、な、こ、こっちにくるぞおおおおおおお!?」

 

思わずといった様子で観客席から悲鳴が聞こえてくるが、

 

 

 

その氷も、観客席に落ちていく前になぜか粉々に砕け散った。

 

「おおおおおおお…お?」

 

「あ、あれ?氷がない?」

 

「く、砕けたのか?」

 

突然落ちて来た氷が砕け散り、叫び声が素っ頓狂な間抜け声に変ってしまう観客たち。

 

そんな中、あの氷山を作り出した轟は冷気のせいで立ち込めた霧により視界が遮られるステージで、悠々と立ちすくんでいた。

とはいっても、ただ立っているわけではない。

実際に、その表情には少しの動揺と焦りが見て取れた。

 

(馬鹿か俺は!選択を誤った!…そうだ、USJの時に見たあいつの個性のパワーなら…俺の最大出力を真正面からぶっ壊せたとしても不思議じゃねぇ!)

 

計算違いによる些細なミス。

初手の誤り。

しかし、戦闘においてそのミスは大きな敗因につながってくる。

実際、轟は自分の個性のせいでできたこの霧により衝也の姿をとらえることができず、攻めあぐねていた。

あの姑息で狡猾な衝也が、この好機を逃すとは考えずらい。

絶対にここで何かしらのアクションを起こしてくるはずだ。

一瞬たりとも気が抜けない。

全方位に意識を集中し続ける轟。

目も、耳も、鼻も、あらゆる部分の神経を最大限まで集中させて攻撃に備える。

 

そして、彼の右側から

 

コツンッ…という一瞬、何かを蹴ったような音が聞こえて来た。

 

「ッ!」

 

それが聞こえたと同時に轟の視線が右方向へとわずかに動いたその刹那

 

彼の前方から顔程もある大きな氷の塊が勢いよく飛んできた。

 

(!右は囮か!?)

 

予想外の攻撃に一瞬止まってしまうものの、そのまま攻撃をもろに食らうほど轟もバカではない。

とはいえ、氷の盾を出すと間に合わない可能性が考えられるため、轟は一瞬逡巡をした後、身体を瞬時に下へとかがませてその氷を避けた。

そしてすぐさま氷が飛んできたほうへ視線を送り

 

轟の顔面に、衝也の蹴りがぶち込まれた。

もちろん、ただの蹴りではない。

まるで、轟が最初からそう動くのをわかっていたかのような動きで放たれた彼のサッカーボールキック、しかも加速のために個性使用というおまけまでついている。

 

「がッふ…!?」

 

鈍い痛みと凄まじい衝撃の後、彼の身体と共に大きく後ろへと吹っ飛んでいく。

普通の蹴りとは違い、勢いよく振りぬかれたサッカーボールキックは普通の回し蹴りやローキックの数倍の威力がある。

それに個性の加速までつけば、単純に威力は倍だろう。

地面を何回もバウンドしながら吹っ飛んでいく轟は場外だけは避けるために半ば強引に右手を動かし、後方へと氷の壁を作り、その壁へと激突する。

 

「っは…!」

 

背中にきた衝撃と共に肺の中にあった空気が一瞬で外へと吐き出される。

そして次にやってきたのは鼻の下に通る生温かい感触。

すぐさま手の甲で鼻の下をこすると、そこにはべっとりと血が大量についていた。

 

「ったく、ほんっとによぉ…話の途中にいきなり氷山ぶっこんでくるほど非常識だとは思わなかったぜおい。」

 

だが、前方から声が聞こえて来た瞬間、その血のことは一瞬で頭の中から消え去っていく。

そして、すぐさま視線を前方の方へと向けた。

いつの間にか立ち込めていた霧もうすくなり、もうほとんどステージが視認できるほどになっている。

そんな中、前方に立つその男は

 

「つーかなによりもまず最初に一つだけ言わせろ轟…

 

 

 

お前この後風邪ひいたらマジでハッ倒すからなこの野郎!!」

 

がちがちと歯を打ち鳴らし、鼻から垂れてくる鼻水を勢いよくすすり、必死に体を左手でこすって暖め続けている

 

なんともしまらない恰好をしていた。

 

 

 

 




この前のステイン云々アンケートなんですけど、なんだか非常にビミョーな感じなんですよね。
会わないが5票、会うが4票、そして自信のある方が1票。
前言った通り自信がある方は会う方なので、そういくと会うが5票に…どーしてくれよーか。
…ま、いっか(思考放棄)
まだ体育祭続くし、時間はあるから大丈夫だー!


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第二十五話 ヒーロー 下

バトルが、バトル場面が全く書けない…!
なんか、戦闘が始まると一気に作品を書きたくなくなりますね、あまりの駄文さに…

てなわけで、吹き荒れる駄文の嵐に要注意な二十五話です、どうぞ



あ、それと、一部激しいねつ造が入りますので、そこにもごちゅういください


「す、すげぇ…」

 

観客席

先ほどまで目の前にあった特大の氷山と、それを一瞬で砕いた衝也の衝撃

その規模の大きすぎる戦いに、思わず切島はごくりと唾を飲み、半ば無意識のうちに呟いていた。

 

「まるで氷山と見間違えそうな氷結と、それを粉々に打ち砕いてしまうほどの衝撃…とてもじゃありませんが、あのお二方は私たちとは闘いの規模が違いすぎますわ…」

 

それに続くかのように、唖然としている八百万が少しだけ額に汗をにじませて呟く。

その言葉に、クラスの全員が返答はせずとも納得するかのように唾を飲み込んだ。

 

「…ッそが…」

 

あの爆豪ですら、一瞬だけ驚きからか目を見開いてしまったほどだ。

しかし、それもわずかな間だけで、すぐに彼は目を細めて小さく悪態をつく。

だが、その表情はいつもとは違いどこか苛立ちを感じているように見えた。

…いつも通りなきがしないでもないが。

 

「まっじかよ…あんな規模で凍らされたら誰も勝てねぇよ普通…ツーカ、それを砕いた衝也もマジやべぇだろ!どっちも才能マンどころじゃねぇぞおい!」

 

「これ、どう考えても一回戦レベルの戦いじゃないでしょ…」

 

上鳴が恨めしそうに叫び声を上げると、その前にいた葉隠が思わずといった様子でつぶやきを漏らす。

そう、どう考えてもレベルが違う。

少なくとも個性の『規模』はそこらの生徒どころかプロヒーローの中でも間違いなくトップクラスになるだろう。

もちろん規模が大きいからと言って強いとは限らないということを多くのヒーローたちは知っているが、経験の浅いヒーローやまだまだ卵であるヒーロー科生徒たちからしてみれば、まさしく次元の違う闘いとして見えてしまうだろう。

 

「いや、規模(そこ)じゃないでしょ。すごいところ」

 

「…へ?」

 

だが、ふと呟かれた耳郎のつぶやきに思わず上鳴が素っ頓きょうな声を上げる。

耳郎の表情はほかの者たちとは違い、驚いた様子もなく、真剣な表情を崩さないままだ。

 

「お、おいおい何言ってんだよ、耳郎。お前だって見ただろあのバカでけぇ氷山とそれを粉々にした衝也の個性をよぉ!あれがすごくないってんだったらほかの試合みんなごみクズみたいなもんじゃねぇか!」

 

「うるさい上鳴、集中できないから黙って。」

 

「えー…」

 

思わず大声を上げて抗議の声を上げる上鳴だが、即座に耳郎ににらまれてしまったため肩を落としてしまう。

それを横目で見た耳郎は呆れたようにため息を吐き、再び視線をステージに戻した後、ぽつりとつぶやいた。

 

「ま、見てればわかるよ。」

 

「…?」

 

その言葉に一瞬首を傾げた上鳴だったが、耳郎のつぶやきが気になってしまったので、仕方なしにステージの方へと向き直る。

すると、先ほどよりも霧がだいぶ晴れてきており、今まで視認できなかった二人の姿がようやく視界にとらえられそうだった。

そして、霧がすべて晴れて、二人の姿が見えた時、上鳴は思わず首を傾げた。

 

「…いや、轟が鼻血出してるだけじゃん」

 

そういってどういうことか問い詰めようと耳郎の方を向こうとするが

 

「…凄いな、五十嵐君は。」

 

耳に入ってきた緑谷の言葉に思わず動きを止めてしまう。

 

「…?どういうことだ緑谷君?」

 

緑谷の言葉の意味がよくわからなかったのか、隣にいた飯田が首をカックンと曲げながら緑谷に問いかける。

 

「見てよ、轟君が鼻血を出してる。おそらくは、五十嵐君の何かしらの攻撃が当たったんだと思う。」

 

「?それがどうしてすごいことなの?」

 

麗日の問いかけに思わず心の中で同調してしまう上鳴だったが、次の緑谷の言葉を聞いて、その考えが吹き飛んだ。

 

「考えてみてよ、今さっきの状況を。」

 

「状況?」

 

「そう、さっきまでここは轟君の氷山の冷気のせいであたりを覆い隠すほどの霧が立ち込めていた。そんな視界の悪い中、五十嵐君は何の迷いもなく攻勢に出て、あろうことか、轟君に攻撃を当てたんだ。」

 

「あ…」

 

「!…そうか!そういうことか!」

 

その言葉を聞いて麗日がわずかに目を見開き、飯田は曲げていた首を元に戻して思わずといった様子で声を上げた。

 

「あんな視界の悪い中、攻勢に出るのはもちろん、攻撃を当てることも難しい。普通は何もできずに攻めあぐねることしかできないと思うんだ。少なくとも僕だったら何もせずに相手の動向をうかがうと思う。そういう時の人の警戒心って普通よりも高いと思うんだ。どこから来るかわからない攻撃に備えるために、どんな些細な変化も音も漏らさないよう、集中すると思うし。何より、自分の視界が遮られてるってところは相手と全く変わらない。それなのに五十嵐君は攻撃を当てることができたんだ。」

 

視界良好の中攻撃を当てることは何ら難しいことではない、だが、その視界が潰されてしまったとき、攻撃を当てるということはほとんどの人間ができることではないだろう。

もし、両者ともに何も見えない状況かだったとしても、攻撃を当てる側と受ける側とでは難しさが違う。

こちらを警戒し、神経を研ぎ澄ましている者に攻撃を当てることなどそうそうにはできない。

逆によけられてカウンターを入れられる危険すらある。

それなのに、衝也は轟を蹴り飛ばすことができたのだ。

 

「でも、わからないんだ」

 

「む…?何がだ緑谷君?」

 

「五十嵐君がどうやって轟君の場所を特定したか」

 

「?それはもちろん聴覚だろう?視覚が見えないとしたら次に可能性があるのは聴覚じゃないのか?」

 

「うん、僕もそれは考えたんだけど…よく考えてみてよ飯田君。飯田君はこれだけ歓声がある会場の中で目をつぶったまま相手の出す音『だけ』を正確に聴き取ることなんてできる?」

 

「…!それは…」

 

「仮に視界がつぶれていても聴覚で補えばどうとでもなると考えるかもしれない

けど、これだけの雑音が響く中対象者一人だけの音を拾うことなどできはしないでしょ?

そんな中、五十嵐君は轟君を攻撃することができた…一体どうやって?

これだけの雑音が響きわたる中、あまたある音の中から轟の音を拾う。

そんなことが、視覚障害も何もない五十嵐君ができるとはボクは思えないんだ。

もしそれができるのならば、それこそ彼は超人…」

 

「できると思うよ、たぶん…」

 

「…えぇ!?」

 

緑谷の解説を途中で遮るような形で声を出したのは、先ほど上鳴を黙らせた耳郎だった。

慌てて緑谷は視線を耳郎へと移すと、耳郎はいつから聞いてたのか少しばかり視線をこちらへと向けていた。

 

「ど、どういうこと耳郎さん、できると思うって…本当に?」

 

少し驚いた様子で耳郎に問いかける緑谷とそれに合わせて視線を耳郎に向ける麗日と飯田。

そんな三人の視線を浴びた耳郎は少しばかり頬を掻いた後、再び視線をステージの方へと戻す。

 

「んー、まぁ…たぶんだから何とも言えないし、それが絶対ってわけじゃないからどうとも言えないけど…衝也が轟の位置が分かったのはおそらく」

 

 

 

 

 

 

 

「フゥー!」

 

「ひゃあああああああ!?」

 

「「「うわぁあああ!?」」」」

 

と、自身の考えを言おうとした耳郎だったが、突然彼女が身体をビクン!と跳ね上がらせて可愛らしい声を上げる。

その声に、思わず緑谷達三人も大声を上げ、それに気づいたクラスの面々がなんだなんだ?という風にザワザワしながら彼らの方を向く。

 

 

「…ッ!だ、誰ウチの耳に息吹きかけたの!?」

 

「アハハ、これはまた可愛らしい反応だなぁ…ボクが男の子だったらちょっとときめいちゃうところだった。」

 

「…ッ!」

 

自身の横から聞こえて来た声に気づき、顔を赤くしながらすぐさまそちらへと視線を向ける。

すると、その顔が驚いた表情へと変化する。

クラスメイトの面々も一様に少しばかり驚いたような顔をしてその人物に視線を送る。

そんな中、切島が人差し指を耳郎へと息を吹きかけた人物へと向けた。

 

「えっと…とりあえず聞いとくけど…ここで何してんの

 

 

傷無。」

 

「お、さっき言った通り敬語が抜けてるね!そういう切島君のフレンドリーなところ、ボクは好きだよ。」

 

そこにいたのは、つい先ほどまで衝也へ会うためにわざわざここまで来て、出会いがしらに攻撃し、あまつさえ場を荒らしに荒らしまくって帰っていった彼の幼馴染

傷無恋だった。

 

「いやいや、そういうのはいいから、とりあえずなんでアンタがいんのか説明してくんない?ていうかなんで耳郎の耳にいたずらを…」

 

「え、それはもちろん面白そうだったから」

 

『この人衝也と思考回路一緒だぁ~…』

 

半ば呆然としていた上鳴の問いかけに笑顔で答える恋にどこぞのお調子者の影を見てしまう1-Aの面々だったが、いたずらをされた耳郎は、少しばかり顔を赤くしながら彼女を問い詰めていく。

 

「なッ…ちょ、面白そうなんて理由でウチの耳に息を吹きかけないでよ!」

 

「フゥー」

 

「ひぁあんっ!?」

 

「おお、今度はちょっと色っぽい…耳郎ちゃん、耳が弱点なのかな?」

 

「…っ!こんのぉぉぉ!」

 

先ほどの少し強めの息とは違い、優しく吹きかけられた息に思わずちょっとあれな声を上げてしまった耳郎は羞恥心からか顔を真っ赤に染めながら彼女の方へと再び問い詰めていく。

そんな彼女たちのやり取りを見つめていた緑谷は少しばかり小声で隣の麗日に話しかけた。

 

(あの、麗日さん、あの人一体…)

 

(ああ、そういえばデク君はおらんかったね。あの人は傷無恋って言って、五十嵐君の幼馴染なんやて。)

 

(!五十嵐君の幼馴染!?)

 

「その通りだよ」

 

「うわぁぁぁ!?」

 

わざわざ聞こえないように小声で話していたというのに、いつの間にか自分の目の前にまで顔を近づけて来た恋に、思わず飛びのいてしまう緑谷。

奥を見ると彼女と口論していた耳郎は顔を真っ赤に染めながら肩で息をしている。

どうやらあれやこれやいじられたようだ。

そんな緑谷を見て、恋は面白そうに笑い声をあげた。

 

「アハハ、君もなかなか可愛らしい反応だね、まったくこのクラスにはいじりがいのある人ばかりで面白いなぁ。ボクの士傑高校には真面目な人の方が多くて…ヒーロー科の先輩の中にはとんでもないほど真面目で融通の利かない人がいてね、こちらとしても息が詰まりそうなんだ。」

 

そういって軽く肩をすくめる恋に、葉隠が再度ほかの者たちと同じように言葉を投げかける。

 

「えっと、それでそれで、傷無ちゃんはどーしてここに?もう帰ったんじゃなかったの?」

 

「やれやれ、ひどいなぁ葉隠ちゃん、もう忘れてしまったのかい?

 

『近いうち』にまた会おうと、ついさっき約束したばかりじゃないか。」

 

「いや近すぎだろいくら何でも!?」

 

「いいじゃないか、女の子は案外せっかちなんだよ。」

 

瀬呂のツッコミに軽く笑みを浮かべた恋は視線をステージの方へと移し、ゆっくりと耳郎の隣の空椅子へと腰を掛けた。

 

「まぁ、もちろん衝君を見に来たっていうのが本来の目的で、君たちにあったのはほとんどついでみたいなものなんだけどね」

 

「ケロ…傷無ちゃん、正直なのね。」

 

「アハハ、まぁそういうところは彼と同じかもね。でも、君たちに会いに来たのもついでとはいえ目的の内に入るんだけど…」

 

高校の彼がどんな感じなのか知りたくてね、と言葉をつづける恋だったが、彼らからすれば今のあなたと似たような感じですと言いたくなってくる。

 

「いやー、それにしても…衝君はほんと強くなってるなぁ。昔はあんな大きい氷山壊すことなんてできなかっただろうに…ん?みんな何してるんだいぼーっと突っ立って?とりあえずは君たちも座ったらどうかな?いつまでも立ってたら疲れるだろう?」

 

「いや、傷無が言うことじゃないでしょそれ」

 

「む…そういわれると確かにそうだな…」

 

芦戸にツッコミを入れられて苦笑する恋を見て少しばかり肩を落とす面々だったが、特にこのまま立っている理由もないため皆一様に座り始める。

そんな中、耳郎はジト目で隣に座っている恋のことをにらみ続ける。

 

「?どうしたんだい耳郎ちゃん、早く座ったらどうかな?」

 

「…変な事しないでよ…耳に息吹き替えるのも禁止。」

 

「む、これはあれだな…俗にいう振りというものだね?」

 

「違う!」

 

「アハハハハ!かわいいなぁ耳郎ちゃんは。」

 

「あーもー!調子狂うんだけど!」

 

彼女が頬を真っ赤にして怒る姿に思わず笑ってしまう恋。

そんな彼女を警戒しつつも隣へと腰かける耳郎。

対する恋は相変わらず笑顔で彼女へと話しかける。

 

「そんなつれないことを言わないでくれたまえよ耳郎ちゃん。ボクとしては君ともぜひ仲良くしたいと思ってるというのに」

 

「だったらせめてウチの耳にいたずらするのはやめてよ。」

 

「む、これは」 

 

「違うって言ってるじゃん!」

 

「言う前にツッコミとは、できるね耳郎ちゃん。」

 

そういって笑ってから再びステージへと視線を戻す恋。

するとその表情がほんのわずかにだが鋭いものへと変わる。

だが、それも一瞬のことで、すぐにまた表情をもとへと戻した。

それを見ていた耳郎は少しだけ目を細めて彼女のことをじーっと見つめ続ける。

すると、その視線に気づいたのか、少しばかり居心地が悪そうにモゾモゾしながら耳郎の方へと声をかけた。

 

「あの、耳郎ちゃん。ボクに何か用事でもあるのかい?あるのならできれば言葉で示してくれないと…君が誰を想っているのか、ボクはしっかり言葉にしないとわからない…」

 

「ちょっと!なんか告白する前みたいな感じ出すのやめてよ!」

 

「む、これは」

 

「だーかーらぁ!」

 

「アハハハハ、ごめんごめん、それで?ボクへの用事は?それとも本当に愛の視線だたのかな?だとしたらボクは衝君一筋だから残念だけどお断りさせてもらうけど。」

 

「違うって、そーじゃなくてさ…その、傷無…でいい?「もちろん」じゃあ傷無で。

 

 

その、傷無はさ…この勝負どちらが勝つと思う?」

 

耳郎のその問いかけに恋は少しだけ目を丸くした後、少しばかり目を細めてステージの方へと視線を向けなおした。

 

「ふむ、なかなかに難しいな。何分ボクは衝君のことは知っていても相手の轟君についてはこの体育祭で得た情報しかない…そのうえボクの知ってる衝君の情報も中学時代までのもので高校の後はボクも知らないからね。そういうのを加味したうえで結論を出すとしたら

 

 

衝君じゃないかなぁ…。」

 

「…理由は?」

 

「君が想っている理由と大体同じ、とだけ言っておこうかな。」

 

「…何それ、ウチはどっちが勝つかわからないからアンタに聞いたんだけど…?」

 

「でも、少なくともどっちが強いと想っているかはわかってる…でしょ?」

 

「……」

 

そういって軽くウィンクをする恋の言葉を聞いてわずかに視線を動かした耳郎はその視線をうろうろさせた後、結局ステージへと戻す。

そんな彼女をしばらく見つめたまま、恋はわずかに眉を動かした。

 

(ふむ、耳郎響香ちゃん…か。一応警戒しておいては損はなし…かな。ほんっと、やんなっちゃうなぁ…)

 

そして、ゆっくりと、呆れたような疲れたような長い溜息を吐いた後、傷無は目の前のステージへと意識を向ける。

 

ステージの上に立っている衝也は前見た時よりも身体も大きくなっており、男子高校生らしく、より逞しく成長している。

だが、おしゃれのおの字もないぼさぼさな黒髪と優しく相手を包むような目と、時折見せる相手を射抜くかのように鋭い目は相変わらずそのままだ。

その変わらない彼の容姿に思わず恰好だけでも高校デビューとかしたらいいのにと思う反面、おしゃれをしたら悪い虫が引っ付いてくるかもしれないからあれくらいがちょうどいいのかもと思いなおしたりもした。

 

そう、変わっていない。

 

容姿はもちろん、彼の目も、心も、高校生になってからも、彼は変わっていなかった。

 

『あの日』から、彼は何一つ変わらずに、ひたすらに強くなろうと必死に走り続けてる。

だが、それを恋は手放しには喜べない。

『あの日』があったからきっと彼はあそこまで強くなれたのだろう

『あの日』があったからきっと彼は誰かを救おうとすることができるのだろう。

だが、彼はいまだに『あの日』に…正確には『あの人』にとらわれ続けてる。

『あの人』という彼の鎖が、彼を縛り続けてしまっている。

それは、きっと彼がヒーローになるうえでの、最大の障壁になるだろう。

その時、このままではきっと彼は

 

 

 

ほぼ確実に挫折することになるだろう。

 

(…待っててくれ、衝君。ボクは、いつか君よりも強くなって、君と肩を並べる存在になって、ずっと君の傍にいる。そうすれば、そうすればきっと)

 

君の挫折を、止めることができるかもしれないのだから。

 

だから、恋は強くなろうと決意した。

彼を一人にしないために、彼を孤独にしないために。

いつまでも、彼の傍にい続けられるために。

子供のころ、自分のことを救ってくれた、彼のために。

 

(強くなるよ、衝君。ボクは強くなる、強くなって、ボクは君の隣に立つ。

だから君も

 

 

どうか、負けないでくれ。)

 

そう心の中で祈りながら彼の試合を見続ける。

心の片隅で、『あの日』の彼を思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポタポタと

コンクリートで作られたステージの床に轟の鼻から流れ出た粘膜混じりの血が流れ落ちる。

外を歩けば女性が彼をみて振り返り、戦えば黄色い声援が飛ぶほど整ったその顔から出てくる鼻血を手の甲でふき取りながら轟は険しい表情を浮かべながら目の前で「ハックショ!!ハァァックショ!!」と豪快にくしゃみをしている五十嵐衝也へと視線を向けた。

 

(クソ…なんていう蹴りかましてきやがる。あんなもの何発も食らったらまともに立てなくなるぞ…!)

 

鼻どころか顔中に走るその激痛に顔をゆがませる轟だったが、それでも視線を衝也から外さない。

目の前で相変わらず無防備にくしゃみを続ける彼は先ほど蹴りをかましてきた奴と同一人物には思えないほど無防備で、思わず蹴りのお返しとして殴ってやろうかと思ってしまいそうになるがそうやって油断して攻撃を仕掛けると何をされるのか分かったものではないため、努めて冷静に相手の挙動を確認する。

そして、同時に

 

自身が置かれた…いや、自身の手によって陥ってしまった窮地を改めて認識する。

 

(いや…正直蹴りのダメージよりも、俺の限界値の方が問題だ…。)

 

わずかに視線を下へと落とし、先ほど血をふき取った手の甲を確認する。

その手の甲にはべっとりと粘着質な鼻血がついているが、轟の視線はその血へとは向けられていない。

彼が視線を向けているのは、その手の先、わずかに震え続けている自身のその指へと視線を向けていた。

 

(身体の寒気が消えねぇ…震えも出てきてる…ということは

 

俺の限界が近づいてきてる…クソ!やっぱり最初の一手は悪手すぎた!)

 

個性とは非日常的でありながらも超常的な超能力根本的には違う。

医学的、科学的にしっかりと証明されているれっきとした『身体機能』である。

筋肉などと同じように、酷使すれば身体に多大なリスクを生じさせる。

わかりやすいのは、緑谷のような増強型や五十嵐のような発動型の個性だろう。

緑谷のように自身の身体の許容上限を超えた力を出せば身体が壊れ、五十嵐のように強すぎる個性の衝撃は身体の筋肉や内臓に多大なダメージを与える。

漫画のように、何のリスクもなく放てるような力ではないのだ。

等価交換というわけではないが、強い力にはそれ相応の対価が存在する。

それはもちろん、轟の個性も例外ではない。

 

身体の限界。

 

轟の個性、『半冷』は文字通り氷を発生させる個性。

その気になれば先ほどのような氷山を出すことすら容易にできるほど強力にして強大な個性。

しかし、その強大な『冷』は自身の身体すらむしばんでいく。

冷気によって過度に冷やされた身体は徐々に動きを鈍らせてしまう。

筋肉は柔軟性を失って硬くなり、関節も思うように動かなくなっていく。

要するに轟は『半冷』の個性を使えば使うほど身体の動きが鈍くなってしまうのだ。

 

ゆえに長期戦は好ましくはない、ましてや速さで自身を上回り、かつ個性による加速もできる衝也にこのデメリットは相性が悪すぎた。

 

そのための先手必勝の広範囲攻撃だったが、それも彼の個性の力によって打ち砕かれた。

 

(あいつの個性の力の大きさは、わかってたはずだ…わかってたはずなのに…!今の今まで失念してた!)

 

湧き上がる父への怒りによって

膨れ上がる父への憎悪によって

燃え上がる父への復讐心によって

どうしようもないほど狭くなってしまっていた視野によって生まれたたった一つの失敗が、今まさに彼を窮地へと追いやっていた。

 

(最大出力を出した後だ、この後俺の身体機能は著しく低下してく。あの五十嵐相手にこれ以上の低下は好ましくない…だったら

 

 

短期決戦、攻めて、攻めて、一瞬でもいいからアイツの隙を作り出す。そうしてアイツを凍らせて動きを止めれば俺の勝ちだ。)

 

あの五十嵐衝也相手に短期決戦の勝負、少なくとも今までのどの闘いよりも困難なものになるだろう

だが、負けるわけにはいかない。

こんなところで、立ち止まるわけにはいかないのだ。

自身の復讐を成し遂げるには、忌々しいあのクズを潰すためには、こんなところでてこずっている場合ではないのだから。

 

「潰す…!」

 

たとえ相手がどれだけ強くても、たとえ相手がどれだけ否定しようとも、

自分の目的を邪魔する奴は絶対に潰す。

目の前にいるこいつも自分の邪魔をしているうっとうしい障害物だ。

 

 

(俺の邪魔をするものすべては潰す

 

完膚なきまでに、あいつと同じように…あいつ以上に徹底的に!)

 

そして、轟の視線は再び衝也へと向けられる。

轟のその目は、試合前エンデヴァーに向けていたものと同じ闇を帯びていた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

(さて、まだ動く気配はなし…か。こんだけ隙だらけなら攻撃してきそうなもんなんだが、出方をうかがってんのか?)

 

ポタポタと

コンクリートで作られたステージの床に衝也の鼻から流れ出た粘着質な鼻水が流れ落ちる。

轟と流れている箇所は同じだというのに、流れている物と顔立ちが違うだけでこうも絵面が変わってしまうのかと思ってしまうほどの汚い顔である。

これがイケメンだったら笑われるくらいですむが、フツメンの彼ではむしろ同情をしてしまうレベルである。

少しばかり大げさに音を立てて鼻をすする衝也、次いで大きく二度くしゃみをしてみるが、それでも目の前の轟が動く気配はない。

こちらの様子をうかがっているのか、それとも今までさんざん出し抜かれてしまってるからか、これだけ無防備にしていても轟は視線をこちらに向けたまま動こうとしない。

 

(来てくれればカウンターで二、三発入れることもできるんだがな、)

 

そこまで考えて苦笑をもらした衝也だったが、ふいに表情を少しばかりこわばらせた。

 

(それにしても、少しばかり計算が狂ったな…まさかあそこまでの規模の凍結ができるとは)

 

初撃、しかも衝也がしゃべっている際の不意打ちによる大規模凍結。

何とか咄嗟に左手で衝撃を放ち氷結を防いだものの、完璧に虚をつかれてしまった。

そのうえ

 

(右手の負傷…轟相手にちょっちこれはきっついかもな…)

 

右手が思うように動かない。

彼の右手は少しばかり震えており、ほんの少しだけ手のひらを握ったり閉じたりをするだけで痛みが走るような状態だった。

 

(USJの時における戒め…まさか本当に縛めになるとは思わんかった…。)

 

USJの時、脳無に放った最大出力…もしくはそれ以上の排撃。

それによって彼の右手は歪み、痛々しい傷が刻み込まれてしまっていた。

自分の力量も考えずに、強大な敵と戦ってしまった報い。

だが、彼のその戒めは右手の歪み以上の報いを残していったのだ。

 

(放った衝撃はおよそ六割弱、前までならそれでも動かすことも手のひらを握ることもできたんだが…

 

 

右手の衝撃の耐久力の低下…まぁその前に恐らくは(・・・・)、をつけなきゃならないほどの確証しかないけど…)

 

衝也自身もほんの数日前に気づいた無視できないデメリットの増加。

戦いにより歪んだその右手は、左手に比べて個性を使った際の反動が大きく来るようになってしまっていたのだ。

連続使用も、左手と違い何秒かのアドバンテージが必要となってきてしまっている。

なまじ衝也は戦いのために両利きになってはいるものの、もともとは右利き

無意識のうちに右手を使う回数がおおくなってしまう。

今まで通りに戦っていたら、アドバンテージを忘れてとんでもないことになるかもしれない。

一応初めて気づいた日から今日まで修正は行ってきたが、正直まだ課題しか残っていない。

実際、轟のあの氷山をぶち壊すために咄嗟に右手を使ってしまい、結果右手を負傷してしまっている。

 

(まいったね、開始早々この負傷…加えてあの大規模氷結…そうポンポン出せるもんじゃねぇだろうが、最悪もう一、二発来ると踏んで行動しないと思わぬところで閉じ込められっちまう。ま、右手一本で轟の出力上限を知れたなら儲けもんか…まさかあれ以上の意規模を出せるのはさすがにないだろ…あったとしたらそれはもうまさしく超常だ。

…まあ、この世にはその超常にふさわしい頂上に立つ者がいるためあながちない話でもないわけだけど…。)

 

そこまで考えた衝也が、軽く左手と両足をほぐし、どう攻めようか思案し始めようとしたその時、ふいに彼の鼻血がついた手のひらへと視線が止まる。

そして、同時にある光景が頭の中へと駆け巡る。

 

こちらを視てニッコリと慈愛に満ちた笑顔を向ける白髪の老人

そのあと広がった目の前一面の銀世界

防寒服フル装着で両こぶしを構える複数の人間

 

まるで記憶の断片のように流れていくその光景を頭の中で確認した衝也はわずかに目を見開いた後、

 

 

わずかに歯ぎしりの音を立てた。

 

(なるほど…なるほどね…。そういうことか…よくわかったよ轟。

お前のその決心、その覚悟は尊敬するけどよ…

 

あんまり…舐めんじゃねぇぞ?)

 

ゆっくり、ゆっくりと衝也は少しだけ態勢を低くする。

 

(…すげー視線だなおい、蛇ににらまれたマングースみたいな気分だ。俺、なんもしてねぇんだけど)

 

こちらを、まるで親の仇でもあるかのようににらみつける轟に思わず苦笑してしまう衝也。

だが、それも一瞬で、すぐさまその顔が真剣な物へと変わっていく。

 

(轟、俺はやっぱり…お前をヒーローと認めたくない。

お前を…ヒーローにしたくない。そのままヒーローになれば…いつかお前は…)

 

そして、衝也が一瞬、ほんの一瞬だけ表情を曇らせたその瞬間、

 

まるで蛇のように地面をはいずる氷が、彼を凍らせようと勢いよく向かってきた。

 

「…ッ!」

 

それに気づいた衝也はほぼ反射的に後ろへとバックステップの要領で距離をとる。

 

一瞬、ほんの一瞬逸れてしまった意識、その一瞬の意識の逸れは、すぐさま自身の首元へと突き立てられる刃となる。

 

一秒にも満たない、わずか0,24秒の意識の逸れにより、

逃げようとした衝也の右足が、氷の蛇につかまった。

 

「しまっ…」

 

「悪いが五十嵐…俺の勝ちだ」

 

目の前から聞こえた言葉耳に入ったと同時に衝也は意識を声がした方向へと向ける。

するとそこには、こちらにむけて右手を振りぬこうとしている轟の姿があった。

 

 

 

 

 

 

「すごい動きですわね、相手を凍らせた後、その氷を足場にして一気に距離を詰める…まるで軽業師のような芸当です。」

 

「才能マンかよ」

 

「足も凍らされている上にあの距離まで詰められたら蹴りもできない。とすれば両手での迎撃しかないが、このままいけば轟の方が早く凍らせられるだろうな。これはこのまま凍らされて五十嵐が負けるかもしれない。」

 

「才能マンかよ」

 

「うーん、さすが轟、闘い方もかっこいいね…」

 

「才能マンかよ」

 

「黙れこのクソ電球」

 

「……」

 

八百万と障子の解説にいちいち才能マンという単語を入れてくる上鳴を完璧に無視しながら試合に見入ってるクラスの面々。

それでもめげずに感心した様子の芦戸の言葉に返答を返すが、爆豪の一言になすすべなく撃墜される。

 

「うーむ、あの轟君もなかなかに戦い方が上手いね。攻撃の直前、わざと声をかけることで意識を自分へと向けさせている。意識が自分へ行けば、攻撃への移りがワンテンポ遅れるから。意識を攻撃に向けるのにはそれなりのタイムラグがあるからね。」

 

「な、なるほど…正直ちょっとよくわからんけど、とりあえず衝也は絶対絶命ってことか?」

 

恋の解説に首を傾げながらも瀬呂は彼女にそう問いかける。

確かに、このままいけば轟が彼を氷結させて試合続行不可能と判断されて終了になるだろう。

さらに恋から轟を褒めるような解説を出されたら彼が勝つのかと思ってしまう。

だが

 

「弱くはないよ。」

 

「へ?」

 

「これで負けるほど、五十嵐君は弱くない。」

 

何のためらいもなく、そう緑谷はステージから目も離さずに瀬呂の言葉を否定した。

その言葉に、耳郎や蛙吹、切島などの数名の男女がわずかにうなずいて見せる。

爆豪も、一度緑谷に視線を向けた後、大きく舌打ちをして視線を目の前へと戻していた。

そんな彼らの様子を見た恋は、一回だけうなずいた後、指を衝也たちへと向けた。

 

「君たちは根本的に勘違いしているようだけど、彼のもっとも危惧するべきはその個性の威力なんかじゃない。

 

 

 

 

もっと別のものさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

一秒たりとも、衝也から目を離さず、ひたすら攻める好機を窺っていた。

ただひたすら、彼の挙動、指の動き、眼球の向きの一つも逃さずに彼を見続けた轟。

だからこそ見つけることができた、ほんの一瞬の彼の意識の逸れ。

その逸れを突くような形で出した自身の最速の攻撃。

全身を凍らせることはできないが、それでも両足を凍らせるには十分な規模。

そして、その攻撃は彼の片脚を地面へと縫い付けた。

 

瞬間、轟は個性を発動させて足場を作り、彼の方へと向かっていく。

そして、その右手を、彼へと向けて勢いよく振りぬいた。

 

あとわずか数秒、ほんの数秒で衝也の身体が氷によって拘束される。

そうすればもはや動くことは不可能、試合は終了されるだろう。

 

 

(これで、

 

俺の勝ちだ、五十嵐!)

 

心の中でそう叫びながら、轟は右手を振るう。

 

そして、彼の右手で衝也の身体を氷結させようと、勢いよく振りぬかれるその刹那

 

 

 

彼の右手が突然ピタリと止まった。

あと数センチ、たった数センチ動かせば衝也に届くというその距離で彼の右手はその動きを止めたのだ。

 

「…は?」

 

そのことにほかならぬ轟自身が素っ頓狂な声を発した直後

 

彼の顔面に、衝也の頭突きが突き刺さった。

 

「がふッ…!?」

 

二度目の顔面の打撃にたまらず一歩後ろへと下がる轟。

 

だが、そんな彼の横っ腹に衝也の左回し蹴りが休む間もなく蹴り込まれた。

 

 

「…ッ!」

 

もはや声にならない痛みと骨のきしむ音と共に轟の身体が蹴られた方向へと吹き飛んでいく。

 

「すごすぎだろ…」

 

そんな中、観客席にいた尾白がすこしばかり震えながら感嘆のつぶやきを漏らした。

ほかの者たちも、半ば唖然とした様子でステージに視線を送っている。

 

「五十嵐のやつ、あの瞬間に…脇を抑えてた!」

 

尾白が、誰に言うでもない呟きが響く中、対する衝也は即座に右足の氷を自身の衝撃で砕き、拘束を解く。

 

轟が右手を動かせなくなった理由、それは、先ほど尾白が言った通り

衝也が彼の右わきを左腕で抑えたからだった。

脇が腕によって抑えられた轟の右手は即座に動きを止める。

そしてその隙を逃さずすぐさま頭突きで相手に距離をとらせたところを動く左足で回し蹴りを叩き込んだ。

つまり、衝也は

 

相手の攻撃を完璧に見切り、それを即座に潰して反撃したということになる。

そもそも振るわれる腕に合わせてわきを抑えることなど、相手の動き方から攻撃の癖まで見切っていないとできない芸当だ。

それを、演武でも何でもない、完璧な実戦でやって見せたのだ。

武術に少なからず精通している尾白だからこそわかる彼の動きの洗練さ。

それを見た恋は、わずかに唇の端を釣り上げた。

 

「そう、これこそが彼の真骨頂。

 

 

圧倒的なまでの技術の『洗練さ』。

技術を習得するのではなく何年もかけて洗練させる。

その洗練された動きは、やがて常人にはついていけない領域へと進化する。

 

彼の強さは、その類稀なる努力の才能によって生まれてるのさ。

だから、上鳴君の言う才能マンという言葉もあながち間違いではないんだよ。」

 

衝也に蹴られた方向へと吹き飛んでいく轟。

しかし、今度は無様にバウンドすることはなく、地面についた瞬間に態勢を立て直す。

 

だが、その表情に余裕はなく、むしろ大量の汗にまみれていた。

 

(…ッ!なん、だよあの蹴り…!…あんなの、もう一発でもまともに食らったら動けねぇぞ…!)

 

そして、轟はほとんど反射的に衝也のいた方向へと氷を発動させた。

その後、彼が顔を上へ上げると、やはり予想した通り、衝也がこちらへめがけて移動しているのが目に入った。

どうやら休む時間などははなから与えるつもりがなかったらしい。

咄嗟に氷を発動させておいて正解だったと、心の中でそう呟くが、

 

次の瞬間、その氷が轟音と共に粉々に弾け飛んだ。

 

「…っそ!」

 

その強風と衝撃に思わず両腕で顔をかばう轟。

その瞬間

 

「それはダメだろ」

 

「…ッ!」 

 

ガードの甘くなった鳩尾に彼の左拳が突き刺さった。

 

「…ッゲェ!」

 

瞬間、吐き出される肺の中の空気とよだれ、そしてわずかな血液。

伝わってくる衝撃と重さ、そして強烈な痛み。

まるで内臓を直接めちゃくちゃにかき混ぜられたような感覚。

 

一度に襲ってくるさまざまな感覚が頭の中を駆け巡りながら、再び轟は大きく吹き飛んでいく。

 

(氷を吹き飛ばし、それに乗じて個性を使い、懐へと入り込む。

俺が強風と衝撃を防ぐためにガードを上にすることまでをふんで。

一つ一つの攻撃が連続しており、幾重にも思考がされている。

 

 

強ぇ…!わかってはいたが…ここまで強かったのか…!)

 

「グ…アァッ!!」

 

体中に走る激痛を無理やり抑え込み、個性を氷を発動させて無理やり吹き飛ぶ身体を止める轟。

そして、すぐに態勢を立て直し大きく右足で地面を踏みつける。

すると、先ほどよりも規模もはやさも大きい氷が衝也へと向かっていった。

 

(負けない…負けない!あのクソ親父を潰すまで、俺は負けるわけにはいかねぇんだ!!

勝つ…お母さんの力だけで…親父を…

 

 

 

超える!!)

 

それは最早執念と呼ぶにふさわしいほどの執着心。

父親に対する憎悪が、父親に対する嫌悪が、父親に対する復讐心が、それだけが彼の満身創痍の身体を突き動かした。

あれまで嫌悪していた、憎悪を抱いていた、復讐すると誓った父がいたからこそできたという皮肉に満ちた反撃。

 

だが、轟は知らないのだ。

この思い以外を胸に抱いて力を振るう方法を。

その思い以外で胸に抱いて強くなる方法を。

 

ずっと父親に復讐するためだけに自分を追い込んできた。

右側の個性を何度も鍛え、身体が凍えようとも限界まで個性を引き出し、今では氷山を作れるほどまでに成長した。

咄嗟に回避行動をとれるように身体を鍛え込んだし、実戦を視野に入れたトレーニングも何回も繰り返してきた。

父親への復讐心だけが、彼をここまで強くした。

全ては、忌むべき父を叩き潰すために。

 

ここで負ければ、それがすべて水の泡になる。

そんなことは許されない、許されるはずがない。

父親の復讐のため、時にはひどいこともしてきた。

緑谷にだって、半ば八つ当たりのような喧嘩を吹っ掛けた。

何度も自分を心配してくれた姉を、それこそ何度も拒絶した。

様々な人を傷つけて、一人でずっと、孤独に復讐の道を歩んできた。

そんな茨だらけの道を歩いてきた

 

それがすべて水の泡になる、そんなこと、認めていいはずがないのだ。

絶対に、ここで勝たなければならない。

ここで、自分の復讐を終わらせることなど、許されていいはずがないのだから。

 

「う、あああああああああ!!」

 

そして轟の心の中が『黒』で染まり、彼の絶叫が会場にこだまする。

それに呼応するかのように衝也に向かう氷が、さらに大きく、勢いを増して迫っていく。

しかし

 

「…ワンパターンなんだよ」

 

彼が左手の平を前へと突き出し、衝撃を放ったその瞬間

轟の放った氷がまたもや粉々に吹き飛ばされる。

次いで彼の衝撃によって発生した衝撃波と強風が彼の前方、つまりは轟に向かっていく。

それとほぼ同時に衝也は個性を使って前へと飛び出した。

個性によって速度を増した衝也は先ほどと同じように、数秒もかからずに轟へとたどり着くだろう。

 

「ワンパターンなのは…お前も同じだ!!」

 

彼の目の前に、氷の壁が障害として現れなければ。

 

「!」

 

突如目の前に現れた氷の壁にわずかに目を見開く衝也。

対する轟は、その氷の壁の内側でわずかに垂れて来た口元の血をぬぐう。

 

(確かに、こいつの動きははやい…とてもじゃないが俺の視界じゃとらえきれないし、とらえたとしても身体が追い付かない。だがその動きは単純で、直進的!なら、こうして壁を作っちまえば)

 

「大丈夫、とか考えてるよなぁ、これ出してきたってことは…」

 

「!?なッ…」

 

突如として道をふさぐように現れた氷の壁、その外側にいるはずの衝也の声が自身の後ろから聞こえて来た。

それに驚いた轟が、すぐさま後ろを振り向こうとするが

 

「おせぇよッ!」

 

それよりも早く衝也の蹴りが轟の背中へと打ち込まれる。

たまらずに吹き飛び、目の前の氷にぶつかる轟。

しかし、追撃は止まらない

 

「ほら、もう一個おまけだッ!」

 

氷にぶち当たった轟の頸椎めがけてダメ元の左ラリアット。

個性を使った攻撃では本当にやばいので個性が発動しないラリアットでの攻撃。

それでも、その威力は相当のもので、事実彼がラリアットをした瞬間氷が砕けて轟が地面へと放り出される。

 

「…ッは!」

 

コンクリートでできた地面へと投げ出され、思わず息を漏らす轟。

対する衝也は、悠然と彼を見下ろし、コキコキと音を立てながら首を回す。

そして、未だ倒れ伏している彼のもとへと、ゆっくりと足を進めていく。

 

「不思議だよな、お前だって、USJの時に俺の戦い方は観てるはずだし、障害物競走の時の俺の動きも見てるはずだ。

そう、わかってたはずなんだよ、俺に対して『あんな』障害物は意味をなさないって事によ。

だけど、人間ってのは面白いもんでさ、この試合中に直線的な移動ばかりしてるとそのことが頭の中から抜け落ちちまうんだよ。まぁ、早い話が刷り込みされるってわけだ。

だからこんな簡単に、敵の思い通りの動きに誘い込まれる。」

 

そういって歩くのを止めて、轟を見つめる。

その瞳には、変わらず強い意志の炎が燃えている。

 

「さて、絶体絶命だぞ、轟。…ここからどう逆転するよ、ヒーロー。」 

 

淡々と

轟を見下ろしながらそう呟く衝也に対し、轟は何も言わずによろよろと拳を支えに身体を起き上がらせる。

食道から上がってくる異物と鉄の味のするものを無理やり飲み下し、よろめきながらも必死に立ち上がる。

だが、その体は、衝也よりもはるかに深手を負っていた。

 

『…次元が違うな』

 

『!え、えーと…WHY!?つまるところどういうことだイレイザー!?』

 

『仕事しろよお前』

 

ぽつりと、今まで試合に圧倒され過ぎて仕事を一切していなかったマイクの代わりに解説の相澤がつぶやきを漏らす。

 

『轟も弱いわけじゃねぇ、判断力だってあるし、機動力も十分、応用力にも長けてた。だが、五十嵐の強さはそれ以上だ。動き、技術に対する洗練さが頭二つとびぬけてやがる。

判断力も同等、応用力も同等、個性の規模も同等。

だが、機動力と戦闘技術の洗練さが轟の倍以上はありやがる。

正直、俺でも近接戦闘でアイツに勝てるヴィジョンが浮かばねぇ…。』

 

(あの野郎…本当に何をしてここまで洗練させた?どう考えても高校生がたどり着いていいような領域じゃねぇだろう…?)

 

思わず、ステージ上にいる衝也へと視線を送る相澤。

そして、わずかにその表情を曇らせる。

 

惜しい、ここまでの戦闘技術を持っているというのに…

『あれ』さえなければおそらく彼は…

 

そこまで考えて、相澤は小さくかぶりを振った。

 

(いかん、これ以上は考えても無駄だ…非合理的なことはいったんわきに置いていこう。…しっかしまぁ…まさか同年代でここまでの差がつくとはな…

 

いや、それも当然と言えば当然か…

 

全力で戦おうとしてるものとしてない者、勝つのがどっちかなんて、ガキでもわかる問答だ。)

 

そこまで考えて、相澤は視線を衝也から轟へと移す。

ふらつきながらも、それでもなお戦おうとする意志は評価に値するだろう。

だが、彼が全力で戦うことがない限り、万に一つも勝機はないだろう。

こちらも、やはり惜しい。

もし家庭環境にいざこざがなかったら、彼は今頃もっと強くなっていたかもしれないのに。

 

だが、そんなもしもは訪れない。

あるのは無慈悲な現実のみ。

実際に轟は心に闇を抱え、それが鎖となって彼を縛り付けている。

 

(だが、それを解くのは…今は俺じゃァねぇよな。)

 

自然と、衝也へと視線を移す。

 

USJの事件の後、相澤はすぐさま衝也のもとへと訪れ、怪我とかそういうものを一切考慮せずに思いっきりぶん殴った。

当たり前だ、結果こそ勝ったものの、個性の相性は最悪、おまけにパワーとスピードがオールマイト並みという化け物だ。

そんな奴に卵以下の生徒が真正面から戦ってしまったことを、褒めていいはずがない。

というよりまず先に命が惜しくないのかと叫びたくなる。

そして、この時相澤は衝也を除籍処分という選択肢も頭の中にいれていた。

個性の相性が悪い、もしくは勝てない敵だったら救助を要請する

プロのヒーローどころかそこらの一般市民ですら行っている超大前提。

それを無視しての暴挙だ、これで結果が伴っていなかったら即刻除籍にしていただろう。

だが、彼の一言が、相澤のその考えに待ったをかけた。

 

『先生、俺は…敵の強さを、誰かを救うための言い訳にしたくなんかないんすよ。

敵の強さを、…何かを言い訳に救うことをあきらめたりしないために、俺は今まで強くなってきたんです。』

 

自分の弱さを言い訳に、個性の相性を言い訳に、救うことをあきらめたくはない。

そういった衝也の言葉に、相澤は飲まれてしまったのだ。

抱える闇は決して小さくはない、もしかしたら、この彼の光は闇に飲まれてしまうかもしれない。

だが、彼のこの光は、この先の社会において必要になってくるのではないか。

そう感じてしまったから、この光を守らなくてはいけないと、一ミリでも感じてしまったから。

 

(不思議な奴だよ…あんな風に感じたのは生まれて始めてだ)

 

その光を見た相澤だからこそ、想ってしまう

彼ならきっと、轟の闇の鎖を断ち切ってくれるのではないかと。

普段の彼ならあり得ないような非合理的な期待を目に宿らせながら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「……」

 

「…っは…っはぁ!」

 

苦しそうに、つらそうに、肩どころか全身を揺らしながら荒く呼吸を繰り返す轟。

それでも、なお立ち上がろうとするその姿を、ただただ何もせずに見つめ続ける衝也。

 

「…負けて、たまるか。俺は…俺は…あいつを、親父を…超える…ヒーローにッ!」

 

そういって俯かせていた顔を上にあげ、衝也の方へと視線を向ける。

その視線はまるで猛獣のように獰猛で鋭く、息を詰まらせるような圧を感じさせる、

だが、それでもひるまずに、衝也は声を上げる。

ここからが、おそらくは彼らにとっての本番。

轟はもちろん、衝也にとっても

 

「…轟、色々めんどくさいからはっきりと言わせてもらうけどよ

 

今のお前じゃ、俺には絶対に勝てないよ」

 

「…ッ!」

 

衝也の言葉に、轟がより一層にらみつける視線を鋭くする。

もしここに立っているのが衝也以外だったとしたら、その圧に負けて戦意をへし折られてしまうだろう。

だが、それでもなお衝也の口は止まらない。

 

「気づいてるだろ自分で…。お前、

試合開始直後と今とじゃ動きにまるでキレがねぇんだよ。」

 

そういって衝也は轟の右手を指さした。

その彼の右手には開始直後にはなかった霜が大量にこびりついていた。

震えも、開始直後よりも大きくなっている。

 

「そりゃそうだ、あんだけ氷をばんばん発動させてりゃ身体がその冷えに耐えきれなくなってく。筋肉の柔軟性は落ち、関節だって思うように動かせなくなる。これは戦闘では致命的だ。」

 

そういって衝也はガリガリとぼさぼさの頭を掻きながら何かを思い出すかのような遠い目をし始めた。

 

「俺もさ、極寒の場所で戦うのがどれほど不自由なのかは多少なりとも知ってるからな、そんな中動いてるお前のことは正直褒めてやりたくなってくる。

 

 

だが、褒めてはやるが負けてやるつもりはねぇよ。お前のそのデメリットは、機動力でお前を上回る俺を相手取るには最も致命的な要素だ。そのデメリットがある限り、お前は俺に勝てはしない。俺が負けようと手ぇ抜かねぇ限りな。もちろん、手を抜くつもりは俺自身にもねぇ。」

 

轟をにらみつけながら衝也は頭を掻いていた手をゆっくりと落とし、轟に劣らない鋭い視線で彼をにらみつける。

 

「ここまでおぜん立てすればわかるよな…?お前にある唯一の勝機。

てめぇのデメリットを帳消しにできる一手。

 

 

 

 

 

使えよ、左側。

 

何をそんなにこだわってんのか知んねぇけど、今の俺に勝つにはそれしか方法がねぇぞ?」

 

「…ッ!」

 

その言葉を放った瞬間、轟の視線が、圧が、雰囲気が一気に膨れ上がる。

そのあまりの急激な膨れ上がりに一瞬だけ衝也の心がおじけづく。

 

「てめぇには…関係ねぇだろう?」

 

底冷えするような、まるで深い闇の穴の底から聞こえてくるような凍え切ったその声色に、衝也の心が足を引く。

やめたほうが良い、これは轟の傷を広げるだけだ、余計なおせっかいで、友達を傷つけるなよ。

 

そんな心の声が耳の中をこだまする。

それを

 

(うるせぇよ)

 

たった一言で無理やり押さえつける。

 

(救うって決めたんだろ?救う覚悟をしてきたんだろ?だったら、その救うべき奴のことを言い訳に使って逃げんじゃねぇ!)

 

そう心の中に喝を入れて、衝也は今一度大きく深呼吸をして、再び目の前の轟へと視線を向ける。

 

「なぁ、轟…お前はさ…ヒーローって何をする奴がそう呼ばれると思う?」

 

「……」

 

轟は衝也の突然の問いに眉を顰めるが、その質問に答えようとはしない。

それを見た衝也は、相変わらずこちらをにらんでいる轟に向けて視線を向け続ける。

 

「何をするなんて、決まってるよな…

 

 

人を救うんだ。人の命を、救うのが、ヒーローのすることだ。」

 

「……それがどうしたっていうんだ、そんなことお前に言われなくてもわかって」

 

「わかってねぇよ

 

 

てめぇは何一つわかってねぇよ轟。

 

だからてめぇは、ヒーローになるべきじゃねぇって言ってるんだ。」

 

衝也のその言葉に、轟の動きがわずかに止まる。

視線が、強く、鋭いものに変わってく。

自分のことを強く、そして真っ向から否定した目の前の人間を、それこそ父親を見るような目で射抜いていく。

だが、それでも衝也は止まらない。

いや、むしろその目に宿っていたひかりが、より輝きを増していく。

 

「簡単な話だよ、例えば轟お前がヒーローだとしよう。緊急の連絡を受け、現場に駆け付けたヒーローだ。そして、この俺、五十嵐衝也は

 

今まさに人の命を奪おうとしているヴィランだとしよう。

だとしたら、お前はどうする?」

 

その問いに、轟の動きが今度こそ完全に止まる。

 

「そりゃ、ヒーローなんだ、俺と戦おうとするよな。そこはいいんだ、何一つ間違っちゃいねぇ。実際、お前はそういうことができる人間だと想ってる。

だがよ、その時、お前は、俺が奪おうとしている命を

 

救うことができるのか?

 

 

断言してやる…無理だよ。

なぜか?そんなの簡単だよ、『今』のお前じゃ逆立ちしたって俺には勝てねぇからだ」

 

そう、仮に衝也の話の通りの状況だとしたら、轟にその人の命を助けることなどできはしないだろう。

なにせヴィランである衝也に今まさに手も足も出ていないのだから。

仮に万全の状態で臨んでも、すぐに個性のデメリットによって衝也をとらえきれなくなり、あっけなく負けてしまう。

そしたら、

 

一つの命が、失われることになる。

 

「もし、てめぇがその命を救えなかった時、てめぇはなんていう?てめぇは、救えなかったという事実に打ちひしがれてなんていう?

 

 

まさかお前

 

『自分の力が足りませんでした』なんていうつもりじゃねぇよな?」

 

その言葉に、轟がわずかに体を震わせる。

それは、果たして、個性のデメリットによって来るものなのか…それとももっと別の者なのか。

 

だが、少なくとも、彼の瞳に、先ほどのような圧はなくなっていた。

そして逆に、先ほどの轟をゆうに超えるほどの重い圧が、衝也の視線からあふれ出した。

 

「ちげぇよな?てめぇの力が足りなかったからじゃねぇ…てめぇのその『クソ身勝手な』理由で、てめぇが『全力を出さなかったから』救えなかった…これがほんとの理由だよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

てめぇ、それが言い訳になるとでも思ってんのかよ?」

 

そして、まるで、決壊したダムから流れ出る水のように、衝也の感情が、

 

一気に彼の心から流れ出る。

それは、彼がずっと、この体育祭が始まる前から

病院であの…

 

『轟』という名前の病室を訪れたその時から、彼に言いたかった言葉。

 

「ふざけんなよ…ふざけんなよ轟ぃ!!

 

 

 

そんな言い訳が通用するわけねぇだろうがよ!!

 

 

人を救うことが、人の命を救うことが…全力も出さずにできるなんて…そんな簡単なわけねぇだろうが!!」

 

顔を俯かせ、拳を握りしめ、全身を激情に震わせて、衝也は胸の内に秘めた思いを、轟に伝えたかった言葉を、ただひたすらに叫んでいく。

 

「人の命を救うのがそんなに簡単だったら…人の命は簡単に失われたりなんてしねぇんだよ!百戦錬磨のプロのヒーローたちが、必死こいて頭悩ませて治安維持なんてやる必要なんかねぇんだよ!!

 

いつだって、いつだってヒーローは全力で!命かけて!限界超えて!出せるもんすべて出し尽くして人の命救ってるんだよ!

 

 

でも!

 

そんだけ全力でやり通しても…救えなかった命が、絶対にあるんだよ!!

 

その背中に!背負わなきゃいけねぇ贖罪背負って人の命を救ってるんだよ!!

 

救えなかった人の命背負って!何人もの人の命を救ってんだよ!!

ここにいるプロのヒーローたち全員!救えなかった命があって!それでもその救えなかった命の分まで多くの人の命を救ってるんだよ!

それがヒーローなんだよ!それが『英雄』ってやつなんだよ!」

 

会場中に響き渡る彼のその言葉にその場にいるすべての人間が気圧されていた。

それは、この社会において、平和の象徴とうたわれるオールマイトですら、彼の言葉に心が奪われていた。

 

(…五十嵐少年…君は…もう知っているのか?その歳で、もうそれを知ってしまっているのか!?)

 

普段彼を見て、彼のそのお調子者の姿を見て、こんなことを想っていることなど想像すらできなかった。

だからこそ、USJの時あそこまで命を懸けてクラスメートを救おうとしていたのが、とても意外だった。

だが、今ならわかる。

彼は、彼はきっともう知っているのだろう

 

「少なくとも俺は!!

 

俺は知ってる!!

 

どれだけ全力を出していても!!どれだけ力を絞り出していても!!

 

その力が足りなかったがゆえに…たった一人の命すら救えなかった人間がいるのを…俺は知っている!!」

 

人の命を救うことがどれほど難しいのか、そして

 

「後悔してからじゃおせぇんだよ!!たとえそのあと、どれだけ強くなろうとも、どれほどの人間を救おうとも!!

 

 

 

救えなかった命が!!戻ってくることなんかねぇんだよ!!

もう二度と、救えなかった人が戻ってくるなんて、そんな漫画みたいなことはねぇんだよ!!」

 

人の命が救えなかったことが、どれだけつらく、苦しいことなのかを。

 

(その歳で、そんな若きときに…!!君は知ってしまったのか!?それでもなお押しつぶされずにそこで立っていたというのか!?君は…君は…

 

一体過去に何を見た!?)

 

平和の象徴は、その少年の言葉に思わず顔を覆ってしまう。

彼のその言葉をもう彼の方を見ながら聞くことができなかったから。

 

そして、それは観客席にいるクラスメートたちも同じだった。

その場にいる全員が、衝也の名前をつぶやいて、顔を下に俯かせていた。

ただ二人、轟と耳郎の二人を除いて

 

「衝也…アンタ」

 

「五十嵐…お前」

 

『『泣いて、るの?』か?』

 

それは、目をそらさずに衝也のことを見続けた二人だからこそ気づけたこと。

そう、彼は顔を俯かせながら、コンクリートでできた無機質な床を

涙で濡らしていた。

 

(お前…どうしてそこまで…)

 

「轟、人の命を救うのは、半分の力でできるほど簡単な事じゃねぇんだよ。

その時その時に、全力出しきって、それこそ命までかけて、ようやくできる偉業なんだよ。」

 

「…五十嵐お前…」

 

「もしお前が、誰かの命を…大切な人の命を救えなかった時、お前は『自分の父親が憎かったから全力が出せず、誰も救うことができませんでした』って、言い訳するつもりなのかよ?」

 

「ッ…」

 

その衝也の言葉に、轟は明確に目を見開いた。

そして、それを見た衝也もまたその涙にぬれた瞳を轟の方へと向けた。

 

「轟、…そんな自分の父親を…人を救えない時の言い訳にするような真似、してんじゃねぇよ…」

 

「…ッ、五十嵐!」

 

「自分の父親の復讐を、人を救えない時の言い訳に使うなよ…」

 

「…」

 

「自分の…大切な人を…自分の母親を…人を救えない時の言い訳に使うなよ!!」

 

「…!?お前、それ…どこで」

 

「思い出せよ、轟焦凍!!

 

お前がヒーローを目指した理由を!

 

思い出せよ!

 

お前が初めて救いたいと思った人を!!

 

思い出せよ!!てめぇの原点を!!

 

今のお前は…その人を救うことができるかもしれねぇんだぞ!!」

 

「っ…!?」

 

そういって衝也は轟に向かって拳を握りしめながら向かっていく。

個性も使わずに、その両足で地面を踏みしめながら、轟の方へ近づいていく。

 

あの日、『轟』という病室であの人と会った日から、轟焦凍の物語については知っていた。

言葉では言い表せないほど壮絶で、自分では理解しえないほど凄惨な彼の物語を。

 

(何が身勝手な理由だよ…そんなわけがねえだろうが!あんだけつらい思いして!あんだけ自分の大切な人傷つけられて!自分や家族の人生まで捻じ曲げられた奴の決心が、身勝手な理由なわけねぇだろうが!!)

 

実際に轟の仕打ちを受けていない衝也には轟のつらさをわかることなどできはしない。

だが、そこまでの仕打ちを受けた轟が、きっと強い覚悟を持って決意を固めたのは想像するのにたやすい。

だが、それでも、衝也は轟を救うことを決心した。

例え、彼が固めた決心をも折ろうとも

 

(それでも…轟!俺は…お前に後悔してほしくねぇんだよ!そんな戦い方のままヒーローになったらお前は、いつか人の命を救えなかった時、必ず自分をせめて…後悔して!きっと心を折られてしまう…そんな友達の姿を俺は観たくねぇんだよ…!あんな、あんな…)

 

思い出される、一人の女の顔。

傷だらけで血だらけなその顔を、最後まで笑顔にしたまま

 

『衝也…私の分まで

 

 

 

 

生きて』

 

自分の命を救ってくれた人の顔を、思い出す。

 

(あんな思いを…友達に味合わせたくなんかねぇんだよ!!)

 

「思いだせぇぇぇぇ!!轟ぃぃぃぃぃ!!」

 

そして、彼の拳が、轟の元までたどり着こうとしたその瞬間

 

轟の左側が、灼熱に包まれた。

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

想えば、母親にやけどを負わされたあの日から、

 

自分がどうしてヒーローを目指していたのかを、忘れてしまっていた。

 

父親への復讐のためだけにヒーローになろうと躍起になって、

いつの間にか、自分がなりたかったヒーローがなんなのか忘れてしまっていた。

 

昔は、嫌っていたはずなのだ、自分をいじめる父親のようなヒーローを。

自分の大切な母親をいじめるような父親のようなヒーローを。

 

けど、その母親のある一言が、自分を導いてくれた。

自分がヒーローを目指すきっかけを与えてくれたはずなのに、いつの間にか…それを忘れてしまってた。

その思い出せないきっかけが、母親の言葉が、靄のようにまとわりついて轟を狂わせる。

 

だから轟は、自分の復讐の邪魔になるその靄を強引に心の隅へと追いやった。

だが、

 

『思い出せよ、轟焦凍!!お前がヒーローを目指した理由を!

 

思い出せよ!

 

お前が初めて救いたいと思った人を!!』

 

 

(俺は…俺は…ッ!)

 

彼の言葉によってその心の靄が、無理やりオモテに引っ張られる。

 

『いいのよ…お前は…』

 

 

『思い出せよ!!てめぇの原点を!!』

 

 

(俺は…俺は!)

 

その靄は、彼の言葉によって急速に晴れていく

 

『いいのよ、お前はなりたい自分に…』

 

(俺は…!!)

 

そして、彼の心の中の靄は、衝也の最後の一言で、

 

『今のお前は…その人を救うことができるかもしれねぇんだぞ!!』

 

(…ッ!!)

 

すべて遠くへと吹き飛んだ。

 

 

『いいのよ、お前は。血にとらわれることなんてない。なりたい自分に、なっていいのよ。』

 

遠い、遠い昔の記憶。

テレビの前のヒーロー、オールマイトに憧れた自分。

父親であるエンデヴァーのようなヒーローになりたくない自分。

その両方の板挟みで、どうすればいいか泣きじゃくった自分をあやす母親が、言ってくれたその一言。

しかし、その一言に轟少年は一瞬笑顔を見せるが

すぐにその表情を曇らせる。

 

『で、でも!僕は…やっぱり、父さんのようなヒーローにはなりたくないよ。

 

 

ぼ、僕、母さんを傷つけなくて済むならヒーローじゃなくてもいい!』

 

そういって母親にしがみつく轟少年を、母親は困ったように撫でた後、

名案でも思い付いたのかふと笑みを浮かべた。

 

『そう、なら…母さんを傷つけずに、救ってくれるヒーローになってくれる?』

 

『!母さんを、救うヒーロー!?』

 

『そう、父さんの力でも、母さんの力でもない、焦凍自身の力で、母さんを救ってくれるような、そんな強いヒーローになってくれる?』

 

自分な大切な人を傷つけずに、救うことができるヒーロー。

そんな夢のような響きに、轟少年は、瞬時に心を奪われた。

 

『…っ!なる!ボク、母さんを救えるような!そんなヒーローになりたい!』

 

『そう…なら、これからもっともっと強くならないとね!頑張って、焦凍

 

私は、いつまでも焦凍を見守って、待ってるからね!』

 

『うん!!』

 

 

 

 

 

 

(ああ、そうだ…思い出した。思い出したよ、母さん

 

そうだよ、俺はあの時

 

 

 

母さんを救えるような奴になろうって思ったから、ヒーローを目指したんだったよ…!)

 

そして、そのことが分かった瞬間…彼の心が熱を帯びる

 

(ごめんよ、母さん。今の今まで忘れてたけど…ようやく、ようやく…

 

 

俺の力で、母さんを助けられそうだ。)

 

彼の心が熱を帯び、それが頂点にたっしたその瞬間

 

彼の左側が、その心を体現するかのように紅蓮の炎に包まれた。

 

 

 

「うへぇ、こりゃまた…想像以上の規模と熱気。いや…右側があれだけの規模出せたと考えると、こっちの規模も相当と考えるべきだったかな」

 

いつの間にか近づいていた衝也が、若干苦笑交じりにそう呟いた。

 

「…なーんか眠れる獅子を起こしたような気分がする。」

 

「?俺は獅子でもないし眠ってもいないぞ?」

 

「…え?ちょっと待ってお前ってそういうキャラなの!?」

 

初知りなんだけど!?と首をかしげる轟に驚愕する衝也だったが

 

「…ありがとな、五十嵐。」

 

轟のその言葉にその表情が優し気な物へと変わる。

 

「…思い出せたか?」

 

「ああ、思い出せた…お前のおかげだ、五十嵐。」

 

「ふっきれそうかい?」

 

「いや、その前に…救わなきゃならない人がいる…俺が吹っ切れるのはそのあとだ。」

 

「かぁー、いうことがいちいちかっこいいなおい。思わず嫉妬しちまいそうになるぜ…」

 

「…正直お前は俺よりかっこいいよ。」

 

「イケメンに言われても心に響かないんですけど…」

 

「…それより、お前、どうして俺の家のことを…いや、俺の母さんのことを」

 

「おーっと、まぁそういうこまけぇ話はあとにしようぜ轟。今は、目の前のことに集中しろよ。

 

それともお前

 

俺に勝てると想ってるつもりかい?

…あんま調子こくなよハーフ&ハーフ野郎!」

 

「…ッ!…ああ、そうだな…!」

 

衝也が唇の端を釣り上げて笑うと同時に、轟も自身の唇を釣り上げる。

そして

 

「調子に乗るのは…お前に勝ってからにする!!」

 

「やってみろやハーフ野郎!!」

 

お互いが全く同じタイミングで前へと飛び出し

 

互いの最大出力の攻撃が激突し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで轟の鎖が解き放たれたことを示すかのように会場中を震わせた。

 

 

 

 

 




基本それっぽいこと叫んでれば何とかなると想ってるんですよね…
おかげでダメダメですねストーリー。

これでなんで轟君左側使うんだよ!とかいう言葉が出てきそうです…
持つかな、私のメンタル。
そしてやはり戦闘がヒドイ…
ちょっと…いやかなりへこみますね…

そして、この衝也の言葉のすべてに私が轟君を好きになれなかった理由のすべてが詰まってます。
全力も出さずに人の命を救うなんてふざけてます。
だって、それを言い訳に逃げ放題なんですから、救えなかったつらさから。
もしそれが自分の大切な人だったらお前どうすんだよって本気で思ってました。
今は大好きですけどね!


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第二十六話 ツンデレは確かにかわいい…けどやっぱり少しウザいかもしれない

やっと、やっと轟君との戦闘が終わったー!!
けどまだ一回戦!!
ヒエッ

てなわけで二十六話です、どうぞ


「……知らねぇ天井だ」

 

ゆっくりと目を開けると、見知らぬ天井が目に入った。

まるでどこかの漫画の主人公のような奴が見る光景がベッドに横たわる少年、轟焦凍の眼前に広がっている。

そして、少し鼻に来る消毒液の香りが自身の嗅覚を刺激した後で、彼はようやくここが医務室であることを知った。

 

「そうか、俺は…負けたのか。」

 

真っ白でシミ一つない天井を目にしながら、誰に言うでもなく一人そう呟く。

膨れ上がっていく憎悪もない、燃え上がるような怒りもない、ただただその『負けた』という事実をかみしめるかのように、轟はその言葉を口にした。

 

そしてなんとはなしにゆっくりと顔を横に向けると、自分の横たわっているベッドの一つ開けたその隣に、同じようにベッドで横たわっている五十嵐衝也の姿が目に入った。

その左手には、見るのがためらわれてしまうほど痛々しい火傷がある。

左手どころか、左腕一本全体の皮が火傷によってところどころ剝がれており、自分が火傷を負ったわけでもないのに思わず左腕を抑えてしまいそうになる。

 

 

 

 

 

さかのぼるのはわずか数分前の出来事。

 

轟の灼熱の炎と、衝也の衝撃。

その規模の凄まじい火力と火力のぶつかり合いは、ステージ全体を揺らし、そしてめちゃくちゃにした。

まるで波のように広がっていく熱気と爆風と衝撃波。

会場の観客がその余波の大きさに顔をしかめ、あるものは身体が飛ばされかけていた。

その余波に吹き飛ばされないように半ば本能的に背後に作り出した氷の壁に背中を押し付けながら、轟は前を見続ける。

否、正確には、立ち込める煙と熱気をかき分けながらこちらへとまっすぐ進んでくる

 

五十嵐衝也を。

 

長らく使っていなかった左側、制御も何もできていない。

だからこそ、アクセル全開、べた踏みの最大火力。

その威力は、周囲の冷気を膨張させ、一種の大爆発を引き起こすほどだった。

だが、その最大火力を、衝也は打ち消した。

左腕から放たれた連続の衝撃、それによって衝也は自身を襲う炎を退けて、着実に轟の方へと進んでいたのだ。

皮がめくれ、筋肉が抉れ、骨にまで到達しそうな程溶けてしまっているその左腕

 

だが、そんな左腕など意に返さないかのように、衝也は笑いながらこちらへと向かって追撃をして来ようとする。

 

そして、轟の間合いと、衝也の間合いがぶつかり合ったその瞬間、衝也はすぐさま轟のこめかみめがけて蹴りを放とうと右脚を上げようとする

 

が、その右脚が動かなくなってしまう。

 

咄嗟に、衝也の視線が下へと向く。

そして衝也は目を見開く

 

自身の両足が、氷によって地面に縫い付けられているその光景を見て。

 

『…ッ!』

 

『これで…俺の…勝ちだ!!五十嵐!!』

 

そういって、轟が左腕を振りかぶる。

ずっと、ずっと見ていた。

彼の一挙一動を見逃すまいと、必ず現れるであろうわずかな隙を見逃すまいと

この戦いが始まってから片時も目を離さずに、彼の姿を追っていた。

何度地面にたたきつけられようとも、何度自身の身体が吹き飛ぼうとも、決して彼から目を離さずにいた轟が気づいた、一筋の光。

それは、彼が氷山を壊したその時から、一度も右腕を使っていないこと。

始めに気づいたその小さな違和感は、やがて希望へとつながっていく。

もしかしたら、彼の右腕は、先ほど氷山を壊す際に負傷してしまったのではないかという希望に。

 

そして、轟の推測は見事に的中した。

USJの事件によって生まれたデメリットの増大が、轟の唯一にして最後の好機を生み出した。

 

轟の左側が熱を帯びる。

今まで、10年間ずっと封印してきた左側が熱を帯び、今まさに轟を勝利へと導こうとしている。

父の力ではない、母の力でもない。

他ならない、自分自身の力で、轟は今衝也から勝利をつかもうとしていた。

 

そして、轟の炎が再び衝也へと振るわれようとするその刹那

 

轟の腹部に、衝也の右拳(・・)が突き刺さった。

 

『…ッが!』

 

鈍い衝撃とこみ上げる吐き気が彼を襲うと同時に、轟の身体は大きく後ろへと吹き飛んでいき、自身が吹き飛ばされないために作り出した氷の壁に自身の背中が勢いよくぶち当たる。

 

その直後

 

轟の顔面に衝也の左飛び膝蹴りが撃ち込まれた。

個性によって速度が増したそのスピードを殺さずに放たれるその飛び膝蹴りの威力は轟の意識を刈り取るのには十分すぎる。

そして、背中にあった氷の壁が粉々に砕かれ、その破片と共に吹き飛んでいった轟の身体は

 

ステージの場外まで飛んでいき、力なくその体を地面へと沈ませた。

 

 

轟の敗因は、その希望の光が

 

衝也自身によって刷り込まれた・・・・・・ものだと気づくことができなかったこと。

甘くなってしまった右手への対処を付け込まれた一撃によって生まれてしまった隙が、彼に反撃を許してしまった要因になってしまったのだ。

 

『…っっっ!!轟君…場外!!勝者、

 

 

 

五十嵐君!!!』

 

ミッドナイトの宣言が、会場に響き渡る。

それから数秒、沈黙が会場を支配した後、

 

会場を震わせるほどの大歓声が沸き上がった。

実況のプレゼントマイクの興奮冷めやらぬ叫び声と、それに不満を漏らす相澤先生の言葉

彼らの健闘をたたえる拍手や歓声、そのすべてを一身に受け続けた衝也は、未だ倒れ伏したままの轟にゆっくりと視線を向け、その表情をほころばせた後

 

『ゔぁー…しんど…』

 

そう呟きながら、襲い来る疲労に身をゆだね、その意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

これが、試合の決着までの経緯。

轟が、自身が衝也に負け、衝也が彼と同じようにベットに横たわってしまっている理由。

それを思い出した轟はおもわずその右手を顔面へと持っていく。

視界には入ってこなかった包帯の感触が、彼の指へと伝わっていく。

通算で二回、衝也に顔面を、しかもどちらも勢いも威力もやばすぎるほどの攻撃を食らってしまったおかげか、鼻が少し変な方向に曲がってしまっている。

できることなら彼のイケメンに対する憎悪が生み出した結果ではないと信じたい。

次いで、彼に蹴られた場所や殴られた場所に手を添えてみる。

 

(…ッ!)

 

軽く添えると同時に走る少しの痛みに顔をしかめるが、それでも動けないほどではないし、悶えるほど痛くもない。

恐らくは、リカバリーガールが治癒を施してくれたのだろう。

意識がない間にBBAのキスを済ませてくれたことに内心少しだけホッとした轟は、改めて視線を隣で寝ている衝也へと移す。

 

(俺は…結局勝てなかったんだな。)

 

当然だ。

いくら左側を使って、全力で戦ったからといって簡単に勝てるようになるほど衝也は甘くないし弱くない。

ましてや、左側は10年間使っていなかったのだから使い勝手もわからなくなってしまっているし、調整もくそもないような状態だ。

負傷の度合いも轟の方が圧倒的に上、負ける確率の方が高かったのは誰の目から見ても明らかだろう。

それでも、悔しくないと言えばうそになってしまう。

生まれて初めて、全力を出して戦った。

生まれて初めて、『自分の』力で戦った。

その結果、轟は衝也に最後の最後まで届かなかったのだ。

それにショックを受けていないわけではない。

だが、今はそれ以上に、彼の言葉を、彼が思い出させてくれたことに想いをはせていた。

 

自分を救うために、あそこまで声を張り上げて、自分の胸の内をさらけ出し、左腕を犠牲にしてまで戦った少年。

自分勝手で、上から目線に説教をし始めて、頼んでもいないのに人の心の奥にズケズケと入り込んで荒らしてきた少年。

だが、彼の言葉のおかげで、轟はようやく、忘れていた原点を思い出すことができた。

 

誰を救うために、自分はヒーローになろうとしたのか。

どんなヒーローになるために、自分は強くなろうとしていたのか。

自分の中で、一番大切な想いを今ようやく、轟は思い出すことができたのだ。

 

(ありがとな…ヒーロー(衝也)。お前のおかげで…お前が背中を押してくれたから俺は…)

 

 

10年間燃やし続けてきた父親への憎悪だって、消えたわけではない。

自分だけが、こんなに簡単に、実にあっけなく救われてしまうことに恐怖がないわけではないし、罪悪感を覚えないわけでもない。

今まで、たくさんの人を傷つけて…自分が救いたいと思った人すら傷つけてしまった自分が救われることにためらいを覚えないはずがない。

けれど、

それでも

 

そんな都合のいい言い訳を並べて、救うことから逃げ出すようなことを、轟は良しとはしなかった。

 

自分の父親への憎悪を、罪悪感を、自分の恐怖を言い訳にして、以前の自分のように、救うべき人から目を背けるようなことはしたくなかったから。

 

もう二度と自分の大切な人に、涙を流してほしくなどなかったから。

やるべきことは、清算するべきことはきっと山ほどあるだろう。

きっと、自分の忌むべき闇と、嫌悪する父親とも向き合わなければならないだろう。

 

 

 

 

 

だが、それがどうした。

どんなにつらいことがあったとしても、どれだけ自分を傷つけることになろうとも、母親(あの人)を救うためだったら、10年間、ずっと闇にとらわれ続けさせてしまっていた母親(あの人)を救うためなら…たとえどんなことになろうとも前に進むための覚悟はある。

 

(俺は…ようやく『俺』の力で、救うべきだった人を救えそうだ…。)

 

ほかならぬ轟焦凍自身の力で、自分の大切な人を救うための覚悟が…。

 

ゆっくりと一度だけ深く、未だ意識が戻らない衝也へと頭を下げる轟。

数秒か、あるいは数十秒か、頭を下げ続けた轟は下げていた頭を上げた後、くるりと身体を回転させて、医務室の出口へと向かっていく。

どうせ、あの父親のことなら、医務室に続く廊下のどこかで自分を待ち伏せしているのだろう。

こちらへ言ってくる言葉も大方予想がつく。

ようやく駄々を捨てたのかだの、お前は俺の上位互換だだの、的外れな事を言ってくるのが想像できるあたり、自分もあの父親のクズっぷりが身に染みてわかっていることが理解できた。

 

だがら、そんなヒーローとも思えない父親にぶつけてやるのだ、今の自分の言葉を

 

(俺は…アイツの上位互換なんかじゃない、俺は俺だ…他ならない俺の力で母さんを…顔も知らねぇ誰かを救えるような…そんなヒーローになるんだ。)

 

ドアの取っ手をひねり、ゆっくりとドアを開いて医務室を出ていく。

その目には、今までのような復讐の炎などみじんも灯されていない。

その目には

 

新しい光の炎が、小さく、されどしっかりと揺らめいていた。

そして、轟焦凍は前へと進んでいく。

10年間、ずっと待たせ続けていた母親を救け出すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

「さて…目が覚めた直後で悪いけど…アンタに一つ仕事だ、

 

この体育祭で負った怪我を復唱してみな、ハイ三、二、一」

 

「大砲で撃たれた時と鉄板でぶたれた時と地雷でぶっ飛ばされた時と氷山ぶっ壊した時と轟の炎に突っ込んでった時。」

 

「…アンタ、疫病神でも憑いてんじゃないだろうね?」

 

「否定できないところがつらい!」

 

意識を失った衝也が轟に遅れて目を覚ました直後、衝也はベットの上でリカバリーガールに呆れの視線を向けられていた。

それもそのはずだ、

障害物競走の時に治癒したはずなのにそのわずか二競技後、しかもトーナメント一回戦ですぐさま医務室に重傷で飛び込んできたのだ。

こんなペースで医務室に駆け込んでくる生徒などめったにいない。

緑谷ですらトーナメント前の競技では医務室に来なかったし、治癒も一回で済んでいるというのにである。

 

「左腕の火傷に右腕の筋線維断裂と右上腕骨にヒビ…障害物競争の時の裂傷やら打撲やら火傷やらを治癒したと思ったら、今度はそれをもう一段階ひどくして戻ってきて…アンタあれだね?わかってはいたけどアホなんだね?いくら私でも呆れて言葉が出ないよこのド阿呆め。」

 

「傷だらけで意気消沈の生徒にかけるような言葉じゃないでしょそれ!傷つくんですけど!?」

 

「アンタのせいで私の仕事が増えてく一方なんだよ。年寄りはもう少しいたわってくれないと困るんだ。」

 

「あ、なーんだ自覚はあるんですか?ならせめてリカバリー『ガール』だなんて名乗らないほうが」

 

「それ以上言ったらこの巨大な注射器をアンタの肛門にぶち込むよ?」

 

「ちょっと待ってどこから出したんですかその注射器!?」

 

調子に乗ってリカバリーガールをおちょくる衝也の目の前で衝也の身長を優に超える注射器をちらつかせるリカバリーガールに少しだけ恐怖を覚える衝也。

そんな彼に二度目のため息を吐きながらリカバリーガールはその注射器の針の先を衝也へと向けた。

 

「まったく、一回戦からこんな傷を負ってるんじゃ、体育祭終わった後生きてないんじゃないかいアンタ。」

 

「…?一回戦…?あ!」

 

「忘れてたね?アンタこれが一回戦だってこと完全に忘れてたね?」

 

「くっそ!だから俺は戦うのは決勝戦が良いって言ったんだ!それなのにくじ引きのやつめぇ!!」

 

彼女の言葉に一瞬首を傾げた衝也のその反応にもはや呆れることすらできないリカバリーガール。

そんなリカバリーガールの言葉を聞いた衝也が沸き上がる怒りをくじ引きにぶつけている。

 

「ったく…アンタってのは本当に…緑谷って子もそうだけど今年の一年はどうしてこう私の世話を焼かせるような子が多いんだろうね…」

 

「確かに!緑谷はもうちょい自分を省みて行動をしたほうが良いっすよねー。まったく、見てるこっちがハラハラしちまいますよ。ねぇ?」

 

「アンタだってその世話焼かせてる子の一人だろう!」

 

「脇が痛い!すいません!」

 

まるで他人事のように後頭部を掻きながら笑っている衝也の脇を杖で叩くリカバリーガール。

そんな彼女の一撃を受けた脇をさすりながら「養護教諭が生徒を痛めつけてやがる…」とつぶやきを漏らす衝也を見て、本日三度目のため息を吐く。

そして、少しだけ表情を真剣な物へと変化させた。

 

「…無茶しようがなんだろうが、死なない限りは私が治してあげれるけどね…

 

死んだらもう治しようがないんだ、無茶するのはUSJの時だけでお終いにしときなよ。

アンタも緑谷も、轟も、どいつもこいつも無茶しすぎさね。今はまだアンタの体力が残るから治癒するけど、これ以上のけがをしたら治癒しきれなくなるよ。ていうか、こんだけの怪我を負って動ける上に一日で治癒できるって、アンタのスタミナと身体はいったいどんな構造してるんだい?アンタ、ひょっとしてサングラスかけて過去を渡って任務を遂行するためのロボットじゃないだろーね?」

 

「ターミ〇ーターですか俺は…」

 

くるりと、椅子を回転させて顔を衝也からそらすリカバリーガールを苦笑しながら神妙な面持ちで見つめる衝也。

そして、ゆっくりと左腕と右腕の調子を確認した後、ゆっくりとベットに端座位で座った。

 

「でも、そういった無茶をしなくちゃ、人を救うことなんてできないでしょう?自分の身体も張らずに、無茶もせずに人を救えるほど、救うという行為は簡単なことじゃないはずだから。」

 

自分の身体を傷つけて、友人の心の傷をこじ開けて、そうした無茶を繰り返してようやく

 

友人の背中を押すことができた。

だが、あくまで背中を押すことができただけだ。

道を変えるのはあくまで轟自身なのだから、それも当然といえば当然なのだろう。

衝也は、新しい道があることを彼に教えただけ。

そう、道を教えただけで、彼を救ったわけじゃない。

今回、彼を救えるのはほかならぬ彼自身だし、『あの人を』救うことができるのも轟しかいない。

だが、それだけでもここまでの無茶が必要になった。

ならば、人を救うのには、さらに無茶する必要があるはずだ。

 

自分の身体では済まない、もしかしたら命を懸けて救わなければならない時があるかもしれない。

 

それは、リカバリーガールももちろんわかっていることだ。

だが、その命を懸けるという選択が簡単にできるヒーローなど、プロの中でもそう多くはない。

彼女が見て来た中でもそんな選択が躊躇なくできた人間は極少数だ。

 

自分を待っている大切な人がいるから、自分が死んだら悲しんでしまう人がいるから

 

ヒーローとは言え、一人の人が命を懸けるのに躊躇するにはありきたりで、それでいて一番根本的にあるであろうその想い。

その想いをリカバリーガールは否定もしないし、非難もしない。

それが当然の反応のはずだからだ。

 

だが、

衝也には、それに一切のためらいも見せないように見える。

傷つくことにも、命を懸けることにも、最悪死んでしまうような重傷を負っていったとしても

 

何一つ気にせずに、むしろそれが当然だとでもいう風にただひたすらに前へと進み続けてる。

もちろん緑谷も似たところがある。

あの子は、おそらくオールマイトに対するあこがれや、元来の性格などが原因であそこまで無茶をしてしまうのだろう。

本人はそれを『動けなくなってしまうから』という理由で何とか克服しようとしているようだが、本当はそれではだめなのだ。

もっと根本的な物、自分が傷つけば周りがどうなるのか、それを本当の意味で理解しているとは言い難い。

ヒーローが傷つけばどうなるか、自分が傷つけばどうなるか、誰がどういった反応をするのか。

それが理解できれば、おそらく緑谷はもっと上を行くことができるだろう。

 

 

だが、衝也は彼の場合とは少しだけ気色が違うように見える。

 

『たった一人の命すら救えなかった人間がいるのを…俺は知っている!!』

 

病的なまでの敵への殺意にも近しい敵意

病的なまでに自身を勘定に入れないその行動

それらはすべて、衝也のあの過去が中心にある。

雄英高校の教師の中でも担任と校長、そしてリカバリーガールしかしらない彼の深い、深い心の闇。

 

 

決して消えることのできない…あるいは消すことができない罪を背負った少年が、幼いころに下した決断が一体どういうものなのか。

それは過去を知っているリカバリーガールですらわからない。

だが、少なくとも彼はずっと、幼いころからずっとその決断をしたその日から、ずっと孤独に、たった一人で強くなってきたのだろう。

 

きっと『本当の意味で』彼を救ってくれるような人間が、彼の目の前に現れてはくれなかったのだろう。

そしてそれは…きっと想像もできないほど…本人も気づいていないほどつらいことなのだろう。

 

 

「リカバリーガール、何度も心配かけたことは、本当に申し訳ないと思ってます。

けど…俺は俺の救いたいという想いを、自分の傷や相手のことを理由に無視するなんてことはしたくないんです。

例えどんなに無茶しようが、身体が傷つこうが

 

…たとえ死んでしまうことになったとしても、俺は…最後まで大切な誰かを救うようなヒーローになりたいんです。

 

それが、おれがあこがれたヒーローの姿だから…。」

 

そこまで言って、いったん言葉を区切った衝也は、ゆっくりとなるべく身体に負担をかけないように立ち上がり、一度だけ頭を下げて「治癒、ありがとうございました!おかげで何とか次も戦えそうです。意識を失ってたからBBAのキスなんていうデメリットも見なくて済んだし…」と一言余計なお礼をどことなく青い顔で呟いた後、医務室から出ていこうと扉へと足を運ぶ。

そんな彼の背中を、視線だけを動かしながら見つめるリカバリーガール。

 

彼女には、彼のその背中に途方もない闇がしがみついているように幻視みえてならなかった。

 

(アンタの言うことが間違ってるわけじゃあない。アンタのその信念が間違ってるわけじゃあない。

だけどね…

アンタが進むその道は…いずれあんた自身を傷つけてしまうかもしれないんだよ?)

 

リカバリーガールの心の中のつぶやきなど聞こえない衝也は、そのまま歩みを前へと進めようとする。

そして、彼が医務室のドアノブに手をかけようとしたその瞬間

 

「衝也ぁ!轟ィ!大丈夫かぁ!!?」

 

「ブッフ!!?」

 

彼の顔面に医務室のドアがたたきつけられた。

恐らくは外側から開けられたであろうドアに顔面を強打された衝也は、たまらずに尻もちをつく。

突然の出来事にリカバリーガールも目を丸く見開いた。

そして、ドアを開けた張本人である赤髪の少年、切島鋭児郎は医務室に入りながら衝也の名前を呼び続ける

 

 

「衝也ぁ!?どこだ衝…あれ、衝也?お前、そんなところで何うずくまってるんだ…」

 

「な、なるほど…今の俺のこの状況を見てそんなことが言えるとは…お前相当にクレイジーだな…。」

 

「…?とりあえず大丈夫そうって解釈して問題ない感じか?」

 

「どこをどう解釈したらそんな結論出てくんだよ!?」

 

首を傾げながらもどこか嬉しそうに話しかけてくる切島にツッコミを入れる衝也だが、さらに詰め寄ろうとしたところで

 

「おいおい、そんな乱暴に入るなよ切島、ここ医務室なんだからよ。」

 

「おーい衝也ー、ちゃんと生きてっかー?ついでに轟もー。」

 

切島をたしなめる瀬呂と上鳴が衝也の名前を呼びながら医務室に入ってきた。

 

「お、なんだよ、案外元気そうじゃん!よかったよかった!」

 

「つーか、あれだけドンパチやってて元気そうって、タフネスの権化じゃねぇか。この才能マンめ」

 

「あ…?瀬呂に上鳴まで?なんでお前らここに…つーか次の試合は…」

 

「五十嵐と轟が試合場を文字通り壊したから、セメントス先生の修復が終わるまではしばらく試合中止だってさ。」

 

「!尾白…お前まで」

 

「やっ!とりあえず試合お疲れ様。なんというか、色々とすごい試合だった。勉強にさせてもらったよ。」

 

瀬呂と上鳴が来たことに若干驚いていると、その後ろから尾白が衝也の疑問に答えていく。

二人に続いて尾白までがここに来たことに驚いていると、その後ろからも続々とクラスメートたちが医務室へと駆け込んできた。

 

「二人とも、怪我の具合は大丈夫か?すごい爆発だったが…」

 

「すごかったよねぇ、五十嵐君は試合はちゃんと出れそうなのー?ってあれ?轟君はどこに?」

 

「確かに、轟さんの姿が見えませんわね…。…まぁ、少なくと五十嵐さんの方はご無事そうで何よりですわ。あのような規模の試合をしたものですからお二人の安否が気になってしまって。」

 

『二人とも、怪我はなかったんだね!よかったよ…!』

 

障子に葉隠に八百万に口田、1-Aクラスメートたちが続々と医務室へと入ってきて轟や衝也の安否を心配して声をかけてくる。

そんな様子に唖然としている中、遅れて来た緑谷が、飯田と麗日と一緒に医務室へと飛び込んできた。

 

「…ッ!五十嵐、君!轟君!怪我、大丈夫!?なんともない!?」

 

「デク君、とりあえず落ち着こうよ…息が上がっとるよ。」

 

「みんな!医務室にこんな大勢で駆け込むなど非常識だぞ!四人ずつ!四人ずつで入っていくんだ!!」

 

息を切らしながら衝也や轟を心配して医務室へと来た緑谷とそんな彼を落ち着かせようとする麗日に、大勢で医務室へと詰め寄っていくクラスメートを注意する飯田。

 

気づけば、爆豪を除いたクラスメートたちがこの医務室に訪れていた。

 

その様子を、衝也は半ば呆然としながら見つめていた。

 

「緑谷達まで…つーかなんで、なんでお前らここに…」

 

「はぁ、アンタさぁ…本当にバカだよね…全員アンタらバカ二人が心配だから来たに決まってるじゃん。」

 

「うおぅ!?なぜ背後から耳郎の声が!?」

 

そんなつぶやきが衝也の口から洩れる中、突然の背後からの耳郎の声に思わずのけぞってしまう。

そして、少しだけ息を整えながら話しかけてきた耳郎の言葉へと疑問をなげかける。

 

「いや、ていうかいきなり背後にいたのにも驚きだけどさ、最近みんなして俺のことをバカ扱いしてくることが一番驚いてるんですけど…。さっきもリカバリーガールからも言われたし…。」

 

「USJの時にけがで入院してるくせに、体育祭でも種目を終えるたびにけがをしてる…つまりは学習能力がない。=それってバカってことなんじゃないの?」

 

「ぐうの音も出ねぇ…反論の余地すらねぇ…」

 

床でがっくりとうなだれながら「でもさ、耳郎…俺が悪いのかもしれないけどバカは言い過ぎだと思うんだよね…」と小さくつぶやきを漏らす。

そして、ひとしきりつぶやきをつづけた衝也は相変わらず床に四つん這いになりながらも顔だけは耳郎の方へと向けた。

 

 

「っていうかさ…俺が言うことでもないんだけど…ぶっちゃけ病院に入院したことだってあったんだし、たかだか体育祭で怪我したくらいで大事にしなくても…」

 

「マジでアンタが言うことじゃないでしょそれ…」

 

「いや、まぁそうなんだけど…」

 

不思議そうに首をかしげる彼を見ながら、耳郎は少しだけため息を吐く。

そして、少しだけ顔を衝也からそらしながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「…だからこそでしょ。」

 

「…?」

 

「みんな、USJの事件の時にアンタが無茶して入院したって聞いて、すごく不安になった。相澤先生からは死ぬことはないって言われたけどさ、それでも、もしかしたら自分の衝也が、自分の友達が、クラスメートがいなくなるんじゃないかって、ずっと心配で、不安だった。

だから、皆それぞれアンタんところに来てお見舞いしに来たんでしょ?」

 

「……」

 

「ただでさえそんな無茶して入院になった人が、今度はほかのクラスメートと一緒に無茶してる。そんな姿見たら、心配するのが当然でしょ…」

 

「心配って…俺は別に「アンタが大丈夫だろうが、ウチらはそうは思えないっていうのを、いい加減に理解しなよこの大馬鹿。」

 

「ッ…。」

 

そういって、コツンと軽く衝也の頭を小突く耳郎。

そして、少しだけ頬を赤くしながら、それでも笑顔で衝也へと視線を向けた。

 

「USJの時に言ったでしょうが。アンタは一人じゃないんだ。ウチだけじゃない、皆にとっても大切な友達なんだ。

 

その友達が無茶して、何度も何度も怪我してさ、心配にならないほど薄情じゃないんだよ、少なくともウチらはさ。」

 

「…耳郎」

 

「ったく!耳郎のいう通りだぜ衝也!今回はきっちりリカバリーガールに治してもらえたからよかったものの、もしあそこで腕一本コゲコゲになってたらお前一生片腕生活だぞ!?もっと自分の身体をいたわれ!今度無茶したら電気アンマの刑だからな!」

 

「重傷人にとどめ刺す気かよお前は…。まぁ、俺もおおむね上鳴と同意見、おめぇが無茶するのには何か理由があるんだってのはなんとはなしにわかるけどよ、あんま無理して自分の身体ぶち壊したら本末転倒どころじゃないぜ?」

 

耳郎の言葉を聞いていた上鳴がビシィ!と人差し指を衝也に向け、彼の言葉を聞いた瀬呂もそれに同調するかのようにうなずく。

そして、そんな彼らの横にいた切島が珍しく真剣な顔で小さくうなずいていた。

 

「三人の言う通りだぜ衝也!おめぇのそういった危険も省みずに前へと突っ走ってく男らしさは尊敬するけどよ…尊敬するからって心配がねぇわけじゃねぇんだ。

無茶するなとも、怪我するなとも言わねぇけどさ…もっと自分を大事にしろよ。」

 

そういって心配そうに衝也へと手を伸ばす切島の姿を見て、わずかにリカバリーガールは笑みを浮かべる。

 

自分が傷つけば、同じだけ傷つく人間がいる。

そのことに気づいている人間というのは、意外とそう多くはない。

多くの人間は、その気持ちを、本人を想って隠してしまうから。

その人が傷ついたときに同じだけ傷つけるということは、それだけその人のことを大切におもっているということだから。

大切におもっている人の重荷に、足枷になりたくないと思ってしまっているということだから。

だが、それでもなお、その大切な人を守りたい

例えその人の重荷になってしまったとしても…その人のゆく道を遮ってしまったとしても、

その人のことを守りたいと思える人は、きっとその傷つく人を救うために行動ができるだろう。

そして、それもまた…一種の『ヒーロー』と呼べるものなのだろう。

 

緑谷にも、衝也にも足りていないのは、その『ヒーロー』がとても身近にいるということだ。

それに気づくことができたなら、きっと彼らは…また次へと進むことができる。

 

「…なんだよ、つまりはみんな俺のことが大好きってわけ?やっぱり皆俺がいないと満足できない身体になりつつあるわけですかー。まったく、人気者はつらいねぇ…」

 

「…ウッザ。やっぱあのまま死んどけばよかったのに」

 

「ちょっと待って耳郎さんさっきと言ってることが違う。」

 

「いやお前、いくら冗談でも今この状況でのそれはナイわ。」

 

「五十嵐ちゃん、最低ね…」

 

切島の手を握りながら胸を張ってとんでもないことを言いやがる衝也にたいして辛辣なツッコミをする耳郎と上鳴と蛙吹。

ほかのみんなも一様にうなずいており、その視線は一気に冷たいものへと変化する。

 

「え!?ちょ、まってなにその返答!?何その『だめだこいつ腐ってやがる、遅すぎたんだ』みたいな雰囲気の視線は!?俺何も間違ったこと言ってないでしょうが!!」

 

「何のためらいもなく間違ってないと言えるアンタの精神がウチは一番すごいと思う。」

 

「なんで!?あ、もしかして今はやりのツンデレという…」

 

『違う「いますわ」』

 

「なんで!?」

 

クラスメート全員からのツッコミにオーバーリアクションで反応する衝也。

そんな彼をしばらくの間冷ややかな目で見続けていたクラスメートたちだったが、しばらくすると、誰が誰というわけでもなく笑い出す。

その様子を見ていたリカバリーガールは、自然と笑みを浮かべてしまう。

目の前でクラスメートに笑われている衝也や、一緒に笑っている緑谷を見て。

 

(…この様子なら、そう近いうちに…二人は気づくことができるかもしれないねぇ。)

 

一気ににぎやかになった医務室の中で、リカバリーガールは、衝也の闇を飲み込む光を見たような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼らは知らない。

 

衝也の持つ闇の深さを、

彼が背負った罪の重さを

 

クラスメートたちも、緑谷も、耳郎も、切島も、リカバリーガールも知らないのだ。

 

 

 

(自分を大事に…かぁ

 

 

 

 

ダメだよ、切島…耳郎…緑谷…みんな

 

ダメなんだよ、こんな俺『なんか』を大事になんかしちゃあいけないんだ。

 

皆は知らないだけなんだ、知らないから…こんな俺を大切にしてくれる。

 

こんな俺を心配してくれる。

 

それはすごく、すごくうれしいことだけど…

 

本当の俺は、皆にそんなに心配される資格すらない人間なんだ…

 

 

自分の大切な人を

 

 

自分の大切な家族を『殺してしまった』この俺に…そんな資格はないんだよ。)

 

この先、幾万の人を救おうとも

 

この先、どれほどの命を助けようとも

 

この先、どれほど大切な人を守ろうとも

 

彼が『殺してしまった』命は、もう戻ることはなく

 

彼が背負った罪もまた、永遠に消えることはないだろう。

 

そんなことは、彼自身が一番よくわかってる。

 

それでもなお、彼が人を救うのは…

 

『衝也は生きて!生きて衝也は…自分の大切な人を、自分の手で守れるほど強くなって

 

そしていつか…

 

たくさんの人の命を救えるような、そんなヒーローになって!』

 

あの日に『彼女から』交わされた最後の約束。

 

それはいつの日か、彼でも気づかないうちに、彼自身を縛る鎖となり

 

彼にとって、唯一自分の罪を贖罪できるものとなっていた。

 

 

 

 

 

そう、少年は誰を救うこともできず、誰からも救われることができなかったのだ。

 

その少年の闇の深さを…誰もまだ知らない。

 

あるいは…それを知っている者が一人でもいてくれたのならば

 

 

 

 

 

遠くない未来、彼が『二度目』の罪を犯すことには

 

きっとならなかったのだろう。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

「いやぁ、素晴らしい力だなぁ…どうだい死柄木?ともに君の障壁となりうる少年たちだ!今の内にその姿を…」

 

「だめじゃよ先生。あの子供なら『くだらない』と何度もつぶやきながらどこかへ行ってしまったぞ。」

 

「…ふーむ、そうか。まぁ、そうやって悩み苦悩するのも時には必要なのかな?」

 

暗い、電気もついていない部屋の中。

その中で食い入るようにモニターを見つめていた先生と呼ばれた人物は喉につながっている管とその喉の隙間からシュコーっと音を立てながら後ろにいたはずの死柄木へと声をかけるが、その姿はどこにもなく、代わりに近くで何かをいじくっていた白髪の男性が返答を返した。

 

「まったく、先生はあの子供を甘やかしすぎとる。あまり甘やかしすぎればのちに支障をきたすやもしれない。」

 

「アハハ、大丈夫さドクター。時が来れば彼には今の倍以上に苦労してもらうことになる。そのためにも今は多少の甘やかしが必要だよ。

それに、自分で悩み、考えを巡らせ、心の中をのぞき見ることは別に悪いことではないだろう?」

 

「あれはイラついて癇癪を起しとるだけにわしは見えるが…」

 

先生の笑いに心配そうにするドクターだが、ふいに視線をテレビの前に映っている少年へと向けた。

雄英高校体育祭、その試合途中に無残に壊されてしまったステージ補修のつなぎとして放送されている解説付きの前に試合のハイライト。

そこに映し出されている少年。五十嵐衝也を見て、先生は少しだけ顔をしかめた。

 

「しかしまぁ、今どきのヒーロー社会では珍しい…厄介そうな子供が出て来たもんだ。…先生、正直わしは想像ができんよ。

 

 

彼がわしらの側へとついてくれることなど。

到底想像ができん。

 

彼の想いも信念も、すべて本物のようにわしは見えたが…

大丈夫なのかね?」

 

そういうドクターの表情には心配と疑念の感情がありありと浮かんでいたが、先生と呼ばれた人物は嬉々とした声色を上げた。

 

「もちろんだとも。

 

ドクター、君は気づかないかい?

 

彼の叫び、彼の言葉、彼の熱意、彼の信念から伝わってくるものが。

彼はとても素晴らしい!彼はねドクター

 

すでに半ば壊れかけている。

 

自分でもわかっていないほどに、彼は狂気に足を踏み入れている!

 

だってそうだろう?あそこまで素晴らしい信念を持っていながら、あそこまで素晴らしい覚悟を持っていながら!

 

彼はその狂気の一部を、明確にヴィランへとへと向けている。」

 

そういって、先生はモニターの前に置かれたキーボードをいじくりだす。

すると、モニターが急に画面を変え、一枚の写真を写しだした。

そこにあったのは

 

USJの火災ゾーン、その燃え盛る紅蓮の広場の中心で

 

嬉々とした表情を浮かべ、瞳の光を闇に変えて、敵へとマウントをとり、

 

何度も何度も、執拗にその敵を殴りつけている衝也の写真があった。

 

「見てみたまえドクター!この嬉々とした表情!一片の迷いもなく放たれる拳!人間の急所をあれだけ迷いなく、あれだけの威力で撃てる人間は、この世にそう多くはない!

彼はねドクター!あれだけ素晴らしい言葉を叫びながら、その抱える罪に耐え切れず、そのはけ口を僕らへと吐き出してしまっているんだよ!

人の命を救うために!大切な人を守るために!そんな言葉を言い訳にね!

実に、素晴らしい!実に素晴らしい『歪み』だとは思わないかいドクター!

 

 

だが、悲しいことに、彼の心はまだ完全に歪み切っていないんだ。

それはきっと『彼女』のおかげなんだろうね。

皮肉な事に…彼がこうして闇にとらわれ、狂い、歪んでしまった原因である『彼女』が、彼が前へと進み、誰かを救い、大切な人を守れるよう強くなってきた唯一の要因…いうなれば光だったんだ。

 

 

 

だからね、ドクター…ボクはまずその光を奪おうと思うんだ。

 

そうすれば彼は必ず

 

必ず壊れるはずだ。

 

壊れ、狂い、むせび泣き、打ちひしがれる。

そして、音を立てて崩れた心に光はなくなり、

やがて彼は完全に狂気に身を任せてくれるようになる。

 

そのための一手は、ボクと『彼女』が打って見せる。

 

そうすれば、彼は晴れて、死柄木の同胞の一人となれるさ。」

 

「先生自らが…か。それはまたなんとも…」

 

同情する

 

その一言は発さずに、ドクターは額に汗を流す。

 

そんな中、目の前にいる先生はそのにじみ出る狂気も闇も隠さずに嬉々とした表情で手元のキーボードをいじくる。

 

そして、モニターにある一人の少女が映し出される。

それは、いつかのUSJ事件の際に見つけた一つの資料

 

そのモニターには

 

上位(ハイエンド)脳無DATA、No,2 検体名 五十嵐 清奈』

 

と書かれていた。

 

 

 

「五十嵐衝也君…安心してくれた前、君の罪も、闇も…君が抱えるもの、すべて僕が粉々にしてあげよう。

大丈夫、たとえそれで君が君でなくなったとしても…そんな時のために

 

 

『僕はいる』」

 

 




いやー、ほんと自分でも書いていて思ったんですけど、これ一回戦なんだよなぁ…
やばいなヒーロー科

あ、それと、感想でキャラ紹介がほしいと言われたので、ちょいちょいだしていくことになりました。
初っ端はわれらが主人公五十嵐衝也君です。

五十嵐 衝也


所属 雄英高校ヒーロー科1年A組
出身 ???
BIRTHDAY 9月30日
HEIGHT 174㎝
血液型 O型
出身地 ???
好きな物 家族 、歌、鍛錬
嫌いな物 敵、峰田、パクチー
性別 男

戦闘スタイル 近・中距離戦闘


性格

短めの黒髪と青い瞳が特徴的な男。
普段から突拍子もない言動や行動で周りを困らせてる問題児。言動の7割は嘘と適当でできていて、行動の7割が奇行という迷惑きわまりないバカ。
上鳴と合わせて1-Aの二大バカとして日々飯田や相澤に絞られているが、懲りてる様子は一切無し。
明るい性格とその奇行も相まってクラスのムードメーカーとして目立ちまくっている。
口田などのコミュ障に近いような人物とも気さくに話せるほどコミュ力は高いが、基本的に思ったことはすぐに言ってしまうところがあるため、それと元来のバカっぷりが災いして敵を増やすことがしばしば。
女性に飯をたかろうとするほどプライドは低いものの、変なところで純情かつ紳士的なところがある。
パクチーは子供のころ父親と公園でストリートファイターごっこをしていた時に父親の昇竜拳を受けて倒れ込んだ時にカメムシを潰してしまい、体中カメムシのにおいになってしまったことがあった。
そしてその日の夕食に出たパクチーがそれと全く同じ匂いだったため嫌いに。
まぁ簡単に言えばつまりは父親のせい。
病的なまでに峰田が嫌い。触られると嫌悪感からアレルギー反応っぽいのが出てくる。
騎馬戦の時は地味に大変だった。
歌は演歌から民謡、JPOPからロックまで何でも聞くし、楽器もリコーダー以外ほとんど弾ける。
ただ歌うのだけは壊滅的で幼稚園の頃から音楽の授業で初めの一日以外歌わせてもらったことがない。
なお、その際に彼の隣にいた園児や生徒たちは例外なく一週間ほど吐き気と頭痛と嘔吐の訴えから欠席する。
ある意味敵の制圧に向いている衝也の最大の武器(本人に自覚はなし。)

パワー➡➡➡➡➡A
スピード➡➡➡➡B
テクニック➡➡➡➡➡【S】
知力➡➡➡➡BところによりE
協調性➡➡➡➡➡A

個性
【インパクト】

手の平や足から衝撃を放出する。
シンプルが故に使い方が大きく戦いを左右する。
応用をすればダッシュや回避行動はもちろん、空中移動も可能。
また、秘めるエネルギーは莫大で、そのパワーはオールマイトの全力にもひけをとらない…かもしれない。
その反面、個性を使用したさいの反動も凄まじく、使いこなすためにはそれ相応の身体能力と慣れが必要となる。

五十嵐衝也の
ヒーロー適正!

普段の明るい性格は皆の笑顔を誘うことも多く、ヒーローとして大切な要素を持っている。
戦闘の際もその戦闘技術はもちろん即興で仲間の個性を活かした作戦を立てることができる頭の回転の速さなどがあり、戦闘におけるヒーローとしての適正も高い。
反面、結論を出すことも、出してからの行動も速すぎる
ため、時折それが不味い方向に働くことも。
また、戦闘中に仲間を守ることに固執しすぎる面が垣間見え、それ故に自身が大怪我をおってしまうことも少なくない。
それに何より、異常とも取れる敵への私怨による殺意が、敵への過剰な暴力を生んでいるふしがあり、その背景には彼の心の闇と明かされぬ悲しい過去がみえかくれしている。

裏話

最初のころはもっと冷静でクールな主人公でした。
本編の時みたいに、あんなあほな事してませんでしたね。
性格のイメージとしてはDグレの神田君みたいな感じです。
個性もそれに合わせて刃物を形成するみたいな、八百万の劣化版みたいな個性でした。
ですが、自分が刃物より格闘技の方が好きだったため、個性を格闘技を取り入れられそうな今の『衝撃』に変えてみました。
個性はワンピースを読み返したときに思いついたので、結構がばがばな設定でした。
で、それをもとに本編を書いていたのですが、思うように筆が進まなかったため、ちょっと主人公の性格を変えてみようと模索し始めました。
残忍なブッコロ系から優しいさわやか系とか色々な性格の主人公がつくりだされましたねぇ(遠い目)。
そして、ふとバカでアホで底抜けに明るいけど実は強くて何かしらの闇を抱えてる主人公って面白くない?と考えてその通りの主人公で話を書き始めたら

筆がまぁ進んで進んで。
そんなこんなでようやく主人公が決まったわけです。
こうしてみると主人公を書くだけでもそうとう時間をかけてるくせによくもまあこんな駄文が書けるものだと感心してしまいますね。


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第二十七話 応援団ってとてもかっこいいと思うんだ俺

いやー、最近また面白いヒロアカ小説を見つけてちょっとテンションが上がってます!
…違いますよ?別に自分の駄文から目を逸らしたくて読専になろうとか思ってませんよ?
ちゃんとこの小説最後まで頑張って書きますからね?

てなわけで二十七話です、どーぞ!


 

「やぁ、衝君。一回戦突破おめでとう。改めて君が強くなったことを確認することができてボクはとてもうれしいよ。」

 

「ちょっとまってなんでお前がここにいんの。」

 

 

ニコニコと

 

こちらを視て嬉しそうに声をかけて来た少女、傷無恋のその姿を見て、若干嫌そうな表情を浮かべながら、半ば反射的になぜ彼女がここにいるのかを問うたのは

先ほど一回戦で負った傷をきっちり治癒してもらってから観客席へと戻ってきた五十嵐衝也である。

 

1-Aクラスメートによる医務室突撃事件のそのあと。

自分を見舞いに来てくれた友人たちにお礼を言ったりおちょくったりした衝也は、皆が観客席に戻った後、少しの間だけ体育祭会場を散策していた。

理由は単純に、自身の対戦相手であった轟に対して少しだけ話したいこと、そしてやっておきたいことがあったからだ。

だが、いくら会場中を探しても轟は見つからなかった。

かぐわしいたこ焼きのソースのにおいも、甘いバニラの香りも、よだれをたらしながらも必死に我慢しながら彼を探したというのにである。

意を決して轟なら間違えて入りそうという本人に大変失礼な理由で女子便所の中へ「轟ー!いるかー!」と声をかけたというのに、そのすべてが骨折り損になってしまったというわけだ。

そんなこんなで、轟はいったいどこへ行ってしまったのだろうと首を傾げながらも一旦観客席へ戻ってほかのクラスメートの試合を見に行こうと足を進めた衝也。

そして、観客席に戻ってきた衝也が目にしたのは先ほど自分にとって最も迷惑な置き土産を置いて帰ったと思っていた傷無恋が、ニコニコと手を振っている姿だった、というわけだ。

本人からしてみればやっと帰ってくれた疫病神がいつの間にか戻っていた気分に等しいだろう。

事実その表情にはありありと嫌そうな雰囲気が醸し出されている。

 

「おや、これはまたずいぶんと嫌そうな表情をするなぁ衝君。君を応援するためにわざわざ先輩たちの追求も振り切ってここまで来たというのに…」

 

「来るな、帰れ。お前のせいでこっちは大変だったんだよ。」

 

「『ボーイフレンドの応援に行かなければならないのです』と先輩に報告してまで戻ってきたというのに…」

 

「帰れ!今すぐ帰ってその言葉を訂正しに行け!!お前それ風評被害に当たるからな!!」

 

「そこまで言うかい衝君…でもそんな君でもボクは愛せるよ!さぁ!一回戦で受けた傷をボクが癒してあげようじゃないか!ボクの胸に飛び込んできてくれたまえ!BBAのキスなんかよりももっと情熱的に癒してあげるよ!」

 

「お前のリバーにブローを決めてもいいのなら飛び込んで行ってもいいぞ…」

 

「愛情表現が辛辣だね、ボク以外にやったら死んじゃうからやめておくんだよ?」

 

「…もう、いいわ…疲れる」

 

「じゃあその疲れを癒すためにもボクの胸に飛び込んできたまえよ!優しく激しく抱きとめるよ!」

 

「……」

 

「…さすがに無視はつらいなぁ。」

 

「じゃ、じゃあ代わりにオイラを「できれば近寄らないでくれるかな峰田君。君のことは嫌いじゃないんだが、生理的に無理なんだ、すまないね。」……」

 

 

どれだけツッコんでもどこ吹く風と笑いながらボケ?続ける恋にがっくりと肩を落として諦めの表情を見せる衝也。

そんな二人のコントのような掛け合いに思わずあきれ半分笑い半分な表情を浮かべるクラスメートたち。(一部のブドウ球菌なんかは恋の『情熱的に癒す』という単語に過敏に反応したりはしたが…。)

 

「さぁ衝君。そんなところに座ってないでさっさと座ったらどうだい?君のためにわざわざ隣を」

 

「葉隠、悪ぃけど隣に座らせてもらっていいか?」

 

「OK!全然大丈夫だよ!」

 

「さすが衝君迷いがない!…チッ。」

 

笑顔で自分の隣の席をたたく恋をガン無視して彼女の上段の列にいる葉隠の隣へと腰かける衝也。

その様子に恋は笑いながらも 小さく舌打ちをしていた。

 

「五十嵐さっきぶりー!来るの遅かったけどどっか行ってたのー?」

 

「おう、芦戸さっきぶり。まぁちょっとだけ会場内をぶらり旅してきた。それと切島と約束したたこ焼きの屋台探しに」

 

「だーから体育祭が終わった後に買ってやるって言っただろーが。」

 

「その間に売り切れないか見に行ってたんだよ!」

 

「おもちゃ待ちきれない子供かよお前は…」

 

クワッ!と目を見開いてそう言葉を返す衝也に若干呆れた表情でツッコミを返す切島。

と、そこまで答えてから衝也は何かを思い出したのか、ふと視線を改めて切島の方へと向けた。

 

「ん?あれ、ていうか切島。お前もう試合は終わったのか?確か俺の次だったよな試合。」

 

「ああ、それなら…」

 

「ちょ、待てよ五十嵐!切島の前にオイラの試合もあっただろうが!?」

 

「その通りだぞ五十嵐君!キチンとトーナメント表を確認して試合に臨まないと先ほどのように不戦敗になってしまう危険性がある!もう一度しっかり組み合わせを確認しておくんだ!特に君はただでさえ奇行が目立つのだから、これ以上のミスをしないよう細心の注意をするべきだろう!?このままではヒーローの方々から指名が来なくなってしまうぞ!?せっかくあそこまで素晴らしい想いとそれに見合うだけの実力があるのだからもう少しその奇行を治してだな…」

 

「いや、だって峰田がいる試合なんて試合じゃねぇし…」

 

「おーう、辛辣だね、五十嵐君…」

 

衝也の言葉に切島の後ろから現れた峰田と飯田に抗議の意を示されるが、それをこれまたガン無視して割とヒドイことを言う衝也。

その言葉を聞いた葉隠が思わずといった様子でつぶやきを漏らすが、対する衝也は首を横に振った。

 

「いやいや、そういうわけじゃなくてだな葉隠」

 

「?」

 

「飯田と峰田とじゃいかんせんフィジカルが違いすぎる。あれだけ小柄な峰田が飯田の蹴りをまともに喰らったらすぐに勝負が決まっちまう。どうせ、開幕早々飯田があの…えーっと…何とかバーストかまして峰田を場外まで吹っ飛ばして終わりだったんだろ?」

 

「…おぉ~、すごいね、ほとんど正解だよ!」

 

葉隠の感心したような口調に衝也はやっぱりといった風にため息を吐く。

 

そう、衝也の言った通り、飯田と峰田の試合は前試合とは比べ物にならないほどしょぼい戦いだったのだ。

 

 

主に峰田が、である。

 

一回戦第三試合

 

『よっしゃー!やってやるぜこの野郎!覚悟しやがれこのめが』

 

『レシプロバースト!』

 

『ねぇぇぇえ!?』

 

開始早々

 

半ばやけくそ気味ではあるものの覚悟を決めた峰田が頭のモギモギに手をかけたが、その瞬間飯田のレシプロの加速と同時に放たれた蹴りであえなく退場。

その試合時間、わずか6秒弱というショボすぎる試合となってしまったわけだ。

あまりのその決着の速さに峰田に降り注ぐ『ドンマイコール』は、今後の体育祭でも語り継がれていくだろう。

 

「ま、峰田のフィジカルの低さはその体つきで一発でわかるからなー。それでも対応策がないわけじゃねぇけど…峰田じゃほぼ無理だろ、いや、絶対無理だな。」

 

「か、勝手に決めつけんじゃねぇよ!オイラだってなぁ!やる時はやるんだからな!?」

 

「やる時にしかやれないんだったらヒーローなんてやめちまえこのわいせつブドウ。どんな時でもやれるようになんなきゃ誰も救えねぇだろうが。だからお前はクソなんだよ。一片人間として人生をやり直せこの変態ブドウ球菌。」

 

「……」

 

「…容赦ないねぇー。」

 

「俺、嫌いな奴はとことん突き放すタイプなんだ。」

 

「よく本人の前でそんな言葉いえるなぁおい…」

 

衝也の言葉に負けじと反論してきた峰田に怒涛の追撃をかましていく衝也。

言われた当人が真っ白になって動けなくなってしまうほどのその追撃に少しだけ口元を引きつらせる葉隠と瀬呂。

それだけ峰田のことが気に入らないということだろう。

理不尽の極みである。

瀬呂と葉隠の心の声が『ドンマイ』でシンクロした瞬間だった。

 

「…とまぁそんなかんじで峰田が飯田に瞬殺されるのはあらかたわかってたんだけど…切島の方ももう試合は終わったのか?」

 

「ああ、まぁ…な。」

 

「うーん、そうかー。正直発目のやつならもっと時間かけて売り込んでくと思ってたんだが…」

 

「そう!そうだよ衝也!」

 

「うおぅ!?ど、どうしたんだよ切島いきなり…ていうか顔が近い離れろ臭いぞお前。」

 

「あ、ああ悪いな…ってちょと待て、今お前最後になんて」

 

「で、何がそうなんだよ切島君…とはいってもあらかたは予想がつくけど…」

 

切島の問いかけから逃げるように話をもとに戻す衝也。

それに若干戸惑いつつも切島は、少しだけ表情を暗くしながら衝也へと話をつづけた。

語られたのは、ちょっとアレすぎて聞く人が聞いたら少しだけ笑っちゃうかもしれないような発目と切島の試合の話だった。

 

『ここまで来たんですから、ここは正々堂々と、対等な立場で戦ってみませんか』

 

試合直前、切島にそう話を持ち掛けた発目その言葉に感動した切島は、彼女のその提案を二つ返事で了承した。

切島の男らしく、あまり人を疑わない性格を利用して自身の発明品を売りつける発目。

最早あの試合は試合などではなくただの発明品の説明会と化していた。

衝撃を吸収するクッション式機械に、空中移動を可能にするバックパックに自動で相手の攻撃の軌道を読み取り的確に防御をするセンサー付きの盾などなど

様々な発明品を紹介するだけしてあっさり場外へと退場した発目。

とどめに

 

『切島さん、あなたのそのアツクルシイ性格を利用させてもらいましたよ』

 

とさわやかな笑顔で言い切ったのだ。

 

最低である。

 

これで相手が爆豪だった日にはとんでもないことになっていただろう

 

「なんとまぁ…アイツらしいというか…ある意味対戦相手が切島でよかったというか。」

 

「いや、まぁ、騙された俺もわりぃとは思うけどさ…それにしたってあの発目っていうやつ…一体何者なんだ?」

 

「凄まじいほどに利己的な超天才。」

 

「利己的…か」

 

確かにそうかも、という風に顎に手を当てて考え込む切島。

それを聞いていたのか、衝也のすぐ下列の席に座っていた恋が少しだけいぶかし気な視線で衝也の方へと振り返ってきた。

 

「…あの発目という子と衝君は知り合いなのかい?」

 

「まぁな…つっても知り合ったのはつい最近だけど」

 

「ほへー、やっぱりそうなんだー…一体どういったご関係なの?」

 

「うーん、俺の予想から行くとだな…やっぱり公然の目の前で抱き着かれるような関係となると必然的に」

 

「ちょーっとこっちに来てくれるかな上鳴君…?俺とお話をしようじゃないか…。」

 

「あ、いや、うん…なんでもない!超なんでもない!めちゃくちゃなんでもない!」

 

葉隠の質問になぜか上鳴が答えようとして、しかもとんでもない返答をしようとしているのを見て衝也はニッコリと笑いながら上鳴の方へと顔を向ける。

その背後に出て来たどこかの母親と同じような般若を目にして思わず支離滅裂な日本語でお断りをする上鳴。

どうやら五十嵐家の血はしっかりと受け継がれている様子である。

 

「…んー、まぁ、どういう関係ってのは一概には言えんが…一番しっくりくるのは科学者とモルモットかなぁ…」

 

「ああ、やっぱりそうなんだ…」

 

「た、大変そうやね…五十嵐君…。」

 

衝也の遠い目をしたその言葉に納得するようにうなずく緑谷と麗日。

彼らも騎馬戦で少しの間だけチームを組んでいたからだろう。

彼女の性格の一旦が分かっているのか、少しばかりの同情の視線を向けている。

 

「でも、一体どういう経緯で発目さんと知り合いになったの?」

 

「んー、ちょっとだけ前にパワーローダー先生に会うために工房によった時に…思えばそれが悪夢の始まりだったんだろうな…やだなぁ…この体育祭の後また実験台にされるんだよなぁ…やだなぁ…」

 

緑谷の問にそういってがっくりと肩を落として言いる衝也のあまりの暗さに障子が不思議そうに首を傾げた。

 

「?そんなに嫌なのか?確かに普通とは言い難い奴のようだが…」

 

「いや、俺は少しだけ理解できるぞ…悪い奴ではなさそうだけど、少なくともいい奴でもねぇ…」

 

そういって障子の言葉に返答する切島は先ほどの試合を少しだけ振り返っているのか頷きを返している。

 

「障子…あいつはな、初対面のやつに平気でスタンガンを当てて『うーむ、さすがに気絶はしませんか…よし、今度はもう少し電力上げてみますか被検体一号さん!』っていうような人間なんだぞ…そんな奴の実験台にされてうれしい奴がいるか?断言してやろう、そんなことされてうれしいのはマゾと峰田だけだ」

 

「……」

 

まるで実体験が伴っているかのような衝也の言葉に何も言えなくなってしまう障子。

だが、衝也はふと長い溜息を吐いた後、ゆっくりと顔を上げてポリポリと後頭部を掻いた。

 

「…でもまぁ、切島の言う通り悪い奴じゃねぇんだよな…あくまで自分に正直すぎるだけでよ。これで爆豪みたいに超絶クソ下水煮込みハンバーグ野郎だったらいっそのこと嫌いになることもできるんだけどなぁ…」

 

「…ほうほう、つきましてはその少女とのお話を私に聞かせてもらえないかな衝君。」

 

「悪い、思い出したくない物には蓋をする主義なんだ俺は…」

 

『そこまで!?』

 

恋が少しだけ目を細めながら問いかけるが、それに対して衝也は若干顔色を悪くしながら返答を返す。

思い出したくもないことをされているのなら早く縁を切ってしまえばいいのに、と内心で思ってしまうクラスメートたちだったが、彼にもきっとそれなりの理由があって発目とつるんでいるのだろうと無理やり納得する。

というか、それ以上踏み込んだらとんでもないことを言われそうな雰囲気だったので、追及は断念せざるを得なかった。

 

「まぁ、とりあえずは切島の試合も案外早く終わったってのも理解できた。ってことは、次の試合は、確か…」

 

「梅雨ちゃんと常闇だよ!」

 

「…うん、まぁ正直この試合に間に合ったんならあとの二つは観れなくても問題ねぇか。」

 

「うッ…反論してぇけどその通りすぎて反論ができねぇ。」

 

芦戸の言葉にうなずく衝也を見てどことなく悔しそうな表情を浮かべる切島だが、思い当たる節があり過ぎるせいかツッコミは入れたりしていない。

 

蛙吹と常闇

 

一回戦の中でも目玉となる試合はおそらく衝也と轟の試合以外ではこの二人の試合が挙げられるだろう。

 

どんな状況であっても冷静に周りを見ることができる視野の広さと、その冷静さゆえに的確な選択を下すことができる判断力を兼ね備える蛙吹。

個性もカエルっぽいことなら何でもできるというとんでも個性である。

もし生物やカエルに詳しい人間がその個性を聞いたらその強さがわかるだろう。

カエルの跳躍力や舌など様々な特徴が人間仕様に変化していると考えれば少しはすごさが伝わるだろうか。

性格も個性も申し分なしな彼女が危機的状況の際に近くにいれば、それだけで精神的に違うものがあるだろう。

 

対する常闇も彼女に負けず劣らず優秀な人材だ。

相手と即席の連携ができるだけの協調性もそうだが、何よりも特筆すべきはその個性『黒影』にあるだろう。

攻撃から防御までそつなくこなし、しかもそれを広範囲でやってのけるというまさに万能個性。

さらには『黒影』自身が常闇とは意識が独立しているという点がその攻防一体の戦術を可能としている。

常闇が意識を向けられない死角への攻撃も、『黒影』がカバーをしてくれる。

圧倒的な全方位防御と攻撃。

一対一の状況で戦うことになるこのトーナメントでは彼の個性は最も相性がいいものだと言えるだろう。

 

どちらも実力は申し分なし。

ならば勝敗を分けるのは相手の弱点をどれだけ早く見つけ、それをうまくつけるかにかかってくるだろう。

 

「どっちが勝つんだろうな…やはり梅雨ちゃんくんだろうか?運動神経も悪くないし、何よりあの伸びる舌は厄介だぞ…」

 

「どうだろう…正直常闇君の個性は一対一じゃほとんど無敵に近い…蛙吹さんには彼の弱点を突けるような手札はないし…」

 

「確かに…じゃあやっぱり梅雨ちゃんの方が不利なんかなぁ…」

 

飯田、緑谷、麗日の仲良し三人組が試合の予想を立てている中、緑谷はふと視線を衝也の方へと向けた。

 

「衝也君はどっちが勝つと思う?」

 

「ん?俺か?俺は…そうだなぁー。」

 

緑谷に質問された衝也は首元をカリカリと書いた後、足元に置いてあったバックから黒い学ランを取り出した。

 

「勝負に100%なんてのは存在しないから一概にこれっていうのは俺はあんま好きじゃないけど…俺個人としては常闇に勝ってほしいかなぁ。」

 

「『勝ってほしい』?常闇君が勝つ…と言っているわけではない、ということか?」

 

学ランに袖を通しながらそう返答する衝也に、まるでロボットのごとく首をかしげる飯田。

緑谷と麗日の二人もよくわからないという風に首をかしげている。

 

「体育祭とはいえこれはあくまで勝ち負けのつく勝負だ。いい試合ができればそれでいい…なんていう聖人君子みたいな考え方は俺にはできないし、戦るならもちろん負けるよりか勝つほうが良い。

だとしたら、勝ち残ってほしいのは自分自身がやりやすいほうだろ?

蛙吹も常闇も、どっちも弱点らしい弱点がない万能性の塊みたいなやつらだが

 

『勝ちやすい』のは常闇の方だからさ。

やっぱ戦うなら勝ちやすい奴と戦いたいじゃん?だから俺としては常闇に勝ってほしいわけよ。」

 

「勝ちやすいのは…常闇君…か。確かに個性の弱点が今のところわかってるのは常闇君の方だもんなあれでもたしか常闇君の弱点は五十嵐君も知らないはず、だよなそれなのに勝ちやすいのが常闇君だといったのはほかに弱点を見つけたから?でも常闇君の弱点なんてほかに考えられるのか黒影の射程範囲も広いし攻撃の速度も速いし相手にほとんど反撃の隙を与えないしそう考えると攻撃を仕掛けることすら難しいんじゃないかそんな相手に個性の弱点を突く以外でどうやって勝てば」

 

「うわぁ…初めて見たけどなかなかに気味が悪いな緑谷のコレ…」

 

「そっか、五十嵐君は観るの初めてなんだっけ。」

 

「おう、想像以上に想像以上だった…コレじゃあ友達できねぇよな」

 

(なかなかひどいこと言うんや五十嵐君…)

 

ぶつぶつと自分の思考に没頭する緑谷とそれを学ランのボタンを閉めながら見てちょっと…いやかなりドン引きしてる衝也と苦笑いを浮かべる麗日。

そんな中、麗日は少しだけ気まずそうな表情を浮かべて衝也の方へと視線を向けた

 

「えっと…それより五十嵐君、ちょっとだけ聞きたいことがあるんだけど…」

 

「…?どうした麗日?」

 

「いや…その、どうしたっていうか…それはこちらのセリフと言いますか…

 

ホントどうしたん五十嵐君。」

 

「?なんだ、何かおかしなところでもあるのか?」

 

「いや、正直おかしなところだらけなんやけど!?」

 

キョトンとした表情を浮かべる衝也に思わずといった様子で叫んでしまう麗日。

そして、ビシィ!と衝也の方へと人差し指を向けた。

 

「さっきからごく普通に着替えてたけど、どうして学ランなんか着てるん!?」

 

「…え?」

 

「いや、そんな『なんでそんな当たり前のことを?』みたいな顔されてもこっちが困っちゃうよ…。」

 

「何言ってんだよ麗日、応援といったらやっぱり学ランとハチマキだろ?」

 

「お、応援?」

 

五十嵐の『何を当たり前のことを』と言いたげな返答にますます首をかしげてしまう麗日。

そんな彼女を尻目に衝也は持っていた赤色のハチマキを額へと強めに巻き付けた。

 

「せっかく友達が頑張ってるんだ、せめてその友達にエールくらいは送りたいだろ?どうせ観てるだけじゃ物足りないんだし、それなら少しでも友達の力になれるように応援してやりたいじゃねぇか!」

 

「…本音は?」

 

「こういうことって体育祭でしかできないじゃん?俺一度学ラン着て応援とかしてみたかったのよ!」

 

(やっぱり…)

 

「ほら、このために太鼓のばちまで持ってきたんだぜ…太鼓はないけど…」

 

嬉しそうに鞄の中から太鼓のばちを取り出す衝也にもはや苦笑するしかない麗日だが、それを見ていた上鳴が慌てた様子で止めようとする。

 

「いや、衝也…お前さすがにそれはまずいって。奇行とか、そういうレベル超えてきてるぞほんと」

 

「その通りだ五十嵐君!応援する気持ちが悪いというわけではない!だが、過度な音量と気迫による応援は相手の集中力を阻害してしまう要因になりかねない!ここはぐっとこらえて心の中で応援するんだ!俺もそうしているぞ!」

 

「五十嵐君、それはさすがにちょっと、二人だってたぶんそこまでやられたら恥ずかしいだろうし…」

 

「衝也、おめぇの熱い思いはわかるが、梅雨ちゃんと常闇の二人に迷惑だけはかけねぇようにしようぜ。俺らだって試合の時に集中力を欠くようなことはされたくねぇだろ?考えてみろよ、大声で自分の名前呼ばれながら応援される相手の気持ちを…」

 

「…わかった、やめとく。」

 

切島の言い分やみんなの反対が効いたのか「さようなら俺の体育祭…」とつぶやきながら太鼓のばちを鞄へと戻す衝也。

そんな彼の肩に葉隠が「ドンマイ!また今度やればいいじゃん!」と励ましの言葉をかける。

…だが、未練がましく学ランを脱いだりはしなかった。

 

と、そんな茶番が観客席で繰り広げられた後、突然プレゼントマイクの声が会場中に響き渡った。

 

『さてさて、待たせっちまったなエヴィバディ!!第三試合第四試合となんか味気ない試合ばかりだったから、そろそろここでびしっと決めれる優等生同士の戦いと行こうぜリスナーども!!

 

 

鳥みてぇな頭してるが色物枠なんかじゃねぇぞ!個性の強さはマジもんだ!

頼れるバディをひっさげて、クールにかっこよく決めていく!

 

一年A組ヒーロー科!常闇踏影ぇぇ!!

 

 

 

バーサス!!

 

 

そのカエルフェイスが愛くるしい!けど、そんな見た目に騙されて痛い目見るなよ!?

冷静沈着、どんな時でも眉一つも動かさねぇクールビューティーなケロリンガール!

 

一年A組ヒーロー科!蛙吹梅雨ぅぅぅ!』

 

会場に響くプレゼントマイクの声と同時に、蛙吹と常闇、二人の選手がステージへと上がっていく。

 

その目には、互いの姿しか映っていない。

互いが互いに、目の前に映る友を打倒することだけに考えを巡らせる。

己の夢のために、友を打倒することだけに思考を没頭させる。

 

「…悪いが、ここは俺が勝たせてもらうぞ蛙吹」

 

「ケロ…私も常闇ちゃんが相手だからって負けたりはしないわ。」

 

どちらからということはなく、自然と口にされるその言葉。

それは相手に向けた言葉なのか、それとも自分自身に向けられた鼓舞なのか

会場の歓声に紛れて二人のその言葉が完全に消えた後

 

『レディィィィィ!!

 

 

START!!!』

 

戦いの火ぶたが、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

それは、いうなれば鞭と呼ぶにふさわしいだろう。

その道の達人が振るえば先端は音速すら超え、人では決して見えない領域にまで到達する鞭。

 

 

 

さすがにそこまでとまではいかないだろうが、蛙吹の口から振るわれるその舌の速さはまさしく鞭と呼ぶにふさわしかった。

 

人ひとりすら容易に持ち上げるその力も合わされば、その舌はまさしく凶器となりえるだろう。

 

上から、横から、右から、左から、斜めから

 

様々なパターンと共に振り下ろされるその鞭のような舌を、常闇は一つ一つさばいていく。

 

「来るぞ、黒影!」

 

『アイヨ!』

 

右から来た舌を、すぐさま払いのける黒影の手。

防ぐのではなく、はじくように払いのける。

防いでしまえば、逆に舌につかまって場外まで投げ飛ばされてしまう。

ゆえに、防がずに払う。

 

常闇の反射神経、そして動体視力はそれほど優れてはいない。

爆豪のように目で見てすぐさま反応できるほどのものではないし、衝也のように動体視力を鍛えているわけでもない。(1-A親睦会参照)

本来ならば鞭のように振るわれる蛙吹の舌についていけるほど彼は身体能力は高くはない。

だが、彼の恵まれた個性…いや、相棒がそれを可能としていた。

 

常闇が補いきれない箇所は黒影が、黒影が気づけないところは常闇が

互いが互いの足りない部分を補い合うからこそできるこの圧倒的全範囲防御。

事実、試合が始まってから常闇はほとんどその場から動くことなく蛙吹の舌を遮っていた。

 

そして、今もまた横薙ぎに振るわれた舌を黒影がその漆黒の手で払いのけた。

 

「っ!いまだ黒影!」

 

『とりゃー!!』

 

「ケロッ!?」

 

その瞬間、払いのけた舌が蛙吹へと戻っていく隙に黒影が蛙吹めがけて腕を振るう。

が、ギリギリのところで蛙吹が後ろへと飛んで距離をとり、その黒影の攻撃を避けていく。

 

『クソー!!』

 

「…外したか。」

 

悔しそうな声を上げる黒影と冷静につぶやきを漏らす常闇。

舌を戻す、あるいは舌をはじいたそのタイミングは、攻撃が来ない。

それはそうだ、舌を自由自在に操るにはそれなりの技量がいる。

舌を戻すときはもちろん、舌をはじかれた時に即座にまた攻撃へと移るというのは今の蛙吹ではまだやることができないのだ。

そのわずかな隙を常闇は鋭く突いていく。

しかも、毎回ではなく、タイミングをずらし、虚を突くような形で行ってくるのだ。

蛙吹からしてみれば常に警戒をしながら攻撃をしなければならないため非常に戦いづらいだろう。

忘れたころに隙をつかれて負ける、なんてことは何としても避けたいのだ。

 

(…舌の軌道や攻撃のタイミングは把握できて来た…。このまま防御と攻撃を繰り返し、蛙吹のわずかな隙を作りだし、そこを刺せば…勝機はある!)

 

迫りくる蛙吹の舌をさばきながら彼女の一挙一動を見逃さず、できた隙をついていく。

堅実に、確実に

常闇が勝つためにするべきは観察、そして反撃の隙を見極めること。

相手の攻撃を防ぎ切り、わずかにできた隙をもって相手を叩き潰す。

相手を懐に入らせることのない二人だからこそできるこの作戦に、蛙吹は着実に追い込まれていた。

そのことを、蛙吹もよくわかっていた。

 

 

(ケロ…これは、まずいわね…)

 

この試合中六度目になる黒影の反撃を何とか避けた蛙吹は、再び舌を振るいながら思考を巡らせる。

だが、すでに見切られつつある舌は最早常闇には届かない。

悔しいが同じ中距離での戦闘でも、常闇の方が蛙吹より上手のようだった。

ならば、このまま舌での攻撃を続けるのは芳しくはない。

しかし、接近戦へと持ち込もうにも、常闇と黒影がそうはさせてくれないだろう。

何より、自分自身接近戦にはあまり自信がない。

格闘技だってやったこともないし、誰かを殴ったこともない…舌ではあるが。

運動能力だって一部の種目を除いては平均的。

そんな彼女が、黒影の攻撃や防御を振り切り接近戦を行うというのも難しい。

とはいえ、このままこの中距離の攻撃を続けてもジリ貧になるだけだ。

なら、それを覆す一手を打たなければ、彼女に勝ち目はない。

 

(どうすれば…どうすればこの状況を…)

 

舌を振るいながら、蛙吹は考える。

今までの授業や、皆の戦いで、この状況を打開できそうな情報はないかを考える。

自分が今日まで学んできたその中で使えるものがないかを必死に考える。

そして、一人の少年のある姿が思い浮かんだその瞬間、

 

黒影の腕が、蛙吹めがけて振るわれた。

 

 

 

 

 

(いける!)

 

一瞬、おそらくは一秒にも満たないわずかな蛙吹の舌の遅れ

何か予期せぬトラブルがあったのか、それとも何か打開策を考えていたのか

理由はわからないが、黒影が蛙吹の舌を払ったその瞬間、いつもよりもわずかに舌を動かすのが遅くなったのだ。

それを、常闇は見逃さずに突いていった。

この瞬間を待っていた

絶え間なく蛙吹の攻撃をさばいていたのも、時折混ぜた反撃も

全ては彼女の動きにわずかな遅れがみられるのを待っていたからこそのもの。

常闇が、長い攻防の果てに見つけた一瞬の好機。

その好機に振るわれた黒影の腕は、未だ動かないでいる蛙吹めがけておろされていく。

 

「いけぇ!黒影!!」

 

『トリャァァァァ!!』

 

そして、黒影が蛙吹めがけて腕を振り下ろしたその直後

 

コンクリートの地面に振り下ろされた黒影の腕が、床に大きなヒビを入れた。

だが、

 

蛙吹には、その腕は届かない。

 

「なッ!?」

 

なぜなら、黒影が腕を振り下ろしたその瞬間、

 

 

蛙吹は、身体を前へと進ませたのだから。

 

それは、騎馬戦の最後の攻防

 

衝也と緑谷が激突したあの時、衝也が緑谷の攻撃を避けて反撃するために使った動きだった。

 

(あれは、五十嵐の…っ!)

 

六回

この試合中に見せた黒影の攻撃の回数である。

黒影の攻撃は確かに速い

普通の人間の動体視力や反射神経ならば、その動きを見切るというのは難しい。

だが、蛙吹の個性は『カエル』

 

カエルの動体視力は高速に動くハエを捉えることができるほど優れている。

もちろん、その特性は蛙吹にも受け継がれている。

動き回るハエを一瞬で捕まえることができるほどの動体視力

 

それを持っている蛙吹にとって、六回に及ぶ黒影の攻撃は、彼の攻撃を見切るのには十分すぎる回数だったのだ。

 

黒影の攻撃を見切り、あえて前へと跳躍して攻撃を避けて常闇との距離を縮める蛙吹。

だが、

 

(ッ!焦るな、冷静に蛙吹との間合いを視ろ!)

 

即座に常闇は思考を切り替える。

蛙吹の咄嗟の予想外な行動に驚きはしたものの、冷静に考えてみれば、蛙吹がいくら跳躍力を生かして距離を詰めたとしてもお互い中距離で戦ってたその間合いを詰めるのには時間がかかる。

衝也や飯田のように一瞬で距離を詰められるほどの速度がない蛙吹の跳躍なら、蛙吹が常闇の懐より入るよりも速く黒影で迎撃することができる。

 

(相手の虚を突いた行動に惑わされるな!冷静に、迅速に対処すればッ!)

 

そして、常闇が黒影を呼び戻して迎撃をしようとしたその刹那

 

蛙吹のドロップキックが、常闇の腹部へと突き刺さった。

 

「なッ…ん!?」

 

蛙吹の個性はカエル

 

では、カエルの特徴として一番にあげられるものは何か。

 

それはおそらく、自分の身長の数倍も跳ぶことができる『跳躍力』だろう。

ならば、カエルがそれだけの跳躍力を発揮できる最大の要因は何か。

 

それは『脚長』

 

カエルは後ろ足が前足に比べかなり長く発達している。

種類によって跳躍力に差が出るのも、その脚長差が要因となっている。

普段は猫背で、その脚の長さがそれほどまで目立たない蛙吹だが

 

仮にその脚が伸び切ったとしたら、その長さは常人よりもはるかに長いものになるだろう。

 

つまり、それだけ脚での攻撃での間合いが広がるということになる。

 

その脚をフル活用しての渾身のドロップキック。

身体能力も決して高くはない蛙吹が唯一他を卓越しているその強靭な脚から放たれたそのキックは、常闇の身体を大きく吹き飛ばす。

 

その直後、大きく吹き飛んでいく彼のその体へと、蛙吹の舌が絡みつく。

 

そして、舌に拘束された常闇の身体はそのまま大きく弧を描くように宙を舞い、

 

そのままステージの場外へとたたきつけられた。

 

「がッふ…!」

 

常闇の敗因は二つ

 

一つは、蛙吹のその個性を把握しきれていなかったこと。

 

そしてもう一つは、相棒である黒影への負担が、偏り過ぎていたこと。

もし、常闇が懐に入られたとしても、それに対応できるだけの能力を持っていたとしたら、黒影のその力に頼り過ぎずに、自らを鍛え、真の意味での相棒に慣れていたのなら、この試合の結果は、また違うものになっていただろう。

 

 

「常闇君、場外!よって、二回戦進出は、蛙吹梅雨!」

 

『YEAH!!なんとここでまさかのケロリンガールが二回戦へと進出ぅ!正直俺は常闇がいくと思ってたぜ!うれしい誤算!』

 

『お前、正直だよな。』

 

ミッドナイトの宣言とプレゼントマイクの雄たけびと相澤のツッコミ、そして、観客の歓声が湧きたつ中、ゆっくりと常闇は仰向けになっていた身体を起こす。

 

「…負けたか」

 

「ケロ、正直あれが決まらなかったらもうだめかと思っていたわ。」

 

起きた常闇に近づきながら表情を動かさずにそう呟く蛙吹。

それをみた常闇はキザったらしく笑みを浮かべた。

 

「ふっ…お前は、この体育祭の中でも、必死に観て、戦い、強くなろうという意思を持ち続けていたんだな…目先の勝利ばかり考え、自身を錬磨させることを忘れていた俺が負けるのは、当然だったのかもしれないな」

 

「…常闇ちゃんも黒影ちゃんも強かったわ。ただ

 

私はもう、自分が弱いせいで友達を傷つけるようなことは…もうしたくないの。

だから、強くなろうって決めたのよ。」

 

そういって常闇の手を引っ張って彼の身体を起こす。

そして、ゆっくりと観客席の方へと視線を写した。

 

「だってそうでしょ?

お友達を傷つけてしまうような人が、人を救うようなヒーローになんてなれるわけないもの。

だからまずは、遠くの他人じゃなくて、目先の大切なお友達を助けられるようにならなければならないの。」

 

そういって、彼女にしては珍しくはっきりと笑顔を浮かべる。

その視線の先には

 

学ラン姿という奇抜な格好で、テンションMAXの笑顔で太鼓のばちを振り回す一人の少年の姿が映っていた。

 

 




発目と切島の戦いはカット

峰田の試合はギャグです

ドーンマイ!

しっかし前半が長すぎて後半の戦闘がかなりあっさりな感じになりましたねぇ…
まぁ、主人公とある人以外の戦いはなるべく短く済ませようと考えてましたし、これはこれでいいですかね!

公式キャラブックでは蛙吹ちゃんのパワーはE
ですけど、カエルの個性だとしたらEはさすがに低すぎなんじゃないかなぁー
んー、でも脚以外たいしたことないのかもしれないし、やはりEが妥当なのか…


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第二十八話 負けないために 上

いやぁー今週のジャンプに出てた某宝箱モンスターと同じ名前の人が個人的にドツボにはまってきてます。
可愛い、ああいうマスコットがほしい!

てなわけで二十八話です、どうぞ!


耳郎響香がヒーローを志したのは、実はそれほどの大きな理由はない。

両親が二人とも好きなことを好きなようにやってきた人だから、彼女自身にも割とやりたいこと、好きなことを好きなようにやらせてくれた。

習い事だって色々やらせてくれたし、様々な事に触れる機会も与えてくれた。

そんな彼女が特に興味を惹かれたのは二つ。

 

一つは音楽

 

両親が音楽関係の仕事をやっている上に個性がそういった方向性に有効的なモノであるからかロックをはじめとした音楽に興味を持ち、練習をしたおかげで今ではギターや、ベース、ドラムなどの楽器も弾けるようになった。

 

そして、もう一つがヒーロー。

個性が発動し、様々な動機でヒーローを目指すものが増えて来たこの時代。

人を救うことで得られる名声を求めて、あるいは報酬を求めて、あるいは、人を救うというその姿にあこがれて。

重く、大きい動機をもってヒーローを目指すものから軽くて小さい動機でヒーローを目指すものまで…

個性やヒーローだけでなく、そのヒーローを目指す動機すら千差万別となっているのがこのヒーロー飽和社会の現状。

その例に、もちろん彼女自身も入っている。

周りのほとんどがヒーローを目指しているし、自分だってできるならヒーローになって皆から注目されるようなかっこよくて強い人間になりたい。

いつぞやのテレビで見た自身で作曲作詞したCDを売り出して爆発的に人気となったロックンローラーヒーローみたいに、副業に自分の歌を出してみたりできればなおのことよし。

そして、できれば貧困で歌もろくに聞けない人たちに自分で作った歌を披露して、歌手としても、ヒーローとしても誰かを救えるような人間になれればいい。

それが、彼女がヒーローを目指した理由だった。

 

だが、それはあくまでヒーローに『なれればいい』という範疇は出なかった。

 

仮にヒーローになれなくても、両親のように音楽関係の仕事につけば自分の好きな音楽は続けられる。

周りの友人も大半は自分と同じように「かっこいいから」とか「収入がよさそうだから」とかそのような理由ばかり。

皆、耳郎と同じように心のどこかで本気になれない部分が、覚悟が足りてない部分があった。

 

 

だが、そんな彼女の考えは、国内屈指の名門ヒーロー科を持つ雄英高校に入学してガラリと変わった。

より正確には、入学してすぐに訪れたUSJの敵襲撃事件の時に、

 

五十嵐衝也に救られたその日から。

 

最初は、ずいぶんと間抜けな奴がいるというのが正直な感想だった。

入学早々遅刻はするし、話をすれば適当な事ばかりいうし、動けば奇行を繰り返してばかり。

中学とは違い、ほとんどの者が真剣にヒーローを目指しているこの環境でよくもまぁこんなことができると逆の意味で感心していた。

きっと彼はここにいるほとんどの者とは違い『軽い』気持ちでここにいるんだろうなぁ…とかなり失礼なことを想っていたのは今でも覚えている。

 

だが、実際はまるで逆で

 

『軽い』気持ちでヒーローを目指していたのはほかならぬ自分自身だということを、あの事件で嫌というほど思い知らされた。

 

息も絶え絶えで、血だらけなその身体を引きずって

振るうことすらままならないその手のひらを握りしめて

吹けばそのまま消えてしまいそうな自分の命を犠牲にして

最後の最後まで、耳郎達を、自身の大切な友達を救おうと戦い続けた衝也。

その姿には、まぎれもなく『人を救う』ための覚悟が現れていた。

 

そして、そんな彼の姿を見て初めて耳郎は人を救うということがどういうことなのかを知ることができた。

 

 

 

あの時

衝也自身の流す血の海に倒れ伏し、まるで死んだかのように動かなくなる彼を見て

耳郎は初めて、人を救えない怖さを、『命』を失う恐怖を感じた。

まるで、心の中に突然できた黒い染みがじわじわと心の奥へと侵食していき、自身をむしばんでいくような感覚。

そして、その黒が、やがて一つの小さな穴に変化するような感覚。

どうあがいても、決して埋めることのできないその小さな穴に、耳郎はひどく恐怖を感じたのだ。

 

そう

 

人を救うということは『命』を救うことであり、

 

人を救えないということは『命』を失うということを、彼女はこの時知ることができたのだ。

 

 

ヒーローは、『命』を救うからこそ『命』を賭して敵と戦う。

たとえ血だらけになろうとも、たとえその拳が振るえなくなろうとも

たとえ自分の命が消えてしまいそうになったとしても

 

目の前の救うべき『命』を救うために、その命を燃やすからこそ、ヒーローはヒーローと呼ばれるのだろう。

 

そのことを『知ってから』彼女のヒーローになりたいという想いが、少しだけ変わっていった。

ヒーローになりたいではなく…『大切な人を守りたい』という想いへと変わっていったのだ。

それは、『本当』にヒーローを目指す者が持たなければならない根本的な想いの一つ。

 

大切な人を失いたくないから、大切な人を傷つけたくないから、大切な人を笑顔で守り切れるような強いヒーローになりたい。

あるいは

その失う苦しみを、誰にも味合わせないために、もっと強くなりたい。

 

その想いがいずれ他者にまで及んで初めて、ヒーローは生まれるのだろう。

 

自分の弱さを知って、彼女はほんの少し変わることができた。

 

衝也(ヒーロー)の強さを知って、彼女は強くなりたいと願うようになった。

 

命を失う怖さを知って、もう誰も失いたくないと想うことができた。

 

誰かを守れなかった自分を知って、初めて誰かを守れるような人になりたいと想うことができた。

 

五十嵐衝也という、彼女にとってのヒーローに出会って初めて耳郎響香は

 

本当の意味で『ヒーローになりたい』とおもうことができたのだ。

 

 

彼女が知ることができた多くのことは、彼女の中の『ナニカ』を大きく変えた。

 

そのナニカを変えられた少女の思いが、覚悟が、信念が

 

そして何より…その少女を変えるきっかけを作ったとある少年に対する少女の想いが

 

遠くない未来、その少年の『ナニカ』を変える切っ掛けへとつながっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあー、緊張する…おなか痛い…」

 

体育祭トーナメント出場者用の控室。

 

その控室の椅子に座りながら体育祭が始まる前と同じような言葉を発死ながら、耳たぶのプラグを揺らし険しい表情を浮かべているのはもうすぐ試合が開始となる耳郎響香だ。

 

控室にあるテレビの画面には先ほどの試合の勝者にして彼女の友人であるケロリンガールの顔がアップで映し出されているが、残念な事にその画面は耳郎の視界に入ってはいない。

 

耳の中で何回も何回も、普段の何倍もの大きさと速さで繰り返されるその心音が、彼女がどれほど緊張しているのかをほかならぬ自分自身へと伝えてくる。

ほとんど反射的に触ってしまった耳たぶから、プラグへと流れ出ている心音が発する振動が伝わってくる。

 

当然だ、緊張なんて、しないわけがない。

 

何百、何千…いや、中継を通してテレビを視聴している人達を合わせればそれこそ何十万という人たちが自分の姿を見ているのだ。

それだけでも緊張するというのに、今から行うのは同級生との己の想いや夢をかけた真剣勝負。

クラスの中の女子の人数が少ないせいか、1-Aのクラスの女子たちはかなり仲が良い。

体育祭前の時に一緒に集まってトレーニングをして、その帰りに軽く飲み物を買って談笑するくらいには。

だからこそ、八百万のすごさというのは嫌というほど感じて来た。

このヒーロー科最難関高校、雄英の推薦を経て入学してきた八百万。

それだけでもすごいというのに個性も万能でそれに合わさって優秀な頭脳もある。

そんなに優秀でありながら下学上達の精神で常に前へと進もうとする姿勢まで見せるのだからもはや嫉妬を通り越して感心すらしてしまう。

上鳴の言うことをまねるつもりはないが、そんな才能の塊のような人物を相手にするのに、緊張するなというほうが無理な話である。

 

(こういうとき…衝也なら何すんのかな…)

 

思い出されるのは、緊張のきの字も知らなさそうなお調子者の顔。

いや、正確にはそういう風にふるまうのが得意な奴の顔といったほうが正しいのかもしれない。

緊張をしても、それを決して表に出さずにいつも通りにふるまう。

まぁ、彼の場合は本気半分演技半分といった感じだろうが、それでも緊張を人目に見せないというのは、今こうして最高潮に緊張している身からしてみれば凄いことだと感心できる。

 

衝也なら、こういう時どういうことをしてるのだろう?

衝也ならこんな時、何を想っているのだろう?

衝也ならこんな時、自分になんと言い聞かせているのだろう?

 

頭の中にめぐる『衝也なら』という言葉を反芻させていた耳郎は、少しだけ目をつむった後、小さく「ばっからしいなぁ…」とつぶやきを漏らして苦笑を浮かべる。

 

何が、『衝也なら』だ。

 

自分は、耳郎響香で、五十嵐衝也じゃない。

彼のように強くなりたいと思うことはできても

 

彼になることはできはしない。

 

彼に近づくことはできても、彼になることなどできはしないのだ。

 

でも、彼に憧れている身としてはどうしても衝也だったら、という考えを捨てきれない。

衝也自身に言えば絶対に調子に乗るだろうから言えない自分のひそかな憧れ、いわば目標に近いだろう。

 

あの日の衝也を見て、傷だらけの身体で自分たちを守ろうとする衝也を見て、

初めて人を守りたいと強く思うことができた時から

 

耳郎はいつかきっと彼に認められるほど強くなりたいと思うようになっていた。

 

そして、できることなら、彼に守られるのではなく、彼の隣で、彼を守れるような存在として強くなりたい。

そうすればきっと、彼の傷つく姿を見ることがなくなるかもしれないから。

自分の力で、大切な人を守れるようになるかもしれないから。

誰も失わずに、誰かを笑顔で救えるような、そんなヒーローに慣れるかもしれないから。

 

 

(…ってあれ?ちょっと待って?ウチの目標は衝也のように強くなることでしょ?あれ?ウチの目標は誰も失わないようなヒーローになることで…そのために衝也みたいに強くなろうって思って…だから衝也に憧れて…アレ?

 

それじゃあ別に衝也に認められる必要も衝也を守る必要もないじゃん…え、ちょっと待って何この感じ…なんか…凄いモヤモヤするんだけど…)

 

おもわず自分の中の想いに首をかしげてしまう。

なんだか、色々なところがいろいろな風にこんがらがって散らかってぐちゃぐちゃになってる気がしないでもない。

だが、不思議と嫌な気分はしない…が、逆に良い気分もしない。

なんだか、喉に刺さった小魚の骨が取れないような…小さな、本当に極些細な違和感というか、そんなものを見つけたような気分である。

だが、そんな些細な違和感も、ふと視界に入った時計によって吹き飛ばされる。

 

「あ、ヤバ…もうそろそろ…」

 

自分の試合の時間だ。

 

その言葉は発されることはなく彼女の奥底へと飲み込まれていく。

そして、先ほどの違和感によって消えかけていた緊張が、その違和感を心の隅へと押しやっていく。

 

(…今は、そんなことより目の前の試合に集中しないと…。うぅ…まだ心臓がバクバクしてる。落ち着け、落ち着けウチ…深呼吸深呼吸。)

 

スーハ―スーハ―と、深呼吸にしてはだいぶリズムも息も浅い呼吸を繰り返しながら閉じていた瞼をそっと開く。

そして、未だ高鳴っている心臓の音を耳に響かせ続ける耳郎は

 

(そうだ、一回トイレ、トイレ行っとこう…。)

 

苦し紛れにトイレに行こうと控室のドアを開けて、

 

「よぉそこのさえない顔したイヤホンガールもうすぐ試合だ準備はいいか俺は太鼓のばちもハチマキもして準備万端だぜアーユーレデ…」

 

恐らくは人類史上最高速のスピードで扉を閉めた。

それは、人間としての防衛本能だろう。

目の前にハチマキをして太鼓のばちをぶんぶん振り回す学ラン姿の青年がいたら誰だってかかわりたくはないだろう。

そういった一種の防衛本能は彼女を人類の頂点へと導いたのだ。

 

「……」

 

「お、また開いた。」

 

だが、一度見てしまった以上かかわらないわけにもいかないだろう。

それが知人であればなおさらだ。

ここで先ほどみた変人を相手にしないという選択はどうあがいても耳郎にはできなかったのだ。

だって、こうして扉の前でまだ待機してるし。

 

「一応聞くけど…衝也、アンタここで何してんの?」

 

「おいおい、ひどいじゃねぇか耳郎。いきなり扉を閉めちまうなんて…俺まだ最後まで言葉言ってなかったんだぜ?」

 

「いや、だからなんでアンタがここにいんの?」

 

「お前のためにわざわざハチマキと学ラン着て、しかも八百万にお願いしてグラサンまで用意したんだぜ?これでリーゼントのカツラでもあればもうそれでナウでヤングな応援団の歓声だったのに…さすがにそこまで時間がなくてさぁ。でも雰囲気は出てるだろ!?」

 

「ごめんウチと一回会話成立させよう?あとナウでもないしヤングでもないからその恰好。今どき学ランの応援団とか絶滅危惧種でしょ。」

 

まったく会話を成立させようとせずに自分の服装のことを話し出す衝也はげんなりとした様子で控室の扉から出てくる耳郎のその言葉に対して若干ショックを受けたような表情を浮かべた。

 

「え、嘘…かっこよくないコレ?」

 

「ダサい、古い、キモイ…およそかっこいいなんて感想少なくともウチは一ミリも持たないけど。」

 

「…ソウデスカ」

 

「それで?さっきも聞いたけどアンタはなんでここにいるの?」

 

がっくりと肩を落として落ち込む衝也のことなどまるで気にしない様子で問いかけを続ける耳郎。

最早彼の奇行にも慣れてきてしまっているということなのだろう。

何の役にも立てない耐性ができてしまい心の中で耳郎も情けないやらなんやらで複雑な気持ちになる。

 

「いや、せっかく学ラン着てるから誰かの応援をしてみたくなってだな…」

 

「…とりあえず、もはやツッコミどころが多すぎるからツッコまないけどさ、なんでよりにもよって今で、しかも対象がウチなわけ?」

 

「いや、耳郎だけじゃないぞ!八百万のところにはもう行ってきたところだ!一度受けた恩義もあるしな!」

 

まぁグラサンもらうついででもあるけど!と愉快そうに笑う衝也だが、耳郎としては恩をあだで返された八百万に同情しかできない。

 

「…はぁ」

 

「?どうした耳郎?試合前からため息なんてついたらツキが逃げるぞ?」

 

「誰のせいでため息ついてると思ってんの?」

 

「…?あ、もしかして俺だったり!?なーんてちょっとしたジョークを…」

 

「わかってるならどうにかしなよほんとに…。」

 

「…え、いや、今のはジョークなんだけど…え?」

 

耳郎の険しい表情に少しだけ戸惑ったような表情を浮かべる衝也。

そんな彼を見て、思わず耳郎は再度ため息をついてしまう。

 

どうしてこうも戦ってる時といないときの差がこんなにも激しいのだろうか。

これさえなけでば冷静で判断力もあっておまけに実力も折り紙付きな超優秀な人物になるというのに。

 

時々、彼を見て、USJの時のあの姿は幻覚じゃないかと思ってしまう時すらあるほどだ。

自分があこがれた人物であるということを思わず忘れそうになってしまう。

 

ましてやこんな試合前の緊張している時に来られたら邪険な扱いをしてしまうに決まっているというのに。

彼には試合前というピリピリとした時間のことが理解できないのだろうか?

 

(うぁー、衝也の変な奇行のせいでまた緊張がぶり返してきた…)

 

もともと緊張していたというのに、衝也の奇行というダブルパンチでさらに表情を険しくしてしまう。

小さく「集中、集中…」と何度もつぶやきを漏らす耳郎。

そんな彼女を数秒、見つめ続けていた衝也は、ふと何を想ったのかゆっくりと彼女の方へと近づいていった。

 

そして、

 

「ヘイイヤホンガール!」

 

「ああもううるさいなぁ!ちょっと今は話しかけないで集中してん、だ…か…ら…」

 

振り向いてきた耳郎の耳たぶをつかみ、伸ばしたり縮ませたりして遊び始めた。

 

「…何やってんの?」

 

「ふーむ、なかなか面白いな、伸び縮みすんのね…しかもこれだけ細いのにしっかりと耳たぶの感触がある…」

 

耳郎の言葉に返答はせずに不思議そうに耳郎の耳たぶをいじりまくる。

そのどことなく自分が触るのとは違うくすぐったい感触にむずむずしながらも、耳郎は何とか再度衝也へと問いかけをする。

 

「…ねぇ衝也、もう一回だけ聞くけどアンタウチのイヤホンで何を」

 

「心配すんなよ」

 

「…は?」

 

耳たぶをいじくりながら耳郎の言葉を遮った衝也に、思わず気の抜けた返し方をして目を見開いてしまう耳郎。

そんな彼女の反応に気づいているのかいないのか、衝也は耳たぶを軽く持ち上げて耳郎の方へと向き直った。

 

「今日のために、強くなろうと努力してきたんだろ?自分の想いのために、ここまで強くなってきたんだろ?だったら、あとは前だけ向いて、自分の道を突っ走ればいい。

 

 

大丈夫、前にも言ったろ?耳郎、お前は強いんだ。

 

お前のその想いは、覚悟は、信念は…今この場にいる誰よりも強い。お前の流した涙も、強くなるためにしてきた努力も、誰かのために動けるお前のやさしさも…

全部俺は『知っている』

だから、勝って来いよ耳郎。

 

 

んで、決勝戦でまた会おう。

そんときゃ俺も全力でお前をぶっ倒してやるよ。」

 

そういって、少しだけ唇を釣り上げて薄く笑う衝也。

そんな彼の姿に、一瞬だけ目を見開いた耳郎は、

少しだけ顔を俯かせた後、イヤホンを勢いよく衝也の手元から離して、身体を彼とは反対の方向へと回転させた。

 

「…アンタこそ、今からそんな偉そうなこと言って決勝行く前に負けたりしないでよ?

もし決勝戦でウチの前に立ってたのがアンタじゃなかったら、鼻で笑ってやるから。」

 

「はは、ならこれからさらに気を引き締めて戦わないとなぁ!」

 

まいったまいった!という風に後頭部に手を置く衝也。

だが、そんな彼には視線を送らずに耳郎は前へと進んでく。

その背中を、衝也は嬉しそうに見送っていく。

 

だが、そんな衝也には目もくれずに前へと歩いていく耳郎。

後ろは振り返らずに、前だけを見据えて歩いていく。

 

やがて、目の前に小さな光が見えてくる。

薄暗い廊下を歩いたその先にある光の向こうは、多くの観客と、己が戦う相手が待つステージ。

だが、彼女の表情には

 

先ほどのような不安も、緊張も、一切浮かんではいなかった。

 

 

 

(…ありがと、衝也。)

 

 

 

心の奥底で、面と向かって彼には言えなかったお礼を述べてから、耳郎はそのステージへと向かってく。

 

ステージへと出た瞬間にたたきつけられる歓声と視線。

幾千の視線が降り注ぎ、湧き上がる歓声が会場を揺らす。

だが、それでもなお、耳郎はステージへと向かって歩みを進めてく。

一歩一歩、踏みしめるように、ステージの中央へと向かって歩いていく。

そして、彼女がステージの階段へと足を踏みかけると、会場中に雑音混じりのプレゼントマイクの声が聞こえて来た。

 

 

『よっしゃよっしゃ!!第五試合の熱が冷めないうちに、ちゃっちゃか次の試合にいっちまうぜ!!まずは最初に!主に男性リスナーの目を引いてるこいつからの紹介だ!!

万能個性に頭脳明晰!おまけにスタイルは超抜群!神様から三つのギフトを与えられた超エリートお嬢様!

果たしてこのトーナメントでも女神に微笑まれ、優勝という名のギフトをもらうことができるのか!?つーかこいつがもう女神だろ!

 

1年A組ヒーロー科!八百万ぅぅぅ百ぉぉぉぉ!

 

 

 

 

バァァサァァス!!

 

持てる八百万とは反対に持たざる少女の登場だ!

そのプラプラ揺れてるイヤホンから放てるめちゃくちゃストロングな爆音で!

相手のハートはブレイキンッ!

私の音に酔いしれなってか!?

 

1年A組ヒーロー科!耳郎ぅぅぅ響香ぁぁぁ!!』

 

「…後でコロス。」

 

先生の紹介に鬼のような形相を浮かべる耳郎。

そんな彼女の目の前にいる八百万は女神と呼ばれて照れてしまっているのか顔を俯かせてしまっている。

だが、やがて落ち着いた二人は目の前の相手を視認する。

 

くしくも

 

二人とも同じように笑みを浮かべながら

 

「耳郎さん…この勝負、どちらが勝っても」

 

「言葉は必要ないでしょヤオモモ」

 

「!」

 

耳郎の言葉に、わずかに八百万の目が見開かれる。

 

「勝つよ

 

ヤオモモが相手だろうが、誰が相手だろうが、ウチはもう

 

二度と失ったりしない(負けたりしない)って

 

他ならない自分自身に誓ったんだから!」

 

そういってまっすぐ八百万の方へと視線を向ける耳郎はゆっくりとイヤホンを少しだけのばしながら

 

ゆっくりとその拳を握りしめた。

 

そして、

彼女のその言葉がまるでスタートの合図になるかのように

 

『レディぃぃぃ!!!

 

START!!!!』

 

 

戦いの火ぶたが、切って落とされた

 




人を救う=命を救う。
ヒーローが飽和し、人を救うことも、人に救われることも当たり前となっているこの時代でそれがちゃんと理解できている人はきっとすくないんじゃないか
そんなことを、ヒロアカを読んでいてふと思ったりしてます。
それに気づくことができた耳郎ちゃんはきっと強くなるんじゃないかと、わたしはそう思いたい!
てなわけで、試合は次回に持ち越し!
ハガレンコラボを開始したナイクロをやらなければ!!


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第二十九話 負けないために 下

ふう、トーナメント楽しすぎ!
戦闘を妄想してるだけで楽しいです!
書けませんけどね!⬅おい

てなわけで、どうぞ


この試合は、恐らく早めに決着がつくだろう。

 

 

 

それが、両者の担任であり解説のイレイザーヘッド

相澤消太の見解だった。

 

 

ステージの上で戦っている二人。

その一方である八百万の両手には RPGに出てくるような西洋風の剣と盾が握られている。

対する耳郎のその手には何も握られていない。

耳たぶのイヤホンコードを頻りに揺らしながら、真っ直ぐ八百万の方を鋭く見つめている。

 

 

相澤が決着がはやくつくと思った理由は、徒手と武器との差にある。

 

素手と武器、その二つには大きな差がある。

個性が発現してしまった現代ではそういった認識は薄れてしまっているが

 

リーチの長さや殺傷能力の差などはそれこそ子供と大人ほどにある。

 

短刀一つその手にあれば、例え子供であっても使い方次第で大の大人を殺してしまえるのだから。

 

一太刀でも浴びれば戦闘続行が不可能になるかもしれないその危険性は例え試合用に刃はない剣であったとしても変わらない、所詮は凶器が剣から鈍器へと変わっただけで、当たれば骨折する確率も高いのだから。

 

故にこの試合、個性によって武器を造ることができる八百万が必然的に有利となる。

 

耳郎にも確かに個性、イヤホンジャックによる攻撃がないわけではない。

プラグを身体へと差し込んでダイレクト爆音プレゼントは差し込めさえすれば防御の術がない強力な攻撃になる。

 

だが、それを実践でやるというのはむずかしい。

耳たぶのイヤホンコードが伸びる数メートルの範囲なら彼女も攻撃できない訳ではないが、彼女の場合は先端のプラグを身体へと直接差し込まなければ決定打にはなりえない。

蛙吹の舌のように人一人を薙ぎ倒せたり、相手の武器による攻撃を弾くほどの威力が彼女のイヤホンコードにあるわけではないのだ。

しかもそれを対人、つまりは動く標的に差し込まなければならない。

動く標的を銃で当てることすら難しいというのに、それよりも速度が遥かに遅いイヤホンコードでプラグを差すのはかなり接近していないと不可能に近いだろう。

そのことを、耳郎自身もよくわかっていたからこそ、コスチュームに指向性のスピーカーを取り付け、銃よりも速い音速の遠距離攻撃手段を取り入れたのだろう。

 

だが、この体育祭ではコスチュームの着用は平等性を保つために禁止されている。

故に、彼女の攻撃手段は中距離か近距離かのどちらかに絞られる。

一度でも当たればほぼ怪我は免れない剣と、耳郎のプラグを防ぐことができる盾までおまけでついてきているこの状況で、だ。

 

攻撃する手段も、攻撃を防ぐ手段も持ち合わせている八百万と

両方とも持ち合わせているとは言い難い耳郎。

どちらが有利なのかは、もはやわかりきっていた。

 

 

 

だが、

 

『おいおいおい!こりゃいったいどうゆうことよ!?』

 

実況席の部屋のガラス窓に顔を近づけて、唾を撒き散らしながら興奮したように実況のプレゼントマイクが声を張り上げる。

その表情に見えるのは純粋な驚きの色。

 

『試合開始からもう3分!攻めて攻めて攻めまくってるのは、どっからどーみても八百万だ!

その個性で作り出した剣を華麗に操り、勇猛果敢に耳郎に向かって攻めている!

対する耳郎の手には武器一つ、お箸一膳も握られてねぇ!

どっちが不利かなんて聞かなくてもわかるよなぁ!?

なのに、なのに!

 

 

3分間、未だに八百万の攻撃が耳郎に一回も当たらねぇ!!

まじで何がどーなってんのぉ!?』

 

プレゼントマイクの実況(というよりなかば疑問)か会場に響きわたる。

会場内の観客も自然と目線がステージの上へと向いている。

皆、その表情はプレゼントマイクと似たようなものばかりだ。

 

 

「面白くなってきたなぁ、これはまた。」

 

そんな中、解説席の相澤だけが唇の端を僅かに吊り上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まずい…ですわ)

 

こちらに目掛けて向かってくる耳郎のプラグ。

それを、しっかりと盾で防いでから、一歩前へと踏み込み横凪ぎに剣を振るう。

振るわれた剣はそのままいけば、八百万の剣は耳郎の横っ腹に当たるはずだ。

 

だが

 

「…っぶな!」

 

当たらない。

 

八百万の振るった剣は、あとわずか数ミリというところで空を切る。

 

そして、八百万の剣を紙一重で避けた耳郎はすぐさま一歩後ろへと下がりながら彼女に攻撃をしかけてく。

その攻撃を受けた隙に、八百万はまた耳郎目掛けて剣を振るう。

 

唐竹、袈裟斬り、逆袈裟斬り、右薙ぎ、左薙ぎ、切り上げ、逆風…

 

八百万が知るありとあらゆる斬撃を試みるが、

やはり一つも当たらない。

 

僅かにカスることがある程度で、そのほとんどが耳郎に避けられてしまっていた。

 

(攻撃が、まるで当たらない…)

 

攻撃を受けては攻撃し、攻撃を避けられては攻撃を受け、受けた後にまた攻撃。

先程からこれの堂々巡りである。

その時間は実に3分。

 

いくら相手が中距離の間合いで戦っているとはいえ、武器に盾までもった自分の攻撃が当たらないこの状況に、八百万は少なからず戸惑っていた。

 

例え距離が離れていたとしても、剣のリーチがある分、一歩でも前にでれば耳郎は八百万の間合いの圏内になるはずだ。

 

間合いに入るタイミングも、なるべく耳郎がコードで攻撃してきた直後になるようにしている。

自分的にはこれ以上ないタイミングでの攻撃。

 

だが、結果は3分間、かすり傷を僅かに付けたのみで、未だ決定打は与えられていない。

 

(タイミングも間合いもおおよそ問題はないはず、なのに、攻撃が当たらない。このままでは状況を変えることができずじまいですわ…)

 

このまま同じように攻撃を続けてもジリ貧は必須。

いずれ何かしらの対策を打たれて負けてしまう確率の方が高くなる。

体力的にも、盾に剣という重りを抱えている八百万の方が消耗は激しいだろう。

だとしたら、長期戦になるまえにこの状況を覆す一手が必要となってくる。

 

3分間、未だ攻撃が当たらないのは八百万はもちろん、耳郎にとっても同じことだ。

もし当たっていたら八百万の中に直接爆音が流し込まれてしまうため、もはや立っていられない。

恐らくは、耳郎自身も決定力が足りずに攻めあぐねているのだろう。

だが、何かのきっかけに状況が一変する可能性はある。

ならば、状況が一変したときに八百万が有利でなければならない。

そのためには

 

自分がこの状況をひっくり返す他ない。

 

(考えなさい、百!この状況を打破する方法を!

耳郎さんに、私の攻撃を当てる方法を!)

 

剣を振るい、盾で防ぎを繰り返しながら八百万は必死に打開策を考える。

 

試合開始からおよそ5分半

 

短いようで長いその時間の中で繰り返される攻防。

そして、未だ変化のないその試合に動きだしたのは、それから僅か1分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、耳郎ちゃんも八百万ちゃんも攻めあぐねている…これはちょっと長引きそうだね。」

 

「いやいや、てか個人的には耳郎の方に驚きなんですけど俺。なんでヤオモモとしれっと渡り合ってんの!?ヤオモモは雄英の推薦枠で優等生で個性もめちゃつよの才能マンだぜ!?そんなのとタメ張れるほど耳郎って強かった!?」

 

「上鳴君、それを言うなら才能ウーマンじゃないかな?八百万ちゃんは女の子だろう?それとボクは君たちと会ったばかりだからその質問には答えを出せないよ?」

 

1-Aがの面々が集まっている観客席で顎に手を当てて考え込んでいる恋と驚きで口を半開きにしていた上鳴。

そんな彼の言葉に緑谷が自身が分析した情報を記しているノートを片手に、視線をステージから離さずに答えていく。

 

「耳郎さんの個性は中距離からのプラグ攻撃もあるし、コスチュームを使えば指向性遠距離音速音響攻撃もできる遠距離・中距離の攻撃と支援が両方できる優秀な個性だよ。でも…今回は一対一の戦いだし、コスチュームもないから攻撃手段が減って、自分の手札が少なくなる。…だから、正直耳郎さんは苦戦すると思ってたんだけど…」

 

「ものの見事に拮抗しているな…」

 

耳郎が避けて、八百万が受けて…

ひたすら堂々巡りを続けている彼らの攻防に感嘆したようにつぶやきを漏らす飯田。

後ろの列に座っていた切島も、驚嘆した様子で口を開いていく。

 

「いや、ていうか八百万の方はまだ盾もあるし防げるのはわかるけどよ…耳郎の方はあれ完璧によけてるじゃねぇかよ…しかも剣持った相手の攻撃をよ…普通にあり得ないだろ…」

 

なまじ自身が防御よりで攻撃を防ぐ個性だからか、避けることの難しさというのを多少なりとも理解しているのだろうか、その表情は驚きに包まれていた。

 

攻撃を防ぐことと攻撃を避けること、どちらが難しいのかをと聞かれれば、まず間違いなく避ける方と答える者が大半だろう。

相手の攻撃の軌道とタイミングを見極め、その攻撃の間合いの外へと移動する。

それが実戦の中で行うことがどれほど難しいかは想像に難くないはずだ。

 

しかし、目の前の耳郎は実際に三分間、傷らしい傷も受けずに相手の攻撃を避け続けている。

 

武器はおろか、防ぐものすらない完全な徒手の状態で、である。

 

自分たちがもしあれと同じことをやれと言われたら例え有効な個性があったとしても

正直お断りしたい気分である。

 

「ふーむ…耳郎ちゃんは格闘技の経験でもあるのかな?剣道だとか、空手だとか、そういった類の経験は?誰か聞いたことはないかい?」

 

「ケロ…特にそういった話を聞いたことはないかしら…どうかしたの傷無ちゃん?」

 

「あ、そういえば初日にやった個性把握のためのテストの時に、耳郎ちゃん『ウチ、あんまり運動とか得意じゃないんだよね』ってぼやいてたよ!」

 

もうすでにあの頃を懐かしく感じるなー…としみじみとした様子(?)で返答する葉隠と少しばかり首を傾げながら恋を見つめる蛙吹。

だが、恋は蛙吹の問に「なに、ちょっとだけね…」と言って顎に手を添えて何かを思案し始めた。

 

(格闘技経験は一切なし…運動能力も平均…か。

 

…それにしては『堂に入ってる』ように感じるけれど…)

 

「あちゃ~、もう始まってたか…こりゃもうちょい急いで来るべきだったか?」 

 

「お、なんだ衝也、今頃来たのかよ。もう試合始まっ…てる…」

 

恋が思案にふけっている最中に聞こえて来た衝也のつぶやきに返答を返す上鳴。

だが、その言葉が徐々にとぎれとぎれになっていく。

そんな彼に遅れた形でほかのクラスメートが声のした方向へと視線を向ける。

するとそこには

 

学ランにサングラスに赤いハチマキに茶色リーゼントのカツラをかぶった時代遅れのヤンキーっぽい少年がこちらに向かって歩いてきていた。

 

「お前、トイレに行ってたんじゃなかったのか?なにその恰好…」

 

「は?何言ってんだ上鳴…とうとう頭の電池が切れちまったか?

 

 

どッからどう見ても応援団の恰好じゃねぇか。」

 

「お前の中にある応援団のイメージがどんなのか激しく知りたい…」

 

トイレから帰ってきたと思われる衝也の変わりっぷりに呆れたようにため息を吐く上鳴。

というより、たかがトイレから帰ってきただけでさっきの学ランとハチマキからさらに二つオプションをつけて帰ってくるなど普通は想像できないだろう。

上鳴の言葉にほかのクラスメートも苦笑しか浮かばない様子だ。

そんなクラスメートの一人である瀬呂が彼の頭にあるフランスパンを指さした。

 

「つーか、そのカツラとサングラスどこで手に入れたんだよ。まさかトイレに落ちてましたとかいうんじゃなかろうな?」

 

「そんなきたねぇこと誰がするか、サングラスは八百万の神に出してもらったんだよ。あとカツラは会場の外のお面売りのおっちゃんと意気投合したからもらった。」

 

「なにその凄まじいコミュ力…てかお面売りなのにカツラて…」

 

「ていうか試合前のヤオモモにそんなの出させるとかお前だいぶ最低だぞ。」

 

上鳴の言葉に同調してうなずくクラスメートたち。

そんな彼らの言葉に衝也は気にしないという風に笑って自身の胸を親指でさした。

 

「まぁまぁ、そう細かいことは気にすんなって上鳴、細かい男はモテないぞ「うるせぇよ」てか、それよりみろよこの姿!!なかなかかっこよくないか!?なんかTHE・応援!って感じのする今どき応援団員みたいだろ!!どうだ、結構サマになってんだろ?」

 

「ダサい」

 

「キモイ」

 

「古い」

 

「心に刺さる!?」

 

芦戸、葉隠、上鳴からの三連続デットボールによって負傷退場となった衝也の豆腐メンタル。

そのあまりの痛みに胸を抑えながらその場に膝をついてしまう。

だが、三人の猛追は止まることを知らなかった。

 

「なんかすごくアツクルシイよね、着てる服もテンションも。そんな格好で応援されると逆に嫌な感じがする。」

 

「悪くはないとおもうよ!悪くはないと思うんだけど…生理的に無理なんだよね。」

 

「つーかその恰好二世代くらい前の応援団じゃね?俺らのじいちゃんばあちゃんあたりが懐かしむような感じの。今どきどころか絶滅危惧されてると思うぞそれ。」

 

「……」

 

三人の容赦ない追撃にもはや真っ白に燃え尽きてしまった衝也へと少しだけ同情の視線を送る緑谷達。

だが、大半は自業自得なのでこうなるのも仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

そんな中、燃え尽きた衝也の肩へと、恋がゆっくりと手を置いて優し気に微笑んだ。

 

「まぁ、そう落ち込むことはないよ衝君。ボクはなかなか似合ってると思うよ?」

 

「…恋」

 

「あ、ごめんちょっと顔は上げないでくれるかな耐えられない。」

 

「……」

 

恋の上げてから叩き落すその言葉に再び燃え尽きる衝也。

効果抜群どころか喜びの大きさが強かった分ダメージが二倍に跳ね上がってしまったようだ。

そんな彼を元気づけようと、今度は切島がぐっと拳を握りしめながら熱く語りかけた。

 

「大丈夫だって衝也!お前のその皆に対する熱い思いが体現されたかのような硬派な姿!そういう燃え滾るような熱い姿は俺結構好きだぜ!!」

 

「よしわかった今すぐ着替える。」

 

「え…」

 

いうが早いがすぐさま体操服に着替えた衝也は再び葉隠の隣へと座る。

そんな彼の姿を半ば呆然とした様子で見つめていた切島はゆっくりと緑谷達の方へと視線を向ける。

そんな彼に、クラスメートたちは

 

『ドンマイ!』

 

「ちょ、ドンマイってどういうことだよ!?」

 

苦笑をしながら励ましの言葉を投げかけた。

 

切島鋭児郎

 

硬派で熱血な彼は頼りがいのあるいい男なのだが、やはり少々アツクルシイのである。

別に嫌いというわけではない。

むしろその性格は好感すら持てるのだが、

 

やはり少々アツクルシイのである。

そして、そんなアツクルシイ奴と同じファッションセンスというのは、衝也としてもさすがにいただけなかったのだ。

 

 

「っとー、それで?試合は今どんな感じですかね?」

 

「ちょうど三分が経過したところだよ。今のところそこまで大きく戦局は動いていない…けど」

 

「耳郎のやつがスゲーんだよなんか!ヤオモモの剣が全くかすりもしてねぇんだ!なんかこう、なんていうんだ…とにかくすげぇのよ!」

 

「おい、いつもの語彙力はどうした上鳴、仕事をしろ仕事を」

 

緑谷と上鳴の話を聞いた衝也は、テンションが上がって早口になってしまっている上鳴にツッコミを入れつつステージの方へと視線を向けた。

そこには先ほどと何ら変わらない八百万と耳郎の二人の姿がある。

 

八百万の横薙ぎに振るわれる剣を後方へと下がって避けていく耳郎。

次いで、縦に振り下ろされた剣をサイドステップでかわして、空いた横腹にプラグを伸ばす。

が、すんでのところで八百万の盾に止められる。

そして、すぐさま八百万が態勢を変えて耳郎に詰め寄ろうとするが、それよりも早く耳郎は即座にバックステップで距離をとる。

 

先ほどとさほど変わりのない彼女たちの攻防。

八百万が攻め、耳郎が避けるというその戦いを見て、衝也は感心したように軽く目を細めて唇を釣り上げた。

 

(うん、少なくとも一週間前よりだいぶ動けてるな…。耳郎のやつ、ちゃんと物にしてるじゃねぇか。)

 

そこまで考えてから衝也は嬉しそうに腕を組んで身体を少しだけ前のめりにする。

 

「勝てよ、耳郎…お前のこの一週間の努力の成果を見せてやれ。」

 

そう、小さく呟きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横薙ぎに振るわれた八百万の剣をバックステップでかわす

 

(視える…)

 

追撃で前へと踏み込んできた八百万に対して、即座に反対方向へと下がっていく。

 

(視える。)

 

さらにダメもとで一歩前へと進んできた八百万から振り下ろされる剣を、今度はわずかに体を逸らしてかわし、瞬時に距離をとる。

 

(視える、大丈夫…ちゃんと視えてる!)

 

わずかに肩を上下に揺らしながら呼吸を整える耳郎は、目の前で同じように息を切らしている八百万へと目を向ける。

剣も盾も持って数分間攻防を続けていれば当然体力も消耗される。

お互い、動きのキレも落ちていく一方だろう。

というよりも、半ば落ちかけているといってもいい。

だが、それでも消耗の度合いでいえば重り二つを抱えている八百万の方が大きいだろう。

体力面などでは八百万に分があっただろうが、剣と盾という荷物が彼女のスタミナを削っているのだろう。

 

(今のところ、狙い通り…だよね?たぶんだけど)

 

耳郎が避けに徹せずに攻撃を仕掛けていたのには、今八百万にあるその二個の荷物を減らさないため。

彼女ははなから八百万にプラグを当てようとはしていなかったのだ。

耳郎の唯一の攻撃手段にして、喰らえば一撃で倒れるであろう防御手段なしの音響攻撃

は当たりさえすれば強い。

ゆえに、相手は当たるまいと何かしらの対策をしてくるだろう。

今の八百万のように盾を用いて防いでいく、といった具合に。

そう、プラグはあくまで八百万の二つの重りを外させないための抑止力に過ぎないのだ。

 

そしてまた、耳郎は再度その抑止力を八百万にめがけて振るう。

それをしっかりと盾で八百万は受け止めた。

 

そして、続けざまに前へと飛び出し、今度は下から斜めに切り上げて来る。

咄嗟に身体を後ろにそらして剣をかわし、そのまま後ろへと距離をとった。

その瞬間、ハラハラとステージの床に耳郎の前髪が数本落ちていく。

 

(っぶない、ぎりぎり!)

 

八百万と距離をとった耳郎はすぐに態勢を立て直して再び八百万へと視線を向ける。

 

(ギリギリだけど何とか避けられた…大丈夫、ちゃんと反応できてる。身体はついてきてる!)

 

そう自分に言い聞かせて一度大きく深呼吸をする。

 

(絶対に、負けない…負けたくない!もう二度と、誰も傷つけないように強くなるって決めたんだ!だから、だからウチは絶対に負けない!そのために、ウチは今日まで強くなってきたんだから!)

 

 

 

それは一週間前

 

『お願い衝也、ウチに戦い方を教えて!』

 

『……はい?って痛い!?』

 

体育祭も残るところわずか一週間となったある日の放課後。

いつものように本格的なトレーニングに入る前に身体を暖めるため、トレーニングルームのサンドバック打ちをしていた衝也のもとへとやってきた耳郎は開口一番そういって頭を下げて来た。

 

突然の申し出にパンチを打ったフォームのまま素っ頓狂な声を出して固まってしまった衝也へと、パンチを打たれて吹き飛んでいったサンドバッグが勢いそのままにぶち当たった。

 

強くなろう、そう決意したはいいが自分がどう戦えばいいのか、どういう風な戦い方が自分に合ってるのかすら多少しかわからない彼女は悩みに悩んだ挙句、衝也のところへと足を運んだ。

 

本当なら相澤などの先生方に教わるのが一番いいのだろうが、体育祭の前ということで割りと忙しくしていたため、なかなか時間を割くのが難しいと言われてしまったため、衝也の所へと来たのだ。

これは別に衝也のことを次いで扱いしたわけではなく、なるべくなら衝也へ頼らずに、せめて体育祭までは自分の力で強くなりたいと思ったからである。

だが、自分で学ぶにも限度があるため、結果的に衝也を頼ることになってしまったのだ。

 

そして、自分が今強くなりたいと思っていること、どうやって強くなればいいのかわからないこと、弱いまま、誰も救えないままは嫌だということ

自分が今想っていることすべてを衝也へと話し、頭を下げた。

 

それを聞いた衝也は少しだけ頭を掻いた後

 

『だが断る!』

 

と普通に断ってきた。

 

だが、それも当然だと耳郎は納得してしまう。

体育祭一週間前というこの大事な時期に、他人に構ってるような余裕はほとんどの者にはないだろう。

衝也だって他人を強くするより、己を強くさせたほうが大事に決まっている。

耳郎自身も立場が変わればそう思うだろう。

 

だが、そのあとの返答に、耳郎は思わず下げていた顔を上げてしまった。

 

『俺はまだ人に物を教えられるほど強くなっちゃいねぇし、誰かに何かを教えられる自信もない。そりゃ、ほかのみんなより強い自負は少なからずあるけどさ…それは俺に強くなれる環境が運よくあったからってだけで、経験の少なさとかその他諸々は耳郎とかとたいして変わらない。

だからさ、俺が教えるとかそういうんじゃなくてよ、

 

お互いに教えあって、助け合って強くなってこうぜ?

 

俺のダメなところをお前が見つけて、お前のダメなところを俺が見つける。

 

つーか、そうやって自分だけ強くなろうとするとか不公平ですよ耳郎ちゃーん…

 

俺達、友達だろ?足りない部分は埋め合わせてこうぜ…な!』

 

そういって耳郎に向かって親指を立てて笑顔を浮かべた衝也。

 

そして、それから一週間、耳郎は衝也と共に(時々切島や緑谷、瀬呂や上鳴なども一緒にいた)強くなるための特訓を行った。

 

その特訓は

 

相手を間合いに入れない戦い方をするための特訓。

 

耳郎の最大の特徴はイヤホンプラグによる中距離とコスチュームの指向性スピーカーによる遠距離攻撃である。

相手の範囲外から繰り出されるその攻撃は音による攻撃で、当たりさえすれば避けることも防ぐこともダメージを減らすことも難しい。

だが、その反面常闇のような広範囲防御は耳郎にはできないため、切島や緑谷のようなインファイターに間合いを詰められると対応ができなくなってしまう。

ゆえに、相手を間合いに入れない、または相手の間合いの外から攻撃する戦い方が一番耳郎にあっているのではないかと考えたのだ。

 

だが、言うは易く行うは難しとはよく言ったもので

 

実際は相手を間合いに入れないようにしようにも、相手が少しでも攻撃してきたら間合いを取る暇もなく攻撃が当たってしまい、なかなか思うようにいかなかった。

 

そして、その失敗を考慮した結果生まれたのは、攻撃を避ける技術を身に着けるという結論だった。

相手の攻撃を避け、即座に相手の間合いから出ていく、いわば間合いに入れないのではなく、間合いを保つ戦い方。

これならば相手の攻撃も当たらずに自分の間合いで戦うことができる。

だが、その分攻撃を避けなければならないため難易度はさらに上昇するのは想像に難くない。

 

しかし、彼女には自身の個性であるイヤホンジャックがその難易度の高い戦い方を可能とした。

 

音というのは相手の攻撃を予測するうえでとても大事な要素の一つだ。

相手がどこから攻撃するのか、どこへと移動しようとしているのか、腕で攻撃しようとしてくるのか、殴るのか、蹴るのか。

様々な予測が些細な音一つでできる。

その音だけを頼りに戦い健常者にすら勝ってしまう盲目の格闘家が2000年代初頭にはいたと言われているほどに、音というのは戦闘において最も重要な物の一つなのだ。

 

意識を集中させれば数キロメートル先の音すら拾える耳郎のその個性で、相手の足音から呼吸音、攻撃方向までを見極め、相手の攻撃を避ける。

その芸当を可能にするために、耳郎はここ一週間、目隠しをしながら衝也の攻撃を避ける特訓を積んでいたのだ。

最初のころは何度も攻撃を食らったし、むしろ動くことすらままならなかった。

だが、個性のおかげか、徐々に徐々に動きが洗練されていき、今では目隠しをしてもある程度攻撃を避けられるようになっていた。

視界が良好であるのならば、もちろん精度は格段に増すだろう。

 

そして、この特訓の結果は現に試合へと現れている。

 

八百万の攻撃がどういう風に、どのタイミングで来るのか、右から来るのか左から来るのか上からか下からか斜めからか…彼女の足音が、呼吸音が、剣を振るう時のわずかな音が、八百万から発せられる様々な音がそれを耳郎に教えてくれていた。

 

それは、彼女が体育祭の…このトーナメントの時まで、どれだけ強くなりたいと想っていたのかを体現する努力の成果、結晶のようなものだ。

そして、その結晶が

 

彼女を前へと進ませる。

 

 

 

 

再び、八百万が前へと踏み込み横薙ぎに剣を振るう。

それをバックステップで避けると同時に距離をとる耳郎。

続けざまに八百万の斬撃が耳郎へと襲い掛かるが、それを一つ一つよけながら間合いを保ち続ける耳郎。

恐らくは八百万もここで決めるつもりなのだろう、避けても避けても、執拗に耳郎を斬りつけようと詰め寄ってくる。

 

『おおっと!!ここで八百万が攻勢に出たぁぁ!!耳郎に息つく暇も与えない剣戟のSTORM!!こりゃ一気に畳みかけるかぁ!?』

 

『ま、このままジリ貧になってスタミナ切れを起こすのは八百万の方がはやいだろうからな、スタミナが残ってるうちに押し切ったほうが良いと考えたな。』

 

プレゼントマイクの実況と相澤の解説がマイク越しに響くが、耳郎のプラグにその音は伝わってこない。

伝わってくるのは、八百万の音ただ一つ。

彼女の音を拾い、彼女の攻撃を必死によけていく。

一瞬でも気を緩めれば終わりの攻防に思わず冷や汗を流す耳郎。

だが、彼女のその脚は決して止まらない。

 

(勝つ!絶対に、絶対に勝つ!そして、いつかアイツの背中を…

 

 

アイツの背中を…救えるように…!!)

 

そして、八百万の右横薙ぎをかわして後方へと下がったその瞬間

 

彼女の目の前に『槍の穂先』が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

(とった!!)

 

槍を両手に持ちながら耳郎めがけて刺突を繰り出した八百万は、心の中で思わずそう叫ぶ。

 

今までの3分間の攻防と先の剣戟の連続攻撃。

それはすべてこの槍の一撃を当てるためのブラフに過ぎない。

この試合が始まってからここまで、八百万は一切『突き』に該当する攻撃を行っていない。

縦に切るか薙ぎ払うか斜めに切るか、それだけの斬撃を出しておいて、刺突だけは一回も行っていなかったのだ。

 

全てはこの最後の一手を確実に当てるために。

 

最後に耳郎に向けて放った右横薙ぎの後、すぐさま剣と盾を捨ててあらかじめ背中で作っておいた槍を取り出し即座に刺突。

 

さらに、相手が『剣の間合いの外』に逃げたとしてもそれよりも長い槍を使うことで、自分の間合いを相手の間合いに無理やり入り込むことができる。

そうすれば、ほぼ確実に槍の穂先が耳郎のことを捉えることができる。

 

(これで、終わりです耳郎さん!!)

 

そして、八百万の予測通り槍の穂先は耳郎めがけて向かっていき、その喉元へとたどり着く

 

 

 

 

 

 

 

 

その前に、耳郎の姿が消えた。

 

 

「えッ?」

 

あまりの唐突の出来事に一瞬、八百万の動きが止まる

その瞬間、彼女の首と顎に暖かな手の感触が伝わってきた。

そして、彼女の視界がぐるりと回転し始める。

 

「なッ…」

 

思わずといった様子で声を上げる八百万を見て観客席にいる衝也が面白そうに微笑みを浮かべた。

 

「惜しいなぁ…八百万。槍の一手にまでつなげる過程はすげぇけどさ…

 

 

 

間合いに入られた時の対策を考えていないほど…耳郎はバカじゃないぜ?」

 

衝也の言葉が終わるとほぼ同時に

 

「う、りゃぁぁぁああ!!」

 

耳郎のちょっと女子としてはアレな叫び声が会場に響き渡る。

そして、八百万の視界が満天の青空で埋まった直後

 

鈍い衝撃と共に、八百万の後頭部が地面へとたたきつけられた。

 

「ッ…は!」

 

たたきつけられた衝撃と襲ってくる吐き気、さらには衝撃によって脳が揺れたのか視界が揺らめく八百万。

そんな彼女の身体を足で挟むようにマウントをとった耳郎は彼女のその豊満な胸に、自身のプラグを向けた。

 

「ウチの…勝ちだね、ヤオモモ。」

 

激しく上下に肩を揺らしながら、八百万に向かって軽く微笑む耳郎。

そんな彼女をいまだ揺れ動く視界にとらえた八百万は、一度だけ深く息を吐く。

 

「そう、ですわね…私の、完敗ですわ。ミッドナイト先生、聞きまして?私はこの試合に、耳郎さんに負けたことを認めますわ。」

 

そういって、自身の敗北を認めたのだ。

それを聞いたミッドナイトは一度だけ軽くうなずいた後

 

『八百万さん降参!よって二回戦進出は耳郎さん!!』

 

と、高らかに宣言した。

 

その瞬間湧き上がる歓声と拍手の数々。

 

『YEAH!!ここでまたまた俺の予想外のロッキンガールが二回戦進出だぁ!持たざる者でも勝利の女神は微笑むことあるのね意外!!』

 

『お前、そういうの洒落にならねぇぞ、セクハラで訴えられても知らねぇからな俺は。』

 

『そんときゃお前も共犯だぜイレイザー!』

 

『濡れ衣を着せるな禿』

 

『禿じゃねぇよ!これはただのメーカー名だっての!!』

 

プレゼントマイクと相澤の声も会場に響き渡る。

そんな中、耳郎は「あぁ~、つっかれたぁぁ!」と大きくため息を吐きながらその場にへたれ込んだ。

 

「…凄いですわね、耳郎さん。まさか最後まで読まれてるとは思いませんでしたわ。」

 

「んー、まあ何かしてくるのはわかってたけど、まさか槍で突っ込んでくるとは思わなかった。あともう少し反応が遅れてたらやばかったかも。」

 

そういって耳郎は「ほら見てよここ」と言って自身の頬を指さす。

するとそこには、少しだけ血の流れている切り傷ができていた。

 

「あ、すす、すいません耳郎さん!?私、試合とはいえなんてことを…!女性の方のお顔を傷つけるなんて…!ほ、本当に申し訳ありません耳郎さん!」

 

「あ、いや、いいっていいって!別にそういうことしてほしくて見せたわけじゃないから!ただ、どっちも勝つ可能性はあったってことを伝えたかっただけでさ!」

 

そういって両手を横に振る耳郎。

そして、ゆっくりと手を下して八百万の方へと向けた。

 

「ありがとね、ヤオモモ。アンタの分まで、ウチ頑張るから!」

 

「…っ!はい、頑張ってください耳郎さん!」

 

そういって耳郎の手を握り返した八百万。

そして、耳郎はそのまま八百万の手を引っ張って彼女の身体を支えながら立ち上がる。

 

「じ、耳郎さん、私は大丈夫ですから先に保健室へ…」

 

「大丈夫だよヤオモモ。それに、ウチがやった手前あれだけど後頭部打ってるんだからあまり自分で動かないようにしないと。」

 

後頭部を打たれてふらふらしている八百万と一緒に救護室へと向かう耳郎。

その途中、少しだけ視線を観客席を向ける。

そして、一度だけ大きく拳を掲げた。

 

観客席でこちらにGoodサインを送っている少年に向かって。

 

 

 




戦闘シーンをテンポよくって難しいんですよね…
よくほかの作者様はあんなうまくかけるものですよ… 
…教えてくださいとか言ったら教えてくれるのかな⇦(ダメです


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第三十話 走れ青春!燃えよ魂!燃え尽きろ命!←尽きたらあかん!マジで!

そういえばいつのまにかお気に入りが1600超えてました。
少しずつ少しずつ読んでくださってる方が増えるというのはやはりうれしいものですね。
この小説は最初から読者が多いわけじゃありませんから…
最初なんてお気に入り50いっただけでガッツポーズしてました。

てなわけで三十話です、どうぞ。


耳郎と八百万の試合が終わったそのあと

 

次戦となる瀬呂VS上鳴の試合は前試合とは打って変わってあっさりと決着がついてしまった。

というのも、開始早々瀬呂が上鳴を場外に出そうとテープを巻きつけたのだが、上鳴がテープで縛られたまま全力放電して彼のテープもろとも焼き尽くしてしまったのだ。

当然放電を受けた瀬呂が動けるはずもなく、あっけなく勝負は上鳴の勝ち。

もちろん上鳴は全国にそのアホ面をさらすことになった、勝利の代償は小さくないだろう。

 

そして、続いて行われた麗日VS爆豪の戦いは観る者を圧倒した試合といえるだろう。

素行が荒く、自分の気に入らないやつ、自分の邪魔をする奴は徹底的に潰す爆豪。

そして、自身が一番と自負するだけにたる実力を兼ね備えた少年。

そんな少年が、この夢を追う舞台で女子相手だから手加減などするわけもなく、

結果、麗日は爆豪に手も足も出なかった。

だが

 

体操服による視線の固定や浮かせた瓦礫による流星群

自身の持てる知恵を総動員し、最後の最後まで、意識が朦朧とするその瞬間まで爆豪を見続けていた麗日に、その場にいる全員が心の内で賛辞を送っていた。

(対する爆豪はアンチが増えてしまったが…)

 

そして、舞台は二回戦へと移っていく。

 

控室にある折りたたみ式の長机に肘をかけながらその二回戦の初戦に出場する緑谷は口元に手を当てながら必死に思考を巡らせていた。

 

「どうしようあの五十嵐君相手に距離をとって戦うのはほとんど難しいしあのスピードで間合いを詰められたらなすすべがないとなると中距離でのデラウェアスマッシュはやめて接近戦に持ち込むべき?いやでも正直五十嵐君と接近戦をして勝てる確率の方が低いか嫌でも五十嵐君にも中距離からの攻撃方法があるんじゃ指を負傷し続けるデラウェアスマッシュはやっぱり不安要素が多すぎるそれにそもそもの話ボクと五十嵐君とでは個性の熟練度が段違いなわけだからそれを補うためにはどうすればいいんだろうボクが制御できる今の限界はオールマイトの見立て道理ならたった5%なわけで、そんな状態で五十嵐君に接近戦で勝てるとは思えないし…」

 

瞬きすらせずにぶつぶつとある意味サイコパスのようにつぶやき続ける緑谷。

その額には少しだけ汗がにじんでいた。

 

五十嵐衝也

 

自分と同じ年齢にいながら、はるか先を歩いているように感じる彼のその背中を見て、緑谷は純粋に尊敬にも近い念を抱いていた。

普段の言動は確かに褒められたものではないかもしれない。

お調子者を絵にかいたような行動ばかりだし、いつだか自分に

『お前のその頭ってあれだな、わかめみたいだな』とだいぶ失礼なことを言ってきたこともあった。

だが、USJの時に見せた他を圧倒する戦闘技術と、USJの時や先の轟との試合でみせたその胸の内に秘めた信念と覚悟は

彼の強さを自分に認めさせるには十分すぎた。

恐らくは近接戦闘においてはクラスどころかプロヒーローの中でも十分に活躍できるほどの実力があるかもしれないと考えていいだろう。

 

何もかもが自分とは一歩も二歩も違う彼の姿を見て、緑谷はどうしようもなく胸が高鳴った。

それは、家のパソコンでいつも見ていたオールマイトの動画を見ている時の感覚に少しだけ似ているかもしれない。

 

緑谷にとって、オールマイトと勝っちゃん以外で初めて彼に追いつきたい、彼のように強くなりたいと、そう思った唯一の人。

そして、同時に彼のことをもっと知りたいと思った唯一の人でもある。

これは決してそういう系の意味ではなく、純粋な疑問。

なぜ、彼はあそこまで強いのだろうか、否

 

なぜ彼は、あそこまで強くなろうとしたのか。

なぜ彼の胸の内に、あれだけの信念が芽生えたのか

恐らくは、大きいにしろ小さいにしろ何かしらの切っ掛けがあるはずなのだ。

 

緑谷自身が誰かを救いたいと思った切っ掛けがあるように、衝也にも、彼だけにしかないきっかけが。

そのきっかけがなんなのか、少しでもわかることができたら、衝也のことを、彼の強さの根本をより深く知ることができるだろうから。

 

(今から、その人と戦うんだよな…)

 

知らず知らずのうちに拳を握りしめる緑谷。

その拳の中は汗でべとべとになっていて少々気持ちが悪い。

心臓もこれ以上ないほどにうるさくなっているし、心なしか脚が多少震えてる。

 

だが、それでもなお緑谷の表情は

 

すがすがしいほどに笑顔だった。

 

(勝てる可能性は低い、個性の熟練度も五十嵐君が圧倒的に上

 

でも、それでも…勝つ可能性は0じゃない!

超えるんだ…限界を!!

あの時の五十嵐君のように、限界を超えて…)

 

「五十嵐君に、勝つんだ!」

 

拳を手のひらに打ち付けて、大きく声を張り上げる。

そして、ゆっくりと控室のドアへと歩みを進めていく。

その脚にもう先ほどの震えは観られない。

 

そして、緑谷はその脚を進めてく。

ほかならぬ、憧れた人(五十嵐衝也)に勝つために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑谷出久

 

彼の最初のイメージは、正直言ってただのさえないヘタレ顔、といった認識しかしてなかった。

個性の扱いができていないという点である意味注目はしていたものの、それはあくまで『興味』の範疇を出なかった。

屋内訓練の時の動きには感心したが、逆に言えばそれ以外のところではあまり注視はしていなかったのが正直なところだろう。

だが、彼が頭角を現してきたのはこの体育祭が始まってからだ。

自分の予想を次々に裏切っていくクレーバーな発想力とそれを生み出す分析力。

そして、最後の最後まであきらめずに前へと進み、自分に一矢報いるその執念と信念。

そんな彼の姿を見て、衝也は彼の評価を改めざるを負えなかった。

油断大敵という言葉は彼のためにあるのではないかと思えるほどに、緑谷は強い。

慢心し、警戒を怠れば、喉元を食いちぎられると

そう感じるほどに緑谷は強い奴だと、そう素直に評価を改められるほど、緑谷のその姿は衝也にとって強烈だった。

個性の扱いもままならない、運動能力も平均的、戦闘技術も自分や爆豪、轟などと比べればまだまだ

 

だが、彼はそんな奴らを出し抜いてここまで上位をとり続けて来た。

そんな少年が、弱いはずがない。

 

おまけに障害物競争と騎馬戦で借りを二つも作ってしまっている。

借りの作りっぱなしというのは、衝也にとっても喜ばしくはない。

 

「借りはきっちり返しとかないとな…いつまでもため込んでたら鬱憤という利息が溜まってきやがる。」

 

そういって軽く伸びをして身体をほぐす衝也。

油断はできない、とはいえやることはいつもと変わらない。

冷静に相手を見て、相手の動作一つ一つを見極めていく。

詰将棋のごとく相手を追い詰め、小細工なしに真っ向から叩き潰す。

現状、緑谷に勝つうえで一番の方法はこれ以外思いつかない。

最初は中距離からちまちまと攻撃していって相手の指の負傷を狙おうかとも思ったが、緑谷がそのあたりの対策をしていないとは考えづらい。

ならばさっさと間合いを詰めて接近戦で戦えば、こちらに分がある。

もちろん、彼の個性の強さは承知の上だ。

その出力如何では速さもパワーも圧倒的なモノとなるあの個性。

騎馬戦で使ってきたときは腕が壊れていなかったため、そこまでの出力を使っていないようだが、それでもその速さと威力は十分な脅威となりえる。

だが、逆に言えば自身が気を付けるべきはその個性と彼が『何をしてくるか』の二つのみということになる。

 

「やだなぁ…これは勝負、勝つのが良いならそれに越したことはないんだが…」

 

どうにも期待してしまう。

緑谷が自分にどんな策を弄してくるのか。

自分に勝つために、一体どんなことをしてくるのか。

それを想像すると、どうしても笑みがこぼれてしまう。

きっと、それで自分がまけそうになったとしても、自分はそれでもうれしいと感じてしまうのだろう。

 

ともだち(緑谷出久)と全力でぶつかり合えるってのは…やっぱりいいもんだよなぁ。それが強い奴ならなおさら…。)

 

そして…わずかに、ほんのわずかに笑みを浮かべながら衝也は座っていた席からゆっくりと立ち上がる。

 

その笑顔はいわば、強者と戦う喜びにみt

 

「さぁてと…でかい借りは利息も込みで倍返ししてやらないとなぁ…それが借りた奴の礼儀ってもんだからよぉ!

 

覚悟しろよ緑谷、この前俺が言った通り

 

お前の顔を一周回ってイケメンに変えてやるよ!」

 

…訂正

 

その笑顔は、今まで受けた恥辱のすべてをこの試合でぶつけようとする復讐者のそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁてとさてと!!息つく暇もなく二回戦に突入だ!!この荒波についてこれるかリスナーども!波に乗れずにおぼれた奴を俺は拾ったりしねぇからな!』

 

『それはお前、ヒーローとしてどうなんだ?』

 

『隣のミイラマンは冗談が通じねぇ!!これだから合理主義者の真面目バカは嫌いなんだ!!『おいてめぇ今なんて』つ~わけでさっそく行くぜ二回戦の第一試合!』

 

会場の熱が、プレゼントマイクの実況によってさらに勢いを増していく。

湧き上がる歓声が空気を震わせ、会場中に響き渡る中

 

緑谷と衝也が、ゆっくりとステージへ向かって歩いていく。

 

『障害物競争1位!騎馬戦4位と好調な滑り出しのこの男から紹介だ!!

地味目な顔して個性はド派手!

えげつない作戦で相手の度肝を抜いていく!

ヘタレ顔だがその根性はまったくもってへたれねぇ!!

今回もクレーバーな作戦で目の前の強敵を出し抜けるかぁ!?

 

緑谷ぁぁぁ出久ぅぅぅぅ!!

 

VS

 

一回戦ではその圧倒的な強さで優勝候補の轟を寄せ付けず!

あほな行動と見た目に騙されちゃいけねぇ!

こいつの洗練された強さはマジで化け物級!!

だけどやっぱりどこか雑魚っぽい!!

今体育祭一番のダークホース!

 

五十嵐ぃぃぃ衝也ぁぁぁ!!』

 

プレゼントマイクの紹介が終わると同時に、二人はお互いに視線を向ける。

そして、互いに硬く拳を握りしめる。

 

「よう、緑谷…とうとう来たぜこの時が…」

 

「五十嵐君…」

 

「前試合二つで受けた借り、ここできっちり返させてもらう…初っ端から全力で行くぜ?」

 

「うん…それでいいよ

 

僕も、全力の君に勝たなきゃ先に進む意味なんてないから。

全力の君に勝って、僕は…憧れた人に近づいていく!!

 

だから、負けないよ、五十嵐君!!」

 

「…!いいじゃねぇか…やっぱお前

 

最ッ高だぜ緑谷!!」

 

両者共に、拳をゆっくりと構えていく。

視線は決して外さずに、目の前の相手を見据えて

 

純粋な喜びを表すかのような笑顔を浮かべながら

 

『レディぃぃぃ!!START!!』

 

両雄ともに、ほとんど同じタイミングで前へと飛び出した。

 

 

緑谷の間合いと五十嵐の間合い、その二つがまじりあったその瞬間、すぐさま攻撃が仕掛けられた。

 

先手を取ったのは、衝也。

緑谷の鳩尾に向けて勢いよく前蹴りを放つ。

個性の衝撃が合わされば、その威力は大の大人でも一撃で意識を手放すだろう。

リーチも腕より長い分早く緑谷にたどり着く

その衝也の前蹴りを、

 

緑谷は上から両手で叩き落とした。

個性を許容上限の5%まで出して限界ギリギリまで強化したその両手で。

その緑谷の行動に、衝也の目がわずかに見開かれる。

だが、すぐさま空いた左脚を引き寄せ、その勢いそのままに彼のこめかみめがけてハイキックを放つ。

しかし、

 

その回し蹴りも緑谷の左腕が下から押し上げるようにして軌道を逸らした。

恐らくは個性で強化しているのだろう、蹴りの感触が普段とはやや違い、少しだけ固い。

緑谷の頭上を、衝也の蹴りが勢いよく通り抜ける。

 

「ッ…!」

 

「…ッし!」

 

だが、それで止まる衝也ではない。

鳩尾、こめかみ、頬、脛、腎臓、眉間、人中、すい臓

ありとあらゆる体の急所を拳や脚、果ては肘に膝などあらゆる方法で狙い続けるが

 

そのすべてが、緑谷に防がれる。

否、それでは少し言葉に語弊がでる。

自分の拳が、脚が、肘が、膝が、すべて緑谷の手によってその軌道をずらされていったのだ。

防ぐ、のではなくずらす。

横、あるいは縦、あるいは下

 

正面からではなくほかの方向から力を加え、衝也の攻撃をわずかに逸らし、その軌道に自分の身体を外させていたのだ。

 

(こいつ、俺の攻撃を…)

 

その動きを見て、衝也は確信する。

目の前の相手、緑谷は確実に

 

自身の攻撃の軌道が見えている。

 

むしろ、攻撃が見えていなければこのような芸当はほぼ不可能だろう。

衝也の攻撃を見て、軌道を確認し、ほんの僅かだけその軌道をずらし、攻撃を空振りさせる。

まるで一種の精密機械のような動きを、目の前の相手は実際に体現させている。

しかも、それを演武でもなんでもない実戦で、である。

 

(…おいおい、マジか…

 

正気じゃねぇぞそりゃぁよ)

 

思わず、心の中でそう呟く衝也。

無理もない

 

軌道をずらす

そういうとなんとはなしに聞こえの良いことをしているように思えてくるが、実際はそのリスクは大きすぎる。

例えるなら失敗の許されない千日手のような戦い方をしているに等しい。

少しでも判断を誤れば、少しでも対応が遅れれば、待っているのは想像を絶する威力の打撃。

衝也はただがむしゃらにこぶしを振るっているのではない、一発一発を寸分たがわず人体の急所に向けて打っているのだ、当たればほぼ間違いなく意識を刈り取られるだろう。

それは、おそらく戦っている緑谷も自分のどの箇所が狙われているかくらいはわかっているはずだ。

ならなおのこと、そんな相手に対してこんな戦い方は、普通はするべきではない。

相澤の言葉を借りるなら、合理的とは言い難い。

 

(これじゃあ大昔の戦争にあった特攻隊と同じようなもんだぞおい…

こんな状態で、一体どうやって逆転する気だよ緑谷ぁ!?)

 

眉間にめがけて放った拳をずらされながらそう緑谷に心の中で問いかける衝也。

 

もちろん、緑谷自身これが一秒の気のゆるみも立った一つのミスも許されないハイリスクな戦い方だということは理解している。

だが

 

今の緑谷には、この特攻にすべてをかけるしかないのだ。

今までの彼の動き、そして個性から見つけたその特徴、その隙をついて勝機をつかむのには。

 

(五十嵐君の個性は衝撃…その威力はUSJの時に見た通りこのワン・フォー・オールと同等かもしれないほどのすさまじさ。

けど…

 

その衝撃が出せるのは『手のひら』と『足の裏』という限定的な部分だけ。

ゆえに、それ以外のところは安全なんだ。

付け加えているなら、衝撃が出せる部分が限定的だからこそ、その拳の速度は、僕の個性とは違って強化はできていないはず!!)

 

そう、緑谷の読み通り、彼の個性は手のひらと足の裏という限定的な部分でしか発動できない。

つまり、それ以外の部分に攻撃を当てて軌道をずらすことはできる。

さらに、発動部分が限定されてしまうが故に、打撃の威力を上げることはできても、その打撃の『速度』を劇的に上げることはできない。

だからこそ、こうして緑谷はかろうじてではあるが彼の攻撃に対応できているのだ。

 

だが、逆に言い換えれば衝也は個性による速度の向上のない状態でも、轟が反応を窮するほどの打撃速度を誇っているということになる。

今こうして緑谷が対応できているのは、対人訓練やUSJ事件、そしてこの体育祭で彼の動きをひたすらに観察し、シミュレーションを重ねて来たからだろう。

 

轟との対戦の際に恋が口にしていた『圧倒的技術の洗練さ』

それが、彼のこの打撃の速度と正確さを生み出しているのだろう。

一瞬の隙も油断も絶え間もないその連撃。

それを一つ一つ払いのけながら、緑谷は必死に衝也の動きを追う。

 

自身に振るわれる拳や蹴りを払いのけながら一瞬の隙も逃すまいと衝也を見続ける緑谷。

そう、言うならばこれは根競べのようなもの。

どちらが先に集中力を切らすか、そして、どちらがその隙を物にするかという闘い。

絶え間なく続いていく打撃の嵐と、それをさばく緑谷。

 

試合時間はすでに7分を超えようとしていた。

 

 

(気を抜くな神経を張り詰めろ限界超えて動きまくれ!!

 

一瞬、ほんの一瞬でもいい!

彼にわずかに隙ができるのを、絶対に見逃すな!!)

 

そう自分に言い聞かせながら、緑谷は見えない希望の糸を手繰り寄せようと必死にもがき続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(って…緑谷なら考えてるんだろうな…)

 

自身の個性の特徴の確認、そして、緑谷が狙っているであろうものを予測した衝也は心の中でそう呟く。

緑谷の考えてることがわかる、というのは少しだけ語弊がある。

正確には自分が緑谷の立場ならどう動くか、そして、

 

自分がここまで考えているのなら、緑谷も当然同じことを考えているだろうという、ある種の信頼のような物が、彼を奇しくも緑谷の作戦の看破へと導いた。

 

淡々と、それでいて正確に緑谷の急所へめがけてと拳を、蹴りを、肘を打ち続ける衝也。

その拳は試合開始からほとんど何も変わってないように見える。

 

ただ一点

 

衝也が個性を使っていないという点を除いては

 

恐らく、緑谷の狙いは個性を使い続けることによって生まれるわずかな隙を狙い、カウンターを決めてくること。

さすがに右腕のタイムラグとデメリットの増加は知られてはいないだろうが、今この連撃においても個性の出力は普段以上に慎重に行わなければ痛みによって無意識のうちに隙ができてしまうだろう。

ならばいっそのこと、個性を使わなければその隙が生まれる心配はない。

幸い、緑谷は自身の振るう拳がすべて個性を使った一撃必殺のものだとおもっているだろう。

なら、彼のその思い込みを利用しないという手はない。

自身がただ拳を振るうだけで、彼は勝手に自身を追い込み、いずれ根負けし自ら隙を作り出す。

後はその隙を確実に狙い打てるように彼の動きを注視していればいいだけだ。

 

(惜しいな、惜しいな緑谷。

お前、本気ですげぇよ。

ここまでの攻防を、恐怖にも負けずに、こんな長い時間やり続けるなんて、普通の人間ならできゃしねぇ。

俺の攻撃をここまでさばける奴が、この学年に一体何人いるか…)

 

客観的に見ても主観的に見ても、緑谷は衝也より劣っている部分の方が多いだろう。

そんな緑谷が自らいつやられるかもわからない死地に飛び込み、しかもその死地で何分も相手の猛攻に耐えて反撃をうかがう。

必死に、自分より格上の相手の攻撃をさばききっている。

並大抵の人間にできるようなことではない、それだけの覚悟を持って、緑谷は自身に向かってきてくれたのだ。

それだけ、自分のことを認めてくれている。

自分が認めた友達が、同じように自分を認めてくれている。

そんなうれしいことはおそらく今後もそうはないだろう。

だが、今回は衝也が一枚上手だった。

個性の熟練度と、ほんのわずかな経験の差。

それが、緑谷と衝也の勝敗を分けた。

 

(間違いねぇ、緑谷はもっともっと強くなる…

 

今の俺よりも強く、過去のお前よりも強く!

 

 

だが!!

 

今ここでは少なくとも、俺はお前より強い!!)

 

そして、長く続いた攻撃の嵐が続き、その攻防が10分に突入しようというその瞬間

 

緑谷の顔がわずかに苦痛で歪み、

 

その動きがほんの僅かに停止した。

 

(ッ…!!来た!!)

 

その瞬間、衝也はすぐさま左拳を握りしめ

 

その一撃必殺の拳を緑谷の顔面へと全力で振りぬいた。

 

(今回は…

 

 

俺の勝ちだ緑谷ぁ!!)

 

そして、衝也の振りぬかれた拳が緑谷の顔面に突き刺さる

 

 

 

 

 

 

その刹那

 

緑谷は、衝也の懐へと勢いよく入り込んだ。

 

 

「…なッ!?」

 

空を切る衝也の拳

 

思わず懐へと視線を向けてしまう衝也。

そして、衝也の視線が、緑谷の顔を捉えたその瞬間

 

 

 

「20%…DETROITSMAAAAAAAAASH!!!」

 

 

 

彼の決死の右拳が彼の鳩尾に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衝也なら、気づくと信じていた。

自身のわずかな動きの静止、その隙に。

リスクは確かに高すぎる。

もしタイミングを間違えれば負けるのは自分の方だろう。

だが、緑谷が衝也を出し抜くにはもはやリスクを気にしている余裕はなかったのだ。

だから、緑谷はあの攻防の最中

 

一瞬、ほんの一瞬だけ

わざと(・・・)顔を苦痛でゆがめその動きを静止させた。

それは、奇しくも衝也が緑谷を信頼したように

 

緑谷も、衝也ならこの隙を確実に突いてくるだろうと信頼したが故の行動だった。

 

そして、彼の信頼通り、衝也は緑谷が動きを止めたその瞬間その拳を振り抜いた。

 

(来た!!)

 

緑谷はその刹那すぐさま身体をかがませて前へといき、衝也の懐へと入りこむ。

確かに、不規則にかつ絶え間なく続く攻撃を捌くことはできても懐に入るのは難しい。

だが、もしその攻撃のタイミングがわかるとするなら、話は別だ。

自分が動きを止めたその瞬間に攻撃が入るのならば、そのタイミングを見極めて懐に入ることは、できるかもしれない。

 

それは、自分の今の技量ではうまく行くかわからない危険な賭け。

だが、

その賭けに、緑谷は打ち勝ったのだ。

 

 

そして、緑谷は力強くその拳を握りしめる。

 

(5%…はだめだ、この一撃で決めるんだ!!5%じゃ仕留めきれない!

でも、100%はだめだ、しぬ!五十嵐君!

5…その倍、いや、もっと

 

 

20%で!!!)

 

 

「20%…DETROITSMAAAAAAAAASH!!!」

 

そして、緑谷の渾身の雄たけびと共に繰り出されたその一撃は

 

衝也の鳩尾に寸分たがわずに撃ち込まれた。

 

「…ゲェ、ハッ!」

 

轟音と衝撃波と共に吹き飛んでいく衝也の身体。

それと同時に、衝也の口から粘着質なよだれが飛び散っていく。

 

『うおおおおおおおおお!!もろだァァァァ!!

今の今まで攻撃らしい攻撃を受けてこなかったクレイジーボーイのどてっぱらにもろに入ったァァァ!!』

 

プレゼントマイクのテンションアゲアゲな解説が響く中、ステージの上をバウンドしながら吹き飛んでいく衝也。

そして、あわや場外に行きそうになるその寸前

 

「…んがぁ!!」

 

雄たけびと共に後方へと衝撃波を飛ばし、身体を強引に前へと進ませて何とか場外を回避する。

 

そして、鳩尾を抑えて苦しそうにむせ込み、激しく肩を上下させる衝也。

無理もない、20%とはいえオールマイトの個性をまともに喰らったのだ。

その威力は尋常ではない。

 

(な、んだこの威力…!!ヤオモモの大砲が可愛く思えんぞおい!!?)

 

 

歯を食いしばって額に脂汗を浮かべる衝也。

だが、それでも何とか呼吸を整えてゆっくりと立ち上がり、目の前でたたずむ緑谷の方へと視線を向ける。

 

『おおっと!!苦しそうだが、それでも何とか立ち上がるクレイジーボーイ!その闘志の炎いまだ消えず!!さあ対する緑谷は千載一遇のチャンスだぁ!!こっから巻き返しなるかぁ!!』

 

プレゼントマイクの実況と、観客の声援がより一層激しくなっていく。

 

そんな中、緑谷は顔を下に俯かせたまま、ゆっくりと身体を揺らし

 

 

 

そのまま、糸の切れた人形のようにその場に倒れ込んだ。

 

『…WHY!!?な、なんだなんだどーなった!!?攻撃を仕掛けた緑谷がまさかのダウーン!!ちょっと、マジでどーした気張れ緑谷!?』

 

プレゼントマイクの声が響く中、衝也はゆっくりと視線を伏している緑谷へと向ける。

そして、ミッドナイトが緑谷の方へと近づいて、声をかける。

 

が、返答はない。

 

 

衝也の攻撃の嵐を潜り抜け、彼を騙し抜き、起死回生の一手を放った緑谷は今…完全に意識を失っていた。

 

『…緑谷くん、行動不能!!勝者、五十嵐くん!!』

 

ミッドナイトによって宣言される衝也の勝利

 

だが、大半のヒーローたちはなぜ緑谷が意識を失ったのかが分からずザワザワとざわついている。

そんななか、衝也はゆっくりと緑谷の方へと歩み寄り、その身体を、ハンソーロボよりも早く担ぎ上げ、背中へとおぶさらせた。

 

「負けたよ、緑谷…マジで負けた…。

 

借り…返すどころか増やされちまったぜ。

この、似非へたれ野郎がよ…

 

本当に最ッ高だぜ…緑谷。」

 

そういって緑谷の方へと顔は向けずに、少しだけ笑みを浮かべる。

その顔はどこか優し気で、それでいて

 

どこか嬉しそうな雰囲気をまとわせていた。

そして、ステージを降りていく二人の背中に、

少しだけ遅れるように

 

たくさんの歓声と拍手が浴びせられた。




せ、瀬呂ぉぉぉぉ!!
こんなところでも一撃なのかぁぁあぁ!!


とまあそんな冗談は置いといて。

今回は純粋な殴り合い…じゃないや
一方的な殴打VS鉄壁の捌き

みたいな感じの試合になりました!
なんか一種のホコタテ対決みたいな感じになりましたね…。

さて、最後に一体何が起きたのかはまた次回に持ち越しです!!




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第三十一話 憧れた人と自分が似てるって言われたけどその人がとんでもなく化け物だった件について

前話でコメントが殺到!
私の至らなさを指摘してくれるコメントがたくさんきて、つい「ああ、この作品(または衝也)は愛されてるな」と感動してしまいました。いえ、別にMってわけじゃないですけど

…愛されてるよね?

逆に愛想つかされたりしてませんよね?
…とてつもなく心配です。
というわけで31話です
どーぞ!




ゆっくりと

 

重い瞼をゆっくりと開いた緑谷の視界に映される見覚えのある白い天井。

それはここ最近よく運び込まれるリカバリーガールの医務室の天井だ。

本来であれば知らない天井でなければならないその天井にすっかり馴染み始めてしまっている自分が情けないやらなんやらで思わず苦笑いをしてしまいそうになる。

 

「…負け、か。」

 

自然と口に出た『負けた』という言葉。

その言葉を緑谷は頭の中で反芻しながら何度も何度も噛み締めた。

自分は、負けた。完敗の二文字を入れて良いほどに。

勝てる確率がほとんどなかったのも理解していた。

相手と自分にどれほどの差があるのかもわかっていた。

それでも、

 

それでもやはり、負けるというのは…自分の想像以上に悔しかった。

衝也ならばおそらく、自分と接近戦をしなくても、自分の作戦に乗らなくてもきっと勝てたはず。

そんな相手が、わざわざ自分の作戦に付き合い、真正面から叩き潰してきた。

自分の使える手札以上のものを振り絞ってもなお届かないその壁に思わず手のひらが握りしめられ、拳に力が入ってくる。

 

が、その最中、ふと感じた右腕の違和感に自然と視線をそちらへと向ける。

すると、そこにある右腕にはぐるぐると包帯が巻かれていた。

 

「…え?」

 

その右腕の有様を見て、緑谷は思わずすっとんきょうな声をあげてしまう。

そして、たまらずその包帯の巻かれた右腕に少しだけ力を込めると

 

「いっ…」

 

僅かにだが痺れるような…例えるならば少し強めの静電気が起きたような痛みが右腕に走った。

その今まで何度も受けてきた感覚を受けて、緑谷はこれが自身の個性、ワン・フォー・オールの反動によって出来たものだと確信する。

だが、その確信した事実が、緑谷の脳内にある疑問を膨れ上がらせる。

 

(けど、なんで…?なんで、個性の反動が?だって、確か僕の攻撃は…)

 

頭の中でぐるぐると回りつづけるその疑問。

だが、いくら回してもその疑問の答えは頭の中からでてこない。

 

(そうだ、リカバリーガールに聞けば…)

 

とにかくこの傷を治療したはずのリカバリーガールに話を聞けば疑問が晴れる。

そう考えた緑谷は彼女の居場所を確認しようと自身の顔を横へと向けると

 

 

 

 

 

 

 

「よう緑谷、お目覚めかい?」

 

 

 

 

 

 

満面の笑みを浮かべた衝也の顔が超至近距離にあった。

 

「うわああああああああ!!?!?」

 

顔を横にした瞬間、超至近距離…それこそキッスが出来そうなほどの近さに男の顔があるというお化けも真っ青なホラーな出来ごとに緑谷は叫び声をあげながら反射的に、身体を起こす。

この時ばかりは右腕の痛みも治癒の代償として蓄積されたであろう身体の疲労も全くといっていいほど感じなかった。

 

「うわぉ、実に正直な反応…。おかげでちょっと俺の心が傷ついたぜ…。」

 

「え、あ、ご、ごめんっ!?で、でもいきなり人の顔があんな近くに現れたら普通に誰でも驚くよ…」

 

「…まぁ、確かにそれもそうか!タハハ、悪ぃ悪ぃ。」

 

緑谷のぐうの音もでない正論に「いやぁ、中々起きないからよ、つい心配してしまってだな。」と軽く謝りながら言い訳をする衝也。

というよりも、超至近距離で自分の顔を見つめている人がいたのを見て驚かない方が人としてどうかしている。

それが仮に絶世の美女だったらば数秒程みとれてしまうことはあるかもしれないが、むさ苦しい男の顔だったら驚いて飛び上がるのは当然だ。

むしろ緑谷の中にある本能がただしく機能しているといってもいい。

 

「でもま、そうやって俺の顔を見て大声出せるほどに元気そうでよかったよかった。」

 

「ど、どうだろう…医務室に来てるって時点で元気じゃないと思うんだけど…。ていうか今の大声はたぶんそういうのじゃないんじゃないかな…。」

 

「今日だけで4回医務室にお呼ばれしてる俺がこんなに動けるんだから大丈夫だろきっと。」

 

(逆に4回もリカバリーガールの治癒を受けてるのになんであんなに元気なんだろう…?)

 

目の前でケタケタと愉快そうに笑っている衝也のその姿を見て思わず不思議に思ってしまう緑谷。

あらためて考えてみると障害物競争で大砲の砲弾をまともにくらった後に複数の地雷の爆発と鉄板によるフルスイングビンタというダブルパンチを受けてもなお体育祭を続行することができているその頑強さは正直普通の人間のレベルを大きく逸脱してるといっていいだろう。

仮に衝也が「俺実はサイボーグなんだよね」となに食わぬ顔で言ったとしてもギリギリ信用することができるかもしれないほどだ。

一体どんな鍛練をしたらそんな万国人間びっくりショーのような身体になるだろうか。

彼本人に聞きたいと思う反面、自分の想像を絶するような答えが飛び出てきそうで逆に聞きたくないとも思ってしまう。

 

「…すごいな。」

 

思わず

 

誰に言うでもなくぽつりと小さく呟く緑谷。

だが、その言葉を目ざとく聞いていた衝也は心外だとでも言うかのように眉をひそめた。

 

「すごいなって…何自分は違うみたいな感じだしてんだよ緑谷。言っとくけどお前だって俺に負けず劣らずここに運び込まれてるんだかんな?リカバリーガールが言ってたぞ、世話を焼かせる生徒が二人も出来たってよ」

 

「二人って…それってつまり五十嵐君もってことじゃ…」

 

「毎度毎度なんかするたびに怪我してたらいざって時に動けなくなって後悔することになるんだからな?わかったかね緑谷君?」

 

「あの…僕の話聞いてる五十嵐君?」

 

つい最近言ったばかりのセリフを遠慮がちに再び口にする緑谷。

だが、やはり衝也は緑谷の言葉などどこ吹く風というふうに話を続けていく。

 

「そもそもだ。医務室に来た回数が、お前が4回で俺が5回なんだから数の上で言えば俺とお前にそんな差はないわけだよ。それをまあ俺だけなんか『うわ…この人めっちゃ医務室行ってるよまじかー…』みたいないい方してくれちゃってさぁ。」

 

「なんで律儀に回数を覚えて…ってそ、そもそも僕は医務室に来た回数をすごいなって言ったわけじゃなくてね!?その…ホント純粋にさ!あそこまで強い衝也君がすごいって思ったからつい言っちゃっただけで…!」

 

「え?あ…あー、なるほどそういう意味のすごいってことね。おもっきし勘違いしちまったわ、すまん。」

 

緑谷の言葉を聞いてひそめていた眉を戻して素直に謝りを入れる衝也。

それを聞いた緑谷は慌てたように左手をブンブンと横に振った。

 

「あ、い、いや!もとはといえば勘違いさせるような言い方をした僕が悪いわけで!だから別に衝也君が謝る必要はないっていうか…!」

 

「そうか!なら謝んないわ!」

 

(て、手の平返すのはやっ!?)

 

一瞬にして手の平を返して笑う衝也に愕然とする緑谷。

その後、衝也は少しだけ照れたように人指し指で軽く頬を掻いた 。

 

「て言っても、俺から言わせてもらえりゃ今の俺なんてまだまだひよっこ以下もいいとこだ。学年の中じゃ…まあ確かに強い方だとは自分でも思わなくはないけどよ。学校とか、それこそ全国とか…もっと広い世界で比べてみれば俺なんて卵以下の有精卵だよ。」

 

「でも、僕からしてみたらそれこそレベルが違うよ…五十嵐君は僕よりも一歩も二歩も先の道を歩いている。」

 

「そりゃあまず年期からいって違うからなぁ。」

 

そう言って衝也は軽く笑いながら座っていた回転式の椅子をブラブラと小さく揺らし始める。

 

「何せ4歳、個性が発現した頃から鍛練してたんだ。それでお前らより弱かったら逆にすごいって。いわばキャリア12年よ?」

 

「よ、4歳!?」

 

衝也のその言葉に思わず愕然としてしまう緑谷。

4歳といえば、それこそ個性が発現する年齢ということもあってか一番無邪気で自身の発現した個性を色々な事に試したり、時には遊びに使ったりするときのはず。

初めて使える自分だけの個性を楽しそうに振るうその子供たちの姿はかつて『無個性』だった緑谷だからこそ鮮明に、そして痛烈に記憶に残っている。

そんなときからもうすでに自身を鍛え始めていたのだというのだから驚くのも無理はないだろう。

 

「4歳って…そんな小さいころから鍛錬を…?」

 

「そうそう。いやー、これが割とマジで大変でさ…12年も前のことなのに昨日のことのように覚えているぜ…」

 

まさか4歳という若さであんな体験をするとはなぁ…と瞳の光を失わせながら乾いた笑みを浮かべる衝也を見て思わずどんな体験をしたのか気にしてしまう緑谷。

しかし、目の前の衝也の様子を見ていながらその体験について話を持ち掛けることは緑谷にはできなかった。

 

何せ表情がすでに死んでいる。

いつだかの入学試験後の合格発表前の自分の顔の十倍はヒドイであろう今の衝也の顔を見てなおその話を掘り下げることは緑谷にはできなかった。

 

「で…でも、なんでそんな時から鍛錬を?」

 

「んー…なんていうのかな…。こう、家柄って言えばいいのかねぇ?そこらへんはなんかおいそれと人に言っちゃいけないらしいんだよなぁ、なんか…。まぁ俺も実はよくはわかってねぇんだけど。」

 

「家柄…?」

 

「そ、家柄。実は色々とめんどくさい家系に身を置いているのよ俺ってば。」

 

話を逸らそうとした緑谷の質問に首をかしげつつ答える衝也。

彼のその言葉を聞いて緑谷はなんとはなしに彼の両親である五十嵐衝賀と五十嵐静蘭の顔を思い浮かべた。

底抜けに明るくてとんでもなくフレンドリーな衝賀の天真爛漫な笑顔と、鋭く、クールな表情の中にどことなく暖かさを感じさせる静蘭の微笑みが緑谷の頭の中に投影される。

 

「その…なんかいまいちそういう想像がつかないんだけど…」

 

「あはは、まぁ俺の父さんも母さんもそんな感じには見えないからなぁ。実際父さんと母さんは…ってこれも言っちゃいけないんだっけか。あぶねぇあぶねぇ。」

 

そこまで言って衝也は笑いながらおどけて自分の口に軽く手を添える。

そして「まぁ、そんな感じで実は色々とメンドーな家系なんですうちは」と軽い調子で言って笑みを浮かべる。

 

(…なんだか、意外なところで意外な人に意外な謎ができたような気がする。)

 

もともとその普段の奇行っぷりとバカっぷりから悩むことなどないように緑谷からは見えていたが、時折見せるその凄まじい信念や幼少期から早々にシゴかれるというとんでもない家系に置いている姿を見ると、本当は多くのことを考えているのかもしれない。

 

「まぁ、他人に話せるほど家系に詳しいのかって言われると全然そんなことがないから話せないってのもあるんだけどなぁー。」

 

(…いや、案外そんなこともないのかも…。)

 

後頭部を掻きながら愉快そうに笑う衝也を見て少しだけ緑谷は自身の考えを改めた。

そして、少しだけ小さく笑みを浮かべて衝也の方へと視線を向け続ける。

 

「で、でもそんな小さいころから鍛錬なんてして…よく続けられたよね。僕だったら弱音を吐いてすぐに止めちゃいそうだ。」

 

「いや、お前そういいながら絶対つづけるだろ…すぐにそんな似非ヘタレ顔浮かべながら嘘吐くんだからこいつは。油断ならねぇヘタモジャだな緑谷は。」

 

「ヘタモジャって何!?」

 

緑谷のツッコミを無視ししながら「お前は意外と根性あるからな」とつぶやく衝也。

突然の誉め言葉に軽く戸惑いつつもお礼を言う緑谷を見て軽く笑みを浮かべた彼は、ふとその表情を少しだけ俯かせ。

 

「…でもま、確かに今考えてみたら4歳のガキにやらせるような鍛錬じゃなかったからなぁ…子供ながらに鍛錬をしなくてもいいんだったら死んでもいいとまで思ってた気もしなくはない。」

 

「そこまでだったの!?」

 

「おう、本当にこの世の地獄かと思ったぜ?

 

でも、それでも続けてこれたのは…やっぱ追いつきたかった人がいたからかなぁ。」

 

「…追いつきたかった人?」

 

緑谷が少しだけ不思議そうに首をかしげると衝也は軽くうなずきながら短く「そ!」と言って椅子の背もたれを使って思いっきり身体を逸らせた。

 

「ガキの頃からさ、ずっと憧れていた人がいてよ。その人に追いつきたい一心でガキの頃ずっと文句言いながら鍛錬続けてたのを覚えてるよ。

 

たぶん、その人がいなかったら俺は今この場に立っているかどうかも怪しかったんじゃねぇかなぁ?」

 

椅子の背もたれが衝也の体重に耐え切れずにギシギシと悲鳴を上げるが、そんなことはお構いなしに衝也はさらに身体を伸ばして天井を見つめる。

その顔はどことなく嬉しそうで、

 

それでいてどこか悲しそうな雰囲気が醸し出されていた。

 

「その人がさ、またとんでもなく強いわけよホント。せめてもうちょっとだけ弱かったら俺も楽だったんだろうにさぁ…」

 

「そ、そんなに強かったの?」

 

「当たりまえだのクラッシャーだっての。何せ俺はその人に一度も勝てたことがねぇからな。いっつも手も足も出ずにボコボコにされて伸びてたくらいだぞ俺。」

 

「五十嵐君がボコボコに!?」

 

「おう、一方的にボコられて何度も完膚なきまでに叩き潰されたよ。」

 

少なくともクラスでも一、二を争うほどの強者で衝也を一方的に叩きのめす。

そんなことができるなんて相手はいったい一体どんな化け物なんだと頭の中で思わず呟いてしまう緑谷。

そしてそんな緑谷の愕然とした顔を見た衝也は姿勢をもとに戻して少しだけ視線を上に向けた。

 

「…ほんとに、強い人だったよ。もちろん腕っぷしも相当だったけど

 

何より心が強かったよ。

 

いつも笑顔でバカやって…お世辞にも真面目な人だとは言い難かったけどよ…自分の想いにいつも正直で、自分の大切な人を守るために何のためらいもなく身体をはれる…そんな人だった。」

 

「……」

 

そういった後「ま、そんな人に憧れっちまったおかげでこっちは鍛錬やらなんやらで大変な目にあってんだけどな」と言いながら軽く笑みを浮かべる。

 

その笑みは、普段の彼とはまるで違うやわらかく、暖かな笑み。

ナニカを懐かしむようなその笑みを見て、緑谷はほんの少しだけつられて笑みを浮かべる。

 

(五十嵐君の…憧れた人、か。)

 

自分の憧れが『オールマイト』であるように、衝也もまた憧れがあるから前を進んで歩いているのかもしれない。

そんな彼との小さな共通点ができたような気がして、ほんの少しだけうれしさを感じている。

自分が『勝ちたい』と感じた凄い人と同じかもしれないということが、緑谷の心を少しだけ躍らせた。

 

そんな中、衝也は少しだけ笑みを浮かべている緑谷の方へとゆっくり人差し指を向けた。

 

「つーか、お前は俺のこと強いだなんだ言ってるけど…そういうお前だって相当だからな?」

 

「え?ぼ、僕?え、ちょ…なんで僕が!?」

 

思わず素っ頓狂な声を上げて自分を指さしてしまう緑谷。

一体何のことだろうというようなその表情に、衝也は少しだけため息を吐いてからベット上の緑谷へと近づいてきた。

 

「緑谷、お前…マジで何があったんだ?障害物競争の時と言い騎馬戦の時と言い、明らかに強くなりすぎだろお前。」

 

先ほど衝也が言ったように、彼は子供のころから鍛錬を積み重ねて今の強さを手に入れた。

技術を習得し、洗練し、錬磨されたその技はたかだか体育祭という短い期間の中で観察したからといって安易によけられるものではない。

自身の個性で増幅できない速度を補うために、他者が『反応できない速度』にまで洗練した彼の拳は、たとえ個性によってその速度と威力を増した緑谷だからといって簡単にさばけるようなものじゃない。

 

だが、事実として彼は試合の中で衝也の攻撃をギリギリまでさばき続けたのだ。

つい最近までは個性の使い方すらままならなかった緑谷が、である。

衝也とて、彼のそのけっして勝負をあきらめない根性や、クレーバーな発想力、様々な情報を吸収し力に変える分析力等を認めていないわけではない。

むしろそういった部分はほかのクラスメートたちと比べても上位にあるため、正直クラスの中では轟、爆豪に次いで油断できない人物として認識している。

しかし、身体能力や戦闘技術においては爆豪や轟と比べても頭一つ劣っている。

ましてや自分と比べたらお世辞にも張り合えるようなレベルとは言い難かたい。

それは油断でも慢心でもなく、歴然たる事実だ。

それほどまでに緑谷と衝也の間には差があった『はず』。

だからこそそんな彼がこうして自分に食らいついてきたのに衝也は純粋に驚き、

 

知らず知らずの内に心が躍らされたのだ。

距離をとって衝撃波による攻撃に切り替えることも考えた。

だが、向かってくる緑谷が一体どれだけ自分に食らいついてきてくれるのか

一体どんな手を使って自分から勝利をつかもうとしてるのか

一体どうやって緑谷は自分を驚かせてくれるのか

それを衝也が気になって『しまった』が故に起きたあの攻防。

その攻防を繰り広げた本人がゆえに衝也は緑谷がどうやってあそこまで戦えるようになったのかを知りたかったのだ。

 

「そ、そうかな?じ、自分ではそんな感じはしないんだけど…」

 

「明らかに強くなり過ぎだよ…少なくともUSJの時まではお前全然そんなんじゃなかったからな?なんだ?ドーピングか?薬物か?どんな違法行為に手を出したんだ?罪は自白したほうが楽になるもんだぞ?」

 

「あの…せめて僕の話を聞いてくれないかな五十嵐君。」

 

自身を犯罪者扱いして詰め寄ってくる衝也を手で防ぎながら苦笑する緑谷はそのままゆっくりと衝也を引きはがし、少しだけ笑みを浮かべた。

 

「僕の中では強くなったって感じは本当にないんだけど…もし僕が前と変わったように見えたとしたら…

 

 

それはきっと衝也君のおかげだよ…」

 

「…え、なんでここでそういう冗談ぶっこんでくんのこっちは真面目に聞いてるんですけど?」

 

「ええ!?じょ、冗談なんかじゃないよホントだよ!?」

 

「えー、だって俺別に緑谷に何かした記憶なんてないぞ?イジったりは結構してるけど。」

 

確かに緑谷と衝也は登校途中にあったらそのまま一緒に登校する程度には仲が良い。

だが、衝也としては話をしたり登下校をともにしたりはあるものの耳郎のように特訓に付き合ったこともなければ何かアドバイスをした覚えもない。

そんな相手に強くなったのは君のおかげだと言われても説得力がなさすぎる。

だが、緑谷は慌てたように腕を振り回しながらも、その瞳をまっすぐ衝也へと向けていた。

 

「USJの時、あんなに傷つきながら、ボロボロになりながら…それでも僕たちを救けるために前へと進む君の姿を見た時、その…なんて言えばいいのかな?

 

たぶん、君に憧れたん、だと思う。」

 

「…俺に?」

 

「うん、どんなに負けそうになっても、どれだけ自分が倒れそうになっても、それでも誰かを救うために拳を握る。それってきっと、誰にでもできるわけじゃないと僕は思うんだ。実際、僕はあの時、衝也君と同じように負傷していたのに、衝也君と違って動けなかったしさ。たぶんそれってきっと…衝也君みたいに強い想いがなかったからなんじゃないかなって…。」

 

「いや、単純に両足の骨が折れてたからだろ動けなかったのは。覚悟云々じゃないぞ騙されるな緑谷?骨折はそんな精神論で何とかなるようなもんじゃないぞ?」

 

「でも、五十嵐君ならきっと両足が折れてても動いてたんじゃないかな?」

 

「お前の中の俺はいったいどんな化け物なんだよ!?普通に考えて両脚折れてたら動けないだろーが!」

 

「そうだよ、普通に考えたら動けるはずなんてないんだ。でも、それは衝也君だって同じでしょ?『普通に考えて』あれだけ重症の人間が、動けるはずがないんだ。

 

だけど、衝也君はどれだけ傷だらけになっても、どれだけ血を流しても最後の最後まで僕らを守ろうと必死に戦ってくれた。

 

そんな君の傷だらけの姿が…僕の憧れの人の姿と重なったんだ。」

 

自分があこがれた世界一のヒーロー。

どんな時でも、どんな逆境でも、人々の不安を消し去るように笑い、幾千の人を救ってきた平和の象徴、オールマイト。

だが、おそらくは生徒の中では自分だけしか知らないそんな平和の象徴の本当の姿

 

トゥルーフォーム。

 

5年前、とある敵によって与えられたという傷によって生まれたその姿は、普段の筋骨隆々な彼の姿からは想像もできないほど痩せこけた姿だ。

そして、その身体に刻み込まれた未だ消えない凄惨な戦いの爪痕が彼を今もなお苦しめている。

呼吸器官半壊に胃袋の全摘出

普通であればそんな状態でヒーロー活動などできるわけがないし、やろうとも思わないはずだ。

 

だが、彼はそれだけの怪我を負ってもなお、いまだにこの国の平和の象徴として、依然人々を救り続けている。

 

それは、彼の胸に平和の象徴としての信念と覚悟が宿っているからこそできる『誰にも知られることのない』偉業。

 

その偉業を知っている緑谷だからこそ、衝也のあの時の姿が

 

自分の憧れたヒーローと重なったのだろう。

 

「君のあの姿を見たからこそ僕は、人を救うのには色々なことが…本当に色々なことが必要なんだって気づくことができたんだ。」

 

人を救うには相応に力がいる

以前オールマイトから言われたことの重みは、無個性だったからこそある意味痛烈に理解できた。

そして、人を救えるようになるためにはきっとそれ相応の覚悟がいる。

それはオールマイトと、USJの時の衝也の姿が教えてくれた。

 

ヒーローとして…否

人を救うために必要なその二つの要素が、緑谷には足りていなかった。

 

「だから、弱いままの自分じゃダメなんだって…今までみたいに『憧れ』だけで人を救おうとしたら…きっと誰も救えないんだってことを知ることができたんだ。」

 

そう、『知ること』ができたからこそ、緑谷は体育祭が始まるまで力をつけようと努力することができたのだろう。

個性の感覚をつかむために、何度も何度も個性のイメージを反芻させた。

体力をつけるために、一日中トレーニングルームに引きこもって筋力トレーニングを繰り返した。

そして

 

自分に足りない戦闘技術を盗むためにほかの人の動く姿をずっと観続けた。

 

「だから、もし五十嵐君が僕が変わったって思ってくれているのなら…それはきっと君のおかげだ。君の戦うあの姿が、僕に足りない物を改めて気づかさせてくれた。

だから、僕はきっと変われたんだと思う。」

 

「…緑谷」

 

こちらを視て不器用に笑ってくる緑谷を見て少しだけ目を見開いた。

 

「…俺は別にそんな精神論もお前が変わった話も聞きたくないんです。いいからお前がそこまで強くなった理由を聞かせろ。」

 

「い、五十嵐君…」

 

「アハハ、うそうそ、冗談だよ。そうマジにとらえんといて。」

 

『えぇー…』という声が聞こえてきそうな緑谷に軽く笑みを浮かべながら返答する衝也。

相変わらず冗談なのか本気なのかいまいちよくわからない彼の飄々としたその姿に緑谷もおもわずため息を吐いてしまう。

 

「にしても…オールマイトと俺が一緒とは…とんでもない人間と一緒にされちまったなぁおい。言っとくが俺はさすがにあの人ほどチート患ってないからな?パンチ一つで天候を変えられるほど俺は化け物じゃないから。」

 

「それじゃあまるでオールマイトが化け物みたいじゃ…ってちょっと待って!?なんで五十嵐君が僕がオールマイトに憧れてること知ってるの!?」

 

「逆になぜ知られてないと想ってたのかを知りたい。」

 

驚いた様子の緑谷にあきれ顔を浮かべた衝也はギシリと座っている回転いすをきしませながらニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「話をする度にその日オールマイトが解決した事件を笑顔で俺に見せてくるわヤフーニュースに上がるオールマイトの関係した事件を長々と解説するわ…おかげでスマホ持ってないのにヤフーニュースの見方覚えちまったくらいだからなぁ。

そんだけオールマイトのことを調べてるやつの憧れがオールマイトじゃなかったら逆に引いてる。え、興味もないのにここまで調べてんのキモッ!てな。

…まぁ今でも十分に気持ち悪いけど。」

 

「気持ち悪い…」

 

衝也のまったく悪気のない一言で若干傷つく緑谷。

そんな緑谷の姿を見て計画通りという風にニヤニヤを深くする衝也は笑みだけは崩さずに再び話をもとへと戻す。

 

「けど、お前が色々小難しいことを考えてるってことはなんとなくわかったが、「小難しいって…」肝心の俺の動きに対応できた理由を聞いてないぞ緑谷君や。もったいつけずに教えてくださいな。」

 

「お、教えるって…別にそこまでのほどのことじゃないと思うけど…たぶん、

 

ここ一週間ずっと五十嵐君のことを観続けてたから、じゃないかな…?」

 

「…観続けた?」

 

衝也の不思議そうな声色の言葉にゆっくりとうなずく緑谷。

その言葉に不穏な空気を感じたのか少しだけ衝也の背中が寒くなる。

 

「例えば、五十嵐君ってここぞっていうときに拳の振りが若干だけど大きくなってるんだよ。」

 

「…え?」

 

「だからそこをついてさっきは攻撃をしようとしたんだけど…ってどうしたの五十嵐君?」

 

「んー、いや…ちょっとショックが強すぎてな…うん。」

 

嘘だろ…自分では直したつもりだったんだけどなぁ…と目に見えてショックを受ける衝也。

そんな衝也を見て緑谷は慌てたようにフォローを入れる。

 

「で、でも五十嵐君のはかっちゃんのとは違ってほんとにわずかっていうか!ほんのちょっとだけだから一週間見続けても気づくのに時間がかかったし!そんなにひどいわけじゃ…」

 

「あ、いや…そういうわけじゃなくてよ…

今言った緑谷の俺の癖は俺がガキの頃から言われてきたもんでさ…それ治すために結構努力したわけよ。そのおかげでか今の今まで気づかれなかったわけで、それを見抜かれたっていうのがちょっとなぁ…」

 

「そ、そりゃ一週間も見てたんだしさ!」

 

そういって緑谷は落ち込んでいる衝也を慰めようとさらに話を続ける。

 

「トレーニングをするときは必ずサンドバック打ちで身体を暖めてから入るし、食事をするときには必ず箸を水にぬらすし、食事をもらう人は大体切島君か上鳴君、女子だと耳郎さんか八百万さんよく使うトレーニングルームは第26と14トレーニングルーム。教室から入ってくるときは大体教卓側の扉からで扉を開ける手は大体右手あとはトイレに行くのは決まって二時間目と四時間目の休み時間居眠りが多いのはマイク先生の英語の授業で、見た時に表情が一瞬嬉しそうになる食べ物は」

 

「ごめんちょっと待って緑谷本気で待って。」

 

「?」

 

矢継ぎ早に繰り出される緑谷の衝也情報に思わず待ったをかけてしまう当人。

その顔は少しだけひきつっており、尋常じゃないほどビビっていた。

 

「…お前さ、まさか一週間ずっと俺のこと見てたって、そういうこと?」

 

「え、う…うん。あ、いやさすがにこんなことは分析ノートには書いてないけど!それくらい僕は五十嵐君のことを観てたってことを伝えたくて!」

 

「ちょっと待ってノートにまで俺の情報まとめてるの!?」

 

「い、一応ほかの人たちのもまとめてるけど、量が多いのは五十嵐君とか…あとは勝っちゃん、飯田君とか。」

 

「…ちなみに何ページ分?」

 

「えっと、五十嵐君のは確かちょうど7ページ分くらい…」

 

「緑谷、お前ちょっと本気で気持ち悪いわ。」

 

「えぇ!?」

 

かなりドン引きした表情での気持ち悪い発言にショックを受ける緑谷。

ベットの上でなんで?という風な表情を浮かべている緑谷を見て衝也は本気で緑谷との友人付き合いを見直したほうが良いのではないかと考える。

 

(だがまぁ…強くなるわなぁこいつは間違いなく。)

 

一週間

 

たった一週間だけで自分のほんの些細な癖を見抜き、それを試合に活かし、あまつさえ相手の動きに対応するにはそれこそ並外れた執念と分析能力が必要となってくる。

もし自分が入院せずにいたらその倍の二週間。

単純計算でいけば今の二倍の情報を仕入れていたわけだ。

もちろん、そう単純なものではないとわかってはいるが、もし仮に自分が入院せずにこの体育祭に挑んでいたとしたら、もう少しだけ試合内容も変わっていたのかもしれない。

 

(つーか一週間まともに見られてても気づかなかったとは…俺も少し鈍ったか?

 

…体育祭が終わったらまたちょっと爺様んとこ帰ってみるか…つらいけどしょーない。あきらめろ、鈍っちまった俺が悪い。)

 

そこまで考えて衝也は少しだけ嫌な表情をしつつも自分を納得させる。

そして、未だにちょっとショックを受けている緑谷を見て、少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「でもま、一応は合点がいったわ…お前がそこまで強くなった理由。

お前ってば意外と戦い前にちゃんと盤面整えとくタイプだったんだな。」

 

「え、あ、ありがとう。でも…結局五十嵐君には最後まで手も足も出なかったし…まだまだだよ。」

 

そういって拳を少し握りしめる緑谷を少しだけ見つめる衝也。

そして

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ…」

 

呆れたようにわざとらしく大げさにため息を吐いた。

 

「えぇ!いきなりため息って…ぼ、僕何か変な事言ったかな?」

 

「なぁにが最後まで手も足も出なかっただよ…。」

 

「え?で、でも実際僕は」

 

「お前が本当に手も足も出なかったんならそもそも俺がここにくる必要なんてなかったんですけど?」

 

「…?」

 

衝也の言葉に思わず『僕に聞きたいことがあるから来たんじゃ?』と首をかしげてしまう緑谷。

そんな緑谷を見て衝也は二度目のため息を吐いた。

 

「はぁ…緑谷さんよ。ちょいと俺からの質問なんだが…

 

お前のその右腕、どうして怪我したか覚えてるか?」

 

「…あ!そ、そういえば!?」

 

衝也の指摘に緑谷がようやく起きた時に最初に思った疑問を思い出した。

 

そう、緑谷の一番最初の疑問…それは

 

「僕は、個性を使う前に五十嵐君に倒されたはずなのに…」

 

なぜ、個性を使う前に倒されたはずの自分が個性による反動によってけがをしてしまっているのかということだった。

 

衝也との試合の最後

衝也の攻撃を誘発し、その癖をついて懐へと入り込んで放った限界ギリギリの攻撃。

彼の鳩尾めがけ、必死に拳を振り抜こうと『した』。

そう、その握りしめた右拳を振り抜こうとしたところで、緑谷の意識は途絶えている。

個性を発動する前に、その拳が衝也へとたどり着く前に

緑谷の意識は、すでになくなっていたはずなのだ。

 

「ああ、正直俺もそう思ってたよ。

 

 

お前に殴られた時までは、だけどな。」

 

そういって衝也は自分の体操服をめくり上げる。

するとそこには服では視えなかった彼の鍛え抜かれたその腹を覆い隠すように包帯がまかれていた。

 

「…!あ!ご、」

 

「言っとくけどリカバリーガールが大げさにまいただけだからお前は気にすんなよ?実際は治癒でばっちり治ってるし、そこまでひどいもんじゃねぇ…それでも威力はヤオモモの大砲以上だったけどな。」

 

「…ッ!」

 

謝ろうとした緑谷に先手を打つような形で言われたセリフに言葉を詰まらせた緑谷に思わず笑みを浮かべた衝也はゆっくりと体操服をもとに戻す。

 

「手ごたえはあった。お前の意識がなくなったはずだっていう確信も得てた。

そんな油断があったから、お前のこの一撃を受けたんだ…お前が謝る必要はねぇよ。」

 

緑谷が懐へと入り込み、攻撃を仕掛けようとしたその刹那

 

衝也はすでに空いたもう一つの手で、緑谷を攻撃していた。

それは個性の強さがなされた業ではなく、彼の技術によってなされた業。

 

脊髄への攻撃。

 

人体の急所の一つ、脊髄。

ドラマや漫画などで首の後ろをたたき、一瞬の内に相手を気絶させる姿をよく見るだろう。

 

簡単に言ってしまえばそれと同じ技術。

だが、実際はそんな簡単なものではない。

攻撃を当てる場所、強さや速さなど、ありとあらゆる物がかみ合わなければ相手に無駄なけがを増やしてしまう(脊髄損傷によって後遺症を残したり等)し、何より相手が気絶しない。

そんな高度な技術を実戦でやれるものはほんの一握りだろう。

そして、懐へ入り込んだ緑谷に向けて放たれた衝也の拳の衝撃は寸分たがわず緑谷の頸椎のその先、脊髄へと伝わり

 

結果、緑谷の意識をブラックアウトさせたのだ。

 

「…俺は甘く見てたんだよ。お前のことを…お前の執念…いや、もしかしたら信念かもな。」

 

「信念?」

 

「ああ、意識は完璧に刈り取った。だからもう俺の勝ちだ、お前はもう動けない。

そんなことばかり考えてたから…俺はお前に殴られた。」

 

そういって、ゆっくりと緑谷の方を向く。

そして、一度だけ大きく息を吐いて、少しだけ嬉しそうに話をつづけた。

 

「意識を失っても、動けなくなったとしても…

 

それでもなおお前を突き動かした信念を、俺は甘く見てた。」

 

避けようと思えば避けられた攻撃。

そんな攻撃を甘んじて受けてしまったのは

 

意識がないから動かないと思い込んでしまったからだ。

 

「意識がなかったとしても…たとえ、動けないような状態になったとしても…その人に強い想いがあるのなら…その強い想いがその人の身体を、心を突き動かす。

 

そんな当たり前のこと…ずっと前からわかってたことなんだけどなぁ…」

 

そういって少しだけ視線を下に落とす衝也。

その表情は緑谷の方からは確認ができない。

だが、その雰囲気は普段の彼とは少しだけ違うように感じられた。

 

「あの時、俺はお前に負けたんだよ。

 

意識を失ってもなおお前を動かしたその想いにな。」

 

「で、でも僕の攻撃を受けても五十嵐君は…」

 

「お前があの時100%の力で打とうと考えてたら俺の身体はそれこそ目も当てられないほど悲惨なことになってたはずだ。どちらにせよ、お前の攻撃を受けちまった時点で俺の負けだ。それだけのパワーがお前の個性にはある。

 

まぁ…自分が動けなくなってまで勝つことが本当に良いことなのかどうかはわからないけどな?」

 

そこらへんは状況次第だろ、と言って衝也は後頭部をカリカリと書き始めた。

そして、ゆっくりと緑谷の方へと手を突き出した。

 

「お前はきっとこんなんじゃぁ納得しねぇだろうが、少なくとも俺はこれでお前に三つ借りを作っちまったと思ってる。

 

だから次は絶対に勝つ。

お前に借りた三つ分倍返しにして利息もおまけ付きで返せるほど圧倒的にな。

 

だから、お前も強くなれよ?

 

そん時に今とたいして変わんなくても俺は容赦しねぇぞ?長期入院しねぇように、しっかり身体鍛えとけ!」

 

衝也のその言葉に少しだけあっけにとられてしまう緑谷。

緑谷としては、衝也には完膚なきまでに負けてしまったと思っている。

それはきっと主観的に見ても客観的に見ても変わらない事実だろう。

だが、勝った本人はそれをよしとしていない。

 

その様子と、彼のそのある意味自分を妥協しようとしないその姿に、少しだけ笑みをこぼしてしまう。

 

「…!…うん、わかったよ五十嵐君。

僕も次は、君に勝てるほど強くなる。

 

だから、次は絶対に超えてみせるよ!」

 

そういって、少しだけその瞳を濡らしながら力強くその手を握りしめた。

 

それは、憧れの人に追いつこうとする者と、憧れた人を追いかけ続ける者が交わした約束。

 

その約束は、緑谷の心に新たな想いを植え付けた。

 

 

いつの日か、目の前にいるこの少年と肩を並べられるような

 

そんなヒーローになりたいという想いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや待て緑谷、何度も言うように今回は俺が負けたわけなんだからお前が勝つという単語を言うのはおかしい!撤回を要求する!」

 

「五十嵐君…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

防戦一方

 

この試合を見ている人間のほとんどが今その四字熟語を頭の中で思いだしていることだろう。

今のこの戦闘はそう思えるほどに一方的な物だった。

 

「ハッ!!」

 

飯田が短い掛け声とともにその身体を加速させる。

騎馬戦の時に見せたレシプロと呼ばれる加速方法ほどではないにしろ、自身のギアを最大限まで上げての移動は十分高速と呼べる。

事実、この場にいる大半の人間が目で追うのもやっとという速さだ。

そして

 

「いッ…!」

 

それは飯田と直に対戦している切島にも当然言えることだろう。

速度の勢いをそのままにして放たれる蹴りを横腹に食らい若干顔を顰める切島。

およそ常人ではまず出ることのない速度と共に放たれるその蹴りの威力は人ひとりを吹き飛ばすのには十分な勢いもそれに見合うだけのダメージもある。

だが、その蹴りを受けてもなお切島は倒れない。

 

「っ、らぁ!!」

 

すぐさま蹴りを入れて来た飯田に向けて拳を振るう。

 

「ッ!」

 

だが、その拳が彼に届くよりも早くに飯田はすぐさまエンジンにより加速して彼から距離をとる。

そして、速度をそのままに飯田は距離をとったまま素早く大きく弧を描くように移動していき、今度は彼の背面から蹴りを仕掛けた。

 

「ぐッ…

 

らっしゃ!!」

 

必死に飯田の動きについていこうとしてもその速度に身体が追い付かず、再び切島はなすすべなく飯田の攻撃をもろに受ける。

が、そんなことはまるで関係ないという風に切島は蹴りを上半身だけを逸らしながら背後の飯田へと裏拳気味に拳を振るう。

その拳をバックステップで避けながら飯田はさらに距離をとった。

 

防戦一方

 

試合が始まってから今まで一切速度を緩めずに攻撃を仕掛けてくる飯田に、切島はなすすべなく防御をし続ける。

この試合はまさしく飯田の速度についていけていない切島の防戦一方になっているように見えていた。

 

『YEAH!!またもや飯田の攻撃が切島にヒットぉ!!騎馬戦の時ほどじゃねぇが相変わらずすげぇスピードだぜおい!そのスピードにはさすがの切島もなすすべなく防御のみ!!こりゃちっとばか熱血ボーイが不利な状況だぁ!!』

 

実況のプレゼントマイクも、今のこの切島の状況にたまらずそう声を張り上げる。

実際試合開始から今まで切島の攻撃は一度として当たっていない。

それに引き換え飯田の攻撃はその速度も相まってか今のところ百発百中。

今はかろうじて個性での防御が成功しているが、攻撃を一度も当てられていない今の状況で切島が勝てる可能性は薄い。

彼の防御が何かの拍子に切れてしまえば、即座に状況は飯田の方へと傾くだろう。

そう誰もが考えている中で

 

『…そいつはどうかな?』

 

解説の相澤だけがその考えに待ったをかけた。

 

『WHY?そいつぁ一体どういう意味だイレイザー?』

 

『確かに切島はその個性の防御力を活かしてのインファイトを得意とするスタイルだ。飯田のようなその機動力を生かしたヒット&アウェイのスタイルをとる奴とは少しばかり相性が悪い。ましてや、フィジカル面においても飯田の方が少しだが分がある。切島の個性の耐久力いかんにおいてはあっという間に勝負が決まってたかもな。』

 

切島はもともとその個性の特性上、インファイトによる接近戦を最も得意としている。

個性によって硬化したその身体は生半可な攻撃ではダメージを通さない。

故に、相手の攻撃を意に返さず攻撃を続けられる。

そのため、相手と常に攻撃の応酬がなされるインファイトが彼にとって最も有利な戦い方になる。

 

だが、それに対して飯田の戦法はそのスピードを活かした近接戦闘からヒット&アウェイ戦法と幅ととれる戦法が広い。

その中で選んだ速度を保ちつつのヒット&アウェイ戦法は今の切島のファイトスタイルとはあまり相性はよくない戦法になる。

機動力で大きく差をつけられている切島がいくらインファイトを望んでも、飯田に追いつくことができないからだ。

これでは切島はスピードで勝る飯田とインファイトに持ち込むことができない。

 

『だが、切島の個性なら相手が苦手なヒット&アウェイスタイルのやつでも戦いようがある。』

 

『ほうほうなるほどなるほど!…んで!その戦いようってのは何よ?正直俺にはぜんっぜんさっぱりわからないんだけど?』

 

『…麗日の時といい今といい、お前は本当にそんなんでよくプロになれたなほんと…

 

よく見てみろよ、切島の戦い方を。』

 

『…WHAT?』

 

相澤に促されてマイクは首を傾げつつも試合の方へと向き直る。

そこには、先ほどと変わらずそのスピードでステージを縦横無尽に駆け抜けながら切島へと攻撃を仕掛ける飯田の姿がある。

その飯田の速度に対応できず、やはり切島は彼の攻撃をまともに受ける。

それでも個性の硬化で防御力を増した身体でふんばり、攻撃してきた飯田へと拳を振るった。

が、やはりそれも躱されて再び距離をとられてしまう。

だが、そのやり取りを見ていたマイクのサングラスの奥の目が一瞬だけだが見開かれた。

 

『…っ!』

 

『ようやくわかったか?』

 

『…なーるほどねぇ。

 

ぜんっぜんわかんねぇYO?』

 

『こいつ…ッ!』

 

自身の頭を軽くはたきながら愉快そうにのたうち回る旧友の姿を見て少しだけ額に青筋を浮かべる相澤。

そんな彼の姿が自分のクラスにいるクソ問題児と重なったせいか怒りも倍増する。

 

『…カウンターだ。』

 

『カウンター?』

 

呆れたようにため息を吐いた相澤のその言葉にマイクが少しだけ首を傾ける。

 

『どんなやつでも、相手の動きがほんのわずかに止まる瞬間ってのがいくつかある。それの一つが相手が攻撃を受けた直後だ。蹴りにしろ殴打にしろ、相手の攻撃を受けた直後はほんの一瞬ではあるが相手の動きが固定される。そこを狙って攻撃をすれば、つまりは相手の攻撃にカウンターを入れる形で攻撃をすればいくら相手が速かろうが当たる可能性はある。攻撃が当たっちまえば否が応でも相手の態勢は崩れるはずだ、そこをすかさず畳みかければ、勝機はある。』

 

カウンターというのには主に二種類の方法がある。

一つは相手の攻撃に合わせて、あるいはそれよりも早く攻撃を仕掛けるカウンターだ。

轟の戦いの最中衝也が見せた脇を抑えるという行為はある意味これに当たる。

だが、このカウンターは相手の虚を突けるため成功すれば当たる確率も大きく、相手の動揺や威力の向上すら狙えるものの、そもそも成功する確率がかなり低いうえにリスクも高い。

相手の動きや攻撃の際のほんのわずかな癖を見切れなければほとんどの場合成功せずに相手の攻撃をもろに食らうことになるからだ。

実際戦闘でこういったカウンターをとるものは少ないだろう。

 

そして、もう一つのカウンターが

 

相手の攻撃を受けた直後に攻撃をし返すというものだ。

相手の攻撃が当たった時というのは、相手の意識が最も攻撃に向いている瞬間でもある。

その時間はほんの僅かだろうが、そこをついて攻撃、いわばカウンターを叩き込めばいくら相手の速度が速かろうが当たる可能性が出てくる。

そのうえ、このカウンターは相手の攻撃の防げさえすればよいので実施するのも簡単で、相手のスピードが同程度ならば成功する確率も高い。

もちろんその分攻撃によるダメージなどのハンデもある

 

『ダメージっていうデメリットはアイツの個性が消してくれる。飯田の攻撃を受け、その直後攻撃をし返す。

アイツが今やってる戦法がまさしくカウンターを使った戦法だ。

現状機動力で自分を大きく上回る飯田の動きを見切れない以上勝つにはそれしか方法がないだろ。』

 

『うーん、だがよぉ!その戦法だって今のところ全く通じてねぇわけだし…防戦一方なのは変わらなくねぇか?』

 

『…おそらくは飯田も切島の狙いが分かってるんだろうな。だから攻撃をした直後でも即座に切島の攻撃を避けることができてる。『受ける』ことが前提の切島に対して少なからず飯田も『受け止められる』ことを前提にして戦ってるんだろう。』

 

(だからこそ、これからどちらがどう状況を覆すかで勝負の行方が決まってくる。)

 

『さて、どちらが先に戦況を変えるかな…?』

 

相澤が少しだけ楽しそうにそうつぶやきを漏らす間も、変わらずに試合は進んでいく。

 

 

 

 

 

相変わらず切島と距離を保ちながらステージを駆けていく飯田。

こうやって動き続けているのは切島に距離を詰められないようにするための対策だ。

絶えず動きを止めずに相手を翻弄し、持ち前のスピードで距離を詰めて攻撃を仕掛けていく。

だが、今のところ決定打となる攻撃はできていない。

切島の個性の防御力と彼の身体の踏ん張りが飯田の予想よりも強固な物だったのもその原因の一つだろう。

レシプロほどではないにしろ速度の勢いに乗った蹴りの重さは普通の倍以上はある。

ましてや脚の筋力は腕の倍はある。

その蹴りを食らえばほとんどの人は防御しても態勢がブレるはずだ。

態勢が崩れてしまえさえすればあとはレシプロを使って相手を場外にもっていけばそれで終わりだったのだが、予想以上に切島は態勢を崩すこともなく、あろうことかこちらの攻撃にカウンターまで仕掛けて来たのだ。

これは、飯田にとって予想外の誤算だった。

 

(今の俺の攻撃では今のジリ貧のこの状況が続くのみ…だが、レシプロを使ってもし相手に攻撃を受け止められたらピンチになるのは俺だ。うかつにレシプロを使って自分の首を絞めるわけにもいかん…くそ!どうすれば…!)

 

ステージを駆け巡りながら考えをめぐらす飯田。

しかし、中々いい考えが浮かばず…かといって何もしないでいてエンジンを無駄遣いするわけにもいかないため結局先と同じようにまた切島へと攻撃を仕掛けていく。

そして、飯田の蹴りがまた同じように切島の横腹に突き刺さる

 

 

ハズだった。

少なくとも飯田の中では。

 

「っと!」

 

「…ッ!?」

 

ブオンッ!という豪快な風切り音と共に空を切る飯田の蹴り。

対する切島は彼が今までいた場所の横へと転がっていき、即座に身体を起こした。

 

避けた。

 

今までずっと飯田の蹴りを甘んじて受け続け、カウンターをとり続けていた切島が

 

この試合で初めて、明確に彼の攻撃から逃れようとしていた。

 

「…っ!」

 

そんな初めて見た彼の行動にわずかに目を見開いた飯田は少しだけ息を吐いた後即座に方向を転換して再度攻撃を仕掛けていく。

だが、それを予期していたかのように切島は横へと飛んで飯田の蹴りを再び避ける。

飯田は空を切った脚からさらにエンジンをふかして軌道を強引に変えて地面につけ、もう一度切島の方へと詰め寄って蹴りを放つ。

が、今度は身体をかがませてその蹴りを避け、即座に追撃をされないために距離を離した。

 

その間に飯田もエンジンをふかして切島から距離をとり、再びステージを駆け始める。

だが、その頭の中では先ほどの切島の動きについて考えていた。

 

(間違いない…切島君は俺の攻撃に対応し始めている…まさか、最初から受けに徹していたのはこれが理由か!?)

 

飯田の攻撃を避け始めている。

それはつまり

 

飯田の攻撃を見切りつつあるということ。

最初はそれこそ受けることしかままならなかった切島が、自分の速度に対応し始めている。

そして、飯田はその様子を見て考える。

 

彼の狙いは、はなからカウンターではなく自分の動きを見極めることだったのではないかと。

カウンターという受け前提の攻撃を仕掛け続けることで相手が『受ける』ものだと錯覚させ、避けることなどないと思わせる。

そして、相手に思い込ませてから攻撃を見極めた段階で相手の攻撃を避け、最高のカウンターを決める。

これが切島の本当の目的ではないのかと

 

(切島君が錯覚云々にかんして意図してやった可能性は低いだろうが…俺の動きを見極めようとしている可能性があることは否定できない…となると今までのようにむやみに攻撃をするのは危険だ。)

 

かといって攻撃をしないで動き回るだけでは勝てるわけがない。

しかし、むやみに攻撃して相手に情報を渡した挙句、攻撃を食らってしまっては意味がない。

ならばどうすればいいか。

その答えは、すでに飯田の中で出ている。

 

(ならば…切島君が俺の動きを見極める前に、今まで以上の速度で瞬時にケリをつけるしかない…か。)

 

今以上の速度

 

つまりは飯田の切り札ともいえる爆発的加速技『レシプロバースト』

レシプロの瞬間速度は今の飯田の速度を大きく上回る。

その速度ならば切島に対応されることもなく、レシプロが切れる前に彼を場外へと放り投げることができる。

 

(というよりも、攻撃を避けつつある今の現状で残される択はそれ以外にない。

となれば、迷っている暇などは、ない!)

 

そして、飯田は大きく深呼吸をしたその瞬間

 

「…レシプロ・バーストッ!!」

 

切島の目の前にいた飯田の姿が加速音と共に消え去った。

 

(エンジンが止まるまで約10秒!その間にケリをつける!!)

 

そして、一瞬の内に飯田が切島の目の前に詰め寄ったその刹那

 

 

 

 

 

「うっらあああああああ!!!」

 

 

 

飯田の意識が、鈍い衝撃と鈍痛によって刈り取られた。

 

 

轟音と共に飯田の身体がコンクリートで作られた地面へとたたきつけられる。

そして、横たわる飯田の頬にたたきつけられたままの切島の拳。

その拳は

 

普段の彼の腕とも、硬化した彼の腕とも違い、一回りほど大きく、それでいて歪なほどごつごつとした形になっていた。

 

『…な、なななな…!!い、一撃…一撃だァァァ!!なんとなんとなんとぉぉ!!今の今まで攻撃を当てることすらできなかった切島の攻撃が、反則技であるレシプロバーストを使ったはずの飯田にクリーンヒットぉぉ!?しかも一撃で飯田の意識をブラックアウッ!?あまりの急展開に思わず実況がワンテンポ遅れっちまったぜおい!』

 

マイクの驚いた実況が響く中、切島はゆっくりと飯田から拳を離す。

飯田の頬には叩き込まれた拳の形が見て取れた。

 

『レシプロバースト、その加速力と瞬間速度は凄まじい。プロの中でも見切れる奴はそう多くはねぇだろう。

だが、その速度の大きさゆえにはじめの軌道が直線的になるきらいがある。いくら速さが爆発的に上がろうが…相手の来る軌道が分かってりゃ見切れなくても対応はできる。

そこを切島はついてきたんだろうな。

レシプロで加速したと同時に拳を振り下ろし、アイツの動きに合わせて攻撃を放ったんだ。

恐らく、今まで受けていた攻撃を避けたのも飯田のレシプロを誘発させるための行動だろうよ。』

 

『YEAH!ナイス解説サンキューイレイザー!!』

 

(…とはいっても、少なくとも今までの切島ならあのままジリ貧になって負けていただろうし、こんな策を思いつくような奴でもなかった。…何よりフィジカルで自身を上回る飯田を一撃で昏倒できるような攻撃を打てなかっただろうな…

蛙吹と言い、耳郎と言い、緑谷と言い、切島と言い…今年の体育祭は入学初日よりも明らかに強くなってきてるやつが多い…。)

 

『これも…あのバカの影響だとするなら…少しはバカも役に立つって事かもしれないな。』

 

小声でそうつぶやきながらふとあのクラス一の問題児のバカ面を思い出し、わずかに唇を釣り上げる相澤。

そんな中、切島は荒く肩を上下させながら軽く息を整えつつ、伏している飯田を見続ける。

 

「…わりぃな飯田。一撃で決めねぇとまずいから…ちっと加減できなかった、ほんとにすまねぇ。」

 

そういって少しだけ目を閉じて謝罪の言葉を口にする切島。

 

「けど…俺にも『絶対ぇに』負けたくねぇ…負けちゃいけねぇ理由も…今より強くならなきゃいけねぇ理由もあるんだ。

 

だから…乗り越えさせてもらったぜ飯田…おかげで俺は、また一歩前へと進めた!

 

ありがとう!お前の分まで、俺は必ず勝ち進む!!」

 

そういって拳を強く握りしめながら一度だけ大きく頭を下げる。

それは謝罪ではなく感謝の一礼。

 

互いに勝つために、負けないために全力で戦った。

その相手に対しての、切島なりの誠意の見せ方だった。

 

深く、そして短く頭を下げた切島はゆっくりと前を向く。

 

 

 

その心の内に、追い付きたい少年の背中(強くなりたい理由)を思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 




切島と飯田の戦いを早く書きたいのに長くなってしまった…
これが原作主人公の力なのか…!



単純に私の構想力のなさが原因ですね…すいません…

ていうか戦闘書くのへたくそなのに戦闘シーンを早く書きたいという…
でもジャンプを見てる人なら早く切島君を書きたい理由をわかってくれると信じたい!

ちなみに切島君と飯田君の試合はルフィVSベラミーの戦い方をおもいっきり参考にして書きました。←おい


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第三十二話 叫べ心!燃えろ魂!これが切島(おとこ)の生き様だ!

さてさて、まず最初に皆様にお詫びを。
まことに申し訳ありませんがこのたび耳郎ちゃんVS蛙吹ちゃん(そういえば衝也一回も梅雨ちゃんって呼んでないな)の試合はカットすることにしました。
理由としては単純に試合がおもっくそ短いからです。
試合が短いと私はそのほかの、例えば戦っている人間の心情やらなんやらを書いて文字数稼ぎをするのですが…それが普段の3倍くらいになっちゃって正直とんでもなくグダグダに…

というわけで申し訳ありませんがカットさせていただきます!!
ちくしょう!
耳ロインとケロインのコラボレーションが…!



 

飯田と切島の試合が終わったその後、

 

続く耳郎VS蛙吹の戦いは先の試合と似て接戦が繰り広げられた。

蛙吹の舌による攻撃を耳郎が紙一重でよけながら距離を詰めようと前に出る。

蛙吹の舌は耳郎のプラグよりも一回りほど間合いが大きい。

そのため、必然的に耳郎はプラグの届く位置まで距離を詰めなければいけない。

だが蛙吹とて彼女の狙いは把握済み。

彼女が前へ出れないように常に距離をとりながら舌を振るい続けた。

しかし、状況としては蛙吹に傾きつつあった流れを終盤で耳郎が強引に作り替えた。

なんと半ば強引に前へと飛び込んでいき、プラグをステージの床へとぶっさし自分の足場もろとも蛙吹の足場を崩したのだ。

突然足場が崩れたことに動揺して動きを止めてしまう蛙吹。

それを逃さずに耳郎は前に飛び出した勢いそのままに蛙吹に組み付き、無理やり彼女を押し倒してプラグを突き立てたのだ。

結果、蛙吹が降参をして耳郎が勝利し、二人の接戦に感動した観客たちからあふれんばかりの拍手を送られることとなった。

お互いのことをよく知る友人であり、互いに相手のことを認めているからこその大接戦の熱闘に多くのヒーローたちが魅了されたことだろう。

事実どっかの実況者は終始テンションMAXで実況しまくっていた。

 

そして、上りに上がりまっくた会場の熱気によって気分は最高調。

二回戦のオオトリを飾る上鳴VS爆豪の試合にも期待が高まったのだが…

その試合が終わった時の会場の熱気は急激に冷え込んでしまった。

試合時間はわずか数秒。

試合開始と同時にいきなり全力全開で電気をぶっ放した上鳴の放電を爆豪が空中へと逃げて避け、容量オーバーしてウェイウェイ状態になった上鳴に爆撃を叩き込んでそのまま彼をぶっ飛ばして終わってしまった。

まさしく『瞬殺』と呼ぶにふさわしい戦いの内容に観客たちは同情すらできずに興が冷めてしまったわけだ。

上鳴にとっては一回戦ではアホ面を全国に広めるわ、二回戦では瞬殺されるわとベスト8まで残ったというのにさんざんな結果の体育祭になっただろう。

彼のメンタルの強さいかんでは体育祭が軽いトラウマになりそうなほど凄惨な結果である。

 

そして、舞台はついに準決勝へと移っていく。

 

少年たちの夢をかけた死闘の終わりが、刻一刻と近づいてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相手は…切島か」

 

コキコキと、廊下をゆっくりと歩きながら軽く首を回し、次に対戦する相手の名前を口にする衝也。

 

切島鋭児郎

 

彼のことを一言で表すならほとんどの者は熱血野郎とでも答えるだろう。

口を開けば漢らしいだの熱いだの燃えるぜだの言ってくる彼は、実際時々うっとうしく思えるほど熱苦しい。

恐らくは明確な理想像があるからこその行動なのだろう、理想像があるのはもちろん悪いことではないが正直ちょっといい迷惑である。

もちろん、その想いは衝也も変わらない。

だが衝也はそんな切島をクラスの中でもヒーローに向いている方だと思っている。

 

誰にでも…それこそ爆豪のような性格がクソのような人間にも歩み寄ろうとすることができる懐の広さ、大切な友達を守ろうと前に出ることができる勇敢さ

何があってもあきらめない根性、正義感溢れるその心。

戦闘技術や個性云々ではなく、一緒にいて痛感する彼の裏表のないまっすぐさは、彼のその熱い心は、ヒーローになるうえできっと大切になってくる要素の一つだろう。

 

さらにUSJの事件以来何か思うことがあったのか今まで以上に頻繁にトレーニングルームに通い、身体を鍛えるようになっていた。

衝也も体育祭前に何度か誘われて一緒にトレーニングを行っている。

今までの彼らしくない、色々と小難しい考えもし始めてもいる。

 

まだまだ動きも戦い方も発展途上で、粗削りな部分ばかりではあるが

 

不器用ながらに何かを想い、自分を見つめなおし、さらに前へと進もうとがむしゃらに努力している彼の姿は観ていて気持ちがいいし、素直に賞賛できる。

 

だからこそ、今から戦う彼に手加減はしたくないし負けたくない。

今の切島鋭児郎を知るものとして

 

そして何より、彼の友として

 

衝也は全力で彼を叩きのめすことだけを考える。

 

(加減は…しねぇぜ切島。お前が何を『知り』、何を想い、どんな選択を下したのか…

 

この試合で、俺に見せてくれ。)

 

「そのお前の全力を…正面から叩き潰す。」

 

それが、全力で向かってくる友に…自分が認めるべきともに対する一番の礼儀なのだから。

 

静かに、されど嬉しそうにゆっくりと唇の端を釣り上げる。

そして、長い廊下の終わりが見えてくる。

暗い廊下とは対照的にまばゆい光を放つその場所へと、衝也は足を進めてく。

 

『YEAH!!三回戦進出のベスト4がついに出揃ったぁぁ!!ここにいる奴らは全員メダル確定!あとはその色だけを決めるのみ!!金と同じだからって銅で満足すんじゃねぇぞ!ここまで来たなら、全員トップ目指して突っ走れ!!』

 

『金と銅は同じじゃねぇだろ。』

 

 

『なんだよイレイザー漢字知らねぇのかだっせぇな!『あぁ…?あー、そういう…。』というわけで、記念すべき準決初戦にさっそく映るぞエヴィバディ!!』

 

 

 

ステージの四隅で燃える炎が衝也の顔を照らす。

湧き上がる歓声、拍手。

空気を震わせて自分の鼓膜へ届いてくるその音が、頭の中へと響いてく。

それはすごく耳障りなはずなのに

 

今はその音すら気にならない。

 

目の前にいる『漢』の表情を見てから、衝也の目には彼の姿しか映らない。

 

その漢の表情は

 

学校でバカ騒ぎをしてる時とも、一緒に話をしている時とも、トレーニングをしている時とも…今まで見て来た彼のどの表情とも違う。

恐らく、彼とそこまで付き合いがないもの達からしてみればその表情は真剣な顔をしている程度にしか見えないだろう。

 

 

闘志

 

彼の心に燃える闘志が彼の身体を体現しているかのように感じるその姿。

一歩一歩こちらに近づいてくる彼の姿が、その姿以上に大きなものへと感じられる。

その姿を見て、衝也は今度こそ歯を見せて笑う。

 

「こいつはまた…ずいぶんと気合入ってんじゃねぇか、切島。」

 

「…ッたりめーだっての!何せ相手がお前なんだ、気合い入れなきゃこっちが負ける!」

 

「そいつぁ光栄。切島君にそこまで認められて俺ってば泣いちゃいそうだぜ。」

 

へらへらと、いつも通りの冗談を勝負の前でも平気でのたうち回る衝也。

だが、そんな彼の言葉に切島は呆れもしなければ反応もしない。

ただただ、目の前の衝也を見続ける。

 

「衝也」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

「俺は…お前よりずっと弱ぇ」

 

「!…」

 

USJ事件(あの時)…俺は、傷だらけで戦うお前を…ただ見てることしかできなかった。俺はあの時…ダチのお前のその背中を…ただ見てることしかできなかった…。

俺は…俺が弱かったから俺は…お前を救けることもできなかった…!」

 

「…切島。」

 

ゆっくりと、目の前の衝也にだけ聞こえるようにそう呟いた切島は拳を強く握りしめる。

その瞳の奥に、(衝也)の姿を映しながら。

 

「だから…今度はお前の背中を見てるんじゃなくて、

 

お前の背中を追いかけたいんだ。お前の背中を追いかけて、お前の隣に立てるほど強くなって…今度こそ俺は、

 

お前の背中を守れるような(ヒーロー)になりてぇんだ…。

だから…お前の全力を見せてくれ。

俺が…俺が追い付かなきゃいけねぇヒーロー()の背中を!

 

今はまだ無理かもしれねぇ…無理かもしれねぇが…それでもいつか必ず

 

必ず俺はお前に追いつく。お前に追いついて、俺は…お前の背中を護れるダチになって見せる!!」

 

強く、強く握りしめた拳を構え、まっすぐ衝也を見据えながらそう言い放つ切島。

そんな彼の目に宿されるその揺らめく意思の炎に、衝也は短く、深く息を吐く。

そして、切島と同じように、ゆっくりと握られた拳を構え始める。

 

「安心しろよ…言われるまでもねぇ…お互い、戦るからには全力だ!!

 

かかってこいよ、切島鋭児郎!!」

 

「ッ!ああ!!全力でいかせてもらうぜ衝也!!」

 

切島と衝也…お互いの瞳が揺れる。

構える拳に、熱と汗が染みわたる。

二人の意識が、目の前の漢にのみ向けられる。

 

二人の話を聞いて嬉しそうに体を震わすミッドナイト。

いつの間にか終わってしまったプレゼントマイクによる選手紹介。

 

全ての準備が整ったその瞬間

 

 

『そんじゃいくぜ!!レディィィィィ!!START!!!!』

 

雑音混じりの始まりのゴングが、会場中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「先手必勝ぉぉ!!」

 

合図と同時に勢いよく前へと飛び出す切島。

それなりに離れていた衝也との距離を一気に縮めて彼のもとへと突っ込んでいく。

 

「オラァァァ!!」

 

全身を硬化させながら衝也めがけて拳を振るう

が、それをいともたやすく身体を逸らして避ける衝也。

 

だが、それでも切島は硬化した拳を何度も振るい続ける。

息つく暇もなく放たれるその拳の嵐を衝也は、紙一重で避けていく。

 

『OH!切島が序盤からいきなりラッシュラッシュラァァァッシュ!!怒涛の拳の嵐で息つく暇も与えねぇ!!こいつにはさすがのクレイジーボーイも手が出せねぇか!?』

 

『五十嵐のやつが何かする前に先手必勝で畳みかける…あるいはラッシュで反撃の隙を与えないって作戦…かな?』

 

避けられても避けられても

 

何度避けられても絶え間なく拳を振るい続ける切島。

縦横無尽に放たれるその連撃を衝也は避けてばかりで中々手を出せていない。

 

 

だが、

 

突然、切島の猛攻が…彼の拳の動きが止まる。

ほかならぬ衝也の手によって。

 

「なッ…!?」

 

絶え間なく続いていた拳の嵐。

その拳が振るわれている中、衝也は

 

まるで何でもないことのように切島の両手首をつかんで彼の猛攻を止めて見せた。

縦横無尽に振るわれ続けていた拳を避けるのでもなく、防ぐのでもなく、

 

『掴んで』止めたのだ。

 

そのあまりに予想外の出来事に一瞬動きを止めた切島。

 

そして、切島の動きを止めた衝也は間髪入れずに

 

彼の股間を勢いよく蹴り上げた。

 

「—ッ」

 

恐らくは個性で勢いが増しているのだろう。

その勢いにたまらず切島の両足が浮き上がる、

 

その隙に衝也はすぐさま浮き上がった彼の顎めがけて飛び膝蹴りを叩き込む。

 

「っと!」

 

そして、大きく吹き飛んだ彼の背中に素早く入り込んで体操服の襟首をつかみそのまま切島を地面へとたたきつける。

まるで大岩が落とされたような轟音と共に顔面から地面にたたきつけられる切島。

 

さらに

 

「ッらぁ!!」

 

そのたたきつけられた切島の顔面におまけとばかりにサッカーボールキックを打ち込んだ。

 

たまらず吹き飛んでいく切島を、個性を使って追いかけていく。

 

「…ッそ!」

 

「!」

 

だが、吹き飛んでいった切島は拳を地面にたたきつけて強引に速度を落とし、何とか衝也が来る直前に態勢を立て直す。

 

態勢を立て直した切島の顔面に衝也の拳がめり込む。

 

さらに続けて気管、心臓、顎、すい臓etc…

ありとあらゆる箇所に衝也の拳が叩き込まれてく。

 

「ウ、ッグ…ッ!

 

…シャァッ!!」

 

たまらずうめき声をあげる切島だが、それでも彼が攻撃した直後に拳を振るうが

 

「ッし!」

 

「—ッガ!」

 

即座に右斜めに体を動かして避け、そのついでに彼の鳩尾へと左拳を叩き込む。

攻撃はできず、反撃をしても逆に攻撃を返される。

 

最初の攻撃からわずか数十秒足らず

 

たったそれだけの時間で、切島と衝也の立場がガラリと逆転されてしまった。

 

その様子に思わず実況のマイクが息をのむ。

 

『な…!?こ、こいつはいったいどういう…』

 

『簡単な話だろ…

 

切島の攻撃は、何一つ五十嵐に通用していない。』

 

切島が放つ拳を避けて、逆に彼の首元を両腕でクラッチする衝也。

そして、即座に身体を近づけて彼の鳩尾に至近距離での膝蹴りを叩き込む。

何度も、何度も執拗に。

それに逃れようと必死に体を下に下げてから衝也の顔に向けて拳を放つ。

が、

 

その拳を即座につかみ、逆に一本背負いの要領で地面へとたたきつける。

 

『読まれてるんだよ、切島の攻撃は。』

 

『よ、読まれてる…?』

 

『…最初の切島の連撃。あれを五十嵐はどれも紙一重で避けているように見えただろう?』

 

『は?いや、そりゃまぁ、もちろん。』

 

『そこがそもそもの間違いだ。』

 

『WHY?』

 

『紙一重なんかじゃねぇんだよ、アイツはただ最小限の動きで避けてただけだ。

 

アイツはあの時、切島の攻撃を

 

あの場から一歩も動かずに凌いでいたんだ。』

 

攻撃を最小限の動きで避ける。

それは、格闘技や実践においては特に重要になってくる。

動きが大きければ避けても逆に隙ができる。

ましてや避けて逆に態勢を崩してしまえば一転して窮地に立たされてしまう可能性すらある。

だが、極わずかな動作で攻撃を避けられれば、そういったデメリットはないうえに避けて即反撃といった攻撃もやりやすい。

だからこそ、より実戦経験の多い近接戦闘タイプのヒーローは攻撃を受けるよりも最小限の動きで避ける事に重きを置くことが多かったりする。

 

だが、その場から一歩も動かずに攻撃を避けきるという芸当は、たとえ相手がヒーローの有精卵である子供であっても実践できるものは少ないだろう。

 

まさに『次元が違う』

 

解説という客観的視点から見ても、切島と衝也とでは技術においてそれほどの大きな差がついてしまっている。

 

(というか…正直あれははっきり言ってプロレベル…それもかなりの上位陣に食い込んでくるだろうな…)

 

『ったく…アイツを見ていてつくづく思うよ…人は見かけによらねぇってな』

 

『おいおいイレイザー!自分の担当生徒をそういう風に言っちゃいかんだろうよ!』

 

マイクのツッコミが響く会場。

だが、そんな彼のツッコミはすぐに会場の中へと溶け込んで消えていく。

皆がみな、実況も解説も、聞くのを忘れて目の前の戦いに目を奪われていた。

否、正確に言えば衝也の動きに、といったほうが正しいだろう。

未だ攻撃を当てられてすらいない切島に同情する者はいても、意識を送るものは、誰一人としていなかった。

 

そんな中、観客席で試合を見ていた恋が呟くようにして口を開いた。

 

「ふむ…緑谷君のように彼の攻撃の軌道を読むほどの分析力もなく、拳の速度を上げることもできない。現状切島君に衝君を打破できるだけの手札も策も残っていないだろうね。これは万事休すかな。」

 

「つーか、改めて見るとこう…凄すぎじゃねぇか衝也の野郎。」

 

「正直ぜんっぜん勝てる気がしないよね…うわ、切島また…!」

 

上鳴と芦戸がそのあまりの衝也の猛攻に少しだけ表情を唖然とさせる。

ほかのクラスメートたちも、おおよそ同じような表情を浮かべていた。

 

それも当然と言えば当然かもしれない。

USJの事件の際、彼の傍でともに戦っていた者たちはもうすでに彼の強さも、覚悟と信念の強さも本当の意味で理解している。

だが、ほかの者たちは違う。

ただ言伝で『オールマイト並にやばい奴と戦ってギリギリぶっ飛ばした』としか伝えられていない。

そもそもオールマイトという次元の違すぎる相手と同格と言われても正直ピンとこないのだ。

物凄く強いということもわかる。

それに勝つことがどれだけ凄いことなのかも。

だが、オールマイトという規格外の強さは自分たちにとっては非日常に等しいもので、

それを想像するなど、空想上の生き物(ドラゴンなど)の強さを想像してみろと言われてるのと同然なのだ。

だからこそ、その敵の恐ろしさも、本当の強さも、衝也の覚悟も…彼のその背中も

 

その場にいた者にしかわからないものが存在する。

その場にいた者しか『知らない』ことが存在する。

だから彼らは知らなかったのだ。

衝也がどこまで強いのかということを。

 

彼と自分たちに、どれほどの『差』があるのかを。

 

「これほどまでに、強かったのですね…五十嵐さんは。ここまで差があれば…切島さんはもう…」

 

「ああ、轟の試合でもわかってたことだが、衝也は俺達とはレベルが違いすぎる…。

切島には悪いが、アイツにもう勝ち目はないかもしれない…」

 

八百万と障子が少しだけ気まずそうにつぶやきを漏らす。

恐らくはこの場にいる

 

いや、会場中の全員が思っているであろうその言葉。

いくら必死に食らいつこうと、いくら必死に反撃しようと

 

攻撃を読まれ、反撃すら攻撃の起点にされてしまっている切島の勝機は

 

正直に言ってほとんどない。

当たらない攻撃など起動しているだけで風を当ててくれない扇風機と一緒のようなもの。

当たらなければ、攻撃は攻撃として成り立たないのだから。

 

だが、少なくともクラスメートたちはバカバカしいとも、早くあきらめろとも思うことができない。

 

なぜなら、おそらく自分たちがあの場に立てば、例え手も足も出なくても衝也に向かっていくはずなのだから。

皆、相手が強いからと言って諦められるほど小さな夢を目指しているわけではないのだから。

 

「…わからないよ」

 

だが、緑谷の誰に言うでもなく呟かれた一言に、クラスメートたちの視線が一斉に注がれる。

皆の視線の先にある緑谷の顔は冗談を言っている様子はなく、真剣そのもの。

そして、その視線をステージから外すことなくゆっくりと口を開いた。

 

「確かに、切島君の勝機は限りなく薄いかもしれないけど…けど0じゃない。

どれだけ可能性が0に近くても、どれだけ不可能に近くても、切島君があきらめなければ、可能性は0にはならない。」

 

「いや、緑谷…それはわかるけどよ…」

 

緑谷の言葉に峰田が気まずそうに言葉を挟む。

だが、それでも緑谷の言葉は止まらない。

 

「切島君の個性の硬化は強いよ。生半可な攻撃じゃ彼にダメージを与えられないだろうし、攻撃に利用すれば与えるダメージだってバカにできない。」

 

オールマイト並みのパワーを誇る怪人の攻撃を、峰田のもぎもぎによるクッションを挟んだとは言え一度耐えられるほどの防御力。

加えて、硬化によって硬くなったその拳はまさに凶器と言っていい。

 

「確かに、緑谷君の言う通りかもしれない。彼の打撃はバカにはできないだろうね。

 

何せ拳を硬化しているということは人を殴る痛みを感じないということだからね…

 

あ、ちなみに良心の呵責云々じゃなくて物理的な痛みという意味でね。」

 

緑谷に続くように言葉を発した恋はゆっくりと拳の形を作って自分の額にコツンとたたきつけた。

 

「人の骨というものはものすごく硬い。それはもちろん君たちも知ってるだろう?そんな骨の塊ともいえる人間に拳を全力でたたきつけるという行為はかなりの痛みを伴うんだよ。この中に格闘技経験が少しでもある人がいるなら、少しはわかるんじゃないかな?」

 

人体はその筋肉と骨によって守られたまさに要塞とも呼べる盾。

その盾に全力で拳を打ち付けるというのは決して生半可な気持ちでできる行為ではない。

打撃の威力が強ければ強いほど、その痛みは比例する。

 

「…五十嵐君は個性を使っているからといって手加減して拳を打つような真似は絶対にしないはずだよ。むしろ、個性を強くしすぎたら相手も自分も傷つけることになるだろうから拳の強さに重きを置くはず。でも…切島君はその身体を硬化によってさらに固くしてる。そんな身体に拳を全力で叩き込んで、拳が無事であるはずがない。たぶん、いつか限界が来るはずなんだ。

痛みによって、ほんの一瞬だけ生まれる隙が…できるはず。

そこを突けば…切島君にも勝機はある。」

 

「ふむ、なるほど…つまりは我慢比べというわけだね…それはちょっと考え付かなかったな…。」

 

緑谷の言葉に感心したように大きくうなずいた後、恋は再び視線をステージに戻す。

それにつられて、緑谷と恋の解説に聞き入っていたクラスメートたちも視線をそちらに移す。

 

衝也と切島、互いが互いに死力を尽くして何度も、何度もぶつかり合う。

 

試合を開始してからもう4分が過ぎている。

熱を帯びるその試合は、徐々に徐々に状況を加速させる。

 

そして、この試合の最終局面も、少しずつ近づき始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「っらぁぁ!!」

 

半ばやけくそのように吠えながらこちらの顔めがけて拳を振るう切島。

それを軌道を左手で逸らしながら前へと一歩踏み出しそのまま勢いよく右ストレートを切島の顔面へと叩き込む。

たまらず身体をのけぞらせる切島だが、

 

「ッ…あぁ!」

 

すぐさま態勢を立て直し、再び衝也へと殴りかかる。

その拳の軌道を逸らして避けながら、衝也は意識だけを自身の両手に向ける。

ズキズキと拳を岩に打ち付けたかのような痛みが拳から感じられる。

握っている指からも少しだけ痛みを感じる。

どちらも試合を続行するにはなんの問題のない痛みだ。

これ以上に痛い想いなど腐るほどしている。

指が骨折したとしても相手を殴り続ける自負ができるほどには鍛錬を続けている。

 

(とはいえ、このままというのもよくはねぇか。)

 

切島の拳を受け止めた瞬間に拳を彼の顔面へと叩き込む。

だが、

 

「っグ…あぁ!!」

 

止まらない。

顔を殴られてもひるむことなくその手を払いのけてこちらへと向かってくる切島。

そんな彼の攻撃を避けながら衝也は思考を巡らせる。

 

彼の中で予想外だったのはただ一つ

 

それは切島の耐久性。

 

彼の攻撃は良くも悪くも見切りやすい。

何せ軌道が馬鹿正直で直進的すぎる。

元来の性格のせいか小細工を入れたり、攻撃の規則を乱したりといったことをせずただひたすらにまっすぐ拳を振ってくる。

彼のまっすぐとした姿勢を表してるようで見てる分には面白いが、正直戦闘ではあまり好ましくない。

今のように、簡単によけられたり反撃をされたりすることがほとんどだからだ。

 

だが、あまたの攻撃やカウンターを食らってもなお切島は倒れなかった。

必死に衝也に食らいつき、その拳を振るい続ける。

恐らくはこの耐久性があるからこそ彼はそういった小細工を入れずに戦ってくることができたのだろう。

 

衝也はもちろん手加減はしていない。

拳の一つ一つを個性で強化して打ち込んでいる。

その強さは大人一人を軽々昏倒させる威力なのはとうの昔に検討ずみだ。

 

その拳を数十発以上たたきつけられてもいまだ倒れないほどの耐久力が、衝也の唯一の誤算だった。

 

(距離を離して衝撃波での攻撃に切り替えるか?いや、ダメだ。これだけの至近距離の攻撃でも倒れないなら波で広がる衝撃波を距離をとって叩き込んでも効果は薄い。そもそも相手の硬化の制限時間も再使用までにかかる時間もわからないのに距離をとって攻撃したら攻撃の機会を逃しかねない。とはいえ、このまま硬化が解けるのを待つのも分が悪い。)

 

切島の拳を避けて叩き込んだ右リバーブロー。

その叩き込んだ右拳の方から

 

ミシリと少しだけ嫌な音がする。

 

だが、それをおくびにも出さずに今度は左手を彼の顔面へと叩き込んで彼を後方へと下がらせた。

だが、それでもすぐに距離を詰めてこちらへと攻撃を仕掛けてくる。

恐らくは距離を離さないつもりだろう。

 

(タイミングずらしてうまくやってはいたが、右手がちょっとまずいかもな…くそったれ、やっぱ体育祭までにデメリットの調整を終わらせとくんだった。)

 

左手よりも明らかに痛みがひどい右手に意識を向けながら切島の横っ腹へと右回し蹴りを叩き込む。

態勢が崩れることはないものの、一瞬だけ攻撃の手が止まる。

その瞬間を逃さず衝也は身体を回転させ、勢いをつけた蹴りを叩き込む。

 

「ウ、グッ…!?」

 

その威力にたまらず身体が後方へと吹き飛ぶ切島。

だが、それでもすぐに体を起こしてこちらへと突っ込んでくる。

その様子を見た衝也は、少しだけ息を吐く。

 

(仕方がねぇ…な。硬化によって外の攻撃が効かねぇなら…)

 

そして、切島が攻撃を繰り出そうとしたその瞬間

 

彼の顔に、何度目かもわからない衝也の拳が突き刺さる。

 

今までと変わらないように見えるその攻撃。

だが、

 

その攻撃に、今までどんな攻撃を受けても止まることがなかった切島の足が

 

初めて止まった。

 

「—ッ…!?」

 

「さすがに『中』は硬化できねぇよな?」

 

そうつぶやき、今度は彼のこめかみへと拳を打ち付ける。

だが、その形は今まで打ってきた拳とは少しだけ形が異なる。

 

(打つ箇所によって拳の形を変え、より衝撃を中へ…脳へと浸透させる!)

 

顎、こめかみ、人中…打つ場所によって拳の形を変え、絶え間なく小刻みに連撃を続けていく衝也。

 

衝也の狙いは、彼の中…つまりは脳。

絶え間なく、小刻みに…そして正確に撃ち込まれる彼の打撃によって彼の脳は少しずつ少しずつ揺れを大きくしていく。

脳を揺らし続けることで、彼の意識を刈り取ろうとしているのだ。

 

(外への攻撃が利かないのなら、仕方ない。

 

別の有効手段で倒すのが一番合理的だ…

 

ちと苦しいかもしれねぇが…それでも勝たせてもらうぜ切島!)

 

 

 

 

決して途切れることなく続く衝也の連撃。

それにより脳が揺れ始めたのか、切島の視界がだんだんと揺れていく。

目の奥がじんじんするような感覚が彼を襲い、言いようのない吐き気が彼の意識を乱れさせる。

最早攻撃することはおろか防ぐこともままならない。

 

(目ぇ、回る…ッ!気持ち、悪ぃッ…!)

 

グラグラと視界に映る世界が揺れる。

それに伴って吐き気もさらに強くなり、まるで高速のダイシャリンを受けたような感覚に襲われる。

 

(身体が…動かせねェ…?)

 

目の奥のじんじんとした感覚が強くなり、鼻から硬化をしているというのにぬめりとした暖かい感触が伝わってくる。

どうやら本格的に脳が揺れ始めているのだろう。

揺れる視界の端の黒がじわじわと広がり始めている。

 

(だ、めだ…は、んげき…はん、撃しねぇと…!)

 

だが、それでも半ば途切れかける意識を集中させて、身体を突き動かす。

そして、揺れる視界の中で必死に拳を振ろうとしたその瞬間

 

彼の顎に、衝也の拳が叩き込まれた。

 

(…っ!?!)

 

瞬間、勢いよく鼻と口から血が飛び出る。

強い衝撃によって揺らされた顎のダメージは、そのまま脳へと浸透していく。

 

今まで揺れ続けていた脳が、ひときわ大きく揺らされる。

 

その瞬間、じわじわと広がっていた視界の黒が、急激に速度を増していく。

切島の身体を支えていた脚の力が、ゆっくりと抜けていく。

脚だけではない。

身体全体に張り巡らせていた力みが、急速に解けていく。

そして、身体がゆっくりと倒れていく感覚が伝わってくる。

 

「…悪いな切島。今回は…俺の勝ちだ。」

 

目の前から聞こえてくるその言葉に、切島はおもわず笑みを浮かべてしまう。

 

(ああ…ちく、しょう…おれ、まけ、たのか…

 

やっぱ、つえぇな…しょう、やは、よぉ…

 

て…も、あしも…まったくでなかった…)

 

走馬灯のように思い出される今までの長いようで短い攻防。

衝也の背中に追いついて見せると、ほかならぬ本人の前で宣言したというのに、蓋を開けてみれば、自分のカウンター戦法も何もかも通じず、ただただ終始圧倒されただけ。

その情けなさすぎる結果に、もう苦笑しか浮かべることができない。

 

(けっ…きょく、おれ、は…

 

しょう、やに、かつこと…なんて…)

 

コンクリートの地面が、徐々に徐々に暗転していく。

そして、切島の目の前の世界が完全に黒く染まっていく

 

 

 

その刹那

 

『身体くらい…くれてやるよ!それで、何も失わずに済むのなら!!』

 

(…ッ!!)

 

切島の世界が、思い出されたとある少年の背中と叫びによって再び光を戻していく。

 

(…あきら、めるなよ…あきらめるなよ…諦めるなよ…

 

 

諦めるなよ切島鋭児郎!!)

 

目の前の世界が、まるで逆再生したかのように急速にもとへと戻っていく。

意識も、揺れる視界も、手も、脚も

 

再びもとに戻っていく。

 

(あいつが、一度でも諦めてたか!?あいつが!一度でも相手に勝つことを諦めてたか!?あいつが!一度でも!

 

俺達を救けることを!!諦めてたのかよ!!?)

 

だらりとしていた手に再び力を込めていく。

崩れかけていた脚に、必死に力を込めていく。

 

自分(てめぇ)のなりてぇもんが…一度だって諦めたことがねぇんなら…

 

 

自分(てめぇ)も…勝手に限界決めて、諦めてねぇで…)

 

 

 

「ぅ、ぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

「ッ!?」

 

(拳握って…前に進め!!)

 

崩れかけていた脚を一歩、大きく前へと進ませる。

だらりと伸びていた右拳を強く、硬く握りしめ、大きく、大きく振りかぶる。

 

そして、全神経を集中させ、意識をその右拳『のみ』へと集中させる。

 

普段の彼の硬化は、彼が全身へと意識を集中し、気張った状態で行われる。

その分、意識の集中が難しいため、硬化の硬度は若干落ちるし、攻撃を受け続ければ集中が切れてほころびてしまうこともなくはない。

第一、全身を一瞬も気を緩めずに気張り続けるだけでも相当に神経をすり減らす行為だ。

それこそ全身硬化を今みたく息をするようにできるようになるのにはかなりの期間を要した。

 

 

だが、その意識の集中を、ある一点のみに集中させたらどうなるか?

全身に巡らせていた意識のすべてを右腕のその一点のみに集中させればどうなるのか?

そんなものは、答えなくてもわかるはずだ。

 

ビキビキと

 

音を立てて変化していく切島の右腕。

普段の岩を切り出したような模様が浮かび上がる

 

どころではない。

まるで岩肌のように変化していくその右腕はまるでガントレットをまとったかのようになる。

だが、それだけでは止まらない。

さらに歪に、そして、さらに大きくなっていく右腕は

 

気づけば普段の切島の右腕よりも一回り大きくなっていた。

 

それは、二回戦の時、飯田を一撃で打ちのめした拳。

 

とある少年の背中を追い求めた切島が編み出した

 

どんな防御も打ち砕く最強の(ホコ)

 

烈怒…(レッド…)

 

 

威无派駆屠(インパクト)ォォォォォォォ!!」

 

自身が憧れた二人の(ヒーロー)にちなんで名づけられたその(ホコ)

 

寸分たがわず衝也の方へと向かっていく。

 

その瞬間

 

鈍く、重い轟音が

 

会場中に響き渡った。

 

 

 





あれ?これってどっちが主人公?


前話ちょっと短めですが、切島君の戦いに早く移りたかったので。
…て思ったんですけどむしろテンポよくなってグダグダじゃなくなってる気が…



気のせいか、相変わらずの駄文ですし。

ていうかスマッシュタップの図鑑の空白が星4の切島君だけなんですよね…
なんで出てくれねぇんだよ切島ぁ…


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第三十三話 女にか弱い奴はいねぇ

遅れてしまい申し訳ありません。
どーにもスランプ気味で駄文がとんでもない駄文になってしまってまして…
ていうか正直自分がどうやって小説書いてたのか全然思い出せなかったんです。
そんな中書き上げたため駄文も駄文ではございますが、よろしければ読んでいただけると有難いです。

さて、体育祭も残すところあとわずかとなってきました。
思えば体育祭って十四話から始まったんだっけ?
…なげぇなおい。

てなわけで三十三話です!どうぞ


会場の観客全員が、固唾をのんでその光景を見つめ続ける。

 

 

誰もがもう終わりだと、そう思っていた。

顎を撃ち抜かれ、激しく揺さぶられた脳。

それによって起こった脳震盪によってゆっくりとその身体を崩し、地面へと倒れ込もうとしていた切島をみて、誰もが彼を心の中で称えた。

よくあそこまで食い下がったと、よくあれだけ攻撃を受けてもなお諦めずに前へと進んだと。

誰もが倒れ伏した彼に称賛の拍手を送ろうと両手を身体の前へと持って行っていた。

 

だが、そんな彼らの予想を裏切り

 

切島は、崩れゆくその身体を奮い立たせ、力強く脚を踏みしめ、

 

会場を震わすほどの叫び声と共に、その拳を目の前の衝也に向けて振り抜いたのだ。

 

誰もが予想していなかった切島の最後の一手。

おそらくは最後の気力を振り絞って放たれたその決死の一撃は

 

 

 

轟音と共に、深々と衝也の頬へと叩き込まれていた。

 

そして

 

そんな起死回生の最後の一撃を放った切島の頬にも

 

 

衝也の拳がめり込んでいた。

 

「——ッ…」

 

ゆっくりと

 

まるでスローモーションで再生されているかのように切島の身体が地面へと倒れ込んでいく。

そして、彼の身体が重力に従い、ステージの床へと倒れ伏す

 

その刹那、衝也が彼の身体をかばうように支え、倒れることを遮った。

 

「…」

 

衝也に腕に支えられた切島は、まるで眠っているかのような表情で力なく衝也の腕に体重を乗せていた。

 

その頬には、痛々しく衝也の拳の跡が残っている。

意識を右腕に集中させた分、ほかの部分は一切硬化できていない。

ダメージの跡が残るのは当然と言えば当然だろう。

 

だが、それは衝也も同じ。

 

彼の頬にも、切島と同じように拳の跡がくっきりと残っていた。

 

 

「…」

 

 

 

緑谷の時のような油断がなかったとは言わない。

顎を打った手ごたえは最高な物だったし、彼の脳を揺らした自信もあった。

倒れ込もうとした切島を見ていただけに、彼がすんでのところで持ちこたえ、こちらへと近づいてきたときは一瞬だけ驚きもした。

だが、切島の咆哮が聞こえたその瞬間、衝也は確かに距離を切島から距離をとろうとした。

 

したはずだったが

 

彼の表情を見た瞬間、衝也の脚が、止まってしまった。

 

こちらをまっすぐ射抜く切島の眼が、自分に食らいつかんと必死にもがくその姿が

最後まで、自分に追いつこうとするその彼の強い意志に

 

衝也は、思わず動きを止めてしまうほどに気圧された。

 

こと戦闘においては、切島のはるか上を行く衝也の脚を地面に縫い付けてしまうほどに。

 

 

「あの感覚を味わったのは…久しぶりだな…

 

本当に、いつぶりだろうな…戦ってる相手にビビらされたのは…。」

 

相手の強い覚悟を見た時のあの感覚。

自分との格の違いを見せられた時のあの感覚。

頭では動かなくてはいけないというのが分かっているのに、身体が言うことを聞かなくなるあの感覚。

久しく味わってないその感覚を、まさかこの体育祭で味わうとは正直思いもしなかった。

 

ゆっくりと、切島の脇へと身体を入れて彼を再び支え治す。

 

「俺の、負けだな切島。

勝負に勝てたのは俺だけど…気持ちで俺はお前に負けちまった。

 

切島、やっぱりお前は弱くなんてねぇよ。

強いぜ、切島。

お前のその熱苦しい想いは…きっとお前を強くする。」

 

そういって、衝也はいまだ意識を戻さない切島に向けて、笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

「また戦ろう切島。

今度はお互いに、もっと強くなってよ。

そん時には俺も、俺に追いつきたいといってくれたお前に呆れられねぇように…

 

お前が、俺のダチでよかったと思えるような強い漢になるからよ。」

 

そういって、衝也は意識のない切島と約束を交わす。

自分を追いかけようとしてくれている目の前の友に恥じないダチになれるように。

 

いつか互いに、背中合わせで戦えるような関係になれるように。

それは男同士の友情と拳と拳がぶつかり合って生まれた

熱くて厚い約束だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?俺そういえば緑谷とも似たような約束しなかったっけ?

 

あれ?ちょっと俺ってば今後戦う予定の奴多くなってない?」

 

 

今後の行方が少しだけ心配になる衝也とその衝也に支えられる切島。

 

なんとも締まらない彼の言葉は、溢れんばかりの拍手によってかき消されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

切島と衝也

 

二人の漢の戦いが幕を閉じ、続いて幕が上がった試合は

耳郎と爆豪の二人の試合。

 

今の今までその間合いの取り方と耳から伸びるプラグで相手を翻弄し、時に予想外の行動で虚を突き勝利をつかんできた耳郎。

 

対する爆豪は圧倒的戦闘センスを武器に麗日の策や上鳴の策(?)を正面から完膚なきまでに粉砕して勝利を奪い取ってきた。

 

そんな二人の試合は、観客たちの想像以上に苛烈を極めていた。

 

「いい加減に——当たりやがれこの耳長女ぁ!!」

 

「ウチの名前は、耳郎響香だっての!!」

 

決して小さくない爆発音が会場中に響き渡る。

爆発で目の前の耳郎の元まで距離を詰めた爆豪が、その勢いのまま拳を振るう。

振るわれた拳が耳郎のもとで一気に爆ぜる。

だが、その爆ぜる瞬間に耳郎がその拳を屈んで避ける。

その結果爆発に直撃はしないものの、その爆風や衝撃が耳郎の身体を吹き飛ばす。

 

だが、それはむしろ耳郎にとっては都合がいい。

吹き飛ばされながら耳郎はプラグを爆豪のもとへと向かわせる。

爆発によって起きた煙が彼女の視界を遮るが、そんなものは彼女にとって意味をなさない。

なぜならば

 

たとえ煙で視界がふさがれようとも、彼女には爆豪の姿が視えているのだから。

 

奇しくも、爆豪が生んだ爆煙が隠れ蓑となって、彼女のプラグの軌道をとらえづらくさせていた。

 

だが

 

「うっぜぇなぁぁ——そのクソ耳!!」

 

揺らめく爆煙から出て来たプラグを即座に払いのける爆豪。

プラグを払いのけた際に起きた爆発が、耳郎のプラグを爆風と共に吹き飛ばす。

 

「———ッ!」

 

(わかっちゃいたけどなんていう反応速度…。煙でどこから来るかもわからないウチのプラグを、視てから防いでる。)

 

「ッとに…マジで化け物じゃん!」

 

額に汗を流しながら思わず愚痴を漏らす耳郎。

その瞬間、目の前の煙が不自然に晴れ

 

中から爆豪が飛び出してきた。

 

「——死ねおらぁ!」

 

そして、耳郎めがけて拳を振りかぶり

 

彼女の直前で爆破させた。

 

「ッ!」

 

その爆破で、爆豪の身体が耳郎の上を通り過ぎ、

彼女の背面へと着地する。

 

刹那、耳郎のプラグが背面の爆豪の方へと向かっていく。

 

「っのぉぉ!」

 

そのプラグを、またしても先ほどのように爆破と同時に払いのける。

その瞬間起こる土埃と煙に紛れて耳郎は再び距離をとる。

 

「ちょこまかちょこまかと…うぜぇなぁおい!!」

 

煙が上がる中そう叫び声を上げる爆豪。

そんな中、煙に乗じて距離をとった耳郎は考えを頭の中で巡らせる。

 

(ダメだ、煙に乗じて攻撃しても何してもすぐに防がれる。

あの反応速度じゃ、どんなに爆豪の個性発動させて煙幕作らせても意味がない…

 

プラグを囮にウチが別方向から組み付けば…いや、やっぱなし。

あの反応速度よりも早く爆豪にたどりつける自信がない。)

 

煙幕を張らせて攻撃しても、先に戦った麗日と似て、プラグが触れなければ意味がない耳郎の攻撃はどう頑張っても爆豪にたどり着く前に防がれてしまう。

今のところ何とか個性のおかげで爆豪の攻撃を避けたり、牽制したりすることができているものの、それがこの先続けられる可能性は薄い。

 

何せ相手はあの爆豪だ。

体力テストの結果でも上位に入る彼はおそらくスタミナも耳郎より圧倒的に上。

疲労困憊で動きを鈍らせるという長期戦はあまり得策ではない。

USJの時もみなが疲労している中一人動きがほとんど鈍っていなかったのも見ると、そのタフネスはかなりのものだと予想できる。

 

だから、できることなら短期決戦を図りたいが

 

正直に言ってそれができるほどの手段が今の耳郎には思いつかない。

二回戦の時のように足場を崩して攻撃を図ることも考えたが、爆破によって空中に逃げられてしまえば足場を崩しても意味がない。

 

(まっずいな…このままじゃジリ貧じゃん…)

 

思わずといったように唾を飲み込む耳郎。

そして、それに合わせるかのように土埃が晴れ、こちらを見据える爆豪の姿が視えてくる。

どうやらこちらが攻撃してくると踏んでその場を動かなかったらしい。

まぁ、自分が出した煙のせいで耳郎の場所を視認できなかったからというのもあるだろうが。

先ほど耳郎のもとへと飛んでこれたのはプラグによる攻撃が来た場所から特定したのだろう。

相変わらず戦いにおいてはセンスばかりが光っている。

 

「…攻撃は止めか耳長。」

 

こちらを見据えながら問うてくる爆豪。

その威圧感、プレッシャー、敵意を肌で感じながら、耳郎は少しだけ笑みを浮かべる。

 

「…いい加減人の名前覚えなよアンタ、何?それとも名前も覚えられないほどアンタの脳みそちっちゃいわけ?」

 

「あぁ?」

 

「心の器も爆発的にちっちゃいなら頭の脳みそも爆発的にちっちゃいわけだ…

あーあ、かわいそうに。」

 

そういってバカにしたように鼻で笑って見せる耳郎。

そんな彼女の姿を見て爆豪は一度だけ目を見開き、ゆっくりと顔を下へと俯かせた。

 

「…ハッ、あぁそうかそうかよぉくわかったぜ耳長女ぁ…要はあれだ、てめぇ…

 

 

 

さっさと爆殺されてぇってことだなコラァァァァァ!!!!」

 

およそヒーローを目指す人間が浮かべてはいけない表情をしながら爆破を起こし

まっすぐ耳郎のもとへと飛んでくる。

 

(来たッ!)

 

耳郎の挑発に乗って馬鹿正直に突っ込んでくる爆豪を見て、耳郎はすぐさま構えをとる。

 

(こんだけ挑発すれば、こいつの性格上間違いなくさっきみたいに途中に爆破入れて方向転換とかもしないで真正面から突っ込んでくる!

 

そこを狙って、一気に懐に入り込めば、アイツが反応して拳を爆破させる前に、八百万みたいに投げ飛ばせる!)

 

音で相手の攻撃を予測し、その攻撃のタイミングよりワンテンポ早く懐に入り込み相手を投げ飛ばす。

 

耳郎の個性だからこそできる一種の攻撃の先読みを利用した戦法。

一回戦の八百万に使ったときのこの戦法を使うには、八百万よりも数段速い爆豪の動きをある程度制限させなければならない。

懐に入ろうとして直前で軌道を変えられてしまってはせっかくの虚を突いた攻撃が意味をなさなくなってしまう。

 

だからこそ、相手の攻撃を、挑発し苛立たせることで直線的にさせたのだ。

そうすれば、少なくとも軌道を変えられることはない。

 

(まだだ、もう少し、もう少し引き付けて…)

 

ぐんぐんと勢いよくこちらとの距離を縮めていく爆豪。

そして爆豪が自分の間合いに耳郎を入り込ませたその瞬間

 

彼の右手からわずかに雑音が聞こえて来た。

 

(——ッ!ここ!!)

 

そして、耳郎がその身体を屈ませて爆豪の懐に入り込もうとした瞬間

 

音響弾(アコースティック・グレネード)!!」

 

「——ッつ!!?」

 

彼女のプラグから、甲高い金属音が伝わってきた。

その瞬間、鼓膜を突き破られたような激痛が彼女を襲う。

 

そのあまりの痛さに、思わず動きが止まってしまう。

そんな彼女の隙だらけの腹に

 

爆豪の拳が何の躊躇もなく叩き込まれる

そして

 

 

「オッラぁぁぁ!!」

 

「——!」

 

その拳が、爆音とともに爆ぜた。

 

吹きあがる煙と共に勢いよく吹っ飛んでいく耳郎の身体が煙の中へと消えていく。

そして、何度も何度も地面に身体がたたきつけられるような音がした後、何かが転がっていくような摩擦音が爆豪の耳に伝わってきた。

 

「てめぇのそのちょこまかうぜぇ動きの種が『音』だってのは前試合でとっくにわかってんだよカスが…

おあつらえ向きにそのくそ長ぇ耳をブラブラブラブラ揺らしてりゃあよぉ!」

 

爆豪がそう叫ぶと同時に爆撃による煙がステージ全体へと広がっていく。

その光景に、会場中にいた全員が言葉を失った。

 

「うっわ…」

 

「ちょ、直撃かよ…!」

 

そんな中、観客席で試合を見ていた麗日と上鳴が思わずといった様子で呟きを漏らす。

二人とも、このトーナメントで彼と一戦を交え、その実力と個性の威力をいやというほど思い知らされた。

特に麗日は爆豪の最大火力を間近で見せつけられている。

だが、そんな彼等でさえ一度も彼の爆撃が直撃したことはない。

上鳴も爆発の勢いで場外に投げ飛ばされただけで、直接的な攻撃は受けていなかった。

それだけに、彼の爆撃が耳郎へ直撃したということ事実に背筋が凍るような感覚を覚えてしまう。

 

「あの音は、恐らくは音響弾の類いでしょう。他人の数倍聴覚が良い耳郎さんにあの大音量は致命的です…。

確かに相手の弱点を容赦なく突くのは戦いにおいても鉄則と言えますが…あんな至近距離で食らったら鼓膜も破れかねませんわ…!」

 

「女とて容赦はしない修羅のような男とは理解していたが…まさかあそこまでとは。」

 

「ケロ…耳郎ちゃん…」

 

常闇とその隣にいる蛙吹、八百万といった普段あまり表情を崩さない彼等も、少しだけその表情を歪ませる。

他の者も皆同様にその表情を心配そうにさせていた。

 

「いやつーかあれは、やりすぎだろ…いくら容赦ねぇっつってもあんなよ…」

 

「おー、なんか珍しく難しい表情になってるじゃないの上鳴君や。風邪でもひいたか?」

 

「…っ、衝也?お前、なんでここに?つーかまて今の言葉どーいう意味だ!?」

 

上鳴の苦い呟きにおどけた調子で言葉を返したのはこちらにゆっくりとした足取りで向かってきている五十嵐衝也だ。

その頬にまっ白な湿布を張り付けながらひらひらと座っているクラスメートたちに向けて手を振る彼の姿に級友達の視線が一斉に向けられる。

 

「五十嵐さん?五十嵐さんがどうしてここに?控え室で待っていたんじゃないんですの?」

 

「いやー、この試合の勝者が文字通り最後の相手になるからな。どうせなら画面越しじゃなくて生で観戦しようかと思ってな。」

 

八百万の疑問に軽く笑いながら答えた衝也を見て、彼女は少しだけホッとしたように肩を撫で下ろした。

 

「そうなのですか、私はてっきりまた意味のない愚行を…例えるなら試合時間を延長させるためにわざと登場するのを遅らせたりするようなことを考えているのかと思ってしまいましたわ。」

 

「何を言うんだ八百万の神!そんなことして不戦勝扱いされたら元も子もないだろうに…。そんなことをするようなバカがこの世にいるわけがないだろう!」

 

「ここにいるじゃん」

 

「ごめん葉隠、指が見えないから誰を指しているのかわからない。」

 

「ちょ、私の手袋勝手にとらないでよー!返せー!

 

「なくしものを人のせいにするのは良くないぜ葉隠。」

 

「盗んだ本人が言わないでよ!」

 

素早く葉隠の手袋を奪い証拠隠滅を図った衝也はブーブーと文句を言いまくる葉隠を無視して素知らぬ顔で空いていた蛙吹の隣へと座り込む。

 

「五十嵐ちゃん、切島ちゃんは一緒じゃないの?それに、その頬の傷は?リカバリーガールに治してもらえなかったの?」

 

「あー、いや、正直ちょっと体力奪われすぎてるから流石に自重させてもらった。轟の時とかとちがって試合に影響が出るほどのものじゃないしな。元気そうに見えて実はちょっとしんどいのよ。痛みにはある程度耐久性あるけど蓄積される疲労にはなれてないの俺。

切島の方は傷はリカバリーガールがばっちり治したんだけど、けっこうダメージがあったのかまだ目ぇ覚ましてない。リカバリーガールが言うには体力的な問題らしいから直に目を覚ますだろうって言ってたから心配すんな。

…まあ、傷を付けた本人が言うなって話だけど。」

 

そう言って苦笑する衝也だったが、傷が治ったことを知っているということは恐らく切島の治癒が終わるまで救護室にずっといたのだろう。

治癒を受けている切島の横でじっとその様子を頬に湿布をしながら見つめている彼の姿を想像し、思わず笑みを浮かべる蛙吹。

そんな彼女に気づくことなく衝也は軽く両手を伸ばしながら上鳴の方へと顔を向けた。

 

「そんで?クラス一のノーテンキである上鳴が珍しく顰めっ面してる理由はなんなのですかな?」

 

「クラス一のノーテンキって、それお前のコトじゃねぇかよ…。」

 

「お前には負けるよ」

 

「それも俺が言うセリフだろふつう…。」

 

律儀にツッコミを入れながらも上鳴はゆっくりと視線をいまだ煙に包まれてるステージへと向けた。

 

「…別によ、爆豪を責める訳じゃねぇけどさ、正直今のはちょっとやりすぎじゃねーかと思ってよ…

いくら手加減しないっていっても、女子の鼓膜破って腹パンした後爆撃ってのはちょっとやっぱ…あれだろ。」

 

「…おもいっきり爆豪のこと責めてるじゃないかよ。」

 

「うっ…や、だってよぉ」

 

衝也の苦笑に上鳴はなんともいえない表情を浮かべながらステージの方へと視線を向ける。

 

「爆豪ほどの才能マンならもっと他にやりようがあったはずだろ?俺の時みてぇに投げ飛ばすとか、麗日みてぇに疲労させるとかよ…なにも鼓膜破った上に直撃までさせなくたって…」

 

「麗日の時ともお前の時とも状況は違うだろーが。

お前の時は絶対に反撃が来ない状況だったし、麗日の時は触れられたらその時点で勝つのが厳しくなるんだから向かってきた相手を爆破で触れさせずに迎撃する戦法が一番理にかなってる。疲労によって勝ったのは単純に麗日の体力の問題だ。あのまま戦いが続いてたら遅かれ早かれ今の耳郎みてぇに一発貰ってた可能性が高い。アイツは単純に自分が勝つための戦い方してるだけだ。」

 

「で、でもせめて加減くらいはさぁ…麗日ん時もそうだったけど…相手は」

 

「『女だから』殴るのはよせって?弱点を突くのはやめてやれって?かわいそうだから手加減してやれって?

 

上鳴、それは戦いにおいて最も先に排除すべき考えだ。今のうちに捨てておいた方がいい。」

 

ばっさりと

ごく自然に、当たり前のように上鳴の主張を真っ向から否定する衝也。

その言葉に熱も感情も入ってはいない。

本当に、まるで日常会話と変わらない様子で上鳴の意見を否定した彼に、思わず上鳴だけでなく他の者も視線を送ってしまう。

 

「確かに女に普段から優しく接するすることに間違いはなにもない。

 

だが、戦いにおいて性別や年齢といった要因で加減をするのは愚の骨頂だ。

 

もし俺が爆豪の立場でも俺は同じような対応を取る。」

 

「な」

 

衝也の一言に、思わず上鳴どころかクラスメート全員が目を見開く。

だが、その様子に気づいた素振りも見せずに衝撃

也は話を続けてく。

 

「あの場で耳郎の鼓膜を潰したとしても、プラグの攻撃機能が完全に潰せたかどうかの判断はできない。

とすれば、相手を掴んで投げ飛ばしたりマウントをとって降参を促したりすると返って密着状態が続いてプラグの餌食になる可能性がある。

なら、即座に直接爆破すれば相手にダメージを与えられる上に距離を放すこともできる。

爆豪の個性なら威力によってはその一撃で勝負が決まるかもしれねぇからなおのことそっちの方が良いだろうしな。」

 

淡々と、いつもと変わらない様子で話を続けてく衝也。

その様子はやはり普段の彼とまるで変わっていない。

そのことに、クラスメート達は驚愕の気持をおぼえてしまう。

普段の彼は、女子に飯をたかっているわりに 女子には優しく接するきらいがある。

見えないことをいいことに悪ふざけで全裸になろうとする葉隠に自分の服を羽織らせたり、峰田のイキすぎた行動を即座に食い止めたり

割りと紳士的というか、女子にはある程度やさしいというイメージが彼等の中にはあったからだ。

少なくとも、今の爆豪の行動を肯定的に捉えるとは想像していなかったほどには。

 

「まぁ、相手がクラスメートで、しかも女だから加減くらいはしとけって気持ちが湧いてくるのは当然だし、仕方ねぇよ?けど、俺はそれを理由に加減をしたりすることはない。

ぶん殴るときはおもいっきりぶん殴るし、勝つためだったらどんな汚い手だって使う。

 

自分が負けないためだったらな。」

 

衝也自身、この体育祭で少なからず卑怯と呼ばれることをしてきた自負はある。

だが、卑怯と言われても正義の味方とおもえなかろうと、衝也は自分がやってきたことに後ろめたさを覚えてなどいない。

勝つための手段を選べるような余裕は、人を救うヒーローにはないのだから。

絶対に勝って人を救う正義のヒーロー。

2000年代初頭の人々が理想として掲げ、テレビ番組や漫画などで描かれたそのヒーローは、『ヒーロー』という役職までができてしまった現代ですら絵空事でしかない。

平和の象徴と言われているヒーローですら、きっと無敗ではないのだから。

 

「俺らが戦う奴らの中には人の命を奪おうとしてる奴らだっている。そういう奴らの中には男も女もいるだろうし、自分より歳上のやつも、下手をしたら自分より年下の子どももいるかもしれない。

そんなやつらと戦うときに、女だから、子どもだからって加減して負けたら、救えるものが救えなくなっちまう。

 

人を救ける時に、次なんてありゃしねぇ。

 

 

もし自分が負けたとしたらその時は、目の前の救えなかった人が死ぬ。

 

 

だから、俺は相手がどんなヤツでも加減はしないし容赦もしない。

 

負けて次がある戦いなんて、ヒーローになったら一つもないんだから。

失われて次がある命なんて、絶対に有りはしないんだから。」

 

「……」

 

ステージから目を離さず、視線を誰ともあわさずに語る衝也のその表情は誰にも視認はできない。

だが、声色も口調も普段の彼と同じはずなのに、その言葉の重みは普段の彼とは似ても似つかないほどの重さで

その重さと雰囲気にクラスメートたちは皆一様に呑まれ、押し黙ってしまっていた。

不満を漏らしていた上鳴も、彼にしては珍しく神妙な顔で俯いてしまった。

そんな彼らを横目で見た衝也は、その場の雰囲気を変えるかのように一度だけ後頭部を掻いた。

 

「まぁ、だからって上鳴の言うことをすべて否定するわけじゃないけどな。

女子のことを慮ることはむしろ良いことだしよ。

 

けど、全力で向かってくる相手に対して手加減をして戦うことは『優しさ』ではなく『驕り』だと俺は思うぞ?

そいつが親しい奴ならなおのことな。

…それに

 

加減して戦えるほど、今の耳郎は弱くねぇ。」

 

「…?」

 

衝也の言葉にクラスメートたちが一瞬だけ首を傾げたその時、目の前のステージの爆煙がようやく晴れて来た。

その様子に、観客席にいた全員の視線が注がれていく。

そして、ステージの煙が完全に晴れた時

 

『———!?』

 

観客たちの瞳の色に、驚愕の意が映し出される。

 

そんな中、ステージの上にいる爆豪だけが眉一つ動かさずに、目の前の対戦相手の姿を見据えていた。

 

彼の視線の先にあるのは、煙の晴れたステージの端。

あと数歩でも後ろに下がれば場外となってしまう、そんな危うい場所で

 

傷だらけの耳郎が、そこに立っていた。

爆破のせいかところどころ焦げた服、そしてその体からわずかな煙を上げ、破けた服の袖からは火傷の跡が見られている。

先の音響弾で鼓膜が破れてしまったのか、耳からは血が流れ出て、彼女の立つ地面の下に赤色の斑紋ができてしまっている。

 

だが、そんな状態でも耳郎は、未だにステージの上に立っていた。

 

「じ、耳郎…!」

 

「耳郎さん…」

 

「ケロ…耳郎ちゃん…」

 

その姿に、観客席にいる上鳴やほかのクラスメートたちは、驚きからか思わず言葉を失ってしまう。

しかし、

 

「……」

 

ただ一人爆豪だけは、観客たちのように驚くことはせずに、冷静に状況を分析していた。

 

(服の損傷が一番激しいのは袖の方…ほかの部分は焦げてるだけで破けてまではいねぇ。

…つまり、直接的な爆撃を食らったのは全身ではなく…腕、より詳しく言うなら前腕部分ってわけだ。っつーことは…)

 

「あのクソ耳、爆破ン時に腕ぇ挟みやがったな。」

 

そう、爆豪が予想した通り、耳郎は爆豪が音響弾で彼女の動きを止めて攻撃したその刹那、咄嗟に両腕を挟み込み、爆豪の攻撃をかろうじて防いでいたのだ。

 

それは耳郎が

 

自分の個性を潰されていても、自分の鼓膜さえ潰されていてもなお

 

爆豪の攻撃に反応していたことの証明に他ならない。

自分よりも数段速い相手の攻撃に、耳郎が対応していたことに他ならない。

 

だが、会場にいる誰もが、彼女のその姿を見て確信する。

もう、決着はついていると。

確かに、腕を挟んだことによって爆破によるダメージは腕にある程度集中したかもしれない。

だが、それでも爆破の余波によって全身はボロボロになっているし、何よりも彼女の武器とも言える聴覚が既に使い物にならないような状態になってしまっている。

 

いくら彼女が立ち上がろうとも、いくら彼女が爆豪に立ち向かおうとも

最早勝ち目がないことは誰の目から見ても明らかだった。

 

自然と、みなステージから目を逸らす。

この先を見たくないと言うように、これ以上彼女が戦う姿を見たくないと言うように

 

これ以上、彼女が勝てない試合を続ける様を見たくないと言うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、

 

「…頑張れ、耳郎。」

 

衝也だけはステージから目を逸らさずに、じっと耳郎の事を見つめ続けていた。

 

 

自然と、呟くように衝也の口から言葉が漏れる。

それは、この日まで彼女が強くなろうと努力してきた姿を間近で見てきたからこそ漏れた言葉。

彼女が、今どれだけ強くなっているのかを知っている彼だからこそ漏れた言葉。

 

それは、この場で唯一、彼女が勝てると信じている彼だからこそ漏れた言葉。

 

「頑張れ…!

 

頑張れ…っ!

 

…負けるなっ!

 

 

 

勝てっ!耳郎!!」

 

 

そして、衝也の言葉に呼応するかのように

 

傷だらけの耳郎の脚が動き、

一歩、前へと踏みこんだ。

その姿に観客たちも、そして目の前にいた爆豪も、信じられないというように目を見開いた。

 

「…ハッ!すげぇなおい、んなボロボロでもまだやるつもりかよ、くそ耳女…

 

いいぜ

 

テメェがその気ならこっちもマジだ。

完膚なきまでに潰してやんよ!!」

 

僅かに、ほんの僅かに唇をつり上げながらそう叫び、爆豪は即座に動けるよう姿勢を低くし手を構える。

まだやるのなら容赦はしない、そう耳郎に伝えるかのように、爆豪は構えた両手に力を込める。

 

そして、爆豪が距離を詰めようと後方へ爆破を起こそうとしたその時

 

踏み込んだ耳郎の脚が、ゆっくりと膝をついた。

 

「———あ?」

 

思わずといったように爆豪の口からすっとんきょうな呟きが漏れる。

そんな爆豪を尻目に、耳郎の身体はゆっくりと前へ傾いていき

 

そのまま地面へと倒れこんだ。

 

「……」

 

彼女の目の前にいる爆豪も、見ていた観客も、審判である職員たちも、会場にいる全員が押し黙り、静寂が場を支配する。

 

当然の結果だろう。

誰の目から見ても高校一年生の女子が立ち上がろうと思って立ち上がれるような状態ではない。

言ってしまえば爆弾とともに男に殴り飛ばされたようなものだ。

大人でも立てるかどうか怪しいだろう。

あそこで立ちあがり、あろうことか脚を動かせたこと自体、奇跡にも近いことなのだから。

 

 

 

数秒か、あるいは数分か、長いような短いような沈黙が続いたその会場で

 

「…耳郎さん、戦闘続行不可!よって…

 

勝者!爆豪勝己君!!」

 

ミッドナイトの言葉が響き渡った。

 

その言葉を受けて、爆豪はしばらくの間耳郎に視線を送り続けた後

 

「…ケッ!」

 

ゆっくりと彼女へと背を向ける。

 

「麗日といい、耳郎といい…どいつもこいつも

 

か弱いなんて言葉とは程遠すぎんだよクソ共が…」

 

そう悪態をつきながら、爆豪はステージから降りていく。

その言葉は、恐らく爆豪にとって、最上級の誉め言葉だろう。

 

そして、彼がステージから降りていく中、遅れるように会場から拍手の嵐が巻き起こる。

 

その数の多さはは最後まで諦めずに立ち上がったヒーローの卵を称える数の多さを物語る。

恐らくは今日の体育祭のなかでも一、二を争うほどの拍手喝采のなか

 

「…耳郎。」

 

衝也の不安気な呟きが、会場に響く拍手の音に呑まれていった。

 

 

 

 

 




うわぁ…爆豪君もヒドイけどそれ以上に駄文すぎてヒドイ。
ちょっとマジでヤバいんじゃなかろうか…。


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