GIRLS und PANZER with Unbreakable Diamond (デクシトロポーパー)
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音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(1)

リハビリ的な作品です。
ジョジョ第四部とガールズ&パンツァーのクロスオーバー。
田舎のビジネスホテルにあるみたいな、地元のおせんべい試供品をつまむ程度にご賞味いただければ。


「芋けんぴ食べるぅー?」

「いただくッス」

 

健康優良な男子高校生、東方仗助(ひがしかた じょうすけ)は、眼前の生徒会長が芋けんぴを開封して皿にあけていくのを、しっくりこない表情で見守っている。心なしか、髪の毛のすわりも悪い。思わずクシを取り出すが、そればかりは止められた。

 

「ちょい待ち、同じ皿つつくんだから、髪触るのはやめてほしいかも」

「あ……そっスね。スイマセンッス」

「心配しないでもキマッてるよーリーゼント。ドンと構えといてー」

 

そうは言っても落ち着くには無理があった。左に座ってる虹村億泰(にじむら おくやす)はムスッとしながら膝に肘をついているし、右にいる広瀬康一(ひろせ こういち)もまた、ソワソワしながら周囲を絶えず見回している。

ここは女子高。しかも学園艦。大洗女子学園!

全長10km近い、超巨大な女子高生の城に乗り込む日が来るなど、夢にも思わなかった!

女物の水着売り場に長時間たたずんでいるような居心地の悪さはいかんともしがたいが、さりとて遊びに来ているわけでもない。壁際にたたずむ空条承太郎(くうじょう じょうたろう)は、今なお隙を一切見せない。傍らにいる老人、ジョセフ・ジョースターを守るためにだ。

 

「落ち着かないならさー、ちょっと状況再確認しよっか」

「落ちつくモンかよ。オレぁ今すぐにでもブッ殺しに行きたいんだぜぇー」

 

生徒会長に億泰が噛み付く。芋けんぴをボリボリ噛み砕きながら。それを見た生徒会長の取り巻きが、カッとなって詰め寄る。

 

「貴様、会長になんだ、その態度は!」

「別に生徒じゃねェーんだぜ俺はよぉー、『チリ・ペッパーのクソ野郎がここにいる』俺にとっちゃ、それだけだ」

「もォ~さっきからやめてよ億泰君、河嶋さんもッ!」

「黙れ、このチ…」

 

生徒会長の取り巻き……そう、河嶋桃(かわしま もも)とかいう名前、は、康一に罵声を浴びせかけてやめた。

 

「……いや、すまん。わかった、やめる」

「我が物顔で座り込んで、すみません。でも今は協力が必要な時なんですよ河嶋さん」

「そ、そんなことはわかっているッ。まったくなんで超能力者の争いになんか」

 

仗助からしてみても、河嶋桃への印象はハッキリ言って悪い。会った直後、のっけからリーゼントについて何か言いかけていたのに気づかない仗助ではなかった。生徒会長の方がイキナリ拍手して、『イヨッ! 世紀末に蘇ったエルビス・プレスリー!』とかほめ殺して来なければ、今頃どうなっていたかわからない。

 

「広瀬君いいコだね。下の名前で呼んでいい?」

「あ、ありがとうございます。かまわない、ですけど」

「ヨロシクねェ~康一君ンー、干しイモ食べる?」

 

康一の裏に回って、馴れ馴れしく背中をパンパン叩く生徒会長に対してか、億泰は足をダンと慣らした。

 

「カリカリすんなよー、深呼吸深呼吸」

「おちょくってんのかよ、てめえ」

「私ゃー真面目だよ? 虹村君もわかってるっしょ?『釣りは根気が勝負』

 力抜いて待つよ、ヒキが来るまではさぁー」

「……チッ!」

 

無意味なカンシャクだということは自分でよくわかっていたのだろう。少しにらんでから舌打ちした億泰は、皿の芋けんぴを一握り、むしり取るようにかじった。

 

「とはいえ、電気を操る能力……破壊活動とかされたら私、泣いちゃうかもねぇー」

「それはない。外部と隔絶した学園艦でそれをやれば、奴にとっては自殺でしかないからな」

 

ここで初めて承太郎が口を開いた。生徒会長に協力を願ったのは、他ならぬ彼である。

 

「杜王町、まだ停電してるんだっけ」

「復旧は最短で明朝5時。それまで奴は、まずここを動けない」

「本体の場所、わかってるからねぇ~。おじいちゃん、もう一枚とって」

「人使い荒いのォォ~~、わかったよ」

 

老人、ジョセフ・ジョースターはぶつくさ言いながらデジカメのシャッターを切る。その手からは紫色の茨がほとばしっているのだが、生徒会長にも河嶋桃にも見えていないのだろう。

 

「つか、濡れネズミだったジジイをよくもまぁーコキ使えるモンッスね」

「立ってるモノは親でも使うし、もらえるモノは病気以外もらっちゃうよー、この角谷杏(かどたに あんず)さんはねェ~」

「グレート……超がつく大物だぜ、こいつはァ」

 

イヤミを言ったら平然とふんぞり返られ、仗助は感心するしかなかった。ジョセフから受け取ったカメラを操作していた生徒会長、こと角谷杏は、にやけ顔を少ししかめる。

 

「表層に出てきた。学園のすぐ近く……すると狙いはヘリか飛行機かなぁー」

「使うとしたら、その場で離陸できるヘリだろうがな……ヘリは『武装』しているか?」

「してるワケないない。自衛隊じゃないんだから」

「音石は……ここにジョセフ・ジョースターがいる限り、決して逃げることはしない。

 ジジイがいる限り、奴の居場所は常に筒抜けだからだ」

「つまり、何? 乗り物を奪うとしても、攻撃のためだって……」

 

そこで、杏の顔から完全ににやけが消えた。

 

「どうしたんスか?」

「いや、そのね……スゴ~く不愉快な可能性に気がついちゃったかなぁ~」

「どういうことですか、会長」

「……音石は、トラフィック号に『女子高から盗んだ無反動砲を使った』」

 

きょとんとしている桃を前に、承太郎が説明を引き継ぐ。

 

「俺達は、奴のスタンドがここに姿を現し、

 室内全員の皆殺しを図る前提で待ち伏せていた。

 そしてその瞬間、学園のブレーカーを落とすことで完封するつもりだった」

「そ、そりゃそうですよ。学園艦の巨大なパワープラントだったら、

 チリ・ペッパーのパワーはとんでもないことになるッ!

 そしてそれがヤツの最大の弱点なんですよね?

 電力に依存するって弱点をつくんですよね?」

「それが盲点なんだよ康一君。所詮は手段でしかない……

 奴の目的は最初から最後まで、ただひとつ」

「ワシの、死じゃな。言ってること、わかってきたよ承太郎……逃げていい?」

 

ジョセフが涙目になってきたところで、桃と億泰が業を煮やした。

 

「わかるように! はっきり! 結論を言えーーーーッ!」

「俺、頭悪いんだからよォォーーーッ 謎かけしてんじゃあねェーーぜッ!」

 

そして、仗助もわかった。わかってしまった。ピンと来た。

 

「か、会長さん。オレさ、大洗女子学園が杜王港に寄港したときに地方版で読んだんだけどよォォ~~」

「確かめる必要ないよ東方君、答えがすでにキミの中にあるならさぁー、どうしようマジで」

「『大洗女子学園、戦車道復活!』……つまりィィ~」

 

お盆が落ちて、湯のみが残らず全て割れた。生徒会長の取り巻きその二。確か、小山柚子(こやま ゆず)だったか……も、ついに気がついたらしい。続いて、康一の顔が、ムンクの叫びかホーム・アローンのように引きつった。さらに数秒後、桃がおそるおそる杏にすがるように聞く。

 

「あの、もしかして、つまり……こう言ってます? 『生徒会室が戦車で撃たれる』」

「おいおいおい、B級映画じゃねぇーんだからよォォー、ンな爆発オチみてーな」

 

次の瞬間、生徒会室の右半分が吹っ飛んだ。書類や何かの破片が大爆発し、続いて響く巨大爆音。何もかもモミクチャになって、床が割れて砕け散っていく!

 

「ぎゃあああああああああああすッ!!」

「うぎゃーーーーッ! うぎゃああーーーーッ! 嘘だ、ウソだぁぁーーーッ!!」

「桃ちゃん落ち着いて、落ち着いてェェェーーーーーーーッ」

「これはヒドいねぇぇーー、ちょっと助けて。落ちる…マジヤバい」

「ひどすぎるッ! 今までで一番ヒドいぞぉぉ~~ッこの仕打ち!!」

「OH MY GAHHHHHHHHHHHH!!」

 

思い思いの悲鳴を上げて、みんな瓦礫の中に落ちて呑み込まれていく。普通ならば、助かったとしても大怪我は確実!

同じように真っ逆さまに落ちる承太郎が、軽く仗助の肩をどついた。

 

「やれやれだ……仗助、出番だぜ」

「アイアイサー、っスよ」

 

電気を操る能力だの何だのは、世迷言でも何でもない。似たような能力を仗助も持っていて、それをスタンドと呼ぶのだ。仗助に戦車のような破壊力は無い。が、誰にも成しえない奇跡を起こせる。

 

「クレイジー・ダイヤモンド! 生徒会室を、なおす!」

 

仗助から飛び出した、変身ヒーローのようなハート型甲冑の戦士が周囲の瓦礫を猛烈に殴る。すると、逆再生のビデオのように崩れた瓦礫が戻り、数秒も経たずに元の生徒会室になっていく。落っこちた億泰に康一、他の皆も同じ位置にきれいに戻った。

 

「イヤだぁぁぁーーーーっ死にたくない! まだ会長と、みんなとぉぉ……は?」

「何? どうなってるの、これ……」

「た、助かったぁ~ッ、仗助君サマサマだよぉ~」

「エヘン、種も仕掛けもねぇーっスよ!」

 

スタンドを使える面々とは違い、桃と柚子は状況についてこられないようだったが、グズグズもしていられないので、仗助は杏に向き直る。

 

「しかし、どーするんスか? このままここにいたら狙い撃ちだぜ~」

「ン?……あぁ。当初のプランは破綻したけど、逃げられないのはこっちも一緒だねぇー」

「っつーと?」

「戦車道の戦車が使われてるってことは、たぶん誰か敵の手に落ちてる。

 そうでなかったとしても、西住ちゃん……ウチの隊長が、こんな暴挙を放っておくはずがない。

 そうなったら、一般人対スタンド使いの戦いになっちゃう」

「グレート! 一刻の猶予もねーって事かよォー」

 

スタンドは一般人には見えないし聞こえない。能力が発動している最中ならともかく、スタンドの存在を直視することは一般人には不可能。一般人がスタンド使いと戦うというなら、透明な超常のモンスターとの戦いを強いられることになる。ほとんどの場合、勝負にならないと言っていい。しかも今回のスタンドは電気を操るレッド・ホット・チリ・ペッパーだ。ヤバい状態を把握した仗助に、杏は居住まいを正し、深々と頭を下げる。少し戸惑ったものの、仗助はその真剣さを受け取った。

 

「生徒会長としてお願いします。敵スタンドを倒して下さい」

「頼まれたぜ、先輩」

「ありがと。私達は別の場所から応援するよ。

 一緒に行っても多分、足手まといになるからねぇー」

「でも仗助君、どうするの?」

 

康一が後ろから不安そうに聞いてくる。ジョセフをおぶった承太郎はすでに歩き出しており、

億泰が間にいる形で立ち止まっていた。

 

「どうするって?」

「チリ・ペッパーが戦車を使ってるんだよ? 正確に精密に狙い打たれたら、

 いくらクレイジー・ダイヤモンドだってキツイよ!」

「もっともだぜ康一! だがそこはひとつ考えがあってだな……会長さん」

「えー?」

 

仗助は、ひしゃげた砲弾を差し出した。

 

「コレを撃った戦車さんはよぉー、ドコのドイツかわかるッスかね?」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒

 

 




ここまで読んでくれてありがとうございました。
この短編、「根拠なんていつも後付け」の神経で、
大人じみた予防線を乗り越えるッ! つもりなので……
それでもよろしければ、お付き合いいただければ。


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音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(2)

『ノリ』と『勢い』だッ!
続く限りはガンガンやりたい。
思った以上の反響があって舞い上がりましたが、期待に沿えるか。


音石明(おといし あきら)は振り返る。最後の賭けは、どうやらうまくいきそうだ。

 

 

杜王港埠頭。仗助との戦いに敗れた直後。弁慶の立ち往生みたく死んだふりをした音石は密かにスタンドを回収し、最後の機会を待った。それは、杜王大付属女子から盗んだ無反動砲!

学園艦でもない一介の女子高では戦車道の履修など不可能で、同好会が細々と続いているだけだった。しかも、唯一まともに動くのは、戦車ですらない自走無反動砲『オントス』。戦後開発なので高校戦車道のレギュレーションにも合わない。あいつらは一体、何がしたかったんだろうか?

だが、そんなことは音石にはどうでもよかったし興味もなかった。必要なのは『M40無反動砲』。そいつを『6基』、根こそぎブン取ってきた。そして、『レッド・ホット・チリ・ペッパーの本体を探せる』ジジイ、ことジョセフ・ジョースターが乗っているというトラフィック号が近づくのを待ち、轟沈させるのだ。『M40無反動砲』の有効射程はおよそ1km。スポットライフルなんか使わず、もっと遠くから狙い撃ってしまいたかったが、チリ・ペッパーにそこまでの精密動作性はなかった。基本に従うしかない。

結論から言えば、音石は見事、機会をものにしてみせた。有効射程内にやってきたトラフィック号に、合計3発の砲撃を加え、全弾が命中。船体の真ん中に大穴を開けられたトラフィック号は中央から真っ二つに裂け、ひっくり返って沈んでいった。これで勝ったと思ってはならない。ジョセフ・ジョースターの死亡が確認できない以上、今は逃げの一手を決め込むべき。万が一の逃走経路はスデに決めていた。

学園艦! 大洗女子学園!

ここに入れば逃げ場はなくなる。だが、やつらが追ってくるならば!

レッド・ホット・チリ・ペッパーは学園艦のパワープラントを丸ごと吸い取って、まずはあの東方仗助をバラバラに引き裂いて殺す。それから空条承太郎を船内に引き込んでジョセフ・ジョースターと引き離し、ジョセフの方を真っ黒コゲにして殺す。そして、追ってこないというならば。今度はここを自分の城にしてしまうまでだ。『弓と矢』は持っている。かつて虹村形兆がしたように、仲間を増やすのだ。案の定、学園艦から救助船が飛び出してきた。ドサクサに紛れて学園艦に潜入した音石は内部構造を把握すると、まず、真っ先に、スタンド使いを増やしにかかった……

 

 

わかってはいたが、女子高なので女ばかりだ。電線に潜んだチリ・ペッパーは、『矢』が選ぶ人間を探していた。ネズミを射った時に体験として知っている。『矢』は、スタンドの素質を持つものを選んでいるのだ。闇雲に射って人を殺しまくった形兆には、余裕というやつが無さすぎたな。フンと鼻で笑った音石は、そこでようやく『矢』が反応したことに気づく。住宅街で、不恰好なスキップをしている女子高生である。そのまま十字路を曲がったところで電信柱に激突して尻餅をつき、顔を赤くしながら足早に立ち去った……

 

(……『あんなの』をか? 使えそうに見えねェーんだが)

 

ここで射っては目立ちすぎる。チリ・ペッパーは追跡した。たどり着く先は大洗女子学園。土曜日なので休みだが、部活などをしている生徒は少なくない。

 

(そしてこの『メスガキ』、どうやら『戦車道』をやってるのか……

 まともに動くのかァーーーー?)

 

仲間らしき奴らと談笑しながら歩いている会話の内容から読み取るに、そうらしい。一人、異様なテンションの高さで語っているヤツがいて、戦車の話だとはイヤでもわかる。

 

(『オタク』は嫌だねェェーーッ バカの一つ覚えみてーによォォーーッ

 さっさとそのクチ閉じて失せやがれ、邪魔だぜッ)

 

だが、戦車道というのは好都合だった。脅すなりコマすなりして引き込めば、人間をたやすくひき潰す兵器がそっくりそのまま手に入る。それがスタンド使いだというなら、なおのことよし!

『メスガキ』の名前は、西住みほ(にしずみ みほ)。この大洗女子学園の戦車道で、隊長をやっているらしい。最近、聖グロリアーナ女学院と練習試合をして負けたとか。

 

(どうでもいいぜーッ まったくどうでもいいッ!

 肝心なのはッ、このオレのために役に立つかってことだけだからなぁ~~)

 

『メスガキ』がロッカールームに入ったところで、チリ・ペッパーは襲い掛かった。コンセントから飛び出し、背後から一気に『矢』を突き刺す!

 

「え、あっ?……がはッ!!」

 

うなじに刺さった矢はそのまま頭に向かい、脳幹と海馬を串刺しにした。普通ならば即死だ。だが、音石にはわかる。

 

(やはり、こいつはアタリだ)

 

『ギュオオオオン!』

鉄扉を金槌でブッ叩いたかのような手ごたえと反響が音石の手に戻ってきた。もしかすると期待以上の大物かもしれない。『矢』を引っこ抜くと、『メスガキ』はその場にくずれ落ちる。意識は失っていないはず。この場で『仕込み』に入ろうとしたが。

 

「血のにおい……ただごとじゃないッ! みほさん! みほさんッ!」

「待ってよ、華(はな)! どうしたの? 血だって? みぽりんが?」

「とにかく入りましょう! 西住どのォーーーッ!」

「救急車呼ぶならすぐに言え」

 

ロッカールームに、さっきの仲間どもがなだれ込んで来た。あわてて引っ込まなければ、『矢』を発見されるところだった。

 

(今は引き下がるしかない、か……チッ)

 

どうせ血の跡だって見つかることもない。『矢』に選ばれて生き残ったのなら、その時の傷はなぜか巻き戻る。これは音石自身も経験して知っていることだ。何があったのか、当人さえわかるはずもない……

 

「……あれ? みんな、どうしたの?」

「血のにおいって……なんにもないじゃん。みぽりんがズッコケてたダケで」

「おかしい、ですね。確かに、むせ返るみたいな血のにおいが」

「大丈夫ですかぁー西住どの。指、何本に見えます?」

「人騒がせな。私は寝る」

「寝ないのーッ! これから練習!」

「あはは、なんかゴメンね。心配かけちゃって」

「みほさん。一体、何があったんですか?」

「わかんない、けど。首の後ろから『何か』刺されたような……」

 

今はノンキをこいていろ。そのうち存分に役に立ってもらうからな。捨て台詞だけは吐いた気分になって立ち去ろうとした音石だったが。

 

「縁起でもないなぁーッ ただでさえ近くで船が沈められたりしてるのに」

「それなら知っています。小耳にはさんだ所によると、無反動砲でやられただとか!」

「そんな恐ろしいことが……」

「そこまでして沈める船には、一体何が乗っていたんだろうな? 私はそこが気になる……」

「あ、それっぽいことなら聞いてるよ麻子(まこ)。ジョセフ・ジョースターって知ってる?」

「ジョースター不動産の創始者。ニューヨークの不動産王だな。それが?」

「沈められた船に乗ってたんだって。ウチの救助隊に助けられて、今、この学園艦にいるって!」

 

(なん……だとォォォ~~~~~『ジョセフ・ジョースター』!)

 

聞き捨てならぬ名を聞いた。今、ここにいることが確定したというのなら!

すぐにでも殺しに行かなければならない!

チリ・ペッパーは聞き耳を立てる……

 

「小さな船で宮城県まで来て、待ち構えていたように沈められる。不穏だな」

「不動産王ともなると、敵だって多いのかもねぇー」

「正直さっさと降りてほしい。疫病神としか思えない」

「冷泉(れいぜい)さん、そんな言い方って……」

「関わりのない人間のことなんか知らん。身の回りだけでいっぱいいっぱいだ」

「もうすぐ全国大会ですしね。そこは冷泉どのと同意見ですよ」

「関わりないとも限んないよー? あの生徒会長が、こんな機会、逃さないかもよ?」

「ええっと、どういう意味かな。沙織(さおり)さん」

「口説き落としてスポンサーにするってこと! 今頃、生徒会室に拉致監禁して……」

「否定できないあたり何とも言えないですね……」

 

くだらない与太話だ。だが、『確かめる価値はある』!

もうこれ以上の成果は得られないと判断し、チリ・ペッパーを生徒会室近辺に向かわせる。そして見た。

 

(いた……いやがった!)

 

空条承太郎。その隣にいる老人が、ジョセフ・ジョースター!

にっくき東方仗助も、虹村億泰も、広瀬康一も勢ぞろいしている。一緒にいる片眼鏡の女が生徒会長だろうか?

他にもチビ一人に、胸のデカい奴が一人。この様子が何を意味しているか。全員、茶を飲みながら、外に出る気配がない。

 

(ナメやがって! 待ち構えてやがるッ!)

 

明らかにジョセフ・ジョースターを餌にした釣りだった。食いついた瞬間に承太郎が時を止め、よからぬ何かをするのだろう。おそらく、それにハマれば万事休すとなる。もしかしたら、生徒会長とやらもスタンド使いかもしれない。このまま攻撃をしかければ100%敗北だ。

 

(だがよォォーー近寄らず攻撃する手段があるッ

 スデにそいつをオレは発見してるんだぜーーーーッ)

 

音石明自身も、すでに学園艦表層へ移動している。ここの生徒会長と空条承太郎がグルである以上、自分のいるブロックを閉鎖されて追い詰められかねなかったためだ。目指すはひとつ。戦車道の戦車格納庫!

もちろん、身ひとつで乗り込んでは、いかにチリ・ペッパーがあるとはいってもすぐに他の戦車に鎮圧されてしまうだろう。どう取り繕っても、戦車については『ド素人』。だが、それをどうにかする策も、すでにある。何台かある戦車のうち、音石が選んだのは『4号戦車』。理由としては、ひとつは外見が一般的な戦車にもっとも近く、『曲射』に適していると感じたこと。そして、もうひとつは。

 

「わわっ! 何ですかあなたは! いきなり乗ってきて何をやってるんですかぁーーッ」

 

さっきの『メスガキ』と一緒にいた『戦車オタク』がうまいこと中にいたためだ。至れり尽くせりなことに、中に砲弾を運び込んだ後だ。

 

「う・る・せェェェんだよぉぉ~~ッ」

「ふぇっ? あ、アガガガガガガガガッッ!!」

 

脳天からチリ・ペッパーの電撃をお見舞いされた『戦車オタク』は、電気椅子にかけられたみたいにガクガク痙攣しながら崩れ落ちた。元からまとまりの悪いクセッ毛が残らず逆立って、目をひん剥いている。中にあったロープで手早く『戦車オタク』を縛り上げて車内の脇に蹴飛ばすと、チリ・ペッパーで『4号戦車』の非常時用操作系統を発見し、乗っ取った。『戦車道』の戦車は第二次世界大戦当時のもの。当然コンピュータ制御などされているワケがないが、中の人間が全員気絶した場合などに備えて、遠隔操縦できるよう後付で配線されている。音石は元々、これに目をつけていたのだ!

 

「ンじゃま、パンツァー・フォー、としゃれ込ませてもらうぜぇ~~」

『パンツァー・フォー!!』

 

ギターをかき鳴らし、ギターに『パンツァー・フォー』と喋らせる絶技を

さらりとやってのけた音石は、ハッチを閉じ『4号戦車』を急発進させた。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒

 

 




展開に従うがまま、みぽりんの脳天に『矢』をブッ刺してしまった。
とはいえ多分、スタンドが見えるようになる程度の意味しか持たないだろうなぁ……
ところで、華さんが38tを見つけたとき、噴上裕也を思い出したのは自分だけではないはず。

非常時用操作系統うんぬんは捏造設定。


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音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(3)

秋山どのは生きてます。大丈夫です!
今回の話は丸々、秋山どの視点です!


秋山優花里(あきやま ゆかり)にとって、その日もまた良い日であるはずだった。

 

大洗女子学園の戦車道復活に立ち会ってから一ヶ月。ひとりぼっちで眺めていた世界を、他の誰かが知ってくれる。暴走するそのたび、周囲にウンザリされてきた話を、みんな聞いてくれる。拒絶を恐れて右往左往していた自分が過去になっていく毎日!

輝く日々というものを、秋山優花里は実感していた。砲弾を『4号戦車』の車内に担ぎ込む、この重さすらも愛おしい。

 

(や、この愛おしさは元からですけど。みんなのためにガンバれるってのがウレシいんですよぅ)

 

誰に言うでもない心中の独り言。これだけは直りそうになかった。さあ、今の砲弾で最後だ。練習開始まであと20分。そろそろ他チームも集まってくるだろう。確か他のチームは昨日のうちに詰め込みを済ませていた。自分達『あんこうチーム』だけは、武部沙織(たけべ さおり)の提案で、遅くまで居残り練習をしていたから、その分のしわよせが今に来たのだ。これで全て問題ない。練習開始を待つばかり。みんなを呼んでこよう。その矢先だった。

『ギターを持ったロックンローラーが車内にいきなり入ってきた』

ありのままに記せばこうなる。わけがわからない。驚きすぎて軽く悲鳴が漏れてしまった。が、そうもしていられない。ただひとつわかっている。こいつは部外者だ。

 

「何ですかあなたは! いきなり乗ってきて何をやってるんですかぁーーッ」

 

優花里にできる精一杯で、きつい威嚇を投げつける。とはいえ、また一方で、ちょっとした期待の気分もあった。

 

(戦車好きなロックンローラーさんで、思わず入ってきちゃったのかも知れませんね)

 

そうだったら仕方ない。穏便に出て行ってもらって、あとで内装の写真をあげよう。ここはもう、『あんこうチーム』みんなの部屋も同然なので、男が土足で踏み込むのは困る。幸せの中にいた優花里には、まったくわからなかった。目の前のロックンローラーが、追い詰められた獣の目、そして悪鬼の目をしていることを。

 

「う・る・せェェェんだよぉぉ~~ッ」

 

何が起きたのか、今度こそ理解できなかった。野卑な罵倒と同時に、優花里の全身が勝手にふるえ、跳ねだした。声なんか出している覚えもないのに、よじれた唇から壊れた無線じみた奇声が漏れ出す。目の中を青や赤や緑の斑点が乱舞している。これら全てが途方も無い苦痛と同時にやってきた!

何秒か、何分か。どれだけ経ったかわからないが苦痛が消える。このとき優花里は気絶していたのだが、数瞬後の衝撃ですぐにまた覚醒した。目がチカチカする。手足を動かそうにも感覚がわからない。どうも横になっているようだ。冷たい床に転がされている。

 

「ンじゃま、パンツァー・フォー、としゃれ込ませてもらうぜぇ~~」

『パンツァー・フォー!!』

 

聞こえたのは、さっきの男の声だ。もう一人の声は何だろう。ボイスチェンジャーだろうか?それにしても、二人で『4号戦車』を動かすつもりなのか。走るだけがやっとで、戦車らしいことは何もできないだろうのに。

聞きなれたエンジンの咆哮が響く。エンストもさせず一発で動かすとは、どこかで経験してきているに違いない。ということは、何か明確な目的で戦車を鹵獲(ジャック)した?

慣れるほど乗っているのなら、今更興味本位でこんなマネをするわけがない。ということは。ということは……

 

(主砲で『何か』撃つのが目的)

 

意識が一気にクリアになった。そうだ。それしか考えられない。戦車でなければ出来ないことなんて、極論すればそれだけなのだ!

野を越え山を越え塹壕を越え!

歩兵を蹴散らして驀進(ばくしん)する戦車の本懐とは、同格の敵を打ち倒すことッ

では、この男の敵とは? 何を撃とうとしている?

だがその思考とは別に、優花里のもつれた舌は勝手に動いた。

 

「や……やめてください」

「ああン?」

「何をやってるのかわかってるんですか?

 『4号戦車』は『戦車道』で戦うための戦車なのに。

 人を撃ったら人殺しじゃないですか」

「ごあいにくだねェェェ~~~オレぁ人を殺してぇんだよ。

 ジョセフ・ジョースターのくそジジイをなぁー」

 

優花里は戦慄した。ちょっと前に冷泉麻子(れいぜい まこ)が言っていたことを思い出さざるを得なかった。彼女の言う通り、不動産王ジョセフ・ジョースターは狙われていたのだ。杜王港で仕損じた殺し屋(ヒットマン)は、この大洗女子学園まで執念深くも追ってきたのだ。すると、無反動砲を持ち出したのも、当然こいつ!

正真正銘の人殺しだ。真っ当な社会観念で説得できる相手じゃあない。そして、聞いてもいないことをしゃべっているこいつは、私を生かして返すつもりが100%ないということ。用済みになったら、ゴミのように殺されて捨てられる!

では、なぜ私を生かしている? 用済みになるというなら、用とは何だ?

縛り上げられていることに今更気づきながら、優花里は必死で思考するが。

 

『優花里さん、何やってるの? 一人で発進するなんてッ』

 

いつも聞いている声が外から聞こえた瞬間、すべてがわかった。

西住どのがッ! 西住みほが追ってきている!

 

「チッ、思ったより格段に早ェな……

 ひい、ふう、みい……戦車が全部出てきてんじゃねェーか。

 邪魔が入る前にさっさと撃つかね」

 

『4号戦車』が急ブレーキをかけて止まる。砲塔が回る。ひとりでに。ロックンローラー男は車長席に座ったまま動いていない。優花里は異常に気がついた。

 

「『4号戦車』ッ いつの間にか全自動になっている!」

「今頃気づいたのか? ちょっとした手品があってねぇ~

 位置よし、仰角よし……」

 

『優花里さん……何する気なの?

 砲を校舎に向けて、何をするつもりなのッ!?』

 

外から聞こえるみほの声が、張り詰まったものに変わった。

 

「『校舎』……だって?

 やめて、やめてください! それだけはッ!」

「イヤだね!」

 

『……全チーム、4号戦車を撃って下さい。

 撃破判定を出して止めます。やむをえませんッ!』

 

みほは『4号戦車』の撃破を命じた。優花里は救われたような気分になる。さすがは西住どの。だが、それがダメなのだ。そのための私なのだ。ロックンローラーの男はしたり顔でギターをかき鳴らした。

 

『ウツナ~ヨォォ~~ヒトジチヲ~トッテ~イルゥ』

『ッ、人質? 動かしてるのは、優花里さんじゃない?』

 

(なんて奴ですか、ギターを喋らせてるッ)

 

さっきのボイスチェンジャーは、これだったのか。この男、少なくともギターテクは一級品らしい。例のごとく全自動で外部スピーカーもオンにしたらしく、みほも動きを止めてしまったようだ。

 

「よし、撃つ! 目標、生徒会室!

 チリ・ペッパーの要撃管制つきだ、逃げられねェぜ~~」

「うあああああァァァァーーーーーーーッ!!」

「FIRE!!」

 

優花里の悲痛な叫びは当然のように無視され、発射された撤甲弾は宣言通り、大洗女子学園の生徒会室に直撃。優花里からは見ようがなかったが、西住みほが思わず漏らした一言から、どうなったかは手に取るようにわかった。

 

『……あ、あそこは確か、生徒会室……』

「へ、へへへへへ……やったぜ!

 ジョセフ・ジョースターも空条承太郎も!

 東方仗助も、虹村億泰も、広瀬康一も、皆殺しになった!

 オレの面白おかしい人生を邪魔する奴らは、

 もうこの世にいねぇーーーッ!」

 

ひとしきり喜んだロックンローラー男は、クルゥリと優花里に向き直った。毒ヘビすらも裸足で逃げ出すような、下劣な目つきだ。

 

「これで大洗女子学園戦車道も用なしだなァァーーーッ

 チリ・ペッパーのフルパワーで全員、こんがり焼けてもらうぜ。

 オレの正体につながる奴はッ!

 一人たりとも生かしちゃおけねぇからなぁ~」

「こんがり焼く、戦車を操る、シビレる……まさかっ!」

 

ここに来て優花里は、突拍子もない発想に至った。そうでもなければ、こんな状況、ありえないから。

 

「あなたは……『電気を操っている』『電気を自在に操れる』!」

「ご名答ォォォーーーッ

 どっちみちこの場で即死するけどなァァーーーッ!!

 お疲れさんンーーーーッ 『レッド・ホット・チリ・ペッパー』……」

 

『あれはッ、なんか、おかしい!?』

 

男が優花里を殺しにかかったところで、みほの素っ頓狂な声が響いた。男の動きも即座に止まる。

 

『砲弾が直撃して崩れたのが見えたのに……全然! 崩れてないッ!

 気のせいって言うには、いくらなんでも……』

 

男は少し考え込むように目を閉じ、2秒ほどして怒りだした。

 

「クレイジー・ダイヤモンドだと!? 生徒会室が直っちまってる!

 ありえねぇッ! あのコースなら確かに即死のはず……い、いや!」

 

怒りだして、さらに勝手に一人で冷や汗をかきはじめた。

どうやら、何かの手段ではるか遠くを見ているようだ。

 

「気づきやがったな承太郎ォォォ~~~ッ

 『時間を止めて』砲弾をそらしやがった!!

 『戦車道の戦車で狙い撃つ』

 そっくりそのままバレてやがったのかよォォ~~~ッ」

 

ひとまず、いろんなことがわかった。このロックンローラー男みたいな超能力を持っている人間が不動産王ジョセフ・ジョースターの周りには何人かいて、『壊れたものを直す』『時間を止める』能力を少なくとも持っている。中学二年の妄想ノートみたいだが、今は奇妙な現実として受け入れよう。

 

「いたな、ジョセフ・ジョースター!

 しかし承太郎も一緒じゃあチリ・ペッパーでの攻撃は無理ッ

 『4号戦車』で追うしかねぇな……」

 

秋山優花里は『戦車道』に置き換えて考える。このロックンローラー男にとって、敵フラッグ車は老朽の旧式車『ジョセフ・ジョースター』。だが、フラッグ車を直接攻撃しようにも、護衛の『空条承太郎』に阻まれるのが確実だという。それを突破しうる火力がこの『4号戦車』。つまり『4号戦車』が撃破されれば、フラッグ車を仕留める手段がなくなり負けが確定する。『ジョセフ・ジョースター』チームの『戦車』は、さっきの話でわかる限り、あと『3台』。性能まではわからないが、数だけ見れば、まず確実に逆撃を仕掛ける状況!

 

「そして来やがったか、東方仗助……広瀬康一もいるな?

 虹村億泰はいないようだが、分かれて来るなら逆に好都合だぜ」

 

『2台』が迎撃に来て、『1台』が伏兵。この場合、伏兵に最大の攻撃力を当てて、一撃で仕留めるのが良策と感じるが……

しかし、ロックンローラー男の『電気を操る能力』というのがどれほどのものか。体験している限り、電線から拝借できる範囲の電力を使っているようだが、それ以上がわからない。そして何より。私、秋山優花里は今なお囚われの身だ。

 

「やはり、てめーを倒さねーと先には進めねぇようだな、仗助。

 ならばそろそろ役に立ってもらうぜ『メスガキ』」

 

大洗女子学園戦車道チームは今、この男のコマに限りなく近かった。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




ここから先は、リアルの都合上、ちょっとペースが落ちるかも知れません。
とはいえ重視するのは『ノリ』と『勢い』。
心の赴くままに書きなぐり、そして投げます。


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音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(4)

ガルパン映画、8月くらいまでやっててくんないッスかねぇ~
とても見に行けねェッスよ……
それは置いといて、今回はみほ視点。


西住みほ(にしずみ みほ)は、突如として奇妙な冒険に足を突っ込んだ。

 

何か変だとは思っていたのだ。何者かに首の後ろを刺された感覚は、夢か幻と言うにはあまりにも……

そして直後に始まった、秋山優花里の奇行。砲弾を詰め込み終わって待っているはずが、たった一人乗り込んで戦車を発進させていく。これでは運転以外の何もできっこないと、彼女自身が一番よくわかっているだろうのに。しかも、今回の練習場とは逆方向に全速力で突っ走っている。

 

「唐突になんでこんな。麻子の操縦テクに触発されちゃったワケ?」

「お前は何を言っているんだ。追うぞ」

 

冗談めかした風に半笑いの武部沙織の声もさすがにどもり気味である。ともあれ、冷泉麻子の言う通り。追うしかない。格納庫を見回す。すぐ横にいた五十鈴華と同じように。

 

「追うと言っても、戦車はどうするんです? みほさん」

「カメさんチームの38tを借りよう。

 生徒会長は『ヤボ用で来られない』って連絡があったから」

「不幸中の幸いかなぁ。同じドイツ製だったのは……あれ、チェコだっけ」

「どうでもいい。さっさと乗る」

 

最初に麻子が38tに飛び乗り、沙織が続く。さらに華が乗り込んだのを確認すると、みほもハッチに上り、そこから皆に指示を出す。アヒルさんチームにカバさんチーム、ウサギさんチーム。みんな揃っている。

 

「『4号戦車』を追います!

 隊長として……友達として言うけど、優花里さんはおバカさんじゃない。

 何か『わけ』があるはずッ 万が一、何か間違っちゃったのなら、私達で止めよう!」

 

了解ッ!

全員が小気味いい返事を返した後、素早くそれぞれの戦車のエンジンをふかす。みほはふと、前回の練習試合を思い出した。聖グロリアーナ女学院戦前半。統制ゼロの一斉攻撃。反撃からのぶざまな総崩れ。『あれ』は、もうない。今の動きだけで確信できた。みほ自身も38t車内に飛び込む。そして命じる。

 

「パンツァー・フォー!」

 

いつもと少し違った感覚で前進が始まった。いつも通り、ハッチから身を乗り出す。敵を見ずには戦えない。味方を救うのなら、なおさら。

『4号戦車』には、すぐに追いついた。ほとんど全速力で爆走していたが、動きが『非人間的なほどに直線的』だ。その違和感を最初に口にしたのは、麻子だった。

 

「変だな」

「確かに変よねぇ~、戦車マニアって言っても、いつどこでこんなに上手になってたの?」

「そうじゃない。とてつもなく精密なのに、道に不慣れな動きをしている。

 じゃなければ私も追いつけていない……『道を知らない』のか?」

「そんなわけがありません。優花里さんはご実家もこの学園艦だったはず」

 

全員が同時に息を呑んだ。超がつく精密動作でもって戦車を操縦してのける麻子の言うことを、軽く見てナメてかかる者など、いるわけがない。華も、常識的な観点から反論を切り出そうとし、故にたどり着く先は同じだった。

 

「『4号戦車』を操縦しているのは、学園艦の道を知らない『誰か』。

 そう言ってるんですか、冷泉さん」

「もっと言うなら、あれは人間じゃない。規則正しすぎるッ まるで『全自動』だ」

「ちょっとちょっと、なぁーに、麻子。『4号戦車』がロボットにでも盗まれたって言うの?

 確かに、来年から21世紀だけどッ! そんなハイテクがなんでこんなところに?」

「私が知るか」

 

ぎゃあぎゃあ言い出した沙織はさて置いて、みほは拡声器を取り出した。『4号戦車』はすぐそばだ。まずは呼びかける。

 

『優花里さん、何やってるの? 一人で発進するなんてッ』

 

今度は、華が感づいた。

 

「『反応』しましたね。運転に動揺が見えました」

「あれっ、じゃあロボットじゃなくって、単なるスゴ腕?」

「どちらにせよ、優花里さんではありません。

 『作法』も、『楽しもうとする気持ち』も! 見えてこないんです。これっぽちも」

「じゃあ、『戦車道関係者じゃない』? 単に必要だったから戦車を盗んだ……ええっと、何のために?」

 

車内では仲間達による猛烈な推理が繰り広げられているが、たった今! 

みほは、それどころではなくなった。

 

「ちょっと待って、みんな!

 見えなかったの? 今のが!」

 

全員が、怪訝な顔で、みほを見た。何を言っているのかわからない。皆の顔にそう書いてある。

 

「そ……その! 電気を帯びた『河童』みたいなのが、こっち見てたの!

 『4号戦車』の車体から、上半身だけ飛び出してッ」

 

気まずい沈黙が訪れた。反応に困っているようだ。

誰にも見えていなかったのか。

 

「ごめん、忘れて。血がのぼっちゃってるみたい。頭に……この状況で」

「おいッ、『4号』が止まるぞッ! 全員どこかシッカリ掴め!

 みほ、号令出せッ、全車止まらせろ!」

 

麻子が、らしくない鋭い大声を出した。見ると確かに『4号戦車』が急減速し、路上に派手な痕を作っている。みほは拡声器を下ろし、インカムに命令を発する。

 

「全車、停止して下さいッ、『4号戦車』が止まります!」

 

それが済んでから、みほは一旦、車内に頭を引っ込めてハッチの取っ手を掴んだ。前方の車がいきなり急ブレーキを踏んだなら、真後ろの車がやることはひとつしかない。一瞬遅れて、車内に衝撃が走った。言うまでもなく急減速である。これでも最大限、丁寧に減速されていた。おそらく38tのキャタピラは、路上を傷つけてもいないだろう。車内に慣性を感じなくなってから、みほは再びハッチから顔を出した。

 

「き、きつい……殺す気か……酸素、がッ……ハヒィ

 大声、やめとけばよかっ、た」

「麻子、深呼吸して深呼吸。10分吸ってェー、10分吐いてェー」

「サラリと不可能ごと吐くな」

 

麻子がグロッキーになっているが、それは沙織に任せて。『4号戦車』を見る。すでに砲塔が回っていた。砲の向かう先は、校舎。大洗女子学園の校舎だ!

 

『優花里さん……何する気なの?

 砲を校舎に向けて、何をするつもりなのッ!?』

 

拡声器で呼びかけながら、みほは確信した。あれを運転しているのは、絶対に優花里ではない。『4号戦車』は直接校舎を狙っていない。曲射だ。砲の仰角を上げて、発射された放物線の行き着く先に校舎を収めているのだ。言うのは簡単だが、弾道計算が必須であり、観測員も必要になってくる難事業。これを、急ブレーキをかけている最中に、数秒とかからずにやる。第二次世界大戦時の戦車で。できるわけがないッ! 人間じゃあないッ!

 

「華さん、射撃用意……『4号戦車』の履帯を狙って」

「はい」

 

38tの砲が動いていくのを感じながら、拡声器を後ろに向けた。M3中戦車リー、3号突撃砲、89式中戦車。全員いる。

 

『……全チーム、4号戦車を撃って下さい。

 撃破判定を出して止めます。やむをえませんッ!』

 

みほの脳内で、すでに目的は秋山優花里の『救出』にシフトしていた。『4号戦車』にいる何者かが優花里に害を加える前に、戦車自体を役立たずにする。その後どうするか。もう決めている。自分自身が『4号戦車』に乗り込んで、中にいる『敵』を倒すッ!

『見えている』のが自分だけというのなら、『勝てる』のも多分、自分だけということ。しかし敵は一体、何人なのか。何ができるのか。最悪の事態であろう『戦車VS生身』を回避したところで、敵の全貌が未だに見えないが……

数秒間の黙考は、ボイスチェンジャーか何かの音で破られた。

 

『ウツナ~ヨォォ~~ヒトジチヲ~トッテ~イルゥ』

『ッ、人質? 動かしてるのは、優花里さんじゃない?』

 

自分で言っていてワザトらしすぎる反応だと思った。向こうから人質と言い出したということは、こちらの攻撃は封じられた。他の戦車も、全車同時に動きを止めている。

 

(無理だ……『戦車で何かやる』のを止めることはできない。

 ここで無理矢理攻撃すれば、優花里さんは、少なくとも『ひどい目に遭う』

 でも……でもッ 狙われているのは校舎ッ どうすれば!)

 

結果として、黙って見ているしかなかった。『4号戦車』が校舎に撤甲弾を撃ち込む瞬間を。毎日通う学校だ。着弾地点もわかってしまう。そこは、戦車道の格納庫に次いで接点のある場所!

 

『……あ、あそこは確か、生徒会室……』

 

生徒会長、角谷杏には苦手意識を持っていた。その取り巻きの面子にも。小山柚子はともかく、河嶋桃は自分の意見ばかりを頭ごなしに投げつけて強要するイヤな人だ。でも、死んでほしいなんて、カケラも思ったことはない。ましてやこんな、死体も残らないような粉みじんの死に方だなんて。絶望のあまり拡声器を取り落としかけたみほは、しかし次の瞬間に目を見張った。

 

『あれはッ、なんか、おかしい!?』

「何、あれ。超常現象?」

「戻るわけが……バラバラになった生徒会室が、何事もなかったみたいに」

「わからん、が……想像できない何かに巻き込まれたのは確かだ」

 

今度は全員に見えていた。確かに弾が直撃した生徒会室が、何事もないままに存在している。あんなものが当たって、無事であるはずがないのに。

 

『砲弾が直撃して崩れたのが見えたのに……全然! 崩れてないッ!

 気のせいって言うには、いくらなんでも……』

「みぽりん、それ拡声器いらない! 一度、中に降りてよ」

 

少し赤面してから、みほは沙織の言う通り車内に降りてハッチを閉めた。車長席につくなり、沙織があわただしく詰め寄ってきた。

 

「い、今起こったことをありのまま言うよ。確認のために!」

「う、うん、落ち着いて?」

「『4号』の砲で生徒会室が撃たれたと思ったら、別に何ともなかった!

 『一瞬壊れて、すぐ元通りになった』! 意味不明なんですけどォォォ~~~ッ」

「同感だな……なんだこれは? どうすればいいんだ?」

 

混乱が極まっている。無理もない。みほ自身、何が何だかわからないが、これだけは言える。

 

「どうすればいいなんて決まってるよ、麻子さん。

 『優花里さんを助ける』ただそれだけ。全然変わらない」

「その通りです、みほさん。それで……どうしましょう?」

 

とはいえ、決意表明だけでは何も変わらないのも確か。手詰まりなこの状況、どこかで動かないものか。

 

「あ、メール。生徒会長から。宛先は戦車道チーム全員だね」

 

沙織がケータイを取り出したのに、全員が従った。誰もがすがる思いだった。みほはケータイを開く。『メール 1件』!

 

『戦車を盗んだのは電気を操るギタリスト、音石明。

 音石明の目的は、不動産王ジョセフ・ジョースターの殺害。

 音石明を倒すため、生徒会から二人の超能力者を送り込んだ。

 東方仗助(リーゼント)は壊れたものを元通りに直す。

 広瀬康一(ボウヤ)は音を操る。

 あとはうまいこと連携してね』

 

読み終わるなり、沙織は内壁に突っ伏した。

 

「な、なぁにこれェー、どうしろと? どこのジャンプ漫画ァァ~?

 せめて『なかよし』にしてよぉぉぉ~~~」

「もう事実と思うしかないな。全員が現場を見てしまった。

 しかしホンモノの疫病神だったのか『ジョセフ・ジョースター』め」

 

益体もない愚痴大会をやっているヒマはない。気持ちはわかる。トッテモわかるが。小さく咳払いをした後、華が言う。

 

「確かなのは、これから二人、増援がやってくるということですね。

 電気を操るという超能力者と戦える増援が、二人」

「うん。今からはメールだけで連絡を取ろう」

「え、でも敵は電気を操るって……ケータイも電気で動くけど?」

「『ありとあらゆる』場所の電気を無制限に操れるんだったら、

 人質をとってまでこんなことをする意味がないと思うよ。沙織さん」

「操られているのは『4号』だけで、私達は無事。これが答えかもな」

 

おそらく、麻子の言う通り。電気の介入できるところ、何もかも全て同時に操れるのなら、戦車道の戦車は今頃すべて乗っ取られ、全車がかりで大洗女子学園を蹂躙したかもしれない。それどころか、学園艦そのものを乗っ取って、住民3万人もろとも道連れの大事故を演出したかも……

恐ろしい想像を今はグッと飲み込み、沙織に伝える。

 

「沙織さん、メールお願い。

 『今から車間の連絡はすべてメールでやる』

 『表面上は動きを止めつつ、攻撃命令と同時に履帯を狙えるようにしておく』

 『4号戦車には絶対に接近しないこと』って」

「了解ッ!」

 

今できることは、これでもうないはず。後は、追い風が吹く瞬間を見逃さないだけだ。ハッチを開け、また外に顔を出す。『4号戦車』の向こうに、風と共にやってくる誰かを見た。

 

「ノーヘルに2ケツのバイクが1台。って何言わせんのよ、アイツらッ」

「一人で勝手にキレてどうする。アレが『リーゼント』だな」

「すると、後ろの『小さい子』が『ボウヤ』……早い。あっという間に来ましたね」

 

ヘルメットをしていないのもうなずける。なにしろリーゼントだ。みほは正直、この髪型の実物を見る日が来るとは思わなかった。リーゼントの少年の背に抱きついている小さな男の子が、何やら合図を出してから飛び降りた。受身をとった男の子がゴロゴロ転がる脇で、バイクはますます加速。

 

「ちょ、ちょっ、あのバイク! あのままじゃ『4号戦車』にぶつかるわよッ」

「どう見てもそのつもりだな」

「そ、そんなバカなことッ! やめさせないとッ、みほさん、拡声器を」

 

車内でそんなことを言っている間にバイクは真正面から『4号戦車』に突っ込んだ。一瞬にしてへし折れ、ねじれ曲がって引き千切れた車体は爆発炎上。いくつかの炎の塊に成り果てて飛び散った。見ていた沙織は目を覆い、顔をそむける。

 

「きゃああああーーーーーーッ何てこと! これじゃ単なる自殺じゃないッ!」

「いえ、沙織さん。『4号戦車』の上を!」

「えッ?」

 

華は気づいていたし、表に顔を出していたみほには、最初の最初から見えていた。バイクが激突する寸前に跳んだリーゼントの少年が、ムササビのように4号戦車のハッチ付近に取り付いたのを。取り付く瞬間に飛び出した『少年のものとは別の手』も、今度は見間違いではなく見えた。そして、少年の学ランに張り付いている大きな文字。『フワーーーッ』と読めたそれは、飛び出してきた別の『何か』に回収されて消える。『4号戦車』の外部スピーカーから、切羽詰った男の声が響いた。

 

「て、てめぇ、仗助ッ!」

「戦車にはよォォーーーー『トップアタック』だぜーーーッ

 バイクごときじゃあ戦車にはカスリ傷だけどよぉぉ~

 この仗助さんの『クレイジー・ダイヤモンド』ならよォォーーー」

「ま、まさかッ、振り落とせ『4号戦車』ッ」

「ボコボコにブチのめしてやるぜッ!

 『アベンジャー』とかいうアメリカ野郎のバルカン砲みてーになぁー」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




歴女チームとか、バレー部とか、現時点で全員扱いきるのは多分無理。
『ノリ』と『勢い』が向かない限り、あんこうチーム以外の面子が
半分モブになってしまうのは避けられなさそう。
ちょろっと喋るくらいならやりそうだけど。


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音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(5)

迷ったならば撃つのはやめなさいとえらい人は言ったけど、
勢いが死ぬのもイヤッスよねぇ~~
今回は康一くん視点です。地の文がちょっと、少ないか?


広瀬康一(ひろせ こういち)は、生まれて初めて戦車砲を体験した。

 

(こっ……怖ッ~~~!!

 まだ下っ腹がジンジンしてるよぉ~~~っ

 誰なんだ、『戦車道』が女の子用の競技だなんて言った奴は!)

 

鋼鉄の塊に大砲を乗っけた、ダンプカーよりも超重たい兵器で殴りあう。そんなものは戦争だけで沢山じゃあないのか。『戦車道』は時代に取り残され、廃れていると新聞にも書いてあったけど、こんなものを好んでやりたがる人がいるなんて、恐ろしい話だ。万が一、さっきのが自分に直撃していたら。パワーのない自分のスタンド、エコーズじゃあ防御なんかできるわけない。粉々の血煙になって、きっと仗助のクレイジー・ダイヤモンドですら復元できないだろう。小便チビりそうな恐怖を胸に、それでも康一は走る。仗助がいるし、億泰もいるからだ。そして何よりも。

 

(こんな『恐ろしいもの』を学校に向ける!

 音石明は、これから何度繰り返すんだ。こんなことをっ……

 ほっとけないぞ、絶対に!)

 

前を走る仗助が立ち止まる。周囲を見ると、駐車場。その中にある一台のバイクにまたがると、仗助はすぐさまエンジンを回した。

 

「なっ、何やってるんだァァーーー仗助くんッ」

「ちょっとの間、借りるんだぜ~~~

 音石の野郎のところには、一秒でも早く着かなきゃならねーッスからなァ~」

「そ、それに、どうやってエンジンをかけたんだッ? その『キー』は一体?」

「『念写』してもらったぜ。……ジョースターさんに。

 『校舎内で、キーを外し忘れた』バイクの場所をよ。

 手段選んでる場合じゃないからな」

 

ホラ、乗れよ。

そう促されるまま、康一は仗助の背に張り付き、腰に手を回してひっついた。前進を始めたバイクは駐車場を離れると、どんどん速度を上げていく。

 

「ひぃッ、チョット早すぎない?」

「言っただろーがよォォーーー康一ッ 急ぐんだよ!

 場所だけはわかってる! そこから動かれる前に到着すりゃあよぉぉーー」

「で、でも仗助くんッ、到着するまではいいけど、敵はやっぱり『戦車』なんだよ?

 ぼくらでどうやって戦うの?」

 

正直、康一はすでに自分のエコーズで敵に直接ダメージを与えることは諦めている。エコーズは『生物を対象に』攻撃しなければ一切意味をなさない能力だからだ。戦車の中に引きこもられた時点で、攻撃を当てる手段が存在しない。ならば、康一のやるべきことは仗助の勝算を支えるアシストということになるが。

 

「いいか康一、『戦車』を狩るのは『戦闘ヘリ』なんだぜ。

 『戦闘ヘリ』は『戦車』のどこを攻撃する?」

「ええっと……頭?」

「そう、頭だな。戦車の頭、というか天蓋ってのは大抵装甲が薄いんだとよ。

 正面からじゃ、いくらクレイジー・ダイヤモンドでも抜ける気はしねーけど。

 薄い部分を狙えるならイケるかもだなぁー」

「ど、どうやって? っていう疑問はあるけどさぁ……

 それだったら、億泰君のザ・ハンドの方が確実なような」

「ああ確実だぜ。中の人質を削り取っちまってもいいならだがよぉぉーー」

「あ、そっか! ゴメン、忘れて」

 

それ以前に、康一はすでに仗助から聞いていた。億泰と別れて敵を追っている訳を。億泰の出番は、来るべきその瞬間のためにあるのだ。

 

「そういうことなら、わかったよ仗助くん。

 それで、どうやって戦車の天蓋に取り付くの?」

「そのためのバイク、そのためのオメーだよ、康一」

「へっ?」

「次の角を曲がれば見えるはずだな。

 曲がったらよ、速度を上げて……『4号戦車』に突っ込む」

「えぇぇ~~~ッ?」

 

曲がった先には確かに見えた。戦車四台と、少し離れたところにもう一台。確かにアレは『4号戦車』。生徒会長の角谷杏に見せてもらった写真と同じ、戦車らしい姿の戦車。使っている砲弾から、すぐにアレだとわかった彼女は戦車マニアか何かだろうか?

そんなことを考えている間にも、視界の『4号戦車』はどんどん拡大していく。

 

「ど~~すればいいんだよぉぉ~~仗助くーーーん!」

「『尻尾文字』をオレにくれ、康一!

 フワリと浮かんで『4号戦車』の頭上を通過できるようなやつをよォォォーーー」

「ッ!! わかったよ仗助くん! きみが何を考えているのか、やっと!」

 

今の状況と戦車の能力。そして自分。全てのパーツがつながった。わかれば、何もためらうことはない!

 

「エコーズAct.2、仗助くんに貼り付けろ!

 そしてぼくは降りるよ」

「ありがとよ康一! 速度を落としてるから3秒したら飛び降りるんだ」

 

3、2、1。

二人で数え、康一だけがゼロで飛ぶ。着地の瞬間、衝撃が来た。速度を落としたとはいっても時速30km以上は出ている。足から着地しては骨を折ると踏み、あえて五体倒置気味に身を投げ出したのは正解だった。ごろごろ転がる。何度も、何度も。勢いが止まったあたりで飛び起きた。やはり痛いが、ケガの類は仗助に後で直してもらうとして。すぐに前を見ると、まさにバイクが『4号戦車』に突っ込むその瞬間!爆発炎上の頭上を通り越して、仗助が天蓋に取り付いたのがハッキリ見えた。自分も走って現場に駆け寄り、エコーズを放つ。役目を終えた尻尾文字を回収し、次に備えるためだった。回収すると同時に周囲を見回す。奥にいた戦車4台のうちひとつから、顔を出している女の子がいる。

 

(無用心だなァ~~、攻撃されるかもしれないのに)

 

エコーズは音のスタンド。一般人にも声を伝えることはできる。警告だけはしておこうと、エコーズをAct.1にシフトして送り出す。射程距離は50m。速度もけっこう速いので、女の子のところまではあっという間だ。しかし、予想外は思わぬところに潜んでいた。エコーズが戦車の上に飛び出したところで女の子がビックリし、直後に身構えたのだ。

 

「これは何? 『ギタリスト』の仲間だっていうなら……」

『違う! 違います! ぼくは、音石明の敵です!』

「私は『二人の超能力者』が来るって聞いています。あなたはどう見ても人間じゃあなくて、しかも『三人目』です」

『二人目ですよ! ぼくは広瀬康一。今、少し離れた路肩からあなたを見ている男がぼくです』

 

話にかみ合わなさを感じる。見えているというのなら、つまりこの女の子はスタンド使いであるはずなのに。『スタンドがいれば本体もいる』という思考が働いていないように見える。

 

「あっ。もしかしてあの子?」

『あの子です』

「じゃあ、コレは、あなたの出している『ラジコン』みたいなもの?」

『はい。大体合ってます』

 

背が低いって自覚くらいはあるよ、チクショー。

あの子呼ばわりされるのは、とっくに慣れきっている康一であった。それは置いて、本来の目的を果たしに移る。

 

「詳しく話を聞きたいけど、多分そんなヒマないよね」

『はい。危ないから車内に引っ込んでてください』

「それは出来ないかな」

『どうして?』

「戦っているから。頭を引っ込めて幸運だけを待つわけにはいかないよ」

 

康一に、重ねての説得は出来なかった。多分、言っても聞かないだろうということが、なんとなくわかってしまった。

 

「『4号戦車』が動く。広瀬くんこそ安全なところに移動して」

『できないね。仗助くんが戦っているんだ』

「そっか。ケガとかはしないでね」

 

女の子も、康一にそれ以上は言ってこなかった。二人して『4号戦車』に視線を向けると、クレイジー・ダイヤモンドのラッシュが始まった。

 

「ドラララララララァーーッ!!」

 

家一軒くらいはたやすくぶち砕くだろう破壊の連撃が戦車の頭上を叩く、叩く、叩く。

仗助を振り落とそうと右往左往している『4号戦車』は、叩かれるたび右に左にきしみを上げる。

 

『やったッ! 一方的に袋叩きにしているッ、これならッ』

「……あれが全力なら、ちょっと無理かも」

『えっ?』

 

言われて、康一は改めてよく見てみる。確かにクレイジー・ダイヤモンドは一方的に『4号戦車』を叩きのめしているし、天蓋の装甲には拳の型が無数に刻み込まれている。だが同時に、天蓋にしがみついた仗助の手からは。

 

『仗助くんの手から、血が……』

「えっ、どういうこと?」

『スタンドがダメージを受けたら、スタンドの受けたダメージは本体に跳ねかえるッ

 殴ったクレイジー・ダイヤモンドが逆にダメージを受けているんだ!』

「殴った手の方が痛かった。って、当たり前だよ! 戦車に拳ひとつで勝負なんてッ」

『これじゃあ、破壊できたとしても時間がかかる!

 音石明がそれを黙って見ているだろうかッ?』

 

スタンドごしに話すのがそろそろもどかしくなってきた。康一が、女の子のいる戦車に駆け寄り始めたとき、それは起こった。

 

「うぐうッ!?」

 

『4号戦車』が一瞬まばゆく輝いたと思うと、仗助がふっ飛ばされて地に落ちたのだ。装甲の表面に立っているのは、レッド・ホット・チリ・ペッパー!

 

『フー焦った。焦ったよ東方仗助。戦車の天井に引っ付いてブン殴ってくるとはなぁ~~

 終わった! 詰んだ! マジにそう思ったよ』

「ヤ、野郎ォ……」

『だが! この4号戦車をブチ壊すにはッ!

 ちぃっとばかしパワー不足だったようだなぁぁ~~ッ

 空条承太郎のスター・プラチナならいざ知らずよぉぉぉ~~~ッ!』

「時間がかかるだけならよぉぉーーーー、

 大した問題じゃあないんだぜ、音石サンよォ」

 

仗助が立ち上がり、再度戦闘態勢をとる。クレイジー・ダイヤモンドを前方に出して構えた。

 

『へっ、言うねぇ! そう言うとは思ってたよ……

 だから、それなりの備えもあるッ

 出番だぜぇ~優花里ちゃんよォォーーーッ』

『……に、西住どの』

 

『4号戦車』の外部スピーカーから、音石明以外の声がする。やはり人質は取られていたか。来るべき時が来てしまった。康一が思考する横で、女の子が呼吸を止めて目を見開いた。

 

「優花里さんッ……」

『撃ってください西住どのッ! この男は追い込まれて』

『余計なクチ聞いてんじゃねェェンだよォォーーーッ

 このクサレオタクアマがァァァーーーッ!!』

『いぎ、ギィィィィ! ギがが、ががッ、ガガッ、カカカぁッ!』

 

バスン、バスンと電気のショートするような音が響き、聞くに堪えない無残な悲鳴が外部スピーカーから轟く。

 

「音石、てめぇ」

『おォォ~ッと仗助! わかっているはずだぜェェ~

 オレの言いたいことが何なのかがよォー』

「ああ……よぉぉーくわかるッスよぉぉーー

 てめーみてぇなクッセェゴミはキッチリたたんで出しちまわねーとなぁ~」

『減らねぇ口だぜ。なら言ってやる!

 一発に一度、だ! クレイジー・ダイヤモンドの拳一発につき一度、

 電気の拷問でソロライブをやらせるぜ! この秋山優花里ちゃんになァー』

 

そこで一旦、音石は言葉を区切った。戦車の車内に頭を引っ込めて、中の誰かに何か言おうとした女の子……西住どの、を見咎めたようだった。

 

『怪しい動きしてんじゃねぇぞ。西住どのよォォー

 てめぇら大洗女子学園戦車道チームにも言っておく!

 てめぇらも同じ扱いだ。ちょっかいをかけてきた時点で一発とみなす。

 さらに、オレの指示に従わなかった場合も一発とみなす!』

 

そうやって厳しく脅しておいて、にやけたように口調をやわらかくする音石。

 

『で! 早速なんだが……その自慢の戦車よ、あるだろ?

 そいつで、この東方仗助をひき潰してもらおうか。

 そこにいる広瀬康一もよォォ~~』

 

ついに自分の名前が出てきた。しかも、戦車で引き潰させるのだという。

 

『誰のことかわからねーかぁ? ならもっと親切してやるぜぇ~

 今、4号戦車に殴りかかってたドアホのリーゼントが東方仗助で、

 そっちの方にいるチビ男が広瀬康一だ。わかったろ?』

 

西住と呼ばれた女の子が、戦車からじっと『4号戦車』を見つめている。康一の目からは、泣きそうな顔に見えたが。同時に、瞳の奥深いところで、まだ見ぬ勝算を探っている。そんな風にも見えたのが不思議だった。

 

『わかったなら命じろよぉぉー、西住みほッ!

 パンツァー・フォー、ってよぉぉーーー』

「人質を、代わります」

『……。あん?』

 

大声を出したわけではない。だが、西住みほの声は、遠くまでよく通った。そして、自ら戦車を降りて、『4号戦車』に向かって歩き出す。

 

「優花里さんは、いち装填手でしかない。

 そこに来て、私は隊長です。大洗女子学園戦車道を預かっている……

 私の方が、よほど『旨み』があると思います」

 

仗助を横目に、砲の前に立つ西住みほ。飢えた虎に、自分自身を差し出すかのような光景だった。しばしの沈黙が流れる。誰もが反応しきれなかった。

 

「優花里さんを放して下さい。

 私が、代わります」

『なぁるほどよぉぉー、ナンニモわかってねぇーなぁー西住どのよぉーー』

『ぐっ、ぐがッ、がぁぁーーーーッ、ガ、ハッ』

 

対する返礼は冷酷だった。耳をつんざく悲鳴が、またも響き渡った。さっきの女の子、秋山優花里とかいう……の声だ。喉を破りそうな奇声が、次第にかすれていく。

 

『一発とみなしたッ! てめーに許されるのは屈服だけだぜぇぇーーッ』

 

康一には見えた。仗助にも見えただろう。表面上はうつむき、歯を食いしばっているだけの、西住みほ。その全身から一瞬、沸騰するようなオーラが立ち上った。スタンドのエネルギーだ。形を取れずに荒れ狂っている!

 

『おおっと……ヘッヘッ、落ち着きなよぉ~

 優花里ちゃんの余命は、あんたの心がけ次第なんだからよー』

 

音石明も気づいたようで、トーンを落としてなだめにかかる。今のやり取りで確信できた。

 

「仗助くん」

「ああ……あの、西住みほ、だったか?

 間違いねぇ。なりたてのスタンド使いだ。

 そして、状況証拠的によぉぉーー、どこで『なった』かっつーと」

「『弓と矢』だね。音石明はここに持ってきている!」

『こそこそナイショ話してんじゃねェェーーーよ仗助ッ!』

 

エコーズでこっそりと話していたのだが、レッド・ホット・チリ・ペッパーにはさすがにバレたらしい。康一も仗助も、とっさに身構えた。

 

『っつーわけで、今度こそ命令するぜぇー西住どのォォ~

 パンツァー・フォーだぜッ、そこの二人を田んぼのウシガエルみてーにひき潰させなよぉぉーッ』

 

西住みほが、こちらを振り返る。今度は明確に泣きそうな顔をしていた。康一と仗助を、自分の友達と天秤にかけ始めたのか。

 

『悩むこたぁーねェーんだぜぇー。

 兵器がよ……なんでカッコイイのか、知ってるかい?』

 

無言で流すみほに構わず、音石は持論をぶちまけた。そのテンションは最高潮。早くも勝利を確信しているかのような態度。

 

『テメェのあり方に忠実だからよォォォーーーーーーッ

 人を殺すための形ッ 人を殺すための進化! そのための戦車なんだぜぇぇーーーッ

 ボチボチ本道に立ち返らせてやんねーとよう、カワイソーじゃあねェかッ、ギヒヒッ』

『なるほど、へぇー。ツマンナイご高説、ありがとうございます』

 

だが、そこに思い切り冷や水をぶっかけた誰かが一人。音石と同じ『4号戦車』の中から聞こえた、その声は。

 

「優花里さんッ」

『西住どの。もういいんです。このロクデナシをぶっ飛ばしてください』

『ズイブン、エラソーになっ……てめぇッ、矢を!』

「何言ってるの優花里さん。そんな、まるでッ」

 

康一にも仗助にも。『4号戦車』の中で何か起こっているのか、手にとるようにわかるようだった。仗助がたまらずに駆け出した。

 

「ま、待てよ、おいッ。早まってんじゃねぇぇーーッ!」

『こんな奴の言いなりになる西住どのなんて、戦車道なんてぇ。

 私(わだじ)、見たぐありばぜんがらぁッ。

 フゥッ、ううぅッ……来世でぇッ、またお会いしましょうッーーー!』

『矢を放しやがれてめぇぇぇぇーーーーーッ!!』

 

そこで『4号戦車』の外部スピーカーはプッツリ切れた。切れるなり、エンジンが猛回転して、全速力で後ずさっていく。その動作自体が、何があったのかを誰の目にも明らかなほどに証明していた。砲が動く。照準は仗助にピタリと合っている。

 

「グレート……正面からでもぶっ叩くしかねーぜ、こりゃあよー」

 

血のしたたる拳を握り締めた仗助。間に合うかどうか。直せるかどうか。戦いは、時間との勝負に入った。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




ネタバレすると死なないです。いくらなんでもそれはない。


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音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(6)

みほの『さん』付け。確かにみんな『さん』付けっぽいな……
時間ができ次第、もう一度アニメで確認しよう。
そして色々見聞きしているうち、冷泉殿は(れいぜん)ではなく(れいぜい)だと気がついた。
怖ぇぇーーッ 思い込み超怖ぇぇぇーーーーッ
ここはコミックスか小説を買ってくるべきと見たが、
探したときに限って見つからないモンッスよねェェーーーッ

ご指摘、ありがとうです。


東方仗助(ひがしかた じょうすけ)は嫌と言うほど認識した。

 

(どー考えてもよォー、さっきのやり取り……『矢』で『自殺』してるよなぁー

 康一の時はギリギリ間に合ったが、今度はキズの具合もサッパリわからねー)

 

歩みは止めない、むしろ早めて『4号戦車』に向かいゆく。ただわかっていることは、時間がない。それだけだ。

 

(『シュレディンガーの猫』とかいうヨタ話みてーによぉー

 死体を見ちまうまでは諦めねぇぜ)

 

「え、何……ちょッ」

 

目前にいた、西住みほとかいう隊長をクレイジー・ダイヤモンドで横に蹴り飛ばす。頭からスライディングしていったのはちょっとばかりカワイソーになったが、機銃で穴だらけにされるよりずっとマシだろう。

 

「離れてなよ。流れ弾でやられたくなかったらな」

 

果たして訪れる、主砲同軸機銃の雨あられ。人間一人をたやすくグズグズの肉塊にできる鉄の嵐は、しかしクレイジー・ダイヤモンドなら防げないこともない!

 

「ドララララララ!」

 

弾丸の雨を掻き分けながら仗助は見抜く。この動きはやはり、人質が価値を失っている証拠だ。ならば、なおさら急がねばならないのがツラいところだが、それだけに付け入るスキもあるはずだ。

 

「どうしたよ、音石よぉー。さっきに比べりゃ、ずいぶんへっぴり腰だぜ」

『い、イイ気になってんじゃあねーぞ仗助ェッ

 どのみちてめーのクレイジー・ダイヤモンドじゃあ4号戦車は倒せねーだろーがッ』

 

この小悪党はもはや動揺を隠せないらしい。慢心が、他ならぬ人質の『一撃』で消し飛ばされてしまったのか。今、ヤツを守る盾は何もない。それこそ『4号戦車』しか。

 

「でも、やつの言う通りッ、状況が何も変わってないぞッ!

 『4号戦車』を倒す方法が、ないッ」

 

下がっていた康一が手に汗を握っている。だというのに時間がない。人質の秋山優花里は『血時計』だ。

 

「違うぜ康一。音石がなぜ人質を取ったのか!

 そこんとこ考えりゃあよー、オレの考えそうなことくらいわかるだろーがよ」

 

機銃に撃たれたままではいられないので位置取りを変える。変える位置取りはお膳立てだ。クレイジー・ダイヤモンドには倒せなくとも、それならそれで充分だ。

 

「あっ、ふっ飛んだ西住さんッ、そういえば、いない!」

『ゲッ! まさか……』

 

気づいた音石が『4号戦車』を急旋回させて別方向へ発進するが、そこへ4発きっかり、砲弾が降り注いだ。振り向くと、戦車のうち1台のハッチから、鼻をすりむいた西住みほがプレーリードッグのように顔を出している。

 

「かなり手荒だがよぉー、『運送』させてもらったぜ」

「ヒドイ。ケドそんなこといってるバアイじゃない……次弾、装填急いで」

 

西住みほにとっても。いや、西住みほだからこそ、この状況では最も急ぐ。ダチが死にそうになっていて、最短距離を行かないヤツじゃあない。

振る舞いから人となりを理解した仗助は、彼女の最大の武器のところへサッサと送り届けたというわけだ。隊長の席に戻った彼女はすぐさま射撃を指示。そして大洗女子学園戦車道の全員は、指示などされるまでもなく、万端の準備でその瞬間を待っていたようである。結果、4発はすべて命中。当たり所は今ひとつだったが。

 

『き、キャタピラがッ、チキショオッ!』

 

そのうち一発、小さめの砲弾が『4号戦車』の履帯に突き刺さり、半壊させていた。つまり、遠からずまともな走行が不可能になるということッ!

 

「グレート。狙ってやってやがるぜ、あの方々はよぉぉー

 そして、なるほど……キャタピラだったらブッ壊せそうな気がするよなぁー」

「スゴイよっ、一気に楽勝ムードになってきた!」

『イイ気になるなと言ったぜ、オレぁよッ!』

 

急加速と急減速で位置を変えた『4号戦車』が、そのまま仗助に砲を向けた。電気を操るスタンドならではの全自動は、まだ健在だ。だが、態度を変える必要、まったくなし。

 

「今、降参すりゃあよー。生命だけはカンベンしてやるぜ……

 さっさと人質の子を出しなよ。『なおす』からよぉー」

『立場わかってねェーのかぁーッ? この状況!

 あそこの戦車どもより、オレが引き金引く方がよっぽど早いんだぜぇー』

「そーッスかぁー、降参しねーってことッスねェー」

 

クックックと、思い切りあざけ笑ってやった仗助は、戦車の砲に堂々と五体を向けた。

 

「撃つってんなら、やってみろ! 音石……それで全部わかることだぜ」

『何なんだよ、てめーのその余裕は。いけ好かねぇーぜ』

「できないのかい?」

 

おそらくキレたのだろう。犬が吠えたような奇声を放ち、戦車も吠える。ただし、吠えたのはエンジン音だった。仗助を中心に弧を描いて旋回していく。

 

「以外と冷静じゃねーっスか。戦車道チームとの間にオレをはさむってわけか」

『それだけじゃあねーぜッ仗助ェェーーッ!

 引いてやるぜ引き金をよォォォーーーーーッ』

 

ムッ。

来るか、とばかり身構えると、砲塔がわずかに回る。違和感がある。これは何だ。

 

『ただし仗助、テメーにじゃねぇー』

「ッ、てめぇ!!」

 

主砲ではない、同軸機銃ッ!

気がついた瞬間には機銃の曳光弾が尾を引いていた。仗助からわずかにそれて飛んでいったそれらの群れは、どこに向かったか。答えが出るのもまた一瞬だった。

 

「し、しまっ……ぐっ、ぐああああ~~~!」

「こ、康一ぃぃーーッ」

 

とっさに飛びのいた康一は、しかし間に合わず太ももに大穴を穿たれた。足首にもまともに直撃した。ちぎれ飛ぶ寸前のそれは、もう移動手段の用をなさない。転げた康一は、上半身をばたばたさせながら、地面に赤い線をべったり塗りたくり、ズリズリと物陰に逃れようとする。意識を失ってしまいたい衝撃と激痛を無理矢理こらえているのだろう。

 

『ここまでやらせやがって、てめーが悪いんだぜ仗助』

「う、動くなッ、康一! オレのクレイジー・ダイヤモンドがすぐになおすッ」

『無視こいてんじゃねぇぞ。主砲はてめぇだ。てめぇの分にとってある!

 だが4号戦車の機銃はあの小僧を撃ち続けてやる! ひたすら撃ってやる!

 それに見てみろ、アレをよぉー』

 

音石などに言われるまでもなく聞こえた。戦車の装甲板を蹴った音が、だ。誰かが飛び降り、走ってくる。康一に向かって。

 

「なっ、バカ野郎、戻れッ! おめーが出て何になるってんだ『西住』ッ」

『おあつらえ向きに射線に入ってくるなぁ~、あのメスガキ』

 

西住みほ隊長に触発されたか、周りの戦車も一斉に動いた。『4号戦車』と康一の間に入って、盾になろうとしているようだが間に合うわけがない。

 

『ほら、てめ~も入ってこいよ仗助。康一を助けたいっつーんならな。

 あのメスガキ程度の意地、てめーも見せてみろってんだよ』

 

仗助は身を躍らせた。自分の意思で、主砲の射線に飛び込んだ。防御の姿勢も何もない。クレイジー・ダイヤモンドを盾に飛び込んだだけだった。

 

「ドララララララッ、うぐ!」

 

機銃の弾は、今度は仗助の太ももをかすめていった。康一のところには一発も飛ばさない。それだけが精一杯だった。激痛すら感じない。かすめただけだというのに、ヘビー級ボクサーにブン殴られたような衝撃を感じた。肉がえぐれて血が吹いているのに、痛みが現実に追いついてこない。康一は、これ以上の目に遭っているというのか!

 

『同軸機銃が当たったんなら主砲も当たるってことだよなぁ~、FIRE!』

 

足をやられてくずれ落ちたところに、本命が来た。防御できない状態に陥らせて、そこに戦車砲を叩き込む。やつの計画通りだった、といった所か。だが、負けてやるつもりなどない。巨大な圧力で迫り来る撤甲弾は、瞬時に目前へとやってきた。スタンドがなければ、クレイジー・ダイヤモンドがなければ、感じ取ることなどできないだろう。そんなヒマなくバラバラになって、後には何も残らないのだろう。クレイジー・ダイヤモンドはそこを殴った。砲弾の頭を斜めから撃ち、軌道を大きくそらした。

 

「ぐ、グレート……二度とやりたくねぇ~」

 

砲弾は斜め上にずれ、空の彼方に飛んでいく。周囲には破壊の後もなく、空砲でも撃ったようにしか見えなかっただろう。一瞬遅れて、仗助の右手と、二の腕と、肩とが一斉に血を吹いた。至近距離からの戦車砲はいくらなんでも荷が勝ちすぎた。後ろにばったりと倒れてしまうが、意地で上半身を起こす。これで気絶などしようものなら、康一にとても顔向けできない。目の前には『4号戦車』。何も変わらない。

 

『防ぎ……やがった。なんて奴だ、東方仗助』

「お褒めの言葉、どーもッスよ……ゼェ、ハァ」

『マジに感心しているよ。尊敬するぜ。

 だが、これでシマイだよ仗助』

 

砲塔は未だ、仗助を正面に捉えて離れていない。ちらりと後ろを確認すると、あの西住みほ隊長が康一をおぶってヨタヨタ歩いていた。その横から、二人の女子が顔を真っ青にしながら、康一の足を止血しようとしている。西住みほ隊長の乗っていた戦車から出てきたのだろうか。ともあれ、もう射線からは外れている。

 

『我がレッド・ホット・チリ・ペッパーは、すでに次弾の装填を終えている。

 砲弾はチト重いが、生身でやるよりは断然早いってことだぜ』

「楽しそーッスね音石サン、能書きタレるのがよぉー……」

 

仗助から、クレイジー・ダイヤモンドが消える。どのみち、次に戦車砲を撃たれたら防げない。そこで終わりだ。

 

『もうスタンドを出すのもしんどいってワケか?

 仕方ねェなぁ~~。じゃあこの勝負、シメてやるか』

「勝負をシメる? 冗談キツいぜ音石サンよ」

『何だァそりゃ……命乞いのつもりかい?

 興ざめだよォォォーーー東方仗助ッ』

 

唐突にギターをギャンギャンかき鳴らす音石。外部スピーカーを通じて、ご近所中に響き渡る。大迷惑だ。

 

『葬送曲つきで送ってやるからよぉぉーー

 砲弾の直撃でおサラバしようぜェェェーーーーッ!!

 ハデハデしくアバヨだぜッ FIRE!!』

「ああ、ハデにおサラバだぜ。音石。

 クレイジー・ダイヤモンドは、すでに直しちまってる」

 

空の彼方から戻ってくる感覚を、仗助は感じていた。おそらくは、他の戦車からも見えているだろう。

 

「み、みぽりん、みぽりーん! 『弾』がッ、こっち来るよぉッ!」

「『弾』ッ どこから?」

「いいえ、違います。あれは『4号戦車』の撃った……『戻ってきている』ッ?」

「『戻ってきている』? 戻るって、どこに?」

「『4号戦車』に『弾』が戻るッ、つまり、これはッ」

 

全員の目前を、戻ってきた『弾』が通過していった。『弾』は元の速度と同様に、瞬きのヒマもなく『元の位置』に戻っていった。戻った『弾』はスッポリ『4号戦車』の砲身に収まり……そこに、音石明は引き金を引いた。どうなるか? 3歳児でも考えればわかることだ。ハデな衝撃と爆音が襲い掛かった。ただし、主に『4号戦車』に対して。砲身が粉々に吹っ飛んだ『4号戦車』は、その衝撃で、壊れかかっていた履帯も同時にはじけ飛んでしまい。そして、しめやかに白旗が上った。

『4号戦車』、撃破判定。機能停止。

戦車から白旗が飛び出したなら、それは敗北の証。戦車道の厳然たるルールだった。

 

「壊れたものをなおす能力。メールにはそうありましたが……」

「『4号戦車』が主砲を撃つと、薬莢は『車内』に落ちるよね?

 つまり、撃たれた砲弾を『元通り』に直したのなら」

「砲弾は『4号戦車』に直りに戻った。そーいうこと?

 う~、もうやだッ、ついていけないーッ」

 

やいのやいのと騒ぐ後ろを尻目に、仗助は崩れ落ちた姿勢のまま、乱れたリーゼントを整えなおした。

 

「会長さんによぉー、答え合わせしといてよかったぜ……

 ウロ覚えなんだよホトンド!」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




『4号戦車』は攻略されました。
あとは中身の音石ですが、まだレッチリは健在。
そしてここは巨大パワーの『学園艦』。
早くどうにかしないと、秋山殿の生命がヤバい。
(前回の後書きでネタバレしてるけど……)


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音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(7)

今日一日でスゴイたくさん見てもらっててビビる自分。
道楽ラーメン的な作品で、誰が読んでも「ンマぁぁ~い」とは
いかないかもですが、是非読んでやって下さい。

あと、初めて誤字報告をいただきましたが……

「俺、頭悪いんだからよォォーーーッ 謎かけしてんじゃ『あ』ねェーーぜッ!」

スイませェん。ジョジョ文法なんですよ、コレ。
「じゃない」と言えばいいところを、「じゃあない」なんです。
コミックスを見直してても、ホントによくあるコレ。
どういう基準で使い分けてるとかはワカンナイですが。

ありがとうございます。今回はこのまま行きますが、ご好意はホント嬉しいのです。

↑少しして再確認。
自分の書いてた元文に『あ』が無かった。
ジョジョ文法に沿ってないのはオレだったァーーーーー
たった今確認してたのにィィィーーーーーー

超スミマセンッス。バッチシ反映&反省させていただきました。
これで誤字報告の見方もわかった! 反省して強くなるッスよぉぉー


西住みほ(にしずみ みほ)は、たまらずに38tを飛び出した。

 

(放っておいたら、死ぬ。絶対)

 

機銃で足をぶち抜かれた少年の行く先。みほの脳内に描かれたヴィジョンには、どうあがいても『死』の一文字しか見えなかった。だから飛び出した。理屈はない。

 

「バカ、よせッ、死ぬぞッ」

「なっ、バカ野郎、戻れッ! おめーが出て何になるってんだ『西住』ッ」

 

前と後ろで聞こえる声がシンクロする。後ろの麻子に、前は、さっきおシリを思い切り蹴飛ばしてくれた『東方仗助』。そんなことは捨て置く。『広瀬康一』の流血は一分一秒を争う。それに、『広瀬康一』を撃ったのは主砲同軸機銃。『4号戦車』を乗っ取ったギタリスト、『音石明』の狙いは透けて見えている。次に飛んでくるのは間違いなく主砲。人間がそんなものに撃たれれば、もう。だが、みほは無視した。主砲も、機銃も。東方仗助は、広瀬康一を絶対に守る。これは確信だった。彼が作り出す数秒は決してムダにしない。広瀬康一は必ず38tに運び込む。そして、東方仗助がとどめを刺されるより前に、優花里が車内でこと切れてしまう前に、38tで肉薄し、『4号戦車』の砲を狙い撃ちして倒す!

絶対の絶対にやる決定事項! みほはただ、それに従った。ほどなく、広瀬康一のもとにたどり着く。

 

(ひどい。右足がほとんど、もげかかってる)

 

手荒に扱いたくなどないが、時間をかければおしまいだ。

 

「……な、何を、やって! いるん、だ。逃、げッ」

「しゃべらないでッ、安静にしないと死んじゃうから」

 

かすんだ目でこちらを見ながら、それでも広瀬康一は警告を飛ばしてくるが、こんなところまで来て、手ぶらはもっとありえない。みほは、広瀬康一をサッと拾い上げておぶった。この時、みほは気づいていなかったが、みほ自身の手から飛び出した別な何かが広瀬康一の体重、およそ40kgを力強く持ち上げていた。それがなければ、簡単に持ち上げることが叶わず十数秒もオタオタし続けただろう。広瀬康一の重さに苦労しながら振り返ると、そこには沙織と華が息を切らして立っていた。

 

「この、おバカッ! 後で、ゼッタイ! お説教するからねッ」

「沙織さんとまったく同感です。でも、今は逃げましょう。止血しながら……」

「早く行こうよっ、あのリーゼントくんがマシンガンを防いでる間に、

 って、やられてるーーーッ!?」

 

全員が振り返った先に、東方仗助が機銃に足をやられ、崩れ落ちた瞬間があった。

 

「何やってんのよォォ~、

 なんでもなおす能力だったら、自分をまず治しなさいってばー」

「確かに、つじつまが……いえ、そんなことを言っている場合では」

 

直後、聞きなれた爆音が耳をつんざく。何があったのか、わからない人間はこの場にはいない。だがおかしい。そうであれば!

今頃は自分達、全員まとめて三途の川だか天国への階段だかを渡っているはず。

 

「え……撃たれた、よね? 空砲?」

「いえ、見えました。撃たれた主砲を、あの方が……そらしたんだと思います。

 何かの力を使って」

「何それコワイ。助かったケド」

「ですが、大きな力には大きな『反動』があるはず。すると、あの方は」

 

華の予感は確信に変わり、誰の目にも明らかになった。東方仗助の右手、右の二の腕、右肩と、一瞬にして裂けたかのように血が噴出した。耐え切れず、仰向けに倒れるが、それでも彼は起き上がる。上半身だけでも。意地だろうか?

 

「やはり。どんな強力な力でも、戦車に生身で立ち向かうには無理がッ」

「ッ……行こう。華、みぽりん。逃げるしかないよ。

 こんなところでグズグズしてたら、彼の頑張りが完ッ璧ムダになるよ」

 

沙織の言っていることは、つまり、動けない彼を見捨てて逃げろ、ということ。こんな言葉を吐くこと自体、沙織には断腸の思いだっただろう。みほも、理性ではそれが正しいと思う。それしかないとすら思う。

 

(でも、それに『うん』と言ったら、私は……)

 

思考の海に沈みかけた所で、背中から、ささやくような声がした。

 

「仗助くんが、戦車の砲弾を……防いだのかい?」

「ッ、あはは、コーイチくんだっけー。ダイジョォォ~ブ、バッチリ防いだからねー。

 あとはジョースケくんに任せて、ケガしたコーイチくんは寝てなさいよー」

 

止血作業を再開しながら、沙織はムリヤリの笑顔を作っている。率直に言って、痛々しい。これでは誰もごまかせそうになかった。

 

「防いだのなら、ぼくらの勝ちだよ。

 仗助くんが会長さんに聞いてた質問の意味が、今わかった。

 『確実に倒す』方法が、これなんだ」

「……どうするって言うんです?」

 

敗北感と罪悪感に満ちた声で、華が聞く。華は九割九分まで、助けてくれた東方仗助を見捨てて逃げる決断を下している。残った最後の一分が、それを叫ばせるのか。

 

「一発防いだだけで、どうなるって言うんです?

 あの人はもう限界です。逃げるどころか、立つこともできないッ

 『4号戦車』はすぐにでも次の弾を撃つ! なのに、『確実に倒す』って何なんです?」

「だから、いいんじゃあないか」

「ふざけないで下さいッ、お友達が死ぬって時に!」

「『すぐにでも次の弾を撃つ』、それがいい! これ以上ない最高ってやつだよ」

「もうしゃべらないでいいからッ、自分で何を言ってるかもわかってない、この子……」

 

沙織は、深い哀しみの目で広瀬康一の言葉をさえぎった。半死人のうわごと程度にしか受け取ることが出来なかった。みほも、そう受け取りかけた。しかし、華は違ったようだ。

こいつは何を言っているんだろう?

そう、本気で考え込むように視線を研ぎ澄まし……ふと、空を見た。みほも、沙織も、視線の先を目で追った。全員、気がつく。小さな何かがすごい勢いで大きくなってくる。見慣れた形だ!

 

「み、みぽりん、みぽりーん! 『弾』がッ、こっち来るよぉッ!」

「『弾』ッ どこから?」

 

みほが瞬間的に気にしたのは、どこか別のところからやってきた敵増援に撃たれること。この状況でアウトレンジされれば一方的に全滅だ。だが、それは解答ではなかった。解答は、華がもたらした。

 

「いいえ、違います。あれは『4号戦車』の撃った……『戻ってきている』ッ?」

「『戻ってきている』? 戻るって、どこに?」

「『4号戦車』に『弾』が戻るッ、つまり、これはッ」

 

みほの中で、全てが一直線につながった。『すぐにでも次の弾を撃つ』、確かにこれは最高だ!

戻ってきた『弾』は『4号戦車』の砲身に寸分たがわず戻っていった。そして、あのギタリスト……音石明は、そこに引き金を引いた。引いてしまった。そんなことをすればどうなるのか。戦車道履修者でなくとも簡単にわかる。結果は、派手な爆発音だった。主砲は形を失った。履帯も耐え切れず弾けた。『戦闘不能』だ。あれはもう、戦車として役に立たない。ほどなくして、『4号戦車』の頭頂部から、白旗がパタリ。あっけにとられて数秒間。誰も反応しきれない。

 

「壊れたものをなおす能力。メールにはそうありましたが……」

 

ようやく、思い出したように華が口を開く。みほも、合わせた。

 

「『4号戦車』が主砲を撃つと、薬莢は『車内』に落ちるよね?

 つまり、撃たれた砲弾を『元通り』に直したのなら」

「砲弾は『4号戦車』に直りに戻った。そーいうこと?

 う~、もうやだッ、ついていけないーッ」

 

うんざりするように頭を抱える沙織の気持ちは、みほにもよくわかる。ものを元通りになおす能力というのが、ここまで予想外に襲い掛かるとは。

 

「戦車を、生身で倒してしまった。

 超能力があるとはいえ、力任せではなく、工夫で……なんて、お人」

「ね? スゴイでしょ、仗助くんはさぁー……うぐ」

 

みほの背中で、広瀬康一が崩れ落ちかかったのを感じた。全員慌てるのを、広瀬康一は軽く笑って抑えた。

 

「デキれば、仗助くんのところまで送ってくれないかなぁ……

 ホント恐縮なんですけど。クラクラしてきた」

「ああ、治してもらうのね。そーね、それがイイでしょーね」

 

どこかやさぐれたように、沙織はハイハイとばかりにテキトーに返す。死にかけた人間の悲壮なうわごとだと思って泣きかけた自分がバカみたい。そういうことだろう。みほの背中から広瀬康一をひきずり下ろした沙織は、華に足を持たせて自分は上半身を担当した。『治せば』一瞬だろうとはいえ、傷は未だにマズい状態。だから華に持たせたらしい。死体を放り捨てにでも行くような態勢で、沙織は華と走り出す。

 

「ウゲッ、急いではほしいけどコレはキツイ」

「みぽりんをタクシー扱いしようとしたバツ!

 それに忘れちゃいないでしょーね。

 まだ優花里ちゃんが『4号戦車』にいるのよ」

「それだけどよー、あとチョットだけ待ってくんねーかな」

 

近づいたところで、東方仗助の方から声をかけてきた。ダメージが大きすぎて動けないらしく、近づいてくるのを待っていたようだ。その言葉に、沙織は普段、やりもしないだろう舌打ちがついに出た。

 

「チッ、何言ってんの? もう時間がないのわかってんでしょ」

「わかるよ。わかるんだけどよォォーッ 音石のヤツがまだ健在なんだよ。

 ヤツ自身をブチのめすまで、オメーらを近づかせるわけにはいかねー」

「そんなこと言うんならさぁぁーーーッ

 自分のキズ治してさっさと行きなさいよ、トンチキッ!」

「オレのクレイジー・ダイヤモンドは、オレ自身のキズは治せない。

 理屈とかルールとかじゃあない、こいつは事実なんだ」

「~~~~ッ じゃあ、最初から黙ってろってのよッ!」

 

みほは初めて見た。沙織がマジにキレている。『4号戦車』が倒され、これで優花里を救出しに行けると思ったら、まだだと言われ止められた。沙織自身ものすごくわかっているだろう。自分がどれだけ自分勝手な物言いをしているのか。だが、もう口と心とが勝手に叫んでしまうのだ。友達の余命が幾ばくも無いこの状況で。脳ミソが我慢の限界をぶっちぎって破裂しかかっている!

みほにとっても、それは同じ。だからこそ耐えなければならない。

 

「ちょっと待って、沙織さん」

「……わかった。待つ」

 

沙織は、みほの言葉にあっさり従ってくれた。内心、怒りと焦りが渦巻いているだろうが。彼女を納得させる答えを引き出さなければ。

 

「東方くん、質問に答えて。手短に。

 音石明は、すぐにでも倒されるの?」

「YESだぜ」

「優花里さんの生存は確認しているの?」

「NO。確認するスベがねぇ~」

「これが最後。優花里さんが死んでいたら、

 『クレイジー・ダイヤモンド』で生き返せるの?」

「NO、だ! 終わっちまった生命だけは、なおせない!」

 

最後の答えを聞いた瞬間に、華と沙織が走ろうとした。みほはその手をガシリと捕まえて止める。

 

「みほッ、アンタ!」

「三十秒だけ待つ! それ以上の譲歩は不可能です!

 三十秒経ったら、東方くん! あなたを引きずって『4号戦車』に連れて行く!

 これは決定ですッ、あなたの返事は、聞かないッ!!」

「グレート。充分だぜ」

 

みほはケータイを取り出し、時刻表示に目を落とす。秒単位など当然出ていないので、ストップウォッチの機能を起こした。ここまでに三秒経過したので、『二十七秒』で行動に移すとしよう。視線を戻すと、沙織が広瀬康一を丁寧に下ろして、東方仗助が『クレイジー・ダイヤモンド』を出していた。

 

「ギリギリセーフって感じだよぉ~」

「おめーはな、康一。『秋山優花里』はまだだぜ~」

「うん」

 

広瀬康一の痛々しい傷が、たちまち巻き戻って消えていく。同時に、地面にこびりついた血と、みほの制服に染みきった血とが、治る傷に吸い込まれていった。どんな致命傷でも、生きてさえいれば治せるということか。恐ろしい能力だ。そして、これが唯一の希望だった。

 

「これは、チョットした奇跡ですね……」

「治してもらうわよ。優花里ちゃんをゼッタイに治してもらうから」

「絶対になおす。これは決定だぜ」

「ゴメンね。私としてはさぁぁーーーッ

 『さっさとやれよ』って言いたくなっちゃうの……

 アンタがダメージ受けてるのもわかるんだけど」

「そのためによぉぉー、『足』になってもらうんだぜ。えぇと、沙織っつったっけ?

 『4号戦車』の3m手前まで来たら、構うこたぁねー、

 オレを『4号戦車』に放り投げて下がれ。

 あとは音石を叩きのめして、『秋山優花里』をキッチリなおすからよ」

 

十八秒経過。音石がすぐにでも倒されるというのはウソなのだろうか。すでに彼自身、『音石明』を自分が倒すことを勘定に入れているように感じるが。視線をやったところで、広瀬康一がガッツポーズを取った。

 

「仗助くんッ」

「『動いた』か、待ちくたびれたぜ」

 

この状況で動くものなど限られている。みほが迷わず『4号戦車』に視線をやると、歪んだハッチを叩き壊して這い出してくる人間が一人。ギタリスト、音石明だろう。ギターと『弓矢』を持っている。だが『矢』を注意深く見ると、『矢じり』の部分がもげ取れてしまっているようだ。そして右手が血まみれ。一体、誰の血なのか。

 

「東方仗助、テメーだけじゃあなくってよぉー

 『大洗女子学園』の『戦車道』ってやつをよぉ、ナメくさりすぎてたらしいな。オレは」

「反省だけならサルでもできるんだぜーッ 音石!」

「その通りだ。だからよォォ~、もう誰一人としてナメちゃあかからねえッ

 我がレッド・ホット・チリ・ペッパーの全力で始末するッ!

 この場の全員をなァァーーーッ」

 

二十七秒経過した。みほは、東方仗助をひっ掴んだ。沙織も、華も、協力して大の男一人をみこしのように担ぎ上げる。広瀬康一も手を貸してきたので、そこまできつくはなかった。

 

「歩けない仗助のアシになるってのか、西住みほッ!

 てめーらを放っておけば、承太郎並の脅威になると見たぜッ すぐにでも殺す!」

 

『4号戦車』の上に立った音石明がギターをハデにかき鳴らす。アレの能力を把握した今となれば、どうすればいいかはわかる。奴を『電源』に到着させてはならない!

 

「切り抜けてやるぜッ、レッド・ホット・チ……」

「今! 作戦は完了したぜ。おめーの負けだ、音石明」

 

何を言っているのか。みほが一瞬考えたところで、唐突に音石明の姿が『4号戦車』の上から消えた。超スピードでどこかに動いたのか。理解が追いつかない。だが、広瀬康一の視線を追って、何があったのかはわかった。物陰にいたイカツイ不良が、音石明に迫っている。音石明は、物陰に『瞬間移動させられた』のだ!

 

「初のご対面だなぁぁ~~、音石明よォォォ~~」

「て、てめー、虹村億泰ッ」

「待ってたんだぜぇ~、てめーが戦車から顔を出すのをよォー

 『ザ・ハンド』で引き寄せられるようになる瞬間をよォォーーー」

「ッ、ほほぉ~~、だがテメーの『ザ・ハンド』はスローだと言ったはずだぜッ

 レッド・ホット・チリ・ペッぐえええええッ!」

 

音石明に不良の蹴りが炸裂。近くの電信柱に叩きつけられ、鈍い音が響いた。

 

「てめー頭悪いのかぁ? てめーのスタンドはよぉ、『戦車』の中だろぉがッ!」

「え、ああッ! しまッ! チキショオオオオオオオオ」

 

フラフラと起き上がって『4号戦車』に走る音石明は、しかし次の瞬間には不良、虹村億泰の前にまたも瞬間移動させられるのだった。今度はよく見えた。あの虹村億泰の操る人形『ザ・ハンド』の右手が弧を描くと、目標の物体を手前に引き寄せることができるらしい。つまり、音石明はもう決して逃げられない。地味だが恐ろしい能力だ。

 

「このオレがああああテメーごときによオオオオオオオオオ~~~~!!

 甘ェんだよ、あの程度の距離! 電線までだったらギリギリ届……」

 

『4号戦車』から飛び出した電気の河童が、力を振り絞って最寄の電線に飛びついたのを、みほは見た。もっとも恐れていた事態。そのはずだったが、音石明の顔色はみるみるうちに絶望に染まっていった。

 

「あ……? あ……? なんで」

「気づいてねーのか、だろーなぁー。

 『停電』しちまったよ、この辺は! あの生徒会長が手ェ回してよぉぉーー」

 

詰みの一撃は、まさかの生徒会長から飛んできた。確かにここは『学園艦』。生徒会長が色々職権を乱用すれば、できなくはないのか。『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は電気を操る能力。裏を返せば、『電気がなければ何もできない』能力。これで完全に無力化した。

 

「なら次の戦車を拾っ」

「やらすかダボがぁぁぁぁーーーーーッ!!」

 

踏みつけられた音石明に、もはやなす術はない。電線にしがみついていた電気の河童が赤錆色に変色し、地面に落っこちて消える。勝負が明らかになったところで、左肩に載っている東方仗助から声がかかった。

 

「友達をよぉー、治すんだろ? 行こうぜ」

「うん」

 

確かにどうでもよかった。バッキバキに叩きのめされる小悪党のことなんか。あんこうチームの仗助みこしは、『4号戦車』に問題なく到着した。

 

「こいつはよぉぉーーーー、てめえに痛めつけられた『秋山』の分だぜぇ。

 次のこいつは海に叩き落された仗助のオヤジさんの分ッ!

 次はこのオレの分だァァーーーッ!

 そん次は、兄貴の分ッ、次も兄貴の分、次もやっぱり兄貴の分でよォォォ……

 めんどくせぇーーーーッ全部兄貴の分だぜェェェーーー

 ウダラァァァァァァァァァーーーーーーーーーッ!!」

「ボッゲッブバパァァ~~~ッッッ!?」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




悲報。
チリ・ペッパー、戦車の操縦以外では、結局、ほとんど秋山どのをイジメただけ!
次回、秋山どの救出です。


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音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(8)

今回は、麻子視点でお送りします。
戦闘は皆無です。秋山どのを助けるだけなんですが。



冷泉麻子(れいぜい まこ)は、38t車内から戦闘終了を見届けた。

 

(ヤバイ奴らだな。関わりたくない)

 

率直な感想は、これである。いくら強力な超能力を持っているからといって、至近距離からの戦車砲を防御しようなどという発想が、そもそも出てくるものだろうか?

つまりは、そういう命がけが彼らの日常。だから出来た。

 

(私達は小市民なんだ。特撮バトルはヨソでやれ……)

 

正直に言って、麻子は今回の事態を『ヤクザの抗争に巻き込まれた』としか考えていない。不動産王ジョセフ・ジョースターの生命を狙ってきた殺し屋が仕事をしくじり、大洗女子学園に救助されてしまったところへ追撃をかけてきた。そんな所だろう、と。あの学ランを羽織った二人は、ジョセフ・ジョースターを守るために雇われた傭兵なりガードマンなりなのだろう。なんにせよ一学生が関わりたい人間じゃあない。

とはいえ、だとしたら、それはそれでおかしい。

秋山優花里をあそこまでして助けようとしたのは、一体誰の指示なのか。ジョセフ・ジョースターさえ安全であれば目的はその時点で達成される。巻き込まれた不運な通行人のことなど、ガードマンであれば考える必要はない。むしろ考えてはならないはず。麻子の見たところ、『4号戦車』を倒すのに、あんな危ない橋を渡る必要はなかった。お手製の火炎瓶複数本。原材料はその辺のビンとガソリン。多分、それで倒せる。戦車の天蓋に取り付いた時点でハッチをある程度破壊していたのだ。そこに火炎瓶を浴びせれば、『4号戦車』は耐えても中の人間が耐えられない。『音石明』は蒸し焼きになって死ぬ。もちろん、このとき優花里も道連れになるが、ジョセフ・ジョースターを守ることだけが目的なら、そんなもの気にする必要がない。気にする必要があったのは、自分達、大洗女子学園戦車道チーム一同だけなのだ。

 

(微妙につじつまが合わないな。奴らは結局『何』だ?)

 

麻子は、自分自身も38tから這い出すことを決めた。もうここに残る意味がない。音石明その人が戦車の外にさらわれて、新手の学ラン男(アホ面)にぶちのめされている状況だ。また戦車が乗っ取られるなどとは思わなかった。ちなみに、停電にはとっくの昔に気づいていた。少し遠くで、交通信号が消えてしまったのを見ていた。あの学ラン男(アホ面)の言うところによると、停電は生徒会長の仕業であるらしいが。ジョセフ・ジョースターに脅迫でもされたか。それとも、利害が一致して協力関係になったか。ここはひとつ、少しでも判断材料を集めておこう。場合によっては、大洗女子学園戦車道との付き合い方も考えなければならない。38tから飛び降り、キツイ身体にムチ打って小走りし始めたところで、悲鳴が聞こえた。

 

「いィッ、イヤぁぁぁぁーーーーーッ 優花里ちゃんッ、優花里ちゃん!」

 

聞き間違えるはずがないその声は、幼馴染の武部沙織。麻子は直ちに小走りをやめた。小走りをやめて、全力疾走を始めた。

 

「待てッ、動かすんじゃあねーぜッ!

 動かしただけで死んじまうかも知れねぇ。

 オレをそこに持っていけッ、すぐになおす!」

「血が、血が溜まってる。優花里ちゃんの、血」

「康一、西住、それと」

「華(はな)です」

「すまねえ。華さんよぉー。今すぐオレを『4号戦車』に投げろ。

 後はクレイジー・ダイヤモンドでどうにかすっからよー。

 で、そこの沙織を落ち着かせてやってくれ。ありゃマズイぜ」

 

状況はつかんだ。沙織が先行して『4号戦車』の中を覗き込みに行ったようだ。そして、どうやら……秋山優花里の生存は、絶望的だ。あのリーゼント、東方仗助とのやりとりは、ケータイ通話を介して聞いていた。沙織が38tから出て行ってからこっち、通話しっ放しになっている。終わっちまった生命だけはなおせない。あの男はそう言った。

 

(出会って一ヶ月もしない奴なんだがな)

 

麻子は、自分が奥歯をギリッと食いしばったことに気づいていなかった。『4号戦車』の前に到着する。天蓋から下ろされた沙織が華に抱きすくめられ、みほがその背中をなでてあやしているようだ。

 

「あっ、麻子さん。優花里さんが……」

「いらない。大体わかってる。それより、広瀬康一」

「……え? ぼく?」

「お前以外に誰がいるんだ。ジョセフ・ジョースターは今どこで何をやっている?」

「えっ、ジョースターさん?

 さっき、決着はついたって連絡したら、こっちに来るって。

 チリ・ペッパーのこともあるから、車じゃ来ないと思うけど」

 

広瀬康一が最後まで言い切る前に、大きな音が聞こえた。少し離れた地点に何かが落着してきたのだ。そちらへ振り向くと、大柄な老人をおぶった巨漢が一人。アスファルトにクレーターを穿っている。

 

「じょ、承太郎さんッ、ど、どうやって?」

「ジジイに急かされてな……建物を飛び越えて最短で来た。

 やれやれ、10年ぶりの無茶だったぜ」

「建物って、ひとっとびでェェ~~? ムチャクチャだぁぁ~」

「7跳びだ。ジジイにケガはさせられないからな」

「承太郎ォ~、確かにわしじゃよ、急かしたの。

 でもヒドすぎるわいッ、『絶叫マシン』じゃ、こいつはッ」

「『G』で潰されるのが好みなら、今度からひとっとびで行くぜ。

 それより、ジジイに用がある奴がいるようだが……」

 

割って入ろうとする前に、巨漢の方がこちらを見た。物静かで理知的な男のようで、さして悪印象は持たなかった。だが、この承太郎こそが、あの音石明がもっとも恐れていた男。おそらくは、名前が知れ渡るほどの百戦錬磨。しかし、今、用があるのはこいつではない。背中につかまっている老人の方だ。

 

「おじいさん……お前が、ジョセフ・ジョースターか」

「ン? あぁ、そうじゃが。何かな、お嬢さん」

 

生徒会との関係について、問い詰めるはずだった。今、本人をまさに目の前にしているのに。聞くべき内容が飛んでいった。出てくるのは、ただ『文句』だけだ。

 

「いや、黙っちまわれると困るんじゃが。思うままに言ってみるといいんじゃよ」

「なぜ、こんなところにやって来た」

「……。なんじゃって?」

「なぜ、日本くんだりまで来て殺し屋に狙われた。

 私の仲間が巻き込まれた。今、そこで死のうとしている」

 

お前のせいだ。お前のせいだ。お前の。

そこから先は、壊れたロボットか何かのように、同じ単語を延々と繰り返すだけになった。感じなかった、否、見ないふりをしていた無力感が、言葉をきっかけに押し寄せた。立っていられなくなり、その場にうずくまる。

 

「ま、麻子ッ!」

 

華の手を振りほどいた沙織が駆け寄って来た。ちょっとして気がつく。痛いほどきつく抱きしめられている。

 

「大丈夫だから。優花里ちゃんは、私達を置いていったりしないってば」

 

背中をなでてくる沙織の背後で、『4号戦車』のハッチが音を立てて閉じた。東方仗助が、無傷の優花里を引っ張り出して、表に出てきていた。下唇を歯で噛んだまま、自由にならない足を引きずってゆっくりと降りてくる。優花里の姿を見たみほが、安心したように微笑んで東方仗助に近づくが。

 

「東方くん、優花里さんは無事……」

「息をしてねぇ」

 

優花里を上に、自身は下になる形で『4号戦車』から転げ落ちた東方仗助は、うめくように言った。

 

「心臓も動かねぇし、瞳孔が開いちまってる。

 何よりもよぉぉーーー、なんか、わかっちまうんだよ。

 こいつから煙みてーに何か抜け出していくのがよォォーー

 間に合わなかった……こいつは、もう」

「嘘、だよね。優花里さん、どう見ても無傷だよ?

 なんでもなおすクレイジー・ダイヤモンドだよね。

 なら、すぐにでも目を覚ますよ」

「オメーで、納得するんだよ西住。

 それだけだぜ。オレに言えんのはよぉ~~

 そして、すまねぇ。

 オレがチリ・ペッパーの野郎に時間をかけすぎたばっかりにこうなった。

 オメーに30秒の妥協をさせた、このオレの責任だ」

 

みほが、半笑いのままプルプルと震え出す。東方仗助が優花里を安置した所に、駆け寄っていく。

 

「ど、どうでもいいよぉー、責任、なんて。優花里さんさえ無事なら。

 ほら、優花里さん、起きて。これから戦車を修理するんだよ?

 疲れてるからダメ、なんて言わないよね優花里さん。

 ねぇ、ホントに寝こけちゃってるの?

 ここの所、居残り練習ばかりだったから」

 

目を閉じたまま反応しない優花里に、一方的に話しかけ続けるみほ。そしてもう、みほの言葉が『彼女』の耳に届くことは、もう無いのだろう。周囲が騒がしくなってきた。他チームのメンバーも全員、戦車から降りてきたようだ。全員が一様に理解したのだ。今回の事件がどういう結末を辿ったか。麻子の全身を支配する無力感も、今や『真実』の圧力に変わっている。

 

「なぁ、承太郎」

「どうするというんだ、ジジイ。

 もう、俺に出来ることは何もない。なくなっちまったぜ」

「お前に出来なくて、わしに出来ることが、あるんじゃよ。まだ。

 ただ、多分死ぬからのォォー、それだけは断っておかんと」

「多分……なんだと?」

 

老人、ジョセフ・ジョースターが承太郎の背から飛び降り、一人、歩き始めた。行き先は、秋山優花里の亡骸の元であるようだ。今更、何をやるというのか。人を生き返す超能力を持っている?

だとしたら、全員揃って私達をバカにしている。死に別れた無力に泣く私は何なのだ。奴ら自身も、終わってしまった生命は戻せないと確かに言っていたはずなのに。

 

「何しに来たんスか、ジョースターさん。

 こっちはよぉー、取り込み中だぜ……」

「まだ取れる手があるんじゃよ、仗助。わしにだけ出来ることが」

「ハーミット・パープルは『検索』するスタンドじゃねーっスか。

 救命方法を探すんならよー、あんた遅すぎだぜ。今更ってやつだぜ」

「仗助、わしはのぉ」

「ひっこんでなよジョースターさん。

 これ以上ヒトのこと引っ掻き回したらよぉー、

 しまいにはプッツンするぜ」

 

東方仗助が示した態度は、予想外の拒絶。どうやら、ジョセフ・ジョースターのボディーガードやら何やらの『雇われ』ではなく、複雑な関係があるようだ。どうでもいいことだが。みほは未だに半笑いで震えながら、優花里の亡骸に話しかけている。この場では、東方仗助に賛成する。この老人には、さっさといなくなってほしい。

 

「『人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある』

 わしの、古い戦友が言っておったんじゃがのォ。

 この子は、まさにそれじゃよ。

 こんなところで死ぬ子じゃあないわい」

 

帝政ローマの史家、プルタルコスの言葉だな。

他チームの中から、そう解説する声が聞こえた。あれは確か歴史オタク4人組のチームで、しかもアレはカエサルとか名乗っていた奇人。お前達も空気を読め、と麻子は言いたかったが、すぐ忘れることにした。東方仗助が、静かにキレかかっている。

 

「つまらねー能書きをタレに来たのかい、くそじじい」

「仗助。わしはおそらく死ぬ。

 お前の母さんに、よろしく言っておいてくれんかの」

「は? おい、何だよイキナリ」

「わしに、お前の父親である資格はなかった。

 十五年も放っておいて、今更姿を現して、すまなかったよ。

 忘れろ、わしのことなんか。母さんと友達を大切にな」

 

なるほど、ジョセフ・ジョースターは東方仗助の父親であるらしい。そして、十五年間も放っておき続けたらしい。複雑な関係にもなるだろう。しかし、ジョセフ・ジョースターは何を言っているのか。これではまるで遺言だ。何をしようというのだ。

 

「人から又聞き、聞きっカジリのブッツケ本番じゃが、やってやるわい。

 思い出せ。わが友、最期の波紋……あの感触を」

 

コォォォォォォォォ……

老人の喉から呼吸音が響く。深く、そして速い。戦車のエンジンがうなりを上げているかのように力強くもあり、やがて、老人の全身から微弱な光が見え始めた。

 

「まさか! よせ! ジジイ! 仗助ッ! 止めろッ!」

「止めるなよ承太郎! わしのせいで死ぬはずのない子が死ぬんじゃ!

 このくらいせんとなァァ~、帳尻が合わんわいッ!」

 

老人の全身からほとばしる光が際限なく強力になっていく。ジョセフ・ジョースター自身が瞬間的に若返っているように見えるのは、果たして幻覚か。

 

「深仙脈疾走(ディーパス・オーバードライブ)ッ!!」

 

ジョセフ・ジョースターが優花里の手をとった。溢れる光の全てが優花里に流れ込んでいく。

 

「じっ、承太郎さん! こいつァ一体何やってんスかーーッ」

「『波紋』だ。『仙道』と言った方が通りがいいか……

 呼吸法で引き出した自分の『生命エネルギー』を分け与えているのだ」

「『生命エネルギー』ィィィ? この光ってるの全部ッスか?」

「おそらくジジイは『生命エネルギー』のありったけを

 秋山優花里に注ぎ込もうとしている。

 そうでもなければ『呼び戻せない』と踏んだからだろうな」

 

東方仗助が承太郎に質問を飛ばしている最中も、光は溢れ続ける。全員が、そこから目を離せなかった。どれだけそうしていただろうか。やがて光が収まると、何事もなかったかのような街中の風景が戻る。数秒間。誰一人動けない。時間が止まった世界などがあるというなら、これだろう。沙織も、麻子を抱きしめたまま首だけで優花里の方を向き、固まっている。優花里の一番近くにいたみほは、真正面で起こった謎現象に対応できず、これまた固まっている。華の方もチラリと見てみる。こちらは自分と同じで、場が動くのを静かに待っているらしい。『どうしていいのかわからない』これが本音なのも自分と同じであると見た。もう一度、みほの様子を見ようと視線を戻すと、そこで優花里の身体がピクリと動いた。少し動いたと思ったら、上半身をサッと起こし、いっぱいいっぱいの背伸びをしてみせる。

 

「ン、ンぅぅ~~。なんだか、かなしい夢を見たような……

 あれッ、ここは? なんか囲まれてるし。

 西住どのー、一体どうしましたー?」

 

優花里が、いつものように元気に動き、しゃべっている。が、やはり誰も動けない。さっきまでの優花里が『死んでいた』ことさえ受け止めきれない中で、いきなりこんな『奇跡の生還』、しかもオカルト的なやつを見せられても、説得力がイマイチどころかイマサンだ。

 

「ジジイッ!」

 

空条承太郎が最初に動いた。動いて、ジョセフ・ジョースターを抱きとめた。ジョセフ・ジョースターは、色を失っていた。比喩ではない。全身の皮膚から、髪の毛から、ことごとく真っ白に漂白されている。人形のように無機質に見える。そして、動かない。場は、騒然となった。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




ネタバレ:ジョセフ・ジョースター
とはいえ、寿命はガッツリ削られると思います。

そして、1999年当時。
『歴女』なる単語は、おそらく概念すら存在していない。


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音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(9)

今回は億泰視点にして、事件の決着です。
今までと比べてかなり長くなったので二分割します。


虹村億泰(にじむら おくやす)は、決して油断などしなかった。

 

「まっ……マジかよ、ジョースターさんよぉー」

 

だが、それにしても無理というものがあったというだけだった。老人がブッ倒れた。そいつはダチのオヤジさんだ。たまたま事件に巻き込まれた見ず知らずの少女を生き返すために、自分の生命を光に変えて捧げてしまった。そのために倒れた。黙って見てなど、いられるわけない。

 

(オレが行っても何もできねーけどよォー

 離れて見てるダケなんてよォー、ありえねぇーぜッ)

 

だがもちろん、足元でボコボコにノされた音石明のことも忘れていない。一度、出し抜かれて殺されかかれば、バカでも用心はするものだ。そして、その用心は、ココの生徒会からスデに受け取っているのだ。

 

(戦車道に使うとかいうガンジョーなロープか……

 コイツで縛りゃあ逃げられねーな)

 

戦車に近づけてはならない。それは重々わかっている。だから、周りに電線も何もないここに、縛って放り出していけばいい。兄、虹村形兆(にじむら けいちょう)の敵に手加減なんぞ必要なかった。力いっぱい、ギチギチに縛り上げる。背骨が沿って、頭と足の裏がくっつきそうな勢いで。

 

「おががががががッ! ヒッ、ひげぇッ」

「てめーはしばらくヨガでもやってなよぉー音石ッ

 電気ショックよりも身体にゃあいいだろうぜぇ~」

 

今、コイツにかまっているヒマはない。蹴りを一発かましてから、億泰はジョセフの元に走った。近づけば近づくほど、億泰の頬にも冷や汗が浮いた。ジョセフの皮膚に色がない。髪の毛も、白髪どころの騒ぎではない無色。生命があるとはとても思えない有様だと、無理矢理にわからされてしまう。

 

「ふっ、ふざけんじゃねェーッスよ、ジョースターさん。

 あんた何しに来たんッスか?」

 

承太郎が抱きかかえているジョセフに、仗助がつかみかかる。スガりつこうにも、スガりつくやり方がわからない。億泰の目には、そんな風に見えた。

 

「オレの親父は立派な男でした。立派な最期でした、ッつーのかよ。

 うれしいもんかよ。 ふざけんじゃねぇよ」

 

ジョセフの肩をつかむ手が、ぶるぶると震えていた。これは多分、どこにも持っていきようのない怒りなのだろう。

 

「オレにはよぉーッ あんたが親父だっつー実感すらもねぇーんだよ……

 なのに、こんなもん見せられてよぉ~~~

 どうすりゃいいんだよッ、サッパリわかんねぇよッ!」

「『お父さん』と、呼んでやれ」

 

仗助の背中から、おずおずと呼びかけた奴がいた。大洗女子学園の、ヘアバンドをした釣り目のチビジャリ女だ。確か、麻子とか呼ばれていたか。

 

「……なんだよ、ヤブから棒によぉぉ~」

「『お父さん』と呼んでやれ。でないと、後悔する」

「何様だよ、あんた」

「何様でもいい。呼んでやれ! まだ息があるうちに」

 

ワケ知り顔でオセッカイを焼きに来た顔ではなかった。自分自身の身に起こったことであるかのように、チビジャリ女は仗助に対している。一歩も引く気はないようだ。仗助をにらんでいる。そして億泰の見るところ、仗助は次第に押されつつあった。このまま押し切られてしまった方がいい。億泰もそう思う。頭が悪くては、ジョセフが一番喜ぶだろう言葉くらいしか思いつかないのだ。

 

「仗助よぉぉぉ~~、

 『親父』って呼んでやりゃあいいだろうがよぉぉ~~」

「億泰。何やってんだよ」

「オレ、頭悪いからよぉー、

 おめーの『わだかまり』っつーヤツをどうすりゃいいのかは、わからねー。

 でもよぉ~~、『親父』って呼んでやるだけでよォー、

 ちげェーんだよ! ゼンッゼンちげェーッ

 たとえ聞こえてなくてもよぉぉー、ジョースターさんには伝わるかもなぁぁ~~」

 

億泰に、理屈はサッパリわからない。だからこそ、心に思ったことを言う。

 

「億泰よぉ……」

「仗助ェェェ~~~ッ……」

 

仗助と、ガンをつけるようなにらみ合いになってしまった。もちろん、億泰にも引く気はさらさらない。先ほどまでの『秋山』同様、時間がないのだ。仗助にも、ジョセフにも。沈黙を保っていた承太郎が、そこへ割って入る。

 

「待て。二人とも」

「止めねぇで下さいよ承太郎さん。オレはオカシイことなんか言ってねぇーぜッ」

「その通りだ、億泰。ジジイの生命は、俺が必ず拾うがな……

 だが、それとは別にだ。この音が何か、わかるか」

 

言われてみて耳をすます。車の音がいくつか聞こえる。それと、サイレン。今まで固唾を呑んで見守っていた康一が、目を大きく見開いた。ほぼ同時に、戦車道の隊長をやってる、西住みほとかいうのが慌て出す。

 

「承太郎さん、け、警察だッ! パトカーが何台も来ているッ」

「ぱ、パトカー? それって」

 

数秒と立たず、パトカーが今までの戦場に殺到してきた。見えるだけで6台はいる。

 

「警察ですッ! 戦車が暴れていると通報がありました!」

「犯人はギタリスト風の男だと、匿名の通報を受けています」

「動かないで下さい、皆さんは参考人です」

 

降りてきた警官達に取り囲まれ、たちまち身動きがとれなくなった。遅まきながら、西住みほが慌てた理由が、億泰にもわかった。パトカーという『電源』が、大挙してやってきてしまった!

 

「億泰。仗助。生徒会から借りていた『ケータイ』は持っているか?」

「モチのロンッスよ。これっス」

 

仗助がポケットから『ケータイ』を取り出す。生徒会のホンワカした方、小山柚子から借り受けたものだ。億泰も、同じようにポケットに手を突っ込む。生徒会のムスッとした方、河嶋桃から借り受けた『ケータイ』がそこにあるはずだった。今回、音石明が出てくるタイミングに合わせて攻撃ができたのも、この『ケータイ』あってこそ。仗助がポケットの中でこっそり『ワン切り』したのを億泰が確認して攻撃に移ったのだ。コレだけの便利で高そうなアイテム、億泰は失くすはずがないと思っていた。

 

「……どうした、億泰」

「ねェ……ねェよ、ドコにもッ! ドコにやっちまったぁ~ッ」

「やれやれだぜ」

 

承太郎がぼやくと同時に、誰かの悲鳴が聞こえた。目をやると、パトカーが一台、遠くに離れていくではないか。そして、そこにいるべき奴がいない。代わりに警官が二人、ケイレンしながらひっくり返っている!

さすがに、何がどうなったかを億泰も理解した。

 

「や、ヤロォォ~~~音石ッ!」

「『ケータイ』をかすめ取ったようだな。億泰、お前から……

 まあいい。どのみち奴は逃げられん」

「どうしてですか? 電気のある所に行かれちゃいますよッ」

 

ダチを殺されかかった西住みほは、承太郎に食ってかかるように聞くが、承太郎の態度はやはり変わらない。時として憎たらしくなるほどにクールな男なのだ。

 

「『チリ・ペッパー』は、本体である音石明自身を電流に変えることは出来ない。

 出来るんだったら、ジジイを恐れて殺しに来る理由が最初からない。

 日本中どこへなりともあっという間に逃げちまえるからな……」

「あッ、納得……」

 

納得したのは康一だったが、すぐに思い出したように声を張り上げる。

 

「でも、だからって! ここで逃がす理由にならないぞッ!

 すぐに追わないと!」

「追うとも。この俺がな……だから康一くん、仗助、億泰。

 その間、ジジイを頼むぜ。病院に連れていってくれ」

「クッ、わかったぜぇ承太郎さん。音石のヤロォをぶっちめてくださいよ」

 

承太郎なら、最強のスタープラチナなら問題ない。音石の余命は風前の灯だ。億泰もまた、そう信じたのでジョセフの左肩を受け取った。右肩はすでに仗助が持っている。

 

「西住どの、なんとなくわかりましたよ状況。

 38tを使わせてください。

 皆さん生命の恩人です。力になりたいんですッ」

「意識、ハッキリしてるね……うん、私も同じ気持ちだよ、優花里さん。

 東方くん、それと、虹村くんだったよね?

 ジョースターさんと一緒に、あそこの戦車に乗って。広瀬くんも」

「すまねえ」

「やりたいからやるだけだよ。急いで」

「……アッ、勝手に動かないで下さい! 事情聴取するんですよ」

 

全員で戦車を目指すところを警察が止めてくる。彼らも仕事だから当然なのだろうが。沙織とかいうフワフワロングの女が、何か取り出し、警察の手に押し付けた。生徒手帳のようだった。

 

「私達は大洗女子学園戦車道! 逃げも隠れもしないから!

 それと、この男の人たちのことは生徒会に聞けばわかるから!

 後で呼び出しでも何でも応じるから、今は後にして下さい!」

 

警察があっけに取られているところに、秋山と、沙織と麻子に、オシトヤカなヤマトナデシコ(まだ名前を聞いてない)が、次から次に生徒手帳を押し付けていく。西住だけは、生徒手帳を取り出したところを仗助に止められた。

 

「病院でよぉ~、身分を保証するモンを誰一人持ってねーのはマズイぜ、西住」

「あ、うん」

 

戦車道は彼女達だけではない。他に十数人いた奴らが続けて警察に殺到する。話を聞くなら自分達からにしろと言っているようだ。その間に、38tとかいう戦車に全員よじ登る。秋山優花里も手を貸して、ジョセフを戦車の上に押し上げていた。自分が彼に生命を救われたたこともわかっているようで、いたわりを持ってジョセフの身体を扱っていることがわかる一方、微妙にそらしている視線が罪悪感を物語っているようだ。いきなり戦車を使えと申し出てきたのも、そこの所を逃れたい気持ちもあるのだろう。そこに、振り向きもしないまま、仗助が唐突に彼女を呼ぶ。

 

「秋山さんよぉー」

「あっ、えっ、私ですかぁ?」

「これからどうなろうが、生命が助かったことをよ、引け目になんか思うんじゃあねーぞ。

 このクソジジイは『好きでやった』んだからな」

「あぅ……」

「ただし! 次、生命を粗末にしてみろ。そん時は、オレがてめーを殺すぜ」

「うっ。はい、キモに命じますッ」

 

秋山の兵隊じみた返事に、やっぱり振り向かないまま頷いた仗助は、戦車のハッチから中に乗り込み、ジョセフを注意深く受け取った。そしてそのまま近くの席に座らせる。多分、大砲を発射する席だ。続いて全員、なだれ込むように乗り込んでハッチを閉める。

 

「うわーっ狭い! 何この満員電車! しかもオトコまみれ」

「M3リーを借りた方が良かったですねぇ武部どの。イマサラだけど」

 

入りきらないので、仗助はジョセフの下に敷かれる形で席に座った。運転手はチビジャリ女こと、麻子であるらしい。コイツの邪魔はできないので、コイツの周りだけはスペースがとってある。億泰は車内の左半分、後ろ側で壁を背にして、正面から『子泣きジジイ』か何かのように抱きつく康一を抱える。康一のさらに前には西住がいて、康一は億泰と西住でサンドイッチになっている。そこまでして西住がそこにいたがるのは、本来の『車長席』が、『砲手』の席であるからだそうだ。ちょうど、仗助とジョセフがそこに座っているので、せめてその真後ろということらしい。向かい側では、西住以外の女ども3人がギッシリ詰まった。

 

「『全員乗る』って選択をコイツでした時点でよォー、すでに間違いだったんだろうがな。

 時間がねぇ、行ってくれ。運転手さんよ」

「わかった、まかせろ。荒っぽくなる。『お父さん』を離すなよ」

「離さねーよ。後ろの奴らがコッチに倒れてきたらクレイジー・ダイヤモンドで押さえるからよ。

 オメーは全力で病院に行ってくれよ」

「よくわからん『力』だな。まかせる。行くぞ」

 

麻子がエンジンをふかし、このモンスターマシンをスムーズに加速させる。それを見て億泰は不覚にも『チョットうらやましいぜ』と思ってしまったが、仗助からわずかに聞こえた言葉が、今はそれを消し去った。

 

「おふくろを悲しませたらよー、ゆるさねぇぜ。親父よ……」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




一発目が着弾したかはさて置いて、続いて二発目の装填。


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音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(10)

次弾、装填完了。発射です。
引き続き、億泰視点。

※今回は、『音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(9)』と
 ほぼ同時に投稿しております。
 「アレ? なんか展開飛んでね?」と思われたのなら、
 『音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(9)』を先に
 お読みいただくようお願いします。


虹村億泰(にじむら おくやす)は、戦車に乗って問題なく病院に到着した。

 

(ちょっとばかしシェイクされて、

 康一のヤツが女どもにモミクチャにされたけどよぉー)

 

まあ、そんなことは最初から問題ではない。たった今、ジョセフは担架に乗せられて病室に運ばれていった。当然、仗助はその後についていこうとしたが、そこに連絡が入った。仗助の持っている『柚子ケータイ』に、承太郎から。『ケータイ』で話してもいい待合室まで全員で戻ると、仗助はすぐに承太郎へ折り返す。

 

「何スって? 音石が逃げ切った?」

 

全員の顔色が、サッと変わった。座って一息ついていた康一も、足音を立てて立った。そして、しばらく相槌をうっていた仗助が『ケータイ』を切る。

 

「どういうことだ、仗助ェ~ッ」

「わからねぇ。承太郎さんが言うにはよぉ~~

 『パトカーを乗り捨てた所から、忽然と姿を消した』、

 『本体自身が電流になって逃げたとしか思えない』、らしいんだがよ」

「力を隠してやがったのか、ヤロォ~~」

「い、いや! 違うと思うよ億泰くん……スタンドは成長する!

 ぼくのエコーズAct.2みたいに!

 やつは成長したんだよ、この土壇場でッ」

「あ、あのっ……」

 

男三人が殺気立っている中に、秋山がおそるおそる手を上げた。三人の視線が一気に向いた瞬間、腰が目に見えて引けてしまったが。

 

「すみませんッ、その」

「無理すんな、ゆっくり話しなよ」

「はい……『チリ・ペッパー』は、電気を操っていて、

 物体を電気に変えて持ち運べる。

 でも、操っている『音石明』自身を電気に変えることはできない。

 コレ、合ってます?」

「ああ、合ってるぜ」

「でも、今回で成長したから、『音石明』自身も電気になって、

 電気が通ればどこにでも行けるようになった……

 コレも、合ってます?」

「合ってるぜ~、こいつはヤバイぜ実際よぉーー。

 承太郎さんの言う通り、日本全国どこにでも一瞬で逃げられちまう」

「ち、違います! 日本どころか、『世界』ですッ」

「『世界』ッ?」

 

秋山優花里の言いたいことは、ここかららしい。次第にどもりが抜けてきた。

 

「ウチ、お父さんに頼んでインターネット回線を引いてもらってます。

 だからわかるんです。

 インターネットは『ワールドワイドウェッブ』なんですよッ、

 世界中どこのホームページにでもつながるッ」

「その、よぉ~、『インターネット』が、どうした?」

「インターネットは『電気信号』です!

 電話回線をそのまま使ってる『テレホ』ってやつもあるんですよぉ!」

「なっ……」

 

絶句した仗助の後を、康一が引き継ぐ。

 

「やばい……想像を絶して、やばいぞッ!

 いまどき、『ウィンドウズ』とか何とかで、

 『パソコン通信』なんかどこででもやっているッ!

 『ネット回線』がつながっている所すべてに、

 音石自身が一瞬で逃げられるんだったら……

 逃走経路の追跡だとか、先回りだなんて不可能だッ!

 ジョースターさんの『ハーミット・パープル』も役に立たないッ!」

 

億泰は、ひとまず『パソコン』があれば世界中どこにでも『チリ・ペッパー』と音石明が一瞬にして現れるのだと理解した。確かにこいつはヤバすぎる。そして今、ここで何が一番ヤバいかと言えば。

 

「おい、つまり、それだとよぉ~……こうなるよな?

 病院なんか、間違いなく『パソコン』が入ってて情報を通信してるぜ。

 『レッド・ホット・チリペッパーは、

 ジョセフ・ジョースターをいつでも殺せる状態にある』」

「いいえ。ジョースターさんは安全ですよ。

 考えられる限り、学園艦が一番安全です」

 

ズッコケかかる仗助。億泰は話についていくことをあきらめて結論待ちである。

 

「なんでだよ、矛盾してねぇか。

 お前んチに『インターネット回線』があってよ、それがヤバいんだろ」

「学園艦は『艦』ですから。

 電線だとかネット回線は、陸と直接つながってません。

 だから、インターネットの通信には『人工衛星』が中継に入ります。

 で、学園艦と『人工衛星』の間でやりとりされる信号は『電波』なんですよ。

 『チリ・ペッパー』が『電波』にならない限り、学園艦は安全ってことです。

 ジョースターさんを学園艦から絶対に出さないことですよ。それで守れます」

「なるほど……筋が通ってる、ぜ。キレッキレだなオメーよぉ」

「あっ、いえ。恐縮です」

 

少しテレて、うつむきながら小さく笑う秋山。しかし、億泰は気になった。ムズカシー話はよくわからなかったが。

 

「ちょっと待てよ、仗助に秋山よォー。

 音石のヤロォがもうトンズラこいて、

 どっか行っちまったみてーに話してるけどよぉ、

 スグ戻ってきてジョースターさん殺すってのは、ねぇーのか?」

「あの、私の考え、言ってもいいかな。虹村くん」

「お、おう。西住っつったよな……言ってみろよ」

 

コホン、と小さく咳払いの真似事をしてから、西住は考えを披露してみる。

 

「まず、虹村くんの言ったみたいなことをする可能性は低いと思う。

 戦いに負けてボロボロな上に、承太郎さんに追われてて

 新しい作戦の仕込みなんかも出来るわけがない。

 こんな状態で懲りずに再戦をしかけても、

 負けて倒される以外の未来はないよ。私が音石明ならそう思う」

「おう、だから逃げて、力を蓄えるっつーのかあ?」

「うん。私でもそうする。でも」

「でも?」

「戦力をわずかでも削ぐために『暗殺』の機会を伺うくらいなら、

 やる価値はあると思うかな。

 このとき一番狙いやすいのは、やっぱりジョースターさん……」

 

西住の話は、それ以上続かなかった。病院の奥から破壊音。さっき、ジョセフが運ばれていった先のあたりから。全員が振り向く。銃声らしきものまで聞こえた。

 

「皆さん、まさか、これはッ」

「まさか、だろうぜ華さんよぉー、

 『チリ・ペッパー』の野郎しかいねぇー」

 

ヤマトナデシコの名前は華と言うらしい。華は、少し目を閉じると、鼻先をわずかにヒクつかせた。においを嗅いでいるようだ。

 

「起こったのは破壊だけのようですね。

 人が焼けた臭いだとか、血の臭いはしません」

「におい、って、嗅いだだけでわかんのかよ? こっからよォ~」

「グレート! 戦車道にはスゲェー奴しかいねぇ~ぜ」

「ただ、病院には強いにおいが多くって……

 参考程度ですね。急いだ方がいいと思います」

 

非戦闘員がついていくつもりはないらしく、華は他の戦車道一同と一緒に

引き返すような動きを見せる。それが賢明だと億泰も思い、仗助を追おうとする。しかし、今度はまさにこの場所で、異常な事態が発生した。

 

「ブッ! うぐぅ!」

 

秋山の額や腕がいきなり弾けて出血が始まった!

まるで、殴られたり潰されたりしたかのように。

 

「ゆっ、優花里さーんッ!」

「み、見えなかった。秋山さんが攻撃された瞬間が!

 全然、まったく! 見えなかったぞッ!

 ぼくのエコーズは結構早い方なのに、それでも見えない攻撃なんて」

 

待合室を飛び出そうとしていた仗助が、ひとっ跳びで戻ってきた。すかさずクレイジー・ダイヤモンドで秋山をなおす。

 

「何をされやがった、秋山ッ」

「わ、わかりません。いきなり身体に衝撃が走って……ぐぶぇぇッ!」

 

今度は血を吐いた。見ていてわかる。目に見えない何かに殴られた衝撃を受けている。だが、至近距離にいる仗助に、まったく何も影響がないのだ。すぐになおしながら、仗助は当然の疑問を口にした。

 

「なんで、秋山だけが攻撃を受けてるんだ?」

「た、玉美(たまみ)さんみたいな、

 ハマッたら攻撃が始まるタイプのスタンドに襲われているとかッ」

「音石の仲間か。ありえねえ!

 だったら最初からそいつと一緒に襲ってくるぜ」

「じょっ、仗助よォ!」

 

思い当たったらスデに声を上げている。億泰は、やはり、思ったことをそのまま口に出すのみだ。

 

「オレにはよォ~、秋山のそのやられ方。

 スタンド『が』やられてるように見えるぜぇー」

「……ああ、だろうな。

 問題は、どういうスタンド『に』やられてるかっつーことだがよ」

「違ェよ仗助ッ!

 やられてんのは秋山『の』スタンドだっつってんだよッ、ボゲッ!」

 

二秒くらい黙られたのは不本意だった。仗助と康一が、そろって『えっ!?』とリアクションしてきたのがさらにムカついた。そんなマヌケなやり取りも、ここまでだった。待合室の扉を突き破って、チリ・ペッパーが現れたのだ!

 

「ヤロォ、チリ・ペッパー!」

「時間切れか。やっぱり反省が足りてねぇな、オレはよ……

 可能なら、ジョセフ・ジョースターだけでも

 殺そうと思って病院に先回りして待ったがな。

 まさか、もうスタンドが発現するとは……

 ことごとく邪魔しやがるなぁー、秋山優花里よ」

 

チリ・ペッパーに視線を向けられた秋山は、ダメージから立ち直りきってはいないものの、それでも毅然と向き直った。

 

「わかりません……なんの、話ですか?」

「そうかい、無意識だったのか。まあいい。

 お前達から、オレも学ばせてもらったよ。

 面白おかしく生きようにも、乗り越えるべき壁っつー

 『試練』は襲ってくるって事をなぁー

 お前達がその『試練』だというのなら、

 ブッ壊して先に進ませてもらうぜ」

「させねェんだよォーーッ!」

 

億泰はザ・ハンドを出し、空間をけずってチリ・ペッパーを引き寄せようとしたが、向こうもそんな動きは読んでいたようで、近くのコンセントに入り込んで見えなくなった。

 

「オレはこれから力を蓄える。

 力を蓄え終わったなら、招待状を送ってやるぜ。お前達によォー

 その時がラスト・ライブだ。お前達か、もしくはオレのな……」

 

それっきり、声も聞こえなくなる。確信する億泰。今度こそ完全に逃げ切られた!

 

「く、くそ~~~ッ、二度もおちょくられちまった。

 完全にオレ一人のせいで負けちまったじゃねーかよォォ~」

 

立膝をつく。地面を殴る。そうせずにはいられなかった。億泰は一度、杜王町の草原地帯でチリ・ペッパーと立会い、最後の最後で逆転負けをしている。それを今、またここで繰り返してしまった。しかも今度は、全員が協力して追い詰めた後で、だ。全員の頑張りを無にしたこの結果は、あまりにもミジメ。億泰の精神はしたたかに叩きのめされた。気づかってか、後ろから華が声をかけてきてくれたが。女の子に声をかけてもらえてウレシイなどと思える状態では、やはりない。

 

「虹村さん。その雪辱、私にも分けてください。

 次こそは倒しましょう。あの音石明を」

「……き、気持ちだけ、受け取っとくぜぇ~。

 一般人がよォ、戦うべきじゃあねぇーぜ。あんなのとよォ。

 それに、よぉ~~~」

「それに?」

「音石明は、兄貴のカタキだからよ。

 こいつを誰かにゆずっちまうなんてのはよォ、無理ってもんだぜ」

「そうですか」

 

それきり華は、何も言ってこなかった。そうやって後ろにずっと立っていられると、悔しがっているのもだんだんミットモナクなってくる。華はスタンド使いではない。さっき目の前で起こったことも、透明な何かが暴れまわっているとしか見えなかっただろうのに。何を言っていたのかも、まったく聞こえなかっただろうのに。仕方なく億泰は立った。そこには、康一もいた。

 

「ぼくに『戦うな』なんて、まさか言わないよね。億泰くん」

「言わねーよ。タフな野郎だぜ、オメーはよ!」

 

その後、仗助はジョセフの病室に向かい、その晩は泊まることになった。億泰を始めとした残りの面子は、戦車を格納庫に帰すついでに生徒会室へ今回の顛末を報告しに行く。億泰にとっては、ある意味でもっとも気が重い義務だった。生徒会室に入ると、承太郎がすでにいた。誰かが口を開く前に、億泰は足を早めて河嶋桃の前に立ち。そして、頭を下げた。

 

「すまねぇ。『ケータイ』を盗られた。

 盗られた上に、音石明を逃がしちまった。

 オレ以外の誰も悪くねぇ。オレの責任だ。オレだけの責任だ」

 

桃は、手を震わせながら、片眼鏡を机に下ろした。ギリギリギリと歯を食いしばり、まぶたもピクピクしている。

 

「どう、責任を取ってくれるんだ?」

「次こそは倒す。倒して『ケータイ』を取り返してくるぜ」

「アレにはなぁーーーッ!」

 

両手で思い切り机をブッ叩く桃。後ろで何人かがたじろいだのを億泰も感じる。

 

「アレにはなぁ、電話番号が入っているんだよ……ウチの電話番号が。

 タウンページを見たら住所が特定できるぞ?

 どうしてくれるんだ。私の家族が『チリ・ペッパー』に狙われたら。

 電話かける程度の手間で人を殺せる能力なんだろ」

「すまねぇ」

「他にも番号は入ってる! 会長の番号も、柚子の番号もだ。

 ふたりとも実家の番号まで入っているぞ。帰省時でも連絡が取れるようにな。

 人質候補だぞ、お前のせいで」

「すまねぇ」

 

ひたすらに頭を下げている億泰。こいつの怒りはもっともだ。返す言葉など『すまねぇ』しかない。だが、それが桃の怒りにさらに油を注いでいるようだ。桃からすれば、とにかく怒りをぶつけずにはいられないのか。それでも、次の言葉には、億泰も思わずつかみかかりそうになった。

 

「兄貴のカタキをブッ殺すとか言っておいて、コレとはなッ!

 お前の兄貴とやらも、さぞかしマヌ」

 

だが、最後まで言い切る前に、風船が割れたような音が響いた。いつの間にか近くに来た生徒会長が、桃の頬を張っていた。

 

「うっ……かっ」

「言わせないよ。河嶋。

 そこから先を口に出したら、サイテーになるよ私達」

「会長、でも、ふ、ウゥゥッ……」

 

堰を切ったように泣き出した桃を押しやって、生徒会長が億泰の肩をポンと叩いた。

 

「謝罪は受け入れたよ。虹村くん。

 その上で、生徒会長として回答します。

 気にすんな、コレからもよろしく、以上」

「……あ? コレからも、って」

「承太郎さんよろしくー」

 

手を振られた承太郎は小さく嘆息すると、バツ印がいくつかついた学園艦の地図を持って説明を始める。

 

「音石明は、この大洗女子学園から逃げていった。

 だが、ついでの復讐とばかりに学園艦の動力伝達系を破壊していったようだ。

 少なくとも、出航が不可能な程度にはな」

「そ、そんな」

「何てことを……」

「音石明、許せませんッ」

 

当然、学園艦で生活している女子高生達が大きく反応している。杜王町で生活している億泰にとっては、杜王港の方角に山のような巨艦が鎮座している期間がしばらく長くなるだけの話なのだが。

 

「ああ、戦車道の試合には影響ないからねー。

 スピードワゴン財団の人たちが、戦車を会場まで送ってくれるってさ」

「スピードワゴン財団。また、おかしなビッグネームが」

 

チビジャリ……麻子が、不信感もあらわに目を吊り上げた。忘れかかっていたが、ジョセフ・ジョースターも不動産王だったと思い出す億泰。不信感の払拭は、またも承太郎に丸投げされる。

 

「スピードワゴン財団は、超常現象を扱う研究部門を持っていてな。

 スタンド使いに関する事件の保障を昔からやっているのだ。

 表舞台には出ないがな。俺も、その一員だと考えてくれていい」

「疑っても無益か」

「そういうものだって思った方が良さそうだよ、麻子」

 

麻子の目つきが元に戻り、場も静まったのを見計らい、生徒会長が再び場を仕切る。

 

「ま、そーいうワケでね。しばらく私達、杜王町の一員になるからさぁー。

 コレからもよろしく、ってのはそういうこと。お隣さんになるってことだねー

 改めてよろしくー、虹村くーん。コレ、お近づきの印の干し芋ね」

「オ、オウよ……」

「雰囲気なんか知ったコトかだよなぁーこの人。

 あまり見習いたくないけどスゴイなぁー」

 

康一もすでに干し芋をもらっていた。言われてみて雰囲気を気にしてみると、少し奥で、まだ桃がぐずぐず泣いている。場からフェードアウトしていた小山柚子が、頭をなでて慰めていた。思わず、頭をポリポリと掻いて、億泰はそちらに大股で歩み寄った。

 

「桃が、ひどいことを言いました。すいません。私からも」

「小山さんよ、そいつはオメーが気にすることじゃあねぇーぜ。

 こいつに話すことがあるからよ、ちょっとどいてくれや。

 キズつけたりはしねーよ、誓うぜ」

 

かなり悩みながら、柚子は桃を放し、五歩くらい下がった。入れ替わりに億泰が前に立つ。

 

「なっ、なんだ。グスッ、お前なんか怖く、なッ、グスッ」

「『お前の兄貴とやらも、さぞかしマヌケだったんだろうよ』、

 で合ってるかよ? オメーが言いかけたセリフのことだぜ、コラ」

「うぅぅッ、グズッ、ふぅぅ……うあああ~」

 

泣き方がひどくなった。柚子の目つきが鋭くなり、桃を抱きしめて億泰を視線で威嚇する。反応でわかった。セリフはこれで合っている。そのセリフを左手で握り締め、鳩尾あたりに音を立てて叩き込んだ。

 

「刻んだぜ、そのセリフ。オレは決して忘れねぇー」

「何が、キズつけない、ですか。帰ってください」

「そして、二度とテメーに同じセリフを言わせねぇー。

 これが『責任』だ。オレの『責任』の取り方だ」

 

『帰れ』と言われては仕方ないので踵を返す。不良はツライ。キズつけるつもりがなくても、相手が勝手にビビッてしまう。なら、やめろよ、と言われればゴモットモだが、生き様はカンタンに変わらないのだ。

 

「この答えで納得いかねーならよぉー。

 いつでも難癖つけに来な。受けて立ってやるぜぇー」

 

ポケットに手を突っ込み、億泰は足早に生徒会室を出て行った。女が泣いているのは、やっぱりいたたまれない。しかしコレでは、まるで逃げたみたいでカッコ悪かったか。ふとそう思ったのは、大洗女子学園の校庭から、杜王町の夕焼け空を見上げた時だった。いつも通りのオレンジ色の空だった。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




二連発、完了。
風呂から上がったら、『オリジナルスタンド』のタグをつけよう。

しかし秋山どの、流血しすぎ。


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音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです(11)

『ガールズ&パンツァー』を主たる原作に指定しつつも、
現状この作品では、どっちかというとジョジョの方が強めの感じ。
次回は、みほを事件の主軸に置いて
ガルパンサイドのキャラを強めに書きたいところ。

今回は、秋山どの視点でお送りします。


秋山優花里(あきやま ゆかり)は、乗り合いのバスを待っていた。

 

(ドコ、なんでしょうか? ココ)

 

車などが異様に古い。建物の形を見る限り、イタリアのように見える。向こうに見えるのが『コロッセオ』なら、ここはローマか。それも、ファシストが幅を利かせていた頃。第二次世界大戦前夜の景色に見える。戦車が大好きで色々集めていると、歴史にも多少詳しくはなる。いろんな白黒写真で見たことのある景色に、目の前が重なるのだ。周りを行きかう人はあまり見えないが、生活感だけは漂ってくる。そんな奇妙な町並みを見回していると、カフェから唐突に声をかけられた。

 

「一人かい、シニョリーナ」

 

優花里は、自分に声をかけられていると認識しなかった。他の誰かを呼んだのだと思って周囲の観察を続けていると、同じ声が、少し弱ったように苦笑した。

 

「無視をするとは、思ったよりも高嶺の花じゃあないか。

 じらすテクニックを心得ているのかい?」

 

振り向いてから気づく。想像を絶する美男だ。戦車にばかり首ッタケの優花里でさえもそう思う。どこかフテくされたような目つきの悪さも、この男にとってはプラスにしか働いていない。イタリア人だろうか?

明らかに日本人とは分野が違う。体温を持った、やわらかい彫刻とでも言おうか!

優花里は、トンデモなくテンパッた。

 

「……え、えぇッ? まさか、まさかの私ですかぁ?

 ナンパなんですかぁーっ?」

「何が『まさか』かわからないな。かわいらしい人。

 きみは自分の美しさをよく知っておくべきだな。

 このぼくが教えてあげるよ。手取り足取り」

「え、あ、そのォ、あ、あ、う」

 

優花里の頭脳は超信地旋回しまくってオーバーヒートした。イギリスのサウナ戦車、カヴェナンターもかくやの有様だった。

 

「と、言いたいところなんだがなぁ~~~、オレは人を待っている!

 人を待たせることを『ヘ』とも思わねぇくそったれ野郎をな!」

「え、そ、そうですか……じゃあ何の用だったんです?」

 

いきなり変わった雰囲気で、優花里も正気には戻ったが、今のままではおちょくられた感じしかしない。少しジト目になる。

 

「見たところ、きみはここまでバスに乗り付けてやってきたようだ。

 ぼくは、きみと同じバスに乗って来るはずの男を待っていてね……

 だが、どうやら『また』スッポカされたようだな」

「『また』って。スッポカしの常習犯ですかぁ?

 そんなヒトのトモダチ、よく続けられますねー」

「まったくだね! イイカゲンが呼吸して歩いてるような男だぜッ!

 いちいち迎えに来るオレもオレだが、

 その都度、『こっち来んなボケ!』とも思っているよ」

「男の友情ってやつですかぁー? 複雑ですねぇ」

 

形無しだ、とばかりに男はクックッと笑った。その声に、深い絆を優花里は感じた。悪態をつきながらも、彼はずっと待ち続けるのだろう。いつ来るとも知れない『くそったれ野郎』を。

 

「ン、バスが来たな。珍しい。『戻り』のバスじゃないか」

「『戻り』? どこ行きですか? アンツィオとか、シシリーです?」

「ドコに戻ろうと言うんだ、きみは。どれ!

 読みにくいな、ありゃあ。なんだって……『大洗女子学園』」

 

聞いた途端、ガツン、と頭を殴られたような衝撃が走った。今の今までなぜか忘れていた、自分の帰る場所の名前。帰らない私は、一体どこに行くつもりだったのか。ここから、どこ行きのバスに乗ろうとしていたのだ?

 

「どうしたんだい、シニョリーナ」

「すみません。『大洗女子学園』……帰らないと」

「それがいいさ。帰りなよ、きみの家へ。

 待っている人がたくさんいるんだろう?」

「はいッ。お待たせなんて、できませんよッ」

 

思わず陸軍式の敬礼をした優花里に、男はプッと吹き出してから、バスを指差して行くように促した。どうやら、そう長い間は待ってくれないらしい。

 

「じゃあ、さよならです。アリーヴェ・デルチ、でしたっけ」

「アリーヴェ・デルチ。

 次に会うとすればきっと、ずっと未来だろうよ!」

 

………………

 

「……という、夢だったんです!」

「アハハ、笑えない。シャレになってないよぉー優花里さん」

「間一髪で三途の川を免れたようにしか聞こえないんですが」

 

昨日の事件からすでに丸一日が経過し、今日は日曜日。さすがに戦車道の練習は出来ず、丸一日のお休みとなっている。今は74(セブンティーフォー)アイスに、あんこうチームの全員が集まっていた。話題は、優花里の臨死体験。その間に見ていた夢。

 

「ムムム、なんか色気づいてる。

 あの戦車にしかキョーミない優花里ちゃんが。

 イケメンイタリア人にお持ち帰りされかける夢を見るなんて」

「沙織と一緒にしてやるな」

「でも麻子ぉー、『次に会うとすればきっと、ずっと未来』だなんて!

 これはきっと王子さまだって思っちゃうワケよ、優花里ちゃんのー」

 

きゃいきゃい騒ぐ沙織を見て、やっぱりこの人、ブレないなと思う優花里。確かにナンパされてドギマギしたし、それでいて嫌悪感も感じなかったが。それでも、王子さまだけはありえない。

 

「多分ですけど、あの人。ずっと過去の人だと思います。

 それと、あの人が待っていたのは……ジョースターさんですよ。根拠ないですけど」

 

全員のテンションが目に見えて下がった。ジョセフ・ジョースターの名前は、今はあまり思い出したくないのもわかる。あの老人は今、昏睡状態でこの学園艦に留まっているのだ。麻子などは、当初はほとんど敵扱いしていたものの、優花里のために文字通り生命を差し出してしまった彼と、彼の息子であるという東方仗助が、病院に向かう戦車の中で『おふくろを悲しませるな』と呼びかけ続けているのを見て、もう、厄介者扱いするような気持ちは失せ果ててしまったらしい。今もジョセフの名を聞いて、疫病神呼ばわりした罪悪感が復活したのか、麻子の視線がスッと下に降りた。

 

「そそ、そーいえばッ!

 優花里ちゃんも『スタンド』ってやつが使えるんだよね? どういうヤツだったの?

 イキナリ漫画の主人公みたくなっちゃってぇー、もー」

 

そんな空気を粉みじんに破壊するのは、いつだって沙織である。優花里は、おどけた彼女に心の中で、チョッピリ謝った。

 

「あ、はい。

 昨日皆さんが帰った後で、西住どのと広瀬どの、それと承太郎さんに

 立ち会ってもらって、色々確かめましたよ」

 

昨日はたまげた。スタンドのダメージが本体に帰ってくることを知らなかったら、何がどうなっているのかサッパリわかりようがなかった。そんな状態を放置し続けたら自分は遠からずまた死ぬだろう。なので素直に教えを乞うた。杜王町の面々から隊長であるかのように扱われていた、空条承太郎に。

 

「カンタンに説明しますね。

 私のスタンドは、ミニチュアの騎兵隊です。全部で7人いますよ。

 というか、今もソコにいます。パフェ、ムサボリ食ってますよコイツら」

「あっ……」

「優花里ちゃん、パフェふたつもどうするのかと思ったら」

 

優花里が、メニューなどでどうにか作った物陰を指差す。みほ以外には、ふたつのパフェが削れて、ひとりでに消滅していくようにしか見えないだろう。

 

『バクッ、ガツッガツッ、ンマッ、ンマーーッ! ゴクッ』

『司令ッ、甘味モ大事ダガ! モット油コイ糧食ヲ要求スルゾ!

 バクッ、バクッ、ジャリッ!』

『我ラハ戦士ダ、腹ガ減ッテハ戦エン! 愚策ダゾッ! ンガググッ』

『ヒヒーン! ヒヒーン! ガリッ、ガリッ ガリッ』

 

フルプレートをガチガチに着込んだミニチュアのデフォルメ兵どもがパフェに群がり、どこから持ち出してきたのか、それぞれがスプーンを持って突き崩し、崩した山に顔を突っ込んでいる。特撮ヒーローのようなレンズ状の目をしているからか、痛がる素振りも見せやしない。そして、騎兵なので馬もいる。馬がパフェに顔面から突っ込んで、パフェの中を掘り進んでいる。あまりにも大惨事すぎる光景だ。

 

「う、うるさーいッ 私が司令官だっていうなら、

 無断で冷蔵庫の肉、全滅させないで下さいよーッ

 おかげでナマ肉を丸カジリする女子高生にされてしまったッ!

 お母さんに本気で心配されたッ!」

「はぁ、その、なんというか」

「モノスゴク苦労してることはイタイほどわかった」

 

華はかける言葉に困り、麻子には本気で同情された。スタンドは見えていないだろうが、やりとりが見えてしまったらしい。

 

「あはは、でもこの子達なんだよね。

 ジョースターさんを守り抜いたのって」

「ハァー、オホン。はい、西住どの。

 彼らの姿はランス突撃していた頃の騎馬兵ですけど、

 実際に使うのは騎兵銃(カービン)ですよ。

 承太郎さんも言ってましたけど、ミニチュアでも威力は本物だから、

 充分脅威になりますね」

「昨日、私が病院で聞いた銃声は、それだよね」

「はい」

 

そして、そうでなければ優花里は、昨日あの場所で死んでいただろう。運が良かったのは、まず、戦闘した場所が屋内の閉所であったこと。次に、スタンドがミニチュアサイズで、かつ複数体であったこと。最後に、攻撃手段が飛び道具で、しかも全員バラバラに攻撃を仕掛けたこと。だから『チリ・ペッパー』は場当たり的な迎撃に終始した。敵の全貌が見えないからだ。そうしているうちに時間切れになったのだろう。これが空条承太郎の推測だった。もちろん、もっとも運が良かったのは、なんでもなおせる東方仗助が傍にいたことだったが。

 

「彼らが言うには『私の命令に忠実に従った』ってことらしいんですけど」

「優花里さん、思い当たるようなこと、ないの?」

「うーん、無いでもないんですよ。

 『音石が逃げ切った』って、電話が来たときですけど。

 ジョースターさんが病室に運ばれていったばっかりでしたから。

 『私が守る方法はないのか』って、グルグル考え続けてました」

「それが『無意識』にスタンドを動かしたんだよ。

 ジョースターさんは優花里さんが守った。すごいよ」

「うん、そう言ってもらえると……えへへ、ウレシイです」

 

ウレシイ感覚で決まりが悪く、まとまりの悪いクセッ毛を押さえながら身じろぎしてしまう。このムズカユさをスッと素直に受け入れられれば、もっとカッコいい自分になれる気がする。華と沙織がそんな自分を見て微笑んでいるが、そこに麻子が軽く手を上げた。

 

「他に、条件や制約はないか?

 場合によっては一緒に戦うんだ。わからないとツライ」

「あ、そうですね。それは」

「その前に名前を教えてください。

 『スタンド』の名前です。とても大切なことですよ」

 

割り込みをかけたことを麻子に会釈で謝りながら、華が言う。これはもう決まっているので、困ることは何も無い。

 

「『ムーンライダーズ』です。彼ら自身がそう名乗ってます」

「『ムーンライダーズ』……

 『月騎士団』ですか。風雅な、良い名前だと思います」

 

華の言葉に、今度は素直にうなずいた。こうなったからには、名前負けするような情けないスタンド使いになるつもりはない。もちろん最優先は戦車道だが、音石明とは、これで戦ってみせる。正直、『チリ・ペッパー』と正面切って戦うのは自殺行為な能力なのだが、そこは戦術と腕。空条承太郎に今後も指導を仰いでみるし、あの東方仗助にもまだまだ話を聞いてみたい。というか、東方仗助には、スタンド云々を抜きにしても『ゼッタイに言わなければならないことがある』!

 

「優花里さん、ちょっと……これは?」

 

頭の中で決意表明をしていたら、みほに肩をボンボン叩かれる。いつになく乱暴で、非常事態が起きたと判断して振り返ると。

 

『ウグ、ウググ……』

『毒デ、一網打尽トハ! 騎士道ッテモンガネェ~ノカァ~~ッ』

『敵ダ、恐ルベキ敵ガイタ』

『我ラハスデニ、敵ノ術中ダッタァ~』

 

自分のスタンド、ムーンライダーズ一同が腹を押さえてひっくり返っている。穏やかではない台詞を連発しながら。

 

「毒? 毒って何ですか? 何を言ってるんですかぁー?」

『毒ヲ盛ラレタノダ、司令ッ! 我ラノ糧食ニ、毒ガアッタ!』

「毒って、昨日のナマ肉以来、何も食べてないじゃないですかぁ。

 このパフェに毒があるなんて、ありえませんし」

「あ、あのー、優花里さん。ちょっと聞いてみるんだけど」

 

さすがは西住どの、何か可能性に思い当たったのか。表情を少し明るくしながら、何を言うのかと注目するが、彼女の顔色は悪く、その目には不安が渦巻いている。一体、どんな恐るべきことが。

 

「優花里さん、もしかして軍の備品とか集めてない?」

「え? はい、集めてますけど。払い下げのジャケットとか、背嚢とかですね。

 第二次大戦中とか、カナリ年季入ったコレクションもあるんですよぉ」

 

思わず自慢げに話してしまうのは、実際、誰かに自慢したい気持ちがあったから。

しかし、今のみほには、それは脇に置いておくべき話であったようで。

 

「その中にレーションは、あったりする?」

「当然ですねぇ。手に入れるのに苦労したのが……あ?」

「買ったのは、コレクション用だよね?

 食べ物としては、とっくにダメになってるよね?」

 

みほが何を言っているのか、優花里は理解した。理解したくなかった。

おそるおそる、うなされながら転がっているスタンドの方に聞き耳を立てる。

 

『頑丈ナ包装ガサレテルカラ、

 毒ナンカ入ルワケガナイッテ言ッテタダロ、オマエッ』

『ソウ言エバ、スッパカッタリ! 苦カッタリ!

 変ナ味バカリダッタヨナァ~』

 

そして優花里は思い出す。スタンドの鉄則を。

 

「スタンドのダメージは……」

「本体に跳ね返る」

 

愚かしい問いを、みほに投げ。みほは、模範的に正答を返してくれた。

おそろしい腹痛が始まった。顔面が蒼白になり冷や汗が噴出する。体内から『致命的な濁流』が、一斉に外を目指しているのを認識したッ!

死は目前だった。主に社会的な死が。女の子として、いや、人間として何もかもが終わる直前だ!

 

「うわぁあぁぁぁぁぁぁぁ! うわああああああああああ!

 ひどすぎる! あァんまりだぁぁぁぁぁ!

 最後までこんなんバッカリですかぁーーー私ッ!」

「優花里ちゃん、こっち! トイレこっち!」

「並大抵ではないのですね。『力』を得るって」

「前途多難だな」

 

みほと沙織に引きずられながら、誰とも知れぬ何者かに優花里は叫んだ。

 

「どんだけイジメりゃ気がすむんですかぁーーーッ

 ウワァァァーーーン!」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




なんでここまでヒドイ扱いになるのか、作者自身が知りたかった。
とはいえ、ゆかりんがスタンドに抱えている課題が、これです。
スタンドを統率できなければ、自分が危機に陥るばかりです。

そして、『音石明が大洗女子学園に忍び込んだようです』は、これにて終了です。
小話など以外で次の話を投稿するときは、作品タイトルを改めて、
『短編』ではなく『長編』に変えると思われます。
『ノリ』と『勢い』の続く限りは、よろしければ、お付き合い下さい。



スタンド名―ムーンライダーズ
本体―秋山優花里

破壊力―B
スピード―C
射程距離―A(およそ1km)
持続力―D
精密動作性―C
成長性―C
(A―超スゴイ B―スゴイ C―人間並 D―ニガテ E―超ニガテ)

7名からなるミニチュア騎兵隊のスタンド。それぞれ騎兵銃(カービン)を持っており、小さくても威力は本物。一体一体がある程度独立した意思を持っており、本体の指示が届かない状況でも自立して行動する。ケタ外れの射程距離はこれによるものだが、テンションが高く好戦的で向こう見ずな性格のため、任せきってしまうのはあまりに危険。本体はスタンドと視聴覚を共有できず、声が届かない場合は指示を出すことすらできない。また、意思を持っているだけに怒ったり泣いたりもするし、もの扱いなどしようものなら反乱を起こすだろう。



スタンド名がノッケから邦楽とはいい度胸だった。


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Inter Inter Mission 『女子高生とお茶しよう!』

小話のつもりで書いてた日常回ですが。
事実上、こっちの方が『音石明が~』シリーズのシメになった予感。
仗助達とみほ達が74アイスで色々話すだけのお話しです。


東方仗助(ひがしかた じょうすけ)は、鼻息の荒い友人をチョット冷めた目で見ていた。

 

「わが世の春が来たってヤツだぜぇ~~~

 女のコにお茶サソッてもらえるなんてよぉ~~」

 

昨日の敗北で落ち込んでいたように見えたが、翌朝に合流してみたらコレである。虹村億泰は鼻を繰り返しフンスッとさせながら、ガッツポーズからのボディーブローを延々と繰り返していた。ズカズカ歩きながら、右に、左に拳を繰り出してウカレているコイツのそばを歩くのは、正直ハズかしい。

 

「億泰くんたらぁ~~、

 そんなガッツイた気分丸出しじゃあ、みんな逃げちゃうよ!」

「おぉー、そうかぁ? そうだな、気ィ引き締めて行くぜぇー。

 オレ不良だもんね」

 

康一に何度目とも知れない忠告をもらっても、ウヒョルン、ウヒョルンと全身から擬音が立ち上っている。仗助も、待合室で目を覚ましてから、まだ借りてる『柚子ケータイ』経由で康一から話を聞いたばかりなのだが。

……ちなみに、ジョセフの容態は安定した。昏睡状態だが、すぐ死ぬことはない、らしい。

さておき。昨日、一緒に戦った大洗女子学園戦車道チームの一員が。あの、スゴイ嗅覚を持った純和風美人の『華さん』が、億泰を追って声をかけたらしい。そして、お茶しませんかと誘ってきたのだという。話を聞く限り、億泰個人が誘われたワケではない。それは億泰自身もわかっていて、仗助、康一も、だからこそついてきている。対する向こう側の面子は、西住、秋山、沙織、麻子、それと華。昨日あったことを考えれば、用件などは最初から明らかだろうに。

 

「浮かれまくってるトコ悪いけどよぉー億泰、もう一度言っておくぜ」

「おいおい耳にタコだぜぇー、わかってるっつーんだよ」

「あいつらが興味持ってるのは、

 主にオレ達の『スタンド』だってことを忘れんな。

 イタイタしいコトになるぜぇ~っ

 勘違いヤローのままだとよぉーーーっ」

 

だが、億泰を諌めていた康一が、仗助へ控えめに手を挙げた。

 

「予防線、ヒキすぎるのもどうかと思うんだよなぁ~~~

 とりあえず、お話してみるって感じでいかない?」

「オレはそのつもりだぜ、康一。

 ただ表情筋がユルみすぎてヤバいヤツがいるだけだろーがよ。

 約一名!」

 

仗助の返事にウソはない。というより個人的には、この康一にこそ縁に恵まれて欲しいと思う。想い始めたら一直線すぎるサイコ女、山岸由花子が恋愛経験の最初で最後ではカナシい。あんな経験をさせられては、女性というやつに『トラウマ』を持たされても不思議ではない。ここらでフツーに平和な女の子に出会えれば、などと思ったが。

 

(考えてみりゃーよぉー、

 『そうなった』ら『そうなった』で、その女の生命が超ヤベェーッスよ)

 

山岸由花子が黙っているわけがなかった。康一は『特大の地雷』だ。『即死トラップ』だ。

 

「そーいう仗助くんも、さっきから百面相してるように見えるけど?」

「悩み多き年頃なんだよ、仗助くんはァァーーーー」

 

待ち合わせ場所についてしまった。74(セブンティーフォー)アイス。ここだ、間違いない。杜王町ではなじみのないチェーンだった。入り口に踏み込んでいくと、近くにいた女子高生達が逃げる、逃げる。改造制服の、どう見ても不良なイカツイ男が二人。アイツらにしてみれば、

『ゴジラとキングギドラがタッグを組んで町を荒らしに来た!』

コレものだろう。

 

(グレート。わかっちゃいたがヘコむぜェーー

 ウチの高校なら女どもも声かけちゃーくれるけどよォォーー

 地元人で顔が知れてるからだよなぁー、ヤッパリ)

 

億泰はそんなことにおかまいなしだった。自動ドアを開いて左右を見回し、ユルんだ顔がパァァッと笑顔になる。

 

「いよぉぉーー、華さん」

 

いつものダミ声が向かった先と、笑顔の向いた先を追うと、いた。西住に、沙織、華と、麻子。秋山がいないようだが。それはともかく、歯をキラリとさせた億泰のスマイルに、西住と沙織は、どっちかというとドン引きしている。麻子は無表情で、一瞬だけ視線をやると、アイスをツツくのに戻った。そして、名指しされた華本人はというと。

 

「こんにちは、虹村さん」

 

クスッと笑ってから、やわらかに手を振ってきた。腹の中に何か秘めている風もない。

 

「それとよぉー、西住に、沙織に、麻子だったよなぁー。

 元気そーで何よりだぜぇー」

「あ、あはは。こんにちは、虹村くん」

「ゲンキ有り余りすぎてない? 虹村くん」

「ん」

 

他の三者は三様にアイサツを返してくる。沙織が、ホンのわずかに邪魔者を見る目をしたが、邪険に扱うようなつもりは、少なくとも今のところないらしい。麻子の表情は読めない。承太郎を小動物にしたらこうなるだろうか?

西住は、昨日見せた気迫がウソのようだ。多分、億泰が現れた瞬間からだろうが、現在進行形で萎縮しまくっている。

 

「ンッ? 秋山がいねぇーーな。

 でも席はとってあるみてーだしよ……便所かぁ?」

 

仗助は、億泰の口に無言で平手を張った。パチーンといい音がした。

 

「ななっ、何すんだコラァァァーーーッ!」

「てめーにデリカシーってやつを期待したオレがバカだったぜッ!

 チョットくらい考えてモノ言えよてめぇーーーーッ」

「何? なんで? 何のこと言ってんだよぉぉ~仗助ェェーー」

 

女どもの手前、手早く説教を済ませようとしていた仗助だったが、そこで奥の扉が開いた。真上には『お手洗い』マーク。ゲッソリやつれたボーイッシュな女が這い出てくる。何か見覚えがある。思わず二度見して気がついた。秋山だ。康一も、思わずビビッて指差した。

 

「あ、秋山さんッ」

「ホレ見ろ、便所だったじゃねーか! サエてるぜオレ」

「そりゃもういい。だがよ、顔色がヒデェーぜ。ただごとじゃねぇ。

 ……おいっ、しっかりしろ。何かあったのか、秋山よぉーッ」

 

昨日からこっち、死にかけてばかりいる秋山だ。それが今日もまた死ぬような顔をしている。康一、億泰ともども駆け寄り、倒れそうな身体を支えて起こす。やはり、全身に力がない。こちらを見て、なんとか口を開く。

 

「東方、どの……それに、虹村どのに、広瀬どの」

「アイサツなんか気にしてんじゃあねぇーぜ、こんな時によォーッ

 何があったか、それを言え!」

「スタ、ンドに……やられ、て」

「スタンド? 音石の仲間でも来たっていうの? 昨日の今日で?」

「西住ッ 全員でこっちに来い!

 スタンド攻撃だぜッ 攻撃を受けているぜッ」

 

店内の注目を集めてしまっているが、気にしている場合ではない。敵はおそらく、病気か何かにさせるスタンド。敵スタンドらしきものが見えない以上、おそろしく遠くから攻撃されているか、何かの条件を満たした瞬間に攻撃される、このどちらかだ!

だが、呼びかけられた西住の反応は、にぶい。

 

「東方くん、あの、その、ね?」

「グズグズしてんじゃあねェーーッスよ!

 秋山は『スタンドにやられた』と言った。

 こいつは敵スタンドを見ているぜッ!」

「た、確かに見てるよね。見てるよ、私も」

「……は? 何、言ってんスか?」

 

西住は、心底気マズそうにテーブルの上を指差した。メニューや広告などを重ねて巧妙に何か、隠している。気づいた西住がそれも取っ払うと、見えた。

 

『ド、毒ガ……ヨーヤク抜ケテキタァァ~~』

『騎士道ガ毒ゴトキニ負ケルカッテンダヨ!』

『シカシ危機一髪ダッタ。シバラク戦士ノ休息ダァァー』

 

グダグダに、ひっくり返った小人ども。それと馬。康一が、そいつらを見て、知っていた。

 

「あっ、ムーンライダーズ! 秋山さんの!」

「何だって、康一?」

「秋山さんのスタンドだよッ、昨日、発現したばかりの!」

 

ますます話が見えなくなっていく一方だった。

 

…………………………

 

「ぎゃ~~っはっはっはっはっはっはっはっはっはーーーッ!」

「ヒィーーッ、ヒィィーーーーッ!

 あぁ~~~イテェッ、腹イテェッ! イギ、ギハハハハハハ!」

「仗助く、ブッ! 億泰くん!

 そんなに笑っちゃ、ブハッ、ダメ……プッ、ククククククク」

 

西住から真相を聞かされて冷静になり、真相をもう一度、頭の中で噛み砕いた。

その結果がこれである。

とどのつまり! スタンドが勝手に拾い食いして! 『本体』に大当たりしたッ!

こんなもの、笑うに決まっている。秋山の顔面は赤熱していた。今にも溶け落ちそうな有様だった。さすがにそろそろマズイと思い、止めようとしたら、向こうから声を上げてきたのが一人。

 

「ちょっとちょっと!

 それ以上、優花里ちゃんを笑いものにするんだったら考えがあるんだけど!」

 

マジメな顔で食ってかかった沙織は、渡りに船だった。これでお気楽な空気を一時中断できる。

 

「すまねぇー、もう笑わねぇーぜ。

 イカシた男のやることじゃあねぇーよ……な、億泰?」

「お、おう。カッコ悪イィー事しちまったぜぇ~。

 悪かったな、秋山よぉ」

「ゴメンナサイ、秋山さん」

「あ、いえ、気にしないで下さい。

 ううう、でもハズカシイ。公開処刑ですよぅコレ」

 

猛烈な腹痛でトイレに駆け込み、出てくるなり不良二人に囲まれて大騒ぎされ、おまけに友達に詳細を語られて大爆笑される。改めて追ってみると、ひどい。あまりにひどすぎる。

 

「とはいえ、よぉー、そのスタンドどもの自分勝手。

 早いとこどうにかしねーとよ、マズイぜ」

「なるんでしょうか、どうにか」

「してたぜ! オレの兄貴はよォォー。

 歩兵60人、戦車7台、ヘリコが4機のバッド・カンパニー!

 完ッ璧に率いてたぜぇ~」

 

秋山の弱気に、億泰としては発破をかけたつもりだろう。これに比べれば騎兵の7人、軽いだろうと言いたかったのだろう。しかし秋山は、ゼンッゼン違うところに食いついた。

 

「戦車!? 戦車を使うスタンドなんですかッ」

「お、おう。大砲の威力はヤバかったぜぇ~」

「『どこ』の戦車ですかぁ?

 戦闘ヘリが一緒にいるってことは、多分、第二世代MBT以降ですよね」

「第二、M……ハァ?」

 

億泰の頭からクエスチョンマークが飛び出したまま止まらない。さらに秋山がたたみかけようとしているのを、仗助は見かねて、割って入る。

 

「オレが見たところよぉー、

 M1エイブラムスとかいうアメリカ野郎の戦車だったぜ」

「っと言うことは! 一緒にいたヘリってのはアパッチですかぁ?」

「グレート。ドンピシャリだぜ」

「極悪中隊(バッド・カンパニー)……」

 

秋山の目は、キラッキラと輝いていた。戦闘ヘリの援護を受けた、戦車と歩兵の中隊が、敵陣を蹂躙し突き進んでいく。そんな映像が秋山の瞳の中に移りこんでいる。覗き込めば、多分、見えるだろう。そんな気がした。そんな様子を億泰は気まずそうに見ている。そして言った。

 

「し、失望させる前に言っとくけどよぉ~、死んでるぜ、俺の兄貴!」

「えっ?」

「チリ・ペッパーの野郎に殺されちまったよ。

 会わせてやったりはよォォ~、できねぇぜ」

 

チョコミントアイスをヤケクソ気味にかき込む億泰。もっとも、生きていたとしても、あの虹村形兆がこの兵器大好きっ子の秋山に好意的に接する姿が思いつかないのだが。というか、戦車道とか大嫌いだろう、あの兄貴。音石明の持論ではないが、実際に兵器のスタンドで人殺しを働いた形兆だからこそ、競技に使われる戦車なんてモノは、欺瞞に満ちたシロモノとしか感じないんじゃあないか。ふと、そんな物思いにふけった仗助だったが、秋山の方はそれほどヘコまなかった。

 

「理由が増えましたね。音石明をブチのめす理由が」

「いや、おめーにはあんまり関係ねーけどよォ」

「大有りですよぉー虹村どの。そんなスバらしいスタンドが戦う姿!

 永遠に見ることが出来なくされたんですからねッ、私にとって!」

「あ、アリガトウよ……ついてけねー」

 

億泰がドン引きする姿を見ることになろうとは思わなかった仗助である。ここまで相槌しか打たなかった麻子が、ぼそりと指摘した。

 

「戦うのは付き合うが、そんな理由に巻き込むのはやめろ」

「わかってますよぅ冷泉どの」

「いいんじゃあないでしょうか。

 優花里さんには、優花里さんらしくいて欲しいです」

「五十鈴どのッ……ありがとうございます」

 

華……フルネームは五十鈴華(いすず はな)らしい……がそう言って、ニコニコ笑っているのを見た億泰は、秋山の肩をポスッと叩いた。

 

「秋山よォ、あんまし仲間にメーワクかけんじゃあねーぜ」

「い、いきなり何ですかぁーブシツケにッ」

 

少しイラっとした顔で秋山が億泰に抗議しようとする。ここで、こらえきれなくなったように、西住が笑いだした。

 

「クスッ、あはッ、あはははは」

「みぽりん?」

「私ね、もっと殺伐とするかって思ってたよ。

 昨日の今日で、あんな戦いの後だったんだもん。

 もっと恐ろしくなる敵に備えなきゃって、私自身が思ってた」

 

一旦話を切って、西住は華に向き直り、頭を下げた。

 

「華さん、ありがとう。『お茶しよう』って言い出してくれて。

 東方くんと、虹村くんと、広瀬くんを誘ってくれて。

 私、あとちょっとで間違うところだった。

 東方くん達を『戦力』に数えて、『仲間』に数えないところだった」

 

なるほど、少しだが背景が見えた。華は、今回集まる名目をあえて『お茶』にすることで、仗助を始めとしたスタンド使いの面々を『同盟』ではなく、『仲間』として引き入れようとしたわけだ。そのためには、敵に対策をとるため、などという考えは邪魔でしかないから。

 

「違いますよ、みほさん。私にも思惑があったんです。

 今回出会った皆さんは、揃いも揃って殿方ばかり。

 信頼できるかを知るためには、あえて近づくべきだと思ったんです。

 上から目線で人様を試した私の方が、よほど道を外しています。それに」

「それに?」

「私、戦車道だけではなく、もっと他にもアクティブでいたくて。

 古式ゆかしい不良のお二方とは、是非、お知り合いになりたかったんです。

 不良と言っても、根性の曲がった方じゃあないのは、

 昨日でよくわかっていましたしね」

「こ、古式ゆかしい……」

 

仗助、ヘコむ。髪型が古すぎると言われたも同然だったが、華の言葉にバカにする響きは一切なかったため、プッツンは来ない。ゆえにわかった。こいつは本気で言っている。億泰に声をかけたのも、ただそれだけが理由だった。

 

「東方くん。虹村くんに、広瀬くんもだけど」

 

西住が、今度はこちらを向いた。緊張と萎縮が蘇りつつある。勇気のいることを、言おうとしているらしい。

 

「包み隠さずに言います。私、あなた達が、まだ怖いです。

 私と優花里さんが、同じように得体の知れない何かに

 変わってしまったことも、怖くてたまらないです」

「そうかよ、それで?」

「でも、わかりました。あなた達と私達は、同じ日常を過ごせます。

 なら、私と優花里さんも同じです。

 変わってしまったその先も、きっと同じ人間だって思えたから。

 『チリ・ペッパー』みたいな、どうしようもないのもいるけど。

 ですから、その……」

 

仗助の正面に立った西住が、おずおずと手を差し出してきた。

 

「友達に、なってくれませんか?」

 

そして、この手を拒む理由は、どこをどう探しても見当たらなかった。仗助は西住の手をガシッと掴むと、いささか乱暴にシェイクした。こうも正面からかしこまって言われると、テレくさい。

 

「よ、よろしく頼むッス……それとよぉー」

 

明らかにテレをごまかすだけの行為ではあったが、持ったままの西住の手を上に持ち上げて、瞬間的に手を離し。互いの手の平を、音を立てて打ち鳴らした。ハイタッチというやつだ。

 

「アッ、痛ッ、イタタッ」

「ダチっつーならよぉー、こうするもんだぜーッ!

 昨日、『4号戦車』のキャタピラを狙い撃ちしたオメーの命令、

 グレートだったぜ、西住ッ」

「ううっ……ひ、東方くんこそ、

 まさかあんな方法で戦車を倒すなんて思わなかったよ!

 参考にするのは多分無理だけど、あの発想、スゴかったッ」

「次、『チリ・ペッパー』の野郎と戦ったらよォォーーー、

 グウの音も出ねーくらいボコボコにブチのめしてやろうぜ」

「ボコボコはイヤ。バッキバキにブチのめそう!」

「どう違うのかわからねぇーが!

 おめーの方がえげつねぇーぜ西住よぉー」

 

手を離して、周囲を見てみる。妙に感激しているのが三人。康一はわかる。あいつは感動場面に弱いから。というよりも、感動場面に居合わせることに憧れを持っていると思われる。秋山もわかる。多分、康一と似たり寄ったり。しかし、あの沙織の異様な浮かれぶりは何だ。両頬に手を当てて、一体何をもだえているのだ。麻子に尻を引っぱたかれて正気に戻ったが。西住にちらりと視線をやると、苦笑だけを返された。

 

「っつーわけでよ、もうちっとお茶しようぜ。

 アイスとかパフェのお代わり、注文しろよな。

 オゴりは期待すんじゃあねーぜ、あくまで各自だ」

 

二万五千円もする『バリー』のクツを買ったばかりで金がない。こんなところでツマラナイ見栄を張る仗助ではないのだ。予算としては、あと700円くらいか。財布の中身をのぞいていたら、いきなり秋山が立ち上がってこっちに来た。

 

「ああッ、思い出しましたよ東方どのッ!

 ゼッタイに言わなきゃならないこと、あるんでしたッ」

「なんだよ、オイッ、何だっつーんだよッ」

 

ズカズカと突っ込んできた秋山は、仗助の胸元にビシッと人差し指を突きつけた。

 

「東方どの。『4号戦車』の天蓋に取り付いたとき、

 アナタはご自身を『アベンジャー』に例えましたね?

 ソレはいいんですッ、私もシビレると思いますッ」

「そッ、それが、何だよ?」

「でも、東方どの……『アベンジャー』は……『アベンジャー』はッ!

 『アベンジャー』は、バルカン砲ではありませんッ!」

「なっ、何スってェェーーーー」

 

思わずノリで乗っかってしまったが、コレがそこまでして言うことなのか、イマイチわからない。秋山の顔は大真面目だった。

 

「そもそもバルカンっていうのはGE社が開発した

 ガトリング砲のひとつでしかありません!

 ハナッから別物なんですよぉ!

 『アベンジャー』を……『アベンジャー』の威力を知っていながら!

 こんな間違い、残念すぎるッ!

 不肖、秋山優花里。そんなアナタにA-10の資料を……」

 

(メンドくせェェーーーー何コイツッ チキショオオオオ~~~)

 

 

 

 

To Be Continued ⇒

 

 

 

 

 

西住みほ ―― この後、優花里をなだめてチョット静かにさせた。

 

東方仗助 ―― 逃げようかとも思ったが、みほが優花里を

        なだめてくれたので、ゲームの話に軌道修正。

        『METALGEAR SOLID』の話で

        盛り上がった。帰宅後、無断外泊のトガで

        母の朋子にシメられた。

 

秋山優花里 ― 暴走してしまったのを恥じつつ、

        『METALGEAR SOLID』に

        出てくるM1エイブラムスが、クレイモア地雷で

        速度が落ちることに不満をもらした。

 

虹村億泰 ―― 自炊生活について話し込み、アバウトな料理を

        していることに改めて気づく。しかし改める

        つもりはなかった。ウマければそれでいいのだ。

 

武部沙織 ―― 自炊生活の話から料理の話題に食いつき、

        『肉じゃがは男が好む料理なのか?』について

        聞き込む。また、仗助と優花里がゲームの話題で

        盛り上がっていたため、翌日学校で

        『MADGEAR SOLID』と検索。

 

広瀬康一 ―― 主に、億泰へのツッコミばかりをやっていた。

        沙織に料理の好みを聞き込まれる。

        犬の散歩をするため、ちょっと早めに帰宅した。

 

五十鈴華 ―― 自炊生活の話を聞き、男の料理に興味を示す。

        しかし億泰のアバウトな料理はマネできないと思った。

        この後、帰宅するまでにアイスを11個平らげた。

 

冷泉麻子 ―― 一人モクモクとアイスを食べ続け、

        たまに沙織にツッコミを入れた。

        翌日学校で、沙織に他人のフリをした。




これだけの人数を一箇所に集めて気がついたこと。
ヘタをこいたら、特定の人間ばかりがしゃべりまくって、
他が丸ごと空気になる!
億泰と優花里だけが暴れまくり、華さんも沙織も麻子も康一も、
あげくにみほも空気に押しやった初期案はゴミ箱へ。
やっぱり出す人数は絞らなきゃダメという反省。


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透明な赤ちゃんです!(1)

この話を投下してから、メインタイトルを変更します。
今後は、『GIRLS und PANZER with Unbreakable Diamond』となります。
安直なタイトルですが、『ノリ』と『勢い』で走るならこのくらいが
ふさわしいと思いました。


西住みほ(にしずみ みほ)は、あんこうチームの皆と杜王駅を目指していた。

 

「たまには息も抜かないとねェ~」

 

隣でゴキゲンにしているのは今回の仕掛け人、武部沙織である。音石明の事件から、今日で三日が経ち、戦車道の練習も再開している。ムチャクチャに破壊された4号戦車は東方仗助のクレイジーダイヤモンドで直してもらったため、部分的にはむしろ以前より調子がいいくらいだ。全国大会が迫る今、あまり遊んでいるヒマもないのだが、あんな大事件に遭遇してしまったのもあり、士気の低下がやや否めない状態なのも事実。そこで、沙織は町に出ることを提案。杜王町には大して馴染みもないが、事件で知り合った彼らに是非、案内してもらおう、というわけだった。

 

「電話したとき、チョット焦ってたけど。

 もしかして意識されちゃったかなぁ~」

「聞き飽きた。広瀬康一だろう?

 そもそもお前は意識してるのか」

「ソコはまだワカンない。

 でも、将来性ならコレ以上ないサイッコーと思うんだよねー彼ッ」

 

今回の沙織にはチョッピリ迷惑かけられた。彼女いわく『包囲作戦』だとかで、彼女自身は広瀬康一に電話をし、華には虹村億泰に電話をさせ、そして、みほには東方仗助に電話をさせたのだった。無理そうであれば優花里にお願いする、とのことではあったが、先方の親御さん相手に戦車トークを暴走させる姿を想像してしまったみほは、内心でため息をつきつつも二つ返事で引き受けてしまった。ちなみに、東方仗助の母は、話し方が明るくもやや攻撃的で、ちょっと怖かった。思い出すだけで、電話の声が脳内に再生される。

 

『チョット聞くけど!

 ウチの仗助が無断外泊したのって、もしかしてアナタのトコ?』

 

いいえ、と三回も連呼してしまった。事情を知っているだけに、うかつに口に出せない。東方仗助が代わってからは心底ホッと安心したものだ。

 

『案内? 構わねぇーけど。億泰に康一もか……

 とは言ってもよぉー、サ店とゲーセン、

 あとはウマいレストランくらいしか案内できねぇーッスよ』

 

マジメに応対してくれたので、みほもみほで希望は伝えた。具体的にはぬいぐるみを扱ってるトコロ。あんまし期待すんなよな、とは言っていたが、それなりに楽しみだったりする。

 

「ンーッ ナンダカンダ言いながら!

 みぽりんも楽しそうじゃないのー」

 

ニンマリしていたのを見られた。鎖骨のあたりを指でツンツンされる。

 

「なんだったらぁー、途中で別行動でも構わないんだよ。みぽりんッ」

 

冷やかすように言ってはくるが、正直、そんなこと言われてもなー、である。この『恋愛脳』さえどうにかなれば、沙織もパーフェクトなのだろうが。苦笑いでごまかしつつも、みほは別のことを思い出し、気にしていた。電話で、ついでとばかりに聞いたのだ。自分のスタンドについて。

 

『そーだな。スタンドの発現はキッカケだからよ。

 わかんねーものは仕方ねぇーぜ。

 だが、オレと康一は見てたぜ。おめーからスタンドの気配っつーか、

 エネルギーが立ち上ったのをよぉー。

 そいつが音石への怒りでもハッキリと形にならねぇーっつーんなら……

 なんか、引き金があるはずだぜ。おめーだけの引き金が。

 そいつを探すんだ』

 

自分の手を見る。重なって見えるような『何か』は無いし、感覚も変わらない。優花里のように遠くに行ってしまうケースも考えられるが、なんにせよ確信は得られなかった。そこで、ふと優花里に目をやって、意識を今に戻す。何やら慌てていたからだ。

 

「い、いない……点呼! もう一度点呼しますよぉ!」

『イチ!』

『ニー!』

『サン!』

『ゴー!』

『ロク!』

『シチ!』

「いない! やっぱり4がいない!

 どこでハグレたんですかぁーーーーーッ」

 

優花里は、みほとはまったく逆のことに悩まされていた。スタンドが発現したのはいいが、本体が知らない間にスタンドがどこかに行ってしまう。ために、こうしてマメに点呼をとらざるを得なくなってしまった。あの空条承太郎が言うには、スタンドに慣れておらず、制御しきれていないから、とのことだが。嘘か真か、承太郎のスタンド、スタープラチナは発現したての頃、暴力事件やら窃盗やらを繰り返しまくったそうで、それに比べればかなりマシだとも言われてしまった。

 

『そいつらは君だ。君自身であることを認識しろ。

 そして手足を動かすように、疑問を持たずに動かすのだ。

 信じる、と言い換えてもいいかもしれん。

 そうすれば、ムーンライダーズは君のものとなるはずだ』

 

真摯なアドバイスではあったが、それをすぐものにできるかと言うと話は別。優花里も、何かキッカケを必要としているのかも知れなかった。

 

「すみません、皆さん。私のスタンドがまたハグレました。

 先に行って下さい。探してきます」

「待って優花里ちゃん。まだ時間に余裕あるし、付き合うよ。

 スタンド見えないけど」

「ですが困りますね、これは……優花里さんの負担が大きすぎます」

「これではそのうち授業もサボるな」

 

みほのみならず、全員、優花里を心配している。スタンドが行方不明になるたび、優花里自身が回収に出向くしかない。ムーンライダーズ達に探させると、探しに行った彼ら自身が行方不明になるからだ。これではもう、常にかくれんぼのオニを強要されているに等しい。放っておくことは絶対にできない。知らないところで敵スタンドに遭遇して勝手に戦いを始めれば、優花里が突然ケガをするのだ。

『授業中、いきなり血を吹き出してガックリと机に伏せ、救急車で運ばれる』

こんなことがホントに起こりかねない。

 

「皆さん、ありがとうございます。

 ちょっと心当たりを聞いてみますね……

 みんな、4の行き先に心当たりはありますか?」

『空腹ヲ訴エテイタナ。

 杜王港ノアタリデ屋台ヲモノ欲シソーニ見テイタゾ!』

「空腹? ご飯は、他人丼をみんなで……おかげで一食分食費が多い」

『2ト5ノセイダッ! 4ヲ押シノケテ近ヅケナカッタジャネーカッ』

『ソレハダナ、新兵ニハ飯ノ量ヲアエテ少ナク!

 足リナイ分ハ現地調達トイウ教エガアッテダナ』

 

優花里が眉をピクピクさせていた。この三日間、こんな表情ばかりをしている。

 

「よくわかりました。全員、晩御飯ヌキ。2と5は明日の朝御飯もヌキ」

『エェ~~~ッ』

「黙って見ていたなら同罪です。騎馬隊の仲間なんでしょう?

 大事にできないとは言わせませんからねッ。

 もう一度聞きますけど1、杜王港前の屋台ですね?

 4の行き先はそこで間違いないですか?」

『杜王港ダト断言ハ出来ナイ。

 ダガ焼キ鳥カ、フランクフルトヲ当タレバ見ツカルダロウ。

 4ハ肉ヲ欲シガッテイタ』

「無銭飲食ですか、はぁ~~~」

 

スタンドは一般人には見えないし聞こえない。ゆえにスタンドが勝手に飲み食いをやるならば、必然、そうなる。

 

「みぽりん、なんだって?」

「一人だけ、オナカ空かせて何か食べに行っちゃったみたい。

 屋台の、焼き鳥かフランクフルトが怪しいって。

 肉を欲しがってたから、だって」

「把握した。すると杜王港前しかないな」

「私達のような『学園艦組』を相手にしてる、あの屋台ですね」

 

学園艦が寄港すれば、下船してくる学生や関係者を相手にした屋台がやってくる。これは別に杜王町に限った話ではなく、どこでもそうなので皆すぐにわかった。

 

「戻るなら、私もひとつ買いますね。食べたかったんです、牛タン味噌漬けのクシ焼き」

「華、さっき笹カマボコ食べてたんじゃ……いや、何も言うまい」

 

全員で来た道を引き返す。幸いと言うべきか、華にとっては不幸と言うべきか。杜王港手前の川あたりに来たところで、目的の相手をみほが見つけた。橋の隅っこでへたばっている。

 

「ど、どうしたの?」

『ハ、腹減ッタ……動ケネェ~』

 

優花里も、すぐに駆け寄ってきた。

 

「どうしたんですか4、しっかりしてください」

『シ、司令~、メシ、飯クレー』

「……? 『何も』食べてないんですかぁ?

 今まで、どこに行ってたんです?」

『飯、現地調達シヨート思ッタケド、

 宣戦布告モシテネー相手カラ略奪ナンカ出来ナカッタ。

 ソンナ事シタラ戦士ジャナクテ盗賊ニナッチマウゥゥ~~~』

 

馬ともども横倒しになっている4に、優花里の表情が柔らかくなった。彼らとて、他人を困らせるのに血道を上げているわけではない。優花里の友達であるみほが、それはよくわかっている。なにしろ、彼らは優花里自身なのだから。

 

「わかりました。事情は聞いてます。昼御飯は改めて出しますよ。

 行軍する必要はないから、私の中に引っ込んで休んでて下さいね」

『シ、司令ィィ~~』

「ただし、無断で部隊から離れたのも事実ですから。

 他のライダーズと同じく晩御飯ヌキですよ! 覚えといて下さい」

『……クスン』

 

どうやら一件落着だ。しかし、やり取りを見て、みほにも思うところはある。

 

「優花里さん」

「西住どの、何ですか?」

「その、番号じゃあなくって。名前、つけてあげない?

 このままじゃ、なんだか無理がある気がして」

 

口に出しては言わないが、まるで刑務所で囚人を扱っているように見えるのだ。懲罰的な台詞ばかり口にする羽目になっているから、なおさら。優花里は別に何も悪くないのだが。提案をされた優花里は、珍しく逡巡する素振りを見せた。

 

「……はい、実はイイ名前、考え中なんですよぅ~」

「そっか。名前がついたら、教えてね」

「名前ですけど、西住どのにチョットお願いがあるかもしれません。

 そのときは、相談に乗ってくれると助かります」

「相談? いいよ、いつでも来てほしいな」

 

話が終わり、よそに視線を向けたフリをして、優花里の様子を伺う。やはり、悩んでいる。スタンドとの付き合い方について。ライダーズ4を回収しながら、物憂げな目をしていた。

 

「戻る必要は無くなったようだな」

「だって。牛タンはまた今度ね、華」

「迷子が見つかったのなら何よりです。無銭飲食もなかったようですし」

 

ともあれ、これで元の予定に復帰できる。皆で駅に向かい、イロイロ案内してもらおう。元々、出てきた理由は気晴らしなのだから。自分達あんこうチームだけが出てきたわけではない。例えば、カバさんチームは『仙台城』に行くとか言っていた気がする。歴史大好きなあの人たちなら納得だ。私達も楽しもう。だが、気分を入れ替えた甲斐は、あまりなかった。

 

「……ンッ?」

 

華が、どこかのにおいを嗅ぎ始めた。そちらに向かって歩いていくようだ。

 

「どうしたの、華。そっちは駅じゃあないけど」

「その。『人糞』のにおいです。近くに突然、現れました」

「ジンプン?……ええと、その。『大きい方』のこと言ってんの?」

「はい。そして、ありえません。

 こんなに近くで『したら』、私達に見えていないはずがないんです」

 

聞き耳だけは立てていた優花里が、華の前に飛び出してきて、かばう姿勢をとる。同時に、ムーンライダーズが全員展開され、方陣を形成した。

 

「用心しましょう、五十鈴どの。スタンドの攻撃かもしれません」

「そうでしょうね。私もそれを警戒しています。

 目には見えず、においだけがある……正体は、何?」

 

神経を研ぎ澄ます華の眼は、みほを含めた全員が知っている。見えなくては手の出しようもない。華を守りつつ、ゆらりと歩く華の後に続く。

 

「これは。においはふたつあるッ!

 片方は移動している……遅い。這いずり回っているように」

「フツーに考えて。『した』方よね、そいつ」

「『ウンコをして、這い回る』。もしかしてそいつは小さくないか?」

 

ド直球で言うことを言った麻子に、沙織は思い切り顔をしかめた。が、何を言おうとしているのかがわかって、表情が驚きに切り替わる。みほにも、わかった。

 

「『赤ちゃん』がいるって、言ってるの?……麻子」

「それも見えないヤツがな。わからない、触って確かめないことには」

 

その次の瞬間に決定打がきた。

 

「エゥー、ダァ……ダァ」

 

言葉になっていない、意味をなしていない声。動物じみてはいるが、絶対に動物のものではない声。確信と同時に、みほは声に向かった。

 

「き、キケンですよ西住どのッ! まだ謎だらけなのにッ」

 

止める優花里の声を、みほは無視する。そのキケンな謎の中から、今の声はしているのだ。放っておけるわけがなかった。四つんばいになり、手を振り回して探す。そして、中指の先っちょに、何か触れた。手の平をあててつかむ。はっきりと形がわかる。抱き上げた。生命の重さが、そこにはある。

 

「み、みぽりん。もしかして……『いた』の?」

「うん、いたよ。暖かいし、生きてる。

 『透明な赤ちゃん』だよッ」

 

とんでもないものを発見してしまった。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




今回の話は多分、みほと優花里が中心で回ります。


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透明な赤ちゃんです!(2)

準備期間もなくイキナリメインタイトルを変更してしまい、スミマセンでした。お気に入りしていただいてる皆さんからしてみれば、お気に入りした作品のタイトルがいきなり変わったワケで、よく考えなくとも迷惑でした。次回からは、チョット考えて実行に移します。

今回は、麻子視点。


冷泉麻子(れいぜい まこ)は、またも襲い来た面倒ごとに頭を抱えた。

 

「状況を整理するぞ」

 

なんで自分が仕切りに入っているのか。『透明な赤ちゃん』などという、想像なんかするわけがない事態に皆パニックになりかけたからだ。沙織は、ケーサツ呼ぼう、などと言い出すし、華も華で、お母さんを探しましょう、と言い出した。みほと優花里は、ひとまず東方くん(どの)と合流しましょう、と顔を見合わせて言った。

 

「まず、ここにいるのは『透明な赤ちゃん』だ。

 どんな事情かはさておいて、みほの腕の中に、事実、いる」

 

みほは腕をゆすりながら、他の面子もウンウンと頷いた。

 

「沙織、警察を呼んだら、どうなる?」

「あっ……相手にしてくれるワケ、ない。

 で、でも! 最後の手段としては、そうするしかないと思うよ」

 

その通りではあるので、麻子も頷いて返す。話を続ける。今度は華に。

 

「どうやってお母さんを探す?」

「ええ。手段がありませんね。この透明をどうにかしない限り」

 

目標は、それでいいと思う。しかしそこに向かう手段がない。華もそれは、わかってはいたようだ。

 

「そして、このまま東方達と合流するのか?」

「は、はい! この状況、確実にスタンドの仕業じゃあないですかッ」

「うん。それに、地元の人の協力がないとツライと思う。

 場合によっては、赤ちゃんを預かってもらうことも考えないと……」

 

赤ちゃんのことを第一に考えているのは、やはりコイツだと思える美点だ。それはいい。だが、致命的な見落としがあることに、西住みほは気づいているのか。麻子は、みほの正面に回って、目をじっとにらんだ。

 

「例えば、だ。想像しろ。

 東方の家に『赤ちゃん』を持っていくんだ。お前がだ」

 

みほは考え込んでいる。ピンと来ていない。先に、沙織が青ざめた。

 

「死ぬわ、それ。社会的に死ぬ。

 ゼッタイにウワサされるわ、『デキちゃった』って。

 しかもあいつら不良ッ ヘンなトコロで信憑性バツグンッ!」

「……えっ、えぇ~~~~~ッ!?」

 

ようやく理解したみほが、素っ頓狂な悲鳴を上げる。さすがに、たまったものではないだろう。赤ちゃんを抱えたまま、ワタワタと取り乱しまくっている。

 

「ちょっと待って、ナンデそんな……いや、そもそも!

 ムリだよ! 物理的に不可能だよッ!

 出会って何日だと思ってるのッ?」

「無責任なウワサをする方はそんなこと知らん。

 とにかく、その手は最悪だ。それはわかったな」

 

みほは、ショボンと頷いた。だが、優花里の方がまだ納得していない。

 

「冷泉どの、それはわかりました。

 ですけどッ、合流して対策を話し合うのなら、

 そこまで危険はないと思うんですがッ」

「集まったところで、出来ることはたかが知れている」

 

優花里がムッと、不快感を表情に出した。東方達をバカにされたように感じたのだろう。違うのだ。能力の問題ではない。社会的地位の問題だ。

 

「私の考えを言う。この赤ちゃんは、空条承太郎に丸投げする」

「丸投げって……」

 

何か、みほが反対意見を言おうとしたところで、優花里が反応する。こいつは戦車バカではあっても、バカ者ではないのだ。

 

「何を言っているのかわかりましたよ、冷泉どの。

 スピードワゴン財団を頼るってことですね」

「あっ、問題ほとんど解決する、それ!

 スタンドを知ってるから、ちゃんと相手にもしてくれる」

「お母さんを探すにしても、私達よりもはるかに確実ですね」

 

自分達が音石明の事件に巻き込まれてから、空条承太郎は学園艦に滞在しており、彼のケータイ番号は戦車道履修者の全員が預かっている。こんな時に頼らずして、どうするのか。優花里も先ほど言っていたが、これは明らかにスタンドの事件だ。向こうとしても、断る理由はないはず。三人が賛同する中、腕の中でダァダァ言っている赤ちゃんを見下ろすみほは、罪悪感のような表情を浮かべている。

 

「赤ちゃんだぞ。私達の手に余る。わかるだろ」

「……うん」

 

…………………………

 

「使えないヤツめ」

 

麻子は思わず吐き捨てた。承太郎のケータイにかけたところ、結果は留守電。透明な赤ちゃんを拾ったので至急折り返して下さい、とだけ残し、かけ直してくるのを待つしかなくなってしまった。

 

「もしかして、留守電ですかぁ?」

「ああ、いつかけ直してくるか、わからん」

「困りましたね」

 

最短で引渡しに行く目は、これで途絶えた。折り返しが来るまで、どうにか面倒を見なければならない。みほが、おずおずと『何もない』腕の中を差し出してくる。

 

「この子……ハダカんぼだよ。何か、着せてあげないと」

「それもそうだし、その。ウンチぬぐってあげないとね」

「メンドー見るなら、買い物しなきゃ始まりませんねぇ」

 

財布を取り出しながら、優花里の目つきが少し鋭くなった。

 

「並行して、私がスタンドの本体を探します。

 見つけ次第トッちめて、『透明化』を解除させれば解決ですからね」

「それこそ東方達と合流してからだな。

 音石以上のヤバいスタンドだったらどうする」

「うッ、確かに」

 

麻子から見て、ここの所、優花里は少し危うい。スタンドなどという異能をいきなり持たされてしまったがために、負わなくてもいい責任を勝手に感じているフシがある。来るなら迎え撃つ、くらいでいいだろうに。承太郎の『おじい』……ジョセフ・ジョースターのことは、やはり少し恨んでしまう。

 

「あの、それですけど」

 

華がおそるおそるといった感じで進み出た。

 

「承太郎さんは言っていました。スタンドには射程距離があるって。

 そうであるなら、『敵』から離れれば解除されます。

 一度、思い切って遠くに行ってみるのも手かもしれません」

 

検討に値する話ではある。このまま承太郎と会う見込みが立たない場合であるなら。

 

「『敵』を刺激するな、それは。

 やるなら戦う準備が整ってからだろうな」

「そう、ですね。今、戦えるのは優花里さんだけです」

「麻子さん、華さん、優花里さん、私、思うんだけど」

 

さらに、みほが話に割り込んでくる。赤ちゃんは機嫌がいいようで、エヘエヘと笑い声がしていた。

 

「私ね、この子自身がスタンド使いじゃないかって思うの。

 お母さんと離れちゃってさ、この子、不安だよね?

 だから、怖い人を近づけないために、

 こうやって透明になってるんじゃないかって」

「なるほどな。ありえる」

 

みほの説なら、自分達が今、敵スタンドに攻撃されていない理由について説明がつく。『敵』からすれば、『敵』なるものがいるとすれば、今まさに攻撃を邪魔されているのに、その邪魔者に対し攻撃をしないという妙な状態なのだ。敵など最初からいない。ありえる。

 

「麻子さん。一足先に杜王駅に向かって、

 東方くん達に事情の説明、お願いします」

「どうして私が」

「スタンドと戦えるのは優花里さんだけ。

 赤ちゃんがはぐれた時に探せるのは華さんだけ。

 それと、買い物で事情をごまかしきれるのは沙織さんだけです。

 だから、行くのは私か、麻子さんです」

「仕方ない。行こう」

「み、みぽりん、サラリとヘビーな役目を……やるけどさぁ」

 

ここで断れば、赤ちゃんの世話が自分の役目になる。面倒くさがる気はないが、どう見てもみほの方が向いている。しかし、東方達もケータイを持ってさえいれば。そう考えてしまうが、陸では学園艦ほどケータイが普及しきっていないのだ。学園艦では下船時の連絡手段などで事実上の必須アイテムなので、少なくとも学生はみんな持っている。だが陸では、ケータイを忌避する学校が未だ一定数存在するし、持っていない学生も別に珍しくない。東方達は、別に持つ理由のない学生達のうち一人であるということだろう。こういう時は、それが恨めしくなってしまうが。放課後というのもあって、比較的体調がいいのは救いだった。みほ達から離れてツカツカと杜王駅まで足を進めている最中、電話が鳴った。承太郎からの折り返し電話だった。

 

『透明な赤ん坊、ということだったが』

「はい、透明です。おそらくスタンドです。

 私達の手に負えないと判断しました」

『賢明だな。遅くなってスマナかったが、俺はどこに行けばいい?

 その赤ん坊を引き取ればいいんだな』

「杜王駅でお願いします。東方くん達と待ち合わせています。

 私以外のあんこうチームも、赤ちゃんの服やオシメを買い次第、

 合流します」

『わかった。今すぐ向かおう。三十分後には到着する』

 

学園艦には当然、下船に伴う手続きもある。それを踏まえると、最短の線を承太郎は引いてくれたことになる。使えないヤツ呼ばわりは後で取り消すことにして、麻子も足を速める。そして、駅前の噴水広場で、彼らを見つけた。

 

「お? オメー、麻子じゃねぇーか。オメーだけかよ?」

 

このアホ面は一目見れば忘れるまい。虹村億泰だ。東方仗助に、広瀬康一も、後ろについてきている。くだらないやりとりをしているヒマはないので、本題を提示する。

 

「スタンド使いに遭った。私だけ先に来た……連絡のためにな」

「スタンドだと? まさか、チリ」

「違う。おそらく無関係だ。

 透明にするスタンドだ。赤ちゃんが透明になっている」

「赤ちゃんンンンーーー? なんだってそんなコトをよぉぉーーーッ」

 

私が知るか、と吐き捨ててやりたかった。コイツでは話が進まない。後ろの二人の方に視線をチラチラ投げる。東方仗助が、前に出てくれた。

 

「ソコはわかったけどよぉーー、他のヤツらは、今何やってんだ?」

「赤ちゃんの服やオシメを買いに行っている。丸裸だったからな。

 これから電話して、赤ちゃんを連れて来させる。

 承太郎さんもここに来る」

「ちょ、チョット待って、冷泉さん。

 赤ちゃんが攻撃されているの?

 それとも、赤ちゃんがスタンド使いなの?」

 

広瀬康一も、東方仗助に続くように聞いてくる。将来性どうこう、はともかく、頭の回転は速いようだ。

 

「どっちなのかわからない。

 ひとつだけ言えるのは、赤ちゃんは私達の手に負えない。

 だから、承太郎さんを呼んだ」

「なるほどな。そりゃ、そうなるッスよねェェ~~。

 グレート! オレでも途方に暮れるぜ」

「ン? どういうこと? 仗助くん」

「バカ、康一よぉ~考えてもみろ!

 ジョシコーセーが赤んぼ抱えて悩んでる!

 そいつを見てよぉ~、どういうウワサ想像するよ?

 オメーならよぉー」

「……た、確かにマズイね。

 承太郎さんに助けてもらうべきだなぁーーッ」

 

麻子は密かに眉をひそめた。前回の戦いでも見てはいたが。なるほど、こいつらはなかなかスゴイ。答えを最初に提示したとはいえ、そこにたどり着くまでの過程をほとんど埋めてしまった。

 

「そういうことだ。今から電話する」

「おう。アソビに行くのは赤んぼ渡してからッスねー」

 

ケータイを取り出す、電話をかける先は、沙織。時間的に、そろそろ買い物は終わった頃合だと思われる。店の場所はケータイで調べてすぐにわかったし、そんなに遠くもなかった。みほ達から離れる直前に、そこだけは聞いて押さえてある。しかし、なかなか出ない。コール音が10を超えた。留守番電話サービスに応対されてしまう……切る。

 

「どーしたよ?」

「電話に出てこないだけだ。もう一度かける」

 

虹村億泰に怪訝な目を投げられてイラッとしつつ、再度、沙織に電話をかける。コール音、8つ目。通じた。これで、全員合流して終わりだ。一件落着の気分で用件を伝えようとしたが、それより先に電話口でまくし立てられた凶報が、一瞬でそれを打ち砕いた。

 

「何だと? 風紀委員……そど子か? そど子がどうしたッ」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




どうでもいい余談ですが、ガルパンキャラをジョジョ絵に脳内変換しながら話を考えたり、書いたりしています。主に、第四部後半~第五部前半の絵柄で。なぜか秋山どのは断トツで脳内変換がラク。ドゥーチェとかダー様、カチューシャもスゴク想像しやすいけど、出番あってもはるか先。


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透明な赤ちゃんです!(3)

仕事で死にそうになっている今日この頃ですが、4部アニメでついに出てきた鈴美お姉ちゃんにはテンション上がってます。

今回は、秋山どの視点でお届けです。


秋山優花里(あきやま ゆかり)は、駅に着くまでが勝負だと思っていた。

 

(冷泉どのの言う通り、『赤ちゃん』はどうしようもないにしても、ですね)

 

スタンドの話を抜きにしても、迷子の赤ちゃんである。大人に預ける以外に何ができるというのか。せめて透明化を解除して、普通の赤ちゃんにしてあげたい気持ちは未だくすぶっているが、自分ひとりで敵の正体を暴き、倒せるなどと考えるのは自惚れだった。空条承太郎にすでに指摘されている。自分のスタンド、ムーンライダーズは防御力が皆無だ。ミニチュアの兵隊である彼らは、パワーの乗った攻撃を食らえば一撃でバラバラに砕け散ってしまう。それを七回繰り返さればあの世行き。いや、おそらく四回目あたりで肉体の損傷から戦闘不能になる。そして敵の正体を暴こうにも、彼らは勝手なことばかりする。超長い射程距離をフル活用して、勝手にヘンなところに行く。まずは、これをどうにかしなければ戦いにならないだろう。だから今は、空条承太郎に無事、透明な赤ちゃんを渡すこと。それがゴール。だが、それまでに。敵の襲撃があれば守り抜かなければ。そうなれば、戦えるのはスタンド使いだけ。つまり、戦えるのは自分だけ……

 

「優花里さん、怖い顔してる」

「……ハッ! な、ナンですかぁーー西住どのッ」

「怖い顔してる、って言ったの。赤ちゃんが不安になっちゃうよ」

 

不覚だった。考え事に熱中しすぎた。というよりも、スタンドに悩みすぎて思考が引きずられている。大好きで尊敬している西住みほの言葉さえ届かないほどに。

 

「スミマセン、西住どの。『敵スタンド』がいるとして!

 そのときマトモに戦えるかと思うと、不安になりまして」

「私も一緒に戦うよ。忘れてない?

 私にもスタンドは見えてるっていうこと」

「戦うって、西住どのは、まだ」

「黙っているつもりはないよ。この子をキズつけに来るっていうのなら」

 

優花里の言葉をさえぎって、みほは言い切った。スタンドの有り無しは無関係に、赤ちゃんを守るためなら戦うと。優花里は自分自身に問うた。西住みほを止めることは出来るのか。出来ないだろう。それはきっと、彼女の『道』を曲げること。

 

「それにね、『敵』を倒すのに、

 『探すこと』『防ぐこと』『攻撃すること』

 全部を一人でやる必要なんかないんだよ?

 優花里さんにならわかると思うけど」

「はい。私達がやるべきは『防ぐこと』です。理解していますよ」

「うん。もうひとつ聞くよ。スタンドを倒すにはどうすればいいかな」

「スタンドを倒すか、本体を倒せばいいですけど」

 

みほが何を言おうとしているか、わかってきた。戦えずとも、スタンドか本体を探すことは出来る。例えるなら、戦車を倒すのに戦車を持ってくる必要はないということ。『歩兵』は『戦車』に対してまったくの無力だろうか?

そんなことはない。地雷や無反動砲など『戦車』に効く武器を持っていれば別だし、あるいは後方に控えている自走砲に砲撃を要請し、何もさせずに『戦車』を倒してしまうかもしれない。

 

「西住どの、もしかして『スタンドか本体を探す』、

 って言ってますかぁ?」

「そうだよ。

 本体はもちろんだけど、スタンドだって探せない訳じゃあない。

 沙織さんや華さん、麻子さんにだって、

 スタンドが使われた『痕跡』くらいはわかるかも」

「で、ですが! お言葉ですが西住どのッ、

 今回のスタンドは『透明にする』能力なんですよぉッ!

 スタンドや本体だって透明になっているかも知れない。

 そうなったら、どうやって」

「見えてるんだよ。優花里さん」

「えっ?」

 

透明が見えるとはこれ如何に。優花里は素のまま聞き返してしまった。みほは、両腕をすっと差し出した。中にいる透明の赤ちゃんをあやすことも忘れず。キャッキャと笑う声だけが聞こえた。丸裸はどうかということで、応急処置的にハンカチだけが巻いてある。だが、それだけだ。ハンカチが巻かれた透明な何かであることは変わらない。

 

「どういうことですか西住どの、透明ですよ? 見えないですよね」

「見えないよね。スタンド使いにも、一般人にも見えないんだよね。

 ほら、『見えないことが見えている』。

 これは『見える』スタンドなんだよ」

「そ、それ、ヘリクツじゃあないですかぁー?」

「理屈だよ、優花里さん。だからもう沙織さんに頼んである。

 折り紙とか、そういう色つきの紙をたくさん買ってきて、って。

 『駅前まで紙吹雪をバラまいて歩くから』って」

 

今度こそ、優花里は理解した。みほの目論見を。

 

「……見える! 確かに見えます!

 巻いてあるハンカチが見えているなら、それで見えないわけがないッ!

 少なくとも、透明な物体が近づいてきたら、それでわかるッ」

「何事もなく駅前に到着して、承太郎さんに赤ちゃんを渡す。

 そのための手段としては、これで充分だと思う」

 

紙吹雪をバラまけば、透明な物体に引っかかる。紙吹雪自体はスタンドでも何でもないから、誰が見てもわかる。仮に透明な物体がスタンドの本体だとして、紙吹雪を透明にされたとしても、一部分で不自然に透明になる空間がハッキリと現れる。駅前までの安全確保という目的は、達成できる!

 

「問題は、紙を撒くのがご近所に超メーワクだってことですが」

「そこは東方くんを頼るよ。

 クレイジー・ダイヤモンドで紙を直せば、お掃除はすぐに終わるよね」

「さすがは西住どのッ!」

 

今頃クシャミしているんだろーなー東方どの。そんなことを思いつつ、不安がキレイに拭い去られたことに気がつく優花里。この作戦なら、スタンド能力に依存する部分がまったくない。本体が現れたなら『防ぐ』のは、当初の想定通りだから問題なかった。倒す必要はない。本体が現れたなら、ムーンライダーズで威嚇射撃して逃げるのだ。追って来られたとしても、逃げた先の駅前には、戦い慣れたスタンド使いが四人もいる。透明にするだけの能力だったなら、よってたかって叩きのめされ、それでオシマイだろう。偵察用ジープが主力戦車4台に囲まれるよりヒドイ戦力差に違いない。

 

「安心してね。コワイ人は、私達が近づけないから」

 

みほは、腕の中を軽くゆすり、右手で赤ちゃんの顔らしき場所をなでた。

アゥー、とか、そんな声が聞こえる。不快だとか、泣きそうな声ではない。

 

「承太郎さんに届け終わっても、それでサヨナラなんかしないよ。

 お母さんが見つかるまでは、私もあなたを守るから」

 

手に負えないと、冷泉どのも言っていたのに、この人は。でも、これが西住みほの『戦車道』であるのなら。私も同じ道を歩きたい。たどりつく先を見てみたい。優花里の心は、ジーンと熱くなっていた。そろそろ買い物も終わるだろう。明日からは、この赤ちゃんの様子も毎日見に行くようになるのだろうから、それを補える密度で戦車戦の練習をしなければならない。皆と相談しなければ。

 

「西住さん……何やってるんです?」

 

いきなり呼びかけてきた誰かがいた。振り返る。オカッパ頭で同じ制服。優花里も何度か見た事のある顔だ。風紀委員。これは間違いない。確か名前は。

 

「そ、そど子どの?」

「そど子じゃないッ! 園みどり子(その みどりこ)ッ!

 アナタも冷泉さんに吹き込まれたクチ?

 確か、秋山さん……いや、それは置いといて」

 

みほの前まで歩み寄ってくる、そど子。優花里は頭の中で謝った。

 

(ゴメンナサイ、『そど子』で固定されてます。

 せめて口には出しません)

 

だが、かなり面倒くさいことになったかもしれない。杜王町への停泊が長期になるとわかるなり、風紀委員では下船先での非行に目を光らせるようになった。そのため、こうして杜王町内をパトロールしているのだが、こんなドンピシャリのタイミングで捕まるとは思わなかった。

 

「西住さん、アナタは何をやっているんですか?

 さっきから見ていれば、わけがわからない……

 腕の中の『それ』は何?」

「えっ、それって、それは、その」

 

ちょっと前から見ていたらしい。ワケがわからないのも道理だった。そど子から見えるのは、何やらハンカチが巻かれた、透明で怪奇な物体だろう。

 

「ちょっと貸しなさい。これが何なのか、わかれば返すッ」

「ま、待って、ちょっと用意をさせて!」

「用意って何の話?

 風紀委員としてハイと言うわけにはいきません。ホラァッ!」

「やめて下さい、園どのッ! そんなことをしたらッ!」

 

優花里が止めても間に合わないし、みほが抵抗しても聞く耳を持たなかった。こともあろうにそど子は、みほの手から赤ちゃんを無理矢理取り上げた。手荒くふんだくったのだ。これが生き物だなどと、認識していない。さっきまでニコニコしていたであろう赤ちゃんのあたりから、大泣きが聞こえ出した。

 

「何これ? 生暖かくて、やわらかい?

 この泣き声は何? 一体どこから、どういう仕掛け?」

「赤ちゃんです! 透明な赤ちゃんです!

 今スグ返してくださいッ!」

「あ、赤ちゃんンン~ッ? 透明?」

 

みほが怒鳴った。今まで見たことがない、モノスゴイ剣幕だ。手中にあるものを『もの』だと思っていたら、知らず知らずのうちに殺してしまいかねない。赤ちゃんの未来が失われる瀬戸際かもしれなかった。

 

「あ、赤ちゃんだとして、だとしたらますます、これは何?

 アナタは一体ドコでナニをやってきたの?

 しかも透明って意味不明すぎるッ」

「まず返してくださいッ、話はそれからです!」

 

後ろの自動ドアがやっと開く。待ちに待ったというやつだった。こうなっては、頼れるものはあの人だけだろう。

 

「あのオヤジ、スキあらばモノ売りつけようとして。もォ~」

「親切が行き過ぎた感はありましたね」

 

ベビーグッズの雑貨店から、ようやく出てきた華と沙織。ここで頼るのは、もちろん沙織だ。

 

「武部どのッ、助けてください」

「えっ? 優花里ちゃんが私を見るなり飛びついてくるとは……

 もしかして私の時代、来てる?」

「それはチョット後にして下さい。マズイんですッ」

 

しかし、結論から言えば、遅かった。こうなる可能性は、想定してしかるべきだったのかもしれない。だが、敵スタンドから攻撃されるのを最も恐れたがために、結果的にほとんど無警戒となった。

 

「手、手がッ、手がァァァーーーーッ!」

 

そど子の二の腕から先が消えた。端から見ると、切り取られてしまったかのようだ。

 

「園さんッ、赤ちゃんをすぐ渡してくださいッ、私に!」

「何これ、何よこれ、手が消え、腕が、

 あっ、スカート……足ぃぃぃーーーッ!」

 

そど子が完全に消えた。空間から丸ごとえぐり取られたかのようにいなくなった。

 

「ス、スタンドは……スタンド使いは、赤ちゃんだったッ!

 そど子どのが消されたァァァーーーーーッ」

「何これ? 頼られたけど、どうすりゃいいのよ私?」

「この状況!

 とにかく、園さんを動かないように説得するのが第一だと」

 

華が、あと数秒早くこれを言い出していれば、これもまた違ったのだろう。現実は、誰一人として有効な行動を起こせないままだった。華が最後まで言い切るよりも先に、形容しがたい衝突音が響き渡った。音がした方角は大通り。ほんのわずかに間が空いて、ドチャッ、という聞きたくもない音がした。そして、十字路で右折待ちをしていた軽トラックの荷台が、唐突にえぐり取られて消えた。

 

「優花里さん、華さん、沙織さん! 東方くんをすぐに呼んで!

 そど子さんをお願いしますッ」

 

0.5秒ほどで正気に戻ったみほが、すぐに指示を飛ばす。自分自身は軽トラックに向かって走り出しながら。沙織も沙織で、買い物袋の中にあった色紙を、バリバリとちぎり始めた。

『透明人間の交通事故』!

そんなものに対策しているのは、世界広しと言えども自分達だけだろう。

 

「わかった、引き受けたよ! みぽりんは?」

「赤ちゃんを連れ戻しますッ」

「気をつけてね。

 チョットスミマセェェーン! ごめんなさァァーーーイ!

 通行止め、通行止めでェェェーーーーッす!」

 

軽トラックの荷台に飛び乗ろうとするみほを尻目に、沙織は作ったばかりの紙吹雪をバラまきながら路上にいろんなものを運び出し、車の往来を妨害しまくった。

 

「ナンだよコラッ! ザケてんじゃあねーぞ」

「仕事なんだよ、邪魔すんなよアバズレがッ」

 

当然ながら、次から次に飛ぶ罵声。だが車は止まった。誰がどう見ても普段通りではない程度に。これだけあれば充分だ。救急車の類も、いない。

 

「ムーンライダーズッ!

 今ここに止まってる車のタイヤ、

 全部狙い撃ちしてパンクさせてくださいッ」

『ヒャホホーイッ』

『腕ガ鳴ルゼェェーー』

『単ナル的当テデハナイカ。ダガ、ゴ命令トアラバ!』

「目的は、この道路で車両の通行を不可能にすることですッ、

 それ以上の破壊は許しませんよ! GO、GO、GO!」

 

ムーンライダーズがようやく活躍した。馬を走らせながら次から次に撃ってはリロードし、目的を達するまで一分もかからなかった。沙織に止められていた車のタイヤ全てがいきなりパンクし、動きようもなくなる。

 

「そして、こーなると!

 一番恐れるべきは、武部どのに怒りをぶつけられるコト。

 そんなコトを考えるヒマなんか与えないのが一番ですね。

 ライダーズ! 今撃った車の運転手を銃撃で脅して下さい!

 気絶するか、車から降りて逃げていくまで!

 キズをつけることは、一切禁止しますッ」

『アイサーッ』

『イエェェェス、マムッ』

 

二人一組、リーダー一人で作戦は遂行された。リーダーには、ライダーズの1を任命。周囲で連続して発生する謎の破壊に追い立てられ、ほうほうの体で車から這い出して逃げていく運転手達。

 

「なんだナンだよ何ナンだよぉぉぉーー」

「襲われてる。よくわかんねェーけど襲われてるよォォー

 助けてェェーーーッ」

 

運転手だけでなく、付近にいた人々も異変を察知して逃げていく。副次的な効果だったが、幸いだ。これで、そど子を探す邪魔になるものは無い。ムーンライダーズを引っ込めた優花里は、誰もいないとわかりつつ、口に出して謝った。

 

「ゴメンナサイ、ホントにゴメンナサイ。

 ヒトの生命がかかってるんですよぉー」

 

そして、それから30秒程度で、華がそど子を発見する。においだけではなく、紙吹雪が引っかかって、違和感からすぐに発見できたようだった。

 

「出血はそれほどでもない……脈も打っている。

 でも、それ以上のことがわかりませんね」

「あっ、麻子から電話来てた。これで東方くん達呼ぶね」

 

こちらはどうやら収拾できそうだ。フウッと一安心して、十字路を見やる。自分が銃撃を命じる前に、あの軽トラックはすでにいなくなっていたはずだが、みほは無事に赤ちゃんを回収しているのだろうか。

 

(……まさか。

 荷台に乗ったまま出発されちゃったんじゃあないでしょうねぇ)

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




ジョセフ相手に売りつけまくったあのオヤジの大攻勢は、
沙織には通じませんでした。大金星。
しかし、婚活戦士という弱点を露呈したら大敗確実でした。きわどい勝負です。


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透明な赤ちゃんです!(4)

今回、ちょっと短め。
その割には展開が速い。
後で加筆修正の類があるかもしれません。

みぽりん視点となっております。


西住みほ(にしずみ みほ)は焦った。

 

(は、走り出しちゃった~~~マズイッ)

 

軽トラックに飛び乗ったまでは良かったが、なんと直後に走り出してしまった。どこに行くかは不明。赤ちゃんをなだめて、早いところ飛び降りなければ。幸い、周りまで透明にしているおかげで、どこにいるかは丸わかり。軽トラックが透明にされている中心に、あの子はいる。しかも現在進行形で泣き声までしているのだ。

 

「痛かったよね、怖かったよね」

 

手を伸ばすと、伸ばした先から透明になっていく。何よりだ。赤ちゃんは間違いなくそこにいる!

触った手ごたえを見つけると、手の平全体で確かめる。そして、腕に抱え込んで抱きしめた。

 

「もう大丈夫だよ。ごめんね」

 

見える光景に、自分の姿がない。手足が見えない。全身、透明にされてしまったのだろう。奇妙な感覚だったが怖くはなかった。怖いというのなら、いきなりさらわれかかって、車に跳ね飛ばされたこの子の方が、よっぽど怖かっただろう。腕の骨が外れたりしているかもしれない。見えないままでは見てあげることもできない。まずは、安心させてあげること。自分自身の急いた気持ちを静めつつ、赤ちゃんをあやす。小さい頃、自分もこんな風に寝かしつけてもらったのだろうか。私は、追い出されたも同然で家を飛び出してきたけれど、遠い昔にお母さんが『こうやってくれた』事実は、変わらないままだろうか。そんな風なことに思いを馳せながら、背を撫で、頭を撫でる。

仮にこの子が『追い出されたのだ』としても、私がこの子を受け入れよう。大洗女子学園のみんなが、私を一人ぼっちにしておかなかったように。腕の中の温もりを感じながら、裸同然のこの子が冷え切ってしまわないように暖める。気がつけば、自分の手足が見えていた。腕の中の赤ちゃんも。みほは思わず、ニヘッ、と笑っていた。

 

「その、はじめまして。えーっと、あのね……

 顔を見るのが初めてだから。だから、はじめまして」

 

例えるなら、キャハァ~、だろうか。赤ちゃん特有の、文字に表しがたい奇妙な声が、喜びを歌っていた。

 

「私は西住みほ。あなたのお母さんにはなってあげられないけど、あなたの味方だよ」

 

見えるようになって、改めて観察する。美人な子だった。将来が楽しみになる。そして、懸念したような、車に撥ね飛ばされたダメージはないようだ。少なくともこの子に関しては、東方仗助にこれ以上の面倒はかけずにすみそうだった。今わかったが、女の子だ。その意味でも、あまり男の子には見せたくなかった。

 

「それじゃ、すぐにここを飛び降りるよ。

 大変な目に遭っちゃってる人がいるから、助けに行くんだ。

 ちょっと怖いけど、大丈夫だよ」

 

不安で周囲を透明にしている。それは確信できた。なら大丈夫だ。また透明になったとしても、私には安心させてあげられる。この子は私を信じてくれた。なら私もこの子を信じるまで。見る限り、軽トラックの透明化も解けている。ということは、そど子の透明化も今頃は解除され、他人の目に見えているはず。自分からわかる範囲では、最悪の事態は脱しただろう。

 

「それにしても、どこだろう、ココ……家がまばらだけど」

 

赤ちゃんをあやしている間に、かなり遠くに来てしまったらしい。後ろに、杜王町の中心部らしいところが見えてはいるが。周囲を観察するに、人の気配がほとんどないのが怖かった。どれもこれも立派な家なのに、人が住んでいる気配がない。

 

「あ、思い出した。戦車道の試合会場だった。

 最近、使えるようになったんだっけ……」

 

杜王町は江戸時代以前から続く避暑地である。仙台市のベッドタウンになった今もそれは変わらず、サマーシーズンだけ人がやってくる別荘地帯が郊外に広がっている。別荘地帯には、その他のシーズンには、ほぼ人がいないのだ。こんな好条件を、戦車道運営委員会その他が逃すはずもなく、杜王町に積極的なアプローチをかけ、実を結んだのが二年前。かくして、この別荘地帯は戦車道の試合会場となり、練習試合や、サマーシーズン手前に開催される戦車道全国大会では砲弾が降り注ぐようになったのだ。もちろん、破壊された建物は弁償されるし、破壊される側も夏にしか来ない別荘であれば、すぐに弁償されるならダメージはほぼない。むしろ無償で建て直してもらえるようなものだった。らしい。

 

(東方くん達はどう思ってるのかな。聞いてみよっと)

 

そんなどうでもいいことを、今考えてしまったのが運の尽きだったのだろうか。軽トラックが急ブレーキをかけて止まり、みほは荷台から放り出された。とっさに赤ちゃんをかばい、抱きしめたままゴロゴロ転がり、塀にぶつかって止まる。左肩に激痛が走ったが、かまっている場合ではない。慌てて身を起こすと、止まった軽トラックから男が降りてきた。三人。一人は明らかに日本人ではない。ついでに言えば、全員『カタギ』ではなさそうだ。

 

「ネズミガマギレ込ンデルジャネェーカ、コノチンピラ共ガ……」

「た、単なるメスガキじゃねぇーッスか。こんなのが探りに来るはず」

「ソレヲ決メルノハ俺デアッテ、テメージャネェーーーッ

 テメーカラ海ニ捨テテヤローカ?」

「わ、わかった。やるよ……アンタに逆らう気はねぇって!」

 

ノンキに向こうの話を聞いている場合ではない。みほは全速力で逃げた。逃げようとした。相手がただのチンピラであれば、これで逃げ切っただろう。だが、どうやら相手はチンピラどころではなかったようだ。足に焼け付くような痛みが走り、バランスを崩して転げる。男達を見た。日本人ではない男の手に、銃があった。本物か?それは、みほの足に空いた銃創が証明していた。

 

「う、うぐううううッ! こ、こんなッ!」

「オ膳立テハシテヤッタゾ。殺(バラ)セ! ソレデ忘レテヤル」

「ヘヘ! 方法はッ! 何でもいいんでしょうねぇッ?」

「サッサト済マセロ、ソレダケダ」

 

残りの男二人が迫ってくる。それぞれナイフを持っていた。ナメクジが這い回っているような、最悪に卑しい笑みを浮かべながら、来る。その数秒で、みほはすでに手を打った。後ろ手のケータイで、『助けて 戦車道 会場』と戦車道関係者全員宛に一斉送信をかけている。日常的にケータイでメールを送っている女子高生ならではの業である。沙織には及ばないのだが。

 

「お前、その手に何持ってんだァ?」

「えぇっ? その、これはッ」

 

みほはケータイのことを言われたと思い、そのために反応が遅れた。男の狙いは、みほが赤ちゃんを抱えた左腕。またも、みほは取り上げられた。

 

「ああッ! 返してくださいッ!」

「なんだこりゃあ? 生あったけぇ『何か』がいるぜ」

「オイ、フザケテンジャアネーゾ」

「マジですって! 来て下さいよ、触ればわかりますぜッ」

 

こんな状況になったからか、赤ちゃんは再び透明になっていた。そしてこの状況、自分だけ透明になったところで、彼女の気が治まるだろうか。そんなわけがない。怖い人の見本だらけだった。

 

「ひィィッ、ひギャアアアアアぁぁぁーーー!

 なんじゃこりゃあーーーーッ」

 

赤ちゃんを掴んだ男が、頭と両足首を残して透明になった。

誰にでも見えるスタンド!

当然、他の男二人も、その大異変を目の当たりにしている。

 

「What?」

「お、おい、なんだよそれッ」

「わかんねェーよッ、教えてくれよッ」

 

みほはこの一瞬で十数回は考えた。最適解は何か?

男に体当たりをしかけて、赤ちゃんを取り戻すか。駄目だ。赤ちゃんともども射殺される未来しか見えない。では、ボス格の男の銃に石を投げて取り落とさせるか。無理だ。そんなコントロールを自分に期待できない。

ああ、この距離から男の銃を直接殴ることができたなら!

そして、懊悩が成果を結ぶことはなかった。

 

「あっ、足首も消えるゥゥーーーーッ」

「放り投げろッ、そいつを放り投げろッ」

「ひ、ヒィィィィィーーーーーッ!」

 

男が、赤ちゃんを全力で遠くに放り投げたのだ。投げた方角は、崖。崖の先は海。数秒して、ボチャーン、という音がかすかに聞こえた。赤ちゃんが、海に落ちた。透明な赤ちゃんが、透明な水の中に。こんなもの、華の助けを借りても探せるかどうか。絶望が、みほの精神を席巻した。立ち上がろうとして、立ち上がれず、這って進む。あの子を助けなければ。

 

「おい、こんガキャ……投げ捨てても戻らねぇーじゃあねーかッ、

 どうしてくれんだよ、アァ~~ッ?」

 

全身のほとんどが透明になった男が、みほの進路をふさぐ。

 

「どいてください」

「どう落とし前つけんだって聞いてんだぞッラァッ」

「あなたなんかに構ってるヒマ無いッ!」

 

みほは立ち上がり、持ちうる全力でブン殴ろうとした。実際には立ち上がることもできず、拳を振り上げてもまるで届かなかったのだが。みほは、殴ったイメージを全力で叩きつけていた。それが現実であるかのように。そして、これが。これこそが。

 

「ごぶげぇッ!?」

「引っ込んでッ!」

 

スタンドの使い方だった。ある日、自転車の補助輪がいらなくなるかのように。ある日、逆上がりのやり方を感覚で理解するかのように。西住みほは、自身のスタンドを唐突に掴んだ。自分の身体から飛び出した人型は、クレイジー・ダイヤモンドと同じ近距離パワー型。全身ムートン素材で、目はボタン、耳はファー。アチコチ絆創膏だらけで今ひとつ強そうに見えないが、戦車砲すら防ぐ系譜のスタンド。拳銃なんか、脅威にならない!

 

「何ダ、何シヤガッタ!」

 

ボス格の男がすぐさま銃を撃とうとしてくるが、感覚で理解している。撃たれるよりはるかに前に、銃を持つ手を殴りつけ、蹴り飛ばせる。果たしてその通りになった。5m先にいても、こちらの方がよほど速い。安物だったのだろう銃はバラバラに壊れ、男もまた脚に首を狩られて起き上がらなくなった。

 

「う、うわ、うわァァァ~~~」

 

最後に残った男が踵を返して逃げようとするが、逃がさない。ここで助けを呼ばれたりしたら、今度こそ自分は詰む。突進する感覚を男にぶつけて、スタンドで殴り飛ばした。敵までの距離、およそ7m。ここがギリギリのラインのようだ。それ以上遠くには行けないことだけを確認し、みほはスタンドを引っ込める。

 

「射程、7m……これを使えば、助けられるかも。助けてみせる」

 

這いずって進む。崖に向かって。どこに向かって投げられて、どこに向かって落ちていったかは見ているのだ。赤ちゃんと同じルートを行けば、おのずと見つかる。余計な回り道をしている時間はない。

 

「近くの住所を確認。そして」

 

スタンドを使って回収してきた、男のナイフを手にとり、自分の後ろ髪をザックリ切った。それをスタンドに渡し、先に確認した住所の家のポストに突っ込む。

 

「で、みんなに住所を送る。ポストを見て、って。

 これで、出来ることは全部やった。あとは」

 

スタンドを呼び戻しながら、みほは自身の手首にナイフを当て。そのまま脈の付近をかき切った!

 

「色を、つけなきゃ……私は、華さんじゃあないから。

 こうでもしなきゃ、探せない」

 

崖の淵に到達したみほは、手首から血をしたたらせながら、ためらうことなく身を空中に躍らせた。

 

「絶対に助ける。だから、死なないで」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




次回は、みほの行方を追う人たちの視点です。
もしかしたら、今後しばらく、定期的な更新が厳しくなるかも……
『ノリ』と『勢い』ある限り、続けることだけは確かですけど。


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透明な赤ちゃんです!(5)

一週間空いてしまいました……面目ないッス。
その代わりになるかはわかりませんが、ちょっと長め。
仗助視点でお送りします。


東方仗助(ひがしかた じょうすけ)は、事の顛末を聞き取っていた。

 

「なるほどな……そりゃ無理もねェーってヤツだぜ。

 そうもなるってモンだよな」

「早く直してあげてください東方どのッ、

 大ケガしてるのは確かなんですよぅ」

 

まくし立てるように説明した秋山が急かしてくる。透明では容態がほとんどわからない。もしかしたら数分後には死ぬかもしれないところを、長時間放置などしたくないだろう。ましてやこんな状態では医者にかかるなど不可能。仗助以外に頼れるものなしと言ったところか。

 

「わかってるぜ秋山。だがよぉー、このままじゃなおせねぇ」

「なぜですかッ、まさか透明だから?」

「なおった姿が想像できねーのはヤバい。

 どんな形になおっちまうかわかんねーぞ」

 

クレイジー・ダイヤモンドも無条件で万能にものをなおせるワケではない。髪型をバカにされたりして極度にキレてる真っ最中など『相手が見えていない』ケースでは、変な形に直したり、異物を巻き込んで融合させてしまったりする可能性が付きまとう。透明なまま治したとして、治った姿が元通りのそれである保証が、ない。

 

「まだるっこしいコトしてんじゃあねェーぞ仗助ェーッ!」

 

後ろに控えていた億泰が、透明なケガ人の前に乗り込んできた。そしてザ・ハンドで近くの街路樹の根元から土を巻き上げる。

 

「見えねぇーっつーんならよぉぉーー、

 見えるようにしちまえッてんだよ!

 紙吹雪が見えてんだぜェェェーーーーー」

 

巻き上げた土を、透明なケガ人にぶっかける。盛られた土と砂煙で、形がクッキリと浮かび上がった。それだけで終わらず、ザ・ハンドは握り締めた土をボスボスと叩きつけるように塗りたくっていく。

 

「こーやって! 全身くまなく土を塗り広げてやりゃあよォォーー!」

「も、もういいぜ億泰ッ、だいたいわかった!」

 

大洗女子学園の制服を着た、おかっぱ少女の輪郭がはっきりわかれば充分だ。腕があらぬ方向に捻じ曲がっている。明らかに骨折だ。クレイジー・ダイヤモンドは、少女の影を元のあるべき姿に修復していく。

 

「セッカチなヤローだなぁーオメーよぉー。

 だがグレート。どうにか治せたぜ。

 チョットばかし土を巻き込んだかも知れねぇーが!

 そんくらいなら、しばらくすりゃ『代謝』で出て行く」

「頭使うンだぜぇぇー、この億泰さんだってよぉー」

「でかした。すまん」

 

同じく一緒に来ていた麻子が、億泰に4文字。それとこちらに3文字の言葉だけを投げると、元通りの形になった少女の影に歩み寄り、頬のあたりをパンパンと2回張った。

 

「起きろ、起きろ、そど子。昼を通り越して夕方が近いぞ」

「ハッ? れ、冷泉麻子ッ?

 そ、それと後ろにいるのは……『ゴジラ』と『キングギドラ』ッ

 『モスラ』もいるなんてッ」

「……は? 『ゴジラ』? 『キングギドラ』?」

「そこの不良二人のことよッ!

 74アイスでアナタ達がツルんでたのは知ってるわよ。

 警戒レベルMAXなのよッ、不良オブ不良ッ」

 

起きるなり、いきなりまくし立てるおかっぱに、仗助は億泰と顔を見合わせた。

 

「ズイブンなこと言うッスねぇー、まあ、わかるけど」

「『ゴジラ』と『キングギドラ』ってよぉぉー、オレはドッチだよ!」

「というか、『モスラ』? ぼく、もしかして『モスラ』?

 イト吐くの?」

 

ちょっぴりショックを受けたような顔をしている康一を見て、不覚にも一番シックリ来るなと思ってしまった仗助であった。もちろん『モスラ』が。

 

…………………………

 

「お礼は言っておきます。ケガが治ってるのはホントみたいだしッ」

「気にしねーでいいッスよ。えっと、そど子っつったっけ」

「そど子じゃなーいッ! 園みどり子!

 次言ったら、アナタの名前『ゴジラ』で決定するからね」

「オレが『ゴジラ』だったのね……あ、東方仗助ッス」

 

結局、説明にそれなりの時間を割く羽目になった。一般人相手にスタンドのことを説明するのもしんどいが、今回の透明にするスタンドに、ものをなおすクレイジー・ダイヤモンドと、何が起こっているのか比較的わかりやすい能力だったおかげで、説明が済んでみれば、割と素直にうなずいてくれた。

 

「承太郎さんも来てくださいましたし、そろそろ言い出しますけど……

 西住どのが、赤ちゃんと一緒に軽トラックの荷台に乗って、

 行ってしまったようなんですがッ!」

 

必死で口を挟む機会を伺っていたらしい秋山が、今さっき合流してきた承太郎をチラリと見ながら場に割り込みをかけてくる。そう、この場の危機は去ったというだけで、まだスタンドの脅威は継続中だ。そど子を見やる。土を塗られた部分以外は未だに透明だからわかりにくいが、決まりの悪い顔をしているようだった。

 

「まいったよねぇー、

 『右折待ち』だから多分、海に向かったってくらいしかわからないよ」

「土地勘がないと、どうしようもないですね」

 

沙織も華も、秋山同様、どこに行ったかなど、わかりようもないらしい。ケータイも鳴らしてみたが、反応がないという。土地勘がある仗助にしたところで、車一台の行き先を完璧に特定など、やりようがないが。サマーシーズン以外に海に向かう軽トラックに、仗助は心当たりがあった。

 

「秋山よぉー。

 『軽トラック』が『右折』していった、っつったよなぁー」

「はい、東方どの。その通りですけど。何か心当たりが?」

「あるぜ、心当たりがよ……警官だったッスからなぁー、

 オレのじいちゃんがよぉ~」

 

心当たりを、なるべく急いで、かいつまんで話す仗助。サマーシーズンには人でごった返す杜王町とその郊外だが、それ以外の時期では、人がほとんどいない場所も数多い。

 

「そんなトコロを狙ってよぉー、誰が何しに来ると思うよ?」

「恋人同士がヒミツの密会に……ゴメンナサイフザケました忘れて」

 

場違いなコトを抜かすな、という視線が集中したのに耐えられなかったのか、沙織は言いかけた言葉を引っ込め、両手を挙げて頭を下げる。

 

「ソッチの可能性もなくはねぇーし、

 ソレはソレで気マズイ事件になるだろーがよ。

 答えを言うぜ……」

「『死体』だな。ヤクザが『死体』を捨てに来る」

 

承太郎が、かぶせるように答えを言った。正解である。

 

「『焼く』なり『刻む』なりして、

 原型がわからないまでに処理した『死体』の、最終的な廃棄先だな。

 弱小の犯罪組織が、専門業者を用意できずにやる……

 いずれ足がつくパターンがほとんどだがな」

「み、みぽりんが……ソレに、乗り込んだって言うんですか?

 承太郎さぁん」

「そいつを聞くならオレだろうがよ沙織ッ

 オレに『そうだ』と断言できるワケじゃあねーが、

 『そうだ』としたらよぉぉーー、こいつは生死に関わってくるぜ」

 

気楽さが吹っ飛んでしまった沙織がこちらを見た。じゃあどうするのよ、と顔に書いてある。傍らの華が、それを直接言葉にした。

 

「どうしますか、私達はッ」

「他の可能性はまず捨てるぜ。追いきれねえし、きりがねえッ

 オレ達は今言った『最悪』を追う!

 違うっつーんなら、それはそれでいい!」

「チョット待ってよ仗助くん!

 他の可能性を捨てちゃったら、違ってた時!

 完ッペキ手がかりゼロになるよッ」

 

康一の突っ込みはもっともだ。むしろそれを待っていたとも言える。ここにいる土まみれの透明風紀委員に向き合った。

 

「園さんよぉー、風紀委員を動かせるかい?

 西住の行方について聞き込みができるんなら、ぜひ頼みてえんだがよ」

「引き受けます。結果的に私のせいだし、こうなったの。

 『荷台がおかしなコトになってる軽トラック』について聞き込めばいいわね」

「グレート! 頼んだぜ。オレ達が空振った時の命綱だからよ~」

「待ってなさい……アッ、ケータイが透明! どうすりゃいいの?」

 

意気込みながら引き受けてくれたそど子だったが、透明なケータイなんか使い物になるわけがなかった。それ以前に、車にハネられた衝撃で壊れているかもしれない。承太郎と華が、ほぼ同時に懐に手をやりケータイを取り出す。

 

「俺のを使った方がいいだろうな。

 君は戦車道関係者だ。連絡がそっちに来るかもしれん」

「確かに。ではお願いします」

 

承太郎は頷いて、そど子にケータイを差し出した。頭を下げたそど子はうやうやしくケータイを受け取り、おそるおそる番号を押し始める。

 

「というわけでよ。他の可能性は園さんに任せる」

「スピードワゴン財団にも話してみよう。

 透明にされて事故に遭う人間が、また出る可能性があるからな」

「千人力ッスよ、承太郎さん」

 

思わずウインクしてサムズアップの仗助である。望外の協力と言えた。大人の専門家が関わってくれるなら、そちらもそちらで遠からず痕跡を発見できる。

 

「『作戦』を言うぜッ!

 オレ達は今すぐ杜王町郊外の別荘地帯に向かう。

 オメーらには戦車道の試合会場って言った方がわかりやすいかな」

 

全員がうなずいたのを確認して、話を続ける。置いてけぼりが出たらヤバイ。

 

「そこから先は二手に分かれるぜ。

 『タクシー組』と『バイク組』に分けるぜッ。

 まず『タクシー組』からだ……

 『タクシー組』は海側の道路を進みながら周りを探ってくれ」

「見つけたら……『最悪の場合』だったら、どうするの。

 考えたくないけどさぁーッ、

 みぽりんがヒドイ目に遭わされようとしてるトコに出くわしたら!」

 

沙織が聞いてくる。『タクシー組』に回ることを今の時点ですでに確信している反応だ。

 

「そん時はよー、億泰、頼むぜ」

「あれ、オレ? じゃあオレのバイクはよぉー、どうなるんだ?」

「バイクにはオレと、もう一人が乗る!

 ヤクザなんかを相手にして力任せにブッ叩けるのは

 オレとオメーだけだからよ。

 オメーには『タクシー組』に残ってもらいてえ」

「お、おう。そういう事ならよぉー、わかったぜ」

 

億泰が納得したのに頷いて、仗助はさらに続ける。『タクシー組』の目的は、より広域を探す『バイク組』を補うことだ。『死体』を捨てに来る可能性が高い海沿いを念入りに調査することで、見逃し、取りこぼしを回避する。

 

「すると、『バイク組』はスタンド使いですね?

 それも、射程が長い……広瀬さんのエコーズか、

 優花里さんのムーンライダーズ」

「大正解だぜ、華さんよ。

 そして普通に考えてよぉー、ムーンライダーズを頼らねー手はねえッ

 射程距離がエコーズの20倍で、しかも集団で探せるぜ。

 コイツがマネできるスタンド使いは、オレが知る限りいねぇーぜッ」

 

一息で言い切って、秋山の方を見る。わずかにたじろぎ、不安を瞳に浮かべる秋山。承太郎が、とくに視線を向かわせることもなく言った。

 

「単純にスタンドの射程距離で言うなら、4km。

 これが、俺が知る限り最も長い。

 だが、ほとんど暗殺特化のスタンドでな。

 ものを探し回るには向かないだろう」

「な、何が、言いたいんですかぁ?……承太郎さん」

「俺のスタープラチナにも、仗助のクレイジーダイヤモンドにも。

 そして今言ったスタンド使いにも出来ないことが、君には出来る。

 単純な事実だな。それだけだ」

 

それだけ言って本当に黙ってしまう承太郎。精神論でも何でもない単純な事実であるだけに、秋山も受け入れざるを得ないだろう。理解したなら、あとは納得だ。

 

「頼む、秋山!

 オレのダチを探すのを手伝ってくれ!

 ヤベェー目に遭ってるかも知れねぇからよッ」

 

友達になってくれませんか、と言われて、その手をとったのだ。だから、白々しいかも知れないが、ここでは言わせてもらう。明らかに不安を顔に浮かべていた秋山は、見る見るうちにムカついた顔に変わる。

 

「……なんで、あなたに頭を下げられなくっちゃあいけないんですか?」

「いらねーっつーんならよぉー、そう言えよな。わかんねーからよぉー」

「西住どのがあなたにとって友達だって言うのなら、

 私にとっては、もっと友達です!

 あなたに頭下げられるまでもないんですッ」

 

ムーンライダーズが秋山の足元に展開し、一斉に銃を掲げた。おそらくは、本人の意思だ。秋山の意思と、スタンドの意思の両方が一致している。

 

「西住どのは、私が探します。私の意志で探すんですッ」

「グレートだぜ、秋山。そいつが聞きたかった」

 

闘志を燃やすように上目遣いでにらんでいた秋山が、二秒ほど停止してからハッとなり、表情が、また性質の違う怒りに変わった。

 

「あっ、の……ノセましたね東方どのッ!」

「こんだけ見事にノッてくれるとよぉぉー、快感だぜ」

「ズルイですよぉ!

 こんなの、ノセられるしかないじゃあないですかぁッ」

「腹は決まったろ? 行くぜ、時間を空けたくねぇーからよ」

 

ムスッとして、まだ何か言いたそうにしていた秋山だったが、それを聞いてやるのは後だ。視線が集まっていたので、もう全員わかりきっていることだろうが、言うだけは言っておく。

 

「『バイク組』は、オレと秋山だ。

 オレがバイクを転がして、秋山のムーンライダーズが広範囲を探すッ!

 じいちゃんから聞いてたポイントはいくつかある。

 そこを念入りに潰して回るぜ。

 それでも見つからなかったら、来た道を戻って『タクシー組』に合流する」

 

もちろん、警察の情報を直接握っているわけではない。じいちゃんにも守秘義務というヤツがあったはず。

『あのあたりには近づくなよ、マジにヤバイのが来るからなッ』

そう言っていたのを思い出して、そこを中心に探っていくというだけの話。

 

「全員、やることはわかったよな?

 すぐにでも出発するぜ」

「はいっ、東方どの。西住どのがいれば、作戦名もつくんですけど……」

「後でつけてもらえばいいだろーがよ、そのための作戦だろ?」

 

力強く頷いた秋山がついてくる。億泰が投げてきたキーを受け取り、足早に虹村家に向かうことにする。後ろから、承太郎が言ってくれた。

 

「こういう時のために、車を一台確保している。俺達はそれを使おう。

 タクシーの運転手にヤタラメッタラ注文つけなくてもいいようにな……

 お前たちは二人乗りだ。警察には用心しておけ」

「マジに助かるッスよ、承太郎さん!」

 

『タクシー組』に承太郎がいてくれる。それだけで何の心配もいらない。振り向いて頭を下げ、小走りになる。一瞬遅れて、秋山も同じ動作をなぞった。それからおよそ十分後。バイクの後ろに秋山を乗せ、海岸線に向かって速度を上げ始めている。虹村家までは走れば五分もかからない距離であり、バイクをさっさと引っ張り出して、さっさと乗ったのだ。

 

「せ、戦車よりも、やっぱり安定性が……

 無限軌道のバイクはないんでしょーかッ!

 そ、そう、ケッテンクラートみたいなッ」

「ヒマなこと言ってんじゃあねぇーぞ秋山ッ!

 ムーンライダーズはよぉー、ついてきてるか?」

 

背中にひっついてテンパッている秋山を、カワイソーだが急かすしかない。探索については、完全にコイツ頼りなのだから。

 

「は……はいッ、『時速60km前後』なら、問題なくついてこられます。

 バテたりしている様子も、とくにないですねぇ」

「グレート。つまり問題ねぇーって事だな。

 あとはスタンド同士の連絡さえ上手くいきゃあよォォー」

「それですけど、銃声を使います。

 どうせスタンド使いにしか聞こえないんですからッ。

 異常なしは二分おきに一発。異常ありなら即座に三発!

 非常事態発生中なら四発!

 だから別命あるまで攻撃行動は一切禁止ですよッ」

「何人かの銃声が混じっちまってワカンなくなる可能性ねーか?」

「そのために6方向に分けるんです。方角で聞き分けます。

 さらに言うなら、ライダーズ1を、そのための備えにします!

 最悪、ライダーズ1に確認に行かせるってコトですよッ」

「そーいうことなら、それで行こうぜ。ハグレることもなさそうだしな」

「それなら作戦開始ですよッ、GO! GO! GO!」

 

ムーンライダーズが隊伍を崩し、前に後ろにと散っていく。自分と秋山の乗ったバイクを中心に、およそ200m離れて各自が探索を行う形だ。そして六分……つまり、異常なしの合図三発ごとに、ライダーズ1から合図の一発を撃ち、集合。情報を共有、検討してから再出発を繰り返す計画である。当然、秋山本人と仗助も探索に参加する。バイクを転がしながら、海岸線のみならず無人の家も注意深く見る。異常なしの合図が三度出たあたりで、秋山のケータイに電話がかかった。そど子からだ。

 

「透明化が解除された、ですってぇ?」

 

現時点では、凶報と取るしかない。スタンドが解除されるには、本体が自分の意志で解除するか、何らかの理由でスタンドを維持できなくなるかの二つに一つだ。そして後者が起こる主な理由は……本体の死。そうなったとは考えたくない。そうなったとすれば、一緒にいる西住も、ほぼ確実に巻き込まれている。だが、死んだのではなく気絶してスタンドが解除されたとしても、危機的な状況にいるのは変わりない。これはかなり急がなければならなくなった。

 

「バイク止めて下さい、東方どの。

 ちょうど集合時刻ですから、ここで話します」

 

通話を終えた秋山に従ってバイクを止めると、ムーンライダーズも集まってくる。秋山が、ポケットの中に持っていた地図を広げた。

 

「『荷台がポッカリえぐれた軽トラック』が、

 勾当台二丁目の大通りで、かなりの人数に目撃されています。

 聞き込みなんかするまでもなく、風紀委員自身が目撃してたそうです」

「勾当台二丁目ぇ~ッ!? 全然ちげぇー方角じゃあねーかッ!」

 

勾当台二丁目は、杜王町のおよそ中心、やや北にあたる地域。当初、軽トラックが向かっていると想定した方角からすると、東西反対である。

 

「ですがそっちでも、別荘地帯の方に行ったって証言があったそうですよ。

 勾当台二丁目から別荘地帯に向かう大通りは、ほら、ひとつです」

 

地図を指す秋山の指先を追う。大通りは杜王町の北にある山に近づいていき、山の直前でT字に分かれる。そこを右に曲がれば、まっすぐ別荘地帯に入っていける。地元人である仗助には、どういう道路を通っているかも想像できた。

 

「『ポヨヨン岬』かよ」

「ハイ? なんですってぇー?」

「ちょいとオレ達……主に康一に因縁のある場所があってだな。

 まず念入りに探すとしたらよー、ココだろうぜ」

 

じいちゃんから聞いていたポイントのひとつが、その少し先にある。状況証拠的にも、可能性が高くなってきた。

 

「乗りなよ。そこまで飛ばすぜ。すぐソコだからよぉー」

「ンッ、待ってください。メール……西住どのッ!」

 

横からケータイを覗き込む。文字が見えた。

『助けて 戦車道 会場』

送り主は当然、『西住殿』。見間違いようもなかった。

 

「グレート……

 こんな前後のつながりも考えてねー文章を送ってくるってことはよー。

 かなりセッパツマッた状況に追い詰められちまってるぜ」

「助けてくださいッ、東方どのッ!」

「ならオレも言うぜ秋山よぉー、助けてくれッ!

 オレのクレイジー・ダイヤモンドの射程じゃあどうにもならねえッ

 西住を探し当ててくれッ、秋山! おめーが頼りなんだよ」

 

恐怖でいっぱいになりかけた秋山の表情が、半泣き程度にまで持ち直したのを確認してから、仗助は、一個ずつ一個ずつ、材料を投げて提示する。

 

「さっきの電話で軽トラックの針路はつかんだ。

 そして、西住に危険が迫ってることもわかった。

 さらに! 少なくともケータイが打てる。透明にはなってねぇ!

 つまりよ、どういう危険か見えてるってことだぜ。

 交通事故か、追われてるのか、そいつはわかんねーけどよぉー、『目立つ』ぜ。

 こんな誰もいねートコで、危険なコトが起こりゃあよー」

「見えている『危険』、見えている『人間』……確かに探せますッ!

 空き家の中を気をつける必要はあるけど、

 片っ端から窓をライダーズで蹴破ってやります。

 西住どのを追ってるような不審者がいれば、それで絶対に反応する!

 発見したら、さっきまでのルールと同じ。撃って知らせます!」

 

秋山は受け取った材料を組み立てて、戦い方を作った。ある意味で、あの空条承太郎に通じるような冷静な判断力を、コイツも持っているのだ。

恐怖に押しつぶされなければ、戦える。また逆に、戦えるなら恐怖せずに済む。

 

「乗れよ、秋山ッ!

 ここからはよぉ~、シラミつぶしだぜ!」

「必ず、必ず見つけますよ西住どのォーッ

 それまで持ちこたえてくださいッ!」

 

二人してバイクにまたがり再出発。それからわずか二分後に、西住の『いた』場所を発見するなどと、この時点では考えているわけもなかった。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




書きながら、この状況でみぽりんを探し出すのに使えそうな
スタンドを考えてました。

・ハーミット・パープル
・トト神
・ハーヴェスト
・ムーディ・ブルース

ものを探せるスタンドって案外少ない。


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透明な赤ちゃんです!(6)

透明な赤ちゃん回は、これにて〆となります。
みぽりん視点からのお送りです。


西住みほ(にしずみ みほ)は、みるみるうちに失われていく自身の体温を自覚した。手首を切って海に飛び込んだ。現在進行形で血液が流れ出ている。全身が水につかった状態だ。陸上にいる時よりも、水圧のせいで流出がさらに加速する。

 

(私は死なない。あの子も助ける。

 私が死なないための手は打ち尽くした……

 今は、あの子のことだけを考える)

 

塩水の中だが、目を開けている。痛くてたまらないが、おかげで意識が遠のかずにすむ。赤黒い色がついていく右手首の周りを、スタンドでかき集めて放つ。海の中なのだ。無尽蔵の水、水、水だ。四方八方に拡散させてしまってはほとんど透明になってしまう。一点集中で血を集め、ショットガンのように撃ち出して探すしかない。

 

(ハズレ。あそこにはいない。じゃあ、右!)

 

二度、三度、四度。繰り返す。発見できない。海底まではせいぜい4~5mほどだ。透明な場所ができれば違和感がはっきりとわかるはず。さらに言えば、投げられてから落着した場所までほぼ検討がついている。見ていたのだから。だが発見できない。赤ちゃんがあがいていて、移動しているというのか。可能性はある。

 

(苦しいよね。死にそうだよね。私が見つける!

 ここから陸に引き上げる!)

 

意志は決して揺らがない。五度目の血を絞り出して撃ち出そうとした。が、そこで意識の暗転が始まるのを自覚した。見れば、自分のスタンドも姿がかすんできている。スタンドのルールだ。知っている。スタンドがダメージを受ければ本体に跳ね返るように、本体のダメージはそのままスタンドへのダメージ。本体自身が死に近づいていけば、スタンドも死んでいく。当然の理屈だった。

 

(何もできないっていうの?

 あの子を、こんな冷たいところで、

 息ができないまま死なせるっていうの?)

 

五度目の血を放つ。放った先に目をこらす。見えるのは赤黒い空間だけだ。不自然な脱色は起こらない。動いているものが見えるが、あれはただのカニだ。小さなカニ。『見えている』ならその時点で無関係。

 

(待って。本当にそうかな?)

 

自身に問いただす。

『見えている』から無関係であるのなら、『見えない』のなら?

赤ちゃんは、近くにあるものを無差別に透明にした。なら、赤ちゃんの方から来た生物は、みんな透明になっているということに……

 

(ダメだッ、そんなものを探している時間の方がムダだよ!)

 

五度目も無駄弾で終わったことを確信したみほは、六度目を搾り出す。意識が一気に消えていくのを、頬の内側を噛みちぎって耐える。もう、見ている景色が夢なのか現実なのかもあやふやになってきた。海の中であるはずなのに、川の中にいるような気がする。昼下がりの快晴であるはずなのに、土砂降りの中にいるようだ。この風景をみほは知っている。去年の、あの日だ。私が居場所を失ったあの日。信じてきた戦車道がわからなくなったあの日。水底を見下ろすと、ほの暗い中に浮かび上がる、戦車のハッチ。助けようと思ったことが過ちだったのか。飛び込んだことが過ちだったのか。みほは、自分の顔面をスタンドで殴った。こんな状況で自身を哀れむ自分が許せなかった。前歯が折れて水の中にこぼれ落ちていったが、今はどうでもいい。ハッチに手をかけ、あの時のように助けた、などという幻だけは見るわけにはいかない。

 

(私が欲しいのは、あの子を『助けた』現実ッ、それだけのはず)

 

手元にかき集めた六度目を見下ろす。これが最後の一発だろう。これを外せば、そこから先は死の覚悟が必要になる。自分が死ねば、戦車道隊長を引き継げる人間はいない。大洗女子学園の戦車道全国大会は、始まる前に終わってしまう。だが、今ここで失われようとしている生命とそれを天秤にかけるなど、やはり、できない。

 

(なんでもいい。あの子に『色』さえついてくれれば)

 

冷たくて、苦しくて、今もあの子は透明になっている。でも、透明では助けの手を伸ばそうにも助けられない。だから伝えたかった。怖がらなくてもいいのだと。怖いのなら怖いと伝えてくれれば、私が助けに行くのだから。みほは、思考と視界が澄んでいくのを感じた。自分の気持ちの在り処がわかった。

 

(……私、あの子に自分を重ねちゃってたんだ)

 

思えば自分もそうだった。大洗女子学園に転入して、戦車道を避け、忘れようとした。今までの自分を『消し去って』、『見えないように』仕向けた。だから絶望した。戦車道の履修を強要されたことに。実家にケンカを売るようなことをしたくなかった。それもあるが、何よりも。逃げ出したぶざまな自分が、戦車道から逃げ出した自分が、戦車道の選手として皆の目に晒されるのが嫌だった。今も、あの話は誰にもしていない。生徒会長と優花里は多分知っているのだろうが。知ってしまえば手の平を返されるかも。そんな不安も抱えたままだ。でも、沙織と華は、ただ私のために、戦車道を強要する生徒会長に立ち向かおうとしてくれた。そして、戦車道で戦う決意を固めるなり、その場でついてきてくれた。みほの晒した傷跡を見て、全力で守ってくれたのだ。あの二人に、そんなつもりはなかっただろうが。今も信じてくれている。ついてきてくれる。自分自身をついに隠しきれなかった私を。私に。だから今、あの子の味方になりたい。透明になんかならなくていいと、身をもって伝えたい!

それでも透明でい続けて、そのせいで助けられないというのなら。

 

(私が取り戻すッ、あなたの本当の『色』を!)

 

そして途端に理解した。手首なんか切る必要はなかった。あの子を助けるための力は、もともとこのスタンドが持っていたのだ。両拳にセットされた、『RGBK』のカプセルは、そのためのもの。スタンドが、はっきりと形をとったのはついさっきのこと。だとすれば、スタンド能力にはきっと、『願い』が乗っている。そしてその『願い』の名が、たった今わかった。

 

「トゥルー・カラーズッ!」

 

『R』のカプセルがはじけた。水中の何もかもが赤く染まっていく。ただし、見えなくなるような色ではない。半透明だ。視界は塞がれずにすむ。『色を塗る能力』。この能力で使える色については変幻自在であるようだ。透明度も、濃度も思いのまま。破壊力も何も無い能力だが、今この場では最高の能力だ。目をこらす。今度は見えるはずだ。ここいら一体の海全てが半透明の赤で染め上げられているのだから。こうなってしまえば、発見できない方が難しかった。少し離れた位置に、透明になっていく一点が浮かび上がる。トゥルー・カラーズの7mの射程距離で無事に回収。回収と同時に浮上する。スタンドで赤ちゃんを持ち上げてやると、ゲッと水を吐き、その後、オギャアオギャアと泣き始めた。これも奇跡と言うべきかもしれない。水を飲み込んで気を失い、そのまま死ぬ可能性だってあったのだ。

 

「ごめんね、苦しかったよね。

 大丈夫。もう怖い人もいないし、苦しくも冷たくもならないよ」

 

赤ちゃんをあやしながら、今度は陸地に戻らなければいけないことを思い出す。崖から飛び降りたので、元いた場所には戻れないが、陸に上がれそうな場所までは、50mも泳げばたどり着く。それだけの体力は正直言って残っていないが、無理をしてでも戻らなければ死ぬだけだ。ふと、自分の飛び降りてきた崖に目をやる。誰かいる気配がした。向こうも同じように感じたらしく、顔を出して崖下を覗き込んできた。見間違えるはずのない顔だった。秋山優花里である。

 

「に、西住どのぉぉーーーッ! 大丈夫ですかぁーッ!」

 

直後、これまた見間違えるはずのない頭がヌッと現れた。東方仗助だ。

 

「西住よぉぉー、まず確認するぜ。赤んぼは一緒かよ?」

「うん、一緒だよ」

「シッカリ抱えて放すんじゃあねぇーぞ……

 クレイジー・ダイヤモンド!」

 

確認を最初にするなり、まったく期待通りのことを東方仗助はやってくれた。飛び降りる前に残しておいた、後ろ髪の束をクレイジー・ダイヤモンドでなおせば、あの音石明が乗り込んだ『4号戦車』の砲弾と同じように『直りに戻る』と考えて、みほは髪を残していった。東方仗助にもその意図はしっかり伝わっていて、みほの身体は崖上に引き寄せられて浮かび上がった。引き寄せが止まったところで、東方仗助と優花里の二人がかりで抱き止められる。

 

「ヨッ、と! あの『海』が赤くなったのは……って、冷てえ!

 なんだこりゃあ! 体温がねえし、顔色も真っ青じゃあねぇーかッ!」

「キズ! 手首に傷ッ! 崖に落ちてた血はコレだったんですかぁッ?

 それに足! 足のこの『穴』。これってまさか銃創?」

 

抱き止められるなり、二人にペタペタ触られまくった。東方仗助にはほっぺたとか額とか首の後ろを。優花里にはそれこそ全身を。

 

「コイツがどういうことかは直接聞くぜ、西住よぉー。

 まずは全身治っちまえ!」

 

クレイジー・ダイヤモンドのなおす波動に包まれると、海から血がたくさん飛んできて、手首の傷と一緒に体内へ吸い込まれて消える。改めて量として見せられるとゾッとした。確実に1リットル以上はあった。ついでのように、折れた前歯もくっつく。口を開くたびに悩むことはなさそうだ。

 

「あ、ありがと……」

「大体、今ので何があったのかわかっちまったけどよ。

 おめー、血で『色』をつけようとしたな?

 水に落ちた透明な赤んぼ助けるためによぉー」

 

今更隠すようなことでもないので頷くと、東方仗助はグレート、とうめいて天を仰いだ。

 

「ムチャクチャだぜ……あのよぉー、『海』だぜ?

 人間一人の血でまかないきれるワケがねぇーだろ!」

「で、でも。他に見つける方法がなくって。時間もなかったし」

「たはーーッ

 康一を助けに機銃の前に飛び出してくれた時も思ったけどよぉー

 とんでもねえ向こう見ズだぜ、このお方はよぉーーッ」

 

この物言いには、みほも少しムッとする。というより、悲しくなった。さっきようやく取り戻した、腕の中のこの子を助けに行ったこと。それそのものがバカげたことだと言われたように感じたから。それを感じ取られてか、優花里が表情を少し変えて、東方仗助に抗議しようとした。

 

「お言葉ですが、東方どのッ」

「チョット静かにしといてくれよ秋山。悪いけどよぉぉー

 ……ボチボチ立てるかい? 西住」

 

全身が治り、感覚も復活してきている。優花里と東方仗助の腕から離れて自分で立つ。まだ少しフラフラするが。

 

「オレからは、もう特に何も言わねーことにする。

 きっと『他にどうしようもなかった』だろうからよ。

 ならそれでいいぜ。納得する……

 だけどよ、こいつだけは聞かせろ」

 

口調は穏やかだったが、東方仗助の表情には有無を言わせないものがあった。

 

「見ず知らずの誰かのガキ一人のために!

 厄介な能力があって、ドコに持っていきゃあいいかもわからない

 ガキのためによ。どうしてそこまでしてやるんだ。おめーはよ」

 

その答えは、すでに得ている。たとえわからなくともそうしただろうが、今ははっきりと言葉にできる。

 

「伝えたかったの。この子に。

 『怖くないよ』、『一人じゃないよ』って。

 ……多分、私自身が救われたかったんだと思う。そうすることで」

 

蓋を開ければ、自分のため、なのだろう。他人を利用して、自分の傷をナメているだけなのかもしれない。だとしても『助けに行くことが間違いだ』なんて、絶対に思わない。自分はきっと、この道を曲げられない。その行く先が『戦車道』であろうと、なかろうと。

 

「そうかよ……」

 

表情を変えずに聞いていた東方仗助は、しばらく黙った。優花里が不安そうな顔になって、こちらと東方仗助の顔を交互にキョロキョロ見始める。そんなに考え込むような大したことじゃあない、と、みほが言い出そうとする直前、東方仗助は、羽織っている学ランをバサッと脱いだ。それを、みほの背に被せてきた。

 

「えっ、何?」

「塩水でズブ濡れだろーがよ、ンなカッコで連れ回したらよォォーー

 オレが悪者になっちまう……着とけ、ってことッスよ」

「よ、ヨゴレちゃうよ? 自慢の学ランなんだよね?

 塩まみれになって、洗うの大変だよ?」

「だから何だってんだよ。着替えるまではよぉー、貸しとくぜ……」

 

それだけ言って東方仗助は背を向けた。少し向こうに止めてあるバイクに向かっていく。みほは、学ランの袖に腕を通してみる。わかってはいたが、ブカブカだ。着ている最中、オシャレでついているアクセサリーがカチャリ、カチャリと音をたてる。丸の中に飛行機が書いてあるみたいなヤツとか、ハートマークとか。改めて見ると、恐ろしいまでの改造制服だった。

 

(東方くん以外には絶対に似合わないよね、コレ)

 

よくわからない。男の子って。ただ、彼なりに苦労をねぎらってくれたことは伝わった。バカにされたわけでもない。むしろ褒めてくれているようだ。ならば、感じる思いはさっきの逆。少し嬉しくなった。

 

「あ、車ですね。武部どのが手を振ってます!」

「来たか『タクシー組』……これで一件落着だよな。

 多分、西住がブチのめしたチンピラどももよぉー、

 承太郎さんに任せようぜ」

 

優花里の視線の先に目をやると、確かに車が一台、走ってきている。中から沙織が手を振っていて、他にも華、麻子。広瀬康一と虹村億泰。そして空条承太郎がいた。あんこうチームと杜王町スタンド使いチーム、勢ぞろいだった。

 

…………………………

 

二日後、透明な赤ちゃんの引き取り手が学園艦にやってきた。正確に言うなら、赤ちゃんの親が見つかるまでの間、面倒を見てくれる人が来てくれた。あの子のことなら他人事ではありえないので、みほも当然、その人に会いに行く。とくに誰に言ったわけでもないのに、あんこうチームが全員ついてきた。聞くところによると、その人は空条承太郎の母親で、『レッド・ホット・チリ・ペッパー』に狙われる可能性があるため、どのみち学園艦には一時的に引っ越してくる予定だったという。ともあれ、空条承太郎の母親なのだ。それなりに高齢であるはず。任せきりというのは避けて、手伝いには行った方がいいか。そう思っていたら、とんでもないものを目にした。

 

「アラ~、あなたがみほちゃんね。ナイストゥーミーチュー!」

「は、はい……よろしくお願いします。空条ホリィ、さん」

「ホリィでいいわよン、ホリィで。

 今日から私があの子のお母さん代わりなんだモノ。

 あなたがあの子のお姉ちゃんみたくカワイがってたのなら、

 家族みたいなものでしょ?」

「は、はぁ」

 

とても陽気な、美人のお母さんである。態度も物腰も柔らかなのだが、その実、モノスゴク強引だ。引っ張りまわされ、引きずり込まれる。空条承太郎とは丸っきり正反対と言ってもいい、このネアカぶり。承太郎は、どこでどういう影響を受けてああいう性格になったのか?

 

(……ああ、だから反発したのかも)

 

他人事のように、丸っきりの他人事を考えていると、沙織がハイ、ハーイと手を挙げて、かなり失礼な質問を繰り出した。

 

「ホリィさん! スッゴクお若く見えますけど!

 お歳はおいくつなんですかッ?

 承太郎さんのお母さんなんですよねグフッ」

 

麻子に鳩尾を思い切りどつかれた沙織は、言葉の最後で崩れ落ちた。ワナワナと膝を震わせて立ち上がる。

 

「な、何するのよぉ~~」

「いくらなんでもそれはない。ドン引きだぞ」

「仕方ないじゃないのッ!

 若き恋のアバンチュールのニオイがするのよぉ~」

「日本語で話せ。ここは日本だ」

 

失礼な質問を受けたホリィであるが、そんなやり取りを見てクスッと笑い。とくに気分を害した風もなく答えた。

 

「恋バナがお好き? なら後でお茶しながらお話しましょっか!

 それで、歳だったわね。55歳でェェ~~っす!」

「……えっ」

「若い? 若いでしょお~ッ

 ご近所でも評判なのォーーッ、『聖子さんお若い』って!

 アッ、『聖子』っていうのはね、

 ホリィを和訳して、みんなそう呼んでくれるのよ……

 って、どうしたの? ハトが豆デッポーくらったよーな顔して」

 

全員、絶句した。ありえない。みほの目から見ても、三十台後半にさしかかったあたりにしか見えない。それが、55歳。あまりにも無理がある。冗談ならそうだと言ってほしい。

 

「おふくろの言っていることは事実だ。

 強いて理由をつけるなら、ジジイのやっていた

 『仙道』の影響かもな……」

 

今まで、黙ってただそこにいた承太郎が、事実であると保障した。保障してしまった。この男がくだらないウソを言うはずがない。みんな知っている。ワナワナと膝を震わせていた沙織が、今度は全身をガタガタ言わせ始め、そして叫んだ。

 

「ロボだぁぁぁぁーーーーーーーーッ!

 ロボだコレぇぇぇーーーーーーーーーーッ!」

「アイル・ビー・バック。

 って、ロボ違うわよ。シツレーねぇ」

「人のおふくろをロボット呼ばわりか。やれやれだぜ」

 

赤ちゃんの心配は、いらなさそうだった。今言えそうなのは、それだけである。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




ジョセフが寝込んでいるので、引き取り手は当然彼以外。
アチコチを透明にする赤ちゃんに対応して面倒を見られるのは、
実際、ハーミット・パープルを使える彼くらいなのですが……



スタンド名:トゥルー・カラーズ
本体:西住みほ

破壊力:C
スピード:A
射程距離:C(7メートル)
持続力:A
精密動作性:B
成長性:B
(A―超スゴイ B―スゴイ C―人間並 D―ニガテ E―超ニガテ)

スタンド像の拳からペンキを発して色を塗りつけるスタンド。
ペンキはどんな色でも即座に調合され、透明度も彩度も明度も思いのまま。
塗りつけたペンキはスタンドが解除されない限り決して落ちない。
通常は、殴った場所にペンキを塗りつけるが、
拳のカプセルを割ることでペンキをブチ撒けることも可能。
スタンド像の射程距離は7メートルだが、
ブチ撒けたペンキの有効射程はおよそ20メートル。


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Inter Inter Mission 『ボコられグマをもらったッス!』

小話回です。
今回は登場人物をかなり絞ってます。
仗助視点でのお送りとなります。


「あ、そうそう。ミヤゲがあったぜ……」

 

東方仗助(ひがしかた じょうすけ)は、クマちゃんのヌイグルミを差し出した。差し出した先にいるのは、西住みほ。

 

「え? これは?」

「おめーよ、前回の赤ちゃん騒動でよ、

 フンだりケッたりだったじゃあねぇーかよ。

 ヤクザに絡まれたり、銃に撃たれたりよ……

 ちょっとくらいイイ目を見てもバチ当たらねーと思ってよ。

 買ってきたぜ」

 

普通の人間だったら人生が終わっているような不運だった。ギリギリのところでスタンドに目覚めなかったら、西住も実際にそうなっていたわけで、自分の身に置き換えて考えてみると『本気で戦慄する』(マジにブルッちまう)と言わざるを得なかったところだ。電話で、ヌイグルミの店に行くのをとても楽しみにしていたのはわかっているので、お見舞いにフルーツの盛り合わせを買っていくくらいのつもりで持ってきたのがこのクマちゃんのヌイグルミである。店主に聞くところによると、百年以上も前から通信販売されていたという、その割には何の変哲もないカワイイクマちゃんなのだが。

 

「ごていねいに男の子と女の子があってよぉー、

 とりあえず女の子の方を買ったぜ。

 両方合わせてワンセットかも知れねーけど、

 オレもあんましフトコロに余裕あるワケじゃあねえからな」

 

バリーのクツは安くない。いまだに仗助の財布は軽いままで、このクマちゃん一匹のためにパチンコ一回くらいはあきらめた。

 

「い、いいの?」

「いいんスよ。

 つーか、しばらく降りてくることもままならねーっつーんじゃあな。

 おめー自身で選んでなんか買いたかったんだろうけどよ、無理だろ?」

 

戦車道全国大会を控えて、放課後をフルに使って遊べる最後の機会があの日だったらしい。それがまとめてぶち壊しになった。あんな騒動の後では遊ぶどころの話ではなく、なし崩し的にその場で解散になってしまった。楽しみにしていたヌイグルミ屋に行くチャンスも今後まずない。ある意味でスタンド使いの宿命とはいえ、帰宅部の自分とは違って、部長みたいなものである西住にはたまったものじゃあない。埋め合わせくらいはあってもいいと思った。だから、スタンドでの戦いを教えるついでに、持ってきた。

 

「取っとけよ。

 リーゼントの不良がよぉぉー、コレ下さいって買ってきたんだぜ?

 イヤだって言われたら立場ねぇーッスよマジで」

「あ、あはは……でも嬉しいな。ありがとう」

 

買う姿を想像したのか、複雑な苦笑いを浮かべた西住だったが、クマちゃんを受け取ってニッコリと微笑んだ。受け取ってくれて安心はする。『いくらなんでも悪い、受け取れない』と言われる可能性が半々くらいだと踏んでいたので、そうであっても想定の範囲内ではあるのだが、不良の部屋に鎮座するクマちゃんのヌイグルミという事態はできれば避けたかったのだ。しばらく、手の中のクマちゃんをいじったり、持ち上げたりしていた西住は、出し抜けにこんなことを聞いてくる。

 

「でも、クマ……クマってことは。

 東方くん。すぐ近くにボコいなかった? 『ボコられグマのボコ』」

「なんスかソレ。

 なんかのマンガとかだったらよぉー、オレはちょっとわからねぇ……

 『パーマン』知らねーって最近バカにされたしよぉー」

「『パーマン』?

 あっ、知ってる……小さい頃、テレビでやってたかな。

 多分、東方くんも見れば『あぁ、これか』って思うよ」

「ま、べっつに知らなくてもいいんだけどよぉ~」

「『ボコられグマのボコ』も、見ればわかると思うんだよね。

 見たことないかな、包帯でグルグル巻きのクマのぬいぐるみ」

 

西住の説明を聞いて、ピンと来たものがひとつ。確かアレは、結構昔からある……

 

「わかったぜ。多分知ってるぜ。

 オモチャ屋とかにある、ズタボロなクマのヌイグルミだよな」

「あっ、知ってた……」

「オレよ、アレ、キライなんスよ」

「えっ」

 

言ってしまったところで、西住の顔が凍りついた。

しまった。地雷を踏み抜いたらしい!

もう少し、コイツの表情を見ながら言葉を選ぶべきだったか。だがもう遅い。うかつに足を離した瞬間、爆発は不可避だ。

 

「理由、聞いていいかな。

 見たことあるんだよね、テレビとかで」

「い、いや、知らねえ。見たこともねえ」

「それじゃあもっと納得いかないよ。

 見もしないで嫌うなんてヒドイよ」

 

西住の周りの空気が地鳴りのような音を立てているのを、仗助は確かに感じた。ヤバイ、こいつはヤバイ。一触即発、まさにそれ。

 

(ひぇぇぇぇ~~~ッ

 目がッ 目がニゴッてるぜ西住ィィィーーーーッ

 ニゴりすぎて底がわからねードブ川っつーか!

 落ちたら二度と這い上がれねー北極のバリバリ裂けたクレバスっつーか!

 触れちゃあならねーモノに触れちまったのかオレはァァ~~)

 

ちょっと気づかってみただけなのに、なんでこんな目に遭わなくてはいけないのか。だが、こいつに小手先のごまかしは通用しない。しばらく冷や汗をタラタラと流すだけだった仗助は、ハァ~ッとため息をひとつついて、しどろもどろに話し始めた。

 

「まずはよぉ、西住。オレのスタンド能力はわかるよな」

「クレイジー・ダイヤモンド。

 壊れたものをなおす能力。それがどうかしたの?」

「治そうとしたんだよ、オレは。ガキの頃によぉ~」

 

あまり話したいことではない。子供の頃の恥の話だから。それでも、話さないことには西住も収まってくれないだろう。マジメに話していることが伝わったのか、西住のニゴッた瞳が元に戻った。

 

「その頃のオレはスタンド能力を身につけたてでよ。

 能力を全然疑ってなかったぜ。

 なおせないモノはねーって本気で思ってたよな」

「もしかして……」

「オモチャ屋に飾られた包帯まみれのクマどもを見てよぉー

 ボコボコでよう、ボロボロでよう、カワイソーだと思っちまってよ。

 『オレなら治してやれるな』って思ったワケだ……

 で、どうなったと思うよ?」

「……治らないよね。『元からあの形』だもん。『ボコのぬいぐるみ』は」

 

やっぱりこいつは理解が早い。今の時点でオチも把握されてるんじゃあないだろうな、と思いつつ、話を続ける仗助。

 

「そう。元からあの形だからよ。なおしたってなおりようがない……

 だがガキのオレは物分かりが悪くてよぉ~~、

 必死こいて、それでもムリヤリ治そうとしちまった!

 その結果よ……『原材料まで戻った』」

 

どういう光景になったかを想像したのだろう。西住は顔をしかめながら視線をそむけた。おそらくそれは間違っていない。ムートンのシートその他とワタに変換されたヌイグルミは、元の形がわかっているだけに猟奇殺人じみた雰囲気を発したのだ。

 

「治すどころか逆にバラバラにしちまった。その上、店の品物だぜ?

 どうしようもなくなって逃げた。で! あっという間にじいちゃんにバレた」

「えっ、知られてたの? 能力が?」

「隠すなんて無理だぜ。ガキの時分じゃあよぉー

 ブン殴られたぜ! 自分から言わなかった。

 てめーのやったことに責任取ろうとしなかったってなぁー

 ヌイグルミを原材料に復元するなんざ不可能犯罪すぎるからよ、

 話はそれで終わりになったがな……」

 

これが理由だ。理由としては充分だと思う。食べ物だって、一番最初にマズイやつを食ったばかりに、死ぬまで『キライ』になってしまうこともある。『ボコられグマのボコ』は、仗助にとってはそれだった。それだけの話。

 

「ま、そーいうことで! あのクマは別に悪かねーけど、

 オレが個人的にキライなのは多分変わらねぇーな。

 なんとか理由をつけてみるんならよー、敗北感っつーか無力感だろーよ。

 クレイジー・ダイヤモンドでもどうにもならなかった

 最初の相手ッスからなぁー」

 

神妙な顔になっていた西住は、そっか、とだけ言って頷いた。そこで、『スタンド戦闘訓練』の準備をしてきた秋山と、飲み物を買いに行っていた億泰と康一が戻ってきた。見学に来たらしい沙織と華、麻子もヒョッコリ顔を出したので、話は途切れ、それっきりになった。

 

「つーかよ、おめーはさっきから物カゲにいたよな。沙織よぉ~」

「ビクッ! な、なんの話カナ~?」

「ワザトらしー口笛吹いてるんじゃあねぇーぜ! まぁいいけどよ」

 

だが、時間は飛んで、翌日。西住が出会い頭早々にヌイグルミを差し出してきた。昨日、キライだと言ったばかりの『ボコ』だった。

 

「おい、西住……」

「なおしてみて! クレイジー・ダイヤモンドで!」

 

言われるがままに、クレイジー・ダイヤモンドを使ってみる。『手ごたえ』があった。『ボコ』の包帯や絆創膏の下で、何か直っていた。手をかざすのをやめると、西住が『ボコ』の包帯をスルスルほどく。絆創膏まで取ってしまうと、タダのクマのヌイグルミになった『ボコ』がいた。クルクルと回してそれを確認した西住は、改めて『ボコ』を両手で差し出す。

 

「あげる! 大事にしてくれると嬉しいかな」

「お、おう」

 

断れないまま、もらってしまった。不良の部屋にクマのヌイグルミが鎮座する事態は、結局避けられなかったらしい。引っ込み思案かと思いきや、たまに思わず従ってしまうような強気を西住は見せてくる。複雑な顔をしていると、億泰が詰め寄ってきた。

 

「仗助ェェ~~~ッ 何プレゼントもらってンだよぉぉ~~ッ

 ヒトのことサンザン叱っといてよぉぉー、

 テメーだけモテる気かよチキショオッ」

「いや、コイツはちっとワケありで……

 オイ、泣くな! 泣くほどのコトかっての」

「イイ気になってんじゃあねぇーーぞ仗助ェェェーーーッ

 最近はコッソリ呼び出しとか、ラブレターとか、

 メッキリ見なくなったと思ったらよォォーー

 こんなトコで見せつけやがって!

 ウウウッ、オレだって、オレだってよぉぉぉ~~~」

「おいバカ、話を飛躍させてんじゃあねーッ」

「オレだってよ、モテてェんだよォォ~~、オロロォォ~~~ン!」

 

マジ泣きしている億泰は気づいていない。あんこうチームがすでに勢ぞろいしていて、生暖かい目でこっちを見ていることに。秋山までアキレた顔をしている。それを教えてやったら、近距離パワー型スタンド同士のラッシュ合戦になった。迫力のバトルなのに、視線がもっと生暖かくなって、いたたまれない気分だった。

それから色々あったが、その話は後に回すとして、その夜。

仗助は、自室のクローゼット内に『ボコ』をポンと置いた。表に出しておいたら、母に見られたときに何を言われるやら、である。西住がどういうつもりでコイツをよこしてきたのかというと、多分、『ボコ』がキライな理由を取り除くためだろう。秋山の『戦車』と同じくらい入れ込んでいるようだったから、口に出してハッキリ『キライ』と言われたのがショックだったのかもしれない。

 

(かと言ってよォォー、『キライ』じゃなくなったところで、

 コイツを『好き』になるかは、また別問題だよなぁー)

 

だが、小さい頃の治せないキズを、コイツを通してちょっとでも治せたのは確かだった。それについては感謝だな、と素直に思う。このために、わざわざ既製品の『ボコ』ではなく、『なおる』ように作られた『ボコ』を……

 

(アレッ? つーコトはよ、これってまさか)

 

この『ボコ』には元の形があって、それに西住が『手を加えて』から包帯を巻いた。だから、自分のクレイジー・ダイヤモンドで直せた。つまり。

 

「手作(てづく)……」

 

無傷のクマにハサミやらカッターやらで切れ目を入れていくニゴッた瞳の西住が、仗助の脳内にデカデカと映し出された。

 

(『女の子の手作り』ッ!

 この甘美な文句からよぉぉー、

 これほどオゾマシイ想像をしちまうとは……)

 

仗助は着替えもせず、電気もつけたままで布団にくるまった。

 

「か、考えんのや~めたっと。オヤスミー」

 

『ボコ』は黙して語らなかった。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒

 

 

 

 

東方仗助 ―― この後、『チャイルドプレイ』みたいな悪夢にうなされた。

西住みほ ―― ボコを嫌う人を一人減らせた達成感を胸に、

        グニャグニャしたスキップで自室に駆け込み、ホクホク顔で寝た。

虹村億泰 ―― 学園艦で買った『モテる男の料理道・一巻』を

        顔にかぶせたまま寝た。

武部沙織 ―― ヒドイ反面教師を見た気がしたので、寝る前にチョッピリ

        自分を見つめ直そうと思い、結局そのまま寝た。




キズだらけのデザインのヌイグルミとクレイジー・ダイヤモンド。
出会った時にどうなるかをふと考えたらこの話ができました。
次回は戦車戦の予定。敵味方ともにスタンド使いがいる模擬戦です。


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Inter Inter Mission 『星屑のカケラ、集めます!』

3つ目のエピソードの導入として書いていたはずが、
量が膨れ上がってしまい、エピソードの中間的な話になってしまいました。
秋山どの視点でお送りします。


秋山優花里(あきやま ゆかり)は、病院で老婦人に出会った。空条ホリィに連れられているその人の名は、スージー・Q・ジョースターと言った。

 

「あのッ! ジョースター、婦人……どのっ」

「シャチホコばらなくていいわよ。優花里さん。

 気軽にスージーQって呼んで」

 

ホリィには今まで言う機会を逸していた。だが、ジョセフの娘のみならず、妻まで現れた今、謝らないわけにはいかない。東方仗助には気に病むなと言われていたが、謝りたくて仕方なかったのだ。

 

「スージー、Q! さんッ! ホリィさんッ……

 ごめんなさいッ、ジョースターさんが昏睡したのは、私のせいでッ」

 

だが、言い切ることができなかった。言葉の最中に、スージーQがいきなり優花里の手をとったのだ。

 

「話は聞いています。我が孫、空条承太郎から。

 あの人から生命をもらったそうね。

 練り上げた波紋のありったけを、あなたに捧げたそうね」

「わっ、私が……自殺なんかしなければッ。

 『私だけの生命で済む』って思ったんです。

 私だけで済むんなら、それでいいって……

 それが、こんなことになるんならッ!」

 

優花里は気づくと泣いていた。今日に至るまで、優花里を責める人間はついに誰もいなかった。それだけに、優花里の罪の意識が納得する機会もなかった。罰を与えられてでも楽になりたかったのだ。ジョセフ・ジョースターを死の淵に追いやった事実から。涙が床に二、三滴落ちる。スージーQが、優花里のクセッ毛を撫でた。

 

「あなたは良くわかっているようね。

 その思い上がりに気づけたのなら、私から言うことは何もありません。

 そして……」

 

撫でた手がそのまま背中に回った。キュッと抱きしめられたことに、少しして気づいた。

 

「あの人がそこまでするわけだわ。

 怖さに勝って、友達のために生命を賭けられる子だもの。

 あなたはやさしい、勇気のある子。正しいことを信じて行える子。

 ウチの子に欲しいくらいよ」

「……こっ、困りますよぅ。お父さんも、お母さんも、いるんですよぅ」

「それなら、あなたは親御さんの誇りね。

 もう気に病むのはおやめなさい。

 私も、あの人が生命を賭けたあなたを誇りに思うのだから」

「ふぁ……ふぇッ……」

 

そこまで言われては、優花里ももう何も言うことがなかった。いや、違う! 『言葉にならない』これが正しい!

言うこと全てが涙に変わり、老婦人の懐に染み込んでしまったのだから。

 

「コラコラッ、鼻水はヨシなさい鼻水は!

 ローゼス! ポケットティッシュあったわよね、ポケットティッシュ。

 さっきもらってきたヤツ!」

「はい、奥様。こちらに」

「ずッ、ずビばぜェん」

「ホラホラ、鼻カミなさい、チーン!」

「グスッ、チーン!」

 

少し時間が経って振り返ってみると、まるで孫娘のような有様だった。使用人のローゼスが持ってきた鼻紙を、直接スージーQの手で顔に当てられていた始末。相当ハズかしい。優花里は赤面しながら、さっきとは別の意味で謝る。

 

「すみません、ご迷惑をおかけしましたッ」

「いいのよ、フフフ。思う存分泣いた後に、笑顔を忘れなければね。

 ローゼス! ソーダのボトルを持ってきなさい、人数分!

 さっき3ダース買ったガラスのヤツね……何って言ったっけ」

「はっ、奥様。ラムネのことでございますね。かしこまりました」

 

人数分というのは、七人分。スージーQとホリィ、それと、優花里を含めたあんこうチーム五人のことだ。戦車というのは一人でも欠けると戦闘にかなりの苦労を強いられるので、放課後の練習開始を二時間遅って、みんなでここにやってきていた。他のチームには迷惑な話だが、ジョセフ・ジョースターのことであれば、と皆が納得した。むろん、生徒会も含めてだ。

 

「車にシャンパングラスがあったわね。アレで飲みましょう」

「念のタメ言っとくケドね、お母さん。

 ビンのコーラみたいなモンよ、アレ!」

「あら、そうなの?」

「でも、シャンパングラスで飲むのもオイシそーッ!」

「そうよね、ホリィ! 私もそう思ってたのよォーッ」

 

きゃいきゃいと母子で盛り上がっているのを尻目に、優花里はあんこうチーム側に合流する。今まで、少し離れて立っていたのだ。みほが、まず迎えてくれた。

 

「よかったね、優花里さん」

「はいっ、許してもらえましたッ」

「元々、誰もお前を責めてない。気は済んだか?」

「済みました、冷泉どのッ」

「なら、私からも言っとく。あんなマネはもう二度とするな。

 私もキモが冷えた……忘れるなよ」

「忘れません、冷泉どの」

 

どうでもいい人間には無関心かつ辛らつな麻子が、ここまで言ってくれる。それが、たまらなく暖かい。この人を裏切りたくない。そう思う。

 

「あーッ 麻子がデレたーッ ゆかりんにデレたーッ」

「やかましい、病院だぞ」

 

これもちょっとした変化だった。透明な赤ちゃんの一件で沙織に泣きついてからだろうか。いつの間にか沙織からの呼び方が、優花里ちゃん、から、ゆかりん、に変わっていた。思えば、出会った当初には拒否感があったのだ。この人には。今まではそれを感じ取られていたのだろう。

 

「瞳の曇りが晴れましたね、優花里さん」

「ありがとうございます。五十鈴どの。

 今日から装填がもっと早くなりますよぉッ」

「うふふっ、楽しみです。私ももっと技に磨きをかけないと」

 

華も、一歩引いたところから常に見守ってくれている。実家から勘当されて、自分自身の悩み事も多いだろうのに、そんなことをおくびにも出さないこの人は強い。そして、それを言ったら、みほもまた事情は同じで……

こんなにも私を気にかけてくれる人たちを前に、たとえ『最適解』だとしても、あれは『愚か』な選択だったのだろう。また瞼が熱くなってきた。これはいけない。笑顔でなくては。もう充分に泣いたのだから。

 

「私も行く。いい機会だ」

「えっ、何の話? どしたの麻子」

 

今度は麻子が、優花里と入れ替わりになるように歩いていった。病院の中ではマズイと思ったのだろう、さわぐのをやめていたジョースター母子は、かしこまった様子の麻子に居住まいを正した。

 

「さっき、優花里が謝ったが。

 ジョースターさんが昏睡するように仕向けたのはむしろ私だ……です。

 『お前のせいで仲間が死ぬんだ』と、ジョースターさんをなじったのは私です。

 あの人は何も悪くなかった。生命を狙ってきた悪党だけが悪かったのに、

 私は理不尽な文句をぶつけた……ごめんなさい」

 

深々と頭を下げて、麻子は顔を上げない。ホリィか、スージーQのどちらかが何か言うまで、ずっとそうしているつもりなのだろう。呆気に取られたようにしていたスージーQが、やがて感心したように手を叩いた。

 

「あら……あら、まぁ!

 クールですましたように見えて、スゴク熱い子なのねぇッ!

 ねぇホリィ、承太郎の学生時代みたいじゃあない?」

「ウン、お母さんの言いたいことはわかるわよ。

 でも承太郎は反抗期のマッタダ中だったじゃないのー、

 コンナに落ち着いてないわよー」

 

麻子はじっと、顔を上げずにそのまんま。回答らしい回答が、まったく返ってきていない。多分、かなりイラッとした顔をしているだろう。少しして、イケナイイケナイ、とばかりに麻子の前に立ったスージーQが、顔を上げるように促す。

 

「謝罪は受け取りました。でも、それこそ気にする必要のないことだわ。

 あなたがそう言わなくとも、あの人は優花里さんを助けに行ったでしょうもの。

 ですから、理不尽を言った謝罪のみを受け取ります。あとは無用です」

「そう……ですか。すみませんでした」

「麻子ちゃん、カタイ、カタイ! 素でイイのよ?

 ブッキラボウなのはウチの子で慣れてるモノ。私もお母さんもッ」

「ホラホラ、ローゼスがラムネ持ってきたわよ。

 飲みましょ一緒に! 皆さんもいらっしゃい! コッチコッチ!」

「お、おぉう……」

 

ホリィとスージーQに引きずられてテーブルのある席に持っていかれる麻子の姿が、まるで『ロズウェル事件の宇宙人』のようだと優花里は思った。

 

…………………………

 

「やかましいッ! うっおとしいぞこのアマッ!」

「アハハハハ、ソックリ、ソックリよホリィ! グーよ、グー」

 

シャンパングラスに注がれたラムネを傾けながら、今は承太郎の学生時代の話題に花が咲いている。麻子が承太郎の学生時代みたいだ、という発言をキッチリ耳に留めていた沙織が、『興味がありますッ!』と、かなり強硬に聞き出そうとして、ジョースター母子はイヤがるどころかむしろノリノリでそれに応じたのだ。聞くところ、確かに似ていなくもない。酒もタバコもやりたい放題の大変な不良で、普通なら放校まっしぐらであるのに学業面ではトップを入学から卒業まで突っ走り続けており、誰も文句が言えなかったらしい。むしろツマラナイことで文句をつけた教師の方が二度と学校に来なかったという。不良の方向性こそ全然違うが、教師を歯牙にもかけない点では同じと言えようか。

 

「わ、私はそんなこと言わない。おばあを困らせたりはしないぞ……」

 

冷や汗をかきながら、なんだか少し切ない目をしていた麻子は、直後、沙織に遅刻日数を暴露され、その額を無言で引っぱたいた。それを見てホリィとスージーQはもっとアハハと笑う。

 

「安心してネ。あの子の心の底にはいつだって優しさがあるもの。

 ……スタンドのことがわかるなら、話しちゃってもいっか」

 

そう前置きしてから話されたのは、空条承太郎がスタンドに目覚めた当時のこと。自分の背後にいて、暴力事件や窃盗を繰り返すそれを見た承太郎は、『悪霊に取り憑かれたのだ!』と考え、自ら留置場に引きこもったのだという。

 

「『俺の後ろに誰かいる。だから俺を檻から出すな』

 人をキズつけたくなかったのね」

「悪霊。それが、承太郎さんのスター・プラチナ……ですかぁ」

「承太郎さんには、スタンドを教えてくれる人もいなかったんだね」

「正直、あの承太郎さんが悪霊くらいでまいってしまうとは思えませんが」

「逆に除霊しそう……って、しようとしたのか。もしかしなくても」

「当時はみんなと同じ年頃よ。忘れないであげてね。

 で! コレよコレ。校舎半壊事件!」

 

その後、ジョセフ・ジョースターが連れてきた先生によってスタンドを教えられた承太郎は、留置場を出て学校に行くが、そこに突如として、転校生がスタンド使いとして現れた。悪い人にだまされて承太郎の生命を狙いに来た彼は、保健室で承太郎に襲い掛かり、激しい戦いの結果、校舎の一角が使い物にならないレベルで半壊してしまった。らしい。

 

「アレはホントに退学の危機だったわねぇー」

「ひっ、ヒトゴトみたいにオッシャッてますけどッ!

 何そのジャンプマンガ!」

「ちなみにコレが件(くだん)のカレね♪」

 

ツッコミの仕草をしながら騒ぎ立てる沙織だったが、手荷物の中から写真立てを取り出して指差すホリィにアッサリ態度を変えた。ものすごい勢いでそれをブン取る。

 

「びっ、美形! イケメン! スッゴイ耽美ッ!

 女のコみたいに細い腰ッ! こんな美男、いていいの?」

「落ち着け」

「はぐッ!」

 

沙織をまた引っぱたいて写真立てを取り上げた麻子は、それを丁寧に机に置いた。砂漠に写る五人の男に一匹の犬。一人はジョセフ・ジョースター。一人は承太郎。十年前だけあって、承太郎にはまだ少年の面影が感じられる。ホリィが指差していたのは、承太郎の隣に立っている……確かに耽美な美男だった。触れたら砕けてしまうような繊細さを、優花里も感じた気がした。

 

「確かに綺麗な殿方ですね。

 華美ではなく、内に秘めた気品が見える気がします」

「そうだけど、この髪型スゴイね。

 華さんの、いつも飛び出してるクセッ毛を数十倍にして、

 真ん中からヘシ折ったみたいな……」

「モノスゴイ表現をしますねぇ西住どの。

 ま、それ以外に言いようがないですケド」

 

承太郎とジョセフ以外は、モノスゴイ髪型の見本市だった。犬は除く。これに比べれば、リーゼントなんかありふれているだろう。

 

「で! このヒト、今どちらで何をなさってるんですか?

 多分、承太郎さんの友達になってるんでしょうけど!」

 

復活してきた沙織は、身を乗り出してホリィに聞く。どうも好みのド真ん中に直撃したようだ。それを見たホリィは、やさしく微笑みながらもわずかに俯いた。

 

「ええ、友達よ。承太郎の大の親友。

 今も毎年、お墓参りを欠かさないくらいのね」

「お墓……」

 

『整理券16番でお待ちの方、受付までお越しください。整理券16番でお待ちの方……』

 

「奥様、お嬢様」

「あら、残念。私から話せるのはココまでね。

 あとは承太郎か、お父さんに聞いてね」

「皆さん、残りは飲んでいってちょうだい。

 後片付けはローゼスに言えばいいからね」

 

席を立って奥に向かおうとするホリィとスージーQ。優花里としては、置いていかれるわけにはいかない。

 

「ちょ、チョット待ってくださいッ

 私達も、ジョースターさんが昏睡から醒めたって聞いて来たんですよぉッ

 お願いです、一緒にお見舞いしたいんですッ!」

 

だから、練習開始を二時間も遅ってここに来たのだ。優花里自身、当の本人にも謝るつもりでここに来た。ここで帰れでは納得できない。が、ソレに対するスージーQの返事は、優花里の想像を超えた。いや、考えてみれば材料はすでに揃っていたのだが。

 

「オホン……何を勘違いしているのでしょうね。

 私があの人のお見舞いに来たと、そう思っていたの?」

「えっ、違うんですかぁ? じゃあ、何……」

「私は、浮気をしたフラチ者をトッチメに来たのです。

 いえ、元はタダのお見舞いのつもりで来たのですけれど……

 浮気相手の顔をタマタマ見かけてしまったら、

 ムカッ腹が収まらなくなりました。血の復讐(ヴェンデッタ)です」

 

言われて優花里も思い出した。あんこうチーム全員が思い出したことだろう。東方仗助はジョセフ・ジョースターの息子。そして、ここにいる空条ホリィもジョセフ・ジョースターの娘。空条ホリィの母親は、目の前のスージーQ。東方仗助の母親は、この杜王町にいるまったくの別人。そして、東方仗助は、生まれてこの方ジョセフに放っておかれ続けた。なぜか?

その答えが、今の返事にすべて詰まっていた。

 

「……や、ヤリスギは私が止めるからネー。バーイ♪」

 

スージーQの後を追って、逃げるように去っていったホリィの後には、

あんこうチームと使用人ローゼスだけが残された。

 

「つまり。ただの不貞だったのですね。深い事情があるのかと思っていましたが」

「モノスゴく見損なったぞ、帰ろう」

「さすがの私も擁護不能ですねぇーコレは」

「浮気だけは無いわ。ウン……

 東方くんにはチョット優しくしてあげよっと」

「やめた方がいいと思うな沙織さん。多分、スゴく嫌がるよ。東方くん」

 

ローゼスがすごく何か言いたそうにしている。長いこと仕えているのだろうから、無理もないだろうが。だが優花里も含めて、あまり気をつかう義理を感じない一行だった。

 

「飲みかけのやつ、片付けて帰ろっか」

 

みほが、ラムネのビンをまとめ始める。片付けは自分が請け負うのだと制止してきたローゼスにはシャンパングラスの片付けだけを素早くお願いし、他はあんこうチームに割り振っていた。優花里は未開封のビンを任されたので、少しぬるくなり始めたビンを手づかみし、結露の冷気を感じて一息つく。なんだか色々ありすぎたが、まだ戦車戦の練習と、加えてスタンド戦闘の練習まで控えているのだ。目を閉じてもう一呼吸。これで気合を入れよう。

 

――ラムネが吹き上がった。

 

何を言っているのか、これでは何もわからないだろうが、優花里にも何が起きたのかわからなかった。ただひとつ理解できたのは、ジェットのように噴射されたラムネが霧になってそこら中に飛び散っている。それだけだ。ワインのコルクを抜いたみたいに、ポンと巨大な音が立っていた。

 

「ゆ、ゆかりん。何それ?」

「……うううっ、ナンでしょうかぁ?

 誰かフリまくったんでしょうかねぇ?

 開けてもいないのに飛び散るなんて、ヒドいです」

「それもそうだけど、天井! 天井見てよ!」

 

言われるがままに上を見ると、天井に銃創のような穴とヒビがあった。同時に、穴から落っこちてくる何か。目で追うと、ビー玉だ。ラムネのフタの。

 

「あぁーーッ これはッ! これはまさかッ!」

「し、知ってるんですか? ローゼスさんッ」

 

この異常事態を前に、知っているような反応を示したローゼスに、みほが聞く。

 

「旦那さまの、ジョセフさまの一発芸です。

 ホームパーティーで、コーラのフタを飛ばしたのを見たことがあるッ!

 今のは、それと同じものかと……」

「つまりは何なんですか?」

「『波紋』です。『仙道』の奥義……

 旦那さまは生まれつき、『波紋』を生み出す呼吸ができたといいますが」

 

周りが騒がしくなってきた。これを一体、どうしよう。ありのままに言うしかないだろう。飲もうとしたラムネが吹き出した、と。目撃者が多すぎる。隠しおおせることは不可能だ。

 

「聞くことができたな、ジョセフ・ジョースター」

 

嘆息しながら、麻子がつぶやいた。どのみち今日はダメだろうが、また日を選んで、聞きに来なければならないだろう……

 

(というか、どうなってしまうんでしょうか私?

 スタンドだけでもイッパイイッパイなんですが。

 イイカゲン戦車さわらせてくださーいッ)

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




波紋については、少なくとも一回、活きる場面がある予定です。
『飛び越える』べき『大人じみた予防線』ですが、あしからず。

そして、1999年当時。
「デレる」などという単語は、語源である「ツンデレ」すら存在しない。
さおりんは未来に生きています。


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戦車戦にチャレンジしよう!(1)

チョット遅くなりました。
今回のエピソードは、仗助VSみほです。
戦車とスタンドが入り乱れる戦いになる予定。
まずはみほ視点でお届け。


「うわああああああああああ!」

「ヒぎゃああああーーーーーーーッ!」

「グッ、グレート! こいつはやべぇぜッ……」

 

西住みほ(にしずみ みほ)は、まさか悲鳴を上げられるとは思わなかった。

 

「さッ……サバトだ! 『魔女のサバト』だッ!

 こんなおどろおどろしいものがこの世にあっていいのか?」

「とてつもねーぜぇ~ッコイツはよぉ~~~

 『死霊の盆踊り』っつーかよぉー、『宇宙人の壁画』っつーかよぉー

 何をどうやったらマネできるんだか全ッ然わかんねぇー

 オレの親父だってココまでスゴくねぇーぞ」

 

トゥルー・カラーズは、スピードも精密性もなかなかのもの。しかし『色をつける』能力には破壊力が皆無である。ならば、と相談を持ちかけてみたのが、今やおなじみ、杜王町の三人。本来なら自分の方が杜王町に下りていくべきなのだが、彼らにやってきてもらっている。戦車道の全国大会が目前に迫る今、練習時間を短くなどするわけにはいかない。たとえそれが、音石明との戦いに備えるためであってもだ。

 

「おいバカッ康一! 億泰ッ!

 本人目の前にして言うんじゃあねーーッ」

「で、でもよぉー仗助ッ、コイツは『モノホン』すぎるぜぇーーー

 ウマイとかヘタとか圧倒的に超越しちまってんだよコレ」

 

で、彼らが今、指差して騒いでいるのは何かというと。何を隠そう。自分の書いた絵である。仗助は言ってくれたのだ。

 

『スピードもあって、精密に動ける。

 それで能力が、色をつける……だったらよぉぉー

 おめー、すでに答え持ってきてるんじゃあねーのか? 西住よぉー』

 

自分に色を塗りつけて保護色にする。そこまでは発想として持ってきていたが、風景や人物を描いて敵をあざむくのに使うとまでは考えていなかった。言われてみれば確かに出来るのだ。このスピードがあれば数秒とかからない。仗助の提案とは、スタンドに絵を描かせることだったのだ。だから描いた。戦車格納庫の脇の壁一面に、仗助と億泰、康一を。感覚の目を研ぎ澄まして、ありのままを一気呵成に描き出す。花を活けるように、と華がよく言うが、その境地の端っこくらいには達していたと思う。そのくらい集中、没頭しつつも4秒程度で描き上げた傑作だ。スタンドの全力と『私』の全力が乗った作品、だと思ったのだが。

 

「そ、そう、モノホンなんだよ! モノホン!」

 

俯いて眉間にシワを寄せていた仗助が、億泰の言葉を捕まえて顔を上げる。何秒間が本気で考え込んでいるのを、みほも見ていた。

 

「モノホンっつーのはよぉー、そうスグには理解されねーもんだぜ。

 はるか未来を見てるんだぜオレ達……たぶん。二千年くらい」

「は、はいっ! 石器時代の人類に戦車を見せても理解できません!

 それと同じですよぉッ」

「それどころじゃねぇーんだぜ秋山よぉーッ、

 オレ達は『ネアンデルタール人』だぜッ

 コイツを前にしたらよぉぉーーーーッ」

 

アハハハハハハハハハ……

仗助と優花里が仲良く両手の平を打ち合わせて大笑いしている。二人とも冷や汗ビッショリだった。さすがに、コレを見てみほもバカにはなれない。要するに『現在の人類には理解不能』だと言われた。康一も、億泰も、仗助も、優花里までもが異論なしであるらしい。脇を見る。沙織は、アチャー、とばかりに額に手を当てているし、華は何やら眼に哀しみを宿している。ふと目が合った麻子は、サッと目をそむけた。否応無しに気づかされる。今まで自分は無形の優しさに包まれていたのだと。

 

「いいんだよ、ヘタッピって言っても」

「に、西住どのッ……」

「みんなゴメンね。ムリさせてたよね」

 

自覚している。どんよりとした空気が自分の身から噴出しているのを。気づけばその場に体操座りでうずくまってしまっていた。スタンドを解除して、『壁画』も消える。しばらく誰も動き出さない。気まずい沈黙だけが流れた。少しして、沙織が何やら動こうとして止まる。背後から声をかけられた。

 

「『絵』の評論は置いといてよぉー、コイツは戦いには使えねぇ……

 もちっと別の方向性をよ、追ってみようぜ」

「うん……」

 

仗助に促されて、ふらふらと立つ。個人的な感傷で無駄にする時間などないのだ。

 

「つーわけでよ、おめーのトゥルー・カラーズ、

 素でどれだけ強ぇーのか見てみるぜ」

「素の強さ? 能力をヌキにした基本性能のことかな」

「そう、承太郎さんのスター・プラチナとかよ、

 おめーの言う基本性能だったらブッチギリだぜ。

 多分、戦車もバラバラにできるぜ……おめーのスタンドはどうかな」

 

クレイジー・ダイヤモンドを出して構える仗助。突然すぎる。みほの心の準備は出来ていない。

 

「えっ、殴りあうの? 今から?」

「イキナリはやらねぇーぜ。防いでやるから全力で来なよ」

 

トゥルー・カラーズを出して、みほも構えはするものの。殴っていいと言われても、これまたなんともやりにくい。相手がロクデナシでも何でもなく、友達だったらなおさらのこと。

 

「西住、おめーよ。『絵』にコッソリと自信あったろ?」

「うっ……」

「コケにした野郎が目の前にいるぜ。

 ぶつけて来いよ、ムカつきをよぉぉーッ

 それとも何だよ、ダマッて言われっぱなしかよ。

 かかってこいよ! 悔しけりゃあよぉぉーーーーーッ」

 

だがさすがに、ここまで煽られればムッとする。こちらに立てた人差し指でチョイチョイと招くように挑発する仗助に、みほはトゥルー・カラーズを全力で向かわせた。狙うのはボディーブロー。

 

「うぐぅっ、わかってたが速ぇッ!」

 

狙いを外すことなく、トゥルー・カラーズの拳は直撃する。防御に出てきたクレイジー・ダイヤモンドも防ぎきることはできず、鳩尾に入った。思い切り入ってしまったか。みほは少し慌てたが。

 

「だがよぉー、効いてねぇぜ。ヘッピリ腰すぎんだよ西住ッ!」

 

トゥルー・カラーズの腕がガシリと掴まれた。クレイジー・ダイヤモンドはそのまま、トゥルー・カラーズの左肩に拳を打ちつけてくる。同時に襲ってくる、みほの左肩への衝撃。鈍い痛みが遅れてやってきて、咳き込む。

 

「み、みぽりん! 殴んないって言ったじゃない、ウソツキーッ」

「こいつは気合だぜ。あんまりフヌケた攻撃してくっからよぉぉーー

 立ちなよ……オメーその程度かよ。ナメてんじゃあねぇーぞ」

 

引き戻したトゥルー・カラーズをもう一度放つ。今度は肩口を狙った蹴りだ。速さと威力が充分に乗れば、防げまい。だがそれもあっさりと止められた。掴まれた足を振り回されて、トゥルー・カラーズが地面に叩きつけられれば、みほも同時に宙に浮き、背中をしたたかに打ちつけた。

 

「ッゲホ! ゲホッ、ゲホッ」

「攻撃されてるぜ西住! このままじゃやられるぜ。反撃しろよ~

 一発イテーのを叩き込めってコトッスよ」

 

みほは、何度も何度も殴りかかったし、蹴りかかった。それを十数分も繰り返した結果、腕が脱臼した。制服もボロボロになった。結局、仗助は全てに対してキッチリ反撃を浴びせてきたのだ。

 

「免罪符、のつもりだったんだがよぉー、

 あんましコイツがためらってるモンだから、

 『危機』を感じりゃ本気出すと思ってよ」

「なら最初っからそう言いなさいよ!

 結局みぽりんイジメてたダケじゃないッ」

「悪かったッス……」

 

沙織は怒り心頭である。最後まで黙って見ていたが、みほの腕が外れるなり仗助に直接殴りかかっていった。我慢の限界だったようである。クレイジー・ダイヤモンドを使わずにそれをいなした仗助は平謝りの一手だった。

 

「だがよ仗助、こりゃ無理じゃあねぇーか?

 ブン殴っても最後までコブシを振りぬけねぇーんじゃあよォォーー

 ケンカしたくてもデキねぇーぜぇ~」

「西住さんとしては本気だったのかもしれないけど、

 攻撃が当たった瞬間にひるんじゃってたからなぁー……

 でも、ぼくだって思いっきり振りぬけないよ。

 仗助くん相手にはさぁ~」

 

戦いが終わったのを見て、億泰と康一もやってくる。やはりスタンド使いとしては先輩というだけあって、よく見られていたらしい。当たったと確信した瞬間に、動揺を努めて抑えていたのだが。

 

「おめーはいいんだよ康一。オレ達とは根本的に戦い方が違うんだからよ。

 やっぱし近距離パワー型の基本は殴り合いだと思うからよぉ~、

 ソコ練習してーんだよなぁ~」

「だからっつって出来ねーことやらせるかよ仗助ェ~~ッ

 殴れねーっつーんならよ、それこそ康一のエコーズみてーによ、

 能力で戦った方がいいんじゃあねーのか?」

「ウーン……そいつもひとつの考えかもな」

 

仗助がツカツカと歩み寄ってくる。クレイジー・ダイヤモンドを出して、その手がみほの額にピタリと当てられた。ウンと頷くと、治す波動がやってくる。脱臼した腕も、あちこちの擦り傷も、少し破れた制服もたちまち元通りになっていく。

 

「そこはおめー次第だぜ、西住。

 殴り合いが出来ねーなら、オレ達がそこをカバーする!

 おめー自身がチリ・ペッパーの野郎と殴り合える力を望むかどうかだぜ」

「……望むよ。望むから来てもらったんだよ?

 でも、人を殴るって、想像以上にツライね」

 

精神と危機感との両方をあれだけ煽られまくってもなお、みほの拳は相手を打ち抜くのに抵抗を覚えてしまっていた。無理に意識から外さなければならなかった程度には。相手の嫌がる攻撃を瞬時に判断し、実行に移せる。だからこそ、相手の痛みを感じてしまい、最後の瞬間、威力が鈍る。生身同士の戦いであるために、みほは想像しなかった苦難を強いられた。赤ちゃんを奪ったヤクザたち相手には、まるで考えてもいなかったことだ。あのときはスゴく必死だったのもあるかもしれないが。

 

「フツーだったらよ、おめーのその感覚!

 恥じるトコはドコにもねぇーんだがよ……

 ま、その辺を認識できただけでもイイ練習だったかもな。

 今日はよ、ここまでにしようぜ。やるんだろ? 戦車道をよ」

「おっ、始めんのかよ?

 実はよぉー、一度くらいは間近で見てみたかったんだよなぁー」

「バカ野郎、帰んだよオレ達はッ!

 部外者が女子高に入り込んでんだぜ~ッ

 そど子が見ないフリしてくれてっからイイけどよぉー、

 限度があるだろうがよ」

「そ、そっか! 考えてみりゃオレタチ、相当オイシイ……

 殴るこたねーだろ、チキショオ~ッ!」

 

園みどり子が前回の一件でスタンドのことを知り、音石明事件をも知った今ではほぼ完全に味方についてくれ、渋々ながら仗助達の校内侵入を手引きしている。彼女達のためにも、スタンド戦闘訓練の三十分は無駄にできなかったのだが。

 

「強くなれるのかなぁ~、こんなことで」

 

億泰の耳を引っ張りながら帰る仗助と、それを追いながら手を振る康一とを見送りながら、弱気が口から漏れてしまった。

 

「今回は褒められませんよ。みほさん。

 技を教えようとしてくれている師匠を、侮ったようなものです」

 

華が、ややきつめに諌めてくる。

 

「華さん、ホントにスタンド見えてないの?」

「ええ、見えませんよ。でも、腰が引けていたのはよく見えました。

 迷った攻撃は効きません。みほさんもよくご存知のはず」

 

まったく、かなわない。みほは苦笑しつつも、軽くため息をついた。華も、それ以上責める気は無いらしく、いつものやさしい笑顔に戻る。

 

「武道だと思えばいいんですよ。戦車道ならぬ、スタンド道!

 武道を修めるのに、殴る蹴る撃つは当然でしょう。

 胸を借りて、思い切り打ちかかることが先達への信頼と尊敬だと、

 私は思います」

「うん……わかるよ」

「みほさん。明日は一本取りましょう。東方さんから」

「そう、だよね。うん、頑張る」

 

わかっていてなお、殴るのをためらってしまったのが今回なのだが。華のくれた言葉は、それでもいくらか気を楽にしてくれる。明日はキチンと相対しよう。戦車道を歩む人間として、そう決心した。

……だが、しかし。翌日はノッケからスタンドラッシュの応酬で始まった。みほではない。仗助と億泰が、衝撃を撒き散らしながらハデに殴り合っていた。

 

「億泰てめーッ 逆ギレかよコラァァーーーッ!」

「ウルセェウルセェウルセェんだよォォーーーー

 テメェにオレのナニがワカるってんだよッ、ウダラァァァァァーーーーッ!」

 

発端は、みほが仗助に『ボコられグマのボコ』をプレゼントしたこと。昨日もらったクマちゃんのお返しと、古い傷跡をほじくり返してしまったお詫びを込めてだったのだが、どうやら、億泰にはそれ以上の意味に受け取られてしまったらしい……『オレもモテたい』だとか何とか。みほとしては、こんな場に居合わせても頭をポリポリ掻くことくらいしかできない。

 

「あらあら」

「虹村どのッ……ウウウッ 見てて涙がチョチョギレますゥッ」

「よく見とけ、反面教師だ」

「うぐっ、スゴク反論したいのに。うぐっ……」

 

イタズラッ子を見守るように微笑んでいる華を除けば、皆がそろって微妙な顔をしている。優花里に至っては、とても残念な顔で泣いていた。さすがに誰かケガをしそうなのでそろそろ止めたいのだが、とても割って入れない。動くに動けずいるのに飽きたのか、沙織がクルッと後ろを向く。

 

「広瀬くーん」

「うぇぇッ! ボクぅ?」

「止めて。アレ」

「ムリムリムリムリ! どうしろってのさッ!

 ハサまれてペシャンコになるダケだよぉーーッ

 というかさ、ほっときゃいいよ!

 いつものことだよ、ワリとね……」

「いつものこと、ねぇ。男の子って、やっぱりバカなの?」

「どうかな。女の子だって、時にはとんでもないバカになるじゃあないか」

「……えっ、何その含蓄のあるセリフ。恋愛経験アリ?」

「え、いや。アレは特殊すぎるダケ、かも……」

「オネーサンに聞かせて聞かせて」

 

そして、止めさせようとしたはずが、ものの見事に脱線。恋バナのにおいを嗅ぎつけた沙織はイソイソと康一に詰め寄っていく。麻子も、くだらない殴り合いよりはマシかとばかりに沙織に続き、やがて華もそちらを向いた。佳境に入ったラッシュ合戦を、今は優花里だけが手に汗を握って見ている。これはもう仕方がない。あまりやりたくはなかったが、トゥルー・カラーズで止めよう。決心してスタンドの拳を前方に突き出す。だが、その一撃が放たれることはなかった。

 

「何をしているの、あなたたち。というより……何よ、アレ?」

 

いつの間にか現れたその人は、戦車道の教官。蝶野亜美(ちょうの あみ)だった。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




みんなが寝静まった夜の投稿、すみませェん。
まずは導入から。キッカケと必要がなきゃ戦車なんぞ乗るワケない。


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戦車戦にチャレンジしよう!(2)

どうにか日曜夜の更新はできた……深夜だけど。
今回は蝶野さん視点。


蝶野亜美(ちょうの あみ)は、大洗女子学園の戦車道教官。だがそれ以前に自衛官である。ひとたび有事あらば、その身を剣とし盾とする覚悟は出来ている。そんな彼女にとって、先週末からのここ一週間は面白いものではなかった。

 

(『何か』隠されてる。蚊帳の外に置かれてる)

 

土曜日にあった戦車ジャック事件は、財産目当てに大富豪ジョセフ・ジョースターを狙ったチンピラの仕業であり、容疑者である音石明の顔写真がすでにあちこち貼り出され、ニュースでも報道された。だが、戦車で悪事を働こうとする輩が出ることなど、とうの昔から危機感を持って備えられており、そうしたセキュリティのことごとくを破って侵入してきた者が、ただのチンピラとは思えない。なにしろ、件の男は監視カメラにすら映ることなく、戦車道の格納庫に突如として現れているのだ。

今回の事件にあたり、亜美は戦車の管理不行届きを疑った。戦車道履修者一同に、自分達が何を扱っているのかを思い知らせる方向で、かなりキツく指導するつもりだった。そのために、柄でもないことは承知で、どこにエラーがあったのかを確認するべく事件の全容をひっくり返していたのだが。確認してみると、戦車が奪われたのは戦車道訓練の準備中。戦車に弾薬を運び込んでいる最中、格納庫内が無人になった一瞬を狙われていた。つまり、施錠忘れの類ではなく、戦車道履修者の皆に非はないことになる。むしろそんな隙を伺えるまでに部外者を侵入させ、接近させてしまった学園のセキュリティが問題だろう。そう考え、生徒会にかけあって、当日の監視カメラの映像をすべて見た。穴が空くほど見た。不審者は誰もいない。せいぜい、大富豪ジョセフ・ジョースターその人が、孫その他の付き添いと一緒に生徒会室に入っていっただけだ。風紀委員を中心に聞き込みもした。音石明を見た者は誰もいなかった。

いよいよおかしなことになってきた。これでは、容疑者たりえるのはジョセフ・ジョースター周辺の人間のみ、ということになる!

そして生徒会室の監視カメラのみ、途中から動作不良で映像がブツッと途切れ、最後に映っているのは彼らがお茶を飲んでいる姿。不自然すぎる。これだけ見ると、他ならぬ彼らが容疑者だとしか思えない。だが、時系列を確認すると、戦車が奪取されたのは、彼らの映像が途切れる数分前のこと。彼らのうち誰一人として生徒会室を立ち去っていない以上、彼らの犯行は物理的に不可能だ。それがかえって亜美の不信感を増幅した。この事件、最初から最後までただならぬことしか起こっていないのではないか。映像が途切れた生徒会室で何があったのか、また聞き込みを行うと、おそるべき証言が複数出てきた。

 

『生徒会室に砲弾が直撃して破壊されていた。

 だが次の一瞬で、何事もなかったように元通りになった』

 

一人だったら世迷言で済ませることもできただろう。だが証言者は三人いた。そんなバカな話がと、切って捨てることはできなくなった。確定だ。戦車道履修者の皆と生徒会は、自分に何かを隠してる。それも、常軌を逸した何かを。亜美は、再び生徒会長室に立った。不敵な目をした小娘相手に、調査の成果を叩き付けた。

 

「ココまで一人で調べたんだ……スゴいねー蝶野さん」

「スットボけないでッ!

 私は教官よ。あなたを含め、皆にケガをさせない義務があるッ

 なのに、ワケのわからない隠し事をされちゃあ……

 取れないじゃあないのッ、責任が!」

 

これでもなお、生徒会長の角谷杏が韜晦を繰り返すようなら、本気で外部から専門家を呼んでくるつもりだった。イイカゲン頭痛がイタイ毎日がイヤになっていた。値踏みをするように見ていた角谷杏は、1秒未満だけ真面目な顔になってから、言う。

 

「今日の戦車道の練習、開始三十分前に格納庫へ行ってみてください」

「……何の話?」

「私が直接口で話すより、現物を目で見てもらった方が

 よっぽど説得力があるって話。

 ジョセフ・ジョースターの仲間達が一緒にいますんで、あしからずー」

「ジョセフ・ジョースターの仲間達?

 あの不良だか何なんだかワカラナイ奴らが?

 部外者を学園に入れてるっていうの?

 あのリーゼントを見といて、風紀委員は何やってんの?」

 

襲撃されて沈没した『トラフィック号』からジョセフ・ジョースターが救助された当日ならばいざ知らず、今日に至るまであの独創的な不良どもが学園内を出入りしているというのなら、風紀委員の仕事ぶりは怠慢以前の問題だ。杏はそれを聞いてプッと吹き出し、吹き出した笑顔のまま先を続けた。

 

「部外者じゃあなくって、仲間です。

 彼らを引き込めて安心してるんです、生徒会長としてはね……

 彼らなしで音石明と戦うなんて、

 生身で戦車にケンカを売るようなモノだもんねぇーホント」

「何を言ってるのかサッ……パリわかんないけど、

 格納庫にあるというのね。その答えが」

「ありのままに受け入れてくださいねー蝶野さん。

 彼らの話にウソやトリックは一切ない。

 ここまで調べたあなたならわかるはず」

 

こいつがここまで言うのだ。何も言わずに信じよう。自分はこいつを知っている。『背後の事情』を知っている。こんなクダラナイことで、信頼を失うバカげたマネをするわけがない。

そして待った。放課後を!

大股でズカズカ廊下を進み、格納庫近くまでやってきてみれば、謎の地響き、衝撃音!

明らかに戦車のものではない。重機の類でもない。だのにこのパワーは何だ。音が響いてくるのは格納庫の裏。辿っていけば、あんこうチームの姿が見えた。この異常事態にもかかわらず、なにやら談笑している。その中に、よく見ると男が一人。チビッコの少年……思い出した。ジョセフの仲間のうち一人だ。聞き耳を立ててみると、武部沙織にこの騒ぎを止めろと言われ、無理だと返答している様子。内容の割に危機感がまったく見られないが、すぐそばに騒ぎの元凶があるのは間違いない。もっと近づいてみると、ますます意味不明になった。奥にはさらに男が二人。あれは『独創的な不良』二人。リーゼントと、顔面の堀が野球ボールみたいな奴。どちらもジョセフの仲間だったはずだが、今は向かい合って何か怒鳴りあっている。そこまではいい。理解できないのは、そいつらの間で発生している何かなのだ。猛烈な打撃音が無数に響き渡っており、壁や地面にきしみを上げさせる何かが、そこで起こっている。見てもさっぱりわからない。何も見えないのだ。なのに空中で何かが殴り合っているような音だけが聞こえる。その少し手前にいるのは、秋山優花里と、西住みほ。彼女らは一体、何を目で追っているのだ?

常識と非常識を脇に打っちゃって考えていると、みほが何やら腹を決めたように男達の方へ歩を進める。よくわからないが、それは自殺行為だ。もう黙って見ているのは無理。

 

「何をしているの、あなたたち」

 

場に入り込んでいくと、言葉を発する前にみほが気づき、それから全員の視線が一気にこちらへ集まった。二名を除いて。

 

「というより……何よ、アレ?」

 

口ゲンカに並行して進む『何か』に夢中になっている不良二人を指差し、皆に問う。それ以外にどうしようもなかったのだが、なんとも間の抜けた空気になってしまう。全員の視線が、右に左にと泳ぎまくっている。五十鈴華だけは、首元に指を当てて考え込む仕草をとったが。

 

「ンッ? オイ億泰ッ! ここまでだぜッ」

「ナニがココまでナンだよォォォーーーッ

 ンなムシのイイ話、聞くかっつー」

「ヤベェんだよッ! 無関係のヤツに見られてるぜ!

 多分もうごまかすのは無理だぜ!」

「おぉッ? アッ! 誰だ、あのネーチャン!

 戦車が動くってのにこんなトコによぉ~~、アブねーぜぇ」

 

不良二人がケンカをやめたのはいいが、野球ボール顔が人様のことを指さしてきた。しかも一から百までコッチのセリフなことをのたまった。

 

「誰だと言われりゃ答えるわ。

 陸上自衛隊、富士教導団戦車教導隊所属。蝶野亜美一尉!

 そういうあなたは一体ドコの誰ッ 答えなさいッ!」

「じっ、自衛隊ィィ~ッ? マジもんの軍人さんかよォ~~」

「質問に質問を返そうモンなら殴るわよ。

 名乗りなさいッ、不審者としてボコられたくなかったらね」

「怖ぇぇ~~ッ! このネーチャン超怖ぇぇ~ぜぇ~~ッ!」

「イイカゲンにしとけ、このボケッ! このままじゃ、まじに殴られるぜ」

 

正直、『ブン殴ッちゃってもいいや』とか思いかけたが、リーゼントの方が居住まいを正して向かい合ってきたので我慢する。少し遅れて、野球ボール顔も起立の姿勢になった。

 

「ぶどうが丘高校1年、東方仗助ッス!」

「ぶ、ぶどうが丘高校1年、虹村億泰でェェーッス!」

 

そこに、おそるおそるもう一人が加わってきた。あんこうチーム側に混じっていたチビッコ少年だ。

 

「あの。仗助くん達と同じ、ぶどうが丘高校1年の、広瀬康一、です」

「フゥ、よろしい。

 言われる前に自分から出てきたのはグッドよ。広瀬康一くん」

「あ、ありがとうございます……ウレシーです」

 

ササクレた心が癒されたので、思わず彼の頭をナデそうになったが自重した。自分自身に置き換えて考えれば、やられてもまずウレシくあるまい。

 

「さて、ソコの悪ガキ二人に聞くけど。

 『音石明』の戦車ジャック事件。わかってること全部話しなさい」

「は、はいっス……でも、ひとつだけ確認させてくださいよ」

 

リーゼント、東方仗助が指を一本立てつつ聞いてくる。虹村億泰と広瀬康一とが何か言いかけていたが、二人ともそれでやめた。言うまでもないことだが、悪ガキ二人とは東方仗助と虹村億泰のことである……

 

「『音石明』について、会長さん……生徒会長の角谷杏さんに聞きましたか?」

「聞いたわ。そこで、戦車道練習開始三十分前に格納庫に行けと言われた」

「わかったッスよ、蝶野さん。なら話します」

 

どうやら、当事者以外にはできうる限り知らせたくないのは彼らも同じであるようだ。情報を知っていい相手かどうか確認を取ってきたのは、大変よろしい。強いて言えば、生徒会長その人の同席を求めてくれば満点だったが、そこまでは言うまい。そして、一部始終を聞く。

『矢』に選ばれた人間に発現する超能力、一般人には見えず聞こえない『スタンド』。虹村億泰の兄を殺害して『矢』を奪い取り、勝手気ままな暴力に手を染めたギタリスト、『音石明』。『音石明』のスタンドは、電気を操る『レッド・ホット・チリ・ペッパー』。『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の本体を探せるスタンドを持つジョセフ・ジョースターは、そのために来日した。自分の正体にたどり着けるスタンド使いの存在を知った音石明は杜王港でジョセフの殺害を図り、仗助達に阻止される。だが音石明は諦め悪く、ジョセフを救助した大洗女子学園に乗り込み、今度は戦車砲での爆殺をたくらんだ。その過程で西住みほと秋山優花里の二名が『矢』に選ばれてスタンド使いとなる。秋山優花里は、音石明に人質にされた。仲間達が言いなりにされることに耐えられなかった秋山優花里は『矢』で自殺を図ったが、ジョセフの『仙道』により生命力を与えられ、辛うじて生き延びた。最終的に、東方仗助達と大洗女子学園戦車道を前に音石明は敗北するが、スタンド能力を強力に成長させて逃げ延びてしまった……

亜美は、これらを事実であると信じた。信じるための材料はすでに揃いすぎていた。信じた彼女に、次に襲ってきた感情は、抑え切れない怒りだった。音石明に対する怒りはもちろんだが、それ以上に。脇の石壁を殴った。手加減などない。拳が破れて血がこびりつく。

 

「事情は、まぁ、わかった。ところで、他に『矢』はあるの?」

「ちょ、蝶野さんッ、あったとして! それで一体何をッ?」

「選手交代、私が戦う! これ以上ない屈辱よ……

 かわいい教え子達が、マセて生意気な年頃の子供達が

 殺されそうだっていうのに。

 それどころかマジに死にかかったっていうのに!

 私だけが! 他ならぬ私だけが知らされもしなかったッ!」

 

拳がひしゃげた痛みすらも感じない。亜美は自身が極度の興奮状態にあることを自覚した。言葉を飾らずに言うならば、腹ワタが煮えくり返って止まらない。

 

「蝶野さん……無理ですよ、そいつは。

 『矢』は億泰のところにあった一本きりしか知らねぇーッスからなぁー」

「そう。じゃあスタンドとやらは頼れないのね。なら銃しかない……

 あなた達は帰りなさい。あとは私がどうにかするわ」

「どうにかって、どうするっていうんですか教官ッ!

 銃ごときでどうにかなる相手じゃあないんですよぉッ

 『レッド・ホット・チリ・ペッパー』はッ!」

「子供が出しゃばるんじゃあないッ!

 命がけの戦いなんか、あなた達には必要ないのよ!」

 

かなり素直で従順な部類に入る優花里にまで反論され、さらにヒートアップ。こんな子が悪漢に痛めつけられ、一度は自殺を決意した。それを思うと、理性すらもこの怒りを肯定してくる。肯定してくれた理性の言葉を、そのまま吐き出す。

 

「私は……教官よ。みんなを守る。

 そして、自衛官よ。守るために戦う!

 そのお仕事で御飯を食べてる。税金で養われてる。

 だから、あなた達は日常に戻りなさい。

 それは、あなた達が受けて当然のサービスだわ」

 

そのまま踵を返し、立ち去る。すぐさま生徒会長に掛け合って、監視を付けなければならない。無茶な行動をさせないように、もしくは殺人者を近づけないように。学園艦内が安全だというなら、出さないようにするしかあるまい。殺人者との間に因縁を持ってしまっている男子三人も、どうにかして一時的に学園艦に編入しなくては。そんな考えは中断された。進める足が広瀬康一にぶつかったのだ。

 

「ごめんね。どいてくれない?」

「……シツレーですけど。全部お断りします。

 蝶野さんの言ってるコト、全部です」

「だからねぇ」

「億泰くんのお兄さんは、音石明に電線で焼き殺された!

 仗助くんのお母さんは、殺人予告されてる!」

 

そこまで大きい声ではなかった。スゴイ剣幕というわけでもない。だが、亜美は彼を押しのけて進めなかった。見た目通りの小さな身体に、まるで『重さ』が凝縮しているようだ。

 

「じゃあ、ぼくは誰なんだッ? お父さんか? お母さんか?

 お姉ちゃんかも知れないッ

 ぼくの大切な人たちがおそろしい目に遭うかも知れないのに、

 それをホッポッて日常に戻れだって? ふざけるなよッ!

 ぼくは戦いをやめないぞ。絶対にやめませんからねッ」

 

どうやら彼らを軽く見ていたらしい。というよりも、自分自身の怒りにかまけて、彼らを省みなかったというわけか。持論を曲げるつもりはないが、すぐに反論できなかった。彼の言葉とファイトに、思わず感銘を受けてしまったからだ。

 

「私も、広瀬くんと同じ気持ちです」

 

みほが、広瀬康一の隣に立つ。麻子がそれに続いた。優花里が、沙織が、それに続いていく。

 

「広瀬に同意する」

「私だって守りたいんですよッ、お父さんもお母さんも」

「マジメな話、今更、傍観者には戻れないよね」

 

東方仗助と虹村億泰もやってきて、同じように進路をふさいだ。

 

「カァァーッ、康一まで女の前でニクイコトやるとはよぉぉーッ

 だが、ありがとよ。オレだって兄貴の仇は誰にもゆずれねぇからよ」

「グレート。やっぱり康一はよ、康一だよな。ヘヘッ」

 

最後まで考え込む仕草を保っていた華は、ひとつ頷いてから、やはり前に立ちはだかった。

 

「感情的な部分は皆さんに譲りますが、

 それを置いても、私達にはもう戦う以外の道はありませんね。

 引けばただ、無抵抗のまま殺されるだけですもの」

 

結局、全員が教官の意向に従わないわけだ。不良は改造制服の二人だけだと思っていたが、いやはや、これは。亜美は内心で苦笑しつつも、悩みの方向性が別方面にシフトしたのを感じ取った。一緒に戦おう。代わりに戦うのではなく、あくまで皆の傍に立とう。そのためにも、このくらいのわがままは許してもらう。

 

「……それなら、私を納得させてちょうだい。戦車道でね」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




なんか怒りっぽい蝶野さんになってしまいましたが、
実際怒ると思います。やっぱり。
次回以降から、ようやく戦車戦になる見込み。


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戦車戦にチャレンジしよう!(3)

戦車戦開始までたどり着けませんでしたが、
音石明戦がどうなるかを、みんなが予測しています。
康一くん視点でお届けします。


広瀬康一(ひろせ こういち)はイヤな予感をビンビン感じ取っていた。

 

「あ、あの! どーいう意味ですか。戦車道で、納得、って……」

 

記憶が正しければ、戦車道は女の子の競技であるはずだ。正直なところ、あんなものを使わせて女の子にガチンコ対決をやらせるのは理解に苦しむ気持ちがだいぶあるが、それとコレとは話が別だった。

 

「言葉の通りよ。あなた達にもやってもらうわ、戦車道」

「うぇぇぇーーッ チョット待ってよ蝶野さんッ!

 ぼくは女の子じゃあないし、仗助くんや億泰くんはもっと違う!

 あんまりにも無理がありすぎますッ」

「音石明はその無理を通してきた。

 だったら、こちらも無理で対抗するまで。違う?」

 

康一は、自分の顔色がサーッと青くなっていくのを感じた。顔写真つきで戦車ジャック事件の容疑者として報道された音石明は、今やお茶の間で『サイテーの卑怯者』として、風呂ノゾキの常習犯みたいな扱いをされている。戦車道の戦車となれば、ある意味で女の子の部屋だ。そこに男が踏み込んでイジリ回すのなら、タンスの中身を引っ掻き回してパンツを盗むみたいなものだ!

以前、救急車代わりに乗り込んだ『38t』は別として、今度は競技として戦車に乗り込めと言うのか?

 

「そんなゲロ吐きそうな顔することないわよ、広瀬くん……

 自衛隊では男性の隊員も普通に戦車戦の訓練をするわ。

 『搭乗員の女の子がみんな死にました。もう戦車は動かせません。降参です』

 なんてことにならないためにね」

「そッ……そうではなくて!

 それ以前にですよ? ぼくらが戦車に乗ってどうするんですかッ

 まさか、『チリ・ペッパー』と『戦車道』で

 戦うっていうんじゃあないでしょうね?」

「イグザクトリィ! その通りよ」

「あ……ありえないッ!

 そんなもの、付き合う義理がないッ!

 音石明からしてみれば!」

 

思わず絶叫までしてあきれ返った康一である。戦車なんかに乗り込んで挑もうものなら、前回の優花里よろしく戦車ごと人質だ。この人は話を聞いていたのか? 電気を操る能力だと言ったのに!

だが蝶野亜美はそんな様子に対してかまいもせず、首だけをみほに向けて聞く。

 

「一応確認するけど。ウチの子たち……大洗女子学園戦車道の子たちだけど。

 この一週間で、親族に不幸があった子が、一人でもいた?」

「いいえ。そんな話はありません。欠席した子だっていないです」

 

みほの即答を得て、周囲を見回し、この場の全員と一人ずつ目を合わせてから、蝶野亜美は話し出す。

 

「胸クソ悪いこと言うけど、ちょっと我慢して最後まで聞いてね」

 

いわく。電気を操る能力で、電気のあるところをどこでも攻撃できるというのなら、盗んだ河嶋桃のケータイを手がかりに、戦車道関係者の実家を次々に襲撃していくのが、単純に考えればもっとも効果的で効率的だ。それだけで連携はガタガタになるし、家に戻りたがる子が確実に出てくる。そうやって離れた子や、疑心暗鬼になった子を一人ずつ暗殺して回れば、誰がどんな対策をしようが防ぎようがない。大洗女子学園戦車道は、それでおしまいだ。かくいう蝶野亜美自身も、そんな攻撃をされたらイチコロであろう。防人の端くれとして、家族が狙われても、許可もなく持ち場を離れることはない。が、その場合、家族を見捨てた十字架を否応なく背負うことになるのだ。

 

「でも、現実として。音石明は、そんな手段を取っていない。

 さっきの西住さんの答えがその証明……なぜだと思う?」

「スタンドの回復を待っているから……は、違う!

 ぼく達スタンド使いを相手にするならともかく、

 一般人相手だったらそんな必要すらもない。

 なのに、手っとり早い手段をとらないのは、

 あえてやらないワケがあるから!」

「そう。そしてそのワケは、多分とっても単純。プライドよ」

「プライド?」

 

オウム返しに聞き返すと、後ろで億泰が反応した。

 

「アッ、わかった! 蝶野さんが何言いたいのか、わかったぜぇ~」

「言ってみて」

「音石のヤロォは『大洗女子学園』の『戦車道』に

 してやられちまったんだからよ。

 チマチマ一人ずつ殺して回ったりしたらよぉー、

 『勝てないんでズルく殺します』っつってるようなモンだよなぁーー

 勝つにしてもそれじゃあ満足できねーぜぇ、

 同じ土俵じゃあねーとよォォーーー」

 

そんな単純なことか、と思ったが、蝶野亜美は満足げに頷いている。どうやら彼女の答えもコレであるらしい。そこへさらに華が続いた。

 

「音石明は、力を蓄えたら招待状を送ると言っていた。『私達』に。

 そうでしたよね、虹村さん」

「ん、おう。間違いねぇーぜぇ」

「つまり、音石明にとっては私達も倒すべき敵であり『試練』ッ!

 再戦の機会もないままに私達を一人ずつ暗殺すれば、

 敗北の屈辱を雪(すす)ぐ機会は永久に無くなるというわけですね。

 私達ごときを恐れたという重荷を引きずり続けることになる……

 充分に納得できるお話です」

 

冷静に聞いていると、言っていることは億泰とあまり変わっていない。なのに、思わずウンウンと頷きそうになるのは、彼女の雰囲気のなせる業か。クラスにいたら、学級委員とか引き受けてしまうタイプに思える。しかし、学級委員の発言に、ハミ出し者の優等生……麻子が噛み付いた。

 

「私はあまり納得できないな。

 そんな殊勝な人間性を、アレにどうやって期待するんだ?」

「あの男のギターにです。素人にもわかるほどの妙技だった」

「……だから?」

「戦車の運転には、まるで思い入れが見られなかったのに。

 かき鳴らしたギターは『自分こそが本物だ』と叫んでいた。

 私とて、華道の境地を探す身です。上っ面だけの偽者はすぐにわかります。

 『本物』の誇りを持つ人間が、『雪辱』を果たさないはずがありません。

 だから私は納得します」

 

揺らぎもしない華の瞳を見て、麻子は、そういうもんか、とだけ残して下がる。今度は康一も納得できた。人間性はともかくとして、音石明のあの演奏。プロフェッショナルだった。康一も素人なので論評など出来ないが、少なくとも自分のテクに欠片ほどの疑いも持っていなかったし、実際、おそるべきパワーだった。彼だけのライブ会場を幻視させるほどだ。きっと仗助だって同じものを見ている。確かめるように彼の方へ視線をやると、ちょうど話を進めようと促す姿があった。

 

「話、戻すとよぉぉーーーー、蝶野さん。

 音石明は、スタンド使い、プラス戦車道で挑んでくる……

 そう言いたいってことでいいッスかね?

 オレ達と西住達、両方にリベンジするためによォォーー」

「ええ。戦車道の方をどこでどう揃えてくるかはわからないけど。

 多分、ここ以外の学園艦でしょうね……

 乗り手も揃えなきゃ意味がないから、

 かなりロクでもないことをやらかしそうね」

「そっちは承太郎さんにお願いするとして。オレ達は何をすればいいんスか?

 そこをまずはっきりさせてくださいよ」

 

『承太郎?』とハテナマークを浮かべた蝶野亜美だったが、すぐ気にしないようにしたらしい。思いつきを楽しそうに開陳し始めた。

 

「あなた達には明日、戦車で模擬戦をしてもらうわ……おっと、心配は無用。

 皆まで言うな、よ。言いたいことはよくわかる。

 戦車を操縦しろとは言わないわ。

 ただ、スタンド使いとして戦車に乗り込んでもらう。それだけよ」

「で、蝶野さんをどう納得させりゃあいいんスか?」

「ただ全力で戦って欲しいだけ。あなた達の本気が見たいの。

 あなた達なら、セコイ戦車ドロごときには負けない。そう私に信じさせて」

「アバウトッスねぇーー、勝利条件がわかんねぇーぜ」

「そう言わない。あくまで大洗女子学園戦車道同士の模擬戦だから、

 勝つのも大洗女子学園、負けるのも大洗女子学園。

 勝った方だけ音石明と戦って、負けた方は補欠なんてワケにもいかないでしょ?」

「そりゃそうだよな。

 オレ達が認められるか、認められないか。それだけってことか……」

「……って、やる気なの? 仗助くんッ!」

 

トントン拍子で話が進んでいくのに、康一が突っ込むのがやや遅れ気味になった。戦車道が必要なのはわかった。だが、やはり乗らなければいけないのか。仗助は、逆に諭すように言う。

 

「考えろよ康一。オレ達は戦車をよく知らねぇ……

 どっかで勉強しとかねーとやばいぜ。

 音石明が使ってくるっつーんならよぉー、身をもって知っとかなきゃあよ」

 

確かにそうだった。前回、『4号戦車』に乗り込んだ音石明に自分のエコーズは手も足も出なかったのだ。装甲の隙間を見出すこともできず、音石明に音を貼り付ける手段が最後までわからずじまいだった。このままでは、来たる決戦にて、自分ひとりが役立たずに成り下がってしまいかねない。

 

「グッド。その心構え、なかなかポイント高いわよ」

「で、どういう模擬戦ッスか?」

「まだ細かくは決めてないけど、

 西住チームVS東方チームで戦ってもらうつもりよ」

「そいつは、大洗女子学園のスタンド使いVS杜王町のスタンド使い。

 ってコトッスか」

「そう。西住チームは戦車道の経験で勝り、

 東方チームはスタンドの経験で勝る。これでイーブンだと思わない?」

「今度はオレ達にも戦車がいる、か。

 スタンドと戦車の連携なんて考えたこともねぇーが!

 面白ぇ、やるッスよ蝶野さん!」

「そう来なくっちゃ。って、アイタタタタタタタタッ!」

 

仗助の快諾に、親指をグッと立てて応えようとした蝶野亜美は、右手から血をボタボタ垂らして悶えている。今頃、さっき壁を殴った痛みを認識したらしい。

 

「あっ、オレも忘れてた。さっきハデにブッ叩いてたッスね……

 せっかくだから経験してってくださいッス。『クレイジー・ダイヤモンド』」

 

仗助が手を伸ばせば、あとはお馴染みの光景である。壁に染みてほとんど固まってしまった血は戻らなかったが、今しがた散った血が蝶野亜美の右手の甲に戻っていき、次いで痛々しい腫れが引き、破れた皮膚も元通りとなる。

 

「これは……確かに超能力ね。生徒会室をなおしたのもコレというわけね」

「あんまり相手がデカすぎたり、遠くに散らばりすぎたりすると

 なおすのに苦労することもあるッスけどね。アテにしてくれていいッスよ」

「頼らせてもらうわ。その分、私も助けを惜しまない。

 困ったら来てね。音石明以外のことでも相談に乗るわよ」

 

楽しそうに、または興味深そうに自分の右手をグー、パーしていた蝶野亜美は、今日はここまで、とばかりに止められていた歩みを再開する。立ち塞がっていた康一達も、全員どく。左右に割れた八人の人垣の間を通り抜けてから、蝶野亜美がまた立ち止まって振り向いた。

 

「あ、言い忘れてたけど」

「はい? 何スか?」

「模擬戦で私を納得させられなかったら、

 あなた達三人、大洗女子学園に転入ね」

「…………は?」

 

蝶野亜美以外、全員の声がそろった。今までで一番わけのわからない発言だった。あなた達三人。仗助、億泰、そして康一しか、いやしない。

 

「神出鬼没の殺人者から、『戦う力のない』子供達を守るためだもの。

 角谷さんもイヤとは言わないでしょう」

 

フフフ、と不気味な含み笑いを残して蝶野亜美は去っていく。全員、ただ、ただ見送った。何を言われたのか、必死で咀嚼した。反すうした。どう考えても、他の意味で受け取りようがない。康一の顔から、またも血の気が抜けていき、そしてまたも絶叫した。

 

「何言ってるんだあの女ぁぁぁーーーーーッ 正気の沙汰じゃあないぞッ!

 男たった三人を女子高に? いやだ……イヤだぁぁぁぁぁーーーーッ

 針のムシロなんてもんじゃあない! 『生き地獄』だッ!」

「ど、どうしたよ康一ィ。ソコまでビビることかよォ~、

 むしろモテるチャンスかも知れねーぜぇ」

 

後ろから気づかうように声をかけてきた億泰だったが、全然なぐさめになっていない。ヤレヤレと軽く首を左右に振った仗助が、さらに後ろから億泰の肩を叩いた。

 

「てめーノーテンキだよなぁー億泰、オレだってゴメンこうむるぜッ!

 『クラスの中に男が自分たったひとりポツン』

 の生活を毎日するのはよぉぉーーー。最悪そうなるだろーがよ」

「ん……ウッ! 言われてみると、そりゃーキツイ! しかしよぉ仗助」

「つーか、こん中で一番ダメージでけぇのはてめーだぜ億泰。

 おめー親父さんの面倒どうすんだよ。コッチに連れて来られたとしてもよ、

 今みたく『象皮病』でごまかしきれるか考えてみろよ」

 

仗助のややきつい指摘に、億泰のまん丸の瞳に影が差し、目つきが変わる。

 

「そーだな……おめーの言う通りだよ。親父が外に出られんのもよぉー、

 ご近所サンの『理解』のおかげだもんなぁー

 出来ねぇーぜ、引越しなんかよぉー」

「ま! 本気見せりゃいいんだからよ、マジにやるぜ。勝ちに行く」

 

どうやら腹をくくるしかないらしい。仕方が無い。どのみち音石明との戦いは命がけ。その覚悟を見せろというなら、見せてやろう。なめるんじゃあないぞ、蝶野亜美。康一はグッと拳をにぎった。

 

「チョット……突然、すぎますけど。

 皆さんもやるってことですね、戦車道ッ」

 

場が少し落ち着いたところに声をかけてきたのは、秋山優花里。最初にスタンド使いになっただけあって接点が多く、すでに杜王町スタンド使いのメンバーになじみつつある感がある。

 

「音石明対策、としてだぜ。秋山よぉー。モノホンの戦場ならともかく、

 『戦車道』で男が戦車に乗り込むのはやっぱりマズイぜ」

「あ、ソレですよソレ。

 前から気になってたんですけど、どうして名字呼びなんです?

 武部どのや五十鈴どの、冷泉どのは名前で呼んでるのに」

「どうしてっつーと、流れってやつかな……深い意味はねぇーぜ」

「なら優花里って呼んでください。水クサイですよぉ~」

 

なんというか、彼女は仗助にやたらとなついているように見える。飼い主に尻尾を振って飛びつく子犬のようなのだ。恋愛感情うんぬんではなく、単純に心を許した相手に100%の愛情を示しているだけなのだろうが、それだけに、なんだか非常に心配だった。悪い奴にダマされたりしないだろうか?

 

「ンッ? ゆかりん、一歩リードを試みてる?

 フトコロに入って名前で呼ばせる。これはなかなか……」

 

こういうのをイの一番に止めるべきであろう女友達はこの有様であるし。などと思った瞬間、その脇にいた麻子が思い切り心外そうな目をした。

 

「おい、広瀬。ソコのソレと一緒にするな」

「だったら止めようよ。危なっかしいよ、秋山さん」

「……アイツにとって、『戦車道』での理解者は私達だ。

 だが『スタンド』の理解者にはなりきれない。

 そこにピタリとハマッたのが東方だったんだろうな。

 前回の赤ちゃん騒動でスタンドの制御を身につける

 きっかけにもなったようだし……ある意味、『心酔』かもしれん」

「そう思うんだったらさぁー」

「でも、今、どうこうする必要はないな。

 みほもスタンドに目覚めたのなら、東方に頼る状況も変わるだろ。

 私達も、模擬戦を通してもっと勉強することになるようだしな……」

 

それ以上、とくに言うことはないようで、麻子は格納庫の入り口に歩いていく。つまり、今のコレは一時的なものだから、何の心配もしていない、ということだろうか。釈然としないが、冷徹な麻子がそう言うのなら正しいのかもしれない。視線を仗助の方に戻すと、億泰が話に割り込んできていた。

 

「仗助ェ~。思うによぉ、

 由花子(ゆかこ)のヤツとダブるから名字で呼んでたんじゃあねぇーか?」

「そういや、そうだな……由花子に、優花里か。ちょいとややこしいぜ」

「ハイ? 由花子さん? どなたですかぁ?」

 

由花子と優花里。漢字で書けばだいぶ違うが、読みでは確かに一文字違いでややこしい。とはいえ、音石明の騒動にあの由花子を関わらせる必要もないし、助けを求める気もさらさらないから、ややこしかろうが無関係。名前呼びにしても、その意味では何も問題はないだろうな。康一はその程度に思い、次にいよいよ戦車道での戦い方を考えようとして。本日三度目の絶叫を響かせた。

 

「ぎゃあああああああーーーーーー由花子さんッ! 由花子さんッ!

 女子高に転入! 冗談じゃあない!

 死人が出る! 死人が出るぞぉぉぉーーーーッ!」

「ナンだよ康……げぇぇッ! 由花子! 由花子がヤベェ!

 今度は学園艦が髪の毛マミレになっちまうぜぇ~ッ」

「グッ、グレート! 何が何でも合格しなきゃあヤバイ!

 マジに人が死ぬぜこいつはァ!

 西住、てめーヤッツケてやる!

 平和のために何も言わずオレ達にヤラレろ!」

「え、えぇーーーッ? 何? 話がサッパリ見えないよぉーッ!」

 

山岸由花子(やまぎし ゆかこ)!

広瀬康一に想いを寄せる、トッテモ一途な女の子ッ!

彼女の恋路を邪魔するヤツは、戦車だって粉ミジンになるだろう!

……結局、戦車道の作戦会議は翌日持ち越し。ぶっつけ本番になった。もともと詳しいルールも決まっていなかったのだから、そうなるしかなかったのだが。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




次回こそ、次回こそ戦車戦の始まりにたどりつけるはず。
ちなみに、当然ながら音石明はすでに動いています。
来たるべき対決に備えてます。


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戦車戦にチャレンジしよう!(4)

スイませェん……一週間空けてしまいました。
ちょっと実生活で、突発的に勝負時が訪れてしまいました。
そんなことよりも、今回は仗助視点です。

※2016/10/12、承太郎のルール説明部分で、
 『試合開始時に矢を持っているのは東方チームである』
 ことが伝わる部分がまったく無かったため、加筆修正しました。


「今回の模擬戦は、『矢』の争奪戦を想定したものだ」

 

東方仗助(ひがしかた じょうすけ)は、大洗女子学園戦車道の女子達に混じって空条承太郎の説明を聞いていた。その脇には、今回の騒動の元凶といえる蝶野亜美がいて、その逆サイドには、生徒会の三人……角谷杏と、小山柚子。河嶋桃が控えている。

 

「東方チームは『矢』を持ち去る側。西住チームは『矢』を取り戻す側。

 試合開始時に『矢』を持っているのは東方チームだ……

 これから説明する勝利条件を、どちらかのチームが全て満たした時点で決着とする。

 むろん、満たせない側の敗北だな」

 

柚子が白板を引っ張り出してきた。それを指差しながら、承太郎は続ける。東方チームの勝利条件は!

 

『矢を戦闘領域外に持ち去ること』

『西住チームの戦車を一両以上撃破すること』

 

そして、西住チームは。

 

『西住チームに属する誰かが矢を持っていること』

『東方チームの戦車を全滅させること』

 

「……通常の戦車道と異なる部分だが、降車戦闘が全面的に認められる。

 自分の戦車が破壊されたとしても、

 戦車から降りて何らかの手段で戦ってもいいということだ。

 ただし、『自殺』は厳として認めない。

 俺と蝶野教官とで、単なる『自殺』だと判断した行動があった場合、

 そいつの所属しているチームを問答無用で敗北とする」

 

なんのために決められたルールなのかは明らかだった。戦車から降りて戦車と戦える存在など、スタンド使い以外にはありえない。戦車とスタンド使いを同格とみなしていると言えるだろうか。

 

「戦車の数は、東方チーム2両、西住チーム3両だ。

 ただし、東方チームは『4号戦車』以外の好きな戦車を選んでいい。

 選んだ戦車の搭乗員は、そのまま東方チームの所属となる。

 選ばれる側にはイキナリすぎる話だろうが、今日だけは協力を頼みたい」

 

周りの連中が少しキョロキョロし始めた。当然こっちを見ている。西住の話では、『戦車に男が乗り込んでくるかもしれない』件について、昨日の練習で、解散前に話してあるらしいのだが。

 

「練習場への移動を1時間後に開始する。仗助、それまでに戦車を選べ。

 億泰、康一くん。君たちも最善を尽くしてくれ。でなければ」

 

承太郎が、らしくもない『タメ』を作った。

 

「俺も賛成せざるをえなくなるぜ。蝶野教官の『提案』にな……」

 

真後ろにいる康一が、ブルブルブルッと震え上がった。振り返るまでもなくわかるのだ。承太郎が下がったのを見計らって、桃が前に出る。

 

「東方仗助。欲しい戦車が決まったなら、西住に言え。

 それ以外の者は準備を万全に整えておくように」

 

それだけ言ってプイと顔をそむけ、格納庫に去っていく。ケータイを盗られた溝は深い。ことの重大さを考えれば当然の態度ではある。

 

「……どうするの? 仗助くん」

 

康一が脇から手を引いてきた。場はすでに解散となっているが、ほとんど誰も立ち去らない。やや遠巻きにこっちを見ているのが多数だ。値踏みをするように見てるヤツ、こそこそ話しながら少し怯えの表情を浮かべてるヤツ。バレーか何かのユニフォームを着てるヤツらは、目が合うと、軽く手を振ってきた。

 

「すでに決まってるぜ、二台ともよぉー。まずは」

 

大股で歩いて向かう。ここにいるメンツの中では最もチビなヤツのところに。向こうも予測済みであったようで、両手の甲を腰に当て、ふんぞり返るように待っていた。

 

「頼むぜ、会長さん」

「いちおー聞いとこっか。どうして私達かな、東方隊長」

「まず、ひとつは会長さん。あんたが頼れるからッスよ。

 音石明の作戦を見抜いて、トドメまで刺した会長さんを敵にする気はねぇーぜ。

 軍師っつーか、ブレーンっつーか。そのあたりでぜひ力を借りたいッス」

「ナマケモノだよー私ゃ。戦車の中で干しイモカジッてるだけだもんさぁー」

「それは冗談ッスね。少なくとも音石の前じゃあよ」

 

会長、こと角谷杏の目がスッと細められる。

 

「フンフン……もうちっとクドいてみてよ、『私達』をさぁー」

「まだ人物を語れるほどの付き合いもねぇーッスけど、

 小山センパイも河嶋センパイも、

 会長さんを心底信頼してるっつーのはわかるッスよ」

「ソコ、オレにちっと噛ませろよぉ~、仗助」

 

後ろで億泰が手を挙げて、前に進み出てくる。意外そうに首をかしげる杏。

 

「おっ、クドくのは虹村くん? 硬派だと思ってたけど、ドッチかというとさぁー」

「ほっとけよ。そいつはともかくよぉ……

 河嶋のヤツがオレの兄貴までマヌケ呼ばわりしやがったのは、

 ムカツキはするが当然だと思っているよ。

 ダチや家族が殺されるかもしれねぇーんだからよ。

 原因作ったのはオレだ。逆恨みはしねぇ……」

 

億泰は噛み締めるように、言葉で当時を振り返っていく。心をえぐられるような『怒り』や『悲しみ』を前にすると、もう一方で『正しさ』の箱を開け、それらを並べて比べていくようなところが、こいつにはある。やはりこいつも、音石明を逃してしまったことが相当こたえているのだ。この答え方を見ればわかる。杏も、目をそらすことなく聞いていた。

 

「んでもって小山さんはよぉ、河嶋のヤツをイジメたオレを、

 にらみつけて『帰れ』っつったよな。

 オレ頭悪いからよー、モットモらしー理屈はナンにもねぇーけど。

 信用できるぜ! あの『怒り』はよぉー。

 ダチがキズつけられて、黙ってねえヤツらだ」

「オイコラ! 誰がイジメられた! 誰が!」

 

格納庫に入っていたはずの桃が、ダッシュでこちらに突っ込んできた。

少し遅れて、柚子も小走りでやってくる。

 

「あ? 誰がって、テメーが、オレにだよ!

 ヒンヒン泣きわめいてたじゃあねぇーかッ 悪かったとは思ってるぜぇー」

「ヒト聞きの悪いコトをぬかすなッ!

 私が泣かされたのは会長にであってお前にナンかじゃあなぁーいッ

 第一なんだその態度は! 私は三年で、お前は一年坊だろーが!」

「ンン? 兄貴と同い年ってぇコトかよ。こりゃ言われてもわかんねぇーなぁー」

「オ・ク・ヤ・ス・く・んッ!」

 

億泰と桃が罵り合いに発展しそうになった直前で、康一が二人の間に割り込む。正直、仗助としても助かった。話が進まない。

 

「昨日のこともう忘れたの?

 あの後ムチャクチャ説教されたじゃあないか、華さんにッ!」

「ウグッ!」

 

昨日、蝶野が去った後、億泰は一人、華に呼び出されて格納庫裏に連れ去られていった。例のごとくウヒョルンしながらノコノコついていった億泰が長時間戻らないので皆で見に行ったら、そこには正座で説教されている億泰がいた。

 

『あなたの振る舞いで軽く見られるのは、東方さんや広瀬さんなんですよ。

 もちろんあなた自身もです。私は、私のお友達が軽く見られるのなんてイヤです。

 虹村さんもそのはずです。私はそう信じていますよ』

 

華が言うには、初対面である蝶野への態度があまりにヒドく目に余ったため、さすがに忠告が必要だと思ったとのこと。怒るのではなく、ただ淡々と、しかしグウの音の出ないほどに詰められた億泰は、憔悴しながら『スイマセンでしたァ~』と謝るしかなかった。ちなみに後をつけてコッソリ覗いていた全員も怒られた。億泰だけを連れ出したのは、公衆の面前で恥をかかせないためだったらしい。

 

「翌日に約束破るなんてさぁ~、ぼくだったら軽蔑しちゃうね!」

「か、カンベンしてくれよぉ康一ぃぃ~~。わかったよ、男の約束だもんなぁ~。

 スミマセンっしたぁ! 態度改めるッス、河嶋センパイッ」

「な、なんだ? 何の話だ気色悪いッ、わけがわからんぞ」

「おい、そりゃねぇーんじゃあねーのか、お望み通り態度改めたのによぉ」

 

話の見えない桃が一人置いてけぼりになったせいで、気色悪がられた億泰がまたイラッとし出す。まさか、いつまでもこんなやり取りを続けるつもりじゃあないだろうな。仗助が実力行使も含めて対応を検討し始めると、杏がブッと吹き出した。

 

「ドッキリが台無しじゃんかー河嶋ぁー」

「ハッ! も、申し訳ありません、会長ッ」

「いーよいーよ。最後までクドき文句を聞かせてから、

 全部聞かれてるよー、ってドッキリだったけど!

 コレはコレで面白かったしねぇー」

 

スカートのポケットからケータイを取り出し、通話を切る杏。合わせて、柚子も同様に通話を切っていた。

 

「で! ふたりとも、どう思う?

 ついていっちゃっていいと思う? 東方くん達にさぁー」

 

そして、杏は二人に決定を委ねてしまう。このためのドッキリであったようだ。振られた桃は、あまり考える様子もなく即答する。

 

「私は、会長の判断に従います。会長が良いと言うなら否やはありません」

 

柚子の方は、少し黙ってから億泰の方に目をやり、聞く。

 

「虹村さん。あの時、桃ちゃんに言った言葉にウソはないですか?」

 

億泰は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに顔が引き締まる。

 

「ああ、ウソになんかしねぇーぜ。

 これ以上、オレのせいで兄貴を笑いモノになんかしねえ」

「わかりました。信じます。

 それが嘘でない限り、あなた達を手伝ってもいいと思います」

 

柚子も引き締まった顔で応じ、それを見て杏はニッカリ笑ってふんぞり返った。

 

「棄権2、賛成1。

 よってカメさんチームは東方隊長のために全力で戦いまぁ~っす!

 お手並み拝見。存分に使ってくれたまえよ!」

「グレート、きわどいぜ。

 小山センパイがダメだったら断られてたっつーわけか」

「んーん、そんなことないよ? ただし、積極的に協力しなかったかもね」

「フツーに怖ぇーぜ、それ。会長さんだとよ……ま、いいや」

「そーそー、気にしたら負けだぜー」

 

腰のあたりをバシッと思い切りひっぱたかれた仗助は思わずのけぞり、その隙に杏は小走りで駆け去っていた。

 

「あともう一チーム、ガンバッてナンパしてねぇ~」

「ナンパって、おい……純愛派なんスよ、仗助さんはァー」

 

ニマッとだけ笑い、すぐに杏は格納庫に姿を消す。桃も足早にそれを追い、柚子だけは振り向いて軽く手を振った。残された仗助達も、今とくに後を追う理由はない。杏の言う通り、残る一チームに声をかけなければならないのだ。

 

「で、ドーすんだよ、仗助ぇー。

 単純に考えりゃあ『2対3』ッ しかもオレ達ゃ戦車のドシロウト!

 マトモにやっちゃあ勝ち目ねーのはオレにだってわかるぜぇー」

「言ったろーがよ億泰、すでに二台とも決まってるってよ。

 まず会長さんの38t!

 こいつはオレ達自身が乗ったから、多少はわかってる。

 西住達を除けば、一番気心も知れてるし、マジに頼れる。

 後々高くつくかもしれねーがよぉー」

「スタンドのことも、一番理解してる人だ……

 しかも、38tは、あの戦車の中じゃあ一番早い!

 『矢』を持って『逃げ切る』ことだけを考えるなら、

 最高の選択かもしれない!」

「調べたのかよ……気合入りまくってるなぁ~康一よぉー。

 本屋行ったけどスグあきらめちまったもんねオレ」

「命がけだよ! 必死にだってなるよぉ~ッ」

 

主にかかっているのは他人の生命だが、どのみち地獄は見たくない。その辺は仗助とてまったく一緒なので、康一と同じようにそれなりの労力をかけてきた。

 

「ならよ康一。オレの次に考えそうなこと、わかるよなぁ~」

「う、うーん……戦車の扱いじゃあ勝てないのなら、

 スタンドの戦いに持ち込むしかない。

 なら入り組んだ場所に引っ張り込むしか方法ないから……

 『チハ車』かなぁ~」

「そいつも考えた。

 だがよぉ~、すでにそれ自体、戦車の扱いを要求されちまってるぜ!

 そして一番致命的なのが、『チハ車』じゃ4号戦車は倒せねぇ!

 どっから撃っても効きゃあしねぇ!

 ガン無視で『矢』だけ追っかけられたら、ことと次第によっちゃあ

 『1対3』に持ち込まれちまう」

 

仗助があさったのは、戦車道関連のムックである。それらを読む限り、後期型であれば4号戦車の装甲を至近距離から抜けなくもないらしいのだが、他に選んでいい戦車は二台もいる。わざわざ低火力を好んで選ぶ理由がない。チハ車に乗っている奴らがどれほどの腕前かもわからない以上、危ない橋以外の何者でもなかった。

 

「じゃあ、どうするの?

 つまり『無視できない攻撃力がほしい』、そういうこと?」

「そうだな。となると、あの中で一番ヤバイのは」

「そう、私達だ!」

 

いつの間にか忍び寄られていた。背後には四人の影。さっき、仗助達を値踏みするように見ていた一行だった。

 

「なっ、何モンだテメーらッ!」

 

ビビッた億泰が飛び退りながら指をさすと、四人組は待っていたかのように名乗りを上げる。

 

「カエサル!」

「エルヴィン!」

「おりょう!」

「左衛門佐(さえもんざ)!」

 

赤マフラー、軍帽、モサモサ髪の猫背、六文銭ハチマキが、テンポよく順番に後を継いでいき、最後にようやく億泰の質問に答えた。が、それも今ひとつ答えになっていなかった。

 

「四人合わせて、カバさんチームだぜよ」

「か、カバぁ?」

 

カバのように間の抜けたツラをカマした億泰の前に、軍帽の金髪、エルヴィンが苦笑しながら進み出る。

 

「3号突撃砲を預からせてもらっている。

 君達が欲しいのは、あの長砲身だろう?」

「あ、ああ……間違いねぇーぜ。西住に渡したくねえのはそいつだ。

 おめーらが敵にいる限り、オレ達は常に『一撃死』に

 おびえるハメになるからよ」

「聞いたか、みんな」

 

片目の眉だけ上げて、エルヴィンは三人に振り返った。

 

「そこまで恐れられると、ハンニバルにでもなった気分になるな」

「いやいや、河上彦斎……は、あんまりウレシくないか」

「ここは伊藤一刀斎で。一撃でカメごと真っ二つだ」

「それだな。って、恩人が困っているぞ」

 

よくわからない密談をしている一行に首をかしげるだけにされた仗助だが、向こうもそれはすぐにわかったようで、全員居住まいを正して向かい合う。どうやら、カエサルと名乗った赤マフラーがリーダーらしい。

 

「ともかく。よく私達を頼ってくれた。

 この上は恩人のために全力を尽くそう」

「恩人って、オオゲサだなぁ~。

 むしろ、音石明を逃してメーワクかけちゃった側なんだよなぁ~、ぼくら」

「だったら一蓮托生と言い換えてもいいぞ。

 超能力者と共闘するなんて、トロイア戦争でもないとありえない。

 だとすれば神々の戦いさ……ワクワクするよ」

「加藤段蔵とか果心居士も『スタンド使い』だったのかな。

 こんな現実を見る日が来るなんて」

「あのヒトラーも不可思議な力を捜し求めていたという。

 『スタンド使い』を知った以上、与太話じゃあないな!

 それこそ究極の生命とか探っていたのかも……

 まさか! ヒトラーが持っていたという『ロンギヌスの槍』。

 アレは『矢』では」

「なんだって?

 すると、『ロンギヌスの槍』が最初に貫いたかの人は当然……

 いや、かの人を貫いたから『矢』になったのか?

 それとも『矢』がかの人を作ったのか?

 当然、その『死体』も……」

「もういい、もういいって! アツすぎるぜオメーら!」

 

仗助の懸念としては、一般人とは明らかに外れた力を持つスタンド使いに、異物として隔意を抱かれてしまう恐れが拭いきれなかったのだが。この様子を見る限り、むしろまったくの逆。こいつらは楽しみにしかしていない。味方として指名されたかったからこそ、こっそり背後まで忍び寄ってきたのだろうか。しかしこいつら、非常にメンドクサい気配をヒシヒシと感じる。あの秋山の戦車バカすらしのぐかもしれない。カエサルはヨーロッパの大昔とかその辺。左衛門佐は多分、戦国時代。ハチマキの六文銭からしてアレだし。この様子だと、エルヴィンは第二次世界大戦のあたりか?

モサモサのおりょうについては、全然わからないが……語らせると長い、歴史オタクどもの集まりであるようだ。早くも圧倒されつつある。

 

「このアツさが私達だ。まあ、合わせろとは言わないから。

 『また何か言ってる』くらいに思ってくれればいいよ」

「わりィがそうするぜ……シッタカぶってヤケドしたくねーしよ。

 ただ、『恩人』はやっぱり『ねー』ぜ。

 名字でも名前でも好きに呼んでくれよ」

「じゃあ、よろしく。東方、虹村、広瀬」

「頼んだぜ、カエサル、エルヴィン。おりょうに、左衛門佐よぉー」

 

全員で、入れ替わり立ち替わりで握手していく。億泰がまたダラシない顔になるかと一瞬思ったが、思ったよりも変化はない。ノッケからキャラの濃さを見せ付けられたせいだろう。

 

(味方をそろえることは、できた……おそらくは最高の形でな。

 あとは作戦だがよぉー、西住のヤツを出し抜かなきゃあならねぇーぜ。

 生命はかかっちゃあいねーけど、負けちゃあならねー大一番。

 仗助くんならやれる! やってやるぜぇ~~ッ)

 

作戦を詰められるのは現地到着後の、たった三十分だった。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




次回。ようやく、ホントにようやく戦車に乗って戦います。
戦場は当然、大洗女子学園の学園艦上です。


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戦車戦にチャレンジしよう!(5)

ジョジョ4部アニメの3期OP、イイッスねェ~
あの、みんなで空を指差すシーン。
この作品も、杜王町の皆と大洗女子学園の皆で
同じように空を指差すシーンが想像できるような作品にしたいモンです。

それはともかく、早めのお届けができました。
今回はみぽりん視点ですね。


すでに戦いは始まっている。西住みほ(にしずみ みほ)は、いつものようにキューポラから顔を出そうとし、直後にやめた。少なくとも今は、絶対にできない。

 

(一番マズイのは、虹村くんに『誘拐』されて、そのまま殺されちゃうこと)

 

先ほどの作戦会議を回想する。東方チームがとると想定される戦法は、38tによる『ガン逃げ』。作戦目標として戦闘領域外への逃走が必須であり、かつ戦車を一両だけ撃破すればいい彼らが戦車全てを投入して攻勢に出てくることは、考えにくい。数の不利に加えて指揮官の練度で大きく水をあけられており、正面から戦ってもどうしようもないはず。それがわからない仗助では、絶対にないのだ。となれば、必然的にスタンドの使い方で優位を見出す戦いになる。そして、その中でもっとも恐ろしいのは、虹村億泰のザ・ハンドだった。

 

「顔を出さないで下さい、西住どの」

「うん、わかるんだけど……つい、クセかな」

「しっかし、モノを近くに引き寄せるだけの能力だと思ってたら、

 トンデモなかったよねぇー」

「空間ごと何もかも削り取る。戦車の装甲すらまったく意味がない、か」

「実演されなければ、『触られただけで即死』は納得いかないところでした」

 

死亡判定の説明にあたり、ザ・ハンドだけは明確な特別扱いを受けたのだ。すなわち、『右手で触られたなら即死亡』。それは何故かを説明するために、億泰は廃材の装甲板をひとつ、削り取ったのだ。直後に、何事もなかったかのように復元された装甲板は、しかし妙に短かった。削り取られた部分は、決してたどり着くことのできないどこかへ消し去られてしまったという。あの『ガオン』という独特の音が何を引き起こしているのか理解させられたみほ達はゾッとした。能力の詳細を知らずに戦わされたら、初見殺しもいいところではないか。音石明事件の際にザ・ハンドの真価を発揮しなかったのは、人質である優花里ごと削り取ってしまうからだったのだ!

 

「だから、虹村くんに貼りつかれたらオシマイ。

 『ガオン!』で私達は全員死んじゃう」

「これほどオソロシイ対戦車攻撃はありませんねぇ」

「しかも『空間が閉じて』遠くのものを引き寄せられる……

 イカレてるぞ、あのアホめ」

「どう考えても、戦車一両を撃破しなければならない東方チームの『切り札』。

 受けて立ちますよ、虹村さん」

 

全車両、一定の距離を保ちながら開けた場所を走り続ける。東方チームの方角には向かっているが、一直線に目指すのではなく、開けた場所のみを選んでいく。先手は進呈してもよい。だが奇襲は決して許さない。そして彼らとて、いずれは仕掛けざるをえないだろう。戦車一両の撃破は勝利条件なのだ。敵に回った3号突撃砲も、今はどこかに潜み、狙撃の機会を伺っているはず。みほとしては、3号突撃砲を取られることは想定済みであり、その判断の上を行かなくてはならない。

 

「優花里さん、ムーンライダーズの索敵はどうかな?」

「定時連絡に変化なし。まだ敵を発見してません」

 

今回はスタンド使い同士の戦いでもある。スタンドは東方チームの専売特許ではない。空前絶後の射程距離を持つというムーンライダーズは、単独で索敵網を構築できる。最大の課題であった、勝手に動いて制御できないという問題は他ならぬ仗助のおかげで克服しているのだ。であれば、この戦場で彼らを存分に苦しめることこそが恩返し。優花里とも、その点で意見は一致している。

 

「虹村くんは……開けたところには絶対にやってこない。

 そんなところで襲い掛かっても、

 機銃でやられちゃうことなんてわかりきってるはず」

「ですから、来るのは必ず物陰から。そうやって見ると」

「襲撃のポイントはおのずと絞られる。

 この林にいない。索敵でわかった。なら」

「次はこの先の橋でありますね。

 いつか4号戦車がみんなに狙い撃ちされたあの場所です」

「予想が当たったと見るべきかな。

 優花里さん、ムーンライダーズ全員で偵察に当たらせて」

「了解ッ、コジロー……いえ、ライダーズ1! 全員集合の合図です」

『カシコマッタ!』

 

みほは考えた。虹村億泰のザ・ハンドをもって戦力の劣勢を覆すにはどうするか。物陰から直接襲い掛かる方法は、それでも充分に有効だが下策である。戦車一両を倒すという目標を達すればまだいいが、失敗した場合、戦車三両から逃げ延びる可能性が限りなくゼロ。唯一と言える逆転の目を、そんな風に無造作な捨て駒にしてしまえるか?

ザ・ハンドの能力は削り取るだけではなく、遠くのものを引き寄せることもできる。もし、それが戦車ほどの質量であっても可能だというのなら。

ザ・ハンドが戦車を相手に最大の攻撃力を発揮できる地形は、ずばり川だ。仗助は、そこに戦線を引いてくる!

3号突撃砲も、川の向こうから一方的にこちらを撃てることになる!

 

「いいですか、ライダーズ!

 探すべきは虹村どのだけじゃあないんですよぉ!

 3号突撃砲の観測員をやっている誰かがいるかもしれません。

 確認次第、即刻報告ですッ」

『アイサーッ!』

『撃タセテクレヨォーッ司令官!』

「ダ・メ・ですッ! 私達の任務は偵察と4号戦車の直衛!

 それ以外は絶対に禁止ですよ!

 わかったら、GO! GO! GO!」

 

優花里がムーンライダーズに指示を出し終わったのを確認すると、みほも全車一斉に指示を出す。

 

「全車両、ゆるやかに後退してください。

 安全を確認するまで、川には近づきません」

 

この川は、橋から水面まで5~6メートルはある上に水深も深い。シュノーケルつきの戦車が自分から入った場合ならともかく、上から真っ逆さまに落ちてしまえば、おそらく一発で撃破判定が出てしまう。

 

(トラウマえぐってくるなぁ、東方くんも……)

 

彼にそんなつもりはないだろう。そもそも、あの事件自体、彼は知るまい。わかっていても、気分はどんより曇り空になる。だが今は、それにこそ感謝せねばなるまい。ザ・ハンドを使って戦車を川に引きずり込む。この可能性に気づいたのは、あの経験あってこそなのだから。そして、考え方を変えてみればいい。逆に考えればいい。自分が、仗助にボコを治させたように。今、あの時を『なおす』機会を仗助がくれているのだと。ならば自分にできることは、さしずめ『塗り替える』こと。たとえ中身は変えられなくとも、彩りを変えることくらいはできるはず。

 

(ウン、燃えてきたかな。負けないよ)

 

みほは知らず知らず、拳をグッと握った。なるほど、巧妙な落とし穴だ。だが、わかったからには付き合う義理はないし、考えすぎなら、なおラッキーだ。

 

「優花里さん、定時連絡は?」

「変化ありません。やりますか?」

「もちろん、やるよ。

 全車両停止。通達したポイントに一発撃ちこんでください!」

 

これは当てずっぽうに等しい。想定されうる狙撃ポイントのうちひとつを狙い撃ちにするだけだ。だが、敵がいるならこれで動く。動かないというなら、順繰りで次の狙撃ポイントに撃ちこんで行くのみ。

 

「動きはないようですね。みほさん」

「なら、次だよね。

 全車両、前進……停止! 次のポイントを撃ちます!」

 

別にかまわないのだ。こちらが敵の位置をつかんでいないことがバレようと。想定通り、ここに戦線を引いているならば、狙撃ポイントがある程度限られる以上、いずれは命中することになる。敵側からなんらかの形で動きを見せざるを得ない。逆に、ここ以外で待ち構えているならば……願ってもないことだ。つまり、最も恐ろしいザ・ハンドの脅威はガタ落ちということ!

戦車三両の密集陣形をとっているだけで対処できてしまう。戦車一両を引き寄せたところで、残り二両の車載機銃でペイントまみれにしてやるだけである。なお、今回、戦車砲に装填されているのもペイント弾だ。直撃しても人は死なない。むろん、水が満タンに入ったバケツを顔面に全力で叩きつけられる程度の覚悟は必要になるが。

 

「!! この銃声、定時外連絡ありです!

 敵発見! 主目標、つまり虹村どの!」

「来たッ……『ホイホイ作戦』、開始です!」

 

全車両、狙い撃つ目標が変わる。川をはさむガケ付近に次々と着弾するピンクのペイント弾。当然、狙いは億泰だ。岸壁に穴を掘って潜んでいた億泰を、砲撃でいぶり出す。撃ちながらも全車両、少しずつ後退していく。

東方チームからすれば、億泰だけが狙い撃たれる格好だ。億泰がここで発見された以上、3号突撃砲が橋向こうに潜んでいるのも確定である。さもなければ、戦力を無意味に逐次投入する悪手を仗助がとっていることになる。彼は、そこまでたやすい相手か?

あの音石明を、ザ・ハンドの一手で完全に無力化した彼が?

戦車砲で撃たれること、それ自体を丸ごと攻撃に転用してしまった彼が?

絶対に違う。だから、3号突撃砲は確実にいる!

 

「ライダース3、伝令ですかッ」

『出タゼッ、ターゲットガ耐エカネテ飛ビ出シタゼ!

 コッチに向カッテイル!』

「でかしましたッ ライダーズ1、全員集合の合図!

 4号戦車の上で方陣です。 虹村どのを迎撃しますよッ!」

「全車両、微速前進です。ザ・ハンドが来ます。

 『引き寄せ』を警戒してください!」

 

敵の配置はわかった。向こうにザ・ハンドがあるなら、こちらにはムーンライダーズがあるのだ。あとは、トゥルー・カラーズ。『ホイホイ作戦』の成否は、自分のスタンドにこそかかっている。だが、直後。想定外の報告がやってきた。

 

『司令官ッ、ターゲットヲ見失ッタゾ!

 空間ヲ削ッテカラ、コツゼント消エヤガッタ~!』

「なッ……空間を削って、虹村どの自身が消えた?」

「やられたな」

 

慌てる優花里の声を受け、麻子が忌々しげにつぶやく。

 

「麻子、どういうこと?」

「『削った空間が閉じる』……

 多分、これを『引き寄せ』とは逆に使ったんだろ」

「逆に……ということは、虹村さんご自身を『飛ばした』?」

「ただのアホだと思いすぎた。訂正が必要だな。

 ブッ飛んだドアホウだアレは」

「そ、それは置いといて! な、なにそれ?

 つまり、アイツは『テレポート』し放題の『アポート』し放題ってこと?

 オマケに戦車を『右手』一振りで壊せる?

 どどどどうすりゃいいのよォ~~ッ!」

 

ここ数日、超能力関係の本を買いあさって自分なりに研究していたという沙織だったが、それをもってしてもここまでの事態は想像を超えていたらしい。みほもそうだし、麻子ですらそのようだ。

 

「これがスタンド使いの戦い。

 敵に回って、改めてその恐ろしさがわかる気がします」

「まだ砲すら交えてないんですよぉ~五十鈴どのッ

 スゴさをホメるのは勝ってからにしましょうよ! イギリスみたいに」

「その通りです、優花里さん。

 今、重要なのは、虹村さんがどこに行ったか、ですね」

 

おもむろに頭上のハッチを空け、わずかに顔を出す華。その仕草に、誰も疑問を覚えない。4号戦車には、乗員各々が顔を出せるハッチが存在しているが、まさかこんな形で有利に働くとはみほも思っていなかった。においで索敵するなんて、戦車道ではありえない。

 

「……少なくとも、至近距離にはいませんね」

「アイツのにおいなんか覚えてんのー? 華ぁー」

「覚えていますよ? 戦車道メンバーのにおいは全員覚えました。

 ある程度近づけばにおいでわかります」

「ウワァァー、私の友達の人間離れが加速していくぅぅーッ」

 

身悶える沙織に、みほは、ただ苦笑である。スタンド使いになった時点で、自分とて少なくともタダの人間じゃあないのだ。さりとて、人間をやめた覚えもとくになく、この場の全員、それは同じである。

 

「でも、おかげで負ける気はしなくなった! どうしよっか?」

「もう一度、対岸の狙撃ポイントを狙いに行きます」

「それはいいけど、虹村くんどうすんの?」

「襲ってくるなら『ホイホイ』するだけ。だけど問題は、来なかった場合」

「来なかった場合?

 来なかったら、川をはさんでにらみ合いになるだけ……」

「みほさん、あなたはこう言っているんです?

 『虹村さんのザ・ハンドも囮』、そう言っているんですか?」

「断言はできないよ。だから『試す』」

 

全車両、またも前進し、狙撃ポイントの狙い撃ちに入る。だが、今度はそうはいかなかった。対岸から砲声が響き渡る。一斉に散開したところへ、狙い済ました一撃が着弾した。ぶちまけられるスカイブルーのペイント。

 

「撃ってきた、撃ってきましたね西住どのッ! しかもこの正確さ……

 間違いありません、虹村どのが観測員をやっています!

 観測員は虹村どのです!」

「ザ・ハンドも囮、って、まさかこのこと?

 本人は『テレポート』でアッチコッチ動きながら、

 こっちの場所だけデバガメし続けて3号突撃砲に報告してるっていうの?

 いッ、イヤラし~~~~ッ そんなの対処できないじゃない!」

 

3号突撃砲とザ・ハンドの合わせ技。今、沙織が言っているような使われ方で攻められることも、みほは可能性のひとつとしては考えていた。3号突撃砲の最大射程は6km。観測員つきでバカスカ撃たれると、こちらとしては手が出ない。しかし、この戦法は決め手を欠く。当然ながら、離れれば離れるほど標的への命中は困難になるし、なにより3号突撃砲の保有する弾薬にだって限りがある。ただの一両で撃ち続けられるわけもなく、弾切れすれば、もはや丸裸である。これだけに頼るのは相当にリスキーだ。

 

「だとすれば、こんなシチメンドクサイ方法。よく虹村が納得したな」

「言われてみれば確かにですねぇ冷泉どの。

 『ウダラァ、メンドくせぇーーーッ!』って言いそうですよね。

 虹村どのだったら」

「プッ! 似てる、それスッゴイ似てるよゆかりん!

 笑い事じゃあないけど」

 

そして、今の麻子と優花里の会話で、みほの心中にあった懸念は確信に変わった。億泰は、今この決め手のない状況に、何も疑問を持っていないのだ!

 

「わかったよ。東方くんの作戦が」

「え……さすが西住どのッ! で、その全貌とはッ?」

「ザ・ハンドと3号突撃砲、それと川で作った戦線は、単なる『仕込み』!

 ただ私達を『ここにいさせる』ことが目的だよ」

「そ、それって、つまり……アッ!」

「……恐ろしいものですね。『まさかやらないでしょう』をあえてやってくる。

 気づかなければ一網打尽にされていたかも」

「『矢』を二の次にするのか。だが理にかなっているな」

「ど、どゆこと? ねぇ、サミシイんだけど」

 

優花里は理解した。華と麻子も遅れて理解したようだ。沙織だけは追いついてきていないが、すぐにわかることだろう。

 

「この状況、逆用します。

 『ホイホイ作戦』改め、『もっとホイホイ作戦』です!」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




次回は、仗助サイドからコレを描くと思われます。
しかし書いてみればザ・ハンドをひたすら怖がる話になってしまった感。


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戦車戦にチャレンジしよう!(6)

皆さんからいただいた感想と、『戦車戦にチャレンジしよう!』の
(4)以降を読み直して、説明不足の部分が浮き彫りになりました。

・試合開始時に『矢』を持っているのは東方チームである

これがドコを読んでもわからない状態にありました。お詫び申し上げます。
(4)にあった承太郎の説明を加筆修正しています。

今回は仗助視点。しかし時間的にはむしろ(5)の前になっています。


「東方くんの考えはわかったよ。

 ウン、よくデキてる、ナカナカデキてる」

 

東方仗助(ひがしかた じょうすけ)は、チームの皆を集め、地図を見て考えた作戦を語ってみた。この中でもっとも頼りにしている角谷杏は、それを聞いて満足そうに頷くものの、表情と言葉のニュアンスは、決してGOサインではない。確実にこう言っている。『これでは勝てない』と。身を乗り出す仗助。これをこそ期待したのだ。そこに手を挙げて、発言の許可を求めてきたのはエルヴィン。

 

「つまり、東方の作戦は『水際作戦』ということだな。

 川を防御陣地とし、3号突撃砲で支援しながらザ・ハンドで敵主力を拘束。

 そこに合流したクレイジー・ダイヤモンドが、

 エコーズの支援の下で奇襲を仕掛ける。

 そのタイミングで38tが橋を渡り、残存戦力を1両ずつ集中攻撃して殲滅」

 

説明した内容を地図を指差しながらおさらいしてから、エルヴィンもまた称賛してくる。

 

「天然の防御陣地は予備とし、その先に主力を置いて戦線を構築。

 そうやって陣前消耗を強いているところに、

 戦車の入れない林の中から奇襲をしかけ、最終的に包囲殲滅。

 ここまでの作戦を、この短時間で立てたのは見事だと思う。

 ここに来るまでにいくつか戦術をすでに考えてきていたんだろうが」

「ハッキリ言っていいんだぜ、エルヴィンよぉ~

 むしろオレとしちゃあ、そいつを言ってもらいたいからよ」

 

言葉の途中でさえぎられ、口ごもったエルヴィンは、咳払いをひとつしてから気を取り直し、仗助の希望を聞き入れた。

 

「わかった。はっきり言う。このやり方では勝てない。

 西住隊長はおそらく、最初からスタンド使いの迎撃を

 最優先にした戦術を取ってくる。

 それがわかっているから、君も38tを戦力に組み込んだんだろう?」

「ああ……西住率いる戦車三台と戦うのに、

 こっちの戦車を一台『運び屋』に使っちまったら

 ますます勝ち目がねぇーってのが一番大きいがな」

 

仗助が答えたところで、カエサルが手を挙げ、エルヴィンの後を引き継ぐ。

 

「距離と装甲を無意味にするザ・ハンドが積極的に攻めてこない時点で、

 まず確実に伏兵を疑うな。そしてこの状況、この陣容で

 伏兵として機能するのは東方と広瀬だけ。

 音を操るエコーズである程度だますにしても、

 向こうには七体のミニチュア騎兵……ムーンライダーズがいる。

 これに見つかった時点で、万全の態勢で迎撃される。そうなってしまえば」

「ザ・ハンドは単独で敵中に孤立。後は各個撃破、だぜよ」

「さながら長篠の戦い。

 戦力の中核を失って、勝ち目のない消化試合に……ウウッ」

 

おりょうと左衛門佐がオチまで言ってくれたところで、仗助は腕を組んで首を傾けた。

 

「ザ・ハンドの恐ろしさを知ったからこそ、

 ムーンライダーズは防御に集中すると踏んだんだがよぉ~」

「そう、逆だよ!

 恐ろしい威力を前面に出してこないからこそ、そのタイミングでバレる。

 そして、バレた時点で歩兵の強みは消滅するんだよ。東方」

 

反論はできない。エルヴィンにも、カエサルにも。戦車の機銃、三台分に同時に襲われて無事でいられると考えるほど楽天的には、仗助とてなれない。苦し紛れに杏にも意見を求めてみると、モッチャモッチャと干し芋を頬張りながらも応じてはくれた。

 

「会長さんも同意見ッスか? 様子見てる限りだとよぉー」

「ソコまで深く考えてないよ?

 けどさ、どれも西住ちゃんの想定通りに収まっちゃうと思うんだよね。

 落ち着いてひとつずつ対処されてさぁー、

 そのままジリ貧になっちゃうんじゃない?」

「グレート。そこまでなのかよ、隊長としてのアイツは」

 

近距離パワー型のスタンドに目覚めながら、相手を殴ることに躊躇する西住の顔を思い出す。あの引っ込み思案のお人よしが、そこまでの圧力を持って攻めてくるというのが今ひとつ想像できない。などと思った自分の頬を、両手でパチンとひっぱたいた。

 

(バカヤロ~~~思い出せよオレ!

 アイツは『やる』と決めたら『やる』ヤツなんだぜ~

 しかも今回は『戦車道』! 誇りを持ってる専門分野!

 透明な赤んぼを助けたときの、ある意味、手段を選ばねーやり方が

 一切の気兼ねナシに向かってくるって事だぜ!)

 

音石明との戦いでも、戦車に戻るなり一瞬で効果的な援護をしてきたのだ。あそこでキャタピラを破壊できなければ、戦いが少し長引いていただろう。秋山は、ジョセフの奇跡を持ってしても間に合わず、そのまま帰らぬ人となっていたかもしれない。西住は『死の運命』を変えた。秋山にしても、赤ん坊にしても。そう考えた途端、にわかに闘志が沸いてきた。

 

「ん、どしたの? スゴ味が出たねぇーイキナリ」

「いや、別に。思い出しただけッスよ。

 聞くまでもなく、アイツはすげぇってことをよ……」

 

不意に、カバさんチームの視線が一斉に集まる。見てくるだけで、何か言ってくるわけではない。仗助も、とくに気にしないことにする。

 

「だがよ、負ける気はねぇーんだぜ。

 想定通りじゃ勝てねーってんならよ、ドギモを抜くまでだぜ」

 

億泰が手を挙げた。ハイ、ハーイと声を出しながら。

 

「だったらよぉー、川の手前で全員ぶつかっちまおうぜ!

 メンドクセーこと全部ヌキで、ココで叩き潰しちまうんだよッ」

「アホかーーーッ!」

 

得意げに地図を指差して、指先と指先をぶつけてみせた億泰に、桃がいきり立って38tの装甲板をバーンと叩く。叩いてからジワジワと涙目になり、手を必死でフーフー吹いている。

 

「ンだよてめーッ 文句あんのかよ」

「大アリだ、このドマヌケッ!

 何のために川に陣取ると思ってるんだッ

 こんなトコロで襲い掛かれば、単に後がなくなるダケだろーが!」

「おーよ、後なんかネーだろが!

 ツブすか! ツブされるか! そんだけでよぉぉーーーッ

 肝心なのは最初の一撃なんだぜぇーッ、そいつでブッ倒しちまえばよぉ~、

 後はマウントとってボコす!」

「言うのは簡単だなぁ~~~ッ、やってみろ! あの西住に対してッ」

 

ギャンギャンギャンギャン。

いい加減に飽きないのかこいつら。顔を合わせるたび、口を開くたびに罵り合いしやがって。無言のまま、仗助は額に手を当て、杏は何を思ってかニヒヒと笑う。背後から、康一が億泰を、柚子が桃を羽交い絞めにした。

 

「ホーラ億泰くん、どうどうどうどう」

「桃ちゃんイイ子、イイ子だから止まって、ね」

「ウマかよオレは! わかったよ、ダマるぜぇー」

「桃ちゃん言うなッ! ぐぬぬぬぬ……」

 

羽交い絞めされながらもにらみ合いはしばらく続き、

 

「ケッ!」

「フン!」

 

二人とも、同時にプイと顔を背けて終わった。コイツら、三十分しかない作戦会議のうち、実に六分の一を無駄にしてくれている。残り時間は、あと十分に満たない。そんな中、エルヴィンがまた進み出て、頑張って総括してくれた。

 

「河嶋先輩の指摘している通り、

 指揮官の能力差と場所の拙さから実現不可能ではあるが。

 虹村の作戦は、つまり『急襲』だな。

 出会い頭にイキナリ防ぎきれない規模と速度の攻撃をぶつけて

 敵陣を叩き割るわけだ。

 私としては、先の東方案と折衷すればいいと思う」

 

そこから先は、このエルヴィンの快挙とも言うべき作戦案だった。東方案そのままに川を防御陣地とし、川の手前にてザ・ハンドで敵を拘束。このとき、ザ・ハンドはあえて直接攻撃をせず、観測員となって3号突撃砲の砲撃位置を指示する。この時点で西住チームは、こちらの目的が戦線への拘束であることに気がつくだろう。その間、仗助と康一の乗った38tはひとつ先の別の橋から迂回し背後に回り、そして合図と同時に。

 

「『急襲』する!」

「なるほど! 虹村の『床(とこ)』に東方の『鉄(かな)』ッ!

 『鉄床(かなとこ)戦術』ッ! アレキサンダー大王の十八番ッ!」

「ま、待ってよ! 考えてることはわかった!

 つまり、仗助くんを装甲で守りながら

 敵のド真ん中に突っ込ませるってことだよね?

 けど……これじゃあ気づかれた瞬間に結局一網打尽だぞッ、

 ぼくも、仗助くんも、38tも!」

「あッ、わかったぜエルヴィン! だから康一も乗っけるんだな?」

「そうだ、エコーズで『だます』ッ!」

 

急襲と同時にエコーズを射程ギリギリに展開、38tの走行音を響かせて突き進ませる。地形的に、林の中から不自然な音が響いてしまう形になるが、それでもなお西住チームは注意せざるをえない。無視した場合、もしそれが本命だったなら、ろくな備えも出来ないまま接近と攻撃を許してしまうからだ。

 

「そしてこの突入と同時にザ・ハンドも直接攻撃に移る。

 西住チームはこれで三つの正面を抱えることになり、

 虹村と東方、どちらを撃ち漏らしても致命傷!

 そこに私達、3号突撃砲が橋を渡れば」

「フクロ叩き、っつーわけかよ! イイじゃあねーかッ、気にいったぜぇー

 アッタマいいなーオメーよぉー!」

「ウ……ウン、認めるにやぶさかでないぞ、私は!

 イイ作戦だ……と思う」

 

手の平に拳をブツケて喜んだ億泰に一歩遅れて、桃も『仕方なく認めるんだぞ!』みたいに賛同する。『私も』ではなく『私は』であるところに、またツマラナイ意地を感じないでもないが。このポンコツ先輩にもだいぶ慣れてきた。

 

「どうだろう、東方。東方隊長!」

「グレートだぜ、エルヴィン。言うことねぇーぜ。

 『仕切り』もおめーに頼みてぇーんだが、いいかよ?」

「……『仕切り』? 私が『指揮』をしろと?」

「殴り合いに出ちまうんだぜ? オレはよぉぉー、指揮なんかとれるワケがねぇ!

 すると、こん中で一番、戦場全体を眺めていられる立場にいんのはよぉー、

 川向こうの3号突撃砲だよな。

 ケータイなんて便利なモンもあるしよ、全ての情報は3号突撃砲に集めるぜ。

 そいつを使って指示を出すのは、作戦を組み立てたおめーがいい!

 オレはそう思うんだがよ」

「んん……わかった、引き受けよう。

 エルヴィンの名乗りに恥じない采配、やってみせる!」

 

当初、指揮は杏に振るつもりだったが、杏もまた38tで突っ込むのだ。指揮よりも戦闘の方に忙しくなってしまうだろう。それに、この歴史オタクどもがここまで頼れるとは思わなかった。いや、さすがは歴史オタクと言うべきか。自分と億泰のシロウト作戦を、使える形にまで落とし込んでくれた。3号突撃砲を西住に渡したくないという消極的な理由から選んだコイツらだったが、むしろ3号突撃砲よりもよっぽどの拾い物だったと言える。恐ろしいのは戦車じゃあない。戦車を操る搭乗者だ。スタンドと同じことである。

 

「そんでよー、このグレートな作戦をより完ペキにするために、

 もう一個ばかし小細工を提案するぜ」

 

だからこそ、これは絶対に必要だ。

 

「……つまり、『斬首戦略』か。

 決まれば、西住チームは立て直しも効かなくなる。

 そしてこのタイミングなら、機銃で『撃ち落とされる』リスクも限りなく低い」

「アイツによぉー、考えるヒマは与えねえ。

 ドギモを抜いたら、そのままスタンド使いの土俵に引きずり込む!」

 

…………………………

 

『今、虹村が出た。壁を掘り始めたところだ。38tはどうだ?』

「今、橋を渡ったぜ……敵影なし!

 敵に発見されないように、ここからしばらく速度を落とすぜ」

『了解だ。作戦に変更なし。そのまま進め』

「38t、了解ッスよ」

 

ピッ。柚子ケータイ(また借りた)の通話を切った仗助は、改めて車内を見回した。あの時のようなギッシリ状態ではない。自分の膝に康一が座ってはいるが。すぐ左にはポンコツ先輩、桃がいて、正面にいるのは運転手、もとい操縦手の柚子。『矢』を持っているのは、この柚子だ。『矢』とはいっても、今年の干支『卯』の、単なる破魔矢なのだが。そしてその隣には会長さん、杏。やっぱり干し芋をムシャムシャ食ってるだけ!

 

(足投げ出してんじゃあねェーッスよぉぉー、なんつーカッコしてやがる!

 もうちょいと『慎み』ってヤツを知って欲しいよなぁー、仗助さんとしては!)

 

とか思っていると、杏の首がクルッと回ってコッチを見た。ニヤッと笑って一言。

 

「スケベ」

 

ガタッ!

音を立てて桃が立つ。ビシッと人差し指を突きつけてきた。

 

「オイ東方ッ、会長によこしまな視線を投げてるんじゃあないぞッ!」

「ウ、ウルセーッスよ!

 ンなコト言うんならよぉー、足下ろせよ会長さんッ」

「アッハハー、ゴメンゴメン!

 つい、こーいうのにダラシなくなっちゃうんだよねぇー、

 女所帯だとさぁー」

「カンベンして下さいッスよォー」

 

コイツ、確実にからかいに来ている。だが、からかい返しなんかをしようものなら、さらなる地雷原に足を突っ込むのが見えていた。コイツはそれをわかってやっている。なんてイヤラシーヤツだ。いつか鼻ツマんで泣かす!

心の中で密かに決意するが、そこへいきなり脈絡の無い話が飛んできた。

 

「ザ・ハンドで戦車を川に落とす。えげつないよねぇー」

「は? そりゃあオレだってそう思うッスよ。

 だけどよ、戦車に乗った西住が相手なら、

 接近戦に持ち込むだけでも一苦労だろうしよー」

「だねぇー。西住ちゃんが相手じゃあ、ねぇー」

 

仗助は、これを会心の策だと思っている。これを思いついたからこそ、ザ・ハンド単独で川を防御陣地に見立てることができるのだ。不用意に近づいた戦車がいれば、ガオン、そして、ドボン、だ。だが、杏はおそらく、これを褒め称えているわけではない。表情も口調もとくには変わらない。だが『何かある』。

 

「東方くんさ、『あのこと』知ってんの?」

「『あのこと』? 何かあったのかよ、西住によぉー」

「……知らないなら、イイや。むしろ安心したね!」

 

そして、今の質問は『答え』でしかなかった。『戦車が川に落ちる』、西住はそういう事件だか事故に巻き込まれたことがある!

今ここでそんな戦法を提案した自分に、『それ』を知っているか確かめてくる理由があるとしたら。

 

「会長さんよぉー」

「ンー? なぁに?」

「今までの時間はムダになっちまうがよぉー、

 今からでも億泰案の『急襲』に作戦変更するっつーのもアリだと思うぜ」

 

真顔になった杏は、数秒間、目玉をぱちくりさせた。それから、イタズラッ子のような……だが、少し穏やかな笑みに戻る。

 

「フフン、甘いね東方くん。

 西住ちゃんはねぇー、あの橋の上で十字砲火くらったんだよー練習試合で!

 ギシギシ揺れて4号戦車が落ちそーだってのに、

 全然、取り乱したりなんかしなかったんだよねー

 『川ごときを怖がったりはしない』よ、西住ちゃんはさぁーーッ

 だから私達としちゃ、もっと怖がってもらわないとねーー」

「なるほどよ。了解だぜ会長さん。作戦変更、なし!」

 

ひとつ頷いてから、杏はまた干し芋を袋から引っ張り出す。少ししてケータイが鳴り出した。エルヴィンからだ。

 

『東方だな? 虹村が敵を発見した。

 虹村もムーンライダーズに発見されている!

 敵に後退の様子なし』

「ンじゃあよぉー、始めんのか?」

『ああ。ミョルニル作戦、発動だ!』

「38t、ミョルニル作戦開始、了解したぜ」

 

『鉄床戦術』で『神話の戦い』だからミョルニル作戦、らしいが。仗助には何のことやらサッパリである。歴史オタクどもはウレシそうだったので、それで良しとした。ともかく、作戦は始まっている。あとは西住をぶちのめすだけだ!

38tの機関がうなりを上げ、最大速度に突入したことがイヤでもわかった。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




次回はまた、みほ視点でお届けの予定です。
次はちゃんと時間も進みますので……


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戦車戦にチャレンジしよう!(7)

今回は、みぽりん視点です。
多分、あと億泰視点、仗助視点とやって決着。


「全車に通達! 敵の狙いは挟み撃ちにあります!

 これより、陣形を保ったまま前方の川へ進みます。あえて、です!」

 

西住みほ(にしずみ みほ)はインカムから通達する。きわどい勝負になるのだ。誤解が少しでもあれば、それで終わり。

 

「前方の川に陣取るザ・ハンドと3号突撃砲は、

 戦線を固定するための『見せ札』ッ

 本命は38tと、クレイジー・ダイヤモンド!

 38tの装甲で守られたクレイジー・ダイヤモンドが

 突っ込んでくるってことです!

 私達がまず撃つのは、これです。

 全車前進、ザ・ハンドを迎え撃つ!……『フリ』をします!」

 

戦車三両、縦隊隊形(タテ一直線)で前進する。先頭はM3リーのウサギさんチーム。真ん中に自分達4号戦車のあんこうチーム。殿が89式中戦車のアヒルさんチームだ。ザ・ハンドに備えるなら楔(くさび)隊形が望ましいのだが、林に阻まれて戦車二台を横並びに展開するのは無理。よって、今のままで38tに追いつかれてしまえば、89式中戦車だけが一方的に撃たれまくり、こちらは数の利を生かせない最悪の状態。ここまで来た時点で、もう突き進むしかない。進む先は敵の顎(あぎと)。ザ・ハンドのみを警戒しすぎて、特別狭い道に前後から押し込まれようとしている。

 

(『だからいい』んだけどね。東方くんの術中にハマッた状態、『だからいい』)

 

おそらく、仗助はさらにもう一工夫重ねてくるだろう。予想が正しければ、それはエコーズ。音を操るエコーズであるはず。スタンド使いを二人まとめて投入してくる以上、直接戦闘に向かないエコーズだけを川向こうに置いたままだとは考えにくいのだ。みほが知っているエコーズは『Act2』らしく、『尻尾文字』は生身の人間にしか効果がない。戦車に乗り込んでいる限り、これを恐れる必要はないということ。となれば、使ってくるのは『Act1』。音を操る能力とはいうものの、見たこともないし、未経験である。これで何をやってくるのか。だがエコーズの射程は50m。生身の人間を基準とすればかなり長いが、戦車戦では至近距離。使えるポイントは相当限られてくる。仕掛けてくるとすれば、川の手前、道が広くなる直前にある、急カーブコース。『いろは坂』状に道が蛇行しているここくらいしかないのだ。射程50mで意味のある『何か』を仕掛けられるのは。

 

『38t発見しました! 後ろから全速力で追跡してきてます!』

 

アヒルさんチームから、ついに来た。38tの最高速度は時速42km。こちら側の3両いずれも、振り切ることは不可能。ましてや89式中戦車の最高速度は25kmで、陣形を保つ以上、これ以上の速度は決して出せない。なるほど。攻めあぐねている間にこれが突っ込んできたら、そこで事実上の試合終了だっただろう。38tは撃破した89式中戦車を盾にし、仗助はその支援を受けながらやってくる。同時に億泰も瞬間移動で飛んでくるという寸法だ。二方向、下手をすれば三方向を相手せざるをえなくなり、その間に二人の近距離パワー型が戦車に取り付いて、おしまい。

 

「西住どのッ、定時外連絡! ザ・ハンドが来ますよぉッ」

「ムーンライダーズは、4号戦車の直衛4騎を残して、

 残り3騎でザ・ハンドを牽制。15秒、足止めしてください。

 ここが勝負の分かれ目です。お願い、優花里さん」

「了解ですッ、まかせてください西住どの」

「アヒルさんチームは、砲を真後ろに向けてください。

 撃つ必要はありません。後ろに向けるだけです」

 

ムーンライダーズの足止めがうまくいかなければ、ザ・ハンドはM3リーをいともたやすく撃破してしまうだろう。そうなった場合は、もはやみほ自身がスタンド使いとして戦うしかない。当初、想定していた『ホイホイ作戦』は、みほ自身の姿を億泰の前にあえてさらすことで大将首を取れるものと誤認させ、ザ・ハンドで引き寄せられた瞬間、顔面にトゥルー・カラーズのペンキをぶちまけて視界をふさぎ、撃破するものだった。この状況では、もう使えない。億泰を倒したところで、すぐに仗助がやってくることになる。後ろに38tを従えて、だ。『いろは坂』の急カーブを曲がる。エコーズの攻撃があるとすれば、今。

 

『に、西住隊長……林の中からエンジン音が聞こえますッ、

 コッチ来てます!』

 

ウサギさんチームからの報告は、みほの予想を完全に裏付けるものだった。坂を曲がり、38tの姿が完全に見えなくなるタイミングを狙ってきた。

 

「無視してください。それはエコーズ。音を操るエコーズのニセモノです」

 

断言する。絶対に偽者だ。もしこのコースを通ろうとするなら、仗助が車外に出てクレイジー・ダイヤモンドで木を倒さなければならない。スタンドは、車内から直接外には出せない。スタンドは壁をすり抜けたりできない。自分で試したからわかる。外になど出ていては、38tに乗り込んだ意味もないのである。機銃で撃たれて退場になるだけ。ありえない。そして向こうの企みもハッキリとわかった。38tが追いつく直前で別方向から『音』を近づけ、迎撃の方向を絞らせないことに、エコーズの目的はある。これで3方向に注意が分散。まばらになった迎撃をくぐり抜けて、仗助と億泰は来るのだ。38tも高確率で健在。さらに言うなら、そうまでなれば3号突撃砲は完全にフリー。大手を振って橋を渡り、戦闘に参加してくるだろう。恐ろしい作戦だ。これほどまでの難敵だったのか、東方仗助は。戦力に劣った状態から、この『鉄床戦術』じみた挟撃を立案し、実行に移してくるとは。

 

(……違うよね。東方くんだけとは思えないかな)

 

彼の作戦にしては、形が手堅く整いすぎているところに違和感があった。向こうには会長さんもいるし、歴史大好きなカバさんチームだっている。彼女達を味方につければ、こんな作戦だって考えてもくるだろう。

 

(すごいなぁ。声かけられるのを待ってただけの私とは違うね……

 でも、勝つのは私)

 

カードは全て出揃った。クレイジー・ダイヤモンドは装甲に守られて強襲をかけてくる。ザ・ハンドはこちらを釘付けにするための布石であり、かつ総仕上げ。エコーズは、クレイジー・ダイヤモンドの突入支援。のち援護。38tはクレイジー・ダイヤモンドとエコーズを乗せる兵員輸送車で、同時に歩兵支援もやってくる。3号突撃砲は、前半は自走砲。後半は文字通りの突撃砲。よくここまで練り上げた。みほもそう思う。しかし、この作戦は緻密すぎる。緻密な作戦は、一箇所の破綻が全体に波及するものだ。その針の一穴、今、開けてみせよう。固唾を呑んで、数秒後の反撃を待っていると。

 

「うぐぅ!」

 

突然、優花里がうめき声を上げて伏せった。頭から出血している。制服に血がにじんだ。

 

『ライダーズ7、行動不能と判定。再起不能(リタイア)』

 

承太郎の無感情なアナウンスが流れ、何が起こったかを理解する。今、他のスタンドから攻撃を受ける状態にあるライダーズは3騎のみ。さっき行かせた3騎のうち、1騎がやられた。当然、ザ・ハンドに。今回ばかりは瞬く間に理解したらしい沙織が、床にこぼれた血を見て憤怒した。

 

「ゆかりん! あ、あいつ……よくも!

 ただの練習試合じゃない! それなのに、こんなひどいキズをッ

 オンナのコにッ!」

「グ……私だって、ライダーズに銃を撃たせてるんですよぉ~~武部どのッ

 急所は外させてますけど、当たれば当然、痛いです。

 虹村どのがやってきたのも、それなんですよ。お互い様なんです」

 

身体を起こした優花里は、用意していたらしい大きめの頭巾をササッと頭に巻きつけ、ガッツポーズをとってみせ、微笑んだ。

 

「大丈夫ですよぉ、こらえてみせますッ

 それと、西住どの」

「うん。ありがとう優花里さん。15秒、キッチリ稼いでくれて。

 ウサギさんチーム、道が開けたら左折して角で停止。

 砲を今出てきた出口に向けてください。

 アヒルさんチームはそのまま直進です。砲もそのまま!」

 

キューポラからそっと顔を出すと、眼前でM3リーが左折を始めるのが見えた。その向こうには億泰。周囲をムーンライダーズ2騎が旋回しながら、間断なく射撃を続けているのがわかる。まっすぐ飛んでいった弾丸は、ザ・ハンドが殴って弾く。ダメージを与えることはできないようだ。

だが充分だ。つまり億泰は防御行動を必要としている。騎兵銃が命中したらダメージになることを、行動で証明しているのだ。

 

「優花里さん、もう充分です。ライダーズを下がらせてください」

「や、15秒稼いだら下がれって指示してるんですけどねぇ。

 集合の合図出しますね」

「麻子さん、右折! 華さん、38tが顔を出した瞬間、お願いします」

 

右折し、4号戦車が急停車すると、すぐ背後を89式中戦車が通り過ぎていく音がした。彼我の距離はわかっている。敵は全速力。なら、飛び出してくるタイミングは。

 

「今です!」

 

全車、同時に砲を放った。現れた38tは、クロスファイヤーポイントに自ら突っ込んだ形となる。三方向から一斉砲火を浴びせられた38tがまんべんなくピンクの塗料まみれとなり、しばらく惰性で走ってから白旗が上がった。

 

『東方チーム、38t、行動不能!』

『38t、敵弾貫通により乗員殺傷判定。

 角谷杏、即死。小山柚子、即死。広瀬康一、重傷。

 以上三名、再起不能(リタイア)』

 

蝶野教官と承太郎のアナウンスにより、戦果がはっきりする。心中、まったく穏やかではない。補足も何も入らない。アナウンスはこれで終わり。

 

「さ、さすがです、西住どのッ!

 策にハマッたと見せかけて、敵の分力を逆に包囲ッ

 これが、『もっとホイホイ作戦』……」

「静かに、優花里さん!」

「えっ?」

「再起不能(リタイア)に、東方くんが入ってない!

 38tに乗っていて生き残ったのなら、ここで確実に倒さないと。

 華さん、機銃の用意。出てきた瞬間、叩き込みますッ」

「……みほさん、警戒するべきは38tなんでしょうか?」

 

照準器から目を離すことなく、華が静かに聞いてきた。少し頭に血がのぼりかかっていることを自覚したみほは、小さく、深く息を吐く。今の自分が気づいていない可能性を華が掴んだというのなら、聞かない手はない。

 

「続けて、華さん」

「音石明との戦いで、東方さんは砲弾をなおしました。

 なおした砲弾は飛んで戻ってきましたけど……

 もし、それに『ぶら下がる』ことが出来たとしたら」

 

ガン! ガン!

頭上から鉄板を蹴りつける音が響いたのは、直後だった。経験でわかる。人間の体重が、砲塔に飛び乗ってきたことが。この状況でこんな風に乗って来るのは誰なのか。もう言うまでもないことだ。

 

「『空も飛べるはず』……か。マズイぞッ……密着された」

「そんな、38tまで囮だったの?」

 

指揮官が動揺を口に出すのは厳禁である。呆然としたみほは、その禁を破ってしまった。それを恥じつつも、みほの脳は全速力で猛回転している。完全にやられた。おそらく仗助は、川にかかった橋の部品をあらかじめ持っていたのだ。それをなおして飛んできた。38tに全ての注意が向く、その瞬間を狙って。

 

「で、でもでも!

 クレイジー・ダイヤモンドのパワーじゃあ4号戦車は壊せなかったよね?」

「武部どの……甘いです。多分、東方どのは勉強してきてます。

 車体後部のラジエーターなら、クレイジー・ダイヤモンドで

 ラクラク壊せちゃうんですよぅ」

「そうでなくても、砲に石を詰められたり、履帯をチギられたりしたら終わり。

 ……ン? M3リーがこっちを向く? 東方を機銃で仕留める気か」

 

我に返ったみほは、インカムに叫ぶ。ウサギさんチームの行動は、自殺行為でしかない!

 

「ウサギさんチーム、ザ・ハンドに集中してください! でないと」

「遅かったな。ザ・ハンドがM3リーに取り付いた。

 機銃が今、破壊され……たが、89式がフォローに入った。

 虹村は飛びのいて逃げたぞ」

 

ホッと胸をなでおろす。最悪の事態は回避できたようだ。だが、4号戦車の危機は去っていない。砲塔に張り付いた何かが、次第に後ろに向かっている。クレイジー・ダイヤモンドの腕力で張り付いているとしたら、速度を上げて振り回したところで無意味だろう。腹を決めねばならない時だ。唾を飲み込み、全車に通達する。

 

「これより、トゥルー・カラーズ出撃します。

 繰り返します。トゥルー・カラーズ出撃ですッ、

 西住みほ、出ます!」

「に、西住どのッ?」

「クレイジー・ダイヤモンドを遠ざけないと、

 あんこうチームはこの場で全員退場です。

 今しかありません。ムーンライダーズと連携して、東方くんを倒します!

 ウサギさんチームはザ・ハンドの牽制に集中。

 アヒルさんチームは、私……西住みほを見て、適宜援護をお願いします。

 以降、しばらく指揮は取れません。華さんが代行します。以上です」

 

インカムを外し、手を伸ばしてきた華に預ける。これも事前に話し合って決めていたことだ。みほ自身が指揮を取れなくなる状況に陥る可能性は、スタンド同士の戦闘がありえる時点で想定した。

 

「みほさん、ご武運を」

「ウウウッ、みぽりんがさぁ~~、なんでこんな痛いことばっかり」

「あはは……勝ってきます!」

 

キューポラは使わない。そこから這い出した途端、モグラ叩きよろしくブン殴られるだろうから。沙織のそばまで行き、沙織頭上のハッチから勢いよく身を乗り出す。見えた、仗助だ!

同時にトゥルー・カラーズを発現、砲塔に張り付いて背を向けている彼の尻を蹴り飛ばしにかかる。物音がした瞬間に気づいていたのだろう、クレイジー・ダイヤモンドが現れ、即座にブロックされた。

 

「ケツ狙うのかよ、よりにもよってよぉぉ~~」

「初対面でね、おシリ蹴ッ飛ばされたよね……お返し」

「そう言われると返す言葉もねェ~ッスけど。

 わかってるよな……出てきたからにはよぉーーーー」

「負けないよ。それだけ」

 

二人して、戦車の上に仁王立ち。トゥルー・カラーズとクレイジー・ダイヤモンドもまた、互いをにらみ合っていた。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




みぽりんが周りに連絡してから戦いに出るのはいいものの、
まるでロボットアニメみたいになってしまった。


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戦車戦にチャレンジしよう!(8)

バレー部の戦車はチハじゃない

今回は、億泰視点です。億泰から見れば、これで戦い終わちゃってます。


※誤字報告、ありがとうございます。
 カエサルがサイコロじゃなくてサイ(哺乳類)投げてた。


「虹村、到着だ。手はず通り頼む」

「お……オウよ!」

 

虹村億泰(にじむら おくやす)は、ようやく車外に開放された。今まで、この3号突撃砲とかいう威力のスゴイらしい戦車に乗り込んで出番を待っていたのだが、これがまた狭い。それをあのよくワカラン話で盛り上がっていたオタク女どもが話し合ったり、ジャンケンしたりした結果、億泰は椅子になる羽目になった。正確に言うと、3号突撃砲の一番後ろの席に億泰が座り、その上にエルヴィンが座った。『オホン。じゃあ、失礼』とか言って億泰のヒザの上に腰掛けたエルヴィンは、たまに居心地悪そうに身をよじっていたが、億泰とてそれは同じだ。

 

「もう一度言うが、何か行動を起こす場合は、まずは必ず電話で連絡してくれ。

 それをやっていいか悪いかは私が判断する。上から目線で悪いんだが」

「わかってるぜぇ~、おめーがボスだもんなぁーー。

 んじゃ、行ってくらぁ」

 

おりょうから借りたケータイをポケットに放り込むと、ザ・ハンドで空間をえぐる。閉じた空間の『引き寄せ』で10メートルくらい先に飛ぶ。それを絶え間なく繰り返し、川にかかった橋まで到達。振り返れば3号突撃砲は見えない。バックして隠れたようだった。億泰はしばし棒立ちになり、そしてハァッ、と息を吐いた。

 

(や……やわらけェーかったよなぁ~~

 イイ思いしたんだろうけどよ、ありゃあツラくもあるぜぇ。

 いいニオイもするしよぉーー)

 

虹村億泰。今までオンナのコに接点なんか持ちようのない生活をしていたが、先週から突如として女運が上がった感がある。その中でも、今日の『コレ』は極めつけと言えたが、知り合ったばかりの女が相手では気まずさと表裏一体になるのは避けられなかった。

 

(あ~~、アレが華さんだったならよぉー)

 

五十鈴華を大洗女子学園のマドンナと確信して疑わない億泰である。見た目が好みのほぼド真ん中で、しかも楽しそうに話を聞いてくれる華に会うことを、最近は毎日の楽しみにしているのだ。だが、今回は敵同士。全力で戦わなければ、それこそ軽蔑されるだろう。ザ・ハンドで対岸まで瞬時に渡ると、取り出したケータイを、教わった手順のままに動かす。

 

「えーと、左押して、『エルヴィン』に合わせて、通話、と」

 

そこから先は、億泰のよく知る電話だった。2コールほどで、すぐにつながる。

 

「おう、向こう岸のガケに到着だぜ。今から穴掘って隠れっからよ」

『早いな。わかってはいるつもりだったが……すぐ、穴を作って隠れてくれ。

 それと、ムーンライダーズの偵察も警戒するんだ。いつ来てもおかしくない』

「了解だぜ~、また後でな」

 

電話を切ってから、穴を掘って隠れるまではすぐだった。だが、隠れて数分もしないうちに砲声が響く。3号突撃砲の方角からではない。何台もの戦車が同時に撃っている感じだ。明らかに敵が撃っている。3号突撃砲の場所がバレてしまったのか?

 

「オイ、撃たれまくってねぇーか? エルヴィンよぉー」

『めくら撃ちだ。単なる揺さぶりだ。だからこう何度も撃ってくるんだよ。

 少しずつ移動すれば、当たるものじゃあない……落ち着いて指示を待ってくれ』

 

そう言われはしたものの、西住チームが何かの方法で3号突撃砲の位置をおおまかにでも掴んでいたのなら、集中攻撃で先にやってしまうことはありえると思った。それこそ、億泰が3号突撃砲に攻撃位置を指示する作戦を、逆に向こうが先にやってきたとしたら。思ったことは、そのまま電話の先のエルヴィンにぶつける。

 

「ムーンライダーズがよ、そっちを先に見つけてんじゃあねーのか?

 オレがこれからやろうとしてるみてーによ、

 秋山が攻撃場所を指示してるような気がするぜぇ」

『秋山さんが4号戦車から降りてまで? それはない!

 向こうからしてみても一番の脅威は君のザ・ハンドなんだ。

 君を放置して私達を探すはずはないと思う』

「そ、そうかよ。すまねぇ」

『作戦通りに動こう。私達の役目は西住チームの拘束だ。

 失敗すれば、38tと東方は敵の中に孤立するぞ』

 

逆に諭される形になってしまった。気がする、程度の話でしかなく、エルヴィンを説得できる材料は元よりない。それは結果的に幸運だったのだろう。なぜなら、直後に億泰は発見された。ムーンライダーズにだ。

 

『ハ、発見ンンンーーーーッ! 作戦目標、ザ・ハンド!

 イタゼェェーーーッ』

「なっ……ヤ、ヤロォ~~」

『どうした、虹村』

「いたぜ、ライダーズがよぉー。見つかっちまった!」

『っ……そこをすぐに離れろ。砲弾の雨が降ってくるぞ。

 そのまま撃たれたら多分、君に死亡判定が出る』

「待つダケの時間は終わりってことだよなぁ~~、打って出るぜ!

 こうなっちまったら敵をビビらせるしかねぇーだろ!」

『むむ……よし。許可する! 手はず通り、砲撃位置の指定を頼む。

 安全な場所に出次第、地図を出してくれ』

 

その後、しばらくは作戦通りにことが進んだ。砲撃位置の指定に手こずりまくったことを除けば、順調と言ってもよかった。そして、待ちに待った瞬間が来る。

 

『虹村、やるぞ』

「おっ、やんのかよ?」

『ミョルニル作戦、発動だ。突っ込んで叩きのめせ!

 ここから先は勝つか負けるかだ、それしかないッ』

「ナンだよアツいじゃあねーかオメーよぉ。

 ウレシそーにしやがって!」

『ウレシイともさ。一度、こーやってキメてみたかったんだよ、作戦発動を!』

「あ、わかる! それはスゲーわかる!

 戦車の上に立ってんだろオメー、今!」

『ふっ、やらいでか!

 と言いたいとこだが、戦闘中はさすがになぁ。だから勝利宣言でやるよ』

「ヘッ、露骨なオネダリしてくれるよなぁー」

『そう言うなよ。勝ったら鉄十字勲章をあげよう。行けッ!』

 

鉄十字勲章とやらは何のことやらだったが、こういうノリは割りと好きな億泰である。もうコソコソ隠れる必要はない。正面から行く。一分と経たずに、ムーンライダーズ三騎に囲まれる。馬蹄が地面を踏み鳴らし、周囲を旋回している。

 

『空間ヲ削リトル、ザ・ハンド!

 相手ニトッテ不足ハナイナァァーーーッ!』

『ソノ汚ネェ面、吹ッ飛バシテヤルゼェェーー』

『鉛弾ノプレゼントダァ! HO! HO! HO!』

「ぶ、ブッソーすぎるぜッ、てめぇーら……秋山がアタマ抱えるワケだよなぁ~

 来いッ! 灸すえてやっからよぉ~」

 

奇しくも兄、形兆と同じタイプのスタンド。銃を持った集団型。囲まれて撃たれまくるとヤバイのは瞬時に理解した。有無を言わさずザ・ハンドの右手で弧を描く。正面から来た一体を引き寄せ、左手で即座にブチ抜く。

 

『ギャビッ!?』

「……ゲッ!」

 

ブチ抜いてしてしまってから気がついた。秋山のムーンライダーズが7騎しかいないことに。兄、形兆のバッド・カンパニーは歩兵が60人もいたから、一体や二体程度ではダメージにならなかったが、秋山は……

 

『ライダーズ7、行動不能と判定。再起不能(リタイア)』

 

承太郎の淡々としたアナウンスと共に、たった今の戦果を目視で確認した。バラバラに砕け散ってピクピクしている残骸の甲冑に『7』と確かにある。

 

(ギャアァァ~~~ッ!

 単純計算、身体の7分の1が吹っ飛んじまうゥ~~~

 生きてんのか? 秋山はよぉぉーっ)

 

「オイてめえらッ オヤブンが心配じゃあねぇーのかよッ」

『バァカモノメェ~~ッ、ココハ戦場ダァァーーーーッ!』

『敵ヲ前ニ舌ナメズリッ! 我ラ戦士ヲナメクサリヤガッテェェェ~~』

 

ライダーズは億泰の制止など聞かなかった。旋回しながら間断なく銃を撃ちまくってくる。右に左に、ザ・ハンドを回してはじく。無視はできない。ザ・ハンドのパワーをもってすれば防御自体はたやすいが、それでも億泰の肉体に直接命中すれば、容易に貫通する威力があるのだ。これもまた、バッド・カンパニーで経験済みのことだった。

 

「チ、チキショオッ! 反撃するに出来ねぇ!

 秋山を人質に取りやがって、キタネェーぞコラァ!」

 

ただただ守勢に回る。勝負事ではあるにしても、あの犬コロ女を血ダルマにしたいなどとはまったく思わない。どうにか戦闘不能にする方法はないものか。

 

「ハッ! そういやあ! ザ・ハンドの『右手』……

 今回はコレで触るだけで『即死』っつールールだったような……これだぜ!」

 

珍しく、頭をひねってすぐに光明が見えた。ついさっき説明されたばかりの内容だから覚えていた。そうとなれば話は早い。さっきのように引き寄せた後で、ピトッと触ってやればいいだけ。

 

「へっへっへっ、来やがれッ! ニギニギしてやるぜぇ~~

 このサエてる億泰さんがよぉぉーーー」

 

時折、物陰に隠れたりはしているが、ライダーズの動きは基本的に億泰を中心とした円を描くのみ。なら、タイミングを見計らっての引き寄せはたやすい。そう思っていたのだが。

 

『ン! 集合ノ合図ダ!』

『撤収、撤収ゥゥゥーーーーッ』

 

直後、ライダーズは脱兎のごとく逃げ出した。脇の林に分かれて入り、見えないところに一瞬で隠れてしまった。

 

「って、ザケんなコラァァァーーーーーッ!

 ドコ行きやがった! すぐに見つけて……おああッ!?」

 

が、追うのは即座に中止する。戦車3台がついに現れたのだ。ということは、38tもすぐに来る。仗助も当然、『飛んで』来る。なら決まりだ。ライダーズにかまっている時間はない!

億泰も同時に突っ込んで3方向同時攻撃。これで西住は詰む。

 

(だ、だがよぉー、なんだ……あの『形』。

 先頭に1台飛び出して、他の2台が左右に止まってェ。

 で、大砲の向きはみんな同じ……)

 

気づいた瞬間、即座におりょうケータイを取り出し、通話ボタンを連打。

 

『どうした、虹村』

「38t止めろ! ワナだ、ぜってーワナ」

 

億泰の見ている前で、ワナはキレイに決まった。林から飛び出してきた38tは、3台からの集中砲火を浴びて真っピンクに染まった。西住は、策にハマッたフリをしていたのだ。そして逆に突っ込んでくる38tを撃った!

 

『東方チーム、38t、行動不能!』

『38t、敵弾貫通により乗員殺傷判定。

 角谷杏、即死。小山柚子、即死。広瀬康一、重傷。

 以上三名、再起不能(リタイア)』

「やーらーれーたーーーー」

 

惰性でしばらく走って止まった38tのキューポラから杏が飛び出し、白旗をバッタバッタと振り回していた。

 

『……聞こえたよ。罠だったんだな?』

「どうするよ? オレはこのまま突っ込む気だがよぉー」

『それでいい。カエサルいわく、賽は投げられた!……だな。

 私達も橋を渡って攻撃に参加するよ……それまで持ちこたえてくれ』

「ノンキこいてたらオレらが全部ヤッちまうぜぇー」

『頼もしいな。じゃあ後で』

 

通話を切る。同時に駆け出す。4号戦車は仗助がやるのだ。正確に言えば、西住を車外に引きずり出して釘付けにし、指揮をとらせないのが仗助の目的となる。そして38tを見事ワナにハメた今こそが、西住がもっとも油断する瞬間。仗助は、そこへ来る。ならば億泰は、その混乱に乗じてザ・ハンドで戦車を刈り取るのが役目。眼前で戦車のうち一台……小柄なヤツ。確か、仗助と康一が『チハ』とか呼んでたヤツが急カーブし、それと一緒にこちらへ機銃掃射をかましてくる。これもまた弾くこと自体は造作もないのだが、砲で撃たれるとさすがに自信がない。一旦飛びのく。一緒に、奥にいた砲がふたつある戦車も機銃でこっちを狙ってきた。絶え間なく撃って近づけない気だ。いくらスタンド使いとはいえ、策もなく近づけば、確かにこれでやられてしまっただろう。だが、この状況もすぐに崩れる。

 

「来たッ! 待ったぜぇ~仗助よぉ~ッ」

 

あらかじめ、川にかかった橋の破片を確保していた仗助が、それをなおして掴まって、空を飛んでやってくる。軌道上には戦車が3台。当然ながら4号戦車も含まれる。そこに仗助は飛び降りた。38tを撃つために動きを止めてしまっていた4号戦車は、これをかわすこともできない。

 

「やった、『取り付いた』ッ!

 こうなりゃあよぉ~、あとはコッチのモンだぜ!」

 

今まで億泰を狙っていた戦車の女どもも気がついたらしい。親玉のクビが今まさに取られようとしていることに。砲ふたつの戦車が、小さい砲の向きを変えて、仗助を撃とうとしている。億泰はこれを待っていた。

 

「注意がそれた。難なく取り付くぜ」

 

ザ・ハンドがえぐり取った空間の閉じるパワーを借りて億泰は飛ぶ。向こうからしてみれば、突然、こちらの姿が消えたように見えただろう。見ていれば、だが。小さい砲に取り付いた億泰は、すぐさまザ・ハンドで砲をチョップ。脇にあった機銃を一撃で叩き壊す。そしてそのまま戦車の車体に右手の『手形』をつけてやろうとしたが、背後から聞こえたエンジン音に思わず飛びのく。飛びのいて正解だった。また『チハ』とやらの機銃掃射が来た。この、イヤなタイミングでの妨害は幾度となく続き、やがて砲がふたつある戦車が態勢を立て直してしまった。4号戦車にチラリと視線を投げると、すでに仗助の姿はなく、少し離れた場所でボコスカと攻防を繰り広げている様子。どうも仗助も予想外の苦戦を強いられているらしい。4号戦車の砲塔が回って、こっちを見た。

 

(ゲッ……確かアレ……撃っ、てんのは……『華さん』)

 

明らかに億泰を撃とうとしている。逃げられないと悟った。理屈ではない本能的な直感でそれを感じ取った億泰は、砲を正面に捉えてザ・ハンドの右手を振り下ろす。轟音が鳴り響く。億泰は無事。ペイントにマミレてはいない。うまいこと砲弾を削り取れたのは、ほとんど運だと言っていい。

 

「あ、危ねぇッ、クソ危ねぇッ! オレいっぺん死んだ! 死んだと思った!」

 

直後、当然のように機銃弾が飛んでくる。ザ・ハンドで全部弾き、林の中に避難。と思いきや、砲ふたつ戦車が、壊れたのとは別な機銃を横合いから撃ってくる。

 

(ジリ貧じゃあねーか、これじゃあよぉ~)

 

こうなってはイチかバチかで、どっちかの戦車に取り付くしかないかと思い始めたところ、砲ふたつ戦車がキュラキュラと猛烈な音を立ててバックし始めた。一瞬遅れて轟音。今まで砲ふたつ戦車がいたところに、スカイブルーのペイントが撒き散らされた。音が響いてきた方角を見やると、3号突撃砲が全速力で混戦の只中へ突っ込んでくるところだった。キューポラから顔を出していたエルヴィンが、億泰に叫ぶ。

 

「M3リーをやれ! 虹村はM3リーをやれ! 私達は4号戦車をやる!」

「大砲ふたつの方だよな? ソッチでいいんだよなッ」

「ああ、ソッチだ! 頼んだッ!」

 

通りすぎていく3号突撃砲を見送って、億泰はザ・ハンドで『飛ぶ』。

砲ふたつ戦車……M3リーを追い越して反対側に出現し、振り向きざまに、またザ・ハンドで空間をえぐる。脇に転げて避けると、『引き寄せ』られたM3リーがちょうどいい位置に出現。億泰は、またそれをザ・ハンドで『飛び越す』。

 

「大砲をコッチに向けるヒマなんざやらねぇーんだよ、ボゲッ!

 このまま川にドザエモンさせてやるぜぇぇ~~~ッ」

 

M3リーは、もう前にも後ろにも進めない。ザ・ハンドに一方的に引きずられていく。キャタピラは回っていても、それ以上の速度で『引き寄せ』られるのだ。四回ほど『引き寄せ』『飛び越し』を繰り返すと、川はすぐそこにあった。次で叩き落せる。そこで、無駄な全速前進をしていたM3リーが、ブスンと止まった。

 

「ア? エンストしちまったか? アワててギアチェンジしたのかヨ?

 よくわかんねーケド!」

 

ふと上を見てみる。砲が回っていた。上にある小さい砲が、だ。こっちを狙い撃とうというのか。逃げることをあきらめて、せめて反撃をというわけか。

 

「残念だけどよぉー、間に合うわきゃねぇーだろ!

 このままボチャーンしやがれッ ザ・ハンド!」

 

最後の引き寄せで、M3リーは宙に浮いた。浮いたままでいるはずもなく、落ちていく先は川。ドボーン、という音を確かに聞いたが、同時に億泰の目はふさがれていた。何が起こったのかわからないが、顔面に何かメリ込んでいる。

 

「桂利奈(かりな)ぁぁー、キィーック!」

 

頭が地面に激突してから理解した。顔面にメリ込んでいるのは、靴底だ!

誰かがトンデモないパワーとスピードで、跳び蹴りをカマしてきたのだ。倒れた億泰の真上に尻モチをついて、そのままマウントをとってくる。片目だけでもなんとかコジ開けると、チビッ子がのしかかっていた。

 

(何だァァーーーこの状態ッ?

 コイツのドコにあんな威力のケリをかますパワーがよォォーーーー)

 

「このこのこのぉぉーーーーッ」

「イテッ、イテテッ、やめろっつの!」

 

顔をグーでポカポカやられるが、あんまり効かない。殴り慣れていないし、そもそも体重が軽すぎて威力が乗らないと見た。そして、わかった。こんなパワーの足りないヤツが、どうやって蹴り倒してきたのか。

 

(ザ・ハンドの『引き寄せ』をウマイこと使いやがったのかッ

 『引き寄せ』の勢いそのまま蹴りに乗っけてきやがった!)

 

仗助と戦ったときにやられた、植木鉢攻撃と同じだ。いつの間にか戦車から降りて、『引き寄せ』と一緒に飛び、自分の身体を弾丸にしてきたのだ。なんてタフなヤツ!

 

「だが、てめぇ一人でどーにかなるもんかよ!

 ザ・ハンドで触ってやりゃーオシマイよ……ハッ!?」

 

が、そこでさらに気づいた。四方をオンナどもに囲まれている。

 

「殴ってダメなら、間接キメるしか! 四の字固めッ」

「こうなりゃヤケクソぉぉーッ、アームロック!」

「浮いたおテテ、もらっちゃいますよ~。腕ひしぎ~」

「ホギャアアアアーーーーーーーッ

 イテェ、イテェ、イデデェェェーーーー! はなせッ、はなしテッ、マジでッ」

 

よってたかって絡みつかれ、間接を見事にキメられる。オンナのコとコレほど密着した経験は今までにない。あるわけがないのだが、こんな方向性の接触は望んでいない。ヤツらはマジだ。間接がビキビキ音を立てつつある。

 

「テッ、テメェェーーらぁぁーーーーッ!

 どっちみちやるコトぁ一緒だぜッ、

 一人ずつザ・ハンドでニギニギして……」

 

ザ・ハンドを出し、最初にのしかかってきたチビを吊るし上げたところで、頭上にさしかかるもうひとつの影に気づく。

 

「……へ?」

 

ドコ見てるのかわからないようなトボけた顔の女が、植木鉢を大きく振りかぶっていた。唯一誰も組み付いていない、億泰の頭に向かって。

 

「や……やべ、それは……シャレになら」

 

ゴシャア!

植木鉢がバラバラになる音と同時に、億泰の意識もトンだ。

 

『西住チーム、M3リー、行動不能!』

『東方チーム、虹村億泰、重傷。再起不能(リタイア)』

 

「発泡スチロールの植木鉢……紗希ったら、いつの間にそんなモノ持ち込んで」

「でも~、ホントに気絶しちゃったみたい、このヒト……

 けっこうカワイイかも~」

「私はパス。需要はなくもないだろーけど。

 てか彼氏いなかった? 優季……」

「怪人にライダーキックできちゃったー! ねぇ見てた? 見てた?」

「…………バッタ」

 

「ズブ濡れ、しかもメガネ割れた。

 私が残るしかなかったけどね、これはアンマリ……クシュン!」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




億泰、轟沈。
戦車一両を倒してるので、最低限の役目は果たしたと言ったところ。
次回は、仗助VSみほ。


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戦車戦にチャレンジしよう!(9)

だいぶ難産でした。戦車戦はこれにて決着です。
仗助視点にてお届け。

※当話にて、『めくら』という単語を使用しておりますが、
 原作の雰囲気を重視してのものです。差別的な意図は一切ございません。


東方仗助(ひがしかた じょうすけ)の視界が、青一色に染まった。西住みほの最初の一手は、トゥルー・カラーズの手の甲にはまった、ペンキカプセルの破裂だったのだ。一面にぶちまけられた青のペンキが全身にまんべんなく押し寄せて、防御行動を取るしかなかった。早々に殴って戦車から叩き落すか、死亡判定を出させるかしようとしていた仗助は、のっけから出鼻を挫かれたことになる。

 

(あ、危ねぇッ!

 このペンキ……射程外に出ない限り『絶対に落ちない』からよぉー

 こいつが一度でも目に入っちまったなら、メクラで戦うハメになる。

 警戒しといてよかったってとこか。とっさに顔面をガードできたぜ)

 

が、当然それきりで終わりのわけがない。仗助の顔面を守ったクレイジー・ダイヤモンドの腕を下ろして様子を確認しようとすると。予想外! 西住自身がカッ飛んできた!

タックルではなかった。狙いは腰よりももっと下。膝に飛びついてくる気らしい。スタンドでのガードも間に合わず、押し倒される形で4号戦車から転落。頭から落ちて気絶してはたまらないので、スタンドの腕だけを枕にしてガード。落着と同時にトゥルー・カラーズの拳が飛んできた。残ったもう片手で辛うじてガードすると、素早く跳び退った西住が見える。ガードした後のクレイジー・ダイヤモンドの腕を見ると、黒のペンキがベッタリと貼り付き、すでに固まっていた。西住が狙ってきたのは、やはり顔面。執拗に目潰しを仕掛けてきている。

 

(当然の判断だよなぁ~。パワー負けしてるコト考えりゃあよぉぉーー)

 

この戦法は、仗助の想定の内である。西住も当然、そう思っているはず。じっと観察。トゥルー・カラーズのみならず、西住もネコ足立ちのように身構えている。近づけば、また飛びのいて逃げるだろう。一緒にスタンドの拳が一発だけ飛んでくるだろう。クレイジー・ダイヤモンドと比較しても上回っている、スピードと射程距離を最大限活かしたヒットアンドアウェイを主軸に据えてくるはずだ。4号戦車から落とされてしまった以上、仗助も眼前の西住を無視することは、もうできない。顔面に一発でももらえば、視力を封じられたクレイジー・ダイヤモンドではどうにもならなくなるからだ。だが。

 

「オレの目的はよぉー、半分達成だな。多分、おめーもわかってると思うがよ」

「私に指揮をとらせないこと。これだよね。で、もう半分は……」

「言わすんじゃあねぇーよ、西住ッ!

 おめーをブッ倒すことだぜーーーッ

 おめーを倒して、4号戦車もブッ壊す! 中のヤツらも全員ドつく!

 止められんのか、おめーによぉぉぉーーーッ」

「あはは、煽るね。でも必要ないかな」

 

西住は、サッと両腕を前方に構えた。同時に、能力を解除したのだろう。先ほどブチ撒けられた青ペンキが剥がれ落ちて消えていく。互いに、元のキレイな姿に戻った。

 

「スゴイよ、東方くん。戦車の外に引っ張り出されるなんて思わなかった。

 作戦を見抜いて上を行ったと思っても、東方くんはさらにその上を来た。

 そんな東方くんを相手に、手加減なんかできるワケない」

「よく言うぜ。38tボコボコにしといて、このお方はよぉーー

 おかげで相当不利になっちまったぜ、オレはッ」

 

本気でまずいのだ。4号戦車に貼りついてさえいれば、王手にリーチがかかった状態と言えた。あのまま、西住を叩き落して車体後部のラジエーターを破壊すれば、4号戦車はすぐに動作不能となり、撃破判定が出ただろう。だが、それももうできない。むしろ至近距離の4号戦車にいつ狙われてもおかしくない状況だ。さらには、ムーンライダーズが付近に潜んでいるのも確定である。億泰の迎撃にすべて回すような無用心を、こいつがするわけがない。実質、仗助は完全に包囲されている。敵のド真ん中に飛び降りて司令官の首を獲りに来たのだから当然と言えば当然なのだが。このピンチを打開する方法はただひとつ。

 

「オレがおめーを倒すか」

「私があなたを倒すか。今はそれが全て」

 

仗助もスタンドを構えた。無言のにらみ合いになる。西住が歩けば、仗助も歩く。一触即発の牽制を、視線で交わしながら。どうやら、4号戦車から離れるように仕向けたいらしく、西住は仗助を中心に円を描くように歩を進めている。仗助としては、4号戦車に再び取り付いて一方的な優位を拾いたいところだが、これは明らかな罠と見た。38tがかかったのと同じ罠が、そこにある。ムーンライダーズが狙ってくるだろう。とはいっても、西住を直接狙いに行っても、多分同じこと。そこに銃弾が飛んできて、最大限に連携されてしまう。こちらの射程は2m。向こうの射程は7m。守勢に回れば負けるが、ガムシャラに突っ込んでも向こうの思うツボ。そう思うと、さっき組み付いていた瞬間が、完封勝利のチャンスだったのだが。

 

(ここはひとつ、どうにかしてスタンドを捕まえてみるか。

 距離をとれば攻撃されないと思ってんなら、

 そこでさらにドギモを抜いてやるぜ)

 

ポケットから取り出したるはスーパーボール。親指大の小さいヤツだ。クレイジー・ダイヤモンドにソッと手渡し、手首だけでスナップを効かせて投げつける。狙いは右肩。頭だと脳震盪やら何やらを起こしてエライことになる可能性があった。なお、全力で投げつけた場合、家の壁を普通に貫通する。昨晩試したので加減もしている。何かやっていることに気がついていたらしい西住は、先ほどの仗助のように、とっさにスタンドでガードを固め、飛んできたスーパーボールを弾いた。が、『そらす』防御は出来ていない。

 

「うううっ……」

 

少し涙目になっている。衝撃がスタンドに吸収されてしまい、その分のダメージが腕に襲い掛かっている最中だろう。指先から二の腕の骨に至るまで、ジンジンしてたまらないと見える。

 

「油断大敵ッスよねぇ~、西住サンよぉ~」

「そ、その発想なかったよ! ちょっと、用意良すぎないかなぁ~」

「おめー、戦車から頭出してばっかりだからよぉー。狙撃用に持ってたぜ」

「ああ、それで……確かに油断だよね。

 『普通の』戦車道なら反則だもん。人間を狙って撃つのは」

「スタンド使いならよぉー、おかまいなしだぜ。こんな風によ!」

 

仗助はワザトらしく見せ付けた。ポケットから取り出した右手いっぱいのスーパーボールを。見せ付けられた西住は、歯を食いしばったまま思いきりタジロいでいる。

 

「ひ、ヒドいッ……」

「第二球、第三球、第四球、行くぜ西住よぉぉーッ、ドララララ!」

「イジメッ子ぉーーーッ!」

 

投げて投げて投げまくる。スーパーボールを秒間一発。トゥルー・カラーズは防御しかできない。おまけに腕が次第にブレてきている。腕の痛みもシビレも積み重なっていくばかり。そのうち、西住は耐えかねて倒れてしまうだろう。このままであれば。拙速に殴り掛かってくることを期待しての戦法だったが、そこまで持たない可能性すらあった。

 

(このまま、みすみすヤラセッぱなしってのはねぇよな……

 すると、ボチボチ来るぜ)

 

これは試金石でもある。ムーンライダーズがどういう風に使われているか、この反応でわかるはず。次のスーパーボールを投げる瞬間、果たしてそれは見えた。銃声一発。その後、コンマ数秒で襲い来る全方位の弾丸、実に五発。

 

「ドラララァァーーーッ!」

 

その場で一回転し、弾丸全てをそらして防ぐ。虹村形兆のバッド・カンパニーとほとんど同じ手ごたえだ。飛ばされてくる弾丸は破壊エネルギーの具現であり、地面などに突き刺さるなり消えていく。

 

(今ので確定だ。秋山のヤツ、コッチを見てるぜ!

 全弾同時! 統制されている……ヤツらお得意の暴走じゃあない。

 そして、口伝えにしちゃあ反応が早すぎる。

 なら、まずはアイツに退場してもらうぜ。先にスーパーボール叩ッ込む!)

 

統制した射撃を行うからには、向こうとてその瞬間を見計らっているはず。そこを逆に叩いてやる。38tに対してやられたことを、やり返す。そのためには、もう少し西住をイタブってやるしかないか。が、瞬間を狙っていたのは、西住もまた一緒であったらしい。

 

(い……いねぇ。どこに行きやがった?

 アイツから目を離したのはせいぜい3秒程度。

 気づかれずに移動できるわけがない)

 

この時、仗助はザ・ハンドの可能性をほんの少し疑った。混戦がさらに深くなり、億泰までもがこの付近にやってきたのなら、今の状況をピンチと見て西住だけを引き離しても不思議ではない。そう思って、わずかに注意をヨソにやってしまったのが命取りになるところだった。

 

(……足音! 右からしているぜ!

 こいつは最初から走っていたのか?)

 

気がついて振り向くと、トゥルー・カラーズの拳が眼前まで迫っていた。姿勢も何もあったものではない、形振り構わず出したクレイジー・ダイヤモンドでどうにか弾く。完全に無事とはいかなかった。

 

「オ……オレの、髪」

 

トゥルー・カラーズの拳はこともあろうにリーゼントを直撃。しかも、腕のシビレが残っていたのか、弾かれるなり拳がほどけていて、指がひっかかり……台無しになった。前髪が落っこちてくる。冗談ではない。

 

「ゴ……ゴメン。なんかスゴくゴメン」

 

いつの間にか姿を現し、トゥルー・カラーズを引っ込めた西住が平謝りしてくる。別にこいつは悪くない。モノスゴくショックを受けてはいるが、そのくらいはわかる。

 

「……い~んスよ~べっつに~。すげぇムカッ腹立っちゃあいるけどよ」

「お、怒ってる? やっぱり?」

「想像してみなよ、おめーの『ボコ』をバラバラにされた気分とかよぉ~」

「わかったよ、うん……おキニの服を破いちゃったんだね私。例えるなら」

 

ついにやられてしまった感がある。バッド・カンパニーにも、レッド・ホット・チリ・ペッパーにもやらせなかったのに。わざわざ髪の毛だけを狙うなんていうバカげたマネをするヤツがいなかっただけの話だが。

 

「で、でも! 受けて立つよ。その、怒ってるのも含めてッ」

「いい覚悟じゃあねぇーか!

 ペシャンコにのしてやるぜッ、ギャグマンガみてーによぉぉ~~ッ」

 

感情にまかせて突っ込んでいくのは無しだ。髪型をバカにされたなら、そんな判断もフッ飛ばしてブチキレている所だが、こいつ相手にそれをやれば多分、敗北一直線。そして、仮にそれが有効な手段だとわかっていたとしても、西住は決して実行に移さないだろう。そうしなければ誰かが死ぬような状況でもない限り、こいつは絶対にやらない。

 

(それよりもだ、あいつは一体何をやった?

 目を離したスキに姿を消す『何か』。

 ぶっちゃけ、ひとつしか考えらんねーぜ)

 

ポケットから、またスーパーボールを取り出して投げつける。さっきと同様、西住は防御一辺倒になってしまうが、仗助は気づいた。トゥルー・カラーズの動きが違う。

 

(『受け止める』んじゃあなくて、『そらし』始めてやがる。

 防御しながら身体で覚えていたっつーのか……いや、違うッ

 オレが実演しちまったんだ!

 ムーンライダーズの弾丸を防いだのを見てやがったんだ!)

 

このやり方はもう続かない。スーパーボールで完封の目はなくなった。完全に順応される前にケリをつけなければヤバイ。秋山を先に倒そうなどと考えていたが、目の前のこいつを放置したら勝ち目が消える。今のところ、ダメージの無効化までは出来ていない。となれば、そろそろまた来るはずだ。タイミングさえ予測できるなら、大して怖くはない。

 

「ドラララララ!」

 

ムーンライダーズの五発、すべて弾いた。そして今度はわかっている。防ぎながらも西住をチラリと見ていた。『森林迷彩』のボディペイント!

トゥルー・カラーズの超スピードと精密動作性で、ほんの二秒ほどで自分の髪の毛から足のつま先までもを、西住は塗り替えていたのだ。ほとんど忍者の世界である。ジッと見つめていなければ、真面目な話、見失う。その一瞬の隙さえあれば、ヤツにとっては充分だ。目にペンキを塗りつけられるだけで、クレイジー・ダイヤモンドはメクラ打ちしかできなくなるのだ。だから、この瞬間に勝機を見出すしかない。ボディペイントの作業で2秒間も隙を作った、この瞬間に。ムーンライダーズが弾を撃ち、すぐには次を撃てない、この瞬間に。

 

『西住チーム、M3リー、行動不能!』

『東方チーム、虹村億泰、重傷。再起不能(リタイア)』

 

(お、億泰ッ、やられやがった!

 挟み撃ちか何かで相打ちになっちまったのか?)

 

ほぼ同時のタイミングで、背後の4号戦車が動いた。何かと戦闘を始めている。3号突撃砲。それしかない。

 

(するってーと、3号突撃砲は、4号戦車と……あと、『チハ車』

 この二台を相手にしなきゃあなんねーってことだよな。

 やはり、ここで勝負するしかない!

 オレか3号突撃砲、どっちかやられた時点で全滅確定だぜ)

 

全速力で突っ走る。西住を最短距離、最短時間で始末するのだ。バレていることを理解した西住は、ボディペイントをさっさと解除すると、こちらに向けて身構えたが、スタンドを出して攻撃しようが防御に回ろうが無駄だ!

圧倒的に勝るパワーで一方的に叩きのめそうとした仗助に、しかし西住は別の選択をした。スタンドで攻撃するのではなく、西住自身が飛びついてきた。トゥルー・カラーズで地面を蹴って、その勢いで飛んできた。なるほど、さっき戦車から突き落とす時にもこれをやったのか。4m以上は先からヘッドスライディングのようにやってきた西住に膝を取られ、その場に引き倒された仗助だったが、しかし、むしろこれはチャンスでしかない。二番煎じなど通じるものか。

 

「マネしてやるぜッ、オレもよぉぉーーーーーーッ!」

 

背中が地面につくより前に、クレイジー・ダイヤモンドを背中から出し、大地を蹴った。繰り返すが、トゥルー・カラーズとは段違いのパワーである。仗助の身体は、足に引っ付いた西住もろとも宙に跳ね、足元の西住を軸に90度回転。そのまま重力に従った結果、逆に西住が押し倒され、仗助はちょうど真上に落着。腹の上にまたがった形となる。どう見ても『不良が婦女子を暴行』の図だが、これで勝ちだ。攻撃しようとしていたトゥルー・カラーズも、すでにクレイジー・ダイヤモンドで捕まえている。ちょっと頭が冷えた。この体勢で女の子をボコボコに殴るなんて、控えめに言っても死ぬべき野郎だった。それこそ、『髪型』への憧れを自ら侮辱する行為だった。

 

「さすがに絵的にヤベーッスからよ、サッサと済ますぜ。抵抗すんなよな」

「ケホッ……うん、抵抗しないよ」

 

トゥルー・カラーズを羽交い絞めにしている以上、西住も身動きは不可能だ。この細っこい首にそっと手を回し、絞め落とすマネゴトをすれば承太郎も死亡判定をくれるだろう。だが、妙だ。西住のものわかりが良すぎる。抵抗自体がそもそも不可能なのだから、白旗を上げるしかないのは確かなはずだが、何かやばい。根拠はないが、ハメられている気が胸いっぱいに広がってきた。

 

「抵抗しても意味ないもん。東方くんは座ってて、

 クレイジー・ダイヤモンドもトゥルー・カラーズにかかりっきりなら、

 私が動く必要、全然ないよね」

「……なッ、まさ」

 

背中に衝撃が殺到した。十数発のペイント弾が直撃し、ピンク一色になるのがわかった。遅れて後ろを振り向くと、そこにいたのは。

 

「『チハ車』……こんな、ドンピシャのタイミングを待ち構えてやがったのか?

 いや、こいつは」

 

視線を少し下にやって気づく。地面に黒く大きな矢印が書いてある。矢印は、仗助の背中の中心をピタリと指し示していた。ほどなく、それは崩れて消えていく。

 

「グレート……誘い込まれてたってのか、最初から。

 トゥルー・カラーズでコソコソ指示を出してたってのかよ」

「うん、あんまり細かくは指示できなかったけど」

 

仗助はすべてを悟った。さっき出していたトゥルー・カラーズは、攻撃のために出していたのではなかった。『書き終えた』ところをたまたま捕まえた。それだけだったということに。トゥルー・カラーズの色を塗る能力を使って、気づかれない場所とタイミングで文字を書く。そうやって、控えていた『チハ車』を指揮していたのだ。西住本人と交戦状態になることで指揮を封じたつもりが、それ自体を隠れミノに、最初から指揮をとられていた!

 

『東方チーム、東方仗助、死亡。再起不能(リタイア)』

 

承太郎がキッチリ死亡判定をくれた。当然、仗助の。

 

「……や、やられちまった。チキショ~~~ッ」

「そろそろ、どいてほしいかな。苦しいよ」

「あ、悪い、すまねぇッス!」

 

ソソクサとどいた仗助に、また後でね、とばかりに手をふると、西住は『チハ車』に駆け寄り、飛び乗った。

 

「ナイスアシストです、西住隊長ッ」

「アヒルさんチームこそ、ナイスショットだよ。

 私を巻き込まないで東方くんだけを機銃で撃つなんて、すごい」

「どっから撃っても効きゃあしねぇ!

 なんて言わせたマンマじゃおかないってことです。

 猛練習の成果、身体で思い知ってもらいました」

「? 何の話かなぁ」

 

聞いてたのか、あいつら。背後にこっそり忍び寄っていたのは、カバさんチームだけではなかったらしい。

 

「思い知りました、ゴメンナサイッス!」

「あ、いいって。コッチは盗み聞きしてたんだし。次は一緒にやろうよ」

 

『チハ車』が行ってしまった後は、ただ脇によけて座り込んでいるだけになった。死人だからだ。移動も通信も、試合終了まで許可されない。それも、7、8分程度のことだった。

 

『東方チーム、3号突撃砲、行動不能!』

『3号突撃砲、敵弾貫通。爆発炎上により死亡判定。

 鈴木貴子、即死。松本里子、即死。杉山清美、即死。野上武子、即死。

 以上四名、再起不能(リタイア)』

 

「誰だよ? 誰がダレなんだよ? わかんねぇーッスよコレ!

 本名くらい言っとけよアイツラ! イマサラだけど」

 

最初の頃に撃破されて、生き残りがいたりしたら非常に難儀しただろう。誰に連絡をとっていいかすらわからない。そんな事態にならなかったのは不幸中の幸いだったのか。それは置いといて、東方チームの戦力は、これで全滅だ。『矢』も38tにある。このまま、秋山のムーンライダーズあたりに発見されてゲームセットだろう。スガスガしいまでの負けっぷりだった。億泰のM3リー撃破だけが、振り返れば唯一の戦果であるという。だが、ここまでやれれば充分だ。スタンド使いとのマジな戦闘に劣らない全力を、この戦いで出し切ってみせたのだから。これで、あの蝶野教官が納得しないというのなら、もう仕方がない。試合終了のアナウンスを待ちながら、仗助は懐からクシを取り出し、破壊されたリーゼントの修繕を試みた。

30分後。

 

『東方チームの手により、矢の領域離脱を確認』

『勝利条件達成。東方チームの勝利です!』

 

「……アレッ?」

 

勝ったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……

はるか遠くから、雄たけびというか、かすれかけた絶叫が聞こえた。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




仗助の髪型をバカにしちゃった場合、ボコのコスプレ(リアル志向)は不可避。
運が悪いと、さらに現代アートにされてしまう。みぽりん賢明。


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戦車戦にチャレンジしよう!(10)

大変おまたせしました。
戦闘結果の総括で、今回の戦車戦の話は終了です。
時間がかかった分というわけでもないですが、ほぼ二話分の文量ですね。

今回は、秋山どの視点で。


秋山優花里(あきやま ゆかり)のムーンライダーズを以てしても、河嶋桃を発見することは叶わなかった。3号突撃砲を撃破した直後に気づきはしたのだ。『矢』は一体どこにあるのか、と。戦闘開始前にどこかに隠すような、勝負の成立を脅かすマネをしても誰も得をしない以上、戦場に現れたうちの誰かが必ず持っているはず。だが全員で探し回っても発見できない。38tも、3号突撃砲も、『死体』まで含めて探した。なのに無い。

 

「……河嶋さん」

 

みほが思い出したようにつぶやいた名前から、全員がすべてを悟った。生徒会長の『死体』はニヤリと笑った。残存戦力を総動員しての捜索が始まるも、手がかりなどあろうはずもなく。探し始めてから二十分経過したあたりで、ついにタイムリミットと相成った。学園艦の横幅をフルにカバーして探索できるムーンライダーズでも、たった7騎で方向性すら絞れないではどうしようもない。最初に木や枝が不自然に折れていたり、踏み荒らされた草の後などを探しはしたが、そんな痕跡もついに見つからずじまいだった。今は、試合時に使われる監視塔前に、4号戦車ともども到着している。エンジンを止めて全員が降りたところへ、後ろから誰かが猛ダッシュしてやってきた。振り向くなり、必死の形相で両肩をガシッと掴まれた。億泰だ。

 

「オォイ! 秋山ァァーーーッ

 生きてっかァー、大丈夫なのかよぉーーーッ」

「アイタッ! イタタタタッ!

 ユスんないで下さい虹村どの、キズが、キズが開くんですよぅ」

「仗助ェェーーーッ 早く治してやってくれよぉぉ~~、

 血ィ出てんじゃあねーかよぉぉ~」

「傷が開くと言ってるだろ、アホかお前は」

 

麻子が割って入り、押しのける。

 

「アッ、すまねぇ! でもよぉーー」

「何も考えずライダーズをツブしたな?

 そして、ツブした後で気づいたな、お前」

「ウグッ。お、おうよ。

 兄貴のバッド・カンパニーと同じ感覚でやっちまったァ~~」

「お前の兄貴のスタンドか。歩兵60人だったか?」

「おう、兄貴のバッド・カンパニーは一人、二人ツブれても

 ダメージにゃあならなかったからよ。だが考えてみりゃあ、

 秋山のムーンライダーズは7人っきゃあいねーじゃあねーか。

 単純に計算すりゃあよ、身体の七分の一がフッ飛んじまうと思ってよぉー」

 

ばつが悪そうに、しどろもどろに説明する億泰に、麻子は小さくため息をついた。

 

「考えた方か。お前にしては」

「どーいう意味だよ、コラ」

「気にしないでいい。東方は……ン?」

 

先ほど億泰が呼びかけた方向を麻子が向く。思い切り怪訝な表情をしたので、つられてそちらを見てみると。クシで髪をイジりながら、半分泣きが入っている男が一人いた。前髪の長い部分がハネ上がって、トサカのようになっている。誰だかわからず、数瞬、目をこらす。あの背丈。ちょっとトボけたタレ目、碧眼。濃い眉……

 

「あっ、そうだった。東方どのですねコノ人」

「くっそぉぉーーー、何をどうやったって戻りゃあしねぇ……

 ヤラレちまったんだよ西住にッ! スーパーハードの粘着がブッ壊れちまった!

 クレイジー・ダイヤモンドで直ってくれたらよぉぉーーー、ウウウッ」

 

出っぱなしのクレイジー・ダイヤモンドがものすごく困った顔をしている。ここまで、ずっとこの調子で歩いてきたのだろうか。

 

「何このリーゼント中毒。

 正直、今のアンタの方がカッコイイと思うんだけど。ワタシ的には」

「でもリーゼントあってこその東方どのですよぉー武部どの。

 エレファントからアハトアハトを取られたら、私だってカナシーです」

「そーなんだよ秋山ァァァーーーー、油くれよ油ァァー」

 

必死の形相で両肩をガシッと掴まれた。またもや。

 

「せ、戦車用のグリースしかありませんよぅ」

「それでいいッ よこせ!

 オレをチョットでもアワレに思うならよぉぉーー」

「東方くん、それはやめよう。ハゲたりするかもよ?」

 

見かねて、みほが割り込んできた。少しでも冷静になれば仗助にだってわかるはずなのだ。工業用のオイルを人間に塗り込むとか、ありえない。

 

「ンなこと言うならよ、オメーどうにかしろよ西住ッ」

「うん、考えがあるんだ。

 まず、クシで整えてから手で押さえて、固めるところを教えて」

「ンッ? お、おう」

「あっ、しゃがんで。 見えないとツライから」

 

そう言って、みほはおもむろにトゥルー・カラーズを出し、拳を仗助の頭に当てる。アイロンをかけるように拳を前後させ、その後を指先で軽くこすっている。

 

「こいつは……トゥルー・カラーズのペンキか?」

「うん、透明にしたペンキを塗りこんでみたよ。

 私のスタンドなんだし、身体に悪いとか、そういうのは無いと思うな」

「なるほど、乾けば固まる。速乾性!

 グレート! ナカナカ具合よしだぜ」

 

手鏡で元通りのリーゼントに戻ったことを確認し、ご満悦でポーズをとっている仗助。その袖を、麻子が引いた。少しイラついた顔をしている。

 

「髪が直ったのなら、こいつも治してくれ。頭をケガしている」

「あ。悪かったッスよ、すぐなおすぜ……」

「鏡持ってまでメンテ欠かさないとか、オンナのコじみてるわねアンタ」

「死にたくなるぜ! 崩れたリーゼントで外歩くとかよぉ~、絶対にできねぇ!」

 

仗助は沙織と雑談しながらも、クレイジー・ダイヤモンドだけはしっかり優花里の方によこしてきたので、近くに寄って治してもらう。痛みが消えていく。傷が水にでも溶けていくような感触に目を細めていると、少し困ったように仗助が言ってくる。

 

「思うんだがよぉー秋山。

 やっぱし直接戦うのは危ねぇーぜ、おめーのムーンライダーズ」

「はい、防御力ゼロですからねぇ~。

 東方どのがいないと、このダメージだってどれだけ引きずるか」

「だがよ、他のスタンド使いと連携して『偵察』だとか『牽制』に

 専念されると厄介な能力でもあるな……これからはよ、

 その辺メインで訓練してくのもいいんじゃあねーかと思うのよ。

 どうよ、西住?」

「東方くんの言う通りだと思うよ。でも、賛成できない。

 こんなこと言いたくないけど、もし!

 もし、音石明の気が変わっちゃったら……

 もし、一人ずつコソコソ暗殺する方針に切り替えたなら。

 優花里さんは何もできずにやられる。今のままじゃあ、そうなる」

「共闘前提も、それはそれで危険ってわけか。

 最低一度は逃げ切れる策を用意しとかねえとな」

 

自分の身体から、こげくさい臭いが漂ってきた気がした。高圧電流でバチバチ焼かれた記憶が、鼻の奥にフラッシュバックしている。思わず、自身の身体を抱きしめた。スタンド使いになったところで、恐怖が消えるわけではないのだ。両肩に、また手が置かれた。本日三度目だが、今度は優しかった。

 

「させないよ、優花里さん」

「西住どの……」

「そんなことには私がさせないし、優花里さんも、そんな風には終わらない。

 そのためには、練習だよね。それと、作戦」

「不良の悪知恵で良けりゃあよぉぉー、貸してやるぜ! 秋山」

「ありがとうございますッ! 西住どのッ、東方どのッ」

 

二人がいてくれるなら、この恐怖とも戦えるだろう。いや、二人どころではない。この場の全員が味方だ。深く頭を下げる優花里に、仗助とみほが顔を見合わせて苦笑したところで、6両目の戦車が背後から姿を現した。90式戦車だ。蝶野教官が空挺降下で持ち込んできた、自衛隊の最新鋭戦車である。最高速度は、4号戦車とは段違い。時速70km。戦車道の戦車とは、最初から比べるべきではない代物だ。優花里たちの真横を通り過ぎてから脇に避け、ピタリと止まると、蝶野教官がキューポラから身を乗り出し、天蓋に直立する。続いて、承太郎がやや窮屈そうに這い出してきて、最後に、河嶋桃が出てきた。これまた、何か変だと思ったら、承太郎がコートを着ていない。代わりに、河嶋桃がそれを羽織っている。よく見ると、汗みどろだった。ヘクシュン! 思いきりクシャミをした河嶋桃が、それでも見栄を張るように足を踏み鳴らすと、すでに集合を終えていた一同が、全員整列する。生徒会一同ことカメさんチームは、当然のように前に出て90式戦車の傍に立った。仗助達は、とりあえずカバさんチームに合流したようだ。

 

「これより、蝶野教官に今回の模擬戦を総括していただく。

 一同、謹んで聞くように……ックシュン!」

 

しまらない空気に全員が和んだ。それをキッとにらんでから、河嶋桃は後ろに下がり、蝶野教官に最前列をゆずる。数秒間の溜めを作ってから、蝶野教官は満面の笑顔で親指を立てた。

 

「ファンタスティック! 素晴らしい戦いだったわ。

 超能力を持ち込んだオカルトバトルだったけど、

 それに頼り切ることもなく、持て余すこともなく!

 挟撃、各個撃破、奇襲、囮作戦……

 目まぐるしい全力の攻防、見せてもらったわよ」

 

表情からは、お世辞などの雰囲気は感じ取れなかった。もっとも、おそらくこの人は本心でしかものを言うまい。90式戦車で学園長のフェラーリを引きつぶしておきながら『ガハハ』と笑って済ます人なのだ。

 

「西住さん」

「はい」

「作戦の最重要目標である『矢』の行方に配慮できなかったのは、

 あなたらしくない失敗だったわね……いえ、訂正しましょうか。

 そんなことを考えていられないほどに追い詰められた。

 大将首を直接狙われたせいで、『矢』の行方をもっとも気にするべき

 タイミングで、司令部の機能が停止していた。

 そしてその失敗は、敵を全滅させても償えなかったというわけね」

「はい。明確な敗因です」

「よろしい。課題が見えたわね」

 

ウンウンと二度ほど頷き、蝶野教官は別の方向に視線を向ける。

 

「東方くん」

「……ハイッス」

「あの作戦、あなたが考えたの?」

「違います。いや、ちっとは考えましたッスけど……

 オレは川を盾にして守ることを考えて、億泰のヤツが全戦力で

 ノッケから突撃することを考えたンスよ。

 ドッチも穴だらけの作戦だったけどよぉ~、

 そこのエルヴィンがまとめ直してくれてでスね、今回の作戦になりました」

「ミョルニル作戦、っつーんだぜぇー、カッケーよなぁー。

 イミわかんねーケド」

「カッコイイよねぇー」

 

億泰が入れた茶々に生徒会長が同調してニンマリ笑っている。注目されたエルヴィンは、ポッと顔を赤くしてソッポを向いた。多分、億泰には冷やかす意図はまったくない。普通に褒めているのだろうが。

 

「なるほど。3号突撃砲が積極的に動かなかった理由がそれね。

 東方くんはスタンドで直接殴り合うから指揮なんか取れない。

 だから3号突撃砲を司令部とし、挟撃作戦の指揮に専念させた。

 そういうことね」

「はい。オレ達の『アタマ』は最初から最後までエルヴィンです」

「西住さん」

「はい」

「あなた以外で戦闘指揮の出来る子が、ついに現れたわね。

 今後の模擬戦にも力が入ってくると思わない?」

「はい。他の人にも機会が欲しいです。時間さえあれば」

 

そうなのだ。みほ以外が戦闘指揮をするなど、今まで考えたことすらもない。みほを除いた全員が戦車のド素人のため、誰もがそれ以前の問題だったからだ。指揮の通りに動き回れる地盤作りのため、今までを費やしてきたと言ってもいい。だが今回、模擬戦の形でチームを二つに割り、片方を誰かが受け持たざるを得なくなり。そして受け持ったエルヴィンは、最後までやってのけた。あまつさえ、勝った。この意味は大きい。たとえ、それがスタンドなどという異物を混ぜた邪道な戦車戦であろうとも。当のエルヴィンはこわばっている。えらいことになった。そう思っているようだ。

 

「ま、待ってください。得意になんか、とてもなれない!

 勝てたのは皆が奮闘してくれたからで! 作戦も皆の折衷案で!

 奇跡的に生き残った河嶋先輩がメロスみたいに走ってくれたからなんだ!」

「奮闘できるように指示を出せたってことだよね。

 みんなが作戦通りに動いて、誰も混乱してなかった……

 スゴイよ。初めてだとは思えないくらい」

「あ、う」

 

軍帽を深く被ってうつむいたエルヴィンは、そのまま何も言えなくなる。

 

「観念するんだな、名将!」

「イヨッ、砂漠の狐!」

「カバさんチームの夜明けだぜよ」

 

カエサル、左衛門佐、おりょうに代わる代わる冷やかされ、エルヴィンはカタカタ震え、しまいにキレた。

 

「お前らーッ 人の気も知らないで!」

「ハイハイ、そこまで!

 せっかくだから、空条先生にも一言お願いしたいのよ」

 

パンパン手を打ち鳴らして騒ぎを沈めた蝶野教官は、今度は承太郎に話をふった。事前の打ち合わせもなかったのだろう。一瞬、面食らった表情をした承太郎は、やれやれだぜ、と小さくつぶやいてから前に出てくる。

 

「戦車道については門外漢だがな。

 一応の予習として、聖グロリアーナとの練習試合は見させてもらった」

 

全員に気まずい雰囲気がただよった。あの時は、無様をさらしたチームがほとんどであったから。敵待ち伏せ時に遊んでいたところも映像に残ってしまっており、そんなものを見られてどういう印象を持たれるか、今となってはわかりきっていることだった。

 

「ウサギチーム。前回の君たちは『戦車を捨てて逃げた』。

 何ひとつ貢献しない、最低の戦いだったな」

 

奥歯を噛みしめ、ギリッと鳴らしたのは確か、澤梓(さわ あずさ)と言う子だったか。1年生チームであるウサギさんチームのリーダーだ。

 

「だが今回、君たちは『戦車を捨てて戦った』。

 敵を討ち取る手段として、あえて戦車を捨てることを選んだ。

 砲塔を回すことで億泰の注意を引き付け、密かに戦車を降り、

 ザ・ハンドの引き寄せを逆に利用した。

 戦いを放棄せず、観察し、敵の強みにすらも弱点を見出す。

 その冷静さを忘れるな……それが、君たちを強くするだろう」

 

悔しそうな顔から、花が咲くように笑顔になっていったのは、確か桂利奈という子。他の1年生達ともども、澤梓の方を見ては笑っている。驚いた。ザ・ハンドを倒したのは彼女か。今回の戦い、色々な才能が見出されているようだ。

 

「次に、アヒルチーム。君たちのアシストは特筆するべきものだと思う。

 君たちの立ち回りが無ければ、西住チームは仗助と億泰の挟撃を

 防ぎきれなかっただろう。 攻撃だけが戦いではない。

 君たちは、それを証明し続けるのがいいだろうな」

「はいっ、スパイクを打つだけがバレーではありませんッ

 チームワークなくして勝利なし、ですよね?」

「…………ああ」

 

今は亡きバレー部の元主将、磯部典子(いそべ のりこ)なりの会心の返答だったのだろうが、承太郎は『大丈夫かなコイツ』的な微妙な表情をして、気を取り直してから、今度はこっちを見た。正確に言うと、華の方を見ている。

 

「五十鈴華。西住みほの代理で指揮を託されたのは君だと見たが、間違いないか」

「はい」

「4号戦車とムーンライダーズで、億泰と仗助を別々に相手取ったのは失策だな。

 動きから見て、億泰を狙撃で確実に仕留めるつもりだったのだろうが……

 腕前への自負が、結果として敗北につながった。そう見える」

 

承太郎の言っていることは結果論である。と言ってしまえばそれまでだが。もし、あの場面で億泰ではなく仗助を狙い、動きをさらに制限していれば、3号突撃砲が混戦に乱入してくる前に仗助を倒せていたかもしれない。倒せてさえいれば、『矢』を追いかけるのも間に合った可能性が高い。生身の人間が走っていただけなのだから。その勝負の分かれ目に、華は居合わせていたのだ。そして、今回は誤った。華自身も重々承知だったようで、落ち込んだ顔こそしているが、不快を感じている雰囲気はない。

 

「その通りです。自戒いたします」

「人間大の相手を的にしても外さない技量は得難いものだろう。

 だが、その『誇り』が時として隙になること、覚えておくといい。

 撃つその瞬間、自分自身を決して疑わない。そのためにもな……」

「驕り。のことではありませんね……強い武器を持ったがために、判断を誤ると?」

「そうだ。武器はただ武器でしかない。目的のためにある、ただの手段だ」

「目的を預かっておきながら、知らず知らず手段に固執して、

 挽回の機会を失った……

 ありがとうございます。正すべき部分が見えました」

 

ぺこりと頭を下げる華に、承太郎の方も、上から目線ですまなかった、と謝って、後ろに下がる。話はこれで終わりだと、行動で示していた。

 

「期待以上のお話だったわね。

 私の仕事の半分以上が持っていかれた気分になるくらい。

 良ければ今後も手伝っていただけませんか、空条先生」

「スタンドに関することならな……

 それはそうと、康一くんがずっとソワソワしているようだが」

 

さっきから、ずっと何かを言いたそうにしていた康一は、今もやはり不安そうに承太郎と蝶野教官を見ている。由花子というのが何者なのかは結局わからないままだが、よほど恐ろしいらしい。学園艦が髪の毛マミレになる、とか億泰が言っていたから、どうやらスタンド使いではあるらしいのだが。

 

「あ、そうだったわね。コングラッチュレーション!

 合格よ、文句なしに!

 というか、生徒会長に怒られました。

 『勝手に男を突っ込まれちゃあ困る』って」

「どーしてもって言うんならヤブサカじゃあないけどねぇ~。どうよ、康一くん」

「え、エンリョします。どーぞお気ヅカいなく!」

 

目をひん?いてワタワタ両手を振り回す康一に、生徒会長はニヤーッとイヤラシイ笑みを浮かべた。

 

「まー、それとは別に、ちょっとばかりお礼もしたいからさ。

 後で服の採寸させてね」

「服ゥ? なんの話ですか一体」

「さぁー、何だと思うね? 康一くゥーン

 怖がることないよー、天井のシミを数えてる間に終わるからさぁー」

「ひぃぃぃぃッ」

 

両手をワキワキさせている生徒会長に震え上がる康一。傍から見るに、オモチャとして目をつけられたとしか思えない。

 

「やかましいッ、解散してからにしろ!」

「アハハー、ゴメンナサイ」

 

承太郎に怒鳴られた生徒会長だったが、明らかに全然懲りていなかった。戦車格納庫まで引き返してから、改めて解散を言い渡されると、仗助と億泰も生徒会長に呼び止められる。服の採寸うんぬんは、わりとマジメな話であったらしい。

 

「ぶっちゃけるとねぇー、キミたちに死なれちゃ困るんだよねー私ら。

 だから頑丈なインナー用意して、ちょっとでも防御力上げようって話」

「そういうことなら願ってもねー話だがよ、いいんスか?

 そんなことしてもよぉー。学費とかの横領にならねーの?」

「前の『音石明事件』を受けてさぁー、風紀委員に

 防刃繊維のインナーを配布する予算はもう通ってるんだよねぇー。

 材料だけ買って、作るのはウチの被服科なんだけど……

 慣れない材料だろうし、失敗作が出来るって見積もってるんだよねー。

 3着くらい」

「グレート。オレは何も聞かなかったぜ」

「ま、できることはさせてよ。仲間だろー?」

 

(調子のいいこと言ってますよね、このヒト)

 

生徒会長に対し、わずかにだが腹が立ってくるのを自覚する優花里だった。みほがこの人物によって戦車道の履修を強要されたことは、沙織と華から、すでに聞いて知っている。あの戦車道の名門、黒森峰から転校するに至った事情を、まず確実に知っていただろう。知りながらそんなマネをした人物に好意を抱くなど、正直なところ無理だし必要も感じない。だが、音石明の襲撃に対応して意図的な停電を起こしたのもこの人だし、風紀委員を通じて仗助達の侵入を手引きし、共闘体制を整えようとしているのもこの人だ。もう少し、人物を見極めるべき。この人を知ったつもりになるのは、まだ早い。そう思ってはいるのだが、やはり隔意が先に立ってしまう。

 

「ところでさぁー、東方くん……聞いてこないね。西住ちゃんのこと」

「西住の? ああ、さっきの。聞かねぇーッスよ」

「どして?」

「思い出したくもない過去をホジクリ返されてウレシイ奴なんかいねーぜ。

 本人がグチりてぇならともかくよぉー。そうじゃねぇなら、オレは知らねぇ」

 

聞き耳を立てているだけだったが、これには思わず振り向いた。どういう経緯かは知らないが、仗助は、みほの過去に何か感づいている。どうやら生徒会長がそのきっかけを作ったようだが。

 

(西住どのを利用して、東方どのを縛りつけようとしている?)

 

頭をブンブン振った。いくらなんでも悪意に取りすぎだし、こんなやり方では戦車道を強要したことがバレた瞬間に全てが失われることになる。だが、仗助があのことを知るというのは、決して悪くない気がする。むしろ知っていてほしい。あの人の信じた道を、この人ならわかってくれるはず。

 

(……これこそ、迷惑な発想ですね)

 

期待に沿わなかった瞬間、みほを戦犯扱いにした自称戦車道マニアどもと、これでは何も変わらない。自分も、頭を冷やすべき時が来ているようだ。勝手な願望を押し付けて、勝手に心酔してはいないか?

それではダメだ。あげく、勝手に裏切られ、勝手に怒りを投げつける奴らの同類に成り下がりたくはない。足元を確かめることを覚えなければ。

 

「ヘイ、ソコの彼女! そう、そこでコッチ見てる秋山ちゃぁーん」

「いいッ?」

「一緒にオトコのコ達の採寸しなーい? 一人じゃ手に余るんだよねー」

 

思いがけず、生徒会長に呼び止められてしまった。気づかれているとは思わなかったが、考えてみれば好都合。信用できるか灰色の人なのだから、そばで監視した方が安心もできる。

 

「い、いいでしょう。お供しますよッ」

「アンタも好きねぇー、ニヒヒヒヒ」

「オヤジかテメーは! ノコノコついてっていいのか不安になるぜぇ~」

「音石に備えるってーなら、ありがてぇ話だろ。億泰……

 さっさとすませて帰ろうぜ。

 もう2時回ってんじゃあねーか、ハラ減ったぜ」

「ウチの学食で食べてくー? オゴるよ? イモ煮オススメ」

「ウレシーけどチョット遠慮するッス。視線集めたくねえ」

「視線ねぇー、確かにそのリーゼン……ボフッ!」

 

先導して歩き始めていた生徒会長が、振り向くなり吹き出し、その場にうずくまった。肩をふるわせて、プロレス技をかけられてギブアップするように地面を片手でバンバン叩いている。深刻なダメージを受けているようだ。主に腹筋のあたりに。つられて仗助を見た優花里は、その瞬間に理解した。

 

「な、どうしたよ会長さん」

「……あ、あーーーッ 仗助くん、頭、頭が!」

「ああん? オレの頭が……ン? アレ?」

「ひっ、東方どの……リーゼントが、ほどけて……そ、その。『スネ夫』に」

 

手鏡を取り出した仗助もまた、同じように理解した。中途半端に残ったスーパーハードが悪さしかしていない。ほつれてしまったリーゼントの大部分が、まだ固まっている部分の先端からシダレヤナギと化している。その姿、ヒイキ目に見たとしても、やっぱり『スネ夫』!

 

「お、思い出したんだけどよォォーーーッ

 トゥルー・カラーズの『ペンキ』の射程距離ってよぉ~、確か」

「ハイ、20mですねぇ。それより遠ざかると」

「え~~っと、ポロポロ崩れて勝手に消えていくから……ああ」

 

仗助は、手鏡をポロンと取り落とした。そして、さっきまでみほがいた場所に向かってダッシュ。

 

「西住ィィィィ~~~ッ 行くんじゃあねェェーーーーーッ

 オレのそばから離れるなぁぁぁぁーーーーーーーーーッ」

 

生徒会長は転げまわってケイレンし、ムセてピクピクし続けていた。その後、優花里がパシリを引き受けてスーパーハードを買ってくるまで、みほが少し離れるたび、仗助は『捨てられた子犬』みたいな顔をしたことを銘記しておく。

 

(……あ。89式を『チハ車』と勘違いしてましたねぇ東方どの達。

 後でちょっとおセッキョーしましょーね)

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




何に苦労したかって言うと、年長者からのアドバイス部分に苦労した……
そろそろ、戦車道全国大会の足音が聞こえてきます。

ちなみに、1999年当時、10式戦車は試作すらされていないようです。
よって蝶野さんの愛車は90式。


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Inter Inter Mission 『メダル・ウォー!』

大変、お久しぶりでございます。
二ヶ月の休載! マジに面目ないッス。
ケータイからの投稿につき、あとで修正するかも……


「ああ、よかった。まだいた」

 

 

虹村億泰(にじむら おくやす)が帰路につこうとしたところ、呼び止める誰かがいた。今日さんざん聞いた声なので、さすがに覚えている。エルヴィンだ。

 

「ン? どうしたよ。

 ワリィけど手短にしてくんねーかなぁ~、

 腹ペコでよぉ~」

「すまないな、時間はとらせない。

 ものを手渡すだけだからな」

 

頭上にハテナが浮かぶと同時に、エルヴィンはサッと右拳を前に突き出した。つられて真下に両手を出すと、開かれた拳からポロッと何か金属が落ちる。

 

「こいつは?」

「さっき言っただろう。

 勝ったら鉄十字勲章をあげようって」

「アッ、言ってた……

 マジだったのかよ、ノリじゃあなくって」

「私も単なる勢いだったけどな。

 黒田節を持ち出されては仕方ない……左衛門佐に」

「ハ? ナンのこったよ? 安来節?」

「違うッ ドジョウすくいの何が鉄十字勲章だッ?

 と、とにかく!

 約束は約束というわけだ。取っておいてくれ」

 

唇を尖らせたエルヴィンは置いて、億泰は手の中のものを眺める。これは勲章だ。勲章とは何か。足りないことを自覚している頭で少し考えても、しっくり来なかった。

 

「どうしたんだ」

「いや、その、よぉー。

 オレが持つべきじゃあないような気がするぜぇ~、

 こいつはよぉー」

「気に入らないか?」

「チゲぇーよッ! だが勲章っつーならよぉ~~ッ

 勝利をキメたヤツが持つべきじゃあねーのか?

 オレだとは思えねぇーぜ」

「戦車一両を撃破した君にそんなことを……

 なら、君にまかせる。

 それは君がふさわしいと思うところに持っていけ」

 

それじゃ、と踵を返して足早に立ち去ったエルヴィンに呼び止めるスキは見当たらなかった。どうも勝手にキレているように見えたが、何が何なのか。戦車一台を倒したのはその通りとはいえ、その後がブザマすぎて勝った気になれない。あれよあれよという間に女どもに組み敷かれて固められ、トドメに脳天一撃。ケンカとしては負けもいい所だった。承太郎は華が狙撃に固執したことを戒めていたが、それを言ったら自分はもっと能力にアグラをかいていたではないか。思えば今までの敗北はほとんど能力を逆用された結果である。要するに。マヌケを卒業しろ。コレだ。

 

(同じことは出来ねぇ、音石の前じゃあよぉ~)

 

過ちを繰り返すのなら、今度こそ兄の仇は取れなくなるだろう。そして、あのイケ好かない片メガネの泣きベソ女に、二度目の侮辱を吐かせることになる。自分は責任を取ると言った。この責任すら反故にするなら、キンタマをチョン切るべきだ。

 

「……ンッ?」

 

今考えていたことと、手の平の中にあるものを思わず見比べた。オレにふさわしくないであろうコレは、勝利の立役者にこそ渡すべきもの。今回、勝利を拾ったのは誰だ。最後に勝利を叫んだのは。

 

(アイツっつーコトかよ……ヤンなるぜぇ)

 

マグレだろうが何だろうが、東方チームが全滅した中、ただ一人生き残って『矢』を領域外に持って行ったのは、あの河嶋桃に他ならなかった。ならば、渡さなければなるまい。この勲章を。

 

「悪い、待たせちまっ……どうしたよ、億泰」

「何かあったの? イヤそーな顔してるようだけど」

「仗助、康一もよぉ。

 ちっとやるコトが出来たからよぉ~。

 表で待ってろや。

 それと西住。秋山でもいいけどよ」

「えっ?」

「私でも、ですかぁ?

 妙な言い回しですねぇ虹村どの」

 

髪型を整え終わって出てきた仗助だったが、今回の用件の役には立たない。同じように、康一に頼ったってどうにもならない。河嶋桃の居場所に詳しいのは、大洗女子学園戦車道の二人の方であることくらいはわかるのだ。

 

「河嶋のヤツ、探してるんだがよぉぉ~

 アイツの居場所、わかるかよ」

「河嶋さん? たぶんわかるけど、何の用事かな」

「コイツを渡さなきゃあならねぇ。

 今回の戦争の勲章をよぉ~」

 

手の平の中身を示してやると、西住は眉をひそめてゴクンと息を飲む。よくわからない反応だった。戦車に詳しいコイツらなら、これの意味も知っているはず。どうしてそんなビビッた風な顔をされるのか。だが、それもすぐに引っ込む。横にいた秋山が声を上げた。

 

「鉄十字勲章?

 エルヴィンどののモノじゃあないですかコレ?

 私の記憶が正しければ、ですけど。

 カバンにくっつけてた気がします」

「……だってよ、億泰くん。

 届ける相手が違うんじゃあないかなぁー」

「落とし物じゃあねぇーんだぜ、康一に秋山よぉ。

 もらったんだよ! 今さっきなぁー」

「話が見えないよ? 最初から聞かせてほしいかな。

 順を追ってね」

 

全員、首をかしげまくっていたため、西住の提案に素直に従う。最初から話す。エルヴィンに呼び止められたところから。そして、河嶋桃に渡すべきだとの考えを口に出すなり。

 

「ほ、ホンキで言ってるの? ないッ! それはない!

 バッカじゃあないの?」

 

康一がどやしつけてきた。

 

「な、何ッ? なんで?」

「贈り物を、その日のうちに別の人に横流しだよ?

 ケンカ売ってるとしか思えないぞッ」

「でもよぉ~康一、エルヴィンが言ったんだぜ?

 ふさわしいところに持っていけってよぉ~」

 

ハァ~ッ。

深いため息をついた康一は、噛んで含めるように説明を始める。

 

「あのさぁ~~~『たとえ話』をするよ?

 まず、億泰くんが華さんに贈り物をしました。

 何を贈るのか、スッゴク考えるでしょ?

 するとしたら!」

「お、おう。

 そりゃあ~ダッセェモンは渡せねぇよなぁ~」

「すごくすごく考えた億泰くんの、

 気合の入ったプレゼントでした!

 ここまでは想像した?」

「したぜ。気合を入れて渡したゼッ

 考えうる最高のモンをよォ~」

「そして翌日」

 

なかなか先を続けない。ひたすら溜めを作り続ける康一に、億泰はシビレを切らしそうになるが、他の連中はそうでもない。何を言うのか、すでにわかっているとでもいうのか。

 

「オイッ何だよ、早く続き言えよッ」

「億泰くんのプレゼントを、

 なぜか仗助くんが持っていました」

「おいおいおいおい、

 なんでソコでオレに振るんだよ康一ィィィーーーッ」

「だって適任がいないでしょ?

 ぼくじゃあ説得力ゼロだよね?」

 

思わず仗助を見た。殺意が沸いた。が、そこはひとつ呑み込んだ。康一を見る。

 

「どういうこったよ」

「さあね? 捨てられたのを拾ったのかも知れないし、

 貰ったそのまま仗助くんにあげちゃったのかも」

「そっ、そんなこと、するはずがねえ!

 ンな性悪なマネをするくらいなら、最初から断るぜ!

 華さんだったらよぉぉ~~」

「キミがやろうとしてるのは『それ』だよ、億泰くん。

 たとえ『困ったら捨ててもいい』って前置きしても、

 される気分は変わらないと思うけど?」

「あ……ウググ」

 

グウの音も出なかった。念入りに追われると、いちいちごもっともだった。

 

「アブないところでしたねぇ。

 一気に関係コジれるところでしたよ」

「もうコジれてるかも知れねぇーぜ、秋山。

 あのエルヴィンも今回の戦い、

 勝ったとは思ってなかったようだしよ。

 せめて手柄立てたヤツにはごホービを持ってったのに、

 『オレにはふさわしくねー』で辞退だもんなぁー。

 この場合、アイツにしてみれば、

 うまく指揮を取れたとは思ってないところが問題でよ。

 多分こう思うぜ、『じゃあ私は何なんだ』ってよ……」

 

秋山が口ごもる。西住も、康一も、気まずい顔で黙りこくってしまう。なんということだ。飾りモノたったひとつの行方がそんなに問題だというのか。

 

「ん、ンなオオゴトにするつもりはよぉぉーーッ」

「そりゃーそうだろうよ。

 だがこれ以上はしくじれねぇぜ億泰」

 

億泰は考える。

 

(メンドくせぇぇぇーーーーッ

 ンなコト、グダグダ気にしてんじゃあねぇーぜッ

 女の腐ったみてぇによぉ~)

 

これが本音の四割を占めるところだったが、音石明を倒すまでは少なくとも一緒にやっていく奴らなのだ。放置だけはダメだ。第一、女の腐ったみたいなも何も、そもそも女である。億泰にとっては未知の存在。うかつなことはできないと思った。それに、ここでヒドい対応をすれば、華さんだって口もきいてくれるまい。

 

「ど、どうりゃあいいってんだよ……」

「腹案はあるけどよぉー、これはダメだぜ。

 おめー自身が考えて動かねーと、

 多分もっとイラつかれるぜ」

「なんで?」

「筋が通らなくなるからだよね。

 考え方の筋が、虹村くんと違っちゃう」

 

おずおずと西住が言ったことは、この言い方なら億泰の腑に落ちた。筋が通らないヤツは確かに信用できない。自分の筋を通すためには、自分で決めなければ。グヌヌヌヌ、とうなりながら頭の中身を必死で回す。今回は、自分が負けたと思ってるエルヴィンが、億泰をホメてくれようとしてるのをムゲにしたからヤバい。だが、筋を通すというのなら、億泰としては、他に勲章をやるべきヤツがいると思っている。だったら、どうする。

 

「億泰よぉ~~」

「じ、仗助ぇ~」

「あんま深く考えねぇでよ、

 おめーの筋をただ通すのもいいかも知んねぇぜ」

「……!」

 

腹が決まったのを感じた。抱えた頭から手を放し、背をピンと伸ばす。

 

「秋山よぉ、ちィと付き合えや」

「は、ハイッ?」

「コイツの出所をよぉぉー、

 てめえなら知っていると見たぜぇ~このオレは」

「あッ、ハイ。知ってます、ねぇ」

「なら話は早ぇ。行くぜ」

「……ハイ。了解であります」

 

コイツは戦車マニアだ。だったら戦車に関する勲章とかだって知っているだろう。それを手にいれる。ふたつだ。筋を通すためには、これがふたつ必要だ。

 

「ち、ちょい待て億泰!

 地図とかもらえばいいじゃあねぇーかッ

 おめーも止めろよ、西住ッ」

「うーん、戦車の片付けが残ってるけど、

 事情も事情だし。いいよ」

「なら、園センパイに電話してくんねーか?

 許可がねえ場所に行くだろうしよ」

「あ、そうだね。ちょっと待って……はい」

 

仗助が後ろで西住のケータイを耳に当ててヘコヘコするにも構わず、億泰は行く。秋山はオドオドしながら舎弟みたいについてきている。康一はまた溜め息をついていた。そして。

 

「どうした。何か用か?」

 

二時間後に再び見たエルヴィンは、やはり不機嫌なままだった。周りのカエサル、おりょう、左衛門佐は、少し目を丸くしたままこっちを見ている。

 

「まず、だ。コイツは受け取った。

 手放すようなことはしねえ」

 

手の中に、受け取った鉄十字勲章を示す。だから何だ、と言いたげに、エルヴィンの目が細まる。

 

「それで?」

「それで、これよ!」

 

もう片方の手に握っていたもうひとつを目前に差し出す。まったく同じ鉄十時勲章である。

 

「ん……これは?」

「てめーもひとつ持つべきだからよ。

 言っとくとよぉぉー、河嶋にもこいつをやったぜ」

 

受け取れと言うのなら、もらってやる!

ぶっきらぼうに言い捨てて、河嶋桃はそれを分捕っていったのだ。

 

「オレは頭悪いからよぉぉ~~、

 心の中に思ったこと、それだけをする!

 これで、持つべきヤツはみんな持ったぜ。勲章をよ」

 

少しぼんやりしたように、手渡された勲章を見ていたエルヴィンは、やがて顔を上げると、フッと顔を和らげた。

 

「なかなか……『粋』じゃあないか。虹村」

「ちっと怒られちまってよ、考え直しただけだぜ」

「おい、そこは黙っておくべきだろう? 台無しだぞ」

 

そうは言われても、そこも含めて筋だと思った億泰である。エルヴィンも、呆れてはいても咎めた風はなかった。

 

「君がどういう奴なのか、少しわかった気がするよ。

 ありがとう。鉄十字勲章、確かに受け取った」

 

自らの軍服じみたジャケットに、新たな鉄十時勲章を取り付ける彼女の姿。それを見届けてから億泰は踵を返して立ち去った。内心、胸を撫で下ろしながら。

 

(カンタンにゃあサワれねぇーなぁ、

 オンナってのはよぉぉぉ~。

 クワバラ、クワバラ……怖ぇぇーーッ)

 

 

 

 

 

To Be Continued ⇒

 

 

 

 

虹村億泰 ―― 悩んだ結果、もらった鉄十字勲章は

        ひとまず自宅の貴重品用金庫に入れた。

エルヴィン ― 直後に冷やかされまくり、

        鉄十字勲章を取り外した。

        結局、カバンに落ち着いたようである。

河嶋桃  ―― ムスッとしながら、

        おニューのケータイに鉄十字勲章を吊るした。

東方仗助 ―― 気がつけば五時だった。

        メシを食いそびれ、後で億泰をシメた。




次回は戦車道全国大会の抽選会の予定……
なるはやでお届けしたい。


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スタンド使いは引かれ合います!(1)

大変遅くなりました。せめて二週間で書きたかった。
スタンド使いがボロボロ出てくる話です。
今回は仗助視点。


「明日の戦車道全国大会の抽選会だがな。俺達も行く」

 

東方仗助は、承太郎が何気なしに発した言葉の意味が図れず、まばたきを二、三繰り返した。

 

「何スッて? いや、イイッスけど。

 あんまし関係なくないッスか、オレら」

「抽選会そのものにはな。目的はその後だ」

 

その後と言われてもピンと来ない仗助だが、自分なりに考えてみる。抽選会に集まってくるのは誰なのか。自分達の今の目的は当然、音石の打倒。それに近づける何かが来る。

 

「どっかのスタンド使いでも来るんスか?」

「聖グロリアーナ女学院のスタンド使いと会合の場を持つ。

 スピードワゴン財団を通してコンタクトを取れたんでな……」

「聖グロ……確か、西住たちが練習試合をやったっつう」

「彼女にとっても、音石明の件は他人事ではありえないはずだ。

 戦車道を内から乗っ取るかもしれんヤツの話だからな。

 顔合わせと同時に注意を促す。情報の共有だ」

 

理解できた。音石明の動きを封じると共に味方を増やす一手を打つわけである。元からスタンド使いがいるのなら、超常現象を信じさせる手間から始める必要もないし、利害も一致する。誰しも、自分の能力をいいように利用され使い捨てられるなど我慢できまい。音石はそれなのだ。

 

「するってーと、戦車道チームのエライヤツッスか? ソイツは」

「隊長だ。少なくとも、全ての戦車は彼女に従う」

「なるほど。重要ですね……

 知らないままだと、ソイツらも破滅かもッスからねぇー」

「往復の電車賃は俺が出すし、昼飯くらいはおごってやる。

 億泰と康一くんにも声をかけてくれ」

「あ、それ助かるッス……最近、財布が軽くってよぉ~。

 億泰と康一には間違いなく伝えときますぜ」

「頼む。じゃあな。明日は早いぜ」

 

『電話』が切れる。ここは仗助の自宅。だがこれは自宅の電話ではなかった。ケータイである。少し型落ちだそうだが、仗助は今まで持ってすらいなかったので、不便も何もない。むしろ電話以外の何に使えばいいのか、という気分だった。

 

(なるほど、こいつは必須だぜ。

 おふくろ巻き込みたくねー今は特によぉぉー)

 

戦車戦の帰り際、杏が手渡してきたのがこれである。風紀委員の予備機を回してくれたのだという。代金はすべて大洗女子学園持ち。ケータイの料金で数万円ふっとばすヤツが存在することは知っている。好きに使ってくれていーよー、などと言ってはいたが、乱用したらヤバい。あの人に金銭的な借りを作るのだけはマジに勘弁願いたかった。

 

(つーか、意地でも放さねー気だろうな。

 離れる気もねえけどよ。音石がどうにかなるまではな)

 

考えてふと思う。仮に音石を倒したとして、それでおさらばで済むのだろうか。間田敏和(はざまだ としかず)は言っていた。スタンド使いは引かれ合う、と。ではあいつらはどうなる。西住は。秋山は。

 

(西住は……西住はまだいいぜ。

 近距離パワー型で、多少の防御力は約束されてるし、

 あいつも戦いに慣れてきた。

 だがよぉぉぉ~~秋山はダメだ。

 戦うたびに身体のどこかがはじけ飛んでいく。

 後味悪いことになるぜ~~放っておいたらよおー)

 

虹村形兆並みに使いこなせてようやく安全になるスタンド。それがあいつのムーンライダーズ。射程距離を除けば、はっきり言って下位互換だ。現状、クレイジー・ダイヤモンドのいない戦場で戦うこと自体が自殺行為だろう。

 

(そこんとこどうにかしねー限り離れられねーよなぁー。

 承太郎さんに西住も巻き込んで、一緒に相談していくしかねぇーな)

 

初対面は死体だった。二度とあんなものを見るのはごめんだ。絶望すらもできずに半笑いで震えていた西住の姿も同じこと。ならば、避けるための手は次々に打つべきだ。さしあたり最大の脅威はやはり音石明なので、対抗するための提案を、明日ひとつ持っていく。そして今から祈らずにはいられなかった。明日引かれ合うスタンド使いどもが、みんなマトモな奴らであることを。

 

…………………………

 

翌日、西住たちと同じ新幹線で、第六十三回戦車道全国高校生大会抽選会会場に向かうことになった。実家が学園艦だから新幹線が初めて、だとかで大はしゃぎの秋山をなだめる西住たちとは相当離れた座席で関わる要素がなかったのは良かったのだか悪かったのだか。億泰と秋山を近くに置いておくと、何かの拍子で盛り上がったときにメチャクチャうるさく、麻子が不機嫌になるのだ。ましてや今日の新幹線は七時発。五時前に叩き起こされたアイツはほぼゾンビだった。仙台駅改札前でぶっ倒れグーグー言い出したヤツを全員がかりで新幹線に担ぎ込み、ちょっとした騒ぎになった。席についてからは仗助たちも全員寝た。昨日の戦車戦がかなり堪えている。承太郎は本を読んでいた。そして到着後、会場に入る資格がないのでボンヤリ外で待ち、二時間くらいして、パタパタ手を振る秋山の姿をようやく認めた。

 

「最初の相手はアンツィオ高校です」

「名前言われてもわかんねーけどよ。強ェのソコ?」

「えぇ~~強いか弱いかで言うんなら、弱い部類です。

 ですがあなどれませんよぉ~虹村どの。

 ここの戦車道は爆発力に定評があってですねぇ。

 調子に乗られるとモノスゴく手強いです」

 

全員で戦車喫茶とやらに入り、今はテーブルふたつを占拠している。戦車道関係者が近くに居かねない状況で男女隣接は避けようと思っていたのだが、口を出すヒマもなく億泰が、ソコとソコいいかよ、と席をとり、メニューを広げ始めてしまった。もちろん、脇をこづいた。承太郎もやれやれと首をふった。億泰は呼び鈴のミニチュア戦車を鳴らしてはしゃいだ。女どもはいつも通りだ。西住は苦笑。秋山はウンチクをタレ、華はニコニコ。沙織の視線は生暖かく、麻子はガン無視。康一はメニューを見てただけ。ともあれ、今の話題は一回戦の対戦相手、アンツィオ高校だった。

 

「特筆すべきはタンケッテ軍団でしょうかね」

「ン? タンケッテ? ンだよソイツは」

「小型戦闘車両です。豆タンクとも言いますよぉー

 戦車を倒す火力はないですが、軽くて速いんです」

「オイオイオイ、意味あんのかよ。

 ンなモン出しても、敵倒せねーんじゃあよぉー」

「虹村どの、ご存知のはずですよ?

 敵の場所を先に知る。それがどれだけの力になるか」

「ンッ? おおッ! 『観測射撃』かよッ」

「かも知れませんし、囮の撹乱かも知れませんねぇ。

 どっちにせよ、使われ方次第でヤッカイですね」

「まるっきしムーンライダーズじゃあねぇーか。

 オメーのよぉ」

「ソレですッ! ピッタリですよぉーッ

 そーいうフウにたとえるなら、あとの問題は、

 『敵にザ・ハンドはいるか?』って所なんですよ」

「ほへぇ~ッ 一撃で戦車ブッ壊せるスゲエヤツッてことかい」

「はい。去年ならセモベンテが……ほら、三突ですよ、イタリアの」

 

あ、こいつらの話、終わらない……しかも声がどんどんデカくなっていく。麻子がチラチラ見てくる。止めろってか。どのみち、そろそろ話に首を突っ込んでいくつもりだったからいいのだが。

 

「ま、どうやらクジ運は良かったようだな……

 倒せそうな相手にぶつかったってことでいいんだよな?」

「東方くん。わかってると思うけど。

 遅いか早いかの違いでしかないよ。強豪校にぶつかるの」

 

気楽めに切り出した仗助に、やや厳しい表情でみほが答え、それにね、と付け足して続ける。

 

「私たちはどうあがいても戦車の経験二ヵ月未満。

 これから戦うアンツィオ高校の人たちには練度で水をあけられる。

 アンツィオだけじゃあなくって、どこに当たろうがそれは同じ。

 タカをくくってかかれる相手なんか、いないよ」

「悲観してるワケじゃあねえよな、西住よ」

「うん」

 

迷うことのない即答。敵が誰だろうと、こいつの頭脳はフルに回る。それだけ確かなら充分すぎた。

 

「なら問題ねーぜ。戦車に関しちゃあオレらにゃ及びもつかねーんだしよ。

 それよりも問題なのは、音……」

「ふッ、ふふふ副隊長」

 

大切な話をしようとしたところに割り込んできた聞き覚えのない声に全員で振り向いてみたら、やっぱり見覚えのない銀髪の女がコッチを指さし、一歩、二歩とたじろいでいた。釣った目つきがさらに釣り上がっているようだ。

 

「何、なんなのこいつら……

 あなた一体、どこで、何やって、どーなったの?」

「いきなり出てきて、ごアイサツッスねぇー

 って言いてえけど! 知り合いだよな? 西住」

「う、うん……知り合い」

「質問に答えなさいよぉぉーッ

 ウチから逃げ出した先で、アンタ一体どういう」

「下がってくれ。逸見(いつみ)ッ」

 

なんか後ろからまた出てきた。知らないヤツだが顔の造形にものすごく見覚えがあるような。

 

「みほッ、何も言うまいと思っていた。

 黒森峰を去るのもお前の選択だと……

 だがこの状況、理由いかんによっては、口を出さざるをえない……ッ!!」

 

口がヘの字の『般若』と化したそいつは床をガツガツと踏みしめて西住に迫ってくる。顔を見比べる。そっくりだ。いや、顔つきはだいぶ違うが、面影がほとんど共通している。

 

「あの、つかぬこと聞くッスけど」

「引っ込んでくれ。あとでいくらでも時間をやるッ」

「もしかして、西住の……『おふくろさん』?」

 

時間が凍ったのを感じた仗助だった。承太郎はコーヒーをすすり、麻子はケーキをモキュモキュ頬張っていた。他は全てが止まった。

 

(もしかして、マズッた?

 なんか、ヤベェ~雰囲気がヒシヒシと)

 

「…………ふっ」

「ふ?」

「ふ、ふざけるなよ? そこまでフケては……いくらなんでも」

「東方くん、お姉ちゃんだよ。私のお姉ちゃん」

「えっ、姉ちゃん? マジに?」

「マジだよ」

 

よくわかった。自分が何を言ったのか。後は低頭平伏の一手だった。

 

「スミマセンッしたぁぁぁーーーーーッ!」

「あ、いや、いいんだ。顔を上げてくれ……

 そこまでフケて見えるのか? 私は」

「いえね、おふくろさんが言うみてーなコト言ってたッスから。

 それでソッチだと思ったッス」

「うーん。まあ、いい」

 

顔を二、三度振った西住の姉貴は、気を取り直してこっちを向いた。

 

「なら、貴方に聞く。貴方は、みほの何だ?」

「ダチですよ。何だと聞かれりゃあね……

 こっちからも聞きますぜ。この指、何本立ってるッスか」

 

西住の姉貴の前に、仗助はグーの手を差し出した。当然、これなら『ゼロ本』になるが、そこに重なる形でクレイジー・ダイヤモンドが人差し指を立てている。聞きたいことは、そこにあった。

 

「……まさか。『そう』なのか?」

「これが『1』に見えるでイイんスね、お姉さん」

「ああ、見えている。そして、貴方もこれが『1』に見える」

 

姉貴の方から差し出してきた手からも、黒い手が飛び出した。カブトムシの外骨格のような、柔らかい金属。そんな印象を受ける手だった。

 

「オレのは『クレイジー・ダイヤモンド』って名前ッス」

「名前か……そうだな。『ブラック・パレード』。

 とりあえずだが、私はこう呼ぶ。

 しかし、流れからして。みほもなんだな?」

「ご明察でスね。先週、なりましたよ」

「聞かせてくれるか。事情を」

 

否やはない。姉貴だというなら、それだけである程度の説明は不可避だし、そいつがスタンド使いだったのならなおの事。承太郎の方を振り返る。

 

「承太郎さん。一時からの会合でスけど。

 一人か二人の飛び入りはできますかね?」

「ぜひ来てもらう。知らないことはそれだけでヤバイからな」

「一時? すまないが、その頃にはヘリに乗っていなければ。

 私たち黒森峰にも練習があるからな……

 午後には復帰する予定なんだ。

 今から30分は時間がとれる。それでいいか」

「わかった。ここで説明する」

 

うなずくと、西住の姉貴はこっちに軽く頭を下げ、不良側の席に詰めて座った。一方、所在なさげにしていた釣り目の銀髪女は、何か言いたそうにしながらキョロキョロしている。

 

「ええと。逸見っつったっけ?」

「……気安く呼ばないでくれる?

 第一、なに? そのハンバーグみたいなフザケたアタ」

 

そこから先の発言は途切れた。口をパクパクさせてはいるが聞こえない。仗助も異変に気づく。銀髪女は目を見開き、もっと口を広げるが、何も言えていない。

 

「こッ、こいつは……」

「エコーズ・ACT2。

 そこから先を言う前に、チョットぼくの話を聞いてください」

 

どうやら尻尾文字を貼り付けたらしい。おそらく、『シーン』とか、その辺を。こいつがそこまでして黙らせようとしたということは。仗助は考えるのをやめた。これ以上は康一の善意を無にしてしまう。そんなことを考えていると、銀髪女が喉を掻きむしりだした。冷や汗ビッショリだ。そして康一を見る目に明らかに危険な光が灯った。

 

「康一、やべぇッ 下がれ!」

『AAAAAALLRIGH(アァーーライッ)!!』

 

銀髪女から別人が飛び出した。当然、スタンド!

死神じみたスタンドだ。頭はドクロのカブト。鋭い肋骨の隙間から青い炎がちらつくそれは、まっしぐらに康一へ殴りかかった。どう見ても近距離パワー型。割り込もうにも間に合わない。

 

「やれやれ、手くせが悪いな」

 

が、受け止めたのは承太郎。まばたきする間に割り込んでいた。一発で終わるはずもなく、次々に殴ってこようとする銀髪女のスタンドだったが、それを黙って見ている承太郎ではなかった。

 

「オラァッ!」

 

スタープラチナが脇腹に一発打ち込むと、ドクロの態勢はガクンと崩れ、銀髪女も同様に崩れてうずくまった。

 

「うぐ、が、はッ……」

「お前のそれは『過呼吸』だ。息をしろ。浅く、遅くな。

 30分もすれば回復する」

「い、逸見ッ! 今のは一体?

 貴方はなんだ? 一瞬のうちにッ」

「さあな。答え合わせはそっちでするといい。それより」

 

承太郎は、西住の姉貴に鋭い視線を投げつけた。

 

「こいつは、ごく最近『矢』に刺されたな?

 つまり音石明に……」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




最初はエリカさんがイヤミをタレながら出現して
ケンカになる予定だったのに。
いざ実際に登場させてみると、まほ姉ともども
みほとおしゃべりしてるリーゼント野郎に
目ン玉飛び出すのが先だったという現実。

アンツィオは、第62回全国大会に出場し、一回戦負けしたと解釈しています。
また、その他の小大会や練習試合にもちょくちょく顔を出している、と。
でないと、アニメ本編の『調子に乗ると手ごわい』評のソースが弱すぎる。
アンチョビが入ってくる前後の頃だと、アンツィオ戦車道自体
ボロボロのようですから、それ以前の評は実質無効でしょうし。


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スタンド使いは引かれ合います!(2)

またも大変お待たせしました。
スタンド使いボロボロ回の二話目です。
今回はみぽりん視点。

※2017/3/16、23:00頃に一部修正。
仗助のエリカに対する推測が一部舌っ足らずだったのを修正しました。


西住みほ(にしずみ みほ)は、気が気ではなかった。逸見エリカのことはよく知っている。『正しさ』と『誤り』。善と悪。白と黒。味方と敵。これらをハッキリさせて常に『正しい善の白』であろうとする気高さは黒森峰時代に見てきた。その『正しい者』に向ける信頼と忠誠は、姉である西住まほに今も変わらず注がれているようだ。そこに来て、みじめな逃亡者である自分には何を注ぐのか。そして今、そんな自分の同行者に対し、とんだ勘違いが降りかかろうとしてはいないか。

 

「取り急ぎだが、彼女の勘違いのタネを明かす。面倒なことにならねえようにな」

 

承太郎は簡潔に説明する。エコーズACT2で声を届かなくされたエリカは大声でそれを打ち破ることを試みて失敗。自分の呼吸の音すら聞こえないことから、声が出せない原因を『呼吸が封じられたため』と思い込んでしまった。大声を出して息苦しくなったことが、その憶測だけをひたすら後押しした、と。

 

「おいおい承太郎さん、さすがにそりゃあねえですぜッ

 康一のエコーズは、ただ静かにさせただけなのによぉぉー」

「それを知っているのは俺達だけで、彼女には知るよしもないことを忘れるなよ億泰。

 俺も、彼女の能力に少しばかり不覚をとったんでな……」

 

億泰をたしなめながら、承太郎は袖をまくって腕を見せた。全員、息をのむ。血まみれだ。腕に無数の亀裂が走り、破壊されている。

 

「じッ、承太郎さんッ こいつは…

 グレート! ほとんどミンチじゃあないでスか。

 何をどうやったらこんなキズになるんだよ」

「拳に触れることそのものがヤバイ能力らしい。

 スマナイが治してくれ仗助。急いで追うべき奴がいた」

「追うべきヤツ? って、ココはどうするンスか」

「お前に任せる。一通りの説明はできるな?

 現時点で彼女らが敵である可能性はゼロだ」

 

治されるか早いか、承太郎は早足で店を出ていった。残された仗助は目をぱちくりさせている。

 

「西住、ちっと答え合わせに協力してくんねーかな」

「うん」

 

前提がズレた状態で話はできない。まほにもそれがわかってか、黙って見ているつもりのようだ。というよりも、仗助が起こした『奇跡』を目の当たりにして、衝撃を隠せないと言った方が正しいだろうか。なおす能力というのはものすごい。改めてそう思う。

 

「さっきスタンドで攻撃されたのは、

 康一のエコーズを知るわけがねぇコイツが

 『殺される!』ッて勘違いしたからだ。

 そこはわかった」

 

みほは頷く。皆も頷いた。確認して、仗助は続ける。エリカだけは浅く痛々しい呼吸を繰り返しながら、恨みがましい視線を送ってきたが。どうやら殺意や敵意あっての攻撃でないことはわかってくれたようである。

 

「だがよ、承太郎さんが言うにはコイツのスタンド……

 音石明に『矢』で刺されて目覚めたってよ。

 推測するぜ! 何かおかしかったら言えよな」

 

そして仗助は言う。エリカのスタンドはヤバイ。パワーはともかく、スピードではほとんどクレイジー・ダイヤモンドと互角で、今見た限り、殴った相手の防御力をほぼ無視できる能力を持つ。正体まではわからないが、仗助自身も正面切って戦いたくはない相手。

 

「だってのに、エコーズに声を止められた時のあの反応。

 『スタンドで攻撃されてる』ッつーより、

 『ワケわかんねー』ってツラしてたぜ。

 敵本体を探す素振りもなかった……

 スタンドの概念自体をつかんでねえな。

 ルールを知らねえ世界に放り込まれてるぜ!」

「それって、こーいうコトですかぁ?

 例えるなら、この方は『ティーガーに乗った新兵』!

 いくら戦車がスゴくても、戦車のイロハも知らないんじゃあッ」

「もっとひでえぜ秋山。乗ったのはオレだぜ。

 オレが乗せられたみてーなもんだぜッ

 オレと億泰と康一がイキナリ戦車乗っけられたらどうなるよ?

 動かせただけでも拍手だぜッ フツーに考えてよぉぉー」

 

言わんとすることは言いつつも、エリカのことをそれとなく持ち上げている仗助に気づくみほだった。自分のいた頃と変わらないのであれば、ティーガーに乗っているのは他でもない、エリカだ。それだけにだいぶ助かる気遣いである。優花里も仗助も、そんなことは知るよしもないのだが。エリカの顔にはこう書いてある。『あんたらごときと一緒にしないでくれる?』と。

 

「つまり、スタンドに目覚めたのは明らかに昨日今日。

 承太郎さんの言った通りってことだよね。東方くん」

「ああ。このタイミングでスタンド使いになる原因なんか、ひとつっきゃねえぜ。

 そして、コイツの周りにスタンドを教えられるヤツはいねえってことの証明でもある。

 西住、おめーの姉貴も目覚めたばかりだな」

 

話の本筋に移りたかったが、このままではしばらく後に復活したエリカが、少し言い過ぎるかもしれない。ここは仗助にならって、自分からもひとつ持ち上げておくことにしよう。

 

「私だって、死ぬ直前でようやく目覚めた力なんだもんね。

 それまで、表に出すことさえ出来なかった。そう思うと、エリカさんはスゴイのかな」

 

エリカの顔にはこう書いてある。『見えすいたオベッカ使ってんじゃあないわよ』と。とはいえ、噛みつくような怒気は薄れた。今はこれでいいだろう。そう思ったが甘かった。エリカは確かにそれでよかった。だが別の爆弾に火が入った。突然、襟首をつかまれて、みほは自分のうかつさを呪った。

 

「『死ぬ直前』だと?

 どういうことだ、みほ。何があったッ」

「ちょっ、お姉ちゃん。苦し」

「言え! 事と次第によってはこいつらをゆるさん……言えッ!」

 

首をガクガク振り回されては、言えるものも言えたものではない。それでも言わなければ収まらない。頑張って、必死に、言った。誤解がないように、事実のみを端的に。

 

「あ、赤ちゃんを取り戻そうとして、ヤクザに銃で撃たれてッ

 それから、手首を切ってガケから飛び降りたの!」

「……は?」

「それでそれで、えっと。海が真っ赤になったから、透明な赤ちゃんがわかってね。

 それが私のスタンド能力だよ」

「お前が何を言っているのかさっぱりわからない!

 私はおかしくなってしまったのか?」

 

眼球と目蓋を全開にこわばらせた姉は、『ヤクザ? 赤ちゃん? 手首?』と、うわごとのようにキーワードを繰り返し口に出している。安心とは程遠い表情で、赤くなったり青くなったりしている。

 

「心底同情する。こんな電波を聞かされる立場にな」

「全部事実だけどツッコミ所しかない。どうフォローすりゃいいんだか」

 

最後のケーキを平らげる麻子の隣で、沙織が机にヒジをつき額に手を当てうなだれていた。無言の華はなんともいえぬ表情で薄ら笑いを浮かべていたが、やがてキリリと顔を引き締め、進み出てきた。

 

「みほさんのお姉さま。今の話を要約してお伝えします」

「た、頼む。頭が割れそうだ」

「みほさんは、無関係の赤ちゃんを助けるために海に飛び込みました。

 赤ちゃんを助けたい一心で目覚めた力が、みほさんのスタンド。トゥルー・カラーズです」

「……その。ヤクザとかは?」

「たまたま出くわしたならず者どもです。赤ちゃんを海に放り込んだ犯人ですね。

 銃で『口封じ』しようとしたらしいですが、みほさんに返り討ちにされて、全員刑務所です」

 

姉の顔色が次第に戻っていく。眉はまだ引きつったままだが。さすがは華だ。マイナスの印象から入られても、その礼儀と物腰で、ひとまずは話を聞く気にさせてしまうのだから。沙織とはまた違った強みである。気を取り直した姉は咳払いをして、厳しい目つきを作る。

 

「無礼を承知で聞く。あなた方は、そんな窮地に陥った妹を、放っておいたの?」

「NOだぜ、絶対(ぜってー)にNOだ」

 

糾弾じみた問いを、今度は仗助が真正面から切って捨てた。

 

「同じタイミングでオレ達は、交通事故に遭ったダチを助けなきゃならなかった。

 西住は一人で赤んぼを追わざるを得なくなって、オレ達もすぐ全力で追ったぜ!

 そして、オレと、そこの秋山がギリギリで間に合った。

 結局、死ぬような目には遭わせちまったッスけどよぉぉ~」

 

明らかにムッとして、重ねて何かを言おうとした姉は、一度口を開きかけて、やめた。視線を落として逡巡し、しばらくして諦めたように首を横に振った。

 

「正直、怒りがこみ上げる。が……

 私にはあなた方を非難する資格がない」

 

なぜだろう。みほは姉に、そんなことを言わないでほしかった。今そこにある温度が、その実、遠い場所にあることを思い知ってしまう。

 

「ある、と思うぜ。姉妹なんだしよ」

「あなた方は『間に合った』。それだけで沢山だな」

「姉上どの……」

 

川に落ちた時の溝が、そこにはあった。深くて這い上がれない溝が。

 

「この話はやめだ。聞かせてくれるんだろう? 事情をな。

 その音石明という男、私達もおそらく知っている。

 もちろん、テレビのニュースではなく、だ」

 

席に座り直して、姉は催促する。説明を求める相手を仗助に定めたらしい。思えば、最初からその流れだった。仗助も、手元のカプチーノを軽くすすってから、承太郎に託された役目を果たしにかかった。

 

「まずは、『矢』について、から話すッスよ」

 

わかりきった説明については、あえて繰り返すまい。ただ、仗助の説明を聞きながらみほは思う。いつから自分の人生はこんな方向に狂ったんだろう?

もっとも、そうでなければ今ここにいるみんなとは無縁のままだっただろうから、イヤだとは思いたくないところだ。黒森峰での居場所も、決して失いたくはなかったが。

 

「……ふむ。わかった。音石明は戦車道の敵だということがな。

 西住流の末席として、この話、確かに受け取った」

 

姉のこの返事が意味するところは、私は西住流としてこの件に対応する。音石明を西住流に弓引く者とみなす。そういうことだ。もちろん、西住の名前を使うまでのことはしないだろうが、姉個人としては無条件かつ最大限の協力を約束してきた。

 

「西住流ッつうのは知らねえッスけど。

 協力してくれるんならありがたいッス」

「知らない? そうか。ならそれがいいんだろうな」

 

隊長としての無感情な目を一瞬だけこちらに向けて、姉は、今度は姉自身の持つ情報を開陳する。

 

「結論から言う。そちらの推測はすべて正しい。

 逸見の『力』……スタンドは、三日前、音石明の

 レッド・ホット・チリ・ペッパーによってもたらされたものだ」

「お姉さんのは違うってことスか?」

「私のは五日前だ。熱を出して寝込んだら、いつの間にかこうなった」

「同じだ……オレと。西住に引きずられてスタンド使いになったんだ」

 

思わず仗助の方を見る。初めて聞く情報だったからだ。

 

「オレは、四歳のときにこうなりました。

 オレの父親……親父とか、承太郎さんに影響されたらしいんス」

「となると、あの方も『矢』で?」

「違うッス。その、よくは知らねえでスけど。

 『DIO』っつう、遠くで血がつながってた

 ド悪党がなったのに引きずられたらしいんですよね」

「『DIO』という悪党か。覚えてはおこう」

「多分、必要ねえですよ。10年前に死んでますぜ、そいつ」

「……まぁ、いいだろう」

 

脱線しかかった話を打ち切った姉は、三日前を詳細に語り始めた。

三日前、戦車道の練習終了後、一人遅れて更衣室に入ったエリカが突如として何かに刺されたのだという。言うまでもない、『矢』にだ。犯人は音石明のスタンド、レッド・ホット・チリ・ペッパー。『矢』に刺された直後から、『電気を帯びたパキケファロサウルス』の存在を認識したエリカは、『ブザマな西住みほ』の悪評に付け込んで、その姉である西住まほを追い落とす提案をささやかれたという。エリカは間髪入れず断固拒否。痛めつけて言うことを聞かせることにしたチリ・ペッパーの攻撃を、目覚めたばかりの能力で辛うじて防御していたところに、偶然、まほが間に合った。二人がかりで叩かれたチリ・ペッパーは撤退し、そこから先の行方は不明。

 

「これが私たちが遭遇した、今のところの全てだな」

「つ、強ぇぇーッスね、お姉さん達。

 あのチリ・ペッパーを二人で追い返しちまうなんてよ」

「私たち自身が『能力』を知らなかったおかげで、

 それがかえって奇襲になった。次、ああはいかないだろう」

「能力だけバレて逃げられたってわけか。

 本腰入れて殺しにかかられたらやばいですね」

 

そして仗助が語るのは、蝶野教官が懸念した最悪の可能性。それぞれの家族が次々襲撃されること。おそらくほとんど全てのスタンドが、何をどうあがいても対処できない恐怖の攻撃。深刻に受け止めた姉は、存外あっさり伝家の宝刀に手をかけた。

 

「西住の名を使うしかない……母に持ち掛けます。

 戦車道どころじゃあない。家族が殺されては」

「ま、『そうなる』としたら、オレ達がやられちまった後ッスね。

 ヤツはオレ達を戦車道で倒すつもりらしいッスから。あくまで意地の問題でよ」

「……なら決戦に私を呼べ。と言ってしまうが。ダメだろうな」

「ダメでしょうね。『戦車道でオレ達と勝負』の土俵を投げ捨てちまったら、

 音石明も意地を捨てちまう。家族襲撃をやらねえ意味もなくなるってことだぜ」

「はがゆいな。力を得ても蚊帳の外とは」

 

情報交換はそこで終わった。ようやく話せるまでに回復したエリカが30分の経過を知らせたのだ。康一をにらみつけた彼女は、吐き捨てるように言った。

 

「この屈辱、忘れないわよ」

「はあ……そんなこと言われても。

 だいいち、ケンカ売るようなこと言わなきゃいいじゃあないか。自業自得だよ!」

 

グググと言葉に詰まったエリカの隣で、姉は席を立つ。

 

「さて、私はあなた方の能力を一方的に知ってしまった。

 話の上で避けて通れなかっただけに、このままでは私達の貰いすぎだ」

「ッ、隊長、こいつらにそんな必要は」

「私のスタンド、ブラック・パレードについてだが。

 まだ全てがわかったわけではない。

 『触った物体の時間を止める』それだけがわかっている」

 

エリカが止める間もなく、姉は一息に言い切っていた。能力を知られることは弱点を知られること。これがわからない二人ではない。

 

「隊長、なんてことを」

「彼らは同盟者よ。戦車道の敵に対する、ね。

 信義には信義で応じたい。おかしいかしら」

 

唇を噛んだエリカは、姉を押しのけるように前に出る。

 

「……ガンマ・レイ。私のスタンドよ。

 殴ったものをガラス状に変える能力らしいわね。

 隊長、行きましょう。時間がありません」

 

言うだけ言って、ふてくされたようにエリカは去った。姉もそれに続く素振りを見せたが、足を踏み出すよりも前に、みほにそっと手招きをした。

 

「大洗女子学園の戦車道に身を置いているお前は、

 黒森峰、そして西住流に対する背信行為を働いている。

 この件については母の耳に入れさせてもらう。当然、覚悟の上だな?」

「うん……決めたのは、私」

「ならばいい。ただ……どうしようもなくなったとき。

 助けを求めるしかなくなったとき、私への連絡をためらわないで。

 私は、あなたの姉よ」

 

耳元へのささやきを残して、今度こそ姉は去る。残された体温を感じたみほは、思わず耳元に手を当てていた。

 

「ステキな姉上どのでした。テレビで見たよりも、ずーっと」

「優花里さん。その、『知っている』……んだよね。私のことも」

「ハイ、『知っています』」

 

なんだか現実味がない。優花里に対して、そうなんだ、としか返せず、微妙な沈黙が訪れた。幸い、優花里以外は店を出る用意に入っていて、今の会話は聞き取られていない。

 

「あ、あぁーーーーーッ

 なんかおかしいと思ったらッ!」

 

いきなり康一が叫んだのにビクリとした。今の話が話だっただけに。まさか彼も『知っていた』のか。そんな恐れを向けてみれば。

 

「あの人、お金払ってない!

 払わずに帰っちゃってるぞ」

「な、なぁにィ~~ッ

 セコイ! セコイぜ姉貴!

 オレは出さねぇーぜぇー」

 

同時に、店の扉が開いた。

 

「……お勘定、お願いします。

 すみません、忘れてました」

 

微妙な沈黙は、店全体に及んだ。顔から火が出そうな姉は、そそくさと支払いを済ませて出て行った。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




終わってみれば、まほと仗助がひたすらくっちゃべり続けた回だった。
能力に言及はしたけど、何らかの形で実際に活用するのは
本気でかなり後でしょうね……
次回は、承太郎が追いかけてった相手に関わる予定。


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スタンド使いは引かれ合います!(3)

事実上の隔週号になってる今日この頃……面目ないッス。
今回は承太郎視点。ケータイの『う』の予測変換に『承り』が居座っとる。

それと、活動報告でアンケートをお願いしています。
『ガルパン×ジョジョについてちょっとしたアンケート、それと懸念』
ってヤツですね。気が向けばご協力いただきたく。


「警察を呼びますよ」

 

空条承太郎(くうじょう じょうたろう)は、ごもっともな反応を返されていた。

 

(やることは何も変わらないがな)

 

戦車喫茶『ルクレール』にて、店内に入ってくるなり引き返した奴がいた。アッシュブロンドの長髪をツーテールにまとめたそいつは、アンツィオ高校戦車道の隊長。現在集まった情報を確認する限り、もっとも音石明が乗っ取りを画策しやすい戦車道チーム。その代表者が、『スタンドを目で追った』。一刻の猶予もない緊急事態というべきだ。だから承太郎は追った。そして追いつくなり名前で呼びかけ、率直に語った。

 

『安斎千代美(あんざい ちよみ)だな。

 話がある。君の生命に関わる話だ』

 

結果、彼女はふるえだして立ちすくんでしまった。不穏な言葉を聞かされたから、では断じてなかろう。この反応は間違いない。スタンドについて、何か知っている。詳しいことを聞き出そうと距離を詰めると、警戒心をあらわにした金髪の女学生が大股で立ち塞がった。そして今に至る。

 

「やんのかテメ~~ッ 受けて立つかんな」

 

遅れて、黒い短髪の少年じみた奴……当然と言うべきか、女学生だ……も、隊長をかばって前に出た。右拳を左掌で打ち鳴らす。

 

「やっ、やめろ! 危ないことはやめろよ!

 逃げるぞ、関わるな!」

 

立ち直ったかの隊長は、前に立つ二人の腕を引く。そちらに振り向いた二人は互いを見つめて頷き、走り出そうとしていた。こうなることも想定している。承太郎は早々にカードを切った。

 

「『角谷杏』。知っているな、彼女を」

 

走り始めた隊長がビクリと止まった。恐怖に満ちた目が向けられる。

 

「な、何だよぉ。アイツがどうか、したのか?」

「どうもしない。まずは話を聞いてもらいたい」

「アイツに何をしたんだよぉッ」

「どうもしないし、何もしてねえ。

 とにかく一旦黙れ。俺は最初からすべて話すつもりだ」

 

打って変わり、食ってかかる彼女をやや強い調子でなだめる承太郎は思った。10年前だったらキレて怒鳴りつけていたのではなかろうか、と。観念したようにヘナヘナとしおれた彼女を、まずは安心させねばならない。

 

「まず、角谷杏には許可をもらっただけだ。

 名前を出す許可をな。疑わしければ電話しろ」

「……そうします。で、あなたの名前を聞きたいんですが」

「空条承太郎」

 

隅によって電話を取り出し、たどたどしい手つきでボタンを押す彼女に代わり、ムスッとした顔で突っかかってきたのは黒髪だった。

 

「何なんスかアンタ。

 姐さんキズつけたりしたらさぁー、許さねぇーッスよ」

「むしろキズをつけないために来たんだがな。

 君たちもその中に含んでいる」

 

確認はすぐに終わったらしく、電話をしまった隊長、こと安斎千代美が戻ってくる。恐怖は多少薄れたようだが、うさんくさげな顔でこちらを見ている。

 

「あのォォ~、ついていけばわかるよ、とか言われたんですけど……

 音石明、ってアレですよね? 変質者の戦車ドロ」

「その通りだ。だが、それが全てではない。

 そして、奴の目的のために、君たちアンツィオ高校戦車道が狙われる可能性がかなり高い。

 初戦の相手が大洗女子学園になって、さらに危険になった」

 

スタンドを目で追い、しかもこちらを見た途端に逃げたことから、もう遅い可能性すらあると判断した承太郎は、だからこうして追ってきたのだが、それは今言うべきことではない。それにこの反応を見るに、音石明とは現在まったく接触がないのは明らか。ということは、そこまで焦る状況ではなくなった。知らずスタンド使いにされていたとしても、守ることは可能。

 

「わかりました。お話を伺います」

「ドゥーチェ、それは」

「行くしかないだろ。知らないことで、みんなが危険になるのなら」

 

さほど考え込むこともなく、ほぼ即答した彼女だが、警戒は保っているようだ。角谷杏が悪党の手に落ちている可能性を、一応想定していると見える。彼女からしてみれば、この空条承太郎こそが音石明の手先である、ということすらもありえるだろう。賢明だ。

 

「英国式喫茶『チャレンジャー』。話はそこでする」

「アンツィオ生つかまえてイギリス式とはイイ度胸ッスねぇーアンタ」

「主賓がそこを指名してきた。俺達が決めたんじゃあない」

 

挑みかかるように睨めつける黒髪の相手は面倒くさかったが、信用を得るには好都合でもある。案の定、ピンと来たらしい安斎千代美は聞いてきた。

 

「主賓が英国? グロリアーナですか」

「ああ。大洗女子と聖グロリアーナの戦車道、隊長周辺の数名が来る。

 そこに俺達、音石明を追う四人が参加する」

「俺達四人。当然、私たちじゃあないから……あなたの関係者があと三人か」

「理解が早くて助かるな。さっそく来てもらおう」

 

うなずいて、安斎千代美はついてくる。うさんくさげな眼つきがだいぶ薄れた。

 

「いいんですか姐さん、こんなガチのマフィオーゾみたいなヤツに。

 ゴッドファーザーのテーマキコエてキソーッスよ!」

「多分、この人はウソを言ってないぞ、ペパロニ。

 今、ここで私がさらに聖グロに連絡をとれば、ウソが破たんするだろ?

 そんなマヌケをやる人ではないみたいだからな」

「そして、聖グロのダージリンまで屈服させるような悪党だったら、

 こんな風に回りくどく声をかけてくる意味がない。ですよね、ドゥーチェ」

「杏のヤツもダージリンも口八丁でたぶらかされたって線も残るけどな。

 だとしたらそんなヤツ、私には勝てん! まな板の上のコイだな、スデに」

 

人をヤクザ呼ばわりしているのは置いておくとして、頭の回転を見るに、黙って騙されるような奴らではないようだ。結構である。それだけ守りやすい。

 

「大洗女子……男、先生、風格……」

 

金髪が、こちらを見ながら何か呟きだした。何事かと思っているのは他の二人も同じらしい。やがて黒髪の方が声をかけようとしたところで、金髪はポンと手を叩いた。

 

「あなた、もしかして。大洗女子の戦車道で最近審判をやったっていう」

「確かに、模擬戦を一度手伝ったがな。なぜ知っている。昨日の今日だが」

「向こうに、知り合いがいます」

「そうか」

 

どうやら、知っていた情報が今、現実と一致したらしい。金髪の表情から疑いが消えた。

 

「男で、戦車道の審判?

 自衛隊の関係者ですか、もしかして」

「いいや。俺はただの海洋生物研究家だな。

 手伝ったのには少し訳がある」

「それも、音石明の関係で?」

 

安斎千代美にうなずき返して少しして、横断歩道の向こう側にリーゼントが見えた。その後ろには、大洗女子の制服の一団。無事に合流できた。黒森峰の二人と揉めたような様子もない。

 

「あッ、承太郎さん!

 あとチッとで電話するとこだったッスよ」

「すまなかったな、仗助。こっちの用も済んだ」

「承太郎さんが、あんなに急ぐ用事って……

 ンッ? その制服はッ、そして、その髪はッ」

 

仗助の後ろにいた秋山が、まずアンツィオの三人に気づいた。戦車道オタクだけに、他校の情報が頭に定着しきっている。

 

「アンツィオ高校戦車道のリーダーがいてな。

 追いつけて一安心というところだ」

 

後ろの連中が横断歩道を渡る。分かれていた人数が一塊になると、仗助の正面に安斎千代美が立つ形になった。別に図ったわけではなく、たまたまだろうが。互いが互いの前で、ピタリと止まって数秒間。

 

「スゴイ頭……」

 

声がキレイに重なった。そして仗助の目が座った。

 

「おい、今、オレの頭のことなんつった?」

「お、怒るのかソコで? オマエもスゴイ呼ばわりしただろ! 私の頭」

「う、ウグッ……てめぇ」

 

見つめ合う二人の間に、目に見えない火花が散った。アッシュブロンドのツーテールと言えば単純だが、ツーテールの先端部分はそれぞれ縦ロール。いわば古典的な少女マンガの具現化であり、ある意味、仗助以上に時代錯誤な髪型の安斎千代美だった。髪型の悪口を言われた仗助だが、自分も相手の髪型に難癖つけた手前、キレるにキレられないと見える。結果、無言のにらみ合いだけが続いた。

 

「おおっ、姐さんがリーゼントの不良とメンチの切り合いに」

「この場合はなんとかキレないですむのか……

 で、でも仗助くん、下がる気配が全然ないなぁ~」

「目と目が合うなりガンのツケ合いとか。

 ボーイミーツガールだったらモットやりようあるでしょーに」

「アホらしい」

 

しかし仗助もギリギリでこらえているだけ。一触即発なので手も出しにくい。時間を止める用意だけして見守ると、先に安斎千代美が折れた。

 

「ごめんなさい」

「ン、だと?」

「髪型を悪く言ってごめんなさい。こだわりがあるんだよな、多分」

「お……ウン、まぁな」

「奇遇だな、私もなんだ」

 

自分の縦ロールを指先で巻き取りながら、なにやらふんぞり返る安斎。意図をつかみかねていた仗助は、少し遅れてハッとなり、直立して腰を90度折った。

 

「オレの方こそゴメンナサイッしたァ!」

「うん。お互い次は無しにしような。

 私はアンチョビ。アンツィオ戦車道の隊長をやってる。

 お前は空条さんの関係者だよな」

「アンチョ、ビ……? あ、いや。

 東方仗助ッス。承太郎さんとは一応、親戚ですね」

「あの、西住みほですっ、大洗女子学園戦車道の隊長です」

「うえッ、西住? なんで西住?

 ……そっか、転校してたか。思わぬ伏兵もあったもんだな」

 

西住に続くように皆集まり、往来の真ん中で自己紹介の流れが出来つつあったので、それとなく腕でさえぎり、阻止する。あとで時間はいくらでもあるのだ。

 

「集合場所は、このあたりのはずだが」

「お店の名前をお聞きしても?」

「英国式喫茶『チャレンジャー』。半地下の店らしいな。

 コーヒーではなく紅茶の店だな……

 軽食もあるが、パスタの類は出していない。主にサンドイッチだ」

 

五十鈴は、ただちに地下への階段を発見した。十字路を右折し、次の細道をさらに右折した先にあったものを、だ。今の彼女であれば、他人の生活臭の詳細すら嗅ぎ分けてしまうだろう。ヘタなスタンドより強力な技能といえた。

 

「かーッ パスタなしかよぉ~

 腹持ち悪そうだよなぁー、サ店のサンドイッチとかよぉー

 なんかガッツリ食っとくんだったぜぇ」

「ほほーぉ、だけど、そりゃアンツィオじゃ間違いだ。

 四百円ありゃ大満足で腹いっぱい」

「ンならよぉー、そいつをすぐココに持ってこい!

 今! 腹すいてんのオレはッ」

「わ、わりぃ……いつものノリで売り子やっちまった。

 もっと売りたくてさぁー鉄板ナポリタン。

 タマゴも肉もオリーブオイルもケチケチしてないかんなー

 ジュウジュウ焼けてぇー、アッ、ンまッ!」

「腹すく話すんじゃねぇっつーの!

 イヤがらせかコラァ!

 でもレシピは気になる」

「なんだいニーチャン。あたしらのヒミツをカギまわろーってかぁ?

 アンタ長生きできないねぇー」

「メシがマズかったらよぉぉ~、それこそ明日がねェーだろがッ」

 

アホ同士が騒がしくなる前に入店することにした。別に悪くは思っていないが、うっとうしい。『貸切』の看板を押しのけて中に入る。こじんまりとした店だが、奥行きが以外なほどあった。そして薄暗い。電気がついておらず、外から採光しているだけ。店主とおぼしき女が進み出てくる。

 

「いらっしゃいませ。どのような知らせをお持ちですか」

「大失敗が大成功に変わる知らせだ」

「かしこまりました。こちらです」

 

女の後に続き、奥の部屋へと向かう。ワクワクした顔で秋山が聞いてきた。

 

「承太郎さん、今のっていわゆる……符牒ですかぁ?」

「そうだ。念を入れているようだな」

「いや、あいつのことだから。

 メンドくさいコダワリをやってみたかっただけだと思うぞぉー多分」

「お知り合いなんですかー、アンチョビどの」

「何回かお茶しただけだけどな」

 

最奥にあった扉を開くと、嘘のように明るい室内が現れた。電気は使わず、構造に工夫をこらして光量を確保している。調度品はほどよく高級。下品にならないよう配慮されていた。そんな中に、彼女はいた。

 

「ようこそ、おいでくださいました。

 さ、かけて下さいませ。上下(かみしも)はありませんわ」

 

なるほど、いかにも面倒くさそうなことが好きそうなツラだった。写真などでは高貴な金髪少女でしかない。こいつの発する妙な雰囲気は実物を見るまでわからなかった。奥にあと二人、同じ制服を着た奴がいる。片方はオレンジがかった金髪のこじんまりした奴。もう片方は、紅茶のような赤毛をした、得意げな顔の奴。

 

「あら、アンチョビさん。あなたもいらしたのね。

 飛び入りも歓迎でしてよ」

「よくわからんが、ヤバそうだったんで来た。

 そういう話をするんだよな、これから」

「ええ。飾らず言えば、ドロボー注意!

 の、話ですわね……聞くところによると、

 ドロボーの狙いは『戦車道チーム丸ごと』」

 

ごくりと息を呑んだ安斎、自称アンチョビ。後ろの二人にも緊張が走る。それに構わず、彼女はポットに手をかけた。

 

「こんな格言を知っている?

 『一杯のお茶を飲めれば、世界なんて破滅したっていい』

 だとしても、皆で飲むお茶でありたいものね」

 

唐突に始まるドストエフスキーの引用に対し、承太郎の脳内はただの一文で埋め尽くされた。

 

(メンドくせぇ)

 

「お茶を注がせていただきますわ。

 申し遅れました。私はダージリン……

 聖グロリアーナ女学院の戦車道、隊長を務めております。

 初めてお会いした方は、以後お見知りおきを」

 

手に取られたポットから、プシュンプシュンと湯気が吹いていた。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




英国式喫茶『チャレンジャー』は、杜王町のヌイグルミ屋同様の捏造物件です。
ガルパン原作にはありません。
承太郎さん頭イイだけに、彼視点になるとうかつなことが書きづらい。
慣れの問題かもしれませんが。


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スタンド使いは引かれ合います!(4)

今回は麻子視点でお届けになります。
なのでスタンドは見えないし聞こえません。
ほぼケータイからの執筆オンリーになってしまって、
推敲がだいぶ甘いかもしれんです。


冷泉麻子(れいぜい まこ)は、今回、自分は置物だと思っていた。

 

「空条さん、仕切りはお任せしても?」

「わかった。ではまず、『これ』が見える奴は手を上げてくれ」

 

スタンドなんか当然見えない。この状況で、それが『幸い』なのか『不幸』なのかはわからないが、核心に居合わせる人間でないのは確実だ。見たところ、聖グロのオレンジ髪……確か、オレンジペコとか言ったか……が、ちょうど自分と同じ立場であるようだ。見えないことを知っている。空条承太郎の不可解な質問にとくに反応を見せず、ああそうだろうな、みたいに流している。逆にアンツィオの連中は反応が明確に分かれた。隊長のツーテール縦ロール、アンチョビは少し泣きそうな顔になり、他の二人はいぶかしげにキョロキョロしている。こいつらは『知らない』動きだ。ほどなく手が上がる。杜王町三人組はすでに手を上げていて、優花里が続いてエッヘンと誇らしげに手を上げた。それを見たみほも笑って続く。応えるようにダージリンが挙手。脇にいた赤毛も、なにやらウキウキした顔で挙手。最後に、心底気が進まなそうにアンチョビが挙手。スタンド使いは、全部で9人。

 

「まずは手短に用件だけを言う。

 音石明という男が、戦車道チームの乗っ取りを企てている可能性が高い。

 各校連携して、これを阻止したい」

「わかるように補足しますけれど。

 音石明は『見える』男だそうですわ。

 そして電気を操り、電線さえ通ればどこにでも現れる」

「わからねー、なにひっとつわからねーっ」

 

アンツィオの黒髪が突っ込んだ。金髪も同感のようだ。当然だと麻子も思う。

 

「まず、話がまるで見えません。

 わかるようにお願いします」

「だろうな……

 仗助。悪いが能力を見せてくれ。

 お前以外のはかなりわかりにくい」

「了解ッスよ。あんましジマンげにやるモンじゃあねーッスけど」

 

能力を明かせというのは弱点を明かせに等しい。それだけに信頼を示すにも使えるのだろうが、それを自分でやらないのはどうなのだろうか。アレにソックリだとかスージーQに言われてこっち、なんか反感を持ってしまう麻子であった。面倒くさいので表には出さないが。

 

「えぇーッと、取り出しますのは千円札」

 

何をやるのか、この時点で読めた。こいつと付き合いがあれば嫌でもわかる。いや、スタンドまで知っている奴はそうそういないか。注目を集めた仗助は、三枚取り出したそれを、ビリッビリと音を立て、乱暴に粉々に破いてのけた。

 

「ギャアアアアーーーッ!」

 

引き裂くような絶叫を飛ばしたヤツを見て、麻子は出かけたため息を押し殺した。

 

「なンで、てめーがビビッてんだよ。億泰」

「ンなッ! ンなオソロシーことをオレの前でやるな!

 心臓がッ 心臓が、ヒイィ~ッ」

「気は進まねーんだぜ、オレだってよぉ~っ

 だけど、メーワクかけずにインパクト与えるにはよぉーっ」

「呪われる! てめーは金に呪われるぜぇーっ

 千円札を殺したヤツは、千円札に殺されちまえ!」

「何言ってんだおめー」

 

ゴン。

机に拳を打ち付けたのは承太郎。軽くだったが、その音は決して小さくなかった。帽子に隠れて目元は見えない。

 

「す、すいませんッした……続けますぜ」

「じょ、承太郎さん。悪かったぜぇ。ナニも机ゲンコしなくてもよぉ~」

 

気を取り直した仗助は、今度は千円札の切れ端を高く掲げて注目を集め、能力を発動。いつものごとくビデオの逆再生が起こった。今回はケガ人もいないのだから、誰も痛い思いをしていない。何よりだ。散り散りの破片がひとりでに舞い戻っていくのを目の当たりにしたアンツィオの黒髪は口をアングリ空けて呆け、そして拍手ではしゃぎだした。

 

「す、スゲェェェ~~~ッ なぁ、どういう手品よ?」

 見てても全然わかんねーし! コッソリでいいから教えろよ。なぁ」

「だから、あのな? タネもシカケもねえんスよ、コレ」

「やっぱりかぁー、メシのタネはカンタンに明かせねェーよなぁーっ」

「グレート、話進まねえ。

 9人のユカイな手品師になっちまうぞ、このままじゃ……」

「ヘソが茶を沸かしましてよ」

 

眉が八の字になった仗助に、ノンキなフウにかまえたダージリンが激しく湯気を吹くポットを見せつけた。キョトンとした仗助は、直後にズリズリと床にくずおれた。

 

「くっ、くだらねェェ~~~

 アンタね、まさかズッと待ってたんじゃあないでしょうね?

 そのネタおヒロメする時を、今日まで、ズ~ッと!」

「『お仲間』のお客様ですもの。

 とっておきのおもてなしなら、ずっと考えていますわ」

「その『やってやったぜ』みてーなツラ引っ込めてから言え!」

 

麻子も見ていた。くだらない。死ぬほどくだらないマネをしているが、そこにさらりと『お仲間』へのアピールを含んでいるあたり、底が知れない。

 

「当意即妙、ですね」

 

そうつぶやいた華は、かえってその表情を引き締めていた。ここに火元はない。コンセントから伸びたコードもだ。あるのは磁器のポットだけ。

 

「まあ、いいや。アンタが収拾して下さいッスよ、ダージリン先輩。

 承太郎さんがキレる前に」

「よろしいの?」

「オレに負けず劣らず、わかりやすい能力みたいだからよ」

 

ポットをオレンジペコに渡したダージリンは、室内中央に進み出ると、アンチョビに確認する。

 

「水筒はお持ちでして?」

「あ……あぁ。レモネード持ってきた。

 冷たいヤツな。手作りだ。ジュース買うとかもったいない」

「一杯、いただけませんこと?」

「あ、姐さん。あたしにも一杯ちょうだいッス。

 甘いモノが欲しくってさぁ~

 頭使ったからかな……」

 

要領を得ない顔で、用意されていたグラスにレモネードを注いだアンチョビにひとつ微笑むと、ダージリンは利き酒でもするような仕草でそれを振ってみせる。全員の目が集まったところで、彼女は『何か』した。そうとわかるのは、グラスから湯気が上がっているからだ。レモンの爽やかな香りが温かい霧となって漂い始めた。

 

「ンなッ!……」

「あ、アレ? 姐さんのレモネードはよく冷えててッ

 んで、あれはガラスのコップで……アレ?」

「私のだけではありませんのよ。ペパロニさん」

 

アンツィオの黒髪が、恐る恐る手元を見た。ついでにもらったレモネードから湯気が出ている。

 

「あ……アチい

 いつのまにかホット、に」

「『ティー・フォー・トゥー(あなたとお茶を)』

 この能力を、私はそう呼ぶ。

 手品でないこと、納得いただけた?」

 

目を丸くしたままでしばらく沈黙した黒髪……ペパロニは、だがすぐに喜色満面と化した。

 

「スゲェよコレは……アンチョビの姐さんもだって?

 さっき手ェ上げてたもんなぁーっ

 ビッグに! ビッグになれるぞぉーアタシらッ!」

「ちょっとアナタ、どーする気?」

「どーするってお前! えぇーっと」

「沙織ね。武部沙織」

 

嫌な予感しかしなかったのだろう沙織に、やれテレビだ何だ、ミスターマリックでユリ・ゲラーで、戦車道にお金がジャブジャブ注げるだの何だのとまくし立て始めたこの幸せ頭は、しかしすぐに当のアンチョビに怒鳴られた。

 

「これはッ! バレたら表を歩けない『力』だぞ!

 そういうことだったのか……うううッ」

「え、なんで?」

「マンガでもよく出てくると思うんですけれど、ペパロニどの。

 超能力者が迫害されたり、仲間外れにされたり。

 最悪、変な集団につかまって実験台にされたり」

「あぁ? ンなヤツ、アタシが許さねーッ

 姐さんにンなことさせねぇーッ」

「なら、そうなるようなことをするお前は何だ」

 

ついに、麻子自らが突っ込んでしまった。その甲斐あって、わかってはくれたらしい。宙をにらんだペパロニは、ほどなく意気消沈した。

 

「俺の古い知り合いの話だがな」

 

承太郎が珍しく。本当に珍しく、語って聴かせる。

 

「生まれつきスタンド……超能力を持ったそいつは、

 家族にすらそれを理解されなかった。

 そいつは友人も仲間も作ることができず、

 ある日、そいつを利用しに近づいた悪党に耳を貸した」

「それが、何なんスか」

「さあな。何を感じるかはお前の勝手だ。

 ただ、お前が今言ったようなことをそいつがされたとして、

 そいつの未来がマシになると思うのか」

「……思わない。

 むしろ『利用しに近づいた悪党』のやることじゃあねーかよ」

 

どれだけ浅はかな発言だったのか、完全に腑に落ちたのだろう。気まずい顔になったペパロニは、その場で頭を下げた。

 

「姐さん、ごめん。みんなもごめんなー」

「お気になさらないで。

 そういうことを考えたことがないと言えば

 ウソになりますもの、私もね」

 

ホカホカのレモネードを、ダージリンはすすった。役目は果たしたと思ったのだろう。席に戻っていく。その隣に座っている知らないヤツ……赤毛のヤツが、興味津々な顔で、承太郎に質問を投げてきた。

 

「その方、どうなりましたの?」

「ん?」

「私も、生まれつきですの。

 家族にもスタンド使いはいませんわ。

 だから、気になりますの。その方がどうなったのか」

 

そういう悲愴感とはまるっきり無縁そうなヤツだが、ウソとも無縁そうなヤツだ。紅茶を飲みながら顔を覗き込んでくるそいつに、承太郎は帽子を少し深く被り直してから答える。

 

「その悪党と戦って、死んだ」

「う……悪党は、どうなりましたの?」

「そのすぐ後に殺された。

 四人がかりで戦っていたからな」

「ひとりぼっちではなかったんですのね。

 生きていてほしかったですわ」

「……ああ」

 

承太郎はティーカップの紅い水面に視線を落としていた。

 

「『DIO』、か?」

「誰に聞いた」

 

麻子としては、仗助からたまたま聞いていた、遠くで血がつながった悪党とやらの名前を思い出して、もしかしたら、と思っただけだった。だが承太郎の顔色の変わりようたるや、笑い事ではなかった。

 

「お、オレッス。承太郎さん。

 オレのクレイジー・ダイヤモンドが発現した経緯話した時にちょっと」

「そうか。だがその名前はみだりに口に出すな。

 今なおヤツの『信者』が生き残っている。

 音石明どころではない不幸を、呼び込みたくなければな……」

「軽率でした。スンマセン

 今日、アヤマッてばかりいない? オレ」

 

これ以上は、進んで突っ込まない方が良さそうだ。脇に目をやると、優花里がおびえた雰囲気を漂わせていた。みほが心配そうに見ている。

 

「ちょうどいいかも知れませんわね」

 

出し抜けに口を挟んだのはダージリン。

 

「時間が押しているわけでもありませんし……

 自己紹介も兼ねて、スタンドが発現した経緯について話すのはいかが?

 もちろん、話したい範囲で」

「いいだろう。どのみち、西住と秋山の二人のそれは、

 音石明が大洗女子学園でやらかした事件そのものだからな」

「なら、私から」

 

席を立ったみほは説明を始める。先週のあの日の事件。麻子が見ていた部分から、見えない部分に至るまで。優花里についても本人に断り、時系列順に全てを並べた。全員の表情が引き締まる。電線を伝って、どこにでも現れる悪党の姿は、絵空事ではなく伝わったようだ。三日前、黒森峰にも現れたことまで話して締める。今この瞬間も、奴は手駒を増やすべく動き回っているのだ。

 

「質問」

 

話が終わってすぐに挙手したのは、以外にもアンチョビだった。

 

「音石明が悪いヤツなのはわかった。

 だけど、音石の両親はどうなんだ?」

「質問の意図がわからない……そこから聞かせてくれ」

「その、な。ド悪党って言ってもさ。

 お父さんお母さんを簡単に裏切れるヤツって

 結構少ないと思うんだよ」

 

まだ、話が見えない。質問に質問で返した承太郎に不快感を見せることもなく、アンチョビは続ける。

 

「音石明の悪名は今や全国区だろ?

 ヘタしたらそこのダージリンよりも有名だぞ」

 

紅茶をすする、その得意げなツラにハリセン一発浴びせたい。そんなことはどうでもよかった。ダージリンから視線を外す。

 

「お父さんにお母さんがカタギだったなら……

 今、どんな思いして会社に行ってるんだ?

 どんな思いしてスーパーで買い物してるんだ?

 これを放っておくのがまずい」

 

そこで言葉が途切れた。途切れさせられた。ティーカップの割れた音がした。叩き割られた音ではない。そいつは握りつぶして血の混じった紅茶をしたたらせていた。虹村億泰だ。

 

「お優しいこと言ってくれてるようだがよぉー」

 

アンチョビがたじろいだ。ついさっき、コントじみたやりとりをしていた奴が、人を殺しそうな目で見ているのだ。豹変の落差に叩きのめされているようだった。

 

「オレの兄貴の仇によ、眠てえことぬかしてんじゃあねえぞ」

「か、カタキ? 殺され……待ってくれ、そんなつもりじゃあないんだッ」

 

ビクついたその態度を見て、奴の視線はさらにぎらついた。その怒りには納得しよう。だが、アホか。ペパロニが音を鳴らして席を立つ。名前のわからない金髪もだ。騒然となりつつあった場に、割り込んだのは東方仗助。

 

「億泰、おめーよ」

「ンだよ」

「まず落ち着け。んで、おめーが今やってることを

 ハタから見て考えろ。どう思う?」

 

暴力をちらつかせて黙らせようとしているだけだ。この場の事実だけを持ち出せばそうなる。

 

「第一よ、おめーの兄貴の話がカケラも出てねー状態で

 突然キレられて、あいつどうすりゃいいんだよ。カワイソーによ」

 

そう。みほが話したのは、あくまでみほの経験に沿っての話。『矢』の出所うんぬんについては触れていない。億泰の兄が持っていたということ以外、ろくすっぽ知らないので話しようもない。知りもしないものを愚弄できるはずもない。怒ってどうする。

 

「……悪い。ちっとばかしよぉ~

 そのへんで頭冷やしてくるぜ」

 

気が付いたところで後の祭り。こいつ自身がよくわかっているのだろう。いたたまれなくなってその場を出て行ったのが誰の目にも伝わった。

 

「すまねぇ。お騒がせしたッス」

「こんな格言をご存じ?

 『水の価値は、井戸が枯れるまでわからない』」

「……。何スッて?」

「なんでもありませんわ。お話を続けましょう」

 

呼吸するように当たり前の仕草でティーカップを直す仗助。室外から、イテテテ、とか聞こえて砂みたいな破片がやってくる。何事もなかったように元通りになったティーカップに、ダージリンは茶を注がなかった。

 

「お、お言葉なんですけどねぇっ」

 

ちょっと無理にしかめっ面をした優花里が、腕を組んでふんぞり返った。

 

「電気で焼かれたりしてさんざんな目に遭ったのに

 他人事みたいな物言いされて、

 だいぶイラッとしてますよぉー私だって! プンプンッ」

「ううっ、すまなかった。私も言い方が悪かったんだよな」

「……まだ『水』はたくさんあるようですわね。

 それとも、あの方の『井戸』が深いのか」

 

オレンジペコが、次のポットを持ってきていた。その辟易した顔を麻子は見逃さなかった。さぞかし面倒くさいだろう。こんなのと毎日。

 

「お話、続けてください。

 まだ、先がありますよね?」

「おっ、そうだよ。

 何も私だって場違いなヒューマニズム、いきなりウタッたりはしないぞ。

 要はだなぁーっ 今この状況がスデに音石明の良心で成り立ってるのがミソでな」

 

みほに促されて先を続けたアンチョビの提案は、なるほど確かに聞く価値のあるものだった。ある意味で『人質』として機能する。だが部屋から去ったあいつには説明が必要だ。誤解のない説明が。

 

(もしも……もし、音石明に殺されたのが、おばあだったなら)

 

自分の腕力では、どう頑張ってもティーカップは潰せないようだった。だが、この仮定が事実だったならどうか。この細腕が狂人じみた力を発揮することになるのか……麻子には、わからなかった。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒

 




仗助は謝りまくる日。
アンチョビは地雷を踏みまくる日。
億泰は……ちょっとした試練の日ですかね。


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スタンド使いは引かれ合います!(5)

ちと地の文が少ないか?
でもあまり時間も空けたくないため、投稿です。
今回は、億泰視点。

※投稿直後に一部修正。
 ダージリンがスタンド使いになったのは『去年』ではなく『一昨年』。
 『去年』になっちゃってたので修正。

※2017/5/10、誤字修正。


虹村億泰(にじむら おくやす)は、玄関前に座り込んでいた。喫茶店の前に座る不良など営業妨害気味ではあったが、そんなことまで考えてはいられなかった。

 

(わ、わかってるぜぇ。オレが悪かったんだよ、完全に!)

 

自分のやらかしたことにため息をつく。カッとなって止まらなかった、というのはむしろ逆。こみ上げたのは冷たく、どうしようもないほどに硬く巨大な憎しみだった。自分自身ですら見たくもないこんなものを、あのお人好しゲなネーチャンに叩きつけてしまった。そのおびえた目つきを見たら、軽々しく兄貴の死を侮辱されたように感じて、感じてしまったらもうダメで。仗助がいなかったらどうなっていたか。多分、華あたりが割り込んだだろう。そして自分はもっと逆上しただろう。考えただけでも恐ろしかった。

 

(……ハァ~ッ しっかし、どのツラ下げて戻るよ?

 実際よぉ~~)

 

そんなに時間もかけられないが、今のさっきで非常に戻りにくかった。だが、それこそ無責任。頭を冷やしてくると言ったのだ。冷えたのなら戻らなければ。しぶしぶ腰を上げると、カランカランと音が鳴る。ドアから仗助が出てくる音だった。

 

「よっ。落ち着いたみてえだな」

「ン、まあ、よ。すまねえ」

「なら、戻る前に話しとくぜ。アンチョビ先輩の言おうとしてたことだがよ」

「仗助よ、そいつはいらねえぜ」

 

言いかけたのを押し留めて、億泰は言う。

 

「直接聞く! 今度はキレたりしねえでよ」

「グレート。なら何も言わねーぜ」

 

連れられて戻る。きっかけをくれたのはありがたかった。ドアを上げれば金髪のエラそーな先輩、ダージリンが、とくに視線を向けてくることもなく紅茶をすすっていた。その前まで進み出て、腰を深く折って億泰は謝罪した。

 

「まず、すまねえ。

 お茶会でカップ割ったりしてよぉ~」

「なにを謝っているんですの? あなたは。

 何について謝っているんですの?」

「ここは先輩イチオシの店でよ、お茶会も先輩が用意したんだよな。

 多分、茶葉を選んだのも先輩で、そいつをオレらに淹れてくれた。

 オレはそいつをブチ割った! クチもつけねえでよぉ~

 こりゃあ侮辱だぜ……」

 

ティーカップを置く音だけがする。顔は上げない。自分は今、詫びを入れているのだ。

 

「バイク野郎の自慢の愛車をわざと蹴っ飛ばしたみてーなもんだろうがよ。

 だから詫びる。すまねえ、この通りだ」

 

席を立つ音がした。それ以外は静まり返ったまま。顔は上げない。聞き耳だけを立てていると、カチャリと磁器同士が軽くぶつかるのが聞こえ、少しして水の注がれる音に変わる。そして、床だけを見ている視界の端に、女物の革靴が映り込んだ。

 

「お顔を上げてくださる?」

 

言葉に従って顔だけ上げると、差し出されたティーカップがあった。淹れたての湯気をたどっていくと、ダージリンその人が目前にいた。

 

「感想をお聞きしたいわ。よく味わった感想をね」

「お、おう。イタダキマス」

 

ソーサーに乗ったティーカップをつまんで口に運ぶと、『馴れた』芳香が鼻腔に広がった気がした。

 

「ンッ? このニオイ……『知ってる』ぜ。

 そこまで特別なニオイじゃあねぇー」

 

わかるようでわからない。水面に口をつけ、すする。

 

「こりゃあ紅茶だ……『普通』の紅茶。

 だがよぉ~ッ 渋みが少ねえし、

 なんつーかアレよ。奥ゆかしいんだよなぁ~」

 

三口、四口と飲みながら、思ったことをタレ流す。言葉に気をつかう必要は最初から感じない。明らかなのは、ただ、これのみ。

 

「ンめぇーッ サッパリするぜぇー」

「そう。何よりですわ」

 

素で忘れかかっていた。少し慌てて視線を向けると、ダージリンは柔らかく微笑んでいた。

 

「ハッキリと言葉にしますわ。

 私は、あなたを許しました。この話はオシマイにしましょう」

「そう言ってくれるとよ、ありがてえぜ」

 

さて、このまま席に戻ってはいけない。まだ詫びは終わっていない。続けてアンチョビの前まで歩いていく。だがいきなり、先に頭を下げられた。

 

「? ええッ? なんで?」

「すまなかった。知らなかったとは言ってもな……

 そっちのみんな、音石明にヒドイ目に遭わされているのに、

 まるきり他人事な口を聞いた。ゴメンなッ」

「お、オイオイ! 勝手にキレて脅かし始めたのはオレだぜ~ッ

 オメーが頭下げんな! 悪かったのはオレだよ、許してくれよ、なぁ」

 

ペコペコとお辞儀合戦。マヌケな空気が漂ったが、やがて向こうから止まった。

 

「うん、私は許した。そっちはどうなんだ?」

「どうなんだ、っつわれても……ああ、もちろん許すぜ!」

「ありがとうな」

「おう。アリガトよ……」

 

安心した顔をしているツーテールの先輩に、なんだか釈然としない気分ではあるものの。許すと言ってくれたのなら、ここはこれで終わりだろう。ギクシャクしながら席に引き上げる。が、すぐに来た道を戻った!

 

「チゲェ~ぜッ 聞くことがあんだった!」

「ななっなんだよぉ」

「おめーが言いかけてたコトだよ!

 さっき途中でキレちまったけどよぉー

 今度は最後まで聞くぜ」

「ん、そ、そーか」

 

アンチョビの提案に今度はしっかり耳を傾けた億泰は、それでもやはり思ったことだけを言った。

 

「悪かねーな。ヤロォの意地に脅しをかけるってのなら悪かねぇぜ」

 

アンチョビの提案とは、これだ。他ならぬ音石明のせいで今や冷や飯を食わされているだろう音石の両親を、こちら側で何らかの形で庇護する。大洗女子学園に受け入れてしまえれば最高だ。被害者自らが『あなたに罪はありません』とアピールする形になる。音石明は今、戦車道で大洗女子を倒す意地のために、蝶野亜実の懸念したような、家族への襲撃を思い留まっている。そこへさらに、両親を保護されてしまったならどうか?

 

「ますます、やりにくくなるよな。

 これでやったら、『戦車道から逃げた』に加えて、『恩を仇で返す』になる。

 意地を通す奴だからこそ、これは効くと思ったんだ」

「だがよぉ~、音石がそいつを見透かしたら、

 逆に意地を捨てちまうキッカケにならねーか?

 ナメやがって! ってよぉ~」

「うぐっ。かもな……」

「ありえるな。億泰」

 

承太郎がティーカップを置いた。

 

「奴は言っていた。受験だ何だはまっぴらだと。

 そして奴は十九歳。思春期に毛が生えた年頃でしかない……

 両親に反発してああなったのなら、そうなるのは、ありえる」

「そうなったら、私達はみじめだよね」

 

西住が、その後に続く。

 

「音石明の家族を守っている横で、みんなの家族が殺される。

 試されるのは私達だよ。みんな、恨まずにいられるのかな」

 

とてつもなく、おどろおどろしい想像だった。全員が鼻白んで、室温が3度くらい下がった。顔面蒼白なのはアンチョビだった。

 

「す……すまない。マジにすまない。

 浅はかだった。この話は取り下げるよ……」

「いや、採用する」

「え? いや、だから。なんで?」

 

矛盾しているような承太郎の断言に、またアンチョビの顔色が急転する。表情豊かすぎて、なんだか気の毒になってきた。

 

「このまま奴に生殺与奪を一方的に握られ続けるよりマシだ。

 こちらが操作できる材料を確保したい」

「承太郎さん、お言葉ですけど……」

「ただし。音石の両親がカタギで、

 今まさに不幸になっている場合のみだ。

 平穏をひっかき回すことだけはしない。

 それをやれば、俺達も奴の同類に成り下がるからな」

 

何か言いかけた秋山は、ホッコリした顔で黙った。あいつもたいがいお人好しである。脳天まで焼かれたのはテメエだというのに。

 

「音石については、方針は決まったようですわね」

 

ダージリンがまとめに入った。

 

「まず、大洗女子は音石明の挑戦を受ける。

 受けることで、関係者の身内が攻撃されることを防ぐ。

 ただし、保険として音石明の両親の身柄を手元に置くことも検討。

 部外者である私達は、戦車道を乗っ取られないように警戒し、

 可能であれば彼の情報を拾う……こんなところかしら」

「ああ。もっとも、聖グロリアーナが乗っ取りを受ける可能性は低いがな」

「根拠を伺っても?」

「乗っ取ったところでチームがロクに動かせない」

 

ダージリンの脇にいる赤毛女と、オレンジ髪のチビ女が眉をピクリとさせて止まった。億泰の耳にも、これではバカにしているようにしか聞こえないが。

 

「聖グロリアーナの戦車道はOB会の支援に寄って立つ部分が大きいと聞く。

 それも、かなり声が大きいらしいな……

 使う戦車ひとつにも口を出してくるというが、嘘はないか」

 

紅茶を一口して小さくうなずくダージリンを見て、承太郎は続ける。

 

「OB会、学園側、OB会に影響を受けたチームの子女。

 そこに、音石明が君を屈服させ、君を通して頭ごなしに命令を聞かせたとしよう。

 まともに動くと思うか」

「……動くでしょうね。ただし、一度だけ。

 根回しもなく独断専行した私は、ひいき目に見ても二度目で席を追われるでしょう」

「次に奴は考える。なら、この口やかましいOB会を皆殺しにしたらどうかとな」

「愚かね。戦車を動かすお金はどこから出ているのかしら」

「そうだ。つまり結局、君にオンブにダッコで戦うしかなくなる。

 音石明のプライドは逆にズタズタだな。ここまでをおそらく奴は推測する」

「狡猾。ですのね」

「待ってくれ……」

 

話に、アンチョビが割り込んだ。ガタッと音を立てて立ち上がってきた。

 

「わかりかけてきた。空条さん、あなたが私を走ってまで追ってきた、そのわけが」

「アンチョビさん。その心は?」

「『逆』だ……私達アンツィオ戦車道はッ

 聖グロリアーナ戦車道の、ほぼ全部『逆』ッ!」

「どーいうことッスか、姐さん」

 

聞こうとしたペパロニを制して、まだ名前を知らない金髪が答えを言った。

 

「アンツィオ戦車道は、総統(ドゥーチェ)一人で持っている。

 そういうことですよね」

「そこまで傲慢にはなれないけどな……

 でも、外から口を出してくるヤツはほとんどいない。

 見方を変えれば、私一人の王国なんだ」

「つまりよぉー、アンチョビ先輩。

 聖グロに比べて、アンツィオの方がよっぽど押さえやすい。

 アンタ一人を押さえれば、みんな言いなりってことッスか」

「それなんだよ、おそろしいのはッ」

 

アンチョビは震えている。腕を組んで縮こまりながら。

 

「脅されて言うことを聞かされたとして!

 カルパッチョは絶対に気づく! ペパロニもだ!

 それで二人が真相にたどり着いたらどうなる?

 それがおそろしいッ!」

 

金髪女はカルパッチョと言うらしい。ウマそうな名前がズラリと並んでいるが、そんなことはさすがにどうでもいい。しゃがみ込んだアンチョビに、億泰はズカズカと歩み寄った。

 

「で! オメーのスタンドは何なんだよ?」

「ん……エッ?」

「エッ? じゃあねぇーよ!

 オメーのスタンドは何なのかって聞いてんの!

 何かしら戦いようあるだろ、スタンド使いならよぉー」

「わ、わからない。

 スタンドって言葉自体、初めて知ったのが今日なんだよ。

 出せ、とか、動かせ、とか言われても、どうしようもないんだぞ」

 

あっ、そうだっけ。悪い。

と引き返しそうになったが、そうもいかない。こいつの生命がヤバイままだ。

 

「ウ~~ン、こういうときどうしたかな? 兄貴だったならよぉ~~」

 

相当必死になって考え込んで、結局兄貴頼りに落っこちていく頭脳。袖を引いてきた康一が、恨みがましい三白眼でこちらをじっと見つめた。

 

「首元をナイフで刺しまくったよ」

「……ハァ?」

「億泰くんのお兄さん!

 スタンドの動かし方がわからないっていうぼくに、

 『きっかけを与えてやる』って言いながら、ナイフでブスブス刺しまくったの!」

「何やってんだよ兄貴ィィ~~、って言いてえけど。

 片棒担いでたオレが言うこっちゃあねえよなぁ~」

「何サイコな会話してるんだよお前ら!」

 

振り返ってみると、ますます震え上がったアンチョビがドン引きしていた。康一は少し罪悪感を持ったみたいな顔をしたが、首をひとつ振ってアッサリ振り払っている。

 

「ま、ぼくが言いたいのはね。

 やり方に問題はあったけど、方法としてはけっこう確かだと思うんだ。

 とくにこういう、急いでる時は……」

「お、おいッ、巻き込むなよ? そんなサイコ野郎の世界に私を巻き込むなよぉ?」

「観念しなよ! もう巻き込まれてるんだから。

 それに遅いよ……ぼくのエコーズは、すでに仕事を終えている」

「えっ?」

 

言われて見てみると、アンチョビの真後ろにエコーズが飛んでいた。そして、アンチョビの顔一面に音の文字が貼りついていた。

 

『ンベンベンベンベンベンベンベンベドゥードゥー』

 

目で追って読んでみてもなんのことやら。直後、なんかヤバイ電子的な音楽が鳴った。

 

「うひゃああああああッ!」

 

劇的にビビッたアンチョビが仰向けにひっくり返った。カエルみたいに。カルパッチョも紅茶をこぼした。ダージリンもビクンと肩を震わせた。紅茶はこぼしていないが。

 

「グレート! いきなり冒険の書を消しやがった!」

「オホン。抜かりはなくってよ。いつも3つフルに写していますもの」

「一番怖いのは無音ですよね。どうしようもない絶望だけが……」

「オレはそれで投げたぜ!

 結局ゲームっつってもよぉー、『合う』と『合わねえ』があるよなぁー」

 

ちょっと大きめの地震に居合わせたみたいにナゴヤカに話し込んでる連中によると、どうもゲームの音らしい。そういえば仗助は電話かけるとしょっちゅうゲーム中だった。

 

「あっ。あぁーー、わかりましたっ」

「何なのですか優花里さん。あの怖い音楽……」

「『ドラクエ』ですよぉ。『ドラゴンクエスト』です。

 ゲームのデータが消えるとあの音が鳴るんだとか」

「ゲームのデータが消える? ゲームが壊れちゃうってこと?」

「そこからですかぁー西住どのッ

 そうですねぇー、少し前に『たまごっち』って流行りましたけど、わかります?

 アレは電子データのヒヨコを育ててるんですよねぇ。それがある日突然消えたら」

「やれやれだぜ」

 

承太郎がガヤガヤをブッタ斬る。わざとらしく声を上げているあたり、かなりイラついているようだ。おっかない!

 

「くだらねー話は後にしろ。それより、アンチョビ隊長の手元を見てみるんだな」

「ううっ、消えてない! 全員が転職3回してるんだ、消えてたまるか……って、え?」

 

モガキながらヨタヨタ起き上がったアンチョビの、右手の下には確かに何かがあった。翠色に輝く何か。アンチョビ自身も気が付いて、手に取り掲げてみると、それは剣だった。人間の腕くらいの長さがある、ファンタジーな長剣である。

 

「なんだこれ。ロトの剣でも出てきちゃったのか?」

「? 一人で何やってんスか姐さん。手に何かあるんスか?」

「決まりだな。アホらしいが……それが君のスタンドだろう」

 

微妙な顔で手中のものを見下ろすアンチョビに、康一がホッとした顔で言う。

 

「よかったぁ~、オドカして何の成果もなかったら単なるイジメッ子だもんなぁ~、ぼく!」

「なんでそーゆーアツカイを受けるんだろーな、私は!

 キミと私、初対面だよなぁー? 何か気にサワッたか?」

「まさかホントにナイフでツッ突くわけにもいかないからね。

 ぼくの知る限り、一番『死ぬほどビックリする音』を鳴らしてみました。

 ドラクエ知らなかったら多分無意味だけど」

「うぐぐ、納得はしたけど感謝したくないッ……」

「でも、なんか不思議だな」

「どうしたよ、西住」

 

西住のぼやきを捕まえた仗助がその先を促す。康一も思うところがあるようで、西住に顔を向けている。

 

「その、ね? 私のトゥルー・カラーズはしばらく形が決まらなかったんだよ?

 よくわからないエネルギーだけが、東方くん達には見えていたんだよね?」

「ぼくもそれはチョット思った。ぼくなんかしばらくは身動きもできない『タマゴ』だったし」

「俺のスター・プラチナもだな。俺の制御に収まるまでは、姿形が安定しなかった」

「ンン? それがつまり何だよ?」

「アンチョビさんのスタンドは、すでに明確な形を持っている」

 

何が問題なのか、よくわからない億泰に答えてくれたのは華だった。

 

「本人が気づいた気づかなかったは別として、

 スタンドそのものは身についてからかなり時間が経っている。

 聞く限り、そのように感じられます。私、見えないので……」

「な、なるほどよ。だが、するとよぉー、身についたってのはいつよ?

 音石は関係ねぇーんだろ? 知らなかったんだからよぉー」

「私のライダーズみたいに、最初から形を持ってるケースもありますけど。

 この場合はどうなんでしょうね。虹村どの」

 

視線がアンチョビに集まる。黙って見つめられた彼女は、気まずそうに、はたまた悩むように地面へ視線をさまよわせると、席に戻って自分のスタンド、長剣を床に横たえた。赤い絨毯に寝そべったそれは翠色の刀身と相まって、やたら高級に見えた。

 

「心当たりは……あるんだ。というよりも、ある意味『知っていた』。

 ちょっと整理する。しばらく待ってくれ」

「姐さん。もしかしなくても、去年の夏休みにコッソリ行ってた」

「ペパロニ。悪い。私自身が言う。黙っててくれ」

「うっ……うん」

 

心配そうに見ているペパロニとカルパッチョに、黙考に入ったアンチョビ。こうなってはしばらくしゃべらないだろう。本人がそう言っているように。待つしかないのは億泰にもわかる。ダージリンが席を立ち、進み出た。

 

「そうですわね。なら、それまでは私が。

 スタンド使いになった時のことを話していきますわ」

 

だが、そこからこそが。億泰にとっては、唐突に始まった試練だった。

 

「私がスタンド使いになったのは一昨年の12月、冬休み。

 天元台高原スキー場でのことですわ」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




億泰視点は、次回も続きます。


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スタンド使いは引かれ合います!(6)

億泰の、ちょっとした試練回。
彼視点も続くのです。


虹村億泰(にじむら おくやす)は、さして身構えていなかった。今まで学園艦なるものに縁もなかったからだ。無礼にはならないように、ダージリンの話に耳を傾ける。

 

「あれは、先代の隊長……

 アールグレイ様ですけれど……が誘ってくださった

 慰労会でしたわね。当時、マチルダの一隊を預かった

 直後の私も、皆さんとスキーに行ったのよ」

「マチルダ?」

「イギリスの歩兵戦車ですよう」

 

わからずオウム返しした単語に、即座に答えてくれる秋山。歩兵なのか戦車なのかよくわからないが、それはまあ後で聞こう。

 

「麓のホテルに泊まって二日目。

 夕方まで滑っていた帰りに、その『男』と出会った」

「『男』?」

「調子に乗りすぎて体調を悪くした私は、

 一足先にロープウェイを下ってホテルに戻ろうとしていたわ。

 そして、そこを狙われたの」

 

ダージリンはすでに、ティーカップから手を離していた。

 

「『弓と矢』を持った男よ。気がつけば彼は、

 私に向かって『弓』をキリキリと引いていた」

「『弓と』……『矢』……だとォ?」

 

億泰だけでなく、仗助も息を呑んでいた。心当たりはひとつしかない。

 

「当然、逃げたわ。

 道路じゃああっという間に狙い撃たれるから、雪の中に向かってね。

 でも、遅すぎた。背中から撃ち貫かれた私は雪に倒れ込んで血を吐いた。

 そんな私に、後ろから来た男はこう言ったわ」

 

『あ~~ダメだなこりゃあ。死ぬな……

 ま、期待をしたオレがバカだったってとこかな……

 高いオモチャで遊んでるような奴らにな……』

 

「そのまま私は放っておかれた。あの男は『矢』だけを引っこ抜いていった。

 雪が『始末』をつけてくれると思ったのでしょうね……

 事実、雪の中に倒れたまま、翌日の昼過ぎまで発見されなかったわね」

 

壮絶な話だ。そして誰の仕業なのか、ほとんど明らかではないか。だが信じたくない気持ちが働くまま、億泰は聞いた。

 

「ど、どーやって!

 どうやって生きてたんだよ、先輩よぉー」

「私のスタンド、ティー・フォー・トゥーは水を温めるスタンド。

 ギリギリで目覚めた能力のおかげで、

 即席の『温泉』を作ることが出来ましたわ」

 

そう、億泰も見ていた。品のいい磁器の花瓶が組み合わさったような人型のスタンドは、触ったレモネードを一瞬でホットにした。

 

「そんなこんなで、慰労会は解散。

 せっかくの温泉も、ほとんど入らずじまいでしたわ」

「ダージリン先輩よぉー」

 

そこに仗助が、トドメの質問をした。

 

「その温泉ってよぉー、なんて名前だよ」

「『白布温泉』ですけれど」

「……グレート」

 

確定だった。時期も状況も、全て揃ってしまった。

 

「億泰。おめーが白布温泉に行ったのは『何年か前』っつったよなぁー」

「……『二年前』だぜ。行ったのは『二年前』だぜ!

 先輩! あんたを貫いたのは間違いねえ。

 『虹村形兆』オレの兄貴だぜぇ~~ッ」

 

億泰は完璧に観念してしまった。言い逃れもクソもない状況で、しかも自分の性格で誤魔化しきれるなどとは露ほどにも思えなかった。ダージリンの目が、スッと細まる。

 

「そう。それは困ったわね」

 

その口調に、許すような響きはまったくない。紅茶を飲む仕草は変わらず、彼女を包む体温だけが雪に包まれたように下がっていた。他ならぬ億泰が、それを敏感に感じ取っていた。

 

「本当に困ったわ。とんだところで出てきたものね。

 私を殺した犯人の身内だなんて」

「返す言葉もよぉ……ねえぜ」

「ここまでの協力関係、ご破算にするには充分な理由ね」

 

ダージリンは目を閉じている。そこからは何も言わない。億泰はどうすればいいのか。この答えを他人に求めた日には、救いようがない。かといって何ひとつ考えつかない億泰がとった手段は。

 

「何の真似ですの?」

「オレのことは、許さなくてもいいよ」

 

膝をつき、床に額を擦りつけた土下座。誰かはわからない。席を立ちかける音がした。

 

「オレは兄貴の片棒をかついでいた男だ。

 あんたから見りゃあ同罪の男なんだよ……

 だから許さなくていい。

 どんな扱いをされても、オレは文句を言わねえ」

「なら。『それ』は一体何ですの?

 『だから俺は謝らない』そう聞こえましてよ」

「だが、話のご破算だけは待ってくれ!

 ここにいる、どいつもこいつも! オレや兄貴とは無関係……

 それどころじゃあねぇッ あんたと同じ被害者だ!

 そこの仗助は、じいさんを目の前で」

「それ以上ぬかしてみろ、てめーの顔面を整形するぜ」

 

土下座していた顔面を掴まれ引っ張り上げられると、そこにいたのは仗助だった。激怒しているようには見えないが、その口調が有無を言わせない。

 

「ダージリン先輩よぉー、許せねえっつーんならしょうがねえ。

 許してやる義理なんか、そりゃあねぇーよな。だがよ」

「仗助ェェ~~ッ」

 

だが億泰は、掴んだ手を振り払って遮った。

 

「もう、おめーとか他のヤツらは引き合いに出さねーよ。

 だから黙っててくれよ。ここはオレじゃなきゃあならねえ」

「……。いいのかよ?」

「『いつか来る日が今日だった』それだけだろうがよ」

 

ここで他人に守られたなら、兄貴が去ってなお、一人で戦えない男に成り下がる。いくら頭が悪くても、男を捨てるほど終わってはいないつもりだった。とはいっても、それはあくまで億泰の都合。仗助はそこを直ちにツッコンできた。

 

「それはいいんだけどよ。ダメだった時のこと考えてんのかよ、おめー」

「ウグッ……」

「ダメなら口を出す。さっさと続けろ」

 

返事に詰まった億泰の背中を押してきたのは、意外にも麻子。コイツがタレるのは大体イヤミなのだが、今回は正直、助かった。他人に守られていることに変わりない気もするが、これ以上ややこしくなるのはゴメンだ。オホンと咳払いをして、ダージリンの方を向く。口を開いたのは、向こうからだった。

 

「それで。落とし前はどうつけて下さいますの?」

「オレはよぉぉ~~……さっき、こいつらは無関係って言ったよな……そのスジをよ。通すぜ」

「具体的には?」

「まず、音石のヤロォをブッ潰すまでは何もしねえ。このままだ。

 だがその後は、ここにいる全員と……関わらねえ」

「アホか」

 

噛み殺すように吐き出していた言葉は、真横から麻子に一刀両断された。つまり『ダメ』と即行で断じられたことになる。それと、隣の仗助がまったく同じタイミングで舌打ちをしたのも億泰によく聞こえた。

 

「逆を考えろ。そうなったら私たちは『都合が悪くなった仲間を切り捨てたクズ』だ。

 信用できるか。そんな奴ら」

「うぅっ……、……!」

 

臓物がガオンとえぐられた気分だ。スジを通すどころか、その実こいつらを貶めるだけだったとは。麻子の一撃はド真ん中を直撃して反対側まで撃ち抜いていた。

 

「よく聞こえませんでしたわ。失礼……もう一度、言ってくださる?」

 

ダージリンは聞こえないフリをしている。億泰にもわかるアカラサマさでだ。次の間違いは許されない。とはいっても、こいつらは無関係だから、というやり方はもうダメ。姿を消すことで責任なんか取れないと、たった今突きつけられたばかり。ではどうする。生命ひとつ分の責任を、どう取る。

 

「生命、ひとつ分……」

「何ですの?」

「そうだ! 『生命ひとつ分』だぜ!

 あんたの生命ひとつ分の働きをする!」

「……ですから、具体的に」

「兄貴があんたの生命をとったってんなら、オレはその『逆』をやる!

 あんたが生命を落としたときは、オレが拾うッ

 それ以前によぉぉーーーッ 死んじまうような目に遭うっつーなら、

 オレが守りゃあいいってコトだなぁー」

 

思い付きで言ったようになってしまったが、通せるスジはこれしかない。ダージリンはパチクリと瞬きを数度する。何か変なことを言ったか?

考えろ。さっき仗助は言っていた。自分のやっていることを傍から見て考えろと。今、自分が言ったのはこれだ。『オレがあなたの生命を守ります』……ヘンな冷や汗がドバッと出た。

 

「な、ナシ! 今のナシ!

 歯が浮くナンパ文句じゃあねぇーか!

 申し訳ねえ、ちっと言い方考えさせてくれッ」

 

ダージリンが吹いた。胸元を押さえてクククと肩を震わせている。それが収まらないまま、彼女は言ってきた。

 

「この格言なら、あなたもご存じね?

 『男に二言なし』」

「ンだとぉ~ッ」

「私の生命ひとつ分。安くはないわ。

 覚悟しておくことね」

「……なんかよぉぉー、取り返しつかねーコトになった気がするぜぇ」

 

振り向いた億泰は、仗助に向かって言ったつもりだった。が、いない。そこはすでにただの空間!

気がつけば仗助は、席で肘をつきながら紅茶をズビズビすすっていた。

 

「オイ、仗助ぇ?」

「……。オレ? おめーオレに言ってんの?」

「てめー以外に誰がいんだよっ」

 

目だけ上げてこちらを見た仗助は、しかしすぐに無視するようにティーカップをあおった。

 

「知らねーぜ……ダージリン先輩に聞いてもらえば?」

「ハァ?」

「カンケーねえんだろ、オレはよ。

 面白くねーの。せっかくカバッてやろーとしてもこれじゃあよぉー

 むなしいよなぁー、『空回り』ってのはよ……」

 

頭上にいくつかハテナを浮かべて、億泰はハッとなる。そして、またも赤い絨毯の上に五体投地気味な土下座を晒した。

 

「悪かった! 悪かったぜぇ~ッ」

「オレだけ? 頭下げんのはオレにだけぇ?

 そっかぁ~ カンケーねぇーもんなぁ~」

「オレが悪うございましたァァァ~~ッ!」

 

康一と女どもに向かって再々土下座。これまた侮辱だったのだ。仕方がない。

 

「もう~バカだなぁー億泰くんは!

 ひとりで勝手に突っ走らないでよね!

 ぼくらがついてるからいいようなものの……」

「もういいから席に戻れ。うっとうしい」

「私も許しました。次は無しですよ、虹村さん?」

「ま、アレよね。私、アンタのこと捨てるツモリないからね? オトモダチとしては」

「東方どのスネちゃいましたねぇ、仲直りしてくださいよ。チャンと」

「ありがてえんだか、なにげにヒデエんだか……好き勝手言うよな、おめーら」

 

思い思いのことを言う奴らに少し遅れて、西住も首を少し傾けて微笑みかけてきた。

 

「虹村くん」

「おう?」

「よかったね。それだけ」

「ン? お、おうよ」

 

たったの5文字が、異様に意味深だった。オレが許されたから喜んでいる……そうだが少し違う。どちらかというと、みんなが許したから喜んでいる。そんな気がするのだ。

 

「やれやれッスねぇ~~

 西住にそう言われちゃあ仕方ねえ……許すぜ、オレもよ」

「ワリい、仗助」

「許す、っつってんだろうがよ。

 戻ろうぜ。話がつっかえてるぜ」

「それなのだけれど」

 

紅茶をすすりながら今の騒ぎを傍観していたダージリンが、待っていたように声をかけてくる。

 

「スタンド使いになったきっかけ。次は、あなたに話して欲しいわね」

「別にいいけどよ。なんで?」

「被害者としては『納得』がしたい。いけないかしら」

 

こいつが何を言っているのかわかった。虹村形兆の話をしろと、こいつはそう言っている。当然の欲求だ。自分が同じ立場なら、ワケがわからないままなのはゴメンだ。

 

「わかったぜ……だがよぉぉ~、ここの奴らに聞かせたくねえ話がある。

 チィと表に出てくれねーかな」

「ここの皆も被害者。そう言っていたのはどなた?」

「ヌググ……」

「そして、話したい範囲で、と言ったのは私でしたわね。

 洗いざらい話せとは言いませんわ。話せる範囲で構いませんのよ」

 

迷った。考えた。ダセえマネはしたくない。億泰なりに頭をひねり、ようやく絞り出した説明は、やはり輪郭がぼやけまくっていた。

 

「不死身のバケモノをよぉー、殺せるスタンドを探してたんだ。兄貴は……

 『矢』を見つけて、最初に刺したのが兄貴自身でよ。

 数日後にオレもスタンド使いになった」

「不死身のバケモノ。それもスタンド?」

「違うぜ。吸血鬼の手下……だな。

 悪いがこれ以上は話さねえ」

 

話をどう受け止めていいか悩んでいるらしい。ダージリンの目が宙を泳いでいる。

 

「……困ったわね。謎がさらに謎を呼んでいるわ。

 吸血鬼というのは例え? それとも……」

「本物だぜ。会ったことはねえけどよ。

 もう、いいかよ」

「最後に、ひとつだけ」

 

目の前に、一本立てた人差し指が差し出される。

 

「あなたのお兄様が去り際に言っていたこと。

 私はあれに、戦車道への『嫌悪』と『憎しみ』を感じたわ……

 弟のあなたに、心当たりはありまして?」

「わからねえ。少なくとも兄貴に戦車道は無関係だぜ」

「では、お母様はどうかしら」

「……わからねえ。おふくろはよぉー、オレが4歳の頃に死んじまったからよ。病気でな。

 ほとんどわかんねぇーぜ。なんか思い出そうにもよぉー」

 

周りがざわついた。億泰も、顔をしかめて首をすくめる。ダージリンも真顔になっていたが、こちらの目を覗き込むような視線を少しくれた後、何事もなかったように続けた。

 

「お母様のお名前は?」

「『虹村万千代(にじむら まちよ)』だぜ。

 関係ありそうかよ? 戦車道によ」

「わかりませんわね……でも、お名前は預かりましたもの。

 こちらでも少し調べてみますわ。漢字を書いて下さる?」

 

隣のチビ女からペンを受け取ったダージリンが、それを差し出す。とはいっても、必要がない。億泰の経験からして、しゃべる方がよっぽど早くてゴミも出ない。今回もそれにならう。

 

「書くまでもねーぜ。簡単なんだ。

 親父の名前が『垓(がい)』でよ。

 そのまんま垓形兆億万千でよ、万と千だぜ。

 んで、先祖代々の代って書いて『代(よ)』だぜぇー」

「あら、素敵なお名前。なるほど、覚えましたわ」

 

しかし、ダージリンの方がしっかりメモをとっていた。これなら書いた方がよかったかもしれない。メモをしまい込んだダージリンは、今度は入れ替わりにケータイを取り出した。

 

「ケータイはお持ちかしら」

「持ってるぜ。作ってもらったぜ、会長サンに」

「連絡先をいただくわ。『私の生命ひとつ分』いずれ取り立てますものね」

「わ、わかってるぜぇ~。チキショー」

 

オンナのコとの番号交換が、こんなにも気が進まないモノだとは思わなかった。ポケットの中にあったケータイをイジクッて、番号を読み上げようとすると、向こうから何やらケータイを向けられた。

 

「赤外線通信。こちらの方が間違いありませんのよ」

「チョイ、チョイ待ちッ

 ンなコト言われてもよぉ~、ワカンねーぜぇ。

 昨日今日持ったばっかでよぉ~~」

「ラチあかないわね。ほら貸した貸した」

 

四苦八苦していたのを、沙織がスッと奪い取った。二、三、何か操作してからダージリンに相対し、さして時間も経たずにケータイを返される。『電話帳』が開いていて、そこに『ダージリン』の名があった。ここから番号を呼び出す操作なら、おりょうのケータイで覚えている。

 

「ついで、ではないですけれど。

 他の皆さんとも番号を交換しましょう。帰り際にでも」

 

助けを求める可能性もあれば、求められる可能性もあるだろう。ダージリンはそう言って、手の平のケータイを示した。そして席につき、ティーカップを手に取る。

 

「次は……そろそろ、準備が出来たようね。アンチョビさん」

「ああ。今のを見ててハラも決まったしな」

 

いつの間にか、足元に置いていた自分のスタンドを拾っていたらしい。柄を手で少し弄ぶと、机の上に横たえて、席を引いて立ち上がった。

 

「じゃあ、話すぞ。あれは去年の夏。

 イタリアのネアポリスでのことだな。

 私はもう、イタリアには近寄れない。

 ペパロニやカルパッチョも近づけたくない。

 今から話すのは、その『わけ』だ……」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




当然のように京(けい)を形(けい)だと思ってるおっくん。

億泰の両親の名前は、原作中に記述ゼロです。
謎の人、空条貞夫&西住常夫と違って顔も原作中に出てくるというのに。

次回はアンチョビさん視点となります。


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スタンド使いは引かれ合います!(7)

アンチョビさん視点なんですけど。
ガチのギャングの話になんか巻き込むんじゃあなかったとかなり後悔しています。


安斎千代美(あんざい ちよみ)は、普通の女学生だった。少なくとも今日まではそう思い込もうとしていた。だが、それもここまでらしい。目を背けているべき状況は過ぎ去った。『仲間』になってくれそうな奴らがここにはいる。なら、話そう。ただの人間をやめさせられた、おそらくはきっかけの話を。

 

「去年の全国大会が終わった後しばらくして、

 私は旅行に行ったんだ。アンツィオ代表として

 イタリアの土は踏みたかったし、他のみんなも連れて行きたい。

 下見のつもりで、ひとりでコッソリ気軽に行った」

「数日見なかったと思ったら、いきなりお岩サンになってたッスもんね。

 スゲービビッたッスよ姐さん」

 

ペパロニのぼやきで、いきなり話が最後まですっ飛んだ。横目でにらんでも、コイツはハテナを浮かべるだけ。あたしの顔になんかツイてるッスか。声までが勝手に脳内で再生される。

 

「まず、最後まで話させてくれな。ペパロニ……」

「ン。わかったッスよ」

 

最初に改めて注意しとくんだった。

 

「ネアポリス空港に降り立った私は……いきなり荷物を盗まれた!

 全部だ! ポケットの中のサイフも消えてなくなった!」

 

全員、目玉がまん丸になった。そうだろう。私なんかムンクになった。思い出すと千代美はにわかに腹が立ってきた。

 

「あのボッチャン刈りめッ、耳の穴に耳ツメ込むなんて

 一発芸で油断させやがって~~ッ

 次会ったら両耳ツメてボンド流し込んでやるぞ!」

 

怒りにまかせるままに吐き出した言葉は、当然ながら皆をドン引きさせるだけの結果に終わった。

 

「……オホン。まあ、そんなこんなでだな。

 途方に暮れた私はパスポートの再発行手続きに行こうとしてな。

 途中で、『奇妙な男の子』を見つけたんだ」

「奇妙ねぇ。どんなオトコのコ?」

「どんな、って……」

 

質問を飛ばしてきたのは、確か、武部沙織とか名乗ってたトランジスタ・グラマー。なんか顔がゆるんでるのが微妙に気持ち悪い。オトコに飢えてるとか、そーゆーのじゃあないだろうな。結構失礼なことを考えつつ、千代美は一応答えてやることにした。

 

「この場だと、そこのペパロニが一番似てるな。

 それと、そこの……秋山だったか?

 二人を足して二で割った感じだな。雰囲気は幼いぞ」

「私ですかぁー? 自分が持ち出されると、

 今ひとつ想像できませんねぇ」

「ま、置いとけ。続けるぞ」

 

話はまだ始まったばかりだし、本題はここからだ。できれば腰を折って欲しくないところだが。

 

「その男の子は泣いてたんだ。絶望しきったみたいな顔で、

 うずくまって手元を見ていた。

 よくもまあ私も近寄ったもんだ……ダマされたばかりなのにな!」

 

なんで自分はこうなのか。たまにイヤになることはあっても、結局反省のない女が自分だ。そう認識する千代美は、自身への呆れをそのまま吐き捨ててしまった。

 

「聞いてみたらだな。

 なんでも『丸一日、ライターの火を消さない約束』をしたんだとさ。

 で、そのライターがすぐに消えてしまったらしい。

 『あの人のところで働けなくなる』ってのも言ってたから、

 私は『バイト先をクビにされかかってる』って受け取ったな。

 『信頼』のテストだったそうだからな……」

「ライターの火を丸一日。簡単なようで難しいテストですのね」

「そうだよな……でもな、私がそのライターを受け取って確かめたらなぁ。

 耳を寄せてみるとガスが出てるんだよ。シューッ、て。

 『マヌケだなー』とか思った私は、その場で再点火した。

 それで、火のついたライターを男の子に手渡した。

 次は消すなよー、って言ってな」

「確かに奇妙よね、それ。

 自分で火をつけられたらテストの意味ないじゃないの」

「その次の瞬間、私は後ろから『何か』に首根っこをつかまれた」

 

始まった。そう思ったのだろう皆の視線が凝視に変わる。語る千代美の意識も、当時の時間へと引き戻されていく。

 

「そして、とがった『何か』が首の下に差し込まれた。

 『鎖骨』のあたりだ。私は通り魔にやられたと思った……

 よくわからない無念の中で、私は意識を失った」

 

…………………………

 

「お目覚めらしいね。お嬢さん」

 

目覚めた千代美は、薄暗い部屋にいることに気がついた。立ち上がろうとして、手足が思うように動かないことにも気づく。目をやると、両足同士が『枷』でつながれている。ただの『枷』ではない。レンガだ。よくわからないが、レンガで両足首が縛られている。両手も同じであるようだ。後ろ手になっているが、硬い感触が手首にある。地べたに転がったまま、イモムシのようにしか動けない理由はこれだ。どうなっている?

 

「おっと。親切で伝えておこう。

 無視はためにならない……

 這いつくばったまま、こっちを見るといい」

 

再び聞こえた男の声に、慌ててオットセイのように背筋で踏ん張り顔を向ける。当然、長続きせずに身体を横に転がすことになったが。男がいた。怖気をふるう美男が、酷薄な笑みを浮かべて座椅子にふんぞり返っている。オールバックにサングラスと、いかにもな姿をしてはいるが、纏う『気品』は隠せていない。

 

「『何だ?』と言いたそうな顔をしているな」

「……ッ、!? ……! ~~~!」

 

口を開いたはずが動かない。まるで縫い合わされたようにだ。男は、近くの机から手鏡を手に取り、千代美に見せる。

 

「~~~~~ッ!?」

 

驚愕だった。見慣れた自分の顔がおかしい。口に『チャック』がついている。比喩ではなく、本当に。『チャック』で閉じられた唇が、開かない。喉だけで言葉にならない悲鳴を上げた千代美を見て、男はわずかに目を細めた。

 

「『それ』なら気にしなくてもいい。

 すぐに元に戻るか、すぐに二度と用がなくなるか。

 どちらかが君の行く道だろうからな」

「~~ッ、~~~ッ」

「これから君のやるべきことは簡単だ。

 オレの質問に、首をふって答えるだけだ。

 三歳児にも出来る、ラクな仕事だな……」

 

席を立った男が近寄る。近寄って、身体を無理やり起こされた。抵抗なんか出来るわけもない。デリケートな部分は避けて触られたが、それが逆に危機感をもよおした。これから私は『売り物』にされるんじゃあないか?

地中海近辺では、人身売買がまかり通る国もあるという。膝足立ちにされた千代美は、もはやガタガタと震えるだけだった。

 

「それでは質問するよ。

 お前は『スパイ』か?」

「……!?」

「どこの、だとか、誰に、だとかは聞かない。

 オレ達、『組織』のことを嗅ぎ回りに来たのか?

 それだけを聞いている」

 

なんのことかわからない。だが、はっきりしたこともある。こいつは犯罪組織の一員だ。マフィアか、カモッラか、ンドランゲタか。どれであっても大差はない。関わってはいけないものに関わってしまったらしい。

 

「答えないのかい?

 なら、こちらで勝手に『肯定』とみなすが……」

 

全力で首を左右に振った。このジェスチャーは大体どこでも通じるはずだ。全力の『Nо』が伝わって欲しいとこれほどに感じたのは、人生空前絶後だろう。冷や汗びっしょりで、ゼンマイ仕掛けのオモチャみたいに首を振りまくる千代美の首筋を、男の指がツツッとなぞった。この瞬間、おそらく自分の目玉はひっくり返っていただろう。仮に悲鳴を上げることが出来たところで、そんなものでは到底足りなかった。

 

「俺ね、相手の『嘘』がわかるんだ。

 相手の『汗』のかき方とかからね……そして」

 

男は、指の先端を伝う雫をペロリと舐め取った。

 

「味を見ればもっと確実にわかる」

 

全身、鳥肌が総立ち。恐怖だの羞恥だの、『女としての危機』を覚える感覚だのが素肌の上をムカデみたいに走り回った。

 

「この味は……嘘はついていないね。

 『身に覚えがない』そんな味だ」

 

いけしゃあしゃあと抜かす男は、背を向けて、千代美のそばからゆっくりと離れていく。

 

「どうやら『拷問』をする必要はないらしい。

 何よりだな……趣味じゃあない。

 その見目麗しい肌をセンチ単位ではぎ取っていくようなマネはな」

 

トイレが近くなくてよかった。近かったら、それはもう悲惨なことになっていただろう。その割に涙は出なかった。枯れ果てているようにすら感じる。度が過ぎた恐怖は、かえって感情を枯渇させるものらしい。

 

「とはいえ!

 うろんな者をうろつかせておくのは、

 『街』の顔役としては面白くないな。

 君を明日、帰国させる。

 二度とこの国の土を踏まないことを強く勧めよう」

 

その言葉に安堵する一方で残念だった。アンツィオ生としてやってきたイタリアの思い出は、これが最初、そしてオシマイ。ひどすぎる。いろんな礼拝堂にもお参りしてくるつもりだったのに、これでは苦情を言う神様すらもいやしない。

 

「それと。君は今後、『不思議なもの』に出会うかもしれない。

 『幽霊』だとか『悪魔』のような、形を持った超常現象にな……

 全て『見て見ぬふり』をすることだ。君が長生きを願うのならな」

 

今の時点で、充分すぎるほど遭っている。『口にチャック』が超常現象でなくて、なんだというのだ。言われなくてもこんなもの、もう二度と関わりたくなんかない。憎しみすら込めて頷くと、男も頷き返した。賢明だ、とでも言いたげに。

 

…………………………

 

「……ということだ。だから私は逃げようとした。

 戦車喫茶で『幽霊』が暴れているのを見て、な」

 

話を終えると同時に、リーゼントの東方仗助が席を蹴るようにして立った。

 

「承太郎さん、確実に『矢』だぜッ

 一本じゃあなかったってことッスよね、こいつは」

「それも、犯罪組織が意図的にスタンド使いを増やしている……な。

 とんでもねえ事を聞いちまったらしいな」

 

聞くまでもない。鎖骨に刺さった、とがった何かが『矢』なのだろう。あれが自分の『何か』を変えた。そして今また、自分を『何か』に巻き込もうとしているのか。

 

「ライターの『火』……玉美さんと同じかも!

 条件を満たすと同時に攻撃が始まるタイプのスタンド!」

「するってぇーとよぉー、ライター持って泣いてたガキが一番怪しいぜぇーッ」

「状況証拠ではそうなりますよねぇ。

 でも、そこまでして狙われるアンチョビどのは何なんでしょうかねぇーっ」

 

ざわつく中、西住みほがそっと手を上げる。静まったのを見てから、彼女は推測を口に出した。

 

「勝手な想像なんですけど。

 アンチョビさんは、多分、偶然巻き込まれただけだと思います」

「ナゼですの? こんなトントン拍子に次々と!

 不幸が行列になってやってくる!

 仕組まれていたとしか思えませんわー」

「偶然です」

 

言い切られるとショックだ。そこの赤毛……ローズヒップにしても、西住みほにしても。どっちが正しかろうと自分のクジ運は最悪だ。

 

「意図的だとしたら、そのっ『帳尻』が合いません。

 アンチョビさんを無事、日本に返してしまったことが

 何もかもおかしいんです」

「その通りだな、西住……

 『組織』とやらが何も得をしない。

 『組織』の意志と無関係のところに、

 ノコノコと巻き込まれに行ってしまったと考える方が自然だ」

 

承太郎の言いようにはさらにヘコむ。まるきりアホ呼ばわりではないか。いや、自分でもそう思うが。その承太郎に、重ねて問われる。

 

「帰ってくる時は、どうだった?」

「銀髪の男を監視につけられました。

 深夜、そいつに飛行機に押し込まれて、後はそのまま日本まで。

 男は、気づいたらいなくなってましたね」

「何か、言っていたか」

「いえ、めぼしいことは……いくらか罵倒されただけです」

「どういう罵倒だ」

「『平和ボケした田舎に帰れ』

 『お前みたいな世間知らずの善人気取りが一番ムカつく』

 『次、そのツラを見せてみろ。

  女に生まれたことを心底後悔するぜ』

 だいたいこんな感じでした」

「……警告だな。単純な。

 それが全てなら、単に巻き込まれただけの可能性が高いな」

 

確かにまあ、『二度と来るんじゃあねえ』の一言に収束される内容ではあるのだが。単純な、とか言われると、ちょっとムッときてしまうのは仕方ないことだろう。怖い思いをしたのだし、気くらい使ってくれてもいいのに。この人、奥さんとか子どもにもこんな感じなのかな。もしかしたら、未婚かも……いらないことを考える千代美であった。

 

「だが『身代金誘拐』の可能性も捨てきれん」

「捨てきれん、っつーか。

 そっちの方が納得いくッスねぇ~、アタシは」

「アンツィオ戦車道を復活させた実績持ちなら、

 学校の方が金を積むのもありえる」

 

そんな背景まであらかじめ調べていたのか。『実績持ち』とはうれしいことを言ってくれる。ペパロニが鼻高々で胸を張っているが、千代美も多少ニヤけた。これでも新聞に乗ったことがあるのだ。静岡の地方版だが。栃木もある。

 

「仗助、西住」

「えっ、何スか承太郎さん?」

「はい」

「俺は明日から、しばらくアンツィオに行く。

 大洗女子のことは任せるぜ」

「……調べるんスね。『組織』について」

「『身代金誘拐』だとしたら、アンツィオから追える可能性が出てくる。

 だが、それは差し迫った目的じゃあない」

「『護衛』ですよね。戦えるスタンド使いが誰もいないから」

 

無言で頷く空条承太郎。ちょっと待て、護衛とか……などと思ったが、考えてみれば『チリ・ペッパー』がいる。今日の集まりは、そのためのものだった。今の自分達では、得体の知れない超能力相手にとても戦えなかった。

 

「空条さん」

 

名を呼ぶと、視線だけ向けられた。

 

「みんなを守ってください。お願いします」

 

やはり、無言で頷かれただけだった。コミュニケーションが難儀かもしれない、このヒト。先が思いやられるような顔で、カルパッチョも見ている。

 

「そーいえば、だけど」

 

話がキレイにまとまったところで、また武部沙織が聞いてきた。

 

「イタリアから帰ってきたら『お岩サン』って言ってたけど。

 どうしてそーなったの?」

「……さっきの話が終わった後で、殴られて気絶させられた。

 見られて困るものがあったんだと思う」

「ムム、そっかぁー」

「ちなみに、あの男はなぁ……怒るなよ、西住?

 西住の姉さんにスゴく似ていた。『雰囲気』がなッ

 顔は似ても似つかないぞ? でも、人を率いる者の顔をしていた。

 厳しく見守る『父親』みたいな顔だったな……

 時間が経ったからこんなことも言えるんだろうけどな」

 

余談も交えて答えたが、武部沙織は少し首をかしげて、こっちの目をのぞき込んでいる。周りに少し視線を回すと、東方仗助と、五十鈴華もまた似たような顔をしている。今度は、帰りについてきた銀髪の男について、黒森峰の副将……逸見エリカとかいう……あたりを引き合いに出して説明しようとしたが、それには及ばなかった。パン、パン、パン、と手のひらを打ち鳴らしたダージリンが注目を集めたからだ。

 

「私も興味はありますけれど、今はここまでにしませんこと?

 このローズヒップも、そろそろ話したくて待ちきれないようですもの。

 ……ローズヒップ。よろしくてよ」

「ハイですわお姉さま~ッ、コンな話を堂々できる人たちなんてソーソーいませんですわーーーッ

 『生まれつき』ってのはさっき話しましたけれど、私にスタンドを教えて、

 しかも名前をくださった方がいらっしゃいますですのよーーーッ ぜひ聞いてほしいですわッ」

 

手綱が放たれるなり、おあずけ食らってた犬がエサに飛びついていくようにキャンキャン声を上げるコイツは、どうして聖グロリアーナに来たんだろう。この気質はどちらかというと我がアンツィオ向きだろうに。とはいえ、ウチにいたところで似たモノだらけ、埋没するだけだったかも知れない。などと思いつつ、千代美は内心ホッと息をついていた。殴られた瞬間のことを、頭の片隅で思い出す……

 

…………………………

 

「さて……君の身は潔白。

 そうと決まったのなら、けじめをつけなければならないのはオレ達の方だな」

 

忠告を終えた男はそう言って、何かをした。一瞬だけ何かが見えた。人型の何かが腕を『伸ばして』室内灯の電源を叩いたらしい。2メートル近くは伸びていただろうか。薄暗い室内に蛍光灯が灯ると、自分と反対の片隅にいた、もう一人の姿がわかった。今までそんなものを気にする余裕もなかったから気づかなかった。

 

「ン、ングッ、ンンン~~~ッ」

 

『男の子』だ。自分が相談に乗ってやった男の子がここにいる。椅子に座らされた状態で、自分と同じように後ろ手と両足をレンガで固定されている。『チャック』で閉じられて、だ。彼もまたスパイとして疑われているのか。男を見ると、あっさり答えてきた。

 

「こいつはオレ達の『仲間』だ。この意味、わかるな?

 そして、『仲間』だからこそ『罰』が必要だ」

 

ゆらり、ゆらりと『男の子』に歩み寄っていった男は、次第に腕を振り上げていく。そして正面で立ち止まった男のやることは、やはり想像通りだった。

 

「お前は『カタギ』を巻き込んだ。報いを受けてもらうぞ」

 

『男の子』の顔面に拳がめり込む。鈍器がめり込んだような音だった。

 

「もしオレが判断を誤ったなら、彼女はおぞましい目に遭って死んだ。

 この程度の痛みでは、千回味わっても足りないな」

 

裏拳が飛ぶ。左目あたりに当たって、首がきしんだ。もう一撃で、鼻血が顎を伝った。意識が飛びかけた頭を、男はつかまえて、頬を思い切り三回張った。無理やり目を合わせる。

 

「こっちを見ろ。お前のいる世界は『ここ』だ。

 『ここ』から逃げるときは、お前が死ぬ時。それだけだ。

 お前はそれを覚悟して来た。そうだな?」

 

手を放し、また殴る。サンドバッグのようだった。サンドバッグと違うのは、詰まっているのは砂ではなくて血だということ。つまりは血袋。噴出した血が、一撃ごとに飛び散って、そこら辺を不規則に汚していく。一度は目を背けた。だが、背けている横でしてくる音が結局、同じ痛みを連れてくる。見ていても何もできないのに、見ないことはもっと残酷だった。

 

「報いを受けろ。罪を知れ」

 

男の手も、すでに血にまみれていた。一撃、音が響くごとに、千代美の脳も揺さぶられた。意識が遠くなる。頭がおかしくなる。後悔と怒りと理不尽が頭中を駆け巡る。あまりにも耐え難くなった千代美の中で、やがて決定的な何かが弾けた。気が付けば、千代美は『走って跳んでいた』。『腕を広げて』男の正面に割り込んでいた。

 

「なっ!」

 

男の振り下ろした拳が右正面にあって、そのまま目の中に突っ込んできた。首がねじれて、全身が転げていくのがわかった。テレビの電源が落ちるように、視界が激しく光るのを感じた。吐き気とも痛みともわからない感覚と一緒に、全てが闇に落っこちていく。聞きなれた機銃の音が一瞬聞こえた。その後に、誰かの嗚咽が。最後に、男の声が聞こえたきり、意識はそこで途切れた。

 

「これがッ! お前がやり、オレがやったことだ……

 彼女はオレ達と……べきではない。二度と……

 わかっ……な。……ンチャ」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




Q.ギャングのお兄さんはどうしてこんな悪趣味なことしているの?
A.二度とイタリアに来させないためです。


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スタンド使いは引かれ合います!(8)

待っていて下さった方には、大変ご迷惑をおかけしました。
エコーズAct3がチープトリックみたいに背中に貼りついてそうな体調が続きまして。
ということは、5m以内に康一くんが……そう考えればチョットは楽しくなる?
そんなのは置いときまして、仗助視点です。
今回で、三校会談は終わりですね。


東方仗助(ひがしかた じょうすけ)は、連続で発覚する驚愕の新事実にだいぶ打ちのめされ気味だった。どうかこれ以上ムチャクチャなことはわかってくれるな。そういう気分ではあったが、今は耳を傾ける。どうやらあの聖グロの赤毛は、ローズヒップというらしい。

 

「私の能力は、モノスゴくカンタンに言うと『空を飛べる』能力ですわ。

 せっかくだし、ここでチョッピリ」

「ローズヒップ。おやめなさい。

 天井に頭をぶつけたくないのなら」

「……ハイ」

 

ほら見ろ。いきなり人類の夢が飛び出した。とはいえ、それだけに、今まで現れなかったのが不思議な能力ではあった。やりとりから察するに、精密動作性は低いのか。まだ話は途中だ。

 

「オッホン。それでですわね。

 生まれつきこの力を持った私は、家族をとっても困らせましたわ。

 3歳になった頃には『飛べて当然』って感覚がオカシイことは理解しましたけど、

 わかったらわかったで、私は『私は空の王様だ!』

 『私一人が特別なんだ!』そう思い込み始めましたのよ。

 完ッぺキ調子コイてたってヤツですわね」

 

仗助は自分に置き換えて考える。なんでもなおす能力をある日突然持ちはしたが、それを鼻にかけることはとくになかった。というより、妙なマネをすれば母と祖父にこっぴどく叱られたものだ。それにより教えられた。この力は、そこら中に触れ回っていいものではないと。そこに来てこいつの能力は『空を飛ぶ』。家族はさぞかし持て余しただろう。ひとたび飛んでしまえば止められるものはない。

 

「そーやって私がズルくなり始めた頃、あのお方がやってきましたわ。

 『占い師』のオジさまが」

 

紅茶を飲んでいた承太郎の動きがピタリと止まった。

 

「都合が悪くなれば逃げ回る臆病者。

 そう言われた私はケンカ売られたと思って、

 空から石を投げまくりましたわッ

 『このバカヤローに違いをわからせてやる』

 それしか考えてませんでしたわ」

 

こいつが空を飛ぶスピードはわからない。だが、それによっては、単純だがかなり効果的な戦法だ。空からノロい標的を一方的に狙い撃つのと、高速で飛び回る敵に石を投げ返す。どちらが難しいのかは明らかだ。承太郎のスタープラチナならいざ知らず。

 

「そして、その石は全部『蒸発した』。

 オジさまは『炎』を操るスタンド使いでしたのよ」

「『魔術師の赤』(マジシャンズ・レッド)……」

 

承太郎が、今度は完全に視線を上げた。彼が思わずつぶやく姿など、モノスゴイレアだった。それを聞いたローズヒップの反応は劇的だった。席を蹴倒す勢いで承太郎に迫る。

 

「知ってますのーーーッ?」

「ああ。昔、少しな……まずは話を続けてくれ」

「アッ、それもそうですわね。シッツレイしましたわー」

 

ヒョイヒョイと席に戻る後ろ姿はウキウキしまくっていた。

 

「で、『そんなバカな!』って思ってたら、

 今度はオジさまは竜巻を起こしましたわ。

 気圧の違いがどうのこうので、炎でそれができるらしいんですの。

 『ほとんど狙えない』ともオッシャッてましたけど」

 

話を聞くだけでも、そいつのスゴさは伝わる。そいつは炎を通して物理現象を操っている。自分の能力を1から100まで理解していなければ出来ない芸当だ。

 

「竜巻にからめ取られてコントロールを失った私は

 頭から真っ逆さまに落っこちましたけれど、

 脇で見てたお父さん……お父様とお母様が受け止めてくれましたの……網で。

 私はそこで『負けた!』ってハッキリわかりましたのよ」

 

しかも着地点に網を広げさせて待たせていたらしい。スタンド使いでもない一般人の両親を。それでもって受け止めたとなると、もう敬服するしかない。負けを認識するわけだ。

 

「シュンとなった私を、オジさまは叱りましたわ。

 『その力で、君はどこに行きたい?』って。

 『君はどこに行こうというのかな?

  君を受け止めてくれる人達を置いて、

  君はいったいどこに行こうというのだ?』

 静かに、それだけ言ったんですのよ。

 それから、スタンドで家族を困らせるのはやめましたの」

 

仗助の過去でいうところの、リーゼントのあの人。それがこいつの『オジさま』なのか。そこまでいかないにしても大切な思い出というやつらしい。出会えたことを、こいつはスゴく誇っている。

 

「それでですわねー、そのとき、スタンドに名前ももらいましたのよ?

 名前は形と意志になる、とかオッシャッて。

 こーやってカードを引いてぇ、『魔術師か、困ったな』とかボヤいてですわね。

 『レッドローズ・スピード・ウェイ』この名前がつきましたの」

 

言いながら、ローズヒップはスタンドを身体からわずかに浮かせた。人型だ。億泰のザ・ハンドのようにロボットじみているが、こいつはまたジャンルが違う。F1カーのような流線形を帯びている。無数に折り重なった真っ赤な『矢印』で全身が装甲されているのだ。実際のところはわからないが、近距離パワー型であるように感じる。これ以上を知りたければ、一度殴り合っておく必要があるだろう。そこまでするかは別として。

 

「私の話はココまでですわ。ねえ空条様!

 オジさまのこと、ご存知なんですよねぇ?

 教えていただきたいですわぁーっ お礼が言いたいんですのッ」

 

突風だとかツムジ風みたいな女だ。話を締めくくった瞬間、承太郎の目前に迫るまでほとんど一瞬。身構えてしまった承太郎がうっとうしそうに顔を歪めたが、ほどなくしてわずかに視線を落とした。これまたレアな表情だ。気まずそうなのである。

 

「……そうだな。だが、今すぐとはいかない……

 全国大会が終わってからだ。必ず教える」

「? よくわかりませんけど、ごツゴーがワルうございますのね?

 わっかりましたわー、楽しみにしてますわーっ」

 

承太郎の歯切れが悪い。そんなことはとくに気にせず、ローズヒップは戻っていった。なんとなく、向こう側のダージリンの顔を見るが、音もなく紅茶をすすっているだけだった。

 

「次は俺が話そう。丁度いいようだからな」

 

承太郎の話は、仗助もすでに知っている話ばかりであった。親族に影響を受けて発現したスタープラチナを、当初は悪霊だと勘違いしたことまで話しているのは、スタンドを恐れていたアンチョビへの配慮だろうか。

 

「……ということでな。『オジさま』の名はモハメド・アヴドゥル。

 ある意味で、俺の師とも呼べる男だ」

 

留置場に籠もった承太郎に一杯喰わせ、自ら檻の外に踏み出すように仕向けた話は、ローズヒップへのサービスかもしれない。だが、それ以上は話さない。話すならば、それはすなわちDIOとの戦いの話になるからだと、仗助にはわかった。ちょうど十年前の話となれば、それ以外にはありえなかった。

 

(だがよぉ~、聞いてもいねーことをしゃべるってのは気になるよな……

 『話のタネ』承太郎さんにこいつほど似合わねー言葉はねえぜ)

 

先ほどのアンチョビの態度に重なるものがある。承太郎が進んで話したくない何かがその先にはあって、その代償を提供しているように仗助は感じた。

 

「俺からは、ここまでだ。ガラにもなく話しすぎたな。

 康一くん、頼む」

「えっ、ぼく?

 いいですけど緊張するなぁ……」

「『シメ』はオレだぜっ

 まだマシな方だろうがよ、康一」

「うん。

 え-、他のみんなに比べたら、

 ツマラナイお話になっちゃうんですけど」

 

その後、順を追ってトツトツと話していった康一の物語は、わりと好評だった。『矢』で貫かれた経緯やその前後については意図的にぼかしまくっており、億泰にイヤな目つきが向かうこともついになかった。その分、玉美……『錠前(ザ・ロック)』の小林玉美が悪者にされてしまったが、そこは仕方のないところか。ウソはハナッからゼロだ。

 

「えっ、オッサン? それもチビのオッサン……?

 オンナのコだと思ってたのに。浮いたオハナシ期待しちゃったんだけどワタシ」

「そんなこと言われても。なんかゴメンナサイ……

 玉美の玉は『肝っ玉』の玉なんだって」

 

そういやコイツ、『玉美』の名前だけはチラッと聞いていた。沙織の中ではそれ以降、オンナのコの名前としてイメージが固定され、さらに康一の『オンナのコに関する経験』を匂わせる発言を後から聞いて、頭の中で勝手な化学反応を起こしていたらしい。

 

「うわぁっ予想外……

 テッキリ、玉美ちゃんと由花子ちゃんが恋のサヤ当てを繰り返してるモノかと」

「ゲェェ~~~ッ

 何おぞましいこと口走ってるんだよぉーッ

 人をダシにして勝手なこと言わないでェェーッ!」

「ゴメンゴメン。でも、そーいう話題に飢えちゃってさー」

「自分で経験しなよ、そんなコト言うくらいなら!

 引く手あまたでしょ!」

 

自然な流れすぎて『バカ』と止めるヒマもなかった。ヤバい。この流れはヤバい。よりにもよって『恋愛』方面で触り返した。この武部沙織に。よりにもよって康一が。

 

「……そう思う? ホントに?」

「ウソは言わないよ。だからホモ扱いはヤメテ!」

 

沙織の口元がゆるむ。ホンノリ頬にさした朱は、しかしダイナマイトへの導火線だった。

 

(せめて……あと、一ヶ月早かったらよぉ~)

 

ここ一週間の付き合いで、こいつのこともある程度見えている。心の機微に敏感で、場がマズくなったり、誰かが傷つけられそうになったとき、おどけて引っかき回しに入る奴だ。場合によっては正面切って戦いにも行く。いいヤツだとは思う。ただし、『恋愛』に結びつけられそうな何かがあると、そっちに引っ張られまくるのはどうかと思うのだ。

 

(オセッカイなオバチャンじゃあねぇーんだからよぉー

 勝手にヒトを三角関係にしてるんじゃあねーぜ!

 ってのは置いとくとしてもよぉー)

 

こいつをそんな風に暴走させるのは、多分だが恋愛そのものに対する憧れだろう。本人が言っている通り、現物に飢えているらしい。まあ、それはいいのだ。そこから始まる縁だって否定はしない。あと一か月早かったなら、別に何も気にしなかったし、『うまくいく』なら大喜びで冷やかしただろう。思うに、康一にとってもコイツ自体は決して悪い選択じゃあない。外見だって、これ以上を望むヤツは高望みしすぎのアホと言っていい。だが、山岸由花子。康一に恋い焦がれるあのイカレポンチの存在がとにかくヤバイ。一歩間違えれば、結果はブツ切りの死体と4号戦車の空席になりかねない。

 

(ま、すぐに全国大会だしよ……

 なんかアクション起こすにしてもヒマがねえ。

 そこんとこ心配する必要はねーかもしれねーけど。

 警戒しとかねえとやべえかもな)

 

とりあえずだが、事情を西住の耳に入れておくことは決定だ。華に言おうかとも考えたが、緊急時に強く相手を止められるのは西住だ。だが、言い方は考えなければ。自分の辛気くさい過去の暴露をさえぎった手前、康一の恋愛事情を勝手に開陳するのは気が引ける。これは明日までの課題……そんなことを考えている間に、自分の番が来た。康一に言った通り、自分がシメだ。

 

「さて……と。最後はオレッスね。

 オレがスタンド使いになったのは承太郎さんと同じ頃だぜ。

 身近な血に影響を受けたってことだよな……」

 

別に聞かれてもいないことは話さなかった。スタンドを身につけた経緯だけを聞いているのだから、それ以外は何もいらない。熱を出して病院に行ったことだけを話した。承太郎は黙っている。康一も何も言わない。西住はじっとこっちを見ている。話を終えたあたりで、秋山が少しガッカリしていた。何かドラマでも期待していたのだろうが、こちとら見世物でもないのだ。それはこいつもわかっているはず。が、拍子抜けしたローズヒップは、それを隠すこともなかった。

 

「それだけ……ですの?

 何か変わった事件とか、ありませんの?」

「ローズヒップ」

 

即刻、諫めに入るダージリンを見て、考え直したのはむしろ仗助である。どうもこいつは、根っこがとにかく素直にできているらしい。康一が脇から袖を引いてきた。

 

「話した方がいいよ、仗助くん。髪型について」

「だよな。危ねぇぜ、こいつはよ」

 

何の悪意もなくリーゼントをバカにされかねない。そして、そんなことになれば仗助一人のせいで協力関係が終わる。億泰の土下座がまるっきり無駄になるのだった。

 

「……それで、ッスねぇ~~

 病気になったとき、おふくろが車出したんスけど、大雪の中で立ち往生しちまってッスね。

 ンな中、自分の学ラン、タイヤの下に敷いて、車押してくれた人がいたんスよ。

 その人の髪型がよ、これだぜ!」

 

一息に言い切って、自分の頭を指さす。大切な、かけがえのない記憶ではあるが、自慢げに話すのは何か違う。本当だったら口になんか出さず、そっと心に秘めておきたい。

 

「だから、オレをバカにするときは、オレだけをバカにしろ。

 髪型には絶対(ぜってぇ)に触れるな。

 中学の頃、何度か傷害事件を起こしちまってる。

 どうにもならなくなる。真面目にやべえんだ」

「ホ、ホントですよ。これは本当です!

 コンビニ強盗の現場を野次馬してた時!

 たまたま犯人に髪型をバカにされちゃった仗助くんは、

 ぶちキレて犯人を叩きのめしちゃったんだ!」

 

少し顔がゆがんでしまう。思い返すに、あれが巡り巡って祖父を殺したのだ。悔いたところでもはや何も始まらないし、どのみちスタンド使いは引かれ合う。アンジェロとは結局どこかで会って、誰か殺されていたのかもしれないが。母と自分、二人しかいない家は、未だ異様に広いままなのだった。ともあれ、強く警戒を呼び掛ける康一に感謝はすれど、文句など出ようはずもない。

 

「東方さん」

「はい」

「ご存知でしょうけれど、貴方の髪型。

 その語源は、イギリスはロンドンの『リーゼント・ストリート』にありますわ。

 貴方の背負う看板に恥じない振る舞い、期待しましてよ」

「わかりました……裏切りませんよ」

「そうある限り、我が聖グロリアーナは貴方の友人よ」

 

ティーカップを置いて微笑んでいるダージリンに、仗助は思わず下唇を噛んだ。悪い奴ではない。嫌な奴でもない。それでもだ。

 

(グレート。うかつにハイハイ言ってられねー)

 

気づかないうちに取り込まれる。善悪と関係ないところで、こいつはヤバイ。現状もっとも危機から遠いこいつが、気づけばほとんど司会進行をやっているのもそれだ。善意も悪意もなく、当然のように。単純に、誰もやろうとしなかった役を拾っただけとも言えるのだろうが。西住が負けてしまった訳の片鱗が見えた気がする。

 

「他に話しておきたい事は?」

「……あっ、もうないッス。スミマセン」

「そう。では、アンチョビさん」

「えっ」

 

話の終わりを確認したダージリン。彼女に唐突に呼ばれたアンチョビは、自分のスタンドに足を引っ掛けて蹴り飛ばしてしまった。足元に置いたままだったらしい。

 

「貴方をこのまま帰せませんわ。

 スタンドの使い方も、能力もわかっていない貴方をね。

 ちょうど、傷を治せる東方さんもいらっしゃいますし……

 試しませんこと? 色々と。色々と」

 

なぜ、二度言った。アンチョビはたじろいだ。

 

「そうだな。今しか出来ない。

 少しつらくとも生き残るためだ。耐えてもらう」

「未知の能力を試す。

 ……これは、ワクワクしますねぇッ

 新型戦車のおヒロメに立ち会う気分ですよぉーっ

 立ち会ったコトないケド!」

「ワクワクって、他人事だと思ってるよなぁ~お前ら!

 く、来るなよ。こっち来るなぁぁーッ!」

 

その後、アンチョビは本当に色々されることになる。色々。正確に言うとアンチョビのスタンドに、だが。スタープラチナに刀身をつままれ、全力で折り曲げようとされ、最終的には膝を枕にオラオラされまくった。店の床が陥没し、ローズヒップがズッコケた。

 

「どうッスか、承太郎さん」

「ダメだな。硬くも柔らかくもない……

 剣の形をした『空間』とでも言うべきだな。

 これは破壊することも、されることも決してないらしい」

「実体がないスタンドで、さらに実体がない?

 なら、これならどうですか?」

 

西住がトゥルー・カラーズで素早く丹念に色を塗る。刀身と柄の色とが微妙に変わった。剣の周りにスタンドの塗料を塗りつけて、それによって実体を与えようということか。やりたいことを一瞬で理解した仗助だったが、直後にはしゃぎ出したペパロニの反応は完全に理解の外だった。

 

「あッ、何それッ いきなり剣が……それが姐さんの?

 マジ勇者みてぇーーーッ」

「え、見え……あ、あぁッ なるほど!」

 

康一の『なるほど』でようやく思い当たった。

 

「えっ……何? なんで?

 どうして見えてんだよ、こいつによぉ~ッ」

「虹村どの。『見える』スタンドです。

 西住どののトゥルー・カラーズは色を塗るスタンド!

 もしスタンド使いにしか色が見えない能力だったら、

 あまりに哀しすぎますよぉっ」

「……あぁーーーっ なるほど!

 わかった! おめーの言ってることわかったぜ、秋山!

 つまりよ、スタンドに色を塗りゃあよぉ~~~」

「ハイ、『見える』んです。

 この場にいる、どなたにでもご覧になれますよぉーーーっ」

「グ、グレート……言われてみりゃあ当然のことだぜッ」

 

思わず西住を見ると、表情に困惑が張り付いている。なんでこんなに驚かれるのか。まさかみんな、その発想はなかったのか。顔にそう書いてあるようだった。続いて承太郎を見る。やれやれだぜ。顔にはそうとしか書いていなかった。

 

「と、とりあえず試してみるッスよ。承太郎さん」

「わかった。斬ってこい仗助。音石にかかるつもりで全力で来い」

「あ、ハ、ハイッス」

 

投げ渡された剣をクレイジー・ダイヤモンドで受け取ってみるものの、剣の使い方なんかわからない。結局剣道をマネた動きでドラララと斬りかかりまくったが、わかったことはたったひとつ。

 

「塗られたペンキ分の威力しかねぇーッスよ、これ」

「だろうな。重さもない。それでも無理に攻撃すれば剣の方からそれていく……

 これを戦いに使うのは不可能だ。盾にすら使えない」

「んじゃあよ~どうすんだよ承太郎さんよぉ~、ないない尽くしじゃあねぇーか!」

「アプローチを変えてみるのはいかが?」

 

ダージリンが指を鳴らすと、付き人っぽいオレンジ髪が水を張った大鍋を台車に積んで持ってきた。そして、それが一瞬で煮立つ。

 

「熱だったらどうなるか。もしかしたら水の方が変質するかも」

 

無言の承太郎は、ためらいなく剣を鍋に差し込んだ。衆人環視の中、数分間、鍋で煮込まれるファンタジーな剣。アンチョビは口をパクパクさせていた。イイ店で出される魚の活け造りみたいに。注意深く聞いてみると、何かブツブツ言っている。

 

「ア、アレは私で、それが叩かれて、鍋でグツグツされて……え?

 ナニされてんだ? 私、何をされてるんだ今?」

「味はどうッスかねぇ~」

「なんかペパロニとカルパッチョが『だし汁』の回し飲みを始めた……剣の? え?」

「塩ならありますわね。擦りこんでみましょう。

 オレンジペコ、氷をここに。急激に冷やしながら塩で揉むのよ」

「『塩』『氷』……って、コラァァァァーーーッ!」

 

が、ついにキレた。どう見ても悪ノリしかしてない役一名に。

 

「塩と氷で味でもシメる気なのかぁーッ

 第一何をやろうとしてんだよお前はーッ」

「……『石川や 浜の真砂は 尽きるとも』」

「それ格言ってゆーより辞世の句な。

 しかも油だろーがそれ」

「オレンジペコ。オリーブオイ……」

「いらんわッ 今度は天プラか? 天プラなんだな?

 それに冷静に考えりゃあヒトをナチュラルにドロボー呼ばわりだよなソレ!」

「カラッと仕上がりますのよ」

 

何を言っているのかわからない。秋山の戦車談義状態だ。秋山の方を見てみると、目を泳がせている。わからないらしい。康一も同じ状態で、億泰は早々に聞き流しを決め込んでいた。承太郎は……おもむろにフワリと手を浮かせていた。直後、机をドン!

 

「エネルギーの干渉を受け付けないスタンドだということはわかった。

 問題は、これが『能力』によるものなのか、または単なる『性質』かということだな」

 

全員黙って静まり返った中を、静かに話す承太郎。女が騒ぐとムカつく人が、よくぞここまでガンバッた。仗助は心の中でそっと拍手。

 

「康一くんじゃあないが、何かきっかけがあれば能力もつかめるだろう。

 人を巻き込まないところで、色々と試してみればいい。

 俺が護衛につく以上、その程度の自由は確保する」

「ハ……ハイ。ありがとうゴザイ、マス。スミマセンホントに」

 

話は、ここで終わりだった。後は、全員でケータイの番号を交換しあっただけ。ヘバッたアンチョビは、フラフラしながらペパロニとカルパッチョに肩を貸されて出て行った。思えば、今日のこれで一番疲れたのはアイツだっただろう。

 

「あはは。疲れた顔してるね、東方くん」

「そりゃあよ……あっ」

「?」

 

新幹線の待ち時間中。西住に声をかけられ、自分自身もだいぶくたびれているのに気が付いた。それと同時に、この瞬間まで忘れていたことがひとつあったのにも気づく。別に電話でもいいのだろうが、早い方がいい。

 

「ちっと提案があるんだがよ。西住。

 判断はそっちに任せるぜ。オレらはほぼ無関係だからよ」

「無関係……学園のこと?」

「拠点を絞って戦力を集中する提案だぜ。

 戦線を減らす、っつー言い換えもできるぜ」

「つまり、チリ・ペッパー対策だよね。詳しく聞かせて」

「実際の方法に落とし込むのはおめーになっちまうんだがよ。

 つまりは、こうだぜ……」

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




今回遅くなった理由のひとつに、
安易に扱ったら全て黒コゲになる二次創作界の危険物質を
目に見える形で突っ込んだこともあります。
もちろん、『これ』が出るからには『あの人』が来ます。


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Inter Inter Mission 『戦闘潮流、伝え聞きます!』

またも二か月近く消息を絶ってしまい、申し訳ございません。
七月頭頃、ギアッチョみたいに道路に熱いキッスをしてしまい、
前歯割ったりで色々引っ掻き回されてしまいました。
手足その他は問題なく動くから執筆も普通に出来るだろ、
とか思ってたら、モノを噛めないって想像以上にキャパ削られる。
ケガ前と遜色ない状態に戻ってからチョビチョビ書いて、今日投稿です。
ともあれ、生存報告くらいはするべきでした。スミマセンッした。

今回は秋山どの視点です。


秋山優花里(あきやま ゆかり)は病院にいた。6時過ぎにようやく学園艦に戻ってきてから慌ただしいが、承太郎が長期留守の報告をしていくというので、頭を下げて連れてきてもらった。目的地も当然、承太郎と同じ。ジョセフ・ジョースターの病室だ。

 

「アレッ? 先客がいらっしゃるようですねぇ」

 

面会者の一覧表を見て気づく。ジョセフを訪ねた面会者が少し前にいる。しかもまだ帰っていない。退室時刻のタイムスタンプがなかった。名前の方をよく見ると。

 

「かどたに、あんず……生徒会長? が、何を」

「さあな。オレはオレの用を済ませるだけだ」

 

受付から離れる承太郎に慌てて従う。歩幅が違うからついていくのも大変だ。しばらくごとにいちいち立ち止まらせるのも忍びないので頑張っているが。無言でエレベーターに乗り込み、上向きの慣性を身に浴びる。脇の巨漢を少し見上げて、十数秒無言。

 

(ウーン ワカラナイ話にアイヅチ打つのもツライんですけどっ

 この方の場合は沈黙が怖いですねぇー)

 

でも、それが醸し出す風格はどうだ。歴戦の勇士とは、きっとこんな人にこそふさわしい言葉なのだ。もしこの人が戦車に乗ったなら。かの大戦で、戦車に乗り込む一人だったなら。どんな戦車がふさわしいだろう?

ムズカシイところだ。この人なら、ティーガーの不機嫌な足回りも知り尽くして乗りこなすのではないか。それとも、クルセイダーならどうか。その快速を扱い尽くし、敵の攻撃が当たらないポジションを延々取り続けるのでは。KV2の破壊的な主砲を、この人ならどう使うのか。残念ながら戦車同士の殴り合いには無理があったチハ車も、この人にかかれば……ワクワクが尽きなくってマズイ。

 

(直接、戦うところとかは見てないんですけど……

 色々勝手な期待が止まりませんねぇー

 東方どのが、二言めには『最強』っていう方ですから)

 

チラリと聞いた『時間を止める』能力。たとえ2秒以下の間でも、スタープラチナにとっては最強無敵の2秒以下。少なくとも優花里の手札では到底勝ち筋が見えない。黒森峰のスタンド使い、エリカが康一に殴り掛かったとき、彼は間違いなく時間を止めた。どれほど恐ろしい力なのか、肌に沁みるように思い知ったものだ。そして何よりも恐るべきは、その能力を隙なく万全に振るう静かなる判断力だという。どんな戦いに養われて強くなってきたんだろう?

 

(そーいえば、ホリィさんに見せてもらった写真。

 たぶん、あの中の中東系の方が『モハメド・アヴドゥル』さん)

 

写真に写った五人と一匹を思い出す。あれが青春時代の仲間だというなら。

 

(エェーーーッと、承太郎さんは車長です。決定。

 んで、ジョースターさんは、そうですねぇ……通信手でしょうか。

 アヴドゥルさんは、話からして操縦手。

 あとのお二方は……あのピアニストみたいなヒトが砲手!

 イカにもレーセーそーですし。で、ホーキ頭さんは装填手)

 

「おい、着いたと言っているんだが?

 ボンヤリしてるようなら置いていくぜ」

「…………ハッ!?」

 

久々にやらかしてしまった。赤面しながら頭を下げて、後に続く。病室に足を踏み入れると、最近になって見慣れた三人がいた。見慣れてはいるが隔意ある、生徒会の三人組。

 

「おばんでーす」

「こんばんわ」

「ムムッ。こんばんわ、です」

 

こちらに思い思いの挨拶をしてから、会長一人が承太郎に近寄った。

 

「役に立ったみたいですね。私の名前」

「ああ。出来ればもうひとつ役に立ってほしい。

 オレは明日からアンツィオに行くんでな。

 手をつけられない案件ひとつを任せたいんだが」

「へぇ? ま、詳しくは後で聞きますよ。

 ゴハンおごりますから。そこの優花里ちゃんも一緒に」

「わかった。そこで話そう。

 秋山の都合は知らんがな……」

「ヘイ、かしこまり。どーよ、優花里ちゃん」

「は、ハイッ?」

 

当然のように巻き込まれる自分。承太郎の言う案件というのは、音石明の両親問題だろう。であれば、自分がいても大して意味はないが。

 

「わ、わ、わかりましたっ

 不肖、秋山優花里。ご一緒します!」

「シャチホコばらなくってもいーよ。

 カワイイねぇー ニヒヒ」

 

人なつこいというか、イヤラシーというか、なんとも言えない顔で背中をポンと叩く生徒会長。優花里としては、どちらかというとイラッとしてしまう。それを察してかしないでか、彼女は続いて声を発した承太郎に向き直る。

 

「ジジイに何の用で来たのか、聞いても?」

「ン。SPW財団の技術開発の実験に一枚噛ませてもらうから。

 事後になっちゃうけど、その報告ね」

「レクテナか。以前、言っていたな」

「そ、レクテナの受信実験ね。人工衛星から学園艦に向かって」

 

優花里には、なんのことかサッパリわからない。戦車に関係あるのだろうか。受信、と言うからには電波なのだろうが。

 

「あの出力が実現すれば、海の真ん中で機関が故障しても

 近くの港に寄港するまでダマシダマシ行ける。

 そーいうオイシイ話にはツバつけときたいモンねぇー」

「オイシイ話で破滅する奴はごまんといるぜ。

 生命をなくす奴もな。気をつけるんだな」

「モチのロン、です。

 そのお説教、オジイチャンにも貰ったし」

「その~、オジイチャン、じゃが。

 そろそろ話を戻してもいいかのォ?」

 

脇から若干、かすれ気味の声。初めて聞く、二人目の恩人の声だった。終わった自分の生命をつなぎ、同時に『不思議な力』をもたらした人。ベッド上の彼は、大して小さく見えない。元がかなりの巨漢であるようだった。

 

「わしが知りたいのはじゃな。

 そこの……えぇと……

 なんじゃっけ、クダモノなんじゃよ」

「桃だ! 川嶋桃!」

「おぉーそうそう、モモちゃんのヒイじいさんの苗字じゃ」

「桃ちゃん言うな!」

「何の話だ。ジジイ」

「もしかしたら、もしかするかもしれんのじゃよ承太郎。

 彼女のじいさんはドイツ人でのぉー、

 んで、じいさんの父親は陸軍将校で、

 スターリングラードで戦死したらしいんじゃよ。

 そのヒイじいさん、わしの知り合いかもしれんのじゃ」

「言っとく。ドイツ人は事実らしいが、

 陸軍将校うんぬんは多分フカシだ。

 なにかと世界一、世界一ウルサイおじいちゃ……

 もとい、祖父だったからなぁー」

 

スターリングラード!

聞き捨てならない単語が出た。独ソ戦の分水嶺ではないか!

耳がビクーンと反応した優花里の身体は、考えるよりも反射でそちらに飛び込んでいた。

 

「なななんだキサマッ いきなり」

「ジョースターさんッ 詳しく!

 そのお話、詳しく……」

 

ここで優花里、冷静になる。戦死したと言っていたではないか。一気に曇った瞳はそのままうつむいて床を見た。

 

「すっ、スミマセン。忘れてください。

 亡くなった方にあんまりな態度でした……」

 

オチョボ口で静観していたジョセフ・ジョースターは、三秒ほど間をおいてプッと吹く。

 

「なあに、かまわんよ。

 きみのことはスージーから聞いとるよユカナちゃん」

「優花里ですよぅ」

「スマンスマン。顔は覚えとるんじゃが名前が結びつかんでのぉー

 それより……知りたいんじゃな? わしの戦友について」

「戦友? アメリカ……と、ドイツ……で?」

 

どういうことなのだ。連合国と枢軸国ではないか。だがそれだけに、なおさら興味が燃え上がる。

 

「あ、ハイッ 知りたいですモノスゴク!」

「そうかそうか、あいつも喜ぶじゃろ。

 それに、この話……どのみち知っておいて損はないの。

 『波紋』が身についてしまったならな」

 

目的の半分に唐突に踏み込まれた優花里は息を呑む。ボケてるフリでもしてるんだろうか、このオジイチャン。

 

「まず、あいつの名前じゃが。

 ルドル・フォン・シュトロハイム。

 フォン付きじゃが貴族かどーかは知らんのぉ

 わしはモノホンの貴族じゃけど」

「き、貴族ッ? ジョースターさん、貴族ですかぁ?」

「リバプールに先祖代々の土地があるよ。

 今は公園になっとるけど」

 

ありえない話ではない。ジョースター不動産は全米屈指の大企業なのだ。起業の元手を考えると、裸一貫よりもむしろずっと説得力がある。金額的にも、信用的にも。

 

「リバプール……イギリスですよねぇ?」

「そうじゃよ。血統書つきってェヤツじゃ。

 ま、そいつは置いとくかのォ~

 まず聞いてほしいのは、『波紋』の力、その意味じゃな」

 

ほんのりぼかして語られるそれは、スタンド能力をすでに知った優花里をもってしても荒唐無稽な与太話だった。今までの蓄積がなければ、知らないマンガの話扱いで切り捨ててしまったのは確実だった。

 

「闇の一族と戦うための力……なんて言われても。

 さすがにナナメ上すぎます。人類の天敵とか」

「そりゃそうじゃろ。わしだってキミの立場なら『アホか』で済ますわい。

 じゃが事実じゃよ。ナチスは奴らと戦う手段を求め、研究した」

「それが、接点だっていうんですか?

 ドイツ軍人と、イギリス人の?」

「おおよそ、その通りじゃな。

 そこでわしは共闘し、あいつの捨て身の自爆もあって、

 なんとか奴らの一人を倒した」

 

自爆。そこまでしなければ倒せない何者か。それは闇の一族であるという。優花里の脳内でつながりを見せた単語がひとつある。億泰が、実在すると言っていたではないか。『吸血鬼』という存在が本当にいて、下僕を作っているのだと。そして、一般的なイメージからすると、彼らは日光に弱い。闇の一族という呼称と符合する。正しいと思ってよいものか?

そんな考えごとを断ち切るように、河島桃が口をはさんでくる。

 

「おい、なんだそのB級ゾンビ映画は。

 そんなのが私の身内だとでも?」

「まーまー、最後まで聞こうよ」

「というか自爆って死んでるだろーがッ

 スターリングラードはドコ行った!」

 

生徒会長の制止で若干大人しくなりつつも、ガマンならんといった風体である。短慮で短気なこの人だが、言いたいことは、まあ、わかる。曽祖父がゾンビ映画の主役だと言われてウレシイかというと……微妙だ。

 

「わしも死んだと思っとったよ。

 身体のほとんどを機械にして復活するなんて、

 誰が予想するって話じゃ」

「なんじゃあそりゃあぁ~~~ッ」

 

対するジョセフの返答は、そんな気分をすらさらに粉みじんに吹っ飛ばした。川嶋桃の目玉は今にもひっくり返って360度一周しそうだった。

 

「ンなのと一緒にすなッ!」

「わ、わかったよ。話は最後まで聞いとくれね」

 

ツバを飛ばしまくられてベッドから2センチほどズリ落ちたジョセフは、体制を立て直すこともしない。

 

「まあ、そんなこんなでじゃの。

 死んだと思ってる間に一度出し抜かれたりはしたが、

 ほとんど最後まで助けられてばかりじゃったな。

 ……調子ノリすぎて最ッ悪のタイミングで誤射しやがったのだけは忘れんがな」

 

三人ほどが、自然と視線を一点に集めた。自分もその中の一人だ。集まった先にいた片眼鏡は少しうろたえたが持ち直す。

 

「な……何だ、どうした。みんなして。

 カンケーないだろ」

「もっとも、ンなこと言っても仕方ないがのぉ~

 あと一時間早く駆けつけてくれば、とかと同じでの。

 戦車戦に間に合っとれば、あるいは奇襲で勝ち目もあったかも……ないか」

「戦車戦ッ!?」

 

優花里は、特定の単語を聞き取った瞬間、思考をはるかに超えた速度で飛び込み顔を突っ込んだ。

 

「ンなっ 何じゃッ」

「戦車戦? 表に出ない戦いで戦車戦ですってぇ?

 トンデモないこと聞いちゃいましたよぉッ これは!

 ドコでですかぁ? いったいドコで?」

「ドコでっ、て……スイスじゃよ。

 それ以上は言わんからね。キケンじゃし」

 

優花里の頭脳が猛烈な音を立てて駆動する。スイスといえば山と谷ばかりなイメージのある国だが、平野や高原もちゃんとあって活躍の場はあるし、現に国産のPz68が配備されている。レオパルド2だって輸入もしてる。第二次大戦時でいえば豆戦車のカーデンロイドが配備されていたはずだし、38tもチェコから輸入していた。だとすれば、何だ。スイス軍まで出張ってきたということか。闇の一族とやらの戦いにはドイツのみならず、ドイツが事実上敵以外の何物でもないスイスまでも、国内にドイツ軍を引き込んででも戦った。そういうことなのか?

私は今、世界史のおそるべき秘密を見ている!

 

「ど、どんな戦いが……」

「一騎討ちじゃったの。

 わしの戦車はブッ壊れて、ヤツにも戦車を捨てさせて、

 結局生身の戦いになっちまったのぉ。

 ヤツは強かった……わが友の仇でもあるが。

 尊敬するべき偉大な戦士で、戦闘の天才そのものじゃった。

 発想のスケールじゃあ、いまだヤツに勝てる気がしないの。

 武器を奪ってイイ気になったところに石の柱丸ごと叩きつけてきたりなぁ」

 

ここまでくると、優花里は自分の目玉がランランと怪しい光を発しているのを自覚していた。だが止める気なんか毛頭ない。こんなもの、もっと聞かずにいられるものか。しかも、こんなカオスな話の主役は、どうやら眼前のイギリス貴族の青年時代。なんてことだ!

 

「それでッ アナタの乗った戦車は」

「それもいいが、まず用件を済ませるんだな」

 

だが承太郎の静かなツッコミで、さすがに止まった。この寡黙なヒトが口に出して注意してくる時点で、かなりキテいることは今日学習した。ただでさえ今日のお茶会、ずっとイライラしていたこの人だ。低くなっている沸点をさらに火であぶるようなマネは嫌である。

 

「あぅ……スミマセン」

「オホン。ともかくじゃな。

 シュトロハイムの野郎、スターリングラードで

 部下を逃がすために一人でシンガリ張って!

 そのまま帰ってこなかったって事じゃッ

 生粋のナチ野郎だったヤツの家族は戦後に四分五裂して、

 わしでさえも追跡できなかった……

 その忘れ形見が生き延びて、戦友の血を残してくれとったのなら、

 こんなにうれしいことはない……ないんじゃよ」

「ジョースターさん……」

「ま、ジジイの感傷ってことじゃな。

 辛気くさくしちまったの」

「その。辛気クサイついで、なんですけど」

 

優花里は、こわばりながらも遮るように背をピンと伸ばした。前回言いそびれたこと。心の奥底に突き刺さっている最後の破片が、これで除ける。

 

「ふむ……次のセリフはこうじゃな。

 『自殺なんかしてごめんなさい』

 『あなたの生命を使わせてごめんなさい』じゃ」

「自殺なんかして、ごめんなさい。

 あなたの生命を使わせて、ごめんなさい。

 …………えッ? えぇッ?」

 

言う前にセリフをキレイになぞられた。彼のスタンド能力か。いや違う。自分の顔にそう書いてあるだけだ。それを多分この人は読んで、『私』の言葉に翻訳したのだ。

 

「チガわい、それを言うなら『ありがとう』じゃッ

 こちとら好きでやったんでな、勝手に罪悪感持たれちゃあタマらんのよお嬢ちゃん」

 

そして今、確信した。この人は東方仗助の父親だ。言ってることがおんなじだ。心の底に流れるものが、おんなじだ。浮気で子をこさえた上に、最近まで存在を放置し続けたことについては擁護できないし、父を名乗る資格はないのかもしれない。でも、同じだった。

 

「コッチこそ、ありがとうよ。

 助かってくれてありがとう、じゃ。

 生命を賭けたカイがあったわい。

 そして、すまんかった。わしのせいで巻き込んじまったな」

「……はいッ、ありがとうございます。

 それと、ジョースターさんが謝ることなんか、ないですよ」

 

わだかまりが去っていく。チクチクしたものが今、煙になって消えたのだ。後に残ったものは感謝だけだ。来て良かった。本当に。少し、しんみりした空気に身を任せていると、やがて生徒会長がニンマリ笑った。

 

「それにしてもだけどさー。

 カッコイイねぇーオジイチャン」

「ン? なんじゃ、今頃気づいたのか。

 生涯現役のイケメンじゃよ、わし」

「次のセリフはこうじゃ、っての。

 それ、イタダキ」

「ほほう、わしの専売特許をのぉ~

 言っとくがの、そいつをパクれたのは

 わしが見てきた中じゃ一人しかおらんぞ」

「職人の技術が絶えるってカナシーじゃん」

「カンタンにゃあゆずれんよ。

 せいぜいガンバッてみるんじゃな」

 

ジョセフもまた不敵に笑う。老人が生命のありったけを譲渡した後だとはイマイチ思えない元気さだ。とくに隠すことでもないので、優花里は率直に聞いてみた。

 

「けっこう元気ですねぇジョースターさん」

「そりゃあの。若いコがたくさん来てくれとるんじゃ。

 ショボくれてなんかいられんよ」

「ジジイ。わかっているとは思うが」

 

帽子を深く被って目元を隠した承太郎が言葉をはさむ。

 

「次、おばあちゃんを悲しませたなら。

 おばあちゃんが来るより先に、俺がてめーを墓に沈める」

「わわ、わかっとるよ承太郎。おっかないのォ~」

「英雄色を好む、ってヤツ?」

「やかましいッ お前さんもかなりのクソガキじゃな」

「ニヒヒ、光栄ですゥ」

「イイ性格しとるのぉ。ま、いいわい」

 

仕切り直しに咳払いをしたジョセフは、生徒会三人を解散させにかかる。

 

「ウォッホン! ここから先は門外不出じゃ。

 わしの『波紋』を自分のものにしたこの子だけに話すことがある。

 今日はここまで……また来てくれよ」

「次はなんか差し入れ持ってくるねー。

 承太郎さん、ロビーで待ってるかんねー」

 

素直に受け入れて、ゆるりと去っていく三人だった。そういえば、三人の中の一人の小山柚子。ついに一言もしゃべらないままだったが……元から自己主張の強くない人のようだし、相槌を打ってばかりになるのも仕方ないか。それ以上はとくに考えず、残った承太郎とジョセフとを交互に見る。長い話になるのだろうか。自分もあまり時間はない。帰りの新幹線の中で、みほから聞いたのだ。仗助が提案した、レッド・ホット・チリ・ペッパーの暗殺を可能な限り防御する策。それに向けて、今日から明日一日までかけて準備しなければならない。あんこうチームにおいてその拠点となるのは、他でもない、優花里の自宅なのである。

 

「……気になるの、あの生徒会長サン」

「どうした」

「必死すぎるんじゃよ。

 スピードワゴン財団のコネを得た途端に、技術開発の協力を取り付ける……

 普通、半年とか一年かけてやることを、音石明にかこつけて、あの子はたったの一週間じゃ。

 とんでもねーわい。わしの若い頃でもできたかどうか。

 でもなぁ、何を生き急いどるんじゃ? あの子は。

 そして、どうも『点数稼ぎ』をしとるように見えてならんなぁ。

 どこの誰に向かってかはわからんが」

「俺達には関係ない。

 敵対したり、便利使いされない限りはな。

 そこについては信用していい奴だ」

「じゃが、なぁーんか危ういんじゃよなぁー。

 全力疾走はコケた時のダメージがデカイぞ承太郎」

 

この話題も気にはなる。あの生徒会長をつかまえて、必死すぎると来たものだ。飄々としている裏に、この老人は何を見た。承太郎も何か感づいているようだ。しかし『点数稼ぎ』か。だとすると、戦車道もそうなのか。だから、みほを無理やり引き込んだとでもいうのか。これでは許せなくなる。なんのための『点数稼ぎ』だ?

 

「ユカリちゃん」

「え、はいッ?」

「気にしてやっちゃあくれんかの。

 キミはどうもあの子をよく思っとらんようじゃが。

 悪い子じゃあない……わしの見立てではの」

「……私の尊敬する人で、今は私の大切な人に。

 イヤがってることを強要した方なんです。

 キズに塩を擦り込んだ方なんです」

「そいつはひどいな。どうして、そんなことをするんじゃろうな?」

「わかりませんよぅ」

「モットわからんよ、わしには。

 隣で戦う戦友として、チョロッと気にかけてみてくれよ。

 そういうモンなんじゃろ戦車道って。知らんけど」

 

そこで戦車道を出してくるとは。戦車に乗っていた老人を前にそう言われて、断れるはずもない。仲間を気遣わない戦車道などを見せつければ、結局、傷つくのは西住みほだ。

 

「わ、わかりました。気にかけてみますッ」

「おおッ 肩ヒジ張った敬礼ありがとうよ。

 さて、早速じゃが。きみには『波紋』の使い方を教えていくぞ」

 

陸軍式の敬礼をしたまま、優花里の顔も引き締まる。波紋の目的を教えられ、その上で使い方も教えるということは。

 

「あ、カン違いしとるよーじゃがな。

 別に『闇の一族』と戦え、なんて言わんからね。

 第一、もう全滅しとるよヤツら」

「え? ですか? それは、とても安心ですけど」

「知っとることで、きみ自身が助かるかもしれん。

 知っとることで、周りの誰かが助かるかもしれん。

 それだけじゃ。後悔のタネをつぶす力にしてほしいんじゃよ。

 ただし、さっきも行ったが門外不出で頼むぞ。

 『波紋』を管理しとる組織があってなぁ。

 きみはいわば『モグリ』じゃからの」

「……キ、キモに命じます」

 

つまりはこういうことだろう。来るべき音石明との戦いに、ひとつでも多く、戦いの手段を持って行け、と。願ってもないことだ。ムーンライダーズに不満は……チョコッとしかないが、本体が接近戦にもつれ込んでしまうと、これほど無力な能力もないのだ。それを補う手段に、『波紋』はなりえるのか。加えて、『波紋』は癒しの力でもあるはずだ。自身の生命がその証明。だとすれば、知っていることで助けられる誰かは、必ずいる。

 

「なら、まずは基本から。呼吸の仕方からいくぞ。

 最初は2分から行くか……2分吸い続けて、その後2分吐き続けるんじゃ。

 わしが今からやるやり方でな。でないと酸欠で終了じゃよ」

「2分……ううッ 地味にキツイですねぇ」

「そいつをずっと続けてもらう。寝ても覚めてもじゃ。

 波紋は継続なんじゃ。ウソをつけば土壇場で裏切られるのはキミじゃからね。

 今日は『くっつく波紋』と『はじく波紋』まで教える。

 メチャクチャ駆け足じゃが、きみはまず知っていた方がいい!」

 

その後、優花里は酸欠でブッ倒れ、承太郎に二回ほど介抱された。

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




ガルパン・ジョジョ間で血縁を想定してるキャラはごくわずかです。
三人は絶対に超えません。
次回、いよいよあの人の影が見える予定。

※河島桃の祖父がドイツ人なんて設定は原作にはありません。
 当二次創作の中だけであるとご理解をお願い申し上げます。


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