異世界転生体験記 ~アスタリスクの場合~ (jig)
しおりを挟む

プロローグ ~転生~

目が覚めると、そこは真っ白な世界だった。

 

周りに何もない。

 

前後左右、上下を見回しても白しか見えない、そんな場所。

 

いったい、何があった?

このように感覚を遮断された状況に置かれると、精神的にかなりまずい事になるそうだが・・・

 

幸い、焦る前に状況が変化した。

目の前にいきなり人間が現れた。それも俺自身良く知る人物。

 

・・・それは俺だった。

 

酷く現実感が無い状況の中、とりあえず話してみようと思った矢先、そいつから話しかけてきた。

 

〈やあ。お目覚めのようだね〉

 

その一言でわかった。そいつは俺じゃない。中身は別物だ!

 

〈ご想像の通りだよ。僕は何と言うべきか・・・君に分かるように表現すると、この白い世界の管理者、といった所かな〉

 

そうかい。説明はしてくれるんだろうな?

 

〈もちろん。まず最初に。君は死んだよ〉

なるほど。まあそんな事だろうとは思っていたが。

〈驚かないんだね〉

そりゃこんな状況だからな。それに長生きしたいとも思っていなかったし。

〈それは本当かな?〉

まあやり残した事がない訳じゃないが。といって世間では大人と見られる年代まで生きたんだし、早死にとは言えんね。

〈・・・実は君の死は、あちらの世界ではイレギュラーだった。それでちょっと困った事になっているんだよ〉

知った事か。死ななくていいはずの人間が死ぬなんていくらでもある話だろう。

〈そうなんだけど。今回は特殊な事情で、どんな形であれ君が生きていないと僕がまずい事になるんだ〉

そうかい。生き返らせるとでも言うのか?

〈それは無理。ルール違反になるので僕も対応できない。同じ世界の同じ時間は不可能だ。ならば他の〉

 

ん?同じ世界?「世界」だと?という事は・・・まさか・・・

 

〈気がついたね?そう!異世界転生おめでとー!〉

 

 

マジですか。そりゃ最近よく聞くおとぎ話だが。まさか自分の身に降りかかろうとは・・・

 

〈そういう訳で異世界ツアー1名様ご案内というところです。行先の希望もある程度聞くよ〉

そうかい。じゃファンタジー世界はやめてくれ。

〈いいの?最近じゃ一番人気なのに〉

 

元日本人サラリーマンが生きていけるとも思えんしな。工業知識はあるが役には立たないだろう。

転生先でも長生きしたいとは思わんが、生活できずに苦しみながら死ぬのもごめんだ。

 

〈うん、わかったよ。ではどんな所が良い?ある程度方向性を示して欲しいね〉

なるべく現代日本に近い所で!

〈と言われてもまだ範囲広いな・・・そういえば君、最近いい歳してラノベに手を出しているみたいだね〉

おいちょっと待て。何故知っている!?

〈フム、ここなんか良いかな?ついでに少しパラメータいじってさらに面白い事に・・・〉

おいばかやめろ。やめろ下さい!

〈はい決定。じゃあ行ってらっしゃい。もう会う事もないでしょうが、お元気で〉

 

ってこら!こっちの都合も?うわわ~あ!!!

 

何かに蹴り落とされたような感覚。意識が無くなる。

 

でもそれは一瞬だった。

 

体は動いていない。

とりあえず目を開けてみる。

 

今度は青だった。真っ青な世界、と思っていたら所々に白が見える。

という事は青空か!青空だ!

息を吸って吐いてみる。異常なし。

 

そこまでやってみて、自分が何かに座っているのに気がつく。少し体を動かしてみる。こちらも異常なし。という事は重力も1Gからそう大きく外れていないという事。

(とりあえず地球上ではあるかな?周りの風景はどうだ?)

 

どうも目の前は公園の遊歩道のような印象だ。その先には林のように見える。自分はどうやらベンチに座っているのか。手で触れて観察してみる。

 

(木でも金属でもない。プラスチック!それをたぶんステンレスのボルトで固定している!)

 

はい、これでファンタジー世界じゃ無いこと決定です。良かった~。ってそんな事より、自分の服装と持ち物だ。これを調べれば・・・

 

(白がメインのジャケット?ブレザーか?もしかして制服みたいな?胸ポケットに何かあるな。中には・・・スマホ?いわゆる携帯端末か?それと手帳、こっちを見た方が早いか。表紙に妙なマークと日本語!ええと星導館学園・・生徒手帳?)

 

慌てて手帳を見直す。自分の服を見直す。

 

つまりそういう事だ。俺が今いる所、世界は・・・・

 

アスタリスク!? 

 

よりによって・・・アスタリスクかよ!!

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界 ~状況把握~

「・・・どうしてこうなった」

 

言ってしまってから、異世界にきて最初の一言がそれかよ、と情けなく思う。

あの管理者とかいう野郎は理由の説明もなく俺を異世界に放り出しやがった。畜生覚えてやがれ!

いや、そんな事はどうでもいい。まずは状況把握だ。とりあえずこの世界で生きて行く為に、周囲と自分の事を知らなければ。

そもそもこの世界について、いわゆる原作知識はそう多く持っていないんだ。

 

(ん?自分?知識?)

 

そういえば自分は何者になってしまったんだろう?何か情報を得ないと。

携帯端末を良く見てみる。俺に使えるか?もっともこうした情報端末は基本動作は簡単にできるように設計されているはずだが・・・

少しいじってみると、何とか操作方法がわかってきた。空中に飛び出す空間ウィンドウという奴もなかなか良い。よし。所有者情報を展開してみる。

 

深見 令(ふかみ れい)

それが俺の名前だった。

年齢は・・・18歳か?高等部3年6組、星導館学園には高等部からの通常入学。

ウィンドウに表示された写真で見ると、この世界に来る前、いわば前世の自分とはかなり似ていない。ただ体格はあまり違いないようだ。長身で細目の体、これなら今後の生活でもあまり違和感無くやれそうだ。

ここまでは新しい自分については悪くない印象だった。さらに情報を展開する。

 

「何だと」

思わず声が出る。出身、両親の欄が空欄になっている。その代わり保護者としてよくわからない役所か企業のような名前が出ている。という事は・・・

(そうか・・・家族を持たないのか。まあいい。多分その方が都合がいい)

どうせ親、親戚等から連絡あっても何も答えられない状態だ。問題は星導館での1,2年時の記憶も曖昧な事だが(無い訳ではない)、それ位は何とかできるだろう。その為にも更に情報を検索・・・げ、学業成績が出てきた。ふむ、教科による差はあるが、何とか平均的という所か。

 

それよりも、ここではもっと重視される戦闘の成績は?

(リスト外か・・・)

そりゃ冒頭の12人(ページ・ワン)クラスとまではいかなくても、せめて序列入りしていて欲しかったが、何でもそう都合良くはいかないか。

 

それからもしばらくは端末をいじって情報を取り込んでいたが、ふと気が付くと周りが薄暗くなっている。風も少し冷たい。ずいぶん長い時間が経ったみたいだ。ウィンドウの表示を見ると今は4月中旬、まだ陽は長くない。そろそろ寮に行ってみるか。そちらには私物があるはずだから、もっと分かる事もあるはずだ。今日が日曜で良かった。

まだまだ調べないとな。

 

 ※ ※ ※

 

夕陽を浴びながら学園内を歩く。方向はウィンドウに表示させたマップと、所々に表示されている案内板で確かめる。場所が場所だけに、当然他の学生を見かけたり、すれ違ったりする訳で、何とも場違いな感覚に捉われてしまう。といっても今の自分もここの学生なので、いらん気遣いではあるんだが。早く慣れないと。

 

少し風が強くなってきた。結構肌寒い。

確かこの場所は、北関東多重クレーター湖上というわけのわからない土地に位置しているが、北関東と言う位だからこの時期はまだ暖かくなりきらないのかな。

 

そもそも元の場所はどこだったんだ?もしかしてグンマー?などとくだらない事を考えていると、どうやら男子寮の正面に着いたようだ。

見る限り全く普通の建物だな。玄関から入ると、受付みたいな場所に寮監?がいたので適当に手を振って通る。自分は前世では会社の社員寮にいた事もあるので、寮というものには抵抗感は無い。問題は二人部屋なのでルームメイトがどんな奴かという事だが・・・そう思いつつ3階の自室を見つける。ドアの前に立つと、ネームプレートが目に入るが、何と『深見 令』の表示だけ。という事は・・・?

「そういう事か・・・」

室内に入ると、一人分の生活の跡しかない。やはり何らかの事情で、自分はこの部屋を一人で使っているようだ。これでかなり気が楽になった。こんな状況だ。確実に一人になれる場所があるのはありがたい。ほっとした所で空腹が気になってきた。次は食堂だな。

 

寮に一番近い食堂で夕食にする。学園の食堂だけあって、味もメニューも良くてお値段そこそこ。他にも食事処はあるらしいが、当面はここを利用しよう。食堂でも行き帰りでも誰からも話かけられなかったが、もしかして深見 令という奴はどこぞのお姫様みたいに友達いないのか?

いや、その方が当面、都合良さそうだがね。

 

寮に戻ってこれからの事を考える。

 

異世界転生という形ではあるが、思いがけずに人生延長戦に突入したみたいだ。別に長生きしたい訳じゃないが、せっかくの第二の人生(?)少しは楽しんでも悪くないだろう。目立たない様に生きて行くのは構わないはずだ。

 

その為には、まずは周囲と生活に慣れる事。ただでさえとんでもない世界に来ている上、元の自分はいい歳したサラリーマン。高校生とはいろんな面でのギャップが大き過ぎる。とにかく知識と記録を頭の中に叩き込んで、上手くここに溶け込まないと。

 

次に気になるのは自分の体の事だ。この学園にいる以上、この肉体も星脈世代(ジェネステラ)のはずだから、普通の人間をはるかに超える身体能力を持っているはず。その力も計っておきたい。

というかかなり興味がある。

 

戦闘についてはその後に考えればいい。自分の能力も知らずに訓練もできないだろう。興味といえばこの世界のレギュラーの皆さんの存在も確認しておきたい。

端末で年間行事のカレンダーをチェックすると、夏に鳳凰星武祭(フェニクス)が開催予定になっているから、今年が物語のスタートで合っているはず。もっともまだ4月なので、天霧綾斗は来ていないだろう。彼が来るのは初夏になってからだったか?それも調べておこう。

 

その辺りまで考えた所で、かなりの疲労を感じる。少なくとも頭は使い過ぎたし、環境の激変は相当なストレスになっている。そろそろ休むとしよう。明日は授業もあるはずだ。何をするかは後で考えよう。そう決めてベッドに倒れ込んだ。

 

 

二度目の人生で二度目の高校生活。しかも異世界。俺はこの後、何をして生きていくのだろう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学園の1日 ~周辺探索~

異世界の朝。朝である。

目が覚めたら元の世界、なんて事はありえない。当然。

 

さて、『深見 令』という、特殊な場所にある特殊な高校生になってしまった自分だが、とんでもない事態に陥った割には落ち着いている。あきらめている、とも言えるが。

二度寝もあきらめよう。外はすっかり明るくなっている。

 

適当に顔を洗って、鏡を見る。見れば見る程、元の自分とは似ていない顔だ。少しだけ茶色が入った短い黒髪と、大きな目だけが共通している。それ以外はあまり印象に残らない。まあこの分なら外観で困る事もあるまい。妙な行動をとらなければ悪目立ちはしなくて済みそうだ。

 

適当に時間を見計らって、食堂に行く。

定番の朝定食を選んで、さっさと朝食を終わらせる。やはり味は中々のものだ。価格はリーズナブル、といった所で、今後食うには困らない事がはっきりして安心する。そう思いながら食器を返して周りを見渡すと、知識として知った顔があった。

 

第一レギュラー発見。といったところか。

見つけたのは星導館学園の情報屋(というのが自分の認識)夜吹 英士郎だった。奴がいるという事は、今が物語の中という事の裏付けになる。この分じゃ他の登場人物もすぐに見つかりそうだ。楽しみにしておこう。

 

3年の自分のクラスに向かう。やはり体が覚えている、という事はあるようで、あまり違和感なく教室の席に着く事が出来る。後は授業だが、こればかりは受けてみるしかない。前世では就職した後、高校レベルの学力を必要とした事は無かった(英語除く)。不安を感じながら席の端末とモニターを立ち上げていると、隣の席の男が話しかけてきた。どうやら世間話をする位の相手はいたらしい。とりあえず教師が来るまで、適当に話を返しておこう。

 

 

※ ※ ※

 

 

 

結果から見ると、授業は何とかなりそうだった。やはりこの体(頭?)がそれなりの知識と記憶を持っているため、頭の中でうまく知識のすり合わせをすれば、授業内容も理解できるし、宿題やテストも何とかなりそうだった。

 

放課後。

ほっとした気分で学園内を積極的に散策する。体が覚えているとはいえ、どこに何があるかはちゃんと認識しておきたい。そう思って歩き回って見ると、何となく知っていたが忘れていた物事を取り戻したような、何とも不思議で面白い感覚が得られる。

 

しばらくそんな状況を楽しみながら中庭を歩いていると、突然全く違う強い感覚に捉われた。

 

そうか、ここにいたか。

 

目に入ったのは明るめの長い赤髪、整った横顔、凛とした雰囲気。

 

この世界の主役級ヒロイン、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトがそこにいた。

中庭の外れの四阿に静かに座っているだけだったが、何と表現するべきか、存在感、プレッシャー?そういう物の感覚に強く押される。

〔その一部は彼女の持つ強力な星辰力=プラーナによる物だった事に、後で気がつく〕

全く大した物だ。さすが主役級の登場人物は半端ない。関心しながらも、あまり直接見ないようにする。こういう視線には慣れているだろうが、常識という物もあるし。

 

通りかかる他の生徒も、ちらちらとした控えめな視線は送る物の、立ち止まったり近付いたりはしない。

そういえば、この頃は所謂孤高のお姫様、だったな。

それはともかく、いつまでも見ている訳にはいかないので、その場を離れようとした時、それに気が付いた。

 

離れた所に、もう一人いる。

 

その女生徒は、ユリスにはっきりと、強い視線を送っている。

 

そこには好奇心や好意、尊敬といったポジティブな感情は無かった。むしろその逆だ。

 

(おいおい、そんな強い視線を送ったら、俺でもわかるぞ。これは敵意に近い)

 

そういえば序列上位者は下の者から挑戦を受ける、だったか。それにしたってそこまで睨んだりしなくても・・・

そんな自分に気が付いたのか、その子は踵を返して去っていった。女子にしては高い身長とポニーテールにした黒い長髪が印象に残る。

 

この世界、狙う者、狙われる者がいる。それも認識できた。

 

 

※ ※ ※

 

 

この世界の情報集を集めながら、再度の高校生活(一応)へ感覚を慣らしながら過ごす日を何日か過ごした後、自分的に調査の第2段階に進む。

 

それは、この体がどんな能力を持っているか確かめる事だ。

ジェネステラは常人を遥かに超える身体能力を持つと言われている。

ここに生徒をやっている以上、自分もそのはずで、前世の感覚でいると色々まずい事になるかもしれない。限界を知っておくに越したことはない。

そんな訳で、トレーニングウェア姿で運動場の外れにやって来た。

 

まずは分かりやすい走力だ。

適当にストレッチした後、100mのコースに入る。

 

携帯端末を使って計測準備。3Dモニターでカウントダウン。

カウントゼロでスタート。そういえば全速力で走るなんて何年ぶりだろう。確か最後は・・・

等と考えている間にラインを通過してしまった。あれ?モニターの表示を見る。

「嘘だろ・・・」

思わず声出てしまった。信じられない。計測タイムは7.23秒。全速とはいえ本気ではなかった。それでこの記録・・・

一体この身体の性能はどうなっているんだ?

 

その後も色々試してみて、どうやら今のこの身体、前世の高校時代の自分と比べて2~3倍の運動能力がある、という事がわかってきた。

 

実に衝撃的な体験だ。現時点で、前世のオリンピックのゴールドメダリストをあっさり超えている。

ある意味自分が超人になったような気がする。まあこのレベルではジェネステラとしては並以下、というレベルらしい。それでも充分と思うが、訓練次第でまだ伸びそうだ。

複雑な思いを抱えながら、夕陽を眺める。

 

もう考え始めなければいけないかな。

この世界でどうやって生きて行くのか。

 

普通の(?)高校生として特に何もせず卒業まで過ごすのが一番楽そうだ。そうなるとむしろ強さの追及は控えめにしておいた方がいいか?

 

それに毎年あるはずの星武祭だが・・・今年はフェニクスだったか。すぐに出る必要もないだろう。あれは本気で強さを証明したいか、強者の名声と利益が欲しい奴がやっていればいい。自分には無縁な事だ。

そもそも卒業してしまえば関係ないし・・・卒業?その後どうする??

 

高校3年という事は、普通なら就職か進学を考えなければならない時期なんだが・・・この世界ではどうなんだろう?

 

異世界に来ても進路の悩みとか。やれやれな状況だなあ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

準備、トラブル?

さて、周りの環境と自分の体については色々わかってきた。

将来についてはゆっくり考えるとして、次に何をするべきなのか?

 

そうだな、やはり避けては通れない、この世界の根幹に関わる戦いについてだ。

 

知らなければならない事は色々あるが、まず手始めに一番興味があった、星脈世代(ジェネステラ)の使う武器、煌式武装(ルークス)について調べてみよう。

 

寮の自室に置いてあったパッケージからルークスの発動体を取り出す。

 

一見、腕時計に見えるが、なぜか2つある。メーカーはどうもヨーロッパにあるらしい。

3Dディスプレイにマニュアルを呼び出す。

名前は・・・『VAL-310R/L』

無味乾燥な記号の並びが気に入った。最後のRとLは右、左という事か。

 

解説に従って、右腕、左腕に装着する。

外観はどう見ても腕時計。液晶パネルらしき物が、しっかり現在時刻をデジタル表示している。その文字盤?の淵に一つだけ、小さなマナダイトが付いている。

 

起動は・・・とりあえず何度か練習してみた星辰力(プラーナ)の集中を試してみる。

瞬間、元素が再構築され、肘から拳まで覆うように黒いガントレットが現れた。

 

「こりゃ驚いた」

 

何もない空間から物質が現れるとは、初めて見た。本当にこの世界は驚く事ばかりだな。

さて、まだこの状態ではこのルークス、スタンバイ状態である。アクティブモードに移行するのに少し手間取ったが、何度か試している内に成功した。

このあたりは後でちゃんと設定しておかないとな。

 

さて、アクティブ状態でもこのルークス、あまり変わらない。ただ拳の先端部分に薄緑に輝くナックル状のブロックが発現しただけだ。どうやらこのブロックが高い強度と打撃力を発揮する事になるようだ。

しかしこれは完全な接近戦、といか格闘戦用に特化したルークスだな。

 

こうなると自分が戦う場合、2本の腕だけが頼りの戦法になるんだが、それでいいのか?と言っても剣や銃の経験など無いので、ちょうど良いのかもしれない。

ともあれ、拳を使った戦い方の知識を得るのと(ボクシングあたりか)、実際このルークスを使ってみる事を並行して進めるか。マニュアルを読み進んで行くと、このルークス、形状や強度、使用可能な流星闘技(メテオアーツ)をかなり自由にカスタマイズできる事が特徴だそうだ。その辺り、色々いじってみるのも楽しみになってきた。

 

 

※ ※ ※

 

 

次はトレーニングである。それも身体能力ではなく、戦闘能力の向上を考えてプログラムしなければならない。

最初にジムで一通りのマシントレーニングをやってみたが、それではあまり役に立たないな。まあ充分なウォーミングアップにはなったが。

 

仕方ないので、目についたサンドバッグの前に立ってみる。見た目は変わらないが、表面は多分C-FRP系の繊維、中身は専用の衝撃吸収材になっている。相当重そうだな。まあそんな事を考えていても埒があかない。

 

適当に距離を取り、右足を前に出し、右手を握りしめる。

息を吸って、吐いた瞬間、全力で右拳を前に放り出した。

かなり強いフィードバックと共に、サンドバッグが跳ね上がった。

 

やはり体が覚えている。少なくとも両腕を使った拳撃については、特に誰の指導も受けずに大抵の事は出来るようだ。後はこの身体の使い方にさえ慣れれば、それなりの事は出来そうな気がする。問題は実戦に近い形式の訓練だが、これは一人ではできない。ただ剣や銃といった形式のルークスを使って訓練している連中には声がかけ辛い。まあしっかりぼっちになってしまったせいもあるが・・・しかしいきなり異世界に放り出されて、すぐに周りと上手くやれなんて普通無理だよね。うん。

 

ちょっと考えて、確か訓練中に擬形体=パペットが使われていたのを思い出す。あれなら思い切り殴れそうだし、格闘戦の動きもかなり再現できているようだった。早速調べて、貸し出しの申請をしてみたのだが、期待を裏切られる。訓練用パペットは数に限りがあり、消耗も多いので序列上位者から優先して割り当てられていた。そろそろ次の星武祭(フェスタ)が近づくこの時期、リスト外の生徒にはまず回ってこないらしい。こいつはまいったな・・・。

 

 

※ ※ ※

 

 

今日も放課後のトレーニングを終えて、学園内の散歩である。

 

周辺の地理は大体記憶(再認識ともいう)したが、まだまだ細かい所では気がつかない場所もある。なので最近はそんな一見、誰も通らないような場所もうろついてみたりする。傍から見ると結構怪しいのだが、自分はそういう事はあまり気にしない。それにおかげで面白い物を見つける事が出来た。

 

そいつは人通りの無い、建物と倉庫の間に入っていった。

濃紺か黒のフード姿。顔は良くわからない。だが自分にはピンときた。

 

パペット!それも学園内で闇討ちをやっていた奴じゃないか?

 

確かサイラスとかいう生徒がフェスタ出場予定の有力選手を、パペットを使い事故にみせかけて負傷させていたはず。時期的にみてもそうだろう。こりゃ面白い事になった。あのパペットならいくら殴ってもかまうまい。訓練にちょうど良い。

そう考えてしまった自分は、相当この世界に毒されてしまったんだろう。

 

ともあれパペットの後をつけながら、やりやすい場所を探す。近くにサイラスもいるはずだが、まあほっといていい。えてして狙う物は自分が狙われるとは考えない物だ。それにパペットが壊されても自分が操作していた、とは言えないだろう。確かあいつは自分の能力を隠していたはずだ。

 

少し考えが過ぎたみたいで、目標を一瞬、見失う。周りは色んな資材を置いた倉庫のような物が並んでいる。どうやらクラブ活動用の機材や道具の置き場らしい。中に入られたらまずい、と思いつつ集中する。

 

それで微かな音に気が付く。

 

右側少し先の倉庫だ。その扉が開く。

いや、開くではない、中から外に倒れようとしている。

その前に一人の生徒。いつの間に。まだ状況に気づいていない?

 

「危ない!」

 

叫ぶと同時に駆け出す。倒れる扉との間に割って入り、腕と肩で扉を受け止める。かなりの衝撃。痛みを感じつつ何とか扉を押し戻す。それなりに重い。知らずに当たっていたら相当な怪我になるだろう。

とりあえず扉を押し付けて倉庫を離れる。その先に一瞬、さっきのパペットがみえた。

「あいつ!」

追おうとしたが、すぐに視界から消えた。どうしようか。

 

「あ、あの~」

 

声がかかった。

振り向くとそこに一人の女生徒。

 

「大丈夫ですか?」

 

さて、この場はどうしたもんかな?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出会いと変化

何だか妙な状況になってしまった。

あれ、これって例の有力学生の闇討ち、その一つを防いだ事になったのか?

少し考え込んで、返事が遅れていると、『彼女』が話しかけてきた。

 

「ええと、助けてもらったのかな?」

 

「そうなる・・のか」

 

「ありがと・・・その、怪我は?」

 

怪我?そう言われて気が付いた。手の甲に擦過傷ができているが・・・

 

「大した事はない。そっちは?」

 

「あたしは何ともないけど・・・扉が倒れる?ふつう?」

 

「そりゃおかしいよな。ええと・・・風紀委員?だったか。連絡してみるか?」

 

「うん、それじゃ・・」

 

端末を使い始めたのを見て、何故か思い出した。

この子、この間中庭でユリスを睨みつけていた子じゃなかったか。

あの時と比べて、随分と雰囲気が柔らかいので気が付かなかった。以前はかなりきつい感じがして、近寄り難いタイプかと思っていたが、今はそうでもない。それに容姿はかなり良い方だ。

 

「・・・・・」

 

何か言いたそうだったが、とりあえず自分はあまり言う事もないので黙っていると、彼女も言葉を無くした。

奇妙な沈黙は風紀委員がやって来るまで続いた。

 

 

※ ※ ※

 

 

風紀委員会の事情聴取はそれなりの時間がかかった。

 

事故にしては考え難い状況だったのは確かだが、パペットの事は言わなかった。何しろ自分しか見ていないし、説明のしようが無い。あんな所にいた事の理由は問われるが、適当にやり過ごす。彼女の方は、何かの備品を返しに行って通りかかったそうだが、狙われた自覚はないだろう。風紀委員達も、まだこの段階では事件とまでは確信できないようだった。

 

何とか風紀委員から解放されると、辺りはすっかり暗くなっていた。

今後は予定変更だな。あまり妙な場所を散歩するのはやめておこう。トレーニングと煌式武装(ルークス)の調整に専念する事にしようか。

そういえば彼女の名前を聞き忘れていた。しくじったな。まあいいか。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

次の日、新たな行動を起こす。

少し時間をかけて目的の部屋を見つけた。ドアをノックすると、適当な返事があった。

それを聞いて部屋に入ると、中にいたのは一人だけ。その男は作業中らしく、モニターから顔をあげもしない。

とりあえず声をかけてみる。

 

「煌式武装研究部はここでいいのか?」

 

「そうだが。何の用だ?」

 

「昨日メールでアポとっといたんだがね。少し俺のルークスを見て欲しいんだが」

 

「そうだったか?そういう事なら装備局へ行けよ」

 

「あっちは何だか敷居が高そうでね。ここでも見学、調整、相談は歓迎なんだろ?」

 

そこまで言うと、やっと奴はこっちを見た。そのタイミングで、ルークスの片方を差し出す。すると相手の雰囲気がいきなり変わった。

 

「お!EUROX社のVAL、3シリーズか。ちょっと珍しいな」

 

「そうなのか?確かにあまり見ないタイプと思ったが」

 

「アスタリスクではともかく、アジア圏ではあまり出回っていないからな。それも3シリーズはガントレット形式で、ユーザー自体少ないし」

 

「ほう。調整方法でわからない所があったんだが、まずはそういう話も聞いてみたいね」

 

いいだろう。そういって奴は立ち上がった。自分より背が高い。広い額に細い目、青い瞳。

 

「クラウス。クラウス・ヒルシュブルガーだ。よろしく頼む」

 

「深見 令。クラウスか。ドイツ系か?」

 

「そんな所だ。よし、何が聞きたい?」

 

どうやら上手い具合に、エンジニアを確保できそうだな。ちょっとオタク入っているかもしれないが、技術者ならその位がちょうどいい。

 

その日以来、自分は2,3日に1度位のペースで煌式武装研究部に顔を出し、ルークスのカスタマイズに専念した。

V.A.L.=ヴァリアブル・アーツ・ルークスの名の通り、調整、設定可能な範囲が大きく、流星闘技(メテオアーツ)の発動に対する余裕も大きいので、どんどん面白いルークスに変化していく。扱っていて楽しい。それはクラウスの奴も同じだったようで、他の仕事?を放り出して他の部員から控えめな抗議を受けたりしたが、副部長としての立場から好きにやっているみたいだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

しばらくルークスのカスタマイズに熱中していたが、体も動かしておかないとまずい。

公式序列戦や星武祭(フェスタ)に出るつもりはない。面倒は御免だ。とは言えせっかくジェネステラとして性能のいい身体を持つ事になったのだから、思い切り使えるようにはなりたい。

そういう訳で、相変わらず一人だが、トレーニングルームに入る。流石にこれはクラウスに付き合わせる訳にはいかない。

 

さて、今日は何をしようか・・・

 

「こんちは」

 

その声に振り向くと『彼女』がいた。

 

「ああ、しばらく。で、どちら様でしたっけ」

 

「美咲。 瀬名 美咲」

 

「せな みさき?どちらが苗字で名前なんだ?」

 

「・・・あたしの事は美咲でいいよ。深見 令」

 

「俺の事は好きに呼んでくれ。それで何か用か?」

 

「この前の事。お礼もしていなかったから」

 

「偶然だ。別に気にしなくていい」

 

「・・・」

 

自分がサンドバッグに向かうと、また沈黙が流れる。といっても何を話したら良いのやら。特に用も無い。

これがカフェやバーなら別だが、生憎ここはそういう洒落た場所じゃないし。

と、向こうから聞いてきた。

 

「一人で訓練しているの?」

 

「まあ、ね。ちょうど良い相手もいなくて」

サンドバッグを跳ね上げながら答える。

 

「あなた、戦えるの?」

 

「どうかな。戦闘経験不足なのは分かっているが」

 

「ちょっと付き合おうか?」

 

「なに?」

 

驚いて彼女を見る。すると感じるプレッシャー、いや、星辰力(プラーナ)の高まりか!

彼女が端末を取り出す。

空間ウィンドウが開き、こちらを向いた。表示されるテータは彼女のものだった。

 

『瀬名 美咲』

『高等部3年』

『序列29位』

『魔女(ストレガ)』

 

「ストレガ!」

 

「そう。両手のナイフと空間に生成するダガーで遠近どちらでも戦えるよ。この前のお礼。相手してあげる」

 

そういって彼女は微笑む。お礼が戦闘訓練とはどうかと思うが、今の自分にはちょうど良いか。

 

「・・・では、ありがたく、お願いします」

 

トレーニングとはいえ戦闘、対人戦。前世含めて初めての経験がこういう形になったか。

かなり緊張する。

しかしこれはこれで面白い。

部屋の中央に移動して、両手のルークスを起動する。調整の結果、一番なじむ形でガントレットが現れる。

彼女も左右のホルダーから発動体を取り出して起動する。明るい緑のブレードが輝く。

 

そこで問いかける。

 

「いいかな?」

 

「いつでも」

 

距離は5m位か。この身体なら本当に一瞬で飛び込める。

だが、自分にどこまで出来るだろうか?前世含め、荒事には全く縁のなかった自分が。

 

まあ、ためらっていても仕方ない。

 

両腕を構え、一気に踏み込んだ。

その瞬間、何故か理解できた。

 

よし、行ける!

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

訓練、会長、依頼

まずは一気に踏み込むと同時に左のフック。勿論当たるとは思っていない。あくまで牽制。ファーストショットはあくまで右ストレート!

それなりに気合を入れて放った正拳はあっさり躱された。

(そう甘くないか)

バックステップですぐ距離をとる。ここはヒット&アウェイでいってみよう。

そう思った瞬間、今度は彼女が踏み込んでくる。

長いナイフのような煌式武装の緑の閃光が飛び込んでくる。

(!!)

反射的に両腕でガードするが、全ては受けきれない。何回か、緑の刃がすり抜けてくる。もっとも向こうもリーチの限界から、ダメージを受ける程ではない。だが距離が詰まればやばい。

 

ならばこれはどうだ?

 

体を振って狙いをそらす。タイミングを計って右にステップ。そこから再度右での正撃、のつもりがナイフの一閃であっさりと腕が跳ね上げられる。

 

「強い!・・・いや、俺が弱いのか?」

 

「弱くはないと思うよ。やっぱり経験だね」

 

そう言って微笑む彼女を見て、この状況が楽しくなる。

ならばもっと付き合ってもらおう。全力で、限界を試してみたくなった。今度は両腕でガードを意識しながら、再度床を蹴った。

 

 

 

「お互い、少し、やり過ぎた、みたいだな」

 

「・・・そうだね」

 

結局1時間近く、訓練とはいえ全力の格闘戦にはまってしまった自分は、床に座り込んで荒い息を吐く事しかできなくなってしまった。彼女も座ってはいるが、そこまで呼吸は乱していない。

 

「これが実力の差か・・・」

 

「さっきも言ったけど、経験だね。無駄な動きが目立つし。でもちゃんと考えて戦ってるね。わかるよ」

 

「そいつはどうも。ところで、時間いいのか?」

 

「ああ、結構長く遊んだね。もう戻らないと。ごめん、先に行くよ」

 

「気にしないでくれ。世話になった」

 

「じゃあまたね」

 

そういって去っていく彼女の背中が見えなくなった所で、とうとう床に大の字にひっくり返った。ここは専用ルームではないので、少し前から他の生徒も出入りしている。それでいくつかの呆れた視線を感じるが、気にしている余裕など無い。

 

始めはともかく、中盤は中々いい勝負できたな・・・それでもあいつはストレガとしての力は全く使ってなかったから、結局は完敗だな。

 

まあこの結果は予想していた。それにこの段階では、勝ち負けよりも戦う事の方が余程面白い。

戦いが面白い?自分の中にそんな一面があったとはね。

 

 

※  ※  ※

 

 

その日、自分は例によって某研究部でルークスの設定をいじった後(半分位はただ駄弁っていただけかも)、寮の自室に戻るつもりだったが、端末に入るメールによって予定変更となってしまった。

誰かと思えば生徒会からの呼び出しの連絡である。

別に目をつけられるような事はしていないはずだが。

 

生徒会、ときたら、例の腹黒会長と会う事になるんだろうか。あまり良い予感はしないな。

 

呼び出しに応じ、生徒会室に入る。さて、どんなものか--

 

件の会長、クローディア・エンフィールドがそこにいた。

 

ご丁寧に席から立ちあがり、自分の前までやってくる。

 

「ようこそ。深見 令さん。こうしてお会いするのは始めてですね。星導館学園生徒会長のクローディア・エンフィールドです」

 

「高等部3年6組、深見 令」

 

そう普通に返事を返したつもりだったが、その時の自分は平静を保つのに苦労していた。この会長の外見は知ってはいたが、実際目の当たりにするとまともに顔を見ているのが辛くなる程の美少女だ。いや、そろそろ〈美女〉でも良い。これで歳下なんだから、この世界はやはりおかしい。

 

「わざわざお呼びして申し訳ありません。ですが、少々微妙なお話をしなければなりませんので」

 

「ええ。聞きましょう」

 

何の件だろう?そろそろ目を合わせていられなくなったので、視線を下げる。するとこの子自慢の大きな胸のふくらみが目に入る。なんだかな・・・

 

「先月の事故の件についてです」

 

「それが何か?」

ああ、そうきたか。そろそろ人為的と疑いだしたか。

 

「風紀委員からの報告は受けていますが、幾つか確認したい事が出来ました」

 

「構いませんが、何故会長が直接?」

 

仕方ないのでさりげなく視線を外し、巨大な窓から青空を眺めて答える。

 

「貴方とも一度、直接話してみたかった、ではいけませんか?」

 

どうしてこういう事言っちゃうかな・・・この子は。それとも俺を不審に思ったか?ああ、そういう所は腹黒なのか。

美しく微笑む生徒会長の表情から、内心はとても読み取れなかった。

 

 

結局のところ、例のパペットの件は話さなかった。ただ、やはり有力学生の不自然な事故が起こり始めているようだった。それに関して、先に自分か関わった件については誰かの関与があるという事を示唆しておいた。

(あれから一度だけあの場所に行ってみたが、例の扉のレールには雑な工作の跡があったのだ。風紀委員も気がついただろう)

 

「ともあれ、有力候補の一人である瀬名さんが無事で何よりでした。私からも感謝申し上げます」

 

「あいつにも言ったが偶然に過ぎないんだが。で、もう帰っていいか?」

 

「はい、今日は有難うございました」

 

さて、この子は自分の何かに気が付いたのかな?序列2位にして学園の会長という事は、戦闘以外でも相当な人物であるはず。あまり妙な興味を持たれても困るんだが・・・今の所は考え過ぎかな。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

この世界にやってきてそろそろ1か月、カレンダーは5月の半ばまで進んでいる。

何とか生活にも周りの環境にも慣れた。

勉強はまあ、そこそこというレベルで抑えている。その分身体の使い方は充分把握できた。以前のように体のスピードとパワーに感覚がついてこない、という事は無くなった。今後は戦い方の訓練を積めば面白い事になりそうだ。それでも星武祭(フェスタ)は元より公式序列戦にも出る気にはなれない。本格的にバトルするにはまだ無理があると思っている。少し消極的か?

 

 

端末に連絡が入る。自分のアドレスをいつの間に知ったのか、瀬名 美咲だった。どうやら訓練に付き合えと言いたいらしい。了解して指定のトレーニングルームに向かう。この時間、彼女が予約を入れた為、自分達以外は誰もいない。

あれ、これって二人きりという状態だが、意識しすぎか。

 

軽いウォーミングアップの後、早速手合わせとなる。2度目の対戦。近接格闘だけならばかなりいい線いってると思うが・・・

 

30分後、一旦終了、休憩に入る。

 

「・・・もう少しか」

 

「そうだね、距離の取り方が上手くなれば、いい線いきそう」

 

「意外とやれるものだな。俺も」

 

「うん。これまで見てきたけれど、あんたは結構やれる。それで頼みあるんだけど」

 

「何だい。改まって」

 

「・・・あたしと組んで、フェニクスに出て欲しい」

 

 

 

 

「・・・はぇ?」

 

予想外の言葉に、間抜けな反応を返してしまった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ターゲット、華焔の魔女

5月のアスタリスク。好天が続いていて、今日も快適な一日である。

普通なら放課後は外に出て遊びたくなるのが高校生という物だろうが、生憎自分は普通じゃない。

 

「こんな所か。接続を切るぞ」

 

「おお、そうしてくれ。一旦起動停止しよう」

 

これまでも良くあった事だが、今日も煌式武装研究部で自分の煌式武装(ルークス)をいじっていた。といっても自分用の最適化はほとんど終わっていて、技術的な知識を得る為の勉強(というか雑談)に移行していた。

 

「それでだ、深見。お前、フェニクスには出ないのか?」

 

「うん?。そもそもあれはタッグ戦だろ。相手がいないよ。分かっていて聞いてるのか?クラウス」

 

「いや、ここまでルークスに熱心だと、戦いで試してみたいと思わんか?それに今からでも相手は・・・」

 

いや、タッグパートナーの心当たりは無い事も無いですけどね。てか向こうから希望されたけど。

 

「やはり無理だな。今の俺では」

 

アスタリスクに来た以上、そしてこの身体の性能からして、戦いを忌避するつもりはない。ただ物事には順序という物がある。

自分の計画では、今は何よりこの世界に慣れる段階だ。そして今年後半を本格的な戦闘訓練に使って、来年から公式序列戦に出始める。そして出られたらだが、来年の星武祭(フェスタ)、狙ってみよう。うん、焦っちゃダメだな。

 

「そうするとお前は大学部に進学するつもりなのか?」

 

この世界云々を隠して自分の計画を話すと、そうクラウスが返す。

 

「そうなる、かな?完全に決めた訳じゃないが。そういえばここの就職状況ってどんな感じなんだ?」

 

大学生活も再体験してみたいが、受験という関門があるはず。入れなければ働くしかない。そうなると計画も変更だ。いずれにしろ、そっち方面も調べておかないとな。

 

 

※  ※  ※

 

 

今日は他の部員もいなかったので、適当に駄弁った後、クラウスと共に部室をでる。今までだいぶ世話になっているので、飯でも奢ってやらないと。ちょうど良い時間だ。

 

「北斗食堂でいいか?」

 

「いいぞー。今日の定食は何だったかな?」

 

「行けばわかるだろ。ところで―――」

 

そこまで言った所で口をつぐんだ。何故なら『彼女』がいた。通路の壁に寄りかかるように立って、腕を組んでいた。鋭い目で自分を見る。

(こりゃ待ち伏せか?それにしてもこうしていると結構な迫力あるな~ てかちょっと怖いぞ)

 

「瀬名じゃないか?」

 

「知っているのかクラウス?」

 

「そりゃ同学年だし、なんたってストレガだからな。実力もそれなりだ。でも何でここに?」

 

いや、理由は大体わかっている。

 

「深見。話あるんだけど」

彼女の声も結構怖い。

 

「タッグの件なら断ったはずだが」

 

「・・・・・」

 

「何だよ、お前、フェニクスには・・・」

 

「悪い、クラウス。この後は付き合えなくなった。ちょっと面倒な話になる」

 

「わかった」

 

クラウスが去って行く。そして改めて彼女を見る。さて、どうやってこの場を凌ごうか・・・

 

この前の会話を思い出してため息をつく。

 

 

※  ※  ※

 

 

何となくそんな気はしていたが、話してみるとやはり、彼女は友人が少ないタイプだった。

その少ない友人は全て、所謂フェスタをあきらめている生徒だった。その他知人、関係者にも都合がつかなかったらしい。

 

「だからと言ってなんで俺なんだ?? まだ会って2週間も経ってないぞ」

 

「あんたは接近戦は中々やれる。あたしは本来、能力的に遠距離型。ちょうど良い組み合わせじゃない」

 

「そもそも実力のバランスが取れていないという大問題があるんだがな」

 

「そんなの、これからの訓練次第でしょ」

 

「甘いよ。もうそんな時間は無い。悪いがお断りだ」

 

そこまで言って自分は彼女の前を離れた。少し非礼かと思ったが仕方がない。

 

これでこの関係も終わりかな?いや、そもそも訓練とはいえ女生徒と付き合いがある事自体想定外だったんだ。

これでいい。

 

 

 

 

 

・・・と思っていたのだが、現在、再び彼女が目の前にいる。

流石に立ち話は何なので、一番近いカフェの目立たない席で対面する。

 

「この前は一方的に話を打ち切って悪かったが、気持ちは変わらんぞ。そもそもお前の事すら良く知らんのだ」

 

「あたしは瀬名 美咲。17歳。ストレガ。身長170cm、体重51kg。出身は--」

 

「そういう事じゃなくてだな・・・」

 

「あたしを知りたかったら、それこそタッグを組めばいい。普通に付き合うよりよっぽど詳しく分かりあえるよ」

 

「そうかもだが・・・そもそも何でそこまでしてフェニクスに出たい?」

 

そう言うと、彼女の雰囲気が変わった。何というか、緊張感が増す。

 

「・・・どうしても戦いたい女がいる」

 

「あんまり思いつめるのもどうかと思うよ」

 

「あたしはあいつに勝ちたい。同じストレガとして」

 

(あっ!そういえばあの時)

自分が初めてあのお姫様を見かけた時、近くにいて妙に強い視線を向けていたのがこいつじゃなかったか。

 

「まさかリースフェルトか!?」

 

彼女は黙ってうなずいた。

 

「そりゃ無茶だ!序列だけじゃない。実際の力の差もあるんだろう」

 

「・・・あたしは2回、あいつに負けてる。もう公式戦では指名できない。後はフェニクスしかないの」

 

「勝てるとは思えんが」(ちょっと言い過ぎか?)

 

「2回目の時、力の差は縮まったと思う。これからの訓練次第で・・・」

 

そこまで聞いた時、気がついた。

 

今はまだ決まってないが、あのお姫様のパートナーは・・・!

 

もし自分がこいつと一緒に鳳凰星武祭(フェニクス)に出て、試合になったら・・・!

 

自分は天霧綾斗と《黒炉の魔剣》セル=ベレスタの前に身を晒す事になる!

 

(おいおいおい。相手にもならんだろ。というか下手すると2回目の人生がそこで終了、になりかねん)

 

「やはり無理だ。俺にはね。まだ少し時間はある。他を当たってくれ」

 

冷たいな。自分は。でも無理な物は無理だ。

 

 

※  ※  ※

 

 

瀬名 美咲とのやり取りは、はっきり言って後味の良くない物だった。

しばらくは晴れない気分の毎日を過ごしていたが、そろそろ切り替えないと。それに会話の中で思い出した事がある。

そろそろ天霧君がやって来る頃じゃなかったか?

 

別に戦うつもりはないが、何しろ主役だ。早く見ておきたい。

で、実際はいつここにくるのか?正確な日時は分からない。

ならば知っていそうな奴に聞けばいい。

そう考えた自分は、ある情報屋を探して放課後、1年の教室に向かう。

ちょうど良いタイミングで奴が出てきた。正面から歩み寄る。向こうも気が付いたようだ。

 

「あの~ どちら様で?」

 

「夜吹 英士郎だな。俺は3年の深見。情報を買いにきたんだが、どうかな?」

 

「ほうほう。一体どんなネタをご所望で?」

 

「噂だが、近々1年に特待転入生が来るそうじゃないか。どんな奴がいつくるのか知っているか?」

 

「ああ、その件ですか・・・ええと、確か名前は天霧綾斗。有名学生という訳じゃないのであまり情報はありませんね~。何故かうちの会長さんの推薦で来るみたいですが」

 

奴は携帯端末を見ながら答える。中々手際が良いな。流石だ。

 

「そうか。で、いつ来る?」

 

「確か来月初め・・・3日ですね。朝イチから校舎に入るみたいですよ」

 

「うん。わかった。充分だ。お代はこれでいいか?」

 

そう言って星導館食堂共通のプリペイドカードを差し出す。最高額の物だが、現金じゃないから構わんだろう。

 

「うおっ?本当にこれ、いいんスか?」

 

「構わん構わん。良い情報だった。また世話になるだろうし。じゃあな」

 

「まいど~」

 

こういう時、ケチケチするべきじゃない。

 

それにしても、もうすぐ主役がやって来るのは確定した。

それも楽しみだな。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意と結果

そろそろ暑さが気になりだす5月後半のアスタリスクで、ようやく気楽な時間を過ごせるようになってきた。

相変わらず人間関係は薄いが、この世界での記憶が曖昧な自分にとってはそれで構わない。むしろ他人に気を遣わず行動できるので色々楽だ。

という訳で、今回の休日はいよいよアスタリスクの外、とりあえずは商業エリアを見に行こう。

当然単独行動だ。

できれば学園内の購買で買えない物が手に入る店なんかもチェックしておきたい。

 

地下鉄で商業エリアに入り、適当な駅で降りる。

地上に出ると、いかにも大都市の中心といった感じで、街並みを見ているだけで結構楽しい。

(前世では勤務の都合上、地方都市暮らしが長かったのだ)

まずは大型の本屋でも探してみるか。そのあと適当に食事して、ショッピングモールなんかを覗いてみよう。そういえば歓楽街、ロートリヒトもここからなら近いが、どうするかな?昼間行っても・・・ああ、今は制服姿だからやはりまずいか。

 

結局まる1日使って、商業エリアの3割程度を見て回った。今日見る事の出来た区画だけでも予想以上に多種多様な店があり、結構楽しかった。

ただ移動が少々面倒ではある。

車が欲しいところだ。そうなると運転免許が問題だが、実技試験なら問題ないはず。今日見た限りでも、道路事情や交通ルールは前世とあまり変わらないようだ。

 

どうやって免許と、車を手に入れようか考えながら学園に戻る。

車は趣味と実用だからな・・・趣味といえば、いや趣味と言えるかどうか分からないが、酒もそろそろ欲しいな。自分は煙草はやらないが、ビールは結構飲んでいた。こちらに来てからは当然飲んでない。そろそろあのほろ苦さが恋しい。酒と来たら次に女だが・・・やっぱりロートリヒトでそういうお店を探すべきか。

そんな風に、全然高校生らしくない考えに没頭していた。

 

そのせいだろう。この後のやり取りがあんな事になったのは。

 

 

『彼女』がいた。

今度も、正門脇の大きな木に背中を預け、腕を組んでこちらを、今度ははっきり睨みつけている。相変わらず怖い。

 

「やれやれ。またかい」(あんまり人に物を頼む態度じゃないような)

 

「ええ。3度目のお願い」 (うん? これは三顧の礼という奴か?)

 

「そう言われてもなぁ」 (俺はそんな大物じゃないぞ)

 

「あたしも考えた。確かに無理なお願いをしてる。だから・・・」

 

「ん?」

 

「引き受けてくれたら、お礼はする。あたしにできる事は、何でも」

 

「・・・」(ん?今、何でもするって言ったよね)

 

「どう、かな?」

 

「そうか・・・。ならばお前は俺の女になれ」

 

「!」

彼女の顔が強張る。うん、そりゃそうだよね。

 

「別に付き合えとか彼女になれとかじゃない。好きな時に好きに体をもらう。意味はわかるよな」

うん、我ながら外道だ。

 

一瞬、彼女が歯を食いしばるような顔で、自分の目を見る。こちらはと言えば、努めて無表情を維持する。

 

もういいだろう。自分は黙ってその場を去る事にした。

 

 

まあ、これであきらめるだろう。

 

 

※  ※  ※

 

 

「これでいいか?」

 

「よし、これで提出できるな」

 

煌式武装研究部だが、結局のところ、今までは勝手に部室に入りびたり、無断で機材を使っている事になっていた。

流石にそろそろ不味い、という事で、自分は正式に入部する事にした。

3年のこの時期から、というのはどうかと思ったが、その辺りは副部長のクラウスの「気にするな」の一言でクリアとなった。

ちなみに部長はといえば、何かの研究テーマとかで大学部に行ってばかりでほとんど顔を見ていない。

他の部員もいたりいなかったり、部員じゃない奴も好きに出入りしたりと(この前までの自分もだが)実は結構フリーダムな部活である。

 

そのフリーダムな環境のせいで、また面白い物を見る事になった。

 

ノックも無しに扉が開く。

ん、誰かきたのか?ってこいつ誰だ?

 

やけに小さい姿に思わず言ってしまった。

 

「おい。ここは小学生も入れていいのか?」

 

「良く見ろ。うちの制服だろ」

 

そりゃそうだが、これが私服だったら、この後ろ姿は小学生にしか見えないぞ。まあ、こいつの事は知っていて、今思い出したよ。

 

「よう沙々宮。データなら上がってるぞ」

沙々宮紗夜。物語のレギュラーにしてヒロインの一人。初めて見たが、小さいとしか言いようがないな。

 

「ありがとう。予定よりずっと早い」

 

「まあ、面白いテストだったからな」

 

クラウスとやり取りしている紗々宮。背丈は半分位にしか見えん。

しかしこの子、顔だけは妙に大人びて見えるな。何ともアンバランスな。これで銃撃砲撃の煌式武装(ルークス)を使いこなす相当な実力者なんだから見かけによらない。

 

出ていくその子を見送りながら聞いてみた。

 

「あの子も部員という訳じゃないだろう?」

 

「ああ、新しいルークスのテストなんかをやる代わりに、たまにこっちのトライアルに付き合ってもらっていた。見た目はああだが、面白い子だよ」

 

「だろうね」

そりゃあの外見と性格で、星武祭(フェスタ)に上位入賞するなんて面白いとしか言えないよな。

 

 

※  ※  ※

 

 

夜、寮の自室。

日記という程ではないが、最近の出来事と新たに分かった事を端末を使って記録していく。

何しろ新たな体験が多すぎる。覚えるのは何とかなるが、何か別の形で整理しておかないと、記憶の混乱が起こりかねない。

それを終わらせると、もう消灯時間だった。

といっても自室内では何をしていてもいい。一人部屋の気楽さだな。

 

用意していた保冷ボックスを開けると、中には良く冷えたビールの缶。

前回商業エリアに出た次の日、早速再度出向いて買ってきた。店では取り敢えず贈答品として数本のセットで買い、直接持って帰った。案外楽だったね。

銘柄は少しわからない所もあったが、グラスに注いでみるとまさしくビールである。懐かしい味である。柄にもなく、少ししんみりしてしまった。

 

こちらに来てから、こんな気分になったのは始めてかもしれない。

 

部屋の照明を落とす。窓を開け、小さなベランダから夜空を見上げる。

星空は前世と変わらない気がする。

満月ではないが、月明かりが薄い影を作る。

落ち着いた気分で、金色の液体を楽しむ。

良い時間だったが、生憎長くは続かなかった。

 

何の前触れも無く、何か黒い影?がベランダに飛び込んで来た。

ぎょっとして、グラスを落としそうになる。

 

唖然として見ると、それは人だった。

それもある程度知っている女。

 

「お前かよ・・・」

 

瀬名 美咲は勝手に室内に入ってきた。

 

「何の用だ?」(あれ?これってもしかして)

 

「・・・あんたの女になりに来た」 (やはりそうきたか)

 

「本気・・・なんだろうな」 (しかしここに直接くるか?)

 

「冗談でこんな事言えないし、できない」

 

まあ、もしかしたら、とは思っていたが。でも良く思いきったな。

 

「それで、受けてくれるの?」

 

「わかった。一緒にフェニクスに出よう」

 

「・・・契約、成立ね」

 

「そうだな。じゃあそういう事で」

 

そこまで聞くと、美咲は背を向ける。

目立たないように、だろう。着ていた濃紺のスプリングコートを脱ぐ。

その下の制服のボタンを外す。ためらいはないようだ。

あっさり下着姿になった。そしてうつむきながら、こちらに向き直る。

 

その肩を抱いて、普段使っていない方のベッドに押し倒す。

少し大きめの胸の前で合わせた手が、細かく震えているのが分かる。

 

「初めてか?」

 

「・・・うん」

 

「ああ、あまり無理はしないよ」

 

でも、まあ、抱かせてもらおう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天霧君登場 (原作開始?)

はあ、疲れた。

 

もう終わらせて欲しいんだが・・・

 

「休憩終わり。立ちな!」

 

見上げるとそこには美咲が腕を組んで仁王立ちしている。相変わらず無駄に決まっている。だけどね、この位置関係だと、タイトスカートの奥がばっちり見えてますよ。うん。

 

「今日は水色か~」

 

「あ、ん、た、ね~」

 

「下着見た位で怒るな。もうその中身まで知ってるんだし」

 

返事の替わりにライトグリーンのダガーが降ってきた。身体を跳ね上げて何とか回避する。

 

「それじゃまだ行けるね。特訓の続きといこうか!」

 

美咲が右手のナイフ型煌式武装(ルークス)を高く掲げると、周囲に星辰力(プラーナ)の輝きと共に光のダガーが複数、実体化する。

 

「くたばりな!」

腕が振るわれると同時に、ダガーが飛んでくる。

 

(どうしてこうなった・・・)

 

光の刃を避け、あるいは弾きながら、この数日を思い返してみた。

 

 

 

 

自分達はパートナーとなった。一緒にフェニクス出場を目指す。それはいい。

自分はそれを引き受ける替わりの条件を出した。美咲はそれを受け入れた。それもいい。

意外と早く、この異世界で一緒に寝る相手ができた、と思ったんだが、良く考えたら自分達は学生で、しかも寮暮らしである。

男子寮にしても女子寮にしても、異性の生徒が簡単に入れる所ではないのである。

この前のようにベランダからエントリー、は可能であっても何度も使える方法ではない。バレたら面倒な事になるのは確実。

(ちなみに女子寮の美咲の部屋はルームメイトがいるので使用不可能)

結局休日を待って歓楽街(ロートリヒト)にあるその手の宿泊施設を使うしかない。

自分にとってのお楽しみは週末だけ。平日放課後は毎日、訓練と称してしごかれている。

何か納得できないような・・・

 

(世界は不公平に満ちている)

 

あれ、これって沙々宮紗夜の台詞だったかな。

 

今日もボロボロにされた。

再び床に転がりながら、クールダウンに入った美咲を見る。

 

(しかし俺がフェニクスに、ねぇ)

あいつの希望通り、リースフェルトのタッグと当たる事になったら、自分の役目は天霧綾斗を抑える事になる。抑えるだけでも命がけ、という状況が始末に負えないんだが。

ともかく、ルークスの強化と再調整が必要だ。入部したばかりなのに全然行けてない煌式武装研にもなんとか時間を作って・・・

そこまで考えたところで思い出す。

そろそろ主役登場ではなかったか?

 

「なあ、美咲。明日の朝、時間あるか?」

 

 

※  ※  ※

 

 

翌朝、7時過ぎ。

 

学生寮の前を通る遊歩道脇のベンチで待つ。ちょっと距離があるが、ここなら女子寮も充分視界に入るな。

さて、天霧君はいつ頃やって来るのかな?

と、その前に。

 

「よう。来たな~」

 

「・・・おはよう」

 

美咲さん、今朝も不愛想ですな。

 

「カフェオレとレモンティー、どっちにする?」

 

「・・・カフェオレ」

 

ボトルを手渡すと、美咲は隣に座ってきた。

 

「ホットサンドとプレーンドッグ、適当に選んでくれ。まだ冷めてない」

北斗食堂併設の売店で買ってきたモーニングセットを置く。

 

「貰うけど・・・何なのよ」

 

「お前と一緒に朝食を、と思って」

 

「いいけど、こんな所で?」

 

「もしかしたら、面白い物を見れるかもしれん」

 

「はっ。何それ?」

 

「まあ、どうなるかな」

 

 

そろそろ美咲が食べ終わるかな、というタイミングで、目に入った。

 

いよいよ主役の出現だ。

 

といっても、実に普通の登場だった。

確かにのんびりした雰囲気だな。妙なプレッシャーとかは感じないし。

ああ、距離があるせいかな。

 

と、奴さん、女子寮の一室に飛び込んで行った。しかし知らなかったとは言え、無茶な行動するもんだな~。

 

しばらくすると、部屋から轟音と共に炎が噴き出した。ついでに天霧君も落ちてきた。

 

「なっ!何!?」

 

「わははははは!」

 

美咲は驚いているが、自分は思わず爆笑してしまった。何しろこうして直に見ると、まるでコントだ。

 

「さて、野次馬になりに行こう」

 

「何言ってるのよ!あれはリースフェルトの魔法じゃない。一体何があったの!?」

 

そのお姫様も、優雅に飛び降りてくる。

 

「まあ見てみようぜ。ちなみにあの男は天霧 綾斗。1年の特待転入生だ」

 

そうこうしている間に、決闘が始まった。

 

お姫様が叫ぶ。

 

「咲き誇れ!ロンギフローラム!」

 

おおー。凄い凄い。炎の槍(というか円錐?)が飛んで行く。

それを躱し、おるいは切り裂く天霧君もたいしたもんだ。あれは今の自分には無理だな。

しかしリースフェルトの技には驚く。あの戦い方は知ってはいたが、改めて現実に見ると、炎の武器を自在に操るその能力には圧倒される。

 

「咲き誇れ!アマリリス!」

 

「あっ!不味い!離れるよ。急いで!!」

 

「いや、多分大丈夫だよ」

 

次の瞬間、派手な爆発が起こるが、天霧の剣閃が炎を切り裂く。うん、これで終わりかな。

視界の端に例の生徒会長の姿が映る。ああ、止めに入るな。

 

「まさか、あいつが決闘なんて・・・」

 

厳しい視線を送る美咲の横顔を見つめる。

多分自分も同じ表情をしているだろうな。

この騒動、始まりこそギャグみたいで面白かったが、決闘を見ている内にとても笑えなくなった。

 

次々に繰り出される炎の魔力。知ってはいたが、現実にその爆風を感じ、地面が抉れるのを見ると、正直、ぞっとした。

あれに向かって行くのは相当な力、だけでなく勇気も必要だろう。

 

美咲はそれを2回やった。

そしてもう一度挑もうとしている。

 

自分の中に、美咲に対する敬意、のような物が確かに刻まれた気がする。

 

「どうしたのよ?」

視線に気が付いたのか、美咲がこちらを向く。

無意識に手が、美咲の顔に触れる。

 

「美咲。お前、あいつと、『華焔の魔女』と戦うんだな」

 

「・・・そうだよ」

 

「お前、凄いな」

 

それに続く言葉は無かった。でも、何となくわかって貰えたんだろう。美咲は自分の目を見て、小さく頷いた。

 

 

※  ※  ※

 

 

「メテオアーツで防御力を強化させたい、という事か?また面白い事を考えるな」

 

「発想の転換、のつもりだが」

 

放課後。何とか時間を作ってルークスの仕様変更の打ち合わせ。

といっても詳細は固めていないので、まずは相談といった所で、中庭での立ち話となった。技術の件なので、相手はお馴染みクラウスである。

流石の奴も、流星闘技(メテオアーツ)を防御に使うという発想は持っていなかったようだ。

 

「プラーナで身体の強化が出来るなら、ルークスも出来そうだと思ったんだが」

 

「普通なら無理だが方法はある。ルークスも専用の調整をすれば或いは・・・って何だこりゃ?!」

 

歩きながら話していると、噴水(だった物)の前にでる。

 

「ああ、知らなかったか?昨日、1年の沙々宮がグレネードで吹っとばしたそうだ」

 

「あいつのルークスなら出来るだろうが、何でそんな事を」

 

「噂位は聞いているだろ。妙な奴らが学園内でこそこそやっている。その関係だ。まあお前もそんな連中を見かけたらぶっ壊しておいてくれ」

 

「無茶言うなよ・・・」

 

確かに無茶だね。と言ってもこの騒動、そろそろ天霧君達が終わらせてくれる頃なんだな。

さて、こちらはその間、メテオアーツの開発を進めるとしようか。

まずは防御力の強化、次に新たな攻撃用メテオアーツ。うん?複数のメテオアーツの同時発動は可能なのか?

出来れは面白い戦いが出来そうだが、ルークスの調整にも手が掛かりそうだな。

ルークスと言えば、美咲のルークスも調整次第でもっと使えるようにならんか?

 

・・・こうしてみると、やらなければならない事、まだまだ出てくるな。

 

 

面白いから全然、苦にならないけどね。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

技術者達に

さて、日曜日である。

今日もいい天気だ。

 

そういうえば今朝、お姫様と天霧君が正門前で待ち合わせしていたな。

という事は二人の初デートか。本人達、特にお姫様は否定するだろうが、デートにしか見えんぞ。

商業エリアを辺りを見て廻ったりするんだろう。実に初々しい。健全な青春だなあ。

 

一方自分と言えば、歓楽街の外れにあるピンク色したホテルの一室で、溜まった精力を美咲相手に発散していた。

比較すると実に不健全?仕方ないじゃないか。溜まるんだから・・・

 

その健全と不健全なカップルが、星武祭(フェスタ)という大舞台で戦う事になる予定なのだ。うーむ。こんな時に思い出してしまった。

 

「美咲」

 

「・・・何よ」

 

うわ~ 不機嫌そう。この状況が気にいらないのか。途中で止めたのが不満だったらむしろ嬉しいなあ。

 

「戦闘力を上げる方法は訓練だけじゃないよな」

 

「は?」

 

まあこんな時に話す事じゃないかも、だけどね。

 

「お前のルークス、調整させて欲しいんだが」

 

 

※  ※  ※

 

 

さて、いつもの煌式武装研にて。

 

テーブルの上には美咲の煌式武装の発動体があり、その周りに自分、美咲、クラウスの3人が立って見下ろしている。

しかし。それぞれ身長が180cm、172cm(あいつ背が低い方にサバよんでいた)、190cmの三者が並んでいると・・・

 

「ちょっとあんた達、部屋が狭くなるからせめて座ってよ」

 

うん、そう言われるのも解るよ。ちょっとかわいい眼鏡っ子系の、この部のリーダーが入ってきた。

 

「ああ、部長久しぶり。大学部の方はいいのか?」

 

「まあ一段落といったところよ」

 

「だったらちょうど良い。美咲のルークス、見てくれないか?俺達じゃちょっと、というところもある」

 

「ふーん。美咲のねえ。いいよ。何がしたい?」

 

この部長は美咲と同じクラスで、多少会話はする仲らしい。

取り敢えずコンセプトと現状の仕様を伝えて、自分のルークスを取り出す。さて、こちらも大改造になるかな。

 

 

空間ウィンドウに制御ソフトを表示させる。

ルークスのデータが次々と展開される。

 

「お前さんの発想は面白いんだが、そう簡単にはな」

 

「やはり時間がかかるか」

 

「ああ、そもそも何でメテオアーツで防御力を上げるんだ?」

 

そりゃ黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)に対応する為だ、とはまだ言えないな。

あらゆる物を切り裂くと言われ、打ち合うには同格の純星煌式武装(オーガルクス)でなければ不可能なセル=ベレスタではある。

だが、防御に特化したメテオアーツならどうだ?

何とかならないか?

まして使い手が初期状態の天霧綾斗であれば。

試してみる価値はある。もっとも時間がかかるならば・・・

 

「まずはこのルークス自体の強度を上げてみようか」

 

「そうだな、その方が早い」

 

「どこまでいけそうかな?」

 

「まず硬度という事なら、かなり上がる、それこそロックウェルCスケールで、60以上も楽に出る。だが上げ過ぎるとなあ・・・」

 

「わかっている。脆くなるな。衝撃に弱くなる」

 

つまり調整によってはルークス自体の硬度を最適に処理された鋼鉄以上に出来るが、その分脆くなる。

この二律背反は変わらない。では、どうするか。

 

「表面と内部で強度を変えてみるか?日本刀みたいに」

 

「流石にそこまでの調整は無理だ」

 

「クラウスでも駄目か」

 

「というかウチの装備局でも無理だろう。それこそアルルカントでもないと、そこまでの技術はないぞ」

 

「・・・ならば、分離構造にして、間に衝撃吸収体でも挟むか」

 

「それだ!」

 

 

※  ※  ※

 

 

数日後。

時間で借り切ったトレーニングルームにて。

先に来ていた自分がウォーミングアップをしていると、美咲が駆け込んできた。

 

「ごめん。遅くなった」

 

「構わんさ。それより落ち着け。何かあったのか?」

今日は珍しく焦った顔をしているな。

 

「あの1年の転入生。リースフェルトのタッグパートナーだよ!」

 

「そうか。決まったか」(まあ知ってたけど)

 

「・・・平然としているけど、いいの?」

 

「何が?」

 

「あの1年、セル=ベレスタを使うのよ。知ってるでしょ」

 

「まあな。でも相手が誰だろうと俺のやる事は変わらない。お前の為にリースフェルトのの相方を抑える。それだけだ」

 

「本当にいいの?」

 

「自分の女の為なら何でもしてやりたい。俺にもそういうところはあるんだよ」

 

「ごめん」

 

「謝るところじゃないね。ここは」

 

そう、お前は俺の女だ。都合の良い時にヤルだけの女のつもりだった。でも今は違う。始まりは良くなかったかもしれないが、その後だんだんと・・・

 

「俺はお前に惚れたんだよ。だから何とかする」

 

「・・・ありがとう」

 

しばらくぶりに見た笑顔は、最高に美しかった。

 

 

※  ※  ※

 

 

さて、結構忙しくなってきたな。

自分と美咲のルークスの調整。それと同時にトレーニング。ルークスの性能が変わると、それに合わせた訓練もしなければならない。メテオアーツの発動も訓練が必要。

週末以外は放課後しか使えないので、毎晩12時頃まで寮に戻れない事がある。

毎回寮監に理由をつけて連絡しているので、問題にはなっていないが、そのうち教師から指導が入るかもしれない。

 

その日の夕方は、先にルークスの調整を終えて(まだトライアル段階だが)、効果を見る為にトレーニングルームへ向かっていた。そういう状況なのでクラウスも一緒だった。

そのクラウスが最初に気づいた。

 

「お、カミラ・パレートだ!エルネスタ・キューネまでいる。何でうちに?」

 

「あそこのアルルカントの生徒?クラウス、貴方知ってるの?」

 

「そりゃまあな。最大派閥の代表で煌式武装開発の天才だ。悔しいが俺ではとても及ばないな」

 

「技術力ではそんな物だろうな。気にするなよ」

 

「わかっている。だがエルネスタ・キューネが何故?別派閥の代表のはずだが。そもそもなんでここにいるんだ?」

 

「まだ発表になってないだろうが、噂位聞いてないのか?」

 

「! 煌式武装の共同開発?本当だったのか!?」

煌式武装研究部ともなると、そういった情報は限定的ながら入ってきたりする。

 

「マジで?でもそれだとうちにしかメリット無いんじゃないの?」

 

「その通りだな。一体何故・・・?」

 

「実はこの前の騒動、裏で糸を引いていたのはアルルカントだったんだな」

 

「おいおい。じゃあ何でこんな事に・・・ってまさか!」

 

「そう。うちの会長様は表沙汰にして文句をつけるよりは、黙っていて向こうから見返りを得る事にしたんだろ」

 

「うーむ。ともあれこれから新しい技術が得られるという事だな!」

 

ふむ、少し釘をさしておくか。

 

「クラウス。あまり奴らに関わるなよ。特にエルネスタ・キューネには」

 

「何でだ?確かに性格はアレだが。でも技術者としてはむしろそれ位の方が」

 

「奴はうちの生徒を買収して有力学生を闇討ちさせ、データまで得ていた。そんなやり方はどうなんだ?」

 

「・・・」

 

「カミラ・パレートはまだ常識人だが、協力していた時点で同じだ」

 

クラウスはどうも技術面でアルルカントの研究部門に憧れに近い物を持っているらしいが、尊敬に値しない人間もいる、という事も知っておくべきだろう。

 

「確かに技術者という物は、予算や技術に制限が無ければ、あいつはイカレている、と呼ばれるようなアイデアをひねりだして当然だ。だがあまり人に迷惑を掛けるやり方はどうよ」

 

それに、この件では美咲が怪我をするところだった。

 

やはり、自分的には連中は好きになれないのだ。

 

 

夕陽を浴びつつ、多分また悪だくみをしているであろう他校生徒二人を眺めながら、そう思った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

改善、分析、作戦

さて、いよいよ鳳凰星武祭(フェニクス)のエントリーが締め切られた。

出場枠が固まるのはまだ先だが、この星導館学園も完全にフェニクス対応モードになった。

授業もそういう配慮でプログラムされ、出場予定生徒とその支援者には訓練時間等に融通が効くようになっている。

 

最近の変わった事と言えば、天霧君が序列1位の中等部生徒と決闘した事だが、自分はその時たまたま外出していたのでリアルでは見逃した。

という訳で、放課後のトレーニングルームにて。

 

「ちわーっす。深見先輩はこちらですか~」

 

「誰?」

 

「おー 来たか夜吹。こっちだ」

 

「例の動画、持ってきましたよ。とりあえず見て貰えますか」

 

「よーし。ああ。こいつは新聞部の夜吹。まあ情報屋ってところだ」

 

「瀬名先輩ですか。夜吹英士郎です。お見知りおきを。で、これが天霧対序列1位の件です」

 

空間ウィンドウに決闘の様子が写し出される。アングルはイマイチだが、画質は良い。

 

「よし、買った。俺の端末にデータで送っておいてくれ」

 

例によって食堂のプリペイドカードを渡しながら言う。

 

「毎度あり~ ではでは」

 

夜吹の後姿に美咲が厳しい視線を送る。

 

「いいの?あいつ確か、天霧達と仲が良いんでしょ」

 

「確かにそろそろ、俺達の事が伝わるかもな。ただあのお姫様が俺の事まで警戒するとは思えん」

 

そもそもこれまで、あの二人とは接点無かったし、これからも試合までは会う事も無いだろう。問題無いさ。

そう言った自分だったが、この予想は外れる事になる。

 

 

※  ※  ※

 

 

煌式武装(ルークス)の、防御力強化の調整も形になりつつある。それだけでなく、また新しいアイデアが出てしまい、楽しいながら面倒な思いをする事になってしまった。

 

それは、VAL-310の再設定が終わり、微調整をしている時の事だった。

このルークス、いまでは前腕部を完全に覆う筒状の本体と、その上に追加されたアームガードとナックルで構成されるようになっている。

その時はたまたま双方のパーツの固定状態が甘く、ちょっと腕を振っただけでアームガードが前にずれてしまった。

瞬間、閃いた。

このアームガードを、任意に前方へスライドできたら。

それも高速、高圧で。

これって、いわゆるアームパンチになるんじゃないか。そう、あの量産型ロボットみたいに。

発動にはプラーナを使えばいい。

これで攻撃力の強化ができるぞ!

 

早速クラウスに話すと、この発想に驚くと同時に呆れられた。

どうやらこの世界、最低野郎達がむせるロボットアニメは存在しないらしい。

 

ちなみに美咲の方は、ナイフ型ルークスを投擲武器としても使用できる様に、推進力の付加と回収用のワイヤー射出構造を追加している。さらに投射後、ある程度コースをコントロールする事も考えているようだ。

何だか有線誘導のビットに発展しそうだなと言ったら部長と一緒にきょとんとしていた。

 

みんなもっとアニメを見ようよ。

 

 

※  ※  ※

 

 

自分の、というかルークスの攻撃力、防御力向上の目処が立った。特に防御の方は、今特訓している流星闘技(メテオアーツ)が上手くいけば更に向上が見込める。悪くない状況だ。

そういう訳で気分よく朝の校舎を歩いていた。授業は自主休講。(たまにはね)

もっとも自分にとって、気分良い時間という物は長続きしないらしい。

あんまり見たくない物が目に入ってしまった。

 

見かけたのは現在この学園の序列1位、刀藤 綺凛である。

それだけなら可愛い子供がいるなー、で済むんだが、近くにその叔父の姿もあったので、げんなりしてしまった。尊大、としか表現できない態度であれこれ言っている。

 

そりゃ精神年齢でいえば自分はむしろこの叔父の方に近いのだが、とてもあのように高圧的に振る舞う事などできはしない。自分の行動が周りの目にどのように映るか、全く考えていないようだが・・・

それにしてもあのおっさん、統合企業財体で結構な地位にいるはずだが、そこまで有能なのか?

そうか、ああいう一見アクの強いやり手、みたいな男は状況がハマれば一気に出世するな。

もちろん限界も早いが。

 

いずれにしろ、あれは真に優秀な人間がとれる態度ではない。

まあ、この後、挫折するのも納得だな。

 

ん、という事はそろそろ、この子と天霧君の再戦だな。

今度はリアルで見る事にしよう。

 

 

※  ※  ※

 

 

そして何事も無く再度の決闘は行われ、この学園の序列1位が変更になった。

周りはその話題で持ち切りなのだが、自分は我関せず、とばかりに教室を後にする。

 

当然この学校にも視聴覚室という物はある。

それも複数のインターフェイスと、3Dディスプレイを組み合わせたヴァーチャル・リアリティの体感も可能な豪華な仕様になっている。

その豪華な部屋で、3D化した映像を再生して、繰り返し見てみる。

隣には美咲だけ。

映し出されているのは天霧綾斗と刀藤綺凛の絡み合い、じゃなかった斬り合いである。

2戦目はリアルで見てもいるが、内容を分析するにはこのやり方が一番いい。

 

二つの決闘、その状況を一時停止、スロー、コマ送り等々を駆使してじっくりと観察する。

再生を繰り返す度に美咲の顔色が悪くなっていくが、納得するまで止めるつもりは無い。

 

「リアルで見た時はただ凄い、だけだったけど。こうして見ると、素人でもわかる事があるな」

前回と今回、どちらも5分以下の戦いだが、何度も見直した結果1時間以上経っている。

 

「で、どうすんのよコレ。とても対抗出来ないよね」

 

「まあ少なくとも、奴の剣撃を避けようなど考えるだけ無駄だな」

 

「どうにもならない?」

 

「俺はそこまで速く動けないし、体も大きいからなおさら不利だ。攻撃は受けて防御するしかない」

 

「でも、セル=ベレスタを使われたら・・・」

 

「目処はついている。ルークスの強化に防御用メテオアーツを組み合わせればな。実際の所はやってみないとわからんがね」

 

「本当に大丈夫?」

 

「どうかな。それに前の試合でもわかるように、セル=ベレスタを使ってこない可能性もある」

 

「そうか!それなら・・・」

 

とは言うものの、使ってくれた方が有利になるかもしれん。セル=ベレスタを5分以上使わせれば、天霧君は戦闘不能になるはずだ。

まあ、全力の奴相手に5分耐えるという難題があるねえ。はっきり言って不可能に近い。

 

「何にせよあの戦闘力の奴を相手にするんだ。防御に徹するとはいえあまり時間はやれないぞ。なるべく早くお姫様を倒してくれや」

 

「わかってる。・・・そうね、3、ううん、5分。5分くれればいい。頼める?」

 

「オーケー引き受けた。その間は完全に抑えるからそっちも好きにやってくれ」

 

あれ、奇しくも5分というオーダーが美咲から出てきた。まあ偶然だろうが、面白い事もある物だ。

まあいい。これで決まった。

 

フェニクスで彼らと当たった場合。

俺が天霧君を5分間、全力で抑えている間に、美咲がお姫様を倒す。

シンプルだが、他にやりようが無い。

そして、わかりやすい。基本作戦は決まったな。戦術はこれから考えればいい。

 

「よし!じゃあ次はお姫様のデータを見て対策考えるとするか」

 

戦い方を考える、というのも、結構楽しい物なんだね。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開戦前夜

早いもので季節は完全に夏。

7月の青空である。

あれ、梅雨はどこに行った?

 

星武祭(フェスタ)が近くなると、煌式武装研究部もそれなりに忙しくなるらしい。

参加選手の中にはここを頼りに煌式武装(ルークス)の調整を依頼してくる者もいる。

それに加えて今は、例のアルルカントとの協定でこちらにもある程度の技術資料は回って来ている。その解析もないがしろには出来ない。

 

「やっぱり大した物だよな・・・」

 

そんな資料の一部を見ながらクラウスがつぶやく。その表情は複雑だった。まあ連中のやり口については話しておいたし、実際面識ある生徒がフェニクス出場を諦める事になったそうだ。称賛すべき技術を見せられても、素直に感心は出来ないだろう。

 

ん?その資料はパペットの駆動系とエネルギー制御についてか。

となると、エルネスタ・キューネが関与しているな。

 

あの性格のぶっ飛んだ天才か。

夢を実現するには何でもする、だったか?その意志は良いんだが、人に迷惑かけ過ぎだろう。

星導館の(いや、うちに限らず)何人があいつに運命をねじ曲げられたのか。

美咲もそうなるところだったんだ。

 

パペットに意志を与えて学生として扱う?

その為にそこまでするか?

いや、技術的には面白いとは思うよ。特にアルディとリムシィだったか。あれを作り上げたのは大した物だが。

 

でも、駄目だね。自分だったら付き合えないな。

 

少し、深く考え過ぎていたみたいで、美咲が来た事にも気が付かなかった。

見あげると、今日もまた厳しい表情だ。残念。笑うと結構可愛いのにな。

 

無言で空間ウィンドウを立ち上げる。

映し出されたのはトーナメント表。という事は!

 

「フェニクスの試合組み合わせ、発表されたか」

 

「うん、予選Cブロックを見て」

 

「Cブロック!そうきたか!」

 

そう。予選Cブロックと言えば天霧/リースフェルトのペアがいる。

そして同じブロックに、自分達。

 

「同じブロックになったか~」

 

「2回勝てば、あいつらと当たる」

 

「まあ天霧達が予選で負ける訳がないからな。うん。この組み合わせだと3回戦で当たる事になるね」

これで美咲の目的の半分、お姫様と戦う、という事は何とかなりそうだ。

もう半分の勝つ、という事は、運と努力、どちらが必要になるのかな?

 

 

※  ※  ※

 

 

いよいよ時間が無くなってきた。

とりあえず攻撃力の方は、流星闘技(メテオアーツ)のアームパンチ(仮)が完成した。

メテオアーツと言っても使い方は簡単で、ナックルとアームガードを固定して内蔵した爆圧プレートに星辰力(プラーナ)を叩きつけて爆発反応させるだけある。

自分は魔術師(ダンテ)ではないので、直接爆発は起こせない。その為に工夫されているのがこのクラウス特製の爆圧プレートである。これの完成によって、最終的にアームパンチ(仮)は実現した。

 

という訳で、トレーニングルームにて。

とりあえず右腕を水平に構える。

ルークスからは数本のケーブルが伸びて計測装置につながっている。

 

「始めていいか?」

 

「オーケーだ」

 

特に声も出さず、右手を握りしめる。

プラーナをマナダイトではなく、意識して爆圧プレートに集中させる。

瞬間、ガン!という音と衝撃。ショックダンパーが機能して、かなり反動をやわらげている。

 

「よし、いいぞ。続けてくれ」

その後10回以上、アームパンチを空撃ちする。

 

「平均射出速度37.6m/s、射出圧力5.9MPa、ストローク120mm。シミュレーションとの誤差は5%以内だな」

 

「問題無し。ではいってみよう」

 

この部屋には、サンドバッグは元より、木板、鋼板、コンクリートブロック等、色々持ち込んである。

 

「どれほどの破壊力か、見せてもらおう」

 

 

それから15分後。

 

「痛ててて・・・」

 

「もう無理か」

 

「うん、肩が限界」

 

床には吹き飛んだサンドバッグ、木の破片、凹んだ鋼板、割れたブロック等が散乱している。

確かに、なかなかの威力だった。

それと引き換えに、自分の両肩は関節炎一歩手前のような状態である。

 

「やはり反動キツイ~」

 

「威力は自在に調整できるから、後は使い方だな」

 

「ごもっとも。何でも訓練次第だよ。まあ何とかなるだろう」

 

今日はもう両腕を休ませるか。軽く走ってから寮に戻るとしよう。

明日は美咲とコンビネーションの調整だな。

 

 

※  ※  ※

 

 

本来、今日も訓練、のはずだったんだが。

 

「何言ってるの。無理しすぎだから」

 

「大げさだ。まあ大変だったのは確かだが」

 

朝、寮を出ようとすると寝ていていい、と電話され、しかたないので昼過ぎまでゴロゴロして過ごした。

午後は医務室に連れていかれ、メディカルチェックと多少の治療を受けた後、商業エリアに連れ出された。

休養日、という事かな。

 

「少し早いけど、令、夕食どこにする?」

 

「何が食べたい?」

 

「あんたに合わせるよ」

 

「そういう事なら・・・」

 

自分が立ち止まったのは、和風の、結構賑やかな感じのする店だが・・・

 

「・・・ここって」

 

「うん、居酒屋だね」

 

「本気?」

 

「酒を飲まなければいいのだ」

まあ今は私服だしね。

 

早い時間だけあって、テーブル席だがいわゆる個室が空いていた。

美咲と二人ならあまり周りが騒がしいと困るのでちょうど良い。

注文はとりあえずビール、と言いたいのをこらえてノンアルコールビールを頼む。

 

「お前はどうする?」

 

「同じので」

 

無理するなよ、と思いつつ、その他にサラダ、枝豆、唐揚げ、じゃがバター、刺身セットと、前世を思い起こす定番居酒屋メニューをどんどん頼む。うん、いいね。実にいい。

 

「ああ、こんな所で話すのもなんだが、フェニクスの戦い方について」

 

「うん、いいよ」

 

「俺達は絶対に予選1回戦、2回戦は勝たないといかんわけだが」

 

「そうね」

 

「その戦い方も考えておかないとな。お前はどうしたいんだ?」

 

「うーん。あたしが魔法で援護してあんたが突っ込む?」

 

「普通に考えればそうだな。それでいい。詳細は相手にもよるが、1、2回戦ともそれでいこう」

 

3回戦は別だ。それに意表を突く事もできよう。天霧君達もこちらがあっさりコンビネーションを捨ててかかってくるとは思うまい。

 

「とにかく明日からは、お前が支援、俺が接近攻撃のトレーニングといこう。訓練用パペットの申請はどうなった?」

 

「使えるよ。数は少ないけど」

 

「上等だ」

 

その後は戦術談義をやりながら、居酒屋料理を楽しんだ。

美咲もこういう店は初めてながら、雰囲気は楽しんでいた、と思う。

自分も結構良い気分だった。やはりのんびりするのはいいな。

 

 

※  ※  ※

 

 

最終調整、とまではいかないが、いよいよ時間が無くなってきた。

何とか借りてきたパペットは2体だけなので、設定をいじって出来るだけ能力を上げておく。

 

「はじめるか」

 

「いいよ」

 

模擬剣を持ったパペットが動き出す。

 

同時に美咲が右手のルークスを高く掲げる。

身体を中心に、半円状にプラーナが輝き、閃緑のダガーが出現する。

 

美咲が右腕を振り下ろす瞬間、自分もダッシュをかける。

背後から飛んできたダガーが自分の左右を追い越し、パペットに突き刺さる。

強度を上げた設定なので、決定的な効果は無い。だが左側のパペットがバランスを崩す。

 

(よし、まずはこいつだ!)

 

一瞬で距離を詰め、体勢を立て直す前のパペットに拳を叩き込む。

数発がヒット。相当のダメージのはずだが、反撃してくる。剣撃はそれなりに速い。

アームガードで受け止め、そのまま右側面にまわり込む。

蹴りで再度バランスを崩させたところで左拳の一撃。校章部分にヒット。破壊判定。

パペットが停止する。

 

もう一体は・・・

美咲の投げたナイフが校章に直撃した所だった。破壊判定。

ナイフから伸びる光るワイヤーを美咲が引くと、ナイフはあっさり抜けて美咲の手に戻った。

 

「こんなものか」

 

「こんなものね」

 

 

よし、これで試合も何とかやれそうだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開幕、接触

遂に鳳凰星武祭(フェニクス)の開幕となった。

 

8時過ぎに、シリウスドームの専用控室に集合させられた。開会の合図と同時に、パートナーを隣に2列縦隊で行進。メインステージに入る。

周りの観客席からは大歓声。こういう雰囲気は少し苦手なんだが・・・

 

運営関係者の挨拶が始まったので、退屈になった自分は周りを見回してみる。

他校の生徒も中央の演壇に向かう形で整列している。

そういえば、これ程の他校生徒を見るのは初めてだな。何というか、個性がはっきり分かれているなあ。

ああ、そういう風に演出されているんだったか。確かに面白くはあるが。

しかし。制服はやはりうち(星導館)が一番普通か?

 

長かった開会式もそろそろ佳境だ。運営委員長が出てきた。

確かマディアス・メサだったか。星導館のOBで相当な実力者。ただこうやって実際に見て、演説を聞いてみるとやはり胡散臭いおっさん、にしか見えんな。何か妙な事を企んでいるらしいし。あ、今一瞬天霧君を見ていたな。ちょっとキモいぞ。

その委員長がもっともらしい事を言い、観客が盛り上がったところで長かった開会式も終了。

ちょっと疲れたかな。身体的でなく精神的に。

 

さて、この後どうするかだが。美咲、何かあるか?

 

「今日は試合無いから、ここにいなくてもいいんだけど、どうする?どっかでご飯食べて帰る?」

 

「そうだな。ゆっくりした後、適当に試合見て帰るか」

 

「あ、そう言えば第2試合は・・・」

 

「いや、天霧達の試合は多分見ても意味が無いよ。それよりも他校の連中だな」

 

参考になる試合があればいいんだけど。

 

※  ※  ※

 

 

一旦外に出て、ドームの周りを歩いてみる。

この辺りは一度来た事があったが、その時と比べると人の数が比較にならない。

まあ星武祭が始まったとあれば当然だな。

おかげで昼食の店を見つけるだけで時間がかかってしまった。まあ時間はあるから構わないんだけど。

しかし色んな所で空間ウィンドウが展開され、試合の動画が見られている。ああ、天霧君の初戦、瞬殺試合が話題になっているのか?それに例のパペットの試合も。

内容は知っているが、一応チェックしておこうか。どうせ遅い昼食だ。ゆっくりで構うまい。

 

そんな訳で午後もかなり遅くなってからシリウスドームに戻る。

しかしカレンダーは8月。真夏である。

人が多いのもあって特に暑く感じる。まあ前世の夏よりはマシだが。ちなみにこの制服、複合機能性繊維というやつでできていて、ある程度体温をコントロールしてくれる。中々便利な物だ。まあそうでなければこの時期、しっかりとした制服姿で過ごす事などできはしないだろう。

 

ドームに入り、控室に続く関係者用エリアに入ったところで一息つく。空調が良く効いて快適なのと、人が少なくなったのでほっとした。それでかなり気を抜いていたようだ。

よってその出会いは自分にとっての不意打ちのような物だった。故にその後の対応は、我ながらかなりおかしな物になってしまった。

 

「あ!」

 

最初はお互い、それ以外に声が出なかった。

 

いきなりだったが、通路を曲がった所で鉢合わせした。

 

天霧とリースフェルトのペア。

 

一時的だろうが、周りには自分達4人しかいない。

 

自分と美咲、その他2名。

その2名こそ、自分達が目標としているペアだ。

 

さて、ここは何と言おうか。この二人の事は良く知っているつもりだが、こうして面と向かうのは初めてだったな。と思っていたところで、隣から何やら剣呑な雰囲気。

 

美咲から殺気?いや闘志か。そう言われる何かを感じる。ちょっと待った。美咲さん、星辰力(プラーナ)も出てますよ。抑えて抑えて!

 

「あの・・・深見先輩、でしたっけ?天霧綾斗です。それで、この度は・・・」

取り敢えず・・・といった感じで、にこやかな主人公君の発言。

 

「ああ、はじめまして、かな。皆まで言うな。同じブロックで戦う事になる」

ちゃんと見るのは初めてだが、天霧綾斗か。やはりのんびりな感じだが、それだけではないような気もする。

まあ見た目はともかく、とんでもない力を持つ奴ではある。

 

「・・・そして今度は勝つ。あたしが!」

美咲は声を絞り出すように言った。いや、気持ちはわかるがちょっと抑えて!

 

「大きく出たな。瀬名先輩。だが生憎私はフェニクス優勝を目指していて、その力もある。予選で躓く事はできないな」

うわー。このお姫様もキツイなあ~。

 

「ちょっとユリス・・・」

気の強い女をパートナーに持つとお互い大変だね。天霧君。何となく連帯感のような物を感じてしまったよ。

 

「その言い方!お前はあの時も・・・!」

 

「美咲落ち着け!今度は大丈夫だ。俺達はやれる」

こりゃちょっと不味いかな。

 

「ほう、タッグ戦だから我々に勝てるとでも言うのか?」

あれ? お姫さまの矛先がこっちを向いたぞ。いや、これで何とかできるか。

 

「そりゃまあ。君らのタッグより明らかに優れている面があるし」

 

「え?どこですか?」

天霧君、純粋な興味だろうけど、その言い方だと優れている所なんて無いと言ってるみたいだよ。

 

「急造タッグの君らより、俺達はお互いの事を良く知っているのさ」

 

「我々も充分訓練を積んできた。パートナーとしてお互いを―――」

よし、お姫様が食いついたな。

 

「訓練程度ではなぁ。その程度でお互いを知っているとは言えんよ。処女と童貞君♪」

 

「なっ、なっ、なにを!!!」

お姫様が真っ赤になって動揺する。顔も崩れているぞ。天霧君は唖然としている。

 

「俺達はお互いの体を知り尽くしている。その点では君らより優れているのさ」

すまん美咲。

 

「ちょっと令。あんた何て事を!」

 

「はっはっは!まあ、それじゃそういう事で。行こうか、美咲」

 

もうお姫様は声も出せないようだ。天霧君はやっと意味が実感できたのか、今頃になって顔を赤くしている。

さて、上手く場を崩せたな。今のうちに離れるとしよう。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

夕方。

 

美咲と共に学園に戻る。

夏休みに入っている為、帰省等でかなりの生徒が不在になっていて、普段よりは静かになっている。

 

「美咲、さっきは、その・・・」

 

「いいよ。あの場を収める為でしょう。あたしも少し変になってた」

 

「別にいいさ。ただ本番であれは不味いぞ。闘志とあれは違うからな」

 

「うん」

 

「心は熱くてもいい。でも頭は氷のように冷たくしておけ」

 

「やってみる」

 

「まあ、明日だ。いよいよ、始まる」

 

美咲が自分を見る。もしかして不安か?それならば。

 

軽く、美咲を抱きしめる。うん、少し鼓動が早いかな。でも。

 

「・・・ありがと」

 

「じゃ、また明日」

 

落ち着いてくれたみたいだね。

 

 

※  ※  ※

 

 

寮の自室で空間ウィンドウを開く。

今日の試合が色んなスポーツチャンネルで放送されている。ビール片手に気になった情報を集めてみる。

やはり話題はアルルカントのパペットで、その次に天霧君の瞬殺試合だ。これは参考にならんなあ。

その他の試合もざっと見てみるが、今の自分達の戦い方に影響を受けるような試合は無かった。

まあまだ初日だしね。

と、そこで端末に着信。

 

「よう。調子はどうだい?」

 

空間ウィンドウにクラウスが映る。

 

「特に不調はないよ。どうした?」

 

「いや、メテオアーツはどうするかと思ってね」

 

「それか。攻撃の方は問題無し。チャンスがあれば明日試してみる。防御はあと一歩という所だな。まあ3回戦には間に合わせるさ」

 

「そうか。まあ明日の試合はデータを取れるだけ取ってやる。うまくやれよ」

 

「おう。まだまだ世話になるが、よろしく頼む」

 

「ああ、頼まれた。じゃあな」

 

うん、少なくても、気にかけてくれる奴がいるというのは、良い物だな。

 

明日が楽しみになってきたよ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初陣

鳳凰星武祭(フェニクス)2日目

 

予選Cブロック1回戦 第3試合。それが自分達の初めての戦いになる。

 

戦う相手はアルルカントの大学部と高等部のペアだ。序列入りしているが順位はそこそこ。共に銃タイプの煌式武装(ルークス)を使う事がわかっている。ちなみに両方男。これなら気兼ねなくぶん殴れるな。

何しろ自分の攻撃は拳での直接打撃なので、相手が女だとちょっとね。

いや、今更だな。偽善だろう。

 

「さて、行くか」

 

「うん」

 

会場は所謂中規模ステージ。

だが周りの観客、歓声はどこも似たようなものか。

実況の調子の良いアナウンスを聞きながら、美咲を隣にステージへと飛び降りた。

 

相手を見据える。その表情から、何となくだがこちらを軽く見ているような気がする。

そういえばルークスも起動していない。

それならば・・・

 

「いよいよだな。それじゃ基本パターン+αで始めよう」

 

「オーケー!任せな」

 

『それでは第1試合、バトル・スタート!』

 

実況の開始宣言と共に、美咲の周りに星辰力(プラーナ)があふれ出し、多数の閃緑のダガーが飛び出す。

相手はルークスを起動しかけたところでダガーの掃射を受けて体勢を崩した。アサルトライフル型のルークスを構える事もできない。

 

それだけの隙があれば充分だ。

開始の合図と同時に飛び出した自分は、ルークスを発動しながらほぼ一瞬で相手の目前まで迫る。

どちらが相手だ?

向かって左の小さい方(高等部生徒)の反応がやや遅い。よしこいつだ!

加速し過ぎていて拳のタイミングが掴み難いか?ならばこのまま。身体をひねって右腕を曲げ、そのまま飛び込む。

 

最初の一撃は体重を乗せた肘撃ちだ。体格差から、もろに顔面に入る。相手は倒れそうになる。

よし、ファーストショットは成功!

そう緊張していた訳ではないが、それでも気が楽になる。

 

ちらっと右を見る。

もう一人の相手は美咲のダガーを立て続けにに受けて反撃に移れない。ならばよし。

自分の相手を見ると、何とか体勢を立て直している。

銃口が向く直前、踏み込んで銃身を跳ね飛ばす。発射された光弾が掠める。

反撃。右ストレートがヒットした、と思ったが、相手は銃で受け止めて拳を弾く。今度は銃を振ってきた。何かヤバイ。そう感じてアームガードで防ぐ。目の前に青い光?

発射の閃光?違う!銃口の下から青い剣が伸びている。

 

(銃剣か!やるねえ!)

さらに振るわれる銃剣を、両腕を交差させて受け止める。なるほど遠近両方やれるのか。

(良いルークスだ。だが使い方が間違っているな)

本来銃剣は突く武器だ。それも腕だけで無く、全身でぶつかるように突きを入れるのが最も効果が高い。

振ってくれれば今みたいに、ガードするのは難しくない。

 

銃剣を受けながら、右足で蹴りをいれる。相手の膝裏を打つ。流石に倒れる相手に拳を打ち下ろす。再び銃身で受け止められるが・・・

(2度同じやり方は悪手だぞ!)

銃身上の拳を強く握りしめ、ルークスの中央にプラーナを集中。爆圧プレートが反応し、アームパンチが作動。

ガツンとした手ごたえと共に、銃身が派手に折れ曲がった。

反動で跳ね上がった腕を強引に振り下ろす。狙い通り校章に命中。破壊。よし!次だ!

 

「おおおおおっ!!」

振り向くと同時にもう一人に向かって飛び出す。

ペアの敗北と自分の叫びに驚いたのだろう。奴がこちらを向く。

それは隙でしかない。

 

美咲のナイフ型ルークスが飛んでくる。本来、当たるような方向ではない。

だが、自分と奴の中間でその方向を変え、急加速した。

 

「!」

 

奴は驚きながらも反応する。流石だが回避までは無理で、ルークスで受ける。ナイフは銃身に突き刺さった。

銃口がこちらを向く。

(その状態でも撃てるのか?だが・・・)

次の瞬間、銃が空を舞う。

美咲がナイフに繋がったワイヤーを思い切り引いたんだ。

 

(ナイス!美咲)

驚く、と言うより呆然とした奴に飛び掛り、校章を撃ち砕くのは簡単だった。

 

『試合終了!! 勝者、深見 令 & 瀬名 美咲!!!』

 

うん、何とかやれたな。

 

 

※  ※  ※

 

 

「ABCフェスタ報道部の香川です。今回の勝因についてどうお考えですか?」

(いや、色々あるんだけど)

 

「ニッケン・スポーツの深澤です。これまでどのような訓練をされてきましたか?」

(この世界にもスポーツ新聞てあるのね)

 

「わくわく動画の西山です。お二人の関係についてぜひコメントを」

(あの動画サイトあるのかよ!ってその質問は何だよ)

 

 

とまあ、勝利者インタビューである。

まだ1回戦で、そんなに凄い試合をした訳ではないんだが、しっかりマスコミ連中に取り囲まれて質問攻めである。はっきり言ってうざい。隣の美咲もだんだんと不機嫌になっていくのがわかる。

何しろ答え難い事が多いし(そうそう手の内は晒せないだろう)質問が試合とは関係ない方向に変わっていく。

(これだからマスゴミは・・・)

最初は適当に流して多少は笑いも取ろうか、等と思っていたのだが、終わる頃には早く帰りたい、それだけになってしまった。

 

※  ※  ※

 

 

「よう、お疲れ」

 

「おー、クラウス。来てくれたのか」

 

「俺だけじゃないぞ」

 

控室のドアを開けると、煌式武装研の連中がぞろぞろ入ってくる。中には普段あまり見ない顔もあるが。

 

「どうしたんですか?部長」

 

「そりゃあなた達は、ウチが調整したルークスを使っての初勝利よ。部としてお祝いを言いたいよね」

 

「そう言う事ですか。ありがとうございます。美咲、ルークス出せよ」

 

「うん?ああ」

 

部の面々を前に、お互いのルークスを掲げてみる。歓声が上がった。

うん、初めての試合、良い形で終わったな。

 

 

試合は終わっても戦いは終わらない。

部の連中が他の試合を見に出て行った後、部長とクラウスには残って貰って、先の試合録画を見る。

 

「美咲の先制攻撃は上手くいったね。これは狙ったの?」

 

「ええ、これは連中がのんびりしていましたから、いけると思っていました。試合前からルークスを起動していれば、こう上手くはいかなかったでしょう」

 

「なるほどね。美咲は集中すればダガーの展開と射出はほとんど一瞬でできるから、か」

 

「対して連中は射撃するのに起動、照準と言うステップがタイムラグになる、と言う訳だな」

それは僅かな時間だった。だが美咲の射撃はそれを上回った。

 

「おかげでその後は楽だったな。美咲の方はどうだった?」

 

「あたしは、とにかく動きながらの攻撃に専念して、後はダガーが途切れないようにしたから」

 

「うん、それでいい。こっちも助かった。それどころか、あのワイヤーアクションにはちょっと驚いたぞ。部長?」

 

「あれね。調整でちょっと細工している。ナイフも刺さった後、抜けるかどうかもコントロールできるようにしたし」

 

「結局の所、深見。今回勝ったのは瀬名の力による、と言う事じゃないのか」

 

「まあ、言われなくてもそうだよ」

 

クラウスと自分のやり取りで穏やかな雰囲気。だが、このまま終わり、と言う訳にもいかない。

 

「で、今回の問題点だが」

 

「・・・」

 

「相手のルークス、銃剣を予測してなかった事、とか?」

 

「それもそうだが、他にないか?」

 

「ちょっと気になったんだけど」

 

「部長?」

 

「美咲、あなた・・・プラーナが随分減ってない?」

 

「え?!」

 

「部長、わかるんですか?」

 

「得意と言う訳じゃないけど、何となくはね」

 

いかん、全然気が付かなかった。

 

「元々あたし、プラーナの量は多くないから。それに派手に技を使ったし」

 

「でもそう長い試合という訳でもない。ちょっと対策考えた方がいいかも」

 

気になる問題点が判明してしまった。しかしこれは自分達では対応できない。

どうしたものか?

 

「友達に一応ストレガがいるから、何かアイデアがないか、聞いてみるけど」

 

「流石部長!お願いします」

 

ここは頼るしかないな。

 

ともあれ、最初の戦いは終わった。

次を考える前に、一休みしようか。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

休息、調整

戦い終わって陽が暮れて。

一晩過ぎて、朝になる。

 

今日は何をしようか。

元々当初予定でも、今日は丸一日休養にあてる事にしていたから、特にやる事がない。

美咲の星辰力(プラーナ)の件も、部長が対策案まとめるのに今日いっぱい欲しいと言っていたので、あいつも暇しているはずだ。付き合ってもらうか。

 

そう思っていたんだが。

 

「あのね。こっちは男と違って色々あるのよ。一緒にしないで」

 

怒られてしまった。

とは言え午後からならという事で、付き合わせる事はできそうだ。

でも何をしよう?外は暑いし人多いし。

いっそどこかにベッドを確保して一戦交えるか(一戦では終わらないけど)

 

もっとも星武祭(フェスタ)期間中、当たり前だが普通のホテルはどこも満室で、その煽りを受けて普通じゃないホテルもひどく混んでいる。

結局何も決められないまま二度寝してしまった。

 

 

※  ※  ※

 

 

「それにしては、うまいこと考えたね」

 

「ま、たまにはこういうアイデアも浮かぶものさ」

 

今、自分と美咲はデッキチェアに身を横たえている。

サイドテーブルにはアイスティーのグラスや缶ジュースの類。

場所はプールサイド。

八月の午後らしい過ごし方ではある。

少し違うのは、お互いの姿?

自分も美咲も、学園指定の水着姿でここにいる。それだけが残念だな。

 

今日も良く晴れて、気温は余裕で30℃オーバー。涼しくて人の少ない所を欲するなら、むしろ学園を出ない方がいい、という結論にいたった。何しろ帰省等で普段の半分程度の生徒しかいないのだ。

では学園内で面白そうな所はあるか?

 

そう言えば。この学園のプール、一度も使ってないな。

 

今年は夏に鳳凰星武祭(フェニクス)がある関係で、7月からの授業のスケジュールがかなり変則的になっていた。訓練目的の自主休講なんかもしたし、まともに体育の授業を受けなかったせいでプール(水泳)にもいかなかった。

うん、行ってみよう。美咲と一緒に。

 

「で、こうなった」

 

「そうね。でも、ここ中等部なんだけど、なんで?」

そう。管理教師に無理言って入れてもらった。試合で1勝しているせいか、扱いが良かった。

 

「中等部の生徒はフェニクスにほとんど出ていない。イコール関係する生徒も少ない。だから帰省する生徒が多い。よってプールも空いている。そう思ったんだが、アタリだったな」

 

実際、プールではしゃいでいるのは男女合わせて10人もいない。こんな状態でここを管理するのもどうかと思う位だが、まあ学園の仕事だし、気にする事もない。

 

「そんな事言って、あんた中等部の子が見たかったとか・・・」

美咲さん、ジト目は似合わないよ。

 

「中学生は子供だろ。子供に興味は無い」

 

「あたしたちも3年前はその中学生だったんだけど」

いや、自分にとっては遠い昔の事なんだが。いつか話せるといいね。

 

さて、のんびりするはずだったんだが、状況からしてどうしても鳳凰星武祭(フェニクス)についての話題になってしまう。

 

「こんな事してるけど、いいの?あんたのメテオアーツの方は?防御力強化と言ってたけど」

 

「ああ、あれか。もう完成している」

 

「え、そうだったっけ!?」

 

「・・・うん」

 

「それじゃあ!セル=ベレスタも」

 

「無理だった」

 

「え?」

 

「シミュレーション上だが、やはりどうしてもセル=ベレスタのエネルギーを抑えきる事ができない。あらゆる物を切り裂く防御不能の剣とは本当だな」

あれ?これって斬鉄剣じゃね?

 

「そんな・・・それじゃどうやって・・・」

 

「心配するな。まだ手はある。クラウスとも相談したが、使えそうな手がな」

 

そう言って美咲に耳打ちする。誰が聞いている訳でもないが、念の為。

 

 

「あんた達・・・性格悪いね」

美咲、言いたい事はわかるが、戦術とは騙しもありだよ。兵は詭道なりと言うじゃないか。

 

 

 

そろそろ陽が傾いてきたな。

まあ、なかなか良い午後だった。美咲がビキニ姿だったらなお良かったんだが。

スクール水着に興味は無いのだ。次は頼むぜ。

 

「は?持ってないけど」

 

「じゃあ買いに行こう。いや、買わせて下さいお願いします」

 

「やだ。あんたの趣味で選ぶんでしょ」

 

「オフコース!最高にセクシーでヤバイ奴を―――」

 

「くたばりな!」

 

バカ話をしながらプールを後にする。この後は食堂で適当に夕食にしよう。

 

 

※  ※  ※

 

 

食堂も閑散、と言う程では無いが、やはり生徒の姿は少なかった。

その少ない生徒の興味はやはりフェニクスの結果で、複数の大型モニターは皆試合の録画を映し出している。

一番の注目はやはりアルルカントの自立機動型漫才ロボの件だ。うん、あの掛け合いは面白かったぞ。

 

「実際当たる事は無いと思うけど」

 

食後のアイスコーヒーのトレイを持ってきた美咲が問う。

 

「どう戦う?アレと」

 

うーむ。美咲も気になるか。

 

「あのバリアの事か?」

 

「それもあるけど」

 

「なんで皆、そこまで気にするのかな?」

 

「え?」

 

「強力なバリアがある?だったらその内側に入ってしまえばいい」

昔のロボットアニメ見てりゃ気づくだろ。

 

「そりゃそうだけど。それも大変じゃないの?」

 

「まあね。でも悲しいけど、これ戦争なのよね」

 

「は?」

 

「こっちの話だ。気にするな。それよりあのパペット、要はバリアを持った中世の甲冑騎士だと思えばいい。だとしたら倒し方もある」

 

「例えば?」

 

「組み付いて鎧のすき間を短剣で突き刺す」

 

「なんか単純ね」

 

「でも効果的だ。あのパペットも、例えば関節部分とか、ダメージが通りそうな気がする」

 

「もしかして勝てそう?」

 

「まあその間、お前がもう片方を抑えてくれればね。多分難しいぞ」

 

「はあ・・・そう簡単にはいかないか」

 

「アレはアレで優勝候補だぜ。簡単なもんか。優勝候補といえば、俺達のターゲットもそうなんだが」

 

「うん。そうだね」

 

その前に第2回戦、こいつを何とかしないと。その相手は界龍の連中だ。

ん?確か本編では、天霧君達の3回戦の相手が界龍だったはずだ。自分達がこいつらに勝つとしたら・・・

それはいよいよ、本格的な原作介入になる。

まあ、今更だな。

 

 

※  ※  ※

 

 

2回戦を2日後に控え、トレーニングルームで調整。

そろそろセル=ベレスタ対策を仕上げなければならない。不慣れは承知で美咲に剣型ルークスを使ってもらい、何度も撃ち込ませる。

 

「やー。やってるねー」

 

「部長。どうもです。よし、一休みするか」

フェスタ期間中とは言え、夏休み中までお疲れ様ですな。

 

「そろそろいけそうかな?」

 

「ええ、こっちはなんとか」

 

不慣れと思っていたが、意外と美咲の剣捌きも上手い物で、イメージを掴むには充分だった。

これはこれで良い訓練になる。まず無いだろうがお姫様の方が細剣で斬りかかってきても対応できそうだ。

 

クールダウンの間、今の懸案について話し合う。

 

「美咲の方はちょっと難しいかも。もう少しプラーナの消費を抑えないと」

 

「無理。そんな戦い方したら勝てないじゃない」

 

「となると回復力を上げるしかないか・・・」

 

まだ良い方法は無いみたいだ。とは言え今の状態なら、2回戦は何とかなりそうだ。

問題はその後だが。なるべく消耗を抑えて、あるいは回復させて3回戦に進みたい。

 

まあ、次の試合は手を抜いていては勝てないだろう。

 

 

 

そしてフェニクス5日目。

ひと足先に天霧君達の2回戦。

お姫様がクインベールのペアを簡単にあしらって勝利。

 

その姿を、これまでに無い厳しい表情で見る美咲がいた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ブレイクスルー

自分達の2回戦がやってきた。

 

相手は界龍のタッグである。序列は中程、体術に優れる。厄介だな。

本来であれば3回戦で天霧君達と当たり、あっさり下されるが、自分達に同じ事が出来るか?

だがここを突破しないと、美咲の望みが消える。

それは面白くない。

 

その相手の状況は?

一人は片刃剣、もう一人は短槍使いか。事前調査通り。あえて戦い方を変える様な事はしていないようだ。

隙無くこちらを見ている。流石に油断は無いな。

さてどう攻略するか。

 

「美咲、槍使いの方は頼む」

 

「わかった。援護射撃は?」

 

「前と同じだ。最初だけでいい。例の手でね」

 

ステージに降り立つ。相手は待ち構えている。すでに武装を展開し、臨戦態勢だ。

こちらもルークスを起動。戦闘準備。

 

『それではCブロック2回戦、第2試合、バトルスタート!』

 

前と同じ。美咲がルークスで天を指し、空間に閃緑のダガーを展開。ただし同じなのはここまで。

腕は振り下ろされない。

ダガーはそのまま真上に飛んで行った。

彼らも唖然として天を仰ぐ。

 

「GO!」

 

今度は美咲と同時に飛び出す。

 

連中、今度は少し慌ててこちらに意識を向け、武器を構える。

(さっきのダガーはフェイントと思っただろうが・・・)

 

彼らの数m前で、美咲と合わせて足を止める。向こうは一瞬だけ戸惑うが、すぐにこちらに集中する。流石ではあるが、一手足りなかったな。

 

次の瞬間、大量のダガーが彼らの頭上に降り注いだ。

 

空に向かって物を投げれば、いずれは落ちてくる。

万応素(マナ)で形成された矢や刃はそうでもないが、イメージで作り出している以上、そこにもう一つ、重力のイメージを加えてみれば、落下させる事はできる。

それが目の前で証明された。

重力による落下のイメージである為、威力は落ちているが、数が数だ。避けきれていない。ある程度のダメージにはなっている。そして何より。

(隙あり、だ!)

 

ダガーが途切れる瞬間を見て再度突進。

美咲はナイフにワイヤーを形成して投げつける。

 

(いけるか!)

 

剣士の間合いに飛び込む。

わずかに遅く突き出された剣をナックルで弾き、拳のストレートを直撃させる。だがこちらの踏み込みも甘い。手ごたえは良くない。剣が降ってくる。頭上で両腕を交差しガード。重い衝撃がきた。

お互い動きが止まる。

(こいつなかなかパワーあるな)

そう思った矢先、剣士の腕が妙に動いた、と思ったら顔面に衝撃!

たまらず後退してしまった。

何をされたかはすぐにわかった。こいつ、剣をそのままに柄を思い切り前に突き出してきたんだ。

直撃を受けた頬がかなり痛む。どうやら口内も切れたらしい。血の味がする。

 

(この男、やるなあ。どう攻める?考えろ、集中しろ!)

 

自分に言い聞かせる。そうでないとダメージによる動揺が体に出そうだ。

ちらっと隣を見る。美咲の方は優勢。何より火力で圧倒している。一瞬の安堵。その隙を突かれる。

剣が走る。

ガードに集中して凌ぐ。だが主導権は失った。

 

(何をやってるんだ、俺は!)

 

激しい打ち込みが続く。一歩ずつだが、後退させられる。攻めに転じる事ができない。僅かに体勢を崩す。隙ができた。不味い。強力な一撃が来る。こうなったら仕方ない。両腕でガード。その打撃力を利用して後ろに飛んで距離を開ける。

しまった。距離を開け過ぎた。

奴は仲間の援護に移る。槍使いの前に割って入り、剣でナイフとダガーを弾き出す。

その隙に槍使いが前進する。

美咲も大きく後ろに跳んで距離を開ける。自分と合流する形になった。

 

「すまん。しくじったな」

 

「いいよ。それより仕切り直しかな」

 

試合開始直前のように、お互いのタッグが向き合っている。今度は隙が無い。簡単には仕掛けられない。

違うのは身体状況で、連中は槍使いがそれなりのダメージ。剣士は自分と同程度か。軽傷と言っていい。無傷なのは美咲だけ。だがそろそろ星辰力(プラーナ)が気になる。

 

しばらく睨み合いが続く。が、連中はゆっくりお互いの距離を離していく。これでは美咲が二人同時にダガーを浴びせる事が難しい。さらに面倒になったな。

 

「美咲、もう一度突っ込む。俺が動いたら、槍に向かってナイフを投げてくれ。後は剣士を頼む」

 

「わかった」

 

「では行こうか。3、2、1、GO!」

 

槍使いに向かって全力でダッシュ。隣をナイフが追い抜く。

奴は槍を突き出しながらナイフを躱す。一瞬だけそちらに意識が向かった。よし。

その隙に、槍先を掴む事に成功。そのまま全力で押し込む。奴はしっかりと槍を保持して抵抗する。

(そう、それでいい)

右腕を振るってナックルを槍の刃先に当てる。プラーナの干渉で火花が散る。

(今だ!)

アームパンチ。最高出力で作動!槍先が砕ける感覚と共に、奴が後ろに吹き飛ぶ。

肩の痛みを無視して飛び出す。倒れかかった奴にそのまま飛び掛り、床に叩きつける。

同時に拳を全力で打ち込む。

校章は外したが、手応え充分。

奴が動かなくなる。

 

意識消失のアナウンスを聞きながら、残った剣士に向かって走る。

美咲の射線に入らない角度で踏み込む。

奴はダガーを無視してこちらに剣を振るう。良い覚悟だが、それだけだ。

アームガードで剣を抑え込むと、タイミングを合わせて美咲のナイフが飛び、校章を切り裂いた。

試合終了。

 

(何とかやれたな)

 

苦戦したが、遂にやった。

これであいつの望みが叶う。

 

「よう、調子はどうだい?」

 

「まあ、何とか」

そう言って美咲が微笑む。

 

うむ、今日は笑顔がみれたな。

 

 

※  ※  ※

 

 

今回は疲れた。

負傷を理由に勝利者インタビューはパス。心証を悪くするらしいが、どうせ自分達は次が最後だ。構いやしない。

そのままメディカルチェック。

肩と頬の治療を受ける。

肩は消炎鎮痛剤を塗った後、冷却パッドを貼り付け。固定はしなくて済んだ。

頬の傷も似たような物。ただし、口内は高粘度ジェル薬を貼り付けられた。

 

「どうだった?」

 

チェックだけで済んだ美咲が心配そうに聞いてくる。

 

「多分1日あれば完全に治りそうだ。次の試合には間に合うが、明日はトレーニング無理かな」

 

「うん、休もう」

 

「それで、プラーナの方は?」

 

「・・・大体2割位な感じ」

 

「少し不味いな。そっちも回復させないと。帰るか」

 

「ええ。疲れたでしょ?」

 

「ああ、今日はきつかったな~」

 

確かに大変だった。でも振り返ってみると実に良い経験になった。

戦いで充実感を得られるとはね。

今夜は良く眠れそうだ。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

翌日。

朝には肩の痛みは引いていたが、無理はできない。

焦っても仕方ないので、何とか予約できたホテルの一室でゴロゴロしている。

当然隣には美咲。こっちも落ち着いている。

 

「そう言えばお前、少し痩せたか?」

 

綺麗な裸身を見ていたら、少し線が細くなった気がした。

 

「え!そうなの?わかんなかった。帰ったら計ろう」

 

「トレーニングと試合の連続だ。そう気にする事もあるまい。体調は良いんだろ」

 

「うん、身体はね。わかるでしょ」

 

そりゃ身体を交わせばお互いの体調位わかるようになったさ。

問題はプラーナだな。こればかりは待つしかない。

 

「回復力がねぇ・・・」

 

そう、美咲のプラーナは少ないのではない。回復が遅いのが問題だった。

今までは連続して大量のプラーナを消費するような事が無かったので、本人もあまり問題として認識していなかった。

対策に部長も動いてくれたが、今のところ良い手は無いらしい。これは知識の問題というより、魔女(ストレガ)の事がまだ良く解っていない事による。

 

「まあ、焦るな。明日の試合に必要な分だけ戻ればいいんだ」

 

そう言って美咲を抱き寄せる。

今は身体も心も、リフレッシュに専念するべきだろう。

 

お互いに・・・

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3回戦、その時

鳳凰星武祭(フェニクス)のCブロック、3回戦が行われる日の朝。

 

星導館学園、クラブ棟。煌式武装研究部にて。

 

「では、ブリーフィングといこうか」

 

自分の前にはパートナーの美咲、お馴染みクラウス、最近世話になっている部長。

 

「まずは体調だが、俺の負傷は完治、問題無し。美咲?」

 

「あたしも体調はオーケー。でもプラーナは普段の6割位」

 

「わかった。ルークスの状態は?」

 

「メンテナンスと調整は完了しているよ。特に異常は無いね」

 

「ありがとう。では、後は戦うだけだな」

 

「・・・勝算は?」

 

「あると思うか?」

 

「そこまで悪くないだろう」

 

「そうか?相手は序列1位と5位。ついでにオーガルクスの使い手と現役世代トップクラスのストレガだぜ」

いくら何でも相手が悪い、そう思ったのだが。

 

「お前達だって接近戦型ファイターとストレガの組み合わせだ。武器だってオーガルクスに対抗できる。俺がチューニングしだんだからな」

ひょっとしてクラウスさん、俺達が試合で勝つと思って支援してくれたのか?

何とも面映ゆいが、そこまで評価されるとやる気にはなるな。

 

「昨日、何もできなかったのが不安なんだけど」

 

「美咲、それは俺も同じだよ。わかっている。ところでお相手の様子はどうかな。部長?」

話題転換。だが必要な情報ではある。

 

「問題があるようには見えないわね。特にノーダメージで勝ってきてるし」

 

「しかも実質、一人1試合しかしていないし」

 

「あんまり参考にならないね」

 

「そりゃそうだが。逆に考えよう。連中が俺達を見た場合、どう思うかな?」

 

「・・・コンビネーションには注意しようと思ってる、とか?」

 

「少なくとも今までのように一人で相手しようとは思わないだろうな」

 

「ちょっと待て。深見、お前二つの試合、どちらも相手の武器を破壊したよな」

 

「あれはそう意識してやった訳じゃないが、確かにそうだな」

 

「となると奴は、そこを警戒して・・・やはりセル=ベレスタを使ってくるな」

 

「それよりも美咲の先制射撃、これはどうなの?」

 

「ああ、それも気にしているだろうな。特にお姫様が。逆に先制を狙ってくるか?」

 

戦術を分析し、作戦を練る。

当たり前の作業を、淡々と続ける。

多分最後になるだろう試合の前に、穏やかな時間が流れていた。

 

 

※  ※  ※

 

 

試合開始30分前。

シリウスドーム。控室。

ここまで来ると、後はストレスをかけずに集中力を上げる位しかやることが無い。

実際美咲は、ソファーに深く腰掛けて両手を組んで目を閉じている。

そんな姿を見ていると、こちらも緊張してくる。

あまりナーバスにはなりたくないので、サイレントモードでモニターを起動し、試合関連のプログラムを見てみる。

画面にはこの後開始の自分達の試合について、コメンテーターとやらが好き勝手な予想をしていた。

どうも予選としては注目の一戦ではあるらしい。

言われてみると、同じ学園で、男女のペア、片方はストレガと、共通点が多い。何より一方は優勝候補だ。

あまり目立ちたくはなかったがなあ。

 

「時間だよ」

いつの間にか美咲が立ち上がってこちらを見据える。

「行くか」

 

お互い、会場までは無言だった。

ゲートを通過する。

目の前にステージが広がっている。

 

「とうとうここまで、か」

 

「礼は言わないよ。それは終わってから」

 

「ああ、それでいい」

 

視線の先には、自分達の目標である二人。

良く見ると、中々厳しい表情なのがわかる。つまりは甘く見ていないと言う事か。嬉しいねえ。

 

実況があれこれ言って会場も盛り上がっているが、耳には入らない。今聴きたい言葉は・・・

 

「それではCブロック3回戦、バトル!スタート!」

 

さて、前世も含め、自分の人生で最も長い約5分間が始まったな。

 

※  ※  ※

 

 

「内なる剣を以って星牢を破獄し、我が虎威を開放す!」

 

奴さん、相変わらず派手だねえ。

お馴染みパフォーマンス(実は違うけど)と共に、セル=ベレスタの刀身が輝く。

やはり使ってくるか。

 

ではこちらも、少しは派手に。と思って制服上衣を放り投げ、同時にルークスの起動。両腕に馴染んだガントレットが発現する。さて、行くか。

天霧綾斗を一瞥して、歩き始める。

 

「咲き誇れ!プリムローズ」

お姫様がが叫ぶ。同時に美咲が腕を上げる。こちらは無言。こういう所が対称的だな。

 

「行けっ!」

オレンジ色の蛍火が飛んでくるが、無視して前進。防御もしない。こちらに向かってくる火の玉は、美咲が放つダガーに貫かれて消滅する。

そして二人に対し、10m位の距離。そろそろか。立ち止まる。

姿勢を低く、地に這うように身体を沈める。

瞬間、頭上をダガーの連射が通り抜けて行く。

 

「ユリス!」

奴がセル=ベレスタを振ってダガーを弾く。隙あり!

そのままの姿勢でダッシュ、ヘッドスライディングするように飛び込む。

もっとも向こうの反応も早い。予測済だが。

低く跳びながら、右腕を浅い角度で床に叩きつける。同時にアームパンチ作動。強烈な反動が身体を加速。

一瞬だが、スピードで奴の予測を上回った。

(よし、このまま行け!)

奴の胴に直撃するショルダータックル。お互い倒れ込み、かなりの距離、床を転がる。

すぐに立ち上がる。

(これで天霧を引き離す事ができた。後は思い通りにやれ、美咲!)

予定通り、ではあるが無傷とはいかなかった。

左の頬から耳にかけてがやけに熱い。触ってみると指先が赤く染まる。

どうやらセル=ベレスタの刀身に触れてしまったらしい。触れただけでプラーナの防御を切り裂くとは、聞きしに勝るな。黒炉の魔剣。

 

一瞬だけ隣を見る。

美咲は両手のナイフでお姫様に斬りかかっている。接近戦への移行は上手くいったようだ。ダガーを同時展開しながら鋭い突きと斬撃。大丈夫だな。

 

改めて天霧に向き合う。向こうも正面に剣を構える。

 

さて、創めるか。

両手に意識を集中。プラーナを流し込む。両腕のアームガードが緑に輝く。

「ハッ!!」

気合と共に両腕を交差、ルークスを叩きつけるように接触させる。プラーナが干渉、弾ける。

 

腕をボクシングスタイルで構え、前にでる。

 

「さあ、こい!」

 

天霧が踏み込む。よし、ここだ。

左前腕を水平に、右前腕を垂直に。眼前で交差させる。

 

紫の刃が降ってくる。

交差した腕の中央で受ける。

 

クロスアームブロック。セル=ベレスタの刃が、止まった。

 

「よし!」

 

天霧が戸惑いながら、剣を振るう。二撃、三撃。全てブロックで跳ね返した。

 

「まさか・・・」

 

「全てを断ち切る防御不能の魔剣、か。だが相手がオーガルクスならどうだ?」

さて、解説といこうか。

 

「えっ?でも」

 

「ああ、わかっているよ。俺のこいつは普通のルークスだ。だがな、メテオアーツを組み合わせればどうだ?やり方次第ではオーガルクス並の出力は出せるんだぜ」

うん、嘘は言ってない。ここまでは。

 

「つまり防御に限って言えば、こいつはセル=ベレスタに充分対抗可能だ」

 

「そんな・・・」

 

まあ、驚くよね。まあ驚いてもらわなければ、この先勝負にならん。

 

「さて、どうするね?天霧君」

 

「まだ勝負が決まって訳ではないですよね」

 

流石だなあ。すぐに気持ちを切り替えてきたか。まあいい。要は自分だけに集中してくれればいいのだ。

 

「じゃあ続けようか!」

 

再度正面に突入。ガードしながら全力の回し蹴り。天霧の背中にヒット。運良く綺麗に入り、奴の表情が歪む。チャンス!そのまま右拳を入れると同時にパワーで押し倒す。よし、ここで肘を落とせば校章が!

 

そこまで甘くないか。

校章を狙ったエルボードロップは外され、体勢を立て直され、同時に刃が迫る。

こちらも回避しながら立ち上がるが、欲をかいた報いがやってきた。

 

「痛っ!!」

今の一撃は左脚大腿上部を掠めていた。

こんな戦い方をしていれば当然有り得る。この程度の傷は受け入れるさ。

 

痛みは耐えられる。だが出血しているのがはっきりわかった。

セル=ベレスタに斬られたら傷口は焼けて血は出ないと思ったんだが、状況次第らしいね。

 

今度はゆっくりと踏み込む。

目には入らないが、床に自分の血で足跡が付いていくのがわかる。

 

さて、どうする・・・?

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦い抜いて、決着

試合開始後1分30秒経過。

 

自分がダメージを受けている以外、状況は悪くない。

出血は止まらないが、量は減った気がする。あと数分、持つだろ。多分。

 

美咲の方は上手くやっている。

今気がついたが、例のルークスのワイヤーをお姫様の片腕に巻き付けて動きを制限している。と言うか、それで強制的に接近戦に持ち込んでいたか。やるもんだな。

 

さて、こちらも仕事を続けよう。

美咲の邪魔はさせない。

 

芸はないが、正面から突っ込む。

セル=ベレスタの1撃は避け、2撃はブロック。すぐさま回り込んで攻撃にシフト。こちらも躱されてダメージ無し。といって不利とも思えない。何とか戦えている。

まあ天霧がお姫さまの方を気にかけて集中しきれていない、とも言えるか。

しかしこちらがコンビネーションを捨ててかかった結果、相手の連携も断ってしまった事になる。皮肉なもんだ。

 

「おっと!」

 

今度は脇腹に斬り傷ができる。向こうが本気でなくとも、こちらは完全に集中しないと対応できない。つまらん感想は後にして・・・

 

「天霧辰明流剣術初伝―――」

 

「させねえよっ!!」

 

隙を見せるとこれだ。強引に踏み込むと、振るわれかけた剣の柄を殴りつける。技に入られたらヤバイ。

即座に身体を沈め片膝をつく。床に両拳を当てる。両腕のアームパンチ同時起動。反動でショートジャンプ。そのまま膝を上げると天霧の顔面に入った。

うん、こういう普通の人間がしない動きなら、天霧も対応できまい。

顔への打撃で怯んだ一瞬。

天霧の右手を抑える。またどこかに斬り傷ができたが無視。

身体ごと右拳を当て、アームパンチを連続作動。0.5秒間隔でナックルが射出され、打撃を繰り返す。反動が厳しい。

意外と有利、と思いきや、天霧の左拳が飛んできて殴り倒される。

あれ?拳を使ってくるか?

と言ってもこいつには組討術もあったな。

すぐに立ち上がる。しかし一撃で倒されたのは何故だ?いや、ダメージのせいか。

 

「咲き誇れ!ロンギフローラム!」

 

お姫様の叫びが聞こえる。と言う事は、向こうは遠距離の戦いに戻ったのか?不味いな。

 

「はっ!!」

状況を把握する間もなく、今度は天霧が突っ込んでくる。やはり大したダメージは無いようだ。厄介な。

「ちっ!」

ガードに専念する。だが腕はともかく、脚に力が入らなくなってきた。出血がはっきりとわかる。血で濡れた制服が重い。ヤバイな。

アームガードにも亀裂、それに切り込みが入ってきた。ん?切り込み?

水平の斬撃が来る。ブロックして止める。止めるが・・・

セル=ベレスタの刃が食込んでくる。天霧が怪訝な顔。お互いバックステップ。

 

(まさか・・・)

 

天霧が剣を下げる。

 

「深見先輩、その技、違いますね」

 

「・・・」(こいつは・・・)

 

「セル=ベレスタの刃を止めてはいない。そうですね」

 

「もうバレたか。これだから剣士という奴は」

 

「やはり・・・プラーナの干渉か何かを利用して、一時的に反発させている、といった所ですか」

 

「大体合ってる。やれやれ。この試合の間位は騙されてくれると思ったんだがなあ」

 

「一旦、ブロックで止められても、そこからさらに刃を進めれば斬れる。違いますか?」

 

「違わないねぇ」

 

自分とクラウスが考え抜き、煌式武装(ルークス)の調整と訓練を繰り返して作り上げた技だが、ここまでか。

いや、まだ終わった訳じゃない。

 

「だがね、たとえ一瞬でも、セル=ベレスタを止める事はできる。それは事実だ」

 

いや、これははったりに近い。天霧程の剣士なら、斬撃の瞬間に剣の動きを合わせる事によりそれすら無効化できるだろう。それに気が付くかな?

それに・・・

 

(試合開始から3分経過!)

 

天霧にとっても、そろそろ時間が気になり始める頃だ。

案の定、奴は剣を構えなおすと飛び込んできた。

 

(よーし、まだまだ)

 

迎え撃つ瞬間、轟音と爆風。体勢が崩れる。しかしおかげで天霧の剣撃も空を斬った。

すかさず距離をとり、呼吸を整える。

 

今の爆破は当然お姫様だが、こちらを狙った物ではなかった。隣の戦いの余波だ。

 

「リビングストンデイジー!」

 

炎のディスクが不規則な軌道で飛び交う。

美咲はダガーで迎撃、ナイフで切り払う。だが。

 

「咲き誇れ!アマリリス!」

 

爆発と炎。これがある以上、距離を取っての魔法の打ち合いではどうしても美咲が不利だ。

何とかもう一度接近戦に持ち込まないと。どうする?切り札を切るか、美咲―――

 

「うおっ!」

 

天霧の斬撃が来る。少しのよそ見もできないか。全くやりきれん。腕が痛い。

 

「まあいい!」

自分の仕事をやるだけだ。

もう何回目かわからんが、セル=ベレスタの刃を受ける。

全くとんでもない事をしているよ。下手をすれはまず左腕が無くなる。

 

いや、下手をしなくてもか。

とうとうアームガードが分断され、ルークス本体に割れが入った。これで左のアームパンチは使用不能だ。

次の一撃も同じ所に当たる。流石だよ、天霧。

関心している場合じゃないな。左腕に灼熱の激痛。刃が通ったんだ。プラーナをさらに集中させて防ぐが、止めきれない。骨まで傷が入ったな。畜生!

 

そろそろダメージがヤバイ。4分経過。あと少し、どうやって抑える?

一瞬だけ美咲を見る。あいつもこちらを見る。その視線。そうか、やる気だな。

ならばこちらも。

 

改めて天霧に向き合う。あえてニヤッと笑ってやった。

奴さん、戸惑った表情。そりゃそうだ。だが・・・

 

「ウォオオオオー!!」

 

会場の歓声をかき消すような叫び。自分でもお姫さまでもない。美咲だ。両腕を掲げ、叫ぶ。

 

あいつは普段、魔法の発動イメージに声を必要としない。だがこれだけは例外だ。

流石の天霧もこれには気を取られた。隙あり、だ。

 

あえて天霧の右側、セル=ベレスタの前に飛び込む。後は単純だ。腕をつかみ、体重と勢いを利用して引き倒す。

手首を決めながら両脚を回して抑え込む。

いささか変形気味だが、腕ひしぎ逆十字に近い関節技だ。昔良く見たプロレス技を思い出しながらだったが、なんとか上手くいった。

さあ、あと数十秒、付き合ってもらおうか!

 

その間、美咲はプラーナの集中を終わらせる。

ゆっくりと腕を前に出す。その先には・・・

 

「スパイラル・ブロウ!!」

大量のダガーが螺旋を描きながら飛び出す。

 

「咲き誇れ!アンスリウム!」

ほぼ同時にお姫様が炎の盾を形成。その判断は悪く無い。だが。

 

スパイラル・ブロウ。

この美咲の切り札である技は、通常より強化されたダガーを、直径20cmの範囲に集中して叩き込む。その数は1秒間で120発を超える。まるで航空機関砲だ。

当然強力だが、引き換えに多量のプラーナを消費する。美咲のプラーナ残量を考えれば、この1回が限界だ。

 

まさに切り札。その威力は炎の盾をあっさり消滅させ、お姫様を吹き飛ばす。

 

「ユリス!」

 

「!」

 

行かせねーよ。腕と脚に全力を込める。もう声も出せない。目の前の刀身の熱に焼かれるようだ。

歯を食いしばって締め上げ続ける。

 

だが、天霧の力が上回った。

腕を決められながら、自分を持ち上げ、同時に身体を起こす。

(おいおい、なんて強引な)

しかし不味い。とうとう立ち上がりやがった。どうする気だ?

答えは天霧が腕を振る事だった。左肩から床に叩きつけられる。

 

「ぐおっ!」

 

全身に衝撃。頭も打って意識が消えかかる。左腕に激痛。とうとう折れたか。身体の力が抜ける。

 

天霧が駆け出す。もう止められない。

 

だが。

 

美咲はすでにお姫様に斬りかかっている。

両手のナイフの連撃。

お姫様の細剣が跳ね上げられた。

(よし、今だ!)

自分の心の声の通り、美咲はルークスをまっすぐに、全速で突き出す。

その刃は、校章に深く突き刺さった。

 

(やった・・・!)

 

美咲のナイフが、柄まで刺さっている。ん?柄まで、だと?

 

違和感。

その正体はすぐにわかった。

美咲がナイフを離す。そこに刃は無かった。

 

左手のナイフも、刃が無い。つまり。

 

「プラーナ・アウト・・・」

 

そうつぶやいたのは誰だろう。

 

校章破壊のアナウンスは無い。

 

美咲が膝から崩れ落ちた。

 

天霧とお姫様は立っている。

 

(これまでか)

 

覚えているのは、そこまでだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

祭の後

とびきりの悪夢を見ていた気がする。

体調を崩して眠るといつもこれだ。

 

気分が悪い。そうとしか表現できない。

ああ、あちこちに痛みもあるな。

 

何故こんな事になっている?

今日も仕事だから不味いんだが。呼ばれている会議はあったかな?

 

仕事?そもそもここはどこだ?

 

「ああ、気が付きましたか?」

 

誰?

 

「ここは治療院の高度治療室です。では先生をお呼びしますが、その前に、痛みが酷い所はありますか?」

 

「治療院・・・?」

 

そう言えば自分は何をしていた?

 

「はい。魔法治療で危険な状態は脱しました。後は時間が---」

 

「何だと!」

 

一気に思い出す。どうやら人生延長戦はゲームセット、とはならなかったようだ。

では試合は?美咲は?

気が逸る。とにかく、状況を把握しよう。そう思ったところで、身体が動かない事に気づいた。同時に何とも言えない不快感がやってきた。

 

「落ち着いて下さい。容体はまだ安定していないのです」

 

うーむ。相当なダメージだったらしいな。これはおとなしく看護師さんに従っているしかないな。

 

 

 

医師の説明によれば、試合直後の自分の状態は・・・

骨折、打撲、裂傷、火傷がそれぞれ複数、出血多量の所へプラーナ切れを起こして意識不明の重体、となったそうだ。美咲だけでなく、自分もプラーナを使い果たしていたとはね。防御用のメテオアーツが予想以上に負担になっていたか。

 

そして美咲もここに入院しているが、ダメージはそれ程でもなく、そろそろ退院らしい。

試合終了後3日が過ぎていた。もう本戦が始まる頃かな。

まあ、後はここでゴロゴロしていればすぐに回復するだろう。どうせもうやる事は無いんだ。のんびりするさ。

試合は観戦するとして、その他の暇の潰し方も考えないとな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

考えが甘かった。

 

面会謝絶状態ながら、一般病室に移されたところまでは良かったが、直後に高熱を出して意識を失う事になった。

どうもジェネステラとしては、身体の回復力が低いそうだ。

結果、再び目が覚めて回復が明確になる頃には、鳳凰星武祭(フェニクス)は終わっていた。

自分にとっては何とも締まらない、イベントの終了となった。

 

 

 

「深見さん、面会の方がお見えです。お話できそうですか?」

 

そう看護師に言われたのは、ここに運び込まれて10日か11日目の夕方だった。

 

(やっと来たか、美咲)

 

そう思って入室させたんだが、やってきたのは全く予想していなかった相手だった。

 

「失礼します。深見さん、この度は本当にご苦労様でした」

 

(会長・・・)

 

なんとまあ、クローディア・エンフィールドか。意外や意外、何も言えない。

 

「面会が可能になったと聞いて来たのですが、まだ具合が良くありませんか?」

 

自分が黙っていると、気を遣う表情になる。

 

「いや、別に話す位なら問題ない。しかし生徒会長が何故?暇じゃないでしょう」

何しろ星武祭(フェスタ)が終わった直後だ。

 

「はい。ですがフェスタで善戦、負傷した生徒を見舞うのも生徒会長としての義務です。それに、試合で怪我をした生徒は他にもいますが、重体となったのは深見さんだけです。心配したのですよ」

 

「そりゃどうも。しかしあの試合を善戦と言っていいのか?」

 

勇戦はしたつもりだが、善戦と言われるとどうかな?何しろ試合終了時、相手は二人共しっかり立っていて、自分達はこのざまだ。

 

「まさに善戦です。それも優勝ペアを相手にですよ。お二人は今後、注目されると思います」

 

そうか。わかっていたが、天霧達は順当に優勝したんだな。自分達との闘いは、物語に大した影響は与えなかったと言う事だな。

 

「まあどうでもいいさ。しばらくは戦いの事など忘れる事にする。どうせ退院まで時間かかりそうだしな」

 

「はい。ぜひ回復に専念して下さい。当然の事ですが、治療費等については心配いりません。それに、学園としても何らかの褒賞を考えています」

 

「そんな規定があったのかな?俺達は予選落ちだぞ」

 

「規定ではフェスタ上位入賞者に、ですね。しかし今回のあなた方の戦いには、それに近い価値があると思いますよ」

 

「ふーん。ま、くれる物なら貰っておくけど」

 

「楽しみにしておいて下さいね。他に聞きたい事はありますか?」

 

「一つだけ。美咲はどうしている?」

 

「ふふっ。すぐそこにいますよ」

 

「何だって?」

 

「この病室の前のソファーに。面会可能になるのをずっと待っていたんでしょうね。私が来た時には眠っていましたので、悪いと思いましたが、お先に入らせてもらいました」

 

「そうだったか。じゃあ寝かせておいてくれ。そのあたり、看護師に伝えてくれるとありがたい」

 

「わかりました。では、私はそろそろ」

 

「ああ」

 

「またお会いしましょう」

 

生徒会長が出ていくと同時に、看護師が入ってくる。

不味くは無いが、美味いかというと微妙な病院の食事となった。

美咲はこのまま起きないと面会時間帯が終わってしまうが、叩き起こせとも言いにくいな。どうするか?

 

 

 

※  ※  ※

 

 

朝。

目覚めると隣に美咲の顔。

 

「おはよう」

 

「ああ」

 

そういえば美咲と共に朝を迎えた事は無かったな。

その最初がこんな場所になるとは。

 

「何でいるの?」

 

ここは病室で、この時間は病院の受付が、じゃなくてそもそも面会時間帯じゃないだろ。

 

「細かい事はいいの」

 

左様ですか。

 

「まあ退院はしたけど、通院はまだあるから。毎日来てるよ」

 

「それにしたって・・・いや、まあいいか」

 

「そういう事。じゃあ何しようか。何して欲しい?」

 

「あんまり看護士さんの仕事取るなよ。ああ、その前に話す事があったな。ちょっと降りてくれ」

 

美咲をベッドから追い出すと、右腕だけで起き上がる。左腕は肩から前腕まで固定されているので使えない。全く面倒だな。

 

「さて、契約終了だな」

 

「は?何の事?」

 

「お前との約束は一緒にフェニクスに出る事だった。その替わりにお前をセフレ扱いしたが、もう終わりでいいよ」

 

「・・・あんたはあたしに惚れてると聞いた覚えがあるんだけど!」

 

「それはそれ、これはこれだ。フェニクスが終わった以上、契約も終わりだろ」

 

「あんたって奴は・・・今更そんな事・・・」

 

そう言って美咲は俯く。

 

「あんたが死にかけて、どんな気持ちだったか・・・」

 

涙が落ちる。

いかんな。これは言い方が間違ったか。それとも言うべきでは無かったか。

 

「でもはっきりさせておきたかったんだよな」

 

「・・・」

 

「お前を俺に縛り付けたくは無かった」

 

「そんな気遣いはいらない!」

 

「わかった。余計な事を言ったな。すまない。それじゃあ、俺の・・・」

 

「うん」

 

「俺の恋人になってくれるか?」

 

「・・・はい」

 

そう言って美咲が寄り添ってくる。

自分の胸で泣く女がいる。そんな事が起こるとはね。でも悪くない。このままずっと・・・。

 

だがやはり、自分にとっての良い時間は長続きしない法則が発動してしまった。

 

「瀬名さん、何してるの?」

 

病室のドアが開き、看護師さんが入ってきた。

あ、こりゃ怒られるな。

 

 

※  ※  ※

 

 

 

ちょっとしたトラブルはあったが、その後は割合平穏だった。

面会時間中は美咲は入りびたりになって、医師と看護師を呆れさせているが仕方ない。

クラウスと煌式武装研の連中もやってきた。時間はあるので、ルークスの再改造、あるいは機能拡張について相談してみる。

当面戦いとは距離を置くつもりだが、せっかく星武祭の試合でデータを取ったんだ。改良点は出てくるし、自分の戦術の幅を広げたいとは思っている。

 

そして数日後。

やっと歩けるようになって、とりあえず治療院内を一回りしてみた。当然のように美咲が付きそっているが、それは正直ありがたい。かなり体力が落ちている。

 

無理をせずに病室まで戻ってくると、彼らがいた。

 

「そうか。来たか」

 

「深見先輩。この度は・・・」

 

「・・・」

 

今回の鳳凰星武祭(フェニクス)、その優勝ペアがそこにいた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

介入、努力の結果

「まあ、入ってくれ。ああ、その椅子は使っていい」

 

立ち話ができる状態ではない。ちょっと歩いただけでかなりの疲労感がある。本当に疲れた訳でも無いだろうが。

ともあれベッドに落ち着くと、美咲も上がってきた。そういえばこの病室には椅子が2つしか無かったな。ならば仕方なし。

 

当然のように自分に寄り添う美咲を見て、お姫様の方は何か言いたいようだが、先に口を開いたのは天霧君だった。

 

「それで、体調の方はいかがですか?」

 

「ようやく歩けるようになったところだね。回復が遅れ気味だが、それ以外は心配ないらしい」

 

「良かった。瀬名先輩は・・・大丈夫ですね」

 

ベッドの上で自分に抱き着く美咲を見て、天霧君は困ったような笑顔。お姫様の表情はというと、複雑、を通り越している。

 

「それで、試合では、その・・・」

 

「言わなくていいよ。大体、勝者が敗者にかける言葉なんて無いだろう」

 

「私は勝ったと思えないのだがな」

と、少しうつむきながらお姫様が呟く。ああ、その表情はそれか。

 

「まあ気持ちはわかるよ。美咲にあと1%でもプラーナが残っていたら、校章は破壊されていただろう。だがそんなのはイフの話に過ぎない。それに例えそうなったとしても、試合の結果は変わらない」

そう、プラーナをほぼ使い果たした美咲がほとんど無傷の天霧と戦う。一撃で終わりだな。

 

「それは・・・そうだが・・・」

 

「この件は考えるだけ無駄さね。で、美咲。お前もう1回やりたいか?」

 

「うーん・・・。あたしはもういいかな。何て言うの?全力を出し切った、みたいな。それでこの結果だから」

 

「そりゃ良かった。俺としても、お前が傷つくのはもう見たくない」

 

そう言って頬を掻く。無意識だったが、それで気が付いた。自分も美咲も顔の同じ所に治療パッドを貼っている。

自分はセル=ベレスタに、美咲はリビングストンデイジーに斬られたんだっけ。

どちらも高熱の刃による傷なので、治るのに時間がかかるし痕が残るだろう。妙な共通点ができたな。

 

「そういえば、おんなじだね。これ」

 

美咲も気が付いて、笑顔で頬を寄せてくる。いやいや、お前は顔に傷がついて喜んじゃいかんだろう。

天霧君とお姫様は居心地が悪そうだ。

 

「まあ、俺達の試合の件はもういいだろ。それよりもお二人さん、その後の試合でかなり苦労したみたいだな」

 

「ええ。まあ本戦ですから」

 

「そうじゃない。試合以外での問題が大変だったんじゃないのか」

 

「まあ、色々と」

 

「本当なら幾つかアドバイスをして、楽にしてやるつもりだったんだが。意識不明で何日も寝込むなんてなあ」

まあ死なないだけ良かったが。

 

「とりあえず終わりましたし。その事はまあ・・・? アドバイスですか?」

 

「ああ。レヴォルフの会長に目をつけられているだろ」

 

「え?知ってるんですか」

 

「あの謀略家には関わるべきじゃないんだが、セル=ベレスタの事がある以上、やむなしだな」

 

「まあ、こちらからは関わるつもりはないですよ」

 

「そうか?では何故直接接触した?まあ姉の手掛りは重要だろうが」

 

「! どうしてそれを!」

 

うーん。爆弾を投下って所か。お姫様も驚いている。

 

「ねえ、どういう事?」

多少は美咲も知ってていいか。

 

「天霧の姉は数年前、失踪している。ああ、ウチの学校に一時在籍していたらしいな。本人都合により退学、だそうだが、実際の所、エクリプスで大怪我したせいじゃないのか」

 

「エクリプスって、噂にあった非合法の? ていうか、何でそんな事知ってるの?」

 

「そ、そうだ!エクリプスはともかく、何故綾斗の姉の事まで知っている!?」

 

「・・・・・」

 

3人の反応それぞれ。天霧君は驚きのあまり声も出ないようだが。

 

「何と言うべきか、俺は限定的だが、まあ正確な情報源を持っている、と言うことさ」

うん、嘘は言ってない。その情報源は頭の中にあるんだが。

 

「もう少し詳しい事情も知ってはいるが、流石にこれ以上はここでは話せない。また次の機会にな。ああ、慌てなくてももうしばらくは、多分冬になるまでは面倒事は起こらないと思うよ」

 

「では・・・いずれ教えて貰えるんですか?」

 

「約束しよう。ただ、余計なお世話かもしれないが、天霧、少し姉に拘り過ぎていなかったか?もっと隣にいる女の事も気にかけてやれよ」

 

「えっ」

 

天霧君に見つめられてお姫様が俯く。いや、隣の女とは言ったけど、それはお姫様に限らないんだが。

 

「ともあれ、後は俺が退院してからだな。まあヤバイ話だけじゃなく、色々役に立つ事も教えてやるよ。お姫様にもな」

 

うん、この結果がどう出るか。

早く退院したいね。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

翌日。

かなり体の方は楽になってきた。

美咲は飽きもせず、面会時間中は近くにいる。

しかし。自分の身体機能が回復してくるにつれ、美咲と二人きりという状態は色々マズイのだが。

いずれ我慢できなくなるかも。

 

「あたしはいいよ。ここでも」

 

いや、病室は流石にいかんだろう。どこぞのAVみたいな真似はゴメンだ。

 

「そんな事言って。あんたも本当は・・・」

 

こらこら。変な所から潜り込んで来るのはやめろ。

 

「ちょ、やり過ぎだ。やめ―――」

 

 

「あらあら。いつも仲が良くてよろしい事ですね」

 

ああ、クローディア・エンフィールドか。来たのね。っていうかいつの間に。

 

「会長さんか。これからいいところなんだから邪魔しないで」

 

そういえばこの会長、気配を消すのも得意技だったか。

 

「いや、邪魔していいから。美咲もちょっと待て」

 

とりあえず美咲をおとなしくさせて、話を聞こう。

 

「瀬名さんもいて丁度良かったです。お二人にお話しがありますので」

 

「ひょっとしてこの前の褒賞の件か?」

 

「はい。やはりお二人が試合で見せた実力は、ページワンに準ずるとの判断です」

 

「美咲がそう評価されるのはわからんでもない。だが俺はどうかなあ」

何しろあのお姫様自身が勝ったと言わないんだからな。でも自分は天霧を抑えていただけ。それも短時間。

 

「全力状態の綾斗を抑える。それだけでも大変な事ですよ」

 

「そんなもんかね。で、どうなるんだ?」

 

「お二人がよろしければ、ページワンとしての特典を全て受け取って頂く事も可能です」

 

「それは寮の個室とか報奨金とか、って事?」

 

ああ、美咲も知ってるのか。それにしても随分と気前が良いな。

 

「はい。その他の特典もありますが、良く知られているのはその2つですね」

 

「個室は結構だ。その他の特典も別になあ・・・その分報奨金に色をつけてくれ」

 

あまり妙な目立ち方はしたくないからな。それに今も寮の部屋は個室のような物だ。

 

「そうですか。ではそのように調整します。瀬名さんはいかがですか?」

 

「うーん・・・あたしも同じでいいかな」

 

「はい、そのように。ではお邪魔のようなので、早々に帰るとしますね。最後に、来期もお二人の活躍を期待しています。お大事に」

 

「ああ、わざわざすまんね」

 

彼女の後ろ姿をみて息を吐く。この子の相手はやはり緊張するな。

 

「ふーん。あんたああいうのが好みなの?」

ジト目で見られてしまった。

 

「好みという訳じゃない。とんでもない美人だとは思うが。でも付き合いたいとは思わんね」

やりたい、とは思わんでもない。

 

「何でそう思うの?」

内心を見透かされたかなあ?美咲さん、凄く冷たい声。

 

「アスタリスクで生徒会長やってるんだぞ。良くも悪くもとんでもない人間だよ。あれは」

あのオーガルクス、《パン=ドラ》だったか、あれを所有して平然としていられる精神は尋常ではない。

それに加えて何か妙な計画を進めているらしいし。できれば巻き込まれたくはないな。

 

「それもそっか」

 

「そうだよ」

 

美咲も関わらせたくはないな。

 

 

しかし、来期の活躍とはどういう意味なんだろう?

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

評価とアドバイス

「よう。退院決まったって?」

 

「ああ、明後日だね。治療院ともようやくおさらばだ。こんなにかかるとは思わなかったよ」

 

「そうだな。プラーナ切れに重症が重なったせいか?」

 

「そんな所らしい。あ、美咲ちょっと待て。そこはやめろ」

 

ここに来て2週間程たったある日の午後。

退院決定と聞いてやって来たクラウスの前でどうかと思ったが、美咲に体を拭かせているのは続行してもらった。

ただ、奴の前でパンツの中まで拭こうとするのは止めて欲しいんだが。

 

「すっきりするでしょ。文句言わない」

 

「・・・これって看護師の仕事じゃないのか?」

 

「いいの。あたしの仕事!」

 

「そうかい。それで良いならかまわんが。しかし傷痕が目立つな」

 

「やっぱり?まあ気にしていないが」

激戦の証、みたいで少し自慢したい気もするが、言わないでおこう。

 

「傷だらけ、という程ではないが、こんなになるとはねえ。セル=ベレスタは怖いな」

 

「承知の上だったがな。天霧とまともに接近戦でやりあえばこうなる事はわかっていた」

 

「それでこの結果か・・・ あれ?そういえばセル=ベレスタを持つ天霧とまともに接近戦やったのってお前と刀藤綺凛位じゃないか?」

 

「ん?イレーネ・ウルサイスは・・・ほとんど能力で戦ってたか。界龍のクズ双子も違うな。あれ?そう考えると俺って凄くね?」

アルルカントの漫才ロボはパペットだしな。

 

「そうだよ。ページワン扱いも納得しておけ」

 

まあ、確かにそうだな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

入院生活もそろそろ終わり、それなりに暇だったが、やる事が無かった訳でもない。

読書もその一つ。

ここしばらくは星武祭(フェニクス)とその準備に専念していて、この世界についての知識を学ぶ事は等閑にしていた所があったので、このインターバルは良い機会だった。

その中でも重視したのが、アスタリスクの交通についてだった。

そう、いよいよ自動車の運転免許を取る計画をスタートさせてみた。

 

アスタリスクにも自動車は存在し、道路があり、信号がある。

車も箱型の4輪車がメインで、人が運転する物だ。

ならば自分にもできる。

そう思って交通法規の勉強と、免許の取り方について調べてみると、どうやら何とかなりそうだった。

車の所有についても、免許証が得られれば不可能ではない。

購入資金はフェニクスの報奨金を充てればいい。

 

そんな訳で道路交通教本を読んでいて、美咲の相手をしていなかったのだが、そんな自分に文句を言う事もなく、彼女も端末を見たり外を眺めたりと好きに過ごしている。どうも沈黙を苦にしないようだ。

 

と言ってもあまり何も喋らない時間が続くのもどうかな。

 

「なあ。お前って帰省とかしないの?」

そういえばこいつ、東北の出身じゃなかったか。

 

「うーん。別にいいかな。帰ってこいとも言われてないし」

あれ?親と何かあるのかな。

 

「そうか、ならばいいが」

 

「あんたはどうなの?」

 

「俺か?別にどこかに行く用事はないな」

アスタリスクの外も興味はあるが、まずはもっとこの都市を知りたい。

 

「じゃあ、残りの休みどうする?」

 

「そりゃリハビリだろう。左腕が治らん限り、大した事もできないし」

退院といっても骨折はまだ完治しない。8月の終わり頃までかかるらしい。

 

「そっか。どこか行きたいと思ったけど」

それは同感だが。

 

「まあ怪我の治り具合を見ながら考えるか」

 

「そうだね」

 

では8月末頃、何ができるか考えようとしたとき、病室のドアがノックされた。

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「一人か。珍しいな」

 

「そんな事はない。以前は良く一人で行動していた」

 

そういえばぼっちでしたね。しかし突然何の用だろう。やって来たのはユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトさんである。名前長いね。

 

「ああ、ひょっとして美咲に用だったか?」

 

ライバルとして、お互い認め合おう、とかそういう話か?

 

「い、いや。何というか・・・お二人に相談というか、教えて欲しいというか・・・」

 

ん?どういう事だ?と美咲を見るが。

 

「あー・・・何となくわかったような・・・」

その表情は複雑と言うか、面白そうと言うか。

 

「あ。ひょっとして天霧の事か?」

 

「・・・」

 

黙ってうなずくお姫様。そういう事か。

 

「わかった。何が聞きたい」

 

「・・・お二人は、その、恋人同士、なのだろう?」

 

「そう言えばそうだな。先週から」

 

「先週から!?」

 

「ああ、それまではもっと打算的な付き合いだったな。フェニクス出場の為の」

 

「打算?」

 

「まあそれは置いておこう。要は天霧と付き合いたいのか?」

 

「つ、付き合うとか、そういう事ではなくてな。いや、そういう事かもしれないが!」

 

いやー、焦ってますねえ。こっち方面ではやはり純情だな。

 

「うーん。美咲、どうアドバイスする?」

 

「うーん。言いたい事はあるけど、あんたはどう?先に言う?」

 

「いいの?ではお姫さま。最初に聞いておきたいんだが」

 

「な、何だ?」

 

「君さあ、女としてあの男が欲しいのか?」

 

「ほっ!欲しいだと!ななな何を言い出すのだ!私は別に・・・!」

 

「あー、もういい。良くわかった」

バレバレだな。これは。まあ察しはついていたが。

 

「言っとくけど、ライバル多いのは分かっているよな」

 

その一言で、お姫様の表情に影が落ちる。

 

「ああ、それはそうだ」

 

「まずは天霧に対する好意を隠そうともしない、ウチの会長さんだな。誰もが認める美人な上に、親は銀河の役員だったか?あれ、これってお姫様よりステータスが上じゃね?」

 

「・・・」

 

「お次は刀藤綺凛か。同じ剣士として話は合うみたいだな。妹的な後輩キャラだが、あの容姿だとむしろ数年後が楽しみだ。年下って、強力なアドバンテージになるよな」

 

「アドバンテージと言えば、圧倒的なのは沙々宮紗夜か。幼馴染というのはそれだけで強い」

 

「身近な所でもこんなに女がいるし、これだけじゃないぞ」

 

さて、少しプレッシャーをかけるか。

 

「何だと?まだいるのか!?」

 

「そりゃそうだ。何せ天霧なんだぞ。聞きたいか?」

 

「・・・頼む」

 

「では次。イレーネ・ウルサイス」

 

「バカな!あり得ない!」

 

「そうかな?義理堅い性格だし、試合とはいえ助けたのは事実だろう。借りを返す、とか言って近づいてきたら、案外進展したりして。おとなしくしてりゃいい女だしな」

 

「さて、次は特ダネだぞ」

 

「・・・まだいるのか」

 

さて、また爆弾投下といこうか。

 

「では。信頼すべき情報元によれば、クインベールの会長が天霧に『強い興味』を示しているそうです」

 

「シルヴィア・リューネハイムが!まさか!」

 

「事実だ。すでに二人は会っている」

 

「そんな・・・」

 

ちょっとやりすぎたか?顔色が悪くなってきたな。

 

「さてさて。これだけの強力なライバルがいる中で、君は何をもって天霧の心を掴もうとするのかな。タッグパートナー、といってもそろそろ過去の話だろう。一国の王族、という立場も、むしろデメリットかもしれんね」

 

「・・・私は・・・どうすれば・・・」

 

「まあ、現状は認識したと思う。とりあえず今はここまで。少し頭を整理してまた来ることだね。次はもう少し具体的なアドバイスをしよう」

 

「・・・頼む。また来る」

 

それだけ言うとお姫様は出ていった。その足取りに力がない。結構ダメージ受けたかな。

 

「それにしても、こうやって聞くと、天霧ってそっち方面でもとんでもない男だね」

 

そりゃそうだ。なんたって主役なんだから。とは言えないけどね。

 

「そうだね。本人が自覚していないのが、幸か不幸か」

 

「それで、あんたはあの二人をくっつけようとしてるの?」

 

「まあな。さっきはあれこれ言ったが、お似合いの二人ではある」

 

「じゃあ、あたしもあのお姫様を、もう少し煽ってみようか」

 

「そりゃいいな。やってくれ」

 

さて、何と言って焚き付けるつもりかな。まあ後で聞かせてもらえるだろう。

男を知った女のアドバイスに、あのお姫様は何を思うのかな?

 

 

この時は、どんな結果になるか、無責任に面白がっていた。

 

しかしその結果が、ある意味笑えない事になろうとは、あまり予想していなかった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

退院と乾杯

 

星導館学園、男子学生寮。

久しぶり、という程ではないが、帰ってくるとほっとするな。

 

別に我が家という訳ではないが、この世界に自分の家なんてない。

つまりこの部屋が最も落ち着ける場所なんだな。数か月とはいえ、住めば都、というやつか。

 

まずは苦労して着替える。

腕を吊っている訳ではないが、両腕共に未だテーピングで巻かれているし、左前腕は強化樹脂の添え木がまだ外せない。

こりゃ着替えだけでなくシャワー浴びるのも面倒だな。

とにかく医師の指示に従って早く治るように気をつけないと。

 

端末に着信。

 

「よお。戻っていたか」

 

「クラウスか。お前まだ寮にいたの?帰省は?」

 

「俺の家はアスタリスクだ。意味ないよ」

 

「そうだったのか。で、どうした。昼飯にはまだ早いだろう」

 

「実はちょっと相談、というか頼みだな」

 

「はいはい何でも言ってみな」

 

こいつには世話になったしな。大概の事なら引き受けるつもりだったが―――

 

「カミラ・パレート?」

 

意外過ぎる名前に、少し考え込む事になった。

クラウスを指名して会いたいという連絡だそうだが、どういう事だ?

 

 

 

※  ※   ※

 

 

 

「よう。来たな~」

 

ロートリヒトの一角、BAR『KAJA』に、18時。

会見?の場所と時間はこちらの指定を受ける、との事だったので、好きにさせてもらったのだが。

 

「あのなあ深見。高校生には似合わない店だぞ、ここ」

 

「まあな。半分は俺の趣味だ」

 

「趣味って・・・。もう半分は」

 

「こういう所なら妙な小細工はできないと思ったんだが、まあ向こう次第だな」

 

「やはり、警戒はするべきか」

 

「その為に俺を同席させたんだろう」

 

「奴らに気をつけろと言ったのはお前だろ」

そんな事言ったっけ?あまり関わるなとは言ったが。

 

「そうかな?まあいいや。何か飲めよ。奢るから」

 

「いや奢るって、ここ酒しかないだろ。何飲んでるだよお前」

 

「おお、これはケストリッツァ-と言ってな。旧ドイツ東部原産の黒ビールだ。お前さんにとって故郷の味になるんじゃないか?」

 

「俺はまだ酒は飲んだ事・・・って、来たな」

 

 

 

ドアの前に、アルルカント・アカデミー最大派閥の代表が立っていた。

 

「時間と場所は任せると言ったが、まさかこんな所に呼び出されるとは」

 

「貴女の雰囲気的に、こういう場所も案外似合うんじゃないかと思ってね」

 

「成程、深見 令か。別に構わないが一応聞いておく。何故ここにいる?」

 

「ルークス絡みの話があるんだろう。ならば使用者の意見も必要かと思って。ああ、余計な口出しはしないから。あくまでオブザーバーとしての参加です」

 

「オブザーバーね。まあいい。それでは・・・」

 

「ああ、マスター、そこのテーブル席を頼む」

 

そう言って小さな二人掛けのテーブルを示す。この時間のバーは客がいないものだ。席は空いている。

自分はカウンター席に戻る。話の邪魔はしないということ。

 

流石に酒はまずいので、ミネラルウォーターのボトルとグラスが並ぶ。

 

さて、どうなるかな。

 

「では、改めて。はじめましてだな。私の事は知っていると思うが、アルルカント研究院、フェロヴィアスの代表、カミラ・パレートだ」

 

「星導館学園、煌式武装研究部、副部長、クラウス・ヒルシュブルガー」

 

そして二人が自分を見る。

挨拶替わりにグラスを掲げて笑ってみせた。ちょっとキザだったな。

照れ隠しに一気に呷る。改めて、退院に乾杯!

 

それを見てクラウスがため息をついて言う。

 

「それで俺に話とは?アルルカントのトップクラスと会えるのは光栄ですが」

おや、随分下手に出るな。

 

「今回のフェニクスで、幾つか興味を引くルークスがあった。君が作ったルークスもその一つだ」

いや、一番興味があるのは沙々宮の煌式武装でしょう。

 

「作ったと言っても、あれはメーカー品ですが」

 

「しかし君の改造、調整によってほとんど別物になっているね」

 

「それはまあ。ただし新しい機能は深見のアイデアですよ」

 

「ほう・・・だがそのアイデアを実現した技術力はやはり興味深い。幾つか質問させてもらいたいが構わないかな?」

 

「まあ、俺に答えられる内容なら」

 

それからしばらく、煌式武装についての技術的ディテールの議論になった。

自分も前世の関係から技術には理解があるつもりだが、落星工学となると全くの専門外だ。

こちらで多少は勉強したが、専門用語を良く知らないので、会話に集中する事はさっさと諦めた。

 

「マスター、ブラントンをロックで」

 

「・・・はい」

 

久しぶりにバーボン行ってみるか。

高校生?中身はおっさんだ。構いやしない。

 

 

 

 

「深見、おい、深見」

 

「ん?バトルは終わったのか?」

 

「何がバトルだ。ひょっとして酔ってるのか?」

 

「まあ、そうかもな。ジェネステラもアルコールには勝てない」

 

「しっかりしてくれよ。とりあえずこっちの話は終わりだ」

 

「無事でなにより。ではカミラさん、お元気で。今度は俺と飲みましょう」

 

「・・・まあ、暇があったらね。では失礼する」

 

「ああ、エルネスタさんには気をつけるよう言っといて下さいね」

 

「何の事だ?」

 

「あの子、まだレヴォルフの会長と付き合いを続けるみたいですよ」

 

「何だと?何を言っている?」

 

「さあ?何の事でしょう?」

 

「・・・君は何を知っているのだ?」

 

「知りたかったら今度は二人で、ね」

 

カミラさん、見つめるというよりは睨んでいますね。

でもそんな表情も実に良いです。

クールビューティーはそういう雰囲気も良く似合うな。惜しい。半身サイボーグじゃなきゃ完璧なのに。

 

そして彼女はそれ以上何も言わず、背を向けて去っていった。

うむ、やり過ぎたか?

クラウスも呆れ顔だ。

 

「で、結局どうなった?」

 

「聞いて無かったのか・・・ 例の煌式武装共同開発の件、星導館側のチームに参加する方向で検討する、という所までだな。決定はもう少し考える」

 

「まあそんなところだろう。それにしても妙な奴に目をつけられな。ご愁傷さま。マスター、もう一杯」

 

「その辺にしておけよ」

 

「そうはいくか。せっかく良い店見つけたのに、トレーニングと試合のせいで全然来れなかったんだ」

 

「それにしてもなあ・・・大体美咲が何て言うか」

 

「美咲・・・?あいつがどうかしたのか?」

 

「お前ねえ。退院初日でそれでいいのかよ」

 

「・・・あ」

 

そういえば、ここに来る事も言って無かった。

慌てて端末を・・・って忘れてきた!!

 

はあ、この後の展開が予想できるな・・・

 

「クラウス・・・端末貸してくれ」

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

次の日。

治療院にて。

 

「君は退院したはずだが、怪我が増えているのはどういうことだ?」

 

あきれ顔の主治医だが、それも当然か。

今の自分の顔面は相当酷い事になっている。

 

「打撲にすり傷、切り傷まであるな。何をされたか想像はつくが」

 

「まあその想像で間違っていないと思いますよ。仕事増やしてすみませんね」

 

「そう思うなら大人しくしていなさい。では、腕から見ようか」

 

 

診察室を出ると、美咲が寄ってきた。

昨日の件以後、自分の行く所、全てについてくるようになった。(男子寮除く)

まさかヤンデレの傾向が? うーむ。

 

「この後どうするの?」

 

「帰って寝る」

 

「はあ・・・仕方ないか」

 

「とりあえず2、3日は寮でゴロゴロしているかな。特にやる事もないし」

 

どこか行きたいなら、この顔の治療パッドが取れるまで待ってね。

 

 

※  ※  ※

 

 

8月も下旬に入る。

 

学園内も閑散、とまではいかないが、生徒の姿は少ない。

残っている連中は何をして過ごしているんだろう?

自分の体験では・・・昔過ぎて忘れたな。

 

いや、そうじゃない。

 

最近、明らかに前世の記憶が無くなってきている。

自覚したのは、自分の名前を思い出せなくなったからだ。

あるいは体だけでなく、心もこの世界に適合しようとしているのかもしれない。

それはそれで構わないのかもしれないな。

深く考えても答えは出ないし、それなら意味は無い。

 

引きこもっているから意味の無い事を考えるんだな。

 

やっと治った左腕を振って、起き上がる。

 

そろそろ身体を動かすとするか。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏休み

8月後半のアスタリスク。

 

世界と場所が変わっても、暑い日が続くのは変わらない。

なので身体を動かすと言っても、方法は考えなければならなかった。

 

主治医と相談した結果、水泳をメインに傷と体力の回復を図る、ということになったので、毎日プールで泳ぐ。

その他は大した事はしていない。

 

美咲も飽きもせず付き合ってくれるが、そろそろ悪い気がしてきた。

せっかくの夏休み、自分はともかく、あいつにはイベント的な事があっても良いのではないか?

ついでに自分にもご褒美的な――

そこまで考えたところで、端末に着信、早速美咲か、と思いきや。

 

「天霧か。しばらくだったね」

 

「はい、先輩、今、少しお話、いいですか?」

 

ふむ、自分の持つ情報が気になるようだな。丁度良い。それと引き換えに、こいつらに付き合ってもらうか。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

商業エリアでもメインステージ近くに位置する、アスタリスク シティホテル、オーザバル。

六花園会議が開かれるホテル・エルナト程ではないが、それなりの高級ホテルではある。

自分達は使えない、という事は無いが、費用は別にしても外泊申請が面倒なので宿泊は難しい。

 

では何故そのロビーにいるかと言うと。

 

「深見 令様。瀬名 美咲様。本日および明日、プレミアムツイン1室、デイユースでのご利用を承っております」

 

流石高級ホテル、自分達のような学生相手でも一分の隙無く対応するコンシェルジェを揃えている。

という訳で、宿泊でなく昼間の空室を利用するデイユースで予約してみたのだ。

 

「お部屋には担当がご案内します。その他、ご要望はございますか?」

 

「うん、13時に来客があるので、そのまま部屋に通して貰えます?」

 

「了解致しました。お名前を伺っておいてよろしいでしょうか」

 

「ああ、天霧綾斗、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトです」

 

お、やはり相手の表情が変わる。まあ今となっては世界レベルの有名人だもんね。

 

 

案内された部屋に入り、室内の説明を受けて二人きりなると。

 

「ふぇ~。凄い部屋だね~」

 

「まあな。本来このグレードの部屋はデイユースされないんだが、このホテルは特別かな」

 

「あ、こっちにも部屋がある!何これ、バスルームが二つ?」

 

珍しくはしゃいでいる美咲を捕まえると、ベッドに押し倒す。

 

「ちょっと!もうなの?大体この後・・・」

 

「まだ時間はあるだろ。とりあえず楽しもう」

 

 

 

楽しみ過ぎた。

その結果ちょっと疲れてしまい、いつのまにか眠っていたようだ。

ドアホンの音で目を覚ます。

部屋のモニターを展開すると、ドアの前には主役二人がいる。

 

・・・待たせる訳にもいかんか。返事をしてロックを解除する。

 

 

「失礼します、先輩・・・って凄い部屋だなあ」

 

「ああ、だが高級ホテルのスイートならこんな物じゃないぞ。で、お二人はどこだ?」

 

「おう、こっちだ」

 

「ご招待には感謝するが・・・え!?」

 

「深見先輩、しばらくでぇええ!?」

 

「令、どうしたの・・・?って、きゃあああ!」

 

美咲の悲鳴っていうのも、結構珍しいな。

 

「ようお二人さん。わざわざすまんね。で、こっちも二人で楽しみ過ぎて時間を忘れてた。ちょっと待ってもらえるか?適当に寛いでいてくれ。ああ、キャビネットの飲物なんかは好きにしていいぞ」

 

「・・・! ・・・!」

 

「ほら、美咲。シャワー行くぞ」

 

 

※  ※  ※

 

 

 

このホテルを選んだのは、良い部屋もデイユースできる事以外にもう一つ理由があった。

 

今、その理由の場所に来ている。

 

「へえ。結構大きいプールですね」

 

「大きいだけじゃないぞ。もっと良く見てみろ。どんな感じだ?」

 

「感じって・・・ 結構静かですけど?」

 

「そこが他との違いだ。商業エリアにあるプールはどこも賑やか過ぎる。それどころか決闘もあったりするし」

沙々宮がやらかしていたな。そういえば。

 

「あはは。確かに。ここは落ち着いてますね」

 

「何しろ客層が違うからな。ここはホテル利用客しか入れない。それなりに裕福な社会人がメインだろう」

 

「そうですね。家族連れもいるみたいですが。ああ、夏休みでしたね」

 

「そうだな。それにこの雰囲気なら、俺達の連れも目立ち過ぎない、と思うけど」

 

と言っても実際どうかな?片方はお姫様だし。

まあ身の程知らずのナンパ野郎がいないのはいいね。

 

「それにしてもユリス達、遅いな」

 

「言ってやるな。こういう時、女ってそんなものさ。って来たな」

 

さて、お互いのパートナー登場だ。まあパートナーといっても自分と天霧では意味は違うか。

その二人が並んでプールサイドを歩いている。ただそれだけでも存在感、のような物を感じる。

今までこのプールエリアを見回していて、結構いいと思った女性も何人かいたが、二人には及ばない。

 

「しかしあいつらがこうして並ぶと、良い意味で迫力あるな~」

やはり、少なからず注目されているか。まあ片方は超有名人だもんな。

 

「そうですね。それにこうして見ると、何だか似てますね」

 

「ああ、どっちも少しきつめの美人顔だしな。スタイルも似てるし」

 

で、その美女と美少女だが。

美咲の方はシンプルな黒のビキニ姿。露出度は若干高めか?結構視線は集めるが、すぐに逸らされる。何しろあいつの顔はもとより、体の傷も幾つかまだ残っている。本人は全く気にしていない、というか誇るように堂々としている。

対してお姫様だが、赤を基調としたストライプ模様の大人しめなビキニ。パレオ付きなのはご愛敬だな。少々恥じらいが見えるのはその姿のせいか、天霧君の前だからか。そういう所は多少お子様、といったところか。

そういった面では、美咲が上だな。

特に胸のサイズでは完勝。お姫様の控えめな水着姿を見ながらそう評価する。

 

「令、あんた今不謹慎な事思ってない?」

 

「そうかもな。まあいいだろ」

 

「それで、今日は何故プールなのだ?」

お姫様、目を合わせずに聞いてくる。さっきの部屋の件の衝撃がまだ残っているのかな。

 

「それはな。俺のリハビリと思い出作りだからだ」

 

「は?」

 

「何にせよ、聞きたい事があるんだろうが、それは後回し。それでは・・・」

 

「?」

 

「総員、我に続け~!」

 

言うだけ言って、プールに飛び込んだ。

 

 

 

 

自分は水泳は得意ではない。

泳ぎ方は一通り知っているが、上手くは無いしすぐに疲れた。

しかしこれは前世の事だ。

 

今、自分の身体はジェネステラという、以前とは比較にならない程高性能な状態になっている。

よって泳ぎ方は下手でも、それなりの速度でかなりの距離を泳ぎ続ける事ができる。

クロールから平泳ぎに切り替え。

そのタイミングでちょっと後ろを見ると、美咲がついてきている。

今回のノリに付き合ってくれるのは有り難いね。

天霧君もいるな。お姫様の姿までは見えないが、まあいい。

よし、もうしばらく付き合ってもらおう。

 

 

流石に30分も泳ぐと、一息入れたくなる。

プールの真ん中で止まる。

しばらくすると、天霧君が大きなエアーマットを引いてやって来た。ああ、美咲が用意してたやつだね。

その上には美咲とお姫様が並んで乗っている。

何だか妙にほのぼのしているな。こいつらって戦って分かり合う、というタイプだったっけ?

 

「よう、お疲れ。お前ら何時の間にか仲良くなっているなあ」

 

「別に仲良くなった訳じゃないよ。ただ一緒にいる時はこの位はね」

 

「ああ、こういう場でいがみ合うのも面白くないしな」

 

「そんなところか。確かに俺達は友達付き合いしてるとは言えないがね。ではこの前の話の続きだが」

 

「え、ここでなのか?」

 

「お姫様、周りを見てみな。ここはプールのど真ん中で、盗聴器なんかも仕掛け様が無い。近くに人もいないな。監視カメラはあるが、ちょっと離れているし、水音があるので声は拾えない」

 

「そういう事か」

 

「まあ、気にし過ぎかもしれないが、無警戒よりは余程良いだろうね」

 

本当はもっと気楽に毎日過ごしたかったんだが。

この世界に来て、尚且つ主役と関わってしまった以上、こんな状況も仕方なしか。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏休み(その2)

 

それなりの高級ホテルの、ワンフロアを全部使ったウォーターエリア。

当然その大半はプールが占める。

その大きなプールの真ん中で、浮かびながらする会話としてはどうなの?と言う内容のお話をしている。

 

「まあもちろん、レヴォルフの会長がセル=ベレスタと天霧を危険視したことから始まるが、それ以外も理由はある。野郎、アルルカントの人形遣いとも手を結ぼうとしたんだな」

 

「それでは、フローラの件は!」

 

「そう、天霧の力を削ぐ事で恩を売ろうとしたのさ。酷い手だが、買う方も買う方だ」

 

「だから緊急凍結処理なんて事を・・・」

 

「そういう事。まあ結果はああなったが、あの陰謀家はまだ諦めてないらしい。新しく餌を用意して、接触は続けている。それに付き合うエルネスタ・キューネも大概だがな。パペットの開発の為には手段を選ばない姿勢はわからんでもないが、悪手過ぎる。まあカミラ・パレートには警告しておいたが、どうなるか」

 

「あ、あんたがこの前会ってた女って・・・!」

 

「うん。用があったのはクラウスだったが、良い機会だったんでね。それはともかく、連中は何か妙な計画を進めているらしいし、そのせいで天霧が狙われたりもしている」

 

「おのれタイラントめ!こうなったら直接・・・」

 

「まあ待ちな。そもそも証拠が無い。証拠を残すような奴じゃない」

おいおい。『直接』って、何をするつもりだったんだ。

 

「当然この件では警備隊も動いている。あと一月もしたら何か言ってくるだろう。慌てなさんなって」

まあ、二人が納得する結果は出ないんだが。

 

「しかし・・・」

 

「この話終わり。続きは後日だ。さて」

 

エアマットを押してプールサイドまで泳ぐと、美咲が上がる。

 

「ジュース買ってくるね」

 

「頼む。天霧、付き合ってやってくれ」

 

「あ、はい」

 

二人を見送ってマットに登る。

隣にはリースフェルトさん。結構近い距離だが、今位はいいだろう。

しばらくの沈黙の後。

 

「なあお姫様。何で天霧との事、俺達に聞いてきたんだ?」

 

「そ・・・それは、お二人は恋人同士、なのだろう?」

 

「まあ、そうだが、それが?」

 

「私の周りには、いないからな」

 

「ああ、そういう事か」

確かに。それに兄夫婦には聞けないだろうし。

 

「ただ俺と美咲も、今はともかく始まりはかなり特殊な状況だったんだがなあ」

体から始まった関係・・・

 

「特殊、と言うと?」

 

「いずれ話すよ」

 

美咲と天霧が戻って来る。

ふむ、美咲だけでなく、天霧も結構視線を集めるな。それも当然か。

 

 

 

再度、プールで泳ぎまくる。

天霧にも付き合って貰ったが、やはり勝てない。スピードだけでなく、泳げる距離でも及ばなかった。

やはり長年修行してきたような奴にはついていけないな。

 

そんな自分達に付き合いきれなくなったのか、美咲はお姫さまとのんびりしている。

主役二人とこんな風に過ごす時間があるというのも、中々妙な感覚だな。

まあ悪くない。

 

そうこうしている内に、時計は夕方といえる時間を示していた。

チェックアウトの時間を考えると、そろそろかな。美咲もやって来る。

 

「もう上がる?」

 

「そうだな。お姫様は?って何してんだ?」

 

「何だか懐かれたみたい」

 

子供用プールで、まだ幼い子数人と遊んでいる、のかな。そう言えば子供好きだったかな。

 

「天霧、悪いが時間だ。着替えたら部屋に戻って、すぐチェックアウトだな」

 

「わかりました。ユリスを連れてきます」

 

 

 

※  ※  ※

 

 

「今日はありがとうございました」

 

「そりゃこっちの台詞だよ。美咲も楽しんでたみたいだしね」

お姫様の水着姿とか、レアな物も見れたしな。

 

「ユリスも、もちろん俺も楽しかったです」

 

「良かった。ところでこれからもこんな感じでお姫様と付き合うのか?」

 

「そうですね。ユリスが望むなら・・・」

 

「それもいいな。ただ連れてく場所は考えろよ。何しろただでさえ有名なんだし。そろそろファーストフードとかはマズイんじゃないかな」

 

「ああ、そうでした」

 

「金はかかるだろうが、必要経費だよ。っと、じゃあ行くか」

 

ホテルのエントランスを出た所で二人と別れる。

次に会うのは休み明けかな。

 

 

「この後、どうする?」

 

「そうだな、夕食にはまだ早いし、商業エリアを適当に見て廻るか」

 

美咲と並んで歩きだす。

ここからだと少し距離があるな。今日のところはタクシーを使うとして、やはり自分の車が欲しいところだ。

この件もそろそろ動くか。

 

 

※  ※  ※

 

 

アスタリスク、行政エリア。

その中心からやや離れた多目的ビルの中に、目的の場所があった。

 

「アスタリスク交通管理局、ここか」

 

前世では運転免許証の類は警察の管轄だったはずだが、ここでは少し違うらしい。

もちろん警備隊 ―――シャーナガルムだったか――― は関与しているが 、免許証の類の発給、管理等はここで行われる。という事だったので、この暑い中やって来たのだ。

 

どうやらアスタリスクの中と外では交通ルールはほとんど変わらないようだ。

入院中の暇を使って必要な法規はしっかり暗記してある。問題は実技だが、前世のように教習所、という訳にはいかなかったので、ネットで資料に当たって試験方法の確認と注意事項のチェックを入念にしてきた。

で、その試験だが。

ある程度予想していたが、実技はやはり3Dシミュレーターだった。車の運転席を模して作られていて、社外の画像は元より振動、加減速の感覚まで与えてくる優れものだ。

 

それゆえに、自分には有利ではある。何しろ経験者なんだから。

 

よって2時間程かけて行われた筆記、実技試験が終わってすぐに発表になる判定で、あっさり合格を得られた。

進行、判定が自動化されているせいか速いものだ。

ただ、免許証の交付となるとお役所仕事が絡む為、3日程後になるそうで、合格証明だけ貰って帰る事になる。

 

とは言え休日の学生は時間があるのだ。

その足で地下鉄に乗って商業エリアに向かう。

1時間近く掛かったが、目的の店に到着。

 

ヴィンテージカー専門店、オートジャック。

アスタリスクでは旧車を専門で扱うショップはここしかない。

 

店内はさして広くはなかった。デモカーが1台、その他は商談用のテーブルがいくつか。

それだけ見ると普通のカーディーラーのようだが、実は地下にかなりのストックヤードがある事は宣伝で知っている。そちらを見てみたいんだが。

 

「いらっしゃいませ」

 

「よろしく。とりあえず下を見てみたいんだが」

 

「はい、どのような車をお探しですか?」

 

「ガソリンエンジン、マニュアルミッションのFR車が欲しいね」

 

「・・・それは、相当古い車になりますが」

 

「だろうねえ」

わかっているよ。そこまで来るともうクラシックカーだろ。

 

 

これも予想していたが、欲しいと思える車は見つからなかった。

後は専門店ならではのネットワークを使い、探してもらうしかない。あまり時間はかからないはずだ。

流石に注文者情報を入力した後は驚かれた。

高校生に見えなかったらしい。それのこの歳で旧車を持とうとする人間もいないそうだ。

まあ、そうだろうな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

寮に戻ると美咲に捕まる。

あれこれ聞かれるのをはぐらかしながら、しばらくぶりに煌式武装研に行く。

暇つぶしに、という訳ではなく、珍しく部長から呼ばれた為だった。

部室には数人のメンバー。クラウスもいた。

 

「こんちは。戻ってたんですか?」

 

「もう休みも終わりだし。体調はOKみたいね」

 

「それなりに体動かしたんで。それで、今日は?」

 

そう聞くと、小さな箱を差し出してくる。

 

「プレゼント」

 

「は?」

どういう事だ?あれ、美咲さんからプレッシャーが・・・

 

「あたしじゃないよ。あるヨーロッパの企業から」

 

「あっ」

 

箱を見ると、見覚えのあるロゴがプリントされている。

という事は。

 

「そう、新しいルークス。あのEUROX社が送ってきたの。貴方とクラウスでモニターしなさい」

 

ふむ。面白そうなアイテムが追加になったね。

 

よし、やってみようじゃないか。

ただ問題もあるな。

 

さて、どうするか・・・

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学園生活(?)

 

9月。新学期である。

 

星武祭に参加した後、入院生活となってあっさり終わった夏休みだが、あまり惜しくはない。

なにせ学生なのだ。時間は充分ある。

等と考えながら、生徒会室にやって来たのだが。

 

「レスティングルームか」

 

会長の所在表示がそうなっているので、取り敢えずインターフォンで訪問を告げる。

しばしのタイムラグの後、ドアが開く。

 

知ってはいたが、学校の生徒会フロアにこんな部屋とは、シュールにしか思えないな。

 

そして会長は、予想通りプールサイドのデッキチェアの上、ちょっと過激な水着姿で仕事中。

いや、いいんだけどね。

 

「ようこそ。深見さん。怪我は完全に治ったようですね」

 

「まあ、それは。お寛ぎ中失礼しますよ。報告と相談があって来た」

 

「はい、伺いますよ」

 

そう言って体を起こすクローディアさんだが、その程度の動きでも胸が揺れるのがわかる。

全くとんでもない身体してるな。

 

「実はEUROX社から新しいルークスが送られてきた。俺とクラウスを指名でモニターを依頼してきている」

 

「はい、煌式武装研究部の部長さんから聞いていますよ」

 

「それでだ。モニターは構わないが、その結果は当然向こうに報告しなければならない訳で。そうなると学外へ情報を送る事になるんだが、その件はどう考えればいいのかな?」

 

「問題ありませんよ。事前に審査はさせて頂きますが。それより報告書を書く方は大丈夫ですか?」

 

「ああ、フォーマットが送られてきているから、然程面倒ではない、と思う」

まあ、前世では技術報告書なんかも書かされたしな。

 

「では装備局を通して提出してもらう事になりますね」

 

「了解。それと、報酬が発生した場合は?モニターはともかく、調整や計測は学校設備を使って実施するんだが」

 

「それは構いません。学生の能力向上の一環として判断しますから。一応金額だけは報告をお願いする事になりますけど」

 

うーむ。やはりこの子は優秀だな。戦闘や他学園との暗闘だけでなく、こういった事務的な処理もあっさり判断を下して行く。見かけによらず、こういう所もしっかりしている。

 

「いかがですか?」

 

「ああ、問題無い。流石会長と言うべきかな。優れているのは見た目だけではないって事か」

 

「ありがとうございます。そういった面で褒められるのは久しぶりですよ」

 

「そうか。まあ大抵の人間はまず、会長の容姿を褒めるんだろうな」

特に男はな。そんな連中は何度もあしらってきたんだろうね。

 

「深見さんは褒めてくれないんですか?」

 

「すまんが俺にとっては美咲の方が上、だな」

これはある程度、本音ではある。

 

「あらあら。惚気ですか?瀬名さんが羨ましいです」

 

「俺達が付き合っているのはご存じだろう。その辺も大目に見てくれると有り難いんだが」

 

「はい。それなりに節度を保ったお付き合いなら」

ん?自分と美咲の『関係』までは知らないのか?

 

「うん、そうだね。在学中に子供は作らないつもりだけど」

 

「・・・あの、それは当然だと思いますけど」

 

この会長さんの、呆れと驚きが混じった表情を見れるとは、貴重な体験かもしれない。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

会長の動揺につけこんで、もう一つ要望をねじ込む事に成功したので、面倒は片づいた。

その足で煌式武装研に向かう。

 

「よう。許可取ってきたぜー」

 

「ご苦労さん。それじゃ『公式』に始めますか」

 

すでに部室ではクラウスがディスプレイの前で、新型ルークスの設定調整を始めている。一応今日からモニター作業開始という事になるな。

 

「どうやらこいつはVAL-300シリーズの最新型となる予定みたいだね。ガントレット型のルークスは少ないんだが、お前さんの活躍で需要が出ると見込んだのかな」

 

「そんなに単純な話なのかねえ?」

 

「どうも一部に誤解があるらしいな。お前、試合でセル=ベレスタを止めてみせただろう。あれのインパクトがなあ・・・」

 

「いや。あれは違うだろう。まさか本当だと思ったのか?」

 

「どうやら最初のレポートにはその件の説明もいるな」

 

また厄介な。

仕方ない。後で考えるとして、この新型ルークスだが。

ふむ。機能は大幅に拡張されているのはわかる。調整、設定の自由度もさらに上がっている。

何と言いうか、正常進化というやつだな。マナダイトの追加が可能、という仕様もあるが、これは意味あるのかどうかわからない。

 

「とりあえず今の深見の状態に合わせて設定してみる。機能追加はその後だな。メテオアーツには対応させておくか?」

 

「そうしてくれ。それができたら使ってみる。つまりは試合形式がいいんだが、相手いるかな?」

 

「公式序列戦は?」

 

「データを学外に送る事を考えると、あまりよろしくないな」

 

「となるとまずは瀬名相手でトレーニング形式でやるか?」

 

「それもありだが、それだけじゃね。ちょっと考える」

 

ある程度レベルが近くて、非公式試合を受けてくれる奴がいればいいんだが。

ん?そう言えば・・・

ちょっと調べておくか。

 

 

※  ※  ※

 

 

 

今年の前半は状況把握とトレーニング、星武祭(フェニクス)で終わってしまったので、まともな学生生活を送れるのは今から、という事になる。

アスタリスクの学校をまともと言って良いのかは別にして、少しは高校生らしい事もしてみるかな。

そう思って多少勉強にも力を入れてみるが、苦手教科の成績はぱっとしない。

 

今月末は期末試験なので、そろそろまずくなってきた。

こうなったら最後の手段、前世でも使った手だが、問題と解法の徹底的な暗記しかない。

ただこれをやると相当な時間を消費する事になる。

そこにルークスのモニター作業を加えると。

 

「時間が無い」

 

「なんでよ!」

 

いや、今言った通りなんだが。という訳で美咲さん、しばらくデートはお預けです。

試験終わるまで待ってね。

 

「う~~」

 

「その替わりと言ってはなんだが、ルークスの件にはまだ付き合って貰うからな。対戦形式の試験も必要だし。あ、そう言えば・・・ちょっと一緒に来てくれ」

 

美咲と共に、食堂に向かう。この時間ならいるとは思うが・・・

 

休みが終わって気が付いたが、自分達はかなり注目されるようになっていた。

理由は当然フェニクスの件だろうが、それにしては集まる視線が過剰だ。

そう思って聞いてみると、どうも自分達は今回のフェニクスで星導館学園のナンバー3として見られているらしい。

なんだそりゃ、と更に聞くと、フェニクス4回戦に進んだペアは、天霧達と沙々宮達だけで、他は全部自分達と同じ3回戦止まり。で、その自分達の対戦相手は優勝ペア。結果3回戦組では最強、と見られる。そしてその上にはレギュラーのペア2組しかいない。

まあ、ポジティブに見られるなら悪くはない。

 

お、いたいた。沙々宮達も一緒か。

 

「ようお姫様!天霧とは上手くいっているようだな!」

 

「なっ?な何を言っているのだ!?深見先輩?」

 

 

「やっぱり・・・」

 

「あの二人・・・」

 

回りの生徒がざわめく。うむ、これを外堀から埋める、と言うんだな。

そして他の女子二人から激しいプレッシャーを感じる。自分がわかる位だから、天霧君には相当効いているはずだ。うん、いつまでも鈍いままではいられないぞ。

 

「で、何の用なのだ」

うわ、機嫌損ねてしまったか。

 

「いや、ちょっと俺と戦って欲しくて」

 

「は?」

 

今度は周りが別の意味でざわめく。

 

「ああ、そうじゃない。決闘とかじゃなくて、ルークスの性能テストだよ。時間も取らせない」

 

「それなら構わないが、何故私なのだ?」

 

「剣で接近戦をやるなら、お姫様のレベルは俺に近いと思ってね。今専用のルークスは修理中だろ。汎用の剣型ルークスを使って、全力で相手してくれ。頼む」

 

「先輩がそう言われるなら・・・」

 

「じゃあ試験明け頃に頼む。また連絡するから」

 

「ああ」

 

これでよし。では戻ってカスタマイズのプランを立てるか・・・

 

「ちょっと待って」

 

「ん?どした、沙々宮」

全然人見知りしないな、この子。

 

「綾斗とユリスの関係について、証言を求めたい」

 

「それはまた後日だ」

 

こりゃまずかったかな。さっさと消えるに限る。

そう思って踵を返すと。

 

「・・・」

 

「いつの間に」

 

刀藤綺凛がこちらを見上げていた。

刀を持ってないが、結構なプレッシャーが来る。

 

「助けて美咲」

 

「まったく。余計な事言うから・・・」

 

その通りだな。教訓としよう。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼女の戦い

 

これまで何となく避けてきたんだが、そろそろ良いだろう。

お姫様との対戦を考えると、このあたりで一度見ておいた方がいい。

 

学園のライブラリからファイルを呼び出す。

 

第25回フェニクス、Cブロック3回戦。

 

天霧達との試合映像である。

 

モニターを拡大して再生開始。

 

 

 

 

『さあ!両選手揃いました。こうして見ると実に興味深い組み合わせですね。チャムさん』

 

『はい。フェスタで同学園の生徒が対戦する事は珍しくありませんが、今回はどちらも接近戦型ファイターとストレガのタッグという、珍しいカードになっているっす』

 

『一方の天霧/リースフェルトペアは紛れもない優勝候補ですが、深見/瀬名ペアも1,2回戦を余裕をもって勝ち上がって来ています。勝敗の行方はどう見ますか?』

 

『そうっすね~。無名だった深見選手の本当の実力がどの程度か。また瀬名選手がどれ程力をつけてきたか、そのあたりによるんじゃないでしょうか』

 

『なるほど。それでは開始時間のようです。フェニクス予選Cブロック、第3試合、バトル!スタート!』

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「咲き誇れ!プリムローズ!」

 

天霧の能力解放と同時に、お姫様の先制射撃。

だが自分達は気にせず前進を開始する。

自分の斜め後ろに美咲は位置し、断続的にダガーを放ちながら進む。

距離を詰めた所で、体を倒してダッシュの体勢を取る。その頭上を通して、美咲の集中射撃。狙いは言うまでもない。

しかしその全ては、天霧のセル=ベレスタによって防がれた。

もっともそれも予想通り。その瞬間を狙って自分が飛び込み、天霧を弾き出す。

 

「綾斗!」

 

流石にこの状況には驚くだろう。お姫様が気を取られる。

そこに美咲のナイフが飛ぶ。

1本目は弾くが、2本目はワイヤーを展開しながらコントロールされた動きで腕に絡みついた。

 

「ハッ!!」

 

間髪入れずに美咲がワイヤーを引く。気合い入れて全力をかけたのが画面上でもわかった。

お姫様の体一瞬、浮き上がり、急激に引き寄せられる。なるほどね。こうやって接近戦に持ち込んだか。

これなら自分が動かないので、設置型能力の罠は無視できる。

 

そして美咲は普通の接近戦をやるつもりは無い。

 

自分の頭上にダガーを展開し、降り落としながら斬りかかった。

 

わかってはいたが、思い切った手だ。自分がダメージを負うリスクは許容している。

 

一方お姫様も苦しいはず、と思いきや、細剣を振るって美咲のナイフとダガーを何とか凌いでいる。流石だな。さらにその状況で―――

 

「咲き誇れ!レッドクラウン!」

 

爆炎に頭上のダガーがあっさり吹き飛ばされる。やるな。

だが美咲も負けていない。ひるまず踏み込むと、ワイヤーを使ってお姫様の動きを制限しながら再度斬りかかる。完全なショートレンジでの戦い。そこにはある種の美しさがあった。

お互いが腕を振るう毎に、対照的な黒と赤の長髪が流れる。ナイフと剣が交わる毎に、プラーナの輝きが弾ける。

しかし上手いな、美咲。今度はダガーを展開せず、両手のナイフの扱いに集中する事に切り替えたか。

 

その時、実況と観客が騒ぎ出すのがわかった。ああ、自分がセル=ベレスタを止めた件か。

美咲達は気にもしない。自分の戦いに完全に集中している。戦況は美咲有利。お姫様は後退しつつ防戦、といった状態か。

だが、やはり華焔の魔女の名は半端では無かった。

 

「アマリリス!」

 

ほとんど一瞬だった。僅かな攻撃の隙。そこを突いて、何と目の前で爆発を起こした。

 

「くっ!」

 

爆風で両者吹き飛ぶ。ワイヤーも切断された。

 

「咲き誇れ!ロンギフローラム!」

 

間髪入れずに炎の槍が展開、射出された。

今度は美咲が不利。何とか回避しつつ、ダガーを展開射出。だが牽制にしかならない。

再び爆発。美咲が体勢を崩す。しかし転んでもただでは起きない。倒れこみながら低くナイフを投げる。当然ワイヤー有りだ。爆発による一時的な視界不良の中、ワイヤーはお姫様の足首に巻きつく。倒れたままの美咲がワイヤーを引くと今度はお姫様が倒れる。起き上がった美咲が駆け出す。

その時、また爆発。

カウンターとなって、美咲が倒される。

ちなみに画面の端の方では、爆風の影響を受けた自分もよろめいている。

 

あれ、設置型魔法か?いや、発声無しで発動させたんだ。

 

「リビングストンデイジー!」

 

炎の輪が立ち上がりかけた美咲を襲う。駄目だ。これは対応しきれない。

目立ったダメージは頬の傷と髪が幾らか斬り落とされた位だが、それだけで無かったのは良く知っている。

 

「咲き誇れ!アマリリス!」

 

また炎が上がる。徹底して接近戦を避ける気か。まあ間違っちゃいない。

こうなると美咲は回避と防御に専念するしか無い。形勢逆転するにはこの距離から強力な攻撃をするしかないんだが、それは最後のカードでもある。このタイミングでそのカードを切るという事は・・・ それは美咲の意志だが、そこまで追い込まれた、とも言える。

しかしお姫様の方も、技の連発はそろそろ苦しくなってきたんだろう。若干間隔が広がる。

 

そのタイムラグを突いて、美咲が両腕を上げ、叫ぶ。プラーナが集中する。

 

ん?お姫様の周りのこのプラーナのパターンは・・・危険を感じて防御に切り替えたのか?

 

「スパイラル・ブロー!」

 

大量のダガーが細い螺旋を描きながら飛ぶ。

 

「咲き誇れ!アンスリウム!」

 

焔のシールド。決勝では例のパペットの攻撃もある程度防いだ強力な技だが、連続、集中して着弾するダガーには耐えられず崩壊する。だが・・・ほう、お姫様、貫通してきたダガーの一部を細剣で受けたか。上手いな。しかしそのエネルギーまでは抑えきれずに倒された。そういう事か。

 

そして美咲が飛び込んで来る。体勢を崩していたお姫様は対応できない。あっさり剣を跳ね上げられ、校章をナイフが突く。

 

その直前、ルークスの刃の輝きが消えた。

プラーナを全て使い果たした美咲が膝を折って崩れる。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

『試合終了!! 勝者、天霧綾斗&ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト!!』

 

画面の中で、自分と美咲はステージに倒れ伏している。

逆に天霧達は自分の足で立っている。

何ともわかり易い結末だな。

 

『いや~チャムさん、まさに激闘でしたね~』

 

『はい。ですが終わってみれば天霧選手とリースフェルト選手はまだ余裕がありそうっすね。一方の・・・あー、これは深見選手もプラーナ切れに近い状態ですね~。かなりの重症のようですし、早く手当を―――』

 

モニターを消す。

血まみれになっている人を見るのは気分が悪い。それが自分で、自分の血であっても。今更だが、試合の時は良く平気だったな、自分。

 

「で、感想は?」

あれ、いたのか、美咲。

 

「感想と言ってもね。良く戦ったとしか」

 

「・・・そう」

 

しばし沈黙。まあ、静かな時間は嫌いじゃない。

でも。

 

「前から聞きたいと思っていたんだが」

 

「何?」

 

「美咲、試合前からお姫様には随分拘りがあったよな。試合に勝てなかったからといってあそこまで嫌うか?それはちょっと違うと思う。どうしてだ?」

 

「その事ね・・・何と言ったらいいかな」

 

「気に入らない、とでも?」

 

「そんなところ。あのね、あたし達はストレガじゃない?」

 

「ああ、そうだな」

 

「ただでさえ少ないジェネステラでしょ。その中でストレガはもっと少ない」

確かにな。2%もいないんじゃなかったかな。

 

「うん。それで?」

 

「そんな立場のあたし達じゃない?だったらお互い助け合う、そう思っていたんだけど」

 

「序列や試合なんかは別にして、だな」

 

「そう。だけどあの子は・・・」

 

「そうだったな。でもそれは理由があっての事だろう」

 

「今は知ってる。自分が守るべき物だけで精一杯だった、って聞いてる」

 

「そうか」

 

「うん」

 

「じゃあ、今はもういいんだな。ならばよし!」

 

今度また、あいつらも付き合わせて何か『イベント』やるか。美咲も何がしたいか、考えておいてね。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

進路

「終わった~~!!」

 

何が?

そりゃ期末試験に決まってます。

 

テストという奴は、異世界であっても好きにはなれない。

いや、前と違って学生やっているので、勉強する時間は充分にあるんだが・・・

やはり自分を試される、という事に対する忌避感、みたいな物か。

フェニクスの試合もそうなんだが、何かが違う。

 

と、あれこれ考えながら教室を出る。

これからは時間あるし、美咲を捕まえてあんな事やこんな事、と思いを切り替えた所で端末に着信。メールか。

 

「おっ!」

思わず声が出る。

一つ目は車屋からで、納車の目処がついたので連絡が欲しいとの由。

ようやくか。よしよし。すぐ動く事にしよう。

 

「・・・」

二つ目のメールはというと---

 

「令、終わったよね。これからどうする?」

 

美咲さん、タイミング良いね。でも。

 

「悪い。今から生徒会室だ」

 

「またなの?あんた変に目をつけられてない?」

 

露骨に嫌そうな顔をする美咲さんですが。

 

「いや、お前も一緒だよ。メール見てないのか?」

 

はっとして端末を見る彼女。

 

「ほんとだ。あたしも呼び出されてる」

 

二人一緒の呼び出しなんて、悪い予感しかしないな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

「失礼します」

 

さて、生徒会室だ。

目の前の大きなデスクにはお馴染みであるウチの会長さん。相変わらずにこやかではあるが、この後の話題を考えると良い気分にはならない。

まあ、傍から見れば、自分達の行いは立派な不純異性交遊だな。

 

「ようこそおいで下さいました。深見さん、瀬名さん。今日は折り入ってお二人にお話しがあって来て貰いました」

 

「そう。話って何?」

うわ。美咲、少しは取り繕えよ。不機嫌丸出しだぞ。もっともそれを笑顔で流してくれるのがこの会長である。

 

「実は、お二人には次のフェスタ、グリプスに参加して頂きたいのです」

 

「は?」

「何?」

 

おーっとこれは予想外の話題がきましたねえ。そうきたか。ずいぶん先の話だが・・・

 

「意外ですか?でもお二人の実力なら、好成績が期待できますよ」

 

「好成績も何も、どうせウチの、会長のチームが優勝するだろう。天霧達がメンバーなんだし」

 

「どうしてそれを?」

会長の声のトーンが変わった。あれ、まずかったかな。

 

「フェニクス優勝とベスト4だ。最強チーム作りたかったらそれで決まりだろうなあ、と」

 

「・・・そうですね。ですがこの事は他言無用でお願いします」

 

「もちろん。で、その他のチームに俺達を加えると。どうしてなんだ?」

 

「はい。来年のフェスタの成績として、今年と同等以上を目標にしているからです」

成績目標は前期同等以上。言葉だけだと大した事が無いように聞こえるが。

 

「それってグリプスでも優勝+ベスト4でしょ。ハードル高くない?」

その通りだよね。美咲。

 

「確かに。ですが学園にはそれが必要なのです。前期までの低迷を考えると・・・」

優勝が必要なのは学園じゃなくて貴女でしょう。とはここでは言えんなあ。

 

「期待してくれて有り難いが、大事な事忘れてないか?俺達は来年、卒業だよ」

 

「ええ、ですからそのまま大学部に進学して頂ければ。深見さんの成績なら推薦は可能ですし・・・瀬名さんは、この点数だと一部の学費免除も狙えますね」

どうやら端末で終わったばかりの試験結果を見ているようだ。流石生徒会長。

 

「え、そうなの?美咲、お前勉強できたんだな」

 

「まあね。言って無かったっけ?」

すまん、全然気にしてなかったよ。

 

「そういう事ですから、お二人には是非進学して頂き、グリプス出場をお願いしたいのですが、どうですか?」

 

「うーん・・・まあ(2度目の)大学生活も経験してみたいが、それ以上にそろそろ自分で働いて稼ぎたいとも思うんだよなあ」

結構本音ではある。

 

「就職も考えていらしたんですね」

 

「家族も食わしていきたいしね」

 

「ご家族ですか?でも深見さんは確か・・・」

 

「ああ、そうじゃない。今言ったのは美咲と俺達の子供の事なんだが」

 

「・・・はい?」

「・・・は?」

お、微妙にハモったねえ。

 

「子供!? あんた何言ってんの?」

 

「何だ。産んでくれないの?」

 

「!!  それは良いけど、その前にやる事があるでしょ!」

 

「ヤル事はやっているじゃないか」

 

「そうじゃない! 入籍・・・結婚が先でしょ!」

 

「そうだったな。じゃあ卒業したらするか」

 

「うん・・・って何なの!これがプロポーズのつもり!?」

 

「それでいいだろ。ウチの会長が証人だ。丁度いい」

 

「そうなんだけど・・・!! あんたって! あんたって!」

 

真っ赤になった美咲さんと、固まっているクローディアさん。中々面白い状況だ。

 

「てな訳で会長、進学とグリプスについては即答できない。しばらく時間をくれ。今日のところは考えておく、という事でよろしく」

 

「・・・あ、はい、わかりました。それでは」

 

再起動した会長さんにそれだけ言うと、部屋を後にする。

ちょっとやり過ぎたかな。

 

 

※  ※  ※

 

 

秋休み?

秋季休暇という奴が始まった。

1年を前期と後期に分けるなんで、アスタリスクの学校は一般企業みたいだな。

とりあえず短いがまた休みである。この時間を利用して・・・

 

「以上で手続きは完了です」

 

「では費用を振り込む・・・どうかな?」

 

「はい・・・入金確認しました。ありがとうございます」

 

うーむ。フェスタの報奨金に負傷補償金、綺麗さっぱり消えて無くなったな。まだ貯金は残ってはいるが。

 

「それではこちらが関連書類、これが車検証、そしてキーになります。お受け取り下さい」

 

「はい。じゃあ店長、世話になった。これからもよろしく頼んます」

 

「毎度あり・・・でも本当に大丈夫かな?」

 

「心配してくれるのはありがたいけど・・・まあこんな車だ。運転自体が特殊技能に近い事は知ってる」

 

「わかっていればいいが・・・くれぐれも気をつけてね」

 

まあ気持ちはわかるが、少し心配しすぎだよ、店長。

さて。正式に自分の所有するところになった車に歩みよる。

 

「北崎の・・・ レグルス、か」

由来は確か星の名前だったか。と言う事は所属していた統合企業財体、銀河の影響か?

 

「もうメーカーは無くなってるけど、ウチに持ってきてくれれば一通りのメンテはできるからね」

 

「そのつもりなんで、また寄らせてもらうよ」

 

キーについたスイッチを操作、ドアを開錠する。

ハンドル横のスロットにキーイン、ACCオン。

スターターボタンを押すと、エンジンは一発で始動した。

2.4L、直列5気筒のDOHCエンジンはなかなか良い音でアイドリングしている。

 

「うん、調子いいね。分かっていたけど」

 

「まあオイル、プラグ、クーラント等消耗品は大体交換済です。電装系も全部チェック済、旧式ですが自己診断プログラムもまだ生きてるし、調子いいよ」

 

「OK、じゃあそろそろ」

 

シートに身を沈めると、ベルトをチェック、ドアを閉めてクラッチを踏む。少し固めか。シフトレバーを動かすと、フィーリングは良くないが各ポジションにはちゃんと入る。よし。

レバーを下げてサイドブレーキ解除。

アクセルを軽く踏み、クラッチペダルをゆっくり上げる。回転数が下がった。ん、ここだな。

半クラッチでゆっくり動き出す。大丈夫だ。

 

店長に手を振って、アクセルをじわっと踏んでいく。

 

今はもう存在しないらしい、北崎重工自動車事業部が生産したスポーツセダンは、再び走りだした。

 

 

テストドライブはほどほどでOK。慣らし運転もいらない。自分の運転の勘が戻ってくれば、もう心配ない。

ああ、久しぶりの感覚。

やはり車はいいねえ。

さて、お次は・・・見えてきた。星導館学園の正門だ。美咲はあそこか。完全に明後日の方向を見ているな。まあ自分がこんな登場の仕方をするとは思っていないだろう。ん、あのあたりに止めるか。

 

「美咲!」

 

「令?あんたどこから・・・ 何?それ」

 

「何って、見ての通りの車だが?」

 

「・・・どうしたの?それ」

 

「買った」

 

「はあ・・・最近何かこそこそしているかと思ったら、そんな物まで」

 

「とりあえず乗ってくれ。どこか行きたい所はあるか?」

 

「あんたの隣なら、どこでも」

 

うん、なかなか気の利いた返しができるようになったね、美咲さん。

 

では、行こうか。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

トライ&ラン

 

学園内、専用トレーニングルーム。

誰の専用かと言うと、例のお姫様である。

何故そんな所にいるかと言うと。

 

「計測準備、どうだ?」

 

「テレトメリー受信準備・・・OKだ。メモリー開始」

 

「よーし。ではお姫様、よろしいか」

 

「こっちはいつでもいいぞ」

 

ふむ、ギャラリーは天霧君とちびっ子二人。こちらは美咲、煌式武装研の部長、クラウスに助手扱いの後輩。

 

「部長、いいですか?」

 

「はい。では改めて。今回の対戦は公式序列戦ではなく、記録には残りません。計測したデータは原則として深見の物のみ解析、公表されます。その他のルールは通常の試合に準ずる事としましすが、状況によってこちらで中断を宣言する事もあります。あくまでルークスのテストである事を理解して下さい」

 

部長の宣告に頷く自分達。

 

「では、始めて下さい」

 

よし、行くか。

両腕のルークスを起動。左右の前腕がガントレットに覆われ、手甲が緑に輝く。

そのまま歩み寄る先には、お姫様が汎用の剣型ルークスを展開して構える。

さて、この子も剣の腕はかなり上達してる。どうなるか。

 

「はっ!」

 

まずはボクシングスタイルで、左右のストレートを連打。

それをお姫様は剣で受け、あるいは逸らして有効打無し。むしろリーチの関係でこちらがヤバイ。

ならばスタイルを変えよう。

左腕で防御に専念、右腕で断続的に打撃。左右の移動と瞬間的な踏み込み、後退を繰り返す。

 

スプリント&ドリフト。

 

本来の意味は違うが、この戦法につけた名前。

フェニクスでは練習が間に合わず使えなかったが、対剣士用に考えてはいた。

ガードの左腕はトリッキーな動きを意識して剣を捌き、右腕は軽くとも速い打撃を集中させる。

 

「くっ!やるな先輩」

 

お姫様の表情に焦りが浮かぶ。そりゃそうだ。手加減しているが、何回か有効打が入っている。もしこれに例のアームパンチを組み合わせていれば、有効打以上になっているだろう。うん、いいな、この手。

もしかしたら、天霧や刀藤相手でも使える戦法かもしれん。

 

「よし、こんな物か」

大きくバックステップして距離を取る。

 

「お姫様、次を頼む」

 

「・・・わかった」

いささか釈然としないようだが、それでも剣を掲げる。

 

「咲き誇れ!アレクサンドリート!」

 

剣に炎が巻き付く。汎用ルークスとはいえ、攻撃力は大幅に上がったはずだ。

 

「さて、ここからが本番だな」

 

両腕を撃ち合わせ、プラーナを全開。

面白くなりそうだ。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

何にしても、新しい試みを実施した後は、その評価、検証をしなければならない。

よって部室で対戦で得られたデータ解析中。

 

「ルークス自体の強度は上がっているし、プラーナの消費量は下がっている。悪くは無いんだが」

 

「ああ、それは使ってみてわかっていたよ」

 

「だがねぇ・・・」

 

「ああ、はっきり言って、ぱっとしないな」

 

メーカーがモニターを依頼してくる位だから、それなりの性能向上を期待していたのだが、今まで使ってみた結果では、基本性能で20%程度の向上といったところだ。

となると、重視すべきは他の点、になる。

 

「やはり拡張機能をトライするべきか」

 

「だな。追加機能の基本コードは作っといたから、アレンジと入力は頼む」

 

「ああ、やっておくよ」

 

「すまんが今日はここまで。美咲、行こうか?」

 

「うん」

 

「またドライブか?事故るなよ」

 

「気をつけてるよ」

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

学園正門前。

例の二人と待ち合わせだが、ああ、もう来ていたか。

 

「よう、お二人さん。こっちだ」

 

「あ、どうも深見先輩・・・?」

 

「この車・・・」

 

「まあ乗ってくれ。美咲、後ろに乗ってくれるか?」

 

天霧君を隣、お姫様は後部座席に。

行先は決めていないが、外縁道路でも回るとするか。ギアを入れて発進だ。

 

「なんだか随分古い車ですね」

天霧の感想。そりゃそうだね。

外見もだが、エンジン音、シフトチェンジの動作も珍しいんだろうな。

 

「ああ、俺の趣味だよ。乗り心地は悪いかもしれないが、悪しからず」

 

自分にとっては充分未来の車なんだが。それに販売当初はそれなりのレベルのスポーツセダンだったそうだ。まあ、エンジンとモーター駆動の差は仕方ないね。

 

「しかしいつの間に車なんて・・・」

 

「ついこの前ね」

 

外縁道路に入る。ギアを6速にいれてエンジン回転数を落とすと、車内はかなり静かになるな。

それでは情報提供といこうか。

 

「ところで天霧。先月、運営委員長と話があったんじゃないか?」

 

「本当に何でも知っているんですね。はい、例のフェニクスの件の捜査について」

 

「うん。お姫様は納得いかないんだろう?」

 

「ああ、レヴォルフの関与は明らかなのに、マフィアのせいにされていたな」

バックミラーに映る表情は険しい。そんな顔でも綺麗に見えるなんて、やはりヒロインだね。

 

「だろうねえ。ただ、前も言ったが、この件についてはもうすぐ警備隊からも連絡があるはずだ」

警備隊長自ら出張って来る、とは言わないでおこう。

 

「そうそう。委員長はその他に何か言ってなかったか?天霧に」

 

「え?ええ、そう言えば姉さんの件について、見つかる事を祈る、とか。何だか親切な感じでしたけど」

 

「ハッ。真顔で嘘を吐くのは政治家の特技だが、奴もそうらしいな」

 

「嘘、ですか?」

 

「ああ、奴はこの件についても、何か知っているはずだ」

 

「え!」

 

「まあこの件はいいんだが---」

 

「いや、よくないだろう!綾斗の姉の事だぞ」

といってもね。そろそろ隠しておけないと思ってるはずだ。

 

「心配しなくても後は時間の問題だよ」

 

「え!? 姉が見つかるんですか?」

 

「うん。多分、数か月以内」

そう、見つかる事は間違いない。それが再開と言えるかは微妙だが。

 

「・・・」

 

しばし、車内には低いエンジン音とロードノイズだけになる。オーディオのスイッチをいれるか。いや、まだいいな。

 

「何にせよ、委員長を信じ過ぎない事だね。あのおっさん、タイラントとつながってるぞ」

 

「何だと!」

お姫様、驚きは分かるけど車の中で暴れないでね。

 

「もちろん詳細はわからんが、奴がディルク・エーベルヴァインの計画に一枚噛んでいる事は確かだ。ただ妙なのはそのスタンスでね」

 

「スタンス?どういう事です?」

 

「どうもその計画に積極的では無い節がある。或いはその計画が本当にヤバイ物となった場合のブレーキ役になろうとしているのか?良い表現ができんが、そんな感じだ」

 

「先輩はどうしてそこまで・・・」

 

「ああ、俺の持っている情報量もそろそろ底が見えてきた。この面でアドバイスできる事はもう無いかもしれんな。他の事ならまだ言えるがね」

 

「他の事?一体何が?」

 

「男女の大人の交際について、だよ。まだ聞きたい事あるんだろう、お姫様」

 

「なっ!!」

 

「そうだ。どうせ時間あるんだろう?このままロートリヒトのホテルまで行くか。車で入れば誰にも見られないし」

 

「えっ!?」

 

「丁度いい。俺と美咲でお手本を見せるから―― 痛てて。頭叩くなよ、美咲」

 

「冗談が過ぎるよ!全く!」

 

「はっはっは。すまんすまん。だが俺も美咲もそっち方面のアドバイスはするつもりなんで、何かあったら聞きにきなよ。天霧、お前さんもだ」

 

「はい・・・。まあ、機会があったらで」

 

ふむ、苦笑であっても笑えればいいじゃないか。

しばらくは思い悩む事がないように、ね。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

ここしばらく、授業以外は結構忙しい。

新型ルークスのモニター。これはトライ、調整だけでなく評価と報告までするので手間がかかる。

そのかわり、報告書提出毎に一定の報酬が送られてくる。

車関係の維持費で苦しい中、結構助かっているが、まだ足りないな。まあ報酬の半分以上は煌式武装研の活動費に回しているので仕方ない。これはバイトしないとマズイか?このままじゃガソリンが買えなくなる。

 

バイトと言えば、仕事。

さて、卒業後の事を本気で考えないとな。

そう思って進路指導室に入る。別にまだ教師の指導を受ける訳ではないが、就職に関する資料をまとめて閲覧するならここが都合が良い。

ふむ、業種毎に揃っているな。ほう、求人票も出始めているのか。このあたりは変わらんね。

 

何となく、懐かしさすら感じる。

 

仕事探しも、こういう状況だと楽しい物だね。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再び、会長。

 

10月も後半のアスタリスク。

 

やっと本格的な秋になったね。

自分的にはもう少し後の方が好きな季節なんだが、今も充分快適だ。

生活も平穏、やっと学園生活を楽しめるようになってきた。うん?これってリア充ってやつか?

 

今日はルークスのモニターをちょっとお休みして、授業が終わるとそのまま美咲を連れて車で出かける。

アスタリスク市外に出れないのが残念だが、かと言って市内の道路全てを知った訳ではない。適当に知らない場所を走り回ると、陽が傾いてきた。

陽が沈むのも早くなってきたな。

 

今日は美咲の都合で夕方まで。

学園に戻ると、女子寮前まで送る。

さて。学園外の共有スペースに借りた駐車場まで戻るか。これだけが面倒なんだけど、仕方ない。

 

「こんばんは。深見さん。良い車ですね」

 

「会長・・・」

 

またしても、接近に気が付かなかった。

 

「お話があります。お時間、よろしいですか?」

 

 

 

※  ※  ※

 

 

ドライブ再開。外縁道路を再び飛ばす。

但し隣に乗るのは違う女。

まったく。嫌いなチャラ男かナンパ師みたいな事してるな。

 

「いいんですか。男の車にホイホイ乗るようなマネして」

 

「あらあら。深見さんこそ、瀬名さんに黙っていて良いんですか?」

見事に返されてしまった。

 

「そうは言っても、その辺で立ち話、という訳にもいかんでしょう。それに多分、あまり他には聞かれたくない類の話じゃないかな?」

 

「良く分かりましたね。流石です」

いや、何となくそう思っただけなんだが。

 

「先に言っておくと、グリプス出場の件はまだ決めてないよ」

と言っても、想いは卒業後就職、に傾いている。

 

「はい。それはゆっくり考えて下さい。今日聞きたいのはその話ではありません」

 

「では何だろう?」

 

「深見さん、貴方、誰ですか?」

 

ん?まさか。

 

「何を言っているのかな」

 

「貴方、一体何者ですか?」

 

ああ、そう来たか。

 

ギアを3速にシフトダウン。エンジンブレーキをかけながらフットブレーキで一気にスピードを下げる。

道路脇にある退避ゾーン(兼休憩所)に車を入れ、停止。

 

「質問の意味が解らない、とは言わないけど。何故、そう聞くのかな」

エンジンを切る。静寂。

 

「深見さん。貴方、変わりましたね。今年の4月からです」

あちゃー。詳細はともかく、気が付いたか。

 

「何故そう思うのかな?」

 

「こう言っては失礼ですが、貴方が星導館学園に入学してからの2年間は、何の実績も無い全く目立たない生徒でした。」

 

「そうだったかな?」

正直、その辺りの記憶は曖昧なんだが。

 

「それが今年の4月以降、自主的にトレーニングを始め、ルークスの調整、更に瀬名さんと組んでフェニクス出場。変わり過ぎではありませんか?」

 

「まあ傍から見ればそうなんだろうね。その変わり様に興味があると?」

 

「はい。でもそれだけではありません。綾斗とユリスに色々アドバイスされているそうですね。色んな事を知っているとか」

うーん。そこも気付かれたか。注意していたんだがなあ。

 

「まあ、俺の知っている事で、多少は役に立つならねえ。特に天霧は厄介な奴らに目をつけられているし、助けてやらんと」

あれ、こう言ったらまずかったかな。

 

「そうですね。私も貴方の知っている事に、とても興味があります」

そう言って微笑む会長。それだけ見れば見惚れる顔だが、声のトーンが違う。

しまった。余計な事を言っちまった。

 

「俺の知っている事などたかが知れている」

やばい。ひょっとしてこれは言わされたのか?

 

「そうでしょうか?」

 

陽が沈んだ。西の空はまだ明かりが残る。車内は弱いオレンジ色の光に満たされる。淡い光の中、美少女と二人きり。そこだけ見れば何ともロマンティックな雰囲気だが。

 

「怖いな。うん。会長怖い」

 

「あらあら。心外ですね。それで、何を知っているんですか?」

ちッ。誤魔化せないか。ならば反撃しちゃうよ。

 

「そうだな。例えば、会長が寮の自室に天霧を連れ込んで誘惑したとか?」

 

「え!?」

 

「バスローブ姿で迫って、胸を触らせるとか、マズイでしょ。お姫様が知ったら怒るぞ~」

 

「どうして・・・それを・・・」

 

エンジン始動。車を出す。

 

「いくら天霧が欲しいからって、最初から飛ばし過ぎだぞ」

 

剣呑なドライブは切り上げるとしようか。

ローギアでアクセルを踏み込み、加速する。ここからなら学園まですぐだな。

会長が何か言ってるけど、エンジン音で聞こえませーん。うん、このまま行こう。

 

 

 

再び学園女子寮前。

完全に陽は沈んだ。車内は照明の光だけ。

 

「それで、教えて頂けますか?」

 

「俺が何者かという事なら・・・一つだけ言うと、イレギュラー、とでも言っておこうか」

転生者、とは流石に言えないよな。

 

「イレギュラー、ですか・・・」

 

「ああ、念の為言っておくと、会長、貴女や、まして天霧達と敵対する意志も必要もないんだ。まあ疑ってくれてもいいが」

 

「いえ、信じます」

 

「そいつはありがたい。ならばもう一つ。会長も願いを叶える為にここにいる。そうだろ」

 

「・・・はい」

 

「その願いが何かは知らない。ただ、学園、ひいては銀河ともぶつかるような事なのだろう?」

 

「・・・驚きました。その事まで・・・」

流石の会長も本気で驚いているな。わかるよ。

 

「統合企業財体を敵に回しかねない、となると万に一つの可能性も無い、という事になるんだが、俺はもう少し目がある、と思っている」

 

「どうしてそう思われるのでしょう?」

 

「その為の布石は打ってきたんだろう?それに何より、統合企業財体って、そんなに優秀な組織か?」

 

「深見さん。貴方は一体・・・」

 

「ははは。まあ頑張れよ」

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

寮の自室。

 

グラスにビールを注ぐ。

今回は国産の黒ビールだが、探すのも手に入れるのも苦労した。

もっとも苦労に見合う味だな。

 

じっくり味わいながら、今日の事を考える。

 

会長にどこまで話すべきかな。

何にせよ年末まで、レギュラー陣にはイベントが無い。

そして自分の持つ情報はもう残り少ない。

今後どう関わっていくか、それも考えないとな。

 

やはり面倒なのはあの腹黒会長か。あれはあれで権力持っているので、マークされたら面倒、では済まされないな。いや、もう目を付けられているか。

完全に信頼されるには、何らかの協力、するしかないのかなあ。

 

あの子の願い。

とんでもなく困難らしいが、詳細が分からないと何とも言えない。

ただ、統合企業財体に付け入る隙が無いかというと、そうでも無いような気がする。

そもそも奴らが完璧に優秀なら、この世界はもっとマシな状態になっているはずだ。

 

まあ、どうするか良く考えて行動しないとな。今日のあれは不意打ちみたいだったから、余計な事まで言わされてしまった。

 

端末に着信。誰だ?

 

「よう。今いいか?」

 

「クラウスか。どうした」

 

「明日でも良かったんだが、ちょっと頼みがあってな」

 

「今度は何だ?」

 

「お前と、瀬名もだが、すぐじゃなくていい。大学部の研究室に付き合ってほしいんだよ」

 

「ルークスのモニターが終われば暇になるが、それからでどうだ」

 

「そうだな。来月になるか」

 

「ああ。で、今度は何をやる?」

 

「知り合いでちょっと面白い研究してる奴がいる。お前達に手伝って欲しくてね」

 

「わかった。内容はいずれ聞かせてくれ」

 

「ああ。じゃあ頼むよ」

 

ふむ。今度は何をやるんだろう。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

再度、進路指導室にて。

 

「就職先、探してるの?」

 

「ああ、結構気になる所、出てくるもんだね」

 

「やっぱり、就職する?」

 

「まだ決めてはいないが。進学するんだったらウチの大学部だ。それについては調べる事、無いだろ」

まあ他の大学に進学、という手もあるが、ちょっと無理があるな。

 

「そうね。あたしはどうしようかな」

 

「なんだか勢いで決めちまった事もあるが、進路自体は好きにしてくれ」

思わずプロポーズまでしてしまったし。

 

「あんたと一緒がいい」

 

「と言ってもな。大学部ならいいが、就職したら?同じ会社という訳にはいかないかも」

 

「その時は専業主婦?」

 

「それでいいのか?」

 

「まあ、やりたい事がある訳じゃないし。食わせてくれるんでしょう?」

 

「まあな」

 

人生決めるのは早い気もするが、美咲が良いならそれでいいか。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

秋、学園、日常

アスタリスクの秋も深まる。

かといって紅葉はあまり見れない。学園内、或いは公園の木の葉の色が変わったかな、という程度だ。

そろそろ市外にも行ってみたいものだ。

 

学園生活は平穏に過ぎて行く。

自分も多少おかしなな所はあるものの、一応は普通の学生をやっている。

先日、ルークスのモニター作業も一段落したので時間もある。

そうなると学生らしく、これまでの固定メンバー以外との付き合いも増えてくる。

 

その日も放課後、食堂にて、とりあえず話すようになったクラスメイトと適当に騒いでいた。

 

「なー深見。お前会長とも付き合ってるの?」

 

おおっ!と周りが無責任に盛り上がる。

 

「あー。その噂か?なんでそうなるかな」

ああ、最近良く会っているからか。この前なんて車で二人きりだからな。いいネタになっちゃたか。

 

「そうだよ。会長はアイツ、天霧にアレなんだろ?」

うん、それは正しい。

 

「天霧がつれないから深見に乗り換えたのか?」

 

「深見君、二股とはいけませんね~」

 

こいつら、好き勝手言いやがって。

 

「で、本当の所はどうなんだよ」

 

「ああ? 本当だったら今、俺はここにいないよ。美咲に刺されてる」

 

「・・・マジで?」

 

「あいつなら有り得る」

 

そう言って周りを静かにさせる。

バカ話もいいが、あんまりネタにされるのも面倒だな。

 

 

※  ※  ※

 

 

 

特に何もない日がしばらく続いた後。

美咲と共に大学部校舎に入る。例のクラウスの依頼だった。

何人か学生とすれ違うが、大学でも制服とは、違和感ありまくりだな。

美咲は周りをきょろきょろ見回している。そんなに珍しいかな?

 

「何か気になる所でもあるのか?」

 

「ん~。来た事無かったから」

 

「そうか。まあ用事もないだろうしな。あ、あれか」

 

認識工学研究室。

おおー。大学の研究室だ。懐かしい。まあここは自分が出た大学ではないが(当たり前だ)、こういう場所に入るのは約20年ぶりか。

 

感慨に耽ってドアの前で動かずにいたら、向こうからドアを開けてきた。

 

「おー。来てくれたか。まあ入ってくれ」

クラウス、先に来てたのか。

 

部屋はそれなりの広さで、パーテーションで幾つかに区切られている。壁際には色んな機材やらダンボール箱等が少し未整理な感じで置かれている。うん、工学部の研究室といった雰囲気。

 

「紹介するよ。刀根 麻里子。ここでジェネステラの感覚系について研究している」

 

そう言われて出てきたのは、白衣姿のいかにも研究者といった感じの女性。平均的なスタイル、セミロングヘアで地味な印象。まあ最近自分の周りは美少女ばかり目に入るので、厳しい見方になってしまっているかもしれん。

 

「刀根です。フェニクス見たし、話も聞いてるよ。よろしく!」

 

ほう。今まで関わってきた女の中ではいなかった、真直ぐに明るいタイプ、だな。面白い。それに・・・

 

「深見 令です。こちらは妻の美咲。よろしくお願いします」

 

「ちょ!あんた何言ってるの!?」

 

「あっはっはっは!いいねいいね。そうか~ 奥さんと思えばいいのね!」

 

「まあこんな奴らだけど。とにかくよろしく頼むよ、マリ」

 

ふむ。こりゃクラウスと付き合ってるな、この人。でも大学部で研究室にいるという事は、結構年上?まあそれはいいとして。

 

「で、俺達はどんな協力をすればいいのかな」

 

「さっきも言ったが、マリはジェネステラの感覚について研究していて、今のテーマは感覚の強化についてだ」

 

「そう。あたし達は常人を超える身体能力を持つけど、その身体能力って、肉体だけに限らないでしょ。五感や認識力も向上するはずだよ。それが目立たないのは、ジェネステラ同士の戦いでは差が出ないのと、やはり研究が足りないからだと思ってる」

 

「感覚の強化、か。なるほど。ただジェネステラの戦いでも例外はあったな。フェニクスの天霧綾斗。奴は何度か認識力の拡大、みたいな技を使っていたよ」

 

識の境地、だったか?見えない物が見えるのは便利そうだ。

 

「お、分かってるね~。うん、確かにあれは面白かった。ただあたしはその先を見てる」

 

「先、と言うと?」

 

「その強化した感覚を、ジェネステラ同士で共有できないか。そういう研究をしてる訳なんだ」

 

そりゃまた面白そうな事をやってるな。自分に分かり易く表現すると、個人単位での戦闘ネットワーク化、といったところか。

 

「じゃあ、あたし達に協力しろという事は、それのテスト?」

 

「瀬名さん、正解。もう理論構築は終わって、あたしとクラウスで基礎的なトライはできてる。後は実際に戦える人で実験したかったの」

 

「ま、お前らが適任だよ。色々な条件でな」

 

なるほどね。何にしても興味深い。来年の事は決めていないが、認識力が向上するに越したことはないな。今までは、例えば界龍の双子のような姿を消す相手には手も足も出ない。それが対応できるようになるなら悪い話ではないな。そして感覚の共有もそうだ。使い方によっては天霧達が決勝で見せた技の再現ができそうだな。

 

「了解。では何から始めるんだ?」

 

「説明するよ。まずはこれを見て」

 

3Dモニターが展開され、様々なデータが表示される。

うん、中々面白そうだね。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

数日後。

今日は研究室でのトライアルは無し。

 

例によって放課後、美咲とドライブ、アスタリスクを一回り。

学園に戻ると、女子寮前まで送る。

さて。学園外の共有スペースに借りた駐車場まで戻るか。これだけが面倒なんだけど、仕方ない。

 

ん、これは前と同じパターンか?

 

いや、今度は気が付いた。

 

「相変わらず、仲がいいな。先輩方」

背後から声がかかる。

 

「付き合ってまだ半年さ。そこまで飽きっぽくないよ。そう言うそっちはどうなんだ?」

 

ありゃ。返事が無い。つまりそういう事か。振り返ると憂い顔のリースフェルトさんであった。

 

「お前さん達も出会って半年近いだろうに、差がついたな。で、その辺りを相談したいと。そんなところか?」

 

「・・・ああ、実は。時間、あるだろうか?」

 

「いいよ。乗りな」

 

今回の相手はお姫様か。まあいいでしょう。

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

変える理由も無いので、この前と同じ場所に車を止める。

湖水の向こうに星導館学園が良く見える。中々に壮観だな。

 

「それで、天霧との仲を進展させたいんだな」

 

「・・・ああ、そうだ」

 

「気持ちはわかるよ。あれ程の男はなかなかいない。将来はもっと凄い奴になるんだろうな」

 

「私もそう思う」

 

「では君は、それ程の男の心を、どうやって掴むつもりなんだ?」

そう言えば、前も聞いたな、これ。

 

「あ。確か冬休みはリーゼルタニアにご招待、だったな」

 

「・・・今更だが、本当に何でも知っているんだな」

 

「そうでもない。別に秘密でもないんだろう。で、ついでに調べた結果だが、かなり厄介な状態にあるな。リーゼルタニアって国は」

 

「確かに、そうだな」

 

「で、君の立場と性格からすると、あの国の有り様をそのままにしておく事はできない」

 

「・・・私は、あの国を変えたい」

 

「その為のグリプスか? まあアイツは何も言わなくても付き合うよ。君が一緒ならね」 

 

「・・・そうか」

一瞬だけ、お姫さまの表情が和らぐ。

 

「問題はその後だな。君のプランがどうあれ、統合企業財体とぶつかる事になるだろう。その時、天霧はどうするかな?」

 

「綾斗は・・・私を助けようとするだろうな」

 

「何だ。解ってるじゃないか。『ユリスの力になりたい』だっけ?それがあいつの成すべき事だそうな。言うなれば、リーゼルタニア王女の剣、という立場か」

 

「私の剣・・・だと?」

 

「君が望めば、あいつは統合企業財体さえ叩き斬るだろう。ああ、斬るというのは比喩的表現だが、この先も力を伸ばして行けば、比喩じゃ無くなるかもしれん。全く凄まじいな」

 

「綾斗にそんな力が?いや、もしかして!」

 

「ああ、力の封印を完全に解除したらどうなるか。ちょっと想像がつかないね」

 

「・・・本当に・・・私は・・・ どうしたらいいんだ」

 

「これ以上天霧に負担を掛けたく無い、関わらせたく無いならそう言って、付き合いを断つしか無かろう。もっとも奴が納得するはずはないけど」

 

「ああ、綾斗はそうだ」

 

「だったら答えはもう出ている。これまでの、そしてこれからの天霧の献身を考えるなら、君の全てを捧げるしかないだろう」

 

「全て・・・」

表情に朱が刺すのは夕陽のせいじゃないな。

 

「そういう事だ。まあそうは言っても大変な事ではあるな・・・」

 

 

まあ、まだ時間はある。

良く考える事だね。お姫様。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冬の始まり

土曜日の午後。

放課後、大学部の研究室。

 

認識力の拡大、は意外に早く目処がつきそうだった。

結局は万能素(マナ)をどう使うか、という事なので、元々素養のあるジェネステラであれば感覚の強化やそれ以上の能力に転換するのは難しくない。

 

一方で感覚の共有、これは難題だった。

自分の認識を発信する事は、マナを利用する事で理論上は可能だった。

では伝わった認識を相手がどう処理し、理解するか?それが難しい。

理論構築は終わっているそうだが、実際にやってみると、これがうまくいかない。

どうやらかなりの時間が必要になりそうだ。

 

大学部を出ると、寮に戻らずそのまま車を出す。

今日の美咲のリクエストは商業エリアのアウトレットモールだったな。長い買い物になりそうだ。

 

「令、あなたお姫様と何か話したの?」

 

「うん?ああ、この間ね。また天霧の事で相談に来たんでね」

 

「それでか・・・あの子、昨日私の所にも来たよ」

 

「ほう。美咲には何を聞いてきたんだ?」

 

「ん~。解りやすく言うと、男に抱かれる時、どうしたらいいか、とか」

 

「おおっと。何ともストレートな」

 

「あと、そういう状況にするにはどうしたらいいのか、なんて事も」

 

「こりゃ本気だな」

 

「前から本気だよ。あの子」

 

「という事はやる気だな。遂に決意したか」

 

でもあと1か月もするとリーゼルタニアご招待だ。その時、他の女達との関係が微妙になるな。それでもいいのか?お姫様。

 

「とにかく美咲、この事は・・・」

 

「わかってる。誰にも言わない」

 

こんな事が世間にバレたら大騒ぎになるな。

 

「でもねえ。仮にも第1王女様がそんな事をしたら・・・。天霧もたたじゃすまないね。王様とか怒るんじゃない?」

 

「いや、どうかな。国王やってるあの子の兄貴なら、案外笑って許すんじゃないか」

何しろいきなり結婚しろ、なんて言う位だからな。

 

「そうなんだ。それじゃあの子は幸せになれるかもね」

 

「そうだな」

 

幸せか。なるほどね。そう言う見方もあるか。

ならばそろそろあいつらの仲に口出しするのは終わりにしようかな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

自室にて。

さて、こんな物か。

 

EUROX社の試作ルークスのモニターも終わる。

報告書のフォーマットに書ける事は全部記入して、クラウスに送る。そうすれば後は奴が綺麗にまとめるだろうから、自分の仕事もそれで終わり。

 

肝心のルークスだが、結局は自分が使っていたモデルのパワーアップバージョンの域を出なかった。

拡張機能、あるいは追加機能も幾つか試したが、どうもしっくり来る物が無かったな。

他に追加というと、それこそ射撃機能の付加もあるが、オプションでは威力は知れている。とても銃型ルークスには及ばない。

まあ、アイデアとしてはあったが、自分もクラウスもそっちは完全に専門外だ。周りで銃に詳しいと言うと・・・

沙々宮位しかいないな。相談程度はしておいて良かったかも。

いずれにしてもモニター期間はもう終了だ。

良い小遣い稼ぎだったんだがなあ。

 

ん?端末にメール着信。誰だ?

 

・・・ほう、これは・・・

 

クラウスに聞いてみるか。

 

「よう。メール見たか?」

通話が繋がるなり話し出す。

 

「いきなりだな・・・ああ。EUROXの件か?」

 

「ああ。招待状、という事だが」

 

「別に断る理由もないよ。来月の事だし、スケジュールはどうにでもなる」

 

「そうだな。行くか」

 

「そうしよう」

 

モニターのお礼に、との事だが、パーティーの招待。

正確にはEUROX JAPAN。

EUROX社の日本、同時にアスタリスクでの拠点になる、それなりの規模の会社からの招待だった。

自分とクラウス、そしてそのパートナーと言ってきている点が面白いな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

特に何も無い放課後。

そろそろ寒くなってきたな。

空は鉛色。とは言えその程度で気分が沈む事もない。

この世界でも全ての季節を体験できて、むしろほっとする。冬は嫌いじゃないしな。

 

そういえばそろそろ初雪になるか。その時は車の扱いには注意しないと。

道路は除雪されるだろうが(自己融雪式路面、というらしい)そもそもFR車は濡れた路面に弱いからな。駆動力の設定変更だけで対応したいが、無理ならタイヤも変えるか?また金かかるな。

 

等と考えつつ、寮に向かう。

と、その途中で天霧に会う。

 

「こんにちは。先輩」

 

「よう。元気そうで何より」

 

ふむ、天霧君の様子は至って普通であるな。この分じゃお姫様とは進展なしか。

 

「そう言えば冬休みはヨーロッパ旅行だろう。良かったな」

 

「ああ、ご存知なんですね。ユリスに頼まれて、リーゼルタニアに行く事になりました」

 

「お姫様、いや、国王からの招待だね。楽しいとは思うよ。まあそうじゃない事もあろうが」

 

「・・・何か、あるんですか」

 

「多分ね。一つだけ教えておくと、セル=ベレスタは常に持っていろよ。少しは状況を楽にできるだろう」

 

「そう、ですか・・・」

 

「まあ、武器の携帯が制限される場もあるだろうが、そういう時も何とかごまかして手放すなよ」

 

「わかりました」

 

「まあ、そう深刻になるな。保険とでも思っておけばいい」

 

「保険、ですか」

 

「そう、保険さ。帰ってきたら向こうの話を聞かせてくれや。じゃあな」

 

「はい、ありがとうございました」

 

うん。今はこんな物だな。

 

 

 

さて、その冬休みだが、どうやって過ごそうか。

 

アスタリスク市街へ出る許可は出やすくなるが、それは帰省という理由があればだろう。自分の場合はどうかな?そもそも帰る所など無いし。まずは美咲にも聞いてみて、それで考えるんだな。

本当にやる事が無かったら、大学部の研究室にとことん付き合ってもいいし。

 

あれは面白い。

一つ、思いついた事がある。

研究者は感覚の共有、を考えているが、自分はあれを応用すると新しい戦法が使えるんじゃないかと思った。まだイメージだけでしかないが、実現できれば相当な戦闘力向上が見込める。まあ、実現するには進学して、あの研究室に入る事まで考えないといかんだろう。

 

進学、か。

迷うところだな。

もう一つの道、就職については、エントリーした企業の全てから面接の案内が来ている。

なんと書類選考突破率100%だ。まあ5社しか出していなかったが。

後、何故かエントリーもしていないのに警備隊からも打診があった。人手不足なんだね。

まあ警備隊は除外するとして、本当に興味があるのは1社か2社になるが、スケジュールが合う限り面接は受けてみるか。高卒の採用試験だ。あまり固く考える事もない。前世の転職活動よりはマシなはずだ。

 

だがここに来て、進学という選択のウエイトも大きくなってきたな。

そろそろ本気で進路指導担当に相談してみるか。

 

だが、最終判断は自分だ。

 

少し考え過ぎたようだ。

自分でも気付かぬうちに寮へ向かう遊歩道で立ち止まっていた。

気が付かなかった事はもう一つ。

 

「深見先輩ですね」

 

誰だろう。知らない男が目の前に立つ。先輩と言ってくる以上、年下か。かといって中等部ではないな。

 

「何かな?」

 

「2年3組。トニー・ハドリー。決闘を申請します」

 

忘れてた。

星導館学園、いやアスタリスクにはこれがあったんだ。

公式序列戦を完全にスルーしていて気にしていなかったが、今の自分はある程度だが、挑まれる立場でもあった。

 

さて、どうしたものか。

 

改めて目の前の生徒を見る。

体格は似たような物。ヨーロッパ系か、彫りの深い、整った顔をしている。モデルでも通りそうだな。

確かページワンには名前が無かったはずだ。しかし雰囲気はそれなりに戦えそうな感じがする。

 

「理由を聞いていいかな?」

 

「フェニクス優勝者と互角に戦った人に興味を持ってはいけませんか?」

 

互角は言い過ぎだが、こういう奴が出てくるのは予想しておくべきだったな。しかし大会終わってしばらく経つんだが。ああ、自分がその後も表に出ないので痺れをきらしたか?

まあ、やってみるか。

本気の1対1の戦いは初めてかな。

ちょっとブランクはあるが、ルークスのモニターと研究室の手伝いで身体は動かしているし、ルークスの発動体も持っている。モニターついでに修理させた、共にフェニクスを戦ったやつだ。

 

「決闘を受諾する」

 

校章が光り、情報処理が始まる。

 

さて、どこまでできるかな。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決闘

決闘。

アスタリスク名物だが、自分にはこれまで縁が無かった。

そして本気の1対1の戦いは初めてじゃないか。うーむ、どうする?

と言って断る理由もあまりないし。

 

まずは制服上衣の腕をまくってルークスを起動。お馴染みとなったガントレットに両腕が包まれる。

相手のルークスは・・・ほう、ハルバードか。長さは2mを軽く超えている。比較的扱いが難しい武器だが、これをまともに振り回せれば、相当の使い手という事になる。

 

校章が発光し、ホストコンピューターとリンク。戦闘情報処理が始まる。カウントダウン、そしてスタート オブ ザ デュエルのコール。

決闘開始だ。

 

さて、長柄武器を相手取るのは久しぶり、というかフェニクス2回戦の1回しかない。それも短時間だ。どうやる?

警戒しつつゆっくり近づく。さて、どんなものか。

 

奴が動いた、と思った瞬間、目の前を風が切る。

ハルバードが水平に振り抜かれた。速い!この距離が奴の間合いか。

続いて斜めに2撃、3撃と来る。単純に躱すには少々辛い。だがリーチとしては天霧のセル=ベレスタよりいくらか長い程度、といった感じ。スピードはそれより劣る。うん、何とかなるな。

では、こちらも。

 

一歩を踏み出す。

すかさず降って来るハルバードの刃を左腕のアームガードで受ける。

 

「うおっ!?」

 

受けきれない。慌ててバックステップで逃げる。なるほど重い打撃だ。剣と同じに考えるとまずいな。片腕では抑えられない。だが逸らす事は---うん、できるな。鋭い突きを弾きながら前進。こちらも鋭いストレートでお返し。だがギリギリで届かない。奴は強引にハルバードを振り、距離をとる。

 

さて、次はどうする?

 

ちらっと周りを見る。

結構ギャラリーが集まってきたな。美咲の姿もある。慌てて出てきたのか、ラフな格好をしているな。不安そうではある。

 

ん?相手からのプレッシャーのような物を感じる。

ハルバードの刃にプラーナを集中させているな。何かやる気か?

今度は向こうから踏み込んできた。同時に真上から刃が来る。これは敢えて避けない。頭上で両腕を交差して受け止める。

瞬間、プラーナが弾けた?目の前が閃光で真っ白になる。視界を奪われた!

奴が正面にいない!どこだ?多分後ろのはず。

そこまで考えて反応しかけたところで、背中に衝撃。地面に倒されるが、そのまま転がって距離を取る。

 

すぐに起き上がるが、これはキツイ。かなり痛む。亀裂骨折かもしれん。プラーナの防御を突破してこのダメージ。やはりこいつ、並の相手じゃない。

見事にやられたな。

だが、同じ手は食わないよ。

間合い近くまで一気に踏み込む。突きを躱してダッシュ。フェイントをかけて側面に回る。しかし奴のハルバードの柄が迫る。ガードしながら離れる。厄介だな。

すかさず刃が飛んでくる。これは・・・来るな。

アームガードで受けた瞬間に閃光。奴の姿が消える。

 

甘いよ。

 

今度は感じる。目は閉じたままでいい。

8時方向か。身体を回転させて繰り出される刃を躱し、左のガードで弾く。右腕に回転の勢いも乗せて叩き込むと手ごたえ有。まあ視界ゼロだったので狙いは逸れたが、有効打と言っていい。

 

目を開く。奴は戸惑っている。

そうだね。今の反撃が故意か偶然か、この一度じゃわからんだろう。

 

もちろん、勘でも偶然でもない。

 

認識力の向上。その研究に付き合っていると、視界外の警戒もできるようになる。実戦で使ったのは始めてだが、このレベルの戦いなら充分に対応できる。

 

それはいい。だが現状攻撃力が問題か?

リーチの差はどうしようもないが・・・リーチ?

そうか。少しならリーチは伸ばす事ができる。アームパンチ機能を使えばいい。当然相手も警戒しているだろうが、ならば素直にやらなければいい。

よし、行けそうだ。

 

再びプラーナのフラッシュを使ってきた。

視界は無くなるがプレッシャーの方向は感じ取る事ができる。今度は左斜め上方か。振り下ろされるハルバードを躱して着地点に飛び込む。左右のストレートを入れるがリーチの限界から浅い打撃になる。

うん。これで奴はこちらの対応を理解しただろう。

 

次は小細工無しでくるな。

 

ハルバードを水平に構える。

ん?メテオアーツか?

いや、違うな。プラーナを集中させているが、何かの技に転換しようとはしていない。

自前のプラーナとルークスだけで全力攻撃って訳か。大した物だよ。

 

来る!

 

「オオッ!!」

 

速くは無い。だが重い斬撃。

水平振りは躱す。すかさず来る追撃は真上から。

今度は両腕で受ける。

凄まじい衝撃に全身が震え、凍り付くような感覚になる。

 

だが、動ける。

 

ハルバードを戻す一瞬。その瞬間に合わせてダッシュ。一気に間合いを詰めて両拳の連打。

強烈な手応え。

三発目が校章を捉え、砕く。

 

エンド オブ デュエル。

 

「何とか勝てたか」

 

「一体・・・何故?」

奴は胸を抑えながら呟く。ああ、ちょっと痛いと思うよ。

 

「俺のリーチを見切ったと思ったんだろうな」

 

腕を上げる。

軽い作動音と共に、前進していたアームガードが戻る。

 

「それは・・・」

 

そう、最後の打撃の直前、アームガードを最前進させてロックしていた。つまり自分の拳が150mm延長されていたと同じだ。本来、作動試験中に使う機能だが、こういう使い方もある。

 

「なるほど。やられましたよ」

 

静かに、それだけ言って相手は去って行く。ふむ、ハドリーとか言ったな。面白い奴もいたもんだな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

「ちょっと令、あんたの背中、酷い事になってるよ!」

 

決闘の翌日、夕方。

いつものようにロートリヒトのホテルに入って、一戦交える前に一緒にバスルームに入ったのだが、美咲を驚かせてしまったようだ。

 

「昨日は大した事無かったと思ったんだがなあ」

 

「メディカルチェックも受けなかったの?」

 

「あ~。まあ・・・」

 

「駄目でしょ。ホントに痛くないの?」

 

「実は・・・ちょっと」

 

「はあ・・・全くしょうがないねえ。今から治療院に行く!分かった?」

 

「・・・」

 

「そんな顔してもダメ!」

 

 

 

抵抗むなしく美咲に引きずられるようにホテルを出た。残念。

諦めて車を走らせる。うーん。怪我が治ったら滅茶苦茶にしてやる、と言ったら痣が一つ増えた。

 

「それで、序列はどうなったの?」

 

「ああ、それか。26位だ。ネームド・カルツには入ったが、微妙な位置だな」

 

「誰もあんたを26位だとは思わないだろうけど」

 

「そりゃお互い様だろう。お前の29位こそ誰も信じないさ」

 

とは言え美咲はともかく自分はページワン レベルの力があるかというと微妙だな。

以前会長が言ったページワンに『準ずる』というのが正解だろう。

 

治療院に入る。

連絡はしておいたが、ほとんど待ち時間無しで診察に案内された。そんなVIP待遇される覚えは無いんだが、と言ったら怒られた。定期健診の案内を無視していたんだ。すっかり忘れていたよ。

ちなみに背中の負傷もかなりの物で(やはり肋骨に亀裂有り・・・)年明けまでの通院となってしまった。

わかってはいたがこの身体、ジェネステラとしては回復力が低いのがつらい。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

12月も中旬に入る。

自分の記憶ではこの時期、世間とメディアはクリスマス!で騒ぎだすんだが、アスタリスクはそうでもない。

まあ、どうでもいいか。学園はそれよりも冬季休暇が近い事の方を気にする奴が多いな。

 

で、クリスマスではないが、パーティーである。

 

例のルークス製造企業、EUROX社の日本拠点、アスタリスク・オフィスにて。

自分は当然美咲を連れて行く。クラウスはどうするのかと思ったんだが。

 

「やはり部長ですか。しばらくです」

 

「うん。今日はよろしく」

 

まあ関係者で行くのが無難だな。

 

「じゃあ乗って下さい」

 

「頼むよ」

 

では車を回すか。しかしパーティーと言っても、仕事絡みだよな。振舞いには気をつけるか。

いや、高校生の発想じゃないんだけどね。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パーティーと再会

さて。

パーティーなんて久しぶりだが、まあそれはいい。

本来酒が入るものだが、高校生が飲む訳にはいかないな。

その分車が使えるからいいか。前世でも飲酒運転だけはやらなかったのだ。

 

という訳で、招待者からの送迎を断って自前の車で出向く。本当にらしくない高校生がいたもんだ。

12月のアスタリスク、少し慌ただしく感じてしまうのは自分だけだろうか。

目の前に3Dモニターを展開させてマップ表示、ナビゲートに従って運転する事しばし。

着いたのは市内中心に近い高級ホテルだった。

格としては、何度か使ったホテル・オーザバルと同程度か。

地下駐車場に車を置くと、エレベーターでメインホールまで直通。

 

会場はまあ、企業のパーティーとしてはこんな物、だな。受付で到着を入力しながら中を覗くと、招待客、関係者は大人ばかり、スーツ姿が大多数、ドレス姿が少々、制服姿は・・・ほう、アルルカントの連中が数人いるか。まあそんなところだな。

隣を見ると連れの二人が落ち着きを無くしている。

ああ、こういう場は始めてか?

そこへ一人の中年男性がやって来た。

 

「失礼、星導館学園の皆様ですね。本日ご案内をさせて頂くEUROX JAPAN総務部の村上と申します。よろしくお願いします」

 

そう言って差し出される名刺を両手で受け取る。総務部長 村上ロベルト、とある。結構上の人が出てきたな。

 

「ご丁寧にどうも。こちらこそよろしくお願いします。何分学生で、名刺は持たないのでご容赦願います」

 

何だか自分が代表みたいになっているが、いいのかな?

 

「お気になさらずに。開会まで少し時間ありますね。こちらの部屋で少しお待ちを。皆さんは特別ゲストですから、開始後に登場、となっております。できればそこで、一言ご挨拶を頂きたいのですが」

 

「そうですか・・・」

 

ちょっと待て。そんなの聞いてないよ。

 

「難しいですか」

 

「いえ、何とかします。まあ手短になりますが」

 

「それで充分です。ではよろしくお願いします」

 

うむ。一つ手間が増えたが、何とかするか。

 

「令、大丈夫なの?」

 

「何だか任せきりみたいだが、いいのか?」

 

「かまわんよ。別に大したことじゃない」

 

「深見君、余裕だね。何と言うか・・・」

 

まあ、ここは高校生の皮を被ったおっさんの出番だな。

 

 

 

程なくしてパーティーが始まる。といってもこういう企業のパーティーの最初はお偉方の挨拶、というのはこの世界でも変わらない。それが終わるまではあからさまに飲んだり食べたりできないな。

この場合はその面倒なお偉方に含まれてしまった。

だからなるべく短く行こう。

 

「さて本日は、先のフェニクスで活躍された星導館学園の方を特別にお招きしております。わが社のルークスと共に戦ってくれた深見 令様、そのパートナーである瀬名 美咲様、お二人をバックアップした煌式武装研究部のローウェル部長、ヒルシュブルガー副部長です。では、皆様どうぞこちらに」

 

拍手と共に会場の一角に作られたステージに引っ張り出される。

さて、やるか。

 

「では、深見様、お願いします」

 

「はい。僭越ですがご指名ですので、挨拶させて頂きます。本日はこのような素晴らしい場にご招待頂き、感謝しております。先のフェニクスにて、自分達の戦いによって皆様に新たな可能性を示す事ができたのであれば幸いだと思っています。またその後、御社ルークスのモニターにてご一緒に仕事をさせて頂きました。お互い良い結果を出せたと思います。どうもありがとうございました」

 

一礼するとまた拍手。

ま、こんなものか。

 

自分達の出番の後は、EUROX本社の事業部長、つまりは役員が出てきて乾杯。やっと本当のパーティーの始まりだ。

ソフトドリンクを一杯呷った後、ウチの部長の評価。

 

「深見君、何と言うか・・・あっさりこなしちゃったね。感心するわ」

 

「いや、部長もこの位は何とかなるでしょう」

結構いいかげんな挨拶だったんだが。

 

その後は千客万来、とはならず、数人の社員が軽く話しかけてきただけ。

まあちょっと普通じゃない高校生だが、社会人から仕事絡みの話を振られても気疲れするだけだし、楽しめない。そうならないように配慮してくれたのは・・・

 

「どうも。先程は無理を言ってしまいましたが、上手くやって頂いた。ありがとうございました」

 

多分この人か、村上部長。

 

「ちょっとおかしな挨拶になってしまいましたよ」

 

「いえいえ。中々の物です。ああ、この後は無理はさせませんので、ゆっくり楽しんで下さい。それではこれで―――」

 

彼が言いかけた途中で驚きの表情になる。同時に背後から僅かなざわめきが聞こえる。なんだ?

 

振り向くと会場入り口に、アルルカント・アカデミー最大派閥の代表がいた。

 

「これはこれは」

 

「令、あれって確かフェニクス準優勝の」

 

「ああ、その片割れ、カミラ・パレートだな」

 

おーおー。早速囲まれているねえ。挨拶攻めにあっているが、流石に動じないな。

 

「このパーティーに出てくるとはね。ルークスの技術開発で関わりでもあったかな?」

 

「そう言えば深見君、面識あるんでしょ」

 

「・・・」

 

「まーちょっとだけ」

部長、そんな話の振り方はやめて!美咲の機嫌が。

 

「そうらしいね・・・」

急降下だな。こりゃ後で大変だ。

 

「大体あの時はクラウスも一緒だった。メインはそっちだろ。その後会ってないし」

 

「・・・どうかしらね」

 

急いでフォローするが、当事者の一人が台無しにしてくれた。

 

「やあ。深見君。また会ったね」

 

うわー。当の本人が来ちゃったよ。美咲の眼つきがはっきりわかる程鋭くなる。

 

「貴女が招待されていたとはね」

 

「武装開発で関わりがあった。正直出席するか迷っていたんだが、君がいたとは来る価値があったかな」

こいつまで困った話の振り方をしてくれるなあ。美咲だけじゃなく、周りの大人達もこちらを見る目が変わったぞ。

 

「そりゃどうも。ではまた後で」

 

「いや、この前の話の続きをしたいんだが」

 

「ストレートにきたね。こういう場所じゃどうかと思うぞ?」

 

「それも考えてある。こちらに」

 

そう言われて少しはなれた壁際に移動する。周りの視線が痛い。

 

「それで、エルネスタの事だが」

 

「おいおい、こんな所で・・・話していいんだよな、多分」

 

「察しがいいね。周囲に空気振動を遮断するフィールドを展開しているから、盗聴は不可能だ。私の立場だと、こういう装置は常に持ち歩いているのだよ」

 

「流石はフェロヴィアスのトップだな。で、お友達に何か気になる事でも?」

 

「ああ。あいつはアルディとリムシイの修復を終えて、3体目のパペットを考えているらしい。だが・・・」

 

「なるほど。既にそこまで!あの子、性格はともかく天才には違いない。で、ウルム=マナダイトは手に入るのかな?」

 

「それだ。かなり難しいはず。となると学外をあてにするしかないが、それは―――」

 

「なんだ。わかっているじゃないか」

 

「やはり、レヴォルフ、いや、タイラントか」

 

彼女がため息をついた。そんな仕草も様になるねえ。

 

「レヴォルフの不機嫌男が、新たなウルム=マナダイトを餌に君の友人を何らかの計画に引き込もうとしている。その計画が何なのかは分らない。ただ奴らは、計画の詳細を知らせるつもりは無いようだね」

 

「奴ら、と言ったか?」

 

「ああ、現フェスタ実行委員長も絡んでいるよ」

 

「それは・・・! 厄介そうだね」

 

「言うまでもなかろう?まあ計画の中身はともかく、奴が君の友人と接触したと知ったとき、俺が最初に思い浮かんだ言葉は『使い捨て』だ。気をつけた方がいいね」

 

怜悧な表情に憂いが重なる。いささか面倒な奴だが、恩人かつ親友の置かれた状況を考えれば、そうもなろう。

 

「忠告、感謝する。この礼はいずれ」

 

「ああ、またな」

 

内心はともかく、去って行く姿は颯爽としている。やはりいい女だな。半身サイボーグなのが実に惜しい。

 

「令、何を話したの?」

 

もう一人のいい女がやって来た。さて、どう言ったものかな?

いや、浮気するつもりはないから!

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決断

予想外の再会はあったが、その後は普通のパーティーだな。

いや、自分以外の3人にとっては会社の懇親会など普通じゃないだろうが。

 

「あんまり気にせず飲み食いしてりゃいいさ」

 

「そうなの?」

 

「ああ、ルークス絡みの話を振られたらクラウスか部長に任せればいい。お?このアイスバインとザワークラウト、実に美味いな。流石ヨーロッパ系企業」

 

「あんた洋食派だったっけ?」

 

「いや。これは黒ビールに良く合うんで好きなんだが・・・ここで飲めないのが残念だな」

 

「またそう言う事言って・・・」

 

 

 

その後はあまり波風立つ事もなかった。

クラウスと部長はEUROXの社員と技術論でそれなりに盛り上がっている。

アルルカントの連中も近づいてはこなかった。カミラ・パレートの周りで固まっている。

そんな訳で自分はほとんど美咲相手に雑談して過ごす。

 

「いかがでしたか?今日のパーティーは?」

 

そろそろ時間、と思った所でやって来たのは村上部長か。

 

「中々の非日常を体験できて面白かったですよ。部長」

 

「そういう時間を提供できたら何よりでした」

まあ、今の自分にとってはまだまだ毎日が非日常なんだけど。

 

「ところで深見さん、来年は大学部ですね。学部はどちらに?」

 

「ああ、実はまだ進学か就職か、決めていないんですよ。いや、判断が遅いのは分っています」

 

「ほほう。就職もあると。では弊社はどうですか?」

そう来たか。これはこれは。

 

「有り難い申し出ですが、今からで間に合うんですか?」

 

「その辺りは私が何とかします」

ああ、総務部長だもんね。

 

「なるほど。では考えさせて頂きます」

 

「是非。ところで一つお聞きしたいのですが」

 

「何でしょうか?」

 

「深見さんは沙々宮紗夜さんをご存じですか?いや、差支無ければ・・・」

 

「一応の面識はありますね。ああ、やはり彼女の煌式武装が気になりますか」

 

「はい。率直に言って実に興味がありますね。何とか一度、お話だけでもと思っております」

まあ、煌式武装メーカーとしてはそうなるな。本当はあの子の親父さんが目当てだろうが、そういう話は全部断っているらしいし。

 

話が妙な方向になってきて、美咲が心配そうにしている。だがまあ、この程度はいいか。

 

「この場でお約束はできませんし、時間もかかりますが、聞いてはみますよ」

 

「よろしくお願いします」

 

 

それなりに面白かったパーティーも終了。当然ながら最後の挨拶もお偉方で、一本締めでもするかと思ったが、流石にそこまで日本企業的では無く、普通に拍手で終わりだった。

明日は休みなのでこのまま美咲と二人で、としたかったんだが今回は煌式武装研のの二人が一緒なので真直ぐ学園に戻る。

ちょっと道路は混雑気味だな。しかしまだまだ運転は楽しいので構わない。

市街地を抜けると一気に視界が開ける。前方に星導館学園、その上に冬の星空。そんな景色もいい感じだ。

 

 

※  ※  ※

 

 

 

早朝。

 

制服の上に、適当にハーフコートを引っ掛けて寮を出る。

(寒い・・・)

ここ数日、冬らしい乾燥した晴天が続いている。気温はマイナス2~3℃あたりだろう。空を見上げる。少しだけ夜が青くなってる。

こんな時間に出歩くのも久しぶりだ。辺りは静まりかえっている、と思いきや、小さな足音?いや走っているのか。

暗がりの中から現れたのは・・・

 

「深見先輩?ですか。おはようございます」

 

「刀藤か。早いなあ」

 

レギュラーの一人だが、まともに話すのは初めてだな。

 

「先輩も、どうしたんですか?こんな時間に」

 

「目が覚めちまってね。良い機会なんで夜明けのアスタリスクで飛ばしてみようと思う」

 

「そうですか・・・気をつけて下さい」

 

「刀藤もな。早朝のトレーニング、ずっと続けているんだろうが、流石にこの時期は要注意だろ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

冬用とは言え、トレーニングウェアで一番冷え込む時間に動く。大した物だよ。

まだ子供なのに。何とも厳しい生き方をしているな。だからこその強さなんだろうが。

 

 

 

駐車スペースが見えてきた所で、キーのリモコンを操作。

エンジンは一発でかかった。そこは旧車とは言え、自分からすれば未来の車だ。

ドアを開けると急速暖房による暖かさが上がってくる。

コートを放り込んでシートに座る。ベルトをオートに設定して、シフトレバーを1速に入れてクラッチを上げる。

ゆっくり進みだす感触。よし、路面凍結は無いな。

アクセルを踏んで学園を飛び出した。

 

外縁道路を何周かするうちに、東の空がはっきりと明るくなってきた。

冬の乾燥とはいえ、アスタリスク自体、クレーター湖という水の上に存在している。

気温と水温の関係からか、水面から少し水蒸気が立ち昇っているようだ。道路上もうっすらと靄がかかっている。

外縁地区の適当な公園に車を入れてエンジンを切る。

窓を開けて東の空を見る。

朝日が顔を出すにはもうしばらくかかるだろう。

 

何故こんな事をしているのか。

 

それは決断する為。将来を考える為。

 

進学か?それとも・・・

 

進学は当初考えていた道だ。

気楽な学生をあと何年か続けられる。自分の人生で一番良かった大学生活を、もう一度体験できる可能性を考えると心躍るものがある。

 

反面、デメリットもあるな。

まずは経済的な不安。何しろ無収入だし。バイトでどこまでやっていけるか。

そして新たな問題。

そもそも気楽な生活にならない可能性が高い。

こちらの方が厄介だ。

 

どうやら学園は自分を戦力としてカウントしたらしい。

そこはまあ、何とか逃げるとしても、このままだと今後の面倒な展開に関わる事になりかねない。

これは調子に乗って天霧や会長に知識を与えてしまったせいでもあるので、自業自得だ。

とは言え学園間、あるいはその上の暗闘に巻き込まれたり、使われたりする状況は考えたくもない未来だ。

 

自分の事だけでなく、美咲の存在もあるな。

あいつをヤバイ状況につきあわせるのも御免だ。

自分にとって久しぶりに、あるいは初めての『愛せる』女になりそうな存在だ。守って行かなければならないだろうな。

 

夜明けの空を見ながら考える。

これまで、何度も考えてきたが、もう決断を下すべき時期だろうな。

 

突然、目の前が真っ白になる。

眩しい。

そうか。日の出か。

 

まあ、そういう事だ。

 

それで良い。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「うん、第一志望の所は面接で余程のミスをしなければ大丈夫だね。他は面接すれば内定出ると考えていいよ」

 

進路指導室で担当教員と相談。

 

「では第一志望の六花技研に連絡を。他は後にします。面接はいつ頃になりそうですか?」

 

「先方は急いでいるな。多分年内で調整してくると思うよ。それから警備隊はどうする?」

 

「遠慮しておきます。それでは」

 

 

進路相談を済ますと、美咲が待っていた。

 

「決めたの?」

 

「ああ、多分今年中に結果が出るな。駄目なら第二志望だが、そうはならないだろうね」

 

「ふーん。何の会社だっけ?」

 

「アスタリスクのインフラ関係だな。特に水道システムに強い所だ。給料はまあ、それなり。現場作業の手当が色々あるのがいいね」

 

「そういえばEUROX社? はどうするの」

 

「悪いがパスだな。ルークスの技術はちょっと馴染めないな」

煌式武装研に所属はしているが、あれを仕事にするのはちょっと違う気がする。

 

「そういえば美咲はどうなんだ?」

 

「あ・・・あたし?まあ、その・・・」

 

「何だ?」

 

「実は・・・内定出た」

 

「はあ?お前面接してたっけ?」

それ以前にまともな就職活動していないだろ。

 

「・・・エントリーしたら内定だって。面接は後でいいって」

まるでバブル期の就職事情だな。いや、それ以前に大丈夫か?その職場。

 

「ここ・・・」

 

美咲が差し出した端末に表示された資料を見ると、商業エリアの大型デパートの一つだ。

 

「マジか。で、何をするんだ?」

 

「ファッションフロアの専属モデルと販売係、両方みたい」

 

「なんとまあ。ジェネステラで、ストレガで、フェスタ出場者がやる仕事なのか?ああ、まあお前さんは見た目はいいからなあ、それもありか」

 

「・・・そ、そうかな?」

 

「お前がやってみたいならそれもいいさ。案外やれるんじゃないかな」

 

こいつの進路も決まるか。

うん、いいね。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

年末年始

 

さて、冬休みだが。

 

休みだからといって、特にやる事も無く。

天霧達を見送った後は適当に過ごしている。

 

ああ、準備だけはしておくか。

 

 

新聞部にて。

 

「夜吹~、いるか~」

 

「あれ、どうしたんすか、先輩」

 

「またちょっと教えて欲しい事があってね。付き合えよ」

 

そう言って部室から引っ張りだす。フェニクスの影響で忙しいのは本当らしいが、君の仕事はそれだけじゃないだろう。

 

「で、今度は何のネタですか?」

 

「大した事じゃない。天霧がリーゼルタニアから戻る日を知りたいんだが」

 

「え、聞いてないんすか?」

 

「聞いてはいるがあくまで予定だろ。どうせ向こうでも色々あるんだ。予定通りに行くもんか」

 

何しろダンテのテロリストにエレンシュキーガルが出てくるんだぞ。

 

「え、何かあるんですか?」

 

「とぼけるなよ。お前さんも少しは関わるんだろ。会長の手駒になっているのは知ってるぜ」

 

「・・・こりゃあ参りましたね。わかりました。はっきりしたら連絡すればいいですか?」

 

「ああ。変更あってもすぐ知らせろよ」

 

そう言いつつ食堂のカードを渡す。

とりあえずはこれでいいか。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

さて。

結局会社の面接は年明けになったので、暇になってしまった。

どうしよう。

 

「どこか、行く?」

と美咲。

 

「まあ確かに、市外へ出るのも簡単な時期だが、どこがいい?あんまり思いつかないな」

 

アスタリスクの外がどうなっているか、気にはなっているが、さりとて行きたい所がある訳でもない。

前世で多少知っている首都圏は落星雨で酷い事になっているらしいし。

 

「暖かい所がいいよ」

 

「そりゃそうだろうが、車で行きたいからそんなに遠くは無理だな。往復500km以内ってとこだ」

何しろガソリンの入手に不安がある。全く異世界は面倒だ。

 

「それじゃ南の方で、温泉とか?」

 

「確かに暖かそうだが、それでいいのか?俺はかまわんが」

高校生にしては渋いね。ただこの時期、暖かくなる一つの方法ではある。

 

「じゃあどこかいいとこ探すね!」

 

嬉しそうに言うが、こいつ今回も帰省するとは一言も言わなかったな。やはり両親と何かあるのか、それとも・・・

それにしてもアスタリスクの学生って親と問題を抱えている奴しかいないのかねえ。

ま、人の事は言えないけど。

 

 

端末、モニター、3Dディスプレイに映される観光案内やらホテルのホームページ、評価サイトのランキング等々。どこに行くか、一応二人で選ぶ。

一応、となるのは今のところ経済力は美咲の方が上なので、彼女の発言力が大きい為だ。

自分は車を買った事による財布への打撃から回復していない。

そんな訳で、美咲の意見を丸呑みにして決めた旅行先は旧山梨県にある観光地+近くの温泉街、となった。

冬休みにつき、市外への外出申請も簡単に通り、さあ準備、と言っても何するの?とテンション上がったところで、不運がやって来た。

 

『今後の積雪量ですが、南関東の平野部で30cm、山沿いでは60cm以上と予測されています。交通機関への影響については―――』

 

「不幸だ・・・」

 

「・・・」

 

アスタリスクの夕焼けを見ながら、天気予報にため息をつく。

いくら何でもこれでは移動が成り立たない。

空の便?

問題は積雪だけでなく降雪だ。流石にこの世界でも、冬の嵐と言っていい気象条件ではどうにもならない。

 

「仕方ない。近場で遊ぶか。付き合えよ」

 

「うん。でも年明けに延期とか・・・?」

 

「面接があるからなあ。それに治療院にも行かないと。ちょっと無理だね」

 

「ああ、そうだったね」

 

この連休も適当に過ごして終わりだな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

休みの計画を立てても不運に邪魔されたので、今度は無計画でやってみる。

アスタリスクを出ると、適当に車を走らせ、気になった場所に車を止めて歩いてみる。適当な街に入ってみる。

そんないい加減な、しかし学生らしい時間の使い方。本当ならもっと暖かい時期にやっておきたかったね。

天気の実況を見ながらの移動だったが、旧埼玉県に入った所で積雪が始まったので引き返す。そのまま帰るのもつまらんので、適当なホテルで一晩過ごす事にした。

 

「ねえこれ見て!リーゼルタニアだっけ。パレードやってるよ」

 

ニュースチャンネルをモニターに表示させた美咲が言った。

ああ、そういえばそんな事もあったな。

画面には国際ニュース、リーゼルタニアの話題。首都からの中継のようだが・・・

 

「さすがお姫様。フェニクス優勝で国に帰ればこうなるよな」

もっとも本人は予想していなかったらしいが。

 

「あ、天霧まで映ってる。何してるの?あいつ」

 

「顔くらい見せてくれと言われたんだろう。おーおー、笑顔が引きつってるぜ」

 

「あいつこういうの慣れて無さそうだし、仕方ないよ」

 

「まあな」

 

さて、これからひと波乱ある訳だが。

上手くやれよ。天霧君。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

異世界にやって来て最初の新年、あえて星導館学園の学生寮で迎える。

時期が時期だけに、学園も閑散としている。残った学生は3割程度かな。もっと減るかとも思ったんだが、帰る所の無い、あるいは帰る気の無い学生がいるんだろう。

 

結局3日程何もせずに過ごす、寝正月になってしまった。それだけなら前世でも良くあったんだが、今回違うのは一緒に居る相手がいる事だ。ほとんどの時間を美咲と寝て過ごす。ベッドの上で散々やり合っても疲れたり、負担にならない身体はいいもんだね。

 

そんな訳でロートリヒトのホテルで目を覚ますと、端末にメール通知有り。

隣の美咲を起さないように静かに動いてモニターを起動。うん、夜吹からの連絡だ。そろそろ来る頃だろうと思っていた。予想通り天霧だけ先に帰ってくるな。

よし、明日だな。

治療院に検診予約のメールを送った。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

治療院での検査は大した時間もかからずに終わる。

先月の決闘でもらった背中の傷も完治。身体状況としては何の問題も無かった。

ただ流石に主治医だけあって、美咲との関係を見抜かれてしまい、婉曲にだが小言を言われる。そりゃ高校生らしくは無いかもだが、別にいいじゃないか。迷惑かけてないし。

 

午後遅くの検査が終わると、外は薄暗くなっていた。と言っても天霧君が出てくるまでは少し時間があるな。

丁度良い。治療院には結構世話になったので、知っている部署に挨拶周りしてみる。そんな事をしている内に陽が暮れる。うむ、そろそろか。

 

駐車場から車を出して、当たりをつけておいた場所を探す。すぐに見つかった。それに招かれざる客もだ。あの白衣姿がアレか。

おっと、いかんな。アレが動き出したぞ。ならば。

クラッチを蹴飛ばしてアクセルを踏み込む。この世界、エンジンの咆哮はクラクションより耳障りだろう。

天霧がはっとしてこちらを向いた。

よし。そのまま車を進めて天霧の横で止める。

 

「よー天霧。用事は終わったんだろ。送るから乗れよ!」

 

「先輩!・・・いや、俺はちょっと」

 

「(いいから乗れ!)」

小声で、だが強く言う。

 

「あ、はい」

 

乗ってきた天霧を横目に車を発進させる。同時にコンソールのマルチ・ファンクション・ディスプレイにバックモニターを表示。

そこには・・・

 

「天霧、モニター見ろよ」

 

「・・・誰ですか?いや、気が付いてはいたんです」

 

「ああ、アルルカントの某派閥のリーダーだな。マグナム・オーパスと呼ばれている。名前は確か、ヒルダ・ジェーンとかいったかな」

 

「アルルカントの?どんな人なんですか」

 

「気をつけろよ。何しろディルク・エーベルヴァインが『あのイカレ女』という程の、悪い意味でのマッド・サイエンティストさ」

 

「そんな人が何故?治療院に関係が?」

 

「そっちはどうか知らんが、今回はお前さん狙いだろうよ」

 

「俺ですか?」

 

「ああ、天霧遥の治療をするから言う事聞け、ってところだろう」

 

「姉さんの!?」

 

「話に乗るなよ天霧。そもそもお前の姉貴のあれは能力によるものであって、治療でどうにかなるもんじゃないだろう」

封印の能力を医学的に対応する?天才なんだろうが信用できんぞ。

 

「・・・本当に先輩は、何でも知ってるんですね。ああ、今更ですか」

 

「ともかくだ。今回は上手くカットできたが、また接触してくるだろう。相手にするんじゃないぞ」

 

「わかりました。気をつけます」

 

そうしてくれよ。もうあんなのには近づくのも御免だ。

距離が離れてモニターからアレの姿が消える。ほっと一息ついた。久しぶりに緊張したぞ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

計画立案

正月も3日を過ぎると世間は動き出す。

これはこの世界でも変わらなかった。

で、当然会社も仕事を始める訳で、一介の高校生に対しても仕事を始める。

 

「それでは失礼します。ありがとうございました」

 

応接室を後にする。

就職面接など久しぶりだ。しかも新卒での面接を再度やるとは普通、思わない。そんな訳で最初の面接は何となくしっくりこない物となった。

 

星信エンジニアリング。

 

名前の通り、統合企業財体銀河の末端に位置する無線通信インフラを手掛ける会社。

銀河の末端と言っても規模は大企業一歩手前。仕事内容も待遇も興味があったのだが、今日の内容では結果は微妙だな。

まあ切り替えて行こう。明日もある。

 

 

※  ※  ※

 

 

 

学園に戻る。

そろそろ休みも終わりが近い。かなり生徒も戻ってきている。

その中には主役御一同も含まれる。

遅い昼食でも、と思って学食を覗くと、例の5人組がそろっている。

のんびり過ごしているように見えるが、実は約1名、表情が微妙だな。

その1名が、自分を見るなり話しかけてきた。

 

「深見先輩・・・。瀬名先輩は一緒ではないのですか?」

やけに丁寧だな。お姫様。

 

「俺は外から戻ったところ。美咲なら寮にいるよ」

 

「そうですか。お二人に相談が・・・」

 

「あいよ。美咲には言っておく。都合がついたらメールどうぞ」

 

ふむ、何の件かな?ある程度は予想できるが・・・

 

複数の視線に晒されながら、券売機のモニターに向かう。この時間もあるメニューは何だっけ?

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

夕刻。

 

学園正門近くでお姫様と落ち合う。今度は美咲も一緒。

どうせ人には聞かれたくない類の話だろうから、こういう時、都合の良い密室となる自分の車で話そう。

そう思ってすぐに車を出す。

以前もこんな事があったが、同じように街の外縁道路に出てすぐの小さな公園で停車する。

エンジンは切る。だがバッテリーが優れているので長時間ヒーターを作動させていても問題無い。

 

「さて、何の相談かな?お姫様」

 

「聞くまでも無いでしょ。天霧に告白する気になったの?」

おいおい随分と斬り込むな。

 

「ま、そんなところだろうが、いよいよか。リーゼルタニアの件で思うところありってか?」

 

「な・・・。何故お二人は私の考えがわかるんだ!?」

 

「何故って・・・今まで色々相談しておいて今更じゃないか」

いや、それだけが理由じゃないけど。まあいいか。

 

「とにかく!決心したんだよね」

 

「あ、ああ。それで、どうすればいいのか・・・いや、私は本気だが、伝え方とか、状況とか、その、いろいろ・・・! それでお二人にはアドバイスとか・・・!」

 

「わかったから落ち着け。大丈夫だ。天霧なら正面から向き合えば悪い結果にはならんだろう」

 

「まあ、あいつならそうだね」

 

「ただなあ・・・その時、その場所で邪魔が入らなければ、だが」

 

「邪魔?そんなの二人きりになればいいでしょ」

そうなんだが、ラノベの主役はこういう時に限って邪魔が入るのが相場なのだよ。

 

「わからんぞ。ただでさえあいつの周りは女が多いし」

 

「そうかもだけど・・・」

 

「二人きり・・・綾斗と二人・・・」

 

「まずは場所だな。人目がなくて、絶対邪魔が入らない所」

 

「夏の時みたいなホテルとか?」

 

「密室にはなるが、行くまでが問題だ。誰かに見られる。有名人二人だし」

 

「遠出する? 休みも終わるし無理かしら?」

 

あれ? 意外と難しい?お姫様、浮かれてないで君も少しは考えてね。

 

「・・・こうなったら逆転の発想だ。女子寮、お姫様の部屋!」

 

「何だと!?私の所で!?」

 

「個室なんだし丁度いいだろ。まあ夜になってから、という条件はつくが」

 

「それって天霧がベランダから入ってくるって事でしょう?何だか雰囲気無いね」

 

「お前がそれを言う?」

 

人の事は言えないだろう。俺達の初めてもそうだったじゃないか。

それを思い出したんだろう、美咲が真っ赤になってうつむく。

 

「し、しかしどうやって綾斗を呼ぶんだ?夜遅く、私の部屋に・・・」

 

「お姫さま・・・。それは既に一度やってるじゃないか。あの時とは理由は違うが。まあ、リーゼルタニアのお礼とか、二人だけでパーティーしたいとか、呼ぶ理由はいくらでもあるだろ」

 

「二人だけのパーティー・・・」

 

後はいつ実行するかだが、もう休みも終わるし、次の週末夜、といったところか。後は場所が場所だけに、邪魔しそうな要素は前もって対処しておく必要があるな。

 

あれ、自分は一体どうしてこんな事を真面目に計画立てているんだろう??

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

新春、アスタリスク。

まあこの街なので、日本的な正月気分を感じる所は多くない。だが正月ではある。

とは言えあまり浮かれている場合ではないな。

14時まで後5分か、そろそろ時間だ。

 

場所は分っている。というか、先に場所を把握しておいて、開始時刻まで周辺で時間をつぶしていた。

で、今、目的地は目の前。

 

六花技研。

 

アスタリスク市内の『水』をコントロ-ルする設備を扱う会社。

それは上下水道だけでなく、更に特殊な水制御にも関わる。何しろここは水上都市。実は重要な役割を持つ企業だ。

そして意外な事に統合企業財体と深い関わりが無い。

まあ会社規模としては中小企業と言っていいので、そういう事もあるか。

仕事の場所をアスタリスク内に限定しようとすると、どうしても小規模な会社になるな。

 

まあ、大企業に勤めたからといって楽になる訳じゃないのは思い知っている。

面白い知識と経験が得られればそれでいい。

もちろん同業他社はいくつかあるが、学園からの推薦状プラス担当教師の繋がりがあるので選んでみた。

 

行くか。

 

あまり特徴の無いビルに入ると、すぐ受付だが人はいない。この規模の会社じゃそうなるな。

設置されているモニターを使って来意を告げると、採用担当が出てくるので笑顔で挨拶。お互い印象は悪くない、と思う。

すぐに応接室に通された。一礼して紹介される面接官は総務と技術の担当に専務か。まあ妥当なところだな。

では、得意じゃないが、自分自身のプレゼンを始めるとしようか。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「それで、どうだったの?」

 

「感じは悪くない。受け答えもまあ、できたしね。まあまあじゃないかな」

 

面接終了後、車で治療院に美咲を迎えに行く。何故かというと・・・

 

「だいぶ薄くなってきたな」

 

「そうだね。魔法治療は良いよ」

 

一緒に鏡の前に立って、美咲の顔を見る。

フェニクス激戦の証でもあったその傷痕は、少し離れるとわからない程度まで治ってきている。

流石に卒業後の仕事の事を考えると、スカーフェイスとはいかない。

 

車を出して治療院を出る。

陽の傾き始めた街中をゆっくり走らせる。

 

「天霧の姉が、あそこのどこかにいるんだね」

 

「ああ、そうだな」

 

「何年も眠ったままなんて・・・」

 

「気になるか?だかこの件については俺達にできる事は何もない。それにどういう結末になるかはわからんが、いずれ目を覚ますさ。それは断言できる」

 

「あんたがそう言うなら、そうなんだね」

 

「ああ。きっと驚くだろうな。久しぶりに会った弟がほとんど同い年になってて、ヨーロッパのお姫様とデキてるんだから」

 

「あ!、それ!お姫様の件、どうやるの?」

 

「ああ、実行の日は向こうに決めてもらうとして、邪魔が入らないようにフォローだな。他の女には悪いが」

いつの間にやら自分達はお姫様押しになってしまったが、頼むと言ってきたのは彼女だ。助けてやるのはありだろう。

 

「他って・・・会長、紗々宮、刀藤?」

 

「そういう事。ああ、夜吹にも天霧が部屋を出ても気にしないよう言っておくか」

 

「で、何をするの?」

 

「紗々宮は煌式武装研で対応できないか考えている。モニターとか試験結果の打ち合わせとかで、遅い時間まで部室にいて貰おうかな」

そう言えば今回のリーゼルタニア行きの前、実家に寄って破損したルークスを全て直してきたはずだ。当然テストも必要だろうな・・・

 

「刀藤は?」

 

「あの子は中等部だし、真面目だから寮内とはいえ夜はそう出歩いたりしないだろう。何かあったらお前がフォローな」

 

「あたし?まあ何とかしろと言うならするけど。会長は?」

 

「うん。一番厄介な相手だな。これは俺が直接対処する」

 

美咲の顔が強張る。いや、これは必要だからするのであって、浮気じゃないから。だからそんなに睨むのヤメテ!

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

計画実行

一月も中旬となった。

そろそろ正月気分も終わり、といった頃に、教師からの呼び出しを受ける。

まあ何の件かはわかっていたが。

 

「深見さん。企業側からの連絡です」

 

採用に関する連絡は全て学園を通す事になっている。

 

「星信エンジニアリングと六花技研、どちらからも内定が出ました」

 

「なんとまあ。両方ですか」

ちょっと予想外。どちらか一方と思っていたんだが。

 

「おめでとう。ですが返事は1週間以内、早いに越した事はないですが・・・」

 

「わかりました。週明け目処で決めます」

 

「では、その頃に来て下さい。貴方の将来についての大事な判断になります。良く考えてみて下さい」

 

さて、どうしたもんかな。

オプションとしては幾つかある。

まずはどちらか選ぶ。まあ順当だな。

次にどちらも選ばない。かといって他の企業にエントリーする気はもう無くなっている。

もう一つ、どちらも選ばす、進学する、という手も残されてはいる。

 

この中で一番波風立たないのは六花技研行きだなあ。何しろ学園と教師の推薦ありだ。

 

そんな事を考えながら、学生寮に戻る。

天霧を見かけるが、声はかけないでおく。

 

そう言えば、アレは今週末だな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「で、そっちの手筈は?」

 

「あたしがお姫様に料理を教える事になってる。実際、調理室を借りて、本当に夕食を作るよ。それを部屋に持って行って、食事するんだけど、あたしが天霧と入れ替わるようになるね」

 

「いいね。天霧の方はどうなった?」

 

「これまでの協力に感謝して食事に招待、という事で、今日にも綾斗に話すつもりだ」

 

「ああ、それは直前の方がいいだろう。あいつの様子は見ているが、週末予定があるとは思えん」

 

「そ、そうか。そうしよう」

 

「うん。良いサプライズになるな」

 

「そっちはどうなの?」

 

「沙々宮の方は煌式武装研で捕まえておく。あまり遅くは無理だが、少なくとも事を始める時間にはルークスのテスト結果を解析中だろう。俺はそこに顔を出した後、会長室に行く」

 

「・・・」

 

「そんな顔するな。今後の事で話があると言ってある。実際はそれだけじゃなく、結構込み入った話になるので、かなりの時間は稼げると思う。残る問題は・・・」

 

「まだあるのか?」

 

「ああ。天霧が無事お姫様の部屋にエントリーできるか、だな。この時期だし、辺りは暗くて寒いからあまり目立たないだろうが・・・。美咲、サポートよろしく」

 

「うん」

 

「ありがとう・・・。お二人には感謝しかない」

 

「礼はまだ早いな。上手くいってから聞こうか」

 

いや、本当にどうなるんだろうね。この結末。

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

その日。

特に変わった事の無い、週末の夕方でしかない。

だが今夜の結果次第では、今後の展開がえらい事になるかもしれん。

 

煌式武装研にて。

計画通り沙々宮を確保してルークスのテスト、調整中。

 

「しっかしこうしてデータ比較してみると、とんでもない出力だよな。これ」

 

「ああ、しかもまだパワーアップの余地があるとか。信じられん」

 

34式波動重砲アークヴァンデルス改。いや、修理と再調整をしているから改2、といったところか。

それに沙々宮の煌式武装はこれだけではない。ホント、とんでもないな。

 

「全くかなわないな。せめてマナダイトの接続制御の方法のヒントでもあればな~。やはり沙々宮博士にも会ってみたいな」

 

「だろうな。なあ沙々宮。EUROX社の件はもういいから、せめてクラウスには直接話をさせてやってくれないかな」

 

「わかった。お父さんに頼んでおく。それよりも本体強度のデータも見たい」

 

「ああ、じゃあそっちの解析も始めるか。ただ俺はここまでだな。もう行かないと」

 

「ああ、会長だったか?」

 

「また面倒な話になりそうでね。ああ、俺のルークスはどうなった?」

 

「改修は終わってるよ。調整はまだだが」

 

「それはこっちでやるさ。じゃあ後はよろしく。沙々宮もすまんね」

 

「問題ない」

 

いや、君にとっては大問題が起ころうとしている。謝ったのもその件についてなんだよ。とても話せないがな。

 

自分のルークスを持って部室を出る。依頼していたハード面での変更は終わったようだ。後は調整次第だな。

 

それは良いとして、もう状況は始まっている時間だ。端末を見るが何の連絡もない。つまりは予定通り進んでいるという事だ。

足早に生徒会に向かう。大丈夫とは思うが、あの会長は確実に抑えないと。

一応美咲に聞いておくか。

端末のコールにはすぐに応答がある。

 

「どうだ?」

 

「あいつは部屋に入ったよ」

 

「よし、ならば後はあいつら次第か。こっちは今生徒会フロアに入ったところ」

 

「わかった。あんまり長居するんじゃないよ」

 

「そのつもりだ。じゃあな」

 

よし、問題無し。

で、自分はこれからフェーズ2だ。

今度は会長に爆弾投下といこうか。

 

 

※  ※  ※

 

 

 

会長室にて、自称腹黒美少女と向き合う。

 

「夜分遅くすみませんね」

 

「いえ。構いませんよ。何なら私の部屋でも良かったんですが」

 

「そいつは遠慮するべきでしょうね」

 

いや、本当はこのタイミングで会長に寮にいて欲しくなかったのでこちらを希望したんだ。

 

「それで、最近はどうですか?序列も決まったみたいですが」

 

「ああ、決闘もしたしな。まあ、あんなものでしょう」

 

「そうですか?もっと上にも行けると思いますが」

 

「そうかもね。だがもう意味はない」

 

「やはり、そうですか・・・」

 

「そういう事。卒業したら就職に決めた。美咲もそうだ」

 

会長が立ち上がって外を見る。そこにはアスタリスクの夜景が広がる。ふむ、ここから見る景色は良いと思っていたが、夜景だと尚更だな。

 

「残念ですが、それが深見さんの決意なんですね」

あれ、ちょっとダメージ入っているのかな。寂しい笑顔で声に力が無い。

 

「すまんね。だがグリプスに俺の力は要らんでしょう。会長のチームは優勝するし」

 

「何故、そう言い切れるのですか?まるで知っているみたいですね」

 

「うん。知っているからね」

 

さて、どうなる?この一言。

 

「・・・以前にもお聞きしましたが、深見さん、貴方は一体誰ですか?」

そうきたか。何と答えようかな。

 

「この前は、イレギュラー、と言われましたね。どういう意味でしょうか?」

まあ、いいか。

 

「そうだな。ここにはいないはずの存在、いや、『この世界』にはいないはずの存在、だな」

 

「・・・・・」

ありゃま。こっちを見たまま黙ってしまいましたよ。その表情、ちょっと残念な人を見る目に・・・なってない?

 

「異世界からの存在、という事でしょうか」

あれ?いきなり言い当ててくるのかよ。

 

「ああ、何しろジェネステラというある意味超人がいて、ダンテやストレガといった連中が魔法を使うんだ。異世界人がいる程度、可愛いもんだろう」

 

「そうかもしれませんね。まあ今まで聞いたことはありませんでしたけど」

 

そう言って微笑む会長さん。あーあ、この子、信じちゃったよ。

 

「まあそういう訳で、この学園の生徒にしてはおかしな奴だろうけど、そこはご容赦を。何しろ世界が違うんだ。戸惑ったよ」

 

「そうでしょうね。元のどんな世界で、何をされていたのですか?」

この子本気か?それとも・・・

 

「一言で言うと落星雨が無かった21世紀初期のこの国、だね。そこで普通の技術系会社員やってた」

 

「あら?それでは私達よりかなり年上なんですね。失礼しました」

 

「まあ確かに30代後半ではあるが、ここでは同じ高校生だ。あまり気にしないで欲しい」

うーん。信じているのか?ただ単に与太話に付き合ってくれているのか?わからん。

 

「今まで貴方を見てきて、同世代とは思えない所が沢山あった理由がわかりましたよ。深海のおじさま」

 

「おじ・・・いや、その通りだから何も言えないんだが、何だかなあ」

 

取り敢えずインパクトを与える事には成功したかな?

後は会話次第でどうなることやら。

少なくとも今この瞬間は天霧の事は忘れているだろう。いや、この先しばらくかな。

 

まあ、自分の話を信じたとして、それでどう対応してくるか。まったく予想がつかないんだが。

 

サプライズを目論んでやってみたんだが、ちょっと早まったかな?

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

問題発生

さて。

自分の秘密の一端を明かしてしまったが、それでどう出るか。

この子、自分で言う程腹黒ではないが、有能には違いない。自分の与太話をどう受け取るのかな?

 

「ああ、そういえばさっき、グリプス優勝と言ったが、これは言い過ぎたかもね」

 

「あら?決まっているのではないですか?」

ノリがいいねえ。だがしかし。

 

「俺が心配しているのはチームワークだ。重要なのは言うまでもないな」

 

「そうですね。それで?」

 

「ああ、5人のチームに男は一人だけ。そして女4人は程度の差はあれその男に好意以上の感情を持っている。そんな状態でどうやってチームをまとめていくのか。不安にはなるな」

 

「そうですね。しばらくは大丈夫でしょう。でも状況が厳しくなったり、何かトラブルが起きれば・・・」

ふむ、難しい事は認識していたみたいだね。

 

「まあ会長のチームはまともな子で構成されているから、普段は大丈夫だろう。ただ女が感情で動くとねえ。まあ、俺が言うまでも無い事だろうけど」

 

「いえ、アドバイスありがとうございます」

 

「大した事を言った訳じゃないんだが。まあ、ここの生徒でいる間は言う事聞くし、出来る協力はするさ」

でも、余計な事もしちゃってます。ごめんなさい。

 

「あら、お話はもう終わりですか?」

 

「時間も時間だし。後は次の機会に」

今日この場に限ってはもっと時間をかけるべきなんだが、もう無理だな。このままだと余計な事までしゃべりそうだ。

 

「ではその機会をお待ちしています。それではおやすみなさい」

 

「うん。じゃあな」

 

会長室から出る。

思わず大きく息を吐いた。

 

「さて、どうなる?この一手」

 

妙にカッコつけた独り言が出てしまった。

 

 

さて、部屋に戻るか。

外に出ると、女子寮の前を通ってみる。いや、もちろん中には入れないが、少なくとも騒ぎにはなっていない事だけでも知っておきたいので―――

 

「あら?早かったね」

 

「美咲か。どんな具合?」

 

お互い白い息を吐きながらの立ち話。

 

「静かね。時間的にはそろそろ良い雰囲気になる頃、かな?」

 

「ならば良し。なんだけどね」

 

「そっちはどうだったの?」

 

「インパクトは与えられた、と思う。少なくとも今夜は、天霧の事だけを気にかけてはいられないだろう」

 

「ふーん。何をしたの?」

 

「ちょっと与太話をしただけだよ。そろそろ戻ろう。いい加減寒いぞ」

お前さんの鋭い視線も寒いし。

 

「そうだね。明日が楽しみ。おやすみね」

 

「ああ」

 

さて、部屋に戻って、ルークスの調整でもするか。その後はビール飲んで寝ちまおう。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

休日の朝。

冬らしい、厳しい乾燥した冷え込み。だが空は真っ青。

見るだけなら快適ですらある。

端末に連絡は特に無い。ネットを見るが、学園、新聞部のサイトやチャットにも特に変わった話題も無し。

平穏そのものだな。

朝食の為食堂に行く。こちらも普段と変わらない雰囲気だ。何人かクラスメイトと適当に挨拶を交してメニューを選ぶ。今日は和風にしておこうか。

トレーを持って一人席に着く。最近の朝食は必ずしも美咲と一緒という訳ではない。自分は一人の食事を苦にしないので構わない。

 

とりあえず天霧達の事は置いておこう。当面の協力はここまでだな。

さて、週明けには学園を通して会社に内定受諾の連絡だな。多分すぐに入社案内とか、色んな資料を送ってくるだろうから、目を通して準備する事は始めておかないと。

勉強の方はもう控えめでいいかな。授業に出席さえしておけば、卒業に支障は無い。そうなると時間ができるが、バイトでもしてみるか。大学部の研究室の方は毎日では無いし。

 

そういえば、学生生活もあと僅か、となるんだな。

 

 

その後は適当に掃除洗濯して時間を使う。

ルークスの方はとりあえず使う分には問題無いところまでは設定してある。もっともこの後、本格的に使う場面があるかどうか。もうすぐ卒業していなくなる奴相手に決闘をしたがる連中がいるかな?まあいい。テストはしておこう。

 

一般トレーニングルームに向かうと、室内は閑散としていた。

今年のフェスタであるグリプスはまだかなり先の事だし、1月の休日では皆さん気合が入りませんかねえ。等と思っていると。

 

「令、おはよう」

 

「美咲か。おはよう。ってそろそろ昼だけどな」

 

「そうね。何するの?」

 

「改造なったルークスのテストでもと思ったんだが、そっちの様子はどう?」

 

「わかんない」

 

「は?どういう事だ?」

 

「あのお姫様、部屋から出てないみたい。連絡も無いし。閉じ籠っているのかな」

 

「それって不味くね?てか上手くいかなかったのか?!」

 

「それで部屋でふさぎ込んでるのかも」

 

そういうキャラじゃないはずだが、ショックが大きいとそうなるか。しかし不味いな。

 

「といっても、もう俺達にできる事はあまりないか」

 

「そうね。それで天霧は?」

 

「そういや今日は見てないな。何やってんだろ」

 

仕方ないか。いずれ何か言ってくるだろう。その時まで放っておくしかないな。

 

気持ちを切り替えて両腕のルークスを起動する。

もうお馴染みとなった感覚だが、形状は少し変わっている。結局はこちらにもダメージが来るアームパンチ機構は除去し、右腕にはクローを格納、左腕には散弾発射装置を組み込んである。

では、使い勝手を試すとするか。

ターゲットボードを用意する。

まずは右腕から。拳の上にクローを展開。ボードを数回殴りつける。

軽いフィードバックと共に深い傷ができるが、その状態は一定しない。浅かったり細かったり。これは慣れが必要だな。使い方は良く考えないと。

 

次は左腕だ。

散弾を発射モードにして拳を握る。トリガーは手のひらに形成されるから、これか。よし、撃つ!

こちらも軽いフィードバック。ボードが穴だらけになった。

ふむ。散布範囲が少し広いか?まあパターンは調整可能だから色々試してみよう。こちらは結構使えそうだな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

ルークスのテストに少し時間がかかった。

遅い昼食は美咲と共に食堂で済ませる。

冬の午後、寒い事は寒いが、天気は良いので辛くは無いな。この後何をするかは決めていなかった。まあ一旦部屋に戻るか。

 

寮に入ると夜吹がいた。何か用かな。

 

「あのー、先輩。天霧見ませんでしたか?」

 

「いや。今日は見てないな。どうした?」

 

「実は・・・あいつ昨日から部屋に戻ってないんですよね。連絡もとれないし。一回りしてみたんですけど見当たらないんですよ」

 

「何だと?てゆう事はあいつ、学園にいないのか?」

 

「かもしれません」

 

「おいおい・・・こりゃ不味い事になったかもしれん」

あいつ、学園を飛び出したとでもいうのか?まさか。でも・・・

 

「え、何か知ってるんスか?」

これは予想以上に良くない事態なのか?

とりあえず端末に連絡を入れる。

 

「美咲か?すぐにお姫様に連絡をとれ。引き籠っている場合じゃないとな。で、何があったか聞くんだ。なに?ああ、問題だよ。天霧がいなくなった。そうだ。奴はこっちで探す。ああ、後で連絡くれ」

 

「え、え??お姫さまと何かあったんスか?」

 

「多分な。あまり良くない事が。夜吹、街中で天霧が行きそうな所、どこか心当たりあるか?今じゃなくていい。連絡くれ。俺は車で出る」

 

「わかりました。俺も後から出ます」

 

「頼む。ああ、他の女達には言うなよ。面倒になる」

 

ポケットに車のキーがある事を確認して駆け出す。

やばい。事態は斜め下の方向に飛んで行ってしまった。まさかこっちに行くとは全く想像していなかった。

俺のせいで主役二人の諍いなんてシャレにならないぞ。

車に跳び込むとエンジンスタート。車内もエンジンも冷え切っているが暖気運転の時間も惜しい。

さて、あいつが行く所はどこだ?それ程多くの場所を知っているとは思えんが。

端末にメール。夜吹だ。幾つかの場所がリストアップされてる。流石だな、情報屋。

よし、こっちは機動力がある。遠い所から見ていくか。

 

しかし、あいつに会って、どう声を掛ければいいんだ?

こういうの、得意じゃないんあよなあ・・・

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対策検討

車を飛ばして商業エリアに跳び込む。

最初の候補地はこの中だ。

適当な店の駐車場に停車。後は自分の足で移動だな。しかし天霧の奴、あまり目立たないタイプだから上手く見つかるかな。ともあれ端末にマップを用意して。と、着信。美咲か。どうなったかな。

 

「おう。そっちはどうだい?」

 

「天霧なら見つけたよ」

 

「はあ!?あいつ学園にいたのかよ?!どこだ?」

ちっ。思わず舌打ちする。早とちりだったか。

 

「それなんだけどねぇ・・・実は・・・」

 

「ん?」

 

「お姫様の部屋」

 

「え、何だって??」

それってまさか。

 

「だからぁ。あの二人、昨日の夜から今までずっと一緒にいるの!」

 

「なん・・・だと・・・!」

つまりそれって・・・そういう事なのね。

 

「あの子達、朝になっても起きれなくて、明るくなって天霧が部屋から出れないのよ」

 

「なんとまあ。あいつら、遂にか。驚いた。いやまあ、散々煽っていて今更だが」

 

「うん。とりあえず今は、お姫様も部屋から出さない方がいいだろうから、何か食べる物持って行ってくる。様子も見て来るね」

 

「ああ。頼む。今から戻るよ」

 

車を出ると、ドアに背中を預けて空を見る。

事態は最悪、では無かった。大きく息を吐く。

だが・・・想定外、とは言わないが、あの二人、こうなったか。

それにしても。これからどうなるんだろうね。

いや、お前が言うな、って言われるだろうが。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

学園に戻ると、程なくして美咲から連絡が入る。

事態が事態なので、車に乗せて車内で話す。

昨夜、二人に何があったのか。もちろん美咲も詳細は聞けなかったし、聞くつもりもなかったと思うけど。

 

「要約すると、良い雰囲気になった所でお姫様が本気の想いを伝えて、天霧がそれに応えた、と」

 

「うん。でもその後がねえ・・・」

 

二人とも初体験、に夢中になってしまい(特に天霧が)そのまま眠ってしまった。そして朝起きれなかったというより、目が覚めたら昼前だった、か。

 

「お互い初めてでそこまでやるかなあ・・・」

 

「ちょっと、ううん、かなりお姫様はお疲れみたいだったね。それもあって部屋から出るなと言っといたから。天霧は言うまでもないね。今夜遅くまでは出れないから。適当にお弁当と、薬、置いて来た」

 

「ナイスフォローだ。他の女は?女子寮の雰囲気とかは?」

 

「そこまではわかんないよ。普段と変わらないと思うけど」

 

「そうか。この後は・・・今夜と明日以降、要フォローだな」

 

幸い、奴は校章、端末を自室に置いているから、電子データ的に足がつく事は無い。後は今後の生活の中でバレなきゃいいんだが。噂とか出たら、何とかして潰すしかないな。

 

(ただ、数日後になるが、天霧がお姫様と喧嘩して学園を飛び出した、という実際とは逆の噂が流れ始めた。

どうやら自分と夜吹が慌てて動いていたのを見ていた奴がいたらしいな。)

 

 

そして深夜。

自分と美咲が待機している前で、天霧がお姫様の部屋から脱出した。

周りの部屋の明かりが消えた後、窓から一気に垂直ジャンプして一旦屋上に出て、反対方向に飛び出す。

長年の修行で鍛えた身体能力の無駄な使い方だな。

もし見つかったら自分が騒ぎを起こして有耶無耶にしてやるつもりだったが、いらん心配だったようだ。

流石、女子寮侵入の常習犯だけあるな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

衝撃の週末が終わり、日常が戻ってきた。

授業が終わると、会社側から資料が送られていた。仕事が早いな。入社案内か。

紙と端末、両方をざっと読み終わる。幾つか分からない、というか確認したい点があるが今はいいだろう。説明会もやるそうだし、そんなに慌てる事もない。

 

問題は例の二人だな。

教室に様子を見に行ったが、明らかに挙動不審だった。ちょっと不味いか、と思っていたら次の日は体調不良との事で揃って休みやがった。こりゃあ周りも異常事態だと思い始めただろう。そしてあの噂。まあそれはそれで好都合なんだが。とはいえそろそろ手を打つべきなんだろう。どうしようか?

 

数日、あれこれ考えていたら、美咲に呼ばれる。あいつから呼び出される事はあまりなかったな。場所を問うと何と女子寮。もちろん部屋ではなく、応接室だ。改まって何だろう、と思って行ってみる。当たり前だが女子寮に入るのは初めてだ。どこかの主人公とは大違いだな。

 

「やあ、皆さんお揃いで」

 

まあ予測できたが、そこには美咲+天霧の女達。(1名除く)全員が深刻そうな顔をしている。

 

「ごめんね令。この子達が相談したいって・・・」

 

「だろうねぇ。あの二人の件か・・・」

 

「はい。この数日、あまりに様子がおかしいものですから。噂の事も気になりますし。お二人なら何かご存じと思いまして」

こういう時も代表するのは会長さんだね。

 

「まあ、確かに」

 

「あ、あの!天霧先輩とリースフェルト先輩が喧嘩したって、ホントですか?」

 

「教室でも目も合わせようとしなかった。話もしないし。実に不自然」

不自然でも悪い雰囲気じゃなかったと思うがねえ。

 

「実は、心当たりが無いでもないけど」

これは本当。

 

「え?何があったんですか?」

それを教える訳にはいかないのよ、刀藤ちゃん。

 

「ちょっとデリケートな問題なので、あまり話したくないな」

うん、嘘は言ってないぞ。

 

「では、私達にはお話し頂かなくても結構です。ですがあの二人の事、何とかなりませんか?」

 

「君らでは駄目なのか?」

 

「あまり話しができていませんし、もし傷ついているのなら、聞いていいものか・・・」

 

ふーむ。ちびっ子二人はともかく、会長も真実にはたどり着いていないか。もしかしたら見抜くかと思っていたが、経験ないと無理かな。大胆な事をしていても所詮は処女だったか。

 

「で、俺達に何とかしろと?」

 

「はい。ここは『大人』の深見さんにお任せできれば、と思いまして」

 

「ふーん。『大人』ねえ・・・」

 

そう来たか。まあその通りなんだが、沙々宮と刀藤は頭の上にはてなマークを出しているな。美咲は別の意味にとったみたいで目を逸らしている。

 

「わかったよ。何とか話してみよう。それまでは君らはこの件には触れるなよ」

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

「深見先輩、お願いします!」

 

「期待している」

 

ま、そろそろアドバイスがいる時期だろう。

 

「じゃあ美咲、お姫様の都合を聞いといてくれ。天霧は俺が聞く」

 

ではまた、暗躍と行きますか。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

夕方。

車にお姫様を乗せると、商業エリア中心に向かう。同行は美咲。

天霧には念のため別行動してもらい、モノレールとバスで来てもらう事にした。

 

それなりの高級ホテルに入ると、エレベーターで最上階に。

到着するとそこは高級ダイニングバー、スターライト。スタッフに到着を告げると、すぐに個室に案内される。

 

「良くこんな店を知っていたな。先輩」

 

「本来お姫様を持て成すには、せめてこれ位のグレードが必要だろう。調べたよ。もっともここを選んだ理由は別にある」

 

「理由?どういう事です?」

 

「この店はね、室内全域に高度な盗聴、盗撮対策を実施している。今日の話合いにはそれが必要だろうな」

 

「そういう事か・・・それでは綾斗がまだなのも」

 

「念の為だがね。ん?来たようだ」

 

「こんにちは。先輩」

 

「おう、来たか。それじゃ―――」

 

何か飲もうか、と言いかけた所でゲストの二人が・・・っておい!

俺達の目の前で抱き合いやがった。

そのまま声も出さずに口付けを始める。

 

「あのー。お二人さん?」

 

絶句していた自分にかわり、美咲が声をかけるとしぶしぶ、といった感じで離れる主人公達。

 

「あ、綾斗・・・うれしいのだが、ここでは・・・」

 

「ご、ごめんユリス。つい・・・」

 

「いやまあ、この中では何をしても俺達以外には知られないけど、今はちょっと遠慮してね。大事な話があるんで」

 

「はい、すみません。お願いします」

 

やれやれ。

今まで抑えていたんだろうが、この様子でこれから先、大丈夫かな。

 

まあその為に話に来たんだけど。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

協議(隠蔽工作)

まずは主人公二人を座らせる。ちょっとは落ち着いて欲しいのだが・・・

あーあ。ごく自然に寄り添いやがった。まあいいけど。

 

適当に選んだソフトドリンクがテーブルに並ぶ。

グラスを取るが、乾杯と言う訳にもいかないか。お疲れ様、も違うような気がする。

 

「何というか、おめでとう、かな?良かったね」

 

「美咲、俺の台詞とるなよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「・・・♡」

 

お姫様は無言だが、天霧の肩に頭を預けて輝くような笑顔だ。幸せの絶頂、というところか。こんな笑顔もできたんだね。隣の美咲を忘れて思わず見惚れそうになる。

いかんな。

そういえば自分は美咲にこんな表情をさせた事はあっただろうか。いや、今はそんな事を思っている場合じゃないな。

軽く頭を叩いて切り替える。

 

「ラブラブの所を悪いけど・・・そんな気分に水を差す話をしなきゃね、令」

うーん、ビールが欲しいな。制服で来るんじゃなかった。

 

「ああ、分かっていると思うが、二人の関係は秘密だ。まず内側としてはグリプスの為だな」

 

「そうですね・・・」

 

「流石にわかるか、天霧」

 

「ええ、自惚れでなく、あの3人が俺に好意を持ってくれているのはわかりますから・・・」

 

「だよなあ。傍から見てもそうだったし。まずいよなあ。この際だ。いっそ正直に打ち明けてチームとしては協力をお願いするか?」

 

「無理ね」

 

「無理だ」

 

女二人に一刀両断されてしまった。息合うね、君たち。

 

「駄目かぁ・・・」

 

「もし最初が何とかなっても、ギクシャクするのに1週間、チームが壊れるのに1ヵ月かな」

 

こういう時は女の言う事の方が正しいんだろうね。

 

「ならば隠し通すしかあるまい。大体外にバレても困った事になるし」

 

「ああ、天霧の方はわからないけど、お姫様の家、大騒ぎ、かな?」

 

「国王陛下は歓迎するだろ。いや、笑顔で責任とって結婚しろって言うな。いや、もう言われてたっけ?」

 

二人がはっとした顔をする。

 

「毎回毎回驚かされるが、深見先輩は知らない事が無いのか?」

 

「そうでもないよ。ともあれ騒ぎにはなるだろ。マスゴミにも餌を与えるようなもんだし。統合企業財体も動くかもしれん」

 

「なんだか凄いことに・・・なるわね、これは」

 

「そういう訳だから、お前さん達は学園内では距離を置け。多少不自然に見えてもかまわん。トレーニング中も気をつけるんだ」

 

「それしかないか・・・でも、綾斗・・・」

 

「ああそれから、天霧。女子寮侵入は禁止な。バレたら流石に言い訳きかない」

 

まあ一度位ならなんとか・・・いや、あの3人は絶対不審に思うからだめだ。

 

「そっ、それでは私達はどうやって、その、付き合って行けば・・・」

 

「外で会えばいいでしょ」

 

「俺達に付き合えば、ロートリヒトのホテルまで直行できるな」

 

「ホ、ホテル!?」

 

「はあ・・・あんたって、どうしてそういう話に持っていくの?」

 

「仕方なかろう。大体なあ、女を知ったばかりの奴が、そうそう我慢できると思えん。天霧だって同じさ。そうだろう?」

 

「いや、それはその・・・あ、でもユリスを大切にしたいと思っていますし」

 

「あ、彩斗・・・お前に求められるなら、私はいつでも・・・ 」

 

見つめ合う二人。

うわぁ。砂糖を吐くとか壁を殴りたくなるとはこういう事か。

 

「まあとにかく、私達は協力するから、その辺はゆっくり決めよう。少し早いけど食事にするよ」

 

美咲がモニターを展開して連絡を入れる。

ちょっとインターバルだな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

ダイニングバーといっても流石高級店、料理の種類、レベルも相当なものだ。まあそれもあって選んだんけど。

そして料理の種類も選ばせてもらった。

スタッフが運び入れるワゴンから出てくるのは・・・

 

「何、コレ?」

 

「さあ?」

 

お姫様もしらないか。まあヨーロッパではそうなるか。

鉄板の上で湯気を立てているのはブリート・スペシャルにファヒータス。

 

「今日の夕食は俺の希望でね。メキシコ料理だ」

 

「メキシコ、ですか」

 

まあ実際はアメリカナイズされたメキシコ料理だが、まさかこちらでも見る事ができるとはね。

 

「肉、野菜、チーズなんかを一緒にいける、美味いぞ。じゃあ始めようか」

 

「はい、頂きます」

 

自分以外は初めての味だったようだが、概ね好評だな。

天霧はナイフとフォークには慣れていないか。お姫様が楽しそうに取り分けている。これが二人きりだったら、「あーん」とかやりそうだな。

 

 

食事の後は夜景を見ながら話の続きになる。

窓はアスタリスクの外側を向いている。ここからだと、ちょうど星導館学園を遠くに見下ろす位置になるな。

あそこで色んな事があった。

でもあと2か月ちょっとで生活の場は変わるんだよな。

主役二人にその事を言うと、微妙な表情で惜しんではくれた。そういえばこの二人、友人後輩兄弟はいても先輩キャラって周りにいなかったような。まあこの先はわからんか。

この先と言えば。

 

「そうは言っても、お前さん達の関係が発覚した時の事も考えておかないとな」

 

「そうだけど、そうなったらホント、どうすればいいの?」

 

「正直私も、どうなるかわからないな」

 

「俺もです」

ですよねえ。こんな特殊な状況、聞いた事も無いよ。

 

「感情、だからね。それも3人。嫉妬につける薬は無いよ」

まあその通りなんだが。しかし・・・

 

「劇薬でよければ無いでもないな」

 

「え!?」

 

「劇薬・・・どんな手だ??」

お姫様には辛い方法だよ。

 

「結局、問題なのは天霧が一人の女だけ特別扱いしているっていう事だろう?」

 

「それは、まあ、そうだが・・・」

 

「だったら前のように、全員同じ扱いになればいい。同じスタートラインに戻す、みたいな」

 

「そんな事ができるのか?」

 

「あ、まさか」

 

美咲は気がついたか。そうだよ。

 

「うん。天霧が他の3人、皆抱いてしまえばいい」

 

「そんな・・・! 無理です!」

 

「・・・」

 

思わず叫ぶ天霧に対し、お姫様は憂い顔で俯く。

 

「無茶な手だねぇ」

まあな。天霧も会長はともかく、他に二人を相手にするには抵抗あるだろうし。

 

「だから劇薬なんだ。効果もあやしいしな。まあ今はそういう手もある、程度に思っていてくれ」

 

天霧ハーレムが実現するか?いや、そんな事態になるのはあまり考えたくないな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

ドアを開けると、店内に客はいない。

平日のまだ早い時間だからこんなものか。

しばらくぶりに来た、BAR 「KAJA」の雰囲気は変わっていなかった。

 

カウンターに並んで座る。

この店は好きなんだが、今日は違和感が強いな。何しろコートを脱ぐと制服姿だ。美咲も同じ気持ちらしく、落ち着かない様子で店内を見回す。

本来こういう店は落ち着く為にもあるんだが、仕方ないか。

 

「マスター、ノンアルコールビールと、何かフルーツカクテルないかな。アルコール抜きで」

 

「しばしお待ちを」

 

店主が幾つかの瓶を取り出すのを見ながら言う。

 

「本来ならお前さんもここの雰囲気に合いそうなんだが、この格好じゃ台無しだな」

 

「そんな事より、あの二人の事よ」

 

「ん?そろそろ1回戦が終わる頃か」

 

食事の後、あのホテルに取っておいた部屋のカードを渡して一旦別れた。

本来は自分達で使うつもりで予約してたんだが・・・

話の後、あの二人、特にお姫様の雰囲気が微妙になってしまったので、無理矢理部屋に押し込んで親睦を深めてこい、と言ってやった。

 

まあ外泊は無理なので、時間を決めて迎えに行く事になっている。その間、自分達はここで時間を潰す事にした。

 

「そうじゃなくて。令、どうしてあの二人にここまで協力するの?別に駄目ってわけじゃないけど」

 

そういえば、何故だろう?

主役と仲良くしておけば色々メリットがあるとは考えていたが、そんな打算だけじゃなかった気がする。

天霧がいい奴だったからか?

お姫様が天霧にお似合いだったからか?

 

「あの二人が気に入った、という言い方は上から目線で嫌なんだが・・・そんな感じ」

 

うん、そんな感じだな。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変わる日常

2月。

1年の中で、一番寒い月は1月か2月どちらかだが、今年は2月かな。

今年は、と言っても、アスタリスクに来て実質半年程度。他の年の事は知らない。

 

最近は授業に出るのも半分位、後の時間は自由だ。

今日も午後は空いたので、市内に来ている。遊びではない。会社の説明会だった。

 

説明会といっても自分一人が総務の担当から話を聞いて、わからない事を質問する程度。今年の採用は自分を入れて3名なので個別対応でも構わないそうだ。この規模の会社なら新人3人は妥当だな。自分以外は市外の高校から来るそうで、もちろん非ジェネステラだ。その辺は気にしても意味がない。

 

「他に質問はありませんか?」

 

「特には・・・ああ、それじゃもう一つ。これから卒業まで、空いた時間はアルバイトで過ごすつもりですが、構いませんか?」

 

「ええ、特に問題は・・・。バイト先はどちらですか?」

 

「まだ決めてはいません」

 

「そうですか・・・。うん。それなら、こういうのはどうでしょう。ウチでバイトしませんか?」

 

「は?」

 

「少し早いが仕事のOJTになります。職場の雰囲気も知る事ができます」

 

「なるほど、悪くないですね・・・」

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

休日の朝。

六花技研本社、作業準備室。

久々に作業服姿になっていた。

 

「今日の作業は行政エリア、厚生局北棟の空調機械室です。到着してから安全ミーティングですが、今回は先日から来てもらった深見君にも現場に入って貰いますので、特に作業中の安全確保に注意する事。作業工具の準備は―――」

 

出発前の注意を聞いて社有車に乗り込む。

バイトのシフトとしては、平日放課後に週2回、そして週末1日を1回。今回は初めての現場だな。放課後はどうしても時間が半端になるので、データまとめや工具の清掃など雑用だけで、休日は1日現場になる。作業内容は企業、公共設備、商店などの水道メンテナンスだが、意外にもアスタリスク市外での仕事も増えているらしい。

まあそっちに行くのは正式に社員になってからだな。

何してもこれで多少は金が入る。美咲のヒモみたいな真似をしなくてすむ。

その美咲も、自分と時間を合わせるようにバイトを始めるそうな。こっちはまともに商業エリアのホテルスタッフにしたらしい。

 

さして時間もかからず、今日の職場に着いた。

車から降りて作業帽をかぶり、安全具のチェック。工具箱を持つと主任について歩きだす。

これもまた、懐かしい感じだ。

さて、前世の経験がどこまで役にたつかな?

 

 

※  ※  ※

 

 

 

少し考えればわかる事だったが、体を使う仕事に対して、ジェネステラの身体能力は凄く便利だ。

今まで意識していなかったんだが、例えば。

 

「連鶴、だったか。刀藤がその小さな体で日本刀を振るい続けて平然としているのも、修行の成果だけじゃなかったんだな」

 

「そう言われると、そうですね」

 

午後の食堂。

最近は意識してレギュラーメンバーの間に顔を出すようにしている。

理由は天霧とお姫様の仲を気にして、という事にしている。

今のところ、二人の関係は自分達の尽力によって冷戦状態からは脱した、と思われている。もちろん実態は友好同盟を通り越して国家統合にまで至っているんだが、とても公表できないよな。

 

「まあお前さん達はまだ考えなくてもいいが、この力の使い方は戦い以外にもあるって事さ。俺の職場はまさにそれだ。やり過ぎると不安全行動で叱られるから注意はするが」

 

「不安全?どんな事ですか?」

 

「急いでいるからといって3階の足場から飛び降りて平然としていたり、とか」

天霧、お前さんも似たような事、やっただろう。

 

「それは、普通の人が見ればびっくりしますね」

 

「そんなところだ。さて、そろそろ行くか。街中に用がある奴はいるか?3人までなら乗っけて行くよ」

 

「あれ?今日もバイトでしたっけ?」

 

「いや、不動産屋巡りだな。そろそろ新居も探さないと」

 

「新居・・・」

 

女達の表情が微妙になる。自分と美咲が卒業後、同棲、いや一緒になる事は会長以外にも知らせてある。

そう聞くと色々思う所がありそうだな。

 

「それでは深見さん。商業エリアまでお願いできますか?」

 

「会長かい。珍しいね。うん、車を持ってくる」

 

ここで貴女か。今度は何を話せばいいのかな。

それとも。あるいは。もしかして。

ま、なるようにしかならんか。

 

 

 

車を出して学園内に入る。

会長はすぐに出てきた。

ちょっとわざとらしいが、一旦降りて助手席のドアを開け、一礼する。

 

「ご丁寧にどうも」

 

「まあ、これ位はね」

 

学園を出て、まっすぐに市内に向かう。

 

「で、どちらまで?」

 

「中心区のホテル、エルナトまで」

 

「おいおい。まさか六花園会議!?」

 

「いいえ。あのホテルはそれ以外の会合等にも使われるのですよ。今日はある企業連合の方との打ち合わせです」

 

「そういう公式行事に行くのに、こんな得体の知れない男が一緒じゃまずいだろうに」

 

「いえいえ。同じ星導館学園の生徒なら問題ありません。しっかりエスコートしてくださいね」

 

「まあ、やれと言われればやるけどね」

 

相変わらずいい性格してるね。この子は。

 

「それにしても、生徒と呼ばれる立場もあと1ヵ月で終わりなんだが」

 

「そうですね。今でも残念ですが。・・・綾斗の方、いかがでしょうか?」

 

「心配いらんよ。あいつも立場をわかっている。グリプスへ向けてのトレーニングが本格化すれば大丈夫だろう。お姫様もそうだ」

 

真顔で嘘を吐く。いや、嘘とも言い切れないが、あまり気分は良くない。

しかし、本当に気づいてないのか?一番怖いのはこの子なんだが。

 

「それなら安心ですね。もう少しの間、あの二人の事、お願いしますね」

 

その笑顔からは、少なくともネガティブな面は読み取れない。

 

もう少し話していたかったが、ホテルに着いてしまった。

2階のメインエントランスに車を入れ、正面ゲートに止める。旧車でそんな事をすると結構目立つが仕方なし。

注目を浴びながら降りると、助手席のドアを開ける。

会長は優雅に出て来る。

 

「迎えは必要かな?」

 

「いえ。そこまでは。またお会いしましょう」

 

「ああ、またな」

 

小声でやり取りして見送る。

さて、この後は自分の用事だが・・・セレブな世界から一気に庶民の世界に、といったところか。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

ちょっとやる事が増えてきたな。

 

バイトは継続、というか少し増えている。どうも人手不足のようで、できるだけ来てくれと言われると断りにくい。どうやら会社で働いていて、チームにしろ部下にしろ、充分な人員が得られる事はある訳がないのはこの世界でも同じようだな。

新居探しも気に入った物件はまだない。流石にマンションは無理なので、静かな所の1LDK位のアパート、と思っているんだが、美咲も納得させないといけない。決まったら住所登録、引っ越しの準備、は大した事ないか。

そしてもう一つ。

天霧君とお姫様の面倒を見る、がある。

 

さて今日は、世間一般でいう所の休日。

で、バイトが終わると学園に戻って車を出す。

お姫様と美咲を乗せると商業エリアに逆戻り。えーと、今日の待ち合わせはあの店の前か。お、いたいた。

車を止めるとすぐに天霧が乗ってくる。

 

「綾斗!」

 

「ユリス!」

 

お前ら、もう少しの辛抱なんだから自重しろよな。あ、こら。俺の車の中でそんな事するんじゃない!

後部座席でいちゃつくカップルに美咲も苦笑するしかないようだね。

 

で、お二人の目的の場所だが・・・

 

ロートリヒトでも少し外れにある、少し派手目の大型ビル。

ホテルの名を冠してはいるが、むしろ宿泊客は少ない。つまりはそう言う場所だったりする。

車用の入り口から入ると、スロープを登っていく。

 

「5階が空いてるみたいだね」

 

車を5階フロアに入れる。開いている部屋の駐車スペースに停めると、周りが3Dスクリーンでパーテーションのように囲われる。つまりは人目に触れず部屋に入れるようになっている。

 

「先輩、今日もありがとうございました」

 

「それでは、夕方まで・・・」

 

「わかってるよ。今日は俺達も用事があるから一旦戻る。迎えは5時位で良かったかな」

 

「はい、お願いします」

 

「綾斗・・・!早く・・・」

 

会話もそこそこに密室に消える二人。

まったく、苦笑いしかできないな。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冬の断面

二月も後半。バイト先にて。

 

「深見君、明後日は入れるか?」

 

「ええ、いいですよ」

 

「シフト出た後に追加ですまんが、手が足りなくてね。現場は24ブロックの・・・ってわからんか。端末に送ったから。ビル内配管と制御盤の解体。松井の班に入ってくれ」

 

「わかりました」

 

送られたデータを見る。これって・・・再開発エリアじゃないか。あんまり良い印象ない場所だよな。そもそもあまり行った事も無いし。

しかしまあ、仕事だ。

 

「明後日だと学園の都合があるので、この時間だと・・・直行して良いですか?足はあるんで」

 

「おう、かまわんよ。マイカー利用申請で処理できるように総務に言っとくから」

 

「それでは作業着と工具はこのままお借りします」

 

バイトのはずなのに、すっかり戦力にカウントされてしまった。

突然の現場作業も断れないし・・・

社員になる前から社畜になってどうするんだ。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「ホントっすねえ。仕事を持つと辛いですよ、先輩」

 

学園、寮にて。こいつともケジメをつけておかないとな。

 

「その辺はお互い様だろ。夜吹」

 

「え?何の事ですか?」

 

「おいおい、今更だろう。お前さんが影星で、会長の仕事をやっていたのは知ってる。ああ、そういう家柄だったな。気に入ってはいないだろうが」

 

「な、何でもお見通しですね。しゃれになんねえっすわ」

 

「安心しな。これ以上の事は知らんし、公言するつもりもない。卒業したら尚更、関わる事もなくなるし」

 

「それ、お願いしますね」

 

「ああ、わかっている。世話になったな」

 

そういえばこの世界に来て、最初に接触したレギュラーはこいつだったな。情報を得る為、何度か使って、多少話す程度の仲にはなった。

 

そうだね。世話になったよ。

元気でな。これからも上手くやれよ。

 

 

 

そんな調子で、身の回りの整理を始めた。

人間関係は整理する程の事もないが、多少はケリをつけておかないと、後で困るかもしれない。

そういう奴は多くはないが・・・

夜吹はこれでいいとして、会長はどうするかな。あと、カミラ・パレートだ。

うーん。卒業式までに何とかしないと。

 

考えながら寮を出る。

ここ数日は雪こそ降らないが、かえって寒さが厳しい。この後どうしよう。美咲と一緒に大学部でも行くか。研究の手伝いも終わった訳じゃないし。

 

「あ、いたいた。令」

 

「おう。美咲。ちょっと付き合えよ」

 

「うん」

 

そのまま歩いて大学部校舎まで向かう。

 

「最近お姫様はどうだ?」

 

「令も知ってるでしょ。落ち着いてはきたよ。最初はいつバレるか、冷や冷やしてたんだからね」

 

「まあ二人きりの時のバカップルぶりは酷かったからなあ」

 

「普段は抑えてる反動だよね、あれ。あの子があんなにデレデレになるなんてねー」

 

「それに付き合う天霧もまあ、アレだけどな」

 

当たり前だが大学部の研究棟にはすぐ近く。雑談している内に着いてしまう。

ちょっと間が開いたが、自分達にとってはお馴染みの場所となった認識工学研究室。

 

「こんにちは」

 

「マリさん、しばらく」

 

何となく、室内の雰囲気か柔らかい。という事は・・・

 

「クラウス、いたのか」

 

ああ、二人きりだったな。邪魔してしまったか?

 

「ああ、ちょっとな。それで?」

 

やはりな。奴の態度が堅い。悪かったねえ。

 

「実験に付き合おうと思って。ああ、その前に聞いとこう。卒業後も来た方がいいのかな?」

 

プラーナとマナを使った感覚、認識の共有実験はまだ終わった訳じゃない。

 

「え?いいの?この先も手伝ってくれると助かるんだけど」

 

「ええ、まあ。仕事があるので何時でも、とはいきませんが。あと、学園に入れる許可申請もお願いしますよ」

 

ふむ、卒業後も学園との最低限の関わりはできるな。レギュラー陣の様子も少しは見れるかもしれない。

 

「OKOK!喜んで手続きしちゃうぞ。任せて~」

 

「という事だ。クラウス。まだしばらくは厄介になる。ルークスの方も頼むよ」

 

自分のルークスは私物で、所有も問題ない。よって卒業後も持ち歩くつもりだった。何しろ機能が多彩なので、いじっているだけでも面白い。ただトラブルがあった場合は、対応できる奴が必要だろう。

 

その後はあちこちにセンサーを取り付けられて、美咲と模擬戦をさせられた。

それが終わると二人で妙なパズルをさせられたり、ゲームをしたりと、不可解だが面白い実験だった。

何でも二人で共同して実施する行動からデータを取るのが重要だそうな。

 

「いいねえ。なかなかのデータが集まったわ。やっぱり共同作業でのパターン解析はいいわぁ。もっと続けよう!何か良いやり方無い?」

 

マリさん。データを見て大喜び、目がキラキラしてる。あ、この人ってアレか?

 

「良いやり方ねぇ・・・あ、そうだ。いっそのこと俺と美咲でセックスしてその時のデータを取るってのはどう?」

 

「おい!」

「ちょっと!」

 

「・・・それだぁ!! それなら最高のパターンが見れる!すぐ準備するね。クラウス、適当にベッドかソファー探してきて!」

 

あーあ。明るい雰囲気と性格に騙されていたが、この人も立派なマッドサイエンティストだよ。

 

「一応冗談のつもりだったんだけど」

 

「当たり前でしょ!クラウスもマリさん止めて」

 

あーあ。ぐだぐだになってしまった。

結局三人ががりでマリさんを落ち着かせて、ついでに自分が美咲に殴られてこの場はおさまった。

もっともその後、何度もそのデータ採取を頼まれる事になったんだが・・・

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

休日。

だから仕事。いやバイトか。

食堂で適当に朝食を済ます。学園の食堂はどこも安くて美味いな。もうすぐお別れが残念だ。

寮の自室に戻ると着替える。普段は制服だが、今日は現場直行なので六花技研の作業服だ。クリーニングパッケージから野外作業用の安全服を取り出す。耐火、耐切断、絶縁の機能をもつ機能牲繊維でできた上下セパレートの青いユニフォームだった。これに耐衝撃性があれば防御力は学園制服と並ぶな。

作業服の上から安全帯とツール・ベルトを掛ければ装備完了。作業帽を被ると軽ヘルメットは肩のフックに掛ける。専用グローブは工具バッグの中に入れてあるから大丈夫。では行くか。

 

当たり前だがそんな姿で学園内にいると、相当不審に見られる。

本来学生と教師しかいない所に、どこから見ても工事作業員が堂々と歩いているんだ。

通り過ぎた後にふり返る位は良い方で、立ち止まってまじまじと見られたりもした。

そんな一人から声をかけられた。

 

「先輩・・・深見先輩ですか?」

 

「ああ、天霧か。おはよう」

 

「おはようございます。それ、仕事でしたか?」

 

「そうだよ。いやバイトなんだが。驚かせたか?」

 

「ええ、一瞬誰だかわかりませんでした。すみません」

 

「いいさ。天霧の目をごまかせたなんて俺もなかなかだな。いや、変装とか気配消したりのスキルは持ってないけど」

 

「そうですね。でも意外に分からないものですね」

ああ、そういえばこいつって変装のセンスが全然無かったな。

 

「そうそう、チーム・エンフィールドの立ち上がりは順調みたいだな」

 

「ええ。トレーニングは楽しいですよ」

 

「いい事だ。ただ、まあ、バレないように注意は怠るなよ」

 

「はい。その事はユリスも合わせてくれていますから」

 

「そうだな。じゃあこれで」

 

「はい、どうも」

 

今のところは穏やかな状況か。

 

 

今朝はあまり寒さが厳しくないが、車内は冷え込んでいる。

エンジンをかけると暖房もスタート。ハンドルとシートに組み込まれたヒーターも作動して、すぐに暖かくなった。よし。モニターにマップを表示させて出発だ。

 

再開発エリアまではそう時間はかからないが、着いてから現場までの移動は少々手間取る。

いくらナビが優秀でも初めて来る場所だからな。

ちょっと遠回りになってしまったが、それ故に気になる場所が目に入った。

たしかここは去年、天霧達とサイラスとかいうのがやり合ったビルじゃなかったか?

後で見てみるか。

 

 

そう思ったせいで、最後のイベントのフラグを立ててしまう事になった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

発見/追跡

再開発エリアの某中層ビル。

当然、利用されなくなってかなりの時間が経っている。

ある意味、その物悲しい建物が今日の現場だった。

 

最後のパネルを取り付けると、四隅をキャップスクリューで固定していく。

ソケットレンチを回すと、カチンという心地よいフィードバックと共に青い光が出る。規定のトルクに達した証だ。

バイトを始めた頃、ボルトをしっかり締めろと言われてその通りにしたら、ボルトの頭をねじ切ってしまった事から、可能な限りトルクセンサー付きの工具を使うようにしている。

 

「主任、パネルの方は終わりました」

 

「おう、配管はどうなった?」

 

「もう運び出しまで終わっています」

 

「よし、そろそろ終わりにするか。早い方がいいからな」

 

作業主任がスタッフを集める。後片付けと終了ミーティングに移行。陽は傾いてきたがまだ早い時間。でもあまり遅くまでいたい場所じゃないだろうな。何しろ再開発エリアなのだ。

もちろん然るべき機関に作業の届出はしているし、昼過ぎにはシャーナガルムの巡回員から声を掛けられたりはしたが、安全確保には気をつかい過ぎるという事はない。

 

作業終了。

 

今日は直行してきたので、他のスタッフと別れ、防寒ジャケットを着て一人フロアを出る。

車まで少し歩く間に美咲に連絡する。少し寄り道するが、夕食までには余裕で帰れるだろう。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

気になった廃ビルはすぐ近くだった。

ちょっと不安だったが、目立たない場所に車を止めてビルに入ってみる。

 

確か天霧達が戦っていたのは上のフロアだったな。

非常階段らしき者があったので登ってみる。

適当な階で中に入ってみたが、これは違ったかな?構造はともかく、天井の形とか高さとか、微妙に違う気がする。うーむ。本篇の舞台の一つとして興味があって来てみたんだが、無駄足だったようだ。

 

 

いや、別の意味でそうでもなかった。

 

 

微かな声に気がついた。

声、というより怒鳴り声、か?

下のフロアかな。耳をすますとある程度内容もわかるか。どうも揉めているみたいだ。

 

足音を立てずに近くの階段を途中まで降りる。

以前の自分なら考えられない行動だ。前世ならさっさと離れている。いや、こんな所に来たりはしない。

いかに強くなったとはいえ、自分も変わったものだな。

 

影に隠れて下のフロアの様子をうかがう。

 

見えたのは10人位の男達。一見して気が付いたのは、二手に分かれている。いかにもDQNといった連中と、マフィアっぽい黒服?な奴らだ。

 

「―――話が違うと―――」

 

「そんな事は聞いてねぇ―――」

 

「―――いいから持ってきやがれ!」

 

「俺達を何だと思って―――」

 

うわー。悪党連中の仲間割れ?それとも分け前でトラブル?いずれにしても関わりたくないね。ここはさっさと離脱すべき―――

 

気になる物が目に入った。

いや、物じゃない。半分壊れた机の上に乗せられているのは、縛られた人だ。女の子。見覚えがある!

 

(プリシラ・ウルサイス!?)

フェニクス4回戦で天霧達と戦ったレヴォルフの生徒。ウルサイス姉妹の妹。

 

これは素直に帰る訳にはいかなくなった。

どうする?いや、まあ当然助けるべきだが、自分一人でか?応援は必要だ。ちょっと待て。本当にあの子か?見覚えあるとは言っても、会った事はない。ならば。

端末を取り出すと、撮影機能を選択。動画記録を開始。気付かれないように注意して数秒、撮影する。

静かに階段を上がると、通話に切り替え。天霧をコール。出てくれよ。

 

「はい、天霧です。先輩ですか?」

 

サウンドオンリーでつながったが、まあいい。

 

「ああ、俺だ。緊急事態」

小声で話しかける。

 

「どうしたんです?」

 

「今、再開発エリアだ。動画送るから見てくれ」

 

「はい・・・。これは!プリシラさん!?」

「綾斗、どうした?」

 

向こうで声が重なる。ありゃま。お姫様も一緒か。丁度良い。

 

「やはりな。なあ、これってどう見ても誘拐か、それに近い状況だろ。ほっとけないよなあ」

 

「ええ、助けないと。俺もすぐ行きます。ユリス、早く服を着て」

 

こいつら・・・まさかロートリヒトのホテルにでもいるのか?こんな時に。

いや、好都合か。ロートリヒトならここから近い。

 

と、下のフロアの騒ぎが大きくなった。いかんな。

 

「天霧、そういう事だから俺はここで監視する。位置情報は送ったぞ。それから、イレーネ・ウルサイスに連絡しろ!」

 

「はい、すぐに。ユリス急いで!」

 

端末をしまうと再び階段から下をみる。そこでは見事に乱闘が繰り広げられていた。煌式武装での斬り合いと銃撃まである。あの子はどこだ。ん?黒服の一人に担がれている。行先は・・・階段。ここを出る気か。

 

「逃がすな!」「追え!」「邪魔するな!」「くたばれ!」

 

見失う訳にはいかないが、あの乱闘の中を抜ける訳にもいかない。少し考えて、奴らの移動方向を予測しつつ、自分の認識を広げるイメージ。実験と戦い以外で使うのは初めてだが、どうだ?

何となくだが、勘のような物が来る。あっちか。

その方向の窓に駆け寄る。下を見ると、1階まで降りた奴らが車に乗る所だった。2台か?普通のセダンとミニバンだ。畜生。自分の車は反対側だ。

フロアを走り抜けると窓から下を見る。かなりの高さだが、大丈夫、行けるな。

 

そのまま飛び降りた。

 

着地の衝撃はかなりの物だが、余裕で耐えられた。

車に駆け込むとエンジンをかけて即発進。空間ウィンドウに付近のマップを表示。道路状況から動きを予測する。どこへ行く気だ?

とりあえず奴らの車のあった方向にハンドルを切りながら、素早く考える。

マップに目を通すと、この方向で近い大通りは環状8号線、そこからなら外縁道路に出易い。その先は・・・主要道か。ん、という事は、市外に出る事も可能だ!まさかあいつら、市外に?いや、あり得る。

 

半分勘で方向を決めていたが、視界に一瞬車が入る。奴らの車だ。よし、見つけた。追跡開始!

 

だがどうする?

追跡は可能でも、市外に出られたら?

奴らはわからんが、自分は確実にゲートで止められる。ここの学生は申請無しにアスタリスクの外には出れない。

それで終わりだ。

その手前で仕掛けるか?いや、良い手ではない。距離が離れるから天霧達の支援が遅れる。

ここでやるしかない。

 

前方に奴らの車。交差点を曲がった。その先はビルの谷間の細い道だろう。ならば!

 

急ハンドル。車体が一気に回るが、リアも流れる。カウンターステアで強引に立て直すと、クラッチを蹴ってギアを2速にシフト、フルアクセル。

タコメーターの針が跳ね上がるのと同時に、奴らのバンが目の前に迫る。慌ててノーズを右に向けて躱し、3速に入れる。車体は勢い余ってバンを追い越すと、先行するセダンタイプに並走した。

ちらっと左を見る。前席に男一人。こちらを怪訝そうに見ている。後席は・・・多分誰もいない。やはりあの子は後ろのバンの中だ。

一瞬だけアクセルを戻すと、バンに並走する。後は止めるだけだ。

自動車の構造上、最も強固なのは四隅、コーナー部だったな。

雑学知識を思い浮かべると、ハンドルを切って左フロントノーズをぶつける。狙いは運転席ドア前方だ。

衝撃は思った程ではないが、まだ止まらない。さらにハンドルを回して左側に押し込む。バンは歩道に乗り上げ、建物の壁に接触。よし、このまま挟みこめ!車格は向こうが上だが、構造は金属部品を多用しているこっちが強力だ。旧車で良かった。

と、歩道脇に何かの表示用ポールが立っている。バンは衝突コースだ。よし!

予想通り、バンはポールに正面から突っ込み、なぎ倒して停まった。ざまあみろ。

自分もブレーキをかけエンジンを切る。

 

戦闘準備。

ヘルメットとセーフティグラスを装着。作業手袋をはめて防御力は良し。攻撃力は・・・助手席に置いていた工具箱からパイプレンチを取る。そうだ!左腕には腕時計替わりにルークスを付けていたんだった。ラッキー!

 

車から飛び出す。

先行していたセダンは慌てて戻ろうとしてスピンしている。バカめ。素直にバックすりゃいいものを。

まあこれで数秒稼げる。

 

車の前を周りこみ、バンの前に立つ。

 

パイプレンチを振り上げると、思い切りフロントウィンドウに叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終イベント?

まったく。

もう卒業までは面倒事は起こらないと思っていたのに、これだよ。

 

 

ジェネステラの力で振り下ろされたパイプレンチは、車のフロントウィンドウをあっさりと粉砕し、ハンドルとダッシュボードまで叩き割った。

運転していた男はパニックになったのか、妙な叫び声を上げて暴れている。とりあえずその顔面にレンチを突き出すと、ゴツンという手応えと共に壊れたハンドルに突っ伏して動かなくなった。

ふむ、後席はどうだ?

プリシラ・ウルサイスはまあ大丈夫か。そういえばリジェネレイトだったな。

その隣でもう一人の男が車から出ようともがいている。

どうやら自分の車が邪魔してドアが開ききらないようだ。

軽くジャンプしてルーフに飛び乗ると、男の頭を軽く蹴飛ばす。

あれ?それだけで奴は意識を失って崩れ落ちた。ああ、今自分は安全靴を履いていたな。重く堅い樹脂ハンマーで殴られたような物だ。

 

まずこっちは良しと。

 

向こうから奴らのもう一台の車が戻ってくる。

車から飛び降りると、狙いを定めてパイプレンチを投げつける。

今度もフロントウィンドウを直撃、粉砕した。

車は急に向きを変えて横の壁に突っ込み、停まった。

 

さて、どうするかな。

まずはこっちを無力化しておくか。できれば縛ったりしておけば・・・

ああ、良い物がある。

自分の車のトランクを開けると、バイトで使った資材がいくらか入っていた。

そこから強化樹脂製結束バンドを取り出す。これは鉄配管も束ねる事ができる強靭なやつだ。

ちょっと面倒だが、伸びている二人の男の腕や首を縛り、車のフレームに固定する。

よし、これで当面動けないな。

 

向こうで物音がする。

ああ、もう一台の方か。

見ると男が一人、ふらつきながら出てきた。ふむ、強いかどうかは別にして、こいつらもジェネステラか。

 

「貴様・・・ 一体何者だ?」

 

「何者って・・・見ての通り、通りすがりの作業者だけど」

嘘は言ってない。というかほぼ真実だな。

 

「ふざけるな!こんな事をしやがって、ただで済むと思うな!」

 

「ただで済むとは思ってないよ。そう言うおたくはどちら様で?」

 

うん。実は気になっている。レヴォルフの、いやディルク・エーベルヴァインの重要人物であるあの子に危害を加えても構わない、と考えているなら、馬鹿か余程強力な組織か、その何れかと思うんだよ。

 

答えは無かった。

その代わりに奴は拳銃を抜いた。

 

(来る!)

 

発砲までの動作は素早かったが、対応できない程じゃない。

銃声。実弾銃だ。

体を振って射線からずらす。ちょっときついが、今の自分は攻撃の意志、その方向は感じ取れる。ならば先読みして動けばいい。大丈夫、躱せる。

回避しながら左腕の袖を上げ、ルークスを起動。片方だけだが、馴染みの武器に心が高揚する。

良し、新装備のテストだ。ルークスの散弾ランチャーをスタンバイ。腕を奴に向けて掌のトリガーを押し込む。

軽いフィードバックと共に多数の光弾が飛び出すと、男のほぼ全身に着弾。

男は拳銃を取り落として倒れた。

うん、なかなか使えるな、これ。

 

落ちている拳銃を拾い上げる。ある意味当然だが、見たこともないタイプだ。まあ、この世界では実弾銃は少なくなったらしいし。と言ってコレクションしたい訳じゃない。いらんな。

路面に放りだすと、左拳を叩きつける。多分だがフレームが曲がった。もう使えないだろう。

顔を上げると、男が起き上がっていた。

ありゃ、散弾では一撃で意識を刈り取る事はできんか。ならばもう一発・・・

と思った所で。

 

「オラァ!!」

 

気合の入った叫びと共に、男の体が横にふっ飛んだ。建物のシャッターに叩きつけられて動かなくなる。

うん、来たか。しかし見境ないね。余程焦っていたのか。

 

「イレーネ・ウルサイス・・・」

 

お姉ちゃん、多分自分とは別にこのあたりを探し回っていたんだろうが。

 

(怖っ!)

 

鋭い目でこっちを見ている。大丈夫か?こいつ妹の事になるとアレだからな。

 

「・・・プリシラはどこだ!」

 

何とか話は通じそうか。

 

「無事だよ。こっちだ」

 

そう言ってバンの所へ歩く。後ろから強いプレッシャーを感じるが、大丈夫かな。

バンの後ろに回り、ロックを解除してバックドアを開ける。次にシートだが、これかな?目についたレバーを引くとシートが倒れた。

 

「プリシラ!おい!プリシラ!」

 

姉が呼びかけるが返事はない。ただ口が少し動いたのが見える。

 

「眠らされてるのか。薬か、魔法か・・・。一応治療院に連れていくか?」

 

「畜生!あいつら・・・!」

 

「気持ちはわかるが落ち着け。とにかくここから出そう」

 

「そうだな・・・。なあ、天霧が言ってた先輩ってのが、あんたか?」

 

「ん、ああ、そうだよ」

 

「おかげで助かったみたいだな。この事は―――」

 

「安心するのはまだ早いと思うね」

 

通りの先に数人の人影。振り向くと反対側も。距離はあるが、いかにもな連中がやって来た。

 

「挟まれたか」

 

「何だ?あいつら・・・」

 

「多分この子を攫った実行犯、だろう。そしてそこに転がっている奴が依頼か命令でもしてたかな?」

 

「そうかい・・・なら丁度いい。まとめて叩き潰す!」

まあ、この人ならそう言うよな。

 

「わかった。じゃあこっち側はまかせな」

 

通りの反対側を見る。四人・・・いや五人か。そこで気が付いた。自分は多人数を相手にした経験無かったよな。

これってまずいか?不安になるがもう遅い。

 

「うりゃあ!」「ぐわっ」「畜生」「何してる!」「うおっ!」

 

早速背後で始まった。こっちも覚悟決めるか。

さっと車に戻って、工具箱に手を入れる。引っ張り出したのは大型ソケットレンチのハンドルだ。

もちろん武器としては設計されていないが、手頃な長さ、何よりグリップが付いていて持ちやすい。

 

さて、やるか。

まずは先制攻撃。左腕の散弾ランチャーを向けるが・・・

 

エラー表示。空間ウィンドウを展開すると、リロード機能に問題発生。射撃不能。

 

(不幸だ・・・)

 

こんな時に!内心でボヤキながら突っ込む。こうなったら格闘戦で暴れ回るしかない。まあこれまでやってきた事だしな。

左腕を盾にして、右腕のレンチを振り抜く。ガキッという手応えと共に相手のルークスがはね跳び、すかさず蹴りを入れる。まずは一人、と言いたい所だが・・・周りから一斉に武器と拳が襲ってくる。防御と回避で手一杯になってしまった。

意識を集中して感覚を上げる。とにかく攻撃予測。いや、予測はできるんだが手数が多い。多対一ってのは想像以上にキツイ。

 

「くあっ!」

 

とうとう側面から強烈な打撃を喰らう。チッ。美咲がいてくれりゃあ簡単に終わるのにな。

何とか体勢を立て直すとジャンプして一瞬を稼ぐ。イレーネの方は・・・何人もの男が倒れているのが分かるが、まだ激戦中だ。

段々むかついてきたぞ。

自分の力の無さか、こんな奴らの存在か、それともこの状況そのものか。

半分自棄になって目についた奴に正面から飛び込む。

そいつは吹き飛ぶが、当然自分も地に倒れる。

ヤバイ。悪手を打っちまった。

慌てて起き上がろうとした所へ蹴りが来る。

顎が砕けるレベルのハードヒットを覚悟して歯を食いしばった。

 

次の瞬間、目の前を炎が通過した。炎?

 

「ロンギフローラム!」

 

周囲に次々と爆炎が上がる。

ああ、これで終わりだ。

 

「助かったよ。お姫様」

 

天霧とリースフェルト。並んで悠然とこちらに向かってくる。

うん、やっぱりお似合いの二人ではあるな。

 

 

結果として、敵の増援もほとんどが意識を失って倒れている。

逃げ出せた奴は多分、いないな。

今のところは安全か。

天霧達とウルサイス姉が話しているのを横目に、放り出した工具を回収した。

安全具と一緒に助手席に放り込む。

さて、この後どうするかな。

さっさとこの場を離れるべきだが・・・放置しておいて良いものかな?

 

あまり考える時間は無かった。

 

「そこで何をしている!」

 

厳しい声に振り返ると、警備隊の制服。シャーナガルムのお出ましかい。来るならもっと早く来て欲しかったよ。

 

「天霧、ウルサイス、先に行け!ここで足止めはマズイだろう」

 

「先輩はどうするんです!?」

 

「何とかするよ。さあ!」

 

天霧達は頷いて走り出す。ウルサイス姉も妹を抱えて飛び上がった。

 

「待て。止まれ!お前も動くな」

 

「動くつもりはありません。星導館学園、深見 令。状況を説明します」

 

二人の警備隊員の前ではっきりと言う。正面からこう来れば対応しない訳にはいかないだろう。

 

 

そして、自分は更に面倒を背負い込む事になるんだ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

事後処理

警察の事情聴取という奴は、例え被害者であっても長く、面倒な物だ。

それはこちらでも変わりなかった。まして自分は被害者とは言えない。当事者?

そんな訳で、それからしばらくの毎日は警備隊の本部と学園の往復になってしまった。

 

それでもあの時、シャーナガルムの追及から逃げるという選択肢は無かった。

何しろ今回叩きのめした連中、馬鹿で無ければそれなりに力を持ったプロ集団だ。そんな奴らとドンパチやってしまった以上、公的治安当局の関与はあった方が良い。ある意味で保護も期待できる。

引き換えに多大な面倒を抱える事になったが。

 

現場に行って立ち合いの元、検証作業に付き合うなどマシな方で、しまいには奴らとの戦いの再現までやらされそうになった。

天霧達とウルサイス姉妹も、一度ならず警備隊に呼ばれたようだが、こちらはそう大変ではなかったらしい。

何しろ天霧は警備隊長と面識がある。その辺りも考慮されたな。

 

 

※  ※  ※

 

 

 

そんな面倒な毎日を過ごしている内に、カレンダーはいよいよ3月になった。

 

お馴染みの面々と、放課後の食堂にて。

 

「まあなんとか、警備隊との付き合いは終わりになりそうだ。やれやれだな」

 

「お疲れ様でした。そちらが終わるなら、学園としても問題にしないでしょう」

 

「ならばいいけど。会社の方はどうなの?」

 

「気になるのはそっちだな」

 

バイトの立場で、勤務時間後とは言え、退勤途中に問題を起こした、と言う事になる。

とりあえず総務部との相談は何度かやって、その結論だが。

 

「今回の件について、報告書じゃないけど、経緯を書面にして提出する事になった。進路指導の担当にも見てもらうが、会長、貴女にも一筆願いたいんだが」

 

ここでまた借りを作りたくはなかったんだがなあ。

 

「わかりました。お安い御用ですよ」

 

まあ、卒業していきなり無職でヒモにはなりたくないし。

 

「こんちは~」

 

「夜吹か。そっちはどうだ?」

 

「それなりに情報は集まって来てますよ」

 

よし、そろそろ聞かせてもらうか。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

もう寒さはピークを過ぎたが、夕方ともなるとまだまだだな。北関東ともなると尚更だ。

そんな冷たい空気をかき分けて、室内に入るとほっとする。

急いでエレベーターに乗り、最上階へ。

 

「俺が最後か。待たせたな」

 

「それはいいが・・・瀬名先輩は?」

 

「今はこの話を聞かなくていいだろ。宥めすかして置いてきた」

 

商業エリアの高級ホテル、その最上階。ダイニングバー『スターライト』

こういう話をする時には便利な店だ。

 

「それにしても、似合わない姿だな。ラミレクシア」

 

「余計なお世話だ。グリューエンローゼ。・・・なんだってこんな所に」

 

今日のイレーネ・ウルサイスは珍しく、レヴォルフの制服をまともに着ている。何しろ場所が場所なだけに、最低限のドレスコードは要求される所だからね。

 

「あまり聞かれたくない話になるからな。では誰から話す?夜吹か。・・・ああ、こいつは夜吹英志郎。星導館の新聞部で色々知ってる。多少は裏の世界にも顔が効くらしいね」

 

「いや~それ程でも。で、どうします?ロートリヒトや再開発エリアの噂なんかになりますけど」

 

「じゃあ頼む」

 

「はい。まずはっきりしているのは、ウルサイスの妹ちゃんを攫った連中、レヴォルフの連中っすねえ。まあ退学した奴らも混じっていましたが」

うん、その辺りは警備隊でも聞いた。

 

「という事は連中、タイラントに逆らったという事か」

 

「いや、元からディルクの野郎に従わない奴らはいる。あたしも命令でそんな奴らを叩いた事もあったしな」

 

「ふむ、ではその頭の悪そうな奴らが外の人間に良いように使われたって事だな」

 

「いや、それがそうでも無いらしいっすよ、先輩」

 

「おお?」

 

意外だ。思わず妙な声を出してしまった。

 

夜吹の話をまとめるとこうなる。

まず最初にレヴォルフの反会長派が妨害工作を企んで、学外のドロップアウトした連中に声を掛けて人数を揃えた。

そしてそいつらの意向でプリシラ・ウルサイスをターゲットにした。

もっともこの時点で本気で誘拐までは考えていなかったらしい。少しでも負担になれば、といった感じで一人になる所を狙って実行。

ところが成功してしまった為、返って扱いに困り、慌ててマフィア関係に情報を上げたところ、市外の組織から買取りの打診があった為その話に飛びついた。

しかしドタバタで話を進めてしまった為、肝心の引き渡しの場で話がこじれて騒ぎになり、某通行人の干渉を許した、といった所らしい。

 

「そんな事情が・・・。何というか、災難だったね。イレーネ」

 

「連中、初めからタイラントと敵対してたのか。だから・・・」

 

「ああ。ディルクの野郎には怒鳴り込んでやったが、あいつ肝心な事は何も言わねえ」

 

「あるいは今回の件も、反対派のあぶり出しに使おうとしていたのか?でなけりゃあっさり誘拐なんてできんだろう」

 

「何だと!まさかディルクの野郎・・・プリシラを餌にしたのか!!」

 

「いや~。それはどうですかねえ?」

 

「というと?」

 

「妹ちゃんには猫、ああ、黒猫機関の護衛が付いてるみたいですね。ただ今回はそこが上手く行かなかったと言うか・・・何しろ連中、少数精鋭でしょ」

 

「どういう事だ?」

 

「いや~。去年、猫が一人、いなくなったでしょ。フェニクスで」

 

「そうか!沙々宮と刀藤が戦った・・・!」

 

ヴェルナーと言ったか。逃げられた事になっているが、実は夜吹が確保してたな。

 

「その補充がまだで、色々隙ができてたんじゃないかと」

 

「その程度の組織とも思えないが・・・」

 

いや、有り得るよ、お姫様。人間が構成する組織に完璧は無い。まして、秘密保持という制約を受けていれば、妙な所で軋みや綻びがでるものさ。

しかし今回も、結果的に得をしたのはタイラントだけか?何しろ反対勢力が一つ、つぶれたんだから。警備隊からあれこれ探られるというデメリットを差し引いてもプラスだろう。大したものだよ。

 

その後は軽く食事をしながら近況報告、世間話となった。

もっとも自分はあまり長くは付き合えない事情があった。

 

「そろそろ時間だ。じゃあ一足先に行くよ」

 

「お疲れ様でした」

 

「ちょっと待ってくれ。もう帰るのか?」

ん?イレーネさん、どうしたのかな?

 

「悪いが予定があってな。また後日だ」

 

「・・・わかった」

 

そういや連絡先は知らなかったな。まあ天霧を経由してくれればいいよ。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

急いで出たのは車屋の都合に合わせた為だった。

愛車の修理がやっと終わるのだった。

閉店時間ぎりぎりに店に駆け込むと、見事に復活したレグルスが待っていた。

 

今回、ダメージとしては深刻ではなかった。

左フロントフェンダーの凹み、傷とホイールアライメントのズレ、タイヤのパンク位だ。

しかし旧車なだけに、部品交換でOK、とはいかなかった。そもそも部品自体が無いんだ。結局人の手で直して調整するしかなく、時間が掛かった。

そして時間=費用である。

渡された見積りを見た感想。

 

(不幸だ・・・)

 

事実上、貯蓄がゼロになってしまった。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「ここ、どうかな?」

 

数日経って、放課後。

居住区の一角。案内されたのはこじんまりとしたマンションの一室。

間取りは自分の感覚で表現するなら1LDKといったところか。

しばらく動けなかった為、新居探しの最終段階は美咲に任せきりになってしまっていたが、あいつの選択もなかなかいい。ここなら商業エリアに近いし、職場との距離も悪くない。

家賃もまあ、許容範囲だな。

 

「よし、ここに決めるか」

 

不動産屋のオフィスに戻って契約に移る。引っ越しの日はまた改めて決めるか。

 

また一つ、変化への準備が終わる。

 

車で学園まで戻ると、正門前に主役二人。

改めて話を聞く事になっている。

 

彼らとゆっくり話せる機会は、もう多くは無いだろう。

 

本当に、もう、あと僅か、なんだな。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

早春、準備中

アスタリスクの冬も終わる頃。

快晴の午後。

風はまだ冷たいが、日差しは僅かに暖かい。

 

学園と市街をつなぐ湖上道路の途中に車を停めて、主役二人と向き合う。

要件はいくつか。まずはこの前の騒ぎについて。

 

「そういう事か。助かったよ、天霧」

 

天霧は警備隊長に関係する線から情報を持ってきてくれた。

プリシラ・ウルサイスを買おうとした連中も、そのバックについていた勢力も、結局のところ中途半端な力しか持っていなかったようだ。だからこそそんな無茶な行動をする気になったんだろう。

しかしこれ幸いと捜査を実施した警備隊、それにきっちりと報復するタイラント、両者から攻められてめでたく壊滅状態だそうな。因果応報だなー。

 

「ですからこれについては心配いらないそうですよ。それともう一方ですが・・・」

 

レヴォルフの反会長派だったか?こちらもあの場で自分達に叩かれ、警備隊に検挙されてやはり壊滅状態。そしてタイラントは何もせずに反対勢力を一つ潰した事になる。

 

「結果的に奴の為に働いてしまった事になるな。面白くない」

 

「それはまあ、そうだが。あんまり気にするなよ。お姫様。貸しを作ったと思えばいい」

奴が借りと思うかは微妙なところだがね。

 

「じゃあ、もう安心していいのね」

 

「はい、今後も何かあったらすぐに警備隊が動くそうです。大丈夫ですよ」

 

「美咲、心配かけてすまん。二人もご苦労だったな。ただ、聞きたい事はまだあるんだが」

 

君たち、何であんな所にいたの?

おかげで救援が早くて助かった面はあるけど。

 

「仮にも一国のお姫様が入り込んで良い場所じゃないだろう。ロートリヒトのホテル街は」

そんな場所を教えたのは自分だが・・・

 

「天霧も良く考えてよね。バレたらとんでもない事になるよ!」

 

「ち、違うんだ、先輩。あれは私が行きたいと言ったから、綾斗が無理をして」

 

「は・・・? あの~、お姫様?」

 

「い、いやその・・・綺麗な部屋もあったし、面白そうな物も置いてあるとか・・・」

 

「・・・」

 

絶句して美咲と顔を見合わせる。

これって、もう処置無しか。お姫様、引き返せない所まで行ってしまった。

 

「とにかく・・・!もう危ない事はするな。場所は選べよ。高級ホテルのデイユースを使うのも手だ。予約の事さえ何とかなれば一番無難だ」

 

他にも方法は考えるから、もう下手な真似は止めてね。

さて、疲れる話はもう終わりにして、戻ろうか―――

 

「あ、深見先輩。イレーネが会いたいって言ってきましたけど」

 

終わりにならなかった。美咲さん、冷たい微笑でこちらを見ないで!

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「お疲れ様でしたー」

 

バイトに復帰して数日。

ようやく周りの自分を見る目が普通になってきたかな。

まあ先輩には元アスタリスクの学生も多いので、そういった面々からはいわゆる生暖かい目、というので見られてはいる。そうでない社員からは、注意、助言、小言と色々あった。公式には総務部長からの注意、だったが入社前の事なので記録には残らない事になっている。これは温情的な措置だな。

何にせよ、元より問題を起こすつもりは無いので、今は意識して生活には注意している。

 

そんな訳でバイト帰り、イレーネ・ウルサイスと会う場所は商業エリアのごく普通のハンバーガーショップである。

 

「待たせたか?」

 

「いや、しばらくだったな。ん・・・?」

 

結局美咲が強引についてきてしまった。

 

「ああ、こいつは瀬名 美咲。フェニクスで見たろ?」

 

「初めまして。こいつの彼女やってる美咲だよ。よろしく」

 

「ああ、そうか。まあよろしくだな」

 

適当に頼んでおいたハンバーガーの類が運ばれてくる。ジャンクフードの夕食だが、たまには良いかな。

 

「それで、用件は?」

 

「簡単な話だ。この前の礼をしたい。あたしにできる事は何でもするから言ってくれ」

 

ん?今、何でもするって言ったよね。

・・・等とネタやってる訳にはいかんか。

 

「礼と言われてもね。こっちが勝手にやった事だし。いらんよ」

 

「それじゃあたしの気がすまないんだよ。あの時はかなりヤバかったからな」

 

うーむ。それでは・・・

今欲しい物と言ったら金だが、借金抱えたこいつに言うのは酷だなあ。

金じゃなければ体か。結構いい体してるしな。

 

まあ、隣でプレッシャーを発している美咲の前で言える訳もなし。

そうだな、たまには捻くれた事はやめておこうか。

 

「ならば、これからも俺達と普通に付き合ってもらうか」

 

「はあ?なんだそれ?」

 

「別に難しい事でもないだろ。そういや妹は料理得意だったな。良かったな美咲。ヨーロッパ風家庭料理が学べるぞ」

 

「ん?教えて貰えるなら助かるけど」

 

「何だよ。そんな事でいいのか?」

 

「ああ。最初は夕食に招待してもらおうかな」

 

何しろ自分は友人が少ないからな。

今後は仕事次第だが、同僚は友人とは言いにくいし、そもそも同期入社が少ない。

天霧達は後輩だし、今後は生活の場が異なる。

学園の連中は・・・同じクラスの奴らも上辺だけの付き合いだったし、後は煌式武装研の2、3人だけだな。その中で本当に友達付き合いしてたのはクラウスだけじゃないか。

 

「わかった。プリシラに言って置く。楽しみにしておけよ」

 

そう言って笑うイレーネ・ウルサイスだが・・・惜しいな。こうしていると本当に良い女なのに。

 

「じゃあ、それで頼むよ」

 

ふむ。家族ぐるみの付き合いになるかな、これは。それも悪くないか。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

いよいよ来週は卒業式か。

前世での高校卒業式なんて、すでに何の記憶もないが、今回は流石に感慨深い物になるだろうな。

それはともかく、転居の準備も進めないと。

 

「と言っても。ギリギリまで寮にいるつもりだよ」

 

しばらくぶりの煌式武装研にて。

 

「それで大丈夫なのか?引っ越しとか間に合うのか」

 

「寮暮らしだぜ。大して荷物がある訳じゃない。新居の準備をしておけば、すぐに生活を始められる」

 

「それもそうか。新居はどのあたりだ?」

 

「そういえば言って無かったな。今送るよ」

 

クラウスとは違う進路となったが、だからと言って付き合いが無くなる訳じゃない。

 

「こっちにはどれ位、顔出せるかな?」

 

「そりゃ仕事次第、としか言えない。まあ土日は何とかなるだろうが」

 

「それもそうだな」

 

うん、これからも世話になるさ。

 

「深見君、これ、記入しておいて。瀬名さんにも渡してね」

 

「ああ、どうも。ってなんで部長が?」

 

部長から手渡されたのは書類。見ると疑似校章の発行手続き申請だった。

 

「大学部から回ってきて、一応私の署名もしておいたから。提出すれば今月中には疑似校章が出るよ。多分学園内、どこでも入れるレベルになるかな」

 

ああ、卒業後も大学部の研究室の手伝いはすると言ったから、その為か。

 

「ありがとうございます」

 

うん、本当に付き合いは無くならないね。

 

 

 

一方で、なるべくなら付き合いを無くしたい人もいる。

 

「あらあら。悲しい事をおっしゃいますね」

 

「冗談ですよ、会長」

いや、本当は結構本気なんだけどね。クローディアさん。

 

「で、まあ先日のドンパチの件は片付いたよ。会社の方もそれで良い、と。と言う訳で、卒業はさせて貰えるんですよね」

 

「もちろん何の問題もありません。ご安心下さい」

 

「そいつは何より。まあ卒業しても大学部にはちょくちょく顔を出すけど」

 

「認識工学研究室ですね。聞いています。ご協力、感謝します」

 

うむ。把握していたか。

 

「できれば私の方にも、協力して頂けると助かるのですが」

 

「流石にそこまでは無理だ。それに必要も無いだろう。グリプスで優勝すればどうにかなるでしょ」

 

「どうしてそう思われますか?私のやろうとしている事は・・・」

 

「統合企業財体にしても、人が造る組織だろう」

 

つまり、完璧ではない。

 

「それに人間、我欲が無くなったとして、柔軟になれるのか?」

 

精神調整プログラム、か。どんな物かな。

 

「とにかく、今はチーム・エンフィールドが大事じゃないのかな」

 

「・・・そうですね」

 

「では、会長。お世話になりました。これにてイレギュラーは消えます。後は貴女方の努力次第。さようなら」

 

 

 まあ、助けが必要な場合は、手を貸す事も考えておくけどね。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

卒業

星導館学園、高等部。

卒業式。

意外と普通の式典の後、卒業証書をもらって終わり。

今時、紙の証書だが、まあ様式美か。

実際には電子IDの経歴に高校修了が記録されている。

 

ともあれつつがなく式は終わった。といってもまだしばらくは寮にいるので、感慨としては微妙なところだ。

ま、一つの区切りではある。

 

 

「で、式も終わったばかりのところで、何をやってるんだ?」

 

「見ての通り、実験だが」

 

大学部、トレーニングルームで美咲と一緒に模擬戦をこなした後、、呆れ顔でやってきたのは数少ない友人の一人、クラウスだ。

 

「深見・・・さっきまでこの学園の最終イベントやってたのに」

 

「お前も同じだろう」

 

「俺はこのまま進学で、ここを離れる訳じゃない。でもお前達はなあ」

 

「まあまあ。そんな事より、この子達、すごいよすごいよ!」

 

テンション高めな研究者。認識工学研究室の刀根さん。一体何だ?と思ったら。

 

「もし今年フェニクスがあったら、この二人、決勝まで行けるかもね」

 

とんでもない事を言い出した。

 

「マジで?」

 

「認識力の拡大と思考ブーストによる判断力のアップ。お互いの判断共有による完璧なコンビネーション。これにプラーナを使った自己加速と強化を加えたら・・・大変な事になるね。超高速戦闘、そんなイメージが浮かんだわ」

 

「そいつは凄い。ただ、自己加速とか強化とか、聞いてないんですけど」

 

「もちろんこれから仕込むんだよ。それは時間が必要。だから今年フェニクスがあればと思ったんだよ。惜しいな~」

 

意味の無い仮定だよなあ。

だが面白そうだ。仕事に就いてからも、休日に大学部へ顔を出すのは案外楽しいかもしれん。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

その夜。

商業エリアに普通に存在している、いわゆるファミレスっぽい店。

珍しく高校生らしい体験をしている。

と言っても気心の知れた少人数で、パーティーとも言えない適当な集まり。

美咲が友人達とお別れ会をやると言って、自分も引っ張り込まれた。

自分達以外は数人の女子、男子は一人だけ。まあそれだけでも気が楽になる。いくら自分の女が含まれているとは言っても、自分以外全員女子、では辛いものがあるよな。

 

「それではあたし達の卒業を記念して、かんぱーい!!」

 

何となくリーダー的な子の仕切りで、周りが一気に盛り上がる。

ほほう。美咲の友人にしては随分とそれらしい女子高生だな。いかにもギャルっぽいが見た目はなかなか。

 

「そこ!怪しい目で見ない」

 

「いやいや、邪な事など考えてませんよ。美咲さん」

 

「ふん。あの子は駄目だからね」

 

と言う美咲の視線を追うと・・・ああ、あいつか。

 

「こうして話すのは初めてだな。佐久間、だったか? 深見だ」

 

「最初に話すのが卒業式の後とはね。まあよろしく頼むよ」

 

あの子の男、ってわけか。どうやらまともな奴らしい。こういう形で知人が増えるのもいいね。

 

その後も高校生らしい時間を過ごす事ができた。

女子達は美咲が一緒にいる時に会い、適当に挨拶した位でちゃんと話すのは初めてな面々だったが、気立ての良い子ばかりだったので合わせるのは楽しかった。やはり進学、就職で進路は分れるが、離れても連絡は取り合う、という事になった。自分も佐久間とはたまには会うって事で話をつける。奴は進学組だったのだ。大学部に行く時、機会があるだろう。これでまた一人、友人が増えたかな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

友人と言えば、そう言っても間違っていない奴がもう一人。

 

数日後、そいつの家で夕食、という事になった。

 

「だた、男女間で友情が成立するかどうか。難しい所だな」

 

「はあ?いきなり何言ってんだ?」

 

「こっちの話だ。妙な事言ってすまん、イレーネ」

 

ウルサイス姉妹の家。

妹の方の、心尽くしの手料理を頂いた後、ソファーで姉の方と向き合う。

 

「どうかしたか?」

 

改めて周りを見渡す。住む場所はどうしても比べてしまうな。

 

「いや。自分が借りた所と比べても、結構いい所だと思って」

 

「ああ、ここは学園が用意した所だしな。あたしらの事情は知ってんだろ?」

 

「まあね。借金で縛っておいて、待遇は良くすると。決定的な反抗まではさせたくない、といったところか?」

 

「かもな。あのいけ好かない男が考えそうな事だな」

 

「そうさな・・・っとすまんね。招待してもらってつまらん話題を出した」

 

「いいさ。で、卒業したらこの辺に住むのか?」

 

そういってグラスにワインを注いでくれる。様になってるな。

 

「いや、ちょっと離れた住宅エリアだ。職場があっちなんでね」

 

そう言ってグラスを傾ける。ディナーに招待されるのに手ぶらではどうかと思って持ち込んだ勝沼の白ワインだが、なかなか良いな。

 

「卒業してアスタリスクで仕事かい。別に珍しくはねえが・・・そういやあんた、生まれはどこだ?」

 

「自分でもわからん。だから帰る所は無いよ。家族はいない。天涯孤独ってやつだ」

あれ?そういえば家族どころか親戚すらいないな。知らないだけかもしれんが。

 

「悪い」

 

「気にするなよ。それに家族はもうすぐできるしな」

 

そう言ってキッチンを見る。

そこでは美咲とウルサイス妹が鍋を前にあれこれやっている。

 

「ほー。もうそこまで・・・てか早すぎねえか?」

 

「良く言われるが、俺もあいつもそれで納得している。大丈夫だよ」

 

「そうか。ならば素直に祝福してやるよ」

 

そう言ってグラスを掲げ、笑うイレーネ・ウルサイス。そういう仕草も良く似合う。

 

「ありがとよ」

 

自分もグラスを上げ、一気に呷る。

 

自分もそうだが、イレーネも酒を飲んでいい年齢には達していないはずだ。

それでも付き合ってくれるのはありがたいね。

飲み友達ってのもそろそろ欲しいところだ。

いや、未成年が何を言ってるんだ、となるんだけど。

 

 

 

「プリシラちゃん、ありがとう。次に来る時はあたしも何か作ってくるから」

 

帰りがけ。

ウルサイス妹と美咲はすっかり打ち解けている。

 

「ぜひまたいらしてくださいね。楽しみにしています」

 

「こっちは何時でもいいぜ。ああ、今度はカジノでも行くか?」

 

「お姉ちゃん・・・?」

 

ああ、こいつは色んな意味でカジノには詳しそうだ。ただ生憎自分はギャンブルに興味は無いんだよなあ。

 

「ルーレットよりは美味い手料理の方に惹かれるよ。今日はすっかり御馳走になったね。プリシラさん、大したもんだよ」

 

「ありがとうございます・・・ああ!忘れてた。これも持って行って下さい」

 

渡されたのはまだ暖かい、調理用バッグだった。

 

「あれ!シチュー入れてくれたの?ありがとー」

 

「あと、これも一緒に」

 

今度はバスケットに入ったソフトブレッドとオリーブオイルの瓶だ。

 

「おいおい。夕食だけじゃなく、明日の朝食の用意までしてくれたのか。ありがとう。助かるよ」

 

「本当に・・・うん。きっとまた来るから」

 

「ああ。元気でな。また会おうぜ」

 

 

 

ウルサイス姉妹の家を出て、市街を歩く。

そう言えば車を買ってから、学園外で美咲と連れだって歩く事はあまりなかったな。

手を取って立ち止まり、夜空を見上げる。

冷たい空気の中、三日月と星が明るい。

 

「どうしたの?」

 

「いや、今年は色々あったな、と。卒業したせいか、振り返るようになった」

 

「そうだね。色々あったね。でもこれからも、きっと色々あるよ」

 

そうだった。

自分だけじゃない。

それに新しい生活がすぐそこまで来ている。自分も、美咲も。

 

「確かに。あまり過去を振り返っている場合じゃないな」

 

「そうだよ」

 

「ああ。そうだ。今日は寮に戻る事もないだろう。マンションまで行こう」

 

向こうも取り敢えず住めるようにはしてある。朝食まで用意してもらった事だし。

 

「うん。そうしよ。ああ、あたしが欲しくなった?」

 

「それもあるね」

 

「いいけど、一つはっきりさせて」

 

「何だい?」

 

「ずいぶんイレーネと話が弾んでいたみたいだったけど・・・」

 

そう言った美咲の握力が急上昇。まずい!

 

「浮気はしないよ。お前に刺されたくない。大体イレーネもそんな気ないだろ?」

 

「だったらいいけど。本当に、信じてるからね?」

 

大丈夫だから。お前一筋だから。他の女の相手はしないから。

 

だから落ち着いて!美咲さん!

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ ~アスタリスク ライフ~

春休み。

いや、卒業しているので違うな。

あくまで便宜上の措置だが、3月31日までは星導館学園の学生寮に滞在は可能だ。

正確には自分達は既に生徒ではないのだが、ありがたいサービスだね。

 

という訳で、ギリギリまで寮に居ようと思っていたが、生活に慣れる期間が欲しいという美咲の意見もあり、1週間前に退寮とする。

うん。自分はともかく、美咲はマンション生活など初めてだ。仕事も合わせると生活環境が激変するな。その辺り、慣れてる自分が配慮しないと。

あれ? でも自分も女と同棲なんて初めてだぞ。

 

 

 

3月も中旬、生活用品、家電等を揃え終わって、新居の方は生活環境が整う。

寮の私物はほとんど引き上げてしまった。こっちはもうホテル住まいと変わらんな。

進学組以外の3年生達は、大半が出て行った。そして1,2年生も含め帰省者が多いので、学園は閑散としている。そんな静かな敷地内を一人で歩く。

ちなみに美咲は入社説明会で1日出ている。

あいつの仕事は基本、販売員だった。そう聞くと前世なら激務?とも思えるがどうだろう。土日の仕事は普通にありそうだが。そういう自分の職場も休日出勤は普通にあるのでいいのか?

 

ふと、何でもないような物が目に入る。

そうか、ここはこの世界に来て、最初に覚醒した場所だったな。

人生延長戦、その全てはここから始まった、とでも言おうか。

そのベンチに座って、空を見上げる。思えば何とも凄まじい人生の激変だったな。

そういえばあの管理者とか言った野郎はその後、一度も出てこなかったな。フェニクスで死にかけた時は出てきても良さそうだったが。まあどうでもいいか。

つまらない考えは見知った顔が目に入った事で中断する。

 

「深見か」

 

「おう。しばらく」

 

同じクラスの・・・名前はうろ覚えだが・・・松井だったか?

 

「卒業式以来かな。まだ居るのか?」

 

「ああ。お前さんは今日までか」

 

「うん。そろそろ出るよ」

 

こいつとは多少は話す仲だった。確か地元就職組だな。出身は北関東だから、地元と言っても近くだったはず。だが、アスタリスクを離れてしまえば会う事もないだろう。住む世界が変わるような物だな。

 

「元気でな」

 

去って行く知人を見送る。

自分も来週は同じ立場になるな。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

退寮のタイミングを決めたので、準備を始める。

といっても部屋の方はほとんど終わっているので、手続きが少々ある位。

それも終わると後は暇になるだけ。

バイトも一旦終了。会社も時期的に忙しくないみたいで、入社前に少しはゆっくりしろ、との配慮らしい。

研究室の方も刀根さんが論文の執筆に入ったとかで、実験はしばらく無し。

煌式武装研は春休みでそもそも活動していない。とりあえずは学園に残っているメンバーに挨拶周りをしたが、すぐに終わってしまった。

 

「で、俺で暇つぶしをしようという訳か」

 

「そう言うなよ、クラウス。一応最後の挨拶周りの一環としてだな」

 

「そうか。悪いな。でもなあ・・・」

 

「確かに。どうせまた会うしな」

 

「で、暇そうだが、瀬名はほっといていいのか?」

 

「来月からは一緒に暮らすんだ。今位は良いだろう」

 

でも仕事中は別か。案外学生やってる時よりも一緒の時間は減るかな。

 

「とにかく1年、世話になった。まずはひと区切りだな。来月、また研究室で会おう」

 

「それもそうだが、学園祭もあるぞ。その時も来いよ」

 

「そうだったな。わかった。確か夜吹の奴が大きなイベントに関わっていたはずだ。なかなか面白そうだぞ」

 

「そいつは初耳だ。何をするんだろう?」

 

 

 

しばらく雑談で時間を過ごした後、改めて一人、学園内を回ってみる。

結構広い校内、じっくり見る機会はもうないだろうな。せっかくだから、今の内に覚えておこう。

 

それから数日、校内のあちこちをうろついて、飽きると市街地に繰り出す。

そんな事を繰り返して過ごす。

トレーニングを本格化させているレギュラー陣にはあまりちょっかいをかけずに、まずは様子見に徹する。

今のところ彼らの関係は安定しているようだ。このままで終わって欲しいものだな。

そんなゆっくり流れる時間を楽しんでいるつもりだったが、実際には日々はすぐに流れる。

本当にあっさりと学園生活最後の日が訪れた。

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

その日。

空はやや雲が多いが、晴れ。

風は少し冷たい程度。

いつもと変わらない朝。だが、この世界に来て最初のステップが今日、終わる。

 

約1年、自分の拠点であった寮の自室。今は空っぽになったね。

最低限、残しておいた私物も一つのバッグに収まった。

室内を一瞥。とりあえず綺麗にはしたつもりだ。

適当にジャケットを羽織ると、部屋を出る。

玄関前の管理室で、退寮を申告する。長い間、お世話になりました、だな。

 

制服もここで返納する。結構気に入っていたので、かなり名残惜しいよ。

 

一旦外に出ると、学園外周の共有エリアに出る。

そこではこれまで通り、愛車が待っていた。こいつとも長い付き合いにしたいものだな。

車を女子寮前まで回すと、既に美咲は待っていた。

今日の装いはソフトジーンズに赤いタートルネックのセーター、厚手のレザーベスト。

まったく。何を着ても似合いやがるな。

その美咲、何も言わずに助手席に収まる。

車を出す。

 

正門前。

 

車を停め、エンジンを切る。

そうか。車外に出て、向き合おう。

 

待っていてくれたか。

 

「よう。お二人さん」

 

天霧君とお姫様がそこにいた。

こうして制服姿で並ぶと、本当にベスト・パートナーだな。この二人。君達なら、どんな困難も飛び越えてしまう。そんな気にさせる雰囲気があるよ。

 

「せっかくですから。見送りに」

 

「わざわざすまないね」

 

いわゆる転生をして1年弱、チート能力も無く、大した活躍もせず、妙な暗躍だけやってメインステージを降りる事になったが、最後に主役二人から見送られるという事は、充分満足できる結果になったね。

 

「先輩方、お世話になりました」

確かに、色々あったね。お姫様。

 

「過分なお言葉、恐悦至極。姫様」

 

「・・・何なのよ。令、その言い方」

 

「最後位良いだろう。今までがラフだったんだから」

 

「俺からも。今までありがとうございました」

いや、天霧君。君にはあまり感謝される事はしなかったと思うが。

 

「本当に、二人共、上手くやりなよ。特に天霧、ユリスを泣かすんじゃないよ」

 

「うむ。天霧は気をつける必要があるな」

 

「俺ですか!? いや、その・・・ わかりました」

天霧君と一緒に苦笑い。

 

「ならばよし! じゃあ、そろそろ・・・」

 

「そうだな。お二人さん。こちらこそ世話になった。もう会う事もないだろうが、元気でな。とカッコよく言いたいところだが、残念ながらまた顔を出す事もあるだろう」

ま、学生じゃなく、一般人としてだが。

 

「だから、また会おうね。二人とも!」

 

「「はい」」

 

二人の返事が重なる。

思わず顔がほころぶ。見れば美咲も、天霧もお姫様も笑顔だ。

笑って別れるならば、もう何も言う事はない。

 

車に乗る。エンジンスタート。クラッチを踏んでシフトを1速に入れる。

アクセルオン、クラッチミート。

窓を開け、二人に一度手を振ってから静かに発進、そして加速。

 

バックモニターには手を振る二人。

 

その姿はやがて小さくなり、見えなくなる。

 

 

目の前はアスタリスク市街に向かう湖上道路。

今までなら、ここでローギア、フルアクセルで加速するところだが、今日は無理だな。

それでも後ろの星導館学園がどんどん小さくなって行く。

そして前方に中央区の高層ビル群が近づいてくる。

 

今、自分の一つの時代が終わった。

失う物もあったが得た物も大きい。

 

シフトノブを離し、美咲の手を取る。

 

「終わったな」

 

「そうだね」

 

「そして次が始まる」

 

「それも、そうだね」

 

「ああ、俺達はまだ続く。続いている。これからも」

 

そう、まだ終わっていないさ。

この異世界体験は、まだまだ続いていくのだろう。

 

 

 

 ~ FIN ~

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。