提督は今日も必死に操を守る (アイノ)
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プロローグ



主人公の過去話とかです。
あと現在の恋人も出てきます。
設定自体はよくある感じなので、めんどくさい方は飛ばしてもらって構いません。


「それじゃあ行ってくるよ、愛佳」

 

「気をつけて…必ず帰ってきてね」

 

「もちろんさ。君1人を置いて死んだりなんかしない。約束する」

 

「うん…うんっ…」

 

そう言ってまた泣き出した最愛の恋人を抱きしめながら、男は親が子を寝かしつける時の様にやさしく髪を撫でる。

そして同時に、これから自分が成すべき事について改めて思いを馳せる。

彼、須藤龍二が「提督」になるきっかけと共に…

 

 

 

 

子供の頃の龍二は、所謂「普通の子」とはちょっと違う子供だった。。

外見や性格などが変というわけではなく、彼が生まれつき持っていた才能が希有だった。

それは「妖精と意思の疎通ができる」というもの。

 

「妖精」というのは、物に対して宿るいわば「付喪神」のようなものだ。

その為、自然の中や建造物の中問わずいたる所に存在する。

存在はするが、もちろん通常の人間には見えないし、見えないものに対して意思の疎通などもってのほかである。

しかし龍二は、その「妖精」と生まれつき会話することが出来た。

 

今でこそその存在を認められた妖精であるが、当時はまだオカルトの域を出ていなかった。

その為、誰もいない所で会話をする我が子の姿に耐えられず、両親は彼が4歳の時に祖父母のもとへ預けて失踪してしまった。

祖父母にも妖精は見えなかったが、元々孫大好きだった祖父母は「この子には何か特別な力があるのだろう」とだけ考えることにし、親のいない分の愛情を埋めるべく、最大限の愛を注いで彼を育てた。

祖父母の愛を一身に受け止め育てられた龍二はまっすぐ育ち、心根の優しい好青年となった。

 

小学生時代には既に「この能力を他人に知られてはいけない」と気づいてはいたが、妖精というのは好奇心旺盛かつフレンドリーで、学校での授業中や食事中、果ては登下校中にも話しかけてきた。

妖精側としても会話までできる人間が珍しいようで、何かにつけて話しかけてくる。

会話の内容が「昨日の晩御飯は何?」「焼却炉付近に居座るボス猫の撃退法について」「好きなパンツの色は何色?」など、非常にどうでもいい内容ばかりではあるが…

幼いころから仲良く接していた妖精達に対して全てを無視する事など出来るはずもなく、龍二はクラス内で少し浮いた存在となっていた。

幸いにしていじめなどには発展しなかったが、小学校を卒業するまで「ちょっと変な子」という位置付けのままだった。

 

中学校に入学しても、田舎の学校ゆえか小学生時代の噂は瞬く間に広がり、露骨に避ける者もいる位の所謂「クラス内の腫物」的なポジションになってしまった。

ところが、これを是としなかったのが当時のクラス委員であり、今の恋人である倉本愛佳だった。

超が付くほどの世話焼き気質な彼女は、龍二に対する噂を一切真に受けず、塞ぎ込みがちだった彼に毎日優しく話しかけた。

そして、この頃既にクラス内での人気者であった愛佳の行動のおかげで、いつしか龍二を「腫物」として扱う者もいなくなり、彼はそれなりに順風満帆な中学生時代を過ごすことができた。

 

そして中学を卒業し、祖父母にこれ迷惑をかけない為奨学金制度を利用しつつ高校を首席で卒業、その後大学も無事に合格。

中学から進路を共にし、同じ大学への入学が決まった愛佳を心から愛し始めた龍二は、思い切って愛佳へ告白しようと決意する。

しかしその矢先、人類は未曾有の危機と遭遇することとなる。

「深海棲艦」と呼ばれる未知の生物が世界各国の海に突然現れ、人類に牙を剥いたのだ。

 

もちろん各国とも、持ちうるすべての軍事力をもってこれを迎撃しようとした。

しかし、最新技術の粋を集めた軍事兵器では敵の装甲に傷をつけるのが精一杯で、全くといっていいほど歯が立たなかった。

絶望する人類を嘲笑うかのように地上へ侵攻を始めた深海棲艦は、新たに現れた第3勢力によってその侵攻を阻害される。

そこに現れたのは、後に「艦娘」と呼ばれる見目麗しい女性たちだった。

 

彼女たちはそれぞれ独自の武装をしており、それを駆使して戦う彼女たちの強さはまさに圧巻の一言で、深海棲艦を撤退させるのにそう時間はかからなかった。

その後、彼女らと接触した国の上層部から国民に、以下のような情報が公表された。

尚、彼女らはこの情報を提供した後、人知れず姿を消してしまった。

 

 1.艦娘は深海棲艦と戦う力を持っている。

 2.艦娘は戦時中の日本海軍の軍艦と同じ名前を持っており、その軍艦に搭載されていた装備の縮小版である「艤装」を装備している。

 3.艦娘は重油・弾薬・鋼材・ボーキサイトを元に「妖精」の手で作られる。

 4.艦娘は自身を建造した「提督」の命令にのみ従う。

 

ここで国が困ってしまったのは、3と4である。

深海棲艦を撤退させたものの、次またいつ侵略されるか、そして次もまた彼女らが現れるか分からない為である。

かと言って、そもそも「妖精」なるものの姿すら見えない国の上層部は、消えた艦娘達の行方を追うと共に、その希有な能力を持つ人間の捜索に総力を挙げた。

そして龍二の元に「提督候補」として国からの出頭命令が届くまでに、そう時間はかからなかった。

 

その後は迅速かつ強引に話が進められ、気付けば軍属にさせられていた。

そしてそのまま軍の規約や提督についての知識を強制的に覚えさせられ、気が付けば立派な新米提督となっていた。

龍二自身も最初は渋々ではあったが、提督として艦娘達と共に深海棲艦を退けなければ、最愛の恋人と平和な生活を送ることすら出来ない事に気付いてからは、むしろ意欲的であった。

そして全ての課程を修了した彼は、佐世保鎮守府に配属されることになった。

実は彼の能力にはもう1つ重大な秘密が隠されているのだが、この頃の龍二にはそれを知る術はまだ無かった…

 

 

 

 

「名残惜しいけど、そろそろ行かないと…」

 

「うん…分かった」

 

「軍の規定で、あまり外部との連絡は取れないけど…なるべく連絡するようにするから」

 

「うん…本当に気をつけて、元気で帰ってきてね」

 

「ああ」

 

まだ瞳の端に涙を溜めたままの愛佳を再度優しく撫でると、見送る愛佳に笑顔で手を振って別れを告げる。

姿が見えなくなるまで手を振る彼女を背に、龍二は意気揚々と佐世保鎮守府へと向かうのだった。

 

 

 

 

 




誰得な過去話編終了。
次回から本編が始まります。

※2016/06/14
最後の部分を「キス」から「撫でる」に修正しました。
これだから脳内設定は…申し訳ありません。
こういった矛盾の指摘もありがたいです。


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第1話

プロローグだけじゃアレなので、とりあえず1話だけあげときます。


「ここが佐世保鎮守府か…」

 

時刻は一四三〇。

遅刻が大嫌いな(他人が遅刻するのは気にならない)彼は、指定された時間の30分前に鎮守府に到着していた。

関東から九州というちょっとした旅行レベルの移動で少し疲れていたが、鎮守府を目の前にした途端疲れはどこかへ行ってしまった。

想像していたよりもずっと立派な建物だったからである。

 

「今日から…というか執務は実際明日からだけど、俺やっていけるのかなぁ…」

 

出発時の前向きさはどこへやら。

この鎮守府の実質トップとなる事に若干気後れを感じながら、門の前にいる守衛らしき人物へ向かい歩を進める。

出頭から今日までで、まだ1ヶ月程度しかたっていない為、仕方ないといえば仕方ないのだが。

 

「お待ちください。この鎮守府に何か御用でしょうか?」

 

勤勉そうな守衛に身分証明書を渡し、習ったばかりの海軍式の敬礼で応対する。

 

「ご苦労様です!本日より佐世保鎮守府に配属となった須藤龍二です」

 

「お話は伺っております。ようこそ、佐世保鎮守府へ」

 

同じく敬礼で応対した守衛に門を開けてもらい、鎮守府の中へ向かう。

精巧な作りの扉を開くと、眼前にはこれまた想像以上に立派なエントランスが広がっていた。

外観も立派だが中はそれ以上に広く見え、自分の立場がどれだけのものなのかを改めて認識する。

もちろん気後れ具合も倍プッシュである。

 

「中もやっぱり立派だなぁ。あ、そう言えば…」

 

ふと思い出し、荷物の中から案内状を取り出し確認する。

そこには、「現地到着後は、貴官が能力テスト時に建造した初期艦が案内する」という旨が記されていた。

まだ直接会った事は無かったが、テストでは3回ほど建造した記憶がある。

建造された艦娘の名前は…えーと…

 

「あんたが司令官?」

 

「?」

 

必死に名前を思い出そうとしていたが、気の強そうな女性の声に思考を遮られ、反射的に視線を上げる。

するとそこには、流れる清流のような煌めきをもつ銀髪を腰まで伸ばし、白のセーラー服をアレンジしたようなワンピース?に身を包んだ

可憐な少女が立っていた。

あまりにも現実離れした美しい容姿に、思わず思考が停止する。

 

「どうしたの?もしかしてただの侵入者かしら?」

 

「いや、違う違う!今日から提督として配属された須藤龍二で合ってるよ。よろしく…えーと」

 

「なに?もしかして自分で建造した艦娘の名前すら覚えてないの?」

 

「うっ、面目ない…」

 

「全く、仕方ないわね…叢雲よ。ム・ラ・ク・モ。覚えておきなさい」

 

「む、叢雲だね。君が初期艦でいいのかな?」

 

「ええ、大本営からはそう聞いてるわ」

 

「了解。これからよろしくね」

 

「…っ」

 

笑顔で右手を差し出すと、なぜか頬を染めながら握手に応える叢雲。

はて、今の会話の中で赤面する場面があっただろうか?

それとも体調でも悪いのだろうか

 

「なんだか顔が赤いようだけど大丈夫?もしかして体調が優れなかったりするかい?」

 

「なっ、何でもないわ!案内するからつ、付いてきなさい」

 

「う、うん…」

 

どうやら体調が悪いわけではなさそうだ。

とりあえず案内に集中する為、足早に歩く叢雲の後を慌てて追いかけた。

 

 

 

 

広い建物にはそれ相応の数の部屋があり、食堂や応接室のように普通に目にする部屋もあれば、工廠や修理ドックのように艦娘専門の設備まで様々である。

さらに、店員はまだいないが酒保まであるようだ。

叢雲の話によると、酒保と食堂の担当は明日から鎮守府に配属となるとのこと。

 

「とりあえず案内は以上だけど…何か質問は?」

 

「うーん、今のところは大丈夫。工廠とかは使うときに改めて覚えるよ」

 

「わかったわ」

 

やたらと広い鎮守府を歩き回ったせいか、体が休息を求めていた。

腕時計に目を落とすと、既に時間は一七三〇を過ぎ。

そろそろ日が傾き始める頃だろう。

ふととある事に気付き、叢雲に問いかける。

 

「あれ?今日の夕ご飯ってどうすりゃいいんだ?」

 

「そう言えば…間宮さんが来るのは明日って言ってたわね」

 

「ということは、自分で用意しろってこと?」

 

「誰もいないし、そうするしかないんじゃない?そもそも食材はもうあるのかしら?」

 

「分からん…とりあえず食堂に行ってみようか」

 

せめて食材があることを祈りつつ、食堂へ向かう。

ここから一番近いスーパーを目指すとしても、車すらない今の状態では戻ってくるまで何時間かかるか分かったものではない。

とりあえず現状を確認するべく食糧庫を開いてみると、米や調味料等は大量に揃っていた。

また、業務用の巨大な冷蔵庫の中には野菜や肉、魚などがある程度揃っており、当面の食材に関しては問題無さそうだった。

ちなみに、艦娘も人間と同じものを食べるらしい。

そこに加え、出撃や遠征を行った場合は燃料や弾薬の補給も必要らしいが。

 

「食材はあった。時間もそろそろ夕飯時だけど…叢雲は料理を作れるかい?」

 

「うっ…。経験が無いから味の保証はしないけど、それでもいいなら…」

 

そう言いながらしょんぼりとしてしまう叢雲。

建造されてからまだ1ヶ月しか経っていないのだから、作れなくて当然といえば当然なのだが。

 

「わかった。じゃあ今晩は俺が作るよ」

 

「アンタ、料理なんて作れるの?」

 

「簡単なものならね。得意ってわけじゃないから、あんまり美味しくなくても文句言わないでくれよ?」

 

「少なくとも今の私よりは上手いだろうし…文句は言わないわよ」

 

「そか。じゃあちゃっちゃと作っちゃうから、座って待ってて」

 

手を洗いながら、視線でテーブルに座るよう促す。

さて、材料は豊富にあるが…手っ取り早く作るとしたらアレでいいかな。

頭の中でアレやコレやと夕飯の献立を考えつつ、食材を取りに食糧庫へ向かうのだった。

 

 

 

 

「はい、お待たせ」

 

出来立ての食事を叢雲の座るテーブルに運ぶ。

今晩のメニューは、エビピラフと肉野菜炒め、あとは即席のコンソメスープだ。

本当はチャーハンにしたかったのだが、1からご飯を炊いていたのでは時間がかかってしまうため、米のまま調理できるピラフにしたのだ。

 

「ありがとう…よくあの短時間で作れたわね」

 

「そんなに手間のかかる料理じゃないからね」

 

「そうなの?とてもそうは見えないけど…」

 

「まぁまぁ。とりあえず問題は味だから、とりあえず食べようか」

 

「作りたてなのに冷めたら勿体ないものね。それじゃあ頂きます」

 

しっかり手を合わせて頂きますをし、メインのピラフへと手を伸ばす。

口に入れた途端、叢雲の顔が驚愕に染まる。

 

「驚いた…なによこれ、すっごい美味しいじゃない!」

 

「お口に合ったようで良かったよ」

 

「…っ」

 

美味しいと言われ、思わず笑顔で返す龍二。

そしてこちらを見つめたまま、昼間の握手の時と同じように頬を赤く染める叢雲。

やはり熱でもあるのだろうか?

そもそも艦娘が風邪をひいたりするのかも分かっていないのだが…。

 

「…ちょっと失礼」

 

「んなっ!?」

 

叢雲と自分の額に手を当てて熱を測ってみるが、とりあえず熱はないようだ。

既に頬だけでなく顔全体が真っ赤に染まっているのだが、真剣に体調を心配する龍二が気付く気配はない。

 

「熱はなさそうだけど…」

 

「~~~っ!!」

 

「っておい、そんなに急いで食べなくても…」

 

ピラフの乗った皿を傾け、ガツガツというオノマトペが見えそうなほどの勢いで平らげていく。

叢雲の急な変化に思考を強制停止された龍二は、思わず彼女を凝視する。

 

「……ふうっ、ごちそうさまっ!」

 

「お、お粗末様でした…」

 

「そ、それじゃあ私は部屋に戻るから。明日寝坊するんじゃないわよ!」

 

「あ、ああ…」

 

「じゃあおやすみっ!」

 

そう言い残すと、叢雲は足早に食堂を後にした。

食堂を後にする際、ドアから顔だけを出し「ご飯、美味しかったわ。…それだけっ!」と言い残していくあたり、根は優しい子なのだろう。

そして残された龍二はというと、しばらくポカーンとした後「やはり体調が悪かったのか…」と結論付けた。

いろいろと残念な男である。

 

 

 

 

後片付けを終え、通常行う執務室とは別に宛がわれた提督用の私室へと向かう。

皺にならないよう軍服をハンガーにかけ、備え付けのベッドに横になる。

 

「ふぅ…明日から本番かぁ」

 

明日からの生活について少し考えようかと思ったが、横になった途端強烈な睡魔が襲ってくる。

早朝からの関東~九州の大移動に加え、不安や緊張からくる気疲れも合わされば誰だって眠たくもなる。

 

「あ、そういえば目覚まし…荷物のな…かに…」

 

持ってきた目覚ましをセットしておこうとしたが、途中で睡魔に負け力尽きてしまう。

明日の寝坊が確定した瞬間である。




私の知ってる叢雲じゃない!なんていう意見が多そうですが、何卒ご容赦を…


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第2話 前編

1話で終わらせるつもりだったのですが、思いの外長くなってしまったので前編と後編に分割。
後編はまた後日…


「うぅ…昨日は失敗したわ」

 

現在時刻は〇六三〇。

無意識に出てしまう欠伸を噛み殺しながら、叢雲は自慢の髪に櫛を走らせる。

身支度を整えながら思い返すのは、昨晩の夕食での出来事だった。

 

「今まであんな事無かったのに…あの人の笑顔を見た瞬間急にドキドキして…」

 

髪を整え終えた手を胸に当てながら、彼の笑顔を思い出す。

それだけで自分の顔が赤くなっていくのが分かる。

もしかすると、頭部にある艤装の一部もピコピコ揺れているかも知れない。

確認する勇気もないけれど。

 

「これじゃまるで、私が…」

 

「彼に恋してるみたいじゃない」と呟きそうになったが、慌てて首を振って否定する。

そんなはずはない。

建造されてから1ヶ月は過ぎているが、実際に会ったのは昨日が初めてなのだ。

自分はそんな惚れやすい女じゃないはず、そう自分に言い聞かせる。

それに今日から鎮守府が稼働するという時に、浮ついた気分のままではいつかミスを犯す。

ミスは自分を含め、これから増えるであろう仲間たちの轟沈にも繋がりかねない。

 

「…よしっ!!」

 

パチンと自身の頬をたたいて気合を入れ、姿見で身だしなみの最終チェックを行う。

問題ないことを確認し、その足で執務室へ向かう。

気合を入れた割に、「昨日の夕食、味わって食べなかった事謝った方がいいかしら?」などと考えている辺り、既に手遅れ感満載なのだが…

 

 

 

 

「……い」

 

「ん……んぁ…」

 

「…き…さい…しょ」

 

「…んん?……何だ…?」

 

「いい加減、起きなさいって言ってるでしょ!!」

 

「おわぁ!?なんだなんだ!?」

 

怒鳴り声と布団を剥ぎ取られた事に驚いて飛び起きると、ベッドの横で叢雲が仁王立ちしていた。

なにやら朝から大層ご立腹のようだが、寝起きの頭では原因が分からない。

 

「ふぁ~…。おはよう叢雲」

 

「おはよう叢雲…じゃないわよ!何時だと思ってるの?」

 

「えーと…今は〇九一三………ってうそぉ!?」

 

「待てど暮らせど執務室に来ないから見に来てみれば…今日配属になる2人はもう来てるわよ」

 

「ごめん、着替えてすぐに向かう!」

 

「急ぎなさいよ。2人は応接室に通しておくから」

 

必要な事だけ伝えると、叢雲は仏頂面のまま部屋を出ていった。

初日から恥ずかしい所を見せてしまった事を悔やみつつ、手早くシャワーを浴びて軍服に着替える。

ついでに今のうちに目覚まし時計を出しておく。

同じ轍を踏むつもりはない。

 

「よし、それじゃあ行きますか!」

 

ざっと身だしなみを確認し、問題がない事を確認。

これ以上待たせるわけにはいかないと、足早に私室を後にする。

 

…提督は知らない。

叢雲が、彼の寝顔を10分以上見つめていたことに…

 

 

 

 

「失礼するよ」

 

軽くノックをしてから応接室のドアを開く。

新たな仲間の前で仏頂面はまずいと思ったのか、それとも単に機嫌が戻ったのか分からないが、すまし顔の叢雲がソファ横に待機していた。

その向かい側にある来客用のソファーに、艶やかな桃色の髪を腰まで伸ばした女性が座っている。

彼女は提督の姿を確認すると慌てて立ち上がり、緊張した面持ちで敬礼をした。

 

「はじめまして提督!工作艦の明石と申します!」

 

「はじめまして。昨日からこの佐世保鎮守府に配属となった、提督の須藤龍二と言います」

 

「あなたが私を…」

 

「?」

 

よろしくねと言いつつ握手を求めると、昨日の叢雲よろしく頬を染める明石。

なんだろう、艦娘の間で特殊な病気でも流行っているのだろうか…?

ふと昨晩の光景を思い出し、改めて叢雲の様子を伺ってみると、すまし顔の下に大層ご立腹な表情が見て取れた。

寝坊したことをまだ怒っているのだろうか。

 

「…んんっ、いつまで握手しているのかしら?」

 

「…わひゃあ!すいません!」

 

いつの間にか両手で握られていた手を慌てて離す明石。

たかが寝坊でそこまで不機嫌にならなくても…と考える龍二もどこか抜けている。

 

「えーと、明石は酒保の担当で間違いなかったよね?」

 

「は、はい!生活用品から戦闘時の支援物資まで、幅広く取り扱うつもりです」

 

「おお、それは助かるなぁ」

 

「あと、私も一応工作艦なので、艦娘の皆さんの艤装を点検したり簡単な修理を行うこともできますよ」

 

「すごいじゃないか!至れり尽くせりだなぁ」

 

「治せる目安としては小破以下のみですけどね。それ以上はドックに入ってもらわないと…」

 

「いやいや、それだけでも十分助かるよ!」

 

「は、はい…」

 

あまり褒められ慣れていないのか、ものすごく照れている。

正直助かるのは本当の事だし、出撃する艦娘の艤装のチェックなどは直接戦績に影響が出る。

これを任せられるのは本当にありがたい限りだ。

…隣で叢雲の表情がえらいことになっているが、若干2人の世界に入りかけている龍二と明石に気付くすべはない。

 

「昨日着任ということは、まだ出撃などはされていないんですよね?」

 

「うん。何せ右も左も分からない新米だし、出撃できる艦娘は彼女…叢雲だけだからね」

 

「なるほど…ではとりあえず私の方は、酒保の整理をしてしまってよろしいでしょうか?商品はいくつか既に搬入されてますので…」

 

「そうだね。流石に叢雲1人で出撃させるわけにはいかないし、そっちをお願いしてもいいかな?」

 

「了解しました!」

 

再び龍二に敬礼をした後、明石は執務室を後にした。

執務室を出る際に一瞬ギョッとした顔をしていたので気になってその視線を追ってみると、仏頂面を通り越して般若のような顔をした叢雲がいた。

これが漫画だったら、顔中に怒りマークが張り付いていることだろう。

明石と会話している間にだいぶ悪化している気がするが、もちろん龍二が原因に気付くことはなかった。

 

「えと、あの…叢雲さんや」

 

「…何よ」

 

「まだ寝坊したこと怒ってる…?」

 

「…怒ってないわ」

 

「いやでもどう見ても不k」

 

「怒ってないって言ってるでしょ!!」

 

「アッハイ」

 

「怒ってない」と怒りながら怒鳴られるという理不尽な仕打ちを受けて軽く凹む龍二。

とりあえずこれ以上逆撫でしないよう、言葉を選びつつ疑問を投げかける。

 

「今日配属されるのって、確か2人だったよね?」

 

「…そうね」

 

「もう1人…確か食堂担当が来るはずだけど、どこにいるのかな?」

 

「…そのうち分かるわよ」

 

「??」

 

返答の意図が掴めず困惑する提督の耳に、控えめなノックの音が入ってくる。

入室を促すとそこには、お盆に出来立ての料理を乗せたエプロン姿の女性が立っていた。




艦娘増えるのが遅いですね…
早めにイチャコラハーレム劇場を開幕したいです。


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第2話 後編


初めて感想をもらえて嬉しかった記念ということで、本日後編も投稿します。
アグレッシブ間宮さん回です。


「失礼します」

 

落ち着いた大人な雰囲気を漂わせた女性が、お盆で料理を持ちながら入室してくる。

瞬時に料理のいい香りが応接室に充満し、思わずお腹が鳴りそうになる。

寝坊したおかげで朝食を逃した胃が、香りにつられて活発に動き始めたのが分かった。

 

「はじめまして提督。給糧艦の間宮と申します」

 

「なるほど、あなたが食堂担当の間宮さんですか。はじめまして、須藤龍二といいます」

 

「先ほど叢雲さんから朝食がまだだと伺ったので、僭越ながら簡単な朝食をご用意いたしましたが…ご迷惑でしたでしょうか?」

 

「いやいやとんでもない!お腹減ってたのですごい嬉しいよ。な、叢雲?」

 

「そ、そうね…」

 

先ほどの不機嫌さはどこへやら。

既に視線は間宮の料理に釘付けである。

そして提督は、先ほどの不機嫌の理由を空腹に結びつけた。

今日も根っからのトウヘンボクっぷりは健在である。

 

「急いで作ったので本当に簡単なものですが…。叢雲さんも冷めないうちにどうぞ」

 

「ありがとう…ございます」

 

こういう大人な雰囲気の女性と会話したことがないのか、いつもの強気な口調はナリを潜めている。

2人ともソファーに腰掛けた事を確認すると、間宮はお盆からテーブルへと皿を移し始める。

…片手で2人前の料理全てを持っているのを見て、改めて艦娘なのだと確認する。

それくらい、普通の人間と区別がつかないのである。

 

「うわぁ…」

 

「おいしそう…」

 

眼前に広がる朝食を前に、2人して思わず声が出てしまう。

つやつやに炊きあがった白飯、食欲を際限なく刺激する味噌汁、程よい塩加減に焼きあがった塩鮭、そして栄養バランスを考えて添えられたほうれん草の胡麻和え。

これぞまさに「ザ・朝食」といった料理の数々である。

 

「では早速、頂きます!」

 

「い、頂きます」

 

「はい、召し上がれ」

 

待ってましたと言わんばかりの勢いで、2人が料理に手を伸ばす。

空になったお盆を抱え、少し心配そうな面持ちで2人の感想を待つ間宮だが、2人の表情を見ればその心配が杞憂であることは一目瞭然である。

 

「おいひい…こんなに美味しい朝食は初めてかもしれない」

 

「悔しいけどアンタと同意見だわ。本当に美味しい…」

 

「そこまで気に入っていただけるとは…でもお口に合って良かったです」

 

ホッとしたような、それでいて少し照れたような表情を見せる間宮。

落ち着いた雰囲気とのギャップも相まって、男性が10人いたら10人が「カワイイ!」と言うであろう。

もちろん、料理に夢中な提督が気付くはずはなかった。

 

「そう言えば…明石と間宮さんも俺が建造した艦娘なんだよね?」

 

「ええ。私と明石さんはちょっと特別な方法でしか建造できないのですが、逆に言えば特別な方法さえ守れば必ず建造できるんです」

 

「なるほど。だから3人も建造させられたのか」

 

「そうですね。私たちを建造出来て初めて提督と認められるんです」

 

当初の疑問の1つがここで解決した。

能力の有る無しのテストだけならば、1体建造出来れば問題ないので不思議だったのだ。

 

「ということは、間宮さんも生まれてまだ1ヶ月ってことだよね?それでこの料理の腕とは…」

 

「一応給糧艦ですし、料理くらいは…。それに、戦闘向きの艦娘さんの中にも料理上手い人はいますよ?」

 

「え、そうなの?」

 

「はい。川内さんは揚げ団子が有名ですし、龍田さんの作る竜田揚げもおいしいです」

 

「ほーん…ということは…?」

 

隣で我関せずを決め込んでいる叢雲に視線を移す

がっつきすぎて頬が膨らんでおり、ちょっとリスっぽくて可愛いと思ったのは内緒にしておく。

 

「むぐむぐ…っ、な、なによ…あげないわよ」

 

「そうじゃなくて…昨晩誰かさんが、建造されてから料理の経験が無いから作れないとか言ってたような気がしてさ」

 

「う…」

 

「まぁまぁ。当時はおいしい食事が出る軍艦の方が少なかったそうですし、作れなくても仕方ないですよ」

 

「そ、そうよ!仕方ないのよ!」

 

「開き直りおった…」

 

フンと鼻を鳴らし、食事へ戻る叢雲。

せっかく朝食で機嫌が少し戻ったのだ。あまり刺激するのはやめておこう。

 

「そういえば、昨日の夕飯はどうなさったのですか?」

 

「ああ、昨晩は俺が料理を作ったんだ。簡単なものだったし、味も間宮さんには遠く及ばないけど」

 

「まぁ、提督も料理されるのですか!?」

 

「凝ったものはできないけどね。料理自体は好きだよ」

 

「料理が好きな男性、すごく魅力的だと思いますよ♪」

 

「そ、そうかな?」

 

「そうですよ!いい事聞いちゃいました♪」

 

「……む」

 

先ほどまでのお淑やかさはどこへやら。

いつの間にか提督のすぐ隣に寄り添い、ご機嫌な表情の間宮。

もちろん、提督を挟んで反対側では、叢雲の不機嫌ゲージが順調に増加中である。

 

「そうだ!よかったら今度、お暇なときにでも一緒に料理しませんか?」

 

「い、一緒に?」

 

「はい♪お互いに料理が好きなわけですし、2人で作ればきっと楽しいですよ!」

 

「そうだなぁ…うん、考えとくよ」

 

「約束ですよ?…あと、提督の好物をお聞きしてもいいですか?」

 

「好物かぁ…和洋中どれも好きだけど、実家では基本和食だったから選ぶなら洋食かな。ハンバーグとかオムライスとか…」

 

「ふふっ、なんかチョイスが可愛いですね」

 

「子供っぽいと自覚はしてるんだけどね…」

 

「いいじゃないですか。それも提督の魅力の一つですよ♪」

 

「あ、ありがとう…?」

 

流石にこういった迫られ方には慣れていない龍二、タジタジである。

そんな反応が楽しいのか、いつの間にか間宮自身も体を寄せて「あててんのよ」状態を構築している。

恐るべし給糧艦(バルジ量含め)。

 

「…ごちそうさまっ!」

 

ダンっと勢いよくお茶碗をテーブルに置く叢雲。

どう見ても不機嫌ゲージがMAXの彼女を見て、「いきなり飛ばしすぎたかしら」と苦笑しながら提督から離れる間宮。

そしてテンパる龍二。

全く関係のない第三者から見たらただの喜劇である。

 

「早く食べて執務室に来なさい!」

 

「お、おう…」

 

それだけを言い残すと、2人を一瞥すらせず応接室を出ていく。

閉められたドアの勢いが、彼女の不機嫌さを物語っていた。

 

「あれー?朝食で少しは機嫌が直ったと思ったんだけどなぁ…」

 

「提督…よく鈍感って言われません?」

 

「…ん?今何か言った?」

 

「いえ、何も…これは骨が折れそうねぇ」

 

「??」

 

叢雲の不機嫌の原因も、間宮の呟きの真意も掴めない龍二は、とりあえず朝食に集中することにした。

せめてこれ以上叢雲を怒らせないようにと、自然と箸の進むスピードが上がるのであった。




話の進みが遅すぎィ!!
なんとかスピードアップしたいところです…


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第3話

誰もいない廊下に、気持ち早めな足音が響く。

足音の主は、執務室へ向かう叢雲だ。

 

(何よ、デレデレしちゃって…)

 

頭の中では、間宮に言い寄られて鼻の下を伸ばす龍二の姿が映る。

彼の名誉のために言っておくと、鼻の下を伸ばすどころかオロオロしていただけである。

それはそれで情けない話ではあるのだが。

 

「…あぁーもう、何だかムカムカするっ!」

 

誰がどう見てもやきもちなのだが、当の本人は「惚れてない」ことにしたい為、その感情を認めることができないのだ。

素直になれない乙女心というやつである。

もやもやした気持ちのまま執務室へと急ぐ。

気付かないうちに、足音はさらに大きく響いていた。

 

 

 

 

「すまん、待たせたっ!」

 

「遅いわよっ!」

 

「悪かったって…」

 

朝食を済ませた龍二は、急いで執務室に戻ってきた。

間宮には申し訳ないが、最終的には掻き込むように食べたのだが…どうやら叢雲の御眼鏡にはかなわなかったようだ。

それでも一応、秘書艦として仕事を共にしてくれるようで少しホッとする。

1ヶ月で提督としての基礎を叩き込まれたとはいえ、ズブの素人が1人で作業するのはさすがに不安だったのだ。

 

「えーと、最初は何から始めたらいいかな?」

 

「とりあえずここの運営を始めるにあたって、書いてもらう書類が山ほどあるんだけど…」

 

「うへぇ、やっぱり書類仕事か…苦手なんだよなぁ」

 

「でもその前にやっておきたい事があるわ」

 

「やっておきたい事?」

 

「建造よ」

 

「建造か、なるほど…」

 

「出撃するにしても遠征するにしても、流石に駆逐艦1隻でどうにかなる話じゃないもの。仲間が多いに越したことは無いわ」

 

「それもそうだな」

 

「じゃあこのまま工廠へ向かうわよ」

 

「了解!」

 

先に行こうとする叢雲を慌てて追いかけて、執務室を出る。

一瞬「執務室に来た意味なかったのでは?」と言いそうになったが、直ってきた機嫌をわざわざ悪くする必要もないので黙っておいた。

 

 

 

 

「昨日も来たけど、改めてここが工廠よ。資源を妖精さんに渡すことで、艦娘の建造や武器の開発ができるわ」

 

執務室のある鎮守府本館とは別にある、それなりの大きさの建物の前で説明を聞く。

この中では建造・開発専門の妖精がおり、通常であればはせわしなく働いている。

また、艤装の修理や点検などもここで行うのが普通である。

 

「なんか…静かだな」

 

「そりゃそうでしょ。まだ出撃どころか何も指示してないんだから」

 

「それもそうか」

 

「とりあえずここの妖精さんに挨拶するわよ。建造や開発の結果は妖精さん次第なんだから、機嫌損ねるんじゃないわよ?」

 

「ぜ、善処するよ」

 

「…大丈夫かしら」

 

2人で工廠内に入り、妖精の姿を探す。

道すがら叢雲から聞いた説明によると、建造や開発の結果はランダムで、妖精さんの気分次第らしい。

渡す資材の量によってある程度は結果を絞れるのだが、絞り込めるのは艦種や武器種位までで、細かい結果は出来てからのお楽しみとのこと。

なので、妖精の機嫌を損ねると大変なことになるのである。

 

「お、新しい提督さんですか?」

 

「うわぁ!びっくりしたぁ!!!」

 

「驚かせてしまってすいません、私はここの工廠長をしている妖精です」

 

「これはこれはご丁寧に…新たに提督として配属された須藤龍二です。よろしくお願いします」

 

「そんな気負わなくて大丈夫ですよ。長い付き合いになるでしょうし、もっとフランクに行きましょう!」

 

「は、はぁ…」

 

まさか足元から話しかけられるとは思っていなかったため、思わず飛び上がりそうになる。

心臓も未だバクバク言っているが、思いのほか気さくな妖精とのやり取りに少しホッとする。

ちなみに叢雲も同時に驚き、頭部にあるウサギの耳のような艤装がピーンとなっていたが、龍二には見られていなかった事を確認し安堵する。

 

「それにしても…提督さんには不思議なオーラがありますね」

 

「オーラ?」

 

「いい香りというか、あたたかな日差しというか…」

 

「香り?日差し?」

 

「提督さん、昔からやたらと妖精に好かれたりしませんでしたか?」

 

「はぁ…、確かに昔からよく妖精さんが集まってきたりしましたが…」

 

「やっぱり…」

 

「えと、それは建造とかに直接影響するのでしょうか?」

 

「いえ、建造自体『には』影響しませんよ。むしろそのあとの方が…」

 

「??」

 

「まぁそのうち分かると思いますよ。悪い意味では無いはずですから」

 

「ならいいんですが…」

 

ニコニコと笑顔のまま意味深なことを言う妖精に若干不安になりつつも、とりあえずは納得することにする。

気さくな性格といえど、やはり妖精は妖精である。

楽しい事優先な彼ら?彼女ら?としては、黙っていた方が面白くなりそうという考えが優先された形である。

 

「その話はさておき、今日は早速建造ですか?」

 

「あ、はい。建造でお願いします」

 

「資材とかはどうしますか?」

 

「えーと、どうしようか叢雲」

 

「そうね…最初は駆逐艦か軽巡洋艦あたりを狙った方がいいわ」

 

「戦艦や空母の方が強いんじゃ…?」

 

「戦力にはなるけど、建造には大量の資材が必要になるの。それに建造できたにしても今の資材じゃ運用なんて無理よ」

 

「なるほどなぁ…」

 

工廠長によると、今は同時に2隻まで建造ができるらしいので、軽巡洋艦と駆逐艦をそれぞれ1隻ずつ建造することにする。

それぞれの艦種を絞り込める資材の量、通称レシピと言われる量を指定して工廠長に伝える。

 

「ではこのレシピで建造しますね」

 

「お願いします!」

 

「はいはーい。…おーいみんな、仕事だぞぉ!!」

 

工廠長が大きめの声でそう言い放つと、そこかしこから妖精が現れ始める。

レシピを伝えられると、各々が威勢のいい掛け声と共に持ち場に戻っていく。

 

「建造が終わったら執務室に内線かけますね」

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

執務室へ戻る旨を工廠長へ伝えた後、叢雲と共に工廠を後にする。

国のテストでは決められたレシピを妖精に伝えるだけの簡単なお仕事だったので、改めて1から考えて建造を行うのが初めてな龍二は非常にワクワクしていた。

 

「どんな艦娘が建造されるのかなぁ」

 

「さあ…可愛い子だといいわね」

 

「いや、別に容姿は気にしないんだが…」

 

「ふん…どうだか」

 

そんなやり取りをしながら、2人で執務室へ戻る。

建造を待つ間なら苦手な書類仕事も捗りそうだと、自然と龍二の足取りも軽くなるのであった。




今回建造される艦娘は決めていますが、今後の建造やドロップ艦はどうやって選ぼうか絶賛迷い中です。
恐らく独断と偏見、あとサイコロの神様次第になる可能性大ですが。
(人それをランダムという)


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第4話

「~~~♪」

 

「……はぁ」

 

かたや鼻歌交じり、かたやため息交じりというまさに双極といった体で仕事を進める龍二と叢雲。

龍二がご機嫌な理由は、もちろん建造待ちだからである。

テストの時とは違い、実際に艦娘が誕生するところが見れるというだけで心躍ってしまうのである。

男の子たるもの、未知の技術に興味津々になるのは仕方のない事なのかもしれない。

だからといって、執務室へ戻って5分後には「まだかなまだかな~♪」なんて歌い始めたら、叢雲でなくともため息くらい出るわけである。

 

「ずいぶんと楽しみにしてるみたいじゃない。私の時もそうだったのかしら?」

 

「う…も、もちろんだよ」

 

「絶対ウソね」

 

「だって仕方ないじゃないか!妖精さんにレシピ渡したらすぐに退出させられたんだから。しかもその頃は、まさかその建造でできた艦娘が初期艦になるなんて知らなかったし…」

 

「……はぁぁ」

 

本日何十回目かのため息をつくと、叢雲は前のめりの体制になって龍二を見つめた。

急な接近に龍二も思わずドキッとしてしまう。

 

「いい?アンタが一番最初に建造したのはこの私なの!そこ、忘れるんじゃないわよ」

 

「お、おぅ…」

 

「本当にわかってるんでしょうね?」とでも言いたげな瞳でじっと見つめる叢雲。

本人は気付いていないが見つめている間徐々に接近しており、今やキスの2秒前レベルの距離である。

 

「あ、あの…叢雲さん?」

 

「なによ、なんか文句あるの?」

 

「いやそうじゃなくて…ちょっと近くないっすか?」

 

「近いってなn…っっ!!」

 

龍二の言葉で自分の大胆な行動に気付き、思わず2歩ほど後ずさる。

今回ばかりは頬どころか耳まで真っ赤である。

龍二の方もさすがに堪えたのか、帽子のつばで顔を隠し頬を掻いている。

 

「……」

 

「……」

 

なにやら甘酸っぱい雰囲気に呑まれてしまい、非常に居心地の悪い空間が出来上がってしまった。

これがアニメの世界なら、若干ピンクがかったエフェクトがかかっているはずである。

 

「…とりあえず仕事しようか」

 

「…そうね」

 

このままモジモジしてても仕方ないので、気持ちを切り替えて書類仕事に戻る。

その傍らで龍二に渡す書類を整理しながら、再び叢雲は龍二を見つめる。

 

(こいつ、何気に仕事はできるのよね…)

 

かれこれ1時間近く書類仕事に取り組んでいるが、未だミスらしいミスも無く、書く速度は速いものの文字は丁寧でしかも達筆だった。

もちろんまだ分からない部分も多いようで、その度に書き方を聞いてはくるものの、徐々にその回数も減りつつある。

これで苦手な作業というのだから、得意な作業をさせたらどうなるのか…そもそも、彼が何を得意としてるのかはまだ分からないのだが。

そんな事を考えていると、執務室に備え付けられている電話機が鳴った。

慌てて龍二が取ろうとするが、それよりも早く叢雲が受話器を取る。

受け答えの内容を聞く限り、やはり建造が完了した旨の連絡だったようだ。

 

「お待ちかねの建造完了のお知らせね。すぐ行くんでしょ?」

 

「もちろん!」

 

「はいはい…とりあえず今取り掛かってる書類だけ終わらせちゃいなさい」

 

「任せろ!うおおおおおお!!!」

 

「……はぁ」

 

さっきの甘酸っぱい雰囲気はどこへやら。

もはや頭の中は建造の事でいっぱいであろう龍二の姿を見て、叢雲はまた1つため息をつくのであった。

 

 

 

 

「工廠長さーん、来ましたよー!!」

 

工廠に出戻った龍二と叢雲は工廠長の姿を探す。

奥へ進んでいくと、人が1人入れる位の大きさのカプセルの前で手を振っていた。

 

「これが建造ドックというやつですか…」

 

「ええ。このカプセルの中に、今回建造された艦娘が入っています」

 

「おぉ…何というか、想像してたのよりSFチックですね」

 

「人間には扱えない技術を用いてますからね」

 

映画にでも出てきそうな機材を前に、大はしゃぎする龍二。

男はいつまでたっても子供、とはよく言ったものである。

 

「さぁ、ドックを開けますよ。ちょっと離れててください」

 

「は、はい。すいません」

 

工廠長が「ドック1番・2番開錠!」と高らかに宣言すると、夥しい量の煙とともにドックが解放される。

しばらく煙で何も見えなかったが、徐々に人の形をした影が見え隠れする。

そして完全に煙が晴れたドック内には、2人の少女が眠っていた。

しばらくそのまま待っていると、2人のうち背の高い少女の方が先に目を覚まし、自らの足でドックから出てくる。

そのまま龍二の前まで来ると、少し自信なさげに俯きながら口を開く。

 

「はじめまして。軽巡洋艦「神通」と申します…」

 

「神通だね、初めまして。昨日着任したばかりの新米提督だけど、これから宜しくね」

 

「は、はい…よろしくお願い致します…」

 

挨拶を済ませた後、龍二は改めて神通の姿を確認する。

栗色の髪を長めに伸ばし、橙色のセーラー服を着ている。

装備している艤装も、やはり駆逐艦のそれよりも立派に見える。

挨拶の時からずっと俯いており、自信無さげな受け答えが少し気にはなるが…。

 

「うちでは初の軽巡洋艦になるから期待してるよ。でもあまり気負わないようにね?」

 

「ありがとうございます…ご期待に沿えるよう、頑張ります」

 

安心させるよう優しく伝え、神通に微笑みかける。

期待してると言われ、神通は一瞬顔を上げたがすぐにまた俯いてしまう。

この固さを取り除くいい方法は無いものかと考える龍二だが、この時神通が真っ赤な顔を隠すために俯いたことには気付いていない。

 

「あんまり新人さんをいぢめるんじゃないわよ…。初めまして神通さん、初期艦兼秘書艦の叢雲よ」

 

「あっ、初めまして…よろしくお願い致します」

 

「俺!?俺のせいなのか!?」

 

叢雲の冗談を真に受けて慌てる龍二。そして龍二を必死にフォローする神通。

神通自身、元々あまり自信の持てない性格ではあるのだが、今回の場合龍二のせいというのもあながち嘘ではない辺りタチが悪い。

そんなすったもんだ劇場を3人で繰り広げていると、もう1人の艦娘がゆっくりと目を覚ました。

神通とは正反対に元気よくドックを飛び出してきた彼女は、提督の周りをぐるぐると回る。

なにやら小声で「(゚∀゚)キタコレ!!」などと言っているが、今どきのネット事情に疎い龍二にはちんぷんかんぷんである。

 

「え、えーと…」

 

「…はっ!!これは失礼しました!」

 

困惑顔の龍二を見て、あわてて彼の正面へ移動する。

そしてビシッと敬礼をしたまま、改めて口を開いた。

 

「綾波型駆逐艦「漣」です。よろしくお願いしますね、ご主人さま♪」

 

「うん、よろしk…ご主人さま!?」

 

「はい!提督ということは私のマスター、ということはご主人さまとお呼びしてもおかしくはないですよね?」

 

「いや、えーと…どうなんだろう?」

 

「お嫌ですか…?」

 

「い、嫌ってわけではないけど…」

 

龍二より遥かに背の低い漣は、上目遣い+うるうる目攻撃を敢行する。

思わずたじろぐ龍二の隣で、「またずいぶんとキャラの濃い子が来たわね…」とぼやく叢雲。

神通は遠巻きに苦笑していた。

 

「じゃあやっぱりご主人さまで!改めて、よろしくお願いします♪」

 

「うん、よろしく…」

 

龍二の右手を両手で掴むと、ブンブンと大げさに上下させる漣。

先ほどのうるうる目はどこへやら、すがすがしい位の笑顔である。

 

「君でうちの艦娘は3人目なんだ。明石と間宮さんを入れれば5人だけど」

 

「あらら…ということは、これから頑張らねばなりませんね!」

 

「うん。期待してるよ?」

 

「ほいさっさ~♪」

 

たまに独特な言い回しをするものの、元気いっぱいでいい子そうだ。

叢雲と神通に挨拶をしている漣を眺めながらそんな事を考えている隣で、工廠長が「やはり即堕ちか…」と呟いていたが、龍二の耳には入らなかった。

 

「とりあえずこれで艦娘は3人になったわけだけど…」

 

「そうね…とりあえず1度出撃してみましょうか。このメンバーなら初陣でも、鎮守府近海の哨戒位なら問題ないと思うわ」

 

「ついに出撃か…」

 

「無線での指示の仕方なんかは大本営で叩き込まれたんでしょ?大丈夫、自信を持ちなさい」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

珍しく素直に励ましてくれる叢雲に心強さを感じながら、残り2人に出撃の旨を伝えるため呼び集める。

いざ初陣である。




というわけで、最初の建造艦は神通と漣でした。
今後は基本的にはサイコロの女神さま頼りとなります。

あと、そろそろ話の進むスピードを上げないと、いつまでたってもハーレム状態になりませんね。
どうしたものか…



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第5話

初めての出撃指示を出すため、龍二は3人を呼び集める。

 

「神通と漣にはいきなりで申し訳ないんだけど、鎮守府正面海域の哨戒に行ってもらいたいんだ。…2人とも大丈夫かな?」

 

「わ、分かりました…頑張ります」

 

「どんとこいですよ~!」

 

「ありがとう。うちの鎮守府の初陣ってこともあるし、あまり無茶はしないでくれよ?」

 

「心配しなくて大丈夫って言ってるでしょ?もっとシャンとしなさい!」

 

「いったぁ!!わ、わかってるよ」

 

心の中の心配が顔に出てしまっていたのだろう。

叢雲に背中を叩かれ、改めて気合を入れなおす龍二。

いくら本人たちがやる気満々でも、提督自身が不安そうにしていてはいけない。

不安は伝染し、些細なミスの原因となる事だってあるのだ。

 

「そういえば、旗艦はどうしようか…叢雲は大本営で実戦経験があるんだっけ?」

 

「実践というか、他の提督候補の初期艦と演習しただけよ。砲は撃ったことあるけど実戦には程遠いわ」

 

「だとしても多少のアドバンテージにはなると思うし、今回の旗艦は叢雲にお願いするよ」

 

「…わかったわよ、しょうがないわね」

 

言葉とは裏腹に、頼られてちょっと嬉しそうな叢雲。

すまし顔でごまかしてはいるが、頭の艤装がピコピコ動いている事に気付いていない。

 

「ん~?なんだかちょっと嬉しそうですなぁムラっち~♪」

 

「べ、別に嬉しくなんて…って、ムラっちって私!?」

 

「もちろん♪」

 

「やめて、なんか字面が嫌」

 

「え~…」

 

「あはは…」

 

これから出撃だというのに、この緊張感のなさである。

緊張でガチガチになるよりはまだマシかもしれないが…

そんなグダグダなやり取りのを眺めていた龍二の元へ、工廠長が歩み寄ってきた。

 

「みなさん、出撃前にこちらをお持ちください。妖精たち一同からの餞別です」

 

「これは…?」

 

「61cm三連装魚雷です。魚雷としての性能は低いですが、主砲のみでは心もとないと思いまして…」

 

「おお~!妖精さんの優しさが心に染みますなぁ~」

 

「ありがとうございます工廠長、装備にまで頭が回りませんでした。提督なのに情けない…」

 

「いえいえ、初陣ですし仕方ないですよ」

 

3人は妖精たちから魚雷を受け取りそれぞれ艤装に装備すると、工廠の奥にある出撃スペースへ移動する。

工廠自体が鎮守府敷地内の端に作られており、奥は直接海につながっている為そのまま出撃することも可能なのだ。

 

「それじゃ、行ってくるわ」

 

「行ってきますね、ご主人さま!」

 

「神通、出撃します」

 

「うん、みんな本当に気をつけて。俺は執務室にいるから、何かあったら逐一無線で連絡すること。あと、中破以上のダメージを受けたら…」

 

「はいはい、即撤退ね。何度も言わなくて大丈夫よ」

 

「ご主人様は心配性ですなぁ」

 

「それも提督の優しさ故ですよ…」

 

まるで遠足に行く子供を心配する母親のような龍二を前に、思わず苦笑しながら海面に降り立つ3人。

そして旗艦の叢雲を先頭にして、海面を滑るように出撃していく。

そんな3人の姿が見えなくなるまで見送り続けた龍二は、工廠長に挨拶を済ませ足早に執務室へ戻るのだった。

 

 

 

 

「ひゃー!!風が気持ちいい~~♪」

 

「そんな事言ってられるのも今のうちだけよ。帰る頃には潮で髪がギシギシになってるから」

 

「ンモ~、ムラっちってばリアリストなんだから…」

 

「だからそのムラっちってのやめて!」

 

「みなさん、比較的安全な海域だからといって慢心してはいけませんよ…」

 

「はーい」

 

和気藹々と駄弁りながら海上を進む3人。

その姿は、傍から見れば氷上でスケートを楽しんでいる少女にしか見えない。

 

「しかし…なんでしょう、あのご主人さまは。もう一目見た時にビビっと来ましたね」

 

「確かに、不思議な魅力のあるお方でした…。何というか、常にお傍にいたくなるというか…」

 

「そうかしら…普通の司令官だと思うけど」

 

「おやおや~?その割には、旗艦に指名された時嬉しそうだったけど?」

 

「う、うっさい!そんな事ないわよ!」

 

「ムキになる所があやし~い♪」

 

「だーっ!!もう真面目にやりなさい!」

 

「ふふっ、すっかり仲良しですね」

 

女3人寄れば姦しいとはよく言ったものである。

 

「でも、そういう事ならライバルが1人減ったってことでいいのかにゃ?」

 

「ライバル?」

 

「そう、提督LOVE勢としてのね!私はもう一目惚れしちゃったからガンガン攻めるよ!」

 

「提督LOVE勢ってアンタ…」

 

「わ、私もそれ立候補します!」

 

「ちょっ、神通さんまで!?」

 

「む、強敵現る…でも諦めないよ!漣はしつこいから!」

 

「私だって…負けません!」

 

本人の与り知らぬところで争奪戦の火蓋が切って落とされたようだ。

ちなみにここの艦娘は叢雲を含め、龍二に恋人がいることをまだ知らない。

 

「ちなみにまだ紹介してなかったけど、うちの明石さんと間宮さんもアイツに気があるみたいよ」

 

「うぇ、さすがご主人さま…。明石さんはともかく間宮さんには料理っていう武器があるし、胃袋掴まれたら厄介だなぁ」

 

「アンタ…明石さんに言いつけるわよ」

 

「ちょっ!それだけはご勘弁を!!」

 

そんなアホな事を話していると、叢雲の艤装に内蔵された無線にノイズが走る。

 

『聞こえるか?そっちの様子を報告してくれ』

 

「通信は問題ないわ。まだ敵影も無しね」

 

『了解、そのまま哨戒を続けてくれ』

 

「分かったわ…と言いたいところだけど、ちょうど敵影を発見したわ」

 

『敵の編成はわかるか?』

 

「駆逐イ級が1体だけね…偵察?それともはぐれかしら?」

 

「経験値大量獲得チャンスktkr!!」

 

「やかましい!!…ま、どの道1匹なら肩慣らしにもならないわね」

 

『漣は何を言ってるんだ…。それはそれとして、油断はするなよ?海上では何が起こるか分からないし…』

 

「分かってるわよ…それじゃ、記念すべき第1戦目と行きましょうか!」

 

叢雲が啖呵を切ると、3人は敵影めがけて砲撃を開始する。

それは、佐世保鎮守府が稼働を始めた瞬間を意味するのだった。




今回もなかなか短いですね…
だからいつまで経っても話が進まんのだ!


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第6話

工廠奥の出撃スペース前で、バスタオルを手に忙しなく行ったり来たりを繰り返す人影が一つ。

言うまでもなく、人影の主は龍二である。

彼がここにいるのは、叢雲から帰還する旨の連絡があったからではあるが、妙に落ち着きがないのには別の理由があった。

 

「提督さんも本当に心配性ですね」

 

「そりゃあ心配もしますよ!中破ですよ中破!あの叢雲が…」

 

「でも本人も問題ないって言ってたんですよね?じゃあ信じてあげましょうよ」

 

「むぅ、しかし…」

 

そう、先ほど叢雲から自身が中破したとの連絡があったのだ。

最初の戦闘でイ級を即撃破、そこまでは良かった。

だが、この戦闘で3人の心に余裕が芽生え、それが慢心に繋がってしまった。

この時既に3人の死角から、敵主力艦隊である軽巡ホ級1匹と駆逐イ級2匹が迫りつつあったのだ。

完全な死角から放たれた魚雷は真っすぐに漣の元へと向かったが、いち早く魚雷の存在に気付いた叢雲が彼女を庇ったのだ。

すぐさま叢雲の指示で反撃しなんとか敵3隻を沈めることができ、無事とは言い難いが3人は帰路につくことができた。

 

「最初の戦闘の後、俺がすぐに索敵の指示を出していれば…」

 

「それこそ仕方ないですよ。最初からすべて完璧にこなせる人なんかいませんって」

 

「でも…」

 

「工廠長の言う通りよ…。それに、油断していた私たち自身の責任でもあるわ…」

 

「…叢雲っ!?」

 

慌てて振り返るとそこには、心配そうな漣と神通に肩を借り、力なく微笑む叢雲の姿があった。

艤装はボロボロ、服もいたる所が破け痛々しい傷が露出している。

本人は中破と言っていたが、大破と言っても差し支えないダメージであることは明確である。

 

「大丈夫ですか?叢雲さん…」

 

「ううぅ、本来なら漣たちが旗艦を守らなきゃいけないのに…ごめんねムラっち…」

 

「あんたそれ何回目よ…。私の独断なんだから、アンタは気にしなくていいの」

 

叢雲を支える2人も、よく見れば服のあちこちが裂けており、共に小破以上のダメージを負っていることがわかる。

龍二はスロープから上ってくる彼女たちに駆け寄ると、持っていたバスタオルを3人にかけてやる。

 

「あら、意外と準備がいいのね…」

 

「今はそんな事はどうでもいい。入渠ドックの準備はできてるから、まずは3人とも傷を癒してくれ」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「すいませんご主人さま…」

 

「こちらこそ、無事に帰ってきてくれてありがとう…」

 

「…いい年した男がなに泣いてんのよ」

 

「うっさい!目にゴミが入っただけだ!」

 

「帰還の連絡を受けてから、ずっとここで心配そうにウロウロしてましたけどね」

 

「ちょっ、工廠長!」

 

工廠長の一言で、暗い雰囲気が少しだけ明るくなった。

とりあえず3人を、工廠に併設された入渠ドックへと向かわせる。

ふと何かを思い出したかのように足を止めた神通は、懐から掌大の宝石のようなものを取り出す。

 

「そう言えば…。提督、深海棲艦を倒した時にこんな物が海に浮かんでいました…」

 

「これは…宝石?」

 

「分かりません…何かに使えるかと思って拾っておいたのですが…」

 

「なるほど…とりあえず工廠長に聞いてみるよ。3人はゆっくり休んできてくれ」

 

「はい、ありがとうございます…」

 

そのまま入渠ドックへ入っていった事を確認すると、先ほど手渡された宝石について工廠長に聞きに行く。

宝石はアメジストのような紫色をしており、時折怪しく輝いているようにも見える。

 

「工廠長、これが何だか分かりますか?」

 

「おやこれは…艦の記憶ですね」

 

「艦の記憶?」

 

工廠長曰くそれは艦の記憶と呼ばれるもので、深海棲艦が稀に落とすことがあるらしい。

妖精の知識をもってしても正確な正体は分からないらしいが、特殊な機械を使用することで艦娘に変化させることができるらしい。

 

「この宝石が艦娘に…。ちなみに、その機械ってここにもあるんですか?

 

「もちろんありますよ。こっちです」

 

工廠長に案内された先には、建造ドックと似たような機械が鎮座していた。

違いがあるとすれば1台しかないことと、カプセルの横に宝石を入れる装置が備え付けられている事位か。

 

「早速使ってみますか?」

 

「えーと、この場合資材や時間ってどうなるのでしょうか?」

 

「建造と違って資材は消費しませんよ。時間も一瞬で終わります」

 

「なるほど…ではお願いしてもいいですか?」

 

「お任せください。ささ、そこに艦の記憶をセットして下さいな」

 

工廠長に促され宝石をセットし、開始ボタンと思わしきスイッチを押す。

けたたましい音と共にセットした宝石が掻き消え、建造の時と同じようにカプセル内に煙が充満してゆく。

そしてものの数秒後、カプセル上部の「変換完了」のランプが灯った。

 

「おお…本当に一瞬でしたね」

 

「1から建造しているわけじゃないですから。さぁ、出てきますよ」

 

工廠長の言葉とほぼ同時に、カプセルの扉が開く。

中から出てきたツインテールの少女は龍二の姿を確認すると、ミステリアスにウインクしながらこう言い放つのだった。

 

「はいはーい!白露型駆逐艦「村雨」だよ。村雨の、ちょっといいとこ見せたげる♪」

 

 

 

 

入渠ドックから出た3人は、揃ってとある場所へと向かう。

先の戦闘でできた体の傷はおろか、破けていたはずの服まで新品同様に戻っている。

これもひとえに妖精印の入渠ドックのおかげである。妖精さんの技術は世界一。

 

「入渠が終わり次第食堂へ集まれだなんて…何かしらね」

 

「どっちにしろそろそろ夕飯の時間だしいいんじゃない?」

 

「そうですね…流石にお腹がすきました」

 

時刻は一九〇〇を少し過ぎた辺りか。

現金なもので、体の傷が治り落ち着いたと思いきや、今度は思い出したかのように空腹感が迫ってくる。

叢雲に至っては、よくよく考えれば遅めの朝食を食べたきり何も口にしておらず、先ほどから腹の音を抑えるのに必死である。

もちろん本人は平然を装ってはいるが、それが瓦解するのも時間の問題である。

そんなある種極限状態の中食堂へたどり着いた3人は、広い食堂内の一角に所狭しと並べられた豪華な料理の数々、に思わず「ふわっ」と声を上げる。

 

「おっ、今日の主役たちのお出ましだ。もう体の方は大丈夫なのかい?」

 

「ええ、体の方は大丈夫だけど…これはいったい何の騒ぎかしら?」

 

「鎮守府運営が始まった記念とか、3人が無事…とは言い難いけど敵の主力を撃破した記念とか、いろいろひっくるめて祝おうかと思って間宮さんに急遽相談したんだ」

 

「おお~!さすがご主人さま!分かってる~♪」

 

「あの、ありがとうございます。提督、間宮さん…」

 

「いいんですよ。私も思う存分腕を振るえましたし、皆さん手伝ってくれましたから♪」

 

「まさか生まれて最初の仕事が料理の手伝いになるとは…さすがの村雨さんも予想できなかったなぁ」

 

「あはは…。私も工具の扱いならともかく包丁の扱いは初めてなので、サラダを作る位しかお役に立てませんでしたが…」

 

調理場から間宮と明石、村雨が顔を出しながら、それぞれ感想を述べる。

明石や村雨も何だかんだ言いながら快く手伝ってくれたので、龍二も内心ホッとしていた。

 

「あら、私たちが入渠している間に建造でもしたの?」

 

「いや違う。神通に渡された宝石を工廠長に見せたらこうなった」

 

「どういうことなの…。ご主人さま、その辺もうちょっとkwsk」

 

「あの宝石に一体何が…」

 

どうやら叢雲も、艦の記憶については知らなかったようだ。

工廠長に聞いた話を伝えると、3人とも納得はしつつも驚きを隠せない様子だ。

 

「あの宝石がねぇ…。さすが妖精さん、ってところかしら」

 

「妖精さんの知識をもってしても、正確な正体までは分からないらしいんだけどね」

 

「まぁ仲間が増えるのはいい事ですし、細かい事は言いっこなしですよ!」

 

「そうですね。今後は遠征なども視野に入れなくてはいけませんし…」

 

「なにやら私って不思議な生まれ方をしたみたいね…。でも提督の為なら村雨、頑張っちゃいますよ~♪」

 

「ちょっ、村雨!落ち着け!」

 

そう言いつつ提督の腕にしがみつく村雨。

駆逐艦とは思えないボリューミーな感触に、龍二も思わずたじろぐ。

 

「ちょっと!なにやってんのよ!!」

 

「ぐぬぬ、あのバルジには勝てそうにない…。ここは伝家の宝刀「苺パンツ」を使うしか…!」

 

「漣さんも落ち着いて下さい!」

 

「あらあら…」

 

「さすが提督さん、人気者ですねぇ…」

 

もみくちゃ状態の龍二達と、それを眺める大人組の2人。

流石に理性的な2人は、提督たちを微笑ましく眺めている。

 

「さて…明石さん、私たちも突撃しましょうか!」

 

「うえっ、間宮さんっ!?いったい何を…」

 

「ここで引いたら、あの子たちに提督さん取られちゃいますよ?」

 

「それは嫌だけど…って間宮さん、引っ張らないでぇ~~!」

 

前言撤回。

提督の前では理性など何の意味も果たさなかったようである。

結局全員が食事にありつけた頃には、出来立てだった料理も冷めきってしまっており、全員龍二に叱られるのであった。




やっとこ1日目が終わりましたね。
何話消費してるのかと…。

あと、最初にダイスの女神さまが微笑んだのは村雨でした。
イマイチキャラが掴めない子なので、皆さんが思う村雨じゃなかったら申し訳ありません。
また、今後のドロップ・建造は、特殊艦を除いて今回のようにランダムとなります。



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第7話

久しぶりに小説情報を見たら、UA15000、お気に入り300突破…
リアルで「( Д ) ゚ ゚」状態になりました。
正直UAは1000行ったら御の字、お気に入りも10くらい行けばいいなと思ってただけに…なにこれこわい。
今後も皆さんに楽しんでいただける作品になるよう、改めて気合を入れなおしました。


「提督、お荷物が届いてますよ」

 

「荷物…?はて、どこからだろう?」

 

「須藤昭文と書いてありますが…ご親戚でしょうか?」

 

「ああ、うちのじいちゃんだ。何を送ってくれたんだろう?」

 

大淀から荷物を受け取ると、机の中からカッターナイフを取り出し箱を開封する。

クール便ということもあり、恐らく中身はアレだろう。

 

先の初戦から約2週間、なんとか鎮守府の運営にも慣れてきた。

地道に建造や出撃を行い仲間もそこそこ増えてきた。ここにいる大淀型一番艦の大淀も、新しく加わった仲間の1人である。

先日、突然大本営から呼び出しがかかった時は何事かと思ったが、要は「提督補佐」として大淀の建造を許可するというものだった。

なぜ許可が必要なのかというと、明石や間宮と同じように特別な方法でしか建造できず、その為大本営まで出頭して建造を行ってきたのだ。

提督補佐というだけあって書類仕事などに明るく、また提督不在の際には提督代理として執務を行うこともできるスーパーウーマンである。

…正直なところ「俺いらなくね?」と思ったことは1度や2度ではない。

ちなみに秘書艦制度はそのままで、本日の秘書艦である漣は工廠で開発の指示を出してもらっている。

 

「提督のご祖父様ですか」

 

「うん。中身は多分…やっぱり、自宅でとれた野菜とかだね」

 

「わぁ、どの野菜もすごく立派ですね」

 

「うちの畑、もはや家庭菜園のレベルを遥かに超えてるからね…うぉ、山菜も入ってる」

 

「山菜…ですか」

 

「艦娘のみんなには、もしかすると馴染みがないかもしれないね」

 

「そうですね…どれも初めて見るものばかりです」

 

「とりあえずここに置いといても仕方ないし、間宮さんの所に持っていこう」

 

「分かりました。お手伝いしますね」

 

野菜や山菜がぎっしり詰まった段ボール4箱を、大淀と2箱ずつ食堂へ運ぶ。

かなりの重さに途中で腰が悲鳴を上げるが、大淀の前で弱音を吐くわけにはいかない。

ほうほうの体で食堂まで運び終えた龍二は、すこし身体を鍛えなおさなきゃいけないなと身をもって実感した。

 

 

 

 

「あら提督に大淀さん、こんな時間にどうなさいました?」

 

「いや、実家から野菜や山菜が届いたので、とりあえずこっちに持ってきたんですよ」

 

時刻は一六四〇。

夕飯の下ごしらえを始めようとしていた間宮は、思わぬ来客に驚いた顔を見せる。

龍二が段ボールの中の新鮮な野菜達を見せると、間宮は目を輝かせながら野菜を手に取って確認しはじめた。

新鮮な野菜を前に思わず笑顔になるあたり、流石は給糧艦といったところか。

 

「キャベツにかぶ、ジャガイモに筍、ブロッコリー…見事な春野菜ばかりですね」

 

「実家の自慢の野菜達です。あとこっちが山菜ですね」

 

「これが…。タラの芽とかはかろうじて分かりますが、他は見た事ないものばかりですね」

 

「ありゃ、間宮さんでも分からないか。どうしようかな…」

 

「力及ばず…申し訳ありません」

 

「いやいや、気にしないでください。さっき大淀にも言いましたが、多分艦娘の皆さんには馴染みがないだろうなぁとは思っていたので」

 

しかし、そうなるとこの山菜達をどうするか…

ふととある事を思いつき、傍らに控えていた大淀に確認を取る。

 

「今日中に終わらせなきゃいけない書類って何かあったっけ?」

 

「いえ、今は急ぎの書類はなかったと思いますが…」

 

「ふむ…。間宮さん、よかったらこれから厨房の一部をお借りしてもいいですか?」

 

「それは構いませんが…もしや提督が調理なさるのですか?」

 

「ええ、これでも田舎育ちですからね。実家仕込みの山菜料理を夕飯にどうかな~と」

 

「私としては、提督と一緒に料理ができるので願ったり叶ったりですが…」

 

「よし、決まりですね!大淀もそれでいいかな?」

 

「問題ありません。こちらで対応できそうな物は終わらせておきますね」

 

「ありがとう。あとで埋め合わせするから」

 

「いえいえ、お気になさらないでください。その分夕飯の山菜料理に期待させてもらいますから♪」

 

「むむ、そう来るか…。これは頑張らなくちゃいけないな」

 

大淀の言葉に気合を入れなおすと、改めて届いた数々の山菜を確認するのだった。

 

 

 

 

「さて、それじゃあ調理開始と行きましょうか」

 

厨房の片隅に山菜を広げると、1つ1つ調理方法を確認していく。

届いた山菜はタラの芽、コシアブラ、シオデ、山椒。

この時期だとワラビやゼンマイ等が有名だが、どちらも調理が非常に面倒なのであえて送ってこなかったのだろう。

 

「タラの芽とコシアブラは天ぷら、シオデは茹でてマヨネーズ和えがいいかな。山椒は…山椒味噌でも作るか」

 

とりあえずの調理方法が決まったので、必要な調理器具を用意する。

ふと間宮がこちらをじっと見ていることに気が付いた。

 

「間宮さん、どうしました?」

 

「…はっ!?すいません…提督って本当に料理できるんだなぁと思いまして」

 

「むむ、信じてくれてなかったんですね…ヨヨヨ」

 

「いえ、その、そういうわけじゃないんですが」

 

大げさな泣き真似をすると、いつもの落ち着いた雰囲気はどこへやら、あたふたしながら弁解する間宮。

普段は見られない姿を垣間見て、龍二は思わず吹き出してしまう。

 

「冗談、冗談ですよ。間宮さんもそんな風に慌てることがあるんですね」

 

「もう、からかってたんですか?意地悪なんですから…」

 

「慌ててる間宮さんもかわいかったですよ♪」

 

「かわっ…!?もうっ、知りません!」

 

ぷくっと頬を膨らませてそっぽを向く間宮。

そんな間宮の姿もまた可愛いなと思ってしまう龍二だった。

 

 

 

 

時刻は一八三〇。

お腹を空かせた艦娘達が一同に食堂へと集結する。

 

「お腹すいた~!…あれ、なんか今日はいつもと雰囲気が違う?」

 

最後に食堂に入ってきた漣が違和感に気付く。

今日は金曜日なのでカレーの日。

通常なら各々既に食べ始めててもおかしくないのだが、今日に限ってはテーブルに何も置いていない。

 

「すまんすまん。すぐに用意するから、とりあえず座ってくれ」

 

「なになに?何が始まるんです?」

 

「さぁ?とりあえず座りなさいな」

 

漣は頭上に?マークを大量に出しながら、叢雲の隣に座る。

他のみんなもよく分かっていないようで、総じてポカンとしていると、間宮と龍二が厨房から料理を運んでくる。

 

「昼間にうちの実家から春野菜と山菜が届いたんだけど、みんな山菜料理は食べた事なさそうだったから、夕飯に出そうと思って料理してみたんだ」

 

「春野菜は私がカレーに、山菜は全て提督が料理してくれました」

 

「別に全員揃うまで待つ必要もなかったんだけど…量に限りがあるのと、できれば皆に山菜ってものを食べてもらいたいなと思ってね」

 

そう説明しながら、みんなの前に春野菜カレーと山菜料理が置かれていく。

提督が料理出来ることを知らない艦娘は驚いた顔をしていたが、目の前に置かれていく山菜料理に次第に視線が釘付けになる。

 

「天ぷらはタラの芽とコシアブラ。天つゆでも塩でも好きなのを付けて食べてくれ。次にマヨネーズと和えてあるのが「山アスパラ」とも呼ばれるシオデ。あとは味噌と和えてあるのが山椒だけど、これはクセが強いから最初は少しだけ食べてみるといい」

 

山菜の説明をしている間に、すべての艦娘に料理が行き渡る。

そして誰かが言った「頂きます」を皮切りに、それぞれ思い思いに箸をつけていく。

 

「敷波、この天ぷらおいしいね」

 

「サクサクしてて臭みもないね。綾波が食べてるのがコシアブラだっけ?変な名前だね」

 

「敷波が食べてるのがタラの芽よね?今度はそっち食べてみようかしら」

 

天ぷらに舌鼓を打つのは、綾波型駆逐艦1番艦の綾波と2番艦の敷波である。

彼女たちは、南西諸島沖の警備中に出くわした深海棲艦が落とした艦の記憶から生まれた。

直近の姉妹艦ということもあり2人は非常に仲が良く、非番の日などはよく2人で過ごしているのを見かける。

 

「あら、このシオデのマヨネーズ和えすごく美味しい…阿武隈ちゃんも食べてみて」

 

「…ほんとだ美味しい。確かにちょっとアスパラっぽいかもしれません」

 

「私はこっちの方が好きかも。あんまり筋ばってないし」

 

「あー、アスパラってたまに固いやつありますもんね」

 

のほほんとアスパラ批判をしながらシオデを食べている2人は、大淀と長良型6番艦の阿武隈だ。

大淀は先述の通り大本営での建造で、阿武隈は鎮守府の工廠での建造で仲間入りを果たした。

少し気弱な所のある阿武隈だが、うちの数少ない軽巡洋艦として第一線で戦ってくれている。

 

「ほう、この山椒味噌とやらも美味しいのぅ」

 

「うぇ、ボクは苦手かも…」

 

「確かに独特の香りじゃからの。好き嫌いが分かれそうな料理じゃな」

 

独特な口調で会話をする2人は、初春型1番艦の初春と、睦月型5番艦の皐月だ。

2人とも阿武隈と同じく建造で誕生した。

古風な喋り方をする初春と元気いっぱいなボクっ娘皐月は、一見すると接点が無いような気もするが、皐月は面倒見の良い初春を姉のように慕っている。

思わず本当の姉妹のようにも見えてしまうから不思議だ。

 

「村雨、提督の料理好きだなぁ」

 

「提督って本当に料理もできるんですね…」

 

「ご主人さまスペック高いなぁ…またこれでライバルが増えそうな予感ががががが」

 

「私は初日の夕飯でもアイツの手料理食べたけど…悔しいけどやっぱり上手いわね」

 

「私もスパナじゃなくて包丁握って、女子力あげるべきかしら」

 

村雨、神通、漣、叢雲、明石の古参メンバーも、龍二の山菜料理に驚きを隠せない様子だ。

明石に至っては「それとも女子力を上げる装置を開発した方が早いかしら?」などと意味不明なことを呟いている。

そんなみんなの姿を見て、龍二はホッと胸を撫で下ろす。

 

「山菜料理も概ね好評みたいで…ちょっと安心しました」

 

「私も、提督と料理できて嬉しかったです。今日は提督の料理に主役の座を奪われちゃいましたけど」

 

「物珍しさが勝ってるだけですよ。俺の腕じゃあ逆立ちしても間宮さんには敵いません」

 

「そんな謙遜なさらなくても…。提督の手際も素晴らしかったですよ」

 

「間宮さんにそう言ってもらえると、お世辞でも嬉しいですね」

 

「お世辞じゃないんですが…。とりあえず、私たちも食べちゃいましょうか」

 

「そうですね。さっきから春野菜カレーが楽しみで楽しみで…」

 

「あらあら」

 

緊張が解けた途端に騒ぎだした腹の虫を抑えながら、間宮がよそってくれているカレーを待つ。

食材を送ってくれたじいちゃんとばあちゃんに心の中で感謝しつつ、少し遅めの夕飯にありつくのだった。




はい、少し時間をすっ飛ばしました。
こうでもしないと一向に先に進まなそうなので…
今後もこういうパターンが多くなると思いますが、何卒ご容赦下さい。

そして今回の話で分かる通り、私自身もど田舎シティに住んでおります。
今年は病気のせいで山菜採りに行けなかったので、その悔しさをSSにぶち込みました。
山アスパラ…食べたかったなぁ(´・ω・`)


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第8話

遅くなりましたが、なんとか仕上がりました。



「あ"~~~~、あぢぃ…。暑くて眠れん…」

 

暑さに耐えきれず布団から起き上がると、汗だくのTシャツをパタパタと扇ぐ。

現在の時刻は〇五三〇。

既に外は明るく、まだ早朝だというのに朝日が容赦なく部屋の温度を上げる。

それにしてもおかしい。記憶が正しければまだ5月半ばのはずである。

いくら関東と九州で気候が違うとはいえ、ここまで気温が上がるとなるともはや異常気象の類だろう。

 

「これもきっと深海棲艦のせいだ。そうに違いない。オノーレ…」

 

苦し紛れに恨み言を呟いたところで、気温が下がるわけでもなく。

かと言って、このまま1時間後の総員起こしまで二度寝できるような状態でもなく。

とりあえずは汗だくで気持ちの悪いTシャツを着替えようと脱衣所へ向かう。

 

「ふぁ~あ…そういえば、この鎮守府って大浴場があったよな…?」

 

盛大な欠伸をしながらふと、初日に叢雲が案内してくれた施設の中に大浴場があったことを思い出す。

最初の頃こそ人手不足で放置していたが、今はある程度人員に余裕ができてきたのでローテーションで清掃を行っている。

提督の私室にも風呂はあるので毎日必ず使うような施設ではないのだが、急に大本営のお偉いさんが視察に来た時に「汗を流したい」とか言い出す可能性だってあるわけで。

まぁもちろん可能性は限りなく低いだろうが…。

そんな諸々の事情があり、現在は常に使用できる状態になっているはずだ。

 

「眠気覚ましのついでに、手足を伸ばしてのびのびと入るのもいいかもなぁ…」

 

そう結論付けると、着替えや入浴セットをかき集めて大浴場へ向かうのであった。

この時、寝起きで若干ぼやけた頭でなければ思い出せていただろう。

大浴場には艦娘が入ることも許されているということに…。

 

 

 

 

「~~~♪」

 

温泉施設と言われても差し支えないほどの大浴場に、龍二の頭を洗う音とご機嫌な鼻歌が響き渡る。

寝汗でギシギシになった髪が解けていく感触に、何ともいえない快感が湧き上がってくる。

一通り洗い終えたのでシャワーで流そうと手を伸ばしたところで、ガラガラと入口の引き戸が音を立てた。

泡で目が覆われているので誰が入ってきたのかは分からないが、恐らく同じことを考えて来たのだろう。

…はて、俺以外に入るとしたら誰だろうか。

何も見えない状態でシャワーを手探りで探しながら考える。

そしてとんでもない結論に至ったのと同時に、大浴場内に悲鳴が響き渡る。

 

「きゃあああっ!?」

 

「おわああっ!?」

 

思わぬ大音量の悲鳴に驚き、シャワーを探していた右手をしたたかに蛇口にぶち当てる。

涙が出そうな程に痛いが、正直それどころではない。

 

「て、提督っ…入ってらしたんですね」

 

「あいててて…その声は神通か?」

 

「は、はい…」

 

「すまんっ、すぐに出るから見えないところに隠れててくれ」

 

「あのっ、ま、待ってください!」

 

とりあえずこの場は一時退散すべきと考え再度シャワーを探し始めるが、何故か止められてしまう。

そして予想だにしない一言を言い放ち、龍二は再度右手を蛇口に強打する。

 

「お、お背中お流ししても、いいですか?」

 

「ふえっ!?」

 

右手の痛みと驚きで、思わず情けない声を上げてしまう。

なんとなくだが、大浴場内の温度がぐんと上がった気がした。

 

 

 

 

「……」

 

「あの、力加減はどうでしょうか…?」

 

「あ、ああ…ちょうどいいよ」

 

何とも言えない雰囲気のまま、なすがままに背中を洗われる。

すぐ後ろではバスタオルを体に巻いただけの神通が居るため、正面の鏡すら見ることが出来ず俯いたままである。

…どうしてこうなった。

 

「そういえば、今日はなんでこんな朝早くから?」

 

「今日は出撃の予定もなかったので、涼しいうちに自主トレをと思って…」

 

「ああ、なるほど…」

 

普段は気弱な印象を受ける神通だが、その実誰よりも真面目でストイックな性格をしている。

出撃や遠征の予定が無い日などには自主的に訓練を行うほどに。

なお、過去に漣が気まぐれで神通の自主トレに付き合った事があるようだが、3日と持たなかったらしい。

 

「提督…いつも本当にお疲れ様です…」

 

「き、急にどうした?」

 

「大淀さん達を部屋に帰した後も、夜遅くまで仕事してるの…知ってます」

 

「うげ、バレてたのか…」

 

「多分、みんな知ってますよ」

 

「あちゃー…。バレてないと思ってたんだがなぁ」

 

基本的に、秘書艦と大淀には遅くとも二二〇〇には上がってもらっている。

その後は出撃や遠征メンバーのローテーションに無理が無いかを確認したり、大淀に内緒で隠している書類(バレると終わるまで残ると言い出すので)を処理したり…。

最終的に床に就くのは〇一〇〇~〇二〇〇がほとんどである。

ただ、これらの仕事は本来であれば提督の仕事であり、あまり艦娘に迷惑をかけたくない一心でコッソリやっていたワケだ。

結局思いっきりバレていたようだが。

 

「あと、大本営から来てる出撃の要請、私たちの疲労を考えて一部無視してるって…」

 

「…誰に聞いた?」

 

「大淀さん、です…」

 

「あのメガネっ娘め…口止めしておいたのに」

 

確かに、大本営から来ている要請の一部は見て見ぬふりをしている。

今の人数でこれ以上出撃させるのは、艦娘たちの健康管理上問題があるだろうという龍二の独断だ。

そのせいで毎日のように叱責の電話やら手紙やらが来るのだが、艦娘たちの事を思えばなんとやら、である。

一応近海の哨戒などは最低限こなしているのだから、もう少し人員に余裕が出るまではなんとか勘弁してもらいたいものだ。

 

「それに…」

 

「じ、神通っ!?」

 

石鹸の泡を流し切った龍二の背中に、神通はそっと体を寄せる。

普段の神通からは想像もつかない積極的な行動に、龍二の声も思わず裏返る。

 

「提督のお傍にいると、不思議とそれだけで「頑張ろう!」って気持ちになるんです。だから…私をもっと頼ってください…」

 

「神通…」

 

「あなたの笑顔を守るためなら、私はどこまでも頑張れます。だから、提督…」

 

「……」

 

告白じみた神通のセリフに思わず振り向いた龍二の顔に、そっと自分の顔を寄せる神通。

耳に入ってくるのは、自分の心臓の鼓動とお互いの吐息だけ。

そして唇と唇の距離があと数センチと迫ったところで…

 

「いよっしゃ~!朝風呂じゃ~い!」

 

「漣うるさい!」

 

「まだ寝てる子もいるんだから…って、司令官!?」

 

綾波型の3人、漣・敷波・綾波が勢いよく入ってくる。

あまりに急な登場に、声も出せずに固まる龍二と神通。

そして…

 

「な、な、な…なにをやってやがりますかご主人さまあああああああ!!」

 

「き…きゃあああああああああ!!」

 

漣と神通の大絶叫が大浴場に響き渡った。

尚、この日は全員が総員起こし前に起きたという。

 

 

 

 

「全くもうっ!」

 

「いやその、申し訳ない…」

 

時刻は〇八二〇を少し回ったところ。

現在大淀に絶賛平謝り中である。

理由は執務開始時刻に遅れたからだが、何やらそれ以外の理由も含まれている気がする。

藪蛇を突きそうなので黙っているが。

 

遅れた原因は単純明快、漣達の誤解を解くのに思いの外時間がかかったからだ。

なんとか1から説明するも、もう1人の当事者の神通が顔を真っ赤にして早々に退散してしまった為、なかなか信じてもらえなかった。

最終的に漣達には、今度鎮守府近くの有名店でケーキを買ってくる約束をして許してもらった。

ちなみに、敷波と綾波もそれなりに怒ってはいたが、それ以上に漣の剣幕に若干引いていた。

 

「しかし、漣もあんなに怒ることないと思うんだけどなぁ」

 

「提督は自分の影響力っていうのをもう少し考えて行動してくださいっ!」

 

「お、おう…」

 

何やらよく分からない注意のされ方に首を傾げながら、本日1枚目の書類に目を通す。

そして一通り目を通すと「うーむ…」と唸りだした。

 

「どうしました?また大本営からの苦情ですか?」

 

「いや、それはそれで別に届いてるっぽいんだが…そういえば大淀、この事神通にバラしたな?」

 

「そ、それは…申し訳ありません。ただ、やっぱり皆さんにも知っていてほしくて…」

 

「せっかく口止めしておいたのに…まぁいいや。それでこの書類なんだけどさ」

 

「あ、はい。えーと…「製油所地帯沿岸の防衛」ですか。新しい依頼ですね」

 

「うん、ただ問題はそこじゃないんだ」

 

「?」

 

龍二に促されそのまま読み進めると、そこにはこう記してあった。

『尚、当海域にて戦艦ル級の存在を確認。各自用心されたし』と。

 

「戦艦ル級…」

 

「ついに戦艦のお出ましか…そろそろうちも新戦力が必要かもしれないね」

 

そう言いながら、本棚に挟んであった建造レシピを取り出す。

真剣な顔でそれを眺める龍二の視線は、空母と戦艦のレシピに注がれていた。




この行動力…さすが華の二水戦の旗艦を務めただけはありますね。
個人的には姉妹全員を早く揃えてあげたいのですが、ダイスの女神さまがどう出るか…

そしてやっとこ1-3ですよ。
でもここから戦艦や空母も増やしていきますので、スピードは上げやすいかもしれません。
重巡は…きっと出番はあります!きっと…


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第9話





工廠へと向かう廊下に足音が一つ。

手に持ったレシピ集を確認しながら、龍二はこの後の建造について思いを巡らせる。

 

「戦艦2隻を狙うか、それとも戦艦と空母を1隻ずつ…。コスト削減のために重巡と空母って手もあるけど、戦艦相手にどこまでやれるのか…」

 

ぶつぶつと呟きながら、それでも足は止めない。

のらりくらりと躱してきた大本営からの出撃要請だが、今回ばかりは出撃せざるをえなさそうだ。

なにせ今回の目的は「製油所地帯沿岸の防衛」である。

この作戦が失敗すれば、輸入に頼れない現在ただでさえ厳しい燃料事情がさらに悪化するのは目に見えている。

もちろん鎮守府の運営にも燃料は必須である以上、それだけは避けねばならない。

しかも作戦決行は1週間後。

建造だけならまだしも、確実に任務を遂行するために錬度を上げる必要もある。

正直なところ、1週間では足りないくらいである。

 

「でも戦艦レシピで狙ったところで、必ずしも戦艦が出るわけじゃないしなぁ」

 

先ほどから思考が堂々巡りしている気もするが、戦艦級の深海棲艦の実力が如何ほどなのかが分からないので仕方ない。

今まで出現した深海棲艦は駆逐級、軽巡級、雷巡級のみで、戦艦級どころか重巡級ですら未知数なのである。

だとしても、こちらも艦娘達の命がかかっている以上、何としてでも最善策を取らなくてはならない。

一瞬、頼れる初期艦殿に相談してみるかとも考えたが、慌てて考え直す。

現在叢雲は近海の哨戒中であり、普段から頼りっぱなしの彼女にこれ以上気苦労を与えたくない。

それに…

 

「いつまでもおんぶにだっこじゃあ、格好付かないもんな…」

 

半ば強制的に提督にされたとはいえ、龍二にもプライドというものがある。

今の頼りっぱなしな現状で「何がプライドか」と言われそうだが、それでも貫き通したい思いがある。

愛する彼女との平和な暮らしを目指す、という思いが。

今でもその思いは変わっていない。はずなのに…

 

「今朝はやっちまったなぁ…。なんで拒まなかったんだよ、俺…」

 

いつの間にか思考は今朝の風呂場での出来事にシフトしていた。

神通との混浴&キス未遂事件である。

愛佳という人生で初めての、そして最愛の恋人がいるにも関わらず、神通に迫られそれを止めることができなかった自分を恨む。

 

学生時代は色恋沙汰などには縁が無く、唯一親しく接していた女性は祖母と愛佳のみ。

そんな女慣れしていない龍二にとって、今朝のような色っぽい出来事はまさにクリティカルヒットな訳だが、自分をずっと見守ってくれていた愛佳の手前、どうしても一途でありたいのだ。

…龍二本人は知らないが、愛佳の尽力で学校生活に溶け込めるようになってからというもの、龍二に思いを寄せる女性は日に日に増えていった。

祖父母譲りの優しい性格、飛びぬけてはいないものの程よく整った外見、そして最終的には首席で卒業するほど学力も優秀。

おまけに愛佳のお蔭で日常生活でも笑うことが増え、本人の与り知らぬ所でフラグがばっさばっさと起き上がっていったのだった。

残念なことに、その頃には既に龍二と愛佳の間には長年連れ添った夫婦の様な雰囲気があり、既に2人は付き合っているという噂も蔓延していたこともあって、それらのフラグ群はバッキバキにへし折られるわけだが。

 

「それにここ最近、妙にみんなが寄ってくるような気がするんだよな…」

 

実際の所最近ではなく最初からなのだが、鎮守府の運営が始まったころは忙しくてそれどころではなかったのだから仕方ない。

最近では食事やお茶会に誘われる事など日常茶飯事。そして極め付けが今朝の事件である。

みんなに嫌われていないことを喜ぶべきか、それとも男女の節度を守るようにと叱責するべきか…。

そんな事を悩みながら工廠へと向かう。

向かう途中に用事を済ませるために持ってきた小銭を、左手でこねくり回しながら。

 

 

 

 

「よしっ、綾波さんのはこれで大丈夫かな。次は…敷波さんの艤装ね」

 

工廠の片隅で、明石は汗だくになりながら艤装のチェックを行う。

いつもの制服ではなく下はツナギ、上はTシャツ1枚という工場のおっちゃんチックな服装なのだが、真面目な顔で艤装のチェックを行う明石にはこれ以上ないくらいに似合っていた。

…女性としては悲しむべきなのだろうが、似合っているものは仕方ない。

 

本来であれば酒保の営業が仕事なのだが、工作艦として簡単な艤装のメンテナンスを行える明石は、時折こうして工廠での仕事を頼まれる。

今回は出撃メンバーと遠征メンバーが同時に帰還してしまい、妖精だけではメンテナンスが追い付かないということで急遽依頼されたわけだ。

本人も機械いじりが好きなようで喜んで頼まれてくれるので、龍二としても非常に助かっている。

 

「でも流石に今日は暑すぎね…。早く終わらせてお風呂に入りたいなぁ」

 

そこまで呟き、ふと今朝の騒動を思い出す。

朝一で起こった大事件の噂は瞬く間に広がり、朝食の時間には既に全艦娘の耳に入っていた。

 

(神通さん、勇気あるなぁ…。もしその場にいたのが私だったら…)

 

そこまでできただろうかと考え、あまりの恥ずかしさに慌てて妄想を掻き消す。

妄想の時点でこれでは、話しかけるどころか気絶してもおかしくないかもしれない。

思わぬ形で神通との差を見せつけられた明石は、艤装をいじる手を止めつつ少しだけ凹む。

確かに神通とは違い戦闘向きの能力ではないし、最初はただの一目惚れだったのかもしれないが…

 

(私だって、提督のこと…)

 

私という存在を生み出してくれたこと、出会った時に見せてくれた太陽のような笑顔、いつも私達の体を気遣ってくれる優しい性格。

きっかけはどうであれ、彼を慕う理由などいくらでも出てくる。

それだけに、今回の事件は明石にとっていろいろな意味で大打撃だったのだ。

 

「いけない、こんな気持ちのまま仕事してちゃダメよね」

 

ネガティブな思考に満たされそうになる頭をブンブンと横に振り、気合を入れなおす。

私に出来ることを最大限にこなす、これが今の私にできる精一杯のアプローチ。

いずれ私も勇気が持てたら、その時に改めて行動すればいい。

 

「よしっ、残りの作業も頑張りますかっ!」

 

すっぱりと気持ちを切り替えた明石は、再び艤装のメンテナンスに戻る。

目に汗が流れ落ちるのも構わずに作業へ没頭していく。

そんな明石の背後から、ゆっくりと物音を立てずに忍び寄る影が1つ。

その人影は手に持っているものを明石のうなじへ押し当てると…

 

「お疲れさま、明石」

 

「わっひゃあああああああああああああ!!!」

 

「うおっ!?」

 

思いっきり集中していた時に冷たいものを首に当てられ、思わず手に持っていたスパナを放り投げながら立ち上がる明石。

そしてそのスパナが頭部に当たるのをギリギリ躱す龍二。

工作艦とはいえ艦娘の力で投げられたスパナが頭に当たっていたらどうなっていたことか。

ちなみに首に当てられたのはスポーツドリンクで、龍二が途中の自販機で差し入れの為買ったものである。

 

「てっ、ててて提督!?」

 

「す、すまん。そこまで驚くとは…」

 

「もうっ、メンテナンス中はいろいろと危険なんですから、もう驚かさないで下さいね!」

 

「ああ、危険性は身をもって経験したからもうしない…」

 

「?」

 

あまりにビックリしすぎたせいで、手からスパナがすっぽ抜けた事に気付いていない明石。

ポカンとしている明石に、手に持っていたスポーツドリンクを渡す。

 

「なんでもないよ。…改めて、これ差し入れね」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

受け取ったスポーツドリンクをプルタブを剥がし、一気に流しこむ。

身体の内側から冷えていくような感覚が実に心地いい。

 

「ごめんな、こんなに暑い日にメンテナンス頼んじゃって…」

 

「いえいえ、気にしないでください。機械いじりは大好きですから!」

 

「でもこの暑さだし、熱中症や脱水症になったら大変だからね」

 

「提督…そもそも私達艦娘って熱中症とかになるんでしょうか?」

 

「それは…わからん!」

 

そう言って2人で笑いあう。

ああ、この空気のなんと居心地のいいことか。

彼はどの艦娘にも分け隔てなく接してくれる。

もちろんその笑顔を独占したいという気持ちもあるが、非戦闘艦である私にもこうして笑いかけてくれる…今はそれで十分だ。

そんな事を考えていると、急に龍二の顔が真顔になり、その後耳まで真っ赤になり、最後にはぷいと横に逸らされてしまった。

 

「あ、あの提督、どうかしましたか?」

 

「いや…」

 

「私なにか失礼なことをしちゃいましたか…?」

 

「そういうわけじゃないんだが…あの、な…」

 

「??」

 

「俺も今気づいたばかりなのは信じて欲しいんだが…その、服が…な」

 

「服?……っ!!?」

 

龍二に促され自分の服を見て見ると、そこには肌色の双丘とそれを支える布地がぴっちりと張り付いていた。

なんとなく選んだTシャツの白が、それらをキッチリと浮き上がらせている。

 

「………い」

 

「…い?」

 

「いやああああああああああああああっ!?!!?」

 

「ふごっ!?」

 

あられもない姿に気が付いた明石は、作業中であることも忘れ工廠を走り去っていく。

去り際に投げられたアルミ缶が龍二の額に命中するが、幸いなことに飲みきった後だったので大事には至らなかった。

…死ぬほど痛かったが。

 

「あーあ、やってしまいましたなぁ」

 

「いつつ…見てたんですか」

 

「最初の悲鳴の段階で、みんなの注目の的になってましたよ」

 

そう言うと工廠長は周りを見渡す。

龍二もそれに倣うと、コンテナの上やら柱の陰からこちらを除く妖精たちの姿があった。

 

「今朝の騒動といい、何だかんだでいい思いできたんじゃないですか?」

 

「やめてくださいよ、大変だったんですから…」

 

「こんなところにまで噂が…」とため息交じりにぼやきつつ、工廠長に戦艦と空母レシピでの建造をお願いする。

戦艦や空母は建造に時間がかかるらしく完成は明日になるとのことなので、とりあえず明日からの予定を考える。

ちなみに、工廠長は最後までニヤニヤしていた。さすがは面白い事が大好きな妖精である。

 

 

 

 

時刻は二二三〇。

いつも通り大淀と本日の秘書艦である叢雲を部屋に帰らせた後、残業する気にも眠る気にもなれなかった龍二は1人防波堤を歩いていた。

昼間の暑さが残っていて寝苦しいというのもあるが、それ以上に気になるのが艦娘達との距離だ。

恋人がいるというのにこの体たらく…情けないことこの上ない。

 

「はぁ…」

 

愛佳への罪悪感から、本日何度目か分からないため息が出る。

あの後は特に事件も無かった(そうそうあっても困るが)のだが、今ですらこの状態なのだから、執務も上の空だったことは否めない。

恐らく叢雲や大淀には気付かれていただろう。

その証拠に、龍二の隣に1つの人影が現れた。

 

「今日はずいぶん参ってるみたいね」

 

「叢雲か…どうした?」

 

「暑すぎて眠れないから夕涼みに来ただけよ」

 

「そうか…」

 

もちろんそれは建前で、ただ単純に龍二が心配だっただけなのだが。

龍二も気づいてはいたが、余計なことを言って怒らせても仕方ないので黙っておく。

 

「今朝の事、まだ気にしてるの?」

 

「…」

 

「あれは神通さんの方が迫ったんでしょ?」

 

「ああ、そうだけど…信じてくれるのか?」

 

「アンタみたいな気弱な男に、そんな勇気あるわけないでしょ…」

 

「ぐぅ…」

 

言い返したいところではあるが、的を得ている為思わず閉口してしまう。

確かに神通と同じ立場に立った場合、あんな大胆な行動をとれる気がしない。

 

「…そんなに艦娘と恋仲になるのが嫌?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだ」

 

「…まさか神通さんが嫌いなの?」

 

「それも違う。彼女も含め、みんなの事は心から信用してるよ」

 

「…じゃあ、何をそんなに悩んでるの?」

 

…今思えば、この時がある種運命の分かれ道だったのかもしれない。

いずれ知られていた事だとは思うが、言うタイミングを考えれば違う未来があったかもしれない。

未来の自分がぼやいているが、今の龍二がそんな事を知る由も無く。

そして特大の爆弾を落としていくのであった。

 

「故郷に…残してきた恋人がいるからさ」

 

「……………は?」

 

たっぷり5秒は溜めただろうか。

何を言ってるのか分からない、といった感じの声が思わず叢雲の口から出る。

すっかり冷えた夜風が、静かに2人の間を流れていく。

これからの大騒動に備えるかのように、ただただ静かに…




ついにバレましたね
艦娘達はどう出るのか?


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第10話





佐世保鎮守府第2会議室。

通常使われるのは専ら第1会議室なのだが、日付が変わろうとしているこの時間に、なぜか第2会議室の明かりが煌々と室内を照らしている。

会議室の中には非戦闘艦を含むすべての艦娘、つまり龍二と妖精を除く全人員が集結していた。

もちろん全員を集めたのは叢雲で、議題は先ほどの龍二の爆弾発言である。

まだ「龍二に関する重大な発表がある」としか言っていないのだが、会議室内に充満する雰囲気は海域攻略の会議中と遜色ない真剣さである。

 

「悪いわね、こんな時間に集まってもらって」

 

「それはいいんだけど…ご主人さまに関する重大発表って何ですのん?」

 

少しおちゃらけた言い回しをする漣だが、その表情は真剣そのものである。

叢雲は「その前に」と前置きを入れたうえで、仲間たちに問いかける。

 

「この中でアイツに…ほ、惚れてない人はいるかしら?」

 

「あらぁ?ムラっち顔が真っ赤ですよ~?」

 

「うるさい茶化さないで!…で、どうかしら?」

 

そう言い放ち、全員の表情を確認する。

例に漏れず全員が顔を赤くしている所を見ると、どうやら全員同じ気持ちらしい。

 

「そう…。ということは、やっぱり全員に話した方がいいわね」

 

「ということは、やっぱり叢雲さんも…?」

 

「…っ、ええそうよっ、悪い!?」

 

「いえ、なんだか安心しました」

 

「お気持ちは分かってましたから…」と付け加える神通に、顔を真っ赤にしながら「ぐぅ…」と唸る叢雲。

周りの艦娘達もニヤニヤしているあたり、きっとバレバレだったのだろう。

このまま弄られ続けそうな雰囲気を一掃するため、咳ばらいをしつつ話を進める。

 

「ついさっきの話なんだけど…」

 

 

 

 

「故郷に…残してきた恋人がいるからさ」

 

「……………は?」

 

叢雲は、頭の中が真っ白になっていくのを感じた。

え、は、何?恋人?

必死に頭の中で意味を理解しようとするが、感情がそれを拒む。

 

「初めてできた恋人…愛佳っていうんだけどさ。これから2人で幸せな日々を…って矢先に深海棲艦が現れて。あっという間に提督にされちゃってね…」

 

「………」

 

「でもどっちにしろ深海棲艦を倒さないと平和にならないし、じゃあ頑張るしかないか!ってね。でもまさか艦娘に迫られる日が来るとは思わなかったよ」

 

「………」

 

「まだキスすらしたことないんだけどね…」と言いつつ、ポリポリと頬を掻く龍二。

その表情に、叢雲は胸が締め付けられるのを感じた。

ああそうか、やっぱり私は…

 

(こいつに…龍二に惚れてたのね)

 

出会ってからまだ1ヶ月とちょっと。

惚れっぽい自分が嫌で、ずっと見て見ぬふりをしていた恋心は、いつの間にか無視できない大きさにまで膨れ上がっていた。

それに気付かされたのが、思い人に恋人がいるという事実。

 

(なんとも皮肉なものね…恋に気付いた理由が失恋したから、なんて)

 

ふと顔を上げると、龍二が心配そうにこちらを見ていた。

反応が無かったから気になったのだろう。

いつの間にか目尻に溜まっていた涙を誤魔化すために欠伸の真似事をすると、手で涙を拭って笑顔を見せる。

 

「ア、アンタなんかにも、慕ってくれる女の子がいるなんて驚きだわ」

 

「なにおう!?バカにすんない!…確かに学生時代は女っ気なかったけどさ…」

 

「でもいいじゃない、今は最愛の恋人がいるんだから」

 

「まぁ、それもそうだな。それが理由で悩んでるってのもあるんだけど…」

 

「しっかりしなさい!そんな弱気じゃ愛想つかされるわよ?」

 

「それは困る!…そうだな、俺がしっかりしなきゃな!」

 

「…っ」

 

笑顔で気合を入れる龍二を見て、彼がどれほど恋人を想っているのかが理解できてしまった。

理解した途端、月明かりに照らされた彼の姿が再びぼやける。

思わず後ろに振り返ると、そのまま艦娘寮に向かって歩き出す。

 

「…涼しくなってきたし、そろそろ寝るわ。アンタもまた寝坊するんじゃないわよ」

 

「あ、ああ。ありがとな叢雲…元気出たわ」

 

「…っ、アンタにミスされるとこっちが困るのよ。…だからしっかりなさい」

 

後ろを振り向いたまま、手を振って別れを告げる。

ああ、今が夜で本当によかった。

泣いている所を見ているのは、お月様だけだから…

 

 

 

 

「…ってわけ」

 

「…」

 

叢雲の説明が終わると、会議室内は静寂に包まれた。

みんな俯いたまま暗い顔をしている…内容が内容なだけに、仕方ないことではあるが。

もちろん、自分が泣いた件は伏せておいた。

龍二が好きなことがバレたとはいえ、流石に泣いたことを知られるのは恥ずかしすぎる。

 

「あの、質問いいですか…?」

 

「間宮さん…」

 

会議室の隅で手を上げたのは、明日の朝食の下ごしらえ中に呼び出され、未だエプロン姿のままの間宮だ。

 

「提督は、まだキスもしてないって言ってたんですよね?」

 

「え、ええ。そう言ってたわ」

 

「なら、私はまだ諦めません!」

 

「!?」

 

普段の間宮らしからぬ強気な発言に、思わず全員が注目する。

それもそのはず、既に恋人がいるにも関わらず迫るということは…

 

「略奪愛…ですよね」

 

「昼ドラかよぉ…」

 

「既に家庭をもっているのであれば私も諦めます。でも、今はまだプラトニックなお付き合いって事ですよね?」

 

「それはそうだけど…」

 

「なら、まだチャンスはあるはずです!それに、最後に決めるのは提督自身ですよ?」

 

「間宮さん…本気です…」

 

途中で口を挟んだ綾波と敷波も、その剣幕に思わず閉口する。

その横で漣が、手を顎に添えながらなにやら考え込んでいる。

 

「ふむ…確かに、間宮さんの言う事も一理ありますな」

 

「ちょっ、漣!?」

 

「好きなものは好きなんだから仕方ないっしょ!それに…」

 

「『諦めないよ!漣はしつこいからっ!!』って?」

 

「そうそう…って人の決め台詞とらないでよ!!」

 

「アンタの考えが分かりやす過ぎるのよ…」

 

「にゃにおう!?」と言いながら突っかかってくる漣を片手でいなしながら、叢雲は間宮に視線を戻す。

叢雲の視線に頷きで返すと、間宮が話を続ける。

 

「私達艦娘は元々ただの軍艦。でも提督の手で新たに命を頂いたこの身は女性。ならばチャレンジする位は許されて然るべきだと思うんです」

 

「略奪愛というのが気になるが…せっかく女子として生を受けたのじゃ。それくらいしてもバチは当たらんかもしれんのぅ」

 

「ボクも提督と恋人に…あうぅ…」

 

「皐月ちゃんが言うと危険な匂いが…。でも、提督の恋人というのは確かに憧れますね」

 

「提督の恋人になる為なら、前髪のセットに倍の時間かけてもいいわ!」

 

「村雨は元から諦めるつもりなんてないけどね~♪」

 

間宮の謎の説得力がある言葉を聞き、初春・皐月・大淀・阿武隈・村雨も肯定の意を示す。

その横で真っ赤になっている明石と神通は…きっと昼間の事を思い出しているのだろう。

このタイミングでこの表情ということは、否定的な意見は出てこないとみた。

 

「ということは、全員諦めないってことね…」

 

『はいっ!』

 

「全く…あいつも罪作りな男ね」

 

「んでんで、ムラっちはどうなの?」

 

「私?そんなの決まってるじゃない」

 

目を瞑り一呼吸置いた後、ゆっくりと瞼を開ける。

そこに先ほどの暗さは無く、あるのは自信に溢れたいつもの微笑みのみ。

 

「徹底的にやっちまうのねっ!」

 

「それも漣のセリフ~!!」

 

暗い雰囲気を吹き飛ばす様に最後を笑いで締めながら、艦娘だけの緊急会議は幕を閉じた。

それは同時に、互いがよき戦友に、そして良きライバルとなった瞬間でもあった。

 




ようやく修羅場ヤ沖海戦開幕です。
正直展開がちょっと強引すぎたとは思うのですが、ここで艦娘達が諦めちゃったら主人公が翻弄される展開が描けないので、仕方ないですね(ゲス顔)


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第11話


遅くなりましたが投稿します。


龍二の爆弾発言から一夜明け、現在時刻一〇三〇。

カリカリとペンを走らせる音を執務室に響かせながら、龍二は苦手な書類仕事を進めていく。

どこか心配そうな表情を滲ませながら、それでも何かを待ちわびているような仕草が垣間見える。

理由は単純、今しがた工廠から建造が完了したとの連絡があり、本日の秘書艦である皐月が迎えに行っているからだ。

 

「本当はすぐ工廠に行って確認したかったんだけどな…」

 

万が一戦艦も空母も生まれなかった場合もう一度建造しなくてはならないので、出来ればこちらから出向きたかったのだが、皐月が迎えに行くと言い出したのだ。

やんわりと断ろうともしたが、あんな純粋無垢な笑顔で「まっかせてよ、司令官!」なんて言われたらもはや任せるしかあるまい。

彼の名誉のために言っておくと、彼はロリコンではない。恐らく父性に近いものだ。多分。

ちなみに提督補佐の大淀には、今日から別室にて作業してもらうことにした。

執務室には机が一つしかなく、今までその机で2人して作業していたのだが、空き部屋の掃除が完了したのでそちらに移動してもらったのだ。

本人はものすご~~~~~く不満そうだったが、「公平を期すためですから…仕方ないですね」と何やら意味不明なことを呟きながら移動していった。

 

「あれはどういう意味だったんだろうか…」

 

何か賭けでもしていたのだろうか…大淀はそういう事に興味が無い勢筆頭な気もするが。

そういえば、朝食の時に艦娘達から向けられる視線もいつもと違っていた気がする。

食い入るような視線というのだろうか…そんな目線を向けられながらの朝食は非常に居心地が悪かった。

 

「まぁ、考えても分からんしな…仕事しよ」

 

気合を入れなおして止まっていた手を再び動かそうとしたが、執務室の扉を叩く音に再度ストップがかかる。

軽快なノックの音と共に、扉の向こうで快活な声が発せられる

 

「司令官、2人を連れて来たよ!」

 

「ああ、ありがとう。入っていいよ」

 

「はーい、失礼しまーす」

 

元気いっぱいな皐月を先頭に、新たに建造された2人が「失礼します」と入ってくる。

机の前まで来ると龍二に向かって敬礼し、それぞれ自己紹介を始める。

 

「高速戦艦「榛名」着任しました!」

 

そう言葉を発したのは、巫女服と赤いミニスカートに身を包んだ、黒髪ロングの清楚な少女だ。

頭に黄金色のカチューシャのようなものを付けており、艶のある黒髪とのコントラストが美しい。

清楚な風貌ではあるがハキハキとした喋り方で、一瞬で「ああ、いい子なんだろうな」と想像できてしまう不思議な魅力がある。

 

「軽空母「祥鳳」です。よろしくお願い致します!」

 

榛名の後に続く彼女もまた、美しい黒髪を腰まで伸ばした清楚なイメージの少女だ。

服装は弓道着のようなものを着ており、髪の先は可愛らしいリボンで纏められている。

…それはいいのだが、今から弓を射るわけでもないのに上着を半分肌蹴ているのはなぜだろうか。

胸に巻かれたサラシが露出してチューブトップのような状態になっており、少し目線の置き場に困ってしまう。

 

「提督の須藤龍二だ。まだまだ新米提督だけど、これからよろしくお願いするよ」

 

そう言いつつ2人に微笑みかけると、案の定照れたような表情を見せる2人。

こちらを見つめる視線も、少しずつ熱っぽいものに変わっているような気がする。

 

(ふむ…)

 

その表情を見た龍二は、一瞬だけ思案顔になった。

そして他の艦娘に聞こえないよう「一つ仕事が増えたかな…」と小さく呟くと、すぐに表情を笑みに戻す。

どうやら誰にも気づかれなかったようだ。

 

「戦艦も空母もうちでは初めての艦種になるから、2人とも頼りにしてるよ」

 

「はい、榛名にお任せください!」

 

「お役に立てるよう、頑張りますね!」

 

「うん、頼んだよ。…皐月、鎮守府の案内をお願いしてもいいかな?」

 

「任せて!隅々までちゃ~んと案内してみせるよ!」

 

「一二〇〇になったらそのまま食事にしてくれていいからね」

 

「は~い!行こっ、榛名さん、祥鳳さん!」

 

2人の手を引きながら、元気に執務室を出ていく皐月。

人懐っこい彼女の事だ、戻ってくるころには仲良しになっている事だろう。

 

「しかし、なんとか1回で戦艦と空母が来てくれて良かった…」

 

そう呟きつつ、ホッと胸を撫で下ろす龍二。

正確には祥鳳は正規空母ではないが、例の海域では敵空母の存在は確認されていないようなので、軽空母でも十分制空権は取れるだろう。

それに、未だ資源の少ない我が鎮守府としては、コストの安い軽空母はむしろ大歓迎である。

後は、任務開始までにどれだけ錬度の向上といい装備の開発が望めるかにかかっている。

 

「…そういえば、戦艦と空母用の装備の開発指示、まだ出してなかったな」

 

結局工廠に行くことになるのかと、少しだけ肩を落とす。

外は昨日に引き続き絶賛異常気象中で、見てるだけでも汗が出てきそうだ。

 

「工廠長に聞きたいこともあったし、仕方ないか」

 

人知れずぼやきながら、執務室を後にする。

開発の指示を出すとともに、ふっと湧いた疑問を解消する為に…。

 

 

 

 

「おや提督さん、どうしました?皐月さんなら2人を連れて戻りましたが…」

 

「ああ、そっちは先ほど会ったのですが、2人用の装備の開発指示を出してなかったなぁと」

 

「なるほど、開発の方ですね。ではこちらへ…」

 

工廠長に促され、開発スペースへと向かう。

開発スペースとは言っても、建造とは違い仰々しい機械などは無く、大きな作業テーブルがポツンと置かれているだけだ。

開発用のレシピを指示すれば、妖精たちが資材を使ってテーブル上でカンコンと作業を始めるわけだ。

 

「さて、戦艦と空母ということは…とりあえずは主砲と艦載機レシピですかな?」

 

「そうですね。あと、それとは別に…」

 

開発用のレシピ集を確認しながら、工廠長と開発の予定を立てていく。

艦娘は生まれた時点でいくつか装備を所持しているが、性能やバランスが悪く正直そのままでは心もとない。

そんな状態のまま出撃させるのは心臓に悪いので、ここ最近は開発に重点を置いてきた。

…欲しい装備がなかなか出ずヤケクソで開発を行い、大量に資源を消費して大淀に怒られたのも今やいい思い出である。

 

「…分かりました。ではこの予定で開発を進めますね」

 

「お願いします。…あっ、あと一つ聞きたいことが」

 

「おっと、なんでしょうか?」

 

早速開発を始めようとしていた工廠長を慌てて引き留める。

開発の予定組に熱中しすぎて、もう一つの本題を忘れる所だった。

 

「艦娘って、もれなく提督に好意を寄せるようになったりしますか?」

 

「…どうしてそうお思いに?」

 

「ええと、それが…」

 

「自惚れかもしれませんが」と前置きをした上で、思い当たる出来事を片っ端から伝えていく。

挨拶を交わした時の態度の変化、毎日のように食事やお茶会等に誘ってくる積極的なアプローチ、昨日の風呂場での事件、そして今朝の謎の熱視線etc…

 

「九割九分自意識過剰だとは思うのですが、何となく気になりまして…」

 

「なるほど。…結論から言うと、生まれた当初から好意をもって生まれてくるという事はありません」

 

「デスヨネー…」

 

「もちろん自分を生み出してくれた存在な訳ですから、それなりの信頼はあるでしょうけど。ただ…」

 

「ただ…?」

 

「提督さん、初めてお会いした時に私が言った言葉、覚えてますか?」

 

「初めて会った時、ですか…?」

 

はて、何か特別な事を言っていただろうか?

ゆっくり思い返していると、とある発言に行き当たった。

 

「そう言えば…不思議なオーラが出てるとか、妖精に好かれやすくないか?と聞かれた記憶が…」

 

「ええ、そこです。提督さんからは、普通の人間にはない『妖精に好かれるオーラ』が出てるんです」

 

「確かに昔から妖精に好かれてた気はしますが…てっきり『妖精と会話できる能力』を持つのが周囲に私しかいないからだと思ってました」

 

「いくら妖精が好奇心旺盛といっても、無暗矢鱈に人間に寄って行ったりはしませんよ」

 

「なるほど。でもそれと一体何の関係が………まさか!?」

 

「そう、本題はそこです」

 

とある結論に行きついた龍二の肩に、ピョンとジャンプして飛び乗る工廠長。

妖精の体格からするとあり得ないジャンプ力だが、そんな事を気にしている余裕は龍二には無かった。

 

「どうやら、そのオーラは艦娘の皆さんにも効果絶大のようですね」

 

「ああぁ…なんてこったい…」

 

工廠長を方に乗せたままくずおれる龍二。

足場が揺れても一切動じないあたり、さすが妖精である。

 

「好かれはすれど嫌われる事はないわけですし、そんなに落ち込むこともないのでは?」

 

「事はそう簡単じゃないんですよ…」

 

「??」

 

首を傾け不思議そうな表情を浮かべる工廠長。

あまりあちこちに言い触らしたくは無いのだが、説明の為に仕方なく故郷に恋人がいる事を伝える。

無論、未だプラトニックなお付き合いをしている事までしっかりと。

 

「それはそれは…。艦娘の皆さんはご存知で?」

 

「昨晩、叢雲にだけ伝えました」

 

「あー、なるほど…」

 

「熱視線ってそういうことか…」と呟きながら、うんうんと頷く工廠長。

そして面白い事を見つけた子供のような極上の微笑みを龍二に向けながら、一言。

 

「これから面白い事になりそうですね!」

 

「勘弁してください…」

 

無慈悲なトドメの一言に、再度くずおれる龍二。

建物内に工廠長の楽しげな笑い声が響き渡った。




ついに龍二が真実に直面しましたね…


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第12話





「ここが大浴場!誰でも使える鎮守府の癒しスポットの1つだよ!」

 

「まぁ…」

 

「これは…任務の疲れを癒すには最高ですね」

 

龍二が工廠で衝撃の真実を知らされている頃、皐月は案内の真っ最中であった。

 

「この鎮守府、艦娘のための設備がすごく充実してますね…」

 

「うちの司令官はすっごく優しいし、いつも皆の事を考えてくれてるんだ!」

 

榛名の言葉に、エッヘンと自慢げに話す皐月。

そんな微笑ましい姿を見て、思わず2人は笑みをこぼす。

今までの案内の中でも、提督が艦娘の為にいろいろと考えてくれていると感じる部分が多々あった。

 

例えば娯楽室。

広い部屋の中にはTVやゲーム機、本などの娯楽用品が充実している。

また、茶会が開けるレベルの設備や多数の仮眠ベッド等も置いてあり、純粋な休憩スペースとしても利用できる。

さらに、置いて欲しいものがあれば申請が可能であり、今後さらに設備が充実していくことだろう。

 

例えば酒保。

本来であれば提督専用のこの設備だが、提督の計らいによって艦娘も利用できる。

購入に関してもお金は必要なく、店にないものは取り寄せることも可能である。

もちろん金額の上限はあるが。

 

他にもいたる所に艦娘を想う気持ちが表れており、それに触れるたび2人は心が温かくなるのを感じた。

そして、最初の挨拶の時に感じたあの気持ちは、間違いでは無かったのだと確信する。

 

(たとえ一目惚れだとしても、やっぱり榛名は…)

 

(ここに着任できてよかった…。少しでも提督のお役に立てるよう、頑張らないと…!)

 

細かい違いはあれど、提督を想う気持ちは一緒の様で。

そんな2人の気持ちを知ってか知らずか、皐月はゴキゲンな表情で2人の手を引いていく。

ふと何かに気付いた皐月はその場に留まると、前方から歩いてくる人物に大きく手を振った。

 

「あっ、初春姉ちゃん!」

 

「おや皐月ではないか、いつも通り元気じゃな。…そちらの2人はどなたかえ?」

 

「さっき建造された榛名さんと祥鳳さんだよ!司令官に頼まれて、今鎮守府内を案内してるんだ」

 

「はじめまして!金剛型戦艦3番艦の榛名です」

 

「軽空母の祥鳳です。よろしくお願いしますね」

 

「わらわは初春と申す。よろしく頼みますぞ」

 

3人はそれぞれ挨拶と握手を交わす。

和風な容姿の3人が挨拶を交わす光景は、なんとも絵になるものである。

 

「しかし、この鎮守府にもやっと戦艦と空母が来たんじゃなぁ」

 

「私は正規空母じゃなくて軽空母なので、戦力としては頼りないですが…」

 

「なに、軽空母には軽空母の良さがあるものよ。それにあの提督ならば、その良さを最大限生かしてくれるはずじゃ。安心せい」

 

口元を扇子で隠しながら、雅に笑う初春。

駆逐艦とは思えない大人びた雰囲気に、祥鳳は思わず息を飲む。

その隣では皐月が、初春に尊敬の眼差しを送っていたりする。

 

「おっと、そろそろ哨戒任務の時間じゃ。皐月よ、しっかりと案内するようにな」

 

「うん!頑張るよ~!」

 

そう言い残し工廠の出撃ドックへ向かおうとした初春だが、ふと何かを思い出したかのように戻ってくる。

 

「お二方よ。もしも提督に気があるようならば、後ほど任務から戻る叢雲を訪ねるとよかろう。面白い話が聞けるはずじゃ」

 

「叢雲さん…ですか?」

 

「うむ。その気が無ければ今の話は忘れてくれるとありがたい」

 

「は、はぁ…」

 

「ではの」と一言残し、今度こそ出撃ドックへ向かっていった。

後に残るは、意味深な言葉を残され首を傾げる2人と、初春に手を振る皐月のみ。

 

「最後のは一体なんだったのでしょうか…?」

 

「皐月ちゃん、さっきのどういう意味かわかる?」

 

「ん~…」

 

2人の疑問に考え込む仕草をする皐月。

どことなく楽しげなのは気のせいだろうか?

 

「とりあえず、夕飯の後にでも部屋に行ってみたらどうかな?叢雲さんには伝えておくから!」

 

「そうですね…。そこまで言われると、榛名もちょっと気になります」

 

「皐月ちゃん、お願いできるかしら?」

 

「もちろんだよ♪…ってことは、2人とも司令官のこと好きなのかな?」

 

「そ、それは…」

 

「えーと…」

 

「あはは、やっぱりか~」

 

思わず「新しいライバル出現かぁ…」と呟くも、幸い照れる2人には届いていないようだ。

それでも、自分の好きな人が他の人にも慕われるというのは、存外嬉しいようで。

未だ赤い顔の2人の手を引いて、皐月は笑顔で案内を続けるのであった。

 

 

 

 

時刻は二一三〇。

艦娘寮の一角で、ドアをノックする音が響き渡る。

 

「開いてるわよ」

 

「「失礼します」」

 

「いらっしゃい。皐月から話は聞いてるわ」

 

そう言いながら2人に座るよう促した叢雲は、テキパキとお茶の準備を始める。

部屋を訪ねてきた2人…榛名と祥鳳は、少しだけ緊張した面持ちで座布団の上へと座る。

 

「ここに来たってことは、そういう事でいいのよね?」

 

「えと、その…はい」

 

「ハァ…、本当にアイツは見境なしなんだから…」

 

「その…提督は何も悪くないんじゃ…?」

 

「いいのよ。全部アイツが悪いってことにしておけば」

 

ぽろりと恨み言をこぼす叢雲の表情は、しかして嫌悪している風でもなく、小さく苦笑を浮かべているだけだ。

そんな彼女の表情を見て2人は、「ああ、この人も…」と確信する。

やがてお茶が運ばれてくると、2人の向かい側に座った叢雲がゆっくりと口を開く。

 

「とりあえず1から話すわね」

 

「長くなるかもしれないけど…」と前置きしたうえで、昨日までの出来事と今の現状を2人に伝える。

話が進むにつれて、予想通り2人の顔が驚愕に染まっていく。

 

(そりゃそうよね…私だって驚くわよ、こんなの)

 

まだ運営が始まってから2か月足らず。

仲間も非戦闘艦含めやっと10名を超えたとはいえ、全員が同じ人物を好きになると誰が予測できただろう。

そこに加え、相手には既に想い人が居るというのに、誰一人諦めないというのだから驚きである。

もはやある意味で、艦隊全体が狂っていると言っても過言ではないのかもしれない。

 

「…というわけ。いろいろとおかしいでしょ?この鎮守府」

 

「はえー…」

 

「…」

 

叢雲の話を聞き終え、思わず呆ける榛名と絶句する祥鳳。

2人の胸中を知ってか知らずか、叢雲は話を続ける。

 

「とりあえずこれだけは知っておいて欲しかったの。後になって真実を知るよりはダメージ少ないはずだもの」

 

どこか遠くを見ながらそう話す叢雲の顔は、どこか少し悲しげで。

そんな表情を見た2人は、彼女が真実を知ったときの気持ちを少しだけ垣間見た気がした。

 

「今の恋人か私達か。決めるのはアイツだけど、私たちは最後まで諦めない。だから貴方達も好きなように行動するといいわ」

 

「…」

 

「…」

 

「でもね…恋の戦場では容赦しないわよ!私たちは仲間だけど、ライバルでもあるんだから!」

 

そう言い放つ叢雲の表情に迷いはなく、あるのは目標に向けて進みだす覚悟だけ。

そんな綺麗な表情に、同姓ながらも思わず惹きつけられるものを感じる榛名と祥鳳。

まだ出会ったばかりだけど、いつかは私も彼を想ってこんな魅力的な表情ができるようになるだろうか…

そんな事を考える彼女たちの衝撃的なお茶会は、幕を閉じていくのであった。

 

 

 

 

その後の1週間は怒涛の速さで進んだ。

新たに加わった榛名、祥鳳の錬度向上はもちろんの事、遠征で資材集めや開発での装備充実を目指し、龍二は休む間もなく指示を出し続けた。

今まで空母がいなかった為ボーキサイトの備蓄には余裕があったが、戦艦を運用する以上燃料や弾薬の消費に注意しなくてはならない。

もちろんその間も近海の哨戒は欠かさず行い、日を追うごとに鎮守府内の緊張感が増していく。

そしてついに、大本営に指定された任務決行日が訪れた。

 

「今回の作戦は旗艦榛名、随伴艦は阿武隈、神通、叢雲、漣、祥鳳で出撃する。そして残ったメンバーには、主力メンバーがいない鎮守府近海の哨戒をお願いするよ」

 

『はい!』

 

「今回は敵の実力が未知数だから、十二分に警戒するように。1人でも中破が出たら即撤退。無事であれば何度でもチャンスはあるからね」

 

『はい!』

 

「よし…では第1、第2艦隊出撃!!」

 

龍二の掛け声と同時に、元気よく駆け出していく仲間たち。

勇ましく海へ飛び出していく彼女たちの姿を見つめながら、無事作戦を完遂出来ることを祈る。

 

「大丈夫ですよ、提督」

 

「大淀…」

 

「彼女たちを信じてあげて下さい。それが何よりもみんなの力になるんです」

 

「そうか…そうだな」

 

傍らに寄り添う大淀に元気づけられ、少しだけ残っていた不安を無理矢理掻き消す。

地平線の先を、彼女たちの姿が見えなくなるまで見つめつつ…。

 

 

 

 

「戸締り…よし!荷物…よし!」

 

龍二が艦娘達を見送っているのと同時刻。

とある所に、今まさに小旅行へと旅立とうとしている女性の姿があった。

 

「電話は出来ないし、手紙はどこにどうやって送っていいかわからないし…」

 

不満げな口調で呟くも、表情はどこか期待を含んでいる。

 

「それなら、直接会いに行くしかないよね!」

 

「門前払いされたらそれまでだけど…」とこぼしながら、駅へと歩みを進める。

目的地は佐世保鎮守府、目標はもちろん…。

 

「まっててね、龍二…」

 

最愛の恋人の名前を呟きながら微笑む女性の名は愛佳。

鎮守府にまた1つ、特大の嵐が吹き荒れようとしていた。

 




おや?恋人の様子が…
ざわ...ざわ...

明日は私用で外出しなければならない為、投稿が遅くなってしまうか、もしくは明後日になってしまうかもしれません。
大変申し訳ありませんが、ご了承下さい。


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第13話

鎮守府の西南西に位置する製油所地帯。

その沿岸部の輸送ライン上を、佐世保鎮守府第1艦隊は単縦陣で進む。

目指すはさらに南西方面。

戦艦ル級を含む敵主力艦隊が度々目的されているポイントだ。

 

「みなさん、燃料と弾薬の残量に問題はないですか?」

 

「はいっ、私的には問題ないです!」

 

榛名の何度目かの確認の後、阿武隈を始め全員が問題ない旨を報告する。

ここに来るまでに数回戦闘はあったものの、どれも駆逐級や軽巡級ばかりだった為、被弾らしい被弾もなく順調に進んでいる。

特に航空隊での先制攻撃や榛名の砲撃の恩恵は強く、弾薬についても思いの外温存できている。

 

(でも、ここで慢心してはいけません…)

 

声には出さず心の中でそう誓うと、榛名は改めて気合を入れなおした。

最終目標には自分と同じ戦艦が居るのだ。

もちろん深海棲艦に後れを取るつもりはないが、こちらも自分を除けば駆逐艦、軽巡洋艦、軽空母と、耐久が低い艦が残る。

敵も戦艦を名乗る以上それなりの火力を持っているはずである。そんな相手を前に見方を危険に晒すわけにはいかない。

 

「榛名さん。戻ってきた水偵から、この先に戦艦級を含む敵艦隊を発見したと連絡がありました」

 

「現れましたね…総員、戦闘準備を!」

 

「はい!」

 

「提督、こちら旗艦の榛名です。偵察機が敵主力艦隊の存在を確認しました。会敵後、そのまま戦闘に入ります!」

 

『了解。敵に空母はいない筈だから制空権は祥鳳に任せて、他のみんなは自慢の砲雷撃戦で敵を殲滅。ただし、無茶はしないように!』

 

「了解しました!」

 

榛名の掛け声を聞き、全員が待ってましたと戦闘の準備へと移る。

それと同時に、忘れずに龍二へと報告を行う。

自分達を案ずる言葉に思わず頬が緩みそうになるが、ハッと我に返る。

先ほど気合を入れ直したばかりなのに、こんな所で弛緩してどうする。

 

「勝利を、提督に!!」

 

仲間を鼓舞する為、そして自分の緩んだ気持ちを正すため。

榛名はひと際大きな声でそう叫ぶのであった。

 

 

 

 

「くそっ…どうしたものか」

 

先ほどの榛名からの通信から数十分。

未だ敵主力艦隊との交戦を続けている第1艦隊は、想定外の苦戦を強いられていた。

当初の作戦ではル級さえどうにかなればと考えていたが、思わぬ伏兵がいたのだ。

その伏兵の名は雷巡チ級。

落ち着いて戦いさえすればそれほど怖い敵ではないはずだが、戦力をル級に集中していたのがまずかった。

敵の主砲にばかり気を取られていて、雷撃の存在を完全に忘れていたのだ。

結果、初撃前にチ級の雷撃により漣と神通が被弾し、共に中破まで追い込まれてしまった。

悪い事は続くもので、さらに両名の艤装の機関部に深刻なダメージがあったらしく、航行速度が通常の半分以下となってしまった。

その為撤退する事もできず、2人を中心とした輪形陣にてなんとか守りつつ応戦している状態だ。

 

「榛名、現在の被害情報は?」

 

『叢雲さんと祥鳳さんが小破です!なんとか応戦していますが、敵随伴艦の雷撃が未だ脅威です』

 

「チ級か…どうにかして倒せないか?」

 

『狙ってはいますが、未だル級も健在ですし…。しかも他の随伴艦が庇う姿勢を見せているようで…』

 

「庇うか…深海棲艦側も徐々に統率が取れてきたってことか」

 

『はい、明らかに鎮守府近海の敵とは…っ!きゃああああっ!』

 

「榛名っ!?」

 

盛大な爆音と共に、榛名の悲鳴が響き渡る。

どうやらル級の砲撃が榛名に直撃してしまったようだ。

その後の通信で、幸い大破や轟沈には至らなかったと報告があったが、少なくとも中破であることは間違いないようだ。

 

『提督…』

 

「すまん、完全に俺の作戦ミスだ…すぐに対応を考える」

 

それだけを伝えると、無線を閉じるのも忘れて思考に耽る。

どうするべきだ?どうすれば皆が無事に帰ってこれる?

この際任務の遂行など二の次だ。大本営に何と言われようと構わない。

少ない脳みそを絞り切れ、みんなが生き残る道を模索しろ。

残された少ない時間の中、龍二は必死に対応策を考える。

その唇は固く閉ざされ、握る掌からは爪が刺さったのか血が流れている。

そんな危機的状況の中、そっと執務室のドアを開ける人物がいた。

 

「失礼しまーす…。あ、龍二みつけたっ!」

 

「哨戒中の第2艦隊を向かわせて…でもそれだと鎮守府の警備が…」

 

「あれ…?もしもーし、龍二?」

 

「でも皆の命には代えられないし……って愛佳!?」

 

「えへへ、きちゃった♪」

 

驚く龍二の前で、可愛らしくペロッと舌を出して微笑む愛佳。

 

「いや、来ちゃったって…。一体どうやって…」

 

「龍二のおじいちゃんに住所聞いて、普通に飛行機で来たよ?」

 

「ああそうか、この前野菜送ってくれたからな…」

 

「私には教えてくれないんだもん…」

 

「そりゃ肉親以外に教えるなって言われてたからさ…」

 

「ぶーぶー」

 

頬を膨らませて抗議する愛佳。

現在の海軍の規定で、住所どころかどこの鎮守府に配属になるかすら、肉親以外には話せないのだ。

最も、手紙や荷物を直接鎮守府に送ろうとしても強制的に大本営に送られ、中身を確認された後に各提督へと送られるわけだが。

 

「でも守衛だっていただろ?どうやって中に…」

 

「身の上話を聞かせたら普通に入れてくれたよ?なんか泣いてたけど…。あの人も同じように、故郷に恋人がいるのかな?」

 

「真面目そうなのは上っ面だけかあの守衛…。そしていいのか我が鎮守府よ…」

 

頭を抱えそうになるも、ふと今の現状を思い出す。

今は作戦中。しかも艦娘達の命がかかっている上に苦戦を強いられている。

せっかく来てくれた愛佳には悪いが、乳繰り合っている場合ではないのだ。

 

「ごめん愛佳、今作戦中だから…」

 

「あ、こっちこそごめん。仕事の邪魔しちゃったね…」

 

「いや、来てくれた事は純粋に嬉しいよ。とりあえずそこにでも座ってて」

 

そう言いながら、以前大淀が使っていた予備用の椅子に促す。

正直間に合うかどうか分からないが、とりあえず第2艦隊をそのまま支援に向かわせることにする。

鎮守府の防衛がすっからかんになるが、なんとか奇襲がない事を祈るしかない。

そして通信を再開しようとした矢先に来た榛名からの通信で、スイッチをオフにするのを忘れてた事に気付く。

なぜだろうか…昨日に引き続き今日も暑いはずなのに、嫌な冷汗が一滴首筋を伝った。

 

『提督…?今の声は誰ですか?』

 

 

 

 

「提督…?今の声は誰ですか?」

 

『き、気にしないでくれ。知人が訪ねて来ただけだから』

 

「『愛佳』という名前が聞こえたのですが、確か提督の彼女さんでしたよね?」

 

『は、榛名?なんでそれを知ってるんだ?……榛名?はるっ―――』

 

「…」

 

龍二が呼びかけるのも構わずに、通信機の電源をオフにする。

そして、現在も必死に応戦を続ける仲間たちに告げる。

 

「みなさん、緊急事態です…」

 

「今この状況が緊急事態だと思うけどっ!?」

 

じりじりと押されている現状に苛立ちを隠せない叢雲に、「それどころじゃないです」とこぼす。

 

「提督の彼女が…鎮守府に着任したようです」

 

「!!?」

 

榛名の思わぬ一言に、艦隊の空気が変わる。

空気を色で表すとすれば黒、もしくは血のような赤だろうか。

その一言は、艦娘たちの反撃開始の合図でもあった…。

 

ちなみに…

神通が装備していた零式水上偵察機の妖精は、後にあの反撃をこう表現した。

「あれは反撃なんて生易しいものじゃない、一方的な蹂躙だった」と…。

 



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第14話

さぁ、いい感じにドロドロしてまいりました。


「……」

 

「……?」

 

(どうして……どうしてこうなった……)

 

食堂のとある一角。

そこにはとんでもない冷たい空気を放つ艦娘たちと、事情が呑み込めないにも関わらず微笑みを絶やさない愛佳がいた。

そして、2つの勢力に挟まれるようにしながら、絶望という2文字を前面に押し出した龍二が俯いている。

まさに三者三様とはこのことか。一部団体様だったりするが。

 

「ねえ龍二、彼女達の事紹介してくれないの?」

 

「あ、ああ。そういえば紹介がまだだったね―――っ!?」

 

「……」

 

とりあえず艦娘の紹介をしないと―――。

そう思い彼女たちの方を見ると、ひどく怒りを帯びた目線で睨まれた。

思わず「ヒィッ」と声が出そうになるが、恋人の手前みっともない姿を晒すわけにはいかないと、無理やり呑み込んで無かったことにする。

決してちょっとチビったりはしていない。いいね?

 

「えと……もしかして私、歓迎されてない?」

 

「い、いや、そんな事ないよ。みんないい子だけど人見知りなんだよ。なっ?」

 

「……」

 

「ま、まあいいや。とりあえず紹介していくよ。まず彼女が―――」

 

気まずい雰囲気になりつつも、このままでは埒が明かないので艦娘の紹介を始めていく。

艦娘達も龍二の顔を立てる為か、一応形だけの挨拶を済ませていく。

ある者は敵意むき出しで、ある者は表情こそ微笑んではいるが目が笑っていなかったり。

愛佳自身も、自分に向けられる感情を受け止めつつも、人見知りなら仕方ないと納得させる。

さすが何度もクラス委員を務めただけあり、彼女もわりとしたたかである。

 

「以上でうちの艦娘は全員だよ。今後はもっと増えるだろうけど」

 

「ほへー……。噂には聞いてたけど、みんな可愛い子ばっかりだねぇ」

 

「まあ、な。それも悩みのタネの1つなんだけど……」

 

「ん?なんか言った?」

 

「いや何も」

 

危うく余計な所まで聞かれそうになった。

正直な所、愛佳にはこのまま何も知らずに帰ってほしい、というのが本音だ。

もちろん邪険に扱いたいわけではない。真実を知った愛佳に心配されるのが嫌なのだ。

 

先日工廠長から聞いた話を前提に考えれば、ここにいる艦娘達は予想以上に自分を慕ってくれているはずだ。

もちろん慕ってくれるのは嬉しい限りではあるが、それは「仲間」としてであって、「愛している」という意味で慕われても困ってしまうのだ。

だが先ほどの艦娘達の態度を考えるに、もはや前者である可能性は消えたと思っていいだろう。

ふと、第3者がこの状態の艦娘を見たらどう思うか……と思案しようと思ったが考えるのをやめた。

どう考えても今の彼女たちは……

 

「何か聞こえた気がするけど……まあいいや」

 

「ははは……それより、なんで急にここへ?」

 

「だって―――」

 

「ごめんなさい、少しいいかしら?」

 

とりあえず急にここへ来た理由を愛佳に尋ねようとした所で、叢雲に遮られる。

ここへ来てなんだ?と思ったが、叢雲自身は愛佳を見つめたままだ。

要するに、話があるのは愛佳ってことか……どうしたものか。

 

「えと、叢雲さん……でしたっけ?なんでしょうか?」

 

「ちょっと貴女に話があるんだけど……漣っ!」

 

「よしきた!ご主人さま、ちょっとこちらへ~……」

 

「へっ?ちょ、ちょっ漣っ!?」

 

「は~いこっちですよ~」

 

「コラ、引っ張るなぁ~!!」

 

ガッチリと腕をつかまれ、そのまま引きずられていく龍二。

途中漣と叢雲が頷きあっている所を見るに、どうやら確信犯らしい。

扉まで辿り着くも、さらにそのまま外へと引きずられていってしまう。

明らかに体躯の小さい漣に引きずられる龍二を、愛佳は最後までぽかんとした表情で見送っていた。

見た目はアレでも中身は艦娘。ただの人間が太刀打ちできる訳がないのである。

 

 

 

 

部屋を後にした二人の声が聞こえなくなった頃。

何とも言えない雰囲気を残したままの食堂で、叢雲が話し始める。

 

「あなたがアイツの……龍二の彼女なのね」

 

「う、うん。そうだけど……」

 

「さっきの紹介以外に、私たちの事何か聞いてる」

 

「『出会ってからまだ間もないけど、大切な仲間だ』、としか…」

 

「『仲間』ね……」

 

『仲間』という言葉を聞き、少しだけ辛そうな表情を浮かべる叢雲。

予想だにしなかった叢雲の表情を、愛佳は間違った方向に受け取ってしまった。

 

「もしかして龍二……あんまり信用されてない?」

 

「へ?」

 

「なんか辛そうな顔してたから。でも、あの人は親しい人を蔑ろにする人じゃ……」

 

「大丈夫、それはみんな分かってるわ。問題はそこじゃなくて……ね」

 

「??」

 

龍二が艦娘達に信頼されてない訳ではない事が分かってホッとするものの、ではなぜあんな表情をしたのか。

別に問題があるようだが、言いにくそうにしている叢雲を見て再度不安になる愛佳。

叢雲自身も、思わず弱気な態度を見せてしまった事に驚く。

叢雲の立場からすれば言いにくいのは間違いない。だがそれ以上に、一度覚悟したはずなのに臆病風に吹かれた自身を恥じる。

気合を入れなおすため自身の頬をパチンと叩くと、愛佳に衝撃の事実を伝える。

 

「単刀直入に言うと、惚れちゃったのよ。そ、その……龍二に」

 

「……へ?」

 

完全に予想していなかった告白に、思わず呆けた声を上げる愛佳。

自分の恋人であると認識した上での発言なのだ。

思わず呆けるのも仕方ないと言えるだろう。

 

「え、えーと、冗談……ってわけじゃないよね?」

 

「もちろん本気よ。ついでに言うと、龍二の事が好きなのは艦娘全員よ」

 

「全員が龍二の事を……好き?」

 

「ええ」

 

「……」

 

更なる衝撃発言の追加爆撃により、頭の中が真っ白になる。

叢雲の後ろで、各々が頬を染めてたりこちらを敵意むき出しで睨んでいる辺り、本当にタチの悪い冗談ではなさそうだ。

愛佳は、まだ衝撃発言の余波を引きずっている頭をフル回転し、彼女たちの意図をなんとかくみ取ろうとする。

ハーレムでも作ってその一員になれってこと?もしくはこの場で邪魔者は殺害するつもりじゃ……?

いやいや、龍二も『いい子たち』って言ってたし、きっとその点は大丈夫……なはず。

 

「ごめん、1つだけ聞かせてほしいんだけど……私に話した理由は?」

 

「理由はいくつかあるけど、とりあえずの目標は『宣戦布告』かしらね」

 

「宣戦布告…」

 

「そう。ここの艦娘の殆どが自分の恋心に気付いた後に、想い人に恋人がいる事を知らされたの。もちろん私もその1人よ」

 

「……」

 

「というか私が一番最初だったんだけどね……」と、少し辛そうに話す叢雲。

口を挟めそうにない雰囲気の為、愛佳は聞きに徹することにする。

 

「それで皆を集めて事実を伝えて……。最初はみんな諦めると思ってたわ。私も諦め気味だったし……」

 

「……」

 

「でもみんな予想以上に龍二の事が好きみたいで、最終的には誰一人諦めなかったわ。そして私も思わず勇気をもらっちゃった、ってわけ」

 

「それで、宣戦布告……」

 

「ええ。艦娘一同、龍二の事を諦めるつもりはないから!」

 

なんとか事実を伝えることができた為か、スッキリした表情の叢雲、そして反比例するかのように表情が曇っていく愛佳。

 

「まぁ、既にアイツの恋人である貴女にしてみれば、「後からしゃしゃり出てきて何を!?」ってところよね」

 

「それは、まぁ……」

 

「私達には過去が無い……正確に言えば建造されてからの付き合いだから、正直今のあなた達の間に割りこめる自信はないわ」

 

「そう、そうよね……」

 

そうだ、愛佳には長年培ってきた龍二との信頼関係があるのだ。

これだけはどの艦娘にも覆すことのできない真実であり、艦娘と愛佳の決定的な差である。

少しだけ自信を取り戻した愛佳に、叢雲は「でも……」と続ける。

 

「今回は特別だけど、基本的に鎮守府は一般人入場禁止。となると今現在、彼と一緒に過ごせるのは艦娘だけよ」

 

「あ……」

 

「それにまだキ、キスもしてないのよね?」

 

「それは、付き合い始めた矢先に龍二が出頭しちゃったから……」

 

「理由はどうあれ、私たちはこのアドバンテージとチャンスを逃すつもりは無いわ」

 

「……」

 

ここまで捲し立てるように発言してきたが、ふと愛佳に視線を移すと今にも泣きそうになっている。

叢雲もここまで責め立てるつもりは無かったのだが、どうにも龍二絡みとなると熱くなってしまうようだ。

 

「あの、ごめんなさい。別に責めるつもりは無くて、ただ単に私たちの気持ちを全て知ってもらおうと……」

 

「うん……。でもごめん、私だって龍二の事が好き。だから私だって諦めないよ!」

 

「そう……そうよね、それでいいわ。でもそれなら貴女自信はどうするつもり?龍二を提督業から降ろす?」

 

「私は……」

 

どうすれば龍二との仲を守れるのか、必死に考える。

提督業から降りてもらうというのも確かに手ではあるが、曲がりなりにも海軍所属となり、尚且つ数少ない提督業としての極秘情報を知っている以上、日常生活でも規制や監視が付くのは目に見えている。

それにお人好しの龍二の事だ、きっと途中で提督を辞めるという選択肢に「はい」とは言わないだろう。

 

ああでもないこうでもないと考えた結果、1つの選択肢に行き当たる。

実現には相応の準備が必要だが、龍二の為なら何のそのである。

その選択肢のお蔭で、龍二の胃に多大な負担をかける事になるなど気付きもしないまま……

 




この場にいたらそれだけで胃が大破しそうですね……
ちなみに次発装填済みなので、明日も投稿できそうです。


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第15話

書きだめてあったのに、危うく投稿を忘れる所でした……
危ない危ない。


食堂で叢雲が話し始めたころ。

龍二は未だ漣に引きずられていた。

 

「おーい漣、どこまで行くんだ?」

 

「そーですね……どこまで行きましょうか?」

 

「なんだそりゃ?叢雲と示し合わせてたんじゃないのか?」

 

「漣はご主人さまを食堂から引き離すだけの役なので。みんなが何を話してるかは知ってますが」

 

「ほう……詳しく聞こうじゃないか」

 

「だめでーすっ!ご主人さまをここまで引っ張ってきた意味無くなっちゃうじゃないですか!」

 

そう言いながら、あっかんべーのポーズをする漣。

……ちくしょう何だそのポーズ、ちょっと可愛いじゃないか。

 

「しかし、艦娘のみんなが愛佳と話ねぇ……。帰って来た時の様子もおかしかったし、何の話してるんだろうか」

 

「うーん……、ご主人さまの今後に関わる重要な話、とだけ言っておきます」

 

「ますますもって分からんぞ……」

 

パッと理由が思い浮かばず、その場で悩み始める龍二。

思い当たる節が無いわけではないが、まさかなぁ……。

 

「こんな廊下で待つのもアレですし、とりあえず執務室行きません?漣コーヒーが飲みたいなぁ~」

 

「連れて来たのはキミだけどね……。まあいいや、とりあえず執務室でお茶でも飲んでようか」

 

「よっしゃ!(゚∀゚)キタコレ!!」

 

お茶を飲むだけだと言うのに、やたらといい笑顔で反応する漣。

そしてそのまま龍二の腕に抱きつくと、「早く早く!」と急かしてくる。

 

「漣さんや、さすがにこれはくっつきすぎでは?いろいろ当たってるんですが……」

 

「『あててんのよ』ってやつですよご主人さま!それとも漣に抱きつかれるのは嫌……ですか?」

 

「漣みたいな可愛い子に抱き付かれて嫌がる男なんかいないさ。……って問題はそこじゃなくて」

 

「……だったらいいじゃないですか!役得ですよ役得♪」

 

そう言いながら執務室へ引っ張っていく漣。

龍二の位置からは見えないが、この時漣の顔は真っ赤だったそうな。

 

 

 

 

「ん~、アイスカフェオレ(゚д゚)ウマー」

 

「俺は暑い日でもコーヒーはホット派だなぁ。アイスコーヒーも嫌いじゃないんだが……」

 

「渋いですねぇ。ま、美味しければ何でもいいってことで」

 

「まあな」

 

執務室でコーヒーを飲みながら、漣と世間話に興じる。

書類仕事等が無いわけでもないが、愛佳たちの事が気になって集中できそうにないからだ。

決してサボる口実ではない。決して。

 

「しかし、空母の航空攻撃はいいもんだな。先制攻撃できるのはデカい」

 

「ですねー。出撃先も徐々に遠方になってきてるので、弾薬の節約にもなりますし」

 

「でも今後、深海棲艦側の空母も出てくるんだろうな……そうなると追加で空母を建造してもいいかもな」

 

「幸いボーキサイトにはまだ余裕ありますしね」

 

後で工廠長に空母の建造を頼む為、レシピ表を確認する。

そんな龍二の顔を漣はじっと見つめていた。

 

「どうした?何か顔についてる?」

 

「いえ……、やっぱりご主人さまはカッコイイなぁと思いまして」

 

「おいおい何だい藪から棒に……。昔からモテなかったし格好良くはないだろ」

 

「そんな事ないですよ。ご主人さまはカッコイイし優しいし……」

 

顔が赤くなるのも気にせずそう言われ、流石の龍二も照れが入る。

そして何を思ったか、漣が龍二の顔に両手を添えてきた。

 

「お、おい漣…?」

 

「ご主人さま、キスしたことないんですよね……?」

 

「誰にそれを……」

 

「ムラっちが言ってましたよ」

 

「あいつめ……」

 

ここにはいない叢雲に、話をバラした事への恨み言を呟く。

まぁ「内緒にしといて」と言わなかった自分に責があるわけだが。

そんなことをしているうちに、徐々に両者の距離が狭まっていく。

 

「なあ漣?ちょっと落ち着こう?」

 

「そういえば、初めてのキスはレモン味、なんて言うじゃないですか?」

 

「あ、ああ。確かにそんなフレーズは聞いた事あるけど……」

 

「でも漣、ほろ苦いコーヒー味もいいと思うんです……」

 

「漣!?まさかお前……ちょ、待てって!」

 

「逃がしませんよ?漣はしつこいから……」

 

龍二の抵抗も空しく、徐々に近づく2人の顔。

そしてあと少しという所で、ノックも無く扉が開く。

 

「今戻ったわ」

 

「うおっっ!?」

 

「わひゃあっ!?」

 

急に扉が開いたことと、何よりキスの寸前だったこともあり、心臓が止まりそうなほど驚く2人。

 

「やっぱりノックせずに入ってきて正解ね、漣……?」

 

「あ、あのこれは……その……」

 

「私、『抜け駆け禁止』って釘刺しておいたわよね?」

 

「う……、はい」

 

「「私に任せろ!」なんて言うから信じたのに……。これはお仕置きね」

 

「あわわわわ…」

 

龍二そっちのけで漣に説教をする叢雲。

そのまま漣の首根っこを掴むと、執務室を出て行こうとする。

 

「ちなみに、あなたの彼女はもう帰るそうよ。ロビーに待たせてるから挨拶してらっしゃいな」

 

「お、おう、分かった……」

 

そう一言だけ残すと、再度漣を引きずりながらどこかへと消えていく。

一瞬頭の中に「ドナドナ」が流れたのは気のせいじゃないはず。

そんなアホなことを考えながら、ロビーへと向かう龍二であった。

 

 

 

 

「あ、龍二~!」

 

「なんだもう帰るのか。積もる話もあるんだけどな……」

 

「でも本当は、私がここにいちゃ駄目なんでしょ?たまたま今回は入れたけど……」

 

「まあ、な。大本営に知られたら大目玉どころの話じゃないかもしれん」

 

「でしょ?だから今回はもう帰るよ」

 

「……そうか」

 

引き留めたい気持ちもあるが、愛佳自身が罰せられるのはどうしても避けたい。

いずれ提督としての功績を積んでいけば、その辺りも融通してもらえるかもしれない。

とりあえずはそれまでの辛抱だ。

 

「ねぇ龍二、深海棲艦との戦いってまだまだ続くんだよね?」

 

「そうだな……。戦いは始まったばかりだし、まだまだ先が見えないのが現状かな」

 

「だよね……」

 

少し気落ちしたような表情をする愛佳。

慌ててフォローしようとするが、再度話し始めた愛佳に遮られる。

 

「龍二ってこの鎮守府から一切出られないの?」

 

「いや、そんな事は無いよ。日用品の買い出しとかで近くの店に行ったりもするし」

 

「なるほど、そうなんだ……」

 

「ああ……。んで、それがどうかした?」

 

「え?うーんと……内緒♪」

 

「??」

 

頭に2~3個はてなマークを浮かべる龍二を他所に、にっこりと微笑む愛佳。

その表情は、いたずらを仕掛けた子供のような微笑みだった。

 

「帰りの飛行機無くなっちゃうし、そろそろ行くね」

 

「ああ、分かった。気をつけてな?」

 

「ありがと♪あと……」

 

「あと?」

 

「私も負けないから、ねっ!」

 

「んんっ!?」

 

トテトテと近づいてきたかと思うと、チョンと背伸びして龍二にキスをする愛佳。

初めてのキスに驚きながらも、予想外の行動に龍二は顔を赤くする。

 

「おまっ、急に……」

 

「えへへ♪それじゃまたね~!」

 

龍二と同じように顔を赤くしながら、そのまま手を振って走り去っていく。

去り際に「またすぐ会えるから」と言っていたが、どういう意味なのか……。

そして、今の様子を複数の艦娘が見ていたことに気付かない龍二。

今後彼の胃がどうなってしまうのか……それは天のみぞ知る。

 




愛佳が何かを企んでいるようです。
そしてあっさりと龍二の初キスを奪われた艦娘達はどうするのか?
まだこの先は書いてませんが、いろんなパターンの展開が出てきそうで楽しみです。


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第16話


なんとか書き終わった……
とりあえず投稿します。


愛佳襲撃事件の翌日。

龍二は新たな戦力を迎え入れる為に工廠へ訪れていた。

できれば、自分の能力が効かない普通な艦娘であってくれと祈りながら……。

 

「では、ドック解放しますよ~」

 

「お願いします」

 

相変わらず大量の煙をまき散らしながら、建造ドックが開いてゆく。

今回渡したレシピはどちらも空母。

前回の出撃で航空攻撃の重要性を認識した龍二は、今後に備えて予め建造しておくことにしたのだ。

 

まず現れたのは、灰桜色の髪を後ろで束ね、紅白の弓道着に身を包んだ小柄な少女。

額には紅白の鉢巻が巻かれ、祥鳳と同じように艦載機発艦用の弓を持っている。

少女はゆっくりと目を開けると、年相応の可愛らしい笑顔で自己紹介を始めた。

 

「祥鳳型軽空母、瑞鳳です。よろしくお願いします!」

 

「うん、よろしくね。祥鳳型ってことは2番艦なのかな?うちには既に祥鳳が居るし……」

 

「祥鳳いるの!?やったぁ~♪」

 

よっぽど嬉しかったのだろう、姉の祥鳳がいると分かり、元気な笑顔ではしゃぎだす瑞鳳。

そしてふと我に返ると、恥ずかしそうに頬を染めて照れている。

 

(今のところ普通っぽいけど……。とりあえず握手でもしてみるか)

 

「実は、うちの鎮守府にはまだ君と祥鳳しか空母がいないんだ。だから頼りにしてるよ」

 

「は、はいっ!姉の祥鳳共々頑張りますっ!」

 

いつものように優しい微笑みで握手をする龍二。

瑞鳳も顔が真っ赤だが、先ほどの大はしゃぎで照れたのか、それともやはり惚れられたのか判断がつかない。

 

(まぁそのうち分かるかな……)

 

そんな事を考えながら握手をしていると、もう片方のドックからも人影が現れた。

非常に小柄な体躯をしており、きらきらと輝くような銀髪を腰まで伸ばしている。

頭には帽子をかぶっており、脇に銀色の「Ⅲ」を模したワッペンが取り付けられている。

服装や装備を見る限り、残念ながら空母ではなく駆逐艦だったようだ。

 

「暁型駆逐艦の2番艦、響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ」

 

「よろしくね、響。不死鳥か……かっこいいじゃないか」

 

「軍艦だった時は、一応戦後まで生き残ったから……」

 

「そうか、立派な武勲艦だったんだな。駆け出しの鎮守府だからまだ姉妹が揃ってないのが申し訳ないけど……」

 

「大丈夫、気長に待つさ。よろしくね、司令官」

 

「ああ、よろしく。歓迎するよ」

 

「……хорошо(ハラショー)」

 

「ん?何か言ったかい?」

 

「いや、なんでもないよ司令官」

 

そう言いつつ、帽子を深く被り顔を隠す響。

ああ、この子もか……。

こんな小さな子にまでと少し落胆するが、そもそも艦娘にとって年齢などあって無いようなものである。

実際、瑞鳳と響を2人並べて大人な精神思考をしてそうなのは?と問えば、響に軍配が上がりそうな気がする。

瑞鳳に言ったら怒られそうなので、口には出さないが。

 

(両方空母じゃなかったのは残念だけど、とりあえず軽空母は1人来てくれたし、遠征要員が増えるからローテーションも楽になるかな)

 

2人の顔を眺めつつ、そんな事を考える龍二。

軽空母の搭載数の少なさについては、開発した装備で補ってやればいい。

頑張りすぎてまた大淀に怒られるのは御免だが。

 

「ふむ、着々とハーレムが出来上がってきてますな」

 

「やめてくださいよ……。昨日もいろいろ大変だったんですから」

 

「独身の提督ならきっと、喉から手が出るほど欲しい能力なはずなんですけどね」

 

「他人にあげられるならあげたいですよ……」

 

工廠長に茶化され、がっくりと肩を落とす龍二。

瑞鳳と響は、そんな龍二の様子を見てぽかんとしている。

 

「あ、そういえば……昨日の出撃でまた艦の記憶が見つかったんですが」

 

「ふむ、今までのよりちょっと大きい気がしますね……とりあえず誕生させてみますか?」

 

「お願いします」

 

いつもより一回り大きな艦の記憶をセットし、工廠長が機械を始動させる。

そして1分も経たないうちに中から艦娘が現れた。

ラベンダー色の髪を快活そうに後ろで括り、軽巡洋艦よりも一回り大きな艤装を装備している。

そしてなぜかカメラを首から下げている……何でカメラ?

 

「ども!重巡洋艦の青葉ですっ!一言お願いしまーす!」

 

「うおっ、なんだなんだ!?」

 

「あ、いい顔!いただきますぅ!」

 

出てきていきなり写真を撮られ、何が何やらテンパってしまう。

ずいぶんキャラの濃い子が来たなぁとも思いつつ、初の重巡洋艦に少しだけ心が躍る龍二。

 

「あーびっくりした、いきなり写真を撮られるとは……」

 

「ども!恐縮です!」

 

「全く恐縮してない気もするけど……まあいいや。君は重巡洋艦なんだね?」

 

「はい!重巡洋艦としては小柄な部類に入りますが、司令官の為に頑張りますよっ!」

 

「そうなのか。だとしても重要な戦力に変わりはないし、頼りにしてるよ、青葉」

 

「はいっ!よろしくお願いします司令官っ」

 

そのまま握手をしていると、またもパシャリと一枚撮られてしまった。

「……これは永久保存版ですっ」という声が聞こえたが、気のせいという事にならないだろうか……。

まぁなんにせよ、戦艦も1人しかいない我が鎮守府にとって貴重な戦力である事に変わりはない。

本人もキャラは濃いが悪い子ではなさそうだし、何とかなるだろう。

 

「3人とも、とりあえず執務室へ行こうか。今日の秘書艦に案内をお願いしてあるから」

 

そう告げると、3人を引き連れて執務室へ向かう。

去り際に工廠長が「ハーレム要員1人追加しました~」と言っていたが、戻ってもまたからかわれそうなので聞かなかったことにする。

どうにかして茶化された反撃をしたいが、下手なことをしてボイコットでもされたらたまったものではないので即諦める。

そんな悔しさを噛みしめつつ、執務室へ向かう龍二だった。

 

 

 

 

「ただいま~」

 

「おかえり、司令官。そっちの3人が新人さん?」

 

「そうそう。早速鎮守府内の案内を頼むよ」

 

「ほーい」

 

退屈していたのか、コーヒーの入ったカップを手にぐでーっとしていた本日の秘書艦、敷波。

お願いしてた仕事は全部終わっている所を見るに、根は真面目な子ではあるのだ。

あのぐでーっぷりを大淀辺りに見られたら、お説教もありうるかもしれんが……。

 

「んじゃ、行ってくるね~」

 

「あいよ」

 

お互いに軽く自己紹介を済ませた後、敷波は3人を引き連れて執務室を出て行った。

そして誰もいなくなったことを確認すると、龍二は机上にうなだれて頭を抱え始める。

 

「はぁ……。やっぱりこうなっちまうのかぁ……」

 

ここで言うやっぱりとは、もちろん龍二に惚れる云々の話である。

唯一の希望であった瑞鳳も、執務室までの道すがらの会話で、他の2人と同じような反応をしていた。

つまりはそういうわけである。

 

「でも、仲間を増やさないと今後やっていけないし。でも増えれば増えるほど悩みのタネが……」

 

そう言いつつ目を向けるは、今朝方大本営から届いた新たな指令書。

『南1号作戦』と記されたその紙には、『南西諸島の防衛ラインへ侵攻しようとしている深海棲艦を撃滅せよ』と記載されている。

そしてその下にはこう記されていた。

『敵主力艦隊に軽母ヌ級、及び空母ヲ級の存在を確認』と。

 

「ついに敵さんも空母出してきたか……昨日のうちに建造依頼しておいて正解だったな」

 

そう呟きつつも、龍二の表情から不安そうな影は消えない。

軽母ヌ級はいいとして、問題は空母ヲ級である。

別途軽母がいるということは、ヲ級は正規空母で間違いないだろう。

その場合、こちらの軽空母2隻でどこまで対応できるか……。

 

「とりあえず、装備の開発と錬度の向上は集中的にやらないとな」

 

新たに空母レシピで建造もしたいところだが、先日の出撃と今回の建造で備蓄資材がだいぶ無くなってしまった。

これ以上建造にまわすと鎮守府が機能しなくなるので、やはり今の軽空母2隻で頑張るしかない。

それに、最悪制空権を取れなくても、ある程度敵の航空攻撃の威力をそぐことはできるだろう。

それを考えると、祥鳳と瑞鳳に対空戦をしてもらっている間に、榛名や青葉にも頑張ってもらわねばなるまい。

 

「いろいろやる事があって……提督業も中々大変だなぁ」

 

そんな他人事のように呟きつつ、頭の中に思い浮かべるのは昨日の愛佳である。

去り際に呟いていた「またすぐ会えるから」とはどういう意味なのか。

彼女自身、龍二に責が及ぶことを避けるために早々に帰宅した事を考えると、またすぐに鎮守府へ来ることはないだろう。

かといって、新米提督の配偶者でもないただの恋人の出入りを認めるほど、大本営も甘くは無い筈だ。

 

「ますますもって分からん……」

 

いくら考えても納得のできる答えに辿り着けないので、とりあえず今後のスケジュールを組むことにする。

本人の与り知らぬ所で、着々と包囲網が出来上がりつつあることに気付かないまま……。

 

 

 

 

とある所にある、とある店内。

そこには、必死にカタログを捲る愛佳の姿があった。

 

「うーん、なかなかいいのが無いなぁ……」

 

かれこれ30分ほど熱心にカタログを見る愛佳に、店員もそっと苦笑い。

なお今彼女が来ている店は、同系列の店で3件目である。

 

「待っててね龍二。きっといいの見つけるから」

 

そう呟くとカタログを閉じ、店員に挨拶して店を出る。

小さめの旅行鞄を引きずりながら、次なる店へと歩みを進めていく。

自宅からほど遠い、この長崎の地を……。

 




残念、正規空母は出ませんでしたorz
そして早々に揃う祥鳳型……なんでやねん。

話の展開が1-3の時と展開が似ているような気がしたこともあり、次回からは何話か続けて閑話的なのを投稿します。
たまには脇道に逸れて、艦娘達と龍二のイチャコラ(龍二は必死)も書きたくなるのです。
というか、このSSの趣旨的にはそっちが本命な気も……。

え、恋人?
ちょっとそこでステイしてて下さい。


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第17話 その1

閑話その1前編です。


「宴会……ねぇ」

 

「はい。人数も増えてきたことですし、この辺で一度みんなの親睦を深める意味でやりませんか?」

 

「うーん……」

 

大淀から渡された具申書を眺めつつ、思わずうなる龍二。

まさか執務開始の1枚目で、ここまで迷わされるとは思わなかった。

 

「おいしいお料理においしいお酒……。綾波、楽しみです~♪」

 

既に開催が確定事項だと言わんばかりに隣で歓喜しているのは、本日の秘書艦である綾波だ。

ほんわかしてそうで意外としっかりしているように見えて、やっぱりほんわかしている彼女がここまで喜ぶのは何気にレアだったりする。

ちなみに駆逐艦や軽巡洋艦の飲酒については、大本営側は黙認しているようだ。

元々は軍艦なわけだし、見た目が大人びてても子供っぽくても、新たに生を受けたのは僅か数か月前だ。

そこに見た目年齢を持ち出してくるのは野暮と言うものだろう。

つまり大本営は、暗に「駆逐艦とかが飲酒してる犯罪チックな光景を、世間一般の人々に見られなければ問題ない」と言っているわけだ。

 

「綾波も酒飲むんだな。ちなみに何を飲むんだ?」

 

「私はカクテルとかチューハイみたいな甘いやつしか……。敷波は梅酒ばっかり飲んでますけど」

 

「意外とみんな飲んでるんだな」

 

「それもこれも、司令官が酒保で購入できるようにしてくれたからですよ~」

 

「酒の為にああいうシステムにした訳じゃないんだがな……」

 

そう呟くと、龍二はまたお悩みモードに突入した。

問題はそう、『酒』なのである。

ただの食事会だけならば何の憂いも無く開催できたのだが、いかんせんそこに酒が絡んでくると嫌な予感しかしない。

特に、この前の愛佳が突撃してきた日からそれほど経っていない今の状況では、もはや危険しか感じないのだ。

 

「なあ、その宴会俺抜きでも―――」

 

「駄目に決まってます!」

 

「だ~めで~すよ~」

 

言い終わる前に2人に却下された。

最初から参加しない戦法は通じないか……はてどうしたものか?

 

「ええと、提督が開催を渋ってる理由って何ですか?」

 

「いや、その……だな」

 

「??」

 

流石に「酔ったお前達に迫られたくないからだ!」とは言いにくい。

だが、他に良い案を思いつかないのも事実である。

仕方ない、とりあえず許可を出しておいて、始まったら人知れずこっそり消えるしかあるまい。

 

「まあ、親睦を深めるのは大切だよな。わかった、許可するよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「や~りま~した~♪」

 

大淀と綾波が手を合わせあって喜んでいる。

そこまで宴会したかったのか……。

 

「んで、開催は今夜でいいのか?準備とかあるだろうに……」

 

「問題ありません。昨日のうちに間宮さんと明石さんには伝えてありますので、食事もお酒も用意できてますよ」

 

「おいおい、俺が却下したらどうするつもりだったんだ?」

 

「提督は優しいですから、許可して下さると信じてました♪」

 

「全く……」

 

ここまで用意が済んでいるのであれば、もはや許可する以外あるまい。

龍二は具申書に認可印を押しながら、どういう風に抜け出すかを考え始めていた。

 

 

 

 

お昼時の食堂。

昼食を求めて集まった艦娘達の話題は、専ら今夜の宴会のについてだった。

龍二が認可した後、すぐに大淀が全体放送で告知したため、ものの数分で全員に知れ渡ったのだ。

そして話題の方向性も様々である。

 

「梅酒!梅酒は出るの!?」

 

「いっぱい出るから落ち着いて敷波!」

 

「よかったぁ~……。あたし梅酒以外飲めないからさ~」

 

(カクテルと変わらない気もするんだけど……)

 

「司令官も来るんでしょ?楽しみだなぁ」

 

「一緒に楽しく飲みたいですねぇ~」

 

綾波と敷波のように、純粋に龍二とお酒が飲めることを喜ぶ艦娘達もいれば……

 

「ふえぇ、直前まで哨戒だぁ……。宴会前に前髪整える時間がないよ~」

 

「急な話でしたからね。とりあえずサッと適当に直せばいいのでは?」

 

「それはダメ!そんな恰好で提督の前になんか出られないよ~」

 

「うーん、提督はそこまで気にするような方じゃないと思うんですが……」

 

「……そういう祥鳳だって、なんか今日は肩の露出が多くない?」

 

「こ、これは何となく……」

 

(これは色仕掛けするつもりね……負けないから!)

 

(やっぱり見せすぎでしょうか?でも提督に振り向いてもらう為なら……)

 

この阿武隈と祥鳳のように、提督に迫る気満々な艦娘達もいる。

更には……

 

「アイツ絶対途中で逃げようとするわよ」

 

「あ~、最近のご主人さま、さりげな~く私達を遠ざけようとしてるよね」

 

「はい、ちょっと寂しいです……」

 

「今回の宴会も許可を渋ったらしいし、多分酔って迫られるのを避けようとしてるわ」

 

「まあ、絶対に逃がしませんけどね!」

 

「とりあえず、宴会が始まったら目を光らせておいた方が良さそうですね」

 

「そうね」

 

(絶対に逃がしたりしないんだから!)

 

最古参の叢雲、漣、神通に至っては、龍二の逃亡を阻止する計画を立て始めている。

そして、そんな彼女たちを温かく見守る姿があった。

 

「みんなそれぞれ色んなことを考えてるみたいね~」

 

「よいしょっと……。最近の提督はそっけないですからね。皆さん何としてもチャンスを生かしたいんでしょう」

 

「そういう明石さんも、今夜は頑張るんでしょ?」

 

「うえっ!?いや、その……。そういう間宮さんはどうなんですか?」

 

「うーん……内緒♪」

 

「あっ、ずるい!」

 

「女は狡いくらいが魅力的なのよ♪」

 

宴会用のビールを運び終えた明石を茶化しながら、間宮は思う。

かわいい子が勢揃いのこの中で、どうすれば龍二が自分に振り向いてくれるかを。

結局のところ、全員が全員龍二の事を狙っている、いわばサバイバル地帯なのだ。

その中で1人突出するためには、他の子ができないような事をしなければならないだろう。

 

(あまり焦っても仕方ないけれど、チャンスがあれば私だって……!)

 

誰も見ていない所で1人気合を入れると、返却されてきた食器を洗いつつもの思いに耽る間宮。

龍二への包囲網は、着実に狭まっている。

 

 

 

 

「あー……、ついにこの時間が来てしまった」

 

現在の時刻は一八五五。

宴会が始まる5分前である。

 

「結局事前に逃げることは叶わなかったか……」

 

宴会中に抜け出す算段をしていた龍二だが、一応事前に回避できないかといくつか手を打っていた。

例えば、大本営から土壇場で緊急指示が来た体を装ってみようとしたが、5分ほど前に綾波から「今、大本営に一応問い合わせておきましたが、今日はこれといって追加の仕事はないみたいですね~♪」と嬉しそうに告げられてしまった。

また、いくつか仕事を残しておいて、宴会中にそれを思い出すという予定も立てたのだが、残念ながら大淀に目ざとく発見されて処理されてしまった。

その他にもいくつか準備をしていたが、その悉くを事前に潰されてしまった。

 

「ここ数日、みんなと距離を開け気味だったのが裏目に出たかな。俺だってもっとみんなと仲良くしたいけどさ……」

 

『触らぬ神に祟りなし』という事で、なるべく艦娘達に絡まれないよう適度な距離を取って接するようにしてきたが、そのせいで余計な不信感を抱かせてしまったようだ。

なんというかこう、ままならないものである。

 

「確かに、親睦を深めるのは大切なことだし……諦めて行くとしますか」

 

既に疲れ切った表情でそうこぼしながら、龍二は執務室を後にする。

彼にとって、今夜が忘れがたい夜になることも知らずに……。

 




距離を取るとか龍二冷たくね?と思われるかもしれませんが、彼なりに今葛藤中でございます。
後編にてその辺りをスッキリさせたいと思います。



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第17話 その2

だいぶ遅くなりましたが、投稿再開します。
龍二や艦娘の性格が違う!等あるかと思いますが、ブランクのせいという事で1つ……


若干足取りは重いながらも、会場となる食堂前までやってきた。

時間は一九一〇。予定より10分ほど遅れてしまった。

ふと扉の前に視線を向けると、壁に寄りかかりながら立っている少女が1人。

 

「やあ司令官、やっと来たね」

 

「響か。わざわざ外で待ってなくてもよかったのに」

 

「なに、待つことには慣れてるから大丈夫。それに主役が来ない事には宴会も始まらないからね」

 

「あー、ちなみにここで言う主役って……」

 

「もちろん司令官のことさ」

 

首を傾げながら「何を今さら」とでも言いたげな表情を向けてくる響。

おかしいな、一応表向きは「艦娘同士の交流を深める」為の宴会の筈なのだが、いつの間にか主役にされていたでござるの巻。

 

「さあ、早く入ろうか。みんな待ってるよ」

 

「あ、ああ……」

 

そう言いながら自然に手を繋ぎ、食堂へと引っ張られる。

帽子を深々と被り直してはいるが、少し頬が赤くなっているのが隠しきれていない。

意識しないようにとは思うのだが、こういうクールな子が見せる照れ顔等のギャップは破壊力が高く、どうしても意識してしまう。

これがギャップ萌えというやつか……

 

そんな事を考えながら食堂の扉を開くと、宴会の開始を今か今かと待ちわびている艦娘たちの視線が一斉にこちらに集まる。

……響と繋いでいる手あたりに一部の艦娘から強烈な視線を浴びている気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「すまない、遅くなった」

 

「待ちわびましたよご主人さま~!もうお腹ペコちゃんです」

 

「全く……上に立つ人間が時間にルーズでどうするのよ」

 

「悪かったって……」

 

「提督もお忙しい中来てくれたのですし、そろそろその辺で…」

 

食堂に入るなり叢雲に叱責され若干凹むも、神通のフォローでなんとか持ち直した。

自身も待ちわびたはずなのに、こちらを気遣ってくれる辺り心根の優しい子である。

もちろん漣や叢雲が本気で怒っている訳ではない事も分かっている。

 

(こんな良い子たちを邪険に扱うのはやっぱり良くないよな……)

 

最近のみんなへの態度を振り返りつつ、独りごちる。

いつまでも逃げて回っては駄目だ。命を懸けて戦いに出てくれている皆に申し訳が立たない。

 

(罪滅ぼしという訳じゃないけど、今日は今までの分もみんなと接しよう。)

 

そう1人決心すると、自分用に準備されていた席へと移動する。

席についたと同時に、いつの間にかスタンバっていた青葉が宴会の開始を告げる。

 

「ではでは、新参者で恐縮ですが司会進行を務めさせていただきます!」

 

どうやら今回の宴会は、青葉が司会進行を務めるようだ。

普段から記者のような振る舞いを見せているだけに、こういった役も様になっている。

 

「早速乾杯の音頭を……司令官、お願いします!」

 

「お、俺か?まあいいけど……」

 

いつの間にか注がれていたビールを手に取り、みんなの前へと向かう。

こういう事に慣れていない為、みんなの視線にさらされ一瞬気後れするが、情けない姿を晒さぬよう何とか立ちなおす。

 

「えー、堅苦しいのもアレなので手短に……」

 

一度言葉を止め、息を吸い直す。

 

「運営が始まったばかりの鎮守府、そして経験乏しい新米提督という事でいろいろと迷惑をかけているけど、みんなの頑張りのお蔭でやっと安定した運営が出来るようになった。本当にありがとう」

 

「今日は無礼講という事で、普段あまり接することのできない子達とも積極的に接していきたいと思う。今後もみんな一丸となって作戦に臨めるように、今夜はお互いの親睦を深めていこう!では…乾杯!!」

 

「「「乾杯!」」」

 

宴会の開始を告げ、掲げたコップのビールを勢いよく飲む。

炭酸の爽快な刺激と、爽やかな苦みが喉を満たしていく。

久しぶりに飲んだビールは、今まで飲んだビールより美味しく感じられた。

 

 

 

 

「でだ……どうしてこうなった?」

 

「さぁ提督……次発装填済みですよ♪」

 

「ねぇあんた……こっちむきなさいよ……んふふ♪」

 

「漣は悪い子なんです……だからお仕置きしてください、ご主人さま♪」

 

「と、とりあえずみんな1回離れようか……」

 

ねっとりと纏わりついてくる彼女達をやんわりと引き剥がしつつ、龍二はため息を吐いた。

今日ほど酒の力が怖いと思った事は無い。

 

「あん……♪そんなに乱暴にしたら、艦載機が発進できないですよ……?」

 

「ねぇ提督ぅ~……卵焼きだけじゃなくて、瑞鳳の事たべりゅ?」

 

「おーさすが司令官。いい絵が撮れますね~!」

 

「祥鳳、艦載機は発進させなくていい。しまっておいてくれ……。瑞鳳、俺はもうたらふく食べちゃったから遠慮しておくよ。あと青葉はネガよこせ!」

 

普段は大人しい子なんかもだいぶ豹変している。

一部シラフっぽい子もいるが……

でも一応これでも落ち着いた方ではあるのだ。

 

先ほどまでは、響がウォッカの押し売りをしながら皆に絡んでいたり、榛名が「榛名は大丈夫です!」と言いながら服を脱ぎ始めたりとそれはも大変な事になっていた。

 

「ほら、敷波も司令官に甘えて来たら?」

 

「べ、別に甘えたくなんか……」

 

「ほんに主様はモテモテじゃのう。じゃがもう少しわらわにも構ってくれてよいのじゃぞ?」

 

「てーとく、あたし的にももっと構ってくれないとOKじゃないです!」

 

「顔が真っ赤だよ司令官!照れてるのかい?かわいいね!」

 

思わず「お前の方が可愛いよ!」と言いたくなるのをグッとこらえる。

言ったら言ったで絶対面倒なことになるにきまってる。

 

「ええい、1回はなれてくれ~!!」

 

そんな叫びも空しく、さらに艦娘達にもみくちゃにされていく龍二。

そんな彼を遠くから見つめる視線が3つ。

 

「さすが提督、好かれ方が尋常じゃないですね…」

 

「間宮さん、このままだと提督取られちゃいますよ!?」

 

「まあまあ、落ち着いて明石さん。夜はまだまだ長いんですから…♪」

 

比較的余裕を見せているのは、鎮守府内でも大人な方である大淀、明石、間宮である。

 

「駆逐艦の子達はそのうち疲れて寝ちゃうでしょうし……そこからが大人組の腕の見せ所ですよ♪」

 

「さ、さすが間宮さん……」

 

「私達も乗っかるしかありませんね、明石さん」

 

そんな彼女たちの目の前で響き渡るは、みんなの誘惑に慌てふためく龍二の悲鳴。

各々いろいろな思惑が重なりながら、夜はふけていく……

 




2話で終わらなかったので、3話構成になりました。
今後も1日1話は無理そうかもしれません。


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第17話 その3

また少し遅くなりましたが、宴会編最終話投稿します。


宴会開始から数時間後。

食堂は死屍累々の魔境と化していた

 

「んにゃ……もう飲めませんよご主人さま~……」

 

「全く……これ以上ないくらい典型的な寝言を……」

 

そう愚痴りながらも、1人1人タオルケットをかけていく龍二。

一通り騒いだ後気持ちよさそうに眠る漣達を眺めながら、この後に待っている後片付けに憂鬱になる。

 

「布団をかけてあげるなんて、やっぱり優しいんですね、提督さん」

 

「艦娘には必要ないのかもしれませんけどね……そのまま寝かせておくのも何なので」

 

「そう言われれば、私達って風邪引くんでしょうか?」

 

「さぁ……?でも冬の海にも出撃するくらいですし、少なくとも人間よりは耐性ありそうですね」

 

「本人達にもわからんのか……改めて、艦娘って不思議な存在だよなぁ」

 

そんな事を考えながら、最後になった榛名にタオルケットを掛ける。

みんなすごい勢いで飲んでいたので、駆逐艦や軽巡洋艦の子達あたりは潰れると思っていたが、まさか祥鳳や榛名まで潰れるとは。

間宮曰く「皆さん久しぶりに提督と心置きなく接することが出来る機会ですし、それだけ楽しみにしてたんですよ」との事らしい。

嬉しい反面、長い間そっけない態度を取っていたことに罪悪感を覚える。

 

「さすがに間宮さん達は、お酒強いですね」

 

「ふふっ、これでも結構酔ってるんですよ?」

 

「そんな風には全然……って、間宮さんっ!?」

 

いつの間にかカウンター席の隣に座っていた間宮が、顔を火照らせたまましだれかかってくる。

なるほど、確かに酔ってるわこれ。

 

「私達だって皆のように甘えたかったんですよ……?」

 

「いやでも、駆逐艦や軽巡洋艦とは比べ物に……っ!」

 

「比べ物に……?具体的には何が比べ物にならないんですかぁ……?」

 

「そ、それは……あの……」

 

「あわわ……間宮さん大胆……」

 

「ふむ……じゃあ私も」

 

「お、大淀っ!?」

 

間宮の艶めかしい絡みに四苦八苦していると、今度は反対側から大淀が絡んでくる。

普段から真面目な大淀がこんな風になるとは……

 

「あ、明石っ!助けてくれぇ!」

 

「え、えーと……ええいままよっ!!」

 

「!?」

 

現在唯一まともそうな明石に救援を要請するが、残念ながら寝返った模様。

龍二の背中からギュッと抱き付き、吹っ切れたかのように2つの豊満な双丘を押し付けてくる。

ああ、最後の砦が崩された……

 

「み、皆さんちょっと離れませんか……?流石に冗談ではすまなく……」

 

「……冗談なんかじゃないですよ」

 

「え……?」

 

龍二の旨に顔を埋めたまま、急に真面目なトーンになる間宮。

思わず抵抗していた力を緩める。

 

「提督が愛佳さんと付き合ってる事は承知してます。もちろん提督が彼女を愛していることも。でも、私達も本気で提督の事を愛しているんです」

 

「間宮さん……」

 

「出会って間もないのに何を……と思われるかもしれませんが、私たちは艦娘。いつ沈むか分からないのであれば、恋に全力になってもいいんじゃないかって皆と話し合ったんです」

 

「……」

 

「って、こういういい方は卑怯ですよね。優しい提督の弱みにつけこんでいるようで……。でも、その位私たちは本気だってことだけ覚えていてほしいんです」

 

間宮の衝撃の告白に同意するかのように、大淀と明石が頷く。

 

「だから、最近提督がそっけない感じでみんな寂しかったんですよ?もちろん私達もですけど」

 

「まあ、一部の子たちが迫りすぎたっていうのもあるかもしれませんけどね。今の彼女さんとの差を埋めるには、多少強引に行かないと……」

 

大淀と明石の言葉に、先ほどの罪悪感がさらに募る。

自分はなんて残酷なことをしていたのだろう、と。

 

「皆、そこまで俺の事を……」

 

「ええ。ですから、受け入れてくれとは言いませんが、せめて皆から逃げないであげて欲しいんです」

 

「……そうですね、わかりました。もう皆を避けたりしません」

 

よし、腹を括ろう。

流石に、ここまで言われて尚逃げ回るほど軟弱ではないつもりだ。

まあ彼女達にここまで言わせてしまった自分が言うのも何だが……

 

龍二の言葉に、3人の顔がパアッと明るくなる。

ついでに言えば、何やら獰猛な獣のような視線を感じる。

あれ、これもしかして早まったかな?

 

「ありがとうございます!……では、お許しが出たのでさっそく♪」

 

「ちょっ!?さっきのシリアスな雰囲気はどこ行った!?」

 

再び3人にもみくちゃにされる龍二。

3人の猛攻は丑三つ時まで続いたという……。

 

 

 

 

「あー、えらい目に合った……」

 

ほうほうの体で自室へ戻ってきた龍二は、そのままベッドにダイブする。

艦娘達の波状攻撃と久しぶりの酒のせいで、見るも無残なヘロヘロ具合になっていた。

 

「しかし、あそこまで好かれていたとはなぁ」

 

先ほどの間宮の言葉を思い出す。

元は体質のせいとはいえ、あの時の表情に嘘偽りは見受けられなかった。

ようは、体質はただのきっかけに過ぎないのだろう。

 

「うれしくもあり、辛くもあり、か。提督業も大変だよ、愛佳……」

 

思わずここにはいない恋人の名前を呟く。

そして抗いがたい疲労に抵抗できないまま、夢の世界へと誘われるのであった。

 




最近1話1話が短いですね。
そのくせ投稿は遅くなるという……

今後はしばらく短編集みたいな感じで投稿します。
あ、愛佳さんはまだ引っ込んでてください。


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第18話

とある日の執務中、その日の秘書艦である榛名に相談を受けた。

その相談内容というのが……

 

「なに?皐月の様子がおかしい?」

 

「そうなんです……」

 

と、いう事らしい。

ローテーションからするとそろそろ皐月が秘書艦の日が来るが、それだけに最近じっくりと皐月の様子を見ていない事に気付く。

各艦娘のコンディションすら知らないとは……叢雲あたりに聞かれたら提督失格と言われそうだ。

 

「具体的にはどういう感じなんだ?」

 

「なんというか、すごく元気が無いんです。本人は明るく振る舞っているつもりみたいなのですが……」

 

「いつも笑顔で元気いっぱいな皐月がか……そう言えば最近皐月の笑顔を見てないな。鎮守府もなんとなく暗い感じがするし」

 

「はい……。しかも初春さんの話では、たまに思いつめた様な顔になるとか」

 

「それは由々しき事態だね……初春って、今日は出撃も遠征も無かったよな?」

 

「明日の早朝から遠征なので、今日は何も予定はなかったかと思います」

 

「ありがとう。ちょっと詳しい話を聞いてくるよ」

 

「はい、お願いします……」

 

心配顔の榛名に見送られながら、執務室を後にする。

しかし元気のない皐月か……改めて考えると、ちょっと想像できないな。

とりあえず詳しい話を聞かない事には解決も何もあったものではない。

そんな事を考えていると、いつの間にか初春の部屋の前に着いていたので軽くノックしてみる。

 

「おーい初春、いるかー?」

 

「なんじゃ、主様か?」

 

リラックスした声と共に、初春が部屋から出てくる。

かと言って、身だしなみがキチンと整えられている辺り、だらだらとしている訳ではなさそうだ。

普段からその辺りに気を使っているのが見て取れる。

 

「休みの所悪いな。ちと皐月の事で話があってさ」

 

「ちょうどよかった。わらわも相談しようとしていた所じゃ」

 

「初春も気づいてたのか」

 

「もちろんじゃ。皐月と一緒にいる時間は、この鎮守府の誰よりも多いと自負しておるからの」

 

「慕われてるもんな、初春は」

 

「姉妹艦というわけでもないんじゃがな……正直なぜあそこまで慕われているのか、わらわ自身にもわからんのじゃ」

 

「あの子なりに思うところがあったんだろうな。まあ嫌われてるわけじゃ無いんだし、気にするなよ」

 

「そうじゃな……っとすまぬ、立ち話に興じてしまったのう。とりあえず入るかえ?」

 

「入り口で話すような内容じゃないしな。お邪魔するよ」

 

初春に促されながら室内へと足を踏み入れる。

予想通り部屋の家具は和風に統一されており、隅々まで掃除が行き渡っているのが見て取れる。

こういう女性らしい部分に皐月も惹かれたのではないだろうか……本人ではないので定かではないが。

 

「流石にきれいにしてるなぁ。家具のセンスなんかも初春にぴったりだ」

 

「これ主様よ、あまり女子の部屋をじろじろ眺めるものではないぞ」

 

「すまんすまん、何分女性の部屋に入る機会なんて少ないからな」

 

「全く……」

 

口ではそう嗜めながらも、テキパキとお茶やお茶請けを出してくれる。

口調とは裏腹に、嬉しそうな表情をしながら。

和風ツンデレとは新境地だ……デレ成分が多すぎる気がしないでもないが。

 

「ありがとう。それで、皐月の件なんだが……」

 

「うむ、正直対処に困っておってな……元気が無い事に気付いたのは3日ほど前になるかの」

 

「3日前というと、遠征中の皐月達に深海棲艦の奇襲があった時だな」

 

「具体的には、襲撃で負傷した皐月が鎮守府で目覚めてからじゃな」

 

「あの後からか……」

 

3日前、皐月や初春を含む遠征艦隊に輸送船団の護衛をお願いしたのだが、そこに深海棲艦の奇襲があった。

なんとか退けたものの、皐月が大破寸前まで負傷して気を失ってしまったため、任務は失敗になってしまった。

もちろん皐月が無事なら任務の失敗などどうでもいいのだが。

 

「本人はなんか言ってたか?」

 

「任務を遂行できなかった事に対して謝りには来たが、その後から元気が無くてのう。本人は明るく振る舞っているようじゃが……」

 

「榛名も同じこと言ってたな。あと、時々思いつめた様な表情をしてるって」

 

「うむ、1人でいる時によくそんな表情をしておるよ。本人に聞いても「何でもない」の一点張りで埒があかんのじゃ」

 

「そうか……」

 

「主様よ……どうか皐月の元気を取り戻してくれんか?これ以上あのような皐月を見ているのは辛いのじゃ……」

 

「もちろん、出来る限りの力は尽くすよ。どこまでできるか分からないけど」

 

「主様ならきっと上手くやってくれる、そんな気がするのじゃ。何せみんなが慕う主様だからのう。もちろんわらわもじゃが」

 

愛用の扇子で顔を隠すようにして呟く初春。

後半部分で少し顔が赤くなったような気がするのは気のせいではないだろう。

 

「わかった。とりあえず皐月と話してみるよ」

 

「よろしく頼みますぞ、主様よ……」

 

初春の心からの願いを聞きながら、部屋を後にする。

早速皐月と話がしたいんだが、この時間は一体どこにいるのだろうか。

とりあえず皐月の部屋へと向かおうとした龍二の足は、焦った声色の榛名に呼び止められたために進めることが出来なかった。

 

「てっ、提督!!」

 

「榛名か。どうした?そんなに慌てて……」

 

「さ、皐月ちゃんが……」

 

「皐月?皐月に何かあったのか!?」

 

「1人で出撃してしまいました!!」

 

「!?」

 

榛名の衝撃発言に、思わず一瞬だけ思考が停止してしまう。

ハッと我に返った龍二は、すぐさま自分にできることを模索するのであった。

 

 

 

 

目の前で断末魔を上げながら、8匹目のイ級が沈んでいく。

皐月は最後まで見届けもせずに、弾薬と魚雷の装填を急ぐ。

視線は既に次の敵へと移ってはいるが、身体のいたる所に裂傷があり、顔には玉のような汗が滲んでいる。

この世に生を受けてから月日は流れ、だいぶ戦闘には慣れてきたとはいえ、イ級数匹でこの体たらく……睦月型である自分をこれほど恨んだことは無い。

 

そう、睦月型。

駆逐艦としては初の「61cm魚雷」を搭載し、太平洋戦争でも第一線で戦った名駆逐艦である。

だが製造が早かったためか、他の駆逐艦の艦娘に比べると、コストこそ安いものの艦自体の性能は低い。

故にその性能差が皐月のコンプレックスになっていた。

そこへ止めと言わんばかりに先日の奇襲があり、自分だけが大きく損傷し任務も失敗に終わってしまった事が悔しかった。

だが生まれ持った性能は変えることが出来ない。ならばと考えたのが練度で補う方法だった。

 

「司令官に怒られちゃう……かなっ!」

 

9匹目のイ級に砲撃を浴びせつつ、頭の中では龍二の事を考える。

彼は任務が失敗した時も、怒ることはなかった。

ただひたすらに自分のことを心配し、更には敵の情報を把握できていなかった自分を責める位のお人好し。

そんな優しい彼が大好きで、だからこそこれ以上お荷物になりたくなかった。

 

「……っと、9匹目撃破。弾薬も心もとないし、そろそろ一旦戻ろうかな」

 

怒られるのを覚悟して出撃こそしたが、いざその時になると途端に足が進まなくなる。

怒られる未来予想を頭の中から無理やり排除するかのように、ツインテールを鞭のようにしならせながら頭をブンブンと横に振る。

よしっ!と気合を入れなおし、鎮守府へ向かおうとした瞬間……

 

「……えっ?」

 

ドーンという凄まじい衝撃と爆発音が間近で轟き、そこで皐月の意識は途絶えた。

 

 

 

 

「ん、んん……ここは……?」

 

「鎮守府の医務室じゃ。とんでもない無茶しおって……」

 

「はつはる……姉ちゃん……?」

 

目を覚ますと、皐月の頭を撫でつつも、顔を心配そうに覗き込む顔が1つ。

皐月が姉と慕う初春だった。

 

「初春姉ちゃんが助けてくれたの……?」

 

「わらわだけではないがの。あと少し遅かったら沈んでおった所じゃった。主様が素早く救出の指示を出してくれたおかげでこうして生きておる事、忘れてはいかんぞ?」

 

「そっか、司令官が……」

 

そこまで考えて、またみんなに迷惑をかけてしまった事に気付く。

結局のところ、どうあがいたところでお荷物にしかならないのだろうか。

そんな結論に辿り着いた頃には、自然と涙が溢れていた……

 

「っく……ボクは本当に役立たずだ……」

 

「やはりそういう事だったんじゃな、最近の思いつめた様な顔は……」

 

「他の皆みたいに司令官の役に立てなくて……悔しくて……練度を上げれば少しはと思って……」

 

「全く……誰にも失敗というものはあるじゃろ?たまたま今回はそれが重なってしまっただけじゃよ」

 

「でも……」

 

「それに、主様も皐月をお荷物などと思ったりしておらんよ。安心せい」

 

「……うそだよ」

 

「まあわらわが言っても信じないのなら、本人に聞いてみるんじゃな」

 

そう言い残すと、初春は皐月の頭をくしゃくしゃっと撫で、そのまま医務室を後にする。

そして入れ替わりで龍二が入ってくる。

 

「司令官……」

 

「よかった、目が覚めたんだな」

 

「ごめんなさい、迷惑ばっかりかけて……」

 

「……実はな、いまの2人の会話聞いてたんだ。初春に言われてドアの向こうで待機して、な。だから皐月の気持ちは理解したつもりだよ。それを踏まえて言わせてもらうと……」

 

「……」

 

「もう、無茶はするなよ……?皐月には皐月にしかできない事がちゃんとあるんだから……」

 

「えっ、しれい……かん……?」

 

てっきり怒られると思っていた皐月は、思わず驚きの声を上げる。

それもそのはず、げんこつの1つも覚悟していたのに、気付いてたら龍二に抱きしめられていたのだから。

 

「皐月の元気ないと、なんというか鎮守府が暗くなるんだ。今回だって皆心配してたし、さっきだって全員が我先にと皐月の救助に行きたいと志願してきたんだからな。皐月はこの鎮守府になくてはならない、ムードメーカーなんだよ」

 

「ボクが……」

 

「それにさっき初春も言ってたけど、失敗は誰にだってあるさ。もちろんそれが重なることだってある。でもその失敗を怖がってちゃ先に進めない。大切なのは次に同じ失敗をしない事なんだ」

 

「……」

 

「だから、自分をお荷物だとか役立たずだとか思わないでくれ。というか皐月がお荷物なら、未だに書類仕事で失敗を重ねてる俺は粗大ごみか何かだよ……」

 

「……ふふっ、何それ」

 

「え、いや……元気づけるために小粋なジョークをだな……」

 

照れながらあたふたする龍二を見つめつつ、いつの間にか涙が止まっている事に気付く。

そして優しくて暖かい司令官に包まれながら、これまたいつの間にか自然と笑顔になっていた。

ああ、だからボクは司令官の事が……

 

「それで元気づけてるつもりかい?かわいいね!」

 

「ちょっ、そりゃないよ……」

 

司令官がくれた笑顔を、向日葵の花のように咲かせながら。

しかし、身体はギュッと龍二を抱きしめたまま。

 

(大好きだよっ、司令官……♪)

 

声には出さず、心の中で呟く。

満開に咲いた向日葵は、もう萎れることはないだろう。

龍二と言う身近な太陽を見つけたのだから……

 




はい、という事で皐月回でした。
短編で書こうとするとわりかし長くなるという……どういうことなの?

そして最後の方、くっさいですね。
自分が書いたものを見直すと「誰が書いたんやこれ気持ち悪っ」ってなる事が多いのですが、今回は半端ないです……

さて、次回は誰回になるのか……
まだ全く考えてないので、これから頑張って考えます。


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第19話 その1

なんだか筆が乗ったので、連投します。
というか、前回ぜんぜんイチャコラしてなかったですね……
お詫びもかねてラブコメ展開をば。


カランカランカラン……

 

「おめでとうございます!特賞の豪華温泉旅行1泊2日ペアご招待チケットご当選です!!」

 

「……は?」

 

商店街にハンドベルの音がけたたましく響く。

周囲の客から妬みの視線を浴びながらチケットを受け取るのは龍二であった。

 

ここは鎮守府から一番近い商店街。

一番近いと言っても、最寄りのバスでしばらく走るのだが、今日は執務に必要な備品を買いに来たのだ。

普通なら秘書艦に任せるのだろうが、毎日毎日似たような執務でストレスが溜まっていた龍二は、ここぞとばかりに町へと繰り出した。

そしてよくある商店街のガラガラを回したところ、こんな事になったのである。

 

「くじ運最悪の俺が特賞とか……帰りにバスが事故ったりしないよな……?」

 

縁起でもない事を言いながら、先ほど受け取ったチケットを眺める。

ご丁寧にも「男女」ペアチケットと書いてあり、どうしたものかと困り果てる。

 

「捨てるのは流石に無しだろうが、とりあえずみんなに見つかると厄介だし……帰ったら隠しておくか」

 

そんな事を考えつつ、鎮守府方面行のバス停へと向かう。

ここまでが1週間前の話で、この時はあんな事になるとは思っていなかった。

後になって「あの時帰る前に処分しておけば」と思っても、もはや既にアフターカーニバルなのである。

 

 

 

 

「そう……だから隠してたって訳ね」

 

「……はい」

 

叢雲が執務机の上に叩きつけたチケットを見つめながら龍二は頷く。

既に諸兄のお察しの通り、1週間前厳重に隠しておいたチケットが見つかってしまったのである。

しかも見つかった理由が「チケットを見つけた妖精が、部屋の隅で取り合いをしていた」というのだから、怒りの矛先をどこへ向ければいいのか分からない。

そして、なぜ叢雲がここまでカリカリしているのかというと……

 

「どうすんのよコレ、チェックイン期限が明日までじゃない!」

 

「すまん、そこまで確認してなかった……」

 

「全く……普通そこは確認しておくでしょ!」

 

「反論の余地もございません……」

 

いつの間にか叱られているような構図になっているのは気のせいだろうか?

とはいえ、普通であればああいったイベントのチケットというのは、期限をしっかりと確認しておくべきである。

「お金はないけどいい賞品を」という商店街の陰謀で、期限が非常に短いチケットが賞品として出される場合が多々あるからだ。

とはいえ1週間猶予があったのだが、下手に隠していたせいで非常に際どい事になってしまった。

 

「ま、まあ今回は、ご縁がなかったということで……」

 

「そんな勿体無いこと出来る訳ないでしょ!……で、誰と行くつもりなの?」

 

「あれ、行くこと前提ですか?」

 

「期限前に私に見つかったのが運の尽きね。諦めなさい……あ、ちなみにこのチケットの存在、鎮守府の皆が知ってるから」

 

「さっき見つかったばかりなのにどうやって……」

 

「青葉に伝えたら光の速さで広まったわ」

 

「青葉ああああぁぁぁぁ!」

 

流石は当鎮守府のパパラッチ、やってくれる……!

脳内に「テヘペロ♪」している青葉が浮かび、更に苛立ちが募る。

 

「それでどうするの?何ならわ、私が言ってあげてもいいわよ」

 

「うぐ……」

 

「ねぇ……」

 

「ちょ、ちょっと考えさせてくれええええ!!」

 

「え、ちょっ、コラー!」

 

にじり寄る叢雲の迫力に耐えかねて執務室を脱出する。

ご丁寧にも、手にはチケットを握りしめながら……

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……。お、思わず逃げてきちゃったけど、叢雲には悪い事したな……でもいきなり温泉旅行とか荷が重すぎるっての……」

 

執務室を抜け出した後、まだ使われていない部屋へ逃げ込んで床にへたり込む。

 

「それにしても、このチケットどうするかな……」

 

「ほうほう、それが噂のチケットかぁ」

 

「本当に期限が明日までなんですね~」

 

「そうなんだよ、そのせいで大変な目に……ってうわあっ!?」

 

「よっ!司令官」

 

「お疲れ様です司令官~♪」

 

「な、なんで2人が……」

 

「何でも何も、ここ私たちの部屋だもん」

 

「急に司令官が入ってくるからびっくりしました~」

 

「……へ?」

 

否、どうやら使われていない部屋ではなく、間違って綾波と敷波の部屋へと来てしまったようだ。

ちなみに、まだ艦娘の少ないこの鎮守府では1人1部屋が基本なのだが、この2人だけは本人たちの希望により相部屋となっている。

まあ何れ人数が増えて来た時に全員相部屋にしないといけないだろうし、本人たちがいいのなら構わないのだが。

 

「ん、んんっ……えーと……」

 

「ど、どうした?敷波」

 

「いや、その……さ」

 

「司令官は、もう誰と行くか決めたんですか?」

 

「ちょっ、綾波!?そんなストレートに……」

 

「い、いや、まだだけど……」

 

「じゃあ敷波とかどうですか~?チケットの事知ってから、司令官と行きたいな~ってずっと……」

 

「綾波ストップ!内緒って言ったでしょ!?」

 

「だってじれったいんだもの」

 

「うぐぐ……」

 

内緒の話をバラされた敷波は、顔を真っ赤にしながら綾波に抗議する。

ポカポカという擬音が聞こえてきそうな抗議の手を、綾波は涼しい顔で受け流している。

さすが長女、普段のほほんとしててもやる時はやる子である。

 

(でも敷波か……他の子よりも若干気楽に過ごせそうな気も……いやしかし……ん?)

 

綾波の思わぬ提案に考え込む龍二。

そんな彼の耳に入ってきたのは、敷波の抗議の声だけではなかった。

ドドドドドドド……っという音が、若干の振動と共に近づいてくる。

そして部屋の前で止まったかと思うと、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。

 

「見つけましたよ、提督!」

 

「うおっ、榛名か!?」

 

「提督、私と温泉旅行に行きましょう!絶対後悔させませんから!」

 

「ちょっ、落ち着け榛名!」

 

「大丈夫、痛いのは榛名だけですから!」

 

「何の話!?」

 

暴走した榛名に追いかけ回される龍二。

そんな2人を、綾波と敷波は茫然と見つめるのだった。

 

「あ~あ、せっかくのチャンスだったのに……敷波がグズグズしてるから」

 

「ううっ……だって急すぎるし、それに綾波が行きたがってた事もしってるし……」

 

「敷波……」

 

「そんな状態で行きたいなんて言えないよ……司令官のことは大好きだけど、綾波の事だって……」

 

「そっか……ありがとう、敷波♪」

 

「べ、別にお礼が欲しくて言った訳じゃ無いし……」

 

「ふふっ、敷波かわい~♪」

 

「こ、こらっ、抱き付くな~!」

 

「や~りま~した~♪」

 

逃げ回る龍二の横で美しい姉妹愛の物語が展開されていたが、逃げるのに必死な彼が気付くわけがなかった。

このまま部屋で逃げ回ってても埒が明かないと考えた龍二は、勢いよく部屋を飛び出す。

 

「提督っ、逃がしません!」

 

部屋を脱出した龍二を慌てて追いかける榛名。

2人が出ていった部屋では、残された姉妹の百合百合しいくんずほぐれつが展開されていた。

だが非常に残念なことに、その光景を見た者は誰もいなかった……

 




榛名さん、暴走しすぎです……
そして短編と言っておきながら、また話を跨ぐ体たらく。

ちぃわかった。作者に短編は向いてない(断言)


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第19話 その2

少し遅くなりましたが、後編をお届けします。
なかなかオチが決まりませんでした……


榛名が「提督ー!!」と叫びながら、すぐ横を通り過ぎていく。

廊下の角を曲がってすぐに死角になる場所があって助かった。

 

「とりあえず一難去ったか……これからどうするかなぁ」

 

乱れた呼吸を何とか落ち着かせながら、次にどう行動すればいいかを考える。

あまりここで時間をかけていると榛名が戻ってきてしまう。

次に移る行動について、あーでもないこーでもないと頭の中で考えていると、ふと艦娘があまり来ないであろう場所を思いついた。

 

「とりあえず移動しよう。また榛名と追っかけっこは流石に体力が持たん……」

 

付近に誰も居ない事を確認すると、こっそりと移動を開始する。

とりあえず向かうは鎮守府の外だ。

 

 

 

 

龍二がスニーキングミッションよろしくこそこそとやってきたのは、鎮守府とは別に建っている工廠だった。

普段ここに来る艦娘はほとんどいないし、誰かが捜しに来たとしても隠れる場所に事欠かない。

口裏合わせが必要なので、とりあえず工廠長の姿を探す。

 

「おや提督さん、お久しぶりです」

 

「お久しぶりです工廠長。ちょっとお願いしたいことが……」

 

「はて、建造か開発ですかな?」

 

「いえ、今日はそうではなく……」

 

「??」

 

要領を得ないという表情の工廠長に、今の現状を説明する。

途中えらいニヤニヤされたりもしたが、気付かなかったフリをしておく。

 

「なるほど、そんな事が……愛されてますなぁ」

 

「茶化さないで下さいよ~。そういう訳なので、できれば……」

 

「ここには提督さんは来てない、って事にしておけばいいんですね?」

 

「さすが工廠長、話が早くて助かります!」

 

「その代わりと言っては何ですが、近いうちに建造や開発をしに来てくださいよ?あれが私たちのアイデンティティなんですから」

 

「わ、わかりました。近いうちにまた伺います」

 

工廠長と約束をした後、上手く隠れられる場所を探し始める。

しかし建造と開発か……まあこの前の宴会で決心したことだし、いい加減腹を括ろう。

このまま体質を気にして建造を渋ってたら、いつまで経っても鎮守府を大きくできない。

 

「ふむ、ここでいいか」

 

手ごろな場所を見つけると、工廠長にアイコンタクトをして隠れている場所を教える。

何やら右手の親指を立てて「任せろ!」的な表情をしてるが、果たして本当に大丈夫だろうか?

楽しい事が大好きな彼らが、変に気を使わない事を祈るばかりである。

……そうこうしているうちに、早くも誰かやってきたようだ。

見つからないように身を隠し、聞き耳を立てる。

 

「おや工廠長さん、お疲れ様で~す!」

 

「これはこれは漣さん、艤装の整備ですか?」

 

「いえ、実は今ご主人さまを探してて……ここには来てません?」

 

「今日はまだいらっしゃってないですね」

 

「そっかー」

 

やってきたのは漣だったようだ。

工廠長もしっかりと口裏を合わせてくれてるし、とりあえず一安心か。

ホッと胸を撫で下ろした辺りで、会話が聞こえなくなっている事に気付く。

入口の扉を開閉したような音も無かったので、まだ工廠内にいる筈なのだが……

 

「ご主人さま見つけたっ!」

 

「うえぇっ!?」

 

いきなり近距離で声が聞こえ驚いて振り向くと、すぐ後ろで漣がこちらを見下ろしていた。

手ごろな場所に身を隠したとはいえ、そんなに簡単に見つかるような場所ではないのだが……

 

「な、なんでここが……」

 

「工廠長に間宮さんの羊羹あげたら、あっさりと教えてくれました♪」

 

「工廠長おおおおぉぉぉ!」

 

思わず工廠長の方を見ると、間宮の羊羹を頬張りながら「てへっ☆」という顔をしていた。

恨み言の1つも言ってやろうかと思ったが、その仕草に早速毒気を抜かれてしまった。

ちくしょう可愛いじゃないか……

 

「ふっふっふっ……もう逃がしませんよご主人さま。大人しく私と温泉旅行に言って、くんずほぐれつ楽しみましょう♪」

 

「ちょっと待って、くんずほぐれつって何する気!?」

 

「それはお楽しみってことで」

 

「ぐぬぬ……」

 

一歩、また一歩とにじり寄ってくる漣。

背後には壁、龍二絶体絶命の大ピンチである。

 

「……あっ、あそこに建造が完了したばかりの曙が!?」

 

「そんな古典的な方法で……って曙!?」

 

(今だっ!!)

 

「っ!?しまったっ!?」

 

まだ着任していない姉妹艦の名前が出てきたことで、思わず振り向いてしまう漣。

行動に移しておいて何だが、まさかこんな方法で抜けられるとは思わなんだ。

 

(ありがとう曙ちゃん!まだ会ったこともないけど勝手に名前使ってごめんね!)

 

心の中で顔も知らぬ曙に謝罪しつつも、工廠の入り口へとダッシュする。

漣も慌てて追いかけてくるが、とりあえず追いかけっこの構図までは持ち込めた。

あとは榛名の時と同じように撒ければS勝利だ。

隠れている内に回復した体力をフルに使いながら、再度鬼ごっこを開始するのであった。

 

 

 

 

「ハァっ、ハアっ……ここだっ!」

 

漣に見えない位置でドアを見つけたので、とりあえず身を隠すために中に飛び込む。

ドアの前で一度足音が止まってヒヤッとしたものの、こちらを確認する事無く去っていく漣。

何だかんだで細かい所に気が付く子なので正直バレるかと思ったが、案外どうにかなるもんだ。

 

「ハアっ、ここへ来て運動不足が祟ったな……正直しんどすぎる」

 

中々落ち着かない呼吸にそんな事を呟きながら、確認もせずに入った部屋の中を確認する。

大量の籠に大きな鏡、そして体重計……どうやら大浴場に入ってしまったらしい。

誰かが入ってくる可能性もあるし、ここも早々に退散せねば……と考えているとき、不意に背後から人の気配を感じた。

慌てて振り向くと、そこには今まさに風呂から上がったであろう神通が、バスタオルで身体を隠しながら驚きの表情を浮かべていた。

oh、よりによってまた神通とは……彼女とは何か風呂場での縁があるのだろうか?

 

「て、提督……?」

 

「うあっ、すまん!すぐに出るよ!」

 

「あっ、今出ると……」

 

慌てて大浴場から出ようとするものの、丁度引き返してきた漣が「どこ行ったのかなー?」と言いながら近づいてきた。

そしてそのまま大浴場の前まで来ると「ここかしらん?」と言いながら入ってこようとしている。

マズい、非常にマズい事になった。

 

「提督っ、こっちです……」

 

「ちょっ、神通?」

 

「ここに隠れててください。私が何とかしますから……」

 

「あ、ありがとう」

 

神通に半ば無理やり掃除用ロッカーに押し込まれるのとほぼ同時に、漣が大浴場に入ってくる。

あぶなかった……あと2秒遅かったら見つかっていたことだろう。

ロッカーからは外の光景が見えないので、とりあえず会話に聞き耳を立てる。

 

「おや、神通さんではないですか。今お風呂から出たところで?」

 

「え、ええ。ついさっき遠征から戻ったので……」

 

「なるほど、そうでしたか。ちなみにご主人さまは来て……ないですよね?」

 

「今日はまだお見かけしてないですね……例のチケットの話ですか?」

 

「おや、遠征戻りの神通さんもご存じで?」

 

「青葉さんから通信がありましたから……」

 

「流石青葉さん、遠征要員にまでしっかり通信入れるとは」

 

どうやら遠征に行ってもらっていた神通も、この件について既に知っているようだ。

それにしても青葉め、しっかりと遠征メンバーにまで伝えているとは……あとでシバく。

 

「ではでは、漣は別の所を探してみます!」

 

「はい、頑張ってくださいね」

 

「神通さんも、ね♪」

 

「あ、あはは……」

 

そのまま大浴場を後にする漣。

何とか助かりはしたものの、神通も知っているとなると、一難去ってまた一難な予感が……

 

「て、提督?もう出てきて大丈夫ですよ……?」

 

「あ、ああ……」

 

何時までもカビ臭い掃除用具と一緒に居たくはないので、とりあえずロッカーを出る。

軍服に匂いが移っていないか少し心配である。

 

「ありがとう神通、助かったよ……って、まだ着替えてなかったのか!?」

 

「えっ、あのっ、これは……」

 

「確認せずに入ってしまって済まなかった!すぐに出るから」

 

「……あのっ、提督、待ってください!」

 

「えっ?」

 

慌てて大浴場を出ようとする龍二の服の裾をギュッと掴む神通。

やばい、この後の展開が読めて来たぞ……

 

「あの、もう旅行のお相手は決まっちゃいましたか……?」

 

「い、いや、まだ決まってはいないけど……」

 

「わ、私とでは駄目ですか?提督と一緒に旅行、行ってみたいです……」

 

「え、えーと、その……だな」

 

「駄目……ですか?」

 

「ちょっ、神通近い近い!」

 

身体にバスタオルを巻いただけの神通が、壁に追い詰められた龍二にグイッと詰め寄る。

正直、身体のあちこちに柔らかい感触がして気が気でじゃない。

 

「提督……」

 

そのままキスでもしそうなほど顔と顔が接近する。

何とか必死に抵抗するものの、艦娘の規格外の力に勝てる筈も無く、無情にもキスへのカウントダウンが始まってしまったその時……

 

「ここには……って、見つけたわよ!というか何やってるの!?」

 

「ひゃっ、む、叢雲さん!?」

 

MK5状態だった2人の距離を広げたのは、龍二を探しに来た叢雲だった。

頭のうさ耳っぽい艤装が真っ赤に点滅しており、ご丁寧にも激おこ状態であることを伝えてくる。

 

「ちょっと神通さん!そ、そんな恰好のまま迫るなんて……」

 

「いえ、これはっ……」

 

「なんて羨ま……ゲフンゲフン、なんて破廉恥なことを!」

 

「いま羨ましいって言いそうに……」

 

「なってない!」

 

「ひゃいっ!?」

 

(なんか知らんがケンカし始めたぞ……これはチャンスなのでは?)

 

龍二そっちのけで口論を始める2人。

口論といっても、叢雲が一方的に攻めたり自爆したりしているだけのような気もするが……

とりあえずこの隙に乗じて大浴場から脱出することにする。

 

「龍二!アンタも少しくらいは抵抗……ってあれ、龍二は?」

 

「……いつの間にか逃げられちゃったみたいですね」

 

「あんの根性無し……待ちなさーい!」

 

「あっ、私も……」

 

「神通さんはまず服を着る!」

 

「きゃっ!?」

 

ほんの僅かの差で逃げられてしまった龍二を、2人は必死になって探し始める。

鬼ごっこ継続。というか終わりは来るのだろうか……?

 

 

 

 

その後の龍二はというと……

 

「「「まてー!!!」」」

 

「か、勘弁してくれ……」

 

途中で出会ってしまった艦娘に悉く追いかけられ、息も絶え絶えになりながら逃走を続けていた。

だが現実は無常、ついに魔の一手が龍二に襲い掛かる。

 

「そうだっ、威力を最低限にした九九艦爆で足止めしちゃおう!」

 

「いいアイデアね、手伝うわよ瑞鳳!」

 

「ちょっ、艤装使うとか正気かっ!?」

 

「大丈夫大丈夫、ちょっと服が燃える位だから♪」

 

「大丈夫じゃない!やめろー!!」

 

龍二の叫びも空しく、瑞鳳・祥鳳から放たれる九九艦爆。

流石に艦載機から逃げられるはずも無く、あっという間に射程圏内に迫られてしまう。

そして今まさに爆弾が投下される時に、誰かがポツリと呟いた。

 

「あれ、そう言えばチケットって提督が持ってるんじゃ……」

 

「あっ」

 

時既に遅しとは正にこの事か。

既に止められるタイミングではなく、そのまま投下されていく爆弾。

 

「ぎゃあああああ!?」

 

威力を最低限にしたとはいえ、深海棲艦をも倒す艦載機から投下される爆弾である。

それなりの爆発を見せながら龍二に襲い掛かる。

そして煙の中から出てきたのは、水爆ヘアーにボロボロの軍服を纏った龍二と、無情にも灰と化したチケットだけだった……

 

 

 

 

後日、執務室にて。

 

「青葉、トイレ掃除1週間な」

 

「なんでですかっ!?」

 

「無駄に話を広げた罰。そのおかげでどれだけ俺が苦しんだことか……」

 

「でも青葉にはジャーナリストとしての……」

 

「やかましい!反省しなさい!」

 

「はーい……でも提督も律儀ですよね。行きたくないのなら追いかけ回されてる間に焼くなり破くなりすればよかったのに……」

 

「あ……」

 

「あれ、もしかして気付いてなかった……とか?」

 

「……」

 

「……」

 

「青葉、トイレ掃除2週間に延長な」

 

「ちょっ、職権乱用ですよっ!!」

 

結局誰とも旅行に行くことは無くなったようだが、青葉は滅茶苦茶怒られた。

あと、祥鳳と瑞鳳はしばらく他の艦娘に頭が上がらなかったそうな。

 




だいぶ長くなりましたね。
いっそ2分割してもよかったかも?

次は誰の餌食になるのでしょうか……?


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第20話

とある日の昼下がり。

本日の秘書艦である阿武隈と執務をこなしていると、少し困惑気味に話しかけて来た。

 

「あのー提督、こんなものが……」

 

「ん?どれどれ……カメラ用品を酒保に入れてほしい?」

 

「無記名ですけど、十中八九青葉さんでしょうね」

 

「だろうな……しかしカメラ用品なんて青葉にしか需要無いし、可愛そうだけど却下だな」

 

「ですよねぇ。他にカメラ使ってる人なんて見た事ないし……」

 

「最近は上も「任務に必要ないものの発注が多すぎるだろ!」ってうるさくてさ……ああいうお歴々は現場の士気がどれだけ大切な物か分かってないよな」

 

「あたしも酒保はよく利用しますけど、ヘアスプレーとか急に無くなったら困るなぁ……」

 

「まあ俺もちゃんとした軍人じゃないから偉そうな事言えないけど、「上層部が現場を見ていない」なんて話はよく聞くからね」

 

阿武隈と社会の世知辛さを語りながら、青葉の具申書に不許可の印を押す。

別に上の連中が怖いわけでは無く、本当なら仕入れてやりたい所ではあるが、あまり無理を言い過ぎて他のものまで仕入れ制限をかけられてしまっては困るのだ。

決して前回の温泉旅行騒動を根に持っている訳では無い。いいね?

 

「阿武隈、すまないがこれを青葉に」

 

「はーい」

 

不許可の印を押した具申書を阿武隈に渡し、青葉に届けるよう指示を出す。

もちろん不許可の理由も添えておいたが、果たして納得してくれるだろうか?

少し不安になりながらも、次の書類へと手を伸ばすのであった。

 

 

 

 

「司令官!!!」

 

「うおっ!?」

 

「ひゃあ!?」

 

阿武隈が戻ってきてからわずか数分後。

えらい勢いでドアが開け放たれたかと思うと、機嫌の悪そうな青葉が鼻息荒く入ってきた。

ああ、やっぱりこうなったか……

 

「司令官っ、なんでカメラ用品を置いてくれないんですか!」

 

「いや、一応具申書で返答しただろ?」

 

「「青葉のカメラにかける情熱は理解しているが、諸々の理由で仕入れられない」……って、こんなんじゃ納得できないですよ!」

 

「ちゃんとした理由はあるんだよ。上の連中から文句が来てたり、無理に押し通した結果今まで仕入れられてた物まで仕入れられなくなったら困るとか……」

 

「う~~~、でもでもっ、今みたいな湿気の多い季節はこまめに手入れしないとダメなんですよぅ!」

 

「そう言われてもな……必要になった時に注文する形じゃだめなのか?」

 

「実物を見ないと注文なんて出来ませんよ~!」

 

「ったく、わがままガールめ……」

 

尚も駄々をこね続ける青葉。

一応助けを求める意味で阿武隈に視線を送ってみるが、視線に気づいた阿武隈は「お茶入れてきますね~」と言って部屋を出て行ってしまった。くそう、逃げたな。

仕方ない、最終手段を使うしかないか……あまり気乗りはしないのだが。

 

「青葉、今度俺の非番の日に一緒に街に行くぞ」

 

「ふえっ?」

 

「酒保には仕入れられないけど、直接買いに行く分にはいいだろ?」

 

「え、い、いいんですか!?」

 

「今回だけな。次回からは注文にしてくれよ?」

 

「はい!もちろんです!」

 

「あと他の奴には内緒な。この前の騒動みたいな事になったら敵わん」

 

「あ、あはは……りょ、了解しました~」

 

流石に前回の騒動に対する罪の意識はあるようだが、念には念をという事で改めて釘をさしておく。

とりあえず納得した青葉は「約束ですよ~!」と言いながら、笑顔で執務室を出ていった。

ちょうどドア前で入れ違いになった阿武隈が不思議そうな顔をしている。

 

「青葉さんがすごい笑顔で出ていきましたけど……どうやって説得したんですか?」

 

「内緒。途中で逃げた奴には教えてやらん!」

 

「なんですかそれ~!教えて下さいよ~」

 

頬を膨らませながらせがむ阿武隈を適当にあしらいつつ、次の非番の日について考える。

願わくば、誰にもバレずに穏便に1日が過ぎますように……

 

 

 

 

そして非番日当日、待ち合わせ場所のバス停にて。

 

「あ、しれいか~ん!」

 

「早いな青葉、まだ約束の時間より10分も前だぞ?」

 

「いや~、待ちきれなくて思わず出てきちゃいました!」

 

「そ、そうか……」

 

常日頃から高いテンションが5割増し位になっている青葉を前に、思わずたじろぐ龍二。

とはいえここまで喜んでくれるのなら、今日までバレやしないかとビクビクしながら過ごしていた日々も報われると言うものだ。

 

「そういえば、青葉司令官の私服姿初めて見ましたね~」

 

「普段は軍服しか着ないからな。何気に俺の私服姿を見たことある奴は少ないかもしれん」

 

「それはいい事聞きました!司令官、是非1枚お願いします!」

 

「1枚って写真か?まあその位ならいいけど……」

 

「ありがとうございます!では……はい、ポーズ!」

 

「っておい!腕に抱き付いてツーショットなんて聞いてないぞ!」

 

「だって言ってませんも~ん」

 

「今すぐ消すんだ、青葉!」

 

「嫌で~す♪」

 

青葉はあまりアピールしてくるイメージが無かったので、完全に油断していた。

撮られた写真を消そうにも、既にカメラを胸に抱かれてしまっている以上手出しができない。

当の本人は本人で、悪びれた様子が微塵も感じられない。

 

「はぁ……、せめて他の奴には見せるなよ?頼むから……」

 

「大丈夫です!これは青葉だけの宝物です♪」

 

そう言って少しだけ頬を染める青葉に、つい目線を奪われてしまう。

龍二の私服がレアならば、頬を染める青葉は激レアではなかろうか。

そんな事を考えているうちにバスが到着したので、2人でそれに乗って街へと向かう。

バスに乗ってからも、青葉はしばらく頬を染めたままだった。

 

 

 

 

「おお~!カメラ用品がこんなに!!」

 

「この街唯一のカメラ専門店だからな。気が済むまで見て回ってくれ」

 

こちらの言葉が終わらないうちに、子供のように目を輝かせながら店内へと走り出す青葉。

輝きすぎて目がしいたけみたいになっているのは気のせいか。

この調子だと結構時間が掛かりそうなので、龍二も適当に店内を見て回ることに。

 

「ふむふむ……デジカメってやつはいろいろな機能があるんだな」

 

名刺サイズくらいのデジカメを手に取りながら、そんな事を呟く。

カメラにそれほど興味があるわけでもなく、ましてやこのご時世に碌にデジタル製品を使いこなせないアナログな人間なのでイマイチ分からない機能もあるが、それでも高性能である事位は分かる。

でも青葉のカメラはフィルムを使うタイプだったよな……と考えていたとき、ふとある疑問が浮かび上がる。

 

「あいつの持ってるカメラ、建造時には既に持ってたけど……実在するカメラなのか?」

 

そう呟きつつ、建造してすぐに写真を撮られたことを思い出す。

実際青葉が撮った写真を見せてもらったこともあるし、それを使った新聞のようなものを不定期に発行している事は知っているので、カメラとしての機能は正常にあるのだろうが……

 

「どうしました司令官?デジカメでも買うんですか?」

 

「青葉か。もう買い物は済んだのか?」」

 

「はい!おかげさまでいい物が買えました♪」

 

「もう少し見て回っててもいいんだぞ?」

 

「大丈夫です!さっき店長さんとお話して、カメラ用品のパンフレットを定期的に送ってもらう事にしました!」

 

「送ってもらうって鎮守府にか?またお前は勝手に……」

 

「だ、駄目でしたか……?」

 

「……まあ送ってもらうだけなら大丈夫だろ。ただ、今後こういう時は事前に相談してくれよ?」

 

「はーい、了解です!」

 

とりあえずはこれで、欲しい時に注文という形をとってもらえるだろう。

一応注意はしたものの、そう言う意味では青葉の行動はありがたかった。

 

「それでそれで、司令官はどれを買うんですか!?」

 

「いや、デジカメなんて買っても持て余すだろうからな。それより青葉に聞きたいことがあるんだが…」

 

「はて、何でしょう?」

 

「お前の持ってるそのカメラって実在するカメラなのか?」

 

「あー、このカメラですか。一応実在はするみたいなんですけど、そうとう古い型らしいです」

 

「そうなのか?」

 

「実は店長と会話するキッカケがこのカメラだったんですよ。古い型の割に綺麗だったから……って」

 

「なるほどな……とすると、戦時中あたりに作られたカメラなのかもな」

 

「そうかもしれません。そのせいかこまめに手入れしてあげないと、拗ねてちゃんと撮れなくなったり……」

 

口ではそう言いつつも、愛おしそうな表情でカメラを撫でる。

手入れをする手間よりも、カメラに対する愛着の方が強いのだろう。

 

「……大切な物なんだな」

 

「はい!青葉は当時の記憶は無いですが、自分の分身みたいに感じます……」

 

「そうか……」

 

なんとなく、青葉の頭をワシャワシャと強めに撫でる。

髪の毛が乱れることを気にして抵抗してくる青葉をあしらいながら。

それは青葉の要望に応えてやれない罪悪感からか、それとも少し寂しそうな表情の青葉を元気付けたかったが為の行動か。

龍二自身にも分からなかったが、身体が勝手に動いたのだから仕方ない。

 

「んも~、髪の毛ぐちゃぐちゃですよ~……」

 

「ははは、すまんすまん」

 

「女の子の髪は丁寧に扱わないとダメなんですよ?」

 

「悪かったって。……じゃあ、そろそろ行くか」

 

「は~い」

 

最後に青葉は店長に挨拶すると、帰りのバス停へと向かう。

途中、タタタッと走り出したかと思うと、青葉はくるりとこちらを振り返った。

 

「司令官!青葉、アルバムを作ろうと思うんです」

 

「アルバム?」

 

「はい!鎮守府の皆の笑顔で満たされた、あったかいアルバムを作りたいです!」

 

「あったかいアルバムか……いいんじゃないか?」

 

「出来上がったら、一番最初に司令官の所に持ってきますね!」

 

「ああ、楽しみにしてるよ」

 

「はい!青葉にお任せっ♪」

 

ふと、先ほどのカメラ屋でデジカメでも買っておくべきだったと考える。

夕日を背に浴びた青葉のとびきりの笑顔を、アルバムに収めたいと思ったから。

 




今回は青葉回でした。
内容はいつも通り稚拙な物ですが、長さだけは丁度いい感じになったのではないでしょうか?

次のメイン艦は誰にしようか悩み中です。
そう言えば妖精さんとの約束もありましたので、もしかすると登場人物が増えるかもしれません。
あくまで「かも」なので、期待はしないで下さい。


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第21話

今日も間に合わないかと思った……
とりあえず仕上がりましたので投稿します。


「潜水艦……?」

 

「ああ。少し特殊な艦種で使いどころが難しいけれど、戦術の幅は広がると思うんだ」

 

「そうなのか……まだまだ俺も勉強が必要だな」

 

「それを支えるのも秘書艦の仕事さ。ゆっくりでいいから覚えていこうよ」

 

「ああ、そうだな。頼りにしてるぞ、響」

 

そう答えながら、本日の秘書艦である響の頭を撫でる。

本人はすこし恥ずかしそうにしながらも、抵抗する素振りは全くない。

 

先日工廠長と建造の約束をして早数日。

まだかまだかとせっつかれるので、いい加減そろそろ建造しようと思ったのだが、空母と戦艦どちらにしようか悩んでいた。

埒が明かないので響に相談したところ、空母や戦艦という選択肢以外にも、潜水艦というチョイスもアリだという事を知らされたわけだ。

どうやら使用する資材も少ないらしいので、今回はこれで行ってみようと決心する。

 

「よし、響の案を採用して潜水艦狙いで行ってみるよ」

 

「早速建造しに行くのかい?」

 

「ああ。善は急げってやつだな」

 

「じゃあ私も行くよ。艤装の整備以外で工廠に行った事無いからね」

 

そう答えると、響は脱いでいた帽子を被り直して後についてきた。

工廠へ向かいながら潜水艦についていろいろと聞いてみたが、確かにかなり特殊な艦種のようだ。

耐久力低く装甲も脆いが、基本的に戦艦・空母・重巡からは攻撃を受けないらしい。

また隠密行動に優れており、敵に気付かれる前に魚雷で先制攻撃が出来たりと、なかなか尖がった性質をもつようだ。

 

確かにそういう戦い方が出来るとなると、戦術の幅はとても広がるだろう。

惜しむらくは、その戦術を考える提督が未だヒヨッコの域を脱していない事か。

ただし、これは他の艦種の建造でも言えることだが、狙った艦種が100%建造されるとは限らない。

先日の福引で運を使い果たした気がするのだが、上手く建造できるだろうか……?

そんな心配をしながら、とりあえず2人で工廠へと向かうのだった。

 

 

 

 

「工廠長?いますか~?」

 

「はーい、ちょっと待っててくださいね」

 

工廠へ訪れてみると、工廠長も含め何やら慌ただしく作業をしていた。

こういっては何だが、大体いつも暇そうにしている工廠長が作業しているあたり、何かあったのだろうか?

 

「おまたせしました。ついに建造ですか?」

 

「え、ええ。今回は潜水艦レシピで行ってみようかと思いまして」

 

「そう言えば潜水艦はまだ居ませんでしたね」

 

「そうなんですよ。と言うか、さっきまで潜水艦の事を知らなかったんですけどね……戦艦と空母で悩んでたら、響からアドバイスついでに教えてもらいました」

 

ふと響に視線を向けると、「私が教えた!」という感じに軽くドヤ顔をしていた。

普段こういった表情を見せない子なので、思わず吹き出すところであった。

……意外とお茶目なんすね、響さん。

 

「なるほど……何にせよ、潜水艦レシピで建造しちゃっていいんですね?」

 

「ええ、建造ドック2基とも潜水艦レシピでお願いします」

 

「あー……」

 

「?」

 

こちらの依頼に何故か複雑な表情を返してくる工廠長。

大体いつも2基とも同じレシピで建造してたりするんだが、潜水艦は駄目なのだろうか?

同時に建造すると、潜水艦が建造できないジンクスでもあるとか?

 

「どうかしました?」

 

「いえ、建造ドックなんですが今は1基しか使えなくてですね……」

 

「え?どういう事です?」

 

「実は特殊なドックを1基追加しようと思っているんです。ただ、それを作るのに部品がたりなかったので、元々あったドックのものを使用してまして……」

 

「なんと……」

 

「もちろん部品は後で作る予定ですが、どうせ今日も提督さんは来ないかなーと思って、つい……」

 

「それについては反論できませんね……しばらく建造に来なかったのは確かですし」

 

「なので、1隻建造できたらもう1隻建造、という形でもいいですか?」

 

「それは構いませんが……特殊なドックって何ですか?」

 

「大型建造用のドックです」

 

「大型建造?」

 

初めて聞く名前に首を傾げつつ響を見るが、響も分からないようだ。

工廠長に尋ねてみたところ、どうやら通常のドックのハイリスクハイリターン版という事らしい。

このドックでしか建造できない艦もいるが、使用する資材の桁が軽く1個増えるらしい。

非常に強力な艦が建造できるようだが、正直駆け出しなこの鎮守府にはまだ荷が重いのではないだろうか……?

 

「今後この鎮守府が大きくなって来ればいずれ必要になってくるでしょうし、そのまま作成しちゃってください。あ、もちろん部品を引っこ抜いた方のドックも直しておいてくださいね?」

 

「それはもちろんです。では、潜水艦レシピで建造を始めますね」

 

「お願いします!」

 

工廠長に建造をお願いし、とりあえず執務室へ戻る事に。

ただ、潜水艦レシピで出来る艦は建造時間が短いものが多いらしいので、1隻は今日中に建造できるらしい。

もう1隻は明日になるとの事だが、大型建造用のドックを作成しながらの作業なので、仕方ないだろう。

なんとか潜水艦が建造できる事を祈りつつ、響と共に執務室へと戻るのだった。

 

 

 

 

執務室に戻ってからしばらくたった後、工廠長から建造完了の連絡が入ったので、再び工廠へやってきた。

工廠長が申し訳なさそうな表情で出迎えてくれる……何があったのだろうか?

 

「すいません提督さん、どうやら出来たのは駆逐艦のようです……」

 

「そうですか。こればっかりは運次第ですし、仕方ないですって。それに駆逐艦だって貴重な戦力に変わりありませんから」

 

「そう言っていただけるとありがたいです……では、開けますね」

 

工廠長の掛け声と共に、ドックの扉が開いていく。

中からゆっくりと出てきたのは、桃色の髪を後ろで束ね、服は半そでのワイシャツに黒のベストとスカート、そして白い手袋をしている小柄な少女だった。

こちらの存在を捉えると、キリッとした目でこちらを見据え、これまたキリッとした敬礼をして見せてくれた。

思わずこちらも気合が入りそうな、そんな雰囲気が漂ってくる。

 

「陽炎型2番艦の不知火です。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくです」

 

「この鎮守府の提督をやってる須藤龍二だ。まだまだ駆け出しだからむしろこっちが指導してもらう立場になっちゃうかもしれないけど、よろしく」

 

「はい、よろしくお願いします……ところで、この鎮守府には何人の陽炎型が?」

 

「あーすまん、君が最初の陽炎型なんだ。姉妹艦がいなくて寂しいかもしれないけど、他の子もみんないい子だから……な、響?」

 

「そうだね、みんな仲良くやってるよ。まあある事に関しては、仲間にも譲れなかったりするけど」

 

「おい、響……」

 

「そうですか……ちなみに、ある事というのは?」

 

「そのうち分かると思うよ。その点に関してだけはみんなライバルだから」

 

「は、はぁ……」

 

「響、もうその辺で……」

 

響がいらん事を言い出したのでそろそろ止めようとしたら、「そういえばこれから遠征だったんだ」と言いながら工廠を出て行ってしまった。

あるぇ?当日秘書艦担当の子は遠征や出撃とかぶらないようにしてた筈なんだけど……スケジューリングをミスったかな?

 

「そうだ、鎮守府の案内は司令官にお願いするといいよ。本当なら私が担当するんだけど、遠征だから仕方ないよね、司令官?」

 

「あ、ああ、それは構わないけど……」

 

「いいのですか?司令の手を煩わせてしまっても」

 

「今日の仕事はほぼ終わってるから、その点は気にしなくて大丈夫だ」

 

「そうですか。では、よろしくお願いします」

 

そう言いながら頭を下げる不知火。

しかし、さっきは譲れないとか言っておきながら案内を任せてきたり、相変わらずマイペースで考えが読めない子である。

まぁそれは別としても、こちらも少し確かめたい事があるので案内は願ったり叶ったりなのだが。

 

「……不知火の疑問、司令官と案内すれば多分解けるよ」

 

「……えっ?」

 

「どうした響?」

 

「何でもないよ。今度こそ本当に行ってくるね」

 

「あ、ああ。気をつけてな」

 

「……」

 

急に不知火の耳元で何かを呟いたかと思うと、響はそのまま遠征に向かってしまった。

不知火は不知火で何だか考え込んでいる様だし、一体何を吹き込んだのか……

とりあえず固まっている不知火に声をかけ、鎮守府の案内を開始した。

 

 

 

 

「よし、今の食堂で説明は最後だけど、何か質問はあるか?」

 

「いえ大丈夫です。ありがとうございます」

 

「そっか、ならよかった」

 

説明が最後になった食堂を後にすると、外はだいぶ暗くなっていた。

それもそのはず、案内している最中に出会った子に紹介すると、その後ほぼ確実に絡まれたり世間話の相手をさせられたりしていたのだ。

つい先ほども間宮にデザートの試食を頼まれたのだが、食べ終わった後も中々解放してもらえず、食堂を出たのは実に1時間後だったのだ。

 

「ごめんな不知火、建造されて間もなくあちこちで捕まって……疲れただろ?」

 

「いえ、不知火は大丈夫です」

 

「そうか……」

 

あと、工廠で疑問に思った事がどうやら的中したようだ。

建造されてから現在までの態度を鑑みるに、どうやら不知火はいきなりこちらに惚れたりしていないようだ。

他の子と同じ建造方法だと思うのだが、一体何が違うのか……とりあえず、気楽に話せる相手ができたのは非常に嬉しい。

性格も真面目で常にキリッとしているし、ヒヨッコ提督としてはその点も頼りになる。

声には出さずに心の中で喜びながら執務室へ戻ってくる。響がいない所を見ると、まだ遠征からは戻っていないようだ。

その時、ふと声をかけられたので振り返ると、不知火がこちらをじっと見ていた。

 

「司令は、鎮守府の皆に好かれているのですね」

 

「あ、ああ。どうやらそうらしい。別に特別何かやった訳でもないんだけどな……」

 

「ふふ……皆司令の人となりに惹かれたのでしょうね」

 

(笑ってるところ初めて見たな……と言うか、ちょっと雲行きが怪しくなって来たぞ)

 

何となく嫌な予感を感じるが、まぁ気のせいだろうという事にしておく。

この時、その嫌な予感を信じて会話を方向転換させていれば、あんな事には……

 

「嫌われるより全然良いんだけどな」

 

「でも普通は、艦娘が自由に酒保で買い物が出来たり、大浴場に入れるようにしたりする提督はあまりいないと思いますよ」

 

「そうなのかな?命を懸けて戦ってもらってる子達の為に出来ることが、それ位しか思いつかなかったってだけなんだが……」

 

「それが、司令が皆に好かれる理由ですよ。もちろん他にもあるでしょうが……」

 

「という事は、不知火もそう思ってくれてるって事でいいのかな?」

 

「不知火は……」

 

……なんとガードの緩い事か。この男、何も学習出来ていない。

何故この時こんな事を言ったのかと頭を抱えそうになるが、それこそ後の祭り、アフターカーニバルである。

あっという間に距離を詰められると、抱きしめられるような形で迫られてしまう。

 

「し、不知火……さん?」

 

「最初は、ただただ無心でこの鎮守府の為に戦おうと思ってドックから出てきました。それが艦娘の在り方だと思っていましたから。でも、司令の顔を見たら、そんな考えが一瞬で吹き飛んで行ってしまいました」

 

軍服をキュッと握りつつ、だんだん顔をこちらに近づけてくる不知火。

ちょっとまって、さっきまでそんなそぶり無かったよね?しかもなんか目も潤んでないですか?

 

「今私の心の中にあるのは、司令の事を命を懸けてでも守りたいという事だけ。言い換えれば、私はもう提督のモノ、という事です。ふふ……」

 

「ぐはっ!?」

 

あぶなかった、もし独身だったら一発で落とされていただろう。

今の不知火のセリフと微笑みには、その位の殺傷能力があった。間違いない。

 

「さあ司令、司令のモノであるという証拠を不知火に刻み付けて下さい……」

 

「刻み付けるって何!?不知火落ち着いて!」

 

「司令のお好きなように……不知火は覚悟できています」

 

「あばばばば」

 

「…хорошо、これは相当だね」

 

「響っ!?」

 

「……ちっ」

 

なんとか愛佳への思いで耐え忍んでいた龍二の耳に、まさに天の助けと言わんばかりの声が聞こえて来た。

……って不知火さん、今舌打ちしませんでした?

 

「遠征から戻って早々こんな場面に出くわすとはね……流石に初日にコレは早すぎる気もするけど……」

 

「……不知火に何か落ち度でも?」

 

「落ち度がどうかと言われたらそりゃあね……自分の上司を襲ってるわけだし」

 

「……」

 

「響!そんな事はどうでもいいから助けてくれ!」

 

思わず「そんな事はどうでもいい」なんて言ってしまったからだろうか?

響が僅かにムッとした表情をした気がする。

 

「さっきまでは助けようと思ったんだけど、なんか気が変わってしまったよ」

 

「……は?」

 

「えっ!?」

 

「初日という訳ではないけれど、私もまだ新人だったりするんだ。だからどうかな?お近づきの印という事で、今日は2人で司令官を……」

 

「……若干引っかかる点はありますが、不知火も急ぎ過ぎましたね。それに拒否したらしたで続きはできそうにないですし……その提案乗りました」

 

「хорошо!そう来なくっちゃね。じゃあ早速……Ураааааааа!」

 

「ちょっ、お前ら落ち着け……のわあああああああああ!?」

 

日もすっかり沈んだ頃、鎮守府内に龍二の悲鳴がこだましたという。

ちなみに不知火と響は、駆け付けた叢雲たちにこっぴどく叱られたそうな。

 

「今度は周りにばれないようにしなければ……」

 

「そうだね、防音は大切だ」

 

「アンタら……少しは反省しなさい!」




はい、新造艦は不知火でした。
だいぶ話に組み込みやすい子が来てくれたのは助かりましたね。

尚、今回潜水艦レシピを回したのは何故かというと、もう1隻が潜水艦だったからです。
なので次回は鎮守府初の潜水艦の話……になる筈です。多分!

また、今後の投稿について、もしかすると少しの間ストップするかもしれません。
理由は後ほど活動報告に上げますので、何卒よろしくお願い致します。


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第22話

かなり遅くなりましたが、投稿を再開します。
予定通り火曜日に上げようと思ったのですが、なかなか執筆が進まず1日遅れに……
申し訳ありませんでした。


不知火と響に(性的な意味で)襲われた日の翌日。

龍二はいつも通り書類仕事をしつつ、本日の秘書艦である神通の帰りを心待ちにしていた。

不知火の次に建造していた艦娘が完成したと工廠から連絡があり、しかも今度はバッチリ潜水艦の艦娘が建造出来たとの事なので、喜々として工廠に向かおうとした矢先に大本営からの電話である。

しかも内容はこちらの近況を報告せよというもの。

日報やら何やらは毎日送ってるのに何の意味が……とも思ったが、どうせ大本営のお歴々方は日報なんかいちいち目を通してはいないだろうし、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。下っ端の辛い所である。

そういう訳で、代わりに神通に迎えをお願いした次第だ。

 

(潜水艦の艦娘か……どんな子だろうか?)

 

潜水艦=隠密行動が得意=ニンジャ=アイエエエェ!?という意味不明な方程式が頭の中で展開されている時、ふいに執務室のドアをノックする音が聞こえた。

音が小さめで3回……神通だな。

最近は、ノックの仕方や音で誰が来たのかが大分分かるようになってきたが、その中でも神通は特に分かりやすい。

他にも、強めに2回叩く叢雲や、トントトトントンとリズム良く叩く漣等も分かりやすい。

 

「提督、新しい方をお連れしました」

 

「どうぞー」

 

予想通り神通の声が聞こえて来たので入室を促すと、神通とその後ろから1人の艦娘がついてきた。

 

「はじめまして……って、すごい服装だな」

 

「初めまして司令官!伊168です。呼び難かったらイムヤって呼んでください!あとこの服装は……潜水艦だから、かな?」

 

赤いポニーテールを揺らしながら、イムヤが首を傾げる。

本人もイマイチ理由がはっきりしていないようだが、彼女の服装はスクール水着に上だけセーラー服を着ているという、なんというかその筋のフェチズムを詰め込んだような恰好だった。

初めて潜水艦の艦娘を目の前にしたら、恐らく誰しもが龍二と同じ反応をしただろう。

 

「すまん、初めての潜水艦だったので面食らってしまった。改めてイムヤ、当鎮守府へようこそ。この鎮守府で提督をやってる須藤龍二だ。よろしくな」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

「まだまだ人数の少ない鎮守府で、提督である俺はまだまだ駆け出し、しかも潜水艦はイムヤが初めてという状態だから、間違った指示を出してしまうかもしれない。そういう時は遠慮せずに言ってくれ」

 

「了解です!」

 

「じゃあ神通、イムヤに鎮守府の説明をしてやって欲しいんだが」

 

「了解いたしました。ではイムヤさん、行きましょうか」

 

「はーい」

 

こちらに手を振りながら執務室を後にするイムヤに手を振り返し、ドアが閉まるのとほぼ同時に腰を下ろす龍二。

潜水艦は特殊な艦だとは聞いていたが、まさか服装まで特殊だったとは……

 

(あの服装のチョイス……まさか大本営の意向、なんてことは無いよな?)

 

先ほどのタイミングの悪い電話の恨みも乗せつつそんな事を考えるが、もちろん冗談である。

そんな事ができるのならば、わざわざ妖精の見える一般人を探して、強制的に提督業へと就かせる必要もないだろう。

まあ要するに、冗談でも言いたくなる位には衝撃的な服装だった、という事だ。

 

「さて、今夜の準備に取り掛かりますか」

 

最近何かと宴会を開いている気がするが、仲間が増えた時位はいいだろう。

もちろんこの前のような惨事にならないよう、酒の持ち込みは死守するが。

艦娘達からブーイングが飛びそうではあるが、貞操の為なら仕方あるまい。

それに、どうせ宴会後に適当にバラけて、それぞれ別の部屋で2次会でも開くだろう。その時に好きに飲んでもらえばいい。

ここに居たままあーだこーだと考えてても始まらないので、とりあえず食堂へと向かう事にする。

目指せ非酒三原則である。

 

 

 

 

龍二の挨拶、不知火とイムヤの自己紹介と続き、乾杯の合図で宴会が始まった。

結論から言えば、予想に反して皆からの反発は少なく、あっさりと酒無しの宴会が始まった。

龍二が無意識に言い放った「酒が持ち込まれたら即帰る」の一言があったからなのだが、当の本人は全く気付いていない。

 

「司令、ウーロン茶ですがお注ぎします」

 

「ありがとう不知火。どうだ、馴染めそうか?」

 

「お気遣いありがとうございます。皆さん親切にしてくれますし、問題ありません」

 

「そうか、それなら良かったよ。私生活でも任務の時でも、もし気になる事があればどんどん言ってくれ。俺だけだと気付ける部分が限られちゃうからな」

 

「分かりました……司令は本当に私達を気遣ってくださるのですね」

 

「ん、そうか?」

 

「昨日、今日といろいろな方のお話を聞いて、司令がどれだけ皆の事を思っているか、そしてどれだけ皆から好かれているかが実感できました。不知火はこの鎮守府で建造されて幸せです」

 

「そうか、そう言ってもらえると嬉しいよ。ただし、昨日みたいなのはもう勘弁な?」

 

「……善処します」

 

「前半の間が気になるが……頼んだぞ?」

 

そう言いながら、無意識のうちに不知火の頭を撫でていた。

流石に「急に頭を撫でたりしたら怒られるか?」と思ったが、そんな様子は微塵も無かった。

なにせ頬を染めたまま俯き、「ぬぃ……」とか言ってるし。

なんだよ「ぬぃ……」って、新種の生き物か?……とりあえず本人は嫌がって無いようだし、まあ良しとしよう。

……周りからの視線が痛いのは、恐らく気のせいではないだろうが。

 

適度な所で話を切り上げ、もう1人の主役を探す。

本人は神通達初期組と談笑しており、早くも打ち解けたようで安心した。

漣あたりは複雑な顔をしているが、何故だろうか?

 

「やあイムヤ、早速打ち解けてるみたいだな」

 

「あ、司令官!ここの人達はみんな親切ね。あっという間に仲良くなっちゃった」

 

「神通に案内を頼んだのは正解だったようだな。ありがとう、神通」

 

「い、いえ……出来ることをやっただけですから、そんな……」

 

「そこまで謙遜しなくても……それにしても、なんで漣は不機嫌なんだ?」

 

「不機嫌と言うよりは、どう接していいか分からないみたいよ。あの子、敵の潜水艦からの攻撃で沈んでるから」

 

「ああ、そういう事か」

 

叢雲曰く軍艦としての漣は、米軍のアルバコアという潜水艦により沈められているらしい。

少なくとも本人に悪気は無いのだろうが、こういう感情的な話は自分ではどうにもならないものである。

とりあえず漣と会話する為に彼女に歩み寄る。

これから仲間としてやっていく以上、わだかまりは消しておきたい。

 

「叢雲に聞いたよ。やっぱり気になるか?」

 

「ご主人さま……すいません、味方だとは分かっていますし、あの潜水艦でない事も分かってはいるのですが、どうにも感情がついてこなくて……」

 

「漣……」

 

「ま、大丈夫です!艦隊に所属する以上、いずれは通る道でしょうし。なるべく早く克服して見せますよ!」

 

「そうか……漣は強いな」

 

「な、ナデナデktkr!!」

 

普段は見る機会のない漣のしおらしい姿を見たからか、思わず頭を撫でていた。

撫でた矢先からぶわわっとキラキラし始めたのだが……なんだこれ。

 

(べ、別に羨ましくなんてないんだから!)

 

(漣さんいいな……私も提督に……はうぅ)

 

「あはは……ホント明るくて賑やかな鎮守府ね……」

 

「まあ退屈はしないと思うよ、うん。それにイムヤはうちの初潜水艦だからいろいろ頑張ってもらう事も多いかも知れない」

 

「任せてよ司令官!司令官の為なら単艦でオリョクルだってこなして見せるわ!」

 

「(オリョクル?)あ、ああ。頼りにしてるよ」

 

何やら聞きなれない単語も出てきたが、何となく知ってはいけない単語の様な気がして聞き返さなかった。

イムヤとの会話後も様々な艦娘達と過ごし(ほぼ絡まれる形だったが……)、気付けばすでにいい時間になっていた。

青葉が「この時間を待っていました!」と言わんばかりに前へ出てくる。

 

「皆さん、ここらで1つ記念撮影なんてどうでしょうか?」

 

「記念撮影か、たまにはいいかもな」

 

「はい!この時の為に、司令官と買いに行ったメンテナンス用具で準備もバッチリです♪」

 

「お、おい青葉……」

 

「あ……」

 

あれほど内緒だと言ったのに……アオバワレェ。

予想通り、一瞬にして「一緒に買いに行ったってどういう事!?」という空気に包まれる食堂。ほら見た事か。

このままだと非常に面倒な事になりそうなので、なんとかこの場を沈めるしかあるまい。

 

「皆の言いたい事は分かる。でもとりあえず写真を撮ってからにしないか?」

 

「そ、そうですね!さすが司令官!」

 

「普段は哨戒やら遠征やらでなかなか全員集まれないし、ここを逃すと次が何時になるか分からないからな。皆、頼む!」

 

皆に向かって頭を下げながら懇願する龍二。

一応気持ちは届いたのか、皆渋々ながら了承してくれた。

 

「終わったら今の事追及させてもらうから」

 

「……」

 

残念ながら穏便に済むはずも無く、すれ違いざま叢雲に釘を刺されたが。

尚、青葉は青葉で針の筵状態になっているが、自業自得なので仕方ない。

直前にすったもんだがあったものの、撮るとなればそこはそこで本気を出す彼女達。

誰が龍二の隣になるかの口論から始まり、最終的には龍二が先頭最前列、左右に漣と叢雲、後ろに神通、その周りに他の艦娘という構図になった。

さすが初期艦組は格が違った……とはいえ無理矢理ぶんどったポジションという訳ではなく、話し合いの末「もういっそ初期艦組が周りでいいんじゃね?」的な感じに収まっただけなのだが。

 

「では撮りますよ~……綾波さんもっと内側に。あと阿武隈さん、いい加減前髪いじるのやめてもらっていいですか?」

 

「敷波~、ぎゅ~♪」

 

「こ、こら綾波、抱き付くなぁ!」

 

「ふえぇ~、事前に教えてくれれば時間かけて直したのに……」

 

「最後まで騒がしいわね……」

 

「ま、まあそれもこの鎮守府の良い所だと思いますよ……?」

 

「ものは言いようですねぇ……」

 

「ははは……」

 

初期艦組のもっともなツッコミに苦笑しながら、改めてカメラへと向き直る。

この雰囲気を今後壊す事無く、また誰一人欠けることの無いよう気を引き締めながら。

 

「では改めて……皆さん、1+1は?」

 

「「「「「に~♪」」」」」

 

静かに、それでいてハッキリとしたシャッター音が、食堂内に響き渡った。

 

 

ちなみに撮影終了後、青葉との買い物についての追求から逃れようとこっそり逃げ出そうとした龍二だったが、あっさりと捕獲された上に後日各々と1対1で買い物に連れ出される約束をさせられた模様。

そして青葉は1週間カメラ没収の刑となり、さめざめと涙していたらしい。

 




執筆が遅くなった割に中身のない内容となってしまいました……
どうも最近いい妄想が浮かばず、ストーリーが中々思いつきません。

まだやりませんが、いっそ何かネタでも募集するのもアリかも知れませんね。


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第23話

「は……はっ……ハックシュン!!……うう、さびぃ……」

 

「うわ、これまたすごいくしゃみですね……」

 

「対策はとってたんだが、どうにも間に合わなかったっぽいな……ズズッ……」

 

「うぅ……ごめんね、司令官……」

 

「いや、俺が貧弱すぎただけだよ。イムヤが気に病むことは無いさ」

 

本日の秘書艦である大淀に大層心配され、イムヤには泣きそうな顔で謝られる。

原因は何であれ、ただの風邪で泣かれては精神的に堪えるので、とりあえず頭を撫でつつイムヤを慰める。

もうそろそろ梅雨入りかと言わんばかりの暑さにも関わらず、鼻水とくしゃみに耐えながら執務をしているのはもちろん龍二である。

 

「むしろこの機会に、提督には体を休めてもらいましょう」

 

「別に疲れてる訳じゃないぞ?」

 

「そんな訳ないじゃないですか。知ってるんですよ?秘書艦が帰った後もひっそりと仕事してるの」

 

「うげ……」

 

「そうなの?司令官がんばりすぎよ……」

 

「未だに書類仕事とか苦手でさ……その位しないと間に合わないんだ。かと言って遅くまで秘書艦をお願いするのも悪いし……」

 

「それで体調を崩されては本末転倒です!とりあえず今日はもうお休みください。あとの執務は私の方でやりますので」

 

「いや、でもそういう訳には……」

 

「デモもへったくれもありません!そんな状態の提督に仕事させられる訳ないじゃないですか。いいからベッドへGOです!」

 

「わ、わかったよ……」

 

大淀に背中を押されながら執務室を追い出される龍二。

そんな龍二の背中を、イムヤは心配そうに見つめていた。

 

「ふぅ……これでやっと休んでもらえますね。あとで明石に診察をお願いしておかないと……」

 

「大淀さん、私も執務手伝うわ!……司令官は気にするなって言ってたけど、やっぱり私が原因だから……」

 

「イムヤちゃん……」

 

必死な表情で手伝いを買って出るイムヤを思わず見つめてしまう大淀。

季節の変わり目だとか、鍛え方が足りないとか、理由は幾つかあるかもしれないが、最も大きな原因とすればやはり自分が一番に来るだろう。

時は昨日に遡る……

 

 

 

 

イムヤが着任してから早1週間。

鎮守府唯一の潜水艦という事で、イムヤはいろいろな面で重宝されていた。

この日も、鎮守府の駆逐艦や軽巡洋艦の対潜演習に駆り出されていたところだった。

 

「では本日の対戦演習は、阿武隈を旗艦に響・初春・皐月の4人で行う」

 

「「「「はい!」」」」

 

「イムヤ、ここ最近ずっと演習に駆り出しちゃってるが……大丈夫か?」

 

「大丈夫よ、任せて司令官!」

 

「ありがとう。もし辛かったらすぐに言ってくれよ?演習とは言え危険が無いわけじゃないんだから」

 

「分かったわ!」

 

「では各自所定の位置へ移動してくれ」

 

提督の指示のもと、今回の演習メンバーが所定の位置まで移動していく。

私も移動を始めるが、どうにも今日は体が重い気がする。

 

(司令官の言う通り疲れが溜まってるのかな?)

 

先ほどの龍二の言葉を思い出し、一瞬報告しておこうと思ったが、すぐに思い直して移動を再開する。

せっかく司令官が頼ってくれているのだ、そこへ水を差すようなことはしたくない。

それに、最初こそ戸惑いが大きかった鎮守府メンバーの対潜行動も、最近はまさに成長期と言ったところだ。

ここで下手に歩みを止めてしまうより、伸ばせるときに伸ばした方がいいだろう。

そんなことを考えつつ所定のポイントまで移動し、身を隠すために潜航を開始する。

ある程度まで潜ったあたりで空砲が鳴り響き、演習が開始されたことを告げた。

 

(さて、そろそろこっちも行動開始かな?)

 

所定のポイントで潜っているだけでは演習にならないので、こちらも移動を開始する。

移動を始めて間もなく、艤装からいつもとは違う異音が奏でられている事に気付く。

 

(あれ、何か変な音が……それにスピードも出ない……)

 

艦娘は、艤装が損傷した際にそのダメージが衣服や身体に一部フィードバックされる。

逆もまた然りで、日常生活で身体の方が異常をきたせば、最悪艤装にまで影響を及ぼしてしまう。

もちろん艤装単体が不調になる場合もあるが、その辺りの見極めは今の所妖精に頼るしかない。

 

(マズい、みんなもう来てる!とりあえず浮上して皆に知らせないと……メインタンクブロー!)

 

演習用の爆雷(妖精作。殺傷能力はないが衝撃は発生する空砲のような爆雷)とはいえ、当たり所がマズければ最悪の場合もあり得る。

とりあえず演習の中止を呼びかけるために浮上しようとするが、何度試みてもメインタンクが反応しない。

 

(嘘、ブローできないなんて……)

 

阿武隈達がすぐ傍まで来ているのか、水上艦の航行音が聞こえてくる。

魚雷を警戒しながらも真っすぐこちらへ向かってきている所を見るに、既にソナーでこちらの場所は把握されているだろう。

このまま留まれば爆雷の雨あられが降り注ぐのは火を見るよりも明らかだが、いかんせん航行も浮上もできない。

迫る危機に慌てて対処法を考えるイムヤだが、無情にもその上から爆雷が投下される。

そしてイムヤの眼前で炸裂し、彼女の意識を刈り取っていった。

 

 

 

 

「イムヤ!!」

 

「提督、ちょっと落ちつ……あーもうっ!」

 

演習の一部始終を、船に乗って至近距離から見ていた龍二は、無線で阿武隈が『イムヤが浮上して来ない』と言った瞬間に海へ飛び込んだ。

一緒に乗っていた大淀が止めようとするも一歩及ばず、ボートの脇に大きな水柱が上がった。

慌てて飛び込もうとした大淀だが、不幸な事に艤装を背負ってきてしまった為、このまま飛び込んでも海上に浮かんでしまう。

かと言って妖精が居ない状態で艤装を外すのには時間がかかるため、とりあえず思い止まるしかなかった。

 

「提督、無事でいて下さいね……!」

 

ボートに備え付けの工具で艤装の解除に取り掛かった大淀は、祈るようにして海上を見つめていた。

 

 

 

 

「それでイムヤちゃんを助けたはいいが、鎮守府までずぶ濡れの状態で帰ってきたと……ん~、38.4度……普通に風邪ですね」

 

「いやはや面目ない……」

 

「全く、提督は無茶しすぎです!今回はただの風邪だからよかったものの、重いケガや病気を患ったら万が一があるんですからね?私の専門は人間じゃなくて艦娘の修理なんですから」

 

「でも風邪くらいでイムヤを助けられたんだ、安いもんだろ?」

 

「もちろん仲間を見捨てろ、なんて事は言いませんよ。ただ、それくらい皆提督の事を心配してるって事は理解してくださいね?」

 

「ああ、肝に銘じておくよ」

 

「ならいいです。とりあえずあとは安静にして、栄養のあるものを食べれば大丈夫です。食欲はありますか?」

 

「ああ、大丈夫そうだ。おかゆや雑炊みたいなやつなら食べられそうだ」

 

「なら間宮さんに作ってもらうようお願いしときます。それまでちゃんと安静にしてて下さい」

 

「わかったわかった」

 

風邪の様子を見に来てくれた明石が、食堂へ向かう為龍二の私室を出ようとする。

と、そこで一度足を止めた明石はこちらを振り向くと、「思ったより早く食事にありつけそうですよ?」と言いながら去っていった。

どういう意味だ?と一瞬疑問に思ったが、すぐに理由が理解できた。

お盆に一人用の土鍋を乗せたイムヤが、すれ違いで入ってきたからだ。

 

「司令官、具合はどう?」

 

「熱はあるけど寒気はもう収まったし、だいぶ落ち着いたよ」

 

「よかった……」

 

「だから心配するなって言ったろ?ただの風邪なんだから」

 

「それでもごめんなさい……」

 

何だかんだで真面目なイムヤは、どうしても自分が許せないのだろう。

どうしたものかと考えていると、ふと手に持っている土鍋の存在を思い出した。

 

「イムヤ、その土鍋はもしかして……」

 

「あ、そうだった。間宮さんに習って卵雑炊を作ってみたの。美味しいかどうか分からないけど……食べてくれる?」

 

「ああ、ちょうどお腹すいてたんだ。ありがたくいただくよ」

 

「よかった!じゃあ準備するからちょっと待っててね!」

 

そう言うや否やベッドの脇に膝立ちになったかと思うと、自ら手に取ったレンゲで雑炊を掬いはじめた。

これはまさか……

 

「ふーっ、ふーっ……は、はい司令官、あーん」

 

「ちょっ、イムヤ?自分で食べられるぞ?」

 

「私がしてあげたいの!……だめ?」

 

「ダメってことはないけど……」

 

「じゃあはい、あーん!」

 

「いや、あの……」

 

「あーん!!!」

 

「……はむっ」

 

どうしても「あーん」をしたいのか、頑なに食べさせようとしてくるイムヤに折れた龍二は、掬われた雑炊を頬張る。

……うん、うまい。

程よい塩気とふわっとした卵の食感がなんとも心地良い。

間宮に教わったからか、それともイムヤの元々の腕が良いのか分からないが、とりあえず龍二を想ってしっかりと作られている事が分かる、あたたかい味だった。

 

「はふはふっ……うん、すごく美味しいよ、イムヤ」

 

「ホント!?よかったぁ♪……じゃあ次、はいあーん!」

 

「……これ最後までやるの?」

 

「もちろんよ!」

 

「マジか……まあ風邪の時位は素直に甘えるか」

 

どうせ何度言ってもこちらが折れる未来しか見えないので、恥ずかしさはあれど早々に抵抗を諦める。

そんな恥ずかしがっている時間も長くは続かず、いつの間にか土鍋は空になっていた。

 

「ふう、ご馳走さま」

 

「お粗末様でした!」

 

「お腹いっぱい食べたら眠くなって来たな……」

 

「なら寝ちゃった方がいいよ!今は体を休めないと……」

 

「それもそうだな……ふあぁ~、悪いけどこのまま寝るわ」

 

「うん、わかったわ!」

 

程よい眠気に誘われた龍二は、そのまま体をベッドへと預ける。

心地良い満腹感は眠気をさらに加速させ、すぐに意識が薄れ始めた。

沈みゆく意識の端で、なにやらもぞもぞと蠢く気配を感じてなんとか目を開けると、提督指定(本人談)のスクール水着一枚になったイムヤがベッドへ潜り込もうとしていた。

 

「っておい!何やってんだイムヤ!」

 

「へ?いや、こういう時は人肌で温めるのが良いって聞いて……でも恥ずかしいから水着だけ残したんだけど……」

 

「……一応聞いておくけど、誰に聞いた?」

 

「青葉さん」

 

「やっぱりか……この前の罰が甘かったらしいな……倍プッシュだ」

 

「??」

 

間違った知識を植え付けられた事に気付いていないイムヤは、頭にはてなマークを浮かべていた。

まあ全てが間違いじゃないかも知れないが、付き合ってもいない異性にやるべき事ではないのは確かだ。

とりあえず首を傾げているイムヤに説明しようとした瞬間、部屋のドアが勢いよく開かれた。

 

「イムヤちゃん、そこまでは許してませんよ!」

 

「大淀が気付かなかったら危ない所でした……」

 

「大淀さんに明石さんも……」

 

「……これは面倒な事になってきたぞ」

 

責任を感じているイムヤに看病を任せはしたが、まさか添い寝まで行くとは思っていなかったのだろう。

怒り心頭な2人だが、どうせ数分後には矛先が青葉に向いているだろう。

……仕方ない、俺からの罰は無しにしておいてやろう。

 

「提督もっ!そうやって油断してたらあっさりと食べられちゃうんですからね!」

 

「今の提督はオオカミの群れの中の羊なんですから!」

 

「うわ、とばっちりが来たよ……」

 

「やっぱり司令官は人気者ね!」

 

「今は嬉しくないな……」

 

もはやイムヤそっちのけな2人に、ただただ苦笑を浮かべているイムヤ。

とりあえず、俺から青葉への制裁が一瞬で復活した事は言うまでもない……

 




青葉が完全に被害担当艦になっている件について。
まあ自分が蒔いた種だからね、仕方ないね。

そしてまたもイムヤネタになってしまいました。
他の艦娘も書けよ!と言われそうですね。申し訳ありません。


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第24話

何気に新キャラ登場の巻。
また、この話の後はIF展開をいくつか書こうと思ってます。
詳細は後書きにて。


季節は梅雨。

人も環境もアンニュイになるこの季節、多分に漏れず鎮守府にもアンニュイな空気が広がりつつあった。

そんな中龍二は、相変わらずいつもと変わらない執務をこなしていた。

こんな季節という事もあり、やらなくて良い仕事なら今すぐ窓から放り投げるのだが。

 

「えーと何々……この鎮守府の戦力が足りない?毎日報告してる資材の収支報告書読めよ!まだいっぱいいっぱいなんだよ!」

 

「椅子にふんぞり返ってるだけのお偉いさん達は、現場の状況を知ろうとしませんからね……」

 

「そうなんだよなぁ……。でも、間違ってもそんな事外で言うんじゃないぞ?俺が言っても説得力は無いかもしれんが……」

 

「はいはい、分かってますって~」

 

秘書艦用の椅子にぐでーっと座りながら、漣は手をひらひらさせる。

本当に分かってるのだろうか……ちょいと心配だ。

 

「次は……鹿屋基地からか。合同演習お誘い?」

 

「おや珍しい。というか、鎮守府発足以降に他の鎮守府と絡むのは初めてですね」

 

「そうだな。でも合同演習か……アリだな」

 

「この暑い中演習ですか~……漣としてはちょっと遠慮したいな~なんて」

 

「海上なんだからマシな気もするが……」

 

「艤装付けている以上潜れませんから。泳げない海なんてただの大きな水たまりです!」

 

「水たまりでも陸上よりは涼しいと思うが……でも、他の鎮守府との試合となると得るものも大きいはずだぞ?」

 

「それはそうかもしれませんが……多分他の皆も同意見だと思いますよ?」

 

「うーむ……合同でやる以上、やる気の無い状態で参加するのは先方に失礼だしなぁ。何か皆のやる気を出させるいい方法はないものか」

 

「ヤル気ですか、ん~……あっ!」

 

何か良い案でも思いついたのか、パッと顔を上げる漣。

心なしかにやけているように見えるのは気のせいだろうか……?

 

「何か良い案あったか?」

 

「ええ、思いついちゃいました」

 

「して、その心は?」

 

「……当日まで内緒です♪」

 

「おい」

 

「大丈夫ですって!絶対上手くいきますから、漣を信じて下さい!」

 

「そこまで言うなら……ちなみに、何か事前に用意しておく事はあるか?」

 

「これと言って特には……しいて言うなら『心構え』ですかね?」

 

「んん?心構え?」

 

「にゃはは、今のは気にしないで下さい。とりあえず皆の方は、漣にお任せを!」

 

「あ、ああ分かった。頼んだぞ?」

 

「アイアイサー!」

 

イマイチよく分からないが、根は真面目な漣がここまで言うのだ、きっと何とかなるだろう。

ただ、先ほどから背筋がぞわぞわとする感覚がする。

何と言うか、試合に勝って勝負に負けそうな予感というか……本当に漣に頼んで大丈夫だったのだろうか?

この選択が吉と出るか凶と出るかは、まさに神のみぞ知るところであった。

 

 

 

 

 

そこからの数日は凄かった。

何が凄かったって、全員の気迫が段違いに強くなっていたのだ。

いつもの訓練ですら真面目にやらない子達も一気に真面目になり、普段から真面目な子はさらに真面目に取り組んでいた。

もちろん歓迎すべき事ではあるのだが、流石に今までとの差が大きすぎるので、皆にそれとなく理由を尋ねてみるのだが、返ってくるのは「秘密」だとか「禁則事項」だとか……

一体漣が何をやったというのか……最後の最後まで分からずじまいだった。

そして、理由が分からないモヤモヤを抱えながら、演習当日になった。

 

「お初にお目にかかります。鹿屋基地の提督をしております福本といいます」

 

「こちらこそ、わざわざご足労頂き、ありがとうございます。ここの提督をやっております須藤と申します」

 

「いえいえ。普段出来ない貴重な合同演習ですし、その為ならこの位の遠征何でもないですよ」

 

「そう言っていただけると助かります。しかし……」

 

龍二は失礼だとは思いつつも、福本の全身を監視してしまう。

しかしこればかりは致し方ない。何せ現在の海軍では唯一の女性提督なのだから。

 

鹿屋基地所属の提督「福本あかり」

艶のある漆黒の髪を腰辺りまで伸ばしており、先端部分のみリボンで結っている。

服装は龍二と同じ軍服の為、ボディラインがくっきりと浮き彫りになっている。

そのせいで、持ち前のスタイルの良さが余計に協調されてしまい、思わず龍二は目のやり場に困ってしまう。

福本もこういった視線に慣れているのか、ふと目をそらした龍二を前にいたずらっ子のような微笑みを浮かべる。

 

「ふふっ、どうしました?」

 

「えっ、いや、あの……」

 

「女の軍人に会ったのは初めてですか?」

 

「うっ、た、態度が露骨でしたかね……申し訳ありません」

 

「いえいえ、慣れっこですから♪」

 

「あ、あはは……」

 

「それにしても……」

 

そう言いながら、龍二の後ろに立つ彼の艦娘達に視線を投げかける。

本人は駆け出しの提督だと言っていたが、それなりに多種多様な艦種が揃っている様だ。

ただ、艦種が違くても唯一共通する事があった。

それは、龍二と和やかに応対する福本を見つめる視線だ。

皆一様に福本を睨んでおり、その視線には彼女達のありったけの敵意が乗っかっていた。

 

「随分と艦娘の皆に好かれているようですね~」

 

「ええ、幾分行き過ぎな子もいますが、私のようなひよっこに着いてきてくれるだけでもありがたいですよ。」

 

「うーん……須藤さんに「着いてきてる」だけじゃない気もしますけどねぇ……」

 

「そ、それは……」

 

「もしかして……ハーレム状態だったりします?」

 

「そんなまさか!?それに、故郷に戻れば恋人もいますし」

 

「ありゃ、彼女もちかー……残念」

 

「ざ、残念って……?」

 

「いやー、見た目はもちろん、こうやって話してて心地良いというか、結構気に入っちゃったかなーなんて……」

 

「えっ!?」

 

「あ、何なら愛人でもいいですよ?故郷に戻らないと恋人と会えないんじゃ、いろいろと溜まっちゃうんじゃないですか?い・ろ・い・ろ・と♪」

 

「な、なななな……」

 

「……ゴ、ゴホン!!」

 

急に後方から大きな咳払いが聞こえ、気になって振り向いた彼の前には、いかにも「不機嫌です」と言わんばかりの表情の叢雲達が経っていた。

本気なのか遊んでいるだけなのか分からないが、とりあえず龍二を弄んでいる福本に耐えかねたようだ。

 

「そろそろ始めないと日が暮れるわよ?」

 

「そ、それもそうだな。そう言う訳ですし、そろそろ演習を……」

 

「あらら、怒らせちゃったかな?残念だけどこの辺にしておきますか~」

 

「ホッ……」

 

やっと福本の弄りから解放された龍二。

なんとか仕事モードへ切り替えると、演習の詳細を福本と詰めていった。

尚、その間福本はずっと艦娘達に睨まれたままだったのだが、本人は飄々としていた。

肝が据わっているのか、むしろこの状況を楽しんでいるのか……

とりあえず1つ分かったことは、この子達と福本は近づけてはいけないようだ。

「混ぜるな危険」とはまさにこの事か……と、龍二は身をもって知るのであった。

 

 

 

 

演習開始直前。

各自の指定位置まで移動する為、一度福本と別れる。

以降は必要な時だけトランシーバにて応対することになっている。

 

「よし、今日の演習について説明するぞ」

 

福本と別れた事で、若干落ち着きを取り戻した艦娘達を集め、本日の演習についての説明を始める。

対戦相手の福本は須藤より早く着任したため、練度もメンバー数も向こう側がずっと上である。

その為、事前にこちらのメンバー数を伝えており、演習に参加できる人数を調整してもらっている。

なので最低でも1人1試合はできる予定だ。

 

「今回の演習はいつもの気の知れたメンバーじゃない。しかも向こう側が圧倒的に各上だ。だが今後、対深海棲艦でも同じような事があるかもしれないし、そう言う意味でも非常に得る者は多いはずだ」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

「今回の演習ではあえて細かい指示は出さない。また、各自弾は妖精さん特製の演習弾だから、当たれば痛いけど沈みはしないから、みんな思いっきり暴れて来てくれ!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

「うん、みんなのやる気もいい感じだ。……そう言えば漣、結局どうやって皆にやる気を出させたんだ?演習当日に分かるって言ってたけど……」

 

「あー、それはですね……」

 

ここへ来て何やら言いにくそうな態度を見せる漣。

ああ、今さらになって嫌な予感が溢れて来たぞ……

 

「それは……?」

 

「……この演習でMVPを取ったら、ご主人さまが何でも1つ要望を叶えてくれるよ~と……」

 

「なぬっ!?」

 

ほれ見た事か、嫌な予感的中だ。

龍二が「俺は知らんぞ!?」的な対応をすると、途端に騒めき始める艦娘達。

きっと漣が「ご主人さまの了承済みです!」みたいな事を言って皆を乗せたのだろう。

その証拠に、漣に対して皆のヘイトが集まっている。

 

「またお前勝手に……」

 

「でもこうでもしないと、皆やる気にならないかな~と思いまして……」

 

「それは……そうかもしれんが」

 

「ここは皆の為にも、是非MVPの人にご褒美を!」

 

「うーむ……」

 

確かに皆のやる気を出させる為には、ご褒美的なサムシングが必要だったかもしれない。

だとしても、何でもいう事を聞くとか、もはやED直行の未来しか見えない。

かと言ってここで断れば皆のやる気もダダ下がりだろう。

 

「あー、わかった、ご褒美はOK」

 

「マジですか!?」

 

「ただし条件があるぞ?」

 

「条件?」

 

「さすがに「何でも」は無理だから、常識の範囲内での要望なら聞こう。それでもいいか?」

 

「「「「「やったー!!」」」」」

 

龍二の妥協案に、漣を含めその場にいた艦娘達が歓喜に沸く。

この喜びようからすると、恐らく漣の言葉を話半分に聞いていた子もいたのだろう。

とりあえずこの妥協案なら、ED直行にはならない……はず。

 

「よし、じゃあ最初の演習メンバーを発表するぞー」

 

そう言って騒めき立つ彼女達を再度集める。

誰がMVPを取り、そしてどんなお願いをされるのか……

神のみぞ知る所ではあるが、どうか穏便に済んでくれと祈る龍二であった。

 




はい、演習回(まだ始まってないけど)でした。
福本さんみたいなお姉さん、大好きです(爆)

そして冒頭にも書いた通り、次回からいくつかIF展開でお送りします。
ランダムにチョイスした艦娘がMVPを取ったら……という感じです。
チョイス方法はどうしようかな……

え、間宮さんや明石さん?
大丈夫、そのうち救済ストーリーも書きます。多分。


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番外編IF case01:瑞鳳がMVPを取った場合

遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
はい、ガッツリ風邪引きました。そして未だに熱が38度を割りません……orz
一気に寒くなってきましたので、皆さんもお気をつけ下さい。

さて、今回からしばらく、番外編IF「〇〇がMVPを取った場合」シリーズとなります。
映えある1人目は瑞鳳さんですが……熱のせいもあってか結構難産でした。
ふわふわした状態で書いたので、おかしなところや間違いが多々あるかもしれませんが、ご了承のほどお願い致します。


「提督ぅ~、早く行こうよ~!」

 

「そんな急ぎなさんなって。店は逃げやしないんだから……」

 

とある休暇日の朝。

通常の休暇日であれば日頃の疲れを取るために昼近くまで寝ているのだが、残念ながら今日はそうもいかないようだ。

 

先日の合同演習後初の休暇日である今日は、演習で見事MVPに輝く健闘を見せた瑞鳳と街へ繰り出す事になっている。

MVPが決まってからというもの、今日の今日まで「提督とデート♪提督とデートっ♪」などとハートマークをまき散らしながら宣うものだから、その他の艦娘からの恨めしそうな視線が怖かった。

そこで「デートの邪魔をしてやる!」とならない辺り、やはりなんだかんだ言ってもうちの鎮守府の子たちはいい子なのだろう。多分。

とまあ、そんなこんなでデート当日を迎えた今日、早速早めの時間から瑞鳳が部屋に突撃してきたわけである。

 

「もしかしたら欲しい子が逃げちゃうかもしれないでしょ!ねぇ、早く~」

 

「わかった、わかったから一旦部屋から出といてくりゃれ。そうしないといつまで経っても着替えられん」

 

「別に私は気にしないのに……」

 

「俺が気にするのっ!いいからほら、ハリーハリー!」

 

「んぅ、残念……二度寝しないでね?」

 

放っておいたら着替え中の裸体を隅々まで見られそうだったので、背中を押して退室を促す。

瑞鳳に限った話じゃないが、うちの子はもう少し恥じらいと言うものを持ってもらえないだろうか……?

 

(しかし。最後の最後まで釘を刺していく辺り、外出が嬉しかったのか……)

 

(外出が嬉しいんじゃなくて、提督とのデートが嬉しいの!)

 

(こいつ、直接脳内に……)

 

とまあアホなやり取りをしながら、テキパキと私服に着替えていく。

昨日のうちに準備しておいて良かった……着替え最中に次発装填再突入でもされたらかなわん。

着替えを終え、歯を磨きながら寝癖などをチェックしていく。

この辺りは愛佳とのデートで学んだ……というか、2人で出かける時に身だしなみを疎かにしているとえらくご機嫌斜めになるので、自然と身についたと言ってもいい。

その為、寝癖直し用のスプレーなんかはクセで常備してあるのだ。

 

「よし……瑞鳳、準備できたぞー!」

 

「はーい」

 

待ってましたと言わんばかりの早さで室内に戻ってくる瑞鳳。

そして龍二の姿を一通り見回すと、「ふむ……」と言いながら頷いている。

 

「どうした?」

 

「いや、予想以上に準備は早いし、私服もいいセンスだなぁ~って」

 

「ああ、そういう事か。愛佳に鍛えられたからな……」

 

「むぅ……デートの時に他の女性の名前を出すのはアウトだよ!」

 

「他の女も何も、現彼女なんだが……」

 

「それでもダメなの!」

 

「さいですか……」

 

見た目は鍛えられても中身は女性慣れしていない為、妙な所で地雷を踏んでしまった。

一生懸命頬を膨らませてぷんすこ!してはいるものの、チラチラとこちらの様子を伺っている辺り、瑞鳳も本気で怒っているわけでは無いようだ。

 

「さて、とりあえずそろそろ向かうか」

 

「……そだね。行こっ、提督♪」

 

「おいっ、手を引っ張んな~!」

 

「きこえませ~ん♪」

 

少しでも早く店に行きたいのか、龍二の手を引いていきながら部屋を出ていく瑞鳳。

だが、いくら小柄でも艦娘は艦娘。

人間とはかけ離れた馬力で引っ張られると腕が千切れそうになるのだが、どうやら聞く耳をもってくれないようだ……

とりあえず、腕が無事なうちに目的地に着くことを祈る龍二だった。

 

 

 

 

「とうちゃ~く!」

 

「あ~、やっと解放された……まだ腕がしびれてるぞ」

 

「ごめんなさ~い」(てへぺろ☆)

 

(悪びれる様子はない……というか可愛いなこいつ……)

 

下を出して誤魔化す瑞鳳を見ながら、そんな事が頭に浮かぶ龍二。

いかんいかん、最近はほぼ常に艦娘に囲まれているような生活だからか、頭が緩くなっている気がする。

気をそらす為に頬をパチンと叩くつもりで雑念を払拭することにする。

実際にやると痛いので、つもりで済ますヘタレだが……

 

「さあ提督、中に入ろっ」

 

「お、おう……」

 

ワクワクを抑えられない様子の瑞鳳に続き、店の中へと入っていく。

店の名前は「津久田模型店」、つまりプラモデル屋さんである。

 

意外に思うかもしれないが、瑞鳳は軍事兵器関係の造形やら何やらに人並みならぬ知識と熱意を持っている。

とりわけ艦載機の造形にはうるさく、本人曰く「九九艦爆の足が最高に可愛くて好き」との事だ。

最初は空母だからかとも思ったが、姉の祥鳳はそれほど思い入れは無いようなので、青葉のカメラへ向ける情熱と同じような物だろう。

 

そんな瑞鳳なのだが、先日テレビでやっていたジオラマ特集に心を打たれたらしく、プラモデルが欲しい!と迫ってくる瑞鳳をここへ連れて来たという訳だ。

本人はデートデートと浮かれてはいるが、どう考えてもデートコースにはそぐわない店であることぐらいは龍二にも分かっていたが、本人の嬉しそうな笑顔を見たらそんな杞憂も吹っ飛んでしまっていた。

 

「うわぁ~、いろんなプラモデルがいっぱい!」

 

「プラモデルと言ったらロボットのイメージが強いけど、いろいろあるんだな……うわ、お城なんてのもあるのか」

 

「でもやっぱり艦載機が欲しいなぁ……どこだろ?」

 

「時間はあるんだ、ゆっくり探すといい」

 

「はーい♪」

 

元気よく返事をすると、瑞鳳は店の奥へと進んでいった。

正直ロボット関係には興味なかったが、城やら軍艦やらが描かれた箱を目の前にすると、何となく自分も欲しくなってくるから不思議だ。

これが男の子のサガという訳か……もちろん塗装などはできないので、買うとしたら塗装済みの商品に絞られるわけだが。

 

「しかし塗装済みってのは殆ど無いんだな……ん?」

 

ふと目に着いた箱を2つ手に取ってみると、両方ともタイトル横に「塗装済み」の文字。

どうやら同じシリーズの商品のようだ。

そして商品のタイトルは、何の因果か「祥鳳」と「瑞鳳」であった。

 

(偶然にしては出来過ぎな気もするけど……いいな、これ)

 

箱に記載されている説明を見る限り初心者向けのキットのようで、塗装済みの上制作もあまり難しくはないようだ。

今日は別としても休暇日は終日部屋で暇している事も多いので、暇つぶしがてら作ってみるのも一興か。

そうと決まれば、瑞鳳が戻ってくる前に買っておこう。

いずれはバレる気もするが、流石にここで本人に見つかるのは恥ずかしいものがある。

レジへ持っていき、予想以上に安い値段に驚きつつも何とかミッションコンプリート。

そしてそのまま瑞鳳を探そうとすると、棚の向こうからこちらに歩いてくる姿を発見した。

見れば数箱のプラモデルとは別に、ニッパーやら塗料やらもまとめてカゴに入れられていた。

 

「あれ?提督も買ったの?」

 

「ああ、面白そうなのがあったから思わずね……そういう瑞鳳は、プラモデル以外もいろいろ買うんだな」

 

「もちろん!最終的には臨場感溢れるジオラマを作るのが目標だし、塗装なんかも覚えないと」

 

「ああ、なるほどな」

 

「それでそれで、提督は何買ったの?お城?ロボット?」

 

「ん~……秘密」

 

「え~、なんで!?不公平だよ~」

 

「気が向いたら後で見せてやるから……とりあえず買ってきちゃいなさいな」

 

「ぶ~……約束だよ?」

 

「はいはい」

 

そう言うと、ぶーたれたままの表情でレジへと向かう瑞鳳。

少しかわいそうな気もするが、さすがにここは譲れない。

「お前を買ったのさ(意味深)」なんて口が裂けても言える訳ないのだ。

 

 

 

 

店から出ると、これからの予定を一切考えていなかったことを思い出す。

瑞鳳も瑞鳳で「これからどうするの?」的な視線でこちらを見ているが……さてどうしたものか。

と、そこで狙ったかのようなタイミングで合唱を始める龍二のお腹。そこで今朝から何も食べていない事を思い出す。

時間的にはほんの少し早いが、昼食へ向かうのもいいかも知れない。

 

「なあ瑞鳳、ちょっとばかし早いけどお昼にしないか?」

 

「あ、やっぱり今の音は提督のお腹だったんだ……」

 

「誰かさんが朝飯も食べさせてくれなかったもんでな」

 

「う……ごめんなさい」

 

「冗談冗談。あの時間まで寝てた俺が悪いんだ、気にするな。……んで、どこの店に入ろうか?」

 

「それなんだけど……あの」

 

「ん?」

 

「お弁当作ってきたんだけど、食べてくれる?」

 

そう言いながら、抱えていたバッグから包みを見せる瑞鳳。

本人がデートだ何だと浮かれていたのは知っていたが、まさか手作りのお弁当まで作ってくれていたとは思わなかった。

 

「ダメ…かな?」

 

「……ハッ!?、あまりの驚きで固まってたわ……もちろん頂くよ」

 

「はぁ、よかったぁ……でもあんまり自信ないから期待はしないでね?」

 

あまり料理が得意ではないのか、おずおずといった感じで包みを手渡してくる。

何この子、いじらしいじゃないの……

とりあえず包みを受け取るが、予想以上に大きかった……というか重箱じゃないですかコレ。しかも2段重ね……

 

「なあ瑞鳳?いくら男でもこの量は……」

 

「あ、それで2人分なの。ご飯はおにぎりにしてあるから」

 

「ああ、なるほどね。じゃあ飲み物は俺が……」

 

「一応、水筒に麦茶入れて来たから、これでよければ……」

 

「なんだなんだ、至れり尽くせりじゃないか……ありがとうな?」

 

「で、デートだしこの位は……ね?」

 

ウィンクなんてしながら若干おちゃらけて言う瑞鳳だったが、後々から恥ずかしくなって来たのか顔を真っ赤にしている。

言ったあと急に恥ずかしくなるパターン、あると思います。

このままいじるのも面白そうだったが、手作りの弁当を持ってきてくれたこともあり、あえて話題を逸らして助け舟を出す。

 

「とりあえずどこで食べようか……あの公園のベンチとかでもいいか?」

 

「う、うん」

 

たまたま目に着いた小さな公園を指さして提案する。

まだ顔は赤いままだが、さっきの件に触れなければそのうち戻るだろう。

 

「ん、ちょうど木陰になってて涼しいな」

 

「ほんとだ……今日も暑いから丁度いいね」

 

「そうだな……して瑞鳳さんや、お箸はいずこへ?」

 

「え、えっと……」

 

はて、何やら嫌な予感がしてきたぞ……?

 

「お箸1膳しか持ってきてないから、た、食べさせてあげるね?」

 

「え”!?」

 

なるほど、手作りの弁当を用意した理由の一つにこれがあったのだろう。

瑞鳳、恐ろしい子っ!

 

「いや、さすがに恥ずかしすぎるぞ、これは……」

 

「はい提督、瑞鳳の卵焼き……たべりゅ?」

 

「いや、たべりゅ?じゃなくてだな……」

 

「……たべりゅ?」

 

「……たべりゅ」

 

もはや完熟トマトもビックリな程顔を真っ赤にはしているが、どうやら意地でも引かない模様。

このままだと恥ずかしさ+暑さで、瑞鳳がオーバーヒートしてしまいそうなので、仕方なく折れて差し出された卵焼きを頬張る。

 

「……(もぐもぐ)」

 

「ど、どうかな?」

 

「うん、美味い!」

 

「ホント!?やったぁ♪」

 

ふわふわの食感に絶妙な焼き加減。そして龍二好みの甘めの味付け。

甘い卵焼きが好きな事は大っぴらに公言していないので、過去に好みの味付けについて聞きに来た間宮あたりに教わったのだろう。

正直これで料理に自信が無いとか言ったら、その辺の定食屋の店長は裸足で逃げ出すんじゃなかろうか。

 

「なんだ、自信ないとか言ってた割に料理上手いじゃないか」

 

「今までは、作っても祥鳳ねぇ位にしか食べてもらった事ないし……」

 

「それもそうか……でもこれは正直誇れるレベルだぞ。自信持っていい」

 

「うん、ありがとう♪」

 

その後もいろいろなおかずを食べたが、やはりどれも非常に美味だった……その中でも卵焼きは別格だった。一番最初に食べさせたという事は、数あるおかずの中でも一番自信があったのだろう。

龍二が食べている間に瑞鳳もちょこちょこと食べ、気付けばあっという間に重箱が空になっていた。

ちなみに、瑞鳳が「間接キス……」と呟いていたのは聞かなかったことにする。

 

「ふう、美味しかった……ごちそうさまでした」

 

「お粗末様でした!」

 

「さて、これからどうするか……瑞鳳はどこか行きたい所あるか?」

 

「特にはないかなぁ。プラモデル屋だけで頭がいっぱいだったから……」

 

「そうか……かと言ってまだ戻るには早いし、適当にその辺ぶらつくか」

 

「うん、さんせー!」

 

手早く後片付けを済ませると、再度街へと向かって2人で歩き出す。

その後はいろいろな店を冷やかしたり、喫茶店でお茶したり、こっそり買ったプラモデルがバレて2人で顔を真っ赤にしたりといろいろあったが、割と喜んでもらえたのではないだろうか。

本来なら「男がエスコートせぇよ!」という話なのだろうが、女性経験の少ない龍二にそれを求めるのは酷というものだ。

 

「おーい、そろそろ戻らんと夕飯に間に合わないぞ?」

 

「わっ、ホントだ……時間が過ぎるのがあっという間だよ~」

 

「……楽しかったか?」

 

「うん!また提督と来たいなぁ……?」

 

「また頑張ってくれたら、な?」

 

「任せて!頑張っちゃうんだから♪」

 

ご機嫌な表情でスキップまでして見せる瑞鳳に苦笑を浮かべつつも、楽しんでもらえたようで何よりだ。

こうして1日を終えてみると、ある意味MVPを獲得したのが瑞鳳でよかったのではなかろうか。

失礼な話かもしれないが、これが古参メンバーとかだと常に身の危険(性的な意味で)に怯えながら過ごさなくてはならなかったかもしれないと思うと……

龍二がそんな事を考えているとはつゆ知らず、瑞鳳は既に次の演習でもMVPを取るために気合を入れ直すのだった。

 

尚、龍二が買った祥鳳・瑞鳳のプラモデルはその日のうちに全艦娘へ知れ渡り、最終的には全員のプラモデルを作る羽目になったのは別の話……

 




やっぱり短編って難しいですね……予想以上に長くなってしまいました。
こんな感じで数話続けて投稿しようと思いますので、「メインシナリオをはよ進めろや!」という方は今しばらくお待ちくださいませ……

まだ風邪も治りきっていないので、次回の投稿ももしかすると遅くなるかもしれません。
なるべく早く書き上げますので、今しばらくお待ちください。


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