艦隊これくしょん―影に生きる者達― リターンズ (Mk-Ⅳ)
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プロローグ

一度挫折したけど。諦めきれなかったので再挑戦します。
内容は以前のにほんの少し修正を加えた程度ですが、暖かい目で見てもらえると幸いです。


海――

全ての生命を育む母なる海は暗闇に包まれていた。

既に陽は落ち、月から照らされた僅かな光のみが降り注いでいた。

そんな海に一部である日本の北方領土付近の海域を、ある二つの集団が進んでいた。

 

深海棲艦――

10年前に突如として現れ、人類に牙を剥いた者達の総称である。

個体によって差異はあれど、共通していることは人と同じ大きさであるにも関わらず。人知を超えた力を持っていことである。

人類の抵抗をあざ笑うかの如く圧倒的な力の前に、瞬く間に人類は母なる海から駆逐されていった。

海によって深く繋がっていた人類は機能不全を起こし、滅亡の危機に瀕した。

輸出入に頼っていた国々は深刻な食糧難に見舞われ、不安や恐怖から民族・国家間での争いが世界各地で勃発していった。

さらにそれらの問題によって多くの難民が生まれ、更なる混乱を引き起こしていった。

 

その深海棲艦が目指しているのは、日本の北方領土防衛の要である第二作戦群司令部が存在する幌筵島基地である。万が一この地が陥落する様な事態となれば、日本本土への侵攻を許す事態へと陥るだろう。

既に基地の索敵範囲内まで侵入されていても、闇夜に紛れていることに加え、隠密性に特化した個体らで構成されているため、幌筵島基地では今だに敵が迫っていることを察知できていなかった。

 

 

 

 

侵攻艦隊の旗艦である『雷巡チ級』と呼称されている個体。その中でも、elite級と呼ばれる上位の力を持つ個体が、周囲を見回していた。

深海棲艦は高等種になるにつれ、外見が人間的になると言う特徴を持つ。チ級は下等種の中では最も人間に近い外見をしていると言えた。

敵の重要地への二つの水雷戦隊による強襲。今のところ、目論見通り敵に気取られることなく目標まで接近することができた。

後は敵の基地を襲撃し、混乱したところを自分達の後方に控えている本体が雪崩込む手はずとなっている。

そうなれば太平洋における戦いを有利に進められるだろう。

事態が予定通りに進んでいることに、チ級はほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

ザシュ――

 

 

 

 

不意に、チ級の耳に何かを切り裂く様な音が後方から響いた。

不信に思ったチ級が視線を後ろへ向けると、その瞳が驚愕に染まった。

なぜなら単縦陣を組んでいた自分達の背後に、何者かが立っていたのだから。

 

 

 

 

その存在を一言で表すなら死神――

 

 

 

 

それは周囲の風景に溶け込みそうな漆黒の装甲を身にまとい、死神を連想させる姿をしていたのだ。

その死神の目の前には、最後尾にいた『駆逐イ級』が真っ二つとなって海面に浮かんでいた。死神の両手には大鎌が握られており、今まさにそれを振り下ろしたと見られる体勢を取っていた。

チ級は混乱していた。死神の容姿もさる事ながら、警戒を厳としていた筈の自分達に気取られること無く、どうやってこの死神は現れたのか。瞬間移動でもしたと言うのだろうか?

 

『死ぬわよぉ。私の姿を見た奴はみぃんなねぇ!』

 

スピーカ越しに死神が少女の声でそう叫ぶと。新たな獲物を求めるかの様に大鎌を構え直し、事態が飲み込めず唖然としていた最後尾から二列目にいたイ級へと、大鎌を振り下ろした。

僚艦が両断されるのを見て、ようやく正気に戻ったチ級が迎撃を命じようとした瞬間。後方から飛来してきた砲弾によって、チ級の頭部が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

深海棲艦の進行方向の遥か先に、深海棲艦を襲撃している死神と酷似した、漆黒の装甲を纏った一人の少女がいた。

海面に片膝を突き両手には、自身の身長を有に超えるサイズのアンチマテリアルライフルと似た形状のライフルを構えている。

頭部にはガンカメラが設置されており、それが目元を覆う様に展開されており、少女はガンカメラ越しにライフルのスコープを覗く。その姿はまさにスナイパーと呼ぶに相応しかった。

スコープの先には自身が放った砲弾によって、頭部が吹き飛ぶ雷巡チ級の姿が映し出されていた。

それを確認すると、少女は通信回線を開いた。

 

「こちらシャドウ2。目標を撃破」

『シャドウ1了解。後はあいつらで十分だ。お前はその場に留まり正規軍の動きを監視しろ』

「シャドウ2了解。警戒態勢に移行する」

 

通信相手である男性の声に返答すると、少女はその場で立ち上がり、自身に装備されている電探で周囲を警戒するのであった。

 

 

 

 

もう一つの水雷戦隊を率いていたチ級は困惑していた。

突然総旗艦が率いる艦隊のいる方角から、戦闘音が響いてきたからである。

機密保持のため無線封鎖しているため連絡が取れず、暗闇のため爆発音と砲撃によって生じる閃光しか確認することができなかった。

慌てて電探で索敵するも味方の反応しか映らないが、総旗艦であるチ級の反応は既に無く、総旗艦が率いていた僚艦の反応も次々と消えていっていた。

一体何が起きているのか分からず混乱しているチ級に、自身が従えているイ級から何者かが接近しているとの報告を受ける。

慌ててその方角を向くと、チ級はギョッとした。

なぜなら。機械のボディをした漆黒の虎が、月夜に照らされながらチ級達目掛けて突進してきていたのだから。

よく見るとその虎は機械でできており、猛烈な速度でもって海面を駆け抜けていた。

動揺しながらも僚艦へ迎撃を支持すると、イ級達が砲撃を開始する。

しかし虎は身体を左右に振りながら、速度を殺すことなく軽々と砲撃の弾幕を避けながら、距離を詰めてくる。

チ級も、自身の最大の武器である魚雷を、虎の進路を塞ぐ様にして発射する。

イ級の砲撃を避けつつ、魚雷を回避することは不可能と考えていたチ級の予想は、大きく裏切られこととなる。

虎は魚雷が当たる直前に海面を蹴り大きく跳躍したのだ。そして重力に従い落下していく。

 

チ級達目掛けて――

 

虎は、単縦陣を組んでいた艦隊中央に位置するイ級へと落下してくると。そのままイ級を押しつぶしてしまう。

押しつぶしたイ級を右前腕で押さえつけた虎は、口を開けると鋭く尖った牙で、イ級の頭部を紙を裂くように軽々と引き裂いた。

 

『ガァォォォオオオッ!!!』

 

イ級を引き裂いた虎は威嚇する様に、チ級らへと吠えた。

今まで体験のしたことのない事態に、恐慌状態に陥ったイ級達が蜘蛛の子を散らす様に逃げ始める。

チ級が必死に隊列を立て直そうとするも、既に手遅れであった。

逃げていくイ級達の足元から、突然水しぶきが上がると次々と爆散していく。

チ級はそれが魚雷によるものだと気づいた瞬間、足元から起きた衝撃に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

漆黒の虎に襲撃されている深海棲艦から、僅かに離れた位置に立っていた少女は、自身が放った魚雷で撃破されていく深海棲艦を、感情の読み取れない目で見つめていた。

彼女も他の少女らと同様に、漆黒の装甲を身に纏っていた。重厚な装甲の至る所に魚雷発射管が装備されており、左腕に増設バルジと一体化した大型ガトリングをグリップ越しに保持しており。さらに背中には30連装のロサ弾が二つ設置され、まるで要塞を思わせる形状をしていた。

 

「眠い…」

 

気怠そうに呟くと、少女の電探に一体のチ級がこの海域から離脱していくのを確認した。魚雷が直撃する前に回避行動を取られたのか、仕留め損なった様である。

そのことを気にしていないのか、少女は慌てることも無く通信回線を開いた。

 

「こちらシャドウ4。雷巡チ級1を仕留め損なった」

『こちらシャドウ1了解。俺が処理する。お前達は先に合流ポイントへ向かえ』

「シャドウ4了解」

 

男性の指示に返答すると、通信を聞いていた他の仲間も、それぞれに返答するのを確認した少女は、海域から離脱していくのであった。

 

 

 

 

 

からくも襲撃者から逃げ延びたチ級は、ほうほうの体で海面を走っていた。

咄嗟に回避行動を取ったことで、致命傷を避け魚雷の爆発に紛れて離脱できた。だが、身体中がズタボロとなり、特に右腕はちぎれ、青色の血が止めどなく流れ出ていた。

顔だけを後ろに向け安全を確認する。どうやた追撃はされていない様である。一安心し、いったんその場で立ち止まる。

だが、このままでは本隊と合流する前に力尽きてしまう。近くに無人の島でもあれば、身を隠して回復に専念できるのだが、電探も破損してしまったので、周囲の状況を探ることができない。

幸いまだ日が明けるまで時間があるので、この場で身体を休めるかとも考えるチ級。

 

チャプ――

 

不意に海面が揺れる音がし、ギョッとするチ級。追っ手かもしれないと周囲を見回すが、雲によって月が隠れてしまい何も見えない。

言い知れぬ恐怖に襲われ、今にも発狂しかねないまでにチ級は追い詰められていた。

『絶対に成功する』と、この作戦の指揮官にを言われていたのに、どうしてこうなったのか?一体何を間違えたのか?

絶望と後悔に駆られるチ級の耳に再び海面が揺れる音が響いた。それも先程よりも近かった、音のする方向が分かる程に。

音のした方を振り向くと、何者かの影がうっすらとだが見えた。その影が、一歩一歩とゆっくりとした足取りでチ級へと迫ってくる。それがチ級の恐怖心を煽っていく。

月を覆っていた雲が晴れていき、振り注ぐ光によって、徐々に影が照らし出されていく。

 

『遅かったではないか』

 

スピーカ越しの男の声と共に現れたのは。先程チ級達を襲撃した者達と同様に、漆黒の装甲に全身を包まれていたが、一回り大きな体格をしていた。

両肩から突き出ている、それぞれのアームに吊るされた二つ大型のバルジが特徴的だった。何よりも目を引くのは、右手に持っている、西洋の騎士が用いていたランスを思わせる形状の装備である。

何よりこの者から感じ取れる気配が、自分達(・・・)と同じであること、それがチ級を困惑させた。

だが、チ級は直感していた。目の前にいるのは、紛れもない敵であると。そして自分では逆立ちしても、どうにもならない程の力の差があることを――

 

「――――ッ!!!」

 

狂乱しながら左腕と一体化している発射管から魚雷を放とうとした瞬間――男はチ級の目の前にいた。まるで瞬間移動でもしたかの様に、一瞬で距離を詰めたのである。

チ級が反応する間も与えず、男が手にしていたランスがチ級の胸を貫いた。

男がランスの持ち手についているトリガーを引くと、ランスの刀身が展開されチ級の身体を抉り広げていく。

 

「――――ッ!!!」

 

あまりの激痛に悲鳴をあげるチ級を尻目に、展開された刀身から鍔と一体化している杭が露出する。

 

『撃ち抜く』

 

再度トリガーが引かれると、持ち手と一体化している回転式の弾倉が稼働すると、火薬が炸裂し杭が高速で撃ち出された。

抉り広げられた傷口から直接体内に撃ち込まれた杭は、その爆発的な破壊力を余すことなく発揮され、チ級の身体を粉々に粉砕した。

飛び散ったチ級の肉片を気にすることも無く、男は通信回線を開く。

 

『シャドウ1よりシャドウマムへ。目標を撃破』

『あーい、こちらシャドウマム。敵の反応消失。追加は無し。だけど正規軍の哨戒部隊が向かってきているな』

『了解だ。見つかる前に帰投するとしよう』

 

通信を終えた男はエンジンを吹かすと、その場から離脱していく。

後に残ったのは、海面に漂うチ級の残骸と静寂のみであった。

 



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第一話

闇夜に染まる海を、男はパワードスーツと呼べる機械仕掛けの鎧を、身に纏い駆けていた。己が帰るべき場所へと向かって。

島影さえ見えない闇の中を、スーツのエンジンから聞こえるタービン音をBGMに、男は突き進んでいく。いくばくかの時が過ぎると、視界に山の様な影が映りんできた。

機体のバイザーに搭載された暗視機能によって、男にはその姿がはっきりと見えていた。どうやら視界に入ってきたのは船の様だが、100メートルは優にあろう船体と、先鋭されたフォルムから軍艦と見るべきだろう。

男は迷うことなくその艦に近づいていく。そう、この艦『夜刀神(やとがみ)』こそ男の帰るべき場所なのである。

 

「シャドウ1よりシャドウ・マムへ。間もなく合流する着艦用意を」

『こちらシャドウ・マム了解しました。皆さんも先程到着されたばかりです』

 

艦へと通信を開くと、先ほどの男とは違うどこか機械的な少女の声が返ってきた。男にはそれが誰なのか分かりきっていたので、問題なく艦へと近づく。

艦の側面へと回り込むと、側面の一部がシャッターの様に開いていき、上昇用のエレベーターが姿を現す。

男がエレベーターに乗り込むと、ゆっくりと上昇を始め、やがて停止すると格納庫へのゲートが開いていく。

格納庫へと歩を進めていき、01と表記されたハンガーへと機体を収めると、装甲を開放し機体から降りる。02~05と表記された隣のハンガーには、男の物に似た形状の機体がそれぞれ鎮座していた。

出てきたのは180はあろう長身で、黒色の身体に密着するタイプのアンダーウェアを着た、鋭い眼光をした任侠映画にでも出てきそうな凄みを帯びており。黒髪のショートヘアで、金色の瞳が特徴的な男であった。

名は大神 闘牙(おおがみ とうが)この艦の艦長にして艦隊指揮官である。

 

「おかえりなさい闘牙」

 

降りてきた闘牙に一人の女性が話しかけてきた。腰まで伸びた赤い髪をストレートにしており、身長は成人女性の平均で、グラビアアイドル顔負けのボディラインをしていた。

一見すればどこにでもいる普通の女性だが、彼女は人間では無いのだ。

 

――水上用自律駆動兵装

人類が深海棲艦に対抗するために生み出した兵器。

かつての大戦で活躍した艦艇の記憶を義体の身体に宿し、艤装を身に纏うことで人を遥かに超えた力を発揮することができる存在。

限りなく人間に近くも異なる存在。それが彼女の正体である。

艦の力を宿す娘として、『艦娘』と呼ばれることもある。

 

数ある艦娘の中の、松型駆逐艦一番艦DD-MT01『松』それが彼女の名前である。

ちなみに松型駆逐艦は、世界で最初に開発された水上用自律駆動兵装のプロトタイプのため、『始まりの艦娘』と呼ばれることもある。

なぜ当時の大戦で活躍した艦艇の中で、後期に建造された松型駆逐艦がプロトタイプに選ばれたのかと言うと。元々松型駆逐艦は量産性を重視していたためか、他の艦艇に比べて記憶の呼び込みが容易だったからである。

 

松が手にしていたボトルを闘牙に差し出す。それを受け取った闘牙がストロー越しに口にすると、程よい温さのスポーツドリンクが喉を潤した。

ちなみに松も闘牙と同じスーツを着ている。そのため身体のラインがくっきりと見えているので、男にはかなり目の毒だが、5年は見続けている闘牙が気にすることは無い。

何より二人は恋仲なので、今更そう言ったことを気にする必要が無いのであるが。

 

「そちらの損害は?」

「各艦損害無しだよ」

「そうか」

 

松の報告に無機質に答える闘牙。一見興味が無いかの様に映るが、闘牙が基本感情を表に出すことは少ないも、内心では部下が無事であることを喜んでいることを松は知っている。

不器用な恋人に思わず微笑んでいると、闘牙が訝しそうに松を見る。

 

「どうした?」

「ううん。なんでもないよ」

 

松がなぜ嬉しそうに笑っているのか分からず、疑問符を浮かべている闘牙。そんま彼目掛けて、突進して来る影があった。

 

「おにーちゃーん!」

「む?」

 

少女が勢いを殺さず闘牙の腹部へと抱きついた。いや、抱きつくと言うよりタックルでしかない一撃を、闘牙は難なく受け止めた。

 

「おかえり~」

「ああ、ただいま」

 

抱きついている少女は、松型駆逐艦四番艦DD-MT04『桃』。桃色のショートカットにアンテナの様に伸びたアホ毛しており、体格は小学生程度と小柄である。しかし、身体つきは松と同じく豊満であった。

無邪気にじゃれついている桃の頭を優しく撫でる闘牙。

 

「ふにゃ~」

 

すると桃がまるで猫みたいに気持ちよさそうに鳴いた。

 

「お、おかえり~闘牙」

「おかえりなさい」

 

桃の後を追う様に、二人の女性と少女が現れた。

一人は肩まで伸びた緑色の髪をポニーテールにしており、身長は170cmと女性にしては長身である。なお身体つきは松や桃と比べると、とても悲しいことになる。松型駆逐艦二番艦DD-MT02『竹』。

もう一人は肩まで伸びた銀髪をサイドテールにしており、身長は松より少し低く、メガネをかけている。体つきは平均的である。松型駆逐艦三番艦DD-MT03『梅』。である

 

「ただいま。みな急な出撃ご苦労だったな」

「ホンっとよく気がつけたわよねぇ。ヤトさまさまだわ」

「私は己の責務を果たしただけです」

 

夜間に緊急出撃したためか、竹があくびをしながら言うと、松達とは違う声が聞こえる。

闘牙らが声のした方に視線を向ける。視線の先には、腰まで伸ばしたハワイアンブルーの髪を、ストレートにした中学生程と見られる、黒に染まったメイド服を着た少女が立っていた。

彼女の名は『夜刀神』。この艦を統括する超高性能AIである。艦自体が彼女の肉体と言えるが、『人と同じ様な生活をして欲しい』と言う製作者の以降によって、人と同じ姿をじた義体が与えられている。『ヤト』と言うのは彼女の愛称である。

今回隠密性に特化した敵の襲撃を察知できたのは、彼女の高度な情報処理能力による索敵網のおかげであった。

 

「お~ヤト~。おねいちゃん帰ってきたよ~」

 

闘牙に抱きついてた桃が、今度はヤトに抱きついた。

ヤトのAIは松型姉妹の電脳を元にしているので、姉妹とも言えなくもないのだ。

そのため艦娘となってから末っ子であった桃は、ヤトのことを妹として可愛がっているのである。

ちなみにヤトが着ているメイド服は、桃が似合いそうと着せたのをヤトが気に入った様で、それ以降愛用し続けているのだ。

 

「放して下さい桃さん」

「やだー!おねいちゃんって言ってくれなきゃやだー!」

 

首をブンブンと横に振りながらダダをこねる桃。そんな桃をやれやれと言った感じで、溜息を吐きながらヤトが口を開いた。

 

「いい加減放してくれないと。嫌いになりますよ?」

「にゃー!?そんなのやじゃ~!許して~!!」

「……」

「そっぽ向かないでよおおおおおお!?」

 

涙目になりながら謝る桃。対するヤトはツーンとそっぽを向かれてしまい、本気で泣きそうになっている。単にヤトが桃をからかっているだけであるのだが。

桃が慌てて目線で闘牙らに助けを求めるが、単にヤトが桃をからかっているだけであるのが分かっているので、微笑みを返すだけであった。

『裏切り者!!!』と言った顔をする桃。彼らにとって、最早ここまでがテンプレと言える流れとなっていた。

 

「おらお前ら。そろそろ桃で遊ぶのはやめてやれ」

 

そう言って格納庫の奥から作業着を着崩しており。茶色がかった髪を、まるでウニの様に固めた男が姿を見せた。

 

「ふええええおとーさ~ん!皆がいじめるよ~!!」

 

桃が現れた男に飛びつき、腹部に顔を埋めて泣き始めた。男はそんな桃の頭を優しく撫でながらあやす。

 

「たくっ。いつもあやす俺の身にもなれってんだよ闘牙」

「いや、どうにも面白くてな。それに『娘』の面倒を見るのも『父親』の勤めだぞ優」

 

有澤 優(ありさわ すぐる)――それが現在桃に泣きつかれている男の名である。

闘牙とは幼少の頃からの幼馴染であり、互いに兄弟と呼べる関係となっている。

25年前、若干10歳と言う若さで、第一世代の電脳の基礎理論を独自に構築したことで、電脳分野の発展に著しい貢献をし、『天才』の名を欲しいままにした男である。

そして水上用自律駆動兵装――艦娘の開発に深く関わり、『艦娘の生みの親』とさえ呼ばれている。

自らが生み出した松型姉妹を実の娘同然に接し、姉妹からも父として慕われているのだ。

 

「闘牙さん。潜航準備が完了しました」

「よろしい。では、潜航開始せよ」

「了解。潜航開始します」

 

ヤトの言葉と同時に艦全体が軽く揺れだした。実は彼らが乗船している夜刀神は、ただの軍艦ではなく潜水艦なのである。

優が生み出したAI『夜刀神』を始め。数々の新技術を、惜しみなく投入されたことにより。従来の潜水艦を凌駕した性能を持った最新鋭艦となっている。

 

「ほらお前らメンテナンスすっから、さっさとメディカルルームに行けや」

「ああ、そうだな。行くぞお前達」

 

優の言葉に素直に従うと、闘牙達は移動を始めるのであった。

 

 

 

 

 

艦内に設置されたメディカルルーム。その中心部に柱状のメンテナンス用機器が設置され、それを囲む様にポッドが5つあり、それぞれに闘牙と松型姉妹が横になって眠っている。

そして部屋の隅に置かれたコンピュータを使って、優がメディカルチェックを行っていた。

まさに目にもとまらぬ速さで液晶式のキーボードを打ち込んでいくと、複数のモニターに目が回りそうな速度で文字が流れていく。

見る必要は無い。彼のうなじから伸びたコードの先端にあるQRSプラグが、デスクのジャックに差し込まれており、コンピュータと直接繋った電脳に情報が流れてくるからだ。

さらに優が座っている場所の天井には、複数のマニピュレーターが吊るされている。それらも全て用いて自身を囲む様に配置されているキーボードをも打ち込んでいるのだ。

彼が行っているのは、一人でいくつもの人形を同時に操り、なおかつ一切の狂い無く劇をしているのと同じことなのである。

それに加え、常人なら発狂してもおかしくはない情報量を処理をしながらである。最新鋭のAIであるヤトの支援を受けているとは言え、常人なら発狂していることを難なく行っている。これが彼が『天才』と呼ばれる所以の一つである。

 

「うっし。終わりっと」

 

そう言って優がエンターキーを押すと、闘牙達が眠っているポッドが開放されていく。

 

「ご苦労だったな優」

「別に。これくらいどうってことねえよ」

 

目を覚まし起き上がってきた闘牙が労いの言葉をかけると、平然とした様子で答える優。

闘牙は諸事情により入念に検査せねばならず。さらに松型姉妹は特殊な改修を受けている関係で、従来の艦娘より整備性が悪くなっているため。本来は検査だけでも下手をすれば半日はかかる作業を、たったの一時間で済ませてしまったのだ。

 

「おい桃。終わったから起きろこら!」

「うにゅ…。後3年…」

「長いわ!起きんかワレェェェェェェェェェェ!!!」

 

今だに眠っている桃の肩を掴んで激しく揺する竹。桃の寝起きが悪いのはいつものことであり、何かと竹が面倒を見ているのである。

 

「新刊書いてるの梅?」

「うん」

 

松が起き上がって早々に、手持ち式の端末に文字を書き込んでいる梅に話しかける。梅は自分達の活動を元にした小説『無双鬼神伝』をネットに掲載しており、かなりのヒット作となっているのである。

そんな日常の光景に僅かにだが笑みを浮かべる闘牙。決して陽の当たる世界では、生きることができなくなった自分に着いて来てくれた彼女達。その笑顔を守ることこそが彼が戦う理由なのだ。

そうこうしていると、部屋のドアが開きヤトが入ってきた。

 

「闘牙さん。『H』様からの緊急入電です」

「『奴』からだと?読んでくれ」

「はい。『燕を放つ。用意されたし』以上です」

「お、いよいよかい」

「の、ようだな」

 

優と闘牙には内容が理解できている様だが。松型姉妹は頭の上に疑問符を浮かべていた。

 

「闘牙。新しい任務?」

「ああ、そうだ松。今度のは長くなるぞ。補給と整備に戻る。ヤト横須賀へ進路を取れ」

「了解しました」

 

ヤトの操作によって、光の届かない海底を進む夜刀神。彼らの決して語られることの無い、新たな戦いが幕を開け様としていた。



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第二話

今回は『ー啓開の鏑矢ー』の主人公が登場します。
ファンの方は気分を悪くされる内容なので、先に謝っておきます。ごめんなさい。


横須賀――

ハワイ以西の太平洋とその付属海を管轄とする、国連海軍極東方面隊の総司令部が置かれている地である。

その地に本社を置く企業の一つである『有澤重工』。兵器関連を扱うが、規模は決して大いとは言えない。従来の兵器を扱っているが。堅実な設計と拡張性の高い製品に定評があり、優れた技術力を持って、長きに渡って日本の軍事産業を支えている企業である。

――のだが、その技術力を遺憾無く発揮し過ぎてしまい『長時間の背面飛行を可能とするヘリ』や、『かつてドイツで生み出された80cm列車砲の発展型』と言った、非常識極まりない物まで生み出してしまうことが多い企業として『頑張りすぎる有澤』としても有名である。

特に現社長が就任してからは、『自分達の好きな物を作ればいい』と言う経営理念に大幅転換。電化、自動車、パソコンと言った様々な工業分野に進出する様になったのである。

そんな有澤重工の地下に存在する秘密ドックに、潜水艦夜刀神が入港していく。

船体を固定するとドック内で排水が行われる。排水が完了すると、作業員達がドック内に入っていき作業を開始していく。

 

「ハラショォオオオオオオオ!!!」

「溶接カーニバルです。派手に行きましょう」

「バーナーがイカレただと!認めん、認められるか、こんなこと…」

「手こずっているようだな、手を貸そう」

「新しいのを持っていく。持ちこたえてくれ」

「仲間はずれはよくないなぁ。オレも入れてくれないと」

「主任!?何をする気ですか!?」

「聞こえるか、こちらへ資材を運んでくれ」

「手間をかけさせるなよ」

 

有澤重工――来る者は拒まずの姿勢と、その経営理念から独特の感性を持つが故に、他の企業に馴染めない変わり者達が次々と集まるため。同業者達からは『変人が集う企業』と、いつからか言われる様になっていた。

 

「着いたぞー!!」

 

いの一番に桃がタラップを駆け下りて下船していく。その後を他の面々がゆっくりと続いていく。

ちなみに闘牙は黒く染めた海兵隊の制服を、松型姉妹は黒色のセーラー服を身に纏っている。なお、優は作業着でヤトはメイド服のままである。

 

「元気ねぇ。あの馬鹿…」

「それがあいつの強みだ。そしてそれに俺達は助けられてきた、だろ?」

「そうだけどね」

 

どんな時でも笑顔を忘れない。そんな桃の明るさに、これまで幾度となく闘牙達は救われてきたのだ。

そんな話をしていると、作業員に混じってスーツを着こなした男女がドックに入ってきた。

 

「やあやあ、皆おかえり。よく帰ってきてくれたね」

 

男の方が歓迎する様に両手を広げてきた。それに真っ先に反応した桃が駆け寄っていく。

 

「貴信おじさ~~~ん!!!」

「も~もく~~~ん!!!」

 

感動の再会をする様に抱き合うと、メリーゴーランドよろしく回り始める両者。

 

「皆さんおかえりなさい。長期任務お疲れ様でした。」

 

桃と共に回っている男の隣に控えていた女性が、にこやかに闘牙達に話しかけた。

 

「うっす義姉(ねえ)さんと兄貴も久しぶり」

 

優が手を軽くあげながら挨拶をする。

桃と共に回っている温厚な見た目で、どこにでもいそうな男の名は、有澤 貴信(ありさわ たかのぶ)。有澤重工の現社長であり、優の実兄なのである。優の娘である松型姉妹にとって、叔父と姪の関係である。

そして隣に控えている腰まで伸ばした黒色の髪をポニーテールに編み込んでいる女性は、有澤 恵子(ありさわ けいこ)貴信の妻にして専属の秘書を勤めている。

 

「どうも、恵子さんお元気そうで何よりです」

「はい。闘牙君もお元気そうで安心しました」

 

闘牙が挨拶すると柔らかな笑みを浮かべる恵子。闘牙にとって貴信と共に幼少の頃から付き合いのある彼女は、姉とも言える存在なのである。

 

「お久しぶりです貴明さん、恵子さん」

 

松が挨拶すると竹や梅もそれぞれ挨拶をする。ちなみに貴信と桃は今だに回っていた。

 

「松ちゃん達もおかえりなさい。ゆっくり休んでいって下さいね。ほら社長、仕事をして下さい」

「ああ、そうだね。うえっぷ気持ち悪い…」

「目がクラクラする~」

「「それだけ(そんだけ)回れば当たり前です(当たり前だ)」」

 

回るのをやめた貴信と桃がそれぞれ顔色を悪くしたり、目を回しているのに、的確にツッコミを入れる恵子と竹。

 

「そんじゃ、そろそろ作業に入ろうかね。兄貴施設借りるぜ」

「うん、必要な物があれば言ってね…。すぐに用意するから…。おぷっ…」

 

優は、松達を連れて艦娘専用のドックに向かっていった。ちなみに、まだ目を回してフラフラしていた桃は、竹に脇に抱えられて連れられていった。

 

「あー気持ち悪い。年甲斐もなくはしゃぎ過ぎてしまったよ…」

「いえ、年齢関係なくあれだけ回れば当然の結果かと」

「あなたがしょうもないことをやらかすのは、いつものことですが」

「恵子さん。もう少し私に優しくしてくれてもいいんですよ?」

「嫌です」

 

デスヨネーと涙目になる貴信。しかし、どことなく喜んでいる様にも見えた。

 

「さて、それじゃ真面目に働こうかね」

「最初からそうして下さい」

 

恵子が冷ややかな目でツッコミを入れるが、はははと笑って誤魔化す貴信。

 

「さて、実は今日。横須賀で行われる演習を見学しに行くことになっていてね」

「横須賀の演習をですか?」

 

闘牙が怪訝そうな声をあげた。貴信がこう言う話をする時は、大抵ろくなことが起きないのだ。

 

「そう。各企業の代表を招いてのね。デモンストレーションさ」

「なる程。ご機嫌取りですか」

 

組織と言うのは支援者がいて始めて成り立つ。それは軍とて例外ではない。故に、少しでも自分達のことをアピールしておきたいのだろう。

 

「それで、君に護衛として着いて来てもらいたいんだ」

「それなら専門の者達がいるでしょう。わざわざ自分を連れて行く必要は無いでしょう」

 

闘牙の知る限り、有澤が抱える警備部門のレベルは他と比べても抜きん出ている。余程のことがない限り彼らで対処可能な筈である。

 

「最近は何かと物騒でねぇ。念のためだよ」

「まあ、構いませんが」

 

どうせ松達のオーバーホールが完了するまで、やることも無いため了承する闘牙であった。

 

 

 

 

 

「…貴信さん」

「ん?なんだい闘牙君?」

「いえ。なんで歩いて移動しているんでしょうかねぇ?」

 

現在闘牙は貴信と国連海軍横須賀基地に向かっていた。二人だけで歩いて(・・・・・・・・)

ちなみに闘牙はボディーガード用のスーツに着替え、正体を隠すためにバイザーを装着している。

 

「なんでって。散歩しながら行きたいからだよ。最近運動不足気味でね」

「車を使って下さい。危険過ぎるでしょう。ただでさえ敵が多いんですからあなたは」

 

貴信は水上用自律駆動兵装の配備が決定された際に、『年端もいかない少女達だけを、矢面に立たせる方法で世界を守って良いのか?』として導入に強く反対したのだ。

そして、志を同じくする企業らと共同で、水上用自律駆動兵装以外の対深海棲艦用兵器の開発を行っていたが。水上用自律駆動兵装推奨派との対立が強まっていき、最終的には水上用自律駆動兵装の有用性を受けた世論の流れと、不要な争いを避けたい貴信の意向もあり断念した過去があった。

水上用自律駆動兵装が対深海棲艦戦の主流となった現在でも、その姿勢は変えておらず。水上用自律駆動兵装を推奨している大企業とは距離を置き、独自の路線を貫いているのだ。そのため様々な勢力から反発を受けることとなっている。

とは言うものの。水上用自律駆動兵装の必要性は理解しているので、水上用自律駆動兵装用の一部の部品の受注は受ける方針を取っている。有澤でしか製作できない部品もあるので、水上用自律駆動兵装推奨派としても余り無下にできない存在なのである。

 

「おかげでゆっくりと外出もできやしない。世知辛い世の中だよ。ま、今回は君がいてくれたから、こうして出歩けるんだけどね」

「過信し過ぎです。何かあったらどうするんですか?現につけられてますよ」

「そうだねぇ」

 

闘牙が警告すると、なんでもないかの様に呑気に返す貴信。

本社を出てから何者かに尾行されているが、貴信にとって日常茶飯事なことなのである。

 

「潰しますか?」

 

『コンビニに買い出しに行きましょうか?』と言った感じで、物騒なことを口にする闘牙。

 

「可哀想だからやめてあげて。君の相手なんかしたら彼らにトラウマを植え付けちゃうから…」

「失敬な。自分をなんだと思っているのですか?」

「海兵隊時代敵地で孤立した際、一人で小規模とは言え、基地を壊滅させたりしたことのある『リアルランボー』、または『リアル異能生存体』」

「あれは敵が間抜け過ぎただけです。夜に停電させてから通信設備を潰して、同士打ちさせた程度のことです。運がよかっただけですよ」

「運も実力の内って言うけど。そう言う謙虚なところは好きなんだけどねぇ」

 

昔から自分のことを過小評価する闘牙に、軽く溜息をつくする貴信。幼い頃から付き合いのある身としては、もっと胸を張って生きてもいいと考えていた。

 

「とにかく問題じゃないから、放っておいていいよ」

「あなたがそう言うなら構いませんが」

「それはそうと。最近、面白ことがあってね」

「ほう」

 

そんなたわいのない会話をしながら、両者は目的地を目指すのであった。

 

 

 

 

 

「やあやあ、月刀中佐。元気そうで何よりだよ」

「有澤社長もお元気そうで何よりです」

 

横須賀基地に到着した闘牙は、貴信と握手をしている士官に眉を潜めていた。

士官の名は月刀航暉。階級は中佐で、国連海軍横須賀基地所属の、第522戦隊の司令官補佐を勤めている男である。

闘牙はこの男のことをよく知っていた。これからの自分達の活動(・・・・・・・・・・)に深く関わるからである。

 

「紹介するよ中佐。こちらにいる彼は天道勇(てんどういさむ)君。元水上戦術歩兵隊出身でね。うちに遊びに来てくれたところを、無理言って護衛に付いてきてもらったんだ」

「水上戦術歩兵隊、ですか」

 

水上戦術歩兵――

深海棲艦に対抗するために、国連軍が創設した通称水歩兵と呼ばれる兵科である。

元々は各国の海兵隊が上陸作戦の際、兵士をボートや車両といった輸送機に乗せることなく、直接上陸させるための装備として開発させた物を雛形としている。

参加者は全身義体である者のみで構成されており。背中と脚部に大型のファンを装備することで、海上を移動することを可能とした部隊である。

だが、武装は歩兵の物を僅かに改良して流用しただけであり、軍艦と同等の強度を誇る深海棲艦を倒すためには、敵の砲撃を回避しながら近距離まで近づかねばならなかった。そのため多数の死傷者を生み出す、『死の部隊』とも呼ばれていた。

水上用自律駆動兵装が登場するまでの間戦線を支え続け、水上用自律駆動兵装配備後は解体されている。

 

ちなみに天道勇とは闘牙の偽名である。闘牙は書類上戦死したこととなっているので、人前に出る際は正体を隠さねばならないのだ。

 

「そう。かなり腕が立つから、こう言う時に頼りにさせてもらっているんだ。ああ、彼は目が悪くてね。補助のためにバイザーをしているんだ。そこは許してあげてくれ。勇君彼は月刀航暉中佐。今回の演習で指揮を執るんだ」

「自分は、仲間の死体に隠れて逃げ惑っていただけの腰抜けですよ。始めまして中佐。どうかお見知りおきを」

「こちらこそ」

 

握手をすると、何かを感じたのか眉を潜める航暉。

 

「どうかしましたか中佐?」

「いえ、なんでもありません。失礼をしました」

「(俺に違和感を感じたか。なる程…鋭いな)」

 

本能的に自分のことを警戒した航暉を、心の中で評価する闘牙。同時に、自分の正体がばれない様にこちらも警戒すべきと判断した。

 

「勇君。月刀中佐はあの(・・)『黒烏』の一人でね。第二次日本海事変で大活躍したんだ」

「ほう。あの生ける伝説の」

 

闘牙としては既に知っていることではあるが。そのことを話す訳にはいかないので、知らないふりをする。

 

黒烏――

国連海軍大学広島校の第5期生は、『異常豊作』と言われる程の優秀な士官候補生が集まり、その中でも固定だった上位5名の総称である。

 

「伝説だなんて…。そんな大したものではありませんよ」

「そんなことはないさ。君達がいなければ、今頃日本は滅んでいたかもしれないんだからさ」

 

謙遜している航暉をやたら褒め称える貴信。いつもより、やけにテンションが高いなと闘牙は思った。

 

「えらく彼を気に入っているのですね社長」

「ふふ、実は私は彼のファンなのだよ。何か、この世界を変える様なことをしてくれそうだからね!」

「は、はぁ…」

 

引かれてるぞ社長とツッコミたかったが、可哀想なのでやめておく闘牙。

 

「おっと、そろそろ時間だね。それでは演習期待しているよ」

 

そう言って闘牙を連れて行く貴信。航暉は闘牙の背中を見つめていた。

 

「(手を握った時感じた背筋の凍る感覚。あれは一体…)」

 

結局、航暉は闘牙から感じ取った違和感正体を知ることはできなかった。

 

 

 

 

 

貴信と闘牙は観戦用のモニターが設置された部屋で、他に招待された企業の代表らと演習を観戦していた。

 

「金剛型同士による演習ですか」

 

そう呟く闘牙の視線の先のモニターには、第522戦隊の司令官が率いる比叡・霧島と、月刀航暉率いる金剛・榛名による演習が繰り広げられていた。

 

「やっぱ戦艦が一番華があるからね。今ここ(横須賀)で自由に動けるのが、彼女達だけだったと言うのもあるけどね。ま、目先の欲しか考えない輩には十分さ」

「確かに」

 

そんな話をしている間にも戦況は動いていく。比叡と分断された霧島が金剛と榛名からの集中砲火を浴びていた。

 

「分断からの各個撃破。戦の常套手段だよね」

「ええ。最善だからこそ読まれやすいのですがね」

 

最善の方法であるからこそ警戒されやすい。故に簡単にできることではないのである。

 

「522の司令官も悪くは無いけど…」

「月刀航暉の方が何枚も上手ですね」

 

霧島が大破判定で行動不能となると、金剛と榛名が残った比叡に襲いかかった。

 

「決まりだねぇ」

「そうですね」

 

大した反撃もできずに比叡も大破判定を受け演習が幕を閉じた。

 

「大方の予想通りの結果、か」

「……」

 

貴信の問いかけに答えることなくモニターを眺める闘牙の目は、どこか冷めていた。

 

 

 

 

 

「いやはや流石だね月刀中佐。実に鮮やかな手並みだったよ!」

「きょ、恐縮です有澤社長」

 

演習後、ホテルで開かれた会食にて再び航暉を褒め称えている貴信。テンションが高すぎて相手には引かれているが…。

 

「ところでさ中佐」

「はい」

「君かなり部下との同調率を高めてるみたいだけど、それってかなり危険なんだよね」

「…確かに推奨はされておりません」

 

水上用自律駆動兵装との同調率を高めると言うことは、その者との感覚を共有することを意味している。

仮に同調した相手が被弾した場合、その痛みがダイレクトに返ってくるので、その衝撃に耐えられず死亡してしまう事例が少なくないのだ。

 

「ですが、部下を生還させることが指揮官の責務です。そのためにも必要なことだと自分は考えています」

「なる程。勇君、水上戦術歩兵も水上用自律駆動兵装と同じ指揮システムだったよね」

「ええ。水上用自律駆動兵装は水上戦術歩兵のシステムを流用している場合が多いですね。指揮システムもその一つです」

 

深海棲艦の脅威を前に、早急な水上用自律駆動兵装の配備を迫られた国連軍は、共通部分の多い水上戦術歩兵のシステムを流用させたのである。

 

「君からみて月刀中佐のやり方をどう思うんだい?」

「…自分は他人のやり方に、口を挟めるような人間ではありませんので」

「まあまあ、先人から後人へのアドバイスも大切だと私は思うよ」

 

できれば月刀航暉と関わりたくないのだが、何か狙いがあるのか逃がしてくれない様である。

 

「しいて言わせて頂けるのなら、自殺志願者ですね」

「……」

 

闘牙の言葉に航暉の目つきが鋭くなった。

 

「先程、部下を生還させることが指揮官の責務とおっしゃられましたが。そのために真っ先に指揮官が戦死する様な指揮を取っていては本末転倒かと」

「私は死ぬつもりはありません。必ず部下と共に生還してみせます」

「自分が現役だった頃、そう言っていた指揮官が真っ先に戦死。そして混乱し全滅した部隊を多く見てきました。中佐はその指揮官によく似ていらっしゃる」

 

険悪な雰囲気を醸し出す両者。そんな中でも、貴信は笑みを崩さず見守っていた。

 

「ヘイ!そこのアナタ!黙って聞いていれば好き勝手言ってくれますね!」

 

そんな重苦しい空気を吹き飛ばす様な、明るい少女の声が響き渡った。

 

「金剛…」

 

巫女服が原型であろう袖が別れた千早に、チャコールグレーのミニスカートを纏った。どこか異国さを感じさせる少女が闘牙を睨みつけていた。

 

「アナタなんなんですか!さっきからカズキにいちゃもんつけて何様ですカ!!」

「ちょ、金剛お姉さま!」

「落ち着いて下さいお姉さま!」

 

金剛に似た格好をしている少女達の静止を聞かず、金剛は闘牙に詰め寄っていく。

 

「金剛、いいんだ、下がって」

「いいわけないデース! この人はカズキのことを…!」

「下がってくれ、金剛」

 

航暉が言いくるめるようにそう言うと、渋々と黙り込むが。金剛は恨めしげに闘牙のことを睨みつけていた。

闘牙がそれを見て僅かに口角を釣り上げた。

 

「なる程。部下によく信頼されていいらっしゃる様ですね中佐。いや、依存と言った方がよろしいかな」

「…何をおっしゃりたいのかよくわからないのですが?」

「信頼と依存は違う、と言うことです。依存とは、その者に自分で生きることを放棄させることだ。命令されたから引き金を引く。命令されたから戦う。あなたのやり方は、艦娘を生かす様に見せて殺しているだけとも言える」

 

それに、と闘牙は冷たい眼を航暉に向けたまま続ける。

 

「月刀中佐。あなたは、不必要な場面でも部下をコントロールしていましたね」

 

先ほどの演習で金剛や榛名だけでも対処できる事態にも、航暉は干渉を行っていたのだ。

 

「それは指揮官として、必要と判断したからです」

「どうでしょうか?私にはあなたが、怯えている(・・・・・)様にしか見えませんでしたがね」

「…あなたはロンメル将軍をご存知ですか」

 

航暉はしばらく黙り込んだ後、そう口を開いた。

 

「ドイツ陸軍の『砂漠狐』エルヴィン・ロンメルのことですか?」

 

いきなり話を逸らしたことに眉をひそめつつも、闘牙は即答、航暉は頷くこともなく言葉を続けた。

 

「ロンメル将軍は部下の信頼を集め、フランスなどの西方戦線の電撃戦、北アフリカでのトブルク包囲戦やガザラの戦いなど、様々な勝利を勝ち取った。それが可能だったのは、最前線を知り、部下に気を配り、信頼を勝ち得てきたからこそでしょう」

「つまり、中佐は部下にいたわり、信頼を得るために介入したと?」

「それは結果に過ぎないでしょう。前線を知り、前線を見て、的確に判断を下す。高い同調率の維持はそのための処置です」

「はてさて、それはどうかな?」

 

闘牙はそれを一笑に付す。

感情が高ぶり過ぎたのか、素の口調が出てしまっていたが。その目にはどこか哀れみさえ含んでいた。

 

「大切な者を失うのが怖くて手を掴み続ける。自分だけで命を背負おうとする。己の限界を無視してな。そして、その者達を巻き込んで自滅していく。いずれお前のエゴが、守りたい者をも殺すことになるぞ」

「そんなことにはならないし、させはしませんよ。私の部下だ。私が守って見せますよ」

 

互いに睨み合う両者。まさに一触即発の状態であった。そこに貴信が割って入った。

 

「そこまでにしておこう勇君。流石にこれ以上は不味い」

「…申し訳ありません社長」

 

熱くなり過ぎていることを自覚した闘牙は、素直に頭を下げた。

 

「すまなかったね中佐。彼は見た目以上に熱くなりやすいものでね。私に免じて許してやってくれないかな?

「いえ、こちらこそ口が過ぎました。申し訳ありません」

「いやいや、中佐が謝ることはないよ。ことの発端は私にある様なものだからね」

 

そう言うと腕時計で時間を確認する貴信。

 

「さて、そろそろ私達はおいとまさせてもらおうかな。行こう勇君」

「はい、社長」

「では、月刀中佐。また会えるのを楽しみにしているよ」

 

航暉に告げると、闘牙を連れて会場を後にする貴信。

 

 

 

 

「…はめましたね貴信さん」

「ん~?何がだい闘牙君?」

 

ホテルを後にし、日が暮れて夜の喧騒に包まれた街を歩く闘牙が問いかけると、わざとらしくとぼける貴信。

 

「今回の演習。仕組んだのはあなたでしょう?」

「ありゃりゃ。やっぱりばれちゃったね~」

 

まるでいたずらがばれた子供の様に笑う貴信に、軽く溜息をつく闘牙。

 

「狙いは自分を月刀航暉に接触させることですか」

「今度の任務は彼が中心になるんだろう?だったら相手のことを知っておいて損は無いと思ってね」

 

貴信の言葉に闘牙が目つきが鋭くなった。そのことを知っているのは、自分と優に()だけの筈だからである。

 

「流石よくご存知で」

「それが私の取り柄だからね。闘牙君。今の世の中で最も強力な武器はなんだと思うかね?」

「情報ですか」

「正解」

 

まるで問題を解けた生徒を褒めるように笑う貴信。

 

「情報一つで相手を欺くことも、自分の身を守ることだってできる。それこそ世界が動くことだってある。だから私は目を凝らし、耳を澄ます。核兵器にも勝る武器を手にするためにね」

「やはりあなたは敵に回したくないですね。魔術師(ウィザード)

「その呼び方はやめてくれ。好きじゃないんだ」

 

『周りが勝手に言ってるだけだからね』と唇を尖らせる貴信。

 

「ま、本音を言えば、君との出会いで彼にいい影響が出るかなと思ってね」

「随分買っているのですね。月刀航暉のことを」

「言っただろう。この世界を変える様なことをしてくれそうだってね。それに君もだろ?だからあんなにキツく言ったんでしょう」

 

からかう様に笑いながら言う貴信に、若干眉を潜ませる闘牙。

 

「似てるもんね彼と君」

「…現役だった頃。自分のことを信じて仲間は散っていきました」

「『鬼神』と呼ばれた君をか」

 

絶望的だった深海棲艦との戦いの中。目覚しい活躍をしていた闘牙は、いつしかそう呼ばれ英雄視されていた。

 

「みなが自分に希望を抱き、戦っていました。ですが、自分は己を守るので精一杯で、その期待に応えることができませんでした」

 

空を見上げる闘牙の表情を、貴信から窺い知ることはできなかった。

 

「部下は自分の指示に迷うことなく従い、勝ち目の無い戦いに身を投じて、戻ってくることはなかった。自分が殺した様なものです」

 

貴信は何も言わずに、ただ闘牙の話に耳を傾けていた。

 

「だから、彼には自分の様にはなってほしくはない。と言う気持ちが無いと言えば嘘になります」

「そうか。なら、そうならない様に願おうかね」

「それは彼次第ですがね」

 

夜の喧騒に包まれる街並みに、彼らの姿は溶け込んでいったのだった。



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第三話

夜刀神へと戻った闘牙は、仲間達がいるだろうブリーフィングルームへ向かう。

部屋に入ると案の定全員揃って思い思いにくつろいでいた。部屋の装飾はブリーフィングルームと言うより、どこの家庭にもあるリビングと言った方がいいものとなっている。

 

「帰ったぞ」

「おう。お帰り」

 

帰ってきたことを伝えると、ソファーに腰掛けて雑誌を読んでいた優が応えた。

 

「お~。おにーちゃんが帰ってきたぞ~」

 

竹とゲームで遊んでいた桃が、闘牙が帰ってきたことに気がつき駆け寄ってきた。そして闘牙に飛びついた。

 

「お帰りなさ~い」

 

抱きついてじゃれる桃。くすぐったいがいつものことなので、気にすることなく好きにさせる闘牙。

 

「お帰りなさい闘牙」

「お帰りんさい」

「お帰り」

「お帰りなさいませ闘牙さん」

「ただいま」

 

松達の声かけに闘牙が答えると、優が何かに気がついた様に口を開いた。

 

「なんか面白いことでもあったか?」

「面白くはないが、月刀航輝に会った」

 

不機嫌そうな闘牙の言葉に優は愉快そうに笑う。

 

「はは。兄貴に一本取られたな。で、どうだったよ」

「優し過ぎる」

「なる程」

 

非常に簡潔な答えに、優が再び愉快そうに笑った。

そして、それだけで理解したのだろうか。優がそれ以上は聞いてくることはなかった。

 

「すまんが、もうひと仕事残っているのでな。もう暫くこちらは任せるぞ松」

「うん。分かった」

「では、行くぞ優」

「あいよ」

 

松達を残し、メディカルルームへ向かう闘牙と優。そして、メディカルルームのポッドに横になる闘牙。うなじから伸びたコードは、ポッドのジャックに差し込まれていた。

 

「うっし、準備できたぜ闘牙」

 

モニターで作業していた優が闘牙に声をかける。

 

「では、行ってくる」

「おう。行ってら~」

 

優の言葉と共に闘牙の意識は、電脳の世界へと飛んでいった。

 

 

 

 

闘牙の意識がたどり着いたのは、豪華ホテルを思わせる電脳空間であった。

 

「やあ。待っていたよ闘牙」

 

室内にある高級感漂う椅子に腰掛けていた、バスローブを纏っている青年が闘牙に声をかけた。

見た目は闘牙と同じ年齢だと思われるが。その若さに見合わぬ老練な雰囲気が、彼を年相応に見せるのを妨げていた。

テーブルには、これまた高級そうなワインの瓶が置かれており、青年はそのワインが注がれたグラスを手にしていた。

 

「どうだい君も飲むかい?久々に上質なのが手に入ったんだけど」

「遠慮させて頂く」

 

そう言って壁に背を預け腕を組む闘牙。その素っ気ない態度に、『つれないねぇ』と呟きながら肩を竦める青年。

 

「我々はただ、利害が一致しているから手を組んでいるだけだと言うことを、お忘れでは?」

「そうだけどさ。もう少し愛想よくしてくれてもいいんじゃないかい?」

「性分ですので」

 

帰る気はないと言った感じの闘牙。対して青年は『まあ、いいけどさ』と気にした様子もなく、テーブルを軽く叩くと闘牙の目の前にウィンドウが表示された。

 

「数日前。ウェークにて基地司令風見恒樹大佐がAV-CT01”千歳”に殺害された」

「史上初の、水上用自律駆動兵装による上官殺害ですか」

 

兵器である筈の艦娘による反逆。本来はあってはならない大事件にも関わらず、闘牙はまるで、予見でもしていたかの様に落ち着いていた。

 

「彼には期待していたんだけどねぇ」

真実(・・)を知っていながらも、彼は艦娘を兵器としか見ていなかった。故の結果です」

 

そう語る闘牙の声は、どこか冷めていた。

風見恒樹は『たとえ轟沈艦を出したとしても必ず戦果を上げよ。兵器としての勤めを全うし、海を啓開する刃たれ』を信条とし、人と同じ感情を持つ艦娘を完全に兵器と見なしていた。

そのため必要とあれば、部下を切り捨てる非常とも言える作戦を強行し、数々の功績を上げていた。

 

「君としては気に入らなかったかい?『ファースト・コマンダー』」

「好きか嫌いかを選べとおしゃられるのであれば、嫌いを選びます」

 

ワインを口に運びながら青年が口にした言葉に、さして興味もなさそうに答える闘牙。

 

ファースト・コマンダー――

『始まりの艦娘』である松型駆逐艦を率いて、水上用自律駆動兵装の運用基礎を築いた闘牙の異名である。

生みの親である優と共に、水上用自律駆動兵装に関する教材を始めとする書籍にその名が載っている。最も、映像は写真は別人に置き換えられているが。

水上用自律駆動兵装の関係者であれば誰もが一度は耳にするであろう。

水上用自律駆動兵装のことを熟知していた闘牙にしてみれば、今回の一件は起きるべくして起きた必然と言えたのだ。

 

「無駄話は置いて。いよいよ奥の手(・・・)を使うので?」

「ああ。できれば使いたくはなかったんだけど、そうも言ってられないみたいだからね」

 

やれやれと言った感じで溜息をつく青年。

 

「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』。リスクを冒さねばならない案件かと」

「そうだね。だから、保険をかけなければならない。君達と言う保険(・・・・・・・)をね」

 

そう言って青年は椅子から立ち上がる。そして横須賀の街並みを再現した景色を、見下ろせる窓へとゆったりと歩いていく。

 

「約一ヶ月後。月刀航輝をウェークへと送る。上手くいけば僕達の目的に(・・・・・・)大きく近づく筈だ。だから君達第500特殊作戦戦隊には、彼の支援を頼むことがあるだろう」

 

極東方面隊総司令部直属第500特殊作戦戦隊――

通称特戦隊。闘牙が自身の正体を隠し、廃棄予定であった松型駆逐艦を存命させるために、結成した非公式艦隊である。

正規の指揮系統に属さず、非常時には独自の行動さえも許されている。

主な任務は大規模作戦前の敵艦隊の陽動や敵戦力の漸減に。敵地に潜入しての情報収集や破壊工作と言った、一般艦隊では遂行が困難な特殊作戦に投入されている。

そのため存在は確認されても、上層部は公式にはその存在を認めていない、幻の艦隊である。

 

「了解。細かい部分はこちらで好きにさせて頂く」

「ああ、任せるよ」

 

そこまで話した所で闘牙が壁から背を離そうとした所で、青年が『そう言えば』と思い出した様に言葉を発した。

 

「ここに来る前に彼と会っていたそうだね。君から見た彼はどうだい?」

「…興味を持つ程ではありませんでした」

 

青年の問いかけに、間を空けて答える闘牙。それを見た青年がニヤニヤと笑いだした。

 

「ふぅん。あんなにムキになっていたのにかい?」

「…覗きとは趣味が悪い」

 

不機嫌そうに睨む闘牙に対して、おどけたように青年は笑った。

 

「僕は常に彼を見ているからね。にしても同族嫌悪ってやつかな?あそこまで喧嘩腰になるなんて、君も一応は人間ってことだね」

「そうですね。あなたよりは(・・・・・・)人間のつもりですよ」

 

からかっている様子の青年に、闘牙が皮肉を込めた様に言う。すると、青年は愉快そうに笑いだした。

 

「はははははは!こりゃ一本取られたね。やっぱり君と話していると面白いよ」

 

青年の言葉に闘牙は何も答えずに、壁から背を離した。

 

「もう帰るのかい?」

「明日にはウェークに向かいます。少し周りを掃除しておきたいので」

「そこまで急がなくてもいいんじゃないかい?せっかく本土に戻ってきたんだから、少しはゆっくりしても罰は当たらないと思うけど」

 

そう言ってワインを口にする青年に、背を向けたまま首のみ動かし横目で青年を見る闘牙。その目はどこか辟易している様に見える。

 

「本土にいるとあなたに厄介事を持ち込まれるので、それに面倒事に巻き込まれたくないですし」

「いやぁ。だって、君達以上に優れていて使い勝手のいい部隊を、僕は他に知らないからねぇ」

 

ジトっとした目を向けてくる闘牙にははは、と悪びれた様子も見せずに笑っている青年。

 

「それと君達敵が多いもんね」

そちらも毒蛇に噛まれない様に(・・・・・・・・・・・・・・・)お気をつけて」

「ご忠告ありがとう」

 

青年が言い終わるのと同時に、闘牙は電脳世界から去っていくのであった。

 

 

 

 

 

横須賀に戻ってから三週間後――

太平洋のど真ん中に位置するウェーク島。その近くの海域で戦闘が行われていた。

深海棲艦の艦隊が放つ砲を、死神がすり抜けながら接近していく。

 

『せいりゃあああああああ!!!』

 

死神を模した装甲を纏った竹が、手にした大鎌をイ級へと振り下ろす。振るわれた大鎌の刃は駆逐イ級の装甲を紙の様に両断し爆散させる。

 

『どおりゃぁ!!』

 

続いて腰に装備されているアンカーを別のイ級へと射出する。撃ちだされたアンカーの先端が展開され、イ級の装甲に喰い込む。

それを確認すると、竹はアンカーを巻き戻してイ級を引き寄せていく。大した抵抗もできずに、間合いに引き寄せられた獲物を大鎌で両断した。

 

『ガォォオオオオオオオオオ!!!』

 

他では虎を模した装甲を纏った桃が、軽巡ホ級の喉元へ食らいついていた。そのまま力任せに喉元を食い千切り、吹き出した返り血で青く染まっていた。

桃の背後を取ったイ級が砲を放つも。海面を蹴り飛び上がって回避されてしまう。そしてイ級目掛けて落下した桃によって踏み潰されて粉砕される。

水上艦が蹂躙されている中。上空で深海棲艦の艦載機が竹と桃を爆撃しようと降下を始める。

その瞬間。花火の様に打ち出された多量のロサ弾に、全ての艦載機が薙ぎ払われた。

 

『艦載機なんて、全て無くなればいい』

 

重装甲に身を包んだ梅が、背中に搭載されている二つ30連装のロサ弾のハッチを閉じながら、恨めしそうに呟いた。

そして眼前に展開している敵艦隊に、増設バルジと一体化した大型ガトリングを保持した左腕を向ける。敵駆逐艦や軽巡の放った砲弾が被弾しているも、全て強固な装甲に弾かれていた。

梅がトリガーを引くと、ガトリングの砲が高速で回転を始め、次々と弾丸が放れていく。豪雨の様に襲いかかる弾丸に、蜂の巣にされた敵艦が海の藻屑へと変えられていった。

次々と沈んでいく僚艦を見て、勝ち目が無いと判断した残存艦が撤退を開始するも、飛来してきた徹甲弾に撃ち抜かれていく。

 

『……』

 

交戦海域から遥か離れた海域で、スナイパーを意識させる装甲を纏った松が海面に片膝をつき。自身の身長を有に超えるサイズのライフルを構えていた。

撤退しようとしている敵艦へ、黙々と徹甲弾を放つ。放たれた砲弾は数分の狂いなく、敵艦の中心部を撃ち抜いていく。

 

「敵艦隊反応消失しました」

 

海中深くに潜航している夜刀神の艦橋。その中心部に設置されている椅子に腰掛けているヤトが、静かに告げた。

 

「シャドウ・マムより各艦へ。状況終了。帰投せよ」

 

ヤトの隣に仁王立ちしていた闘牙が告げると、松型姉妹がそれぞれ答えた。

 

「どうよ闘牙。久々に腰を据えて指揮してみてよ」

 

闘牙やヤトの前の方の席でオペレートしていた優が、手を頭の後ろで組みながら話しかける。

 

「やはり落ち着かんな。俺は前で敵を殴っている方が性にあっている」

「確かに、お前が椅子に座って踏ん反り返っている姿なんて想像つかんわな」

 

確信する様に言う闘牙に、愉快そうに笑う優。

 

「これでここいらの敵はあらかた片付いたかね」

「恐らくはな。残敵程度なら今のウェークの戦力でもどうにかできよう。最も戦えれば(・・・・)の話だがな」

 

そう言ってモニターにあるデータが表示された。

『DD-AK04電』――ウェーク島に配備されている駆逐艦である。

現在ウェーク島基地は、水上用自律駆動兵装による指揮官殺害事件の影響で基地機能を消失し、この電1隻のみしか駐留していない状態となっていた。

 

「建造されてから幾度か出撃しているが、撃破記録は今だに無しか」

 

電の戦闘に関する記録が表示される。それなりに出撃している筈なのだが、記録には戦果無しと表記されていた。

 

「敵を撃つことを躊躇う兵器。普通なら欠陥品とみられるのだろうが…」

彼女のを(・・・・)受け継いでいれば当然だな」

 

まるで何かを知っている素振りを見せる二人に、ヤトが首を傾げた。

 

「お父さんと闘牙さんは彼女のことをご存じなので?」

「正確には、彼女でないのだがな」

「あの子には、ほんのちょっとだけ関わりがあってな」

 

ヤトの問いかけに曖昧に答えながら、モニターに映る電をどこか懐かしそうに見つめる闘牙と優。

だがその瞳には罪悪感が含まれている様にヤトには見えた。

 

「関わりですか?」

「…機会があれば話そう。軽々しく話せることではないのでな。それでいいか優?」

「ああ、構わんよ」

「お二人がそうおしゃられるのなら、分かりました」

 

松型姉妹や自分には隠し事をしない闘牙や優がそう言うのならば、とても重要なことなのだろう。ならば話してくれる時まで待つべきとヤトは判断した。

 

「果たして、彼女が新たな一歩を踏み出せるかどうか」

「それは新しい指揮官次第だな」

 

ウェーク島基地には死亡した風見恒樹准将(殉職に伴い二階級特進)の後任として、月刀航輝中佐が赴任することとなっている。

 

「あの二人の出会いがどの様な未来を描くか。見せてもらうとしよう」

 

そう告げる闘牙の顔は、どこか期待しているかの様であった。



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第四話

ウェーク周辺の掃討作戦を開始してから、一ヶ月が経過した夜刀神のブリーフィングルーム。

特戦隊の面々はテーブルを囲んで何かに興じていた。

 

「にゅにゅにゅ…」

 

桃が真剣な表情で、目の前に積み重ねられた、手のひらサイズの木の板を慎重に引き抜こうとしていた。

 

「おら、はよしろや」

 

桃が木の板と格闘を始めて数分が経っており、棒キャンディーを咥えた竹がじれたのか急かし始める。

 

「ちょっと黙っててほしいなり竹おねーちゃん。桃は今とってもとっても集中しているのだ」

「いや、ジェンガに本気出し過ぎだろうに」

 

遊びにも関わらず、戦闘時並みの集中力を発揮している桃に呆れ気味の様子の闘牙。

 

「大体、なんで開始早々に下から引き抜こうとしている訳?」

「ふふふ。勝負とは、常人では考えつかないことをする者が勝つのだよ、梅おねーちゃん」

「勇気と無謀は違うよ桃?」

 

チャレンジ精神旺盛な桃にツッコミを入れる松。明らかに勇気と無謀を履き違えていた。

 

「そう言う穴場狙いするからいつも負けるんだよ」

「いつもじゃないもん!この前は勝ったもん!」

 

優の言葉にプンスカ怒りながら反論する桃。

 

「お前が勝つと、後の任務で面倒なことになるんだがな。この前は爆弾の雨が降ってきたしな」

 

闘牙が辟易した様に言うと、他のメンバーがうんうんと頷いていた。

たまに桃が勝つと、その後の任務で必ず面倒な事態が起きるのが、特戦隊のジンクスとなっているのだ。

ちなみに前回は大量の空母艦隊を相手取ることとなり。豪雨の如き爆弾と魚雷に見舞われたのである。

 

「む~!それは桃のせいじゃないもーん!たまたまだもーん!『ガシャンッ!』あっ」

 

あられもない罪にムッキー!と怒る桃。そのせいで手元が狂い、ジェンガが崩れてしまった。

 

「にゃ、にゃ~~~~!!!」

 

無残にも崩れたジェンガを見て、頭を抱えた涙目になる桃。当然の結果なので、同情する者は誰もいなかった。

そんな中。ヤトがピクッと何かに反応した。

 

「闘牙さん。ウェーク島に輸送機が接近してきています」

「来たか。ヤトモニターへ」

「はい」

 

闘牙の言葉にヤトが頷くと、部屋に置かれていたモニターにウェーク基地の滑走路が映し出される。

 

「例の新司令官殿のおでましか」

「やっと来たぞ~。待ちくたびれたぞ~」

 

竹や桃が話している間にも、輸送機がウェーク基地の滑走路へと着陸し、機体から月刀航輝を始めとした赴任者が降りていく。

ちなみにこの映像は、ウェーク基地の監視カメラをヤトがクラックして得ているものである。

 

「ほうほう。あれが月刀航輝ねぇ。闘牙と違ってからかいがいがありそうだわ」

「くだらん比較をするな」

 

新しい棒キャンディーの包装紙を剥がしながら、あくどい笑みを浮かべる竹に、冷ややかな目でツッコミを入れる闘牙。

 

「ここからが本番」

「そうだ梅。俺達の未来を決めるミッションのな」

 

意味深な笑みを浮かべる闘牙。元々の顔つきのせいで、悪役の顔つきになっているもだが。指摘すると悲しんでしまうので、黙っておいてあげた。

すると艦内に警報が鳴り響き始めた。そんな中でも動じた様子もなく、ヤトからの報告を待つ闘牙達。

 

「バード05がウェークへ進路を取る敵艦隊を補足。編成は水雷戦隊が一つのみです」

「近場のマーカスやエニウェトックが援軍を送るだろうが。どうする闘牙?」

 

『俺達が出るか?』と目で問いかける優。闘牙は顎に手を当てて思案する。

 

「ヤトCTCに俺達が出ると伝えろ」

「分かりました」

 

闘牙の指示に従ってヤトが、新首都に設定された長野に置かれた中央戦術コンピュータと交信を始めた。

 

「あたし達が出る必要ってあんの?」

 

闘牙に竹が咥えた棒キャンディーを、ピコピコ動かしながら疑問をぶつける。正規軍でも十分に対処可能な状況で出撃することは、非常に稀であるからである。

梅や桃も同意見なのか、不思議そうな顔をしているが、松のみ闘牙の考えを読み取ったのか落ち着いていた。

 

「確かめたいことがあってな。今回は俺も出るぞ。一ヶ月も休んでいては身体がなまるんでな」

 

このひと月の間、ウェーク周辺には強力な個体がいなかったため。闘牙は身体への負担を減らすためと、松型姉妹によって出撃させてもらえなかったのである。

 

「まあ、言っても聞かないだろうからいいけどさ」

 

こうなった闘牙は止められないので、好きにやらせることにした竹達。

 

「闘牙さん。CTCより承認が降りました」

「よろしい。では、行くとしよう」

 

闘牙の掛け声を合図に、それぞれの配置に向かう面々であった。

 

 

 

 

 

アンダーウェアに着替えてから格納庫に到着したした闘牙は、01と表記されたハンガーに鎮座している装備の前にいた。

優が開発した闘牙専用の艤装であり。元は有澤重工が艦娘以外の対深海棲艦用兵器として、水上戦術歩兵を元に開発していたパワードスーツをベースとしており、従来の艤装とは形状が大きく異なっているのが特徴である。

闘牙の『砲雷戦能力しか持たない深海棲艦は近接戦に脆い』と言う、水上歩兵時代の経験を元に砲雷戦能力は排除し、近接戦闘用に徹底した設計となっている。

主を迎え入れる様に装甲を開放した愛機に、背中を預けるようにして乗り込む。すると装甲が閉じ全身が装甲に包まれ、空気を抜く音と共に最初から身体の一部だったかの様な一体感を感じた。

 

『メインシステム起動します』

 

同時にシステムが立ち上がり、脳に直接流れてきた情報から異常が無いことを確認すると、通信回路が入ってきた。

 

『こちらシャドウ・マム。リンクを開始する全員準備はいいか?』

『シャドウ1準備完了。いつでもいける』

 

オペレーターである優の問いかけに答えると、松達のそれぞれ問題無しと答えた。

 

『んじゃいくぜ。カウント5、4、3、2、1、マーク』

 

カウントゼロと共に一瞬だけ軽い頭痛が走り、続いて母艦と僚艦の情報と作戦に関するデータが送り込まれてくる。

機体の最終チャックを終えると、機体を前進させクレーンに吊るされたコンテナが運ばれてきた。

コンテナより、メイン兵装であるリボルバー式パイルバンカー内蔵の『対艦突撃槍』、通称ランスを取り出している間に、アームによって予備弾倉が腰の両側に設置された。

装備の動作を確認すると、出撃用ハッチへと歩みを進めていくと同時に、艦全体が僅かに揺れだす。夜刀神が海面に浮上する際の振動である。

ハッチの前まで辿り着くと同時に、ハッチが開放されたので、エレベータへと乗り込む。

エンジンを起動させながら、最終確認をしているとエレベーターが止まり、外壁が解放され青空のの広がる大海原が視界に広がる。

同時にカタパルトがせり出し展開されていく。別段必要はないのだが、設計者の趣味で取りつけられた物である。

カタパルトが展開されたのを確認し、エレベータからカタパルトに移り、脚部を固定すると前傾姿勢になる。

 

『出撃準備完了。シャドウ1発艦どうぞ。――お気をつけて』

『了解。シャドウ1出る!』

 

ヤトの管制に合わせ、カタパルトに設置されている信号機の様なランプが赤、赤、青へ変わると、強烈な勢いでレールを沿う様に機体が押し出されGがのしかかるが、慣れた身体ではそれが心地良くさえ感じられた。

大海原へと飛び出した闘牙はすぐさま姿勢を安定させ、海上を滑る様に進路を調整する。

反対側のカタパルトから出撃したシャドウ2こと松と合流すると、隊列を調整しつつ後続との合流に備えるのであった。

 

 

 

 

ウェークへ進行している深海棲艦の艦隊は、厳重な警戒態勢を敷いていた。

最近この海域にいる同胞が突然姿を消す事態が続いており、その調査のために派遣されたのだ。

旗艦の軽巡ホ級先頭に単縦陣を組んでおり、後続の駆逐イ級も念入りに周囲を索敵している。

既に敵の索敵圏内入ってそれなりになるにも関わらず、今だに敵が現れる様子もなく。それが不気味さを醸し出していた。

そんな中、不意に僚艦のイ級が左舷から何かが接近してきていることを知らせてきた。

ホ級が慌ててそちらを向くと、肉眼で見える程の距離まで接近してきている影があった――

 

 

 

 

『流石に気づかれたか』

 

闘牙の接近に気づいた敵艦隊が迎撃態勢に入るの見て呟いた。ちなみに松達は周辺警戒に当たらせている。

闘牙の艤装にはステルス機能が施されており、敵の電探に引っかかることなく接近できるのだが。今回は敵の警戒が強すぎたため普段より早期に見つかってしまった。

敵艦が発砲を開始し、飛来してきた砲弾を、信じられない加速度で左右に身体を滑らしながら回避していく。

『クイックブースト』と呼ばれる艤装の各部にある高主力ブースタを噴かし、前後左右への短距離加速と高速旋回を可能とする機能である。

これにより、従来の艤装では不可能な高速機動を実現したが、高度な機体制御と対G能力が求められるため、特戦隊でも闘牙のみしか扱うことができないのである。

 

『フンッ!』

 

一度も被弾することなく敵の懐に飛び込んだ闘牙は、艦隊の中央にいるイ級にランスを突き刺し、そのまま持ち上げると、右隣にいたイ級にハンマーの要領で叩きつけて纏めて粉砕してしまった。

その様子を見た他の敵艦が慌てた様子で砲撃するも、クイックブーストを使い一瞬で射線から逃れながらも別のイ級へ接近すると、両肩に設置されたアームに吊るされた大型のバルジが鋏の様に開き2体のイ級を挟むと紙の様に真っ二つに両断する。

次々と僚艦を沈められたホ級が、怒りの咆哮をあげながら砲撃を続けるも、闘牙の姿が視界から掻き消えてしまった。

背後から殺気を感じた咄嗟にホ級が振り返るとその胸部にランスが突き刺される。

クイックブーストと、それを応用した急速旋回クイックターンによって、一瞬でホ級の背後に回った闘牙は突き刺したランスのトリガーを引いた。

ランスの刀身が展開され、ホ級の身体を抉り広げていくと、余りの激痛にホ級が悲鳴をあげる。

 

『撃ち抜く』

 

再度トリガーを引くと、内蔵されているパイルバンカーか稼働し、ホ級の身体が粉々に飛び散った。

三度トリガーを引きランスを閉じると、最後に残ったイ級へと向き直る闘牙。戦闘を開始してから、まだ5分も経っていない間のできごとであった。

イ級には、闘牙が瞬間移動しながら仲間を海の藻屑にしている様にしか見えず、その絶対的なまでの力の差にただ恐怖するしかなかった。

闘牙がゆっくりとした歩みでイ級へと迫ってきたので、背を向けて逃げようとするも、クイックブーストによって一瞬で目の前に移動した闘牙に阻まれてしまう。

 

『~~~~~~~~!?!?!?』

 

最早悲鳴をあげて逃げることしかできなくなっていたイ級は、慌てて反転し逃走していく。ウェーク島の方角へと…。

それを闘牙は阻むことなく。イ級を追い立てる様に追跡していったのだった。

 

 

 

 

あの後イ級はウェーク基地の哨戒圏まで闘牙に追い立てられ、迎撃に出撃したウェーク所属のDD-AK04電によって撃破されたのだった。

 

『終わったな』

『あの電って子の実力を見るためだけに、あんたに追いかけられたあのイ級がまじ可哀想だわ』

『おにーちゃん鬼畜なり』

『末恐ろしい』

 

その様子を、ウェークや電に気づかれない位置から見ていた闘牙がそう呟くと、合流した竹が哀れんだ様に言う。さらに桃と梅に至っては若干引いていた。

 

『目的のためなら、これくらいのこと喜んでしようではないか』

『だからって、あれはないわ~』

『流石おにーちゃん。桃達にできないことを平然とやってのける~』

『そこにシビれる、あこがれる~』

 

仲間の冷たい反応に少し拗ねた様に言う闘牙に、さらに追い打ちをする三人。実に楽しそうである。

 

『ほら皆。シャドウ1をからかうのはそこまでにしなさい』

 

そんなやり取りを微笑みながら見守っていた松が、頃合を見て止めに入った。

 

『いやー、シャドウ1をからかえる機会なんて早々ないしねぇ』

『んだんだ』

『ふんがふんが』

『お前ら…』

 

悪びれた様子のない竹達に額に青筋を浮かべる闘牙。

 

『それにしてもあの電って子大丈夫なのかなぁ?トドメを刺すの躊躇っていたけど…』

 

桃がそんなことをいいながら、帰還していく電を心配そうに見た。

先程の戦闘で、電は大破した敵にトドメを刺そうとして躊躇ってしまい、その隙を突かれて窮地に陥ってしまったのだ。

幸い指揮官である月刀航輝が、リンク率を引き上げ電をコントロールしたことで、難を逃れることに成功したのだが。

 

『あんなんじゃすぐに死ぬわよあいつ?まあ、そのためにあたし達がいる訳だけどさ』

 

月刀航輝配下の艦隊が危機に陥った際に援護するのが、今回の特戦隊の任務である。先程の戦闘で電が窮地に陥った際に、松が狙撃で援護しようしたのを闘牙が止めたのであったが。

竹としては今回の様なことで尻拭いをするのは、御免被りたい様であった。

 

『そこはあの指揮官にどうにかしてもらうさ。俺達が直接出張るのは最後の手段だけだ』

 

そんな話をしていると、母艦である夜刀神から通信が入ってきた。

 

『おう闘牙。データ出だぜ』

『回してくれ優』

 

闘牙そう言うと、電と指揮官である月刀航輝とのリンク率に関するデータが送信されてきた。

 

『どう見ても、初めて組んで出せる数値じゃないな』

『やはりか』

 

データには、驚異的と言える程のリンク率が表示されていた。

基本的にリンク率が高ければ、それだけ艦娘の性能を生かすことが可能となっている。

ただし人間同士で相性がある様に、極めて人間に近い艦娘にも相性は存在し、同じ艦娘でも指揮官によって引き出せる数値は違ってくるのだ。

その中でも『完全同調』と呼ばれる、艦娘と完全にシンクロするには、余程の相性と信頼関係を築く必要がある。

少なくとも、出会って1日も経っていない者同士ができることではないのである。

 

『やはりあの男は…』

『間違いないようだな』

 

何かを確信した様子で優と話している闘牙に、理解できていない松達は怪訝そうな顔で見ていた。

 

『何よ、なんか分かった訳?』

『…今は話せん。許せ』

 

竹が問いかけるも、はぐらかす闘牙。

 

『ふ~ん。ま、いいけど』

 

闘牙が隠し事をするのは珍しいが、それだけ重要なことなのだろうと、気にしていない様子の竹。他の姉妹も同様であった。

 

『状況終了だ。帰還するぞ』

 

そう言ってその場から去っていく闘牙に、松達は続いていくのであった。



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第五話

ウェークでの作戦が本格的に始動してから暫く経った頃。

東方戦線で深海棲艦の大規模進行が発生。その戦闘に参加したウェーク艦隊のバックアップに出撃した特戦隊。

戦闘は問題なく終了したのだが、その数日後にブリーフィングが開かれた。

 

「では、今回の任務のブリーフィングを始める」

 

夜刀神内のブリーフィングルーム。メンバーがそれぞれくつろいでいる中、闘牙はモニターの前に立っていた。

 

「数日前に発生したグアム近海での戦闘だが。面倒なことが起きた」

「面倒?撃退に成功したんじゃないの?」

 

カーペットの上で棒キャンディーを咥え、休日のオッサンの様に横になったいる竹が、怪訝そうに反応した。

 

「確かに敵の撃退には成功した。だが、これを見てみろ」

 

闘牙がそう言うと、モニターにあるデータが表示される。

 

「ん~?なになに彼我の損害率に関するデータ?って敵の撃破率少なくね」

 

データを見た竹が眉を潜めた。データには、敵に与えた損害より寧ろ友軍の方が損害を被っているのである。

 

「何があったし」

「それを今から説明する。当初は我が軍は優位に戦闘を進め、敵を撤退させることに成功した。そこから追撃戦に移行した際に、敵の増援が現れた」

「その増援がここまでの損害を与えたと?」

「その通りだ。新たに現れた1艦隊によって追撃は阻まれ、逆に手痛いしっぺ返しをくらった訳だ」

 

ソファーで体育座りしている梅に闘牙が答えると、モニターに新たな映像が映される。

 

「増援に現れたのは、フラグシップクラスと見られる重巡リ級を旗艦とし。僚艦は全てエリートクラスの重巡・軽巡・駆逐で構成された打撃艦隊だ」

 

映像の中では旗艦であるリ級が、正規軍の水上用自律駆動兵装を熟練された動きで翻弄していた。

 

「ほう。見事に横っ腹を突かれた訳か」

 

椅子の背もたれに肘を乗せて、戦闘の推移に関するデータを見ていた優が、関心した様な声をあげた。

 

「ああ。誰もが勝利を確信し、敵を追いかけることしか頭に無くなった状態。そして相手の最も脆い部分を的確に見抜く洞察力。間違いなく精鋭だな。そして我々と同じ遊撃艦隊ではないかと俺は見ている」

「その根拠は?」

 

梅の隣に仕掛けていた松が疑問を投げかける。

 

「情報によればこの艦隊と似た連中が他の方面で確認され、少なくない損害を出しているそうだ。中には戦艦や正規空母も沈められている。そしてこの艦隊は戦艦である伊勢型2席隻に、正規空母の二航戦と互角に戦り合っている。同一の艦隊と見て間違いなかろう」

「照合した結果。99.8パーセントの確率で同一の艦隊と出ています。間違いはないかと」

 

椅子に礼儀正しく腰掛けているヤトが、闘牙の意見に賛同する。

 

「あちこちの戦場を渡り歩いていると。確かにあたしらに似てるわね。ま、あたしらは極東専門だけど」

 

にしししと笑う竹。その顔はどこか愉快そうである。

 

「今回の任務は取り逃がした残存艦隊と、この遊撃艦隊の捜索と殲滅。特に遊撃艦隊は確実に仕留めろとのお達しだ。本来は損害の少ないウェークが捜索を行い、グアムの主力が叩くのだが…」

「捜索中に万が一戦闘になった場合。1水雷戦隊しかいないウェークには荷が重すぎるわな」

 

ウェークは前回の戦闘で、旧ウェーク所属艦と合流し戦力を増強されていたのだ。また損害も、作戦に参加した艦隊の中でも最も軽微であった。

 

「十中八九戦闘になるだろう。だからこそ俺達の出番と言う訳だ。何か質問はあるか?」

「はい!」

 

ヤトを背後から抱きしめていた桃が元気よく手をあげる。

 

「何だ桃?」

「要はさーちあんどですとろいですか!」

「そうだ見つけ次第全て叩き潰せ。1隻も生かすな」

「お~分かった~」

 

幼い外見に伴わず、とてつもなく物騒なことを言っている桃。そして異形の存在とは言え、命を奪うことになんの躊躇いを見せていない。それが彼女も闇の世界の住人であることを物語っていた。

 

「準備ができ次第出撃する。今回の相手は手練だ気を抜くなよ」

『うぇ~い』

 

闘牙の締めくくりに、気の抜けた返事をするメンバー。

これが特戦隊にとっていつものことであり。彼女らが余裕こそ見せても、油断することなど無いことを闘牙は知っていた。

 

 

 

 

どんよりとした雲が広がる東方戦線のとある無人島。

岩礁に囲まれた島の入り江に集っているのは、異形の存在である深海棲艦。

だがそのほとんどは傷つき、まさに敗残兵と言える有様であった。

そんな中、島を守るように外部に展開している艦隊があった。

明らかに他の個体とは異なる、熟練の戦士を思わせる雰囲気を纏っている重巡り級を中心に。別のリ級1隻と雷巡チ級に駆逐イ級がそれぞれ2隻の計6隻で構成されていた。

彼女らこそ特戦隊の最重要目標である遊撃艦隊である。

 

『……』

 

旗艦であるリ級が、周囲を警戒しながらも思案していた。

今回の侵攻作戦は、本来ならば自分達遊撃隊と合流した後に決行されることとなっていた。

だが彼女らのことを気に入らなかったのか、総旗艦が勝手に作戦の開始を早めてしまった。

このリ級は他の個体と比べて強調性と呼べるものが無く、自身の直感を優先し、指揮官の命令を無視することが多かった。

結果的に手柄をあげることに成功し、罰せられることはないが。当然指揮官からは嫌われ、他の艦隊へ飛ばされてしまう。

それでも自分のやり方を改める気はなく、その後も命令違反を繰り返しては、他の艦隊に飛ばされるを繰り返し、遂にはどこにも居場所は無くなってしまった。

ならば自分で居場所を作ればいいと考えたリ級は、自分と同じ様な考えを持つ者達を集めて遊撃艦隊を組織したのだ。

無論反発も強かったが、功績を上げ続けることでそう言った声を黙らせてきた。

そんな自彼女達に今回の総旗艦は、自分の手柄を横取りされるとでも思ったのだろう。

結果。総旗艦を始めとする指揮官らは軒並み全滅。指揮系統が完全に崩壊した。

危うく全滅しかけていた同胞を、駆けつけた彼女達が助け出した。そして天然の要塞とも言えるこの島に身を隠すこととなった。

同胞らの傷は深く、動ける様になるまで今暫くの時間が必要となるだろう。

幸い追撃してきた敵艦隊にはそれなりの損害を与えたので、当面は攻撃されることはないだろうが油断は禁物である。故にこうして部下と共に周囲を警戒していた。

 

『!』

 

首の辺りを刃物がなぞる感覚。自らに死が迫っている際に起きる現象であった。

咄嗟に身体を横に逸らすと、先程まで自分がいた場所に砲弾が突き刺さった。あのままあそこにいれば、間違いなく自分は粉々にされていた。

 

『キタカ…』

 

砲弾が飛来してきた方角に視線を向けると、何かがこちらへと迫ってきていた。

思った以上に追撃が早かった様である。電探持ちがこの距離まで接近に気づかないと言うことは、相当に隠密性が高いらしい。恐らく自分達と同じ遊撃艦隊と言ったところだろう。

再び死が迫る感覚がしたので前方へと駆け出す。砲弾が着弾する音を背に、部下に迎撃を指示するリ級。久々に狩りがいのある獲物に、顔に獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

『あれを避けるか』

 

背後から頭上を超えて砲弾が標的目掛け飛んでいく。松が放った砲撃である。

だが命中した様子はなく敵艦隊はこちらへと距離を詰めてくる。

完全に敵の索敵圏外から放たれた初弾は回避されたらしい。

やはり一筋縄では行かない様だ。、最も予想の範疇なので驚きはしない。

再び砲弾が頭上を超えて敵艦隊に落ちるが、敵艦隊の速度が緩むことも陣形が乱れる様子も見られない。どうやら完全に見切られたらしい。

互いに最高速で迫っているため、瞬く間に距離が縮んでいく。敵の射程圏内入ったのだろう。砲弾が打ち込まれ始める。

単縦陣の先頭にいる闘牙へと砲弾が殺到するが、両肩のバルジを正面に展開し弾いていく。

最高速で移動しているにも関わらず、恐ろしく狙いが正確である。これだけで、相手の練度が驚異的であることが十二分に伺える。

最もこの程度の弾幕で怯む様なやわな精神はしていないので、構わず直進する。

 

『シャドウ4』

『了解』

 

最後列にいた梅が左腕で保持しているガトリングを放つも、敵艦隊はすぐさま単縦陣を解除し散開する。いや、旗艦であるフラグシップのリ級のみ降り注ぐ弾丸を潜り抜けながら突撃してくる。

 

『とう!』

 

闘牙の後ろにいた桃がインターセプトするため、飛び上がり闘牙の肩に足を乗せると、迫るリ級へと弾丸の如き速度で飛びかかった。

 

『ていりゃあ!』

 

桃が右腕と一体化している鍵爪を振るうと、リ級は砲と一体化している左腕で爪を受けるのと同時に、身体を左回転させ足を止めることなく受け流した。

その瞬間を狙って放ったれた松の砲弾が、リ級の頭部へと迫るも、右腕の砲を足元の海面に放ち、その衝撃を利用し身体を逸らして回避する。

そして足元の海面を今度は左腕の砲で撃った衝撃を活かしバランスを保ち、一連の攻防で一切の減速をすることなく闘牙へと肉薄した。

リ級加速力を載せた右腕のストレートが放たれると、ランスの腹で受け止める闘牙。

 

『『……』』

 

闘志を滾らせた目で睨み合う両者。特にリ級は久方ぶりに出会う強者に愉快そうに嗤っていた。

その間にも残りのチ級とイ級が梅と桃を包囲する様に動き、副旗艦であるリ級は前進を続ける。狙いは後方で支援砲撃をしている松だろう。

闘牙達は目の前の敵を相手するのに手一杯のため、リ級を止めることができないでいた。

 

『シャドウ2。すまんがそちらに1隻通す。処理しろ』

『こちらシャドウ2。了解』

 

いや、最初から止める気が無い様である。本来ならば、支援要員を敵の攻撃に晒すことは愚策なのだが、闘牙の指示には迷いがなかった。

 

『ぬん!』

 

パワーでは闘牙が勝っているのか強引に振り払うと、押し返された力を利用して後ろに飛び退き両腕の砲を放つリ級。

クイックブーストを用い砲弾を回避すると、すぐさま距離を詰めようと再ブーストで接近し、ランスで突きを放った。

だが上半身を僅かに逸らしただけで回避され、逆にカウンターの蹴りを横腹に受けてしまう。

重装甲のため、さしたるダメージにはならないので。気にせず両肩のバルジを展開しリ級を挟み込もうとするも。バックステップで距離を取られる。

手強い。素直に闘牙は敵の技量を賞賛した。

 

 

 

 

『痛い!痛いじょ!?』

 

闘牙と分断された梅と桃は、さらに互いからも分断されていた。

イ級2隻を相手にしている桃は、どうにか接近しようとするも。前後に挟まれどちらか一方を狙おうとすると、もう一方に背後から攻撃されてしまったいた。

桃の武装は両手足の鍵爪と、先端に刃物がついた尻尾のみと完全な近接仕様となっていた。

そのことを瞬時に見抜いたイ級らは、桃を囲む様に旋回しながら砲撃を行っていた。

完全に敵の術中に嵌った桃は、為すすべもなくいたぶられていた。

 

『鬱陶しい』

 

桃から少し離れた場所では、チ級2隻を相手にしている梅が、全身に装備されている武装を撃ち放っているも。高い機動性を持つチ級を捉えられずにいた。

こちらもイ級同様に梅を囲む様に旋回しているが、弾切れを起こすのを待っているのか。チ級は牽制程度に魚雷を放ちながら、回避に専念している。

火力重視のため鈍重な梅ではチ級の動きに対応できず、いたずらに弾薬を消費するだけであった。

そして遂にガトリングから弾丸が出てこなくなり、砲身が空回りする音が虚しく響くのみとなる。素早くガトリングをパージし、残った武装で応戦するも次々と弾切れとなっていく。

 

『うにゃあ!?』

 

それと同じくして、桃がイ級からの直撃を受けて態勢を大きく崩してしまう。

それを好機と見たイ級とチ級らが、梅と桃へと向けて必殺の魚雷を放つ。

艦娘の魚雷の避け方として主に三つ挙げられる。

一つは魚雷の射線から逃れること。

二つ目は魚雷を砲や機銃で打ち落とすこと。

そして三つ目は人型であることを活かし、魚雷を飛び越えることである。

だが桃は態勢を崩しているため、避けることができず。射撃装備がないため迎撃することさえできない。

梅は弾切れのため迎撃することができず。回避しようにも、雷撃特化のチ級は一度に撃てる魚雷の数が多く。その特性を活かし、梅を取り囲む様に魚雷を放っていた。

飛び越えることは可能だが。それすら見越したチ級は、魚雷を二重に放っていた。例え飛び越えて第一陣を避けても、重装甲の梅では第二陣を回避することは不可能であった。

それでも梅は第一陣を飛び越えるが、着地する瞬間には第二陣が目前まで迫っていた。

桃も急いで態勢を立て直そうとするも、とてもではないが間に合わない。

そして魚雷が爆発することによって巻き起こる水しぶきに、2人は飲み込まれた。

 

 

 

 

闘牙達が交戦している海域より離れた位置で、松は海面に片膝を突き、目元を覆う様に展開されたガンカメラ越しにライフルのスコープを覗く。

スコープにはこちらへと迫って来ているリ級が映されており、その頭部に照準を合わせトリガーを引いた。

両手で構えた自身の身長を有に超えるライフルから砲弾が放たれ、寸分の狂いもなくリ級の頭部へと向かっていくが、リ級は身体を横に滑らせ射線から逃れた。

それを気にすることなく排莢し次弾を装填すると、再び狙いを定めて発泡する。だがそれも簡単に回避されてしまう。

松が扱う『対艦狙撃砲』、通称ライフルは文字通り、狙撃に特化して開発されている。

大和型を超える射程距離と命中精度を重視されており、敵のアウトレンジから一方的に砲撃を行い。また乱戦中でも正確に支援砲撃を行うことが可能となっている。

その反面銃身が巨大となってしまい取り回しが悪く、姿勢をしっかりと安定させないと反動で射線が大きくブレてしまう欠点がある。

そのため戦闘時には僚艦に盾となってもらい、安全圏から敵を狙い撃つのが基本なのだが。今回は前衛である闘牙達が敵を完全に抑えきることができず、接近を許してしまう事態となっている。

射程が長いと言うことは、着弾までのタイムラグが長いことを意味しており。敵にこちらの位置がばれてしまっていると、熟練者には弾道を見切ることが容易となり、簡単によけられてしまう。おまけに連射性も低いので、この状況下では直撃させることは困難であった。

 

『!』

 

松はスコープ越しに敵の砲が光ったのを確認すると、すぐさま構えを解いて横に飛んだ。すると先程まで自分がいた位置に砲弾が突き刺さった。

敵の射程圏内まで接近されてらしい。断続的に降り注ぐ砲弾を回避しながらライフルを放つも、姿勢が安定していない状態では精度は著しく低下しているため、当然の如く避けられてしまう。

そして遂に、肉眼で互いの姿がはっきりと見える距離まで接近されてしまう。

積載量の関係で、松はこのライフルしか搭載することができない。そのためここまで接近されてしまうと、有効な武装が残されていないのだ。さらに松の足ではリ級から逃げることさえできない。

そのことを見抜かれたのか、リ級の顔には余裕が見て取れた。最早リ級には、松はただ捕食されるのを待つだけの獲物にしか見えていないのだろう。

絶対絶命な状況でも松は動じた様子も無く、リ級を見据えていた。

そんな松に余裕こそ見せても、油断することなく、リ級は両手の砲を構えて狙いをつけると発泡した。

 

 

 

 

闘牙がリ級へとランスの突きを放つも、片腕で軌道を逸らされてしまう。すぐさまクイックブーストとクイックターンを用い背後を取る。そして展開したバルジで挟み込もうとするも、裏拳でアームを殴られて弾かれてしまう。

こちらを向いたリ級が、お返しと言わんばかりに右腕の砲を放つ。

クイックブーストを用いて回避した。と思われたが、回避先に放たれていた左腕の砲弾が左脇腹に突き刺さり、装甲に亀裂が走る。

 

『(埒が明かんな…)』

 

先程から同じことを繰り返していることに、闘牙は内心舌打ちした。

クイックブーストによる高速機動によって、リ級の懐に潜り込むも機動を見切られた様で、一向に攻撃が当たる気配がない。

それどころかカウンターを貰い、着実にダメージを蓄積されていた。こちらが重装甲だと見るや、左側へと攻撃を集中され、既に左肩のバルジは破損。装甲も、危険域に入っていることを告げるアラームが鳴り響いていた。

クイックブーストは確かに驚異的な瞬発力を発揮するが、あくまで直線的な機動しかできないので、見切ることは決して難しくはないのだ。

特に闘牙は近接装備しかないため、必然的に敵に接近するしかなく。カウンターを主体とする相手にはすこぶる相性が悪いのである。

何より今相手にしているリ級は近接戦闘を熟知している。本来、戦闘艦の延長戦上と言える装備しかしていない深海棲艦は、近接戦闘脆いと言う弱点を持つ。だからこそ闘牙は、近接戦闘用の武装しか搭載していないのだ。

だが近接戦闘を苦手としているのは、艦娘にも言えることでもあった。伊勢型に天龍型や吹雪型の一部には試験的に近接武装が搭載されたが、大した効果は得られなかった。剣や槍が廃れ、銃器が発展した経緯を考えれば当然の結果と言えるのだが。

最も苦手としているだけであって、突発的な遭遇戦では殴り合いを行うことも珍しくはないが。

なので、基本的に艦娘は人型でありながら近接戦闘の訓練を必要最低限しか行わない。とは言っても、指揮官によっては、積極的に取り入れている艦隊も存在はするのだが。

そのことをこのリ級は逆手に取ったのだろう。深海棲艦が積極的に接近戦を仕掛けてくることは無い。そう言った油断を突き、自分より格上の戦艦や正規空母を仕留めきたのだろう。

 

『(さて、どうするか?)』

 

このままではジリジリと削りきられるだけだろう。相手が油断して隙を見せることもないと見るべきである。

ならば一か八かの賭けに出るとしよう。分の悪い賭けは嫌いじゃない。

再度クイックブーストによる突撃を行い、右腕に持ったランスによる突きを放つ。

今更そんな安易な攻撃が当たる訳もなく軽々と回避される。そしてカウンターとして、リ級の片方の砲が火を吹こうとする。その瞬間に、左手で腰に設置されている予備弾倉を掴むと、射線へと投げ込んだ。

放たれた砲弾は弾倉の破壊し、その際に発生した摩擦熱が、内包された火薬に引火し手榴弾の様に爆発を起こした。

その衝撃で飛び散った破片が両者に襲いかかってくるが、闘牙は堅牢な装甲に身を守られて傷を負うことはなかった。

だが重巡でそれなりに装甲があるとは言え、リ級は僅かでもダメージを負うだろう。

何よりこの攻撃によって、リ級に隙ができる。その瞬間を逃さぬ様に、拳を握り締めて構えようとした闘牙の左脇腹に何かが押し付けられた。

 

『(ぬぅ―――)』

 

押し付けられたのは、リ級の左腕の砲であった。普通であれば目の目で爆発が起これば、咄嗟に身を守ろうと防御行動を取るものだ。それは深海棲艦であっても同じことである。

だがこのリ級は自身が傷つくことを恐れず、攻撃することを選んだのである。

そのため破片が右目に突き刺さり潰れているが、その顔は嗤っていた。まるで極上の獲物を喰らおうとする獣の様に。

左脇腹の装甲は既に限界を迎え、至近距離からの砲撃には最早耐えられない状態であった。

闘牙が回避行動を取ろうとするよりも前に、リ級の唇が動いた。

 

 

 

 

ザンネンダッタナ――

 

 

 

 

無情にも放たれた砲弾は装甲を食い破り、闘牙の内蔵を粉砕しながら貫通したのだった。



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第六話

カッタ――!

 

腹部から乳白色の血を流しながら、膝をついて項垂れている闘牙を見下ろしながら。リ級は返り血を浴びた顔を笑みで歪めた。

今までも数々の強敵を喰らってきたが、今回の相手はその中でも格別の獲物であったと確信していた。

このリ級は俗に言う戦闘狂と呼ばれるタイプである。常に強敵との生死を賭けた戦いの中に、己の生きがいを見出していた。そしてその命を食らった時、言い様の無い快感を得ていた。だからこそリ級は、自分より格上の戦艦や正規空母相手でも、恐れることなく戦いを挑むことができるのである。

口元についた血を舐めとるリ級。倒した相手の身体の一部を己の身に取り込む。そうすることで、その相手のことを忘れない様に、そして相手の命を糧にするための儀式の様なものである。

 

『なる程、手強いな――』

 

突如リ級以外の者の声が響いた。それも自分達と同じ言語である。今この場にいるのは自分だけの筈だと、辺りを見回すリ級。いや、正確にはもう1体だけいた(・・)

まさかと思い、残骸となった筈の闘牙へと視線を向けるリ級。そして目にした光景に目を見開いた。

闘牙の風穴の空いた腹部が、緑色の結晶に包まれていたのである。それだけでなく、損傷している箇所が次々と結晶に包まれていった。

そして損傷箇所全てが結晶に包まれると、全ての結晶が粉々に砕けて飛び散った。

 

アリエナイ――

 

目にした光景を信じられず、唖然としているリ級。

それもその筈である。結晶が無くなった闘牙の身体は、まるで損傷等していなかったかの様に、元通りに修復されていたのだから。

どうみても致命傷であった。あれ程の傷を受ければ、戦艦や正規空母型よりも上位に位置する個体でも助かる筈が無い。仮に一命を取り留めたとしても、回復には相当の時間を要する筈だ。

にも関わらず目の前にいる相手は、何事もなかったのかの様に平然と立ち上がっていた。

 

『だが、俺の命には届かんな』

 

 

 

 

深海棲艦のウェーク侵攻艦隊残党が身を隠している入り江。

そこに身を隠している者達は、外から聞こえてくる戦闘音に怯えている様であった。

傷が癒えていない状態ではまともに戦うこともできず、一方的に殲滅されるだけであるからだ。

今は戦力が残されている遊撃艦隊に、守ってもらうことしかなかった。

遊撃艦隊の練度なら負けることはないだろう。そう過信し過ぎた故に彼女らは気がつかなかった。

 

 

 

 

死がすぐそこまで迫っていることに――

 

 

 

 

ザンッ――

 

突如として何か切り裂く様な音が響き渡った。その場にいた者が一斉に音のした方を向くと、入り江の入口で見張りをしていたイ級が、竹を割った様に真っ二つとなって浮かんでいた。

そのイ級の側に立っていたのは死神であった。

 

『ドーモ、シンカイセイカンサン。シニガミデス』

 

イ級を両断したと見られる大鎌を携えた死神――竹は、ゆっくりとした足取りで生き残りへと迫っていく。

突然現れた竹に深海棲艦らは逃げる様に距離を取ろうとするが。すぐに岩礁に阻まれてしまう。閉鎖された空間である入り江では彼女達に逃げ場は無くなっていた。

唯一の出入り口は竹の背後にあり。ここから生きて出るには戦うしかなかった。しかし拳が届く様な距離では、砲雷撃能力しか持たない深海棲艦にできることなど限られていた。

一体のホ級がせめてもの抵抗と言わんばかりに、人と同じ形である腕で竹へ殴りかかるが。横薙ぎに振るわれた大鎌で、あっさりと両断されてしまう。

海の藻屑となったホ級の仇というかの様に、数体の駆逐艦や軽巡が、竹へと襲いかかる。

竹は自身を独楽の様に回転させ、大鎌も身体の一部の様に扱いながら全身で振り回す。その動きは、まるで舞を演じるかの様な美しさすら感じられた。

次々と迫り来る深海棲艦を撫で斬りにしていく竹。数秒とかからず襲いかかってきた者は、皆最初に襲いかかったホ級の後を追うこととなった。

大鎌を軽く振るい、刃についた血を払うと、先程の攻防が無かったかの様な軽い足取りで生き残り達へと歩み寄っていく。

 

『それじゃ。さようなら』

 

獰猛な笑みを浮かべた竹が、獲物へと襲いかかる。

楽園は狩場と化したのだ。

 

 

 

 

朦朧とする意識の中、リ級は自身に何が起きたのか理解できなかった。

松へと砲撃した瞬間。まるで壁に叩きつけられた様な衝撃を受けて、吹き飛ばされたのである。

ぐらつく視界の中。頭だけ松へと向けたリ級が見たのは、両手で銃身を掴みバットをフルスイングした様な態勢の松であった。

松には近距離まで接近された場合、有効な武装は搭載されていない。しかし戦う術が無い訳ではないのである。

自身の身長を有に超える巨大さを持ったライフル。それに比例した強度を持つそれは、鈍器として扱うには十分であった。

そして松には、近距離から放たれた砲弾を視認できるだけの動体視力が備わっていた。

故に松がしたことは、砲弾を避けて接近し、ライフルでリ級を殴った。ただそれだけである。

リ級自身は何が起きたのか完全に把握していないが、このままでは危険と本能的に察し、懸命に起き上がろうとする。しかし身体が思う様に動かずもたついてしまう。

その間に再び接近した松がライフルを振りかぶり、ハンマーの様にリ級へ叩きつけた。その衝撃はリ級の意識を刈り取るには十分であった。

そしてライフルを構え直し、銃口をリ級に向けると、トリガーに指をかけ躊躇いなく引く。

放たれた砲弾はリ級を跡形もなく吹き飛ばすと、巨大な水しぶきを上げる。

 

『任務完了』

 

舞い上がった海水が豪雨の様に降り注ぐ中、松は事務的に呟くのであった。

 

 

 

 

魚雷の爆発によって起きた水しぶきを見ながら、イ級は勝利を確信していた。

回避不可能な状態で数発もの魚雷を受けたのだ。戦艦であれただでは済まないだろう。

勝利を手にする。それは彼女らにとって当然のことと言えた。誰が相手であろうとも負けることはありえないとさえ考えていた。

その筈であった――

 

 

 

 

『グルルルルル…』

 

 

 

 

漆黒の虎へと姿を変えた桃に食い殺された僚艦を見るまでは。

水しぶきが収まるのと同時に、海面から飛び出してきた桃が僚艦のイ級へ突撃してきたのだ。

突然の事態に対処できなかった僚艦は、為す術もなく桃に食いつかれ身体を引き裂かれてしまった。

そして桃がこちらを向くと。次の獲物だと言わんばかりに、海面を蹴って猛烈な速度で迫ってきた。

 

『――――!!!』

 

悲鳴をあげながらも砲と魚雷を放って迎撃しようとするも、四足歩行独特のジグザグ走行で軽々と弾幕をすり抜けていく。

逃げる間も与えずに肉薄した桃が、右前足の爪で通りすがり際にイ級の装甲を引き裂いた。

まるで、トラックに跳ねられたかの様に吹き飛んだイ級が、数回海面をバウンドするとそのまま動かなくなった。

 

『グォオオオオオオオオオオ!!!』

 

イ級らが絶命したのを確認した桃は、勝利の雄叫びをあげる様に吠えるのであった。

 

 

 

 

イ級と同様に勝利を確信していたチ級らも、その期待は裏切られていた。

魚雷の爆発によって水しぶきが上がるのと同時に、人影がまるでサーカスのピエロの様な動きで、飛び上がってきたのである。

飛び上がった人影は、僚艦へと落下していく。そして僚艦の目の前へ着地すると、右腕の装甲と一体化しているナイフで、僚艦の首を跳ね飛ばした。

チ級の首を跳ね飛ばした人影――梅の姿は重厚な装甲では無くなっており、スリムな形状へと変わっていた。

梅は亡骸となったチ級を左腕で掴むと、残る一体へと向かっていく。

チ級が迎撃のため魚雷を放つ。接近してくる魚雷に、掴んでいた亡骸を投げつけると、その後を追う様に跳躍する。

亡骸と魚雷が衝突し、水しぶきが起こるとその衝撃を利用して再びピエロの様な動きで、飛び上がる梅。

チ級が慌てて回避しようとするも、梅の動き方が早かった。落下の勢いを利用してチ級の頭部から薪を割る様にして切り裂く。

綺麗に両断されたチ級の身体が別々の方向に倒れると、ナイフについた血を払い格納する梅。

それと同時に虎の姿の桃が側に寄ってくる。そして手足が人型の様に変形し二足歩行へとなり、頭部が胸部へと移ると桃自身の顔を覆ったヘルメットが晒される。

 

『ふ~疲れたじょ~』

 

先程までの獣の様な唸り声とは違い、いつもの様に間の抜けた喋り方をする桃。

 

『今回のは面倒だった』

 

どこか気だるいそうに言う梅。今しがたまで窮地に陥っていたのが嘘の様に余裕綽々と言った感じである。

そもそも2人はどうやってあの窮地を脱したかと言えば。桃は魚雷に触れる前に浮力装置を切り、海面に沈んだのである。艦娘が海面を浮いていられるのは浮力装置のおかげである。それを切れば、艦娘は鉄の塊を背負った少女と大差無くなり沈んでいく。普通であれば復帰するのは絶望的である。

だが桃の艤装は、難なく浮上させられるだけの出力を備えていた。魚雷をやり過ごした後に、浮力装置を再稼働させ浮上するのと同時に、自身を変形させイ級へと襲いかかったのである。

そして梅の場合。彼女の艤装は、不要となった武装や装甲をパージさせることができ、パージした装甲らを魚雷の当てることで防いだのである。

さらに機動力の高いチ級に対抗するために、魚雷の爆発の衝撃を利用して自身を加速させたのである。下手をすれば自滅しかねない程の危険行為であり、普通であればまずやりたいとは思わないだろう。だが梅は、それを難なくやってのけてみせたのだ。

彼女らにとって、この程度の窮地はよく起こり得る『いつものこと』なのであった。

 

 

 

 

頭部のヘルメットに設置されたバイザー越しに、闘牙の金色の瞳がリ級を捉えた。

その瞬間リ級は、全身が引き裂かれる感覚に襲われた。今までに感じたことの無い程、濃密に自分に死が迫っていることを本能が告げていた。

 

ニゲロ。ヤツハバケモノダ。ドウアガイテモカテナイ。ニゲロ、ニゲルンダ。ニゲロ。ニゲロ。ニゲロ。ニゲロ。ニゲロ。ニゲロ。ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ――

 

『――――――――――ッ!!!』

 

今まで一度も発したことのない様な悲鳴をあげて、両手の砲を闘牙に構えて闘牙に発泡するリ級。

至近距離で放たれた砲弾は、闘牙の身体へと突き刺さり大爆発を起こした。

立ち込める爆煙を怯えた目で見つめるリ級。その顔には先程まであった余裕は消え失せていた。

爆煙の中から人影が浮かび上がると、闘牙が平然とした様子で煙を突き抜けまがらゆっりとした足取りでリ級へと迫っていく。

そんな闘牙から逃げる様に後ずさりながら砲撃を続けるリ級。砲弾が次々と突き刺さり、装甲を削り取っていく。だが、被弾箇所がすぐさま緑色の結晶に包まれるていき、結晶が砕け散ると元通りに修復されていた。

 

『クルナ――クルナ――クルナ――クル――』

 

必死の抵抗をものともせず迫る闘牙に、拒絶の言葉を浴びせるリ級。だがその言葉は途中で途切れる。闘牙によって顔面を鷲掴みにされたからである。

右手でリ級の顔面を掴んだ闘牙は、左手で腹部を掴むとそれぞれの腕を逆方向へ引き始めた。

ミシミシと身体が軋む音と共に、死が目前に迫っていることを悟ってしまうリ級。最後の力を振り絞ってもがく闘牙の力が緩むどころか益々強くなっていく。

 

『ァ…ァァ…ヤメ――』

 

リ級が言葉を紡ぐ前に、首と胴体が引き裂かれ、吹き出た白い血が闘牙の装甲を染めていく。

死骸となったリ級を手放す闘牙。海面に浮かんだリ級の頭部が闘牙を向く形となっていた。

まるでバケモノを見るかの様な瞳が闘牙に向けられる。その瞳をなんの感慨もない目で見返す闘牙。こう言った目で見られることは、今に始まったことではなかった。相手が深海棲艦であれ人間であれ――

 

『残念だが、これが現実だ』

 

海を漂っていくリ級にそう言い残し、闘牙は去っていくのであった。

 

 

 

 

深海棲艦の残党が潜んでいる無人島。闘牙はそこに向かう途中で、松達と合流を果たしていた。

入り江へと繋がる洞窟が見えてくると、イ級と見られる個体が逃げ惑うように出てこようとしていた。

だが洞窟の奥から飛び出してきたアンカーが、イ級に突き刺さると奥の方へと引き込まれていく。

 

『――――――――――ッ!!!』

 

助けを求めるように悲鳴をあげながらもがくイ級だが、その姿は洞窟の闇の中へと消えていく。

そして鉄を切り裂く様な音が響くと、洞窟内が静かになる。すると奥から返り血で白く染まった竹が、大鎌を肩で担ぎながらゆったりとした足取りで姿を表した。

 

『ご苦労シャドウ3』

『たくっ。なんであたしが地味な役割なのよ。そっちの方は面白かったみたいじゃない』

 

闘牙が労いの言葉をかけると、不満そうな声をあげる竹。

 

『文句を言うな。お前が適任だったのだからな』

『へーいへい』

 

大鎌を背中にマウントし両手を頭の後ろに組む竹。

竹の艤装には、特戦隊標準装備のステルス機能の他に、光学迷彩を搭載しており。エンジンや関節部の駆動音を抑えて静音性を高めたりと、徹底した隠密仕様となっているのだ。

故に今回敵の目を盗んで、残党を排除する役割を任されたのである。

 

『てか、あんた身体は大丈夫なの?随分派手にやられていたみたいだけど』

 

気にかける様に言う竹。その程度のことで死にはしないと分かってはいるのだが、心配せずにはいられないのだ。

 

『腹に風穴が開いただけだ。問題無い』

『まあ、あんたならそうなんだけどね…』

 

堂々と言い放つ闘牙に若干呆れ気味の竹。普通なら死んでいることを問題無いと言い切る辺り、やはり規格外と再認識させられる。

 

『シャドウ1。周囲に敵影無しだって』

『分かった。状況終了。帰投するぞ』

 

夜刀神と交信していた松の報告に、任務完了を告げる闘牙。

 

『う~お腹すいたなり~』

 

ぐ~と桃のお腹が鳴る。いつの間にか空を覆っていた雲は晴れており、日が沈み始める時刻となっていた。

 

『ふむ。今日は皆頑張ったしすき焼きにでもするか』

『すき焼き~~!!!』

 

空腹のためショボンとしていた桃が、闘牙の言葉によだれを垂らしながら目を輝かせた。

 

『そうと決まればすぐに帰るなり~!!』

 

キャッホー!と言いながら全速力で毎面を駆ける桃。

 

『そんなに急ぐと転『ふにゃぁ!』遅かったか』

 

梅が注意しようとするよりも先に、勢いよく転んで海面にダイブする桃。

 

『が、ま、ん…』

『あ~も~何やってんのよあんたは…。ほら泣かないの』

 

割と痛かったのか、涙目になっている桃に駆け寄ってあやしている竹。

そんな光景を微笑ましく見守る闘牙と松。そんな彼らを夕日が優しく包んでいた。



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第七話

夜刀神のメディカルルームにて、キーボードを打ち込んでいる優。

メンテナンス用のポッドには闘牙が眠っており、彼のメディカルチェックを行っているのである。

その間に闘牙は『彼』と電脳空間で面会をしており、その監視も同時に行われていた。

『彼』とは協力関係にあるが。それは利害が一致しているからであり、必要とあれば互いに簡単に切り捨てられる関係である。

そのため相手が闘牙を罠に嵌めようとした際の備えとして、優が常に監視を行っているのである。

 

「♪~♪~」

 

さらに夜刀神の格納庫内の01ハンガーに鎮座している闘牙の艤装を、遠隔操作で機材を操作して鼻歌交じりに整備していた。

他にも02~05ハンガーに鎮座している松型姉妹の艤装も、同時に整備している。

これだけ複数の作業を並列で行いながらも、どれも淀みなくスムーズに行われていた。

特戦隊はその特性上人員を配置することができず。メンテナンス関連は全て優一人が担当している。と言うよりこの男一人で事足りるので必要無いのである。

 

「ん~やっぱOW(オーバードウェポン)の稼働時間を増やすべきか。でも、これ以上重量を増やす訳にもなぁ~」

 

脳内で新たな設計図を描いては消してを繰り返している優。どうやら松型姉妹の艤装について悩んでいる様である。

 

OW(オーバードウェポン)――

優が水上用自律駆動兵装の正式配備に伴い、それまでの戦闘で甚大な損傷を受けたため、廃棄予定となった松型姉妹延命のために開発した専用の強化艤装である。闘牙の艤装をベースとして正体を隠すために全身装甲を採用しており、共通でステルス機能を標準装備している。そのためカラーリングは黒で統一されている。

名目上は優の『水上用自律駆動兵装が人型であることを最大限に発揮できる装備』として、艦娘の次世代装備のテストヘッドとして設計されており、軍艦の延長線上であった従来の艤装とは完全に別物となっている。

これにより駆逐艦単体でも戦艦クラスの敵を撃破が可能となったが。反面整備性が劣悪で、熟練の整備士で無ければまともに整備ができず。特注の部品を使用しているため、コストが大幅に増大してしまっている。

また戦闘能力に重点を置き過ぎたため、従来の艤装と比較しても稼働時間が短くなっており、哨戒任務等には適していないのである。

 

「うっし。終わりっと」

 

メディカルチェックが終わるのと同時に面会も終わった様で、闘牙意識がこちらに戻ってくる。

ポッドが開かれると、闘牙が起き上がる。

 

「優」

「ん?どした闘牙?」

 

闘牙に声をかけられたので、優が振り向くと怪訝な顔をした。

闘牙の顔には僅かにだが、面倒臭いと言った心境を滲ませていたのである。

彼がこうも感情を表にするのは珍しいことであった。

 

「仕事だ」

「あ?ここ(日本)でか?」

 

現在夜刀神が停泊しているのは、日本の有澤重工秘密ドックである。極東方面総司令部からの呼び出しを受け帰港したのだ。

 

「グアムでの件の後始末だ」

「あの演習のか」

 

先日グアム基地司令である下村和人准将が、ウェークへ演習を申し込んできたのだ。

下村准将はグアム在留艦隊の指揮の全権を任せられており、クェゼリン奪還作戦の総指揮官として名を馳せた第一作戦群中核を担っていた男である。

そんな男がなぜ第二作戦群の、それも新設間もないウェークへ演習を申し込んだのかと言えば。ウェーク司令の月刀航輝が、国連海軍大学校広島校在籍時の模擬戦で下村准将に完封勝利したことに起因する。要は逆恨みである。

どう見ても、碌なことが起きないなと考えていた特戦隊の面々の予想通り――トラブルが起きた。

あろうことか下村准将は、演習に参加させた部下の艦娘達にも秘密で、実弾を搭載させていたのだ。

さらに、止めに入った部下を射殺しかける暴挙に出る下村准将に、余計な仕事を増やそうとしてくれたことに対して、ぶっ殺してやろうかと本気で考えた闘牙であった。

結果的にウェークの戦力だけで解決したのだが。あのまま事態が悪化していれば、下村准将の命は無かったかもしれない。

そして取り調べの結果。下村准将が電脳麻薬を使用していたことが発覚したのである。

この事件によって極東方面総司令部は右へ左への大騒ぎとなっていた。

 

「下村に麻薬をさばいていた連中を潰す」

「はあ?暴力団の相手なら特調辺りにでもやらせろよ」

 

テロリスト相手ならばともかく、暴力団程度に非公式戦力である自分達を使うことに怪訝そうな顔をしている優。

 

「グアムが米帝領でなければ、そうするのだがな」

「ああ。そう言うことね」

 

理由が分かったのか、しょうもないと言いたそうなに優は溜息をついた。

グアムは帝政アメリカ属する南北アメリカ方面隊の管轄地であり。日本属する極東方面隊は、あくまで間借りさせてもらっている状態なのである。

 

「帝政側の連中が、これ幸いと探りを入れてきているそうだ」

「極東総司令部や日本政府としては、さっさとこの件を終わらせたいってことか」

 

現在水上用自律駆動兵装の技術力は、開発国である日本が群を抜いている。さらに、水上用自律駆動兵装の核とも言える技術はブラックボックス化されており、他の国には開示されていないのである。

故に他国は日本の技術力を手にしようと、日夜激しい諜報合戦を繰り広げているのである。

そんな中、帝政アメリカや南北アメリカ方面隊は今回起きた事件で、少しでも自分達が有利に立てないかと動き出しているのである。

 

「それに今後同じことが起きない様に、見せしめにしたいのだろう。『奴』も今回の件は憤りを感じたのだろう」

「貴重な水上用自律駆動兵装が、くだらん私怨で同士討ちしかけたからな。当然だわな」

 

開発に関わった優としても、逆恨みに水上用自律駆動兵装を使ったのは許せないのか、その言葉には苛立ちが含まれていた。

 

「どんなに文明が発達しようとも。人間そうそう変わるものでもない」

「まぁな。深海棲艦と言う天敵が現れてからも3年間は、人間同士で殺し合っていたしな」

 

闘牙の言葉に辟易した様に優は肩を竦めた。深海棲艦の登場による混乱により、人類が抱えていた様々な問題が噴出し、世界規模で紛争が起きたのである。

とは言ってもその間に国連海軍や、闘牙の所属していた対深海棲艦部隊である水上戦術歩兵隊の設立と言った防衛策を講じてはいたが。

 

「『自分が生き残れればいい』そう言った貪欲さがあるからこそ、人類は他の生物を押しのけてここまで発展したのだろうな」

「そんな罪深い人類を粛清するために、地球が遣わした存在が深海棲艦なんて言う学者もいたな。今はどうしているか知らんが」

 

深海棲艦の正体については『どこかの国が開発した新兵器』や『地球の汚染によって生まれた突然変異種』。果ては『神の使者』や『宇宙人』と様々な議論がなされたが、結局のところ人類を脅かす害獣と言う認識が一般的となった。

極一部だが深海棲艦を神格化し崇め、それを排除しようとしている国連海軍や国々に対するテロ行為を行っている者達もいたりはするのだが。

 

「奴らがなんであれ敵であるなら倒す。それだけだ」

「そうだな。俺もまだ死にたくねぇしな。とにかく今回の任務をサクッと終わらせますかね」

 

会話と並行させていた作業を終わらせて、身体を伸ばしてほぐす優。

 

「敵が誰であれ油断するな。足をすくわれるぞ」

「わーってるよ。で、今回の獲物は?」

「長野に根を張る『影狼組』だ。近々会合があるのでそこを襲撃する。対人装備の用意を頼む」

「あいよー」

 

気軽に返事をして準備にかかる優に、「ああ、それと」と思い出したように再び話しかける闘牙。

 

「俺の身体はどうだ?」

「ん~今んところは問題ねーな。いたって健康だ」

 

そう言って優がキーボードを打ち込むと、闘牙の身体状態に関するデータがモニターに表示された。

 

「と言っても、お前の身体は特殊過ぎるからな。前例が無い分、いつどうなるか検討もつかんのが正直なところだけどな。なんせ深海棲艦化した人間(・・・・・・・・・)なんて事例は他には無いのだからな」

 

そう闘牙は9年前、軍人として深海棲艦との戦いに身を投じる中で、深海棲艦に捕獲されてしまい、その身にコアを植えつけられたことによって、肉体が深海棲艦と同様に変えられてしまったのである。

それでも、心だけは人であり続けた闘牙は人類側に保護され、様々な研究が行われた。

その結果、艤装を纏える肉体と、驚異的なまでの自己再生能力を手にしたことが判明したが。

深海棲艦化した肉体は完全ではなく、不安定な状態であることが判明したのである。

そのためいつどの様な事態に陥るか、皆目見当がつかないのである。それこそ今この瞬間にも、肉体が崩壊してしまう可能性すらあるのだ。

前回の作戦のように再生力を高めると、身体に負荷がかかりその可能性が高まる恐れがあった。

そのため入念に検査を行っていたのである。

 

「それでも足掻くさ。死ぬ瞬間までな」

 

いつ死ぬかも知れない命。

理不尽な定めによって、言うなれば死刑執行を待つ囚人の様な境遇に陥っているにも関わらず。闘牙に恐れと言った感情は見られず、寧ろ積極的に受け入れているかの様であった。

 

「ホンっとお前の精神力には驚かされるわ。普通そんな境遇になったら発狂してるぜ。ま、元から人間やめてたけどな。小学生のくせにプロの武道家に圧勝とかよ」

「小学生でありながら、一人でスーパーコンピュータを組み立てる奴に言われたくはないな」

 

互いに呆れた様に言い合うと、どちらともなく吹き出していた。そんな歪な存在同士だったからこそ、こうして親友なんてやっているのだろうと。

 

 

 

 

 

長野に立地している影狼組の屋敷。その大広間で大規模な集会が行われていた。

議題は国連海軍の士官に、電脳麻薬をさばいていたことが発覚してことへの対策である。

このままでは確実に組は潰されるだろう。それを回避する手段を各々出し合っていた。

そんな中、当然電灯が消えてしまう。日も暮れていたこともあり大広間は暗闇に包まれた。

 

「なんだ!?停電か!?」

「いや、この屋敷の電気だけだ消えたみたいだが?」

「とにかく早く明かりをつけろ!」

 

組長や幹部達が騒ぎ出していると、突如として銃声が響いた――

 

 

 

 

『こちらシャドウ・マム。落としたぜ』

『了解。シャドウ1より各員。作戦開始だ』

 

優とヤトがハッキングで屋敷の電源を落としたのを確認すると合図を出す闘牙。

影狼組の屋敷近くに停めてあったトラックのコンテナが開放される。そして特殊部隊の装備と似た物を身に纏い、マスクと暗視ゴーグルで顔を隠した松と竹を除く特戦隊の面々が飛び出す。

 

「ひゃっほーい!」

 

先頭を走る桃が、義体の出力を最大にして塀へと飛び乗る。そして庭で警備していた組員の配置を確認し、他のメンバーへと知らせると組員の1人へと飛びかかる。

停電で動揺していた組員達は、桃の動きに対処できずにいた。組員の肩に乗っかった桃は、その頭部に手にしていたショットガンの銃口を向けると、躊躇いなく引き金を引いた。

吐き出された散弾が組員の頭部を吹き飛ばすと、すぐさま肩から降りた桃は次の獲物へと駆け出す。

そこにきてようやく我に返った組員達が、手にしていた小銃を放つも、小柄な体躯を活かして左右に緩急をつけて動き回る桃を捉えることができないでいた。

その間に1人の組員の股下を足から滑り込んで潜ると、無防備な背中へとショットガンを撃ち込み、地面を転がると飛来してきた銃弾を避ける。

すぐさま起き上がった桃は、組員達の合間を縫う様に駆け回る。互いに誤射することを恐れ、発泡できない組員達に対して、桃は一方的に蹂躙していく。

 

 

 

 

桃が塀へと飛び乗っている頃。闘牙と梅は門へと向かって駆けていた。

門の前では2人の組員が警備しており、闘牙らが近づいて来るのに気がつくと、手にしている小銃を構え引き金を引こうとする。

その瞬間、組員らの頭部が吹き飛んだ。屋敷を一望できるビルの屋上に配置していた松からの、アンチマテリアルライフルによる援護射撃である。

障害が排除され難なく門に近づいた闘牙は、両手に持っている水上戦術歩兵時代から愛用している74式近接戦闘長刀を振るい門を両断した。

門を潜ると、桃が警備の目を引きつけてくれているため、誰にも阻まれることなく建物の中へと侵入に成功する。

流石に建物の内部には警備が残っており、闘牙らに向けて発砲してくる。

閉鎖された建物内では回避できないので、飛来してくる銃弾を長刀で切り払い、背後にいる梅を守りながら前進を続ける闘牙。

 

「ふん!」

 

右手の長刀で立ち塞がる組員の1人を唐竹割りしする。続いて側にいた組員が至近距離で発泡しようと向けてきた銃口を左手も長刀の柄で弾き上げ、無防備となった胴体を右手の長刀で薙いだ。

上半身と下半身が別れた組員の上半身を長刀で突き刺す。そして並列して弾幕を張っている組員達へを盾にしながら接近していく。

距離を詰めると刺していた上半身を投げ飛ばした。投げられた上半身が組員達にぶつかり体制が崩れた隙に長刀で纏めて両断する。

次々と立ち塞がる組員達を切り伏せていく闘牙。圧倒的な力で敵をねじ伏せていくその姿を見て組員の誰かが呟いた――

 

 

 

 

まるで鬼だと――

 

 

 

 

次の瞬間には、その組員の首が宙を舞っていた。

 

 

 

屋敷の奥まで進むと他の部屋とは違い、組の紋所が描かれた豪勢な襖が見えてきた。

そのを襖蹴り飛ばし、組長や幹部達がいる大広間へと乗り込んむ闘牙と梅。

突然の侵入者に唖然としている幹部らに、梅が手にしていたガトリングを向けるとトリガーを引いた。

ガトリングの砲身が高速で回転を始め、無数の銃弾を幹部らに浴びせていく。

梅が掃射を終えると、大広間はちぎれた身体や血液があちこちに飛び散り、穴だらけとなった死体が散乱する地獄絵図へと変わっていた。

そんな中を闘牙は平然と歩きあることに気がつく。

 

「ふむ…」

 

大広間の上座にいる筈の組長の死体が無いのである。まるで忽然と姿が消えてしまったかの様に。

辺りを見回す闘牙。その背後では梅が生き残りがいないか死体を調べ、息がある者には拳銃で止めを刺していた。特に義体率が高い者は、脳を確実に破壊しなければ生き残る確率が高いのである。

時折背後から聞こえる銃声をBGMに捜索をする闘牙は、ふと上座にある掛け軸が目に入る。

 

「……」

 

もしやと思い掛け軸を捲ると、隠し通路を発見するのであった。

 

「また。古典的だな」

 

どうやらここから逃げられた様であるが、闘牙には焦りは見られなかった。

 

 

 

 

 

闘牙の予想通り、組長は掛け軸に隠していた通路から数人の組員と裏門から逃走しようとしていた。

だが突如投げ込まれた手榴弾の様な物から煙が溢れ出し、視界を塞がれてしまう。

組長らが動揺した隙に、天井にいた忍者の様なスーツを身に纏った竹が切り込んできた。

まずは手近な組員の首を、右手に持っていた忍者刀ではねると、左手の指で挟んだ2本のクナイを2人の組員へと投げつけた。

投げられたクナイは、それぞれ標的の額に突き刺さり手榴弾の様に爆発した。

残った組員が錯乱して小銃を乱射するが、無論そんなものが当たる訳も無く。悠々と接近した竹に次々と切り伏せられていく。

煙が晴れた時立っていたのは、竹と組長のみとなっていた。

 

「ドーモ、クミチョウサン。シニガミデス」

「アイエエエエ!シニガミ!?ニンジャジャナイノ!?」

 

忍者刀を構えながらゆっくりと近づいてくる竹に、腰を抜かしてその場に座り込んだ組長は、失禁してしまう。

 

「ま、待ってくれ!金ならいくらでも――!」

 

組長が言い切る前に忍者刀を横に一閃すると、組長の首がゴトリと地面に落ちた。

 

「義体か」

 

首を落とした時の感触から、組長が義体であることを確信した竹は地面に転がっている組長の顔を踏みつける。

徐々に力を加えていきグシャリと踏み潰すと、赤色のマイクロマシン溶液と脳髄が飛び散った。

 

「シャドウ3目標を排除」

『こちらシャドウ1了解。警察が来る前に撤収するぞ』

「了解」

 

通信を終えると竹は生存者がいないか調べ、始末してからスーツの光学迷彩を起動させると、姿を景色に溶け込ませるのであった。

 

 

 

 

後に駆けつけた警察が目にしたのは、血と硝煙の匂いが漂い死体で埋め尽くされた『地獄』であった。



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第八話

おまけだけ、以前投稿したものとは書き換えています。


豪華ホテルの一室を思わせるチャットルームにて、闘牙は壁に寄りかかりながら目の前に投影されているデータに、目を通していく。

その目つきは普段より険しく、元々の鋭さも相まって耐性の無い者が見たら腰を抜かしてしまうかもしれない。出会ったばかりの頃の桃に、同じ様な目をしていた時に大泣きされて深く傷ついたこともあった。

 

「やはり君は反対かな?」

 

バスローブを身に纏った青年は、高級感漂う椅子に腰掛けワインの注がれたグラスを傾けながら話しかけた。それに対して顔だけを青年に向ける闘牙。

 

「作戦自体に反対はしません。しかし今行うのは時期尚早かと」

 

闘牙の言葉に青年は「確かにね」と言い、テーブルを軽く人差し指で叩くと立体ホログラムが空中に投影される。

 

「作戦名“オペレーション・ネオMI”急進派が秘密裏に計画した反攻作戦。ミッドウェー島周辺海域を奪還することにより、膠着している戦局を打開することを目的としている」

 

ホログラムに表示されていた極東方面の地図が拡大していき、日本本土からミッドウェー島までの艦隊の進路と戦力が表示される。

一・二航戦、伊勢型に金剛型2隻を主力としたアウトレンジ特化編成となっている。

 

「しかし、秘匿性を重視する余り偵察が不十分です。特に北方戦線に展開していた戦力の行方が不明な内は、作戦決行は見送るべきです」

 

特戦隊が北部戦線からウェーク基地のある西部戦線へ移って以降、大規模の敵艦隊が北部戦線に現れ激戦が繰り広げられていた。

その後西部戦線での大規模攻勢後から沈静化が見られ。現在では時折水雷戦隊規模の艦種が現れる程度にまで落ち着いているのだ。

 

「急進派は前回の大規模攻勢の失敗により、弱体化したと見られる西部戦線を押し上げ様としていますが。仮に北部に展開されていた艦隊が西部の増援に動いていた場合、最悪攻略艦隊が全滅してしまう危険性があります」

「僕もその可能性を伝えたんだけど、それでも彼らは実行に移すつもりらしい」

「…あなた(・・・)なら止めることは容易いのでは?」

 

何故止めないのか?と目で訴える闘牙に、青年はテーブルに置いたグラスにワインを注ぎながら会話を続ける。

 

「やってみる価値はあると僕は考えている。この作戦が成功すれば、ハワイ近海まで戦線を押し上げることが可能になる。極東方面以外の戦況が芳しく無い以上、多少のリスクは負う必要があると思わないかい?」

「……」

 

青年の言葉に闘牙は目を伏せ思考する。

現在国連海軍はその戦力を欧州方面隊、南北アメリカ方面隊、インド洋オセアニア方面隊、そして極東方面隊に振り分けて対深海棲艦戦線を構築している。

しかし、極東方面隊を除く各方面隊は十二分に対抗できているとは言えず、徐々に戦線の縮小を迫られていた。唯一拮抗していると言われている極東方面隊でも、物資の流通に必要最低限の海域しか奪還できておらず、戦線は膠着状態に陥っていた。

 

「特に南北アメリカ方面隊の戦況は日に日に悪化している。このままでは数年もしない内に南アメリカを放棄せざるを得なくなる可能性すらある。もうどの国にも難民を受け入れられる余裕は無い。そうなれば人類は決断しなければならなくなる。だから君達の力を貸してもらいたい」

 

暗に5億もの人命を見捨てるしかないと示唆している青年に、闘牙は閉じていた目をゆっくりと開ける。

その未来を回避するためにも、危険を冒してでも今回の作戦を敢行する必要があることは闘牙にも理解できる。ならば――

 

「分かりました。我々もその作戦に参加しましょう」

「それはよかった。では、君達特戦隊には――」

 

 

 

 

「貴信おじさ~ん。これはなんですか~?」

 

有澤重工の開発室に遊びに来ていた松型姉妹とヤト。色々な試作品が置かれている中の1つを桃が指差した。

 

「ああ、それですか?何に見えますか?」

 

である貴信にそう問いかけられると、松型姉妹とヤトがその物体を観察する。

 

「電子レンジ?」

「電子レンジね」

「電子レンジ」

「レンジだぞ~」

「電子レンジかと」

 

上から松、竹、梅、桃、ヤトと、それぞれが見せられた物の名称を述べていく。

そう桃が興味を示したのは、一般的な形状をした電子レンジであった。

元々有澤重工は兵器関連の製品を開発する企業であったが、貴信が社長に就任後は家電や自動車等の幅広い工業製品を手がける様になったのである。

 

 

「そうです。新商品として開発している物です」

「へ~」

 

新品の証であるピカピカのレンジを、桃が興味深そうに目を輝かせながら色々と触っている。

万が一にも壊してしまうと大変なので、「やめんか」と竹が桃の襟を掴んで持ち上げる。

 

「何か新機能が?」

 

姉妹の中で機械類に精通している梅が、レンジを観察しながら貴信に問いかける。

 

「ええ、それにはですね…」

「それには…」

 

貴信が勿体付けると竹に首根っこを掴まれ、親猫にくわえられた子猫の様な状態の桃がゴクリと喉を鳴らした。

 

「音声案内機能がついています」

「はぁ…」

 

告げなれた内容に、なんとも言えない顔をする松達。勿体つけた割に真新しさを感じないためである。他の姉妹達も期待外れと言った顔をそれぞれしている。

音声案内機能ならば別段珍しくもなく、今時ならば一般的に備えられている機能なのである。

 

「まあ、音声案内機能と言いましても新型のですけどね」

「新型の、ですか?」

 

新型と言う言葉に興味を持った梅が、眼鏡がキラリと光らせながら持ち上げる。

 

「そうです。これに搭載されているのは、音声を自由に変更することができるのです」

「お~!面白そう!」

 

貴信の説明に興味を持ったのか。吊るされた状態でブラブラと揺れながらはしゃぐ桃。

 

「いや、別にいらなくないですかそれ…」

 

そんな貴信に冷静にツッコミを入れる竹。対して貴信は「チッチッチッ」と指を振る。

 

「商売と言うのは、チャレンジ精神が大切なのです竹君。失敗を恐れていては前に進むことはできません」

「そう言って、この前失敗し過ぎて恵子さんに怒られてましたよね?」

「……。さて、この新機能ですが」

『(あ、逃げた)』

 

竹のツッコミに一瞬だけ目を逸らすと、何事もなかったかの様に説明に入る貴信に、心の中でツッコミを入れる松型姉妹とヤト。

 

「用意した音声データをインストールしますと、その音声で案内してくれるんです。こんな風に」

『それでは、30秒温めますね』

 

貴信がレンジを操作していくと、レンジから貴信の音声が流れて稼働を始める。

 

「お~おじさんの声だぁ!凄い凄い!」

「なる程。つまりこう言うこともできると」

 

そう言うと梅はおもむろに端末を取り出すと、高速で指を動かしながら操作していく。そして端末にコネクタを取りつけると、レンジのジャックに差込みデータをインストールし、レンジを操作する。

 

『お兄ちゃんのハートを温めちゃうぞ☆』

 

先程の貴信の声ではなく、竹の音声で絶対に言わないであろうことが流れた。

 

「あたしの声で何してんじゃワレェエエエエエエエエエエエエ!?!?!?」

 

唐突な妹の所業に激怒した竹が、元凶()に詰め寄る。

 

「いや、面白いかなと。プッククッ」

「あたしで遊ぶな!!それと笑うなぁ!!!」

 

ニヤニヤと笑いを堪えている梅に青筋を浮かべて怒鳴る竹。

 

「たく、松(ねえ)からもなんか言ってよ」

「まあまあ、可愛いよ竹?」

「嬉しくないッ!!!」

 

味方をする気がない姉に憤慨する竹。

 

「竹さん一先ずこれを飲んで落ち着いて下さい」

「…あんがとヤト」

 

怒鳴り過ぎてゼェゼェと息を荒くしている竹に、どこからともなく取り出したカップにポットの紅茶を注いで差し出す。

よく見るとヤトの表情はいつもの様に無表情だが、口角が僅かに釣り上がっており、プルプルと身体が震えていた。

それを見なかったことにして、怒りを紅茶に混ぜて一息に飲み干す竹。すっきりとした味わいに幾分か気持ちが落ち着いた。

 

「にしてもあんた。これ(ティーセット)いつもどこに持ってるのよ?」

「メイドの嗜みです」

「…そう」

 

それくらい出来て当然だと言い雰囲気を放つヤトに、ツッコミを入れようとしたが。本能的にそれ以上追求するのは止めておこうと考えた竹。別に困ることでも無いしと自分に言い聞かせていた。

 

『お兄ちゃんそんなに温めたら焦げちゃうよぉ」

「やめんか馬鹿者ォオオオオオオオオオオオ!!!」

 

レンジを操作した桃の両頬を竹は思いっきり抓り上げる。

 

「ふにゃ~!?」

 

桃が痛みの余りにジタバタ暴れるが、構わず抓り上げる竹。

 

「このこのこの!!」

「ふにゃふにゃにゃららら!」

 

遂には取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった竹と桃。

 

「あ~君達。ここら辺デリケートなのが沢山あるので、暴れるのは程々でお願いします」

 

一応釘は刺しておくが止める気は無い様子の貴信。と言うか、生身で戦闘用義体である2人の喧嘩に割って入りたくないのだ。

ヤトは義体でも戦闘用ではなく、梅は近接戦は得意では無いと言うよりそもそも止める気がないのか、傍観に徹している。

 

「こら竹、桃。他の人の迷惑になるから止めなさい」

「オラオラオラオラオラオラ!」

「ふにゃららららららららら!」

 

長女である松が仲裁に入るが、喧嘩を止める気配のない二人。互いの拳や蹴りが残像が見える程の速度で繰り出されていく。

 

「…ほら、怪我しちゃうからね。そろそろ止めよう二人共。ね?」

 

それでも長女として諦める訳にはいかないので、再度仲裁に入る松。

 

「URYYYYYYY!

「ふしゃあああああ!」

「……」

 

聞く耳を持たない二人に、俯いた松の中で何かが切れる音がした。

 

「なんということを…」

「離脱だ!離脱する!」

「聞いてないぜこんなの!?」

 

その音がすると同時に、喧嘩をしている二人以外の者達が逃げる様に松から距離を取った。

俯いてその表情は読見取れないが、鬼気迫る威圧感を放ちながら竹と桃に近づいていく松。そしてそれぞれの耳を抓って引っ張り上げた。

 

「「イタタタタダダダダ!?」」

「喧嘩はよくないから、止めよ。ね?」

 

顔をゆっくりと上げた松がニッコリと笑いながら言う。しかし鬼気迫る威圧感は微塵も衰えておらず、寧ろ増大させていた。

 

「いひゃい!いひゃいよ!松おねーちゃん!!」

「イダダダダ!?千切れる!千切れるから松姉!!」

「じゃあ。言うことは?」

 

痛みの余りジタバタと暴れる竹と桃に、笑顔で優しく優しく語りかける松。

 

「ひゃ、ひゃい!ごめんなしゃい!!」

「サーセンしたぁ!!」

 

松が指を離すと。全身から冷や汗を流しながら、姿勢を正して頭を深々と下げる竹と桃。

 

「うん。分かってくれたならいいんだ。もし分かってくれなかったら、ね?」

「(どうする気だったんだろう(でしょう)))」

 

実にいい笑顔を浮かべる松に、浮かび上がる疑念を押し留める梅とヤト。誰でも自分の命は惜しいものである。

 

「騒がしいが何事だ?」

「また竹と桃が松をキレさせたんだろうよ」

 

部屋に入ってきた闘牙と優が、惨状を見ただけで事態を把握した様である。

 

「お前達騒ぐのは程々にしろといつも言っているだろう」

「ごめん闘牙…」

「お前はいい。ご苦労だったな」

 

そう言って松の頭を撫でる闘牙。撫でられた松は気持ちよさそうに目を細めた。

 

「いいな~。桃も桃も~」

「……」

 

そんな松を見て、桃が闘牙の上着の裾を軽く引っ張りながらせがみ。竹は羨ましそうにじーと見ている。

 

「お前らは反省しろ」

「「あうっ!」」

 

竹と桃を手刀で頭に軽く叩く闘牙。叩かれた2人は頭を抑えて(うずくま)った。

 

「お疲れ様です闘牙さん」

「ありがとうヤト」

 

そんな2人をよそに、紅茶の入ったカップを闘牙に差し出すヤト。

 

「それで闘牙。次の任務は決まった?」

「ああ。これからブリーフィングをするから帰るぞ」

 

闘牙の号令に、『はーい』と元気よく答える松型姉妹とヤトであった。




おまけ

頑張れ!有澤重工!

「悪いな兄貴。迷惑かけて」

ワイワイ騒ぐ闘牙らを見て、頭を掻きながら申し訳なさそうに優が貴信に言う。

「いやいや。あれくらい元気な方がいいさ。気にしない気にしない。ね、皆?」

対して愉快そうに笑いながら社員達を見回す貴信。社員達も笑みを浮かべ頷きながら仕事に戻っていく。

「あんがと。ん?これは…」

ふと、優がテーブルに置かれているものを手にする。

「懐かしいな、こいつは…」
「そうです。これは…」
「「空気砲(です)!」」

優が手にしたのは、未来から来た某猫型ロボットアニメで代表的な物であった。

「計画の方は進んでいるのか兄貴?」
「ええ、日々夢へ一歩ずつ前進していますよ。そう、『ド○ラえもん開発計画』実現へ向けて!」

子供のような無邪気な笑顔で、拳を握り締めて熱く語る貴信。
ちなみに、この空気砲は幼き日に貴信と優が共に開発したものである。
初テスト時、調整を間違え分厚い強化ガラス越しにいたにも関わらず、衝撃波で気絶し。共に見学していた闘牙に呆れられ、恵子には延々と説教されたのはいい思い出である。




ド○えもん開発計画――
貴信が社長就任と同時に立ち上げたプロジェクトで、子供の頃誰もが欲しいと思ったあの猫型ロボットを再現しようというものである。




「どこでもドアについては?」
「なかなか上手くいきませんねぇ。ひとまず通り抜けフープの開発からいこうと思っています」
「そのおかげで、我が社の財政は逼迫していますがね」

いつの間にやら貴信の妻兼秘書である恵子が側に立っていた。

「ただでさえ、その時の気分で無駄な物を作り過ぎているんですから。節度を持って下さいと、いつもおっしゃっているんですが?」
「いいですか、恵子さん」

眉間に皺を寄せながら忠告する恵子の肩に手をのせて、真剣な顔をする貴信。

「人間夢を捨てたらおしまいなんですよ!」
「現実もしっかりと見て下さい」
「あいかわらずリアニストだなぁ義姉さんは」
「夢だけでは世の中生きていけないんですよ優君」

夢溢れる男二人に、容赦なく現実を叩きつけていく恵子。
有澤重工が長年に渡って存続しているのは、代々彼女の様なストッパーがいるからなのであろう。


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第九話

極東方面隊の一部将校が起死回生を狙った反攻作戦。“オペレーション・ネオMI”が発動され、大規模艦隊がミッドウェー攻略に動き出している頃――主戦場から離れた場所で影達は戦っていた。

 

『必殺キーック!』

 

艤装を纏った桃が跳び上がり、駆逐イ級へと蹴りを叩き込み頭部を粉砕する。

蹴りを反動を活かし、身体を丸めて回転し着地すると真横へと跳ぶと同時に、飛来した砲弾が桃が居た場所へと降り注ぐ。

砲弾を放った軽巡ホ級がすぐさま照準を修正し、桃へと追撃しようとするも、砲塔が突如爆発し内蔵していた砲弾に引火し爆散してしまう。

 

『シャドウ5。左翼群衆に切り込んで』

『りょーかい!』

 

敵陣に突撃していく桃を援護している松の艤装は、今までのとは形状が違っていた。巨大なライフルは無くなっており、代わりに右肩にセミオートライフルに両脚部に1挺ずつのサブマシンガン、腰部の左右に拳銃と、それぞれの銃のマガジンが詰まったコンテナを背負い。各部に増加装甲が施されていた。

B型装備と呼ばれる近・中距離での戦闘を想定したもので、今回乱戦となることが想定されたため、こちらに換装しているのである。

松は両手に持ったサブマシンガンで弾幕を張って敵を牽制し、その隙に桃が切り込む。

 

『てぇいりゃ!』

 

目の前の駆逐ロ級を腕の鉤爪で引き裂き、側にいたイ級に先端に刃のついた尻尾を突き刺し持ち上げる。

持ち上げたイ級を軽巡ト級に叩きつけて纏めて撃破する。

桃の背中を守る様に両手のサブマシンガンで軽巡ホ級を蜂の巣にし、マガジンを排出してコンテナから伸びたアームによって新たなマガジンが装着される。

そしてサブマシンガンの斉射で駆逐ハ級を撃破すると、サブマシンガンを膝に戻し腰部のガンホルダーから拳銃を引き抜く。

 

『目標を狙い撃つ』

 

松が放った弾丸が次々に敵の砲口に入っていき、内部の砲弾を撃ち抜き爆発させ誘爆によって爆散していく深海棲艦。

次々と敵を薙ぎ払う松と桃へと、空から敵の戦闘機が爆撃と機銃掃射を加え様と降下していくが。2人の後方にいる梅が射撃体勢に入る。

 

『滅』

 

左腕のバルジと一体のガトリングと、全身に装備された機銃がから放たれた弾丸が、敵戦闘機の進路を阻む。

続いて背部のロサ弾のハッチを開き、打ち出された砲弾が編隊を乱した戦闘機を叩き落としていく。

そんな中闘牙は、松達の後方で敵本隊に突撃を開始するタイミングを図っていた。

その闘牙へと右翼側から3隻の潜水カ級が、海中からゆっくりと接近していく。

彼女達には、単独で動いている闘牙が格好の獲物に見えるのだろう。故にさしたる警戒もせずに必中距離まで近づこうとする。

すると直上から無数の物体が、彼女達のいる震度まで沈んできた。それが爆雷だと気づいた時には彼女達の意識は爆発の衝撃に飲まれていった――

 

『こちらシャドウ3。海中の掃除完了』

 

自身が投下した爆雷によって巻き起こった水しぶきを見ながら、ソナーで敵潜水艦を撃破したことを確認すると、指揮官である闘牙に報告する竹。

彼女は戦闘開始前から光学迷彩で姿を消しながら闘牙の周囲に控えていたのである。

 

『シャドウ1了解。シャドウ3は次のフェーズへ移行せよ』

『シャドウ3了解』

 

竹は通信を終えると、再び光学迷彩を起動させ戦場の影に潜むのであった。

 

『シャドウ2よりシャドウ1へ。進路クリア』

『シャドウ1了解』

 

松からの通信を受けた闘牙が、機関出力を上昇させながら前傾姿勢になる。

 

『シャドウ1。これより突貫する!』

 

全速力で突撃していく闘牙が、松達が切り開いた道を突き進んでいく。

さしたる抵抗も受けず前衛を突破し、後方にいた敵本隊へ接近していく。

敵本隊の直衛艦隊から砲撃されるが、クイックブーストを用いて回避行動を取るも、流石に弾幕が濃いため何発かは回避できず両肩のバルジで防ぐが、戦艦の砲撃には耐え切れず破損する。

しかし、損傷部分が緑色の結晶に包まれ、結晶が砕け散ると完全に修復される。

 

『邪魔だ!』

 

闘牙の突き出したランスが、戦艦ル級の装甲を軽々と貫通し、パイルバンカーによって粉々に粉砕される。

撃破と同時に後方へクイックブーストすると、先程までいた場所を砲弾が横切った。

砲弾が飛んできた方に視線を向けると、別の戦艦ル級が仲間を奪った闘牙に、憎しみの目で睨みつけながら砲塔をこちらへと向けていた。

ル級や他の直衛艦の砲撃を無視して、空母型であるヲ級へと向かっていく闘牙。

後退しながら頭部の単装砲で迎撃しようとするヲ級を、一瞬で追い抜きすれ違いざまに、ランスを横薙ぎに振るい胴体を真っ二つ叩き割った。

 

『逃がしはせん』

 

残りの旗艦と見られるヲ級が後退しようとするので、クイックブーストを交えた機動で追撃する闘牙。

そこに直衛艦隊が壁を作るように立ちはだかり砲撃を加えてくる。対して闘牙は、ランスを海面に突き刺しパイルバンカーを起動する。打ち込まれた杭の衝撃によって巻き起こった水しぶきが、闘牙の姿を隠す。

それにより敵目を眩ませた隙に、バンカーの衝撃を利用して高く跳ぶ闘牙。そして直衛艦隊に接近すると、ル級目掛けて蹴りを放つ。

ル級が両腕の艤装を交差させて受け止められると、それを支点として飛び越え、退避しようとしているヲ級へと向かっていく闘牙。

直衛艦隊が振り返った時には、ヲ級は腹部をランスに貫かれ海面に抑えつけられていた。

 

『手間取らせるな』

 

両手でランスを掴んで必死に抵抗しているヲ級へと、力を込めてランスを突き刺していく。

 

『~~~~~~~~!!!』

 

悲鳴を上げるヲ級に対して、容赦なくランスのトリガーを引き刀身を展開させて、パイルバンカーで粉砕する。

せめて、残った3隻の軽空母ヌ級だけでも守ろうと陣形を変更しようとした時には、手遅れであった。

 

『ヒャハァ!!』

 

突然ヌ級達の中心に現れた竹が自身を回転させながら、手にしていた大鎌で3隻同時に両断してしまった。

自分達の抵抗をあざ笑うかの様に、空母群を殲滅されたことで、動揺が走る直衛艦隊。

 

『マルチターゲットロック』

 

直衛艦隊の意識が闘牙と竹に向いている隙に、前衛を壊滅させた梅のロサ弾の一斉射が叩き込まれた。

降り注いだロサ弾が直衛艦隊に降り注ぎ、化学反応による発熱による1000度を超える高熱が敵を蝕び阿鼻叫喚の地獄絵図となる。

そんな直衛艦隊に梅はガトリングと機銃による掃射が浴びせる。

次々と蜂の巣となり沈んでいくか致命傷を免れても、損傷部分が熱によって焼かれていき息絶えていく直衛艦隊。

 

『残敵を掃討せよ』

 

辛うじて耐え抜いた個体は、闘牙達によって次々と止めを刺されていく。

耐久度の高い戦艦ル級は比較的損傷が軽く、反撃しようと無事な砲塔を向けようとするも。松が放った拳銃の弾丸が、砲口の中に吸い込まれる様に侵入し、砲弾の誘爆を起こす。

砲塔の爆発に苦悶するル級の背中に飛び乗った桃が、左腕でル級の顔をホールドすると、右腕の鉤爪で喉元を引き裂き止めを刺した。

 

『こちらシャドウ1。敵を殲滅した』

『こちらシャドウ・マム。周囲に敵影無し。敵の全滅を確認』

『了解。これより警戒態勢に移行する』

 

闘牙がオペレーターである優に周囲の状況を確認し、安全が確認されると索敵陣形に移行する。

 

『さて、これで後は本命次第か。上手くいくと思うか?』

『無理だろうな』

 

優の問いかけに、不可能であると迷いなく応じる闘牙。今回の特戦隊の任務はミッドウェー攻略に先駆けて陽動を行い、敵の戦力を分散させることである。

 

『予想よりも敵を誘き寄せられなかった。恐らくミッドウェーには多数の空母が残っているだろう。いくら一・二航戦がいようとも、どうにもなるまい』

『戦いは数だよ兄貴!てか』

『それが戦いの原則だ。俺達の様な少数精鋭など、大局にはさして影響はせんよ』

『…それ自分で言ってて悲しくなんね?』

『事実だ。歴史を紐解けばよく分かる』

 

いかに強力な『個』であっても、『群』と言う波を止められたことは一度として無かったことは歴史が証明していた。

 

『やはり情報が不足しているのが痛いな。ただでさえ奴ら(深海棲艦)に関する情報は少ないのだからな』

 

そう言って深く息を吐く闘牙。古来より戦争に関わらず、情報とは何よりも重要なファクターである。ネットが普及した現代において、情報の有無は生死に直結ことさえあるのだ。

しかし深海棲艦に関する情報は圧倒的に不足しており、敵戦力の総数や戦略、指揮系統と言った基本的なことはおろか、その目的すら判明していないのである。

 

『後は正規軍次第だ。これ以上俺達の出番が回ってこないことを願って…』

 

闘牙の声を遮る様にアラームが鳴り出し、隊内に緊張が走る。

 

『!何かこっちに接近してくる!速い!?』

 

索敵範囲の1番広い松が警告すると同時に、視界に自分達に向かってくる物体を捉える。

 

『散開しろ!』

 

指示と同時に、飛来してきた砲弾の直撃を受けた闘牙が、爆炎に包まれた。

 

『シャドウ1!』

『問題ない。迎撃するぞ!』

 

心配してくれた松に、損傷を再生させながら指示を出す闘牙。砲弾を撃ち込んできた襲撃者を迎え撃つ闘牙は、その姿に目を細めた。

黒光りする機械的なボディに、二足歩行でありながら手足に鋭い爪を備えており。目や口は無く顔を覆う様にクリスタル状のパーツが埋め込まれており。同じ様な物がボディの所々に埋め込まれ青白く輝いており、深海棲艦とはまた違った不気味さを醸し出していた。

襲撃者は獲物を見つけたといわんばかりに、全身のクリスタルを輝かせると、背部の砲身を闘牙に向けると発砲したのだった。



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第十話

襲撃者が放った砲弾をクイック・ブーストで回避する闘牙

だが動きを読まれたのか、回避先に回り込んできた襲撃者が腕を振り上げると、鋭利な爪が怪しく光った。

闘牙が振り下ろされた爪をランスを受け止めると、鋭い爪を刀身がぶつかり合い火花を散らす。

 

『ふん!』

 

闘牙が襲撃者を蹴り飛ばすと、竹が左側から大鎌を振り回しながら斬りかかる。

回転の勢いを乗せて大鎌を振り下ろすが、バックステップで回避される。

そこに回避先を読んで待ち受けていた桃が、刃のついた尻尾を心臓部に突き刺した。

かに見えたが、直前に上半身の捻ったのか、刃は心臓部からズレており。襲撃者の全身のクリスタルが怪しく光る。

それを見た桃は悪寒がしたので、急いで尻尾を引き抜こうとするも、その前に尻尾を掴まれてしまう。

 

『ふにゃ!?』

 

襲撃者は自身で尻尾を引き抜くと、損傷部分が瞬く間に塞がってしまった。そして突き刺されたことが何事もなかったかの様に、掴んだ尻尾を振り回し始める。

 

『うにゃあああああああ!?!?!?』

『ええい。こんのぉ!』

 

高速で振り回される桃を助けようと、竹が大鎌の刃を海面に押し付けながら接近する。

間合いに踏み込んだ竹は大鎌を振り上げて、巻き上げた海水で敵の視界を塞ぐと、石突を突き立てる。

襲撃者は何もせずに突きを受けるが、まるで意に介さず。振り回していた桃を竹に叩きつけた。

 

『ガッ!?』

『ふぎゅ!』

 

体勢を崩して無防備となった2人に、襲撃者は背部の主砲を向けた。

 

『させん!』

 

闘牙が襲撃者の脇腹にランスを突き刺し、トリガーを引いて刀身を展開しようとするが。襲撃者は痛みを感じた様子もなく、刀身を掴んで展開を阻害してきた。

 

『チィッ!』

 

ならばとランスを更に突き刺そうと押し込むが。パワーが同じなのか、ほとんど差し込むことができない。

襲撃者の全身のクリスタルが一際輝くと、ランスの掴まれていた部分に亀裂が入っていき。遂にはへし折られてしまった。

 

『シャドウ1退がって!』

 

松の通信を受けて後退すると、梅が襲撃者にガトリングの斉射を浴びせる。

両腕を交差させて防御する襲撃者に、松がスナイパーライフルの銃口を向けた。

トリガーを引くと、火薬が爆ぜる音と共に銃弾が吐き出された。

襲撃者は左腕でガトリングの弾丸を防ぎながら、右腕で銃弾を弾いた。

襲撃者が後方に跳んでガトリングの射線から逃れると、ランスを刺された損傷部がスライムの様に蠢きだした。

蠢きはどんどんと強くなっていき次第に収まると、損傷部は完全に塞がっていた。

 

『こいつ闘牙みたいに!?』

『そんな…』

 

その驚異的なまでの再生力に、松型姉妹は驚愕した。

 

『シャドウ1よりシャドウ・マムへ。こいつに該当するデータはあるか?』

中央戦略コンピュータ(CSC)にも問い合わせたが該当無し。もしかしたら新種かもしれん』

 

襲いかかってきた襲撃者の爪をクイックブーストで避け、背後に回って右肩のバルジで殴りかかるが。襲撃者は驚異的な速度で反応し、爪で軽々と受け止められる。

確かに見た目は深海棲艦にも見えるが、奴らから感じられる生物らしさを襲撃者からは感じられず、どこか違和感を感じるのであった。

 

『さらに悪いことに、後続と見られる集団も迫ってきてやがるぞ』

『ふむ。シャドウ1よりシャドウ2へ。これより指揮権を移譲する。シャドウ3達と共に後続を叩け。こいつは俺が相手をする』

 

破損したランスを再生させながら戦況を分析し、指示を出す闘牙。

 

『……』

『誰か1人くらい援護に残した方がいいんじゃない?』

『敵の戦力が未知数だ、下手に戦力を分けたくない。それに奴は俺に構って欲しいらしい』

 

流石に、闘牙1人に襲撃者の相手をさせるのは不安な様子の松や竹だが。闘牙考えを変える気は無いようである。

何より襲撃者は一貫して闘牙を攻撃しており、松達には攻撃された場合のみ反撃を行っているのである。なので、闘牙が襲撃者を引きつけるのが最善と判断したのだ。

 

『俺が負けるとでも思ったのか?ありえんな、誰が相手であろうとも俺は勝つのみだ』

 

自身の勝利を微塵の疑いもしない闘牙の発言に、思わず笑みを浮かべる松型姉妹。

決して自分を奮い立たせる虚勢や見栄などではなく、本当にそう思っているのだこの男は。

どこまでも堂々としたその姿に、心配したのが逆に馬鹿らしく思えてしまう程である。

 

『了解。シャドウ2指揮権を移譲。敵後続を迎撃します』

 

微笑みながら松が了承すると、竹達を連れて後続に向かっていく。

襲撃者はそんな松達を見向きもせず、闘牙のみを見据えていた。

 

『さあ、来い。相手をしてやる』

 

挑発する様にランスを構えると襲撃者は全身のクリスタルを怪しく輝やかせて、背部の砲を放つのであった。

 

 

 

 

『あれって深海棲艦?』

 

後続と接敵した松型姉妹の中で、竹が疑問を述べる。

襲撃者を追ってきたと見られる集団は全て人型であり、迷彩服を思わせる黒を強調した服装に。バイザーで顔全体を覆っており、水上用自律型兵装の駆逐艦クラスと同様の装備をしているのだ。

 

私達(水上用自律型兵装)と同じ?』

『でも、違う感じ』

 

分析している松と梅がそれぞれ違和感を感じていた。

 

『倒していいの?』

『まあ、撃ってきているしね』

 

問い掛けてくる桃に冷静に答える竹。

竹の言う通り、既にアンノウンから砲撃が飛んできているのだ。

 

『シャドウ2より各艦、迎撃開始』

 

松の指示にそれぞれ答えると、竹と桃が機関の出力を上げて前進し、梅がその後をついていく。

松が手にしていたスナイパーライフルを構えると発砲する。

放たれた銃弾は集団の先頭の頭部を吹き飛ばした。

味方が倒されても気にした様子もない敵艦隊は、接近していく竹と桃に砲撃を集中させる。

 

『チィッ』

 

正確な砲撃に足を止められ、回避に専念をせざるを得なくなる竹と桃。

 

『うにゃにゃ近づけんのだぁ~』

『牽制する』

 

梅が砲弾を装甲で弾きながらガトリングで牽制すると、何体か被弾するもアンノウンの攻撃の手が緩むことがない。

松もスナイパーライフルで次々とアンノウンを倒していくも、一向に敵の陣形が乱れることが様子がない。

 

「(統率が取れ過ぎている…)」

 

今での経験で、ここまで損害を出せば敵の陣形に何らかの隙ができる筈なのだが。現在対峙しているアンノウンは不気味過ぎる程に陣形を維持している。

深海棲艦であれ味方が倒れれば動揺し隙が生まれたのに、アンノウンからはまるで感情を読み取ることができないでいた。

 

『だったら、シャドウ5!』

 

竹が叫ぶと桃に向かって跳んだ。

 

『がってんだぁ!』

 

それに合わせて桃が手を組んで掬い上げる様な体勢になった。

竹が手の平の上に両足を乗せると、桃が力の限り腕を振り上げ、竹の身体が宙へと舞う。

ある程度上昇すると、重力に逆らいアンノウン目掛けて落下していく竹。

 

『うおらァ!』

 

竹は大鎌を振るい、着地地点にいるアンノウン数体を薙ぎ払う。

 

『てりゃー!』

 

竹に気を取られたアンノウンの1体の胸部に、桃が右手の鉤爪を突き刺す。

突き刺したアンノウンを蹴り飛ばした反動で腕を引き抜き。跳びながら後転し、他のアンノウンの肩に乗ると、足を首に絡ませる。

首を絞めながら体重を傾かせて首をへし折る。

脱力して桃が体重を傾かせた方へ崩れ落ちると、海面に両手をついて足を絡ませたアンノウンごと逆立ちし。倒れる勢いを利用して前転しながら、絡ませたアンノウンを他のアンノウンに投げつけ吹き飛ばす。

 

『ターゲット・マルチロック』

 

竹と桃の対応にアンノウンがに集中してい間に、距離を詰めた梅がロックオンを終え全兵装を展開すると、竹と桃が集団から離脱する。

 

『ファイア』

 

竹と桃によって密集させられていたアンノウンは、無数の弾丸に貫かれ、ロサ弾に焼かれていくのであった。

 

 

 

 

『ハァッ!』

 

闘牙が加速しながら突き出したランスを、襲撃が右腕で防ぐも、衝撃に耐えられずちぎれ飛ぶ。

それに構わず襲撃者は、左手の鉤爪で闘牙の胸部を切り裂くも、後方へクイックブーストしたことで深手にはならかった。

互いに損傷部を修復させ、損傷の少ない闘牙が先に修復を終えると、再度ランスを構えて突撃する。

襲撃者が接近を阻む様に背部の主砲を放つ。両肩のバルジで砲弾を防ぐとランスを突き出す。

襲撃者が両手でランス掴むと、互いに押し合い拮抗する。

 

『ッ!』

 

両肩のバルジを展開し、襲撃者を鋏み両断しようとする闘牙。

負けじと背部の主砲を放つ襲撃者。

至近距離で直撃したことで動きが止まる闘牙。その間に襲撃者はバルジを支えるアームを掴んで粉砕した。

そして再生すると、再びぶつかり合う。そんな攻防が幾度となく繰り広げられる。

 

『……』

 

延々と続く戦いの中でも闘牙の集中力は途切れることなく、寧ろ高まってさえいた。

今まで積み重ねてきた経験から敵の動きを先読みしていく。

その動きに、次第に対応しきれなくなった襲撃者の損傷だけが増えていった。

 

『!?』

 

再生を行おうとした襲撃者に異変が起きた。

再生させた箇所がパラパラとメッキが剥げるようにして崩れていき、身体全体に罅が入っていったのである。

 

『限界を迎えたか』

 

そんな襲撃者を見た闘牙が呟いた。

高い再生力を持つ闘牙だが、無論それには限界があった。ならば襲撃者にもあって然るべきふだろうと考えたのである。

ならば、自分と相手。どちらが先に限界を迎えるかという賭けに出たのである。そして、その賭けに闘牙は勝ったのだ。

 

『貴様は危険だ。ここでしとめる』

 

ランスを構えて突撃態勢を取る闘牙。

襲撃者は迎え撃とうとするも、身体を動かそうとすると罅が広がり崩れ落ちていってしまう。

 

『撃ち抜く!』

 

推進器を最大まで吹かし、突撃する闘牙。

襲撃者が主砲を放つもクイックブーストで回避され、ランスで右胸部を差し貫かれた。

本来はコアがあると見られる心臓部を狙ったのだが、僅かに身体を逸らしたらしい。

ならばと闘牙がランスを展開しようとするも、襲撃者は力を振り絞様に刀身を掴み闘牙を殴り飛ばした。

 

『グッ』

 

素早く体勢を立て直して追撃に備えるが、襲撃者はその場で佇んでいた。

身体の埋め込まれているクリスタルの輝きが徐々に弱まっていた。

そして輝きが失われると、仰向けに倒れ海へと沈んでいく。

 

『……』

 

闘牙は襲撃者の姿が海中に消えても、警戒を解かないでいた。

暫くすると、安全と判断したのか警戒を解くも。襲撃者が沈んだ場所を、訝しむように見つめていた。

 

『こちらシャドウ2。敵を殲滅。各艦損害は軽微』

『シャドウ1了解。こちらも損害は軽微。状況終了、帰還するぞ』

『シャドウ2了解』

 

通信を終えると、闘牙は松達と合流すべく離脱していく。

しかし、その顔はどこか釈然としていない様であった。



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第十一話

夕暮れどきの横浜基地の軍港。

自分と同じ海兵隊の軍服に身を包んだ『彼女』と沈みゆく太陽を眺める。

腰まで伸びた赤い髪をストレートにしており。自分よりふた回り小さい彼女は翠色の瞳で見上げてくる。

 

隊長はどうして戦うのですか?

それが俺に最も適していると判断したからだ。

 

…それだけなんですか?

俺の力で少しでも救える人がいればいいと考えていた、昔はな。

昔は?

 

ああ、今ははっきり言える。この手の届く人達を守るために俺は戦っている。お前や他の部下達をな。

隊長…。

 

相手が深海棲艦に変わろうとも必ずお前達を守ってみせる。だから共に戦おう。

はい!

 

そういって彼女は微笑んだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

夜刀神のメディカルルーム内のポッドが開放されると、メンテナンスを終えた闘牙が目を覚ました。

 

「(久々に見たな『彼女』の夢を)」

 

夢の内容を思い出して懐かしさが込み上げくる。

二度と会うことのできない、大切な人との思い出。今の闘牙を支えている大切なものである。

 

「おはようございます闘牙さん」

「おはようヤト」

 

闘牙が上半身を起こすと。普段優が座っている椅子に腰掛けていたヤトが話しかけた。

ヤトのうなじから伸びたコードの先端にあるQRSプラグが、デスクのジャックに差し込まれており、彼女が優の代わりにモニタリングしていた。

前回の作戦から一週間の時が流れていた。その際に戦闘で、今までにない程に能力を酷使した闘牙は、身体に異常が起きていないか定期的に検査を行っているのである。

 

「数値を見た限りでは異常はありませんが、お身体の具合はいかがですか?」

「ああ、問題はないな」

 

ヤトの問いかけにポッドから出ると、軽く身体を動かしながら答える闘牙。

 

「そうですか」

 

そんな闘牙を見ながら、表情には出していないが、どこか安堵している様子のヤト。

 

「闘牙さん、一つ相談したいことがあります」

「む、どうしたヤト?」

 

神妙な顔つきをするヤトに、ただならぬ事だと感じ、しっかりと向き合う闘牙。

 

安全装置(・・・・)についてですが。もう解除してもよろしいのではないでしょうか?」

「それはできん相談だな。これは必要不可欠の処置だ」

 

深海棲艦化した闘牙が戦場へ戻る際に最初に望んだこと。それが自身の体内に自爆装置を埋め込むことであった。

万が一暴走してしまった際の保険として、そして何より自身が安心するために必要なことなことだと考えてのことである。

 

「ですが、もう7年も異常は見られていません。闘牙さんが暴走することなんて…」

「今までは無くても、これから起きるかもしれん。俺の身体はどうなるか予想がつかんからな。それこそ今死んでもおかしくはない」

 

そう言うとヤトは黙って俯いてしまった。そして、すすり泣く声が漏れる。

 

「そんな――そんな悲しいこと、言わないで下さい…。家族がいなくなるのは…嫌、です…」

 

枯れた声で縋る様に言うヤト。初めて会った時は、機械的なことしか言わなかった彼女が優しく育ってくれたなと、内心嬉しく思う闘牙。

ヤトに近づくとしゃがみ込み、優しく抱きしめて頭を撫でる闘牙。

 

「あくまで可能性の話だ。お前達(家族)を残して早々に死ぬ気は無い。約束しているだろ?信じてくれ」

「はい。約束ですからね?」

「ああ。約束だ」

「分かりました。嘘をついたら魚雷千発受けてもらいますからね」

 

『お父さんと貴信叔父さんにお願いしておきます』という悪戯っぽく微笑むヤトに、軽く冷や汗をかく闘牙。

あの天才と支援者の兄なら本気で用意しかねない、というよりする姿しか思い浮かばないからであった。

 

 

 

 

有澤重工の秘密ドックに駐留している夜刀神。そのリビングで、特戦隊のメンバーと遊びに来ていた貴信と恵子が集まっていた。

 

「で、今回の作戦はなかったことになると?」

「うん、ネオ・MI作戦は公式には存在しないことで落ち着いたよ」

 

椅子に腰掛けている竹の問いかけに、貴信がソファーに腰掛けてにこやかに笑いながら答えた。

結果をいえば、ミッドウェー攻略は想定外の規模の敵艦隊によって失敗に終わった。

幸い西部太平洋第一作戦群の総司令官中路章人中将を筆頭とし。”黒烏”の内の月刀航暉中佐、高峰春斗少佐、杉田勝也少佐らの活躍によって、一隻も損失を出すことなく撤退できたのだった。

 

中央戦術コンピュータ(CTC)が乗り気じゃなく、シミュレーション結果で危険だって出てるのに強行したからな。それで『何の成果も得られませんでしたぁぁぁぁッッッ!!』って市民が知ったらブチギレるわな」

 

貴信の隣に腰掛けている優が、頭の後ろで手を組みながら愉快そうに嗤う。

 

「うにゃ~。それじゃぁ桃達の頑張りも無駄になったのか~」

「そうともいえますね」

 

優とは反対側に腰掛けている恵子の膝の上に座っている桃が、ブーブーと不満そうに唇を尖らせている。

そんな桃の頭を優しく撫でながら苦笑している恵子。

 

「これで急進派は面目丸潰れ。もう日の目を見ることもないかねぇ」

「だろうな今頃壮大な椅子取り合戦が行われていることだろう」

 

優の言葉に松に膝枕されている闘牙が肩を竦める。その言葉はどこか皮肉が混じっていた。

 

「そうだねぇ。見ていて面白いくらい人が動いているねぇ」

 

アハハと笑っている貴信。極東方面隊上層部の権力争いを、完全に見せ物として楽しんでいる様である。

 

「どろどろのあいぞーげき?」

「うん違うね。昼ドラの見すぎだね桃」

 

盛大にボケをかます桃に、闘牙の髪を愛おしそうに撫でていた松がツッコミを入れる。

 

「それはそうと優。例の件はどうだ?」

「ああ、これか」

 

闘牙の言葉に優がモニターを操作すると、前回の作戦で遭遇したアンノウンが映し出される。

 

「このアンノウンについてだが残骸を調べた結果、水上用自律駆動兵装と一部以外は一致した」

「やはりか」

 

優の言葉に一同は驚いた様子はなく、寧ろ予想通りといった顔をしている。――桃だけは理解できず?マークを頭の上に浮かべていたが…。

 

「一部とはAIか?」

「Exactly(そのとおりでございます)」

「なんだ、そのイラつく発音は…」

「ただの気分。わかった、わかった真面目にやるよ!睨むな、こえーんだよお前の目つきは!」

 

余りの迫力に慌てて謝る優。子供が見たら泣き出してしまいかねないだろう。

 

「アンノウンには、松達のような艦の記憶を使っていない純粋なAIが使われていた」

「確か開発当初はそうなる予定だったそうだな」

「ああ。だが、従来のAIだと未知の深海棲艦相手では柔軟性に欠ける。何より戦闘可能なレベルまで育てるのに時間がかかるってこともあって、今の仕様になった訳だ」

「ふむ。では襲撃者についてはどうだ?」

 

闘牙の問いかけに応じて、優が映像を襲撃者のものに変える。

 

「こいつについては、サンプルが少なくてハッキリとはいえんが、構成物質は深海棲艦と一緒だな。ただ…」

「ただ?」

 

含みのある説明に梅が反応した。

 

「人為的に手を加えられた形跡があった」

「人為的だと?」

「ああ、細胞が一般の奴より活性化させられていた」

「なる程。それであの再生力という訳か」

 

対峙した時のことを思い出し、納得した様子の闘牙。

 

「だが、そんなことができるのか?」

「深海棲艦に関する研究はされているし、それを兵器に転用することもできんことはないね」

 

優の説明にふむ、と顎に手を当てる闘牙。

 

「それでやりあったお前の感想はどうだ闘牙?」

「並みの艦隊では歯が立たんだろうな。しっかりとした対策を立てないと一方的に蹂躙されるだろう」

「でもおにーちゃんがやっつけたから、もう安心なのだぁ!」

 

そういってキャッキャッとはしゃいでいる桃とは対照的に、どこか釈然としていない様子の闘牙。

そんな闘牙に気づいた松が問いかける。

 

「どうしたの闘牙?」

「いや、なんでもない」

 

そう。激闘の末に襲撃者は闘牙の手によって海中に没したのである。しかし、闘牙にはこれで終わりだとは思えなかったのである。

とはいえ確証がなくいたずらに不安を煽るだけなので、口にすることはしなかった。

 

「問題はこいつらがどこで生み出されたかだな」

 

闘牙の言葉に顎に手を当てて思案顔になる優。

 

「『奴』も心当たりがないつってたしな。今更軍や企業がこんなもん造るとは思えんし。兄貴の方はどうだい?」

「う~ん。こっちも日本の企業を探ってみたけど、どこも引っかからなかったねぇ」

 

困った様に首を傾げる貴信。

 

「日本じゃないとなると、他の国かね?」

「かもしれないね。こっちでも調べてみるよ」

「お願いします」

 

話し合っていると、ヤトが受信したのかピクリと反応した。

 

「闘牙さん『H』様より入電です」

「新しい任務か。すいませんが貴信さん、恵子さん。私と優はこれで失礼します」

 

貴信と恵子に断りを入れると、闘牙と優はリビングを後にするのであった。



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第十二話

日本の北部に位置する択捉島に存在する町クリリスク。スモッグに覆われている町を軍服を纏った1人の男が歩いていた。

彼の名は合田直樹。階級は中将で、極東方面隊北方艦隊第二作戦群司令官を務め、急進派の筆頭とも言える人物である。

しかし、ネオ・ミッドウェー作戦の失敗により、急進派の力は弱まり程なくして他の派閥に取り込まれるだろう。そして合田中将は近いうちに軍を去ることが決定していた。

 

「――――!」

 

とある路地で合田中将は立ち止まり、スモッグに覆われた空を仰ぎ見ながら何かを叫ぶと――彼の頭部が弾け血しぶきを上げた。

 

 

 

 

「ナイスショット」

 

クリリスクのビルの屋上で、対人用装備の忍者装束を纏った竹が、隣で同じく対人用装備を纏い伏せの姿勢でスナイパーライフルを構えている松に賞賛の声をかける。

松が覗く熱感知式スコープの先には、合田中将である人影が頭部から中身と血を噴き出しながら崩れ落ちるのが映し出されていた。

 

「任務完了。撤収するよ」

「あいよ」

 

身体を起こしてケースにライフルを分解して収納する松。その間周囲を警戒している竹。

 

「ねえ。松姉」

「何、竹?」

「最近の闘牙どう思う?」

 

屋上からビル内に通じるドアを開けて階段を降りていると、不意に竹が口を開いた。

 

「うん。無理、してると思う」

「だよね」

 

顔を俯かせ表情を暗くする松と、天井を仰ぎ見て軽く息を吐く竹。

 

「データ上は問題ないし、本人も大丈夫だって言っているけど。ここ最近危険な任務が続いているから、かなりの負担がかかってるもん」

「ここ何ヶ月だけで数年分のキツさだったし。多分これからも同じくらいハードなのが続くんでしょうね」

 

元々特戦隊に与えられる任務は難度の高いものばかりであるが。今年になってからは、さらに難度の高い任務が回ってくるようになっていた。

先のネオ・MI作戦における陽動は下手をすれば誰かが死んでいてもおかしくはなかったのだ。

また、その際遭遇した襲撃者との戦いは、闘牙に未だかつてない程の負担を強いることとなってしまった。

これからも同様のことが起きれば、闘牙は迷わず自らを犠牲にするだろう。それで命を落とすことになろうとも、彼にはそれができてしまう。そのことが松達には気がかりなのである。

 

「あたし達がしっかり支えてやらないとね」

「うん。闘牙ばかりに頼っちゃいけないもんね」

 

そう言って意気込むと、自分達の待ってくれている人達がいる『家』へと帰っていく松と竹。

自分達のために命をかけてくれる大切な人。その背中にただ着いていくのではなく、共に並んで歩きたい。それが松型姉妹の共通する想いであった。

 

 

 

 

「終わったな」

「ああ」

 

夜刀神の艦橋でオペレーター席に腰かけている優の言葉に、艦長席に腰かけている闘牙が頷く。

国連軍への反逆を企てていた合田直樹の暗殺。それが今回特戦隊に与えられた任務であった。

 

「……」

「合田中将とは知り合いだったのか?」

「第三次世界大戦の頃からな。戦争を好む人ではなかったが、大切な人達を守るためには戦うことができる人だった」

 

当時のことを思い出しているのか目を伏せる闘牙。

 

「深海棲艦が現れた後、奴らの驚異に晒される中でも人類同士が争っていることに心を痛めていたな」

「尊敬していたのか?」

 

優の言葉にああ、と頷く闘牙。そんな人物の暗殺に加担することを決めた彼の心境は複雑であろう。

 

 

「大切な人のために『奴』に反逆するか。まあ、気持ちは分からんでもないがな」

「ああ。だが『奴』に利用価値がある以上、意向を無視するのは得策ではない。それに最悪中将があの真実(・・・・)を公表してしまう可能性があった。それを受け止められる余裕は、今の人類には無い」

 

椅子に身体を預けながら悲痛さをにじませる闘牙の言葉に、そうだなと答えると優は肩をすくめた。

 

「合田中将には悪いが、いすれあの世で気が済むまで恨み言を聞くさ」

「俺も死んだらつき合ってやるよ」

「そうしてくれ」

「どっちが先に死ぬかわからんがな」

「確かに」

 

ハハハと笑い合っていると、闘牙の膝の上に座っているヤトが口を開いた。

 

「松さんと竹さんの回収が完了しました」

「では、潜行開始だ」

「了解。潜行を開始します」

 

淡々と話している様に見えるが、不機嫌さを僅かに滲ませているヤト。

彼女にこの手の話題は不味かったなと、謝罪も込めて頭を撫でると不機嫌さが和らいでいくのを感じ取れる。

 

「梅、桃待機状態を解除。戻ってきてくれ」

『了解(りょーかい!)』

 

万が一に備え、艤装装備状態で待機させていた梅と桃に指示する闘牙。

 

『むむぅ!?』

『どうしたの桃?』

 

突然声を張り上げた桃に梅が声をかける。

 

『ヤト!おにーちゃんに撫でてもらっているなりね!桃は最近撫でてもらっていないのにずるいのだ!』

「ちなみにいうとついこの間も撫でてもらいました」

 

羨ましがる桃にヤトが誇らしげに言う。

 

『うにゃぁああああああ!今すぐそっちにいくから待っているのだおにーちゃん!!』

『桃後かたずけしてから――行ってしまった…』

 

桃も撫でるのだ~~!という絶叫とズドドドと爆走する音に紛れて、私が纏めてかたずけるのかぁと梅の声が虚しく聞こえたのであった。

 

 

 

 

合田中将暗殺から日が経ち。闘牙は横須賀基地を訪れていた。

正確には、新型水上用自律型兵装のお披露目会に招待された貴信の護衛として前回のように連れてこられたと言った方が正しいが。

広々とした部屋には、他に招待された政界や各企業のトップが用意された椅子に腰掛け、巨大なモニターに映し出された映像を眺めていた。

映像には横須賀近海にある演習海域が映し出されており、そこを1体の水上用自律型兵装が駆け抜けていた。

見た目は駆逐艦クラスの幼さであるが。ウサミミのような大きいカチューシャ、へそだし袖なしセーラー服、短すぎる上に鼠蹊部丸出しローライズのプリーツスカートとかなり露出の激しい服装をしており、それだけでも従来の駆逐艦とは違うことを感じさせた。

 

「お~。流石島風型だけあって早いね~」

「そうですね」

 

モニターを見ながら興奮気味の貴信に同意する闘牙。

 

 

 

 

DD-SK01“島風”

駆逐艦最速と言われた島風型一番艦をベースとし、平菱インダストリアルが開発した最新型である。

従来の駆逐艦とは一線を画す機動性と、『連装砲ちゃん』と呼ばれる自律型砲台を最大3体まで随伴させることができ、それに伴い駆逐艦に収まらない高い火力を有している。

そして最大の特徴は、一時的に自身の速力や自律砲台の運用能力を底上げするシステム群『フリップナイトシステム』を搭載していることであろう。

司令官の中継器経由で国連海軍のコンピュータとリンクさせ、情報処理にかかる負担を肩代わりさせることで、複数の自律砲台を同時に運用することを可能とした画期的なシステムである。

 

 

 

 

高い機動力と自立砲台も用いた攻撃性で、次々と標的を沈めていく島風に来賓からは驚嘆の声が上がる。

 

「自律型砲台最大の障害である、水上用自律型兵装単体では不足する演算力を外部から補う。見事な発想ですね」

「その分タイムラグが出るから予測位置の計算が必要だし、いくら外部から補えても本体にかかる負担がなくなる訳じゃないから、システム稼働時間の短さがネックだね」

 

声がした方を向くと、優がフリップナイトシステムの問題点を指摘していた。

そう。今回は新型水上用自律型兵装のお披露目会に興味を持った優も、気分転換も兼ねて着いてきているのだ。

特殊なマスクにカツラを被り骨格と髪型を変え眼鏡をかけて変装し、自ら開発したボイスチェンジャーで声も変えているが、正体がバレないか闘牙は少々不安ではある。

流石に闘牙1人では2人同時の護衛は難しいので、もう1人の護衛も同行してきている。

 

「……」

 

闘牙とはまた違った刃物を思わせる鋭い目つきを、長く伸ばした前髪で隠しており。身長は闘牙より頭一つ低いが、身に纏っている雰囲気は歴戦の猛者を思わせるには十分であった。

自鏡(じきょう)真改(しんかい)――闘牙が正規軍に所属していた頃の部下であった男である。

かつては他国の工作員として生きており、闘牙とは敵として出会ったが、紆余曲折の末部下として引き入れられた経緯を持つ。

道具として扱われており名前が無かったので、闘牙が与えた名が自鏡真改である。

全身を義体に変え、腰には最新の技術で作られた高振動式日本刀を差しており、居合の達人として様々な活躍をしていた。

水上用自律型兵装の配備に伴い水上戦術歩兵隊が解散されると軍を退役。その後は有澤重工に雇われ貴信の身辺警護を勤めている。

 

「正直にいえば複雑だな。こうして新たな娘が戦場に送り出されるのは」

「肯定」

 

闘牙の言葉に頷く真改。ちなみに彼は寡黙な男手であり、自分から語ることは滅多になく、話かけても単語でしか返さないのである。

自分達水歩兵の力不足のために、機械とはいえ人と同じ感情を持っており、人間の少女と何一つ変わらない艦娘を戦場に立たせることを闘牙も真改も嘆いていた。

いや、彼らだけでなく水上戦術歩兵隊に所属していた誰もが同じ気持ちであった。

それでも共に戦場に立てれるのであればまだよかった。しかし、上層部はこれ以上の人的損耗を恐れる余り、水上戦術歩兵隊の解散を決めてしまう。

少女に戦うことを押し付け、人の手によって人類を守ることを放棄したにも等しい上層部に、水歩兵であった者の大半は失望し軍を去っていった。真改もその1人であった。

 

『再編に合わせて彼女はウェークに配属されるらしいね』

『新型空母の大鳳型も一緒だとさ。奮発するね上も』

 

公に話せる内容ではないので電脳通信で話す貴信と優。というか軍の機密であることを優はともかく、貴信がさも当たり前ののように知っているのは今更なので誰も触れない。

 

『ウェークには新たに第一作戦群第三分遣艦隊が新設。それに伴い新型駆逐艦島風に、重巡の利根型2隻と装甲空母大鳳、軽空母龍鳳が新たに配属。さらに月刀航輝は大佐に昇進』

『それとは別に第二作戦群第五分遣隊も新設されるんだよね。指揮官はついこの前暗殺された合田直樹中将の息子さんだってね』

 

にしても誰が暗殺したんだろうねーと、聞いてくる貴信にさあ?誰でしょうねと答えておく闘牙。特戦隊の任務内容を全て貴信に教えている訳ではないのだ。

 

『ここまでは予定通りか』

『そうだな』

 

貴信にはまだ話せない内容のため、彼には聞こえないように通信を繋げる闘牙と優。

 

『結果的にはネオ・ミッドウェー作戦も無駄ではなかったな』

『月刀大佐殿にはいい経験になったしな。いい副次効果もあったし』

『うむ』

 

問題なく事態が進行しているようだが、闘牙は何か気になっている様子であった。

 

『同情でもしているのか大佐殿に』

『そうではない。ただあの男がこのまま飼われたままで終わるのか、己の道を切り開くのかと思ってな』

『切り開いた場合はどうするんだ?』

『俺達の邪魔にならなければそれはそれでよしだ』

『なる程なる程』

 

クックックッと愉快そうに笑う優を目を細めて睨みつける闘牙。

 

『なんだ、その笑みは?』

『いやいや。なんでもないですよぉ』

『……』

 

笑い続ける優をしばこうかと思ったが、場所が場所なだけに踏みとどまる闘牙であった。



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第十三話

横須賀基地の通路で壁に背を預けて立っている闘牙。

新型水上用自律型兵装のお披露目後の懇談会中、トイレに立ち寄った貴信を待っているのである。

 

「久しぶりだな闘牙」

 

そんな闘牙にある男性が話かけてきた。

国連海軍の軍服を纏っており、顔には老齢さを滲ませるシワがいくつも刻まれているが、その眼光は未だに衰えを見せない鋭さを持っていた。

中路章人中将――西部太平洋艦隊第一作戦群司令部の長を務める穏健派の重鎮である。

自身の本名を呼ばれたにも関わらず、闘牙には動揺した様子もなく。寧ろ親しい友人に久方ぶりに会ったかのような嬉しそうであった。

それもその筈彼は闘牙が正規軍に所属していた頃の上官であり、幾多の戦場を共に戦ってきた戦友(とも)言える関係なのだ。

そして特戦隊のことを把握している人物であり――闘牙自身の秘密も知っているからである。

 

「お久しぶりです中路大佐。失礼、今は中将でしたね」

 

にこやかな笑みを浮かべる中路中将に挨拶を返すと、自身の失言に気づき訂正する闘牙。

 

「いや構わんよ。それにお前は今は正規の軍属という訳ではないのだ。だから、そう畏まるな」

 

そういって笑う中路中将に敵いませんねと、観念したかのように肩をすくませる闘牙。

 

「元気そうでなによりだ。お前や配下の艦隊の活躍は風の噂で聞いているよ」

「そちらも先のネオ・ミッドウェー作戦では大活躍していたではありませんか。“人虎”の異名は健在ですね」

 

中路中将は先のネオ・ミッドウェー作戦での撤退戦の陣頭指揮を取り、絶望的な状況の中轟沈艦ゼロという快挙を成し遂げ、事態の収拾の立役者となっていた。

 

「それもお前達の支援があったからだ。例の新種がミッドウェーに現れていたらどれだけの犠牲が出ていたか…。本当に感謝している」

「頭を上げてください章人さん。我々はなすべきことをしただけですので」

 

深々と頭を下げる中路中将に、表情こそ変わっていないが恐縮している様子の闘牙。

 

「堅いところは相変わらずだな。だが、お前達のおかげで救われた命が多くあることは忘れんでくれ」

「我々は自分達の都合で戦っているだけです。礼を言われるような存在ではありませんよ」

「一先ずそういうことにしておこうか」

 

闘牙の性格をよく知っているので、これ以上は押し問答なるだろうと判断して一旦話題を切る中路中将。

 

「さて、話は変わるがお前に聞きたいことがあってな」

「なんでしょうか?」

「合田直樹中将を暗殺したのは、君達特戦隊か?」

 

その言葉に穏やかだった場の空気が凍りついた。

無表情でこそあるが、殺気を僅かながら滲ませている闘牙に、両手を挙げて敵意がないことを示す中路中将。

 

「安心しろお前さんらを裁くつもりは毛頭ない。ただ事実を知りたかっただけだ」

「……」

 

苦笑している中路中将に無言を貫く闘牙。それを答えとして受け取ったのか、彼は満足した様である。

 

「そうか合田中将は『彼』に逆らったのか…」

 

黙祷を捧げるように目を覆う中路中将。その姿はどこか羨ましがっているように闘牙には見えた。

 

「なあ、闘牙」

「はい」

「お前はいつまで生きれるかわからないと知った時、こういったな『ならば後悔を残さず、笑って死ねるよう生きていくまで』と」

「ええ」

 

人ならざる身になって保護され研究する中で、そういって優に『どんだけタフネスなハートしてんだよお前』と呆れられたことを思い出す闘牙

 

「その思いは今も変わりないか?」

「無論です。仮に今死んでも、あの世で先に行った人々に『どうだ俺は精一杯あんた達の分まで生きたぞ』と胸を張って言います」

「ふ、フフ…。アハハハハ!!」

 

闘牙がそういうと、突如腹を抱えて笑い出す中路中将。

 

「……」

「す、すまんすまん。馬鹿にしたつもりはないんだ。やはりお前は強いなと思ってな」

「強くなんかありませんよ。『彼女』すら守れなかった俺など」

「それでもお前は強いよ。私が知る誰よりもな」

 

不機嫌そうな様子の闘牙に笑顔で話す中路中将。

 

「礼を言うよ闘牙。おかげで私も前に進めそうだ」

「…章人さん、下手な(・・・)ことは考えない方がいい。できればあなたを手にかけたくはない」

 

中路中将の様子に何かを感じ取ったのか、元より険しい目つきを更に細めて忠告をする闘牙。

 

「承知しているよ。私も老い先短いとは言え、まだ死にたくないからな」

 

そういって笑うと闘牙に背を向ける中路中将。

 

「そろそろ古鷹――秘書艦が心配する頃なので失礼する。お前達の武運長久を祈っているよ」

「ええ、そちらも」

 

年齢を感じさせない確かな足取りで去っていく中路中将の背中を見つめる闘牙。

 

「章人さん。あなたは何をしようとしているんですか…?」

 

闘牙の疑問に答えは帰ってこなかった…。

 

 

 

 

「提督!」

 

闘牙と別れた中路中将に、1人の少女が慌てた様子で駆け寄りながら声をかけた。

古鷹型1番艦で中路中将の秘書艦を務める古鷹である。

 

「もう、急にいなくなってしまったのでビックリしちゃいましたよ!」

「ははは、すまんな古鷹。懐かしい友人がいたので昔話をしていたのだ」

 

謝罪も込めて古鷹の頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めた。

 

「友人、ですか?」

 

興味津々といった様子で見上げてくる古鷹。

中路中将とのつきあいは長く、彼の交友関係には詳しいと自負している古鷹。

だが、今回のお披露目会に出席している人物で、彼がここまで嬉しそうに話す人物には心当たりがなかった。

 

「どなたなんですか?」

 

父親のように慕う中路中将のことをもっと知りたいと、純粋な気持ちで聞く古鷹。

 

「『鬼』のように強く、誰よりも優しい男さ」

「はあ…?」

 

そういって笑う中路中将に、言葉の意味が理解できず古鷹は首を傾げるのであった。

 

 

 

 

「観艦式?」

 

夜刀神のリビングに備えつけられているキッチンで、エプロンを身につけ料理をしている松が首を傾げた。

 

「フィリピンにあるマニアで行われるスールースルタン国観艦式に、月刀航輝以下ウェーク艦隊の一部が参加する。俺達はその障害を排除する」

「つーるつるたんおーこく?」

「何それ?」

 

ボケをかます桃に梅がツッコミを入れる。

 

「つーるつるたん王国とは、つるたん王が…」

「乗らんでいい。乗らんでいい」

 

桃に便乗した闘牙に手を顔の前で振りながらツッコむ竹。

 

「むぅ…」

「いや、なんでそんな残念そうなんだよ…」

 

しょんぼり気味の闘牙に呆れた様子の優。

 

「スールースルタンってーのはつい最近フィリピンにできた国だ」

 

優がモニターにフィリピンの地図を映す。

 

「第7共和政権と国王制の再建を望む民族との内戦が、第三次大戦の頃から続いていてな。そこに深海棲艦が現れたことで一時休戦。3年前に状況が落ち着いたので再度内戦が勃発して膠着していたが、1か月前に事態は急変した」

「何があったのだおとーさん?」

 

ひと息ついてお茶を啜る優に続きが気になっている桃が急かす。

 

「第7共和政権側の海軍が国王制側に寝返ったのさ。そんで勝利した国王制側が建国したのがスールースルタンだ」

 

言い終わると後は任せたと視線で訴える優に闘牙が頷いた。

 

「スールースルタン国政府を正当なフィリピンの政府として認めるように国連に要求したのが3週間前。国連議会がそれを承認したので、それを記念して内戦で先延ばしにしていた国王の即位式を執り行う運びとなった。ここまでは理解できるか桃?」

「つまり『俺達つーるつるたんおーこくがふぃりぴんで1番偉いのだ!』って自慢するなりね!」

「まあ、そんなもんだ」

 

桃の理解力ならこんなもんだろうと納得して話を進める闘牙。

 

「そのことをハッキリと示すために、国連軍の象徴とも言える艦娘を参加させる訳だ」

「で、それにあたし達が関わる理由は?」

 

新しい棒キャンディーの包装を剥がしながら、竹が面倒臭そうな顔をする。

 

「これ」

 

梅が手にしていた端末を操作するとモニターに、文章と見られる文字の羅列が映し出される。

 

「ナメック語?」

 

見知らぬ言語に?マークを大量に浮かべて首を傾げる桃。

 

「タガログ語。訳すとこうなる」

 

梅が端末を操作するとタガログ語が日本語に変わっていく。

 

 

 

 

『第7共和政権こそ正統なフィリピンの指導者であることを信じ、民主的なフィリピンを奪ったマジャハル・キレムⅦ世を我々は認めない。王たる位につくことを我々は認めない。武力でしか国を治められない王国を我々は認めない。即位式典などという茶番劇を始める前に母なるフィリピンの島々を解放しなければ、我々は武器をとり、その不正に立ち向かわねばならない。我々は民主主義の正義に則り、この母国の未来をきりひらかねばならない。我々“コモンズ”はスールースルタン国を認めない。即位式典などという茶番を始める前にマニラから撤退せよ、さもなくば公衆の面前で独裁者の首を落とすことをここに宣言する』

 

 

 

 

「犯行声明よねこれ?」

「第7共和政権の残党が送りつけてきた声明だ。スールースルタン国が正統政府になることがほぼ決定したとはいえ、内戦はまだ終わっていない」

「つまり観艦式が戦場になると…」

「十中八九な」

 

ヤレヤレといった感じで溜息をつく闘牙。

 

「正規の艦娘に対人戦をやらせるってのお偉いさんは?」

 

水上用自律型兵装は対深海棲艦用兵器であり、対人戦闘に使用されるのは非常事態を除き条約で固く禁止されているのである。

最も実際は特戦隊のように非公式に投入されているのではあるが。

 

「ああ。フィリピンは鉄やニッケルの宝庫で、その鉱山のほとんどをスールースルタン国政府の勢力地域にある。鋼材を安定的に得たいのさ上層部は。だからさっさと内戦を終わらせる腹づもりなのさ」

 

スールースルタンは国連に正式に認められることで、内戦を早期に終結させたい。

国連はその見返りとして、鉄鉱石等の資源をスールースルタンに提供させる。

両者の利害が一致した結果、国王の即位式を強行することとなったのだ。

 

「第7共和政権だけならば問題ないのだが、今回の件に『ライニグングパーソン(浄化する者)』が絡んでくることだ」

 

ライニグングパーソン

元は環境保護団体であったが、次第に活動が過激化していき、やがて『青き清浄なる世界に』をスローガンに、世界規模で爆破テロ等を引き起こすようになっていった組織である。

そして深海棲艦が現れると、『母なる星を汚し続ける人類を粛清するために地球が遣わした使者』と崇拝するようになり、現在はそれを排除しようとする国連軍を中心にテロ活動を行っている。

その関係で特戦隊も幾度となく交戦したことがある相手なのである。

 

「奴らも声明を出していてな。第7共和政権に便乗して観艦式を襲撃するようだ」

「国連軍が絡むことにやたら首を突っ込んでくるからなあいつら。それに無駄に力あるからタチが悪い」

 

ライニグングパーソンは国連軍に反発している国家や組織から支援を受けており。並みのテロ組織とは比較にならない、それこそ軍隊に匹敵しかねない程の戦力を保有しているのである。

 

「恐らく水上戦術歩兵が出てくるだろう。そうなると正規軍の艦娘だと対応が難しくなる」

 

ライニグングパーソンには、艦娘を採用した国連軍に不満を持ち軍を抜けた水上戦術歩兵隊所属者が多く参加しているのである。

 

「第7共和政権だけならば、出てくるのはせいぜい的の大きい魚雷艇程度だろう。それならば手加減のしようがあるが、水歩兵だとそうもいかん」

 

魚雷艇ならば人を傷つけずに無力化できるが、人間サイズの水歩兵だとそうはいかなくなる。

何より、死闘という言葉すら生温い深海棲艦との戦いを生き残った猛者ばかりである水歩兵が相手では、性能が勝る艦娘といえど苦戦は免れないだろう。

 

「人を撃つことに慣れていない正規軍の艦娘では、必ず水歩兵相手に苦戦を強いられる。なので今回の俺達の任務は観覧式の前までにライニグングパーソンを叩くことだ」

「内容はわかったけど、獲物のデータはあるの?」

「あるよ」

 

竹の問いに、優があるデータをモニターに表示する。

 

天崎光(あまさきこう)元極東方面隊水上戦術歩兵隊に所属していた男で、『雷光』の二つ名で呼ばれていたそうだ。軍を去ってからはライニグングパーソンに所属している。最近この男含めた組織の構成員がフィリピンに入っているのが確認されている」

「二つ名があるってことは闘牙と同じくエースだったんだよね。そんな人がどうしてテロ組織に?」

「あの男は正義感に溢れていたからな。お前達艦娘を戦わせて、自分達水歩兵を除け者にした世界が許せないのだろう」

 

松の言葉に闘牙がどこか懐かしんでいるような口調で話す。

 

「…もしかして知り合い?」

「ああ、士官学校の同期で友と呼べる男だ。戦場で背中を預け合うことも少なくなかった」

 

闘牙がそういうと気まずそうな顔をする他の面々。

つまり今度の任務は友を殺せと言われているも同然なのであるからだ。

 

「心配するな。この道を選んだ時から覚悟していたことだ。どのような結果になろうとも後悔はせん」

 

他の者達の不安を感じさせないように、闘牙は迷いなく告げるのであった。



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第十四話

フィリピンにある寂れた港。長きに渡る内戦と深海棲艦の襲撃により廃棄されたためである。

そんな夜とはいえ人がいない筈の港にある倉庫で、無数の人影があった。

ライニングパーソン――今回の観艦式を襲撃しようとしている勢力の一つである。

 

「準備はどうか?」

「はっ問題ありません大尉」

 

そんな者達の中で金髪碧眼の男――天崎光(あまさきこう)の問いに、整備士と見られる若い男が敬礼しながら応えた。

そんな部下の反応に光は苦笑する。

 

「もう私は軍属ではないのだ。その呼び方はやめてくれ」

「あ、申し訳ありません」

 

若い男が恥ずかしさを隠すように頭を掻く。

彼は光がまだ軍人だった頃からの部下であり、水上用自律型兵装登場後の軍のあり方に疑問を持ち、組織を抜けてからも付き従ってくれているのである。

どうやら軍属の時の癖がそれなりの時が経っても抜け切れていないらしい。逆にいえばそれだけ光が慕われているという証でもあった。

 

「まあ、それはそれで嬉しくはあるがな。とにかく決行の日は近い万全の体勢を整えてくれ」

「わかりました!」

 

力強く応えると作業に戻る部下の背中を見送ると、光は近くにあった木箱に腰掛けて一息つく。

今回の国王制側と国連軍合同観艦式襲撃は、表向きでは共和制側に便乗する形をなっている。だが、実際はライニグングパーソンが戦力を提供する代わりに、共和制側が政権を握った暁には資源の提供をするよう持ちかけたものであった。

共和制側としては戦力は欲しいが、テロ組織であるライニグングパーソンと表立って協力するのは好ましくないので、無関係を装うために別々に犯行声明を出したのである。

光はそのことにいい感情は持っていなかった。組織に属しているとはいえ、彼はライニグングパーソンの活動全てに納得はしていないのである。

ライニグングパーソンに身を置いているのも、他に己の目的を果たす手段がなかったからである。

艦娘などという人形に人類の命運を託し、人の手で未来を切り開くことを諦めてしまった国連軍を正すためにその身を闇に堕としたのだから。

 

「――7年か…」

 

軍を離れてから幾分の年月が経ってしまった。

きっかけは艦娘――水上用自律型兵装の存在を知った時であった。

自分達が命をかけて化物(深海棲艦)と戦っている間に生み出されたのが、あのような兵器とさえいえない存在であること。そして、そんな存在に戦場の主役の座を奪われたことに自分と同僚らは困惑した。

それでも、例え脇役でも戦場に立ち、この手で化物から人類を守れるのであれば救いはあった。

だが、世界はそんな戦士達の願いさえ踏みにじった。

 

 

 

 

水上戦術歩兵隊の解散――

 

 

 

 

人類が選んだのは機械の人形を矢面に立たせ、人間は極一部の者だけを戦場に送ることで安寧を得ることだった。

そのことに自分と同僚達が激しく反発した。そのことに対する上層部の回答はこうだった。

 

 

 

 

死ぬ必要がなくなったのに何が不満なのか――?

 

 

 

 

その問に光は憤慨した。例え死のうとも、命をかけ己の手で得られる平和にこそ価値があるのだ。命の重さを忘れた平和など脆くも崩れ去る未来しかない。そのことを、書類の数字でしか人の死を判断しない上層部の者達は理解していないのだ。

なにより光は艦娘そのものに不信感を持っていた。

ガイノイド、機械でしかないのに人間の少女と何一つ変わらない仕草をする人形を見た時、言いようのない吐き気に襲われた。

マネキンが人の真似をしているのであればまだよかった。だが光にはマネキンが人そのもの(・・・・・)であるようにしか見えなかった。

こんな得体のしれない物に人類の未来を託すなど光には納得できなかった。だから彼は志を共にする者達と行動を起こした。狂った国連軍の打倒し水上用自律型兵装廃絶に向けて。

『人類は人の手で守られるべきである』これが光の揺るぎなき信念であった。

 

「……」

 

光は懐から一枚の写真を取り出した。

電脳化が一般的となり写真といった記録もデータとして簡単に残せる時代となったが、大事なものは手に触れられる形で残したいものなのである。

写真には士官学校時代の光と鋭すぎる目つきに無愛想さを感じさせてしまう表情をしている男性――闘牙が映されていた。

光は外国人の祖父を持つクォーターである。

幼かった頃に増えすぎた移民者による治安の悪化や雇用問題に不満を覚えていた国民が、『純血主義』と呼ばれる思想に感化され暴動が頻発していた。

日本から他国民を排除せよ――母国救済という偽りの大義に酔いしれた人々によって、難民を始め異国の血が入ったハーフやクォーターが虐殺されていき日本国自衛軍が出動して鎮圧する事態となった。

激動の時代の流れに光も巻き込まれ、家族を失い自身も瀕死の身となった。

そんな中で有澤重工先代社長である有澤隆文(ありさわたかふみ)が被害者救済を表明し、数多くの人々に手を差し伸べたのであった。

国民からの反発をものともしない有澤の活動によって、光は機械の身体となり生き延びたのだった。

そんなできごとがあっても光は生まれ育った日本を愛していた。だから成長した光は軍人となって母国を守ることを決める。

 

「友よ…」

 

光が士官学校に入る頃には純血主義思想は幾分落ち着いてはいたが、それでも周囲の反応はいいものではなかった。

時には理不尽な目に会うこともあったが、そんなことなど知ったことではないといわんばかりに光に接してくれる者がいた。それが大神闘牙――戦友と呼び合うことになる男であった。

軍人となってからは戦場で背中を預け合うことも少なくなく、何があっても諦めない姿は物語りに出てくる英雄のようであった。

彼がいたからこそ今の自分があるのだと確信できる。それ程までに信頼できる男であった。

だが、そんな彼ももうこの世にはいない。

 

 

 

 

『第一次蒼海作戦』

 

 

 

 

水上用自律型兵装が配備される前に行われた極東方面隊最大規模の作戦である。

日本へ迫る深海棲艦の大規模艦隊を迎撃し、太平洋を奪還すべく極東方面隊の全戦力を結集した激戦であった。

結果として敵艦隊を撃滅することに成功するも、水上戦術歩兵を始めとする戦力の大半を失い太平洋の奪還は叶わなかった。

この戦いで闘牙はMIA(作戦行動中行方不明)となり、生存は絶望的として事実上戦死扱いとなった。

だが、彼は生きていた第一次蒼海作戦の一年後に試作型水上用自律型兵装の指揮官として。最も当時は情報統制されていたので、闘牙が指揮官であることを光が知ったのは大分後であったが。

闘牙がどんな気持ちで人形の指揮官を勤めていたのかはもう知る由もないが、彼のことだから『俺達が命をかけて紡いだ物がどんな形であれ、無駄にはしたくない』とでもいうのだろう。

その後初めて確認された戦艦型と正規空母型を含む敵艦隊を殲滅する、『第二次蒼海作戦』で今度こそ友は帰らぬ人となった。

 

「お前は今の俺をどう思っているのだろうな」

 

いや、彼なら『お前が悔いなく選んだ道なら俺は何もいわん』というだろう。例えそれが人の道を外れていようとも。

 

「こんなことを考えても詮のないことか…」

 

もう彼は死んだのだ。死者を想うのは大切だが、それに引きづられてもならない。何より彼がそれを望まないだろう。

 

「む?」

 

不意に天井の電灯から光が消えた。

故障かとも思ったが、その後に聞こえてくる銃声を騒ぎ声で検討がついた。

 

「敵襲か!」

 

すぐに部下と連絡を取ろうとするも、ノイズが走るのみだった。

 

「チィッ!」

 

ジャミングされていることに舌打ちする光。

電灯が消えたのは敵のハッキングによるものだろう。こちらの目と耳を塞ぎ混乱したところを叩く。特殊部隊が強襲する際の基本である。ならば敵は少数精鋭、早期に体勢を整えれば撃退するのは容易い。

部下と合流するために、ハンガーに収められている自身のユニットを装着する光。

水上戦術歩兵用のユニットは海上での戦闘が主流だが、元となったのは歩兵を迅速に上陸させ橋頭堡を確保するための装備であるため、陸上での戦闘も可能となっているのである。

ユニットを起動させ倉庫から出ようとすると、外部に繋がるシャッターがX字状に切れ目が入り崩れ落ちた。

シャッターの残骸を踏みしめながら倉庫に侵入してきた者は、自分と同じ水上戦術歩兵用の装備をしていたが、光のは正規軍時代から変わらないネイビーブルーに対して黒色にユニットを塗装していた。

そして頭部をバイザーで覆い、両手には極東方面隊では標準装備である長刀を手にしている。

 

「国連軍か。だが、1人とは…。私も舐められたものだ」

 

侵入してきたのは1人のみで伏兵の気配は感じられなかった。そのことに奇妙さを覚える光。

仮にも『雷光』の二つ名で呼ばれ、極東方面隊では一、二を争う実力者である光を相手にいくらなんでも少なすぎるのである。

かつての戦いで、名のある実力者は皆戦死するか戦いから身を引いており、水上戦術歩兵用のユニットを用いる者で光と対等に戦える者など、最早国連軍にはいない筈なのだ。

 

「それにその装備。我が友を真似るとは笑止」

 

目の前の襲撃者の装備は闘牙が用いていた物と同一であった。恐らく闘牙に憧れて真似たのであろう。

闘牙は長刀二刀流を用いた近接戦闘を得意としており、長刀は扱いやすく新兵から古参兵まで幅広く運用されていた。故に闘牙の真似をしようとする者が後を絶たなかったのだ。結局は誰も闘牙の次元に届く者はいなかったが。

 

「私を相手に、そのような猿真似が通じると思わんことだ」

 

光は、闘牙の戦い方は友である自分が熟知していると自負している。故にその真似をしようとする者の動きが、手に取るようにわかるのである。実際に過去にはそういった相手に負けたことなどなかった。

 

「その浅はかさ。あの世で後悔せよ!」

 

背部と脚部に装備されている大型ファンによるホバリングで足を地面から僅かに浮かせ、右手に持っている中世の騎士が用いていたのと同様の形状のランスを光は構えた。

加速性を強化された専用のファンを最大まで稼働させ、最大速まで加速すると雷が落ちたかのような爆音と共に襲撃者めがけて突撃する光。

一瞬で射程内に捉えた光は、ランスを襲撃者の胴体めがけて突き出した。

雷のような音を響かせ相手が視認することのできない速度で近づき、ランスで貫く姿が『雷光』という二つ名の由来なのである。

常人であれば何が起きたのかもわからず串刺しにされる一撃を、襲撃者は片手の長刀でランスの軌道をずらしながら身体を逸らすことで回避した。

 

「ほう。我が初撃を凌いだか見事だ」

 

光は素直に相手の技量を称える。

光は大抵の相手は最初の一撃を持って仕留めてきており、初撃を耐えられた者は友を含めて片手で数える程しかいなかったからである。

 

「……」

 

襲撃者は特に反応するでもなく両手の長刀を構える。

 

「言葉は不要という訳か。よかろう!」

 

再度ランスを構えて突撃を行う光。狙いは先ほどと同じく胴体。必殺の威力を持つランスを繰り出そうとする。

それと同時に襲撃者が身を屈めて踏み込んできたのだった。

ランスは襲撃者の頭上を通り抜け、無防備となった光の胴体に襲撃者が振り上げた左手の長刀が迫る。

 

「ッ!」

 

咄嗟にランスを手放し、身体を後ろに逸らしながら左腕に装備していた円形の盾で刃を受け止める光。

すぐに襲撃者が右手の長刀を振るおうとしたので、左膝で腕をかち上げるとファンの出力を上げ頭部に頭突きをかまし襲撃者を弾き飛ばした。

弾き飛ばされた襲撃者は頭部を覆うバイザーに罅が入りながらも、空中で体勢を整えながら着地すると長刀を構え直した。

光はランスを拾い上げると突撃体勢を取る。

 

「(今の動きは…)」

 

襲撃者の動きに内心で驚愕している光。

一撃離脱戦法を用いる光に対抗するためにカウンターを選ぶのは当然といえた。問題なのはその方法である。

先程の動きは友である闘牙の姿と重なる程寸分たがわぬものであったのだ。

 

「(ありえん!)」

 

目の前で起きた現実を認められず、心の中で否定する光。

闘牙の戦闘スタイルは、天性の才とたゆまぬ努力の果てに生み出されたものである。仮にAIによって動きを再現しようとも本人と重なることなどある筈がなかった。

 

「(まさか?)」

 

そこで光は一つの結論にたどり着いた。そう、真似たのではありえないことが起きた。ならば残る可能性は――

 

「(いや、例えそうであろうとも!)」

 

光は迷いを断ち切ると襲撃者へとランスを構え、内蔵されている機銃を放つ。

吐き出された銃弾を長刀で防ぎながら回避行動を取る襲撃者。その際に生じた僅かな隙を突いて光が突撃するとランスを突き出す。

襲撃者は初撃を時と同じく長刀でランスの機動を逸らそうとするも、体勢が不十分だったため逸らしきれず、肩の装甲が抉り取られた。

機動力で勝る光は一撃を入れると反撃される前に距離を取り、カウンターを狙わせないように機銃を織り交ぜた突撃を行う光。

光の繰り出す一撃離脱戦法に防戦一方となり、損傷が増えていく襲撃者。しかしこちらの命を刈り取る瞬間を虎視眈々と狙っていることを光は感じ取っていた。

 

「(やはり簡単には取らせてもらえんか)」

 

被弾こそしているも、襲撃者は致命傷だけは受けないように避けており。このままではこちらが先に力尽きてしまう。

光の戦法は爆発力こそあるも、反面消耗が激しく持久戦には不向きなのである。

それを知っているからこそ、敵は油断があった初手の隙を突いたカウンターを外してからは防御に専念しているのであろう。

 

「で、あれば!」

 

死地に踏み込み活路を見いだす。今までがそうであったように、そして今目の前にある困難に打ち勝つために!

 

「オォッ!」

 

義体化されたことで強化された身体能力と、ファンを最大稼働させ生み出された推力を合わせ重装備でありながら襲撃者目掛けて高く跳び上がる光。

 

「セェイ!」

 

ランスを突き出し、慣性を乗せながら重力従いその身を砲弾として突撃していく光。

着弾すると、ランスが突き刺さった地面のコンクリートが砕け砂塵のように舞い上がる。

だが手応えがなく襲撃者の姿が消えていた。

右側から殺気を感じランスを手放すと、盾に懸架されている両手剣を引き抜くと振り上げた。

砂塵を突き破り襲撃者が振り下ろした長刀と剣がぶつかり合い火花を散らす。

同時に光は両肩の装甲に備えられている手裏剣状の武器を、襲撃者の頭部目掛けて射出した。

 

「……!」

 

襲撃者は頭部を逸らすことで避けようとするも、バイザーに手裏剣が掠れた。

先程の頭突きで破損していたこともあり、バイザーが外れ地面に落ち襲撃者の顔が晒された。

 

「やはり、お前なのだな…」

「気づいていたか。いや、当然か」

 

初めて口を開いた襲撃者の声もその顔も、光のよく知っているものであった。

いや、今の時代ならばどちらも真似ることなど容易いことなので別人の可能性もあるが、これまでのやりとりで光には確信があった。

 

「「久しぶりだな友よ」」

 

互いの声が見事に重なる。

そう。殺し合っていたのは心許せる友であったのだ。

 



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