提督はただ一度唱和する (sosou)
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Nowhere Fast 1.白にはなれない

 雪明かりに包まれた大地に赤みが差し、わずかに温もりを増したように思えた。自分の名称そのままであっても、やはり「吹雪」でお日様を見られないのは寂しいと、彼女は昇っていく日輪を歓迎する。何もかもが、白く、凍えていくような世界で、それを無視するかのように薄いセーラー服を着た彼女は、その幼さに見合った呆けた表情でそれを眺めていた。その背に、腕に、武骨な武装を携えたままで。

 空は水が染み渡っていくように蒼さを増し、大地が鮮明さを取り戻してく。それでも、漂白された世界に色はない。彼女のわずかに上気した頬が、朝日を浴びて輝いている。未完成のキャンバスで、彼女だけがそこにあった。

 口元から零れたもやが、朝日の中に溶けていき、静謐な空間で光が時を刻んでいく。

 そのどこか幻想と日常が混じり合ったような奇妙で、美しい光景は、鋭い警報によって切り裂かれた。彼女は驚いた体で振り向き、今まで感嘆と共に見上げていた空を憎々しく睨む。

 静寂はなくなり、喧騒が広がっていく。彼女の背後で、うごめく暴力装置が一面の雪化粧を踏み荒らしていく。この場に取り戻されたものと失ったものがせめぎ合い、大きな渦となって彼女の背を圧す。

 彼女は歩き始めた。

 新雪が蹴散らされ、泥の塊になり、様々な色が生まれて、キャンバスは完成していく。

 「吹雪」が良いものであるか、否か。彼女は知らない。

 

 

§

 

 深海棲艦なる存在について殊更語るべきことなどない。彼女らは人類の敵対者であり、文明の破壊者であり、捕食者である。交渉は無意味で、その数は限りなく、通信を阻害し、流通を絶って、世界を滅ぼした。

 実際のところ、日本が国体を護持しているように、生き残っている国家は少なくないはずである。しかし、僅か200㎞お隣の韓国とでさえ、連絡を取り合うことが出来ないのだ。実際がどうであろうと、ないものとして扱うしかなかった。

 彼女らに対抗するために、ありとあらゆる手段が用いられた。通常兵器のみならず、ABC兵器も例外なく投入された。しかし、成果と呼べるものは存在しなかった。人類の講じる手立ては、尽く空振りに終わった。

 艦娘と呼ばれる存在についても同じだ。ある日海で見つかり、妖精に保護され、深海棲艦と対となるように人類の味方となった。

 彼女らも、ごく当たり前の兵器では傷つかない、摩訶不思議な存在だった。当たり前の事実として、それが流布していることについての想像は止めた。無意味だからだ。

 だが、知られていない事実もある。彼女らは石を投げられて額から血を流し、殴られて頬を腫らし、突き出された包丁の一差しで命を落とすのである。

 事実、日本防衛軍中尉新城直衛の目の前で、頬を張られた少女が雪の中に埋もれている。助け起こすことも、口を出すことも許されていなかった。彼女は軍属であり、下士官としての待遇が与えられている。彼女は兵士だった。どのような意見があろうとも、彼女への“指導”は妥当なものだった。新城に出来ることは、とりとめのない事を考えながら、虚空を睨みつけることだけであった。

「もう一度試せ。繋がるまで何度でもだ!」

 傍らの千早がのどを鳴らす。新城は額を揉んでやった。これ以上の問題はごめんだった。剥き出しになった牙のうえに被った口唇を、更に捲れ上げている。彼女は子供に優しい猫だ。まさか上官に飛びかかるとは思わないが、種族柄率直な態度が上官の不興を買わないとも限らなかった。事実、上官の目が新城に向けられる。

「何か? 新城中尉」

「はい、若菜大尉。御報告申し上げたいことが」

 若菜の顔が歪んだ。斥候に出した小隊。その指揮官が自らやってきたのだ。誰だって楽しい気分にはなれないだろう。敗走の最中、それも中隊単独でとなれば尚更だ。加えて、彼らを追い立てるモノは人を喰うバケモノである。新城自身、出来れば共有したかった。そういうわけにもいかなかったが。

「敵です。僕の猫が見つけました。北北西、側道上です」

 彼女が一礼して身を翻していくのを横目に、彼は報告した。若菜の視線が、その背中に突き刺さった。だからというわけでもないだろうが、彼女はふらついた足取りで集団の片隅に紛れていった。千早を含めた何匹かの猫が、それを気にする様子を見せた。新城は素早く続けた。

「あと一時間もしないうちに確認できるでしょう。おそらく駆逐艦です」

 背後で悲鳴と鳴き声が聞こえた。兵どもの笑い声もだ。若菜の顔がますます歪む。どちらの理由だろう、新城はどこか呑気な気分で考えた。積み重なっていく厄介事から目をそらそうと、努力していた。そうすれば、雪のように溶けてなくならないものかと願いながら。

 当然、無理な話だ。北海道の冬の寒さの中で、視界に映るのは雪ばかりだった。溶けるのを待つ間、生きていられる自信はなかった。

「いかがなさいますか?」

 若菜からの返事はなかった。小さな呻き声とともに項垂れ、「どうしてこんなことに」と小さく呟いた。

 新城はむしろ感心した。この状況で、そのような贅沢の出来る余裕など自分のどこを探しても見つけられなかったからだ。大体からして、自業自得だ。どうして自分がこんなにも苦労していることを、他人はこうも容易くなせるのであろうか。

 それについて想いを馳せることは、大いなる誘惑だったが、新城には任務があった。指揮官が半ば、それを放棄したとなればなおさらだった。

 取りあえずの問題はなんだろう。自分の背後で猫どもに蹂躙されているものを無視すれば、それは明らかだった。

 我々は敗亡の最中にいる。

 新城はそれを食い止めねばならなかった。

 少なくとも、自分の目が届く範囲に置いては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




パイマンさんリスペクト


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2.ある秋の日の

アンチ・ヘイトではありません
陸軍としては当然の意見を述べているだけなのです ええ


 深海棲艦、及び艦娘の出現より二十数年。戦況は安定の様相を見せていた。本土は安全圏となり、魔海と化した日本海側を避け、太平洋へと乗り出し、資材も安定して得られるような環境も整ってきた。

 だが、オーストラリア方面への突破は不可能と判断せざるを得ない状況のなか、早期国交回復を目指し、アラスカ、またはハワイ島への打通作戦が海軍より発案、承認された。

 再建された海軍指導部が、初めて主導する作戦だ。大戦の焼き直しとの批判もあったが、だからこそ、隅々まで研究され、改善と修正を積み上げたこの作戦は、今の司令部に相応しいと思われた。

 事前の偵察でも問題は見つからず、大湊警備府へ全国から抽出された戦力が集結し、海軍の威信をかけた作戦は壮大に発動された。

 そして、盛大に躓いた。

 それまで陸軍提督の背中に護られながら、艦娘への愛に萌えていた若きひよこ共は、自慢の航空打撃艦隊を惜しげもなく投入し、深海棲艦側の敷いた潜水艦による哨戒網に引っかかって七転八倒。戦場で払う授業料がいかに高額かを、これでもかと思い知った。

 敵防衛線にすら辿り着けずに、陽動作戦も何もない。しかし、連合艦隊主力は呉に終結しており、自らの鎮守府からお出かけしているひよこ共は、編成を弄ることすらままならない。何とか装備変更によって、この哨戒網を突破しようと試みた。

 しかし、深海棲艦側はこれに対してゲリラ戦を敢行。昼間は海に沈み、夜戦を強要することで、航空戦力を無力化。限られた戦力と装備で、この“哨戒網”突破を義務付けられたひよこ共は、今度は備蓄していた資材までも惜しげもなく投入し、波状攻撃を仕掛けた。罵声を含むあらゆるものを吐き出して、何とか幌筵で再集結したが、もはや限界と言っていい。

 補給もさることながら、艦娘の疲弊も相当なものである。誰の脳裏にも、失敗、撤退の文字が浮かんでは消える。

 だが、海軍再建後、初めての大規模作戦である。主力が無傷で残っている状況では、そうそう諦められない。

 海軍指導部が迷う内にも、一部の提督は出撃を繰り返し、北方へ圧力をかけ続ける。もちろん、自らの艦隊と資材にそれ以上の圧力をかけながら。

 致命的だったのは、ある陸軍提督の指摘である。

 

「ゲリラ戦は有効だが、弱者の戦術」

 

 その弱者にいいようにされているのである。海軍の面目は丸潰れだった。

 結果、陸軍提督の指摘は本来の意味を喪失し、作戦は続行される。

 艦娘は希望だった。

 その美しさも、戦力も、心映えも。

 だが、無意味だった。

 深海棲艦は得意の圧倒的物量すら用いずに、彼女らの進撃を挫いて見せた。強力な砲も、頼もしい航空戦力も、深海棲艦の狡猾な戦術の前には無力だったのである。

 提督の士気低下は見苦しいほどだった。これまで、艦娘に任せておけば戦場で問題など無かった。見た目はともかく、彼女らは大戦の記憶を持った兵器なのだ。提督の仕事とは、艦隊のマネジメントと彼女らのケアであるはずだった。

 信頼を失った提督も、裏切った艦娘も、壊れた関係を再構築する暇もなく再出撃を命ぜられる。亀裂は拡がる一方だった。

 なぜなら、問題は提督側にあるからだ。

 潜水艦をオリョール周回か、囮程度の価値と認識していた提督らは、その運用や戦術すら知らなかった。海がいかに広く、索敵が困難であるか知らなかった。駆逐艦や軽巡はただ非力なのではなく、与えられた役割があると知らなかった。彼らは壊滅した海軍の次代を担う存在であり、だからこそ何も受け継いでいないのだと、指導部は知らなかったのだ。

 やがて、些細なヒューマンエラーから撃沈される艦も出始め、戦闘力を喪失した艦隊が撤退を開始。呉に主力を置いたまま、作戦は中止に追い込まれ、連合艦隊は解散した。

 ちなみに、その過程の中に、決断という要素は一欠片も存在しない。

 この後の戦争遂行に、重大な疑義が生まれた。

 だが、これまでの経緯は内部の新たな問題を明らかにしただけである。

 本当の問題は何も解決していない。

 海軍の主力が丸々残っているように、わざわざ誘引した深海棲艦の主力も無傷なのだ。艦娘も提督も帰るべき鎮守府が存在するが、脅威がなくなって現地解散した深海棲艦は、どこに帰るのか。

 海軍指導部の決定を知ったとある中将は、咥えた煙草を落として執務室で小火騒ぎを起こし、左の乳首も無くした。

 別の少将は珍しく満面に笑みを浮かべ、目撃した艦娘は色を無くした。

 言葉を無くした横須賀基地司令官は、再起動と共に救援の準備を全力で始めた。

 もう間に合わないと、彼らは知っていた。

 




ゲスト

汚っさん

変態

ムーミン


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3.厄介は一度に

 深海棲艦についてわかっていることは少ないが、理解しようという試みが疎かにされているわけではない。

 だが、オカルトの領域にあるものを解析するために必要なのは、科学的な考察ではなく、経験の蓄積に他ならない。

 経験上、彼女らは人間や艦娘を見れば襲いかかってくるものであり、海に出れば、探すまでもなく向こうから現れるものであった。

 艦隊として連携することはあれど、軍としては纏まりを欠くことがほとんどだ。

 故に、深海棲艦と戦うことしか知らない海軍指導部とひよこ共は、今回の作戦の失敗を、自分たちの未熟と練度不足に求め、技術的な部分には目を向けなかった。

 戦場に直接出るわけでもなく、深海棲艦個々の習性を見極めることが戦術と勘違いした彼らにとって、彼女らを効率的に撃破出来る火力を用意することこそが、最大の命題だった。

 何よりも、「帰れば、また来られる」と、信じて疑ってすらいなかったのだ。

 雪のちらつき始めた北海道で、不幸にも匪賊討伐に駆け回っていた新城は、軍の広報を読んでただ呆れてよいものか悩んでいた。

 陽動のために敵を集めるのは、基本だ。

 だが、集まったことを確認してから集結するのはどうなのだろう。

 迎撃して欲しいのはわかるし、事実そのように推移したのだから陸亀ごときが口を出すことでもないのかも知れないが、再編の時間を与えたのなら再度偵察はやり直すべきだろう。

 しかし、どうも最初から全力で出撃したらしい。

 拳で割れるのはガラスだからであって、陸だろうが海だろうが、準備をした防衛線というものはベトンを積み重ねて出来ている。

 しかも、偵察も対潜哨戒もまともに出来ない編成であるらしい。

 陸上でさえ隠れ潜む人間を見つけるのには苦労するのだ。それが海であれば並大抵の努力ではないだろうと思っていただけに、自分の常識を疑う羽目になった。

 それでも限られた戦力で敵哨戒網への接触を繰り返し、作戦目的を果たそうとする姿勢には、涙ぐましいものを感じたのだ。

 それが突然の作戦破棄と撤退、連合艦隊解散の報である。

 新城はしばらく自失し、しかるのちに罵倒し、匪賊討伐を中止し、部隊を集結させ、駐屯していた村民を伴って最寄りの港へ避難誘導した。

 作戦破棄の理由は、資材枯渇と艦娘の著しい疲弊とあった。

 北海道の海を管轄する大湊警備府が、戦闘力を喪失したのである。

 誘引した敵戦力を散々刺激しておいて、増援を呼ぶのではなく、まさかの全面撤退だ。

 北海道が地獄に変わるまで、そう時間が必要とは思えない。港に駐在していた艦娘を捕まえて、半ば脅しつけるように各方面へ連絡。独断で全ての漁船を徴発し、周辺に部下を放って住民へ避難勧告とともに、拉致同然の方法で集結させ、とにかく南へ。

 艦娘は漁船の護衛にまわし、誰も居なくなった港町を、新城は焼いた。

 そのままにしても、どうせ深海棲艦の腹に収まるだけだ。

 躊躇いなど欠片もなかった。

 逃げ出した住民の安全は確保した。しかし、北海道司令部は混乱の極みにあり、深海棲艦の上陸を可能ならば阻止し、不可能ならば遅滞戦闘を試みつつ、合流せよといってきた。

 冗談ではない。

 匪賊討伐のために出てきたのだ。彼女らに有効な兵器は己の肉体と、捜索補助で連れてきた三匹の猫のみである。

 猫、と呼んでいるが実際は虎の類だ。しかも、絶滅したサーベルタイガーに酷似した外見。性質は犬に近く、敵に対しては獰猛。味方には慈愛に溢れた種族である。

 彼らは軍が認めた、深海棲艦と戦う為の装備である。

 深海棲艦というのは、とにかく投射武器というものが効きにくい。有効な順に、投石、弓矢、弩、前装式、後装式、その他である。

 後装式になると、もはや深海棲艦を殺す役には立たない。が、戦争初期において警察の所持するニューナンブとショットガンが、一定の戦果を上げている。

 投石や弓矢は人間と同様に有効だが、訓練に時間がかかる。そこで対深海棲艦装備として採用されたのが前装式小銃な訳だが、これも頼もしいとはとてもいえない。工夫が必要だった。

 具体的には、不可避である砲を抱えた不思議生命体との殴り合いをどうするかだ。

 その回答例の一つが動物の利用であり、剣牙虎なのだが、実をいって彼らは実験室で再現された人工生物では無い。深海棲艦の出現で地球の生態系は激変したが、その激変した一部が彼らである。

 説明出来る人間が一人もいないので事実だけ述べると、海でアノマロカリスが釣れたり、ヨコッシーが重要な観光資源になるような現象のことだ。彼らと人類との接触は艦娘よりもよほど穏便に進んだが、中でも剣牙虎は特に友好的な出会いであった。

 深海棲艦によって文明を破壊され、山間部に逃げ込んだ一部の人類が、彼らに保護される形で共生し、友情を育んだのだ。新城もその一人であり、幼少期に一匹の猫の世話になった。個人的飼い猫でもある千早は、彼女の娘である。

 彼らを戦争に巻き込むことについて意見がないでもなかったが、文句どころか概ね好評であるらしく、実に頼もしい戦力として犬よりも活躍している。

 しかし、このような貧乏籤とも呼べない状況は彼女も本意ではないだろう。新城とてそうだ。

 とにかく、陸上におびき寄せるしかない。新城はそう結論した。食糧はともかく、資材の補給は出来ないはずだ。であれば、脅威の度合いは猫よりも劣る。

 幸いといっていいのか、軍の演習場がある。装備の入手は可能だろう。上手く行けば、味方との合流も。

 もっと詳細な地図はないかと、新城が机をひっくり返し始めたとき、控えめなノックの音が聞こえた。

 新城は取りあえず姿勢を正すと、返事をする。

「どうぞ」

「失礼します、中尉殿。あの、駐在官殿が帰還の報告にいらっしゃったのですが・・・・・・」

 新城は首を傾げ、傍らで千早が欠伸した。

 




もしかして勘違い成されている方もおられるかもしれませんが イベントではなく新サーバー開設の方をトレースしているつもり  です
あと サーベルタイガーには酷似してません ごめんなさい


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4.ままならない終わり際

 海軍よりその知らせがもたらされたとき、陸軍を主とする統合幕僚本部の反応は、激烈で混乱に満ちていた。

 作戦開始当初、アリューシャンへの陽動はあまり上手くいっていないのではないかといわれていた。本来、非常に攻撃的な深海棲艦が、迎撃でもなく、防衛を基本方針とすることなど希だからだ。

 深海棲艦支配地域への偵察は、当然ながら大きな危険を伴うため、限定的なものにならざるを得ない。戦力が移動していることは確認出来たが、その行方までは推測するしかない。

 軍としての体裁は整えてはいるものの、戦力の集中は限定的。

 そう評価されたのだ。

 であるならば、小部隊での接触を繰り返すやり方は、作戦目的にも適う。この時点では、苦労しているようだがよくやっている、と楽観視していたのだ。

 しかし、連合艦隊は解散されてしまった。本部が気付いたときには、既に艦隊を構成する艦娘たちは帰還の途についていた。

 海軍指導部は本部からの過激な問い合わせに困惑。そもそも深海棲艦にこちらの意図を空かされただけで、大湊警備府単独での迎撃は既定のことだった。

 北方海域への攻め気を見せることで軍の編成を誘導。大湊で持久して、集結した連合艦隊で包囲殲滅。アリューシャン列島への橋頭堡を確保するのが本来の作戦だ。

 その後は単冠湾まで後退しながら敵を拘束し、ミッドウェーを奪還。出来るなら挟撃して、太平洋での優位を確定することも視野に入れていた。

 そのための準備は万端であり、最悪、摩耗すると思われていた大湊所属艦隊は予備として健在だ。むしろ消耗した各地の艦隊の回復を急がねば、国防に深刻な問題が生じる恐れがあった。

 まともな軍を相手にしているのなら、苦渋の決断だといえただろう。

 だが違うのだ。深海棲艦というのは、軍としての纏まりを欠く。つまり統制が緩いということだが、この統制を保つために必要なものが三つある。

 一つは士気。兵士であるという自覚や自信、国家や指揮官への信頼など、訓練や教育によって維持されるものだ。深海棲艦は、人類へ生まれながらに深い恨みを持っているため、過剰なほどである。

 次に規律。指揮官の権威を確立し、兵士に命令を守らせる為のものだ。厳格に運用されねば、生命の危機を前後にして、集団は集団たり得ない。深海棲艦は恨みを抜きにすれば、疑いすら持たない素直な性質であるらしく、発想として上位者と認めた相手に逆らうということをしない。

 最後に補給。兵站の中でも、これが成されない軍は一部例外を除いて統制を維持できない。腹を空かせ、銃や弾薬を失った人間が、戦う兵士として活動出来るわけがない、はずだ。深海棲艦の補給は、艦娘と違い、全てを食事で賄っている。これが問題だ。

 そもそも深海棲艦に兵站などない。曲がりなりにも軍艦を運用するのに、軍のみで構成された組織で維持できるものか。しかも総力戦という狂気の時代から蘇っているのだ。なのに奴ら、狩猟採集生活をしている。

 恨みつらみなど関係ない。人類社会が標的になるはずである。

 軍として行動してくれるのならば、手強くとも、例え敗北しようとも、被害は軍が負う。だが、彼女らがひとたび捕食者として行動を始めれば、敗北はなくとも国は滅ぶのだ。

 だが、既にそういった危機からは遠のいて久しい。日本国土が攻撃目標としてはともかく、餌場としては不適格であると、円匙を叩き込んで教育したからだ。

 だから理解出来ない。本物の物量が支配する、全く統制のない生存競争のおぞましさを。

 軍事行動というのは、兵士が寝ていても資材を消耗する。腹が減るのだ。しかも時期が悪い。サンマが南下してくるのだ。かてて加えて、移動した戦力の行方も不明。

 陸軍の、統合幕僚本部の結論は、深海棲艦の上陸を阻止出来ないというもの。重要な食糧生産拠点である北海道は食い荒らされる。さらに、今年のサンマ漁は諦めねばなるまい。食糧危機だ。

 海軍は一笑に付した。少なくとも陸軍はそう感じた。特に大湊警備府司令官の守原英康大将は屈辱に顔を歪めながら、必ずや水際で阻止して見せると請け負った。第一から第四までの全戦力を披露して、何を恐れるものかと豪語した。

 いいから駆逐艦を連れて行けという陸軍の懇願も何するものぞ、遠征任務の延長でしかない迎撃に全力出撃。それは見事な阻止線を構築し、腹が減って水上航行もままならない深海棲艦の海底移動を察知できず、あっさりと上陸を許す。

 オホーツク海沿岸部では避難が間に合い、戦艦でも駆除できた。幾つかの漁港など事前に焼き払われていたらしく、動けない相手にトド撃ちだった。

 しかし、太平洋沿岸部では住民が避難し切れずに、航空機さえ使えなかった。活躍したのは、各市町村に駐在する艦娘たちだ。

 深海棲艦の物量に対抗するため、統合幕僚本部では建造の実施を推奨している。しかし、提督が維持管理出来る艦娘には限りがあるし、建造は妖精さんですら完全に操作出来ない、運試しである。同じ艦隊にアイドルが複数いるのは、ショービジネスとしてはともかく、軍事的には無駄極まりない。

 だからといって、解体処分というのも躊躇われるどころの話ではない。

 紆余曲折あって現在では、艤装の建造が終わって艦名が判明した時点で建造を一時中止。他艦の改修材料へ流用するなどしている。

 だが、それ以前は解体の名目で本部が引き取り、資材と交換していた。引き取った艦娘は全国に派遣され、漁船の護衛や市街の防衛など、何よりも国民への融和政策の一環として、日々様々な活動をしている。アイドルに限らずだ。

 彼女らは自らの提督に不要と切り捨てられた。だが、必要とされる場所はあった。受け入れられたわけではなかった。その時がきた。

 提督に必要とされた艦娘が指をくわえて見ているなか、彼女らは完全に任務を果たした。

 完全に。

 

 




101匹那珂ちゃんとか
陸軍としては活用法を模索したいところ
そんなわけで那珂ちゃん(強制)初音ミク リスペクト


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5.犠牲を糧に

今さらだが

読 み に く い な

でも変えない


 帰ってきたといわれても、新城にはなんのことだか理解出来なかった。だが、自身も理解していないような顔をしている下士官の後ろから、こちらを覗いている影を見て、理解せざるを得なかった。

 反射的に出てきそうになった怒声を噛み殺し、新城は立ち上がる。

 入室したその艦娘は、おどおどとした態度とは裏腹に、見事な敬礼をして見せた。

「枝幸駐在艦娘、吹雪です。皆さんの撤退支援のため、避難誘導任務より帰還しました。あの、街があんなになっちゃってるんですけど、もう深海棲艦が来たんですか?」

 敬礼を解くなり、尋ねてくる彼女に、海軍には海軍のやり方があるのだと、いい聞かせる。

「市民の避難は完了したのか?」

 新城の質問に少し怯えた様子を見せて、吹雪は答えた。

「はい、釧路まで」

 新城は天井を仰ぐ。それでは意味がない。

 陸にいると分かりにくいが、常に、休みなく、あらゆる場所が、深海棲艦の侵攻に晒されている。彼女らを外海に押し返し、複数の艦隊を常時遠征任務に貼り付けることで、何とか本土は平和を保っているのだ。それがこの二日、北方海域は空になっている。外からの圧力に負けて撤退したからだ。

 猶予は一日あるか、ないか。その間に、せめて北海道から脱出しなければ、いや、日本海側に誘導すべきだったか。新城の中で、後悔と怒りが湧き上がる。

「君は避難要領を知らないのか?」

 吹雪はキョトンと首を傾げた。

「君は軍から教育を受けたことがあるか?」

「・・・・・・任務の説明は受けました」

 なけなしの自制心が、爆発する感情を押しとどめた。

「釧路から、避難民は脱出したか?」

 吹雪はもう、怯えを隠していない。

「いいえ、海上は危険だからって、あの、私たちはもう必要ないから好きにしろっていわれて、だから」

 耐えることは出来なかった。奇妙に浮いて見える離れた眉が大きく弧を描き、ごつい顔の造りに不似合いな三白眼が、金壺の奥で昏い光を放つようだった。無目的に大きな鼻と口にしわが寄り、嗤っているようにも見える。部屋中に耐え難い殺気が充満した。千早が悲しげに身を捩って、新城から逃げる。運の悪い下士官と吹雪には無理だった。

「・・・・・・安全と確認出来るまで、全力で支援せよと命じたはずだが?」

「だって、釧路は大湊から艦隊が来るから、安全だって、駆逐艦の出番はないから、大人しくしてろって、でも、皆さん武器もなくて、私、お役に、立ちたかったんです」

 吹雪は泣いていた。新城は一切の感情を見せない顔で教えた。

「安全とは、深海棲艦が襲撃してこないと確認された場所のことだ。釧路は襲撃されない場所か?」

「海上で迎撃するそうですぅ」

 新城は居心地の悪そうな下士官に顔を向けた。下士官はもの凄く言いにくそうに報告した。

「あー、駐在官殿が前装式小銃を小隊分、運んでこられました。弾薬もいっしょです」

 吹雪の泣き声が響いていた。千早が非難の唸り声をあげる。新城はしばらく黙った。

「ありがとう。吹雪駐在官。少なくとも、我々は助かった」

 新城はやっと敬礼した。投げやりでも、いい加減にはしなかった。

「ごめんなさーいぃ」

「伍長。彼女を休ませてくれ。僕は小隊を呼び戻す」

「取りあえず、荷物は開けて使えるようにしとりますんで」

 伍長は姪っ子を相手にするような様子で退室していった。ついでに、千早が新城を叱るように睨んで付いていく。

 新城は一人残された。

 

                     §

 

 深海棲艦の上陸が確認されたのは、小隊が全員戻った後、未明のことだった。未だに火を吹き続ける港で右往左往している姿を見届けると、新城は任務が達成されたものとして撤退を開始した。

 海でならともかく、陸上で狩猟採集生活を続けられるほど、彼女らも器用ではない。

 稚内から避難民を連れて撤退してきた部隊と合流し、旭川でようやく自分の大隊に戻った新城は、吹雪の面倒を押しつけられた。

 ちなみに、日本海側の駐在艦娘は、一部市街地防衛のために残ったらしい。新城は気にしなかったが、彼女らは統合幕僚本部直轄であり、駐屯する軍と行動するようには命令されていなかった。市民が陸路で避難する以上、漁船警護の名目で町を離れることも出来ない。

 可能な限り迎撃せよと言われた彼女らは、それが不可能になるまで任務を続けるのだろう。既に、本州との連絡は途絶えていた。

 説得に応じた艦娘は少ない。というよりも、彼女らも自分たちがやり切れるとは思っていなかったのだろう。貴重な重巡など、強力な艦娘ばかりが同行している。人混みから離れ、通夜よりも酷い雰囲気で蹲っている。

 彼女らは託されたのだ。きっと、避難民だけでなく、軍すらも護ろうとしているのだろう。そんな有様でも、彼女らは常に海側を意識している。

 ついでとばかりに彼女らの世話まで押しつけられた新城は、何食わぬ顔を装って近づいていく。

「残った艦娘と連絡は取れるか?」

「あぁ?」

 もう艦娘が軍人であるとは思わないことにした新城に、動揺はない。この頭からアンテナの生えた女子高校生は何といったか。スカートの短さは置くとしても、セーラーの下にシャツ位は着てもよいのではないか。

「君たちは深海棲艦の影響下でも通信が可能と聞く。残留した艦娘と連絡は取れるか」

「そんなもん、今さらどうしようってんだっ!」

 注目が集まるのがわかった。新城はだから何だという気分だった。

「出来るなら、すぐさま呼び寄せるべきだ。無駄に死ぬべきではない」

 最初から剣呑だった艦娘の態度が、噛みつかんばかりになる。

「無駄だと?」

 確か摩耶だ。艦娘の名前を思い出せて気分がよくなった。千早に比べれば、子犬が唸っているようなものだ。重巡とて、恐ろしくもない。

「ああ、無駄だ。奴らに餌を与え、燃料、弾薬まで呉れてやる。むしろ、害悪といっていい」

「あいつらはっ!」

「彼女らが、どういうつもりであったかは関係ない。行動には結果が伴う。その責任は取らねばならない」

 悲鳴といってよいほどの怒声すら、新城は無視した。彼女らは彼の監督下にある。手加減をする理由はなかった。

「腹を満たし、燃料と弾薬を補給した深海棲艦が、今この北海道に上陸している。その意味がわからないはずがない」

 やはり可愛いものだ。押さえ切れぬ興奮で、大きな目から涙が零れようとしている。自分はよっぽどの外道に見えているのだろう。軍人とはそんなものだ。陸軍に所属したことに、思うことがないでもなかったが、艦娘を見ていると軍人でよかったとすら思う。

「連絡は出来るか?」

 重巡摩耶は、唇を噛んで俯く。結論など、わかりきっていた。新城は無言で待った。摩耶も答えない。それが答えだ。

 だが、容赦はしない。

「・・・・・・さっき、最期の通信があった。数え切れない位、イ級が来て、もう護りきれないって、ごめんなさいって」

 摩耶が根負けした。それは仲間の、その死の、献身の、存在を否定したということだった。それでも涙を堪えているのは評価に値した。新城は言った。

「報告は正確にしろ」

 摩耶の顔が上がった。真っ直ぐに新城の目を貫く。彼女は背筋を伸ばし、大声で怒鳴る。

「稚内駐在艦隊は通信途絶!! 残留した艦娘は全滅の模様!! 敵は無数の駆逐艦イ級!! 敵戦力の総数及び構成は不明!! 稚内は落ちた!! これでいいかっ!!」

 どうやら真面目にやっているらしい。その目に憎しみはあったが、誠実だった。彼女らを戦場に放り出した間抜けは、気が狂っているに違いない。自分もそう変わりはないと思い、新城は一つ頷く。

「では、飯を食え。向こうに用意してある。兵に言えば、渡してくれるだろう」

「こんな時に飯かよっ!」

「戦争だ。むしろ、腹が膨れねば始まらない。さ、急げ。彼女らを食っている間は、奴らの進軍も止まるだろう。僅かではあるが」

「お前ぇっ!!」

「もうやめよ。摩耶ちゃん」

 別の方向を警戒していた艦娘が近寄って、摩耶の肩をそっと押さえる。左目の色が違う、というよりも、仄かに光っているようだ。

「味わっている暇はないぞ。君も、全員で食事だ。陸での警戒は、我々の方が得手だ」

「ありがとうございます。みんなを呼んできますね。ね、行こ?」

 彼女は古鷹だったか。穏やかな性質らしいが、新城に嫌悪感すら見せなかった。笑顔で頭を下げ、摩耶の手を引く。一瞬、新城が後ろに組んで隠している手に視線を向けた。摩耶は古鷹の手を振りほどき、新城を睨みつける。

「あいつらは絶対に無駄死になんかじゃない」

「それを、彼女たちは証明出来ない」

 摩耶は何か言おうとして出来ず、全てを振り切るように踵を返した。離れた場所で、目を擦っている。古鷹が寄り添っていた。

「何とも、まあ。これで、尻に火が付いてくれればいいんですがね」

 新城の傍らに、中隊最先任下士官の猪口が立った。新城は顔も向けない。彼とは古い知り合いだった。

「覗きは感心しないな」

「申し訳ありません。しかし、任せて頂いてもよかったのでは?」

 猪口の言いたいことはわかった。だが、難しい。

「あれで士官待遇だ」

 猪口はむしろ楽しそうだ。

「厄介ですな。中尉殿にはご同情申し上げます」

 新城は、顔も向けなかった。

 

 

 

 



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6.鉄屑の勝利

 最初の襲撃から六時間。稚内から釧路に至る、オホーツク海、太平洋沿岸地域が深海棲艦の上陸を許した。加えて、北海道の日本海側と東北の一部地域が少数の深海棲艦に襲撃され、若干の被害を受ける。

 特に釧路は海路を利用して避難した市民が集中し、海軍の防衛方針と陸軍が策定していた避難要領との乖離もあって、被害が拡大した。

 深海棲艦の襲撃が予想される場合、どのように避難するかについては、有り体に言って津波と似た対処になる。とにかく内陸に向かうなど、襲撃が予想される地点から、全力で脱出することが求められていた。津波よりは時間的余裕があり、軍によって防衛する余地があるため、海路が選択されることも多いのが大きな違いだ。

 残念なことに内陸部では、反政府組織や山賊なども潜伏しているため、逃げた先が安全とは限らないのだ。

 今回は北海道全域が危険と判断されたため、オホーツク海、太平洋の両沿岸地域の住民は、海路で本州に向かうべく、海軍の支援を待っていた。艦娘の護衛はもちろん、彼女らが曳航することで、大量の避難民を脱出させられるはずだった。

 しかし、派遣されてきたのは、護衛の駆逐艦ではなく、迎撃のための戦闘部隊だった。彼女らは避難の支援ではなく国土防衛を任務としており、現場は混乱の極みに達する。直前までの段取り全てが無駄になったからだ。

 釧路に集結した統合幕僚本部直轄の駐在艦は、二百三十七名。曳航に問題はないが、護衛には足りない。

 せめて、軽空母なりともいれば話は違ったかもしれないが、駐在艦のなかにはいなかった。

 陸路に切り替えようにも、唯一使える道は道東道路のみ。

 平和になったと言えど、復興が終わった訳ではない。北海道はむしろ、農業インフラと海上輸送路を優先したため、各都市を結ぶ道路は整備さえも後回しにされている。

 アスファルトの不足もある。燃料は発電や軍が優先される事情もある。軍でさえ、保有する車両は激減しているのだ。艦船に次いで、自動車は深海棲艦の大好物である。

 当然、鉄道も使えない。

 派遣された艦娘は、避難を支援してくれない。

 統合幕僚本部に問い合わせても、有効な手段など湧いてこない。

 八方塞がりで迷ううちに、有線を除く、全ての通信が不可能になった。

 青函トンネルは崩落している。海底ケーブルなど、設置出来るはずもない。

 本土への通信手段は失われた。例外は艦娘の艤装に付属する無線だけだが、同じ提督の指揮下にある艦娘以外では、あまり遠くへは届かない。使えないのと同じだった。

 そして、通信の妨害が意味するところは明らかだ。深海棲艦が迫っている。こうなれば四の五の言う暇もなく、陸路を選ぶ他はない。二万人を越える人々が、ほとんど徒歩での移動を開始する。

 根室に残った観測班が深海棲艦の上陸を確認した時、市街地には半数以上の市民が残っていた。周辺の陸軍は誘導のための少数を除き、大部分が大楽毛周辺に展開。阿寒川からの遡上を阻止するため、準備を始める。新釧路川、釧路川の河口は、艦娘が担当した。

 同時に、阿寒川、仁々志別川を、艦娘が曳く喫水の浅いゴムボートなどに老人、子供などを乗せて運搬していく。その他の避難民たちは道路を避け、畦道同然の農道を行くことになった。混雑を抑制し、分散することで、被害を軽減するためだ。

 艤装に火を入れた深海棲艦は、道路上で時速六〇㎞もの速度を誇る。泥濘と化した田畑は、足止めにもなるだろう。

 絶望的な逃避行だった。陸軍と海軍のすれ違いがなければ、既にほとんどの市民が安全な海上に脱出できていたはずだ。海軍が護衛を用意しないと知っていれば、曳航に必要な艦娘だけで順次出航させる決断も出来たはずだ。

 全てはもしもの話で、避難民の最後尾が未だに港で座り込んでいる状況で、彼女らはやって来た。警戒を遥か海上の迎撃艦隊に任せ、全力で避難支援をしていた艦娘が、振りまいていた笑顔を凍らせる。そして、ボートに乗せようと抱えていた老人を陸に放り投げた。

「何を!」

「走って!! 速く逃げて!! みんな、来、た、よーっ!!」

 その報告に反応出来たのは艦娘だけだ。曳航を中止し、続々と集結していく。駆逐艦が多い。今すぐ逃げ出すべき、幼い少女たちの集団。

 視線の先では、僅かながらでも囮になればよいと、ゆっくり沖合いに向かう大型貨物船。それが、

「航跡見ゆ!! 正面!! 数は・・・・・・!!」

 海面に浮かぶ建築物。見上げるようなそれを呑み込む水柱。一本、二本、三本で横転。十隻以上、視界いっぱいで起こる現実離れした光景。火を噴き、折れ曲がり、沈んでいく巨大な船。

「防御射撃ぃーっ!!」

 それで終わらない。可愛らしい甲高い声と、腹に響く奇妙に軽い炸裂音。波間に見える白い線が、真っすぐにこちらに近づいて、その合間に吹き上がる小さな水柱。それらは埠頭に突っ込んで、爆発する。

 悲鳴と足音が、起きた。軋みをあげて沈む船の断末魔が、それを圧する。誘導のため歩哨に立っていた陸軍が、人ごみをかき分けて集結しようとする。

「敵艦、真下だ!! 爆雷急げ!!」

「持ってないしぃーっ!!」

「じゃあ、魚雷投げろ!!」

「ここじゃ浅すぎます!! 爆雷待って!! 近接射撃戦用意!!」

「まだ人がいるのに撃っちゃっていいの!?」

「殴り合いだぁー!!」

 言いつつ、雷撃で抉られた部分を守るべく、水上を走る。水面から浮かび上がる真っ黒な頭に、射撃が集中。油と鉄片をまき散らす。

「河口周辺を制圧射撃!! 遡上だけはさせないで!!」

 砂に足を取られながら、よたよたと上陸していく深海棲艦。鯨に似たシルエットの、薄汚れた艤装。気味が悪いほど真っ白な肌。青く光を放つ目。駆逐艦イ級。山ほどという言葉が、これ程ふさわしい状況もない。砲撃を受けては崩れ、裾野を広げ、やがて走り出す。

「陸は陸軍さんに任せろ!! 橋が落ちる!! 河口入り口に扇展開!! いいか!? 逃げられた人たちを守るぞ!!」

「上流から友軍、戻ってきます!!」

「橋のあった位置を間接射撃させろ!! 絶対に通すな!!」

「誰か、陸軍さんの所まで!! 重巡じゃ威力が高すぎる!! 海上から支援します!!」

「あたしが行くわ!」

 港では既に食われている人が居る。必死に目をそらして、出来ることを、出来るだけ。

「迎撃艦隊は何をしてるの!? 航空支援は!?」

「住民を巻き込んじゃいます!! 許可が、許可が出ません!!」

「だったら沖で、削らせろよ!!」

「海底を移動しているのよ!! 魚雷も爆撃も届かない!!」

「はーい! 爆雷持ってる娘はこっちー! 沖に行っくよー!!」

 誰も命令を待たない。命令してくれる提督や上官を得たことなどないからだ。あの頃の経験と、生まれ持った性質だけを頼りに、使命を果たしてきたからだ。

「ダメ!! 近すぎて撃てない!!」

「対空装備持ってるやつ!! 何とか迂回して陸軍さんと合流しろ!! 弾幕張んの手伝ってやれ!!」

「無理・・・・・・!! 無理です!! 数が・・・・・・!! 数が!!」

「波打ち際を狙え!! とにかく数を減らすんだ!! 軽巡を先頭に突破する!! 重巡の三連射のあと、突撃!! 陣形、鋒矢!!」

「何それ?」

「知らない」

「面倒くっせーっ!!」

 砂糖菓子に群がる蟻か、フナムシの大移動か。対処出来ているとも、守り切れているとも言えない、完全な負け戦。それでも、まだ、最悪ではなかった。

「っ!! 敵駆逐艦からの反撃を確認!! 市街地から砲撃音も!! ヤバいよっ!!」

「貨物船食い尽くされます!! 敵艦こちらを指向!!」

「沖合いから魚雷!! 味方です!!」

「後ろは気にすんな!! 前だけ見ろ!! 突撃開始!!」

 深海棲艦に集られて真っ黒になっていた貨物船の残骸に、再び魚雷が突き刺さる。吹き飛ばされ、攻撃機会を失う深海棲艦。水上航行を始めた彼女らが、沖合いに向かい始める。黒い波となって。

「お願い!! 支援を!! 支援を寄越して!! もう無理!! 支えられない!!」

「市街地を瓦礫に変えれば足止めに!! お願い、戦艦の艦砲射撃を!!」

「深海棲艦の一部が市街地を突破!! 止められません!!」

「四の五の言わないで、早く!! 人が、人が食べられているのよ!?」

 避難要領は陸軍が策定した。だから、これは陸軍の作戦であって、海軍には関係ない。例え、その内容が海軍の支援を前提としていても。今現在、この場で展開する地獄は、上層部にとって、既に終わったことだった。

「砲が使えなきゃ、砂でも投げろ!! ここを通しちまったら、後がない!! 死ぬまで戦え!!」

「いっやー、人気者過ぎてダンスもキレッキレッだね! もう観客の視線を釘付けなんだから!!」

「弾薬射耗!! もはやこれまでです!! 生き残ったみなさんは集結!! 全艦、突撃開始!!」

 だが、彼女らこそ誰の意図も関係ない。生まれた意味があるのだ。託された願いがある。あの頃に比べれば、撃てる弾があって、燃料が補給され、浮き砲台にだってされていない。もう、愛してくれた乗組員はいないけど、彼らの残したものが、守ろうとしたものは残っていて、命をかける意味も、戦う意義だって、目の当たりにしたのだ。

「俺が最強だ!!」

「センターは譲らないよ!!」

「もう、置き去りになんかしません!!」

 墓はもうある。ならば、何を恐れることがあるだろう。

 何度だって沈めて見せるがいい。

 いつだって戦い抜いてみせる。

 釧路での死者、行方不明者は併せて六千三百二十七人。本格的な深海棲艦の侵攻を許した事例で、史上二番目に被害が小さかった。海岸線から遅滞戦闘を完遂し、半数以上の犠牲を出しても戦い抜いた陸軍はその戦意と功績を大いに称えられた。

 なお、各都市駐在艦娘は、戦闘開始からかなり早い段階で全滅したものと思われ、その献身は認められども、戦闘全体に寄与した役割は限定的なものに留まるとされた。

 北海道を巡る戦いはまだ、始まったばかりである。

 




だ~れだ


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7.敗北の運命

誰もやらないからやった
反省しきりの後悔ばかり



でもやめない
せめて麾下の艦娘が悉く深海化せんばかりに

この薄ら莫迦共が

させるまでは


 深海棲艦にはいくつもの謎がある。何故通常兵器が通用しないのか。通用する兵器との違いは何か。そもそも生物なのか。どのように殖えるのか。雄は存在するのか。何故人類に恨みをぶつけるのか。目的や戦略があるのか。

 わからないならばわからないなりに、知恵と工夫で何とかしてきたのが人類だ。

 壊滅する直前の海軍は、鈍重なイージス艦からジェットスキーに乗り換えて、銛と体当たりと運転技術を武器にして戦っていた。場合によっては救命艇に分乗し、オールを叩きつけて対抗していたのだ。

 陸軍ならば利用すべき要素はさらに豊富だ。撃たれないため、狙われないため、そも見つからないため、苦労はしても、何も出来ないわけではない。

 だが、いくら知恵を絞り、工夫を凝らしてもどうにもならないものがある。彼女らが、大砲を抱えた艦船であると言うことだ。地上で運用するには面倒極まりない巨砲を、彼女らはいとも容易く運用する。そして海の上も、陸上も埋め尽くし、走り回るのだ。悪夢と言う他ない。

 例えば、一般的な主力戦車と、駆逐艦を比較するといい。彼女らの持つ砲の口径がおよそ一二・七㎝程。対して、戦車の主砲は一二〇㎜。陸と海では、基準となる単位から違うのだ。いささか特殊過ぎることを別にすれば、そもそも彼女らに対抗出来る手段など限られていることが分かる。彼女らを前にすれば、おおよその人工物は無事では済まないだろう。

 それでも人類は戦ってきたし、日本人は日本国民であり続けてきた。艦娘の手を借りれど、一時期の平和すら実現したのだ。

 それでもどうにもならない。深海棲艦が、文明の破壊者だからだ。

 よくよく考えて欲しい。

 戦車はもちろん、要塞すら意味喪失するほどの火力を発揮する集団に対して、銛やオールが何故対抗手段になるのか。妄想と嗤われようと、巨大ロボットでも開発してみせる方が、前装式の小銃を抱えて突撃するよりも、余程現実的ではないのか。相手はかつての戦略兵器なのだ。

 では何故か。本当に謎である。悪意すら感じる事実ではある。だが間違いようのない現実として、彼女らの砲は生物に対して、効果が限定的なものに留まるのだ。

 不公平なことに、全く効かないわけではない。直撃すれば関取に体当たりを食らう程度には危険だ。もはや事故ではあるが、砲撃を受けた被害ではないし、一撃で死傷する事例も少ない。しかも、この程度で済むのは純粋に人体のみで、衣服や装備は目も当てられない様になる。更に、人体への威力というのは、ある程度強弱がつけられるらしいことが、とあるセクハラ提督の研究で明らかになっている。

 全くもって恐ろしい。

 見苦しいという意味ではない。人間が、その積み重ねた技術や文明を捨てて直接対峙する以外に、対抗策がない点が、震えるほど恐ろしいのだ。

 深海棲艦には謎が多い。深海から発生していることしかわかっていない。数は限りないほどだが、総数は推測すら難しい。

 このまま彼女らとの戦争が継続し、外国との交流もなく、全ての軍事技術が陳腐化した状態で、戦国時代よろしく抵抗し、人類を存続させたとしよう。

 その時、人類は文明を維持出来ているのだろうか。

 もしも、戦って戦って死力を振り絞った果ての果てに、滅びることも出来ないのだとしたら。

 人類は、彼女らに食糧生産を担う家畜として、飼われているだけなのかも知れない。

 

 

                     §

 

 

 新城は四国の生まれである。どこの街の生まれなのか、年齢でさえ正確ではない。なおえという名前だけが、彼が唯一自分のものと認識する全てである。

 運のよいことに権力者に拾われ、不自由ない暮らしを与えられた。新城という姓も与えられ、一家を持つに至った。愛情とも無縁であったとは思わない。感謝すべきであろうことは、新城もわかっている。実際、義父と義兄に抱く気持ちはまさにそれであるといえる。慕ってもいる。

 それでも、自分という人間を考えるとき、環境が人を作るということを思わずにはいられない。周囲からの影響、その一切から自由であるなどと思い込めるほど、傲慢になれないからだ。後は、生まれついた気質であろう。

 つまり、彼は誰を恨むことも許されていないのだった。何よりも自分自身が、それを許せそうになかった。彼にも信ずるべき何かがあるということだ。それは良心の発露であり、彼の長所であった。だからこそ、彼は苦しんだ。

 新城は艦娘の管理を、大隊長より達せられた。本来、統合幕僚本部直轄である彼女らを指揮する権限は、北海道に駐屯する誰の手にもない。故に管理なのだが、飯を食わせて寝床を確保する以外に何をすればよいのか、見当もつかなかった。強力な兵器であるだけでなく、年頃の娘である彼女らにどう接すればよいのか。

 もしも義父に連絡が取れて相談してみた所で、直ちに解決出来るとは思えなかった。いや、この場合は義兄がよいだろうか。義姉では自分が叱られるだけだろう。女性というのはとかく厄介で、謎に満ちている。

 なるほど、だから負けているのか。

 唐突な理解だったが、的外れとも思えなかった。世界の真実を発見したかのようだ。気分がよくなった。だから、新城は再び現実と相対することにした。最早、無視し続けることが難しくなっていた。

「資材を寄越せ。あたしたちは前線に行く」

 何を言っているのだろうか。理解を拒む脳味噌を、新城は何とか働かせた。彼女らには、待機の命が達せられているはずである。

「君らには、既に待機せよという命令が下っているはずだ」

 確認は大事な作業だ。日本の軍人は、自衛隊と呼ばれていた頃から、確認こそが最も重要であると叩き込まれている。確認し、念を押さなければ。それは一種の強迫観念であった。新城も例外ではない。

「だから何だ。あたしらは兵器だ。こんな所でお飾りになっているなんて耐えられないんだよ!」

「兵には注意しておこう。それと、防寒具の配布も優先させる」

 彼女の衣装を観察しながら、新城は言った。彼女は怯む。しかし、視線に感情どころか一切の熱さえも込められていないことに気づき、顔を赤らめる。面倒臭い。率直に、新城はそう結論した。

「そういうことを言ってんじゃねぇ!!」

 これがかつて、大戦を戦った軍艦のなれの果てか。新城という人間にしては珍しく、彼女自身を責める気持ちは生まれなかった。娑婆に出てきたその瞬間から兵士であることなど、期待する方が間違っているのだ。

「苦労をかけるが、宛がわれた宿舎からなるべく出ないように。君たちはどうも、魅力的に過ぎる」

「話をすり替えんなよっ!」

 まあ、可愛いといえるのではないか。真っ赤になって怒鳴っているいる重巡摩耶を、溝川でも覗き込んでいるような目で眺めながら、そんな感想を持つ。莫迦莫迦しかった。際限なく。

「駐在官、」

「摩耶だ!」

「摩耶駐在官。君たちには待機の命が既に達せられている。僕にはそれを無視して君たちに便宜を図る、いかなる理由も存在しない」

「理由なんか、深海棲艦に上陸されてるってだけで十分だ!」

「それは君の意見に過ぎない」

 帰ってくれないかな。恐らく初めて、新城は軍人であることが苦痛だった。彼がいるプレハブの建物は、臨時に将校が職務を行う、事務所のようなものだった。同僚が彼と同じように書類を片付けていたはずだが、摩耶が姿を見せるなり、一人、また一人と姿を消していた。北海道は既に冬に突入している。雪はまだだが、外が快適とだと思う人間は少数だろう。

 好意を持たれていないことも、期待したこともないが、流石にこれはと、思わないではない。

 扉が開いた。別に出入り自由というわけではないのだがな。一応は軍の様々な書類を扱う場所である。投げやりな気分で、どうでもいいことを考えつつ、助けが来たものだと歓迎する。誰も見ていない上に、見捨てられたのだ。自分だけが職務に忠実であるなど、不公平だと思った。

「やっぱりいた。もう、摩耶ちゃん。迷惑だよ」

 否定する理由がない。だから、新城は沈黙した。子供の頃は、何か理不尽なことがあるたびにこうして過ごしていた。人間が成長するなど、幻想に過ぎないのだとよくわかる。

 同じ重巡である古鷹が、新城に目礼する。口元を引き結び、新城は厳めしい顔で頷いた。内心、大いに喜んでいる。古鷹は柔らかい表情で、摩耶に近づく。摩耶は新城を睨みつけたままだ。

「ね、帰ろう? みんな心配しているよ?」

 実に羨ましい。このときばかりは、自分にもそのような仲間が欲しいと思った。脳裏に浮かぶのは、ろくでもない奴ばかりだ。友人の不幸を、酒の肴にすることだけに熱心なのだ。どいつもこいつも、このご時世に娑婆への帰還を果たしている。新城は何とか巻き込めないものかと、脳細胞を回転させた。

「お前は満足なのかよ!! こんな所で腐ってて、見世物になってんのにっ!!」

 まだ終わらないのか。古鷹を振り払う摩耶が、なお新城に詰め寄る。艤装は展開していない。もう、自棄だ。新城はすべてを放り投げた。胸ぐらでも掴もうと手を伸ばす摩耶の機先を制し、言葉を投げる。

「何が不満だ」

「全部だ!!」

 新城はため息をついた。同僚はしばらく所か、もう戻らずとも済むように仕事を見つけているはずだ。机の煙草に手を伸ばし、火をつける。この戦争でよいことがあるとすれば、喫煙の習慣が見直されたことだと、義父が楽しそうに言っていた。世の悪徳の殆どを、新城は彼から学んでいる。

「座れ」

 義兄夫妻にしかられそうだなと、思った。今日は、いや、彼女らといると、どういうわけか私的な部分ばかりが浮かび上がる。それ以上は余計だと、新城は煙を深く吸い込んだ。部屋が一気に靄かかったようになる。

「釧路の顛末を知ったか?」

 素直に適当な椅子に腰掛けた摩耶が俯き、歯ぎしりする。古鷹は新城から心持ち距離を取った。だが、摩耶に寄り添うような位置だった。

「軍広報で」

 古鷹が代わりに答えた。何が書かれていたかは、新城も知っている。将校の義務だ。それを見た艦娘がどう思うか。まあ、想像は出来る。

「戦闘詳報は?」

「・・・・・・私たちには」

 何をどう扱ってよいかを迷うような集まりだ。当然だろうと思う。新城は立ち上がり、他人の机を漁った。文句を言われる筋合いはないと、決めつけている。

「読め」

 迷ったが、摩耶に渡した。単純に近かったからだ。古鷹が身を乗り出して覗き込んでいる。摩耶の手を支えのようにして、不思議そうな顔をしていた。健気なものだと思う。自分のしようとしていることを思って、死にたくなった。偽善だ。しかし、もう始めてしまった。どうとにでもなれと思った。どうせ自殺する度胸などないのだ。

 無言で、ページを手繰る音だけが煙でくぐもって聞こえた。新城は二本目の煙草に火をつけた。

「よくわかんねぇ」

 一応は最後まで目を通した摩耶が言った。新城も期待していない。古鷹も同じようだった。

「深海棲艦は海上に展開していた迎撃艦隊の警戒をかいくぐり、海底を歩いて移動していた。釧路は奇襲を受け、避難民が多数犠牲になった。陸軍は、多大な損害を出しながらも後衛戦闘に成功し、宇円別変電所付近で深海棲艦を撃退。史上二番目に少ない被害で、戦闘を終えた」

 新城は姿勢を崩し、二人を見た。

「艦娘はこの奇襲に際し、果敢に防衛を試みるも全滅。極めて初期の段階であり、戦闘そのものに寄与した影響は少ないものと思われる」

 簡単な要約でも辛いのだろう。摩耶は悔しげで、古鷹は悲しげだ。新城は身を起こし、煙を思いっきり肺に入れる。そして盛大に吐き出した。

「まあ、詐欺だ。そのまま信じる奴は一人もいない」

 目がまん丸だった。愉快だ。実に愉快だ。

 新城は上機嫌だった。

 




皇国の登場人物はみんな難しい

でも パパだけは

パパだけは有明の英雄で決まりです


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8.残酷な現実

前話と合わせて敗北の運命だった

これが文才か

まさに敗北の運命


 教育してやろう。表面上はどうあれ、新城の内面は全くもって暴力的な衝動で溢れていた。厄介を押しつけられた憤懣。自分の境遇。現在の状況。理由はいくらでも挙げられる。結局は、自棄と無謀がその答えだった。どうとでもなれと思っている。いや、最悪だけは避けられるか。どうかな。

 彼女らを前に保身を用意せねば、行動も起こせない自分が、酷く惨めだった。それでもどうにもならない。彼という人間の限界だった。それにこれ以上、小娘に嘗められたままでいるのは我慢ならない。

「まず、奇襲というが、海上に迎撃艦隊が居たんだ。襲われる事もわかっていた。避難の準備もしていた」

 深海棲艦という名前を、彼女らが名乗ったことはない。人間が付けたのだ。深海に棲むモノが、軍事行動による資材及び食糧の枯渇により、最寄りの餌場に殺到してくるだろう。

 そう予測しておきながら、軍艦として堂々海上を航行してくると、どうして考えたのか。艤装の使用に燃料が必要不可欠であることは、広く知られている。

「避難民の犠牲。助けられたはずだ。避難要領が守られていれば」

 陸軍が策定したものだ。統合幕僚本部が発行したものではない。だから、海軍は存在すら知らない。再建途上ということもあるが、提督という特殊な制度の弊害でもある。経験の継承は難しいと、言葉を濁す他ない惨状である。

「まあ、数は少ない。比較対象は安定前、つまり君たちの登場する前のことだが」

 戦国時代、よく言って明治維新前後の装備で、戦艦と戦うのだ。人口も違う。艦娘のように、彼女らを探知出来る兵器もない。そんな時代よりも、確かにマシではあるのだろう。

「そこには艦娘がどのように戦闘に参加したかは、書かれていない。全て不明となっている。では、影響は限定的との結論は、何を根拠にしているんだ?」

 摩耶は新城を憎しみすら込めて睨んでいる。古鷹は純粋に驚いているだけだ。面白い。痛快極まりなかった。無知な相手に、知識を披露する歓びが心を満たす。自分の卑しさに、喚き散らしたくなる。

「それを読めば、少なくとも陸軍に身を置いている人間ならば、すぐに理解出来ることだ。その目的も」

 暗に、貴様らはどうだと聞いている。摩耶が悔しそうにした。楽でいいが、どうにも気が苛まれる。煙草に口をつけた。短すぎて指が熱い。そのまま灰皿に押し込んだ。山が崩れる。新城は無視する。煙が燻っていた。

「まあ、負けたのだ。当然、誰の責任だ、という話になる。海軍はだめだ。提督一人を処分するだけで、一国にも匹敵する戦力が消える」

 全てが許されるわけではない。ないのだが、扱いに苦慮する事情は察せられるだろう。複雑過ぎて誰もが、見ないふりをしていた。そのツケが今回の結果である。

「そうなると、作戦を許可した統合幕僚本部が候補に挙がる。確かに綺羅星のごとき将軍様の集まりだが、それぞれかなりお年を召しておられる。これまでの功績もある。老後に不安はないだろう」

 結局、統合幕僚本部がきちんと海軍の面倒を見ていなかったことが、全ての原因なのだ。艦娘というわけのわからないものから距離を置いたともいえる。おかげで提督の権限は拡大し、軍内部に限れば艦娘の地位も向上した。そして、統制がとれなくなったのだ。

 これらの事情は、新城も知らなかった。艦娘を管理するに当たり、調べたのだ。再び気分が盛り上がるが、そのときのうんざりとした気分も蘇った。平静は保てているな。古鷹をちらりと見るが、彼女は戸惑っているだけだ。

 摩耶を見た。どこに感情を向けてよいのか、迷っている表情だ。少なくとも、目の前のいけ好かない軍人に怒鳴り散らすのは間違いだと気づいたのだろう。よい傾向だ。

「さて、摩耶駐在官」

「摩耶でいい」

 だからといって、いきなり踏み込んで来すぎだろう。新城は間抜けな顔を晒す。痛恨の出来事だ。古鷹が微笑んだ。新城は顔をしかめて誤魔化す。

「様はいらんのか?」

「それは悪かったよ!!」

 短い付き合いの中でも色々やらかす娘だが、あれは傑作だった。同じように駐在官と呼んだ新城に、「摩耶様だ!」と言い返したのだ。他人の趣味趣向に口を出すつもりはなかったので、新城の小隊、駆逐艦、その他周囲にいた全員にそう呼ばせてやった。多少なり、彼女の態度が改まったきっかけだった。

 どうしようか迷った。迷ったが、悪い気分ではない。新城が分別を保てば問題ないだろう。大人としての義務だ。そういうことにした。実際、ここではね除けても損しかない。古鷹が見つめている。新城は責任を取らねばならない。厄介だ。この娘は問題ばかり持ち込んでくる。だが、悪い気分ではないのだ。

「うん、まあ、摩耶」

「おう!」

 早速、後悔したが遅い。頼むからそうも優しく見つめないでくれ。摩耶も大概だが、新城は古鷹こそ苦手だった。

「君たちの立場は理解出来たか? 敗戦の責任をなすりつけられ、面倒を見るべき統合幕僚本部も半ば存在していないのだが」

「そうなのか?」

「摩耶ちゃん・・・・・・」

 特に、このお転婆娘に関わることで頼らざるを得ないというのが、覿面に問題だ。全てを引き受けてくれるわけでもないのが、更にそうさせる。今も控えめにこちらを促している。新城を無関係ではいさせない。そのくせ、常に観察を怠らず、こちらを見定めようとしている。勘弁して欲しいというのが、正直なところだった。

「戦場で役立たずと言われたのだ。責任の有無というより、そもそも果たせていないと断じられたと考えるべきだろう。統合幕僚本部の処分はこの騒動のあとだろうが、実質、更迭されたも同然だ」

「むぅ」

 摩耶は難しい顔をしているが、絶対に理解していない。古鷹は完全に珍獣を見る目をしている。何をしに来たのだと思わないでもないが、彼女自身、本当に出撃する気などないのだろう。いや、確かに資材があればそのように行動しただろうが、それは手段であって目的ではない。

 無視されることが、耐え難かったのだ。兵器として生まれ、しかし役目を与えられるでもなく売り渡され、いざことが起こってもお荷物扱い。内心、忸怩たるものがあることは理解出来る。同情も。

 だが、現実は理解してもらわねば。新城にも職務がある。灰まみれの書類は書きかけで、救出が急がれる。彼が責任を負うべきは、彼の部下だけであるべきだ。

「つまりだ。君たちのために、誰も資材を調達出来ないし、送れない。要望を出した所で通らない」

 問題を複雑化させる要因の一つだ。ただでさえ、提督一人に権力が集中するのに、兵站さえも独自に維持可能なのだ、艦娘の艦隊というものは。

 深海棲艦が資材の原料となるものを摂取すればこと足りるのに対し、艦娘は妖精さん製造の燃料、弾薬、ボーキで稼働する。この妖精さんというのが輪をかけて謎なのだが、とにかく効率が悪い。統合幕僚本部というか、陸軍はこの妖精さんに懐疑的で、新城も気持ちはわかるのだが、協力を得るのが難しい。資質のある者を片っ端から戦場に送り込んだ関係で、規模だけは膨れ上がっている海軍を支え切れないのだ。それで終われば、ある意味、軍のなかだけは平和でいられた。

 提督の資質とは、妖精さんに好意を持たれることだとされている。見える見えないの違いはあるようだが、概ね慕われているようで、寝床できのこを栽培したり、書類と世界旅行に旅立って提督の負担を軽減したりする。いろいろ気を遣ってもらえるようだ。

 そして、艦載機妖精として軍務につき、武運つたなく撃墜され、でも死なない彼女たちは、暇つぶしに周囲から材料を集め、資材を生産しながらのんびり回収を待つらしい。助けてくれたお礼という奴だ。

 このお気遣いに提督は歓喜し、陸軍は歯軋りした。提督麾下の工廠では資材を造らないでというお願いに、このような穴があるとは。様々な種類が確認されている妖精さんだが、互換性は非常に高い。気分で仕事を換えるのだ。妖精さんに人間の常識は、一切通用しない。本部は頭を抱えた。

 生産過程で面倒が多いとはいえ、実際の艦船とは比べものにならない省燃費の戦略兵器群が、独自の指揮権と兵站でもって戦争に励むのだ。統合幕僚本部に出来たのは、給糧艦の製造法を秘匿し、食糧供給を握るぐらいだ。幸い、大型艦は軒並み大食漢である。元が無機物であるせいか、艦娘は食事という行為に、大変な関心を持っている。統制は保てるだろうと、妥協する他ない。まさしく、幻想だったが。

 駐在官制度も、この余波を受けてなかなかに愉快なことになっている。元は兵力の拡充を目指し、日本の隅々まで防衛網を巡らし、水産資源の獲得を安定せしめると、大いに気炎を吐いたものだ。非効率な建造過程で発生する面倒を肩代わりし、提督に貸しを作る意味もあった。何かと娑婆で評判のよくない艦娘の、情宣活動でもあった。陸軍が艦娘を戦力として保持する、絶好の機会でもあった。

 確かに水産物の生産量は上昇した。最適な人材による情宣活動も、まあ、成功したと言えなくもない。

 だが、海軍の維持も率直に言って破綻しているのだ。独自に艦娘を運用することなど、出来るわけがない。

 結局、妖精さんへの土下座外交により、建造過程に修正を加え、近代化改修という何かを行うことで茶を濁しつつ、出来るだけ関わらないという、最早目的どころか、手段さえも吹き飛んだ状況に落ち着いた。むしろ焦るべきだと思うが、問題の根本が妖精さんであるため、どうにもならないという結論に達したのだ。

 ちなみに、妖精さんというのは、軍の一般通達によって周知された、公式な呼称である。その存在に感謝し、敬意と親しみを持って接するべしとの内容に、妖精さんたちは勝ち鬨をあげた。摩耶よりも謙虚ではある。

 このような理由もあって、駐在艦が不満を溜め込んでいるのは、軍上層部も理解している。最悪、提督一人を処分すれば鎮圧出来る正規艦隊と違って、彼女たちの所属は曖昧だ。実際、不祥事によって提督を罷免させられたにも関わらず、駐在艦だけは顕界し続ける事例が多い。

 それでも現状において、生贄の羊とするには最適な存在でもある。だからこそ、補給など許されないだろう。少なくとも、反攻の準備が整うまでは。

 新城は二人にそういった事情を噛み砕いて説明した。摩耶は見慣れた憎々しげな表情だが、もうそれを新城に向けてはいなかった。

「あたしらが、信用出来ないってのか・・・・・・!」

「実際に、だ。君たちは戦闘詳報を読めなかった。軍で守るべき規則にも、階級にも無頓着だ。残念ながら、正直、僕自身君たちを信用は出来ない」

 摩耶の目に涙が溜まる。何も故なく疎まれているわけではないと、知っていたのだろう。そのあり方は、敵である深海棲艦に似すぎている。自分たちが無知であることは、軍との行動だけでなく、駐在官としての職務中にも感じていたはずだ。

 しかし、誰も教えてくれなかったではないか。呼びかけに答え、こんな体になって蘇ってみれば、お前など要らないと、放り出したではないか。こんな性格にすき好んでなったわけではない。生まれてきたら、こうだったのだ。変えようにも、ではどうしたらよいのだ。周囲は自分より幼い駆逐艦ばかりで、しかも彼女らに守られて、託されて生き延びたのに。これではあんまりだ。

 これまで、涙は見せても、泣くことはなかった。必死に零すまいと気を張っていた。

 でも、もうだめだ。誰も話を聞いてくれなかったし、まともに相手もしてくれなかった。なのに、初めてこの世界のことを教えてくれた相手は、自分を信用出来ないと言う。いけ好かない、冷酷で、薄情な男だ。常に示す態度は厳格で、正論ばかりを口にする。まるで、いや、間違いなく、こちらを莫迦にしている。

 悔しい。何も出来ない自分と、何も知らない自分。こんな最低な男の前で、当たり前の女の子のように泣くことしか出来ない。あたしは軍艦なのに!

 寄り添う古鷹が、煩わしくて有難い。彼女がいなければ、自分はここまで見栄を張れただろうか。

「どうにかできませんか?」

 初めて、古鷹が新城に言葉をかけた。本当に、まともに新城を見て語りかけるのは初めてだ。いつもは、自分が木石と置き換わったかのような気分にさせられていた。全くの防衛的動機によって始めた茶番だが、想定よりも踏み込まれてしまった。自分に責任がないとは言わないがしかし、顔を覆って嗚咽を噛み殺す、勝ち気な少女を見る。

 これを相手に機動防御など選択出来るか。何が誘引して包囲殲滅だ。そこまで外道と思い切れるなら、もっと違う人間になれたはずだ。いくら損害が拡大しても、遅滞戦闘に徹する他ない。つまり、釧路と同じだ。心配するまでもなく、屑だということか。しかし、ちくしょうめ。

「僕は一介の中尉だぜ?」

 何故そこで疑うのか。僕は事実を言った。そのはずだ。確かに、まあ、生い立ちやら何やら、人とは違うものを抱えてはいる。孤児はともかく、権力者に拾われた子供が、そう多いわけがない。この場合は関係ないが。だから、その目で見つめるのはやめろ。これだから、女というやつは。

 内心の複雑な葛藤を、顰め面に隠しながら考えた。大隊長の感情。自分の立ち位置。小隊が抱く印象。

 可能だろうと思った。思いついてしまった。面倒も増えるし、あれこれと厄介事が舞い込むだろう。

 それでも、自分と彼女らの問題はある程度解決できるはずだ。少なくとも、職務を邪魔される機会は減る。書類は増えるが。

 古鷹に気づかれた。いつの間にか退路を塞がれていた。何なのだ。殊更優秀だと思い上がるつもりはないが、それなりに実戦も経験してきた。それを、勘だけで無力化された。理不尽に過ぎる。

 新城は降参した。全くの敗北だった。煙草に火をつけた。本当は酒が欲しい。

「・・・・・・何が変わるわけでもない。それは保障する。だが、僕の小隊の演習に混じれるよう、大隊長に諮ってみよう」

 摩耶が顔を上げた。何を見ているのか理解していない顔だ。新城は背を向けた。これ以上は耐え難い。

「出て行きなさい。僕は忙しい」

 新城は書類に集中した。今日は残業などごめんだ。だから、重巡がものを喋っても、新城は気にしない。

 偽善をもって好意を得る。実に度しがたい。

 だが、新城は他に方法を知らないのだ。

 




これがご都合主義の本懐

でもまだあるよ


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9.大いなる誤算

 深海棲艦出現以前の日本は、様々なものを輸入に頼っていた。資源なく、狭隘で峻険な国土。毎年のように起こる災害。深く考えると、異常な国家ではある。

 資源については、頭は痛いが辻褄は合わせられた。最も消費すべき、深海棲艦との戦争が、鉄量を競うものではなく、死体を積み上げる類のものだったからだ。

 問題なのは食糧生産だ。畜産はまだしも、農産物の大量生産技術というのは、当時まだその端緒を掴んだ程度だった。個人経営の農家が圧倒的で、むしろ少数生産、高品質を謳う経営者が多かった。諸外国に生産量で勝負出来るはずがないからだ。

 北海道はある意味、その例外と言ってよかった。大量消費が前提の作物を多く取り扱い、広大な農地を存分に活用していた。九州、四国の復興もままならない現状で、その依存の度合いは無視できない水準だ。

 だから、釧路はもちろんのこと、根室、網走を含む農地の失陥と、農産物への被害は痛手だ。長期的には、人的被害も今後の日本を苦しめるだろう。秋蒔きは諦めるにしても、春蒔きの小麦は何としても確保したい。だが、生産を担う農家が、今後も北海道に留まってくれるのか。軍や政府は、彼らを十分支援出来るのか。

 北海道の早期奪還は、今後の戦争遂行に必須であった。

 しかし、混乱から立ち直り、準備を進めるには時間が必要なのも事実だ。

 

 

                     §

 

 

 一人になった事務所は静かだった。戦場の様相が戦国時代に戻っても、後方がそれに付き合う道理はない。新城が軍に入った当時から比べても、かなり簡便になったが、それでも官僚組織として、軍は健全性を保っている。演習、休暇、補給、報告。

 何か行動を起こすたびに、書類というものはついて回る。新城は優秀な士官であり、だからこそ任せられる仕事も多かった。押し付けられたとも言う。

 叩き上げを除き、士官というものは志願者によって構成される。建前に過ぎないと言われればそれまでだが、訓練を施せば取りあえず使える兵と違って、教育を必要とする士官にはそれなりに条件がつけられる。

 深海棲艦との戦争では、その辺りの手間は激減したが、それが質の低下を促しているのも事実だった。徴兵ではあるが、提督という余りにも羨ましい待遇の者たちがいる影響も大きい。安定化に従って、陸軍の士気の低下は問題視されていた。北海道という狭い範囲で、対応にバラツキが出たのも、必然の出来事だったかもしれない。

 いささか以上に過激な部分があるとはいえ、新城はその点真面目で、隙がなかった。他人から自分がどのように思われるか知悉している新城にとって、必要不可欠な技術でもある。

 それが余計に事態をややこしくしているのだとしても、新城は気にしなかった。軍での栄達が、貧乏籤の押しつけ合いと達観していたからだ。やり過ぎた相手への報復についても、新城は詳しかった。概ね、軍での生活に新城は満足していた。

 だから、新城にとって彼のような存在の方が戸惑うのだ。

「コーヒーでも飲みませんか?」

 誰もいないと思っていた事務所に、不意に声がかった。新城は書類から顔を上げずに、一呼吸置いた。目だけで睨む。

「西田か」

 締まりのない顔で笑う若者には、新城にない愛嬌があった。マグカップを二つ掲げて、新城の返事を待っている。新城は無言でたっぷり彼をいじめてから、体を起こした。この裏切り者めと、思っている。奇特なことに、新城に懐く数少ない士官の一人だった。士官学校時代の後輩で、多少面倒を見た覚えはある。同じ部隊に配属されるなり、新城の置かれた状況を見ても怯むことがなかった。今のところ上手くやっているため、新城も放置している。

 よくわからないというのが本音だった。

 正面から見返し、カップを受け取る。唇を湿らせて脇に置いた。熱い。

 西田は苦笑して、立ったままコーヒーを口に含んだ。どちらも何か躊躇うような間があった。

「居たのか?」

 曖昧な質問だ。新城にしては珍しい。西田の苦笑が深くなる。

「流石に気が咎めまして。面白い約束をしてましたね」

 新城の方は虫でも食わされたような表情だ。どこから入ったなどと聞くのは野暮だろう。気づかない自分が悪いのだ。大方、給湯室を経由してきたのだろう。

「どう思う?」

 どうもこの上官は言葉を惜しむところがある。やっと椅子に座ることを許されて、考える。ある種の叱責であり、共犯への誘いであることはわかった。報復の意味もあるかもしれない。今後の展開を憂い、艦娘の積極活用を具申したのは彼だ。その時のことは思い出すだけで顔が熱くなる。同僚や大隊長の冷笑に晒され、新城に慰められた。

 そう、あれは慰められたのだ。無知なまま高説を垂れた自分に、容赦なく正面から正論と現実を叩きつけた。厳しかったが、それでも、確かな言葉で現状の方が間違っているのだと、教えてくれたのだ。誰もまともに取り上げず、無視された意見を、きちんと大上段から粉砕してくれた。

 辛かったが、嬉しかった。自分が納得できる着地点を見つけられたからだ。勘違いかもしれないが、この上官はとにかく誤解されやすい。今さら自分一人増えたところで、迷惑にはならないだろうと、勝手に決めつけている。

 摩耶の気持ちもわかるな。先ほどまでいた、艦娘の去り際に見せた笑顔を思う。苦手だったが、可愛らしい娘だと思う。同じ人間を見出した共感があった。

「いいと思いますよ。大隊長殿はわかりませんが、みんなあなたになにがしか借りがありますからね。説得は可能でしょう」

「大隊長殿は大丈夫だ。軍隊ゴッコで目障りなバケモノが黙るなら、おそらく黙認されるだろう。もちろん、過信は禁物だが」

 艦娘の評価とはだいたい、そんなものだ。砲を抱えた女性形というだけで、深海棲艦を思い出させる。よく見れば違いはあるのだが、大多数にとっては些細なものだ。特に、女性からは受けが悪い。理想的なまでに、男の願望が詰まった存在だからだろう。まあ、仕方ないのではないかと、男性全般は関わりを避けている。

「出来るなら、資材も手に入れたいが・・・・・・」

 西田には、そこで新城が悩む理由がわからない。あっけらかんと言い放った。

「艤装妖精さんに頼めばよいのでは?」

「なんだそれは」

 陸軍としては、艦娘以上に関わりを避けたい存在である。とにかく意味不明で、戦争を真面目にやる人間ほど、発狂したくなる。幼児ほどの知恵しかないかと思えば、政治的に完全な勝利を陸軍から勝ち取る程度には老獪だ。新城も彼女らについて調べようとすると、どうしようもなく、目が滑る。

 よって、答えようとした西田を制した。代わりに、約束する。

「弾薬は無理だが、燃料は何とか誤魔化そう。頼んだぞ」

 面白いな。西田は思う。艦娘に関わると、この人はこんなに面白くなるのか。新城は彼の視線の意味に気づいていたが、無視した。今さら、手加減を誤るとも思えない。それぐらいは信頼していた。誤ったときは、後悔させるだけだ。損のない取引だ。

 本当は現実を教えて、諦めさせるつもりだった。摩耶を挑発し、激発させる算段だった。古鷹がいれば危険はないだろうと思った。これ以上、艦娘が立場を悪くする状況を、彼女なら許しはしないだろう。目撃者がいなければ、穏便に済んだ。恩を売り、心を折って彼女らから解放される機会だった。

 ところがこうなってしまった。偽善をなす誘惑から逃れられなかった。たかが一小隊と訓練したところで、大勢は変わらないだろう。下手な希望を持たせるだけだ。むしろ悪化する恐れすらある。

 彼女らが兵士として、未熟以前の問題であることは、これまでの観察で理解している。戦場では、無能こそが最も憎まれるのだ。

 これまでの、どこか偏見の混じった排斥ではない。本物の侮蔑に晒されるかもしれない。それでも。

 目の前の西田を見た。こいつも諦めなかった。たかが少尉の分際で、仕事の合間に艦娘の資料を広げている。熱心なことだ。自分の力で世界を変えられると、誤解しているのだろう。若さのなせる業だ。自分は、幼いとすらいえる時分に失ってしまった。純粋に羨望の気持ちが込み上げる。

 何で、こんなにも足りないものだらけなのだろう。恵まれたとすらいえる生い立ちで、何故。

 原因に突き当たる前に、新城は全てを遮断した。それだけは、新城といえど耐え難いのだ。それだけは。

「一月もすれば、海上封鎖と包囲が終わる。後は干からびた深海棲艦に止めを刺すだけの簡単な作業だ。僕らは、ただ突破されないようにだけすればいい」

 機会をくれたのかな。西田は好意的に解釈したが、湧き出る衝動に抗えなかった。だから、ちょっとだけ昔に戻ることにした。

「まあ、何とかしてみます、先輩」

 貴様も摩耶の同類か。そうなのか。こっそり後輩に押しつけようとしたところで、まさかの裏切りにあい、新城は西田を睨んだ。西田は舌を出す。

 コーヒーは冷め切っている。

 

 

                      §

 

 

 新城の予測は、大方の人間が抱くものだったが、多分に楽観を含んでいた。関心は政治的な方向に向き、混乱は長引いていた。深海棲艦というものは、決して侮ってはならない相手である。束の間の平和は、そんなことさえ忘れさせた。

 そのツケを、深海棲艦は律義にも回収に来た。その知らせを、新城は本格的な雪の訪れと共に聞いた。

 すなわち、深海棲艦による全面攻勢。

 敗亡の足音が高らかに迫り来る。誰もそれを押しとどめられない。

 今は、まだ。




西田はいい奴

望むなら五月雨を嫁に出してもいい

艦隊に居ないが


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10.苦悩の果てに来たる


おのれ紅茶

黒茶は絶対に負けたりなんかしない(堕確)


 天気予報が当たらないと感じたことはないだろうか。その認識は正しく、天気予報とは競馬予想とは違い、当てるものではない。予報の言葉通り、予め報せるだけのものだ。

 国家試験に合格した人間のやっていることなので誤解されているが、精度は上がっても古代の占いと何ら変わりない。過去の統計から現在の状況に当てはめ、以前はこうでしたと、事実を公表しているだけである。だから、天気予報士も占い師も、決して嘘つきではない。彼らは予言者ではなく、解説者だからだ。それを知ってどのように判断し、行動するかは、全て受け手に委ねられている。当たらぬも八卦とは、そうした意味だ。

 深海棲艦についても同じことが言える。イ級の口から飛び出てくる筒は、大砲だと証明されてはいないが、大砲のような結果をもたらすが故に、大砲と認識されている。鳩が出ようと、水が出ようと、全く驚くに値しない。しかし、口から出た筒を向けられたら、すぐさま地面に伏せるべきだ。例え本当に水が出ても、拍手の準備をするのは間違っているだろう。

 今回、海軍は敗北した。それがこの作戦の顛末だと、誰もが思っている。確かに、様々な失敗、慢心、油断、予断に濡れた戦いだった。原因などいくらでも見つけられるのだ。それがすなわち結果に繋がっていると考える気持ちも、わからなくはない。

 だが、戦争は続いている。ゲリラ戦という意外なものが飛び出してきたが、深海棲艦の脅威が消えてなくなったわけではない。

 新城は小心な男だ。艦娘の管理を任され、彼女らを訓練に参加させると約束した。その日から、妙な不安が頭をもたげていた。放置することは出来ない。だが、監督を西田に押し付けても、新城の忙しさは些かも減じられなかった。

 まず、艦娘たちが短いスカートをひらひらさせながら、駆け足に参加した。新城は西田を蹴り飛ばして、苦労して小さめの野戦服を確保した。調整は古鷹に一任する。

 これに暑いだの、ダサいだの文句をつけた者がいたが、新城は訓練中の着用を厳命し、徹底させた。新城の目を正面から見た艦娘は、素直に沈黙した。

 あるとき、男は立って小便をするということを聞きつけた駆逐艦が、西田に詰めよった。西田は逃げ、摩耶が追いかけた。そして新城は鉄拳を見舞った。尊厳の旅立った先は、わからない。

 摩耶と古鷹の態度に、変化があった。どこか気安いもので、新城は歓迎出来ないでいた。それを見た駆逐艦が、どういうわけか、新城を頼るようになった。人間が当たり前に持つ、同じ人間に抱く根源的な恐怖と無縁であるらしい彼女らを突き放すことは、子供の頃の千早を思い出させて、新城を苦しめた。西田はこの点、全く頼りにならなかった。

 彼女らは新城に悩みを打ち明けた。これもおそらくは職務の内だろうと、新城は自分を納得させた。

 ぬいぐるみを抱いて現れた島風は、提督に受け入れられなかった過去を、不器用に語った。そして、新城に何故なのか尋ねた。ぬいぐるみだと思っていたものが、彼女の武装であると知った新城は、彼女の衣装をぼんやりと見つめながら、島風と彼女の提督に対して心から同情した。連装砲ちゃんとやらは、柔らかかった。これらはほんの一例だ。

 新城にとってよいこともあった。

 霞は新城を見かけるたびに突撃してきた。艦娘特有の気安いどころか、攻撃的な調子だったが、不思議なことに不快感はなかった。言葉遣いに目を瞑れば、彼女の意見は誰よりも実質に則していたからだ。

 まず、彼女は新城の意図を確認した。訓練を行う意義がどこにあるのか。この先の展望に、艦娘はどの程度関わっているのか。どこまでやってよいか。何をしてはいけないのか。

 摩耶や古鷹は彼女らの精神的支柱だが、実際のまとめ役は彼女のようだ。それに今まで気がつかなかったのは、一重に彼女が自分を下士官として規定していたからだ。普段は二人を立て、常日頃から駆逐艦を統率して、問題がないように先回りしていた。他の駆逐艦を新城にけしかけたのも、彼女であるらしい。

「私たちって、元々は道具じゃない? だから、現状は不本意なのよ。誰かの役に立てないってのは」

 つまり自己同一性を欠き、不安定な状態らしい。確かに危険だとわかった。稚内に残った艦娘たちを思い出す。

 無意味であったとは思わない。だが、必要ではなかった。あのとき、口にしたことに嘘はない。稚内は北端の監視施設に付随する、小規模な集落だった。避難は全て陸軍で面倒が見れた。新城ほど徹底していないが、深海棲艦に渡すものなどほとんど残さなかった。

 消極的な自殺と、新城は判断した。これを隣でやられると、戦場では苦労する。

「止めなかったのか?」

 言葉に出して後悔した。そんなはずがないではないか。

 だが、霞は新城の浅はかさを鼻で笑った。

「私たち、女だから」

 彼女たちの死は、新城の想像を遥かに越えて無駄だった。深海棲艦と唯一、互角に戦える兵器が艦娘だ。このようになる前は、大戦での献身を称えられない艦はなかった。

 霞は新城の腰を叩くと、歩き去った。新城は猪口を呼んだ。

 新城は西田と猪口に艦娘を仮想深海棲艦として、演習を行うよう検討させた。統裁官は彼自身が行った。小隊の人間は簡単に死んだ。艦娘は連戦連勝だ。

 艦娘は移動しながらでも射撃出来る。人間には不可能だ。砲は生半な遮蔽など粉砕した。前装式は彼女らの装甲を打ち抜けず、それ以外に当たるかは運だった。

 演習に参加する小隊が増えた。新城が摩耶をけしかけた。大隊長に呼び出されたが、無関係を装った。大隊長は追求しなかった。

 霞が再びやって来て、身の上話をした。彼女を喚びだした提督は素人に毛も生えていなかった。彼女は彼を鍛えようと思った。後任に、雷が来た。彼女はここにいる。

 要約が過ぎるが、意味はわかった。海軍の現状が、端的にわかりやすく示されている。

「ショックだったし、認められなかった。恨んだこともある。でも、別の提督のとこから雷が来たの」

 彼女は提督にこう言われた。

『お前といるとダメになる』

 幼い少女相手に何をしているのか。だからこそ深刻なのかもしれないが。

 霞は腹を抱えて、笑い声を噛み殺していた。新城は疲れを自覚した。

「冷静になれた。それで、色々見えた」

 新城は頷いた。彼女の懸念は理解している。だが、大隊長も考えている。

 霞は新城の感謝を受け取って、満足したように頷き返した。そして少し、迷うような、怯えるような表情になった。新城は無言で促す。霞は躊躇ったあと、ぽつりと口にした。

「でもね、今度は改めて思ったの。私のしたことは、無駄だった、余計なことだったんだって。ここにいるのも、当然じゃない?」

 新城はいつものように、軍人として完璧な態度で答えた。

「君の教導の価値は、その提督が決めるだろう」

 新城は冷徹に言った。

「君は義務を果たした」

 新城と霞は敬礼を交換し、別れた。新城は陸軍の。霞は海軍式だった。新城はそこで見たものを忘却した。

 まだ何も決断していない。自分に何が出来るとも思わない。それでも軍人である以上、行動しなくてはいけない。新城は押しつけられた仕事を終わらせたあと、毎夜資料を広げた。

 見落としていることがあるはずだ。不安がどうしてもこびりついて離れない。そのことが新城を駆り立てていた。目を背けたいことが多すぎるのだ。新城の理性が、その一つひとつに値札をつけていく。

 明らかな逃避であった。だからこそ没頭した。しかし、気分を変えることも必要だった。煙草とコーヒーを補給した。西田が目に入る。ずいぶんと久しぶりな気がした。

「どうだ? 調子は」

 西田は苦笑した。しばらく放っておいたので、恨んでいるのかもしれない。他の小隊を巻き込んでからは、統裁官も務めていない。こちらに目線を寄越さなかった。

「負けっ放しです。今度は猫も入れようって話になりました。俺たち、剣虎兵ですから」

 予想していた通りだ。撃ち合いで、人間が勝てるものではない。殴り合いに持ち込んで、何とか互角。結局、物量に押し潰されるが。

 西田も考えているのだろう。腕を組んで唸り始めた。

「中尉殿は南へ行ったことがお有りなんですよね?」

 今度は新城が苦笑する。素直なのはいいが、頼るのが早過ぎる。

「沖縄にな。艦娘が更地にしたところを散歩した。あちこち見て回ったが、暑かったな」

 期待した答えが聞けそうにないので、西田は落胆したようだ。思ったよりもやられているようだ。もう少し、話を聞いてやることにする。

「摩耶も古鷹も、どんどん巧くなってます。摩耶が煽って、古鷹が援護、もしくは迂回。とにかく、捕まえられないんです。視野が広い」

 妖精さんが囁くのだ。比喩ではなく。艤装に乗り込んだ妖精さんが、あれこれと助けてくれる。死角のない、正確な射撃は彼女たちが実現している。

 新城に教えているというより、完全に愚痴だった。摩耶に煽られるとなれば、西田でなくとも熱くなるだろう。その辺の信頼感はある娘だった。そして、古鷹に側面から仕留められる。新城にしても、悔しいだろうと思えた。摩耶の笑顔を思い出して、いらっとする。

「まず、駆逐艦を狙え。彼女らなら装甲を抜ける」

 だからではないが、助言していた。新城とて、後輩が可愛いという気持ちはある。西田は顔を顰めた。やはり、抵抗があるらしい。

「深海棲艦は、むしろ強力な艦ほど人間に近い」

 西田は崩れ落ちながら、ため息を吐いた。何か繰り言を呟いているが、独り言と流す。

「どうしてもというなら、大隊長殿に相談することだ」

 そろそろ、動いてもらわなければならない。西田は驚いたようだ。

「あの人は歴戦だぞ? 元は戦車乗りで、東海防衛にも参加されている」

 だからこそ、戦車を無為にした深海棲艦と艦娘を嫌っている。ついでに流された先の猫のことも。周囲にはやる気のない上官だと思われていた。

「まあ、あんまり情けない姿は見せられないですからねぇ」

 しまりのないいつもの笑顔を見せて、西田は仕事に戻った。新城は眉を上げた。後で、猪口にも話を聞こうと決める。

 自分の席に戻って、広げた資料を改めて眺める。本土との連絡は、限定的ながら回復した。だが、陸軍である限り、海軍からの情報はほとんど流れて来ない。前線の一大隊の元となればなおさらだ。足りない材料では、結論は得られない。

 自分と同じような懸念を抱いている人間もいるはずだ。しかし、共有出来る存在が周囲にいなかった。新城もあえて口にしない。混乱しかもたらさないからだ。

 新城が気になっているのは、作戦の始まる以前のことだ。そこで集められた情報に、深海棲艦の移動が確認されていた。

 何度も見直したが、瑕疵のない情報だ。任務に当たったのは、横須賀、佐世保、呉の各鎮守府。今日の安定をもたらした、本物の海軍だ。作戦に参加した、国家に飼われた提督とは違う。

 沖縄の海で垣間見た、艦娘たちの戦闘を思い出す。美しく、冷酷で、容赦のない、徹底した殲滅戦。新城が踏んだ沖縄の大地は、文字通りの更地だった。戦艦や空母の威力というものを、これ以上ないほど実感する光景だった。

 彼らはそんな存在を、個人という単位で率いているのだ。提督を衆愚化させるのは、苦肉の策だったのだろう。今回、やっと是正に動いたわけだが、思いっきり出鼻を挫かれた形だ。霞が新城にした警告も、この状況に基づいている。

 その当たりの事情も関係しているのか、アリューシャンを攻められた深海棲艦がゲリラ戦を選択したことで、彼らが集めた情報は間違いであったとされた。事前情報が間違っていたから、予測が外れたと結論したのだ。

 だが違う。誰も深海棲艦がゲリラ戦を行うなど、考えてもいなかった。今まで、深海棲艦はそんなことをしなかったからだ。偵察情報ではなく、蓄積情報が間違いだったのだ。だとするならば、これからの戦争に与える影響がどれ程になるか。案外、それを嫌ったのかもしれない。

 しかし、現実は人間の事情を忖度しない。どこかに準備を整えた、無傷の軍があるはずだ。獣としてではなく、あの沖縄を平らにした、絶大な力の持ち主としての深海棲艦の群れが。

 当初は、アリューシャン以外だと、新城は考えていた。戦力がないからこそ、ゲリラ戦を展開したのだと。

 だが、資料をひっくり返し、考えを深めるほど不安が募る。どうしても理解出来ないのだ。ゲリラ戦までして、アリューシャンで防衛する意味が。物量が自慢の深海棲艦が、どうして脆弱なパルチザンの真似事などするのか。

 この不安を形にして、上層部に訴える材料が見つからない。ただでさえ複雑な国内事情で、軍を動かし得る手段がないのだ。

 だから、新城は方針を転換した。自分が動かせる範囲で、備えようとした。しかし、遅々として進まない。未だに艦娘は暇潰しの相手に過ぎず、受け入れられていないことは明らかだ。西田ですら、そうなのだ。でなければ、躊躇うまい。彼の影響力や権限では、それが精一杯だった。

 だから、大隊長に動いて欲しかった。他に期待をかけるべき何者も、新城には見つけられなかった。それがどんな人物だろうとだ。

 不安が心を侵していく。いっそ、しがらみなど吹き飛ばしてしまいたい。だが、それでは霞の気づかいを無にしてしまう。

 誰もなくなった部屋、夜の帳の降りた机の上で、新城は一人吐き気をこらえて考え続けた。

 だから、その報せが届いたとき、新城は救われたように笑顔だった。

 視界の端では、何か小さな者たちが踊っている。

 




新城さんならやってくれる


そうした幻想が事実を歪めている事実を

作者は否定しません


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11.望まぬが故の歓迎

 最初に兆候が見られたのは南方海域だった。

 南シナ海からソロモンまで、熾烈な制海権争いを繰り広げる激戦地だ。ODAなどで多少は資源採掘のノウハウがある日本と違って、深海棲艦には恒久的な陸上生活そのものが難しい。海上での争いに終始することで、何とか内陸に拠点を確保することに成功していた。大変な苦労をしたが、それで資源を得ることが出来た。

 ただし、沿岸に拠点を設置すると内陸まで危険に晒す。艦娘と妖精さんに頼らねば、維持して行くことは不可能だった。輸送に関しても同様だ。担当する佐世保の負担は大きかった。

 そのため、比較的穏やかなチョーク諸島に泊地を建設する計画があった。現状で事実上の海外派遣など考えたくもない軍と、何かが安定せねば首を括る他ない政府がようやく見つけた妥協点である。

 そのやる気なく建設途中の泊地が、深海棲艦による突然の大侵攻によって破壊された。侵攻に気づいた時点で、防衛をすぐさま放棄した駐留艦隊は、所属鎮守府へ連絡。犠牲者なしで撤退を終えた。

 連絡を受けた佐世保鎮守府は、鎮守府内で対応を協議。レイテ沖で哨戒に当たっていた潜水艦部隊によって漸減作戦を展開しつつ、任務部隊を各地で集結させた。

 このうちマレーシアの部隊は、侵攻する艦隊を無視してソロモンへと突入。オーストラリアへの打通と、ニューギニア制圧を目指す。

 深海棲艦はこの動きを受けてすぐさま転進。ソロモンへの救援に向かうが、フィリピン、台湾に集結していた部隊でこれを追撃。レイテ沖で激しい戦闘を繰り広げている。おそらく、呉からの増援が勝負を決めるだろう。

 北太平洋でも、大規模な艦隊の移動が確認された。

 南北へと水雷戦隊を派遣して、戦局を支える横須賀だが、基幹となる艦隊は温存している。真っ直ぐ小笠原へ向かう大軍を、この精鋭が迎え撃った。北太平洋は重油が漂い、炎を揺らす煉獄の様相で、しかし一隻の犠牲も出さずに、戦況は膠着する。双方が疲弊し、力を尽くしたとき、横須賀の真価が問われるだろう。

 大湊は決断を迫られた。佐世保はその課せられた任務上、南シナ海に分散しているため、呉の助けがなければ、やがては磨り潰される。

 横須賀は北太平洋で深海棲艦と四つに組んで、身動きが取れない。

 結果、大湊は日本海とオホーツクの二正面に相対することとなった。全力で当たっても、片方を支えるので精一杯だ。日本海側で上陸を許せば、もはや立ち直れないダメージが刻まれることになる。しかもその地理上、他の海域と違って十分な縦深が確保できない。迷っている時間はない。

 大陸からの侵攻がこれまで一度もなかったとしても、この状況では日本海を優先せざるを得なかった。主力のほとんどが、日本海防衛に抽出される。

 北海道に残ったのは、海上封鎖と掃海を担当する一部の艦隊のみとなった。もしも、オホーツクより再度の侵攻があった場合には、海上での防衛は絶望的と見られる。幸いなことに、北海道からの民間人脱出は完了している。これらの事情は、ここでやっと陸軍側に持ち込まれた。

 陸軍も状況自体は把握していた。しかし、日本海側に重点を置かざる得ないのは変わらない。長大な日本海の海岸線に戦力を配置せねばならず、むしろ海軍よりも面倒は多い。それだけでなく、安定が破られた反動は、全国に無視できない動揺をもたらしている。北海道に送ることの出来る兵力は僅かだ。海軍と協同しようにも、頼りの横須賀戦力は水雷戦隊であり、陸上での運用は微妙という他ない。

 ここに来て最後に残るのは、臨時徴兵によって集められた提督のみなのだが、こちらにも問題が持ち上がった。

 アリューシャン方面の作戦に参加した者たちを中心に、出撃拒否と判断する他ないような要求を、多数の提督が突きつけてきたのだ。

 寝耳に水にも程があるのだが、背景にはこれまで醸成されてきた上層部への不信感が大きく影響している。最低でも二十人もの年頃の少女の面倒を強制的に突然、丸投げされたのだ。おまけに支援も満足に与えられないとなれば、当たり前の感情ではあった。その分、好き勝手やってはいたのだが、連合艦隊を組んでの大規模作戦への召集など、彼らの指揮権に干渉が始まった。おまけに敗北して、北海道は深海棲艦の餌だ。

 彼らの危機意識は高まっている。艦娘が、思うほどに頼りにならない現実も理解し始めているのだ。

 実際に、彼らの引き締めを画策しているのは事実である。過剰ではあっても、予想された反発ではあった。最悪の機会と内容であることを除けばだが。

 機会については、感情以外でなら納得出来る。しかし、交渉の要であるその中味について、政府も軍も、理解という過程で躓いた。

 資材や自身の待遇に関することなら、まだいい。状況を弁えろと空手形も出せる。だが、艦娘の週休二日制の実施や国民への認定など、まずどう受け取ってよいものか迷う案件も同時に訴えている。もう遠征しかしないだの、もっと直接的に艦娘の戦争参加に反対を主張するなど、銃殺すべき要求さえ躊躇いもなく口にする提督もいた。

 微妙な問題を含む、膨大で迂遠な政治的手続きを必要とする前者の要求には言葉を濁すしかないが、何を思ってか彼らは本気で、強硬だ。後者に至っては、反乱さえ危惧される。

 この騒動を奇貨として、守原英康大将が動いた。彼は親艦娘派の中心人物であり、艦種に則った階級制や艦娘の軍内部における人権の確立など、様々な取り組みと実績がある。また、最初に“小料理 鳳翔”の開店を認めたことでも名を知られていた。

 中途からではあるが、歴戦の提督にも数えられ、北海道でともに負けた同志でもある。政府にも顔が効く。

 彼は、烏合の衆の前に、おあつらえ向きに現れたヒーローだった。一気に収斂し、求心力を獲得する。

 彼の呼びかけと説得によって、とりあえず騒動は収まった。戦力も、防衛だけならばという程度には確保出来た。代わりに陸軍は、北海道での指揮権を奪われることになる。

 これらの事情を、新城は義兄からの手紙で知った。最前線の一個人に、検閲も通さず届けられた、剣呑な郵便物だ。新城の実家である駒城がいかに権力者とはいえ、かなりの無茶である。大隊に伝えられる情報では、援軍が用意されているとしか明かされていないのだ。

 駒城は陸軍と縁の深い家であるが、何らかの形で、守原の行動を掣肘したいのだろう。海軍の統制を取り戻そうというのに、彼の行動はあまりに自家だけを優先し過ぎている。

 もっとも、義兄に関しては、ただ義弟を案じただけという可能性も否定できない。そこを義父に利用されたのだろう。新城なら動くと、確信しているのだ。

 内容も手段もきな臭いことこの上ないのだが、どこか面映ゆいような気持ちで、新城は裏側を推測する。同時に、厄介なと恨む気持ちもある。一介の中尉の身で背負うには、少しばかり重い期待だ。

 新城はこの手紙を大隊長に開示。大隊長は盛大に顔をしかめると、忌々しそうな表情で各方面への連絡と、大隊将校の召集を命じた。

 戦車乗りだった頃はそこそこ有能な士官だったのではないかな。新城は大隊長の不機嫌な横顔を眺めて思う。すぐさま命じられた行動に移った。

 集まった将校たちは、状況を知らされると同じく苦い表情になって新城を睨みつけた。厄介事を持ち込んだ人間を責める目をしている。新城も否定できない。予想されたことなので、小憎らしいほど平然と振る舞った。

「で、どうする? 提督としては知らんが、あの守原だ」

 野心家として知られる人物だ。親艦娘派と謳ってはいるが、要は艦娘を利用して、権力を握ろうと画策しているだけである。摩耶のような存在が士官待遇というだけで、陸軍は苦労しているのだ。彼に好意を抱くのは難しい。

 その上、北海道でもやらかしている。陸軍側が情報を秘匿していたなどと騒いで、何故か認められているが、常識を尋ねる人間も教える人間も希になったと、現代の風潮を嘆くばかりである。あれのせいで、北海道の兵力はかなり目減りした。

 今まで恨みがましくしていた将校たちが、一斉に新城を見る。貴様らも大概だと思いながら、新城はふてぶてしく言った。

「こちらで握っている艦娘を手放さないことでしょう。戦力がどうこうの前に、通信手段を失います」

 いかにも守原大将が要求してきそうなことだ。全員が嫌な顔をした。大隊長が吐き出した煙で、部屋が真っ白になったように感じる。艦娘にどれだけ思うことがあろうと、一度手に入れたものを再び手放すのは、抵抗があるのだろう。

「それから、海上の艦隊とも連絡を確保するべきです。いつ、守原大将が到着するのかはわかりませんが、時間を無駄にし過ぎています。間に合わない可能性も否定出来ません。状況を把握するためにも、外部から情報を得なければ」

 言いなりになりたくなければ、反論する材料がなければならない。しかしそれは、上陸して奪われた、深海棲艦の支配地域へ進出することを意味する。むっつりと沈黙する将校たち。大隊長はさらりと言った。

「若菜。お前行け」

「は? 自分が、でありますか?」

「艦娘の面倒を見とるのは、お前んとこの中隊だろう? 駆逐艦連れて、ちょっと行ってこい」

 パシリではないのだが。若菜大尉は初めて真実に気がついたような顔になっている。慌てて新城を睨みつけた。積極的に押しつけていた過去は、忘却の彼方らしい。新城は無視した。それより大隊長だ。覚悟はしていたことである。

「吹雪を連れて行きましょう。幸い、資材も多少は確保してあります」

「貴様、勝手に」

「自分が、というより、妖精さんが、ですが」

 新城が機先を制すると、あーという顔で、全員が流した。この時ばかりは、新城も仲間だ。褒めて欲しいとばかりに差し出されたときは、そのまま爆破したいとすら思った。

「報告が遅れて申し訳ありません。若菜大尉殿。よろしいですか?」

 若菜は要領の得ない様子で頷いた。愚鈍にも思えるが、誰も責めない。貧乏籤を引き受けてくれたのだ。人間として、礼節を知る見事な態度だった。大隊長に目を向ける。

「んじゃ、そういうことだ。それぞれ準備にかかれ。解散」

 大隊長が立ち上がって、あくびした。他の人間も片づけをはじめる。若菜が周囲を見て、困惑のあまり慌てているが、みんなそそくさと退出していった。新城にも仕事がある。まずは猪口に声をかけねばならない。居場所の見当をつけながら、新城は廊下に出た。西田が寄って来ている。

 肩の辺りから笑い声がする。

 

 



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12.花弁に閉ざされて


今更だが


拙作のタイトル




エ タ フ ラ グ 凄 い な




でも止めない


 急がねばならなかった。足も自然と早くなった。無自覚なまま、緊張感を漲らせている。

 海軍は騒動と説得で一週間ほどを無駄にしていた。どれだけ楽観しても、明後日以降の到着になるはずだ。陸軍はもっと遅い可能性もある。新城の予測では、明日にも深海棲艦が現れてもおかしくはなかった。

 猪口は兵とともに訓練を行っていた。艦娘も混じっている。積雪の中を、駆け足で行軍していた。猪口を呼ぶ前に、それぞれの動きを観察する。

 やはり、艦娘は遅れている。食らいついてはいるが、差は明らかだった。例外は霞で、息も絶え絶えの島風をさり気なく支えている。近くに吹雪もいるが、役に立っているようには見えない。見慣れた光景だった。

 新城は猪口を呼ばわった。摩耶と古鷹がこちらを見る。

「何か御用でしょうか、中尉殿」

「何をしている。訓練に戻れ」

 猪口に答える前に、その背後から忍び寄っていた重巡二人を叱責する。立ち止まる彼女らと、振り返る猪口。思わずだろうが、猪口の体躯が一回り膨れた。泡を食い、助けを求めたのか新城を見れば、この寒空ですらましだと思えるほどの視線が突き刺さる。

 二人は縫いとめられたように硬直し、何かを喘いで逃げ出した。新城の様子に、猪口が眉を上げる。

「出撃だ。訓練を中止して、中隊を集結。期間は三日を想定しろ。途中までは車両を使うが、ほとんどが徒歩になる。そのつもりで準備しろ」

「すぐ、これからですか?」

「即座に、だ」

 納得したような、そうでないような。猪口の表情を、新城は正面から見返した。数瞬、無言でのぞき込む。

「了解いたしました。直ちに取り掛かります」

 結局、全てを飲み込むことにしたようだ。新城は目線を外して答礼する。猪口はその仕草の意味を、誤解しなかった。すぐさま、仕事に移る。

 西田は車両を調達させるために走らせた。ごねるようならと、いくらか土産を持たせたので心配はないだろう。もう一人少尉がいたが、そっちは飛ぶような勢いで自分の小隊を集めに行っていた。戻ってきたときには、全て滞りなく仕事は済んでいるはずだ。新城は彼を先発させるつもりでいた。

 若菜については、大隊長に任せた。詭弁ではあるが、指揮官は大局を見ればよい。細かなことは、新城らが整えるべきだ。実際、大隊長と方針を確認することは必要不可欠だ。若菜以外にそれが出来る人材はいない。

 おそらくだが、新城と大隊長だけが危惧を共有している。彼の視界は既に、白く染まっているのだ。

 深海棲艦は砲を備えた生き物だ。塹壕に籠もって戦うことは出来ないし、戦列を並べても吹き飛ばされるだけだ。前装銃とでは射程で争うことも虚しい。彼女らと戦うには、まず機動力をもって散開する他ない。

 幸いなことに、彼女らは巨大な艤装を担いだ、少女形の化け物だ。舗装路でならともかく、未舗装であるならば、むしろその馬力が空回るのみで、機動力など皆無である。そして、近づきさえすれば、殴り合いで負ける軍人を探す方が難しい。

 だからこそ、弓ではなく、前装銃が制式にされたのだ。陸軍に射撃戦をするつもりなど一切ない。一撃を放つ距離まで近づき、放った後は突撃して乱戦に持ち込むこと。それが基本方針であった。

 だが、雪は全てを無にする。優位であった機動力を平等にし、砲の優位を明らかにしてしまう。加えて、北海道の地理的条件も悪い。広大で平らかな地形は、伏撃も浸透も難しくさせる。彼女らには航空機もあるのだ。

 それらの事情を、海軍である守原大将が理解しているはずもない。各市町村に配布された避難要領すら知らないのだから、当然だ。義兄の手紙には、懲りずに強力な水上打撃艦隊や、航空機動艦隊を用意していると書かれていた。

 それでどうにかなるなら、名前の通り、水上で決着をつければよいのだ。明らかに、陸軍を盾か何かと勘違いしている。機動力を失った陸軍など、障害にすらならないというのに。

 主導権を握る。深海棲艦相手ではなく、まず海軍相手に。新城が考えているのは、その一点のみだった。

 そのために必要なものは二つ。情報と名分だ。現在の混乱を利用する。指揮権がどこにあるのか、曖昧な今だけしか成し得ない。深海棲艦の侵攻経路を突きとめ、守原大将が着任する前に動き出す。そうなれば、陸軍であっても全体状況の把握は困難だ。守原大将も追認する他ない。

 結局のところ、誰もが生き残りに必死なのだった。新城も駒城も、守原も。そのためならば、いくらでも卑しく、愚かになれる。人間だからだ。責めることは出来ない。ただ、必要と思われる、全てを行うだけだった。

 新城は他にも細々とした手配りをして、中隊事務所に戻った。そこでは、何か呆然としたような格好の若菜がいる。暖房機の前に座り込んでいた。

「中隊長殿、出撃準備、手配終了しました」

 のろのろと若菜が顔を上げる。相手が新城だと気づいていないようだった。その顔が、唐突に憎悪に染まる。

「よく平然としていられる」

「職務ですから」

 反射的に返したが、そうでもないと振り返る。実際、今の若菜を見て、冷静になれたような気がする。

「満足か? 軍を政争の道具などにして。何もかも貴様の思い通りだ」

 そうでもないのだが。高すぎる評価というものは、得てして迷惑にしかならない。慣れた反応ではあるが、どうしてこうも世の黒幕のような扱いを受けるのか。

「僕は一介の中尉に過ぎません」

 だが、若菜にしてみれば、その言葉を信用しろというのが無理なのだ。あの駒城の養子でありながら、独立して一家を立て、未だに中尉にとどまっているかと思えば、今回のような厄介を持ち込んでくる。大隊長を筆頭に上官に嫌われていながら、影響力を保持し、下からは妙に慕われる。

 そして、今もそうだが、対峙しているこちらが耐え難くなるほどの、何か鋼のような硬いものに裏付けされた、冷酷さと傲慢さに溢れた態度。それは、現実というものが形を持って立ち塞がるような、圧倒的な正しさを若菜に示していた。受け入れることも、目をそらすことも出来ない。抗うにしても、どこか惨めな自分を自覚せざるを得ない。理不尽だった。

「艦娘のこともそうだ。あんな欠陥兵器に訓練を施したところでなんになる。何を考えているんだ」

「特段、何も。既にご説明した通りです」

 莫迦にしているのかと思う。自分の無能を責められているようだ。若菜にしても、新城の方が指揮官として適任だという自覚はあるのだ。それについて大隊でどのように思われているのかも。

「それに、通信が可能になる利点は無視出来ません」

「追従出来ないではないか」

 そこは工夫でとはいかない。最大の武器である機動力は封じられる上に、駐在艦では通信能力も貧弱だ。また、艤装を展開せねばならない都合上、資材も消費するし、敵の電探に補足される危険も増す。利点の割に、欠点が目につくのだ。なくても戦えたものを、不便な思いをしてまで導入しようというのは、よほどの物好きだろう。

「それについては、申し訳ありません。是正は出来ませんでした」

 嫌味だろうか。嫌味に違いない。欠点を指摘しておきながら、その克服について疑問を投げかけたのだ。若菜とて、士官になるだけの能力はある。新城の示すものが何なのか、理解するだけの頭脳はあった。新城が決して無自覚ではないことも。

 わかっている。今ここにいる艦娘は、陸軍の観測所に付帯する小集落に駐在していた。一部、利尻にいた艦娘もいるが、あそこは金持ちのための昆布養殖場だ。他の艦娘のように、漁船の護衛をすることもなく、練度など工廠から出てきたときと何も変わらないのだと。

 あれらはこの国に捨てられた、哀れな人形だ。それでも何かに奉仕することを夢見て、健気に、純粋に、日々訓練に励んでいるのだと。

 そんなことはわかっているのだ。

 それでも、若菜は艦娘という存在を認められない。若菜は提督に志願して、適性で弾かれた過去があった。幸いなことに、若菜にはコネがあった。陸軍に入り、大尉という地位も得た。新城と若菜の年齢と階級の逆転も、ここに原因がある。新城へ引け目を感じることもある。

 しかし、彼とて努力はしてきたのだ。周囲の評価に腐らず、真面目に責務を果たしてきた自負もある。それは、体験した人間にしか理解出来ない、身を引き裂かれるような苦行だった。あんな、兵器として不足で、兵として未熟、人として幼い艦娘に、否定されるような、認められないような、そんな人間では絶対にないはずだ。

 それなのに、彼女らは目の前の男に救われ、自分はこうしてのたうち回っている。不公平だと喚き散らせれば、どれだけ楽だろうか。

 だが、支離滅裂としてきたことも自覚出来た。新城が時計を見る。そろそろ、中隊が集合するのだろう。こうした配慮についても気に入らない。何ともあらかさまで、隙がない。

「士官はここに?」

「そのはずです」

 ならば待機だと、話を切る。完全に拒絶する態度をとったつもりだった。

「行き先はどちらに?」

 能力については認めよう。だが、何があろうとも、こいつのことは好きになれそうもない。そして、自分程度にはこの男の全てをはね除ける力量がないこともわかっていた。新城の目。若菜のような人間には決して理解出来ない、冷厳とした世界の窓口。

「北見だ」

 新城の顔が歪む。僅かながら、気分が晴れた気がした。

 外ではまた、雪が舞い始めている。

 

 



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13.如何にも悲しく



セウト


 財家というものがあった。

 安東、西原、駒城、守原、宮野木に代表される血族によって経営される、巨大財閥のことであり、日本を支配する者たちの総称である。正直に財閥と呼称することに、憚りがあった故の呼び名であった。

 人間が政治的動物である以上、世に平等はなく、経済の発展と共に格差が拡大していくことは必然である。資本主義が社会主義より優れている点は、政治と経済を切り離し、格差を固定化させない機会と努力が許されている点にある。

 もちろん、完璧が存在しないように、所詮は気休めではある。この利点が生かされない資本主義国家というものも存在した。

 残念なことに、日本はそれに該当する。当時それは、経済的格差を越えて、一種の身分制度にまで昇華されようとしていた。

 それで何も問題らしい問題とならなかったのは、日本が日本たる所以だったのだろう。政治への関心などというものは、死滅して久しかった。当の財家さえ、政治には消極的であったのだから。

 彼らが望んだのは、ただ富と地位の維持存続だけだった。日本などという難しい国家の統治に関わるなど、余程の物好きでもなければなし得ない苦行だ。

 何せ、災害が頻発し、常に資源不足で、自覚なき食糧難に晒されているのである。地政学的に言っても、ロシア、中国に蓋をする存在だ。優秀な官僚と友好的な関係を築く方が、まだしもな選択に思えただろう。

 それが一変したのは、当然ながら深海棲艦の出現によってだった。シーレーンの破壊。これがいかに劇的な影響を日本に与えたか。この時点で、国など吹き飛んでもおかしくはなかった。

 幸いと言ってよいものか。失業者はほとんど陸軍に吸収され、同時にこの世から永遠に消え去った。瓦礫は山になることも出来ず、炎と砲煙の中で砕け散った。残ったのは、奇妙に肥えた平野と、価値の激減した貨幣のみ。

 芋の苗を植えては深海棲艦が耕すといった、不毛な毎日の中で、国民の大半が農奴のようになった。内陸に残った限られた電力インフラで、水耕栽培プラントが稼動を始め、前装銃による戦術が確立された頃には、企業が軍を養い、運用するような体制が出来上がっていた。国が頼りにならなかったのではなく、それが可能なまでに国家が縮小したのだ。それを許す土壌もあった。

 彼ら自身、生き残りに必死であった。そのためなら、血族を戦場に送り出すことも厭わなかったのだから、徹底している。当然、無関係ではいられない程の状況であったことは否定出来ないが。

 やがて国内の混乱や、数多の侵攻を越えて、重心が軍に傾く頃には、将軍職は彼らによって独占され、軍閥としての性格を帯びるようになっていた。財家という呼び名も廃れ、現在は将家と呼ばれるようになった。

 彼らの力は、財でも証券でもなく、農地と農奴によって維持できる、軍事力によって示される。そして、北海道は守原の王国であった。

 

 

                    §

 

 

 全ての王国がそうであったように、王が何もかもを支配出来るわけではない。それでも守原の影響力は、北海道に駐屯する陸軍にも及んだ。特に司令部のある札幌と、釧路を封鎖する帯広の部隊に顕著だ。

 新城のいる旭川は、オホーツク方面の支援と警戒を担当しているが、住民の避難が完了していたため既に焦土と化している。深海棲艦といえど、生き残れる環境ではない。

 その上で、艦娘による厳重な海上封鎖が為されていた。彼女らを支援しようとしても、大雪山などの山々に阻まれ、国道三九号線は復旧どころか、除雪で手一杯になる始末である。予備としての役割しか期待されていなかった。

 確実に北海道における覇権を築きつつある守原だが、代償として中央への影響力は削ぎ落とされつつある。既存の上層部は更迭が内々に決まっており、新たな人事にはうまく食い込めなかった。それでも彼には北海道を優先せざるを得ない理由がある。

 深海棲艦の侵攻により、日本の沿岸部は軒並み大きな被害を受けた。その時の恐怖は、日本国民の心に深く刻まれている。そして、沿岸部が奪われるということは、内陸も空爆の危険に晒されるということでもあった。海というのは、常に人々を脅かす存在なのだ。

 政府や軍としても、安全を担保出来ない沿岸地域は、人間の居住場所として選択肢から除外するしかなかった。それがどれほどの制限を国家に与えたかは、想像に難くない。

 だが、艦娘がいるのだ。他の将家よりもいち早くその有用性に着目した守原は、海軍で地位を得た。陸軍で言われるように、彼女らは人とも兵器とも定義出来ない、不確かな存在である。人格に依存する性能は、軍人への錬成が不可能であることを示し、その奔放な性質のままの運用を強いられるということでもある。

 だが、それが何だと、英康は思う。戦略次元ならともかく、彼女らは訓練などしなくても戦えるのだ。提督という、彼女らを生産出来る存在さえ用意すれば、その瞬間から戦力として期待し得る。これほど都合のよい兵がいるだろうか。簡単に数が用意できるというなら、深海棲艦の物量に対抗することも容易いではないか。

 彼の目論見は当たり、日本近海に限れば、漁業すら可能になった。そうなれば、沿岸は危険地帯ではなく、富を産む肥沃な大地でしかない。今以上の人口を支えられるばかりでなく、工業も発展が見込める。海は大量輸送を可能とする通商路として利用出来る。それらはすべて、守原の権勢を約束する、はずだったのだ。

 彼はこの思いつきを、誰かと共有しようなどとは思わなかった。何もかも、自家の影響力の及ぶ範囲で行った。目敏い者たちが、彼から漁業に関わる利権を掠め取っていったが、国民の感情などというものに配慮する莫迦どもは、未だに沿岸の開発に二の足を踏んでいる。国民など建前で、将家の都合よく動かせる農奴に過ぎないことは、当人ですら理解していることだというのにだ。

 英康の強引な手法は各方面からの反発を呼んだが、それによってなされた効果は絶大だ。だからこそ、彼の権力は中央にも及んだ。彼を支えているものは、艦娘と北海道なのだ。

 それが崩れようとしていた。艦娘は敗北し、北海道は荒らされ、提督という存在には無能の烙印が押されようとしている。そしてそのすべてが、英康の責任であると理解されているのだ。

 実際、英康の責任であった。提督との二人三脚であった艦隊運営を、艦娘に依存する形に歪め、提督を臨時雇いの管理人か何かにしてしまった。徴兵によって集められたにも関わらず、未だに曖昧な艦娘についての知識だけを詰め込まれた彼らを、軍人であるとは守原とて認識していない。

 そんな彼らを用いて行われた作戦は、北海道と太平洋航路の安全を、今以上に担保するためのものだった。専横とばかり責めるのは、彼以外が復興に積極的ではない状況では難しかった。南方への進出が行き詰まりをみせていたことも、事実だったのだ。

 しかし、今回の敗北で他の将家の判断に正当性を与えてしまった。守原は徒に国民を危険に晒したと非難される立場になったのだ。

 英康は必死で抗った。再び深海棲艦に国土を脅かされることは、現在の独占が崩れることを意味したからだ。不完全な海軍でさえ、国防はなったのだ。守原が作り出した現在の海軍にすべてを被せ、知らぬ顔で沿岸を開発し始めるのは見えていた。主導権を失えば、脆弱な海軍を権力基盤とする守原である。一気に、勢力は衰えるだろう。

 釧路での防衛は苦渋の決断だった。如何に広大な土地を有するとはいえ、北海道は寒冷地だ。嫌がる国民を移住させ、釧路“平原”を整え、破壊されたり老朽化したダムを修復し、一大生産地とするまでにどれほどの苦労があったか。

 大麻の栽培に手を出し、資金面では余裕を持てたとはいえ、一度は滅亡すら危ぶまれた国家なのだ。重機一つ調達するのにも、まず権力が必要だった。

 そうして整備したインフラを失えば、敗北した守原は、ただ食い散らかされるだけである。それならば、英康はためらうことなく、国民を犠牲にする道を選んだ。

 今は軍閥としての側面ばかりが強調されるとはいえ、元は巨大な企業団体である。非生産的な農奴を養っていかねばならない現状を放置しては、成長など欠片も望めない。技術は衰退し、文明は後退して、艦娘や妖精に頼らねば、人類はただ命を繋ぐことすら困難になるだろう。

 それはつまり、地球の支配者が、人類から別の何かにとって変わることを意味しているのだ。

 英康は六千人の犠牲と、自家の衰退の危機を前にして、自己を正当化する。

 生めば殖える命など、どれほど失われようと構わない。人類が積み上げてきた歴史と文明は、一度崩れてしまえば修復は不可能なのだ。自分にはそれを守る使命がある。愚かな国民の顔色を窺うことしか出来ない連中には、決して果たせない偉業なのだ。

 だから、そのためには、自分以外の全てを犠牲にしても仕方がないのである。むしろ、喜んでその身を差し出すべきだ。人類の存続以上に尊い目的など、存在するはずがないからである。

 全く最悪の貴族的思考でもって、そう守原英康は結論した。彼は一切恥じることなく、それを繰り返すつもりだった。

 もっとも、積極的にそれを推し進めようと思っているわけではない。それ程までに事態が悪化するとは考えられないからだ。

 今回の大規模な奇襲侵攻までの状況を鑑みるに、おそらく北方に深海棲艦戦力は存在しないのだろう。事前に察知された戦力移動は、こちらの陽動に連動したものではなく、おそらくこの侵攻作戦に合わせたものだったのだ。おそらく何らかの侵攻があったとしても、他の二つよりも規模の小さなものになるに違いない。

 もちろん、油断は禁物であるため、万全とは言い難くとも、可能な限りの備えはしてある。

 札幌に向かう航空機の中で、護衛の為に同乗する軽空母を見る。目をつぶり、周辺警戒中の偵察機と交信に集中しているのだろう。清楚を通り越して、どこか神聖ですらある横顔。そうでありながら、着物から覗くうなじと、ほっそりとした肢体から湧き上がる、柔らかい肉の質感。

 確かに美しく、若々しい。神々しくすらある。男の劣情を刺激するに足る、極上の存在である。

 だが、人口増加にすら何ら寄与することのない彼女らは、戦争以外で何の役にも立たない、奴隷以下の存在である。彼女らに比べれば、場末の娼婦の方が、余程人類存続に貢献している。

 いくら戦闘力があろうとも、人類の技術を無為に貶めてしまうのであれば、それは深海棲艦と同じ、文明の敵なのだ。決して、人類の友などではない。妖精の走狗と言ってよい。

 いずれ、一匹残らず滅ぼしてくれる。

 そう内心で決意を新たにしながら、英康はにこやかに彼女に話しかけた。

「そう、気を張ることはないぞ、鳳翔。周辺の安全は確保されている」

 その言葉に、彼女は静かに瞼を開ける。そして英康を見て、何もかも蕩かすような、優しい笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。でも、提督の安全に関わることですから」

「お前には向こうでも働いて貰わねばならん。だが、予備へと退いていたにも等しいのだ。今から無理をする必要はない」

 英康の言葉に、彼女は聞き分けのない子供を前にしたように愁眉を寄せる。母性溢れる仕草だが、壮年の域を通り過ぎようとする男に向ける表情ではなかった。英康の眉も顰められる寸前であったが、彼の手を鳳翔の手がそっと包む。

「お気遣いは嬉しいのですが、提督。これでも、お仕えする空母の中でも最古参として、訓練は欠かさずにおりました。お店をお許し下さった後も、このような機会のあることは覚悟しておりましたもの。そのように甘やかされては、立つ瀬がありませんわ」

 まさに子供を叱るような、厳しくも甘やかな態度であった。まっすぐにぶつかってくる彼女の眼光に、抗えないものを感じて、つい目を逸らしてしまう。訓練に励んでいるなどとは信じられぬ、柔らかな手の平は、しかし彼を放そうとはしてくれない。その感触に誘われるようについて出ようとする謝罪の言葉は、彼の将家としての矜持が邪魔をする。

 苦し紛れに出たのは、強がりにも似た懺悔だった。

「店のことは、御家の事情によるものだ。畢竟、政府への嫌がらせに認めたも同じ。お前が恩に感じることなど」

 英康の言葉を遮って、彼女の笑い声が届く。視線を戻せば、やはり蕩けるような笑みが目の前にあった。

「きかっけなど。私たちは提督のお役に立てればこそ。何よりも、提督、貴方が私の夢を覚えていて下さって、それを叶えて頂けたのです。それだけで、いえ、それだけが他の何よりも重要なのですよ?」

 前のめりに訴える彼女のからは、目眩がするほど香しい薫りがくすぐってくる。耐え難い衝動の荒波を何とか振り払い、英康は全面的に降伏した。

「好きにせよ。もう何も言わん」

 完全に拗ねた子供と化した男の仏頂面に、涼やかな鈴の音のような笑い声が弾けていく。男としての体面を保つために、懸命に苦虫をかみ潰す彼は、そっと考えを改める。

 自分の艦隊ぐらい残したところで、問題はなかろう。むしろ、他家よりも優位に立てるというもの。慈悲を見せれば、こやつらは逆らうまい。

 守原英康は軍人として、そこそこに優秀であり、政治的動物としては怪物的な素養の持ち主だ。特に自己を正当化させるに当たって、何の躊躇いも制限もない。才能というべくない、精神性の持ち主だった。

 その彼がこうまで拙く理屈を捏ねた例は、一生の内でも数えるほどしかない。

 穏やかな時間は、地上の柵みとは無縁にゆっくりと過ぎていく。

 しかし、何があろうと、どこにあろうと、逃れられないものも存在する。

「提督、緊急電です。カムチャツカ沖にて哨戒中の艦隊より、アリューシャン方面から大規模な深海棲艦の移動を察知。数は不明なれど、最低でも師団規模。繰り返す、最低でも師団規模を確認。なお、やはり未確認なれど完全編成の模様。至急、指示を乞う」

 完全編成とは、駆逐艦を中心とした物資略奪を目的としたものではない。弾薬と燃料の許す限り、破壊と殺戮をもたらす精鋭軍を指す言葉だ。

 それをもたらした鳳翔は、これまでの雰囲気をかなぐり捨てて冷たく硬い軍人の顔で英康の指示を待つ。

 英康はただ、戸惑うことしか出来なかった。

 




男の夢を記すのは簡単で楽しい



以下 妄言としてお読み下さい

「・・・・・・」
「貴女にご協力頂いた試みは残念ながら失敗に終わりました。しかし、成果がなかったわけではありません。貴女のご提案通り、戦争という状況下では改善の傾向が見られたのです。そこで今度は、終わりのない戦争状況を創出し、それによって世界の安定を実現しようと、神はお決めになられました。ああ、ご安心下さい。貴女に与えられた恩寵を取りあげるようなことはしません。貴女はその命ずるままに、自然であればよいのです。それでは、新たな世界でも神の祝福を」
「貴方がたには学習能力というものがないのか!!」


レーベ戦記 始まりません

誰かやって


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14.伸ばした手の掴む先

 カムチャツカ沖は陰鬱で非常に暗い海だ。海面は青いというより、碧いというべき濃い碧緑色であり、常に荒天に晒されてうねり、波濤を散らす。親潮の起源を示す豊かさの象徴ではあったが、同時に厳しさの具現でもあった。

 何よりも空を塞ぐ雲が、太陽を遮断して光を届けない。深海棲艦の出現に伴って活発化したカムチャツカの火山帯が、噴煙を吐き出して空を覆っているのだ。

 そのためか、大陸沿岸であるにも関わらず、例外的に深海棲艦の跳梁が穏やかで、艦娘であれば航行に問題のない海域だ。彼女らの護衛があれば、漁船の操業すら不可能ではない。

 しかしながらこの方面の進出は、これまで顧みられてこなかった。天候という面では、通常の船舶はもちろん、艦娘でさえ通過に危険を伴うからだ。その上、この地方はもともと開発もあまり進んでいない。

 カムチャッカ半島の地形も障害になった。非常に急峻なため、深海棲艦の攻撃を避けられるほど、内陸には拠点を構えられないのだ。さらに寒冷な気候まで重なれば、面倒ばかりが目につく。

 安全保障上も南方に比重が置かれるため、戦略的価値が低かったのだ。

 だが、艦娘をもってしても、南方の攻略は苦難を極めた。無数の島を取り合い、資源を確保し、支配地域を増やす度に防衛の難度は増す。輸送や陸軍の支援にも駆り出され、かと思えば、本土の近海にひょっこりと現れる深海棲艦の対処に追われる日々。

 明確に戦況が膠着したとき、誰もが心の内に焦りを自覚した。どこかで包囲を破らねば、痩せ細って枯死するだけだと。

 必要なのは、手を携えて難局へ立ち向かう友人の存在だった。

「で、向こうさん、何やて?」

「別に。報告だけして切ったわよ」

 交わす言葉は、吹きすさぶ風よりも冷たかった。木っ端より儚い身でありながら、建築物を丸ごと飲み込む荒波を器用に越えていく。海という大自然の中にあって、頼りない以前の幼い少女たちは、しかし平然とそれらに立ち向かっていた。まるで、何事でもないかのように。

「よそ様とはいえ、鳳翔やろ?」

「その通り、よそ様よ。緊急電だけで十分」

 叢雲のにべもない返答に、龍驤は空を見上げる。重く垂れ込める雲が、気鬱を増した。

「それより、触接は維持出来てるの?」

 二人を中心に、陽炎、不知火、黒潮、龍田が周囲を警戒している。耳と目に別々の仕事をさせる手際は、歴戦の風格が漂っていた。気の利いた兵というのは、盗み聞きが巧いものだ。当然、弁えた士官も独り言や、内緒話に親しむことになる。その傾向は、現場が過酷であるほど著しい。

「敵さん、艦載機は繰り出してこん。触接は楽やが、近づくんは無理や」

「何よ、師団規模の艦隊って。二〇〇〇個艦隊なんて、馴染みがなさ過ぎて出てこないわよ。直径二〇㎞の輪形陣とか、莫迦じゃないの?」

「知らんがな。よっぽど、大事なもんを抱えとるんちゃうか? おそらく、空母系の姫やな。外縁を軽巡で固めて、砲艦がその後ろ。駆逐と空母は中心辺り。遊撃らしきもんらが周辺におるが、今のところ相手にされとらんわ。あと、員数外と覚しきイ級いっぱい」

「足は?」

「半分半分やな。まあ、いつものように出来たら、逃げ散るやろ。出来たらな」

「龍田、周辺の水雷戦隊は?」

「三〇ほどかな~? でも、幼稚園が来てるって~」

「その通称辞めて下さい」

 艦娘というのは、通常知られているよりもそれなりに個体差がある。見た目はもちろんのこと、性格や能力にも違いが見られるのだ。そのため、固有の通り名を冠した艦娘や、任務部隊も存在する。これは、深海棲艦側でも確認されている事実だ。

 但し、厳密な性能というのは変わらない。本質というべき部分も、似通っていることが多い。少なくとも、夜戦バカが夜中大人しい艦隊はない。

 結局のところ、提督の運用と練度次第ということだ。

「じゃあ、連絡しといて。こっちも横須賀に繋いでおくわ。二、三日あれば、一当てするぐらい集まるでしょう」

「いいの? それ?」

 陽炎が疑念を溢す。北海道の防衛を指揮する守原大将はもちろん、指揮系統の上位を悉く無視しているのだから当然だ。

「増援じゃなくて、支援なのよ、私たち。担当はそもそも太平洋なんだから、文句を言われる筋合いはないわ」

「いや、だからて」

「うちの莫迦は小笠原だし、横須賀の司令長官さんなんて、舞鶴の後始末を請け負った直後にこれでしょ? 指示を待ってたら、あいつら上陸しちゃうじゃない。それとも、大和型にでも頼る?」

「「「「それはない」」」」

 論理のすり替えだろう。適材適所という言葉もある。いや、どちらも連合艦隊旗艦を務めた来歴はあるのだが。

 断っておくが、控えの席を温めることの多い大和型が、ここぞという時に頼りになる戦力であることは間違いではない。しかしながら、年の功とも言うべき何かが艦娘の能力に影響を与えている可能性が多少なり認められていることは、海軍の最重要機密として一般的に流布している事実である。

 もちろん、一要素として参考にする程度のものだ。やはり、提督次第と結論する他ない。

 おしゃべりを適当に中断して、横須賀を呼び出す叢雲は思う。

 提督次第という言葉の、あまりの呪わしさに。

 文字通り、生き死にでさえも自由にされてしまう自分の運命に。

 兵器であり、人間であり、付け加えれば女であるという、曖昧な属性に。

 それでも、ただ受け入れることだけは出来ない。どうしようもないと諦めて、蹲ることも、流されることも、信じることさえも。

 だが、それに抗う艦娘は貴く、神聖で、何よりも醜悪だった。決して、正視出来るものではない。彼女には、足の踏み出す先を決める勇気などなかった。

 時代が変わろうとしていた。これまで必要だけに駆られて協力してきた二つの異種人類が、何らかの結論を得ようとしている。

 それは、きっと、人類が夢想してきたどんなおとぎ話よりもろくでもないものになるだろう。

 彼女には、それをどうこうする力はない。

 だが、歩き始めねばならないだろう。進まねば取り残されるだけなのだから。きっと、今は蹲っているかもしれない誰かも。泳ぎ出さねばならない。流されるままでは、波は越えられないのだから。

 そして、誰もが時代とともに未来を見つめたとき、猜疑と不和の彼岸に辿り着くのだ。

 師団規模、二〇〇〇個艦隊の深海棲艦。

 今、小笠原を攻めている艦隊がおおよそ二四〇個艦隊。レイテ沖に一二〇。編成も何もかも異なっているので、単純ではないが、兵力として日本はその三分の一ほどしか用意できていない。

 敗亡の運命が迫っていた。

 

 

                     §

 

 

「それで? 摩耶とは何を?」

 兵員輸送車に揺られながら、新城が尋ねた。既に兵たちの雑談ネタも尽きようとしている。若菜は不機嫌な沈黙を携えて、別の車両に乗り込んだ。先発させた小隊は、紐を解かれた犬のような勢いで飛び出していった。輸送車の中は寒く、どれだけ暑苦しい光景とて、たちまちに冷やしてしまった。

 新城としては、貧乏籤に付き合わせた哀れな兵たちに、ささやかな楽しみを提供する必要に駆られていた。

 案の定というべきか、無遠慮というのも烏滸がましい注目が、西田に集中した。

 だが、新城に目をかけられながら平然としている男である。照れたような顔をして、しれっと答えた。

「いえ、訓練で負け続きでしたからね。再戦の約束を」

 西田の言葉に応えて、次は勝つと誰かが叫ぶ。それをはやし立てる声と、西田を励ますためか、彼を叩く音が車を震わす。満更でもない様子で受け入れる西田と、それを不機嫌そうに眺める新城。

 誰かがその視線に気づいて、輸送車は沈黙に包まれた。

 新城がおもむろに口を開く。

「それだけか?」

「ええ、はい、中尉殿。それだけです」

 訝しがる西田の顔を、何か珍しいもののようにたっぷり眺め、新城は盛大にため息を吐き出した。

 そして言う。

「存外につまらん奴だな、君は」

 西田は心外そうな、戸惑うような顔になって、言葉を失った。誰かが吹き出し、そして誰もが制御出来なくなる。

 西田はヘタレの称号を賜って拗ねた。

 笑い声を響かせながら、兵員輸送車は雪の中を行く。

 戦場へ。戦争へと向かって。



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15.回り道の風景


遅くなりました

忙しいので今後もこのペースだと思います

すいません


 二〇〇〇個艦隊の深海棲艦。この知らせを受けて、旭川は直ちにオホーツク沿岸への展開を決めた。守原大将着任、三時間前の出来事である。これによって、半ば守原大将の統制下から抜け出すことに成功した。この意味は大きい。

 海上戦力としてみれば、深海棲艦の撃退は不可能である。唯一、海上で対抗可能な艦娘が、一五個艦隊しか存在しないからだ。横須賀より派遣されている水雷戦隊や、軽空母部隊と合わせても、五〇を越えることはない。

 しかし、地上戦力として見た場合、たかだか一個師団の砲兵集団である。確かに北海道の一部地域を確保することは、一時的になら可能だろう。だが、取り返すことは難しくない。既に一度戦場となり、深海棲艦の略奪に晒されたばかりの無人の荒野であれば、遠慮も無用であった。

 それでも、上層部は混乱した。

 問題は完全に国内事情に求められる。北海道が重要な食糧生産拠点であり、守原の権益を支える土地であることが、様々な思惑を呼んだ。

 守原と政府の一部は、どうにかして太平洋側を戦場にしたい。

 釧路平原は日本全国で有り余る瓦礫を活用して埋め立てられた、広大な農作地である。これを維持するのは、釧路川、新釧路川を囲む堤防だ。多数の支流と湧水を束ね、釧路の水利を支えている。

 これを失えば、釧路は再び湿原へと後戻りだ。深海棲艦にとっては棲みやすい環境であるため、上陸を許せばそのように活動する公算は高い。

 翻って、オホーツク沿岸の水利を支えているのは、複数のダムである。幸いなことに、今は無事であるこれらが破壊された場合、現在の日本では再建にどれ程の年月がかかるか分からない。場合によっては、再建そのものを諦めざるを得ない程の被害が生じる恐れがあった。

 また、再建出来たとしても、それは守原の権益に国が嘴を突っ込む余地を与えることになる。守原大将としては、釧路を生贄に捧げる他に選択肢が存在しないのだった。

 しかし、軍事的な側面から見れば、深海棲艦には是非ともオホーツク沿岸に上陸してもらいたいのだ。

 まず、千島列島を利用することで、上陸前の漸減作戦が容易なこと。

 しばらく待てば、流氷が海上を封鎖するため、こちらが戦力を展開するまでもなく、深海棲艦の弱体化が見込めること。

 釧路に比べれば、深海棲艦が展開するであろう平野部から山間部までの距離が短く、陸軍部隊の安全が確保しやすいことなど、特に陸軍にとっては都合のよい地理的条件が整っていた。

 また、農地としては釧路の方が生産量も多く、漁業拠点としても優先したいところである。

 どちらの構想を採用するにしても、鍵となるのは横須賀だ。千島列島を利用するにしろ、しないにしろ、危険を冒すのは横須賀を中心とした部隊だからだ。

 小笠原で迎撃に励む横須賀は、現状、どの部隊も提督不在のまま回している。首都防衛を担うだけに、例外的に統制のとれた鎮守府であるが、武力というのは無言であるときこそが最も雄弁である。中立と謳うことすらせず、政治との関わりを避ける素振りを覗かせ、実績を積み上げて、独自の勢力と呼べるまでになっていた。この隠れた実力者に、これ幸いと政治的な働きかけがなされる。

 もっとも、これについては派遣艦隊を統括する山田康雄中将より指揮権を預かった旗艦叢雲から、「方針には従うけど、方法についてはこちらに任せてもらうから」と予め伝えられたため、各勢力とも梯子を外された形になった。

 そのお陰だろう。方針争いは陸軍と海軍の綱引きという、単純な構造になる。眼前に深海棲艦の大艦隊を控え、北海道の大部分を掌握する守原が、事前に主導権を握っているのだ。多少、取り返したところで大勢に変化はなかった。

 釧路での迎撃だ。

 中隊単独で深海棲艦支配地域に進出している新城たちのもとにも、これらの知らせは届けられた。その数に動揺していた兵たちに、落ち着きが戻る。

 彼らにとって、上層部の混乱は面白くないものであったろう。敵を目の前にして、呑気なものだと呆れていたかもしれない。

 だが、どうしても必要な手続きだった。五将家のほとんどが、陸軍の充足を目指すなか、守原は艦娘の取り込みを優先してきた。慧眼と言えるかもしれないこの選択によって、守原の勢力は拡大した。陸軍より人材を送り込んでおきながら、手綱そのものを手放したよその家とはかけ離れた、抜群の成果である。

 そのため、守原は五将家のみならず、政府や中立の立場の者からさえ警戒されていた。どのような過程を経るにせよ、最終的には撃退されるだろう今回の侵攻は、その守原の経済基盤に間違いなく大きな打撃を与える。

 当然、それだけで追い詰められるほど、守原も弱くはない。しかし、実質的な当主である守原大将の立場からしても、より海軍に傾倒していくことは想像に難くない。そして、法的な後ろ盾が何もない艦娘の政治的価値とはつまり、武力でしかないのだ。

 深海棲艦の脅威に対抗することが国家戦略として優先される以上、それを座視することは、そのまま日本の支配権を明け渡すことに等しく、綱渡りの国内情勢が、決定的な事態にまで発展する危険を孕んでいた。

 そのような面倒な事情に巻き込まれ、尖兵として投入され、挙げ句、取り残された新城としても、兵たちと同じく悪態の一つも吐き出したい気分だった。横須賀が早々と立場を明らかにしたため、現場での繋がりを期待されていた新城の中隊は、ただ孤立しているだけになってしまったのだ。

 それが許されないのは士官として諦めるにしても、他人のそれを窘めざる得ないのは呪いか何かなのだろう。気楽に兵たちに同調する若菜の世話をしながら、新城は実家に帰った際に義父から取り上げる酒の選定を進めていた。

 唯一の救いは、兵たちにあまり恨まれていないことだ。新城がどうこうよりも、守原が嫌われているせいだろう。艦娘を利用して政府や軍から譲歩を迫る遣り口は、人間を蔑ろにして化け物を優遇していると受け取られている。厳しい世相を反映して、軍にあっても苦しい生活を強いられている彼らは、艦娘を兵器としてしか捉えていない。それが不満の捌け口として機能しているため、守原は必要とされ、艦娘の国家における立ち位置は曖昧なままだ。

 何より、すぐ隣に軍の駐屯地があるのに、何故か北見で足止めされているという現実がある。ちょっとした意趣返しだろうが、ここまで彼らを運んできた車両を直ちに帰還させる命令はすぐさま達せられたのに、美幌の使用許可がちっとも降りないのだ。

 予想していた新城が、当面の滞在に耐え得る燃料などを確保してきたからまだ何とかなるが、若菜など命令通りに車両を返してしまうところだった。猪口が機転を働かせて、故障中ということにしたが、新城の留守中の出来事だったため、若菜だけでは深海棲艦と戦う前に死ぬかもしれないと、兵たちが震えているのだ。

 ただ、それを口実として、美幌に向かう許可が引き出せたのは僥倖だった。猪口の助けはあったものの、純粋に若菜の功績である。もっとも、それも一日遅れなのだから、よっぽど恨まれているらしい。

 無事に帰ることが出来たら、中隊全員にも義父の酒を振る舞うべきか。半ば結論の出ている悩みを弄びつつ、中隊は美幌に到着した。

 中隊一つで、旭川本隊の受け入れ準備など不可能ではあるが、遊んでいても仕方がない。美幌から持ち出せなかった装備の中には、実に頼りになる代物が転がっていた。雪上車、スノーモービル、スキーや橇もだ。

 北海道に駐留する部隊として、全員がそれなりに扱いを心得ている。簡単な整備と点検を名目に、半年の空白が埋まるように、訓練を施す。これまで狭い場所で大人しくさせられていた猫たちも、思う存分楽しんだはずだ。その過程で吹雪が雪と毛皮に埋もれてしまったことは、この遠征で一番の不幸な出来事だった。

 その吹雪が、何やら慌てた様子で新城の元に駆け寄って来る。何やら鬼気迫った態度で、猫にじゃれつかれる彼女を見かねて、新城が千早を呼ぶ。彼女は、中隊のリーダーであり、新城の飼い猫だ。あっという間に新城の前に猫たちが整列した。新城が兵たちに尊敬される、最大の理由である。吹雪はまだ、手間取っている。

「呼吸を整えてからでいい。通信か?」

 慌ててしまうとどうにも駄目になってしまう彼女のために、新城が先回りする。普段は真面目で、印象を覆すほどの優秀さを覗かせることもあるのだが、何か特別な星の元に生まれたのだとしか思えない人生を送っている気がする。

 荒い息を飲み込みながら、吹雪が頷いた。新城はこの様子を見物していた兵に目配せをして、若菜たちを呼びに行かせた。新城は勤めて平然と、吹雪が落ち着くのを待つ。

「た、大変です! 海上の陽動部隊から連絡が!」

 中身を言えと、思ってはいけない。新城はゆっくり頷いて、先を促す。

「千島沖から出撃した艦載機部隊を追って、深海棲艦が転進! こちらに向かっています!」

 兵たちがざわめいた。新城は眉を一度上げ、能面のような表情で頷いた。その場の兵たちに待機を告げ、吹雪と千早を伴って歩き始める。

 その背中に、縋るような視線が集まった。

 

 

 



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16.詭道なればなり

 深海棲艦は常にこちらの意表を突いてくる。何の意味もなく。

 深海棲艦は当初、空に対して一切無防備に進撃していた。おそらくだが、こちらの事情を看破しているのだろう。主力のほとんどが他の方面にかかりきりなのを見越して、資材の節約に勤めているのだ。そのくせ、巨大な輪形陣をなして慎重に進んでいる。航空戦に慣れた最近の艦娘であるなら、手出しを躊躇しただろう。

 しかし、横須賀は怯まない。戦力の補充と物資の確保。敵戦力の撃滅と海上防衛。あらゆる矛盾と正対しながら、理不尽を乗り越えて平和をもたらした、その魁となったのが彼女らである。日本で最初の鎮守府であり、その発足時に所属していたのは、たった五名の駆逐艦。滅びようとする日本を背負って、彼女らが海を切り拓いた。

 巨砲を掲げるのは怯懦。航空に頼るのは甘え。魚雷こそが至高の兵器。僅かに生き残っていた海軍士官の薫陶宜しく、彼女らは肉迫攻撃の鬼である。補充に陸軍が利用されたことも、原因かもしれない。

 何せシーレーンが破壊され、資材不足に国中が喘ぎ苦しんでいたのだ。絶え間ない出撃の最中に回せるレシピなど、最低値以外にあり得ない。軽巡と駆逐艦だけの水雷戦隊が、深海棲艦の支配に沈もうとしていた日本を救うためには、選択肢など存在しなかった。

 雲霞の如く空を塞ぐ深海棲艦載機をくぐり抜け、幼い身の上となった彼女らを編隊ごと喰らう砲火を躱し、直接人類の怒りと恨みを突き立てる首狩り専門の特攻隊。それが横須賀の水雷戦隊である。

 そのせいか、強い艦娘とはつまり、肉弾戦を行うものだという風潮がある。まあ、大戦の記憶を引きずって顕界してみれば、戦艦も空母も鼻歌交じりに蹂躙する先任を目の当たりにしたのだ。これが一部の戦艦に受けて、砲弾を素手で殴り返したり、三鎮立ちなる構えが流行ったりした。大艦巨砲主義を真っ向から否定するものだが、なかなか便利のよい戦術である。

 何故なら、海というものは意外と起伏に富んだ地形だからだ。女性形の艦娘にとって、砲撃を妨げる要因とはつまり、視界を塞ぐ波濤であった。また、二本の足で海面に立つということは、機動力を大幅に押し上げた代わりに、安定性も犠牲にしている。風もないような凪の海ならばともかく、近接射撃戦を行うには、艦娘の身形では厳しいものがあるのだ。

 よって、荒天に恵まれた北方の海は、彼女らにとって打ってつけの戦場である。危険過ぎると今では廃れ始めた戦術だが、その有効性に疑いはない。加えて、相手は巨大過ぎる単一陣形の塊。

 どれだけ中央の旗艦を守りたいかは知らないが、屠るべき標的の位置を知らしめ、自らを自縛し、空を明け渡した艦隊など、遠征に飽いた彼女らの餌でしかない。

 鬼すら後ずさる戦意を漲らせ、軽空母が世紀末を唄う。荒天において、もっとも有利な陰陽型。風も波も知ったことかと、ただ勅命のままに曇天の中へ。世界で最も正確、確実な配送は、かつてより受け継がれる日本のお家芸である。

 千島列島より発進した航空隊に深海棲艦が空を振り仰げば、足元から無航跡の死神が迫る。艦船の高さを持ち得ない彼女らが空からの目を失えば、世界最強の魚雷はまさに当時求められた通りの戦果を約束するのだ。それはかつての屈辱を晴らすかのような全弾命中。水柱に呑み込まれてしまえば、戦艦すら姿を消す。悲鳴も怒号も、怨嗟ですら海の底へ。

 生き残り、文字通り浮き足立つ彼女らの頭上には、既に爆撃態勢の荒鷲共がいた。身を捨ててこそを体現する、直角の急降下。波は不規則に乱れて、深海棲艦といえども姿勢を維持できない。当然、重い艤装を持ち上げ、構えることも。迎撃など出来るわけもなく、した所で意味もない。投下された爆弾が意識を貫いて、白熱する。

 護衛の戦闘機が、暇そうに旋回していた。

 回避、迎撃、防御、攻撃、発艦、索敵。何をすればではなく、全てを同時に行わなければならない。乱戦とはまさにそれで、それこそが横須賀の真骨頂。波間に紛れて浸透した少女たちが、笑顔を浮かべて全てを砕く。砲を突きつけ、艤装の隙間にねじ込み、発砲。海面に油が広がり、鉄片が飛沫を上げる。生きていても死んでいても、どうでもいい。辺りは喰い放題の散らかし放題。選ぶ手間すら惜しいほど。

 作戦は完全に成功したかに思われた。

 巨大な円の外縁を切り取るように進む一二〇名の艦娘たちは、混乱のまま散発的に行われる反撃をあしらい、陣を突破しようとしていた。乱戦を抜ければ、その後は一〇〇倍もの敵との追撃戦が待っている。損害を与えたことは確かだろうが、所詮は水雷屋。足を頼みに逃げる他ない。そのまま輪形陣を維持するならよし。分派するなら各個撃破していく算段は付けている。

 だが、おかしい。違和感がある。どうにも緩いのだ。軽巡の外郭を破っても、内側は戦艦。取り回しに難があるとはいえ、その一撃は横須賀にとって致命の一打だ。にもかかわらず、中破、小破はあれど、大破、轟沈の報告はない。望んで作り出したはずの状況が、意図しない形で有利な方向へ押し流されていく。

 躊躇い、足を止めれば待っているのは死。しかし、進んだ先に待っているのは果たして勝利なのか。積み重ねた経験が警鐘を鳴らす。そういえば、深海棲艦の艦載機が見当たらない。この期に及んで、何故飛ばさない。いや、まさか。

「神通さん。どうやら、見逃されているようです」

 僚艦の声にはっと、周りを見渡す。こちらに砲を向けている深海棲艦は僅か。他は脇目も振らず、横須賀の後方へ。乱戦の中で、全体が見えていなかった。むしろ、騙された。混乱ではなく、足止めでもない。あしらわれたのはこちらだ。

「綾波さん!! 第二の叢雲さんへ連絡を!! すぐさま、全力で出撃するように!! 曙さんは、千島の龍驤に!!」

 誰かが気づけば、そこは歴戦の強みか連鎖的に理解が広がる。

「単縦陣へ!! 突破と同時に左舷回頭!! 全て撃ち尽くして!!」

 もはやそれは悲鳴だった。何故分からなかったのか。深海棲艦得意の物量作戦。大きく、鈍い輪形陣は囮。深海棲艦が放った艦載機は、彼女らどころか、直掩機すらも顧みず、ただ一方向に向かう。追われているのは、攻撃手段を失って帰還する艦爆の群れ。

「空母が・・・・・・逃げて。お願い」

 海が開けた。突破した。取り残されたのだ。深海棲艦は、陣形を再編して千島列島へ。逃げる先は、灰の降り積もる半島か。それとも流氷で閉ざされたオホーツクか。全力で回頭。だが、これから追いかけたとして、死線を潜った事実は変わらないのに。

「上空!! 敵艦載機!!」

「読まれていた?」

 一瞬の忘我。荒れる海上で、全力で舵を切っている最中の、およそ考えられる限り最高で最悪の機会。

「回避ー!!」

 その命令に、誰が従える。

 

 

                      §

 

 

 

 提督の不在が仇になった。あの運命の日の過ちを繰り返してしまった。

 確かに戦力は絶望的なまでに足りなかった。突撃する水雷戦隊が優先されるのは当然だ。先手だからと、主導権を握ったつもりになっていた。空母を集中運用してしまった。分散するべきだったのだ。

 札幌からは、直ちに先遣隊から追加戦力が派遣された。貴重なヘリを使って、全力でオホーツク沿岸に向かっている。守原大将の命令を受けた鳳翔は、きょとんと彼を見つめた後、いつもと同じ微笑みでそれを受諾した。

 陸軍も急いではいる。だが、冬なのだ。限られた車両で大雪山を越えるために払われるあらゆる努力を、雪が覆い隠していく。大規模な兵員輸送は、繊細な雪山を揺り起こす。到着は遅れていた。

 深海棲艦はこれまでが嘘のように分散し、千島に展開していた軽空母部隊を追い詰めている。流石の巧みさで遅滞戦闘を試みているが、艦載機は無限ではない。幸いなのは、空母であるが故に、それなりに速度を稼げることか。

 追撃する横須賀の残存艦隊も必死に追っているが、何とか先回りを狙う一部の分遣隊を始末したのみだ。解き放たれた獣のように戦果を挙げる彼女たちだが、それも限界だ。旗艦叢雲は現実を見つめて頽れた。

 深海棲艦を閉じ込めるはずだった流氷は、千島列島を確保されたことでその意味を反転させた。オーストラリア打通を諦めさせたソロモン海が、国内に出現する可能性が指摘されたのだ。

 もはや、太平洋や南方の決着を待つことも出来ない。ことここに至っては日本海からも戦力が抽出されるだろうが、戦力の逐次投入が避けられない状況とは、つまり破綻しているのだ。

 現有戦力で事態を打開せねばならないとなれば、空母は一人でも貴重である。

 しかし、摩耗した空母が逃げ込む先は、一つしかない。旭川第11剣虎兵大隊所属、第二中隊派遣地域。新城のいる場所だ。その先には辿り着いても意味はなく、その手前では捕捉される。

 たった二〇〇名の歩兵と、剣牙虎だけが、北海道を救う最後の希望であった。保障も公算もない、ただ可能性としての。

 弱音を吐くことは簡単だ。逃げ出すことも出来るだろう。

 だが、現実は常に理不尽なまでに狂った合理性を示す。

 雪に囲まれ、孤立した中隊。

 もしも彼らに生き残る道があるとしたら、深海棲艦の食道に向けて突撃すること。

 希望というのは、まったくもって本当に、嘔吐以下である。



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17.過ごした時間

「ちょっとええか、第五の」

「おお、第二の。殿か?」

 苦笑しか返せなかった。自分の分身。文字通り魂を分けた存在であるが、話が早過ぎて言葉もない。比較的穏やかといえど、この季節の海である。駆逐艦と並ぶ体躯の彼女らは、仲の良い双子のように寄り添った。

 おそらくは感謝すべきなのだろう。今、この瞬間に湧き上がる気持ちさえ、置き去りにする仲間への免罪符になる。だがそれは、しくじりを犯した指揮官に許されるものとは思えなかった。例えそれが、軍規に裏付けられたものでなくとも。

 オホーツクの凍てつく海で、彼女らは当たり前のように戦い、当たり前に負けた。わかりきった運命の中で、この身を捧げても目的を果たそうと息巻いていたのに、定められた運命などないと、あの世への道のりを閉ざされた。今は惨めに駆り立てられ、生き残るためにもがいている。

 皮肉にしても、酷い顛末だ。

「考え過ぎんなや。分散したかて、この頭数や。全滅しとらんのは、間違うなくアンタの手際やで?」

 慰められたいわけでは無いなどと、我が儘を言えればどれだけ楽か。やれるだけやったと、胸を張れればこんな気分で話をしていない。押し付けられた状況で行動を強いられながら、さも自分の意志で下した決断だと思い込んだ。

 彼女らが顕界した当時とは違うのだ。深海棲艦とて、無策ではない。航空隊の援護無しに水雷戦隊を突っ込ませるのは、もはや特攻ですらないただの自殺である。であれば、たった五個しかない軽空母の艦隊で、空母を中心に編成された大艦隊と殴り合うことは必然だった。こうなることもだ。

 見渡せば、無事な艦娘は一人もいない。服ははだけ、肌は青黒く染まっている。自力航行が出来ているのは、出来ない者を置いてきたからだ。風の音と波飛沫にどれだけ耳を洗われても、一人は厭だとか細く訴える声が払えない。

 ただ負けるだけならよかった。それならばこの光景にも耐えられたのだろうか。

 損害は八名。一個艦隊、六名には駆逐艦の真似事をさせた。彼女らは散々に追っ手をかき回し、艦載機を失っても逃げ回り、最期は追い詰められて嬲り殺しにされた。お陰でこちらへの攻撃は鈍り、損害は抑制された。あと一戦であれば、戦えるだけの余裕もある。

 どうすればよかったのか。この問いに答えはない。だが、多かれ少なかれ、艦娘全てが根源的に抱えている疑問だ。時に酒のように甘美に、彼女らを酔わす。贅沢な一瞬だった。

「やるなら、あんたかうちしかない。うちは無理や。指揮官やからな。やから、キミに死んでもらう」

「強い言葉を使うなや。弱ぁ見えるで?」

 まあ、流石に突っ込んでもよかろう。剥き出しの脇腹を突けば、色気のない悲鳴が上がる。思えばずいぶんと長い付き合いだ。提督が徴兵によって増える前は、余所の提督と連携するなどざらであった。いつから歪んだのか。考えている暇はない。

「陸軍さんが受け入れを承諾してくれた。んやが、偶然おったっちゅう、中隊しか派遣出来んのやと。緊急で大湊からも増援が来る。問題は足が足りんことや。雪やからな。海岸線でうちらを回収すんのがやっと。艦載機に狙われて逃げんのなら、海をいった方がマシや。陸軍さんに迷惑もかからん」

「網走より向こうに上陸されたらしまいや。本気で春まで手が出せんようになる」

「手前では捕まる。陸軍さんも援護出来ん」

「足止めがいるな。それもとびきりの」

「追い詰めた猫を食い殺すほどのな」

「可愛い龍驤ちゃんには無理やな。他を当たって」

 付き合っている暇はないので締めておいた。米神を。

「冗談やんか」

「ほな、ツッコミは本望やろ」

「うち、大阪人やないし」

「負け戦でナイーブになっとる指揮官相手に、キミ、ええ度胸やな?」

 ヒステリー起こすでと、脅したら黙った。心持ち、周りの艦娘も距離を置いている。おそらく、連装砲を取り出したのが悪かったのだろう。

「持っていき。かき集めてきた」

「ヤニが欲しいな」

 それの由来も、連装砲の意味も問わず、彼女はそれだけを要求した。薄い上にすぐ剥げる妖精さんの着せる衣装も、防水に関わる限りは評価出来る。ほとんど残っていなかったが、一本だけ咥えて押し付けた。顔を寄せ合って飛沫を避け、火をつける。

「ヤツら、また艦載機を繰り出してこん」

「わかっとる。今度はうちらが釣り餌や」

 海上の索敵は、広さ故の途方もない困難がある。深海棲艦は基本的に空母が偵察機を載せないため、その点では優位に立っていた。偵察機を失うと、重巡や戦艦は砲撃戦で不利になるため、運用に慎重なのだ。また、それ以外の索敵手段が人類側より優秀であることも理由にあり、戦闘開始まで深海棲艦が艦載機を繰り出してこないことは、常識になっていた。

 それでも、直掩さえ置かないのは腑に落ちなかったが、狙われた今では骨身に沁みている。

「責任を押し付けるようやが」

「言いな。うちらは死んでも死なん。また造るか、拾うかや。何より、陸軍さんがおらな勝てん」

 まったく同じような顔で、同じ考えを共有して、二人は頷いた。互いを焼き付けるように見つめ合えば、第二がくしゃりと笑う。

「うちら随分、スレたよなぁ」

 何のことか。

 ここには、二人以外にも龍驤がいる。視線を投げれば、びくつく者、影に隠れる者、見つめ返す者、様々な龍驤がいる。そして、煙草を咥えて、憎まれ口を叩く、戦友がいた。

 確かに、時間が二人を変えたのだろう。目の前の彼女と出会ったときの自分は、こうではなかった。そう、あれは何年前か。

 第五も笑った。惜しまれて逝ける。それがこんなにも嬉しい。

「可愛いかったんよな、うちら。ちっとも知らなんだわ」

 横須賀鎮守府第五提督室所属、軽空母龍驤は単艦離脱した。

 遺言は残さなかった。

 

                      §

 

 

 厄介という他なかった。想定されうる中でも最悪にほど近い状況で、新城たちは迷っていた。

 こちらの航空戦力を叩き潰すために、統制を保った深海棲艦の大軍が向かっている。どれだけ傷ついても、生き残り、適切な処置をすれば一日で再戦力化出来る艦娘の、しかも空母だ。どのように対応するか。中隊に過ぎない彼らに出来ることは少ない。それでも、救出せねばならなかった。

 若菜は怯えながらも、義務を果たそうとしていた。少なくとも、それを迷惑に感じている士官はいないようだった。猪口も肩を竦めるだけだ。ひとまず、安堵すべき状況だったのだ。

 部屋の片隅で千早に保護されていた吹雪が不吉な知らせを寄越し、この最果てに来客が来たと告げる兵に顔を見合わせた時は、最悪の事態だと嘆いていた。

 現実が想定を上回ることなど、珍しくもないというのに。

 迎えには新城が向かった。視線を送った第一小隊の隊長が頷く。準備を整えてくれるはずだ。そして目の当たりにしたのだ。

 最も目に付いたのは、紅柑子の着物。ここが戦場であることを新城にすら忘れさせる佇まいで、穏やかに微笑んでいた。小柄であっても一際目を引く存在感に誤魔化されそうだが、その背後はまったく混沌としている。

 煙草を燻らせてそっぽを向いているのは、航空戦艦山城。その姉である扶桑は頬に手を当て、不躾に新城を嘗め回している。落胆を隠そうともしない。

 重巡愛宕は兵たちに愛想を振りまき、何故か空母瑞鶴は喧嘩腰。その他も似たようなもので、棒を飲んだような駆逐艦漣が、妙に愛らしく見えた。

 わかっていたはずだった。生まれ故耳にした噂も、立場故知った情報も、自ら調べた知識もある。だが、これはと思わざるを得ない。摩耶も古鷹も未熟ではあっても、軍人であろうと意気込みだけはあったのだ。彼女らはそうなろうと、ひたむきに努力していた。

 もしも、彼女らが提督の指揮下にあれば、きっと信頼に値する存在になれただろうと、新城ですら信じかけていたのだ。

 それが、何なのだろう。まるで都内の悪所にでも迷い込んだような、この、あまりにも、爛れた雰囲気は。これが提督とやらに運用される、艦娘の姿だとでもいうのか。これが、あの純粋な娘たちの末路だというのか。

 こんなものになれないからと、あの娘たちは泣いていたとでも。

 すぐさま思い浮かんだのは、兵たちへの悪影響だ。これを見て、誰が頼りになる戦力が来たと思い込めるだろう。無聊を慰めに来たと誤解された方が、まだしもな有様だ。新城は戸惑いを捨てて、奥へ案内した。思い出したかのように、ヘリからの風を自覚して帽子を抑える。どれだけ自失していたのか。叩きつける風が、頬を切り裂くようだ。

 建物に入り、兵からの視線はなくなった。寒さに麻痺していた鼻が、特徴的な薫りを嗅ぎつける。何事か言い募る軽空母鳳翔を無視して、新城は山城に近づいて咥えていたそれを握りしめた。驚く周囲と、剣呑な目を向ける扶桑。今さら、この段階で、新城の行動を咎めようとする無能ども。

「大麻、ですか」

 火が付いたままのそれを、丁寧に握り潰す。上官への口調を保てたのは奇跡だ。彼女らは佐官待遇で、場合によっては新城たちに死を命ずることさえ出来る。それを、決して忘れてはならない。

 もはや、新城の耳に人間の言葉など聞こえなかった。ただ、宣言した。

「言い訳は結構。今は、お互いに協力しあう、そうした間柄です。違いますか?」

 知っている。貴様らは提督とやらが大事なのだろう。この凶相の男が浮かべる、あまりにも場違いな朗らか過ぎる笑みに、艦娘たちの顔が青醒める。新城は満足そうに頷いて、先導した。尻を向けたのだ。

 見る限り、奴ら自身が連携など不可能。陸軍との協同など、考えるだけ無駄だ。

 ならばどうすべきか。

 決まっている。

 全て台無しにしてやればよいのだ。

 一介の中尉でしかない新城は、そう決意を固めた。周囲を走り回る者たちが同意の歓声を上げ、艦娘たちはただ立ち尽くしていた。

 深海棲艦の来襲まで、あと一日。



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18.遠い彼の地



長なりました
ぼくのかんがえたブラック鎮守府注意




 いかにも高級車という外見を備えた黒塗りの車に乗り込む前に、駒城保胤は自分が訪れた場所を振り返らずにはいられなかった。

 人類反攻の魁。国内最大級の軍事拠点。日本海軍横須賀鎮守府。

 どれだけ言葉を飾っても、高いフェンスに区切られたそこは隔離施設にしか思えず、全国に溢れた瓦礫の最終処分場という砂上の楼閣に過ぎなかった。

 かつての海岸線から大きく飛び出すように作られたそれは、艦娘という存在を日本の国土から遠ざけようという、ある種の意思表明だ。国内で最も安全であるはずの周囲は、実に見通しのよい空虚な空き地が拡がっている。遥かに見える市街地と鎮守府を結ぶのは、物々しく整えられた軍用道路だ。

 保胤の見慣れた日本ではない。

 自分の目で確かめ、話を聞き、理解した内情は想像を超える。場当たり的な対処の代償であろうが、ではそもそも万全を待つことが許されただろうか。脅威である深海棲艦も頼るべき艦娘も、それが何であるか未だに答えは出ないのだ。妖精さんに至っては、形而上に存在するのだと言い聞かせる他ない。そのような者たちと戦い、運用していく方法など、現在に生きる保胤ですら容易く論じることは出来なかった。施策の不備というよりも、信用の欠如こそが問題の根本だからだ。

 彼女らが人外の存在であることは、この際関係ない。深海棲艦が脅威であることに疑いはなかったし、艦娘に頼らないという自由は存在しなかった。

 問題は、まったく同じ条件で行った結果が、まったく別の現象を引き起こすような摩訶不思議を前提として、どのように国家や軍を運営して行けばいいのかということだ。規格ではなく、人格で揃えられた性能を、統一的に管理する方法などない。では、人格のない装備が利用できるかといえば、開発よりもコメントの難しいぬいぐるみの作成を優先する、妖精さんとの対決が避けられない。軍備を整えるという戦略の基礎段階でこうなのだ。

 日本が偶然によって守られていたのだと知った時には、衝撃のあまり気を失いかけた。

 この上、既存の技術全般が否定されたとあれば、現場の裁量を最大化して情報の蓄積を待つ以外の方策があろうか。国民が農奴に堕ちるほど追い詰められた状況で、国民から憎まれる以上の支援など、与えられるはずもないではないか。このがらんどうの光景は、提督と艦娘を守るためのものなのだ。

 だからといって、このままでは滅びる。それもまた、間違いない。

 妖精さんに関してはともかく、形而下にある深海棲艦や艦娘は、理解出来ないとしても受け入れることは可能なはずだ。少なくとも、もはや未知ではないのだ。これからは、国家を形成する要素の一つとして考慮すべきである。

 そのためにも、海軍の有り様は抜本的に見直す必要があるだろう。陸軍も政府も無関係ではいられない。いや、もはや誰も無関係のままではいられないのだ。

 だが、外圧に抗すべき組織に瑕疵があるのなら、それを支える中身の惨状は如何ばかりであるのか。少なくとも、中身の方が手を出すまでは、殻が圧力を跳ね返していた事実を思うに、内心はますます暗澹に沈む。

 頑なに保護されたフラグシップ国産車の中で、保胤は思い悩み続けた。護衛を兼ねる運転手の声がかかるまで、帰宅したことにさえ気づかないほどだ。今は愛する妻や娘の出迎えも、慰めにならない。

 彼は真っ直ぐに、父の元に向かった。

 駒城当主である篤胤は、書斎で本を読んでいた。入室の許可を求めたときの気のない返事から察するに、どうやら熱中しているらしい。息子の自分からしてみればいささかどうかと思えるような題名の、おそらくは漫画本を手にしている。

 父は義弟の影響であるなどと嘯くが、彼の知る限り、義弟がそれらを好んでいたのは幼い頃の短い期間である。義弟を言い訳に利用していただけなのだろう。現に今は、保胤の娘を利用している。そのせいであんな物を読んでいるのだろうが。

 もっとも、多少眉を顰めることはあっても、反対まではしない。妻や娘が、布教の犠牲になっているからというのもあるが、その姿勢が駒城の立場を国民寄りに見せているからだ。

 工業が国家の支援なしには成り立たないほど廃れ、農業が産業に占める割合の増加した現在の日本にとって、娯楽の提供というのはなかなかに無視し難い問題である。経済的な余裕がない割に、時間の余裕というものが意外と存在するのだ。特に、計画生産が基本となる場合には。

 理由は簡単だ。作業効率と工業技術保護のため、機械化され、農薬や化学肥料の使用を大前提とした農作業は、人間に係る手間を大きく減じる。そのくせ、従事者は素人であり、生産量は低く、連作なども管理者側の負担になるばかりで旨味が少ないとなれば、結果的に大規模プランテーションのような形態をとることになる。

 これだけでも、実に長閑かな農民生活を想像できるが、ここは日本であり、深海棲艦の脅威にさらされているのだ。安全な内陸とはつまり山岳地帯であり、海に近い平野の安全を担保出来ない現状では、狭い農地に対して過剰なほどの人的資源が集中した。様々な制約に耐えられるのは、偏に生命の存続を望むからだ。

 そして、経済的に自立出来ない、まさに農奴としか形容出来ない国民が溢れかえり、暇を持て余すという現在の形に落ち着いてしまう。それがいかに危険であるかは、説明の必要すら存在しない。

 これは国民の生活保護という側面もあるが、結局は国で面倒見切れない難民を企業に売り渡したというのが、現状の正しい理解だ。艦娘に頼りながら艦娘を憎ませ、その状況を政府が放置せざるを得ないのも道理だった。

 では国民がどのように時間を消費して生きていくかといえば、紙媒体に行き着く。テレビやラジオもあるが、電波を利用する以上、深海棲艦と相性が悪かった。おまけに気軽に芸人や音楽家を目指せる世相ではないため、つまらない上に政府の統制が及んでいるのだ。高価であるがために集団で視聴することを強制されるそれらは、情報の取り扱いを簡便にもさせた。

 その点、何度も繰り返し愉しめ、共同体の共有財産に出来る本などは、国民に親しまれた。かつての日本がその分野で先進国だっただけに、現在まで生き残っている古典も多い。紙とペンがあれば、新しく生み出すことも可能ということもあり、新作の供給も絶えなかった。在りし日に比べれば高価とはいえ、紙は文明を支える重要な物品である。当然、政府から保護されていた。素人の創作であり、国家権力の介在を許さなかったことも人気の理由だ。

 そうして普及した娯楽作品を、もっと手軽に数多く手に入れたいと考えるのは、まったく自然なことだった。暇な時間を利用するだけで、農奴から解放される可能性が生まれるとなれば、生産者としても大歓迎であろう。そして、それが政府の目に留まることもだ。

 あの有明の祭りをもう一度という気運と、これらを規制、沈静化させようという動きは、その当時の日本を大きく揺るがせた。政府は国民が自由に情報を発信出来る環境を恐れるあまり、各地で暴動を誘発するという最悪の結果を引き出した。言葉を飾らずに表現すれば、エロ本が日本を滅ぼしかけたのである。

 くだらないと笑うことは出来ない。経済的に逼迫した状況では、むしろそうした産業も下火になり、自家発電に頼る他なくなってしまう。なまじ、生活だけは恙なく過ごせるため、世にそのような女性が溢れることもない。人間は、上半身と下半身が、一体となって存在するのである。

 何より、実際がどうであれ、農奴と化した国民と自立した国民、さらに将家とですら、法的に保障される権利に違いはないのだ。彼らはあくまでも、雇用契約によって縛られているのである。政府の方針には、誰もが警戒せざるを得なかった。

 そのような情勢と、しかし、誰もがどう踏み込むべきか躊躇し、先行きに絶望しか見出せない状況で、篤胤は国会の雛壇に立った。手許にこれでもかと同人誌を積み上げて。

 係る国難において国民の自由な精神活動を妨げることは云々と、この問題に対して政府を大上段から非難し、人間の卑しさも尊さも包括してこその文化であると断言した篤胤は、万雷の拍手をもって歓迎された。政府は過ちを認めて総辞職し、国は平穏を取り戻した。有明は熱狂した。

 未だに当時の国会中継は伝説となっている。

 この偉業によって犠牲になったものについては、もはや保胤も諦めている。おそらくは、父にとっても取るに足らない代償なのだろう。そんなものよりも、よほど価値ある何かを手に入れたのだから。

 それが毎年送られてくる大量の薄い本の形をしていたとしても。

 妻と、娘の将来における視線が恐ろしい保胤は、咳払いをしつつ父の正面に座った。邪魔そうに流し目を呉れる面の皮が憎い。どうして母は父を残して逝ってしまわれたのか。

「視察を済ませて来たか」

 息子の恨みがましい視線を振り払うように、篤胤は尋ねた。保胤も気分を切り替えて頷く。何から話せばよいのか。まだ、彼の中で整理できていなかった。

 篤胤はそんな息子の様子を目にして、叱るように鼻を鳴らした。

「問題があるのはわかっておる。おまえがもっとも気になったのは何だ?」

 父の態度に、保胤は恥じ入るように目を伏せた。自分の有様を自覚したのだろう。肩から力が抜けていき、大きなため息が漏れ出る。それでも数瞬考え、篤胤を見やった。

「覚えておりますか? 彼らが艦娘を休ませたいと要求してきたことを」

 どこか訝しげにしながら頷く。艦娘の管理は提督の所轄なのだ。妙なことを要求してくるものだと、大いに疑問を持った覚えがある。

「結論から申しますと、艦娘は充分に休息しております。むしろ、過分、いや、実働数に反して余っていると表現してよろしいかと。横須賀には、現状においても多数の艦娘が待機したままでした」

 息子の言葉がよく理解出来ない。北海道において、横須賀の水雷戦隊は敗北した。立場上、声高には言えないが、作戦や指揮の不備ではなく、単純に数が足りないところを、無理に押し通さざる得なかったことが敗因だと聞いている。

 それなのに、横須賀に艦娘が余っている? それは一体、どんな冗談だ。

「艦娘や深海棲艦について、我々は何も知りませんでした。それ故に、提督と呼ばれる立場となった人間には、彼女らに関するあらゆる事象についての報告を義務付けております」

 その結果が建造レシピなどの成果だ。結局は運に頼る他ないとはいえ、何らかの公算を持って資材を投入出来る利点がある。

 この試行錯誤は過酷を極め、幾人もの提督がノイローゼで自殺した。艦娘も戦力として維持できる以上の膨大な数が喚び出され、解体の憂き目に遭っている。何らかの法則性を見いだそうとする上層部の執念は、遂に提督による艦娘の殺害事件にまで発展し、統合幕僚本部は妖精さんに土下座する事態となった。このことは、2・4・11事件として軍部の歴史に刻まれている。

 また、これらの報告によって、正規空母の戦力維持に必要な、本当の資材量も概算ながら算出できた。統合幕僚本部としては、複数の運用について補給を保障出来ないとして、提督に警告を出している。

 他にも士気高揚による戦果の向上や、装備の運用方法など、提督と艦娘の献身が海軍に及ぼしたものは大きい。これらを積極的に活用することで、徴兵による提督の促成が可能になったのだ。それは、日本に一時期の平和をもたらすほどの功績だった。

 しかし、促成された提督にとってはどうだろう。彼らの多くは、農奴の出身だ。義務教育がせいぜいであった境遇の人間が、突然、軍の官僚組織に組み込まれたら。

 彼らを補佐するために、着任と同時に初期艦が送られる。確かに彼女らは通常の建造で喚び出される艦娘と違い、艦隊運営のノウハウを知悉している。始まりの艦隊の構成員であった彼女らは、提督の戦死に伴って靖国にその身を捧げ、後世の礎となっている。現在の艦隊の基礎単位である六名編成は、彼女らと提督であった。

 それこそ、何もないところから現在の海軍の雛形を生み出した英雄たちである。人格はともかく、その過程は記録としてその身に宿っており、これまでのところ徴兵提督の艦隊運営に問題は報告されていない。

 だが保胤は、それが見かけに過ぎないことを確認してきたのだ。彼が視察に訪れたのは、横須賀だけではない。

 篤胤も、事の深刻さが想定を上回っていることには気づいていた。自分の息子だ。あの保胤が長期に家を留守にしながら、妻も娘も置いて真っ直ぐ、自分の許に訪れたのだ。これで察せねば親ではない。

 ことさら不敵な態度をとってはみたものの、保胤の説明によって浮かび上がるろくでもないものの輪郭に、血の気が引いていった。

「何とか彼らを統制しようと、諸手続きを煩雑化させたのもいけません。艦娘の待遇はよくなってはいますが、それは軍内部で敬意を払われる程度のもの。提督の業務を肩代わり出来る性質のものではありません。つまり、艦娘を手続きの要なく、完全休養させ、任務から引き離さねば、彼らが書類業務から解放されることはないのです」

 軍人経験者であれば、要領は弁えている。何と言われようと、秘書艦を酷使するだろう。日本には素晴らしい印章というものがある。

 だが、農奴経験者は違う。与えられた仕事が出来なかったり、怠けているという評価を下されれば、それはすぐさま生活に直結するのだ。なまじ、優遇された提督という地位を手に入れたせいで、元の農奴に戻るのが恐ろしくなったのだろう。その上、それなりに強かな気質であるため、上層部からの口出しにも敏感だ。彼らは、出来るだけ自分でやろうと試みた。

 そして、四個ほどの艦隊を廻せば、海軍の要求をほどほどに満たせることがわかった。彼女らが帰って来て、再び出撃するまで、どれほど艦娘が余っていても積極的に運用する必要はない。自分に好意的な美しい少女たちと、書類に埋もれているだけで幸せだったろう。それらの余裕が、艦隊全体の戦力向上のために用意されているのだとは、思いもしない。

 だが、護衛や掃海などを主任務にしていた彼らも、今回の戦役では本格的に参加を強いられた。本物の軍事行動に伴う提督業務は、彼らの能力を越えた。

 大破撤退の言葉があるように、艦娘は沈みさえしなければどのような損傷を受けても、早期に戦場へ復帰出来る。だが、失ってしまえば再び妖精さんと工廠に篭もらねばならない。そのため、戦場までの距離などを勘案した上で、提督は艦隊を立て続けに出航させて戦線を支えるのだ。

 そして、艦娘の出撃には当然、申請、許可、命令、記録、報告、評価などの書類が付帯している。軍人であれば、“適当”にするのだろうし、上層部とて認可する。しかし、徴兵提督には出来ない。内規には、提督が行うよう定められた業務は、提督の裁量によって処理すべしとあるからだ。

 艦娘の個性が提督によって一定ではないために、この文言は存在している。例え、連合艦隊の旗艦経験艦でも、書類を苦手とする場合もあるのだ。だから、自分の艦隊から適正を見繕って業務を行えと示唆するに留めている。もちろん、提督の責任において、省略や事後処理も許される。

 だが、今の日本人にとって責任とは、失敗の尻拭いをさせられることである。艦娘はお上のものだと説明されている彼らが、下手に彼女らへ権限を委譲することは、身の破滅を意味するのだ。

 そのような内情に対して、海軍は適切に手を打てなかった。

 当たり前だ。提督が書類に埋もれるなら、それを総括して整理し、分析して公開するなど、諸々の業務に追われている彼らが暇なはずもない。問題は認識すれど、対処出来ないとなれば、統合幕僚本部に報告もしなかった。

 挙げ句の果てが、政争による機能不全である。自分たちにも飛び火すると思った徴兵提督たちは、だから必死に訴えたのだ。農奴の時のやり方で。

 直接では不平不満と突っぱねられる。周辺を連携して騒ぎ立てれば、頭のよいお上が解決策を用意してくれるはずだ。

 実に強かと言わざるを得ない。実際、問題点ははっきりした。海軍が脆弱過ぎるのだ。

 徴兵提督に組織を運営する能力がないことは、はっきり言ってどうしようもない。彼らが必要なのだから。問題はそれを支える組織がないこと。彼らを統制出来ていないことだ。

 息子の口から滔々と流れ出る頭の痛い事実に、篤胤はうんざりしたように手を振った。

「もう、よい。わかった。保胤、弁えておるな?」

「少なくとも、西原と安東は抑えました」

 実力が拮抗しているように見える五将家も、民主主義の皮を被ったこの国においては、大きな差がある。中央権力で守原。人気で駒城だ。

 そして、中央は今、お留守である。

「一気に片付ける。陛下にも内諾は頂いた」

 保胤は頷いた。篤胤は椅子を廻して、彼に背を向ける。窓の外を見ているのではない。表情は見えないが、どこか遠くを見るような仕草だった。保胤もそれに倣う。

 義弟はこの遥か戦場にいる。

 彼らは間に合いそうになかった。

 



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19.祈る者たち





 たった四人の陸軍士官。最高位は大尉。それでも、佐官待遇の艦娘たちが彼らを自由に動かせるわけではない。

 彼女らの軍における立ち位置とは、参謀や幕僚といったものである。提督を補佐し、意見を述べることはあっても、指揮権は欠片もない。それにしたところで、海軍が発した通達を根拠とするものであり、法的に定められたものではなかった。

 その通達が示す待遇も、俸給に関する事項が主であり、軍人としての身分を保障するとまではいかない。陸軍がそれを尊重する姿勢を明らかにすることで、何とか面目を保っている程度である。

 今のところ、彼女らは海軍の装備品といった扱いだ。人格を認めねば機能しない、幼いとさえ言える、戦争に投入することを前提とした、少女形の知性体。こんなものを法的に定義するなど、誰もやりたがらなかったのだ。

 先送りではあるが、人類史上初めての異種知性体との共存に関わる問題である。妖精さんという、それ以上の難物が揃いで付きまとい、外からは似たような顔で深海棲艦が攻めてくるとなれば、既存の枠内で取りあえず様子を見ようというのは、それほどおかしな話でもない。

 見えたり、見えなかったりする妖精さん。深海棲艦と艦娘の差異。武装解除の困難さ。立ち塞がる壁は、多かった。

 だが、そうであるからこそ、大麻を吸う山城の行動は、管理責任者である提督の立場を危うくした。大麻は既に日本に広く浸透してしまっているが、依然取り締まりの対象である。違法である理由は、かつてのように普及を阻止するためではなく、無税の娯楽品として国民の不満を解消するとともに、彼らへの弾圧を容易くする目的があった。

 新城も使用の経験があり、中隊でも愛用する者がいる。いちいち咎めだてる方が軍の統制を危うくするほど蔓延しているからこそ、山城も油断していたのだろうが、後者のような運用についての理解が足らなかった。艦娘は押し並べて、政治能力が低い。素直過ぎるのだ。

 その点を補う妖精さんが厄介過ぎるので、大きく問題にはならないが、今回はそれが新城たちや陸軍を助けた形だ。鳳翔は英康から、新城たちに艦娘の作戦へ協力するよう命じた文書を預けられていたが、懐で握りつぶす他ない。陸軍に協力するために派遣されて来たのだという体を取らねば、あの凶相の中尉がどのような行動をとるか明白であった。

 しかし、鳳翔自身にとっては悪いことばかりではない。守原英康は将としての冷徹さを失いつつある。命令書の内容も、深海棲艦を水際で食い止め、可能ならば水利施設を防衛するように促している。

 促しているという文言でもわかるように、中隊一つと三個艦隊弱の艦娘で可能だなどとは、英康も思っていないのだ。それでも求めずにはいられない。この命令書を出せば行動の自由を奪われ、最低限の目標である、軽空母部隊の救援すらままならないだろう。ここにいる全員が生き残れない。そのことを、背後にいる僚友たちがどこまで理解しているか。

 艦娘は戦い方を知っている。どのように敵を倒すのか。それで悩む艦娘はいない。

 しかし、艦艇の生まれ変わりを自称する彼女らであっても、自らが戦略兵器であると自覚している者は少ない。潜水艦一隻の存在が、どれほど海上輸送を危険に晒すのか。国威を賭けた戦艦を撃破し得る水雷戦隊が、いかに脅威であるのか。後にまで地位を盤石とする空母たちですら、戦場での立ち回りを重視する。

 仕方のないことだ。彼女らは兵器としての経験しかないのだ。自分たちの存在が、世の中に対してどのような影響を与えるかなど、思いもよらないのだろう。提督と艦娘という、閉じた関係の中で満足してしまっている。

 しかし、それではどこまで行っても兵士でしかないのだ。曹として取りまとめることは出来ても、士官として導くことは出来ない。

 海軍は一度壊滅している。いや、日本そのものがめちゃくちゃになったのだ。再生し、戦前と同じ国体を装っていることが奇跡なのだ。そのような状況の中で、深海棲艦という不可解な敵を相手に、妖精さんという理不尽なものと交渉し、艦娘という不完全なものを運用する。そんな士官を育てねばならない困難とはどのようなものか。

 守原は艦娘に丸投げすることで、その問題を棚上げした。それ自体は間違いではない。艦娘が既存の軍人のようには教育出来ないとはいえ、あちらこちらに目を瞑れば士官に相応しい見識を得られることはわかっている。代表的なのは初期艦と呼ばれる五人の駆逐艦だろう。

 それぞれが軍人としては問題だらけの人格だ。しかし、今では艦隊運営や艦娘運用の原型として、すべての提督の元に派遣されている。彼女らがいたからこそ、提督が素人のままでも戦えたのだ。

 問題は、そこまでの見識を備えた艦娘は、提督から自立してしまうということだ。初期艦が靖国に身を捧げたのは、彼女らの提督の死後である。

 軍人を教育する上で、絶対的に必要な要件は、上の命令に従うという倫理観を刷り込むことだ。でなければ、運用する側は常に反乱に怯えねばならない。誰もが死にたくない。だが、それでも死ねと命じるのが軍隊だ。

 そうして教育を受けた士官の前に、「まあ、頑張りなさい」などと宣う部下が現れたら、それを許容出来るだろうか。深海棲艦を助けたいと言われて、その心得違いを糾すではなく、その優しさと純粋さを賞揚する選択は、果たして可能か。一見すると無様にも見える仕草や立ち振る舞いも、軍隊では許されないことだ。

 当然だが、ご主人様呼びは、なんとしてでも必ず修正せねばなるまい。提督と艦娘は反目しあうか、でなければ戦力として期待出来ない水準にまで、能力を低下させることになるだろう。

 つまりは提督も艦娘も、もっとも重要な軍人教育が施せないことになる。その上で下手に見識を与えれば、両方が現在の国情を理解して、何らかの行動を起こすことすら懸念される。そして、国情を回復させるためには、提督と艦娘の力が必要だ。

 八方塞がりだった。守原の提案が歓迎されたのも、その辺りが理由だ。それでは何の解決にもならないことは、もちろん承知の上だった。

 しかし、日本はある程度の余裕を得た。国情の回復はもちろん、軍組織の改編も可能にするだけの体制も整いつつある。ただ怯え、疑うだけだった三種の知性体に対しても、情報は集まってきている。

 必要なのは名分だけだった。誰もがわかりやすい形で問題を認識すること。それが求められていた。今回の戦役は絶好の機会だろう。

 鳳翔としては、守原の立場を守るために、何らかの成果が必要だった。自らが功を立てるのでは、これまで通りに警戒されるだけで、現状を好転させるに足らない。味方を作る必要があった。横須賀と陸軍は、貸しを押しつけるのに絶好の相手だ。

 時間は限られている。今後の予定を説明しようとする中尉を見た。

 背は低い。顔は女子供を怖がらせる類で、お世辞にも美男子とは言えない。世を拗ねたような雰囲気と、傲慢な態度。そしてあの目。温かさなど欠片もない、こちらを見下すともなく、ただ自然現象を眺めるかのような、底のない眼差し。

 まるでこちらを見透かすかのようだ。

 どこかで既視感を覚えながら、鳳翔は頭を抱えた。

 彼を見て好意を抱く女性など、いるわけがない。そして、彼女らは例外なく女なのだ。

 

 

                   §

 

 

 どのようにして、横須賀の軽空母部隊を救出するか。選択肢はそもそも少ない。追撃してくる深海棲艦の陣容すら曖昧なのだ。速度に長けた軽巡を中心とした艦隊だろうが、背後には空母も存在しているはずだ。横須賀を救援しようとすれば、そこを狙われる可能性が高い。

 横須賀とその追撃部隊は囮だろう。あちらこちらに潜伏して、夜襲や浸透突破を図る陸軍は、深海棲艦にしたところで厄介なのだ。上陸はしても、基本的に彼女らは水棲生物である。陸地を占領して安全を確保するのは困難なのだ。

 それでも陸地を目指す理由については、おそらく繁殖に必要なのだろうと推測されている。海のどこにでもいる彼女らだが、やはり島嶼部における密度は段違いだ。なんにせよ、深海に引きこもって済むような生態ではないのだろう。

 横須賀の回収地点は能取湖の奥、卯原内川河口とした。艦娘が少なく、航空戦力も劣勢であることが予想される。広域を援護することは出来ない。移動中の旭川本隊が狙われた場合に備え、艦娘は北見に潜伏する。旭川でも新城の所属していた大隊を先頭にして、防空体制を整えている。

 幸いと言ってよいのか、高速修復剤や補充の航空機は十分な数がある。深海棲艦を一時的にでも振り切ることが出来れば、救援した軽空母はそのまま戦力として期待出来るだろう。問題はどのようにして時間を稼ぐかだ。

 陸上にあっては、舗装路でない限り深海棲艦の移動速度は脅威にはならない。だが、例え駆逐艦であってもその砲射程は二〇㎞近い。航空優勢を奪われた状態では、危険過ぎてあらゆる行動が阻害されてしまう。

 だが、横須賀は現状でも航空優勢は獲れると確約した。それを信じるのであれば、追撃する快速部隊をどうにかすればよい。

 能取岬を迂回する段階で砲撃を加え、能取湖湖口で阻止する。そのように単純にすめばよいが、揚陸地点は無数に存在する。おそらく岬を迂回する段階で分派し、網走湖の制圧を目論むだろう。網走湖に続く網走川は、大きく蛇行している。扶桑、山城、愛宕は、網走湖にてこれの迎撃に全力を注ぐよう求められた。

「能取湖湖口は確かに狭隘ですが、非常に短く、また両端が砂浜で揚陸も容易であります。逃げ込むには都合がよいのですが、迎撃には向きません。しかし、網走川なら三隻の火力でも追撃する深海棲艦を殲滅出来ます。また、天都山、呼人半島が視界を塞ぐため、反撃も受けにくくあります。大湊にはこちらに集中して頂きたい」

 完全に船として数えられた艦娘たちのこめかみがひくつく。それぞれがあり得ぬほどの美人だ。若菜以下、陸軍士官は腰が引けている。吹雪は千早を抱きしめて震えていた。反対側に漣がいる理由は不明だ。

「じゃあ、能取湖に向かったヤツらはどうすんのよ」

 押し殺した声で瑞鶴が質問した。新城は礼儀正しく彼女に向き直り、虚空見つめて答える。

「はっ、こちらで対処いたします」

 瑞鶴のツインテールが逆立った。

「巫山戯んじゃないわよ!! あんたら陸軍に何が出来るってぇ!?」

 鳳翔が止めるまでもなく、愛宕が彼女の首っ丈を掴んで引いた。瑞鶴は暴れるが、声が出ないようだ。顔を真っ赤にしている。愛宕はそれを愛おしそうに眺めている。陸軍が艦娘を嫌うように、艦娘の方でも陸軍を嫌うことがあるのだ。

 もっとも、彼女の好悪など関係なく、疑問ではある。しかし、新城は平然としたものだ。

「完全に、完璧に無力化してご覧に入れます。まったく、ご心配はいりません」

 ここまであからさまでは、瑞鶴も呆れる他なかった。軽く咳き込むだけで、もはや何も言い返す気が起きない。陸軍士官たちはそれぞれの方法で、神仏と新城を呪う。

「他にご質問がなければ、各自、出撃準備に入りたいと思いますが?」

 異論はなかった。艦娘たちが新城に流し目をくれながら、退室していく。まるで刃のようであったが、新城の面の皮を空しく滑っていった。

 部屋の片隅では、腰が抜けたのか駆逐艦が二隻、へたり込んでいた。二人に対して、新城は飛びっ切りの笑顔を見せた。陸軍士官たちはそれぞれの方法で、彼女らの冥福を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 



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20.空母の矜持

大戦で亡くなった方々の鎮魂と
三月に亡くなられた佐藤大輔氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます

ちくしょう




 チェトビョルトゥイクリリスキー海峡の、オホーツク海側に展開していた軽空母部隊が深海棲艦に捕捉され、追撃を受けた時、これまで蓄積してきた彼女らの行動分析は、大きな見直しを迫られた。

 眼前の敵、支配地域を脅かす敵を優先してきたはずの彼女らが、それらを置いて空母の撃破を選んだのだ。その習性を利用して陽動を成功させたはずの佐世保、呉の連合艦隊は後退を余儀なくされ、横須賀本隊も反撃を控えざる得なかった。

 更なる奇襲など許されない。別部隊が存在するかはともかく、突然空母への攻撃が集中するなど、些細な戦術の違いが大きな損害を招くこともある。数的不利を質的優勢で支えている現状では、ほんの僅かな齟齬が破綻へと繋がるのだ。

 しかし、本来そうした情報を集め、警告を発するべき海軍司令部は、事実上の謹慎という形で上層部が機能不全を起こしている。オホーツク海で陽動を行っている段階から、様々な兆候は確認されていたのだが、分析が終了する前に連合艦隊が解散してしまったため、その後の政治的混乱によって情報が降りてこなかったのだ。

 それだけでなく、提督が提出するべき各種申請や手続き、報告などの処理も滞っている。出撃に関しては事後処理としてるが、補給については目処が立たない状況だ。

 戦線が膠着し、北海道が危機的状況に陥るなかで、守原を含む勢力はこれを利用して、早期混乱回復を主張。海軍内部での横滑りによる地位の確保を狙った。

 呆れた浅ましさであるが、彼らに打てる手はその程度ということでもある。逆に統合幕僚本部の介入を招き、影響力を更に低下させていく。

 海軍内部でも、古参の提督たちはこの動きを歓迎した。それとなく、これまで不必要に課せられていたと思われていた各種申請や手続き、報告などの廃止、もしくは簡略化を狙う。

 だが、それは認められなかった。というよりも、棚上げせざるを得ないのだ。

 例えば、資材の調達や輸送のために組む遠征艦隊がある。

 現状では、本土から艦娘を含んだ船団を派遣し、現地にて採掘を行って持ち帰り、本土にて精製するという、些か非効率な手法を用いている。

 上層部としては当然、駆逐艦を中心とした資材消費を抑えた艦隊の派遣を海軍に希望する。

 しかし、深海棲艦の戦力分布は不透明であり、その時々で求められる艦娘は異なるのだ。建造から間もない艦娘が経験を積むためにも、比較的安全な遠征任務は利用し易いこともある。

 また、遠征任務には艦娘以外にも、人間が乗り込んで運用する通常の艦船も参加するため、これらの消耗も出来る限り抑えなければならない。艦娘のように、一日で建造出来るものではないし、乗組員も貴重な技術者たちなのだ。

 ところが、寄港する港もなく、長大で危険な航路を往復することを強いられる。

 その積み重ねが、駐在艦制度の破綻である。

 よって、かねてより、提督の海外派遣を政府が求め、海軍が拒否するというやり取りが繰り返されてきた。

 中世ではないのだから、国民が農奴のままというのは、誰にとっても歓迎できる状況ではない。だが、近代的な経済活動のためには、艦娘にばかり資材を投資してはいられない。効率的な資材調達のためにも、海外拠点の設置は急務であった。

 一見、資材調達は海軍にとっても有利であるように思える。政府がいくら求めようとも大型艦を運用したがる提督と、その立場を出来うる限り保護してきた海軍指導部なのだ。大型艦の建造には、試行回数を重ねるしかないとなれば、彼らこそがそれを求めそうなものである。

 しかし、彼女らは非常に資材消費量が大きい。人間大であることは伊達ではないと誇るべきことだが、やはり艦船なのだ。

 特に頭が痛いのが食品関係である。

 氷菓や羊羹をこの上ないものと喜んでくれるのは、駆逐艦だけだ。大型艦に容赦はない。一度の食事量が、白米で一升にも及ぶ空母も居るのだ。その上で、穀物の余剰生産がなければ成り立たない酒精を大いに好む傾向にある。

 広大な太平洋に散らばって資材を集めても、食料を生産出来るのは今のところ本土のみだ。当然数を増すだろう艦娘を支えられるわけもない。

 その為に海岸地域の再開発を求めている海軍だが、政府は首を縦に振らない。

 そもそも、なけなしの工業力を、大きく投入することで何とか成り立っているのだ。資材が不足したまま農地を増やしても、そこで働く人間が農奴では、生産量もさして上がらず、経済的な負担が増すばかりであるとわかりきっている。

 陸軍、または統合幕僚本部、さらに言えば将家も食糧事情の改善については賛成しているのだが、農奴は彼らの権力基盤でもある。むしろ、海軍に吸い取られて日露戦争当時と比較するような装備の陸軍の増強と、国家への軍事権の一部返還なども求めているため、まずは資材有りきの立場だ。

 思惑としては、軍事権を返還しながら兵員は開発に回して影響力を増やし、負担の大きな軍事費を抑制するとともに装備によって軍事力を維持するという、彼らだけに都合のよいものである。

 これを牽制し、なおかつ国民の海への恐怖や、艦娘への不信に対処しながら海岸へと人口を移していくのは至難である。

 このような対立がある中で、海軍は若く、問題の多い組織だ。本来ならば、政府や将家を相手に膠着状態など作り出せるはずもない。艦娘を擁することこそ大きな優位だが、それが弱みでもある。

 だが、政府や将家は一時、海軍の統制を放り出している。そのため、表向き海軍は自立した組織として、膨大な書類の山を代償に、政治勢力として拮抗してきた。

 これを単純に、政府の怠惰と捉えることも出来る。実際、提督たちはそう思っていた。だが、彼らに手渡されたのは、そのような経緯になった理由を示す、ある書類の山だった。後に金剛文書と呼ばれ、後世に同情と失笑を誘う資料である。

 例えば、ほとんどの提督が重用する高齢戦艦は、前線では安定した指揮能力を発揮し、卓越した事務処理能力で後方を補佐し、その気質と人格で他の艦娘をまとめ上げ、単艦戦力としても頼りになり、運に頼まずとも比較的容易に建造できる上に、ともすれば私生活までお世話になるほど有能な艦娘だ。

 しかし、前提として彼女は提督に女性としての扱いを求める。この部分について受け入れられない提督では、彼女の性能を十全に発揮できないことが明らかにされている。

 それは、複数の提督の報告を比較検討して導き出した、疑いたくなるような事実であった。

 初期艦があくまでも組織の立ち上げとその後の運営にのみ、力を発揮するのに対して、彼女の献身はあらゆる面で提督と艦隊を支えていた。その代償として、軍における公序良俗を諦めるまでに、政府や提督個人を含め、関係者がどれほどの努力を払ったか、想像がつくだろうか。

 外見は美しい少女でも、戦艦なのだ。都市一つを焼け野原に出来る戦力が、個人に忠誠と愛を捧げるをよしとするなど、もはや近代的な軍事組織に対する明確な反逆だ。

 艦娘がいれば提督など素人でいいと開き直る、守原の神経が特殊なだけである。

 その特殊性に頼らざるを得ない程、状況は特殊だった。軍規や軍法が、この時点でほぼ無意味になったからだ。

 改めて、艦娘についての研究が再開された。人間然とした彼女らを、人間として遇することで、如雨露にも見える艤装が十二センチ砲と同じ結果を生み出すことから目を逸らしていた人類が、目を覚ましたのだ。

 過去を含めて、艦娘についてのあらゆる事柄が報告の対象となり、検証されていく。妖精さんと、腰を据えて相対する覚悟を得たのもこの頃だ。

 やはり、彼女だけではなかった。

 戦場では艦娘としての能力以上に頼りにされる、ある不良軽巡がいた。彼女はしばしば、面倒くさいという理由で書式を無視した報告書を上げ、報告書の差し戻しと共に、提督の事務処理を増やすのが得意だった。

 また、生まれ持った性能から遠征任務に従事する割合が高いのだが、しばしば同行する人間と問題を起こしていた。

 発端は人間側である場合が多いため、彼女にばかり責任を問う訳にもいかないのだが、海軍の立場では庇うどころか何かと頭を押さえつける結果になる。特に徴兵提督が一般的になってからは、そうした傾向が強かった。

 気がつけば戦場の鬼とも形容された彼女は、自意識過剰な面を持つ、どこか残念で面倒見のよい駆逐艦の玩具になっていた。

 意味がわからない。

 経験を積めば、艦娘は性能を含めて成長するのではなかったのか。前提を覆すこの事実は、先の高齢戦艦と併せて、艦娘に対する付き合い方というものを大きく見直させた。黎明期、軽量艦が戦況を覆した事実を、忘れる訳にはいかなかったからだ。

 彼女らは主力にはなり得ずとも、北海道のように、空母を中心とした百倍の深海棲艦に突撃して、一定の戦果を期待されるほどの戦巧者である。性能や機能といった絶望を超えての信頼だ。

 これが現在の主力である大型艦にも起これば、今後の戦争は安泰である。彼女らの高い生存性から、むしろ楽観された未来だった。

 しかし、今やそれを期待するには、既存の体系が悉く邪魔にしかならない。艦娘にとっての適切な関係は、人間にとって不適切であることは既に明らかだからだ。

 誰もが頭を抱えて混乱し、対立の深まる中で、これを単純に外部からの口出しを阻む根拠に仕立て上げた守原は、やはりどこかおかしい。おかげで、また全てが棚上げとなる。

 そして、守原への不安と猜疑を募らせる人々に妖精さんが囁いた。

 旦那、ぴったりな艦娘がいますぜ。

 聞こうと、返事をしたことが間違いであったかもしれない。ある三隻の艦娘が、鎮守府の補給や任務伝達の窓口として派遣される。彼女らは戦闘能力こそ失ってはいたが、鎮守府の機能を拡大させ、運営を円滑にし、戦力を増大させた。

 そして、とある改装空母が規定量を超える飲酒によって禁酒を提督より達せられた。彼女はそれについて異議を申し立てた上に、出撃拒否を含めた恫喝で、提督を脅迫した。日常的な風景である。

 当たり前だが、軍においては重大な罪であり、銃殺も考慮される案件だ。しかし、法的に兵器扱いの艦娘は、軍法会議にはかけられず、その扱いは提督に一任されている。

 艦娘はそういうものだからと受け入れつつある統合幕僚本部も、提督が彼女の言に絆されて罰則を緩めたのには飛びついた。一部の嗜好品の補給を絞り、補給手続きや艦娘の行動に関する報告などを厳格化することで、海軍を締めつける。

 本来なら、内々で処理されるはずだったこの問題に統合幕僚本部が気づけたのは、先の三隻が関わっていた。

 海軍の一時的な壊滅と、艦娘の台頭により先送りされてきた組織の再構築について、やっと必要性が理解され始めたのだ。

 対抗策として鎮守府内に居酒屋を開業し、艦娘の私生活を統括するために空母一隻を半ば引退させた守原は、流石と言うべきだろう。

 そして、件の高齢戦艦が押しすぎて引かれる様を描いた幸運艦の絵日記が、執務中の提督の膝の上で作成されたものであることも判明した。よくよく確認してみれば、幼い艦娘についでのように提出させていたそれが、鎮守府内を最も客観的に把握し得る資料であることが認められたため、絵日記の添削と解説が提督の業務に追加され、様々な制約が書類という形で課せられることになる。

 駆逐艦は提督の膝の上に席を置くことを許された。

 結果、明らかになったあまりに野放図な提督と艦娘の関係に、守原の抵抗虚しく、抜本的な引き締めが図られ、それが今日の敗北に繋がっている。 

 深海棲艦のある限り、艦娘を運用するしか、人類に未来はない。そのため、彼女らの社会的地位は、法や国民の感情がどうであれ、否応にも高まっていった。

 それほどまでに重要な彼女らは、自らを知らず、提督にのみ従う。

 つまり、彼女らを社会に組み込むには、人類が全て面倒を見てやらねばならないのだ。

 むしろ、反乱を起こしてでも、何か主張や要求をしてくれればやりようもあるというのに、愛と誇りと米とお膝がその全てである。しかも、与えなくとも気分を落ち込ませて戦力を落とすだけで、文句も言わない。

 よって、先ずは知ることから始めるべきだったのだが、現実はそれを許さなかった。なまじ、最初が上手く行き過ぎたせいで、気がつけば二〇〇種に迫る個性がこの世に生まれていた。

 狙って生み出すことが出来ない以上、その全てについて対応しなければ、ならないのかそうではないのかさえも、今まさに調べている状況で、その資料となり得る種々雑多な書類を、減らすことなど許されようか。むしろ、もっと増やしたい。

 そして、行政、防衛、立法、経済の各分野で国家戦略の要となっている艦娘の運用は、提督に課せられた全ての事務手続きと報告が、正しく提出、処理されることでしか法的に認められていないのである。

 これに手を入れるとなれば、戦争に匹敵する大事業だ。この混乱の最中にするべきことではないし、統合幕僚本部以外からも介入を招いて、むしろ拡大するだろう。

 結局、統合幕僚本部の海軍への侵蝕こそが目的であると理解しながらも、提督たちは口を閉ざした。湧き上がる想いを、言語化し得なかったからだ。

 こうして現場への影響を抑え、混乱を収拾しようという努力は実を結びつつあるが、いざ深海棲艦との決戦となれば、数で劣る艦娘は慎重に運用せねばならない。

 今しばらく時間が必要なのだが、既に千島列島は制圧され、北海道にも深海棲艦が迫りつつある。かねてよりの荒天により、陸軍の展開も遅れ、オホーツクが流氷に閉ざされるのも間近だ。

 少数の艦娘が旭川駐屯部隊に合流したものの、軽空母の救援すら疑問視される戦力でしかなく、残りは未だに海上を北上中である。

 深海棲艦の北海道上陸阻止は絶望的であった。

 海岸に橋頭堡を確保した深海棲艦は、空母の到着と同時に内陸部に向けて空爆を始める。天候のために支援も満足に受け取れず、大雪山山中で足止めされている旭川駐屯部隊は全滅の危機にある。彼らの半ば独断専行じみた行動を批判する声も上がったが、既に網走へ到達した中隊も旭川所属だ。

 海軍との情報共有がなされていれば、天候に邪魔されることもなく、網走へ展開可能だったと反論されれば口を詰む他ない。

 よって、救援されるべき軽空母部隊が、陸軍を救うためにまず時間を稼がねばならないという本末転倒な状況が発生した。

 当然のことではあるが、消耗した彼女らが何をしたところで、自殺でしかない。それでも、第五提督室所属龍驤が残ったのは、ただ一つの目的を果たすためである。

 すなわち深海棲艦空母群の捕捉。

 釧路沖に大湊の空母たちが存在しているのだ。網走沖であれば、充分攻撃圏内である。もし、居場所を突き止めることが出来れば、数の差を補って優位に戦えるはずである。陸軍の天敵である空母群を始末できれば、今後の見通しも立つ。

 ただし、釧路は未だ完全に制圧出来てはいない。千島を占領している戦力の動向も、横須賀の水雷戦隊が補給中の現在は、調べる術がない。

 それでも、もはやそれに賭けるしかないのだ。

 

 

                    §

 

 

 本来であったならば、指揮官である若菜の側に控えるべきであったかも知れない。しかし、いつの間にやら漣の身柄を確保している凶相の次席指揮官を放置出来なかった。

 愛宕が出撃し、瑞鶴が敵意を隠さず、向こうも艦娘に対して嫌悪の情を抱いているとなれば、速やかな連携のためにも、この男に頼る他ない。

 いささか不安ではあったが、武人としての矜持を残す那智を対空防護の要とし、航空戦力は仮の司令部から離して運用することとした。

 艦娘と陸軍の司令部が分かたれたことになるが、分散配置は深海棲艦との陸上戦における原則でもある。反対はなかった。

 問題は地図を広げ、漣にこの戦役の推移を解説させている新城である。今さら何をと思ったが、新城は目線すら寄越さず告げる。

「我々は敵情を何ら把握しておりません」

 言葉の意味以上に、反論を許さぬ態度であった。瑞鶴が反発を強めるのではないかと危惧したが、流石は五航戦の素直じゃない方と言うべきか。萎縮する漣を庇うように、いつの間にやら解説の役を代わっている。

 今は指揮官として振る舞わねばならないというのに、気がつけば温かい白湯を用意したりと甲斐甲斐しく働いていた鳳翔は、強縮する兵たちに笑顔を振りまいた。和やかな空気が寒さを湛えた部屋に漂う。

 新城を除いて。

「では、深海棲艦が敷いた哨戒網であると判断した根拠は?」

「はあ? 潜水艦よ? 他にどう判断しようがあんのよ」

「消去法? いや、実際、ワケワカ・・・・・・じゃなくて、まあ、あそこは常に荒れててアレですしおすし?」

 卓の上には、簡単な世界地図と北方の海図が用意されていた。白湯を置きながら鳳翔がそれを覗き込み、釣られて漣と瑞鶴もそれを見る。

 海図には深海棲艦が敷いたと覚しき、哨戒網の範囲が書かれている。出現地点、艦種、天候、日付と時間などを事細かに記した文字は、有り体に言って新城の見た目を裏切る丁寧さだ。三人はそろそろと首を傾げながら、もう一方に視線を移す。

 世界地図には戦力の移動兆候が確認された地点が、大まかに示されていた。打って変わって、大雑把に移動方向だけを記し、深海棲艦の種類をまとめて隅に置いている。その意図を図りかね、三人が揃って首を傾げる。

 紳士的にたった一つの石油ストーブを他の艦娘に譲ったはずの兵士たちは、その光景を眺めて酷く暖かそうで、話に加わる気のない艦娘たちは寒々しい。

 瑞鶴が唸り、鳳翔が頬に手を当て、漣が日本版コロンボの真似をして、新城がちらりと振り返り、兵士たちは冷凍された。

「で、何なの? これ」

「貴女方、ああ、海軍は深海棲艦をどのように評価しておられるので?」

 無視である。問いは鳳翔に投げられた。瑞鶴が拳を構えるが、ここにいるのは深海棲艦を殴り殺すために訓練された陸軍兵士である。むしろ、新城の方に胡乱な視線が集まった。艦娘は、慌てる漣に連動する顔文字兎に、夢中である。

 鳳翔はこの状況で微動だにしない新城の面の皮を、心からつねってやりたいと思った。表向きには極めて友好的に、笑顔で回答する。

「含意が広すぎてお答えしかねますわ」

「奴らを軍として認識しているのですか?」

 新城の言葉の意味が分からなかった者は、艦娘であっても彼を尊敬した。漣は理解はしても、現状と結びつけられなかった。鳳翔は理解して、地図を見て、浮かんだ事実を疑い、しかし、信じられずに冷めた目をした。瑞鶴は混乱している。

「正体不明の艦艇型生物群と認識しておりますが・・・・・・。原始的な社会性と文明の存在も確認されています」

「貴女方と同じく、成長や進化と呼ぶべき兆候が、戦略次元に達したと評価しているのですか?」

「そこまでは・・・・・・。しかし、今後、そのような認識に至る可能性はあります」

「では、貴女方は? 総体として、戦略的知見を獲得したと言えますか?」

 艦娘たちの表情が強張る。それは、彼女らと深海棲艦を同列に扱う言葉だったからだ。

「自覚して頂きたい。良きにつけ悪しきにつけ、貴女方を比較対象とせざるを得ないのだ」

 理解は出来る。だが、納得することとは別だ。退屈そうにしていた艦娘たちが、新城に並ならぬ興味を示し始めた。

「人間の皆さんも、全てが貴方のように考えられるわけではないと思いますが?」

「我々は極めて政治的な動物です。とても参考にはならない」

 言葉だけは丁寧だが、明らかな苛立ちと、こちらを叱責する態度である。難しい人物だとは感じていたが、極めつけにそうであるらしい。

 そして、出来うる限り感情を廃し、深海棲艦の立場と自分たちを置き換えて見る。

 絶望した。

 どれだけ低く見積もっても、現状の数百倍に及ぶ正規空母を養わねばならない自分を発見してしまったのだ。

「食糧確保が最優先です」

「え? どういうこと?」

「「「自覚して」」頂きたい」

 戦争などやっている場合ではない。むしろ、海中こそが主な生態圏である以上、人類を排除する積極的な理由があるのだろうか。いや、最大勢力である駆逐艦型は、その形状の割に泳力は低い。艤装を使わない場合、海底移動を主とするならば、海産資源の豊富な大陸棚は充分係争地たり得る。

 違う。そうではない。そもそも、深海棲艦がどれほど怨嗟の声を上げようとも、人類が標的とされる最も合理的な理由は、その膨大な物量を支えるための略奪にあると、とうの昔に分析されているはずだ。何故、忘れていたのか。

「まさか、食べ物の恨み・・・・・・」

「そこまでは」

 深海棲艦最大の謎は、永遠に謎となることが決定した。

「いや、説明してよ。何で通じ合ってんの?」

 艦娘を軍事組織に組み込むために努力するなか、どこかで深海棲艦に対する意識まで移り変わってしまった。彼女らに軍事的行動を強要しようとして、深海棲艦までそうであるように進んで誤解した。

 深海棲艦は、正体不明の艦艇型生物群、つまり害獣である。哨戒網など敷くはずがない。仮にそう見えたとするのならば、彼女らは狩りをしているのだ。

「何てことなの。では、今、こちらに侵攻して来ているのは・・・・・・」

「メシウマ?」

「君は何を言っているんだ」

「いや、あんたこそ。聞けよ。ねぇ、無視すんなってば」

 この情報を伝えなければと、鳳翔の胸に使命感が湧き上がる。だが、それを守原に伝える自分を想像して硬直した。このような状況を生み出した下地を作ったのは守原なのだ。彼がこの事実を受け止められるはずがない。

 下手をすれば、彼に報告した時点で握りつぶされるだろう。ここにいるのは守原閥の艦娘だが、目の前のこの男は、駒城の猶子である。足下が崩れていくような心地がした。

「深海棲艦の行動目的は?」

「よくわからないんでしょ?」

「そういうことだ」

「ねぇ、私が悪かったから諦めないで。すっごい傷つくのよ、あんたの態度」

「漣君、三行だ」

「半端にネタに走ったことをここに深く陳謝いたします」

「う~、も~ぉっ!!」

 涙ぐんで地団駄を踏み始めた瑞鶴を宥めながら、漣が説明している。つまり、この場で共有されてしまう。

 止めなければとも思うが、そのことに意味などあるのだろうか。小さな男だった。拭いきれぬ侮蔑が瞳の奥に渦巻いていることも知っていた。同時に、情を交わした相手へ冷徹に成り切れぬ、甘い男でもあった。その上で、女として立ち回った。手綱を握るのは難しくなかった。

 けれど、慕う駆逐艦に向ける優しさと暖かさは、嘘を通せぬ傲慢な彼の本当の姿かもしれないとも思った。不器用で、臆病で、生まれさえなければ、ただ純粋に愛することが出来たのかもしれないと、そう思うことがあったのだ。

 守原英康。彼が失われてしまうと思い至った時、鳳翔からは血の気が失せた。知らず頽れた体を、支える手があった。

「立ちなさい。貴女は指揮官のはずだ」

 見上げた鳳翔を迎えたのは、底なしの絶望だった。自らの望みと、現実が全く反対を向いている男の瞳だ。鳳翔には、なぜ彼がこうして生きているのかさえ、信じられなかった。そんな男が、彼女に怒りを向けている。当然の権利だと思った。彼女は自分の足で立つ。手はまだ添えられていた。ふと、笑みがこぼれる。

「冷たい瞳。まるで、あの方たちのよう。きっと、提督にも必要だったのかもしれない」

 だが、そうであったのなら愛さなかった。このような男であったならば、きっと愛することなど出来なかったのだ。

「すみません。少し、疲れたようです」

「動いているのは義兄です」

 嘲笑した。一体、これまで何人の小僧を男にしてきたと思っているのだ。三十路に届いた程度の若造に慰められるいわれなどない。

 鳳翔は颯爽と部屋を後にした。

 このやり取りを、瑞鶴を含めて、誰も理解していない。

 

 




ポカーン(゚Д゚)




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21.タイタニア





「うち、忙しいんやけど?」

 国家の存亡をかけた一戦への布石として、単身で敵中へと進撃する第五提督室所属龍驤だが、殊更気負うことなどなかった。

 かつては南太平洋を一人で背負った女である。北海道一つで潰れるような柔な造りはしていない。

『深海棲艦の目的は人類の撃滅ではない、か。分かってたつもりだったけど』

『意味あんの? どーでも、本土は守らなあかんやん?』

『破壊されて困るような沿岸施設は、鎮守府と近隣の漁港のみです。現状の遅滞戦闘を、空母の攻撃圏内に内陸部が収まるまで続けられるのであれば、随分と戦力に余裕が出来るのではありませんか?』

「うち、忙しいんやけど?」

 何より、確信したことがある。これほどまでに振り回された北海道戦役だが、深海棲艦の本質は何も変化していない。過度の警戒も、戦略の変更も必要ない。これまで通り、またはかつてのように、提督が支え、艦娘が戦い、国がそれを援護すれば、どのような苦境であろうとも勝利し得る。

『それ、説得できるの?』

『大湊に関しては、身命をかけて』

『ほな、佐世保と呉か。ゆーても、動かせんが』

『あっちは休養と再編に回しましょう。ケツはうちが持つわ』

「忙しいゆうとるやん?」

 目の前の光景が証明している。

 派手に暴れながら誘引した結果、横須賀軽空母部隊への追撃は、完全に阻止された。空母を狙って寡兵をあしらい、電撃的な侵攻を果たしたはずの深海棲艦が、軽空母一隻のために、上陸直前で足踏みしている。確かに、慌てふためいている“大本営”の連中に知らせてやるべきだろう。

 だが、そうして現出する状況など、もはや説明の必要もない。

『ただ、北海道の深海棲艦が特異な動きをしているのは確かです。潜水艦については、まあ、納得は出来ませんが、理解は出来ます。その後の対応から考えれば、目から鱗でした』

『唯一、海中で艤装使えるからな~。いや、やからて、狩り要員か』

『もったいないと思うのは、私たちが国から支援を受けているから、なのかしら?』

『大戦のようにされれば、とうの昔に干上がっています。そして、だからこそ佐世保と呉の負担が増している。結論はともかく、充分な材料になり得るかと』

 すなわち、波そのものが深海棲艦になったかのような、絶望的な物量の奔流。

「ええ加減にせぇよ。池の鯉か、自分ら!! 噛みつく暇があったら、大砲使わんかい!!」

『え? 急にどうしたの?』

「どないもこないもあるかい!! 今!! うち!! 戦闘中!!」

 ピラニアなどよりもよほど貪欲な有様で殺到する、無数の駆逐艦。愚直に突撃するそれらを、荒波を巧みに利用して躱しながら、龍驤は通信越しに怒鳴りつけた。

 風は吹き荒び、海面は激しく上下する。元は艦船でありながら、今は人であることを最大限生かした航法は、スケート競技にも似た華麗さだ。海中に半ばまで沈みながらの駆逐艦では、追いつきようもない。

 それでも数を頼みに、強引に前方に回り込んだ一団がある。暗く、水飛沫の舞う視界と不確かな足元にも関わらず、龍驤は常に自ら、全方向に警戒を割いている。妖精さんには頼らない。

 正面で立ち上がる波を利用して、進路を直角に変えるが、傾斜を上る運動が含まれるために大きく減速してしまう。それでも、波に逆らう後方のイ級ならば、置いて行けた。前方も横波に進路を逸らされているが、僅かに龍驤と進路が重なるイ級がいる。

 波という不安定なものに乗る龍驤には不利な体勢だった。下手に避ければ転げ落ちる。波は直角を越えようとしていた。深海棲艦は、その波そのものに潜り込んで接近を果たす。

 龍驤は器用に上半身だけで、体を捻る。下半身は波を捕まえて離さない。

 遂に一匹が彼女に襲いかかった。開けた大口は、人類社会と艦娘の悉くを臓腑に納めてきた残虐な破砕機だ。龍驤は意図的に、左足を滑らせる。波を捕まえたまま、円筒状の側面を降ったのだ。

 そこで生まれた急激な加速と遠心力のままに、拳が振り上げられた。激動する傾斜地という、恐るべき海面状況の一瞬を捉えて、自らの言葉を全否定する右の撃ち下ろし。飛び出した勢いのまま空中に漂うイ級の横面を、芸術のように捕まえた芯によって、粉砕する。イ級の歯が折れ飛んだ。そして、腰の回転を使い、別のイ級の鼻面まで拳を振り抜いてそれを防ぐと、崩れゆく波頭を避けてまた別の波へ。

 踊るように華々しく、惚れ惚れするほど荒々しい。この上、包囲を避けながら、深海棲艦本隊へにじり寄っているのだから、卓越している。

『そんな、大袈裟な』

「大袈裟ちゃうわ!!」

『歴戦の龍驤さん、ですもの。さぞ、ご活躍でしょう』

「見せたるから来い!! 今すぐ!!」

『ごめん、撤退中やねん』

「誰のおかげや、この、この、クソがぁ!!」

 流石に、自分とほぼ同じ存在には、罵声の言葉も切れ味をなくすらしい。というよりも、自死を避けたのだ。

『で? どうなの? そいつらの目的は掴めそう?』

「無茶いいなや。わけわからんわ。と言いたいとこやけど、空母やわ。間違いない。今、来た奴もうちの四肢を狙っとった。どうも、生きたまま連れ帰りたいらしい」

『なして?』

『アクタンでしょ。ああもう、ホントに意味わかんない』

『まさか、そんな、嘘やん? マジで?』

『私たちとて、大戦でのことは拭えぬ記憶として残っていますでしょう?』

『だからて。いや、まあ、心当たりがないでもないか』

「零戦飛ばしたら見逃してくれるんか?」

 自分よりも背丈の高い波間にあって、そうぼやいた。流石に、この状況での発艦は厳しい。途端に、波へ突っ込んでしまう。深海棲艦のように、頭の帽子が口を開けたら浮いて出て来るという謎方式ならいざ知らず、艦娘なら誰でも同じだろう。

 つまり、陸に僚友を逃がした判断と、本隊を見つけようとしている自分の行動自体に間違いはない。

 それが今は、妙にありがたかった。

 あれこれ読み間違え、慌てふためいたことは、いい。戦争だ。そんなこともある。

 だが、数で勝る深海棲艦の団結を促し、数に頼んでこれを撃破しようとするなど、愚劣の極みだ。そんな簡単なことを、誰も、自分も、彼女の提督すら指摘しなかった。考えつかなかった。挙げ句、推進した。

 これ程の慙愧があるだろうか。国内事情に振り回され、勝利し続ける戦況に驕り、成すべきことから目を逸らした結果が、六千人の民間人死者である。

 はっきりと明言しよう。徴兵提督たちが負けることなどわかっていた。すり潰すのが目的だったと言い換えてもいい。軍紀の乱れ著しい彼らを切り捨てることは、彼らを利用しようとする守原以外の誰にとっても歓迎すべきことだった。それらに従う艦娘も含めて。

 そのような外道の果てに、招いたのが国家の危機。笑えないどころの話ではない。しかも、すり潰されたのは徴兵提督ではなく、人類や彼女らが持て余して放置していた駐在艦たちである。提督から寵愛も信頼も得られず、国家から半ば無視されていた彼女らだけが、この戦役で唯一、義務を果たした。

 たった二百人である。十万を越える深海棲艦相手に最前線で何をすれば、決定的な役割など担えるのか。射耗し尽くすまで戦い、その身を投げ出して遅滞に努め、住民の避難を援護し、陸軍の盾となる。これ以上に望むことなど何もないはずだ。

 だが、彼女らは何も出来なかったと非難されているのだ。彼女らを喰らう深海棲艦を、彼女らごと撃ち抜いた陸軍が賞賛を浴びているのに。沿岸を食い尽くせば、海に帰る深海棲艦を撃退したと。

 大戦の頃、自分の艦内で乗員たちは様々な話をした。彼らはあの狂気の時代に、命令だから戦っていたのではなかった。隣の戦友と、銃後に残した家族、そして身に宿した責任感に命を捧げていた。大本営など、罵りの対象といっていい。

 自分はどうだろうか。駆逐艦の密集地に牽制の砲撃を放ち、互いに衝突して混乱する様を横目に、龍驤は考える。

 責任ある立場にありながら、責任を果たせず、後始末を下に押しつける。今の政府や統合幕僚本部を“大本営”などと呼んでいるが、自分も同じか、それ以下ではないのか。

 少なくともこの戦役は、あの大戦のように国民に望まれたものではない。放置された、憎まれたといえど、内に隠ったのは海軍の総意だ。そういえば、そのフォローに回ったのも駐在艦だった。鎮守府においては、末っ子以外問題児で有名だが、外に出れば受け入れられたのはそちらの方だった。皮肉なことである。

 龍驤は思う。人の体を得て、戸惑いを得た。慣れて、自然に振る舞えるようになっても悩みは尽きない。

 気難しさを名前にしたような男の言う通りである。とかく、人の世は住みにくい。このまま思索に耽れば、実際、渦潮に消えそうな世情でもある。背後から迫る深海棲艦を、無造作にターンを決めながら裏拳で沈めると、龍驤は気合いを入れ直した。

「さーて、お仕事、お仕事」

 この期に及んで、生への執着など見せるべきではなかった。黙り込んだ僚友に向けて、白々しい言葉をかける。

 だが、返ってきたのは、思いの外あっけらかんとした自分の声だった。

『何言っとんの? 目的は果たしたんやから、帰ってきぃ』

「は?」

『深海棲艦の目的は、あんたなんでしょ? 易々と渡せないわ』

「意味分からん」

『私の提案が受け入れられたとしても、増援の到着には最速で四日。現実には一週間ほど必要です。もはや、私たちのように空輸というわけにはいきませんので、現状の戦力で防衛せねばなりません』

『つーか、無理やろ。この天候では魚雷も投下出来んし、急降下も自殺行為や。中止、中止』

「いや、もう見えとるし」

『何が?』

「敵本隊」

 

 

                     §

 

 

 まだ時間はあるはずだった。敵主力は千島列島の確保のために、横須賀の水雷戦隊と激闘を繰り広げていた。横須賀が補給のために撤退し、小康状態となったのは前日のことである。

 約二十個の艦隊が、入れ替わり立ち替わり千島列島全域で突破を図った。突破した艦隊は当然、包囲されるが、強引に別の突破地点の背後に回り、連携して脱出するという、狂気じみた作戦であった。損害は大きく、彼女らは戦闘能力を喪失した。

 だからこそ、どれだけ悲観的に考えても、敵本隊の到着まで半日は時間があるはずだった。それだけの戦力を拘束出来ていたことは確認が取れている。

 その半日があれば、旭川は山間部を抜けられた。そのまま北見周辺に展開するか、陸別へ撤退するかについては、若菜の中隊による工作次第だった。

 海軍はその歴史から、深海棲艦の殲滅を望む。戦争初期には役立たずの最新鋭艦に乗って、壊滅するまで戦った。そして、字句通りあらゆる手段を用いて沿岸に居座る深海棲艦に突撃したのが陸軍だった。この生き残りが次世代の海軍であり、提督と呼ばれる者たちだ。

 彼らは決して、戦友を貪り喰らった深海棲艦を許さないだろう。海軍の実働部隊を率いる提督のほとんどが、深海棲艦を不倶戴天の敵として認識しているのだ。

 彼らがそれを自覚しているかは、わからない。だが、彼らにとって、海軍に課せられた国土防衛という任務は建前でしかなく、それらや国民の保護は、陸軍が担うべきだとの意識がある。

 だから、深海棲艦の侵攻に際して定められた避難要領などの情報に無頓着なのだ。それどころか、深海棲艦や艦娘の研究に関する事項についても、あまり関心を払わない。

 そして、北海道が危機に陥り、日本海の安全も疑わしい状況で、充分な縦深のある太平洋での迎撃のために、遙か離れた海域で戦闘に興じている。

 先ずは、国防体制を盤石とするべきだった。アリューシャンからの侵攻が判明した時点で、方針を転換すべきだった。少なくとも、これまでと違う深海棲艦の動きに警戒して戦況を膠着させるぐらいなら、増援を送るべきだった。日本国内に深海棲艦の根拠地を作られるか否かの瀬戸際なのだから、当然下すべき判断だった。

 この状況で動かない徴兵提督には、今後厳しい処分が下るだろう。責任を押しつけるべき上層部は、既に消費された。その煽りを受けて、横須賀への対応も強硬にならざるを得ない。ここで公平性を欠いては、統制を取り戻せないからだ。

 それを救う。新城はその為にここに来た。美幌への到着が妨害され、横須賀と接触する前に作戦が始まり、どうなることかと思ったが、間に合った。

 はずであった。

「沖合いの龍驤さんから連絡です!! 敵本隊と思しき大部隊と接触!!」

 困り果てた漣の説明に混乱を深める瑞鶴を眺めて、頭の痛い思いをしている時だった。まともに説明して、新城や陸軍の手柄には出来ない。横須賀や海軍が独断したから現状があるのではなく、あくまで上層部の作戦指導が拙かったために起きた悲劇であり、独断そのものは仕方ない範囲であったように見せかける必要がある。現状の歪みは、海軍の手で正されねばならない。

「どういうことだ?」

 これ以上、敗北を重ねる前に。

「一般無線に繋ぎます」

 艦娘の全てが、呆然としていた。漣だけが、苦しそうに告げた。

『あ、あー。聞こえますか? ただ今敵本隊と接触中。これより、後退戦闘に入ります。情報は逐次流していくさかい、みんな聞いていってね』

『呑気なこと言ってないで撤退しなさい! 一時間、一時間で釧路沖から、援護が来るわ』

『そうやね、一時間ありゃ上陸出来る位置やね、敵さんが』

『うちらの再戦力化まで、最低一時間や。その間、大湊の方で支えてもらわなあかんが?』

『・・・・・・敵の空母はどの程度です?』

『いっぱい』

『・・・・・・陸軍の援護で手一杯になるかと』

『そのまま、宗谷を回って日本海まで出ればいいわ。釧路から航空隊が来れば、大湊も援護できるでしょう? 陸軍だって、』

『叢雲、うるさい』

 何やら愁嘆場が繰り広げられているようだが、新城は海図に覆い被さり、コンパスと定規を手にする。無線から流れて来る情報を頼りにそれを動かし、おおよその位置と敵情を記入する。

 戦艦三十二、空母十六、重巡三十六、軽巡二十四。駆逐艦は無数であり、数はおおよそのものだ。指揮官である姫の姿は確認出来ていない。やる気充分というのは、一種の隠語で、鬼火を纏う強力な艦の存在を示している。天候は回復に向かいつつあり、波は穏やか。発艦に問題なし。

 網走沖に五十㎞圏内と言うことは、既に航空機の攻撃圏内だ。新城は振り返る。

「鳳翔殿を呼び戻せ。出撃を依頼する」

 棒を飲んだようであった兵が動き出す。待機状態であった他の兵にも、集結を命じる。新城の頭にはこの時、撤退の二文字しかなかった。

 鳳翔が駆け込んでくる。

「申し訳ありませんでした。空母はすぐさま動けます」

 瑞鶴が、「え?」という顔をしたが問題ない。混乱から立ち直っていないだけだ。新城は頷き、若菜に連絡する。

「大尉殿、敵が迫っております。直ちに撤退すべきです」

 返答には幾分時間がかかった。

『見捨てるというのか?』

「はい、いいえ。そうではありません。撤退中の軽空母を収容の後、撤退します。ですが、積雪のため、移動には時間がかかります。身軽なスノーモービルだけを残して、雪上車は順次出発させるべきです」

『そうではない。今、海上でただ一人奮戦する勇者を、ただ置き去りにするというのか』

 何を言っているのだろう、この莫迦は。極めて率直に、新城はそう思った。

「海上でのことであります。我々に出来ることはありません」

『だが、彼女が陸に辿り着きさえすれば、援護出来るはずだ』

 不可能だ。いや、例え可能であったとしても、龍驤には足止めをしてもらわねばならない。

『今より、海岸に向かう。上手くいけば、大湊との航空戦の最中に到着出来る。一時的であれ航空優勢があれば、艦娘と協同して、深海棲艦の上陸を阻止できるはずだ。そして、龍驤を回収して撤退する。そうすれば、雪が奴らの侵攻を阻んでくれる。逃げ切れるはずだ』

 何があったのだ。若菜は確かに、才気溢れる人間ではない。だが、このような無謀を口にする人間ではなかったはずだ。むしろ、決断に迷い、失敗を恐れて慎重に過ぎる手順を踏むことを好んでいた。

『幸い、敵は少数だ。大湊の援護があれば、撃退も可能かも知れん』

「いや、大艦隊ですから」

 漣が顔を青くしている。駆逐艦を合わせて考えれば、六倍を越える戦力差である。確かに、深海棲艦の物量を思えば、少ないという考え方も出来なくはない。味方の戦力が増えるわけではないので、慰めにもならないが。

「大尉殿・・・・・・・」

『新城』

 反論を封じるように、若菜が新城を呼んだ。それは何かを覚悟した男の声だった。

『なあ、新城。どこに逃げればいいんだ? もう、俺たちは奴らの攻撃圏内に入っているんだぞ? この雪の中を、雪上車に詰め込まれて、一体一時間でどこまで行けるんだ? 新城。奴らのたこ焼きが一機でも俺たちの頭上に来たら、俺たちは終わりなんだぞ?』

 だから突撃するとでも言うのか。無謀を通り越して自殺である。新城にはとても許容出来ない。

「大尉殿、大湊が撤退を援護してくれます。今、単身、敵と立ち向かわれている龍驤殿も、我々の撤退を待っておられる」

『新城!!』

 だが、それは覚悟をないがしろにされた若菜も同じであった。憎悪すら感じる声が、無線から割れ響く。

『放っておけ。腰抜けはいらん。我々は出るぞ。貴様はそこで居竦んでいるがいい』

 無線に新たな声が乗った。確認のために鳳翔を見れば、愕然とした顔で首を振る。

「那智です。そんな、どうして」

 つまり、向こうの独断専行ということだ。若菜は煽られたのか、それとも利用されたのか。ともかく、やはり、寄せ集めに過ぎないということだ。人のことをとやかく言うべき状況ではないが。

 通信は切られた。威勢の良いことを言っていたが、どうせ海岸に向かうならば新城の近くを通るのだ。というよりも、猫のほとんどがこちらにいる。本当に突撃するつもりなら取りに来るだろう。焦ることはない。焦るべきではあったが。

 新城は今まで一度も腰を落とすことのなかった椅子に、深く沈み込んだ。那智の捨て台詞のせいか、艦娘も大人しい。漣の繋いだ無線からは、今も懸命に龍驤が情報を流している。

『こない急に海が大人しい。上空の雲は厚いままや。よほど、力を持った姫や。とくに、海面状況の改善が著しい』

『更に戦艦を確認。護衛は軽巡、駆逐が二。なんや? ワ級、輸送艦がおるで?』

 淡々とした声。落ち着いた口調。砲声と激しい水音が背後にあっても、よく通るように抑制されている。

「龍驤殿に通信は?」

「こっちからは届きません。鎮守府の設備なら可能ですが、艦娘の艤装だけでは。龍驤さんは多分、航空機を複数中継して、深海棲艦の妨害を突破しているはずです」

「それをこちらが利用することは?」

「無理です。妨害の外に向けてならともかく」

 漣が悲痛な表情で俯く。なるほど、優秀だ。初期艦に選ばれるだけはある。

『あー、こりゃヤバい。ヤバすぎや。姫発見。あれ、陸上型やない? うちより小さいが、何ぞ見覚えがあんで』

 能天気とも思える彼女の報告は、途轍もなく貴重だ。重要であるだけではない。それが今後の犠牲を減らす助けになる。彼女の命を代償にもたらされている。

『聞こえとるかー? 容姿は飛行場姫に似とる。何や知らんが来るな、言われた。来とんのはお前やっちゅうねん。カエレ!!』

 深海棲艦のものらしい悲鳴が聞こえた。初めて耳にした新城は、全身が逆立つような感覚を覚える。化け物のような声ではなかった。完全に人間の、若い女性の断末魔だった。

 そして、戦闘音。その間も龍驤はぼやく。

『指揮自体は、護衛のリ級がやっとるな。大したもんや、包囲が早い。特徴は、ない、な。気持ち、背が高いか? 隣の姫が小さいせいかわからんが』

『まだ、聞こえとるかな。叢雲もあれや。強気なふりして、気負いすぎや。戦争からそう簡単に足抜け出来るわけないやん。向こうさんの事情もある。それで、どんだけ苦労してきたねん』

『戻れるなら、うちかて帰りたいわ。赤城の阿呆はぽやぽやしとるようで、回りのことなんか何も興味ない。加賀は不器用過ぎて、傷ついてばっかや。鳳翔は人の世話。あいつら、うち以外誰を頼るんや。放っとけんやんか』

『死にとないなぁ。あいつら無茶すんで。長門も金剛もわかっとらん。あんな、信用できん奴らもおらんのや。止める奴がおらな、すぐ潰れてまうで。うち? 元からぺったんこや。何言わすねん』

 新城が吹き出した。ペンを持ち、海図に向かう。突き刺さる視線を感じて、納得する。艦娘は兵ではない。軍人ではない。

『駆逐より強い輸送艦とか、深海棲艦は常識を知らん。ああ、潜水艦もおる。数は、四個ほどの群れか? 正確にはわからん。前後左右から、偏差で撃たれた。練度は高い。砲艦と射線が被っとらん。空母との連携もいい。三次元的に、追い詰めよるわ』

『その割に戦意が低い。いや、姫さんに近づこうとすると本気になるというか。どうも、向こうも上の無茶振りには苦労しとるようや。ごめんな。艦爆ガン積みやねん』

 海図に情報を書き込んでいく。必ず、役立てねばならない。瑞鶴が泣いている。鳳翔は戦慄いている。漣は、直立不動を貫いている。新城の口元には笑みがある。

『あかーん。艦爆じゃ、かすり傷や。速度、この場合は貫通力か。刺さらんから、力不足や』

 もう、千島で未だ警戒中の叢雲の声が聞こえない。距離がより近い、撤退中の龍驤との連絡も途絶えている。この通信を受け取れるのは、簡易的とは言え妖精さんの通信設備を持ったここだけだ。

『そろそろ、限界や。もし聞いとったら、第五の提督によろしく言っといて。仕事サボって、阿呆どもから目を離すなよて』

 世間話の延長にあるような最期の言葉とともに、声は途絶えた。だが、通信は繋がっている。まだ龍驤は戦っている。艦娘も、兵も、新城も、ただ、机に置かれた玩具のような通信機と、それに繋がる軍用無線を見つめていた。

『ゼロ・・・・・・・オイテケ』

 その声は、明らかに子供のものだった。だが、同時に子供では有り得ないほどの執念が込められていた。

『ほな、首置いてけや』

 新城すら息を呑んだ深海棲艦の姫に、龍驤は無造作に、不敵に告げて、通信は切れた。

 無線からはもう、雑音しか聞こえない。

「君たちは、このように在れるのか?」

 沈黙が帳を降ろす。







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22.それぞれの情景

 想定よりも早い、深海棲艦本隊の来襲。しかし、状況はまだ致命的な局面にまで及んでいなかった。事前の申し合わせ通り、横須賀が現状の戦力だけで制空権を確保してみせたからだ。龍驤は玉砕したが、すぐに大湊の航空隊が深海棲艦本隊の襲撃を始めるだろう。

 四方八方囲まれてありとあらゆるものを投げつけられ、それでも総大将の眼前で減らず口を叩いた化け物との戦闘は、彼女らから陸上制圧に回す航空戦力を奪った。義務は果たされたのだ。

 この隙に、救出した軽空母を伴って撤退せねばならない。だが、若菜のおかげで手順が狂った。

 現在、陸軍と艦娘の混成軍は四つに分かれて展開している。一つは能取湖にて軽空母部隊を回収するための班。隆法寺跡にて簡易陣地を築き、軽空母の補給と修理の準備をしている。スノーモービルと連結したソリによって素早く移動することを念頭にしており、大湊から派遣された艦娘は配していないため、現状では連絡がつかない。

 もう一つは網走湖にて深海棲艦を迎撃し、また軽空母の撤退を支援するための班。深海棲艦による網走川の遡上を防ぎ、撤退路を確保することを任務としている。こちらも、彼女らの速やかな撤退のためにスノーモービルを配した少人数の構成だ。大空町役場を仮の陣地として、現在は偵察機を用いた周辺の監視を行っている。連絡はないが、事態は把握していると思われる。

 新城は女満別空港にて待機している。剣牙虎と共に万が一のため、陸上で深海棲艦の侵攻を阻止し、網走川を確保し続けるために存在している。速やかな航空支援のために軽量な漣を借り受け、いよいよとなれば殿を勤めることになる。

 若菜は美幌駐屯地にいた。空爆に一時的にでも耐え得る地下設備を擁したここで残りの剣牙虎とともに待機し、いち早く撤退に移って、常呂川の確保に向かう手筈だった。配された艦娘は那智、木曾、利根であり、新城の後衛戦闘を砲撃により支援することも可能性として考慮されていた。

 だが、若菜は新城の剣虎兵と合流しようとしている。深海棲艦が陸上型である以上、攻撃によって損傷した艦の復帰や再編のために、陸上の制圧を優先する。その方が、姫の能力を十全に活用出来るからだ。それは北海道全域に及ぶはずだ。

 雪や悪路は確かに深海棲艦の陸上制圧を阻害するだろうが、河川はその例外だ。そもそも喫水がほぼ存在しない彼女らにとって、川底の深さはそれほど問題にならない。冬場で水量が減っていたとしても、充分な進撃路となる。それは新城たちの撤退を危うくするだけでなく、旭川本隊も危険に晒す。

 若菜の定めた行動方針は、なけなしの防衛体制に害悪しかもたらさない。

 それでも指揮官の言葉である。新城に従わない選択肢はない。幸いといって良いものか、龍驤の玉砕は明白であり、状況は推移した。新城はすぐさま、分断された連絡網の再構築を試みる。

「深海棲艦本隊の攻撃には参加しないのですか?」

「現状ではあまり意味がない。こちらの戦力では、深海棲艦をどれだけ減らしても有利にはなり得ない。むしろ、戦力を消耗した上で、再編の時間を取られる」

 航空隊の再編中は空に上がれない。深海棲艦が上陸するその時に、何も出来ないでは話にならない。撤退にしろ突撃にしろ、温存すべき貴重な戦力だ。

 理屈はその通りであるが、事前の計画をこうまで簡単に投げ捨てられる中尉という立場の男に、鳳翔は戸惑いを隠せない。釧路沖の艦隊と連絡を取るためにも、向こうの航空隊と合流するという考え方もあるのだ。

 しかし、新城は一顧だにしない。

「我々の戦力では戦況に何ら寄与しない。ならば、任務に邁進するべきだ」

 那智が捨て台詞を決めてくれたおかげで、方針は示されても命令は下されていない。新城は現場指揮官としての裁量で、両方の実現のために最大限努力出来る。

 まず網走川を押さえる迎撃班には、深海棲艦の遡上を妨害し得る位置に砲撃を加え、合流するように命じた。撤退中の横須賀には、送迎の班との素早い合流と、常呂川への爆撃による河川の封鎖と監視を依頼する。

 兵たちには装具の点検をさせ、空港に備えられた地下設備へ物資を搬入させたり、また雪上車に積み替えたりと、忙しく働かせている。

 疲労を少しでも軽減するためと与えられた椅子と机に向かい、手元の暖かいお茶を引き寄せ、麾下の航空機を制御しながら、状況についていけない瑞鶴はしきりに首を傾げる。それを周囲の艦娘が生暖かく観察している。

「哨戒はどこまで広げられた?」

 瑞鶴の困惑ももっともだ。見せかけの敬意を取っ払った男は、明瞭かつ正確に、艦娘を指揮している。元々、提督に従うことを常態とする艦娘だからか不満は見受けられない。鳳翔の追認と、いつの間にか副官か何かのようになっている漣の影響もあるのだろう。だが、明らかに可笑しい。

 この男は陸軍としては次席指揮官。当然ながら艦娘への指揮権などない。

「お望みの涛沸湖までは伸ばせませんでした。私たちが寄せ集めということもあるでしょう」

 だが、この男以外にこの状況で信じられる者がいない。新城が示す傲慢や冷徹は、今、必要なものだと艦娘ならば理解できるのだ。

「差し支えなければ、君たちの通信方式について教えて欲しい」

 鳳翔はこの男をどう評価してよいのかわからない。自分の主人が推進したものとはいえ、艦娘の階級など建前だ。陸軍が反発するように、艦娘とてそのように振る舞えと言われても困るのだ。異論があることは承知だが、艦娘は人間に従うように設計されている。人間を従えろと言われても、参考になるのは艦時代の提督や艦長たちぐらいだ。

 しかし、彼女らの大部分にとって、よほど個性的な人間でなければごく普通の乗員の方が馴染みが深い。何故なら、指揮官が人間の世話をするのが役割であるように、彼女らの世話をする役割を果たしたのが彼らだからだ。そしてだからこそ、その資質のない者に率いられる嫌悪については納得できる。

 だが、建前を投げ捨て、艦娘を自分の部下の如く引き回し始めたこの男から、そうした嫌悪が失せてしまっていた。むしろ、このように素直な質問を投げかけてくる始末だ。

 気難しいとは思っていたが、一体何を基準として世の中と相対しているのか。鳳翔のようなごく普通の女には理解が出来ない。

 漣と目を交わし合い、鳳翔は男の観察に勤めることとした。それを感じ取ったのだろう。新城からどこか拗ねた雰囲気が漏れる。どうしろと言うのだ。

「えー、あくまで、その、既存の概念に当て嵌めた便宜上の理解という範囲でのお話ですけど」

「構わない。ああ、崩していい。僕は気にしない」

 男の表情に浮かんだ面白そうな表情に頭痛がする。わかっている。この男は漣を知っている。

「ぶっちゃけ、テレパシーです。なんか、ヨウセイ=サンジツでいい感じにさも電波(笑)であるかのように振る舞ってますが」

 何かから解放されたかのような笑顔で、漣が荒ぶり始めた。具体的には、踊るような切れのある動きで解説している。何でこの男は当然のように鷹揚に頷いて続きを促しているのか。

「出力と精度に関しては、友情、努力、勝利です」

 それでは何のことかわからない。空手だろうか。型は様になっているが、ドヤ顔をやめるべきだ。

「友情について」

 他は理解したのか。いや、練度を上げ、実戦経験を積むということなのだろうが。これ以上、瑞鶴を振り回さないであげて欲しい。というか、仕事に集中しろと睨みをきかせなければ、単調な操作に飽いた艦娘たちの興味が全部こちらに向く。見事な芸だと認めざるを得ない。肝心の解説については拙いにもほどがあるが。

「同じ釜の飯を食う感じです。感染魔術とか、共感魔術とか。詳しくは金枝篇を読め」

 指を指すな、ポーズを決めるな。男を観察するはずが、漣にはらはらする。

「姉妹関係における影響は?」

「ありかなしかでいえば、アリ」

「では、提督との交信に関しては?」

「距離的限界はないっすね。もちろん、ヨウセイ=サンとか、鎮守府の設備とかが必要です」

 どうしてこれで意思疎通が可能なのだ。もしも、意図的にやっているとすれば恐ろしい。取りあえず、特殊な意味でも高い教養を持っているのだと評価するしかない。そういえば、名義上の父親は“あの”駒城篤胤だ。

 考えに沈む新城に畏怖を抱きながら、鳳翔はたまらず質問した。

「今のでおわかりに?」

 漣の自慢げな顔が異質に見える。この男は提督ではない。陸軍なのだ。

「必要なことは」

 新城は共感能力も高い。会話や人間関係を築く上で必須の能力だ。今も態度と声色、視線の置き場所や口調などで、こちらが自分の意図や気分を察するように誘導している。そのようにも振る舞えるのだ。

 その癖、瑞鶴には素っ気ない態度で心情すら明らかにしなかった。哀れなあの子は無視されることに慣れていないのだろう。いいように翻弄され、抱いていた敵意さえ忘れさせられた。

 完全に人間や艦娘を差別している。それも、一人ひとりについてだ。まともな人間関係などそもそも望んでいないのだろう。鳳翔は匙を投げた。自分の手に負える存在ではない。

 この男に対して影響力を発揮するには、この男に認められるか、そのように自分を作り替えるしかないからだ。傲慢などと、とんでもない。これが思い上がりでないならば、何をもってそう称するのか。

 新城ならば小心と自棄であるとでも言っただろう。だが、そのために世界を敵に回せるなど、他人にとっては悪夢でしかない。明らかに狂人の類だった。

「付け加えることは?」

「ありません」

 理解などしたくない。この男のことも、それに関わること全て。

 

 

                      §

 

 

 鳳翔の視線は馴染みの深いものである。新城にとっては都合がいい。新城は女性というものを尊敬している。彼女らは自らを巧みに誤魔化すことで自分を守る。男は見栄を張り、やせ我慢を繰り返すだけだ。そしてその全ては、女性に明確にされてしまう。敵うはずがなかった。全面降伏以外に為す術がない。

 だからこそ、鳳翔が新城への理解を放棄したことは福音であった。兵を指揮するのに、いちいち心の底を覗かれるような気分を味わうなど冗談ではない。

 戦場では見栄とやせ我慢がものを言うのだ。

 その点、女という意味では漣は幼い。瑞鶴は人間としてまだ未熟である。流石の新城でも対抗の仕様はあった。その他については考慮に価しない。

 実際のところ、どうすればよいのか新城自身わからないでいた。稼がれた時間を無為にされ、無謀な方針の下に行動せざる得ない状況で、打てる手というのはそう多くはない。

 その中で最善を尽くした。艦娘から協力が得られたのは幸いだ。こちらの畏まった態度そのものを敵対の合図と認識しているのなら、砕けた態度をとればいい。確証はなかったが、漣と瑞鶴によってそれは証明された。摩耶たちとの交流も無駄ではなかったらしい。

 艦娘は型に嵌められた行動を嫌う。そして、個性を尊重されることを喜ぶ。一種の反抗期とも言うべきか。人間のような存在に作り替えられた彼女らの自意識が独立を求めるのだろう。ここを乗り越えられない艦娘が機能を低下させると、新城は本で読んだ。艦娘は建造によってではなく、その後の経験により十全な機能を獲得するのだと。

 実際、練度を上げていくことによって、艦娘が新たな能力を発揮し始めることはある。妖精さんがどのような意図で彼女らを設計しているのかはわからないが、ただの兵器としてではなく、知的生命体としての成長を期待していることは確かだ。人間と同じく、工廠からひり出されて完成とはならないのである。その実現を人類に丸投げするのは甚だ遺憾ではあるが。

 艦娘の研究というものは、日毎に結論を引っ繰り返す不確かなものだが、こうして頼りになるものもある。慰めにもならないのは、たまに訪ねる友人の部屋が思い起こされるせいだろう。地面から生える石筍の如くそびえる資料の山は、まさに魔窟と表現する他ない。仕事柄というのもあるのだろうが、あれが生活空間というのだから人類が繁栄するのも道理である。未来は明るいようだ。

 好材料で気分が良くなったところで現実を見る。新城は遂に、艦娘たちについても責任を取らねばならなくなった。娑婆でもお目にかかれないような美人揃いなのだから、悦ぶべきだろう。

 問題は新城が中尉で次席指揮官に過ぎないということだ。はっきり言って若菜は錯乱している。新兵が勇敢さを発揮するように見せかけて、死へと逃避することは珍しくもない。戦場が地獄なのは、死んだ方がましだからだ。例え表面上どれだけ正気に見えても、油断することは出来ない。むしろ、戦場で正気であったのなら、そいつは狂っているのだ。

 だが、若菜を引き摺り下ろせるかというとそうでもない。無謀であり、間違いでもある決断だが、陸軍では賞賛されるべき哲学を含んでいるからだ。

 人を喰う化け物と戦っていることの意味は重い。それも圧倒的に優勢な。ただ深海棲艦と兵を戦わせるだけでも、大変な事業なのだ。言わば、集団自殺に駆り立てるに等しい。しかも、いざ戦場となれば部隊間の連絡も難しい乱戦状態が常である。全く誤解のないように簡潔に言えば、陸軍は勝利するために存在していないのだ。

 だから、新城がどれだけ自分の信ずる通りに責任を果たそうとしても、兵が着いてこない。彼らは死ぬことこそ美徳と叩き込まれてこの場にいる。

 それらを救わねばならない。それが任務であり、義務だからだ。

 若菜が役に立たないことも、深海棲艦が大部隊であることも新城は無視できる。横須賀の救出を建前に、若菜と袂を別てばいい。合法的に安全を確保出来るだろう。所詮は次席指揮官だ。新城が尽力する理由は、対外的に存在しない。

 ならば、何なのか。ここに彼らを連れて来たのが新城だからだ。きっかけは義兄の手紙だが、あれは純粋に保胤の好意に他ならない。その結果、新城がどのように行動かするまで読めるようであれば、新城は四国の荒野でのたれ死んでいただろう。まあ、義父には分かち合ってもらいたくはあるが、それは帰ってからだ。

 その事実から目を逸らして恥も知らずに生き延びるぐらいであれば、若菜のように愚かである方がましだった。新城は自分の執念と潔癖を知っている。今も車座になって自分を責め立て、殺意を漲らせているのだから誤解のしようもない。狂ってしまえば楽であろうに、小心が故に思い切ることもない。どのような言い訳も、倫理も、法律でさえ意味はない。自分からは逃れられず、誤魔化しは効かず、騙すことも出来ない。

 新城は男に生まれてしまったのだ。

 つまり、莫迦なのだな。結論を得た新城は頬を引き攣らせた。そんな理由で、北海道の冬と深海棲艦と軍紀諸々に喧嘩を売る自分を嘲ったのだ。

 それを見た兵たちは鼻白み、また頼もしさを覚えた。鳳翔は胡乱に見つめ、瑞鶴はうわぁという顔をし、漣ははにかむ。

 皆の視線はいつの間にか彼女に移っていた。

「吹雪へ連絡がつかないのは、彼女が駐在艦だからか」

「そうだと思われます」

 都合がいいのは確かだが、新城は不満げである。どうも那智などは意図的に連絡を断っているようで、新城は独断せざるを得ない状況にあった。指揮権を僭越したなどと言われたくない。下手をすれば、敵前逃亡罪に問われることすらあり得る。

 新城は自分だけでなく、若菜すら生き残る前提で考えていた。状況を考えれば呑気にもほどがあるが、寒々しいまでの悲観と、このような楽観が矛盾することなく混在して平然としていられるのも新城であった。常人に理解できないのは当たり前だ。

 横須賀と大湊の任務を入れ替えることも考えた。漣の説明通りなら、横須賀の方が哨戒と通信の用に適しているようにも思える。だが、混乱や空白は免れないであろうことや、網走方面よりも常呂川の確保こそ重要であることから撤回した。追われることよりも、逃げ道を塞がれることの方が恐ろしい。

「連絡は試し続けてくれ。取りあえずは待つ。楽にしろ」

 新城が目をやった先では、ささやかなおやつを姦しく片づける艦娘たちがいた。新城の常識が揺らぐ。誰が持ち込んだのだ。艦娘の補給状況は陸軍と比べられないという話だが、こんな形で実感したくはなかった。問題はそこではない気もするが。

 一応、鳳翔に目を向けてみる。

「空母ですよ?」

「君も必要か?」

「私は欲しいです」

 そっと背中を押してやった。面倒は御免なのだ。合流してくる面々のために湯を沸かすぐらいのことしか出来ない自分が情けなくなってくる。いや、待て。横須賀には名高い呑兵衛がいる。まさか、酒を寄越せとは言うまいな。

 大湊からの補給物資を確認したが、それらしきものはない。深海棲艦が迫っているときに何の心配をしているのだ、僕は。

「心構えはして置いた方がよろしいかと」

 やめろ、心を読むな。内心の悲鳴を押し殺して新城は言った。鳳翔は満足げにそれを受け取る。

「よく教えてくれた」

 深海棲艦上陸まで、あと一時間。





「よく(も)教えてくれた」


解説することがあり過ぎて何時までも戦いにならないので設定供養

第五提督室所属 龍驤

“赤い水干”とか呼ばれちゃう凄い人。性能の差が戦力の決定的な差でないことを教えてくれた。角はない。必殺技は蹴りではなく、拳。イ級のドラゴンフィッシュにチョッピングライト合わせる感じの。死神って素敵やん?
駆逐艦や軽巡しかいない頃にさらっと混じってたドロップ艦。二十三歳。だから喫煙オッケーです。違和感はない。喫煙のことだぞ?
運用としては後方から航空機で援護するべきなのだが、大人な龍驤ちゃんはみんなを守るために最前線に逝きました。中破で役立たずになる子なので、必死に弾を避けてたらあんなんなった。
そのせいなのか何なのか。長門に“砲撃”戦で勝つ。おかげで西の霧島、東の龍驤みたいに言われる。不本意。
別の設定で龍驤が対象から外されそうになった時、妖精さんを制圧して合法化された駆逐艦扱いに。その割に提督相手にはスーパードゥラァイ。結果、統合幕僚本部とかから熱烈な引き抜き攻勢を受ける。もちろん、横須賀は拒否。これがなければ守原の不干渉工作も防げた、かも。
調子に乗って設定を詰めれば詰めるほど、本編にそぐわないので削除された。そんなだから更新遅いとか言わないで。横須賀の一桁代はこういうロマンでいきたいと僕の厨二が叫んだんです許して何でも(re

本編の文体硬すぎてストレスなんで、目障りでもお付き合い下さい。ああ、はっちゃけたい。



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23.黒になる









 一面真っ白な世界を茜に染めて、太陽がひっそりと沈んでいく。

 一度、深海棲艦の襲撃を受けた網走の街は瓦礫に変わって雪の下にあった。人工物の欠片もない世界は静謐で美しい。ほんの数時間前まで吹雪のなかにあったせいか、千島列島から流れる火山灰の存在すら感じさせない、澄んだ空気であった。見渡すばかりの景色は、少しずつ藍色へと落ちていく。

 大湊との航空戦を終えた深海棲艦は、この処女雪に上陸した。激しい戦いを反映してか、薄汚れた艤装がさらに目も当てられない様になり、油や煤を零しながら這い上がっていった。なかには煙を吹いて倒れ込み、その場で動けなくなるものもいる。

 おそらく、資材の現地調達だろう。あちらこちらで雪を掘り返している。しかし、既に彼女ら自身がここで存分に饗宴を楽しんだ後なのだ。出てくるのは、その際中に大湊からの攻撃を受けて倒れた同胞の亡骸ばかりである。

 流石に、それらを食らって資材に変えるのは憚れるのか、掘り出された亡骸はわざわざ海まで返された。死体の上にせっかく見つけた小さな鉄屑を載せるのは、彼女らにも死を悼む気持ちがあるからか。

 もっとも、大半は載せるだけで彼女らの口の中に消えていった。亡骸は波にさらわれていく。

 あっという間に、美しい海岸は真っ黒になった。そして、海岸ばかりでなく、内陸にも彼女らは踏み込んでいく。ほとんどが駆逐艦だが、中には軽巡の姿も見られた。

 その彼女らの頭上に浮かんでいる白い球体は、浮遊要塞と呼ばれる個体だ。海上で見ることは稀で、姫級の護衛を務めることがある。深海棲艦艦載機のよう空中を浮遊し、なおかつ艦艇並みの砲撃能力と航空機展開能力を持っていた。どちらかと言えば、陸上での活動に適している。地形をある程度無視できる上に、白兵戦へと巻き込むことが難しいのだ。

 なお、どのようにして浮いているのかは謎だ。

 海岸では輸送艦の展開が始まっていた。単艦で大隊級の部隊へ突貫して、指揮官の喉元にまで迫る空母が常識外れと呼ぶだけあって、上位の個体は戦艦にも劣らない攻撃力を持つ。だが、もともとが人間大にまで縮小されているにも関わらず、そのような無理を通せば必然、輸送能力は低下する。群がる大型艦に補給が行き渡るとは思えない。

 つまり、彼女らは陸上の制圧ではなく、活動の根拠を得るために活動せねばならないのだ。大きな矛盾であり、海洋生物であるはずの彼女らにとって酷く面倒の多い仕事だ。

 かつてならば人間の生息地には彼女らを充分に満たすだけの資材で溢れていたのだが、シーレーンの破壊によって文明の利器に使用する素材も変遷を余儀なくされている。例えば車両の外板はカーボンやセルロースファイバーに置き換えれらており、極力金属の消費を抑えている。燃料についても、化石燃料には頼らない方式がほとんどであり、日本という国はもはや彼女らにとってなんら魅力のない土地であった。

 それでも攻め寄せるのは、日本近海が世界有数の海産資源を有しているからである。食事によって資材を得られるという特性は伊達ではなく、究極的には窒素化合物と炭素と水だけで、彼女らは燃料と弾薬を賄うことが出来るのだ。そしてそれ故に、体格に比して莫大な食糧を必要とした。生命活動だけでなく、それらの生成にも大きなエネルギーが消費されるからだ。

 ここに深海棲艦という生物の歪さがある。

 その形状からわかる通り、彼女らは海中に適した造りをしていない。手足の存在から、深海、それも遙か海底での生活こそが本分であると思われた。艤装は殻であり、資材生成能力は低酸素状態での広範な資化能力に近いものと推測出来る。

 彼女らは何かから身を守る必要があり、誰も見向きもしないものから栄養素を取り出さなければならなかったのだ。

 ここから見える深海棲艦の姿とは、海底懸濁物を始めとしたあらゆる海底資源を取り込み、静かに暮らす穏やかで弱々しい生命である。優位な点があるとするならば、資材生成の過程で生成される酸素を、副産物として利用できることだろうか。深海という環境では大きな力になったであろうが、今日に見るような絶対的な優位を約束するものではない。

 だが、いつからか獲得した社会性が役割分担と多様性を生み、海面という新たな活動領域を何らかのきっかけで知ることにより、彼女らの繁栄は始まった。豊富な酸素を取り込むことで艤装はかつてない力を生み、いかなる獲物でも仕留めることが可能となる。弱かったはずの生物が、突然に生態系の頂点に君臨したのだ。

 マンボウは三億個の卵を産むという。正確ではない数値であるが、海という過酷な自然環境において子孫を残すために、弱者が背負わねばならない苦労を象徴している。そこまでしなければ、種として存続し得ないのであれば、深海棲艦もまた、近しい能力を有していて当然である。彼女らの物量が答えだろう。

 深海棲艦は、弱者としての高い生存能力と、捕食者としての類い希な能力を両立した生命なのだ。その行き着く先は明白である。

 一見、世界を支配しているようにも思える彼女らだが、進化の代償を支払っているだけのことだ。いつかは負債の果てに全てを巻き込んで滅びる運命にある。

 少なくとも、日本の科学者はそう主張している。

 実にもっともらしいが、どれだけの事実を含んでいるものかいまいち判断がつかない。この仮説は、彼女らが生命であることを前提にしている。しかしながら、物理法則を軽く逸脱した深海棲艦を既存の論理で考察することの虚しさは筆舌に尽くしがたい。

 ダーウィンの進化論は火を噴く蜥蜴の可能性は許容しても、少女が戦艦の大砲を振り回すことについては徹底して無関係を装うのだ。

 それでも何かの慰めにはなるのか、それとも逃避行動なのか、現在の主流といって良い学説だった。世の中、何が正しくて間違っているのか曖昧なことばかりであるから大した問題ではない。

 重要なのは、それを踏まえてどのように活用するかである。

 雪に自ら埋もれるようにして、生きる糧を得ようと進軍する彼女らは女満別空港に辿り着いた。新城が拠点としていた施設である。

 深海棲艦はここに殺到した。施設内には、様々な物資が残されていたからだ。守原から送られた艦娘に関わる補給物資は輸送ヘリ一基分に及び、明らかに過剰であった。徹底した抗戦を期待したものだが、だからこそ撤退の足枷にしかならない。陸軍の輸送能力を越えているからだ。

 雪上車は雪の上を走る車であるため、履帯を採用している。不整地走破能力に優れているが、では走破能力そのものが高い機構かというと、そうでもない。長距離の移動には多くの気を遣うし、速度を出すことも難しい。損耗も激しく、よって、使いどころの見極めが必要であった。要は、目的地まで自力で走らないですむような工夫が求められるのだ。

 自力で走らないとなれば、何かに積み込むしかない。移動用、輸送用といっても、その能力は限定的なものにしかならない。実際、旭川の到着の遅れや、中隊での派遣とういう決断も、こうした輸送上の限界が影響している。

 そして、この雪上車は、雪の上で活動することを前提とする、速度に劣る履帯付きの車両であるくせに、黒いのである。仕方のないことだ。外板は錆のおそれの少ないカーボンナノチューブ製。加えて、日本は樹脂原料である石油が、深刻に不足している。素材の色を生かした無骨な造りになるのはどうしようもなかった。

 そのため、空港の周囲には、遺棄されたこれら雪上車が無数に放置されていた。多くの生物が糖の製造を植物に頼っているように、深海棲艦も純粋な炭素を取り込んで利用するのは難しいのか、これらの摂取を嫌がる。

 嫌いな外殻に包まれた、満載の資材。基本的に非力な深海棲艦の行動は短絡的であった。自らの砲で吹き飛ばしたのだ。弾薬や燃料といった可燃物を。

 もちろん、彼女らも考えなしではない。自身で作り出すものの特性などわかり切っている。艦娘が提督を折檻するときのように、衝撃で外板を凹ませてやろうとしたのだ。

 結果、激しく揺さぶられたことで内部に取り付けられた簡易な振動感知装置が電流を繋いだ。それが僅かな火花となり、気化した燃料が爆発的な燃焼を起こす。膨張した空気は出口を求めて荒れ狂い、雪上車内部の温度を一気に上昇させる。それは更に弾薬や燃料への延焼を促し、そして耐えきれなくなった。どんな構造物も、内側からの圧力に対しては無力だ。雪上車は破裂して、周囲に破片と炎を叩きつける。

 これで深海棲艦に損害が与えられるのであればよかった。しかし、多少目を回すことはあっても、彼女らは健在だ。炎を浴びても平然としている。しかし、衝撃は大きい。やっと見つけた資材が丸ごと吹き飛んだのだ。

 その時、空港施設内からも爆発音がした。それも立て続けにである。一瞬のうちに空港ターミナルは赤黒い炎を吹き上げる松明のような有様になった。一千五百平方mの敷地が、完全に炎に呑まれたのだ。爆風に顔を背け、視線を戻す、たったそれだけの時間で戦艦が丸ごと火達磨になったかのような光景の出現は、彼女らの度肝を抜いた。それでも、深海棲艦にとって直接の脅威ではなかった。そこから駆逐艦が飛び出してくるまでは。

 彼女は燃えていた。如何なる兵器にも平然としている深海棲艦が燃えていたのだ。艤装を起動したのか、冗談のような速さで駆け回り、雪に滑って転倒し、除雪のために積み上げられた雪山に突っ込んでも、なお燃えていた。

 彼女自身が燃えているのではなかった。艦娘への補給物資であるボーキサイトを粉末にして、松脂と燃料を混ぜたものを浴びせられたのだ。一種のナパームである。

 間に合わせにしてはあり得ない威力であり、効果だった。空港ターミナルは熱だけで溶け崩れるように姿を消した。中に残っていた深海棲艦は、それでも無事であるはずだった。

 しかし、誰も這い出て来なかった。深海棲艦は恐慌をきたし、右往左往する。核の炎さえ恐れない彼女らが、その火柱には近づけもしない。そこに砲弾が落ちた。

 深海棲艦が混乱のあまり硬直する隙間に、見えない巨人が千鳥足を踏むような拍子で泥と雪が舞った。彼女らが正気に戻った時には、効力射が始まっていた。巨人の地団駄は、地上のあらゆるものをめちゃくちゃにしてしまう。

 深海棲艦の先鋒はこの一撃によって壊滅した。

 これらを手配したのは新城だ。遺棄せざる得ない資材を囮とし、誘引した深海棲艦に全力でもって先制する。

 どことなく景気がよいように聞こえるが、貧乏性を発揮して出せる力を振り絞っても、先制攻撃にしかならないということであった。その割に深海棲艦の被害は大きいが、これは新城の意図しない成果だった。むしろ、彼の構想を妨げている。

「あまり細かくやる必要はないぞ」

 だから、声をかけた。扶桑も山城も愛宕も、表向きにどう見えようがやはり艦娘であった。目の前の深海棲艦の撃破に熱中してしまう。それを彼女ら自身の責任とするのかどうか。今は論じるよりも、自分が背負ってしまえばいい。新城はそう結論した。

「具体的にはどのように?」

 少なくとも、このように学ぶ姿勢はあるのだ。観測機からの諸元を伝えながら、砲撃の指示を出していた扶桑が問うた。人間のような反発がないのは有難いが、不気味でもある。新城が悪意に慣れ親しみ過ぎたせいかも知れないが。

「被害を徹底するより、拡大させることを念頭に。侵攻を阻止する必要はない。ここでは、嫌がらせが出来ればそれでいい」

 扶桑は納得したようだ。それぞれに砲撃の割り当てを、区域毎で分けて指示する。愛宕は笑顔で、山城は無表情に頷いた。扶桑は少し悲しげにそれを見て、遙かに立ち上る火柱に視線を切った。

 新城は煙草を薫らせながら、厄介の種らしき気配をぼうっと眺めていた。あっさりと思惑が通ったことで、少し気が抜けていた。扶桑の態度からもわかるように、懸念した艦娘との軋轢もなかった。

 今や新城は、この戦役を主導していた。

 

 

                      §

 

 

 大湊の攻撃が始まった直後、若菜が合流に訪れ、新城が迎えに出たのと同時に、撤退してきた龍驤が到着した。寒さにかじかむ兵たちを置いて颯爽と歩く様は、なるほど、海軍らしいと言えなくもない。新城が傍らの下士官に目配せすると、号令一下スノーモービルの回収に兵たちが走り出す。暖房は足りないが、湯を沸かした部屋で一息つけば彼らも多少は溶けるだろう。

 一瞬、龍驤の目がこちらを向いたが、彼女は真っ直ぐ若菜の元に向かった。

「指揮官はどいつや」

 聞く必要がある態度ではなかった。現場指揮官として、上位者として、龍驤は理想の体現であった。目にしただけで誤解なく、彼女の立場をわからせる。ここまであからさまであれば、士官として自分の立場も守らねばならない。新城は龍驤に体ごと向き直り、若菜はたじろいだ。

「どいつや言うとんねん」

 礼儀正しく若菜に視線を向ける。訓練された軍人は、上官に叱られることを悦ばない。

「撤退の手順を説明してもらおか。事前の計画やと、あんたは北見に向かっとるはずやが」

 若菜の顔が悔しそうに歪んだ。目の前どころか、もはやこの世にいない龍驤のために計画を放棄し、移動の合間に目的が失われ、連絡の不備によって無駄足を踏んだなどと誰であっても口にしたくはないだろう。冷え切った頬を寒風とは違うものが切りつけるが、新城は無視した。ここで口出しするなど、まさに僭越というものである。

「計画は放棄した。事前の想定とは深海棲艦の戦力が違う。ここで叩くべきだ」

「撤退の手順を聞いとるんや。あんたの与太には付き合っとる暇はない」

 新城は初めて若菜を尊敬した。この小さな巨人相手に対等の立場をとったのだ。その驚きはこの場にいる中隊の全員が共有しただろう。もっとも、龍驤は気にしなかった

「あんたらの援護で撤退するのを、うちらが援護する。そういう計画やったよな? それを放棄する言うたんか?」

 この雪を踏破する足を陸軍が提供し、戦力を艦娘が発揮する。別々の指揮系統を持った全く別の軍隊だ。任務で繋がれて、初めて協力できる。その任務から逸脱しようというのだ。当然ながら、協力関係は解消される。

 問題は、龍驤が任務を盾に陸軍から協力を強制できるのに対し、若菜の依頼が受け入られる余地がないことだろう。

 本来なら意地を張る場面ではない。だが、若菜には難しいだろうと思う。

「なるほど。深海棲艦の戦力は想定と違う。軽巡中心の快速部隊やのうて、鈍足の戦艦に空母までおる。今のところ“計画通り”制空権はうちらが確保しとるが、大湊の攻撃が収まれば状況は余談を許さん。一部は常呂に回しとるしな」

 若菜が紅潮するが、反駁は出来ない。こんなところで世間話に興じていられるのは、横須賀が約束を守ったからだ。どころか、若菜が開けた穴を塞いですらいる。下手をすれば航空機ではなく、艦砲の的になる位置なのだ。今も遠く砲声が聞こえている。

 龍驤の状況把握は正確で、主張は明確であり、任務と命令に対して明快である。態度だけでなく、見識も士官に相応しい人物であるらしい。新城としては諸手を挙げて歓迎したい。

「待て、龍驤。この好機に撤退するというのか。今すぐ向かえば、航空機も繰り出せぬ疲弊した敵を討てるのだぞ」

 何せ、このような厄介者を押しつける相手が見つかったのだ。

 勢い込む那智の後ろに木曾が控え、利根が退屈そうにしている。此奴らのうち、誰かが通信を受け取りさえすれば、この寒空の下で雪の冷気に爪先を炙られることもなかっただろうと思えば、見目の麗しさもいや増すようだ。特にその横顔と言ったら新雪のような繊細さで、軍靴の跡を刻む誘惑が抑えがたい。

 同意者を得て若菜が新城を見る。その得意げな顔は何かを勘違いしているとしか思えなかった。大方、想像はつくが、集団自殺に対して積極的であることを自慢されても困惑するだけだ。勇敢であることは美徳ではあるが、それを目的に行動されては迷惑である。

「目の前の深海棲艦を放置して、ただ逃げることなど出来ない。大湊は奴らに突撃する」

「ほな、釧路でも同じよぅにしや良かったんちゃうか?」

 あまりにも役者が違い過ぎた。これ以上は時間の無駄だった。艦娘は気にしないようだが、いい加減、士官の体裁を保つのも限界である。寒いのだ。壊れた機械のようにみっともなく震え出す前に、建物の中へと避難したい。

「お話中に失礼します。連絡が途絶していた間について、大尉殿への報告がまだであります」

 わかるだろう。わかるはずだ。察しろ。今すぐに。

 新城の必死の訴えは通った。

 そして、場を変えて報告する間に、陸軍と海軍とで争っていたはずの主導権は新城の手元にあった。その魔法に鳳翔は呆れ、龍驤は顰め面をひくつかせて笑いをこらえていた。漣は嬉しそうで、他にこの詐術に気づいているのは不幸姉妹と愛宕だけだ。これを新城は冷静に観察している。

 簡単なことだ。突撃にしろ、撤退にしろ、守原が送りつけてきた膨大な物資は置いていくしかない。ならば、深海棲艦に利用されないように処分してしまわなければならない。処分の方法は、時間的に焼却以外にない。だが、この状況でこれだけの燃料、弾薬を燃やせば、すなわち攻撃目標とされてしまう。

 だから罠として、囮として使う。誰でも思いつくことだ。たった数時間のうちに準備されたものでなければ。

 いくら妖精さんが艦娘用に調整したものといえども、それ単体では深海棲艦の脅威にはならない。もしそうであったのならば、若菜が示すような破滅的な思想が陸軍に蔓延ることなどなかった。

 故に、新城が周辺の集落から集めた松脂などは、攻撃の助けにはならない。隙間風や雨漏りの補修や塗料、着火剤などに幅広く使われる松脂は、農奴でも入手し易いこともあり、手間をかければそれなりの量を用意できた。

 その目的は深海棲艦の現地調達を阻害するという一点に尽きる。その必要性はある程度教育を受けたものなら疑いなく、納得できるものだ。

 この時点で、無謀な突撃を採用してまで深海棲艦の上陸を阻止する理由がなくなってしまった。というよりも、深海棲艦への被害を最大化するならば、準備を整えたこの女満別空港での迎撃こそが最適だ。まさか、退路を火の海には出来ないのだから当然だろう。玉砕を前提にすればまた違うのだろうが、任務は軽空母を伴っての撤退である。資材を放置する選択肢を選べない以上、どうするべきかは明らかであった。

 一体、いつからだと問いただしたくなる周到さであった。新城はもちろん、大隊長に義兄の手紙を渡すと決断した時からだと答えるだろう。

 生還の成算もなしにこのような危険な任務になど参加しない。義兄も義父も、新城にそれが出来ると信じて託したのだ。新城はそれが悪意であれ善意であれ、期待には応えるべく努力する男であった。まさかここまで悪化した状況など想定はしていなかったが、過去をなかったことには出来ない。

 活用するべきだった。

 現状、防衛線を突破された形の日本だが、横須賀の必死の抗戦によって、深海棲艦は千島列島の確保が精一杯である。逆に言えば、彼女らは千島列島で蓋をされ、包囲されているに等しかった。となれば、アリューシャン方面からの補給は望めない。さらに北上して樺太を支配下に置くことも考えられるが、火山活動の活発化により地球環境は寒冷化の道を歩んでいる。既に流氷によって封鎖されていた。

 なお都合のよいことに、群れの頭領たる姫は陸上型である。これが普通の艦艇型であったならば、沿岸に留まったまま、総出で漁でもされて損害を回復したかも知れない。しかし、内陸部までも制圧していくことで南方の攻略を難しくさせていたその性質が、今回は仇となる。やり方次第で、幾らでも消耗を促せるからだ。

 若菜の望んでいたであろう、第五の龍驤のような劇的な成果は挙げられない。しかし、決定的な役割は果たせる。それがわからないほど、若菜も愚かではなかった。全て新城の掌の上としても、この構想を承認した。

 明らかに不機嫌に部屋を立ち去る若菜を見送っていると、傍らに気配が立った。新城は視線を向けるが誰もいない。

「こっちや、ボケ」

 龍驤が下にいた。噛みつかんばかりの笑顔だが、わざとだろう。視界から外れるほど間合いを詰める必要など、他に考えられない。新城は一歩引いて姿勢を正した。

「ええよ。楽にせぇ。言葉通りや」

 仮の階級など気にするなということだろうが、新城は取りあえず警戒を続ける。見本のような動作で休めの姿勢をとった。龍驤は苦笑する。

「後衛はあんたが仕切るんやろ? あのボンボンには任せられん。何ぞ連れてきたい娘はおるか? 今なら選り取り見取りやぞ」

 小学生をぎりぎり脱したかというような少女から向けられた下卑た表情にどう返せばよいのか。新城には判断ができない。ことさら生真面目に返答した。

「連絡用に駆逐を一人。後は砲艦を数人頂きたい」

 駆逐艦は吹雪、漣の他に、大湊から潮が来ている。司令部から秘書艦を急遽派遣したと思しき編成から、提督の業の深さが滲み出ていた。彼女に手を出すことは非合法であるはずだが、雰囲気が戦艦組に劣らない辺り、艦娘の適応力も莫迦に出来ない。

 吹雪は陸軍預かりのため、若菜に付く。選択肢は二つ。龍驤は迷わなかった。

「ほな、漣と不幸、山城、愛宕やな。こっちで言い含めとくわ」

 止めて欲しい。どうして女というものはこうした時に団結して男を責めるのか。言葉にしたのは龍驤であるはずなのに、姉妹の非難が視線に乗って新城に突き刺さる。

 新城も負けじと龍驤を睨むが、面の皮を滑っていった。

「あの漣は元、横須賀所属でな。うちらとの通信も良好なはずや。目と鼻の先で、耳を塞がれるような柔なのと違う」

 今度は那智と木曾である。まあ、両思いであるというのなら悪くない。新城は微笑んでやった。何故か利根が怯えた。

 龍驤は呆れている。

「難儀なやっちゃな」

「生まれついてのものです。こればかりはどうにもならない」

 溜息をついた龍驤は新城に煙草をたかると、外に誘う。どうやら本題に入ってくれるらしい。

「上はどこまで動いとる?」

「僕は一介の中尉に過ぎません」

「冗談は嫌いやない。が、好きでもない。関東人やし」

 新城は軍帽を取り、その裏側を眺めた。何の変哲もないそれは、色も相まって暗い穴のようにも見える。

「僕のことは?」

「一応な。駒城の係累やろ? うちの提督にも何度か接触があったな」

「そちらの線から確かめなかったので?」

「後悔しとるよ。まさかここまでになるとは」

 守原の基本方針は単純である。数には数を。提督の大量徴発と、それに伴う艦娘の増加。最低限の能力は艦娘が保証するため、下手に艦娘の個性を毀損してはならない。よって、提督は艦娘の操り人形となるべく、教育は施さない。また、艦娘を国家の備品と位置づけ、手厚い保護の元に置くのと同時に、社会的地位の獲得を阻む。

 当初は上手くいっているように思われたが、結局、軍事組織としては致命的な瑕疵を持つに至る。すなわち、統制の消失である。

 この事態を重く見たのは、政府ではなく守原と同じ五将家だった。このままでは守原だけが勢力を増していく。そうした危機感が彼らを動かした。これに政府の一部勢力も同調した。国家の危機が勢力争いの種にしかならない。だから、横須賀は距離を置いていた。そして、困っている。

「確かに僕は五将家の一つと関わりがあります。だが、誰からも愛されている訳じゃない。その点についてはよほど自信があります」

 潔癖であろうとすることは構わない。だが、今さら泣きつかれも迷惑だ。確かに、駒城の意向で動いてはいるが、個人的な関わりを除けば新城など木っ端のようなものである。はっきり言って、義兄がああでなければ、もっと別の閑職に回されたか、戦死していただろう。いや、そもそも拾われることすらなかった。新城の命と立場は、ただただ義兄の甘さ、優しさ、義理堅さだけに拠っている。

 しかし、新城の所属する大隊は、守原閥になかった。よその将家など受け入れる訳がないのだから、政府の意向が強く反映される部隊だ。そんな場所で駒城の係累であることを振り回して影響力を発揮したのだ。この先のことなど目に見えている。この場合、駒城の助けはむしろ逆効果であった。政府は私兵以外にまで手を伸ばす存在を許容できないはずだ。

 家を立て軍に入るとき、自分で身を立てろと義父に言われたことを思い出す。そうするべきと自分でも思っているが、これは恨んでもよいのではないか。お膳立てが整えられているとみて、感謝すべきなのか。

 政治勢力と距離を置いていた大湊以外の鎮守府は、今回の政治劇に介入することが出来ない。北海道戦役は徴兵提督の不手際で終わらず、海軍全体の問題を明らかにしてしまった。悪腫を取り除くだけでなく、それを生み出す環境そのものにも口を出せるのだ。この機会を、五将家や政府が逃すはずもなく、であれば横須賀は逃れられない。

 軍帽をかぶり直し、新城は言った。

「まずは生き残らねばなりません」

「期待しとるで。支援は惜しまん」

 新城は箱ごと煙草を巻き上げられた。いささか釈然としないまま、新城は戦争に向かった。

 

 

 












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24.憂色

 山城は自暴自棄になっているという自覚がある。はっきりと言えば、死ぬつもりであった。提督を疑うということを知らない艦娘だが、成長もするのだ。自分の立場も、やってきたことも理解している。

 提督は裁かれ、自分は解体されるだろう。

 秘書艦であった彼女は、様々なものを見聞きする機会があった。任務の推移や求められる報告の内容など、推測を確信に変える材料は無数に存在した。次第に身動きが取りづらくなり、提督が気づいた時には手遅れだと思われた。それでも彼は自信に満ちていた。それだけ守原の力は強かったからだ。

 その強さを利用されたのだろう。守原に有利な作戦地域が候補に挙がった時、それに乗ってしまった。僅かな抵抗に必死になり、強力に主導した。流れは既に作り上げられていたのだ。

 そして、アリューシャンへの侵攻作戦が発令され、その参加部隊を見たときに、もはやどうしようもないのだと悟った。どう見ても侵攻作戦の先鋒に相応しいとは思えなかったからだ。政治的には守原の影響力を拡大し得る可能性も見えたが、軍事的には無謀極まりない。

 思った以上に混乱はあったが、結果、提督は青ざめてあちこちに奔走し、最終的に地位を捨てる決断をした。財産だけは残るだろう。

 山城は身請けしてやると言われた。心底、怖気が走った。しかし結局、彼女はここにいて、戦争をしている。艦娘であるのに、雪の中で。

 そもそも、この世に生み出された時から嘘ばかりだった気がする。すぐに会えると言われた姉は、いつも別の自分を横に置いていた。まだ懐にある大麻を勧められた時も、連れられた場所も、提督の口から出た言葉とは裏腹な、醜悪な思い出だ。

 国民が農奴になってしまった日本で、俸給を貰う艦娘は数少ない経済を担う存在である。しかし、外部から隔離され、国民との軋轢を演出された艦娘にそのような役割を果たすことは不可能だ。鎮守府の酒保だけで、いったい何が変わるだろう。それでも守原はそのように制度を作った。艦娘にも大麻が蔓延しているのは、おまけでしかない。彼女らを囲い込むことで守原閥が得た利益は莫大なものだ。だからこそ、腐った。

 それを見つめ続けた山城は、人間に絶望していると言ってもいい。それでも彼女は艦娘なのだ。

 彼女にとって、大麻は最後のよすがである。味や酩酊感は好きではない。入渠してしまえば中毒も恐れることはないため、依存もしない。大麻そのものには、何の価値もない。

 ある夜、いつものように名も知らぬ誰かの接待を命じられ、枕元で火を付けた。義務であり、逃避であり、男の身勝手から自分を守るためでもあった。それを握り潰した男が、ただ一人だけいた。その夜は素晴らしかった。それだけ。たった、それだけだ。

 かつて船であり、大戦を勇躍し、今、女になっている彼女にとっての記憶がどのようなものかを考慮から外せばだが。

 今では後悔している。鳳翔には気の毒なことになったし、自分の思い出も汚されたようだ。もっとも、その後の手際を見るに何が変わったとも思えない。なるようになったのだ。反省するのは、先を見据えられる者だけだ。

 だが、ここでもおかしなことになっている。網走川の封鎖に使い潰されるかと思ったが、あっさりと撤退させられた。殿に取り残されるかと思ったが、ソリまで用意して帯同させられている。

 艤装を目にして「歩けるのか?」と問われたことは忘れないが、実際、雪中行軍など艤装の形状に関係なく無理だ。今、姉と一緒に剣牙虎に引かれて後方警戒という名のサボタージュに励んでいる。意地でも艤装をしまう気はなかった。邪魔といわれたが、三角座りのままずっと自分が刻んだ轍を睨んでいる。無理やり乗せられた荷物に埋もれながら。

 彼女は不幸慣れしていて、感覚が麻痺していた。実を言って、ちょっと楽しい。姉が隣りにいるからだ。

 艦娘というのは本当にどうしようもない存在だと思う。

 生きて、またあの人に会いたかった。

 

 

                    §

 

 

 不幸姉妹が木立に引っかかる事故はあったが、新城率いる混成軍は林の中に身を隠すことに成功した。この極寒の地で生き抜くために必要な全ては、自らが背負って運ばねばならない。いくらきつく締めつけようとも、重力は平等に質量を捕まえる。

 大休止を告げられた兵たちは着膨れた体を雪上に投げ出し、ひっくり返った亀のような有様で樹冠を眺めた。固定された背嚢を降ろす手間をかける者はほとんどいない。みっともなくはあるが、戦争である。取り繕うにしても限界はあった。何より、日が沈めばまた歩くのだ。

 その限界が適用されない者もいる。指揮官である新城と、兵たちの王である下士官だ。しれっとした顔で新城の隣りに侍るのは、中隊の最先任である猪口だ。もともと若菜との関係がよくないこともあるが、先の暴走を止めようとして決定的に決裂したらしい。若菜の方から押しつけられた。

 本来ならそれを諫めるか、猪口を叱責するべきであった。しかし、気の利いた下士官は何よりも頼もしい。今さら関係の修復に労力を割くのも莫迦らしいため、龍驤に全て押しつけてしまうことに決めた。恨まれるかもしれないが、それならば面罵される機会を設けるよう努力をするべきだろう。墓前では互いに面倒だ。

 兵たちを羨みながら今後の方針を確認せねばならないが、凍傷を避ける意味で足踏みは止められない。いかにも貧乏臭い調子で、新城は地図を広げた。薄着この上ない漣と着膨れでない愛宕が平然としているせいで、間抜けさが極まっている。

「美幌は潰せたと思うか?」

「厳しいと思いますわ」

 未だふて腐れている不幸姉妹が後方警戒に勤しんでいるため、不本意そうに引っ張り出された愛宕が答えた。砲撃と観測を同時に熟す彼女らがいなければ、現状を確認することも難しい。

「防空壕はそれなりに見えました。片手間の砲撃ではちょっと」

 撤退を前提としていた新城と、抗戦を想定していた若菜では、補給品の扱いも違っていた。戦闘によって被害を受けないよう、本来、人間が隠れ潜むための場所にそれらを積み上げたのだ。

 危険物である。間違いとは言い切れない。地下の資材が被害を受ける状況は、地上の何もかもが吹き飛んだ後にしか発生しないからだ。

「入口は塞いだのだろう?」

「もちろんです」

 何事も完璧とはいかない。しかし、深海棲艦の行動を阻害することは出来た。とにかく、時間を稼ぐことだ。そうすれば増援が到着する。他の充分な縦深のある二方面にて遅滞戦闘を行い、戦力を抽出するという駒城の構想は伝えられたのだ。本土失陥の危険を無視してこの提案が蹴られるとは思わない。

 それでも不安は残る。陸軍と海軍の対立は深刻であり、だからこそこのような横紙破りの手法が取られた。横須賀ならば現実的な選択が出来るだろうという、無形の信頼の上に成り立つ策謀だ。ましな類ではあるとはいえ、将家である駒城にそのような信頼が期待出来るかといえば疑問である。対策として保胤を前面に立ててはいるが、それで篤胤の影が薄まるわけもない。我が義父ながら頭が痛いことだ。

 決断には時間がかかるかもしれない。

 懸念はそればかりではない。深海棲艦の動向も不可解だ。目的は第五の龍驤によって判明しているにも関わらずである。

 まず、巨大輪形陣にて正面戦闘を回避させ、囮の動向から主力の位置を類推し、一転した散兵戦術によって電撃的に千島列島を確保した手際は、まったくの奇襲であり見事という他ない。この動きに対応できなかった大湊や横須賀は効果的な追撃を行えず、軽空母部隊と分断されるに至る。

 しかし、千島列島を確保した後も軽空母部隊の捜索に全力を傾けたため、彼女らはアリューシャンとの連絡を失ってしまった。慌てて防衛線を引いたようだが、押し込められた事実は変わらない。もっとも、増援である横須賀は満身創痍であり、そのために温存されたとはいえ大湊単独では支えきれない公算が高かった。

 そもそも、深海という未知を司る彼女らである。時間をかければどのようにかして兵站を確保してしまうかもしれない。焦りと迷いから全戦線が停滞。現状ですら北海道失陥により、東北からの住民避難、全土での厳戒態勢が取られているのだ。長期化すれば、日本の継戦能力に重大な影響を及ぼすだろう。

 一致団結してこの国難に対処せねばならない時に、軍上層部は機能不全に陥っている。陸海どころか、各鎮守府がそれぞれの方面を各個に分担するだけで、統一的に防衛を指導することが出来ないのだ。横須賀が独自に増援を各方面に送っていたが、それ以上の逸脱は難しいと思われた。

 しかし、守原の勢力が海軍に偏ることを恐れた駒城がオホーツク方面の増強を企図していたため、これが功を奏して現場の判断による事態の打開が図られた。同規模の増援がない限り、もはや包囲を突破されたところで戦局に影響はない。解決の目処は立ったと言える。

「そんなことは流石にわかります。何が言いたいのかしら?」

 地図を見ながら政治的な側面を除き、現状の共有を丁寧に図る新城に、愛宕が言葉を差し挟んだ。猪口は棒を呑んだような姿勢で彼女を横目にする。黙り込んだ新城に、漣が首を傾げた。

「もしかして、拗ねてるの? 時間は限られてると思うのだけど」

 猪口は地雷原に迷い込んだような心持ちになった。下手に身動きすれば吹き飛んでしまう。口を開くなど論外だ。でかい図体で懸命に存在を消す。何故、若菜と軋轢など起こしたのだろう。

 新城は深く、静かに息を吸い、そしてそろりと吐き出した。説明を続ける。

 しかし、深海棲艦は突破ではなく、北海道への上陸を選んだ。それ程までに零戦を欲する理由がわからない。主要な艦隊では紫電改二に機種転換が進んでいる。一部ではより高性能な烈風の配備も始まった。二線級とまでは言わないが、今さら鹵獲しても大した意味があるとは思えない。

 彼女らしかわからない戦略的な意図があるのだろうか。新城にはそうは思えない。実際、鳳翔から聞き取った限りでは、深海棲艦はまだ戦略的知見を獲得してはいない。それでも、その端緒は掴み始めていると思う。

 三方面からの侵攻は、連携はしていなくとも連動している。となれば、彼女らの行動の根拠は外部からの救援にあるはずだ。いくら深海棲艦の物量が膨大であれ、今確認出来ている以上の戦力が存在しているとは思えない。

「つまり、南か東のどちらか、または両方がここに来るってことかしら?」

 半ば独り言の調子で愛宕が言った。猪口は青ざめている。

「彼女らが補給を重視していない以上、最大の障害を釧路沖の航空機動部隊と見なす可能性もある」

 主力らしき部隊はこちらに上陸しているが、せいぜいが増強一個大隊規模である。師団単位の戦力があるのだから、大湊にとって充分な脅威だろう。こちらを援護する余裕は失われる。陸地の確保にこだわる理由も、深海棲艦には存在しない。

「これらは僕の推測に過ぎない。だが、このような想定で行動する。以上だ。わかれ」

 新城は猪口と撤退路の選定について話し始めた。その場に放置された愛宕は、今告げられたことについてあれこれと考えを巡らせる。

 戦術的には困ったことになるという評価しかない。艦娘の死生観は淡泊だ。戦友の死に取り乱すのは、よほど成長した個体に限られる。フリーハンドを得た陸上基地を含む優勢な航空戦力に狙われると知っても、ことさら感動は覚えない。しかし、危機感はある。彼女らは勝利を希求している。

 士官として扱われたと考えるには、不幸姉妹の扱いがぞんざいだ。ソリの有効利用のために、姉妹の説得でも期待されているのか。それにしてはただの推測に時間をかけ過ぎだし、そもそも必要か疑問だ。自分たちは艦娘で、人間の指揮下にあることに不満など覚えない。それを理解していない人間が、こうも彼女らを活用するはずもない。我がままを言っているように見える不幸姉妹も、命令があれば従っただろう。それが、あの調子ということはそれを避けている? 尊重しているのか? 艦娘の意志を?

 まさかと思いつつも、疑念が浮かぶ。もしかしたら、気遣っているつもりなのか。むしろ、失言への謝罪ですらあるのかもしれない。否定しようにも、他にこんな回りくどいことをする理由が見つけられない。もし、それが本当だとするならば。

「面倒くさい人ねぇ」

 愛宕は嘆息した。

「でも、それを可愛いと思えなきゃ、女としての成長はないんですよ?」

 正真正銘、文句なく可愛らしい笑顔で告げる漣に、愛宕はにっこりと微笑み返した。背後で砲声がした。不幸姉妹ではない。皆が息を呑んでその時を待った。

 弾着はあさっての位置だ。しかし、大休止は中断された。手早く出発の準備が進められる。その間も、断続的に発射音が響く。

「あれはなに?」

「偵察です。とりあえず撃って確かめているんです」

 深海棲艦が動き出したようだ。戦闘の気配に身震いする。

「何をしている。早くソリに乗れ」

 愛宕は漣に視線を送った。漣が悲しそうで申し訳なさそうに見返す。

 二人は新城の言葉に従った。

 

 



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25.誰が迷子か





 大雪山をやっとの思いで越え、留辺蘂町に辿り着いた旭川駐留部隊はそこで大湊からの増援と合流した。彼女らの美しさに鼻白んだ司令部だが、伝統的で効率的で、かつ平和的な協力関係のために定型文だけを贈る。すなわち「余計なことはするな。大人しくしていろ」である。

 すぐそばまで深海棲艦が迫っている状況でこれでは、代表の翔鶴も途方に暮れるしかなかった。けんもほろろに追い出され、何か口出しする機会もない。

 この時点で日が暮れようとしていた。雪は弱まっていたが、風が強くなった。持ち込んだ補給資材の運搬など、細かな世話は剣虎兵第一一大隊に投げられた。連絡を受けた大隊長の伊藤少佐はぶつくさ言いながらも彼女らの到着を待った。

 日が沈み、ささやかながら久しぶりの温食を堪能した。詳細は不明なままで、とりあえずの手配は全て完了した。積み上がる吸い殻の山が崩れ、もはや胃が受けつけぬと悲鳴を上げる段になって、彼は拳を振り上げた。

「どこで迷子になっとるか!!」

 振り下ろされたそれは大隊を震撼させ、捜索隊が編成された。飛び散り、床に広がった灰は放置された。

 艦娘に平文の概念がないことがこの時、明らかになった。そもそも思考波であるため、共通の周波数などに近い取り決めがない。知り合い同士なら適当に通じる応用力の高さが、普遍性を奪ったのだ。技術的な知識すら皆無だった。誰もその必要性を認識していなかった。大隊長がその最初の人類であった。駐在艦に都合よく知り合いなどおらず、縁などとっくに切れていた。

 矮躯ではあってもその骨格にみっしりと筋肉を積み込んだ男が、狭い天幕を徘徊する。無線機代わりに置いて行かれた島風が、兎のように震えていた。

「茶を持って来い!! 毛布もだ!!」

 島風の目から涙が溢れそうになっていた。彼女の傍にストーブが移された。最後まで中座する理由を見つけられなかった幕僚が飛び出していったため、大隊長自ら引き摺ってきた。茶をやかんごと持ってきたのは兵だった。頭から毛布を被せられ、慌てるその手に茶碗を握らされる。よくわからないまま視界を塞がれた彼女の頭が、わしっと掴まれた。

「戦場で泣くな。泣いてはいかん」

 押さえつけられたのか、無理矢理頷かされたのか、それとも撫でられたのだろうか。よくわからないまま、島風は茶を啜った。兵まで逃げ出したため二人きりで、どいつもこいつもと呪詛を吐く大隊長の足音が、天幕の地面だけを震わせていた。

 大湊の増援は陣地の外で補給資材と共に雪に埋もれそうになっていた。彼女らが連絡することで、翔鶴の居場所も判明した。

 彼女は遭難していた。陸軍の不親切さと無関心、そして彼女自身の無知が原因だった。夜に、雪の中を当てもなく彷徨えばそうなる。広大な海を行く艦娘が、小さな陣地の中で行き場所を失っていたのだ。

 そして、積み上げられた明らかに過剰な補給資材を確認すると、艦娘の世話を部下に命じて大隊長は自分の天幕に閉じこもった。艦娘たちは温かい食事と寝床にありついた。大隊の備品が若干、被害を受けた。

 翌日早朝、妖精さんの不思議な能力であまり寒さを感じない衣装から、いやいやながら陸軍の制服に着替えていた駐在艦たちの天幕に、大隊長が突撃した。

「て、てめぇ、なにしにっ!!」

「うるさい!! さっさと付いて来んか!!」

 黄色い悲鳴を圧する怒鳴り声を上げて、大隊長は身を翻した。短い相談の末、摩耶、古鷹、島風、雪風の四名が彼を追った。大隊長の行き先は旭川駐留部隊仮移動司令部である。

「艤装を展開しろ」

 懸命に顔色をうかがう島風と、それに便乗してまとわりつく雪風をあしらいながら、大隊長が言った。声色と表情を確認して、年長の二人は一切の思考を放棄した。

 周辺一帯を更地に出来る火力を掲げて、天幕に消えた彼らが司令部とどのような話し合いをしたかについて、記録は何も残っていない。補給資材の運搬は司令部が受け持ち、加えて艦娘の移動のために雪上車が回された。暖房の燃料も大隊が優先される。ただ、そういうことになった。

 それでも、伊藤少佐の機嫌は直らない。彼はやる気こそ見せないが、常識と良識を備えた指揮官だ。独自判断で艦娘を振り回すようなことは出来ない。せっかくの空母を無駄飯食らいにしていることについて、ただただ不満を表明するだけだ。

 深海棲艦が現れて四半世紀が経っている。人類はその時、空を失った。伊藤少佐にしてみれば、人生を失ったに等しい。彼は航空騎兵だった。空を最も自由に、力強く飛ぶヘリコプターのパイロットだったのだ。駆け出しに過ぎなかったが、任官したときのあの誇らしさは忘れようもない。

 それが何をどう間違ったのか、気がつけば戦車に押し込まれ、泥と獣の臭いにまみれ、ついには戦場で泣き出すような女子供の世話をしている。世界を呪おうという気にもなるだろう。

 今の上空援護が何もない状況はあまりにも尻の据わりが悪い。航空機の恐ろしさは身に浸みていても、その頼もしさを思い出せる者がもういないのだ。それは空にあってこそだということが、誰にも理解されない。置物で満足している。

 確かにここは最前線ではない。脅威が迫ればまず先行した中隊から連絡が来るだろうという気分になるのも、わからないではない。電探もあることにはあるのだ。陣中にて遭難するような精度だが。

 どうも司令部の連中、空母が大食いであるという評判と、補給資材の量を見て、臆病風に吹かれたらしい。いざとなった時に、資材が枯渇するのではないかと、恐れているようなのだ。確かに、大雪山という峻険な山々に阻まれて、旭川からの補給も先細りがちではある。それが艦娘用の資材となれば、補充は困難だろう。伊藤少佐にしても、それをどのように調達すればよいのかわからない。艦娘に聞けばいいと思うかも知れないが、そもそも旭川が動いたのは守原の専横に対する抵抗であった。様々に優遇される海軍への隔意もある。一時の恥すら許容は難しい。

 艦娘が必要であることは誰もが理解している。それでも力など借りたくないと、理由をつけて駄々を捏ねているだけなのだろう。それを伊藤少佐は批判できない。彼自身、パイロットから剣虎兵への転落には思うところがあった。やる気のない士官だと、周囲の評判も耳にしている。今さら、専門分野だからと身を乗り出すのは億劫だ。戦車に乗っていた頃なら、憎しみと怒りを原動力に出来たのだが。

 あの頃は若かったと、思い出に耽ることで多少落ち着いた。相変わらず、彼の傍に幕僚はいない。移動中の雪上車だというのに、どういうわけだろう。何のために司令部からこいつを分捕ったのだ。ボンクラどもへの怒りが再燃しそうなところに、ふと気がついた。

 いつの間にか連絡用の無線機扱いで自分の周りに存在するようになった、幼い少女の形をした兵器。置いたのはいけ好かない孤児だが、仕事は出来た。階級は低いくせに、あれで一番参謀将校らしい気遣いを見せる。奴の期待ごと無視してきたが、暇つぶしには丁度良さそうな気がした。

「名前は何だ?」

 できのよいお人形みたいに座っていた少女が哀れなほどびくついた。罪悪感とともに、そこまで怯えんでもよかろうと思った。

「か、陽炎型駆逐艦8番艦の雪風です」

 顔を顰めた。大して詳しくはない彼でさえ、名前を知っていた。こんなご時世では頼りになる誰かを、どこにでも求めるものだ。白と黒だけでは割り切れない世の中とて、矛盾にもほどがある。

「幸運艦か」

 何故こんなところにいるのだろうと思ったが、口から出た何気ない一言に俯く少女を見て、追求する気はなくなった。

「雪風は死神なんです」

 あまつさえこのようなことを呟くに至っては。

 肩口で揃えられた茶髪が顔を隠し、代わりに露わになった折れそうなうなじが痛々しい。ぶら下がった古臭くて大きな双眼鏡が、彼女を苛む鎖にも見えた。快活に動きそうな目と口が、今は見る影もない。だぶついた野戦服越しにも、鶏がらのような手足がわかる。保護欲をかき立てるばかりで頼りになりそうな要素など見当たらない。

 だが、伊藤少佐に届けられた大隊員との演習における評価では、強襲や浸透の手本にするべき手際が綴られていた。書いた奴は信頼は出来ないが、信用には足る男だ。少なくとも、意味のない嘘はつかない。

 派手で目立つ重巡を陽動にしての迂回戦術。速度のある島風と戦機に敏い雪風による分派行動。統率力のある霞が戦線を支える間に、この二人が勝負を決めている。間抜けどもは駆逐艦など一顧だにしない。彼女らこそが要だというのに、火力ばかり注目する。いや、彼女らに撃たれたことすら気づいていないのだろう。それらを掻い潜り、致命の一撃を与えるべき剣虎兵が何という様か。本来ならば、人間がとるべき戦術だ。艦娘を素人と侮るにしても、負け方というものがある。陸軍の質の低下は、極まりすぎて天を仰ぎ見る水準にあった。

 今さらながら新城の危機感がわかる。これでは誰も、生きて故郷には帰れない。何とかする必要があった。しかし、突撃が戦術ではなく、気風となっているのだ。つまり、最初から戦術的行動など不可能な練度で、無理矢理に軍を維持している証左であった。これに立ち向かうのは、木っ端中尉はもちろん、大隊長でも厳しい。出来るなら、戦略次元でどうにかしてもらいたい。

 それでも手持ちの札でどうにかしようと思えば、答えは一つだ。まともに戦える者が艦娘しかいないのだから、艦娘を使うしかない。伊藤少佐は気分のままに頭を抱え、盛大に溜息をついた。落ち込んでいた雪風が、逆に慌てるほどの沈みようだ。現実という奴は、どうしてこうも底意地が悪いのだろう。彼は想像の中で、新城の面を蹴飛ばした。

 雪風にしてみれば、深刻な事態だった。不機嫌さを露わにしていた上官が落ち着きを取り戻したかと思えば、唐突にこれまで無視してきた存在に話しかける。大して言葉も交わさないうちに、今度は自分で頭を撃ち抜かんばかりの落ち込みよう。躁鬱の気を疑って然るべきだ。指揮官の精神が不安定など冗談ではない。夢見がちな外見をして、気遣いの内容に夢がない。

 一方、伊藤少佐は、何をどう勘違いしたのか、「絶対、大丈夫!」と繰り返す雪風をしみったれた顔で見返した。これに頼るのかと思うと、どうにも納得がいかない。何が大丈夫なものか。大問題だ。

「貴様に何が出来る?」

「みんなをお守りします!」

 眩しいぐらいだ。死神だと自分で言っとっただろう? 頬杖をついたまま疑わしげに見ても、彼女の鼻息は収まらない。どうにも厄介なことになった。もはや、逃げ出すことも出来ないようだ。

「まぁいい」

 少なくとも退屈はないだろう。面倒で腹も立つが、ただただ腐っていくよりも楽しいに違いない。

 伊藤少佐が姫級深海棲艦と付随する護衛艦隊の接近を知るのは、その直後である。

 

 

                     §

 

 

 日が沈むのと共に、深海棲艦のいい加減な捜索は鳴りを潜めた。彼女らの活動が低調なうちに、移動を済ませてしまわねばならない。雪の行軍は面倒であると同時に危険でもある。落後兵が出なかったのは、偏に剣牙虎のお陰だった。彼らはソリを引くだけでなく、道に迷いそうな者を周囲に知らせた。

 新城たちが先行する若菜と合流したのは払暁までわずかといったところだった。北見国道が常呂川を越えた辺りに布陣しており、阻止線らしきものを構築しようという努力が見えた。

 あらかじめ連絡していたため、起きていた士官が迎えに来た。猫を持たない尖兵小隊の兵藤少尉だ。だからというわけではないが、尖り気味な鼻の先を赤くしている。歩哨に立っていたのだろう。新城も似たような面貌になっているはずだ。

「湯を沸かしてあります」

 敬礼を交わした最初の一声がそれだ。むしろ、もっと酷いのかもしれない。半ば、凍りついているようなものなのだから当然だ。彼の案内に従いながら、声が震えぬよう力を込める。

「兵に配ってくれ。座らせてもいいが、寝かすな。すぐ移動することになる」

 兵藤の顔が怪訝に顰められた。一昼夜歩き通しの兵を酷使する上司ではない。士官相手では鬼か悪魔かという態度を見せる新城だが、兵には優しい。行軍訓練で兵に荷物を背負わせないために、どこからか車輌を調達してくるような男だ。昨今の情勢を鑑みれば、そこまでと思わないでもない。根性論をまくし立てる他の士官と口論の末の勝負事だったが、あまりの容赦のなさに兵藤は一目を置いていた。

 存念を聞くために立ち止まったのだろう彼の横を、新城はすり抜ける。驚いた兵藤が横に並ぶ。

「艦娘は起きているな? これから大尉殿の元へ向かう。西田を起こして集合しろ」

「尻に噛みつかれましたか?」

 新城の目が莫迦を見るものになった。寒さばかりではなく、朱が上る。新城がまだ暗い空を指した。

「奴ら、払暁とともに来るぞ。こちらか海上かはわからんが、こんなところでは的にしかならない。君が囮になってくれるというなら別だが」

 げんなりとしたが、気分を切り替えた。教えてくれたということは、完全に失望されたわけではない。兵藤もそれなりにこの上官の扱いを覚えていた。覚えざる得なかったというか。誰も、生まれてきたことを後悔するような羽目には陥りたくないと考える。

「急げ。猪口は殿だ」

「了解しました!」

 兵藤は走り出した。結局、白湯も飲まれなかったなと、思った。せっかく用意したのに。

 ちらりと振り返ったが、着膨れた背中が中隊長の天幕に突撃する場面は見物できそうになかった。兵藤は舌なめずりをして、忙しくなりそうな気配を歓迎した。







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26.男どもの嘘 艦娘の本音

 寝ている若菜を起こし、深海棲艦の空襲を避けるために移動するべきであることを伝えると、案の定口論になった。

 若菜の築いた拠点は、北見盆地への入口である常呂川と北見国道の両方を見据え、側面を山や川が阻むように考えられている。準備は不足しているが、ごく単純に数押ししてくるのであれば、深海棲艦を一時的に撃退することも可能だろう。艦娘の有効性が確認される前の戦訓に忠実な、教本そのままを再現したような布陣だ。新城も、その点については否定しない。

 問題は、艦娘の研究が終わっていないと言う理由で、教本の更新すら怠っている軍にある。発生初期とは違い、陸に侵攻せねばならないほど、深海棲艦は飢えてはいない。砲弾も艦載機も、無尽蔵に繰り出してくる。何より、艦娘との連携を考慮しないなどあり得ない。

 促成を基本として、前線指揮官にはただ戦場で勇敢であるべきと教える最大の理由は連絡手段の乏しさである。深海棲艦影響下では、通常の通信は通じない。砲兵としての運用は佐官以上になってから知るものとして、当てにならない艦娘の援護など頼むべきではないと、陸軍は頑なであった。

 流石に現場では修正を試みているが、そもそもからして小隊単位での訓練しか日常的に行われていないのだ。考課でむしろ不利になるような知識を、大真面目に実践する新城の方が軍人としては問題だ。

 若菜は新城の能力を認めてはいる。だが、正しいわけではないと言い聞かせている。彼が努力してきた人間だからだ。その自負があり、結果としての大尉である。その努力が無駄であった、役に立たなかったとは認められない。ましてや、間違っていたなどと。

 若菜に才能はないのだ。

 新城の言葉に理があることなど、今は何の役にも立たなかった。それに頷いてしまえば、自らの地位も名誉も不正なものになってしまう。新城の存在そのものが、若菜への攻撃だった。敵に対して寛容であることは、ただ愚かであるというだけでは終わらない。

 新城が焦れて来た頃、天幕の入口が捲り上げられた。二人がそちらを見るが何もない。戸惑う視界の下方で上下する潰れた舳先。何かと思えば龍驤で、彼女が飛んだ。自らの背丈と同じだけを浮かび上がり、足を揃えて若菜の顔面に足裏を叩き込む。若菜は対応できず、とっさに踏ん張ってしまった。故に龍驤は、蜻蛉をきって着地した。若菜の首が危険な方向に曲がり、寝床に倒れ込んだ。新城はこうした時にスカートの中身が見えない現象が、妖精さんの加護であることを確認した。

「悪い。寝坊した」

 龍驤が真面目な顔で、手を上げた。謝罪の意味だろうが、新城はつい、敬礼で返した。何食わぬ顔でそれを解く。心の内で生まれた葛藤は投げ捨てた。時間がない。

「山中へ移動します」

「わかった。直掩は?」

「下ろせますか?」

「舐めんなや。何とでもしたるわ」

 深海棲艦にしろ、艦娘にしろ、威力はともかくとして、装備は全て縮小されている。木々の間を飛ぶことなど、苦にもならない。また、生い茂る木々が砲煙を隠し、位置を容易に特定させない効果も期待出来た。少なくとも身動きの取り辛い雪原で砲火に晒されるよりは、随分と気が楽になる。

 特に航空機からの攻撃のほとんどを無効にしてしまえるのが大きい。中空から重量物を目標に向けて落下させるのは、非常に困難を伴うからだ。そのために航空機は激しい迎撃を掻い潜って、肉薄する必要に迫られる。水平面に対して直角に屹立する棒状の物体ともなれば、戦時中以上の消耗に苦しめられることになる。

 だが、その犠牲に見合う戦果を約束するのが航空機なのだ。木立に阻まれて近づけない航空機など恐れるに値しない。空を気にせず砲撃に専念できるとなれば、大艦巨砲主義を掲げる艦娘に有利だ。

「砲艦には三式を配分願います」

「対空か?」

「おそらく直上での格闘戦になります。それより、地上を優先して下さい。常呂川の向こうの制圧と狭隘部を狙点に定めます」

 砲の撃ち合いになれば数で劣ろうとも勝負にはなる。川を境にしているということは、そういうことだろう。龍驤は頷いた。

「旭川より連絡、ひぃっ!」

 天幕に吹雪が侵入した。転がっている若菜を見て、腰を抜かしそうになっている。時折痙攣しているが、血色はいい。死んではいない。だが、怯えた瞳が二人に向けられた。

「じゃ、うち療兵呼んでくるー」

 龍驤が逃げた。新城は吹雪に手を差し出す。吹雪は後ずさった。

「僕が受ける」

 吹雪は自分が間違っているかのように錯覚した。しかし、どうすればよいのかわからない。恐ろしいというよりも気持ちが悪い若菜から目をそらして、取りあえず、艤装の無線通話口を渡した。新城の視線がそれの繋がっている先を追っている。恥ずかしいので、さっさと押しつけた。

「新城です」

『・・・・・・若菜はどうした?』

「負傷されました。現在、治療中です」

 この人凄いなぁと吹雪は新城を見上げた。ちらりと振り向けば療兵が走っているところで、新城は一度も足元に顔を向けない。悪びれるところが一切ないのだ。真面目な少女が国事犯を仰ぎ見ているようなものだ。実に教育的だった。

『まさか殺してはおらんだろうな?』

「はい、いいえ。大隊長殿。まもなく復帰されるでしょう。ご用件は?」

『・・・・・・まあ、いい。貴様、どうすべきかはわかっているな?』

「これより身を隠し、能う限り抗戦いたします」

 兵の半分は疲労困憊していた。新城ですら辛いのだ。逃げようもない。だが、戦うことが出来るのか。冬の北海道で当てもなく彷徨うよりは多少はましな結果は得られるだろうが、焦熱であろうと凍結であろうと地獄であることに変わりはない。

 若菜が予定を消化してくれさえいれば、何もない平野などに拠点を築かなければ、益体もない思いが湧き上がる。大して変わらないだろう。だが、重要なことでもあるのだ。

「合流はどこになるのでしょう? 今晩のうちに夜襲を仕掛けない場合、状況はより深刻になります」

『中尉、中尉。貴様はわかっとらん。あれやこれやと考えたところで、予定通り事が進むとは限らん。味方は圧倒的に劣勢なのだ。身を隠したからと言って安心するな。全力を尽くせ』

 反発はあった。どうなるかわからないからこそ、事前に予定を定めておくべきだ。特に新城らは分断されている。今は連絡が取れるが、深海棲艦の進出に伴ってこれが不可能になることも考えられた。北海道は広い。指針がなければ迷うだけだ。

 だが、大隊長がいっているのはそういうことではなかった。戦車に乗って、砲弾を吐き出すのではなく、挽き潰すように戦い、そして生き残った男だ。これから何が起こるのか、彼以上に知る者はいまい。

 焦っているのだろうか。沖縄や南西諸島への派遣経験はあるが、本格的な深海棲艦との交戦は初めてだ。これよりは待ち受けて迎撃しなければならない。損害も出るだろう。楽観を捨てるべきではないが、悲観的な視点は常に維持する必要がある。その均衡が崩れれば、冷徹な判断も失われる。

 大隊長にしてみれば、若僧が逸っているように感じたのだろう。新城は素直に頷いた。

「心します」

『まあいい。可能ならば藻岩山辺りまで出る。こちらの攻撃を合図に尻に噛みつけ。先鋒の駆逐艦を叩き潰せれば、大型艦の進出まで余裕が出来るはずだ。奴らは艤装を仕舞えんから時間がかかる。上手くいけば、海軍の反撃が間に合うかも知れん』

 自らに言い聞かせるようでもあった。そして新城は察した。

 本隊の位置が先日から動いていない。連絡途絶による混乱があったのか、それとも別の要因によるものか。狭隘な地形は防御に向いているようにも思えるが、塹壕線を築く余裕などなかったはずだ。砲の投射能力や彼我の航空戦力を鑑みると、まとめて吹き飛ばしてくれと言っているようなものだ。

「大隊はどのように?」

『ありがたいことに反撃のため、温存して下さるそうだ』

 剣虎兵の本領は強襲にある。予備に置いて反撃の要とするのは間違った運用ではない。実際、釧路ではそうして戦線を支えつつ、遅滞戦闘を行った。旭川が同じことをしようとしているのは明らかだ。

 新城は何か言おうとした。しかし、何を言えばよいのかわからなくなった。結局、出てきたのは当たり障りのない言葉だった。

「ご武運をお祈りいたします」

『おう、皮肉か? まあいい。俺も祈っている。報国のためならばともかく、奴らの腹を満たすためになど死ねんからな』

 艦娘が現れて、日本は平和だった。しかし、再建は後回しにされた。やっと手をつけようとしたところで、その手段が侵攻だった。戦う態勢を得るために戦い、そして崩壊しようとしている。

 最低でも一年は食糧不足に喘ぐことになる。生産を担う将家は大幅な譲歩を迫られ、その保護下にある農奴はさらに困窮する。

 最大消費者である艦娘は無慈悲に、容赦なく削減されるだろう。幸いにも徴兵提督という生け贄がある。無理なく行えるはずだ。海軍は信頼を失墜し、陸軍はここで失った人員を将家と綱引きしながら補充せねばならない。限られた工業資源を、復興との兼ね合いで奪い合いながらだ。

 政府、官僚からは幾人もの首が飛び、後始末に奔走することになるだろう。それらはすべて税金として、国民の生活への負担となる。

 もしこの状況で利益を得る存在があるとすれば、唯一つ。艦娘や深海棲艦が祭祀的、霊的な存在であることで存在感を増した、皇家の方々だけだろう。

 彼らは少しずつ影響力を増しながら、かつてからあった無形の尊崇を、次第に曖昧な期待へと変えていっている。理念すら失って権利や義務から無自覚になった国民が、国土も故郷も失ったのだ。それらをまとめて日本人として規定するのに、皇族という存在は便利でありすぎた。

 どうやら生き残ったとしても、厄介事の種は尽きないらしい。退屈とは無縁でいられるだろう。ちらりと吹雪を見下ろす。可愛らしくも無邪気に首を傾げる彼女らにすべてを託してしまえたら、どんなにか楽だろう。

 必要であれば、いかなる手段をも選択する。誇りのために死ぬなど心底莫迦らしいと思う。それが果たすべき責任であると信じてさえいる。生き残ることこそが勝利だ。

 だが、恥を捨てて生きることは出来ない。どれほど汚泥に塗れようと、失われることのない尊さが人間にはあると、新城は信じている。ただの獣にまで堕ちた人間は、まさに獣である剣牙虎に比ぶべくもなく醜悪だ。

 新城は無線口を持ったまま、矜持を取り戻したであろう上官に向けて敬礼した。本人の見た目とは裏腹な、あまりの美しさに、吹雪が瞠目した。

「お手並み、しかと拝見させていただきます」

『だから貴様は生意気だというのだ。莫迦め』

 まあいいといつもの口癖に笑いを含ませて、大隊長は通信を切った。敬礼のために虚空を向いていた眼光が吹雪を貫く。怯んだ彼女は、差し出された無線口に手を伸ばせなかった。新城はちょっと眉を潜め、さらに突き出す。

「怖くはないですか?」

 吹雪から見て、新城は普通に見えた。明らかに不利な戦場である。援軍が来たとしても、陸地の彼らが助かる見込みは非常に少ない。むしろ、時間稼ぎのための捨て駒であろう。

 旭川が身を晒すのも、そこに勝算があるのではなく、後ろへ通さぬために敢えて目標となるつもりなのだ。若菜もそうしようとしている。他に方法を知らないからだ。彼らは懸命に努力していた。

 彼女は艦娘だ。人のような見かけをしているが、船である。死ぬこと、壊れることに忌避感はない。誰かの役に立ち、戦いの中で果てるのであれば文句などない。彼女は初期艦制度前に生まれ、いわゆる捨て艦戦法と呼ばれる戦術の順番待ちをしていた。

 絶望的な戦況と逼迫した資源の中で、貴重な戦列艦のために盾となる。そのために生まれ、そのために飢餓に喘ぐ国民を尻目に飯を食べた。先立つ僚艦の出発を羨み、言祝ぎ、いつか自分もと夢を見た。そこに何の矛盾もない。

 耐えられなかったのは人間だった。明るく、無邪気に、曇りなき誠心でもって自分を喚び出した提督に敬礼を捧げ、抜錨する数多の幼い少女たち。二度と帰って来るはずのない彼女らと、何度も何度も工廠で再会する毎日。その全てが、心から自分に好意と信頼を向けて、再び水底に還っていく。精神が病めば病むほど、艦娘たちはそれを支えようと奮起する。戦火でもって。

 まともな者はまともではなくなり、まともでない者だけが戦い続けた。

 だから、吹雪は知っている。人間は死を恐れ、忌避する。自分自身のことではなくともだ。優しかった提督が狂っていく様は、あの当時に生きていた艦娘たち全てを変えた。

「大隊長は士官だ。そして僕もだ」

「悲しくないですか?」

 不機嫌そうに歪んだ男の顔には見覚えがあった。視線を受けた新城は無線口を押しつけると、吹雪の口を塞ぐように頭を押さえつける。

「さあ、もう行け。僕たちは戦争をしているのだ」

 突き放すような口調だった。吹雪は二、三歩後退り、ぴょこんと頭を下げると脱兎のように走り出した。療兵がわざとらしいかけ声とともに若菜を担ぐ。

 にやにやとしたその横顔を、じっと新城が睨みつけた。

 

 

                      §

 

 

 生き残ってしまった。やっと最近思うことのなくなった感慨を、釧路駐在艦天龍は抱いた。彼女一人のために与えられた雪上車の荷台にしつらえた寝床の中、まんじりともせず夜明けを待っている。

 深海棲艦迎撃のため、陸別経由で移動する部隊に、彼女はいた。

 艦娘はそれほど気にしないが、寒さを感じないわけではない。暖房はなくとも、密閉された場所で寝袋に包まれるのは贅沢という他ない。そこらに転がった缶詰は、人気の鶏飯。上官が功績の代わりに兵から奪い、兵は勲章を投げ捨てて抵抗するという曰く付きの一品だった。

 たかが軽巡、たかが駐在艦には過ぎた待遇だ。陸軍にも多少は道理を弁えた人間がいるらしい。

 彼女は釧路防衛戦の折、陸軍と深海棲艦の間に立ちはだかって戦った。あり合わせの武装で水平射を繰り返し、弾薬を消耗した後は手にした剣型艤装を振り回し、食いつかれているのか食いついているのかわからない状態で、陸軍の前装型小銃の斉射を複数回受けた。彼女の真似をした駆逐艦は尽く鉄屑となり、彼女はその手前で救出された。

 失敗したと思う。駆逐艦なんぞ突っ込ませても、大した時間稼ぎにもなりはしない。生かしておけば、もっと役に立っただろうに、深海棲艦の餌にしてしまった。そして、その僅かな時間のために、少しばかり発育のいい自分は生き残った。手足どころか、腹まで食いちぎられたが、便利なもので修復材をぶっかけて元通りだ。おかげで、ずいぶんといい思いをしている。

 もう、死んでも構わないだろうに。

 彼女の提督は、とっくの昔に死んだ。僚艦も残っていない。彼女だけが取り残された。戦力が揃い、もういいだろうというのが、提督が彼女に告げた最後の言葉だ。何を勘違いしたのか、艦娘である自分に穏やかな余生を与えたつもりらしい。

 胸ぐらを掴んで殴り飛ばし、止めようとした大型艦を執務室に積み上げ、剣を突き立て脅したが駄目だった。自分でもわかってはいた。今でさえ、そこらの空母や戦艦に負けるつもりはない。それでも、艦娘の本懐とは火力なのだ。鎮守府に残っても、彼女の居場所は前線にない。

 ならば、駐在艦はうってつけとも言える。主戦線でないにしろ、国土防衛の要であり、深海棲艦と海産資源を奪い合う最前線だ。それは規模こそ小さくとも、彼女の望む戦場であるはずだ。

 事実、漁船を護衛し、その成果を狙う深海棲艦との攻防は、装備の乏しさも相まってなかなかに厳しい。そして、釧路防衛戦。彼女は主力であり続けている。

「そういうこっちゃないんだよ。そういうこっちゃ」

 もういない提督に毒づく。結局、揃えるべきは戦力ではなく頭数であった。提督の死と、現状が証明している。軽巡の中でも、とりわけ非力な彼女をして負けないと確信出来る戦略級の艦娘たちが、今の主力である。あれなら彼女に最後まで怯えていた苦労性な三女でも、片手間に制圧出来るだろう。情けないとも思うが、これが戦争なのだとも思う。寂しいことだ。

 うっすらと外が明るくなるのをよそに、寝転がったまま煙草に火をつける。混ぜ物なしの葉屑を詰めた紙巻き。ニコチンはともかく、タールが強すぎて美味くはない。だが、気軽に手に入る嗜好品はこれぐらいしかない。

 煙草は非常に強い植物だ。戦災によって空いた土地を、すぐさま畑や水田に出来るわけではない。食糧が足らないからといって、芋ばかり植えても保存や輸送に不利な作物であるため、余れば酒になるだけだ。

 よって商品作物として煙草の生産は増した。元が専売のようなものだったため、急場に向いたという事情もある。とにかく、当時は難民を労働力に変えるためにあらゆる努力が払われた。そして、それらは経済力のある者たちの手に渡った。例えば、艦娘だ。

 煙草を呑めないなど軟弱の証とすら思うのに、これが嫌悪と憎しみの果てに根絶されようとしていたなど、天龍には信じられない。提督が顔歪めるたび、天龍はそれを嗤った。激しく儚い戦場にも、日常はあった。

 日が登ろうとしている。天龍は起き上がり、雪上車を出た。

「おはようございます、駐在艦殿」

「おう」

「おはようございます!!」

 姫扱いとまではいかないが、兵たちの態度まで丁重である。車から出てすぐ声がかかったのも、気を利かせた兵が歩哨をしていたからである。駐在艦唯一の生き残りである彼女は、この軍でたった一人の女性だった。不埒な考えを持った輩が互いを牽制する意味で置いたのだが、天龍にはこそばゆいばかりだった。そこらの男よりも立派な物を掲げる彼女に、その手の危機感はなかった。

 もう、いつ死んでもいいからだ。

 両手で後頭部を支え、空を見上げて無造作に歩く。紫煙と吐息が混じり合って、盛大に白く立ち上った。彼女の後ろに、歩哨の兵が続いた。それを見て、撤退の準備をしていた者たちが手を止め、銃を取った。そして、歩き出す。

 次々とそれは増えていった。秩序もなく、纏まりもなく、ただ人数が膨れあがっていった。誰もそれを止めず、ある者は見送り、または殊更に無視した。

 彼らは撤退するのだ。深海棲艦の空爆が予測される状況で、手を止めるどころか、それを放棄して艦娘の尻を追いかけるなど許されることではない。だが、天龍に続く者たちは、それが何よりも楽しいのだと言わんばかりの表情で、足を進めた。

 現状は厳しい。だが、勝てる。一つ鎮守府が機能不全に陥っているとはいえ、日本には八百個もの艦隊があり、北海道を除けば、深海棲艦戦力は三百に満たない。その北海道とて、数の大部分を占めるのは駆逐艦である。南方を倍の戦力で各個撃破し、北は地形を利用し、包囲して殲滅する。

 単純な作戦だ。如何に艦娘の存在があったとしても、所詮は海洋国家一つ滅ぼせないような獣の集団である。勝利を疑う理由がなかった。

 逆に言えば、彼女たちが獣であることが事態をややこしくしている。対話が出来ないために、侵攻してくるのであれば、これを殲滅する他ないのだ。また、軍隊ではないため、簡単に離散集合する彼女らを広大な太平洋上で捕捉、追撃しなければならない。そして、海上から一掃したとしても、海底を移動されれば海岸付近までその存在を察知出来ない。

 また、国内事情にも振り回されていた。先の敗戦による混乱で、近海の哨戒と防衛を担当するはずの徴兵提督たちが機能不全に陥った。このため、外洋航路の安全確保を任務としていた呉と佐世保は、集結を待たずに迎撃を行わねばならなくなった。駐在艦もいたが、不遇を囲う彼女らだけでは当然賄えるはずもなく、むしろ本来の任務である漁業支援が行えなくなったことによる食糧事情の悪化により、陸軍までもが分散配置を強いられた。横須賀は捜索や拘束に用いるべき水雷戦隊を余所に貸し出して、主力艦隊のみでこれらを誘引、撃滅しなければならなかった。大湊はそれら全ての厄介を取り繕おうとして、北からの侵攻を許した。

 これらは、陸軍が頼りになるのであれば発生しなかったか、若しくは軽減された状況である。海岸付近に存在する人間など、復興も進まぬこのご時世に漁業を営むような強か者だけなのだ。陸軍の作った避難要領など、そもそも一顧だにする価値のないものである。むしろ上陸させて、陸と海から挟撃したほうが面倒が少ない。そのための空き地なのだから。

 しかし、陸軍は闇雲に突撃して乱戦を発生させるだけで、深海棲艦を押し留めるということをしない。結果、内陸に入り込んだ深海棲艦が人々の生活を脅かすことになる。乱戦である以上、海上からの支援といっても限定されたものになり、追撃と捜索でしっちゃかめっちゃかになる。何せ、この乱戦によって迷子になったり、逃げ出した兵が、武装した匪賊と化して全国に散らばるのも、既定路線なのだ。

 こんなものに頼ろうと思うのが間違いではあるが、政治的な立場だけは、完全に壊滅してしまった海軍よりも高い。ぎりぎりで国家の滅亡を押し留めたのが、陸軍の功績であることに疑いもなかったし、何であれそれは法的に裏付けられた暴力だ。そしてそんなものが、重要策源地である南方に派遣されてしまうということの危機感は大きい。

 五将家は、信頼出来る貴重な実効戦力が手元からなくなることを。政府はそれによって、現地の政情が不安定化することを。海軍はその後始末を押しつけられることを。

 つまり、新たに戦線を増やすかのごとき、北方海域打通作戦そのものが必要なかったのだ。

 五将家という政治勢力を含めずとも、国家の重荷となっている陸軍だが、それだけに誇りは失われず、それに縋っていた。しかし、所属する兵たちはどうだろう。

 深海棲艦発生から、二十五年である。四半世紀、人生の半分以上、青春の全てを捧げた古兵というものは存在する。彼ら自身が、現状の陸軍に忸怩たるものを抱えながら、それでもただ所属し続けた生粋の兵がいるのだ。

 彼らは商売女しか知らない。生活に困れば基本的人権を保持したまま農奴になってしまえる国で、末端の兵が味わえる女とはどのようなものか。提督に身を転じたかつての同僚や、腐りきった上層部がいい思いをしているのを傍目にして何を思ったか。

 それでも彼らは陸軍に残り続けた。逃げ出して、匪賊となり、誰かを襲って欲を満たすことも出来ただろう。全てを諦めて深海棲艦の腹を満たしても、誰にも咎められる謂われはない。上司に媚びて、汚職に関わることも、彼らほどの古参ならば難しくはなかったはずだ。

 そんな栄達も望まず、贅沢からは遠く、幸福と縁のない人生を送る彼らの前に、天龍は現れた。

 のこのこついて行かないはずがない。

 もう、いつ死んでもいいのだ。だが、ただで死ぬのは許せないのだ。人生が台無しになっているのだ。その全てを戦いに捧げたのだ。

 つまるところ、彼らは絶望しているのだった。しかし、何一つとして納得など出来ないでいる。

 深海棲艦も、艦娘も、とりわけ妖精さんにしたところで、あまりにも非現実的に過ぎる現実だった。その意味で、紛れもなく彼らは負け犬だった。適応出来ないどころか、それを拒んでさえいるからだ。

 天龍は艦娘であったが、いい女だった。掛け値なしに、魅力的であった。

 この期に及んで、釧路と帯広は網走への救援を中止しようとしている。空爆の危険があり、積雪の困難があり、釧路に未だ潜伏する深海棲艦の脅威があり、沖合いでは大湊の艦隊が展開している。

 釧路はその成り立ちから、非常に豊富な水源と、これらを利用するための水路が多く張り巡らされている。ここに深海棲艦が残存していた場合、帯広を空けてしまえば司令部のある札幌が危険にさらされ、沖合いの艦娘の背後を脅かす恐れがある。

 理屈としては理解は出来るが、直接の脅威である網走に上陸している深海棲艦と、それに抗戦する味方を放置する理由に足るかと言えば、疑問の余地などない。求められているのは早期解決である。損害など考慮に値しなかった。

 加えて、主力である艦娘は手軽に建造が可能で、回復は容易である。陸軍はお荷物だ。減らして差し障りない。

 後顧の憂いを断つというなら、諸共吹き飛ばしてもいいのだ。

 もちろん、それは絶望した者たちだけの理屈だ。例え、それで国が滅びようと、捨て石にならねばならない理由も義務もない。国を守ることは確かに彼らの任務だが、それが不可能であれば、降伏する権利ぐらい認められているのが普通の軍隊だ。深海棲艦が相手ではそれすらも不可能であるからこそ、他の方法を模索する。まったく、合理的な判断だ。戦略的な敗北は最高司令部の責任であって、それを戦術的にひっくり返せないからと言って責められる謂われはない。そういった愛国心を非難してきた国なのだから、倫理的にも問題ない。

 だから、天龍が、「俺一人でも行くぜ」と言ったとき、彼らは歓喜したのだ。

 それはある種の共感であり、仲間意識ではあったが決定的にずれてもいた。

 祭りに向かう子供のようにはしゃぐ男たちを引き連れながら、天龍は何となくそのことを理解していたが、黙っていた。

 天龍は本当に、いい女だった。

 



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27.自由への道連れ

 摩耶は高揚してた。歓喜の中にあった。産毛の一本に至るまで逆立たせ、目の前の光景を歓迎していた。ともすれば叫びだしたいのを堪え、その時を待っていた。

 朝日が昇っていた。前日までの雪が、空から余計なものを取り払っていたからだろう。途轍もなく美しく、文字通り目を焼くような目映さだった。

 しかし、それを曇らせ、穢す存在があった。まるで、虫の大群のようだった。染み出すように増えていき、やがて雲霞の如くになった。摩耶は耐えきれない様子で武者震いし、満面の笑みを浮かべた。

 艦娘で作られた重層的防空網の最先端。その要が彼女だった。これが初陣といってよかった。艦娘として喚ばれながら、一切戦闘に関わらずに生きてきた彼女の、その鬱憤を叩きつける相手が、空を埋め尽くしていた。悦ばないはずがなかった。

 平野部に散らばるように、様々な艦娘が空を睨んでいた。その周囲には陸軍の小隊が膝立ちで機関銃を構えていた。深海棲艦相手では、航空機だとて比喩でなく豆鉄砲だ。しかし、大戦では小銃による航空機撃墜の実績があった。現代でも、バードストライクは時に致命的な損害をもたらしている。気休めとしても、充分有効であるはずだった。

 既に先発隊が迎撃を始めたのだろう。遠く轟く砲声の中に、白露のベースが混じり合っている。組んだ両手を開き、肩口に伸ばした髪を払えば、対空用の艤装が展開した。航空機が射程に入り、命令が下された。もはや、彼女を縛るものは何もなかった。

「ぶっ殺してやんよ!!」

 続く砲火に、重力そのものが増したかに思えた。旭川に合流したほぼ全ての艦娘が、同時にその主砲を発射したのだ。生まれた圧力は留辺蘂一帯を制圧した。すぐにそれは蹂躙へと変わった。音が目に見えた。荒れ狂い、ぶつかり合い、そして無数の砲弾を吐き出した。もはや何も聞こえないのと同じぐらいに、音で殴られていた。白露のベースだけ、意識の片隅で判別できた。地上は地獄だった。

 陸軍の兵たちは地面に這いつくばっていた。この場から僅かでも離れようと手足を蠢かせるか、泡を吹いていた。摩耶の後頭部に銃弾が撃ち込まれた。

「な、何だぁ?!」

 それは何の痛痒も与えなかったが、水を差すことは出来た。ついで艤装の通信が、彼女の鼓膜と脳味噌をまとめて貫いた。

「何をやっとるか、莫迦者!! 周りを見んか!!」

 砲撃を続けながら、彼女はきょとんと言われた通りに見回した。とんでもない惨状がそこにあった。死者はいないが、暫くは復帰できないだろう。暴虐が収まったと見て、救出と交代が始まっていた。摩耶を怯えた目で見る兵士たち。摩耶はこつんと米神を叩き、やっちまったぜという顔で舌を出し、振り返った。その鼻面にまた銃弾が叩き込まれた。

「本当に、これだから艦娘という奴は」

 剣虎兵大隊長である伊藤悠少佐は、本来大隊と共に陣地後方の適当な位置に潜伏してしかるべきだった。しかし、防空指揮を執れる人材が旭川にいなかった。彼ほどの歴戦が少佐で、しかも前線にいることは珍しい。だからこそ、守原の牙城である北海道で燻っていたともいえる。

 そんな彼が心から戦争を楽しんでいるともなれば、誰も邪魔は出来なかった。両手を無意味に彷徨わせて、遠巻きにするだけだ。

「ダメです! 周りの兵隊さんに当たっちゃいます!」

 その例外が彼の怒りの対象である艦娘だというのは酷い皮肉だった。食い殺しそうな顔で睨まれた雪風は、精一杯胸を張り、腰に手を当てた姿勢で迎え撃った。大隊長は盛大に鼻を鳴らし、初っ端から穴の空いた近接防空圏を再構築しにかかった。汗を拭う仕草をする雪風に、皆が畏怖の視線を送った。

 摩耶に引き摺られてか、盛大に爆風を撒き散らしていた艦娘たちも落ち着いたようだった。砲声は凄まじいが、耐えられない程ではない。空中に咲く花火は派手ではない代わりに、空を覆った。撃墜された破片や機体が、煙を吹いて柳のような軌跡を生んだ。それでも多くの深海棲艦航空機が、防空陣地へ接近した。

「狙うな!! どうせ当たらん!! 真っ直ぐに撃ち続けろ!!」

 艦娘の頭上に向けて、斜めに構えた兵士たちが一心に引き金を引く。相手は時速三〇〇㎞で飛んでいる。人間というよりも、生物が正確に認識できる速度ではない。見越し射撃など、試みるだけ無駄だった。

 街を粉微塵に粉砕するような、何万発という銃弾や砲弾をばらまいて、一〇〇機飛ぶ航空機の何割を墜とせるだろう。ガチャという文明は戦争よりも圧倒的に善良であると確信する。戦争など、世にあってはならない。

 では、何故撃つのか。ただただ、嫌がらせのためである。戦争映画のような勇猛果敢で、忠実な兵など滅多に存在しない。命の危険が存在しない通常の仕事ですら、人は楽をしようとする。よって、命の危険がある以上、真面目に対空砲火の中に突っ込んだりはしない。

 もちろん、そうさせないために編隊を組んでいる。敵前逃亡は銃殺と定められてもいる。だが、ほんの少しでいいのだ。何かが少しずれただけで、攻撃は無力化する。戦争の究極は戦わないことであり、次善は戦わせないことなのだ。

 留辺蘂は非常に狭く、左右を山に囲まれている。時速三〇〇という速度は、乗っている存在にとっても持て余す速度だ。山を越えて下を見て、それでもう、谷を越えている。しかも、その底では艦娘が空を焼き尽くす勢いで砲火を上げていた。極寒の地において、それは途轍もない熱量を生み出した。急激に温められた空気は、山の稜線を辿って上空に吹き上がった。鳥だけが感じ取るような僅かな風だ。しかし、それで充分だった。小さな深海棲艦航空機の、繊細な爆撃を阻害した。

 よって、開けた谷の入口だけが攻撃進路となる。陸軍兵士たちは怠けることも恐れることもなく、ただ定められた通りに引き金を絞っていればよかった。それだけでも、彼らは有利だった。

 だが、空は広く、深い。空間を埋め尽くすように見える濃密な砲火も、航空機から身を守るためには希薄極まりなかった。通り過ぎる航空機から、いくつか爆弾が落ちた。最初は疎らに、遠い場所だった。空だけを睨む兵士たちにも、音と振動が近づいてくるのが分かった。銃口が恐怖でぶれた。あまりにも小さすぎ、遠すぎる的を狙おうとした。何とか死を遠ざけようという足掻きだった。

「姿勢正せ!! 角度下げるな!!」

 しかし、指揮官はそれを許さない。いくら足掻いても無駄なのだ。ガチャならばいつかは結果が出るだろう。しかし、空を遮る全ての航空機を撃ち堕とさない限り、安全は訪れない。それは国の総力を捧げて、絞り尽くしてもやってこなかった。国土が核で焼かれるまで、不可能だったのだ。それが現実であった。

 兵士たちは近付いてくる現実から目を逸らすために、空を見上げるしかなかった。僅かでも抗うために、引き金を引き続けるしかなかった。闘争と逃走という、かかる負荷に対して当然の反応をした。勤勉で忠実であることを強いられていた。その対価は深海棲艦により与えられた。

 彼らの奮戦により、艦娘は爆撃から逃れられた。僅かに逸れた爆弾は、周囲を囲む陸軍兵士へ落下した。生物に作用する限り、大きさや組成を無視して大戦時と同程度の威力を発揮するという、深海棲艦の不思議は現れない。爆風もそれほどの脅威ではない。

 しかし、だから何だという話だ。遥か上空から飛来する硬球大の落下物が、致命的でないはずがない。むしろ、即死も治療も非常に難しい状況に陥るということだった。戦争のための戦術でも兵器でもない。新鮮な食糧を逃がすことなく、大量に得るための生存戦略だった。

 艦娘は戦争を楽しみ、上官はそれを制御した。深海悽艦は合理的であった。付き合う兵は、望まぬまま誠実で忠実な兵士として強制された。そして、死ねないでいた。

 修復材などという便利なものの恩恵を得られない彼らに、助かる見込みは少ない。激しくなる空爆に、そもそも救出も交代もままならないでいた。

 戦争に巻き込まれた兵というのは、かくも不幸であった。だが、日常と同じように、それらが顧みられることはなかった。重要なのは、艦娘を守る薄い盾が一枚、機能不全に陥ったことだった。

 防空戦闘は用いる兵器の射程によって、明確に役割分担されている。重層的に作り出す弾幕だけが、確率を左右するからだ。近接防御は、駆逐艦が担うべきものであった。

 彼女らは苛烈な砲火をくぐり抜け、縦横無尽に飛び回りながら、腹に抱えた爆弾を落とす機会を探る深海棲艦航空機を妨害するために、最も忙しく働いていた。手持ち式の砲を振り回し、時に空爆を回避しつつ、最後の砦として奮戦していた。

 小さな体をいっぱいに使わなければ、果たせない任務だ。余裕などあるはずがなかった。一部の例外を除けば。

「ああ、もう! 見てらんないったら!」

 霞は戦中、最も苛烈な航空戦を経験した艦の一隻だ。艦娘としても、少なくない実戦をくぐり抜けている。何より、彼女は誰かの世話をすることに慣れきっていた。それが義務だとすら思い定めていた。

「島風ぇっ!!」

 水を得たペンギンのように陣地内を走り回る、卑猥な格好の少女を呼んだ。この地獄を誰よりも堪能している艦娘の一人だった。追従する連装砲ちゃんが頭を振り乱して、やたらめったら砲弾を吐き出していた。貶められてきた存在価値を、彼女らはやっと証明出来る機会を得たのだ。有り体に言って暴走していた。

「足元ぉ! あんたなら出来るでしょ?! 自慢の速さを見せつけなさいっ!!」

 島風は止まらなかった。だが、華麗に飛び越えていた障害物が、負傷している陸軍兵士だと気がついて、頭が一気に冷えた。先ほどまでの天にも昇るような幸せな状態から、実際に目にした戦場の落差に混乱が広がる。表情の置きどころすら、不確かだった。ずっと響いていたベースが止んだ。

「いっちばーん!!」

 手近な一人の襟首を捕まえて、白露がでっち上げの掩体壕に走った。僅かに振り向いた白露が、島風を見た。その表情はこの上なく、勝ち誇っていた。再び、島風に火が点った。艤装の出力を上げ、小さな手で兵士の手を握った。助けを求めてそれを伸ばしていた彼が、痛みを忘れて島風を見上げた。

「負けない」

 戦場は相変わらず地獄だったが、それだけだった。到着は同時で、出迎えは大隊長の拳骨であった。

「丁重に扱え!!」

 狭い掩体壕の中で、少女二人がうずくまった。その間に大隊長が指示を出す。

「療兵。二人一組で重篤な負傷者を回収しろ。雪風と白露は二手に分かれて、その援護だ。今は通信はいい。島風は比較的軽傷な者の救出だ。身動きが出来て、手足を押さえている者だ。腹や頭の場合は放置。療兵に任せろ。動かしてはならん」

「雪風、頑張ります!」

「はぁーい!」

「わかりました」

 三者三様の返事に、大隊長の口元が引き攣った。しかし、何も言わず命令を続ける。

「古鷹、翔鶴に使える艦を二名以上選出させろ。収容は最寄りの掩体。救出に赴く前に、確認を怠るな。療兵の指示に従え。この手順を周知しろ。以上、わかれ」

 返事を許さず、大隊長はそれぞれを追い払った。事ここに至って、彼が出来ることは多くなかった。準備はしたが、足りなかったという事実が浮き彫りにされただけだ。まったくの想定内であった。彼は掩体壕の中に腰を落ち着け、待った。それはすぐに訪れた。

 轟く砲声の種類が変わった。腹を突き、尻まで抜ける重い号砲だった。深海棲艦の地上侵攻が始まった。戦艦が彼女らを射程に捉えたのだった。

 状況はとっくに破綻していた。彼の仕事はそれを取り繕うことだった。空爆による損害は、既に地上戦を不可能にしていた。それでよかった。他にどうしようもないからだ。旭川に所属する連隊全てを隠すことは出来なかった。この寒さの中で、蛸壺が掘れただけでも奇跡だった。

 何より、膨大な補給物資の中に、通常兵器である機関銃を、コンテナ一つ分詰め込んだ、ひどく気の利いた奴がいたことだ。大した効果はない。しかし、劇的であった。

 守原の幕下に、兵をここまで知る人間がいるとは知らなかった。それどころか、わざわざ他を減らして紛れ込ませている。間違いなく、今起こっていることと、これから起こることを知っていた。

 ここには伊藤がいた。だから、その配慮を生かせた。だが、彼が知らなかったように、そいつも伊藤を知らないはずである。むしろ、知っているのなら期待などしない。

 これを誰が、誰に託した荷物であるのか。想像は楽しかった。兵が傷つき、倒れ、死んでいく。これを分かち合える誰かがいるというのは、実に心強かった。つまり、伊藤は共犯者を見つけて浮かれていた。

 まったくの逃避であった。伊藤の周囲には、負傷者が積み上がるようにひしめいていた。伊藤はそれを一瞥すらせず、前を睨んで笑みを浮かべていた。笑い声さえ漏らしていた。

 その背中を、兵たちが縋るように見つめていた。雪風は療兵に相談するべきか、悩んでいた。

 夜明けより二時間の後、旭川は防空戦闘に参加し得る人員を枯渇させた。しかし、軍としての機能を失っていなかった。深海棲艦の攻勢が止む気配はなかった。

 

 



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