近すぎて見えない (青野)
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第一話 腐女子とオタク

ハーメルンでのオリジナル作品です。


 

 

 BLというジャンルを皆さんはご存知だろうか?   

ボーイズラブという男性同士の恋愛を描いた純恋愛文学に属すると思われるものになる。世の男性からしてみればあまり好ましくないジャンルと思われがちだが、意外と女性の中にはBLを好む女性もいる。

 特に好んで読んでいたり、購入していたりする女性のことを腐女子とも表現されている。

 

 だが、そんな腐女子だからこそ受け入れられない人からすれば気分が悪いもののように映ってしまう。だからこそ、彼女たちは決してプライベートを他人に明かすことはなく、それでいて世間的な立場を確実に保っていた。

 そして、そんな腐女子がここにも一人。名を如月(きさらぎ)椎名(しいな)という女子高校生であった。

私立楓ケ丘高校に通う二年生である。明るく元気な性格にその綺麗な黒色の髪の毛はある程度と整った顔によく似合っており、学校を通して彼女は男女問わず人気が高い。

 そんな彼女は自分自身の腐女子化をどうしようかと悩ましげに今朝も登校をするのであった。

 

 理想の恋愛とは何かと彼女はいつも考えてしまう。イケメンで爽やかで優しくて頭もよく運動も出来る男性と楽しい学校生活を送り、夕日の見える公園か屋上で告白されるというシチュレーションを考える。

 だが、その一つ一つの過程において自分自身の腐女子というものが何処かで邪魔をしてしまうのではないかと考えてしまうのだ。自分の好きなことがコンプレックスになってしまうとは盲点であるが、BLを愛してしまっている以上はどうしようもないことであった。

 

 だからこそ、彼女は今日もあーでもない、こーでもないと悩む訳であった。

 

「おお椎名、おはよう」

 

 椎名の後ろから一人の男子生徒がやって来た。彼の名は十村(とむら)千早(ちはや)。椎名とは中学から色々とアホなことをやって来た所謂悪友仲間というやつでもちろん椎名の趣味のことは知っている。それでも、彼が彼女の隣に居続けることは彼自身がBLに対する理解があったからだ。

 

「あー、千早。ん、おはよう。眠そうだね?大丈夫?」

 

「ゲームのし過ぎだな」

 

「自覚あるなら直した方がいいと思うけど?」

 

「できてたらしてるね」

 

「あっそ」

 

 そんな世間話をしながら二人はいつものように登校する。これが椎名と千早の二人にとってはごく普通の日常生活であった。

 

「あっ、宮野君だ」

 

 唐突に椎名は前を歩いている男子生徒の背中を見て言った。千早も視線を前に飛ばすとそこにはスラッとした高い身長に爽やかな青年がいた。宮野(みやの)真(ま)守(もる)という男子生徒でその番人受けする顔と誰にでも優しい生活は周囲の人間の好感度を上げやすい。

 

「いやぁ、朝から宮野君拝めるなんていいことありますわー」

 

「はいはい、かっこいいかっこいい。かっこいいけど燃えろ」

 

「はいでたー、モテない男子の嫉妬」

 

「嫉妬の何が悪い。彼女いない歴=年齢の俺にとってはイケメンな男は全員敵だ。割と本気で滅びればいいと思っている」

 

 そう、この男。十村千早はまったく男女交際の経験がなかった。女子とは喋れるし、男子の友達は多い、ごく一般的な男子高校生な千早なのであるが、どうにもこうにも彼女が出来たことはなかった。

 

 というもの彼はオタクであった。家に帰れば録画深夜アニメをチェックし、ニュースサイト、動画サイト、ネット小説サイトを巡回する日々で、その他同人誌、様々なゲームにも手を出している。

 結果、彼の部屋は異性にはとても見せられないような部屋になってしまった。だからこそ、オタクをこじらせて彼女が出来ない結果になってしまっていた。

 

 彼もまた自分のオタクに若干のコンプレックスを持ちながら止めれない人間の一人であった。

 

「けどまぁ、千早は趣味さえなんとかすれば出来るのでは?流石に千早の部屋に入った時はビビった。もう慣れたけど。だけど、普通の女の子ならあそこでギブアップかな」

 

「お前の感想は聞いてねーよ。だけどなぁ・・・オタクって言ったら俺じゃん?俺って言ったらオタクじゃん?これはもう仕方がないことだろう。なんつーの、自然の摂理ってやつ?」

 

「仕方がないって・・・はぁ、まぁ、もういいわ」

 

「ん、察してくれ。孤独死は嫌だけど、今すぐ彼女欲しいって訳じゃないし」

 

「そうなの?」

 

 椎名のその問いに千早は軽く首を縦に振った。

 彼女にとってはその言葉が何故だか知らないけど、少しだけ嬉しかった。だけど、その理由は自分でも分からない。今は分からなくてもいずれ理由は分かるだろうと、その理由から逃げるように脚を速く動かした。

 

「ねぇ、千早」

 

「ん?どした?」

 

 椎名が突然立ち止まって千早の名前を言うのでどうかしたのかと質問した。すると、椎名は向かい側のコンビニを指した。

 コンビニは限定商品を買うとアニメの限定グッズが買えるという広告が映っていた。

 

「ああ、お前の好きなアニメの『鶏卵』のグッズの奴かぁ。それがどうかしたのか?」

 

「・・・五百円持ってる?」

 

 椎名は視線は動かさずに千早の所持金の有無を問いただした。その質問に千早は深いため息を吐いた。

 

「いや、あるけどこれは俺の昼飯代。お前今月もう使い切ったのか?」

 

「いやー、まー、そのー、使い切ったという表現よりも緊急時に使ってしまい、お小遣い日まであと一週間なんだけど偶々お金がないというか・・・なんと言いますか。ごめんなさい。同人誌の買い過ぎです」

 

「はぁ・・・別に俺はお前の趣味になんかいうわけじゃないし、金の使い方にも何も言わないけどな。限度と微調整をしてもらわないと、俺に借金幾らあるか知ってる?」

 

 千早がそう聞くと、椎名はビクッと体を動かした後に震えた声でいう。

 

「二千円です・・・」

 

「無駄な時間だったな。遅刻する前に行くぞ」

 

「うえーん」

 

 コンビニに手を伸ばしてフラフラと歩こうとしていく椎名の服を千早は掴みながら学校へ連れていく。

 意外にも引っ張るのに力がいるなと千早は思ったが、素直にそんなことを言える訳にもいかなかった。それでももう慣れてしまったこの日課に溜息を吐きつつも千早は逆に嬉しくも思った。

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー」

 

 椎名と千早が教室に入ると中にいる仲の良いクラスメイトたちは次々に挨拶していく。ここまでくれば二人の時間は終了でお互いに自分たちが待っているグループにサッと溶けていく。

 

「椎名ちゃんおはよー」

 

 椎名に挨拶するのはクラスメイトの四(し)ノ(の)宮(みや)恋奈(れんな)であった。茶髪のショートカットの可愛げのあるような女子生徒で椎名の親友と言っても過言ではなかった。一年の頃から椎名と恋奈は仲がよかった。

 

「おはよう、恋奈。今日も元気一杯みたいだね」

 

「うん、私のフルートちゃんが中々いい感じに仕上がってきてね。ぬふふ、これで名曲を吹きまくれるぜ」

 

「あ、うん。あんまり練習し過ぎないでね」

 

「任せろよ、椎名ちゃん」

 

 幼そうなその恋奈の笑顔を見るとなんだか妹を見ているようにも感じた椎名は今日も世界は平和だなーと感じる。

 という千早も同じことを考えていた。窓際の自分の席に着いて春末の風を感じる。少しだけ夏に近づいてきて気温も少しずつだが上がってきている今のこの時にはとても気持ちが良いと。

 

 ただ、こんな季節のように自分の環境も移り変わっていくのだと思うと無性に虚しくなるな。そう、千早は一人そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回もよろしくお願いしますね


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第二話 バカな

 

 

 

 無類のゲーム、アニメ好きのオタクで既に学校中に知れ渡っている十村千早という男は彼女を作りたいと思っているのにその努力をしない。ある意味矛盾点を持った男でもあった。

 

 何をすればいいのか分からない。というのもあるが、千早にとって今のこの趣味を邪魔されたり理解されない限りは彼女は出来ないと確信していた。

 というのも中学校時代に女の子に告白してフラレた訳なのだがその理由がオタクだからという理由だった。ならば、オタクを辞めればいいという話なのだが、千早にとって呼吸とも言える行為を否定することは最後の最後で彼は選択することが出来なかった。

 

(腹減った・・・)

 

「どしたの?そんな真剣な顔して?なんかやばい話?」

 

 手を組んでひとり考え込んでいる千早に椎名が質問してきた。

 

「・・・椎名、ひとつだけ教えてやろう。人間、真剣な顔して悩んでいる時は大抵どうでもいいことを考えている」

 

「なるほど、理解した。おけ。あっ、そう言えば駅前に新しいカフェ出来たの知ってる?そこのパンケーキが美味しいらしいよ。今後行かない?」

 

「パンケーキね。家でホットケーキ作った方がいいだろう。外に出てまで家で食える物食いたくねーよ。クレープとケーキは別だが。そもそもそれ以前の問題としてお前にパンケーキを食べられるほどの軍資金があるのか?」

 

「あ・・・・」

 

 千早のその言葉に頭の中ではパンケーキのことしか考えていなかった椎名の思考回路が一気に金のことになる。

 そうこの女は常に資金不足にあった。四月の下旬ということもあり財布の中身は頼りなくコンビニのお菓子も買うことが出来ない状況下でもあった。

 

 その反応が面白いのか千早は鼻で笑う。

 

「ふっ、これだから目先の欲望しか目にない奴は」

 

「うう、ごめんなさい・・・だけどなぁ、これ以上借金出来ないしなぁ」

 

「お前俺の二千円速く返せよ」

 

「分かっております。来月のお小遣い入ったら返します」

 

「ん、なるべく速くな。俺も来月にゲームを買いに行く予定があるんだから」

 

「ゲームねぇ、千早がゲーム好きなのは知ってるけど、そんなに面白いの?」

 

「まーおもしろけど。ジャッチメントハンターとか、ダンダムとか」

 

「んー、私はあんまり分かんないかぁ。そういうの。けど、男性キャラクターはいっぱい知ってるよ?」

 

 などと椎名は自信満々に言ってくるが、千早はそれに少し呆れたように返した。

 

「ごはんが進むんだな」

 

「そっ、ごはんが進むから。あー、コンロ先生の新作も発売予定なんだったぁ」

 

「あからさまに金欠不足を呟いても貸さないからな」

 

「うう・・・」

 

 椎名は常に金欠不足である。毎回発売されるBL同人誌、グッズ、限定商品などを購入しているとあっという間に財布の中身がなくなってしまう。それに合わせて友達付きあいだったりしていると親や千早に借金しているという訳になる。

 

 そんな椎名を小馬鹿にしているこの男。千早もまた金に悩む高校生の一人だ。だが、彼は逆に上限を付けて椎名に金を貸している。つまり、金銭的余裕は椎名より千早の方がある訳だ。

 

「あー、楽してお金稼げる方法ないかなぁ」

 

「それには激しく同意する。肉体労働なんて俺がやることじゃない」

 

 まるでバイトに何か嫌味があるのか千早は愚痴るように言う。

 

「そう言えば千早って色んなバイトやっているんだっけ?」

 

「色んなってほどでもないけどな。喫茶店を少々」

 

「へー、だから金欠じゃないんだ」

 

「いや、俺も金ない時だってある。例えば・・・そう、新しいゲームが二つ発売されてしまったり、オンラインゲームのオフ会に出なければいけなかったりなどな」

 

「ふーん、忙しいんだね。私もバイトしよっかなぁ・・・お小遣いだけでやれないこともあるしなぁ」

 

「まぁ、選んでやればいい。学業優先だがな」

 

「そうする」

 

 そこで話は終わる。それ以上に話のネタがなくなってしまったので二人は何を話そうかと考え込む。

 頭の片隅を探ってみるのだが結果的にこれといって何も話題が出なかった。なので、椎名は廊下から丁度戻ってきた恋奈に何か話題がないかと視線で絡む。

 

「おー、椎名ちゃん暇そうにしてるね。おかし食べる?」

 

 常におやつを持ち歩いている恋奈はポケットからバキバキに砕けたクッキーを取り出した。

 

「・・・恋奈さぁ、私に恨みでもあるの?」

 

「え?どうしてそう思うの?」

 

「いや、こんなクッキー砕かれたもん見たら誰だってそう思うんだけど?」

 

「え?椎名ちゃんってクッキーって砕けたやつ好きじゃなかったっけ?」

 

 恋奈は椎名のその発言に対して一体何がおかしいのかと頭の上に?を出す。椎名はその仕草に「あちゃー、この娘勘違いしちゃってるよ」と呟く。

 

「だって、椎名ちゃんが作ってくるクッキー、いっつも砕けてるから。そういうの好きなのかって。ちょっと変に感じるけど」

 

「ぐはぁぁぁっ!」

 

 友人から変とか言われて椎名はその場に這いつくばる。という彼女にはこの一連の流れにおいて全て一致してしまった。

 どうして恋奈がバキバキのクッキーが椎名が好む物だと思ったのか。

 

「お、おい椎名。大丈夫か?」

 

「ねぇ、千早君。どうして椎名ちゃんはこんなのなの?」

 

「俺の口から言ってもいいものなのか分からないが、一年の付き合いがあったのに未だお前が勘違いをしているからだ」

 

「勘違い?」

 

「・・・そうだな。よく二人は料理をするよな?その時に何か思わなかったか?」

 

「何かって・・・やたら隠し味を入れたがることかな?あと、なんか調理器具の扱い方が不器用?他にも包丁で物切るときは危ないし、さしすせそ知らないし、ていうか新しい料理する時に料理本開かないし、そもそも砂糖と塩の区別がついてないし、あとなんか「あー、四ノ宮。そこまでにしておいてやれ」ん?」

 

 恋奈は椎名と料理をする時の奇行を事細やかに報告していた。すると、椎名は酷く泣いていた。

 

「えぐ・・・そんなに、そんなに言わないでよぉ。酷くない?え?酷くない?なんなの?私に恨みでもあるの?ばーか、ばーか、恋奈のあほー。幾ら自分が料理出来るからって」

 

「えっと、千早君。これは?」

 

「つまり椎名はクソ料理が出来ないってことだ。アニメやゲームじゃないんだが、ありえないぐらい料理が出来ない。唯一作れるのはカップ麺ぐらいじゃねーの」

 

 実際に千早が見た訳ではないが、椎名と会話を交わしていると料理が出来ないという話題が生まれてきた。ていうか、何回も一緒に料理している恋奈がそれに何故気づいていないとなると、この恋奈という女も相当アホだとも言える。

 

「・・・・・・椎名ちゃん」

 

「うう、ごめん恋奈。実は私・・・料理出来ないんだ」

 

 椎名のその悲しげな表情に恋奈は優しく微笑んだ。これも二人が出会ってから一年の月日を掛けた友情の証とも言えるだろう。

 そして恋奈は優しく超絶笑顔MAXで椎名に言った。

 

「うん、知ってたww」

 

 バッチリ草を付けて。

 

(この女・・・)

 

 その仕草に椎名の怒りのボルテージが有頂天に達したのは予定通りであった。

 まぁ、つまり恋奈としては隣で色々と料理を失敗していく椎名のその行動を指摘する訳でもなく、直そうとフォローするのではなく・・・ただただめんどくさかったから何も言わなかっただけであった。

 

 訂正しよう。恋奈はアホではない。天然の腹黒女であった。

 

 直後、椎名が千早に泣きついたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第三話 不毛な復讐

 

 

 

「はい、という訳で始まりました。十村千早の簡単クッキングー」

 

「いえーーい。裏切り女を見返す回でーす。それで先生、今日は一体何を作るんですか?」

 

 その日の放課後、椎名は恋奈を見返す為に自分の家に千早を連れてきて一緒に料理をしようということになった。何気に椎名の家に訪れるのは初めての千早はある意味挙動不審になりながらも料理を始める。

 

「えっと、今日は簡単に親子丼でも作ろうと思います」

 

「ほほー、親子丼ですか。私は好きですよー」

 

「はい、それでは材料の説明ですね。タレには醤油、みりん、砂糖、料理酒、水、材料は鶏モモ肉、玉ねぎ、人参、卵ですかね」

 

 既に分量分計られた材料を千早は全て紹介していく。それを見ながらメモしていく椎名。

 

「はい、ではまずみりんを入れ少しだけ煮詰めると、醤油、砂糖、料理酒、水を入れます。更に煮立ってくると玉ねぎと人参を入れます。それから鶏モモ肉を入れて全体的に火が通ったなと思ったら溶き卵を全体にかけます。ここで火がついていると半熟に出来ないのでこの時点で火は消しておきましょう。少しだけおいて卵が半熟になるとごはんの上に乗せ、最後に山椒をふりかけて完成」

 

「おおーーー、めっちゃ美味しそうですよ先生」

 

「本の通りに作っただけなんですけどね。まぁ、取り敢えず一口」

 

 千早は出来立ての親子丼を手に取り箸で適度な量を取るとパクリと口に入れた。

 

「うん、普通に旨い。胸肉使えばコスパ的にもいいし、一人暮らしの味方だな」

 

「実家暮らしのくせに」

 

「はいはい」

 

 椎名は千早の作った親子丼をペロリと食べると注がれてある麦茶を飲み干すと「ぷはぁ」と言いながら若干乱暴に机の上に置く。

 

(うわぁ、五分程度で全部食べちゃったよおい。ていうか、最後のオチとかおっさんかよ。うん、これは確かに嫁の貰い手がねーわ)

 

「はぁ、美味しかったぁ・・・」

 

「以上で今週の十村千早の簡単クッキングは終了。また観てねー」

 

「またね・・・って、ちげーー!私はご飯を食べたいんじゃない!あの女に復讐してやりたい!」

 

 千早が最後を締めくくったと思うと椎名は急に発狂した。その発言を千早は拾って椎名に返す。

 

「復讐って、そこまで言うことなのか?」

 

「あの女、一年間一緒に料理してきたけどずっと影で笑ってたってことでしょ!」

 

 何か愚痴るような口調で椎名は言う。

 

「そういうもんなのか?別に四ノ宮なんてアホっぽいただの女じゃねーの?」

 

「まぁ、確かに。いやまぁ、否定なんて絶対にしないけど。うん。ただ、このまま何も出来ないのも・・・せめて、せめてクッキーぐらい」

 

 椎名と恋奈の出会いは極々ありふれた普通の女子高生らしいもの・・・ではない。二人は同士と呼ばれるもので彼女ら二人は結びついている。

 趣味と言っても過言ではない。まぁ、はっきりと言えばBL趣味で二人は仲良くなった。

 

「哀れな・・・」

 

 うつ伏せになりながら泣きじゃくる椎名を見て千早は一言そう言った。優しさの欠片もない男である。

 

「千早・・・こうなったら何がなんでも完璧なクッキーを作る!」

 

「あ、はい。頑張れ。俺はそろそろネトゲのイベント予告時間が」

 

 そう言って帰ろうとした千早の肩を椎名は掴む。

 

「へぇ?一人で作らせるつもりなんだ?この後私が作ったクッキー食べる?」

 

「・・・・・それは俺に死ねと言っているのか?」

 

「どう捉えてもらっても結構」

 

 椎名は下手くそ=料理が不味い=死ぬ。

 

 彼に残された道はありはしなかった。

 

 

 

 

 

 

「恋奈、これ昨日作ったクッキーなんだけど食べて」

 

「え、ホントにー?」

 

 次の日、椎名は千早と夜中まで作ったクッキー綺麗にラッピングして今朝方、恋奈に渡した。笑顔の椎名と対照的に恋奈の表情は微妙に引きつっている。

 恋奈にはこのクッキーがなんのためにあるのか理解していた。

 

(この女、私に復讐する気だな!)

 

 昨日のことを根に持った椎名は恋奈にクソ不味いクッキーを食べさせようとした、そう考えた恋奈はなんとかしてこのクッキーを食べずにいられる方法を模索する。

 

「クッキー大丈夫?失敗しなかった?」(くそ、こんなところで死ねるか)

 

 さりげなく大丈夫かと椎名に恋奈は聞く。椎名は笑いながら言う。

 

「もー、恋奈ったら。昨日は千早に監督してもらったから大丈夫だよー」(はっ、中身はワサビと生姜を入れさせてもらったわ!)

 

「えー、そうなんだー。ねぇ、千早君それホントなの?椎名ちゃん大丈夫だった?」(おら、言え。この女がとんでもねぇもん入れたと言え)

 

 いきなり恋奈にそう問われた千早は一瞬ビクッとなりながらも読んでいた本を閉じて恋奈の顔を見る。

 昨日の椎名が作っている様子を考えるに真面目に作っていたようであった。千早の目からもとても椎名が何かを入れようとする雰囲気ではなかった。だからこそ、味は確認していないが千早は「問題ないと思う。普通だ普通」そう答えた。

 

 当事者のひとりである千早にそう言われて恋奈は少しだけ安心した。

 

(千早君は嘘ついているように見えないし・・・もしかして、本当に私に?)

 

 ずっと影で馬鹿にしていた自分を許してくれているように思った恋奈はクッキーが入った袋を開けて一つ手に取った。

 

「ごめんね、椎名ちゃん。馬鹿にしてて」

 

「いいよ、別に。私が料理下手くそだったのが悪いんだから。だから、私頑張ったんだよ?」

 

「そうみたいだね。ありがと、美味しくいただくね」

 

 そう言いながら恋奈は手に取ったクッキーを口に入れた。もぐもぐと数度咀嚼すると彼女の顔色が一気に変わる。

 

「き、貴様何を入れた・・・」

 

 口に手を当てながらうずくまる彼女の前にチューブのワサビと生姜を転がす。それを見て恋奈は絶望的な顔になる。そして、直ぐに千早の方を見る。

 

「いや、なんつーの。ホントに知らん」

 

「くははははははっ!千早が帰った後に私一人で作ったんだよ!」

 

 何故千早が知らないのかを椎名は暴露し、見事その場で高笑いする。その笑い方は

まさしく悪の幹部。誰が見ても椎名の方が十分に悪役を果たしていた。

 今ここに彼女の復讐は果たされたのだ。

 

「おっ、いいもん作ってるじゃん」

 

 そんな所に家庭科担当の教師、大島(おおしま)賢治(けんじ)という男が入ってきて、椎名の作ってきたクッキーに目をつけた。日頃から生徒と仲の良いこの男はなんの疑いもなくクッキーを手に取って口に入れる。

 椎名がそれに気づいて制止させるには遅かった。

 

 賢治は一つ食べた後に目を瞑り、一言。

 

「俺なら唐辛子を入れる」

 

 彼の決め顔と発言に対してはその場にいた全員が唖然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話 抜き打ち

 

 

 

「明日からGWですかー」

 

 明日をGWに迎えた今日、クラス内では明日から六日間の連休をどう過ごそうかという話で持ちきりになっていた。当然、椎名たちも何をしようかと考えているが、彼女には既に作戦が考えられていた。

 

(一日目、二日目をダラダラと過ごし、三日目は友人とショッピング。四日目はBL同人誌を漁りにでも行って、五日目は一日かけて同人誌を読破し、六日目は暇であろう千早と恋奈でも誘って食事にでも行くか。残りはダラダラでおk)

 

 

 というGWのプログラムの大筋は組み立てられていた。別にいつ何を変更しても良いが、四日目には椎名の好きな同人誌先生の新刊の発売日でもあったため、四日目の予定だけは外すことが出来なかった。

 

「ふぅ、完璧。そう言えば千早はGWどう過ごすの?」

 

 椎名がそう質問すると千早は読んでいた本を閉じて言った。

 

「ゲームしてバイトしてゲームしてバイトかな?」

 

「まぁ、いっつも通りか。どっか旅行行くのかと思ってたんだけど」

 

「そんな財力が俺にあると思うのか?」

 

 千早のその自信満々な表情に椎名は「あちゃー」と言いながら顔を抑える。千早は「お前に言われたくないぜよ」と反論する。

 

「まぁまぁ、どっか遊ぼっかなと思ったんだけど。予定大丈夫?」

 

「まぁ、別にそんな時間ぐらいあるけどな。その日ぐらい空けておこうかと思うし。連絡をくれ」

 

「りょーかいであります」

 

 そんな風にクラス全体としても明日から始まるGWのことに対して若干浮足になっている部分があった。

 彼らは知らなかった。明日からGWだと言うのに朝一で行われた抜き打ちテストの存在に。抜き打ちテストなので誰も知らないのは当然のことであった。

 そして、それは非情にも数学女教師、姫(ひめ)神明子(がみあきこ)の言葉によって伝えられた。

 

「皆、それじゃぁ抜き打ちテストしますよ」

 

「「「「「!!!」」」」」

 

 それに第一に反応したのは椎名であった。彼女は即座に自分が置かれている状況を理解すると鞄から数学のノートを開いて前回までの授業分を読み返す。それを見た生徒たちもやっと自分たちがこれから何が起こるかやっと理解出来た。

 ここまで約3.0秒。

 

「はい、皆さんダメですよ。もう、教科書ノートしまって。それじゃぁ、行いますね」

 

 男子の憧れの存在、姫神明子はほんわりとしつつ言うことはしっかりと言う優しい係しっかりお姉さん教師というポジションをこの学校で確立していた。

 天然系でもある先生なので男子にとっては目の保養でもある存在だった。

 

「はじめー」

 

 ゆるい掛け声とともに抜き打ちテストが始まった。二十分もしてテストが終了すると、抜き打ちテストがあったので流石にその場の生徒は項垂れていた。

 それはこの男、十村千早も例外ではなくやり切った感を出しながら机の上に項垂れる。

 

「はい、皆さん以上でテストは終わりです。出来た人、出来なかった人いると思いますが来年は皆さん受験生です。そろそろ自分の将来も少し意識してみてください」

 

 そう言って明子は優しく微笑みながら教室を後にした。生徒たちはそれぞれ集まって先程の抜き打ちテストのことを喋り始める。

 

「ぬふふふ、普段の勉強が足りませぬぞ」

 

 椎名は笑いながら項垂れる千早にそう言う。千早は流石にこのテストの出来で椎名に笑われることは仕方ないと感じたのか気怠そうに「うへーい」とだけ喋る。

 

「けどまぁ、受験ねぇ。椎名はどうすんの?」

 

「私?別にあんまり決めてはないんだけど、蒼乃大学ってあるじゃん?そこにしようかなと思ってる。実家からあんまり遠くないし」

 

「ふーん、そっか。決まってるんならいいや」

 

「何?どうしたの?ははーん、今回の抜き打ちテストの出来が悪かったから将来の不安?不安なんて考えても仕方なくない?辛くなったらいつでも聞くからさ」

 

 その言葉に少しナイーブになっていた千早はホッとしたように安堵した。千早の成績は決して悪い訳ではない。アホではないが成績の上位に入れるほどのものではない。

 

「まぁ、そうだな。ただ、意識はしておくよ」

 

「うん、それがいいと思うよ」

 

 そんなことを二人で話していると恋奈が半泣きになりながら椎名に抱きつく。

 

「うえーん、椎名ちゃん全然ダメだったよー」

 

「はいはい、恋奈は数学特に無理だから、頑張らないと」

 

 壊滅的に数学が出来ない恋奈に椎名は数学を教えている。代わりに椎名は恋奈から英語などを教えてもらっている。この相互関係のおかげなのか二人の成績はそこそこ良いものであった。

 そんな椎名と恋奈のやり取りを横目で見ながら千早はラノベを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 




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第五話 放課後ランナウェイ

 

 

 

「んー・・・どうすっかなぁ」

 

 と放課後の席にてボヤくのは千早の悪友の一人、伊藤(いとう)連太郎(れんたろう)である。彼と千早は

今日の抜き打ちテストの反省点を活かして取り敢えず今日のテスト分を勉強することを名目にして課題を含めて勉強をしていた。

 放課後も中盤を抜けてそろそろ自由に遊ぼうかという時間になってきた頃、連太郎が呟いた。

 

「何が?」

 

「いや、なんか新学期始まってから椅子の調子がガタガタすんだよな」

 

 そう言いながら連太郎は後ろの席の千早に椅子がガタガタする様子を見せた。それを見た千早と「フム」と考えた後に口を開いた。

 

「なら、他教室行って机取っ替えたら?」

 

「なるほど、そういやそうだな。先生に文句言ってやろうと思ってたんだが、まぁいいや。ちょっくら行ってくるよ」

 

「手伝うよ」

 

「悪いな」

 

 連太郎は眼鏡をかけた一見クールな表情でもあるが、本性はただのエロガッパである。見てっくれだけはいいのだが、中身が割と残念でもある。連太郎とは入学式の頃に意気投合してそれ以来よく二人でいる。椎名や恋奈たちとも仲が良い。

 二人は勉強の休憩がてらということで連太郎の机と椅子を隣の空き教室まで持っていき、適当な机でも見繕うと思った。

 廊下まで運んで二人はガラリと空き教室のドアを開けた。

 

「「「あ・・・」」」

 

 そこには下半身下着姿の女子生徒が一人いた。丁度、スカートを履く途中であった為、着替えをしている様子だと千早たちは理解した。

 

 ガランッ!

 

 といきなり連太郎はドアを閉めた。

 

「おい、いきなりとは危ないな。まぁ、あのままってのはちょっとどうかと思ったが」

 

「千早、荷物をまとめろ。逃げるぞ」

 

「逃げるって?」

 

「お前はあの女の恐ろしさを知らない」

 

「はぁ?」

 

 と、次の瞬間、ドアが開いて先ほどの女子生徒が頬を染めながら千早たちを睨んでいた。

 

「あ、あなたたち覗きなんて校則違反よ!」

 

 などと千早たちは叫ばれた。ある意味、目の前の彼女は割と錯乱状態にあり、無理矢理にでも言ったようにも感じたのだ。

 

「逃げるぞ!」

 

 連太郎は千早を掴んで廊下を走り出した。何故と疑問を千早は感じたのだが、連太郎は口を開いた。

 

「千早、今の女知らないのか?我が楓ケ丘高校の頂点にして絶対的存在、生徒会長、藤野(ふじの)京(きょう)凪(な)だ!」

 

「藤野・・・京凪?」

 

 今現在、三階の廊下を逃げている連太郎と千早の二人を後ろから追っているのは楓ケ丘高校生徒会長の藤野京凪。三年生である。愛嬌のある豊かな表情と責任感ある性格から教師からの期待は高い。ルックスも高く、勉強運動ともにかなりの高スペックの持ち主であ

る。外見は他に栗色の背中まである長髪である。

 だが、連太郎を含むエロ担当枠の男子にとっては天敵とも言ってよい存在だった。

 

「まぁ、あの生徒会長はこういったH系の話題についてあんまり耐性を持ってなくてな。恥ずかしがって覗きとか、エロ本持っていた男子を殴るという生徒会長にしてはあるまじき愚行を犯すんだよ」

 

 千早が一瞬だけ視線を後ろにすると女とは思えない脚力で走ってきている京凪の姿が見えた。その表情はかなり恥ずかしそうなもので、その目は二人を睨んでいる。急いで来たせいなのか上にブレザーは羽織っていなかった。

 

「おいおい、なんでそんなのが生徒会長やってるんだよ」

 

「知るかよ、あのルックスと万人受けする性格は周りからのウケがいいんじゃねーの!?」

 

「あ、あなたたち止まりなさい!覗き行為の現行犯で逮捕します!」

 

 放課後ということもあり学校の廊下は昼間と違って通っている人数は少ない。おかげで二人は全力で走ることが出来たが、それは生徒会長、藤野京凪も同じ条件であった。

 

「ヤバイ、あの生徒会長逮捕とか言ってんぞ!俺たちをボコボコにした後に警察に突き出す気だ!」

 

 連太郎の言葉を聞いて千早は走る速度を上げていく。運動もできる京凪なので男子に負けず劣らずの脚力である。

 

「ちょっと!それは表現の間違いよ!そう、なんていうの・・・うーん、思いつかない。なんていうの・・・ちょっと記憶を消すだけよ!」

 

 その言葉は千早の頭の中に恐怖を刻み込む。

 

「うぉぉぉぉい!あの人、完璧に俺たちを殴る気でいるぞ!」

 

(だが、このまま走っていても意味がない。どうにかしないと)

 

「そう錯乱するな、千早。俺にいい案がある」

 

「いい案?分かった。今は、お前の案に乗ろう」

 

「よし、俺についてこい!ふははははははははは!」

 

 連太郎は更に速力を上げて千早の前に走る。三階から一気に一階まで降りると校舎の周りを走り出す。

 

(確かにここは校内と違って隠れるところが多い。流石は連太郎!)

 

「って、連太郎?」

 

 千早が何処に隠れようかと考えていると前を走っていたはずの連太郎の姿が消えていた。どこに行ったのだろうと千早が探していると屋外プールを覗いている連太郎が見えた。

 

「連太郎、サッサと隠れるぞ」

 

「待て待て、もうちょい見させてくれよ。うちの水泳部の女子はスタイルいいんだから」

 

「んなもんで納得出来るか」

 

 そうこう連太郎とやり取りを千早はするのだが、その筋金入りの煩悩にイライラを越えて呆れすら感じ始めていた。

 

(もうこいつほっといて一人で逃げようかなぁ)

 

 そう千早が思って最後の声掛けをしようとした時、連太郎の後ろに近づく影が見えた。

 

(あれは・・・生徒会長!?)

 

 ガシッと連太郎の肩を捕まえた生徒会長は連太郎が反応する前にフェンスを越えてプールの真ん中に連太郎を投げた。

 その場にいる千早は何が起きたのかサッパリ理解出来ず、ただポカーンと口を開けたまま綺麗な放物線を描いていく連太郎の姿を追うことしか出来なかった。

 

 そして、処刑を終えた京凪は額にかかった汗を拭って一言。

 

「ふぅ・・・恥ずかしかった」

 

(な、何なんだこの女。恥ずかしいとかそういう次元の話じゃねーーーぞ!)

 

 とか千早が考えていると連太郎の落ちた衝撃によってプールの水飛沫が大量に京凪に降りかかった。そのせいで大量の水を京凪は受けてしまい、制服はビショビショになってしまう。

 

「あーあ」

 

(こればっかりは仕方がないわ。自業自得。連太郎をプールに投げたのがアウトだったな。俺にはなんの責任も罪悪感も生まれん)

 

 無言で滴り落ちる水滴を見つめる京凪を千早が見ていると、千早は驚いた。京凪はすんごい胸の持ち主ではないがそれなりの育ちはよく、女子高校生にしては大きいほうだと思われる。だが、特筆するのはそんなところではなく、水によって濡れた京凪の状態だった。

 ブレザー、つまり上着を着ていない彼女の装備はカッターシャツにスカートという夏服の状態である。

 

 そんな状態で水を被ってしまえばどうなるかと言われれば・・・。

 

「ブラ透け」

 

 あっと思った時には遅く、千早の方向に向かって京凪が走ってきた。彼女は濡れている制服のことなんて考えず真っ直ぐ千早に向かって走ってきている。完全に千早を物理的に制圧する気満々であった。

 

「ちくしょぉ!俺の馬鹿!」

 

 千早はまた走り出す。背後には恥ずかしさという名の暴力を振りかざした女が走ってきているのだ。

 

(あの女、濡れてるのとか気にしてないのかよ!)

 

 そう思いながら千早が飼育小屋の隣を走っているといきなり学校で飼っている豚が飛び出してきて、京凪に突撃した。思わぬ乱入者に京凪はあたふたしていると豚の突撃を受けてその場に倒れる。

 そうすれば後の祭りで体の上を豚が踏んで来なかったが体は跳ねた泥などで泥まみれ。更に水をかぶった後なので酷いものだった。

 

「うわぁ・・・」

 

 千早は思わず可愛そうだなと思うのだがこれも自分勝手な行動の天誅だと思考を切り替える。のだが、それでも京凪は諦めずその場で立ち上がった。その顔には今の失態の羞恥心が上乗せされているせいか、更に恥ずかしがっているように見えた。

 

「ヤバイ・・・この生徒会長まだやる気だ」

 

 一体何を考えているのかここまで来るとわからなくなってきた千早は兎に角逃げることを選択した。

 

 一方、生徒会長藤野京凪は焦っていた。

 

(どうしよう、恥ずかしさのあまり相手を悪人にしたてあげることで自分の行いを正当化させるなんて・・・そもそも空き教室で着替えてた私が悪いのになんてことを・・・けど、一人やっちゃったから今更に元には引き返せないし)

 

 京凪は幼少期より武術の心得がある父親から護身術を習っていた。おかげか痴漢が出てきた時には見事撃退してしまい、勉強もやってみたら高得点が取れた。周りの空気を読みつつ自分の考えを言うことで周囲と協調出来ることも知った。

 

 だが、Hな話とはほぼ無関係で父親と母親に大事に育てられた京凪にとってはそういった卑猥なことに対する耐性がなかった。だからこそ、体が勝手に動いてしまう。

 

「ちょい待ち生徒会長さん。あんたのパンツを見たことは悪いと思っているが、流石にこの仕打ちはないんじゃないのか?」

 

 千早の一言に本能で体を動かそうとしていた京凪の意識がハッキリと戻ってきた。

 

「・・そ、そうね。だけど、私の下着を見たんだから謝りなさい」

 

「・・・す、すみませんでした」

 

 千早が素直に認めると羞恥心で動いていた京凪の体が徐々に落ち着いてきた。こうしてしまえば京凪は生徒会長としての威厳と責任を取り戻して通常に戻る。

 

「うん、ならよし。君、二年生?」

 

「あ、はい・・・十村千早と言います」

 

「十村君ね・・・分かったわ。今回ばかりは大目に見ます。まぁ、私も悪かったし、今回はお互い様ということね」

 

(まぁ、こっちは美人の下着姿が見られたんだ。連太郎はプールに落ちたが俺はなんとか説教で済みそうだ・・・って、頭の中に下着姿の記憶が全然ねぇ)

 

「以後気をつけます」

 

「よろしい、それじゃぁ私は行くから」

 

 そう言って京凪が立ち去ろうとした時、いきなり突風にそのスカートがめくれ上がった。偶然にも千早はそのスカートの中身を見てしまう。

 

「黒・・・」

 

 この発言が男の死を意味した。

 

「イヤァァァァァァッ!」

 

突如、羞恥心によって限界突破した京凪は目の前にいる千早を背負い投げしてしまった。

 ハレンチな場面での女の子から暴力は羞恥心を隠す為なものだと考える。だが、一方的に見せておいてこの仕打ちはないだろうと千早とともに連太郎もそう感じた。

 そして彼は大きく体を打ち付け、薄れゆく意識の中でこう誓う。

 

(いつか絶対に仕返ししてやる)

 

 



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第六話 偽りの本音

 

 

 GW初日、椎名は寝ぼけた頭をガシガシとかきながらリビングへと降りていく。時刻はお昼手前。いつもの休日と言って間違いはない。ただ、違うのは今日から五日間連続で学校が休みだということだ。

 課題もあるので椎名は今日のうちにサッサと終わらせて明日以降は予定通りに過ごすのが得策だろうと考えを改めると遅い朝食、いや昼食を胃の中に詰めると課題を鞄の中に入れて家を出た。

 

 陽気にポカポカと当てられながら街を歩く。

 GWだということもあり街を歩く人の数はうざいぐらい多い。

 

(人多いな・・・イライラする・・・って、ダメダメ。乙女がそんなことを考えたら!もっと、こう初々しい少女らしい挙動を・・・わかんねー!少女らしい挙動ってなんだーーー!!ええい、いつも通り)

 

 などと人の群れを前にしてそんなことを考える。一人で悩んでいる様は周りから見れば割といびつに見えてしまう。

 まぁ、椎名のリアクションがそれだけ激しいということでもある。

 

(それにしても、どこで勉強をしようかな。喫茶店でいいかな?)

 

 咄嗟に勉強しようとするところを見つけることが出来なかったので彼女は目に入った喫茶店に目標を定めた。

 一人なのでやや緊張しながら店の中に入る。

 

「いらっしゃいませー・・・って、椎名?」

 

「・・って、千早?」

 

 椎名の目の前には学校とは違い、髪は整えしっかりとした制服にいつもの1.5倍美化した千早の姿があった。

 

「お、おお・・・一応、ここが俺のバイト先だし。一人?」

 

「あ、うん。課題やりに」

 

「ん、じゃぁ奥のお席にどうぞ」

 

 千早は椎名を奥の席に座らせる。

 友人が働いているということで緊張から少し興奮し始めた椎名はそぅと千早の姿を見た。

 

「いらっしゃいませ、三名様でよろしいですか?はい、それではお好きなお席へどうぞ」

 

「ご注文はお決まりですか?紅茶セットとシフォンケーキですね」

 

「お待たせしました。こちらパンケーキのセットです」

 

 などとまさに見本のような接客対応に思わず椎名は感極まる。学校や遊ぶ時に見ているような気怠そうな表情とは違って割とシャキッとしている姿は椎名の目から見てもカッコイイと感じる。

 

(これが俗に言うギャップ萌えというやつなのか・・・恐ろしい)

 

「ほいよ、メロンソーダ」

 

 千早は椎名の席に彼女の飲み物をポンと置いた。

 

「あ、ありがと。それにしても、千早って学校とは違ってここじゃカッコイイね」

 

 男子としては女子に褒められるのはやぶさかではない。というのは千早も同じことで少し照れていた。

 

「ん、ありがと。お前も課題ちゃっちゃとやれよ。俺は昨日のうちに終わらせたから」

 

「うぇ!?終わっちゃったの?」

 

「今日からGWを楽しむためにな。まぁ、午前はバイトで午後からゲームって感じだけどな」

 

「ふーん、そっか。私ももう少ししたら好きな先生の新作発売日なんだよね」

 

「そりゃ良かった。また今度感想でも聞かせてくれよ」

 

「レポート五枚提出してあげる」

 

「はは、期待しとくよ。じゃっ、課題頑張れよ。俺は戻るし」

 

「りょーかいであります」

 

 ビシッと敬礼を決めた椎名を見た千早はゆっくりとその場から離れて接客に戻る。

 椎名は目の前に置かれたメロンソーダを一口飲むと、鞄から課題を取り出した。今日中に終わらせようと髪の毛を括ると気合を入れてシャーペンを手に取って課題のプリントを机に置いた。

 

 それから数刻経って現在は午後4時時過ぎ。課題を終えた椎名は携帯を片手に目の前に広がっている光景を見つめていた。別に彼女自身としては見つめていたつもりなのだが他人から見たら睨んでいると誤解されそうな視線だった。

 

(別に彼氏がいないからって寂しい訳じゃないんだからね。友達だっていっぱいいるし、ある意味充実してるじゃん。ていうか、恋人の有無がリア充の条件だっつー頭空っぽの高校生はホント嫌いですわー)

 

 ボケーとしながら携帯を弄っているとエプロンを取り外した千早がケーキと紅茶を乗せたトレーを持って椎名の正面に座った。

 

「え、どうしたの?」

 

 その行動に疑問に思った椎名は質問をするが、千早は当然のごとく返す。

 

「バイトの時間終わってもお前がいたらから一緒に午後のティータイムでもどうかと」

 

「そう?なら、このケーキは半分私の」

 

 そう言って椎名は千早の皿にあるケーキをフォークでサクッと半分分断するとヒョイヒョイと口の中に放り込む。

 

「あっ・・・まぁ、いいけど」

 

「よっ、器のデカイ男はモテるよ」

 

「一意見として心に留めておこう」

 

 それから数十分ほど談笑すると千早の帰宅宣言にて椎名も帰宅することを選んだ。時刻は午後五時過ぎ。先ほどのケーキが丁度良い当分摂取になったためか、お互いに心踊っていた。

 

「うわぁ、高校生っぽいガキが多いな」

 

「ダメだこいつ、早くなんとかしないと。ていうか自分も学生のくせに」

 

 バイトとは違ったいつもの千早に戻った様子に椎名は苦笑しながら隣を歩く。

 

「まぁ、俺はただアホ面しながらキャッキャウフウフと上っ面だけで付き合い、今だけが楽しければそれでいいみたいなカップルが嫌いなだけだ。特にSNSとかで『俺の女』とか『俺が一生幸せにしてやる』とかほざいてる奴ほど反吐が出るものはない」

 

 その話を聞いて椎名は一瞬驚くが、改めて頭の中でその言葉をコネ繰り返してみると自分も同意してしまう部分があったため、「なるほど」と首を縦に振る。

 そんな自分に呆れを覚えつつもなんだかこのやり取りが楽しいなと感じながら椎名は苦笑した。

 

「まぁ、けどそれに成りたいの?」

 

 椎名にとっては常に疑問だった。

 千早は何かある事に世の中のリア充に対して嫌味を言っていたりする。椎名もそれは嫉妬から生まれるものだと思っていた。

 

「いや」

 

 そうではないと千早は答えた。

 椎名は一瞬驚くが黙って次の言葉を聞く。

 

「俺はさ、オタクだから・・・世間一般的な恋愛ってのは無理だと思う。まぁ、だから恋人っていう存在は全然分からん。何を言ったら喜んでくれるのか、何をしてあげられるのか」

 

 人が行き交う道の中、二人歩きながら千早は愚痴のように言った。だが、その表情は少しばかり晴れやかで、何かを見透かしたようなのだった。

 

「嫉妬するし、羨ましく思う。そういうことを言うのが、俺の立ち位置だろ?十分に満足してるよ」

 

 そう静かに言った。

 

 すると、椎名がいきなり立ち止まる。それに気づいた千早は振り向いた。どうしたと質問しようと千早は口を開くが、椎名の思いつめた表情に開いた口を再び閉じた。

 

「それは違うよ」

 

 千早を体を振り返って椎名を真っ直ぐに見た。

 

「違うって、何が?」

 

「なんか分かんないけど、それは違う気がする」

 

「・・・何それ」

 

 千早は椎名のそのよく分からない返答に少しばかり苦笑した。それで茶を濁すかのように。椎名もそれ以上は限界だったのか、千早のその濁しに乗っかって一緒に笑ってみせた。

 

 嘘か本音か、そうやって自分の本音から二人は逃げ続けていた。

 

「ほら、どっか飯でも食いに行こうぜ」

 

 湿っぽいことが嫌いな千早は笑いながら椎名にそう声をかけた。悲しい顔は彼らには似合わない。椎名もまた、笑いながら大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第七話 並んでポン

 

 

 

「んで、どうする?何食う?」

 

「新しくできたラーメン屋なんてどう?」

 

「ほー、ラーメンか。いいね」

 

 という訳で千早と椎名はさっきの空気を払い除けるように晩御飯を何処かで食べることになった。二人はササッと親に夕食いらないと電話し始めた。

 

「あー、もしもしお母さん?」

 

『あ、椎名?あんた今何処いるの?』

 

「えっと、駅前の商店街。千早と一緒にこれから夕食食べて帰るね」

 

『あー、十村君?最近見てないけど、元気にしてるん?』

 

「うん、元気だよ。それで、千早とご飯食べて帰るから今日の晩ご飯はいいよ」

 

『また、十村君に遊びにおいでって言っておいてね。ただえさえ、仲の良い男の子は十村君ぐらいなんだから』

 

「そ、そんなことないですよ」

 

 少々ため息混じりに椎名は携帯を切ると同じく通話を終了した千早と一緒に歩きだした。

 

(ふむ、相変わらず気怠そうなオーラを身に纏っていて、大体のことにはやる気を見せない。だけど、顔も悪いという訳でもないし、勉強も中の上。運動神経も悪い訳じゃないから、基本スペックはいいんだろうなぁ。だけど、なーんで、彼女の一人や二人いないんだろーなぁ)

 

 椎名はそんなことを考えながら隣を歩く。

 

「ねぇ、千早って好きな子とかいるの?」

 

 そんなことをつい口を開いて聞いてしまった。普通の男性なら顔を赤らめながら否定でもするところなのだが、千早はそんなことはなかった。

 

「ああ、いるぞ」

 

 と、平然とした顔で言った。

 

「ああ、いるんだ・・・・・・・っているんだ!?」

 

 今までの千早の動向を見て色々とこいつは三次元に興味ないと思い込んでいた椎名にとってはかなり意外な返答だった。

 

「へ、へぇ・・・誰?」

 

 椎名がそう聞くと千早は自分の携帯を取り出してとある画面を見してきた。

 

「俺の嫁の姫仔ちゃんだ」

 

 彼の携帯画面に映っていたのはアニメの女の子だった。自慢げに見せる千早の顔は何か勝ち誇ったような表情を見せてきた。まるで、俺はお前よりも先に伴侶を見つけたぞと言わんばかりに。

 

(・・・イラァ)

 

「ふぅぅぅ・・・」

 

(落ち着けぇ私。千早に彼女がいないことなんて百の承知だし、ていうかこいつなんでアニメのキャラ見せてきてドヤ顔してんの?)

 

 椎名は千早を無視してサッサと歩いていってしまう。

 

「ちなみに趣味は死んだ青魚の目を集めることな」

 

(なんじゃそりゃぁぁぁぁ!!乙女がすることじゃねぇ!ていうか、気持ち悪っ!)

 

「そんでさぁ、この前の休日はデートに行った訳よ」

 

(いやいや、聞いてないし。そもそも興味がないから・・・だけど、このまま無視って訳にもいかないし、適当に合わせておくか)

 

「へー、楽しかったんだ」

 

「うん、すげー楽しかったわけよ、彼女の頭が」

 

(頭がっ!?えっ、頭が楽しいってどういうこと!髪型か?髪型のことを言っているのか?だ、だがゲームとは言えおもしろい髪型とかある訳がない。それとも思考回路が?思考回路がおかしいというのか?・・・さっぱり分からん)

 

「へ、へぇ・・・良かったね。何処行ったの?」

 

 椎名が質問すると千早は指パッチンをしながら「ナイス質問」と言った。

 

「いやぁ、結局最初はデパートで買い物したんだよなぁ、奮発して買ってあげちゃったよ」

 

(あーあ、買ってあげちゃったよこいつ。ゲームとか知らないけど、女ってのは一度でも男が奢っちゃうとつけあがっちゃうんだよなぁ)

 

「いやぁ・・・ほんとに彼女の喜ぶ顔を見せたかったよ。ほんと買って良かったよ・・・縮れ麺」

 

(デパートの買い物で縮れ麺ってなんだよぉぉぉぉ!!一人暮らしの買い物じゃないんだからぁ!)

 

「ねぇ、千早。そのゲーム何かとおかしくない?なんで趣味が死んだ青魚の目を集めることなの?なんで彼女の頭が楽しいの?どうしてデートで縮れ麺買っちゃうの?」

 

 椎名がそう言うと千早は苦笑しながら言う。

 

「えっ、買わないの?」

 

「ダメだこいつ、速くなんとかしないと」

 

 その千早とのやり取りに疲れたのか、椎名は片手で顔を覆いながらそんなことを言った。

 そんな二人はいつものような日常会話をしながら新しくできたラーメン屋に来ていた。少しばかり並んでいたのでその列に二人は一緒になって並ぶ。

 

「まぁ、気楽に待ってますか」

 

「そうだな。なぁ、なにかおもしろい話とかないの?」

 

「おもしろい話って、ちょっと急すぎやしませんかね?」

 

「コメディアンとして常時ネタ話の一つや二つは持ち合わせているものだろう。常識だぜ?」

 

「千早が私のことをコメディアンだと思っている時点でびっくりですわ」

 

 そう言いながら椎名はポケットから携帯を取り出してイジリ始めた。千早も少し喋り疲れたのか軽く背伸びをしながら自分も携帯を取り出してニュースサイトをチェックし始めた。

 

「・・・っと」

 

 千早が下を向くと靴の紐がほどけているのに気づき、身体を屈めて靴の紐を直す。すると、割と強い風が吹いてきた。風が小さなゴミを運んでくるので目を細める。

 が、その時千早は見てしまった。

 

「な・・・」

 

 強風によって前で並んでいる女性のスカートが捲れていくのを。そして、彼女のパンツをその瞳に刻んでしまった。

 そう、パンチラというものに千早は生まれて二度目に遭遇してしまった。

 

(む、紫だと・・・)

 

 直ぐに目の前の女性が片手でスカートを抑えようとして来た。

 

「キャッ・・・って、もしかして十村君?」

 

「え?なんで俺の名前を・・・って、生徒会長殿」

 

 そう、何を隠そうその女性とは栗色の長髪、全エロ魔人の天敵とも言える存在、藤野京凪であった。

 

(え・・・ってことはさっき俺が見た紫のパンツの持ち主は・・・)

 

「よし、取り敢えずその握り拳を収めてくれ」

 

「私のパンツ見た人に慈悲はありません。歯を食いしばってください」

 

 京凪は千早に見えるように握り拳を見せてくる。

 

「いやいや、今回ばかりはしょうがいないだろうが。俺だって好きで見た訳じゃない」

 

 千早の言うとおりである。前回はなしにて今回に焦点を当ててみると、本当に偶然に偶然が重なった結果だ。

 

「・・・まぁ、確かに校外で変な暴力行為を行う訳にもいきません・・・だけど」

 

「だけど?」

 

「見たんでしょ?私のパンツ?」

 

「ぐふっ・・・み、見たといえば見た。だけど、モロ見たって訳でもないし、正確にはチラだし。ラブコメアニメだったらそんなの一分に一回のペースであるようなもんじゃん?別にそんなことを理由にしようって訳でもないけど、こちらとしても「で?」すみませんでした」

 

「・・・ちゃんと謝れるなら私は何もしません」

 

「・・・では、何故前回あのような愚行を?」

 

「それは、あなた方が謝らずに逃げてしまったからでしょうが」

 

「あんたに前科がありすぎるんだろうが。まぁ、ちゃんと誠意を見せたら殴られないというのを先に教えてほしかったね」

 

「謝って罪から解放されるなら暴力はいらないわ」

 

「一体どうすりゃいいんだよ」

 

 と、ため息混じりに千早が息を吐く。すると、千早の視線と椎名の視線が合わさった。椎名は無表情でジーと千早の顔を見る。

 

「お、おい・・・どうした椎名?」

 

 千早がそう声をかけてみても椎名は無表情のままで固定されている。

 

「え?あれ?椎名さん?」

 

 むしろ恐怖すら感じるその状況に千早は焦りを感じ始めた。と、徐に椎名が口を開く。

 

「この変態・・・」

 

「えっ!?俺と生徒会長の話聞いてたよね!誤解じゃん!」

 

「正しくはHENTAIだった」

 

「発音の問題じゃねーよ!」

 

「歩くわいせつ罪?」

 

「歩くんだ。わいせつ罪って歩くもんなんだ。お兄さん初知りですわ」

 

「セクハラギルティ?」

 

「よし、黙ろうか椎名」

 

「まぁ、それは置いておいて・・・えっと、生徒会長さんですよね?」

 

 千早の変態問題を椎名は少しだけでも許したのか、一旦は脇道に置いて京凪を見ながらそう言った。

 それを言われて京凪は椎名を真っ直ぐ見て言った。

 

「ってことは、十村君の同級生で、同じ学校の生徒?」

 

「はい、如月椎名です」

 

「そう、如月さんですね。改めまして、藤野京凪です。学校の生徒に会うなんて世間は狭いですね」

 

 と、椎名と京凪は互の自己紹介を簡易に終わらせると仲良く談笑をし始めた。完璧に空気と化し始めた千早は欠伸をしながら携帯をイジる。

 

「如月さん、先輩だからって別に敬語とかいいんですけど」

 

「けど、一応先輩なんでそこんとこ何も言えないというか。それに、生徒会長さんも敬語じゃないですか?」

 

「うーん、私のこれは両親のせいかというか、なんというか」

 

「へぇ、そうなんですか。中々難しい話ですね」

 

 そんな風に二人はペラペラと話が進んでいく。そうこうしているうちに順番が来たらしく京凪は椎名と千早に手を振ってのれんの中に吸い込まれていった。

 

「生徒会長さん、いい人じゃん?」

 

 椎名は「ふふん」と笑いながら千早に話しかけた。

 

「お前は奴の恐ろしさを知らない」

 

 ガクガクと震える千早に「何やってんだか」と椎名はツッコンだ。

 

 

 

 

 




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第八話 腐女子の実力

 

 

 

「なぁ、俺たちはGW使って遊びに来たんだよな?」

 

 椅子に腰掛けている千早が隣でジュースを飲んでいる連太郎にそう言った。

 

「ああ、その通りだ。しかも、女子二人と一緒にこの巨大ショッピングセンターに来て服やら、小物やら、キャッキャウフフの予定の筈だ」

 

 直ぐに連太郎は千早の言った言葉を肯定する。

 

「だったら、どうしてあいつら映画見てんの!?」

 

 遡ること、三十分前。椎名、千早、恋奈、連太郎の四人はこの休日を利用して巨大ショッピングセンターに遊びに来ていた。しかし、何故か到着すると椎名と恋奈は二人して「BL映画見てくるから」と、言って映画館のエリアに向かってしまったのだ。

 しかも二時間もある。

 

「なんでだよ・・・」

 

 千早は空になったパックをゴミ箱に投げ捨てる。それを確認した千早は連太郎と肩を並べてショッピングモールを練り歩く。書店とゲーム屋に寄り終わったところでこうして暇している訳だ。

 

「まさか、品揃えが悪すぎるなんてな。こんなのだったら近くのアニメ専門店に行った方が良かった」

 

 千早はそう愚痴る。

 

「まぁまぁ、千早よ。そう言うな。こうやって歩いてたら何かいいことがあるかもしれんぞ。ほら、あれを見ろ。暇つぶしには丁度いい」

 

 連太郎の指さした先には福引のガラガラの装置があった。

 

「へぇ、あんなのやってるんだ。だけど、何か買い物をしてチケットとか集めないとダメなんじゃねーの?そんなに買い物出来ねーよ」

 

「いやいや、そういうもんでもないぞ」

 

 そう言って連太郎が受付に近づくと何らかの用紙を持ってきた。

 

「説明受けてきた。なんか、モール内の何処かにスタッフがいるらしくて、そのスタッフのクイズに答えることが出来るとスタンプが貰えるらしい」

 

「ああ、なるほど。クイズ式のスタンプラリーみたいなものか」

 

「そうなんだけど、なんかクイズにチャレンジ出来るのは一回のみらしい。それを×十個分可能になる」

 

「ほー、上限は最大で十回。0回っていうのもあり得る話なのか」

 

 連太郎の話を聞いて暇潰しになるには丁度良いと千早は考えた。なので、早速二人は福引を行うための回数を得る為にモール内を移動し始める。

 歩き始めて数十秒もすると直ぐに長机と椅子に座ったスタッフが見えた。他にもイベント参加者たちもチラホラと見える。

 

「あの、スタンプラリーのやつで」

 

「はい、イベント参加者の方ですね。それでは、こちらがクイズになっています」

 

 そう言われて出されたのは以下の内容だった。

 

『問題①《子守熊》の読み方を書きなさい』

 

「「・・・・・・・・・・」」

 

 千早と連太郎の額に汗が滲む。

 

(こもり、ぐま?・・・読めねぇ。子守してる熊のことか?ていうかそれってそもそもなに?単語として辞典に載ってんの?)

 

 そんな風に千早の思考回路はおかしなものへとなっていく。それと同様に連太郎の思考回路もおかしなものへとなっていた。

 

「れ、連太郎・・・・」

 

「千早・・・・・・・」

 

 二人は互いの顔を見てお互いに頷き合うと千早がペンを握る。そして、回答用紙へとゆっくりと記入をしていく。その千早の顔はかなり清々しく、むしろ覚悟が決まった漢の顔をしていた。

 その表情にスタッフは少しだけ驚く。

 

「出来ました」

 

 そう自信満々に答える千早からスタッフは紙を受け取った。

 

『答え:アジアに生息する子作り上手な熊。子守が超上手い。座右の銘は「為せば成る」』

 

「はい、不正解ですね」

 

 スタッフは用紙にバツのスタンプを押すと手をヒラヒラとさせた。遠ざかっていく二人はニコやかに微笑む女スタッフに向かっていう。

 

「あのスタッフ、絶対俺たちに答えられないようにしてやがる」

 

「言うな。次で正解しよう」

 

 そう言いながら二人は次のクイズへ答えるべくモール内を探索し始めた。それから二人は何人かのクイズスタッフを見つけてクイズへと挑戦していくのだがその問題はとても二人に答えられるようなものではなかった。

 

「いやいや、おかしくない?九回やってなんで一回も解けねーんだよ!」

 

 千早はベンチに座ってそう嘆いていた。彼の持っている用紙にはバツのスタンプが九個溜まっていた。

 

「クソッ、どうなってやがる。学年三位のこの蓮太郎様の頭脳でも解けないんなんて」

 

 そういう感じに蓮太郎の頭はガクリと下がる。

 

(さてさて、どうしますか。椎名たちの映画ももう直ぐ終わる。次がラストチャンスだし、タイミングにしては丁度いいか)

 

 パンと膝叩いた千早は曲がっていた背筋をピンと伸ばすと用紙を高らかに上げる。

 

「蓮太郎、俺達はここで負けちゃダメだ。やれる、やれることをやろう!」

 

「千早・・・へへ、悪い。ガラにもなく落ち込んでた。んじゃ、ラストチャンス行きますか」

 

 そう二人は肩を組んで最後のクイズにチャレンジしに行こうとした。

 

 最後のクイズの場所はモールの中でも少しだけ離れた位置にあった。直ぐ近くに映画館があったので、このままクイズを答えて椎名たちと合流するというナイスな場所でもあった。

 

 

 

 

『問題⑩現在上映中の《ラブラブライター》の登場人物、河野と淳司のエッチシーンはどちらが攻めでしょうか』

 

 

 

 

「「・・・・・・・・・」」

 

 彼ら二人の目の前にいる女スタッフはこの問題に対して困惑している千早と蓮太郎の様子を見て、必死になって笑いを堪えている。

 

(いやいや、あんた下向いてるけど笑ってんのバレバレだからな)

 

 ん?という疑問の籠った視線を千早は女スタッフに送ってみるのだが、スタッフはニコッと笑うだけで何にも言わない。

 

(この女・・・)

 

「千早・・・」

 

 蓮太郎が涙目で千早を見た。

 確かに千早にはある程度のBLの知識はあるだろう。だが、それはあくまで椎名から一方的に聞かされているもので、作品となれば話は別だ。

 今回二人に提示されているのはBLの中でも作品になる。更にその中の登場人物の関係となってきた。

 普通に考えて二人が答えられる訳がない。そうも分かっているのに千早はニヤリと笑うのであった。

 

 その不敵な微笑みが連太郎にとっては妙に信じるに値するものでもあった。

 

「残念だがこのクイズ。俺の勝ちのようだ」

 

「ち、千早・・・それは一体どういうことだ?ゴックンコ」

 

 根拠もないその千早の言葉に連太郎は緊張と興奮から生唾を飲み込んだ。だが、いつまで経っても千早がその根拠を言わないので少しずつ焦り始める。

 

「そ、それで答えは?」

 

 連太郎が問う。

 

「お前の専門分野だろ?」

 

 千早はゆっくりとペンを横にいた人物に差し出した。隣にいた人物はペンを受け取るとゆっくりと回答用紙に答えを書く。答えを書き終えると超自信満々でスタッフに紙を突き出すと千早と連太郎に言った。

 

「腐女子を舐めるな」

 

 そのドヤ顔に思わずたじろぐ二人である。ていうか、イラつくレベル。まぁ、助けられた二人なのでこんな窮地を助けてくれた椎名に何も言わない。

 ていうか、素直に賞賛する。

 

 それからトレイに行ってたらしい恋奈と合流すると四人は一枚だけ○のスタンプがある用紙を片手にスタート地点へと歩いていく。

 そこには大きなクジ引きBOXが置いてあった。中には多くのクジが入ってある。

 

「さて、では誰がクジを引こうか」

 

 連太郎がそう言う。

 それを聞いて四人は円になると話し合いをする。問題はクジ引きをするのは誰かということだ。そもそもの原因がなんなのかと思うと一回しかクジが引けないという今のこの状況にある。

 それについてはクイズに正解出来なかった千早と連太郎が悪いということになってしまう。だが、そんな議論をしている場合ではない。

 

「俺はダメだ、最近運がない」

 

 早速千早は自分という選択肢を削る。それに続いて連太郎も言う。

 

「ああ、俺もダメだ。前に拾った財布の中身がなんにも入ってなかった。一円もだぞ」

 

「連太郎、流石に引くわ」

 

「いやいや、冗談冗談」

 

 そんな二人のやり取りを聞きながら椎名も恋奈もここ最近の自分自身の行動について考えてみる。だが、そこに答えはなく二人とも項垂れてしまう。

 

「ねぇ、恋奈。私って運がいいほうかな?」

 

「いやいや、そんなの聞いちゃうの?聞いちゃったら多分立ち直れないよ?」

 

「あんた私の運の何を知っているんだよ。いや、もういいけど。恋奈は最近いいことあった?」

 

「いいこと?って、言われても・・・ホントに些細なことなら朝ごはんに好物の鮭が出たとこぐらいかな」

 

「ちっさ、あんたの運とかちっさい!いやいや、そういうレベルの話をしてるんじゃなくて、なんかガチャで好きなキャラが出たとか。そういうの」

 

 椎名のその質問に恋奈は笑いながら言う。

 

「ふっ、それならある訳ないかな」

 

「何をそんなに笑う必要がある。まぁ、そういう訳でこっちはダメみたい。せめて、千早ぐらいかな」

 

「何故俺なんだ」

 

「もしかしたらいける気が?」

 

「んなもんねーよ。だが、別に誰か引かないのなら俺が引いちゃうけども」

 

 そんな感じに千早と椎名が話していると何故か連太郎と恋奈の二人は自身の不幸話における暴露大会になっていた。

 

「こいつらは無視して引くか」

 

 なんの願いも込めずにまるで息をするかのように千早はBOXに手を突っ込んだ。ガサガサとその中の一つを掴むとゆっくりと引き抜いた。そのままバッと紙を広げるとそこにはなんと『特別賞』の文字が見えた。

 

 こうして千早はただのオタクから運のあるオタクにランクアップした。

 

(いや、意味分からんよ)

 

 

 

 

 

 

 




次回もお願いします


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第九話 文化祭

 

 

 

 GW明けの学校、千早は大きな欠伸をしながら歩いていた。季節はもう直ぐ六月ということもありその額には汗が滲んでいる。

 服装も上着であるブレザーを脱いだ状態の夏服へとシフトしていた。

 

「おっはよーー!」

 

 その相変わらずの猫背に手厳しい掌が直撃する。椎名なりの挨拶に千早は少々苦笑いしながら「おっす」と答える。

 

「暑いな」

 

「うん、すんごい暑い」

 

 お互いにパタパタを自身を仰いでみるが、それでも体の熱は冷めることはない。

 

「が、今日は文化祭かぁ・・・」

 

 二人がたどり着いた楓ケ丘高校の正門にはドデカイ入場ゲートが構えてあり、如何にこの学校が文化祭という行事に力を入れているのかよく分かる。

 そのまま正門から入ると直ぐに大勢の生徒が色々と準備をしていて、一ヶ月前から全員が入念にこの日のために準備してきたのだ。

 屋台はおろか、お化け屋敷や占い、プラネタリウムだったり、科学実験コーナーなどクラスの品目に踏まえて大量にある部活動の出し物までもあるので地域からの評判は良い。

 

 教室に行くと二年B組の出し物である喫茶店の準備がされていた。二人も直ぐにその準備に取り掛かり始める。

 

「にしても、喫茶店なんて普通だな」

 

 千早がそう言った。それに反応した連太郎が返す。

 

「そうなのか?」

 

「ぶっちゃけ、ゲームやアニメの文化祭と言ったら大抵がこの喫茶店だ。何故だと思う?」

 

「さぁ?」

 

「それは普段制服姿の女子生徒たちがメイド服に着替えちゃうイベントが発生するからだ」

 

「ほう?」

 

「普段見慣れている服から突然メイド服に着替えるんだ。所謂、ギャップ萌というやつだ」

 

 そこまで言って連太郎が奥の方を頭の上に?マークを浮かべる。

 

「だが、千早よ。何故か知らんが、接客の女子は執事服を着ているんだが?」

 

「え?」

 

 連太郎の視線の先を追うように千早も視線を向ける。そこには先ほど彼が言ったような女子がメイド服を着ている訳ではなく、何故か執事服を着て凛々しい姿の椎名。その他女子生徒たちがいた。

 

「何故」

 

「えっ、この喫茶店の名前知らないの?逆転接客喫茶店なんだけど?」

 

「連太郎知ってたか?」

 

「NO!」

 

 千早は他の男子に視線を向けるのだが他の男子も首を横に振っている。

 

「やられた・・・」

 

 そう呟く彼らなのだが、後ろにメイド服を持って迫ってきている女子たちにあっと言う間に捕まり、屈辱の女装という道を歩まされた。

 しかしながら制服の数にも制限がある。その為、男子はジャンケンして誰がメイド服を着て接客するのか決定した。

 その生贄となってしまったのが千早と連太郎の二人であった。

 

「何故だ・・・」

 

「あそこでグーを出していれば。いや、田中の顔面にパンチを・・・」

 

 メイド服を着せられ、軽くメイクまでもさせられ、カツラまでも付けられてしまった二人はイスに座りながら項垂れていた。

 

「ほーら、二人ともそんなに落ち込んでないで。もうすぐ始まるよ?」

 

 そう二人に声をかけるのは執事服を着た椎名である。

 

「くっ、男装はそんなに気にならないからいいんだ。だが、女装はキモがられる」

 

 そう涙ぐみながら言う千早を見て椎名は少しだけ頬を染めて顔を背ける。

 

「えっ・・・いや、そんなことないと思うけどな。案外、似合ってるし」

 

 明らかにいいリアクションなのだが、今の状況の彼ら二人に彼女の言葉は通じることはなく、「慰めてありがとう」と虚ろな目で言うのであった。

 

 そうこうしているうちに楓ケ丘高校文化祭が開始された。

 

 ノリと勢いによって開始された文化祭はその序盤から盛り上げを見せていた。特に逆転接客喫茶の二年B組は予想外の反響であった。

 

「三番テーブル、ケーキセット」「四番テーブルお家計です」「直ぐに片付けてお客さんさばいて!」

 

 恋奈の作っているハニートーストが意外にも高評価だったというのと、妙に可愛い千早と連太郎のメイドによって良い集客に繋がっていた。

 

 そんな二人はなんでやねんとツッコミを挟みつつ、真面目に働くのであった。

 

「え、あんな可愛い子ウチの学校にいた?」「いや、知らんけど可愛いな」「おいおい、B組の切り札かよ」

 

 と、千早を見てヒソヒソと喋る童貞臭い男子生徒の集団が入ってきて喋っているのが千早の耳に届く。他のクラスの生徒たちである。

 

「おい、連太郎。俺を今すぐ殺してくれ」

 

 裏に戻った千早がいきなりそんなことを言う。

 

「いや、俺もやってられねぇよ。これほどまでに男子の舐めまわすような視線が気持ち悪いとは・・・」

 

 そこまで言うと椎名が入ってきて言う。

 

「どう?普段自分たちがしている行為がこんなにも他人に不快な思いをさせてるか分かった?」

 

「「うへぇ・・・・」」

 

 その言葉に共に項垂れる二人であった。

 

 午前中の文化祭も少しばかり落ち着き始めた。千早も連太郎も流石に疲れた様子があったので、休憩ということで奥でジュースを飲んでいた。

 その分、他の生徒たちが交代で接客をしていた。

 

 すると、椎名に絡んでくる二人の他校の男子生徒がいた。

 

「君可愛いね?執事服似合ってていいね」

 

「うん、すごくいいね。どう?この後一緒に回らない?」

 

 まだイケメンだと思われる二人であるのだが、椎名の趣味ではない。むしろこういうナンパのような類の連中は苦手である。そのため「この後予定あるんで」とその場をやり過ごそうとした。

 

「えー?いいじゃん」

 

 と言って椎名の腕を強引に掴んだ。その力の強さに少し表情を歪める。他の生徒も止めようとするのだが、もう一人の威圧に怖気ついてしまった。

 

「ちょっ、止めてください!」

 

「いいね、そういうの。逆に萌えるわ」

 

 裏方にいた恋奈がそれに気づく。

 

「あっ、野郎どもが・・・これは、本気を見せるしかないようだね。って・・・千早君?ケーキセットの注文は出てないよ?」

 

 椎名を助けようとして恋奈が腕まくりをして向かおうとしたのだが、その横をケーキと熱々の紅茶を持ったメイド。千早が通り過ぎた。

 注文にはケーキセットはない。

 

 千早はニコニコしながら回りに威圧している男子生徒の隣に立つ。

 

「お客様、こちらチョコレートケーキになります」

 

「おいおい、ケーキなんて頼んで「ケーキパーーーーーンチ!」!!」

 

 男子生徒が反応した瞬間、男子生徒の顔面に向かって千早の強烈なケーキパンチが放たれ、見事クリーンヒットした。

 

「ぐべらっ!」

 

 男子生徒はそんな情けない声を出しながら床に倒れる。

 

「て、てめぇ!何やってんだ!」

 

 椎名の腕を掴んでいた男子生徒が怒って立ち上がり千早に掴みかかろうしたのだが、彼が片手に持っていたあっつ熱の紅茶を正面からかけられてその場に悶えた。

 直ぐに千早はその男子生徒の制服のネクタイを掴んで顔を寄せる。

 

「お客さん、あんまりおイタが過ぎると・・・どうなっても知りませんよ?」

 

 そう千早は満面の笑みで言う。その瞳は笑っておらず、ゴミクズを見るようなそんな冷たい目であった。

 その瞳が十分に効力があったのか、男子生徒二人は「「すみません」」と小さな声で呟くと逃げるようにその場から立ち去った。

 

 千早はその背中が消えるまで視線を向ける。彼らがいなくなることで、やっとその場の空気がいつものように戻り始める。

 

「椎名、大丈夫か?」

 

 千早の怒った?姿に椎名は思わず腰が抜けて床にペタンと座っている椎名に千早は手を差し伸べた。

 

「へ?あ・・・うん。大丈夫。ありがとう」

 

「どういたしまして。ああいうことになったら誰か助けを呼べよ。ああいうのは悲鳴上げるだけでどっか行くもんだ」

 

「うん、分かった・・・」

 

「なんだよ。しおらしくなって」

 

 何か静かな椎名の様子をおかしくと思った千早はそう声をかけながら椎名を立ち上がらせる。

 

「まぁ、いいか。んじゃ、俺と連太郎は午前での接客だから自由に遊んで来るからな」

 

 千早がそう言うと連太郎とともに女装を解除するために恋奈とともに裏方に消えていった。

 先ほどのイザコザすら何もなかったかのように陽気に振るう千早の背中を椎名は数秒間だけポケーと見たままだ。

 

 堂々したその千早の姿にクラスメイトたちは「おおぉ」と歓声を上げる。のだが、教室を出た瞬間、千早はその場に蹲る。

 どうかしたのか連太郎がかけよる。そこで連太郎は初めて千早が小刻みに震えているのに気づいた。

 

「千早・・・・」

 

「直ぐに治まると思うから」

 

 彼は両手で自身の体を摩る。まるで、自分の存在を確かめるかのように。

千早は怖かったのだ。大切な友人が誰かによって傷つけられてしまう。そんな状況に自らが勇気を持って立ち向かうというのはとてもではないが簡単に出来るものではない。

 それをなんの覚悟も、決心を付ける時間もなしに行った千早は、精神的な疲労とダメージというものは大きなものだった。

 

 それをみんなの前でしなかった、やらなかったというのは彼が男の子だからであった。

 

「っし・・・ごめん、時間を取らせた。行こうか」

 

 

 

 

 

 

 



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第十話 文化祭Ⅱ

 

 その頃、椎名はお茶の入った紙コップを持った状態でポケーと天井を見ていた。

 

「どうしたの、椎名?ははーん、かっこいい千早君のこと思い出していた?」

 

「うぇっ・・・ちょっ・・は?え・・・いや、そんなんじゃないし」

 

「なーに照れてんの?」

 

「も、もう!」

 

 千早のおかげによって椎名は乱暴されずに済んだ。普段と違って男らしいその姿に椎名は少し動揺していた。今しがたやっと彼女の心が落ち着いたところであった。

 

「おーす、椎名ちゃん。具合はどう?落ち着いた?」

 

 クラスメイトにからかわれていると、恋奈が椎名の様子を見に来た。恋奈と交代するように他のクラスメイトが接客に出る。

 

「うん、ありがとう。結構落ち着いてきた。変に心配させちゃってごめんね」

 

「何言ってんの?心配するのは友人としての務めだと思うけど。それに、あの変な輩は今頃生徒会長の餌食になってると思うし」

 

「生徒会長って、藤野京凪先輩のこと?」

 

「うん。そうだよ。あの生徒会長変に生真面目だし、武道の心得があるからめっちゃ強いよ」

 

「へぇ、そうだったんだ。知らなかった。あー、だから千早たちがあんなに怯えていたんだ」

 

「会長、エッチ系には耐性ないらしいって聞くしね」

 

 とまぁそんな感じに椎名の傷ついた心は次第に癒えていくのであった。

 

一方その頃、千早と連太郎は年に一度のこの祭りを満喫していた。彼らの両手には焼きそばやたこ焼き。フランクフルトなどが握られている。

 

「いやぁ、あれだよな。普段食べる食い物より高いけど、それなりの旨さというものがあるな。モグモグ」

 

 と千早。

 

「そうなんだよな。学生のレベルなのに普通に旨いように感じるんだよな。学生のレベルなのに。モグモグ」

 

 と連太郎。

 

「あなたたち、せめてベンチに腰かけて食事が出来ないの?」

 

 と京凪。

 

「「・・・・・ってうぉい!」」

 

 いきなり京凪の登場に二人はビックリして小ジャンプした。

 

「そんなに驚くことないと思うんだけど」

 

「えっ、いや・・・まぁ、はい。すみませんでした。で、何でしょうかね?」

 

「え?いや、だから食事するならせめてベンチのある場所で食べてと言っているの」

 

「おい、連太郎。生徒会長がまともなことを言っているぞ」

 

「奇遇だな。俺もそう思ったところだ」

 

「ちょっと!私のイメージどうなっているの!」

 

 その言葉に千早と連太郎の二人は顔を見合わせて言った。

 

「対エロ魔人兵器」「動く殺戮マシン」「いつか総合格闘技チャンプ」「火力馬鹿」

 

「ふむ、こんなところか。おいおい、連太郎。流石にいつか総合格闘技チャンプは言い過ぎじゃないのか?」

 

「お前こそ火力馬鹿なんて失礼し過ぎやしないか?」

 

 そんな心ともない会話に一歩引いて話を聞いていた京凪は立ち止まって地面を見ながらブツブツと喋る。

 その異様な光景にやっと気がついた二人は視線をズラす。

 

「えー、なにそれ。対エロ魔人兵器とか動く殺戮マシンとか、えっ、私ってそんなに他の生徒から怖がられているのかな?いやいや、そんなことないよね。ちゃんと威厳のある生徒会長としてそれなりの仕事をしている訳でありまして、エッチなのに過剰に反応しちゃうのはわ、私だって苦労しているんだから。けど、それでも・・・火力馬鹿はないんじゃないかな?馬鹿?な訳ないよね。一応、学年一だからね。トップの成績収めているからね。そのまま進化したら今度は私ゴリラとか言われちゃうのかな?ゴリラって流石に女の子に対してゴリラはないよね。まぁ、腕力だけ見たらゴリラと間違えられても仕方がないかもしれないけど、私も結構可愛い方だと思っているんだけど。ゴリラかぁ・・・へぇ、ゴリラかぁ・・・・・ふーーーん」

 

 

「おい、どうしよう。生徒会長が壊れた」

 

「ああ、そのようだ。しかも俺たち一言もゴリラなんて言ってないのにゴリラ発言したと思われているぞ」

 

 その議論は関係なく、虚ろな目で二人を見つめている生徒会長に妙な鳥肌が出る。

 ていうか、汗が止まらない。恐怖なのであろうか。京凪が発する異様な空気。所謂、オーラが二人を包み込んで動かなくしてしまう。

 京凪の目は徐々に黒くなり、目の光は失われていく。

 

「れ、連太郎・・・・」

 

「どうやら俺たちは言ってはならない言葉を口にしていたのかもしれない。だけど、それが『ゴリラ』なら俺たち一言も言ってないよな?うん、一言も言ってない」

 

「だけど、俺たちだってこのままやられる訳にはいかない!いくぞ!連太郎!」

 

「おう!今まで逝ってしまったエロの戦士たちのために!ここで逃げる訳にはいかないんだ!」

 

 十村千早 level 5 HP 50 MP 0

 スキル:オタク知識 効果:あらゆるアニメ、ゲームの知識をもって相手を倒す。現実に反映できるかどうか別である。まぁ、ゲームみたいな動きは出来ない。

 

 伊藤連太郎 level 5 HP 45 MP 0

 スキル:身代わり 効果:自分のメガネを身代わりに相手の攻撃を一度だけ凌ぐことが出来る。だが、次のターン自分自身の視力を失うことになる。

 

 VS

 

 藤野京凪 level 38 HP 472 MP 103

 スキル:破壊神 効果:物理的制圧

 

 

「くっ、なんで旅立ちしたての勇者が魔王の四天王と戦うようなイベントになってんだよ!レベルの差がありすぎだろ」

 

「それにスキルの説明てきとうすぎんだろ!物理的制圧ってなんだよ!」

 

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

「もはや人語すら喋っていない」

 

「だ、ダメだ。やっぱり勝てる気がしない。だが、ここまで逃げる訳にはいかないだろ?」

 

「ああ、その通りだ。俺たちは戦うしかないんだ!」

 

 二人は顔を見合わせて軽く頷くと狂気となった京凪に向かって走り出した。彼らも男である。今までの借りを返さなければならないと考えていた。

 

 生徒会長藤野京凪は校内のエロ魔人の天敵である。勿論、千早と連太郎は例外ではない。最初の出会いをはじめとして彼女の制裁というなの物理的制圧に耐えてきた。

 だが、ここで逃げてしまえば今までの生活と一緒である。

 戦え戦士よ!戦え童貞よ!明日を掴め!

 

 数秒後

 

 楓ケ丘高校文化祭。本棟二階の廊下にて天井に突き刺さる二人の男子生徒という出し物はこの日一番人気があった。

 

 

 

 



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第十一話 打ち上げ

 

 

「と言う訳で、文化祭お疲れ様でしたー!」

 

 メガネをかけた委員長の声とともにそれぞれがグラスに入ったジュースを互いに鳴り合わせ、今しがた終了した文化祭の労いの言葉をかけていた。

 まぁ、所謂打ち上げと言う奴だ。

 とある飲食店の宴会席にて今日の売り上げを少しばかり加算して打ち上げを行っていた。

 

「いやぁ、千早の女装は似合ってたなぁ」

 

 そう言うのは蓮太郎の隣に座っている長身アフロの男、大島清彦(おおしまきよひこ)である。清彦は写真部で、その手元にある一眼レフには今日の文化祭の写真がある。勿論、千早の女装写真もだ。彼が後日それを文化祭写真として千早の女装写真を掲示板に貼ったのはまた別のお話。

 

「そう言えば清彦、うちの女子の男装写真はあるんだろうな?」

 

 蓮太郎がニヤニヤしながら言うと、清彦も「値は張りますぜ、旦那」と受け答えしている。そんなやり取りに苦笑いしながら千早は出された料理を一つ口に入れて、その場を楽しんだ。

 一時間ぐらい経つと千早の隣に椎名と恋奈がやってきた。

 

「「「おつかれー」」」

 

 と、三人でグラスを鳴らす。

 

「ん?連太郎君は何やってるの?」

 

「知らない方がいい」

 

「そ、そう。いやぁ、それにしても今日はかなり疲れたねぇ」

 

「まー・・・そうだな。精神的になんかな」

 

「それに、千早は椎名ちゃんのヒーローだからね」

 

 と、恋奈がそう言った。それに反応して千早は少しだけ顔色を悪くする。自分より威圧的な相手に歯向かうことが後に引きずるような行為であったからだ。あの時のことを思い出して千早は気分を悪くする。

 しかし、それに反対して椎名としては嫌だったという印象よりも、千早の姿を見て高揚した。つまり、とても嬉しかったというものが上回った。

 他校の生徒に少々乱暴にされたのは辛い記憶だが、千早の姿はそれすらも凌駕したということになる。

 

 そんな非対称的な反応を見て恋奈は「まだまだ子供だね」とそう呟いた。

 それを聞いていた二人は「「お前に言われたくない」」とそう言った。

 

「にしてもだな。最後の生徒会長のアレは絶対にないでしょ」

 

 千早がそう言うと連太郎が「それな」と同意してきた。

 

「いやぁ、けどそれは地雷踏んだ二人が悪いな。流石にゴリラはないでしょ」

 

「待て、俺たちは一言もゴリラとは言ってないぞ」

 

「じゃぁ、何言ったの?」

 

「何って・・・対エロ魔神兵器とか、火力馬鹿とか?」

 

 そのセリフを聞いて椎名も恋奈も呆れる。

 

「ん、んー、千早君。それはゴリラと言ってなくても十分に殴られるレベルかな」

 

「うぇっ!いやいや、本人が私のことをどう思っている。そう言われたから、本音で言ったら・・・あの人、人間やめちゃったよ」

 

 とかなんとかやっていると千早の隣にいる椎名の様子が少しおかしいことに気がついた。顔色が少し優れないというか、赤く見えるのだ。そして、なんとなくだが目が虚ろで表情もボケーとしている。

 その様子に疑問を感じた千早は恋奈と顔を見合わせて椎名に声をかける。

 

「おーい、どうした椎名?」

 

 千早が椎名の目の前で手をヒラヒラさせると、椎名はゆっくりと首を動かして千早の方を見た。

 

「おい・・・」

 

 椎名にしては酷く野太い声に千早はビビってしまう。

 

「は、はいっ!」

 

「お前さぁ・・・生徒会長と最近仲いいんだよな」

 

「へ?あ・・・ん?どういう「黙らっしゃいっ!」は、はい!」

 

「こっちはよぉそんな話ばっかり友達から聞いてよぉ。イライラしてんだよぉ!」

 

 とか言いながら叫んでくる椎名を見て千早は思った。

 

(あ・・・こいつ、酔ってるわ)

 

「おい、誰だこいつに酒飲ませた奴!」

 

 そのままギャーギャーと椎名の怒声を聞きながら何故か正座してしまう千早であった。ひとしき声を出してすっきりしたのは椎名はショボーンと静かになったと思ったら、急に泣き始めたりして大変であった。その後は千早と恋奈がどうにかこうにかして椎名を大人しくさせ、挙句の果てには寝てしまうという事態に落ちてしまった。

 

「ごめんねぇ、千早君。椎名ちゃんとは家が反対方向だから」

 

「いいよ、別に。大した距離じゃないし」

 

 宴も終わり、帰る時間となった。B組はそれぞれ帰ろうとした時、ぐーぐーと寝てしまっている椎名をどうしようかとなった。そこで、同じ方向に家がある千早に白羽の矢がたったのだ。

 

「ふぅ・・・・」

 

 千早は自分と椎名の鞄を手に取り、彼女を背中にのけておんぶという形で家へと歩いていた。

 夜の七時過ぎということもあってか、千早たち以外に通行人はいなかった。

 

(暑い・・てか、重い・・・)

 

 とか思いながら千早が椎名を背負いながら暗闇の道を歩いていると、彼は不意に上を見上げた。

 そこにはいつもは見れないほどの綺麗な星空が広がっていた。この星がこれからもっと綺麗に見えてくるのだと思うとなんとなくであるが嬉しい気持ちになる。

 

「ん・・・・ん・・・・ん?千早?」

 

「よう、やっと起きたか。泥酔野郎」

 

「泥酔って・・・あ・・・んあ・・・なんか微妙に思い出してきた」

 

 椎名は片手で頭を抑えながらそんなことを呟くと一気に顔を赤くした。だが、それは千早には見えない。

 だけど、その熱は確かに彼に伝わった。

 

「ん?風邪でも引いたか?」

 

「な、なんでもない・・・」

 

「はいはい、変にお酒なんて飲むからそんなことになるんだよ」

 

「べ、別に好きで飲んだ訳じゃないんだからね」

 

「ツンデレ?悪いが、リアルのツンデレはやめとけ。受けが悪い」

 

「ち、違うから!」

 

「まぁ、それは良しとして。そろそろ降りてくんない?」

 

 千早がそう言うと椎名は少しだけ考えてその背中に再び自分の身体を預ける。「あっ、降りてくれないのね」と呟くが、そこが彼の優しさなのだろうか。そのまま椎名を背負って歩き続けた。

 

 如月家を前にしてやっと椎名を降ろす。

 

「ったく、少しはダイエットしろよ」

 

「千早、デリカシーがない男はモテないよ」

 

「別にモテる必要ないよ」

 

「まぁ、取り敢えずここまでありがとう。明日は久しぶりにダラダラしようかな」

 

「いっつもお前はダラダラしてるだろーが」

 

 そこまで言って二人共ププと笑い出す。

 

「まぁ、じゃぁな」

 

「うん、お疲れ・・・・・」

 

 互いに手を振って別れを告げる。何か物足りなさを感じた椎名であるが、振り返ったその彼の後姿にはこちらを振り向く素振りもない。

 その態度に少なからずの寂しさを感じるも、これが千早と割り切った。

 だから、言葉にした。

 

「千早」

 

 ノロリと振り向く千早に椎名は最上級の笑顔と感謝を込めて。

 

「今日はありがとう!」

 

 そう言った。

 直後、彼の口角は微妙につり上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十二話 オフ会

最近、この小説のタイトルがイマイチだと思い始めたので、次回あたりに違うのにしようかと思っています。

千早「次回?いつになるの?」

作者「で、出来るだけ早く・・・さっ、張り切って十三話いきましょう!}

椎名・千早「あ、逃げた」



 

 

 地獄の期末テスト期間の最終日。千早は封印していたパソコンをついに解禁して久しぶりのネトゲ生活へと突入していた。

 ログインして初め、メールを確認した。

 

『第一回ギルド猫猫野郎のオフ会開催のお知らせ』

 

 ガタンっと彼はその場に立ち上がって画面を見る。

 

「な、オフ会・・・だと!?」

 

 千早はネトゲの世界で猫猫野郎という八人ぐらいのギルドに所属していた。今回のお知らせはそのギルドでのオフ会のお知らせであった。

 

「いや、別にいいんだけど・・・ん?」

 

 画面を見るとギルドチャで千早のキャラである肉まんに話しかけてくるキャラがいる。

 

ペンドラゴン『あっ、久しぶりの肉まんさん。メールはもう見られましたか?』

 

 聖騎士を象ったようなイケメンの男性が話しかけてくる。彼はギルド内でもかなり強く、よく千早と一緒にパーティーを組んで深部まで潜り込んでくれる人である。

 

肉まん『はい、開催場所も近場なので是非参加しようと思います』

 

ペンドラゴン『それは良かったです。当日が楽しみですね』

 

肉まん『そうですね。あっ、リアルじゃ根暗な野郎なんでww』

 

ペンドラゴン『ここじゃ、誰もがそうですよ。なんて』

 

 そうギルチャで遊んでいると他のメンバーも絡んできてやれ俺もだとか、それはお前たちだけだとか盛り上がった。

 

 そして、当日。時刻は午後六時に楓駅に集合とのことで午後五時五十分程度に千早は準備を済ませてやって来ていた。

 服装はジーパンにTシャツというまぁ、普通の格好である。あまり気合を入れてもなぁと千早は考えた結果がこれである。

 

 そうこうしていると何人か集まってくる。

 

「もしかして、猫猫野郎のメンバーですか?」

 

「え、はい。そうです」

 

 千早に話しかけてきたのはチノパンにボーダーのシャツ、その上に半袖を着ている男であった。千早よりも少し大人に見え、彼は次にこう言う。

 

「えっと、猫猫野郎のギルドマスター、猫男です」

 

「あっ、猫男さんでしたか。はじめまして、肉まんです」

 

「肉まんさんでしたか。どうも、あなたのあの素早い攻撃には驚くばかりですよ」

 

「いえいえ、猫男さんのタンク精神も凄いと思いますよ?」

 

「あははは、そう言われると嬉しいものです」

 

 そうこう話しているとお互いに「あれ?この人たちオフ会の人じゃね?」みたいな雰囲気を先ほどから出していた人たちがワラワラと二人の前に集まってきて集合という形になった。

 千早が意外にも驚いたのが可愛い女性がいたことであろうか。男女比こそ半分程度なのであるが、千早曰くネカマが基本のネトゲということもあり、女性の存在とは思ってもいなかった。

 しかも、そこそこ可愛い娘がである。

 

「あの、猫男さん。今日は何処かお店予約してるんですか?」

 

「ああ、しているぞ。一応、未成年もいるのは分かってたら三時間焼肉食べ放題、飲み放題のお店」

 

「え?そういうところって高くないですか?」

 

「あー、別に大丈夫。俺のツテで安くしてくれるってさ。だから、財布の心配は問題ない」

 

「なら良かったです」

 

「まぁまぁ、肉まんさんも確か高校生だろ?別にお試し程度にお酒飲んだらいいんじゃねーの?」

 

「いやいや、せめて大学入ってからぐらいならいいんですけど」

 

「だよねー、無理に飲ませる奴がいたら俺を頼ってね」

 

「はは、お願いしますね」

 

 楓駅からそのまま飲食店に入り、安くて旨いが売りの焼肉屋に入る。猫男は中にいた店員やら店長と色々と話をして奥の宴会席へと通す。テーブルを挟んで男女混合の四名四名。

 

(うん、何故か合コンみたいなノリになってるけどそれはよしておこう)

 

 行ったことすらない合コンの雰囲気はこんなものだろうと千早は勝手に納得すると、正面に座っている猫男さんに急かされてウーロン茶を頼む。

 飲み物とお肉がザッとテーブルに置かれて猫猫野郎のオフ会が始まった。

 

「えーっと、猫猫野郎のギルドマスター猫男です。今日はメンバー全員が参加ということで良かったです。取り敢えず、かんぱーい!」

 

(流石はギルドマスターというだけあって全体のまとめ方うまい)

 

 千早はそう関心しながらウーロン茶が入ったグラスを上げた。

 乾杯をして直ぐに猫男がこれから自己紹介をしないかと提案してきた。まぁ、別に当たり前と言えば当たり前のことであって、別段おかしなことではない。

 千早もゲーム内では特別変わり者?でもないし、ボケることもあればツッこむこともある。

 

 そこから無難にそれぞれの自己紹介が始まった。そして、千早の番。

 

「えっと、パーティーじゃ奇襲役の肉まんです。よ、よろしくお願いします」

 

「おー、肉まんさんでありましたか!」「肉まんさんの奇襲攻撃って結構助かるんだよね」

 

(お、好感触じゃないのか?)

 

 予想外にもメンバーに好感触だったので少し千早は照れながら挨拶をする。全員の自己紹介で、が終了してそれぞれ肉を焼きながらゲームの話について花を咲かしていた。

 ただ、千早として意外だったのが隣に座った女子大生が千早と一緒によくパーティーを組むペンドラゴンというプレイヤーであったことである。

 

「で、肉まんさんはあの奇襲スタイルに参考にしたやつとかあるんですか?」

 

 彼の隣に座るのはペンドラゴン・・・とは、まったく異なる容姿をした美女。近くの大学に住まう学生で、綺麗で長い黒髪をハーフアップにセットして赤いリボンで括っている。

 

(うん、普通に可愛い・・・)

 

「あー・・・シロメが斬るの主人公の戦い方を参考にはしたんですよね」

 

 千早がそう言うと、何かキラキラっとした目になった彼女はグイッと顔を出してきて食いついてきた。

 

「シロメが斬る見てるんですか!?おもしろいですよね!特に主人公の生き様がなんというか、燃えるというか・・・」

 

「あ、ああー・・・・まぁ、そうですね。主人公の闘志に燃えるというか」

 

「ですよね!あのアニメ好きだったんですよ私」

 

 そう言いながらペンドラゴンはグビッと頼んだカルアミルクを飲む。千早から見ればただのミルクのように見えてもこのカクテルは飲みやすい割には回るのが速い。

 気が付けば三杯目になっており、彼女の目は少しずつトロンとし始めて次第に頼むアルコールは度数の高いものへとなっていく。

 

「あの、ペンドラゴンさん大丈夫ですか?」

 

「ふぇ?らいほーるらいほーる」

 

「あ・・・・oh」

 

 そろそろ終了時刻なのであるが、べろんべろんになってしまった千早はめんどくさそうな顔になる。つい最近もこのように酔っ払いを目の前にしたからである。

 他のメンバーもいい感じにほろ酔いになってしまっており、彼女を任せるのも如何なものかと少し考える。

 

「あの、猫男さん、ペンドラゴンさんどうしましょうか?」

 

「あ・・・・こりゃ、難しそうだわ。取り敢えず、二次会ってことで俺の家来る?なんか、ペンドラゴンさん明日何もないって言ってたから別にいいし、それに起きるまで肉まんさんが見るか、相手してくれるだろ?」

 

「は、はぁ・・・まぁ、いいですけど。ちょっと、連絡だけさせてください」

 

 千早が連絡したのが午後九時ぐらいで、九時半ぐらいには猫男のマンションにたどり着いた。他についてきたのはショートカットの黒髪ショートカットのOLとメガネをかけたTHEオタク人であった。

 

 意外にも猫男のマンションは3LDKと、一人暮らしにしては広い部屋であった。

 

「ひろっ!」

 

「猫男さんって何やってるんですか?!」

 

「まー、秘密?」

 

 テーブルにコンビニで買ってきた飲み物と猫男が持っていたお酒も用意された。そして、この日二度目の乾杯をする。

 ちなみにペンドラゴンは一つ隣にある部屋のソファーに寝かせてある。

 

 四人はそのまま酒やらちょっとしたつまみを食べながら色々な話をする。ゲームやらアニメ、他趣味の話でゲラゲラと笑いが起きていく。

 そうして夜が更け、四人はグデーと寝始めていた。千早もそれに乗じて死ぬように寝ていると、妙な重みを感じて目を覚ましてしまう。

 

「え・・・・・?」

 

 そこには寝ている千早のお腹に跨っているペンドラゴン、もといJDの姿があった。そして、彼女はゆっくりとその口を開いて、

 

「ねぇ、エッチしよっか」

 

 そう言った。

 

 

 

 

 

 

 




突然のエロ展開!

次回は一人で読んでね!!!


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第十三話 深夜のマーライオン

作者「タイトルを変える?それは次回だ!」

千早「とか言って、めんどくさかっただけだろ」

作者「うるさい!この作品の主人公のくせに」

千早「いや、待たされる読者の身にもなれよ」

椎名「はいはい、二人共うるさいから」


 

 

 

「へ?いや・・・え?待って!」

 

「いいじゃん、エッチしようよ」

 

 床に背中を預けている千早は若干の身の動かしづらさを感じつつ抵抗を試みるが、彼女は強引千早の両腕を押さえつける。

 

「いやいや、だからダメですってペンドラゴンさん!」

 

「違うよ、私は叶多明子(かなたあきこ)。ねぇ、エッチしようよ」

 

 そう言いながら明子はゆっくり唇を近づけて来るが、ほんの数センチになった時にいきなり明子の様子がおかしくなる。

 まるで何かを堪えているかのような表情で、徐々に顔色が青くなっていく。

 

「え・・・いやいや、待って。冗談でしょ、嘘でしょ」

 

 その様子から推測されるであろう今後を確信した千早は強引にも暴れるのだが、何気に強い腕力を寝起きで振りほどくことは出来ない。

 

「ごめ・・・・無理」

 

 ランラ♪ラランラ♪ラララララン♪ラララン♪

 

 なんということでしょうか。数時間前までお淑やかに微笑んでいた美少女が、とんでもない顔をして胃の中にあるものを吐き出しているではありませんか。まさにその姿はマーライン。

 

(拝啓、母上父上。私、十村千早は今日も元気に過ごしております)

 

 十五分後。

 

 騒ぎによって夜中の二時に全員が何事かと思って目を覚まし、現在部屋の中央にて正座している明子。そして、それを睨む千早がいた。

 

「いや、ホントマジで止めてくださいよ」

 

「あの・・・その、すみませんでした。私、お酒を大量に飲んじゃうと寝起きゲロをしちゃう癖があって」

 

「言い訳は聞いてません」

 

「ひぃ、すみません、すみません。馬乗りにしてゲロ吐くのなしですよね」

 

 明らかに怒りを見せる千早に怯える明子。若干涙目になる明子を見て萌えと思ったのは千早は心の中に留めておくことにした。

 

 説教が終わると「まぁまぁ」と言いながら猫男が中に割って入る。

 

「うーん、けどなんか目が覚めちゃったな。どうする?」

 

 オタクがそう言うと猫男がゴソゴソとテレビの下を漁ってDVDのパッケージを一つ取り出してきた。

 そこには『アンロック』というタイトルがあった。

 

「それって、去年流行ったホラー映画ですか?」

 

 OLがそう尋ねると猫男が頷く。

 

 ホラー映画、アンロック。去年上映されたホラー映画の一つで、そこそこ有名な映画である。

 千早も見ようと思っていたのだが怖いという噂から結局見ることが出来なかった。

 

「まー、丁度いい機会だし。俺は別に見てみようと思いますけど」

 

「私も見てみたいな」

 

 千早がそう言うと明子もそれに賛同する。オタクもOLも同じ意見だということでDVDをセットする。なんの躊躇もなく猫男はテレビを点ける。

 

 内容はやはり有名なだけあって雰囲気がある。古いアパートに引っ越してきた一人の男が呪われた部屋や恐ろしい住民たちによって恐怖を味わう話である。

 特にこの映画で重要となるのはアンロック。つまり鍵が開く。毎日毎日深夜に自分の部屋の鍵が開く。だが、その扉は開かない。

 奇妙な呻き声がする隣の部屋や、燃えるゴミの日には大量の髪の毛が捨てられたり、そんな不安と恐怖に苛まれる日々。男の精神も徐々に削がれる。

 そして、そんな日々に嫌気がさした男はとうとう深夜に扉の鍵が開いた時、勢いよく扉を開けた。

「いい加減にしろ!」

 だが、そこには誰もいない。

 男が「なんだ」とホッとして再び扉を閉める。そして、ベットに戻ろうとした時再び鍵が開く。そこにいたのは・・・。

 

「「「「・・・・・・・・」」」」

 

 言葉で申し訳ないが、演出、俳優の演技や独特のシナリオがもたらす恐怖の連鎖は十分にビビる要素であった。

 映画が終わり時刻にして三時半過ぎ。まだ夜が明けることはなく、少し広い部屋に妙な緊張感を持つ。

 

「いやいや、普通に怖かった・・・うん」

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

 シーンというホラー映画見た後のその妙な緊張感は更に続き、彼ら五人の空気を完全に飲み込んでいた。

 千早が言葉にするが誰もそれに答えようとしない。

 

「あの、誰か喋りませんか?」

 

「えっと、あの予想以上に怖くて・・・」

 

「うん・・・なんか」

 

 そう言っていると、猫男が一度しまっておいた酒をグラスに注いで恐怖をかき消すように一気に喉の奥に流し込んだ。

 それで気分が紛れたのか、猫男はホッとする。それを見た他のメンバーも気分を紛らわすためにそれぞれ酒を手に取る。

 

 しかしながら未成年である千早は酒を飲むことが出来ず、なんだかもどかしい気分を味わっていた。

 

(ちょっとぐらい飲んでみたいな)

 

 そんな気持ちを汲み取ったのか、比較的濃度が薄い酒を千早に出すのはOLである。

 

「こんくらいのならいけるでしょ?まぁ、大人への第一歩ってことで」

 

「いいんですか?」

 

「無理に飲ませることは出来ないけど、一杯ぐらい大丈夫でしょ」

 

 グラスを受け取り炭酸の泡を少しだけ眺めた後に千早は意を決して口にする。果実酒なので仄かに香る甘い匂いと子供にしてみては少しだけ苦いように感じるアルコールを

味わう。

 

「うーん、こんなもんなのか」

 

「まーまー、大人になった分かるものもあるし」

 

「ですね・・・けど、ちょっと癖になりそうな感じも」

 

 そうごくごくと千早はグラス一杯の酒を飲み干した。もう一杯いける気がするも、これ以上は彼の自制心と周りに迷惑がかかるかもというものから止めて、ジュースへとシフトした。

 

 ただ千早が懸念しているのは、ただいま隣でグビグビとウィスキーを飲んでいる彼女、明子のことである。

 

「あの、ペンドラゴンさん。ほどほどにしてくださいね」

 

「ろーけー、ろーけー・・・お姉さんに任せなさいお!」

 

「おい、誰かこいつをなんとかしてくれ。流石に二回目のゲロをぶちまけられるのは勘弁だ」

 

 そう千早が訴えるもほろ酔い状態になってきた他のメンバーは聞く耳を持たず、各々ゲラゲラと笑いながら話をしている。

 頼みの綱の猫男は先ほどからソファーにていびきをかいている。

 

 そうこうしていると明子の様子がだんだんとおかしくなっていく。

 

「いやいやいやいやいやいやいやいや!!!」

 

「いやいやって、何が嫌なの?」

 

 酔いながらキョトンとする明子は可愛いのだが、直ぐに頬を膨らまして吐きアピールをしてくる。

 青ざめるのは千早だ。

 

「・・・・もう、あんたとは飲まない。てか、飲ませない」

 

 虚ろな表情をしている千早のズボンに明子のゲロが吐かれたのは容易に想像できる未来であった。

 

 こうして千早は一日に二回も同じ人物からゲロを吐かれるのであった。

 

 

 

 




京凪「エッチなのはいけないと思います。だけど、こういった未成年の飲酒も許せるものではないと思います」

千早「・・・椎名もそうだったけど、何故この作品の女子に酒を飲ませると酷いことになるのだろうか?」

京凪「知りません」

千早「いや、一番怖そうなの会長なんだけどね」


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第十四話 夏休み

作者「寒い」

千早「あと五分・・・あと五分」

椎名「ほら二人共早く起きないと遅刻するから!」

作者「いいじゃんいいじゃん、小説の中は夏休みなんだから」

千早「そーだ、そーだ」

椎名「あ?」

作者・千早「すみませんでした」


 

 

 夏休み。

 全ての学生における長期休暇たるものだ。高校生の一年、二年といえば一番この夏休みを有効活用して遊べる休みである。

 一応、来年から受験生という立場から勉強も手を抜いてやれる訳でもないので、八月の始めまである夏期講習は千早たちは全員参加した。

 

 最終日が終了した次の日、千早、椎名、連太郎、恋奈の四人は電車に乗ってゆらゆらと揺れていた。そう、今日から彼ら四人で一泊二日の海に旅行に行くことになっている。

 

 え?そんな金が椎名にある訳がない?NONO、忘れたのか?いつか千早がショッピングモールで当てた特別賞。それが、旅行券であった。

 

 四人席で窓側に千早と椎名、通路側に連太郎と恋奈が座っている。

 

「にしても、今日泊まる旅館っていわくつきの部屋があるらしいな」

 

 連太郎がガイドブックを見ながらそう言う。

 

「ん?千早、どうしてそんなに顔色が悪いの?」

 

「いや、ちょっといわくつきにあまり良い思い出がなくてな」

 

「あはは・・・まぁ、別にそんな部屋に泊まる訳じゃないんだから。ほらほら、ポッキー食べる?」

 

「うん」

 

 椎名から受け取ったポッキーをもぐもぐと食べる千早。すると、唐突に連太郎が口を開いた。

 

「そう言えば、なんか千早と如月って仲いいよな」

 

「うーん、まぁ、そう言われるとそうだな。どっちもてきとうに思っているから?」

 

「ちょっと、千早それは酷くない?私と千早は中学時代色々あったからね。そう、あれは私が中学二年の頃」

 

 徐に椎名は中学時代の頃を話し始めた。

 

「あ、駅に着いた。乗り換えだぞ」

 

「えっ!今から私の回想シーンに入るんじゃないの!?」

 

「いや、俺アニメとかゲームの回想嫌いなんだよ。物語の進行上話さないといけないのはわかるんだけど、さっさと話し進めろ派だから」

 

「そんなこと言われても知らないんだけど」

 

「うん、やっぱり仲いいな」

 

 そんなことをしていると彼らの乗る電車は目的の駅へとたどり着いた。駅から歩いて直ぐに旅館が見えてくる。朝からチェックインすることが出来たので海にいく準備をしてすぐ近くにあるビーチへとやって来ていた。

 

「海だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 シートを引いてパラソルをセットした千早と連太郎。それに後から椎名と恋奈がやって来た。

 

「おう、テンション高いな」

 

「だって、海だよ!海って久しぶりだなぁ」

 

「そう言えばそうだな。中学の時に行ったきりだな」

 

 そう言っていると椎名は千早の方を向いてジャジャーンとセクシポーズを取ってくる。私の水着がどうだ!と言わんばかりに。

 

「ふむ・・・・」

 

(スタイルとしては申し分はない。細すぎでもなく、太りすぎている訳でもない。胸も決して小さくはなく、むしろ十六歳にしては普通と言えるほうだ。いや、知らんが。だが、今後に大いに期待出来る。肌も色白で綺麗だし、髪もいつにも増してサラサラしている。身につけている黒のホルターネックのビキニは椎名の体によく似合っている)

 

 ジーと見てくる椎名の視線に気づいた千早は咄嗟に頭の中にある言葉を吐こうとするのだが、何を言ったらいいのか分からない。

 

「似合ってる・・・うん、似合ってる」

 

 だが、頭の中のことを全て言うわけにもいかず、無難な言葉と言っている。すると、椎名はその言葉を待っていたと言わん限りの笑顔で「へへ、ありがとう!」と答えた。

 その二人の空気に入ることが出来ず、置いて行かれた残りの二人はもはや何も言うまいとひっそりと影を落としたのだ。

 

 全員が揃ったところで早速買ってきたスイカを準備した。サッと千早の目に目隠しをつける。

 そうスイカ割りを今からしようとしているのだ。

 

「スイカ割りなんて初めてやるな」

 

「私も初めてだな、こういうの」

 

「あれだろ?目を隠したまま叩くんだろ。リア充を」

 

「いやいや、違うから。ターゲット間違えているから」

 

「さてと・・・さぁ、指示くれ」

 

 千早は今一度目隠しを付け直すと用意された木刀を上段に構える。千早の正面から右側にスイカは位置している。

 

「正面左にあるぞ」「振り返って五歩先かな」「むしろ千早君の足元に」

 

(・・・ダメだ。全く参考にならない。もっと、もっとスイカのオーラを感じるんだ。緑に黒の縞々を・・・やれる、俺ならやれる)

 

 スイカの微々たるオーラを感じ取った千早はスイカの位置へと咄嗟に移動して上段に構えた木刀をスイカに向けて一気に振り下ろした。

 確実に捉えたと思った千早の感触とは真逆に木刀は地面に衝突した。

 

「え?」

 

 ハラリと目隠しを取り外した千早はその場にあるスイカの状態を確認した。

 

(スイカが割れていない?ていうか、木刀が逸れた?どうしてだ?見ていて何も変化はないぞ?)

 

 千早はそう思ってスイカを触ってみるのだが、掌にヌチョという気持ちの悪い液体がつく。

 

「・・・誰だ!スイカにローション塗ったやつ!!!おい!そこの三人!」

 

 見るからに空のローションをゴミ袋に片づける三人を指さしながら千早は叫ぶ。

 

「おい、お前らぁぁぁぁぁ!」

 

 なんやかんやこうして彼ら彼女らの旅行は幕を上げた。

 

 その後はおたがいにバシャバシャと浅瀬で水をかけあったり、ぷーかぷかと浮き輪で浮いたり、ビーチバレーしたりなど。普段篭ってゲームをしている千早から考えるに全く有り得ない状況であった。

 しかし、それが彼に何かしらのマイナス面があるかと言われたら分からない。分からないけど、楽しいと思えるのは少なくともマイナスではない。

 

「案外、こういうのも悪くないな」

 

「どうしたの、急に?」

 

 ポケーと休憩していると千早がそう呟く。それを聞いた椎名は詳しく聞きたいと質問する。

 千早はそれにペットボトルのお茶をグビッと飲んで話す。

 

「いや、俺はずっと閉じ篭ってたからな。そこを連れ出したのは・・・椎名のおかげだし」

 

「閉じ篭りは今も変わらないと思うんだけど」

 

「根っからのインドアが改善された訳じゃないけど、これでも感謝してるし」

 

「・・・ふーん、最近素直になった?」

 

「素直って、何に?元からこうだよ」

 

「元からって・・・まぁ、いいけど」

 

 そうこう話していると焼きそばやらお菓子やら買ってきた連太郎と恋奈の姿が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と、いうわけで『腐女子とオタクと時々ラブコメ』から『近すぎて見えない』というタイトルに変えました!
ないようは変わってないよ


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第十五話 夜風を浴びて

千早「亀更新なのに相変わらず伸びない文字数!」




 

 

 

「「おおぉ!」」

 

 男二人、旅館の温泉を見ながら感動していた。二人がこんなところに来るのは初めてだからであった。

 早速頭と身体を洗い、露天風呂にて「うぃぃぃ」とおっさん臭いこと言いながら湯に浸かる。

 

「いい湯だな」

 

「こういうのもいいな」

 

 足の先から首の付け根まで湯に浸かるとそんなオヤジくさいことを言う。

 

 空を見上げると綺麗な星空が広がっていた。二人はそれに見とれながらいつもの馬鹿話とは違って落ち着いた口調で話をする。

 

「それで、最近どうなのよ?」

 

 連太郎が千早に調子を聞く。

 

「どうって、何が?」

 

「そりゃ如月とだよ」

 

「椎名と?別に普通・・・」

 

「それで俺の事情聴取が終わるとでも?」

 

「変に言うことでもねーよ。別にいいだろ?俺と椎名は友達、友達。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「はぁ、そんなこと言ってたら如月他の男に取られるんじゃねーの」

 

 その言葉に千早は背中を更に岩に預け、楽な姿勢になる。

 

「あのなぁ、椎名は俺のことなんて異性として見てねーよ。あれ、友達以上恋人未満ってやつ。そう思わないとやってられんよ。俺は」

 

「それはどうだろうな」

 

「そんなこと言うなよ。期待するだけ無駄。大きく希望して落とされるのも、もう嫌だからな」

 

 千早にはこっ酷くフラれた中学三年の夏がある。その頃は千早は椎名のことなんてただの友達としか見ていなかっただろう。

 その苦い記憶のせいなのか高校に入って意識し始めても次の段階へと移行することは出来なかった。

 

「まー、そりゃ誰だってあるよな」

 

 連太郎の言う通り。誰だってトラウマや、心の中に蓋をしたい気持ちはある。それを超えた時にきっと人は成長出来るのだろう。

 しかし、今乗り越えられるほどのきっかけはなかった。

 

 千早自身、椎名のことが好きだという気持ちには薄々気づいている。だが、そこから先に一歩踏み出す力はない。

 彼女が欲しいと口では言うものの、行動はしないし、積極性もない。冒頭で説明した通り、やはり矛盾の多い人間だ。

 

 彼もそれは自覚している。

 

 だから、それは茶番だ。千早がバカの一つ覚えのように「彼女が欲しい」「リア充滅びろ」と言うのはネタだ。率直な意見かもしれないが、「どうでもいい」というのが本音である。そんなものはただのキャラ作りだ。

 

「だからさ、もう俺はいいんだよ。前に進むことに対する不安と、現状維持にある安らぎを求めたかった」

 

「って、言うけどさ。リスクもなしに前に進めると思っているのか?」

 

「・・・手厳しいな。そんな正論を連太郎から言われるなんてな」

 

「真面目な話、お前が如月に告白してフラれたら今のグループはきっと終わるし、気まずいまま卒業するだろ」

 

「なら、それでいいだろ。現状維持で」

 

 千早がそう言うと連太郎は今一度空を見た後に言う。

 

「だけどさ、俺はそれでもいいと思う。結構、千早とはこの一年半で色々あったけどそこそこ親友だと思ってるんだぜ?その親友に好きな人がいるんなら、なんとかしてやろーと思うのが俺だよ」

 

「お前言ってて恥ずかしくないのかよ。正直、余計なお節介だ。俺は自分に自信がない」

 

「自尊心の欠片もないな」

 

「そういう人間だっている。代表例がこの俺。勘違いのお調子者だけにはなりたくないだけ」

 

 そのまま肩まで千早は湯に浸かると今一度肺に溜まった息を吐く。

 

「恋愛ってめんどくさい、難しいな千早」

 

「不器用なんだよ、連太郎」

 

 二人はそう言い合うとまた一緒にため息を吐いた。

 

 それから少し眠たくなって来たのか欠伸をしながら湯から出る二人。用意されていた青色の浴衣を着ると荷物を持って部屋に戻る。既に女性陣の方はあがっていたようで料理の運ばれている席へと座っていた。

 

「二人共、お料理運ばれているよ」

 

「おう」

 

 遅れながら千早と連太郎は席に着く。

テーブルの上には豪華魚介類コースが広げられていた。魚の刺身や天ぷら。お寿司、塩焼き。などなど、あまりにも豪華すぎるその光景に四人は思わず喉を鳴らす。

 

 晩御飯を食べ終えるとちょっとしてから従業員が布団を敷に来て、四人は真ん中二つの布団に集まってカードゲームやら馬鹿話で盛り上がる。

 そうしてぐうぐうと夜は超える。

 

 

 

「ん・・・」

 

 パチッと夜中に目が覚めた千早。その腹には隣でボケーと寝ている連太郎の足が突き刺さっている。取り敢えず、持ってきた筆記具から油性マジックで彼の頭にバカと書くと、部屋から出る。一応、部屋は二人部屋で二つとっていたので男女別である。十二時を超えた辺りで明日もあるということで別れた訳である。

 だからといってここで千早が女子の部屋に行くかと言われればそんな根性、非常識さは持ち合わせていない。

 

 そこで彼が向かった先は風呂だった。

 

 この温泉旅館のお風呂は珍しく二十四時間営業している。時間にして三時過ぎ。千早は一人涼しげな露天風呂に入る。

 サッパリして戻るその途中、流れる川のせせらぎを聴きながら一人携帯をいじる椎名の姿が見えた。

 

 浴衣姿の彼女は肩まである髪の毛を束ねてポニーテールにしている。お風呂上がりはいつもこのスタイルである。先ほど見ていたはずなのに妙な新鮮さを千早は感じていた。

 

「よ」

 

「千早・・・どうしたの、こんな時間に?」

 

「それはこっちのセリフ。まぁ、俺は目が覚めたからお風呂入ってきた」

 

「そうなんだ。ああ、だから湯上りみたいに見えるのか。私も目が覚めちゃって。携帯に来てたメールチェックしてた」

 

「ん、そか・・・なぁ、ちょっと歩かないか?」

 

 その言葉に椎名は『うん』と言って歩く千早の隣に移る。

 

 温泉旅館のもう一つの目玉としてこの旅館の間を通っている川がある。その川を見ながら横を歩くというなんとも風情なものだ。

 月明かりに混じる灯火の下を二人で歩く。

 

「風呂上りの夜風は気持ちがいいな」

 

「確かにそうだね。なんか、色んなことが遠くに感じるというか」

 

「それは間違いない。結構こういうのも悪くないな。まぁ、なんだ。来て良かった」

 

「ふっふーん、でしょ?」

 

「何故ドヤ顔?当てたの俺だからね」

 

「はいはい、そーですよ。屁理屈男さん」

 

「おいおい」

 

 そんな二人のいつもと変わらない会話。異性だけどそれを超えた友達。だけど、意識してて、変わりたくないって思ってて、それでも伝えたい気持ちがあって。

 矛盾した気持ちを軸にしたまま千早は言葉を紡ぐ。

 

 分岐点。

 

 それが、今なんかじゃないかって彼は思った。

 連太郎と風呂で椎名との話をしたせいなのか、余計にそういったことに対して意識してしまう。

 

「どうしたの?暗くてよく見えないけど、顔が赤く見えるんだけど?風邪?」

 

 気づけば千早の顔近くに椎名の顔がいきなり飛び出てくる。千早は一瞬驚きつつも言い返した。

 

「っ・・・ばっか、そんな訳ねーよ。あれだ、湯上りだからだよ」

 

「ふーん、そっか。千早寝相悪いから、風邪ひいたのかと思った」

 

「大丈夫」

 

 カランと下駄と地面が擦れる音を耳にしたと思うと、ゆっくりと椎名の体が揺れる。そして、そのまま地面に向かって転ぶ。

 あっ、と思った時には既に遅く『っ!』と椎名は地面に手を着いた。

 

「何やってんだよ。ほら、起きろ」

 

 椎名の正面に移動した千早は倒れている椎名に手を差し出す。ちょっと変なところを見られてしまった椎名は恥ずかしそうにその手を握り、立ち上がった。

 それと同時に千早が手を離そうとした時、逆に椎名は握り返してきた。何事かと思った千早なのだが、俯いて何かを伝えようとしている椎名を見て黙る。そして、そのまま千早からその手を握り返した。

 そんなことを思ってもいなかったのか、椎名は一瞬驚くが千早は強引に手を繋いだまま歩き出したので、それに合わせて彼女も歩く。

 

「「・・・・・・」」

 

 そんなこともあった為、二人の沈黙は少し気まずそうになる。打ち明けてしまえば互いに直ぐそこまで近づける。だが、その中にあるちょっとした不安が二人を思い止ませる。

 

 そして、千早が口を開いた。

 

「そ、それじゃぁそろそろ戻るか」

 

 一瞬千早の脳裏に告白の二文字が浮かんだ気がしたが、直ぐにそれを取り払う。

 

「え・・・あ・・・うん」

 

 その提案に椎名は乗っかり、一緒になって来た道を戻り始める。緊張のせいなのか、二人の掌は汗ばんでいる。

 

「あー、連太郎の奴俺の布団奪ってないかなー」

 

「え、連太郎君ってそんな寝相悪いの?」

 

「あいつ、俺の腹蹴ってきたからな。ったく・・・まぁ、今に始まったことじゃないけど」

 

「へ、へぇ・・・そうなんだ。恋奈は普通の方なのかな?割と寝付きは良い方だと思うよ」

 

「お前は寝相悪そうだけどな」

 

「そのセリフは千早だけには言われたくなかった」

 

「まぁまぁ、そんじゃぁ寝ますか」

 

 部屋の前まで着いた二人。少し名残惜しいも千早が軽く椎名に手を振ると、彼女は少しだけ寂しそうな表情をしてから部屋に戻った。

 

 変わってしまうというのは非常に寂しいことである。今が落ち着いて、安定して、心地が良いと思っていれば思っているほどその気持ちは強いものになる。

 彼の視線には先ほどまで彼女のいた扉の前である。何故、もっと前に出ないのか。そう自分自身に問い詰めるように千早も部屋の中に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、連太郎君」

 

「どうした、四ノ宮?」

 

「この二人ってさ、やっぱり仲いいよね」

 

「・・・はは、その通りだな。割って中入るのも、無粋みたいだな。こいつらには」

 

 そうニヤニヤと笑う二人の視線の先には、お互いに肩を寄せ合って寝ている千早と椎名の姿がある。

 そんな旅行帰りの電車の中であった。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで千早の気持ちは一気に確信へと繋がった?ようなお話でした。
次回もよろしくお願いします。

誤字脱字、ご感想などあればよろしくおねいがいします。


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第十六話 そんな出会い

毎度更新が遅い青野です。

十二月になって、今日はなんとイブです!イブなんですよ!
みなさんはどうお過ごしでしょうか?
え?私ですか・・・察してください!

というわけで16話です。


 

 

 現在テレビでは過去最高気温という文字が映っており、それをクーラーの効いた部屋で見ている女が一人。

 如月椎名であった。

 

「あ・・・・あ・・・・・はぁ・・・」

 

 言葉にすらならない声を発しながらダラダラとしていた。机の上には夏季課題である読書感想文のプリントが一枚あった。

 最後の課題であるのだが、どうにも何を書いたらいいのか分からないでいた。その前に温泉旅行での一見が彼女の中に渦巻いて、中々それどころではない。

 

(向こうから私の手を握ったよね?え、それって少なからず千早は私のこと好きだってことだよね?・・・いやいや、そんな簡単に答えを出すのは危ない)

 

 彼女は冷蔵庫からソーダ味のアイスを一本取り出すと本日二本目を口に入れる。

 

「うーむ・・・」

 

 そう彼女は悩んでみせるのだが中々答えがでない。

 

(あの千早が?いやいや、有り得ない。自分だって、そりゃ千早と友達以上恋人未満みたいな関係だってのは分かってる。だけど、千早のことを素直に好きなのかと言われた時に私はなんて答えたらいいのか)

 

「・・・図書館行こ」

 

 そう考えを先延ばしにした彼女は読書感想文の本を借りに外へ出かけることにした。

 他の中、高生も椎名と同じ考えをしていたせいなのか、図書館は彼女が思っている以上に大変混在していた。それに少々彼女は呆れながらどうしようかと考えると、恋奈が前に紹介してくれていた本に手を付ける。

 

『高原を走る豚』

 

(うむ、流石は恋奈が選んだ本・・・)

 

「読んで見ますか」

 

 椎名はそう思い本を見ながらクルッと身体を回転させながら受付へ向かうとした時、ドンッと誰かにぶつかってしまう。

 それに若干慌てふためき、「ご、ごめんなさい!」と言いながら彼女は前を見た。

 

「へ?」

 

 と、一瞬ポカーンとして目を擦って今一度ぶつかった人物を確認した。そこにはなんと我らが王子、宮野真守がいたからである。

 

「あっ、ご、ごめんなさい」

 

 過度なその緊張は彼女の声のトーンを数段跳ね上げる。

 

「いや、こちらこそごめんね」

 

 爽やかにそう伝える宮野の甘いフェイスは今まで幾多の女子生徒たちを落としてきたに違いはなかった。

 

「いえ、いえ!こちらこそ、ちゃんと前を見てなかったものなので、えへへ」

 

 少し照れながら頬をかく。

 

「えっと、確か同じ学校だよね?見たことあるよ。えっと、隣のクラスじゃなかったっけ?」

 

「えっ、私のこと知ってるんですか?」

 

「まぁ、よくは知らないけど、何度か見たことはあるかな。名前聞いてもいい?」

 

「あ、そうなんですか。はじめまして、如月椎名です」

 

「如月さんか。これも何かの縁だし、何かよろしくね」

 

「こ、こちらこそよろしく」

 

「はは、何をって話だよね。それじゃぁ、俺は用事もあるし行くね」

 

 そう言ってスタッと立ち去る宮野。そのピンと伸びた背筋にサラッとした髪の毛は後ろから見ても十分彼が爽やかである、指してはイケメンであることを証明していた。

 そして、決して誰にも嫌な言葉や失礼な言葉を発しはしない。

 ぶつかってしまった椎名に対してもあのような良い気遣いが出来る。

 

「・・・・・完璧か」

 

 ググッとある意味乙女ハートを鷲掴みされてしまった椎名はボソッとそんなことを言う。

 

「っと、いかんいかん」

 

 ブンブンと自分の意識をはっきりと戻すと、その両手にある本を受付に持っていった。

 

 椎名は本を借りて家へとてくてくと歩いていくと携帯にメッセージが飛んでくる。

 

恋奈『宿題終わった?』

 

椎名『残り読書感想文だけ』

 

恋奈『あ、そうなんだ』

 

椎名『うん』

 

恋奈『今日の夜花火大会なんだけど、行く?』

 

椎名『そうだっけ?完全に忘れてた。行く行く、お婆ちゃんに浴衣だしてもらう』

 

恋奈『おお、いいね。私もお母さんにだしてもらうわ』

 

椎名『確かにwwって、今年も独り身たちで花火大会とかww』

 

恋奈『毎年のことよ。そう悲観するでない』

 

椎名『あー、速く彼氏欲しいな』

 

恋奈『椎名ちゃんなら直ぐ出来るって』

 

椎名『はいはい、嘘乙。それとあんたに言われたくないんだけど』

 

恋奈『嘘じゃないのにー、まぁ、そういうことにしておいて。それじゃぁ、駅に七時でいい?』

 

椎名『オッケー』

 

恋奈『千早君たちも来るんだけど、どう?』

 

椎名『全然いいよー』

 

恋奈『先行くらしいから、現地集合だって』

 

 帰宅した椎名は借りた本を半分ほど読むと携帯を弄る。そうこうしていると真夏の太陽はゆっくりながら傾き始め、街全体をオレンジの光で包み込み始めた。

 それを契機にしたのか椎名は欠伸をしながら百メートル離れたところにある彼女の祖母の家に顔を出した。

 

「おばぁちゃーん」

 

 玄関で彼女がそう言うと廊下の襖が開いてヒョイと椎名の祖母が顔を出した。

 

「あら、椎名ちゃん。こんな夕方にどうしたの?」

 

「あのね、お婆ちゃんが確かこの前に浴衣があるって言ってたでしょ?今から花火見に行きたんだけど、着て行ってもいい?」

 

「ああ、いいよ。それじゃぁ、お婆ちゃんが着付けしてあげる。中に入っておいで」

 

 祖母に誘われて家に入ると祖母はタンスから浴衣を取り出してきた。ピンク色で桜模様の綺麗な浴衣である。

 

「えっ、凄い綺麗」

 

「椎名ちゃんの為に下ろしてきたやつだよ」

 

「そうだったの?ありがとうー!」

 

「その代わり柿の実取る手伝いしてね」

 

「任せて!」

 

 そのまま祖母に言われて椎名は浴衣を着る。主張し過ぎない胸にスラッとした脚。背筋を伸ばした先にある結った髪の毛。それによる項は大変彼女自身を美しく輝かせていた。

 祖母にお礼を言った椎名はそのまま下駄を履いて駅へと向かう。

 

「あ、椎名ちゃん」

 

「恋奈」

 

 駅にて二人は合流する。恋奈は椎名と違って藍色で花柄の浴衣はよく彼女に似合っていた。

 

「凄い恋奈似合ってる」

 

「椎名ちゃんも凄い似合ってるじゃん」

 

 お互いに褒め合うと二人は電車に乗って二駅移動する。その二人以外にも花火大会に参加する人がいるのか、浴衣姿の人が多かった。

 

「今日の花火大会楽しみだね」

 

「この辺じゃ一番大きな花火大会らしいし、知り合いが屋台やってるんだけど色々と見て回ろっか」

 

「へぇ、そうなんだ。うん、見に行こう!」

 

 そんな楽しげな会話が二人の視線から五メートル先で行われる。誰か知らないその仲睦まじいそのカップルに対して二人は毒を吐いた。

 

「くっ、花火大会にカップルで来てんじゃねーよ」ボソ

 

「見せつけるなよ。リア充は生中継で画面越しに花火見てろよ。あ、それ去年の私だ」ボソ

 

 そうこうしているとガタンッと大きく電車が揺れた。その瞬間、椎名はその衝撃によって前へと一歩出る。更に追加攻撃によって大きく前へと倒れるのだが、彼女の前にいた男によってそれは防がれる。

 

「あっ、えっとごめんなさい」

 

「え、いや大丈夫ですよ・・・って、如月さん?」

 

 と、そこにいたのは浴衣姿でこれから花火大会に行くであろう宮野真守がいた。それとお供が一人。

 

「えっ、あっ・・・宮野君」

 

「うん、どうしたの?あ、可愛い浴衣だね。凄く似合ってる」

 

「あっ・・・ども、ありがとうございます」

 

 いきなりの宮野の登場にビビる椎名。それに紳士対応する宮野。

女性対応に長けた宮野はそれに伴うコミュニケーション能力を発揮して椎名と更に話を続ける。

 

「えっと、俺たち二人なんだけど如月さんたちもどう?」

 

「是非とも!」

 

 ナチュラルに誘ってきた宮野に対して椎名は反射的にそんな風に答えてしまった。「しまった」と彼女が思った時には既に遅く、後ろにいた恋奈に勢いよく肩を掴まれる。

 

「ちょっと、何勝手に行く約束してるの!」

 

「ご、ごめん。つい」

 

「いや、ついじゃなくて。千早君と伊藤君はどうするの!?」

 

「マジでごめん・・・今から断った方がいい?」

 

「はぁ・・・ここで断ったら変なふうに見られるし、千早君たちにはちゃんと説明して、花火見る前にはてきとうに別れよ。イケメンと離れるのは嫌だけど・・・」

 

「うん、分かった。そうしよ、ごめん」

 

「いいよ、別に」

 

 そんな中、一人恋奈はため息を溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という感じでした。
ありがとうございます。

次回はたぶん直ぐに投稿できると思いますんので、クリスマスデートでも楽しんでください(笑)

・・・・・・・・・・・・けっ


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第十七話 硝子の心

作者「なっ、今回は早いだろ?」

千早「圧倒的な短さ!?」


 

 

 

 楓町で行われる花火大会は毎年その地域では大きなものでビックイベントの一つとして扱われている。

 地方から集まってくる見物客も存外珍しいものではない。

 

「にしても、何故俺らはこんなことしてんだよ」

 

「仕方ないだろ、別に。集合時刻までって話なんだから辛抱しろ。バイト代もでるんだから」

 

 行き交う人々を眺めながらボヤくのは千早と連太郎であった。彼らの両手にはフライ返しが握られていた。ジューと良い音と匂いとともに鉄板で焼かれているのは夏祭りの定番である焼きそばであった。

 連太郎の親戚のおじさんに頼まれて二人はバイトしているらしく、椎名と恋奈のことを話したらその二人が来るまででいいよと言われた。

 

「そろそろ時間か?」

 

 千早が時計を見ながら呟くと連太郎が「ああ、そうだな」と答えた。

 

 二人はおじさんに説明して集合場所へと向かった。

 好きな人と一緒に夏祭り。のような少し甘いシュチュレーションに対して千早は妙にウキウキしていた。

 そんな顔を見た連太郎は「ったく」と呟きながらその隣を歩く。

 

 そうこうしていると既に待っている椎名と恋奈が見えてきた。

 

「おつかれー」

 

「あ、伊藤君。おつかれー」

 

 と、四人が合流した時に割って入ってきたのは宮野とその友人である沢村であった。

 突然の謎イケメンに対して二人は驚く。

 

「え、誰?」

 

「えっと、隣のクラスにいた宮野君と沢村君だって」

 

 恋奈が二人を紹介すると、宮野と沢村は挨拶する。

 

「ども、宮野です。えっと、二人とも椎名さんと恋奈さんの友人なんだって?今日は一緒に回ることになったからよろしく」

 

「え、あ、はい」

 

 サッと出された手を千早は思わず握り締めるが、直ぐにその手を離す。

 

「沢村だ」

 

 その隣にいた沢村はメガネをかけたクールなイケメンである。自分の自己紹介を簡素に言ってあとは知らんぷりである。

 

「それじゃぁ、行こっか」

 

 何故かその場を仕切り始めた宮野は自然に椎名を自分の隣に歩かせると屋台がある通りを歩き始めた。

 

「何か食べたいものある?奢るよ?」

 

「えっ、ほんとですか!?じゃぁ、ちっちゃいりんご飴食べたいです」

 

「全然いいよ。りんご飴好きなの?」

 

「私は好きですよ。りんご好きなんで」

 

「あ、そうなんだ。俺もりんご好きだよ。他のフルーツはみかんとか好きかな?」

 

「みかんは冷凍みかんとか美味しいですよね。冬になったらよくするんですよ」

 

「凄いそれは分かるな。こう、感触がいいんだよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、そんな感じの仲睦まじい会話が彼の前で繰り広げられていた。

 

「・・・は?」

 

 つい、感じてしまった感情が簡素に千早の口から溢れる。それを聞いた恋奈は凄く申し訳なさそうに千早の方を向いた。

 

「千早君、ホントにごめん」

 

 恋奈がこの状況になることを止められなかったことを謝るのだが千早の心に変化をもたらすことはない。

 

「・・・別に、いいよ」

 

「・・・・・・・・」

 

 連太郎は沢村とちょいちょいと話をしている。二人の会話から聞こえてくるアニメやゲームのキャラ名は意外にも沢村がオタク?だと匂わせている。

 

「ほんとは四人で行くつもりだったんだけど、宮野君が誘ってきて、つい椎名ちゃんが反応しちゃって」

 

「ああ・・・まぁ、大体のことは察して来た。お前が謝ることじゃない・・・ただ」

 

「ただ?」

 

 首をかしげてくる恋奈に反応して千早は答える。

 

「目の前でこんなことされたらさ・・・ため息の一つや二つじゃ足りない」

 

「・・・ほんとにごめん」

 

「だから、お前が謝ることないから・・・俺が・・・俺が、変に感じただけだから」

 

「・・・・うん」

 

 好きと、きっと自分で自覚した千早は目の前にある光景を見たくなかった。嫉妬という言葉が彼の中を巡り、汗に変わっていく。

 自然に拳に力が込められるが、何故か抜けていく。 

 

「四ノ宮、悪いけど俺屋台の手伝いあるから戻るわ」

 

「え・・・戻るって」

 

「見れば分かるだろ・・・これ以上は無理だわ」

 

 千早はそう苦笑いすると恋奈が再び声をかける前にそこから来た道を戻り始めた。その儚げな一人の男の背中を恋奈は追いかけられないで無言で見続けた。

 数秒して連太郎が「やっぱりか・・・はぁ、なんでかなぁ」と愚痴るようにそう溢した。

 

「・・・・ごめん、私も行く。あの二人が必要以上にくっつかないように見張ってて。沢村君と伊藤君・・・お願い!」

 

 握り拳を作った恋奈は立ち去る千早の背中をロックオンするが、直ぐに人混みの中に消えてしまった。

 

「おいおい、何するんだよ」

 

「何って・・・あのクソチキン童貞野郎に一発喝入れてくる」

 

 その強気な言葉を聞いた連太郎はニヤッと笑う。

 

「はは、俺じゃぁ無理だったけど・・・任せるよ」

 

「任されました」

 

 慣れない下駄を履きながら恋奈は一人千早が消えた人混みに向かって走り出した。

 

 

 




物語も結構クライマックス?になってまいりました。
みなさんもこんな体験ありますよね?


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第十八話 君を思う

 

 

 

 十村千早。

 

 

 

 という名前を授かってからなんの取り留めもない普通の男として過ごしていた。明るく元気な両親と口うるさい姉という家族に囲まれて生まれたせいなのか、人と関係を結ぶことはそんなに難しいものではなかったと思う。

 

 だけど、そんな人間関係が分からなくなってきたのは中学に入ってきた頃だろうか。

 

 ある一人の女の子を好きになってしまった。それが俺の初恋だったと思う。その頃から如月椎名という女と俺は仲良くなった。

 

 彼女とは関係のない一人の女の子を好きになった俺は訳も分からずアプローチしてみた。すると、なんとそれに対して彼女は好反応を示してきた。

 

 友人と相談したり、ネットや雑誌から仕入れた情報で勉強してデートに誘ってみた。その時二人で見た映画の名前を今でも覚えている。よく笑ってくれて、彼女は楽しくなるために俺は精一杯頑張った。

 それで半年が過ぎようとした時に俺は彼女に告白をした。

 

 結果は惨敗。

 

『ごめん、無理』

 

 その冷たく尖った言い方に今まで俺に向けてくれた笑顔は嘘だったと確信した。何故なのか理由は分からないけど、きっと碌でもない女だった。そんな風にしか思えなくなった。

 そんなこんなもあって極度に俺は他人の行動の意味に囚われるようになった。

 

 しっかり自分で判断をしよう。それで間違っていなかったのならそれでいい。仕方ない。

 

 そんな風に割り切って、誓って、戒めのように言い聞かせていたはずだった。自分だけが不幸だなんて思わない。俺のように女の子に振られている男だっている。

 それでも、次頑張ればいいや。みたいな、明るく元気なポジティブ野郎みたいに気分転換が出来る程ノリの良い世界にいる訳じゃない。

 

「千早君」

 

 そこまで考えて誰が自分の名前を読んだ。そこで、やっと自分が祭り会場から離れた市街地にいるのだと気づく。

 暗い世界の下、月明かりに照らされてこちらを見ているのは四ノ宮恋奈であった。

 

 腹黒女。変な洞察力に優れていて、よく俺たちのことを見ている。

 

「・・・・・・どした」

 

「どしたって・・・こっちに屋台はないよ」

 

「・・・ああ、そうだな。ごめん、やっぱ俺は戻れないわ」

 

「・・・千早君が椎名ちゃんのこと好きだったのは知ってる。だったら、このまま宮野君に好き勝手させていいの?多分、あのままじゃ・・・」

 

「だけど、俺がどうこうしたって、無理だろ」

 

 諦めたように俺は言った。

 自信があるようでない。人は俺のことをイケメンだとかなにかと言うが、自分ではそうは思わない。それだけ、自分に対して自信がない。だけど、良いとは言ってはくれている。

 だから分かんない。

 

「そんなこと言って・・・ホントは悔しいんでしょ?千早君いっつもそうじゃん?自分がダメだって言うことで失敗した時の保険をかける。だけど、心のどっかじゃうまくいくって思ってるんでしょ?」

 

 彼女の言葉が俺の心に突き刺さる。

 

 気づかされたことは多かった。知ってた・・・そんなことは分かっていた。いつだってそうだ。自分に自信なんてありはしない。

 毎度毎度嫌気がさす。

 

 正面切って、戦ったことはなんてない。

 

「そんなの・・・ズルいよ。ズルいって・・・逃げないでよ」

 

 俺の目に映ったのは今にも泣き出してしまいそうな四ノ宮の表情だった。それで、どれだけ自分がこいつに思われているのか分かる。

 

「バカの一つ覚えみたいに言って・・・逃げないってことはそう簡単なことじゃないんだよ!なんにもしなかったんだ・・・逃げてた人間が立ち向かえる訳ないだろ」

 

「だから・・・それが言い訳って言ってるの!そうだよ!なんにもしてない人間が誰かに好きになってもらおうなんて都合が良すぎる!」

 

 ズイっと彼女は前に出て言う。

 その言葉は剥き出しになった心を締め付ける。知っている。言葉にして初めて現実へとなったその意味は確かにそこにあった。

 好きな相手に好きになってもらおうと思う努力もしないで好きになってもらおうなんざ都合が良すぎた。 

 知っていたからこそ、現実になることが怖かった。

 

「・・・・・・」

 

「椎名ちゃんとは友達だったんでしょ?だったら、今までの付き合い方じゃ無理じゃん!そんなのただの友達みたいにしか思ってないって!分かった!?」

 

 俺は馬鹿だ。

 椎名のことはなんでも知っていると思っていた。俺が彼女のことを思っているように彼女も俺のことを好きなものだと思っていた。

 だけど、違った。そんなことは当たり前だったのに。

 友達の延長線上で好きになってしまったのと、相手が俺のことを好きなのは全然違う。

 

 近すぎたからこそ見えなくなった。

 

 それは俺だけじゃなくて、彼女もそうなのかと思った。だから、お互いに分かんなくなって見えてしまった俺だからこそこんなにももがいて、苦しんで。

 

「うん・・・四ノ宮の言う通りだ。悪い」

 

「別に謝られても。それに、それでもし私たちの空気が壊れたりしたらって思ってるなら余計なお世話だから」

 

「・・・・・・」

 

「恋愛に周りは関係ないでしょ?」

 

「・・・随分、雰囲気が違うな」

 

「媚びる相手には媚びる。利用出来ると思ったら大体なんでもする。それが、私」

 

「はは、やっぱりお前だわ」

 

 自分の痛いところを突かれて随分と戸惑ったし、怒りは上がってくる。それでも、そんな自分の弱さを初めて肯定してやれることで自分自身を許せるような。そんな気がした。

 自分を客観視することが出来た。

 それでも未来は見えない。

 

「・・・ありがとう、四ノ宮」

 

「ん・・・椎名ちゃん泣かしたら、許さないから」

 

「はいはい、そんなことぐらい分かってますよ。まぁ、なんだ・・・お前と友達で良かった」

 

「なに恥ずかしいこと言ってんの・・・うん、私も千早君と友達で良かった。速く行ってきて。きっと、待ってるから」

 

「ああ、分かった」

 

 俺は四ノ宮にそう言って背を向けると、来た道を先ほどの倍の速度で走り出した。

 

 一緒にこようとしなかった四ノ宮に声をかけようかと思って何度も振りかえようとしたが、何故だか振り返ってはいけない気がした。

 

 

 

 

 

 

 




がちなクライマックス?


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第十九話 ツケの精算

 

 

「何処行ったんだよ」

 

 多くの人が行き交うこの夏祭りの会場では容易に人を探すのは簡単なことではなかった。千早から何度も椎名にコールするのだが出てくれない。

 

「よお、スッキリ顔した奴がいるな」

 

「連太郎・・・」

 

 そんな千早に声をかけるのは沢村と一緒にわた菓子食べている連太郎の姿であった。

 

「覚悟決まった訳だな」

 

「覚悟?んなもん、決まってねーよ。覚悟っていうか、一歩前に出ることに前向きになっただけだ」

 

「相変わらず遠まわしな言い方だな。お前、小説家でもなったほうがいいんじゃねーの?如月だよな?いつの間にか消えて、橋の方に行ったような」

 

「橋?サンキュー!」

 

 連太郎から情報を受け取った千早は更にその速度を増して走り出す。途中何度か他の人とぶつかってしまいながらも彼は探した。

 すると、橋を歩く二人の男女を彼は捉える。紛れもない、椎名と宮野であった。千早その二人の背中に向けて走る。

 

「ほら、そろそろ花火が始まるよ」

 

「あ、そうですね」

 

(千早と恋奈・・・何処に行ったのかな?確かにイケメンと二人は美味しいシュチュレーションだけど・・・なんか・・・)

 

 椎名は自らが望んでいたそのシュチュレーションに若干の疼きを感じながら周囲を見る。だが、その友人二人はその場にいない。

 

 と、花火が打ち上げられた。甲高い音ともに打ち上げられた火種は上空で綺麗な花を咲かせる。一瞬それに見とれた二人であった。すると、宮野はこれ見よがしに椎名を真っ直ぐに見る。

 

「椎名さん・・・」

 

「え・・・あ・・・はい・・・・?」

 

 そう徐々に顔を近づけてくる宮野。完全にキスをしようとするパターンであったが、椎名は一言こう思った。

 

(違う・・・)

 

「あの・・・ごめんなさい」

 

 その次の瞬間には不意に椎名はそんな言葉を喋っていた。

 

「・・・・ん?」

 

「私には他に好きな人がいますから・・・そういうの、止めてください」

 

「え・・あ・・・・そ、そうだったのか。なんかごめんね」

 

 あくまで誠実さを感じさせるような素振りを見せる宮野。それに反対してやや不機嫌になってしまった椎名。

 宮野からすれば相当参った展開になってしまった。

 自分のこと好きなんだろと思ってキスしようとしたら断られてしまったのだ。これほど、イケメンフェイスとしては屈辱的な展開はないだろう。

 

「そうかい、それじゃぁ・・・俺は行くわ」

 

 それだけポツリと言うと宮野はその場から立ち去っていった。少し豹変してしまったその彼の態度に対してかなりドン引きした椎名はまぁ猫かぶっていたのだろうと椎名は納得する。

 

(うん・・・納得しちゃったなぁ、なんだか)

 

 ヒューン ドンッ!

 

 と、彼女の視線の先で火の華が咲く。それを綺麗だと思いながら寂しいという気持ちが椎名の心を揺さぶる。

 それでも、なんでかなぁと思ったら彼女自身自分の浅はかな考えが原因だと感じた。

 

「私もなぁ・・・」

 

 自分でもそう気になることはあった。

 

 十村千早。彼のことを思い浮かべるだけで椎名の胸はキュンと締め付けられる。それが恋心だというのに気づくのは速かった。千早が椎名を好きになる前よりもずっと前から椎名は千早のことが好きだった。

 

 しかし、その友人間の態度というものを崩せずにズルズル気持ちを引きずったままでここまで彼女は来てしまった。

 そして、振り返れば彼はいなかった。

 

「嫌になるなぁ・・・」

 

 ついイケメンだからと思ってついていった結果がこれであった。本心からそんな関係になることを望んでいなかった。

 

(神様がツケを払えと言っているのかな?)

 

 そう椎名が苦笑いした。

 

「椎名・・・はぁ・・・はぁ・・・ここにいたのか」

 

 そう彼女の名前を呼ぶのは息を切らした千早であった。若干汗だくになりながら千早は彼女の目の前に出る。

 

「え・・・あ、うん」

 

「花火始まってたんだな」

 

「そうだよ・・・ほら、凄く綺麗」

 

「ああ、綺麗だな」

 

 喋りながら息を整えた千早は椎名を見た。

 

「まだ言ってなかった。浴衣、似合ってる」

 

 すると、椎名は千早の言葉に一瞬キョトンとした後に口角を釣り上げて「そうかな?ありがとう」と頬を染めた。

 そうこうして花火が終わると、椎名のケータイが震える。画面を確認すると椎名から連太郎たちと先に帰ったとの報告があった。

 

「恋奈たち、先に帰ったんだって」

 

「あ、そうなん?じゃぁ、俺らも帰るか」

 

 そうして二人は同じように帰宅する他の人々で大変混雑していた。ギュウギュウの満員電車に乗って二人は最寄駅へと出てくる。

 住宅街へ出て椎名の家にもう直ぐ着こうとしていた。

 

「なんか、また送ってもらったね」

 

「別に今回だけじゃないだろ。珍しいことじゃない」

 

「へへ、ありがとう。千早って、女の子にはいっつもこんなことするの?」

 

「どうだろうな。お前以外の女の子送ったことないから」

 

「へー、そうなんだ」

 

「ああ、女子の接点なんて俺は少ないからな。あんまり。それで、宮野とはどうだったんだ?あいつ、変に手出してきてないか?」

 

「え・・・あー、なんかキスされそうになった」

 

「は?え、お前まさか」

 

「いやいや、しないしない。結局ああいうのって顔だけだった。あんまりタイプじゃなかったなぁ」

 

「・・・そっか」

 

「うん、そう」

 

 二人の歩く距離はどんどん短くなり、いつしか自然と二人は手を握っていた。お互いの手汗で気持ち悪くなりながらもその手を離すことはなく、二人は歩いた。そして、椎名の家の前まで来た時にその手は名残惜しくも離れて行った。

 

「それじゃぁ・・・ね」

 

 玄関の前で綺麗にお辞儀する椎名を見た千早は胸がズキズキと痛み出すのを感じていた。

 

(本当にこれで良かったのか・・・分かんないけど、このままじゃ嫌だし。椎名と心が通じ合っている訳でもないんだから、俺は・・・)

 

 千早はそこでやっと言葉にした。

 

 

 

 

 

「好きだ」

 

 

 

 

 

 

「え・・・」

 

 

 

 

 

 

 椎名の口から戸惑いの言葉が出る。次の椎名の反応を待つ前に千早は言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「俺と付き合ってください」

 

 

 

 

 

 

 直後、椎名の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

 

「ばかぁ・・・千早のばかぁ・・・」

 

 一歩ずつ千早に向かって歩く椎名を千早が迎え、その手を握った。そして、椎名は泣きながら更に続けた。

 

「ずっと・・・・ずっと、待ってんだから」

 

「ごめん、随分と待たせちゃったな。それで、答えは・・・」

 

 そう言うと嗚咽交じりに椎名は言う。そこに可愛さはないものの、そこには如月椎名というたった一人の女の子が確かにいた。

 

「こんな私で良かったら、お願いします」

 

 彼女はそう静かに言った。

 

 

 

 こうして彼と彼女の人生の一幕は一旦閉じるとする。

 運命とは皮肉なものでお互いにそんな関係を求めていなかったのにも関わらず、否応なくあたかも決まっていたかのようにそうなってしまう。

 しかし、運命を知ることは出来ない。故に変えることは出来るのだろうかと考える。結果この二人が付き合ったことが何を意味するかどうかは分からないが、十年二十年後に互いに運命の人と言えることになれば素晴らしいことなのだろう。

 オタクと腐女子であったからこそ、その平行線は交わることはなかった。

 

 決してオタク女子が全員リア充男子に恋している訳ではない。そういうことを言う奴は自らの運命から目を背けているだけに過ぎない。それを千早は身を持って感じた。

 だけど、前述した通りに変えられない訳ではない。

 

 これから先、彼らがどんな人生を歩んでいくのかどうか分からないが、様々な苦難が待ち受けていることは確かであろう。

 それでも彼は一つの大きな答えを導き出す。

 

 遠すぎて霞んだものも、近すぎて見えなくなったものも。きっと、自分の答えなんだって。

 

 




以上をもちまして、『近すぎて見えない』は終わりになります。
どうですか?みなさんもこんな体験あったでしょうか?
作者としては共感出来る作品を考えたんですが、どう考えてもギャグはありえませんよね。
みなさんの時間潰しにでもなってもらえたなら幸いです。

・・・・と、言いたいところなのですが、作者としてももう少し続きが書きたいなと思いまして、
色々と番外編でも書いていこうかなと思いました。
現段階としては今回のものを高校生編として、大学生編みたな感じにその後も続けていけたらいいなと思っています。
ブックマークをつけてくれた皆様、読んでくれた皆様、まだ終わりませんから今後ともよろしくお願いします。


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第二十話 聖なる夜のリア充へ告ぐ

今季のアニメおもしろいですねぇ。
取り敢えず、今季は季節感無視のアニメおおいですけど、おすすめは亜人ちゃんですかねぇ。
他にもこのすば二期もありますし、政宗くんとかもいいですね。
みなさんも素敵なアニメライフを送ってください。
そんなわけで続きです。章管理が今微妙なんでまた落ち着いたらちゃんとします。ごめんなさい。さあ、張り切っていきましょう!


 

 時はクリスマス。

 

 千早と連太郎の二人は十二月二十四日だというのに学校に来て勉強していた。それも、この間行った抜き打ちテストの点数が悪かったからである。他にも彼ら以外に抜き打ちテストで点数が悪かった生徒はペナルティとして学校に来ていた。

 そこには千早と連太郎の姿はあるのだが、椎名と恋奈がいないことに二人は不満を感じていた。

 

 教室に残って勉強している男子は昼を過ぎて集中力が途切れ始め、各々が駄弁り始める。それは連太郎も同じようで携帯をチェックし始め、千早へと話しかける。

 しかし、その千早の反応は随分と曖昧なもので連太郎としては不満が残るものであった。

 

「何か今日は集中してるな?」

 

「まぁな、あともうちょっとで終わりなんだ。邪魔するなよ」

 

「おっ、なにその反応?今日、デートとか?」

 

 その言葉に教室にいる男子全員の耳がピクリと動く。千早はそんなことにも気づかず、スラスラと課題を解いていく。

 

「え、まー、そうだな」

 

「え!?なにその反応!」

 

 バンと机を叩きながら連太郎はその場に立ち上がった。それにビクッと千早は驚く。視線を連太郎の方へと移すと、連太郎の後ろに教室にいた男子生徒が全員並んでいた。

 

「え、なにお前ら?」

 

 千早がそう聞くと連太郎が代表として千早に再度質問をした。

 

「よく聞け、これは非常に重要なことだ。十村千早、お前は如月椎名と付き合っている」

 

「え、あ・・・はい」

 

「まぁ、これは周知の事実だとして、いいわ。前からお前たちが好き合ってるのは知っているし」

 

 後ろの男子はウンウンと頷いている。

 

「次だ。次の質問が重要だ。真実だけを述べろ。今日如月椎名とデートする。イエス、ノー」

 

 ギラリと睨むその全ての眼光にビビリながら千早はほぼ反射的に震えた声で言った。

 

「い・・・・・イエス・・・・・」

 

 その瞬間、千早は両手を拘束バンドで制限され、教室は法定のように改造される。千早は何もわからぬまま、その中央に立たされ、その場所のみが光で照らされる。

 

「え・・・なに?なんなの!?」

 

 バンッ!と正面の机に座っている男子生徒がハンマーで机を叩く。さながら裁判長のように。

 

「検察側」

 

 すると、右側に座っていた長身アフロの清彦が立ち上がって述べる。

 

「被告、十村千早は本日十二月二十四日、恋人である我がクラスの美少女、如月椎名とイチャイチャデート後に子作りすると言質が取れました」

 

「待て、子作りするなんて一言も言ってない!」

 

 子作りという単語に若干恥ずかしながら千早は否定するのだが、その言葉を全員が無視する。

 

「よって、検察側としては死刑を求刑します」

 

「死刑!?」

 

 そうこうしていると反対席に座っている連太郎が手を上げて言った。

 

「異議あり!検察側は虚偽の報告をしています!」

 

「連太郎!そうだ!言ってやれ!」

 

 唯一味方してくれそうな連太郎が弁護人として弁明しようと発言した。千早はそれに希望を抱く。

 

「被告が発したのはイチャイチャデートをするということで、子作りまでとは言ってはいません」

 

「いや、だからイチャイチャとも言ってないから!イエスって言っただけだから!」

 

「よって、弁護側からは死刑が妥当かと」

 

「お前もかぃぃぃぃぃぃ!」

 

 一度は希望を持った連太郎にさえ裏切られた為、その場に嘆きを吐くのだがどうにもならない。

 クルリクルリと周囲を見渡すが、何処にも彼の味方は存在しなかった。

 

 裁判長ポジションの男子が正面から千早を見ると、咳払いしながら言った。

 

「被告、十村千早をリア充罪として有罪。よって・・・」

 

 そして、教室が木霊した。

 

「「「「「「ギルティィィィィィィ!!!!」」」」」」

 

 一斉に男子生徒が飛びかかってきた。

 本能でヤバさを感じ取った千早は反射的に後方へ飛び退ける。彼がさっきまでいた場所には完全に逝ってしまっている男子生徒たちがいた。

 この教室の男子の馬鹿さ加減に千早は呆れる。

 

「馬鹿が!お前らに捕まるか!」

 

 そう言って千早は自身の課題プリントを机から攫うとダッシュで職員室へ向かう。

 

(こいつをなんとかすれば俺は自由の身だ。あばよ!野郎ども!)

 

 拘束バンドを付けたままで走りにくいが、中学校バスケ部であった千早はそこそこの運動神経で廊下を走り抜ける。

 

 だが、それに直ぐ追いついた影がある。

 

「おっと、悪いがお前の運命はここまでだ」

 

「お前は陸上部の野田!」

 

 颯爽とチハヤの隣に現れたのは陸上部のユニフォームを装備した男子生徒が見えた。

 

「そういうことだ。百メートル十二秒で走る俺には流石に勝てないぞ」

 

 千早の隣に走る野田に即座にリアクションを取る。

 

「女子に振られて五十戦中五十敗。付いたあだ名が連敗魔の野田!」

 

 千早の精神攻撃。野田に四百のダメージ。

 

「説明なんてしなくてもいいじゃないかぁぁぁぁぁぁ!」

 

 千早がそう説明すると野田は改めて現実を感じたのか反対方向へダッシュで戻り始めた。

 

(ふっ、野田君。君があだ名について精神的ダメージがあるのは知っているよ。ふふ、残念だったな)

 

 そうやって走っていると正面に剣道部員が竹刀を構えているのが見える。

 

「俺のクラスに剣道部は一人しかいない。パーマ以外に見た目の特徴がない山田!」

 

 おっと、山田がピンピンしている。千早の精神攻撃は効かないようだ。

 

「甘い、散々言われているおかげで今更何を言われてもなんともない!全国予選初戦惨敗の剣を受けるがいい!」

 

 そう振るう山田の竹刀。の割にはその竹刀の動きは鈍く、息切れをしている様子である。

 

「全然じゃねーか!つか遅!」

 

 無理矢理その竹刀を奪う。

 

「握力もねーのかよ!」

 

「クソッ、俺は防具を身に付けると重くて動けんのだ。生身なら、生身なら勝てるのに」

 

 地面に倒れ伏す山田。その倒れている山田を見ながら千早はポツリと言う。

 

「いや、じゃぁなんで防具身につけてんだよ」

 

「しまった!これは試合じゃなかった!」

 

「アホじゃないか」

 

 山田を一瞥して千早はその場からダッシュで廊下を駆け抜けていく。しかし、流石に疲労が溜まって来たのかそのスピードは遅くなり始め、廊下の角の階段に尻餅をつく。

 

「ふぅ・・・流石に疲れた」

 

 久しぶりに全力ダッシュをしたせいなのか千早の顔には疲労が見られる。

 

「くふふ、十村君飲み物だ」

 

「おう、サンキュー」

 

 隣から差し出されたペットボトルを受け取った千早はそのまま中に入った飲料水を飲む。

 

「って、調理部の井崎!」

 

 隣にいたのはボサっとした髪の毛にそばかすが印象的な井崎君であった。

 

「ふぬぬ、今飲んだのは特別に調合した即効性のある短時間で身体に麻痺が出る飲み物だ。これで、君は・・・あれ?」

 

 井崎の様子がおかしい。あまり目の焦点が合わず、体がブルブルと震え、身体が微妙に硬直し始めている。

 

「お前・・・まさか」

 

 千早は顳かみを抑えながら辺りを見渡すと、下の階に三本ほど彼が飲んだペットボトルと同じ柄のペットボトルが散乱していた。

 

「まさか、僕が休憩に飲んでいたものが麻痺入りのやつだったとは・・・ぐふ」

 

(今更だけどロクな奴がいねぇ)

 

 呆れ気味に千早はその場を後にする。

 しかし、直ぐに廊下に出ればバレてしまうので近くにあった空き教室に入った。

 

 

 

 

 

 



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第二十一話 死神は見てる

最近寒いですね。
作者はラブコメとはなんたらと思いながら、久しぶりにオトメン見てます。
ですが、なんと明日はテストの結果発表ということもあり、精神は鬱気味ですわ。

千早「いや、頑張れよ」

作者「お前にもわかる時がくる」

千早・椎名「・・・・・・」

姫神明子っていうなまえを姫神志穂という名前に変えました。
え、誰だそれは?
第四話をご参照!


 

 

「え、何してるの?」

 

「え?」

 

 千早が空き教室に入るなり声をかけてくる人物がいた。京凪であった。今回は前回のように着替え中というラッキースケベは発動しなかった。

 

「ああ、生徒会長殿」

 

「いい加減肩書きじゃなくて名前で呼んで欲しいんだけどな」

 

「えっと、藤野先輩?」

 

「何故そこが疑問形なのか聞きたいんだけど。まぁ、いいわ。それで、何があったの?」

 

「うーん、まぁ厄介なことに。実はカクカクシカシカで」

 

「いや、漫画じゃないんだから」

 

 ~事情を説明~

 

 ある程度の事情を聞いた京凪はフムと考え込む。数秒して京凪は言った。

 

「分かった。ここは戦闘能力の高い私が囮になるから。その間に十村君はダッシュでプリントを職員室に届けて。そしたら帰れるから」

 

「あ、自分の戦闘能力認めたんだ。よし、分かった。詳細な作戦は俺が考える」

 

「いいの?」

 

「こう見えても戦術ゲーは強い方なんだよ」

 

 それから五分程度色々と考えた結果、京凪の後ろから千早が声かけをする。と言うものである。

 二人はそれから直ぐに準備して廊下に出る。

 

 血に飢えた男子生徒の目の前に京凪が現れ、その後ろから千早が注目するような声掛けを指示する予定。であったのだが、壁にコソッと隠れた千早の周囲にいつの間にか男子生徒たちが集まっていた。

 

「え・・・」

 

「ふっ、お前のリア充ライフもここまでだな」

 

「リア充を野放しに出来るほど俺たち出来た人間じゃねーんだよ」

 

「死ね死ね死ね」

 

「ぐりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

(おい、最後の人語喋ってねーぞ。ていうか、まさか直ぐに囲まれるなんて予想もしてなかったわ)

 

 と、所定のポジションに京凪が現れるが、千早の方を見てこめかみを抑える。

 

「ちょっと!あなたたち!何をやっているんですか!」

 

 そんな大声を張り上げながら京凪が男子生徒たちを押し分けて千早の目の前に立つ。まさかまさかの登場に男子生徒たちはビビる。

 

(正面から対エロ魔人兵器を投入出来たのはいいが、意外にもビビるだけ。いつもなら逃げ出すのにこいつらヤバイな。こうなったら・・・最終手段を・・・くっ、許せ生徒会長)

 

 そう思った千早は徐に目の前にいる京凪の前スカートを手で掴むと一気に上へと持ち上げた。鮮やかでスムーズなその動きに京凪を含む全体の反応が遅れる。

 

「黒だ」

 

 千早がそう言った途端、彼の顔面に向かって京凪の肘が飛んできた。しかし、その反応を知っていた千早はそれを華麗に回避する。

 心の中で謝りながら男子生徒の輪を潜り抜け、一気に職員室へと駆け抜ける。

 

「あとでぶっ殺す!!!」

 

 女性とは思えない野太い声で叫ぶ京凪に心の中で謝る。絶対許してもらえないんだろうなと千早は思いながら前を向いた。

 

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・失礼しまーす」

 

 ガラガラと職員室へたどり着いた彼は担任である姫神志穂教諭の机に行く。

 

「あら、十村君。どうしたんですか?そんなに息を切らして」

 

 ほよよんとする姫神教諭に体力を回復させながら、完璧に解答欄が埋まった課題のプリントを姫神教諭に渡す。

 

「えっ、あの量をもうやったの?」

 

 課題プリントをスラスラと見たあとに「はぁ」とため息をこぼしてから千早の目を見る。

 

「普段からこれくらい頑張ってくれたらいいんだけどなぁ」

 

「いや、それは申し訳ないです」

 

「まぁ、十村君ならいざって時に頑張ってくれるからいいんだけどね。いいよ、これで。もう帰るのかな?」

 

「はい、約束があるので」

 

「約束?ああ・・・今日はクリスマスイブだもんね」

 

「先生も何かないんですか?」

 

「もー、十村君。そういうのを独身の女性に聞いちゃダメですよ?」

 

 メッと千早の額を小突いてくる姫神教諭の愛らしさは随一である。

 

「それじゃぁ、俺行きますね」

 

「はいはーい、デート楽しんで」

 

 一度礼をした千早はやることが終わったと軽い気持ちで職員室が出る。堂々と帰れると思った千早が感じる空気は素晴らしいものであった。

 

(さぁ、帰ろうか)

 

 千早は大きく伸びをして清々しい気持ちで学校を出ようとした時、見てしまった。多くの男子の屍の中に佇むのは対エロ魔神兵器。たった数分のことだというのに千早のクラスにいる男子生徒十名が倒されてしまった。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴという効果音を背景に覚醒した藤野京凪はギロリと千早の方を見る。そして、目が合ってしまった。

 

「ふっふっふっふっふっ・・・・・・うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・っ!」

 

 千早が目を覚ますとそこには真っ暗な空が広がっていた。千早が起きるのを待っていたかのようにタイミングを待って雪が降ってきた。雪は彼の頬で溶け、水となる。

 

「・・・・・・あああああっ!しまったぁぁぁ!」

 

 バッと出した携帯端末の画面には二十時とあった。それを見た千早は今一体どういう状況なのか錯乱した後、状況をなんとか整理して飲み込む。

 

「よ、よし・・・落ち着こう。落ち着こう。俺が寝ているのは中庭のベンチ。おk、そこまでは大丈夫。問題は今日のデートの集合が駅に・・・十九時集合であること」

 

 再び千早は携帯端末を見る。時刻は二十時。

 

「う・・・ああああああああああああああああっ!」

 

 ダッシュで靴を履き替えて正門を抜ける。千早はそうして走りながら携帯端末をもう一度確認すると、椎名からのコールが数十件ほどあった。

 当たり前だ。デートの集合時刻よりも一時間も遅れているんだから。

 

「いやいやいやいやいや!俺のせいじゃないから!絶対俺のせいじゃないんだからぁぁぁぁぁぁ!」

 

 千早の声は聖なる夜へと轟いた。

 

 降りつく雪も諸共せずに千早は走り続ける。激しい戦闘の後だと言うのに彼は全力で走り続ける。途中、凍った地面に滑って思いっきり地面に身体を打ち付ける。

 

 それでも尚走り続けた。

 

「取り敢えず、椎名にコールを・・・って・・・」

 

 画面を見ようとするが、プツンと携帯はそれ以上何も言わなくなった。

 

「ぢくじょぉぉぉぉぉ!!」

 

 必死に走った千早はやっと駅へとたどり着いた。駅には他に大量のリア充たちが犇めいていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 息を切らしながら駅の周りを色々と見て回るのだが、千早の視界に彼女が映ることはない。

 

「やっぱ・・・はぁ・・・クソ・・・」

 

 駅前にあるベンチに息を整える為に座る。

 

「皮肉だ・・・デートに行く為に策を講じたのにその策に逆に足を絡め取られるなんてな。いや、自業自得か・・・」

 

 自らの欲の為に他人を犠牲にした結果がこれ。まさにしっぺ返しとはこのことであった。ここにいても何も変わらない。帰ろうと千早がした時、

 

「なーにしてんの?」

 

「なにって・・・幾ら自分のせいじゃないとしてもデートに一時間遅刻するとか・・・ないよなぁ・・・・・・・・・・・・って!」

 

 ガバッと千早が顔を上げるとそこには彼の恋人である如月椎名の姿があった。

 

「・・・なんで?」

 

(俺はきっと世界一アホ面をしていただろう)

 

 

 

 

 

 

 




次回もお願いします。


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