IS〈インフィニット・ストラトス〉~天駆ける空色の燕~ (狐草つきみ)
しおりを挟む

序章
第0話 物語は始まりを告げる


 

 

 

 

 “もしも”この世に存在しない人物が居たら?

 

 

 

 “もしも”それで運命が変わるとしたなら?

 

 

 

 “もしも”この物語が違う道を歩むのなら、それはIFだ。本来あり得ない未来。本来起こり得ない未来。

 

 

 

 これは、たった一つの分岐点を作った“燕”が突き進んだ先の、異なる結末の一つを描いた物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本近海となる太平洋洋上の何処とも分からない海上にて、一隻のイージス艦が我が物顔で航行していた。しかし、その外見からしてあからさまに日本海上自衛隊が所有する船舶とも、米海軍が所有する艦船とも言い難い。

 軍艦色よりも暗いジャーマングレーに、喫水下の防汚塗料とはまた異なる赤い差し色の入った独特なカラーリングをしている。シールドバリアーを削り切ることに特化した対IS用近接防衛火器(CIWS)や連装化されたMk.45五インチ砲などの、比較的近年になって採用されたばかりの最新兵装を豊富に積み込んでいることからも、目に見えてISを警戒しているようにも見えた。

 およそ35ノットを越える快速で、何かを急くよう駆け抜けていたイージス艦だが、何を思ったのか突如として減速し、やがて機関を停止させた。

 一体何がイージス艦の足を止める理由となったのか。それはイージス艦の存在する地点から遥か数百メートルと離れた場所に、見慣れぬ島がただそこにポツリと存在していたからであった。偶然にも島を見付けた乗組員は即座に海図と照合するも、該当する島は存在しなかった。急ぎ上官に方向し、上官は突如として現れた島に不気味さを感じ、迂回するべきだと判断する。

 この艦船にある“積み荷”を一刻も早く運ばねばならないためであり、その判断はある種正しかったのであろうが、生憎と()()()()()()()が悪かった。

 しかし、彼らがこの判断を後悔するとは、夢にも思わなかったことだろう。尤も、それを知る頃には既にこの世には居ないが。

 

 

 

 

 

 

 ──そう、かの“天災”篠ノ之束(しののの たばね)の研究所とは知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 “異物”の接近に気付いた束は、いつぶりかも分からない久々の来客に、鼻唄混じりに微笑んだ。しかし、その笑みはどう見ても自分に集ろうとする虫ケラを嘲笑う顔であることは、本人以外に知り得ない。尤も、相手はここから立ち去ろうとしているのだが、彼女にとってそんな些末事など関係ない。

 

「全くぅ、束さんは忙しいというのに、それを邪魔しようだなんて無粋な連中共にはほとほと呆れ果てるというものなのです。…………さてさて、お邪魔虫を相手のゴミ箱にシュゥゥゥーッ!! 超エキサイティンッ!! お掃除しなくっちゃ♪」

 

 既に一六八時間以上──日数にして役七日、実に一週間程である──キーボードを叩く彼女は、ややテンションがおかしくなっていた。目の下に浮かぶ深い隈がその証左。それはもう過去最高にハイな気分である。端から見れば、危ないお薬を服用した人にも見えなくもない。

 ルンルンと場違いな鼻唄を歌いながら、束はモニター越しに見える艦船を見つめる。艦影からしてイージス艦。しかし、カラーリングや装備は正規品とはまた違うものだ。恐らくは何処かの非正規組織が所有しているのだろう。……そんな組織は極々限られているのだが。

 だからと言って、そんなことにすら興味を抱こうとしない束にとっては、鬱陶しくも目障りなハエ──いや、水の上を走るのだからアメンボか──でしかない。そんな物に労力を割くのも馬鹿馬鹿しいと思える程だが、それで自分の周囲をウロチョロされるのも精神衛生上よろしくないわけで。

 手を伸ばすのも億劫になるが、束はホロキーボードのエンターキーをその細い人差し指で軽く、トンと叩いた。

 

「ポチッとな♪」

 

 ボタンを押す時のお約束とも言える台詞と共に、画面の向こうの“異物”は突如として船体側面から爆発、炎上し始め、最終的には船体が三ブロックに割れて沈没した。

 その様子をまるでガラスケース越しの小動物を眺める子供のように見つめていた束は、実に愉快で楽しそうであった。

 だが、あっさりさっくりと一瞬で終わってしまったからか、すぐに意識を逸らしては興味が薄れたかのように、また別のホロディスプレイへと目を移す。数秒前まで腹を抱えて大爆笑していた姿からは、想像できない程の切り替えの早さであった。

 

「さてさて続き続き~っと、束さんは忙しいのだ~!」

 

 誰に言うでもなく一人空しく腕を振り上げ、いざホロキーボードを叩こうとするもその手が一瞬で止まる。ふと見た先程のディスプレイの向こうに、僅かに数ドット見える程度ではあるが、沈没した艦船から百メートル近い先で何かが浮かんでいるのが見えた。

 随分と小さなコンテナだった。ともすれば棺のようにも見える。そこから上半身を乗り出しているのは一人の少年。

 それを当然の如く見逃さなかった束は何を考えたのか、ふと興味を持ち始め、やがて衝動を抑えきれずにいつの間にやらその奇妙な形の椅子から腰を上げていた。

 気付けば外へと足を運び、ラボの目の前にある海岸の砂浜に立っており、束の目に見える範囲にコンテナと少年が見えた。水色の髪に白い肌が特徴な少年。それを見た途端、束はさらなる興味を加速させていた。

 

 

 

 やがてそう長くない時間が経って少年がコンテナと共に岸に流れ付くと、海水でずぶ濡れになっているにも拘らずに束はコンテナの中からひょいと抱え上げる。子供とは言えど、少年はとてつもなく軽い。どれくらい軽いかと言えば、BMI指数がちょっと心配になる程度。

 顔をそっと覗き込めば、男にしてはやや長めのまつ毛や線の細い顔立ちが何処か「女の子っぽさ」を演出しており、より中性的な──ともすれば女性的とも呼べる──雰囲気を醸している。肌も随分と色白で、傍目から見ても中々男の子とは気付き難いだろう。

 ISスーツのような薄手のインナーから覗く身体も、年頃の男子にしては幾分か華奢だ。体格こそらしくはないが、身長からして恐らく小学生高学年辺りだろうと推定する。成る程、それなら体重がちょっとばかし軽いのも納得である。……やや軽過ぎる気もするが。

 

 

 

 ──人を拾う。あまりにも前代未聞な己の行為に、本当は束自身が一番驚いているのだが、頭の片隅ではとっくに「ただの研究材料」として割り切ろうとしていた。他人など興味すら湧かないが故に「どうせ興味が無くなれば棄てるさ」と安易に思考しつつ。

 

 

 

 足早に研究所の中へと立ち入り、抱えた少年をいち早く特に何も考えず作ったまま放置していた空き部屋のベッドにそっと寝かせておく。

 ひとまずは濡れたままだが、少年は安堵したようにすやすやと眠っている。そんな彼を見ていると、それが伝播してしまったのか自分まで安堵してしまい、その時初めて自分の行動に大きく動揺してしまう。

 ──が、それを否定するように即座に首を横へと振った。

 

「(いやいや、研究材料が無事なことに安堵しているだけだってば)」

 

 しかし何故かそこには、空虚な空しさだけが残る。無言の重圧は、完璧だと言い張る束の心をも容易く蝕もうとしていた。

 

「……でも、流石に死んでたら目覚めが悪いよね……」

 

 一見すると無事に見えて酷く衰弱している様子の少年が、目を覚まさないまま永眠することがないように祈りつつ束は研究室へと戻る。自分は医者ではないが科学者だ。何か出来ることはないかと、急くようにして色んな部屋を漁る。

 この時に束は「自分は何をしているのだろう」という、堂々巡りかと言わんばかりの延々に尽きない疑問を頭の中で思考し、逡巡し続けていた。余りに目が回りそうな自問自答に、束はその場へ大の字で寝転がる。いくら天才科学者と言えど、自分が知り得ない答えなど到底知る筈がない。

 

「あ~、今日は変な日だなぁ~。あんな子供拾っちゃうなんて」

 

 人類に失望し、飽きが来た退屈なこの世界の中で、唐突に起こす()()()()()()()なのは分かってる。でも、なんとなく彼を“助けたくなった”。これは直感であり意思ではない。普段の自分がするような柄でもない。たった一人の大親友が聞けば真っ先に腹を抱えて大笑いするだろう、「一体何の冗談だ」と。

 

「はぁ」

 

 出るのはどうしてか溜め息ばかり。

 束は再びあの少年が心配になって、こそこそと部屋を覗きに行く。未だすやすやと眠る少年に再度安堵して、束はこっそり少年に近付いた。やってることは暗殺者か夜這いのソレだが、本人はそれに気付いていない。

 指を宙でスライドさせ、その場にホロディスプレイとホロキーボードを出現させては、それをおおよそ人間とは思えない精密機械の如き恐ろしいタイピング速度で指を滑らせていく。

 宙に浮いた二十もくだらない複数の画面を駆け巡るかのように次々と上から下へ流れる情報は、全てが現在の少年の健康状態を示している。それを流すように目で追い、どんな異常があるのかと気になって調べてみると、意外にも早く、そして多くの数を見付けられた。

 

「うわぁ、これで生きてられるのが不思議なくらいだよ。何だか束さん、楽しくなってきちゃった」

 

 クスクスと一頻り場違いに笑った彼女は、ディスプレイもキーボードも消して、ひんやりと冷たい少年の頬に触れる。

 何年ぶりだろうか、こうして人の肌に触れるのは。そう考えながら、この少年はどう扱われてきたのかを容易に想像していた。

 いや、少年の状態を見ればおおよそ誰でも想像できるのだろう。全身に数ヶ所の打撲、骨折、栄養失調、薬物投与、エトセトラエトセトラ……。聞いてるだけで気分を害するような内容のオンパレードに、束は反吐が出そうに感じた。いくつかは束でも対処は容易だが、またいくつかは個人の回復力に任せるしかないだろう。

 その場で束は今自分に出来うる限りのことを尽くしてから、既に日が落ち、水平線の向こう側に消え去ろうとする夕焼けの姿を視界に収めるべく、窓の外へと目を向けた。

 

「……はぁぁ。なーんでも出来る無神論者の束さんでも、まさか神頼みする日が来ようとはねぇー、情けない。でも、この子の生命力に任せる……しか……」

 

 夕日から視線を少年に移し、自然と言葉が途切れる。

 不思議と今の束の中には、もうこの子供をどうこうしようとする気はとうに失せていた。例えこの少年が何者だとしても。

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 あれから数日が経過した。だが、少年が起きる気配は欠片も無い。その間にも、束はこの少年について軽く調査していた。一口に「軽く」と言っても、それは彼女にとっての「軽く」であるためやや語弊がある。束はありとあらゆる方法を駆使して、少年の存在を()()調べ上げたのだ。

 そこから分かったことは幾つかあった。さして束の利益となるようなことではなかったが、しかしその情報を得て、束は自分の丁度良い手足にしようと考えた。

 

「束さんの手足になれるとは、君も中々運が良いんだねぇ」

 

 そう言っては先程苦労して洗ったばかりの少年の髪を撫でる。自ら作ったシャンプーとリンスーによって、海水で荒れかけていた髪の質感は今やサラサラの艶々である。自分でも唸る程中々の出来栄えに、我ながら鼻が高いと束は自己満足していた。

 これから忙しくなる筈なのに、自分は何をしているのだろう。そんな問答は嫌と言う程やった。

 だがそんな時か、ふと少年の指先が僅かにだが動く。それを寸分たりとも見逃す筈がない束は、思わず目を見張る。

 ──気の所為か? そうとも思ったが自分の目は至って正常だ。

 目覚めたのだ。当分はまだ目覚める見込みが無かった、少年が。もう二度と起きないんじゃないかと思っていた、少年が。

 

「…………ぁ」

「やぁやぁやぁ、目覚めたかい? ……あ、今は動かない方が良いよ。物凄ーく痛いだろうから」

 

 ゆっくりと目を開いた少年に、束は依然として平静を保ちながら話し掛ける。

 こうして人と言葉を交わすなど、少なくとも本人にとってはあの三人以来だった束は、表面上は平静を保っていても実際の内心は激流のような動揺と焦りを覚えていた。ましてや相手は初対面。自分のことを知ってる知らないに関わらず、変な印象を与えてしまえばそこで即座にゲームセットである。

 

「僕を……助けて…………貴女は…………?」

「もう喋れる程度にまで、か。中々の回復力だねぇ」

 

 掠れ声ではあるが「喋れる」ようになるまで回復するとは、天才と呼ばれる束でさえ目を丸くするしかない。少年のその異常さに惚れ込みつつも、束は少年の質問に優しく答えることにした。

 

「うんうん、そうだよ、君をあの沈没から助けてあげたのは何を隠そうこの私。

 

 

 

 

 

 

 ────フッフッフッ、聞いておののけ見て笑え! 『貴女は?』の声を聞き、答えてあげるが世の情け。箒ちゃんの平和を守るため、ちーちゃんの明日を守るため! この世の全てを平気で壊す(バスター)、ラブリーチャーミーな稀代の天災(てぇんさい)科学者、インフィニット・ストラトスの開発者こと篠ノ之束さんとは私のことよッ!

 

 

 

 

 

 

「IS…………貴女……が?」

「ふふふんっ! どおっ、サイン欲しくなった? 握手して欲しい?」

 

 声高々に名乗りを上げて、挙げ句両手でVサインしながら束は得意気かつ自慢気にドヤ顔で言い放つが、内心はほぼしどろもどろと言ったところか。何せこの自己紹介も初めてなのだから。これを親友が聞けば「真面目に自己紹介しろ!」と、迷いなく手套が振り下ろされること間違いない。

 ──失敗してない? 怖がってない? 大丈夫だよねこれ!?

 大きく動揺する束に対し、少年はそんな彼女の心境を知ってか知らずか、少女のようにクスリと柔らかく微笑む。束を見て優しく微笑んだ少年は、ゆっくりと口を開いた。

 

「えへへ……とんでもない人に……助けられちゃったなぁ…………」

 

 実年齢よりも幼く見える少年に対して、一瞬だけ心臓が大きく跳ねる感覚がした束はブンブンと勢いよく顔を横に振る。自分は一体何を考えているんだ、と。

 それも束の間、少年はコテンと首を傾げて不思議そうに尋ねてくる。

 

「どうしたん、ですか?」

「な、ななななっ、何でもないよ!? ……そう、そうだ! 無理して話さなくても良いんだよ! 安静にしてなきゃ、身体に障るから! ほら、ね!?」

 

 押し付けるかのように慌てて少年をベッドに戻し、自分は逃げ出す脱兎の如くそのまま部屋を後にする。後に残された彼は、さぞ目を丸くしていることだろう。

 きっとあのままだったら、自分はどうにかなっていたかもしれない。「ああ、間違いない、これは熱だな」と、そんな筈がない答えをコンマ数秒で割り出しては勝手に納得する。そうでなければ呆気なく潰れてしまいそうだ。この「稀代の天才」が子供に対してみっともなく。──要するに、面目が立たないようでは恥ずかしい。主に大人として。

 

「……ちーちゃん、私、犯罪に走りそうだよ……」

 

 誰に言うでもなく呟いた束は、窓から覗く真っ青な空を見上げて親友の名を口走る。

 しかしその先の空から、親友が大笑いしながら「警察へ行け」と口走る姿を想像した束は、仕方なしにトホホと研究室へ戻っていったのだった。

 

 

 




初めましての方は初めまして、リメイク前から読んで下さってた方はご無沙汰です、カミツです。

まず最初に、リメイク版、と言うことで始めて参りますが、タイトルに「リメイク」とは書かないので悪しからず。
今回こそ途中で止めないようには努力はしますが、ダメな時は恐らくダメですので、その時はご容赦下さい。
知識もガバガバで稚拙過ぎる文ではありますが、これからも何卒お付き合いしてくれれば、と思います。
ではまた次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話 幼き少年と、天才

 

 

 

 少年が目覚めてから早くも三日が経つ。

 当の少年はまだまだ足取りこそふらつきながらも、松葉杖を持たずに歩ける程度までには回復していた。それでも壁伝いでなければ、あっという間によろけて倒れてしまうのだが。

 それは同時に側で見ていた束にとって、興味を惹かれるものが増えたということに他ならないのと同義。

 たったの数日で日常生活に支障が出ない限りに行動できるようになるというのは、並みの人間の回復力では到底不可能──というよりまず無理だ。体内に自己再生を極端に促すナノマシンでも入っていれば、また話は別なのだが。

 当然のようにそれを理解している束は、自然とそこに興味を持つ。細胞レベルまで分解して調べたいのはやまやまだが、流石に子供相手にそんなことを仕出かす程、束もイカれた科学者(マッドサイエンティスト)ではない。

 とは言え、健康診断と称した検査などで粗方調べ尽くしてはいるので、彼女に知らないことなんて殆んどなかった。

 

「そう言えば君さ、名前何て言うの? ……私は名乗りはしたけども、君の名前は聞いてなかったよね」

「僕、ですか?」

 

 当たり前とも呼べる素朴な疑問を束が少年に吹っ掛けると、まだこの場所の異様な雰囲気に慣れないのか、少年は消え入りそうなか細く小さな声で言った。それを平然と聞き取れた束は「うん」と頷く。

 束にとっては既に少年の本名を知っているため、今さら名前を聞こうが聞かまいが関係のないことなのだが、それは一旦置いておくとする。要は会話の種が欲しいだけである。

 少年は束のその質問に数秒程悩み込んだ後、天井を見上げながら呟いた。

 

「僕は……その、名前は……考えても分かんなくて……」

「うーん、そっか。まあ、無理して言う必要も考える必要もないから。それに、この束さんに掛かれば君の本名を知ることぐらい、雑作もないからネ☆」

 

 俯いて黙ってしまう少年に対し、束は有り余る胸を張りながら豪語する。ここで「なら何故聞いた」とツッコムのは無粋である。しかも、これが事実なのだから余計に質が悪い。というか既に知っているのだから殊更だ。

 ただ、それを知るよしもない少年は気にも止めず、寧ろ自分の名前と聞かれてふと浮かんだ名前に疑問を持っていた。

 

「(僕は……ソラ……?)」

 

 フラッシュバックする光景の中で、傍らに居た少女が呼んだ名前。それが自分自身の名なのか、はたまた別の人物の名なのか、今の少年には疑問でしかなかった。記憶が欠落した、今の少年には。

 

「君どうかしたの? 束さんがハグハグしてあげよっか」

「あ、その、いえ、大丈夫、です。……それよりも束さん、忙しいとか、言ってませんでした?」

 

 焦った少年の話を逸らすような言葉で、束はふと思い出す。

 

「ああ、あぁ! すっかり忘れてたよ~。早速取り掛からねば!」

 

 そう言っては、意外にもあっさりとその場から立ち去っていった。彼女が果たして何をしているのか、少年にはこれっぽっちも分からないが、あの世紀の大天才が「忙しい」と言う程の大きなことなのだろうと、少年はそう安直に想像した。

 しかし、現実と想像は大概が大きく掛け離れているもので、束は「忙しい」などと口先では言ってこそいるが、別に大した意味もないし大したことでもない。ただ単にそう言っていなければ呆れ返る程に()()()()だ。

 その乖離した事実をただの少年が一切知ることはなく、ただのんびりと雲が流れていくように、時間もまたのんびりと刻んでいった。この時の流れをゆっくり感じるも、速く感じるもそれは人それぞれだが、今の状態は前者が当て嵌まる。少年は不思議と何もせずに時間が経つことには慣れてしまっているみたいだが、この雰囲気では慣れるものも慣れないもの。見た目とは裏腹に、かなり気を張っていた。

 

「僕、どうなるんだろう」

 

 自分に割り当てられた部屋に戻り、ベッドの上で体育座りのまま、気を紛らわすようにぽっと出の考えに思考を移す。因みに少年のベッドは束お手製のベッドであり、身体への負担が掛からない謎技術のマットレスと、殆んど重みを感じさせない謎素材の掛け布団となっている。お陰様で寝ていても負担にはならないようになっている。

 自分自身についてを一切合切思い出せない現状、篠ノ之束というこの世を変革させた天災の傍に居るしかない。それしか、今の少年には生き延びる道はない。

 

「(──でも、例え、ここで生き延びたとして、その後はどうするんだろう?)」

 

 そんな疑問が少年の頭に渦巻いた。名前も思い出せないのなら、自分の身分すら分からない。完璧な記憶喪失というわけでは無いのが余計に質が悪いものの、自分のことだけ分からないというのは、中々にもどかしくて微妙なところだ。

 少年は頭を膝の間に埋もれさせ、光の差すことのない自分の心に籠った。

 

 

 

 それから何時間が経過したのだろう。この部屋──いや、この孤島の何処にも時計というものは無いに等しく、唯一把握できるのは太陽、又は月の角度、もしくは自身の体内時計からぐらいだろう。

 一応、少年の居る部屋にも窓はあるが、少年にそこまでの知識はない。ましてや体内時計などもっての他である。そんな些細なことにも目もくれず、少年は体育座りのままさらに丸くなる。

 ふと、暗がりへと変わりつつある部屋の戸が、前触れもなく開け放たれた。それをするのはこの場において少年を除けばただ一人、束だけだ。束はその手に二つのトレーを持って、少年の傍らに駆け寄った。

 

「ねぇねぇ、いちいち“君”じゃあ呼び辛いから“ソラ”って呼んでも良い? 良いよね?」

 

 トレーを傍らのテーブルに置き、ベッドの上で四つん這いになって有無を言わさずに少年へと迫り尋ねる。それに対して少年は、動揺を隠しながらも僅かに首を縦に振る。

 

「やったー! 君の名前はこれから“ソラ”だよ! ふっふっふ~、束さんの助手さん一号だね♪」

「えっ?」

 

 だが次の言葉から流石に動揺を隠しきれずに、束の口から出た言葉に少年は顔を束に向けた。その顔には驚きの相が見え、それに対して束はしてやったりとニッコリ笑うのみ。

 名前が先程頭の中を(よぎ)ったものだったのは兎も角、彼女の口から「助手」という単語が聴こえたのは気の所為だろうか。少年は一瞬にして頭が真っ白になり、混乱して思考がこんがらがってしまう。

 

「 ぼ、ぼぼぼ僕が、束さんの助手!?」

 

 突然な束の言葉に動揺して思いっきり後退る。何度も目をパチクリと瞬きさせるが、視界は一向に変わらない。現実は非情である。

 天才でもなければ知識もない。ISに関しての実技や座学など経験がある筈もない。ましてや男である。そんな自分を助手に仕立てあげてどうするつもりなのか。

 少年の頭には尽きぬ疑問が、湯水のごとくぽんぽんと浮かび上がっていった。取り敢えずは落ち着こうと深呼吸を繰り返し、落ち着いたと思ったところで深呼吸をやめる。そんな時に、束が体勢はそのままに上目遣いで見上げてきた。

 

「…………嫌?」

「あ、えっと、その……僕、ISなんて全く知らないし、男だから……」

 

 たじろぎながら視線を左右に泳がせる少年に、束は面と食らったかのようにキョトンとした面持ちになる。そして今度は前触れもなく唐突に笑いだした。

 

「あははははは! なんだ、そんなこと心配してたのかー! 大丈夫大丈夫、束さんはそんなちっぽけなことは気にしないよ? 料理とかしてくれれば良いから、サ♪」

「……本当に、本当にここに居て良いんですか?」

「当たり前田のクラッカーだよそーくん!」

 

 死語辞典なんてものがあれば最初に来そうな言葉に、少年は疑問に思うものの考えるのを止める。考えてはいけない気がする、そう直感が告げたからだ。

 こうして少年──ソラは、篠ノ之束の住むこの孤島に厄介になった。自分が何なのかを知るために、自分はどうするべきかを導き出すために。

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 束さんと生活し始めて、そろそろ一週間が経つ頃合いだろうか。その時点で束さんについて分かったことは、相当生活面がズボラだったってことだ。

 家事一般は人並みにできるみたいだが、わざとそれをしようとしないみたい。そこでなし崩し的に僕が家事をこなすしかなく、見たこともやったこともない家事を僕がやるしかないわけだ。

 まさか生まれて始めて、この歳で家事をするとは思わなかった。他に僕が出来そうなことも無いし、これをやるしかないのだから、手探りだけど一生懸命やってみよう。七転び八起き、失敗は成功の基……挫けずやろう。

 

「えっと、食器洗いはさっき済ませたし、洗濯物も乾かしてるし……掃除は束さんの部屋以外やっちゃったし……」

 

 あれ、存外やることがない。夕飯の下拵え、とか言っても別段時間を掛けるものもないから、本当にやることがない。

 暇を持て余すように暇にならないことを考えていると、背後からどつかれるように抱き付かれては、後頭部に柔らかいものが当たる。

 

「そーくん、そーくん! IS完成したよ!」

「……僕が乗れもしないのに、束さんが乗るわけでもないのに何で作ったんですか?」

 

 ぴょんぴょんと跳び跳ねる束さんの胸が僕の頭の上で打ち付けられるようにバウンドしていることに、ある種の苛立ちを感じつつもそう言うと束さんは面白くなさそうな顔をして僕をさらに抱き締める。

 

「そーくんは面白くないな~。……ヌルフフフフ、ズバリ! これから始めることの下準備なのだよ!」

 

 人差し指を明後日の方向へ突き刺して(のたま)う束さんに、僕はうんざりしながら尋ねた。

 

「これから始めること、ですか?」

「うん、害虫を駆除するんだ♪ ……いっくんを、そしてそーくんにまで手を出した愚図共を、それはもう面白可笑しく滅茶苦茶にしてやるのさ」

 

 束さんの顔を見上げるように覗きこむと、まるで目の敵にするような歪んだ顔で、目の下の隈も相まって相当恨んでいるようにも見えた。……そう言えば、一人は兎も角、何で僕も含まれるのだろう。

 

「──ああそうそう、そーくんも見てみたいでしょ? 私の作ったお人形(IS)を」

 

 歪んだ顔から一転、にこやかに微笑んだ束さんの言葉に僕は静かに頷き、いきなりお姫様抱っこされて格納庫へと連れていかれた。そこからは一瞬だ。

 気が付いたらいつの間にか、冷たく、金属の臭いが鼻に付く格納庫へとやって来ていた僕ら。そこには一枚の布が被せられたハンガーが置いてあった。何故かそこだけ照明が照らされてて、目の前まで来たと同時に、僕は束さんの腕から解放される。

 そのまま自慢気に僕の前へ躍り出た束さんは、胸の下で腕を組ながら仁王立ちした。ライトの位置と相まって中々に格好いいポーズに見える。ただし、目のやり場に困るけど。

 見た目はふわふわしたメルヘンチックな格好なのに、威圧感も感じるのはどうも不思議に思う。やがて口角をつり上げ、待ちに待ったと言わんばかりに束さんが口を開いた。

 

「じゃじゃーん! これが世界初、史上初の()()()()()()インフィニット・ストラトス“プロト・ゴーレム”なのだー!!」

 

 右人差し指を天に向けてそう叫んだ束さんの動きに合わせて、背後の布がばさりと後ろに引かれる。

 勢いよく布の中から現れたのは、鈍い鉛色の装甲を纏った三メートルは越すだろう人型の機械。その圧巻の一言に尽きる存在感を遺憾なく発揮しながら、それは束さんの後ろに鎮座していた。

 おもむろに僕はそれに近付いて、そっとその装甲に触れる。冷たく返される感触(へんじ)は懐かしくも、初めてのように感じた。

 

「これが…………“プロト・ゴーレム”」

 

 ぽつりと呟いた一言が格納庫いっぱいに広がり、反響して音の尾(エコー)を響かせる。

 するといつの間にか僕の後ろへと立っていた束さんが、僕を再び後ろから抱き締めてクスクスと笑う。疑問符を浮かべた僕は束さんに身を任せて、目の前のゴーレムを見つめつつ唇を尖らせた。

 

「何が可笑しいんですか」

「いや、そーくんって面白い反応をするなぁ~ってね♪」

「理解に苦しみます」

 

 何が面白いのか、束さんの思考やツボはいまいち分からない節がある。……でも、嫌いじゃない、かな。時々怖い表情もするけど、基本的に優しい人だし。

 そんな僕の考えもお見通しなのか、少しきつめに抱き締めながらも、束さんは僕に頬擦りしてくる。

 

「もう、そーくんは素直じゃないなぁ! 束さんは嬉しいし、悲しいぞ~!」

「わっ! やめてくださいっ、擽ったいですよお!?」

 

 雪崩れ込むように倒れて、束さんは上機嫌な顔をして、僕は(しか)めっ面を見せる。天才の束さんとその助手にされた僕のこれからの生活は、なんとも波乱な日常になりそうだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 天燕 ~前編~

 

 

 

 僕が束さんに拾われてから、もうそろそろ一ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。身体のあちこちにあった傷も、後遺症がほんの少し残ったぐらいで既に大体が完治済み。

 しかしどうしてか、知識はあっても記憶だけがすっぽりと抜けていて、自分が誰で何なのかが分からないけど。──所謂「逆行性健忘」というものらしい。ましてや、今のこの状況ですら、今の僕には把握し切れるものでもないのだけれど。

 五月初頭、日本では所謂『ゴールデンウィーク』という週に突入して、僕は自分の部屋に放置気味だったタブレットPCを拝借してはニュースを流し見てみる。当然、日本らしい連休中の事故などしか書かれていない。ごく普通のニュースだった。

 そんな春(うら)らかな中で、束さんは今日も今日とて何かしていた。何をしているのかは僕が知る限りではないんだけれどね。でもすっごく気になっちゃうのが人の性なんだと、少なからず僕は思う。

 

「……にしてもこれから、何をするんだろう」

 

 確か数日前にも同じことを考えた気がする。これがデジャヴというやつだろうか。

 でも何かするのは絶対なんだから、何かするんだろうけれど。それでも束さんは何も教えてくれないまま、今も黙々と何かをし続けている。最近顔を会わせたのは数日前だし。

 いつもと変わらぬ時間を過ごしながらも、僕は手元のタブレットPCで今度は自分について調べてみた。

 

「やっぱり該当する資料無し……か」

 

 戸籍データに関しても調べてみたけれど、やっぱりそれらしきものすら見当たらない。ハッキングに関してはタブレットPC内に入っていた束さん謹製のツールソフトがあったのでそれを活用させてもらった。

 そう思うと、『僕』という存在はそれだけやらかしてはいけないことでもしたのだろうか。……ほら、アクション映画とかでも「テメー、機密情報を知っちゃったから死んでくれ」っていうのあるじゃん。あれだと思うんだ。

 結局、何の収穫も得られずに溜め息を吐きながらタブレットPCの電源を落とす。それと同時に束さんの研究室から様々なものが崩れ落ちるような、器材が壊れるような、爆弾が爆発したとも取れるそんな轟音が島中に響き渡った。

 僕は慌てて束さんの研究室に向かって、重たい両開きの扉を小さい体で開け放つ。

 

束さん!?

 

 両手で押してやっとこさ片方開けながら、僕は束さんにそう呼び掛ける。しかし返事は返ってこない。

 もしかしてと思って顔を青くすると、集積所のゴミ山の如く広く積みがる器材からひょっこりと、束さんが整えていないぼさぼさの髪を揺らしながら顔を出した。

 

「あ、そーくんおひさー。朝食出来てる~? 私お腹空いちゃった♪」

「……た、束さん……」

 

 半泣きになりながら、束さんを器材の山から引っ張り出すと、束さんはケラケラと笑いながら僕の頭をぽんぽんと撫でてくれた。優しく撫でられて思わず本当に泣き出しそうになる。

 

「まったく、そーくんは心配性だねぇ。束さんはとっても嬉しいよ。そうやって心配してくれるなんてさ」

「だ、だって、束さんが居なくなったら……」

「私が居なくなるわけなーいじゃないか! ちーちゃんやいっくん、箒ちゃんにそーくん……皆悲しませるわけにゃいかないのよさ!」

 

 腰に手を当て「にゃははははは!」などと大袈裟かつ陽気に笑いながら、束さんは研究室の扉へ向かって歩く。早足で僕もその傍らを歩きながら、つい先程気にしていたことを束さんに尋ねてみた。

 

「た、束さん」

「何かなそーくん?」

「これから何を起こすんですか? 僕、どうすれば良いんですか?」

 

 自分でも気が付かない内に僕の中に焦りでもあったのか、やや縋るように問い詰める。

 それを見た束さんは、微笑んだ顔のまま僕の頭をまたしても撫で繰り回す。そっと優しく、柔らかく。

 いきなり何だと驚いて、一瞬頭が真っ白になっちゃったけど、直後に束さんの言葉が耳に入ってきた。

 

「そーくんは何も心配することはないよ。ちょ~っち、悪の組織と戦争おっ始めようってだけだから♪」

「さらりと凄いこと言ってません!?」

「やだな~、束さんに掛かればそんなこと晩飯前だから余裕っしょ!」

 

 朝飯前にはできなかった。それは果たして余裕なのだろうか。

 いくら束さんといえど、一人で出来ることなんてたかが知れてる筈。束さんはそれを分かっているのだろうか。

 僕が再び尋ねようとするも、先手を打たれるように束さんが僕の頬を優しく撫でる。

 

「それに、そーくんは私の側で、事の巻末を見届けてくれるだけでいいんだよ。そーくんは日本に戻る必要も、ここから居なくなる必要もない。ずっと私の側に居てくれればそれで良いんだよ」

「たばね……さん?」

「だって、そーくんがこれ以上不幸になることなんてないんだから、さ」

 

 背筋が思わずゾクリとした。これ以上不幸になる、それってどういうことだろう。分かることは、何のことだかさっぱり分からない僕にとって、一層不安になる言葉でしかないってことだけ。

 だからこそ、ここを離れるなってことなんだろうけども、僕にだって出来ることは他にもある筈なんだ。だから僕は唇を強く噛み締めて言った。

 

「でも、それでも僕は……僕にだって出来ることが何かある筈です! 僕にしか出来ないこと、ある筈なんだ!」

「そーくん、これは──」

「別に不幸になったって良い! 他の皆が辛い思いをするのは嫌だ!」

 

 束さんの言葉さえ遮って僕は言う。我が儘だって言われてもいい、思い上がるなと言われても仕方ない。でも、脳裏に自然とフラッシュバックする光景に僕は堪えられなくなる。

 束さんの服の裾を掴んだまま僕は、膝から崩れ落ちてしまう。

 

「もう、悪夢を見るのは嫌だ……誰かの悲鳴を聴くのは怖いよ……誰かが居なくなるなんて堪えられないよ!」

 

 何度も焚き付けられる僕に残された、ほんの僅かな“記憶”。それらが僕を突き動かした。

 黒髪の少女が血塗れになりながら僕に手を伸ばす姿。親しかったらしい女性が悲しみに暮れる姿。嫌という程に焼き付く歪んだ笑み。それらが僕を追い詰める。

 一ヶ月、何も出来なかったわけじゃない。ポツリポツリと断片的に思い出したんだ。……()()()()()()()()()()()。それが一つのパズルのように繋がって、一つの光景になって、それが僕に悪夢を見せた。──だから、

 

「お願い束さん……僕に、飛ぶ力を……束さんと一緒に戦える力を……ください」

 

 声を振り絞って吐き出すように漏らす。床に跪いて、こんなに惨めになるなんて初めてだ。

 ここまで無力なのが逆に辛い。胸の奥底で誰かがこんな思いをしながら戦ってるのかと、(したた)かに感じることができた。それが誰なのかは分からないけれど、きっと僕にとって大事な人なんだろうと思う。

 頭を項垂れ、涙を流し、跪く僕の願いに、束さんは一瞬躊躇いを見せながらも最後にはコクンと小さく頷いてくれた。

 

「……そこまで言うのなら、私は止めはしないよ。そーくんが自分で決めたことだもんね。だったらできる限りのことはしなくちゃね!」

 

 一拍置いては、いつにも増して真剣な顔立ちでそう言って、僕の手を掴んでは研究室へと踵を返した。

 連れて来られた研究室は、さっきまでガラクタの山と形容するべき場所だったのが、いつの間にか片付けられていて見違える程に整理整頓されていた。それこそ「さっきの轟音はなんだったんだろう」って言いたくなるぐらい。

 疑問符を浮かべる僕を余所に、束さんは中央のデスクに僕を連れていき、特殊な形状をした、近未来的な椅子に座らせられる。その不思議な形状と僕が座っても有り余るスペースに驚いていると、カシャンと音を立てて僕の両手首・両足首が拘束された。

 不安げに束さんの方を見るけど、ニッコリと笑みを浮かべているだけだ。

 

「……な、何をするんですかぁ……」

「知っての通り、ISは女性にしか扱えないことはとーぜん、知ってるよね?」

「はい……」

 

 I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。最早自然の摂理の一部とも言える程、現代では常識となったこと。男には到底かつ絶対に扱えない代物。

 それをリピートするように思い起こすと、束さんはニンマリと笑って、両手に八本ものメスを構えては奇妙な笑い声を上げた。僕はそれに身の毛が弥立つ感覚と共に震え声で聞いてみる。

 

「……お、女になれとっ?」

「まー、まー、真に受けないでよそーくん。怯える顔もステキだけど、目的はそうではないのだよ」

 

 束さんは指に挟んだメスを周囲に放り投げるかのように散撒(ばらま)いてから、ズズイッと顔を迫らせる。その迫真な様子に堪らず頬を引き攣らせる。

 

「必要なのはそーくんのデータなのだ! ……だから体の隅から隅までじっくりとっくり見て上げるから、覚悟してね☆」

 

 とっくりは関係ないと思います。あと、ウインクしながらそんな末恐ろしいこと言わないでください。以上、心の中の愚痴でした。

 そんなわけで、というわけじゃないけれど、体の各所にどこからともなく現れた注射器を射たれ、勝手に採血される。数秒もしない内に、気が付いたら採血が終わっていて、驚く間もなくあっさり解放されていた。

 

「えぇっと……これでお仕舞いですか?」

「採取した血液から遺伝子情報を確かめて、その遺伝子情報を基にあらかじめ偽装プログラムを作って、ISにそーくんの性別を誤認させるんだよ~♪」

 

 得意気に語る束さんは、とっても楽しそうで、とっても悲しそうに見えた。僕はそれに気付きながらも、感心したように振る舞う。

 

「そんなことも出来るんですね、流石は束さんです」

「ねぇそーくん、もっとも~っと褒めても良いんだよ? ほらほら、遠慮せずに~」

「それじゃあ僕は昼食の準備をしたいのでそろそろ……」

 

 遠慮するように立ち去ろうとすると、背後から泣き付くかの如く抱き付かれる。

 

「ごめんなさいごめんなさい寂しいだけなんです一人にしないでくださいウサギは一人になったら寂しくて死んじゃうんだぞぉ~!」

「大丈夫です、束さんは人間ですから。寂しくなっても死にません」

「そーくんのい~け~ず~!!」

 

 うぅ、採血のお陰で若干貧血気味になったかも……。

 ふらふらと千鳥足で適当に束さんをあしらってから、僕は言葉の通りに昼食の準備に向かうことにした。お昼ご飯は何にしようかなぁ。

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 午後三時、所謂おやつ時というやつかな。小腹が空いてくる頃合いでもあり、少々眠くなってくる頃合いでもある。

 僕はと言えば悠々自適にネットサーフィンでもしながら、のびのびと時間を費やしていた。束さんは開発室という場所でまたしてもISを開発しているのだとか。今回は()()に有人ISを作るらしく、何故かは分からないけれど、束さん本人も躍起になって取りかかっている。

 

「むぅ……コーヒーでも淹れようかな」

 

 気になった情報(ニュース)を見て回っていると、やっぱり日本は平和ボケしてるな、と思いつつある。そんな平和且つ平凡なニュースを見ていても欠伸が出るだけで、僕は眠気覚ましにとコーヒーを淹れることにしたわけだ。

 そうやってコーヒー豆を挽きながら再びタブレットPCの画面に目線を落とすと、三ヶ国合同軍事演習なんていうものが開催される、と言うニュースが目に入った。

 

「イギリス、フランス、ドイツの第三世代型IS稼働運用テスト……」

 

 丁度一ヶ月後と言う、面白可笑しな日付だ。場所はフランスの西側、ブルターニュ半島。恐らく欧州連合(European Union)こと通称『EU』が発表する統合防衛計画『イグニッション・プラン』に提出する機体のためのテストなんだろう。……ってあれ、何でそんなことを僕が知ってるんだ? 何処かで聞いたのかな。いやいやそんな筈は──。

 

「あ、コーヒー」

 

 そういえば淹れてる途中だったのを思い出し、慌ててキッチンへと戻る。

 改めてコーヒーを淹れてから、先程目にした『三ヶ国合同軍事演習』とやらについて、改めて探りを入れてみることにしようか。物は試しにとフランス軍のデータバンクにハッキングしてアクセスを試みる。束さんのハッキングツールがあるので、わざわざバックドアを仕掛けてなくとも簡単に侵入できるのは非常に楽だ。その分、自分のハッキング能力は大して高くはないと公言しているようなものなのだけど。

 やはり目的はISの運用試験だとして、通常の軍隊まで演習に加わるとは何事だろうか。通常兵器ではISに損害を与えられないのは確かなのに。通常兵器との連携運用であれば納得はいくが、仮想敵として連合傘下の同盟国を選ぶのは如何なものか。

 

「まぁ、気に留めておくだけで良いかな」

 

 取り敢えずは、という感じでタブレットPCのファイル内にその資料をコピーした後に保存しておく。ハックした痕跡もご丁寧に消して、と。

 僕はその作業を終えてから、コーヒーの中に砂糖を山盛り二杯程放り込んで、暖かい内にかき混ぜてはちびちびと飲む。

 

「僕のIS、か。本当に男の僕でも扱えるのかな。束さんは何も心配するななんて言ってたけど……いいや、束さんを信じないでどうするんだよ僕」

 

 首をぶんぶんと横に振り、目の前のコーヒーに視線を落とす。

 所詮は凡人の絵空事でしかないことを、無理言ってやってもらってるんだから、何があっても文句は何も言えない。乗れなかった時はその時で、他のことで束さんを全力でサポートすれば良いんだ。……僕にできることなんて、たかが知れてるけど。

 

「ま、やれるだけやってみるしかないよね」

 

 そう納得付けて、僕はコーヒーを一気に飲み干す。コーヒーは酷く甘い味がした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 天燕 ~後編~

 束さんが開発室に引き込もってから、早くも五十六時間が経過した。日数に直すと約二日間弱くらい経った所だろうか。

 そんな中、僕は寝ぼけ眼のまま、パジャマのままでキッチンへと向かう。もう慣れ始めた朝食の準備だ。因みに僕の着ている洋服やパジャマ一式は、束さん自ら製作してくれたものである。ただの服のわりにはかなり高機能……らしい。

 特に梃子摺(てこず)ることなく二人分の朝食を作り上げて、ダイニングテーブルの上へ並べていく。準備も終わった後にエプロンを外して椅子の背(もた)れに掛けておいて、改めて椅子に座ってから合掌する。

 

「いただきます」

 

 パソコンからニュースを確認しなつつ朝食を食べ、コップに淹れた牛乳を飲み干してから、今度はお皿の片付けに入る。油汚れだけ落として、後は洗浄機の中に置いておくだけだ。文明の利器に頼り過ぎる真似は怠惰を生むけど、こうして使うと中々に手放せない。束さん謹製というのもある。

 束さんのことが頭に引っ掛かると、そう言えばまだ顔を見せてないなと気付く。

 

「束さんの朝食は……持っていくかな」

 

 きっとお腹を空かしているんだろうな。そう軽く思いながら、僕は朝食を並べたトレーを持って束さんの下へと向かった。

 朝食の乗ったトレーを片手に、さっさと開発室へと直行する。近付くにつれて金属音が心地良く鳴り響いてきて、ふと心が躍ってしまう。

 僕の機体が、完成に一歩一歩近付いている。そう考えると、この一ヶ月間、心に留めていたことがようやく出来るんだと思えて仕方ないんだ。

 改めて開発室の前へとやって来て、ノックはせずその扉を押し込んで開け放つ。毎回苦労するほどの重さだけど、この扉は一体何で出来てるんだろ。いや、今は気にしちゃいけないな。

 

「束さーん! 朝食持ってきましたよー!」

 

 僕は先日と同じようにトレーを片手にそう叫ぶが、開発室には機械が動く音と金属音だけで、束さん本人が見当たらなかった。

 

「おかしいな、束さん眠っちゃったのかな?」

 

 キョロキョロと辺りを見回しながら開発室の奥に進む。天井のライトが点いているのは一部だけで、それ以外の光源はホログラフィックディスプレイなどの光ぐらいだ。

 はてさて本人は何処だと眼を凝らすと、付近のデスクですやすやと眠る束さんを見付けた。僕はその傍らに駆け寄り、デスクの上にトレーを置いてから束さんの顔を窺うと、いつもの束さんから想像できないくらい大人しく眠っていた。

 その様子に僕は安堵すると、トレーを持って引き返す。「また起きた時に持っていってあげよう」と。どうやら少し早かったみたいだ。

 

「束さんも、眠ってれば美人なんだけどなー」

 

 廊下を歩きながら、彼女が眠って聞いていないことをいいことにそうぼやく。先程の寝顔を見ていると、ついついそう思ってしまう。

 普段の表面上の性格がかなりのハイテンション故に、慣れない内は苦労する。しかしそんな人でも、眠ってれば大人しいくらいに静かだ。

 例えるなら、ライオンとかもそうだよね。普段は百獣の王なんて呼ばれるぐらい威厳があるけれど、眠ってれば恐ろしく大人しい。……ほら、似てるでしょ? いや、似てないか。

 台所へと戻ってくると、朝食の乗ったトレーをカウンターに置き、そのまま洗濯物を洗うために風呂場前の洗濯物の籠を取りに行く。

 主に束さんの着替えが放り込まれた籠を抱えて、洗濯機の前へとやって来る。下着などは色(ごと)に分け、服の装飾も洗ったらダメなものだけ取り外して放り込む。後は注水した洗濯機の中に洗剤を垂らし、洗濯機の蓋を閉じてまたしても台所へと戻ってくる。

 その時に、あることに気が付いた。

 

「……あ、パソコンそのままだった」

 

 僕は昨日から放置していた、先程使用していたのとはまた違うノートパソコンの電源を点ける。束さんが偶々使っていたのか、開発室のサーバーとリンクでもしていたらしく、普段見当たらないフォルダを見付ける。僕は疼いた好奇心に負けて試しにそれを開いていると、全てがブループリント――設計図で構成されていた。

 

「“ゴーレムシリーズ”か。この前のプロト・ゴーレムもこれに数えられるのかな」

 

 誰に言うまでもなく呟きながら、僕は試しに一つ、日付が新しいファイルを開く。するとファイル名の通りに設計図が何枚も同時に表示され、ディスプレイを半分以上埋め尽くす。

 

「これは本体……こっちは武装かな? どれも試験の上では出力が安定してない、か」

 

 もう既に試験を初めて稼働データは取ってるみたいだけれど、やっぱり試作段階ともあってまだまだらしい。でも少し、完成が楽しみだと思っている自分が居る。そう考えると、やっぱり自分も男なんだなと場違いに思ってしまっていた。

 一通り見終えた後にそのファイルを閉じておく。これ以上見て何になるんだ、と思ってしまったから。頭から今のことを振り払って、一つ嘆息してからパソコンの電源を消し、そのまま自室へと足を運ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――気が付いたら自室のベッドで大の字になって眠っていた。

 いつの間に眠ってたんだろう。そう疑問が浮かび上がるも、寝惚けた頭では直ぐに流れ出ていってしまった。

 窓の外を見てみると、ウミネコ達が鳴きながら陽気に空を飛び回っている。陽射しは真上から降り注ぎ、そろそろお昼時だと自分のお腹がそう告げた。

 

「お腹空いたなぁ……」

 

 よし、何か作ろう。善は急げって言うし。

 そのまま着替えるのも鬱陶しくて、部屋着のままで台所へ向う。廊下をぺたぺたと歩いては、リビングに直接顔を出してみる。

 すると見慣れた個性的過ぎる服に、ウサ耳型のカチューシャを被ったボサボサ髪の束さんが、テーブルの上に上半身を預けてお腹の虫を盛大に鳴らしていた。

 

「うー、うー、そーくんご飯~!」

 

 じたばたと両手両足を振りまくっては、駄々を捏ねる子供のように唇を尖らせている。

 僕もお腹は空いてたから、特に何も言わずに朝から椅子に掛けたままにしてあったエプロンを纏って冷蔵庫の中を確認する。昨日の夜に炊いたご飯が残ってるから、丁度いいし炒飯にでもしよう。

 まずは細かく刻んだニラやパプリカ、キャベツ、玉ねぎ、油揚げを冷凍庫から取り出して、冷蔵庫からは挽き肉を取り出す。

 次にやや広めのフライパンをクッキングヒーターの上に置いて強火で熱し、その上に油を引いてからフライパンに満遍なく拡げた。

 強火で炙ったフライパンの上へキャベツ、玉ねぎ、パプリカ、ニラの順で野菜を炒めていき、粗方炒めてから挽き肉、油揚げを入れてそれぞれにさっと火を通す。

 続け様に今度は二合半ほど残ったご飯を投入し、ご飯に焼き目が付くまで野菜や油揚げ、挽き肉と絡め、最終的に味付けとして塩胡椒を振り掛けて完成っと。

 

「束さん、出来ましたよー」

「待ってました~!!」

 

 平皿に盛り付けた炒飯を、蓮華と一緒に束さんの前に出す。僕も自分の分をよそってからテーブルに着き、手を合わせてから蓮華で掬って食べてみる。

 

「んん~、食感が良いね! 一仕事終えた後のご飯は最高だよ~」

「一仕事終えた……って、もう完成したんですか?」

「本体はねー。でもでもー、武装がまだまだ決まってないのです!」

「はあ」

 

 束さんの言葉に気のない返事をすると、指をスライドさせて現れたホロディスプレイから、今後僕のISとなる予定の設計図が映し出され、それを僕の前に突き出してくる。

 仕方なく蓮華を置いてそれを見回すと、内蔵火器の類いは見当たらず、純粋な飛ぶだけの機体だった。外観的にはまるで鳥だ。燕尾のように腰裏から突き出したスラスターや背部に背負うその大きな翼は――そう、まるで燕。

 

「これが僕の機体……」

 

 僕がポツリと呟くと同時に、束さんがホロディスプレイを閉じる。

 

「それじゃあ、炒飯食べたら見に行こっか。そーくんのISを」

 

 にっこりと笑う束さんは、そう言ってあっさりと炒飯を平らげた。僕もそれに合わせて掻き込むように食べ終え、束さんのお皿と併せてお流しに置いておく。

 いつの間にか先に向かった束さんを追う形で、僕は足早に格納庫へと向かった。

 足下が見えるぐらいの光しかない螺旋階段を下っては、格納庫前の扉までやって来る。この先に、僕の機体があるんだ。それを思うと、改めて緊張感が走る。むず痒い、そんな感覚を抑え込んでその扉を開く。

 開いた先には広い空間にハンガーが一つだけポツンと置いてあり、そこには水色――いや、空のような、より澄んだ水色。言うなれば空色だろう――のISが鎮座していた。

 ゆっくりとそのISに近付いていくと、唐突に何かが脳裏にフラッシュバックする。

 

 

 

――お姉ちゃん、これなぁに?――

 

――あらあら、■■くん気になる?――

 

――うん――

 

――ふふっ、この子はISなのよ。その名も■■! どうかしら、カッコいいでしょう? 私の自慢の機体よ――

 

――僕も乗れたらなぁ……――

 

――残念ながら、ISは女性にしか乗れないのよ――

 

――それぐらい知ってるよ!――

 

 

 

 何処かの誰かの会話……みたいだけど、名前らしき部分にはノイズが掛かっていて、よく聞こえない。当然それは僕の記憶には無く、でも聞こえた女性の声は懐かしくて落ち着く、そんな声。

 そんな時、背後から陽気な声が格納庫へ響き渡って、僕は現実へと引き戻される。

 

「どうかなそーくん、その(IS)は」

「……束さん」

 

 聞き慣れた声にふと安堵して、僕はその場にへたり込んでしまう。驚いた束さんは、慌てて僕の傍まで駆け寄って、僕を抱き締めた。

 

「何か、思い出した?」

「バレバレでしたか」

「そーくんは嘘が下手だよ」

 

 束さんの台詞に思わず吹き出してしまう。

 

「そうですね、僕は嘘が下手みたいです。……初めて、本物のISを見た時のこと、思い出したんです」

 

 そうだ、あれは初めてISを、本物のISを見た時だったんだ。お世話になったお姉さんから、無理を言って本物を見させてもらった時。

 あの時、僕は心の底から嬉しかったんだ。空を飛べるISを、何処までも飛んで行けるISを見れて、本当に。

 でも今はこうして手の届く範囲に、直ぐ側に、僕の目の前に、それがある。

 

「初めまして、よろしくね」

 

 束さんに抱き締められながらも、僕はその細い腕を伸ばしてISに触れた。その瞬間、キーンと金属音のような、それかノイズのような頭に響く音と共に、有り余る量の情報が一緒くたとなって『意識』へ流れ込んでくる。今まで全く知りもしなかった情報が、まるで“知っていた”かの如く理解できていた。ISの基本動作、操縦方法、ISの性能及び特性、活動可能限界時間、行動範囲、エトセトラ……。自分でもおかしいな、なんて逆に思ってしまうほど。

 直ぐ様手を離して、腕を下ろす。僕は束さんの腕から抜け出して、更にISへと近付いた。男である僕を、受け入れてくれるかのように跪いているISに、早速乗り込む。

 開いた装甲の中に腕や脚を入れ、ISに体を預ける形で力を抜く。それと同時に、体にフィットしていくように装甲が閉じた。軽く空気を抜くような「かしゅっ」という音に合わせて、ISの手足が僕の体とリンクして、生まれた時かからあったかのような一体感を持って動く。

(そうか、これが――ISなんだ)

 全てが繋がった。そう形容できるんじゃないかな、これは。全ての情報が知覚でき、視界もブレやぼやけが無い澄んだ状態だ。手足も問題なく動かせる。

 

「……これが僕の――」

 

 束さんの方を改めて見ると、驚いたような、安堵したような、色んな感情が混じった顔で僕を見返していた。

 それすら分かってしまうこのセンサーが、少し憎らしく思ってしまうけれど、束さんが本当に心配してくれていたことが分かっただけでも感謝するべきかな。

 

「そーくん、気に入ってくれたかな?」

 

 その束さんの質問に、僕は屈託のない満面の笑みで答える。感謝を込めた、精一杯の笑顔で――。

 

「ええ、とっても!」

「……そっか。その子の名前は『天燕(あまつばめ)』だよ。どうかな、カッコいいでしょ?」

「へへっ、僕のISなんですよ。当然じゃないですか!」

 

 その装甲と同化するような水色の髪を(なび)かせて、僕は赤い瞳で束さんを見つめながら、自慢気にそう言った。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 練習と装備と練習

気が付いたらおおよそ一ヶ月と二十六日も経過していた……。投稿期間が空いて申し訳ありません。
それでは四話目、始まりです!







 僕はISを手に入れてからと言うものの、繰り返し外で飛ぶ練習をしていた。

 いくら操縦方法が分かった所で、実際に飛べなければ何の意味もないから。だからこその練習……なんだけども、

 

「そーくーん! 無理しないでね~!」

「だ、大丈夫ですよ!」

 

 空中で姿勢を保つのは楽だけど、どうも移動が難しい。この子は少しやんちゃ(ピーキー)なようで、滑空や飛行などは極端に速いみたいだ。それさえ何とかなれば後はどうとでもなるんだけれど、中々それに慣れないのがネックだね。

 こういうのはイメージが密接に関わってくる。基本的に人にとって「空を飛ぶ」という経験は未経験なものだ。飛行機のような鉄の塊に守られて飛ぶのではなく、自身の素肌で感じての場合。だからコツを掴まなければISですら飛ばすことは不可能に近い。だからこそのイメージなのだけど、それがまた難しい。

 

「お願いだから言うことを聞いてってばぁ!」

 

 少しでも気を緩めたら、恐らくその方向へズドンと一直線なんじゃないだろうか。そう思っただけでも身震いが止まらない。

 頭の片隅で考えながら、機体を操作してそっと地面に着地させると、束さんがタオルとスポーツドリンクを持って走ってきた。

 

「やっぱり調整した方が良いよ?」

「だ、大丈夫です! この子に慣れることが、今の僕の目標ですから」

 

 束さんの厚意を無下にしたいわけじゃないけれど、僕は束さんの提案を慌てて却下する。何故かって言えば、ただの男の意地なんだけど。

 しかし束さんは、それを理解している上で調整しようとするので、僕はやっぱり意固地になって頑なに拒否する。

 まだ『一次移行(ファーストシフト)』を終えたばかりなんだけど、それでも完璧とは言い難い。それがISでもあるのだけども。

 ISを格納して直ぐにスーツだけの状態へと戻る。どうやら格納した形態のことを『待機形態』と言うらしく、その時の形状はアクセサリーの形をしているのだとか。因みに僕のは手の甲に空色の装甲が付いた指貫グローブ。防具とかそんな感じにしか見えないとは言わない、言っちゃいけない。

 

「そーくんがもしそれで怪我でもしたら、束さん泣いちゃうぞ~!」

「打撲や骨折なんて怪我の内に入りませんよ………多分」

 

 スポーツドリンクを手渡されて平然とした顔で言うと、束さんは「それは平然と言うことじゃないよ……」と珍しくまともなことを言っていた。束さんらしくもない。まあ、本当に怪我の内に入るかどうかは疑問しかないけれども。

 そんなことよりも、取り敢えず武装が完成する前には、この機体に慣れておかなければならない。なら、小休憩を挟みながら反復練習していこうかな。どこまでやれるか分からないけれど。

 僕がスポーツドリンクのキャップを閉めると、束さんは僕の右手を凝視していた。僕は直ぐに勘付いては、自分の右手を隠す。束さんも僕を逃がすまいと、じりじりと間を詰めるように(にじ)り寄りつつソレを奪う機会を眈々と窺っていた。……きっと端から見れば、それはそれはとてもシュールな光景なんだろうなぁ。

 

「さぁそーくん、その天燕を渡してもらうよ♪」

「嫌です! どうせ天燕を調整するつもりでしょう! 近寄らないでください!」

「いーやーだー! 天燕調整するのー!」

「子供みたいに言わないでください! 束さんは大人でしょう!?」

「子供に子供って言われたー!」

 

 わけの分からない幼稚な言い合いをしつつ、結局最後には取っ組み合いになる。当然、僕なんかが束さんに敵う筈もなく、結局は天燕を取り上げられてしまった。

 天燕を取り上げた束さんは、目にも留まらぬ速さで駆け抜けていき、挙げ句の果てには僕とタオルとスポーツドリンクを置いて、颯爽と家の中へと入っていってしまった。

 あまりの足の速さと、仕事の早さに呆けるしかなかった僕は、慌ててタオルとスポーツドリンクを手に家へと駆けていくのだった。

 

 

 

 束さんを追って開発室へと入ってみると、やっぱりそこに居たっぽい。しかも、あの不思議な形状をした作業椅子に膝を抱えて踞っている。

 僕はどうしようかと思いながら近付くと、束さんが僕の存在に気付いてか、ふと顔を上げた。……あ、目がとろんとしてる。眠いのかな。

 

「束さん、こんなところで寝ちゃダメですよ」

「……そーくんのいけずぅ」

「風邪を引くとは到底思えませんが、でもちゃんとしたベッドで寝ないと取れるものも取れませんよ」

 

 そうやって注意するのも束の間。腕を伸ばして僕の首に巻き付かせては、思いっきり引き寄せられてしまう。全くもってこういう(束さんのような)人は困るよね。人の意思決定関係なく抱いてこようとするんだもん。

 そう愚痴を言う暇もなく、僕はあっさりと束さんの胸に顔を埋める形になった。何故にこうなった。

 

「うー、そーくんの匂いはミントかぁ~♪」

ふぁっへひほふほひおいほ(勝手に僕の匂いを)はははいへふははいほぉー(嗅がないでくださいよぉー)

 

 埋もれたままでなんとか言ってみるも、ほぼと言うか、全く伝わってない。く、苦しい。

 伝わっていなければ当然束さんも理解してないわけで、ましてや束さんが僕を放してくれるとは思えない。目の前が真っ暗なだけに、絶望しか見えないよ。これこそまさに“お先真っ暗”だよね、あはははは………誰が上手いことを言えと。

 藻掻く気力もなく、しばし埋もれていると段々呼吸が困難になってくる。ヤバい、そろそろ限界を迎えそうかもしれない。そのお陰でどんどんと気が遠退いていって、僕は気付く隙もなくそのまま気絶してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い天井、白い壁、シンプルなベッドと机と椅子に、あと乱雑に散らばった本。――あぁ、僕の部屋か。

 起き上がると同時に掛け布団から這い出ると、辺り一帯に散らばった本を片付ける。流石に散らばったままなのはマズイよね。

 トントン、と本の端を合わせてから卓上の本棚に納めていく。全てが全てISに関する資料、書籍で、束さんが纏めてくれたISの基礎理論の本もある。……と言うかこの本あれば十分だよねってレベルで、他の書籍はいらなかったんじゃなかろうか。いや、買った以上は仕方ないよね。それに様々な技術があって、これはこれで面白いってのもあるし。

 そこで僕は率直な疑問を口にする。

 

「っとと、束さんは……?」

 

 そりゃあまぁ、開発室にいるんだろうけど、と簡単に予想はつくものの、情景反射と言うかなんと言うか直ぐに反応しちゃう。

 結局、すぐに答えが出て、僕は「ああそうだった」と気付き直してから部屋を出た。目指すは当然、開発室だ。

 相変わらず重たいドアを押し開けて、開発室を見渡してみるとやはり束さんは居た。

 

「束さん、これからハグするの禁止しますよ!」

 

 腰に手を当て、人差し指を指しながら開口一番そう言ってみせると、束さんが滝のように涙を流しながらこちらへ振り向いた。

 それにギョッと一歩退いてから、僕は恐る恐る歩きながらも束さんに近寄る。

 

「そーくんのいけず~! 束さんはこうも“I love you”なのにぃ~!!」

 

 束さんからの開口一番の台詞がそれだった。唖然とするべきか、普段通りだと受け流すべきか。どちらにせよ返答に困る言葉に、僕は苦笑いで返す。

 僕の腰に抱き付いてきては、わんわんと喚く束さんを取り敢えず落ち着かせてから、ハンガーに掛けられた状態の天燕に近付いた。

 もう調整は受けた後みたいだ。触れるだけで何が変わったのか、手に取るように分かる。見た感じ出力系に修正が掛かってるらしいね。エネルギー伝達係数を敢えて落として、余剰分のエネルギーが極力出ないようになってる。

 天燕から離れると、束さんが僕の隣までやって来た。何か言いたげにしている束さんを見ると、ややしかめっ面で悲しそうに眉尻を下げている。

 

「私ね、この子に乗ってそーくんが怪我するなんて嫌だから。それは本当だよ」

「心配しないでくださいよ。僕は怪我なんてしません。ISは、僕達を守ってくれるじゃないですか」

「でも……」

 

 珍しく弱気に言う束さんに、今度は僕から抱き付いた。普段はこんなことしないためか、急な出来事で流石の束さんも思わず動揺している。

 

「僕は……死にません。必ず束さんの下に、生きて帰ってきますから」

 

 そう言われて、束さんが涙を流したのを僕は知らないことにした。これは、僕の決意したことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、束さんから天燕を返してもらい、実際にテスト飛行してみることにした。

 そうとなれば外へ出て、束さんはホロディスプレイを出して確認を、僕は天燕を展開して宙へ浮く。

 

「前よりか大幅に安定してますね。思うように、とまではいきませんが前よりマシです」

「そう、それなら良かった。慣れたところで装備も読み込まなきゃねー」

 

 簡素な感想を述べてから地面に着く。それに対して束さんは、新たに出現させたホロキーボードで何かを打ち込みながらこちらを見ずにそう言った。

 そこで疑問に思った僕は、間髪入れずに束さんへ尋ねる。

 

「装備、出来てるんですか?」

「うん♪ 何せ束さんの自信作だよ~? そーくんのために扱い易そうなのを作ってみたのよさ!」

(……扱い易そうなもの?)

 

 うーむと悩みつつ、視界に何かのインストール画面が表示され始める。不思議そうに表示を見つめていたら、百パーセントとなった途端、僕の右手に大型のライフルが、両肩に複雑な線が刻まれたシールド状の厚めの板が装備された。

 

「これが装備ですか……?」

 

 隅々まで見ようとあちこちを見回すと、目の前に再び表示が出てくる。

《多目的複合レーザーライフル「空幻(くうげん)」 使用可能

 展開式防護装甲「鬼甲(ききょう)」 使用可能》

 

「これが天燕の……」

 

 誰に言うでもなく呟き、試しにレーザーライフル――空幻のトリガーを引く。――すると、空気を震わすような轟音と共に、空を一直線に突っ切っていった。反動(リコイル)は中々に大きく、代わりに威力は高そうだ。

 僕は手にした“力”を目の前にして、思わず目を輝かせる。だけどこれは、使い方を誤ればただの殺戮兵器になってしまう。……だからせめて踏み外さないようにしなきゃ。僕はそう心に深く誓った。

 

 

 

 

 

「やっぱりもう少し時間が掛かりそうだ。……でも必ず乗りこなしてみせるよ。うん、頑張るよ、天燕」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 襲撃、三ヵ国合同軍事演習!

 天燕の操縦もそろそろ習熟し、もう自由に飛べるようになったんじゃないかという頃。

 ある日、ふと束さんに開発室まで呼び出された。一体何事かといえば――

 

 

 

 

 

「今度、面白いイベントが開催されるんだって~。だから、襲撃しちゃおう♪」

 

 

 

 

 

 ――というわけである。

 いきなり何が「というわけ」なのかはさて置いて、いきなり襲撃しちゃおうなどとは普通は言わない。そう、普通なら。

 しかしそんな“普通”などという、曖昧であやふやな常識や定義でさえもブレイクするのが束さんなのだと、ここ最近の僕は染々思う。いや、そうに違いない。……とまあ、そうは思いつつも、なんだかんだ僕はそれに従うだけなんだけど。

 

「それで、何処を襲撃するんですか? 飛行にしか慣れてない僕が、何処かを襲撃した所でアッサリ返り討ちだと思いますけど」

「まぁまぁそう自分を卑下しないでよ、そーくん。私の作ったISなら、絶対そーくんを守ってくれるよ!」

 

 自信満々に返されては返す言葉もない。これでは「満面の笑みでそう言われてもな」と愚痴を(こぼ)すこともできやしない。僕はそれに向けて、ISをより上手く扱えるようになるまでだ。

 束さんはひらひらと軽く手を振りつつ、そのまま何処かへ行ってしまった。僕はクスリと軽く笑ってから、外へと向かう。束さんの邪魔をするわけにもいかないし、早速練習開始だね。

 ――練習と言って真っ先にやってきたのは外。

 まずは軽く準備運動をこなしてから、その手に光と共に空幻を呼び出す。

 

「やっぱりこのライフル……えーっと、空幻? に慣れないといけないのか」

 

 僕の身の丈を越えるほどの長大さを持ったそれは、到底生身で持ち上げられる代物ではない。ましてや僕のような貧弱な体型では尚更だ。

 今はISスーツと呼ばれるタンクトップとスパッツを合わせたような形状をした『専用衣装』とでも呼ぶべき装備をまとった状態で、空幻と両腕の装甲のみを展開している。

 それなのにこうして軽々と空幻を持ち上げられているのだから、自分でもこれには驚かされる。

 

「よっ、と。IS自体の補助機能で、こんな重そうなものを軽々と持てるなんてやっぱり凄いなぁ。……にしてもこれ多目的とかってあったけど、何で多目的なんだろう?」

 

 持ち上げながらも、ちょっとした些細な疑問に突き当たって、僕はふと銃身の下部分に幅が広めのスリットが入ってることに気が付く。

 

「もしかして……これ」

 

 もしかしなくとも、かもしれない。

 僕はグリップを起こして銃身とグリップが直線になるように変形させてから、思いっきりトリガーを引いてみた。

 すると突然「ヴォン!」と、ライ○セーバーみたいな音を立てて、青白いビーム刃がスリットから勢いよく吹き出る。

 

「うわっ!? ……あわわわわわわ!」

 

 しかし、あまりに突然の出来事過ぎて、勢いあまって手元を狂わせてしまい、お手玉のように空幻を落としかけてしまう。驚いたのはまだしも、慌てて落としかけたのは危なかったぁ。

 今度こそはと握り直して、高出力を保つビーム刃を思いきって振り切る。

 次の瞬間には振り切った勢いに負け、振り回されてから転けてしまった。そのまま大の字になって倒れ、ボーッと空を眺める。全面展開していない状態じゃ、そりゃ質量に振り回されるか。

 ハイパーセンサーを展開して、ディスプレイをポップアップする。改めて装備の説明欄を見てみると、これが何ていう形態なのかがようやく分かった。

 

「えっと、これ『大剣形態(ソードモード)』っていうのか。僕のサイズからして確かにそうだね」

 

 銃身の長さが約一メートル前後なだけに、かなり大きめに作られている。だから、大剣形態となると大体僕と同じ高さになるわけだね。リーチもあってこっちの威力も高そうだ。

 

「さてお次は……『機関銃形態(マシンガンモード)』ね」

 

 また説明欄を眺めながらそう呟く。名前に“機関銃”って付くぐらいだし、ラ○ボーみたいなこと出来るのかな。いや、乱射は良くないよね。エネルギー食うだろうし。……それはまた別の機会に試そう。

 余談だけど、通常の状態を『長銃形態(ライフルモード)』って言うらしい。連射性を犠牲に威力と射程距離が高く、逆に機関銃形態は威力と射程距離を犠牲に連射性を高めている感じだね。

 

「一長一短、って言うのかな、こういうのって」

 

 こういったものはあまり触るものでもなかったために、装備の性能すら理解していない僕は空しく笑う。うん、今度ちゃんと調べておこうかな。

 結局、ロクな練習もせずに天燕を仕舞ってから、僕は体を起こして研究所の中へ戻ることにしたのだった。我ながらなんとも身勝手なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 束さん曰く“面白いイベント”の、その開催日。それは奇しくも一ヶ月ぐらい前に、僕がパソコンで見たニュースと同じ日だ。

 なにやら脳裏で嫌な予感がして、僕は天燕を前に恐る恐る束さんに尋ねてみた。おおよその答えは想像している通りなんだろうなぁ、とあらかじめ希望を潰しておきながら。

 

「束さん……今日、僕が行く所って……」

「フランスのブルターニュ半島だよ~♪」

「もしかしなくともフランス、イギリス、ドイツの?」

 

 僕が尋ねると、束さんは大きく頷きながら答えてくれる。

 

「そーくん、今日は妙に察しがいいね! そうだよそうだよその通りだよ~! 今日は襲撃という名目のピクニックに行くのだよ!」

 

 ビシッと僕に向けて指を差す束さんは、随分とまあ楽しそうというか、なんというか。まあ、自分の作ったIS(子供)の晴れ舞台なのだから浮かれもするか。

 ――でも流石に、世の中三ヵ国の合同演習に「ピクニック」などと称して首を突っ込む人はいないと思います。

 

「束さんは高みの見物だから、そーくん頑張ってね~」

 

 そんなツッコミが届く筈もなく、陽気に背中を押されて仕方なく天燕へと乗り込む。これほど乗り気になれないのは不思議だなぁ。でもやるしかないよね。……帰ってこれるかな?

 段々心細くなっていく自分が、とても情けなく思ってくる。だって天燕を信じて帰ってくるしかなさそうだし。僕は深呼吸しながら視界端に映るマップを確認して、目的地までの距離を計測する。

 

「この距離はちょっと無理ありませんか?」

「大丈夫大丈夫、モーマンタイモーマンタイ」

「寧ろ心配になってくるんですが……」

「バッテリーパック積んでるから問題ないよ~。それ、突撃ー!!」

「え? ちょ、束さ――――ッ!?」

 

 溜め息を吐くと、カタパルトのスイッチを何の前触れもなく押されて、僕は構えることすら出来ずに声にもならない悲鳴を上げ、空へと思いっきり投げ出された。空中で転けるだなんて芸当、中々体験出来るもんじゃないね。

 こうなってしまった以上、もう引き返せはしない。そっと体勢を立て直すと、視界端に映るマップを頼りにその方向へ飛び出す。

 ほぼ一直線に飛ぶからか、それとも体を水平に倒してるからか、もしくはその両方か。スピードが高くなり過ぎて、遂には戦闘機以上のスピードで空を走り抜けていった。

 目的地に辿り着くまでには、そんなに時間は掛からなかった。太平洋から中東、中央アジア、東欧を越えて、あっという間に西側諸国ことヨーロッパ真っ只中にやってこれたのだから。それでも一つのバッテリーパックを半分使っただけで、ただ飛ぶだけなら燃費はいいみたい。

 そのまま雲隠れしつつ陽気にフランス西岸、ブルターニュ半島へとやってくると、ハイパーセンサーで軍用ヘリや戦車に軍隊が集まっている箇所を捉えた。ISも見える範囲では三機しか見当たらないけれど、間違いなく他の国家所属機も居ると見受けられる。

 どうやら特に速すぎたというわけでもなく、丁度演習が始まった所みたいだ。パーティーの開始時間にはなんとか間に合ったという所か。

 ぎりぎりまで視界をズームさせて、各国のISパイロットらしき人達が互いに握手しあってているのが見えた。その後は各々の準備へと取り掛かっていったみたいかな。

 見た感じ、どのパイロットも軍人とは到底思えない年齢だ。ましてや少女、世界はとても残酷だと呆れさせられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソラが上空でこそこそしているその間、三人の少女がテントの真下でISスーツのまま語らっていた。女が三人寄れば姦しいとはよく言ったものである。

 それは傍から見ればきっと仲の良い(?)少女達の会話に見えるのだろうが、その周囲を見渡せばいくら傍からといえど、ただの会話とは思えないだろう。

 

「まさか、代表候補が一ヶ所に三人も集まるとはね」

 

 そう切り出したのは、この中で一番普通っぽい少女に見え、可愛らしい笑顔を振り撒くフランス代表候補生の「シャルロット・デュノア」。手元には紅茶の入ったティーカップが握られている。

 

「全く以てそうですわね!」

 

 不服そうに不機嫌な声でシャルロットに同調したのは、イギリス代表候補生の「セシリア・オルコット」。彼女はそのままふんぞり返るように椅子へと座り込んだ。なお、紅茶を淹れたのは彼女の待女である。

 

「これから演習が始まる。私語は慎め」

 

 残る一人は二人と特に関わろうとせず、そのに二人へぶっきらぼうに注意したドイツ代表候補生の「ラウラ・ボーデヴィッヒ」。

 何とも対照的な三人だろうか、妙に反りが合っていない。それもお国柄故に無理もないのだろうが、これから演習するとしても一人を除けばあんまりな態度と言えよう。この中では、シャルロットが一番マシ(社交的)だ。

 そこへ伝令役を伝えられた一人の兵士が近寄り、彼の言葉に耳を傾け、一休みも程々にした所で三人は早速、己のISを纏う。橙、蒼、黒、と中々カラフルな三機は決められた定位置に着き、演習開始の合図を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ソラはタイミングを見計らいながら、光学迷彩(オプティカル・カモ)を使用したステルス状態で上空にて待機している。そんな時に、ふと束から連絡が入ってきた。

 

『やーやー、そーくん。調子はどおー?』

「特に問題ないですね。強いていうなら今すぐ家に帰りたいです」

『そーくんも男の子なんだから、情けないこといわないの~♪』

 

 束の軽い言葉に気分が空回りしそうな感覚を覚えつつ、それを振り払ってソラは眼下を見つめる。腕部ユニットから手を抜いて、両手で頬を叩いて気を引き締めながら、覚悟を決めて空幻を呼び出す。

 そのまま全身の力を抜く感覚で真っ逆さまに降下しつつ、全身に掛けていたステルスを解除した。

 

「それじゃ、パーティーを楽しんできますよ」

『ほいほーい、ちゃんと束さんが隅から隅まで見てるから、バンバン敵を倒しちゃって~♪』

「出来ればの話ですけど」

 

 今回は、あらかじめ相手のISのスペックは確認済みだ。しかし、実戦となるとどう転ぶかは分からない。シュミレーション通りにいけばいいとソラは願うばかりだが、そう上手くいかないのが世の中なのである。

 

「戦闘開始!」

 

 

 

 

 

 ラウラはふと、ハイパーセンサー上の機影数が一つ増えたのを確認する。しかし、周りを見渡してもそんな機影は見当たらない。ほかの二人も同様に周囲を警戒している様子だ。

 訝しく視界を動かすが、一向に見当たらない。そのことに苛立ちを隠すことができないまま舌打ちしたくなる衝動に駆られる。

 すると、意外なことに突如として真上から反応が出た。

 

「上だとっ!?」

 

 予想外の場所から突如として謎のIS――ソラの天燕――が姿を現し、降下しながらも螺旋を描くように錐揉み回転させ、ラウラ目掛けて突っ込んでくる。

 

「フン、速さは中々だが、動きは赤子同然だな」

 

 だがラウラはこの程度のことで焦りすら見せずに、右腕から慣性停止結界(AIC)を発生させ、天燕へと当てる。その瞬間――

 

「う、動かない?」

「何を思ってのこのことやってきたのかは知らんが、ここで死ねぇッ!!」

 

 天燕の動きがピタリと静止した。その間に、ラウラは自身の専用IS『シュヴァルツェア・レーゲン』の大口径リボルバーカノンで、容赦なく天燕を狙い撃つ。

 天燕が至近距離で食らったダメージは伊達ではなく、上空へ返されるかのように吹き飛ばされる。

 

「ぐうぅぅっ、くっ……」

 

 爆煙とともに攻撃はシールドバリアーでカバー出来たものの、自分への衝撃までは抑えきれない。そのため、ソラに傷は無くとも衝撃による痛みはあった。

 だが、その瞬間だけAICから逃れる隙が生まれ、ソラはその隙を逃さず、強引にラウラから離れる。

 ラウラは舌打ちしたくなる衝動を抑え、再びリボルバーカノンを放とうとするが、その前に蒼い小型兵器が天燕へと迫った。

 

「BT兵器……オルコットか!」

「あら、戦うのは貴女だけじゃないことをお忘れ? わたくしも居ましてよ! ブルー・ティアーズ!」

 

 ラウラの叫び声の後に、セシリアが気付かせるようにキツく言い放った。その若干刺がある言葉に、ラウラはセシリアも巻き込もうかとも考えたがやめておく。自国の恥、ましてや己が慕う教官の恥にはなりたくないからだ。

 その間にも、セシリアの専用IS『ブルー・ティアーズ』から放たれた遠隔機動兵装こと『ビット(BIT)』が、執拗に天燕を追いかける。

 

「しつこいなぁ!」

「中々すばしっこいですわね。……ですが!」

 

 ビットからレーザーが放たれ、一斉に天燕を襲う。それを確認したソラは、瞬時に非固定浮遊部位(アンロックユニット)に装備したシールドを構え、こちらに向かうレーザーを防ぐ。

 

「小癪な!」

「今度は僕からだよ!」

 

 声など互いには届いてすらいないが、それでもソラは空幻を大剣形態で構え、言葉の通りにブルー・ティアーズへと真っ直ぐに突っ込んだ。

 セシリアもまた、敵がそんな大胆な行動に出るとは予想すらできず、一瞬の隙を生み、回避行動が遅れてしまう。

 

「しまっ――」

 

 高出力のビーム刃は、あっさりとブルー・ティアーズのシールドバリアーを貫通した。……が、ビーム刃がセシリアを傷付けることはなく、すぐに「斬られる」と直感して目を固く瞑ったセシリアは、天燕に背中から地面に向けて蹴落とされる結果となった。

 ソラは次にシャルロットへ目を付け、一瞬で距離を詰める。シャルロットも、目の前へ現れた敵に対応するためにバックステップを踏み、アサルトライフル『ヴェント』を構えた。

 

「速さなら私も負けないから!」

「………ッ!」

 

 まさか距離を取られるとは思わなかったソラは、長銃形態に戻した空幻を、ギリギリまでチャージさせてからトリガーを引き絞る。

 シャルロットはそれを少ない挙動で右側へ躱し、さらには右手で持っていたヴェントを、弾倉が許す限り撃ち尽くした。無論、ただで当たってあげるわけもなく、ソラはギリギリを攻めるかのように襲い来る弾幕を避ける。

 その頃ラウラは、シャルロットが敵を抑えている間にリボルバーカノンを構え直し、慎重に(ソラ)へと照準を合わせ始めた。直後にシャルロットへ目配せし、シャルロットもそれに小さく頷く。準備が完了して、合図と共にシャルロットは射程から一気に離れた。

 

「消えろッ!!!」

 

 轟音を大音量で響かせながら、大口径の弾丸が音速を越えて天燕へと迫る。ソラは振り向き様に空幻を大剣形態で構え、弾丸を防ごうと刃を向けた。しかし、弾丸の威力はISのアシストを以てしても防げず、自分を押しきって吹き飛ばした。

 

「がっ……強い……」

 

 流石に一人を倒したといえど一人だけ。二対一は非常に不利でしかない。だがそう簡単に退くわけにもいかない。男の子の意地だといった所か。

 ソラは空幻を握り直し、押される覚悟でラウラへと突っ込む。

 その馬鹿正直かつ安直な行動にラウラは鼻で笑っては、何も構えず突っ立っていた。確実に勝てるという、確固たる“絶対的自信”を持っているからだ。「この程度なら、問題はない」と。

 空幻を勢いよく振りかぶり、ラウラの右手が上がるのを確認してから、ソラは突発的に閃いた作戦に移る。

 

「「そこだッ!」」

 

 同時に声が重なる。

 AICが直線に飛んできた所で、ソラはウイングスラスターのエネルギーを全カットし、機体を自由落下させる。

 見事に寸でAICを躱しつつ機体が滑空し、ラウラの真下辺りへ来た所で、カットしたエネルギーをウイングスラスターへと即座に回す。機体各所のスラスターが一斉に火を噴いて、爆発的推進力で真上へと飛んだ。

 

「なっ……Solche dumm(そんな馬鹿な)!?」

 

 避けられた上に、まさか下を取られるとは思わなかったラウラは、リボルバーカノンを真下へと向けて何発も放つ。

 それを軽々と避けたソラは、空幻を機関銃形態にしてから両手で構え、ラウラへ目掛けてトリガーを精一杯引き絞った。雨霰(あめあられ)の如く、下からレーザーの弾丸がシュヴァルツェア・レーゲンのシールドバリアーを削ぎ落とす。

 判断が遅れてしまい油断したラウラは、突っ込んできたソラのタックルで吹き飛ばされてしまい、リタイアとなる。

 

「その次は必然的に私、かな」

 

 最後に残されたシャルロットは、表面上落ち着きつつも内心は焦りつつあった。セシリア、ラウラと代表候補生二人を追い込むなど、動きがどう見ても初心者の敵に出来る筈がないと考えた。そうなると単純にISの性能に頼っているようにも見える。

 しかし高性能だとしても、ISは第二世代機には見えず第三世代機にも見えない。見たこともない形状で、何処の国かも判別できないことからして、ますます不明としか言いようがなかった。

 

「まあ、私が倒せばいいだけなんだけど!」

 

 シャルロットは自身の愛機『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を駆って、両手に持っていたヴェントを目にも止まらぬ速さでショットガン『レイン・オブ・サタディ』に切り替えた。

 

「それッ!」

 

 ショットガンの散弾を周囲へ散撒(ばらま)き、加速した状態の敵へと弾薬を気にせず撃ちまくる。手を休めずリロードし、また撃っての繰り返し。やがて遂に弾が切れた所で、再びヴェントへと切り替える。

 

「私の高速切替(ラピッド・スイッチ)でも、あの敵に見切られてるの?」

 

 もうそろそろ後がない。そんな時に、敵が逃げながらも掌に大きめな筒上の何かを手にしていた。

 それが何なのかと思って、よくよくハイパーセンサーで確認してみると、表面にウサギのマークが描かれた缶だった。しかしそれはただの缶ではなく、上部にピンの付いた缶――つまりはグレネード以外の何物でもなかった。

 

「嘘でしょ!?」

「そーれっと」

 

 シャルロットの驚きに対して、ソラは関係なくピンを引き抜いて後方へ投げた。シャルロットは慌てて避けようとするが、そんな暇もなくグレネードが爆発した途端、凄まじい閃光と「キーン!」と響く耳障りな音が鳴った。

 

「す、スタングレネード……っ」

 

 シャルロットは今使われた兵器の名前を呟く。

 ――スタングレネード。非殺傷武器としてはポピュラーかつ有名な軍事兵器の一つ。主に制圧などで使用され、閃光と耳障りな音で相手の視覚と聴覚を奪い、怯ませるものだ。

 周りで固唾を呑んで待機していた軍隊や参加する筈だったISパイロット達、それにシャルロットまでもがスタングレネードの閃光と音に巻き込まれ、ほぼ全てが行動不能になった。

 

「はぁ……はぁ……束さん、もうそろそろ帰投します」

『大分派手に暴れちゃったねぇ~♪』

「そのわりには随分楽しそうですね」

『見てて楽しかったんだよ。ただそ~れ~だ~け~』

 

 空色をしたIS以外その場の全員が倒れ、ある意味地獄絵図の中、ソラはそんな束の言葉に呆れながら、先程言った通りに踵を返して帰投した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ソラと天燕が立ち去った演習地ではセシリア、ラウラ、シャルロットがそれぞれテントの真下で怪我の治療を受けていた。

 セシリアはぶつけた箇所が悪く、腕を三角巾で吊っており、ラウラはラウラで頭や腕、脚に包帯を巻いていた。残るシャルロットは然程目立つ外傷はなかったが、スタングレネードの影響か、未だに聴覚が利かないでいる。

 

「まさか……このわたくしが……ブルー・ティアーズがっ! この雪辱は、いつか必ず……!」

 

 セシリアは悔しそうに苦虫を噛み潰した苦い顔をして、先程の敵を思い浮かべていた。同じくラウラも悔しげな顔で、苛立たしげに血が滲みそうなほど拳を握り締めていた。

 

「私が、この私が失態を犯すなど……チッ」

 

 握り締めた拳をどこかへ叩き付けることなく空振りさせ、ラウラは舌打ちする。

 対するシャルロットのみ、別段これといった恨みや後悔の念は無かった。……無かったが、寧ろ何故攻めてきたのかが不思議で仕方がなかった。相手はまるでスポーツでもやっていたかのように、最初からこちらを殺す気などは全く無かったのだ。

 シャルロットは次第に戻ってきた聴覚で二人の愚痴を聞いて、考えるのを一旦止めては、少し苦笑いしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 打って変わって研究所へと戻ってきたソラは格納庫に天燕を戻す。すると束が駆けつけてきては、いつも通りにソラを抱き締めた。ソラは安堵して束に体重を預け、一息吐く。

 

「束さん、とっても疲れちゃいました」

「えへへ、そーくんはよく頑張ったよ~。流石は束さんの助手だね!」

「もう、このまま寝てもいいですか?」

 

 既に意識が半分しか機能していないソラに、束は微笑みながら頷いた。

 

「私で良ければね」

 

 その言葉が届く前に意識が抜けて眠ったソラを抱き抱え、束はそのまま部屋へと連れていく。もう寝てしまったことに思わず吹いてしまいながらも、束は窓の外を眺めながら呟いた。

 

 

 

 

 

「フフッ、そーくんは私の家族で居てくれれば、それでいいんだから」

 

 

 

 

 

 




ハンドボールをしている時、パスをする際に空中で前傾姿勢になってみて下さい。……ほら、貴方も空中で転けることができます(実証済み)



※注意※よい子は絶対にマネしないで下さい。顔面と膝と脛が犠牲になります。万が一怪我をした場合は自己責任でお願いします。作者は一切の責任を負えませんので、ご了承下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 少女の笑顔

 ――三ヵ国合同軍事演習襲撃から五日経った頃、ネット上では予想を遥かに越えて、かなりのニュースになっていた。

 

 

 

「謎のISが演習中に乱入、各国ISを追い詰めて逃亡。テロ組織の襲撃か……ね。人聞きの悪いなー」

 

 

 

 そう呟いたのは、暖かくて酷く甘いコーヒーを啜る僕、ソラだ。

 あれからというものの、武器の扱いや動かし方などを改めて学び、ある程度は武器を持って自由に飛べることができるようになった。次こそは上手くやれる筈である、多分。

 別にそんなことはいいとして、流石に「追い詰めて逃亡」っていうニュアンスが気に食わない。束さん曰く「冗談(ゴシップ)好きなメディア(ウジ虫共)情報(ニュース)は、鵜呑みにしない方がいい」らしいけれど、僕としては不服でしかないよ。

 

「確かに“倒された”なんて書いて、評判を悪くしたくないのは分かるけれど……」

 

 軍の信用度合いは各国によって変わるけれど、どれも似たような反応が多い。その似ている点は「信用していない」と言う点。その点を考えればまだ頷ける内容だ。

 またコーヒーを啜りながら、(だんま)りとしてしまう僕に、後ろから声が掛かった。

 

「難しく考えない方がいいよー? もっと気楽にいこー!」

「そう言われても難しいから悩んでるんですよ?」

 

 唐突に現れた束さんの言葉に、イマイチ同意しかねない僕はそう返す。

 

「それで、僕に何かご用ですか?」

 

 ふとこちらへ出てきた理由を尋ねると、束さんは思い出したように頭のウサミミを立てながら話し始めた。……って、ウサミミが反応するのか。

 

「ああそうそう、すっかりスッキリ忘れてたよ~。えっとね――」

「また、何処かへ?」

 

 僕の質問に束さんは「うん」と頷いた。

 

「今度はドイツに行ってもらおっかなぁ~、ってね★」

「ドイツですか」

 

 明るく、なるべく可愛らしく振る舞おうとする束さんをスルーしながら再び尋ねる。

 それにしてもドイツかぁ。あそこは――昔からだけど――何かと物騒な話が多い。もうそれだけで嫌な予感しかない。

 

「ドイツに何があるんですか。あそこは特に何も……」

 

 僕がそこまで言い掛けた途端、束は人指し指を振り子みたいに振って否定される。

 

「チッチッチッ、そーくん、軽視するのはいけないよ~。ドイツのある研究所に行って、持ってきて欲しい子がいるのさ」

 

 普段からとんでもないことを言い出す束さんが、今度は何を言い出すかと思えば、持ってきて欲しい子がいるとは、ね。何か変なものでも食べたのだろうか。

 まさかこの期に及んでハッキリと誘拐宣言しようとは思わなかったよ。その子をどうするつもりなのかは兎も角、束さんが言うのであれば何らかの考えがあってのことだろうし、特段逆らう理由もない。

 

「分かりました、僕と天燕が連れ出します。必ず、絶対に」

「うん、そーくんならそう言ってくれると思ったよ。外はともかく、中は気を付けてね。何があるかは分からないから」

 

 そう言って心配そうに僕を見つめる。「これだから心配性は」と内心気遣ってくれる束さんに感謝しつつ、僕は快く頷いた。

 僕がやるべきことは一つなんだから、それを達成すればいい話の筈だ。もし邪魔が入るのなら容赦はしない。

 

()()()()()()()に奪ってこなきゃならないから、もう準備を始めよっか」

 

 唐突な束さんのその発言に、僕は思わず耳を疑わずに聞き返してしまう。いつもいつも唐突にやらかすなとは思ってたけど、まさかここまでとは。

 

「あ、明日の正午までに?」

「じゃないとその子が運ばれちゃうんだよ。――ある奴らにさ」

 

 いつもの陽気な様子から一転、いつにも増して真剣な様子になった束さんを見て、僕も自然と緊張が走った。これはとても重要なことなんだ、と。

 改めて気を引き締めてから格納庫へ向かうと、気付かぬ内に、天燕の右腕に見知らぬアタッチメントが取り付けられていた。

 

「これは」

「ああ、それ? 対戦車砲を流用して適当に作った対物砲のアタッチメントだよ~。束さんの自信作なのだー♪」

 

 するとどこからともなくアーム――最近存在を知ったけど、『我が輩は猫である(名前はまだない)』という自律思考型簡易ラボの一部らしい――がその「対物砲」とかいう、かなーり物騒なものを運んできた。

 ……と言うか、“適当”に作っておいて“自信作”とはこれ如何に。

 

「これが対物砲ですか。これを何に対して使うんですか?」

「多目的砲としても使えるから、大きめの催眠ガス弾を装填してあるよ。いざ戦闘になれば空幻を使えば大丈ブイ!」

 

 ピースサインしながら自慢気に語る束さんを余所目に、その対物砲を眺める。

 つまりは「催眠ガスで全員眠らせて奪ってこい」ってことかな。……それなら普通に催眠ガスグレネードを投げればいいんじゃあないかなぁ。いや、そこは束さんだし仕方ないかな。

 そう割り切ってからISスーツに着替えると、束さんがリュックサックを持ってきてくれた。ウサギの顔がデザインされたピンク色の可愛らしいリュックサックだ。しかしどう見てもこれ、

 

「目立ちますよね」

「可愛いでしょ?」

 

 ダメだ、話が噛み合わない。

 

「食料や水筒とか諸々入ってるから、有効に使ってね♪」

「はいはい、分かりました」

 

 呆れ半分、苦笑い半分でそのリュックを受け取り、僕はそれを背負う。

 可愛らしいのは分かるけど、戦場でこんなもの背負うなんてのは流石に引け目を感じるよ。でもまあ、背負わなかったら背負わなかったで束さんが泣いちゃいそうだし。

 改めて背負ってみて分かったことは、あり得ないぐらいには軽いと言うことと、何で出来てるのか判別できないってことだけだった。結局その後も何で出来てるのか分からないまま、僕は渋々天燕に乗り込む。

 

「それじゃあ、天燕の準備も整ったし! そーくんも準備万端だし! れっつらごー!」

 

 その言葉に僕も頷き、同時に格納庫上部のハッチが開き始める。

 束さんが手元のレバーを操作して、天燕のハンガーがカタパルトに接続される。ハンガーのロックが外れ、IS本体がカタパルトに乗せられては、レールに乗って勢いよくカタパルトから上空に射出された。

 空中で姿勢を維持してから、目的地のあるドイツへと僕は急いで駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドイツ軍機密兵器研究施設。読んで字の如く、それは公には出来ない実験、兵器開発を行うドイツ軍非公式施設だ。――例えば何だって? そりゃあ戦闘用デザイナーベビーだとか、対IS兵器だとか、諸々あるよ。僕は束さんから伝聞しただけだけど。

 そのドイツ軍施設の付近で、僕は双眼鏡片手に周囲警戒している最中なんだけどね。

 しっかしまあ、門を入って直ぐのヘリパッドにはイロコイ(UH-1D)が三機も停まってるんだよ。しかも内二機は、護衛なのかガンシップ型に換装されてるし。

 

「見たところ最新装備をこれでもかってぐらい見せびらかしてるし……」

 

 外の門兵に限らず、中を哨戒する兵士も全員最新装備を身に纏っている。研究所内部はもっと厳重だろうね。ISの存在があるからと言って、現代兵器の有用性は保たれているわけだ。

 

「(まあ、侵入者退治には当然、火器は必要だものね)」

 

 他人行儀みたいに思ってるけど、これから侵入するのに何を思ってるんだろうか、僕は。

 

「取り敢えず、ご所望通りド派手に行きますか」

 

 口角を吊り上げて、その身に光と共に天燕を纏う。そしてその右腕に引っ提げた対物砲を構えて、催眠ガス弾を扇状に発砲する。

 優秀なことに、急な砲撃音に直ぐ対応して警戒体制を敷かれるものの、その前に目の前の敵兵達は眠らせられた。ついでにイロコイも飛べなくしておこう。

 

「これでいいかな?」

 

 空幻・大剣形態で、イロコイ三機のプロペラを根本から切り落としておく。僕は満足気に微笑んで、そのまま真正面から催眠ガス弾を撃ちながら入っていった。

 「施設中、全部催眠ガスだらけ」なんて想像したくはないけれど、今まさにそうなんじゃないかと思うね。

 一応、地下に目的の子が居るんじゃないかと勘を頼りに探っていると、どうやらドンピシャみたい。

 ISを格納してからそれらしき部屋に入ると、中には円柱状の形をしたカプセルが奥にまでズラリと均等に並んでいた。カプセルを満たす蛍光色の培養液が、暗い部屋の中で不気味に光っている。

 中を歩いている時に僕は気付いた。そのカプセルの一部には、中に赤子、もしくは少女が入ってるということに。

 

「もしかして、これ全部、人なの!?」

 

 僕はこの部屋に入る前に見た、部屋を示すプレートに書かれてあったものを思い出す。ドイツ語で『遺伝子強化試験体 培養室』と。

 僕は「嘘だ」と叫びたい衝動を抑えて跪いてしまう。そんな時、ふと見上げた先に『VO-00』と表面に表記された、周りとは一変したカプセルが置かれてあった。

 こっちも中に少女が入ってるみたいだけど、周りが五~一歳程度なのに対して、こっちは十一歳ぐらいの少女だ。

 

「もしかしてこの子が、束さんの言っていた?」

 

 恐らくこの子で間違いないだろうと、僕は直感した。急いで付近のパネルを操作する。注水してあった培養液を抜き、内部を急速乾燥させた後にカプセルが開く。

 

「よし、この子を連れてとっとと逃げよう」

 

 カプセルに一歩踏み込むとそこには、銀髪の美少女が裸で横たわっていた。軍に利用されるだけと言う、悲しい業を背負った少女に似合わぬ美しい髪と肌。やや濡れていることもあってか、その肌に残った培養液が雫となって滴っている。その光景に、僕は罪悪感よりも先に別の感情が出てしまった。

 僕は努めて彼女を揺らさぬように抱え、空幻でそこら中にあったカプセルを全て壊してから、足早にとっとと退散する。

 地下から出た途端に全身に天燕を展開して、施設の真っ正面から突っ切っていく。まだ皆寝ていてくれたから助かったものの、そうじゃなかったらかなり危ういところだった。

 

「……Verzeihung(ごめんね)

 

 空へと逃げ(おお)せた僕は、彼女に小さく謝った。彼女の妹達を殺めてしまったことを。

 彼女が許してくれるかどうかは分からない。でも、少なくともあの少女達を戦争の道具にされる前に“助けた”と言える……筈だ。

 

 本当にこれが正しかったのかは、僕には分からないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 施設を抜けて来たはいいけれど、この子を裸のままにしておくのはやっぱり僕としては可哀想なわけで。

 だからリュックサックの中に、服に代わりそうなものはないかと探していると、まるで最初から(あつら)えていたかのような華奢な服が入っていた。それを見て、僕は思わず溜め息を吐いてしまう。

 起こさないように気を付けながら、慎重に慎重を重ねて僕が代わりに着せてあげると、そのタイミングで彼女が起きてしまった。

 

「…………ぅ」

Schon ok(大丈夫)?」

 

 一瞬判断しづらかったが、どうやら無事ではあるみたいだね。彼女はきょろきょろと挙動不審に周囲を見回して、ここが何処なのかと疑問符を浮かべていた。

 

「ここはドイツとの国境だよ。……って日本語分かるかなぁ」

「……貴方は?」

 

 彼女が日本語で返してきたのを聞いて、僕の心配が杞憂だと嘆息する。

 

「僕はソラ。君を助けに来たんだよ」

「私を………助けに……?」

 

 瞳を開けないままの彼女は、急に震えだしてその頬に涙を流す。僕は泣かせてしまったのかと勘違いして、手をあたふたさせてしまった。すると彼女は違うと答えてからこう言った。

 

「助けてくれてありがとうございます。……こんな私を、何故助けたのですか?」

 

 依然目を開けない彼女は、涙を流したまま僕に尋ねた。何か特別な理由があるわけでもないけれど、僕が助けた理由なんて決まってる。

 

「一番は束さんに言われたからだけど……君を見て無性に助けたくなった、じゃあダメかな?」

「私を見て……面白いことを言うんですね」

「ははは、変人と一緒に居ると変人が移るのかな」

 

 余計な一言だったかな。束さんに聞かれてなきゃいいけど。

 さてと、とゆっくり立ち上がってから彼女を抱き上げる。もうじき移動しないと、追手も来そうだしねぇ。

 僕はそのまま天燕を展開して、彼女を抱いたまま空へと垂直離陸させようと軽く浮かせてみせた。……がその勢いで揺れたのか、彼女は小さく悲鳴を上げて僕にひっしりと抱き付き、連鎖反応を起こした僕が思わず驚いてしまう。

 

「ごごごごごめん! 揺らすつもりはなかったんだけど、他人を乗せて飛ばすの初めてだから!」

「……私こそごめんなさい。それよりもソラさん、男ですよね? 何故ISに乗れるのですか?」

 

 彼女の唐突な質問を聞いて、上を見上げながら何て返そうかと悩んでみると、直感で案外いい言葉を思い付いた。

 

 

 

「ちょっとだけ僕は特別なのさ」

 

 

 

 はにかむようにして言うと、彼女は初めて僕に笑って見せた。

 その笑顔が可愛くて、やっぱり助けて良かったな、なんて思う僕はおかしいのかな。いや、助けて良かったんだよ。

 この子が何で、一体何を持っているのか、それは知らない。でも彼女の笑顔を守れたのなら、きっと僕は間違ってないんだと、そう思う。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 新たなミッション――それは始まり

 束さんに言われた通りに少女を回収して戻ってくると、束さんは満足したオーラと言うか雰囲気と言うか、そんなものを纏って格納庫で待ってくれていた。

 

「やーやー、そーくん! 無事運んで来れてなによりだよ~」

「二日もかかっちゃいましたけどね」

 謙遜するように笑いながらそう言うと、束さんは僕に抱かれたままの少女を見る。

「さてさてようこそ、篠ノ之束の研究所へ! ここは君を虐める悪い奴らは居ないから安心してね♪」

「貴女が……篠ノ之束……」

 

 少女も驚きの表情を隠せずに、僕から降りては束さんの傍まで寄る。束さんはそのまま抱き締めて、まるで我が子のように撫でた。

 

「今日から私が、私達が家族だよ。私がお母さん、だから君は私の娘」

「「えっ?」」

「別に驚くことでもないよ。私はそのつもりでそーくんに頼んだんだもん。……そーくんには感謝してるよ。私が蒔いた種が、勝手に芽を出して悪用されるなんて目覚めが悪いからね!」

 

 胸を張ってみせる束さんに、僕は嘆息しながら言った。

 

「せめてこの子の名前を決めてから、自分の娘だと言い張ってくださいよ」

「それもそうだね。それじゃあ、束さんが名前を付けてあげよう。――君はこれから“クロエ・クロニクル”だ、そう名乗ると良いよ」

「クロエ……クロニクル……」

 

 束さんに名前を貰って、少女は、クロエは何度も自分の名前を繰り返し、柔らかく微笑んだ。

 

「名前、しかと受け取りました。これからもよろしくお願いしますね、束さま」

「えー、お母さんって呼んで欲しいなぁ~」

「いえ、今の私にはこれぐらいで良いんです」

 クロエがそう言ってみせると、やっぱり束さんがこっちを向いた。

「そーくんからも、クーちゃんに何か言ってよ~」

「……クーちゃんって……僕はクロエが好きに呼べば良いと思いますよ」

 

 満面の笑みで答えてあげると予想とは違う答えだったのか、束さんはわなわなしながら後退って、挙げ句にはダッシュで格納庫から走り去っていった。

 僕は自分でも流石にこの作り笑いはないなと思いつつ、真顔に戻ってクロエの傍に寄る。

 するとクロエはまじまじと僕の体を眺め(?)ながら、不思議そうな顔で首を傾げた。

 

「やはり男なのですね。ソラさまは」

「確かに好きに呼べば良いとは言ったけども、“さま”付けされるとむず痒いね」

 

 うん、自分で言っておきながらこれは恥ずかしいよ。

 

「確かに君の言う通り、正真正銘の男さ。……じゃあ君の部屋に案内するよ、僕に隠れてコソコソと束さんが準備してたみたいだしね」

「あ、ありがとうございます」

 

 男がISを使える時点でおかしいとは思うだろうけど、ここは篠ノ之束の独壇場(研究所)。何があってもおかしくはないからね。僕もその一つってだけ。

 部屋を目指しながらも廊下の途中、歩きながら僕はクロエに話し掛けた。

 

「実は僕がISを使えるのは、全部束さんのお陰なんだ。理屈は僕でも分かんないんだけどね」

「ソラさまは不思議ですね。ミステリアス過ぎます」

「ジョークとして受け取っておくよ。……ほら、君の部屋だ」

 

 笑いながら歩くと、(じき)にその部屋へと着く。歩みを止めて、一室のドアの前まで来てはドアをゆっくり開けた。

 中はシンプルにベッドと机にクローゼットと、必要そうなものは一通り揃えてある筈、多分。女の子じゃないから、正直なところどうなのか分からないけれど。

 クロエは部屋を見渡しながら入っていき、感嘆の声を上げながら壁などを触っていた。そんなクロエをドアの側で眺めながら、僕は気に入ったか尋ねてみる。

 

「どうかな。足りないものがあったら買ってくるけど?」

 その問いに、クロエは満足といった感じで首を横に振った。

「いいえ、ここまでしてもらったのにこれ以上贅沢は言えません。本当にありがとうございます」

 

 きっかり四十五度と綺麗なお辞儀をして、クロエは頭を上げる。個人的には殺風景とまではいかないけれど、中々に寂しい部屋だと思っているので少し不服な感じだ。

 

「甘えても良いんだよ? ここはあそこ(地獄)じゃないんだから」

 

 もうここは、ただひたすらに命令されて、厳しくて苦しいだけの空間じゃない。束さんや僕という家族が、味方が居る場所なんだ。もう少し気を抜いても良いんだよ。

 

「――クロエ、何か欲しいものがあったら遠慮なく言ってね。できる範囲で何でも用意するから」

「はい。ソラさまがそこまで言うのなら、私は甘える練習も兼ねてソラさまに頼らせてもらいますね!」

「せめて、束さんも頼ってあげて?」

 ……何か涙を流してる姿が容易に浮かぶ。

「勿論です。お母さまにも、たくさん頼って、たくさん迷惑かけちゃいます」

「アハハ、束さんも大変だ」

 

 ここへ来て初めて、クロエが笑ったのを見た気がする。やっぱり、笑顔がとっても似合う子じゃないか。見てるこっちが照れ臭くなっちゃうよ。

 

「それじゃあ僕は天燕の整備してくるから、何かあったらさっきの格納庫まで来てね」

「あ、はい」

 

 彼女に手を振りつつ、僕ははにかみながらその場を後にした。この場で感じた感情が、きっと“誰かを守りたい”っていうことなのかな。……あの人も、同じことを思っていたのかな。きっと――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、束さんが僕を呼び出す。今度は何だと思って束さんの研究室へと足を運ぶと、そこには束さんがあの椅子なのかも怪しい椅子に足を組んで座っていた。

 

「今度は何ですか? また何処かを襲撃するなら――」

 

 そこまで言ったところで束さんにストップを掛けられ、僕は口を噤む。

 束さんは椅子から立ち上がってから、僕に人差し指を思いっきり向ける。その急な行動に一瞬だけ体を震わせてしまった僕は、微動だにせずその場に固まった。

 

「そーくんに新しいミッションを与えるよ」

 

 真剣過ぎる眼差しに、僕も緊張が走りながらも固唾を呑んで束さんの瞳を見つめ返す。

 束さんは少し間を置いてから、口元を緩ませて喋り始めた。しかし誰が聞いても、驚く以外の反応が見当たらない、まさに驚愕の内容だった。それは――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッフッフッ、そーくんにはI()S()()()へと(かよ)ってもらうよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズビシと人差し指で差してポーズを取った束さんは、まるで「決まった」と言わんばかりにドヤ顔だった。

 それに対して僕は、束さんが何を言ったのかが理解できなくて、疑問符を浮かべながら首を傾げる。

 

「だーかーらー、IS学園に行ーくーのー」

「は、はぁ……」

 

 気のない返事に、束さんはつまんないと言いたげな様子で僕を見る。流石に、何て返事したら良いのか分かんないよ。「イエス」か「ノー」で答えろって言われたら、即行でノーだね。

 

「あのー、IS学園に僕が入学できるとでも?」

 

 僕は当然の如く言うが、束さんは首を傾げるだけで、全く話が進まずにいた。

 ――IS学園。簡潔に言えば、その名の通り「IS」について学ぶ学校。それは事実上、全寮制の女子校とでも言うべき場所だ。通う人は全員が女子、教員も全て女性。ISのことだけを学び、ISのことだけを知る日本帰属の国際学校。そこではありとあらゆる全ての国の法律が通用しない、法で裁けないという意味では“自由な場所”だ。

 そんな場所へ男の子を放り込むなど、この女尊男卑の世界で「社会的に死ね」と言っていると同義。確かに僕はISを使えるけれど、流石にあそこには行きたく( 死 に た く )ない。

 だから僕は当然の如く反論する。しかし束さんは、それすら無視して話を続けた。

 

「大丈夫だよそーくん。いざと言う時には私の親友が守ってくれるし、これから起こることに対して先手を打っておきたいのよさ」

「先手……ですか」

 

 その言葉に、僕は眉を顰める。

 

「ですが、僕が男として入学するのは流石にマズイ気が……」

「フッフッフッ、気にせずともこのISスーツがあれば問題ナッシング!」

 

 一体何が問題無いのか気になるところだけども、それを聞く前に束さんは話を続けた。

 

「後はちーちゃんが何とかしてくれるよ。外に騒がれて、そーくんの正体まで知られるのは私にとってマズイし」

 

 「ちーちゃん」と呼んだ人が恐らくその親友なんだろう。束さんはサムズアップしながら、そう言って携帯を手に取る。

 手の中で弄ぶようにキーを叩く電子音が流れ、やがて「プルルルル」と通信中の音声が聞こえ始めた。直ぐに繋がったのか、束さんが相手に話し掛ける。

 

「あ、もしもしちーちゃん?」

 

 ツー、ツー、ツー。

 無情にも通話が切れた音が部屋に鳴り響く。無言のまま束さんは再び同じ電話番号を打ち込んで、再び通信中の音声が流れる。そしてまた同じタイミングで繋がる。

 

「あ、もしもしちーちゃん? いきなり切っちゃうなんて酷いなー。束さんはそんな子に育てた覚えはありません!」

『私はお前に育てられた覚えは微塵もない。……で、何の用だ? こちらとて色々と忙しいのに、厄介事だけは御免だぞ』

 

 聞こえてきたのは厳しそうな女性の声。束さんが言うには、その親友とやらなんだろう。

 束さんはマイペースさを崩さず、そのまま笑顔で実に嬉しそうに用件を伝えた。

 

「そーそー、ちーちゃん。ウチの子、預かってくれない? 偶々IS使えちゃってさー、教えたいのは山々だけどちーちゃんの方が上手だと思って、お・ね・が・い★」

『まるで金を借りる悪ガキみたいなことを言うな。……そもそも束に子供なんて居たか?』

「んーん、いーや、海岸で拾った子。中々にイケメンだよ」

 

 そこまで束さんが言ったところで、相手の女性は押し黙ってしまう。僕は今まさに微妙な顔をしながら傍で聞いていると、再びスピーカーから女性の声が聞こえた。

 

『イケメンだと?』

「うん~。その上、良い子でね、束さんの助手も勤めてるんだよ。あ、そうそう中学生だから手出しはNGだからね? 束さんのだから」

 

 あれ、今さらりと犯罪発言したような。

 

『どういうことだ、束。話に追い付けん』

 

 女性の声に焦りが見えてくる。当の束さんは、ニヤニヤとニヤつきながら勿体ぶって答えた。

 

「決まってるでしょ? 男だよ」

『男だとっ!?』

 

 スピーカーから「ガシャンッ!」と椅子が倒れた音が僅かに、というかハッキリ聞こえた。女性の声音も、驚いているとハッキリ分かるほどに狼狽えていた。

 僕は思わず顔に手を当てて、目も当てられない状況になったな、と直感する。これはマズイと。

 これ以上は流石に引き返せない。答えはイエスかノーか。この人はどう答えるだろう。

 

「ちーちゃん、預かってくれないの?」

『流石にマスコミが五月蝿く騒ぎ立てるのは、こちらとしてもマズイ。教えたいとしても、無理がある。隠し通せる自信もない』

「そこは私の方でもなんとかするから。ちーちゃんはちーちゃんで出来ることをやって、お願いだから」

 

 いざ真剣に語った束さんに、遂に女性も折れたのか深く溜め息を吐いては、しばらく間を置いて答えた。

 

『分かった。こちらからも理事長に報告しておく。――だが、余計なマネはするなよ。何か企んでいるつもりなら、それがもし害を成すならお前でも容赦しない』

「分かってるよ、親友だもん。でも、これはきっといっくんも関わってくる。きっと奴等が狙ってくるから、だから先手は打っておきたいんだ。その為の布石でもある。リスクは高いけど、これしか方法がないから」

『……そうか、今回はお前を信じよう。来年は騒がしくなりそうだ』

「元々女の子は姦しいものだよ」

『それもそうか』

 

 他愛もなく話を終えて、通話終了ボタンを押してから放り投げる。束さんは軽く息を吐いてから、椅子に深く腰掛けた。

 案外呆気ない終わり方に謎の安堵感を覚え、僕も踵を返しながら束さんに言った。

 

「僕は大丈夫ですからね、束さん。記憶が無くてもあっても、どっちでも僕は束さんの助手で家族ですから。それだけは絶対に忘れないでくださいね」

「分かってる、分かってるよそーくん。……久しぶりだよ、私がこんな気分になるの。ここまで心配になるのは箒ちゃん以来だもん」

「妹ですか?」

「うん。たった一人のね」

 直感的に言ってみると、案外当たった。

「今頃はきっと中学三年生かな?」

「来年は高校生ですか」

 

 そこで何となく僕は予感がした。嫌なものか、良いものかは分からないけれど、きっとその人とも出会うだろうと。いずれ直ぐに。

 僕はそのまま部屋を後にして、天燕の整備に行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれから十ヶ月後。僕はいよいよ、IS学園へと入学する。――“最年少のIS乗り”として。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章 IS学園での生活
第1話 IS学園


ようやく本編に入れた……(今更感







 

 

 

 

 

 IS学園の門前。今まさに僕はそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 日本人の平均身長を参考に、同年代と比べてかなり低いと自負しているつもりだけれど、それにしてもこの学園はとてつもなく大きく、そしてだだっ広い。

 一度だけ雑誌の写真で見たことあるけれど、写真ではいまいちこの迫力は伝わってこなかった。そう思うと、とてつもなく広大な敷地なのだと思う。

 こうして一人だけポツンと立っていると、それはそれでかなりアレなんだけども、いかんせんその校舎の大きさに気圧されて、僕は入りづらさと言うものを感じていた。

 

「おっきいなぁ……」

 

 口から零れたのは、おおよそ感想と呼べる感想じゃないもの。

 今日からここへ通うのだと思うと、少々気が滅入る。何せこっちはれっきとした男子なのである。この広大な学校と、大勢の女子生徒がひしめき合う場所で、まともな精神を保てるほど僕の精神は強くもないし、ましてや脆弱だ。そんな僕がここで女子生徒と仲良くできるかは、疑問符が浮かび上がってしまう。

 僕は怖気て退け腰になりつつも、恐る恐るその第一歩を踏み出した。しばらく、()()()として生活していかなきゃならないことに、謎の倦怠感に襲われながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、織斑一夏。今年から高校生になった。それは良い。

 華々しく新しい日常が、新しい生活が幕を開けるその初日。そこまでは何も悪くない、寧ろ喜ぶべきことだ。

 しかし問題が一つある。分かってはいたことだが、俺はある事実……いや、現実を思い知らされていた。

 

 

 

 

 何せ、俺以外の生徒が全員女子だからだ。

 

 

 

 

 つまりこの学園で、男子生徒は俺一人と言うわけだ。はっはっは、羨ましいか! ……なんて言えるわけねえだろ!

(マズイ……これは非常にマズイぞ……!)

 かなりの視線を背中に受け、俺のスタミナゲージが物凄い勢いでガリガリ削られていく。気絶しても良いでしょうか? ……あ、ダメ? そうですよね。

 しかし、よりにもよって最前列&ど真ん中ってどう言うことだ。ほら、教室の端とか、窓際が定番じゃん。なのに何でここなの? 俺はそこまで目立ちたがりでもないんだが。

 そこで観念したかの如く、俺は深く息を吐く。そのままふと窓際へ視線を送ってみる。――が、同じクラスとなった幼馴染みこと篠ノ之箒は、薄情なことに窓の方へそっぽを向いていた。

(あ、もしかしてこれ嫌われてる?)

 思いの外、彼女の反応に対して項垂れていると、目の前では――確か「山田真耶」という名前だったか――先生が困り果てた顔でこちらを見ているのに気付いた。

 

「あのぉー、織斑君。次は織斑君の番なのですが……聞いてますか?」

「へっ!? あっ、ハイ!」

 

 ああ、そうだった。今は席順で窓側から自己紹介しているんだった。俺の番ってことは、丁度折り返し地点ってことか。

 俺は変に納得すると、その場に立ち上がっては皆へと向き直り、周囲のものをねだるような視線に耐えながら自己紹介を始める。……自己紹介と言うのは、実は結構大事なことだ。一歩でも間違えればクラスに溶け込めず、果てはスクールカーストの最下層へと真っ逆さまになる。まさに学校生活最初の踏ん張り所だろう。ならここでビシッと決めなきゃな。

 

「えっと、名前は織斑一夏です。これといった趣味はありませんが、これから一年間よろしくお願いします!」

 

 しっかり笑顔でシメて、俺は席に座る。すると背後から「もっと他に言うことないのか」的な視線を感じ取り、俺は努めて振り向かないようにした。

 すると、若干この場の空気に慌てていた山田先生が、自己紹介を再開させる。

 

「じゃ、じゃあ次の人! 次の人お願いしますね!」

 

 焦りつつも、可愛らしい笑顔を絶やさずに言える山田先生は天使か。是非ともウチの姉にも実践してほしいものだ。そうすれば好感度フルスロットル間違いなしだろう。

 山田先生に言われた通り、今度は俺の真後ろの席の人が立ち上がる。俺も姿を一目見ようと振り向くと、このクラスで一際――いや、一番目立つんじゃないかってぐらいの()()が居た。

 

「初めまして、咲白空(さきしら そら)って言います。年齢は皆さんより一つ二つぐらい下ではありますが、負けず劣らず頑張っていくのでその、優しく教えてくれたら嬉しいかな……えへへ」

 

 そこでクラス中がフリーズしたのは間違いないだろう。それかこのクラスの中の誰か……いや、この少女がス○ンド使いとでも言うのかッ! ――いやいやいや、それはないな。

 彼女はその見た目に似合った妹キャラ(?)っぽいこと言ったお陰か、クラス内でも確実に目立つ存在となっていた。同時に「ズキューン!」とかいう撃ち抜かれたベタな音が、このクラス中に響いたのは気のせいだろうか。……いや、気のせいじゃないな。周りの女子の視線が一気に、俺からその後ろへと逸れたぞ。

 その後は特に何事もなく自己紹介が終わり、同時にドアを開けては一人の女性が入ってきた。

 

「自己紹介は終えたみたいだな。山田先生、一人で任せてしまいすみませんでした」

「いえいえ、これも副担任の仕事ですから」

 謙遜気味に山田先生がそう言うと、女性はこちらへ向き直る。

「諸君、この一年間で新人の君達を一人前の操縦者に育てる、担任の織斑千冬だ。私の言うことはよく聞き、そしてよく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。……良いか? 逆らうのは自由だが、その分覚悟をしろ。私の仕事は、君達を一人前に仕立て上げることだ、宜しく頼む」

 

 この暴力無比な宣言に、思わず冷や汗を感じる。山田先生の自己紹介の時はひそひそと若干聞こえたが、この人の自己紹介では誰一人として喋ろうとしない。それどころか逆に真面目に聞いている。

 しかしまぁ、黒いスーツにタイトスカート、長めの黒髪に鍛え抜かれた起伏ある身体、そして飢えた狼のように勇ましくも鋭い目付き。まさしく――

 

「関羽だ」

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」

 

 パァンッ!

 流石にスーツとタイトスカートは関係なかったか。……じゃなくて、一瞬何が起こったのか理解できなかったが、どうやらその手に持ったお堅い電子出席簿で叩かれたらしい。たん(こぶ)が出来てもおかしくはないな、うん。

 にしてもまさか、千冬姉がIS学園の教師とは。これは神の悪戯か? ――何はともあれ、千冬姉が居るなら安泰か。

 

『キャーーーーー!!!』

「本物っ! 本物よ!」

「ああっ、千冬様! ずっとファンでした!」

「私、お姉様に憧れてこの学園へ来たんです!」

「わぁ~、あの千冬様にご指導ご鞭撻戴けるなんて! 夢、夢だわ!」

 

 そんな安堵も束の間、クラスからあり得ないぐらいの黄声が響いた。これは何デシベルだろう。

 異常なほどきゃあきゃあ騒ぐ女子に、思わずドン引きしてしまった俺。山田先生は苦笑い、千冬姉は本当に鬱陶しそうな顔をしてた。……まぁ、そんな反応が普通だよな。

 

「何故毎年こうも馬鹿者が集まるものか。私のクラスにわざと馬鹿を集めてるのか?」

 ブツブツと何かを恨めしそうに見る目で千冬姉が呟く。それに対して女子は――

「もっと! もっと叱って! 罵って! 千冬お姉様ぁ!」

「でも時には優しくしてください!」

「そして付け上がらないように《自主規制》して!!」

 

 反省の色も無いのか、何か逆にヒートアップしてたよ。……と言うか最後の! 明らかに十五歳女子が言う言葉じゃないだろ!

 ふと気付けばタイミングが良いのか悪いのか、チャイムが鳴り響いて、短いショートホームルームの終わりを告げていた。たった数分の出来事なのに、どうしてかどっと疲れた気がする。

 

「ふぅ……これでショートホームルームは終わりだ。これから君達には、半月で基礎知識を覚えて貰う。その後実習訓練だが、これも基本動作は半月で身体に染み込ませろ。良いか? 良いなら返事をしろ。否応なくしろ。私が言ったことには返事をしろ。……さもなくば」

 

 パァンッ!

 皆がゴクリと息を呑む中、何故か俺の頭に重い一撃が入った。情け容赦が無いのは相変わらずと言うべきか。

 弟だろうが血も涙もない。流石は、元日本代表で、織斑一夏(おれ)の姉だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……まさか一時間目から早々、ISの基礎理論をやるとは思わなかったんだ。当然、予習する間もなかった俺になんて分かる筈もなく、頭はパンク以前の問題だよ。

 しかしどうやらIS学園は、かなり詰めてISのことを学ばせるらしい。入学初日から早速ISのお勉強だ。

 その上、この教室内のなんともしがたい異様な雰囲気の所為で、俺は更に疲れを感じさせられていた。

 

 

 

 さっきも言った通り、この学園には本当に女子しか居ないわけで、俺が『世界で唯一ISを操縦出来る男』と言う一大ニュースは瞬く間に広がり、今や廊下には二・三年生の先輩方が珍獣を一目見たいかの如く押し掛けてきている。

 しかし「女子だけの環境」に馴れきってしまっているためか、誰も俺に話しかけてこようとはしない。それはこのクラス内でも同じなのか、何とも言えない空気が漂っている。

 俺は疲れからか深く溜め息をしていたら、後ろから唐突に声を掛けられた。

 

「溜め息を吐くと、その分の幸せが逃げちゃうって言うよ?」

 

 どうやら声の正体は、真後ろの席に座る、無邪気な笑顔を放つ少女――咲白空ちゃんのようだ。

 

「えっと、咲白空ちゃん……だっけ?」

「うん、覚えてくれてて嬉しいよ。そう言う君こそ織斑一夏君だよね」

「あ、あぁ」

 覚えてくれてて……って、あんなに印象的過ぎる紹介をされたら、流石に嫌でも覚えるぞ。

「気軽にソラって呼んでね」

 

 無邪気に微笑むソラは周りよりも一つ二つ年下とは言え、どことなく年齢よりも更に幼さを感じさせていた。しかしその幼さとは裏腹に、その笑顔にはどこか空虚な空しさもあった。

 周りといえば、ソラが真っ先に話し掛けたことに対して呆然としているみたいだ。それすら気にする様子もなく、再びソラが口を開く。

 

「そう言えば、いっくんは千冬先生の弟なんだね」

「あ、ああ、全く疲れる姉でさ。……って何で知ってるんだよ!?」

 俺が驚くと、ソラはさも当然のように答えた。

「僕の博士がそう言ってたのさ。んで、いっくんは何でISが使えるの?」

「何でかってのは知らないが…………って言うか、その“いっくん”っての何だ」

「君の渾名」

 

 話を逸らす感じで言うと、ソラは笑顔のまま返してくる。

 いやまあ確かに、普通に考えればそうだな。そう言えば俺の知人にも居たなぁ、そんな風に呼ぶ人が。……今頃何してんだろ、あの人。

 納得したところで何になる、とか言う自問自答に終止符を打つ前に、タイミング悪くチャイムが鳴り響く。もう授業の時間か。

 

「さぁ、授業を始めるぞ」

 

 突然に千冬姉が入室したところで、俺にとって地獄の二時間目が始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 英国淑女

 千冬姉が教壇の前に立つと同時に、二時限目の授業が開始した。

 ドア付近には副担任である山田先生が立っていて、その手にはノートとペンシルが握られていた。まぁ見た感じからして新任っぽさそうだし、千冬姉を見て勉強してるのかな。社会人になっても勉強は大切だ。

 未だ少しざわつくクラスを見渡しながら、千冬姉は手を軽く数回叩いて注目を集めさせた。

 

「早速授業を……と行きたいところだが、早々にクラス代表を決めてしまいたい。クラス代表は、まあ有り体に言ってしまえば“学級委員長”だ。生徒会が取り仕切る会議のほか、委員会の出席、さらには『()()()()()()』と呼ばれるものにも出場してもらう」

 

 相変わらずクールな千冬姉は、その印象をブレさせることなくそう言った。

 しかし生徒会の会議や委員会の出席はまだ分かる。ほかの皆も同じようだ。……だが最後の『クラス対抗戦』って何だ?

 皆がまた少しざわつく中、出席番号一番の相川さんが真っ直ぐ腕を伸ばす。千冬姉もそれに気付いて、相川さんを当てると、遠慮なく相川さんはその場に立ち上がった。

 

「その、クラス対抗戦とは何なのか、説明してくれませんか?」

「……そうだな。いきなり不安要素を持ち出してもクラス代表は決まらないし、良いだろう。――クラス対抗戦とは、まぁ大体は大方の予想が付く筈だ。クラスから代表者一人を選出し、その代表者がその他クラスの代表者とシングルマッチを行う。ルールは単純、相手のシールドバリアーを消失させた方が勝ちだ。……これを踏まえた上で、クラス代表となりたい者は居るか? 自他推薦でも構わん」

 

 相川さんの質問に丁寧に答えた千冬姉は、その鋭い目付きで、クラス全体を見回した。それでも誰も手を挙げる人はいないようだった。……因みに俺は挙げるつもりは更々ない。面倒だから、と言うわけではないが、俺には向かない役職だからな。

 するとある女子が挙手したようで、千冬姉は切り返すように当てた。

 

「あ、あのっ! 織斑君が良いと思います!」

 

 織斑君ね、俺もそれに賛成だ。こういうのは適任に任せる方が吉だし。――で、織斑君って俺以外に誰か居たか? ……あ、俺か。

 

「……って俺ぇ!?」

 

 パァンッ!

 叫んだ直後に出席簿が飛んでくる。当然、投げたのは千冬姉。……なんて命中精度だよ。額に角がクリーンヒットしたぞ。

 

「織斑、授業中は静かにしろ。あと、指名された以上は文句を垂れるな。良いな?」

「……はい」

 

 千冬姉の言葉の圧力により、何も言えずに渋々俺は黙った。姉に勝る弟はいない、世知辛い世の中だよ全く。

 

「ほかに誰か居るか」

「――はい!」

 

 再びクラスへ尋ねると、間髪入れずして手が挙がった。千冬姉が当てると共に、彼女は意気揚々として指名する。

 

「私は、空ちゃんが良いと思います!」

「織斑に咲白、か。ほかには?」

 

 意外な推薦に俺は目を丸くするが、周囲はそこまで反応するような素振りを見せなかった。確かに物珍しさで言えば俺と似たようなものだろう。

 本人が反論するんじゃないか、と践んでいた俺は度肝を抜かされた。まさか何の反応もなく、本人がスルーするとは……。

 俺はそっと本人を見てみると、顔を伏せながら「すー、すー」と寝息を立てて寝ているのに気が付いた。これは起こすべきか、放っておくべきか。うーむ、ここままでも面白そうだが――。

 そう考えている内にもまた誰か挙手したみたいで、千冬姉の声が聞こえて我に返る。

 

 

 

「一足遅れながらも、このわたくし、セシリア・オルコットが立候補いたしますわ!」

 

 

 

 堂々とした出で立ちで自ら名乗り出た彼女は、優雅にその場へ座る。

 確かにこういう、自主性を持つ人が人の上に立つのが一番だよ。……いや、決して自分がなりたくないからってわけじゃないぞ、うん。

 

「織斑、咲白、オルコットの三人のほかには居るか? ………居ないようだな。なら候補はこの三人にする。では放課後、三人は私の下へ来るように。

 それでは授業を始める。今回は実践で使用する各種装備の特性を――」

 

 はぁ、損な役柄を背に乗せられたものだ。……立候補された以上はやるだけやってみるしかないか。

 俺は教科書を開いて、ノートに向き合いつつ千冬姉の話に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の休み時間、やっぱり授業の内容が何もかも分からなかった俺は、ただただ机に向かって突っ伏している状態となっていた。

 すると突然、机を思いっきり叩く音がして、思わず驚いてがばっと体を起こしてしまった。何かと思ってその音の発生源を見ると、先程クラス代表へ立候補していた何某(なにがし)オルコットさんが音の正体らしい。

 見た感じオルコットさんは、如何にも苛立たしいといった様子で、周りの女子に向かって何か言い放っていた。

 

「納得なりませんわ! 物珍しいとはいえ、男をクラス代表にするのは間違っています!」

 

 大声で周囲の女子に向かって言う彼女は、何故か先程俺を指名した子を睨んでいた。

 当然その威圧感でその子は畏縮しており、見るに堪えないとしか言いようがない。……かといって今飛び出していけば、余計な火種を撒くだけだろう。

 

「オルコットさん、少しは落ち着こうよ」

「ほら、ね?」

 

 ほかの女子もオルコットさんを宥めようと試みるも、当のオルコットさんは聞く耳も持たず、かなり怒り心頭のご様子。千冬姉ほど鋭くはないが、その怒りの形相はいつしか俺に向けられていた。

 

「これが落ち着いていられますか! 男などという下劣な下等生物にやらせては、いい恥晒し者ですわ! わざわざ極東の島国にやって来てまで、野蛮な猿を代表にするなど、わたくしは絶対に反対です!」

 

 周囲はオルコットさんの強気なその発言――俺にとって余りにも酷い言われようだが――に、怯んで反論できないみたいだ。それに対して俺はその様子を傍観、後ろのソラは遂に突っ伏して寝ていた。

 そんな時だろうか、一人の女子が素朴な疑問とばかりに呟いた。

 

「そう言えば織斑君はともかくさ、何で空ちゃんを代表に立候補したの?」

「えぇ? ……だ、だって噂じゃあ、空ちゃんだけ入試の時に、試験官は織斑先生が担当して合格をもらったって言うし……」

 

 しどろもどろにソラを立候補した子はそう言うが、オルコットさんはそんな理由では納得いかないみたいで、やっぱり反論に出ていた。

 

「噂程度では理由の内には入りませんわ。もしそれが本当なら、学年首席で入学したこのわたくしが試してさしあげますわ。……そこの咲白さんが、かの織斑先生に合格をもらうほどの人かを」

 

 言葉の通り試すような口振りで、オルコットさんが話すも、当のソラは熟睡中だ。だから親切心で俺はソラを揺さぶって起こす。

 でも、あの手厳しい千冬姉が合格を出すと言うことは、見た目に反してソラには実力はあるらしい。まぁ噂だから、嘘か真かはオルコットさんの言う通り、試した方が良いかもな。

 

「おいソラ、そろそろ起きろ。オルコットさんが大噴火するぞ」

「……ふんかするならバ○ーダかコー○スかグラ○ドンにして~……」

「何でポ○モンなんだよ、しかもよりにもよってホ○エン限定かよ。だから起きろってば、もう真ん前まで来てるぞ」

「五月蝿いなぁ……いっくん、せっかちはいけないよ~」

「お前には危機感っていうのが無いのか」

「うん」

 

 ダメだ、会話が噛み合わん。……あぁ、オルコットさんの顔が怒りに満ちた引き攣り気味の笑みになってらっしゃる。お陰でこちらも釣られて顔が引き攣ってしまう。綺麗なお顔が台無しですことよ。

 そしてソラも――普通は誰でも気が付く程の距離で――ようやくオルコットさんの存在に気が付いたのか、何の用かと首を傾げていた。

 

「あれれ、オルコットさんだっけ? どうしたの?」

「貴方に決闘を申し込みますわ!」

 

 それを聞いて俺とソラは同時に目を数回瞬きさせた。さっきから話は聞いてたが、よもや“決闘”という形で試すなんて驚きだ。

 

「決闘? ……僕、デュ○リストじゃないし、ディスクもないし、命も賭けないから出来ないよ?」

「……OCGの方ではありませんわ! 一対一の試合を所望しておりますの!」

 

 ナイスな突っ込みを見せたオルコットさんの台詞に、ソラは多少悩みつつも何処かをチラ見していて、何か決めたように頷いてはオルコットさんに答えを出した。……というか、オルコットさんも遊○王知ってたのかよ。

 

「それならいっくんもやらせようよ、その決闘。どうせなら、候補者の中で勝った人が代表をやれば良いと思うんだ」

「俺も巻き添え!?」

 

 ソラの発言に驚愕するものの、そんな暇もなくオルコットさんが口を開く。俺に拒否権は……無いか。

 

「良いでしょう。織斑さんもそれでよろしくて?」

「……立候補された以上はやるだけやってみるしかないだろ。乗ったよ、その話」

 

 オルコットさんの刺のある言葉に俺は渋々頷く。ヤケクソではあるが、こうなった以上は仕方ない。後戻り出来ないっていうデメリットが背後にあるけど、前向いてやるしかないな。

 

「――なら場所を用意する必要があるな」

「ちふ……織斑先生、聞いてたんですか?」

 

 気配も消せるって貴女は忍者か何かですか。

 

「別に面白そうだと思って傍観していただけだ。来週の月曜、放課後に第三アリーナを使えるように申請してやろう。それまでに三人は、各自で準備しておくように。では、授業を始める」

 

 千冬姉が教壇に立つと同時に丁度チャイムが鳴り、皆が慌てて席へと着く。

 その時、去り際のオルコットさんの顔が勝ちを確信した笑みを浮かべていたことに、俺は全く気付いていなかったのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 ルームメイトは女の子

 放課後、一夏はある人を探していた。クラスメイトで幼馴染みの少女だ。見掛けたは良いが、話し掛ける間もなく一日が終わってしまい、こうして焦っているわけになる。

 

「……ったく、何処に…………?」

 

 ふと立ち止まってから、顎に垂れてきた汗を手の甲で拭う。

 すると視線の先に揺れる黒髪のポニーテールが見えた。間違いなく彼女だと確信した一夏は、迷わずその少女の方へ駆け走っていく。

 

 

 

「箒ー!!」

 

 

 

 声を掛けられた少女――篠ノ之箒は、懐かしい声に呼ばれてピクリと動きを止める。後ろを振り返ると、やはり見知った顔だった。

 しかし箒は別段嬉しそうにする素振りも見せず、駆けてきた一夏に対して拳を構える。

 

「え? ちょ、待っ――」

「ふんっ!!」

 

 鳩尾へクリーンヒットすると同時に、一夏は瞬間的に宙へと浮いた。そのまま踞る形で土下座紛いのポーズのまま、一夏は動かなくなる。そこへ箒は、怒りに任せてこう言い放った。

 

「お前はバカか! 大バカかっ!」

 

 突然何を言われたかと思えば、「馬鹿、大馬鹿」。一夏は頭がフリーズして、自分は箒にそう言われるようなことをしただろうか、と自問自答するが皆目見当もつかない。

 箒の顔を見上げると、何故だか目元には涙が溜まっていて、今にも決壊しそうな様子だった。

 

「お、おい! 俺が何をしたのかはさっぱり分からんが、取り敢えず落ち着けって、なあ?」

「これがっ……グズッ……落ち着いてられるかっ……馬鹿者」

 

 涙ぐむ彼女を支えつつ、約数分掛けてようやく落ち着かせることが出来た。

 一夏はそのまま、何故自分が「馬鹿」と言われたのかを尋ねる。すると案外間を置かず直ぐに答えが返ってきて、一夏はてんで驚いた。

 

「……お前、あのセシリア・オルコットとやらに決闘を申し込まれたそうだな」

「いや、申し込まれたのはソラであって、俺は巻きこ――」

「巻き込まれようが何しようが一緒だ。……相手は学年首席で入学し、さらに入試試験にて、唯一試験官を倒してみせた強敵だぞ。英国(イギリス)の代表候補生でもある彼女に、ISの「あ」の字も知らない一夏が敵うわけなかろう! ……今からでも遅くはない、辞退してこい」

「辞退しろって言われてもなぁ。千冬姉がそんなことを許してくれるかどうか……」

 

 あの千冬のことだ、例え口で言ったところで二重、三重にも巡らした罠で言い(くる)められるだけ。流石にもう一発、あの出席簿アタックは食らいたくない。そう一夏は顔をしかめる。

 箒も一夏の表情から「言っても無理だ」ということを悟ったみたいで、箒の表情も暗くなってしまう。だが、一夏自身は諦めるつもりはない。

 

「言っとくが、俺は辞退はしない。決闘なら正々堂々やるだけだ。もう諦めたくないからな、絶対に」

「いち……か……」

 

 一夏の決意のこもった瞳を見て、箒は呆れと同時に、心の何処かで応援してしまっていた。「辞めろ」と言う心が、反対に一夏を無性に応援しようとしていた。

 その頃にはもう止めようという気持ちは失せていて、代わりに箒の瞳にも決意が灯った。

 

「ならば私も出来る限り協力しよう。ISのことなら……昔、あの人に散々聴かされたからな」

「箒、お前まだ引き摺って」

「あれは、あの人の所為だ! あの人が下手なことをしなければ! ――……っ、済まない一夏」

 途端に取り乱したことを謝る箒は、夕焼けが照らす方角を向く。

「私が償う。あの人の分まで、きっと」

「箒……」

 

 急に振り返っては、反則的な動きで一夏に抱き付く。こうしていると落ち着いてしまうのは、罪なのだろうかと、箒はこっそり微笑みながらそう思ったのだった。

 一夏もまた、仕方ない様子で箒の頭に手を置いて、そっと優しく撫でてやる。

 

「箒、今まで辛い思いをさせてごめんな。でも、アイツのことはもう良いんだ。だから自分を、自分の姉を責めるのは止めてくれ。千冬姉だって許してる、俺だって許した。だからもう……」

 

 一夏は優しく幼馴染みにそう言った。もう責める必要はないと。だから自分らしく生きろと。

 箒もそれを小さく頷きながらも受け止め、一夏の胸の中であることを決心した。

 

 

 

 夕陽の中、抱き合う二人の影をそっと覗く影が一つ。そこにはソラが立っていた。そして二人を見つめながら、ソラはそっと呟く。

 

「織斑一夏と篠ノ之箒、か。……束さん、貴女の言う通り、今年は大波乱になりそうですよ」

 

 何事も無かったかのように踵を返し、ソラは悠々と自分の部屋へと向かった。学園側で用意された、専用の部屋に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はただ今、山田先生に連れられて自室となる部屋へと、この広すぎる寮の中を案内されているところだった。

 

「あの、荷物の移動とかもあるんで、しばらくは自宅から登校の筈じゃあ……」

「本当にすみません! 織斑先生が上に頼んで、部屋を一つ作ってくれたそうなので……あ、心配しなくても大丈夫ですよ? 女の子は居ませんから!」

 

 笑顔で答えてくれた山田先生に感謝しつつ俺は少し心配になる。その口振りからすると、相部屋の人は居るみたいなのだが。

 

「(……ってあれ? IS学園(ここ)には俺以外の男子なんて居たか?)」

「あ、ここですよ」

「ど、どうも。……荷物は?」

 

 そこまで言った時だった。背後から何か壮大なものが現れそうなBGMが流れ、俺はギギギとまるで歯切れの悪いギアのような音を立てながら、恐る恐る首を後ろへと向けた。そこには、

 

「大丈夫だ、安心しろ。既に私が用意した」

「ありがとうございます!」

 

 案の定、千冬姉が居た。俺は誰もが目を擦るぐらいの速さで最敬礼し、一瞬の隙も見せずに感謝を述べた。

 そんな俺の態度に、千冬姉は不服そうに溜め息を吐いた。さっきのこともあるし、そもそも普段はこんなことしないしなぁ。

 

「そろそろ顔を上げろ、これが部屋の鍵だ。スペアキーはないから大事に扱えよ」

「は、はい! ……本当にありがとう、千冬姉」

 

 あ、やべ、いつも通りに呼んじまった。しかし一度言ってしまった言葉は、どう足掻いても取り消すことが出来ないわけで、俺は一瞬で顔が青くなっていくのを感じた。

 だが千冬姉は、そう呼んでも対して出席簿を投げるなどはせず、寧ろ落ち着いた口調で話し掛けてきた。

 

「あまり問題事は起こすなよ、一夏。私にも庇うには限度がある」

「う、うん、分かった」

 

 千冬姉の言葉をしかと受け止めて、俺は山田先生と千冬姉に別れを告げ、改めて部屋へと入室する。

 内装は高級ホテルかと見紛う程の内観で、思わず感嘆の声を上げてしまう程だ。……だが逆に、ここに三年間も住むとなると、何だかむず痒さっていうのがあるな。その内慣れるか。

 

「おーい、誰か居るんだろ?」

 

 部屋の奥に向かって言うと、数秒後に誰かがひょっこりと顔を出した。するとそこには、同じクラスで俺の後ろに座る、俺達よりも年下の咲白空だった。

 

「あ、いっくんも来たんだね。()()()()に」

隔離部屋!?

 

 ソラの言葉に思わず耳を疑うが、ソラは別段冗談めいて言った訳ではないらしい。その証拠に、俺が驚いたのに対して首を傾げるだけで、からかっているようには見えないからだ。

 

「そのまんまの意味だよ。IS学園自体は機密性が高いけれど、この部屋は取り分けその中でも高レベルな機密保持が施された部屋なんだよ」

「一体何のためにそんなものを……」

 俺がげんなりとした顔で言うと、ソラは苦笑いしながら気休め程度に言った。

「まぁ、ここには君を狙った女の子が押し掛けてこないんだから良いじゃない」

 

 確かにと返しつつ、俺はベッドへ大の字のままダイブする。おおう、ここまでふかふかだと直ぐに眠くなるな。今日は初日でなんやかんやあって疲れたし、余計に。

 対照的にソラはまだまだ元気があるようだが、数分後にはお腹の虫を鳴らしていた。まだ夕飯までには時間があるし、その間に少し話でもするか。

 

「なぁ、ソラ」

「なーにー?」

「代表候補生って何だ?」

 

 ガタンッ!

 急に何かが倒れる音がして顔を横に向けると、見事にソラがベッドから転げ落ちていた。

 

「どうしたんだよ」

「いっくん、代表候補生も知らないの!?」

 

 直ぐに姿勢を立て直しては、驚いた顔で尋ねてくる。

 

「……え? ああ、聞いたことすらないしな」

「いっくんって、ニュース見ないでしょ」

「ちゃんと見るぞ。……朝だけ」

「そりゃあ知らないよー」

 

 何だ、知らなくて悪かったな。……と心中で愚痴言ったところで何も変わりゃしないんだが。

 当のソラは、まるで「仕方ないな」と言いたげな様子でニヤニヤ笑いつつ、自慢気に代表候補生について説明してきた。

 

「代表候補生っていうのは“国家代表の操縦者を決める前準備”とでも言ったところかな」

「前準備……確かに()()()って付いてるもんな」

 

 俺の言葉にソラも頷きながら話を続ける。

 

「国内の優秀な若手操縦者のみを選りすぐんで、一括して代表候補生とする。その中からさらに優秀な操縦者を国家代表にするんだ。オルコットさんも、例外に漏れず一年生の中ではずば抜けて強い。筆記、実技両方とも学年首席だからね」

 

 それは先程、箒からも聴かされたことだ。

 

「けど、負ける確率はないわけじゃないんだろう?」

「いっくんの場合は限りなくゼロだね。寧ろマイナス値に入っていてもおかしくないくらい」

「励ましてすらくれない!?」

 

 おおう、まさかここまで現実を突き付けてくるとは……年下ながら手厳しいな。

 あまりのショック故か肩から項垂れる俺に、ソラはそっと肩に手を置く。俺が顔を上げると、無情にも満面の笑みでサムズアップしてくる。最早、泣くことすら許されない。

 するとソラは思い出したように、俺に向かって助言めいたことを言ってくれた。

 

「あーでも、ただ一つ、オルコットさんは接近戦が大の苦手なんだよね」

「へ?」

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

「筆記、実技共にトップなんだろう?」

「一年生の中では、ね。……でも彼女が一番なのはその射撃能力さ」

「つまり、近付かないで試験官を倒したのか!?」

「うん」

 

 勿論、距離による武器の有利不利ぐらいは俺でもわかる。つまり、オルコットさんは「自分の()()()()()()で試験官を倒した」ということだろう。……もしかして、

 

「遠距離に特化しすぎて、接近戦が疎かになってる?」

 

 俺がそう気付くと、ソラはうんうんと頷きながらも人差し指を立てる。

 

「……惜しいね、八十点。さてここで、オルコットさんの専用ISについて話していくよ」

「せ、専用IS?」

 

 専用ってことは、個人で持ってるってことか?

 

「専用ISってのは読んで字の如く、国家から貸し与える形で持つ、その人専用のワンオフ品だよ」

 

 そ、そんな凄いものを持つオルコットさんに、俺なんかが勝てるのかよ。

 俺が驚いているのを見て、ソラも大体想像がついてたんだろう。ソラは「心配ないよ」と言って話を続けた。

 

「オルコットさんの専用ISは『ブルー・ティアーズ』。遠距離狙撃(アウトレンジ・スナイプ)と、全距離(オールレンジ)攻撃が得意な、射撃特化型第三世代機だね」

「……遠距離狙撃は分かるが、オールレンジってどう言うことだ? 接近戦が苦手だって、さっき言ったじゃないか」

 

 矛盾してる事実に俺が急くように尋ねると、ソラは首を横に振ってから、ゆっくり間を置いて喋り出す。

 

「確かに言ったね。けれど彼女自身が全距離を縦横無尽に走るわけじゃない。……彼女のブルー・ティアーズ最大の特徴は――いや、これは君自身の目で確かめてくれた方が良いかな。僕が教えるのはここまでだ」

 

 歯切れの悪いところで話を切ったソラは、改めて時計を確認していた。どうやらもうそろそろ夕飯の時間らしい。

 結局、疑問のままその日は終わり、ソラがブルー・ティアーズについて教えてくれることはなかった。

 

 

 

 そう言えば山田先生は「女の子は居ない」と言ったのに、何でソラが居るんだ? ……いや、きっと伝達ミスとか勘違いとかかな。まあ、新任らしいし、恐らくそんなこともあるだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 専用機

 一週間の猶予を経て、いっくんは量産型IS『打鉄』を借りながらも、箒と一緒に練習を繰り返していた。

 それも後残すところ二日を切った頃、僕はその練習とやらを見に行ってみた。

 

「お、やってるやってる」

 

 面白気にアリーナの観客席から眺めていると、箒が一気に詰めてから的確に近接ブレードを薙ぐ。すると、あっさりいっくんが近接ブレードを払われてしまう。お陰で無防備を晒してしまい、箒が更に一撃を入れる。

 

「一本!」

「くっそ、箒から一本も取れねぇ……」

 

 地面に大の字になって倒れたいっくんは、悔しがりながらボヤいていた。心なしか息も荒い。

 そこへ間髪入れずに、箒が喝を入れるかのように怒鳴った。

 

(たる)んでいる良い証拠だ! 大体、私如きに引けを取るなど、そこまで落ちぶれたか一夏!」

「剣道を全国制覇を果たした奴に、敵うってのがまず無理かと……」

 

 いっくんがみっともなく言い訳がましく言うと、箒はキョトンとした顔でいっくんをまじまじと見た。その目に気付いたいっくんは、驚くように顔を上げる。

 

「ど、どうしたんだよ?」

「何故、私が全国制覇したと知っている……」

「いや、新聞で見たからだけど」

 

 するとこの距離からでも分かるぐらいに、箒の顔が真っ赤に染まった。……あ、湯気まで出てる。

 まるで茹で蛸の如く赤く染まって硬直した箒は、そのままいっくんに支えられながら地面に降り、僕もそれを見てアリーナの中央へ向かう。

 

 

 

 

 

 

「ぷしゅぅぅぅぅ~……」

 

 ああ、完全に箒が壊れた。何かおかしなことを言ったわけでもないんだが、理由が分からん。

 するとそんな所へ、呑気そうに制服姿のソラが現れた。一体、何をしに来たのかは分からないが、ニコニコと笑いながら来るのが逆に怪しい。

 

「ソラ、どうかしたのか?」

「ううん、別に。ただのちょっとした様子見だよ。その人が箒さんだね」

「ああ、同じクラスのな。……でもソラは、まじまじと箒を見るのは初めてか」

「何か、避けられてるみたいだしね」

 

 避けられてるって、何か悪いことでもしたのか。いつもの箒なら悪いことすればきっと「成敗してくれるッ!」とか言って、真剣を振り回してきそうだしなぁ。避けられてるってのは絶対に、よっぽどのことがない限りないだろう。

 すると箒が丁度再起動し、まだ仄かに顔を赤らめながらも顔を上げる。

 

「む、貴様は誰だ」

 

 それと同時にソラの存在に気付いて、箒は立ち上がりながらもソラへと尋ねる。その言葉を待ってたと言わんばかりに、ソラは陽気に答えた。

 

「僕は貴女のクラスメイトの咲白空と言います。いっくんの真後ろだから多分、直ぐ分かるかと。僕は会えて光栄ですよ、篠ノ之博士の実妹(いもうと)に」

「……ッ!」

 

 ソラが普通に「篠ノ之博士」と言う単語を出した途端、箒の目の色が変わる。

 

「貴様、私があの人の妹だとどうして分かった?」

「篠ノ之なんて苗字、草々居ませんからね。でも貴女には一つ話しておきたいことがあるんです。……それこそまさに、貴女の姉に関してです」

「姉さんに関して、だと?」

 

 訝しげに言う箒の言葉に頷くソラは、俺に向き直る。大体何が言いたいのか分かったが、敢えて口には出さない。

 

「それじゃあいっくんは少し、席を外してくれるかな? ちょっとした休憩だと思えば良いよ」

「………分かった」

 

 笑顔で言うソラに、俺は反論も考えたが大人しく引き下がる。そのソラの笑顔の裏に、真剣さが垣間見えたからだろうか。だから俺は、一度更衣室へと戻ることにした。“休憩”と称して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、いっくんも行ったようだし、箒さんには一応話しておかないとね。

 

「それで、話したいこととは何だ」

「別に身構える必要はありませんよ。――ただ貴女には知っておいて貰いたい。そう思ったまでです」

「私に知っておいて貰いたいだと?」

 

 疑問符を浮かべる箒さんに、僕は小さく頷きながら続けた。

 

「束さんについてです。……と言ってもまぁ、本題は僕の立場にあります」

「立場か」

 

 眉を(ひそ)めながら言った箒さんに、僕は苦笑いしながら頷く。これを話して良いのか、本当は躊躇うけれども、いずれどうせ分かること。なら今話しちゃった方が良いよね。

 

「率直に言うと僕は貴女の姉、篠ノ之束の助手をしています」

「そうか」

 

 ……………あれ?

 余りにもあっさりとした返事に、僕は一瞬どう言おうか悩んだ。その所為か微妙な空気が流れて、五秒ぐらいそれが続いたと思ったら、箒さんが大声を出す。

 

「じょ、助手だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 一足遅れてISに乗ったまま驚く箒さんに、僕はどうしたものかと頬を掻く。口をパクパクさせたまま驚愕する箒さんを、取り敢えず正気に戻すために猫騙しする。

 すると乾いた音に驚いてか、体を震わせて我に返ってきた。箒さんは一秒程ボーッとしてから、僕を見てハッと気が付く。

 

「す、済まない。少し驚いてしまった」

 

 ……いや、明らかに「少し」ってレベルじゃないよね。

 

「まぁいきなりですから、無理もありません。でも貴女には知っておいて貰いたい」

「……成る程。お前がIS学園(ここ)へ来たのも、何かしら理由があるのだな」

 

 箒さんは僕の様子から察したらしく、僕はホッと胸を撫で下ろす。その後、箒さんが「他言無用にしておくから安心しろ」と言って、自身も更衣室へ戻っていった。

 承諾も得ずに言っちゃったけれど、束さん許してくれるかなぁ? 他言無用にしてくれるなら心配はない、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、僕といっくんは、何故か会議室へと呼び出されていた。特に何かしたと言うわけでもなく、ただ単に千冬先生に呼び出されただけだ。

 

「「失礼します」」

「入れ」

 

 ノックの後にそう言った後、扉の内側から千冬先生の声が聞こえ、僕といっくんは静かに入る。中には千冬先生と山田先生が居て、二人とも片手に何かしらの資料を持っていた。

 その用紙が何なのか、僕は一目で判断する。

 

「いっくんの専用機についてですか」

「察しが良いな、咲白。そうだ、織斑の専用機について呼び出した」

 

 僕が先に答えると、手間が省けたと言いたげな様子で千冬先生が簡潔にハッキリそう述べた。

 席に着いた僕といっくんに、山田先生が持っていた資料を一部ずつ分けてくれる。それを流し見てみると、機体概要などについての資料集と言ったところだろうか。機体のスペックデータを始め、想定稼働時間や武装についても書かれている。

 

「そう言えばちふ……織斑先生、何でソラまでここに居るんですか?」

「簡単だ、これを造るのに咲白も関わってるからだ」

 

 まるで思い出すように尋ねたいっくんに、千冬先生はさも当たり前の如く答えた。しかし、いっくんはそれで納得するには不十分だったみたいで――と言うか寧ろ疑問が増えて――、頭が混乱し始めていた。

 

「……あ、え? ソラが、俺のISの開発に関わってる!?」

「別に驚く必要も――いや、織斑には知らせてないのか」

「はい、知る必要は無いと判断しましたから。その代わり箒さんには公言してしまいましたが」

 

 柔らかく微笑みながら答えると、然程表情も変えずに千冬先生は話を戻す。

 

「まぁ構わん。それよりも、本来これは今日に届く筈だったのだが、調整の関係で明日に延ばされてしまった」

「……つまり?」

 

 嫌な予感しかしないと言わんばかりに、ダメ元でいっくんは聞いてみるも、予想を裏切らない答えが直ぐに帰ってきた。

 

「お前の予想通りだろう。明日の放課後、ぶっつけ本番でやって貰うしかない。その辺は覚悟しておけ」

「わ、分かりました」

 

 その言葉にやや覇気がなく、言葉や顔に出していないけれど、恐らく不安がっているいっくんに、千冬先生が優しく声を掛けた。

 

「お前はやれば出来る筈だ。心配する必要はない。相手を恐れるな、自分の信じるもので戦え」

「千冬姉………」

「その資料にはしっかり目を通しておけ。当日を楽しみにしてる」

「休日にお呼び立てしてすみませんね。織斑君、私も応援してますから!」

 

 二人はその言葉を最後に、職員室へと戻っていった。ポツンと残された僕達は、仕方なく顔を見合わせては苦笑いして、結果そのままISを借りて練習をすることにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 ISによる主な実践訓練を三時間程で切り上げた俺達は、改めて部屋に戻ってくる。

 戻って早々にソラはシャワールームへと消えてったが、俺はベッドの上で寝転がりつつ、先程の練習をイメージだけで反復練習していた。

 今回、ソラが練習に付き合ってくれたのは「近接戦闘のみでは、オルコットさんにはまず勝てない」と言う理由だ。……オルコットさんの得意距離を知らされた俺にとって、確かに頷けることだ。

 そこでソラが持ち出したのは、箒が使っていた打鉄ではなく「ラファール・リヴァイヴ」と言う機体。

 こちらは汎用性に富んでいて、打鉄とは違った人気を誇る量産機なんだとか(ソラ談)。何故これを持ち出したのかは、その汎用性を活かして遠距離装備のみ載せ、対狙撃訓練をしたかったからだろう。そして俺の専用機のスピードが、こっちの方が近いとか何とか。

 練習中に見たソラの射撃の腕は、素人目の俺から見ても流石だった。ソラ曰く「半年間の練習の成果」だそうだが、移動しながらこちらを的確に狙撃してくるもので、手に持った近接ブレードで弾くのが精一杯と言ったところか。だがソラは「今のところは攻撃は()()()()で良い」と言って、弾きながら近接戦へ持ち込む(すべ)を教えられた。

 幼馴染みには“剣”を、年下の同級生には“術”を教えられ、何とも情けなく思いながらも、これで準備(覚悟)は出来た。

 もの思いに耽っていると、案外早くにソラが出てきて俺は「もう上がったのか」と思った途端、直ぐに顔を隠してしまう。……すっかりソラが「女の子」だということを忘れていたからだ。

 

「どったのいっくん? ――ってあぁ、大丈夫だよ。ISスーツ着てるから」

「何で着てるんだよ!?」

 

 アハハ、と無邪気に笑うソラに、俺は呆れるように溜め息を吐く。顔を隠した自分が恥ずかしい。……それよりも、何でこんな所でもそれを着てるんだか。

 

「僕の命を繋ぎ止めるための維持装置…………なんて冗談は置いといて、単に用心深いって思ってくれれば良いよ。流石にこんなところにまで着る人は居ないだろうけど、IS操縦者にしたら普通だよ」

 

 そんな理由で納得しろと、と心底思うが今のところはそれで納得する。

 ニッコリと笑うソラを見て思ったが、やっぱり女の子なんだなぁ、と思ってしまう。制服からでは全く分からなかったが、胸はかなり控えめで体つきは華奢そのもの、同年代よりもかなり幼く見えがちなのは仕方ないと思うほどだ。

 

「何さ、僕の着替え姿を見ても何の得も無いよ? もしかしてその気(ロリコン)なの?」

「違えよ! ……ただ、余りにソラがフレンドリー過ぎて、お前が女の子だってことを忘れるんだ」

「ふーん……」

 

 意外そうに見つめるソラの顔から、俺は視線を態と逸らすようにそっぽを向く。こうして表情をコロコロ変えるソラを見ていると、どうしても()()()を思い出してしまう。そうなった途端に、どうしてか胸が痛くなる。

 結局その日は、ソラの顔を一度もまじまじ見ることが出来ずに終えてしまった。申し訳ないとも思いながらも。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 代表者の証明 ~前編~

お久し振りですね、約一ヶ月以上間を開けての投稿です(笑)
なんとか進路や諸々のゴタゴタが収まったのでようやく投稿できました。
久し振り過ぎて内容を忘れてるかもしれませんが、ようやくIS学園での初バトルです(笑)
それでは、どうぞ







  入学から早くも一週間が経過し、その日の放課後には一年一組の生徒全員が第三アリーナへと集まっていた。目的は当然――一夏、空、セシリアの三人のバトル。

 皆、観客席でそれぞれのバトルを楽しみにしており、話題もそれで持ち切りになっていた。

 その頃、クラス担任と副担任である千冬と真耶は、IS格納庫にて、先程届いたばかりの新型ISを見上げていた。そこにはグレーに近い、鈍い白色をした機体が鎮座しており、今も主人となる人物をただひたすらに待ち続けていた。

 

「流石に『初期化(フォーマット)』と『最適化(フィッティング)』は間に合わんか………仕方ない。山田先生、織斑を至急呼んできてくれませんか?」

「はい!」

 

 真耶もまた、待ちに待ったと言わんばかりに深く頷く。千冬の指示通り、早速この機体のパイロットとなる少年、織斑一夏を呼ぶ為に、格納庫からアリーナへと駆けて行った。

 

 

 

 

 

 その間にも一夏は、待合室にて空と箒の二人に改めてレクチャーを受けていた。……しかし、箒も空からレクチャーを受ける形になってしまっている以上、実質空のみがレクチャーしている。

 

「いっくんのISは秘密だとして、まずオルコットさんの死角はあまり無いと思って良い。でも、近付いてしまえばそれが死角になる。……いっくんが全距離攻撃を避けるのは至難の技だけど、狙撃ぐらいだったら避けられる筈だよ」

「空が先じゃないのか?」

「僕はわざと負けるつもりだから気にしないで」

「汚ねぇ!?」

 

 空の思惑を知った一夏は、思わず突っ込んでしまう。そんなレクチャー紛いの雑談をする中、誰だろうか、待合室の戸が数回叩かれた。

 すぐにドアが開けられると、そこには真耶が息を切らしながら佇んでおり、三人はその様子に驚いて呆然としていた。

 

「と、取り敢えず……深呼吸しましょうか?」

「は、はいぃ……すー、はー、すー、はー」

 

 数度の深呼吸を繰り返して、何とか落ち着くことの出来た真耶は、改めてここへ来た目的を話す。

 

「えっとですね、織斑君のISがようやく届きましたので、至急来ていただけますか?」

「……は、はい!」

 

 その言葉に一夏は、一瞬だけ戸惑いつつもしっかりと頷き、歩き出した真耶の後を追い掛ける。空と箒も顔を見合わせてからその後を追い掛け、四人は足早に格納庫へと向かった。

 格納庫へと駆け足で辿り着くと、その場に残っていた千冬が、腕組みをしながら仁王立ちで待っていた。四人が来たことに気が付いたと同時に、真耶へ労いの言葉を掛ける。

 

「山田先生、ありがとうございます。……織斑、流石に時間がない、『初期化』と『最適化』は間に合わん。戦闘中に行え」

「えぇっ!?」

 

 突然言われたその言葉に対して、そんな無茶なと言いたげな顔をした一夏だが、空からも「そうするしかない」と言われて渋々、目の前にあるハンガーを見上げた。

 

「これが俺の……IS」

「名前は『白式』。使い方を誤るなよ」

 

 千冬に促されて、早速白式へと乗り込む。初めてISに触れた時とはまた違う感覚に戸惑うが、一夏は静かに深呼吸して落ち着いた。視界は思ったより鮮明に見渡せ、千冬の表情も事細かに分かった。その顔から心配している様が伺え、一夏は安心させるように言い放った。

 

「行ってくるよ、千冬姉」

「……ああ、頑張ってこい、一夏」

 

 格納庫からアリーナへと直行した一夏は、アリーナにて待ち構えるセシリアの下へと向かう。

 箒と空も、その後を見届けてからアリーナの観客席へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この感覚、未だに慣れないけど、さっきよりは大分マシかな?

 俺はそう考えながらも、アリーナの観客席を見渡す。そこには丁度ソラと箒が着いたらしく、慌てて最寄りの椅子へと座っていったのが見えた。

 視線を前に戻すと、オルコットさんが待っていたと言わんばかりに話し掛けてくる。

 

「……逃げずに来れたことだけは、褒めて差し上げますわ」

「逃げも隠れもしないさ、正々堂々、真正面からぶつかってやる」

 

 俺は挑発めいた発言をしたオルコットさんに、開放回線(オープンチャンネル)越しで返した。その台詞にオルコットさんにも火が点いたのか、先程の優雅さは何処へやら、口角を上げて情け容赦のない言葉を振りかざしてくる。

 

「良いですわ、惨めなくらいに地へ叩き落として上げましょう。……このわたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズが奏でる、円舞曲(ワルツ)で!」

 

 オルコットさんの言葉を幕切れに、試合が開始した。

 開戦のブザーが鳴ったと同時に、俺は迷いなく真正面から駆け抜ける。その間に武装を確認してみると、()()()()()しかなかった。()()()()()しか。

 

「くっ、近接ブレードだけかよ!」

 

 奇しくも練習の時と変わらない装備に、俺はどう反応したものか困った。ソラが練習時に近接ブレードしか使わせなかったのは、このためだったのか。

 すると頭上や俺の左右を通り過ぎたものに、思わず気を取られてしまう。

 

「まさか、“全距離(オールレンジ)に対応する”ってこういうことか!」

「ブルー・ティアーズ!」

 

 俺の背後を取ったビットが、一斉に俺の背中へとレーザーを発射した。シールドバリアーが代わりに受けてくれるが、同時にシールドエネルギーがごっそりと削られる。だが、その衝撃を活用して一気にオルコットさんとの距離を詰めると、今度はその手に構えたライフルで俺を狙い撃とうとしていた。……だが狙撃なら!

 

Have a nice day(ご機嫌よう)

「……この距離でも、避けれるッ!」

 

 ほぼ間合いが十メートルという距離で、彼女は構わずライフルのトリガーを引いた。それと同時に、俺は左へ思いっきりブーストをかけ、ギリギリでレーザーを躱すことに成功する。

 だが避けられたからと言って、安堵できる訳じゃない。まだ十メートルもあるんだ。

 

「このまま一気に――!?」

「まだですわ!」

 

 突如としてブルー・ティアーズから一基のミサイルが発射される。

 それを予期できなかった俺は、全速力で後退した。しかしミサイル自体の追尾性が高いうえ、周りのビットにも気を配っていると、どうしても目の前のミサイルから意識が削がれてしまう。

 その一瞬の判断が、俺に隙を生んだ。

 

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ミサイルが直撃し、目の前は煙幕に覆われ、俺は爆風の衝撃の痛さに負けかけていた。

 観客席の方からもざわめきが聞こえ、俺が落とされてしまったことに、やっぱりと思う人が大多数のようだ。……しかしそんな時だろうか、胸の奥に呼び掛ける声があった。

 

 

 

(まだ諦めちゃダメだよ)

 

 

 

 その声に突き動かされ、俺の意識が即座に覚醒する。

 

「うお、おぉぉぉぉぉぉお!!」

 

 そうだ、まだ諦めるには早い。まだ始まったばかりだ。だから前へと突き進め。全てを斬り開いて、前へ!

 

 

 

 

 

「―――なぁそうだろ、白式!」

 

 

 

 

 

 眩い輝きと共に俺の体が、白式が呼応する。煙幕を吹き飛ばし、光が収まる頃にはあの鈍い白色の機体色が、真っ新(まっさら)な純白へと変わっていた。

 ハイパーセンサーの表示に《第一形態移行(ファースト・シフト)  完了》の文字が見え、さらに表示が重なる。

 

《雪片弐型 使用可能》

「雪片………弐型?」

 

 その銘を見て俺は驚く。

 今この手に握っている、この白き剣の銘は『雪片弐型』。……奇しくも俺の姉、織斑 千冬が搭乗していた機体『暮桜』の唯一の武器であり、愛刀の銘である『雪片』と被っていた。

 またしても立て続けに表示が表れ、俺はさらに驚く。

 

単一仕様能力(ワンオフアビリティー)『零落白夜』 使用可能》

 

(……これなら行ける!)

 そう確信して、真っ直ぐにオルコットさんを見つめては、そのまま一直線に突っ切っていった。

 オルコットさんも俺が真正面から来るのを見て、ビットを四方へと飛ばす。それすら構わず、襲い掛かるビットを片っ端から叩き切って突っ切った。

 

「この力があれば……! 友達を、仲間を、家族を、アイツをッ! ――おぉぉぉぉぉぉおお!!」

 

 下段へと構えた雪片から、自然とその刀身の隙間から粒子が漏れ出す。やがて刀身が展開し、中から蒼白い粒子で出来たエネルギー刃が形成される。――そう、これこそが『零落白夜』。姉と同じ“力”。

 俺は零落白夜を発動した状態で、全力でオルコットさんへと突撃し、降り翳した雪片弐型を降ろそうとした。その途端、

 

「………あれ?」

 

 フッと粒子が消え、ウイングスラスターからも光が消える。ふと何が起こったのか理解出来なかったが、それも直ぐに分かった。理由は簡単だ。

 

「そんな馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 真っ逆さまに落ちたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「格好いいけど無様に」とか言ったら失礼だけど、オルコットさん対いっくんの試合は、見事いっくんが負けてオルコットさんの勝利となった。不戦勝としか言いようがないけれど。

 しかしそんなことになったお陰で、相手はさらにヒートアップしている。どうしよう、僕もう逃げようかな?

 そんな時だろうか、後ろから不意に声を掛けられる。

 

「貴女の実力、試させて頂きますわ」

 

 声を掛けたオルコットさんの台詞に、僕は目を瞑りながら返した。

 

「試すほどでもないと思いますけれど。……今のオルコットさんに敵う気もしませんし」

「あら、織斑先生から合格を貰ったと言われるほどの実力者かどうか、小手調べするだけですわよ」

 

 先程のいっくんとの試合と違って、オルコットさんは落ち着いた態度で接してきた。それはそれで好都合として、僕はオルコットさんに別れを告げ、待合室へと足を運ぶ。

 待合室へ行くと、何故だか箒と千冬先生が居た。何故、彼女らがここに居るのか。僕が不思議そうに首を傾げると、千冬先生から話し始める。

 

「お前はISをどうするのか、と思ってな」

「ソラは一夏と違って、専用機を持っておらんだろう?」

 

 千冬先生の言葉に続いて、箒もそう言った。思わず目を丸くしてしまう。

 言われた言葉の意味を理解して納得したが、その言葉に僕は静かに首を横へ振る。

 

「僕にも大事な()()が居るので心配ないですよ」

 

 そう言ってはにかむような顔をして、右手の指貫グローブを触ると、仄かに天燕も返事をしてくれたように感じる。

 やがて準備が完了したと同時に、千冬先生と箒はそれぞれ待合室を後にして、僕は改めて試合に臨む。……本当はわざと負ける予定だったけど、こうなりゃとことんやってやる。

 

 

 

 

 

 

「僕だって、ISの操縦者だ」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 代表者の証明 ~後編~

 既にアリーナ中央ではセシリアが待機していて、準備万端といった感じで空を待ち構えていた。空もまた、天燕を纏ってセシリアと対峙する。

 だがセシリアの様子が少し変だ。まるで仇を見るような、そんな目付き。それもそうかと空自身、直ぐに納得する。

 

「あら、意外にも貴女があの時の犯人、というわけですわね……」

「あの時はすみませんでした。でも、この子を試すには丁度良かったわけですし」

 

 空がそう告げると、セシリアは「そう」とだけ言って、その手に持つレーザーライフルを構え直す。そして高らかに告げる。

 

「なら、今ここで雪辱を晴らさせてもらいますわ! 覚悟なさい!」

「流石にあの時のようにはいかないけれど、僕も頑張っちゃうもんね!」

 

 ブザーが鳴り響き、両方が動き始める。先に動いたのは空の方で、セシリアは僅かに遅れてのスタートだった。恐らく空を捕捉するのに少し手間取ったのだろう。

 しかし、それは空としては好都合でしかなかった。

 

「それじゃあ、僕から行くよ!」

 

 上昇したと思ったら、空中に向けて両足を揃え、見えない壁を踏みつけるみたいに足下へ力を溜め始める。セシリアは一瞬だけ何をしてるのか疑問に思ったが、様子だけを見て直ぐに何をしてくるのかを悟った。

 それと同時に脚部スラスターからエネルギーの粒子を全力で吐き出すと、ウイングスラスターを全開にして跳んだ。

 それによって爆発的なスピードを得た天燕は、そのままブルー・ティアーズへと突っ込む。

 

「いくらなんでも無茶苦茶ですわ!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)を自由な形で発動させた空に、目を見開いて動揺するしかなかったセシリアは、自分を無理に落ち着かせてビットを放つ。

 

「ですが、間合いであればこのわたくしが有利であることを、お忘れではなくて?」

「本当にそうかな」

 

 突っ切った状態の空へ目掛けて、ビットから放たれるレーザーの嵐が容赦なく降り注ぐ。空はそれを()()()()のラインで避けて、無防備を晒したセシリアへと接近する。

 流石のセシリアもそれには驚き、その間にも空は空幻を構える。

 

「避けられるかなッ!」

 

 僅か十数メートルという距離で、空幻・機関銃形態でセシリアへと乱射する。寸で躱すには無理に近い距離だ。しかし、それでもセシリアは避けようと動く。――が、避けるには無茶な距離が祟ってか、シールドバリアーへ数発掠めてしまった。

 

「……なっ、掠めた!?」

「驚くにはまだ早いよ、オルコットさん!」

 

 先程までそれなりの間合いがあった筈なのに、いつの間にやら空が剣を振れる距離にまで接近していた。

 セシリアは焦らずにビットで牽制し、足を止めさせてはライフルで狙い撃つ。空もまたセシリアの手によって踊らされているかのように見えるが、要所要所で攻撃を加えていた。

 

「狩られる狐になった気分はどうでして?」

「逃げ回るのも中々悪くないよ」

 

 呑気に会話している風に見えて、セシリアは言葉の通り、レーザーライフルを猟銃に見立て、逃げ回る空を狩る対象に例えながら狙撃を繰り返していた。

 当然、狩られる側に例えられた空は飛び回りながら逃げる。だが、ただ逃げているわけではない。ブルー・ティアーズの欠点を見出だそうと、様子見というわけだ。

 

「……にしても、何でビットを撃ってこないんだろう」

 

 単純にジグザグに避けているだけなので、ビットでこちらを狙うことは容易の筈だ。空はそう思い込んでいた。

 しかしセシリアはセシリアで、頬に一筋の汗が垂れる。表面上は優雅に立ち振る舞ってこそいるが、内心は焦燥感に駆られていた。思っていたよりも大したことはせず、ただ単にセシリアの攻撃を躱しては、まるで脅すかの如く近寄っては離れるを繰り返すばかりなのだ。

 

「……………くっ、中々に焦らしてくれますわね、咲白さん。ですがもう、そうはいきませんわ」

 

 多少なりともリスクを払わねば、空は倒せない。そう感じたセシリアは、一か八かの賭けに出る。勝てば儲けもの、負ければ苦汁を飲まされるだけ。

 セシリアは、ライフルの射線を空から外す。空もそれに感付いて、諦めたのかと思った直後――、

 

「うわぁっ!?」

 

 真横をレーザーの塊が通り過ぎた。

 空も完璧には躱し切れず、シールドエネルギーがかなり削られてしまう。勿論、衝撃で吹き飛ばされそうな感覚に襲われるが、空は強引に体勢を立て直した。

 何が襲ってきたのかと、その正体を探ると、答えは直ぐに見つかった。三基のビットが纏まって放ったのだ。それであの塊が飛んできたらしい。

 理屈が分かった空は、お返しとばかりに空幻・長銃形態でフルチャージしたレーザーをお見舞いしてやる。

 

「そんな分かり易い射線など、直ぐに避けられますわ!」

「――笑ってて良いの?」

 

 太めのレーザーの束を軽々と躱すセシリアに、空は冷たく言い放つ。その言葉にセシリアは一瞬、悪寒らしきものが背中に走るのを感じた。

 そして空はこれで最後だと言わんばかりに叫んだ。

 

「追い詰められた狐は、ジャッカルよりも狂暴だ!」

 

 空の纏う雰囲気が変わったと思うと、直ちに動いた。セシリアは驚きを隠せず、空を捕捉しようと見渡すが姿が見えない。

 「何処に行った?」……ただそれだけがセシリアの中をぐるぐると回るが、空は直ぐに姿を表した。セシリアの()()()に。

 

「………んなっ!?」

 

 突然のことでセシリアは情報整理が追い付かず、直ぐに後退ろうとしても、空の攻撃が先に来てしまう。

 空の右手に握られていた空幻・大剣形態が、蒼白い大きなレーザー刃を形成し、ブルー・ティアーズのシールドバリアーを勢いよく切り裂いた。

 

 

 

 ビィィィィィィ!

 

 

 

 大きくブザーが鳴り響き、その場の全員は何が起こったのかすら理解出来ていなかった。何が起こったのか、それは――

 

「………今、()()()()()()()()?」

 

 観客席で戦いを見ていた一夏の呟きが、その場の全員の心象を代弁していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合終了後、空と一夏は部屋へと戻ってきていた。それまで互いに無言で、互いに疲れきった顔をしているのだから無理もない。それこそ「過酷な訓練を終えた人」みたいに。

 

「結局、ソラが勝っちまったな」

「いっくんはやる気なんて毛頭なかったでしょ。僕もないけど」

 

 互いに顔を見せ合っては溜め息を吐く。そのままベッドに身を委ねるが、疲れた後のこのベッドは眠くなりそうだ。

 結果は翌日の朝、ショートホームルームにて千冬から伝えられるらしいが、もう二人は――いや、恐らくはクラス全員が――空で確定だと確信していた。理由は単純明解、「勝者だから」以上。

 空自身、あまり乗り気でもない上、誰かの上に立つのは苦手で降りようと決めていた。勿論、それは一夏も聞いて知っており、セシリアを推薦しようと考えていた。……まぁ翌日にならなければ分からないことを、今考えても仕方ないのだが。

 

「そう言えば、アレって何だったんだ?」

「アレって?」

 

 上半身を起こした一夏が、話題を変える為に素朴とばかりに尋ねる。勿論、アレと言われて分かる筈もない空は聞き返す。

 

「ほら、オルコットさんを倒した直前にやったアレ……えーっと、あの瞬間移動みたいなやつ」

「あー、アレかぁ~。んー、秘密ってことで」

 

 空は小さく頷きながらそう答え、一夏はつまらなさそうに上半身をベッドに落とす。

 夕飯まで時間がある。その間の時間は空白と言っても差し支えないだろう。一夏と空は、フリーズしたかのように動かずにいた。そんな時だろうか、部屋の戸が二回ほどノックされる。

 空と一夏は不思議に思う。この部屋の場所を知っているのは少なくとも千冬と真耶のみである。そうなると二人のどちらかなのだが……。

 

「はーい」

 

 空が声を掛け、ドアへ向かって駆け足で向かう。

 ドアを開けるとそこには、やはりというか、スーツ姿の千冬が立っていた。しかし、いつもの威圧感的な何かは感じられず、そのまま部屋の中へ入ってくると、空のベッドに腰を掛けた。

 

「………あの、千冬先生?」

「何でここへ来たか、か?」

「は、はい」

 

 突然の訪問故に、空は戸惑ってしまう。一夏は普段から千冬と過ごしていたために、あまり違和感が感じられない。だが、どうして千冬がここへ来たのか、気になるのは一緒だった。

 千冬も、自分がここへ何の理由もなく来ることはないことは分かっているため、何も隠す必要はないかと直ぐに話した。

 

「少し雑談をしに来ただけだ」

「雑談ですか?」

「なにもそう気を張らんでも良い。少しは楽にさせてくれ。……ああ一夏、すまんが少し席を外してくれるか。この時間なら食堂が空いているだろう、夕飯でも食べてこい」

「は、はい」

「……分かった」

 

 千冬に言われた一夏は、すっくと立ち上がって、部屋を後にする。話の内容なら、後で空から聞けるからだ。

 反面、あまりに唐突なことで戸惑う空だが、千冬本人は然程気にせず話始める。

 

「咲白、お前のことについては色々と束から聞いた。……記憶喪失、だそうだな」

 

 千冬の言葉に押し黙る空は、直ぐに口を開いた。

 

「自分が何者で何だったのか、それだけが欠けた部分喪失ですけど」

「成る程な、だから束はここへ来させたわけか。アイツも私が見ない間に丸っこくなったものだな」

 

 クツクツと笑う千冬に、空は大層驚く。こんな態度は見たことがない、というのが一番の理由だが、束が昔は尖っていたのかということに対しての驚きもあった。

 それからさらに千冬は話を続ける。

 

「いずれ、この学園でお前の記憶も元に戻るだろう。……だがそこから先は、咲白が考えて進むしかない。お前がどうするかは、その時で良い、しっかり考えろ」

 

 そのアドバイスに、空は大きく頷く。そんな空を見て千冬は、何故束がここまで入れ込むのか、少し理解できた気がした。あの時失った、家族に重ねてしまうから。

 

「さて、雑談はここまでにしよう。お前も食堂へ行ってこい。私も仕事へ戻らねばならないしな」

「は、はい。……あの、千冬先生」

「何だ?」

 

 ふと部屋を出ようとする足を止めると、空は恐る恐る千冬へと尋ねた。

 

 

 

「僕のこの姿を見ても、何も言わないんですか?」

 

 

 

 何を言うか思えばと目を丸くして驚く千冬は、クスリと微笑んでから、何も言わずに部屋を出た。空はその無言の答えに、肩を落としながら食堂へと向かったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 過保護が過ぎると外堀を埋められる

気が付いたら前回の更新から半年以上が経ってるだと……?(絶句
(;0w0)ウソダドンドコドーン!




 翌日、千冬姉から口頭で、正式にソラがクラス代表となったと伝えられた。しかし、千冬姉が言ったことはそれだけではなかった。

 

「――だが、貴様達のような腑抜けた奴等を全て咲白だけには任せられん。よって補佐にオルコット、貴様が付いてもらう」

「は、はい!」

 

 予想外の展開、とも取れる言葉に俺も皆も驚いた。けれど、今この場で一番驚いてるのはオルコットさん自身だろう。

 ショートホームルームが終わってから、俺と箒はソラの周りに集まる。

 

「良かったな、ソラ。オルコットさんが補佐に付いてくれてさ」

「うん、確かにね。正直、ここのお姉さん方を纏められるだなんてそもそも思ってないし」

 

 眠たげな目を擦りながらも口許を緩めて答えたソラに、俺達は苦笑いする。まぁそうだろうな、千冬姉のことだけでもアレなんだから。

 

「オルコットもオルコットで、大変な役を押し付けられたものだな」

 

 箒がオルコットさんの方を向くと、いつの間にやらソラの机の側に立っていたことに俺が気付く。

 

「………いつの間に」

「三人とも、セシリアと呼んでくださって構わなくてよ。それと、別に大変だとは思いませんわ。一番苦労するのはこの子でしょうから」

 

 オルコットさん、もといセシリアは、ソラの頭を撫でながらそう言った。ソラも気持ち良さそうに撫でられているのを見て、どうやら満更でもないようだ。お前はペットか。

 

「ならばセシリアは、一層頑張ってやらねばな」

 

 胸の下で腕を組ながら箒がそう言う。セシリアも「そうですわね」と微笑みながら答えた。

 やっぱりあの時、ソラとセシリアが試合する時に見えた、因縁のようなものは気の所為だったのか。俺がそう変に勘繰ると、セシリアがふと口を開く。

 

「……まだ、この子を許したわけではありません」

 

 俺の心を読み取るかのように、セシリアはピシャリと言い放った。

 

「あの時の雪辱が晴れたわけでもありません。ですが、相手がこんな子だと知ってしまっては、わたくしも戦意が削がれるというものですわ。……ですから、この子がどんな子なのか、これから見ていく必要があるんですの」

 

 またしても眠っていたソラを見下ろしながらも、セシリアは優しくそう告げた。何があったのかは知らない。でも、気持ちだけは伝わってきた。それがセシリアの意思なんだと。

 

「それじゃあ、俺達でセシリアとソラを補佐してかなきゃな!」

「あら、一夏さんがわたくしを補佐してくださいますの?」

「一夏如きに何ができる。精々力仕事だろう」

 

 箒の厳しい突っ込みに、思わず三人で吹いてしまった。この一週間、周りが女子だらけで不安だとか思っていたが、今の俺にはもう、不安なんて何処にも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の昼、中庭で一人黙々とパンを齧りながら、何も浮かんでいない空を見上げていた。今日は海もビックリするくらい真っ青だ。

 この空のように何も無いけれど、僕は失ったばかりじゃない。今日ここに僕が在るのは、束さんや千冬先生、いっくんに箒やセシリア、皆のお陰なんだって。

 それなのに一人で昼食なんてね。寂しい奴なんて言うのはご法度です。……まあ、食堂が嫌なわけじゃあないけれど、あそこはどこか居辛いと言うか何と言うか。

 

「やっぱり甘いものは良いねぇ~♪」

 

 記憶を失う前の僕は、甘いもの好きだったのだろうか。しこたま買い込んだあんパンも、気が付けば残るは三つになっていた。

 

「あー、食べ過ぎちゃったかな?」

 

 独りでに呟く。周りは誰も居ないから、誰かに聴かれるなんてことはない。近付かれれば大抵気付くし。

 そもそも、あんパンを三十個近くを一人で食べ切ろうなんて、自分は何をしているんだろう。毎日似たようなものだから今更感があるけれど。

 すると芝生を踏み締める音がして、誰かが近付いてくるのが分かった。しかも、踏む時の音からしてまず女性じゃあない。……と言うことはいっくんかな。

 

「こんな所へどうしたの?」

 

 足音の方向へ顔を向けると、足音の正体が顔を見せる。相手も僕が気付いていることに驚いてるみたいで、目を丸くしていた。

 

「何だ、気付いてたのかよ」

「足音でね。男性と女性とじゃあ、足を踏む時の長さや掛ける体重、歩幅が全く違うからね」

「そんなことまで分かるのか」

 

 いっくんはそう言いながら、僕の隣へ腰掛けた。

 

「相手を見分ける基本だよ?」

「心得ておくよ」

 

 冗談めくように返してくれたいっくんに、僕も笑顔で返す。

 そうは言ったものの、何故自分がそんなことを知っているのかは分からない。けれど昔に、()()()()()()を習っていたんだと思う。それも日常的に。

 いっくんは笑いながら空を見据えては、ふと思い付いたように話し出した。

 

「そういやソラの名前って、この青空から来てるのか?」

「………え?」

 

 唐突にそんなことを尋ねてくる。名前の由来なんてそんなもの、考えもしなかった。あくまで偽名であって、僕の本当の名前じゃないかもしれないからね。でももし、本当に僕の名前が「ソラ」だったとしたら、僕の親は何を思ってそう名付けたんだろう。

 

「そうだね、何を思って、僕に名付けてくれたんだろう」

 

 僕に親兄弟が居るのかすら、今の僕には分からない。調べることも出来るけど、なるべく自分で思い出したい。

 だから特にこれといって行動は起こしていないけれど、きっと何かの拍子に思い出せるんじゃないかな。僕はそう願う。

 しばらく間を置いてから、今度は僕がふと思い出したようにいっくんへと尋ねる。

 

「いっくんはさ、ISに乗れたことって後悔してる?」

「後悔?」

「うん」

 

 するといっくんは、少し悩みつつも困った風に笑いながら答えてくれた。

 

「後悔は……無いな。変なレッテルを貼られた気分だけど、けどその代わりに家族や友達、仲間を守れる力を手にすることが出来たからさ」

「ふーん……そっか」

 

 僕は最後のあんパンを口に放り込みつつ、素っ気なく答える。家族や友達、仲間を守れる力、か。

 

「(……でもその力がいずれ、過ちを作ることもあるんだよ)」

 

 そう心の中で呟いた。何故そう言えたかは、僕には分からないけれど。当の僕は、どうなんだろう。もう二度と“何も失わない”ため、なのかな。

 

「何も失わないため、か」

 

 最早自嘲としか言えない言葉を残して、僕は教室へと戻った。そんな僕を見て、唖然としたままのいっくんを置いて。

 

 

 

 

 

 

 戻ってくると、セシリアが僕を見付けてはすごい速さで僕に近付いてきた。

 

「どどどどったの!?」

「ソラさん! 貴女、何処へ行ってましたの!?」

「ふえええ!?」

 

 わけの分からないままに驚くしか出来ない僕は、顔を僅か数センチまで近付けてきたセシリアから顔を僅かに逸らし、視線だけで箒に助けを求める。

 箒もそれを感じ取ってくれたのか、見きれなくなったように息を吐いては、僕に説明してくれる。

 

「昼休み、お前と一緒に昼食を取りたかったそうなのだが……肝心のお前が何処かへ行方不明になるものだから心配していた。と言うのがセシリアの心情だ」

「あ、ああ、成る程」

 

 箒の分かりやすい説明に、思わず素で返した僕はセシリアに抱き付かれる。あの時(試合)の時の様子は何処へやら、僕への態度が軟化し過ぎてるような。

 

「もう、心配いたしましたのよ!」

「だ、だって、あんパン直ぐに売り切れちゃうから、僕は早めに確保してるだけだよ!」

 

 それを聞いてセシリアは涙目で押し黙ってしまう。「あ、あんパン……」と言いながら顔を引きつらせて笑うのを堪えている箒はさて置いて、どう返したものかと考えていると、丁度いっくんも戻ってきたみたいだ。

 

「お前達こんな所で何してるんだ? 皆の邪魔になるだろう」

 

 いっくんは呑気に爽やかな笑みを浮かべてそう言うと、キッと顔をしかめたセシリアが涙を拭わないままいっくんに言った。

 

「ちょっと一夏さん! 貴方もこの子に言ってさしあげて!」

「何をだよ……」

 

 呆れるように言い返すいっくんなど気にせず、セシリアは続けて驚くべきことを言った。

 

「ソラさん、今後はわたくしの傍を離れないように!」

「えー」

「良いこと?」

「ええー」

 

 それって授業中は物理的に無理だよね。

 

「安心してくださいまし。織斑先生には既に許可を得ていますわ」

「「「えええ!?」」」

 

 流石に最後の言葉にはほかの二人も驚かざるを得ないらしく、僕と一緒になって驚いていた。いくらなんでも過保護じゃない? あれ、でも過保護って言うのかな、これって。

 兎にも角にも驚いて固まったままいると、丁度良いところに千冬先生がやって来た。

 

「千冬先生、セシリアさんが言ってることって本当ですか?」

「いきなり何だ、咲白」

 

 言葉通りいきなりで驚いたのか、やや面倒臭そうな態度で言う千冬先生。

 

「セシリアさんが僕を離さないだのなんだの」

「恋愛沙汰は余所でやれ」

 

 その答えは聞いてませんって。でも様子からしてセシリアの言ってることは本当みたいだし。

 僕はがっくりと肩を落とすと、チャイムが鳴り響いた。僕以外の三人はすぐさま席に戻るけど、僕だけ戻る気がしなかった。よく見れば、僕が座っていた席には別の人が座っている。もう外堀は埋められていた。

 

 

 

「不幸だ……」

 

 

 

 そう呟いてから僕は、千冬先生に同情の眼差しを向けられながらも新しい席に着くしかないのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 中国人の宣戦布告

 

 夜、それは茜色を失った空が藍色に染まる時。

 

 

 

「ここがそうね」

 

 

 

 そんな時間帯のIS学園の正面ゲート前に、猫を連想させる小柄で華奢な少女が、体格とは不釣り合いなボストンバックを抱えて立っていた。

 まだ暖かみを含んだ晩春の夜風が、二又の尻尾を思わせるツインテールに結った髪を揺らす。その髪は、夜に溶け込む艶やかな黒髪をしていた。

 

「………んー、あ。そう言えば、受付って何処よ?」

 

 呆れ顔で上着のポケットの中を漁る。すると、見た目に違わぬ彼女の性格を表したかのように、くしゃくしゃに揉まれた紙切れを取り出した。

 そこにはボロボロになりながらも、少女が今向かうべき場所が書かれている。だがその場所が分からない。

 

「……あーもー! 本校舎一階総合事務受付って何処なのよー!!」

 

 夜の学園に、悲痛な少女の嘆き声が響き渡る。無論、それに答えてくれるような人は誰も居ない。

 落胆して溜め息を吐くと、少女のツインテールが大きく揺れる。

(そうだ! 空から探せば良いのよ!)

 名案だと顔を明るくさせるが、脳裏に嫌なものが過った。あのタウン○ージ三冊分の分厚さに匹敵する「学園内重要規約書」が。

 

「うう……名案だと思ったのにぃ~! しょーがないわねぇ、自分で探すわよ、自分で」

 

 もう一度落胆してから、不貞腐れるように言って少女は歩いた。立ち直りが早いのもまた、彼女の性格の現れか。

 そもそも、まだ転入手続きすら済ませていないのに、ISを起動させたら事を起こしかねない。最悪、外交問題に発展しかねないらしい。少女には知ったことではないが。しかし「それだけは絶対に止めてくれ」と政府のお偉方(老人共)が、情けない顔をして懇願した姿を見れただけマシかと思い、少女の気は幾分か晴れていた。

(ま、何せこのアタシは重要人物サマだもんねー。その辺は弁えるべきかしら)

 ケラケラと笑いながら、腕を後頭部に回して少女は校内を闊歩する。このまま騒動を起こして、政府を泣かせてみるのも面白いかと考えたりしていた。

 

「でもま、アタシの転校を取り消されるのも困るし。しばらくは大人しくしてやりましょーかしらねぇ」

 

 口角を吊り上げて八重歯をキラリと光らせながら、少女は目の前に見えてきた校舎を前に、誰に言うでもなくそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝の早朝、食堂にて僕は朝御飯を食べていた。隣にはセシリアが座り、対面にはいっくん、その隣を箒と最早定番化したメンバーで食べていた。因みに今日の朝は親子丼。重たいものを食べるとどうなるかなんて言ってはいけない。

 そんな時だろうか、急に誰かに呼び掛けられたのは。

 

「ねぇ、君があの空ちゃんよね?」

「うん?」

 

 親子丼の最後の一口を食べ終えて、ご馳走様と告げた途端に話し掛けられた。

 誰かと思って横へ振り向くと、見知らぬお姉さんが――って、クラスメイト以外の人はよく知らないんだけど――眼鏡の奥の瞳を輝かせて、カメラ片手に立っていた。

 

「あのぉ、失礼ですけど貴女は?」

 

 寝起きから間もないためかあまり機能していない頭を働かせて尋ねると、お姉さんは「しまった」と言いたげな顔で驚く。それから一転してすぐさま笑顔を作り直しては自己紹介してくれた。

 

「ごめんなさいね、私の名前は黛薫子。新聞部の副部長やってるの。気軽に薫子お姉ちゃんって呼んで良いわ。って言うかそう呼んで!」

(本音が出てるってば……)

 

 僕は呆れ半分で微妙な顔をすると、そんなことはさて置きみたいな感じで、薫子先輩はメモ帳とペンシルを用意していた。

 

「それじゃあ早速、今度のクラス対抗戦の意気込みを聞かせて貰うわね」

「クラス対抗戦の? ……うーん、僕が優勝できるとは思わないけど、でも全力(ベスト)は尽くしたい、かな」

 

 えへへと自信無さげに笑うと、目に見えぬ速さでカメラで目茶苦茶撮られてた。

 言葉も聞けて写真も撮れて、薫子先輩は大満足した顔で頷くと、次にいっくんの方へ向き直った。

 

「さてお次は織斑一夏君! この前の代表戦は残念だったわね~」

「えっ、俺!?」

 

 まさか次が自分だとは予想していなかったのか、箸を片手に驚いていた。努めて素知らぬふりをしていたのに、自分にまで飛び火するとは思ってなかったんだろうね。

 しかしそこは新聞部。軽くスルーして薫子先輩は笑顔のままいっくんへと尋ねる。

 

「実は前々から、織斑君に対する質問はエベレスト並みにあるのよ~」

「ま、まさか……」

 

 顔を引きつらせるいっくんに、薫子先生は別段気にしない感じで安心なさいと言った。

 

「質問攻めにはしないわ。日刊新聞に質問コーナーを作って、寄せられた質問を解消していくだけだから」

「質問攻めと変わんないじゃないですか!」

 

 嘆かわしくツッコムいっくんを助ける人は、この付近には居なかった。箒とセシリアは知らぬ存ぜぬで、さっさと教室へ向かっていった。

 僕も何故かセシリアに付いていかなければならない関係上、食器を持って仕方がなくいっくんを放置する。いっくん、君のことは忘れないよ……。

 

 

 

 

 

 

 ショートホームルームが始まる前には何とかやって来れたいっくんは、目に見えて相当疲れている様子だった。

 

「質問攻めお疲れ様」

「まさか、これが毎日続くのか……」

 

 朝から疲れた顔を見せるいっくんを余所に、聞き慣れ始めた始業のチャイムが鳴った。同時に千冬先生と真耶先生が入ってきて、恒例のホームルームが始まる。

 特に伝達事項も無く、授業の確認だけで済んだ後は直ぐに解散となった。

 

「――ああそうだ、咲白」

「何です?」

 

 去り際の千冬先生に呼ばれ、僕は何かと思って千冬先生の傍まで駆け寄る。

 

「お前の機体の申請についてだ。放課後、職員室にまで来い。少し面倒かもしれん」

「……はい」

 

 僕もそれを聞いて分かっていたように頷く。

 直後に振り返ると、教室では今度のクラス対抗戦について盛り上がっていた。僕は疑問符を浮かべ、丁度近くに居た箒に尋ねてみる。

 

「この盛り上がりようは何?」

「む、ソラか。……今度のクラス対抗戦の景品は知っているか?」

「景品?」

 

 へぇ、そんな物も用意されているのか。でも流石に景品は興味な――

 

「何でも、スイーツの年間フリーパスだそうだ。そんな物の何が良いのや……ん?」

 

 箒がクラスに対して目を瞑りながら呆れを見せる。途中で言葉を止めて片目を開いて僕の方を見ると、僕の目は既に輝いていた。

 

「どうしたのだ?」

「欲しい」

「はぁ?」

 

 思わず箒は変な声を上げてしまう。そんなことを気にする素振りもなく、僕は態度を変えずに箒に振り向く。

 こんなチャンスは二度と無いかもしれない。やるなら今だ、今やらないで誰がやる。

 

「お菓子だよお菓子! 年間フリーパス! 一年間!」

「まあ確かにそうだが……」

「甘いものに勝るもの無し! よっしやるぞー!」

 

 燃え出した僕に、箒は目も当てられないといった様子で深く深く溜め息を吐いていた。そんな所にいっくんもやって来る。

 箒の姿でも見かねたのか、箒の肩を叩いて励ましているみたいだった。

 

「まあそう呆れてやるなって、箒」

「一夏、お前なぁ」

「大丈夫だろ、勝っても負けても」

 

 そこまで言った時だろうか。いっくんが言い終えたと同時に、教室の戸が勢いよく開かれる。

 

 

 

 

 

「残念だけど、優勝は二組が貰っていくわ!」

 

 

 

 

 

 その声に、クラスの全員が振り向いた。そこには、大体僕と似たような背丈の女の子が立っていた。

 大きく揺れるツインテールに口許からキラリと光る八重歯、お転婆とも取れる格好はまさにその性格を表していた。

 

「この()()()()()()()凰鈴音(ファン リンイン)がね!」

『中国代表候補生!?』

 

 その女の子の口から出た言葉に、クラス全員の声が重なる。自信満々に答える少女は、僕らの反応には満足を示していた。

 

「お、おい、鈴なのか?」

「あら、一夏お久し振りね。一年ぶりかしら?」

「ああ……でも何で鈴がここに?」

 

 いっくんの顔見知った態度に、少女――鈴は挑発的な態度から一転、明るく懐っこい笑顔を見せた。でもいっくんでさえその理由は知らず、この子がここに居ることに疑問を持っている様子。

 

「さっき言ったじゃない。中国代表候補だって」

「お前が?」

「何よ、信じらんないって言うの?」

 

 いっくんの態度にイラつきでも感じたのか、その身長差もあって鈴は下から睨み上げるようにいっくんを見上げていた。

 流石にその凄みにも耐えられず、いっくんは「分かった分かった」と言いながら納得する。

 

「そう。……あぁそだ、後のお昼、一緒に食べない?」

「お昼? それだったら別に構わないが」

「そ、じゃあまた後でねー」

 

 そう言っては颯爽と居なくなり、まるで嵐が過ぎ去った後のような教室は、未だに唖然とするばかりだった。

 しかし、その直後にはここでも二つの嵐が完成しようとしていた。

 

「「一夏(さん)、後で話があるんだが(ですの)」」

「……え?」

 

 その後のいっくんを見た者は居るとか居ないとか。取り敢えず今日も平和だ。




今日は七月七日、七月七日と言えば七夕。そして七夕と言えば、箒ちゃんの誕生日ですよね!
……と言うわけで今年もおめでとう箒ちゃん。どうせならリメイク前に上げたやつでも載っけようかと考えたけど、まだそこまで進んでなかった。地道に書き溜めしていたは良いけど、あと数話届かず。……残念、無念、また来年。

ではまた次回、ノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 鈴と一夏の会話。そして、天燕は鉄壁である。

 その日の昼食では、食堂にていっくんは鈴音さんと二人きりで食事を取っていた。

 

 

 それじゃ僕とセシリアと箒はと言うと、何故か離れた場所からその二人の様子をこそこそと見守る形で、現在進行形ながら食事を取っている。

 

「まあ、念のためにいっくんに盗聴器を付けといて良かったよ」

「ソラ、それは犯罪では――」

「ソラさんナイスですわ! これであの泥棒猫の情報が引き出せますわ」

「………はぁ」

 

 箒の制止も無駄に、セシリアと僕は乗り気でいっくんに仕掛けた盗聴器へと耳を傾けている。言葉もない箒は諦めが強く出た溜め息を吐きながら、無視しようと言わんばかりに食を進めていた。

 余談ではあるけれど、この盗聴器は、いっくんを四六時中監視できるように、束さんが小型化したマイクロチップサイズの盗聴デバイスだ。なんでも何処かの情報局の諜報員用に作られたものをパクって高性能化した奴だとか。因みに盗聴した音声を聴くには、今現在手元にあるPDAサイズのデバイスを介して聴けるよ。

 早速、ワイヤレスイヤホンを取り付けて片方をセシリアに渡しつつ片耳で聴いてみると、いっくん達の会話が鮮明に聞こえてくる。

 

『――だよな、ホントに』

『そうね。でも、軍から一夏がここに居るって聞いた時には驚いたわ』

 

 どうやら、どうしてここ(IS学園)に来たかの話みたいだ。

 

 

 

 

 

 

 やや離れた場所から三人――正確には空とセシリアの二人だけだが――が盗聴していることなど露知らず、一夏と鈴は仲良く昼食を取っていた。

 周りは見慣れぬ存在が一夏と食事している姿に、一層の警戒心を出しているが、当の鈴はそんなことすら何処吹く風である。

 

「こうして二人で昼食食べるのも久し振りだよな、ホントに」

「そうね。でも、軍から一夏がここに居るって聞いた時には驚いたわ」

 

 鈴は言葉の通り、さも驚いたように一夏を見る。一夏も頬を掻きながら苦笑いするしかない。

 思い返せば、二人で食べた時は大体鈴の家だった。元々中華料理屋ともあって、千冬が仕事の時には偶にお世話になっていた。

 

「俺もコイツ(白式)に乗れる理由は分からないんだけど。……けど、そのお陰でまた鈴に出会えたんだよな」

「んじゃあアタシは、ISに感謝しないといけないってことね。IS様々ね~」

 

 楽しく話す二人だが、離れて聴いている空達の目的である「馴れ初め」等を話す気配は一向に見せなかった。そう都合良く行かないのは当然のことだろう。

 すると鈴は次に、打って変わってクラスの話を持ち掛けてきた。

 

「そう言えば二組はこのアタシがクラス代表なワケだけど、一夏達のクラスはぶっちゃけ誰なの? ……まぁ物珍しさで当然、一夏だろうけど」

 

 鈴は当然そうだろうと、炒飯を頬張りながら確信していたが、一夏はさばの味噌煮定食の鯖を突っつきつつも、彼女の予想に反した答えを出す。

 

「確かに俺をクラス代表にしようって話は持ち上がったけど、批判の声も上がってさ。結局は彼処に居るセシリアとソラとで代表を決めたんだが……って何やってんだアイツら」

「……ってことは一夏じゃないの!?」

「ああ」

 

 鈴は思わずテーブルを両手で叩いて立ち上がる。確かに二組の皆は一夏がクラス代表になる……と予想していたのだが、アテが外れていた予想に鈴は舌打ちする。予想は所詮予想にしか過ぎないのだ。

 だが鈴は、直ぐに頭を切り替えて懲りずに誰なのかを尋ねてくる。

 

「んで? 一夏じゃないなら誰だってのよ。……まぁそのセンから行くと、イギリスのお嬢様(セシリア・オルコット)ってトコロかしら?」

「いんや違うぞ」

「はぁ!?」

 

 またしてもテーブルを両手で叩いて立ち上がる。流石に二度目故に周りも驚くが、鈴にとって周囲など端から気にしていない。

 目前の一夏もまた非常に驚いているが、それよりも一番驚いているのは鈴自身だった。驚いている内容は二人揃って別なのだが。

 

「まさか……そのソラとか言う奴なの?」

「その通りだが……」

 

 思わず互いに無言になってしまう。間の抜けた顔を一回咳払いで切り替え、鈴はやり場のない感情を丸め込んで大人しく座る。

 一夏もまた箸を持ち直してご飯を一口運ぶ。彼女の驚き様は想定できたはできたが、まさかここまでとは思いもよらなかった。

 対して鈴は、何故自分も知らぬ存在が一組のクラス代表になったのかを気にしていた。

 

「そのソラって奴、一体何者なのよ?」

「俺もよく分からなくてさ。俺の白式を作ったのを手伝って、試験官を担当した千冬姉から合格を貰ったってのは知ってる。後は、俺らより一つ二つくらい年下だってことぐらいか」

「それって要するに最年少じゃない。何でここに入学できたのよ」

「それは俺だって知りたいさ。ただ、千冬姉は何か知ってるみたいだけどな」

「千冬さんがそうホイホイ教えてくれる筈もないけどね」

 

 全くその通りだと、うんうんと頷く一夏は頭を悩ませる。空と言う存在が何なのか、最早IS学園七不思議にしてしまっても良いんじゃなかろうかと考えていた。

 偶々時間を確認するともう既に時間もなく、慌てて一夏達は残った昼食を掻き込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、情報らしい情報どころか、僕の話をして終わるって……。……想定外ってレベルじゃないよ、これは。

 わなわなと震え項垂れる僕に、セシリアは宥めるように優しく撫でてくれる。

 

「元から期待などしていないだろう。関係を知りたいなら、自分から聞くのが一番だ」

 

 箒の棘のある言葉に、僕もそれはそうかと納得してしまった。「ご馳走様」と合掌した箒は、そそくさとその場を立ち去ってしまう。僕も急がないとと思い、昼食を掻き込んだ。

 食堂から急いで教室へ戻る途中、先程の二人の会話のことで、セシリアも疑問に思ったように尋ねてきた。勿論、僕に関することだ。

 

「さっきの一夏さんと鈴さんの会話。貴女のことですが、わたくしも気になっていますの。何者なのか、正直に話してくださらない?」

 

 優しく問い掛けるセシリアに、僕は小走りする足を止め、立ち止まっては首を横に振る。

 

「それは無理だよ、セシリア。君達には関係ない。これは僕とあの人の問題だから」

 

 いつにも増して真剣な表情をした僕に、セシリアも気圧されて諦める素振りをする。申し訳ないと思いつつも、僕は肩を竦めてセシリアに寄り添った。

 

「でもね、箒やいっくんやセシリアが居てくれるのが、僕はとっても嬉しいんだ。僕は僕でないけれど、それでも」

「ソラ……」

 

 余りに神妙な感じだと変な感じがするね。妙にむず痒くて、落ち着かないや。

 セシリアは、安心させるように後ろから抱き締めてくる。それがとっても暖かくて、束さんに抱かれた時と似たような感覚がしたのは秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、千冬先生に呼び出されていた僕は職員室に居た。

 勿論、僕の専用機「天燕」についてだ。あのオルコットさんとの試合の時に、周囲へ露見した僕の機体の存在は瞬く間に全校へ広がったのは周知の事実。その存在が学園外に漏れれば、僕とIS学園の存在が危うくなってしまうのだ。

 僕も現在一生徒としてここに居る以上は、流石に国際委員会には逆らえない。下手をすれば背後の束さんの情報まで露見する可能性がなくもないからだ。

 そのため、急遽として機体を申請したいのだけれど、僕達の前にはいくつかの問題があった。

 

「機体の調査が出来ないとなると、出せる書類も出せん。咲白、やることは分かっているな」

 

 千冬先生の瞳が鋭く光る。その黒い瞳には僕が映っており、僕はその台詞にただ頷くことしかできない。

 そう、何を隠そうとも「機体の調査が出来ない」のだ。国際委員会への機体申請書には、監督の下で機体を調査してその結果も書かなければならず、出来ないとなると申請書を書くどころの話じゃない。……まず何で機体の調査が出来ないかと言うと、説明するには約五十分前まで遡る。

 

 

 

 僕は千冬先生に呼ばれて「格納庫で待っているように」とだけ言われ、一人ぼんやりと空を見上げながらISスーツ姿で格納庫前で待っていた。

 やがて暇過ぎて欠伸をしながら準備運動をしていると、千冬先生が数人の先輩方を連れてやって来たのだ。

 

「千冬先生、その人達は……?」

「整備科の奴らだ。今回は未知のISだからな、出来る限り使えそうな奴だけ連れてきた」

 

 よく見ると薫子先輩も混じっている。あの人、整備科だったんだね、意外。

 

「それじゃあ、よろしく頼むぞ」

『はーい!』

 

 連れてこられた整備科のお姉さん達は、格納庫にある天燕の調査に早速取り掛かった。

 ハンガーからぶら下がった天燕は、見事に無防備を曝していて、綺麗な曲面を描いた空色の装甲が輝かしくも綺麗だ。

 それから調査を始めて僅か数分で、意外にも整備科の先輩方の手元は止まってしまい、挙げ句には音を上げてしまったのだ。端から見ていた僕ら二人は何事かと首を傾げる。何故、彼女らが音を上げたかと言うと――

 

 

 

「織斑先生、このIS、中を見させてくれません!」

 

 

 

 とのことである。つまり天燕が拒んでいるんだ、見られることを。「何て恥ずかしがり屋な子なんだろう」とその時の僕は染々考えてしまっていたが、よくよく考えれば、この時点で既に申請書が書けない点に気が付くべきだったんだ。

 その後も、あの手この手を尽くして調査を試みようとするも、全てが水の泡に終わってしまう。強行手段に出ても同じだった。

 

「何てガードが固いのかしら……」

「つ、疲れた~」

「もう無理~」

「ちょっと休憩欲しいかも」

 

 先輩方も天燕の鉄壁さを前にダウン。最早、天燕は整備士泣かせと化していた。恐らく、根本的な原因は束さんの仕業なんだろうけれど。

 千冬先生も似たような結論に至ったのか、目頭を押さえてやれやれと言った感じだ。

 

「仕方がない、ここで切り上げ――」

「いいえ、まだやります!」

「見たこともないISを私達で解明して見せる!」

「やってやるぞー!」

「「「オー!!」」」

 

 ……余りの団結力に涙が出てきそうだよ。それをもっと別の方向に使おうよ。

 流石の千冬先生もあっけらかんとした表情で、開いた口が塞がらずに、やる気を出す先輩方を見ていた。その内悟ったんだろうか、「もう好きにやらせておけ」みたいな雰囲気でそっぽを向いてしまった。

 そしてそこから、約三十分にも及ぶ天燕対整備科の先輩方との死闘が始まったと言うわけだ。

 

 

 

 

 

 

 そこで職員室にやって来て、改めて策を講じているのだけれど。結局は僕自身も簡単なISの整備は出来るから、と言う理由で僕がISの調査を行うことになった。

 

「さて時間も惜しい、早く済ませてしまおう。……山田先生、また少し出ていきます」

「はい! 咲白君もご苦労様です」

「あ、ありがとうございます」

 

 山田先生にそう言われて、僕と千冬先生は再び格納庫へと急ぐ。もう黄昏時ともあって、辺りは朱色から瑠璃色に変わりかけている真っ最中だ。

 足早に二人で格納庫へ向かっていると、偶然にもいっくん達と遭遇してしまった。

 

「うげ」

「何だよその嫌そうな顔は」

 

 いっくんは、僕の顔を見て真っ先にそんなことを言う。若干汗を掻いてる様子からして、ISの練習後だろう。――と言うことはアリーナからの帰りか。

 

「織斑先生も一緒で、何処に行くんですか?」

「……格納庫だ、咲白のISの調査をしに行く所だ」

 

 面倒と顔に堂々と書かれた千冬先生は、実に面倒臭そうに後頭部を掻きながら言った。その様子を見て、隣に居たセシリアが「それなら」と言いたげな顔をする。

 

「わたくしも付いて行きますわ!」

「残念だがオルコット、それは認めん」

「何故ですか!?」

 

 即行で否定に掛かった千冬先生に、食い下がるセシリア。

 

「ソラさんが居るのでしたら、わたくしも――」

「これは申請書を書くために調査に行くんだ。授業でも遊びでもない」

「ぐっ……」

 

 間髪入れずに止めを刺されたセシリアは、ものの見事に狼狽える。それを見たいっくんはセシリアを引っ張って、千冬先生に挨拶を交わしてそのまま去っていった。その後、後方からセシリアの声が聞こえてきたのは言うまでもない。

 それら含めて何やかんやありつつもようやく辿り着くと、早速準備に掛かった。格納庫の照明を点けて、工具を用意する。

 

「天燕、今度は僕が調べさせてもらうからね?」

 

 触れた右手から返ってきた反応は、案外素直なものだったことに僕は驚く。その直後に苦笑いして、早めに終わらせようと機体を調査していった。

 意外にも二十分と早々に終わることが出来て、僕は手元のクリップボードに挟んだ申請書に、ボールペンを走らせて書き込んでいく。それを千冬先生に確認してもらって、その日はそこで解散となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。