Fate/ZERO-NINE【休載中】 (縞瑪瑙)
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サーヴァント ステータス表
Fate/ZERO-NINE 設定


設定のお話です。
ネタバレなどを含むので注意してください。
長くなったなぁ…


ステータス表

注!:絶賛ネタばれを含むので、本編をある程度読んでからこれを見ること

   をお勧めします。

 

 

 

 

クラス :ライダー

真名  :ルーン・バロット

マスター:ウェイバー・ベルベット

属性  :秩序・善

 

《ステータス》

筋力:D  敏捷:B

耐久:D+ 幸運:A+

魔力:C+ 宝具:B+

 

捕捉:ライダーは体が小さく、魔力消費が少ないため魔力値は改善している。

   ただし、ドクターを召喚する間はその限りではない。

   また、原作においてルーン・バロットという名は後から付けられた名であり

   本名については言及されていない。

 

《スキル》

・対魔力:D:

一工程(シングルアクション)によるものを無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

 

・騎乗 :C+:

 現代・未来の乗り物をトップクラスの技術を以て操れる。禁じられた科学技術の乗り物に対してもまったく問題なく対応する。

 ただし、乗り物が操縦に追随できるとは限らないので注意が必要。

 

・体感操作:A+:

 体に対して強力な自己暗示をかけることで、あらゆる影響をシャットアウトする能力。

 痛いと思いたくなければ痛く思わず、熱いと思いたければ熱いと思うことが出来る程の、常識を脱したレベルに達している。理論上は誰もが可能だが、五感すらも制御しきるクラスは非常に稀としか言いようがない。

 とある理由から後天的にライダーが身につけたもので、このクラスになるといかなる手段を以てもライダーの認識能力を欺瞞することは不可能。薬物や幻惑魔術すらも対魔力とは別で影響をカットされる。

 後述の宝具と合わせ、絶大な効果を誇る。

 

・心眼(真):B+:

 幾多の戦いを経る中で得た、未知の相手に対しどのような戦いをすればいいかを過去の経験をもとに直感的に導き出す能力。とある博士曰く『戦いを経るたびに進化する』と言わしめるほどの成長力を持つ。

 …余談だがギャンブルなどでも効果を発揮するため、同ランク以上の技術を持たなければ身ぐるみはがれるほどぼろ負けするほど強いらしい。

 

・召喚(偽):E-:

 ライダーの主治医であり、同じ委任事件捜査官であったドクター・イースターを呼び出す能力。これは純粋なスキルというより後述の宝具によるもの。

 ドクターは単独行動スキルを持つマスター無しのサーヴァントとして現界する。

 

 

《宝具》

 

電子の殻(スナーク・シェル)

ランク:B+

種別 :対人宝具

レンジ:-

最大捕捉:一人

 

 禁じられた科学技術が生み出した代謝性金属繊維。

 元々は宇宙服を見たまま白兵戦をこなすための素材で、とある人物に“殺され”大やけどを全身におい、オーナイン法案を選択して生きることを望んだライダーの、ほぼ全身を覆うように移植されている。のちに脳の一部やまぶたの裏、神経系にまで繊維が成長する。

 機能としては体感覚の加速、肉体の運動力の強化、立体知覚、電子機器の操作などの能力をライダーに与えている。要するに、ただの少女を超人へと押し上げた元凶。

 但し、本来ならば手のひらなどのごく一部にしか移植されないものを全身にすることは、人間が蝙蝠の耳を得るようなものでただの人間なら発狂するか能力を使いこなせていない。ライダーの適性は高く、移植後二週間で目を覚ました直後から全能力を遺憾なく使っていることからその異常性は自明である。

 宝具となったこれは、従来の機能に加え、魔術品への干渉能力を得ている。

 

金の卵(ブリオン)

ランク:B

種別 :対人宝具

レンジ:-

最大捕捉:-

 

 マルドゥックシティーの定める、09法案の委任事件捜査官にして、禁じられた科学

技術を駆使して創られた金色のネズミ、ウフコック・ペンティーノそのもの。

 元々は、ネズミの代謝能力を理由に被検体となったが、実験成功により本来よりもはるかに長い寿命と知性を得た。なお、研究所で開発が成功したのはウフコックのみであり、研究者たちは誰もがウフコックを欲し、金の卵と呼んでいた。

 最強の白兵戦用兵器にして万能道具的存在(ユニバーサルアイテム)。手のひらに収まる小さなネズミだが、体内にはいくつもの次元に分割された亜空間が格納されており、そこにある莫大な物質を表に出すことによって、ありありとあらゆる道具に変身する。但し、二種類の道具に同時に変身はできない。(例としては、服に変身するとき上着とズボンに別々には変身できないなど)

 またネズミとしての特性で、相手の考えていること、本人いわく“魂のにおい”を嗅覚によってとらえることが出来、変身能力と合わせ、文字通り潜入捜査を行ってきた。

 変身するのは服や武器、あらゆる装飾品から、車のパーツまで様々。戦闘時はライダーの戦闘服となってライダーを支援する。変身した武器は宝具となり、ランクD~Eの判定値を持つ。

 

緊急特例法案(マルドゥック・スクランブル)

ランク:?

種別 :-

レンジ:-

最大捕捉:-

 

 元々は“禁じられた科学技術”が作られたマルドゥック・シティーで、その技術の取り扱いを定めた法律。“三博士”(某黒金の城の三博士ではない)の一人と戦後の政府が制定した。

 “一般に公表するには危険な技術を社会的に有用である場合に限って使用を認める”ことを主眼としており、ライダーを救ったオーナインのほかにもA-10といったプログラムがあるとされている。当然のこととして“濫用”するとすぐさま凍結ないし処分される。

 宝具となったこれは、ライダーを強化するものであり束縛するものとして働く。ライダーやそのマスター、あるいは協力者などから要請があり、かつ、必要と判断されたときに“禁じられた科学技術”による道具や技術、人間を

呼び出すが出来る。具現化したものはライダーの宝具として4つまでストックが可能で、何かをつかえなくすれば新たな具現化も可能。ライダーはこれを用いてドクター・イースターを召喚するスキルを得ている。

 但し元の法律同様に、得た力を濫用した場合、使用者は即その力を失う。ライダーやそのマスターの濫用はライダーの消滅、つまり聖杯戦争からの強制脱落が科せられる。マスターやライダーは召喚した直後からこの宝具の支配下に収まっておりいかなる手段でも解除は不可能。

 

・ハンプティ=ダンプティ

ランク:C

種別 :対人法具

レンジ:-

最大補足:-

 

 戦時中に開発されていた空中浮遊要塞の試作品で、浮遊移動式住居(フライング・ハウス)としてスクランブル・オーナインの物品の一つに名を連ねている。卵状の本体は超高密度の軽金属によって構成され、重力素子を使うことで高度一万五千フィートにまで上昇し、長期間滞空できる。

 原作においては事件の重要参考人となったライダーが最初の隠れ家から脱出して以降隠れ家兼事件捜査の拠点として利用した。

 英霊となったライダーはこれを使っただけで、実際に持ちうる英霊ではないが宝具“緊急特例法案”の力で自分の宝具として利用している。なお、これを操るには同ランク以上の騎乗スキルとこの宝具に対する理解が別途必要であり、実質ライダー専用の宝具と化している。

 

・トリック=ブルネレスキ

ランク:D

種別 :対人法具

レンジ:5~10

最大補足:3人

 

 オリジナルのスクランブル・オーナインの物品。話の都合・作者の思惑が一致して生み出されたこの作品のみの産物。アンテナとそれにつながる二メートルほどのフレームと操縦桿で構成されている。モデルとなったのはとある人物が持つ疑似重力の機能。疑似重力は本来は使いたい人間の体内にその発生装置を埋め込むことが必要だったが、これを体の外に置けないかという実験の過程で生み出された。効果は補足した相手への疑似重力による浮遊能力の付与である。しかし安定性が低く結果としてとらえた相手を十数秒間浮かせるのが限界で、この機械自体の開発は中断されていた。対称が多人数されるほど効果は薄くなる欠点もある。

 これもまた宝具“緊急特例法案”によってライダーの宝具の一つとなりキャスターに対して使用された。

 命名の由来は“コロンブスの卵”の話のモデルになったとされる“ブルネレスキの卵”という話より。

 

《解説》

 冲方丁(うぶかたとう)原作のSF小説“マルドゥック・スクランブル”の主人公。

 未成年娼婦としてとあるカジノ経営者兼ショーギャンブラーに雇われていたが、とある理由で殺害される。しかし、そのギャンブラーの犯罪を追っていた捜査官に“禁じられた科学技術”による治癒を受け復活。オーナイン法案を選択し、自身が殺された理由を追いかける。

 ライダークラスとして召喚されて、ウェイバーとともに聖杯戦争へと挑む。

 ちなみに、生前の偉業によってライダークラスになったというより、消去法的にライダークラスへと収まっている。本来ならアーチャーかアサシンクラスが適当。触媒に使ったマントの切れ端は、実はレプリカだったというオチ。

 

 

 

クラス :-

真名  :ドクター・イースター

マスター:-

属性  :秩序・善

 

《ステータス》

 

筋力:E

敏捷:E

耐久:E

幸運:A+

魔力:D

宝具:-

 

捕捉:ほぼ最低ステータスだが、幸運値はウェイバー補正で高い。

 

《スキル》

 

・単独行動(偽):E:

 マスター無しのサーヴァントとして、ライダーが生存する限り、ライダーから余剰分の魔力を供給されて活動できる。

 

・話術:C:

 相手との交渉や折衝、初対面の相手にうまく取り入り警戒心をなくす話術。このクラスになると、警戒しているプロすらもだますことが出来る。

 

・“禁じられた科学技術”:B:

 その名の通り禁止されるほど発達した科学技術を身につけている。主に医療や人体改造などの部類において高い能力を持つ。

 

 

解説

 マルドゥック・スクランブルに登場する、中年過ぎの委任事件捜査官。

 劇中において、ショーギャンブラーであったシェル・セプノティスの犯罪を追っている中で、殺害されたライダーを重要参考人として保護し、治療した。

 髪の毛をカオス理論に基づいて斑に染めているのが特徴で、外見はどう見ても医者には見えないがれっきとした医者。大陸との戦争において招聘された戦略研究所に最年少で入り、あらゆる研究を行う。その後戦争終結ともに上司であった博士が作ったマルドゥック・スクランブルの保護下にはいり、社会における有用性を証明することで生存を許されていた。

 

 

 




こんな感じで設定を公開です。
われながらくどくど長くなったと恐縮しています。
若干の訂正や変更などはあるかもしれませんがこれに準拠して書いていこうと思います。
矛盾は、本文とはない…はず。あったら教えてください。

これからいろいろ出したいものもありますし、これはひとまずのステータスです。

四月十八日 少し修正を加えました。
四月二十日 新しい宝具を追加しました。
五月二日 文章を大幅修正をしました。
五月六日 文章に修正を入れました。
五月二十六日 大幅修正しました。
では続きをお楽しみに。


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1st 開封
Fate/ZERO-NINE 1-0 開封


 改訂版第一号です。文章の矛盾や誤字脱字をなくし、分かりやすく変更しました。
 最新話かと思った方にはすいませんが改訂版です。


 聖杯――かつて数々の奇跡を起こし、そして言われなき罪により十字架にかけられ処刑された“ナザレのイエス”がいた。そして処刑後、そのわき腹に生きているかを確かめるために刺された槍であるロンギヌスがあり、そこから滴った血を受け止めた器が“聖杯”と称される。或いは、キリストが最後の晩餐において、すなわち名前こそ挙げなかったが誰かが自分を裏切ることを弟子たちに告げたときに使っていた器を“聖杯”と呼ぶこともある。

 世界中に伝承されている伝説にしろ、人知を超えた力を、あるいは魔法を有し奇跡を起こすのが共通する点として挙げることができる。

 そして、ドイツの長年にわたって秘匿され続けてきた土地にはとある魔術師の一族がいた。その名をアインツベルン。錬金術に特化し、長い歴史とその中で守り続けた純潔を誇る。彼らは一つの目的を抱いて、その技を技術を磨いていた。

 失われた“第三魔法”の復活である。第三魔法は魂の物質化を行う魔法。かつてアインツベルンが到達し、しかし失ってしまったものだ。この物質界において唯一不滅にして絶対存在の“魂”を肉体という脆い器、或いは枷から解放し、魂という精神体のままこの世界に干渉することを可能とする。魂そのものを生き物にして、次の段階に向かう生命体として確立する。端的に言えば真の不老不死である。

 その再現、あるいは伝承の復活のために、アインツベルンは長い長い努力の果てにその“聖杯”を作り上げた。しかし長い歴史を持つアインツベルンでも単独では限界があった。聖杯は作れても、その中に満たされる中身は用意できなかったのだ。そこでアインツベルンは当時から有力であったマキリ、遠坂の魔術師らと力を合わせることを決めた。遠坂は土地を用意し、マキリはサーヴァントと呼ばれる英霊を召喚するシステムの構築を、アインツベルンは聖杯の器の準備を担当して、一つの儀式が始まった。およそ二百年前に始まり、血を血で洗う闘争となる“聖杯戦争”の幕開けとなる出来事であった。

 

 

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 

 場所と時間を移そう。人知れず始まった最初の聖杯戦争から、すでに四回目の“周期”がめぐってきた。冬木の地下にある霊脈から魔力を充填した聖杯がついに完成したのだ。日本のとある県にある冬木の地に眠る聖杯が、マスターの資格のある人間へとマスターの証たる“令呪”の分配を始めたのがその証だ。

 最も早かったのは“始まりの御三家”のひとつ、遠坂家の当主『遠坂時臣』。

 そして、魔術とは縁のない教会の人間である『言峰綺礼』。

 ついで、魔術の総本山の一つであるロンドン・時計塔のエリート講師にしてアーチボルト家当主、『ケイネス・エルメロイ・アーチボルト』。

 過去三回の聖杯戦争において敗北を打続けてきたアインツベルンが、今度こそ勝利すべく外部から呼び寄せた魔術師にして、巷では“魔術師殺し”と恐れられる『衛宮切嗣』。

 御三家のひとつ、間桐の表向きの当主の弟『間桐雁夜』。

 七人のマスターのうち、すでに五人のマスターが選別された。残る参加枠、つまり、聖杯から配られる令呪は六画二組、二人分のみとなっていた。

 そして、聖杯戦争のうわさを聞きつけ、ロンドンから冬木へと飛んだ一人の魔術師を目指す青年に、この物語は焦点を当てて行くこととなる。その青年の名はウェイバー・ベルベット。後のロードエルメロイ二世にして、時計塔の勢力図をひっくり返すと噂されるほどの魔術師となる男だった。物語は少しずつ、何かにかき混ぜられ始めた。それはFate(運命)に導かれてのことかも知れない。

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 

 さてここで一つ余計な話をしよう。

 とある世界において、ある一人の少女がいた。彼女を例えるならば“卵”が適当だった。それも、デザートの様にして食べられる卵料理。孵化寸前の卵を中に眠る雛ごと煮殺して作る料理に。実際、彼女はセカンドネームとしてその料理の名前を持っていた。その名をつけた人物は時々その少女へと言っていたのだ。より自分自身を表しているのだと。

 少女が十代の初めごろから働き始めた店はいわゆる風俗店だった。アンダーグラウンドから上流階級までが、冷めることのない夢を求めて訪れる世界の一角の店だった。そして彼女はそこではそれなりに名が知られたポルノ女優であった。その体にはとある特別な能力を持っていたためだ。だがそれをここで語るのは些か話がそれる。

 重要であることは、彼女が十代半ばごろになった時のこと。それこそ運命を大きく変えるきっかけとなるっ出来事が起きたのだった。彼女は一度“死んだ”、“殺された”のだ。無抵抗の彼女を殺したのはそれこそ彼女を守るはずの、そして彼女が守ってくれると信じていた(シェル)そのものだった。

 

“ルールを破った子がどうなるか、解っているな? ■■■■? ”

 

 それが一度目の死の直前に聞いた言葉。自分を外界から守ってくれると、愛をくれると甘く囁いてきた声が、自分をはきだめよりもはるかに悪い地上から、天国(マルドゥック)へと延びる階段へ引き上げてくれた賭博師(ギャンブラー)の声が、そう自分に言った。少女を咎めるように、これから自分がやろうとすることにおびえるように、そしてわけのわからない恐怖をにじませて。

 

“わかるか? ブルーダイヤだ。それが答えなんだ”

 

 漢の手によって閉じるリムジンのドア。去っていく男。そして彼女の体を包んだのはリムジンのエンジン爆発による圧倒的な熱量による死の感覚だけだった。

 しかし彼女は最後の瞬間、確かに声を発したのだ。それは彼女が自分を支配してくるあらゆる脅威に従いながらも、けっして腐らせることなく保ち続けていた意志の表れだった。

 

「死にたくない」

 

 その決断が、最初の一歩だった。

 

 

 

       ●

 

 

 

 

 

 冬木の闇夜に満月がこうこうと光りを放ち、空にぽっかりと浮かんでいた。それこそまんまるに膨らんだ卵の様に。その満月にはきちんと内包する意味があった。魔術的な側面から見て、月の満ち欠けは大きなファクターとなりうる。地脈はそれに合わせて流れる魔力が微妙に異なるし、魔力を持った生物はそういった月や天体の影響を受けるものが数え切れないほどいる。

 また、中世ヨーロッパの医療―――と呼べるかはともかくとして、月というのは人を惑わせるものと定義された。英語では狂っていることを様々に表現するが殊に精神的に狂っていることをこういうのだ、“Lunatic”と。

ルナティック。分解するとLuna、すなわち月だ。月は人を惑わす。そして精神的な発狂は月にこそ原因があるのだと考えられた。月の満ち欠けの周期で人は狂うのだと。そう考えてしまうのも仕方がないだろう。闇に満ちる夜中にたった一つそれに浮かんで光を放つ月は、恐ろしいとも、神秘的とも、様々にとらえられるのだから。

 そして、冬木の地の一角。霊地と呼ばれる、魔力が満ちやすい雑木林に囲まれた場所に、血による不可解にして不可思議な召喚陣が描かれており、そのそばには深い緑色の服を着た青年が立っていた。彼は荒い息を突きながら目の前にある殺した鶏の血で描かれた召喚陣の中央に立つ、一人の人物へと視線を釘づけにしていた。

 

「女…………だと? 」

 

 バカな、とウェイバー・ベルベットは無意識に声を漏らしていた。呪文の詠唱により呼び出す英霊を変化させる“聖遺物”には、ウェイバーが自分の教師であるケイネスから奪った“征服王のマントの切れ端”を使ったのだ。これならばほぼ間違いなく征服王が呼ばれるはずだった。

 ウェイバーが、というか聖遺物を取り寄せたケイネスが狙っていたのは東へとひたすらに征服を行いその名をはせたイスカンダルだ。ほかの地域で、この日本でなじみ深い呼び名ではアレキサンダー大王。知名度的にも、そしてその伝説からもケイネスが選んだことからもおそらく最強だろうと踏んでいたウェイバーは、目の前に現れた少女に驚きを隠せない。

 

(ドレス……? )

 

 そしてその女性、いや少女がその体に纏っているのは、端的に言ってドレスだった。しかもそれはまるで全身水着の様にタイトに体を締め付ける、真っ白なものだった。まるで花嫁をだれにも渡すまいと気がおかしな花婿がそれを態々選んだかのように。確かにそれは完ぺきに彼女の体を覆っていた。一部の隙もなく。オンリーワンの、選び抜かれたドレスだ。

 どう考えても、イスカンダルではない。では、何者だ? やっとそこまでウェイバーの思考が至りついた時、少女姿のサーヴァントはこちらを見た。

 

---あなたが、私のマスター?

 

 そして口を開かず(・・・・・)に声を発した。ただのど元に手を当てただけであるが、女性の声がウェイバーの耳に届いた。

 

「うわっ! ? 」

 

 呆然としていたが、我に返ったウェイバーはなんとも奇妙の声を上げ、そのまま地面へとへたり込んだ。魔術師が嫌う機械類を使いこなすウェイバーすらも、これが今目の前の現象が英霊の力によるものだというのを抜きにして度肝を抜かれた・

 

---どうしたの?

 

サーヴァント―――非常に認めたくないところだがどうやら自分が呼びだしたらしい

少女は眉をひそめて、こちらを覗き込んでくる。

 

「んんなななななんで、しゃべってるんだよ! 口を閉じたまましゃべるなんて大道芸かよ! ? それになんでドレスなんだよ! ? 英霊は最も力のある姿が呼ばれるっていうけど、なんでドレスだよ! それにイスカンダルが女だって聞いてないぞ! アレか! 男色説があったけどその真実はこれなのかよ! そもそもも、おまえは誰なんだー! 」

 

 ウェイバーの人生で、最も長いつっこみが、終わった。おそらく本来の歴史においてもここまで長い突っ込みは不可能だっただろう。ここにギネスの審査員が言ないことが非常に悔やまれる。『世界一長いつっこみを一呼吸で入れた人:ウェイバー・ベルベット』という具合に。ある意味聖杯戦争などしなくても時計塔連中を見返せそうである。

 閑話休題。

 長いセリフを一気に言い終えて、ゼエゼエと肩で息をするウェイバーに対し、サーヴァントの少女はしばらく迷った後、静かにこう言った。

 

---ごめんなさい、私はしゃべることができないの。だから喉元にあるこれを使ってしゃべるの』

 

 そうして、首にあるチョーカーをウェイバーへと見せた。クリスタルの中に金色のネズミがウインクしている絵が見える、小さなものだったが、それは明らかに現代の技術で作られたものではない。

 

---驚かせたなら、ごめんなさい

 

 静かな、しかししっかりとわびる声に、ウェイバーのヘタレ魂はどこかへと消えたようだ。その証拠に彼女に対しウェイバーはもたつくこともなく、しっかりとした言葉を放った。

 

「い……いいんだ、僕の方こそいきなり怒鳴ったりしてすまなかった。だって目的とは別の英霊が急に呼ばれたんだから、僕の方も冷静さを欠いていたんだ」

 

 それに、と息を入れなおす。

 

「なんだか気味が僕が怒鳴っちゃったときにびくってしてたみたいだったからひょっとしてそういうのが苦手だと思うんだけど……そうだったら僕の方が本当に悪かったよ」

 

 なんとまあ、ナンパの手管の一部を流用したような物言いだ。しかしそれでもウェイバーは目の前のサーヴァントへと最初の問いを投げかけた。

 

「じゃあ、君の真名、教えてくれるかな? 」

 

 

 

  ●

 

 

 

 他方、サーヴァントたる少女もまた、目には見えぬ相棒と会話していた。

 

《大丈夫だ、どうやらマスターはは召喚された我々に驚いて混乱していただけのようだ》

――イスカンダル……あの征服王を呼び出すつもりだったって言っていたけど?

《ふむ、君の後ろにある布の切れ端をどうやら触媒にしたようだが……見かけは古いがおそらくレプリカか何かだろう。当然のことだが効果はない。大方、保管先の係員が送るときに間違ってしまったのかもしれない》

―――私のことを話しても、大丈夫だと思う?

《そこはこれから判断すべき段階だ。既にマスターが我々の持つ宝具の効果がかかっていることも含めて考えれば、ゆっくり話し合って行く必要がある。だからこそまずは……》

―――私の名前、ね。

 

 マスターの態度に安心した少女は改めてマスターへと向き直る。すくなくとも、目の前にいるマスターは自分の相棒と同じように、自分としっかり話をしていくタイプだと判断したし、相棒もそれを肯定してくれた。

 ひ弱そうに見えるが、その目に宿る医師はライダーにもきちんと伝わってくるものがある。

 

《俺たちは良いマスターと出会えたようだ、バロット。いやライダー》

――私も、そう信じたい。あなたみたいだもの。

《何処が? 》

――私を一人の人間と見てみてくれるもの。初めて私と会った時みたいに。

 

つい、言ってしまう。からかうような感じで。

 

――妬ける? ウフコック。

《そうだな……そういう自覚症状はない》

 

まるで、何かを気にするようにゆっくりと言うウフコック。

 

《ともかく、だ。ライダー。彼が我々を選択したことは委任事件捜査官としては絶対の仕事だ。09(オーナイン)を選んだことが彼を良い方向に導ければいいな》

――あなたに頼るかもしれないけど、いい?

《その通りだ、俺は君に使ってもらって初めて存在が許される。俺は君に俺自身を預けたい》

 

 きっぱりと言い切るウフコックに、ライダーは手を軽く握ることで返事とし、青年の方へと歩いて行った。

 

 

 

        ●

 

 

 

 第四次聖杯戦争に本来呼ばれなかったはずのサーヴァントの召喚された。これが一体どのような運命を紡ぐのかは、まだだれも知ることはできなかった。

 白の少女と金色のネズミ、そして青年のコンビは、闘争へと身を投じた。

 

 

 

 

 




 第一章の改訂版の投稿を開始します。これに続いて投稿を行っていきます。


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Fate/ZERO-NINE 1-1

 改訂第二話です。


 ウェイバー・ベルベットは、時計塔の一介の生徒にすぎず、また彼の講師のケイネス・エルメロイ・アーチボルトが述べたように、魔術師というのは血と技術を蓄積していくことで、その能力を磨き上げていく。つまりその家の歴史が実力に現れるといっていい。例外はもちろん存在するが、そんなのは百年に一度現れるかどうかだ。

 その例外ではなく、まだ魔術師の三代目であるウェイバーは、魔術刻印も魔術回路もお世辞に言っても立派とは言い難い。小柄な体に備わる体力も少なく、召喚の後に暗示によって潜伏している家につくなり、眠ってしまった。

 

――家の周りは見張っておくから安心して、ウェイバー。

 

 召喚したサーヴァント、本人の言ではライダーとのことだが、頼りなさげな少女にそう言われても安心しにくいが、疲れていたウェイバーにはそれはありがたかった。

 

「あ、ありがとう…………明日いろいろ聞きたいことがあるからな、ライダー」

 

 ふかふかのベットが異常なほどありがたい、後先考えるのはしばらく後にしようと、ウェイバーは倒れた。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 霊体化した状態のライダーことバロットは、しかしマスターが眠りにつくなり、すぐに霊体化を解除してブラインドをめくり外をうかがう。すでに聖杯戦争は始まっており、いつウェイバーの命が狙われてもおかしくない。かつて暗殺者に狙われた経験があるライダーが警戒するのも当然のことだった。

 

――いやな気配がする。

「ああ。どうやらすでに我々を探すサーヴァントがここにいるようだな」

――この気配は……アサシン?

「この独特のにおいは暗殺者特有だろう。目的意識を意識的に封じている。だが……どうやらこちらに気がついているそぶりはないようだ。何らかの偵察か、はたまた召喚を何らかの方法で探知した、斥候だ」

 

 ウフコックの言に、ライダーは手にしていた拳銃をそっと下ろす。そして目を閉じて深く息を吸い、意識を宙へと、外にいるであろうサーヴァントへと飛ばす。

 

――いた。

 

 アサシンが固有スキルとして持つ“気配遮断”を、何のろうなく看破したライダー。これこそ彼女自身を覆う、代謝性の金属繊維製の皮膚が、英霊となって宝具となったもの。その名も電子の殻(スナーク・シェル)

 元々は無重力空間での素早い白兵戦のための宇宙服に使われる素材だったが、それが戦後に禁じらた。今はその転用でライダーの皮膚を覆っている。体感覚・体組織の加速装置、電子的干渉能力、高い身体能力をライダーへともたらし、副次作用として物体の立体知覚能力を与えている。さらには宝具となったことで魔術や魔術用品に対する操作能力もえており、小柄なライダーが戦うのに十分な力を有している。

 薄く光を放ちながら、皮膚はライダーへと情報を伝えて来る。

 

「こちらに目的意識が向けられているにおいはない、今はやり過ごそう」

――うまくいくかしら?

「なにもなければいいと思うよ?」

――煮え切らない人、だから半熟卵(ウフコック)って呼ばれるのに。

 

 するとライダーの手の中で、ウフコックが肩をすくめるようすがライダーには感じとることができた。するとライダーの持つ拳銃の一部がグニャリと歪み、そこから手のひらに収まりそうな何かが飛び出し、テーブルへと降り立った。

 ネズミだ。金色の、ほとんど全身がうすく発光する金色の眩い存在。紅い眼があたりを見渡し、赤いシャツに青いつなぎを着ていて、そしてごく当たり前のように二本足で立っていた。

 これこそ、いや彼こそがライダーの最大の武器にして宝具であり、そして生前のかけがえのないパートナーであったウフコック・ペンティーノ。今はライダーの宝具として存在しており、その名を“金の卵(ブリオン)”。見た目こそネズミだが、その正体は禁じられた科学技術を使って作られた、最強の白兵戦用万能道具存在(ユニバーサルアイテム)だ。体内にはいくつもの亜空間があり、そこに貯蔵してある無限ともいえる物質を表に出すことで、ありとあらゆる道具に変化(ターン)する。それらはEランク相当の宝具であり、ライダーが扱い慣れたものならDランクまで上がる。もちろん本来の機能も残っている。

 そして何よりも、類稀なのは人間の魂をかぎ取る力だ。ネズミは嗅覚で感情を理解する。それは宝具となったことでより強化され、“気配察知”に相当する力を持つ。生前担当した委任事件の中で、ウフコックはこれを活用して犯罪者を見つけたり、有力な証拠を発見していった。変身能力と合わせ文字通り潜入捜査を行うのがウフコックの役割だった。

 テーブルに立って、鼻を動かしていたが、ややあってライダーを見上げた。

 

「宝具の使用はマスターの意思を尊重すべきだが、今はこれをつけて置くのがいいと思う」

 

 体表の一部がくるりとターンし、ブレスレットを吐きだした。

 

「魔力殺しだ。よほど注意されなければ我々を隠してくれる。君とウェイバーの分だ。いつも身につけてくれ」

――ありがとう。

 

 それをウェイバーの手首へとまきつけたライダーは、自分の分も。しばらくしてアサシンが民家を屋根を飛び越えて何処かへ遠ざかっていくのがライダーには感覚された。

 

――行ったみたい。

「なにもなかったな、俺の予想通りだ」

 

 渋い笑みを見せた、しかし眠そうにあくびをしたウフコックは、ウェイバーの枕の傍にごろりと横になった。

 

「しかし、何か不穏ににおいがするな」

――どうして?

「なんだとは言えないが……この冬木に満ちている空気中の魔力が良く分からないにおいがする。聖杯に満ちる魔力は無色のはずだがどうにもよく分からない……」

 

 鼻をスンスンと動かしている相棒をよそにライダーは肩をすくめて、部屋のやや硬いソファに浅く腰かける。膝を抱えて拳銃は床に置き、静かに目を閉じた。

 

「他のサーヴァントもおそらく現界しているだろう、俺が今夜は見張ろう。霊体化して魔力と体力を温存した方がいい」

――うん、おやすみウフコック。

 

 しばらくしてライダーは霊体化して消え、残ったのは金色のネズミだけだった。

 

「しかし……戦争の始まる時もこんな気分だったのか、ボイルド」

 

 かつての使い手である人物の名を呟いたウフコックは、より周囲を警戒すべく、自慢の鼻をスンスン動かした。

 

 

 

  ●

 

 

 

 ドイツにて最良のサーヴァントと称されるセイバーを召喚した『魔術師殺し』衛宮切嗣と、彼の妻でありホムンクルスのアイリスフィール・フォン・アインツベルンはは冬木の地にはそれぞれが別ルートで入り、本来のマスターの切嗣の策によってマスターではないアイリスフィールをいわばおとりとして他のマスターを欺く戦略をとっていた。

 魔術師殺しと謳われる切嗣の最大の武器はいくつもある。

 例えばその冷酷性。対象を抹殺するためならば、魔術師らしからぬ手法――狙撃、毒殺、公衆の面前での爆殺などをためらいなく使う。しかもそれを入念の準備と調査によって確実に実行する。そまた対象に何のためらいもなくトリガーを引く非人間性も備える。彼が身につける魔術も、彼の切り札である魔術礼装も、挙句に彼の助手である久宇舞弥すらも、その延長線上に存在するものでしかなかったのだ。むしろ衛宮切嗣のパーツといってもいい。

 しかし、彼にも弱点は存在する。彼は魔術師に対する手法にかけてならば、魔術協会の代行者にも劣らないプロフェッショナルだ。それは逆の言い方をすると、魔術師らしからぬ魔術師とではその能力を十全に発揮することができないというもの。

 切嗣の抱く魔術師のイメージとは、自身が使うような機械や銃火器など、現代の英知が詰まった道具を忌み嫌い、それの力を疑がっているという点に集約される。故に、彼はアインツベルンの人間を前々から冬木に配置させ、霊地や魔術師の工房などを設置できる場所、あるいは潜伏先や避難のための場所として使える場所を調べ上げていたのだ。或いは助手の舞弥に監視カメラなどを御三家の住宅地周辺に用意させた。

 結果配下のようになった。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが、すなわち最も相手としては楽な相手はとあるホテルの最上階に工房を構えていることを突き止めた。

 遠坂邸は他のマスターが放った使い魔が多くいたが、屋敷を覆う結界は思いのほか緩かった。そして侵入しようとしたアサシンが遠坂当主が召喚したアーチャーとおぼしきサーヴァントに一瞬で倒された。

 間桐邸は、衰退した栄光を象徴するように、暗く、魔術による警戒は薄く、またマスターとおぼしき人間も無警戒だった。

 まだ見ぬマスターは残り二人。おそらく、召喚に適した満月の夜にすでに召喚されたと推測される。しかし事前に目をつけていた工房設置の可能性のある場所に魔術師の気配はない。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 切嗣は、とあるホテルの一室でそれらの報告を聞いていた。

 

「……以上です」

 

 切嗣は舞弥の報告を頭の中で反復する。そして生まれたのは至極単純なものだ。

 

「……なるほど、これはおかしいな」

「はい」

 

 違和感。それが二人の共通認識だ。特に違和感を感じるのは遠坂邸での戦闘についてだ。アサシンはステータスは高くはないサーヴァントでありながら他のサーヴァントに圧倒的に有利である理由が存在する。それは気配遮断スキルによる、マスターを狙った戦法だ。あくまで他のサーヴァントから見て能力は低い、しかし現代の人々にとってその能力は脅威となる。現代の人間や魔術師にとっては及びもしないし、さらにはアサシンが持つ気配遮断スキルは戦闘態勢にならなければ高確率で察知されることはなく、襲われる直前までは特殊なスキルでもない限り察知は不可能だ。

 

「アサシンが侵入してから迎撃までの時間が短すぎます。またアサシンは遠坂邸に張られた結界を抜けたものの、工房はおろか屋内へも侵入できずに迎撃されています」

「まるで子のサーヴァントはアサシンが侵入してくることを分かっていたかのように行動し、千手まで取って迎撃した……」

「最初から知っていたということ以外に考えにくいです」

「だとするなら、この言峰綺礼と遠坂時臣はグルとみた方が当然だな……二人の行動は?」

「アサシンが消滅後、マスターは冬木教会に行き、監督役の保護下に入りました」

 

 しかし、あまりにもあっけがなさすぎる上に、切嗣が抱いたアサシンのマスターのイメージとはあまりにかけ離れた行動だった。アサシンが他のサーヴァントとまともにやり合って勝てる可能性はほぼゼロだ。にもかかわらず、令呪を使うなりしてアサシンを呼び戻さず、見捨てたかのように犠牲にした。

 

(間違いなくアサシンはまだ生きている……)

 

 そのように、切嗣は結論付けた。一体どんな方法を使っているのかは不明だ。しかしそんな事よりもその事実だけが重要だ。だから、思考回路は一つの手段を導き出す。

 

「舞弥、教会の領域ぎりぎりに使い魔を放て。監督役と遠坂がグルなら何らかの動きがあるはずだ」

「中立地帯である教会への干渉は参加者には許されていませんが?」

「あくまで教会の外であればいい。見つかったとしても近くを通っただけと思われるだろう」

 

 着々と打てる手は機械の様に打つ、冷たい顔の下に何を思うかは、当人のみぞ知るところであった。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 翌日、朝食を終えたウェイバーは疲れが残っていた体を無理に動かすことはなく、すぐにマッケンジー宅の自室へと引っ込んだ。昨日はできなかった自分のサーヴァントであるライダーのステータス確認と、今後の戦略について話し合うためだ。

 しかし、悲鳴を上げそうな脳みそを何とか働かせながらライダーとの話し合いに臨んだウェイバーは、一番最初に予想外の事実を突きつけられた。

 

「未来の……英霊だって?」

――聖杯からの知識だと、私の世代から見て百年とか二百年は昔の世界。だって電化製品が見たこともないくらい旧式だもの。

 

 ライダーの言だ。曰く、空中を浮かんで走ることができる重力素を持ちいた高級車どころか、ライダーのいた世界ではガソリン車よりワンランク上の水素エンジン車も、電動カーすらなかったのだから、とのこと。ウェイバーは混乱を極めた。

 正体について全く思い当たる英霊がいなかったウェイバーにとっては衝撃なことだった。また同時に納得もいった。ライダーのステータス値が知名度による補正を受けていないと感じたのだ。

 

筋力:D  敏捷:B

耐久:D+ 幸運:A+

魔力:C+ 宝具:B+

 

 ライダーのステータスは総じて低い。女性であることも高くはないステータスに拍車をかけている。これは少し楽観視できないなと判断したウェイバーは続いて宝具について教えてくれるように頼んだ。

 するとライダーは手を胸のあたりに持ち上げ、首元のチョーカーから電子音声を放った。

 

――ウフコック。

 

 するとライダーの手を覆っていた黒い革手袋の一部がひっくり返り、金色のネズミを吐き出した。

 

「おはよう、マスター。男性はネズミを嫌いにならないという俺の一般常識はあっているかな?」

「ネズミが……しゃべった?」

「ああ、そうまで驚かないでくれ。バロットと会った時にも話せなかった……というかバロットはしゃべれなかったかな?まあ、今はいいだろう」

 

 さて、とウフコックは前置きをした。ウェイバーへと優雅に一礼して自己紹介をした。

 

「はじめまして、俺の名はウフコック・ペンティーノ。マルドゥック(シティー)がマルドゥック・スクランブル-09として定める委任事件捜査官だ。れっきとしたライセンスの持ち主だ。最も法務局は俺のことを人間だと思っているがね。そして今は君のサーヴァントであるライダーの宝具の“金の卵(ブリオン)”だ」

 

 すらすらとしゃべるネズミ、ウフコックを思わずウェイバーは手に乗せた。

 

「ほ、本当に生きてる。すごいぞ……ケイネスのやつの魔術礼装だって目じゃない!」

「気にいってくれたかなマスター?この服は俺のデータベースにインプットされている八万を超えるズボンと十万を超える上着とシャツの中から厳選したものだ」

――ウフコック。

 

 とがめるような相棒に、ネズミは肩をすくめる。

 

「そうだったな。さて、見てくれたように俺がライダーの武器となる。俺は禁じられた科学技術によって、ただのネズミを生体ユニットとして最強の白兵戦用の兵器として作られた。俺の体内はいくつもの次元に分かれている。そこからあらゆる物質を表に出して変身するんだ」

「体内に……別次元だって?」

 

 魔法だと、とっさにウェイバーは叫びそうになってしまった。魔術がいかなる手段でもたどり着けない領域に踏み込んだ奇跡、もちろん科学の力でも不可能な神秘。それが『魔法』。逆に言えば科学の力で造れたならば、それはいつか魔術を使って再現可能ということだ。現存するのはわずかに五つか六つで、使い手も五人ほどしかいない。しかしウェイバーは頭を振ってそれを頭から振り払う。今重要なのはそんなことではない。

 

「俺は数ある被検体でも偶然生まれたオンリーワンの存在だ。話は戻るが、俺は宝具となったことで変身(ターン)した武器が全てDランクからEランク宝具となる。他にもバロットの持つ宝具の効果も増強し、マスターの安全も守る。これが俺の価値だな」

「ってことは武器になれば、どんな宝具にもなるのか!?」

「あくまで武器と言う括りの中でだな。いざとなれば俺は乗り物にも変身可能だが、それはマスターへの魔力要求が大きくなる」

 

 興奮するウェイバーにウフコックはあくまで冷静に語る。自分を過信されては、マスター自身に害が及ぶのだから。

 

「さて次にライダー自身の宝具だ。彼女は被創造物の俺とは違い禁じられた科学技術によって命を救われたんだ」

――私の宝具は、これ。

「皮膚……か?」

 

 ライダーは卵の様に白い肌をそっとなでる。すると表面をわずかに青白い光が走る。それを見たウェイバーは目を白黒させたまま、呟くように問う。

 

「電気が流れたように見えたけど……何だそれ」

「彼女はな、かつて全身に重度のやけどを負ったんだ。その皮膚が彼女の命を取り留め、また、彼女の安全を守るための抵抗力だ」

 

 ウェイバーはマスターへと与えられる能力であるステータス透視を以て、その宝具について確認した。

 

電子の殻(スナーク・シェル)、代謝性の金属繊維の皮膚。つまりは生きている金属で作られた皮膚だ。電気製品や判定次第では魔術にすら干渉する。彼女はありとあらゆるものへのリモートコントローラーなんだ」

「これも科学技術で作られたのか?」

「まあ、そういうことになる。もとは宇宙空間での白兵戦を想定していた宇宙服の素材なんだが、紆余曲折を経たのでな」

 

 さて、と前置きをしたウフコックは、マスターであるウェイバーを見上げる。

 

「俺たちのステータスやスキルは理解してもらえたかな?」

「ああ……」

 

 ウェイバーは自分の召喚したサーヴァントの特徴をはっきりと認識した。

 

「直接戦闘には不向きなんだな」

 

 ライダークラスに分類はされているが、他のサーヴァントからすれば見劣りするステータスと宝具だろう。

 申し訳なさそうに身を小さくするライダーを、しかしウェイバーは責めることはできなかった。サーヴァントは一体しか召喚できないし、自分にはサーヴァントを複数使役するほど魔力があるわけではない。

 だが、がっかりした感は否めないものだ。なぜ征服王が呼ばれなかったのかはわからないが得られたかもしれない戦力からはレベルが違うだろう。

 それを見て取ったのかウフコックはライダーの手の中でウェイバーを呼んだ。

 

「だが、俺たちの価値はほかのサーヴァントとは違うところにある。ほかのサーヴァントが取れない戦略で、この戦争を勝ち抜いて見せよう」

 

 手を腰のあたりにあてて胸を張るネズミをウェイバーはまじまじと見つめた。違う戦略という言葉は、自分が全く未知の力を持つライダーの宝具(相棒)であるために、妙な説得力を持っていた。

 

「よろしく頼むぞ、マスター」

 

 ともかく、このサーヴァントにかけるしかないとウェイバーは腹をくくった。いつ戦端が開かれるかわからない以上、できることはしておかなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 

 冬木の港。その片隅には貨物船に乗せる巨大なコンテナが並んでいた。のっぺりとした印象を持つそこには海からの潮風に吹かれるが、しっかりと施された錆の防止材はコンテナを守っていた。すっかり夜も更け、すでに働く労働者(ワーカー)の姿は消え、青白いライトと白熱灯の光によってわずかに照らされている。人間にとって十数メートル程の視界は間違いなく確保されていた。しかしそんな視界も英霊にとっては問題ない。

 そして電灯に照らされたやや開けた場所に、人の姿があった。

 

「良くぞ来た。今日一日街を練り歩くもどいつもこいつも穴熊を決め込む腰抜けばかり。俺の誘いに応じた猛者はお前だけだ」

 

 不敵に笑うのは深い緑色をしたボディスーツと鎧の様な物をきた、眉目秀麗な男だった。手には二本の槍を手にしている。どちらも呪符によってぐるぐる巻きにされており、見た目ではその正体は測れなかった。

 

「その清澄な闘気……セイバーとお見受けしたが、如何に?」

 

 その問いに、黒いスーツを着た少女 セイバーは、全く隙のない礼を返し同じように問う。

 

「その通りだ。そういうお前はランサーに相違ないか?」

「いかにも。……フン、これから死合おうという相手と尋常に名乗りを交わすこともままならぬとは。興の乗らぬ縛りがあったものだ」

 

 聖杯戦争独特とも言える、真名の秘匿。使い魔・召喚物としては最高ランクに当たるサーヴァントは、過去未来の英霊や豪傑たちだ。誰もが伝説や逸話を持ち、後の代の信仰を集めている。しかし、それらはサーヴァントを縛るものでもある。すなわち、逸話が彼らの弱点となる。

 例えば、クランの猛犬“クー・フーリン”。彼はケルト神話の槍兵で、間違いなくランサーとして召喚されてもおかしくない豪傑だ。ルーン文字に通じ、なによりその愛用の魔槍“ゲイ・ボルグ”は有名だ。

 しかし彼は、自身のゲッシュである「犬を食べない」と「目下の者から勧められた食事を断らない」の二つの矛盾により受けた呪いで死んでしまった。これは十分に弱点だ。例えば、食事に毒が盛られていると解っても、それをゲッシュによって断ることは決してできない。

 他の英霊にもこれは通じ、一般に真名が露見するのは避けるべき失態だ。故に、彼らは自身や相手をクラス名で呼ぶ。

 

「それでは……いざ」

 

 二本の槍を構えたランサーに対して、セイバーは自身の装備を呼び出す。激しい風のうねりがセイバーの体を包み、倉庫街を揺らす。それが収まった時にはセイバーはドレスのような鎧に身を固めていた。臨戦態勢となり、手に見えない何かを構えた。

 セイバーのマスター―――に見せかけられた―――アイリスフィールは二騎のサーヴァントから距離をとり、セイバーを激励する。

 

「セイバー、この私に、勝利を!」

「はい。必ずや」

 

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 

 そうした一方で、すでに動き出していたものがいた。

 

『動いたか……においから察すると、これはランサーとセイバー……三大騎士クラスの二つがいきなり激突か』

「こっからじゃ見えないねぇ……やっぱ、あのケイネスって野郎の使った人払いの術かい?」

『間違いないな、すでに戦闘の音がしている筈だが、そっちでは聞こえていないだろう?』

 

 遠くからはここの光景は見えないだろうし、港のはずれに止まっている車などに注意を払う者などいない中、こそこそと動く人影があった。携帯電話を手に、双眼鏡を覗き込むのは、カオス理論にもとずいてまだらに髪を染めた珍妙な恰好な男だった。彼の名はドクター・イースター。ライダーの呼びだした、擬似サーヴァントだ。

 もともと魔術はおろか神秘という概念が、発達した科学技術によってすたれていたライダーの時代。ライダーには召喚師(サモナー)の能力はなかった。しかし、ライダーの宝具がそれを可能としていた。

 宝具“緊急特例法案(マルドゥックスクランブル)”。元々は“禁じられた科学技術”が作られたマルドゥック・シティーで、その技術の取り扱いを定めた法律。“三博士”の一人と戦後の政府が制定したものだが、英霊となったライダーの宝具となっている。その効果はけんっ罪で、今はライダーの要請によってドクター・イースターを呼び出していた。

 魔術師としてはまだレベルが低いウェイバーと、直接戦闘や全体的なステータスが低いライダー。それをカバーするにはまず人手が必要だった。少しでも多くの情報とバックアップによってライダーが有利な状況を作ることが、ウェイバーたちには求められていた。そこで宝具の力で召喚したのがドクターだ。

 冬木の町にいる時点から尾行していたドクターは、こうして逐一状況をライダーへと伝えていた。サーヴァントとしては最低ランクと言えど、サーヴァントとしての気配や魔力をほとんど発することなく、単独行動スキルをもつドクターはこういった偵察にも向いていた。

 手にした双眼鏡は温度式や赤外線などでも切り替えることができる便利なものだが、ドクターの目にはほとんど倉庫街の中央部は見通せなかった。それは隣にいるウェイバーもまた同じだった。

 

「ああ、遮音効果だけじゃなく光学迷彩も働いてる。やり手だね、ウェイバーの行っていた『エリート講師』は伊達じゃないね」

 

 うなったウフコックは、しばらく沈黙を守る。

 

「ところで……ウェイバーをつけていたアサシンがいたってことはさ、そっちを見張ってるやつもいるんじゃないか?」

『……確かに、少なくとも三体のアサシンらしきにおいがする。血と毒薬のにおい、目的意識を感じる。ライダー』

「おいおい……」

 

 手をひらひらさせながらドクターは不敵に笑う。

 

「回りくどい言い方はよせよ。ライダーが介入する必要はないし、ウェイバーとの基本的な戦略は同意しているだろう? なら、僕の周りにも来るかもしれないアサシンを片づけてくれよ」

『了解した。ドクターは地下の下水の方に行ってくれ。何やら蟲と血のにおいが満ちている。おそらく、間桐の魔術師だ』

「了解。行こうか、ウェイバー」

「よ、よし。行くぞ」

 

 コートを着込んだウェイバーはドクターと一緒に赤いオープンカーへと乗り込んだ。中流階級(チープブランチ)で収入に余裕があれば数台保有できるガソリン車がエンジン音をたて、倉庫街の北側へと滑るように向かう。

 

「さて、他のサーヴァントもそろそろ動いている筈だけど……どうなるかな?」

 

 遠くに瞬く街の光は、マルドゥックシティーを彷彿させるような、薄ぼんやりとした怠惰と虚栄(シェル)の光に、よく似ていた。

 そんな街を背景に、三大騎士クラスの二騎が激突しようとしていた。

 

 

 




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Fate/ZERO-NINE 1-2

 改訂版第三話です。あと二つですね。


「これは……?」

 

 冬木教会の地下室。本来はサーヴァントを失ったマスターを保護するべきところに、言峰綺礼の姿があった。彼の右手には令中が三画とも残っていた。すなわち、聖杯戦争に参加したマスターとしての権利と、彼のサーヴァントは生き残っていた。

 今彼は倉庫街で行われている戦闘の様子を、港のガントリークレーンの上に潜んでいるアサシンと視界をリンクさせ、戦況を見守り、それを逐次目の前のレコーダーの形をした通信用の魔術礼装を通じて、遠坂時臣に伝えていた。しかし彼は機械的に中継しつつも、一つの違和感を感じ取っていた。減っていたのだ、アサシンの数が。冬木のあちらこちらに配置させていたアサシンの内、比較的近い場所にいたアサシンに指示を出し、多角的に戦場を俯瞰していた。だが、一体、また一体と何者かに倒されていた。

 

 

  ●

 

 

ブシュウゥッ!

 

 結果から言えば、セイバーの乾坤一擲の攻撃は失敗だった。剣を覆い隠す風の結界をブーストに利用し、身を守る鎧を捨てたうえでの攻撃はランサーの予想の範疇であった。地面へと隠され、ランサーの足が蹴り上げたことで姿をさらしたもう一方の槍、セイバーが宝具ではないと意識をやっていなかった黄色の槍は、セイバーの左手首をかすめ、出血たらしめた。

 

「っ……!」

 

 しかし、とっさの判断として、剣を振り抜くために動かしていた筋肉を強引にねじって槍の軌道からずらし、手首を切り落とされることは避けた。そのまま身を飛ばして距離をとると、ランサーの動きをけん制しながらも姿勢を整えた。

 

「アイリスフィール!」

 

 セイバーはマスターたるホムンクルスへと呼びかける。アインツベルンが特化するのは錬金術。それはかつての栄光が示すように人間の魂や肉体にまで派生・分岐する術であり、当然のことながらアイリスフィールは治癒魔術を得意としていた。しかし、

 

「アイリスフィール?」

 

 治癒が、起きない。数分前、彼女のわき腹をかすめた一撃が瞬く間に治癒されたのとは違い、その気配も起きなかった。

 

 「おかしいのセイバー!確かに治癒は聞いている筈なのに……どうして」

 

 混乱するアイリスフィールをよそに、セイバーの戦士としての頭は、すでにその原因をつかみかけていた。またランサーの真名についても、思い当たるものがあった。

 紅い槍はこちらの魔力で編んだ鎧を貫通し、黄色の槍は受けた傷が治癒されない。

 顔は眉目秀麗で、泣きほくろの様にある、魅了(チャーム)の呪を帯びた黒子。それらから導き出されるランサーの真名は一つしかなかった。

 

 

 

 

  ●

 

 

―――フィオナ騎士団の、ディルムッド・オディナ

「俺も同意見だな。おそらくあの槍は生前に愛用していた破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)だろう。ただ、ランサーとして呼ばれたからか、伝承にある大いなる激情(モラルタ)小なる激情(ベガルタ)は持っていないな」

 

 二槍二刀使い。極まって変則的な戦いをすることは想像に難くはない。

 

―――私の対魔力で、耐えきれる?あの黒子。

「……これは無理だな。なまじ君の対魔力はライダークラスの分しかない。ほぼ確実にやられる」

―――どうするの? アサシンはまだまだ集まって来ているけど。

「今はそちらを優先してたたこう。アサシンが分裂するとはいえ、おそらく限界が来るはずだ。ランサーに対してはドクターと通信しつつ、俺が考えておく」

―――うん、行きましょう。

 

 ライダーの両手に冷たい鋼鉄の塊が二つ現れ、撃鉄を起こす音が生じた。

 

 

 

  ●

 

 

 

 

『どうかしたのかね、綺礼?』

「いえ……」

 

 分裂しているとはいえ、ましてや気配遮断スキルを持つアサシンをこうにまで簡単に見つけ、尚且つ露見しないように仕留める。何者か、と、綺礼は彼にしては珍しく困惑していた。それを言葉には出さないようにしていたが、顔の筋肉が硬直するのは抑えるのは無理だった。

 困惑―――――

 本人も気がつかないうちに、綺礼の眉は深いしわを生み出していた。しかしそれもすぐに緩むこととなる。

 アサシンの視界に、そして五感に禍々しいまでの狂気とオーラが満ち始めたためだ。明らかにサーヴァント。そしてこのような特徴を持つのは唯一つだ。

 

「師よ、バーサーカーが」

『セイバーが不利だと判断したのか……さてどう出るかな』

 

 セイバーとランサーの戦場へと乱入したのは戦いに狂ったサーヴァントのクラス、バーサーカーだ。

 

 

   ●

 

 

 

「バーサーカー……」

「……」

 

 三体目のサーヴァントの出現。しかもそれがバーサーカー、狂戦士と来たものだから、その場の人間の表情は固い。本来は弱い英霊を狂わせることでステータスを強引にしろ向上させることで、他のサーヴァントと戦うことを可能とするクラスだ。

 反面、理性がないため複雑な思考ができなくなり、魔力の消費量が跳ね上がることも欠点だ。過去の聖杯戦争においても、大体が魔力切れでマスターともども脱落しているケースが多い。

 

「A……A……」

 

 禍々しい黒い鎧とそれを覆う黒の霧。かぶとの目の部分からは真っ赤にたぎる狂気の瞳が戦場を睨む。セイバーも、解除していた鎧を再び編んでまとい、ランサーも槍の切っ先を向ける。ある意味火がついたダイナマイトよりも危険な存在。うっかりマスターの制御を振りきればタダでは済まない。故に両者は一時中断した。ちらりと視線をかわし、ランサーの方が慎重に口火を切る。

 

「そこの狂戦士に告げる。今このセイバーとの先約がある、それに割り込むならば俺は貴様をこのセイバーとともに相手をするぞ」

 

 警告。ランサーの言葉はまさにそれだった。時代は違えど、フィオナ騎士団の騎士のひとりであったランサーとブリテンにその名を知られた騎士王。両者が信条とするのは『騎士道』。一対一の決闘を邪魔するなど、到底許せることではない。手を出してこないのはまだまだマスターが制御しているからなのか、わずかな理性で不利になると判断したせいなのか。

 

「a……a……」

 

 よろよろと、しかし手にした黒い棍棒の様な何かを構える。血の様に赤い、血管めいたものが表面を走り、どくどくと脈打つ。宝具か、とすぐにランサー、セイバーの間により緊張が走る。

 

「……セイバー、悪いが話が通じるとは思っていなかったとはいえ、いったん勝負は預けてもらうぞ」

 

 無言でセイバーもうなずく。この状況、自分が怪我をしているとはいえ、ランサーの力も借りればいかに凶暴なバーサーカーといえど、撃退などたやすいだろう。しかし、非情な声はどこからともなく届いた。

 

『何をしているランサー、セイバーを倒せ』

「しかし我が主!あのバーサーカーは……!」

『セイバーは手負い、しかもお前が倒しかけたものだ。バーサーカーと共闘してしまえば、いかに最優のサーヴァントであろうとたやすい』

 

 つまりは、ランサーのマスターが初戦に遅れたことを嫌い、最優のセイバーを倒したという事実を得たい……要するに名誉心に走ったのだ。口にこそ出さないがセイバーもランサーもその事実に気がついていた。ランサーに至っては歯ぎしりすらし、眉間がゆがむのを止められない。

 

『して、どうなのだランサー?』

「我が主よ……」

 

 言葉を無理やり絞り出すようなランサー。食いしばる歯の隙間からこぼれる言葉はどれほどの怒りをこらえているかを物語る。

 

「それはできません」

『ならば……令呪を以て命ずる、バーサーカーと共闘し、セイバーを殺せ』

「!?」

 

 令呪。それは英霊であるサーヴァント、すなわち使い魔の主であることを示すものであり、聖杯戦争への参加資格がある証でもあり、無色の魔術の塊でもある。

 しかし令呪の最大の目的はそれらとは別にある。自分のサーヴァントへの三回の絶対命令権だ。ランサーのようなタイプは例外として、英霊たるサーヴァントがまじめにマスターにしたがうとは限らない。故にマスターが一段上となる証であり手段が令呪だ。聖杯に招かれるサーヴァントは、前もって“令呪によって命じられたことに従う”という契約を結んでいるため、対魔力Aを誇るセイバーすら、抗えない絶対的な魔術的束縛。

 もちろん抗うことは可能だ。しかし完全に振りきることはできない。第二次聖杯戦争からあるシステムは、ここでもきちんと効力を発揮した。ランサーの体は、意思に反し動き出す。

 覚悟を決めたセイバーは剣を何とか構える。左手に力が入らないのは致命的だが引くわけにもいかない。

 

「……!?」

 

 だが、その時だった。

 セイバーの耳はどこからか聞こえる金属音を捉えた。そして、直感に従い体は意に反して後ろへの跳躍を選択していた。自分の選択が自分で理解できないのも奇妙な話だが、セイバーはこれでよいという確信を得た。

 そして、それ(・・)は唐突にその戦場へと現れた。

 

 ドゥッ!!!

 

 爆音とともに、バーサーカーの巨体はセイバーとランサーの戦闘によって荒れ果てていた路面へと叩きつけられる。金属らしきものとコンクリートがぶつかり悲鳴のような音を立て、バーサーカーの怒りの声と合わせて戦場にこだました。

 

「……何!?」

 

 ランサーはとっさの判断として跳躍していた。そしてそれは正しい判断であった。乱入者の右手に合った拳銃から二秒とかからず十を超える弾丸が針の穴を通すような精密さで発射された。

 

「はっ!」

 

 二槍を振るってはじくと、その反動で後方宙返りをして着地する。続く連射を受け止め、弾く。ランサーの手に来るのは金属をはじいた時の感触と振動。生きていたころにはなかった銃弾だということはすぐにわかる。着地とともに左右の槍を構えて防御をとると、今度はバーサーカーに先ほどと同じ爆圧じみた射撃がもう一度たたきこまれて、再び巨体が跳ぶ。

 

「な……」

 

 セイバーは茫然とそれを見ることしかできず、アイリスフィールに至っては気を失いそうなほどだ。カシャ、と弾倉を地面へと落とし、次の弾倉を再装填する音がした時には煙が晴れてそこにサーヴァントの姿があった。

 白。ドレスのような、拘束服。いや拘束服の様な、ドレス。

 ボディスーツの様にピッチリと体を覆うそれは非常に扇情的でもあり、ただの人間ではない事を如実に表していた。見た目は十代の少女。そして手には不釣り合いなほど巨大な銃が二丁、まだ銃口から煙を上げているのがよく分かる。

 

「貴様は……」

 

 剣を構えたセイバーに、少女は無言のままに両手の拳銃の先をランサーとバーサーカーへと向ける。自分に味方するのか? とセイバーは逡巡するが、直感に従い意識をランサーに向ける。これで2対2となった。

 

「感謝する」

 

 少女は目をしっかりと閉じたままだが、わずかに笑みを浮かべた。目を閉じたまま宙へと向けると、声を発した。

 

―――汚い手を平然と使うなんて、最低。

『な、なんだと貴様……!』

 

 呻くようなケイネスの声をライダーは無視して、鋭く警告を発するように声を放った。既にライダーは何重にも張られているケイネスの隠匿魔術を見破っていた。魔術に対する緩衝能力を持つ“電子の殻”は、その魔術を破れなくとも探知することはできた。いくらケイネスでも魔術を使用している痕跡まで排除することはできなかったようだ。

 さすがにサーヴァントと言えど年端もいかない少女にけなされたのが癪に障ったのか、ケイネスはここではちょっと言えない暴言を吐いた。

 

 

 

  ●

 

 

 

 身がすくんだ。衰えたと遅れて認識する。

 冬木のとあるホテルでアインツベルンから届けられた重火器を確認した時、自身の魔術礼装“起源弾”のトンプソン・コンテンダーを確認した。

 二秒―――弾丸を抜き次弾を装填までにかかった時間はそれくらいだ。

 常人からすれば早い。しかし彼からすれば、遅かった。アインツベルンへと婿養子となり、愛する妻や娘ができたことで、かつての“魔術師殺し”としての機能はここにきて不調を訴えていた。

 バカらしいと、切嗣はすぐに銃声がした方に暗視スコープを覗いたまま視線を巡らせると、そこには真っ白なドレスの様な服を着て、両手には巨大な拳銃が握っている。バーサーカーの足が地面を蹴ろうとしたその瞬間にその巨体をふっ飛ばした直後のためなのか、銃口からは煙が立ち上っていた。

 そして何より目立つのは両目をきっちりと閉じていることだ。

 

 ……なるほどな。

 

 マスターの能力の一つであるステータス透視の能力で、切嗣はランサーの『愛の黒子』のランクを知っていた。三大騎士クラスでなければ、生前の背景抜きでは聖杯から対魔力は与えられない。セイバーは対魔力がA。現代魔術を以てしては傷一つつかない。ランサーもそしておそらくアーチャーも、事前に渡された資料から過去のサーヴァントの中でも高い対魔力があった。

 しかし、それ以外となれば、しかも女性であり対魔力が低ければ、一体どうするのか。

 

 ……視界を封じて視界に入れない道をとったのか。

 

 魔眼などへの対策と同じだ、要するに見なければいいのだ。視界を封じることは危険ではあるが、あのサーヴァントの様子から何らかの手段を持って周囲の状況を察知しているのだろう。

 厄介だと、切嗣は直感する。現代人が暗闇を見透かすのとは全く違う、どんな見た目であれ英霊。生前の偉業によっては、目を閉じていてもかまわないかもしれない。最悪、目を閉じていれば本調子かもしれ

ない。それとも自身の魔眼をさらして、真名が露見するのを避けるためかもしれない。目を開くと何らかの制約がかかるのかもしれない。かもしれない、ばかりだ。

 そもそも、英霊という、不確定すぎるものを切嗣は嫌っていた。英霊自体召喚することを嫌う節もあり、実際アサシンやキャスターなど自分との相性が良いクラスを呼ぶところだったのを、アハト翁に無理矢理“とある鞘“を使わされた。結果が、相性が悪いでは済まない英霊、セイバーが呼ばれた。

 思考を振り払い、舞弥に対し周囲にマスターがいないか探すように指示する。ランサーのマスターを狙撃するつもりだったが、これではできない。最も、こちらが手を下さずに済むならば越したことはないが、セイバーを負傷させたランサーは早急に片づけなければならない。

 と、次の瞬間。白い少女と、目を閉じたはずの彼女と目があった。閉じた瞼の奥にある目と視線が交わった。

 

「……っ!」

 

 今度こそ、切嗣は身がすくんでしまった。一瞬の意識の空白と、その後に訪れた恐ろしいほどの悪寒。常に張りつめていた集中がほつれ、乱れ、混乱する。おそれてしまったのだ、見た目は年端もいかない様な少女に対して。無論相手は英霊なのだから、それはある意味当然だ。

 しかし、ここ数年、そんなものには無縁だった彼には、たとえ少女の放つそれすらも衝撃は大きすぎた。

 停止しかけた思考に渇を入れ、体を動かす。念のために狙撃位置から数メートル後ろへと後退し、改めて戦場を俯瞰する。近代戦の基本であり、魔術師殺しの異名をとる彼の基本スタイル。冷静に、そして冷たく、戦場に意識を集中させる。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 乱入は、アサシンを通じて監視する綺礼にも見えていた。

 

「拳銃を持ったサーヴァント……ですな」

『拳銃? それならばよくあることだろう』

「いえ……」

 

 綺礼の言いたいことはそこではなかったのだ。無論、時臣の言とて間違いではない。聖杯戦争を生み出した魔術師の出自が欧州系であることから、呼び出される英霊は必然的に欧州がメインとなる。そして欧州では、近代的な装備である銃火器や弩弓、その他大砲やそれらを生かす戦術が構築されたのだ。英霊がそういう物を使ったとてなんら不思議はない。

 

「師よ。どうやらあれらは過去のものとは思いにくいものです。聖杯戦争にて稀にある例外……未来、もしくは並行世界から呼ばれたものかと……真名や能力などは未知数でしょう」

 

 代行者の綺礼にも、サーヴァントの少女の持つ拳銃が過去に使われたそれとは全く違うことが見て取れた。声から判断するに、自らの師は油断している。だが未知である敵ほど恐ろしいものはいない。代行者としての危険を持っている故の判断だ。確かに知名度補正――どれほど名を知られているかによるステータス向上の恩恵―――は少ない、もしくは皆無だろうと考えられる。

 だが、ステータス=勝負の結果とはいかないのだ。師のサーヴァントのアーチャーは強力だが、どうにもマスターとの相性が良いとは言えない。自身のアサシンの一体を倒させて以来、特にそう感じる。アーチャーは王という“気まぐれ”な存在なのだから。

 また、アサシンを数対倒していった手段はすべて遠距離から打ち込まれた拳銃だった。死に絶える直前のアサシンが視界を通じて見せたのは、今倉庫街に現れたライダーが拳銃を構えている姿であったからだ。

 

「油断せず、熟慮する必要があるかと」

 

 そしてマスターとしての、魔術師としての能力はあるが戦闘力と直結するとは思いにくいのも、綺礼の考えだった。ある意味研究者である魔術師が、一瞬の判断が生死を分ける場に出て無事で済むのか? 現に衛宮切嗣という、天敵ともいえる存在がいるのだから余計にそう感じる。

 これまでにない感覚を抱きながらも、淡々と言葉を重ねた。

 

『案ずる必要はない。ギルガメッシュは間違いなく最強のカードだ。それに、我が家の家訓にもあるが“常に余裕を持って優雅たれ”、此方の戦略は完ぺきだ、未知の敵であろうと勝てる』

 

 自信過剰か、あるいは自身への自負なのか。その判別がつかないまま、師と弟子の通話は再び戦場の様子へと変わった。

  

 

 

 




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Fate/ZERO-NINE 1-3

 改訂版です。どうぞお楽しみください。


 銃声が消音の結界の中で消え、サーヴァント四騎によるにらみ合いが発生した。

 拳銃二丁を構えたライダー。

 棍棒らしきものを手にしたままのバーサーカー。

 右手一本で剣を構えるセイバー。

 令呪の束縛があるランサー。

 そして、黄金の粒子が不意に街灯の上に集まり始め、全員の目が行く。

 

「雑種どもが、我の庭で何を騒いでいる」

 

 黄金の鎧、黄金の髪、血の様に紅い瞳。全てを見下ろすような、傲慢な態度、口調、そして発言。明らかに人以上の何かを有した男は、誰もの目にも明らかなサーヴァントであった。

 

「王を騙る小娘に、さらには狂犬と妖精の遊び道具とは……もっとこの我を楽しませるものはないのか」

 

 眉をひそめるものや、このサーヴァントが遠坂の陣営のサーヴァントだと気がつく地上に立つものの中、唯一バーサーカーだけが恐れる色もなく、金色のサーヴァントを睨むように見上げている。

 

「……誰に許しを得て面を上げている、狂犬」

 

 そしてそれを許す金色のサーヴァントではなかった。

 

 

   ●

 

 

 

 下水道に隠れている間桐雁夜は狂喜した。

 自分のサーヴァントがマスター自分の制止を振り切り、セイバーを攻撃しようとしたのは予想外だったが、しかし、あの忌々しい臓現がバーサーカーを召喚させた時点で、こうなることはある程度半人前の魔術師の彼にも分かっていた。

 バーサーカー。理性を捨て去った狂戦士。暴走のリスクなど、解りきっていた。

 ただ予想以上に自分への負荷が大きかったことは予想外だったが。あのサーヴァントの少女が突如現れ、そして、そのまま銃撃を浴びせたことで、バーサーカーはコンテナの山へと叩きつけられた。サーヴァントがダメージを受けた分、マスターは魔力が要求され、魔術回路の代替品として刻印虫を埋め込む荒技をしているために、文字通り肉を喰われる痛みが走る。

 しかし、その銃撃が発端となり、あの遠坂のサーヴァントが姿を現したならそんな事など気にならない。少女の放った銃撃の音と、バーサーカーの怒りの咆哮。その音に呼応するように、金色の光が生じた。放たれた言葉の判別はできないが、どうやらあまりの騒音が気にくわなかったらしい。

 だが、どうでもよい。血を吐き出しながら、思うのだ。

 

(そうだ……)

 

 自分には時間がないのだ。臓現の言は信用しにくいが、おそらくこの聖杯戦争の間自身の命は持つか持たないかの瀬戸際にある。限りある命、弱い時分、そして自身の身を削るサーヴァント。それらを考慮すれば、必然的にとる手段は見える。

 

「やれ、あいつを……時臣のサーヴァントを殺せ!!!!」

 

 執念、いや墳怒や怨嗟に近い感情は、己がサーヴァントを動かす。血と、体液と、体に

埋め込まれた蟲のいくつかをまき散らしながらも、雁夜の声は地下下水に響いた。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

「……こりゃあ、気持ちがいいもんじゃないね。魔術師って輩は、全部こうなのかい?ウェイバー」

 

 ドクターはぼそぼそと、隣にいるであろうマスターへと問いかける。港近くのマンホールをこじ開け、地下の下水道に潜むドクターとウェイバーは、そんな雁夜の様子を隠れて監視していた。

 彼とて、やることは違えど、科学者。つまりは魔術師と同じ学者。この世界の魔術師たちが神秘によって『』を目指しているならば、ドクターたちは科学の力によって『』を目指している。いや、もともとは同じだったものが、あるところで別れてしまっただけだろう。時代、歴史、能力、環境など、要因は様々だ。

 やることは同じだ。ひたすらに学問を学び、知識を蓄え、法則を導き出し、互いに論争し、後継へとそれを引き継ぎ、愚直なまでに世界の『』へと迫ろうとする。自分はともかくとして、いずれ、後継の中に『』に至りつくことができるものを生み出すために。

 しかし、アプローチの仕方が違うことは、見方や価値観が変化する。一科学者としてのドクターの興味はそこにあった。が、いちばん身近で何より信頼する魔術師はというと。

 

「うぇぇぇ……間桐の魔術ってなんだってあんな気持ち悪いの使うんだよぅ……」

 

 端的に言って、胃の中を戻していた。人生経験のあるドクターからみてウェイバーはまだまだひよっ子もいいところだ。特に、人の死体など見慣れている、というか元死体安置所に暮らすことができる程図太いドクターと比べるのも酷だが、あまりにも耐性がない。吐息しつつも、相棒であるネズミの読みの良さに感嘆する。

 

「なるほど、どうやら私怨という奴だね……名誉がほしい奴もいれば己の恨みを晴らそうって奴までいるなんて、人間らしい」

 

 自己完結し、あらためて手元の通信機へと声を吹き込む。

 

「ウフコック、どうやらバーサーカーのマスターを見つけた。やはり間桐の魔術師だ。但し半人前とつけるべきだな」

『そうか、バーサーカーを選択したのは能力のカバーのためというのが当たりだな」

「ああ、それと……あのマスター、死ぬよ」

 

 科学の、特に人体改造にたけたドクターが断言した。かつて、いや、はるか未来において、ドクターは“楽園”で似たような患者という名の被検体をいくつも見聞きしてきたのだ。伊達に、最年少の研究者になったわけではない、それ相応の能力を持った上で招かれたのだ。名ばかりの、しかし“本物”の“楽園”に。

 

『ふむ、しかし、何やら義務感や使命感もにおうな。おそらくそれらがすべて入り混じった上での参戦なのだろう、衰退している間桐の家のためか、あるいは、自身の望みのためか』

「……そこら辺はお前に任せるよ。人の感情を臭いで理解するお前にね。で、そっちはどうなんだい?」

『ああ、こちらはな。乱戦模様だ』

 

 

 

  ●

 

 

 ランサーは歓喜しそして興奮する。こちらは今、令呪によってセイバーと一対一で戦っている最中だ。やむなくバーサーカーと共闘する羽目になりそうになった時、耳に届いたのはかすかな撃鉄を起こす音だった。それを聞いたか聞かなかったかの差は非常に大きかった。長年の飛び道具に対する勘によって、銃撃というよりは爆発そのものといった圧力が数瞬前まで自分の体があった場所を通過し、かわせなかった狂戦士をふっ飛ばしたのだ。

 振り返れば、目を閉じたサーヴァントの少女。構えた銃からは硝煙が立ち上り、その場全員の目が引き寄せられた。

 

 ……なんにせよ、ありがたいな!

 

 右手の”破魔の紅薔薇”でもって、セイバーの片手とはいえ鋭い剣を受け止める。主人たる魔術師の名にも従いつつ、しかし騎士道を犯すことなく戦えるのはありがたいことだ。

 

 ……だが……

 

 一方で、こちらからみて背後に近いところで繰り広げられるもうひと組のことは頭にきちんと入れていた。閃光と衝撃、そして爆発。いかに英霊といえど、そして自分がかつてくぐりぬけた戦場でもさすがにここまで派手ではなかったとしみじみ思う。それが良いことか悪いことかは判断がつかない、いやそんな暇はない。

 

「ぬんッ!」

「はぁッ!」

 

 ぶつかり合うことで火花が散り、

 

 ……かの騎士王と剣を交えているのだからな!!

 

 セイバーの片手で見えない剣をふるう動きに遅滞はない。槍が抉ったのが利き腕ではなかったこともあるが、補っているのは純粋な技量だ。セイバーは軽い攻撃しか出せないが、その分こちらよりわずかに早く動きだせる。コンマの世界だが、その差は大きい。そしてそこに、剣を覆う風の結界によるフォローを入れることでさらに加速させる。

 

 ……瞬間の早さではセイバーに劣るか!

「ハアッ!」

 

 セイバーの持つ剣が突き出された槍を外へと流すようにはじき、つられて体重が乗りきっていないランサーの足が滑り、荒れ、ひびが入っていた地面に引っかかる。足と槍を引き戻す初動と、セイバーの剣が翻ってこちらの首を狙いに収めるのはほぼ同時。だが、ランサーは本能よりも深く刻まれた勘に従い、

 

「!」

 

 体を、右の槍に引っ張らせて前進した。体重を乗せたステップは、ランサーの筋力や跳躍力なら一気に四メートルは移動させる。反応が遅れたセイバーに、左の必滅の黄薔薇による横薙ぎの一閃が伸びる。

 

 ……こうきたか、ランサー!

 

 セイバーもまた、直感のままに背中をさらす覚悟で、身を伏せる。スキルの加護がなければ、読めなかった一撃。やはり素晴らしいと思うのも一瞬、前方へと跳び、着地しつつランサーの反撃を剣で受ける。膠着、といってもよい状況だ。

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 

 他方、バーサーカー、ライダー、そして乱入したアーチャーの三つ巴の戦いもまたこう着状態へと陥っていた。アーチャーが背後に呼び出す黄金の空間からは果てることなく一級の宝具が次々に顔をのぞかせ、発射される。対処する二人のうち、漆黒の狂戦士は猛スピードで飛来するそれらをそのまま掴み、あるいは投げ、弾き、地面へと叩きつけるという蛮行を。白の少女は、避け、手にした拳銃で的確に軌道をそらし、まるで曲芸師の如く跳びはね、回り、伏せ、躍動する。

 力と技術がバーサーカーならば、ライダーは速度と技術だ。どちらにせよ、神がかかった戦いであることは間違いないというのは言うまでもない。

 バーサーカーは、弾丸にも等しい速度で飛んでくる武器をそのまま掴むという、反射能力と腕力を見せつける。

 一方ライダーの拳銃の弾は、たかだか十数グラム。火薬が爆発し、その勢いを利用して発射されるだけのただの拳銃。質量差も速度差もあるあらゆる武器をはじくのは、常人のテクニックでは済まない。目を閉じたまま、というのも拍車をかける。

 

 ……さて、どうするか。

 

 衛宮切嗣は思考のさなかにあった。今後の対応を、だ。サーヴァントがキャスターを除く六騎がそろい、それなりに情報も得た。前線に出てきた以上、あの白い少女はライダーの可能性が高い。セイバーとランサー、バーサーカーが現れ、攻撃方法からしてアーチャーが現れ、アサシンがこの戦場を見張っていた。そしてキャスターはどちらかといえば、自分が構築した陣地で戦うタイプであるのでよほどのことがなければ前線には

現れない。

 

「初戦にしては、まあいい成果が上がったか」

 

 撤退、それが選択だった。ライダーらしき少女の、騎兵たる証が視れなかったのは惜しいが、まあ、仕方がない。舞弥に撤退を知らせ、別々のルートでの脱出を決めた。

 そして―――いよいよ本領発揮の場が近い事を予見していた。

 

「舞弥。デモリッションの用意を頼む。ランサーのマスターを叩いて、あの騎士王様のカバーをする」

『了解…… 時間は?』

「追って指示する。頼むぞ」

 

 コートをひるがえした切嗣の目は、一点の温かみすらない状態。ようやく、というべきか、魔術師殺しらしくなった。

 

 

 

  ●

 

 

 

 

「……さて、上は静かになったかな?」

 

 セイバーがマスターらしき女性と撤退し、ランサーとアーチャーもマスターの指示、あるいは令呪によって同様の選択をとり、標的を失ったバーサーカーも霊体化した。サーヴァント同士の顔合わせはひとまず終わったといえるだろう。

 

「で、ライダーとウフコックはひとまず別行動をとるのかい?」

『先ほど、この戦場を監視していたと思われる二人組が通信をしているのをライダーがつかんだ。どうにも現代戦を理解している人物で、おそらくセイバー陣営の関係者だ』

 

 デモリッション。内容はおのずと察せられる発言だった。

 

「おい、それって、建物を壊すってことなのか?」

「そうだな、建物を壊すなら爆撃機でも使えば良いだろうけど、おそらくビルの解体なんかで使うような、強力な奴でドカンだろうね。この国では爆弾を既定の位置にセットするだけで低コストで解体できるように設計されている建物が多い。

「……わざわざそんな手を使うなんてばからしいじゃないか。サーヴァントの方がそういうのに向いているんじゃぁ……ってまさか!」

「そう、その通りだ」

 

 にやりとドクターは電子グラスを押し上げつつ言う。

 

「セイバーは左手に負傷、しかも回復のためには少なくともあの槍の呪いを解くような……魔法の域に達した治癒魔術かサーヴァントの宝具かなんかが必要だろうね。あの槍は、負傷した状態を“通常化”させて治らないようにしている、面白い発想だね。しかし呪いを解くならわざわざランサーを倒す必要はない」

「……無防備なマスターを、工房ごとつぶしてしまう……!」

 

 いかにサーヴァントとはいえ、結局はマスターの魔力によって姿形を維持している、悪く言えば幽霊にすぎない。マスターがいなくなった場合、単独行動スキルを持つアーチャーでも大体三日ほどしか現界を保てない。しかもそれは戦闘や宝具の使用をなしにしてもだ。

 そして魔術的手段ではない、魔術師らしからぬ手段ならば、おそらくマスターは工房の中なら安全だと安心しきっているだろう。工房とは、たんに魔術の品を保管したり、研究を行うための空間ではない。自らの神秘を隠匿し、それを狙う物を処刑するための“城”に等しい空間なのだ。

 

『ウェイバーと俺は同意見だ。戦闘向きではないアインツベルンが正面切ってサーヴァント抜きで工房の攻略ができるとは思えない。だが、戦場を監視していた二人組が協力者となっていたら、この後間違いなくランサーのマスターは殺される』

 

 ウェイバーはふと思った。

 

「だけど、これは僕たちがランサーに恩を売るチャンスじゃないか……!」

『私たちが先回りするってこと? デモリッションより先に』

 

 うなずいて、ウェイバーは必死に頭をめぐらせ、それを整理し、それを口からこぼれ落としていく。

 

「この聖杯戦争、何も全員を倒す必要なんてないさ。セイバー陣営の様にマスターを倒してもいいんだし、生き残った最後の一人が聖杯を得るんだ、多くのサーヴァントを倒した人間じゃない。そして……」

「同盟や協力関係を持っていれば有利ってことかい?」

 

 うなずいたウェイバーは確証を持って言う。

 

「セイバーとの決着を願っているなら、それを交渉材料にもできるしもしもの時の確約だけでも得られれば、少なくとも戦力は倍増だ」

『なるほど……ドクター、どう思う?』

「悪くはない、かな?ライダーの能力ならこの手の輩にはサーヴァントの中でも最強だし、セイバー陣営への牽制材料にもなる。ライダーはどう思う?」

『うん、出来れば一般人には被害が及ばないようにしたいし、私も賛成する』

「よーし、なら決まりだ。ライダー、ウフコックと一緒にランサーの方は任せた」

『ドクターはどうするの?』

 

 ライダーの声に、ドクターはウェイバーに、自分の背後に倒れる男性を指さしながら言う。

 

「医者の仕事さ、久しぶりの」

 

 間桐雁夜。バーサーカーのマスターであり、ランサー以上の戦力へとつながる糸が地下の下水に倒れ伏していた。

 

 

 

 

 



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Fate-ZERO-NINE 1-4

 第一章海底まであとこれを入れて二話……!


 ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 魔術の世界を二分する、イギリス・ロンドンに存在するロンドン塔と呼ばれる教育・研究機関において、古くからの権威と実力、血統を持つ一族の当主にして、魔術の総本山ともいえる時計塔のエリート講師。間違いなく腕前は一流だろう。彼の地位的にも実力的にも上にいるのはバルトメロイ・ローレライなどの例外を除くとわずかで、それは自他共に認めることだ。

 しかし、まこと残念なことに、魔術師として大成するということは人間から遠ざかるということでもある。

 とある魔術師は言った。

――私たちは誰よりも弱いから、魔術師なんて言う超越者であることを選んだ。

――魔術師の最終的な目的は根源への到達に他ならない。人間の生まれた意味を知る、なんていう俗物的な欲求もない。ただ純粋に心理というものがどういうカタチをしているかを知りたがる。

―――自己を透明にし、自己だけを保ったものたち――永遠に報われない群体。世界はこれを魔術師という。

 その例にもれず、およそ、ケイネスはよい人ではない。性格が残念というのが非常に端的だが、要するに自己顕示欲とプライドが高い、そういう人間なのだ。一般人に近い価値観を持つウェイバーとは相容れないのも当然である。

 さて、話を戻そう。ケイネスはそういう性格であるため、今回の聖杯戦争にいろいろと準備をしてきた言うのは言うまでもないだろう。彼が冬木の地で工房を設置したのは、とある高級ホテルの最上階だった。しかも、フロアを丸ごと借り切っての、まさに大工房の設置という資金と技術に任せたもの。得意の降霊術で呼び出した悪霊がダクトを見張り、廊下は異界化し、およそ考えうる限りのトラップと検知器の役割を果たす魔術品を設置。彼が割と本気で作り上げたものだから性能は高く、よほどの対策を講じたとしてもおよそ無傷では済むはずもないまさに攻めるための城塞。本人のみならず魔力炉を三機も据えてあるという徹底ぶりは、賞賛を送らざるを得ないものだった。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 さて、そんな彼、ケイネスは他人に従うのが自然と嫌いなわけである。他人とは自分の都合どうりにならないからだ、こんなこと、小学校を出れば気がついてもおかしくない常識なのだが、あいにくとして一般人とは縁が少ない生活を送っていた上に人付き合いも魔術師ばかりだ。それに気が付くのは難しい。

 だから彼がいきなりかかってきた電話でこう言われても、頑として首を縦に振ることがないのは明らかだ。

 

『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトだな? 今すぐそこのホテルから逃げてくれ、後十数分でデモリッションが起動して君たちは殺される、急いでほしい』

 

 アンティークが凝らされた電話を思いっきり、怒声とともに叩きつけたのはあまりにも沸点が低いことの証だろう。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

『やれやれ、いきなりだな』

 

 しかし、叩きつけられ、砕けたそれからはあきれたような声がした。ため息を軽くついて、受話器から発せられる声は続ける。

 

『そこにランサーはいるかな? それかマスター以外の第三者がいればなお良いのだが』

 

 渋みある男の声に応じたのは、先ほどまで主君たるケイネスとその婚約者のソラウの間に板挟みとなっていたランサー本人だった。

 

「何者か? 我が主の工房に声をとどかせるとは、貴様はキャスターか?」

『いや違うな、こちらに信頼を持ってもらいたいので正直に明かせば、俺はライダーの協力者と言っておこう』

「ライダーの……?」

 

 肯定した声は、男性のもの。つまりマスターか或いはソラウとケイネスの様な戦争を勝ち抜くための関係者ということなのか。

 

『そこにいるのはランサーのマスターの奥方かな?話が通じると助かる』

「それよりもどういうことなのよ。ここが危険だっていう証拠は?」

『簡単だ』

 

 落ち着き払った声に耳を傾けるのは、ケイネス以外の二人だった。

 

『其方の工房はさすがに此方から接触しにくかった。そうとうな準備がされているとわかったのだが、それゆえの弱点があったのさ』

「あり得ない!!!」

 

 ホテルの部屋に青筋を浮かべたケイネスの声が轟く。

 

「弱点だと? ふざけるな! この私、アーチボルト家九代目当主のケイネス・エルメロイ・アーチボルトが、数々の魔術用品で以て築き上げたこの完璧な工房に、何の弱点があるのだ!!!!!」

「ケイネス……」

 

 割れ鐘の様な声に、ソラウはあきれたような呟きをそっともらした。

 

「さあ、言ってみるがいい!!! 言え! 言ってみろ!それとも言えないのか!? 答えてみろぉぉ!!!」

 

 ヒステリックな叫びは、もはやケイネスに魔術師としての誇りや矜持を汚すようにしか働かない。ヒステリックにも叫ぶ声に対して、しばらくの沈黙ののちに電話の主は静かに宣告する。

 

『……その工房、高さ百数十メートルからの落下に耐えうるかな?爆発の衝撃波と数十トンものコンクリートのがれきや鉄骨もろともに落下するぞ?』

「…………ッ! 我が主!!」

 

 ランサーが最も早く、どうなるかを理解した。かつて、フィオナ騎士団の一員として戦う中でも、似たような状況などいくらでもあった。そしてその経験則から答えは直感的に理解できる。攻城戦でもよくあるものだ。投石機や川や崖の上から岩や木などを落としたり土砂を流したりすれば、いかに頑丈な物でも制圧が楽になる。

 そして聖杯から与えられた知識が、それを現代に置き換えた場合の状況を導き出す。

 

 ……爆破された場合……ライダーの協力者が言うように、このホテルのフロアは城塞だが、その下にあるフロアは強化されていない……つまり。

 

 この部屋が丸ごと落下。

 

「……何よそれ、魔術師のやることじゃないでしょ?」

『魔術師らしからぬ人間がこの聖杯戦争に参加している……と言っておこう。これまでの常識は通用しないということだ、ご婦人。すぐに……なに? もう来たのか? くそ、早いな……なんとか時間を稼いでくれ。向こうの了承が……』

「どうするのケイネス?」

 

 誰かと通話を開始した男をよそに、そっと問うのは、すっかり逃げることを決めた様子のソラウだった。なにしろ彼女は治癒魔術はともかくとして、戦闘に対応した魔術など持ち合わせていない故の、よい意味で臆病な判断が下せたのだ。

 

「ここはすぐに退避を進言致します、我が主」

 

 ランサーもまた、魔術による攻撃でない以上、自身の槍による無効化は意味がないとわかっていた。窓から飛び降りることもできるが落下中に爆発に巻き込まれては困るので早くしたいところだった。

 

「~~~~~~~!!!!!」

 

 そして、フロアにはケイネスの歯ぎしりと唸り声が残った。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

「……うごぉっ……おぇ……」

「おいおいウェイバー。なんでこの程度の血とか蟲であっさりと貧血?君が見てみたいと言ったから許可したんだけどホントに部屋に戻ったらどうだい?」

 

 ドクターののどかな声とは対照的に、ウェイバーは巨大な洗面器に吐しゃ物を吐き出していた。そこは、医務室や病院の様な、消毒液と様々な医療機器で満ちた部屋だ。

 ライダーとウェイバーがあらかじめ用意した拠点の一つ、元々は古い病院だった場所を所有者から安値で買い取って改造を施した建物だ。ドクターが持つのは医療に関する技術で、それをいかんなく発揮するにはこういった場所が最適だった。

 

「いやあ、本当にひどいもんだよ。わざと手を抜いた蟲を植え付けて痛みに比例しにくい魔力生産をしている。多分、植え付けた人物はマキリ・ゾォルケンだね、蟲の扱いならたぶん現代最優だ」

「手を……ぬいた?」

 

 いいかい、とドクターは前置きした。

 

「最優ということならば、本気を出せば、痛覚を減退させる蟲を入れるか、体内に魔力を作らせるための脂肪を入れてそれを蟲に喰わせ痛みや体への直接的な負担を減らすか……少なくとも無防備にならないようにするはずだ」

「でも僕たちがこうして確保できたのは……そうじゃないから?」

 

 頷くと、傍らのトレーを顎で指す。

 

「一通り……最低限の魔力は彼が自前で用意できるから蟲はほとんど抜いちゃったけど、体にところかまわず植えてあったしそう判断するしかない」

 

 トレーの上には、数え切れない数のおぞましい虫たちの死骸が並んでいた。あの細身によくもと思えるほどの、多くの蟲。全て薬品や物理的手段によって殺され、その機能を停止していた。

 

「彼の体が良く持ってくれたよ。間桐の魔術に対する適応力と僕の技術で、少なくともすぐには死なないくらいにはなった」

「……封印指定に匹敵する扱いだろ、これ」

 

 ウェイバーの見つめる先、間桐雁夜は巨大な水槽の様な機械の中で、全身にチューブやテーピングのほか、色々な処置が施してあるのが見て取れた。

 資料や伝え聞く話で知る封印指定という名誉であり牢獄。正確には脳みそのみになるとはいえ、ウェイバーの認識では両者はほとんど同レベルだ。

 しかし、ウェイバーにはいくつかの疑問が残ったままだ。

 

「まるでキャスターも顔負けだよ……ドクターって、生前は魔術師じゃなかったのか?」

「いやいや、僕は医者だよ。 ただ、少し器用だった……それだけさ。それに、魔術に対抗できるのは彼と君のおかげさ」

「宝具の……なんとか法案?」

「ああ。 ライダーの宝具。緊急特例法案(マルドゥック・スクランブル)という、かたちの無い宝具がね、君たちのお陰で使える」

 

 煙草に火を付けたドクターは、雁夜から目をそらしてイスに座る。

 

「確か、僕たちが禁止されるほど発達した科学技術を持っているってことは、教えたはずだよね? でもね、そんな危険な物も、状況によっては行使を許されるんだよ」

「緊急事態か」

「そうさ、救急車がけが人の搬送するときに赤信号を通過できるように、僕たちは人命保護などにおいてその技術使用が許可される。事件解決の証人保護がかつて僕がやった事さ」

 

 フー、と紫煙を吐くとドクターは続ける。

 

「まさに間桐雁夜の命は消える寸前。故に、09法案による禁じられた科学技術が使えた。魔術とまごうレベルの、こんな治癒を施せたのも緊急事態だからさ」

「魔術と科学って、真逆じゃないのか?」

 

 いいや、と首を振るとドクターは否定する。

 

「目的は同じでも、手段が違うだけさ。ま、途中で折れ曲がって迷走したのが僕たちだけど」

「戦争に使われたんだったっけ?」

「そう。かつては……大陸との戦争において、資源確保と戦略的優位を求めて国は金を惜しまず人を惜しまず、どんなことも許された。人体実験も人体改造も、向精神薬なんかも作った。動物を兵器として利用もした。まさに僕は“戦中派”だった……戦後は最悪だったけど」

 

 淡々と語るドクターに、感慨や回顧の念はない。事実のみを機械の如くいっているだけだった。

 

「栄光のあったのはその時まで……職を追われて、位階も全部持ってかれて、残ったのは妻からの離婚届けと裁判所からの呼び出し状だけだったよ」

「呼び出し状……」

「ほかならぬ政府が命じたことを、責任をすべてかぶせられたんだよ。そうすると、矛先は指導者ではなく僕たちへと向く。そして、僕の上司が作ったその法案に救われた……そういうことだよ」

 

 その時、テーブル上の古いラジオが音を立てた。

 

『ドクター?』

「ウフコック? どうだった?」

 

 ウフコックだ。通信機を通じてラジオに干渉してきたのだ。

 

『一応、マスターの奥さんとランサーだけが脱出。ハイアットホテルはセイバー陣営に爆破された』

「あれ、ケイネスは逃げなかったのかい?」

『そんなはずはないと居直って、たった一人残ったよ。自分の工房がそんなことでやられるはずがないと』

 

 嘆息したドクターは頭をガシガシとかく。

 

『もっとも、ランサーは消滅していない。こっちで仮とはいえ協力の確約ができたことは戦闘においてアドバンテージを得たことになる』

「よし、セイバー対策はランサーがいれば安心だ」

 

 吐瀉物を吐き出し終え、復帰したウェイバーはなんとか椅子に身を落ち着ける。セイバーは、その剣の刀身を風の結界で覆っており、それを変幻自在に変化できる。しかし、それは魔術によるものでランサーの”破魔の紅薔薇”にかかれば、触れただけで無効化されることになり、最優のセイバーでも手を出しにくいランサーだ。

 

「あと居場所がわかっていないのは、キャスターだけか……」

 

 卓上には、冬木の地図が置かれている。いくつかの地点には印が描かれ、それぞれの陣営の拠点や霊地、地脈が記されていた。

 

「何処が拠点なんだろうな……」

 

 キャスター、つまりは過去の時代の魔術師や巫女、預言者、呪術師が呼び出されるクラスだ。その能力、技量は恐ろしい。直接的な戦闘力こそ最弱だが神代の魔術は現代の魔術師がかなうものではない。そして、特有のスキルとして“陣地形成“を持っている。工房や神殿を設置し、自身が有利な環境を構築することで他のサーヴァントを圧倒するのが戦法。逆に言えば、そういう場所を設置するので居場所を特定されやすいというデメリットもあるのだが、

 

「一通りの霊地とかは調査したけど……当たりなし、かぁ」

「キャスターの陣営が、先読みしたこともあり得るよ。わざと不適な地に工房を置いているかもしれないし、隠匿に特化しているかもしれない。或いは、工房自体が移動する、なんてのもあるよ」

 

 ソロモンあたりならあり得るね、とドクターは言い添える。

 

「でもさ、ウェイバー。ちゃんとどうするかは考えてあるんでしょ?」

「当たり前だよ……けど、今日はライダーも魔力を消費したし、僕だってドクターやウフコックへの魔力供給もしてたんだ。万全の状態になるまで……おっとととと……」

 

 そう、ライダーのステータスにおいて、魔力はC+判定を受けている。体が小さく、神秘をあまり秘めていないライダーは燃費がいいのだが元々の魔力が少ないのだ。故に、ウェイバーは体力を消耗している。これでは、敵の首級をとるなど、夢のまた夢。

 

「ほらほら、無理はしない。初日から頑張ったね、マッケンジー夫妻のところには僕が連れていくから」

 

 その言葉は、はたしてウェイバーの耳に届いたか。意識がブラックアウトしたウェイバーは崩れ落ちた。

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 アーチャーは、上機嫌であった。自身の宝具“王の財宝”から神代の時代の酒を取り出し、一人傾けるほどに。立場上、接することが多い綺礼もそれにつきあわされていた。

 

「さあ、飲むがいい。他の酒が飲めなくなるぞ」

 

 不承不承、と言った表情の代行者は、金色の、いや金で作られた杯を受け取る。いかなる価値を持っていようとも、綺礼にはこの状況への困惑によって無価値に思えてくるのは致し方がないことだ。

 

「アーチャー、一体どうしたのだ……」

 

 令呪によって無理やり撤退させられたとは思い難い上機嫌ぶりだ。しかし、先ほどの戦闘で何かあったというのが妥当であるが、

 

 ……何故だ。

 

 一つ、思い当たるのはあのライダーらしき少女のことだ。あの少女とバーサーカーに対してアーチャーは攻撃を行っていたが、バーサーカーに対しては怒りを含んだ攻撃を放っていた一方で、ライダーに対してはかわしてみろ、とばかりに攻撃していた。いわば、殺す気がなかったのだ。

 

「あのサーヴァント……ライダーを気に入ったのか?」

「そうだぞ。アレは愛玩するに足るものだぞ。ただの小娘かと思えば、なんとわが友に等しき体を持っている……」

 

 友。アーチャーの真名はギルガメッシュ。そして彼が唯一の友としていたのは神が作り上げた人形、エンキドゥだ。

 

「つまりあのサーヴァントは、作られたものだというのか?」

「ああ。あの場において気がついたのは我だけであろう。あの娘の皮膚は、後から付けられたモノだ。目を閉じていたのはおそらくあの皮膚が目の代わりとして働いていたのだろうよ」

 

 一口酒をあおる。酒が入ったためか、よりアーチャーは口調が滑らかになる。

 

「しかも、それをほぼ全身に持っていながら、使いこなしている。ただの人間であるなら、おそらく発狂するであろうよ、得られる情報の量に耐えきれん。が、あの娘は」

「……自分の五感を制御しているとでも言うのか!?」

「然り。種としては単純な自己暗示。人間は他の動物などと違い、“思いこみ”を作ることが出来る。だからこそ、余計な物を無意識に分別し、そして“認識していない”と思いこむ……人であって人でない、気にいるのは当然」

 

 綺礼は、あのサーヴァントに感じた異常性を、ここではっきりと認識した。外見、能力のどちらでもない、代行者であったころに鍛えられた無意識が訴えていたのは、即刻あのサーヴァントを排除しろという警告だった。

 どこのだれが、そんな力を持ち得るというのか。埋葬機関の一人は、とある理由からどんな手段でも死ぬことはない体を持つが、あれは痛覚だけは存在する。あれに嫌悪感を抱かざるを得なかったのだから、これにも相当の嫌悪を抱いたのは当然だろう。

 

「あれを手に入れるのもまた一興……綺礼、あの娘に手出しはするなよ。我が手ずから探し出す」

 

 解らない。それが偽りざる本心だ。この王とただの人間とはあまりにも価値観や考えがあまりにも異なるためであるが、明確に感情らしきものが胸中に生じた。

 

「さて、どうなることやら、ククク……」

 

 英雄王、ギルガメッシュの笑いが冬木教会に響いた。

 

 

 

 




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Fate/ZERO-NINE 1 interlude

 これで第一章改訂終了です。しばらく空けて第二章に移ります。


 切嗣の姿はアインツベルンの城へと戻っていた。

 森の奥深く、魔術的な人払いの結界に加えて、侵入者を迎撃するシステムや切嗣が設置した爆薬やカメラなどが仕込まれているさらに奥は、一般人が知ることがない城があった。

 ランサー陣営の打倒を狙いハイアット・ホテルの爆破は舞弥の手によって実行され、切嗣は舞弥の撤退を確認したうえで撤収していた。急いで、と付ける必要がある。設定していたルートを何度か迂回し、追尾してくるであろう追手を警戒していたために夜遅くになってしまった。

 

 ……何者かがつけているな。

 

 ランサーのマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは少なくとも爆発の中へと消えたことは確認できた。しかしランサーとロード・エルメロイの婚約者はなぜか先に脱出していった。どう考えても、何者かが情報を漏らしたのだ。自分たちが建物ごと吹き飛ばすことを。

 

 ……キャスターか、あるいはアサシンか……

 

 候補は二つ。

 だが、少し考えれば一瞬で否と断定できる。舞弥に指示を出した時、通信機を使っていたのであって、使い魔や魔術礼装などキャスターに介入される様な手段は使っていないし、アサシンはマスターともども遠坂時臣とグルだ。ランサーの脱落はいずれ狙うのだからわざわざ逃がす必要などない。

 では、と切嗣は言葉を作りつつ城内の廊下を走る。

 

 ……では、一体どの陣営がもらしたか、だ。

 

 あのアーチャーは、とてもではないがそんなちまちました行動をするとは思えないし、他のサーヴァントにも嫌悪感をあらわにしていた。またセイバーもアイリスフィールと行動を共にしている以上そんな事をしている暇などあるはずもない。バーサーカー陣営は、あのどう考えても急造の魔術師がそこまでやるような余裕を持つとは確率としては低いし、アーチャー陣営同様、ランサーの脱落を狙うはずだ。

 そして残ったのは、ライダー陣営。

 未知の能力。

 そう断定するしかない。なんら証拠があるでもなく、ましてや、確認をとったわけでもないが、消去法としてこれしか残っていなかった。

 

「舞弥」

 

 呼んだ先、気配も、表情もない黒髪の女性がいる。自分を構成するパーツに切嗣は問う。

 

「どう思う」

「ライダーの手によるもの、と見るのが妥当です。信じたくはありませんがライダーがはるか未来の英霊で、現代の手法に対し対抗する能力を持っているとすれば、あるいは」

「未来。なるほど、ありうるな」

 

 未来。科学と魔術が相反するものであり、また科学が進歩した現代では英霊となるような偉業を成し遂げる人間は非常にまれになっている。かといって、ゼロというわけではない。方法があるのは知っている。

 一つは自力で、本当に英霊となりうる偉業を成した。

 もう一つは、“世界”と契約した。

 どちらも、此方の知識を超えた力を持ちうるものだ。廊下を移動しながらも切嗣は思考を速めていく。

 

「どんな能力かは、初戦においては見事に隠匿されたまま。しかもランサー陣営に貸しを作り、他のサーヴァントの能力について情報をえて撤退か」

 

 対し、こちらのサーヴァントは真名を看破され、おまけに治癒が効かない傷を負った。

 ランサーの脱落工作は失敗し、アーチャーは真名がむしろ不明となった。

 バーサーカーはセイバーとの関係が考えられるが、ステータスすら不明。

 アサシンはまだ生きており、キャスターは姿を出していない。

 

 ……戦略的敗北だ。

 

 唯一ランサーはマスターが令呪を一角使用し真名も判明したがセイバーよりもマシ、と判断できる。

 

「舞弥、ライダー陣営を探すぞ。あれは何としても排除する」

「はい」

 

 知らず、歯ぎしりをした切嗣は戦略の練り直しを始める。最優たるセイバーを如何に使うかを。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 古い民家があった。あまり手入れがしてあるとは思いにくいが、それでも住居としては申し分ない。

 

「ソラウ様、どうでしょうか」

「そうね……工房としてはいまいちだけど、少なくとも隠れるにはちょうどいいわね」

 

 そこにはランサーとケイネスの婚約者、ソラウの姿があった。ライダーの協力者の手引きで、二人はハイアットホテルからこの住宅街の一角へと避難していた。それなりに広く、持ち出せた魔術品はなんとか誰かが入って来ても目立たないように隠せた。

 

「便利よね、機械だなんてあまり使ったことがないから知らなかったけど」

 

 ドクターと名乗る人物が、科学的な監視システムを設置していったのだ。一番奥の部屋、ランサーが安全だと判断したそこにはいくつものモニターが置かれ、部屋を出ることなく外の様子を見ることが出来た。

 

 

「暫定的な同盟ですが、われわれとしては損がありません。ライダーには感謝すべきでしょう」

「……ちょっとここまでされると、むしろ疑っちゃいそうだけどね」

 

 支度金、という名目でちょっと驚くくらいの札束を渡され、銀行口座も用意された。曰く、ライダーが自分で稼いだらしいが、

 

「……ハイアットホテルのカジノとかで、ここ数日なんだか盛り上がっていたけど。もしかして」

「あそこで稼いだ、かもしれません。真っ当とは言い難いですが、我々はそれもまた手段だと割り切るしかありません」

 

 彼女たちとしては非難しがたい手段だ。しかし、こうまでされて咎めるのも心苦しいことで、結果的に頼ることにしたのはこちらだ。

 

「ケイネスは無事なようだし。ランサー、明日からケイネスの捜索をお願い。ライダーとの同盟については私がなんとか説得するわ」

「はっ」

 

 こうしてケイネスを除いたランサー陣営は、漸くの安心を得たのであった。

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 遠坂時臣は手にしていたものを机に投げ出した。乾いた音を立てたそれは人の顔の一部を模していた。

 

「これが、冬木の教会に?」

『はい。しかも複数置かれていました』

 

 吐息とともに時臣はそれを見て呟く。

 

「露見していたのか……」

 

 それはアサシンの付けるマスクやダーク、あるいは体に巻くバンドや装飾品。それが態々監督役の元へと送られてきた意味はただ一つだ。

 

「あのライダー、と見るべきか。警告してきたな」

 

 アサシンが脱落したと見せかけるのは時臣が考えたことではあったが、早晩に崩れるとはあまり予想してはいないことだった。

 

『ランサー陣営が拠点としていたホテルは何者かに爆破されたようです。おそらく衛宮切嗣によって』

「……監督役から警告はできないのかね? 一般人への被害が大きくなると思うのだが」

『魔術を使うならいざ知らず、純粋に爆弾を仕掛けたもので、魔術の秘匿という原則は守られています。一般人も退避させたようですし、魔術師としては落ち度はありません』

 

 唸る時臣だが、確かに衛宮切嗣は魔術の隠匿という法を守っていると納得せざるを得ない。ここで大きく出ると、むしろ怪しまれるだろう。

 むしろ、そういった手段に走る魔術師だとわかったことをよしとすべきだろうか。

 

『……』

 

 他方、綺礼はある意味悩んでいた。アーチャーがあのライダーに興味を抱いていることを、話しておくべきか否かを。もしも、師がライダーを倒すためにアーチャーを動かそうとしても、おそらくアーチャーは抵抗するだろう。令呪を使ったとしても殺害後に師が無事である保証はない。

 何より、倉庫街での戦闘から無理やり引き戻したことで、アーチャーの師に対する評価は底値を割っていると思われるのだ。

 

 ……師はどうやら令呪を残そうとしているそぶりが見られる

 

 戦略的な意味からか、他の意味があるかは不明だ。もしもの時のため、かもしれない。

 

「ともかく、ライダーには警戒をしておこう。アサシンのトリックがばれているなら下手に手出しはできない」

『はい』

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 アイリスフィールはブッ飛ばしていたメルセデスベンツ・300SLのガルウィングドア型からようやく降りた。彼女としては、まだまだブッ飛ばし足りなかったのだが、セイバーのいさめもあってようやく本来の本拠であるアインツベルンの城へと戻ったのだ。

 しかし二人の表情は硬いまま。先ほど遭遇したサーヴァントの存在が大きかった。

 

「キャスター……自分から名前を名乗るとは思わなかったけど」

 

 ジル・ド・レイ。

 アイリスフィールはおぼろげだが知っている人物だ。本名をジル・ド・モンモランシ=ラヴァル。フランスとイギリスの間に起こった百年戦争でジャンヌ・ダルクとともに戦ったフランス元帥だ。紆余曲折を経て、戦争を終結させた英雄である。

 

「あれはどう考えても反英霊として呼ばれてるわね……」

 

 やったことの半分、ジャンヌ・ダルクに協力して戦ったことはもちろん英霊クラスの偉業だ。しかしその後が問題だ。錬金術や黒魔術に傾倒し、子供を次々と拉致した。その子供の数は千人にも上るとか。一説では、ジャンヌ・ダルクが異端として処刑されたことで心を病んでしまったための反動ともされる。

 つまり、“英雄”として名をはせたころよりも、晩年の、殺人鬼“青髭”のモデルとなった精神異常者だったころを再現している。

 

「私を別人と間違えていましたね……ジャンヌ・ダルク、ですか」

「セイバーは、どうやら聖杯から知識は得ていないのね。……アーサー王の最期を考えれば当然だけど、まさかのちの歴史を知らないなんてね」

 

 車庫がないためそのまま駐車し、二人は城の中へと急ぐ。

 聖杯戦争、初日から大いに動きがあり、そして集結の一途をたどる。冷たい夜風に身を震わせたホムンクルスは、セイバーを伴い城へと消えた。その震えに、恐怖が混じっていたのは間違いないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fate/ZERO-NINE 1 END

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

ごちゃついてきたので現状を整理

 

 

・セイバー陣営

 セイバーが左腕を負傷し真名がばれ、さらには宝具についてもほとんど暴かれている。初戦における実質の敗北者。

 アインツベルン城へと撤退中キャスターと遭遇。

 

・アーチャー陣営

 マスターの評価が底値を割る。アーチャーはライダーを気に入っており、調べる。

 

・ランサー陣営

 ケイネスはホテルごとドカンとふっ飛ばされ、消息不明。ソラウとランサーは逃げ出して、ライダーとの同盟関係を得て冬木に潜伏。

 

・アサシン陣営

 英雄王の扱いにマスターが困惑。その他は原作を踏襲。ちなみに、舞弥とは戦闘していない。

 

・ライダー陣営

 能力をほとんど隠匿し、一番利益を得た。バーサーカーのマスターをドクターが確保し、大幅な戦力アップか。全てのサーヴァントがそろうまでに、冬木のカジノなどで現金を稼ぐ。

 

・バーサーカー陣営

 おじさんはドクターの治療を受けて、実質脱落状態。作者としてはバーサーカーを如何に決着つけるか迷ってたりする。

 あとは桜ちゃんをどうすべきか。

 

・キャスター陣営

 原作を踏襲。マスターも変更無し。

 

・その他

 冬木への到着順

 

時臣・綺礼・雁夜・龍之介・舞弥>ウェイバー>ケイネス>>アイリスフィール>切嗣

 

 

 

・時系列

 ここからは、倉庫街での戦いの日を0として順番に書いていきます。原作の日付のずれとか原作との多少のずれは気にしないでください。

 

 

 

-8以前:

 ウェイバー、舞弥ら冬木に到着。

 

-7:

 サーヴァントの一斉召喚(セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、バーサーカー)

 

-6~-2:

 各陣営が使い魔を放つなどして拠点の設置や戦闘準備。

 ケイネスがランサーらとともに冬木に到着。

 

-1:

 切嗣、セイバーたちとは別ルートで先行して到着。

 アサシンの脱落偽装。

 キャスターが召喚される。

 

0:

 セイバーら、冬木に到着。

 倉庫街での戦闘。

 ランサー陣営のハイアットホテルが爆破され、ケイネスが行方不明に。ランサーとソラウは脱出。

 間桐雁夜、ウェイバーらに確保される。

 

+1:

 ランサー陣営はライダーの用意した住宅に避難、暫定的な同盟を結ぶ。

 

 

以下予告。

 

 

「ライダーには借りがあるのでな、手を貸そう」

 

 アインツベルン城にて共闘する騎兵と槍兵。

 

「今ここでライダーを倒さねば……僕たちは脱落の確率が高くなる……」

 

 銃口の先にライダーを捕らえる切嗣。

 

「おお、ジャンヌよ……!」

 

 狂気にとらわれたキャスター。

 

「僕には何にもできない。魔力だって足りてないだろ?」

 

 優秀すぎるサーヴァントを従えるが故の、葛藤。

 

 

次章Fate/ZERO-NINE 2 解凍

 

 




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2nd 解凍
Fate/ZERO-NINE 2-0 解凍


いよいよ第二章です。
だいぶほら吹いた感じの予告に見合うかどうか不安ではありますが、どうぞ楽しんでください。
ではどうぞ!


 サーヴァントとマスターの間には魔力供給のラインが開かれている。

所詮はかりそめの肉体、その糧である魔力がなければ、後は消滅を待つのが

サーヴァントである。

 そして、そのラインを通じてマスターはサーヴァントの過去を垣間見るという現象

がたまに起こる。

ウェイバーもその例にもれず、夢の中にいた。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 暗い、湿った、どこかの建物。

 灰色ののっぺりとしたコンクリートの壁が視界に飛び込んできた。続いて蛍光灯の

明るさが目に突き刺さる。

 

 『これは…」

 

 ウェイバーは視界のみの状態に、すぐさま気がついた。自分はライダーの過去を見て

いるのだと。書物でかじった程度であったが聖杯戦争におけることは一通り調べてある。

 

 『じゃあライダーは一体どこに?」

 

 体はない、が、カメラ越しに風景を見ているときの様にウェイバーの視覚は左側に

回転することで、ライダーの姿を移した。

 いた。

 巨大なカプセルの中、卵を連想させるような楕円を描くラインを持つそれの中に

人間が入っている。囲むように並んでいるのはよく分からない機械の類。

 しかし、素人目にもそれがカプセルの中の人間の状態を表示していることはすぐに

判明した。

 視界が迫る。

 隙間から覗いた先には、

 

 『ライダー?』

 

 黄色の液体が満たされ、人間が寝そべるようにソファの形をした底面が見える。

目を閉じて、死んだように眠っているのはまごうことなきウェイバーのサーヴァントだ。

召喚した時に教えられた宝具“電子の殻”はすでに体表を覆っている、ということは

ウフコックが言っていた大やけどをした後ということだ。

 

 『…わ!』

 

 顔だけを出して液体に使っていたライダーは、ふいに眼を開いた。しばらく瞬きを繰り

返した後、身を起こした。同時に、カプセルのふたが開き、換気扇が回り、床ずれを防ぐ

液体の中のベットのマッサージ機能が停止した。誰の操作もなく。

 しかしウェイバーにはそれがライダーのやったことであるとすぐに理解できた。

 

 「…」

 

 身を起こしたライダーはきょろきょろと周りを見渡し、そしてその皮膚をそっとなで

首をかしげた。何かに気がついたかの様に。やおら、その手を上に伸ばす。その先には

蛍光灯があり紫色の殺菌光を発していたがふっと消える。続いてその手を水平に動かし、

いくつかの電子機器を思い思いにいじる、手を触れることもなく。

 そして、古びたラジオに手を伸ばし、顔をしかめた。しばらくしてラジオは

何処からともなく電波を受信し、ハスキーな女性シンガーの歌を流し出す。

 

 『視界が…!?』

 

よどんだ水に顔を突っ込んだ時の様に、ウェイバーの視界が歪み、しばらくして晴れる。

次に目についたのは、ドクターから話を聞かされているライダーの姿だ。

 

 「昏睡中の君の視覚野に対し、市当局の定める“質疑応答”をさせてもらった。

  こういう権利はあるけど行使しますか?とか、生きたいですか?とか…」

 

おぼろだが、そういった内容を話すのが聞こえる。

 

 「そして君は選択したスクランブル09(オーナイン)を」

 

 スクランブル・オーナイン、緊急特例法案と呼ばれるライダーの宝具だ。

そしてしばらく二人が話した後、ふいにドクターは上機嫌になって立ち上がる。

 

 「おい、ウフコック!彼女がお前を呼んでるぞ!」

 

 心底うれしそうな声だ。

 嬉々とした表情で呼びかけるが帰ってくるのは沈黙のみだ。苦笑いしたドクターが

不意に古びたラジオを手にとる。シャイな奴でね、と言い訳すると、

 

 『!?』

 

 それを地面へと投げつける。当然、たいして頑丈ではないラジオは砕けた。砕けたパーツ

の中から音量調整のつまみの部分が転がって来てライダーのカプセル近くで止まる。

 

 「こいつも宇宙開発用さ」

 

手の上にそれを乗せたライダーはじっと見る。

 

 「女性をあまり驚かせるものじゃないぞ、ドクター」

 

渋い声が、つまみから洩れた。くるりとつまみを構成する物質が内側へと、

そして金色の体を構成する物質が外側へと、ひっくり返った。

 

 「こんばんは、お嬢さん。ネズミはお嫌いじゃないですか?」

 

そして、二本足で立ちあがったそれは優雅に一礼した---------

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あれ!?」

 

と思った時には、ウェイバーの視界にはやわらかい何かがあった。

白い、清潔なそれは、

 

 「枕かよ…」

 

 身を起こすと、カーテン越しに朝日が部屋の中へと滑り込んでいた。

今日一日は晴れの予報だったかと思いだして、思いっきり伸びをする。体のだるさは

少し残っている。昨日の戦闘に魔力を多く供給したからで、さらに言えば、寝ている間

も間桐雁夜の手術を夜通し行っていたドクターへも微量だが魔力を供給していたのだ。

むしろ、ウェイバーはよく回復した方だ。

 

 「ライダーは…いるか」

---私は霊体化してるから安心して

 「ああ…」

 

 下では、もうすでにマッケンジー夫妻が朝食を作っている音や気配がある。

時計を見ればまだ朝の六時前、大体五時間程の睡眠だったが、ウェイバーは

せっかくなのでそのまま起きることにした。昨日の今日なのだ、しばらくはどの陣営も

様子見となるだろうと、ウェイバーはある意味で油断していた。

 

 「やあ、ウェイバー君。いい朝じゃないか」

 

 朝食の席に目をこすりつつついたウェイバーは、目の前の席から飛んできた声に

意識を叩き起こされた。

 

 「ドクター!?」

 

 髪の毛がいつの間にか黒に染められ、きちんとした格好のドクター・イースター

その人がにこやかに笑いながらマッケンジー夫人と並んで座っていた。

 ご丁寧にも洋風の朝食が用意され、その半分ほどがすでに胃袋へと

消えていった後だった。

 

 「昨日の今日だけど会いにきたよ。

  どうだい、冬木での帰省生活というのは?大学の外での生活は息抜きに良いだろう?」

 

アイコンタクトで、どうやら自分の身分詐称に乗っかっていると伝えてくるドクター。

 

 「ど、ど、どうして…?」

 「朝一できたけど驚いただろう?けどね、ちょっとまずいニュースがあってね。

  近くに寄ったついでに来たんだ、冬木にいる僕の生徒は君くらいだし」

 

指で、ブラウン管テレビを指さすドクター。

それは電源が入っており、何やらニュース速報を流している。

何の変哲もないただのニュースではないと察したウェイバーは、出されたコーヒーを

そこそこに、目をそちらへと向ける。

 早口で、日本人のアナウンサーが何かを言っている。もちろん日本語がしゃべれない

ウェイバーは、ニュースの字幕機能で流れる文字に目を走らせる。その内容には、

 

 「色々、危ないからね…猟奇殺人、しかも」

 「…オカルトじみた殺人!?」

 『……室内には、被害者の血で魔術陣の様なものが書かれており、警察では…』

 

目だけが笑っていないドクターの言わんとすることは、すぐにわかる。

 

 「色々まずいってことだよ」

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 朝食もそこそこに、ウェイバーはすぐさまライダーに頼んで偵察に行かせた。

自室へとドクターを入れたウェイバーは急いで状況を聞く。ゆったりとソファーに

腰かけたドクターは事前に調べておいたのかすらすらと事件の概要を話し出す。

 

 「事件自体は、ここ一週間ばかり続いているみたいでね。

  警察は最初からオカルトとかの犯行とみて口止めをしていたみたいだけど、

  さすがに六件も続けば隠せなくなったんだろうね」

 「でもこれって…まともな魔術師じゃないだろ?神秘の隠匿は絶対条件だ。

  わざわざ人を殺して、その場に証拠を残すなんてバカじゃないのか?」

 

神秘(ミステリー)とは、ギリシャ語のミステールという言葉を語源とする。

閉じる、閉ざす、隠す。

大体はそういうニュアンスを含んでいる。つまり、神秘が神秘であるのは隠されて

いるからであって、それを漏らすことは神秘を薄めることだ。そして迂闊にもらそう

ものなら魔術協会が黙っておらず、口封じのために刺客を放ってくる。

ウェイバーはそれをよく理解しているための反応を示した。

 

 「ん~、どうだろう。ひょっとしたら本当に魔術師かもしれないし、

  悪魔信仰とかの信者なのかもしれない。だいたいさ、魔術を使ったって

  証拠は今のところはないんだから」

 

カップに入れたコーヒーをすすったドクターは、ウェイバーの性急さを戒める。

 

 「…でもね、この事件が起きた一昨日の夜、最後のサーヴァントが召喚された

  みたいなんだよ。どうだろうね、この事件の犯人が、たまたま魔術回路を

  持っていて、たまたま召喚の儀式を行ったとしたら…

  そして、聖杯は数合わせに無作為にマスターを指名するんだ、ひょっとしたらって

  こともあるよ」

 「一昨日、かぁ…でも素人が召喚して大丈夫なのか?」

 「魔力を供給するだけなら、素人でもできるんじゃないかな。

  それにクラスはキャスタークラスだ、相手が素人でもどうとでもなるさ」

 

なるほど、とうなずいたころ、ライダーからウェイバーへと声がラインを通じて届く。

 

 『ウェイバー?』

 「ライダー、そっちってどうなってる?」

 『…視界をリンクしない方がいいと思う。私は大丈夫だけど、これはひどい』

 『ドクター、俺のほうで映像を録画をしてある。証拠物件としては有効だ』

 「召喚陣はあるのか?」

 

しばらくの沈黙の後声が聞こえる。

 

 『あった。人の血で書かれてる。結構正確に書かれてる』

 

 ちらりと、視界にリンクが映る。見えたのは間違いなく召喚のためのものだった。

一般的な住宅の床、黒く変色し始めた血液によって形を作ったそれ。近くに見えた青い

シートの下には、おそらく材料にされた住人の死体があるのだろうことは想像に難く

ない。リンクを切り、腕を組んだウェイバーは、

 

 「それじゃあ…その殺人犯がサーヴァントを呼んだってことなのかな?」

 「監督役が追いかけているから、僕たちはしばらく傍観だね。

  でもさ、ウェイバー。サーヴァントには注意が必要だよ」

 「?」

 

ドクターは新しく粉を解きつつ、コーヒーのカップをウェイバーに渡していう。

 

 「見た感じ、召喚時に触媒は使っていない。つまりは、キャスタークラスとなりうる

  英霊の中で、相性がいいやつが呼ばれるってこと。

  …殺人鬼、しかも猟奇的だったりオカルトじみたやつと相性がいいなんて

  ろくな英霊じゃないでしょ?」

 「あっ…!」

 

 サーヴァントは触媒なしでは相性の良さが優先されてしまうのが注意点だ。

つまり、たとえ弱いステータスや宝具、マイナーな英霊でも相性が理由で呼ばれることが

あるということだ。

 だからこそ、聖遺物を使うなりして目当ての英霊を呼び出すのが常套手段だ。

もし英霊が複数該当するような触媒があればなお良しだ。

 例えばキャメロットの円卓の破片、あるいは赤枝の騎士団の紋章などがある。

相性がよく、しかも名のあるサーヴァントが呼ばれる確率が高いという、

ずるもいいところの方法だ。

 そこまでを反芻したウェイバーが至った結論は一つだ。いずれにしろ戦う公算が

高まっているならやることは、

 

 「…ドクター。今日のうちに、英霊になるようなやつで、そういう趣向の

  人物を探してくれないか?」

 

そして、運がよけれな未然にこれ以上の暴挙を止めることができるかもしれない。

そう、ウェイバーは考えていた。

 

 「それは、マスターとして。スクランブルオーナインを選択した人間としての

  依頼かな?」

 「リスクを負うのが、その宝具の特性だ。

  それくらい、マスターの僕が負わなくちゃならないんだ」

 

 スクランブル・オーナインとは、ライダーの宝具の中でも異彩を放つもの。

マスターであるウェイバーはその宝具の制約下に置かれており、むやみな乱用が

即脱落につながるもの。

腹をくくるのも当然のことだ。

 

 「よーし。ならさっそく始めようか」

 

聖杯戦争が本格的に始まって2日目。

動きは、さらに激しさを増していく。

 

 

 

 




連投一本目です。
原作におけるキャスターの討伐あたりからですね。
アニメ見たときはこれはすごいと盛り上がったところですので、この章は力作なりそうだと
僕は思います。…けど、非難だらけだったらどうしようとか、不安です。

感想くれると、作者がよろこびますのでよろしくお願いします。
続けて連投するのは第二章第一話、お楽しみに。

五月二日、誤字修正しました。


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Fate/ZERO-NINE 2-1

第二章第0話の投稿後、息もつかずに第一話です。
戦闘シーン近づいてくる緊張感、どんな具合でしょうか?お手本にさせてもらっている
作者様方の能力がすごく高いので、びくびくしつつも投稿です。


 セイバーは森の中を疾走していた。

 左手には、アインツベルンの錬金術で作られたブレスレットがある。

ランサーの槍に抉られてできた傷は槍の破壊もしくはランサーの脱落以外に

回復の方法がないと判明し、緊急手段として封じてあるだけだ。

 

 「…奴は!?」

 

 直感に従い、アインツベルンの城へと侵入してきたキャスターのいる方角へと

もてる脚力と体力を動員して走る。最優のサーヴァント、セイバーの敏捷はランサーにこそ

劣るが他のサーヴァントには引けを取らない。闇夜であろうとも、幾度となく夜戦を

経験していた彼女には全く問題がなかった。

 

…問題であるのは…キャスターだ!

 

 およそのキャスターの生前については、アイリスフィールから情報は得ている。

 英雄と言っていいはずの人物が、なぜ、反英霊として呼び出されたのかは、敵であるとはいえ

セイバーにとっては納得がいかないところであった。国のために戦った元帥、ジル・ド・レイ。

 そんな彼があのように落ちぶれた歴史を歩む羽目になったのはなぜか。報われると

信じて剣を取り、戦いへと赴いたのではなかったのか。世界は、そんな人の願いも踏み

にじるのか。

 やりきれない感情とともに、セイバーは地面をけった。

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 発端となったのは、監督役からの招集であった。

 そこで告げられたのはキャスター陣営の討伐命令。倒した場合、令呪を一角報償

として贈るとのこと。

 

 「聖杯戦争の存続にかかわる重大なことである。各陣営は速やかに戦闘を中止し、

  キャスターを討伐せよ。何か、質問はあるかな?」

 

 使い魔が集まった教会からは質問はなかった。

では、と息を入れた監督役言峰璃正は薄い笑いを浮かべる。

 

 「この聖杯戦争の続行のために、頑張ってくれたまえ」

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 キャスターの暴挙はすぐさま目をつけられていたのだが、アーチャー陣営の遠坂は

これをあえて利用していた。

 アサシンが根城としている場所を見つけてはいたのだが、それをひた隠し、ほかの

サーヴァントの能力を諮ろうと画策していた。また令呪という餌でほかの陣営をおびき寄せ、

かつ、マスターも監督役のところへとおびき寄せることで正体や拠点をあぶりだそうという

狙いもあった。

 ただ、問題であったのは、そういった意図を読み取る達人が、ライダー陣営に

いたことだった。

 

 「あの神父は嘘をついているな…もう、自分たちで処理できるとわかっているはずだ」

 

 使い魔からの映像を見ていたウェイバーに、ウフコックは断言した。肩の上に載った

ネズミは、自慢の鼻をスンスンと鳴らし、

 

 「何かをたくらんでいるな…キャスターが討伐されればこの停戦命令は即解除だ。

  多くの陣営が集まったところで不意打ち、なんてことがあるかもしれない」

 「待ってくれよ、仮にも監督役だろ?そんなことしたら中立性に欠いた

  行動じゃないか」

 「もちろん。だが、俺は監督役とグルである陣営がわかっている。

  あのアーチャー陣営…トオサカの当主だな」

 

いいか、とウフコックはテーブルの上に飛び移って前足を広げる。

 

 「あのアーチャーは、多種多様な宝具を持っていた。俺が認識しただけでも

  あらゆる時代、あらゆる国々、あらゆる神話の宝具があった。

  そういった宝具を意のままに取り出せる宝具だとしたら、アーチャーはどんな相手でも

  弱点を突いた戦いができるというわけだ」

 「…じゃあ、実質最強か?」

 「いや…問題であるのはあのサーヴァントの性格と戦闘への意思だ。

  どうやら相当な国の王か皇帝であったと考えられるし、見るからに

  戦闘に自ら行くようなタイプじゃない。武器をふるうのではなく、

  あの空間から発射していただけだ」

 「なるほど…世界中の宝具を持っていて、しかも王様で、人の上に立つような英霊…」

 

 ウェイバーもこの聖杯戦争のために一応は世界中の英霊・英傑たちのことを

調査していた。人並み以上には覚えていると自負のあるウェイバーは、

頭の中にいくつかの候補を挙げていた。

 

 「とりあえず…皇帝とかなんだろ?

  誰だろうな…収集したっていうならどの皇帝とかでもやることだし…」

 「うん。ドクターの知恵も借りたいが、今は無理だな。

  とりあえず、あれだけの神性を持っているなら、半神とかではないかな?」

 

 神性スキル。

 歴史上には往々にして神の血を引き継ぐものが登場する。もちろん実際はどうだったかは

不明であるが、そういった人々からの信仰を集めているならば得るスキルだ。

ウェイバーがもともと狙っていたイスカンダル、ヒュドラを殺したヘラクレス、

その他、クー・フーリンや関羽などがその例にあたる。

 

 「てことは…結構古い時代のやつだな。ちょっと調べようか」

 

 本棚から、ロンドンから持ち込んだ神話を扱った分厚い辞書を引っこ抜いて、テーブルの

上に置くとウェイバーは早速ページに目を走らせる。

 

 「イスカンダルってことはないよな…あれはライダークラスだし、征服した土地の

  文化を愛好したからって時代は超えないし」

 「ヘラクレスも違うだろう…あれは王というよりも戦士だ」

 「じゃあ、本当に神が呼ばれたのかな…鍛冶の神とかならありうるんじゃないか?」

 「だとするなら、それはキャスタークラスで呼ばれるな。あるいは発射のタイミングで

  武器を鍛えるという工程が入るはずだ」

 「インドのほうの神でもない…残るは中東だけど」

 

 ウェイバーの手はとあるページで止まる。そこには、とある王についての一説が書かれている。

 

 「ウルクの王 ギルガメッシュ…?」

 「ギルガメシュ叙事詩に書かれた、実在した王だな…神の血を受け継いでいて、

  しかも不老不死のための旅をしたとされる、世界最古の王だ」

 

挿絵には、何やら毛が多く生えた人間と取っ組み合いをしている。

 

 「エンキドゥ…神々の作った泥人形。確か、ギルガメシュが用意した娼婦に

  己の獣性を吐き出して人間としての理性をもって、唯一の友となった…」

 「これじゃないか、ウェイバー」

 

はしゃいだようなウフコックの声に、ウェイバーは声に交じる喜びの声を

抑えることはできない。

 

 「やったぞ…やった!」

 

成果を上げて、ガッツポーズをしたウェイバーにライダーからの声が届いたのは

それからしばらくしてからだった。

 

---キャスターを見つけた。

 

  ●

 

 

 

ライダーが、アインツベルンの城へと向かうキャスターを捉えたのは、夜になって偵察に

自主的に出たからであった。しかし、仕掛けることはできなかった。

 

 『子供たちが…!』

 

 ぼぅっとした表情で歩くのは、十歳にもなっていないような子供たち。

二十人は下らないその子供たちは、キャスターの魔術によって抵抗なく真っ暗な夜道を

歩いていく。その奇妙な行列を、ライダーの視界を通じてウェイバーは見ていた。

 

---駄目、攻撃できない!

 

 舌打ちしかねないライダーは、気配を殺して追尾するのが精一杯だ。

ライダーの腕ならば、いかなる距離であれキャスターを狙撃するなどただの

拳銃でも楽なこと。

 しかし、相手はキャスター。いったいどんな仕掛けを施しているかは計り知れないことだ。

また、子供たちが正気に返った時のリスクを考えれば…頭を吹き飛ばされた死体と真夜中に

対面など考えたくもないシチュエーションだ。

 一方で虚空に向かって放っていた声の内容からして、キャスターの真名がジル・ド・レイ

と判明していた。しかしどのようなキャスターであるかは、所詮ライダークラスには

わからない。

 

 『タイミングを見計らってくれ…でもなんだってセイバー陣営に押し掛けるんだよ』

 「誰かと、セイバーを勘違いしているかもしれない。おそらくだがジャンヌ・ダルク

  と考えるのが自然だろう」

 

 ライダーの左手の手袋となって、キャスターのにおいをかいでいたウフコックが

マスターとライダーに伝える。

 

 「子供たちは恐らく生贄にでもする気だろう。彼は、歴史上ではそういった黒魔術に

  傾倒している」

 

ならば、

 

 「必ず隙は生まれる。討伐令が出ている以上、ほかの陣営と手見逃しはしないさ」

---でも…

 『落ち着いてくれ、ライダー』

 

食い下がりかけたライダーに、パスを通じてウェイバーの声が入った。

 

 『暴走しちゃだめだ。君の力ならたぶんできるかもしれないけど…あ、もちろん

  信じてるけど…』

 

なんだろう、と一瞬ウェイバーは言葉を切って考え、それをそのまま吐き出した。

 

 『あんまり焦っちゃ、ダメだぞ』

---!……うん。ありがとう。

 

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 一方で、別の侵入者がアインツベルンの森にはあった。

仕立ての良い服に身を包んでいるのは、金髪碧眼の男性。そして小脇には陶磁の大瓶

を抱えていた。実際の重さが百キロを超えるそれを軽々と扱えるように施された

重量軽減の魔術のレベルは大したものだ。

 

 「Fervor, mei  sanguis」

 

 詠唱されたのは言葉だった。

 それは魔術の呪文であり、扱う人物が自身へとかける自己暗示の術。魔術師の体へと

刻み付けることで、魔術は人間が扱えるものとなる。本来ありえないモノを刻むので、そう

短期間で楽に身に着けられるものではない。

 

 「Automat oportu defensio(自動防御)Automat oportum quaerere(自動索敵)

  Dilectus(指定) incursio(攻撃)

 

 

 だからこそ、魔術師はそれを刻印という形で子孫へと引き継ぎ、能力を高めていく。

これだけの簡単な呪文でこれだけの魔術礼装---水銀によって構築された

最大の武器であり盾を操るのもそれによるところと、持ち主の才覚によるところが

かなり大きい。

 

 「さて…アインツベルンの実力を見せてもらおうか」

 

憤怒の表情を何とか上品な振る舞いで覆い、ケイネスは森へと足を踏み入れた。

 ケイネスの現状は、見た目とは裏腹にかなり悪かった。

 まずは、ロンドンから持ち込んだ多くの魔術用品をせっかく用意した拠点もろとも

ふっとばされてしまったことだ。聖杯戦争に絶対必要ではないが、得られるかも

しれないバックアップを失い、何よりもケイネスのプライドが許さなかった。

 

 「…邪魔だ!」

 

仕掛けられていた爆弾が発動するが一瞬で、『月霊髄液《ヴォールメン・ハイドラグラム》』によって

爆圧が防がれる。

 続いてだが、婚約者であるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの存在がある。

ホテルの爆破から逃れた彼女は、暫定的な同盟を結んだライダーの用意した

拠点に身を潜ませ、その翌日にはランサーにケイネスを探させ、連れてきた。そして、始まった

のは説教だった。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 「ケイネス、私がいろいろ言いたいことがあるのはわかっているでしょ?」

 「…ああ、もちろんだ」

 

 両者の間におかれた紅茶は、すでにこの場の空気同様に冷め切っていた。

ちなみに、ランサーはソラウの一存で場から外れている。

 

 「初戦での失態。セイバーを倒せず、しかも令呪を浪費し、挙句に独りよがりで

  拠点を失った」

 「…」

 「ライダー陣営からの警告を丸々無視したのはあなたよ?

  命を救われて、求められた対価なんてせいぜい今後の協力関係くらいだし」

 

吐息したソラウは、一度呼吸を入れて婚約者を見据える。

 

 「…けどね、ケイネス。私だって現状には甘えないわ。

  聖杯戦争を勝ち抜くつもりに変化はないんだし、ライダー陣営だっていつかは

  敵対するんだから」

 

だから、

 

 「キャスターの討伐令が監督役から出たわ。報酬は令呪一角。何としてもこれを得て、

  ほかの陣営との差を埋めないと」

 

 まったくと、ソラウはため息をつきかける。なぜ、魔力をマスターの代わりに供給する役目

だけである自分が、マスター以上の思考や働きをしなければならないのか、はなはだ

疑問だった。

 

 「わかったかしら?」

 「…仕方がない、不本意だが認めよう」

 

 ケイネスは、ソラウには頭が上がらない。自分よりも地位が上の魔術師の娘であり、自分が

惚れていることも手伝っているのだ。そして、かなり頭が冷やされたケイネスに、反論する

余地はなかった。

 

 「では、キャスターの討伐が当面の目標ということか」

 「そうよ。監督役曰く誘拐事件をやらかしているみたいね」

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 あの場は納得した、しかし、腹の虫がおさまるはずもない。ランサーには単独行動を命じて

自分から遠ざけてある。

 そして自分がすることなど決まりきっている。

 

 「ここか」

 

 アインツベルンの城。

聖杯戦争が始まった約二百年前から、この冬木の地に隠されている城だ。固く閉ざされた門には

強化の魔術を施してあるのだろう。だが、

 

 「scrap!」

 

 水銀の刃が一瞬で切り裂いた。ゆったりとした歩みでケイネスは、ふむ、と周りに目を凝らす。

広いホールには、人の気配すらない。もぬけの殻もいいところだが、

 

 「キャスターへの対応をしているにしてはいささか間が抜けているな」

 

まあよい、と息を入れ直し、ケイネスは声を拡大する魔術をもって城中に声を通す。

 

 「アーチボルト家当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトがここに参じた」

 

 堂々とした名乗りの直後に返答が来た。飾ってあった美しい花瓶の中で

いきなり炸裂した対人地雷のクレイモアにも目もむけず、水銀の楯で受け止める。

魔術師の反応ではなく、礼装自体が危険を察知するとケイネスを守るように設定

されたこれは回避どころか反応すら不可能であろう殺人兵器からもケイネスを

守ったのだ。

 

 「なるほど…それがアインツベルンの返答か。ならば」

 

月霊髄液が攻撃態勢となり、それへと指示を出したケイネスは宣告する。

 

 「宜しい。ならばこれは決闘ではなく誅罰だ」

 

不敵な笑いとともにケイネスは一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 




…ふう。大学に進学すると勉強やら一人暮らしの家事やらで忙しいですけど
執筆時間は増えましたね。
おかげでこんな感じに連投もできるというものです。

さて、今回は戦闘シーンが目前となるお話。うろ覚えながらアニメのシーンを再現しています。
でも中途半端なところで止まったなぁ…次の話から戦闘なんだけれども
その緊迫感を出せただろうかと、自己反省中です。

感想などくれますと、非常に喜びますので、気が向いたらお願いします。

四月十八日、前書き、本文の誤字を修正しました。
五月十一日、誤字修正と本文の加筆を行いました。


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Fate/ZERO-NINE 2-2

一日空けて、最新話の投稿でございます。
ライダーことバロットの宝具も一つ公開です。原作を知っている人なら
あれだろうかと、予想していた人もいるのではないでしょうか?

さて、今回と次回は、とある感想をくれた方からの指摘に基づいて少し書き方を
試しに変更しています。読みやすさなどを評価してくれるとありがたいです。

では、どうぞ。


 キャスターが進む様子は、ケイネスが侵入してくる直前までアイリスフィールが

水晶玉を使った千里眼でとらえていた。そして、城周辺の防御のシステムは

アイリスフィールの管理下にある。

 

 「堂々と侵入してくれるじゃない…」

 

 だから真正面から、森を突っ切ってきたのが判明した。最短ルートであり、それゆ

えに防備も固いところだったが、子供たちという人質の存在が余計にその防備を使い

にくい状況へと変えていた。

 

 「セイバー、キャスターを急いで倒して!」

 

 「はい!」

 

それが騎士王を送り出した言葉だった。

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 「おお!ジャンヌよ!オルレアンの聖女よ!」

 

 甲高い、狂った声が耳をついた。手にはまがまがしい腐臭と魔力を放つ魔導書。

 そして正気を失った目は歓喜の色をたたえてセイバーを捉え、子供たちの中央に立つ

キャスターは腕を万歳するようにして歓迎した。

 

…うまく人質にしている…!

 

 セイバーはそれが決して喜びに任せた配置や動作でないことを知っていた。

 中央に立つことでどの方向から接近されたり攻撃されようとも、子供という

楯を置くことで威圧とすることができる。また、その腕を振るえば子供を瞬時に

殺してしまうこともできるのだ。キャスターの筋力値はD。しかし、英霊である

キャスターはたとえDでも常人を超えた筋力を持つ。そしてかつては戦士として戦場を

駆けた人物であるキャスターは子供の首をへし折るなど楽なことだ。最優たる

セイバーもこれには対応が難しい。直接戦闘には最優でも、こういった搦め手や

策略までも優秀ではないからだ。だから、ここで対峙し、足止めする。おびえた子供

たちは、声も上げることができないままこちらに救いを求めて視線を送る。

 

 「お待ちしていました聖女よ!さあ、貴女の復活を祝う宴を始めようではありませんか!」

 

 「黙れキャスター、すぐに子供たちを放せ!」

 

“風王結界”によって見えなくなった剣を構えたセイバーは、威圧するような声を

発するが、精神汚染スキルを持っているキャスターには通じるはずもない。狂ったように、

実際狂っているが、形容しがたい声を上げている。

 

…どうするッ!?

 

 有視界のこの状況。子供たちを救いたいがそれができない。

水平方向ならどこから攻撃をかけようとも、確実に子供たちに被害が及んでしまう。

睨みあいだ。

 

 「えっ…」

 

そして、それは唐突に破られた。それは、他ならないキャスターへと生まれた変化だった。

 

 「な、な、なにー!?」

 

 ふわりと、二メートルに近い巨体が浮かび上がっていくのだ。体重が七十キロの

その肉体は、バタバタともがいているキャスターの意思に反してさらに吊り上がる。

キャスターのやっていることではない、第三者がこれに介入しているのは明らかな

ことだ。どこの誰だろうか。混乱していたセイバーにはその正体が直感スキルによって

答えがもたらされた。

 

 「上か!」

 

はたして、上空十数メートルほどの高さにそれはあった。卵が、浮いている。

不可思議ともいえるこの光景は、上質な重力素子を放出することで成立していた。

まるで家を丸ごと浮かべたかのようなその住居は“緊急特例法案(マルドゥック・スクランブル)”で具現化された

ライダーの宝具 浮遊移動式住居(フライング・ハウス)“ハンプティ・ダンプティ”だった。

 そしてその殻の一部がスライドし展開しタラップが構築されたそこにはあのライダー

が、見慣れない機械を抱えて立っている。アンテナのようなパーツがあり、それは二メー

トルほどの長さがある本体と白いケーブルによってつながれており、支える

ようにフレームがいくつも接合されている。ライダーが手元の操縦桿らしきものを

握りこみ、その機械を構えたその先には浮いているキャスターの姿があった。

 これもまたライダーが緊急特例法案によって具現化した宝具“トリック=ブルネレ

スキ”だった。疑似重力を対象へと放射し、浮遊させる機械であり宝具は此処できちんと

働きを示していた。それを見て、なるほどと、ようやくセイバーにも納得がいった。

 ライダーは宝具らしきあの巨大な卵型の住居でキャスターを尾けていたのだろう。そして、

確実に倒せるタイミングを見計らって、自分には理解しがたい機械でキャスターを引き離し

にかかった。水平方向からがだめならば、真上から。

 技術的な問題から、そして、時代の差がある思考からそれが可能とは考えられなかった

キャスターとセイバーの意表を突いた策だった。

 

 「放せ、はなせぇ!この、汚らわしいしい女めがぁぁぁーーーーー!」

 

 叫ぶが、キャスターの声は意味をなさない。激しい呪詛を浴びせる魔術師をよそに、

ライダーの持つ宝具はいよいよその起動音を強くしていく。そしてかなりの高さまで上が

ったところで、その向きをくるりと回したライダーは一気にスイッチを切った。

 

---いって…!

 

機械の効果から逃れたことで地上数メートルのところから、だれもいない方向へとキャス

ターは吹き飛ばされていた。いかに歴戦の戦士とはいえ、とっさに受け身を取ることは

できず、地面へと無様に転がるしかない。

 

 「さあ、早くこちらに!」

 

 そして、セイバーの声に導かれ、子供たちは一斉に走って逃げだした。

落下の衝撃を受けて呻きながらキャスターが立ち上がるころには、地上にまで

降りてきていたライダーの宝具である卵型の飛行住居“ハンプティ=ダンプティ”に

子供たちが我先に乗り込んだところだった。

 

---キャスターはお願い。

 

 そしてライダーは続くようにハンプティに飛び乗ると、電子音声を残して上昇する

操作を取った。みるみる上昇していくそれを見送る暇もなく、セイバーは

透明化された剣を構えて対峙する。ライダーによって、キャスターのアドバンテージは

ないにも等しい状況だ。

 

 「おのれおのれオノレオノレぇぇぇぇっっっっ!貴重な生贄をよくもぉー!」

 

 怒り狂ったキャスターは、その手を手にした法具である本へと叩き付ける。

クトゥルフ系の海魔を召喚することが可能な“螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)”はその意思にこたえ、

次々と海魔を召喚していく。

数は次々に増えていき、あっという間にあたり一帯を埋め尽くしていく。一つ一つは

あまり強くはない、だが、物量という単純かつ強力な手段による突撃には、さすがの

セイバーでもけがを抱えているいまでは苦しいところがある。しかし、

 

 「やはり貴方か、ランサー」

 

高度を上げ飛び去る直前の“ハンプティ=ダンプティ”から最後に飛び降りてきたのは、

赤と黄の二槍を構えた美しい槍兵だった。不敵に笑いつつセイバーの背後をカバーする

ように並び立つ。

 

 「ふん、ライダーには借りがあるのでな、手を貸そう」

 

ぐるりと回した槍の音が頼もしく感じる。セイバーも口の端が吊り上がるのを抑える

ことができない。状況はあっという間に逆転したのだから。

 

 「ライダーに子供たちは任せよう。俺たちが相手をすべきは、あいつだけだ」

 

 「もちろん。負ける気などない」

 

 二人の視線の先、海魔の群れの奥には憤怒の形相のキャスターがいる。三大騎士クラ

スのうち二騎が協力すれば、たかが海魔の大群など恐れる範疇ではない。

 

 「覚悟はいいな、外道」

 

凛とした宣告が、漆黒の森に響いた。

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 切嗣は、アイリスフィールと舞弥が脱出したのを確認すると、テーブルの上にある

キャリコM950とトンプソン・コンテンダー、さらには切り札である“とある銃弾”を

装備し、コートの内側には手榴弾やナイフ、拳銃などをしまった。さらには、アインツ

ベルンの錬金術によって作られた銃弾やナイフ、さらには金属片を殺傷能力向上のため

に仕込んだ爆弾などがこの城のみならず、いくつかの拠点や装備品の中に用意されて

いる。もっとも、キャスター相手には使う余地がなかったのだが、それはそれで構わな

いと判断していた。

 

…さて、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトか。

 

 楽な相手と、そう判断している。今はこの城をゆっくりと移動中で、自分が配置した

迎撃用の火器やトラップはことごとく防がれている。しかし、それによって相手の魔術

礼装の特性を知ることができた。攻防一体の優れた魔術礼装だが、同時に魔術師を殺す

ことに長ける魔術使いにとっては弱点を見つけるのが楽なものだった。単調な変化、

単純な接触などによる目標探知、特定の動きがやや遅いなど。そして、

 

…魔力を消費し続けることで防御力を高めていること。

 

当たり前だが、重要なことだ。比重が重い水銀とは言えど、所詮は室温において唯一の

液体である金属。物は突き抜けるし、水のように流れる特性を持っている。だからこそ、

あのような礼装に使用ができるのだろうし、魔術による付加(エンチャント)を施している

のだろうが。

 

 「?」

 

 手を伸ばした先。ドアノブから、何か銀色の液体がわずかに出ている。

瞬時に、切嗣は背後からくる激しい音のほうへと振り返った。部屋の中央部がごっそりと

下の階まで崩落していた。空いた穴はまるで刃物で切り裂いたかのようになめらかで、

そこをゆっくりと水銀の魔術礼装によって上がってくる人物がいる。

 

 「見つけたぞ」

 

 口の端を釣り上げてケイネスが宣告し月霊髄液が伸びてくるのと、切嗣がおのれの

魔術の呪文を唱えたのは同時だった。

 

 「Time Alter(固有時制御)double accel(二倍速)!」

 

 切嗣の体は一瞬で移動する。

 繰り出された豪腕にも等しい水銀の間を潜り抜け、身を飛ばし、ケイネスが空けた大穴

から階下へと飛び降りて退避する。

 

 「何!?」

 

 そしてケイネスの目には倒すべき相手の姿がまるで溶けたかのように見えなくなっていた。

しかし、ケイネスは伊達に時計塔の講師をしていたわけではなかった。

 

 「時間操作術か」

 

 自分の体内を固有結界に見立て、その内側の時間を加速させることで高速機動を

行ったのだと看破する。もちろん、“修正力”を世界から受けるとはいえ、本来は

大がかりな儀式を必要とするものを、たった二節にまで縮めた技術に関しては

称賛するに値する。

 

 「だが、どこまで逃げられるかな?」

 

 勝利を確信するケイネスは、笑みを崩さないまま、切嗣の行方の捜索を続行した。

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 ハンプティ=ダンプティの飛ぶ鈍い音を、消音設定で消しながら住宅地の上空を通過

していくライダーは、魔力消費を抑えるために動くことなくじっとしていた。

一つの住居の形こそしているが、もともとは空中に浮かんだ軍事要塞の開発を

行う過程で生まれた物品だ。緊急特例法案(マルドゥック・スクランブル)によって具現化した

これの中では、疲れ切った子供たちが静かに眠っていた。

緊張の糸が一気に切れたのだろう。それでも混乱する子供にはライダーが睡眠導入剤を

子供が好きな飲み物に混ぜて飲ませることで対処していた。

 

 「大丈夫か、バロット」

 

 ウフコックは左手の手袋から“外に出て”ライダーの手の上にいた。

クラス名ではなく、セカンドネームで気遣いをくれる相棒に、穏やかな笑みを

見せる。

 

---ありがとう、でも大丈夫。もう少しだから。

 

冬木の教会まで、あと少しだ。ウェイバーの負担を減らすべく消費魔力を抑えつつ、宝具

の維持に努めるのは決して楽なことではない。だがそれでも、ライダーはけっしてやめよう

とはしない。

 

---これは、私が決めたことだから。

 

 「無茶はしないでくれ。君に倒れてもらっては困るんだ。

  俺は二十メートルを一分で走り切れない運動音痴なんだから」

 

---似たようなこと、前も聞いた。

 

ふっと息をついたライダーはようやく立ち上がった。軽くストレッチをして、手のひらの

上のウフコックを目線の高さまで上げる。

 

 「もう五分もすれば、教会だ。対応はドクターに任せよう」

 

---うん。ところでウフコックが気になっていたことはどうだったの?

 

 召喚直後から言い続けていたそこを聞いてみたかった。

聖杯戦争が開催される冬木の地に満ちる魔力のにおい。ライダーがわざわざ足を延ばした

のはキャスター討伐もあるが、戦闘に乗じてアインツベルンの本拠を調べることも

目的の一つだった。ウェイバーの地道な調査で、どうにもきな臭い感じが出ていた。

 また、聖杯戦争を勝ち抜くと得られる聖杯を用意するのはアインツベルンであり、

何かしらの手がかりを得られないかと期待していた。

 ふむ、と鼻を鳴らしたウフコックは、手の上で腰を下ろす。

 

 「あの城に近づいただけだが…やはりよくわからない匂いに満ちていた。

  だがな、倉庫街での戦闘時から、あのアインツベルンのホムンクルスからは

  特に顕著だった。ただ一つ言えるのは…」

 

言葉を選び、断言する。

 

 「…何かしらのトラブルが生じている、ということだ。

  無色の魔術が聖杯に満ちていないのはどうにもおかしいことだと俺は思う。

  願望をかなえる奇跡の器である聖杯に、一体何が起こっているのか…」

 

---トラブルが起きているの?

 

 「うん。我々サーヴァントはおおむね問題なく召喚された。キャスターは数合わせ

  のためであるから仕方がないとしても、な」

 

いや、

 

 「むしろ、それもおかしいことだ。

  聖杯はそれなりに人間を選ぶはずだ、まさか魔術回路を持つ人間がキャスターの

  マスターだけだったということはないだろうし、聖杯が選んだ理由があるはずだ」

 

---数合わせ以外にも、ということ?

 

わからない、と否定したウフコックは、目を上げる。

 

 「できるなら、もう一度あの城に行こう。何かわかるかもしれない」

 

 やがてハンプティは徐々に高度を下げ始める。外の風景をぼうっと眺めつつも、未来の

英霊たるライダーは嫌な予感を感じていた。

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 廊下で対峙した切嗣とケイネスの間には激しい銃声があった、

 

 「バカめ、その程度で破れると思っていたか!」

 

 水銀の幕の内側にいるケイネスは、連射されるキャレコを苦も無く防いでいる。

そのキャレコをいったん投げ捨てた切嗣は、コートの下から切り札を取り出した。

トンプソン・コンデンダー。一発のみ装填できる、とてもではないが実用的には見え

ない拳銃だ。名前の通り競技用としての側面が大きいのだが、重要なのはそこではな

かった。

 威力。その一点に絞られる。切嗣の見たところ、ただの弾丸では月霊髄液を貫通

することは不可能だと考えた。では何が必要か?アインツベルン製の弾丸では効果が

なかったことからして、魔力の差などが原因ではないと断定していた。ならば口径と

火薬量に任せた威力こそが重要。この拳銃であるならよほどの防弾シールドでもない

限り防ぐことはできない。その自信を持って切嗣は発砲。当然のように防御しようとした

ケイネスだが、その弾丸はあっけなく水銀の幕を貫通し、驚愕したケイネスの体に

直撃した。

 

 「ぐあっ…!」

 

当たったのは左肩。噴き出した血を無視したケイネスが攻撃命令を下すのと、切嗣が

再び時間加速をするのは同時のタイミング。キャレコを回収した切嗣はそれを発砲し

つつ廊下の角を曲がって姿を消した。

 

 「くっ…よくもこの私に、傷をつけたなぁ!」

 

 もともと研究職のケイネスには、実践戦闘などあまりない。この礼装も、戦うため

というよりは身を守る手段であり、研究の成果を固めた物だからだ。戦うなんてこと

よりもひたすらに自己研鑽に明け暮れるのが魔術師というもの。痛みをこらえつつも、

ケイネスは月霊髄液に指示を出した。

 

 「許さんぞ、アインツベルン!」

 

激しい破壊音をもたらす水銀が、彼の心境を端的に表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

《宝具解説》

 

・ハンプティ=ダンプティ

ランク:C

種別 :対人法具

レンジ:-

最大補足:-

 

戦時中に開発されていた空中浮遊要塞の試作品で、浮遊移動式住居(フライング・ハウス)としてスクランブル・

オーナインの物品の一つに名を連ねている。卵状の本体は超高密度の軽金属によって

構成され、重力素子を使うことで高度一万五千フィートにまで上昇し、滞空できる。

原作においては事件の重要参考人となったライダーが最初の隠れ家から脱出して以降

隠れ家兼事件捜査の拠点として利用した。

英霊となったライダーはこれを使っただけで、実際に持ちうる英霊ではないが

宝具“緊急特例法案”の力で自分の宝具として利用している。なお、これを操るには

同ランク以上の騎乗スキルとこの法具に対する理解が別途必要であり、実質ライダー

専用の宝具と化している。

 

・トリック=ブルネレスキ

ランク:D

種別 :対人法具

レンジ:5~10

最大補足:3人

 

オリジナルのスクランブル・オーナインの物品。話の都合・作者の思惑が一致して

生み出されたこの作品のみの産物。アンテナとそれにつながる二メートルほどの

フレームと操縦桿で構成されている。モデルとなったのはとある人物が持つ疑似

重力の機能。疑似重力は本来は使いたい人間の体内にその発生装置を埋め込むことが

必要だったが、これを体の外に置けないかという実験の過程で生み出された。効果は

補足した相手への疑似重力による浮遊能力の付与である。しかし安定性が低く

結果としてとらえた相手を十数秒間浮かせるのが限界で、この機械自体の開発は

中断されていた。対称が多人数されるほど効果は薄くなる欠点もある。

これもまた宝具“緊急特例法案”によってライダーの宝具の一つとなりキャスター

に対して使用された。

命名の由来は“コロンブスの卵”の話のモデルになったとされる“ブルネレスキの卵”

という話より。

 

 




今回のお話、いかがでしょう?
原作ではだれもが最後まで気が付かなかった事実に、ライダー陣営は深く迫りつつ
あったりします。
そしてついにライダー騎兵たる証の一つが登場しました。
戦闘に使うというよりは拠点としての乗り物ですが、十分にライダークラスとしての
性能はもっていると設定の時に考えました。ですから、あんまり批判コメントは
勘弁願います、豆腐メンタルなので。
もちろん戦闘時には戦闘時の乗り物をオリで出しちゃいますよ(暴露)。

感想の中にありましたが、バーサーカーとライダーの組み合わせって強くない?といった
趣旨の書き込みがありました。
確かに、ライダーの体感操作って、バーサーカーのスキルと似たものがあるし、ライダーの
超科学の物品をバーサーカーが強化したら怖いもんですね…
僕が気が付かなかった着眼点には敬服します、この場を借りてお礼申し上げます。

では次回もお楽しみに。


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Fate/ZERO-NINE 2-3

まだまだ続くよ、縞瑪瑙の怒涛の連投。
この作品を知った大学の仲間たちからもエールをもらっていますので、
俄然やる気もわいてくるのです。いや~親友とはいいもんですね。

そんな感じで、いよいよキャスター戦に決着です。


 きぃきぃと、耳をつく奇声が上がる。

 クトゥルフ系の海魔の声は、森閑としていたアインツベルンの森の中に

生じた戦場に響き渡っている。悪意そのものが生物となり具現化したようなその

不気味なそれは、ヒトデや蛇、あるいはナメクジなどを連想させるような

巨体をぬめぬめと動かしていた。

 

 「はぁっ!」

 「ぬん!」

 

 そして海魔の群れの中央には、二人のサーヴァントが即席とは思えない絶妙な

コンビネーションで百を超える敵に対して悠然と戦い続けていた。槍と剣が一閃される

たびに次々と真っ赤な血の花が咲き、半径三メートルほどのテリトリーには倒れ伏した

海魔の肉片がおびただしい量転がっている。十倒したか、二十倒したか、あるいはとっく

に百までいったのだろうか。それでも双方にあまり疲労はない、すでに安定して戦うスタ

イルを双方が確立し、それに修正を加えつつキャスターのほうへと迫っているからだ。

 さらに、セイバーもランサーも歴戦の戦士であり、この程度の戦闘で疲労し体力を消耗

するほど弱くはない。海魔は単なる突撃と物量頼みの戦術。倒された海魔の血を元手に

さらに海魔が呼び出されるが、呼び出された先から次々と剣と槍の餌食となってそこら

じゅうに体液をまき散らしつつ死んでいく。

 

 「くぅぅッ!」

 

 キャスターは、しかし、何もできない。彼とて狂ってはいるが、戦力差を誤るほど

愚かではない。かつては戦士だったとはいえ今サーヴァントとしての身ではかつての

力を出しても目の前の二騎を相手にしても、勝てないことは明白だ。

 

 「だいぶキャスターも焦れてきたな」

 

 ランサーは槍を引き戻す動きの中で、セイバーに声を飛ばす。

 

 「仕掛け時か?」

 「これだけの海魔、突撃したところで包囲されるのがオチだとは思うが?」

 

 切り伏せ、飛び下がって紫色の触手を回避したセイバーもまた、余裕の表情で応じた。

 だが、彼女もそろそろ倒すための行動をすべきだと判断していた。振り下ろした剣を

返す動きで、二体まとめて切り裂く。そこへ横から飛び出してきたが、

 

 「俺の目を甘く見たな」

 

ランサーの槍が神速の勢いで繰り出され動きを止める。左の必滅の黄薔薇は

くるりと向きを変えると背後の一体を串刺しにした。

 

 「そこだ!」

 

動きが止まったランサーをカバーするように、セイバーは踏み込んで飛び上がって

襲い来る海魔を一刀両断にする。

 

 「ではどうする?」

 

剣についている血をふるう動きで振り払い、ランサーの問いにセイバーは答える。

 

 「策はある。ランサー、風を踏んで走れるか?」

 「ふん、その程度ならば問題はない。最速のサーヴァントの名は伊達にしてはいない

  つもりだ」

 「頼もしいな」

 

 軽口をたたきつつも、二人は突撃の構えをとった。槍を低く構え、右足を前に一歩

踏み出した姿勢のランサー。透明になった剣を、まるで突き出すようにして構えた

セイバー。それはまるで砲台。しかも、遮るものを次々と仕留めていく魔弾を

発するかのようだった。

 キャスターはこれを好機と見た。一刻も早く、自分を導いてくれたあの聖女を

復活させたいという願いがそれに拍車をかけた。

 

 「さあ、その声を聴かせてください、ジャンヌ!」

 

 一斉突撃。耳をつき、頭に響くような奇声を上げる海魔。しかしそこに勇敢さに

満ちたセイバーの声が轟いた。

 

 「風王鉄槌(ストライク・エア)!」

 

 風の鉄槌は、突き出された剣から暴風のごとく走り抜ける。セイバーの剣を隠す風王

結界。それは単純な透明化だけでなく剣の速度の加速やこのような攻撃転用もできるも

のだ。収束されて解放された一撃は、数十を超える海魔を吹き飛ばしキャスターへの

最短ルートを一挙に構築せしめた。

 

 「オオっ!」

 

 そして、しばらくの間構築された風の道。並の人間ならば吹き飛ばされかねないよう

なそこを突っ走るのは、風の速度を凌駕する二槍を携えたサーヴァント。

 

 「いけ、ランサー!」

 

 返答はないが、セイバーはランサーの動きに返事を見た。ランサーの脚力、跳躍力、

そしてそれに上乗せされた風によるブースト。そしてキャスターを討ち取らんとする

その強い意志。

 

 一歩が、もはや十メート以上にも達した。

 

 飛んでいくように走るランサーも、未知の体験に少なくはない感動を覚えていた。

 

 軽いなどという生易しい表現すら追いつかない。

 

 飛んでいることを、認識できないほどだ。

 

 地面に立つような気軽さで、宙に浮いていた。

 

 ただわかるのは時折つく地面の感触がやけに軽いこと。

 

 これが、鳥の感覚なのか、とわけもなくランサーは納得した。

 

 だが、それほど長くはない。

 

タイムにしてわずか二秒あるかないかの時間でもって、キャスターが徐々に下がり続けた

事で開いた百メートル前後を駆け抜けた。邪魔するものは何もない。キャスターの

動きは遅い。ならば、

 

 「抉れ、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)!」

 

 ランサーは左手の槍をその速度のままに繰り出す。確実に仕留め、倒せなくとも負傷

させることで右手の破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)によってとどめをさすことを狙った動きは、

精神を病み、キャスタークラスであったジル・ド・レイにはあまりにも速過ぎた。

 

ブシュッ!

 

螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)を持つ腕が飛び、続けて腹部を抉り取るような一閃。返す動きで、人の皮を

使った表紙を持つまがまがしい本を破魔の紅薔薇が刺し貫く。宝具の効果を打ち消すその槍に

よってすぐさま形を失った螺湮城教本に応じるかのように、海魔たちも苦しげな声を

挙げて崩れ落ちていく。おまけとばかりに、必滅の黄薔薇がキャスターの背から腹に

向かって貫き、引き抜かれた。噴き出す血を無視し、着地し制動をかけつつ滑っていく

ランサーは、もはや振り向かない。

 

 「とどめだ、外道」

 

 風の結界によるブーストを得て、ランサーにこそ劣るが素晴らしい速度で肉薄した

セイバーが剣を振りかぶってキャスターの目の前にいた。

 

…ああ、ジャンヌよ。

 

 死の直前。ジル・ド・レイは刹那の間、正気へと戻っていた。

 それは、剣をふるう凛とした姿に、ある少女を重ねた故だった。

 

…あなたのような乙女は、多くいたようです…

 

 今になって考えれば、この少女はジャンヌではない。だが、その在り方は、気高く戦う

その様は、自分のあこがれたジャンヌそのもの。

 

…だから、間違ったようです…お恥ずかしい…

 

 『いいのですよ、ジル。さあ、おいでなさい』

 

 そんな声が、聞こえた気がした。やさしく自分を包み込むような母性に満ちた

あの聖女の声と姿を、一瞬知覚した気がした。ふっと笑みを浮かべたジルは、ただ

その英霊の剣を負傷した肉体へと受け入れた。

 

 「見事です、アーサー王よ。いや素晴らしい」

 

 それが消滅直前に言った、最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 決着した場で、セイバーは静かに黙礼を送っていた。それはランサーも同じだった。

二人とも、最後の瞬間に見せた、本来の英霊としての姿を目撃したからであった。

 だから、いかに悲惨な事件を起こしているとはいえ、討ち取った二人には少し

ばかりの後悔があったのだ。

 

 「…安らかに眠ってくれ、ジル・ド・レイ」

 「できれば、戦士として戦いたかった」

 

 最後の魔力の塊が消滅し、ようやく平穏が森の中へともたらされた。最後に浮かべて

いた笑みだけは、まぎれもない本物だったのだと、二人は心に刻んだ。さて、と身構え

たのはしばらくしてからだ。互いに阿吽の呼吸で戦っていたのは先程までのこと。

 次は、目の前の強敵と戦うことに集中するのみだ。

 

 「やるか、ランサー」

 「ふん、おもしろいな」

 

 休戦命令は、キャスターの討伐までとされている。ならば、キャスターが討滅された

この環境、この場所、そしてほかのサーヴァントの介入の危険性がない一対一の

願ってもないチャンス。

 

 「ッ!?」

 

 しかし、そのにらみ合いは一瞬で崩れた。ランサーが不意に、何かを感じ取ったのだ。

レイラインを通じて、自分が仕えるマスターの身に何かが起きたことを。

 

 「セイバー…」

 

槍をゆっくりとおろして眉をひそめたランサーに、騎士王もまた武器を下ろすことで

応じた。

 

 「マスターの危機なのだろう。ならば、行くがいい。勝負はまたお預けとなったが」

 「またいつか。フィオナ騎士団の一番槍の力を見せよう」

 「受けて立つとも。ブリテンの誇りにかけて」

 

すぐに霊体化したランサーの気配は消え、ようやくセイバーも息をつくことができた。

左手の感覚が先ほどまでの戦いで消えかけていたのだ。あのまま戦っていたらどうなって

いたかは、正直不安があるところだ。

 

…次こそ、決着を。

 

右手でかばいつつも、剣の英霊、セイバーは決意を新たにしていた。

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 そして、三組目の侵入者がこの夜にはあった。

 

 「…」

 

 無言で森の中に立つのは、カソック服をきた一人の神父言峰綺礼。

脱落したと見せかけたアサシンのマスターは、その手に独特の武器黒鍵を持っている。

代行者として過ごしていた時代から愛用する、投擲のための剣だ。

投げつけることを主眼とし、重心を剣の先に持たせ、さらには術による属性付加(エンチャント)

つけることで、死徒などの特殊な相手にも有効な武器となっている。

アインツベルンの城への侵入は、独断専行に近いものだった。

 しかし言い訳も考えてある、キャスターの討伐のため、というものだ。アインツベルンの

森に出没したとアサシンからの報告があったときは、もはや無意識に動いていた。

 アインツベルン陣営と手を組んでいる、あるいはアインツベルン陣営のマスターである

と睨んだ彼は、切嗣を探していた。自分にとって求めなければならないものが、そこには

ある気がした。確証はないが、確信はある。

 

…問わなければなるまい…何を見つけたのかを。

 

 そして、先ほどまでの戦闘でとらえたのはアインツベルンのマスターである

ホムンクルスだった。もう一人はあちらの地面で転がっているが、今はどうでもよい。

聞き出すだけ聞き出したが、事実の確認でしかなかった。いかに頑丈なホムンクルスと

いえど、体の主要な骨を折られ、内臓にまでダメージを負った状況なら長くはもつまい。

とどめのように黒鍵を腹部へと突き刺しそのまま地面へとホムンクルスを投げ捨てた。

 

 「戻るか…」

 

 無意識に落胆が混じった声を漏らした綺礼は、しかし、ぴたりを動きを止める。

 理由はない。直感だった、この場に自分とホムンクルスと、衛宮切嗣の使う女以外にも

この場を覗くものがいると。

 

 「…!」

 

 カソックの袖から出た両手が持つのは、新しい黒鍵の柄。魔力を供給されて刃が形成

されると同時にそれをなげうった。空気を切る音は、しかし途中で銃声によって

途切れて地面へと転がる音へと変じる。鉄甲作用によって高い威力を持つ黒鍵を同時

に六本も拳銃に落とす能力を持ちうるのはこの聖杯戦争においてたった一人しか

ありえなかった。

 

…ライダーか。

 

銃声は一瞬のうちに十数発響いた。あの威力を持つものをほぼ二発の銃弾ではじくなど

考えたくもない技量だ。しかも同時に六本も、だ。それに加えて、自分はアーチャーに

手を出すなと言われている。強制力こそないが逆らうとどうなるか分かったものではない。

耳をついたのは弾倉をリロードするかすかな金属音、倉庫街での銃撃がもう一度襲ってくる

かもしれないという危機感が、綺礼に撤退を選ばせた。

 

 

 

    ●

 

 

 「ギリギリ…いや、少し遅かったか…」

 

 死に体のアイリスフィールの五感へと届いたのは、渋い男性の声だった。

地面にうつ伏せとなった状態では上を見ることはできないし、視界も狭いまま

だったが、それだけははっきり届いた。

 

---大丈夫かしら?

 「…まだ息はあるな。さすがに魔術によって生まれたホムンクルス。並の人間なら

  死んでもおかしくはないな」

 

 二つの声。片方は恐らくライダーだろう。倉庫街で直接ライダーを見たアイリスフィ

ールはぼんやりする頭でそう考える。もう一人は、マスターなのだろうか。深い知性を

感じる不思議な声で、ずっと聞いていたくなる。しかし、不思議なことに耳に届く

足音はライダーのものしかない。まるで宙に浮いているかのように足音をさせない声

の主に、アイリスフィールは俄然興味がわく。

 

 「アインツベルン製のホムンクルス、さすがに聖杯の知識にあるようなもの

  とは別格だな。なんというか、人により近い」

---ウフコック。

 

 咎めるような少女の声に、肩をすくめたような気配がする。姿を見たい気持ちはより

強くなったので、力を振り絞って顔をずらす。数節の呪文で体の痛みに麻酔を入れ、

絶たれた筋肉をいくつか修復する。すごいことだ、自分の中のとあるモノに、

ほんの少し前に中身が注がれたばかりだというのに。

 

…見える?

 

 見えたのはピクリとも動かない舞弥の、包帯によって手当てを受けた姿だった。

目を閉じたあの一瞬で巻いたのだとしたらとんでもない速さだ。こちらに歩いてくる

ライダーはいたわるような雰囲気を持っていた。先ほどまでの戦闘のことなど

微塵も感じさせないような無害さで。そして、不意に血が引くような感覚とともに

意識が闇に飲まれる直前、アイリスフィールの瞳はやっと声の主を見つけた。

 

…え…ネズミ?

 

 当たり前のように二本足で、ライダーの白い戦闘服の肩の上に乗るのは、暗闇の中

でも金色に輝くネズミだった。それをもっとよく見ようとしたときには、負傷した

体と精神はもう抗えなかった。気を失った。

 それを見たライダーは慌てて脈を診るが、問題はなかった。

 

---慌てて損したみたい。

 「まあ、それよりも早く治療をしてこのホムンクルスのご婦人の体を調べさせて

  もらおう。先ほどから嫌なにおいがプンプンする」

 

 ウフコックのここでの匂いは、決して生活臭などの匂いではない。相手の放つ

魂の匂いを嗅ぎつけるのがネズミの能力だ。ライダーが両手をそっとアイリスフィール

の体に当てると、手袋となっていたウフコックは自分の体内から包帯やガーゼ、

消毒液などを順々に取り出して一瞬で巻き付け負傷を覆っていく。そうしてアイリスフィ

ールの背中の上に降りたったウフコックは、スンスンと鼻を動かしつつあちらこちらと

動き回る。

 

 「…やはりか。無色の魔力に満ちていない。…それに、やはり俺の推測は

  当たっていたようだ」

---どういうこと?

 「ライダー。ご婦人の体内を、内部の機構に触らないように探ってみてくれ」

 

 頷いたライダーは、いったん息を深く入れて意識を集中する。

 ホムンクルスは、人間のように動く精密な人形にも等しい。しかもきちんと食事をとり

代謝系を動かし、本物の人間以上に活動的なのだ。このアインツベルンの森に

乗り込んだ時にライダーが仕掛けられた魔術を解除していった時とはわけが違う。

探るだけでも、ただ探るのではない。

 

 『…もっと深いところに…余計な情報に足を引っ張られるな…』

 

 とある楽園でであったイルカの言葉を思い出す。そう、余計な情報に、人間らしい

活動をする表面的な機能に惑わされずに、もっと深い位置にある重要な情報を

探っていくことが必要だ。

 人間らしい機能はそろっているが、それらは生命としての機能だけでなく

魔術的な要素も含んでいる。心臓は血液に混ぜた魔力を流すポンプであるし、消化

器官には食べたものに含まれる魔力を効率的に取り込む仕組みがつけられている。

眼球には魔力を感知しやすくする工夫があるし、数年前まで子供が入っていたと

思われる子宮には親の持つ魔術的能力を遺伝させやすくする複雑な術が埋め込まれ

ているのがわかる。負傷している状態であるためか、体内では肉体の機能を維持

しようとする術が自動で働いている。

 これほどまで作り上げるのは、やはり長い歴史を持つアインツベルンならでは

の卓越した技巧だろう。これらを手掛かりにライダーは探知を続ける。

 

 『以心伝心(セマンティック)に探ってみるんだ』

 

 そう、意味論的(セマンティック)に。得られる情報を統計的に、そして有機的に

整理する。楽園のあのプール型の情報端末に一体化した時の感覚を皮膚で思い出し

ながら、更なる深みへ。脳、脊髄、肺、消化器官、耳、目、上皮組織や子宮などの

女性としての機能。各種臓器や体毛、分泌系や神経系までもが本物そっくりだ。

体中に張り巡らされた魔術回路はライダーの皮膚による干渉に反応してわずかながら

動きを見せている。

 そして、ライダーの感覚は体の最も重要な機関である心臓の内部へと。強力無比な

魔術的な保護とプロテクトを何十によって包み込まれた部位へと達する。かなり厳重だ。

イメージは城の壁や砦。しかしそれは無骨ではなく、魔法にも近いレベルの魔術が

組み合さって構築された芸術的なものだった。

 

…もっと深く…

 

 これを強引に突破しては、多分中身は丸ごと崩れるだろう。地面にたたきつけた

卵のように殻と黄身と白身がごちゃごちゃになるように、これもまた繊細な接触が

必要だった。かつて“楽園”で体験したものよりも流動的であるが、同時に”楽園”

以上の予定調和を感じる。まるで、中央部だけが完璧に茹で上がった卵だ。

 外とつながるわずかな道を、ライダーの感覚が通り抜けやがて中央へとたどり着いた。

 

---これって!?

 

 そして、それら(・・・)を認識した直後に、ライダーは身の危険を感じて一気に意識を

自分の体の中へと引っ張り上げる。思わず叫んだライダーに、ウフコックは重々しく

うなずいていった。

 

 「ああ----アインツベルンが用意する、聖杯戦争のキーとなる儀式用の礼装。

  このご婦人の体内には小さな聖杯が入っている」

 

 ウフコックが宣告した内容は、あまりにも衝撃的な内容だった。なぜわざわざ

ホムンクルスがこの冬木にまで来ていたのか、その理由がこれだ。倉庫街で、そして

アインツベルンの城で、ひいては冬木の町に満ちていたよくわからない匂いの正体。

 それはこの街を散策したアイリスフィールが、我知らずとまいた匂い。地脈から

地表へと染み出た聖杯のバグによる影響。この聖杯戦争が、すでに崩壊の危機を

迎えていることの証。

 

 「単純な器のような機能でまさしく聖杯だな。これ自体には、まだ中身が一つ分

  しか満たされてはないが、外からの魔力によって満たされれば間違いなく

  願望機となる仕掛けだ…」

---でも、なんでアインツベルンは聖杯とその中身を準備できるのに、わざわざ聖杯

  戦争を始めたの?

 「…それはまだ、俺の中では推測段階だ。ここでは何とも言えない。だが」

 

ウフコックは赤い目でライダーを見上げる。

 

 「このご婦人の体の聖杯と、この冬木の地下にある聖杯は魔術的にリンクしている。

  さらには、本体の地下にある聖杯にはバグが起こっていて、それが原因で…」

 

呟き、消えていく声は、しかし突如声音を変えた声によってさえぎられた。

 

 「殺意の匂いだ!来るぞ!」

---ッ!

 

 急速に高まったその匂いにウフコックが叫び、ライダーの体に飛び乗った瞬間。

それは、闇を切り裂いて、無防備だったライダーへと襲い来た。

 

 

 

 

 




 みなさん、こんばんは。
 オリジナル展開がいよいよ迫ってきています。ライダーとウェイバーの主従は
一体どうなっていくのでしょう?今回はケイネス先生がちょっと省かれています。
きちんと補完するのでお楽しみに。といっても原作とはあんま変わらないかもしれま
せんが、ソラウの状況が違うのは原作との剥離点ですね。
 今回の話は、この小説の平均文字数を大きく超える七千文字以上の、力作ではないかと
我ながら考えています。キャスターであるジル・ド・レイの最期は
いかがなものでしたでしょうか?感想で一言言っていただければ作者は
非常に喜びますので、気が向いたらお願いします。

 最近は作業用のBGMとして、Zeroのオープニングを聞いています。
もしもあの映像にライダーことバロットたちが混じっていたらどうなるのかと、
妄想は止まらん次第であります。

 しかし、昨今のアニメのオープニングではいい曲に会いまくる状況です。
ヴァルブレイブ然り、刀語然り、もちろんマルドゥック然り。
原作を読むとより面白いのがマルドゥックですので、お勧めします。

 では、しばらく空くかもしれませんが、次話をお楽しみに。

五月十一日、誤字修正をしました。


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Fate/ZERO-NINE 2-4

お久しぶりです。
ゴールデンウィークは実家に帰省していたので執筆が一時止まりましたが、今日からまた
三日くらい連投をしたいと思います。


 切嗣は城のテラスにいた。ケイネスとの戦闘で破砕されなかったそこで、ワルサーWA2000

にAN/PVS04暗視スコープとスペクターIR熱感知スコープを装着したものを、もはや抱え込む

ようにして構えている。銃よりもスコープのほうが大きいのもそれの理由だ。

 

 「今ここでライダーを倒さねば…僕たちは脱落の確率が高くなる…」

 

 少女とはいえ、あのライダーは英霊である。

 にもかかわらず、切嗣はこの長距離の狙撃を敢行した。弾丸に使用するのはアインツベルン

の秘術を駆使して作り上げた、第5要素の塊であるサーヴァントに対しても威力を持つ特注の

ものだ。弾丸内部に込められているのは聖杯を錬成する過程でできたエーテル体の凝縮物。

当たれば、それはすぐさまサーヴァントでも影響を及ぼす。高純度のエーテル体同士の対消滅

による致死傷。それがアインツベルンにおける実験で、高位の召喚物にあてたときの結果だ。

 はっきり言って、この世に存在する中でも最も高い部類の弾丸だ。アトラス院にあるという

七大兵器“黒い銃身”には及びこそしないが、類似効果をもたらす。ケイネスに対して

起源弾を使ったのは、あの程度の魔術師を殺すために使うには弾のほうが惜しかったからと、

あくまでも高位のエーテル体である対サーヴァント専用であるためだ。人間などには効果が薄い。

これは弾数にして三発しかない。ワルサー対応が二発と礼装のトンプソン・コンデンター対応が

一発。あくまでもサーヴァントを倒す時の保険として考えていたが、まさかこのタイミングで使

うことになるとは思ってもいなかった。少なくとも序盤では使わない予定であった。

 

…落ち着け。

 

 心にそう言い聞かせ、意識を集中せていく。この弾丸を、人間としての弱点である頭部

もしくは心臓に直撃させればいかにサーヴァントといえど、負傷どころかひん死になるだろう。

問題なのは霊核を狙わねばらならないことだが、それなりに魔術をかじっていればそれくらいは

わかることだ。

 

 「…」

 

 引き金に指をかける。絞り込むように弾くのが肝要だ。握りこんでは、余計な力がかかって

狙いがぶれる。たとえ倒せなくとも、弱らせればこちらの勝ちだ。令呪によってセイバーを

向かわせてとどめを刺すように命じればいい。たとえそれが、正義の味方気取りの英霊(セイバー)

しゃべることになっても、と切嗣は腹をくくっていた。追加の令呪も得られるのだ、プラス

マイナスゼロだ。何としても自分はこの聖杯戦争を勝ち抜かなくてはならない。

 アインツベルンとの盟約など、あくまでも手段の一部。

 自分が夢見る、目的のために。

 冷たく冷たく、意識を機能としていく。

 ほかの雑念を追い払い、集中し、人間としての体を銃を撃つための精密な機械とする。

 余計な感情はいらない。

 

 「…よし…」

 

 銃口とスコープが向く先、ついにライダーの動きが止まる。何かをのぞき込むように膝をついて

いる。そしてその方から金色の何かが倒れているなにかの上に飛び乗った。

 つい、好奇心からそれを追った直後、切嗣は後悔と同時に身が縮みあがるような感覚に襲われ、

危うくライフルを落としかけた。

 アイリスフィールだ。

 地面に倒れている彼女の姿は、狙撃をしようとする切嗣にとってはどれほどの衝撃だったかは

想像に難くはない。戦闘態勢という緊張状態に、愛する妻という弛緩状態への材料は『魔術師

殺し』と呼ばれていた切嗣にとって致命的となった。

 

…まずい。

 

 しばらくの間、頭の中が真っ白に染まった。それでも狙いをぶらさなかったのは

訓練のたまものだろう。だが、思考を再開した時彼は焦りを知らずに感じ取っていた。

 そして、引き金を握りこんだ、狙撃目標である少女の姿のライダーに向けて。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 そして切嗣の誤算だったのは、そういったはるか彼方からの狙撃を探知しうる

ウフコックの存在と、生きた超高性能レーダーのような能力を持つライダーの皮膚の

存在だった。

 

 「ライダー!」

 

飛び移りながらウフコックは変身(ターン)を開始しており、ライダーもまたその

動きを読み切り、綺麗に利き手である左手にずっしりとした拳銃をつかんで、一瞬で

弾丸を拳銃の内側から装填した。ライダーの知覚は、一直線に飛んでくる弾丸の存在を正確に

とらえた。通常の拳銃に装填されるような弾丸とは違う、長く鋭い金属の弾丸。それに

刻まれた細かな螺旋すらも感じ取りながら、まったく別のことも感知した。違和感、いや

異変だ。それは霊体であるライダーの第六感に警報を鳴らし、立ち上がりかけた体を

そのまま後ろへ倒れこませることを選択させた。そして左手は拳銃の引き金を照準を目視で

合わせることなく、己の感覚に任せて絞った。

一撃での相殺は無理。そう判断するなり、ライダーの射撃は連続した。一発目をあてて、

わずかに軌道がそれた銀色の弾丸横っ面をたたくように二発目を打つ。そして三発目、

四発目と畳みかけるように。それでも、狙撃中の威力は高い。

 

---まだ…!

 

ライダーは加速する感覚の中でさらに引き金を絞った。そして、体を覆うように変身(ターン)する

ようにウフコックに伝えてそのまま地面へと飛び込む。

 

 「かわしたか…」

 

一秒以下の刹那に、弾丸の軌道を自分からそらしたライダーは、戦闘服の裾から広がった

巨大なクッションに包まれながら地面に安全に着地した。はじいた弾丸は近くに生えていた

木に命中すると、木は砕けるというよりは真っ白な光を辺りにふりまいて、軽い爆発を

発生させていた。半径数メートルが文字通り“消滅”に近いような現象によって更地となった。

ライダーは直撃を受けていたらと考えるだけで背筋が凍るような感覚を得る。

 

---あの弾丸、変な感じがした。

 「うん…どうやら対サーヴァントの特化型銃弾とみるべきだな…第五要素の我々に

  影響を与えるようなエーテルを使った武器ということは並の人間が鋳造できる

  ものではないはずだ」

 

つまり、とウフコックは左の手袋の中で言う。

 

 「アインツベルンが造り出した物だろう。セイバーを擁し、さらにはこんな手段まで

  つぎ込んでくるとは、相当この戦争に入れ込んでいるな」

---私たちには相性が悪いみたいだけどね。

 

 ライダーは、その見た目に反して裏社会の人間たちと生前に数えきれないほど戦ってきた

経験を持っている。自己の存在証明とはいえ、その経験はかなり豊富。これまで狙撃や

毒殺、爆弾などのトラップにも対処してきたのだった。そういう点、ある意味切嗣に

とっては天敵以上の化け物といっても過言ではない。この場で反撃してもいいのだがこの手の

狙撃をして失敗したということは、もう狙撃したポイントにはもういないだろう。

 

 「どうする?このご婦人がいれば、この聖杯戦争の謎が解けるとは思うが」

---でも、それは本当に有用なこと?私たちの聖杯戦争への焦げ付き(・・・・)を押し付ける

  ことになると思う。

 

 焦げ付き。自身の中にある、醜い部分に身を任せて行動することをライダーは懸念した。

自身の宝具である緊急特例法案の力を使えば、おそらくウフコックの感じている違和感の

正体を解明し、さらには聖杯戦争のシステムを知ることもできて大きなアドバンテージを

得ることとなるだろう。

 だが、それが果たしてライダー達がの私情を交えていない、社会的に有用なことかは

判断がしにくいことだった。白のホムンクルス アイリスフィールは人質にもなりうる

人物であることは明白だ。彼女はおそらくこの戦争のキーパーソンであり、けっして欠くこと

が出来ない存在。それを盾に聖杯戦争を勝ち抜こうという意思が強くなれば、緊急特例法案は

宝具の持ち主であるライダーに牙をむき、ウェイバーの脱落が決定する。

 

---確か、令呪が配られるときは教会に行くの?

 「そうなるだろうな…ただ、果たして無事に家まで帰ることができるかは不明だ。

  アーチャー陣営が不気味なほど沈黙を守っているのも怪しいうえに、監督役とも

  グルであるからな…」

---ランサー陣営だって令呪はほしいでしょ?あの時使ってしまったもの。

 

三画しかない令呪は、命令権としての機能以外にもサーヴァントへのブーストを行ったり

瞬間移動などの“魔法”に等しい事も実現可能で、単純な無色の魔力としての機能も

あるという心強いものなのだ。

 

 「ならば、ランサー陣営とともに教会に行けば比較的安全だろう。ハンプティを

  使えばあのアサシンでも追尾は難しいはずだ」

 

 現在ライダーが“緊急特例法案”によって得ているのはハンプティと、ドクターを召喚

するスキルの二つ。あと二つの宝具を具現化することができるが、その選択は慎重にしよう

と考えている。戦闘向きの宝具を一つライダーの適正に合わせて候補にしているほか、

場合によっては、法案の力を借りて“とある大魔術”すらも使用することを検討しなくては

ならなかった。それとの兼ね合いも考え、ウフコックは提案した。

 

 「最後は、マスターであるウェイバーの判断を仰ぐしかない。あのアインツベルンの

  本当のマスターがあのホムンクルスのご婦人でないとするなら、いったい何者なのかを

  確かめる必要もあるからな」

 

---うん。じゃあ、今日は帰りましょう。

 

 手をかざして目の前にハンプティ=ダンプティを呼び出し、それへと乗り込む。

 決して長くはない時間だったが、この間に様々なことがあった。キャスターの討伐、

ランサーのマスターの侵入、アサシンのマスターの侵入、さらにはアインツベルンの

ホムンクルスの正体と腕の立つ狙撃手。いよいよ混戦模様を鮮明にする聖杯戦争は

最初の脱落者を出して、二日目を終結した。

 

 「もう一つ、やることもあるようだがな」

 

 

 

 

    ●

 

 

 キャスターの脱落は、綺礼を通じて監督役である言峰璃正へと伝えられていた。勝手に

教会から出たことを綺礼は注意されたが、その目的が独断専行を正当化したことは紛れも無い

事実だった。

 しかし、当初の目的をあまり果たせていないのは明らかで、いささか落胆の色を

にじませながら、璃正は通信用の礼装を通じて時臣と密談していた。

 

 「判明したのはライダーの巨大な飛行住居と対象を浮遊させる機械の、合計二種類の

  宝具のみ。これらによってキャスターの上空からランサーとともに強襲し、子供たちを

  救助。あとはキャスターとの戦闘にはセイバーとランサーが行い、ライダーは

  飛行住居によって人質をこの教会に送り届けました」

 『手際のいいことだ…ランサー陣営とライダー陣営は同盟関係にあるとみてもいい。

  しかも、ランクが低いとはいえ宝具を惜しげもなく使うということは…』

 「まだ宝具を隠していると、そういうことになりますな」

 『あるいは、アーチャーのように多くの宝具を内包した宝具を有しているということも

  考えられる事でしょう』

 

 時臣が一番警戒しているのは、アーチャーの“王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”のような宝具をライダー

が有していることだ。今回得た情報の限りでは、それほど、アーチャーのように自由では

ないにしろいくつかの宝具を利用できる可能性が高い。しかもライダー自体の属性や行動パターン

から言ってアーチャーよりも戦略的に扱いやすいサーヴァントなのだ。

 

 「アサシンの件が露見している以上、あまりランサー・ライダー陣営には手を出すことが

  出来ないかと…ここはおとなしく令呪を褒賞として贈り、干渉を抑えるのが得策だと

  私は考えます」

 『…仕方がない。キャスターのマスターについてはアサシンを利用して何とかしましょう。

  場合によってはキャスターのマスターも討伐の対象としておけば、私は令呪を得られ

  ますので』

 「では時臣君。こちらで何とかそこは…」

 

ブツリ。璃正の目の前で、礼装は不可思議な音を立てた。まるでどこからともなく邪魔が

入ったのかのように。しかし落ち着いて璃正は礼装を操作し、魔術的な回線を復旧させようと

した。

 

 「聞こえるかね、時臣君?」

 

沈黙しか、帰ってこなかった。さすがに不審に思った璃正はいぶかしげな表情を

作った。この教会はマスターやサーヴァントの侵入や干渉は禁止された中立地帯。現段階で

ルールに問題なくこの教会に干渉できるのはいないはずだ。

 

…いや…まさか…

 

璃正は努めて冷静に思考した。ルールに従っていれば不可能だが、ルールをあえて無視した

のならばどの陣営にも可能だ。そして、監督役にこんな行動をとれるのは以前にもこのような

警告を発してきた陣営だけだ。

 

 「…ライダーか?」

 『お察しの通りだ、正確にはライダーの協力者だがな。そちらは監督役の言峰璃正かな?』

 

礼装に干渉されてる。発せられた声は男性の声で、あの少女のものではない。渋く深みが

ある声の主はショックで硬直した神父をよそにしゃべりだした。

 

 『およそのところは聞かせてもらった。著しく中立を欠いた行動だと忠告させてもらう。

  アサシンの脱落偽装、令呪を餌にした一連の策略、さらにはアーチャー陣営との癒着など

  は、この聖杯戦争の参加者として抗議する』

 

言葉も返せない璃正に声の主は宣告する。

 

 『この警告以降監督役の立場を無視した行為が続いた場合、我々は然るべきところへと

  この件を通報する。最悪の場合、この戦争の一時中断にもいたるだろう』

 

だから、と鋭い声がする。

 

 『キャスターのマスターが行った事件への対処を中立的に行うことを要求する。

  またアサシンの存命により、即刻アサシンのマスターの中立地帯からの強制退去も

  同様に求める』

 

神父には、もはや逃げ道はなかった。

 

 「…了承しよう。明朝午前六時にアサシンのマスターはこの教会の保護下から外れる。

  また令呪一角を剥奪しペナルティーとする。

   キャスター討伐に貢献したセイバー、ランサー、ライダーの各マスターには

  約束通り令呪を分配する。場所は中立を確保するため、追って連絡する場所に

  来られたし」

 『二言はないと信じていいのか?』

 「当然。神の目の前である以上、私に二言はない」

 『わかった、ではこれで通信は終わる。戦争続行のために監督役もきちんと役割を

  果たしてほしい。では、もう会わないことを祈ろう』

 

吟味するような時間がしばらく流れ、やがて肯定の言葉が返ってきた。再び礼装の音声

に雑音が混じり、ライダーからの干渉が途絶えたことがわかった。

 璃正はよろよろと近くの椅子に腰を落とし、深く深く息を吐いた。一気に十年も老け

込んだかのように動きは緩慢なままだった。先ほどのやり取りを以て、自分と時臣が計画して

いたことはほぼ完ぺきに崩れ去った。最悪の場合、アサシンのマスターである綺礼は

この教会から一歩足をふみ出た瞬間に殺されてしまうだろう。衛宮切嗣やライダーなどの非常識

な参加者にかかれば確率はなおのこと高い。仮にも親である璃正の心中は察するが、彼はただの

監督役であり、実際の抑止力を有しているわけではない。つまり自分の身はもはや保障されたもの

でもなくなった。

 年老いた神父は、ただ十字架の前で神へと祈りをするしかなかった。自分と自分の息子の

無事と許しを求めて。

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 廊下を走り抜ける音がする。かなり急いだそれは何か金属音も交えている。それは

真っ黒なコートに身を包んだ切嗣のものだった。キャレコを左手に、そして右手には

トンプソン・コンデンターと呼ばれる巨大な銃を持ったまま、疾走する。

 後方、それほど遠くないところからは激しい破砕音が続いてこちらを追ってくるのが

耳に届いてくる。

 

 「予定通り…」

 

水銀の魔術礼装”月霊髄液”は通常の状態では防げないことをあえて教えてある。だからこそ

次に自分がこの銃を使ったとき、渾身の魔力を注ぎ込んで防御してくるはず。

 

…そうしてもらわねば困るな。

 

トンプソン・コンデンターから先ほど撃った30-06スプリングフィールドの薬莢を取り出し

切り札を装填してカチャリ、という金属音とともに準備完了。同時に振り返った視線の先の

廊下の壁がいきなり吹き飛ばされた。

 だが、切嗣はゆっくりと振り向く。焦りも、おそれも、戸惑いも、ましてや恐怖など

みじんにもなかった。ただあるのは、体という機構を動かす意思のみ。

 

 「見つけたぞ、ドブネズミめが」

 

ひきつった、狂気めいた表情のケイネスがゆらりとあらわれた。左肩の傷は応急処置を施した

のか血がすでに止まっており、変色した血液だけが服へとへばりついていた。痛みだけは

まだあるのかケイネスの表情はゆがんだままだったが、その口から洩れるのは獣のような

唸り声だった。憤怒の声である。

 ここで一つ、ケイネスのミスを記しておこう。彼が怒りを感じているのは魔術らしからぬ

手段を平気で用いる事に対してである。それは、魔術の能力を競い合うこの聖杯戦争に

あまりにもふさわしくないと考えているからだ。しかし、これがミスだ。ケイネスはこの戦争

を単純な決闘かなにかと考えていたこと。これは聖杯決闘ではなく聖杯“戦争”であることを

失念していたことだった。戦争ともなれば騙しあい、策略、謀略、トラップ、暗殺何でも

アリなのだ。要するに最後まで残った人物が勝者であり、最も優れていたと胸を張って

言える。皮肉にも彼の生徒の一人であったウェイバーが当たり前のように考えていたことを

彼は考え付かなかった。

 

 「よくもこの私に泥を塗ってくれたな…アインツベルン!」

 「…」

 

 一方で切嗣は、どんな手段をもってしてもこの戦争に勝ち抜くと決めているし、そのように

してこれまで行動している。だから、今更そんなことを罵倒されようとも何とも感じなかった。

だから、ケイネスの声ははなから認識の外にある。ここで焦って攻撃せず、最良のタイミングで

引き金を引けるように注意を払っているだけ。

 一通りの文句を叫び終えたケイネスに、切嗣はキャレコを向けて引き金を引く。それは

まるで柱のように乱立し防御体制となった月霊髄液にあたって防がれた。廊下に百を超える

薬莢と、水銀の壁に激突しひしゃげた弾丸が散らばっていく。

 

 「愚か者が、そんなものが通じるか!」

 

銃声が鳴り続ける中、右手はゆっくりと肩の高さまで持ち上がり、トンプソン・コンデンターの

照準を水銀に守られた魔術師へと向ける。一瞬のにらみ合い。そして、キャレコの斉射を止めた

切嗣はそのままトリガーを引く。

 

 「来たかぁ…!」

 

 それはケイネスも見ていた。彼も安々とくらってやるわけにはいかないので、自身の魔術礼装

へと指示を飛ばして渾身の魔力を注ぎ込む。身を守る柱状の水銀の一部が切り離され、ぐるりと

展開。そのまま飛んできた弾丸をカーテンで包むようにして包囲網を築き上げ、そのまま受け止

めようとした。

 そしてケイネスが、体に襲い掛かった痛みに意識を手放す直前に見たのは、不敵に笑う

切嗣の顔と、自身の口からあふれ出た真っ赤な血だけだった。なぜだ、という思いが

頭の中をめぐるが、一瞬のことだ。銃口がこちらを向き、指がかかったのを見たとき

ついにケイネスは失神した。これまで意識したこともなかった、自分の死を覚悟して。

 

 

 

   ●

 

 

 

 「なるほど…これを喰らったわけだね」

 

 そんな声がしたのは、冬木の住宅地の一角の住居だった。あまり広くはないがそれなりに整った

外見の家の中には、見るからに瀕死といえる状態の人間と、それを囲む三人の姿がある。

ドクター、ソラウ、ランサーの三人だ。ベットに横たわっているのは言うまでもなくケイネスで

ある。しかしその姿は、アインツベルン襲撃前の姿は微塵も残っていなかった。

 気を失ったケイネスは現在、ドクターが記憶を頭の中から再生する装置を用いて行っている

負傷原因の検査を受けていた。お椀上のそれをケイネスの頭から外し、その映像を見分し終えた

ドクターは、ふむ、と考え込む。

 

 「最後の弾丸、一体どんな種があったのかなぁ……」

 「俺がもっと早く参上できれば…」

 「そう自分を責めることはないわよ、ランサー。ドクターの話では、まだ良かったほう

  なんだから」

 

 体そのものには、トンプソン・コンデンターを受けたところ以外それほど外傷はなかった。

ただ、体中魔術回路がむちゃくちゃにつながって、ズタズタにされていた。それは当然

ショートして肉体的なダメージへと転化して、ケイネスの肉体を傷つけた。

 しかも、その損傷は体の体表近くにまで内側から及んでおり、魔術礼装であった“月霊髄液”を

構成していた水銀がそこから体内を汚染していた。

 

 「そうだね、少なくとも水銀のプールに浸りっぱなしてのも医者としては推奨できない。

  とりあえず、水銀汚染は抜くけど…」

 「…セイバーのマスターらしき男が、すぐそばにいた。よもやあの男が…」

 「…アインツベルンが外部から呼んだ、衛宮切嗣だろうね。ケイネスの記憶からも

  それらしい人間はいたよ。多分、追跡してくるだろうね」

 

 顔をこわばらせる二人をよそに、ドクターはいそいそと手術用の清潔な白衣へと着替え始めな

がら指示を出す。

 

 「一応、できるだけやってみよう。多分二時間から三時間くらいの手術になるだろうから、

  それまで外で僕を守ってくれるかな?」

 「…すまん、なんとしてもわが主を助けてほしい」

 

任せてくれ、とドクターは軽く言いながらも、その目は一流の医者としてのものへと変わって

いる。祈るしかない二人は静かに部屋を出た。

 ケイネスの負傷、それはライダーとランサー陣営にとっては小さくはない影響を及ぼした。

 

 

Fate/ZERO-NINE 2 END

 

 

 




 前話みたいなシーンが最後にあると、たいてい無事であるという伝統を踏襲いたしました。
切嗣に対しては最悪といっても位ほどのライダーの能力。マジで涙目。切嗣応援のスレ、誰かたてませんかね?決死の攻撃も愛妻による動揺は致命傷です。
 とにかくようやく第二章も完結。いよいよオリジナル展開へと驀進ですよ~

 …いかん、このあとがきのネタが尽きてきた。ほとんど原作準拠で、淡々とシーン書いてくと窮屈な感じがしてくるものです。
 このフラストレーションをどう発散するのか…チラシ裏にでもネタを書いて投稿すべきか?それとも溜まり溜まった境ホラの二次創作でも投稿するか?
 ともかく、次回もお楽しみに。


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Fate/ZERO-NINE 2 interlude

 多分一番長くなったと思います。
 だらだら描写したわけじゃないんですが…それではどうぞ。


 一夜が明けた。初日に続いて疲労困憊でぶっ倒れたウェイバーの世話を焼くライダーと

ウフコックの姿は、マッケンジー宅の二階の自室にあった。

 

 「あれから、ケイネス・アーチボルトはソラウ嬢の世話を受けて潜伏中か」

 

机の上に置かれた袋から、煎ったピーナッツを取り出して一つ一つ口へと運んでいく

ウフコックは、ドクターから渡された紙を呼んでいた。その一方で、ライダーは

階下から持ってきたウェイバーのための食事をベットサイドに置いていた。

 

---助かるの?

 「難しい…ドクターの見立てでは、何らかの魔術による負傷というより、魔術師の

  起源による負傷なんだとか。体中の魔術回路が滅茶苦茶に切り裂かれて、さらに

  でたらめにつながれた。エリートだった彼は通常の魔術師よりもかなり被害を

  受けやすい部類だったようだ」

 

カリカリと、ネズミ特有の前歯でピーナツを砕き咀嚼するウフコックは、ひげを力なく垂ら

して言う。

 

 「…幸い生きてはいるが、魔術回路は使い物になるかどうか怪しいし、移動すらも

  困難だ。ランサーが脱落していないのはプラスだが、あいにくとソラウ嬢は戦うことに

  不慣れだ。今後の戦略上、不安要素となるな」

 

 マスターとしての権利を持つケイネスが存命であるのは僥倖、しかし、失った物もまた

とても大きかった。負傷したケイネスの体内には礼装に使われていた水銀による汚染が広がっ

ており、ドクターができるのはそれを取り除くことのみ。もう、人間としても生活維持ができる

とは言えなかった。

 

 「彼の治療には“緊急特例法案(マルドゥック・スクランブル)”が適用しにくいことは確かだ。

  彼を治療することが、社会的な有用性を持つとは証明できない…できても、彼が

  今後スクランブル・オーナインの目的に沿っていくとはあまり考えられない」

 

 間桐雁夜については、きちんと社会的有用性についての端緒があったため、存命の治療を

禁じられた技術によって施せた。もちろんその端緒についてきちんと雁夜が納得し、

行動することができなければ、即、凍結という報復を下さなければならない。

 しかし、それくらいの覚悟は、ライダーとウフコックにも出来ていた。

 

 「我々が持ちうる戦力は、ライダー自身とランサー、さらには場合によっては

  バーサーカーの、合計三騎のサーヴァントだ。戦力に関しては申し分ない」

---けど、不確定なんでしょ。

 「もちろん…問題は、まだまだ山積みだからな」

 

 アインツベルンのホムンクルスが体内に格納していた、願望機としての小型の聖杯。

昨日の戦闘の中で、ライダーとウフコックの二人はその異常事態に気が付いた。

 無色の魔力に満ちていない、叶える願いがどんな方向へ捻じ曲げるかもわからない願望機は

危険すぎる。しかも、すでに一つ分の魔力はストックされている段階。いかに一つ分といえど

その量も質も超一級のもので、うっかり暴発すれば冬木の地は更地となる。

 

…さて、マスターにはどうやって伝えるべきかな。

 

 ウフコックは、人間らしいがネズミだ。知能を得た後、もともとはオスのネズミだったことを

根底に人間の男性の倫理観や思想を学んで、まるで人間のような思考を持つ。

 だが同時に、ネズミであったころの習性に引っ張られる。例えばウフコックは朝に弱く夜に

は活動的になる。また、嘘をつくことに慣れていない、という点もある。人間はともかく、

ほかの高等動物はわざわざ嘘をつくことなどない。ネズミもまた同様で相手の感情を言葉よりも

臭いで理解する。だからこそ、下手くそであるし、理解が追い付かないのだ。

 悩むウフコックをよそに、朝食と昼食の中間の食事を何とか食べたウェイバーは、体をほぐす

ようにマッケンジー宅の周囲を歩き回った後、服を着替え、宣言した。

 

 「少し、買い物に行こう」

 

 

 

   ●

 

 

 ウェイバーは、来日後初めてチェーン展開するスーパーマーケットへと足を踏み入れた。

それまでは安全上の観点から、そして必要な道具をそろえるときの都合上ライダーかドクター

が代行していたことだった。

 しかし今はドクターはケイネスのところにおり、ライダーも魔力消費が大きかったため

本来の力を出さずセーブ状態にあり、買い物を行っている最中に攻撃されては対応が難しい

状況にあった。

 

 「うわ…なんだよコレ…」

 

 ウェイバーはかなりげんなりしつつ、使い捨てカイロの並んでいる棚を眺めた。鉄が酸化する

ときの熱を利用するタイプのそれは、大量に入っていながら非常に廉価であるのが特徴で、その

値段は魔術によって熱を生み出し体温を保つよりも、低コスト高効率であった。かつて自分の

講師だったケイネスに、魔術を時代に合わせた変革を行うことを訴えるレポートを書いた

ことがあるウェイバーすらも、これにはあきれると同時に脱力するしかない。

魔術で体温を維持するよりも圧倒的に効率が良いことが明白だった。

 

 「くそ…なんか負けた気がするな…」

 

必要と思われる分をかごに入れると続いて栄養ドリンクのコーナーへと行く。魔術品にも

もちろん体力を増強し魔力を漲らせる物が存在する。しかしそれはなかなか手に入るものでも

なく、高価で作るにも手間がかかる。一介の生徒であるウェイバーも噂などは聞いたことはあ

るが今回の戦争中にそんなものを作っている暇も材料もない。だからこそ、こうしてあるだろ

うと買いに来たのだが、その種類、量、値段。すべてが、ウェイバーの魔術師としての常識に

ケンカを売っていた。文字通り二束三文で。

 

 『緊急特例法案でも同じような効果の物品を用意できるが?』

 「…その宝具は具現化する物品の数に限界があるし、そもそも魔力を使ったら元の木阿弥

  じゃないかよ」

 

 今後のことも考えつつ、ケースごと丸ごと一つかごに入れる。左腕にまかれた腕時計に変身(ターン)

しているウフコックに言いつつも、ウェイバーは買い物を続ける。そうして十数分間の買

い物を終えたウェイバーはその足で、ある場所へと向かう。

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 雑木林から少し奥に入ったところの平地には、まだかすかに黒く変色した鶏の血の跡がほん

のわずかにがっていた。それは大きく弧を描き、一つの円を途切れ途切れに作っており、

余程の注意を払わなければわからないものだった。

 そしてそこにシートを敷いてどかりと腰を下ろしたウェイバーは、先ほど購入した栄養ドリ

ンクを胃へと流し込み、続いて肉と野菜を大量に詰め込んだ弁当を昼食として食べ始めた。

 これは、ウェイバーが考えた魔力回復のための策だった。この場所はライダーを召喚した

一等地とまではいかないが霊地であるし、そこに魔術師の自分がいれば自然とライダーへの

魔力も増えると考えての行動だ。

 

 「…これで、少しは回復するだろ」

 

 宝具の連続使用と長時間の活動、何よりもホムンクルスの体の中を調べたことで、予想以上に

ウェイバーからの魔力を消費したライダーだった。そして、マスターである自分は彼女が

遠慮なく戦えるようにするのが当然だと考えた。

 ほどなく、弁当の容器はからになりそれをビニール袋の中に入れる。持ち込んでいた

リュックの中へビニール袋ごと押し込むと、代わりにシェラフを取り出すとその中へと身を

入れた。芋虫みたいになるがこれでいい。

 ウェイバーは、ただ上を行く雲を意味もなくカウントしていた。キャスターの脱落という

戦いがあったにもかかわらず、冬木の空は何もなかったかのように晴れ渡っていた。

当然だろう、隠匿されたサーヴァント同士の戦いは真夜中に行われているのだから、知らない

のは当然であり、魔術の絶対条件だ。

 

 「魔術師…か」

 

 ウェイバーの、聖杯戦争へのもともとの参加動機はただ一つ。時計塔の連中に自分の実力を

証明することが目的。家柄がモノを言い、成果を上げても鼻で笑われる世界。

 閉鎖的で、あまりにも非効率で、時代遅れだとウェイバーは思っていた。だからこそ

こうして参戦したのだが、現実しか見えてはこなかった。

 これまでの戦闘、おおむねライダーはうまく立ち回っている。最初の戦闘、アサシンの

脱落偽装を早くに見破り、倉庫街では実質的な勝利を得て、ランサー陣営を味方とし、

キャスター討伐にも尽力していた。当初ウェイバーが不安視していた戦闘能力や、最も不安で

あった相性の面でも非常に良好であった。自分はライダーが呼び出したドクターからも

薫陶を受け、魔術以外の科学的な思考も学びつつある。そして今日の午後には追加の令呪を

得ることで更なるリードを得ることになるはずだ。

 

 「………」

 

 だけど、とウェイバーは思う。いつ自分が脱落しても、おかしくないという恐怖があった。

 ケイネスが昨日の戦闘の中再起不能に近い負傷を負い、今後魔術師としてはおろか人間

として生活することすら危ぶまれていることを知った。嫌っていようと、ケイネスの魔術の

腕を知るウェイバーはわかるのだ。次にああなるのは自分かもしれないと。確かに、ライダー

から得ている情報ではケイネスは油断があった。しかしそれは自分を超えた技術を万全の状態

で使っていたからこその油断であり、ある意味仕方がないものだ。

 だが、自分はそうではない。暗示によってやっとこの家に潜り込み、自分の工房を構える

技術も資金もないまま、この戦いへと挑んでいる。挙句、ライダーの宝具である巨大な

飛行住居に頼り、戦闘中は魔力供給を行いつつ他のサーヴァントに見つからないように

息を潜めている体たらくだ。

 

 「あぁ…」

 

 戦争が始まる前…本格的な戦闘が始まる前までは、少なくともマスターらしく行動できた。

霊地を調べ、使い魔を町へと放ち、ライダーとの戦略を練り、準備をするまでは。

 だが、どうだろう。

 

…何にもできないな、僕は。何しに来ているんだか…

 

魔術師が争うために英霊をサーヴァントとして召喚するというシステムには、最初は運がいいと

喜んだものだ。自分が戦闘しなくともうまくいけば勝ち抜くことができるんじゃないかと。

そう考えていた。だが、実際は違う。戦闘を見ればわかるように、サーヴァントは人知を超えた

力の持ち主で、まだ三代目の魔術師である自分が介入したり、どうこう出来るような甘い

物ではなかった。

 それどころか、自分が当初役割と考えていたことまでも、サーヴァントに頼り切る状態。

 憤りが、ウェイバーにはあった。

 

 「なあ、ウフコック」

 

空を見上げたまま、金色のネズミを呼んだ。

 

 「何かな、ウェイバー」

 

肩の上あたりに、ネズミらしい体温を感じつつもずっと上を見上げているウェイバーは、

ただ問いかけた。

 

 「僕がさ、この聖杯戦争に挑んだ理由って言ったっけ?」

 「いや、聞いていないな。そうか、そういえば君は聖杯を求めているわけではない、としか

  聞いていなかったな」

 

うん、と返事をして、少し口の中で言葉を転がす。

 

 「知ってるかもしれないけどさ、ロンドンの時計塔ってのは魔術師の巣窟なんだよ。

  そこで僕は魔術を学んでた…」

 

入学の資金だけで家財が丸ごと無くなったこともあれば、より代を重ねた魔術師にバカにされた

こともある。権威主義の時計塔の暗部をわずかに覗いたこともある。封印指定という、最悪の

結末を迎えた魔術師を見たことも。長い屈辱を感じたこともあると、知らずウェイバーは

口から吐き出していた。それを、ただウフコックは聞いていた。

 

 「…なんなんだろうな。僕が最初に目指した物なんて、気が付いたら消えているし、

  僕はライダーの足を引っ張らないようにするだけで限界だ…」

 

 悔しい。あれだけロンドンを旅立つときには吹聴していた自分が、今となってはとても

愚かしく思える。現実を見ることもできず、偶々令呪が宿っただけでこの戦争へと挑んだ

自分の無力さが、あまりにも。

 

 「僕には何にもできない。魔力だって足りてないだろ?」

 

最低限の仕事しかできない自分は、一体どうなのだろうか。

 

 「……ウェイバー。参考になるかどうかはわからんが、一つ聞いてくれないか」

 

その声がしたのは、沈黙が下りてからしばらくの時間が流れてからであった。金の卵と呼ばれる

ウフコックは、身を起こしたマスターの手の上にいた。

 

 「俺の体験談になるが、まあ、聞いてほしい」

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 「俺の生まれは、もう記憶のかなたにある。もともとは実験体であったんだ。

  そして、ネズミが持つ代謝能力を理由に俺だったネズミは選ばれて、改造された」

 「…そうだったっけ」

 

召喚の後に聞かされた、ウフコックの出自だ。

 

 「俺が開発され、それからしばらくして研究所は封鎖になった。閉鎖ではないのがミソだな。

  文字通り、研究していたものをすべて一つの殻の中へと封じ込めることで、技術の漏えいや

  悪用を防ぎ、民衆が望むことをした」

 

 民主主義は、民衆の意見を選挙や投票によって政治へと反映させるシステムで、その起源は

古代ローマの直接民主制の議会にまでさかのぼる。時代の変遷とともに、それは世界中において

現代の政治制度として広く受け入れられている。

 だが、逆に言えばの話だが、民衆が望んだことはいかに理不尽であれ実現をしなければ

ならないという、ある種の絶対王政の特性を受け継いでいた。単純なことだ。“民衆が望んだ”

と付け加えれば、いかなる暴論・暴虐でも正当化されうる。ドイツのナチスによる政治や

イタリアのムッソリーニの独裁、共産主義のソビエト連邦。それらはすべて、民衆がそれを

後押ししたことが強大化の理由だ。

 

 「俺もまた、その研究施設の中でこもっていた。あそこは文字通り“楽園”だった。

  例えるなら…そうだな、”呼吸することもしゃべることも”忘れてしまうくらいの

  快適さだ」

 「なんだよそれ」

 

信じていない匂いが発されるが、ウフコックは何も言わない。かつて自分が見てきた

あの楽園の住人達のことをしゃべったとしても信じてもらえるとはあまり考えていなかった。

 

 「だがある時、俺はその楽園から出た」

 「どうして?」

 「その必要が出てきて、俺は生きるために」

 

少し言葉を選んだウフコックは、ただ言う。

 

 「ウェイバー。ネズミというのは短命であるのは知っているだろう?君くらいの年齢なら

  俺の種族は四つか五つは世代が交代している。 しかし、普通ではありえない寿命と

  別の次元に肉体を分割格納することによる半不死に近い肉体を持っているんだ」

 「半不死?」

 「ある次元にある肉体が傷ついても、別な次元から体組織に接触することで簡単に治癒が

  可能なんだ。大量の肉体のバックアップを持っているといっていい。…それだけなら、俺は

  楽園の外には出なかった。ある事実が明らかになるまでは」

 

その事実は、至極単純だった。

 

 「肉体の肥大化。ネズミにとって宿命ともいえる事実があった」

 「肥大化?なんでそんなのが出た理由なんだよ?」

 「簡単だ…ネズミの体は、生きている期間はずっと大きくなり続ける。俺のもともとの

  骨格や筋肉、臓器だけでもおそらく元の肉体の百数十倍はあるだろうな。当然それだけ長い

  期間生きていれば、体はどんどん大きくなり、病気を抱えるリスクを抱え込むことになる」

 

大きくなった果てに待つのは、緩やかな死。自然の摂理から離れようとしたネズミの末路は、

至極あっけないものだった。

 

 「最終的には…肉体が自重で押し潰されることが死因になると予想された」

 「助からないのかよ!?」

 「無理だ」

 

きっぱりと、叫んだウェイバーの声を遮った。

 

 「言っただろう、自然の摂理だと。俺は生体ユニットとしてネズミが使われた時点で

  その宿命を負った。そして、俺はそこで理解したんだ。俺は外の世界で生きなければ 

  ならないとな」

 「?」

 「俺は人間らしい考え方を学ぶ一方で、どうして人間がこのような地球上最大の勢力を持つ

  生物となり、社会を形成したかを学んだ。そして結論は一つだ」

 

息を入れて、それを言った。

 

 「人間は価値を創造し他者の理解する能力を持つからだ、と。

  人間はいずれ死ぬ。しかしその時はいつ来るかを知らなくとも来ることは知っている。

  だからこそほかのものに価値を認めて、自分も価値を生み出そうとする。そういった観点

  から俺は自分自身の価値についてアイデンティティを形成した。自分の価値を自分で創造

  するために」

 「道具っていう意識か?」

 

 思い当たることはウェイバーにもあったのだ。なぜこのウフコックが英霊ではなくライダー

の宝具としてこの世界に現界しているかを。ウフコックのこれまでの発言から考えれば

自然と考えられることだった。

 そしてそれはウフコックの肯定するものであった。

 

 「そうだ。俺は使い手を必要とすると同時に、使い手に対して使い方を要求する…俺は

  “人間らしい考えができるネズミらしきもの”に過ぎない。そしてどう使うかは、マスター

  であるウェイバー、君の意思にかかっているんだ」

 「僕自身の意思に…?」

 「やろうと思えば、君は俺を使ってこの冬木の銀行や宝石店で強盗を行い、余生を一生遊んで

  暮らすことも出来る。一方で俺はライダーの武器として、マスターの意思を受けたもの

  として、戦うこともできる。どうするかを決定するのは俺たちではなく、ウェイバーなんだ」

 「……」

 「ウェイバーがこの聖杯戦争に挑んだのは、まさに自己証明のためだ。命がけの、無事に

  ロンドンへ帰る保証など全くない戦い。自分の限界を知りつつも、それでも戦おうとする姿

  は俺も応援したい。その結果がどうあれ、挑むことに意義があるし価値がある」

 

 単なる主従ではなく、在り方を要求し要求される、そういう関係。“緊急特例法案”の特性は

ここにあった。サーヴァントだけでなくマスターも縛る宝具はそういった意味を含んでいた。

 

 「だから、ウェイバーが俺たちの力を信頼し、少しでも何かできないかと力を尽くす時点で

  十分にマスターとしての仕事はできている。いや、ほかの陣営以上にできていると胸を

  張ってもいい。何より、無条件の信頼ほど得難いものはないからな」

 「…ふん、僕は何にもできないからだよ…」

 

変身したウフコックは、日差しよけとなってウェイバーを上半身を覆った。その変身の音で

ウェイバーの声はあまり聞こえなかったが、その感情はにおいとなってウフコックへと

届いていた。

 

 「午後には報酬の令呪が配られる。まだまだこれからだ」

 

鼻をすする音は、静かに霊地へと染み渡っていく。

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 

時系列

 

+1:

・キャスター討伐令。ウフコックはアーチャー陣営の目論見を看破。

 キャスター、子供たちとともにアインツベルンの城へ侵入。ライダーとランサーが

 宝具“ハンプティ=ダンプティ”で追跡。

・ケイネスが独自にアインツベルンの城へと侵入。切嗣が迎撃する。

・セイバー、ランサー、ライダーの共闘により無事キャスターを討伐。最後の瞬間に

 キャスターは本来の英霊としての姿を取り戻し、看取られながら消滅。

・言峰綺礼、アイリスフィールと舞弥と接触、戦闘になる。ライダーが介入。

・ライダー、アイリスフィールの正体と聖杯戦争の異常事態に気が付く。

・ケイネス、起源弾により負傷。

・切嗣がライダーに対して狙撃を敢行。失敗する。

・ウフコック、ライダーの力を借りて監督役に警告。綺礼は教会からの退去を命じられ、

 令呪一角を失うことが決定。

 

+2:

・ウェイバーはライダーを召喚した霊地で魔力補充を行う。ウフコックとの語らいに

 影響を受ける。

 

 

 

 

・各陣営情勢

 

・セイバー陣営

:切嗣がケイネスを撃退し、セイバーがキャスターを討伐。

 令呪を得ることとなるが相変わらず不利な状況に変化はなし。アイリスフィールの秘密が

 ライダー陣営にばれた。切嗣は起源弾を一発使用。また“黒い銃身”もどきも一発使用。

 

・ランサー陣営

:ケイネスが負傷。ほぼ原作通りだが、ソラウの胃はキリキリ痛む状況。

 令呪が一角に手入ることになるが、戦力ダウンは否めない。ドクターがケイネスの治癒を行う。

 

・アーチャー陣営

:特になし。傍観に徹していた。聖杯問答が起こらない公算が高く影が非常に薄い。

 

・ライダー陣営

:あまり戦闘に参加こそしなかったが、聖杯の異常について気が付いた。

 宝具を二つ解禁、見事な連携を見せた。ウェイバーは魔力供給によってへとへとに。

 

・バーサーカー陣営

:一番影が薄く、名前すら出てこなかった。大丈夫だ、次は出番がある。

 

・アサシン陣営

:ほぼ原作通りだが、マスターは教会からの退去を強いられ、令呪を一角失う。

 

・キャスター陣営

:旦那がハッピーエンドを迎えて脱落。

 多分、Fate/Zero史上一番マシな最後だと思われる。

 

 

 

 

 

以下予告

 

 

 

 「いいかな?君がサクラという少女を救いたくても、それは果たして社会にとって有用な

  ことかな?」

 

力の代償は、責任と自分自身が悪となる可能性。

 

 「アイリ、済まない…僕は…ッ!」

 

正義の味方を志した、一人の魔術師の葛藤。

 

 「私はね、別に願いなんてないのよ。ただ、これまでの見方が変わっただけでも十分」

 

 「俺は、とんでもない考え違いをしていたのか…」

 

槍の騎士と、槍の騎士の仕える主人の婚約者。その向かう先は。

 

 「私は、何を求めているのか…」

 

また闘争へと身を投じることとなる、苦悩する元代行者。

 

 「教えてくれ、ライダー。僕だって魔術師としての矜持があるんだ!」

 

渦巻く謎は、掻き混ぜられていく。

 

次章 Fate/ZERO-NINE 3 攪拌

 




 GW中ですが、やっているのは大学のレポート…Wordの使い方をろくに教えずにいきなり出してくる先生の正気を疑いました。
そこも含めて自分でやれってことでしょうか?

 ところで、今回のお話はウフコックの運命というか過去話の一部となりました。
これはマルドゥック・スクランブルの原作を呼んだとき衝撃を受けたシーンだったので、ぜひこっちでもやりたいと考えていたシーンの一つです。
さて、あといくつかのシーンを書きたくてストックしてます。楽しみだなぁ。

次回は第三章。お楽しみに。

五月六日、誤字修正しました。


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3rd 攪拌
Fate/ZERO-NINE 3-0 攪拌


 第三章、開幕です。
 今後はオリジナル要素が多くなる可能性がありますのであしからず。


 聖杯戦争の戦端が開かれて三日目。遠坂の屋敷への侵入を試みたアサシンが倒された戦闘が

偽装工作であったことが判明し、ライダー陣営からの警告と抗議を受けた監督役がアサシンの

マスターである言峰綺礼を中立地帯から退去させてから、最初の夜が明けた。

 令呪の受け渡しは、他の陣営からの干渉や監督役の中立維持のために、その日の午後に

人があまり多くはない柳洞寺で行われることになった。冬木の地にある地脈の流れが

ちょうど最終的に集まることだけあって、一級の霊地となっているここは空気中に上質な

魔力が満ちていた。

 そして、緊張の面持ちでそこにいるのは、日本の寺にはカソックは合わないと判断したのか

黒の私服を着込んだ言峰璃正であった。すでに白いものが頭を覆っている彼は、ちらちらと

辺りを窺いながら人を待っていた。魔術の人払いが施され、人気がない中でそれはようやく

現れた。

 

 「!? あれが…ライダーの宝具か」

 

上空から、寺の敷地内へと光学迷彩をゆっくりと解除しつつ降下してきた卵型の浮遊移動式住居

のハンプティ=ダンプティは、しかし、数メートルの高さで一旦停止した。ハッチが開き、

戦闘服姿のライダーが現れたのは、もはや監督役に信を置いていない証だった。

 目を周囲へと走らせ、さらにはその皮膚による探知を行ったライダーが下からは見えない

ハンプティの中へと合図すると、ようやく地面へと着地した。開いたハッチからはライダーと

姿を“緊急特例法案”によって呼び出した変装キットに身を固めたウェイバー、続いてランサー

とランサーのマスターであるケイネスの婚約者のソラウが現れた。上空からの

来訪者の一団は、璃正との間にライダーを、一番後ろにランサーを配置し多完全な警戒態勢。

 そしてライダーは、ランサーの黒子をかわすため例によって目をしっかりと閉じたまま

後方を振り返った。

 

---セイバー陣営も来たみたい。

 

 そして、階段を上がってきたのはスーツ姿のセイバーを従えた白のホムンクルスだった。

 

 『彼女には令呪はなかったはずだが?』

---ううん、ちゃんと右手にある。あの後で令呪だけを動かしたのかもしれない。

 

ライダーは、令呪という魔力の塊を移動させた痕跡をアイリスフィールの魔術回路と肉体の

両方に感知していた。しかも魔術回路の稼働状態を鑑みるに、アイリスフィール自体は

セイバーへと魔力供給を行っていなかった。つまり、彼女は囮だ。

 

 『令呪だけを移動させる方法まで編み出して、このような手段に出てきたか…』

 

 もはやウフコックもあきれるしかない。しかし同時に、不自然なことに気が付いた。

 

 『……ご婦人の怪我が完璧に治っている?』

---ホムンクルスなら、簡単に治癒できるはずじゃないの?

 『いや、そうじゃない。あれだけの怪我を、俺たちが最初に手当てをしたとはいえ、

  魔術を使って治癒したなら、そういう魔術のにおいが残るはずだ…だが、まるで

  自然に回復したようににおいがない…』

---そういう魔術用品とかがあるんじゃないの?

 

魂や肉体に関して特化したアインツベルンならば、そういうのがあるのではとライダーは

考えていた。しかし、ウフコックは違うようだった。

 

 『…いや、まさか…』

 

 しかし、その言葉は続かなかった。

 一歩前に出た璃正が咳払いをして、集まった全員に呼びかけたからだ。

 

 「さて、三陣営の諸君。キャスターの討伐ご苦労であった。魔術の漏えいと社会への混乱を

  抑えることができたのは諸君らの迅速な行動によるものであり監督役として礼を述べよう。

  すでに事後処理はこちらで終了しているので安心してほしい。

   では約束通り、令呪を贈呈しようか」

 

が、璃正の目はソラウへと向いていた。無意識のものだが、気にするのは当然のことであった。

 もともとのマスターであるケイネスは、戦闘によって起源弾を受け、それの効果で虫の息状態

でこんな場所まで来るなど不可能であった。マスターの弱体化の隠匿とアーチボルト家の体面を

保つためと、ソラウは何とかケイネスを説き伏せてここに来ていたのだ。しかし、危険も伴う

ところへなど、ソラウとて来たくはなかった。だからこそ、ライダー陣営の申し出は

渡りに船だった。

 

 「ケイネスの代理よ。証人はランサーとライダーと…まあ、身内ばかりだけど監督役よりは

  信頼がおけるからいいでしょ?」

 

暗黙裡に監督役へと警告を発したソラウは、身じろいした璃正へと右手を差し出した。

 

 「受け取った直後にアサシンの攻撃なんて、やめてほしいものね」

 

 「…それはあるまい。そんなことをしようものなら、アサシンのマスター共々討伐令が

  下りることになる…」

 

 袖まくりをした璃正の腕には、数画の令呪が一つの模様となって連なっている。かつての

聖杯戦争で使用されず、残った令呪はこうして監督役のもとへと集められる。もちろん、殺した

マスターから令呪を奪うこともできるので、その数は毎回ばらけるが、それでもかなりの数が

あった。

 しばらく璃正がソラウの手の甲に手を置いて話すと、そこには一角分の令呪が現れていた。

続いて進み出た人物に、監督役は不信を強めて問いかけた。

 

 「そちらがライダーのマスターかな?」

 

 「そうだ」

 

応える声は、かろうじて男性であることがわかるが、高いとも低いとも取れる独特の声だった。

背丈は高くなり、肉付きもそれなりに良い。細かった体のラインもどっしりと安定感がある

男性のものとなっていた。“緊急特例法案”における、斥候あるいは潜入するスパイ用の

変装キットというのは、そこら辺に落ちているようなちゃちなものではない。赤外線センサー

やX線、サーモグラフィーなどを欺瞞し、金属探知機までもをかわせるという逸品だ。

 いまだに正体隠匿をするのは、この変装キットが一応は宝具であり、もしもの時にも

ウェイバーの身を守るためだ。一種の概念武装であるこれは、ひそかにこの令呪受け渡しを

監視する陣営から見事にウェイバーを隠していた。

 

 『マキリの蟲が数匹と、トオサカの使い魔がいるな。もっとも監督役も半ば黙認している

  うえに、アサシンまでいる』

---干渉は禁じられているのに…

 

宝具“電子の殻(スナーク・シェル)”を持つライダーと、そういったにおいを探知するウフコックは周囲に

隠れている存在をすでに発見していた。

 

 『宝具の力には及ばないようだな…手出しはできないだろうし、このまま無視しよう』

 

しばらくして、追加の令呪がウェイバーの右手に与えられ、次いでアイリスフィールの手にも

与えられた。すぐにライダーはハンプティ=ダンプティを呼び出して撤退の準備を始め、

ランサー陣営もすぐにライダーのそばへと寄ってくる。一方でセイバー陣営は自前で

足を用意してあるらしい。飛行住居ほどアサシンの追跡を逃れやすいものはないのだが、

ライダーはまさか乗せるわけにもいかない。ランサー陣営が了承しないだろうし、

最悪住居の中で三大騎士クラス同士の激突が起こる。

 

 『…聖杯のトラブルについてはウェイバーとドクターを交えて決定しよう。俺たちだけでは

  手におえない』

 

左手を握ることで返事としたライダーは、ステップを上がってハンプティ=ダンプティの

中へ進んでいた。

 

---嫌な予感がする。

 

 吹いてきた風に、そうライダーが感想を漏らしたのちにするすると住居は上昇を開始した。

 聖杯戦争は、不穏な空気を醸し出し始めた。

 

 

 

 




 連投もここまでで一段落です。
 話のペースがやや遅くなっているのは要反省ですね…しかし、手を抜きたくないので
丁寧に書いて聞こうと思います。
 次回もお楽しみに。


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Fate/ZERO-NINE 3-1

 お久しぶりです。ついに第三章が本格始動です。
 あらかじめ注意しておきますが、今後は原作とは違う方向へとシフトし、
キャラの状況や性格、行動などが大幅に変わる可能性が高いです。というか、変わっています。
こんなのFate/Zeroじゃねえよ、と感想欄へと書かれてもどうしようもありませんので
あしからず。むしろどんと来いという方は、このまま読み進めて結構です。
 またこの話は冒頭にはあまり気分良く読めない部分があります、苦手な方は飛ばしてください。
 ではどうぞ、お楽しみください。


 夢の中の世界。再びそこへと落ちていくウェイバーは、たった一人で暗闇の中で

視界のみの状態となっていた。体が認識できない状態で地面から一定の高さで

視線が落ち着いた。どうやら自分の何時もの視線の高さにあっているらしい。

 

 「?」

 

 確か自分は魔力回復のために、また霊地に戻って昼寝をしていたはずだ。しかしながら

周囲の光景はどこかの家屋の中だった。お世辞にも管理が行き届いてるとはいいがたい。

それなりに電化製品や家具などはあるが、荒んだ空気が漂っているのは明白だ。マッケンジー

夫妻の家に居候するウェイバーは不快感を禁じ得ない。

 と、耳には誰かが扉を開けて入ってくる足音が聞こえてくる。足音が短いリズムを刻むこと

から、足音の主が小さい子供だとわかる。そして入ってきた少女はどことなく、ウェイバーに

は見覚えがあった。

 

 「ライダー…」

 

そこには肌色に近い体表の、つまり“電子の殻”を体表に移植する前の、幼いころのライダー

の姿があった。着ているのは、小等学校の制服なのだろう。彼女の体にぴったりと合った

それは、かわいらしさを十分に醸し出していた。たとえ、そういう対象(・・・・・・)として見なくとも

頬を緩ませてしまいそうなものだ。

 しかし、部屋の反対側にいた人間にとっては、少なくとも違ったらしい。ぐるりと回った

ウェイバーの視界には、ひげ面の男性の姿が映った。ひげが生えているがどことなく柔和な顔が

印象に残る。しかしそれ以上に、その男性の手のほうが目を引く。

 指が欠けているのだ。右手には三本、左手に至っては一本しかなかった。

 末梢神経症だ、と頭の片隅で知識がささやく。健全な労働者であったが症状が悪化して

指を切断する羽目になったのだと。その武骨な手は、多くの仕事をこなしてきたのだろう。

 だが、今は違った。その手が不自然な動きで幼いライダーの服にかかった瞬間、何をしようと

しているかが予想された。

 ありえない。しかし、現実は---ライダーの過去は、ウェイバーの予想通りになっていた。

 そこからは思わずウェイバーは目をふさいだ。しかし耳には声や音が届く。意を決して

目と耳を使って、それを見る。抵抗する音とそれを抑えようとする音。そしてベットのスプリング

がきしみ、何かが乗る音。

 

 『やめて』

 

聞こえてきたのは、幼いライダーの声。助けたい。目の前で、瞼を開いたその先で行われている

恐ろしいことを止めたい激情がウェイバーの中に生じる。しかし一方でその光景を目にし続ける

ことにためらいの感情も起きる。

 視線の先では幼いライダーがとあることをしようとしていた。心を占拠する罪悪感と、

妙なほど冷え切った意識。それらが選択させたのは意識を飛ばす(・・・・・・)ことだった。

 感じるな、意識するな、声を出すな、暴れたくなる感情を抑えろ、別の何かへと意識を飛ばせ。

唇を血が出るほどかみしめ、部屋を半眼になって見る。心は肉体的な感覚を外へと追いやり

始め、そして徐々に体が順応し始めた。

 そしてどれほど時間が流れただろうか。父親である男の体がふいに弛緩して離れていく。

ライダーは無意識に体の感覚を操ることを維持し続けた。反応しそうになる体を抑えるためだった。

そうして、体はその異能を身に刻み込んでいった。常人ではない、その力を。

 

 『君はいつ頃、そのラッキーな男にバージンを与えたんだい?』

 

 悪意があるともないともいえる、とある警官の言葉。ウェイバーの意識にも届く声だ。ライダー

がいた店が警察に摘発されたとき、そんなことを聞かれた。毛布にくるまった自分には

どこか遠くからの声に聞こえた。

 

 『ラッキーな男、そんなふうに考えるって知らなかった』

 

ライダーが父親に襲われたという文脈があまりつながらない。別な時にライダーが言った言葉

だろう、それが編集されたビデオのようにウェイバーには認識された。

 そうして、それが終わりを告げたのは意外にも早かった。三度目の後だった。ライダーが

シャワー室から出た後に聞こえたのは、人間とは思えない罵声と悲鳴と、銃声だ。ライダーが

部屋へと戻ってみると、そこには血まみれとなって絶命した男性と銃を構えて興奮している

青年だった。青年は兄だ、という認識がわいた。無感覚の世界の向こうで起きている出来事を、

兄が父親を殺したことをライダーはぼんやりとみていた。兄は狂った犬のように喚き散らし

激しい呪詛を死んだ父親に向かって投げつけていた。

 

 『全部駄目だった、味方は誰もいない(ノーバディ・ノーウェア)だ。すべて失敗だ』

 

最後に会った兄は、そう自分に言った。お前のせいだと、言われた気がした。金を稼ぎ、

家族を養うためにあらゆることを、それこそ銃の運び屋などに手を出した兄は、父を殺した

ことを含めて長いこと刑務所に入り続けることになった。もう、家族はいない。母親は

もうすでに亡くなっていた。自分が戻る場所は、ない。

 そして、転々とした施設での生活も、陰湿を極めた。施設の運営者や管理者がそういった

子供たち----男の子であれ女の子であれ、自身の欲望の対象として利用した(・・・・)のは

一度や二度ですむものではない。例え、同じ部屋にいる人間が襲われていても黙って目を閉じ、

自分が襲われないことを祈るしかない。

 やがてライダーは、未成年娼婦として生活を始める。親切なカウンセラーがライダーに言う。

心を閉ざしてはいけない、感情を表に出しなさい、と。だが、アンダーグラウンドの世界は

それとは別の要求をした。人形のようになってされるがままになるライダーを求める声が

多くなったのだ。十二歳で身に着けた感覚を飛ばす能力が、皮肉にも自分を救った。

 そうして、転機が訪れた。自分が勤めていた店が、警察の摘発でつぶれたときだ。留置場に

いた自分に声をかけてきた人間がいた。かなり着飾っているのが逆光の中でわかる。

 

 『ルーン・バロット。君が失った物を俺がすべて与え直そう』

 

そう囁いたのは皇帝緑(エンペラーズ・グリーン)の瞳をした、ショー賭博師(ギャンブラー)だった。

 

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 「また夢か…」

 

 夕方となり、急速に沈み始めた太陽に目を細めつつも、ウェイバーはしんみりとつぶやく。

体感操作のスキルは、マスターである以上知ってはいた。しかし、知ってはいてもどうやって

得たかまでは考えたこともなかった。未来の英霊である以上調べられないことも理由だが、

自分はあまりにもライダーについて知らないのではと、ウェイバーはつい考え込んでしまう。

 考えたくもない、しかし、見なければならないライダーの過去。

 

 「失った物か…」

 

皇帝緑の瞳をした男が言ったのは、どういうことかまではよくわからない。だが、ライダーが

失った物はあまりにも大きいことは明白だ。それでも、彼女は委任事件担当捜査官として

活動を続けたのだろう。

 “緊急特例法案”に身をゆだねたのは、ある意味危険なことだ。社会的に有用であることを

証明し続けなければ、生存を許されないという法案。便利な宝具だとは思っていたが、同時に

マスターである自分すらも束縛するものと知り、一気に熱が冷めた。

 どうしてライダーがそれを選択したかは、経緯を知らないウェイバーには推測するしかない。

だが、それを解くヒントはあった。

 

 「ウフコックが言っていたことか…」

 

自己証明の意思。死ぬことを知り、しかし矛盾のない人生(サニーサイドアップ)を送り、充実した生を

楽しむために、あえて危険へと飛び込んでいく。社会に対して自分自身をぶつけていく姿。

自惚れだと思いつつも、ウェイバーはふと考えてしまう。

 

…ライダーは僕との相性で呼ばれたのかな…

 

 過去や体験を聞いた限りでは、自分のやってきたことなど足元にも及ばない。だが、いつ届く

かは分からなくとも、共通するところがあるのもまた事実だった。魔術の世界という強大な

世界に対して、自分自身の価値を証明し勝ち取ろうとする姿勢は、自分でいうのもなんだが

自分と似ている。そこだけは、レプリカと聖遺物を間違えたどこかの誰かに感謝すべきだろう。

 この出会いすらも、自分が偶々令呪を宿し、イスカンダルを召喚しようとして失敗し、

代わりに少女を呼び出したことで生まれたものだ。偶然に過ぎない、だが、その偶然が

今を作っている。

 立ちあがって、荷物を片づけてマッケンジー宅へと戻る用意をする。おそらくだが今夜もまた

何らかの動きはあるだろうとウェイバーは読んでいた。セイバーとランサーの間もそうだが、

アーチャー陣営や教会から追い出されたアサシン陣営も、これからは積極的に戦闘へと参加し

てくることは明らかで、そうなれば乱戦は必至だろう。

 

 「うまく立ち回らないと…」

 

 ウフコックとの話し合いについては、ライダーにはしゃべっていない。また、ウフコックにも

頼んでライダーには秘密にした。意味は、無い。ただ、あの感情がライダーに伝わることで

困るのではないかと思ったのだ。だが、そうでなくとも少なくとも自分はライダーのために

何かすることがあるはずだと、ウェイバーの頭は模索していた。

 

 

 

 

   ●

 

 

 深閑とした廃墟の一角、厳重な電子ロックで隠された一室には、巨大なカプセルがある。

 それは、ウェイバーが夢の中で見た、ライダーが入っていたカプセルとほぼ同じような

仕組みや形状のもので、今はその中に一人の男性が入っている。白く染まった髪と、死人のよう

に白い肌、半分ほどが壊死した様な顔、やせ細った四肢などどう見ても死にかけの人間にしか

見えないその人物は間桐 雁夜だった。彼は端的に言って培養液に使っているような状況だ。

 やがて、カプセル付属の機械が音を立てる。高い電子音声は部屋に響き、開くカプセルに対する

注意を周囲へと呼びかける。内部に満たされていた液体がゆっくりと抜かれていき、やがて空に

なると、電子音は静かになった。

 

 「…」

 

 目を閉じたままの雁夜は目を閉じたままだ。

 最低限の体の部位を隠す患者用の下着を着た状態で、やがて乾燥機の稼働によって液体は

蒸発してなくなっていく。

 ガラン、と音がする。

 それは、部屋に入ってきたドクターが重たい金属の扉を開けた音であり、持ち込んできた

巨大な機材によるものだった。キャスター付きの台に載せられたそれを運んできたドクターは

やや疲れた息を吐きつつ、かけている電子眼鏡を操作した。

 

 「そろそろ目を覚ますころかな?」

 

 倉庫街での戦闘から、すでに三日がたっていた。蟲の除去や体組織の機能保全などを

行って、このカプセルへと入れた。

 以後は適度に様子を見つつも、治療を続けていき、“質疑応答”を行った。

 だが、その結果は好ましいとはいいがたいものだった。

 

 「バーサーカーはおとなしくしてるけど、ここで暴れられても困るし…さてどうしたものかな」

 

 間桐雁夜が果たして緊急特例法案に理解を示すかは、ひたすらに未知数だった。質疑応答を

雁夜の意識に対して行ったことで、なぜ半人前の魔術師である彼が聖杯戦争に参加したかは

すぐに分かった。

 間桐桜という少女の幸福。そして未だに恋焦がれる女性と間桐桜の姉の幸福。

 一見すれば、緊急特例法案の条件に合致している。

 だが、不確定な事情が多く、いまだに雁夜には“禁じられた科学技術”を積極的に使っては

いない状況だ。感情に任せて技術を使えば、その報復を受けるのは自分たちなのだから、

慎重にならざるを得ない。

 薬剤を注射しながら、ドクターはため息をついた。

 

 「君が望む幸福と、周りが望む幸福は、意外と違うかもよ」

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 セイバーの運転する車から降りたアイリスフィールは、そのまま城の中へと戻った。

その足取りは、倉庫街での戦闘が終わった後よりもはるかに頼りげないものだった。セイバーが

半ば支えるようにして城内のラウンジへとたどり着いたホムンクルスは、肩で息をしていた。

 

 「大丈夫ですか、アイリスフィール?」

 

 蒼白な顔をした彼女を気遣うセイバーに、アイリスフィールは力のない笑みを見せる。

 

 「大丈夫…昨日の負傷と令呪の移動ってやっぱり負担だったみたいね…」

 

右手にあるのは切嗣から移動させた令呪だ。あくまでもアイリスフィールが行くといったため、

また予てから令呪についても研究していたアインツベルンのアハト翁の意思もあり、

負傷から復帰したばかりのアイリスフィールがセイバーとともに赴いた。

 

 「…ふぅ…もう大丈夫よ。ありがとう」

 

やっと息が落ち着いたアイリスフィールは、そのまま体をソファーへと沈ませた。しばらくして

自分の騎士たるセイバーへと力なき笑みを向ける。

 

 「セイバー、これから令呪の移動をするから、この城の警備が薄くなるの。その間に

  ちょっと見回りお願いするわ」

 「はい…」

 

 去っていくセイバーと入れ替わるように、足音が聞こえてくる。それはもはや聞きなれた

リズムで、すぐに足音の主を察することができた。

 

 「アイリ!」

 

 切嗣だ。ああ、とアイリスフィールの中に暖かい感情が湧いてくる。それを大事にして、

夫へと笑みを浮かべた。ソファーに駆け寄ってくると膝をついて視線の高さを合わせる。

 

 「大丈夫かい!?」

 

大丈夫、と答えようとして、口は動かなかった。疲労が体の奥にまで浸みこんでいるうえに、

自分の中の聖杯にはキャスターの魂も注がれているのだから。負担は大きかった。

 それを察せないほど、切嗣は愚かではない。何しろ、アインツベルンへの婿入りをした時点で

こうなることはわかっていた。

 

 「すまない、アイリ…僕は……ッ!」

 

 魔術師殺しと謳われた人間は、今ここにはいなかった。ただ、一人の男が。妻を愛する夫の

姿がそこにはあった。涙はまだ流していない。流せば、アイリスフィールは悲しむだろうと

切嗣は知っていた。だが、瞳にこみ上げて来るものは止まらない。そんな夫の頬にアイリス

フィールの手がそっと添えられる。

 

 「いいのよ…貴方は聖杯に願い、夢が達成される。そして誰も泣かない世界になる…

  犠牲はもう生まれなくなるのよ」

 

しばらく、身を震わせていた切嗣はゆっくりとアイリスフィールの手を下ろす。

ありがとう、と礼を述べると一瞬で頭を切り替えて、アイリスフィールに尋ねる。

 

 「僕も見ていたけど…ケイネス・アーチボルトはまだ生きているんだね?」

 「たぶんね…貴方の礼装を受けているなら無事とは思えないけど、少なくともランサーは

  無事だったから生きてはいるわね。令呪は婚約者の人が貰って行ったわ」

 「そうか…ライダー陣営は?」

 「…ごめんなさい、マスターが姿を宝具でごまかしていたからどんな人かは

  わからなかったわ」

 

 やはり、と口の中で切嗣はつぶやく。おそらくはライダーのマスターが持つ概念武装か

何かだろう。もしくは、ライダーが持つ宝具かもしれない。

 ライダー。

 考えるだけで、眉間にしわを寄せてしまうサーヴァントだ。間違いなく自分との相性は

最悪の部類。現代戦に特化し、しかも狙撃が通用せず、マスターの拠点も不明。

ありえる手段としては真っ向からセイバーをぶつけてしまうことだが、

 

 …そもそも何処にいるかも分からないのに戦うのは無理か…

 

神出鬼没でとらえどころがない。おそらく自分のステータスがわかっているから、真っ向

からの勝負を避け続けているし、そういった戦闘になったらランサー陣営に代行させるという

効率的な運営状況だ。ランサーとの一騎打ちになればセイバーも無視はできない、というか

望んでランサーと戦うだろう。その戦闘の間自分が無事である保証はない。正攻法に持ち込め

れば…とは思うが方法がない。

 思考へと没入を始めた切嗣に、アイリスフィールはくすくすと笑う。

 

 「切嗣、顔が怖いわよ」

 「あっ、すまない」

 

焦りが出たかと、切嗣は息を入れ直した。表情を改め、もう一つ聞いた。

 

 「…そういえばアイリ、昨日の夜君はライダーと接触したのかい?」

 「ええ…私はほとんど気を失っていたけど、すごくかわいい女の子だってわかったわ。

  あと…」

 

ちょっと迷って、アイリスフィールは付け加えた。

 

 「金色のネズミがいたわ」

 「……え?」

 「ネズミよ、ネズミ。二本足で立っていて、しゃべるのよ。すごくかわいいの」

 

 ぽかんとした切嗣の表情に思わず笑いがこぼれる。かなりシリアスだったのに顔面崩壊も

いいところの表情だ。言葉では表現しきれない衝動、いや笑動がアイリスフィールを襲った。

 

 「プッ……あはははは!切嗣!顔がすごいおかしいわよ!」

 「え…あ、その…え?」

 

 疲れていた表情から一転、アイリスフィールはかつてのように笑顔を見せた。しかし切嗣は

混乱するしかない。“目が点になる”とでもいえばいいのか、まさにそんな具合だ。

文字のみの描写が非常に悔やまれる。魔術師殺し(笑)だ。

 

 「え?」

 

切嗣は混乱し、ようやく笑いが収まったアイリスフィールは、息をつきつつ応える。

 

 「ライダーと一緒にいたのよ、金色のネズミがね。しゃべったりしていたから、相当高度な

  精霊とか神獣なのかもしれないわね」

 「…なんだって?そんな馬鹿な…僕の予想が外れたのか?」

 

 未来の英霊ではないかと考えていた切嗣にとってはかなりの混乱材料だった。第一、ネズミの

姿の神獣など、思い当たるようなものといえば日本の旧鼠、鉄鼠、あるいは火鼠くらいであり

それらはどう考えても過去のものだ。あのライダーは見た目としては西洋系であるし、

関連性があったとは思いにくい。手掛かりはあっても、それには意味がないことを痛感する

しかなかった。嘆息し、切嗣は立ち上がる。

 

 「…わかったありがとう、アイリ。あとはゆっくり休んでくれ」

 「ええ」

 

 頭を抱えつつも、切嗣は令呪を移動させるとすぐに調査に入った。少なくとも金色のネズミと

いう重要な手掛かりがあるのだから、これまでのライダーの戦闘と照らし合わせれば正体をつかむ

ことができるのではないかと期待していた。

 愛する妻が、負傷しながらも得た手がかりだ。なんとしても生かすと切嗣は誓った。

 

 

 

 

 




 ふう…頑張りました。
 原作でも指折りの暗いシーンを、この小説にも登場させました。書いている中で忌避感が
がこみ上げてきましたが何とか書きました。かなり重要なシーンでもありますので。
ウェイバー君は徐々に成長して、こういったことからも逃げません。
 オリジナルへと進んでいくことを、こちらでも改めて警告しておきます。これはあくまでも
二次創作であり、その特性や特徴を理解の上で楽しんでください。
 ところで、Fate/Zeroにはやっぱり愉悦が必要でしょうか?次の話、あの人がものすごく
変わってしまうのでかなり不安であります…批判とかが来そうですが、明日また更新します
のでお楽しみに。

五月十四日、誤字修正しました。


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Fate/ZERO-NINE 3-2

 かなり怖いですが第三章を更新です。
 注意しておきますが、この作品は二次創作です。作者である僕の解釈や勝手な設定変更が
ありますがそこは目をつむってください。
 繰り返し警告するのはこの話を読めばすぐにわかると思いますので、それではどうぞ…


 冬木にあるとあるホテルに、一人の神父の姿があった。言峰綺礼だ。聖杯戦争において

中立地帯となる教会から追放されてから早半日。ひとまずの宿として、このホテルを選んだ。

 実のところ、こういったホテルに泊まることは半ば賭けでもあった。もし自分がここに

いることが衛宮切嗣の知るところとなれば、何らかの形で攻撃するのではと考えた。

短絡的だが、接触の機会が得られれば十分リスクに見合う。

 

 …さすがに初日からくると考えたのは虫が良すぎたか。

 

 だが、こうして一日が終わろうとしているが、周りに動きはない。十数人のアサシンに見張

らせているので近づくだけでたちどころにわかるようにしている。昨日、アインツベルンの

城へと侵入した時に芳しい結果を得られなかったことが、綺礼に焦りに似た感情を生んでいた。

 何しろ、今の自分は名実ともに脱落していない状態であり、いつ自分は攻撃されても

おかしくない状況だ。

 またほかの陣営も自分のことを探しているだろう。アサシンはマスターを殺すことに、それこそ

暗殺に特化している。気配遮断スキルも合わせれば真っ先に脱落させておきたいサーヴァント

である。

 何しろ、倉庫街での戦端が開かれたのもアサシンという縛りが消えたと考えた各陣営の

行動の結果だからだ。

 

 「…」

 

思考をフルに動かし、今後の動きを検討する。その時だ、金色の粒子が部屋に集まり始めたのは。

 

 「アーチャーか…」

 

 今日はさすがに黄金の鎧ではなく、現代風の格好だ。それでも装飾が派手であることは

否めない、ジーンズとワイシャツ、その上から長袖の上着を羽織った姿だ。金色の鎖を

飾りとして下げているのがなかなかに似合う。無遠慮にソファーへと腰かけ、またもや

酒を傾けている。しかもよく見ればそれは綺礼が代行者時代から収集してきた年代物の

ワインであった。

 

 「飲むか?相当にしけたようなら、気を紛らわせよ」

 「…仕方あるまい」

 

 ワイングラスを受け取り、そこへと年代物のワインが注がれていく。

 

 「どうだ、教会の外に出るというのは?」

 「暗殺や攻撃を警戒するばかりだ、どうしたもこうしたもない」

 「つまらんな…もう少しお前は自分の欲に任せて行動すると思っていたが…まあよい。

  お前は自分が何を求めるか、考えてみるといい」

 「…私は、何を求めているのか…」

 

 アーチャーは、この神父に何か言葉をかけて神父の本性をさらけ出すこともできたが、やめた。

苦悩の果てに自分で気が付くのかもしれないので放っておくことにしたのだ。

 

 …見込み違いだったか…

 

アーチャーとしては、この男がどのような末路をたどるのかに興味はあったが、今はそれ以上に

自分が気になることがある。この男も、興味を抱くであろうという確信もあった。

 

 「まあよい、自分で探すがよい」

 

 アーチャーはつまみである高級チーズを口へと運びつつ、手元に黄金の空間を呼び出して

何やら鏡に似たものを取り出す。複雑な模様が施されたそれは、軽い音を立てて床に

置かれる。けげんな表情をした綺礼にアーチャーは誇るまでもなくその宝具の正体を語る。

 

 「なに、アテネのパルテナの鏡の原典のようなものだ。持ち主が望んだものを見せる

  道具だ。お前に見せておきたいものがあってな」

 

テレビのような鏡面に光の筋が何本も走っていく。一本が二本に、二本が四本に増えていき、

やがては鏡面全体を覆い尽くす。

 

 「どれ…」

 

 構築されたのは、真っ暗な空間だった。しかしアーチャーは眉をひそめて、何やら鏡面の

下にある部分をいじる。

 

 「はっきり写さんか」

 

レバーらしきモノをいじり、やがて映像ははっきりと映った。そこには白の少女 ライダーの

姿があった。

 

 「アーチャー、まさかお前はこれを使って状況を追いかけていたのか?」

 「ああ。この世にあるものすべてが我のもの。ならばこうして愛でるのも我の自由だろう?」

 

あきれる綺礼だが、この英雄王に何を言っても無駄だろうと口を閉ざす。

 

 「しかもな…なかなか面白いぞ、このライダーは」

 「?」

 「昨日、お前は自分の興味対象である衛宮切嗣とやらを探しに行っただろう?」

 「ああ…見つからず、ホムンクルスにしか会わなかったがな。あとはライダーに邪魔をされた」

 

そして、綺礼が言った内容は今まさに映像として映っていた。黒鍵を投げた綺礼がそのまま撤退を

する様子が映し出されていた。

 やってきたライダーは、倒れている女とホムンクルスの手当てを一瞬で終える。そしてライダー

はホムンクルスのそばに近よると、

 

 「!?」

 

どこからともなく、金色のネズミがライダーの掌の上に現れ、そこからホムンクルスへと飛び

移った。

 

 「何やらしゃべっているようなのだが、あいにくと声までは拾えなんだ…しかし素晴らしいぞ、

  このネズミは」

 「………いきて、いるのか…!?」

 

 黄金の輝き。しかしそれはアーチャーのように冷たさや高貴さを放つものではなく、温かな

命の息吹を感じさせるものだった。

 殴られたような衝撃が、綺礼を襲った。思わず立ち上がり、その鏡面へと近寄って覗き込む。

映像には鼻をスンスンと鳴らしながら歩き回るネズミの姿がある。目が釘づけになることを

自覚する綺礼に、その様子に少々驚きを得つつもアーチャーは声をかけた。

 

 「ククク…驚いたか?我が友エンキドゥそのものといった存在だ。我はそこに不覚にも

  心を奪われたが…お前は違うようだな」

 「……ああ」

 

虚脱状態となった綺礼は、そのままソファーへと崩れ落ちた。

奇跡ともいえる、黄金のネズミからは、これまであまり感じたこともないものを感じた。

 

 「あんなにも、命とは美しいのか…!」

 

 頬に熱いものを感じる。それを涙だと認識するのは数秒たってからだ。いつ以来だろうか、

こうして涙を流すのは。妻を失った時にも流せなかった涙が、ここにきてあふれ出てきた。

 熱い、熱い、ひたすらに熱い。それは自分から発せられたものであり、この部屋に居座る

英雄王からも感じるものであり、同時にこの認識の中にあるすべてから感じるものだった。

それは生命の鼓動であり、命の輝きだ。

 “傷口を開く”。

 これは、言峰綺礼の起源であった。この起源ゆえに、彼は治癒魔術に特化している。本来で

あればこれは人をためらいなく傷つけ、苦しめることにも向くものだ。しかしそれとは

まったく別な方向に、今の綺礼は自覚した。

 

 「…く…ぅ……」

 

 傷口を開かれたとき、人間は痛みを覚える。しかしそれは自分自身が生きていることを実感

する痛みであり、傷が癒え新しく生まれ変わる生命への祝福だった。痛みなくては、人間は

生きているとは実感しない。五感はもとより人間の活動はすべてが“痛み”に支えられている

ところがある。

 綺礼は生きている実感がないからこそ、生きていると実感できる瞬間を愛おしく思う。死が

近づこうとも、抗い、生きようとするところを、綺礼は求めていたのだ。妻が病床に伏せたとき、

そして死が近づいた時の胸に生まれた感情は、愉悦というよりも、ようやく“妻”という命を

認識したために生じた喜びだった。

 そして今も、こうして感じているのも、痛みであり、喜びだ。

 しばらく綺礼は、自身の涙が流れるままに任せた。

 

 

 

   ●

 

 

 

 しばらくして、涙が収まった綺礼は深々とソファーへと身を沈ませていた。かつてないほど

ワインの味を舌の上でゆっくりと楽しみながら、心が落ち着くのを待った。

 

 「ふむ、お前は我の考えていたのとは違う人種だったのか…」

 「そうではない、アーチャー…私は求めるならば人を苦しめてでも求めるだろう。これは

  間違いないことだ」

 

だが、と息を入れた。

 

 「…私は、もっと上質なものを楽しみたい。何もない人間の、ありきたりな輝きなど

  あのネズミには劣るだろう…だがな、この聖杯戦争というのは好ましい場だ」

 

 雄弁になった姿を、綺礼の過去を知る者が見たら驚愕するだろう。だが、そんなことも気に

せず続けた。

 

 「奇跡の願望機である聖杯。これを求めて、マスターたちは命がけの闘争へと身を投じる!

  つまり、明日の日を目にすることも不確かなこの戦争では、マスターたちは生き残ろうと

  あがき、苦しみ、戦うのだ!私は知りたい、そしてこの目で見たいのだ!そこにある

  人間の姿を!」

 

 手段はある。自分が召喚しているアサシンは、ステータスがやや落ちるデメリットはあるが

分裂することができる。そして気配遮断スキルだ。これ以上にない好条件だ。

 

 「聖杯については、時臣氏が手に入れればいいだろう。それか、戦争を勝ち抜いた誰かに

  譲ってしまえばいいだろう」

 「そしてお前は人の在り方を楽しむのか?」

 「そのとおりだ…これが、私が求めていたものだ」

 

 思えば、衛宮切嗣を追いかけていたのは、その人物の経歴を見たときからだ。殺し合いへと

自ら飛び込んでいきながら、八年前にアインツベルンで何を見つけたのかを、自分は

知りたかった。その理由は今でははっきりわかる。命を懸けてでも求めた物を知れば、

その生きざまをより深く知ることができるからだ。

 

 「…さあ、楽しみだ」

 

 そうして、この聖杯戦争に挑む理由を得た言峰綺礼は、その日は深酒をした。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 「はぁ…」

 

 深いため息が漏れたのは、冬木の住宅地の一角にある住宅の中だった。シャワーを

浴びて、寝間着へと着替えたソラウは、ランサーが入れた紅茶を楽しみつつもため息を

深々とついた。

 すでに日が暮れ始めており、聖杯戦争の闘争が始まる時間が迫りつつあった。だが、彼女が

できるのは周囲の警戒をランサーに頼み、自身は監視システムによってそれを補助することく

らいだ。ライダー陣営は今日は別行動となると聞いている。あの飛行住居は本当にありがたい

宝具だとソラウはしみじみと思う。よほどのサーヴァントでなければ、あの住居にこもるだけ

で手が出せなくなるのだから。

 ランサーは槍の投擲によって攻撃できるがあのライダーが探知できるはずで、セイバーは

上空への攻撃手段が今のところないので不可能。アーチャーはあの宝具を発射すればいいのかも

しれないが射程がどれ程かは不明だ。バーサーカーは論外だし、アサシンに至っては無力。

 

 「…なんて、現実逃避はやめましょ…」

 

ないものねだりだ、あれはあくまでもライダーの宝具であって、自分たちが自由に使えるもの

ではないし、いずれライダーとは決着をつけることになるだろう。

 今はドクターはケイネスの治癒を進めている。水銀汚染は抜けたが、まだまだ体組織の

修復が完了していないとかなんとか。少なくとも人間としては生きられるレベルまでは

普通の医術で可能らしい。自分も時折治癒魔術で手伝いをするが、ケイネスの容体が良いとは

言えないことがわかる。

 仮にも婚約者ではあるが、これでは完璧に世話焼き女房ではないか。いつから自分はこんな

にもケイネスに入れ込むようになったのだろうか?自分のことながらはなはだ疑問だ。

 

 …不思議な物ね…

 

この聖杯戦争には最初から乗り気ではなかったが、どうしてか自分の方がまともに行動して

いる気がしてならない。むしろ自爆するケイネスの世話ばかり。最初にランサーと会ったとき、

つまり、召喚の時からケイネスは自分がランサーの黒子に惑わされているのではないかと

疑ってかかっていた。

 実際は違う。仮にも魔術の名門出身の自分はあの程度の黒子の呪いなどはじくことができる。

 それに、ランサーへと抱く感情は愛情というより敬愛に変化したのだ。これまで接して

きた男性の多くは魔術師ばかりであり、性格はもちろん容姿や信念などが明らかにランサー

に劣るものだった。だからだ。砂漠に突如現れたオアシスに足が向いてしまうのと同じように、

ソラウもまたランサーへと惹きつけられた。

 そんな必然も、ケイネスは許せないのか。

 

 「はぁ…やっとひと段落だ」

 

その声が、不意に思考に陥っていたソラウの耳へと飛び込んできた。見れば、白衣を脱ぎながら

疲れ切った表情のドクターが歩いてこちらにやって来る。

 

 「お疲れさま、ドクター」

 「お、ありがとう。依頼人から報酬を得るなんて久しぶりだよ」

 

ソラウはあらかじめ用意していたコーヒーの入ったマグカップを差し出した。それを受け取った

ドクターは嬉しそうにそれを胃の中へと入れていく。

 

 「ケイネスは、ちょっと面倒だね。このまま治癒を続けても、マスターの能力低下でランサー

  のステータス低下が起こりそうだ」

 「え?でも、魔力供給は私がやっているのよ?」

 「あくまでも、契約を結んでいるのはケイネスなんだよ。君はあくまでも代理で魔力を注ぐ

  だけだから、もしケイネスが死ねばランサーはいやおうなく消滅することになるだろうね。

  だから昨日は…ていうか今日の未明かな、必死に手当てしたんだよ」

 

ふう、とカップをテーブルに置いたドクターは息を入れてソラウを見る。

 

 「最悪の場合、君にランサーのマスターを務めてもらいたい」

 

断言だった。ケイネスは、この戦争を勝ち抜くどころではないと。

 

 「そうなるのね…いくらかは、覚悟していたわ」

 「…残念だけど、魔術師としてはケイネスはいろいろ覚悟してもらわないとまずい。

  “緊急特例法案”を使えば、ケイネスの治癒はできるけど、そのデメリットはあまりにも

  大きいからね」

 「社会的に有用であると証明し続けることと、自分自身がその法案のルールに従うこと。

  そして、濫用をしないこと…だったかしら?」

 「…そうなんだよ。負傷させられたことに腹を立てて衛宮切嗣に復讐なんてしようものなら、

  僕たちは全力でケイネスを止める義務がある。例え、殺してでもね」

 

 それが緊急特例法案だ。メリットばかりではなく、むしろデメリットの方が大きいかも

しれない宝具。それを使って戦い、生きていくのは決して楽ではない。

 

 「でも、一番安全であるのはそれなんでしょ?私だって覚悟はあるわ」

 「殺し合いの場に、身を投じるのかい?」

 「ええ…聖杯に願うことなんて、正直言えばないわね。だから、目下の願いはケイネスの

  肉体の回復あたりかしら」

 「欲がないんだね」

 

力なく、ドクターの言葉にソラウは笑った。

 

 「私はね、別に願いなんてないのよ。ただ、これまでの見方が変わっただけでも十分。

  魔術だけじゃない、一般人の世界を知れたのは、私の一番の収穫よ」

 

 ソラウは、この住宅地に暮らし始めて初めて市井を見た。名門の魔術師の一族に生まれ

たことで、そんなものなど見たことも聞いたこともなく、想像すらあまりしたことはなかった。

だから、こうして生活するとかなりの驚きと楽しみが得られた。多分、自分がロンドンへと

戻れば二度と得られないであろう、心の充足感。

 

 「なんてことはないわ、ただ、当たり前の幸せがほしかったのよ」

 

ランサーとの出会いが契機となった。そして、ホテルが爆破されて、初めてこれまで下に

見ていた世界を知った。ドクターをはじめとした、価値観が異なる人たちとも出会った。

 

 「ふーん。ランサーのことは眼中になしなのか」

 「女としての好きというより、今は人間としての好きの気持ちを抱いているわよ。大体、誰も

  彼も女性がランサーに振り向くだろうなんて、もてない男の勝手な言い訳だわ。女を振り

  向かせたいならもっと自分を磨けばいいじゃない」

 

つまり、ソラウは恋愛感情を自分自身で昇華させたのだ。

 

 「こりゃ、うまく反撃されたね」

 「ソフィアリ家の生まれだってことなめないでちょうだい」

 

ソラウに言い負かされたドクターは苦笑しながら立ち上がった。肩をゴリゴリと動かして、

カップの残りを飲み乾した。

 

 「じゃ、僕はもう休むよ。患者を二人も抱えてると休憩を入れないと死んじゃうからね…

  といっても、一度死んでいる身だけどね」

 「うまいこと言ったつもり?おやすみなさい」

 

手を振ってドクターは霊体化した。残ったソラウは笑みのままカップの片づけを始める。

 

 「こんなのも、知らなかったのに慣れっこになっちゃったわ」

 

出来れば、ケイネスに自分の手で全部の工程をやったコーヒーを入れてあげようかとソラウは

考えながら、備え付けの流し台へと向かった。

 

 

 

   ●

 

 

 ランサーは、住宅の屋根の上にいた。霊体化しているので槍を持った男性がいようとも

気づく人間はいない。

 

 「ご苦労さん、ランサー」

 「ドクター、手を」

 

そこに、ベランダから伸びている梯子を伝ってドクターが昇ってきた。体が細いドクターを

ランサーは実体化して引っ張り上げた。

 

 「いやありがと。僕も結構年なんだね…最盛期の状態で呼ばれるサーヴァントといえど、

  僕みたいな英霊は年寄りの状態で呼ばれるんだよね」

 

 戦士や英傑、武人などならば比較的若い年齢で召喚されるが、文化人や医者、音楽家、

劇作家、作詞家、法師、魔術師などは年を取るにつれて円熟する傾向にある。そしてドクター

もライダーとコンビを組んでいたころの姿で呼ばれていた。

 腰のあたりをさすりながら、ドクターは屋根の上へと腰を下ろした。遠くには沈み始めた

夕日が見え、冬木の地を赤く染めていく。

 

 「主の治療を行っている主治医のためなら何のことはない」

 「…いいのかい?君の主人を助けているとはいいがたいんだけど」

 

ドクターは医者だ。助けられる命や治せる怪我や傷は治してやりたい気持ちはある。

 だが、時として技術や道具が追い付かないことがある。そんなドクターの自嘲に

ランサーは首を振る。

 

 「いかに医者でも…たとえ英霊であっても無力なものは多い。俺は、槍兵であるがドクターの

  ように主を治癒はできない。ただ、楯となり槍となり、その身を守るだけだ」

 「かっこいいね。僕はライダーやウフコックに助けられてばかりだから、うらやましいよ」

 

 しばらく沈黙が下りた。しばらくして、ドクターはランサーの名を呼んだ。

 

 「聞いているよね?この聖杯戦争が、何らかのトラブルを抱えているって」

 「あの悪霊に近いキャスターが召喚され、さらにはアインツベルンが用意した聖杯が汚染され

  ている…そんなところだろう?」

 「うん。もしかしたら、大変なことになりそうなんだ。その時は協力を頼むよ」

 「主の命をつなぎとめているライダー陣営の頼みならば、断る理由はないな」

 

そうか、とドクターはうなずいた。

 

 「で、僕とソラウ嬢の会話、聞かせてあげたけど…どう思った?」

 

ランサーの耳には、小型の通信機があった。先ほどまでドクターが持っていた小型マイクからの

音声はランサーの耳へと届けられていた。

 

 「俺は…とんでもない考え違いをしていたのか…」

 

 一言一言、かみしめるようにランサーは言う。やや顔をうつむかせ、黒子を手で覆った。

 

 「妖精からこれをつけられて、自分の運命は決まってしまったと覚悟していたが…」

 「女ってのは強いね」

 「あのアーチャーにも妖精の遊び道具といわれたのはショックが大きかったな」

 

 おそらく、自身に黒子をつけた妖精は悪戯半分だったのだろう。悪意も善意もないそれに、

見事に自分は振り回されていた。

 そんなふうに認識したのは、ソラウの言葉とライダーの黒子への対応だ。

 

 「俺は生前、グラニア姫とともに一時期騎士団を離れた。主君のフィン・マックールの

  婚約者を奪ってしまったという負い目はあったがな。聖杯戦争に呼ばれてもまた同じ過ちを

  繰り返すと考えていたが…」

 「あくまでもその黒子は“魅了する”であって、恋愛感情そのものを抱かせるものじゃない

  んだよね。フェニル・エチル・アミンっていう、いわゆる脳内麻薬であるホルモンの代謝を

  促す呪いだ。そして魅了されるとそれは恋愛感情へとなだれ込む。結果として

  女性は君にひかれてしまうんだ」

 「生前、そんな助言をしてくれる相手がいればよかったがな…あるいはそういう知識があれば」

 「だから、こうして君はここにいるんだ…英霊だなんてもてはやされても、結局僕らは

  過去のことを悔やんでるそこら辺にいる人間と変わらない…」

 

一息入れて、ドクターは言う。

 

 「過去を清算したいって気持ちがあるからこうしているんだ。なら、いくらでも清算して

  気を楽にしたいよね」

 

医者がその場で霊体化して去ると、槍兵もまたしばらくそこに身動きせずにいたがやがて

霊体化した。瞳にあふれるものを、見せたくはなかったためだ。

 夜が更けていく中、夕焼けの空には魔術とは縁がない世界からの音が響いた。

 

 

 

 

 

 




 前書きでの注意はこういうことです。
 綺礼の別方向への覚醒とソラウさんの状況変化が変更点ですので、今後読み進める際は
気を付けてください。
 ウフコックは影響力あり過ぎだろ、とか思うかもしれませんが魂が摩耗していたボイルド
すらも感化したので、あの神父もこういう方向へねじ曲がりました。
 お気づきかもしれませんが、この第三章は、物語のベクトルが独自方向へと曲がる章です。
ほぼすべてのキャラを書き切るのは大変ですね…明日も更新します、お楽しみに。

五月十六日、誤字修正しました。Dummy Ratさんありがとうございます。


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Fate/ZERO-NINE 3-3

 原作で雁夜叔父さんの境遇に同情している方は注意してください。
 また、この章はその性質上話の進行スピードがゆっくりですので、気長に読んでください。



 冬木の町を、銀色のベンツが走り抜けていく。

 ガルウィングドアというそうそうお目にかかれないモデルのそれは、市民の目を

集めるには十分すぎるほど目立っていた。また、ハンドルを握る金髪碧眼の人物や助手席の

白髪紅目の女性によって、より目立っていた。

 しかし白い女性の方は、ぐったりと席に寄りかかっていた。色濃く見えるのは疲労だ。外国

人らしい白磁の肌は、むしろ血の気がなさすぎるほどに白い。そしてハンドルを握る人物もそん

な彼女を気遣ってか、速度を出すことなく緩やかに車を進めていく。

 

 「アイリスフィール、大丈夫ですか?」

 「…ありがとう、セイバー…」

 

セイバーの問いに力なく答えアイリスフィールは、座席の上で崩れそうな姿勢を何とか正す。

 

 「調子はいいわけじゃないみたい…運転も頼むことになっちゃったし…」

 

ほんの数日前に車をぶっ飛ばし…いや元気に運転していた姿などそこにはなかった。

 

 「無理はしないでください。あの運転をもう一度しろとは言いませんが…」

 

 少し顔を青くしたセイバーがハンドルを切る。あれは、いかに歴戦の勇士であるセイバーすらも

もう一度体験するのは丁重にお断りしたいくらいのものだった。惜しくも、いや、危うく道の

真ん中に立っていたキャスターを轢き殺すところだったのだから、なおさら。

 

 「フフ…期待に応えられるといいわね」

 

やめてくれ、とセイバーはひきつった笑みを浮かべた。その視線を前に戻すと、そこには黒の女性

がベンツを待ち受けていた。切嗣の助手である舞弥だ。相変わらず無表情が服を着て歩いている

ような女性だが、少なくともセイバーは信頼に足る人間だと思っていた。

 

 「お待ちしていました。マダム達は今日からこちらを拠点としていただきます」

 

車から降りたアイリスフィールを気遣いながらも、三人はその住宅の門をくぐった。

 その住宅は、かなり和風の装いだった。いや、むしろ武家屋敷というべきものだ。

塀があり、土蔵があり、廊下は板張りで畳からはイグサの香りが漂う。おまけにかなり広い道場

までついているという徹底ぶりは、どこか時代錯誤すら感じるレベルだ。

 しかし、ライフラインはきちんと整備され、水道・電気・ガスは問題がなかった。目に見えない

ところにはきちんと文明の道具が張り巡らされていた。疲労が濃いアイリスフィールを

支えながらもセイバーたちは部屋を確認し、土蔵の中に工房を設置した。いくつかの魔術を

かけて侵入者への対策とした。もっとも、アインツベルンの城の迎撃システムをやすやすと突破

したライダー陣営や、アサシンなどにどれほど効力があるかは不明だった。

 だが、これでいい。目立つことなく、隠れることができればいいのだから。

 早速、土蔵の床に金属を使って描かれた魔術陣へと、アイリスフィールは横たわった。比較的

地脈が地表に近づいているここで、休養をとることが第一目的でもあった。

 なにしろ、アイリスフィールは城を出る直前にはかなり吐血したのだ。それで本来の

時間よりも少し遅れてしまい、もう日が沈みつつあるころにようやく拠点としての準備が

終わった。

 

 「ふぅ…」

 

魔術陣が薄く発光し、上に乗るアイリスフィールは体に魔力が満ちていくのを感じる。ホムンク

ルスは魔力が体内に満ちるだけでも体調は向上する。少しは楽になるし、何よりセイバーが近く

にいればさらに楽だ。“あの鞘”のこともあるが、安心感が大きい。切嗣がいない分、精神的に

かなりセイバーには頼っていると、アイリスフィールは実感していた。

 聖杯戦争も、キャスターの脱落があったことから、さらに戦いは激しくなるだろうと切嗣は

言っていた。隙を見せれば容赦なく喰い付かれて脱落するのだと、覚悟を決めてほしいと

頼まれもした。何しろ、自分はあといくばくも命がない身なのだから。

 

…セイバーは、どう思うかしらね。

 

 セイバーもまた、聖杯に託す願いを抱えて、この聖杯戦争へと挑んでいる。しかしその願いが

自分という対価を支払って叶うものだとしたら、どうするだろうか?

 だから、自分は言ってある。もしも切嗣の願いがかなわないならば、セイバー自身の願いを

かなえてほしいと。そうする権利はあるのだと。

 

 「……でも…」

 

 そっと、体に手を当てるアイリスフィールは眉をひそめた。

 昨日の夜から感じている違和感は一つある。体内の“小聖杯”だ。厳重に格納された

その魔法に限りなく近い魔術用品が、体内で違和感を訴えていた。

 大聖杯は常人…少なくとも人間には接触ができない。ホムンクルスや小人、精霊などが

使用できるもので、アインツベルンには“天のドレス”と呼ばれる第三魔法に近い魔術礼装が

伝わっている。一方で小聖杯は願望機である以上接触は人間でも英霊にも出来る。

 

…ライダーかしら?

 

 切嗣の話ではライダーは恐らく未来の英霊だという。そんな英霊が魔術用品に干渉出来る

とは思えないが、事実、体の違和感の原因はそれしか思い当らなかった。心臓の奥深く、小聖杯

には外部からの接触された感覚が残っている。無理やり探し回った、というよりも丁寧に探った

感覚だ。こちらの体を構成する機構に配慮した節が見られる。

 同じ女性だからとか、ホムンクルスだから、というより人として配慮をしたのだろうか。

わからないし、ぜひともそこを聞いてみたかった。一体どういう願いを抱いてこの戦争へと

挑んでいるかも含めて。

 

 「ともあれ…気が抜けないわね」

 

静かな声は土蔵の中にしみて消えていく。

 

 

 

    ●

 

 

 

 ウェイバーは、ドクターに呼び出されてマッケンジー宅とは別の場所の拠点にいた。

 倉庫街での戦闘時に確保した間桐雁夜が目を覚まして、今後のことについて話し合う

とのこと。ライダーのマスターである自分にもオブザーバーとしての参加を頼まれた。

マッケンジー宅での夕食後に夫妻と閑談していたウェイバーは、呼びされたあとすぐに

用件を伝えられた。

 

 「面倒だよ、本当にさ」

 

嘆息するドクターはいくつかの電子ロックを解除しながら、ウェイバーに事情を説明した。

 

 「彼の願いはさ、間桐の家へと養子に入った少女の解放と、未だに恋焦がれる女性の

  幸福。さらには、トオサカの当主への復讐みたいなんだよ」

 「…あぁ、なるほど」

 

緊急特例法案(マルドゥック・スクランブル)の特性を知るウェイバーは納得できた。雁夜に対してドクターが面倒だと

言う理由が。

 “緊急特例法案”のそもそもの目的は、社会的有用性が認められるときに“禁じられた科学技術”

の使用を認めるといううものだ。つまり、私用でその力を使うことは重大な違反となるのだ。

 

 「復讐なんてことに使われては困るんだろ?」

 「そ。繰り返しの“質疑応答”での説得とかにも応じないからさ、もうナイフを突きつけて

  言うこと聞かせようかとも、腹をくくっているんだよ」

 「…本気かよ?」

 「彼の生殺与奪権は、はっきり言って僕たちにある。僕の個人的な意見でいえばバーサーカー

  なんていう爆弾は抱えていたくないよ…けどね、あのアーチャーに対しては、ライダーと

  組んで行けば負ける気配がしない…なんて言う事情を抱えているんだ」

 「…うわぁ…確かに面倒だな」

 「だから、ウェイバーにも意見を求めるんだ」

 

 最後の電子ロックが音を立てて解除され、扉が開いた。

開けた視界の中には、医療カプセルの中に納まる間桐雁夜の姿があるが、拘束用のテープで手足を

固定して暴れたりしないようにしていた。

 しかし、実際に雁夜の体調や肉体の状態はかなり改善されていた。普通の医療技術でも治療すれ

ば無理な魔術の鍛錬で傷ついた体くらい治せる。体中にしみや生傷、あるいは瘡蓋のようなものも

あるが何とかウェイバーはそのグロテスクなそれに耐えた。

 

 「さて、間桐雁夜くん。起きているかな?」

 「……ああ」

 

 ドクターの問いに、かなりかすれた声で雁夜は返事をした。

 

 「君の現状とかは教えたとおりだよ。それに、君が“緊急特例法案”に願った内容についての

  僕からの回答も、理解できたかな?」

 「…桜ちゃんを救えないのか!?」

 「無理だ。僕たちは宝具の力で消滅するし、君もペナルティを受ける」

 

 すがるように頼む雁夜をドクターはバッサリ切って捨てる。一見すれば、悪だ。しかし

ウェイバーはそこにドクターの優しさも見た。かなうはずのない希望を抱かせるよりも、

現実を捉えることを促しているのだ。

 

 「君も知っての通り、“緊急特例法案”は願い事を何でも叶えるものじゃないんだよ。

  そして君が救いたいと願うサクラという少女に対するマキリ・ゾォルケンの行動も、

  君の考えよりもはるかに合理的だ」

 「な、なんだと…うッ!」

 

痛みが走ったのか、雁夜は顔をゆがめて怒鳴り声を納めた。それを冷静に受け流してドクターは

その理由を言う。

 

 「有用性を求めるのが緊急特例法案だ。その点、マキリ・ゾォルケンは非常に良い判断を

  している」

 

いいかい?とドクターは前置きした。

 

 「魔術回路すら現れない傾向にある間桐の血筋に、遠坂家と禅城家という血統書をつけてもいい

  くらいの血筋を引く子供の一人を養子として引き入れること。

  そして血を交えることで間桐家の力を復活させる…しかもきちんと魔術を受け継ぐもの

  としての教育をしていること」

 「教育じゃない…あれは道具としか見ていない!」

 「だが、魔術の世界ではあんなのはざらにあると思うよ?たとえ母体としてのみ考えていても

  間桐のお得意の技術である水属性を身につけさせるのは理にかなってることだ。

  ただでさえ衰退している血筋が、完璧に消し去られても困るわけだし」

 

 事実、そうだった。マキリ・ゾォルケンの代で最盛期へと至り、しかし急速に勢いが

落ちていったのは間違いなく、今はそれに苦心している。間桐雁夜の兄である間桐鶴野の

子供には魔術回路すら現れなかった。だとするなら、桜の子や孫に期待するのは当然だ。

 

 「君が彼女の肩代わりができるならまだしも…魔術回路すらマキリ・ゾォルケンに頼り、

  あと一か月生きられるかどうかも怪しい君が間桐の魔術を学んで次の代に伝えるなんて、

  どうやったらできるのかな?」

 「どうやって…そんなのは…」

 「魔に染まった人間は魔を惹きつける。仮に魔術の世界から彼女を開放しても、彼女は魔を

  惹きつけてしまって危険な目にあうかもしれない。君はその時どうにもできない。

  というか確実に死んでいるだろうし、彼女も魔術を学ばなければ自衛手段すらないまま、

  今よりもひどい世界へ放り込まれるかもしれない…そんなことになって、君は責任を

  とれるのかい?」

 

厳しいが、現実を突きつけた。そうしてドクターは苦悩する半人前の魔術師へと問いかけた。

 

 「敢えて聞こう…いいかな?君がサクラという少女を救いたくても、それは果たして社会に

  とって有用なことかな?」

 

求めるのは、力を使う自分が、社会的に抹殺されるべき存在となることへの覚悟と、私情に任せて

行動しないための自制心。そして価値観を押し付けるかもしれないことへの責任能力だ。

 

 「…ドクター、僕からも何か言っていいかな?」

 「おっとそうだった…間桐雁夜くん、こっちにいるのは僕を疑似サーヴァントとして召喚

  しているライダーのマスターであるウェイバー・ベルベットだ。ロンドンの時計塔で

  魔術師を目指しているんだよ」

 「…半人前の俺と何の関係が?」

 「関係も意味もないかもしれないけどさ、君へのアドバイスだよ。僕は医者であっても魔術師

  じゃないからね、いくらかは君より上の魔術師、でもそこまで天高く君臨するような

  レベルじゃない彼から意見を聞くのもいいと思うよ」

 

立ち上がったドクターは、手にしていたファイルからA4サイズの紙の束を近くのデスクに置くと

そそくさと出ていく。

 

 「これは君のカルテだよ、あとでしっかりと熟読しておいてほしい。

  ついでに言えば、バーサーカーを呼び出そうとしても、刻印蟲をだいぶ抜いた状態の今の君

  だと十秒もたたずに死ぬからやめておいてね」

 

警告を発するのも忘れない。もしも何かあれば令呪を使うことになるだろうが、今ウェイバーは

四画もあるのだ。一つくらいは使ってもいいだろう。そしてドクターは静かに扉を閉めた。

 ポケットから出した通信機を耳に当てて、相手を呼び出した。

 

 「ウフコック、ライダー。すぐに間桐邸の調査を頼む。もしかしたら、緊急特例法案の

  出番となるかもしれないよ」

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 ウェイバーが間桐雁夜の治療室の扉から出てきたのは、すでに夜がとっぷりと暮れた後

だった。時計の針はすでに十時を回り、星が空に瞬いていた。

 

 「お疲れさま、ウェイバー。どうだった?」

 「…魔術そのものを嫌悪してるよ…あんな魔術師がいるなんて思わなかった」

 

どさりと、その身をソファーへと預けたウェイバーは、深い息をついた。

 

 「僕もそれなりに魔術の暗部を見てきたつもりだけど…あんなのがあるなんて…」

 「けど、矛盾を抱えているよね…」

 「…ああ」

 

 ドクターも質疑応答の中で気が付いたこと。それは、気が付かぬうちに醜く歪んだ雁夜の

考え方だ。

 遠坂時臣さえいなければ間桐桜は幸福だった。あの子供は魔術へと染まるべきではなかった。

魔術は嫌いだ。遠坂葵は自分のほうが幸福にできたのではないか。

 正直言えば、考え違いだ。彼自身には、人の幸福に対してあれこれ指図する権利もなければ、

そのための理論もない。人によって幸福は異なるだろうし、そもそも遠坂葵が遠坂時臣のことを

嫌っているかどうかはわからない。もしかしたら無理やりかもしれないし、醜いところを含めて

愛しているのかもしれない。

 

 「…結局僕にはあの間桐の魔術師を説得とかはできないよ」

 「いや…話をするだけでも、彼が自分を顧みるきっかけにはなる。緊急特例法案のことを

  理解してもらうきっかけになればいいのさ」

 

ところで、とドクターは前置きした。

 

 「…大体の調査は終わったんだ。聞きたいかい?」

 「もちろん…覚悟ならあるさ。ライダー」

 

呼んだ先、ライダーは姿を現した。ある用件で調査を頼んでいたライダーはそれを終えて

ここに戻っていた。

 

 「調査結果を総合して、教えてくれ」

---いいの?

 「当たり前だ…僕だってさ、この聖杯戦争に挑んだ時点で覚悟はある」

 

 いかに恐ろしい結果であろうと、いかに自分が受け入れられない結末を知ろうとも、

魔術師としてこの戦争挑んだならば、すべてを知らなければならない。

 嫌っていたケイネスの脱落があった。自分の力をはるかに超えたサーヴァントがいた。魔術を

嫌う魔術師がいた。平然とズルをしてのける魔術師もいた。ライダーの身に起きた悲惨な

出来事も、ウフコックを待ち受ける運命も知った。現代戦を仕掛ける魔術師らしからぬ人間

もいた。世界の波にさらされて狂ってしまった悲しきサーヴァントもいた。それが現実であり、

世の理に近いもの。抗えば、どうなるかはわからないもの。

 だからこそ、それに対しての回答を出さなければならないと気が付いた。自分が一体どういう

価値を持つのかを証明し、既存の価値へと戦っていくか。魔術師の世界という、すさまじい矛盾

をはらんだ世界を生きていくために何をすべきか。この戦争を通じて何を得るのか。

 一息入れて、ウェイバーは決然とした表情でライダーに要請した。

 

 「教えてくれ、ライダー。僕だって魔術師としての矜持があるんだ!」

 

 

 




 お説教回でした。
 ドクターにこの役を頼むことになりましたが、けっしてドクターは悪人じゃありませんよ!?
ドクターは過去の経験上雁夜にはこれくらいの説教が必要だと考えたのです。人間として、そして
委任事件捜査官の一人としての信念です。人としての道を外さないのが、宝具 緊急特例法案
の必須要綱ですから。
 次回の更新は少し間が空きますのでお待ちください。感想や誤字の指摘など待っています。
 それではさようなら。

 五月二十二日、誤字修正しました。


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Fate/ZERO-NINE 3-4

 みなさん、お待たせしました。第三章の最終話を投稿です。
 長くなったうえに、感情を入れ込んでいましたので長くかかりました。キャラに感情移入して厚く書きすぎたかとも反省しましたが、悔いはありません。
 では、どうぞ。


 間桐雁夜は悩んだ、かつてないほどに悩んだ。

 自分がするかもしれない、人生の中でも究極の選択をいかにするべきかを悩んだ。間桐桜の

命を救う代わりに、遠坂時臣への復讐やその他自分が考えていることを一切放棄していくか。

 それとも自滅覚悟でバーサーカーを暴れさせ、ライダーやランサーたちに嬲り殺されるのか。

 

 「どっちにしたって、選びたくはないな…」

 

 自分がここまで魔術の修練を積み上げ、そして聖杯戦争へと挑んでいるのは自身の感情から

起因するものだとは雁夜でも分かっていることだ。否応なく突きつけられればそれくらいは

認めてやるのはやぶさかではない。かなり葛藤をしたが、少なくとも今はそうだ。

 だが、それでも納得は難しい。これまでの覚悟を丸ごと捨てろと、そういわれているに等しい。

身を引き裂くような苦しみだ。

 だが同時にそれ以外の選択肢はない。

 そして自分は、桜のために選択すべきではないかとも思う。実際、ドクターは事実を言って

いた。自分は魔術の素養はなく、魔術を子孫へと引き継いでいくことはできず、何かあった時

桜を守る手段は何一つ持っていない。だから、彼女に苦を負わせること覚悟で行動すべきか。

 

…本末転倒じゃないか。

 

 だがそこに違いもある。間桐桜が無理矢理魔術の道へと堕ちるのと、自らの意思で堕ちていく

という違いだ。非常にわずかな違いではあるが。

 そして、雁夜には一つの判断材料の一つがあった。時計塔の生徒の一人だという魔術師、

ウェイバー・ベルベットとの対話だ。

 

 

   ●

 

 

 ドクターが部屋を出てから、しばらく沈黙が流れた。やがて、ウェイバーが部屋の隅から椅子

を運んでくると、雁夜が収まるカプセルのわきへとそれを置いて腰かけた。

 

 「…一応はじめまして、だな」

 「お前が…あのライダーのマスターか?」

 「そう。ライダーのマスターは僕だ」

 

 警戒がむき出しの雁夜に、言葉少なく答えるウェイバー。威圧などをするつもりはないが、

ウェイバーもいつになく緊張がある。目の前の男は、あのバーサーカーのマスターであり、一声

合図をすればあのバーサーカーがこの場に現れるのだから。だから右手の令呪を無意識に触って

確認すると、息を入れ直してウェイバーは問いかけた。

 

 「魔術が嫌いなんだろ?なんだって魔術師のまねをしているんだ?」

 「マネ、か…まあ、真似もいいところか」

 

自嘲気味に雁夜は口を開いた。

 

 「大体はあの医者から聞いているんだろう?なら知ってるはずだ」

 「…復讐か」

 「ま、もう叶わないかもしれないけどな…」

 

 雁夜も馬鹿ではない。自分の実力や状況を振り返り、この戦争で戦う力がないことは

知っていた。もともとが参加ギリギリの状況だった自分が、今の状況---刻印蟲が一部抜かれ、

さらには拠点である自宅からも引き離されて蟲の補給もかなわない今、戦うなど

不可能に近いことを。

 

 「あとは…ほかのサーヴァントがいなくなるまで気長に待つくらいだな」

 「…」

 

 しかし、ウェイバーは何も言わない。不気味なほど静かに雁夜の顔を覗き込んでいるだけだ。

声を発することも、物音をたてることもなく、動かない。

 

 「そうか…なら、もう聞くことはない」

 

そして、バッサリ話を切ると立ち上がった。その足は出口へと向いていた。

 

 「けど…それくらいしか覚悟ないくせに、魔術に手を出すなんて…」

 「…なんだよ。お前は魔術師で俺は魔術師じゃないのか?」

 

雁夜の言葉に、ウェイバーは立ち止まる。

 

 「魔術師がやろうとすることなんて俺はよく知らない。俺はあんなジジイの様に

  他人の苦しみを喜ぶようなやつになるなんてまっぴらごめんなんだよ」

 

暫く口を閉じたままのウェイバーは、しかし口をゆっくりと開いた。

 

 「だから、なんだっていうんだよ」

 「ッ!」

 

反射として、雁夜は距離をとろうとしてしまった。一瞬、目の前の魔術師が人の形をした

怪物に見えたのだ。当然の如く、カプセル内の雁夜は動くことはできない。

 そんな雁夜に、ウェイバーは静かに言った。

 

 「…何のために魔術があるのか、知らないようだから教えてやる。僕たちは、根源へと至る

  為に魔術を身に刻んでいる…高々復讐のために使う“魔術使い”が“魔術師”の僕に

  あれこれ言えるのか?」

 

魔術使い。根源へと至る研究などではなく、自分が持つ目的のために魔術を使う人間のことだ。

この戦争の参加者では衛宮切嗣が該当するだろう。そして、ウェイバーからすればこの間桐雁

夜もそれだった。

 

 「…はっきり言うとな、僕は時計塔にいるけど、落ちこぼれもいいところなんだよ。

  レポートを書けば家系の短さで馬鹿にされ、いくら新しい発想をしても見向きもされない。

  挙句に、魔術の技量すらもかなわない…ああそうとも、僕は魔術師としてはかなり下の

  部類だ。けど…」

 

いったん口の中で言葉を転がして、吐き出した。

 

 「それでも僕は魔術師として生きることを選んでいる!できないこと、叶わないこと、足り

  ないものなんて腐るほどあるさ!絶対にかないそうにもない相手にケンカを売るような

  大馬鹿野郎さ。でも、それでも僕は挑むんだよ。魔術師だから」

 「勝てないんだろ?」

 「最初から逃げ出すような軟弱な奴よりはいいさ。そうやって生きていくことが、僕の価値証

  明であり、戦いだよ。親が魔術師だからとか、先祖代々の研究がどうだとか、僕はそんな

  ことあまり知らない。でもさ、そういったものを単に嫌うだけで戦うこともしないなんて

  のは嫌なんだよ!」

 

 ウェイバーは、ライダーたちのことを学んだ。矛盾を抱えようとも、危険視されようとも、

絶望に飲み込まれようとも、社会という波にさらされても、苦しもうとも…選択し、

戦うことを捨ててはだめなのだ。

 ライダーを召喚した理由をここにウェイバーはきちんと理解した。聖遺物が機能しなかった

のかどうかは別だ。重要なのは相性によって呼ばれたこと。勝ちに挑もうとする自分と、

それとよく似たライダー達。聖杯の裁量としか言いようがない奇跡は、しかしウェイバー

自身が選択したものであることに疑いの余地は全くない。

 

 「…自分の都合ばかり言ってるけど、それが僕だ。もしも、そちらが間桐の魔術を嫌うと

  しても否応なく脅威は襲ってくるんだ。何かできることを探せばいいじゃないか」

 「…」

 「僕はさ、この魔術の世界が嫌いだ。権威主義で非効率で、前時代的な発想に縛られて、

  本当に必要な技術をどんどん忘れる癖に、要りもしないことに力を注いでる。

  今だと科学の方が圧倒的に進んでいるんだよ…多分この先魔術はどんどん衰退する。

  でも、それも嫌だからこそ、新しい価値観を生み出したい」

 

だから、

 

 「だから僕は間桐の当主がやってることを黙認したくはない。もっと魔術師として

  良い方法があるんじゃないかとも思う」

 「…結果的に魔術じゃないか。俺より上から見てるのは、時臣と同じだ。下で苦しむ人間の

  ことなんて眼中にない…」

 「魔術師であり、人間だからだよ…遠坂時臣はさ、悩んだ末に行動したと思う。親として

  なら苦界に落ちる娘は見捨てたくはない。でも魔術師としてなら、あえて娘を外にだして

  やるべきだとも考える。結果は、思った通りにはならなかったけどさ」

 

 ウェイバーは、ドクターが自分に語ったことを思い出していた。危険とみなされ、社会から

締め出されて居場所を失いかけたドクターの過去。人間としては自ら死を選んでしまいそうな

状況に苦しんだ。だが、医者としての判断から生きていくことを選んだ。結果としては、

ドクターは生き延びた。間桐桜や遠坂時臣とは境遇は違うが、選択した結果が違うだけで

そこまでのプロセスは違った。

 だが、間桐雁夜はそこから逃げていた。選択すらせずに、拒絶のみだった。戦うことを

選ばなかった。他者の選択を認めようとはしなかった。

 

 「もっと、広く考えるといいと思う。じゃあ、僕は戻るよ」

 

 すでに慣れきった様子がうかがえる動きで電子ロックを解除したウェイバーは、そのまま

部屋を後にした。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 選べる選択肢は数少ない。だが、ここで選べなければ、何も変わらない。

 選択した経験など、今考えれば昔から少ない気もする。生まれた家が魔術師の家で、

表向きの父親がすべてを支配し、なし崩し的に自分も魔道へと落とされた。だがはたして、

そこで自分は何かを選んで行動したのだろうか?

 

 「なかったな…そんなことは」

 

 拒絶。それが無意識に選んでいた行動だ。いや、選んでいたというより、本能的な反射行動

であってそこに意思はなかった。あたかも意思があるように、ふるまっていただけだった。

道化もいいところだと、今更ながらに思う。

 変わることができるのは、この時だけかもしれない。いや、間違いなくこの時だけだ。

何もしなければあと一か月と持たずに途絶える命。ならばそれをあえて賭けることで、新しい

選択をすべきではないか。

 

 「は…俺らしくもない…」

 

 自嘲の笑いが浮かぶが、けっして悪い気はしない。間桐雁夜がドクターへと連絡を取った

のはそれからしばらくしてからだった。

 

 

 

   ●

 

 

 「さて、どこからがいいかな?」

 「まずは…聖杯戦争の仕組みから頼む」

 

 ノートと筆記具を用意したウェイバーは、電子ボードの前に立つドクターとライダーに頼んだ。

よし、とうなずいたドクターの合図で、電子ボード上には七体のサーヴァントの特徴をデフォルメ

して作られたイラストと、マスターらしき人型が七人分映った。ライダーが干渉して

操作したのだ。

 またその隣にあるのは冬木の地理を記した電子ボードで、地脈の流れが記され、あちこちに

それに関するデータが表示されている。ウェイバーとライダーがこれまでに集めたデータを基

にしたものだ。

 

 「聖杯戦争は七人のマスターがそれぞれサーヴァントを召喚し、聖杯と呼ばれる願望機を

  奪い合う戦争…とされているのは知っているよね?」

 

ドクターの言葉に合わせるようにサーヴァントのイラストは、互いに入り乱れながら戦うような

そぶりを見せる。

 

 「ああ…でもその言い方だと、違うのか?」

 「違うってわけじゃあない。いろいろ抜け落ちているところがあるんだ。ライダー、出して」

 

1.そもそも聖杯はどこにあり、どうやって勝者が決まるのか?

2.何故御三家のみでやらずに外部の人間を呼ぶのか?

3.サーヴァントを召喚する意味はどこにあるのか?

4.奇跡を起こすとは言うが、どうやって起こすのか?

 

ライダーの電子操作で四つの文章が表示される。

 

 「まずは一番目、聖杯についてだ。これについては明確な答えがある。ライダーは先日アイン

  ツベルンの城へキャスターが侵入した時にこれを追跡した」

 「その時は確か…ランサーとセイバーがキャスターを倒して、ライダーはその手助けを

  したんだっけ」

 「うん…で、ここから先はウフコックの方がいいね。何しろ僕はその場には

  いなかったんだから」

 

そしてウフコックは、電子ボード脇に立つライダーの手の上から、しゃべりだした。

 

 「さて、ウェイバー。御三家と呼ばれる魔術師たちは聖杯戦争を始めたわけだが、

  御三家の得意分野を述べてくれないかな?」

 「え?それは…アインツベルンは錬金術で、間桐は蟲の使役、遠坂は…あ、そう言えばキシェア

  ・ゼルレッチ・シュバインオーグの系列だっけ」

 「フム、及第点だな。そう、本質的なことを言えば、アインツベルンは魂関連、特に聖杯

  そのものに関する魔術。間桐はサーヴァントの使役と召喚。遠坂はこの土地と第二魔法に

  通じており、聖杯戦争を成り立たせているわけだ」

 「…なるほど。それぞれが得意分野のものを合わせて聖杯を作った…って待てよ?

  じゃあ、聖杯自体はアインベルンが今持っているのか?」

 「その通り。俺とライダーは、あの夜に聖杯を見つけた。ホムンクルスのご婦人の体の中、

  心臓の奥深くにあった」

 

 内部の機構を調べたライダーは、その綿密な設計図とでもいうべきものを電子ボード上に

再現して、心臓部分をズームした。そこだけ色を変色してあり、小さな杯の形をしたものが

描かれている。

 

 「あれは、どうやら願望機としての機能を持っている。外から注がれた魔力を以てして、

  戦争を勝ち抜いて聖杯を得た人間の願望をかなえる聖杯。便宜上小聖杯と呼ぶが、

  これがあった」

 「もってこれは…あ、そうか…ホムンクルスが死んじゃうもんな」

 「すまないがその行動はとれなかった…我々のその時の装備や状況では、ご婦人に危害を

  加えることなく聖杯は回収できなかった」

 

ウェイバーも、少しくらいはホムンクルスについて知っている。錬金術に特化するケイネスの

もとで学んでいた経験があるので、ライダーたちの行動にも納得がいった。

 

 「また、小聖杯があるのと同時に大聖杯と仮称する聖杯も見つけたんだ。これは、さすが

  御三家というべきものだったよ」

 「それはどこにあるんだ?」

 「ここ、いや、ここら一帯というべきだね」

 

ドクターは地面を指す。

 

 「この冬木のほぼ全域にわたって、魔術回路に似た構造を持つものが張り巡らされている。

  これは霊脈から少しずつ魔力を吸い上げて蓄積、そしてそれを元としてサーヴァントの召喚

  システムを成り立たせているんだ」

 「…なるほど、だから大規模な儀式を踏むことなく、召喚陣と詠唱だけで呼べるのか」

 

頷きながら、ウェイバーは一つ目の問いに対する答えを、その他の情報とともにノートへと

書き込みながら言った。

 

 「じゃあ、一番目の答えは、アインツベルンが用意する小聖杯を他のマスターよりも先に

  得ることが勝利条件…てことか」

 「そう。だけど、そんなことをするなら最初からアインツベルンは自分たちの願いを聖杯で

  かなえてしまえばよいはずだよね?だから疑問点の二つ目と三つ目がくる」

 

2.何故御三家のみでやらずに外部の人間を呼ぶのか?

3.サーヴァントを召喚する意味はどこにあるのか?

 

 「この二つか…なんとなくわかる気がするよ」

---私も、ドクターに言われるまで気が付かなかったけど…

 

 ウェイバーは、一つの予想を立てていた。それは、確信があるが突拍子もないもの。

だがウェイバーはそれを述べた。

 

 「サーヴァントは七体召喚される必要があるし、サーヴァントがなければ願望機である

  聖杯は動かない…じゃないかな?」

 「どうしてだい?」

 「考えればすぐわかるよ。なんでわざわざサーヴァントを召喚するっていうリスキーなこと

  をして、聖杯を奪い合うなんていくらなんでも非効率だ。それをするなら魔術師同士が

  直接戦った方がいいに決まってる」

 

そして、と考えを続けて述べた。

 

 「そして、サーヴァントはよく考えれば超一級の魔力の塊だ。ウフコックが言っていたことから

  考えると小聖杯へ注ぐならこれ以上にない魔力源。七騎分もあればどんな願いだってかなえる

  ことはできるはずだ」

 

 しかしウェイバーは、二人と一匹が沈黙していることに気が付いた。呆気にとられている、と

顔に書いてありそうなくらい、彼らは驚いているようだった。

 

 「ど、どうなのかな…?」

 

 ややあって、ドクターはウェイバーの背中をたたいて、喜びだした。

 

 「百点だよ、ウェイバー!及第点なんてものじゃない、僕たちの調査の先を完璧に予想

  しきっている!」

 「落ち着いたほうがいいぞドクター。詳しく説明する必要もある」

 

 ライダーとウフコックがいさめてようやくドクターは落ち着きを取り戻す。息を入れた

三人と一匹は、ライダーが用意していたコーヒーをそれぞれ傾けることにした。

自分用の、ネズミサイズのコーヒーカップを傾けるウフコックは、ドクターの代わりに

ウェイバーに説明を始める。

 

 「そう、大体の原理はそういうことだ。実際、キャスターが討伐された直後の調査だったが、

  ちょうどサーヴァント一体分の魂が魔力とともにあった」

 「キャスターの、魂か?」

 「おそらく、そうだろう。あれが残りいくつ注がれるかは自明だが、最終的にホムンクルスの

  ご婦人は肉体機能のすべてを失い、聖杯そのものとなるだろう」

 

 詳しく調べなければどの程度人としての機能が保たれるかは不明だが、と付け加えるが、

ウェイバーはほとんど聞いていない。当たり前のことながら、ショックが大きすぎる。

 だが、そこからの復活は意外にも早かった。

 

 「そこまでして、か…覚悟があるんだろうな」

 「…変わったね、ウェイバー」

 「?」

 「感情だけじゃなくて、理論的で他者の立場で考えているってことだよ。最初のころとは

  全然違う」

 「…ほめたって何にもないぞ。ともかく、これで大体聖杯戦争の仕組みはわかった」

 

 要点を頭の中で整理したウェイバーは、深く息をつきながらつぶやく。

 聖杯は、アインツベルンが用意した小聖杯へとサーヴァントが脱落し、魔力の塊となって

注がれることで完成する。ただし、その数は最大で七騎分も必要となる。御三家だけでは

その七個の枠を平等に分けきれないために外部からも魔術師を呼ぶ。エサとなるのは願望機

である聖杯そのもの。

 

 「でもねウェイバー。どうやら聖杯は汚れているんだよ」

 「は?」

 「何らかのトラブルで、聖杯は本来の機能を危険すぎるモノへと変えている可能性が

  ある。俺やライダーが調査しただけでは全容はつかめていないがな」

 「ウフコックは、この街の中のにおいをかいだり、ホムンクルスのご婦人の体自体も

  においを調べたんだ。そして、無色の魔力に満ちていないことに気が付いたのさ」

 

 魂のにおいや魔力のにおいを言った概念はウェイバーにとっては理解し辛いが、それでも

ウフコックの言葉は無条件で信じるに値した。

 つまりこういうことだね、とドクターはガラスのカップを持ってくる。それには綺麗な

水道水が入っていた。

 

 「これだけなら…問題はないけど、ここに余計なものが入るとどうなるか?」

 

そして、自分のカップからコーヒーを数滴たらし、スプーンで掻き混ぜていく。すると綺麗に

澄んでいた中身がどんどん色を変えていき、やがて薄い茶色へと落ち着いた。

 

 「…薄めることはできる。けど、性質自体を取り除くのは不可能だね」

 「全体に混じっているからだよな…聖杯も同じことがいえるのか。でもどうして?」

 「そこは不明だよ。最近になって生まれたのか、それともかなり前から生まれていたのか、

  それに関する手掛かりはあまりにも少なすぎる。だから、そのまま聖杯を手にすることは

  誰にもできない。調べて、安全かどうか確かめないと」

 

そう言い切ったドクターはそこで黙った。

 

 「ライダー」

---どうしたのウェイバー?

 

 しばらく悩んだが、しかしウェイバーは頭の中で渦巻いていたことを吐き出す。これまでの

やり取りからして、恐らくライダーたちは自分にこういうふうに指示を出してほしいのだろうと

見抜いていた。

 

 「聖杯をより深く調べることはできるか?あと、これを何とかできる方法もあるんだろ?」

 

それに、ライダーはにっこりと笑って言う。

 

---それを待っていたの、ウェイバー。

 

 それからさらに数時間、マッケンジー宅へと帰宅してからもレイラインを通じて話し合い

ながら、ウェイバーたちライダー陣営の会議は続いていった。

 そして、とある計画が構築され、実行準備が始まったのはその翌日になってからであった。

 

 

 

Fate/ZERO-NINE 3 END

 

 

 

 

 




 ふぅ…できました。
 ライダーたちの調査内容の報告と、ウェイバーと雁夜叔父さんの対談を入れるという、明らかに更新が遅れることになるような暴挙を犯しましたが、いかがなものでしょうか?頑張っただけ楽しんでいただければ非常にうれしいです。
 今回は非常にメッセージを込めた話となりました。特に前半部分は、かなり悩みながらも書き上げました。これだけやったのはキャスターが倒される話の時以来でしょうか?ウェイバー君や雁夜叔父さんの口調の再現に苦しみましたが、我ながら頑張りました。
 次回は幕間をはさんで第四章へ突入です。お楽しみに!

 うう…今回いきなり誤字を発見、投稿完了後三十四分の新記録です! 修正しました。
 五月二十六日、誤字を修正しました。Dummy Ratさん、今回もありがとうございます。
また、もう一人、nnn ID:pt06Jjwkさんもありがとうございます。ユーザー登録して
いない方なのか名前はわかりませんが、感謝します。



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Fate/ZERO-NINE interlude

 幕間です。前話と比べて相対的に短くなりましたが、いろいろと含んでいます。
 また独自設定というかご都合なところがありますがそこは目をつぶっていただけるとありがたいです。それではどうぞ。


 部屋の中に、ティーカップをソーサーへと置く音が静かにうまれた。落ち着いた基調の部屋は

遠坂時臣が私室とするところだ。時刻は午前の日差しが心地よい十時ごろ。時臣は、カップから

香る香りを鼻孔に満たしながら、一人思索に沈んでいた。

 万全を喫して挑んだ聖杯戦争が、自分の制御下からどんどん離れていっていることに深い

徒労感を感じ、それを癒すためだ。

 

…なんということか…

 

 アサシンの脱落偽装の露見、監督役との癒着の発覚、呼び出したギルガメッシュがアーチャー

クラスで現界していること。さらにキャスター討伐を利用した各陣営の能力調査もほぼ失敗。

これまでの計画がことごとく失敗している。

 時臣とてバカではない。平凡でありながら努力を積み重ねることで、遠坂家当主として

ふさわしい技術や振る舞いを身に着けている。だが、そんな彼をして深いため息を

つかざるを得ない状況までなっていた。

 これからの戦略が、構築できていない。アーチャーは強力だということは示すことはできたが、

逆にライダーとランサーの陣営の同盟を招き、しかも触らぬ神に祟りなしとばかりにアーチャー

に手を出さない陣営ばかりだった。また、バーサーカーのマスターと思しき間桐雁夜の存在も

不安要素である。狂化されているにもかかわらずアーチャーの攻撃を悉くしのぎ、ともすれば

あのままアーチャーに勝っていたかもしれない。そしてその日から不意に間桐雁夜の姿は

発見できなくなった。あの分裂するアサシンを以てしても、だ。これではマスターを直接たたく

という方法も使えない。

 

 「ううっ…よ、余裕をもって優雅たれ…」

 

家訓を呟きつつも、時臣は胃薬の買い置きを心配した。このままではまずいがどうにもできない。

 一度、家族と会ってこの不安を和らげるべきだろうかと、真剣に悩んだ。ちょっとくらい、

聖杯戦争から逃避…いや休憩をはさんでもいいだろうという欲望が胸に湧いてきた。

 

 「葵…凛…助けてくれ…」

 

痛む胃を心配しつつも紅茶を飲み終えると、そのまま時臣は整えられた庭を眺めることにした。

最近庭を眺めてたそがれる回数が増えてきたと自覚しながら、胃薬の買い置きの心配をした。

 

 

 

   ●

 

 

 

 カチカチ、ガサゴソと気味の悪い音が、暗く湿った蟲蔵の中に木霊していた。

間桐の魔術に使われる虫が、無数を超えた数そこには存在している。いや、蟲そのものが

この蟲蔵であった。石畳のそこには、今日もまた一人の幼い少女の姿がある。

 間桐桜。遠坂家の次女だった彼女は、間桐の家に入って以来こうして魔術師を生み出す母体

として日々蟲になぶられる生活を送っていた。間桐雁夜が聖杯を持ち帰る可能性は低いため、

ここでの“教育”は続けられることとなっていた。

 

 「フム…あの出来損ないはまだ見つからんのか…」

 

数十もの隠密行動に特化した蟲と対峙しているのは、間桐の実質的な当主である間桐臓硯だ。

 見た目こそ小柄な老人で、名前も日本風であるが、その正体は五百年以上を生きる魔術師

であり、すでに幾多の延命の魔術の行使により人外へと成り果てた“妖怪”だ。肉体は

とうに滅び、その体は自らの一部である蟲へと置換されている。

 しかしながら、蟲の扱いにかけては紛れも無くトップの実力者だ。間桐雁夜を即興で

サーヴァント召喚できるレベルまで仕立てた実力は本物である。

 だが問題なのは、倉庫街での戦闘後暫くして、雁夜の体内に埋め込んでいた追跡用兼監視用

の蟲が反応しなくなったことだ。死んだのか、あるいは蟲が死ぬほどの負傷を負ったのか。

あるいは誰かにつかまり実験体とされたのか。いずれにせよ、脱落したとみるのが正解か?

 

 「しかしのぅ…」

 

 臓硯は少なくとも、この冬木の地にいくつものコネクションを持ち、地理にも明るい。

各陣営が拠点を設けているところは大体つかめているのだが、さすがにそこへと踏み込む

能力も余裕もない。そこへと監禁されているのならば、どうしようもない。

 だが、可能性は低いとはいえ、聖杯へとつながるかもしれない“駒”だ。自分が手をかけた

こともあって無駄にはしたくはない。

 コツコツと、石畳に杖を突く音が響く。思考にふけるが、打開策はない。

 いかに自分といえど…肉体を捨て、この数百数千もの蟲そのものとなっても、サーヴァント

とそのマスターという取り合わせには勝てない。バーサーカーを召喚させたのも、

ステータス上昇のためもあるが、“雁夜(道具)”と結託し自分への反逆を行うような能力を奪う為でも

ある。キャスターなどはもってのほかだし、殲滅に特化したサーヴァントなどもダメ。

しかしバーサーカーはそういうことはできないほど狂うのだし、魔力を消費するので“雁夜(道具)

を弱らせることもできる。

 もうしばらく捜索をするとようやく決めた老獪な“妖怪”はようやく蟲蔵から離れた。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 「………」

 

 その姿が去っていくのを、蟲の波にのまれながら間桐桜は見ていた。いや、見ているわけでは

なく目を向けているだけで、ほとんど認識していない。

 どうせ、この現実に変化が起きることなどありえない。

 繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、自分はこうして汚されていく。抵抗をやめたのは

一体いつのことだったか…覚えていない。少なくとも、初めてここに放り込まれて、すさまじい

痛みと苦しみを感じ、逃げ出そうとしてからあまり日は経っていなかったはずだった。

 誰かに助けを求めたかったが、あまりにも建前の上の祖父は強大だ。抗うすべもなく、

ただただ状況に流されるばかりだ。

 

 「………」

 

 キキキキ…とうるさく鳴く蟲が体を這っていくのをただただ感じた。あの祖父の笑い声にも

よく似た鳴き声だ。しかし不快感などもう自分の中に生まれもしない。ただ、漠然と感情が

残っていた。

 

…生きたい…

 

 なけなしの、きわめてわずかな希望であり、願望だった。こんなのを自分は望んだの

ではない。ただ、自分は自由に、そして何の心配もなく家族と一緒に生きていたかったの

だから。父と母と姉と自分とで。魔術のことはあっても無くても構わない。たとえ自分が

二度と引き返せないその道へ転落しようとも。

 唯一の救いだったのは、血縁こそないが自分の叔父だった雁夜の存在だ。祖父が言うには

自分がこうして道具扱いされることに対して反抗したらしい。そのあと、聖杯戦争へと

挑んだというが、ここ数日姿を見ていない。

 祖父は死んだのではないかと楽しそうに言っていたが、自分はあまり信じていなかった。

何の証拠も、確証もないが、ただ感情としての反発心があった。

 

…死んでしまった、はずがない…

 

 砕け散ってしまいそうな幻想(ユメ)だった。特に、こんな環境では。

 それでも、これだけは捨ててはならないと、桜は無意識に守った。大事なものという範疇を

遥かに超えたものだ。そういった信じるものがなければ、人として死ぬ前に大事なものを失って

自分は生きたまま死んでしまう。それだけは嫌だった。それが守られるなら、体を侵されようと

汚されようと関係はなかった。

 

 「こんなのは、いや…」

 

小さな抵抗の意思は蟲の鳴いたり這ったりする音に掻き消えていく。

 

 

 

  ●

 

 

 だが、それをきちんと聞いていた者がいた。

 

 「抵抗の意思と生存への渇望がうかがえる匂いだ。おまけに、魔術のことは眼中にないな」

---魔術のことは眼中にない?

 「あっても無くてもいいから、生きていたいようだ。これはある意味間桐雁夜の意思との

  ずれを示す証拠となる」

 

 間桐邸の近くを通り過ぎながら蟲蔵の中へとひそかに干渉を行ったライダーは、チョーカー

姿のウフコックと会話しながら、間桐邸の内部情報を頭へと叩き込んでいく。

 

 「必要であるなら、彼女は魔術を学ぶことに抵抗はないということだな…素質がある以上、

  磨いていけばいいだろうと俺は思う」

 

昼間であるために、マキリ・ゾォルケンの目をかいくぐり、蟲の一匹を電子の殻の効果で支配

して、その一匹を皮切りに蟲蔵の中にいる間桐桜にまで接触するのは非常に楽な仕事であった。

もちろんウフコックが潜入捜査をやってもいいのだが、さすがにこれまでとは状況が違いすぎる。

 第一、この干渉は緊急特例法案の違反事項すれすれの行為だ。だが、間桐雁夜説得のため

という目的にのみ、宝具はライダーの干渉に許可を出した。

 

---ねえウフコック。

 「どうした?」

---もしもだけど。マトウサクラが緊急特例法案を選択したら、彼女はどうなるの?

 「そうだな…」

 

ライダーの問いかけに、ウフコックはしばらく悩んだが自身の考えを言った。

 

 「彼女にふさわしい、あるいは必要な“禁じられた科学技術”が与えられるだろうな。君と

  同じように質疑応答を経て、母体というよりも魔術師としての大成を目指せるような

  下地を作る…」

---そうじゃないの。

 「?」

 

 ライダーは、自分の中に焦げ付きを感じていた。そしてその焦げ付きを、間桐桜へと感情の

ままにぶつけてしまうことを恐れていた。

 彼女は、あまりにも自分と似ているのだと、ウフコックへとライダーは言う。

 

---私にウフコックがつきっきりになってくれたみたいに、彼女に一緒にいてあげる人は

  いる?

 「必要になれば…だが」

 

暫くその言葉の意味を考えていたライダーは、しかし相棒であるウフコックの名を呼んだ。

 

---ウフコック…私はあの子の言い訳になってあげる人が必要だと思うの。私にとって

  ウフコックがそうだったみたいに。自分がここに居てもいいんだっていう言い訳に。

 「君がこの俺に愛を求めたように、か?」

 

 ライダーはかつて、自分が殺さた場所でウフコックに求めた。自分を愛してほしいと。

生きていることへの言い訳がほしいのだと。

 ネズミであるウフコックは、もちろん困惑した。あらゆる状況を潜り抜けてきても、そんな

要求は初めて受けたからだった。そしてたどたどしくも、ウフコックはそれに応え、それ

によってライダーは自分自身の過去やシェルとの裁判で戦うことができた。あの時は、

ウフコックがいなければ心は砕けてしまっただろうことは、容易に想像できることだ。

 

---そう。運命でもいい。神様でもいい。同性でも、薬でも、お金でも何でもいい。

  自分を肯定してくれる人が必要だと思うの。私の勝手な考えだけど…

 

 かつて、ライダーとともに仕事をしていた少女たちは、競い合うように“自分が誰かから愛さ

れていること”を自慢しあった。愛がなければ肉体よりも先に魂が死んでしまうのだ。

“仕事場”にいたプリンセスと呼ばれた女性を---愛を求め、最後にはSMプレイをしていた

客を銃で撃ち殺し、店のみんなと別れを告げたあの人物を、ライダーは思い出していた。

ライダー自身も影響を受け、そして共感した相手だ。生前は、もう一度会えないかと探したが

結局見つからなかった。でも、それでもよかった。

 

---彼女の心に、寄り添ってあげたいの。私でなくてもいいから、誰かが傍にいてあげてほしい。

 

 それは、蟲に身を犯されている少女にも似たところがあるのではとの、ライダーの経験による

願いだった。なんら証拠などはない、押しつけにもなるかもしれない。

 

---これは私のわがままみたいのものだけど、いい?

 「君には直感スキルはないが、俺は信用している。俺はもちろん、ドクターやウェイバーにも

  伝えるといいと思うよ」

 

 感謝の気持ちを込めてチョーカーを軽くいじるとライダーは、ウェイバーたちがいる拠点へ

と向かうために霊体化した。

 蟲蔵で苦しむ少女を、救えることを願って。

 

 

 

 

   ●

 

 

時系列

 

+2:

・柳洞寺において令呪の分配が行われる。セイバー、ライダー、ランサーの各陣営。

 ソラウがケイネスの代理として令呪を受け取る。

・セイバーとアイリスフィールがアインツベルンの城へといったん帰還。ライダーに関する

 手掛かりに切嗣は混乱する。

・時臣、自宅の庭を眺めてたそがれる。胃薬を誰か買ってやってください。

・霊地で魔力を蓄えるウェイバーは、ライダーの過去を夢の中で見る。その間、ライダーは

 霊地などを調査。

・セイバー陣営が拠点を移動。移動中にアイリスフィールが吐血。新しい拠点である武家屋敷で

 アイリスフィールは魔術陣を描いてそれで体力を蓄える。

・綺礼、アーチャーが取り出した鏡を通じてウフコックを目撃。衝撃を受け、戦争へと挑む

 理由を得る。外道愉悦神父から真っ当喜悦神父へと進化。

・ドクターがソラウに、ランサーのマスターになるように依頼。

・ライダー陣営の別の拠点において、ドクターが間桐雁夜に説教。ライダーは間桐邸に近づき

 間桐桜と間接的に接触。

・これまでの調査についてウェイバーはライダーから報告を受ける。

 

補足:話の構成上、時系列は上のように投稿されていないので注意。

 

 

各陣営情勢

 

・セイバー陣営

:アイリスフィールがかなり弱体化。“鞘”の効果で何とか持ちこたえる。

 切嗣はライダーの正体について四苦八苦し、そのマスターについて警戒を強める。

 拠点を武家屋敷へと移す。

 

・ランサー陣営

:ソラウが正式にマスターとなるように打診される。ランサーは自分自身の過去について

 清算を行おうと決意。

 

・アーチャー陣営

:時臣さんマジで胃に穴が空きそう。

 アーチャーは綺礼を別方向へ覚醒させる要因の一つとなる。

 

・ライダー陣営

:ドクターは雁夜をお説教して、ライダーはあちこち調査に回り、ウェイバーはひたすらに

 魔力を蓄えたり、雁夜と話をしたり、調査結果を聞いたりと大忙し。

 

・アサシン陣営

:言峰綺礼、別方向へと覚醒。戦争に足して俄然やる気を出す。

 

・????陣営

:一切が不明。

 

 

次章予告

 

 「過去に決着をつけるぞ、バーサーカー…」

 

覚悟を固めた半人前魔術師間桐雁夜と、それに従う狂戦士。

 

 「ランサー、ごめんなさい。しばらくあなたの力と槍は私のものとなるわ」

 「お任せを」

 

戦場へと身を投じることとなるソラウ。そして忠義を貫くため彼女を守ると誓うランサー。

 

 「あはハハハはっは!すげえぜ旦那たち!最ッ高にクールだぜ!」

 

狂気に染まり、殺戮を行う龍之介。そしてそれを手助けする謎のサーヴァント。

 

 「許されん行為だ…ッ!唾棄すべき行為だ!」

 

命の輝きに喜びを見出す神父は、命を軽んずるそのサーヴァントたちへと挑む。

 

 「その程度か…!お前が得たものはその程度なのか、答えろ、衛宮切嗣!」

 「得たもののために…僕はまだ、戦えるのか…?」

 

悪を前にして、再び息を吹き返す“正義の味方”を志した男。そしてその男とともに戦う神父。

 

---ウェイバー!令呪を!

 「ああ…使ってくれ、ライダー。この戦争に挑んだ僕自身の価値のためにも!」

 

終結へのカウントダウンは急速に進んでいく。

 

 

 

次章 Fate/ZERO-NINE 4 抽出

 

 

 

 

 




 やっと第三章が完結!
 意味ありげに書いたところとかありますし、原作を知っている方にはなんとなく想像できるところがあったのではないでしょうか?それとなく感想で書く文意は構いませんが、ほかの読者の方にあからさまなネタバレにならないようにお願いします。
 しかし第四章は僕自身非常に楽しみにしています。戦闘シーンとかをようやくかけるのですから。この時のためにネタは豊富に用意してあるのです。お楽しみに。
 明日も同じ時間に投稿予約を入れていますので、チェックをお忘れなく。


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4th 抽出
Fate/ZERO-NINE 4-0 抽出


 本当にお待たせしました。遅れてしまって本当にすいませんでした!
 では最新話をどうぞ。


 冬木の町に、また今日も夜の帳がおりる。西へと吸い込まれるように太陽は沈んでいき、空は橙から紫に滲む様に変化していく。

 しかし、そんな光景をゆっくり立ち止まって眺める余裕は今の冬木の住人たちの間にはなかった。ここ最近、平和であった治安が急速に悪くなっていたのだ。

 始まりは連続猟奇殺人の発生だ。その家の家族が殺され、魔術陣のようなものが被害者の血で描かれる。いつの間にか隣人が犠牲者になっている恐怖は言うに及ばない。また海外でしかないような事件が自分の身近で起きることの恐怖は想像できない。

 続くように港の倉庫街で爆発事故。高級ホテルの一つハイアットホテルの倒壊が発生し、追い打ちをかけるように児童の失踪事件が続いた。

 それもここ最近は収まったのだが、今度は人の失踪事件が相次いでいた。昨日まで、いや直前まで一緒にいたはずの人間が消えてしまう。ある一家は夕食の準備が半分くらい終わったところで、まるで散歩にでも出かけたかのように失踪した。

 警察も無能ではない。無差別な誘拐と判断し、鍵の管理や早めの帰宅を呼びかけ、さらに夕方のパトロールを急きょ実施した。テレビやラジオも注意を呼び掛け、結果として人の姿は午後六時を迎えるころにはほとんど消えてしまった。

 誰もが不安を抱える中、ひそかに続く聖杯戦争は佳境へと走り出していた。

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

 冬木の町をこうして見下ろすのはいつ以来だろうと、間桐雁夜はぼんやりと考える。

 魔術を嫌い、実家を飛び出してからはあちらこちらを歩いて回り、ほとんど冬木に帰ってくることはなかった。記憶にあるのも十年以上も前の風景で、今とはだいぶ違う印象だった。あんなところにビルはなかった気がするし、道路も昔よりも張り巡らされている気がする。

 夕暮れがどんどん迫る。かつてはこの町に住んでいたのも、どこか嘘のように感じる。こんなにも知らない街はない。自分が生まれた町であるはずなのに。

 

 ……妙にセンチメンタルだな……

 

 自嘲し、しかし改めて街を見下ろす。

 あの時、表向きの父親の影におびえ、魔術を嫌っていたころとは、今は違うのだ。わずかだが自分にはできることがある。結果はどうなるかはわからないが、少なくともやらなくてはならない。

 決意を新たにしているとき、ポケットの中で振動が起きる。通信用の端末のバイブレーション機能だ。端末を取り出して、通話機能をオンにする。

 

『準備はいいかい?』

「いつでもいい」

 

 言葉も短く通信は終わり、雁夜は息を吐いた。体調を安定させる薬の入った小さな瓶を取り出すと一息で飲み干す。効果こそ長く持たないが、副作用などがほとんどない薬だ。雁夜に課せられた仕事は短いが、その分失敗は許されない。だからこその、ドーピングだった。

 身震いをして、自分の背後へと雁夜は声をかける。

 

「行くぞ、バーサーカー」

 

 漆黒の狂戦士が実体化する。刻印蟲をある程度抜かれたことで少なくなっている魔力が持っていかれるが、集中し、ドーピングを入れているおかげで何とか耐えきれそうだ。

 

「決着をつけるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 他方、ランサー陣営の拠点。

 携行できる魔術用品などの準備を整え、外出するためにコートを羽織ったソラウと、二本の槍を手にしたランサーの姿はそこに在った。

 

「ごめんなさいね、ランサー。しばらくあなたの槍は私のために使ってもらうことになるわ」

「いえ、ソラウ様のお気遣い、感謝いたします」

 

 ソラウの右手の甲には三画の令呪があった。ケイネスが使用した分はすでに補填され、そしてそれはケイネスからソラウへと渡っていた。

 

「仮とはいえ、私がマスターになるなんて……戦争が始まる前には考えもしなかったわ」

 

 ステータス透視の能力がきちんと働いていることを確認するため、ソラウはランサーのステータスを確認する。

 

【ステータス】筋力B 耐久D 敏捷A  魔力D 幸運D 宝具B+

 

 マスターであったケイネスが弱体化したことで、ランサーのステータスは引きずられるようにかなり低下していたが、ソラウがマスターとなることでかなり改善された。もっとも、元々から見れば低下は否めないのだがそれでもましだった。筋力と敏捷が低下したが、その分幸運が向上したので良しとしよう。ソラウはそう割り切るとランサーを引き連れて玄関を出る。

 ぴゅっと吹き抜けた風は冷たく、コートに滲みるように冷たさが伝わって来る。イギリスのそれとは違うものを感じながらもソラウは空を見上げる。

 

「さて、ライダーたちはどうしているかしらね?」

「用意周到な彼らのことです、きちんとやってくれます」

「そうね、行きましょう」

 

 

    ●

 

 

「手掛かりなしか……」

 

 冬木の町を睥睨する高台に、一台の黒い車が闇に溶け込むように停車している。スモークのかけられた防弾ガラスの内側には、これもまた黒いコートを着込んだ男性の姿があった。セイバーのマスターであり、魔術師殺しと言われた衛宮切嗣である。

 彼はポータブルビデオプレイヤーで映像を見ていた。すでに彼の横には見終わったテープがいくつも積まれている。いや、正確には見る価値がないと判断されたものだ。

 

「まさかこの監視カメラまで気が付いているとは……」

 

 そしてまた、新しくテープが放り投げられて音を立てた。次のテープをとる手にはもはや作業を続ける惰性しか残っていなかった。

 舞弥と協力してこの冬木の町のあちこちに仕掛けていた監視カメラだ。米軍などで使われるような一級品で、仕掛けた位置も少し調べた程度ではわからないように細工してあったのだが、ことごとくが一定のところから何の映像も残していないのだ。こうしてテープ自体が残っていることからすると、何らかの細工をこのカメラに仕掛けられたのだろう。

 そしてもう一つ悩みの種があった。

 

「飛行住居とは……また厄介な」

 

 空を飛ぶだけならば追跡できる可能性はあるが、例外が三つある。

 一つは目で見えてもあまりにも速度が速い場合。二つ目は追跡できないほど高高度まで上昇する。三つ目は透明化するような場合だ。ライダーの場合は二つ目だ。かなりの高度まで上昇し、こちらの使い魔を振り切っている。せめてマスターの姿を確認したかったが何か概念武装で姿を隠していてどんな人間かもわからなかった。

 また、アイリスフィールが言っていた金色のネズミについても、あまりヒントになっていないのが現状だ。ライダーの宝具なのかそれとも何なのかもわからない。一番恐れているのはライダーのマスターの持っている魔術礼装か使い魔ではないかというケースだ。これまでの調査では魔術師としての実力は、時計塔講師のケイネスや遠坂時臣が二大トップである。しかしそんな彼らでも作れないような、あるいは使役できないようなものを平然と使う魔術師など想像もしたくない。

 だが、もしも本当にそうだったら自分の勝率はかなり落ちていく。もしもそのマスターが魔術師殺しと呼ばれる自分の聖杯戦争への参加を知って、あえて未来の英霊(仮)を召喚することで、身の安全を確保したとしたら?しかもその他の陣営とも戦うために、まずはランサー陣営を自分の攻撃を利用することで仲間へと引き込んだ。また、これまで何十回と繰り返している拠点調査すらもかいくぐっているのだから、どれほどの準備を重ねてきたのか。一体どれほど戦いに通じている人物なのか。

 

 ……考えるのは、やめよう。

 

 背筋に冷たい液体が伝っていく。ここまで恐れの感情を抱いたのはいつ以来だろうか。少なくとも、“あの島”での”あの出来事”の時と同じくらいだと、無意識に体が警告する。

 だが、今はあの時とは少しは違うのだという認識が、強張る切嗣の肉体をほぐす。意識を切り替えてほかの陣営に対して何ができるかを考える。

 ランサー陣営はライダー陣営と同盟状態なので却下。

 アーチャー陣営は引きこもっているのでどうやって連れ出すかが問題だ。あの遠坂の工房に攻め込むのは自殺以外の何物でもない。事実上却下。

 バーサーカー陣営はそもそもマスターが何処にいるかわからないので却下。

 アサシン陣営は、こちらから攻撃をかけるには危険すぎる、自分を分裂させる宝具の持ち主らしいので却下。アイリスフィールたちが危険だ。

 

 ……イリヤは元気かなぁ……

 

 軽く現実逃避に走る。あの雪に閉ざされた城の中で愛する娘は如何しているかと、想像するくらいしか心が休まらない。このまま戦争を放り出して、イリヤとアイリを連れて暮らすのもいいなぁと半ば本気で考え始めていた。うるさいアハト翁も、アインツベルンが作ったあの”黒い銃身”もどきでも浴びせて倒してしまおうかとも考えていた。いかに長い年月生きたあのじじいでも無事ではすむまい。覚悟していろ。

 

ピピピ……!

 

 そんな、頭の中がお花畑となり始めた切嗣を正気へと戻したのは、ポケットの中から鳴り響いた電子音だった。頭の中のお花畑は急速に銃火器や爆弾の山へと置き換えられえていく。

 

「僕だ」

『……り……ぐ……』

 

 聞こえてきたのは、ひどくくぐもった声。まるで負傷して苦しんでいる中必死に絞り出しているような、よく知る人物の声だ。

 

「舞弥!?」

『マダム……が、ライダーに……さらわれました……』

 

 ガチャンと何か金属製の何かが落ちる音がして、苦しげない息が聞こえてくる。自然と、切嗣も顔を険しくする。いったい何が起きているのか。アイリスフィールにいったい何が起こったのか。

 

『……はやく、して……く……』

 

 そこで、形態のマイク部分が空を切るような音がした次の瞬間に通話は切れた。それが何を意味するのかは切嗣にとって想像するのは簡単なことだった。

 一気に冷や汗が出て、頭の中がパニックになる。鼓動が急速に高まり、内側から体を叩く。アインツベルンに婿養子として入り、それ以降着実に弱っていった魔術師殺しには、あまりにも恐ろしい毒だった。その毒は秒単位で切嗣の体をむしばんで、しびれさせていく。

 だが、それでも冷静な部分が今すべき行動を選択させて、そのように体を動かした。

 

「令呪を以て、我が傀儡たるサーヴァントへ命ずる!」

 

 右手にある令呪の一つが、赤い輝きを放ちながら切嗣の意思に応える。魔法の領域に達するような奇跡すらも起こすことができるそれは、一つの命令をセイバーへと飛ばした。

 

「セイバー、土蔵へ戻れ。今すぐに!」

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

「切嗣!?」

 

 街中をゆっくりと歩きながら警戒していたセイバーは、突如として聞こえてきたマスターの命令に戸惑いながらも、その身を移動させた。アーサー王の最期は、死ではなくアヴァロンと呼ばれる島へと傷をいやすために向かうというものが多い。ゆえに彼女は霊体化できないなどの制約があった。

 その瞬間移動の間に、セイバーはなぜ切嗣が焦って命令してきたのか直感的に理解した。

 

 ……まさか、アイリスフィールが!?

 

 ありえることだ。このあたりの地理を知ることと、他のサーヴァントを探すためにセイバーは大体今くらいの時間に探索を行っていた。しかし、今考えてみればその時間を毎日ずらしてやるべきだった。

 もしも自分の行動パターンが読まれて、アイリスフィールに危険が迫ったのだとしたら。

 

 ……何たる失態か!

 

 拠点を動かしたことで、自分が安心し過ぎていたのは事実だ。今はアサシンが生きていることが判明し、キャスターも討伐されたために停戦命令はないのだからそんなことはすぐに理解すべきだった。最近調子が悪くなっていたアイリスフィールにかまけてばかりだったのが仇となったか。

 

「アイリスフィール……どうか御無事で!」

 

 武家屋敷の敷地内へと転移したセイバーは、鎧と剣を装備し、大急ぎで土蔵へと向かった。

 ライダー陣営によってかき回される夜が始まったことを知るのは、当人たちとランサー陣営、そしてバーサーカー陣営ばかりだった。この聖杯戦争が急速に終結へと向かうことなど想像するのは難しかっただろう。

 だが、そんなライダー陣営すらも予想外の出来事が起きていたことは、まだ知られていない。

 

 

 

 

 

 

 

 




 かなりお待たせしましたが、新章突入です。
 並行して進めていた改訂作業がかなりの苦痛で、さらにリアルも忙しくなり、とどめとばかりにオンラインゲームにはまってしまいました。つまり自業自得です。
 更新を待ってくれていた皆さん、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
 例によって連続投稿をやっていきます。また第一章も改訂版を投稿していきますのでお楽しみに。


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Fate/ZERO-NINE 4-1

 第四章第二話。ちょっと短いですがどうぞ。
 近況報告ですが、にじファン時代のISの作品をこちらでも投稿を開始したところ、かなり反響をいただいています。ちょっと感想も多く、まさかここまで人気があるとは思いませんでした。気になる貴方は作者のページからどうぞ。


 ウェイバーの要請がライダーへと降りてから、三日が過ぎた。

 その日は静かであった。珍しく、遠坂時臣が夜の散歩を庭でやるくらいに。虫の鳴き声が静かに鳴り、耳を楽しませてくれる。空は多少雲があるが十分に星空を楽しむことはできるだろうと時臣は考えていた。

 

「静かな夕方だな……素晴らしい」

 

 最近になってようやく胃の痛みも引き、安らかな睡眠を得ることができた時臣の体調は非常に良い。各陣営の動きもいったんは静かになっているので、あまりピリピリしなくてもいい状況が続いているのも要因の一つだ。監督役の方も、神秘の隠ぺいという骨の折れる仕事が少なくなったため、安堵していると聞いている。

 これこそが聖杯戦争の、ひいては魔術のあるべき姿だ。そう時臣は考えていた。なんと幸福で平穏な午後なのか。使用人たちがいないとはいえこの分なら今夜も平和ではないかと期待もしていた。

 だが、あっけなくその平穏は崩れ去った。とあるジ○リの天空の城もビックリな崩壊ぶりである。

 

「時臣、散策に出る。供をせよ」

 

 崩壊の言葉は、英雄王のそんな一声だった。今日の時臣の幸運値は底値を割っているようだった。南無。

 

 

 

   ●

 

 

 それの始まりは、時臣の平穏崩壊の十数分前に発生した。

 武家屋敷を思わせるセイバー陣営の二つ目の拠点。そこに張られた結界が音も立てず、そして結界を管理するアイリスフィールにも感づかれず解除されて始まる。

 セイバーは、“運悪く”周辺を夜の見回りのためにその場にはおらず、舞弥が代わりにアイリスフィールのいる土蔵の前で警護をしていた。簡単な認識阻害をかけたステアーAUGを片手に辺りを窺っていた彼女の目に、何かが映った。

 

「?」

 

 目を凝らし、それを見た。直感的に、無意識下で自分の中で何かが反応した。あれを食えと。馬鹿な、とも思いつつも改めてそれを見た。暗闇を見透かす魔術を眼球にかけてまで。ちょうど、視界の中央だけがズームされたかのように変化する、そうして、見えたのは舞弥の気をそらすには十分すぎるものだった。

 

「ケーキ!?」

 

 1ホールも余裕でありそうな巨大なものだ。真っ白な生クリームとそれの合間に並ぶ色とりどりのフルーツ、重たげな全体はさぞやわからなスポンジと中にあるクリームで構築されているのだろう。考えるだけで、舞弥の頭の中はお祭り状態だ。その見た目、性格とのギャップがとんでもないが彼女はそういったスイーツに目がない。思わず、足がそちらへと向かった。

 そうして、後ろから落ちてきた白い影に対する注意は、まったく払うことができなかった。

 

---ごめんなさい。 

 

 ライダーの右手の手袋から生まれた3段階に伸びる警棒が、容赦なく舞弥の体へと叩き込まれ、そこから流れた軽い電流がその意識を奪い取った。だが舞弥は、打撃が来た方を振り返りつつもわずかでもケーキへと近づこうとあがきながら、最後には気絶した。一言を残したうえで。

 

「ラ、イダー……?……ケーキ……が……」

「すさまじい執念だな……本当にケーキを置いてやるべきではないだろうか?」

---なんだか、複雑な気分。

 

 舞弥の執念に微妙な顔をしたライダーは、映像立体投射機を片手に門から入ってきたドクターとウェイバー、手袋姿のウフコックに漏らした。最後まで甘いものに固執するとは思わなかった。

 爆破前のハイアットホテルのケーキバイキングで無表情のままにケーキを食べていたことから、彼女は甘党ではないかとウフコックは予想していたが、効果は予想の斜め上だ。

 

「なんだか……悪いことをしちゃったね」

 

 ドクターも苦笑いをするしかなかった。

 

「だが急がないと。セイバーが戻ってくる前にご婦人を確保しよう」

「もちろんだ、手筈通りに頼むよ」

 

 ドクターは角に止めてあった赤いオープンカーを取りに行き、ライダーは移動手段としていたハンプティ=ダンプティを片付けた。そうして意識を集中して、その皮膚による操作能力を土蔵の中へと伸ばす。

 数秒が過ぎるとライダーは静かに土蔵の扉を開ける。中ではアイリスフィールが魔術陣の上で気を失っていた。

 

「生きてるよな?」

---気を失わせたの。相手がホムンクルスじゃなかったらできないけど。

 

 いかに頑丈なホムンクルスと言えど内部の魔術的な機構を操作されればこんなふうになってしまう。

 ウェイバーとライダーは力を合わせて、アイリスフィールの体を運ぶ。ちょうどドクターも車を門の前に横付けしたところだった。戦闘服に変身しているウフコックは部分的に変身することでライダーが持ち上げるのを手伝う。

 

「さて、ウェイバーはこっちだね」

「大丈夫かな?」

「ウフコックが本気を出してくれたんだし、ライダーがしっかり寸法を測ってくれた、絶対大丈夫さ」

---準備ができた。

 

 ライダーの前には、一台の乗り物があった。

 現代の乗り物でいえば、まるでバイクだ。だがそれはよく似ているだけの、中身が全く違う何かだ。緊急特例法案が具現化した新しい宝具。かつては、地上侵攻用の乗り物として開発され、平地だけでなく市街地のような高い建物があるような場所での運用も考慮し、低空で飛行が可能な一品。重力素子と疑似重力の装置などを積んだそれは、あまりのコストと操縦の難しさから量産が中止となった、“焼けついたタルト(ヴェロシティ・デザート)”。軍事用だけあって、機関砲やミサイルランチャー、機雷、射出アンカー、小型の火器をいくつか、さらには小型の電磁投射砲までも積んでいる。軍用の武装ヘリも真っ青な火力だ。

 

「……聞かされていたけど、かなりゲテモノだなこれ」

---大丈夫、私に任せて。

 

 自信ありげに言うライダーではあるが、どう考えてもこの巨大なバイクを乗りこなすとは思えない。振り回されて事故を起こす未来しかウェイバーには見えないが、ライダーに任せるしかない。

 形を成した段階でエンジンがかかっているそれは、乗り手であるライダーを今か今かと待ち受けていた。うなりを上げるエンジン……ではなく、静かに空気を震わせる低い電動音を発している。シャープな車体にはライダーとウェイバーが乗り、次いでアイリスフィールが乗せられてベルトによってしっかりと固定される。

 

---変な悪戯しないでね?

「す、するかよ、馬鹿!」

 

ハンドルを握るライダーと後部座席のウェイバーの間にアイリスフィールはいる。じと目で注意したライダーにウェイバーは顔を赤くして抗議するが、ライダーはくすくすと意味ありげに笑った。一瞬でもそっちの意味でのいたずらと考えた自分が愚かしく感じる。

 座席の一番前、ハンドルを握る位置へと腰かけたライダーは、その右手を気を失って倒れている舞弥のほうへと伸ばし、持っていた通信機へと干渉する用意をする。目でドクターに合図するとドクターは赤いオープンカーのエンジンをかけていつでも出せるようにする。そして、マスターであるウェイバーが指示を出す。

 

「やってくれ」

 

 ライダーが通信機へと干渉し、ドクターは車を走らせた。これで数秒あとにはセイバーがここに現れるだろう。おそらくは令呪による空間転移で。

 その前に、とヴェロシティは走り出す。タイヤではなく重力素子によって地面から浮遊して走る。音だけはそれらしいものを取り付けたスピーカーから流すという徹底ぶりなのは、メイド・バイ・ウフコックのクオリティなのだろうか。

 三人乗りの未来のバイクは冬木の町へと走り出す。

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 

「舞弥!」

「セイ……ばー……」

 

 剣を手にして現れたセイバーは、地面に倒れている舞弥を見つけた。幸い、大きなけがはないようで気を失っていただけのようだった。

 

「はやく……ライダーが……」

「わかっています。何か移動手段はありますか?」

 

セイバーはライダーの持つ飛行住居を知っている。あれで逃げられた場合、さすがにセイバーでも追いつくのは不可能であるし、それを攻撃することもできない。そのセイバーの問いに、舞弥は半分失神した状態でバイクが用意されていると伝えて気を失った。

 その場所に行くと、果たしてバイクがあり、しかもカギがきちんとついていた。聖杯から得た知識によって燃料も十分にあり整備が行き届いていることはすぐに分かった。焦る心を落ち着けながら、エンジンを始動させ、セイバーは走り出す。

 行く先は直感が答えを出した。山間部の方角、町を突っ切るルートだ。

 

「いったい何を考えている、ライダー!」

 

 騎士王は、そう叫びをあげた。その声にかぶさるように、バイクのエンジン音がとどろいた。

 

「ケーキ……」

 

 あとに残った舞弥は、口からそんな言葉を漏らしたのは言うまでもない。すさまじく雰囲気ぶち壊しだが。

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

「来たぞライダー!」

 

 街中を走り抜けるヴェロシティの上に乗るウェイバーは、眼下の道路を突っ走るセイバーの姿を見つけて、ライダーへとほえた。その声よりも早くその存在を察知出来たライダーだが、まだ反撃はしない。

 

---もっと人気のないところに!

 

 アクセルを踏み込んだライダーは声をかけて急ぐ。道路ではなく、ビルの屋上付近の高さを這うようにヴェロシティは走り抜ける。エンジンはライダーから流される魔力で回り、そのハンドルはライダーが皮膚でもある宝具“電子の殻”で受け取った情報をもとに、ライダーの両手が動かす。ヘルメットをかぶり、必死にしがみつくウェイバーは情けないが頼りっきりの状態だ。

 

「ドクターからの連絡は!?」

---まだ来てない!

 

 あまり返事をする余裕はライダーにはない。騎乗スキルをフル活用してこのヴェロシティを制御しているのと、電線や看板、ビル屋上にある電灯などを回避するために意識を前方へと配る必要があるからだ。さらには、ウフコックを通じて別行動をとるドクターやランサー陣営とも連絡を取るという離れ業をやってのけているのだ。いかに英霊といえども三つの仕事が負担にならないはずがない。

 

「ライダー、何かあったら令呪を使うからな!」

「少なくとも二角は残しておくんだぞウェイバー」

 

 ウェイバーの声に、ライダーの手袋へと変身しているウフコックが注意を促す。

 そう、これからの計画上、令呪は必ず必要となるものだ。うかつに使ってはせっかくの準備が全て泡となる。

 

「あとついでに頭をひっこめろ、ウェイバー」

「えっ?」

 

 ライダーが後ろに手を伸ばしてウェイバーの頭を下げさせた直後に、その頭上ギリギリを看板が通過していった。真っ青を通り越して土気色になったウェイバーは無言になってヴェロシティの座席へとしがみ付く。まるで借りてきた猫である。

 

「……なんだよ」

 

 こんな状況でくすくすと笑うライダーにさすがにウェイバーも眉間にしわを寄せる。

 

---ごめんなさい。でも、反応が面白いから。

「うん、ライダーの言うこともわかるな。いじるのが楽しくなる」

「ウフコックまで何を言って……うわ!」

 

 急速にハンドルが切られた。張り出していた看板を回避したのだ。いやそれ以上に、危うく座席に座る“アイリスフィール”が落っこちそうになったのだ。これは絶対に必要だ。

 

「うまくセイバーはこちらに来ているな……さて、一体どうなるか」

 

 ちらりと見やった方角には間桐邸がある。あそこに乗り込んだバーサーカーたちは一体どうなったのかまではわからない。だが、少なくともやるべきことはやり抜くだろう。

 

---私たちはやることをやらないと!

「ああ、急いでくれ!……うわああああああああッ!」

 

 急なハンドル操作でウェイバーが悲鳴を上げつつも、ライダーはセイバーを引き連れたまま町の中を走り抜けていく。

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

「あはハハハはあっは」

 

 狂った笑いが、暗闇を走り抜ける。正気ではないそれは、幾人かの人影から漏れていた。

 

「すげえぜ旦那たち!最ッ高にクールだぜ!」

 

 一人は、キャスターのマスターであったはずの、そしてキャスター討伐後の動きの中で忘れられていた雨龍龍之介だった。だが、かつての姿とはいくらか違うところがある。まず右手には、ナイフがある。柄の部分には何やら目盛りとスイッチらしきものが付いた二十万ドルのバターナイフだった。ちゃちなナイフではない。対象を高電磁による熱で切り裂く恐ろしいものだ。また、それまで来ていた服の上からはどことなく鎧を思わせるような分厚い感じのするコートを着込んでいる。そのポケットやつけられているベルトからは龍之介が動くたびに軽い金属音がしている。

 そしてバターナイフを嬉々として使いながら、先ほどまで生きていたはずの肉体を切り取っていく。そんな彼に、声をかけた人物がいた。

 

「おい、リュウノスケ、喜んでいる暇はないようだ」

「ん?またあのアサシンってやつ?ウェルの旦那」

 

 龍之介が振り返った先、左手だけに皮下着を思わせる手袋をつけ、浅黒い肌をした見るからに危険な男がいた。野獣のような、とは言わないが少なくとも放っている空気はまともな人間ではないと直感的に理解できる人種だ。獰猛な獣。しかもかなりの知性を持つタイプの、敵に回したくない雰囲気に、しかし龍之介はひるみもしなかった。

 

「ああ、フレッシュの監視網にかかったようだ。すぐに移動するぞ」

「ん、了解っと」

 

 それまっでもてあそんでいたパーツ(・・・)を、おもちゃに飽きた赤ん坊のように放り棄てて、龍之介はひょこひょことついていく。

 

「でもすげえな旦那たちの使うこれ。まるで紙を切るみたいだ」

「すぐに使いこなせるお前も大したものだ……」

 

 大型のバンが止まっている駐車場へ急ぐ二人は、巨大なトランクを運んでいく。冷凍装置の付いたそれに何が入っているかは語るまでもない。先ほどまでは生きていたはずの部品だった。

 

「さて……俺もそろそろ魔力を蓄えなければな。フレッシュ、ミンチとレアを呼び戻せ。あの小娘が移動しているぞ」

 

 虚空に向かって、まるでそこにいるかのように声を飛ばした。そうして、ウェルと呼ばれた男だけが頭の中で声を受け取る。

 

『了解。こっちも追跡ルートを何パターンか構築したよ。魔力源の準備もオッケー。二人は霊体化でこっちに移動しているから、無線で指示を出すよ』

「情報ではだれかを拉致したというらしいな?」

『うん……どうやらリュウノスケの話にあったセイバーのマスターみたいだよ』

「ほう。それは楽しみだな……ミディ、そっちの準備は?」

『いつでもいいぜ』

 

 にやりと笑うのを自覚しながら、通信を終えた。

 

「でもさ、旦那たちのそれすげえな」

「軍事用の通信機を埋め込んでいる。全員が全員の目であり耳であり、武器となる……あのライダーの小娘にはだいぶやられたがな」

 

 そう通信機は軍事用で独自の防壁をくみ上げたハッキング不可能のものだったが、生前のライダーはこの通信機へと干渉することで、逆に彼らをかく乱したのだ。しかし彼らは復讐を誓う身として対策を立てていた。

 

「お前の体に植え付けるのは時間がない……だが、代わりに俺たちへの魔力供給を頼むぞ」

「りょ~かい」

 

 誇らしげに龍之介が出した左手には、すさまじい数の令呪があった。もともと持っていた令呪三角と、監督役から腕ごと奪い去った令呪がそこに移されていた。

 アヴェンジャーは複数人で一体のサーヴァント。いかに各個体が血や肉を摂取して自力で魔力を稼いでもどうしても足りないところはある。特に戦闘中は顕著だろう。

 だから、代用とするのが魔力の塊である令呪だ。一気に使えばすぐに消えるが、わずかにしみだすように使えば、素人の龍之介でもサーヴァント使役には問題がない。魔力供給を行いつつも龍之介の負担は減るうえに、自身が戦闘へと介入もできる。

 その令呪をにやりと笑ってみたウェル---ウェルダン・プッシーハンドは、自分の後ろで実体化した三人の仲間へ向き直る

 

「ミディ、レア、ミンチ準備はいいようだな?」

 

 それぞれは、外見上はただの人間だ。だが、その体はただの人間のものではない。科学技術による改造を受けた、サイボーグのような怪物だ。

 ミディアム・ザ・フィンガーネイル、レア・ザ・ヘア、ミンチ・ザ・ウィンク。さらには通信担当のフレッシュ・ザ・パイク。誘拐犬を構成するメンバーはすべて、名前を変え、その本質をそこに表わしている。

 かつての戦争において、医療技術は格段に進歩した。あらゆる怪我が生まれるのは戦争であり、あらゆる病気が流行するのも戦場から一歩はずれたところからだ。だからこそ、ドクターのような医者が多くいた。そして、その影響で、人体を扱う技術が進歩し、必然的にアンダーグラウンドの住人もそれを手に入れた。

 人体パーツの移植と保存。ゆがんだ願望を持つ人間たちにとっては涎が出るほど魅力的だ。自分が得た獲物(・・)を好きな形で--それこそ自分の体に移植したり、あるいはそのままの状態を維持したままコレクション(・・・・・・)できるのだから。バンダースナッチカンパニーもまたその魅力に取りつかれた組織の一つ。マルドゥック市を根城にアンダーグラウンドの世界で楽しく生きてきたのはそういった趣味を共有したが故だ。

 彼らのセカンドネームには各個人がコレクションするパーツの名がある。手指と爪(フィンガーネイル)髪の毛(ヘア)目や瞼(ウィンク)乳房(パイク)、というように。またリーダー格のウェルダンは、その左手にとあるパーツを移植していた。ほかのメンバーも、体にそれらを移植し、あるいはまるで宝石のように体に身に着けていた。

 そんなものは、龍之介から見ればとてつもなくクールな(・・・・・・・・)芸術品以外何物でもなかった。考えることはできても実行に移すだけの技術や資金、そして度胸を持ち合わせている同類(お仲間)をみた龍之介には、キャスターとの出会い以上の衝撃だった。

 コレクションを飾り、身に着け、あるいは生きたまま保管する。なんてクールなのか(・・・・・・・・)

 

「さあ行くぞ。獲物はまだまだいるんだ」

「楽しみにしてるぜ、旦那たち!」

 

 狂った殺人鬼たちの夜は、ひそかに続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 

 

宝具解説

 

焼けついたタルト(ヴェロシティ・デザート)

ランク:B

種別 :対軍宝具

レンジ:-

最大補足:-

 

 オリジナル宝具。

 スクランブルオーナインの物品の一つである、バイクの形をした戦略兵器で、市街地や城塞都市を攻撃・制圧・占拠することを想定して開発された。疑似重力や重力素子などを持ち戦車や爆撃機クラスの火器を内蔵している。またヘリほどまではいかないが低空で飛行することができる。しかしながらその扱いは非常に難しい上に一台当たりのコストがかさみ、結局量産されることなく終戦を迎えた不遇の兵器。

 “緊急特例法案”の力により、ライダーの宝具の一つとして具現化している。これを乗りこなすには同ランク以上の騎乗スキルとこの宝具への理解が必要。これにはもちろん電子機器なども搭載され、ライダーはハンドルを握らずとも運転することができる。

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか?
 僕自身は原作キャラをあまり出す気はなかったのですが、やはり原作虚淵のダークな感じを表現するには彼らを出すのが一番でした。登場の仕方はやや無理やりですが、彼らはとある人物たちにとっては重要なファクターですので次回での展開をお楽しみに。


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Fate/ZERO-NINE4-2

 や、やっと終わった……出来上がりました。

 洒落にならないくらい忙しいので、何とか合間を縫って出来上がりました。長くなりましたが、まあご愛嬌ということで。

 守銭奴一夏への対応が忙しいですが、どちらも頑張りたいですね。

 ではどうぞ。


 数日前のことだ。ライダーが調査を行う一方でマッケンジー宅の二階には二人と一匹の姿があった。

 今日もまたウェイバーたちは計画を練っていたのだ。もうすでに最終段階へと進んだそれは、この戦争に対する対策であり、ほかの陣営との間で如何に綱渡りをするかの指針であり、自分たちの生存戦略であった。

 ウェイバーが特に注意を受けたのは、ウェイバーの判断が重要視される局面についてだ。何しろその場面は、ライダーの宝具“緊急特例法案(マルドゥック・スクランブル)”を使う場面となるからだ。

 

「ここまでの下準備はほぼ順調だ。これならあと三日も経たないうちに計画を実行できる」

「傍から見るととんでもない計画だよな、これ……」

 

 ガシガシと頭をかきながらウェイバーはつぶやいた。自分たちが立てた計画については、ウェイバーはもちろんその全容は知らされている。しかし、実行力の観点からウェイバーが実際に関わるのは最重要な場面のみ。殆どはライダーが実行する部分が大きかった。そこにウェイバーがいることで危険があるのは間違いないことだった。

 

「大丈夫だよ、ちゃんとライダーは君を守ってくれる」

「いや、怖いわけじゃないんだよ。ただ、僕の人生でもこんなことなんてなかったんだし……」

「はは、それにしてはだいぶ頼りがいがありそうじゃないかウェイバー」

 

 からかうようなドクターの言葉に鼻を鳴らしたウェイバーは、それより、とウフコックに呼ばれる。

 

「聖杯の汚染についてだが…あれは恐らくホムンクルスのご婦人にも影響を及ぼしていると考えるのが当然だろう」

「この冬木の地下の大聖杯と魔術的なリンクがあるんだっけ?」

 

 机の上に置かれた冬木の地図へとマジックペンで情報を書き込み、ドクターはウェイバーの言葉にうなずいた。いくつも引かれているんはこの冬木の地下を走る地脈の大まかな図だ。所々には大きく丸で囲まれた部分があり、

 

「うん。英霊の魂なんてものを一つどころか最大で七つも抱え込むんだし、機能が活発化している大聖杯から来るフィードバックで苦しんでいるのかもしれない。だからこそあんなものを体内に埋め込んでいたんだろうね」

「あんなもの?」

「もしもだがウェイバー。君が今回セイバークラスで呼び出されているアーサー王を召喚したいと考えたとき、何を触媒とするかな?」

 

 アーサー王。まさか本物は女性というか少女だったことは驚きだが、それだけ知名度が高い英霊を呼ぶには何を触媒とすべきか。アーサー王に関わる聖遺物を使うのが順当で、そうなると数は限られてくる。

 

「えっと……アーサー王だったら鎧とか剣とか、アーサー王が使っていた楯とかもありだな……」

「そう、そういったものが必要だろう。だが、もっと縁が深いものがある」

 

 ウェイバーがあげたものも、聖遺物としてはありだろう。だがそれ以上のものが伝承には存在している。

 そう、間接的にブリテンの滅びの要因の一つともなった物品。かのモーガン・ル・フェイによって奪われた伝説上の武具の一つ。それは一つしかなく、最もアーサー王に縁が深い物と断言してもいいだろう。

 

「エクスカリバーの鞘。ご婦人は体内にそれを埋め込んでいる」

 

 伝承では持ち主は傷を負うことがなくなるといわれているもので、アーサー王が奪われて以降は行方不明となっている物だ。

 だけど、とドクターは手をひらひらとふる。

 

「もちろん行方不明になったところで、伝承にあるとおりの効果を持つものなら物質として当たり前に劣化することはないだろうから、アインツベルンが発掘したのだろう」

「概念武装ならありえるな。実存する宝具に等しいんだから」

「持ち主であるのはセイバーだから、本人が近くに居なければ効果は薄い。けれどあの様子では代理マスターとなったご婦人は常にセイバーと行動を共にする……非常に頭がいいね」

 

 だけど、とドクターは眉をしかめたまま言った。

 

「それでも、セイバー本人ほどの効果はないだろうね。真名解放とかはもちろんできないだろうし、いかに鞘といえど負担をゼロにはできない。そう考えるとご婦人の体液や呼吸した気体とかにも、聖杯の汚染の影響がある恐れがある」

「……じゃあ、何かに密閉して……カプセルとかに入れていった方がいいか」

「それに関しては俺が用意しよう」

 

 ウフコックだ。手にネズミ用のコーヒーカップを持って提案する。

 

「さっそく今日のうちに制作にかかる。俺の予想だが、始まりの御三家が冬木の地脈へと施した大聖杯自体からも影響を受ける可能性がある。特に、地脈が歪んでいるところには聖杯の汚れが吹き出すかもしれないな」

「霊地に影響が出るのか?」

「ライダーにここ数日の間霊地の魔力量を調べてもらった。本来なら魔力量の増減は一定周期を保つはずなんだが異常に高い状態が続いている。監督役に注意を呼び掛けているが、果たしてうまく動いてくれるかどうか」

 

 監督役は最低限の仕事はしていた。しかし一つの陣営とひそかに手を組んでいるとなると、果たして注意をまじめに受け取っているかは不明だ。最悪、疑われてしまって放置されているかもしれなかった。

 

「大聖杯、小聖杯。そのどちらも何とかしないといけない。監督役が動かないならこれも僕たちがやらないといけない。計画は慎重に実行しないとね」

「ああでも、これで漸く……」

 

 ウェイバーの言葉に、ウフコックは頷いた。

 

「計画は構築終了だ」

「お、終わった……やっと終わった……」

「お疲れ様、ウェイバー」

 

 顔に『疲労困憊』と書いてありそうなウェイバーは、ドクターが持ってきたマグカップを何とか受け取る。その中身はコーヒーではなくコーンスープだった。即席でできる粉末タイプのそれにはほとんど具などはないが、今のウェイバーには何物にも代えがたい恵のように思えた。

 

「ふう……」

 

 一口飲みこむと、体全体が温かく包まれるような感覚がした。眠気も湧いてきたウェイバーは、しかしドクターに呼ばれた。

 

「さて、ここからちょっと重要な話をしようか」

「? まだ、あるのか?」

 

 見れば、ドクターとウフコックは真剣な表情でウェイバーを見ていた。その迫力に思わずウェイバーはおとなしくソファーの上で姿勢を正した。

 

「うん、しっかり聞いてくれるとありがたいな。何しろちょっと重要なことだから」

 

 ドクターも、ウェイバーと向かい合うようにソファーを動かすと腰かけた。ウフコックもドクターの方の上に座っている。

 

「……正直言えば、僕たちはいろいろ不安だ」

「?」

 

 重々しく切り出したドクターに、ウェイバーは疑問を浮かべた。確かに計画には不安点もあるがほぼ完成している。

 

「正確に言えば、君自身が今後どうなるかってことにね」

「どうなるかって……僕が?」

 

 そう、といかめしい表情でドクターはカップを呷る。それを嚥下した後、やや厳しい口調でドクターは言った。

 

「マスターであるし、これまでの戦いを通じて君の人格とかそういうのは理解してきたつもりだ。けど、だからこそ僕たちは不安なんだよ」

 

 いいかい、と前置きする。

 

「昔のこと……僕たちからすれば昔で、君からすれば未来のことだろうけど、ライダーが英霊となるきっかけとなった事件があった。他ならぬライダー自身が、当時はルーン・バロットと呼ばれていた未成年娼婦(ティーン・ハロット)の少女が、とあるカジノ経営者を相手にした事件が」

「それって……」

「僕とウフコックが、彼女とかかわることになったきっかけでもある事件だよ。まあ、僕とウフコックのコンビはそれ以遠からそのカジノ経営者を追いかけていたんだけどね」

 

 ドクターは訥々と語る。

 

「そして、ルーン・バロットに対し、身を守る手段として“禁じられた科学技術”の物品を与え、担当官として僕たちも裁判に臨んだ。訴えられたのはそのシェル・セプノティス、罪状は殺人未遂と戸籍偽装、あとは色々……正直に言えばもっと罪状はあったけど、裁判じゃ扱われなかった」

「なんで……犯罪が裁かれないんだ?」

「弁護士に言わせればね、今更強姦とか窃盗とか、そんな程度(・・・・・)の犯罪に何の問題があるんだって言いたいのさ。傍から見ればカジノ経営をする人物を未成年娼婦だった人物が芭蕉金目当てに起こした裁判だと言われそうなんだし」

 

 もちろんそんなことは言ってないけどね、と付け加えるが、ウェイバーは見たこともない相手に怒りを覚えた。その弁護士でも、その社会の風潮でもない。ただ怒りが沸き上がっていた。

 

「けど、質疑の中で、ルーン・バロットがそういうことを目的にしていないことが明らかになると、シェルの側は不利になる。だから、裏で手を打っていた」

「手を打った? まさか……!」

「委任事件は、依頼主の死亡もしくは行方不明によって継続できなくなる。つまり、消し去ってしまえばいいんだよ」

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 ありえないはずのサーヴァント、アヴェンジャー。いったいどういう経緯で召喚されたのかは、キャスターが討伐された夜から一夜が明けたときにまで遡る。

 

「旦那ぁー! どこにいるんだよーう!」

 

 龍之介は、自分の先達である“青髭”ことジル・ド・レイを探していた。昨夜不意に姿が見えなくなり、帰ってこないことを心配した龍之介はその足で冬木中を探していた。二日目に入ったその捜索は、今は海側から山の方へとその場所を移していた。そここそ、龍之介が確信を持っていた場所だった。

 水晶玉で何やら探していた青髭の旦那がやたらとご執心だったのがこの近辺だからだ。おそらくここに手がかりがあると考えた龍之介は、今日もここの捜索に明け暮れていた。

 

「んーどこ行っちまったのかなぁ……このままじゃぁ“作品”が完成できなくなっちまうし…」

 

 拠点として利用する古い貯水槽の置かれた空間に置いてある“作品”のことを心配しながら、龍之介は歩く。ちょうど道路が近くに見えるところだ。この国道が唯一こちらの方に伸びており、龍之介が知る由もないがアイリスフィールたちは車でここを何度か通過している。

 

「ん?」

 

 そこには黒い『何か』があった。黒いという表現を超えた、闇よりも深い色をした塊だ。回りに生えていた植物は枯れ、腐り切っていた。また植物が腐った以上のすさまじい腐臭が黒い何かから漂わせていた。

 だが、龍之介が引きつけられたのはそれから放たれるオーラのようなもの。それは龍之介が知るはずもなかったが汚染された『破壊』の色を帯びた魔力であった。地脈からあふれ出たそれは泥のようになって地上に現れていた。

 

「お?」

 

 聖杯から漏れた泥に反応したのは、龍之介の右手に残っていた礼呪だった。本来はあり得ない、しかし、偶然が偶然を連鎖的に呼んだ現象は、ここにその決着を迎えた。

 

「な、なんだよ!?」

 

 突如として発された光は一瞬で龍之介の姿を飲み込んで、しかし急速に納まっていった。

 

「……!?」

 

 そして現れていたのは五人分の人影だった。そして、かつて青髭と呼んで親しんでいた人物が最初に自分に投げかけたときと同じように、彼らは自分へと問いかけた。

 

「お前が、俺たちを呼び出した依頼人(マスター)か?」

 

 それを聞いた龍之介は、恐怖ではない感情を抱いた。

 

……クールだぜ、これ。

 

 

 

    ●

 

 

 

 イレギュラーサーヴァント アヴェンジャー。悪意に染まった魔力が強引に召喚したのは、未来においてライダーと因縁のある者たちだった。もしもサーヴァントの召喚に詳しいものがいれば、わずかにこの世界に残留していたキャスターの霊核の欠片を利用して、聖杯の泥を媒介として召喚されたのだと理解しただろう。

 だが龍之介にとってはどうでもよいことであるし、アヴェンジャーにとっても原理云々はやはりどうでもよいことだった

 そこからの動きは速かった。五人との契約を結び、互いの自己紹介を滞りなく終え、すぐさま六人となった誘拐犬たちは龍之介が使っている隠れ家へと直行した。

 そこでの光景に、バンダー・スナッチ・カンパニーは嫌悪感など抱きもしなかった。むしろ龍之介が同類であることを再確認して喜びをあらわにした。最高で最悪のマスターとサーヴァントの関係。生まれつきの殺人鬼である龍之介と、戦争の中あるいはそれ以前から人間として歪み切った殺人者たちは、聖杯戦争という名の狩りの場に歓喜した。

 準備は余念がなかった。魔力供給が乏しいために、人の肉体や血液などの直接喰らうことでアヴェンジャーたちは独自の供給ラインを得ることが即決定した。また移動手段である車もすぐに手に入り、冬木に暮らしていた龍之介から詳しい地理を聞き出すこともできた。もちろん必要な物品なども多くあったが、そういったものを金を使うことなく得る手段についてもアヴェンジャーはよく心得ていた。そうした先達を新たに得た龍之介も、アヴェンジャーに心酔するようになるまでそう時間はかからないのは当然だった。

 

 

 

    ●

 

 

 

 だが、そんなことを知ることができなかったセイバー陣営とライダー陣営は、冬木の町でのカーチェイスを繰り広げていた。両者は、ついに冬木の市街地から山の方へと延びる道路へと進んでいき、やがては町から数キロ離れた山地へと入っていく。

 

「よしライダー! 町から離れたぞ!」

 

 ウェイバーの合図で、ヴェロシティ・タルトはアスファルトの道路へとその車体を下ろしていく。同時にライダーの操作によって車体からは機関砲などが後ろにいるセイバーめがけて銃口を向ける。人の指ほどの口径を持つ銃か気を見て、その威力を素人ながらも察したウェイバーは弱々しく付け加えた。

 

「……あんま周りの建物とか壊すなよ?」

---分かっている

 

 頷いたライダーの声に応じるかのように、ヴェロシティは火器の安全装置を解除した。そして、未来の技術によって構築された数々の武器による砲撃が開始した。距離としては直線で百メートルほど。カーブを曲がりながらとはいえ、十分に機関砲の射程内。

 

「何!?」

 

 対するセイバーにはこの火器に対する防御手段はない。ブローニングも真っ青な対物機関砲はアスファルトを木端微塵にしながらセイバーが操るV-MAXへ迫る。当然の判断としてセイバーは直感に基づいてハンドルを切った。アスファルトの欠片が飛び散り、金属製の弾丸の嵐は斜面を固めるコンクリートにもあたっていくつもの穴を作っていく。しかし、直撃も跳弾も受けることなくセイバーはのがれた。

 

「セイバーの直感スキルか! かわされたぞ、どうする!?」

「いいんだウェイバー。カーチェイスになるとなぜか追いかける側も追われる側も乗り物が頑丈になるという法則があってだな……」

「のんきに語ってる場合かよ!」

 

 そして、セイバーがエンジンをさらに吹かせて、加速を以てライダー達へと迫ろうとする。だが、乗り物の間には技術差がある。想定されている最高速度も使う場所も違いすぎるために、攻撃ではなく振り切る方向へとシフトしたヴェロシティにはV-MAXも追いつけない。すぐさま機関砲の射程以上に距離を離した。牽制の意味も込めて、車体後部にあるハッチから機雷がまかれて爆炎がセイバーを襲った。

 

「どうだ……?」

 

 黙々と上がる煙の向こうから、その答えはやってきた。煙とアスファルト片が宙を舞うが、風の刃がそれらを丸ごと切り払い、吹き飛ばす。風王結界(インビジブル・エア)。キャスターの海魔を吹き飛ばした風王鉄槌(ストライク・エア)の応用だとウェイバーはすぐに看破した。その証拠に、セイバーは怪我の残る左手で不可視の剣を構えていた。

 

「風の結界で車体を薄く包んだのか!」

「どうやらそうだな……こちらの爆風が襲い掛かる一瞬間だけ壁のように展開して、相殺したんだろう。次はあれをもっと使ってくる。ライダー、俺を使ってくれ」

 

 ウェイバーの服の胸ポケットに収まっていたウフコックは、猛スピードで走行するバイクの上で器用に飛び上がってライダーの伸ばした左手におさまる。そして手袋へと変身した相棒をぎゅっと握りしめたライダーはその手の中に拳銃を出現させる。

 

---ウェイバー、かなり揺れるから気を付けてね。

「わかった」

 

 ライダーの操作で現れた固定用ベルトを体へと巻き付け、“アイリスフィール”もまとめて固定する。第二ラウンドの始まりだ。

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 セイバーの乗るバイクは、所詮は一般に販売されているバイクだ。しかしそれに付与されるのは人知を超えた英霊のもつ力。距離が離されていくことに気が付いたセイバーは、風の結界を使った。それの強化はバイクを覆い尽くし、別次元のものへと押し上げる。

 

「風王結界!」

 

 激しい風が車体を覆い、そしてそれが晴れたとき、V-MAXはその造形を変形させていた。より鋭く、より鋭角的に、そして何よりも速度を向上させる。当然のこととして、常人が扱えるものではない。だがセイバーは騎乗スキルAを持つ。幻獣や神獣など以外を乗りこなす技能のあるセイバーが、この程度の乗り物で苦労するはずもない。ライダーの生まれが未来であることに目をつむれば、騎乗スキルはライダーを上回る。

 エンジンが、セイバーの意思に応えて駆動音を大きくしていく。見る間に距離をむさぼり、再びライダーの姿を捉えたとき、セイバーの目は、バイクの上で身をひねり拳銃をこちらに向けて構えたライダーの姿を捉えた。

 直撃を喰らう。そう判断したセイバーは右手一本でハンドルを支えると、左手で剣を取り、直感のままに飛来した弾丸をはじく。うまく動かないとはいえ、別に銃弾を防ぐだけならば剣でモノを切るよりも負担は小さい。あとは直感と左手の動きを素早く行えばいいので楽だ。どうしようもなく防げなければ風王結界で守ればいい。

 

「!」

 

 銃がさらに発砲される。ただ乱射するのではなく、正確にこちらの位置を把握し、牽制や囮を散りばめながらも本命を叩き込んでくる。この速度の中で、時速百キロ以上の世界で狙いを外さないライダーの腕前にはさすがのセイバーも舌を巻くしかない。かつて、走る馬の上から弓で動く目標を性格にいることは熟練の騎士でなければ難しかった。それをあの少女はあの年齢で叶えている。

 

キィン!カン!

 

 激しい金属音は断続的に続く。ライダーの持つ銃は絶え間なく弾を放ち、セイバーがはじく。そしてセイバーの耳は拳銃の弾倉をリロードするタイミングを読んでいた。十二発が装填されているのはこれまではじきながらカウントしていたので間違いない。

 カシャッという音が聞こえてきたときにはすでにセイバーはエンジンをさらに開放していた。肉薄。しかし、それに対する返答としてライダーがヴェロシティの武装群から放ったのは炸裂弾だった。丁寧に、自分たちが被害を受けないように疑似重力による楯をセイバーとの間に構築していた。

 

「くっ!」

 

 風王結界はかろうじて間に合った。車体にいくらかの傷こそできたが運転するには問題がないレベル。熱い息を一度入れたセイバーは改めて視線をライダーへと向ける。視界にはライダーがいくつかの火器を手にしているのがわかる。

 手袋が変身すると、新しい鋼鉄の塊がライダーの手に納まる。キャレコM950だ。一瞬で弾倉がセットされると引き金が引かれた。皮肉にもセイバーのマスターが使う銃がセイバーへと襲い掛かる。拳銃などとはけた違いの、しかしそれ以上に正確に狙いを定める弾丸の嵐にはセイバーも声をあげて対応した。

 

「なんという攻撃ですか!?」

 

 これまでの経験では考えられない攻撃。知識として銃のことは知っていても、実際に対応するのでは話が違う。倉庫街の戦闘で一度見ているとはいっても、それを上回っていることも原因だ。

 そして、そんな隙を見せたセイバーにライダーはキャレコを投げ捨てて、次なる銃を左手に出現させていた。同時に、ボディスーツの一部が変身して外骨格を形成するとその銃の反動を殺す用意をした。

 そして両者がカーブに入った次の瞬間に、その銃は構えられた。トンプソン・コンデンター。切嗣の使う魔術礼装だ。こちらにはさすがに起源弾はないし、対サーヴァントのエーテル弾もない。しかし、装填された弾は並の防弾シールドでも、そして風王結界でも安々と防げるものではない。

 そして、ライダーは無言のままに発砲した。

 

「ッ!」

 

 流石のセイバーも、これには目を剥いた。頭の中の知識が直撃時の威力などを一瞬ではじき出し、すぐによけろと警告を発する。だが、片手で支えた剣の風王結界を解除するのは運転に支障が出かねない。

 

「南無三!」

 

 セイバーがとったのは両手放し運転による迎撃だった。速度を十分に出していなければ、道路から飛び出して大事故となるところだったが、ギリギリのところで弾丸をはじき切ったセイバーの操作が、バイクの車体をガードレールへの激突を回避させた。ゴムの焦げるような臭いと激しい火花の散る中で、追い打ちをかけるかのようにライダーの持つ拳銃が火を噴いていく。今度はなんと両手で拳銃を構えての手放し運転。しかしハンドルは誰かが握っているかのように車体のバランスを取り、走らせる。

 そして、銃の引き金はためらいなく引かれた。単純計算で二倍の弾丸が襲い掛かる。

 セイバーは、もはや全力での防御を強いられている。魔力で編み上げた鎧を腕と胴体の部分だけ纏い、防御の足しとする。さらには左右に細かくハンドルを切り、道路を左右ぎりぎりまで使ってライダーの狙いを定めさせない。

 そして、セイバーは疲労を得ながらも一つの結果を得ることに成功していた。距離が縮まったのだ。近接戦闘を避けようとするライダーは、そのために銃撃を連続してきたが、その分だけ速度が落ちていた。

 

 ……一撃でも与えられれば!

 

 一瞬でもいい、剣の間合いへと接近できればどうとでもなる。銃弾をはじきながらも、左手に走る痛みに耐えながらも、けっして騎士王はあきらめない。この程度であきらめていては、祖国であるブリテンを守りきることはできなかった。

 だから、セイバーはあきらめていない。もっとも、それはライダーにも、ウェイバーにも言えることだ。

 

「くっ……」

 

 ウェイバーとて、無傷ではない。爆発や戦闘の余波で傷を負うし、これまで使い魔やライダーの視界越しに見ていた戦場が今目の前で繰り広げられているのだ。恐怖が、ウェイバーへと襲い掛かっていく。その牙は意思を鈍らせ、思考を妨げ、さらには撤退という最悪の手段をとれと囁いてくる。

 甘く甘く甘美な言の葉。市足それは、一瞬の快楽と、永遠の苦痛を伴うもの。ここで逃げることは最悪の一手だ。それでは、自分が生きて戦う意味を自分から放り捨てるに等しい。

 

「まだか……ウフコック……!」

「もう少しのようだ、耐えきれ!」

 

 かわすのは会話。その内容を理解するのは二人と一匹だけだ。綿密に練り上げられているこの計画は、その成功度を各ステップの達成度に大きく依存する。最大の効果を得るためには、最低でもすべてのステップで七割以上の達成度を必要とした。最低条件は、アイリスフィールを通じて、ライダーがもち得る最後の宝具によって元へと戻すこと。

 そしてウェイバーの決死の声はライダーにも届いていた。その声を通して、恐怖と戦うウェイバーの意思を酌んだライダーは、歯を食いしばって攻撃を続ける。

 やることは唯一つ。セイバーを引きつけつつも一定の距離を保てるように銃撃を放つこと。

 ライダーは目を閉じていた。運転に集中するためでもあり、後方に付けているセイバーの動きを感じ取るためだ。セイバーの正確な動きはライダーも舌を巻くほどだ。こちらの迎撃を最低限の動きで最大限回避してくる。しかも単純にかわすだけでなく、聖剣や風の結界、カーブや坂道、銃の再装填までのラグなど使えるものをすべて使ってこちらとの距離を詰めようとしている。それらを聖杯からの知識と直感だけで叶える適応力の素晴らしさは語るまでもない。

 だがそれゆえに、ライダーもその動きを読み取ることができた。リズムが生まれるのだ。これまで倉庫街やアインツベルンの森、そしてこれまでの迎撃の中でセイバーの太刀筋を理解することはできた。あとはどの湯女状況でどのような動きをとるかを記憶して、理解すれば予測できる。あとは最善のタイミングを逃さないことだ。カジノでの最後の戦い、恐るべきセンスと技術を持つディーラーとの一対一の勝負で学んだ、夜の砂漠を延々と歩くような中で勝機を見出すことをライダーは思い出していた。

 そして、その一瞬が来ると考えた次の瞬間には、ライダーの手からとあるものが投じられていた。

 黒い球体。金属製のピンが抜かれて投じられたそれは、視線を動かしたセイバーの眼前へと吸い込まれるように投げられた。剣ではじくことも、軌道をそらすことで回避することもできない。ライダーがセイバーの動きを読み、そうなるべくして生まれた必然だった。

 そして、それは直感によってセイバーが視線をそらす前に内に秘めた効果を発揮した。

 

「っ!?」

 

 閃光弾。強力な光はセイバーの視界を一気に真っ白に染め上げた。

 だが、セイバーも足掻いた。とっさにハンドルを切り、ライダーが構えた銃口の先から逃れたのだ。そしてアクセルを一気に踏み込んだ。そのままの勢いで剣が迫る。セイバーの決死の行動は、両者の距離が一瞬で詰まるという結果を生み出した。 

 

---捕まって!

 

 ライダーは拳銃を放り捨てて、左手にウフコックが変身した武器を呼び出す。ナイフだ。ただのナイフではなく高電磁を発して白熱の刃で対象を切り裂く未来のナイフ。包丁ほどの大きさのそれを一瞬で構えると、セイバーの剣を迎え撃つ。

 高速度域で聖剣と未来のナイフが激突する。

 

「うわっ!」

 

 当然のごとく干渉しあい、しかしその刃に宿る神秘の量か、あるいは質量の差か、ぐにゃりとナイフは折れ曲がっていく。しかしライダーは、はじかれてしまうことを予測し、セイバーの太刀筋を十分に感覚したうえで受け流した。互いの位置関係を感覚して、最適な行動を体に取らせた。

 その瞬間だ、ライダーはウフコックを通じて通信を受け取っていた。合図だ。

 

「くそ、間に合うか!?」

 

 ウフコックは叫んだ、しかしそれにかぶせるように、ウェイバーがどなった。

 

「間に合わせる!」

 

 一瞬交差した二台の乗り物は、今は至近距離にある。次にセイバーが剣をふるって来れば、即アウトだ。

 だが、準備はできている。ここまでセイバーを引きつけていれば十分だ。バーサーカーも、ランサーも、アーチャーも。

 

---ウェイバー、令呪を!

「ああ、使ってくれライダー! この聖杯戦争に挑んだ僕自身の価値のためにも!」

 

 ウェイバーの右手の令呪四画のうちの一角が、赤い光を放ちながら効果を発揮する。そして、その場にいたサーヴァントとマスターたちを白い光が包み込んでいく。

 それでもなお、ウェイバーは恐れることなく目を開けたままだった。

 

 

 

 




 忙しいと逆に悟りますね。時間の使い方を気をつければいいのだと。

 だけど、さすがにレポート三つはきついです。いや、四つでしたか……学業を頑張っても労災認定降りませんからね。

 物語自体は結構すすめました。ちょっと予定より進行が遅かったので、今回は文字数が増えちゃいました。出来れば次の章で完結にしたいですね……。ちょっと伏線も配置したり。分かっても内緒にしてくださいね?

 では、また明日更新しますのでお楽しみに。



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Fate/ZERO-NINE 4-3

 えー、ただいま僕はガンオン断ちをしてます。
 前話で述べたとおり洒落にならないレポート量なので、時間を喰いすぎるのは却下としてます。そう言えば連邦アカウント全く触れてないなぁとか思いながらジオンアカウントをやってましたが、モチベーションの問題から二日ほどやってません。
 レポートひと段落したら……! ってなるとやる気が起きますね。しかも睡眠時間が確保できて日々快適且つ健康に。おや、不健康の原因はガンオンだったのか……?
 そんな感じで、第四章も佳境です。どうぞ。


 アーチャーが自身の宝具である“王の財宝”から取り出したのは、ヴィマーナだった。インドに伝わる二大叙事詩「ラーマーヤナ」と「マハーバーラタ」に登場する、いわゆる飛行機だ。黄金とエメラルドによって構築された船体は、非常にアーチャー自身の趣味とも合い、またその性能も高い。思考と同じ速度で飛行すると称されるように、その速度はライダーのハンプティ=ダンプティ以上である。もちろん、彼の宝物庫にはハンプティ=ダンプティの原典も当然のごとく収まっているが、しかしそれは彼の今の要望には応えていない。

 

「何とも無駄なものが多いな…この世は」

 

 高度百数十メートル。下界を睥睨する、まさに王の位置にいるアーチャーは冬木の町の夜景を見下ろして言葉を漏らした。はるか下に広がるのは眠ることを忘れてしまったような冬木の町。そこには幾多の人々と、その人々を引きつけて夢の国(ワンダーランド)へと引っ張っていく店が多く並んでいる。千年単位の時間を超えて進化してきた商業システムは、古代メソポタミア文明から発展を遂げている。だが、彼の目から見れば、余計なものを付け加えながら発展してきた、まるで太りきった醜い獣を見ているような感覚を抱くシステムだった。

 ただし、これは素人の意見ではなく、超一級の意見である。アーチャーは決して無能で態度が大きいだけの王ではない。むしろ有能である。強大な国を統治するだけの政治的手腕を持ち、あらゆる分野に、それこそ政治・経済・法律・戦争・文化・教養・宗教、およそ存在するすべての面でトップを誇る。一流にして最大の消費者であり、あらゆる流行を生み出す文化の中心でもあり、流通などの面でも業界を牛耳る存在。それがアーチャーのかつての姿であった。

 

「時間がいくら経とうとも、やはり人の世は人の世…どのような支配者があろうとも変わらぬ。何も変わってはいないようであるな、時臣」

「はっ…」

 

 しかしながら、英雄王の意見を聞いて、若干冷や汗を流しているのは今回アーチャーを召喚した遠坂時臣だった。彼は、この時代でも比較的上位の魔術師であり、この冬木の地にある魔術の類を管理するセカンドオーナーであり、当主でもある。だが、良い言い方をすれば俗世間とは一定の距離を置いている、悪く言えば現代文明の利器・技術・事情に疎い彼には、あまりイメージができる事柄ではなかった。だが、うかつな発言は自分の命で済むものではない。

 そんなふうに会話を進める主従は、ヴィマーナに乗って移動を続けていた。流石に本来の速度でぶっ飛ばしはしないアーチャーであったが、向かうのは港や市街地などではなかった。金色のヴィマーナが向かうのは山の方だった。

 徐々に高度を下げつつも速度を上げながら、英雄王とマスターの二人は次第に山岳部へと入っていく。

 どこか楽しげなアーチャーとは違い、時臣は不信感を抱いていた。普段から町を出歩いていたために行動が読めず、しかもアサシンの脱落偽装のあとから制御がうまくいかなくなっていた。今回の行動もまた、まったく理解が追い付かない。散策するならば自分は関係ないはずだ。

 良くも悪くも、時臣はアーチャーを手段として考えている。悪く言えば聖杯戦争を勝ち抜くための道具(ツール)でしかない。敬意を払うのも、偉人の肖像画や像に対する態度であった。

 もしこの時臣の考えをウェイバーが理解すれば大いに激怒したであろうことは想像に難くない。最初こそ、ライダーの力に疑いを感じていたウェイバーは、戦いを減る中でライダーがいかに優れており、そして“人”として生きていたことを実感していた。肉体はエーテルで構築され、いわゆるオリジナルの部分は『座』にあるといえど、紛れも無い本物であるととらえているからだ。その最大の要因を挙げれば、ウェイバー自身がウフコックを手に取ったことだ。かつて、魂をすり減らした“錆びついた銃(ラスティ・ポンプ)”も、何事にも感情が動かなかった言峰綺礼も、そして信じていた男に殺されたことで心身ともに傷を負っていたライダーも救った温かみを、ウェイバーは余すことなく感じた。

 両者の違いはそこに尽きるだろう。些細だが、決定的な違いはここまで来たことで大きくなっていた。

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 混乱する時臣をよそに、アーチャーは機嫌よくヴィマーナの舵を操っていた。もちろん機嫌がいいのは自分を召喚した魔術師のおかげではない。

 あのライダーと、その宝具であり相棒であるネズミ ウフコックによるところだ。

 綺礼にライダーたちの姿を見せて以後も、アーチャーは独自にライダーの動きを追いかけ続けていた。そして、アーチャーの追跡にライダーが気が付くのも非常に速かった。

 接触したのは二日前のこと。昼間、必要なものをそろえるために街に出ていたライダーは、アーチャーがつけていることを見破り、直接顔を合わせた。

 

「アーチャー、いや英雄王ギルガメッシュ、我々に何か用かな?」

 

 現代風のライダースーツに身を包んだアーチャーは、手袋姿のウフコックに咎めるように言葉を投げかけられたが、悪びれずに笑った。

 

「何、お前たちがこの我の興味を引いたから調べているだけだ」

 

 ごく当たり前のようにウフコックがいることを察するあたり、かなりアーチャーはライダーを追いかけていたことがわかる。

 しかしそのことにライダーは表情を変えない。ストーカーされようが何をされようが、アーチャーと接触するチャンスは願ったりかなったりだった。

 

「では、どこか丁度良い場所を移そうか。我々にはそちらと話しておきたいことがある。こちらの動向を知っているなら大体予想はつくだろう」

「フ、おもしろいな。では丁度良いところへ案内せよ。聞いてやらんでもない」

 

 手袋姿のウフコックに応答を任せていたライダーは、少し心配になってウフコックに尋ねる。

 

―――大丈夫なの?

『こうして話を聞くことを了承しているなら、このアーチャーはそれを反故はしないだろう。ウェイバーによればアーチャーの属性は“混沌・善”、本人の性格からしても好き勝手やるがルールは守るタイプだ。交渉するには問題ない相手だ』

 

 ライダーはそっとアーチャーの様子を窺った。確かに、唯我独尊といった言動や表情ではあるが、こちらに不意打ちを仕掛けたり罠を仕掛けるようには感じられない。ライダーにとってはウフコックが断定しているのだから信じたいと思った。

 五分ほど歩くと、大通りに面したところに喫茶店の看板があった。洒落た文字で『Ahnenerbe』と書かれている。

 

「あそこでどうだろうか? 出来れば他人には聞かれたくはない」

「よいだろう」

 

 手袋姿のウフコックの言葉にあっさりと肯定すると、アーチャーはドアを開いて堂々と入っていく。

 ライダーからすれば拍子抜けするほど緊張感がないため、なんだか調子が狂いそうだった。一応は敵同士であるのだから、もっと駆け引きのようなものがあると思っていた。しかし、そんなことを今考えても仕方がない。ライダーもアーチャーに続いて店に入ることにした。

 店内には幸いなことに人はいなかった。正午を少し回ったころで、まだ午後の休憩で訪れる人がいないためだろう。ウェイターの人数を確認して問題ないと判断したライダーは、ボックス席へと腰を下ろしていたアーチャーの向かいに腰かけた。

 

「で、貴様らの話とは何だ?」

 

 メニュー表にあったオレンジとひまわりのミックスパイを頼んだアーチャーは、先に運ばれてきたコーヒーへと砂糖を入れながら尋ねた。ココアの入ったカップを傾けるライダーはウェイターが席を離れるのを確認してから言う。

 

―――聖杯のことについて。

「ほほう……この戦争の勝者へ与えられるアレについてか?」

 

 頷いたライダーの手にはまっていた手袋からウフコックが飛び出てくると、机の上に立ってその続きを言った。

 

「今回の聖杯、おそらく何らかのトラブルが起きている。その解決のために協力を仰ぎたい」

 

 ウフコックは回りくどい言い方をせずに、直球でアーチャーへと臆することなく言った。

 聖杯のトラブル。聖杯が目当ての英霊にとっては衝撃的な言葉を含んでいる言葉だ。実際アーチャーも聖杯を得ることが目的である以上看過することはないようなセリフのはずだった。だったのだが、アーチャーは表情一つ変えることはなかった。

 

「面白そうな話ではないか、詳しく話せ。我が許す」

 

 喰い付いた、と思わず身が緊張に襲われたライダーだが、ウフコックが目で制してくれたおかげで表情までは変えることはなかった。そしてアーチャーの方を見れば、眼だけが一切の油断を排した状態でこちらを見ている。その奥にあるのはぞっとするほど冷徹な思考だった。

 思い出せば、ライダーは生前このように高い地位にいる人間と対峙したことはあまりなかった。オクトーバー社の法務部門のトップとは会ったこともあるが、どちらかといえばあれは交渉をするというよりは相手がこちらの身柄を抑えようとして用意した罠に近いものだった。また“楽園”では最高責任者とも話をしたがあれはこちらに興味を抱き、害を加えないとわかっていた上での会話だった。

 だとするなら、これはある意味アシュレイ・ハーベストとの対決に近いとライダーは感じ取った。生前会った中でも最高のディーラーにして業界最強ともいわれた、あの口髭の男性を思い出させた。

 

『落ち着いていこうか、ライダー。これまでとは違う対応が求められる』

―――わかった。

『注文したものが来たようだ。それを食べてリラックスするといい』

 

 丁度良く、ウェイターがライダーとアーチャーが注文したパイを運んできて、それをテーブルに置いて下がっていく。ウェイターの目から逃れるためにいったんテーブルの下に隠れていたウフコックはすぐに戻ってきた。そして、ウフコックは順を追ってアーチャーへと情報を伝えていく。地脈を調べて得た情報やアインツベルンが用意した小聖杯・大聖杯の異常のことまで。ただし、アイリスフィールについては調査しなければわからないと、ウフコックはぼかした。

 ぼかしたことを疑われないかともライダーは内心ひやりとしていた。そして、アーチャーもそのことに感づいていたようだと、ライダーは直感的に理解した。話を聞きながらもアーチャーもまたフォークとナイフを手に取ると手慣れたしぐさで切り分ける。その動きはざっくばらんなようでいて一切のブレがない。それを感じ取りながらも、ライダーはウフコックの厚意に甘えてパイを堪能することにした。ライダーが注文したのはブルーベリーパイで、甘酸っぱい香りが鼻孔を柔らかく刺激して、食欲を誘ってきた。口に入れれば香りとパイのサクサクした感触が混じり合い、何とも言えない感動を生み出す。思わず、ライダーの口からは感嘆のため息が漏れる。

 

「ふ、そのようにしていれば年相応の娘だなライダーよ」

―――貴方はいつもそんな調子ね。

「ほめるな。我は我のやりたいようにやる、それだけだ」

 

 そうライダーと言い合うアーチャーは無造作にパイを口に入れた。しばらくかみしめながら味を吟味していたが、わずかに微笑を浮かべた。

 

「ほぉ、素材は凡百だが調理の仕方でかなり味を昇華させているな……もっと良い素材を使えばより映えるかもしれん」

 

 世界最古の王が、現代の喫茶店でパイを食べる。絵としてはすごいものだが、ライダーはアーチャーの対応について気になっていた。果たして、こちらの要請をどう受け取ってくれるのかどうか。

 

「だがな、ライダー。お前もわかっているだろう? 我とて気に行っているお前の言葉をそのまま鵜呑みにするわけにはいかん」

『やはりだな』

 

 一旦フォークを置いたアーチャーはナプキンで口の端についた細かい小麦粉の塊をとって言う。そのアーチャーの声を聞いたウフコックはライダーにしか聞こえないように呟く。

 

『傲慢だが堅実な王だ。表に出しているのはある意味では本音だが、実際は自分をカモフラージュし相手を見極めることに向いている態度だ』

 

 なるほど、とライダーは納得がいった。馬鹿にしたような態度はある意味演技で、ある意味本音を曝している。その態度に相手が反発するなら応対するのも適当でもいいが、それでも自分と話をする気がある人間ならば気にすることはない。王とは万民の声を聞くものだが、アーチャーの場合は愚者の声を真に受けるようなことはしないようにしているのだった。

 紅い目でこちらを見るアーチャーは、パイをせっせと食べながらも言う。

 

「聞いた限りでは直接の証拠はお前たちにしかわからんことだ。だが、我の宝物庫に納まるべきものがそのようなものであるなら看過はできんな」

「では後日改めて連絡をつけよう。我々としては、独自の力だけでは難しいかもしれないがやり遂げる気がある。少なくともそれだけは理解してほしい。これを預けておこう」

 

 ウフコックは自分の体の内側から携帯電話を取り出すと、小さい手で押しやってアーチャーの方に見せた。それを受け取ると、アーチャーは例の黄金の空間へとそれを落として片づけた。

 

「いいだろう、少しはこの我を楽しませるといいぞライダー。では我はもう行く……ああ、お前の分も払っておくから安心しておくといい」

 

 見るとアーチャーの前にあった皿は綺麗に平らげられていた。細かなパイくずもほとんど皿の上に残っていないことからすると、相当食べるのがうまいようだ。

 席を立ち立ち去ろうとするアーチャーに、思わずライダーは尋ねてしまった。

 

―――待って。

「? 何だライダー?」

―――聞きたいことがあるの。

 

 少し迷って、ウフコックがこちらに視線を向けてくることを感じながらもライダーは続けた。

 

―――貴方は私に興味を持ったと言った。それは、どうして?

 

 それに、アーチャーはライダーへと背を向けたまま淡々と答える。

 

「ただ興味を持ったから……それだけでは足りんのか?」

―――いいえ。答えてくれて、ありがとう。

「つくづくお前は分からんな。だがそこは評価してやろうか」

 

 一度こちらに含みのある笑みを浮かべたアーチャーは、今度は振り返ることもなく会計を済ませて立ち去った。カランカランと、ドアについていた鐘の音が自分たち以外いない喫茶店の中に走った。

 アーチャーを見送ったウフコックはテーブルの上で鼻を鳴らした。少し考え込みながらも、ウフコックはテーブルに戻ってきたライダーに言った。

 

『確約とまではいかないが行動を起こしてくれるのは確かだ』

―――大丈夫なの?

『少なくとも、反故にはしない。交渉としてはうまく行っただろう。俺たちもこのことをウェイバーとドクターに伝えようか』

―――うん。

 

 ウフコックの言葉に頷きながらも、ライダーは考えていた。自分が思わず問いかけたあの言葉に、アーチャーが何を思ったのかを。

 英雄王ギルガメッシュ。その唯一の友であったエンキドゥは神が泥をこねて作り上げた、いわゆる被創造物。そして自分やウフコックもまた被創造物だ。また伝承によれば、エンキドゥは神から呪いを受けて短い生涯を終えてしまう。そしてそれによって死を恐れたギルガメッシュは永遠の命を求めて旅をすることになるのだ。

 もしもアーチャーがこちらの動きを追いかけていたなら、ウフコックのことも理解したはずだ。あまりにも自分たちはアーチャーにとって感情を殺し得ない存在なのかもしれないと、ライダーは考えていた。相手の弱みにつけ込んでいくのは、好きではなかった。

 その感情についてしばらく悩んだライダーは、残ったパイを食べて席を立った。なんだか、すっきりはしないままだった。

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

 そして、昨日の夜のことだった。

 ライダーに渡された携帯に連絡が入り、指定された場所まで時臣とともに来てほしいと言ってきた。アーチャーとしては時臣は面倒な相手ではあるが、ライダーとの約束がある以上無碍にするのもためらわれた。

 いや、それ以上にライダーがずっと温めていた何かがいよいよ暴露されるのだから、それを見たときの時臣の表情を楽しみたくもあった。普段は自分に臣下の礼をとり、畏まっているように見えるこの男が、一体どうなるのか。

 

「くくっ……」

 

 腹黒い笑み。その場に他の人間がいたならばためらいなくそう表現できそうな、そんな表情を浮かべるアーチャーは、高速で移動する物体を見つけた。手元に呼び出した黄金の空間から望遠鏡にもよく似た宝具を取り出すと目に当てる。その宝具から見えたのはバイクのような乗り物に乗るライダーと、それを追いかけるセイバーの姿だった。

 

「あのセイバーまでも引き込んだか、流石はライダー。我の目にかなうだけはあるな」

 

 口元を隠すように組んだ手の下で、アーチャーはいよいよ黒い笑みを浮かべた。ライダーから受けた連絡ではここで待っていろとのこと。

 

「はて……どうなるかな?」

 

 他方の時臣は、アーチャーの行動が理解できないままに混乱は最高潮に至ろうとしていた。

 

 ……一体いつからだ?

 

 何もかもがおかしく、不可解だった。

 アサシンの脱落偽装はうまく行ったかに思われたが、いきなり看破されて警告を受けた。しかも、アーチャーはこちらの指示に従う様子もなく、自由に町を散策し始め、その動向は追いかけきれなかった。キャスター討伐に関しても、当初の目論見はすべてはずれ、令呪はライダー、セイバー、ランサー陣営が持って行ってしまった。挙句に、自分のサーヴァントはわけのわからない行動に出ている。

 もともと、時臣は魔術師であり魔道の研究者だ。理論的な考えが得意な一方で、理論から外れている物について考えるのは不得意であった。「こうすればいい」と判断はできても、理論的でない場合その判断を自分で却下してしまう。

 だから、認めたくはなかった。アーチャーが自分の意思に反して行動していることを。

 時臣の失態は、「それでも何とかできる」と考えていたことだ。自分は万全を期している、だから失敗などないし、起こっても問題ない。そう考えていた。自信や余裕があるとも言えるが、少なくともアーチャーは気に食わなかった。

 

「……ふ、来たな」

「!?」

 

 セイバーたちの姿が山の奥へと道路を走り抜けてからしばらくして、不意にアーチャーが声を漏らした。その声に目を上げた時臣が見たのは、木々の間から放たれる眩い光だった。

 同時に、山奥の開けたところへと何か巨大なものが構築されていくのが遠目に見える。

 

「い、一体何を……これでは神秘の隠匿に関わる!?」

「落ち着け、時臣。その隠匿とやらのために、わざわざ山奥にまであれを展開したのであろうよ……」

 

 構築されるのは、明るい金属とガラスでできた建造物だ。どこまでも続くかのような白いそれは、どういった構造なのかさっぱり理解できないほど巨大だ。

 もちろん街中で展開すれば明らかに目立つだろうが、ここが山奥で人が多い町の中心街からはこの建造物は見えないだろうし、そもそも人の姿は夜になれば最近は少なくなっていた。精々建物の光が雲に反射して明るく見える程度だろう。

 

「行くぞ時臣」

「はっ……!?」

「アレの中へ、だ」

 

 混乱し、騒ぐ声をしつこいと感じながらも、アーチャーの興味はこの状況を演出したライダーへと移っていた。

 

 

 

 

 

 

      ●

 

 

 

 

 

 

 ライダーとセイバーのカーチェイスが始まる少し前、冬木の一角にある間桐邸には人影があった。

 フードをかぶった間桐雁夜の姿だった。その姿は迷いなく鉄の門をくぐり、古びた間桐の邸宅の扉を潜り抜けていった。

 

「……」

 

 無言のまま、雁夜の足は奥へ奥へと進んでいく。不思議なことに今の雁夜には以前のような焦りや劇場がかけらほども感じられなかった。ひどく冷静で、それでいて意欲に満ちている。

 また、暴走気味で魔力を搾り取り、雁夜を苦しめていたバーサーカーが異様なほどに大人しい。ドーピングをしているとはいえ雁夜の体調は良すぎるほどであった。

 やがて、その足はとある扉の前で止まる。

 見た目はただの古びた扉。しかし魔術師が見れば、いや、一般人でも嫌悪感を覚えそうな『なにか』を扉の向こうから漏らしている。一瞬それにひるんだように見えたが、雁夜は意を決して扉を押し開けた。すると、耳にカチカチ、ガサガサという気味の悪い音が届いてきた。加えて聞こえるのは水滴の下たる音。むっとするような湿気が廊下へと侵入してきた。

 眼下、真っ暗な空間があり、そこから先には石段が地下へと延びている。コケやカビが所々に生えているそれを一つ一つ踏みしめながら雁夜は地下へと下っていく。

 

「相変わらずか、この場所は……」

 

 言うまでもないが、ここは蟲蔵。間桐の魔術において重要なファクターを担うのが蟲で、それを飼育し、増やし、時には交配させる実験場がこの場所であった。また雁夜が魔術を学び蟲の使役を学んだのもこの場所だった。

 間桐、即ちマキリの魔術は『吸収』をもち、使い魔の使役に造詣が深い。この聖杯戦争のシステムにおいてはサーヴァントの召喚の仕組みと令呪をマキリ・ゾォルケンは作り上げた。これにアインツベルンが聖杯そのものを作り上げ、遠坂が土地を提供してゼルレッチ翁の協力を取り付けることで聖杯戦争は始まった。

 雁夜はライダー達から得た情報を反芻しながらも、それが正しいことだと今になって理解していた。大量の蟲を使役し、あまつさえ自分の肉体の代替品としているのは並大抵の技術ではないのだ。

 

「だが……」

 

 自分はそれに挑む、そう雁夜は心の中でつぶやいた。一回きり、成功するかしないかの二者択一。負けぬための手段はあるが、それらを合わせても勝てるかは不明なところだ。

 

「生きておったか、雁夜よ」

 

 そして、暗闇の向こうに紅く光る一対の目がある。

 自分の形式上の父親であり、この間桐の家を実質的に支配する『妖怪』間桐臓硯だ。

 

「今更戻ってきおったか」

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

 雁夜は階段の下、平たくスペースとなっている場所に臓硯の姿を見つけた。薄く笑いを浮かべ、杖を突いて多数の蟲の中に立つ姿は自分ですら嫌悪感を抱きそうな代物だ。

 

「どうした雁夜、貴様があの日から姿を消したかと思えば、不意に戻って来るとは」

 

 カツリカツリと杖が石畳を叩く音が湿った蟲蔵に響いた。雁夜からある程度離れたところに立つと、臓硯は下から覗き込むように雁夜を見上げる。それを真っ向から睨みながらも雁夜は言った。

 

「単刀直入に言おうか、臓硯。いや、マキリ・ゾォルケン」

 

 たじろいだ臓硯に雁夜は口を挟ませずに一気に言い切った。

 

「間桐桜の解放をここに要求する。また、お前には魔術協会と聖堂教会の双方から人食いの嫌疑がかかっている。大人しくするなら、手荒な手段は使わない」

 

 しばらく、蟲蔵は沈黙の帳が落ちた。蟲ですら主である臓硯の驚きに影響されて動きを止めた。

 だが、それをかき消すような声が臓硯の口から漏れ出た。それは嘲笑だった。

 

「クカカカカカカ……ははは、ははははは!」

 

 しばらく、妖怪の口からは長い長い嘲笑が続いていた。それを黙ったまま雁夜は見ていた。拳を握りしめこそするが、不思議なほど怒りを表に出していない。

 やがて、笑いを納めた臓硯は息も絶え絶えにのけぞっていた姿勢を元に戻した。

 

「ついに狂ったか? 貴様、まさか自分が言ったことを忘れたわけではあるまい」

 

 臓硯と雁夜の間にはとある取引が存在した。今回の聖杯戦争に雁夜がマスターとして参加し、聖杯を手に入れた場合には、遠坂の家から養子に来た間桐桜を、魔術修行という名の苦界から解放するというものだ。そのために雁夜は一年とはいえ魔術を習得するために身を削り、臓硯はその手助けをすることを互いに約束した。

 その契約はまだ有効である限り、もし雁夜が臓硯に敵対するというのは契約を反故にしたこととなり、永遠に間桐桜は解放されないであることが予想された。

 

「もちろん、それくらいは覚えている」

 

 そして、間桐の当主に逆らい、なおかつ実力に劣り素養もない雁夜がどんな目に合うかも、おのずとわかってくるものだ。

 だが、と雁夜は切り出した。

 

「だが、お前の方こそ契約を反故にしている状態だったと言わせてもらおうか」

「何じゃと?」

 

 雁夜は小脇に抱えていた物を放り投げて、石畳の上に落とした。それは紙の束だった。

 

「とある魔術師達、はっきり言えばこの聖杯戦争に参加している魔術師と、封印指定を受けている人形遣いに依頼した調査の報告書だ。

 この俺の肉体は……明らかに手が抜かれた状態で、俺は自衛やサーヴァント使役以外の魔術行使が極めて困難な状況だった。俺の素質云々以前の問題で、この聖杯戦争を勝ち抜くには不向きだ」

「それをいまさら掘り返してどうしようというのじゃ? 貴様の体はサーヴァント使役のために改造しつくしておるし、今更回復させたところで余命は幾ばくもあるまいに」

 

 カカカ、と笑う臓硯の指示を受けてか、蟲の一匹がそれをかっさらってどこかへと持っていく。しばらくして紙を切り裂く音がしたが、雁夜はそれに動じる気配もない。

 

「良いのか、臓硯? 俺にはサーヴァントがいる。人外のお前でも勝てないぞ」

「ほう」

 

 すぐさま蟲蔵中にカチカチと蟲が蠢く音が満ち、臓硯の周りにも鋭い牙や爪を持つ蟲が集まった。

 

「そうすると桜はこのまま苦界に落ちることになるぞ? 貴様はあの娘を救いたいのではなかったのか?」

 

 実際、その通りだった。雁夜が無理を押して聖杯戦争に挑んだのもそういう背景があってのことだ。もしも、雁夜がここでそれを撤回するということは彼女を救うチャンスを自ら捨てるも同義だ。

 

「それにわかっておるまいが、あの娘の魔術的な属性や素質は他の魔術師どもからすれば喉から手が出るほどの代物じゃぞ? それを何の魔術の家の庇護もなしに放っておくなら話は別じゃがな」

 

 臓硯は魂が腐りきろうとも魔術師としての能力は高い。桜の属性は「虚数」という稀有なもので、遠坂と禅城の血を継ぎ、さらには幼いながらも魔術回路なども備える存在。まさしく金の卵だろう。その一方で、それだけ魔術的な力を持つと、無意識に同じようなものを引きつけてしまうという面も持っていた。力と力は惹かれあう。その中で幼い桜が自分で身を守るなど不可能であるし、ましてや封印指定級の素質の持ち主である桜が何者かに狙われる危険があった。

 その点でいうなら、長い歴史を持ち、財を築いている間桐の家は庇護者としては上位に位置する魔術の家であった。

 雁夜は、無意識に唾を飲み込んだ。これから自分が言わんとすることへの、一種の覚悟が必要だった。自分の精神の血を流し、それでも求めなければならない“天国への階段(マルドゥック)”を自分の足で踏みしめるために、身を虚空へと飛ばした。

 

「確かに、俺は庇護者にも成れない」

 

 自分の身にナイフを刺すような言葉。それを雁夜は口から吐き出す。

 

「俺に魔術の素養もないし、ましてや魔術を教えるなんてのはできないさ」

 

 ドクターと話して指摘されたこと。それは自分の無力さだった。蟲を体に埋め込み、サーヴァントを使役し、急造とはいえ魔術を行使できる魔術師となっても、雁夜はまだ弱かった。

 

「だが……それでも、俺にも出来ることはあるさ」

 

 いよいよ蟲蔵に集まっていた凶暴な虫達が自分の身の周りに迫ってきたときに、雁夜は言い放った。

 必死に考え、ドクターやライダー達とも話し合い、ほかの魔術師とも意見を交わした中で、ようやくたどり着いた雁夜の答え。

 

「お前は、その貴重な属性と素質を持つ間桐桜を、単なる母体としか見ていない。魔術の発展のためならば必要かもしれないが、お前一人がこの間桐の家で魔術を受け継がせずに独占するのは不要なことだ」

「ヌ……」

「だから、間桐桜を母体として使う、というお前の主張の矛盾を突く、俺の主張を言う」

 

 それは、と雁夜は息を吸った。身を飛ばす、どのようになるかはわからない。次の階段を踏むか、それともまっさかさまに地上へと堕ちていくかの、二者択一の場へと。

 

「遠坂・間桐の両家の魔術を兼ね備える間桐桜を、自分の特性や属性を生かせる魔術師として教育すること。母体として改造するのではなく、魔術師として大成できるように。後の世代に間桐の魔術を残すことを目的とした教育を提案する」

 

 雁夜は言い切った。その言葉を言い切った直後に、身を切るような痛みを感じた。それは、自分の無力と向き合い、その上でより良い方向へ行く道を選択したことで生まれた痛みだ。生みの苦しみ。新しい道を生み出したことへの、祝福の痛みだ。

 

「な、き、貴様……!」

 

 言葉に迷った臓硯は明らかな動揺を浮かべた。だが、何とか声を絞り出した。

 

「自分が何を言っているか……わかっておるのか!?」

「ああ、もちろん」

 

 臓硯の使役する蟲が、主人の困惑を表すかのように統率がとれなくなり始めた。ギチギチガチガチと牙を鳴らして興奮する蟲や、その場で動きを止めてしまう蟲など様々に分かれた。

 だがそれも、臓硯の様子から見れば小さなものだ。視線が宙をさまよい、身が震えた。

 臓硯からして見れば、完璧に予想を裏切られた形となったのだ。臓硯が雁夜との契約を了承したのは、雁夜が桜を救うために自分との契約を裏切ることはできないという確証があったためだ。自分は気まぐれで破ることができたとしても、雁夜は惚れていた相手の娘を守るために必死にならざるを得ない。そして、その根底には間桐桜を魔道から遠ざけたいという願いがあったはずだ。

 だが、雁夜は自らそれを捨てた。臓硯が持っていた予想を、見事に裏切ったのだった。

 

「魔術が廃れた間桐の技術を、遠坂の血を引く間桐桜が引き継いで研究し、後世へと伝える。お前にはできないが、広く魔術の世界では行われていることだ」

 

 そして、雁夜が述べたのは魔術の世界で一般常識である事柄だった。魔術師はいつか根源へとたどり着くことができる子孫のために全力を尽くす。その手段は様々あるが、一般的に代を重ねることで技術を高めていく。一方で、自分の代で魔術師としての限界へとぶつかってしまった臓硯にはその考えがいつしか理解できないものとなっていた。実際、間桐の魔術は半ば臓硯を生かすためだけに使われており、発展する余地がなかった。

 だが、そこに桜という新しい風を吹き込むことでより発展を目指す。それが、雁夜の考えであり、答であった。

 

「俺はそのために手伝いくらいならできる。間桐の魔術をお前だけで完結したものとはせずに、より進化させる。古いものでも良いところがあるならばそれを生かし、余計なものを排除して、魔術を時代に合わせていく。ほとんど他人の受け売りだが、俺は間桐の魔術のためにそれを選びたい」

 

 そして、雁夜がこの考えに至る過程で参考になったのは、ウェイバーが書いていたレポートだった。ケイネスへと提出したものは屈辱的な方法で破かれてしまったが、それを完成させるまでに書いた草案は多くあった。後は、ウェイバーがそれを思い出しながら口述し、それをウフコックやドクターが紙面へと落とすだけの作業だ。普通の魔術師であれば鼻で笑うようなレポートであるが、雁夜のような魔術師にとってはまさに闇の中で見つけた光であったことは想像に難くない。

 

「き、貴様ぁ……!」

「それにな、妖怪。お前が以前から繰り返していた人食いについてもしかるべき組織に通報してある。魔術協会と聖堂教会……俺がこの家から抜けている間に、また老け込んだんじゃないか?」

 

 実際、その通りだった。肉体を蟲へと置換することは簡単でも、それを維持していくのは簡単ではない。特に、マキリ・ゾォルケンのようにほぼ全てを置き換えている場合、単純に肉体を構成する蟲を交換するだけでは済まない。十数年前にはまだ生き血を集めていれば済んでいた肉体の維持も、徐々にそれだけでは困難になっていた。そうなったとき、もう手段は残されていなかった。ひそかに、事故や犯罪、病気で家族が死亡した人物をその巻き添えで死んだかのようにして拉致したり、死んだばかりの遺体などをかすめ取るようにして手に入れていった。無論、証拠などは隠滅していった。だが、どうやっても不自然なところは残ってしまう。PCなどを通じた情報管理が始まっていた警察のデータベースを探ることなど、ライダーにとっては赤子の手をひねるより楽だった。

 

「連中からすれば、桜よりもお前がこの家に残している魔術的な遺産の方が目当てだし、欲しがるだろうな。何しろ聖杯という地脈を丸ごと利用した魔術礼装構築の研究内容だ……俺はそれを対価とすると交渉を終えている」

「貴様、何処まで知っておる……!?」

「ほぼすべて。俺が聞かされているのはその一部だが、六十年前の聖杯戦争でのアインツベルンの違反が元凶の一部であることは間違いない。

 俺はその前段階として、虐待同然の目に遭い、しかも人質となりそうな間桐桜を解放するために来た」

「儂を裏切ったのか……!?」

 

 声を荒げる臓硯だが、雁夜が言うことは自分の論を凌駕していると理解していた。認めたくはないことだったが、実際のところ自分の選択よりも良いことは明白だった。

 

「裏切ったのはそちらが先だ。桜の調教は俺が許したとはいえ、まさか俺が勝てないようにしていたとは恐れ入る」

 

 先程雁夜が言ったように、臓硯は雁夜への協力を惜しまないことが契約には含まれていた。だが、それは履行されていない時点で雁夜が臓硯に従う義務はほとんどなかったのだ。むしろ雁夜は、間桐桜のためにと戦っていたのであって、臓硯本人のためではない。そして、桜を救う手段が確立され、臓硯にあらがう方法が雁夜に手に入った時点でもはや聖杯戦争自体に雁夜の意味はなくなっていた。、

 もちろん、雁夜が勝てないようにしていた、とは解釈の仕方にもよるだろう。間桐臓硯のベストを尽くした上でそうなったならば雁夜に文句は言えない。だが、雁夜の体を調べたドクターによってベストは尽くしていないと判断されている。

 

「ぬぐぐぐぐ…………」

 

 だが、それでも湧き上がる感情を抑えることなどできるはずもない。臓硯のプライドが雁夜を許せなかった。

 

「そう簡単に、許すと思うでないぞぉ!」

 

 そして、臓硯の体が一気にはじけるようにして分裂した。臓硯の体を構築していた虫が離散し、蟲蔵中にいた凶暴な蟲に指示を飛ばす。

 滝をそのまま持ち込んだかのような、もはや土砂崩れのような音を立てて蟲は大挙して押し寄せてきた。

 だが、雁夜は動かない。笑みさえ浮かべて、その右手を挙げて合図した。

 

「バーサーカー!」

 

 押し寄せいた蟲が、雁夜から半径一メートルほどのところで、見えない壁に衝突したかのように動きを止めた。角や牙を持つ蟲が何度ぶつかっても破れる気配がなく、逆に不可視の壁と後続の蟲の間に挟まれて蟲が何十匹と潰れていく。

 

『ナニヲシタ!?』

 

 どこからともなく臓硯が叫ぶ声がする。魔力を持っていかれている雁夜は体が軋むような感覚を覚えながらも、不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「忘れたのか? バーサーカーは手にした道具を自分の宝具にできるんだ。それがほかのサーヴァントの宝具であれ、そこらに落ちているポールであれ、何でもな」

 

 雁夜の背後に姿を現したバーサーカーは、倉庫街での戦闘の時と同じように黒い霧をまとった状態で控えていた。そして、その鎧の上から背中に背負っているのは、複雑怪奇な機械達だった。まるでバーサーカーが大量の荷物を背負っているようにも見える。もしも、その場にその機械に関する知識を持つ人間がいれば、“疑似重力(フロート)”の発生装置だとわかっただろう。そう、バーサーカーはライダーの宝具を自分の宝具として利用しているのだ。

 

「バーサーカー、桜は?」

「ここに」

 

 そして、バーサーカーはごく自然と雁夜と会話をしていた。見れば、バーサーカーは鎧に覆われた腕で毛布に包まれた桜を優しく抱えていた。バーサーカーらしからぬその行動に、臓硯はもはや驚きすぎて訳が分からなくなっていた。先程まで雁夜との会話に集中し、感情的になっていた隙を突けば桜の救出は楽なことだった。

 バーサーカーが理性を持っている理由は、雁夜の右腕の令呪にあった。今日まで使っていなかったはずの令呪は残り一角となっていた。つまり、雁夜は令呪によってバーサーカーを一時的に理性ある状態へと変えていたのだ。皮肉にも臓硯の提案し作り上げた令呪が、臓硯へと牙をむいた瞬間であった。

 だが、その程度で臓硯はくじけなかった。なんとしても桜は取り戻さなければならない。まだ自分の“本体”の植え付けは完了していないが、桜は長い時間をかけて作り上げた自分の“受け皿”でもあるのだ。持っていかれては自分が今後弱体化してしまう。

 

『サセヌゾカリヤァァッ!』

 

 おぞましい蟲を疑似重力で抑えてもらいながらも、雁夜は不敵に笑ったまま指示を出す。

 

「悪いな妖怪。お前に関わってる時間はないんだよ。バーサーカー、道を作れ!」

「御意!」

 

 そして、間桐の屋敷の地下で、魔術と科学の混じり合った力による蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

「そして、僕の留守を狙って暗殺者が送り込まれてきた。それを迎撃したのがルーン・バロットとウフコックだった」

 

 マッケンジー宅の二階で、ドクターの話は終盤へと至っていた。終盤にして、一番悪いところがごちゃまぜになったパンドラの箱のような部分を。

 

「あとから調べるとね、どうやら人体パーツをコレクションするような連中だったらしい。ダークタウンでも名の知られた連中でね。けど、ウフコックとバロットの相手にはならなかった。ならなかったことが、より悪い事態を招いた」

「え? 撃退出来たってことだろ? それで無事ならいいんじゃないか?」

「結果的には、良くなかった。いや、ウフコックに言わせれば良かった……らしい、うん」

 

 バロットはウフコックを操り戦っていく。その中で、徐々に彼女の中で何かが変化していった。

 

「あくまでも、僕は聞いただけだから注意してね? バロットに言わせれば、彼女が暴走したのが自分の責任だっていうだろうけどさ」

 

 暴走。その意味するところを察したウェイバーは、わずかに背筋が冷える思いがした。

 

「おい、それって……」

「“禁じられた科学技術”は、その危険性ゆえに禁じられた。それを社会的に使うことを許したのがマルドゥック・スクランブル09だった。けど、バロットはそれを忘れた」

 

 ウェイバー、とドクターはマスターを呼んだ。

 

「ウフコックは道具的存在だと自分を定義している。ウフコックは自分の意思で物体に変身もできるけど、基本的に使い手の意思に合わせて変身する……そしてバロットの体に移植された皮膚はウフコックを操作することもできた。ここまで言えば、わかるね?」

「……まさか!」

「ウフコックを無理矢理自分の意思に従わせて、虐殺まがいに相手を攻撃(・・)したんだよ」

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 顛末は、ひどく簡単なことだ。長い間様々な物から虐げられてきた少女が力を手にしたとき、その反動が起きてしまったというだけだ。一種の精神的な自己防衛ともいえる。

 その時ずっと沈黙を守ってきていたウフコックがついに口を開いた。

 

「ドクター」

「わかってるよ、ウフコック。お前があの時バロットを止めることができなかったんだって言いたいのはさ。けど、客観的には暴走に近いよ……バロットも言っていた、お前を焦げ付き(・・・・)の対象にしたってね」

 

 なだめるようにウフコックへとドクターは言う。その一方で、ウェイバーは鈍器で殴られたような衝撃を感じていた。

 

「……まさか、ライダーが……」

 

 辛い過去を持つとはいえ、戦闘時以外はおとなしく思えたあの少女が、虐殺まがいのことをした?

 

「やるとは思わなかった……それは僕だって同じさ。でも、そのあと僕たちの隠れ家から回収された暗殺者の遺体は、洒落になってなかった。

 さて、ウェイバー。僕が何を言いたいか、わかるね?」

 

 ここまでくれば、言わんとすることを理解できた。だが、それはウェイバーにとってすさまじいほどの痛みを伴うことだ。

 

「君はサーヴァントを召喚した。そして今、さらに巨大な力を得ようとしている」

「……ああ」

 

 ウェイバーは、いわゆる落ちこぼれだ。祖母が魔術師として最初に魔術師の一族としてのベルベット家を拓いた。しかし、歴史も浅く、その祖母や母はまともに魔術を学んでいたわけではない。魔術師としての力量はかなり低い。この聖杯戦争の参加者でいえば中の下だろうが、もともとサーヴァントを使役し自らも戦うような魔術師が参加するものと考えれば、低いレベルだった。

 そこに、ライダーをはじめとしたサーヴァントは危機感を覚えていた。また同じようになってしまうのではないかという、悪い予感を。

 

「君だけじゃなく、間桐雁夜もそうだ。しかも君たちの関わるのは僕たちの時とは比べ物にならないこと……僕たちだけじゃなくて、この冬木の住人たち全員に関わることだ」

「……」

 

 ごくり、とウェイバーは唾を飲み込んだ。恐怖だけでなく、緊張や興奮を含んでいた。

 

「間桐雁夜に関しては、何とかできる。けどね、君が暴走すると、本当に取り返しがつかないんだ。それだけは覚えておいてほしい」

「……わかった。話してくれたありがとう、ドクター」

 

 ウェイバーは思った。ライダーが暴走したことを、ドクターが一体どう思っているのかを。止められなかったことを悔いているのか、それともライダーの暴走が途中で止まったことを喜んだのか。

 ただ、わかることは、自分が同じ轍を踏まない様にしてくれていることだった。

 

「何だよ、僕だって、大丈夫なんだぞ……」

 

 そう言ったウェイバーはそのまま部屋から出ると階段を降りた。階下からはマッケンジー夫人が夜食ができたことをウェイバーに伝える声が聞こえてきた。

 

「いいのかな、これでさ」

「ライダーをはずしたのは正解だった。それに、ウェイバーはああいっているが、理解は得られたと思う」

「ご自慢の鼻にかかれば一発だね。ともあれ、僕たちも頑張らないと」

 

 霊体化したウフコックと話し終えたドクターはウェイバーに続いて階段を降りた。

 

「けどさ、こんなやりがいのある事件は久しぶりだよ」

 

 そうつぶやいたドクターは、三人分のカップを手に部屋を出た。正直じゃない依頼人(マスター)を追いかけて。

 

 

 

 

 




 バーサーカーによる蟲爺蹂躙、ついに来ました。思うに一番相手にしちゃいけない組み合わせですね。そして、疑似重力の強いこと強いこと、まったく蟲を寄せ付けてません。

 今回の話で一番苦労したのは、一体どうすれば雁夜が理論的な理由で桜を救出できるかを考えることです。大体のところは考えてありましたが、形にするとなかなかに難しい。原作でも抜けの無い臓硯と雁夜の契約でしたから、穴を探すのは大変でした。また、雁夜の論に補強するために臓硯が人くらいをしている設定を追加しました。ちょっと強引な感じもしましたが、そこはちょっと反省でしょうか。

 さらに、今回ようやくあの建物を出すことができました。原作を読んだ方はぴんときたかもしれませんが、あの建物です。ライダーがわざわざ令呪で呼び出せるとしたら、あれしかないですから。

 そしてちゃっかり英雄王がライダーとあの喫茶店へ。注文したものに関しては、空の境界を見に行った方には反応しやすいかと思います。やはりだすならアーネンエルベですね、型月世界をつなぐ奇妙な店ですし。

 というわけで、次回の更新はまた間隔を空けてとなります。なかなかに次の話も長くなりますし、間に置く話も書かなければなりませんし、守銭奴一夏の方も進めたいですからね。

 では次回もお楽しみに。



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