麻雀少女は愛が欲しい (小早川 桂)
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Ex Story
Ex1.『新子憧の場合』


10万UA記念の番外編。
※注意※
この話は本編とは全く関係ありませんので、ご注意を。
プロットの都合上、本編で出番が少ない子や出番が残念ながらない子たちを選出させております。

前回に一度投稿しています。挿入がわからなかったので、もう一度削除してから投稿しています。




 須賀京太郎という人物と出会ったのは高校一年の夏、全国大会でのことだった。

 

 旧友である和との再会を祝って開かれた交流会。

 

 和とひとしきり思い出に浸って、輪から外れて休んでいたところに話しかけてきた。

 

 どうやら私が気疲れしたと思ったらしく心配してくれたみたいだ。

 

 正直言って、見た目はチャラくて、第一印象は嫌な男を飼っているなぁとか思っていたけど、予想より出来る男だった。

 

 聞き上手だし、会話を途切れさせないし、飲み物は取ってきてくれるし。

 

 何より適度な距離を取ってくれるのが助かった。

 

 中には初対面でも無遠慮にスキンシップをする奴もいるし、馴れ馴れしい人もいる。

 

 私は男が苦手なので、こういう気遣いはとても好感が高い。

 

 和もいつも雑事を自分から買って出てサポートしてくれる大切な仲間だと後に語っている。彼女も彼の一年を犠牲にしたことを気にしていたらしく、これからは私たちが後援していくつもりのようだ。

 

 和の信頼を得ているなら問題ないだろう。まぁ、たまにえっちなのが玉に瑕だけどとも付け加えていた。

 

 ……和のおっぱいは仕方ないとも思うけどね。あれは兵器だ。

 

 それからたびたび清澄との練習試合や全国大会での場で交流することになり、彼とは親密になっていった……と思う。

 

 時は流れて偶然が重なり、京太郎とは同じ大学に通うことになった。

 

 プロになるつもりはなかった私は麻雀は趣味程度に、と考えていた。だから、ここを選んだのだけど京太郎はどうして? と尋ねるとあいつは笑って答えた。

 

『無名校が全国大会へ出て優勝したらすごいと思わないか?』

 

 要は彼は高校時代の思い出に惹かれていたのだ。自分が一人、共感できなかった一年目の全国優勝を。

 

 ……で、普通なら鼻で笑うところなんだけど、彼はちゃんと努力を積んでいた。なにより化け物女子にもまれた実力と知識は本物で、一年生ながらエースとして君臨。

 

 次々と地方の強豪を打ち破り、代表として大会への切符を掴んでみせたのだ。

 

 そして、私が……悔しいけどこいつに惚れてしまったのもこの時である。

 

 夢をいつでも真剣に語って叶えるために努力する姿に興味を持って、トロフィーを手に仲間と涙流す姿に心奪われた。

 

 いつでも全力で何事にもチャレンジしようとする彼に惚れてしまったのだ。

 

 ……自覚した時は一週間くらい目が合わせられなくて、情けなかった……。

 

 彼は男子プロにも注目される人物になり、間違いなく将来のプロに入るだろう。過去の経歴も含めて、筆頭株だ。それに合わせるようにしてぼんやりとしていた私の未来も決まる。

 

 アナウンサーだ。

 

 元々、どんな職業につけるように勉強はしていたし、麻雀に関われるのは嬉しい。なにより……その……京太郎と大人になっても一緒にいたいというのが本音だったりする。

 

 ライバルはたくさんいるのだ。

 

 幼馴染の宮永さんに気が合ったらしいシズ。大学で甘えまくりの園城寺先輩に、彼に憧れて後をついてきたマホちゃん。

 

 人に好かれる性格をした彼はやはりたくさんの人を魅了している。

 

 だけど、諦めない。

 

 絶対に京太郎は私がいただく。

 

 そのためにも必死に努力をしなければ……とコツコツ勉強したら、時は流れてもう大学四年である。

 

 京太郎はその間も挫折もあったがしっかりと向き合い乗り越えた。一皮も二皮も剥けた彼はすでにプロにドラフト一位で指名された。

 

 横浜ロードスターズ。女子の部門では宮永さんや玄さんがいる攻撃力を全面に押し出したチーム。

 

 彼は変幻自在なスタイルだが、平均素点は今年の大学リーグでNo.1。

 

 振り込みも少ないのが評価されたようだ。

 

 対して私はというと……。

 

「あーもう! また落ちたー……」

 

 借りているマンションの一室で届いた通知に項垂れる。

 

 就職先がなかなか決まらないでいた。

 

 やはり花形。倍率はとてつもなく、狭き門。

 

「今回は最終まで残ったのになぁ……」

 

 はぁ……と思わずため息が漏れでる。

 

 もう季節も冬に差し掛かっており、正月には両親にどう説明したらいいものか。

 

「就職浪人って訳にもいかないし……」

 

 悩む。悩む、悩む、悩む。

 

 アナウンサー以外ならきっとすぐに見つかるだろう。けれど、これを諦めたらまた私は京太郎から一歩離れてしまう。

 

 どうしたものか。

 

 腕を組み、頭を悩ませていると携帯が鳴った。

 

「っ!」

 

 その着信音は彼の登場曲(予定)でもある。すぐにかけてきた人物がわかるように他とは別にしていた。

 

「も、もしもし!?」

 

『なに慌ててるんだよ、憧』

 

 その声で心に温かさが広がる。

 

 ドクドクと胸の高鳴りが大きくなるのを感じていた。

 

 ぎゅっと太ももをつねって無理やり落ち着かせるといつもの口調を心がけて言葉を発した。

 

「慌ててなんかないわよ。ただ今日は祝いの会があったんじゃなかったの?」

 

『あー、それな……。別の日にしてもらった。せっかくのクリスマスを男で過ごすっていうのもな』

 

「なにそれ。ひっどーい」

 

『うるせぇよ。……なぁ、それより憧。こうして電話に出れるってことはお前も暇なんだろ?』

 

「余計なお世話よ。……まぁ、そうだけど」

 

『よし。じゃあ、いつもの店に来てくれ。ご飯でも食べに行かないか?』

 

「なによ、それ。急に言われても準備とかあるし」

 

 嘘だ。京太郎からの誘いならすぐに仕度する。用事があっても放り出す。

 

 あなたとの時間を大切にしたいから。

 

『そう言わずにさ。独り身のさみしい俺に付き合ってくれないか?』

 

「ふーん……じゃあ、しょうがないから行ってあげる。30分後でいい?」

 

『ああ、待ってる。それじゃあな』

 

「ええ。また後で」

 

 ツーツーと鳴る無機質な機械音。それが五回ほど繰り返されたところで、ようやく私の思考は再起動した。

 

 こ、こ、これってデート……よね? そ、そうよ。男女が二人で出かけるんだから……デート……。

 

 ぼしゅっ!

 

 また熱くなった思考回路はショートした。

 

 

 

  ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 クリスマス一色に染まった街は白いベールに包まれていた。

 

 お祭りムードで笑顔と声が絶えない日。

 

 喧騒が飛び交う中を私は早歩きで目的地へと向かう。

 

「……やっば。けっこうギリギリだ」

 

 服選びに時間がかかった私は急いで電車に乗り、駅から歩き続けている。

 

 少し汗が気持ち悪い。

 

 けれど、このあとに待っている一時のためなら我慢できる。

 

 いつもの場所とは大学近くにあるレストラン。大通りを裏道にそれたところにある隠れ家のような場所。

 

 静かな雰囲気がお気に入りでよく彼とは二人で訪れていた。

 

 ……ええ、多分、今回もそれと同じような気分で彼は呼び出したのだろう。

 

 ほんの気まぐれに違いない。

 

 ……その気まぐれに振り回される自分もどうかと思うけど。

 

 あの鈍感め……。今まで何人の女性を泣かしてきたのかしら。

 

「……っとと、いけない。スマイル、スマイル」

 

 ニコーっと頬を指で押し上げて笑顔を作る。……よし、髪も化粧も崩れていない。

 

「いらっしゃいませー。お一人様でしょうか?」

 

「すみません、先に連れが来ていると思うのですが」

 

「あぁ、それでしたらこちらの方へどうぞ」

 

 店員さんは思い当たる節があったようで、すぐに案内してくれる。

 

 そこにはジッとバッグの中を見つめる須賀京太郎の姿があった。

 

「……なにしてんのよ、あんた」

 

「うおっ!? ビックリさせるなよ……連絡くらいくれって」

 

「うっ……それはごめん」

 

 そう謝りながら私は対面の席につく。さっきまでソワソワしていた京太郎はいつもの落ち着きを取り戻し、店員さんにディナーセットを頼んでいた。それもこの店でいちばん高い品だ。

 

 急いで出てきたせいで私の財布は心もとない。慌ててキャンセルをしようとするけど、先に手で制された。

 

「大丈夫。今日は俺のオゴリだから」

 

「で、でも……」

 

「いいから。最近、忙しくてバイトもしてないんだろ? ここは任せてくれ」

 

 彼は頑固なところがあり、こう言い出したらもう意地でも曲げない。

 

 長年の付き合いでそれを知った私は諦めてご馳走になることにした。

 

「……後で後悔しても知らないからね」

 

「これでもプロになるんだから安心してくれ。契約金もたくさん入ったし」

 

「わー京太郎はすごいわねー」

 

「……なんか腹立つ言い方だなぁ」

 

「そういう風に言ったもの」

 

「これは悪女だ」

 

 京太郎がそうツッコミをいれると笑いが沸く。

 

 あぁ、やっぱり彼との時間は楽しい。もちろん他のみんなとの時間もいいけれど……京太郎との時間はより輝いているのだ。乙女補正がかかっているとしても、ね。

 

 ひとしきり笑った後、互いの近況報告をする。

 

 最近は彼もいろんなところに引っ張りだこ。私は私で試験に面接と忙しかったので、以前のように簡単には会えなかった。

 

「……そうか。あの憧でもなかなかなれないんだな、アナウンサーって」

 

「大変なんだから。いろいろと頑張らないとね」

 

「まぁ、そこで諦めないのが憧らしい」

 

「でしょう? ……とは言っても不安はあるのよ? もうどこも枠が埋まっちゃって大手だと残りは一社くらいかなぁ……」

 

 そう。京太郎と一緒に仕事ができる可能性が高いテレビ局はあと1つしかない。

 

 それが来年に行われる。

 

 逃せばもう一年は就職浪人決定と言っても過言じゃない。

 

 そう考えると不安はたくさん浮かび上がっていた。

 

 未来の自分はちゃんと仕事に就けているのか。生活を送れるのか。

 

 わからないことばかりでどんどん心配事が増えていく。

 

 思わずまたため息をついてしまう。――とそこで急いで口をふさいだ。

 

「……ごめん。なんか嫌な雰囲気にしちゃって」

 

「気にするなって。それだけ憧が頑張っているって証拠なんだから」

 

「……だけど、久しぶりの京太郎との時間は楽しく過ごしたかったから……」

 

「っ! そ、そうか。なんかありがとうな」

 

「べ、別に? 普通のこと言っただけだし……」

 

 うそウソ嘘。

 

 どうしてそこでもう一押しできないのよ、私のバカ。

 

 もう少し言い方があったでしょうに……本当に成長していないなぁ、私は。

 

 このままじゃドンドン差が開いてしまうというのに……。

 

「……なぁ、憧」

 

「……なに?」

 

「実はさ。そんな就職に苦労している憧に1ついい仕事先を紹介しようと思うんだけど……いいか?」

 

「えっ、それは願ったり叶ったりだけど……アナウンサー業なの?」

 

「いや、違うんだけどさ。未来の1つとして聞いてくれないか?」

 

「……うん、わかった。京太郎が心配して持ってきてくれたみたいだし……考えてみる」

 

「なら、良かった」

 

 何故かホッと安堵する京太郎。しかも、何かブツブツと小言を呟いてるし……。

 

 なんか今日の京太郎は変だ。

 

「……いける……大丈夫……よし。おほん! えっと、資料がこれになるんだけど……」

 

 そう言って彼はバッグの中から茶封筒を取り出す。けれど、私に渡す前に指を三本立てて突きだしてきた。

 

「な、なに?」

 

「今からこれを渡すにあたって3つの条件があって……それをクリアできるか聞きたい」

 

「資格? それなら一通りは取ったけど」

 

「一つ。もし結果がダメだったとしても友達として仲良くしてくれること」

 

「あぁ、そういう……。心配しないで。そこまで器が小さくはないから」

 

「二つ。出来る限り、長く勤めてくれること」

 

「……わかったわ。もし就職したら頑張ってみる」

 

「三つ。……名字が変わってもいいですか?」

 

「……えっと、それはどういう……?」

 

 私が意味がわからずに聞き返すが彼は答えてくれない。それどころか顔を真っ赤にしている。

 

 でも、返事の代わりというように封筒を開けて、押しつけてきた。

 

 仕方なくそれを受け取って中のファイルに入った紙を取り出す。

 

 そこには大きく婚姻届と書かれた文字。

 

「…………へ?」

 

 思わず口から出てしまった裏返った声。

 

 ど、どういうこと!?

 

 私たちはさっきまで就職の話をしていて、条件もそれになぞらえたもので……!

 

 何度も浅い呼吸をして、暴走しそうな頭を冷やしていく。反比例するように体は熱くなるけど知ったことか。

 

 今はもっと大事なことがある。

 

 ……よくよく考えれば、出された条件は確かにこれに当てはまる。

 

 け、けけけけっ、結婚に!

 

 ……ということは京太郎は私にお嫁さんに……!

 

 そこに行きついてしまって憧はついに壊れてしまった。限界を迎えた乙女心は崩壊して、言葉を発せなくなる。

 

「お、おい、憧? 大丈夫か?」

 

「――え!? あ、うん!平気よ、平気……」

 

「そ、そうか。……なら、聞かせてくれないか? お前の返事を」

 

 京太郎は真っ直ぐに私を見つめてくる。

 

 すごい嬉しい。

 

 京太郎が私を想っていてくれたなんて信じられない。

 

 ……だけど。

 

「…………嫌」

 

 私の口から出たのは本心とは反対の拒否。

 

 その一言に京太郎は絶望に堕ちたような顔をする。

 

 ……ああ、やっぱりこの鈍感はわかっていない。なに一つ女心を理解していない。

 

「……そ、そうだよな。俺なんかじゃ……ダメだったか」

 

「……違う。そうじゃないの」

 

「……じゃあ、どうして?」

 

「…………嫌」

 

「え?」

 

「こんな告白じゃ……嫌」

 

「――――」

 

 我ながらワガママだと思う。

 

 だけど、ちゃんと聞きたい。聞きたかった。

 

 どうしてこんなことをしたのか。

 

 どんな風に私を想っているのか。

 

 それをちゃんと彼から聞きたかった。

 

「……新子憧さん」

 

「……はい」

 

「ずっと隣で笑っている君が好きだった。楽しいときも、辛いときも、横にいてくれたあなたに俺は惚れました」

 

「…………」

 

「この気持ちは誰にも負けない。だから! ……俺と結婚してください」

 

 そう告げる彼から新たに差し出されたのは紺色のケース。

 

 開ければ中には銀色に輝く輪が入っていて――

 

「……はい。私も……須賀京太郎を愛しています」

 

 ――私はそれを受け取って、涙を流しながらも幸せに微笑んだ。

 

 

 

 



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Ex2.『弘世菫の場合』

ハロウィン記念(の予定だった)
※注意※
この話は本編とは全く関係ありませんので、ご注意を。
プロットの都合上、本編で出番が少ない子や出番が残念ながらない子たちを選出させております。



 高校時代。私は部長としてみんなに頼られていたと思う。それにある友人の御守りもしていた。

 

 宮永照。学生時代は三年連続でインターハイチャンピオンに輝き、今は弱冠22歳にして最高平均素点、最優秀和了率のタイトルを獲得してプロチームのエースを張っていた。

 

 そんな彼女とは未だに親交がある。

 

 私は大学進学だったので道は分かれたがこうやって交流が続くのは喜ばしいことだ。

 

 今日も久々にオフの照とランチにショッピングと高校時代に置いてきた時間を取り戻すかのように遊んだ。麻雀のことを忘れてただ自由気ままに。

 

 それで改めて思ったのが照はプライベートではまだまだダメだということが。

 

 だらしないし、礼儀がなってないし、道に迷うし!

 

 何よりまだ世話係のように頼っているところを見ると、とても成人した女性には考えられない。

 

 だから、もう少し自立するようにと説教を一つプレゼントしておいた。これが少しは効けばいいのだが……。まぁ、照のことだから明日には忘れているのだろうなぁとため息をつく。

 

「…………」

 

 もう一度長い息を吐く。今度は照に対してじゃない。

 

 自分に向けて、だ。今日の私は一つだけ嫌な感情を抱いた。

 

 それは元気な照を見て安心した、ではない。照をリードするしっかり者の菫を演じられて安心したのだ、私は。改めて、私はしっかりと……少なくとも自立した人間だと思える。…………思いたい。

 

 どうして私がこんな悩みに陥っているのかといえば、どれもこれもあいつのせいだ。

 

 あいつと一緒になってから……!

 

「……今日こそは必ず……!」

 

 帰路についていた私は自宅マンションの入り口で意気込む。

 

 負けない……! 絶対に負けないぞ……!

 

 カードキーを差し込むと認証されて鍵が外される機械音がする。スゥと深く息を吸い込むと私はドアを開けて中へ入った。

 

「ただいま。今、帰ったぞ」

 

「おかえりなさい、菫さん!」

 

 私の声に即座に反応してリビングから返事が返ってくる。出てきたのはエプロンをつけた大学の後輩――須賀京太郎だ。

 

 そして、その……私のか、かかか彼氏でもある。

 

 京太郎との出会いは高校最後のインターハイ。一目惚れしたなどとぬかして告白してきたこいつを私は当然一蹴した。

 

 私の相手になりたいならば全てにおいて私を超える男になれ、と。

 

 すると、三年後、こいつは本当にやってきた。

 

 男子インターハイ個人戦、二年連続チャンピオン。プロの誘いを断って私と同じ大学に首席合格。見事なまでの実績を引き下げて再度私の前に現れたのだ。

 

 これほどの結果を残すために必要な努力の量は計り知れないことは私自身が理解している。

 

 ……だが、なによりも二年間も想いを募らせてくれたこと。それが嬉しかった。

 

 当時とは比べものにならないくらいに気持ちの込められた真摯な瞳に射抜かれたのだ、私は。

 

 それ以来、京太郎に押し切られる形で同棲をしているのだが――

 

「菫さん! 洗濯物乾いたから取り込んでおきました!」

 

「菫さん! お風呂洗っておいたので、ご飯食べ終わったら入りましょう!」

 

「菫さん! そろそろ帰ってくると思って晩ごはん作ってる途中なんです! 食べましょう?」

 

 ――こいつ、私以上に家事ができる……!

 

 いやいや、別に悪いことじゃないんだ。家事ができれば結婚しても苦労しないし、夫婦生活も円満に進むという……。それにともにキッチンに並んで料理をするのは私の描く理想像の一つ。

 

 ……というか、なんで私は婚姻後の話をしているんだ……!?

 

「どうかした、菫さん? 頭抱えて」

 

「……いや、なんでもない。ちょっとな」

 

「なら、いいんだけど。ほら、荷物預かるよ」

 

 ……そう、こうなんだよ、京太郎は。

 

 さりげなく気遣いができて私が指示する前に期待以上の仕事をこなしてくる。だから、私はどんどん彼に甘えて、どんどん自堕落に……。

 

 ウエストだってそうだ! 京太郎が来てから毎日おいしい手料理が出てくるから大きくなってしまったし、体重も……その、増えた。

 

 これも全部、京太郎が私を甘やかすからだ!

 

 だから、今日こそは負けない! 絶対にセーブするぞ!

 

 いつの間にか京太郎に渡されていた部屋着に着替えると私はリビングへ向かう。すると、ドアをくぐった瞬間に仄かな甘い匂いがよぎった。それだけで私の食欲を刺激する。

 

 キッチンを覗くと京太郎はグツグツとホワイトソースを煮込んでいた。匂いの元はこれか……。

 

「しかし、これは……」

 

「あ、菫さん。どうかしましたか? 首を傾げて」

 

「あ、いや、鍋が二人にしては大きいと思ってな」

 

「ああ、これはですね。今日は普段より量多くしたんです。菫さんのために」

 

「……私のため?」

 

「そうっすよ。案外、菫さんってがっつり食べる系ですよね。そんなに細いのに」

 

「……っ」

 

 ああ、そうだよ。お前が来てからごはん二杯はペロリと平らげる女になってしまったよ。その結果、太ってしまったよ!

 

 その心遣いが憎い……! なんで決意した今日に限ってこんな仕打ちを……!

 

 ひどい、あまりにもひどい!

 

 ……だが……食べたい!

 

「なので、座って待っていてください」

 

「……美味しくなければ許さないからな?」

 

「もちろんっす! 腕によりをかけるから任せてください!」

 

 京太郎は腕まくりをするとキッチンへと移る。私は自分の揺るぎやすい意志に心底嫌気がしながらも、後悔しないように気持ちを切り替える。食べることになったなら思う存分平らげたい。

 

 それくらい京太郎の料理はおいしいのだ。

 

「じゃあ、旬ということでカボチャ入りのクリームシチューでいきましょうか」

 

 彼は鶏肉を取り出して、表面に軽く塩・胡椒を振りかける。食べやすい大きさに切りそろえたら、次は雪と同系色のカリフラワー。色感と見栄えを損なわないように酢を加えた湯でさっと茹で上げる。こうすることで歯ごたえが残り、食感がよくなるのだ。同時に十字に軽い切込みを入れたカボチャは隣の鍋の底に敷き詰めて数分間茹でる。その間に切った鶏肉を小麦粉につけておく。

 

「……相変わらず調理速度が速い……」

 

「少しでも菫さんに似合う男に近づきたかったので。たくさん練習したんすよ?」

 

「そ、そういうのはいいから料理に集中しろっ」

 

「照れる菫さんも可愛いなぁ」

 

 口では軽口をたたくけど手元から意識を離してはいない。鍋を熱して適温になったところでバターを少量溶かすと、半分に切った玉ねぎを薄切りして炒めていく。

 

「……香ばしい香りだ」

 

「そうそう。じゃあ、香りが出てきたところで……お肉を投入!」

 

 豪快に鶏肉を全て入れて焦げ付かない程度にこれも炒める。それから白ワイン、牛乳、お湯を注ぎ、煮る。

 

「さっきとは違う……。今度は甘い香りが漂ってきた……」

 

「でも、これはまだ序の口。ここに千切ったローリエを加えて、さらに食欲を掻き立てる匂いを引き立たせるために蓋をして煮込めば……」

 

 その後、カリフラワーとカボチャを投入。またじっくりと煮込み、スープが調理開始当初の半分ほどになったら、味見をしてオーケー……のはず。

 

「菫さん、なめてみる?」

 

「……楽しみにとっておく」

 

「わかりました。……おし。問題なしだ」

 

 確認が終わると京太郎はきめ細かい白さを際立たせるため、お玉で2,3杯掬って茶色の皿に盛りつける。

 

「お待たせしました! かぼちゃのホワイトクリームシチューです!」

 

 雪が降り積もった町をイメージして作られたシチューには星形に切っておいたかぼちゃと雪塊のカリフラワー、鶏肉が浮かんでいた。ローリエを入れたおかげでほんのりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 盛り付けられた皿をテーブルに運ぶと私はいつもの位置に座る。京太郎は決まって対面だ。私が食べる姿を見るのが幸せを感じる瞬間らしい。……正直、恥ずかしいが彼が幸せなら私も譲らなければいけないだろう。

 

 私の方が先輩だし……好き、という気持ちに嘘はないのだから。

 

「菫さん? 顔赤いけど……部屋暑いかな? 暖房切ろうか?」

 

「あ、いや……うん、そうだな。少し暑い……かな」

 

「すみません。熱い料理だしちゃって」

 

「い、いや、気にするな! 京太郎の料理だ。頂くよ」

 

「そう言われると照れますね。さぁ、どうぞ」

 

 京太郎に急かされる形で私はスプーンを手に取ると、白雪が降り積もってホワイトベールに包まれたカボチャを口に運んだ。

 

「うむ、カボチャ特有の甘さがちゃんと全体に行き渡って…………」

 

 そこで感想を止め、今度は鶏肉を含んで、咀嚼する。それだけでスッと口内を通り過ぎていき、空っぽの胃を満たす。

 

「……簡単にとろけて…………」

 

 どうしてだろう。言葉は短くなっていく。

 

 ……いや、本当はわかっていた。

 

 いつのまにか食するスピードが速くなっていく。そして、最後にカリフラワーをかみしめた。

 

「――――んん!」

 

 刹那。その白い塊に凝縮された味が爆発する。

 

 私の小さな胸に詰まった彼への思いが爆発する。

 

「すごい……すごい美味しいよ……京太郎」

 

 こすれてしまった声はそう感想を述べる。それだけ言って私は顔をうつむかせた。きっと彼は困っているだろう。

 だって、私は涙を流しているのだから。

 

「ど、どうしたんですか、菫さん! 熱かったですか!?」

 

「……ち、違うんだ。私は自分が情けなくて……」

 

「……? 菫さんはいつでもかっこいいままっすよ」

 

「そんなことはない! 私は……あれだけお前に要求したくせに……自分は自堕落になっていって、女も磨こうとせずに……。今日だってそうだ! 本当はお前のご飯もパスしようと思っていたのに……」

 

「え……? もしかして、俺の飯……不味かった?」

 

「そうじゃない! お前のご飯は美味しかったし、現に毎日よく食べた。……弊害が現れてしまったというか……その、だな? 最近、お前に何でもやってもらって、太ってきたと思ってな?」

 

「太った? 菫さんが?」

 

 首を傾げると京太郎は私の体をジロジロと見てくる。上から下までゆっくりと視線を動かし、そしてもう一度首を横に倒した。

 

「……そんなに変わらないと思うけど?」

 

「なっ! お前は男だから気が付かないんだ! 体重だって増えたんだからな!?」

 

「でも、菫さんは抱いたら折れそうなくらいに腰細いし、健康的でいいんじゃない?」

 

「お前はそれでいいかもしれないが、女としての私が許さん! 見ろ、そして絶望してくれ! じゃないと決心がつかない!」

 

 私は空気と勢いに任せて立ち上がると来ていたセーターを一気にまくり上げる。

 

 下着やもろもろ露わになるが今は関係ない。京太郎に私がいかに堕落したかを知ってもらうんだ。そして、失望を顔に出してほしい。

 

 そうすれば私はきっと頑張れる。やせられる。お前に……京太郎にだけは嫌われるのはイヤだから!

 

「……菫さん。触ってもいいですか?」

 

「ああ、こい!」

 

「じゃあ、遠慮なく」 

 

 もみゅん。

 

 京太郎の指が私の肌にくいこむ。ただそれは予想していた腹ではなく――胸にだったが。

 

「バ、バカ者! どこを触っているんだ!?」

 

「…………」

 

 叱咤するが京太郎は無視して胸を揉み続ける。

 

 ま、まさか……これが京太郎流の罰の与え方とでもいうのか!? ……そういえば、こいつが怒っている姿は見たことがない。私の前ではいつも笑ってくれていた。

 

 もし……もし、これが京太郎からの辱めだというならば……堕落した私は! 甘んじて受け入れなければならない……!

 

「くっ……! いっそのこと殺せ!」

 

「……うん、やっぱりそうだ。菫さんはやっぱり太ってなんかないですよ」

 

「はぁ!? 何を言ってるんだ、お前は! ちゃんと私は見たんだ! 数値が増えているのを!」

 

「それはきっとこれが大きくなったからですよ」

 

 そう言って京太郎は再度私の右乳を優しくつかむ。その一瞬で変な感覚が全身に駆け巡って体が火照り始めた。

 

「あんっ……! ――って、だから、お前はふざけているのか!?」

 

「ふざけてません。菫さんは気づいてないかもしれませんが、確かに大きくなっています」

 

「た、たとえ、そうだったとしても! どこにそんな根拠がある!」

 

「毎晩、菫さんの胸を触っている俺が言うんです。間違いありません!」

 

「この変態!」

 

「ありがとうございます!」

 

 な、何で罵倒されてお礼を言っているんだ、こいつは……!

 

「だ、大体なんだ、そのふざけた理由は! そんなので納得できると思うのか!?」

 

「でも、よく考えてください。普段の俺の胸への執着心を!」

 

「た、確かにお前はいつも胸からいじるし、絶対一回はこなすが……その、本当に?」

 

「はい! それにですね、菫さん」

 

 真面目な表情を崩さない京太郎は私の手を握り締めると自分の元へ引き寄せる。背中にたくましい腕が回されて彼の体温が直に伝わってきた。仄かな温かさが私を優しく包み込む。

 

「どんなことがあっても俺があなたを嫌いになることはありませんから」

 

 そう告げる彼の顔は見えない。目を合わせることもない。けれど、声音でわかった。京太郎が嘘をついていないということは間違いなく。

 

 ……これもずっとこいつの隣で見てきた(わたし)の勘であって、こいつが主張する理由と変わらないというのが少し嬉しい。

 

 ……そうだよ。こいつはいつだって周りを気にしないで愛をいつだって全身を使って伝えてきてくれたじゃないか。その好きという気持ちを信じて私は京太郎と付き合うことにしたくせに。

 

 でも……たまには言葉にして……聞きたい。だから、わざとらしくもう一度返事を促す。

 

「……本当か?」

 

「大好きです」

 

「…………そうか」

 

 自信満々に正答返しやがって……こいつ。……ふふ、バカな奴め。

 

 力を抜いてぐったりと体を預ける。ひとしきり泣いたせいか変に疲れた。京太郎は拒まずにそっと受け止めると髪に沿って頭を撫でる。

 

 力の具合が心地よい。そう思ってしばらく抱き合う形になったが……彼女なのだから甘えるくらい、いいよな?

 

 そうして私のくだらない幸せな時間が流れていった。

 

 

 

 

 

「……ところで、菫さん」

 

「……なんだ?」

 

「ベッドで、しかも二人で脂肪も燃焼できる激しい特別な運動があるんですが……しますか?」

 

「……………………うん」

 

 

 

 

 

 この後、めちゃくちゃした。

 



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Ex.3『松実姉妹の場合』

30万UA&100万PV記念の番外編。

今回は微エロ成分あり。注意してください

※注意※
この話は本編とは全く関係ありませんので、ご注意を。
プロットの都合上、本編で出番が少ない子や出番が残念ながらない子たちを選出させております。



「ま、松実館特別サービス……!」

 

「あなたのお風呂でお背中流しちゃうよ!」

 

「「というわけで、京太郎君のお風呂にお邪魔しています!」」

 

「お邪魔しています、じゃねーよ!?」

 

 穏乃との山登りを終えて、へばりつくような汗を流していたらバスタオル一枚の松実姉妹が突撃訪問をしてきた。はっきり言って俺も何を言っているかわからない。

 

 これが夢なのか、現実なのかも区別ができていない状態だ。

 

「もうー、ちゃんとした現実だよ、京太郎くん」

 

 そう言って玄さんが腕を絡めとる。布越しに感じる柔らかさは確かに幻ではなく、上から覗ける谷間に指を突っ込みたい衝動が込み上げていた。

 

 間違いなく今も流れている時間は本物。

 

「……で、どうして二人がここに?」

 

「……彼女が彼氏の家に遊びに来るのはおかしかったかな?」

 

 そう言って宥さんも反対側の腕に抱きついてくる。

 

 両側から姉妹サンドイッチ。正直、これを味わっている俺は人生の幸せを前借しているのではないかと疑うほどに幸福だと思う。

 

 二人からの告白を受けたのは俺がプロ雀士として契約をした次の日だった。高校から直接プロになった俺はきちんと就職先と収入を得たことで告白しようと思っていたのだが先を越される形になってしまった。

 

 不謹慎かもしれないが、俺は二人共を愛している。

 

 卒業してからも練習に付き合って支えてくれた宥さん。辛い時も嬉しい時も隣で笑って元気を与えてくれた玄さん。どちらか片方を選べないからどっちも養えて、幸せにできるプロを目指したくらいに。

 

 なんとか今年はベンチ枠に食い込み、昇給を勝ち得た。

 

 今はオフシーズンということもあり、実家のある阿知賀に帰ってきていたのだ。

 

 明日には彼女たちとの未来について松実館を訪れ、ご両親に話をする予定だったのだが……そこで二人のサプライズである。

 

「……嫌な予感しかしないな」

 

「そんなことないよー。京太郎くんの疲れを癒してあげようとやってきたんだから!」

 

 コクコクと宥さんもうなずく。

 

 その気持ちは嬉しい。俺もシーズン中に二人と会いたかったし、もっと触れ合いたかった。

 

 だけど、もう少し……こうタイミングを考えてくれなかったのか?

 

 入浴中はないんじゃないか? 疲れが取れたらその分、違うところが元気を得てしまうからね?

 

 もう半分ぐらい目覚めかけているから。必死に俺の理性で押さえているんだけど。

 

 だから、玄さん。俺の意見を聞く前に体を洗い始める準備をしないでっ!

 

「じゃあ、さっそく始めちゃうから京太郎くんは座って座って!」

 

「私たちに任せて……ね?」

 

「……わかった。だけど、体を洗ったら出ること。約束だからな?」

 

「うん、約束するよ。……でも」

 

「京太郎君から約束を破ったら……何も問題ないよね?」

 

「それはどういう――」

 

 ――意味なのか、尋ねる前に解は出された。

 

 背中をこすり始める玄さん。だけど、明らかにスポンジではない感触。時々当たる固い突起のようなものは……よそう、考えるのは良くない。

 

 想像してしまったらバレてしまう。後ろの玄さんではなく、なぜか前を洗い始めた宥さんに!

 

「ご、ごめんね、京太郎君。ちょっとそれは恥ずかしいから……。でも、私も頑張るね」

 

 小さい宥さんは俺の股の間にすっぽりと入ると、スポンジで腕から洗ってくれる。か弱い彼女の精一杯がほどよい強さで肌をきれいにしていく。

 

 しかし、目の前で上下に揺れ動く大きな胸は目に悪い。

 

 な、なんだ、前門の虎後門の狼か!? 体の汚れは落ちていくのに違う穢れがどんどん溜まっていく……。

 

 どうにかしてこの状況を堪えなければ……!

 

「……どう? 気持ちいいかな?」

 

 自前のスポンジで背中を担当してくれている玄さんが感想を聞いてくる。

 

 ……悔しいが男として嘘は付けない。気持ちいいのは気持ちいいのだ。人生で最も快楽に溺れている瞬間かもしれない。

 

 俺は例を見ないほどのおもち好き。このシチュエーションは若かりし頃に夢見ていた光景の一つで、今も興奮を隠すので理性がガンガンと削り取られている。

 

「あ、ああ。……だ、だけど、これは……」

 

「……京太郎くんは私たちと結婚してくれるんだよね?」

 

「それは絶対に。反対されてもお義父さんがうなずいてくれるまで俺は諦めないよ」

 

「なら……い、いつかは全部見られちゃうんだもん。今は私に任せてほしいな?」

 

 それに、と彼女は付け加える。

 

「明日は頑張ってもらわないといけないもん。……だから、甘えちゃっていいんだよ……なんて。えへへ」

 

 勝者、性の本能!

 

 わずかに残っていた理性は一瞬で試合を放棄し、男としての野生が勝った。完全試合とも言っても過言ではない。

 

「京太郎君。力加減はいかがですか?」

 

「ちょうどいいよ、宥さん。問題ない」

 

 逆に問題があるとすれば俺の息子だけだ。

 

 俺たちは別にいかがわしいことをしている訳じゃない。ギリギリセーフのはず。

 

 恋人関係にあたる三人が一緒にお風呂に入っているだけ。それもちゃんと大事な部分は隠している。

 

 確かに背中に限らず、前でも柔らかくてふにゅふにゅとしたものが当たってはいるが、大丈夫なので構いません続けてください。

 

「改めて思ったけど……京太郎くんって……大きいね」

 

 ……ええと背中のことだよな、そうに違いない。もしくは身長。

 

 玄さんは背中を洗っている最中なのだから抱いた感想を呟いただけだ。だって、俺の前の方は見えないようにタオルをしっかりと腰に巻き付けているのだから見えるはずがない。

 

「うん……京太郎君のおっきいね……」

 

 身長がね! 確かに宥さんとはかなり差があるからこうやって密着すると改めて感じちゃうのかもね!

 

「……よいしょっと……これで終わりだよ。お姉ちゃんは?」

 

「私ももうすぐで終わるけど一か所だけ京太郎君が洗わせてくれなくて……」

 

「……そこに触れたらせっかく洗ったのが無駄になると思うのでやめた方がいいし、俺との約束もあるんですがお二人さん?」

 

「……本音は?」

 

「めちゃくちゃにしたいです」

 

「ん……。我慢は……ダメだよ?」

 

 そう言うと宥さんは少し背伸びをして頬に口づけをする。チロリと舌でなめると徐々に位置は移ろいで唇が重なり合った。

 

 口内でぐちゃぐちゃに絡み合う舌先。(おか)し、侵される。意識が、思考がどんどんと薄れて正常に働かなくなっていく。

 

 ようやく口を離した時には唾液が銀色の橋となってかかっていた。

 

「ふふ……あったかぁい」

 

「あー! お姉ちゃんばっかりズルいのです!」

 

 拗ねた玄さんは背中に体を預けると、上からスルスルと細い腕を撫でるように下ろしていき腰のタオルを奪い去る。

 

「……大きいね」

 

「わぁ…………」

 

「……でね、京太郎くん。私も我慢はよくないと思うんだけど……京太郎くんはどうかな?」

 

 我慢はよくないと思います。

 

 結果として俺は姉妹の甘い誘惑に勝てなかったとだけ言っておこう。




童貞だから続きが書けない。すまない……。

次回はクリスマスに特別編を予定しています。
本編も適度に進められるように頑張ります。




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幕間1『なつやすみ』

感覚思い出す感じで。短いですが。


「あー、暑いなぁ」

 

 全国大会への出場を決めた私たちは久方ぶりの休息を得ていた。

 

 麻雀部として夏休みの半分を東京で過ごさないといけない私は今のうちに宿題を終わらせることに決めたので、京ちゃんの家にお邪魔することに決めた。

 

 これは中学時代からの習慣だ。

 

 二人でわからない問題を教えあえば、効率ははるかによくなる。

 

 私も京ちゃんも成績はちょうど平均辺りだけど、得意科目が違うからなぁ。

 

 あんな見た目で、いかにもチャラそうだけど京ちゃんが得意なのは理系である。

 

 ハンドボールでは想像以上に頭を使うみたいで、自然と物事を順序良く解いていくことが好きになったらしい。

 

 なんでも『ブロックをかいくぐるにはどうすればいいのか』『味方へパスする最適解のルートはどこか』みたいに考えるのは慣れたとか。

 

「……汗臭くないよね?」

 

 長野は比較的涼しいとはいえ、どうしても汗はかいてしまう。

 

 額から滴る水粒をタオルでぬぐい、なるべくワンピースが吸い込まないように気を付ける。

 

 これは京ちゃんに選んでもらった服。

 

 絶対に汚したくない。

 

「そういえば前に来たときは東横さんがいたんだよね……」

 

 あれは二か月ほど前。

 

 初めて恋敵の一人である東横桃子さんと玄関口で出会ったのを覚えている。

 

 まさか京ちゃんの家から巨乳の女の子が出てくるなんて。

 

 大声を出して逃げたのは今でもたまにフラッシュバックして、羞恥に悶えることがあるけど……まさかいないよね?

 

 一応、心構えは作っておこう。

 

 そんなことを考えながら、歩くこと十数分の距離に京ちゃんの家がある。

 

 屋根が見える位置まで来ると、そこには先客がいた。

 

「……部長に和ちゃん?」

 

 見覚えのある二人組に首をかしげる。

 

 はて、二人は何か用事でもあるのだろうか。

 

 互いの邪魔をするように頬を引っ張りあって、さっぱり意味はわからないけど。

 

 まぁ、私には関係ないから別にいいよね。

 

 そう思って、京ちゃんの家に入ろうとすると両肩を後ろから掴まれた。

 

「ちょっと待って、咲」

 

「抜け駆けは禁止ですよね、咲さん」

 

「えっ、怖い」

 

 さっきまで争っていた二人は結託し、鬼のような形相で私の行動を止めにきた。

 

 ドアの前にいた私は階段を引きずり下ろされる。

 

「……えっと、二人ともどうしてここに?」

 

「えっ!? そ、それはその、せっかくの休みだし須賀君を遊びに連れて行ってあげようと……思っただけで……」

 

「わ、私は学生らしく学業を須賀君としようとですね?」

 

「それで二人とも京ちゃんを取り合っていたんですか? こんな公共の場で。恥ずかしげもなく?」

 

 私がそう言うと二人は恥ずかしそうに視線を逸らす。

 

 どうやらヒートアップしていたせいで、周囲のことは考えていなかったようだ。

 

 二人が京ちゃんを狙っているのは知っている。

 

 きっと普段の私なら同じように妨害行為に勤しんだだろう。

 

 けれど、今は違う。

 

 恋愛は京ちゃんの自由だと思っているし、二人の邪魔をしようとも考えていない。

 

 だからといって、京ちゃんを素直に渡す道理もないけれど。

 

「でも、二人とも京ちゃんに会いに来たならインターホン鳴らせばいいのに」

 

「そ、そんなのできるわけないでしょう!? 須賀君のお母さんが出てくるかもしれないのよ!?」

 

「第一印象は何よりも大事! 絶対に失敗はできません……!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 私が中学校の頃はそんなこと微塵も考えたことなかったなぁ。

 

 いつの間にか遊びに来るようになっていて……。

 

 最近、遊んでいないから忘れていたけど、京ちゃん家に着替えとか置きっぱなしかも。

 

 じゃあ、今日はお泊りしようかな。

 

 結局、前はすぐに外に買い物に行ったしね。

 

 お父さんには後で連絡しておこうっと。

 

「な、なんですか、その余裕の反応は! 咲さんは気にならないんですか!?」

 

「あぁ……うん。あんまり興味ないかも」

 

「一生お付き合いするかもしれない相手なのよ? 咲はもっと慎重になるべきだわ」

 

 そこまで妄想している部長がたくましすぎると思います。

 

 普通は遊びに来るだけで、そこまで意識しないと思うんだけど……。

 

 好きな人の親という事実が二人を緊張させているみたいだ。

 

 私の場合はおばさんと仲良くなってから、京ちゃんのこと好きになったからあんまりそこら辺の意識ないんだよね。

 

 もう三年以上の付き合いだし、そのあたりの意識は変えられないもん。

 

「そういうわけだから。ここは年長者の私に譲るべきだと思うわ。部長だし」

 

「恋や愛に年齢も何も関係ありませんよ、部長。それを言うなら私の方が絶対にいいです。部長みたいな腹黒い人は控えてください」

 

「はぁ? 全然黒くないですぅ。乳に栄養が詰まっているあなたこそ破廉恥だし、やめておいた方がいいんじゃない?」

 

「わ、わたしのどこが破廉恥なんですか!?」

 

「存在というか、その服装よ!」

 

 これには部長に同じく。

 

 和ちゃんが着ている服は、まるで下着を何もつけていないかのように錯覚する。

 

 胸元を大きく開け、晒し、肌も露出させていた。

 

 だが、本人にはいたって普通のファッションらしく、かたくなに部長の言葉を認めようとしない。

 

「どうせ保健体育の勉強でもしようとしていたんでしょう! 私にはわかるわよ!」

 

「そ、そそそそんなオカルトありえましぇん」

 

「はい、確保」

 

「咲さん!?」

 

 これは見逃せない。

 

 こっそり背後から近づき、バッグを奪うと中に入っていたのは『友達から大人の関係になる密室での方法』というかなりピンポイントな本が出てくる。

 

「ギルティ」

 

「こ、これはその! たまたま入っていて!」

 

「あらあら~。やっぱり淫乱ピンクだったのね、うちの副将さんは」

 

「うぅ……」

 

 顔を真っ赤にさせる、その場にうずくまる和ちゃん。

 

 今のうちに本を没収して……と、よし。

 

「それじゃあ、私はこれで」

 

「だから、ダメです!」

 

「復活早いね、和ちゃん」

 

「じゃんけん! 誰が鳴らすのか、じゃんけん!」

 

「う、うん。だから二人でどうぞ。私は参加するつもりないので」

 

「本当に!? 言ったわね!? あとで泣いても駄目よ!?」

 

「後悔しても遅いですよ!」

 

「どうぞ、どうぞ」

 

 また白熱する二人たち。こんな姿を染谷先輩や優希ちゃんがどんな反応をするのだろうか。

 

 二人ともため息を吐きながら、げんこつでも一発いれるんだろうな。

 

 恋する乙女は怖い。

 

 今日、それを学んだ。

 

 私はこれ以上、二人に巻き込まれるのも嫌なので、早々に避難することに決める。

 

 あ~あ、京ちゃん、待たせちゃったなぁ。

 

 外の二人に思ったより時間とられちゃった。

 

 私はバッグから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んでひねる。

 

 ガチャリと音がして玄関をくぐった。

 

「おばさーん。遊びに来たよ~。今日、泊っていくねー」

 

 

 

「「……は?」」

 

 

 

 ドアを閉めるとき、背後からそんな声が聞こえた気がした。

 




すみません。書籍化作業でいろいろと更新遅れてます……。
落ち着くまで気長に待っていただけると幸いです。


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長野県予選編
1.『最近、幼馴染の様子がおかしい』


プロローグに該当する話です。
なので、相変わらず短め。


 目を開けると隣に幼馴染の女の子が寝ていた。

 

 何を言っていくぁwせdrftgyふじこlp。

 

 思わず叫んでしまいそうになる口を京太郎は塞ぐ。

 

 このような場面を見られては社会的に死ぬし、咲と彼は仲がいいのは確かであるがそういう関係ではない。あるいは昨晩、深い夜にそんな関係になってしまったのか。

 

「んっ…………」

 

 その場から離れようとすると、咲のあでやかな声が漏れる。

 

 普段の大人しい文学少女からは想像できない音に京太郎はドキリとしつつも、今度は耳を手で塞いだ。

 

 どうして咲がここにいるんだ!? あれ!? 俺ってそんな度胸あったっけ……?

 

 ていうか、ここはまず何処で、俺と咲は一緒に寝ているんだ……?

 

 そのまま思考の海へと身を沈める。

 

 記憶をさかのぼること京太郎はようやく落ち着きを取り戻した。

 

「……俺、童貞は失っていない……!」

 

 昨晩、自分たちは咲のお父さん――宮永界さんの誕生日を祝っていたのだ。慣れない手料理を作り、プレゼントを用意して、賑やかに過ごした。

 

 その後、宿泊する流れになってお言葉に甘えることに。

 

 よく見れば見たことのある天井。

 

 女の子らしい色で装飾された部屋は最近共に模様替えしたばかりで覚えている。

 

 隅に存在感を放つ大きな本棚が彼女の部屋であることを示す何よりの証拠。

 

「……で、風呂あがって、咲の部屋に来て、麻雀教えてもらって……」

 

 そこで京太郎の回想は終了。記憶が途切れた。つまり、途中で自分が爆睡し、咲はそれに伴う形で一緒に寝ることにした……と。

 

「……改めて考えるとわけわかんねぇよなぁ……」

 

 背に固い感触があるということは床にごろ寝したわけだ。もちろん咲も同じ。

 

 彼女の力では京太郎をベッドまで持ち上げられないのだから当然の帰結である。

 

 では、なぜ咲はベッドではなく彼の隣で薄い毛布一枚を手に寝ることにしたのか。

 

 それはごく一般的に、普遍的な思考をしていれば京太郎には今頃彼女の一人や二人はできている。残念ながら彼は鈍感系唐変木。

 

「……まぁ、咲も眠たかったんだろうな」

 

 故の独り身。

 

 自分なりの答えが出た京太郎は次いで脱出のための作戦を考えることにした。

 

「……普通に起こせばなにも問題は起きないか……?」

 

 咲は偶然、ここで寝てしまい、自分はやましい気持ちなど全くなかったと説明すれば彼女のことだからしっかり理解して許してくれる。

 

 彼女が心の器の大きい人間だと言うことは毎度のテスト勉強で知っているのだ。

 

「おーい、咲。早く起きろっ!?」

 

 ようやく希望の見えた京太郎にさらなる苦難が襲い掛かる。

 

 さきほどまで二人の間には距離があった。

 

 だから、京太郎も理性を保っていたし、冷静に没頭することが出来た。

 

 しかし、しかし。

 

 たった今、本能を抑えていた一線は取り消されてしまった。

 

 寝ぼけた咲の抱きつく攻撃により、京太郎の精神はガンガン削られていく。

 

 鼻腔をくすぐる甘い香りが漂う。胸にかかる甘い吐息。嫌でも感じられる肌の温かさ。絡められた足の滑らかさ。

 

 そして、今まで巨乳信者であった京太郎の世界観が崩壊する。生まれて以来、幼少期を除けば全くない経験で、その事実は衝撃を彼に与えた。

 

 例えまな板のようなつるぺったんでも柔らかいものは柔らかいのだ。

 

「おっ……おおおお、おっ! おっ!?」

 

「えへへ……」

 

 人の気も知らないで……と苦笑いする京太郎。

 

 それを向けられた乙女は良い夢でも見ているのか満面の笑みを浮かべているが。

 

「と、とりあえず、このままじゃ俺の気がやばい。もうさっきから変な感覚になっているし、取り急ぎここから抜け出」

 

「咲ー。京太郎君ー。おはよう。朝ごはんが出来たからそろそろ起きてきなさ――」

 

「――あっ」

 

「――なるほど。これは邪魔をしたようで悪かった。もう少しゆっくりしていきなさい。ああ、私は一人で出かけてくるから」

 

 では、と別れの言葉を簡単に告げると界はドアを閉めて颯爽と出ていく。

 

 呼び止めようとするもあまりの速さと驚きの急展開に京太郎の声は喉から出てこなかった。

 

 完全に勘違いされて、朝食の時に色々と聞かれる未来が容易に予想できた彼はため息をつく。未だに眠ったままの姫はどうしても自分を離すつもりはないらしく、腕を絡めたままだ。

 

「……もうどうにでもなーれ」

 

 どう取り繕っても見られてしまった誤解は咲が起きて一緒に事情を説明しない限りは解けない。それさえも赤面した彼女が余計なことをペラペラと口走りそうで難儀になるかもしれない。

 

 やけくそ気味に開き直った京太郎は床に倒れこみ、もう一度眠りにつくことにした。

 

 どうせなら、これが夢だったらいいのにと思いながらまどろみの世界に落ちる。

 

「…………大好き、京ちゃん」

 

 だから、こんな呟きも彼には届かなかった。

 

 




とりあえず11時頃にもう一話投稿します。


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2.『最近、部員の様子がおかしい』

一話から大分、時系列飛ぶけど間のことは徐々に明かしていきます


 ぶっちゃけ俺の周りの面子の様子がおかしい。

 

 京太郎がそう考えるようになったのはつい最近のこと。彼が幼馴染の宮永咲を麻雀部へ連れていってから一ヶ月が経った頃。

 

 新緑が風に揺らぎ、木々の匂いが爽やかで気持ちがいい昼。

 

 彼はいつもの買い出しに出ていた。

 

 これだけなら何も変わりはない光景。

 

 しかし、普段と異なる点が一つ。

 

「いやー、やっぱりたまには外に出るのも大切ね」

 

「気分転換になるしのう」

 

「速くしないと私が止まらなくなっちゃうじぇ!」

 

「優希はもう少し女の子らしく振る舞って下さい。スカートなんですから……」

 

「あはは。元気だなぁ、優希ちゃんは」

 

 それは人数。京太郎のお使い史上初めての多人数での買い物である。

 

 はっきり言ってここ一か月の彼の仕事と言えばお使い、タコスのパシリ、牌譜整理とマネージャー業で卓につくのは一日に一時間あれば御の字。実力差もあるので瞬殺であることを考慮すれば30分でも奇跡かもしれない。

 

 だから、買い走りには一人寂しく向かうのが常。この部活に自分の居場所は無いのではないかと考えたこともある。

 

 そんな部活生活を送っていた彼は目の前に広がる光景がにわかに信じられなかった。

 今でも目をこすってしまうくらいである。

 

「どうしたの、京ちゃん? 目がかゆいの?」

 

「……なぁ、咲。頬をつねってくれないか?」

 

「えぇっ。そんなのできないよ。痛いだけだよ?」

 

「その痛みが欲しいんだ」

 

「えっ。……きょ、京ちゃん変な趣味に目覚めたんじゃ……」

 

「違うわ。とにかく頬をつねってくれ」

 

「では、これでいいですか?」

 

 横から割って入ってきた透き通るような声。

 

 突然、右隣から伸びてきた小さな手はぐいっと京太郎のほっぺを引っ張る。

 

「……いふぁい」

 

「……満足できましたか?」

 

「お、おう。ありがとうな、和」

 

「いえ、これくらいなんともありませんよ」

 

 声の主である原村和は礼を言う京太郎に向けて微笑を返した。

 

 それだけで彼の心はキュンキュンしてしまう。

 

 学年一の美少女と名高い同級生にあんなにも綺麗な笑顔を見せられたら胸が高鳴るのは男子高校生の特権である。

 

 原村和。麻雀インターミドル個人戦のチャンピオンであり、同じ清澄麻雀部に名を連ねる桃色髪が特徴の少女。そのスタイルも全国級で、ちいさな体に似つかわない大きな胸。

 

 男子高校生の妄想を具現化したと言っても過言ではないだろう。

 

 そんな魅力的な少女ははっきり言って高嶺の華で、自分には興味が無いのだろうと京太郎は諦めが入っていた。だからこそ、あくまで友人としての距離を保って接してきたし、和もそうであった。

 

 ちなみに胸はチラチラと何度も見ていた。ごめんなさい。

 

 だが、そんなマイナス行動の影響がないようで、ここ数日の和と京太郎のスキンシップは多くなっている。

 

 それは彼だけではなく周囲も感じている事実だろう。

 

 だから、咲はぷくりとほっぺを膨らませた。

 

「……なに拗ねてんだ、咲」

 

「拗ねてないもん。京ちゃんが和ちゃんの胸を見てたから怒ってるの」

 

「みみみみみ見てへんわ!」

 

「ふふっ、面白いですね、須賀君は」

 

 明らかに動揺している京太郎の姿がおかしかったらしく和はクスリと笑い声を漏らす。

 

「別に私は嫌ではありませんよ、胸を見られるの」

 

「えっ!?」

 

「もう慣れましたし、確かにジッと見つめられたりするのは苦痛ですが。……それに須賀君はいつも頑張ってくれていますから。たまにチラチラと見てくることは不問にしてあげます」

 

「バレてた!?」

 

 そのことに驚きを受ける京太郎だが、今の言葉の意味をしっかりと理解していた。

 

 それはつまり、たまになら和のメロンを眺め放題ということでは……。

 

「……ぐへへ」

 

「……京ちゃん、キモい」

 

「辛辣!」

 

「なーに騒いでいるのかしら、一年組ー」

 

 咲のジト目が京太郎に突き刺さっている中、前からもう一人会話に混ざってくる。

 

 切れ長の二重瞼にモデル顔負けのバランスの整ったスタイル。スカートから伸びる足の曲線美は目を見張るものがあり、彼女の魅力を増長させている。

 

 大人びた雰囲気を醸し出す彼女の名前は竹井久。

 

 清澄高校麻雀部の長である。

 

「京ちゃんが女の敵って話をしていました」

 

「その略は悪意しか感じられないぞ、咲」

 

「そうですよ、咲さん。正確には須賀君が私の胸を見てくるという話です」

 

「フォローになってない!?」

 

「なんでそんな話題で盛り上がっているのというツッコミは置いておきましょう。それにしてもふーん……」

 

 久は目を細めると上から下までじっくりと京太郎の体を視線を動かす。

 

 足のつま先までたどり着きUターンする途中で、彼の腕をとった。

 

「ぶ、部長?」

 

「……うん、やっぱり男の子ね。立派だわ」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

「こんなにたくましい腕に抱かれたら女の子はイチコロかもしれないわね」

 

「えっと……それはどういう……」

 

「いいえ、特に深い意味はないわ。一人ぼっちでかわいそうな後輩にアドバイスしただけよ。でも、そうね……」

 

 久は京太郎に身を寄せると、つぅーと指を胸から腹筋へ沿って動かしていく。

 

 あでやかな表情を浮かべる彼女に京太郎は反抗する術もなく、思うがままに直立不動。

 

「先輩が後輩に恋愛を教えてあげるっていうのもいいかもね……?」

 

 思わずうなずいてしまうほどの魔性。

 

 しかし、京太郎はギリギリで精神を保つ。それは脳の端に千時から感じるもう一つの違和感に意識を傾けていたから。

 

「「部長!」」

 

 ぼうっとしている京太郎の代わりに二人の距離を離す咲と和。

 

「あはは、冗談よ。二人とも大きな声出しちゃって。さぁ、三人とも、お話はこれくらいにして優希たちを追いかけるわよ。あの子ったら我慢できなくて先に走って行っちゃった。まこがついているから迷ってはいないと思うから」

 

「そ、そうっすね! じゃあ、俺も急いで追いかけます! 荷物持ちが遅れたら世話無いですから!」

 

 京太郎はその場から駆け出す。一方で女性三人は立ち止まっていた。

 

 まるで京太郎の姿を見送るように。

 

 そして、完全に彼の姿が視界から消えたところで和が口を開いた。

 

「部長、邪魔をしないでくれませんか? せっかく楽しくお話ししていたのに」

 

「それ自分で言ってブーメランになっていることに気づいてないの、和ちゃん。流石おっぱいに栄養が全部いってるだけあるよね」

 

「ええ、おかげさまで須賀くんの視線は私が独占しています。えっと……まな板?」

 

「壁よ。もしくは平野」

 

「あははっ。二人とも冗談が面白いなぁ。…………淫乱ピンクと処女ビッチが」

 

「あら? 何か言った?」

 

「さぁ?」

 

「私には聞こえましたよ。大人ぶった痛い処女ビッチ先輩って」

 

「……へぇ、その痛い先輩に想い人を取られるなんてかわいそうに」

 

「あぁ、もう自分が勝つって決めつけている辺りが痛いです。見てられない、恥ずかしい」

 

「…………うふふっ」

 

「……あはっ」

 

「……ははは」

 

「「「……京ちゃん(須賀君)は絶対に渡さない」」」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「おっ、来たじぇ。京太郎、遅いじょ!」

 

「ハァ……ハァ……悪い。ちょっと話し込んじゃって……」

 

「安心せい。どうせ三人に絡まれたのじゃろう? 最近、おんしらは仲がいいから」

 

「あははは……。本当に不思議なくらいに……」

 

 まこの言葉に的確に痛いところを疲れて苦笑する京太郎。

 

 その様子を見て、まこは面白がってちょっかいをかける。

 

「部活内の恋愛について決める必要があるかもしれんなぁ、色男」

 

 ウリウリ~と肘で小突くまこ。一方で優希はペシペシと背中を叩いていた。

 

「別に付き合うのは許すけど、私の相手もするんだじぇ?」

 

「だーかーら! そういうのはないって言ってるだろ?」

 

「でも、仲が急接近したのは事実じゃろう?」

 

「……そうなんですけど……俺にも理由がわからなくて」

 

「……確かに突然ではあったけぇ……」

 

「和ちゃんも急に私に京太郎が好きな食べ物を聞いてきたじぇ」

 

「久もわしに京太郎が喜ぶことを聞いていたわ。構ってやれと言ったからじゃと思っていたが、また別の理由がありそうじゃ」

 

「もしかして……」

 

 思い当たる節があるのか、京太郎は仮説を口にする。疑念をもち始めた二人は視線も聴力も集中させた。

 京太郎は「おほん」と一度咳をつき、人差し指を立てて堂々と述べる。

 

「……俺の魅力を改めて認識してしまったとか……?」

 

「「ああ、ないない」」

 

「ひどくない!?」

 

 優希とまこは顔を見合わせると横に何度も手を振って否定する。

 

 ハモる辺り、本当に何も男性的魅力を感じていないのだろう。

 

「おんしは大切な後輩とは思うちょるが恋愛対象として見たことはないけぇ」

 

「犬だと何度も言ってるはずだじぇ!」

 

「誰が犬だ、この猿!」

 

「事実を言ったまでだじぇ。……まぁ、でもあれだ。困ったことがあるなら話くらい聞いてやる! 犬の世話は主人の役目だからな!」

 

「…………優希」

 

「優希の言う通りじゃのう。私もそれくらいならしてあげるから遠慮せずにこい」

 

「染谷先輩……」

 

 予想以上に優しくされて思わず泣きそうになる京太郎だったが、男は決して涙は見せない。

 

 こんなにもみんなが自分のことを真剣に考えていてくれたなんて……!

 

 てっきり便利な男子部員(ざつよう)程度にしか思ってないとばかり……。

 

 ……ああ、すごい嬉しい……!

 

 京太郎は涙腺が緩む前に無理やり笑顔にする。

 

 ぐちゃぐちゃな顔をまこたちは笑い飛ばして肩をポンポンと叩いた。

 

「すまんのう。実は今日もみんながローテーションで買い出しに行けるように道を覚えたかったんじゃ」

 

「そ、そうだったんですか? でも、またなんで……」

 

「京太郎ばっかり行ってたらお前が強くなれないからだじぇ」

 

「えっ。……ということは」

 

「ああ。おんしの強化計画もしっかりと立てた。明日からは今まで以上に頑張ってもらうぞ?」

 

「は、はい!」

 

 元気よく返事する京太郎の反応に満足気のまこ。

 

 京太郎は思った。

 

 今日は人生で一番いい日だ。

 

 みんなとも交流できて、先輩は俺のこともちゃんと忘れてなかった。

 

 一選手として見てくれていた。

 

 なら、その期待に応えなければならない。

 

 例え小さな希望だとしても努力は報われることを中学で知った。

 

「よーし、頑張るぞー!」

 

 気合十分に京太郎は拳を天に突き上げた。

 




初めましての方は初めまして。
久しぶりの方はこんばんは。こんにちは。おはようございます。

今回はギャグとシリアスを混ぜた感じでやっていきたいと思います。

前半組の三人と後半組の二人は手紙が届いているか、届いていないかの違いでグループ分けさせていただきました。

次回は宮永咲ちゃんがどうしてこんな風になった原因のお話。


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3.『宮永咲へのお手紙』

時系列は2話の少し前。
咲ちゃんの未来からのお手紙の番です。


「……なんだろうこれ?」

 

 四月の終わり。京太郎に連れられて麻雀部に入部した咲の毎日は充実していた。

 

 京太郎以外の友達もできて、得意の麻雀も役立てれる。巡るすべてがうまくいっているように思える。

 

 そんな節、朝の登校時。日直であるため一足先に学校へ来ていた彼女の下駄箱に白の封筒を見つける。

 

 裏表を確認するもこれといって変わったところはない。

 

 なんだろうと考えたところで彼女は一つの答えに行き着いた。

 

「こ、これってまさから、ら、らぶっ!?」

 

 口にして、顔が一気に真っ赤になる。

 

 急いでそれをバッグに隠した咲はキョロキョロと怪しい動きでトイレへ向かう。

 

 一番奥の個室に閉じ籠ると深呼吸。匂いとか空気とかそんなの今だけは気にならない。

 

「こ、こ、こんなの初めてだよぉ……」

 

 生まれてこの方、こういう類いの話には縁がなかった。それどころか人見知りで、泣き虫。

 

 休み時間は読書、放課後は読書、家でも読書三昧。

 

 人との付き合いなど、それこそ京太郎しかいなかったのだ。

 

 文学少女としては心踊る展開。

 

 ここから始まる大恋愛。春は桜木道を歩き、夏は花火を楽しみ、秋は紅葉落ちる中での読書、冬は綺麗な雪を眺める。

 

 そして、その妄想の隣にいるのは決まってある人物だった。

 

「……うん、そうだよね。……ちゃんと気持ちは大切にしないとね」

 

 熱くなっていた感情は徐々に冷えていき、落ち着きも戻ってくる。

 

 自分の中で例えこの手紙にどんなことが書いてあろうと返事は変わらないと決めた。

 

「でも、誰からなんだろう?」

 

 裏を見ても差出人の名前はない。不思議に思いつつ、彼女は慣れない手つきで封を開けた。

 

 中には一枚の紙。三つ折りされていたので広げると一目でぎっしりと文章が羅列されているのがわかる。

 

「す、すごい量……」

 

 愛が重い。

 

「で、でも、それだけ私には魅力があるっていうことだよね」

 

 参考にして長所を伸ばせば京ちゃんもいつかはメロメロに……。

 

「……えへへ」

 

 妄想を脳内で垂れ流しながら彼女は読み始める。

 

 

 

『拝啓 宮永咲様へ

 

  これを読んでいるということはあなたに無事手紙が届いたということでしょう。

  まず率直にお伝えします。

  私は未来のあなた――宮永咲です』

 

 

 

「…………えぇ……」

 

 嘆息と共に今までの喜の感情が流れ出す。

 

 愛などはささやかれておらず、それどころか悪戯くさい。

 

「もうひどいなぁ……」

 

 と言いつつも別のベクトルで興味をそそる内容ではあった。

 

 ……うん、悪戯なら、それはそれで無視して捨てればいいし最後まで読むのはありかな……。

 

「未来からの私なんてちょっと面白そうだったし……」

 

 そう思った咲は続きを読み進めていく。

 

 

 

『今回、こういった手紙を送ったのはある目的のためです。

 過去の私に伝えて頑張ってもらいたいことがあります。

 達成できないと悲惨な未来があなたを待ち受けています』

 

 

「……悲惨な未来?」

 

 そんなワードに咲は引っ掛かりを覚えた。

 

 思い当たる節が彼女にはあったから。自身の姉である宮永照。

 

 今は東京で暮らしている離ればなれの姉との関係。

 

 咲は仲直りしたくて、また一緒になれることを夢見て麻雀に取り組んでいる。

 

 ここに書いてあるのはそのことに関してではないだろうか。

 

 

 

『あなたにはにわかに信じがたいことでしょう。ですから、これが本当に未来からの手紙であることを証明させてもらいます。

 あなたは手紙を一階の女子トイレで奥の個室で読んでいます。

 本日の下着は水色のストライプのブラにくまさんパン――』

 

 

 

「あー! あー!」

 

 思わずぐちゃりとしてしまう咲。

 

 ふと我に返り自分以外の誰にもわからないことに気づき、冷静さを取り戻す。

 

 同時にこの手紙への信憑性も得た。

 

 気味悪さを感じないのは限定された情報――宮永咲でしか知りえない情報しか書かれていないから。

 

「も、もう……へんなこと書かないでよ……」

 

 

 

『さて、では本題へ入りたいと思います。

 未来を変えるためにはあなたの相当な努力が必要です。

 ですが、あなたなら、過去の私ならやってくれると信じています。

 では、綴りましょう。

 宮永咲を襲う悲惨な未来は――』

 

 

 

「……そ、そんなぁ……」

 

 息を呑んで最後まで読み続けた咲は失望の声を漏らす。

 

 自身に降りかかる最悪の正体を知った彼女はガクリと肩を落としてしまった。それほどにショックなことだったのだ。

 

「こんなの絶対嫌だよぉ……」

 

 咲が手紙に書かれてあったのはたった一つの事実。

 

 それは寂しい未来の結末。

 

 

 

『宮永咲を襲う悲惨な未来は――永遠の独身生活。

 私は小鍛冶健夜プロの後釜としてアラフォーキャラとしていじられる役になっています。

 ネットでも魔王と呼ばれる始末。

 そんな仕事が終わったら待っているのは冷たいマンションの自室。

 ゴミ袋にたまったコンビニ弁当の数々。冷蔵庫にはビールと軽いおつまみがほとんど。

 掃除もロクにしていなくて、人間味のない部屋。

 「ただいま」に誰も反応してくれなくて、「いってらっしゃい」もない。

 そんな生活があなたを待っています』

 

 

 

 容易に想像できる将来の自分の姿。

 

 アナウンサーさんにアラフォーと言われてツッコむ自分など見たくない。

 

 何よりも独り身での生活の例があまりにも具体的で情景が目に浮かぶ。

 

 ……それを真っ向から否定できない今の自分が情けないと彼女は思った。

 

「……これだけならまだよかったのに……」

 

 しかし、これよりもさらにダメージを与えた文章がさらに下に記されていたのだ。

 

 恋する乙女には効く一文が。

 

 

 

『そして、あなたは告白もできないまま京ちゃんは違う人と結婚してしまいます』

 

 

 

「嫌だよぉ……京ちゃんと別れるなんて……」

 

 想い人の結婚報告とその相手が自分とは違うという現実が咲の胸に深く突き刺さる。  

 

 もうこれ以上悲しい思いをしたくなくて現実逃避気味に手紙を丸めてしまう。捨てたい衝動に駆られるがこれしか未来への手がかりはなく、失ってしまうのは心もとない。

 

 咲はギリギリのところで留まり、まとめの部分に目を通した。

 

 

 

『こんな将来は誰も望まないと思います。だから、お願い、過去の私。

 京ちゃんを惚れさせて、勇気を出して告白して結婚までたどり着いて。

 他の人なんて考えられない。

 だから、私はずっとこんな年齢まで一人を貫いたんだと思うの。

 頑張って。

 よろしくお願いします。

                        未来の宮永咲より』 

 

 

 

「こここここ告白っ!?」

 

 無理無理むりムリっ!! 

 

 頭をブンブンと左右に振って体現する彼女の頭の中はまさにパニック状態だった。

 

 そんな簡単に告白が出来たらこうやって淡い乙女心を温め続けていない。

 

 なにより京ちゃんは間違いなく私の事を女の子として見ていなくて、惚れさせるなんてどうやったって無理だよー!!

 

 混乱した咲のマイナス思考は止まらない。

 

 大体私なんて女の子として何一つ魅力的じゃないし、胸だってちんちくりんで、顔も整ってないし、休日なんて寝間着で一日過ごしちゃうくらいで!

 

 料理だって人並以下だし、化粧も得意じゃないし、ファッションにお金使うなら一冊でも多く本を買いたいと思っちゃうような女子力のなさで……!

 

「……やばい、死にたくなってきた……」

 

 自分でたくさん挙げておいて、ダメージをくらう自暴自棄っぷり。

 

「……本当にどうしたらいいんだろう」

 

 トイレで頭を抱える女子高校生、宮永咲。

 

 けれど、妙案が思いつくわけでもなく軽やかなチャイムが彼女の思考を断ち切ると共にタイムリミットの訪れを知らせる。

 

「……あっ! 私、日直の仕事何もしてない!」

 

 追い打ちをかけるなら遅刻でもある。

 

 突然未来に関する大きな問題と現在の評価に関する大きな問題を同時に抱えた咲は憂鬱な表情でふらふらと死人のように歩き始めたのであった。

 

 

 

 



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4.『宮永咲は決心する』

「そうだよ、告白しよう」

 

 作戦会議室(女子トイレ)で宮永咲はそう決めた。

 

 これが意気地無しの彼女が授業中に考えついた最善の戦略である。

 

 簡単に言えば、京太郎に自分の気持ちを知ってもらうのだ。

 

 そして、返事を聞く前にこう牽制する。

 

『京ちゃんが私を女の子として好きになってくれるように頑張るから……その時に返事をください』

 

 これで確実に京太郎は自分を思春期の女の子として再認識するだろうし、彼女の努力次第では上手くいく可能性も現れる。

 

「……やっぱり気持ちを告げるのは恥ずかしいけど……」

 

 必要なのは勇気だけ。

 

 確かに恥ずかしさがなくなったわけじゃない。

 

 けれど、京太郎を失う悲しみの方が咲の中での比重が大きかった。

 

 過去に姉と別れた時と同じ痛みはもう二度と味わいたくない。

 

 そして、何よりも私は京ちゃんのことを……。

 

 その二つの想いが重なり、大きな力となって彼女を動かす原動力となる。

 

「我ながらいい作戦だよ!」

 

 ふんすと鼻息荒い咲。

 

 決行は今日の部活動終了後。

 

「京ちゃんは部長に後片付けを頼まれるだろうから私も手伝って……うん、いける」

 

 悲しいことに京太郎を申し訳なく思ったもののいつも任せっきりだった。

 

 だけど、それは全員に共通していて違和感なく二人きりになれるチャンス。それも今日だけじゃない。明日、明後日もずっと二人で過ごせる機会なのだ。

 

 咲にとって逃してはならない魚だった。

 

「頑張るぞー、私ー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、部室。

 

「じゃあ、須賀君。後はよろしく頼むわね」

 

「はい。お疲れさまです」

 

 久はいつも通り京太郎に部活動の掃除を任せてみんなを連れて部室を出ようとした。

 

 これは決して京太郎をいじめているとかそういうことではなく、久たちはまこの雀荘での実戦形式。初心者の京太郎は部室でネト麻。

 

 それならば使った牌の片付けも京太郎に任せようという運びになったのだ。

 

 久たちも申し訳ないと思っているし、京太郎にも不満はある。

 

 だが、彼女の今年に()ける想いを知ってしまえば文句は言えない。

 

 それが京太郎がお人好しと呼ばれ、他人に好かれる所以でもあるのだが。

 

「あ、部長! ちょっとお願いがあって……今日は私はここに残りたくて……」

 

「あら? どうしたの? あいびき?」

 

「ち、違います! 私は感覚で打ってしまうのでネット麻雀でも特訓したいなぁって……」

 

「…………ふーん」

 

「あの……その、ダメですか?」

 

 久はしばらく考えるそぶりを見せるが、咲の訴えかける視線がいつもの弱気な彼女とは違う力がこもっているように感じられた。

 

 実際咲が言っていることは間違えておらず、将来的には久もこの特訓をさせるるもりだった。

 

「……仕方ないわね。わかったわ。じゃあ、咲はここで須賀君と一緒にネト麻。いいわね?」

 

「は、はい!」

 

 名前の通り、花が満開に咲いたような笑みを浮かべる乙女(さき)

 

「それじゃあ、お疲れさま。また明日ね~」

 

 フリフリと手を振って久は部屋を出ていく。続いて、まこ、優希、和といったところで和が二人へ振り返る。

 

「どうかした、和ちゃん?」

 

「……いえ、ネット麻雀をするなら私がいた方がいいのではないかと思いまして」

 

「う、ううん! 大丈夫だよ! 普段通りに打てばいいだけだし、やり方は京ちゃんに教えてもらえばいいから!」

 

「ですが……」

 

「和ー。あなたはもっと現場で空気に触れて打たないとダメなんだから雀荘組よ」

 

「……今までネットにこもっていた弊害がここに……」

 

「なにブツブツ言ってるの? それともなーに? 須賀君と二人でいる咲に妬いてたりするの?」

 

「そうではありませんが……はぁ」

 

 一つ嘆息をはさみ、和は京太郎の元へ近づくと両手を包み込むように手に取る。

 

 白くきめ細やかな肌はもちもちと柔らかく、憧れの女の子の行動に京太郎は動揺して固まった。

 

「須賀君。咲さんのことをよろしくお願いしますね?」

 

「お、おう。こいつのことはよくわかってるから任せとけ」

 

「幼馴染だからね!」

 

「……そう、ですね。お二人は恋人(・・)ではなく幼馴染(・・・)ですから。心配はいりませんでしたね」

 

「う、うん? そうだね」

 

 和のどこか遠まわしでの言い方に違和感を感じながらも咲は返事をする。ニッコリと普段の彼女とは違う貼りつけたような笑顔も同様だ。まるで恋敵と相対したライバルのような……。

 

 ……まさか、ね。和ちゃんが京ちゃんを……なんてことは……ないない! だって、京ちゃんいつも和ちゃんのおっぱいガン見してるし! 

 

 頭を振って悪い考えを吹き飛ばした咲は小さく手を振った。

 

「では、部長も待たせているので行ってきます」

 

「行ってらっしゃーい」

 

「頑張れよ!」

 

 ペコリとお辞儀をすると彼女も先輩たちに置いて行かれないように駆け足で部屋を出た。

 

 バタンとドアが閉まる音が外の世界と切り離されたかのように錯覚させる。

 

 これで完全に二人きり。

 

 狭い密室に二人きり。

 

 だ、大丈夫。簡単なことだよ。

 

 お話して、いい雰囲気になって、私が告白するだけ。

 

 だから、まずは私から会話を始めること! 変に意識しちゃダメだよ!

 

 掌に人を書いて、美味しく食べたらハイっ!

 

 

 

「き、き、きょちゃっ!」

 

 

 

 噛んじゃったよー!!

 

 心の中で悲鳴が炸裂する。

 

 京太郎は当然変な目で見ているし、咲の弱メンタルはそれに圧されて泣きそうになる。元々、失敗するとズルズル引きずってしまうタイプ。

 

 いつもならばここで泣きついて計画は破たんしていただろう。

 

 しかし、今日の咲は一味違う!

 

 ……ううん、もう一回トライだ! 今日は未来を背負ったニュー咲ちゃんだもん!

 

 すぅっと一呼吸入れてリセットすると咲は今度こそ話題を切り出した。

 

 

 

「京ちゃん! なにする!?」

 

「いや、ネト麻しろよ」

 

 

 

 その通りだよー!!

 

 二回目の叫びが心で反響する。

 

 京ちゃんの冷静なツッコミで会話が終了しかけるが、ニュータイプ咲はめげない。

 

 精一杯テンションを上げて話を続けようとする。

 

「それもそうだね! なら、京ちゃんからどうぞ!」

 

「お、おう。お言葉に甘えるけど……咲、なんかテンション高くないか?」

 

「……そうかな?」

 

「そうだよ」

 

 京太郎はパソコンを起動させると椅子を引いて、ポンポンと座席を叩く。

 

「ほら、来いよ。アカウント作るから」

 

「でも、私パソコンできないよ……?」

 

「そんなことわかってるよ。だから、俺が教えてやるからお姫様は言うことを聞いておいてくださいねーっと」

 

「わわっ!」

 

 京太郎は咲の手を引いて椅子に座らせるとそのまま後ろに回って、マウスに手を添えた。

 

 つまり、咲の手の上に重ねる形。

 

「きょ、京ちゃん? こ、これは……」

 

「こっちの方が早いだろ? 咲も感触に慣れた方がいいし、やり方は覚えた方がいいし」

 

「そ、そうだね。京ちゃん先生に任せます……」

 

 もう何も言うまい。

 

 咲は全神経を手のひらに集中させた。

 

 上から被さるごつごつと力強さを感じる手はやっぱり男の子なんだとたくましさを感じさせる。

 

 それに少しだけ存在を示す凹凸。それは咲も小さい頃に経験したもので……。

 

「麻雀が下手な俺が咲に先生って呼ばれるのは変な感じだな」

 

「……そんなことないよ。京ちゃんいっぱい練習してるじゃん」

 

「……まぁ、いつかはみんなに追いつきたいから」

 

「うん、その気持ちが私は嬉しいな」

 

 咲は思う。

 

 小さい頃から家族で麻雀をやっていて勝っても怒られ、負けても怒られる理不尽が嫌で麻雀も遠ざけていた。

 

 そして、京ちゃんも今、そんな理不尽にさらされている。

 

 麻雀初心者が全国チャンピオンや実力者の部長。雀荘の娘の染谷先輩に随一の爆発力を誇る優希ちゃん。

 

 このメンバーと卓を囲んですぐにトバされて、訳も分からないままに負けている。

 

 そんな状況下でも京ちゃんは諦めない。

 

 諦めるどころか、私達を追いかけようとしている。

 

 そんな姿勢が京ちゃんの格好いいところで、私が彼を好きな要因なのだ。

 

 ……えへへ、嬉しいなぁ。

 

「………………」

 

「……あ、ごめんね、京ちゃん。ちょっとボーっとしちゃって……私の顔になにかついてる?」

 

「っ! いや、別に。だらしない顔をしていたから引き締めてやろうと思ってな」

 

 そう言うと京太郎は咲のほっぺをつまんでムニムニと引っ張る。

 

 最近開きはじめていた距離が縮まったように思えた咲も嫌がる素振りも見せずにされるがまま。

 

 そうやって笑いあう二人の姿はまるで恋人同士のようだった。




次回で咲ちゃんメインは一旦、終わり
和ちゃん編にいくよ


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5.『宮永咲は告白する』

「ひっく……京ちゃん……私……うぇぇ……!」

 

「おーよしよし。でも、これが普通だからなー」

 

 アカウントを作って、ささっと三半荘。咲が打ってみた結果、彼女は泣いた。

 

 もう麻雀を辞めたいと思うまである。

 

「嶺上開花もできないし思っているのと違う牌が来るし意味わからないよぉ……!」

 

「俺には咲が言っている次元が理解できないけどおーよしよし。慰めてやろう」

 

 ボコボコにされた咲の頭を撫でる京太郎。咲も抱きついて甘える。

 

「咲は俺がいないとダメだなぁ」

 

「…………違うもん」

 

 と言いつつも鼻に通る京太郎独特の匂いに高鳴る鼓動も、荒んでいた気持ちもなだらかに平常へと移り行く。

 

 その状態がしばらく続いて彼女は落ち着きを取り戻した。

 

「……ありがとう京ちゃん。もう大丈夫だよ……」

 

「お、そうか? なんか今日の咲は変だからな。もう少しかかると思った」

 

「そ、そんなことないよ?」

 

 核心を突かれた咲はもろに動揺する。確かに本日の咲はおかしい。

 

 未来を知ってしまって変に所々の行動に意識が入りすぎているのが原因だろう。

 

 長年隣にいた京太郎がそれに気づかない訳がなかった。

 

「嘘つけ。俺は咲に関してわからないことはないからな」

 

「……京ちゃん。……すごくそれ恥ずかしい……」

 

「ば、ばかっ! そういう意味じゃねぇよ! ただ悩みとかあるなら俺に相談しろってこと」

 

「……悩みとかはないよ? ただ……」

 

 その途中で口を閉じる咲。うつむいて続きは出てきそうにない。

 

 それがもどかしい京太郎は片膝をついて彼女に視線を合わせて逃さない。

 

 三年も付き添ってきたからこそ、こういった妥協はしたくなかった。

 

「……うぅ……」

 

 咲もそれがわかっている。

 

 だけど、言いたくないこともあれば、言えない事情もある。

 

 なかなか吐かない咲に我慢の限界がきた京太郎は強硬手段に出た。

 

「聞き分けの悪い奴には……」

 

「きょ、京ちゃん?」

 

「こうだー!!」

 

「ひゃんっ!?」

 

 伸ばされた両手が咲の脇腹をつかむ。優しくかきたてるように指が動かされた。

 

「きょ、京ちゃん!ず、ズルい! こそばしははんそぁぁははは!」

 

「ほれほれー。ちゃんと教えないと止めないぞー」

 

 うごめく指は加速する。的確に咲のツボを撫でていく五指は彼女に快感ともどかしさを与えていた。

 ひとつグニッと柔らかなお腹を押せば艶かしい声が上がる。

 

「やっ、あっ、んんっ!? わ、わかったから止めて! お願い、お願い京ちゃん! 」

 

「よーし、聞かせてもらうからな」

 

「もう……京ちゃんのえっち」

 

 咲は涙ぐみながらも睨み付ける。流石に罪悪感を感じた京太郎も謝罪したところで一息。

 

 ようやく落ち着いた咲は自分の内心を語ることにした。

 

「えっとね。その、久しぶりに京ちゃんと二人だったからつい嬉しくて……」

 

「……咲」

 

「最近練習もバラバラだったし京ちゃんとも帰れなかったから寂しかったのもあるというか……えへへ、ごめんね。なんか気持ち悪いよね、こういうの」

 

「……咲ぃ……!」

 

 京太郎は予想外の彼女の本心に心から感動を覚えて、勢いのあまり抱きしめてしまう。

 

 今は目の前の小動物的幼馴染が愛おしくて仕方がない。

 

「気持ち悪くなんかないぞ、咲! 俺は嬉しくてうれしくて……! 俺もさみしかったんだぞぉ!」

 

「……京ちゃん」

 

 なんだかんだ言って京太郎も寂しかったのだ。

 

 広い部室にポツンと一人で延々とネト麻ネト麻ネト麻ネト麻……。会話らしい会話もなく、話しかけられて喜べばお買い物頼み。

 

 久たちの気持を理解していても孤独感は徐々に積み重なり、塵も積もれば山となる。

 

 咲の素直な吐露は押しつぶされそうになっていた彼の心を救い出した。

 

 自分は一人ではないと、こんなにも思ってくれる人がいると。

 

 京太郎は感極まって泣いてしまいそうになる。

 

「もう……京ちゃんは私がいないとダメなんだから」

 

「……うるせぇ」

 

「ふふん。枯れた声で言っても説得力がないよ、京ちゃん?」

 

 ドヤァと得意げな咲。京太郎は反抗もできずにされるがまま。

 

 髪に沿って京太郎の頭を撫でる咲だったが、ここで気づいてしまう。

 

 ……あれ? ここじゃない? 告白するタイミング。

 

 好きな男の子と抱き合っている。

 

 しかも、結果的に慰めていてすごくいい雰囲気。

 

 まるで恋愛小説の一シーンのような用意された舞台。

 

 数々の本を読み漁ってきた咲の知識でも主人公とヒロインがつきあう時はこのような空気だった。

 

「…………っ」

 

 ゴクリとつばを飲み込む。

 

 さっきまでの余裕のあった表情は消え去り、額に汗がにじんできた。プルプルと動かす手も震えだす。そんな異変に気付いた京太郎も流石にそろそろ離れなければと思い、顔を上げた。

 

 すると、そこには目は笑っておらず、ニコリと不自然なまでに口端の吊り上がった笑みを浮かべる咲。

 

 え、なに? 俺、殺されるの?

 

 変顔をしている幼馴染に京太郎がツッコミを入れようとするが、その前に彼女の方が言葉を挟んだ。

 

「京ちゃん!」

 

「は、はい!」

 

「実はさっき……態度が変な原因は実はもう一つあって……聞いてくれる?」

 

「え? ああ、全然構わないぞ」

 

「ありがとう。……あのね? 実は私、京ちゃんに言いたいことがあるの」

 

 その一言を発した瞬間、空気がガラリと変わる。

 

 さっきまで昔のようにじゃれあって居心地の良かった空間は霧散し、緊張が支配する乙女の戦場が舞い戻ってくる。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと噛まないように一言一句話す咲に京太郎も嫌な顔見せずに付き合う。

 

「ここに残ったのもそれを言いたくて……もしかしたら京ちゃんも気づいているかもしれない」

 

「……いや、思い当りはないぞ。なんだ? 焦らずに言ってみ?」

 

「う、うん。あのね……その、私……す、す、す――――」

 

 

 

 

「原村です。練習が終わりましたのでお二人に付き合おうと戻ってきました」

 

 

 

 

「――ストライプ柄のブラジャーつけてるんだ、京ちゃん!」

 

 

 

 

 渾身の叫び声が部室内にこだまする。気持ちを乗せて自分の下着の模様を告白した痴女は羞恥に赤面し、肩をプルプルと震わせていた。

 

 澄んだ黒の瞳には涙がたまっている。

 

 

 

 この電波巨乳!! なんてタイミングで入ってくるの!!

 

 

 

 今ばかりは咲は和を(うら)んだ。一緒に自分の判断も恨んだ。

 

 

 

 とっさに誤魔化したまでは良かった。しかし、代わりに発した内容がひどい。

 

 人間はパニックに陥った際、インパクトが大きかったものを口にしてしまう傾向がある。

 

 咲にとって手紙で下着を当てられたことは今日の中で最も頭に残っていたことだったようだ。

 

「う、う、うぁ……」

 

 せっかく勇気を振り絞って、自分の気持ちを告げようとした。なのに、こんな理不尽な展開なんてありえない。

 

 京ちゃんに恥ずかしい女だって思われた!

 

 京ちゃんに頭の緩い女だって思われちゃったよぉ……!

 

 ニュー咲ももう限界だった。ここまでも自滅ではあるが、多くを我慢して踏ん張ってきた。

 

 それが一気に崩壊しようとしている。

 

「さ、咲!? 大丈夫だ! 人間誰でもそんなときはある! 俺だって叫んじゃうから! 俺は赤のボクサーパンツだから! 後ろに『勝利』てプリントされてるぞ!」

 

「……須賀君。さすがにそういう問題では……」

 

「何言っているんだ、和! ほら、和も一緒に! 普段あんな私服着ているんだから恥ずかしくないだろ!?」

 

「理不尽な受け渡し!? 流石の私もそこまで痴女ではありません! といいますか、あれは立派なファッションです!!」

 

「うわぁぁぁぁん! ごめんね、京ちゃん……! 未だにクマさんパンツでごめんね……!!」

 

「墓穴掘ってるから! あっ、俺がパンツの話したからか!? とにかく落ち着け、咲! 忘れる! 忘れるから!」

 

「あぁぁぁぁん、京ちゃーん!!」

 

「…………なーに、やっとるんじゃおんしら……」

 

 和に付き添い、帰ってきたら後輩が自分の下着(パンツ)の柄を暴露しながら泣いていた。

 

 全く意味が分からない混沌とした光景に眩暈がするまこ。

 

 結局、この場は京太郎の制服を咲の涙や諸々でくしゃくしゃにするまで収まることはなかった。




みんな感情の動きが激しいなぁ(棒)
次はのどっちのターンや!


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6.『原村和の異変』

和編の話の全体の時系列は咲ちゃん編より前です。


「あんっ。違いますよ、須賀君。そこではありません。ちゃんと見てください……ね?」

 

「ご、ごめん。でも、俺こういうの初めてで……」

 

「大丈夫。ゆっくり慣らしていきましょう。……頑張ってみてください」

 

「う、うぉぉぉぉぉ!」

 

 耳元で和がそうささやいた瞬間、全身に電流が走ったような感覚を覚えた京太郎は迸る感情のまま行動する。

 

 少しの空白を開けて、部屋に無機質な機械音が流れた。

 

『ツモ。立直、面前、タンヤオ、平和、三色同順、ドラ2、裏1。倍満です』

 

 画面に現れた大きなWINの文字。

 

 念願の光景に京太郎は思い切り立ち上がり、ガッツポーズを決めた。

 

「よっしゃぁ!!」

 

 人生初の倍満を決めた京太郎はそのままオーラスまで逃げ切り、一位を確定させたのだ。

 

 これまた初のトップを取った京太郎へとパチパチと拍手する和。

 

「おめでとうございます、須賀君」

 

「いやぁ、ついに俺の才能が開花しちゃったかな」

 

「いえ、最後はアガリに向かわないオリばかりで、偶然他の方が安い点数だったからよかったものの本来なら逆転されています。それに無駄な牌の切り方がまだ多いです。これからも驕ることなくしっかりと学んでいきましょう」

 

「アッハイ」

 

「……とはいえ、よく頑張りましたね。努力の結果です。胸を張って喜んでください」

 

「やったぁぁぁ!」

 

 また全力で喜びを表す京太郎の姿に和は微笑する。

 

 ……しっかりと自分の計画通りになっていることに気分がよくなって。

 

 ふふっ……これで私の好感度はしっかりと上昇しましたね。

 

 もちろん、チームメイトとしての須賀君のレベルが上がるのは好ましいことですが、今に限ればそれ以上に大切なことがある。

 

 須賀君の私への好感度をカンストさせること。

 

 最終的には私への恋愛感情を抱かせることです。

 

 やがて迎える私の腐ったような未来を変えるために……!

 

 ぐしゃりとポケットの中に入っていた手紙を握り締める和。それは前日、咲が受け取ったものと酷似していた。

 

 ……ああ、思いだしただけでも忌々しい。

 

 ()いて出てきた負の感情が脳内の記憶を呼び覚ます。

 

 そもそもどうして彼女が腹黒和になっているのか。

 

 数日、時をさかのぼる必要があった。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「原村さん、好きです! 俺と付き合って下さい!」

 

「ごめんなさい。私、麻雀に集中したいので」

 

 即答。ぶつけた想いを袈裟切りされた男子高校生はガクリとうなだれると、トボトボと引き返す。

 

 最低限の礼儀として最後までそれを見送った和は人知れずため息をついた。

 

「……やはり疲れますね、こういうのは」

 

 ぜいたくな悩みだと彼女もわかっている。

 

 それでも一時でも想いを向けられ、それを断ると言うのは当人も辛い部分があるのだ。

 

 原村和はモテる。それはもう学校一の美少女と噂されるくらいにはモテる。

 

 マイナスイオン効果があると言われている豊満な胸に肉感の良い健康的な太もも。外見はもちろん成績優秀。さらには麻雀でインターミドルチャンピオン。

 

 天は二物を与えずというが彼女は神にも愛された例外のようだ。

 

 神が愛するなら思春期真っ盛りの男子が恋をするのも当然の流れ。

 

 よって、入学してひと月ながらもほぼ毎日のように告白される結果となった和。女子からは羨望と嫉妬の視線を一身に受ける彼女が男子に対して悪印象を持つのも無理はない。

 

「……本日はもう一件ですか」

 

 春の浮かれた陽気も手伝い、気がよくなった人たちに告白されてきたが一日二人というのはなかった。

 

 残る一人は白い封筒のラブレター。

 

 今朝、下駄箱に入っていて早々に憂鬱にさせてくれた文の主だ。

 

「それにしても差出人も不明……嫌になってしまいますね」

 

 第一印象は最悪ですね、と付き合うつもりもないが評を下す和。

 

 歩きながら中身の文章へと目を通す。

 

『初めまして、過去の私。

 私は未来のあなた。つまり、大人となった原村和です。

 きっとあなたのことですから次の瞬間、「そんなオカルトありえません」と言うでしょう』

 

「そんなオカルトありえま……はっ!?」

 

 半ば反射的に根拠のない現象に遭遇すると出てくる『SOA』。

 

 和の口癖で、これは親しい者しか知らないはず。

 

「……少し信憑性が増してきましたね……」

 

 少なくとも最後まで読了する価値はありそうだ。

 

 そう思った彼女は落ち着いて読める場所を求めて部室へと足早に向かう。

 

「あら、誰もいませんね……」

 

 ソファにカバンが二つ置かれてある。

 

 両方とも同級生の友達のものだ。おそらく飲み物かタコスを買いに行っているのだろう。

 

「好都合ですね」

 

 和も空いているスペースに腰を下ろすと、先ほどの続きから読みを再開する。

 

『さて、少しは信じてもらえたでしょうから本題に入りたいと思います。

 最後に確実な証拠を用意しているのでここに書いてあることは虚言とは思わずに、真剣に受け入れてください。

 それではあなたの未来について語ります。どうか心を静めて受け入れてください』

 

 

「もったいぶった書き方ですね」

 

 私の未来。

 

 ……何でしょうか。

 

 お父さんの跡を継いで弁護士。麻雀部の顧問となって全国へ導く教師。それとも鎬を削ってペナントを制すプロリーグの一選手。

 

 色々な可能性が広がりますね……!

 

 無限大に増えていく希望の想像を楽しんだ和のテンションは上がっていく。

 

「今まで悪いことばかりでしたからたまにはこういう楽しみがあってもいいですね」

 

 彼女がここまで言い切れるのはしっかりと今までの過程で結果を残し、見合う努力を積んできたから。裏付けがあるからこそ、はっきりと自分の 未来は明るいと断言できる。

 

「……それとも誰かのお嫁さんになっているかもしれませんね」

 

 今の状況では全く有り得ない未来ですが大人に成長すれば考え方も変わっているかもしれません。

 

 その時は良妻賢母として旦那様を支えている良き妻であってほしいものです。

 

 そんなプラス思考を頭一杯に咲かせ、彼女はどれが正解なのかを確認することにした。

 

「では……いざ!」

 

 

 

『未来の原村和は家で引きこもり生活を送るダメ女です』

 

 

 

「……え?」

 

 ……いやいやいや。きっと気のせいです。

 

 未来の私はウィットに富んだユーモアなジョークが言えるようになっているのですね。関心です。

 

「……では、気を取り直して。はいっ!」

 

 

 

『大学生まではあなたの人生は順風満帆。ですが、司法試験から崩れ落ちていきます。

 司法試験に三度も落ちたあなたは両親に説得され、違う道を歩むことにしました。

 全国で結果を残していたこともあり、麻雀の道に戻ろうとしますが数年のブランクは大きく挫折しまうのです。

 勘を取り戻すためにも《のどっち》として再びネット麻雀界に舞い戻った……ところまでは良かったのですが……。

 ネットでの人との関わり合いのない生活。外へ出なくても生きていける快適な環境。

 弱りきった心はそれに溺れてしまい、私は今も両親の脛をかじるような生活を送っています』

 

 

 

「こ、こ、こんな未来はあり得ません!!」

 

 紙に書かれていた事実は和に衝撃と少なくないダメージを与えた。

 

 明るいと思っていた未来はどん底で、将来の夢を叶えることもできず、惰眠を貪る生活。

 

 ニ、ニートなんて……そんな……。

 

 嘘だと信じて手紙を何度も読み返すも内容が変わることなどありえず、何度も同じ文字の羅列を目にするだけ。腐った未来の現状を教えられたところで手紙も終わり。

 

 意気消沈した和は抜け殻のように力と魂が抜けて手に持っていた封筒を落としてしまう。

 

 すると、中からカラープリントされた写真が一枚零れ落ちた。

 

「……これは……?」

 

 気が付いた和は手に取り、写っている人物を見る。

 

 燻った金髪。どこか垢ぬけない子供のような無邪気さが残った顔。

 

 自分はこの人物を知っている。

 

「……どうして須賀君が?」

 

 これは未来の原村和からの手紙で彼は関係ないはず。

 

 不思議に思った彼女が裏返してみるとまたビッシリと文字がたくさん書かれていた。

 

「…………やはりまだ続きが!」

 

 やる気も何もかもが沈んでいた彼女にとって、この文章は救世主(メシア)

 

 暗黒のような絶望を味わうならどんな屈辱を受けてでも避けたい。

 

 最後に笑えるならどんな努力も怠らない。

 

 藁にもすがる気持ちで血眼になりながら和は眼を動かす。

 

 

 

『あなたにはあることをして頂きたいのです。そうすれば不運な運命も変えられます』

 

「わかりましたから! それをはやく!」

 

『それは結婚です』

 

「……ええっ!?」

 

『あなたは孤独でした。

 社会人になり仲の良かった人たちとも次第に会えなくなり、一人でずっと過ごしてきました。

 周りが結婚する中で支えてくれる人がいなかったあなた……いえ、私は寂しさを抱えていたのです。

 それは今も変わりません。愛に飢えています』

 

「………………」

 

 

 

『ですから心の底から愛してくれる人と結ばれてください。

 そして、幸いなことにあなたのそばには優しい人がいます。

 原村和の一生で唯一の男友達――須賀京太郎くんです』

 

 

 

「――――――!?」

 

『頑張ってくださいね、原村和(わたし)?』

 

「……じょ、上等です!!」

 

 こうして原村和の脱ニートライフ作戦が開始されたのであった。

 




長いから途中で切って分けたので、違和感あるかも。
ごめんなさい。


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7.『宮永咲の油断』

 咲がくまさんパンツでストライプブラを告白した翌日。

 

 部室には当人の姿はなく、四月初めの頃の景色に戻っていた。

 

「咲は休みかしら……。須賀君は何か知らない?」

 

「知っているは知っているんですけど……」

 

「歯切れが悪いわね。喧嘩でもした?」

 

「いえ、そんなことは! ただちょっと……学校には来てるので図書室かなって……」

 

「そう。じゃあ、悪いけど須賀君、迎えに行ってあげてくれない?」

 

「部長。それなら私が引き受けます。ちょうど借りていた本があるので」

 

 いつもの如く久が京太郎へ頼みごとをしようとするが、横から和が代打を申し出る。

 

 予想外の人物のフォローでびっくりする久は少しだけ考えるそぶりを見せて和に任務を託すことにした。

 

「なら、和。お願いね」

 

「はい。先に始めておいてください。須賀君も気にせずに楽しんでくださいね」

 

 そう言い残して和はバッグを持って部室を後にする。

 

 彼女が望んで咲の迎えの役目を受けたのはただの親切心ではない。

 

 しっかりと打算の元で行われた行動である。未来の自分の姿を知っている彼女は突如、二人きりになろうとした咲を疑っていた。

 

 普段の咲が自らの意見を貫き通すことは稀有を超えて、明日台風が来てしまうレベル。

 

 告白しようとしていた時も予防線を張って帰ってきた自分をほめたいと思った。

 

「……とりあえず揺さぶりをかけてみましょうか」

 

 バッグの中を探る手には例の封筒。牽制をかける意味でも正体をばらしてもいいだろう。

 

 彼を狙っているのはあなただけじゃない。焦って自爆すればなお良し。

 

 全国を目指すという点では咲さんは素晴らしい仲間ですが、こと恋愛に限れば話は違う。

 

 親友だろうが何だろうが恋敵に容赦はしない。

 

 目的地へたどり着いた和が中へ入るとスペースの一角で知り合いが突っ伏していた。

 

 規則正しく上下する肩。横には平積みにされたハードカバー。

 

 きっと昨日の恥ずかしさを紛らわすために一心不乱に読み、疲れてしまったのだろう。

 

 悶えては布団の上でゴロゴロしてなかなか眠れなかった姿が容易に想像できる。

 

「……えへへ、京ちゃん……」

 

 以前までなら可愛らしいと微笑でも漏らしていたことだろう。

 

 しかし、状況は変わってしまった。

 

 仲良しの友達から一人の男を取り合う戦乙女に。

 

「……まだ判断できかねますね」

 

「ダメだよぁ……そんな結婚したからって毎日……」

 

「ギルティ」

 

 かまをかけるまでもなく無意識に自白した咲に判決を下した彼女は体を揺さぶる。

 

 何度が左右した後、ようやく目を覚ました彼女はガバッと起き上がった。

 

「は、はへぇ? 京ちゃんは……? ベッドは……?」

 

「なに寝ぼけているんですか、咲さん。ここは図書室であなたと須賀君の愛の巣ではありませんよ」

 

「ふえっ!? ど、どうして和ちゃんが私の夢を……って和ちゃん? どうしたの、こんなとこまで」

 

「部長に頼まれたんです。それよりも寝言で呟いてましたよ。『あぁん、京ちゃんダメだよぉ。そこはらめぇぇぇぇぇ』と」

 

「嘘だ!?」

 

「嘘ですけど」

 

「ひどいよ、和ちゃん! それになんかいつもと雰囲気違うし……」

 

「女は焦りだすと本性を現すのです。あなたもそうでしょう、咲さん?」

 

 普段の常識人な彼女からは想像できない言葉と態度に圧倒される咲。しかし、困惑していた表情も驚愕に染まる。

 

 和の手には昨日手に入れた未来からの贈り物と同じものが握られていたのだから。

 

 え、あれ? あれはちゃんと家に置いてきたはず……。なのに、どうして……?

 

「ど、どうしたの、和ちゃん。手紙なんか持っちゃって……あ、ラブレターなの? わー、うらやましいなー」

 

 混乱するも、とりあえず知らないふりを取ることにした咲。

 

 しかし、和の鋭い眼光は逃さない。

 

「とぼける必要はないですよ、咲さん。あなたの態度を見ればすぐにわかります」

 

「な、何を言っているのかよくわからないなぁ」

 

「そうですか……。では、私、咲さんに相談がありまして。須賀君を恋人にしたいのですが協力してくださいますか」

 

「和ちゃん。ちょっと裏でお話しようよ」

 

「あら。汚い中身が出ていますよ」

 

「お互い様だけどね」

 

「……ふふっ」

 

「あははっ」

 

 ニッコリと乾いた笑いを浮かべながら組み合う美少女二人。

 

 ある意味ホラーな光景を広げながらも、不毛な争いを続ける。

 

「京ちゃんは譲らないよ。私のなんだから」

 

「いいえ、彼は私が頂きます。安心してください。幸せにしてみせますから、この胸で。咲さんにはできませんよね、そんなこと」

 

「その胸で他の男子たちも誘惑してきたもんね。京ちゃんじゃなくて他の男釣ればいいじゃん。和ちゃん可愛いからすぐに彼氏できるよ」

 

「私に話しかけてくる男子は性のことで頭一杯のお盛んな猿しかいませんので。面と向かって目を合わせて話してくれたのは京太郎君だけです」

 

「そう? でも、淫乱ピンクとお猿さん。お似合いだと思うよ」

 

「…………塗り壁」

 

「あ?」

 

「は?」

 

 ついに鬼も恐れるような怒りの形相へ。

 

 ボルテージも侮蔑の毒を吐きまくったおかげで増していき、ついには襟をつかみあう。

 

 その時だった。

 

 ガラリとドアが開く。

 

「おーい、二人とも。部長が遅いって怒って――なにしてるんだ、お前ら?」

 

 襟首にやっていた手はとっさに互いの肩へ。

 

 悪魔の嘲笑は天使の微笑みへ。

 

 驚くほどのモデルチェンジ。

 

「こうしたら一気に二人ともマッサージできて良いね、和ちゃん!」

 

「ええ、ナイスアイデアです、咲さん。あっ、須賀君じゃないですか?」

 

「本当だー。あのね? 和ちゃんに肩周りをほぐしてもらっていたの! 本の読みすぎで凝っちゃってー!」

 

「そうなんです! 私もずっと固くて辛くて……」

 

「大きいものぶらさげてるもんね、和ちゃんは! 疲れているみたいでかわいそう!」

 

「本当に! ちっちゃい咲さんがうらやましいです!」

 

「「うふふふふふ!」」

 

「そ、そっか。何だかわからないけど良いなぁ、仲良しで。うらやましいよ」

 

 どうやら京太郎にはこの状況が仲睦まじい二人のじゃれ合いのように映ったようだ。

 

 友情による補正がかかったらしい。

 

 本来の光景は罵り合うアラサー根性の女豹どもである。

 

「私は須賀君とも仲良くなりたいですよ?」

 

「……え、マジで!?」

 

「はい。ですから、また今度私の家に遊びに」

 

「京ちゃん! なにか用事があったんでしょ!? はやくしなくていいの?」

 

「あっ、そうだった。部長が二人を呼んで来いって。もう二半荘もしたから」

 

「えっ、もう二半荘……?」

 

「……すまん、俺が弱かったから」

 

「気にしなくていいですよ、須賀君。ちゃんと成長はしています。ですが、さらなるレベルアップを求めて私の家に」

 

「京ちゃん! 部室に戻ろっか! 部長に怒られたらいやだし!」

 

「あ、おいっ!? 咲、引っ張るなって!」

 

 和の言葉に食い気味で大声を覆い被せた咲は京太郎の腕を引っ張って歩き出す。ポツンと取り残された和は舌打ちして、後を追いかけた。

 

 先導したくせに迷うという咲の得意技が出たせいで余分に時間がかかった三人はやっと部室に帰ってくることに成功。

 

 だが、想定以上の遅延に待っていた先輩はおかんむりだった。

 

「咲ー、和ー。あなたたち何やってたの? こんな時間まで」

 

「えっと、その……寝ていたというか」

 

「道に迷ったといいますか……」

 

「もう……。須賀君もちゃんとしないとだめじゃない」

 

「す、すみません、部長。流れに逆らえなかったというか」

 

 ――と言い訳を展開しようとするが、それは久の人差し指によって妨げられた。

 

「こらっ。ダメじゃない、須賀君。私との約束忘れちゃった?」

 

「……い、いえ、その……やっぱり恥ずかしいですし」

 

「勝負に負けたのは須賀君だもの。ちゃんと約束は守らなきゃ……ね?」

 

 正面に立った久は京太郎の頬に手を添える。上目づかいで見つめてくる彼女の瞳には逆らえない艶めかしい、本能的に従ってしまう魅力があった。

 

 全く意味がわからずにポカンとしている二人をよそに京太郎と久の世界は作り上げられていく。

 

 そして、爆弾が投下された。

 

「ひ…………久お姉ちゃん」

 

「「えっ!?」」

 

 突然の京太郎の言葉に目を点にする二人。疑問と混乱と嫉妬でうずまく腹の中。しかし、次の一時には彼女らは本能的に理解した。

 

「はーい、よくできました」

 

 京太郎にもたれかかる久。

 

 そして、挑発するように二人へ出された舌とピースサイン。

 

「……ああ」

 

「なるほど……」

 

 こいつも私の敵だ、と……。




初めの理由はともあれ、最終的にはちゃんと恋愛感情を持たせるつもりっす。
そこは安心してくださいっすよ。


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8.『竹井久は姉を目指す』

ヒッサのイメージを俺の文章でぶち壊す!


「…………私の時代が来ちゃったのかしら」

 

 なんて心にも思っていない冗談を久は呟いた。

 

 部室へ向かう前に忘れ物を教室へ取りに帰ると机の中に真っ白な封筒があった。

 

 俗に言うラブレターだろう。

 

 竹井久は告白というものを意外にも経験したことがない。

 

 魅力がないわけではない。実際、彼女に憧れる生徒は多いし、好意を持っている男子も少なからずいるだろう。

 

 恋愛経験ゼロの記録をひとえに支えるのは久の持つ大人びた雰囲気と頼れる気概。手を伸ばしても一歩先を行く姿。

 

 彼女はみんなのお姉さんで、誰かが独占してはいけない。

 

 無意識に発せられる空気がみなの足を踏み止まらせる。

 

 結果、彼女は性知識がたっぷり詰まったからかい上手の乙女となったのだ。

 

 つまり、本心ではかなりテンパっている。態度には出さない。

 

 ただ内心は興奮しまくっている。

 

「差出人はなし……と」

 

(だ、誰なの!? ドキドキしちゃうじゃない!)

 

「こういうのって困るのよね。私の立場からしたら」

 

(もう憧れてたの! 格差の壁に阻まれる大恋愛!)

 

「とりあえず中身は……と」

 

(早く! 早く!)

 

 そんな表裏別離の一人芝居を繰り広げる久はテンション上げ上げで質素な紙を確認した。

 

 今までの二人とは違う半分に折られたそれを広げると文が書かれてあるものの一年生組に比べて断然少ない。

 

 

 

『未来の竹井久が言うことはただ一つ。

 素直になれ。

 恋愛は悪待ちで実るほど甘くないわよ』

 

 

 

「……なにかしら、これ?」

 

 乙女モードが解けた久は怪訝な視線を手紙にぶつける。

 

 未来の竹井久と名乗る手紙の主。

 

 それも怪しむ原因の一つだが、彼女の目についたのはもう一つの件。

 

「す、素直になれって、え、え? どうしてバレてるの?」

 

 それは彼女の秘めた恋心。

 

 彼女の親友である染谷まこはもちろん自分と関係を持つ人間すべてにも内緒にして密かに温めていた淡い気持ち。

 

 自室以外で口にしたこともない。

 

 だから、こんな文章を書けるのは竹井久以外有り得ないのだ。

 

「つまり、これは本当に未来の私から……」

 

 少しずつ真実味を帯びてきた。もう虚言と切り捨てるわけにはいかない。

 

 後半部分へと彼女は進む。

 

 

 

『とはいえ、私のことだからなかなか腰を上げないでしょ。

 頑固でひねくれているところあるから。

 なので、あなたを無理にでも動かすための舞台を用意したわ』

 

「……舞台?」

 

『宮永咲。原村和。

 彼女たちもあなたと同じように未来の自分から手紙を受け取っているわ。

 私から提案したから』

 

「何やってくれているのよ!?」

 

『どうにか頑張ってね』

 

「無責任な! いきなり頑張れって言われても……!」

 

『P.S. 

 恋心を秘めたままだと未練たらたらでバツ1になるから。

 麻雀部の集会の後、咲や和と独身メンバーで二次会に行きたいなら、それでもいいんじゃない?』

 

「……この性悪女!!」

 

 手紙をはたきつけるとパシーンと小気味いい音が鳴る。

 

 そして、彼女は認めた。

 

 このいやらしい性格は私自身だと。

 

 まごうことなく竹井久からの手紙であることを受け入れた。

 

「……それにしてもこんな方法をとらなくてもいいじゃない。どうして咲や和を巻き込むのよ……!」

 

 文句を垂れる久だったが、巻き込まなければ自分がこの未来をそのままたどるということも頭ではわかっていた。

 

 竹井久のことは私が一番理解している。

 

 きっと恥ずかしさと変なプライドから自分から告白することはなく、現状に満足して、先輩キャラで接することしかできない。

 

 彼も恋人なんか作っちゃって、そのことに落ち込んで、面影を追いかけたまま悪待ちという賭けでロクでもない男を捕まえてしまうのだ。

 

「……ここまで簡単に想像できるとなんだか嫌になるわね……」

 

 放置していた手紙を拾い上げてもう一度読み直す。

 

「二次会のメンバーにいないってことは彼も結婚しているのよね……」

 

 そう。清澄高校麻雀部の集まりなら来ているはず。

 

 ……私の、好きな人も。

 

 携帯を取り出すとアルバムの中から一枚の写真を選択する。

 

 麻雀部の本格的始動を祝ってみんなで撮った集合写真。その右端を拡大する。

 

 画面いっぱいに広がったのは下級生で唯一の男子の姿。

 

 ……そして、私の想い人。

 

「…………須賀君」

 

 出会いで心を掴まれた。

 

 部員数はたったの二人。

 

 まだ誰も一年生が来ておらずに最悪が脳裏をよぎる中で一番にやってきたのが彼だった。

 

 正直に言って見た目が不良だったので、少し警戒する意味合いでも志望動機を尋ねた。

 

 事情を聞けば彼は中学までハンドボールをしていたけど、県大会の決勝で負傷してしまったせいで以前のような剛速球を投げることができなくなってしまったらしい。

 

 なので、運動系ではなく麻雀部にやってきた、と。

 

 だからといって、麻雀部を選ぶ理由はない。

 

 聞けば初心者で牌に触れたこともなければ、役も知らないと言う。

 

 もう少し詳しく言及すると、彼は恥ずかしがりながらも答えてくれた。

 

 

『部活動説明会があったじゃないですか。そこで麻雀について熱心に喋っていた先輩の笑顔が忘れられなくて……変な言い方なんですけど誰よりも輝いていたんです』

 

 

『先輩は心の底から麻雀が好きなんだなって。どんな壁があっても諦めたくないくらいに麻雀のことが大好きなんだって思ったんです。そして、それは素敵なことだなって』

 

 

『俺もハンドできなくなって何か心にポッカリ穴が空いてしまっていて……。でも、この人の元なら。この人となら同じように麻雀に全力で打ち込めるんじゃないかって。すごく魅力的ですばらしいことだなって思って、見学に来ました』

 

 

 彼がそう理由を語ってくれた。

 

 私は泣きそうになった。

 

 自分がやってきたことは全く無駄じゃなかったと言ってくれて。

 

 自分の気持ちを少しでも汲んでくれて。

 

 何より気持ちを素直に告白してくれた、嘘もつかずに伝えてくれた彼の笑顔もそれこそ忘れられないほどに私の瞳に焼き付いていた。

 

 高鳴る鼓動。

 

 紅潮する頬。

 

 熱くなる体温。

 

 竹井久が須賀京太郎に好意を覚えた瞬間だった。

 

 そのあともこき使っているのに嫌な顔を一つもせずにやってくれる優しさにときめいたり。

 

 時折見せる真剣な横顔にドキリとしたりして、彼女の中での京太郎評は上昇を続けていた。

 

「――ってなに回想に浸っているのよ、私! これじゃあただの恋する乙女じゃない!」

 

 実際その通りなのだが彼女は自分のキャラとの違いをどうにも嫌っていた。

 

 素直になれずに今も悪戯好きな先輩を装って彼との接触をしている。本当は手が触れただけでもドキドキが止まらないくせに。

 

 今まで恋愛というものに触れてこなかったのがここにきて大きく響いていた。

 

「……だけど、このままではいけないのよね」

 

 咲だけなら急ぐ必要はなかったが、そこに和が加わるとなれば話は違う。

 

 原村和は久の知る限り、京太郎の好みにかなり近い容姿を持っている。

 

 そんな彼女が積極的にアピールをしかければさすがの京太郎もイチコロだろう。

 

「私も少しはあると思うんだけど……」

 

 両手で胸をグイッと寄せてあげるがそれでも和には勝てない。後輩の胸はもはや暴力の域。

 

「でも、無いわけじゃないし、そこは年上の魅力でカバーよ!」

 

 あいにく知識だけはある。好奇心でネットを漁り、ついた男の子が悦ぶ知識だけは。実践経験は皆無なのがやや不安だが、そこは悪待ち。

 

 きっとうまくいく。直感的に久は確信していた。

 

「そうと決まれば今日から行動に移さなきゃ」

 

 でも、いきなりは私の精神が持たないから、少しずつ二人とは違う方向からのアプローチを……そうだわ!

 

「身近なお姉さんキャラとして恋愛対象に入っていきましょう!」

 

 自分の魅力をしっかり武器として戦う。自らの方向性を定めた久は不安と期待を引き連れて教室を出る。

 

 こうして『京太郎のお姉ちゃん呼び』という罰ゲームが執行されることになったのであった。




余談だが、もたれかかったのは顔を見つめるのが限界で手も細かく震えていたのは本人しか知らないお話。

あと、清澄オンリーネタじゃないっすよ。
自分が捌ける程度にはキャラ出るっすね。

あと前話の分の感想は明日に返信させて頂きます。


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9.『須賀京太郎の休日』

清澄麻雀部の面子が各々作戦を練っている間の京ちゃんの休日。


 ほの暗さが残る大空。太陽が半分だけ姿を現している時間帯に京太郎は目を覚ました。

 

 ジリリリとけたたましく鳴る時計を止めると、ぼうっとしながらも慣れた動作で着替え始める。

 

 ハンドボールをやっていた時の名残で今も続けている早朝ランニングをするからだ。

 

「……よしっ。寝癖オーケー、息の匂いオーケー」

 

 最後に顔を洗って支度は終了。

 

 腰に必要最低限の持ち物を入れたポーチをぶら下げて、家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう着いているか?」

 

 規則正しい速度で走り続ける京太郎は数十分ほどの場所にある公園に入った。

 

 以前は寄る予定はなかったのだが、四月からは欠かすことなく訪れている。

 

 それはある約束を果たすため。

 

「どれどれ……」

 

 目を凝らして周囲を見渡す。

 

 決して視力が悪くなったわけではない。確かに最近は夜分遅くまでネット麻雀をしたり、参考書を読んだりと夜更かしすることが多くなったが、依然として最良を保っている。

 

 では、なぜ不審なことをしているのか。

 

 それは約束相手を見つけるには多大な集中力を要すからである。

 

「うおっ、寒い」

 

 ビュウと大きな音を立てて寒風が吹いた。

 

 冬もとうに過ぎて五月になってもこの時期は凍えるような気温の時もある。汗をかいている分、なおさら体が冷えた。

 

 しかし、京太郎にとって今の風は好都合。

 

 自分の視界には何ら変わった様子はなく、耳をすませれば不意に生暖かい吐息が聞こえた。

 

 その音がした後方に振り返ると、さっきまではいなかった黒髪の少女が姿を現していた。

 

「グッモーニーン! 京さーん!」

 

 大きな声で元気に挨拶した彼女は京太郎の背中に抱きつく。

 

 彼はそんな大胆な行動に苦笑しながら、返事した。

 

「ああ、おはよう、モモ」

 

 モモと呼ばれた少女は自分が認識された喜びと友達にあだ名で呼ばれる嬉しさを噛みしめながら破顔した。

 

 東横桃子。存在感の薄い少女の名前である。

 

 彼女はとにかく誰にも気づかれない。生まれつきの体質で存在感がないのだ。

 

 誰も私に話しかけてくれない。

 

 誰も私を見てくれない。

 

 誰も私を必要していない。

 

 そんな独りぼっちの世界でずっと生きてきた桃子。

 

 膨らみ続ける寂しさに胸が張り裂けそうになっていた彼女の気持ちを受け取ったのが京太郎だった。

 

 偶然、春のランニング中に見かけた彼女に話しかけたのが出会い。

 

 それから紆余曲折あり、毎週の休日に会う約束をしたのであった。

 

「モモ。汗くさいから離れた方がいいぞー。せっかくの服が台無しになる」

 

「いいっすよー、別に。私は京さんとこうしていたいっす」

 

「あのなぁ……」

 

 京太郎は離れるように言うが理由は建前である。

 

 本当は背中に当たる柔らかな感触でもう意識がヤバいのだ。

 

 桃子は友達がいなかったためにスキンシップがとても激しい。

 

 抱きつくのは当たり前。手を握るのが普通。

 

 親愛表現が恋人のそれに近い。

 

 今もイヤイヤと首を振り、京太郎に頬擦りしている。

 

「それに京さんの匂いがつくならそれはそれで……」

 

「またそんなこと言ってるのか」

 

「だって、遊べるのは土日だけなんすよー? 寂しいっす、短いっす、足りないっす!」

 

「だから、こんな朝から会ってるんだろ? モモはワガママだな」

 

「そうっすよ、ワガママっす。だから、京さんを独り占めしたいんすよぉ。乙女心をわかってないんすから」

 

「はいはい。だから、俺はモテないんだよ」

 

「むぅ……」

 

「さ、ランニングの続きに付き合ってくれ」

 

「もちろん!」

 

 恍惚とした表情から頬を膨らませてしかめっ面になった後、最後は笑顔で了承する桃子。

 

 感情表現の豊かな彼女にどこか元気をもらいながら京太郎は走り出した。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「自転車で行くか?」

 

「いえ、歩いていくっすよ。少しでも京さんと長く二人でいたいっすから」

 

「…………そうか」

 

「あっ、照れてるー」

 

「ほっぺつつくのやめろ!」

 

 早朝ランニングが終わった後、京太郎宅に帰ってきた二人。汗をシャワーで流した京太郎は朝食をとった後、桃子と外を歩いていた。

 

 目的地は大きな運動場やたくさんの遊具があるレジャー施設。昼食を食べるスペースもあり、ピクニックもできるというお金がかからずに遊べる場所として子供連れに人気なスポットだ。

 

 そんなとある有名な資産家が所有する場所へと向かっている。

 

「今日は晴天で良かったすね。先週は雨だったからあの子怒ってたんじゃないっすか?」

 

「電話が鳴り続けていた。今日、鬼ごっことかくれんぼするので納得してくれたよ」

 

「かくれんぼなら私も得意っすよ! ……今までずっと隠れて生活してきたから」

 

「突然の自虐ネタはやめなさい。けど、今は大丈夫だろ。俺がモモを見つけられるし」

 

「京さん大好きー!!」

 

「だから、ほっぺ連打やめろ!」

 

 そんなやり取りをしながら歩くこと十数分。

 

 無事にレジャーシートを引く場所も確保することに成功。

 

「あとはお二人が来るのを待つだけっすね」

 

「だな。俺もう弁当が楽しみで楽しみで」

 

 じゅるりと思い出しただけでもよだれが出てきてしまうくらいに美味しい弁当だった、と京太郎は思い返していた。

 

 おふくろの味というか、安心できる味というか。

 

 見た目も性格も聖母のような彼女は作った料理にまで母性がにじみ出ていた。

 

「今日は私も作ったから勝負っすね」

 

「安心しろ。両方とも俺が美味しく平らげる」

 

「そういうことじゃないんすけど……」

 

「……? お、そろそろ来るんじゃないか? 時間まであと五分だし」

 

「ええ、噂をすればなんとやら。来たみたいっすよ」

 

 持参した双眼鏡で約束の人物を見つけた桃子。大きく手を振るとどうやら二人とも気づいたようで彼らの元に近づいてきた。

 

「京太郎ー! 桃子ー!」

 

 真っ赤なうさ耳をゆらしながら走る金髪幼女。

 

 天真爛漫な笑顔は見る者すべてを癒す効力があると言われてもおかしくない。

 

 地を蹴って京太郎の元へ飛び込んだ少女は幼児体型ながらも彼らよりひとつ年上である。

 

「会いたかったぞ、京太郎! 桃子!」

 

「おう、俺も嬉しいぞー」

 

「あー、もう可愛いっすねー! 子供みたいで!」

 

 桃子はその少女の頭をわしゃわしゃと撫でまわし、抱きしめる。押し付けられる凶暴な胸と腕のサンドイッチから幼女は暴れて逃れた。

 

「こどもじゃない! 衣だ!」

 

 ドンと効果音が出てきそうな仁王立ち。だが、舌足らずな口調はやはり子供のようで桃子はもう一度ホールドして愛でる。

 

 そんな光景を微笑ましく見守る視線が一つ。

 

「あらあら、衣ちゃんったら」

 

 パステルピンクのニットは柔らかな印象を与え、ふんわりとしたスカートも彼女の優し気な雰囲気に似合っている。

 

 柔和な微笑みは見る者すべてを幸せにすると噂されてもおかしくない。

 

 さきほどの衣が天使なら、こちらは女神といったところか。

 

 片目を閉じているのが特徴的な彼女はペコリとお辞儀をする。

 

「おはようございます、桃子さん。京太郎君」

 

「おはようございます、福路さん」

 

「おはようっす!」

 

「挨拶は良いから離せー! 京太郎! 美穂子! 手を貸すのだ!」

 

「面白いからそのままで」

 

「ふふっ。スキンシップですよ、衣ちゃん」

 

「うがー!!」

 

「ふっふっふ! 逃がさないっすよ、衣ちゃん!」

 

 開始早々、はしゃぐ一同。

 

 桃子は衣を可愛がり、衣は嫌がる素振りを見せるも本心は楽しんでおり、京太郎はいつ止めるかタイミングを伺い、美穂子はそれを見守る。

 

 こうしていつもの四人による休日が始まるのであった。




この中の何人は手紙をもらっているんでしょうねぇ……?

次は京太郎の休日後編やった後に三人との出会いかな。
長くなりそうなら県予選交えながら進めていく。


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10.『天江衣とエビフライ』

 広がる水色の空。サンサンと輝く太陽。雲一つない絶好のお出かけ日和。

 

 合流を果たした四人は三つほどくっつけたシートの上で談笑していた。

 

「今日は鬼ごっこにかくれんぼだっけ? そんなに遊んで大丈夫なのか?」

 

「案ずるな。ちゃんと汚れてもいい服を着ている」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

「衣ちゃん……。前もそう言ってお昼ご飯食べたら寝ちゃったっすよね」

 

 京太郎が心配していたのはこの点。

 

 衣は高校二年生のお姉さんだが、体力は子供並み。麻雀をしている時はたいてい夜だ。月によって力が満たされており考慮する必要がない。

 

 しかし、昼は違う。めいっぱい遊んで、めいっぱい食べたら眠くなるのが子供に限らず人間の性。

 

 なので、午前中は少し抑えて、午後にたくさん遊ぼうというのが京太郎の提案だ。

 

「というわけなんだけど、どうだ?」

 

「なるほど。心配してくれる良い友を持って衣は嬉しいぞ」

 

 よしよし、と背伸びしながら京太郎の頭を撫でる衣。甘んじて彼はそれを受け入れると、衣を自分の胡坐の上に座らせた。

 

「だから、まずは一緒に美味しいご飯を食べようぜ」

 

「……うむ。京太郎がそう言うなら衣はそれでもよい……」

 

 先ほどの桃子の時のように暴れたりはぜずに衣はしゅんとしおらしい様子で受け入れる。

 

 うっすらと赤くなった頬に気づいたのは近くにいた二人だけ。彼女たちは我が子の成長を見つめる生暖かい目をするとそれぞれがバッグから幾層もの弁当箱を取り出す。

 

 桃子はピンク。美穂子は黒の重箱だ。

 

「今日は衣ちゃんの大好きなエビフライ作ってきたのよ?」

 

「なに! それは真か!?」

 

「ええ。ちゃんとリクエスト通りにタルタルソースもたっぷり持ってきたから」

 

 美穂子が重箱を開けると一面にエビの大群。

 

 さらにバッグから出てくるのはマヨネーズの容器に詰められたタルタルソース。

 

 それを見た衣の瞳はキラキラと輝きを放ち、全身を使って喜びを表現していた。

 

「タルタル! タルタルがたくさんあるぞ!」

 

「うふふ。いっぱいかけて食べてね?」

 

「わーい!」

 

 差し出された容器とエビフライが乗った皿を受け取ると早速タルタルを存分にかける。口を大きく開けていっぱいに頬張った衣は満開の笑顔を咲かす。

 

「おいしい~~~~~っ」

 

 うさ耳をパタパタとさせ、心からの純粋な感想を述べる衣。美穂子もその姿を見て、喜びを感じると他の二人にも勧めた。

 

「さぁ、お二人もよかったら」

 

「いただくっす!」

 

「いただきます!」

 

 京太郎たち専用に別に用意されたおかずに二人はくいつく。

 

 エビフライは外はサクッと仕上がっており、それでいて中のエビは身が引き締まってプリプリとした食感がたまらない。

 

「うわっ……やばい。衣がくいつくのもわかる」

 

「こっちの生姜焼きも凄いっすよ!」

 

「よし、そっちも食う!」

 

 桃子が絶賛した生姜焼きを一枚皿に取る。

 

 たれの色に染まった肉のほんのりと香る甘さの香ばしい良い匂いが鼻を刺激して食欲を漲らせている。

 

 京太郎は豪快に一口で一枚を一気に食べた。咀嚼して飲み込むと、手をぶんぶんと上下に振り回す。誰にも見せられないくらいにとろけきっている。

 

「たまらん! 口の中でたれの味が噛むたびにしっかりと主張してきて……! それでいてしつこくなくて! これなら何枚でも食べられそう! 福路さん、ご飯ってあります!?」

 

「ええ、用意していますよ」

 

 下段の重箱には手作りおにぎりが並べられていてその中から一つを京太郎に差し出す――が、彼の皿に置こうとはしない。手に持ったまま彼の口元まで直接運んだのだ。

 

 鈍感の京太郎はその行為の意味に気づかなかったが次の言葉でやっと理解する。

 

「えっと、その……あ、あーん」

 

 朱色にそまり、逸らす瞳に少しの恥じらいを残しながらも出された声。

 

 受け手の京太郎も清楚で王道の魅力に甘酸っぱい想いが胸に込み上げるが、それを白米と共に飲み込んだ。

 

 ニコリと笑って、美味しいと告げる。

 

「そ、そうかしら? ……よかった。どんどん食べてね」

 

「は、はい!」

 

 照れを誤魔化すように彼はガツガツと男らしく食べ始めた。

 

 肉、米、肉、米。

 

 途中にお茶をはさんで舌を休ませながら、一心不乱に頬張っていく。

 

 美穂子はそれを微笑ましく思いながら見つめていた。やはり自分が作った料理をこうまで美味しそうに、喜んで食べてくれるのは嬉しいことなのだ。

 

 ……胸が温かくなるわ。

 

 そんなことを思いながら彼女も食を進める。

 

「あっ、桃子さんの卵焼き……美味しい。少し甘くて、とろりとした口どけで食べやすいわ」

 

「マジか! そっちも食うぞ!」

 

「衣も食べるぞ!」

 

「えへへ……いっぱい食べてくださいっす!」

 

 手作り料理が友達に褒められて嬉しくてたまらない桃子はハニカミながらいそいそと取り皿により分ける。

 

「タコさんウインナーだ!」

 

「ひじきの煮物もなかなか……。こっちのお浸しも美味い!」

 

「きょ、京さん! 私も……あーん」

 

「すまん。食べるので忙しい」

 

「酷いっす!?」

 

「なんだ。では、衣が食べさせてやろう。あーん」

 

「……衣ちゃんの優しさが身に染みるっすよ~」

 

 衣と京太郎の箸が止まることは知らず、最終的には米粒ひとつ残らないほど綺麗に平らげた。

 

「ごちそうさまでした! 今日もとても美味しかったです!」

 

「ありがとう。良い食べっぷりで私も誇らしいわ」

 

「衣も大満足だぞ!」

 

「衣ちゃんもありがとうっす!」

 

 作った側も食べる側も幸せになったランチタイムも終了し、時刻は一時。

 

 衣はうずうずと落ち着きがない様子で京太郎にチラチラと視線を送る。それに気づいた彼はいっぱいになった腹をさすりながら立ち上がるとお望みの言葉を口にした。

 

「さて……お腹も満腹になったし、遊びに行こうか?」

 

「……! 衣、鬼ごっこがしたい!」

 

「OKっす! 手加減しないっすからねぇ」

 

「私も頑張っちゃおうかしら」

 

「じゃあ、衣が鬼をしたい!」

 

「「「……大丈夫なの?」」」

 

 三人の心配した視線が一気に衣に集中するが、彼女はいつもの自信に満ち溢れた仁王立ちで跳ね返した。

 

 どうやら彼女にも策があるらしい。

 

「衣をなめてもらっては困るぞ。鎧袖一触(がいしゅういっしょく)、捕まえてみせよう!」

 

「ガ、ガイシュウイッショク?」

 

「あっという間に相手を打ち負かすことの意……だったかしら」

 

「へぇ……。衣ちゃんは難しい言葉を知ってるっすねー」

 

至極当然(しごくとうぜん)! 衣は桃子よりお姉さんだからな!」

 

 この子、可愛い……。

 

 三人の思考がシンクロした瞬間だった。

 

「それに衣は一人ではないぞ。ハギヨシ!」

 

 衣がその男の名を呼び終えた時にはすでに彼の行動は完了している。

 

 執事服に身を包んだ黒髪の男、ハギヨシは片膝をついて衣の後ろへと控えていた。

 

「お呼びでしょうか、衣様」

 

「今から衣は鬼ごっこをやる。その間、衣の足と成れ。今朝考えた作戦1号だ!」

 

「かしこまりました。では、失礼させていただきます」

 

 ハギヨシが衣の小さな体を丁寧に、かつ軽々と持ち上げると天高く頭上に掲げる。そして、そのままパイルダーオン。

 

「乗り心地はいかがでしょうか、衣様」

 

「ちょうどいいぞ! 絶景だ!」

 

 衣は普段とは違う視点から見る景色に興奮して今は鬼ごっこの途中だということを忘れてしまっていた。

 

 それを察したハギヨシが主の代わりに説明をすることにした。

 

「みなさま。申し訳ございません。衣様は昨晩から今日のことを楽しみにしておられまして……」

 

「いえいえ、私達も楽しいから別に構わないっすよ」

 

「それでハギヨシさんが衣ちゃんの代わりに?」

 

「はい。私が衣様の足となって鬼役を務めさせていただきます。ですので、どうぞお逃げください」

 

「ハギヨシさんが鬼とか本当に瞬殺される未来しか見えないんだが……」

 

「ス、ステルスって通用するんすかね……?」

 

「あ、あらあら」

 

 彼らの嫌な予感は的中。

 

 三人は一人、一分もかからずに捕まり、圧勝した衣の高笑いが何度も響く結果となった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 お日様も沈み始め、茜色の光が街を照らす。時計の針はグルグル回り、もう夕方となっていた。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 京太郎の背中から聞こえる心地よさそうな寝息。

 

 そこでは一日中走り回った疲れで眠ってしまった衣の姿があった。

 

「衣ちゃん……寝ちゃった」

 

「まさかかくれんぼの途中で眠るとは思わなかったけど」

 

「でも、今日は最後まで遊べて満足そうだわ」

 

 美穂子はそっと綺麗に輝く金色の髪を撫でる。すると、衣がふと呟きを漏らした。

 

「……母君……」

 

「……あら、私の事をお母さんと勘違いしているのかしら?」

 

「じゃあ、俺がお父さんになっちゃいますね……ってなんちゃ……って……」

 

 冗談半分でそんなことを言った京太郎。

 

 しかし、隣の美穂子は彼の袖をぎゅっと握り締め、上目づかいで見つめ返した。

 

 京太郎の言葉が途切れたのはまっすぐに重なった視線の先。

 

 紅い瞳に引き寄せられたから。

 

「……あなた」

 

 逸らしたくないと、そう思ってしまうほどに綺麗だったから。

 

「……え?」

 

「――なんちゃって。須賀君が面白いこと言うから私もやりかえしたくなっちゃった。ごめんなさい」

 

「そ、そうですよね! びっくりしたぁ……!」

 

「……びっくりしたのは私の方っすよ」

 

「きゃっ!?」

 

「うおっ!?」

 

 二人の背後から間に割って入るように姿を現した桃子。

 

 幽霊のような仕草と雰囲気で、いつもの活発とした彼女の面影はない。

 

「お二人とも私の事を忘れて良いムードになったから本当に驚いたっすよ!」

 

「わ、悪い、悪い。別にそんなつもりじゃなかったんだ」

 

「そうよ、桃子さん。私たち別にそんな関係でもないから」

 

「つーんっす。これはもう許されないっすよ。京さんが明日も遊んでくれたら考えてあげてもいいっすけど……?」

 

「……はぁ。わかった。明日も遊ぶよ」

 

「わーい! さっきのことはきれいさっぱり忘れるっす!」

 

「ふふっ、よかったわね。桃子さん」

 

「勝利のブイサイン!」

 

 桃子と美穂子は互いに笑みを浮かべて、衣はすやすやと眠り、京太郎はそんな三人を見てたくさんの元気をもらう。

 

 こうして須賀京太郎と三人娘の賑やかな休日はまた楽しい思い出となって終わるのであった。




誤字修正しました。
次回はモモメインにするか迷うなぁ。


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11.『東横桃子と思い出』

「くはー! 初めてのお泊りっす!」

 

「おうおう。テンションが上がるのはわかったから落ち着け」

 

「あっ、京さん何して遊ぶっすか? ゲーム? トランプか将棋にオセロ? それとも私でなんて……きゃぁぁぁぁ!!」

 

「落ち着けや、モモ」

 

「はいっす」

 

 アイアンクローを決められた桃子は京太郎の声のトーンから真面目に言っていることを察して押し黙る。

 

 だがしかし、少しずつまた顔はだらしなくとろけていき、行動を再開した。

 

「えへへー。本当に友達の家にお泊りしてるっすね、私」

 

 彼女の言う通り、場所は移って京太郎の自宅。美穂子たちと別れた後に明日も遊ぶ約束をしていた二人。

 

 いちいち帰ってまたこちらにやってくるのも面倒だということで両親の後押しもあって宿泊が決定したのだ。

 

 寝間着などは一切ないので全て京太郎のもの。

 

 ぶかぶかのTシャツ一枚。

 

 はっきり言って誘っているのかと勘違いされても仕方がない服装だと京太郎は思っていた。

 

 一方、桃子はいつになったら襲ってくれるのだろうとワクワクしながら待ち構えている。

 

「……ったく、明日も早いんだから部屋で寝るぞ」

 

 京太郎はこれ以上桃子が暴走しないように睡眠することを提案する。

 

「はーい!」

 

 キター!

 

 来ました! お誘い! 京さんから部屋へ来いとのお達し。

 

 これはもう間違いないっす。

 

 今日、モモは大人になってしまうっすね……。

 

「美穂子さん。衣ちゃん。……私は先に京さんの女になるっす……」

 

「……? なにブツブツ言ってるんだ? さっさと寝るぞー」

 

「あっ、ちょっと待ってください。荷物持ってあがるので」

 

 桃子は一冊のノートと筆箱を手に抱え、ルンルンとスキップしながら後をついていく。

 

 二階の廊下の端。一人で使うには広すぎる彼の部屋にはベッドの隣に布団一式が用意されている。

 

「……? 京さん、あれなんですか?」

 

「なにって……俺が寝る用だけど……もしかしてベッドは嫌だった?」

 

「違うっすよ! どうして二つも用意しているんすか!? これじゃあ一緒に寝れないっすよ!」

 

「そう言うと思ったから準備したんだ。同じ部屋で寝るだけで勘弁してくれ」

 

 でないと、俺の理性が絶対に持たない。崩壊すると京太郎は本心を隠して頼む。

 

 それを告げれば間違いなく桃子は離れないだろうから。

 

「えぇ~。そんなのズルいっす。生殺しっす~」

 

「何が生殺しだ。とにかく一緒には寝ないから」

 

「……わかったっす。じゃあ、私はベッドで寝ます」

 

 一向に応じてくれない京太郎に諦めたのか不貞腐れた顔をして桃子は言われた通りに彼が普段使用するベッドにダイブする。

 

 その勢いでもろにピンクのパンツが見える形に。

 

「…………チラッ」

 

「見てない! 見てないからな!?」

 

「…………ちっ」

 

 小さな舌打ち。

 

 桃子の誘惑作戦一号は失敗に終わる。だが、そんなことで挫ける彼女ではない。

 

 だてに鈍感系唐変木を相手にしているわけではないのだ。

 

 王道がダメなら搦め手。

 

 毛布を頭の上まで、体をすべて覆わせると甘い声が薄い布切れ越しに漏れ始める。

 

「あんっ……京さんの匂い…………ダメ。止まらないっす……気持ちいっ……んぁっ!」

 

「………………」

 

「こんなの止められないよぉ……! 京さんに見られながら、私……イッ、イッちゃう……!」

 

「よーし、一緒に寝るか、モモ!」

 

「わーい!」

 

 さっきまでの艶やかな声と仕草などどこかへ飛んでいき、桃子は京太郎の元へと移動する。

 

 ぬるりと俊敏な動きで布団へ潜り込むと彼の隣に陣を取った。

 

 ぎゅーっと胸の内の感情を押し付ける桃子は幸せいっぱいの笑顔をしている。

 

 我慢ができずに許可をしてしまった京太郎はだんだんと桃子の扱いになれてきたのか、拒絶せずに受け入れた。

 

「出会った時の純粋なモモはどこにいったんだ……」

 

「出会った時から私は京さんへの気持ちが溢れてたっすよ。少しだけ奥ゆかしかっただけで、想いはずっと変わってないっす」

 

「はいはい。電気消すからな」

 

「あっ、ちょっとだけいいっすか?」

 

「……譲歩はしないぞ?」

 

「退き時はわかってるつもりっすよ。これを書きたくて」

 

 桃子が見せるのは黄と白の水玉模様のノート。真ん中に大きく『思い出日記』と題されている。

 

「日記つけているのか?」

 

「はい。毎週、大切な思い出をもらっていますから。忘れることのないようにしっかりとつけているんです」

 

 彼女は今まで人々の記憶から忘れられて生きてきた。

 

 思い出は共有できず、彼女の為すことには誰も関わってこない。

 

 永遠の一人舞台に立っていた桃子だからこそ、誰よりも輝く過去の出来事。

 

 小さいも大きいも関係ない。

 

 誰かが作り上げたことが、笑いあって、泣きあって。

 

 そんなことが何よりも彼女にとって大事なものだった。

 

「だから、少しだけ待ってもらえるっすか?」

 

「ああ。そういうお願いなら歓迎するぞ」

 

「ありがとうっす! では、失礼して……」

 

 机にノートを敷くと、消えないようにサラサラとボールペンを走らせる。

 

 思い返しては書き、思い返しては書くを続けること十分(じゅっぷん)

 

 満足いく結果になったらしく、彼女は笑顔で布団へ戻る。

 

「明日は何時に起きる?」

 

「ランニングに付き合うつもりっすから京さんに合わせますよ」

 

「じゃあ、4時30分で。電気消すぞー」

 

「はーい。……京さん」

 

「ん? なんだ?」

 

「離れちゃ嫌っすからね」

 

「……これだけ強く手を握られたら誰も離れはしないよ」

 

「ふふっ。私の気持ちっすよ。おやすみなさい」

 

「おう。おやすみ」

 

 そんな何気ない言葉を交わしあい、二人は眠りについた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

『五月○日

 

 今日は京さんに美穂子さん。衣ちゃんでピクニックをした。

 笑いながら食べるお弁当はとても美味しくて、みんなで遊ぶことはとても楽しい。

 私を受け入れてくれて、私と接してくれて。

 こんな日々が続けばいいと毎日思う。

 夢だったんじゃないかって眠るのが怖いけど、今日は京さんに甘えよう。

 この手をつないでいたら、きっと安心して寝られるだろう。

 そして、明日もまた一緒に思い出を刻みたい。

 そうすれば大人になっても私は一人なんかじゃない。

 それが私の夢見る未来。

 

 

 

 

 

 京さんと話した時間……4時間32分24秒

 京さんと目が合った回数……79回

 京さんと共にいた時間……15時間29分11秒

 

 えへへ。また記録更新したっす!』

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 日は変わり、新しい朝がやってきた。昨日よりも柔らかな太陽の光とほんわかとした陽気が素敵な一日になることが予測できるだろう。

 

 そんな空気の中で一人の女の子が焦りから、汗を流してある家の玄関で固まっていた。

 

 どうも、こんにちは。

 

 宮永咲です。

 

 大人になったら魔王って呼ばれているみたいです。

 

 だけど、本当は少し麻雀が得意な恋する少女の一人。

 

 未来からのお手紙によって独身アラサーを迎え、なおかつ大好きな京ちゃんも他人にとられるということを知った私はそんな悲しい結末を変えるために行動を始めました。

 

 というわけで、久しぶりに京ちゃんのお家に来た――までは良かったんですけど。

 

「えっと……どちら様っすか?」

 

 中から知らない女の子が出てきました。

 

 和ちゃんに続いてまた胸の大きな可愛い子。

 

 私はもう泣きそうです。

 

 

 

 そして、咲は敵前逃亡を決めた。




モモの好感度上げイベント終わり。
ぼかして書くの難しい。
次は出会ってしまった魔王と京ちゃんとモモの三人による修羅場デートです。

ほのぼのもいいけど、そろそろ修羅場見たくない?
あと、モモはヤンデレがよく似合う。


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12.『宮永咲と強敵』

前半:モモ
後半:咲のターン


 結局、逃げようとした咲を京太郎が捕まえたことで出来上がった空間。

 

 三角関係。恋愛をテーマに置いた物語で、必ずといっていいほどの頻度で出来上がる人間関係を示した言葉。

 

 一人の想い人を二人の異性がとりあう。

 

 そんな現状を表すかの如く、三人は位置取っていた。

 

 何も気づかない京太郎は普段通り、桃子は観察し、咲は唸っている。

 

「二人は初対面だったよな。自己紹介でもするか?」

 

「……そうっすね。私の姿を見ることができる人みたいですし……」

 

「うん。私も聞きたいことあるから。私は宮永咲。京ちゃんの幼馴染です」

 

 宮永咲の先制攻撃!

 

 幼馴染の部分を誇張させてお前よりも付き合いが長いんだぞと暗に主張する効果だ。

 

 しかし、桃子に効果がいまひとつのようだ。

 

「私は東横桃子。京さんとは昨日一緒に寝た仲っす」

 

「なっ!? ねねねね寝た!?」

 

 おおっと宮永咲は混乱している! 

 

 こうかはばつぐんのようだ!

 

「ち、違うぞ、咲! これはそういうアダルトな意味じゃない!」

 

「アダルトでもチャイルドでもいいよ! 私と寝たことないじゃん!」

 

「えっ、そっち!?」

 

「まぁまぁ、宮永さん。落ち着いて」

 

「なに!?」

 

「私と京さんはあなた以上に仲良しっすから。こんなこともできますし」

 

「お、おい、モモ!?」

 

 そう言うと桃子は彼の隣に移動して抱き着く。横から、後ろから、前から。

 

 向かい合う形となった二人の距離はほぼゼロ。お互いの呼吸音も、息の音も聞こえる近さできっと加速する桃子の胸の鼓動も届いているだろう。

 

 赤面する京太郎を見て、かわいいと思った桃子は後ろでわなわなと肩を震わせている幼馴染とやらに勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

 まるで勝者は自分だと言わんばかりの余裕のある表情に咲も黙ってはいられない。

 

 カチンと珍しく怒り気味に強い口調で文句を返す。

 

「ちょっと! こ、恋人同士でもないのにそういうのはダメだよ!」

 

「なんでっすか? ただのスキンシップっすよ、これくらい」

 

「そんな破廉恥なスキンシップなんてないもん!」

 

「ははぁ……。よっぽど純で初心なんすね、幼馴染さんは。でも、あなたは恋人ではないっすよね?」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「じゃあ、私を止める権利もない。違うっすか?」

 

「うっ……ぐぬぬ……」

 

 正論をぶつけられた咲は悔しそうに手を握りしめるも、反論する理由もない。

 

 好きだからと明かせばなんとかなるかもしれないが、間違いなく目の前の少女も彼に好意を持っている。

 

 咲は突如として現れたライバルとの第一ラウンドに敗北したのだ。

 

 しかし、彼女の意識はまたそれとは別方向へと向けられていた。

 

「どうやら文句はないみたいっすね、よいしょっと」

 

 最終的には京太郎の胡坐の中に納まるようにして座った桃子はぎゅっと手を重ねる。その姿は咲が理想として描く未来想像図と被っていた。

 

 なにより愛しの京ちゃんは照れながらも、その行為を拒んではいない。

 

 それがなによりも咲の心を苛立ちと嫉妬と羨望でかき混ぜる原因だった。

 

「……京ちゃん」

 

 おっぱいだ。

 

 あのおっぱいが京ちゃんをたぶらかしているんだ。

 

 私にも……私にもおっぱいがあれば……!

 

 視線を下に落としてもそこに凹凸はない。

 

「くっ……!」

 

 親の仇にでも出会ったかのような険相で桃子の自己主張の激しい一点を睨み付ける。

 

 その凄まじい怒気と背後に錯覚する阿修羅に気圧された桃子は話題をそらそうと昨日の約束を引っ張り出した。

 

「きょ、京さん。早く出かけましょう。私、服を買いに行きたいっす」

 

「ちょっと待って! それに私もついていきたい」

 

「結構っす。私と京さんは二人で出かけるので」

 

「違うもん! 私もちょうど買い物に行きたかったんだもん!」

 

 帰そうとする桃子と引かない咲。

 

 何で喧嘩しているのか理解していない京太郎だったが、桃子の体をぐいっと引き寄せて、小声で囁いた。

 

「モモ。三人で行こう、な?」

 

「きょ、京さん……! これは引けないっす、乙女として出来ないっすよ」

 

「でも、モモも友達は多い方がいいだろ?」

 

「そ、それは……」

 

「二人で遊ぶのならまた今度付き合ってやるから。咲も俺の大事な友達の一人なんだ。ここはそれでおさめてくれるか?」

 

「……わかったっす。そういうことなら……」

 

「ありがとう、モモ」

 

「あっ……えへへ……」

 

 頭を撫でられてさっきまでの悪い感情は吹き飛んだ桃子。その一方で咲のヘイトは溜まるばかりだったが、そこは京太郎。しっかりとフォローを忘れない。

 

「咲。三人で一緒に行こう。きっとそっちの方が楽しいし、俺も久々に咲と遊びたいしな」

 

「京ちゃん……。うん! 私も遊びたい!」

 

 咲は自分の要求が通ったのと京太郎からの嬉しい本音に気分を良くした。

 

「よし。じゃあ、さっそく出かけるぞー!」

 

「おおー!」

 

「行くぞー!」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 威勢よく家を飛び出した三人は道中で何度か火花を散らしながらも、無事に県内でも最大級のショッピングモールへ到着。

 

「……で、桃子。今日はなにを買うんだ?」

 

「そろそろ夏服をそろえたくて。ファッションなんて気にしなかったっすけど今は見てくれる人がいますから。荷物持ちお願いしてもいいっすか?」

 

「ああ。そういうことなら任せろよ」

 

「でも、東横さん。ファッションなんてわかるの?」

 

「なんすか? 煽ってるんすか?」

 

「ち、違うよ。急にオシャレするなんて大丈夫なのかなーって。センスとか問題あるでしょ?」

 

 ……落ち着け、クールに大人になるっすよ、東横桃子。ここは冷静に返す。

 

 二人だけなら戦争だったが、今は京さんもいますから。

 

 あまり格好悪いとこは見せられないっす。

 

 恋する乙女は強し。

 

 桃子は一呼吸置いてからニコリと笑顔を返す。

 

「それもそうっすね。確かに心配っす。ここはぜひ私よりもセンスのありそうな宮永さんにアドバイスを願いたいっす」

 

「ふーん。いい心がけだね。いいよ、私が教えてあげる」

 

 咲は予想通りの切り返しにほくそ笑む。

 

 彼女も何も努力していなかったわけではない。

 

 女の子らしく見せるためにメイクやファッションを勉強していたのだ。

 

「へぇ……咲がそんなことに興味があるなんてな。意外だった」

 

「ふふん。今の私はニュー咲ちゃんだからね!」

 

 そう言ってバッグから読み込まれたファッション誌を取り出す咲。

 

 パラパラとめくる雑誌のあちこちに付箋と可愛らしい一言メモが添えられており、十分に知識は蓄えているのが伺える。

 

「ちゃんとアドバイスももらったんだから」

 

「へぇ、染谷先輩? それとも部長?」

 

「和ちゃん」

 

「その雑誌を寄越せ。早く!」

 

 どうして数多ある選択肢の中でそんなピンポイントを選んでしまうのか。

 

 おそらく腹黒和はこれで咲が恥をかくことを狙ったのだろう。

 

「ああっ! 京ちゃん、何してるの!」

 

「ダメだ! 和はファッションに関してはダメなんだ!」

 

「引き換えに京ちゃんの中学時代の写真をあげたんだよ!? だから、返して!」

 

「なにやってんだよ、お前! ビックリだよ! その事実に驚きだよ!」

 

 本人の知らぬところで好感度が下がる和。

 

 咲はバタバタと反抗したことでようやく京太郎から物を取り返すが、中身はぐちゃりと折れていた。

 

「あぁー……。私の努力が……」

 

「とにかく、その雑誌に書いてあることは参考にしたらダメだからな」

 

「もう……京ちゃんはイケズなんだから」

 

 ぷくっと頬を膨らませる咲。

 

 ちなみに案の定、いやがらせのように胸元が開いていたり、やけに短いスカートがチョイスされていた。

 

「それで宮永さんの素晴らしいセンスはどうなったんすか?」

 

「うっ……そ、それはまた今度ということで……」

 

「……はぁ、そういうことにしてあげるっす。今回は何やら非常事態だったみたいですし」

 

「……東横さん……」

 

「でも、その『また今度』の機会はないっすけどね」

 

「は? こっちから願い下げだよ」

 

 一触即発。これで何度目かわからない爆発一歩手前。

 

 どうやらこの二人は相性が悪いらしい。

 

 間にはさまれた京太郎は肩身の狭い思いをしながらも再び喧嘩を止める。

 

「……せっかく来たんだし、店を見て回ろう。最悪、マネキンの一式そのまま買ったらいいし」

 

「流石にそれは嫌っすよ」

 

「だよなー」

 

「それなら京さんが選んでください。元々そのつもりで私はいたっすから」

 

「……俺でいいのか?」

 

 はっきり言っていつも母に任せっきりの京太郎の服選びのセンスも二人に比べて五十歩百歩。むしろ、異性の服という未知の分類に手を出すために酷い結果になるかもしれない。

 

 ただ、それでも桃子は良かった。

 

 今の彼女が大切なのは結果じゃない。過程だから。

 

「大丈夫っす。京さんが選んでくれたものはなんでも嬉しいっすよ」

 

「っ……そういうこと言うな。恥ずかしい」

 

「それに京さんの色に染まれるので!」

 

「そういうこと言うなよ、恥ずかしい!」

 

「わ、私も! 私も京ちゃん色に染まるの!」

 

「だから、大声でそんなこと言うなって! 他人の視線が突き刺さってるから!」

 

 なにはともあれ方針は決まり、彼らの初めてのコーディネートが始まる。

 

「どんな感じっすか?」

 

 まずカーテンから出てきた桃子はその場で一回転してみせる。

 

 白と黒のボーダーに紺のパーカーを羽織り、下は薄いベージュのスカートでまとめている。

 

 大人びたファッションだけど、スタイルのよい彼女は見事に着こなしていた。

 

「いいんじゃないか。少し攻めてる感はあるけど、十分にモモの魅力は引き出していると思う」

 

「じゃあ、これにするっす!」

 

「即決!?」

 

「京ちゃん! 私も、私も!」

 

 次いでお披露目するのは宮永咲。桃子と系統は似ているが少し違う。

 

 白いレース生地のワンピースに紺のカーディガンを羽織った大人しめのコーデ。

 

 彼女の持つ大人しい雰囲気との相乗効果で増した清楚な感じが良い。

 

 仄かにはにかんで、くるりと舞ってみせる咲。

 

 そんな彼女に不覚にも京太郎は意識を奪われてしまった。

 

「どうかな?」

 

「……あ、ああ。いいと思うぞ。咲らしくて」

 

「可愛い?」

 

「綺麗だよ」

 

「……これにします」

 

 照れないでくれ。こっちも恥ずかしいんだから。

 

 そんな内心を抱きながら京太郎はとてとて歩く咲の隣に並ぶとかごを横からかっさらう。

 

「京ちゃん?」

 

「……俺が買ってやるから。ほら、レジに並ぶぞ」

 

「えっ、いいよ、別に。お金ならちゃんと持ってるよ?」

 

「お前いつもお小遣いが少ないって嘆いてるだろ。それに雑誌もダメにしたしな。……まぁ、罪滅ぼしってことで」

 

「それはそうだけど……でも、そんなのダメだよ。私、京ちゃんにそんなことしてもらいたくない」

 

 ギュッと咲は京太郎の指を握り締める。

 

 これは咲のくせで、こうなると彼女は一歩も譲らない。そのことを知っていた京太郎は逡巡してから譲歩して再提案する。

 

「じゃあさ。俺の服を咲が選んで買ってくれよ」

 

「えっ。でも、私、ファッション詳しくないよ?」

 

「いいよ。さっき選んでた自分の服もすごい似合ってたし、俺よりかはマシだろ。……それにこの前の出来事もあって、お前には感謝してるからさ」

 

「京ちゃん……」

 

「……ほら、行こうぜ。男物はこっちだって」

 

「……うん!」

 

 京太郎に手を引かれて咲は嬉しそうにうなずく。

 

 まるで太陽へと花開くひまわりのようにはじけていた。

 

「モモ! 俺たち二階にあがるけど一緒に来るか!?」

 

「……いえ。私はもう少し自分の服をみておくっすよ」

 

「そうか。じゃあ、あとで合流しよう。連絡する!」

 

 そう告げると京太郎と咲の姿は上へと消える。

 

 それを最後までずっと見続ける桃子。

 

 記憶に焼き付けていたのは笑いあう二人。

 

 間違いなく宮永咲は京さんに恋をしている。

 

 そして、思っていたよりも二人のつながりは深いということも確認できた。

 

 ……ああ、本当に私の夢にとって宮永咲はうざくて、めざわりで、邪魔で――

 

「……気に入らない」

 

 ギリっと歯を食いしばる音が鳴る。

 

 バッグの中へと伸ばされた桃子の手には白い封筒が握られていた。




思いのほか文章量が増えてもうた。
だって、可愛い咲ちゃん書きたかったんだもん。

次はモモの手紙回。
黒くなるかもなので、注意ね。
※21日の更新はおやすみします。
 プライベートでの付き合いがあって帰ってきたのついさっきなんだ。
 感想返しも明日の朝にしますので、お待ちくださいませ。
 よろしくお願いします。


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13.『東横桃子は捧げる』

完全に寝落ちした、すまぬ


 東横桃子の人生とは孤独そのものである。

 

 比喩でも誇張でもない。自虐にもならない。

 

 幼少の頃より存在感が薄いと言われていた桃子は年齢に比例してかかわりを失っていき、高校への進学において完全に世界と断絶された。

 

 肉親である両親でさえも彼女の姿を目視できることはない。

 

 声も聞こえない。

 

 想いも誰にも届かない。

 

 それでも桃子は諦めてはいなかった。

 

 いつか、どこかに私を見つけてくれる人がいるはず。

 

 そして、私の人生はその人に捧げたい。

 

 いつの間にか彼女の中で出来た夢だった。

 

 かすかではあるけれど、確かにその希望は桃子の壊れかけの心をつなぎ止めていた。

 

 しかし、無残にも彼女の夢は破壊されてしまう。

 

 他の誰でもない、未来の自分によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある金曜日の放課後。

 

 下駄箱へと入れられた質素な封筒。

 

 目をこすって、頬をつねってみるが痛みはある。ぼやけてもいない。

 

 夢じゃない……!

 

 私へと宛てられた手紙っす!

 

 それを手に取った桃子は靴も履き替えずに興奮冷めやらぬまま帰路へとつく。

 

 自転車を全速力でとばして家に着き、さっさと靴も脱ぎ捨てると騒々しく音を立てて階段を駆け上がり、自分の部屋に入った。

 

 バッグも投げ捨て、急いで封を解く。

 

 中には綺麗に折りたたまれた紙が一枚入っていた。

 

「ま、間違いじゃないっす。本当に私への手紙……!」

 

 ということは、自分を認識してくれた人からの贈り物となる。

 

 少しばかり濡れて乾いた箇所があるが、そんな些細なことは喜びの前では気にならない。

 

「だ、誰っすかね?」

 

 男の子なら恋愛関係を、女の子なら友情を永遠に続けられるように願って。

 

 それが彼女の夢なのだから。

 

 桃子は期待を胸いっぱいに詰めて、そろーりと開く。

 

 けれど、そこに記されていたのはそんな生易しいものではなかった。

 

 

 

『東横桃子様へ

 

 初めまして。わたしは未来の東横桃子です。

 人と話すのはおろか、こうやってやりとりをするのが久しくなってしまった私なのでおかしなところもあると思いますが、そこは許してほしいっす(・・)

 

 高校生になったあなたはお気づきかもしれませんが、大人になった私はもう誰にも見えません。

 当然、声も聞こえません。

 働くこともできないのでお金もありません。

 例え物をぬすんだとしても 気づかれることはありません。

 破壊活動をしても自然現象として片づけられます。

 世の中の全てにおいて無力なのです。

 

 涙はとうに枯れました。笑い方は忘れてしまいました。

 もう限界なんです。

 生きることが辛いのです。

 狭い部屋に独りで座り続けている。

 それだけで一日が終わる。

 そんな日々はもう嫌だ。

 

 だから、私はあなたに一縷の希望を託してこの手紙を送ります。

 どうか私を助けてください。

 

 誰かとつながりを得て、いつまでも隣に人のぬくもりを感じられる生活を送れるように。

 人と話すことは楽しいです。

 ……実は一時だけ私は素敵な人に認識されたことがあります。

 そこであの楽しさを知ってしまったから今はこんなに辛いのだと、そうも思います。

 

 けれど、頑張ってください。 

 きっと辛いけど、きっと救われるはずだから。

 

 ……ごめんね。夢をかなえてあげられなくて』

 

 

 

「……あ、あぁ……」

 

 手紙を読み終えた彼女の口から漏れる言葉にもならない言葉。

 

 期待していた分、より深い底へと叩き落された感覚。

 

 喜色は霧散し、渦巻く負の感情がじわりじわりと彼女の脳を侵食し、たぷたぷと満たしていく。

 

 夢を砕かれた。

 

 生きがいを全否定されてしまった。

 

 それも未来の自分に。

 

 今、苦しいのは未来が楽しすぎるからだって。

 

 なのに、なのに、こんなのって……。

 

「ぁぁぁあああああああ!!」

 

 桃子は駆けだす。

 

 どうにもならない溢れ出た感情を叫びに変えて。止められない衝動で突っ走る。

 

 ぶつかる。転げる。駆け抜ける。

 

 けれど、誰も気に留めない。

 

 泣きわめき散らす桃子に目もくれない。

 

 ようやっとボロボロになった桃子がたどり着いたのはさびれた公園。

 

 人はおろか野良動物の気配さえ一つない。

 

 半壊したベンチ。鎖が外れてこげないブランコ。

 

 なるほど、誰も近づかないわけだ。

 

「……今の自分にはお似合いっすね」

 

 中へと入っていく桃子は適当な場所へと腰を下ろして膝を抱える。

 

 汚れても構わない。

 

 今はもうずっとこうしていたかった。

 

 ジッと微動だにせずに時だけが過ぎていく。

 

 空気に同化したような錯覚にとらわれて、ただひたすらに思考を垂れ流す。

 

 どうしよう。もう生きる意味がなくなった。希望も夢もぜんぶぜんぶ掻き消されてこれから私は何を頼りに生きればいいのだろう。活力なんてどこにもないじゃないか。私をつなぎ止めていたものは崩れ落ちた。もう頑張る必要がないじゃないか。記憶も思い出も忘却の彼方へと消え去るのならすべてが無駄だ。私は何の為に生きているのだろう。こんなの死んでいるのと変わらない。なら、辛い思いをしないためにも死んだ方がいいんじゃないのか。そうすればこれ以上苦しい思いなんてしなくていいのだから。未来の私もきっとそれを望んでいるはず。怖くて死ねなかったから過去の私に頼んだのだ。自殺してくださいと。なんだ、それなら簡単な話じゃないか。

 

 永遠に続くかと思われた思考のループ。

 

 それはごく単純な結論で終焉を迎える。

 

「……死のう」

 

 小さく吐かれたその言葉には恐ろしいほどに感情がこもっていなかった。

 

 ただ魂のない機械が命令に従うように動く。

 

 折れた木の枝。鋭利な先端が彼女の喉へと向けられる。

 

「……バイバイ」

 

 皮肉を込めて、世界への別れを告げる。

 

 そして、凶器が桃子の喉を貫くかと言った瞬間だった。

 

「お前、何してんだよ!」

 

 突如として聞こえた第三者の声。

 

 手には鈍い痛み。

 

 木の枝ははたき落とされ、彼女の目の前には金髪の男子が立っていた。

 

「えっ…………と……」

 

 桃子は混乱していた。

 

 あ、あれ? 自分は誰にも認識されないはずで、でもこの人は確かに私の手を叩いて、あれあれあれ?

 

 わからない。

 

 何が正しいのかわからない。

 

 状況が理解できずにだみ声しか出せない桃子。目も泳ぎ、今にも泣きだしてしまいそうな彼女。

 

 異常な行動。平常でない様子。

 

 彼は並々ならぬ背景を読み取り、桃子の視線に合わせるように片膝をつく。

 

 全ての行動の一つずつが東横桃子という存在を肯定していった。

 

「ゆっくりでいいから俺に話してくれないか、君のことを」

 

 そして、柔らかな笑顔になって桃子の手を優しく包み込む。

 

「――う、あ、うぁぁ……ぁあん!!」

 

 脆くなっていた涙腺が一気に瓦解する。

 

 ぽろぽろと滴り落ちる涙。顔はくしゃくしゃになって、擦れた声で泣いた。

 

 崩れ落ちるように桃子は彼に抱き着き、喉が枯れるまで、声がでなくなるまで泣き叫ぶ。

 

 久しく感じる人の体温に。初めて感じる心の温かさに。

 

 苦しみを解き放って、喜びをかみしめて桃子は涙を流す。

 

 それを少年は終わるまで聞き続けた。

 

 背中をさすり、頭を撫でて、しっかり自分がそばにいると示す様に。

 

 

 

 これは二人の出会いの一幕。

 

 絶望に堕ちかけた少女が己を救ってくれた少年に人生を捧げようと誓った、新しい夢の序章。

 

 

 

 ――――――――

 ――――――

 ――――

 

 

 

「……はぁ……京さん……」

 

 私服を買った後、ゲーセンで遊んだり、ちょっと高級なランチをとったり、ウインドウショッピングをして回ったり。様々なことをして楽しい時間を過ごした三人。

 

 時間もいい頃合いになり、それぞれの帰路につくことになった桃子はプリクラで撮った写真を眺めてにやけていた。

 

 本来、三人写っていたそれには桃子と京太郎の二人しかおらず歪な形をしている。

 

「……邪魔な奴はいらないっすからね」

 

 私の人生はあの出会いから彼のものだと決まっているのだ。

 

 私達の世界に入っていいのは似た苦しみを知っている衣ちゃんと美穂子さんだけ。

 

 三人以外は必要ない。

 

 それから早足で自宅へと帰ってきた桃子。

 

 灯りの一つもついていない玄関。暗がりが伸びる廊下。かすかに漏れて響く笑い声は両親のもの。

 

 そこに桃子の居場所はない。彼女の本当の意味での住処はここではないのだ。

 

 心のよりどころは二階の自分の部屋。

 

 ゆっくりと階段を上り、扉を開ける。

 

「ただいま」

 

 パチリと電気を付ける。

 

 暗闇は払われ、まぶしい光が部屋を照らす。

 

 明らかになる全貌。

 

「――京さん」

 

 そこには京太郎がいた。いや、正確に言うならば京太郎の写真が壁一面に隙間なく貼りつけられていた。

 

 中学時代の大会の写真。

 

 高校で買い出しに出かけている時の写真。

 

 自分に向かって笑いかけてくれている写真。

 

 様々な種類の京太郎が均等に印刷されて、空間を覆いつくしている。

 

「うふ、ふふふっ」

 

 運命の人。

 

 私の人生を捧げると誓った人。

 

 ああ、愛おしい……!

 

 その瞳も、口も、腕も、足も。髪から爪にいたるまですべてが。

 

 初めて視線が重なった時から、言葉を交えた時から、私の心はあなたのものなんです。

 

 京さん、京さん、京さん、京さん、京さん!

 

 底から溢れる愛情と熱に抱かれ、ベッドへと飛び込む。

 

 枕元に置いてある写真立て。

 

 ランニングの際に澄んだ空を背景にとったツーショット。腕を組む私と笑顔でピースサインを作る彼の姿。

 

 私の宝物で、望む未来の姿。

 

 今度はその指に銀に輝く指輪をつけて。

 

 絶対に手に入れる。

 

「大好きっすよ、あなた……なんて」

 

 小さくつぶやく桃子は顔を枕へと(うず)める。

 

 そして、芯を焦がすような熱に火照った体を鎮めるために、自分の右手を育った胸に。

 

 荒く息を吐きながら左手は下腹部へと伸びていって――。




モモたちは清澄に比べて背景の描写がいるから話の話数が多くなる。


次回はキャップかな。
あと、遅れてマジでごめん。


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14.『福路美穂子の楽しみ』

最初に違和感を感じても作品は間違えてないから安心して読んで、どうぞ。


 清澄高校が全国大会で優勝してもう十年以上が経ちました。

 

 みんながそれぞれの道へと進み、私も現在は夢をかなえ、幸せな生活を送っています。

 

 先生でも、プロ雀士でもなく、もっとも自分にとって縁遠いと思っていたものです。

 

「よいしょっ……」

 

 たった今、切り終えたスイカをお盆の上に乗せて運ぶ。あの人は塩をかけて食べるのが好きだからそれも忘れずに。

 

 リビングからベランダへ移動すると、はしゃぐ子供の声と一人の男性の声が聞こえてきます。楽しげな様子は見なくてもわかるくらいに。

 

 窓を開けて庭へ出ると、真っ先に子供が気づきました。

 

「おかーさん!」

 

「わっ、スイカだー!」

 

「はいはい。ちゃんと体を拭いてから来てくださいね」

 

『はーい!』

 

 真夏と言うこともあり、家庭用プールで遊んでいた兄妹こどもたちは元気のいい返事をして置いてあったバスタオルで体をふき合っています。

 

 そのあとに続く形で相手をしていた男性――私の旦那様もこちらへと歩み寄ってきました。

 

「お疲れさまです」

 

 そう言ってタオルを渡すと彼はニコリと笑ってお礼を言ってくれます。

 

「ありがとう、和」

 

「いえ、これも妻の役目ですから――京太郎くん」

 

 そう、私のパートナーは同じ高校で同じ部活に所属していた須賀京太郎くん。高校卒業と同時に交際を始め、そのままお互いに就職が決まって結婚。もう6年目ですから時間が過ぎるのは早いものですね。

 

「あ、その呼び方懐かしいな。子供が出来てからは『あなた』だったのに」

 

「子供の前で名前呼びはちょっと……」

 

「俺はいいと思うけどなぁ。和らしいといえば和らしいけど。真面目ところがなー」

 

 タオルを首にかけるとヒンヤリと冷たい手で頬をこねくり回してきました。私もお返しとばかりに彼の頬を引っ張ります。

 

「もうっ。からかわないでください」

 

 ぐりぐりとしていると、体をふき終えた子供たちが彼の体をよじ登ります。

 

「あー! パパ、またお母さんをいじめてるー!」

 

「やっつけちゃえー!」

 

「違うぞ、息子娘よ、これはスキンシップで――うおぉっ!?」

 

 後ろから抱き着かれた彼は不意を突かれたこともあり、倒れてしまう。

 

 二人とも楽しそう。

 

 ……ちょっとうらやましい。戯れる子供達と京太郎くんはとてもいい笑顔です。

 

 私も混ざりたいと思うのは……恥ずかしいことでしょうか。

 

 ジッと見つめていると彼にも流石に気づかれてしまい、苦笑されます。

 

「もしかして、和。……嫉妬してる?」

 

「な、なななっ。そんなオカルトありえません!」

 

「動揺してる和も可愛いなぁ」

 

「はうっ」

 

 京太郎くんは子供たちをものともせずに起き上がると私の体を抱きしめる。たくましい腕に優しく包まれる。

 

 家族みんなが輪になっていました。

 

「パパー。私も可愛い?」

 

「おう、可愛いぞー」

 

「俺は!? かっこいい!?」

 

「おう、もちろん」

 

「…………わ、私は?」

 

「世界一愛しているよ、和」

 

「ふえっ」

 

「あー、ママ、顔真っ赤―!」

 

「照れてるー!」

 

「あ、あなたたちっ」

 

「あっはっは! みんな大好きだぞー!」

 

 そう言って彼は腕に加える力を強くする。彼も、子供達も、当然……私も。

 

 みんなが笑っていて、心が満たされて、とても温かくて……。

 

 ――私は今、とても幸せです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――――という夢を和は見たんだ。

 

「死にたい……!!」

 

 なんという夢で目覚めているのですか、私は。まだ花も恥じらう女子高生ですよ? 結婚なんかよりすることがたくさんあるでしょう。

 勉学に励みなさい。麻雀に打ち込みなさい。それで成功した夢とかあるじゃないですか。

 なのに、なぜ結婚生活!?

 なにが『世界一愛してるよ、和』ですか!

『はうっ』とか反応していいのは18までですよ、人妻がなにやってんですか!

 

 怒濤のツッコミの後、和は何度も首を左右に振って記憶から物理的に消そうとする。

 

 手で覆う彼女の顔は真っ赤っかである。

 

 リンゴとかゆでダコとか、そのような形容よりもひどく赤面しており、新たな黒歴史に後悔していた。

 

 願望もここまで来ると末期である。

 

 もういっそこのまま休んでしまいたいくらいだが、あいにく県大会へ向けて休日練習だ。

 

 こんなことをしている場合じゃないのである。

 

「……今日は厄日ですね」

 

 原村和の休日は最悪の形で始まった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 清澄高校とは別に休日練習に励む高校は多く存在する。

 

 麻雀という競技において県内で長年一位に君臨してきた風越学園はどこよりも特訓していると言えるだろう。

 

 もちろん土曜日も練習はあり、それは誰も例外ではない。

 

 陽気を孕む爽風が肩口でそろえられた髪をなびかせる。太陽の光を受け、きらめく金色。

 

 福路美穂子は学園の屋上で一休みしていた。

 

 部活動で使うシーツなどを洗濯して干し終えた後、昼休憩ということもありベンチに腰掛けている。

 

 総当たり戦で学内一位の美穂子は空いた時間を努力する仲間たちのために使う。

 

 本来なら一年生が受け持つはずの仕事だが、誰よりも他人のことを考える彼女はみんなに強くなってもらいたくて自主的に好んでやっていた。

 

 だから、彼女を慕う生徒は多く、地力以上の実力を発揮する者も居る。それを見るのも彼女の楽しみの一つ。

 

「……やった」

 

 そんな彼女の楽しみが最近一つ増えた。

 

 機械音痴の美穂子で有名な美穂子の手には似つかわしくないフィーチャーフォン。

 

 開かれた画面にはメール。差出人の欄には須賀京太郎。

 今朝送ったメールの返信で『わかりました。楽しみにしています』と書かれてあった。

 

 それから十五分ほどかけて『ありがとうすがくんわたしもたのしみです』と返すと謎の達成感を満ち溢れさせていた。

 

「私だってやればできるんですから」

 

 京太郎に限らず桃子や衣(の代わりに智紀)とも連絡を取ることが多くなった彼女はどうにかしてメールの送り方だけは覚えた。

 

 全てひらがななのはご愛敬。

 

 ちなみにお礼に都合のついた時は京太郎に麻雀を教えてあげていたりする。桃子も一緒にやっているが、彼らはスポンジのようにどんどん吸収するので教える側としては非常に楽しい。

 

 本日の約束もそれに近しいことだった。

 

「放課後が楽しみね」

 

「何が楽しみなんですか、キャプテン」

 

「きゃっ」

 

 背後から突然かかった声に美穂子は思わず立ち上がってしまう。振り返ると、そこには池田華菜がいた。

 

 池田は風越学園の大将を務める第二位の実力者。猫耳が生えていそうな元気で活発で騒がしい奴である。

 

 けれども、彼女の明るさに助けられることもあるし、その高火力の打ち方は脅威だ。

 

「もう……ビックリしたじゃない、華菜」

 

「にゃはは。キャプテンが携帯を触っているなんて珍しいからつい……」

 

 内心、池田は明日台風が来るんじゃないかと思っている。

 それほどに美穂子のオンチは酷い。

 

「ひどいわ。私だって現役のえっと……そうじぇーけーなんだから」

 

「じぇ、じぇーけー? キャ、キャプテン。一体その言葉はどこで覚えたんですか……?」

 

「お友達よ? すごい良い子なの。ケータイも教えてくれて打つのも速いの」

 

 美穂子が言っているのは桃子のこと。

 

 休み時間や自宅での空き時間など暇をつぶす際に重宝していたのが携帯で、打鍵速度がものすごく速い。そのスピードは日々加速している。

 

 しかし、池田が描いた人物像は違った。

 

「キャ、キャプテン。その……あんまりその子とは関わらない方がいいんじゃ……」

 

 ガングロ。濃いメイク。染められた髪。

 

 行儀も言葉使いも荒いイケイケのギャル。

 

 これが池田の思い浮かべた桃子像である。言葉による偏見がそんな悪印象のイメージを抱かせていた。

 

 美穂子は純粋で人を疑うことを知らない。

 

 池田は思う。絶対にキャプテンを染まらせてはいけないと。

 

「あら? どうしてそんなこと言うのかしら? 悲しいわ」

 

「で、でも、ギャルなんでしょ? 金髪でまじやっべーわとか言ってる人なんでしょ?」

 

「違うわよ。こんなに可愛い子」

 

 そう言って美穂子は待ち受け画面を池田に見せる。

 

 そこには休日の面子で撮った集合写真が写っており、桃子もステルスせずに姿があった。美穂子の指さす少女を見て、ホッと安堵する池田。

 

「どう? これでも変かしら?」

 

「す、すみません。私が勘違いしてました……」

 

「わかってくれたらいいの。華菜も私の事を思ってくれたから注意してくれたのよね?」

 

「そ、それはもちろんです! キャプテンが騙されていないか心配で……!」

 

「ありがとう。そうだと思ったわ。華菜は人のことを悪く言うような子じゃないもの」

 

「……へへ、そんな……。あ、じゃあ、さっき言ってた楽しみっていうのもその人に関係が?」

 

「っ……!」

 

 褒められて何気なく尋ねた池田。

 

 しかし、予想外に顔を赤くして、固まった美穂子を見て再度疑念が湧き上がる。

 

 恋愛には程遠い生活を送ってきた池田だが彼女には一般程度の知識はある。

 

 あの表情は間違いなく恋する乙女だ。

 

 お、女の子同士の恋愛……? いやいや。それだったらさっきの時にすでに反応しているはず。

 

 ということは……。

 

 さきほど見た写真。一瞬だったからおぼろげだが覚えている。

 

 そこに一人だけ男がいたことを。

 

 も、もしこの予想が当たっていたとしたら……。

 

 嫌な予感が池田を襲う。

 

「キャプテン!」

 

「何かしら?」

 

「今日の放課後、私も」

 

「――ダメ」

 

「――えっ」

 

 本当に美穂子が発したのかと自分の耳を疑うような冷たい声。

 

 池田は自分を見つめる美穂子は両の瞳を開けており、ただならぬ感覚を身に感じた。

 

 思わず閉口してしまう。

 

「……さぁ、休憩も終わりよ? 練習に戻りましょう、華菜?」

 

 池田は何も言えないまま頷くことしか出来なかった。




キャップはヤンデレじゃないから!(断言)
原村さんは前のモモでのシリアスに対する癒し。

そして、話の時系列は二話へと戻る……。
つまり、清澄組と……?



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15.『福路美穂子と出会い』

 美穂子と京太郎が出会ったのは四月の上旬。部活動が本格的に始まった頃――咲が入部を決めて間もない――のことである。

 

 簡単な言葉で片づけるならばただの偶然。

 

 しかし、ロマンチックの側面では必然というのかもしれない。

 

 京太郎が雑用係で、美穂子が率先して雑用をする性格で、近場に麻雀専門店は一件しかなく、京太郎がお人好し。これらの要素のうち、一つでも欠けていれば二人の人生は交差することはなかったのだから。

 

「ふぅ……ちょっと休憩」

 

 頼まれた荷物を隣に置き、京太郎はベンチに座る。ハンドボール部を引退してから受験勉強で忙しかったつけがきていたのを実感していた。

 

 早朝のランニングは欠かさないようにしていた京太郎だが、坂の上下による緩急の激しい道はまだ厳しいみたいだ。自転車じゃなくて歩きというのも問題かもしれない。

 

 買ったレモンティーを一口含み、疲れた体を癒す。

 

「思ったより重いんだな、牌のセットって」

 

 一つ一つは軽いのに全て合わさればそこそこの重量になる。それが四セットとなれば男子でもキツイ……と思っているところに店から出てきた女性。ふらふらと足取りは不安定で、原因はパンパンに膨れ上がった紙袋にあった。

 

 あれは不味いんじゃ……と京太郎が思って束の間。

 

「あっ」

 

 買った商品を入れた紙袋の持ち手が千切れてしまい中身が溢れ出す。

 

 満杯を越える詰め方をされていたようで落ちた衝撃で開いたケースから牌がジャラジャラと散らばった。

 

 困った表情で集め始めるが、計544枚も一人で終えるにはかなり時間のかかる作業になるだろう。

 

 ……やっぱり放っておけないよなぁ。

 

 京太郎のお人好しは誰にでも発揮する。男友達には聖人君子かと嫌みを言われたこともあるが、この性格のおかげで咲やモモと出会えたとも思っている。

 

 だから、京太郎はそんな自分が嫌いではなかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 お世辞にも俊敏とはいえない動きで回収していた女性に話しかける。

 

 彼女は行動を中断して、京太郎を見上げた。閉じられた右目と赤色の左目。燻った京太郎とは違い、綺麗な金髪の彼女は戸惑った表情を浮かべていた。

 

 いきなり見知らぬ男に話しかけられたら誰だってそんな反応を返してしまうだろう。

 

 だから、京太郎も返答を聞く前に牌を拾い上げて協力する意思を示す。

 

「お手伝いさせてもらいますね」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 それから二人は黙々と回収作業を再開する。途中で京太郎が店員にも手伝いを頼んだことでスイスイと進み、10分も経てば見える範囲では拾い終えた。

 

「白……撥、中……。はい。これで全部確かにありました」

 

「それは良かった」

 

 最後の牌もケースに入れて、欠けがないことを確認した女性は笑顔を咲かせる。

 

 それを見て、心が満たされた京太郎もまた微笑してその場を去ろうとした。

 

 だが、腕を引かれて止められる。

 

「あ、あの!」

 

 手を握る少女の力は一層強くなる。何だろうと思う京太郎。相手から出た言葉は予想外のものだった。

 

「そこでお茶しませんか?」

 

「……はい?」

 

 まさかの美少女からのお誘いに京太郎は間抜けな声を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、須賀京太郎と申します。一年です」

 

「福路美穂子です。三年生です」

 

「じゃあ、先輩だ」

 

「そうなりますね」

 

「あはははっ」

 

「うふふっ」

 

『………………』

 

 気まずい!

 

 両者の心情がシンクロした一瞬である。

 

 他人から見たらまるでお見合いのような光景。同じベンチに腰かけてもどかしい拳二つ分の距離。

 

 互いに笑いを浮かべてはいるものの上手く言葉が出てこない。そんな甘酸っぱい青春の一ページ。だが、恋人ではない。

 

 初対面である。

 

「(年上のお姉さんって何を話したらいいんだろうか、部長とはまた違う感じだしお嬢様っぽいし!)」

 

「(お、男の子と話すのがこんなにも緊張するなんて……。そういえば男の人と話すなんてパパ以外経験がないからわからないわ……!)」

 

「(福路さんが引き留めたんだから彼女が話してくれるのを待った方がいいよな……?)」

 

「(あぁ、ジッとこっち見てます! そうよね、ちゃんと私から切り出さないとダメよね。お、お礼を言うだけなんだから大丈夫なはず……)」

 

 麻雀の試合に臨むように意識を集中させる。静かな心を取り戻した彼女は改めて京太郎に向き直り、深々と頭を下げた。

 

「さっきはありがとうございました。須賀くんが助けてくれなかったら、どれだけかかっていたか」

 

「いえいえ。困った時はお互い様ということで」

 

「それで何かお礼をさせてほしくて」

 

「別に構いませんよ。俺も好きでやったことなので」

 

「そういうわけにはいきません。感謝の気持ちなんです」

 

「自分の自己満足ですから」

 

「それでも何かお礼を……」

 

「いや、大したことしてませんから」

 

「いえ、それでは私の気が……」

 

 性格が良い者同士がぶつかり合うとよくこうなる。

 

 互いに譲らない未来が視えた京太郎は少し思考を巡らせると、妙案を思いついた。

 

「じゃあ、こうしませんか? また明日もここに来て俺の買い物に付き合ってください」

 

「か、買い物……ですか?」

 

「はい。俺って実は麻雀を始めたばかりで右も左もよくわかっていないんです。だから、参考書とか教えていただけると嬉しいなぁって」

 

「……それなのにこんな雑事を?」

 

「えっと……まぁ。他のやつらは俺より全然強いので全国狙ってるし……。先輩も今年しかないので仕方ないかなって」

 

「仕方なくなんかありません!」

 

「うぇっ!?」

 

 プツリと美穂子の中で何かが切れる音がした。

 

 誰かの時間を犠牲にして麻雀を打つなど考えられない!

 

 それも彼は初心者なのに……!

 

 この時期がいちばんやる気に溢れて牌に触れなきゃいけないのに、それを雑用で消費させるなんて!

 

「……そうだわ!」

 

「福路さん?」

 

「須賀くん!」

 

「は、はいっ!?」

 

「よかったら私に麻雀を教えさせてくれないかしら!?」

 

「はい?」

 

 これが二人の関係が親密になるきっかけだった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「……懐かしいこと思い出しちゃった」

 

 美穂子はその出会いの場所で、互いを知ったベンチに座っていた。

 

 今日は風越で使わ無くなった点棒の補充や調子の悪くなった全自動卓の修理の依頼を頼みに来た。

 

 けれど、それだけじゃない。

 

 ついに京太郎が家で使う専用の牌も買うのだ。

 

 今までは参考書を使った理論の伝授しか出来なかったが、これで彼の家で実践的な勉強も可能になる。

 さらなるレベルアップにつながるはず。もちろん、桃子も。

 

 美穂子は次のステップへ登る二人の姿を確信していた。

 

「二人が強くなったら衣ちゃんも喜ぶかしら」

 

 あの四人が出会ったのも麻雀あってこそ。

 

 強い打ち手を望む衣は友が強者の域に近づけば、嬉々としてウサ耳を揺らしそうだ。

 

 桃子さんは自身の体質を生かしたステルス打ち。まず一般の打ち手には負けない。それに元々の素材が良かったようでデジタルへの理解も早い。

 

 須賀くんは……はっきり言ってまだ素人を卒業した程度。けれど、彼には不屈の精神がある。何事にも諦めず、折れず、立ち向かう勇気がある。

 

 あの時、私たちを潰そうとした衣ちゃんに最後まで抵抗して一撃を与えたのは彼だった。

 

 技術は後からついてくるものだけど精神面はそうもいかない。だから、きっと彼も良い打ち手になる。

 

 そして、いつかはみんなで同じ舞台へ……。年齢的に高校は無理だけど大学、プロリーグならあるいは。

 

 それが近頃の美穂子が夢見る理想の未来だった。

 

「……そろそろかしら」

 

 腕時計の長短針は午後2時を回ったところ。1時の練習の後に来るとメールで言っていたから、そろそろだと思うのだけど……。

 

 そう思って美穂子は周囲を見渡す。すると、反対側から京太郎らしき声が聞こえた。

 

「須賀……くん……?」

 

 振り向いた先には確かに京太郎の姿があった。両隣を可愛らしい女の子に囲まれた京太郎の姿が。

 

「もう京ちゃん! しっかり手を繋いでくれないと迷うじゃん」

 

「高校生にもなって迷子……。…………ぷっ」

 

「なに? 笑った、和ちゃん?」

 

「いえ、そんなことはありませんよ」

 

「まぁ、確かに和の言う通りだよな。高校生にもなって迷子はない」

 

「し、仕方ないもん。治らないんだから~」

 

 そう言って咲はより京太郎に密着する。和は頬をプクリと膨らませていた。

 

 さらによく見れば後ろには彼に熱視線を送っている女の子もいる。

 

「…………へぇ」

 

 その普段は見慣れない新たな一面に美穂子は小さな声を漏らした。

 




レディファイト!!

みっぽはヤンデレじゃないから(震え)
ころたんとの出会いはもう少し後で。

あとまたなんか日刊上がってた。みなさまありがとうございます。
精進します。


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16.『竹井久と天敵出現』

「次は後ろから抱き着いて首に腕を回すのよ……。そのまま頬をツンツンってつついてあげて、耳元でいやらしくささやく……。うんいけるわ」

 

「そう思うならさっさとせんか。さっきから手をワキワキさせよって……変人にしか見えんぞ」

 

「ひどい!」

 

 まこの言う通り。

 

 この純情乙女は何度も作戦を口にしては実行に移せないでいた。その間に咲や和にポジショニングを奪われるレベル。流石のまこも呆れてため息をつく。

 

「ほれ、見てみぃ。あの二人の押しを。あれくらいしてみんかい」

 

「そんなこと言ったって……うん?」

 

「あれは……風越の?」

 

 まず異変に気がついたのは久とまこだった。

 

 一年生たちはまだ過去の結果を気にしていないから顔が名前と一致しなかったのだろう。

 

 しかし、今まで歯がゆい思いをしてきた二人は何度も会場でその名前を見てきた。

 

 福路美穂子。名門風越女子のキャプテンにして団体・個人両方で全国への経験がある強者。彼女たちの悲願である全国への難関の一人。

 

「……こっちに手を振ってない?」

 

「まさか。誰も知り合いなんていないじゃろうが」

 

「でも、こっちに向かってきているような気がするけど……?」

 

「そんな迷いごとを……というわけでもなさそうじゃのう……」

 

 困惑する二人をよそに美穂子は前を歩く一年生組と接触する。ここは先輩として放っておくわけにはいかないだろう。久は訳が分からずも後ろから声をかけた。

 

「ちょっとちょっと。うちの部員に何か用?」

 

「あ、部長だじぇ」

 

「…………あなたが」

 

 美穂子の表情が一瞬険しくなるが、すぐにいつもの表情を取り繕う。

 

 久の正面に立つと深々と一礼して、笑顔を浮かべた。

 

「初めまして。風越女子の福路美穂子と申します」

 

「ええ、存じあげているわ。私は竹井久。……で? 質問には答えてくれるのかしら?」

 

「はい。でも、先に私も質問が。本日はみなさんでお買い物ですか?」

 

「……ええ、まぁ、そんなところね」

 

「犬が一人じゃ心配だからついてきてやったんだじぇ!」

 

「……犬?」

 

 ピクリと美穂子のこめかみが動く。機敏なまこは慌てて優希にげんこつを落として叱った。

 

「これ優希。その呼び方は止めゆうとるじゃろ。京太郎は犬なんかじゃない」

 

「……京太郎……犬……」

 

 久は不味ったと思った。

 

 相手がどんな理由があって自分たちに話しかけてきたのかは知らないが、初対面の人に部員を犬呼ばわりしていると勘違いされては世間体が悪い。

 

 久の目線がちらと京太郎へと向けられる。そこから彼女の意図をくみ取った彼は頼まれていたお使いを済ませることにした。

 

「じゃあ、俺たちは買い物しておきますね。行くぞ、咲、和、優希」

 

「えっ、でも」

 

「ほらほら。須賀君は初心者だから咲たちも一緒に行って種類を間違えないように教えてあげて」

 

「部長がそうおっしゃるなら」

 

「行くじょ、京太郎!」

 

「いきなり飛び乗るなよ。腰が痛い」

 

「おじさんみたいだよ、京ちゃん」

 

「やかましいわ!」

 

 そんな会話を交わしながら四人は店へと入っていく。

 

 場に残ったのは久にまこ、美穂子の上級生。

 

 初めに口を開いたのは久だった。流れの主導権を持っていかれるのが嫌だったのである。

 

「ごめんなさい。あの子ったら口が悪くて……」

 

「犬というのはさきほど店内に入られた彼のこと……?」

 

「そうなるかしら。もちろん犬だなんて本当に思っていないから。気分を悪くしたらごめんなさい」

 

 きちんと事情を説明して誤解を解く。

 

 大会前に変な噂でも流れたら全国出場を決めたとしても後味の悪いものになってしまう。

 

 記念すべき全国をこんなしょうもないことで汚したくない。

 

 それに風越のキャプテンは聖人だって噂は聞いたことがあるし、きちんと謝っておけば好印象を与えられるでしょう。

 

 甘い予想を立てる久。しかし、それは見事に覆されることになる。

 

「……そう思うならばきちんと指導してあげるべきでは?」

 

 投げかけられた棘のある忠告。

 

 確かにそれは彼女の心へと突き刺さり、根を張った。

 

「……なんのことかしら?」

 

 動揺を表情に出さないようにシラを切る。

 

 そもそもどうしてこの子は清澄(うち)の内部事情を知っているのか。

 

「さっきの男の子を雑用させていらっしゃると聞いたもので」

 

 第二の矢が発射された。深く久に突き刺さるそれは着実に精神にダメージを与えていく。

 

 美穂子の言っていることは事実で、久の悩みの種でもあった。

 

 恋した少年の時間と自分の夢。幾度も天秤で計ったことか。

 

 だからこそ、咄嗟に言葉が出なかったのである。

 

「……さっきから黙っていればおんしなぁ」

 

 同席していたまこが少し強めの口調で美穂子を責める。自分がしていることを理解している美穂子も軽く頭を下げるが、それでも止めない。

 

 このままでは京太郎のためにならないと確信していたから。

 

「非常識なのはわかっています。けれど、どうしても我慢ができなかったんです。だから、一言申し上げようと思いました」

 

「……それはこちらの問題よ。部外者のあなたには関係ないわね」

 

「部外者。……ええ、そうですね。部外者は関わってはいけないわ」

 

「でしょう? だったら、もういいわよね。あの子たちももう帰ってきたみたいだし」

 

 久があごでクイッと店内から出てくる京太郎たちを指す。

 

 無事に買い物は終えたみたいで手に紙袋をぶら下げている。ついでに小さくて軽い優希も京太郎の上腕二頭筋にぶら下がっていた。

 

 そのいつもの光景にホッと久は安堵した。やっとこの気持ち悪い感覚から解放される。

 

 何よりも京太郎の笑顔が彼女の罪悪感を軽減させてくれる。

 

『自己中が』

 

 そんな悪魔のささやきにも蓋をすることが出来る。

 

「……一つ聞いてもいいですか?」

 

「手短にお願い。私達も暇じゃないの」

 

「もう今日の部活動は終わったのかしら?」

 

「そうだけど……一体それに何の意味が?」

 

 訝し気な視線を美穂子へ送る久。

 

 彼女が何を考えているかわからない。見た目とは真逆のような攻撃的な問答。

 

 はっきり言って久からしてみれば不気味。

 

 何の目的があって私達に接触してきたのか。

 

 その疑問はすぐに解決されることになる。目の前で、実際に演じられて。

 

「……ふふっ。こういうこと」

 

 美穂子は京太郎のもとへ駆け寄ると胸板へと寄りかかる。自然に流れるように右手を重ねて、両脇を固めていた二人を驚かせた。

 

 もちろん、京太郎がいちばん心臓をバクバクと鳴らし、体温を上昇させていたが。

 

「私たちこの後、二人で買い物をする約束をしているんです。だから、ここでバイバイということで」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 須賀君にはまだやってもらうことが」

 

「部外者は関わってはいけない。――確かそうだったわよね?」

 

「っ!」

 

「部活も終わったのなら彼を拘束する理由はありませんよね? 今からは私たちの貴重な時間なんです。彼が雀士として強くなるための貴重な……ね?」

 

 その美穂子の言葉に久は何も言い返せなかった。

 

 彼女自身、心の隅に引っ掛かりがあったからだ。京太郎は笑顔で引き受けてくれているが、自分は本当にそれでいいのか。彼の言葉に甘えていないか。情熱を取り戻そうとしている京太郎の大切な一年を奪ってしまってもいいのか。

 

 けれど、初心者に麻雀をみっちり教えるというのは骨がかかる作業だ。時間を割いていたら全国大会への道は遠のく。何が何でも全国へ私は行きたい……!

 

 その二つの想いのはざまで久はずっとさまよっていた。

 

 今回はその迷いを突かれた形になっていて、久は一言も発せない。

 

「……問題はないみたいね。さぁ、須賀君。行きましょうか」

 

「えっと、福路さん? 今日はここで済ませるつもりだったんじゃ……」

 

「そのつもりだったけど気が変わっちゃったの。街へ出ればもっといい店があるから今日はそこへ行きましょう? ほら、荷物はお友達に預けてね」

 

 美穂子は京太郎の手から袋を取ると、隣で茫然としていた咲へと渡す。彼女はあまりの事態の変化についていけずにされるがままに受け取っていた。

 

 美穂子は京太郎の隣に並んで、手を引いて彼女らとは反対方向へ歩き出す。

 

 まるで京太郎がどこか遠くへと連れていかれるような、そんな錯覚を覚えた久は顔を上げて制止しようとする。だが、その前に先手を打たれた。

 

 髪をなびかせてこちらに振り向く美穂子。

 

 つながれた手とは違う方――そこにあったのは白い封筒。

 

 見覚えのある、ついこの間に自分も手に入れたあの封筒があった。

 

 驚愕に染め上げられて、足を止めてしまった久へ美穂子は視線をやるとこう告げた。

 

「ごめんなさい。須賀君、いただきますね」




今日発売のビッグガンガンに掲載された『怜-Toki-』を見て、怜の登場を決めた。面白すぎんよ~。これ並みに闇が深い。

みっぽはヤンデレじゃ(ry

あと、明日の更新は私用で休むと思います。


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17.『福路美穂子は純情派』

 場所は移って県内では都会と呼ばれる街。そこの駅地下にあるカフェに美穂子たちはいた。

 

 ……ふぅ。なんとかうまくいったかしら。

 

 美穂子は自分の手に握られた封筒を見つめる。封を開けても中身はない。

 

 空である。

 

 それもそのはず。

 

 福路美穂子は手紙など受け取っていない。

 

 彼女は桃子に言われた通りにしただけなのだから。

 

「桃子さんも急に言ってきてびっくりしちゃった」

 

 京太郎との買い物をするにあたって、そういえば同じ初心者の桃子もどうするのかとふと疑問に思った彼女は電話をしていたのだ。

 

『こんにちは、桃子さん。今大丈夫かしら?』

 

『美穂子さん! はい、問題ないっすよー。どうかしたっすか?』

 

『実は今日の午後から須賀くんと買い物にいくのだけど一緒にどうかしら?』

 

『マジっすか!? 行くっす――と言いたいところなんすけど、あいにく課題がたんまりあって……』

 

『あら。それは残念だわ』

 

『明日の集まりには絶対いけるように終わらせるので安心してほしいっすよ! あ、それともうひとつお話があって』

 

『何かしら? なんでも言って?』

 

『では、お言葉に甘えて。……美穂子さんは未来からの手紙を信じますか?』

 

『え?』

 

 そこから始まる桃子の御伽草子のような話。未来の自分から手紙が来て、悲惨な将来を変えるという目的。

 

 桃子は自分にそのような類の手紙が届いたこと。

 

 そして、京太郎と出会えたこと。自分の過去を簡潔にではあるが美穂子に伝えた。こうやって大切なことも気兼ねなく話せるのは美穂子の持つ包み込む母性が成す技かもしれない。

 

 話題を戻すが、この時に桃子は美穂子に一つの作戦を教えていた。

 

『私も手紙を持つ……?』

 

『そうっす。とは言っても似たような封筒を所持するだけでいいんすよ。これは手紙持ちをけん制するための道具っすから』

 

『ごめんなさい、桃子さん。私、少し意味が理解できなくて……』

 

『あ、申し訳ないっす。まずは京さんの幼馴染の話からしますね』

 

 桃子は以前の咲を怪しんでいた。

 

 二人の会話を聞く限り、遊ぶのは久しいと言う。また最近になって咲は女の子としてオシャレやメイクを気にし始めたという。同時に周囲の部員の様子も違和感を感じると愚痴っていたこともある。

 

 これらの点から桃子は仮説を立てたのだ。

 

 咲も手紙を受け取っていて、その未来を変えるために京太郎が必要なのではないかと。

 

 自分たち三人以外に京さんは奪われたくない。

 

 そう思った彼女の行動が現在に至るのである。

 

『だから、もし宮永さんや、京さんと仲良くしている女子を見かけたら上手い感じに封筒を見せてやってほしいっす』

 

『対する彼女たちの反応で見破るのね?』

 

『その通りっす。成功すればかなりゴールに近づきますよ! 私達の夢も不可能ではないっす!』

 

『私にできるかしら?』

 

『出来ますよ、美穂子さんなら。弱気だと京さんを取られてしまうっす』

 

『でも……』

 

『好きなんすよね? 京さんのこと』

 

『…………はい』

 

 桃子に自分の気持ちを再確認されて、恥ずかしさが込み上げてくる美穂子。

 

 ……あの日。彼から大切なことを教えられて、私は嫌いだった両瞳(オッドアイ)のことを好きになれた。そして、彼はそんな私の方が好きだと言ってくれた。

 

 その時の喜びと感動はきっと忘れられない。

 

『……そうね、頑張らなくちゃ』

 

『はい! 頑張りましょうー!』

 

 といった経緯があったのだ。

 

「それにしても……」

 

 さきほどの自分の姿を思い出して憂鬱な気分になる。

 

 私ったらどうしてあんなに強い口調になっちゃったのかしら……。なんだか彼が取られるのが怖くて、近くに居たくて……。だから、彼を酷く扱う清澄には怒りと同時に嫉妬もしていた。

 

 それはやっぱり須賀君のことが……好きだから……。

 

「――――!!」

 

 またまた改めて自覚すると耳から徐々に美穂子の顔は真っ赤になっていく。指をモジモジといじって、必死に気を紛らわせる。

 

 べ、別に須賀くんは好きだけど……そういうのじゃなくて。ずっと隣に居れたらいいなぁとは思ったこともあるけれど……。も、もう! 桃子さんのせいで変に意識しちゃう……!

 

 頭の中で悶々と寸劇を繰り広げて数分。なんとか落ち着きを取り戻すと同時に注文しに行っていた京太郎がトレーの上に自分と美穂子のケーキとドリンクを乗せて戻ってきた。

 

「お待たせしました、福路さん。オレンジジュースでよかったですか?」

 

「あ、須賀君。ありがとう」

 

「でも、意外でした。福路さんは紅茶やコーヒーを平気で飲める人だと思っていましたから」

 

「……子供っぽいかしら?」

 

 京太郎の発言に自覚があったようで美穂子はうつむきながらチューとジュースを飲む。

 

 上目づかいで放たれた視線にはかすかな不服がこもっていた。

 

「す、すいません。そんなことないですよ」

 

「……甘いのが好きなの。麻雀を打つと頭をいっぱい使うから」

 

「なるほど。じゃあ、今度みんなで遊ぶ時はクッキーを焼いていこうかな?」

 

「きっと衣ちゃんも喜んで食べるわ」

 

「福路さんもでしょ?」

 

「それは、その……はい」

 

 チュー。

 

 ストローから吸い上げられるジュースはいつもより甘酸っぱい味がした。

 

 チュウチュウと一心不乱に(当人は恥ずかしさを誤魔化しているだけである)ジュースを飲む美穂子を京太郎はじっと見つめていた。どこか頼りない幼馴染を見るように、微笑みながら。

 

「……なんだか福路さんの新しい一面が見れて嬉しいです。頼れるお姉ちゃんの萌えポイントというか」

 

「……萌え?」

 

「すごく胸にグッとくるものがあったということです。親近感も沸くし」

 

 そう言うと京太郎は口にケーキを運んだ。

 

 ふんわりとしたクリームにとろけるスポンジ。口の中で重なり合うように溶けて、控えめで上品な甘さが広がる。底にちりばめられたレーズンがほどよい酸味となっていて美味しさを引き立てていた。

 

 いわゆるお腹に重くなく、何個でも食べられそうだ。

 

「……どうしたんですか、福路さん。美味しいですよ?」

 

 京太郎はさっきから一度もケーキに手を付けずに何か考え事をしている美穂子に勧める。それが効いたのかは知らないが、彼女は顔を上げた。

 

 何故かものすごくいい笑顔で。

 

「ごめんなさい。ちょっと考え事をね」

 

「考え事ですか?」

 

「そう。今から年上をからかう須賀くんに仕返しします」

 

 そう宣言した美穂子は身を乗り出すと京太郎へと手を伸ばす。

 

 前かがみになった体勢のせいで豊乳の谷間がちらりと覗けてしまっていた。

 

 我慢我慢我慢我慢我慢!!

 

 京太郎は目を閉じて念仏を唱えるように繰り返した。

 

 おそらく美穂子は気づいていない。

 

 普段男性との付き合いがないゆえの怠り。危機管理の低さ。

 

 彼女は男に眠る野獣を知らないのだ。

 

 ……あとでそこはかとなく注意しよう。そう決意した彼は訪れる冷たい感触。口元を何かで拭われた気がして、京太郎は瞼を開けた。

 

 すると、美穂子は腰に手を当てて眉をへの字に曲げた。

 

「もう……ほら、だらしないわ、京太郎。口にクリームがついちゃってる」

 

「…………」

 

「……なんて。須賀くんがいじわるするから少しだけお姉さんの演技、頑張っちゃった。……須賀くん?」

 

「…………はっ!?」

 

 一瞬、意識が飛びかけた京太郎はブンブンと首を左右に振った。

 

 危ない、危ない! あまりのアレにもうアレがドウなっちゃうところだった!

 

 言語能力を失ったことに気づいていない京太郎。だが、そんな彼にさらなる衝撃が襲い掛かる。

 

「んっ、美味しい」

 

 指でふき取ったクリームをそのまま口に含んだのだ。

 

 ちろちろと舌でなめとる艶めかしい音がやけに大きく響く。

 

 そんなあでやかな姿を目の当たりにした京太郎は石に負けないくらいに硬直していた。

 

 体も、思考も、アソコも。

 

 悲しきかな、男の性。流石の京太郎は健全な男子高校生であったようだ。

 

「須賀くんの言った通りだわ。私のケーキも楽しみ」

 

 きっと間接キスなど全く気にもしていない、考えついてもいない美穂子は一切れ食べると笑顔を満開にさせる。

 

 一方の京太郎はもう味なんて概念は理解できなくなっていた。

 

 その後、休憩をした二人は美穂子の行きつけの雀荘や麻雀専門店で商品を取る際に指が触れ合って緊張したり。後ろから指南してくれる美穂子から香るいい匂いに女の子であることを意識してしまったり。はたまた重い荷物も軽々と持ち上げてくれるたくましさに男らしさを感じたり……とするのだが、それはまた別のお話。

 




てのひら返してええんやで(ニッコリ
次は清澄合宿をやるか、飛ばしてころたんやるか。
……ころたんするか?

それが終わったら、県予選やって、第一章終了。
全国編へ行くくらいの予定です。


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18.『国広一は熱く語りき』

京ちゃんが女性に興味あるって示したかった、ただそれだけなんだ。


「きょ、京さんの家よりでかいっす」

 

「ザ・豪邸だな」

 

「素敵なお家だわ」

 

 三者三様の反応を見せる京太郎たち。彼らは今、衣の家。ひいては龍門渕グループの本家の前にいた。

 

 先週、寝ていた衣を引き渡した際に彼女の親戚にして龍門渕家の娘である龍門渕透華にお呼ばれしていたのだ。インターホンではなく呼び鈴を鳴らした彼らは目の前に広がる豪邸と広大な土地に驚嘆していたところだった。

 

「お待たせ、三人とも」

 

 しばらくして中から出てきた案内人は透華付けのメイドにして昨年、長野県大会を優勝した龍門渕学園の一人である国広一。

 

 頬につけたタトゥーシールがチャームポイントの女の子だ。

 

 しかし、彼女の特徴はそんなところにはない。国広一という人物を語るにあたって外せないのが奇抜な服装である。

 

 ぷりっとしたお尻の割れ目が見えてしまっているミニスカート。肌を全く隠せていない上着。少しでもずれたら秘部が見えてしまいそうなギリギリのラインを責めていた。

 

 下着すらつけていないのがわかる。

 

 初対面の時に、京太郎と桃子が急いで110番通報したくらいだ。

 

 なにより彼女のひどいのは自覚症状があり、なおかつこのファッションがイケていると思い込んでいるところ。つまるところ、好んで露出しているのだ、国広一は。

 

 三人を連れて衣の部屋へと向かう道中の中頃。思い出したように一は口を開く。

 

「ねぇ、巨乳好きの京太郎」

 

「なんだ、露出狂の国広君」

 

「は?」

 

「あ?」

 

 息をするように互いの額をぶつけてにらみ合う二人。

 

 変態は変態に通じるものがあるらしく、一は京太郎の趣向を把握している。

 

 彼女は京太郎を自分側に引き込みたい。京太郎は当然、かたくなに拒否する。だから、京太郎にとって一は天敵のような立場にあるのだ。

 

「いいかい? この服は現代アートなんだ。元来、人間が身に持つ魅力を存分に引き出そうとしているんだよ。だからこそ、恥ずかしさもなく、こうして闊歩できる」

 

「建前はわかった。で、本音は?」

 

「ボクはこうして肌を晒すのが好きなんだ。いや、違うな。こうすることで欲が詰まった下衆い視線を一身に受けるのがたまらなく気持ちいいんだ」

 

「………………」

 

「あの好奇の視線で下から上までなめ回されるように見つめられるとゾクゾクする。背徳感、緊張感……多くのことを感じられるんだ。それがたまらない」

 

 自分の腕を抱いて身震いする痴女。

 

 その頬は恍惚と朱に染まっている。過去の汚い思い出にでも浸っているのだろう。

 

 とりあえず、モモと福路さんとは離しておこう。

 

 純粋無垢という天然記念物を穢すわけにはいかない。

 

 そう思った京太郎は歩調を遅らせて一歩下がった。

 

「どうしたんだい、京太郎。頬が引きつっているよ」

 

「いや、今日も全力で飛ばしているなって。お前はマジで衣に悪影響だと思う」

 

「君は不満ばかりだね。だから、ボクも遠慮なく不満を吐かせてもらおう。――どうして君はボクに欲情しない?」

 

「は? 大きいおっぱいが好きだからに決まっているだろ」

 

「京さん! 本音! 本音漏れてるっす!?」

 

 しかし、熱くなっている彼に桃子のツッコミは届いていない。

 

 ヒートアップしていた京太郎は止まらない。一のあおりも止まらない。噛み合っていらない相乗効果を発揮する。

 

「それなら仕方ない。ボクにはないからね。じゃあ、聞こうか? 君は東横さん、福路さん。どっちの胸が好き――」

 

「両方だ」

 

「ほう……」

 

 漢京太郎。本人たちが目の前にいるのに関係ないと言わんばかりに語りだす。

 

 一方、桃子は自慢げに胸を張り、美穂子は赤面しながら腕で隠すように抱きしめた。

 

「同じ巨乳に見えるがその実は違う。まず、モモは張りが凄い。あのサイズなのに垂れていないんだ。それでいて腕に押し付けられた時の柔らかさと確かに跳ね返してくれる弾力。必ずと言っていいほどの幸福感を与えてくれるだろう。一級品であることに間違いはない」

 

「……深いね。続けて」

 

「福路さんの胸は感触で楽しむんじゃない。目で、視覚で感じる高級品なんだ。型崩れすることなく美しく放物線を描いている。清楚な雰囲気を持つ彼女のイメージを壊さないように、いやらしさを隠しているんだ。だからこそ、思わず視線がいってしまう。なぜなら、芸術品だから。綺麗なものを見ようと思うのにどうしてためらう必要がある?」

 

「結論は?」

 

「モモが天上とするならば福路さんは極致。互いに俺の人生の中では最高点に到達している」

 

「……なるほど、じっくり勉強させてもらったよ、京太郎。それでいてボクは謝罪しなければならないね」

 

 一は歩みを止めると頭を下げる。突然の行動に驚く京太郎だったが、彼は黙って彼女の続きを求めた。

 

「ボクは君をなめていたようだ。ただの乳好きの変態だとね。でも、違った。確固とした理念を持ち合わせているならボクに興味を持つなんてありえないわけだよ」

 

「……お前にそこまで褒められるとは思ってなかったよ」

 

「ボクだってわかるさ。だけど、だからこそ思ったね。君はやはり変態(こちら)側だと。必ず素でその熱論を繰り出せるようにしてみせる」

 

「ふっ。やれるもんならやってみやがれ」

 

 差し出された手を互いに握り締めて、熱い視線を交わす。

 

 そこには確かな友情が、同じものを共有した戦友ともいえるような友情が芽生えていた。

 

 そして、二人は思う。

 

 この場をどうやって乗り切ろうかと。

 

「ふっふっふ、京さぁん。お話は終わりっすかぁ? 私にも看過できない部分があるってもんですよぉ」

 

「……須賀君。少しだけお話があるの、ええ。大丈夫、怖くないわ。ちょっとだけおふざけがすぎるかなぁって思っただけよ」

 

 京太郎に好意を抱く二人ではあったが、京太郎の熱弁には共感できなかったらしい。

 

 当然の結果だろう。

 

 いくら褒めてくれたとはいえ、他人の前で熱く語られるのは恥ずかしい。二人きりならば話は変わっていただろうが、そうはいかない。

 

 限界を突破した照れと喜びと怒りが混ざり合って混沌と化した感情の矛先は変態二人へと向かうことになる。

 

「……よかったね、須賀君。君の至高とも言える一品を持つ女性が相手をしてくれるみたいだよ、行きなよ」

 

「なに言ってんだ、国広君。熱い友情をたった今感じたじゃないか。ここは仲良くしようぜ」

 

「は?」

 

「あ?」

 

「二人とも覚悟はいいっすね?」

 

「…………うふふふ」

 

「「…………逃げるが勝ち!」」

 

 窮地の二人は にげだした!

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「……ひどい目にあった……」

 

「お前なんかいいさ。俺は正気に戻すってチョップを後頭部に何発も喰らったんだぞ?」

 

「因果応報ってやつっすよ。……たく、揉みたいなら素直にそう言えばいいのに」

 

「そういう話でもなかった気がするのは私だけ? 桃子さん」

 

 いろいろと事情が重なり、少し遠回りした面々は早歩きで目的地へと向かっていた。

 

 一連の騒ぎで約束の時間を少し過ぎてしまっていたのだ。

 

 目指すのは本館から少し離れた場所にある別館とも言える一戸建て。

 

 そこは衣が暮らす彼女専用の家。しかし、実際は檻だ。彼女を閉じ込めるために用意された監獄。

 

 透華の父が衣の持つ人外じみた力を恐れて作り上げた場所だった。

 

「衣ちゃんに申し訳ないことしたっす」

 

「ちゃんと謝りましょう」

 

「俺は土下座する」

 

「なら、ボクは服を脱いで詫びよう」

 

 それぞれ誠意を示す謝罪をしようと心に決める。

 

 ようやく入り口に着くと、衣の執事であるハギヨシが外で待っていた。

 

「すみません、ハギヨシさん! 遅れました!」

 

「申し訳ないっす!」

 

「ごめんなさい!」

 

「いえ、みなさまお待ちしておりました。ご足労、不便をおかけしましたことをお詫びします」

 

「いやいや、俺達も衣と麻雀打つのは楽しみでしたし」

 

「大会ではライバルでも今は友達ですから」

 

「あ、私はあるっすよ、ハギヨシさん。この人は何でここで働いているっすか?」

 

「国広さんは透華お嬢様のご選出ですので」

 

「あっ」

 

「そう。だから、ボクはこうして自由にできるのさ」

 

 自覚している分、なおさら質が悪いと京太郎は思った。流石の美穂子も苦笑いしている。

 

「ちなみに、龍門渕さんの反応は?」

 

「嫌がっているけど?」

 

「お前って本当やばいな」

 

「知ってるさ。でも、やめられない。それが露出……!」

 

 ドヤ顔を披露する一に呆れる一同。しかし、これが国広一という人物でもう受け入れられているのだ。

 

 おそらくこれから一生正すことはできないだろう。

 

 気分が乗った一は改めて京太郎に持論を展開しながら絡み始める。その様子を遠巻きに眺めながら桃子と美穂子は別件のことを話し合っていた。

 

 二人しか知らない大切なことを。

 

「……この人には手紙は来てなさそうっすね、大人になっても幸せそうだし」

 

「いいことじゃない。手紙にはいいことが書かれていないのでしょう?」

 

「そうっすね。ライバルも減るわけですから、あとは衣ちゃんに聞くだけっすかね」

 

「そうね。きっと衣ちゃんも受け入れてくれるはずよ」

 

「……そうっすね。と、噂をすればっす。来たみたいですよ、衣ちゃん」

 

 大きな扉を開けてひょこっと姿を覗かせる金髪幼女。

 

 家の前で談笑していたメンバーを見て、瞳を輝かせるとタタタと可愛らしい小走りで駆け寄ってきた。

 

「待っていたぞ、京太郎! 桃子! 美穂子!」

 

 きっと時間になってもやってこないことに不安があったのだろう衣の喜びは一層大きい。

 

 普段の大人ぶった様子はなく、見た目相応のはしゃぎっぷりを見せていた。

 

「おう、ごめんな。ちょっと俺のせいで遅れちゃって……」

 

「……構わぬ。ここに三人が無事に来てくれたことが衣は何よりうれしいからな!」

 

「衣ちゃん!!」

 

「だ、だから桃子は抱き着くな! き、きつい!」

 

「どうだ、衣。張りが凄いだろ?」

 

「……須賀君?」

 

「すみません、冗談です」

 

「おお、美穂子! 助けてくれ! お前だけが頼りだ!」

 

「ふふっ。スキンシップよ、衣ちゃん」

 

「またか! またなのか!?」

 

 いつも通りの決まったやり取り。

 

 けれど、飽きることなど絶対にない。一分一秒がかけがえのないものだから。

 

 だから、笑顔が絶えることなどありえない。

 

 こうして衣宅での楽しい一日が始まるのであった。




おもちの部分は消すか迷ったけど、そのままいった。
反省はしていない、後悔もしていない。

衣編の次に清澄ぶっこむ。

次回は文章が長くなる可能性があるので投稿できないかもしれない。
闘牌シーンは時間がかかるから許してください。

あと、感想返しは絶対にやる。
ちょっとだけ待ってください、なんでもするから。


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19.『天江衣と初心者』

 衣の家は内装がメルヘンチックに装飾されてある。

 

 薄黄色の壁に空色の水玉が散らべられており、窓枠にはひらひらとしたカーテン。

 

 床に惹かれたカーペットも愛らしい模様が描かれていて、世界観が完成されていた。

 

 しかし、その中央にこの空間に似合わない物が鎮座している。

 

 麻雀卓。

 

 衣が人外なる者と恐れられるようになった麻雀を繰り広げるステージ。

 

 全国でMVP、インターハイ最多獲得点数記録をたたき出し、その名を世に知らしめた怪物・天江衣が誕生した場所である。

 

「ツモ! 立直、面前、タンピン、一盃口、赤1! 跳満だ!」

 

「「とんだー!?」」

 

 悲鳴を上げて京太郎と桃子は卓へ突っ伏す。本来はゆるされない行為だが、ここは友人同士の集まり。おとがめはない。

 

 これですでに三半荘目だが京太郎と桃子はアガれていない。はっきり言って異常事態である。

 

 まだ月も出ていない中、こんなにも差がつくのはいわゆる実力そのものが違うからだ。

 

 むしろ、麻雀を始めて二か月の二人はオカルトと呼ばれる能力を持つ衣相手に善戦している。

 

 なぜなら、衣もまたツモアガりしかできていない。振り込みが一度もないのだ。

 

 これもひとえに福路美穂子の教育のたまものだろう。

 

 手牌、河、視線、場の空気。すべての要素から相手の牌を読むことに関して天才である彼女が己のイロハを叩き込んでいるのだ。

 

 それをものすごい勢いで吸収できているのは彼らが真っ白なキャンパスであったから。何も前知識や先入観、そういった不純物がほとんどなかったことも重なり合い、急激に成長を遂げている。

 

 それは観戦していた一も感じ取っていた。

 

「……驚いた。本当に二人も初心者だったのかい?」

 

「おう。麻雀のまの文字すら知らなかった」

 

「覚えてもやる相手がいなかったっすもん」

 

「……東横さん。これボクのネトマのID。いくらでも誘ってくれていいから」

 

「わーい!」

 

「強い友は歓迎するよ」 

 

 新たなつながりを得て、万歳する桃子。だが、すぐにしょげてしまう。

 

「……でも、いくら防いでも負けたら……」

 

「大丈夫よ、二人とも。今の時点でツモの失点は防ぎようがないもの。だから、次からはアガリも意識していきましょうか」

 

「はいっす……」

 

「頑張ります……」

 

「……なんだ、もう音を上げたのか?」

 

「なんの!」

 

「次じゃ! 次行くぞ!」

 

 わかりやすい衣の挑発に乗る二人は牌を穴へと落として次の半荘への準備を始める。

 

 さっきまでのクヨクヨした態度はどこかへと消えていて、瞳には闘気が宿っていた。

 

 その姿を見て衣は思う。

 

 衣と戦った奴には二種類の人間がいた。

 

 一つは衣を倒して名を上げようとする者。二つは衣の才を利用しようとする者。

 

 ただどちらも衣の力を目にして同じ反応をするんだ。

 

 一度目で戦慄し、二度目で恐怖を抱き、三度目で絶望に堕ちる。

 

 そして、みんないなくなってしまう。

 

 けれど、この三人は違う。

 

 衣を倒そうとする。何度潰して、捻って、踏みつけようとも這い上がって衣に土を付けた。

 

 決してあきらめない。

 

 その姿勢が衣は嬉しくて、なにより――。

 

『ああ、楽しいよ。お前との麻雀はすごくワクワクする』

 

『ドキドキが止まらないっす! 衣ちゃんとの麻雀はやばいっすよ!』

 

『ええ、とても楽しいもの。こんな対局は初めてよ』

 

 そう言ってくれた。

 

 それが衣はとてつもなく嬉しかったんだ。

 

「よし、次はボクが入ろう。みんなの姿を見ていたら興奮してきちゃったよ」

 

「おい、待て。なぜ脱ごうとする」

 

「言っただろう? 興奮した、と。体が熱くなって仕方ないんだよ」

 

「なるほど、わからん」

 

「国広さん。それ以上は女の子として許しません」

 

「ハギヨシさん! 笑ってないでこの変態どうにかしてくださいっす!」

 

「では、この様子を井上さんに連絡いたしましょうか」

 

「福路さん。やっぱりボクは遠慮するよ。四人で楽しんでくれ」

 

「あ、あら。それじゃあ遠慮なく」

 

「よし! 次こそ勝つ!」

 

「ほらほら、衣ちゃんの親番っすよ。いつものセリフよろしくっす」

 

 卓についた三人が衣を急かす。

 

 思い出に浸っていた彼女はゆっくりと瞼を開けると、身を乗り出し、笑顔でボタンを押した。

 

「サイコロ回れー!」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 桜が舞い始め、長期休暇も終わって新たな出会いが多々あるシーズン。

 

 その出会いの恩恵を受けて、つながりを得た三人はある市民会館に来ていた。

 

「今日はここで一度自分の実力を測ってみましょうか」

 

「はーい!」

 

「わかりました」

 

 先導するのは福路美穂子。名門風越女子のキャプテンを務めあげる全国区の選手である。今日は彼女の初弟子ともいえる京太郎と桃子のデビュー戦であった。

 

 とはいっても、まだ最低限の役とオリを覚えた程度で初心者同然。

 

 だが、なによりも牌に触れてほしい美穂子はこうして休日に二人を連れだしていた。

 

 麻雀は国際競技だ。こうして市民会館では定期的に麻雀を教える会などが催され、本日は初心者が実戦に慣れるための集まりが開かれていた。

 

 京太郎たちはそれに参加しにきたわけである。

 

「うわっ。こんなに人がいるんすね……」

 

「ハンドの試合より多い……」

 

「今日は龍門渕グループが主催だからいつもより規模が大きいの。あそこは麻雀に力を入れているから」

 

「龍門渕グループ……」

 

「そこって去年の長野県優勝高校と同じ名前……」

 

「そう。私達を下して全国へと出場した龍門渕高校はそこの一部だわ」

 

「……すみません。なんか嫌なこと思い出させちゃって」

 

「ううん、気にしないで。今年は私達が優勝を頂きますから」

 

 グッとガッツポーズを取る美穂子。

 

 いちいち仕草が可愛いな、この人は……と京太郎はほっこりしながら心の中で応援することにした。一応、彼は清澄所属で久が本気で全国を目指しているから口にできる立場ではないのだから。

 

「景品もあるみたいでいちばん多く勝った人にはご褒美があるみたいだから頑張ってね」

 

「おお! やる気でるなぁ!」

 

「是が非でも勝つっすよ!」

 

「ふふ、その意気、その意気。それじゃあ、一回目はみんな同じ卓で打ちましょうか、自動卓への不安もあるでしょうから」

 

「「はい!」」

 

 受付を済ませた後、方向性も決まった三人は会場で一緒に卓を囲んでくれる人物を探す。

 

 しばらくキョロキョロと視線をさまよわせていると京太郎は端に一人で壁にもたれかかっている幼い子供を見つけた。

 

 ううん……小学生とするのも気が引ける……。でも、なんだか寂しそうだし、放っておけないし……。

 

 俺たちも慣れていないから問題ないか?

 

「すみません、福路さん。暇そうにしている子を見つけたんですけど誘ってきていいですか?」

 

「あら、ならお任せしますね」

 

「私は見えないっすからね! ここは京さんしかないっすよ!」

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

 メンバーからの同意を得ると京太郎はその少女の元へと駆け寄る。彼女は自分の元へと男がやってきたことに気づくと、虚ろな瞳を向けた。

 

「ねぇ、君」

 

「……なんだ?」

 

「良かったら俺たちと麻雀打ってくれないかな? 実は人が一人足りないんだ」

 

 そう言って京太郎は首からぶら下げている参加証を提示して、怪しいものではないことをアピールする。ちゃんと名前と学生であることも記載されているし、また自分も初心者であることを説明も付け加えた。

 

 もちろん、しゃがんで視線を合わせることも忘れない。

 

「……初心者。そうか、お前は初心者か」

 

「ああ、そうだけど……」

 

「ふっ、なるほど。道理で衣に話しかける変な奴だと思った。衣のことを知らないのだな」

 

「えっと……。ごめんな? 君はもしかして有名なのか? 小学生の県代表とか?」

 

「む……」

 

 少女はその言葉に不満を感じて頬を膨らませると、顔を顰めた。

 

 一方で京太郎は彼女の怒りに困惑している。

 

 その原因はすぐに彼女の口から告げられた。

 

「……一つお前は勘違いしている。衣は小学生ではない。高校二年。年上だ」

 

「えっ!?」

 

「嘘ではないぞ。ほら、これでわかるだろう?」

 

 京太郎と同じように衣と名乗る少女は参加証を見せた。

 

 そこには確かに天江衣という名前と学生の欄に『高校二年』と記されている。つまり、彼女はまごうことなき京太郎の年上でお姉さん。

 

 ……合法ロリ!

 

 京太郎に衝撃走る。

 

「それで……一緒に麻雀を打ってほしいのだったな?」

 

「あ、ああ。そう、そう! 人数が一人足りなくて……」

 

「……いいだろう。衣がお前たちの相手をしてやろう。……しかし、一つ条件がある」

 

「……条件?」

 

 京太郎が言葉を繰り返して尋ねると、衣は頷いた。

 

 何度も経験してきた儚い希望とそれを打ち砕く絶望。これから訪れるであろう未来の顛末に悲しむ表情を見せると呟く。

 

「……お前たちが麻雀を嫌いになっても責任はとらない。これが条件だ」

 

 そして、衣はまた薄く細い希望にすがって戦場へと向かうのだ。

 

 己の居場所を探し出すために。




区切りが良かったのでここで切りました。
次は長いので、明日の投稿はお休みします。
一気に仲良くなるところまで行きたいけど、二日で終わればいいな。

※追記:私用と仕事が重なったので次回の更新は日曜日にいたします
    申し訳ございません。


あと、前回テンションおかしくて誤字多くて申し訳ないっす。
訂正してくださったみなさまありがとうございます



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20.『須賀京太郎の反撃・前』

「……あなたは」

 

「京さん……誰つれてきちゃってるんですか……」

 

 無事に残りの一人を引き連れることが出来た京太郎。少し性格に難がありそうだが、高校生だと言うし問題は起きないだろう。福路さんもモモも根がすごくいい子だから問題ない。

 

 成果をあげたことで意気揚々と二人の元へ合流した彼だったが、流石に彼女たちの表情の変化に疑問を持つ。

 

 どうして戸惑っているのだろうか。

 

「……どうかしましたか?」

 

「京さん! 知らないんすか!? その子は去年の優勝校の大将っすよ!?」

 

「え……まさかなぁ?」

 

 京太郎はギギギと錆びついた機械のような鈍い動きで衣に目をやる。幼女は肩をすくめると呆れた様子で毒を吐いた。

 

「お前……麻雀をやっているくせに本当に気づいてなかったのか。面白い奴だな」

 

 どうやら本当らしい。

 

 ということは……だ。俺は昨年、福路さんを下した宿敵のボスを連れてきてしまったわけで……。

 

 そこに考えが行き着いた時、京太郎は反射的に土下座をしていた。

 

「すみません! 俺が至らぬばかりに!」

 

「い、いいのよ、須賀君。頭を上げてちょうだい?」

 

「で、でも!」

 

「大丈夫、気にしてないから。それに私は天江さんと打ってないから、少し興味はあったの」

 

 美穂子は視線を京太郎の後ろにいる衣へと向ける。細められた視線にはかすかに興奮が孕んでいた。

 

 衣も好奇的な視線を受けて、感情を高ぶらせていた。

 

 強者との戦いは彼女にとって願ってもいないことだから。

 

「……ほう。衣と打ってみたいと、そう思うのか?」

 

「ええ。だから、ちょうどよかったわ」

 

「……ふっ、いいだろう。飛んで火にいる夏の虫だ。全員叩き伏せてやる」

 

 大胆すぎる宣戦布告。

 

 あまりにも挑発的な発言に否が応でも三人の闘志に火がつくというもの。真っ先に卓についた衣に続く形で席に座る。

 

 仮親決めをすると山が現れた。そうなれば自然と雀士は集中し、試合が開始される。

 

「……さぁ、始めようか、烏合の衆。せめて片時でも衣を楽しませてくれ」

 

 運命の賽は投げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簡潔に結果を述べよう。

 

 惨敗だ。

 

 一半荘目を東風で終わらされてしまった。

 

 完全に衣に主導権を握られていた麻雀だっただろう。美穂子も最大の工夫は凝らしたが、それさえも無意味。

 

 必ず彼女に最後のツモが回り、海底撈月をアガられてしまう。

 

 京太郎と桃子に至っては一度も動くことすら叶わずに飛ばされてしまい、その顔には悔しさを滲ませている。

 

「ふっ、どうした? まだ衣とやるか?」

 

「……ああ! もう一回だ!」

 

「いいだろう。有象無象共。何度でもひねりつぶしてやる」

 

 お前らが衣のことを嫌いになるまで。

 

 そんな悲しい思いを被りを振るって追い出した衣はサイコロを回す。

 

 彼女にとって麻雀はもはや誰かと楽しむ者ではない。衣が弱者を蹂躙する。ただそれだけの価値しかないゲームと化していた。

 

 親の順は衣、美穂子、京太郎、桃子。

 

 最悪の順番で開始される二試合目。

 

 また無抵抗のまま終わってしまえば、この一局目だけで飛ばされる可能性すら有り得る。

 

 それをさっきの半荘で感じていたからこそ、京太郎たちは思考を回す。

 

『(何としてでもツモをずらして最後に牌を引かせない……!)』

 

 このままいけば海底牌は美穂子。

 

 だから、どこかで必ずずらしてくるはず。

 

「ポン!」

 

 四巡目。

 

 まずは衣が仕掛ける。京太郎の切った東牌を鳴いて、ツモをずらす。だが、このままだと最後は京太郎。とはいえ、きっと鳴きをしてくる。だから、先に桃子が食いとりにかかる。

 

「ポン!」

 

 流れを食いきる八筒ポン。美穂子の捨てた八筒を手元へ引き寄せて海底牌を最も遠い美穂子の順番へとずらす。なおかつ三人の中で彼女は読みに最も長けている。つまり、衣によってツモ順をずらされにくい。

 

「あとは俺たちが気を付ければいいだけ……」

 

 京太郎はこの回、アガるつもりなど毛頭ない。

 

 衣の河を見て、どうにかして彼女以外にアガらせる。それだけを考えて京太郎は打っていた。

 

 そして、そんな彼の姿を見て、ニヤリと嘲笑う少女がいた。

 

 ダメだ、そんな麻雀では衣に勝てない。

 

 所詮、威勢が良いだけの凡愚に変わりはないのか……。

 

「……ふん、興ざめした。さっさと終わらせてやろう」

 

 場は進み十巡目。牌を打つ音だけが響いていたが、衣によって静寂は破られる。彼女の視線の先には昨年の県予選で唯一衣の記憶に残った風越の副将。

 

「ところで、一つ疑問に思っていることがあるのだが……風越。お前、どうして本気を出さない?」

 

 唐突に投げられた話題に思わず三人の手が止まる。

 

 尋ねられた美穂子はいつもとかわらぬ柔和な笑みを返した。

 

「……天江さん? 何を言っているの、私はいつでも全力よ」

 

「いや、そんなことはない。衣は覚えているぞ。昨年、お前は透華と戦っている間、両目を開けていた。確かに開いたんだ」

 

「っ…………」

 

 嘘を見破られて美穂子は動揺する。

 

 彼女が嘘をつくなんて考えられない。つまり、衣の質問には彼女にとって触れられたくない事実があったと言うこと。

 

 なにより人間の感情の揺れを見破ることに長けている衣にとってはわかりやすい反応だった。

 

「……そうか。お前、嫌なんだな? その目をこいつらに見られるのが」

 

「………………」

 

 小さく肩を震わせる美穂子は何も言い返さない。衣が告げる事実は真実なのだから。

 

 ……私は小さい頃から両の瞳の色が違う。周囲の人間とは違うのだ。

 

 差異は隔たりを生み、隔たりは差別を生む。やがて、それは異端へと成り落ち、糾弾へと発展する。自分とは違う。そんな些細なことで恐怖を覚え、人々は攻撃するのだ。

 

 異端は追放を。子供ならなおさらそれは過激になる。

 

 中学もずっとそのことで悪口を言われ続けた。だから、誰にでも優しくすれば認めてくれると思って、美穂子は努力した。ただそれが実を結ぶことはなく、むしろ一部の逆鱗に触れて悪化させてしまった。

 

 地獄の三年間を終えて、高校へ上がっても、強豪のキャプテンとなっても完全には消えることはなかった。だから、怖い。

 

 どれほど私が須賀くんを、桃子さんを信頼していようと、彼らにとってはたかが出会って数週間の付き合い。あまりにも短すぎる。

 

 だから、私は二人の前では決して右目を開けることはしなかった。

 

「……福路さん」

 

「風越の。衣にお前の事情はわからん。だが、衣は全力でこの戦いに臨んでやっている。それなのにお前だけが余力を残してやるのは違うのではないか?」

 

 浮かべるのは嘲笑。美穂子のトラウマを抉り、楽しんでいるのが誰にでもわかるひどい表情。

 

 流石の京太郎たちも黙ってはいられなかった。

 

「……ちょっとお前もいい加減に」

 

「――須賀くん。いいの、大丈夫よ。大丈夫だから」

 

「……福路さん……」

 

「わかったわ、天江さん。ごめんなさい。ちゃんと全力で臨みます」

 

 けれど、身を乗り出そうとした京太郎の肩に添えられた手は見て取れるくらいに震えている。

 

 京太郎は直感的に理解した。

 

 恐怖という感情に彼女は囚われている。ただそれでも瞼を開けようとするのは彼女の雀士としてのプライドか。それとも二人を信頼しての結果か。

 

 やがて、全てが、スカイブルーの瞳が姿を現した。

 

「…………どう、かしら?」

 

 美穂子は息を呑んで、少しの間晒すとうつむいた。

 

 桃子の顔を見て、京太郎の顔を見て、自分に失望しているのを見たくなかったから。だから、どんな言葉でも受け入れようと待っているが、特に言葉はない。

 

 それもそうだ。京太郎は見惚れていたのだから。

 

「……須賀くん?」

 

 今まで誰も見せたことのない反応に美穂子は困惑を隠せない。その美穂子のおどろおどろしい姿を目にして、ようやく意識が戻ってきた京太郎は慌てて取り繕う。

 

「あ、す、すみません! 見惚れてしまって……」

 

「……見惚れる? この醜い瞳に?」

 

「醜いなんてとんでもない! 俺はすごく綺麗だと思います」

 

「…………綺麗」

 

「はい。とっても」

 

 福路美穂子は己の人生を顧みる。今までこんな言葉をかけられたことがあっただろうか。

 

 呪詛のように吐き捨てられた罵倒は嫌というほど覚えている。

 

 だけれど、褒められたことなど一度もない。

 

 京太郎の言葉は自分の一部を認めてくれたようで、温かな感情が彼女の中にあふれてくる。

 

 気が付けば彼女は涙を流していた。

 

「ふ、福路さん? 俺、変なこと言いましたっけ!?」

 

「い、いえ……綺麗だなんて言われたのが初めてで……私、この目のことが嫌いだったんです。今までずっとこの目のせいで苦しい思いをしてきたから……」

 

 今まで心に溜まり続けた負の感情を吐き出す場所なんてなかった美穂子は辛かった内心を吐露する。ずっといじめられてきたこと。小さい心に刻まれた傷は重なり、複雑に気持ちは絡まり、何をやっても悪循環だったこと。

 

「もう嫌だったの……! こんな目なんていらないと何度も思った……!」 

 

「そんなことが……」

 

 桃子は思わずつぶやいてしまう。

 

 こんな性格で環境にも恵まれている人が自分に劣らない過去を持っていたことへの衝撃によって、上手く言葉が紡げない。

 

 けれど、彼女の愛した少年は違った。

 

「……福路さん。その、俺がこんなこと言うのは場違いだと思います。けれど、一つだけ言わせてください」

 

 見返す瞳は素直だ。彼にうずまく感情をよく映している。

 

 わずかな怒りと同情の悲しみ。

 

 京太郎は一呼吸挟むと美穂子の手を掴んで、己の実直な感想をぶつけた。

 

「俺は福路さんのことが友人として好きです。人としてとても尊敬しています。だから、だからこそ、あなたにはその瞳を好きになってほしい。嫌わないでほしい。勝手だけど、俺が好きな福路さんが自分の一部を嫌いにならないであげてください」

 

 熱弁する彼の口調は喋るにつれて強くなっていく。

 

 気持ちが一言一句に乗り移って、美穂子の元へと届けられる。

 

 確かにそれは彼女の心を大きく動かした。

 

「オッドアイは恥じらうことでも、忌避することでもない。今までの奴らはきっと見る目が無かったんですよ。だって、俺はこんなにも素敵だと何度も思っているんだから」

 

「……須賀くん……!」

 

 しっかりと自分の気持ちを伝えた京太郎。

 

 美穂子は涙をポロポロとこぼして、彼の胸へと飛び込む。恥ずかしさも気にならない。

 

 今だけは彼へと甘えたかった。

 

 一方でその少年は泣き止まない少女の頭を撫でて、彼女の過去を掘り起こした衣を見やる。

 

 その両瞳から感じられるのはさっきまでと明らかに違う。

 

 消極的な姿勢ではなく、攻撃的な獰猛な眼。

 

 自分をこいつは狩ろうとしている。やる気を出している。

 

 やはり焚き付けてよかった。

 

 そうだ。衣をもっと楽しませてみろ!

 

 思惑が成功した衣は気分よさげに口端をゆがませる。

 

「……ほう? どうやらさきほどまでとは違うらしい。まさか……勝てるとでも?」

 

「ああ、そうさ。安心しろよ、天江。ちゃんと俺は描いている」

 

「……何を?」

 

「当然、お前を倒すための秘策をだよ」

 

 そして、京太郎は一歩前進する一打を打つために牌を握った。

 




長らくお待たせしました。
とりあえず、前ということで。
はよコメディやりたいけど作品の性質上、背景を描く話は欠かせません(原作では京太郎は誰ともつながりを持っていないから)。

あと少しだけお付き合いください。
次は明後日。
よろしくお願いします


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21.『須賀京太郎の反撃・中』

麻雀少女たちの能力には一部、独自解釈が入っております。
今回は終盤に繋がる回。



 京太郎は部活内でも最弱だ。

 

 その原因となっていたのが振り込みの多さ。

 

 危険な牌だと薄々は感じながらも、それが連続で何個も来てしまうのだ。両面なら二種が、三面張なら三種……といった具合に。ともすれば、自分の手は狭まり我慢できずに切り出す。

 

 アガられる。

 

 これの繰り返しである。

 

 とある日、久に須賀くんは悪運の化け物でも身に宿しているんじゃない? とからかわれたことをこの数半荘で思い出していた。

 

 もし、久の冗談めいたことが真実ならば勝機は十分にある。

 

 他人が聞けば、正気の沙汰ではない。

 

 己に残されたのは他人より速く聴牌し、誰よりも最速であがらなければならない。そんなことが必ず可能と問われれば、誰もがNOと答える。

 

 けれど、彼の瞳に映っていたのは全く別の未来。

 

 恐らく、相手が天江衣だからこそ出来る芸当なのだ。

 

 それも許されたチャンスは一回。一撃で決着をつけなければならない。

 

 つまり、ぶつけるのは役満。

 

 一択だ。

 

「ほう……。打ち方を変えたか」

 

 衣は京太郎の一打を見て、ニヤリと口を吊り上げる。

 

 さっきまでこいつらは字牌を重ねて、小さい点数でも衣の勢いを削る。そんな消極的な姿勢だった。

 

 けれども、今は違う。

 

 明確な道へと突き進む魂のこもった一打。

 

 いいぞ、須賀京太郎。

 

 気に入った、気に入ったぞ、その気概。

 

 今まで衣はあまりにも人の闇を目の当たりにしてきた。

 

 そして、初めて出会った自分に反抗する相手に動揺と同時に猜疑心も抱いていた。

 

 どうせこいつも変わらぬのだ。結局のところは変わらない。

 

 それを証明する。この局、絶望に絶望を重ねてやって希望が垣間見えた時にさらなる闇を与えて息の根を止める。

 

 最後まで待ってやるのは衣のプライドだ。強者として、雑魚を踏み潰す。そんなプライド。

 

「…………」

 

 次順、京太郎はツモった牌を手に加える。これで七対子の一向聴。

 

 しかし、ここから手が進まなくなるのは身に染みて知っている。ずっと経験してきた。

 

 忍耐との勝負。京太郎はこれからの局において手を全部七対子へ向けて進めている。それはなぜかと問われれば最終的な暗刻の完成のため。

 

 衣の能力のせいで暗刻が出来上がるのはめずらしい。だからこそ、いつでも鳴ける準備を。

 

 これで勝負を仕掛ける。

 

 だが、そんな京太郎の気持ちとは裏腹にまたしても衣が七巡目にしてアガる。

 

「ツモ。6000オール!」

 

「っ! 海底撈月じゃない……!?」

 

「ふん。あれはただの遊びだ、須賀京太郎。今から衣がもっと楽しい遊戯を見せてやろう」

 

 さっきまでは感じなかった寒気が京太郎を襲う。身動きの取れない海の底へと沈められたかのような錯覚を覚えると彼は異常な力の主を見据える。

 

 天江衣。彼女の本髄は夜に発揮される。そして、空は夕闇に包まれようとしていた。

 

 一本場。

 

「立直!!」

 

 七順目、天江衣の立直宣言。直後の美穂子のツモは二索。

 

 河を見る。明らかな危険牌。

 

 彼女は手に加えると安牌を切り出す。京太郎や桃子も当然、振り込むなんて愚行はしない。

 

「ポン!」

 

 一発消しの鳴き。手がぐちゃぐちゃだった為、安全牌が多かった桃子が念には念を重ねる。

 

 しかし、いくら塞いだところで衣は自分で引き寄せるのだ。

 

 立直から八順して、衣はツモアガリした。

 

「ツモ。立直、面前、平和、タンヤオ、三色! 6100オール!」

 

「また親跳ねっ!?」

 

「くっ……」

 

 桃子と美穂子は何もできない無力さに唇をかみしめる。

 

 彼女らがいくら思考を重ねて手を打っても、衣には今のところ通用していない。けれど、その瞳は死んでいない。うつむいてはいなかった。

 

 ただただ点棒をむしりとられるのを指をくわえて見ることしかできていない悔しさが心を奮起させる。

 

 次こそはアガってみせる……!

 

 その気持ちを忘れずに次の局へと臨む。

 

「…………?」

 

 一方、衣は首を傾げていた。

 

 ……なんだ、この感覚は。今のツモ……何かおかしかったような……。

 

 しかし、衣はただの気まぐれだと頭を振る。

 

 何を怯えている。衣は現に勝っているではないか。

 

「恐れることなど、ない!」

 

 二本場。この時すでにトップとは58300点差。すでに役満では捲れなくなっている。

 

 だけど、京太郎は焦らない。虎視眈々と機会をうかがう。

 

 研ぎ澄まされた勝利への嗅覚がまだ急ぐ時ではないと脳に信号を送っている。

 

 時は巡り、六順目。

 

 またしても速攻にして跳満手を張った衣。ロンアガりならその時点でゲームEND。

 

「立直」

 

 女の子の声音とは思えない威圧感を放つ宣言。

 

 けれど、委縮することなく今度は京太郎が仕掛けた。

 

「ポン」

 

 捨てられた二筒を拾い上げる。これで彼は二向聴。手には対子は一つもなく、それどころかタンヤオにも遠い。京太郎の狙いは自分が聴牌することではなかった。

 

 今の時点で最もアガる可能性が高い美穂子へのアシストである。

 

「…………また」

 

 衣に覆い被さるような違和感。衣が立直をする際、彼女は己のツモアガリを確信している。それは天江

 衣として持つ人ならざる力。

 

 それが働かないのだ。さっきの局もそうだった。

 

 もっと早くツモるつもりだったのに、最後にようやっと引くのが精いっぱいだった。

 

 ……何かもっと根本的に衣と相対する何かがここに潜んでいると言うのか……?

 

 アガリ牌ではないそれを衣はツモ切り。瞬間、隣からロンの声が聞こえた。

 

「満貫。8600の支払いよ?」

 

「福路……美穂子……!」

 

 伊達に彼女も風越のキャプテンを務めていない。今までの経緯から牌の動きを予測して手を作り上げていたのだ。

 

 天江衣。本日の初の振り込みである。

 

「……あら? すごく怖い目。どうかしたのかしら?」

 

「……ふん。男の胸で泣いた女に心配されることなど無い」

 

「ま、まぁ」

 

「……なんでラブコメ空間発生させてるんすかね、美穂子さん」

 

「そ、そんなことはないわ。全然須賀君のことを見たりしていないもの」

 

「語るに落ちてるっすよー」

 

 しらじらしいと桃子の視線が美穂子に突き刺さる。

 

 やっと衣の親番が終わって弛緩した空気。

 

 ずっとまとわりついていた重い空気が霧散して、緊張が解けていくのを感じられる。凝り固まった頭もようやくほぐれ始めていた。

 

「なんだ、たった一回アガれた程度で……そんなに嬉しいのか?」

 

「ええ、当然よ。それが麻雀の楽しさだもの」

 

「麻雀の楽しさ?」

 

「そう。試行錯誤して、どうにか自分の手で勝利をつかみ取る。あなたも麻雀を打っているならわかるでしょう?」

 

「……衣は……」

 

 衣はわからなかった。

 

 美穂子の問いに対する明確な答えを持ち合わせていなかったのだ。それは今まで麻雀は誰かを追い払うために、踏み倒すために打ってきた。

 

 なにより衣は自分の絶対なる力に任せて麻雀をしてきた。

 

 そこに彼女の意思はない。

 

「衣は……衣はいつも勝っている。そこに喜びなどない」

 

 暗闇が落ちる衣の表情。その呟きに美穂子は残念そうに苦笑いした。

 

「それに戯言を言っていられるのは今の内だ、福路美穂子」

 

「…………」

 

「先刻から衣のツモが悪くなったと思っていたがお前の仕業だということはわかった。お前の力も思い出したぞ。流れを読み切った上での麻雀。そして、そこの二人もお前と似たような打ち筋。意図が読めない鳴きは流れを歪曲させるもの」

 

 衣は己を見つめる二人(・・)の敵をにらみつける。

 

 タネはわかった。所詮、群れなければ勝負もできない雑魚の集まりだということも。拍子抜けだな。

 

 なら、衣が負けるはずがない。

 

 もっと強い奴らとも打ってきた衣ならば!

 

「いくぞ! 東二局!」

 

 衣は意気揚々と山から牌を取って手牌を作り上げていく。

 

 最も注意すべきは親玉である福路美穂子。

 

 こいつにかける圧力を強くしてしまえば問題ない。確かにさっきは聴牌までこぎつけられてしまったが、衣の一向聴地獄からは逃げることができると思うな!

 

「立直!」

 

 それぞれが手を進めていく中、九順目。反撃の芽は食いとるとばかりに熾烈な攻撃を仕掛けてくる衣。

 彼女は天性の直感から福路美穂子が苦しんでいるのを理解していた。だからこその立直。

 

「今局でお前がアガることはない、福路美穂子!」

 

「……ええ、そうね。私はきっとアガれないわ。けれど、いいのかしら?」

 

「……なにを言っている?」

 

「あなたが戦っているのは私だけじゃない。他にもいるという忠告……かしら」

 

「ふん、それもないな! 須賀京太郎も威勢ばかりで全く骨がない。さぁ、はやくツモれ。地獄を見せてやろう!」

 

 衣は美穂子を急かすが、それでも彼女は山から牌を取ろうとしない。それどころか手牌を伏せてしまった。

 

 意味の分からない行動に衣は首を傾げる。

 

 そう。彼女はムキになっていた。美穂子に意識を傾けて、周囲を見ていなかった。

 

 だから、同時に他の少女の能力が効力を発揮する時間が到来していることにも気が付かない。

 

「いいんすか? それ、当たりっすよ?」

 

 認識を阻害するノイズでもかかったかのような声。

 

 不意に牌が倒される音がして、衣がちらと視線を向ければ黒髪の少女がゆらゆらと揺れながら、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 その13の牌は綺麗に並べられていて、あと一つで役が完成する。

 

 たった今、衣が切った一索を加えれば平和、一通、メンホンという大きな複合した役に。

 

「12000の振り込みっすね」

 

「なっ……」

 

「途中からあなたは私を瞳に捉えていなかったっす。ようやく効いてきたみたいっすね」

 

 桃子の言う通り、途中から衣は無意識のうちに彼女の存在を消していた。

 

 ステルス。

 

 存在感が薄い桃子が己の持つ特徴を存分に利用した打ち方。極限まで意識して生気を消し、麻雀を打つ。

 

 相手はアガり牌を見逃すし、不注意に振り込む。

 

 ずっと苦手意識があった自分の生まれ持ったハンデを技の一つへと昇華させたのだ。

 

 そして、ここにはもう一人、ハンデを力へと変化させようとしている男がいる。

 

 衣から点棒を受け取った桃子は視線を横の想い人へと移す。

 

 その黒き瞳には間違いなく闘志が宿っており、静かに燃えている。ただジッと動く時を待って、揺らめいていた。

 

「……場は整えましたよ、京さん」

 

 消え入るような小さくか細い声。期待を乗せた一言を残して再び彼女は幽霊のように不確かなものとなる。

 

 そして、ついに京太郎の親番が始まった。




次話で決着。京太郎の前に二人にも見せ場があげたかった。
ステルスや衣の能力に関しては独自解釈がはいっています。
京太郎の能力も独自で考えてつけています。
ご理解ください。

次は木曜日です。
いつも通り感想もゆっく(ry

※追記:残業、キツ、死ぬ。更新、明日、する。たすてけ

メッセージ一つ一つが励みになっています。
いつもありがとうございます。



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22.『須賀京太郎の反撃・後』

昨日は仕事で疲れて眠ってました。ごめんなさい。
あと、かっこよく書けなくてごめん。


 東三局。美穂子、桃子の連続和了からのいい流れで親は須賀京太郎。

 

 しかし、現実はうまく行かないものでその手は四向聴。ただ数牌の対子があるのはいいことだった。

 

 初手は字牌。初めから連荘など考えには毛頭ない。

 

 天江衣という存在につけ入る隙は無いと言っても過言ではない。初心者の京太郎ならば尚更。美穂子と桃子が切り開いてくれたからこその機会。

 

 一回目にしてラストチャンスを逃す訳にはいかなかった。

 

 全神経を牌へと傾ける。

 

 一方、相対する衣はそれをヒシヒシと肌に感じていた。

 

 なんだ……なんだ、この気は……!

 

 そもそも衣にとって三人は例に見ない稀有な人間だ。あれだけ実力差を見せつけたのに諦めていない。それどころか和了までされた。

 

 どうして……どうして心が折れない!?

 

 それに納得がいかなくて、衣の神経は逆撫でされていく。

 

 こいつらを繋ぎ止めるものはなんだ。何がここまで必死にこいつらをかきたてる。

 

 荒れた手牌を整理して、気持ちも抑えようとする衣だったが激情は留まることを知らない。

 

 彼女も能力が怪物級であるが、それを除けばただの女の子なのだ。誰もそこへは意識をやらない。あまりの圧倒さ故に気づかなかったのだ。

 

 その内側がひどくひどく脆いことに。

 

「…………!」

 

 乱された心を表すかのように乱雑にツモをすると、衣は聴牌になる六索を引いた。

 

 一順目にして二、五、八索の三面張を聴牌。

 

 ……やはり衣は化け物か。

 

 これで立直をかければ衣の流れが確かに来るだろう。

 

 それに無理をせずともダマでも一位は死守できる。

 

 だったら、聴牌の形を取り、ここは静かに――と牌を切ろうとした所でピタリと動きが止まる。

 

 なぜ。

 

 なぜ衣は逃げている。

 

 こんな虫けらに怯えているのか? この衣が……?

 

「……ふざけるな」

 

 はっきり言って彼女の背負っているものはその小さい体には重すぎる。容量などとうに越えていることだろう。

 

 そんな状態でありながら天江衣をここまで支えてきたのは塗り固められた虚栄心と自分への自信。それを失ってしまっては天江衣は天江衣で無くなってしまう。

 

 悲しいかな、今の衣の価値は圧倒的な化け物であるからこそ生まれている。化け物でなければ、衣は必要とされないのだ。少なくとも本人はそう思っていた。

 

 ここで及び腰になれば、勝負を避ければ衣の強さに疑問符が付くかもしれない。

 

 深層心理でそれを理解していた彼女は逃げない。いや、逃げられない。

 

「……衣は、負けない!!」

 

 追い詰めているようで逆に土俵際に追いやられた衣は一抹の不安を吹っ切るように叱咤すると、停められた行動を再開。

 

 切り出した三索を横へと曲げて、高らかに宣言した。

 

「立直!」

 

 瞬間、全体に重い空気がのし掛かる。ゴールが見えない、そんな迷宮に閉じ込められたかのような錯覚に美穂子と桃子は顔を思わず歪めた。

 

 追い討ちをかけるようにダブル立直だ。これでは当たったら事故。避けるもくそもない。

 

 せっかく繋いだチャンスを不意にしてしまうかもしれないという不安が手を鈍らせる。

 

 衣もまた別の思惑を抱いていた。

 

 夜に近づき、のしかかるプレッシャーは先ほどまでとは比にならない領域に達している。

 

 これならば奴も闇に堕ち、絶望に崩れ去る悲観の顔をしているだろうと、確かに思って。

 

 そんな三人は揃って目線を隣の京太郎へとやった。

 

 そうして注目を一身に浴びた少年は一人、笑っていた。

 

 無邪気に、玩具を与えられた子供のように。

 

 彼はこの状況下においても麻雀を楽しんでいた。その瞳には希望が灯っている。

 

『――――』

 

 須賀京太郎は変わらない。

 

 空気は無視して、自分の前の牌に集中していた。まるで京太郎だけ別の流れにいるみたいに。

 

 その事実が与える影響もまたそれぞれだった。

 

「…………っ!」

 

 敵である衣は歯ぎしりした。

 

 諦めろ、諦めろ、諦めてくれ、敗けを認めろ!

 

 勝たなければ衣に価値はなくなるんだ! そしたら衣はさらに孤独になってしまう……!?

 

 その眼はなんだ! どうして闘志を宿していられる!?

 

「京さん……」

 

「……須賀くん」

 

 仲間である二人は飲まれかけた雰囲気から解き放たれた。緊張感の束縛から逃れた彼女たちも呼吸を整えて、平常を保つ。

 

「三索、ポン」

 

 発せられた声が詰まった空気を切り裂き、京太郎の手が一つ進んだことを衣に知らせる。

 

 同時に彼女は己のツモが悪くなるのを感じた。

 

「…………くっ」

 

 またアガれない。

 

 何故か衣はツモれなくなる。死神にでも魅入られたかのよう。

 

 ダブル立直から数順。

 

 どんどん下がる衣の運気に反比例するように京太郎の手は完成していく。

 

「……よし」

 

 確かに感じる手応えに無意識に声が漏れでる。それに薄氷の上を歩くような錯覚に陥っていた衣が過剰に反応する。

 

 心の底から沸き上がる激情についに衣は耐えきれなくなったのだ。

 

「どうして……どうして投了しない……?」

 

 投石された呟き。そこに強き感情が込められているのに気がついた京太郎は顔を上げる。

 

 彼の瞳に映る少女は今にも壊れそうなほどに脆い。

 

「どうして……か?」

 

「そうだ。さっきの半荘で学ばなかったのか? なぜ戦おうとする! 衣が怖くないのか……!?」

 

「……お前が何を言いたいのかは理解できないけど……」

 

 京太郎はしっかりと衣を見つめ返す。

 

 そして、笑った男から告げられた言葉は彼女にとって聞いたことのない馬鹿げたものだった。

 

「楽しいからだよ」

 

「…………たの、しい?」

 

「そう。こんな状況から、絶対的な強さを持つお前に勝てたらどんなに気持ちがいいだろうって。ずっとそんなことばっかり考えている。俺が諦めていないのはそういう理由だ。つまりは、さ」

 

 京太郎は言葉を一度区切り、牌を捨てる。そして、紛れもない本心を伝えた。

 

「勝とうと思って全力で楽しんでるんだ、天江衣(おまえ)との麻雀を」

 

「……楽しい? 衣との麻雀が?」

 

「おうよ! 男としてこれ以上燃える展開はないってくらいにな!」

 

 嬉々としてそう語る少年に少女は困惑する。頭の中がこんがらがって、理屈を抜いた本心が覗きでた。

 

「お前は衣の怪奇を見てこなかったのか……? お前のような何も持たない凡愚が勝てるはずがない! だって、衣は! 衣は……化け物だから……!!」

 

 ポロポロと流れる涙は止まることを知らない。

 

 彼女の心をせき止めていたものは全て取り払われてしまったから。

 

 今まで自分を見る者の瞳には未知を相手する恐怖が隠れていた。

 

 楽しんでなどいなかった。

 

 それもこれも衣が化け物だから――

 

「お前が化け物って……それがどうかしたか?」

 

「――――」

 

「……あいにくだけど、俺の周りには化け物じみた奴がたくさんいてな。東風で高火力ぶっ放す奴もいれば、変な待ちでアガりまくったり、最後にはカンで必ずツモる奴までいる。俺も何回も、それこそお前にやられたように飛ばされたさ。……でも、何度でも言うよ。お前が納得するまで。俺はどの試合も一度も諦めたことはない。そこから逆転して勝ったら最高に面白いと思わねえか?」

 

 きっと己が勝った時の姿でも想像しているのであろう京太郎はなお笑う。

 

 彼にとって最後まで敗けは考えないものだった。可能性がある限り、そこを目指す。初心者だからこそ、信じ続けられる未来。

 

 その言葉に衣の固定観念(せかい)は崩壊した。

 

 ごしごしと涙をぬぐって椅子に座る。

 

 ……なんてバカなやつなんだ、こいつは。だけど、他のやつらとは違う。

 

 ……京太郎なら……衣のそばにいてくれるかな……?

 

 そんな素敵な未来を思う衣は吹っ切れたようで、さっきまでの憎しみが込められた歪な表情ではなく年相応の可愛らしい顔をしていた。

 

「じゃあ、再開ね」

 

 ホッと安堵した美穂子がツモをして、牌を切る。

 

 次いで京太郎。引いてきたのは八索。この時、彼は一向聴にこぎ着けていた。

 

 たった今、四枚も重なった八索。暗刻の六索、撥。鳴いて手にした三索。衣の当たり牌が四枚もあるのは京太郎の持つハンデにして、この戦いで勝利を得るための鍵である。

 

 この不運を武器にするには相手が三面張を張っていないとまだ彼の技術では難しい。

 

 だから、機を伺っていたのだ。この時をずっと。

 

 そんな京太郎にはさらに策があった。それは八索が四枚も重なった時に閃いたもの。

 

 彼は今までの対局で自分がどうやってもアガれていないのを理解していた。

 

 その中で一つだけ試していない手段があったのを思い出したのだ。

 

 それはドジな幼馴染がよく使う武器。

 

 流れる場。桃子も難を逃れて、衣のツモ番。

 

 彼女が引いたのは撥。それもただの外れではない。強烈な悪運を感じる。白も中も場に出ている。だから、本当なら危険牌などではない。

 

 なのに掴まされたという感覚が衣を襲った。しかし、彼女に恐れはない。

 

 ゆっくりと河へ置くと、これを望んでいたであろう相手へと尋ねる。

 

「……アガるか?」

 

「……いや、それだと俺の負けだから……こうさせてもらう」

 

 そう言うと京太郎はゆっくりと端に固められた三つの撥を倒す。

 

 そして、宣言した。

 

 この化け物の呪いから少女を救い出すために。

 

「――カン」

 

 幼馴染の武器を借りて、少年は歩み出す。

 

 引いてきたのは二索。これではまだアガリではない。

 

 もう一組、手牌から四枚の索子を倒す。

 

「もう一つ、カン!」

 

 腕を伸ばし、王牌からさらなる牌を掴みとる。

 

 勝利という最高の結果と一緒に。

 

「――嶺上開花」

 

 場には倒された二、三、六、八の索子と撥。

 

 役満である緑一色。

 

「大明槓による責任払いで――俺の勝ちだ、天江衣」

 

「……ああ、そのようだな」

 

 敗けた。衣が敗けた。

 

 ずっと怖かったはずの結果。だけど、終わってみれば(もや)が晴れたようで。

 

 天江衣は笑っていた。

 

 それは目の前に立つ京太郎が最高の笑顔で手を差し伸べてくれていたから。

 

「最高に楽しかったぜ。また一緒に打とうな?」

 

 ……ああ、そうかこれが……。

 

 新たに胸に到来する気持ち。

 

 これが天江衣の初めての敗北を味わうと同時に初めての恋心を煩うことになった全員の出会いであった。

 




これにてころたん編の回想シリアス終了。
次回から清澄の逆襲が始まる。

闘牌はしんどいわ。やっぱりギャグがナンバーワン!


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23.『宮永咲は予期せずチャンスを得る』

「うおぉぉぉあ!!」

 

「頑張って、京ちゃん!」

 

「あともう少しです!」

 

 夏が近づき、湿気の多いジメジメとした日が続く季節。県大会まであと二週間となった休日。

 

 なのにも関わらず、京太郎は制服で汗水垂らして坂道を登っていた。

 

 はっきり言って限界をとうに迎えているのだが、弱音は吐けない。両隣で女の子二人が黄色い声援を送ってくれているからだ。

 

「京ちゃん! ファイト!」

 

 右から応援してくれるのは亜麻色のショートヘア幼馴染、宮永咲。申し訳なさがあるらしく、始めからずっと同じ歩調で横を歩いてくれている。時折、汗を拭いてくれたり、気分が悪くならないようにスポーツドリンクをくれる良いサポーターだ。

 

「すみません、須賀君。私も何かお手伝いできたらいいのですが、力がなくて……」

 

 そう言って心配してくれるのは大きいおっぱい美少女、原村和。

 

 何も手伝わなくていいから、その育った果実に触れさせてください。それだけで良いんです。そしたら何度でも立ち上がれるから。

 

 もうお分かりだろうが、すでに京太郎の思考はぶっ壊れており、今も動き続けているのは男のプライドのおかげ。

 

 情けない一面は見せたくないという気持ちが京太郎を支えていた。

 

「よいっしゃぁぁ!!」

 

 色々とこんがらがった掛け声で背中に背負った雀卓を置いて、京太郎はその場に崩れ落ちる。

 

 熱にやられて、足が小刻みに震えているから全然セーフではないが彼の気持ち的にはセーフ。

 

 そんな彼を労わるのは先行して合宿所での支度をしていたので一行から離れていた部長の竹井久。

 

 キンキンに冷えた缶ジュースを頬に当てると、隣にしゃがみこんだ。

 

「お疲れさま。ごめんなさいね? こんなところまで重いもの持たせちゃって」

 

「い……いえ。全国へ行くためなら俺、なんでもやりますよぉ……」

 

 はにかんで力こぶを作る京太郎だったが、やはりそこにいつもの元気は見当たらない。自分のためにここまで尽くしてくれる愛おしい後輩に胸が締め付けられる甘い思いを感じながらも久はそっと彼の指に自分の指を絡める。

 

「ありがとう。……後でご褒美。あげるから」

 

 ボソリと呟くと彼に同行していた恋敵であり、大事な部員でもある咲や和の元へと歩いていく久。後ろで『えっ、えっ、えっ』と慌てている京太郎の声は聞こえていない。

 

 同じくらいに動揺して顔が真っ赤になっているのを悟られたくないからである。

 

「二人もありがと。須賀君をサポートしてくれたんでしょ?」

 

「ええ。といっても」

 

「私たちほとんどなにもできてませんよ……」

 

「落ち込まないの。その分、この休日を彼にとっても有意義なものにしてあげましょう。そう、今回の強化合宿でね!」

 

 清澄麻雀部員たちが来ていたのは学校の所有する合宿所。

 

 実行する内容は県予選に向けての各自の弱点克服と地力向上。

 

 久から見れば一年生たちはどこか自分の能力(オカルト)に頼り切っている節が見受けられた。実際に京太郎が衣宅で実戦経験を積んでいる間、藤田プロとの対局で咲たちも壁にぶつかった。

 

 きっとこの特訓は皆にとっていい方向へ向かうきっかけとなるはず。

 

 そう思って久は強化合宿の開催を決めたのだ。

 

 決して京太郎を外界から一時的にでも分離して、自分たちの好感度を上げようとかそんなたくらみは一切ない。きっと、多分、Maybe。

 

「おーい! いつまでそこにおるんじゃあ! 早く中に入ってこんかい!」

 

「すっごい涼しいし、風呂とかもすごいじぇ! 咲ちゃん達もはやくはやく!」

 

「はーい。じゃあ、移動しましょうか。二人は須賀君の宿泊荷物持ってあげて。須賀君は……申し訳ないけどもう少しだけ頑張ってね。……さっきの言葉、嘘じゃないからっ」

 

「は、はいっ!」

 

「……なんで京ちゃん、あんなにやる気出てるんだろう?」

 

「……さぁ?」

 

「よーし! 清澄麻雀部! ファイトよー!」

 

 暑い日差しの中、太陽の恵みに祝福されるようにして清澄麻雀部の短期強化合宿が始まった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「おー、広い」

 

 それが今回使う合宿所の部屋の間取りの第一印象である。

 

 とにかく広い。多人数が押し込まれることを想定して作られたのだから当然とも言える。だから、そんな部屋をたった六人で使えるのは贅沢だと京太郎は思った。

 

 流石に就寝時などは別になるだろうが。

 

「それじゃあ、荷物置いたらお風呂に入って汗を流しましょう。それから部屋のルール確認ね」

 

『はーい』

 

「じゃあ、俺は隣の部屋に置いてきますね」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 京太郎の反応に久が驚き、その彼女のリアクションに京太郎も同じ表情をしてみせる。

 

 噛み合わない会話に何かを思いだした久は手を叩いた。

 

「あ、そうそう。言ってなかったわね。私たち大部屋しか取れてないから」

 

「なっ」

 

「だから、須賀君も私たちと同じ部屋になるんだけど……別に構わないわよね?」

 

「えっと、その……世間一般的な男子としてはそれはそれはもう嬉しい展開なんですが……」

 

 ちら、と京太郎は横に目をやる。

 

 そこには和。そう、学年一の美少女とも名高い彼女は見た目からわかる通り良家の娘。さらにこういった性に乱れることは彼女は嫌う性格をしているのを京太郎は知っている。

 

 確かに彼女らと同じ空間で衣食住を共に出来たら空間に満ち溢れた美少女エキスによって身も心も満たされるのだろう。

 

 あれだろう? 胸って一定のサイズ超えるとマイナスイオン効果あるんでしょ?

 

 京太郎知ってるよ、詳しいから。

 

 けれど、同時に現実は上手くいかないことも知っている。

 

 彼女らは常識を持った女の子。自分の知っている黒髪ステルスや金髪ロリ姉ちゃんとは違うのだ。

 

「やっぱり高校生にもなって女の子と一緒に寝るのは」

 

「良いことだと私は思います、部長」

 

「……ん?」

 

 最もこの中で反対するだろうと思われた人物による賛成意見にワンテンポ遅れて反応する京太郎。

 

 その間にも話はどんどんと進んでいく。

 

「あら? 意外ね。和がのってくるなんて」

 

「別に変なことは言ってません。ずっと須賀君には無理を聞いてもらっていましたので信頼は十分にありますから」

 

「の、和……!」

 

「うんうん、和ちゃんの言う通りだよ! 私も京ちゃんがそんなことするとは思ってないから大丈夫です!」

 

「咲……!」

 

「私も当然そう思っているわ。だから、一部屋でも強化合宿を行うことにしたの」

 

「部長まで……!」

 

 感動のあまりに泣いてしまいそうになる京太郎。

 

 まさかここまで評価してくれているとは思ってもいなかったのだ。

 

 これは期待に応えなくてはならない。参加させてくれたことと期待へ意義を感じつつ、やる気も沸いてくる。目の前で行われた会話に私情が混同していることには気づいていないし、そっちの方が彼にとっては幸福だ。

 

「まぁ、京太郎にそんな根性はないだろうからな。許可してやるじぇ」

 

「とはいっても流石にわしらも女じゃ。寝る場所は狭くなるが構わんな?」

 

「もちろんです!」

 

 端っこだろうが構わない。この桃色空間に居場所を与えてくれるだけでも御の字。ここまで雀卓とか重い物運んできた苦労が実ったなぁと感慨深いものを感じる京太郎。

 

 そんな余韻に浸っている彼をよそに女子グループではすでに今晩の寝場所の位置割りを始めていた。

 

「では、須賀君が端っこでその隣に私。次いで優希に……」

 

「ちょっと待って、和。ここは部長である私が彼の横で寝ます。いいわよね?」

 

「わっちらはどこでもええからのう。でも……こいつらは納得いかんみたいじゃぞ?」

 

 指さす先には抗議のポーズを取る和と咲。

 

 当然である。恋する乙女は強くて、恐ろしいのだ。意中の相手を取られそうになれば全力で邪魔をするし、勝機と見れば好感度を上げにいく。

 

「部長! ここはちゃんと公平性を取らなくてはいけません!」

 

「そうです、部長!」

 

「あぁ、はいはい、わかったわよ、もう。……二人ともそんなに須賀君と寝たいの?」

 

「なっ!?」

 

「ふぇっ」

 

「……んん?」

 

 明らかな動揺をみせる二人にラブコメの波動をキャッチした優希はニヤリと笑う。これは良いネタを掴んだと思った彼女は早速面白い方向へと話を進めようとする。

 

「文句が出るなら京太郎本人に聞いてみたらいいんじゃないか?」

 

「きょ、京ちゃんに!?」

 

「そうだじぇ。京太郎が選んだなら公平だし、みんなも納得するからな」

 

「それは……妙案ですね」

 

「じゃあ、須賀君に聞きましょうか。須賀君! こっちに来て!」

 

 久の呼び出しに元気よく返した京太郎は忠犬の如く彼女の元までやってくる。

 

 それだけ彼は久に対して尊敬の念を抱いているのだ。久はこの大きなアドバンテージがすでにあることに気付いていない。なぜなら、恋愛がらみになるとすぐにテンパるから。

 

 いつも心の中で恥ずかしさを叫びながらお姉さん風を吹かしているのだからもうきっと治らないのだろう。こればかりは。

 

「ねぇねぇ、須賀君。質問なのだけど」

 

「なんでしょうか。何でも答えますよ!」

 

「私たちの中で誰が隣に寝てほしい?」

 

 超前言撤回してぇ。心からそう思った京太郎はどう反応すればいいのか困惑して動きが止まった。その隙を逃さないのは彼の首に腕を絡めたのは久。

 

 くいっと胸元を指で広げると甘い声で誘惑する。

 

「もし私だったら……寝相が悪いからこうやって抱き着いちゃうかもしれないし、浴衣もはだけちゃうかもね」

 

「へ、へぇ、そうなんですかー」

 

 棒読みだが、今の彼にそんなことを気にする余裕はない。ちらと覗ける谷間から目をそらすので必死なのだ。

 

 なんという引力。万有引力の法則ってすげぇ! ブラックホールはここにあったのか! などくだらないことで脳内を埋め尽くして欲を抑えていた。

 

 主に下半身に意識を集中させて。……あ、ダメだわ。もう虜になっている。

 

「……で、もう一度質問だけど……隣は誰がいいのかしら?」

 

「ぶ、部長が……」

 

「異議あり!」

 

 弁護士を父に持つ和がその才能を感じさせる鋭いツッコミを入れると、京太郎を魔の手から引き離す。すると、あろうことかそのまま己の胸へと京太郎の顔を押し付けたのだ。

 

 普段の彼女からは考えられない行動に中学からの友人であるタコスのあごもあんぐりと開いている。咲は己のまな板を直視して、歯を食いしばった。

 

「わ、私も寝るときには抱き枕が欠かせなくて! なので、寝てしまったらこんな風に抱き締めてしまうかもしれません!」

 

「な、なるほど」

 

 何がなるほどなのか、もうすでによくわかっていない京太郎だったが一つだけ悟ったことがある。

 

 大きなおっぱいは世界を幸せにする……と。

 

 やっぱりマイナスイオン効果はあった。癒される。もうなんかすごいスピードで癒されているよ、俺……。

 

 とろけきったその表情は天に召されていくかのよう。

 

 部長は妖艶だし、和も柔らかいしでとても贅沢な選択を強いられている京太郎。そんな彼は和の胸に未だ挟まれたまま、重要な問題にも気づいていた。これは彼がおっぱいを好きすぎるが故の問題。

 

「お、俺は……」

 

 きっと二人のどちらかを選べば、俺は幸せの頂上にたどり着くだろう。

 

 だが、もしそれを味わってしまったなら俺はどうなる? 

 

 

 

 間違いなく死ぬ。

 

 

 

 己を待つ未来はDead or Die。

 

 翌日には出血多量で鮮血に染まった死体が発見されていることだろう。

 

 だから、彼が選んだのは久たちではない第三の選択肢。

 

 この中で一番無害で物事が進みつつ、自分が一番安心して夜を過ごせるであろう相手。

 

「咲の隣で……寝ます」

 

 誰にも見えない中で悔し気な表情を浮かべ、胸の内で血の涙を流しながらも京太郎は英断を下した。

 

「…………うぇぇっ!?」

 

 指名された幼馴染は予想外すぎる結果に女の子が出してはいけない声を腹から出すことになったが。




清澄麻雀部(と京太郎の仲を)強化(する)合宿の始まりだぁ!
リツベ並みの速度で全国へ向かいたいところだね。

新人賞へ向けた一次創作と同時進行しているから遅れて申し訳ない。

前回の対局の件ですが、いずれゆっくりと時間ができたら見直すことにします。
今のところはあのままで。



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24.『須賀京太郎は混乱する』

忘れた人用に一言キャラ紹介

咲――将来アラサー
和――将来ヒキニート
久――乙女
モモ--ヤンデレ
美穂子――天使
ころたん――彼女は私の母親になったかもしれない女性だ。イェイ~。



 前回のあらすじ。

 

 全国へ向けて強化合宿を開いた清澄麻雀部だったが、部屋が一つしかないことが発覚。誰が男である京太郎の隣で寝るのか言い争いになる三人。

 

 彼に委ねた結果、咲が寝ることになったのであった。

 

「――って感じなんだけど、どうしたらいいと思う?」

 

 咲たち麻雀少女は汗を流すために入浴中。本当なら最も汗をかいた京太郎が先に入るべきなのだろうが、彼の頭の中はそれどころではなかった。

 

 夜のことで頭がいっぱい。咲と寝たことは当然ないし、そもそも年頃の女の子と隣で寝るのはいかがなものか。

 

 そこで京太郎は人間関係の中でこの状況をドン引きせず、これからも友達のままでいてくれる人物に電話をかけていた。

 

『でも、原村さんとは寝るんでしょう?』

 

「はい、勿論」

 

『じゃあ、同じサイズの胸を持つ私とも寝れるっすね』

 

「ごめんなさい、俺が悪かったです」

 

 電話越しに土下座をする京太郎。相手は東横桃子。いつもニコニコ隣に這いよるステルス美少女である。

 

『いつもどおりでいたらいいっすよ。変に意識しないで平常を保つっす』

 

「とはいっても……あいつも女だぞ?」

 

『今さらなに言ってるんすか。いつも私と寝てるくせに』

 

「モモは勝手に入ってくるんだろ! 受動的じゃなくて能動的だから!」

 

『今も部屋に忍びいってます』

 

「なにしてんだ、お前!」

 

『ちゃんとお義母さんの許可は貰ってるっすよ。それに私だけじゃないですし』

 

「え゛っ」

 

『美穂子さんも来てるっす。ちなみに京さんのエッチな本を見つけてから固まっていますが』

 

「あぁぁぁぁあああ!!」

 

 なにやってんの? え、なにやってんの!?

 

 京太郎は頭を抱えてその場に転がる。ゴロゴロと壁にぶつかっては反対側へ、ぶつかっては反対側へ。

 

「てか、なんで俺の家に二人して来てんだよ! 聞いてねぇぞ!?」

 

『あ、ご、ごめんなさい。桃子ちゃんに誘われてお邪魔しちゃました……』

 

 思考が固まる。体が固まる。

 

 はつらつとした声からおしとやかな声に変わっていた。

 

 つまり、今の話し相手は桃子ではなくもう一人の人物ということで。

 

「す、すみません! 福路さん! 偉そうな口聞いちゃって!」

 

『ううん、いいの。私たちお友達だもの。だから……敬語よりも今みたいな話し方の方が嬉しかったり……その、美穂子……とかなんて……』

 

 あぁぁぁぁ、脳が震える……!

 

 そんな絶大な効果を持つ癒し系ボイスに京太郎の心は浄化されていく。

 

 でも、この男、ヘタレである。美穂子と呼ぶことにためらいを感じて、結局今まで通り福路で行くことにした。

 

「わ、わかった。しゃべり方はこうするけど……美穂子……呼びはまた今度で」

 

『そう……わかりました』

 

 シュンとしているのが電話越しでもわかる。辛い! もう抱き締めてあげたい!

 

 でも、いきなり美穂子とか呼んだらアレだから。

 

 俺の心臓が超加速してしまうので遠慮させてください。等々、心のなかで多量多文の謝罪会見を行っている京太郎は持ち前の話術で話題を変えることにした。

 

「そういえば二人はどうして家に? そういう話は聞いてなかったけど」

 

『実はナイショにしてました。桃子さんと須賀君を驚かそうと思って』

 

「な、なるほど。あ、でも、俺がいなかったから変な対応されなかったか?」

 

『ええ。そこは桃子さんがばっちり。お母さんには料理を教わる約束をしていたみたい。それで私もって』

 

 くっそ、母さんめ……!

 

 面白がって隠していやがったな! モモとは何かと気が合うみたいだしこういうのは心臓に悪い。

 

 現に美穂子には隠していたエロ本を見られてしまうし散々で――。

 

「あっ」

 

 ここで京太郎は大切なことを思い出した。たった今、自分は己の性的趣味を知っている女の子と会話しているのである。

 

 いや、難しい言葉を使って逃避は止めよう。

 

 自分は己の持っているエロ本を読んだ女友達とおしゃべりしている。

 

 ……なんと面妖な!

 

「あ、あああの福路さん。ちょっとお話ししたいことがありまして」

 

『……実は私も大切なことが……』

 

「福路さんからどうぞ!」

 

『……それじゃあ、少しで終わるから……聞いてくれる?』

 

「俺でよければ何なりと」

 

『その……黒髪幼馴染とか……胸が小さいのが好きだったり――』

 

「違います! 俺は巨乳お姉さんが好きです‼」

 

『そ、そうなんだ。ご、ごめんなさい。勘違いしちゃって……』

 

「あ、いえ、俺の方こそすみません……」

 

『………………』

 

「………………き、切りますね?」

 

『え、あ、うん。気をつけて頑張ってね』

 

「はい。それじゃ……」

 

 それだけ告げて通話を切った京太郎。

 

 もういろいろと耐えきれなかった。携帯をバッグへ放り投げるとその場にうずくまる。

 

 結局、彼は風呂から上がった優希にタコスローリングアタック(回し蹴り)を食らうまで固まったままであった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「スゥ……スゥ……」

 

 あれだけ悩んでおいていざ寝るとなると一瞬で夢の国へと飛び立った京太郎。

 

 就寝時間前には和や久による攻撃をまな板ガードで跳ね返したり、女性陣にしかわからない戦いがあったのだが、そんなことは知ったこっちゃない。

 

 なぜなら、彼は麻雀を打っている間以外はずっと頭の中に美穂子への宝物(エロ本)の弁解とこれからの接し方について悶々と悩んでいたからである。

 

 そんな京太郎の脳内事情を知らない咲は愛しの彼の寝顔に思わず微笑みを漏らす。

 

「……もう京ちゃんは鈍感なんだから」

 

 その言葉は当人はもちろん、他のライバルたちにも聞こえてはいない。

 

 和はエトペンを抱き抱えるないなや可愛い寝息を立てたし、久は最も遠い位置に諦めて明日の練習に備えることにしたからだ。

 

 静かな月の光が淡く射し込む部屋で起きているのは彼女だけ。

 

 例えば、今ならこっそり京太郎にキスしてもバレることはないだろうし、抱きついたり、未来を変えるための欲望のままに動いてそういう事実を作ったとしても問題ないだろう。

 

 言葉は悪いが、やったもん勝ち。いちばん早く彼とどんな方法でも恋愛関係を持った者が勝者なのだ。

 

 当然、本を読み漁っていた咲にそういう知識はあるし、知識だけなら同期の中でもトップかもしれない。

 

 けれど、彼女はそんな方法を取りたくはなかった。

 

 いくらアラサーになるとしても、やはり相手の気持ちを強制的に自分へ向けて独占するなんて真似はしたくない。きちんと告白して振り向いて欲しい。

 

 心も体も全部で愛してほしいのは乙女の願いなのだろう。

 

 だから、きっと他のライバルたちも手は出さないのだ。

 

「……和ちゃんとかは怪しいかもだけどね……」

 

 昼間の行動を思い出す。

 

 彼女は自分の大きな胸に京太郎の顔を押し当てていた。その時の表情といったらなんとだらしなく、とろけきっていたことか。

 

「…………わ、私もあるにはあるんだから」

 

 強がる咲。隙間から覗ける小さな膨らみに泣いたりしていない。決して泣いたりなんてしていない。

 

「それに最近はこういうのにも需要があるって言うし、京ちゃんの部屋に小さい女の子のえ……えっちな本も置いてきたし」

 

 だから、きっとチャンスはある。

 

 それにやっぱり女は性格だよ、性格! 私も京ちゃんの優しいところが好きになったんだもん!

 

 大丈夫なはず……だよね?

 

 ちらりと咲は視線を向けた。相変わらずだらしない寝顔を晒している。

 

「うぅ……京ちゃんをひ、貧乳派にしてやるんだから」

 

 咲はゆっくり音をたてずに京太郎の布団へと移動する。

 

「寝相が悪いだけだもん。仕方ないよね」

 

 誰にしているかわからない言い訳を口にしながら、顔一面幸せそうな笑顔を広げていた。そのまま彼女は京太郎へと近づき、そっと抱きしめた。

 

「そ、その、これも小さいおっぱいも好きになってもらう作戦だから。無意識下でこうやって刷り込むように習慣づけることでいつの日にか潜在的に小さい胸を求めるようになっていて、だから最終的には魅力な私に気付いちゃうわけで最近は視線が和ちゃんに集まっているけどいつの間にか私に釘付けになっちゃわけだよ」

 

 つらつらと御託を並べてはいるが要約すると『和ちゃんだけズルい。私もする!』だ。

 

 乙女心はややこしくて、付き合っていくのが難しい。

 

 温かい吐息がくすぐったい。

 

 けれど、不快な感じはしなかった。

 

 燻った金色の髪に沿って頭を撫でる咲。

 

「このまま寝ちゃったら……朝、どんな反応するんだろ……」

 

 多分、焦って余計に悪手を取るんだろうなぁ。

 

 ドタバタと赤面しながら必死に弁解して、これが私の悪戯だってわかった途端にいつもみたいに頭をクシャクシャとしてくる未来が長年連れ添っている咲には簡単に想像できた。

 

 少しだけ悪い気もするけど、最近構ってくれないお返しだ。ちょっとだけ困らせちゃうんだから。

 

「……明日が楽しみだね、京ちゃん」

 

 願わくはこんな楽しみがずっと毎日続くような未来になりますように。

 

 そうして咲も瞼を下ろし、眠りにつく……前にふと思い出した。

 

 ……そういえば――。

 

「京ちゃんって寝相良かったっけ?」

 

 その瞬間、咲の腰に筋骨隆々の腕が勢いよく回された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、浴衣が半分脱げており、やけに息遣いの荒い咲。京太郎を見ると自然と頬が紅潮する。抱きしめ合う形で目覚めた二人。咲の胸元に顔を埋めて、小ぶりな臀部と腰に添えられた手。

 

 こららの状況証拠により久がキャパシティを振り切って倒れたり、和がブツブツと呪詛を吐いて、優希がタコスを食べなくなったり……。

 

 終いには、まこが部員共に活を入れるといつの間にか時間が飛ばされているなどの現象が起きるのだが、それはまた別のお話。




【呪】咲実写化【12月】

ゆ゛る゛ざん゛!!


……いや、まぁ、見るけどさ。頼むから変な改変やめてな。


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25.『須賀京太郎は妄想する』

おっぱい


 妄想。生まれてきたなら誰しも一度は経験する思春期特有のアレだ。

 

 学校にやって来た犯罪集団を謎の力で撃退したり、曲がり角から始まる恋とかあんな感じのことである。またはモテモテハーレム学園生活を送ったり……その種類は人それぞれで多種多様に存在するだろう。

 

 なぜ、こんなことをするのかと言えば単純に楽しいからに違いない。自分の憧れの空間に想像とはいえ浸ることができる。

 

 だから、癒されたい京太郎が合宿の帰り道に妄想をするのも致し方ないことなのである。

 

「……あぁ、大きなおっぱいのお姉さんにお出迎えされたい……」

 

 情けない声で情けない欲望を垂れ流す京太郎。

 

 これも合宿中に彼が体力と精神力をゴリゴリ削られた結果だ。一日中、半荘を打ち続けて唯一の睡眠時間も女子が乗り込んでくる始末。ほとんど体を休めることはできず、最終日を迎えた時すでに京太郎は放心状態であった。

 

 その分、得るものもあった。美穂子によって実っていた蕾はいくつか開花したし、新たな種を植えることもできた。きっと今の彼ならばそこら辺の男子に早々に負けることはないだろう。

 

 そもそも京太郎は麻雀を始めたのが高校から。つまり、彼はまだ知っていない。男子と女子の間に確固としてそびえたつ壁を。そういう点では京太郎は最高の環境に身を置いて、修行に身を費やせた。己より上の実力者しかいない中、数多くの経験値を稼がせてもらったのだから、得をしたと言っても差し支えないだろう。その代償はかなり大きかったのが痛手だったが。

 

 ハンドボールとはまた違った疲れ方に慣れない京太郎はふらふらとおぼつかない足取りで、そのまま帰宅路についていた。疲労困憊の幼馴染を心配する咲と別れて、今に至る。

 

「母性に溢れるお姉さんがいてくれたら……」

 

 

 

『お帰りなさい、あなた。はい、荷物を貸して?』

『あら、お疲れみたい……。私が癒してあげるわね?』

『えっ、何しているのかって? その……ぎゅーって抱きしめたら少しは安らぐかなって……どう……?』

 

 

 もちろん、相手は巨乳の美人なお姉さんである。可愛らしいデザインのエプロンをつけてお迎えしてくれるとその包容力絶大の柔らかな体で疲れを全て浄化してくれる。

 

「癒しって言うなら幼な妻もいいよなぁ……」

 

 思考はまた遥か空の彼方へと飛んでいく。

 

 

 

『あっ、おかえりなさい! そろそろかなって待ってたんだよ!』

『ぎゅーってして? だって、寂しかったんだもん……』

『……あっ……えへへ……やっぱり京太郎大好きー!』

 

 

 もちろん、相手は巨乳である。

 

「……ぐへへ」

 

 思わず変な声が出てしまうほどに没頭している京太郎だったが、やがて我が家が見えたことで楽しい時間も終わりを告げる。

 

 さすがに家族に妄想を聞かれるのは恥ずかしいし、近所さんの目もある。

 

「……福路さんにはエロ本見られたけどな……」

 

 合宿中に起きた間違いなく京太郎史上一位の悲劇。『美少女に成人雑誌を発見される』の出来事を思いだして彼は自嘲気味に笑う。

 

 あれ以来、京太郎は二人とは連絡を取っていない。いや、無理だ。恥ずかしくて電話なんてかけることが出来ない。

 

「あぁ……これからどんな顔して会えばいいんだ……」

 

 県大会の前日にいつもの四人で最終調整を行う約束をしている為、そこで必ず顔を合わせるのだが勇気が出なくてサボろうか……。いやいや、それこそ本末転倒だろう。

 

 頭を抱える京太郎だったが、彼は覚えていない。その美穂子や桃子のおっぱいについて国広一に熱く語った時のことを。

 

 それさえ思い出せば全く気にする必要などないのだが人間とは都合の悪い記憶はさっさと消えてしまうもの。京太郎は数日間は悶々とした日々を過ごすことになるだろう。

 

「鍵、鍵って……ああ、もういいや。母さんに頼もう」

 

 鍵を探すのは諦めてインターホンを鳴らす。ピンポンと音が鳴り、用件を伝える。すると、母からはすぐに向かうので待っておけとのこと。

 

 物静かな空気が常な町に珍しいドタバタドンガラガッシャーンッと響く明らかに階段から転げ落ちた音。

 

「うちのお母さんってドジっ子属性だったっけ!?」

 

 急いでバッグからカギを取り出して鍵口に差し込むが回す前にガチャンと内側から開錠される。どうやら母は無事だったようだ、と胸をなでおろした。

 

「おいおい、母さん。いい年齢して一体何してるんだ……よ……」

 

 ストンと肩からバッグがずり落ちる。

 

 思わず脱力してしまうほどに衝撃を受けた京太郎は目を疑った。

 

 なぜなら、迎えてくれた母親が若返っていたのだから。

 

「おかえりなさい、京太郎様。部活動お疲れ様です」

 

 お、落ち着け、須賀京太郎……! そんなことはあり得ないぞ! これは夢に違いない。

 

 第一、うちの母さんは俺と同じ髪色じゃないか!

 

 ……えっ、だったらこの人は誰……?

 

 改めて京太郎は玄関に立つ少女を観察する。

 

 後ろで二つに括られた黒い髪。顔は描写など必要ないくらいに整っていて、クリクリと丸い瞳は幼さを感じさせる。柔和な笑みがなおさらイメージを濃くしていく。

 

 お人形のような可愛らしい顔立ちだが、視線を下げれば不釣り合いなたわわな果実が実っていた。

 

 そんな少女が身に纏うのは現代に珍しい巫女装束。お正月にしかお目にかかれない服装に京太郎は幾ばくの興奮を隠せない。

 

 母親だと思っていたら、そんな美少女が立っていたのだから彼の反応の数々も仕方がないことだと思える。

 

「ゆ、夢か? 俺はついに妄想(ゆめ)の世界へと旅立ってしまったのか?」

 

 自分の脳を心配し始める京太郎はごしごしと目を擦るが少女の姿は消えない。

 

 やはり、頭に支障が……! そう確信した京太郎は壁へ向かって頭突きを放とうとする。しかし、それは少女の咄嗟の行動によって妨げられた。

 

「京太郎様!」

 

 彼を待ち受けていたのは硬い板ではなく、柔らかなクッション。

 

 京太郎は正面から黒髪少女に抱き締められていた。したらば、自分が何に顔を埋めているのか即座に彼は理解する。

 

 ふぉぉぉぉぉぉぉ!!

 

 おっぱい‼ 圧倒的おっぱい‼ 奥まで沈みこむような感触に母性を感じさせる温かさ。間違いない。

 

 須賀京太郎は少女の胸に挟まっていた。

 

 その事実を認識すると同時に彼は己の意識が薄れゆくのを感じる。

 

 興奮に次ぐ興奮によって京太郎の中で何かが限界点を振りきったのだろう。相乗するように疲労も限界だったのも一点。

 

「あぁ……俺、死ぬのか……」

 

 変な勘違いさえ始める始末。けれど、少女は彼の状態を知るよしもない。真面目に受け取って、真面目に心配する。

 

「きょ、京太郎様!? 大丈夫ですか!?」

 

「いや、もう俺はダメだ……。だから……せめて……君の名前を、教えてくれないか」

 

 どうせ逝くなら己の人生を終わらせた素晴らしきおっぱいの持ち主を胸に刻んで死にたい。

 

 興奮の作用で鼻血も垂れている京太郎は回っていない頭の中で考えていたことをそのまま口に出す。

 

 そんなアホ丸出しな京太郎を心のそこから信じる純粋無垢な少女は彼の願いを叶えるために名を告げる。

 

「神代小蒔です! 鹿児島から京太郎様のお嫁さんとしてやってきまぁぁぁあ!? 京太郎様ぁぁ!!」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「小蒔ちゃん! 悲鳴が聞こえたけどうちの愚息が何かした――って、あれ?」

 

 小蒔の悲鳴を聞いた京太郎の母親が急いで階段を駆け下りてくるが目にしたのは家を訪ねてきた知り合いの女の子に膝枕してもらっている息子。

 

 顔を覗いてみると心地よさそうに眠っていた。規則正しいリズムで胸を上下させている。

 

「……どうしてこの子は鼻血を出しているのかしら?」

 

「どうやら疲れちゃったみたいです。急に倒れてしまいましたので」

 

「あらあらまぁまぁ」

 

 実際には小蒔の破壊力抜群の胸と容姿に殺られてしまったのだが、これは京太郎にしかわからぬことだし彼も胸の内に秘めておきたいことだろう。

 

 京太郎ママも特に気にすることなく、小蒔の見解を受け入れるとすぐに不安そうな表情を引っこめた。

 

「小蒔ちゃん、重くない? 起こしてもいいのよ?」

 

「いえ、そんなことないです。京太郎様の寝顔はとても可愛らしくて癒されます」

 

「そう? 京太郎ったら昔からそうなのよ。中学校の時も試合の後は疲れて寝ちゃってね?」

 

「ふふっ。お母さま。よろしければ後で京太郎様のお話を聞いてもいいですか? 私の知らない京太郎様のことをたくさん教えて下さい」

 

「ええ、もちろんよ! なんでも聞いてね?」

 

「はいっ。ありがとうございます!」

 

「それじゃあ私は上がるけど小蒔ちゃんも適当に上がっておいでね? なんならその子は適当に放っておいていいから」

 

 そう言って京太郎ママはリビングへと戻る。後ろ姿が消えるまで見送ると小蒔は視線を膝元で寝ている京太郎へ直した。

 

 つぶらな瞳に込められた情は誰にでもわかるくらいに恋に色めいている。

 

「そんなことできません、お母さま。だって、京太郎様は――」

 

 そっと額を撫でる。優しく髪を解いた手はするりと落ちて、口元へと行き着く。

 

 小蒔の親指が京太郎の唇に触れた。

 

「――私の未来の旦那様なのですから」




おっぱい!


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26.『神代小蒔は小悪魔に成長する』

おっぱいが三人……来るぞ! 京太郎!


 須賀の名を関する京太郎は本人は知らぬが神道の力を薄いながらも受け継いでいる。彼の持つ相手の有効牌をツモってしまうという摩訶不思議な力もここに所以している。

 

 そして、また神代小蒔も京太郎と同じように、いや彼以上に神の恩恵を授かる少女だ。

 

 九面の神をその身に降ろし、絶大な力によって卓上を支配する。

 

 永水女子高校を導き、全国へ名を轟かせた。その破壊力の前にあのインターハイチャンピオンも苦戦したというのは有名なエピソードでもある。

 

 そんな彼女の出自は鹿児島の霧島神境の本家、神代家。

 

 姫様と呼ばれ、分家の面々に囲まれながら大切に育てられており、霧島神境の総本家の未来を託される彼女。決して小さな双肩に似つかわぬ重き宿命を背負う彼女だが、なぜこんな場所にいるのかと問われると答えは二つ用意される。

 

 一つは前述の通りで託された未来を栄えさせるため。神代家を繁栄させるためにやって来た。

 

 では、二つ目は?

 

 それは神代小蒔が幼少の頃より馳せる想いを叶える為である。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 京太郎は懐かしい夢の中にいた。

 

 昔、一緒に遊んだ少女との思い出。

 

 その子は不器用で何をするにも時間のかかる女の子だったが、誰よりも真っ直ぐに努力していた。

 

 短い間だったけど自分の後ろをついてきて、よく夜遅くまで遊んだ。

 

 丸く大きな黒の瞳を輝かせて、何でも真似しようとする妹のような存在。

 

 確かマキちゃんとか呼んでたっけ。兄妹とかいないから、いつも可愛がっていろんなところに連れて行ったよなぁ……。

 

 ……でも、そんな楽しかった時間よりも……。

 

 彼の記憶にはいつも悲し気な笑顔を浮かべていたことが何よりも印象に残っていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 人生山あり谷あり。苦あれば楽あり。

 

 辛いことの後には楽しいことが待っている。その逆もまたしかり。

 

 よく使われる言葉だが京太郎は案外、これを信じていたりする。

 

 苦しいときはこう考えれば次のモチベーションに繋がるからだ。

 

 楽しいとき? それはそのときだ。今を全力で楽しめばいい。

 

 そして、京太郎は山の部分に位置していた。

 

 いや、山の前にいた。

 

「気が付いたのですね……」

 

 上から自分を心配する声が降ってくる。しかし、まだ京太郎は意識がぼんやりと深い状態にあり、寝転んだままだ。声は脳まで届かず、彼は自分の置かれた状況をいまいち理解できていなかった。

 

 つい先ほど懐かしい夢から目が覚めた彼だったが、何故か視界を大きな影で覆われていることに疑問を抱く。

 

「なんだ、これ……?」

 

 邪魔だと手で払いのける。だが、それに触れた瞬間に跳ね返された。同時に伝わる柔らかな感触。

 

 くそっ、本当に訳が分からねえぞ、これ……!

 

 意地になって今度は取り除こうとする京太郎。しっかりと指を食いこませるように鷲掴みする。

 

 ふにふにと与えられる弾力が何とも言えない幸福感が京太郎を満たしていく。

 

「んっ……あっ……」

 

 そして、今度はしっかりと頭まで響く艶めかしい声。

 

「……いやいやいや」

 

 ブンブンと首を振るい、頭にふってわいた思考を取り消す京太郎。

 

 夢だと思い込む。けれど、自分の手にある感覚は紛れもなく本物でなんなら質量もある。

 

 嫌な汗が額を上がれた。

 

 京太郎は似たような触り心地をつい最近知った。強化合宿中に和に抱きしめられた際に。

 

「ということは、これも……!」

 

 ようやくもやがかかっていた思考がクリアになる。

 

 跳ねるように飛び起きると京太郎は自分の手が何に触れているのかを目にした。

 

 山だ。大きな、大きな双子の山を形が崩れるほどに強く、深く指を食い込ませていた。

 

「こ、これは……」

 

 高校生セクハラ、大会予選を辞退。桃子や美穂子といった仲間たちの失望の視線。監獄へと入れられる己の姿。

 

 一瞬のうちにして頭に流れる地獄絵図。

 

 混濁に陥る思考回路。それでも本能が発動しているのか胸から手を離さないのが彼らしい。

 

 いや、全く笑えないのだが。

 

 石像の如く固まる京太郎だったが、被害者である少女の声によって意識が戻ってくる。

 

「京太郎様……」

 

「ご、ごめんなさい! そんなつもりはなかったんです! ちょっと気が動転してて」

 

「もう。これがお望みならば言ってくださればいいのですよ」

 

「えっ」

 

 京太郎が反応を返したのも束の間。視界は再び真っ暗になり、本日何度目かわからない胸の感触が顔を包む。与えられる幸福感。

 

 今度は谷だった。山を登り終えた彼は谷の間にたどり着いた。

 

 さすがにもう気を取り乱すことはない。それでも嬉しさはあるし、羞恥もある。それでも動かないのは彼のひとえにおっぱいに対する執着心の強さに由来する。

 

「その……恥ずかしいけど……あなたがしたいことは何でもしてあげたいんです。……昔、京太郎様が私にしてくれたように」

 

 

 抱きしめられる形になった京太郎であるが、小蒔の言葉を聞き漏らすことなどしなかった。

 

「昔……? 俺、何かしたっけ?」

 

「やっぱり……。最初の反応で思っていましたが、覚えていないんですね……」

 

「え、えっと神代さん」

 

「……昔みたいに呼んでくれないんですか?」

 

 そう言うと彼女は肩をそっと押す形で離れる。自然と向かい合う形になる二人。

 

 小蒔は後ろで束ねられた髪をほどいた。そして、少しばかり頬を膨らませて拗ねた様子を見せるとさっきまでとは違い、砕けた口調で話しかける。

 

「これでわかるかな、京お兄ちゃん?」

 

 知り合いの誰でもない名前の呼び方を耳にした瞬間、京太郎に電流が走る。

 

「あー!!」

 

 それは夢に出てきた少女が使っていたもので……。

 

「もしかして……マキちゃん?」

 

 確信半分疑問半分で京太郎もあだ名で問い返す。

 

 すると、少女は笑顔を弾けさせてうなずいた。

 

「はいっ! お久しぶりです、京お兄ちゃん!」

 

 ずっと被っていたおしとやかな仮面を脱ぎ捨て、天真爛漫な笑みを咲かせると小蒔は京太郎の胸に飛び込む。

 

 彼もそれを受け入れて、徐々に記憶を取り戻しながら思い出すように頭を撫でた。

 

「もう……なかなか気づかないから忘れられたのかと思いました」

 

「ごめんな。あの頃より大きくなっていたから全然わからなかった」

 

「そうなんです! 身長も伸びました! ……それに、ここも」

 

 そっと京太郎の手を取ると小蒔は自身の豊満な胸へと案内する。

 

 ち、小さい頃はこんなことをするイケナイ子じゃなかったはずなのに!

 

 妹分の過激なアピールに戸惑いながらも京太郎は離れようとするが、小蒔に強く握られているせいで抵抗できなかった。

 

「マキちゃん!? 流石にこういうのはダメかなーと思うな!」

 

「さっきまであれだけ揉んだのに?」

 

「うぐっ」

 

 それを突かれたら京太郎は何も言い訳が出来ない。だからといって、この状況が良い訳でもない。

 

 こんなところを両親や知り合いに見られたら社会生活は終わりだろう。

 

「京お兄ちゃん……昔から大きいのが好きだったからいっぱい牛乳飲んだりしたんです」

 

「あ、ありがとう?」

 

「霞ちゃんに色々と知識も教わりました。だから、京お兄ちゃん好みのサイズになったと思います」

 

 そこで一度言葉を区切ると小蒔は身動きの取れない京太郎の耳元に口を寄せて、甘い声で囁いた。

 

「……見たい、ですか?」

 

 そう言った瞬間、小蒔は自分の座る足元で反応があったことを察する。

 

 その事に自分が女として考えられている確証を得て、なお笑みをこぼした。

 

 小さい頃は大事にされていて俗世に疎かった彼女だったが、過去のある件から鳥かごから解き放たれていた。

 

 そんな彼女が第一に取り入れた知識が男性の喜ぶことだった。霞という姉のような存在いたことも相まって京太郎の持つイメージとはかけ離れた方向に伸びることとなる。

 

 それが今の神代小蒔を作り上げた背景だ。

 

 元をたどれば自業自得とも取れるだろう。

 

「マキちゃん! 本当にそれは不味い」

 

「いいですよ? 私は気にしませんから。それに私たちは将来を約束された仲なんですから……」

 

「え? それはどういう……?」

 

「今は気にしないでください。いずれわかることですから、ね?」

 

 小蒔は胸にかけた京太郎の手を巫女服の襟元にかけると下へと引っ張らせる。そうすればどんどんずれていき、やがては果実が完全に露になるわけで。

 

「…………っ」

 

 京太郎の視線は集中していた。意識も何もかも一点に。もう頭の中は真っ白だ。ただ欲望のままに動く獣と化している。

 

 そして、あと数センチにまで達した時。ふいに彼らの後方で音がした。

 

 まるでドアが開いたかのような音で――。

 

「京さんっ。気まずくしているだろうと思って来てあげましたよー…………」

 

「京太郎君、ごめんなさい。前は勝手に部屋にお邪魔しちゃっ……て……」

 

「おー、京太郎! 今日は衣が自ら遊びに来てやったぞ……って、オイ! どうして目隠しする桃子! なんだ! 衣が何かしたか!?」

 

 ――それはつまり客が来たということだ。

 

 あっ、俺、死んだな。

 

 この時、京太郎はそう確信したと後に語る。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 話は戻るが、やはりそう人生は甘くない。幸あれば不幸あり。

 

 十数分前に山も谷間も経験したばかりだ。

 

 先ほどまでが京太郎にとって幸せの絶頂だったならば今は絶望の底に位置しているだろう。

 

 激しい落差に振り回される彼がおかれている状況は想像以上に重い空気にある。

 

「……ふふっ」

 

「……あはっ」

 

 無言が続いては、時折笑い声が漏れる部屋。玄関であのシーンを見られてから京太郎の自室へ移動することになった彼女らはまだ会話を一度も一度も交わしていない。

 

 ずっと目線が重なっているだけで、もしかしたら最近の女子の中では『眼力トーク』が流行っているのかもしれないなどと現実からの逃避を始めていた京太郎はずっと膝の上に乗せている衣の頭を撫でていた。

 

「京太郎ー。頭だけでなく頬も触っていいぞ?」

 

「衣ちゃん…………」

 

「ちゃん付けは許可していない。いいから撫でるのを続けろ」

 

 おーおー、可愛い子だよ、お前だけが癒しだ……!

 

 ご所望通りムニムニと伸びるほっぺたを弄ぶ京太郎。

 

 ピョコピョコとウサ耳リボンが揺れているので上機嫌のようだ。

 

 もしかしたら、この雰囲気を理解していないのかもしれない。

 

「して、巫女の女よ。お前は誰だ? 京太郎の友か?」

 

 訂正。本当にわかっていなかった。

 

 他所からの切り込みに少しの驚きを見せつつも小蒔は幼子に接するように受け答えする。

 

「私は神代小蒔。京太郎様のお嫁さんです」

 

「は?」

 

「あら?」

 

 彼女の言葉に過敏に反応したのは横でニコニコと偽りの笑顔を張り付けていた二人。

 

 見知らぬ女が想い人に迫っていた事実だけでも気が気じゃないのに、嫁宣言ときたものだ。

 

 我慢の限界に達するのも当然のことだった。

 

「お嫁さんだなんて、これはまた大きく出たもんすね」

 

「事実ですから。私と京太郎様は将来、結ばれる仲です」

 

「……例え、そうだとしても玄関でのことは、その……破廉恥じゃないかしら? いくら親しくてもして良いことと悪いことがあると思うわ」

 

「旦那様が喜ぶことをするのが妻の役目ですから」

 

「ほほぉ……」

 

「へぇ……」

 

「は、ははは……」

 

 二人から向けられる白い目から顔を逸らす京太郎。

 

 京太郎が巨乳好きなのは先日カミングアウトされたばかりなので、こればっかりは諦めるしかない。

 

 なので、状況を好転させるために桃子は小蒔の言い分を逆手に取ることにした。

 

「……仕方ないっすね、京さんっすから。確かにあなたのようなおっぱいさんは大好きです」

 

「ふふっ、わかって頂けましたか?」

 

「はい。あぁ、そういえば自己紹介を忘れていたっす」

 

 ふと桃子は立ち上がるとそのまま迷うことなく後ろから京太郎の首に腕を回す。体重をかける形になった桃子の胸は彼の後頭部に押し付けられた。それこそつぶれるほどに。

 

「私は東横桃子。京さんと将来を約束した仲っす」

 

 堂々とした敵対宣言。対して小蒔はノーリアクション。むしろ味方の美穂子がいちばん動揺していた。

 

「も、桃子ちゃん? な、何して……」

 

「美穂子さん」

 

 狼狽える彼女にも意図がわかるようにウインクする桃子。そうすれば頭のいい美穂子はすぐに気づく。

 

「……あっ、えっ、うぅ……えいっ!」

 

 意を決した彼女も京太郎の隣に移動して腕を組んだ。慣れない恥ずかしさから顔を真っ赤にしながらも桃子と同じように名乗る。

 

「福路美穂子。きょ、京太郎君と未来を共にする仲です!」

 

「…………そう、ですか」

 

 吹き荒れる大雪の中にいる錯覚。

 

 対立する三人の間に火花というまだ微笑ましい表現のできる温かさは残っていなかった。

 

 敵意を持った冷戦状態。

 

 そんな中、いつの間にか挟まれるように戦いの中心に放り込まれた京太郎はというと。

 

「衣~。お前だけが頼りだよ……」

 

「ふふん。衣はおねえさんだからな! 存分に頼るがいいぞ!」

 

「衣~!」

 

 膝元に座る幼女を愛でることで現状から 未だに目を逸らし続けていたのであった。

 




うちの姫様はこういう路線で行く


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27.『神代小蒔は嘲笑う』

 無言が空気を支配する。この形容が使われる場面はたいてい気まずい雰囲気が漂っている。

 

 例えば、いつもの楽しいメンバーに新参が入ってきてみんなが慕う中心人物に色目を使った時など集中砲火間違いなし。メンバーは敵意に近いものを抱き、拒絶反応を見せる。もしくは腹黒い聡明な者ならば罠に嵌めて落とす。

 

 大方、対処……いや処罰の方法は決まっているのだ。

 

 では、ここで一度現状を整理してみよう。

 

 実質、告白とも受け取れるお嫁さん宣言をした三人がにらみ合いながら正座している。構図的には二対一だ。京太郎と衣はフェードアウトした。衣がアイスを食べたいと言ったのでリビングに降りたまま上がってこない。

 

 意気地なし野郎と罵られても仕方がない行為なのだが、三人はそんな風に思いはしなかった。むしろ、感謝さえしている。せっかくの好機をつくり出してくれたのだから。

 

「……さて、これで本音でお話しできるっすね」

 

「さきほどまでも言葉の節々に本心が混ざっていた気がしましたよ? 大変こもった邪気が」

 

 ニッコリと笑っている小蒔が皮肉を返すが、桃子も同じように笑顔の仮面をかぶるだけ。

 

 剣呑な流れにオロオロする美穂子は頑張ってしかめっ面をしたり、疲れてふにゃりと崩しては怒り顔に戻ったりしていた。一応、小蒔が恋敵ということは理解しているが『怒り』の感情に慣れていないのだからしょうがない。それに美穂子には彼女にしか出来ない役割がある。

 

 よって、訂正するならば東横桃子と神代小蒔のサシ。

 

 直接対決が正しいだろう。

 

「単刀直入に聞くっす。あんたはこれを持ってるっすか?」

 

 切り出したのは桃子。カーディガンの内ポケットから取り出した白の封筒。

 

「…………」

 

 対して小蒔は無言を貫く。しかし、わずかにその瞳が見開いたのを美穂子は逃さなかった。

 

 以前までは他人に晒すことを躊躇していたオッドアイ。京太郎に褒められてからは特定のメンバーの前ではずっと開けておくことにしたのが功を奏した形だ。

 

 チョンチョンと桃子にそのことを告げると彼女は自信ありげに口端を吊り上げる。

 

「誤魔化すのは止めにしましょう、神代さん。……何がお望みっすか?」

 

「お二方が京太郎様から手を引くこと以外にないと思いますが」

 

「残念。もし私たちが諦めても、この町にはたくさん彼を狙ってる人がいますよ。それも幼馴染からあなたと同じ淫乱巨乳まで」

 

「………………はぁ」

 

 長い沈黙の後、吐かれるため息。その反応に桃子は勝利の笑みを浮かべた。

 

「いい笑顔ですね」

 

「いえいえ。可愛い神代さんには及ばないっすよ」

 

 そうして一次ラウンドは桃子たちに軍配が上がった。

 

「私もあなたと同じように未来の手紙を受け取りました。これが見たかったものですよね?」

 

 小蒔は腰に巻き付けられた巾着から白の封筒を取り出す。

 

 それは確かに桃子たちが望んだもので彼女たちは予想通りの結果に満足気にうなずく。

 

「はい。それが見たかったっす」

 

「それでどうしますか? 中身をご覧になりますか?」

 

「いえ、そこは遠慮するっすよ。それぞれ色々な未来があると思いますから。私のも人に見られて気分のいいものじゃないっすし」

 

「嫌な未来……。……そう、ですね」

 

 小蒔は桃子の返答に少し感嘆する。

 

 てっきり根掘り葉掘り聞かれると予想していた分、小蒔の中で桃子たちの評価が上がった。もちろん、敵というカテゴリーに当てはめられたままだが。

 

「では、対価を支払っていただきましょうか? 京太郎様に群がる女狐どもを教えてください」

 

「おうおう、きつい言葉。私たちも女狐ってことっすか」

 

「はい、そうです。京太郎様にふさわしいのは私だけですから」

 

 躊躇もなく小蒔は堂々と言い切る。

 

 桃子はそんな彼女に自分の姿を重ねていた。

 

 内に孕む狂気を感じ取ったからだ。さらに同じようにその狂った愛情を受け入れているところまでそっくり。

 

 だったら――と桃子はその狂気を利用することを企てる。とりあえず今はそれを伏せて、彼女のリクエスト通りに行動する。

 

「京さんが通う高校があります」

 

「清澄高校ですね」

 

「そう。彼はそこの麻雀部に所属していて、敵はその部員たち。男女比が1(たい)5っていうだけでも危険なのに京さんを狙う手紙持ちが三人もいるっす」

 

「へぇ……。予想通りでしたけどたくさんいるんですね、手紙持ちって」

 

「みたいっすね。流行でもしているんじゃないっすか」

 

「だとしたら、もっと敵はいるかもしれないですね」

 

 おっ、これは……。

 

 桃子は話の流れが自分の予期せぬ方向に傾いたことに好感触を得る。これはうまくいくかもしれない。そんなあいまいだが確信にも近い考えを前倒しではあるが提示することにした。

 

「そう。神代さんの言う通りっす。相手は数えきれないほどいるかもしれない。本当なら世迷言と笑って飛ばしたいっすが、現にこうして何人もの好意を抱いた女性がいる。これを偶然と片づけるには、はっきり言って異常だと思わないっすか?」

 

「……いえ。さきほど相対してわかりましたが京太郎様には多くの女の邪霊を感じました。私の力を以てしても全て祓いきれないほどの量の呪いともいえるでしょう。決して偶然などではありません」

 

 小蒔は自分の意見を告げると、桃子と美穂子を見つめる。

 

 彼女たちも自分たちが(はか)られているのだと察した。真っ直ぐに交差する視線。

 

「……あなたたちは敵ですが利用することは出来そうです」

 

 不敵な笑みを浮かべる小蒔。会話から桃子の言いたいことを理解した。

 

 小蒔にとっての女狐は桃子たちにとっても邪魔なのだ。だから、一度自分たちの立場は忘れて共に相手を減らそうという意思を汲み取った小蒔。その上での発言だった。

 

「ずいぶんな言い草で」

 

「さきほどまで同じことを考えていましたよね? 互いに一時的にでも利が生まれるなら手を組むのもやぶさかではありません」

 

 それは最後には自分が京太郎の伴侶となる相当の自信の表れだろう。

 

 どうも桃子は小蒔の態度に引っかかるものを感じる。

 

 婚約者、という枠組みだけでこうも女は強くなれるのか……。

 

 ……う~ん。こればっかりはわからないっすね。

 

 桃子は思考の奥深くへと潜っていたが、いったんそれは置いておくことにした。

 

「あくまで上からっすね」

 

「はい。私は一人でも構いませんから」

 

 ……やっかいな女。

 

「……美穂子さんはどうっすか? 前に話した作戦を実行するには中々いい相手だと思うっす」

 

 もう一人の協力者にして同じ未来を志す美穂子に桃子は意見を求める。戦況の読みに長ける彼女は即答でイエスを返した。

 

「全国経験もある神代さんの協力が取り付けられるなら成功に近付くと思います!」

 

「というわけで、ぜひともよろしくお願いするっす」

 

「はい。いい結果を導けることを祈っています」

 

 差し出した綺麗な手を固く握り締める。ここに新たな同盟関係が結ばれた。

 

「新・お嫁さん同盟ってところっすかね」

 

「同盟というからには、あなたたちの言う作戦とは何か明かしてくださいますよね?」

 

「もちろん。これが神代さんと協力関係になった最大の目的っすからね。いいっすか? 清澄高校と私たちには明らかな差があるっす。触れ合える時間。私たちはどうしても週に二度が限界」

 

「たしかに。同級生ともなればさらに差は開いてしまいますね」

 

「だから、その時間を奪うっす」

 

「簡単なこととは思えませんが」

 

「簡単な話っすよ。部活に行くより、私たちと練習した方が京さんのためになるとわかってもらえたら、それだけでいい」

 

 桃子は自信満々に答える。

 

 陣容も明らかに違う。清澄はせいぜい久だけ。しかし、こちらには美穂子を筆頭に、天江衣。友好的な龍門渕。さらに神代小蒔というピースも加わった。

 

 当然、内容も京太郎のタメになることは間違いない。何しろ清澄では雑用ばかり。

 

 どちらが京太郎にメリットがあるなど明白だ。

 

「それで私……ですか」

 

「神代さんがいつまでこっちにいるのか知らないっすけど……どうっすかね?」

 

「……勝算は?」

 

「十二分!」

 

 勢い十分の返事に満足したのか、小蒔は微笑する。彼女は自分が参加するに足ると判断した。

 

「いいでしょう。それではその清澄とやらを潰して」

 

「京さんの時間を全て私たちのものにします」

 

 これでより双方の間に強固な結びができた。そう思った桃子はホッと胸を撫で下ろし、喜色満面になる。

 

「じゃあ、私は京さんたちのところへ行くっすね。そろそろフォロー入れないと寂しがりますから」

 

「あ、私もお料理をお母様から教えてもらう約束が……」

 

 緩む空気。桃子が部屋を出ようとして、美穂子もそれに続く。

 

「神代さんはどうするっすか?」

 

「私もすぐに向かいます。その前に嫁として京太郎様にいらないものを処分しておこうと思いまして」

 

 小蒔がそう言うと美穂子は一瞬にして顔を真っ赤にさせる。桃子も気まずそうに目をそらした。

 

「それじゃあ下で待ってるっすよ」

 

 そう言って二人は部屋を去る。足音がしなくなったのを確認してから小蒔は堪えきれなかった笑い声を小さく漏らした。

 

 勝手に勘違いして、勝手に味方だと思った二人が滑稽で仕方がなかったのだ。

 

「そうですか……。辛い未来が書かれてあったんですね、あなたには」

 

 巾着に仕舞われた白封筒に入った手紙。

 

 今も彼女はそれをジッと見つめている。そして、妖しく口端をつり上げた。

 

「……どうやらあの人たちと私は違うようですねぇ……」

 

 小蒔は封筒から中身を取り出す。細かく、細かく折り畳まれた長い紙。ビッシリと文字が狂うことなく並んでいる。

 

 しかし、その最後の一文。他の全てが日本語で書かれている中で、たった一箇所だけ英語が記されていた。

 

「いくら、あなたたちが足掻いても無駄なんです。だって、最後に勝つのは――」

 

 小蒔は恍惚とした表情でそこを見つめる。

 

「――私なんですから」

 

 彼女の視線の先にはHappy Endと綴られていた。




別サイトに投稿している一次創作がネット審査の一次審査突破したので落ちるまで、そっちに集中させてもらってます。すみません。
こっちを放り出す予定はないので、少しの間だけお願いします。


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28.『神代小蒔は初心者である』

一次創作に集中する(更新しないとは言ってない)

ひっさびさにただのギャグ回。短いです。


 終業のチャイムとは気分によって音色が変わる凄いやつだと咲は思う。

 

 雨が降っているときは頭に響くような嫌な低音。新刊が発売する日は足取りと同じように軽やかな音。それと好きな人と部活へ行くときは……高まった胸の音が掻き消してわからなくなる。

 

 そそくさと机の上に散らかった筆記用具を片づけるとバッグの中にしまう咲。いつもは京ちゃんから誘ってきてくれるけど、今日は私から……。

 

 恥ずかしさを断ち切るように教科書を閉じると彼女はちょうど支度が終わった京太郎の元へと向かう。

 

「きょ、京ちゃん」

 

「ん? どうかしたか、咲」

 

「あ、あのね? 今日の部活なんだけど……」

 

「あ、そうそう。俺も部活のこと話そうと思ってたんだ」

 

「え、何かあったの?」

 

「いや、個人的なことで大したことでもないんだけどさ。もう部長にも連絡してるし」

 

「むぅ……。ひどいよ、京ちゃん! 少しくらい教えてよ~」

 

 ……なんか咲がこんな絡みをしてくるなんて珍しい。もしかして、最近構ってやれなかったから寂しがっているのだろうか……。

 

 確かに中学の時は朝の起床から夜のおやすみまで過ごしていた(もちろん寝る場所は各自の家である)。

 

 その記憶を思い返すと京太郎は申し訳ない気分になる。

 

 咲とはずっと良い関係でいたい。別に今からやましいことをするわけじゃないから、いいか。

 

「わかった。じゃあ、帰りながら説明するよ」

 

「あれ? 部活には行かないの? 今日も練習あるけど」

「おう。しばらく部活には行かないから」

 

「…………え?」

 

「俺、大会まで部活行かないから」

 

「えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 衝撃の強すぎた京太郎の発言。咲の驚愕は廊下に響いて他クラスまで渡っていた。

 

 その廊下の続いた先、三年生の階でも似たような光景が繰り広げられている。校内きっての有名人が後輩に半泣きになりながらわめていた。

 

「須賀君がぁぁ……部活来ないっでぇぇ……!!」

 

 髪の毛をボサボサに。眼は真っ赤っか。彼女自体の格好も酷ければ、体裁も悪い。

 

 悩まし気に頭をかくのは染谷まこ。何だかんだ言いつつも久には敬意を持っていたが、どうも最近薄れつつある。

 

 ある意味で親近感を得たからかもしれない。

 

 上埜久はカリスマ超人ではなく、奥手の恋する乙女だと。

 

「はぁ……。京太郎がどうしよったんじゃ? 言うてみ?」

 

「それがね……それがね……!」

 

 久はお昼に来た京太郎のメールをまこに見せる。

 

『こんにちは。急にすみません。

 

 本題なのですが、大会までお休みを下さい。辞めるわけではないです。

 

 麻雀に取り組む部長たちの姿を見ていたら自分の気持ちも抑えられなくなりました。ですが、本番が近いみんなに迷惑をかけるわけにはいかないので、自分で勉強することにしました。

 

 知り合いの麻雀に詳しい人が先生役を買って出てくれたので、次に対局したときには俺も一皮むけた状態で帰ってきます! 本当に突然ですみません!

 

 あと、部活の準備なら済ませておいたので不便があったらまた連絡ください。

 

 次から気をつけます。お昼休みに失礼しました!』

 

 その内容を読んだ彼女の感想はたった一つ。

 

「まぁ、そうなるのう」

 

 今までの扱いを考えるにこうなるのは時間の問題だったと言える。そもそもさっさと告白しない久も悪いし、京太郎も一人の選手として麻雀に本気で打ち込むというのはいいことだ。

 

 恋か麻雀か。二者択一。

 

「二兎追うものは一兎も得ず。せっかく京太郎も麻雀に集中しようとしておるんじゃ。おんしも大会へ向けて残り僅かでも調整をしたらええ」

 

「でも、でもぉ……彼の先生役って多分、あの福路さんよ?」

 

「あぁ……。そういえばこの前知り合いみたいな感じじゃったのう」

 

 えらい別嬪さんじゃったとまこは思い返す。しかし、第一印象はあまりよろしくない。いまいち状況が飲み込めなかった彼女だが、喧嘩腰だったのは覚えている。

 

 ……まぁ、原因もこちらにあったんじゃがの。

 

 須賀京太郎。今年入ってきた新入部員。部内唯一の男子で、まさかとは思っちょったが。

 

 見事に咲に和、久の取り合いになっておる。それどころか他校の女子にまで好意を抱かれている。競争率は激しい。

 

 京太郎は性格も良いし、体格や顔もそこら辺の男よりは素晴らしいものを持っておる。

 

 ……うーん。

 

「……確かに取られるかもしれんな」

 

「やっぱり!」

 

「じゃが、よく考えてみぃ。福路も名門のキャプテンじゃ。この時期にそんな余裕があるわけないじゃろ」

 

「……言われてみれば」

 

「だから、おんしも麻雀に打ち込んで福路を倒したらええんじゃ。そうすれば全国にも行けて、京太郎にも格好いいところ見せれるじゃろ」

 

「まこ! あなたってば天才よ!」

 

 即座に立ち直る久。彼女の頭の中はすでに優勝後のことで一杯になっていた。主成分は京太郎との甘々な放課後レッスン(笑)である。

 

 リーダーの復活に安堵するまこは気が変わらないうちに彼女を部室に連れて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって須賀家。

 

 ここに集まったのは四人。京太郎に桃子、小蒔に衣たん。咲は自分の力を他人に見せるのを久に厳しく止められていたため泣く泣く部室へと向かったのだ。

 

 後に麻雀界では奇跡の会合と語られる。しかし、その内容はとても輝かしいものではなかった。

 

 衣や小蒔は俗に言う『牌に愛された子』。もちろん、最低限の理論はあるだろうがほとんど感覚に近い打ち方をしている。

 

 一方で京太郎と桃子はついこの間、麻雀を始めたばかりの初心者である。さらに言えば彼女たちほどの天性の才能を持っているかと問われたらNOだ。

 

「違うぞ、桃子。ここは一筒を切れ」

 

「牌効率的には残しておくべきじゃないっすか!?」

 

「精神を集中して下さい。そうすれば京太郎様にも神がおろせるはず……」

 

「できるか! 俺はそういう修行積んでないから!」

 

「「大丈夫! すぐわかるようになる(なります)!」」

 

「「助けて、美穂えもん!!」」

 

 そう叫んでも美穂子はやってこない。彼女は風越学園麻雀部のキャプテンとしてレギュラーミーティングに参加している頃だろう。残念ながら第一回には参加しない方向だ。

 

 天才の言い分を汲み取り、かみ砕いてからわかりやすく伝えてくれる彼女がいない現場は阿鼻叫喚の図。無駄な知識だけが横槍され、二人の練習は全くと言っていいほど進んでいない。

 

「マキちゃん、頼むよ! マキちゃんだけが頼みなんだ!」

 

「きょ、京太郎様……」

 

 私だけ……私だけ(・・)が頼り……。なんていい響きなのでしょう。

 

 ここにいる誰よりも自分が求められている事実に喜びを感じる小蒔は彼の期待にこたえなければと息を荒くする。

 

 とりあえずの強化方法として神を降ろすことを教えようとしたが、それはお気に召さないらしい。神の使いとしての血を引く京お兄ちゃんならできると思ったんですが……。

 

 それにこちらの方が格好いい姿を見せられるのに……。しかし、京お兄ちゃんに迷惑をかけるわけにはいきません。

 

 ならば、普段の自分がわかることを教えるとしましょう。大丈夫。手紙にはこの練習のことは書いてなかったから失敗しても影響はありません!

 

「わかりました、京太郎様。私にできることをしましょう!」

 

「マキちゃん!」

 

 とは言ったものの小蒔は麻雀を打つときは神任せに近い。

 

 のほほんとしている平常で覚えている知識と言えばほんの僅か。ない知恵を絞ってその中でも覚えるのに必死だったことを教えることにした。

 

1.4.7(イースーチー)2.5.8(リャンウーパー)3.6.9(サブローキュー)はそれぞれスジと呼ばれる関係です!」

 

「うん」

 

「知ってるっす」

 

「………………」

 

「マキちゃん?」

 

「神代さん?」

 

「……もう私に教えられることはありません……!」

 

「マ、マキちゃん……!」

 

 かくして第一回麻雀勉強会は閉会。次からは美穂子の絶対参加が条件となるのであった。

 

 




~後日~

「麻雀において三と七は急所と呼ばれる大切な牌です。なので、誰もが抱えておきたくなります。だから、手出しの三か七でリーチをかけられたら、三の場合は1、2と4、5。七の場合は5、6と8、9を切っちゃダメよ?」

「なんでですか、福路先生!」

「例えば七の場合、七七と膨らんでいたところに六か八が来て余った七が出てきた可能性があるでしょう。だから、それぞれの両面となる数字は絶対に抱えないといけないの。もちろん安全牌なら構わないからね? 片筋は危険よ? カンチャン待ちだったらドボンになっちゃうもの」

「普通って素晴らしい……!」

※この意見は個人的なものであるので、鵜呑みにしないでね。


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29.『宮永咲には敵わない』

本作では一日目 女子・団体戦/男子・個人戦
    二日目 女子・個人戦/男子・団体戦 でいきます


 神代小蒔の朝は早い。

 

 幼少の頃、京太郎と短くはあるが時を共に過ごし彼の嫁になることが決まった日から続けた花嫁修業の賜物である。

 

 神代小蒔と須賀京太郎は許嫁の関係だ。京太郎は知らされていないが、小蒔はそう聞いている。

 

 そもそも二人が出会うきっかけになったのが婚約者の関係を結びに来たということ。

 

 力が弱まるのを嫌った神代家と須賀家の思惑が合致した結果だ。

 

 しかし、そんなものは関係ない。小蒔にとって京太郎が婚約者だろうがなかろうが彼以外に意中の人物などあり得ない。

 

 どうあっても京太郎のそばに居たかった。

 

 そんな譲れない気持ちを知っているのは小蒔の親友であり、彼女の身を守る六女仙だけ。

 

 その中の一人である石戸霞は小蒔の背中を押し、ある物をプレゼントしてくれた。

 

 それは小蒔にとって最高の贈り物。

 

「ふふ……これがあれば私は京お兄ちゃんと……」

 

 与えられた部屋で小蒔は手紙を広げる。そこには()が教えてくれた未来が記されていた。

 

 結末が訪れるのは全国大会後。ハッピーエンドで。

 

 霞がどうしてそんなことがわかるのか、小蒔は気にしたことはない。

 

 自分がそのような分野に身を置き、何より小蒔は霞を信用していたからだ。

 

「今日は京お兄ちゃんが初めて大会に出る日。結果は……」

 

 その答えを見て、小蒔は満足気に微笑んだ。

 

 当然の帰結とも言える。京太郎は血反吐を吐くような特訓を続けてきた。美穂子に知識を叩き込まれ、衣にボコボコにされ、桃子と倒れて、小蒔にボコボコにされ、また衣にボコボコにされた。

 

 それでも彼が弱音を吐くことは決してなかったのだ。

 

 私が協力できるのも、ここに居れるのも明後日まで。私も永水高校の代表として予選に出なければなりませんから。

 

 だから、しっかりと足跡を残す。私のことを忘れないように彼へ最大級の愛を示す物を。

 

 だけど、今は……。

 

「京太郎様が力を出しきれるように腕を振るいましょう」

 

 スイッチが切り替わる。

 

 京太郎に関わることだけは拙い頭を使って覚えてきた。手料理など朝飯前だ。

 

「今日も一日頑張りましょう!」

 

 そう言うと小蒔はキッチンへと向かうのであった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 須賀京太郎の朝は早い。

 

 中学でハンドボール部に入っていた彼はエースとして君臨していた。その座を支えていたのは泥臭い努力の結果であり、早朝練習の習慣はそう簡単には抜けない。

 

 結果として早起きしてしまう彼は服を着替えると外に出て走り始めた。

 

「…………ふぅ」

 

 いつも通りのランニングコース。いつもより早いペースで走ったせいか気怠い体を休ませるために一息吐くとゆっくりと呼吸が落ち着くまで歩く。

 

「……柄にもなく緊張してるな、俺」

 

 今日、いつもより早く起きたのは寝付きが悪かったのも影響しているだろう。彼はそう自己分析していた。

 

 今まではチーム戦。自分がダメでもそれをフォローしてくれる仲間がいたが今回は違うのだ。一度のミスが命取り。

 

 そう考えるとプレッシャーが段違いだった。目を閉じれば浮かび上がる最悪の結末。今まで負けすぎたせいなのか、嫌なビジョンがまとわりついて離れない。

 

 京太郎(じぶん)が勝者となる光景が想像できないのだ。

 

「……もう少し走るか」

 

 何かを振りはらうように京太郎は走り出そうとするが、何かに服を引っ張られて前に進まない。

 

「ダーメ。それ以上は大会に響くよ、京ちゃん」

 

 聞きなれた声がして振り向けば、そこには幼馴染がいた。滅多にお目にかかれないジャージ姿で、肩にはトートバッグを提げている。

 

「咲……どうしたんだ、こんな時間に」

 

「京ちゃんならこの時間帯に走っているだろうなぁと思って先回りしてたの。こうやってオーバーワークさせないように」

 

「……それにしてもよくここだとわかったな?」

 

「中学のとき、ずっと練習に付き合ってあげたの誰だっけ?」

 

「……咲だ」

 

「正解。さ、座って。休憩しよ?」

 

 咲は適当なベンチに腰掛けると、ポンポンと隣を叩いて促す。京太郎は苦笑いしながらそこに座った。こういう時の咲は絶対に譲らないのを京太郎は知っている。

 

 頑固なのだ、咲は。

 

「はい、お茶。ちょっとあったかいよ。これぐらいが好きだもんね、京ちゃん」

 

「おお、サンキュ」

 

 温められたお茶が注がれたコップを受け取ると京太郎はゆっくりとのどを潤していく。懐かしい味がして、じんわりと体の芯まであたためてくれた。不思議と夏でも不快にならないあたたかさ。

 

 頭も体もやわらかくほぐれていく。そんな気がした。

 

「どうせ京ちゃん、変な緊張してたでしょ」

 

 不意に隣の少女はそんなことを言い出す。油断していたところで的確に突かれた京太郎は図星といわんばかりに目を見開いた。咲は無言を肯定と受け取って、呆れた風に微笑む。

 

「ハンドボールのときもそうだったもんね。初めてベンチに入った時も、レギュラーに選ばれたときも、こうやって無理な運動してたっけ」

 

「……そんなつもりはないんだけどな」

 

「していたよ。その度に私はヒヤヒヤさせられたんだから」

 

「ははは……。面目ない」

 

「もう謝ってばかりだよ。だいたい京ちゃんは――」

 

 プリプリと頬を膨らませて怒る咲に京太郎は頭が上がらない。だけど、少し嬉しくもある。

 

 こうやって何も考えずに楽しく時間を過ごすことができる相手がいる。話しているだけで悪いものが吹き飛んでいく。

 

 今年に入ってから部長に和。モモや福路さん、衣。たくさんの人と知り合ったけどやはり一番落ち着くのはこいつなんだ。

 

「――良かった」

 

「何が?」

 

「京ちゃんの顔。さっきまで死んでいたけど今は生きてる」

 

「なんだそりゃ」

 

「それだけ肩肘張ってたってこと。気がついてないかもしれないけどすごい怖い顔していたんだから」

 

「……そんなに?」

 

「うん。和ちゃんや東横さんも逃げ出しちゃうひどい顔。私だから良かったけど」

 

 冗談めかして咲は告げる。遠慮がないのは長い時間を過ごした二人の距離だから出来ることだ。

 

 だから、京太郎は桃子たちには隠している不安を吐露することができる。今まで心の奥底に潜ませていた負の感情を。

 

「……実はさ。勝てるイメージができないんだ」

 

「うん」

 

 優しく咲は相槌を打つ。彼の気持ちを受け取るように。

 

「あれだけみんなの大切な時間を貰って、それで負けるのが怖い」

 

「……うん」

 

「期待を裏切るのが怖いんだ。みんなに失望されるのが……! そんな恐怖が前に出てきて頭がぐちゃぐちゃになるんだ。自信が……今の俺には湧いてこない」

 

「……そっか」

 

 京太郎は恐ろしかった。一年生だから負けてもおかしくない。そんな免罪符は役目を果たさない。

 

 今までは誰かの期待はチームのものだった。だけど、今は京太郎の双肩に誰かの期待が重くのしかかっている。

 

「悪い、咲。変な話してしまって。お前も今日、団体戦があるのにこんなこと……」

 

「本当だよ。情けない京ちゃん。……だから、そんな情けない京ちゃんに私がおまじないをしてあげる」

 

 そう言うと咲は京太郎の手を握り締める。強く、強く。想いが京太郎(あいて)まで届くように。

 

「……咲?」

 

「……私が信じてるよ」

 

 咲の言葉は深く京太郎の胸に刺さって、解けていく。ゆっくりと彼の心に広がっていく。

 

「誰よりもあなたのことを知っている私が信じているの。確信しているの。京ちゃんが勝って、優勝する姿を。――それでも京ちゃんはまだ不安?」

 

 そして、京太郎に魔法がかかる。彼を奮い立たせるとびきりの魔法が。

 

「……いいや。俄然やる気が出てきた」

 

「それでこそ須賀京太郎だよ。じゃあ、帰ろっか」

 

「おう、そうだな」

 

 京太郎と咲は立ち上がり、並んで歩く。

 

 昇り始めた太陽の光が()く道を照らす。心地よい俺と咲の足音だけが響く空気。

 

「……ありがとうな、咲。いろいろと迷惑かけた」

 

「いいよ、別に。中学の頃は京ちゃんにいっぱい助けてもらったから恩返しみたいなもんだよ」

 

「そうか。……なら、そういうことにしておく。あー、まさか咲に励まされるとはなぁ」

 

「あっ、なに、その顔。少し心外なんだけど」

 

「モモやマキちゃんにもばれなかったのに、最近は学校でしか会わなかった咲に見破られたのが意外だったんだよ。どうしてわかったんだ? 俺のこと?」

 

「だから、言ったじゃん」

 

 咲は京太郎の背中を叩くと、彼の前へと回り込む。すると、さも当然のように彼女は言い放った。

 

「京ちゃんのことならなんだってわかるよ。だって、私は――ずっと京ちゃんの隣で見てきたんだから」

 

 目の前で咲き誇る一輪の花を見て、京太郎は彼女には敵わないと破顔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、運命の大会が始まる。




次回、県大会へ進みます


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30.『恋する乙女の前哨戦』

「いやー、小蒔ちゃんがいてくれると私も楽で助かるわ」

 

「いえ、お義母様。これくらいは許嫁として当然ですから」

 

「京太郎はこんな娘に好かれて幸せ者ね。早くお嫁さんに来てね、小蒔ちゃん」

 

「はい! ぜひ! ……あれ?」

 

 それは京太郎たちが大会会場へ向かって一時間が経った頃。京太郎宅で家事をしていた小蒔はテーブルにポツンと置かれてある弁当箱に気が付いた。

 

「お義母様。これって……」

 

「ん? あー、あのバカ。忘れていったわね。せっかく小蒔ちゃんが作ってくれたのに。返ってきたら説教ね」

 

「い、いえ、そんな! 大丈夫です!」

 

 とはいえ残念な気持ちがあるのは事実。でも、それ以上に京太郎がお昼に困るのではないかと心配になる小蒔。京太郎も育ち盛りの男の子。出費も馬鹿にならないはずだし、美味しいものを食べて英気を養えないかもしれない。

 

 それが敗因になることだってある。集中力を必要とする麻雀には万全な状態で挑んで欲しい小蒔は弁当を届けに行く方針に決める。

 

 しかし、自分だけでは会場にたどり着けないことも確信していた。必ず迷う自信が彼女にはあったのだ。

 

 お義母様は仕事ですから車で送ってもらうわけにはいきませんし……。

 

「どうしましょうか……」

 

 だけど、お義母様以外に長野で頼れる知り合いなんて…………あっ。

 

 一人だけ出てきた知り合いであり、同盟相手。

 

 彼女は団体戦には出場しないと言っていたので今日は自宅にでもいるはず……。連絡方法は……もしかして。

 

「お義母様。一つお願いをしてもよろしいですか?」

 

「いいよ、いいよ。小蒔ちゃんのワガママだったらおばさん何でも聞いちゃう」

 

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えまして……」

 

 頭を下げると神代小蒔はその名を告げる。

 

「東横桃子さんにお電話をつなげていただけますか?」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「まずは午前の部突破に乾杯!」

 

『かんぱーい!!』

 

 会場から少し離れた場所にある公共スペース。生い茂る芝の上に数枚のレジャーシートを重ねて席を取った京太郎たちは笑顔に満ちていた。

 

 女子は団体戦で決勝戦へ駒を進め、京太郎は予選を三位通過。序盤は慣れない雰囲気にミスすることもあったが後半は恐ろしい速度にて負債を回収。貯金まで作り上げた。

 

 皆無である過去の戦績からすれば十二分の結果と言えるだろう。

 

「いやー、まさかここまで上手くいくとは思わなかったわ」

 

「ほんとだじぇ! 犬! きさまいつの間に強くなったんだ!?」

 

「まぁ、いろいろあってなー」

 

 まだすべてが終わったわけじゃないが勝ち進んだ喜びから優希の乱暴な言葉をスルーする京太郎。

 

 思い返せばいろいろでは済まないほどにたくさんの出来事があった。

 

 ……俺の麻雀人生、助けられてばっかりだな。

 

 今朝もそうだったし。咲に弱い俺を追い払ってもらって……。いつもはドジ踏みまくるのに、こういう時に限って鋭いんだから、うちのお姫様は。

 

 ちらりと京太郎は咲の様子をうかがう。すると、咲も視線に気づいて見つめ合う形になる二人。そんな行動がおかしくて、つい笑い声を漏らす。

 

 まるで言葉は交わさなくても心は通じ合っているかのような雰囲気を出す京太郎たちを久と和は白い目で見ていた。

 

「……なに、あれ」

 

「おかしいですね。ついこの間まで私たちと大差なかったはずなのに……」

 

 油断、慢心、環境の違い……。

 

 いや、元々咲と二人には差があった。それは過ごしてきた時間。美穂子という新たな強敵が現れたり、咲がドジを踏んだりしていたせいで忘れられていたアドバンテージ。

 

 それがここにきて効力を発揮している。

 

 談笑している京太郎と咲。

 

 敵は内にも外にもいる。久たちはいつの間にか挟み撃ちの構図に陥っていた。

 

 あまりにも不利な戦い。しかし、和はまだ諦めていなかった。自分には何より男性をひきつける肉体(ぶき)がある。今こそ解き放つ時!

 

「す、須賀君。よかったらこちらで休憩でも」

 

「咲ー。ちょっと疲れたから……」

 

「もうしょうがないなぁ。はいはい、おいでおいで」

 

「――なっ!?」

 

 咲が手招きすると京太郎はなんのためらいもなく彼女の膝に頭を預けたのだ。

 

 これには和の開いた口もふさがらない。

 

「……和?」

 

 滅多に大きな声を出さない和に注目が集まる。そこでようやく彼女は取り繕うように咳払いをした。

 

「す、すいません。あまりにも自然な流れで須賀君がそ、その……破廉恥な行為をしたのでつい……」

 

 頬を赤くして原因を告げる和(もちろん演技である)に京太郎は自分のしていることの重大さに気づく。

 

 確かに咲と京太郎からすれば普通でも、過去を知らない彼女たちからすれば異性に膝枕などあり得ないのだろう。

 

 今朝、あんなことがあったから中学の頃を思い出して懐かしくなってしてもらったとか言えないし……。

 

 ここは適当に誤魔化そう。すまん、和!

 

 心の中で謝罪をした京太郎はデマカセを告げる。

 

「あぁ、悪い。ちょっと朝早くてさ。つい癖で……」

 

 癖っ!? 癖で須賀君は女の子に膝枕をしてもらうんですか!?

 

 衝撃の新事実に驚きを隠せない和。しかし、そこはインターミドルチャンピオン。グッと飲み込むと、即座に機転を利かせて攻勢に出る。

 

「そ、そうですか。……なら、私の膝を使いませんか? 咲さんもお疲れでしょうし……」

 

 端から見れば完全にアプローチ。女の子が自分の至近距離を許す。ましてや肌が触れ合い、彼女の凶暴なおっぱいが間近にある位置に自ら男を招き入れるなど気を許していなければできない。

 

 現に察した優希はニヤニヤしているし、まこは意地悪い顔をしている。久は乙女心を全開にして膝枕した辺りから固まっているので除外。

 

 しかし、それでいいのだ。明確とは言えないものの和は京太郎に対して好意的な感情を抱いていることは表せた。

 

 これに対する反応で咲と和の上下関係が決まると言っても過言ではない。

 

 女子の戦いは水面下で始まっている。

 

「ありがとうな、和。気持ちだけもらっておくよ」

 

 ノックダウン! 原村和ノックダウン!

 

 勝者、宮永咲! そんな脳内アナウンスと共にコングが打ち鳴らされる。

 

 彼女らのバトルファイトはわずか数秒で終了を告げた。

 

「も、もう京ちゃん。そんなに私の方がいいの? もう~」

 

 自分を選んでくれた嬉しさに顔をとろけさせる咲。口では困った風を装っているが、内心は飛び跳ねて喜んでいた。

 

 胸だけじゃない。女の魅力は胸だけじゃないんだよ、和ちゃん……!!

 

「さ、さぁ、早くご飯にしましょう。昼休憩もそんなに長くないから」

 

 空気が気まずくなる前に復活した久がフォローに回る。まこや優希もその意見に賛同して、どうにかして雰囲気を戻そうとした。

 

「そうじゃな。はやく控室に戻らんといかんしの」

 

「タ、タコスうま~! おい、京太郎! そんな目で見てもやらないからな!」

 

「いいよ、別に。俺も弁当あるし――ってあれ?」

 

 ない。今朝入れたはずの弁当がない。

 

 京太郎はリュックの中を探すが、やはりいつもの包みが見当たらない。

 

「……やっちまった」

 

「どうしたの、京ちゃん?」

 

「いや、それが弁当を家に忘れちゃって……」

 

「あら。それは大変ね」

 

「……仕方ない。ちょっと食堂に行って買ってきます」

 そう言って京太郎が立ち上がろうとするが隣の咲に服を引っ張られてまたその場に尻をつく。幼馴染の不可解な行動に彼は首を傾げた。

 

「……どうかしたか、咲?」

 

「うん。弁当がないなら私のを少し分けてあげようと思って」

 

「神様、仏様、咲様……!」

 

 京太郎は咲へ手を合わせて拝む。今年に入って麻雀に熱中するようになった京太郎は麻雀用具や教本によって懐事情が圧迫されており、昼食代も馬鹿にならなかったのだ。

 

 余計な出費にため息をついていた彼にとって咲の提案はとてもありがたいものだろう。

 

 その様子を見た久や和も続く。

 

「す、須賀君! 私のも分けてあげる!」

 

「私のもどうぞ! お口に合うかは保証できませんが……」

 

「うおぉ! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 京太郎の元に寄せられるおかずの数々はどれも美味しそうだ。少し量が足りないが、分けてもらっている以上わがままは言えない。

 

 これだけでどうにかして午後まで乗り切ろう。そう決めた京太郎は感謝の念を込めて手を合わせた。

 

「それじゃあ、いただき――」

 

「待ってください、京太郎様!」

 

「「「――京太郎様?」」」

 

 聞き慣れない呼び名にこの場にいた全員が声のする方を振り向く。

 

 清楚系巨乳巫女。薄幸系巨乳ステルス。母性的巨乳金髪。痴女系貧乳ロリ。

 

 豪華すぎるラインナップに一同の目は見開かれる。

 

「な、なんちゅう面子じゃ、ありゃ……」

 

 思わずまこが瞼をこすって再確認してしまうほどの驚愕を与えた四人。彼女らは清澄の反応を気にすることなく、京太郎へ近づく。

 

「京太郎様。お弁当をお届けに参りました」

 

「本当に!? ありがとう、マキちゃん!」

 

「いえ、許嫁として当然のことをしたまでですから」

 

「ちょっとちょっとー、京さーん。私もここまで神代さんを連れてきたんすよー? 褒めて下さいっす」

 

「あら、桃子ちゃんは私たちの応援でこっちに来ていたはずじゃ……」

 

「そうっす。だから、一度京さんの家まで戻ったんすよ……」

 

「モモ……。お前もありがとうな」

 

 京太郎は小蒔と桃子の頭を優しく撫でる。それに気分を良くした彼女らはわかりやすいくらいに頬を赤くさせた。

 

 一方でせっかくの勝利の喜びを害された者たちもいるのを忘れてはいけない。それに気付いた最も人の視線に敏感な一は嘆息して忠告する。

 

「……君ら慣れ合うのはいいけど早くしてくれよ? 龍門渕のボクと風越の福路さんが一緒にいるのはあまり良くない」

 

「よう、変態。お前も来てたのか?」

 

「出会って早々罵倒かい、京太郎? ありがとう。少し見てみたい子がいてね」

 

 いつも通りの会話を交わす一の視線は咲へ向けられる。今の彼女は現れた恋敵に対して怒気に近い負の感情を前面に出しており、一は己の感覚を信じることが出来た。

 

 あの時感じた嫌な雰囲気は間違いではなく、宮永咲は化け物であると。

 

「……だけど、その用事も今しがた終わった。それに僕は性欲がこもった下劣な視線は大好物だけど、女の嫉妬をあてられて喜ぶほど腐った人間じゃないんだ。今すぐにでも引き揚げたいんだけど、もういいかな? そこの御三方?」

 

「そこまでわかっているならただでは帰さないっていうのも予測できるんじゃない? 国広一さん?」

 

「……貧乏くじ引かされたなぁ」

 

 一に反対意見を申し出たのは清澄の長である久。

 

 彼女は怒っている。自分たちの安らげる時間だけではなく、京太郎とも接することが出来る数少ない時間までも奪われたことに対して。

 

 それも荒らした相手は自分の意中の相手に好意的な様子。心が荒波を立てない方がおかしい。

 

「……そうですね。あなたたちが須賀君とどんな関係にあるかは存じ上げませんがここは清澄高校のエリアです。勝手に入ってきてもらっては困ります」

 

 普段は大人しい和もこれに乗りかかり、厳しい口調で弾圧する。漂う険悪なムードに察しのいい京太郎は止めようとするが、それよりも先に桃子が割って入った。

 

 まるでこうなるのを待っていたかのように。

 

「そんなことを言われましても、清澄のみなさん。私たちは京さんにお弁当を届けに来ただけっすよ? 文句を言われる筋合いはないと思いますが」

 

「……あら? それならさっさと帰れば?」

 

「キツい言い草っすね。こちらの神代さんは京さんの許嫁さんっす。その二人の時間さえ許してくれないんすか? 関係ない他人のあなたたちが」

 

「っ! それを言うならあなたたちだって」

 

 小蒔の関係を利用して、久の弱い女の部分を刺激して有利に話を進めていく。

 

 完全に久は桃子の術中にはまっていた。

 

 余裕のない久の表情を見て、桃子はわざとらしく長いため息を吐く。

 

「……平行線っすね。このままでは終わりが見えない。……だから、ここは一つ。私たちらしく麻雀で決着を着けませんか?」

 

「麻雀で……?」

 

「ルールは簡単。団体戦と個人戦の結果で勝敗をつける。そして、負けた者は――」

 

 ひとさし指を立てて、桃子は満面の笑みで告げる。そんな彼女の後ろにいる同盟を組んだ誰もが真剣な眼差しで作戦を実行に移した桃子を。

 

 いよいよ自分たちの未来を賭けた戦いが始まるのだと覚悟を決めて。

 

「――須賀京太郎から身を引く。それでどうです?」

 

 久には目の前の女が悪魔のように映っていた。




修羅場ぁ


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31.『須賀京太郎と賭けと全国』

「ルールは簡単。団体戦と個人戦で全国へ出場する人数が多い方が勝ち。どうっすか?」

 

 桃子が放った争奪戦の宣戦布告。久はその利益と被る損害を天秤にかけた。

 

 メリットは須賀京太郎をこれから一切彼女たちから引き離せること。そもそも京太郎は清澄のもので、これは揺るぎない事実。いや、事実だった(・・・)

 

 先日の京太郎による麻雀部から距離を置くという例ができている。

 

 これは京太郎の気持ちは完全に清澄に固まっておらず、それどころか向こう側が優位と言っても間違いではない。今までのツケがここに来て一気に押し寄せてきた形になった。

 

 それも含めて不安要素を排除できるというのは大きなメリット。

 

 次にもしも敗れた場合。

 

 何もかも失う。中途半端に全国と京太郎の間で揺れ動き、迷いを引き延ばしてきた末路とも言える。

 

 ……こんなことになるならさっさと告白しておけばよかったかしら。

 

 後悔しても後の祭り。条件で言うなら明らかに私たちが有利だ。団体戦で勝ち越せばそれで勝利が確定するのだから。

 

「あ、もちろんそちらでカウントするのは……三人ってところっすかね。条件は言わなくてもわかると思うんすけど……」

 

「ええ、無用よ。言ったら怒るわ。怒るからね!」

 

「素直になればいいのに……」

 

 うるさいわね……。そう簡単になれるわけないでしょう。……ムキになっちゃダメよ。相手のペースに流される訳にはいかない。

 

 久は荒ぶる気持ちを抑え、思考に沈む。

 

 桃子(てき)の言い分は飲む。これは久も納得のできる条件だったからだ。

 

 須賀京太郎へと少なからず異性としての好意を抱いていること。その代表として話しているのならば私は出来る限りのことをしなければならない。

 

「他に隠していることはないでしょうね」

 

 後だしをされてはたまらない。久が問うと相変わらずの痴女姿で佇んでいた一が手を挙げる。

 

「隠していたわけじゃないけど僕から一つ。僕はこの場にいるけど代理人だ。龍門渕の大将である天江衣のね」

 

「はぁ!? 天江衣って……なんで須賀君もそんなところと……」

 

「いや、ちょっと縁がありまして」

 

 そんな簡単に仲良くなれる相手ではないことを久は知っているし、京太郎も出会いの記憶を引っ張りだして苦笑いした。

 

 しかし、これは痛すぎる。

 

 天江衣といえば去年の長野県覇者である龍門渕高校の大将にして全国大会MVP。立ちはだかる敵としては強大過ぎた。

 

「怖気ついたんすか? 別にナシならそれでもいいっすけど……私たちも自由にさせてもらいますね」

 

 桃子はわざとらしい作り笑顔で久を追い込む。心理的に戦わざるを得ない状況へと進ませる。

 

 恋する女が持つ独占欲を刺激して。

 

 そんな互いに熱気を帯びる中で一人だけ違うことを考える人物がいた。

 

「……京ちゃん……いいの?」

 

 ぶつかりあう集団から少し離れたところで宮永咲は小声で問う。本来ならこんな事態が起きたなら真っ先に止めにかかるであろう須賀京太郎がなにも行動を起こさないことが不思議で仕方がなかった。

 

 自分が景品にされているというのもあるが、彼はまず喧嘩にも近い二人の間に割って入って無理にでも場を壊す人間だ。なのに、自分の隣でただ見ているだけというのが気持ち悪いほどにおかしい。

 

「……なにが?」

 

「部長と東横さんが争ってるの止めなくていいの?」

 

「……そうしたいのはやまやまなんだけどな。俺が出ていったら余計にややこしくなると思う」

 

「それは……そうかもしれないけど……」

 

「気にしなくていいから。咲は大会に集中して全力をだしてくれ。な?」

 

 そう言って京太郎は咲の頬をつつく。これ以上は口出しするなというサインだ。

 

 ……今のも後々、何かに繋がるメッセージのはず……。

 

 そう受け取った咲は彼を信じて場の変化を見守ることにした。

 

 一方で久も回答を導きだしていた。散々ぐるぐると迷宮に入っていたものの結局は一つの結論に達したのだ。

 

 みんなを信じる。それが誰にとっても最善で最高の結果だから。私たちは最強。それを誰よりも私が知っているじゃない。

 

「……いいわ、受けてあげる」

 

「それじゃあ決定ですね。この場にいるメンバーの内、全国へ行った数が多いチームが勝ちってことで。強い人が教えた方が京さんのためになるっすから」

 

「全国も須賀くんも私たち清澄がもらうから」

 

「ふふっ。明日が楽しみっす」

 

 双方代表が不敵な笑みを浮かべ、思惑の孕んだ視線を交差させる。その間も須賀京太郎は変わらず静観を決め込んでいた。

 

『まもなく女子団体戦決勝戦を開始いたします。各高校の選手は所定の場所まで移動してください』

 

 合意が取れた瞬間、アナウンスが会場内外に流れる。それは開戦のゴングとなった。

 

 より一層の鋭い緊張が場に迸る。

 

「今日はよろしくおねがいします」

 

 団体戦にて相対する美穂子は一礼するとその場を去る。礼儀は忘れていないが、その瞳には温かさはなかった。冷たく明確な敵を捉えた狩人のそれと変わりない。

 

 そんな彼女に続く形で一や桃子たちも京太郎に一声かけてから離れていく。

 

 せっかくの楽しいランチがおじゃんにされた清澄高校の面々には怪しい空気が流れ出すと思われたが、彼女らのメンタルはタフだった。

 

「絶対に全国行くわよ!」

 

「当然です! 優勝もす、須賀君も渡しません!」

 

「やれやれ。犬がいなくなったら部長たちも困るみたいだし、私も本気を出すとするじぇ」

 

 奮起する久たちの姿を見て安堵する京太郎。桃子たちの接触でなにか悪い影響を与えていないかどうか。それだけが彼の心配事だったのだが、どうやら杞憂に終わったみたいだ。

 

「京太郎も可哀そうじゃのう。付き合う相手は選んだ方がいいんじゃないか?」

 

「全くですね。あとでちょっとだけ小言を言っておきます。……でも、普段は悪い人たちじゃないんです。こんな俺にも丁寧に麻雀を教えてくれて感謝していますから」

 

 その話題をだされてはまこも何も文句を言うことが出来なかった。実際にこうやって桃子たちに対立することになったのも京太郎への対応がウェイトを大きく占めている。

 

 もう少しうまくやることはできなかったものかとまこが反省を始める前に京太郎は察して桃子たちを追いかけることにした。

 

「じゃあ、俺もそろそろ。女子の団体戦が始まるってことは男子の個人戦も始まると思うので」

 

「……そうね。須賀君も頑張って! 私たちも負けないから!」

 

「ありがとうございます、部長。……咲!」

 

 会場へ戻ろうとした京太郎は振り返り、唯一浮かない表情をしている幼馴染へと声をかける。

 

「……京ちゃん?」

 

「お前が最後に笑っている姿を楽しみにしているからな」

 

「……京ちゃんはそれでいいの? 私たちが勝ったら……」

 

 咲が勝ってしまえば九割九分、京太郎の身は清澄のものになるだろう。それはきっと彼女たちにとって喜ばしいこと。しかし、本当に京太郎のためになるのかと言われたら『はい』とは答えられない。

 

 なによりこれは本人の意思が無視された本来ならありえない戦いだ。手紙という要素が少女たちの背中を無理やりにでも押している。

 

 不安げな咲の視線を受けた京太郎は逡巡してから彼女の肩に手を置き、耳元で囁く。

 

「……俺は咲の笑顔が好きだから、それを見るのがいちばんいい結果かな」

 

 突然の暴露に咲の顔はみるみるうちに朱色に染まっていく。まだ時期には早い紅葉を隠すように咲はポカポカと彼の胸板をたたき始めた。

 

「も、もう! またそうやって誤魔化して……! でも、いいよ。じゃあ、知らないから。京ちゃんにのせられてあげる」

 

「流石幼馴染。話がわかる」

 

「……そのかわり京ちゃんも優勝してよね」

 

「もちろん! 任せておけ!」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 自信満々にそう答えたまでは良かったんだけどな……。

 

 数十分前の自分たちの行動を思い返して京太郎は思わず恥ずかしさに顔を手で隠したくなる。

 

 しかし、ここまで来ただけでも奇跡のようだと一度開き直ることにした。

 

 彼には宮永咲のような超感覚も、福路美穂子のような思考もない。東横桃子や天江衣のような能力も持ち合わせていない。

 

 だからこそ、彼は己の力を信じることにする。間違いなく奇跡を掴んだのは自分自身で、気まぐれな女神様を振り向かせてきた。

 

 卓を囲むのは上級生ばかりで一年の京太郎は異色の類に属す。

 

 上家の二年生が予選一位と点数を食いあっているから、まだ生き残っているけれどトップとは二万点差の三位。ギリギリ県代表の枠に入っているが、そんな小さいものに興味はない。

 

 打つからにはトップを狙う。

 

 咲にも優勝するって約束したからな……。

 

 それにさっきのモモたちと部長たちの争い。止めるためには俺が勝つのは必要条件なのだ。

 

「ふぅ……」

 

 予選一位が親だから直撃か親被り倍満ツモ以上でないと捲れない。

 

 手牌は悪くない。ちゃんといつものように最後まで須賀京太郎らしい手牌。ここから未来は見えるのか。

 

 極限まで集中を高めようと眼を閉じると、浮かんできたのは牌効率でも手牌の完成形でもなく同級生の女の子。自分が本格的に麻雀を学ぼうというきっかけになった少女。

 

 初めて見たんだ。あいつがあんなに楽しそうに笑う顔は。ずっと一緒にいたのに俺の前ではあんな顔を見せたことなかったくせに。

 

 少しばかり嫉妬して、でもそれ以上に俺もしたいと思った。本気で笑って楽しむ麻雀をやってみたいと思った。

 

 ……ああ、そうだよ。

 

 あいつはどんな顔をしていた?

 

 彼女はずっと笑っていただろ。

 

 練習の時も、試合の時も麻雀を打つときは笑顔にならないことはなかった。あんだけ苦しんでいたネト麻でも最後には笑っていたんだよ。

 

 そうして、楽しんで打ってきていた。

 

 だから、俺はあいつの笑顔が大好きなんだ。

 

「……よし」

 

 もう一度、言おう。ここに来ただけでも奇跡。それは俺の努力の軌跡。

 

 だったら、欲を出してやる。

 

 楽しんで、勝って、咲たちの試合を見届ける。そっちの方が絶対にいい思い出になる。

 

「……長考失礼」

 

 勢いよくツモると手牌に加えて、切る。今ならなんでもできそうな気分だ。

 

 体も思考も軽い。今までとはまるで場の景色の見え方も感覚も違う。

 

 手に取るようにわかる。

 

「っ……!」

 

 ……聴牌……!

 

 これでもうオーラス。ここで行かなかったらきっと後悔する!

 

「リーチ!!」

 

 箱から千点棒を上空へ放り投げる。それは螺旋状に回転しながら落下していき、所定の位置へ収まった。

 

 上家は驚いたように目を見開き、下家はどこか達観したようにこちらを眺め、対面は動じることなく安牌を落とす。

 

 ……次は俺の番だ。

 

 山から牌をツモり、描かれた図を見て、手牌を倒した。

 

「――――ツモ」

 

 立直、一発、ツモ、平和、清一、タンヤオ、ドラ2、赤1。作り上げた役の名前を口で連ねていく。

 

「16000・8000!」

 

 そして、勝利を意味する点数を告げた。





【挿絵表示】


可愛いイラストは島田志麻さんより頂きました。目次にも追加しています!
無断転載、使用禁止ですよ。

今年一年、みなさまお世話になりました。
来年はもっと大きく活動できればと思っています。
よろしくお願いします。


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32.『麻雀少女と賭けと全国』

新年やっと一回目の投稿。お待たせしました


 ――私が行っていることは間違いなのかもしれない。けれど、私は信じることにした。自分の気持ちを。これが彼の未来へつながることを――

 

 

 先鋒戦を見た誰もが口をそろえてこう論するだろう。

 

 福路美穂子の本気を垣間見たと。

 

 あれは試合などではない。蹂躙。一方的な搾取だ。

 

 福路美穂子と言えば相手を観察して、特徴を掴んだうえでプラスを取りに行く堅実な打ち手で有名である。

 

 しかし、今回に限って言えば過去の面影はなかった。

 

 今までの福路美穂子になかった打ち方はまるで対極に存在するものだった。他者が立ち上がろうとすれば頭から踏みつぶし、あがこうと縋り付けば振り払う。

 

 王者が行う絶対的な麻雀を打って魅せた。

 

 最終的に他家にそれぞれ三万点近くの差をつけて次鋒につなげる。たった一人で九万点ものプラスを稼ぎあげたのだ。

 

「ふぅ……」

 

 試合終了のブザーが鳴り、美穂子は瞳を閉じる。瞬間、訪れる多大な疲労感。試合中は柄にもなく興奮してアドレナリンが出ていたから無事だったけれど、今はクラクラと脳が揺さぶられているような感覚に陥っている。

 

 今すぐにでも吐きたい気分だった。しかし、そんなことできるわけがない。

 

 必死にこらえて、少なくともこの先鋒戦においての勝者として威厳を保たなければ。

 

 これは彼の未来につながる。私の愛する彼へとつながる第一歩になるのだ。せめて笑って踏み出したい。

 

 美穂子はカメラに笑顔を向ける。たった一人の男へ自分の意思を届けるために。

 

 

 ――今、こんな状況になっているのは私のせい。彼の楽しい時間を奪われようとしているのも私のせい。私は全国にもいきたい。彼も欲しい。今までずっと分の悪い賭けをしてきた。だったら、迷うことなんてなかったはずだ。二つとも。夢も恋も私は勝ち取る――

 

 

 先鋒戦が激しい交戦だったのに対して波長のように静かな波が訪れた次鋒戦は点差はほとんど変わらずに流れた。そうであるならば、また中堅戦は荒れる。

 

 そんな観客の予感は的中してみせた。

 

 開始早々、上埜久が己の狡猾さを前面に押し出した麻雀を展開する。罠にかかった風越の文堂は美穂子の稼いだ点棒を刈り取られてしまう。

 

 悪待ちにカラテン立直。常識とはかけ離れた打ち方に終始ペースを崩される三校。後半になってようやく龍門渕の国広一が善戦するが前半に広げられた点差は大きく、清澄が死の淵から蘇ってみせた。

 

「なんとか部長の面目は保てたかしら……?」

 

 区間賞を手に入れた久は廊下を歩きながらそんなことを思う。

 

 出鼻をくじかれて大量の点差をたたき出された優希は泣いていた。まこは後輩の仇を取ってやれなかった悔しさを滲ませていた。

 

 それら全ての責任を負うのは彼女たちじゃなくていい。ここまでついてきてくれたあの子たちに非はないのだから。

 

 そう言う意味では最年長の部長としてかっこういいところを見せれて良かった。

 

「……須賀君も見てくれたかな?」

 

 おそらく彼もまだ激闘のなかに身を置いている状態だろう。私たちは近くにいて声を掛けてあげられるが、彼はたった一人でずっと過ごしている。でも、あなたには私たちがいるんだよって思っていてほしい。

 

 なに様だって感じだけど、たとえそのことで罵られても私たちは同じ清澄高校麻雀部だ。

 

 私は携帯を取り出すと電話帳から彼の名前を引っ張ってくる。

 

「……だから、少しでも私の気持ちが届けばいいな」

 

 流れる留守のメッセージの後に私は一言だけ呟いた。

 

「頑張れ」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「終わってなければいいんだけど……」

 

 肩を上下させ、荒い呼吸のまま京太郎は再度走り始める。

 

 全国行きを一位で決めた後に表彰式や閉会式。さらには個人インタビューなど今まで無縁だったイベントをこなしていたらすでに外は暗くなっていた。

 

 焦った彼は会場を飛び出し、運動部の頃と変わらぬ走りを見せていたがいかんせん衰えはあるみたいだ。

 

「はぁ……はぁ…………死ぬ」

 

 ようやく応援席にたどり着いた彼は壁にもたれかかって息を整える。

 

 突如現れた長野県男子一位に周囲はざわつくが京太郎の耳には届いていない。頭のなかは団体戦の結果で埋め尽くされていた。

 

 自分を賭けた少女たちの戦い。

 

 正直に言って、こんなにも自分を必要としてくれるのはかなり嬉しい。麻雀部に入って一ヶ月は己の存在を悲観的に見ていたからこそ、その喜びは一層大きいものだった。

 

 だけど、今回のケースは望ましくないと彼は思う。

 

 今まで麻雀に注いでいた情熱や時間は麻雀のために使って欲しいと願った。せめて誰もが夢見る全国大会への枠を巡るこの決勝戦だけは。

 

「結果はどうなっている……?」

 

 沈めていた顔をあげ、戦場を写し出すエキシビションへと向ける。

 

 目に飛び込んできたのはニコニコと笑う幼馴染と最後の打牌選択をしている天江衣の姿。

 

 そのまま隣の点数へ移動させれば、上位二校の点差は五万点差であることがわかる。しかし、風越と千曲林はもう希望はない。清澄と龍門渕のどちらかが頂点を取るだろう。

 

 だが、京太郎にはそんなことは関係なかった。直接対決をしている二人はしっかりと麻雀を楽しんでいる。

 

 麻雀を人を弄ぶ道具として見ていた衣も、とある事情から麻雀を嫌っていた咲も。

 

 その二人の姿を見た京太郎は破顔して思いきり叫んだ。

 

「勝てー!!」

 

 彼の声が彼女たちに届いたかのように場は動きだし、衣は牌を切り出した――。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ……さて、どうしてくれようか。

 

 衣は手に持った牌を遊ばせながら隣に座る咲を見る。

 

 対局開始からずっとニコニコと笑っている衣に久しく恐怖という感情を思い出させた化け物。奴もまた衣と同じ牌に愛された子。

 

 奴が嶺上開花であがった時、衣の脳裏にはすぐに京太郎が思い浮かんだ。

 

 ……あいつが私に土をつけた一戦で最後に咲かせた嶺の花。

 

 なるほど。あそこまで踏まれても折れず直立不動としている雑草のような男。あれはよほど強い信念や憧れを抱いてなければできない芸当だ。

 

 その男の根幹にはお前がいたんだな?

 

「……宮永咲」

 

「えっと……どうかしたかな?」

 

 コテンと今時の女子らしく首を傾ける咲。

 

 ……そうだな。もう雑魚たちは死んでいる。ずっと下を向き、過去に対戦してきた凡夫と変わらん雑種よ。

 

 これがオーラスで奴らがどんな手を作ろうとも衣たちには勝てん。

 

 ならば、少しだけ時間を貰うのも悪くはないだろう。

 

「宮永咲。衣は嬉しいぞ。お前のような強き打ち手と出会えたことが」

 

「……うん、私も。大会に出て良かったって思った」

 

「そうか……。お前も悲しい思いをしていたんだな」

 

「……んん?」

 

 咲は思いもよらぬ勘違いを受けている気がしたが、衣の同情の視線に遮ってはダメだとそのまま話を続けることにした。

 

「二つほどお前に質問がある。いいか?」

 

「う、うん。私に答えられる範囲だったら……」

 

「一つ。お前は須賀京太郎のことが好きか?」

 

「うぇぇぇ!? あっ、すみません……」

 

 あまりにも直線的な質問に咲は大声を出してしまう。とっさに口を塞ぐが意味はなさない。審判員や他の対局者にペコペコと頭を下げると、咳払いをして天江衣に向き直る。

 

「……好きだよ。私は京ちゃんが好き」

 

「……そうか」

 

 逡巡する間もなく、揺らぎさえ映さない瞳に衣は満足気に笑う。

 

 こいつは覚悟の出来た戦乙女だ。

 

 桃子や美穂子と同じこちら側の人間。他の奴らとはやはり違った。であるならば、次の問いなど設ける必要はなかったのかもしれないな。

 

「では、二つ。……なぁ、宮永咲。衣と打つ麻雀は楽しいか?」

 

「――うん、とっても」

 

 ……宮永咲。

 

「衣も最高に楽しいぞ」

 

 ――百点満点だ。

 

 衣が引っ張ってきた牌には危険な香りが漂っている。聴牌を崩せばおそらく負けることはないだろう。だが、そんな打ち方は衣に限って有り得ない。

 

 王者として衣は逃げる打ち方など決してしないのだ!

 

 貴様の心にも京太郎との思い出がたくさん眠っているのだろう。京太郎の打ち筋にそれは如実に形として現れている。

 

 それは衣とて同じだ。京太郎と桃子と美穂子との! いっぱいいっぱい叶った夢が詰まっているんだ。

 

 貴様の想いと衣の想い。

 

 どちらが上回るか。

 

「勝負だ、宮永咲!」

 

 未来をかけた一手が打ち出される。

 

 卓上に置かれた九萬。視線を交差させる両者の内、先に表情を綻ばせたのは挑戦者だった。

 

「カン」

 

 幾度となく自分を救い、相手を倒してきた武器の名を宣言する。

 

 彼女の手に吸い込まれた九萬は端へと寄せられ、咲は王牌から新たな牌を手に取った。それは未来を変える可能性を孕んだ一枚。

 

 しかし、咲はそれを決して見ることなくゆっくりと手牌の横に置き、微笑んだ。

 

「ちゃんと届いたよ、京ちゃん」

 

 いないはずなのに、まるで隣で支えてくれているかのようにはっきりと響いた想い人の声に応えてリンシャン牌を開示する。そして、手牌を倒した。

 

「ツモ」

 

 短くも力強く腹の底から湧きあがる感情を乗せて咲は役を告げていく。

 

「嶺上開花、白、中、対々和、三暗刻、ホンイツ、小三元、ドラ2」

 

 繰り出された数え役満。

 

 ルールにより大明槓の責任払いとなり龍門渕だけで32000点の支払いとなる。

 

 つまり、咲の点数が衣を上回った。

 

「…………そうか。……強いな、()たちは」

 

 あの時と同じ手段での敗北に衣に涙はなく、感嘆が浮かんでいた。

 

 この結果は衣の思い出よりも咲と京太郎の思い出が……いや、思い出が生み出した繋がりがここで千切れるほど軟ではなかったということ。

 

 衣に破ける運命にはなかったのだ。

 

「ありがとうございました!」

 

 ブザーが鳴り響くと咲は立ち上がり、楽しい対局を実現させてくれた三人と麻雀に感謝の意を告げる。

 

 今ここに団体戦の勝者が清澄高校に決まった。




※トイトイなのにドラ1とかいう初歩的ミスを修正。
やらかした……。

本当に闘牌シーンは書きにくい。これもいつぞやと一緒で書き直しいれるかも。
個人戦はこれよりさっさと進めます。


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33.『少年少女は動き出す』

 全国大会への出場を決めた清澄高校。大将として勝利へと導いた咲は自身への大きな反響に驚いていた。試合後のインタビュー。大会前は和限定だったものが続々と自分たちへの元へ舞い込んだ。

 

 さらに京太郎も男子一位として全国行きを決めており、少人数とはいえ所属する全員が初の県予選にも関わらず突破。期待の超新星として記されるのは当然のことだと言えよう。

 

「えへへへへ……」

 

 そんな囲い込みから解放されてようやく帰宅した咲は父によってページが開かれたニュースを見てはとろけた笑顔を浮かべていた。

 

 どれもこれも自分たちへの称賛の記事ばかり。もちろん、それも嬉しいが彼女がニヤついているのはとある一つの見出しだった。

 

 それはトップ一面で嫌でも目につくサイズの文字ででかでかと掲載されている。

 

【麻雀界の未来は安泰か!? 一年生夫婦、共に全国出場決定!!】

 

「ふへへへへ……」

 

 到底、女の子として出してはいけない声で笑っているが今ばかりは許してほしい。自分でも抑えきれないから。いやー、バレちゃったかー。ついに私たちの夫婦ネタも全国区になっちゃったよー。

 

 

『お嫁さんの咲さん、結婚はいつのご予定ですか!?』

『まだ嫁さん違います! 記者さん、ダメですよ、もー』

 

 

「……パラダイス……!」

 

 携帯片手に咲は照れくさそうに顔を枕へと埋める。ジタバタと足をばたつかせて妄想の世界に飛び込んでから数分後、また画面に目をやる。

 

 そこには京太郎と彼にお姫様抱っこされた自分がピースサインをしている写真。

 

 どうしてこんな写真が生まれたかと言うと大将戦終了後、控室にはテンションが最高潮に達していた京太郎がいた。彼の期待に応えられたので褒めてもらおうと咲が駆け寄るとなんと京太郎はその場で抱き上げてみせたのだ。

 

 その勢いのままメリーゴーランドのように回っていると、取材班が到着。咲は彼の腕に収まる形で取材を受けることになる。

 

 そして、書かれた記事があのタイトルというわけだ。

 

「私たち取材班が突撃したときには二人はすでに抱き合っており、なんと恥ずかしがりながらもその状態のまま取材に応じた。微笑ましい若夫婦の姿に現場でも未来への期待の声がちらほらとあがっている。かくいう私もその一人。幸せを願う者として活躍と結婚の両方の報告を祈るとしよう――だって。だって!」

 

 誰も止める者はいない空間で咲のテンションと喜びの声は留まることを知らない。彼女は妄想の世界へと没入していく。

 

 

『京ちゃん……』

『きれいになったな、咲』

『ずっと……京ちゃんのお嫁さんになりたかったから』

『愛してる。ずっとそばにいてくれ』

『うん。幸せにしてね』

 

 

 そして二人は幸せなキスをして終了。新婚生活編に突入しようとしたところで握りしめていた携帯が音を鳴らしながら震えだす。

 

 着信音で相手がだれかわかる咲は慌てて通話ボタンをタッチした。

 

「あっ、わわっ。はい、もしもし!」

 

『おー、咲。須賀京太郎だけど今いけるか?』

 

「う、うん、大丈夫だよ! どうかした?」

 

『いや実はお前に頼みたいことがあってさ……』

 

 その弱弱しい声音に咲は京太郎がどのような感情を持っていることを察する。

 

 彼は優しい。それは美徳だけど優しすぎるのが玉に瑕だ。人に甘えるという行為がとても下手くそ。だから、咲は自分から話を切り出した。

 

「……京ちゃん。私ね。京ちゃんには感謝してるんだ。中学で出会ってから今もそれは積み上がっているんだよ。ずっと助けられてきて……でも、ずっとそれは嫌だ」

 

『咲……』

 

「もし、もし京ちゃんが困っていて私の力が必要なら頼って欲しい。遠慮する必要なんてないよ。無理だったら無理って言うもん。私たち親友でしょ?」

 

『……最近、咲がどんどん大人になっていく気がするな』

 

 しばしの沈黙の後に返された皮肉に安心する咲。私と一緒で京ちゃんもどうやら少しずつではあるが性格が変わってきているみたい。

 

「ふふん。ようやく私もレデイーになったってことだね」

 

『うるせー。ちんちくりんのくせに』

 

「スレンダーなだけだもん!」

 

『はいはい。そういうことにしておくよ。……それで、咲』

 

「……うん」

 

『協力してくれ』

 

「うん!」

 

『実は考えていたことがあってさ……』

 

「……えっ……うん、そっかぁ。大丈夫、わかったから。私も目標は達成できたし、京ちゃんのわがまま聞いてあげる。そ、そのかわり私のわがままも聞いてね。約束だからね! あっ、そうだ京ちゃん。ついでにこのままお話しようよ。えー、いいじゃん。明日は京ちゃんのせいで台無しだし。……もうごめんごめん。冗談だよ。えへへ、ありがとう。えっとね、実はニュースでねー」

 

 咲は京太郎との会話に花を咲かせる。さっき見つけたニュースのこと。決勝戦での楽しかった対局。いっぱいいっぱい彼に伝えたいことがあった。私を麻雀の世界に引き戻してくれた彼に感謝が届くように、そんな些細な願いも込めて。

 

 長い長い夜も更けていき、やがて彼と彼女の笑い声も静かな闇へと消えていった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 大方の予測を覆すどんでん返しが起きた昨日の団体戦。その余波は収まることを知らず、本日の個人戦にまで影響を及ぼしていた。

 

 まず昨年は出場しなかった天江衣の個人戦参戦。やはり全国MVPの名は伊達ではなく、大将戦で敗北を与えられた咲にもやり返しを決めている。もはや彼女がいるだけで全国への席は一つ失われたと言っても過言ではないだろう。

 

 次いで福路美穂子の覚醒。以前から高い評価を受けていた彼女だが内に眠る獣が目覚めた。守備からリズムを作り点数を稼ぐのが静だとするなら、地も草も全て踏み散らして何も残さない姿は動。

 

 振り込みの数は増えずに打点は高くなるという現象に人々は新たな未来視の使い手の誕生と騒ぐ。

 

 上位二位の座はこの二人によって確定され、たった今最後の席をめぐる卓が行われていた。

 

 囲むのは東家から順に原村和、南浦数絵、池田華菜、東横桃子。高火力型の二人が他の選手の点数を掻っ攫っていったため打点型が勝ち残りやすい形になる。スローペースの展開が予測されたこともあり、残り一枠を獲得するのは原村和というのがほとんどの見解だった。

 

 しかし、トップはインターミドルチャンピオンの原村和ではない。

 

 一位は東横桃子。

 

 一人異彩を放つ彼女が最初から最後までトップの座を守り切っている。試合は終盤。その東横桃子のオーラスを迎えていた。

 

「…………」

 

 無表情を心がけている和だったが集中力は団体戦よりも弱まっているのを感じていた。

 

 昨日はなにも条件がなかったがもしここで自分が負けてしまえば三対三で並ばれてしまう。そうなればサドンデスがない今回のルールでは京太郎に選択権が与えられるだろう。

 

 そうなれば彼が選ぶ確率が高いのは明白に向こうだ。ずらりと並んだ桃子側の人間を思い返す。

 

 ……私の武器である胸もあまり効力はありそうに思えませんね。

 

 そんな焦りが和の思考にノイズとして入り込んだ結果が現状だった。

 

「……どうしたんすか、おっぱいさん。あまり顔色が良くないっすよ」

 

 隣から聞こえる悪魔のような声。はっきりと喋っているのに他の二人は反応すら見せないのは桃子のステルス能力がしっかりと発動している証拠だ。

 

 この対局の中でネット麻雀で鍛え上げた把握能力が高い和にしか届かない。たいして和が反論をすれば私語として注意されるだろう。

 

「……私は決してあなたの邪魔をしたいわけじゃないっす。そんなズルは京さんに怒られますから。ただ一つだけ聞きたい」

 

 細められた桃子の瞳が和を貫く。鋭い視線に思わず彼女は息をのんだ。

 

「あなたは本当に京さんのことが好きなんですか?」

 

 落とされた問いは和の心に波紋を立てる。それは大きくなっていき、荒波となって彼女の平静を食らった。

 

 私は須賀君のことが好き。

 

 そんなこと考えたこともなかった。だって、私はこのままじゃ引きこもりのニートになってしまって独身のままになってしまうんです。父や母に甘えながら生活するダメ人間として生きていくなんて考えられません。

 

 弁護士にもプロ雀士にもなれないなら残っているのは結婚だけです。

 

 その相手には須賀君が最適で。他の男子より優しいですし、話も面白い。

 

 ……本当に? 

 

 私は彼と誰かを比べられるほど他人に目を向けたことがあっただろうか。

 

 どうして私は須賀君を恋人にして結婚しようと思ったのか。

 

 それは――。

 

「原村ァ! 次はお前がツモる番だし」

 

「……っ! は、はい。すみません。長考失礼しました」

 

「別にいいけどそれなら先に言えよな」

 

 池田に注意されるほどに考え込み集中力を切らした和の頭のなかをさまよう嫌悪感。

 

 桃子に対してではない。それは己を責める悪感情。

 

 私は……須賀君に好意を覚えたことは一度もない。この事に対するもので自覚するとまた新たな疑問がわき上がる。

 私が須賀くんを将来の旦那様として迎えようと思ったのは未来の私が須賀くんを選べと言ったからだ。あの手紙にも須賀くんを好きだったとは一言も書いてない。

 

 じゃあ、私は……好きでもない人と共に暮らすことになって幸せでいられるのだろうか? これからどんな出会いがあるかもわからないのに?

 

 和は動揺を隠せず、狼狽えた様子で不要牌を切り捨てる。それが危険牌だということを確認もせずに。

 

「……あぁ、やっぱり」

 

 失意の声がすると横から見失ってしまった死神の鎌が迫る。

 

「所詮、そんなものだったんすよね」

 

 倒された手牌。試合を終わらせる小さな声と点数が伝えられ、第三位が決定した。

 

 同じく卓を囲っていた二人も理解の出来ないうちに試合が終わってしまい茫然としている。しかし彼女たちよりも和の顔は深い絶望が覆われていた。

 

 静かに席を立った桃子は去ろうとして、そんな和の表情を見て足を止めた。

 

「……今の最後の手出しの前、私の姿はここにいたみなさんに見えるようになっていたっす。だから、池田さんも次があなたのツモ番だと注意できた。それなのにあなたは振り込んでしまった。理由なんてわかるっすよ」

 

「…………」

 

「きっと手紙、持ってるっすよね。……あなたの未来がどんなものかは知らない。けど、もし。もし……ほかの選択肢があるのなら京さんじゃなくてもいいじゃないっすか。私には……私には京さんしかいないっす。そんな半端な気持ちで私たちの未来の邪魔をしないでください」

 

 和は何も言葉を返さない。ただ悔しくて唇をかみしめる。桃子もそれ以上は一切振り返らず、勝者として会場を後にする。

 

 たった二日間。だが、とても長く感じられた激闘は幕を下ろし、ここに全国への切符を手に入れた者が全て揃った。それは彼女たちにとって未来が変わる大きな分岐点が訪れたということ。

 

 一方、モニター越しに別室で試合内容を観戦していた京太郎と咲もその結果を受け入れて動き出そうとしていた。

 

「……本当に京ちゃんの言っていた通りになっちゃったね」

 

「一緒に特訓していたからな。実力もわかるさ。ある程度は予想できる」

 

 そう言うと京太郎は入り口を抜けてある場所へと向かう。

 

 少女たちの戦いに本当の決着をつけるため。

 

「行こう、咲。頼りにしているぜ」

 

 彼女は返事の代わりにぎゅっと強く京太郎の手を握った。




夏コミ(C92)参加申し込みしました。当選したら今作を文庫本(挿絵あり)にして出します。表紙・挿絵は島田志麻さん。

頒布本限定での書き下ろしも用意。IFエンディングルート収録します。

次回、長野県予選編、決着。


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全国大会編
34.『少女らの舞台は全国へ』


 激闘が繰り広げられた個人戦の表彰も終わり、外の空は夕闇に沈み始める。

 

 数々の熱戦を見終えて満足した観客がぞろぞろと引き返していく中、戦いを制した者たちは息をつく暇もなく次の戦場へと赴いていた。

 

 勝負の契約が交わされた会場近くの花庭。桃子率いる衣、美穂子、小蒔。久率いる清澄組。それらを見守るように京太郎はどちらにも属さないちょうど両グループの半ばの位置に立っていた。

 

「……来たっすね」

 

「そっちこそ逃げずにえらいじゃない」

 

 前回の意趣返しとばかりに挑発を駆ける久だが桃子は相手にしない。あくまで自分のペースを守る。ずっと無視をされ続けた彼女はスルースキルも高かった。

 

「以前、私が言った言葉を覚えているっすか?」

 

「……ええ。私たち清澄側の三人とあなたたち連合軍の三人。どちらが多く全国へメンバーを輩出できるか、よね」

 

「おおむねその通りっす。結果は三対三の引き分け」

 

「それじゃあ決着がつかないわよ」

 

「もちろん承知しているっす。だから、ここは素直にこうしましょう。京さんの選んだ方が勝者ということで」

 

「却下よ」

 

 桃子の提案を即座に蹴る。

 

 予想通り彼女たちが有利になるように仕掛けてきた。

 

 100%はない。だけど、須賀君に選択権が与えられた場合、私たちが負ける可能性の方が高い。これはまことシミュレーションした結果だ。

 

 当然、京太郎と離れたくない久たちは拒否の意を申し立てる。

 

 しかし、それを上回る予測をして対策を施していたのが桃子だった。

 

「その異議は通らないっすよ」

 

「あら、納得いかないわね」

 

「私はあの時、確かにこう言ったっす。『この場にいるメンバーの内、全国へ行った数が多いチームが勝ち』って。そして、京さんもあの場にいた」

 

「なっ!?」

 

「つまり、京さんにも選択権は存在する。京さんは全国への出場を決めました。だったら彼が選んだチームが全国行きが一人増えて勝利する。……ね? なにもおかしいこと言ってないっすよ」

 

 桃子は自分たちが有利になるように伏線を張り巡らせていた。

 

 久たちに分があると思わせるような勝負を持ち掛け、その実は自分たちが最終的には勝者となる道筋を作り上げていたのだ。

 

 全ては京太郎と愛を育むために。

 

「……京さん。今だけは汚いモモを見せてしまいます。でも、幻滅しないでほしいっす」

 

「モモ……」

 

「選んでください、京さん。清澄でまた雑用に近い扱いを受けるのか。私たちと練習して楽しい時間を過ごすのか。どちらがいいかなんて明白だと思うっす」

 

「京太郎君。私も……また。ううん。これからもずっと一緒にあなたと麻雀を打ちたい。そう思っています」

 

 桃子に追随するように美穂子は京太郎に本心を伝える。心優しい彼女は今回の勝負にあまり乗り気ではなかった。だけど、自分が見てきた清澄の彼への扱いはやはり看過できるものではない。

 

 だから、彼の高校生活をせめて別の形でも楽しい思い出にしたい。その中に自分が少しでも入ることができたならそれで構わないと思った。

 

「す、須賀君……」

 

 一方で久は何も声を掛けることが出来ない。罪悪感が邪魔をして気持ちに蓋をする。和はさきほどの個人戦でのダメージから未だに回復しきれていなかった。

 

 なおさら状況は不利に傾いていく。まこたちも手は出せなかった。

 

 双方からのすがるような視線に京太郎は挟まれる。しかし、表情に悩みはなくてむしろ清々しささえ感じるような顔つきだった。瞳には決意が滲み出ている。

 

「……モモ。俺にも選択権が存在する。たしかそうだったよな?」

 

「そうっす。だから、私たちか清澄のみなさんか。どちらかを選んでください」

 

「……わかった。俺が選ぶのは――」

 

 下される結末。久は目を瞑り、桃子は祈るように手を握り締める。京太郎はそんな少女たちの反応を見て改めて自分の考えを言葉にして発した。

 

「――どっちでもない。『両方と仲良くする』第三のグループだ」

 

「……え?」

 

「きょ、京さん? 今いったいなんて言ったっすか……?」

 

「俺は『みんなと仲良くする』第三のグループを選ぶ。別に新しいチームを作ってはいけないなんて決まりはなかったよな?」

 

「そ、それはそうっすけど。京さん一人でチームを作っても意味がないっすよ」

 

「あるよ。ちゃんと理由があって俺はこうしたから。なぁ、二人とも」

 

 そんな彼の呼びかけに反応する二人の少女。咲と衣が各々の陣営から京太郎の隣へと回った。

 

「ふふん。出来の悪い弟の言うことを聞くのは姉として当然の役目だからな。力を貸してやろう、京太郎!」

 

「私は京ちゃんの気持ちを尊重してあげたい。だから、清澄を抜けてこっちにつくよ」

 

「無論、衣も同じだ。京太郎の案の方が友達がいっぱいできるからな!」

 

 力強く胸に秘めていた思いを伝える二人の小さな背中が今は何よりも頼もしく見える。京太郎も負けじと声を張り上げた。

 

「俺は部長たちに出会えたから麻雀を知って、桃子たちと出会えたから麻雀の楽しさを知った! だから、どっちとも俺にとっては大切なもので片方だけを選ぶなんてことはできない! これが……俺の率直な気持ちだ」

 

 春に部長の真剣に麻雀に取り組む姿を見て、興味を持った。和たちの対局を目にして素人の自分には縁遠い世界だと挫折した。モモや福路さんと出会って知識を身に着けてアガる喜びを覚えた。衣と戦って強者に勝つ達成感を胸に刻んだ。

 

 どれも今の須賀京太郎を形成するにあたって必要なことで、切り捨てることなんてできない。

 

 彼はあの時からこの意見を変えるつもりはなく、ずっと場をまとめる方法を考えていた。それが新勢力を作ること。その為に京太郎は咲に頼んだのは個人戦で三位以内に入らないでくれという残酷なお願い。

 

 だけど、咲は彼の気持ちを汲んで受け入れてくれた。衣もまた全力を尽くすことを約束してくれた。

 

「これで全国へ行くのは俺たちが三人。咲と衣が抜けてそっちは二人ずつ」

 

 だから、京太郎は胸を張って自分の選択が間違いでないと証明する。

 

 自分をこんなにも必要としてくれるのも嬉しい。だけど、同じくらい俺も大切に想っているということをわかってほしかった。

 

「俺たちの勝ちだから、俺の意見が採用されるよな?」

 

 そう言うと笑って京太郎は桃子の頭を撫でる。

 

 完全に論破される形となった桃子はしばらくの間だけ彼を見つめていたものの呆れた風に肩をすくめた。

 

「……もう。京さんには敵わないっすよ」

 

「……ありがとうな」

 

 そのまま京太郎は呆然と立ち尽くす久の元へ向かう。

 

 久は何と言葉を掛けたらいいのか未だにわからない。

 

 ありがとうとお礼を言うべきなのか。今までの不甲斐なさを謝るべきなのか。

 

 あまりの情けなさに涙さえ込み上げそうになるが、その前に京太郎が動いた。

 

「部長」

 

「…………」

 

「また夏休みの後も部活動でお世話になります。よろしくお願いします」

 

「あ……え……」

 

「おいおい、京太郎。その頃にはわしが部長になっておるかもしれんぞ? こっちに言っておいた方がいいんじゃないのか? んん?」

 

 感情が追いつかず対応の出来ない久に変わってまこがフォローするように京太郎に話しかける。

 

 わざとらしくウィンクすると彼は微笑してまこにも挨拶をした。

 

「じゃあ、染谷先輩にも。よろしくお願いします」

 

「おう。この頼りない部長と一緒にしごいてやるから覚悟せぇよ?」

 

「もちろん。大歓迎ですよ」

 

「私のことも忘れるなよ、犬!」

 

「ははっ。あの頃の弱い俺と思ってたら痛い目に会うぞ、優希」

 

 四月の頃と変わらぬやり取りに懐かしさを感じたメンバーは自然と笑顔になる。離れていた心が少しだけ元に戻った。きっとこれからはもっと良くなる。根拠もない確信を誰もが感じていた。

 

 そんな楽しげな雰囲気を外から眺めていた咲と衣。

 

「……よかった」

 

「京太郎が願った結果になったからか、咲」

 

「それもあるけど……ちょっと私たちも色んなことがあってギクシャクしていたからこうしてみんなで笑っていられるのが嬉しいなって……」

 

「咲は優しい奴だな」

 

「そ、そんなことないよ! 衣ちゃんも京ちゃんのお願い聞いてくれてありがとう」

 

「衣はできるお姉ちゃんだからな。なんなら咲も妹になっていいぞ?」

 

「……じゃあ、頼っちゃおうかな? あそこにいきたいから」

 

 そう言って咲は京太郎を指差す。清澄に嫉妬した桃子たちも加わっていつの間にか京太郎争奪戦が始まっていた。

 彼の隣を取るのは至難の技だろう。

 

「お姉ちゃんも一緒に、ね?」

 

「……ふふん。可愛い妹の頼み。衣が叶えてやろう!」

 

 自信満々に答えると衣は京太郎の元へ駆け寄り背中へと飛び乗る。

 

 はしゃぐ衣の姿に勇気をもらって咲も京太郎を中心に広がる輪の中へと飛び込んでいく。そこに悲しみを持つ者は一人としていない。

 

 こうして京太郎を賭けた麻雀少女たちによる第一次大戦は平和に幕を下ろしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に関係も壊れることなく絆で繋がった少年少女たち。

 

 全国へと駒を進めた京太郎たちは全員で集まったこともあり、そのまま打ち上げへ。女子高生が屋台のラーメン屋を占めるという珍妙な光景を作り出した。

 

 そこまで含めて人生でも一度あるかないかの稀有な経験をした京太郎は東京マップとにらめっこをしながら通話をしていた。

 

「そうだ。俺、全国決めたよ。そっちはって……へぇ、決まったんだ。でも、珍しいね、従姉さんから連絡なんて。……ごめんごめん。つい嬉しかっただけ。連絡くれるなんて成長したんだなーって。事実だろ? わかってるよ。そう言うだろうなって思ってたし。……うん。じゃあ、また東京で」

 

 相手の少女の性格も考えて伝えたかったことを全て話した京太郎は電話を切る前に別れの挨拶をする。

 

「おやすみ。白望(シロ)従姉(ねえ)さん」

 

『……おやすみ、京』

 

 そして、ダルそうに相手の少女は電話を切った。

 




これにて前編終了。次回から全国へと舞台を移して後編へと進みます。
ここまで続けられたのも読者のみなさまの応援のおかげです。これからもよろしくお願いします。

後編に移るにあたってひと月ほど充電期間を頂きますので、ご了承ください。

◆夏コミ参加申し込みしました◆

頒布本限定での書き下ろしも用意。IFエンディングルート収録します。


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35.『三人の会議は意味を成さない』

敵を騙すにはまず味方から。


 晴れやかな休日。軽やかな電子音で目覚めた久の気分も負けないくらいに爽やかなものだった。

 

 県予選と同時に行われた須賀君を賭けた争奪戦。

 

 須賀君の機転もあって何とか最悪の事態は免れたけど改めて結束の大切さを痛感した。

 

 そこで一昨日に開いた三者協力会議。桃子たちは協力を固めて素晴らしい戦略を練ってきた。

 

「だけど私たちも互いに秘密を共有したもの。大丈夫……大丈夫……!」

 

 言い聞かせるように久は繰り返す。

 

 それぞれの未来からの手紙の内容を明かすという恥ずかしさ全開の行為。

 

 実際に笑われたりもしたこの事を話すには少し時を巻き戻す必要がある。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ぷっ……和ちゃんがヒキニート……ぷぷっ」

 

「……アラサー独身の咲さんがなにか言ってますよ」

 

「独身貴族だから問題ないよ。才色兼備の和ちゃんがぶよぶよになって……大きいのは胸だけじゃなかったんだね」

 

「言わせておけば……」

 

 京太郎の提案により桃子たちとのひび割れた関係を少しは修復できた清澄の面々。

 

 あの戦いを経て学んだのが戦力の違い。はっきり言って京太郎に助けられなかったら負けていた部分がある。何よりもチームメイト同士の仲の良さ。

 

 それに比べて咲たちは互いの足を引っ張りあう始末。そこで彼女たちは腹を割って未来の姿を確認しあうことにした。

 

 部活動を終えた後、咲たちだけ残って行われる未来お嫁さん争奪会議。日曜日なので京太郎は桃子たちと遊んでいる。ここに来ることはない。

 

 最近、京太郎との調子が良い咲は腹を抱えて笑っている。比べて自分の在り方に迷いが生じていた和はいら立ちを隠せていなかった。

 

 自分の恥ずかしい想いを赤裸々に暴かれた久はうねうねと体をよじらせていたが咲たちの眼中にすらないことに気付き、わざとらしく咳払いをする。

 

「ごほんっ! とにかく! これで私たちも東横さんたちに引けを取らなくなったはずよ」

 

「傷を見せ合っただけなんじゃ……」

 

「そんなことないわ! それぞれの弱みを握ったことで迂闊に裏切れなくなったでしょ?」

 

「それは仲間とは言いませんよ!? ただの利害が一致しただけの冷たい関係です!」

 

「まずは私たち三人で須賀君をゲット! その後で私たちの内で取り合えばいいんだから間違ってなくない?」

 

「じゃあ、今から告白してきますので邪魔しないでくださいね」

 

「ちょっと待って。それとこれは話が別よ」

 

 携帯を取り出した和の腕を握り締めて制止する久。ニコニコと笑いあう二人。薄気味悪ささえ覚える愛想笑いが部室にこだまする中、会話に全く入ってこなかった咲が荷物をまとめだす。

 

 文学少女が手にしていたのは本ではなく現代文明の利器である携帯電話。不思議に思った和は鋭い眼光を向けて質問する。

 

「どこかに行かれるんですか、咲さん」

 

「ううん。お父さんから晩ごはんのお買い物のメール来てて。このまま言い争うだけだったらもう帰ってもいいかなって」

 

「なんだか咲がたくましくなった気がするわ……」

 

「というわけなので失礼しますね。お疲れさまです」

 

「……本当に?」

 

「本当だよ。だって、私たちはもう仲間だもん!」

 

「そうよ、和。まずはこうやってお互いを信用するところから始めなくちゃ」

 

 県予選を勝ち抜いたチームの発言とは思えないが実際に出し抜こうとしあっていたから仕方がない。和もそれを言われては強く出れず、疑いを飲み込むことにした。

 

「わかりました。……でも、咲さん。一人で先にゴールインするのは許しませんからね」

 

「うん、心配しないで。じゃあ、これで」

 

 こうして咲が立ち去り、自然と二人も帰宅する流れになって三者協力会議は閉会されたのであった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「悩みが減ったらやっぱり頭の調子も元に戻るわね」

 

 恋愛面でもとりあえずとはいえ休戦のような状態に持ち込んだ。全国へ出場するという目的も果たし、久の肩は随分と軽くなっていた。

 

「明日は東京へ乗り込むわけだし準備もしておかないとね」

 

 昨日のうちに全ての荷物はまとめておいたが忘れ物をしても取りには帰ってこれない。キャリーを開けて一つずつチェックしていく。

 

「私服は少な目で問題ないでしょ。予備の財布に歯ブラシとか小物も入れたし残りは……」

 

 ポツンと中央に置かれた小さな紙袋。中から出てくるのはとても高校生が使用するとは思えない過激なデザインをした下着だ。

 

 気が付けば手にしていて買ってしまった一品である。

 

「しょ、勝負下着……」

 

 東京は未知の場所だ。何が起こるかわからない。そう、だから必要になる場面があるかもしれない。

 

「もしかしたら……もしかして、もしかしちゃうかもしれないものね……。ひ、必要よね」

 

 ブツブツと自分を納得させるように呟くと久はそれをそっとキャリーバッグのなかへと入れる。混乱している彼女は頭のなかの妄想をこじらせて語り始めた。

 

「りょ、旅館は浴衣だもの。京太郎君にしかわからないようにこっそりあんなのを見させてあげたら彼の獣が暴れちゃってこんなにさせた責任を取ってくださいと迫られた私は抵抗することもできずに布団の上で……」

 

 ベッドの上に倒れるとひとりでに手は下へと伸びていく。そのまま盛り上がろうとしたところで着信音が鳴り響いた。

 

「っ!? だ、だれって……須賀君!?」 

 

 さっきまで自分を攻めていた相手(妄想)からの突然の電話に動揺が隠せない久。

 

 火照った体がさらに熱くなり、頭がおかしくなりそうだが咳払いをすると何とか平常を努めて通話ボタンを押した。

 

「……も、もしもし?」

 

『おはようございます、部長。急にすみません』

 

 愛しの君の声にときめく乙女ハート。エンジン全開で胸の音が相手に聞こえていないか心配になるほどに。

 

「い、いいのよ! 私もちょうどみんなに明日は遅刻しないようにって連絡しようと思ってたから」

 

『それはよかった。実は俺もそれに関することで連絡したんです』

 

「もしかして……朝弱かったりするのかしら? そ、そのよかったら私が起こしに行ってあげてもいいけど!?」

 

『えっ、本当ですか!?』

 

 やった! 食いついた!

 

 勇気を振り絞って垂らした釣り針に見事にヒットして喜ぶ久。

 

 すぐに約束を取り付けようと次の手を打とうとするがその前に京太郎に断りを入れられた。

 

『でも、家にいないので遠慮しておきますね』

 

「そ、そうなの? それは残念……え? なら須賀君はどこにいるの?」

 

『東京です』

 

「ええっ!? どうしてもうそっちにいるのよ!」

 

『親戚と会うことになりまして先乗りする形に。だから、今日の内に連絡しておこうと』

 

「……なら、仕方ないわね。だけど、そういうことはもっと早く言ってね?」

 

『すみません。それで明日なんですがどこで合流しますか?』

 

「そうね、東京駅でいいわ。時間はまたメールするけどそれでいい?」

 

『はい。あと、咲も一緒に東京にいるので明日合流しますね』

 

「わかったわ……えっ? ちょっと待って? 今なんて言ったかしら」

 

『咲も一緒に東京に来てますよ。俺が先乗りするって決まった日にはメールしておいたので』

 

「へ、へぇ。そうなの……!」

 

 つまり、先日のメールはお父さんからのお使いではなく須賀君からの東京行きを告げる内容だったわけ……?

 

 い、いやまさかね。いつ決まったのかもまだわからないもの。こうやって決めつけるのはダメよ。

 

 だって、私たちは仲間ですもの。ちゃんと信じてあげなくちゃ。

 

『当日は俺が連れていくので安心してください』

 

「え、ええ。それじゃあ任せるわね」

 

『では、失礼しますね。また明日』

 

「駅で会いましょう」

 

 会話が終了し、通話は切られる。緊張と熱が抜けた久はそのまま後ろにたおれこみ枕に顔を埋めた。

 

「……また悩みが増えた……」

 

 解決されたと思われた問題の再燃に再び頭を悩ませることを嘆いて、彼女は自棄気味に意識を手放すことにした。

 

 

 

 場所は変わって東京。たった今、通話を終えた京太郎は咲と共に観光を一足先に楽しんでいた。

 

 とはいっても会場までの道を歩いているだけだ。少しでも咲が迷う可能性を減らそうという京太郎苦肉の策である。ちなみに成功した例は一度もない。

 

「連絡ありがと、京ちゃん」

 

「おう。ていうか、お前部長に言ってなかったのかよ」

 

「準備が忙しくてつい忘れちゃった。……言ったらついてくるだろうし」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「ううん、別に。東横さんたちももうホテルにいるんだっけ?」

 

「ああ。衣ちゃんとかと一緒にな。俺たちもお世話になってるから後でお礼しておけよ?」

 

「はーい。それにしてもなんで私だけ連絡してくれたの?」

 

「……二つ理由があって一つは俺がいないと咲はダメだから。すぐに迷っちゃうし」

 

「もうっ。またそんなこと言うんだから……。じゃあ、責任をもってちゃんと私から離れないでね」

 

 咲は文句を言いつつも隣を歩く京太郎の肩にもたれかかるとそっと手のひらを重ねる。見上げる視線には熱っぽさが込められていて京太郎も普段との違いに気付く。

 

「……咲さ。変なこと言うのは自覚してるんだけど……最近可愛くなったと思う」

 

「……ふぇっ!? きょ、京ちゃんどうしたの、急に!?」

 

「いや、中学よりも垢抜けて元々の良さが際立つようになったというか……」

 

「ほ、本当にどうしたの、京ちゃん。やっぱり変だよ?」

 

「……すまん。でも、こういうのって二人きりの時しか言えないし一度伝えておこうって……」

 

「……そっか。……ありがと。お手入れとか頑張ってるから効果が出てるのかも……」

 

 そう言って咲は顔を逸らす。

 

 真っ赤になったのを悟られないように。いや、きっとバレているだろうと咲はわかっている。

 

 耳まで熱いからこういうことに機敏な京ちゃんは間違いなく気付いている。

 

 ……全く朝から心臓に悪いよ……。ドキドキが止まらないもん……。

 

 うるさい心音が止まらない。ちょっとでも距離を近付ければ相手に聞こえるのではないかというくらいに音量を上げている。

 

 それは手を繋いでいる彼も同じであった。

 

「…………」

 

 咲とは打って変わって京太郎は彼女から目を離すことはしなかった。ずっと彼女の仕草を見ていた。

 

 それでやはりと感想を抱く。……可愛らしくなったよな、咲。

 

 ……こんなことを考えるようになったのもアレのせいか。

 

 今まで女性としてよりも友達のような感覚で人と接することがほとんどだった京太郎の意識を変化させようとするもの。

 

 それは県予選大会が終わった後にもたらされた。

 

 彼が咲を共に東京へ先乗りさせたのもそれの正体に関して一緒に考えてほしかったからだ。咲ならば真剣に受け入れてくれる。

 

 県予選でも俺の考えを理解してくれた彼女ならばきっと。そんな信頼があった。

 

 彼は意を決してバッグの中から自分あてに届けられた白い封筒(・・・・)を取り出す。

 

「……話は戻すけど、咲を呼んだ二つ目の理由は……実は相談に乗ってほしかったからだ」

 

「なにー? 京ちゃんが相談って珍し、い……ね…………」

 

 咲は京太郎に握りしめられたものを見て固まる。それはあまりにも見覚えのある封筒。

 

 突然出てきた代物に咲の混乱は加速する。

 

 そして京太郎の言葉が確信をさらに深めさせることとなった。

 

「未来の自分からの手紙って信じるか?」

 

 誰もが知りたい彼の未来を記した手紙が彼女の目の前に現れた。

 




全国編として連載再開します。

夏コミアンケートの結果ですが活動報告でも発表しましたが収録される書き下ろしルートのヒロインは姫様と咲ちゃんです。

これからもよろしくお願いします!


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36.『宮永咲は思い知る』

ようやく忙しい時期を乗り越えたので投稿再開していきます。


 待って待って待って。

 

 そんなの聞いてないんだけど! お、女の子だけじゃないの、手紙って!?

 

 京ちゃんまで持ってるなんて予想外過ぎるよ!

 

 誰も考えようともしなかった事態に咲の頭はパンクしそうになる。

 

 須賀京太郎は咲が把握しているだけでも六人の異性から好意を寄せられている。いわゆる人気物件だ。

 

 そんな彼のもとに悪魔の贈り物が届いた。

 

「未来からの手紙って京ちゃんも冗談が過ぎるよー」

 

 軽口をたたくものの内心は動揺が嵐のように心を揺らしている。

 

 京ちゃんの手に握られた一枚の紙は私たち全員の未来を変えるといっても過言ではない。

 

 見たい……! でも怖い……!

 

 もし、そこに自分の名前が書かれていなかったら? 誰か別の女の子が記されていたら?

 

 考えただけでも泣いてしまいそうだ。

 

「俺も最初はそう思ったけどさ。でも、俺の過去のことも知ってるみたいだし……」

 

「過去? それって何のこと?」

 

「……それは内緒だ」

 

「なにそれ。気になるなー?」

 

「と、とにかくこれを読んでくれ」

 

 そう言うと京太郎は封筒から二枚取りだし、その内の片方を咲へ渡す。咲といえばチラリチラリと覗こうとするも京太郎に頭へチョップされて断念。涙目になりながら読み進めていった。

 

『というわけだからお前は将来美人なお嫁さんをもらいます。可愛い娘も出来るぞ!

 

 だから未来のことは何も気にするな! 今の須賀京太郎がやりたいことをするように! 後悔するくらいなら死んでもやりとおせ。

 

 そしたらきっと良い未来が待ってるよ。

 

 以上。未来の須賀京太郎からでした!』

 

「きょ、京ちゃん! 結婚しちゃうの!?」

 

「みたいだな。相手は書いてなかったけど」

 

「本当に!? 嘘は嫌だからね!?」

 

「なんでそんな必死なんだよ……。相手はグラマーでかわいい人らしいぞ」

 

「グラ、マー……?」

 

 咲は自分の胸元を凝視する。

 

 ペタン、ペタンペタン。手で上から沿っていくも一直線に流れる。

 

「……くっ!」

 

「いやー未来の俺はよくやったよって、どうした? 悔しそうな顔して」

 

「女は中身だよ! 体じゃないから!」

 

「お、おう。わかったから音量下げようか。周囲の視線が痛い」

 

「ご、ごめん……」

 

「いいって。……離れてシロ従姉さんのところへ向かおう。話も立ち歩きしながらでいいだろ」

 

「う、うん……」

 

 そそくさと逃げるように早足気味に二人は目的地へと歩みを再開する。

 

 よくよく考えれば私は京ちゃんが誰かと結婚する未来は知ってたし、あんなに焦る必要はなかったなぁ……。

 

 きょ、京ちゃん……機嫌悪くしてないかな?

 

 ふと心配になった彼女はそっと横顔を覗くが手紙を眺める京太郎に不快の感情は見受けられない。

 

 よ、良かったぁ。とりあえずこの件のことは部長たちにも話して意見を交換しあわないと。流石に一人で預かる案件じゃ……。

 

「……なぁ、咲」

 

「な、なに?」

 

「手紙は俺と咲の二人だけの秘密だからな。信用してるぞ」

 

「うん! もちろんだよ!」

 

 二人だけの秘密なら仕方ないよね! これは私の胸の中に閉まっておこう!

 

 京ちゃんは私を (・・)信じて教えてくれたんだもん。許可を持っていない人には伝えられないよねぇ。

 

 ポンポンと頭を撫でてくる京太郎に表情をとろけさせながら咲は何度もうなずく。

 

「それにしても面白いよな、未来からの手紙なんてさ」

 

「真偽はともかくとして、すごい物だよね。でも、よかったんじゃない?」

 

「よかったって……何が?」

 

「だって嫌な未来だったらそうならないように頑張ればいいし、望んだ未来なら今のまま頑張ればいいんだから」

 

「……そういうものかな」

 

「少なくとも未来の自分はそう思って送ってきてるんじゃないかな。方法も全然わからないけどね」

 

「……そうか。それもそうだよな」

 

 京太郎はなにか合点を得たのか、さっきまで持っていた手紙をぐしゃぐしゃと丸めると近くのゴミ箱へ投げ捨てる。元ハンドボール部員のコントロールは衰えておらずストライク。

 

 唖然とする咲に対してすがすがしい笑顔を浮かべた京太郎は後ろ髪を引かれることなく歩いていく。

 

「きょ、京ちゃん!? いいの!?」

 

「いいって……なにが?」

 

「手紙! 捨てちゃったけど……」

 

「ああ、いいんだよ。未来の俺からのメッセージはわかったし、それにあんなのがあったら変に意識してしまいそうだから」

 

「で、でもでも……」

 

「それにさっき咲も言ってたじゃないか。望んだ未来なら今のまま頑張ればいいんだって」

 

「あっ……」

 

「だから俺にはもう必要ない。こうするのが正解なんだよ」

 

 はっきりと告げる京太郎。本人に全く意図など存在しないが、その言葉と表情が咲に新たな悩みの種を植え付ける。

 

 京太郎が望む未来。それはグラマーな美少女のお嫁さんと幸せな生活を送ること。そこへ突き進む彼の邪魔を自分勝手な理由で私がしてもいいのかという問題。

 

 少なくとも咲は自分のスタイルが急激によくなるとは思えなかった。

 

「ほらさっさと行くぞ。さっきから余計な時間食って待ち合わせまでぎりぎりだから」

 

「あっ、きょ、京ちゃん」

 

 先を行く京太郎は咲の手を引いてさっさとその場を去ろうとする。彼女はゴミ箱から拾ってでも手紙を手にしたいところだったが好意を寄せる異性の前だ。いや、それ以前にモラルが欠ける行動だろう。

 

 どんどん離れていく景色に咲も諦める。京太郎が頑固なことはよく知っている。こうなったらもう意見を変えさせるのは至難の業だ。

 

 それにわざわざ拾う人(・・・)なんていないだろうしね。

 

「京ちゃん。私も一人で歩けるよ」

 

「ついでだし、お前はすぐに迷うからこうしておく。……流石に手を握られるのは嫌だったか?」

 

「う、ううん、別に!」

 

 むしろお礼を言っちゃうくらい! という本音は晒さない。

 

 手つなぎデートと言っても過言ではない状況を咲も楽しむことにした。悔いても終わったし、人の決めたことに物申すつもりもない。

 

 行く先々の観光場所を素通りして待ち合わせ場所へとたどり着く二人。周りを見渡すと広場のベンチにだらりと座る白髪の少女を見つけた。

 

 京太郎は記憶と変わらぬだらしない従姉の姿に嘆息しつつ、肩をポンポンとたたく。すると少女は顔をあげて二人へと手を小さく振った。

 

「シロ従姉さん。迎えに来たぞ」

 

「シロさんお久しぶりです」

 

「……久しぶり」

 

 あいさつに短く返すと小瀬川白望は再びベンチにもたれかかる。京太郎は知っている。

 

 白望は自分がいるとき必ず移動手段としておんぶを要求することを。小学校の頃は頼られている感じがしてうれしかった。

 

 ただ中学、高校と年齢が上がるに比例して羞恥と背中にあたる柔らかな感触に対する意識が上昇して今では恥ずかしい。だけど頼まれるとやってしまうのがお人好しな須賀京太郎という男だ。

 

「いいか、咲。俺は断じてたわわな胸の誘惑に負けているわけじゃないからな……!」

 

「逆に意識してるのまるわかりだから。さっさと行ってあげないと移動できないよ?」

 

「くっ! 幼馴染の視線と声音が冷たい……!」

 

 京太郎はいつもの流れで白望に背中を向けてしゃがみ込む。しかし、返ってきた反応は二人とは違うものだった。

 

「……ねぇ、京」

 

「なに、シロ従姉さん? この格好きついんだけど」

 

「……咲と付き合ってるの?」

 

「そんなことないけど……関係あるの?」

 

「……いや。どっちでもよかったし」

 

「……? とにかく早くホテルへ向かおう。荷物も多そうだし」

 

 やけに饒舌な白望に珍しさを感じつつ京太郎はおんぶをせかす。ようやく肩に手をかけたと思うと一瞬にして自分の顔へと白望の手が回り――頬へと唇が触れた。

 

「んんんっ!?」

 

 これには遠くから傍観していた咲もダッシュで二人の間に割り込み、精一杯の力で引き離す。京太郎はあまりの衝撃に動揺を隠せず、実行犯の白望はぺろりと舌で唇を艶めかしくなめていた。

 

「な、なにしてるんですか、シロさん!?」

 

「……ちょっと外れた」

 

「そういうことじゃなくて!」

 

「咲もいるのは予想外だったけど……まぁ、いいか。どうせ関係なくなるし」

 

 マイペースな白望はつっかかる咲を気にも留めず次々と話を進めていく。それどころかもう一度京太郎へキスをしようと歩み寄ってきた。

 

 普段はおとなしい咲も京太郎が関連する事案で黙っているわけにもいかず、対抗して白望に詰め寄ろうとする。だけどそれは彼女のほんのわずかな行動で止められた。

 

「好き」

 

 短く、だけど力強く発せられた言葉に込められた想いもまた強い。あの鈍感で一部から有名な京太郎でさえ勘違い

 をしなかった。

 

 いつも気だるげな彼女の姿を知っているからわかるのかもしれない。自分を見つめる瞳は真剣そのものであったことを。

 

「好きだよ、京。私の旦那様になって」

 

 繰り返し、白望は告げる。スローモーションに錯覚する時の中で咲は思う。

 

 京太郎に送られた手紙の意味を考える余裕などなかった。

 

 須賀京太郎の争奪戦は幕を開けていたのだ。

 

 ずっと前。彼の幼少期から、ずっと。




これからは隔週の金曜日に定期投稿するようにしていこうと思うのでよろしくお願いします。
次回更新だけちょっと早めて5/19です。


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37.『須賀京太郎と続く出会い』

 真夏の猛暑日。目下で暑さにギブアップしている人々をよそに太陽が頑張っている中、また別の暑さをヒートアップさせていた。

 

「…………」

 

 にらみあう咲と白望。片や怒りを前面に押し出して、対する能面のごとく一切形相を崩すことはない。

 

 緊迫した空気に一石を投じたのは京太郎の震え声だった。

 

「好き……? シロ従姉さんが?」

 

 実はこれが須賀京太郎暦において二度目(・・・)の告白。いい男だけど異性としては見れないを地で行くお人好しは恋愛の耐性が唯一低い。

 

 桃子と小蒔からは告白を飛び越えて求愛をされており、そちらの回数が並ぶという謎の人生を送る京太郎は現実味のある好意に弱いのだ。

 

「……そう。私は昔から京が好き。体も京好みになるように頑張った」

 

 小蒔といい健気な少女に好かれる京太郎。白望はその豊かな胸を下から持ち上げてどれくらい大きくなったのかを見せつける。

 

 吸い寄せられる京太郎の視線。まずい状況に陥ったと歯ぎしりを鳴らすのは咲。

 

 彼女は急いで白望の行動を止めさせると京太郎のほほをベチペチと叩いた。

 

「京ちゃん! しっかりして!」

 

「い、痛いって咲! 大丈夫! ちゃんと自意識はあるから!」

 

 ずっと座り込んでいた京太郎は立ち上がると咳ばらいをして白望の前へと立つ。先手を打たれないように二の腕を抑えると目を合わせて会話を始めた。

 

「シロ従姉さん」

 

「なに?」

 

「付き合ったらおっぱい揉めるかな?」

 

「いくらでも」

 

「よろしくお願い」

 

「――カンッ!!」

 

 牌をたたきつけるように繰り出されたチョップは京太郎の脳天へと落とされた。衝撃でようやく京太郎は正気を取り戻し、慌てて白望から離れる。

 

「お、俺は何を……?」

 

「本能のままにうごいていただけだよ。シロ従姉さんに告白されて混乱していたから」

 

「……揉まないの?」

 

「……くっ……?」

 

 断腸の思いで京太郎は歯を食いしばるも首を横に振った。今にも血涙を流しそうな表情で彼は白望の告白に返事をする。

 

「従姉さん……さっきの告白なんだけど」

 

「……大丈夫。今すぐには期待していない」

 

「……え? いいのか?」

 

 京太郎が確かめると白望はコクリとうなずく。

 

「大会が終わった後に聞かせてほしい。聞いた結果が試合に影響するのは嫌だから」

 

「……わかった」

 

「だから付き合うのはそれまで我慢して」

 

「俺まだオーケー出してないけどね!?」

 

「その代わり体は自由にしていいから」

 

「それだと俺ただの畜生になるから!」

 

 昔から京太郎はこんな風にマイペースな白望に振り回されっぱなしだった。独自の世界観を持つ白望は常識的には考えの及ばないことをしては一緒に遊んでいた彼を困らせていたのは親族間では有名な話である。

 

 例を挙げれば中学に入っても一緒にお風呂に入ったり、同じ部屋で寝たり、一日中密着していたり……。よって彼女の体の感触を繊細に把握していた彼は頭に浮かぶ桃色妄想を吹き飛ばすので精いっぱいだった。

 

「……見たことあるから別に気にしなくていいのに」

 

「えっ! それは初耳だよ、京ちゃん!」

 

「む、昔のことだから! それより早くホテルに行くぞ! 従姉さんも荷物貸して!」

 

 社会的に死ぬため絶対に口にしたくない京太郎は彼女の手からバッグをかっさらうと事前に知らされていた宮守女子高校の使用するホテルへと歩を進める。

 

 慌てて後ろをついていく咲。だがしかし、白望といえばその場に立ち尽くしたままだった。

 

「待って、京!」

 

 やがて聞いたこともない白望の大きな声に呼び止められた本人も咲も足を止めて振り返る。すると、彼女は両手を広げてこう言った。

 

「……おんぶ」

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 今まで来た道を引き返す一行。白望はだらりと京太郎の背中に身を預け、咲はそれを恨めしそうに見ている。京太郎といえば手でつかむ太ももの肉感に考えがいかないようひたすら白望に話しかけていた。

 

「へぇ。じゃあ宮守は全員三年生なんだ」

 

「そう。後継ぎがいないから……京がこっちまで来たら解決するけど」

 

「女子高に男子は入れません」

 

「なら引っ越しだけしたらいい。私と一緒に住んだら麻雀も教えてあげるし京がお世話してくれるし……両方幸せだし」

 

「そんなの私が許しません!」

 

「……咲には関係ないよね? さっきからつっかかってくるけど」

 

「シロさんこそ少し調子に乗りすぎじゃないですか?」

 

「未来の彼女だから、私は」

 

「返事ももらってないくせに」

 

「行動に移していない咲に言われたくないけど」

 

 後方で繰り広げられる殺伐とした空気に胃が痛くなる京太郎。

 

 あれ……? 昔にシロ従姉さんが遊びに来た時ってこんな仲悪かったっけ……? 

 

 平和だったころの記憶に馳せる京太郎。少なくとも彼の思い出にそんな険悪なムードの一場面はなかった。

 

「……とにかく久しぶりの姉弟水入らずを邪魔しないで」

 

「放っておいたら何をするかわからないから」

 

「そうだ、京。これに見覚えある?」

 

「どれどれ?」

 

「無視しないでください!」

 

 自分を相手にしない白望に怒りを募らせた咲は実力行使に出ようとする。だが、けん制するように白望が出した白の封筒に嫌な予感が的中したと顔をゆがめる。

 

 同時にさっきまでより深く根を張る敵対心。もう彼女の中では白望はただの敵となっていた。

 

 一方、未来からの手紙を女性陣ほど重くとらえていない京太郎は軽く応対する。

 

「あー、それに似たものなら俺も持ってたよ」

 

「……! どんな内容が書かれてあった?」

 

「未来の俺に関するものだったけど……まさか従姉さんも?」

 

「…………」

 

 返事はない。だが白望は封筒から手紙を取り出すと京太郎へ見せる。

 

「ここに私の未来が記されている」

 

「やっぱり。俺はかわいいお嫁さんと幸せに暮らしているみたいだけどシロ従姉さんは?」

 

 このとき京太郎は書いてあった内容が幸福なことだから失念していた。手紙には必ずしも幸せだった未来が描かれているわけではないということを。

 

 かわいい従弟の問いに白望は言いよどんで、小さくつぶやく。

 

「……私は宮守のみんなと仲良く過ごして一生を終えるらしい」

 

「なんだ。よかったじゃん」

 

「……ただ一つだけ心残りを除けば、ね」

 

 白望は京太郎の首に腕を回す。細い指がつーっと彼の首筋をなぞる。滴る汗がついたそれを彼女は口に含んで、初めて恍惚とした表情を浮かべた。

 

 ずっと変わらなかった顔が明らかに紅潮し、とろけた悪魔のような笑みに前を向く京太郎は気づかない。

 

「それは京を手に入れられなかったこと。京は私以外の女にとられたの」

 

「じゃあ、俺のお嫁さんは少なくとも従姉さんじゃなかったってことか」

 

「そう。だけどその未来はきっと変わる」

 

「どうして?」

 

過去(いま)の私があなたの心を奪うから」

 

 淡々と、だけど語気を感じる言葉に京太郎も何も返さない。一方、蚊帳の外だった咲がここで会話に復帰する。

 

「同級生のみなさんと一緒に暮らせたらそれだけでも幸せなんじゃないですか?」

 

「それを決めるのは私。あなたにとやかく言われるつもりはない」

 

「…………」

 

 正論を返されて咲は口をつぐむ。だけど目線だけはそらさなかった。そんな姿に白望はため息をつく。

 

「……たくさん喋って疲れた。ダルい」

 

「あっ、いつものシロ従姉さんっぽい」

 

「京太郎の手紙貸して。それ読んでおくから」

 

「ああ、ごめん。それなら捨てた。いたずらかなーって」

 

「……拾ってきて」

 

「さすがに断るからね!? それにこれは俺が決めたことだし」

 

「……ダルい」

 

 それだけ言って白望は初めと同じように京太郎に全体重を預けたような力の抜けた体勢をとる。再び乳圧に耐える苦行が開始された京太郎たちは件の手紙を捨てた公園へとさしかかる。

 

 すると、視界に珍しい光景が映っていた。

 

 数人の黒服に指示を送る巫女装束の少女の集団。それも男たちはみんな公園中のゴミ箱を漁っては元に戻すという行為を繰り返している。

 

 一か月前の京太郎ならば関わることなくホテルへ直行だっただろうが、今は違う。彼は見覚えがあった。

 

 彼女の服装にも。腰まで伸びる黒髪も。年齢に似つかぬ大人びた雰囲気も。

 

 神代小蒔と再会を果たした京太郎は彼女の名前を憶えている。

 

「……霞さん……?」

 

 かすかに口からこぼれた名を呼ぶ声はかき消されることなく相手のもとまで届く。

 

 名前を呼ばれた少女が目を向けると彼女はひどい困惑と喜びの混じった形容のしがたい濁った表情で京太郎と同じようにつぶやいた。

 

「京太郎……さん……」




まだ5月19日の深夜24時02分だからセーフ(震え)

次は二週間後の金曜日です。
宮守のみんなは先にホテルへ到着しています。みんな白望の恋心を知っています。

※追記 感想返しは明日します


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38.『廻りだす須賀京太郎の運命』

 京太郎が神代小蒔に遊びを教えていた時、もう一人年上の付き人がいた。

 

 名を石戸霞。神代の姫を守る六女仙と呼ばれる巫女の筆頭格。

 

 厳しく優しい。矛盾しているようだが彼女の性格を表すなら、これ以外にはない。

 

 年長者として京太郎たちの道を正し、時には母のように甘えさせる。若いながら精神の成長が早かった霞は尊敬される人物として二人に慕われていた。

 

 そして、なによりも京太郎の人格に多大な影響も与えている。

 

 須賀京太郎の根幹をつかさどる二つのもの。

 

 お人好しと呼ばれるほど献身的な性格。

 

 もう一つは彼の趣味、嗜好だ。

 

 小蒔は中学からの努力によって大きくなったが、霞は違う。

 

 もとから大きく、勝手に育ちあがった本当の意味での天然記念物。手を一切加えていない果実は京太郎と出会った時にはすでに実っており、彼の性を目覚めさせたといっても過言でないだろう。

 

 京太郎がおっぱい好きになったのも霞が原因だった。

 

 そんな彼女が怪しげな黒服を率いているとなれば黙っていられないのは至極当然のことである。

 

「霞さん!? 俺だよ! 須賀京太郎! 覚えてる!?」

 

「…………」

 

 京太郎の声に霞は答えない。

 

 何かを言おうとして手を伸ばそうとするも中途半端に止まったそれは空を切るだけに終わる。唇をかみしめて閉口すると霞は彼から目をそらした。

 

「……霞、さん……」

 

 絶対に何か事情があると確信を得た京太郎は彼女のもとへと寄ろうとするが袖を引かれて動きを止める。

 

 幼馴染がワナワナと肩を震わせて、怒りを露わにしていたからだ。

 

「な、なにあの胸。絶対にいじってる。じゃないと不公平だよ、理不尽だよ、この世界」

 

「さ、咲? なにぶつぶつ言って」

 

「京ちゃん! 騙されちゃいけないよ! あれは偽物だよ! シリコン! Silicon Inside!」

 

「お前は本当に何言ってるんだ!?」

 

 理解できない咲の咆哮にツッコミを入れている間にも黒服は彼女を中心に集まっていた。目当てのものが見つかった彼らは霞へ手渡すと迅速な動きで解散していく。

 

 彼女に渡された品は一通の封筒、それも中はくしゃくしゃになった紙。

 

 京太郎はそれに見覚えがあった。なぜなら、所有者はつい先ほどまで自分だったのだから。

 

「霞さん……なんでそれを……」

 

「…………」

 

「……霞ちゃん!」

 

 昔の呼び名で京太郎は進路を塞ぐように彼女の前に立つ。

 

 聞きたいことが山のようにある。

 

 どうして俺の手紙を拾ったのか。どうして俺を無視するのか。

 

 全てが謎で京太郎には理解が出来ないことばかりだ。

 

 だから彼はどうしても霞と今一度、昔のように言葉を交わしたかった。

 

「久しぶり! 良かったら飯でも一緒に食べようぜ!」

 

「……ごめんなさい」

 

 だが、そんな淡い願いは簡単に打ち砕かれた。

 

 霞はポツリと呟くと京太郎の横を通り抜けて去っていく。 白望も何もアクションを起こさずにただその様を見届ける。

 

 京太郎はすぐに身を翻すが、一歩目を踏み出して止めた。

 

 真昼間の公園のゴミを漁る大量の集団。そのリーダーと思われる人物と会話を図れば視線は自分たちにも向けられることに気づいたからだ。

 

 今の自分たちは各々が全国麻雀大会の県代表という立場にある。ここで問題を起こすのは避けたい。手遅れだとしても被害が拡大するよりはマシだという判断だった。

 

 最悪マキちゃんに頼めばいい。心優しい彼女なら喜んで引き受けてくれるだろう。

 

「行くぞ、咲!」

 

「う、うん!」

 

 そう思った京太郎は咲の手を引いて、反対方向へと駆けていく。

 

「……昔は京太郎くんって呼んでくれたのに……」

 

 拭えぬ違和感と寂しさを漏らす。気持ちを抑えても京太郎は納得できていなかった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 周囲の目から逃れるように町中を走り続けた京太郎ら一行。がむしゃらに行けば迷うことがわかりきっているので頭の上の白望の指示に従っていた。

 

 京太郎は従姉の驚異的な運をよく知っている。それも遠くへ目指せば目指すほど、その選択が目的までの道に近くなるのだ。

 

 咲とは正反対の性質は京太郎のなかで七不思議の一つに数えられている。

 

「そこを右……うん、ストップ」

 

「はぁ……はぁ……ここは……」

 

 白望が制止をかけた場所は京太郎たちが泊まるのとはまた違うホテルだった。

 

「じゃあ私が使うホテルはここだから」

 

 まるでタクシーから降りるみたいに白望はそう言うとホテルへと入っていく。

 

 あまりにもシュールで変な笑いが込み上げてきた京太郎は力が抜けてしまい、その場に座りこむ。

 

 白望と彼女の荷物を持って駆け回った京太郎はすでに力尽きかけていたのだ。清澄で使い走りをしていなかったら途中で倒れていたことだろう。

 

「咲……大丈夫か?」

 

「……無理……死んじゃう……」

 

 運動とは無縁な咲が走るには明らかに無理のある距離だった。

 

 案の定、彼女は力尽きて京太郎へともたれかかる。汗がすごかったが彼も嫌がることなく受け入れて、ハンカチで汗をぬぐう。

 

 この後はどうしようか。うまく回らない思考の中で予定を立てようとする京太郎。そんな彼を大きな影が覆う。

 

 上を見れば真夏の服装とは思えない黒のロングコートにハット帽をかぶった人物が自分を見下していた。京太郎は自分よりも大きな背格好の。それも声から女性だと気づき、なおさら驚く。

 

「……井上さん以来だな。俺より高い人……」

 

「待っててね? もうちょっとでみんなが来ると思うから」

 

 黒づくめの少女は手を振って、誰かを呼んでいる。すると今度は聞き覚えのあるダルそうな声が入り混じった。 

「……ちゃんと救援呼んできた」

 

「アセ、スゴイ!」

 

「うわっ、大丈夫!?」

 

「シロ、あんた鬼ね……」

 

「ちょーかわいそうだよー」

 

 立ち上がる気力もない京太郎の前に集まるやいなや騒ぎ出す少女たち。

 

 どうやら白望の知り合いだということは彼にも理解できたが、今だけは静かにしてくれと思ってしまう。

 

「ほらほら。あんたたち静かにしな。この子は疲れ切ってるんだから」

 

 そんな風に京太郎の心情を代弁してくれたのは少女らの後ろから出てきた老婆。手には濡れたタオルを持っており、暑さと疲労にやられた二人の首元へかける。

 

 ひんやりとした感触に京太郎は心が安らいだ気がした。

 

「シロ。この子があんたの言う須賀京太郎だね?」

 

「そう。私の大切な想い人」

 

「なら、たっぷりおもてなししてあげないといけないねぇ」

 

 教え子の見たことのない乙女らしい表情に老婆はケラケラと笑った。勝手に進められる話に疎外感を抱いた京太郎は眉を顰める。

 

「おっと……。そうだったね。私は熊倉トシ。宮守女子の麻雀部顧問をやっているんだ。シロがお世話になっているようだね」

 

「……シロ従姉さんの……?」

 

 ようやく喋れるまで回復した京太郎は隣で咲の介護をしている白望に目をやる。すると彼女はコクリとうなずいた。

 

「シロが従弟が倒れてるっていうからあわててきたところさ。こんな熱い中よく追いかけっこなんてしたね」

 

「すみません。……いろいろと重なりまして……」

 

「ああ、気にすることないさ。事情は知ってる。――あんたの手紙についてだろ? シロから聞いてるさ。それに……私たち(・・)も手紙持ちだ」

 

 トシは胸ポケットから白い封筒を取り出す。いや、トシだけじゃない。後ろに並んでいた少女全員が手紙を持っていた。

 

 理解の追い付かない状況に京太郎は目を見開く。

 

「驚いたかい?」

 

「……はい、かなり」

 

「そうだろう、そうだろう。これについては後で話してあげるよ。今はゆっくりお休み」

 

 そう言うと熊倉トシは彼の視界を手で覆う。

 

 その瞬間、糸がプツンと切れたように京太郎の意識は闇に沈んだ。

 

「――私たちがあんたを守ってあげようじゃないか」

 

 トシの放った言葉を聞く前に。

 




うまく文章が書けなかった感。中身は一緒ですが細かい修正いれるかもです。

あとトシさんは攻略対象じゃないです(迫真)

再来週の金曜日を目指しますが、夏コミの当選発表次第になると思います。
でも、あと一回は絶対に更新します。


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39.『熊倉トシは策を練る』

 目が覚めると見知らぬ天井があった。だが、すぐに焦点がずれてぼやける。

 

 鳴りやまない鈍い頭痛。

 

 だるさを覚える体を無理に動かすと隣には幼馴染がすやすやと寝息を立てていた。

 

「俺、何してたんだっけ……」

 

 京太郎は記憶を掘り返す。

 

 確か……霞さんと会って、そこから逃げ出してシロ従姉さんを運んで……。

 

 ハッと意識が覚醒して上体を起こす。

 

 すると、京太郎はカップヌードルを貪る老婆と目が合った。

 

「…………」

 

「…‥えっと……」

 

 麺をすする音だけが空間に響く。沈黙が流れようとしたところでドアが開き、ぞろぞろと濃い面子が入って一気に部屋は騒々しくなる。

 

「ただいまー!」

 

「トヨネ、シズカニ!」

 

「って、なんだ。起きてるじゃん」

 

「よかったぁ。ひとまず安心だね」

 

「……おはよ、京」

 

 唯一、京太郎と面識のある白望がトテトテとつたない足取りで彼の元へ歩み寄り、またがるように膝上に座る。

 

 彼女なりに罪悪感もあったのだろう。

 

 京太郎の顔を引き寄せると、自身の豊満な胸へと埋めた。

 

「シ、シロが大胆……!」

 

「さ、さすが従姉……。やることが違うわね」

 

 感心する宮守の面々。彼女らは白望の京太郎への恋心を応援しており、むしろ交際をさせようとしている。

 

 今回こうやって白望が京太郎を自分たちのホテルへ連れてきたのもとあることが関係していた。

 

 一人、お邪魔虫がついているのは仕方がないと割り切っている。

 

「シ、シロ従姉さん!?」

 

「……ん。しばらくこのままでいいよ」

 

「い、いや、そんなこと言われても……」

 

「じっとしておいて。じゃないと、どうなっているかバラす」

 

「はい」

 

 お願いではない。これは命令である。

 

 白望の丸みの帯びたお尻の下。

 

 それがどうなっているのかを口にされたら社会的に抹殺されるだろう。

 

 京太郎はそれを即座に理解して口をつぐむ。

 

「……今日は厄日だ」

 

「……体は正直」

 

「それ以上はいけない!」

 

「へへへ変態!」

 

「破廉恥!」

 

「「……?」」

 

 状況を理解してしまった塞と胡桃による罵倒に心をへし折られそうになる京太郎は首を傾げている豊音とエイスリンを見て、心を落ち着かせた。

 

「あの純粋な心はいつまでも忘れないでほしい……」

 

「盛り上がっているところ悪いけど……本題に入っていいかい、若人たち」

 

「あ、す、すみません……」

 

「あんたが件の須賀京太郎だね。……ふーん、いい男じゃないか。私がもっと若かったら手を出していたかもしれないねぇ」

 

「ど、どうも……」

 

 一応、褒められたと受けとった京太郎は頭を下げる。その後に自分が倒れる前に見た老婆の顔と一致することに気づいた。

 

「あっ! さっきはどうもありがとうございました! 俺、倒れちゃって……」

 

「いいんだよ、そんなことは。それに私らにも都合がよかったからねぇ」

 

「都合がよかった……?」

 

「そうさ。これについて、だよ」

 

 トシは先刻と同じように白い封筒を見せた。彼女の手には計六枚の封筒があり、一人に一通ずつ来ていることを京太郎は理解する。

 

「それは……未来からの手紙、ですか?」

 

「ああ。あんたの元にも届いているんだろう? そこにはなんて書いてあった?」

 

「……それは言う必要があるんですか?」

 

「……いや。あんたがどんな未来を歩んだのか、知らない方が私たちもやりやすい。もし幸せな未来を聞かされたら苦しくなる」

 

「……それはどういう……?」

 

 首を傾げる京太郎。うまく状況が呑み込めていない彼にトシは一つずつ簡潔に説明していく。

 

「……まず私たちの中でシロに手紙が届いた。次に塞、豊音、エイスリン、胡桃。最後に私さ。どれも数日ごとに間隔をあけて」

 

「は、はぁ……」

 

「そしたら驚くことにね。全員書かれている未来が違うんだよ。どんどん不幸になっていく。バラバラになっていくんだ。そして最後の私へと届いた手紙がこれさね」

 

 トシは受け取ったという手紙を京太郎へと渡す。

 

 そこには『未来の熊倉トシ』から『今の熊倉トシ』への注意の喚起文。

 

 そして、その文末には見覚えのある名前が記されていた。思わず京太郎は言葉にして発する。

 

「……須賀京太郎を……小瀬川白望と結婚させろぉ!?」

 

 慌てて京太郎は白望を見る。

 

 話題に上がった彼女はあー、と視線を逸らすと京太郎の胸元へ倒れこんで表情を隠した。

 

 きっと『らしくない』顔を見られたくなかったに違いないが、ほんのりと朱に染まった耳ですべてバレている。そんな従姉の見せた乙女らしい一面に先ほどされたキスと告白を思い出して京太郎も顔を逸らす。

 

 青春を繰り広げている二人を見てにやにやとするトシ。

 

 ポンと京太郎の肩をたたくと生暖かい目でこう言った。

 

「今から2時間。外に出ておくから頑張るんだよ」

 

「やらねぇよ!? それより! どうして俺の結婚が関係あるんですか!? よくわからないんですけど!」

 

「それは簡単な話さ。シロに届いた手紙の時がみんな幸せだった。なら、最後に白望が望むあんたとの結婚を達成すれば少なくともうちの子はハッピーエンドを迎えるわけだ」

 

 トシが述べているのは机上の空論だ。だが、実証ができない以上そこに間違いはない。それに言っていることはまともに聞こえるから余計にたちが悪い。

 

 反論の種を奪われる前に京太郎は初手から切り札を切った。

 

「お、俺の幸せはどうなるんですか!?」

 

 トシの仮説に須賀京太郎の人生設計は入っていなかった。彼はそこを突いて反撃に転じる。しかし、それも一瞬でふさがれてしまったが。

 

「私たち宮守女子5人を嫁として自由にすることができる」

 

 刹那、京太郎に衝撃が走る。

 

 宮守女子のメンバーを嫁として自分の好きにできる……!?

 

 瞬時に視線を5人に移す。

 

「えへへー」

 

 豊音はひらひらと手を振って返してくれる。浮かべる純朴な笑みに京太郎の心は浄化されていく。

 

「……キョタロー」

 

 宮守には天使が二人も存在した。エイスリンはウエディングドレスを着たかわいらしい絵を差し出す。京太郎は彼女を幸せにしなければならないという使命感にとらわれ始める。

 

「み、みんなといるには仕方ないし……別に悪そうな人じゃなさそうだし……」

 

 胸から流れる腰元のラインが魅惑的な塞。続いてぷくりと膨らんだお尻も美しく、京太郎の一部はさらに元気良くなる。もちろん白望は気づいている。

 

「わ、私はそう簡単には落ちないよ!」

 

 最も小さい胡桃だが、秘められた母性は未知数。良妻賢母として支えてくれる姿は誰にだって未来視できる。

 

「なんなら私もつけようか」

 

「あ、結構です」

 

「……正直なのは嫌いじゃないよ」

 

 ゴホンと咳ばらいをするとトシは改めて京太郎へと向き直る。その瞳はいたって真剣味を帯びていた。先ほどの全員お嫁さん計画も嘘じゃないと思えるくらいに。

 

「それにね。私たちはあんたも守ってあげようとも思っている」

 

「俺を……守る……?」

 

「そうさ。あんたが未来を変える大切なキーマンだということに気づいている奴らも出てくるだろう。シロに聞いた話だと神代は間違いないね」

 

「神代って……マキちゃんたちが!?」

 

「浅からぬ関係がありそうだしねぇ。神代も幸せな未来を得るためには須賀京太郎。あんたが必要ってことさ」

 

「お、俺はただの一般男子ですよ? そんな大げさな……」

 

「……大げさじゃない。だって、これだけの人の未来に関わっているんだから……ね、京」

 

 白望はぎゅっと京太郎の頭を豊満な胸へと誘い、甘美に耳元で囁く。

 

「私たちと一緒にいよう。京太郎の好きなこといっぱいしてあげる。……今から私の下で暴れてるこれを沈めてあげてもいいんだよ?」

 

 グリグリと白望は腰をいやらしく上下に動かす。刺激され、早く解放したい欲に思考が駆られる。

 

 白望は一気に攻勢に出て、耳をやさしく噛むと舌でなめまわして、ふぅーと吐息を吹きかけた。

 

「あっ……あぁ……」

 

 京太郎はだんだんと正常な思考を失っていき、削られた理性を本能が暴れて壊そうとする。

 

 このまま楽になって、白望と愛し合う生活に陥っていいんじゃないか。

 

 そう思ってしまった。 

 

 その時だった。

 

「京さんは渡さないっすよ!!」

 

 バンと突如にして開けられるドア。大きな声を発した主は怒りの形相で今にも駆け出しそうだ。

 

「私たちの京さんに手を出そうとはいい度胸っすねぇ!」

 

「わ、私たちの京太郎くんを返してもらいます!」

 

「衣の大切な家族は好きにさせない!」

 

 東横桃子に福路美穂子、天江衣。さらにその背後には龍門渕の面々。

 

 長年、麻雀界に携わってきた熊倉トシでさえ豪勢だと思うメンバーが京太郎の救出という目的で現れた。

 




咲「すやぁ( ˘ω˘)スヤァ」
次回でわかるのでぶっちゃけると、モモは京太郎にGPS持たせてます。

大切な報告

1、夏コミ当選しました! 土曜日 東地区 "ツ" ブロック 57aです
  同人誌出します。

2、私が『悠島蘭』名義で書いていた一次創作
 『捨てられた勇者の英雄譚』の書籍化が決まりました。
  商業作家としてデビューさせて頂きます。 

どちらも頑張りますので応援よろしくお願いします。


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40.『麻雀少女は早くも奪い合う』

お久しぶりです


 清澄が東京入りをする前日に、京太郎が先行して乗り込むことになったのは他ならぬ桃子の提案だった。

 

 当然、急に言われても無理だと断る京太郎だったが、美穂子の寄せられた胸と桃子の抱き着きにあえなく轟沈する。

 

 それにあわせて龍門渕の財力をふんだんに使い、個人での出場を決めた三人も東京入りを果たす。

 

 京太郎が私用で遊べないことがわかっていた面々は事前に用事を済ませることになった。

 

 衣は懐かしきエビフライを食べに、美穂子は風越の後援会への参加。

 

 桃子は京太郎のストーカー。

 

「宮永咲……! どうして京さんと一緒に……!」

 

 首筋を伝う汗をぬぐったタオルを歯で食いしばる。

 

 桃子は京太郎とデートをしようと思っていたのだが、親戚を迎えに行くからと断られていた。

 

 ならば彼に危害が及ばないように、あと将来の親戚になるかもしれない人の顔を見ておこうと京太郎の尾行を決めたのだが……。

 

「なんであの女はいいのに、ひどいっすよぉ……京さん……!」

 

 京太郎の隣で嬉しそうに笑う咲の姿に桃子は泣きそうになる。

 

 桃子は咲と白望が知り合いということを知らないため、咲は特別扱いされていると思い込んでしまう。

 

 敵対している咲のリードに焦る桃子は後れを取り返すべく、早速明日からの予定を組み立て始める。

 

 京太郎の時間をできうる限り、自分たちと共にしてもらえるように。

 

「あっ、動き出したっすね。ステルスモモは諦めないっすよ」

 

 桃子は立案もほどほどに、ばれないよう彼らを追いかける。

 

「ハァ……ハァ……京さん、素敵っす……!」

 

 時折、シャッター音をやかましく鳴らしながら、息を荒くさせること数分。

 

 二人が立ち止まり、何やら話しているのに気づく。

 

 またムカムカと腹立たしさに熱を上げていると、次の瞬間、己の目を疑った。

 

「あれは……手紙!?」

 

 どうして京さんが持っているっすか!?

 

 あれは未来が不幸な人の手にしか渡らないはず……!

 

 ならば簡単だ。京太郎は未来で不運に見舞われているということ。

 

 そして未来では私たちと京さんは知りあってすらいないかもしれない。

 

 ということは、私たちなら京さんを幸せにできる可能性が大いにある!

 

 俄然に明光が射しこんできた。

 

「どうにかして中身を読みたいところなんですけど……あっ!」

 

 都合よく、京太郎がゴミ箱へ手紙を捨てるのを目の当たりにした桃子。

 

 チャンスだと思った。

 

 彼女は息をひそめて、二人が去る時を待つ。

 

 一時的に京太郎と別れることになるが致し方あるまい。

 

 それに迷宮都市・東京で迷子になるのを防ぐために龍門渕透華の発案で、それぞれの位置がわかるGPSアプリが追加されている。

 

 合流しようと思えば、いつでも間に割って入れるのだ。

 

「京さんの未来がわかれば最悪の事態になる前に手を打つことができる……!」

 

 京太郎を襲う不幸から救える。そして、自分たちも結ばれる。

 

 なんと素晴らしいハッピーエンドか。

 

 やがて二人が立ち去り、完全に姿を見えなくなる。

 

 ゴミ箱を漁る行為というのは社会的にもあまりよろしくはない。それも全国大会に出場するとなれば、なおさらに。

 

 だが、ステルス機能を身にまとう桃子にとって全く関係ない。

 

「遠慮なしに行くっすよ!」

 

 桃子はゴミ箱に近づく。だが、それを制止するように進路を塞がれる。

 

 見るからに怪しい黒服たちがゴミ箱周りを取り囲んだのだ。

 

 明らかに異様な光景に桃子は焦りを覚える。そもそも自分の姿が見えていることに驚きを隠せない。

 

「な、なんすか、あんたたちは!」

 

「それはこちらのセリフです、東横桃子さん」

 

 ふいに後ろから名前を呼ばれる。

 

 桃子が振り返ると、そこには巫女装束の女がいた。

 

 神代小蒔を大人にすれば、こんな風になるのではないかと桃子は思う。

 

 それよりも自分に対する明確な敵意を感じた彼女はとっさに一歩後ずさった。

 

「誰っすか、あんた。私の知った顔じゃないっすけど」

 

「私は石戸霞。小蒔ちゃんがお世話になりましたね」

 

「神代つながり……」

 

 なら、味方? いや、それは早計か。

 

「邪魔、しないで欲しいんすけど」

 

「邪魔なんてしてないわよ。あとで、あなたにも読ませてあげるから」

 

「今、貸してくれてもいいんすよ?」

 

「お断りするわ」

 

「それを邪魔って言うんすよ!」

 

 桃子は京太郎の手紙へ向かって一直線に進むが、即座に男たちが壁を築く。

 

 間違いなく男たちには、桃子の姿が視えていた。

 

「彼らは神代家を筆頭にちょっと特殊な訓練を積んでいる人たちだから、あなたのオカルトも通用しないわよ」

 

「私のことは調査済みってわけっすか」

 

「ええ。だって個人戦で戦うかもしれないでしょう?」

 

 敵だ。

 

 同盟を結んでいる神代さんはともかく、この女は間違いなく邪魔な存在になる。

 

 桃子はそう評価を下した。

 

 彼女は強行突破を考えるも、この戦力差。

 

 龍門渕家という強大なバックアップを持つ点では変わらないが、今の状況では分が悪すぎた。

 

「目の前に宝があるというのに諦めないといけないっすか……」

 

 悔しさに顔を歪めると、石戸霞はニコニコと恐怖さえ感じる能面のような笑顔で桃子に手を振る。

 

「ほら。私の相手をしていてもいいのかしら? 愛しの愛しの京太郎君がこの間にも何をされているか、わかったものではありませんよ?」

 

「あんた、むかつく女っすね」

 

「誉め言葉として受け取っておくわね」

 

「……食えない奴」

 

 それだけ言い残し、桃子は手紙を諦めて京太郎のストーキングを再開することにした。

 

 もちろん後ろ髪を引かれる思いだったが、実際に男たちを相手に一人では歯が立たない。

 

 すぐにでもこの情報を共有したいと思った彼女は美穂子や衣にメールを送ると、GPSで京太郎の位置を確認する。

 

「あー! 入違ってる!」

 

 桃子は先ほどまで止まっていた京太郎の位置へ向かっていたのだが、彼は別のルートを使って公園へと逆走していた。

 

 余談だが、桃子を避けたルートを指示したのは白望だったりする。

 

 白望もまたオカルト持ちだ。

 

 彼女にとって最も良い結果をもたらす道を示す能力、マヨイガ。

 

 しかし、そんなことを知らない桃子は慌てて引き返す。

 

 そこから桃子のエンドレス・鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そして、時は戻る。

 

 にらみ合う家族同盟と宮守お嫁さん組合。

 

「……ここまでついてきたんだ」

 

「当然! 私と京さんは愛の糸で結ばれてますから!」

 

「じゃあ、私がそれ切っちゃおうかな」

 

「無理っすね。物理的にもつながっているんで

 

 そう言って、スマホを取り出す桃子。

 

 画面には『愛しの京さん』とアイコンが点滅しており、どうやら彼の位置を特定するアプリを持っているのだと白望は見当をつける。

 

「……なんだ。ストーカーか」

 

「違いますー。愛ゆえの行動ですー」

 

「そう……。なら、私も愛ゆえに子作りするから部屋から出てくれる?」

 

「許すと思ってるんすか!? ありえないっす! ていうか、ぶっとばす!」

 

「も、桃子ちゃん。落ち着いて。ね?」

 

「そうだぞ、桃子。衣のように冷静な態度をだな」

 

「そこのおチビちゃんは何の用? 子供には刺激が強すぎるシーンだけど」

 

「衣を子供と言ったな!? 許さんぞ!」

 

「衣ちゃん!?」

 

 簡単に釣られる二人をたしなめる美穂子。

 

 元来、彼女ももめ事を好む性格はしていない。

 

 そこでいともたやすく料理された三人に代わって、一人の痴女が交渉役として前へ出た。

 

「落ち着いて、三人とも。すまないね、迷惑をかけて」

 

 その姿に白望も思わず言葉を失った。

 

 一番常識人のように振舞っている彼女が、最も常識のない格好をしていたのだから。

 

 あれはもはや服と呼んでもいいのだろうか。

 

 ただ布を羽織っているだけなのではないか。

 

 初めて対面する露出魔に白望は思わずたじろぐ。

 

「ボクは国広一。そこの須賀京太郎はボクらにとって大切な人物でね。返してほしいんだ。あと、そこで寝ているお姫様もね」

 

「……咲はともかく、それはできない。京をどうこうする権利はあなたにないはず」

 

「それを言うなら、君もだろう?」

 

「京は私たちを選ぶに決まっている」

 

「それはどうかな? 京太郎、いつまでそこにいるつもりだい? さっさとボクらの元へ帰っておいでよ。そして、昨晩の続きをしよう」

 

 一はわざとらしく、一拍置いてはっきりと告げる。

 

「全国大会に出場している女子のおっぱいランキングをつける作業がまだ残っているだろう?」

 

 彼女から発せられた信じられないことに白望を除く初対面の宮守女子の面々は思わず自分の胸を抱いて隠した。

 

 一方、桃子はなぜか自信満々に胸を張っている。

 

 国広一が言っていることはもちろん、真実など一つもない嘘ばかりだ。

 

 しかし、効果はてきめんだった。

 

 どこか京太郎を受け入れる空気があった女子たちは冷たい目線を京太郎にぶつけている。

 

 好感度の低下は明らか。

 

「それにボクとしてはあまり事を荒立てたくない。いくら君たちと言えど、龍門渕グループを敵に回すのは控えたいだろう?」

 

「…………」

 

 白望はポーカーフェイスを貫くが、内心舌打ちをしていた。

 

 龍門渕グループとはそれほど影響力を所持している。

 

 天江衣にこの場所がバレた時点で、作戦の失敗は決まっていたのだ。

 

 追い込まれた白望。

 

 当人たちを差し置いて、勝手に進む戦況。

 

 救いの手を差し伸べたのは、さっきからカップラーメンをすすっていた老婆だった。

 

「まぁまぁ、落ち着きなさいよ。白望、ここは引いておきなさい」

 

「……でも」

 

「逸る気持ちもわかるけどね。不利なものは不利なのさ」

 

「……わかった」

 

 そう言って、白望はずっと乗っていた京太郎の上から退く。

 

 ただし、ただでは終わらない。

 

「また後で会おうね、京」

 

 そう言って彼女は軽く京太郎のほほに唇を当てる。

 

「な、なにしてるんすか!? 私たちの京さんに!」

 

「……別に。親戚として当然のスキンシップ。これくらい何度もしてる」

 

「どこが!?」

 

「……今のは少しやりすぎでは?」

 

 白望の挑発に美穂子まで開眼して、やる気になる始末。

 

 だが、冷静な痴女と老婆がそれぞれをたしなめることで場は落ち着く。

 

「気にしないよ、福路さん。どうせあとで同じようにキスでも、なんでもしたらいいだけの話さ」

 

「シロ。大人の言うことを聞きなさい」

 

「ち、違いますよ、国広さん! 私は別にヤキモチを妬いたわけじゃないんですからね!?」

 

「……わかった」

 

「ほら、好きにしたらいい。だけど、一つだけ言わせてもらうとねぇ? 最後に笑うのは、うちの子たちだよ」

 

「お構いなく。きっとそんなときは二度と来ないだろうからさ」

 

「イキのいい若者は嫌いじゃないねぇ。みんな、ちょっとの間だけ部屋を開けるよ」

 

 トシは白望たちを部屋の外へ連れ出すと、最後に不穏に言い残して、部屋を後にした。

 

 きっと京太郎たちがホテルを去ったのを確認してから、戻るのだろう。

 

 張り詰めていた空気が弛緩し、ホッと胸をなでおろす美穂子と一。桃子と衣はいまだに入り口をにらみつけていた。

 

 この勝負は一たちの勝ちといっても過言ではないだろう。

 

 なぜなら、囚われの姫(きょうたろう)を取り返せたのだから。

 

 こうして長野を飛び越えた京太郎争奪戦の一回戦は不戦勝という形で幕を閉じた。

 




11月に全国にて販売される私の小説の情報が出ましたので、よろしければ活動報告もチェックお願いします!

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41.『石戸霞は悲恋に涙を流す』

更新遅れてすみません……。


 ストーカー(桃子)変態(はじめ)含む衣たちによって、ホテルから救出された京太郎。

 

 背中に眠り姫をおぶりながら、彼らは龍門渕がオーナーを務めるホテルへと向かっていた。

 

 振り返っても、すでに宮守女子が泊まるホテルは見えない。

 

「さっきは助かった」

 

「あっ、ようやく喋ったね」

 

「あの状況で俺が出しゃばったら、余計にややこしくなると思ったからな」

 

「それは正解かな。背中のお姫様は?」

 

「まだ寝てる。のんきなお姫様だ」

 

「すぅ……すぅ……」

 

 規則正しい寝息を立てる咲。

 

 あまりに安心しきった寝顔に桃子は呆れた風に息を吐く。

 

「……ったく、一緒にいて、どうしてこの人は」

 

「まぁまぁ。一応、君も犯罪すれすれのことやってるんだからね。つっこんでおくと」

 

「あ、愛ゆえの行動ですから」

 

「重すぎる愛だね」

 

 やれやれと一は首を振った。

 

「それにしても、どうして京太郎は捕まっていたのだ? 今日は従姉と会う予定だったのだろう?」

 

「あー、それは……その、だな」

 

 京太郎は言いにくそうに、首元に手をやる。

 

 それもそうだ。

 

 経緯をすべて話すとなれば、石戸霞や白望から受けた告白のことも包み隠さず口にしなければならないだろう。

 

 だが、そういうわけにはいかない。

 

 結局、京太郎は答えを濁して返す。

 

「いろいろとあってな。一応、言っておくと別に乱暴されたわけじゃないから、安心してくれ」

 

「乱暴されたといっても、襲われる感じだったから京太郎にとっては役得だったんじゃない?」

 

「なっ!? そうなんすか、京さん!?」

 

「いやいや、俺だって無理やりは嫌だから」

 

「でも、きれいなお姉さんに迫られたら許すんだよね?」

 

「それはもちろん」

 

「さすが同志。気持ちいい即答だ」

 

「はは、ほめんなよ」

 

 パァンと手を叩きあって、小気味いい音を鳴らす京太郎と一。

 

 二人を非難の目で見る女性陣。

 

 美穂子は苦笑いを浮かべて、場の空気を換えるためにある提案を投げかけた。

 

「そろそろお昼時じゃない? 京太郎君も一緒に食べるわよね?」

 

「あっ、はい。咲も一緒で大丈夫ですか?」

 

「ええ、もちろん」

 

「……仕方ないっすね。断るわけにもいきませんし」

 

「衣は友が増えるのは嬉しいからな! 賛成だ!」

 

「じゃあ、決まり! ふふっ、今から楽しみだわ」

 

「俺もです。龍門渕の専属シェフが作る料理って、どれだけ美味いんだろう……」

 

「京太郎は食いしん坊だな!」

 

 豪華な昼食に想いを馳せて、談笑しながら歩く三人。

 

 彼女らを眺めるように、後ろを歩く二人は打って変わって真剣な表情で今回の騒動について意見を交わしていた。

 

「……やっぱり全国にも君たちのライバルはいたみたいだね」

 

「それもかなりの数がいそうっす。想像するだけで頭が痛くなってきた……」

 

「加えて、向こうも徒党を組んでると来た。清澄のように簡単にはいかないだろうね」

 

「特に神代家……。巨大すぎるっすよ」

 

「だけど、神代小蒔とは共闘関係じゃないの? ボクはそう君に訊いたけど」

 

「おそらく、それも終わると思うっす。舞台が長野から、味方のいるこっちに移った以上、神代さんにメリットないですし」

 

「それは残念。これは合戦になりそうかな」

 

「ええ。けど……京さんは絶対に誰にも渡さないっす。私たちの幸せのためにも」

 

 私たちの中には、当然京太郎も入っていた。

 

 自分たちが京太郎を幸せにする。

 

 美穂子さんに衣ちゃん、自分で言うのもあれだけど私も京さんの好みには適している。

 

 私たちの代償に、京さんを不幸にはさせない。

 

 桃子の愛は重い。

 

 けれど、必ず根底には相手の幸せがあった。

 

「もちろん、ボクも微力ながら手伝わせてもらうよ。衣が悲しむ姿は見たくないからね」

 

「ありがとうっす。変態さんも」

 

「はじめ」

 

「変態さんも京さんが好きになったら言ってくださいね?」

 

「……了解したよ」

 

「それじゃあ、私たちも行きましょうか。京さーん! 今なら私も食べごろっすよー!」

 

 周囲に認知されない桃子は誤解されかねない発言をしながら、京太郎の元へ歩いていく。

 

「……やっぱり東横さんにだけは変態って言われるのは遺憾だね」

 

 そんな彼女の姿を見ながら、半裸の一は肩をすくめた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 神代家と言えば、全国でも有名な神道の家系にある。

 

 霧島神境には数多くの来客があり、今も衰えることはない。

 

 神代小蒔は霧島神境の主として、次世代を担う者だ。

 

 そんな彼女は大切に、それはもう大切に育てられてきた。

 

 だから、彼女は社会を知らない。

 

 もちろん学校には通っているが、そばには六女仙という仕える者がいるし、神代の息もかかっている。

 

 可愛がられている彼女が恋をしていると聞けば、神代家が動かないはずがなかった。

 

 すぐに相手を特定し、神代家に取り込もうとする。

 

 そのためにはどんな手段も惜しまない。

 

 公園で調査をしていた黒服たちもその一環だ。

 

「ふふっ。霞ちゃんはそろそろでしょうか」

 

 先ほど連絡を受けた小蒔は落ち着かない様子で、部屋を右往左往していた。

 

『京太郎さんの未来が書かれた手紙が手に入った』

 

 そう電話越しに伝えられた時は嬉しさのあまり、変な声を出してしまったほどだ。

 

 そこにどれだけの情報量が詰め込まれているかまではわからないが、間違いなく恋愛合戦の中から頭一つ抜け出せるだろう。

 

 それが他のメンバーにとっては致命傷になるかもしれない。

 

 さらに小蒔には『HappyEnd』までの道のりが記された巻物もある。

 

「もう負ける要素が見当たりませんっ!」

 

 興奮気味に小蒔はガッツポーズをする。

 

 頭のなかで広がっていく妄想。

 

『おかえりなさい、あなた。ご飯にします? お風呂にします? それとも……こ・ま・き?』

『もちろん、小蒔さ! ハハハ!』

『きゃー』

 

「……も、もちろん夫婦になるのですから、こういうこともありえますよね」

 

 その後のことも想像して、小蒔は顔をどんどん赤らめていく。

 

「ふふ……ふふふ……」

 

 ようこそ、素晴らしき結婚生活。さようなら、片思いの日々。

 

 間違いなく、この全国大会中に京太郎を自分に惚れさせる。

 

「完璧です……!」

 

 そうして自信に満ち溢れた彼女の元を訪れる者がいた。

 

 コンコンとノックしてから、小蒔とは対照的に沈んだ表情を浮かべた石戸霞は入り口をくぐる。

 

「霞ちゃん!」

 

 石戸霞。

 

 六女仙の中で最年長で、小蒔にとってはお姉さんのような存在で、恋愛の師匠だ。

 

 小蒔の持つ巻物も霞から譲り受けたものである。

 

 幼少の時から京太郎のことを知ってる霞は小蒔にとって、とても頼りになる人物だった。

 

 そんな姉貴分が手に持っているのはクシャクシャになった一枚(・・)の手紙。

 

「か、霞ちゃん。それが例の……」

 

「……ええ。京太郎さんの未来からの手紙よ」

 

「本当に手に入ったんですね! 霞ちゃん! 大好きです!」

 

 小蒔は満面の笑みで、霞の豊満な胸へと飛びつく。

 

 ぎゅーっと力いっぱいに親愛を表現すると、霞から手紙を受け取った。

 

「こ、これが……京お兄ちゃんの……」

 

「……それじゃあ、私は部屋に戻っているわね」

 

「はい! 本当にありがとうございます、霞ちゃん!」

 

 そう言って霞は部屋を出る。

 

 手紙に夢中な小蒔は気づかない。

 

 彼女の足どりがフラフラとおぼつかないものだったことに。

 

「………………」

 

 そのまま虚ろな表情で、霞はあてがわれた自室へと戻っていく。

 

 部屋へ入ると、壁にもたれかかり、力なくずるずると座り込んだ。

 

 たたんだ両膝を抱いて、照明を見上げると、弱弱しく名前をつぶやく。

 

「……京太郎くん……」

 

 胸元から取り出した一枚の紙。

 

 それは京太郎の封筒に入ってあった二通目の手紙。

 

 京太郎しか中身を知らないはずの手紙。

 

 霞はそこに書かれてある自分と京太郎の未来を読んで、泣き声を漏らす。

 

「話したいです……あなた……」

 

 そこには間違いなく、悲恋に涙を流す少女の姿があった。

 

 




次回は冬コミが終わってからになると思います。
来年の夏コミには参加せずに、更新に専念したいと思いますので、よろしくお願いします。

あと先日、『捨てられた勇者は魔王となりて死に戻る』が発売されました。
作者、私です。名前は悠島蘭だけど。

よろしければ、ぜひ手に取ってください。
よろしくお願いします。


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