俺の青春がスポコンになるなんて間違っている。 (nowson)
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第1章 きっかけ
プロローグ


プロローグです

申し訳ありませんがまだスポーツ要素が絡まないっす。


壁(かべ、wall)とは、家の四方を囲うもの、または室と室の隔てとなるもの。建物の仕切りとなる平板状の部分。

 

 

 

 

壁、人間が生活する上で日常的に存在するである壁。

 

それは部屋と部屋の隔たりであったり、雨風から家を守る壁であったり、家と家をを遮る壁でもある。

衣食住の住において壁は無くてはならないものであり、人は壁によって守られてきたと言っても良い。

 

 

だが、壁は守ると同時に大きな障害となる。

 

歴史で見ても、万里の長城など攻める相手からみた場合はその壮大さに攻めあぐね。

ベルリンの壁による格差は崩壊した今もなお、根強く残る。

 

またある者は人生をかけて己の肉体を鍛え抜き、戦いの場に挑み……そそりたつ壁によって阻まれ涙した。

 

 

このように壁は守ると同時に人を遮る障害となる。

 

それは人間社会においても例外ではない。

資本主義である以上勝ち組負け組は存在し、そこには見えない差別の壁が存在する。

 

ボッチとリア充

 

イケメンとブサメン

 

結婚できる者できない者

 

 

 

人間は産まれ出たその時、既に壁によって囲われていると言ってもいい。

 

持たざる者はその壁を壊すことさえままならずただ壁の向こう側を眺めることしか出来ない。

 

 

結論

世の中のリア充死ねばいいのに。

 

 

2年F組 比企谷 八幡

 

 

 

 

 

 

 

 

「……比企谷、このレポートはなんだ?」

 

「み、身近にあるのもを題材に…との事でしたので壁をテーマにしました」

 

「そう言う事ではない!お前は私にケンカを売ってるのか!?そうなんだな比企谷!?この文章だと結婚できないのは生まれつきと解釈するぞ!!」

ワナワナと体を震わせる。

 

 

「えっ?だって先生美人で仕事出来るのに結婚出来ないからてっきり……」

 

「衝撃のファーストブリット!!」

 

「グハァ!!」

言い終わる前に繰り出される正拳突き。

 

 

捻りを加えた拳が的確に鳩尾をえぐる。

鍛えている人でもかなり痛いのに、内臓の締め方や力の逃がし方の分からない八幡にとってその威力は万聖竜王拳(鉄拳のポールの技)を喰らったようなもの,当然吹っ飛ばされHPゲージを減らされる。

 

これでダッシュされて体当たりや踏みつけ食らったらKOである。

 

 

 

「誰が私の話だと言ったぁぁぁぁ!!!断定するんじゃない!!」

静の目にはうっすらと涙

 

 

「す、すみません……まさかそこまで気にしているとは先生に対して不謹慎でした」

 

 

 

「そんな風にあやまるな、余計惨めになる……」

 

(……どうしろと?)

 

 

 

「前半部分を見た限りようやくまともになったと思ったらこれだ……書き直せ!」

 

某ストリートファイターのようにピヨりながら起き上がり原稿を受けとる。

 

 

「とりあえず最後の部分は認められん、まともに書け」

 

 

「はい」

ミスターサ○ケの部分は書き直さなくて良いのだろうか……。

 

 

 

「と言うか比企谷、奉仕部での活動はお前に何ももたらしてないのか?」

 

 

「自分みたいな奴と女子じゃ壁がありますので……」

事実、修学旅行の件以来奉仕部内の空気はかなり悪く見えない壁があるとも言える。

 

 

「……分かった、とりあえず来週までに書き直して来い。」

うっすら目を閉じ何かを察したように息を少し吐いた

 

 

「うす、失礼します。」

出入口の前で一礼をし後にする。

 

 

 

 

 

 

 

生徒が出ていった事を確認しタバコに口に加え息を吸いながら火をつけ一息。

続けて肺に煙を入れ少し溜めてから吐き出す。

 

 

「さて、どうしたものかな……。」

 

課題のレポートを出汁に八幡を呼び出してみたものの状態はよろしくない。

 

八幡が壁と比喩したように、修学旅行以来、奉仕部内の空気は恐ろしく悪い。

矛盾とも言える2つの依頼、八幡は自己犠牲により解決ではなく解消させた。

 

結果、依頼は解消されたものの人間関係にしこりが残った。

 

第三者が介入し場を取りなそうとしても色恋沙汰が入ってくるとそれも出来ない。

何故なら人が動く上で一番重要な感情が強く出てくるからだ。

 

ましてや雪乃と結衣は感情のコントロールが得意な方ではなく、八幡もコントロールというより諦めから感情を抑える癖がある。

 

そんな状態で話し合いさせても、雪乃が一方的に否定し、結衣が両者に挟まれオロオロし、八幡が感情を圧し殺すだけなのが目に見えている。

 

なにより直接手出しするのは静の方針に反する。

 

人は自分で考え学び、覚え経験するもの。その考える段階を放棄させるやり方はよろしくない。

 

あくまで主役は生徒であり、先生の役目は手助けであり道をそれないように補助し必要とあらば責任を追う事なのだ。

 

 

とは言え現状は手出し以外の手札が無い。

 

 

「せめて距離をとって見つめ直せればいいが……今はそれすらも危うい」

何せ元ボッチが二人だ、距離をとったらそのままサヨウナラと成りかねない。

 

 

 

「何か良い手、せめてキッカケがあれば……」

 

放課後の生徒指導室で一人、静は悩んでいた。




初めて書きましたが、文章考えるって難しい……

作家さん達並びに材木座、素直に尊敬します。


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比企谷八幡は壁と共に

原作に無理矢理スポーツ要素入れようとしているので、ありえない設定や矛盾が多々入るかと思いますがご了承下さい。


テニスの壁打ち、バレーの壁パス、野球の壁当て等、スポーツにおいて壁を使った練習はよくあり、特に球技においてはかなりの確率で壁を使った練習がある「俺は野球を一人でやった事がある」という八幡にとって壁は練習相手であり、パートナーでもあり友達であった。

 

そんな彼にとって壁と共にスポーツをするのは必然とも言え、体育の時間にクラスの皆が二人一組でパスをしている中、八幡はマイフレンドである壁とバレーボールを楽しんでいた。

 

壁打ちと壁パスはおそらく経験者なら誰しも経験したことがあるだろう、特にバレーにおける壁パスができないようであれば試合でラリーを続けるなんて夢のまた夢だ

まずは壁に近づいた状態でトスを続け、簡単なようなら距離をあけレシーブを混ぜた本格的な壁パスをする。

 

幼い頃から壁とともに歩んできた八幡にとって距離をあけた程度の壁パスなど造作もなく、時に適当な回転を入れクッションの方向を変えたりわざと威力を弱めてレシーブで拾い動きの幅を広げ、さらにはスパイク練習である壁打ちをも取り入れたハードかつ高レベルな壁パス&壁打ちをミスすることなく続けていた。

 

これが同じクラスの葉山なら「隼人君まじやべーわ!!」となるところだが、そこはステルスヒッキーの通り名を持つ彼だ、もはや背景の一部として溶け込んでいた。

彼のやってるすごさに気づく者は、彼をよく知る人物かそのスポーツの経験者くらいだろう。

現にバレー部の男子や戸塚に葉山は相手とパスをしながら壁とバレーを楽しむ彼に視線が向かう。

 

(素人の動きじゃない!何者だよあいつ……)

 

 

(やっぱり八幡はすごいなぁ!)

 

 

(主役になれる力を持っていながら……君ってやつは!)

 

 

 

 

 

 

「はい集合!!!」

体育教師である厚木の掛け声がかかり生徒はパスを中断し出席番号順に整列する。

 

「今日の体育は、まずチーム決めを行う!とはいえ好きな者同士で組めば戦力がバラバラになり兼ねん、ある程度バラつくなら仕方ないがあからさまだとゲームにならん、そこで基本の直上トスをして長く続いた順番に並んでもらう、そこからわしが振り分ける、とりあえず……七沢!お前バレー部だろ、一回皆に手本を見せてみろ」

 

「はい!」

七沢と呼ばれた生徒はボールを頭上に放り、両手の指でソフトにあて高くトスを上げる

 

 

 

……1、2、3

 

 

 

綺麗に一定の高さでその場から動かずトスを上げカウントを重ねる。

 

 

 

……8、9、10

 

 

 

10回目を超えたあたりでトスを低く前に出しレシーブし胸元に寄せキャッチする。

 

終わりと同時に葉山が拍手し、それにつられるように拍手を皆が拍手する、こういうのをさりげなくできるあたりが誰からも好かれる理由なのだろう。

 

普段注目されることに慣れていない七沢は軽くハニカミ、照れながらボールをいじる。

 

 

 

 

 

 

「じゃあわしの笛が鳴ったら合図じゃ準備はいいか?」

 

 

 

 

「ヒキタニ君」

出席番号の近い葉山が八幡に声をかける

 

「なんだよ?」

 

「君にだけは負けないよ」

 

「……勝手にしろ」

 

 

 

 

 

ピィィィ!!!

笛の音とともに皆一斉に開始する。

 

「立った場所から動かんようにの!」

 

 

 

 

「アッ!」 「しまった!」 「やべっ!」

 

 

 

 

開始して10球もしないうちに半数以上が脱落する。

 

バレー部の七沢のような直上トスを意識して高く上げた物の当然落下点にうまく入らずミスをしてしまう者がかなり出る。

10球超えた時点で残ったのは七沢、葉山、比企谷の三人のみ。

 

 

 

……20、21、22

 

脱落した者は順番に並び三人のトスを眺める。

 

三人ともミスもなく綺麗にトスを上げ続ける。

 

 

 

 

   ざわ……。   ざわ……。

 

 

 

「おい、ヒキタニが残ってるぞ……」

 

「てかあいつ普通にうまいじゃん」

 

「ヒキタニ君パネェわ」

 

「てか俺あいつに負けたのかよ‥‥」

 

 

 

葉山と七沢が残るのは想定内にしても八幡が残るのは誰も予想していなかったのだろう、体育館は異様な空気に包まれていた。

 

 

 

ピィィィ!!!

厚木の笛の合図で3人が止まる。

 

「残ったのはお前ら3人だけだから、お前らを中心にチーム分けするからな」

厚木はそう言うと脱落組から適当に振り分ける。

 

 

比企谷のチームに戸塚に戸部とモブ達

葉山のチームには大岡とモブ達

七沢のチームにはモブばかり

このようなチーム分けになった

 

 

「やった!八幡のチームだ!よろしくね!」

戸塚は男じゃなきゃ惚れてしまいそうな笑顔で八幡に近づく。

 

「おう、よろしくな戸塚(惚れてまうやろー!!)」

 

 

「ヒキタニ君ヨロシクゥ!」

 

 

「……よろしく」

 

 

「何か態度ちがくない!?」

 

 

 

「気のせいだ……。それより残念だったな葉山と組めなくて」

 

 

「まあ、そればかりは仕方ないっしょ!」

戸部は葉山のチームに目を向ける。

 

 

 

「それに恋のライバルと同じチームで切磋琢磨も悪くねぇし」

チャラい笑顔を八幡に向ける

 

「あ、ああ‥‥」

八幡は戸部に対し一種の罪悪感がよみがえった。戸部の海老名に対する想いはチャラいなりに本気だった。

 

依頼だったとはいえ腹を括って告白しようとした所を邪魔した事は事実だ、戸部は告白を阻止してほしいという依頼を知るはずもなく八幡に先を越された形であることに変わりはない。

 

間違ってもあれは嘘の告白だから気にするなとは言えない。

 

 

「負けないからねヒキタニ君」

 

「ああ。」

戸部のセリフに対しそう答えるしかなかった。




一応次は葉山チーム対八幡チームを書こうと思います


かなり読みにくい文章になるかもしれませんのでご注意を。



にしても、文章考えたり構成したりするって難しい…


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やはり比企谷八幡の活躍は目立たない

オリキャラが出ます、苦手な方はご注意を。




※オリキャラ
七沢 宗
中学からバレーをしているバレー部キャプテン
バレー得意以外のスペックは平均値

その為葉山がいる2年F組ではそこまで目立たない


バレーボール

日本の体育においては協調性を養うスポーツとして扱われ、体育や球技大会などで体験した人も多いはず。

総武高校の体育においてもそれは例外ではなく、体育館では今まさにバレーが行われていた。

 

「ドンマイ!ドンマイ!次で決めよう。」

協調性という言葉が大好きそうな少年葉山隼人の声が体育館に響く。

 

「おう!」

「まかせろ隼人君!」

葉山を掛け声にチームが答える。

 

 

ミスした時は励まし、成功した時は褒める、チームの輪を何よりも尊ぶ彼らしいチームのまとめ方。

チームの皆も憧れの葉山君に声をかけられた為か「(葉山君に褒められた)」「(葉山君がフォローしてくれた)」と気持ちに張りが出てチームが一丸となっていた。

 

 

「皆の力を一つにするぞ!!!」

「オウ!!!」

かなりくさいセリフなのだが、葉山がやる為か絵になり、皆も自然とそれに乗る。

 

 

 

 

 

 

 

……対する相手チーム

 

 

 

 

 

「ナイスサーブだ戸塚!」

そんな相手に目も触れず協調性という言葉などどうでもよさげな比企谷八幡が戸塚にのみ声をかける。

 

「えへへ」

試合で動いた為か、または八幡に褒められた為か頬を赤らめ照れる戸塚。

 

比企谷チーム(((((と、とつかわいい!!)))))

 

 

「てめぇら!戸塚の為にも絶対勝つぞ!!」

 

「おう!!」

八幡の檄に威勢よく返答するチーム、普段なら「何でヒキタニの言う事なんか聞かなきゃならないんだよ?」となる所だが。戸塚のオートスキル“天使の微笑み”によりこちらもある意味チーム一丸となっていた。

 

 

 

「チーム戸塚!ファイ!!!」

「「「「「オーッ!!!!」」」」」

円陣を組み気合いを入れる、もはやある意味ドルオタである(チーム名変わってるし)。

 

「あ、あはは……」

戸塚は自分のチームメイト達を苦笑いで見るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

現在の点数は

葉山チーム21-23戸塚(比企谷)チーム

 

 

葉山チーム圧勝の予想が大半だったのに対して試合は大接戦、それどころか八幡のチームが押していた。

 

 

団体競技において個の力以外に重要になってくるのはチーム一人ひとりの平均値、周りが一定の水準に達していないと個の力の効果は当然低くなる。

 

 

バスケ界で、某ゴリラなキャプテンも仲間に恵まれず埋もれていたが、最終年でようやく最高の仲間とともに素質が開花したのは有名な話。

 

野球で例えると、いくら良いピッチャーがいたとしてもそれをとれるレベルのキャッチャーがいなければ力は発揮できない、バレーボールも同じでいくら優秀なレシーバーがいてもトスを上げる人がうまくなければスパイクの打点がズレまともに打てず決定率が落ちる。

 

 

葉山チームの場合、葉山隼人がその持って生まれたフィジカル(身体能力)と運動神経によりアタッカーとしての能力はあるものの、周りがスパイクに繋がなくては意味もない、打ちにくいトスに対し中途半端なスパイクになるのがオチだ。

 

またチーム内の空気は「葉山に繋げれば」「それでも葉山なら何とかしてくれる」という一種の信仰とも言える状態だった、勝つためにではなく葉山のためにプレイしている印象だ。

 

その為、無理にカット、トス、スパイクの形に持っていこうとするため不用意なミスも多い。

 

 

 

対して八幡は試合に入る前に作戦を立てていた。

 

普段の彼なら怠い、負けてもいいから適当に流そう、だっただろうが今回は戸塚と一緒、負けられなかった。

(というかチーム決めもそうだが好きな子に良いところを見せようとする男子のアレな心理状態の為、八幡の頭からは負けという選択肢が消えていた)

 

 

「俺から出す作戦はトスやレシーブで綺麗にとろうとするな、だ」

 

「えっ?綺麗にとっちゃダメなの?」

戸塚から疑問の声が上がる

 

「もちろん綺麗にとることは悪い事じゃない、が経験者でもない限りそう上手くはいかない。さっきパス練習した時もそんなにラリーがつづかなかっただろ?」

 

「それはそうだけど、レシーブとかちゃんと取らないと試合にならないべ?」

 

「別に取るなって言ってるわけじゃない、ボールを高く上げる、後ろに逸らさない、最悪1回で相手コートに返ってもいい、それだけだ」

 

「それじゃあ相手のチャンスになるだろ」

モブからも当然反対の声が上がる

 

「そりゃ相手が6人とも葉山や七沢みたいな奴だったらチャンスだろうが、今回は葉山以外どんぐりだ…こっちがちゃんとコートに返してればそのうち相手が勝手に自滅する」

 

「でも、ほんとにうまくいくのか?」

クラスにおいて信頼のない八幡の言うことだけあって当然のようにモブは半信半疑になる

 

 

 

 

「……あの」

戸塚はモブ達に声をかける

 

 

「僕は八幡の作戦に従うよ」

 

「……えっ?」

 

「じゃあ俺もヒキタニ君に従うべ」

 

「ええ!?」

普段から八幡と仲良くしてる戸塚ならともかく、戸部が言った事にモブから驚愕の声が上がる。

 

「……まあ、二人が言うなら従うよ」

仮にも戸部はカースト上位、葉山の腰ぎんちゃくでも何気に発言力はある。

 

「よろしくたのむ」

 

 

そんなやり取りがあったが、いざ試合が始まるとこの作戦が功を奏した。

 

確かに葉山のプレーには目を見張るものがあった。

サーブはアンダーではなくフローター、レシーブやトスも素人とは思えないレベルでこなし、適当に上がったトスも何とか繋げ相手コートに返す。事実、チーム得点のほとんどは葉山だ。

 

だが、打ち返されたボールも八幡のチームはミスを最小限に抑えなんとか拾うことができていた。捕るのが難しい位置にとんだボールはカットが無理だとしても、自分のとれる範囲にきたボールは不恰好ながら上げていた。また、後ろに逸らさないように高く上げることで前に飛ばなくても他のメンバーがカバーすることができチームプレイとしても機能した。

 

経験者が集う部活動の試合と違い、球技大会や体育の試合では極端な場合を除き、緩やかな放物線のアンダーサーブでもサービスエース(サーブで決め点数を取る事)が決まることが多い。つまり自チームにとってチャンスボールのはずがピンチになるパターンが多いのだ。

 

ミスをカバーしあう八幡のチームに対して葉山のチームは彼のワンマン、葉山の力を生かすことができない分、八幡のチームが上だった。

 

何より八幡が得意の観察眼でコート全体を見渡しチームを上手に動かし、相手から返ったボールに対し誰が捕るか即座に指示をだし、常にカバーすることを頭に入れながらのプレー。相手コートに返す際、相手の嫌がりそうな場所、レシーブだと地味に取りずらい回転を加えて返す。

 

いわゆる司令塔として、根暗な黒子役としてコートを支配していた。

 

 

 

 

 

 

ピィィィー

審判の笛が鳴り試合再開。

 

 

先ほどサービスエースを決めた戸塚のサーブからスタートだ。

 

「えい!」

テニス仕込みの綺麗なフォームから繰り出されるフローターサーブ。ボールにしっかりとミートしたサーブは、戸塚の華奢な見た目と違い力の乗った力強い低い弾道を描き、かなりの速さで相手コートに向かう。

 

正直、素人相手には魔球みたいなものだ。

これが普通の素人なら正しい打点でレシーブすることができず後ろや横に逸らすだろう……が前衛の葉山が持ち前の運動神経で反応しジャンプし後衛に行くはずだったサーブを無理矢理オーバーハンドで止める。

 

 

「大岡!頼む」

 

「任せろ!」

指示を受けた大岡が葉山に向けてトスを上げる。

 

綺麗な放物線が葉山のいるライト方向、アタッカーが最も打ちやすい絶好のオープンが上がってしまう。

 

「もらった!!」

ライトの位置から3段の助走をつけて葉山が跳ぶ。

 

 

「行かせないっしょ!隼人君!」

「うおーーーーー!!」

「ッアーーーーー!!」

ボールは葉山が来ると予測していた3人が一斉にブロック。

 

 

 

 

(もらった!)ニヤッ

 

 

 

バスッ!

 

 

 

振り抜いたと思われるスパイクの音ではない打音が静かに鳴り、ボールがふんわりとブロックの手を避けて相手のコートに向かう。

 

 

「うまい!」

バレー部の為審判をやらされている七沢がつぶやく。

 

 

「あっ!!」

咄嗟の事でレフトの後衛にいた戸塚やモブは反応できない。

 

 

ブロックに入った3人が着地してからでは当然間に合わない。

 

 

コート場にいた全員が虚を突かれた……。

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

ザーッ!!

筋肉番付のショットガンタッチのごとく低い位置から飛び込む一つの影。

 

 

 

 

 

パスッ!!

 

 

あーーーっと!!小指が触れているー!!!

 

 

 

 

……じゃなく手でしっかりと受け、ボールは再びコートに舞う。

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ比企谷がそこにいる!!!???」

珍しく葉山が声を荒げる。

 

 

 

 

 

「おおおおおおおお!!!!!!!!」

 

 

「ヒキタニすげー!!!!!」

 

 

 

 

体育ではめったに見ることの出来ないプレーに見ていた生徒から歓声が上がる。

 

 

 

 

 

 

「戸塚!頼む!!!」

 

 

「うん!!!」

八幡がなんとか上げた低いボールを戸塚は高く上げる。

 

「戸部!!!」

 

「おうよ!!!」

 

 

ミスがないよう丁寧に相手コートにボールを飛ばす、葉山チームのモブは先ほどのプレイで取り乱しているのか後ろにそらし、カバーに入ったモブもフォローできない方向に飛ばしてしまう。

 

 

ピィィィー

七沢の笛(笛は厚木先生のを使用)が鳴り八幡チームに点が入る。

 

 

葉山チーム21-24比企谷チーム

 

比企谷チームのマッチポイント。

 

 

 

 

「すげぇよヒキタニ君!!」

 

「いや、戸塚がうまくカバーしてくれたおかげだ」

 

「そ、そんなことないよ」

 

「てか、もしかすると俺たち葉山君達に勝てるんじゃないか?」

 

「ああ!あと1点だし」

 

「油断すんな、連続で点取られてデュースにもつれたら勢いで持ってかれるかもしれない」

 

「うっ……」

 

「もう八幡!士気下げること言っちゃだめだよ」

 

「…まあ、要は油断しなきゃ勝てるってことだ、これで決めるぞ!」

 

「おう!!」

 

 

 

 

(まずいな……)

葉山の顔から笑みが消える。

戸塚のサーブをカットし22-23に持ち込みサーブ権はこっちに。ローテーションで自分が後衛に行くものの、サーブを打つのは自分。

強めのサーブやドライブサーブで八幡以外を狙えば同点どころか逆転、さらにはマッチポイントを制し自分のチームの勝利。これが彼の描いていた終盤のシナリオだった。

 

ところが先ほどの八幡のプレーに阻止され、サーブ権は未だ相手でサーブが得意な戸塚。

 

幸いまだピンポイントで狙える技術ではないものの、前衛である自分のところに来る可能性は低い。

 

 

(だが、勝負はまだ終わってない、最後まであきらめない!!)

 

 

「みんな!!最後まであきらめるな!!!」

葉山が檄を飛ばしチームを盛り上げる。

 

 

 

「おう!!!」

 

 

 

ピィィィー

 

 

 

(頼む、俺に来い)

 

 

 

 

「えいっ!!」   

 

 

バシッ!!

 

 

低い弾道のサーブがネットにかかる……。

 

 

 

ネットに弾かれたボールは再び宙を舞い。

 

 

 

「入れ!!!」

「入るな!!!」

 

ダン

 

ダンダンダン……。

 

 

ボールの行方は葉山チームにとっては無情の、比企谷チームにとっては勝利を迎えるものとなった。

 

 

ピィィィィ!!

七沢の笛が試合終了を告げる。

 

 

 

 

「おいおいおい!ヒキタニのチームが勝っちまったぞ!」

 

 

「葉山君が負けた!!!」

 

 

 

ざわ……  ざわ……

 

 

体育館が騒然となる。

 

 

 

「マジかよ!まさか隼人君に勝てるなんて」

普段から部活を含め葉山と一緒にいる戸部だが、内心は自分を葉山の下に無意識においていた。

そんな彼にとって葉山に勝つ機会は初めてであり喜びと戸惑いが混ざった今までにない高揚感が押し寄せる。

 

 

「おい!おい!おい!俺たちマジで勝ったよ!」

 

「やったね!八幡!!」

 

「おう!戸塚のおかげだ!!」

 

 

皆で勝利を喜ぶ。

 

葉山がヒキタニに負けた。

影響力の強い彼に勝った事でこの事実はまたたくまに広がる。

 

 

……はずだったが

 

 

「勝った比企谷チームはそのまま残れ、葉山チームは七沢チームと交代だ。」

葉山チームと七沢チームが入れ替わる。

 

 

「バレー上手いんだなヒキタニ」

 

「いや、そんなことねえよ」

 

「油断したら負けそうだから本気で行くね(笑)」

 

「イヤ!こんなボッチに対して大人げないだろバレー部!」

 

「負けたら、俺のバレー部としてのなけなしのプライドが無くなるからな」

 

 

 

結果

 

比企谷チーム19-25七沢チーム

 

善戦はしたものの、比企谷チームが敗れた。

いくらチームプレイをしたところで、バレー部が本気でサーブすれば素人がカットできるはずがない。

 

鋭い回転や球速の速い無回転、ネットすれすれのサーブ等を駆使、更に用心を重ね八幡を見事に狙わず相手コートに落とす。

それだけで14点

 

しかも七沢はアタッカーとしてではなくリベロ(レシーブやトス、カットの専門家)やセッターのような役割に徹し味方のミスも拾いまくるため中々崩れない。

 

何とかじわじわ点差を縮めた所で再び七沢にサーブ権が移りジエンド。

 

 

そこには先ほどの試合にあった歓声はなく。

 

 

(七沢、大人げなさすぎだろ……)

という空気しかなかった。

 

 

続く葉山チームに対しても同じ試合運びにより。

 

七沢チーム25-14葉山チーム

 

その結果

 

 

「葉山がヒキタニに負けた」という噂より「葉山がバレー部にバレーで負けた」という話が広がり、何それ?当たり前じゃんな状態になり、比企谷は活躍しても報われない知る人ぞ知る伝説が更新されたという……。




本当は八幡に無双させようかと思ったのですが、書いてる途中で、こんなの八幡じゃない!!
となってしまい、かといって葉山が無双するのもしゃくだったのでオリキャラの性格変えて無双させてしまいました?

オリキャラ苦手な方ごめんなさい。


次の更新は未定ですが、奉仕部との絡みを入れようと思います。



文才かなり低いですが何とかよろしくです。


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ー閑話ー 本物がくれる癒し。

どうも、前回のあとがきで今回は奉仕部について書こうとしたのですが、冒頭のはずのマッカン話が少々長くなってしまったので、今回はマッカンと八幡の話で次から奉仕部含めた話にしたいと思います。

※本編にあまり関係ないため閑話にしました。




マックス缶コーヒー

 

通称マッカン

 

言わずと知れた「甘すぎるコーヒー」という言葉が似合う千葉発祥の缶コーヒー。

かつて甘いコーヒーとして人気を二分したカネボウのベルミーコーヒー無き今、その地位を不動の物としている。

 

このマックスコーヒーという飲み物は実に興味深く面白い。

外観は黄色い缶の色に茶色の文字、こるれぞマッカン!!という独特なデザインだ。

缶のサイズは業界用語でM缶(250ml)であり、缶コーヒーの多数がS缶(190ml)という規格が多い中、M缶というのは非常にお得感がありその独特な味わいの他に、コスパの面でも非常にそそられる。

※ちなみに350mlはA缶、500mlはJ缶と呼ぶ。

 

 

 

 

 

このマックス缶コーヒーを実際に飲んでみるとどうだろう?

 

 

 

 

マッカンを手に取る、小さすぎず大きすぎず手に馴染むM缶……素晴らしい。

 

右手に持ったマックス缶コーヒー、プルタブを顔の方に向ける、ここでプルタブを開けるその前に注目してほしいものがある。

人は手に持って物を見る時手はどういった姿勢になっているかお分かりだろうか?

 

ちょうど手のひらの部分と顔が対面する、これを念頭に置いてマッカンを持って欲しい。

何と!プルタブを顔の方に向けて持った場合、原材料名や栄養成分表示がちょうど手のひらの部分で見れるようになっているのだ。

 

さらに缶を良く見てみると下部分にやや控えめなサイズながらも目につくような赤い枠で「軽く振り、少し待ってから、あけてください」

 

洗練されたデザインの中で出しゃばる事無く、それでいて気付いていただけるよう、考えつくされた注意書き、お客様に少しでもおいしく飲んでいいただきたい心使い、日本のまごごろである「お・も・て・な・し」をかんじることができる……感動した!!!

 

テレビのサプリメントのCMで大画面の片隅で小さく“※個人の感想であり、効果には個人差があります”とか書いてる奴らも見習って頂きたい。

 

 

でもそれでは左利きの人は無視で生まれながらにしてマイノリティ、つまり少数派をないがいろにしている!!と思うだろう。

 

 

今度は左手に持ち同じようにしてみてほしい。

するとどうだろう、洗練された黄色と茶色のコントラストでこれでもかと言わんばかりに。

 

 

 

MAX COFFEE

 

 

 

 

限りある缶の面積の中で左利きの方にもせめて目で楽しんでいただく為の配慮、人の和を尊ぶその心使いに甘さと共に人の心を包み込む暖かさを感じる。

 

 

目で楽しんだ後はいよいよ味わう時だ。

プルタブに指を掛けプシュッと小気味いい音を鳴らし飲み口をあける。

個の考えにもよるだろうが私個人の意見を言わせて頂くと、珈琲は焙煎30日 挽いて3日 淹れて30分

というのが珈琲を美味しくいただく3原則だと思っている。

 

缶コーヒーというのは淹れて一番おいしい状態をそのまま保存していると言っても良い。

したがってあけた時点が一番薫りが立ち旨い、特にコーヒーは数十種類にもなる香りの成分の集合体でありその薫りによって味わいに深みや広がりを持つ、つまり薫りを味わう事無くして珈琲を味わうことができないのだ。

 

ワインの香りを楽しんでから飲むように、珈琲もまずは口をつける前に薫りを楽しんで欲しい。

 

以上の点を踏まえて、開けたてのマックス缶コーヒーの薫りを嗅ぐ。

 

豆自体はマンデリンのような重厚さやブルーマウンテンの完成度のような上質さはないものの、今まで飲んだ缶コーヒーのような、いつも通りのホッとする安心感

そしてそれらをやさしく包み込む練乳の優しい香りに思わず頬が綻ぶ。

 

いよいよ飲む番だ。

口に含んだ瞬間口に広がる強烈な甘味、だがその後に続くコーヒーの薫りは一般的なコーヒー牛乳とは違いはっきりとした味わい、まさにコーヒーの名に恥じることのない出来栄えだ。

 

恐らく、このマッカンを楽しむ人間は、ただ甘さを楽しむ為に飲んでいるのではない。

甘いだけならコーヒー牛乳でもいい、それどころかコーヒー牛乳の方がコスパにも優れる。

 

 

それでもマッカンを飲む理由……。

 

それは甘さの質だろう。

まずは栄養成分表示に注目していただきたい。

 

缶のラベルにはこう表示されている。

 

 

100gあたりの表示に対し。

エネルギー48kcal、タンパク質0.6g、脂質0.7g、炭水化物9.8g、ナトリウム32mg

 

これを見た人は。

 

 

炭水化物多すぎだろ!

 

どんだけ砂糖入ってんだよ!

 

こう思うだろう、しかしこれは大きな間違いである。

 

 

一般的に清涼飲料水は嗜好性を高めるため、かなりの量の糖分を有している。

角砂糖1個5gと仮定した場合、マッカンは100gあたり2個1本250mlに対しておよそ5個入ってる計算になる。

 

では他の清涼飲料水に含まれる糖分はどうか?マッカンの250mlにして計算する。

ファンタオレンジ 100g当たり3個   250ml当たり7.5個

コカ・コーラ   100g当たり2.8個  250ml当たり7個

オロナミンC   120ml  10個   250ml当たり20個  

TBCグレープフルーツ         240ml当たり7個 

 

ジョージア・エメラルド 190ml 3個     250ml 4個

 

大まかな計算だがこうなる。

 

見てお分かりだろうが「甘すぎる!ごくごく飲めない」と言われるマッカンは他の清涼飲料水と比べ糖分自体は決して多くない、それどころか同じジョージアと比べても1個しか違わない。

 

だが、実際に飲み比べるとその差は1個以上に感じる。

 

では、何故そこまで甘さを感じることができるのか?

 

マッカンの原材料名を見ていただきたい。原材料名は多く含まれている順番に表示される。

清涼飲料水など大抵最初に果糖ブドウ糖液などくるはず

マッカンの場合はどうだろうか?

 

原材料名

加糖練乳、砂糖、コーヒー、香料、カラメル色素、乳化剤、カゼインNa、安定剤

 

一番最初にくる加糖練乳、これこそがマッカン最大の特徴なのだ。

加糖練乳とは牛乳を濃縮した液体に砂糖などの糖分を加え作られたもの、一般的にイチゴなどにかけて食べるが、マッカンは牛乳やクリームの代わりにそれを入れているのだ。

 

つまり商品製造過程の際。片やコーヒー原液にミルクや牛乳、片やコーヒー原液に練乳。

 

前者はミルクで薄まるが後者はそこまで薄くならず、それでいて練乳の加糖の恩恵を受けることができる、マッカンの最大の特徴はこの練乳なのだ。

 

これによりコーヒーと甘味、どちらも薄まる事無くマッカンは純度の高い甘さを感じることができるコーヒーとなる。

 

つまりコーヒーと甘味それぞれの“本物”を味わうことができる日本が世界に誇れる素晴らしい飲み物なのである。

 

 

 

 

 

そんなマッカンを愛する一人の男が千葉県総武高校にいた。

 

 

 

 

 

いつもの自動販売機、同じリズムで小銭を入れ、同じボタンを押す。

 

それが総武高校における彼の日課であり、楽しみであり、癒しだった。

 

右手に財布を持っているためか左手にマッカンを持つ、プルタブを顔側に寄せふと目に入るMAX COFFEE のロゴ。

世間や青春が彼に欺瞞に満ちた世界をくれるなら、マッカンは彼に本物をくれる存在なのだろう。

 

そのロゴを見つめる目に、いつもの欺瞞が反映した瞳ではなく、本物を前に喜びを感じる年相応の少年の目。

 

プシュッ

 

プルタブを開け香りを楽しみ、それから一口。

いつもの香り、いつもの甘味がのどを過ぎるまで、数秒だが彼に癒しを与え余韻と共に後味を残し消えていく……。

 

「やっぱ疲れてる時はこれだな」

体育で疲れた体にグリコーゲンが染みていく。

 

 

 

 

千葉に生まれてよかった……

 

千葉で育ってよかった……

 

 

 

千葉だからこそマックス缶コーヒーに出会えたから。

 

 

 

 

千葉とマッカンへの感謝と共に彼、比企谷八幡は今日もマッカンを飲み干す。




国語あまり得意ではないので感想、並び誤字訂正非常に助かります。

次の更新は早ければ今週、遅くても来週中には投稿したいと思います。




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やはりスポコンにはライバルが付き物である

お詫び
前回、前々回と奉仕部について書くと言っておきながら書かず申し訳ありません。
実は今回も奉仕部との絡みは書けませんでした。




しかも文章が短めです



何より、俺ガイルSSなのに女キャラの出演は未だ平塚先生のみ

次回こそちゃんと書きますのでどうかご了承ください


総武高校自動販売機置き場

数多くの自動販売機がしのぎを削る場所。

夏場や運動後の生徒、自分好みの飲み物を買いたい生徒にとって多種多様な清涼飲料水が手に入るこの場所はオアシスのような存在である。

 

 

彼、比企谷八幡にとっても例外ではない。

千葉が生んだソウルドリンク“マッカン”をこよなく愛す彼は一日最低一回はここを訪れる。

 

当然のようにマッカンを飲んでいる。

 

そして、残りわずかなマッカンを太陽に向かって傾け飲み干し、ごみ箱に投げ入れた。

 

 

 

 

「少しいいかい比企谷」

マッカンを飲み終えた彼に声をかけるイケメン。

 

 

「……何の用だよ葉山」

 

 

「いや、さっきの試合は完敗だったよ」

八幡のそっけない態度に対してか、試合で負けたことに対してかわからないが、苦笑いを浮かべる。

 

 

「気にすることはないだろ、バレー部にバレーで負けんのは当たり前だ」

葉山の言いたい事を察したものの、あえてはぐらかし答える。

 

 

 

「七沢にはサッカーの授業の時にやり返すから構わないさ(笑)」

葉山は今まで見せたことのないような笑顔を見せる…多分切れてます。

 

そういえば彼はかつて葉山・三浦ペアVS比企谷・由比ヶ浜ペアという運動部&元テニス部VS元帰宅部で文化系ペアという構図で比企谷は崩せないと判断し、迷わず初心者で友達でもある女の子を集中狙いした男だ。

表にはあまり出さないものの、“炎の妖精”並の負けず嫌いであることは大いに想像できる。

 

 

 

 

「相変わらず負けず嫌いだな、テニスで女を集中狙いするくらいだから無理ないが」

リア充の嫌がる顔は蜜の味、八幡は容赦なく口撃する。

 

 

 

「うっ!!それより君だよ、僕のフェイントを拾ったあのプレイはそこに来ると読んでいたのかい?」

痛いとこ突かれた葉山ははぐらかしながら自分の質問に持っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「読んだといえば読んだ」

 

 

 

 

 

 

あのプレイは詳細はこうだ。

 

葉山のライトからのスパイク対してこちらは前衛3人のブロックで後衛三人が守り。

いくら運動神経があっても右利きの選手がライトからストレートで打つのは難しい。

 

一般的に右利きはレフトが打ちやすい、スパイクの時の助走は斜め横向きから入る(助走の距離をとり高さを上げるため)、レフトから打つ場合、飛んで腕を振り打つスパイクでコート上に狙える範囲が広がり、さらに手を振り抜けるのでストレートも非常に打ちやすい。

対してライトからのスパイクはそうはいかない、レフトと同じように斜め横から入るが振りぬく場合どうしてもクロスに近く、ストレートに打つ場合体の角度的に打ちにくいのだ。

最も、レベルが高くなるとそれをフェイクにしワザと逆に打ったりする。

 

葉山の場合さすがにそこまでのレベルに達していない

八幡はこちらのコートに来るならブロックからずれたスパイクかフェイントの二種類に可能性を絞っていたのだ

となると、三枚のブロックでスパイクのコースを消されていた葉山が捕る行動、それはフェイント。

三枚のブロックについた為コートは三人で守っている、更にレフト後衛にいた八幡はかなり広くとっていた、なら比較的狙いやすいライトとセンターの間。

八幡が離れていて届かず、戸塚やモブが対応できないフェイントを打つ、ブロックされるリスクが高い以上こっちの方が可能性が高い、これが葉山の狙いだった。

 

そしてそんな葉山の狙いを読んでいた八幡は、もしフェイントのフォローがしやすい場所に動けば葉山はスパイクを強行するかもしれない、そうなればブロックに当たりフォローできない方向にボールが飛ぶかもしれない。

そこで八幡はあえて自分のポディションで構え、葉山に“フェイント”をさせた。

 

 

結果はボールが来ると分かっていた八幡に拾われ、流れを崩すことができず葉山は負けた。

、とても体育の授業とは思えないレベルでの読み合いだったのだ。

 

気付いていたのは全体を見渡せ、知識と経験もある審判をしていた七沢くらいだろう。

というかこの二人のプレーにより彼のハートに火が付き、後の試合で無双をかますほど本気を出したのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりか……あそこでこの試合に勝ったと思ったんだけどね、悔しいよ」

うつむきながら葉山はつぶやく。

 

 

「まあ、所詮は体育だ気にスンナ」

フォローするつもりはなかったが、社交辞令だけでも言っておく八幡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……でも負けたはずなのに嬉しいかな」

葉山は八幡に視線を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

突然の独白に八幡は目が点になる。

 

 

 

「やっぱり君は俺の超えるべき壁!好敵手(ライバル)だって認識できたから!」

挫折を知らないエリートな彼にとって、自分より上と認識できる人は少ない、さらに性善説の塊のような人間の為誰とも敵対することなく過ごしてきた彼にとって八幡はコンプレックスの対象だけでなく、人として魅力的に映っていた。

 

自分にはない視点を持ち、想像もつかないやり方で物事を解消に導くその手腕、自分と競う事のできるポテンシャル。

 

葉山隼人という“男”が待ち望んでいた“男”が目の前にいるのだ。

 

 

 

 

 

「イヤイヤイヤ!!ボッチとリア充の時点で勝ち負けも糞もないだろ」

 

 

 

「フフフ……とにかく君には負けないよ!俺はいつでも君を見ているからね!」

それじゃ!と手を振り葉山は去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人の話きけよ……」

八幡はしばし呆然としながらその場に立ちすくんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、総武高校自動販売機置き場で出血多量で倒れた一人の女子生徒が発見された。

 

おびただしい量の出血にもかかわらず、悔いなく人生を全うしたような安らかな顔だったという。

 

そんな現場に残されたダイイングメッセージのような文字。

 

それにはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

“はやはち”と……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ごめんなさい  ごめんなさい  ごめんなさい


一応フォローしますが、はやはちな展開にはなりませんのでご安心を。


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比企谷八幡はその誘いを断る

注意

・今回、少し腐りかけてますが気にしないでください。

・平塚先生キャラ崩壊の恐れあり。

・原作の設定で分からないところがあるため、オリジナル設定入るかもしれません。



昼休み

昼食も兼ねるため長めに設定された休憩時間、そのため学生、社会人問わず待ち望む人が多い。

 

2年F組でボッチな八幡とは言えこの時間は例外ではなく楽しみにしている。

 

そんな八幡が、いつものベストベストプレイスに向かうべくラノベとパンを持って席を立とうとした時だった。

 

 

「ヒキタニ、ちょっといいか?」

クラスメイトが声をかける

 

 

普段彼に声をかける人は少なく、大抵戸塚か結衣のどちらかなのだが今回は普段まったく絡まない人物。

 

珍しさもあってかクラスの注目が集まる。

 

 

 

 

「……何の用だ七沢?」

 

 

 

「あまり回りくどく言うのは好きじゃないから単刀直入に言う……」

 

 

 

固いながらも笑顔だった七沢は真面目な顔つきになり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ…?」

何やら後ろの席で女の子のキマシタワーな叫びとかオカンな子の擬態しろしとか聞こえるがそれどころじゃない。

 

 

ちなみに結衣、戸塚、川崎、葉山の4人は顎外れそうなくらい口をあけて2人を見ている。

 

 

 

「ごめんなさい!!!!俺、ノンケだから他あたって下さい!!!!」

体の一部を引き締めながら答える。

 

 

「ちがう!!俺もノンケだ!!」

 

 

「じゃあ何だよ?」

 

 

「つまり、お前にバレー部に入って欲しいんだ」

「断る。」

その返事はコンマ0.1秒の世界だった。

 

だが七沢も食い下がる。

 

 

「頼むから入ってくれよ」

「だから断る」

 

 

「なんで?」

「興味ない!」

「興味はやってから持てばいい!」

 

 

 

「動くのやだ!」

「動かずにはいられない体になるから!」

「余計いやだ!!」

 

 

「そんなこと言わずに頼むよ!」

「無理なものは無理!!」

「人助けだと思ってそこをなんとか!!」

 

 

「……いくら言われてもすでに部活入ってるから無理だ」

人助けという言葉に若干反応したがすぐ否定する。

 

 

「お前が部活とか嘘つくなよ!!」

「嘘じゃねえよ!!」

そこだけ否定され若干傷つく八幡

 

「じゃあ何部だよ!?」

 

「……奉仕部って部だ」

 

「似合わないボランティア活動じゃなくてバレーやれよ」

 

「残念ながらボランティアじゃない」

 

「はあ?」

 

「うちの部は、ボランティアというより、依頼者に対してサポートしてやり方を教え自立を促すのが理念なんだよ、ようは“自立”への奉仕活動だ」

その言葉に赤髪のショートがビクンと跳ねる、その姿はモグラ叩きのようにピコピコハンマーで叩きたくなる事請け合いだ。

 

「お前の自立支援はスポーツを通じて俺が何とかするから入ってくれよ!」

 

「何で、俺の自立支援の話になってるんだよ!?」

最も、彼の孤独体質改善も奉仕部の依頼であるため、あながち間違いではないのだが。

 

 

「いいからバレー部に入ってくれ」

「断る」

結局振出しに戻る

 

「とにかく無理なものは無理だ!俺は飯にさせてもらう」

すたこらサッサーサーのーサー♪と八幡は逃げ出した。

 

「アッ!」

 

慌てて教室を出て追いかけようにもすでに八幡の姿はなかった。

 

 

 

「お前じゃなきゃダメなんだよ……ヒキタニ」

七沢はうつむき下を向く。

 

(どうにかしてあいつをバレー部に……何かいい方法はないか!)

 

 

そして。

 

 

(閃いた!!)

 

「待ってろよ…ヒキタニ!」

七沢はにこやかに笑いながら教室に戻る。

 

 

 

なお、昼休みのやり取りのせいで彼にホモ疑惑がかかるのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして放課後

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒指導室

一般的に生活態度の悪い生徒への指導や、何かやらかした生徒を呼び出し指導するようなイメージのある部屋だが、それ以外にも学生生活に不安のある学生や悩みを抱えた学生などに相談やカウンセリングも実際は受け持つ。

 

そこで生徒指導の担当をしている一人の美人女性。

 

 

 

平塚静(独身)

若手が少ない総武高校において“若い先生”であり。(←ここ重要)

生徒と距離が近く、それでいて美人である彼女は生徒からの信頼も厚く、そのサバサバした物腰からそれに比例して人気も高い。

 

※プライベートに関しては黙秘権を行使します。

 

 

八幡の所属する奉仕部の顧問でもある彼女は相変わらず悩んでいた。

 

 

(何かきっかけが欲しい……依頼が来て空気を変えれば何とか……いや!……!!)

 

(いずれにせよ依頼が来なきゃ始まらん!どうでもいい時は依頼が来るくせにこんな時ほど来ない……)

 

 

 

「……マーフィーの法則か」

(昔流行った言葉を反芻する、昔はよく友達と歌ったものだ……そういえば鼻から牛乳も歌ったな、嘉門達夫好きだったな)

 

考えごとをしていたはずがいつの間にかノルスタジーに包まれ昔を懐かしむ。

 

 

 

 

 

 

(……ブリトラの青のりもいいが、やはりコミックソングは嘉門達夫だよな、つぼいのりおはちょっと古いし…そういえばカラオケで最近歌わなくなったな)

 

すっかり過去を懐かしんでいる静

 

 

 

 

 

 

 

その時事件は起きた!!

 

 

 

 

 

 

 

ガラガラ!!

 

 

 

 

 

「失礼しま~『ちゃらり~♪鼻から牛乳~♪』……す」

 

 

 

 

 

 

「……」

ドアを開けたまま固まる七沢。

 

 

「……」

ちゃらり~♪鼻から牛乳~♪状態の静。

 

 

※マーフィーの法則とは

「落としたトーストの。バターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する」

といった「なぜこんな時に限って!!」といった感じの法則。

 

 

そんなマーフィーの法則発動中の二人が思った事。

 

 

 

 

((今度からちゃんとノックしよう……))

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく、ザ・ワールドによって時が止まっていた二人、先ほどの事件を無かった事として頭の中で処理を施す。

 

 

……そして、時が動きだす。

 

 

「せ、先生に相談があって来ました」

 

「う、うむどんな相談だ?言ってみろ」

 

 

 

「実はバレー部の事なんですが……」

 

「バレー部?たしか荻野先生の所じゃないか、顧問じゃなくて私のところに相談とはな……」

目を閉じ何かを考えるようにつぶやく。

 

 

「相談事は部員のことなんであまり顧問に言いたくなくて……」

 

「そうか、とりあえず私に言ってみたまえ」

 

「実は……」

そこで七沢は語る。

 

 

三年生の5人が受験の為夏の大会を最後に引退したこと

その為、現在は部員が二年生3人、1年生2人しかいないこと。

部としての存続人数は足りてるが、試合は6人制である為試合に出ることはできないこと。

2年生はともかく1年生は高校に入り始めてバレーを始めた為、せめて練習試合でも組んで慣れさせたい。

しかし、有望そうな生徒は基本的に運動部に所属している、かといって一定のレベルに達していない生徒の中で、参加してくれそうな人にに頼んで試合しようものなら穴が大きすぎて試合にならない。

 

顧問に相談しようにも、部員もそろわないような弱小である総武高校において顧問はあまりやる気ない。

 

どうしようもなく生徒指導部に頼ったらとのこと。

 

 

「なるほどな……八方塞がりで、たしかに頭が痛い案件ではある、つまりバレーのできる助っ人もしくは新入部員が欲しいということか」

 

その言葉に七沢は頷く。

 

 

「君の言うレベルがどの程度を指すか分からないが、運動部に所属してなく、そのレベルでバレーをできる生徒というのが難しい。仮に運よくそんな生徒がいたとしても入ってくれるとは限らないしな……」

 

「たしかに、さっきも勧誘したんですが断られましたよ(苦笑)」

 

その言葉に静は目を見開く。

 

「ほう、運動部に所属してなく君の言うレベルに達している生徒がいるのか」

 

「ええ、うちのクラスのヒキタニですがね、彼は部活があるから無理と言ってましたよ」

 

(ヒキタニ?比企谷のことか?たしか七沢も比企谷もF組だったはず……)

 

「そういえば、ヒキタニは奉仕部って言ってましたが先生はご存知ありませんか?」

 

「ああ、というか私が顧問だ」

 

「マジすか!?やった!!他の人に奉仕部を聞いても皆知らない言うから困ってたんです」

 

「と言うことは、やはり比企谷の事だったか」

 

「……え?ヒキタニじゃないんですか?」

 

「それはあいつのあだ名だ、あいつの名は比企谷八幡だ、勧誘したいのなら覚えておけ」

 

「俺ずっとヒキタニだと思ってた……」

そうだったのか、と七沢はヒキタニと呼んでいたのを心で詫び、顔を上げ。

 

「平塚先生!彼を……比企谷を僕に下さい!!!」

 

「比企谷はうちのだ!!あげるわけないだろ!!」

 

「……じゃあ貸してください」

 

事情を知らない人が聞いたら修羅場である。

 

 

 

「まあ、比企谷をやるわけにはいかんが、依頼になるかもな……」

(この依頼で比企谷が一旦奉仕部から離れ、お互いを見つめなおす機会になるかも…、最悪の事態がおきそうな場合フォローしつつ導いてうまくいくかもしれん、いずれにせよこの場面で待ちに待った依頼だ)

 

「つまり君は助っ人が欲しいということで奉仕部に依頼したいという事だな?」

七沢の目を射抜くように見つめる

 

「本当は彼が欲しいのですが、背に腹は代えられません」

待ち望んだ人材が目の前にいる以上、ほんとは部員としてほしいが仕方ない。

 

「わかった、とりあえず奉仕部に案内しよう、話はそれからだ」

静はそう言うと、席を立ちグイッとブラックコーヒーを飲み干す。

 

 

「ついてきたまえ」

 

 

奉仕部へと足を踏み出した。




脱線しまくりの中、何とか奉仕部につなげる事が出来ました。

奉仕部の話に行ったらしばらくはバレーの話が続きます


昔やったグルメブログと違って展開考えなきゃいけないって、想像以上に難しいと実感しています。




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総武高校バレー部キャプテン

今回の話はオリキャラである七沢の過去です。
そのため俺ガイルキャラは出ません。


本当は本編終了後に投稿しようとしていた話でしたが、ここでくわえた方が後の展開に使いやすいと判断し投稿しました。



スポコンとしてありきたりな話&オリキャラの話ですので苦手な方はスルーお願いします。


あと今回はそんな腐ってませんのでご安心ください。


今から数年と数か月前

 

 

千葉にあるとある中学の体育館。

 

 

 

「1年C組七沢宗です!よろしくおねがいします!!」パチパチパチ

自己紹介する一人の少年、150代の身長から見て取れる姿に、まだ二次成長が始まっておらず、ついこの前まで小学生だったあどけなさが残る。

 

 

 

「これで全員だな、じゃあさっそくだが練習を始める!!2、3年は1人ひとりコンビ組んでやってアップから一通り教えてやれ」

 

 

「ハイ!!!!」

 

顧問の指示により先輩部員が散り一年につく。

ちょうど同じ人数だったため誰につくか?や人があぶれる事無くコンビを組む。

 

 

「よろしく!七沢君!!」

身長は175・6センチほどだろうか、二年生としては比較的身長も高くそれによりやや大人びた顔立ちに見えるその姿、身長がコンプレックスではじめた七沢にとって憧れとして脳裏に焼き付く。

 

 

 

「よろしくお願いします!!清川先輩!!」

 

 

 

 

中学、高校と長くチームを組む二人が出会った瞬間であった。

 

 

 

 

 

七沢にとってバレー人生において清川が与えた影響は計り知れない。

 

レシーブ、トス、サーブ、スパイク、チームプレイなどバレーにおける基礎、これらはすべて清川から教わった

また清川はチームの時期キャプテンとしての実力があり、人望の厚い彼に七沢のみならず一年は尊敬し憧れた

先輩のようなプレイヤーになりたい!!いつしか彼の目標は清川になり、成長期でさらに前へと進んでいく彼の背中を必至に追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

七沢たちが入部して3ヶ月、運動部において脱落者が出始める頃。

 

バレー部においても例外ではなかった。

 

 

競技としては比較的運動強度が少ないバレーボールだが、練習までそうとは限らない。

競技者としてのレベルを高める場合、その目標に比例するかのように練習の運動強度が恐ろしく上がる、地区大会優勝を目指すチームにとってその運動量はかなりのものとなる。

 

また季節も春から梅雨、夏へと近づきそれらは熱となり容赦なく体力と気力を削っていく。

 

つらくなっていく練習、思ったほど強くならない焦り

理想と現実のギャップから一人が辞めると皆もつられるように辞めだす……。

 

 

 

 

 

 

 

 

14人いた新入部員が一斉に辞めだし、残ったのは5人だった。

 

 

 

そんな中彼、七沢は残った。

 

 

そんな彼に清川も信頼を起き、持てる技術を全て叩き込む。

すると七沢もそれに答え、さらに結果をだす。

二人はいつしか師弟であり、仲の良い兄弟であり最高の仲間となっていた。

 

 

 

 

清川が3年に上がる頃には七沢も去年の清川並の体になり、いつしか技術も肩を並べるようになる。

 

 

そんな二人に周りも引っ張られ、その年の夏。

 

チームは念願の地区大会優勝を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして3年が引退した後の事。

 

 

 

「キヨ先輩はやっぱり海浜に行くんですか?」

海浜は偏差値が低い為か、スポーツに力を入れる傾向がある、その地区で有望な選手は海浜に声がかかり、大抵の選手はそこに行く。

 

そんな海浜を中心にかなりの高校が彼をスカウトしていた。

 

 

「いや、俺は総武高に行くよ」

清川が口にしたのは予想だにしないことだった。

 

 

総武高校といえば県下有数の進学高、野球やサッカーなど人気のあるスポーツにおいては強いものの、バレーに関しては万年1回戦レベル、スカウトされるような選手が行くようなところじゃない。

 

 

 

「……バレー、続けないんですか?」

七沢は不安の色を隠せない。

 

 

「違う、バレーは続ける」

 

 

「確かに、海浜や他のチームに行けば設備も立派だし、いい選手もいっぱい集まる……けどそれだけだ。優秀なプレイヤー同士で切磋琢磨も悪くないが、そんなのその高校が強いだけだ。自分の力を試したい、そして弱いといわれるチームが成長して、目標に向かって強くなるのを見たい」

 

 

「まあ、そんな青臭い理由かな」

清川は自分の発言が少々気障ったらしいと思ったのか、薄らテレを浮かべ頬を掻く。

 

 

「キヨ先輩……」

 

 

「じゃあ俺も総武高目指します!」

 

 

清川はあっけにとられ、きょとんとした顔になり

「宗、お前頭良かったっけ?」

 

 

「一応クラスで3~5位なんで頑張ればなんとか」

 

 

「じゃあ頑張れ!お前と一緒なら俺も嬉しい」

 

 

「でもまずは、キヨ先輩が先に合格してくださいね、あんだけカッコつけたのに、試験落ちて結局海浜でしたじゃ恥ずかしいですよ」

 

 

「おう、任せろ」

 

 

 

 

 

その年、清川は合格を果たし、翌年は七沢も合格を果たし……

 

 

 

「1年F組七沢です!!よろしくおねがいします!!」

 

 

二人は再び同じチームになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七沢が2年、清川が3年

 

清川にとって最後の夏。

総武高校は過去最高のチームとなっていた。

 

清川、七沢のダブルエースを中心に清川と3年間チームを組んできた3年生。

総武高に入学するレベルなのだから頭が悪いわけじゃない、勉学以前に基本的に地頭の良い人間はコツをつかむのが上手い。

生きた教材として清川のプレイを見て学ぶ。

最初こそ素人だった彼らだったが基礎を覚えたあたりから急激な成長を遂げた。

 

さらに七沢が入学し、清川との年期の入った高いレベルのプレーを日ごろから見ることによって自らも高みに押し上げた。

 

そして1年、2年もそれにつられ活気に満ち、中学の最後の夏のようにチームが一丸となった。

 

 

そして挑んだ最後の大会。

 

 

チームは快進撃をおこす。

 

 

準々決勝まで進み、総武高校始まって以来のベスト8。

 

 

 

 

 

 

 

後3つ勝てば優勝とまで来ていた。

 

 

対戦相手は昨年の優勝校にして今回の優勝候補でもある海浜高校。

 

 

 

 

総武高校VS海浜高校

 

これに勝てば優勝も夢ではなかった。

 

お互いストレートで勝ち上がってきたものの、下馬評では総合力のある海浜がやや有利、総武高校のダブルエースの活躍が試合のカギを握るという状況。

 

 

実力が拮抗したこのレベルの試合では、わずかなミスで流れを失い、相手に流れを与え命取りになる。

 

事実、試合はお互いに譲らないシーソーゲームとなった。

 

 

1セット目

28-26

Wエースにより、どのローテーションでも点数がとれる総武高校がデュースを制し1セット目を先取。

 

2セット目

23-21の総武高リードの場面

流れが行きかけた時、海浜のタイムアウトにより流れを止め、落ち着きを取り戻し監督の指示により作戦変更、サーブを得意とする一芸に秀でた切り札をピンチサーバー(野球でいう代打)で投入、総武がサービスエースを取られ、流れを掴んだ海浜が逆転2セット目を23-25で取り返す。

 

 

全体を見渡せる人間、流れを変える切り札の有無。

強豪チームとそうでないチームの差がここで出てしまう。

 

そして最終セット

 

 

 

 

 

 

 

 

23-24

Wエースに頼った攻めに対し、海浜はクイックや平行トス、俗にいう時間差トリックの使用率を増やし、メンバーを変えながら展開の早い攻めに切り変え、相手のリズムで戦わせない作戦できていた。

 

 

絶対に決めなくてはいけない場面。

次のサーバーは七沢、極めて重要な場面で彼に回る。

 

 

 

 

これを決めれば勝ちが見え、外せば一瞬ですべてが終わる。

 

 

 

サーブを打つ瞬間、会場が静まりその一瞬に注目が集まる。

 

 

 

 

だが、七沢は上がっていた……。

中高プレーしたとはいえ、このような場面で回ってくることは公式戦において滅多にない。

 

これがちゃんとしたの監督なら七沢の精神状態を察しサーブ前にタイムアウトで落ち着かせるところだが、総武高の監督は素人、プレイングマネージャーとして清川が指示を出していた。

 

いくら清川とはいえキャプテン、エース、監督の3足の草鞋はキツイ。

熱が入ったコート内で冷静かつ全体を見渡し監督をするのは無理があった。

 

 

バンバンバン、と床にリズムよくボールを打ち付けルーティンをとる。

(いつものリズムとは違う気がする……)

 

 

 

 

 

 

 

笛が鳴りルーティンをやめる。

 

 

そしてその動揺が残ったままトスを上げジャンピングサーブを打つ。

 

 

(しまった!!)

 

 

手に伝わるいつもと違う感覚。

ボールを上げた時の僅かなズレ、それはジャンピングサーブの打点をずらしサーブの軌道が本来の軌道とは違うものになる。

 

 

 

 

 

 

 

バシッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

ネットにあたったボールはそのまま超すことなく、自コートに落ちる。

 

 

 

 

ピィィィィィ!!!!!

 

 

その音は、サーブが失敗した事を、総武高校が敗れたことを、そして清川達3年の高校バレーが終わったことを意味した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清川はボールを拾い軽く会釈をし審判にわたす。

 

 

そして、立ち尽くす七沢に近づき頭に手を置き。

 

 

「並べ!整列だ!まだ礼が残ってる」

 

 

そのまま彼を無理矢理隣に並ばせる。

 

 

 

「「「「「ありがとうございましたー!!!!」」」」」

パチパチパチと両者の検討を称える拍手が会場に鳴り響く。

 

そこには一人に責任を擦り付けるような事はない、全力で試合した両者にのみ贈られる拍手。

 

 

 

 

続いて応援に来てくれた生徒やOB、先生が応援する場所へと向かい。

 

「「「「「ありがとうございましたー!!!!」」」」」

今度はここまで足を運んで自分たちを応援してくれた人たちに対する礼。

 

「こっちこそありがとう!!!」

「いい試合だったぞ!!!」

「また応援に来るからな!!!」

拍手と共に向けられる温かい言葉。

 

 

七沢にはそれが悔しかった。

自分のせいで負けた。清川の3年生たちの最後の大会だったのに。

 

 

 

 

 

もちろん彼のせいではない、彼の活躍があってここまでこれた。

 

そしてバレー部の為に一番頑張ったのも彼だった。

 

そんな彼を責める人間はこの場において、自分自身しかいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

控室にもどる総武高校

 

大会が終わり監督の3年生に向ける挨拶が終わり、続いて清川の挨拶だ。

 

「この場を借りて皆に礼を言いたい、まずは3年!」

3年のメンバーをそれぞれ見渡し。

 

 

 

「今まで一緒に頑張ってくれてありがとう!!高校でバレー始めたお前らが成長してくれたおかげでチームはここまで来れた、この中の誰かが欠けてもここまで来れなかったと思う」

「普段こんなこと言えないから言わせてもらう、総武高校に入って良かった、お前らとバレーできて良かった、今までありがとう!!」

3年に向け礼をする。

 

「それはお互い様だ!」「こっちこそありがとう!」といった言葉が行きかう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に後輩に向かい。

「これからはお前らの番だ!俺の力不足で部員確保ができなかった、すまなかった!正直これから大変だと思う、だけどお前らならそんな苦難も乗り越えてくれると信じてる」

 

 

 

「こんなキャプテンについてきてありがとう!頑張ってくれ!!」

 

 

 

「「「「はい!!」」」」

 

 

 

 

 

そんな中、七沢はずっと俯き口を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……宗、顔上げろ」

 

 

 

「でも……俺のせいで」

 

 

 

「お前がいたから、3セットまで行けたんじゃないか」

 

 

 

「でも!!!」

 

 

 

 

「頼むから顔あげてくれ、最後まで面倒見させんな」

 

 

 

 

 

 

最後という言葉に終わりという現実が近づく事をそれぞれが実感する。

七沢は涙が出そうな状態をこらえ目をギッとしめ、顔をあげる。

 

 

 

 

 

「お前とは、一番長い付き合いだったな」

 

 

「はい……」

 

 

「ありがとうな、宗」

 

 

(俺なんかに優しい言葉を掛けないください……)

 

 

 

「始めはこのくらいの身長だったよな」

手を当時の身長くらいに構える。

 

 

 

「それが今やこんなだ」

自分と同じ高さになった後輩の頭に手を置く。

 

 

 

 

 

「俺のバレー人生において、間違いなくお前と一緒にいた時間が一番長い……」

清川は昔の事を思い出すように目を閉じる

 

 

「何にもできないような奴が、気付いたらだんだん大きくなって、プレーもマシになってきて気が付いたら俺と同じプレイまでするようになって、肩並べだして」

今まで一緒にすごした日々が次々頭に浮かぶ。

 

 

 

「いつの間にか俺よりすごいプレーしたりして、負けられないって俺も頑張ったり」

 

 

かわいい弟分であり、仲間であり、いつの間にかライバルとして二人は歩んできた。

 

 

 

 

 

 

 

いつか、来る終わり

ずっと歩んできた二人だからずっと続くような感覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど終わりはやってきて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前に、は……」

清川の体が震えだす

 

 

 

 

「お、前には……いっぱい、言いたい、こと、あったんだ……けど」

目を深く閉じ必死に声を押し上げる

 

 

 

 

「バレーを、選んくれてありがとう……」

無理矢理声を押し出す

 

 

 

 

「お前がいたから俺は……頑張ってここまで来れた!」

 

 

「そして、そんなお前のプレーで終わることができた、悔しいわけないだろ!!お前のプレーで終われるなら、最高の終わり方だ!!!!」

 

 

 

 

 

 

「だから、ありがとう!!」

 

 

 

 

 

 

その言葉が七沢の耳に入り、心に響く。

 

 

 

 

七沢の目から涙がこぼれだし、今までの我慢していたものが決壊し俯き、声を上げて泣き出す。

 

 

 

それをきっかけに清川、部員全体に広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宗、これからのバレー部を頼むぞ、お前だから、おれは安心して終われるんだ」

落ち着いた頃、清川は七沢にバレー部を託す事を伝える。

 

 

 

 

「ハイ!!!!」

真剣な目を清川に向け答える。

 

 

 

その声はその場に大きく響いた。

 

 

 

 

それは総武高校バレー部の新キャプテンが誕生した瞬間だった。




七沢過去編は終わり、次こそ奉仕部。


とりあえず次回、男と女は衝突します。


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噂の三角関係

今回は奉仕部の話です。


話は短めですが、気のせいか男子の絡み書くより難しかったです。


憂鬱、今の比企谷八幡の精神状態を言葉に表すならこの二文字しかないだろう。

 

 

修学旅行での嘘告白以来、奉仕部に流れた気まずい空気。

 

それは仲の良い友人と喧嘩してしまった時のような、または恋人と仲たがいしたような。

いままで交友関係を築いてこれなかった八幡にとって未知なる経験であった。

 

 

 

今日もあの空気の中で時間を過ごすのか……そう思って扉を開ける八幡。

だが、今日の奉仕部はいつもと違っていた

 

 

 

八幡は読書、雪乃はパソコン、結衣は携帯いじり、ここまではいつもの光景なのだが……。

 

 

 

 

 

「……」チラチラ

「……」チラチラ

 

 

「……」

(明らかに見られてるよな)クルっ

 

 

「!!!」バッ

「!!!」バッ

 

 

「……」

(何なんだ?)

 

 

「……」チラチラ

「……」チラチラ

 

 

 

(俺何かしたっけ?)

 

 

 

八幡は自分の行動を振り返る。

 

(最近は依頼もなく特に何もしていない、今日だって朝学校来て戸塚と話して、その後普通に授業受けた……変わった事と言えば葉山に一方的なライバル宣言受けたことと、七沢からホモまがいな勧誘うけたくらいだ。)

 

 

 

 

「……」チラチラ

「……」チラチラ

 

 

 

(何なんだよ一体)

基本的に陰口や悪意に満ちた目線には慣れている八幡だが、悪意のない視線でひたすらチラチラ、こればかりはさすがに耐えられなっかたのか口を開く。

 

 

 

「おい!」

 

「「!!!!!」」ビクッ!!

 

 

「きゅ、急に何かしら比企谷君」

 

「お前ら、さっきから何なの?人の事じろじろ見て?」

 

「人?ごめんなさい、私人間なんてみてないんだけど……」

 

 

「お前わざと言ってるだろ!あんだけこっち見てりゃいやでも気づく、俺になんかあんのか?」

 

「それはその……」

言いよどみ俯く雪乃

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 

 

 

 

「あ、あのさヒッキー!!!」

膠着状態のなか結衣が口を開く。

 

 

「ん?」

 

 

 

「ヒッキーはさ、その……」

頬を赤らめチラチラ

 

 

「な、何だ?」

(そんな頬を赤らめて見ないで!)

 

 

 

「ヒッキーは……」

 

 

 

「……ゴクン」

 

 

 

 

 

 

「ヒッキーはホモって本当なの!?」

 

 

 

 

結衣はとんでもない爆弾を落とした。

 

 

 

 

「はあ!?何言ってのお前!?」

濡れ衣ならぬホモ疑惑をかけられ困惑する八幡。

 

 

「だって、いつも彩ちゃんのことキモい顔してチラチラみてるし、隼人君と七沢君と三角関係の噂があるし」

 

 

「Why?」

何が何だかわからない八幡は少し現実逃避をする。

 

(何で俺にホモ疑惑?戸塚のことは確かに認めよう、だが何で葉山と七沢?葉山に至っては俺にライバル宣言しただけだ、というか俺どっちも断ってるからね!!)

 

 

「ちがうのかしら?」

 

 

「違うに決まってんだろ!!いくら女に困っても男には手は出さん」

 

 

「でも、裏サイトで話題になってるわよ?あなた……」

マウスをクリックしながら答える雪乃。

 

 

「はあ?何かのまちがいだろ!」

 

文化祭の件ですら

「ヒキタニまじむかつく!」

「てか、ヒキタニって誰?」

「知らない、誰だろ?」

 

という反応だったはず、それが自分が噂になってるというのだから信じられないというのも無理はない。

 

 

「でも、これあなたのことでしょ?」

見てみなさい、とパソコンの画面を指さす雪乃。

 

八幡は恐る恐る画面をのぞき込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三角関係!?“はや×はち”“なな×はち”徹底討論(878)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裏サイトの掲示板で堂々トップに躍り出ていた。

今日立ったばかりなのに次スレ行きそうな勢いである。

 

「な、なんだよこれ……?」

(なんで今日の出来事がこんなに曲解されて書かれまくってんだ?てか、どんだけ伸びてんだ?腐女子多すぎだろ総武高校!!)

 

 

「よかったわね、人気者じゃないホモ谷君(笑)」

八幡がホモじゃないと分かったからか、久しぶりに会話が八幡と会話が続いて嬉しいのか満面の笑みだ。

 

くれぐれも彼女が潜在的腐女子だったから出た笑みじゃない事を祈ろう。

 

「お前!間違っても人前で言うなよ!!!」

 

「大丈夫だよ、どんな風になってもヒッキーはヒッキーだから!」

 

「フォローになってねえよ!」

 

雪乃のいじり、八幡のツッコミ、結衣のボケ……そして3人の笑い声。

 

 

久しぶりに奉仕部内に溢れる活気。

 

 

自分のホモネタによるものであることが複雑ではあったが、八幡は嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな活気あふれる奉仕部前で固まる一人の女性。

 

(あれっ?いつの間にか仲直りしてる?もしかして依頼持っていこうとした意味なかった系?)

 

 

そして静は思った。

 

 

 

 

 

(七沢の依頼、どうしよう……)

ドアの前で固まる静であった。




次はバレー部と奉仕部の激突?になります。


どうなることやら。


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仲違い

ども、プライベートが地味に立て込み更新に時間を有しました。

基本的に酒を飲んでる時に勢いで書く為、更新してる=酒飲んでると思ってもらって構いません。



本編ですが、原作と違う形で奉仕部に依頼が入り原作のセリフと違う点、かなり削れてる部分など原作と違う部分がありますのでご注意ください


奉仕部部室前

 

(さて、仲直り?したかは定かではないが、いずれにせよ部室内に行かねば始まらんな)

 

(とりあえず部室に入るか……ちゃんとノックして)

先ほどの鼻から牛乳事件を思い出したのか、いつもの静らしからぬ行動、扉の前に立ちノックをする。

 

「失礼するぞ」ガラガラ

部室内に突如鳴るノックの音と顧問の声。

 

 

「せ、先生が……」

「ノックした……」

普段ではありえないその行動に奉仕部内が固まる。

 

「オホンッ!仲が良いようで何よりだ、突然で悪いが依頼者を連れてきた」

このまま質問の流れに行ってしまえばボロが出る、そう判断した静は話をはぐらかし、すぐさま本題に持っていく。

 

 

 

「依頼者ですか?」

 

「何の依頼だろう?」

 

 

「まあ、詳しい話は本人を交えて話をしよう、入ってきたまえ!」

 

 

 

「ハイ!」

体育会系特有の大きくハキハキした返事が廊下から返ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……嫌な予感開始)

八幡を身震いが襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2年F組バレー部、七沢です!よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

(嫌な予感的中……)

マーフィーの法則、嫌な予感ほどよく当たるものである。

 

 

 

 

 

 

ハキハキと大きな声で自己紹介、今までの奉仕部に来た依頼人の登場がアレな人が多かった為とても好印象に見えるであろう挨拶……なのだが。

 

 

 

 

「あーーー!!!ホモ!!!」

「あなたが比企谷君に告白した男子ね」

(頼むから帰ってくれ……)

その反応はとても友好的ではなく、女子からは威嚇の目と冷たい目、男子からは目をそらされる。

 

 

 

「えっ?何この空気?というか何で俺がホモ?」

突然のことに戸惑う七沢、学内トップクラスの可愛い子と美人な子にホモ呼ばわりされるというMPデリート攻撃を受け動揺を隠せない。

 

 

 

「お前の紛らわしい勧誘のおかげで、腐女子を中心に腐った噂が裏サイトに流れてんだよ」

 

 

「もしかして俺やっちまった系?」

 

 

「もしかしなくてもやっちまった系だ」

 

 

 

 

 

 

「マジかよ……」

いままでホモとは無縁の七沢にはかなりのダメージだ。

 

 

 

 

 

「お前が俺を受け入れないからこんな事になるんだ!!」

 

 

 

「ダメ!!!ホモなんかにヒッキーは渡さないよ!!!」

 

 

 

「だから、何で俺がホモ呼ばわりされんだよ。」

 

 

 

「お前がナチュラルに爆弾発言を投下するのが原因なんだろうが……」

 

 

 

 

 

「二人のホモ劇場はそのくらいにして、今回の依頼はそのホモ疑惑解消ということで良いのかしら?」

ナチュラルな毒を吐きながら雪乃は問いかける。

 

 

 

「なんか勝手に俺までホモにされてる!」

 

 

 

「できれば、それもお願いしたいんだけど今回は違うんだ」

 

 

 

「依頼内容というのが……」

 

 

 

七沢は静に説明した時と同じ事を伝える。

 

 

「つまり一年生の経験を積ませるための練習試合をしたいから助っ人が欲しいと……。」

雪乃は少し考える仕草をし。

 

 

 

 

 

 

「却下ね。」

雪乃は七沢を見据え言った。

 

その言葉に七沢の顔が歪み、八幡と結衣は雪乃の方を向く。

 

 

「どうして?彩ちゃんの時は受けたのに」

 

 

「まず第一に奉仕部は自立支援が目的、今回の件と戸塚君の件は違う、前回の依頼は彼が成長することで部員の見本となり、その成長の為練習に付き合った。今回は練習試合をするため人が欲しい。これでは自立支援とは呼べない」

 

 

「それに、比企谷君なんかが助っ人になれるわけないじゃない、いくら体育でバレーができても素人、部活の試合では足を引っ張るのが目に見えてるわ」

 

 

 

 

「……」

その言葉に七沢は俯く。

 

 

 

 

一方で八幡は疑問に駆られていた。今回の件は練習試合を組む為に七沢が依頼してきた、確かに練習試合を組むという目的で見れば助っ人という魚を与える行為なのだが、その試合の目的は一年に経験を積ませる事。

 新入生や新入部員が入るまで、つまり来年まで試合を経験できない可能性のある一年生に、試合を経験させることによる成長という自立支援、今まで受けた依頼と比べても真っ当な部類の内容だ。

 

 

(いつもの雪ノ下らしくない……)

 

 

それは静と結衣も感じていたのだろう、どこか心配げに雪乃を見つめる。

 

 

「あくまで、練習試合は1年生の成長のためなんだ、それでもお願いできないか?」

 

 

「練習試合の助っ人なら経験者でもある3年生に頼めばいいじゃない。そっちの方がちゃんとした試合になるわ」

 

 

 

 

「ッ!!」

七沢は何かをこらえるように目を閉じ唇を噛みしめる

 

(『宗、これからのバレー部を頼むぞ、お前だからおれは安心して終われるんだ』)

 

 

 

彼の頭の中に浮かぶ3年生最後の姿、尊敬する先輩の言葉が頭をよぎる。小さく息を吐き震える体を無理やり落ち着かせ拳を握る。

 正論がすべて正しいとは限らない、人や状況によって答えは違いその矛盾のような相違点から妥協や譲り合いなどをしてその場で答えが変わる、人間は基本的に感情によって動く、そして動く上で重要な心はどこに地雷があるか分からない。

 雪乃の一言は確実にその地雷を踏み抜いていた。

 

 

人間観察が得意な八幡と、空気を読むのが得意な結衣、人生経験のある静は七沢が怒りをこらえている事をすぐさま察する。

 

 

 

(ゆきのん……)

(それではダメなんだよ雪ノ下……)

(どうする?ここは矛先をずらすか、一旦七沢を離すか)

 

 

結衣は慌てて何もできず、静は方針上手出しできない以上八幡が動くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

コンコン

突如鳴るノックの音。

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

「失礼しま~す」

「し、失礼します(何この空気?)」

緊迫した空気に合わないほんわかボイスと空気に萎縮した声。

 

 

 

「平塚先生、生徒指導室にいなかったから直接来ちゃいました」

その人物は現生徒会長、城廻めぐりだった。

 

 

 

「あれ?いろはちゃん」

 

「結衣先輩こんにちわ~」

 

 

 

 

「何かあったのか?」

静が声をかける。

 

「実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という事なんです」

いろはがクラスメイトと担任により無理矢理生徒会に立候補させられた事、立候補者が他におらずこのままでは生徒会長になってしまう事を告げた。

 

 

(どうする?正直生徒には重い案件だ、とりあえずやらかした生徒はガチで教育的指導するとして、一色が問題だな。立候補者がいる場合なら簡単かもしれんが今回は誰もいないため信任投票、職員会議で問題に上げようにも候補者がいないならやらせればいいとなる可能性が大、仮に一色が私の元に来て悪意の元立候補させられたという相談実績を盾に立候補取り消しを行うか……)

 

 

「応援演説でやらかすのはどうだ?」

八幡が口を開く。

 

 

「どういうことだ?」

 

 

「つまり、応援演説で全校生徒の前でひどい内容かますんです。そうすれば一色は生徒会長になることが無くなる、応援演説が原因で不信任だから一色への不評も抑えられる」

 

 

 

(うわぁ、たまげたなぁ……)

その発想に七沢が軽くドン引きする。

 

 

 

「そのやり方を認める訳にはいかないわ」

 

 

 

「そうかよ……」

 

 

 

「他の候補を擁立して選挙で勝つしか方法はないでしょうね」

 

 

 

「そんなやる気のある人間がいるなら、もう立候補してないとおかしいだろ」

 

 

 

「………」

 

 

 

再び沈黙が流れる。

 

 

 

 

「よし、ではこうしよう!」

静は全員を見渡し。

 

 

 

「比企谷はバレー部で雪ノ下と由比ヶ浜は生徒会、それぞれが同時に依頼にあたる、それでどうだ?」

先ほどの会話の流れを見る限りやはり仲違いしたままだ。

そう判断した静は本来考えていた奉仕部の依頼をしつつ距離を取りお互いを見つめなおす機会、今回の依頼は難しい依頼ではあるがチャンスでもある。

 

 

(一応どちらが何かあってもいいようにフォローできるよう、動けるようにしないとな)

 

 

 

 

 

 

「バレー部の依頼は断ったはずですが」

 

 

 

 

「お前が一方的にだろうが、正直今までの依頼の中でも理由はしっかりした内容だ。断る理由はないだろ」

実際今までの依頼で、遊戯部、文化祭、修学旅行などに比べたらかなりまともな内容である。

 

 

 

「……」

無言で八幡を睨む雪乃。

 

 

 

 

「まあ、やるかやらないかは別としてこのまま足踏みするくらいなら、先生の案に乗るのが手っ取り早いだろう、めんどくさいが俺に異議はない」

 

 

 

「私も異議ありません」

 

 

「ゆきのん、ヒッキー……」

 

 

「由比ヶ浜はどうする?」

 

 

「私も、それでいいと思います……」

 

 

 

「よし、なら今日はこれで解散だ詳しくは後日話し合ってくれたまえ」

 

 

 

 

 

八幡はさっさと席を立ち奉仕部を後にし、七沢もそれについていく。

 

 

こうして奉仕部への二つの依頼が同時に始まることとなった。

 

 

 

 

 

奉仕部を出た後の事。

 

 

 

「なあ、比企谷」

 

 

「なんだ?」

 

 

「パスしないか?」

バックからマイバレーボールを取り出す七沢。

 

 

「何でだよ?」

 

 

「今日体育館使えない曜日で部活無いから、せめてパス練習だけでもしたい。」

 

 

「まあ、依頼だからつきあうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総武高校中庭

 

 

 

 

 

 

キャッチボール、両手のスローイング、床へ叩きつけるスローイング、床打ちのウォームアップを済ませる。

 

最初はトスのみのパス、次にアンダーのみ。

 

 

そして

 

 

パッス、バン、バン、バシッ!

 

アンダー、トス、スパイクを加えたパスを行う。

 

 

 

(やっぱりだ……)

 

 

 

 

「何で依頼受けたんだ?」パッス

 

 

 

「別に、何となくだよ。」パッス

 

 

 

「そうか、まあ俺は助かるからありがたいが」パスッ

 

 

 

「仕事で仕方なくだ、誰が自分から進んでやるか」バン

 

 

 

 

「そうかい!」バッシ!!

突如強めのスパイクを打つ。

 

 

「ッ!!」パン

ギリギリの所に打たれたスパイクを片手で拾う。

 

 

 

「ナイスカット(間違いない)」パッス

 

 

 

「何すんだよ!」バッシ!!

八幡も再び打ち返す

 

 

 

「フッ!」パン

先ほどの八幡と同じように拾う。

 

 

 

「チッ!」パッス

 

 

 

「比企谷」パッス

 

 

 

「なんだ?」パッス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、元バレー部だろ?」




という事で今回は仲違いな話です。

酒飲んでシリアスな内容書くとガックとテンション落ちるので難しいですね。

ネタバレになるかもしれませんが、奉仕部はちゃんと仲直りするのでご安心下さい。


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比企谷八幡の過去

今回は元バレー部であることがバレた八幡の過去と今です。

今回は文章短めですが、キリよかったのでここで切ります。


3年前

 

中学地区予選決勝

 

清川・七沢の中学と比企谷八幡の中学が試合をしていた

 

1セット

21-25

2セット

30-28

 

現在

21-15

点差こそまだ追いつけるかもしれない点差だが、セッターである八幡は焦っていた。

 

Wエースによる、どのローテーションからでも点が取れる七沢達に対し、こちらは3年のキャプテンを除くと相手ほどの決定力が無い。

 

そして、そのキャプテンは2セット目で勝負を決めるべく、前衛でのプレイだけでなく後衛の際のバックアタックなど、フルで動いた為疲労が出てプレイに精彩を欠き始める。

しかし彼以外はどうしても決定力が弱く、その彼もローテーションで後ろに回る。

 

 

バックアタックは通常のスパイクに比べ消耗が激しく、今の彼には多用できない。

流れはすでにあっち、このままでは負ける、そう感じ取った彼がとった選択。

 

 

ギリギリをつくようなトスワーク。

時間差や平行トス、クイックを相手の状態を見極めたうえで瞬時に判断してトスを上げる。

それにより相手のリズムを狂わせ単調にさせる。

 いくら相手がエースでも単調になった攻撃の場合、ブロックでコースを絞れせれば守りやすさが変わってくる、そして自チームのリベロなら拾える。

 

 

何より、このまま続けばどの道ジリ貧で負ける、彼は賭けに出た。

 

 

 

しかし結果は上手くいかなかった。

 

ギリギリをついたトスワークはアタッカーも打ちにくく精神的な消耗も激しい。

 

点自体は入ったものの、試合に負けるかもしれないと言う、精神的な余裕の無さからかミスが連発し相手にも点が入る。

その結果冷静さを失ったアタッカー達はさらにミスを重ねる。

 

そしてアタッカーの怒りの矛先、それが八幡に向かった。

 

「お前!さっきからなんてトス上げてんだ!!打つ身にもなってみろ!!」

八幡の胸倉をつかむチームメイト。

 

 

見かねた監督はタイムアウトを取った。

 

 

「なんで、ギリギリなトスワークばかりする?」

 

「現状を打破するためです、このままだとジリ貧で負けます」

 

「お前!俺が弱いってことか!?」

 

 

チームの状態は最悪なものとなる。

 

 

監督はここで悩む

八幡をこのまま出して賭けに出るか、外してパスワークが苦手だが味方の打ちやすいトスを上げる控えセッターを出して空気を変えるか。

 

 

監督は後者をとった。

 

 

正攻法だけじゃ通じない相手に対し、八幡がいたからここまでできた、その彼がコートを去る、それはチームの負けを意味した。

 

その後、流れを掴むことができず試合は25-19で敗れた。

 

 

 

八幡にとっての不幸はここからだった。

 

学校内で奴のせいで負けたと、部員が愚痴を言った場合、中学というまだ心身共に成熟していない年頃にとって、近しい友人の話は間違いであっても正解として認識される。

 

学内に広まる彼に対する悪意と噂、そんな中バレー部が彼に下したのは無期限の休部……事実上の退部であった。

 

そして彼は自らバレー部を辞め、噂が沈静化しても二度とチームに戻ることはなかった。

 

 

ちなみに、三年が引退で抜け、中心選手の八幡が辞めたバレー部は長期低迷することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺がバレー部なわけないだろ」

放たれたボールをキャッチする。

 

「いや、壁打ちの時点で明らかに素人の動きじゃなかったから」

 

 

「俺は一人で野球ができる男だ、壁打ちなんて造作もない」

 

 

「お前、気付いてなかったかもしれないが、試合の時あきらかにバレー知ってる奴の動きしてたからな、カバーとかポジショニングとか」

 

 

「……気のせいだ」

 

 

「何より、俺が戸塚に向けて打った天井サーブをお前無理矢理奪ってトスで上げただろ」

 

 

「やっぱりあの時戸塚狙ってやがったな!!ぶっ殺すぞ!!!」

 

 

「話をそらすな!問題はお前がトスで上げた事だ」

 

 

「?」

 

 

「球技大会とかでもそうなんだが、天井サーブってバレーボーラーにはただのチャンスだけど、素人には超絶難しい魔球なんだよ」

 

 

「……」

 

 

「球技大会だと、さすがにジャンプサーブやコーナー狙いのフローターでやると顰蹙かうから、高くして緩いフローターとか天井サーブやるんだけど、みんな見事にレシーブで取ろうとして失敗すんの」

 

 

(どこの誰かさん、体育の時普通のフローターで無回転とかやってたよね?)

 

 

「だけどお前はトスで、それもホールディングギリギリにキープしてワザと相手コートのコーナーに返した」

 

 

「まあ、他にも直上トスとか色々あるが、さっきのパスの前のアップ、ナチュラルにやりすぎ、経験者でもなきゃあんな自然にはできないわ」

 

 

(マジで?言われてみると心当たりありすぎる……)

 

 

「ネタは挙がってるんだ、さっさと白状した方が身の為だぞ」

どこかの刑事ドラマみたいなセリフを吐く。

 

 

 

 

(白状するしかないか……)

 

 

 

「ああ、やってたさ!てか中2の時、決勝でお前と試合したからね!覚えてないと思うけど」

 

 

 

「うそ!?そんな目の腐った奴いなかったぞ……」

驚愕し目を見開く

 

 

 

「昔は今ほど腐ってなかったんだよ!」

 

 

七沢は少し思案し当時を思い出す。

 

「もしかして、あの性格悪いトスばっか上げてたセッター?」

 

 

「そうだけど、性格悪いってなんだよ、せめてしたたかとか言い方あるでしょ」

 

 

「試合開始と同時にツーアタック(セッターがトスを上げずにそのまま相手に返す攻撃)かましたり、ホールディングギリギリからのクイックとか他色々、性格悪いのにじみ出てたし」

 

 

「勝つためにしただけで性格とか関係ないから、トスワーク重視のセッター皆性格悪くなっちゃうから」

そう、つまり俺は普通だ、八幡は自分の心でそう言い聞かす。

 

 

 

 

「いままで試合してきたセッターでお前が一番イヤらしかったがな……」

 

 

 

「でも、敵だとムカつくけど、味方だと頼もしい!」

 

 

 

「……」

 

 

 

「本当はバレー部に入って欲しいが、ひとまず練習試合までの間よろしく頼む!」

七沢が八幡に手を差し出す。

 

 

「あんまり期待すんなよ、3年のブランクはデカい」

ブランクあるのに活躍した人間なんて“炎の男みっちゃん”くらいだ。

 

 

そう言いながらも八幡はその手を握り返す。

 

 

 

後に彼らが総武高校二枚看板として旋風を巻き起こすことになる。

 

 

 

 

 

 

 

のは不明だが方やエースとして歩んだ男、方や司令塔として挫折した男。

二人の男が一つの目標に向け手を組んだ瞬間だった。




次回からバレー部と八幡の顔合わせからの……を書く予定です。

オリキャラ設定など実は細かいとこ決めてないので更新遅れるかもです。


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青春はぶつかり合う

今回は日常パートからバレー部に行く流れです。


八幡がバレー部に助っ人として入った翌日の昼休み、2年F組はいつもの喧騒に包まれていた。

 

その中でもクラスの中心である“葉山グループ”

その名の通り葉山を中心としたそのグループはいつも通り教室後ろを屯し、何気ない会話をしていた。

 

 

「へー俺が休んでる間にそんなことあったのか」

昨日学校を休んでいたらしい大和が意外そうな顔をしている。

 

 

 

※大和ファンの方々安心してください、決して体育のチーム分けの際、作者がその存在を忘れていたわけではありませんよ!

 

 

 

「ああ、比企谷にはやられたよ」

笑いながら答える葉山、その目線はチラチラ八幡の方へ向かう。

 

(ぐ腐腐腐、話はグループの方に向けながらもヒキタニ君が気になってしまう男心……キマシタワー!!」

 

「擬態しろし、心の声もれてる!」

 

 

そんないつもの光景の中、葉山がチラチラ八幡に目が行ってしまう理由。

 

 

(あれってシューズバックだよな?なんで奉仕部の彼が持ってるんだ?)

葉山の目線の先にはアシックスのロゴが書かれたシューバックが見える。

 

 

 

「よう比企谷、バレシュー持ってきたのか」

シューズバッグを見ながら七沢が声をかける。

 

「まあ、昔やってたからな」

 

「サイズ大丈夫か?中2までだろ?やってたの」

 

「あの時、ちょうど成長期きてて買い替えだったから1サイズ大きいの買ったんだよ、すぐ引退しちゃってほとんど履いてないからまだ新しいけど」

 

「とりあえず今朝履いた時はピッタリだったし大丈夫だろ?」

 

「それはよかった、もし無かったらキヨ先輩から貰った、俺と先輩の汗が染みついたバレシュー貸そうと思ってたんだ」

どこかで鼻血の音が聞こえる。

 

 

「サイズ合ってて本当に良かった……」

 

バレシューしかりバッシュしかりそのスポーツ専用の靴は割高の為、高校生の小遣いではかなり痛い、練習試合までの間しかバレー部にいない八幡にとって、もしシューズが合わなければ究極の選択が待っていただろう。

 

 

 

 

 

「八幡バレー部入るの?」

そんなやり取りの中、愛くるしい戸塚が八幡の所へやってくる。

 

 

 

「「「「……」」」」ジーッ

どこの誰とは言わないが、そのやり取りをみつめるクラスメイト数名。

 

 

 

「いや、練習試合までの間、人数足りないバレー部の助っ人にはいるだけだ」

 

 

 

「そうなんだ!八幡バレー上手だもんね!!」

 

 

 

「そりゃあ比企谷は経験者だからな!」

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

 

「お前、何バラしてんの?」

 

 

 

「ダメか?」

七沢が不思議そうに首をかしげる。

 

 

 

「……戸塚ならかまわん」

 

 

 

「えへへ!」

 

 

 

(照れる戸塚マジ天使!)

 

 

 

「ちょっといいかい?比企谷」

いつの間にか葉山が急接近

 

 

「何の用だよ葉山?こっち来るとまたホモ疑惑でるじゃないか」

 

「それはどうでもいいんだけど、君は昔バレー部だったのかい?」

 

「どうでもよくないだろ!!」

葉山は俺と噂になっても構わないのか!?と驚愕する八幡。

 

 

「きみはどっちなんだい?比企谷」

八幡のツッコミには耳を貸さず質問をぶつける。

 

 

 

「……とりあえず中2までバレーやってた程度だ」

 

 

 

「そうだったのか、君もこっち側(運動部)の人間だったんだね!ますます嬉しいよ!!」

 

 

「会話の邪魔しちゃ悪いから失礼するよ」

それじゃと手を上げ葉山は立ち去った……。

 

 

 

 

 

新たなる疑惑の火種を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして放課後

 

 

 

「比企谷、部活行こうぜ!」

磯野、野球しようぜ!なノリで七沢が声をかける。

 

 

 

「すまんが、俺は一旦奉仕部に顔を出してから行く」

昨日はあのまま解散したため、今後の事や経過報告も兼ねて八幡は行くつもりだった。

 

 

(てか、バレー部行くにしても最初報告しておかないと雪ノ下にチクチク嫌味を言われかねん!まあどの道言われるんだけどね……)

 

 

 

「分かった、先に体育館行ってっから!」

 

 

 

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

奉仕部

 

「ういす……」

やる気ない声、けだるい態度、くたびれたオーラ、特徴的な男がいつも通り扉を開ける、いつもと違う所はシューバックをぶら下げているところだろうか。

 

 

 

 

「あ、ヒッキー!」

 

「あら?」

 

彼が部室に来たのが以外だったのか、少し目を丸くする

 

 

「よお」

 

 

「あなた、その靴どうしたの?」

シューズバックに目を向け雪乃が質問する。

 

 

「ああ、昔使ってたやつ持ってきた」

ぶら下げていた例の物を掲げる。

 

 

 

「そういえばヒッキー、昔バレーやってたって本当なの?」

 

 

 

「あなたがバレー部?」

 

 

 

「中学の時の話だ、辞めてから3年たってる、正直初心者に毛が生えたもんだろ」

 

 

 

「そう」

その時、雪乃の頭に浮かんだのは戸塚の依頼、テニスの試合での彼の動き。

 スポーツをしていた人間特有のリズムの取り方、ボールを取った後のポジションに戻る速さ、ボールの先を考えた動き、そして落下点の入り方やボールへのミート。

もしかして彼は何かしらのスポーツの経験者なのでは?頭の中に過った疑問、その答えが今思いもよらない形で知ることとなった。

 

 

 

「あなたが元運動部なんて、まるで夢を見ているようね」

 

 

「それは、悪夢じゃなくてよかった!と言えばいいのか?」

 

 

「あら?誰も良い夢なんて言ってないじゃない」

 

 

「お前は悪態つかないと会話できないのか」

八幡は苦笑いしながら。

 

 

「まあいい、とりあえずしばらくバレー部の依頼の方に行くから部室にはあまり顔出せないかもしれん」

 

 

「そう、あなたが勝手に受けた依頼なんだから、好きにすればいいわ」

 

 

「ゆきのん?」

 

 

少し良くなりかけた空気がまた凍る。

 

 

 

 

「わかった、勝手にするわ」

ため息を一つつき、いつもの席に座る事無く八幡は部室を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆきのん、いくらなんでもさっきの言い方はないんじゃない?」

 

 

「……」

 

 

「こういう言い方ずるいかもしれないけど、ゆきのんだって文化祭の時依頼勝手に受けたじゃん」

 

「……」

雪乃は俯き下を向く。

 

 

「でも、口では捻くれた事言ってもヒッキーはゆきのんの事助けてくれたよ」

 

 

 

二人の頭に文化祭での出来事が浮かぶ。

 

 

 

「……」

雪乃は俯いたまま答えない。

 

 

 

「それに修学旅行の時も、確かにヒッキーのやり方は嫌だったけど、あの依頼を引き受けたのはあたしたちだった……」

 

 

 

「なのに今回ヒッキーが受けた依頼で突き放すのは、その……何か違うと思う!!」

 

 

 

「由比ヶ浜さん……」

いつもの人の顔色を窺う癖のある結衣らしくない行動に思わず顔を上げる。

 

 

「あたしも人の事言えないんだけどね……」

結衣は少し俯く、自分のいるグループの人間関係、奉仕部での事、彼と初めて会った時の事、そして今までの自分の行動を思い返す。

 

 

「あたし、ヒッキーの様子見て来る!」

再び顔をあげ力強く答える。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「よくわからないけど、このままじゃダメなのは分かる……」

 

 

 

「あたしたちはいろはちゃんの依頼を二人でやるけどヒッキーは一人じゃん、だからせめて声かけたり頼られたらちゃんと力になる!」

 

 

 

「由比ヶ浜さん?」

彼女の今まで見たことないような態度にあっけにとられる。

 

 

「ゆきのんも行こう?」

結衣は笑顔で雪乃に向き合う。

 

 

「私は……」

雪乃は言葉が出てこなかった。自分が何を言いたいのか、自分がしたい事は何なのか、自分が何を思っているのか、それすらも分からない。

 

 

 

 

「私は、どうしていいか分からないわ」

 

 

 

「ゆきのん……」

 

 

 

 

「じゃああたし待ってるよ!」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「あたしヒッキー見て来る!」

立ち上がりドアの前に立つ。

 

 

 

「由比ヶ浜さん?」

 

 

 

「すぐ戻るから!」

待ってるからねー!と勢いよく飛び出す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」ポカーン

雪乃は何もできないまま一人取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな奉仕部のやり取りを盗み聞きしていた一人の影。

 

 

 

 

「動き出したか……頑張れよ若人たち!!」

 

 

 

 

その瞳はとても美しく、力強く、優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総武高校体育館

放課後になると、バスケ部、卓球部、バレー部など様々な部が目標に向けて練習をしている光景が見られるのだがこの日は違った。

静まり返る体育館、生徒たちがいる普段ならにぎやかに練習してるであろう時間、しかし今は緊迫した空気が流れる。

 

その緊迫した空気の原因となっている一つのコート。

 

 

バレー部男子が使用しているそのコートが原因だった。

 

 

 

「助っ人ってどういうことだよ!?」

180の七沢よりも高い身長、高校生離れした筋肉、バレーボーラーと思えないような風貌の男が声を荒げる。

 

 

 

「だから、比企谷に練習試合まで助っ人としてバレー部にいてもらうってこと!」

普通の人ならその風貌に萎縮してしまいそうなところだが、臆することなく返答する。

 

 

 

その二人のやり取りに一年生二人は怯え、二年生の一人はどうしたもんかと頭を掻く。

 

 

 

「何勝手に決めてんだ!!それにこんな奴連れてきてどうすんだ!」

 

 

 

文化祭の件で広まった八幡の悪い噂、いきさつを知ってる者ならともかく知らない者にとっては心象はよろしくない。

 

 

 

※ちなみに七沢は中学時代“「男子ーちゃんと練習してよ!!」という割に自分はそこまで何もしない仕切り屋系女子”と3年間同じクラスで、しかもそいつがクラス委員で嫌な思いをしてきた為、文化祭実行委員長なのにクラスでペチャクチャしていた相模が嫌いだった、なので比企谷に対してそこまで悪意は持っていなかった。

 

 

 

 

(もしかしなくても、七沢は助っ人の事を何も言っていないと見た。そしてその事が当日初耳だった部員に知らされた。突然の事、しかも助っ人が俺みたいな奴。そんで怒り爆発といった所か)

 

 

言い争いを続ける二人と他の部員を見る。

 

 

(お互いの主張をぶつけ合っている、このままじゃ平行線か……他の部員もどう止めていいか悩んでるな、仮に止めてもお互いにしこりが残る)

かと言ってこのままでは最悪内部分裂になり、自立支援の為の依頼が内部崩壊の原因になってしまう。

 

 

 

(結局あれしかないか)

八幡のジョーカーの様な手、自分をその世界から切り離す自己犠牲、自分自身を計算に入れない八幡だからこそ使う手。

 

 

 

(今回は確か1年生の自立支援だから、もしこのまま俺の参加が有耶無耶になれば失敗だな……まあお互い意見をぶつけ合うようになるだけでも前に進めるだろ)

俺たちと違って、声にならない独り言をつぶやく。

 

 

 

「だいたい、いつ俺らがそれをお願いした!?お前が勝手にやっただけだろ!!部のことをちゃんと考えろ!」

その発言に七沢の顔が歪み部員の顔色も変わる。

 

 

 

(言い過ぎ、熱くなりすぎだ……)

 

 

 

(やるしかないか)

八幡は少し深呼吸をする。

 

 

 

「おい!」

 

 

 

「比企谷……」

力無い目で八幡を見る七沢。

 

 

 

「ああ?部外者は黙ってろ!」

 

 

 

「お前ずいぶん屑だな」

先ずは直球ストレートを内角に決める。

 

 

「何だと!?」

 

 

悪意をこちらに向ける上で相手を怒らせる行為、挑発したりコンプレックスを突いたりと色々ある中で重要な物、正論を交え相手にとって痛いところである核心を突く事。

 

 

特に相手の非を責めた上で行き場のない怒りを与える事、そしてその怒りを自分に向けるように誘導すれば完成する。

 

 

 

「今回、俺が七沢から受けた依頼は、高校からバレー始めた1年生に試合を経験させたいから助っ人としてチームに入ってくれってことだ」

 

 

 

「だからなんだよ?」

 

 

 

「お前チームの為に何かしたか?」

 

 

 

「ああ!?」

 

 

 

「こいつは確かに一方的だけど、チームのこと考えて行動してるぞ」

 

 

 

「……」

拳を握りしめ八幡を睨みつけている。

 

 

 

(もうひと押しか……)

 

 

 

「どうせ、七沢に任せて自分は何もしてないんだろ?七沢にただやらせて、自分は何もしない、それで気に食わなかったら相手を罵倒して否定する、これが屑じゃなくてなんだよ!?」

 

 

 

「てめぇ!!」

その目が明らかな怒りの色に変わり、八幡の胸倉を掴む。

 

 

 

ここまでは彼の思惑通りだった。

 

 

 

しかし、八幡はいつもならありえない行動、テンションに流されてしまっていた。

 

 

 

相手を罵倒するうちに自分と七沢の境遇を重ね、言葉が続いてしまう。

 

 

 

「何が部の事を考えろだ!!お前こそ相手のことちゃんと考えろよ!!自分が信頼してる人間に、自分を否定されるってどんだけキツイかわかってんのか!?」

数々のトラウマを植え付けられた過去の事、奉仕部と仲違いした時の事が頭に浮かんでいく。

 

 

(マズイ、止まらない)

 

 

 

「否定するなら自分でやれよ、何で任せるんだよ……」

 

 

 

「やめろよ……」

 

 

 

その言葉に沈黙が走る、いつの間にか胸倉を掴んでいた手がするりと離れる。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん」

沈黙の中七沢がつぶやく

 

 

 

 

 

「俺、キャプテン任されたのに、もっとしっかり出来てたらこんな事に……」

その目には光るものが。

 

 

 

 

(えっ?もしかして……)

 

 

 

 

「ごめんなさい」ポロポロ

 

 

 

 

(((((な、泣き出したーーーーーーー!!!!!)))))

全員の心が一つになる。

 

 

 

(七沢ってこんなにすぐ泣いたっけ?やばい!俺言い過ぎたかも……)

(え?お、俺もしかして何かやらかした?)

当事者の二人から深刻な雰囲気が消え、突然の事にただオロオロするばかり。

 

 

 

これで七沢が女や戸塚なら“やめて!私の為に争わないで!!”という構図になるのだが彼は180センチな男、あまりのカオスと混乱ぶりに、大根持った妖精が表れ「だいこんらん♪だいこんらん♪」と踊りだしている(←分かる人にはわかるネタ)。

 

 

 

 

もっとも、戸塚だったら泣かせた輩に八幡、愛のバーンナックルが炸裂しただろうが。

 

 

 

 

「お、俺が悪かった!!だから落ち着け!!」

八幡は即座に謝る、女子に席替えで泣かれた事や結衣を泣かせてしまった事はあってもこんな形ははじめて、さすがに戸惑っている。

 

 

 

「比企谷は悪くない、悪いのは俺だから」ポロポロ

泣き止まない七沢。

 

 

 

「おい飯山、あきらかにお前が言い過ぎだ、言う事あるだろ」

もう一人の二年生が肘でつつき何か言うよう小声で促す。

 

 

 

「ああ」

飯山はバツの悪い顔をし、七沢に近づく。

 

 

 

「おい七……」

「ごめん。」

飯山より先に七沢が謝る。

 

 

 

「は?」

 

 

 

「俺、キャプテン任されたのに、皆に迷惑かけてばかりで、先輩みたくできなくて」

 

 

 

 

(こいつ、気負って自爆したパターンか?)

社会出て気負いすぎる奴は鬱病になりやすいと聞く、やっぱり専業主婦最高なんだと八幡は改めて思う。

 

 

 

「まさかと思うけどお前、あの時の試合で責任感じて俺が頑張らなきゃとか気負って無いよな?」

 

 

 

「!!」

ビクンと反応し涙目の顔を上げる、その顔は何で分かったの?と書いてあるかのような面構え。

 

 

 

 

「このバカタレ!!!!!」

飯山、本日二度目の大噴火。

 

 

 

 

「あの時、お前だけが悔しかったんじゃないぞ!!!試合出れないで声あげるしかなかった俺たちはどうなる!?お前と違って貢献すら出来なかったんだぞ!!」

さっきとは違う怒り方に八幡も止めに入らない。

 

 

 

「あんだけ活躍しといて何勝手に自爆してんの!?バカなの!?」

 

 

 

「……」

あっけにとられているのか七沢は顔を上げポカーンとしたまま。

 

 

 

 

「今度からちゃんと相談しろ、一人で抱えるな」

七沢は声がちゃんと出ないのか頷くだけ。

 

 

 

「それとごめん!言い過ぎた」

90度に腰を曲げた正しいジャパニーズお辞儀をする。

 

 

 

「うん……」

色々な感情がおしよせてくるのか、唇を噛みしめ何かをこらえるように、でも苦い顔じゃない何とも言えない顔。

 

 

 

そしてその顔は笑顔になり。

 

 

 

「ありがとう!!」

 

 

その声がコートに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、八幡を追いかけて「かわいそうな飛雄馬」と連想しそうな状態で見ていたひとりの少女。

 

「ヒッキー、ごめん……」

さっきの八幡の言葉を自分に重ねていた。

 

 

 

 

 

 

 

そんな皆の様子を眺める一人の女性。

 

「青春だな!若いっていいな!!」

もはや野次馬のように見つめる静の姿があった。




次回からは、バレーやトレーニングなど交えた話を考えていくつもりです。



そして、更新なのですが今月はペースが遅くなるかもしれません。



というのも、県民体育大会が今月ありましてうちの市の重量挙げの重量級の人が突如転勤に合い重量級で出れる人が周りにおらず

取引先の人から自分に誘いがかかり、畑違いな競技の自分が助っ人として重量挙げに参加することになりました


素人とは言え一応市の代表という事で半端はできず、しばらく競技の練習と増量に入ることになると思います


なので、合間を縫ってSSを書きますが更新遅くなるかもしれません


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第2章 バレー部参加
そしてバレー部は動き出す


今回はバレーの話が入ります。


引退

 

競技をする者にとって避けては通れない二文字、高校バレーにおいてもそれは例外ではなく、春高バレーの開催が1月に変更された現在においても、インターハイを最後に引退する3年生は多く、総武高校バレー部においてもそれは例外ではない。

 

 

 

 

「バレーしたい……」カリカリ

そうつぶやきながら勉強する一人の男。

 

 

総武高校バレー部前キャプテン清川、彼もインターハイ予選を最後に引退した一人。

 

 

 

かつてはエースとして活躍したのだが、バレーに力を入れていない総武高校に監督やコーチによるバレーの推薦枠などあるはずもない。

 

引退してからの彼は大学に進むべく受験勉強に追われていた。

 

 

 

 

(バレーしたくて勉強に身が入らない……)

小中高とひたすらバレーをしてきた彼にとってバレーが出来ないという事は、かなりのストレスとなっていた。

 

 

 

「宗、大丈夫かな……」

引退した際キャプテンに指名した自分の弟分の事を心配しつぶやく。

 

 

 

「あの時の事を気にして気負ってなきゃいいが」

その読み見事的中、さすがは兄貴分と言ったところである。

 

 

 

「た、大変だよ~清川君」

あんまり危機感を感じさせないほんわかボイスが清川のところへやってくる。

 

 

「どうした城廻?」

クラスメイトに何事かと問いかける。

 

 

「バレー部が体育館で喧嘩してるって~」

物騒な事をほんわかと伝えるめぐりん。

 

 

 

「なんだと!?」

まさか、さっきの悪い予感が当たったのか!?と不安が彼を襲う。

 

 

 

 

(勉強してる場合じゃない、あいつらを止めないと!!)

 

 

 

「ありがとう城廻!!」

清川はお礼を伝えると一目散に体育館へ駆け出した……。

 

 

 

 

 

(宗、みんな、早まるなよ!!!)

そして彼は駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

ちゃっかりバレシューを履いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼が向かった体育館。

雨降って地固まるという諺通り、バレー部はすでに和解していた。

 

 

「比企谷だったよな?」

先ほど八幡と言い争った飯山が声をかける。

 

 

「ああ」

ヒキタニではなく比企谷と呼ばれ少しうれしい八幡。

 

 

「さっきはすまなかった、それとありがとう」

七沢にした時と同様、90度の正しいジャパニーズお辞儀。

 

 

「えっ?」

謝罪と感謝、どちらも言われ慣れない八幡は戸惑う。

 

 

 

「お前が言ってくれなきゃ俺、最低な人間になる所だった」

苦笑いを浮かべ、先ほど自分がしたことを思い出す。

 

 

「いや、俺も言い過ぎたし……」

八幡も先ほどの事を思い出したのか苦笑いし頬を掻く。

 

 

「というか、俺お前のこと勘違いしていた」

 

 

「勘違い?」

 

 

「噂のお前は自分の事を棚に上げ周りを批判する卑怯者、女を暴言浴びせて泣かせるような嫌な奴って話だった」

 

 

 

「……」

文化祭の件以来伝わる自分の悪い噂に閉口する。

 

 

 

「でも、実際は違った」

 

 

 

「実際のお前は相手の事を考え行動し、内面に優しく熱い心を持った……」

飯山は八幡の顔を見据え。

 

 

 

 

 

 

 

「俺好みの、イイ男だ!!」

爆弾発言をぶちかます。

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「な~~~!!!」」」」」

あまりの問題発言にバレー部&八幡は某エンジェリックレイヤーの口癖を発する。

 

 

 

 

「ヒ、ヒッキーがまたホモに絡まれてる!!」

物陰から見つめる結衣も混乱中。

 

 

 

 

(何?最近やけにこの手のトラブル多いけど何かの陰謀?ていうかこれどう返せばいいの?教えてリア充の人)

強化外骨格の陽乃をもって理性の化物と銘打たれる八幡、そんな彼の理性を持ってしてもこの状況は処理不能、大根持った妖精が再び現れそうになる。

 

 

 

ここで腐った人なら「ミートゥー」と答えれば良いんだよ、と教えるところだがいるのは皆ノンケである。

 

 

 

 

「すいません!俺ノンケなんでホイホイついていけません」

混乱した八幡、何を思ったかこのような発言に至る。

 

 

 

「へ?」

飯山は自分の発言をもう一度思い出し……。

 

 

 

「いやいや違う!!俺は人として好みだと言っただけだ!!俺はノンケだ!!好みの女性は原田知世だ!!」

自分がした問題発言をあわててフォロー。

 

 

 

※ちなみに作者も原田知世が好みです、一緒にブレンディー飲みたいです。

 

 

 

 

 

 

「まあ、落ち着こうか皆」

七沢がカオスになりそうな場をとりなす。

 

 

 

「先ずは自己紹介しよう、俺からいくな」

七沢は一息つき。

 

 

「2年F組七沢 宗!一応キャプテンです」

キャプテンである七沢から開始する。

 

 

「2年C組飯山 克己副キャプテンやってる」

筋骨隆々の大男が声を発する。

 

 

「2年D組稲村 純です」

2年の二人には及ばない者の平均以上のガタイがある、その稲村は一年の方に目を向ける。

 

 

「あ、えと1年A組温水(ぬるみず) 博です」

バレー部の中で一番平凡そうなオーラを発している。

 

「同じく1年A組長谷 建です」

細身の体ではありものの飯山よりも高い身長。

 

 

 

「この5人が今のバレー部だ」

自己紹介を終え八幡の方に向く。

 

 

 

 

「そんで、比企谷が練習試合までの間、助っ人として入るのに反対の人いる?」

七沢が部員に問いかける。

 

 

 

「反対と言うより、素人入ってまともな試合になるか?うちは1年が高校からバレー始めたばかりだし、結構難しいと思うぞ」

稲村が至極真っ当な質問をする。

 

 

「ああ、それなら大丈……」

「おまえら!!喧嘩はやめるんだ!!!」

七沢の声をさえぎる一人の男。

 

 

「あっ!!キヨ先輩!!」

 

 

「「「「おつかれさまでーす!!!!」」」」

先輩を見て条件反射で挨拶するバレー部。

 

 

 

「お前ら何喧嘩して……あれ?」

喧嘩と聞きつけ表れた彼、ところが険悪なムードはどこにもなく普通のミーティングしているようにしか見えない様子。

 

 

 

(もしかして、すでに仲直り中?じゃあ俺来た意味なくね?)

清川は少し困惑。

 

 

「あ、もう解決しました……」

わざわざ清川に心配させてしまったと落ち込む。

 

 

「そ、そうか……ところで彼は新入部員か?」

八幡の方へ目を向ける。

 

 

(こいつどこかで……)

清川の心に引っ掛かる

 

 

「いえ、練習試合までの間助っ人としていてもらう感じです」

 

 

 

「そうか、じゃあせっかく6人いる事だし普段出来ない練習、3対3で試合したらどうだ?俺が審判に入るよ」

 

 

「そういえば先輩たち引退してから3対3やって無かったな」

いっちょやってみっかとやる気をだす飯山。

 

 

(確かに、下手な言葉よりそっちの方が打ち解ける可能性が高いな)

 

「俺もそれでいい」

八幡もそれに乗っかる。

 

 

 

「じゃあ、チーム分けしたら始めるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり奉仕部

 

 

 

「戻って来ない……」

雪乃は一人奉仕部にいた

かつて、八幡と結衣が来る前は当たり前だった一人の空間。

 

 

 

「こういうのも久しぶりね」

学校でも部室でも家でも一人それが当たり前だったのに、今ではそれがさみしく思え自分の弱さを感じさせられる。

 

 

 

「……」

もしかしてなにかあったのでは?雪乃の頭に不安がよぎる。

文化祭以来、彼に対する風当たりは強く何があっても不思議じゃない。

 

 

「べ、別に彼の事が気になってるわけじゃないわ!」

浮かび上がった自分の感情を必死に否定する。

 

 

 

「けど、このまま二人に何かあったら部長としての責任があるわね」

これは奉仕部の部長として部員を見に行くだけ、そう自分に言い聞かせ彼女は席を立ち扉に手をかけ……

 

 

 

体育館へと動きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体育館

 

バレー部のチーム分けがされ

 

 

 

 

Aチーム

八幡、七沢、長谷

 

 

Bチーム

飯山、稲村、温水

 

 

となりそれぞれのチームが話し合っていた。

 

 

「よろしく」

「よろしく二人とも」

「よろしくおねがいします」

 

 

「俺はこのチーム初めてだからサインとかお前以外のやつの実力とかよくわからん、とりあえずサインだけ教えてくんない?それを使う」

 

 

 

「えっと、これがオープン、これが平行、そんでこれがレフトでこれセンター、んでこれライト、あとこれAクイック」

七沢がサインを教える。

 

 

「……他は無いの?」

 

 

「実は、3年でセッターやってた人2年までリベロやってた人で急造セッターだったからブロードやバックアタックまで連携できなくて……」

 

 

「マジかよ」

それで、この人数で指導者と監督無しで準々決勝まで進んだのかと驚愕する。

 

 

「あ、あの」

長谷が八幡に声をかける。

 

 

「ん?どうした?」

 

 

「もしかして比企谷先輩って経験者なんですか?」

先ほどの素人とは思えない話し合いで出来た疑問をぶつける。

 

 

「昔すこし、といっても3年ブランクあるからあんま期待すんな」

八幡は期待させないように、それでいて失敗しても良いように予防線を張った。

 

 

 

「とりあえず、サインそれで大丈夫?」

 

 

「まあ3対3なら問題ないだろ」

 

 

 

 

 

「準備いいか?始めるぞ!!」

清川の声が響く。

 

 

 

各チームがそれぞれの持ち場につく。

 

 

 

 

3対3の場合はサーブのみのローテーションで前衛後衛は無い、八幡はセッターのポジションにつく。

 

 

 

「おいおい、比企谷セッターで大丈夫か?」

飯山が茶化すように声をかける。

 

 

「俺がアタック打つよりいいんじゃね?」

初心者と思わせるため、あえてスパイクと言わない八幡。

 

 

「フッ!バレーを知らない奴め、後悔するぞ」

何やらフラグらしき物を立てる飯山。

 

 

 

というか八幡がバレシュー履いてる事に何故誰も気付かないのだろう。

 

 

 

 

 

ピィィィィ!!!

試合開始の笛が鳴る。

 

 

(とりあえず最初はエースの実力と相手の実力も見たい、小細工無しだ)

八幡はレフトオープンのサインを出す。

 

 

 

 

サーブはBチームの飯山から。

 

 

 

(七沢はカットも上手いし、下手にやるとそのまま反撃食らいかねない……)

床にボールを叩きつけ。

 

 

(長谷を狙おう、あいつレシーブ苦手だし)

 

 

 

飯山はトスを上げ落ちるサーブで長谷を狙い打つ。

 

 

 

「あっ!」

長谷は何とか拾うものの、とてもトスで拾えない、ネットにすら掛からないような低く速いボールを上げてしまう。

 

 

 

(狙い通り)ニヤリ

飯山の狙い通り、あれでは素人の八幡は捕れない、捕れたとしてもレシーブでこちらにはチャンスがくる。

 

 

 

はずだったのだが。

 

 

 

 

パスッ

レシーブではない音、八幡は体を反らしブリッジに近い態勢でトスで上げた。

 

 

 

「「「「「え!?」」」」」

八幡の実力を知る七沢以外は驚愕する。

 

 

あまりの出来事にブロックに入るタイミングが遅れる。

 

 

 

「ナイストス」

レフトに上がったオープントス、そのボールは理想的な放物線を描き、七沢が最も好きなネットよりやや離れた場所。

 

 

彼が今まで受けたトスの中でも特に打ちやすい理想形のトス。

 

 

 

(こいつやっぱすげぇ!!)

ぞっくと来る震えと高揚感。

 

 

バシッ!!!

勢いよく打たれたボールは相手コートに叩きつけられ、壁の上段へと向かう。

 

 

 

 

ピィィィ!!

清川の手がAチームに向かい、Aチームの得点を告げる。

 

 

 

「何もんだよ……」

先ほどの強烈なスパイクではなく、神ががり的なトスを見せた八幡へと目が行き。

 

 

 

「てか、あいつ経験者かよ!!」

彼のバレシューを見て真実を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒッキー凄い……」

そんな彼のプレーに驚く結衣。

 

 

「すごいドキドキしてる」

豊満な胸に手を当て心臓の鼓動を確かめる、自分が好意を寄せる男の活躍する姿にドキドキが止まらない。

 

 

 

 

「あれが比企谷君なの?」

体育館へとやってきて、偶然そのプレーを目撃した雪乃は目を丸くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって奉仕部

 

 

 

「誰もいない……」ぽつーん

依頼の件で奉仕部を訪れたいろは。

 

 

「今日どうすればいいの?」

誰もいない奉仕部で一人つぶやいていた。




一応今後の更新は早くて週一、遅くて二週間に1回の更新になります。



バレーの描写苦手ですが頑張ります。


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体が覚えてる

怪我をしてしまい、練習できず暇なので予定より早く投稿しました。



今回はただ試合をするだけです。


「おい比企谷!経験者なの黙ってんじゃねえよ、卑怯者!!」

八幡のプレイ&よく見ればバレシュー履いてるという状態で彼が経験者だと気付いた飯山は抗議の声を上げる。

 

 

「いや、お前勝手に勘違いしただけだから、俺最初からバレシュー履いてたし」

バレシューを床にトントンあてながら答える。

 

 

確かに八幡は最初から履いていた。

そして自分から素人と言っておらず、はじめから初心者だと決めつけていたのは飯山本人だ。

 

 

 

「もしかして、七沢もグルか?」

恨めしそうに七沢に抗議の目を向ける。

 

 

 

「言おうとしたけど聞く耳持たなかったじゃん」

軽く拗ねた口調でおどけてみせる。

 

 

 

「~~~!!!」

言い返せないのか声にならない声を発し頭を掻きむしる。

 

 

 

「それよりこっちのサーブ権だろボールくれないか?」

八幡は相手側に声をかけるとエンドラインに向かう。

 

 

 

「ほいよ」

稲村がボールをネット下から放る。

 

 

 

「比企谷、最初打つ?」

ボールを受け取った七沢が質問する。

 

 

 

「そうだな体力あるうちに打っておいたほうがいいかも」

 

 

 

「ほらよ」ポイ

 

 

 

(比企谷のサーブ、確かあの時はジャンプサーブ、※ジャンフロの使い分けだったな……体育では緩いフローターだったけど何やるんだ?)

 

※ジャンプフローターサーブの略

 

 

 

「「さあ来い!!」」

飯山と稲村がレフトとライトそれぞれポジションにつき気合いを入れ、温水はセッターに入る。

 

 

 

八幡はエンドラインより離れた位置に立ち床にボールを数回叩きつけ、昔を思い出す。

 

 

(この感覚、久しぶりだな)

 

 

ピィィィ!

サーブ開始の笛が鳴る。

 

 

 

(3年振りのサーブ、体が覚えてればいいが……)

 

 

 

深呼吸をし、ボールを一度頭の位置に持ってきて目を閉じる彼のルーティンを入れる。

 

 

 

(リズムを思い出せ……)

 

 

 

息を大きく吸い、ゆっくりと吐き出しながら足を踏み出す、片手ではなく両手で前方に向け無回転のトスを上げる、すうっと一気に息を吸い、左手をボールに添えるように向けタイミングを合わせ跳ぶ。

 打点の高い状態、添えた左手を引き反動で右手を呼び起こす、手首を固めボールの回転を殺してミートさせる。

 

 

 

(ドンピシャだ!)

 

 

 

そのボールは相手のレフト目がけ、高い打点からネット寸前を通るほど低く、そして早い弾速で飛んでいく。

 

 

 

「ジャンフロだと!?」

自分に向かってきたサーブに身構える。

 

 

 

サーブレシーブが得意ではない飯山にとっては天敵の様なそのサーブ、ジャンプサーブほど成功率が低くなく、それでいてカットしにくいサーブ。

 突然伸びたり、落ちたりと予測不能な球筋、そのサーブはまるで意思を持ったように変化し、飯山の手前で落ちる。

 

 

ピィィィ!!

笛の音が八幡のサービスエースを告げる。

 

 

(もしかして彼はあの時のセッターか?)

清川はかつて決勝で争ったチームのセッターと八幡の姿を重ねる。

 

 

(彼ほどのプレーヤーが何故今まで出てこなかった?)

 

 

 

「「ナイスサーブ(です)」」

サービスエースを決めた八幡に声をかける二人。

 

 

 

 

 

 

「ヒッキーすごい!ジャンプサーブ決めちゃった!」

八幡の活躍に喜びを隠せない結衣。

 

 

 

「あれは、ジャンプフローターサーブよ由比ヶ浜さん」

解説役のユキペディアさんが声をかける。

 

 

 

「ゆきのん来てくれたんだ!!」

雪乃に抱き付く結衣。

 

 

 

「べ、別に戻って来ないから様子を見に来ただけよ」

内心嬉しいながらも結衣を引き離す。

 

 

 

「ところで、そのじゃんぷふろ何とかって何?」

おバカキャラを前面に押し出す。

 

 

 

「ジャンプサーブが強力なスパイクだとすると、あのサーブは飛んで高い位置から無回転で打つサーブ、その予測しにくい動きで相手のミスも誘えるから、世界大会でも使う選手が多いサーブよ」

 

 

 

「へえ……」

あまりよく分かって無い表情。

 

 

 

「予測しにくい動きってことは、つまりヒッキーみたいなサーブってことだね!!」

何とか納得したものの、無邪気に毒を吐くガハマさん。

 

 

 

「比企谷君、みたいな、サーブ……」プルプル

ツボにハマったのか震えながら必死に笑いをこらえる雪乃。

 

 

 

 

(何かナチュラルにけなされてる気がするんだけど……)

絶賛活躍中の八幡だったが、何故かその気配を感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

「ドンマイ飯山」

稲村がショックを受けてる飯山を励ます。

 

 

 

「ああ、まさかジャンフロまで打ってくると思わなかった」

ため息を一つつく。

 

 

「あの先輩、何者なんですかね……」

ただの経験者の動きじゃない、それは経験の浅い温水でも感じ取れた。

 

 

 

「それより飯山、お前はタッパあるんだからジャンフロなら前詰めてオーバー(オーバーハンド)で捕ればいいだろ、最悪後ろに思いっきり逸らさなきゃいいんだから」

無回転系は下手にアンダーで捕ると難しいのでオーバーで捕る人が多い。

 

 

「自分もそれならカバーに入れます」

 

 

 

「わかった、次はそうする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷、よく3年振りで打てたな」

 

 

 

「体が覚えていたみたいだ」

 

 

 

「比企谷先輩、次もサーブガンバです!」

八幡にボールを渡す。

 

 

 

「あんま期待すんなよ」

期待されるとミスした時に気まずくなる、それが彼の経験から導き出した結論。

 

 

 

 

 

再びエンドライン後方に行きボールを打ち付ける。

 

 

(さっきのを見る限り飯山は見た目通りサーブカットが苦手と見た、稲村や温水はまだ未知数……)

次の選択肢を頭に浮かべる。

 

 

(あの手で行くか)

 

 

 

笛が鳴り先ほどと同じルーティンからトスをあげる。

 

 

打つ瞬間、手首の力を弱め振りぬかずミートさせやや高い弾道。

ネットギリギリに落ちるフェイントのようなサーブ、飯山と温水の間を狙う。

 

 

 

 

「!」

ジャンフロが来ると思ってた飯山は咄嗟の事に対応できない。

 

 

 

(この性格の悪いサーブ懐かしいな)

清川は八幡のプレーを思い出す。

 

 

 

「さすが比企谷君、せこいわ……」

雪乃も思わず呟く。

 

 

 

「くっ!」

セッターポジションにいた温水が何とか反応しボールをアンダーで拾う。

 

 

 

(あいつ、咄嗟の事にもちゃんと反応したな)

相手コート全体を見渡しながら、自分のポジションに戻る八幡。

 

 

「飯山さん!!」

温水は飯山にカバーを求める。

 

 

「稲村!!」

ライトに向けてオープンのトスが上がる。

 

 

 

長身の長谷がブロックに向かう。

 

 

(トスはライトのアンテナより奥に向かう軌道でネットに近い、ストレートはかなり打ちにくい、長谷もその辺考えてかしっかりブロックのコースをレフトに誘導してる)

プレイしながらも八幡は部員一人ひとりの動きを把握し頭に入れる。

 

 

(1年生が経験少ないながらもしっかり動けてる、指導者いない中でよくここまで育ったな)

 

 

(とりあえず今俺がするのは、ブロックカバーもできる位置でボールが来たら拾い、七沢がカットしたらそれをトスだ)

 

 

 

ライトのトスに合わせ稲村が横から助走に入る。

 

 

(打ち分ける技術があってもあの位置じゃストレートはない)

 

 

稲村は勢いよく跳ねクロスに腕を振りぬく。

 

 

 

 

バシッ!!!!

 

 

 

 

(ウソ!?)

 

 

 

確かに彼はクロスで振りぬいた、だが決まったのはライトからのストレート。

 

 

 

 

「どういうこと?」

自分の理解を超え、さすがの八幡も動揺する。

 

 

 

「あれが、稲村の得意技だよ」

やられたという顔をしながら七沢が説明する。

 

 

「得意技?」

 

 

 

「あいつ自分でクセ玉にしてそれコントロールしてるの」

 

 

 

「まじで?」

何それチートじゃんと八幡は思う。

 

 

 

「その代わり威力がかなり落ちるから、フェイントみたく奇襲技として使う感じになるのが難点、コースがバレたら意外と拾われるし」

稲村が手首をヒラヒラさせながら言う。

 

 

 

「いや、それかなり使えるだろ」

 

 

(実際これは使い方次第でかなりの戦力になるな、クイックやブロードにまぜるだけで幅が広がる、ちゃんとしたセッターがいてサインにコースも決めれば相当な武器に化ける)

勿体ないな、と小さくつぶやく。

 

 

 

(とりあえず、稲村はチェックだな)

要チェックや!!とノートに書くわけではないが、守りの選択肢を増やすことにするよう頭に入れた。

 

 

 

 

 

再びセッターポジションに入る八幡。

 

 

(長谷はブロックは良かったがスパイクはどうなんだ?試してみるか。)パパッ

ライトオープンのサインを向ける。

 

 

Bチームのサーバーは先ほどスパイクを決めた稲村。

 

 

 

(どんなサーブがくる?)

 

 

 

ドンッ!!

稲村はエンドラインから離れかなり離れフローターのサーブを放つ、そのサーブは先ほどの八幡のサーブよりも早い弾速、奇妙な回転でコートに向かう。

(何だあのサーブ?)

 

 

向かった先は長谷と七沢の間。

 

 

「七沢!!」

八幡は七沢に取るよう指示。

 

 

「任せろ」

七沢はアンダーで拾うがアウトコースに弾かれる。

 

 

(七沢がミスだと?)

弾かれた瞬間、無意識に体がカバーに向かい走り出す。

 

 

 

「すまん!!」

 

 

「大丈夫だ!!」

 

 

 

カバーに入った八幡はボールを追い越す。

 

 

「ああっ!」

ミスだと思った結衣が声を上げる。

 

 

 

「ライト!!!」

八幡はそのまま勢いをつけて跳び、ボールが自分の頭上を通過する寸前で合わせ、バックトスをライトに向ける。

 

 

綺麗なライトへのオープントスが上がる。

 

 

 

「「「うそぉぉぉん!!!」」」

Bチームの声が揃う。

 

 

 

(すごいトスだ、何なんだこの先輩!?)

トスに合わせ助走をつけ跳ぶ。

 

 

(さすが長身、打点が高い!!)

着地し振り向き、すぐさまコートに向かう八幡。

 

 

バシッ!!

長谷がスパイクを放つ。

 

 

「やらせるか!!」バン!

レフトにいた飯山が走り込みワンレッグで跳び長谷と同じ高さでブロックする。

 

 

「ワンチ!」

 

 

※ワンタッチの略

ブロックで触れた場合、味方にカバーしてと頼む時ワンチと伝えたりします。

 

 

 

稲村がカバーに入るがギリギリ届かない。

 

 

 

ピィィィ!!

Aチームに得点が入る。

 

 

「なんだよあのブロック……」

長谷のスパイクの高さと腕の振りはかなり良い部類だった、だが飯山はそれを片足で跳んで合わせ止めた。

 

 

「飯山のフィジカルは部でダントツのナンバーワンなんだ。」

戸惑う八幡に七沢が声をかける。

 

 

 

「お前よりか上なのか?」

 

 

 

「と言うより、フィジカルなら俺三番目」

相手コートを見ておどけた仕草をとる。

 

 

 

「バレー部少数精鋭かよ……」

半分あきれ顔の八幡がつぶやく。

 

 

「だから言ったろ“お前が欲しい”って、普通の数合わせじゃついて来れないの」

七沢はホラねとドヤ顔を八幡に向けながら言った。

 

 

 

一方のBチーム

 

 

「あいつ、経験者ってレベルじゃねえぞ……」

 

 

「というか崩しても関係なくトス上がるから、チャンスのハズがスパイク飛んでくるとか厄介だな」

 

 

「なんで比企谷先輩あれでバレー部じゃないんですかね……」

 

 

 

 

八幡以上に困惑していた。




次回は3対3決着の予定です。


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バレーボールプレイヤー比企谷八幡

今回は八幡活躍の話。


「結衣先輩たちどこ行ったのかな?」

無人の奉仕部を訪れしばし呆然としていたいろは。

 

 

そういえばあの時……。

 

 

『比企谷はバレー部で雪ノ下と由比ヶ浜は生徒会、それぞれが同時に依頼にあたる、それでどうだ?』

いろはは静の言葉を思い出す。

 

 

「もしかして、体育館?」

どうせここにいても埒が明かない、いろはは体育館へと足を向けた。

 

 

「それにしても……」

あの時部室にいた八幡の事を思い出す。

 

 

「あのやる気なさそうで冴えない人がバレーとか大丈夫なのかな?」

多分無理だと思うけど、そうつぶやきいろはは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「さあカットだここ止めるぞ!!」

 

 

「よしサーブ一本決めよう!!」

 

 

そんないろはの想像とは裏腹に3対3の試合はエキサイトしていた。

 

 

現在の点数は

Aチーム21  Bチーム16

 

その能力と個人技でABチーム共に点を稼ぐプレーヤーがいるものの、八幡の無理矢理トスに持っていく高い技術により少しずつ点差が広がっていった。

 

 

 

 

「あっ!!」

Aチームの一年、長谷がサーブをミスする。

 

 

「おしっ!ラッキー!」

飯山が小さくガッツポーズ。

 

 

「す、すいません!!」

チームメイトの先輩二人に頭を下げる。

 

 

 

「ドンマイ!ドンマイ!」

「サーブミスらない奴なんて普通いないから気にすんな」

二人はフォローで返す。

 

 

これで点数はAチーム21  Bチーム17

Bチームのサーバーは飯山

 

 

 

(こいつ、さっきはかなり強烈なジャンプサーブを決めてたな……)パパッ

八幡が出したサインは普通のレフトオープン。

 

 

「飯山はフィジカルモンスターだから、ジャンプサーブやスパイクがハマるとかなり強力なんだよな」

七沢がつぶやく。

 

 

「その変わり技術は……というやつか?」

八幡は飯山のリズムを少しでも崩そうと会話を振る。

 

 

「あれに技術まで加わったらいろんな意味で化物だよ」

七沢が軽く笑い出す。

 

 

 

「おい!何か俺の悪口言ってない?」

飯山の湯沸かし器にスイッチが入る。

 

 

 

「お前の筋肉すげえって事だよ」

稲村はそのスイッチをあっさり切る。

 

 

 

「そうか」ニマニマ

 

 

 

((うまい……))

 

 

 

(飯山は頭いいけど直情型だから沸騰しなきゃ扱いやすい)

なんだかんだで彼が飯山をコントロールしていた。

 

 

 

ピィィィ!!

サーブ開始の笛が鳴る。

 

 

 

「行くぞ!!!」

飯山はトスを上げ高く飛ぶ。

 

 

そして

 

 

 

「フカした!!」

ミートポイントがズレ、盛大にホームラン。

 

 

 

(こいつノリノリだと手が付けられないプレーするかミスるかの二択なんだよな)

稲村が苦笑する。

 

いずれにせよ手がつけられないのだが。

 

 

 

「すまん!ミスった」

 

 

 

「ドンマイです!」

「気にするな、やると思ってた」

Bチームは励ましの言葉を向ける。

 

 

Aチーム22  Bチーム17

七沢のサーブから

 

 

 

七沢は普通のフローターで相手のコート後方へ打つ。

 

 

「クソ!!」

稲村が追いつき崩されながらもセッターが拾えるボールを上げる。

 

 

「レフト!!」

温水が飯山にオープンを上げる。

 

 

前衛にいる八幡がブロックに入る。

 

 

(やはり高いな、シャットアウトは無理か……)

 

 

(相手の目線、体の角度、トスの高さ、多分ここだ!!)

飯山のスパイクに合わせブロックをソフトブロックに切り替える。

 

 

バシッ

八幡の手がスパイクを受け減速させる。

 

 

「ワンチ!!」

 

 

「ああっ!!」

止められた事を悔しがる飯山。

 

 

ボールは威力が弱りながらも後ろに行き、長谷がカバーに入りオーバーでボールを拾う。

 

 

「ナイスだ!!」

向かう先は絶好のセッターポジション、八幡がどこにでもコントロールできる最高のボール。

 

 

「レフト!平行!」

七沢に平行のサインを向ける。

 

 

「おう!!」

「やらせるか!!」

七沢が助走体制に入り、飯山がそれをマークする。

 

 

 

 

(かかったな)バシッ!!

八幡のツーアタックがコート上の誰もいない所目がけ打たれる。

 

 

 

「「うそ!?」」

まさかのツーアタックに七沢と飯山の声が被る。

 

 

 

ピィィィ!!

Aチーム23  Bチーム17

 

 

 

(全体を見ながらその時最高の選択肢を選ぶ、やはり上手い。)

審判をしている清川は彼を見る。

 

 

(インハイ予選、もし彼がうちにいたら……)

3年のセッターを本来のリベロに戻し、飯山と稲村を交えベンチにいる一芸に秀でたメンバーも回せるようになる、司令塔に守備の要、ダブルエースに個の力という戦略の幅を広げたチーム。

 

 

(もしそれが出来てたらあの時……)

頭に浮かぶインハイ予選最後の試合。

 

 

(いや、ゲームセットでたらればを言えばキリがない)

コートへの未練、彼にはまだ残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒッキー、バレー凄い上手だね」

バレーの試合を眺める結衣。

 

 

「ええ、正直ここまでとは思っていなかったわ」

雪乃は八幡の活躍を見て普段ならありえない褒める言葉を発する。

 

 

(馴れ合い、協力、チームプレイ、私も彼も“嫌い”と言っていい言葉、その筈なのに)

雪乃は少し目を伏せ思う、今の八幡はそれらを満たしてプレイしていると言ってもいい。

 

 

「何か、ヒッキー楽しそうだね……」

いつも、捻くれた言動やそのやる気のない態度とは違う顔、生気に溢れ声を出すその姿、彼がマッ缶や雪乃が入れた紅茶を飲み本物を味わっている時のみ見れる顔、それが向けられるのが自分じゃないこと、そしてその顔を色々な人が見てる事、寂しい気持ちと独占欲が重なり寂しそうに呟く。

 

 

いつもの欺瞞や悪意を映したようなその腐った目は年相応の目をしている、ということでただのイケメンになっている、それは雪乃も感じていたようで。

 

 

「彼がバレーをやっていて、しかも目が腐っていないなんて本当に夢を見ているみたいね」

とても現実とは思えない、そう考えてしまう。

 

 

(彼の孤独体質の改善も私の依頼、このまま行けばその依頼を解決できそうなのに)ズキッ

雪乃は自分の胸をギュッと掴む。

 

 

 

※間違っても、ゆきのんは掴むものが無いだろとか野暮なこと言わないでくださいね、制服ならちゃんと掴めます。

 

 

 

(何なのかしらこの気持ち)

今の八幡を見て浮かぶ感情、今まで自分の見たことのない八幡の姿、もしかしたら彼が本来いるべき場所はあそこなのでは?

 

 

まるで自分が取り残されたような感覚に胸が押しつぶされそうになる。

 

 

八幡とは違うものの、思春期に悪意を向けられ交友関係を築いて来れなかった彼女にその感情を理解するほどの経験があるはずもない。

 

 

(私は何を思ってるの?私は何をしたいの?)

いまの彼女にその数式は難解で答えを導き出す方程式を持ち合わせてはいなかった。

 

 

 

 

 

「あ~、やっぱりここにいた!」

突如後ろからいろはが声をかける。

 

 

「あ、いろはちゃん」

結衣はやっはろーと声をかける。

 

 

「ひどいですよ、奉仕部に行ったら誰もいないんですから」

 

 

「ごめんなさい」

「ご、ごめんね」

さすがに自分に非があると思ったのか素直に謝罪する二人。

 

 

「で、二人してバレー部見てたんですか?」

そういいながらバレー部の方を、そしてバレー部とそん色なく活躍するアホ毛が特徴的な男を見る。

 

 

「うそ!あの先輩上手い!!」

八幡のプレーに驚愕の声を上げる。

 

 

 

「えっ?」

(何あのイケメン?あれが先輩……?)

あまりの予想外な展開にいろはは固まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

Aチーム24  Bチーム19

あの後、Bチームが取り返しブレイクするもAチームが再び取り返しマッチポイント。

 

サーバーは八幡だった。

 

 

 

 

 

床にボールを叩きつける。

 

 

(点差にはまだ余裕がある、今日やって無いジャンプサーブを試すのも手か……)

いまするサーブを考える。

 

 

(比企谷はまだジャンプサーブを見せていない、やるなら今か?)

七沢はその様子を見る。

 

 

 

ピィィィ!!

 

(ジャンプサーブをやる)

 

 

 

ジャンプサーブ

スパイクと同じフォームで打つサーブ、高い打点から打つ強力なサーブ、その反面難易度も高く成功率も先ほどのジャンフロに比べ低く、点数を狙うほどその成功率もかなり下がる。

 

 

八幡は現役時代ジャンプサーブとジャンフロの二つを、ケースによって使い分けしていた。

 

 

 

(俺が今までで一番練習したサーブだ……思い出せ)

 

 

 

ポジションこそセッターだった八幡だが本当はアタッカーがやりたかった。

 

だが彼がトスをあげる事はあっても、彼にトスを上げる者はいない、八幡は練習後に一人コートに残り自分でトスを上げスパイクの練習をした。

 

 

コートが使えない日も相棒である壁と練習し自分の為だけにトスを上げる、自分であげたトスを打つ練習の積み重ね、それは八幡にジャンプサーブという武器をもたらした。

 

 

上げるトスの安定、ボールにミートさせる技術とボールへ通す力の入れ方、基本的に物覚えが良く動きのイメージを体に伝えるのが上手い八幡は、それらが確実に身についていた。

 

 

 

ルーティンを入れる。

イメージするのはコートではなく壁、何度も同じ場所を目がけ打ち込んだイメージ。

 

 

片手でトスを上げる、スパイクと同じ助走をしジャンプ、左手をボールに添え照準を定める、勢いよく左手を引くと同時に腹筋と腰で強くひねり右手をしならせ持ってくる、ミートし振りぬく瞬間さらに力を加える。

 

 

 

バチン!!!!!

 

 

 

強力な打球、ネットをギリギリに通り鋭いドライブで変化、誰も反応出来ない速さでコートに落ちる。

 

 

 

 

ピィィィィ!!

バレー部男子の3対3の試合、彼が放ったサービスエースを告げる笛の音は、比企谷八幡の復活を告げる音となった。

 

 

 

 

 

 

 

「かっこいい……。」

そんな八幡の姿を見ていろはがつぶやく。

 

 

「「!!」」ギロッ!!

それを睨みつける二人の姿があった。




次回の話はまだ未定です。


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そして舞台は次へと向かう

今回は話を進める為の繋ぎの回となりますので短く進展はそこまでありません。





総武高校体育館

 

バレー部内で行われた3対3はAチームの勝利で終わる。

 

 

「あ~クソ、負けた!!」

飯山が軽く頭をワシャワシャかく。

 

 

「勝った事より、三年ぶりでも比企谷の腕が落ちていないようで良かったよ」

七沢は八幡を見ながら笑顔を向ける。

 

 

「いや、あきらかに落ちた」

自分の手のひらを見つめ八幡はつぶやく。

 

 

「「「「あれで腕落ちたの!?」」」」

七沢、清川を除く部員が驚愕する。

 

 

「正確には技術云々じゃなく身体的な意味で、正直かなり体に来てるわ」

やはりブランクは伊達じゃない、そうつぶやき右手で軽く拳を握り太ももをトントンと叩く。

 

 

ブランクで一番衰える危険がある物、それは技術以上に身体能力。

 

八幡は高校生という事もあり適度な体育と自転車通学で体はある程度動かす物の、部活動のそれと比べ運動量は明らかに落ちる、先ほどの試合で八幡が感じたのはそこだった。

 

 

バレーの試合はバスケやハンドボール等の競技と比べ心肺機能や筋持久力など俗に言う有酸素運動等の動きはそこまで要しないものの、ボールを自コートに落としてはいけないと言う競技の性質上、ある意味心身ともに極限状態にある。

 その中でレシーブやトス、スパイク、ブロックなど瞬発力が必要なプレーが連続で続く、ラリーが続けば続くほど瞬間的なパフォーマンス、無酸素運動の連続が生じ、それらは疲労として蓄積される。

 

 

さらに、スポーツの上で重要なスキルの練習、それをこなす為には一定以上の身体能力を必要とし、その身体能力を得るにはかなりのトレーニングが必要となる。

 

 

先ほどの試合、崩れたカットをダッシュし無理な体勢で咄嗟に拾うトスや、フルジャンプでのブロック、試合の中盤あたりで脚に感じた違和感。

 

 

 

身体能力の衰え、八幡はそれを確かに感じていた。

 

 

 

「ブランクという事は、やはりあの時のセッターだったのか」

清川が八幡に声をかける。

 

 

 

「正直、聞きたいところはたくさんあるけど……一つだけ」

いままで何を?バレー部に入ってくれないか?いろいろな事が頭に浮かぶ。

 

 

 

 

 

「バレー……楽しいよな?」

引退しバレーから離れた身だからこそわかる事がある、今の清川が八幡に聞きたかった事はそれだけ。

 

 

 

 

八幡はうなだれる、自分の手と自分のバレシューが目に入る

 

 

 

(そう言えば、このバレシューは小町が親父に強請って二人で買いに行ったんだよな……)

喧嘩をしてしまい、家でもお互い滅多に口を開かない妹と買いに行った時の事を思い出す。

 

 

 

『お兄ちゃんに似合うシューズは私が選ぶ!』

シューズは履ければそれでいい、そんな適当な兄に対し色々なシューズを履かせ吟味し。

 

 

 

『うん!このシューズが似合う!!』

兄の意見などそっちのけでシューズを決める。

 

 

 

『今度の試合、これ履いて頑張ってね!お兄ちゃん!!』

 

 

 

 

そして八幡がバレーを辞めるきっかけになった決勝戦。

 

 

ベンチに下げられ、コートに戻る事も許されない八幡は椅子に座り俯く。

 

 

目に入る真新しいシューズ、顔を上げ応援席を見る、見上げた先は涙目で、その涙を唇を噛みしめながらこらえ、こちらをみる小町の姿。

 

 

コートに戻りたい、自分の為に、応援してくれる妹の為に。

 

 

だけど戻る事は出来ない、彼はチームが負ける姿を目の前で眺めるしかなかった。

 

 

 

(結局このバレシュー履いたのはあの時以来か)

 

 

 

(あれ以来小町は家でバレーの話をしなくなったな)

 

 

 

八幡は続けて手のひらを見る、さっきの試合の感触がジンジンと手のひらに残っている。

 

 

 

(もうコートに戻る事はないと思っていたけど……)

顔を上げコートを見る、思い出されるのは先ほどの試合

 

 

 

手に残る感触が彼にさっきまでの試合、そしてその感触が今までバレーで経験した事を思い出させる。

 

 

 

(やっぱり俺はバレーが……)

 

 

 

色々なことが思い出される中八幡は口を開く。

 

 

 

「そ、その」

 

八幡に注目が集まる中、彼が発した言葉は。

 

 

 

「わ、悪くはないと思います」

頭を掻き照れながら、それでいて彼らしく捻くれていて、分かりやすい言葉だった。

 

 

 

その言葉にある部員はクスリと笑い、ある部員は素直じゃないなとつぶやき。

 

 

 

「もっと他に言う事あるだろ比企谷~」

ある部員はニヤニヤしながらその逞しい上腕二頭筋と大胸筋で八幡を挟み締める。

 

 

「や、やめろ!!」

先ほどの試合でエキサイトしていた飯山の体は熱い、そして筋肉は厚い、そんな彼にヘッドロックを喰らうのは相当キツイ。

 

 

かつて静から受けたヘッドロックは、美人に抱き寄せられ豊満なバスツを押し付けられる「八幡、今すぐ代われや」という状況だったが、今は大男により汗と熱にまみれた筋肉に挟まれる状況、一部の腐った人のみが見るだけ限定で喜ぶくらいだろう。

 

 

 

「ギャーー!!!」

 

 

 

「離しなさい、飯山」

清川が苦笑いながら命令、体育会系特有のセンパイ命令発動でしぶしぶ離す。

 

 

 

「た、助かった……」

 

 

 

「なんか変な空気になったけど……」

清川は八幡を見据え。

 

 

「バレーが嫌いじゃないなら、練習試合までの間こいつらの事頼む」

清川は頭を下げる。

 

 

 

「仕事なんでちゃんとやりますよ」

紳士に接された事のない八幡は戸惑いながらもその言葉を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒッキー大丈夫そうだね」

そんな彼らを見ながら結衣はつぶやく。

 

 

「そうね」

雪乃もそれに同意する。

 

 

「というか先輩、また腐った目に戻ってる……」

せっかくのイケメンがと残念そうに呟く。

 

 

 

「残念がってる場合じゃないわよ一色さん」

これから奉仕部でもう一つの依頼が待っている。

 

 

「じゃあ、奉仕部に戻ろう」

「ハイ」

結衣といろはが奉仕部に向けて歩き出す。

 

 

 

 

「……」

雪乃はコートにいる八幡を何とも言えない表情で眺め。

 

 

 

 

 

二人の後を追い奉仕部へと戻った。

 

 

 




次回からは閑話を入れつつ奉仕部、バレー部を考えていた構想につなげていこうと思います。


が、なんか書いてるうちにまた脱線しそうです。


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やはり戸塚はとつかわいい

今回は、ややマニアックな話が入るかもしれないのでご注意を。


早朝5時、いつもの八幡ならまだ夢の中なのだが、三年ぶりのバレーの試合並びに練習をした彼は、最近では類をみないその疲労により、夕食を済ませ部屋に戻るや否や睡魔に襲われ深い眠りについた。

 

その為普段とは違い早く目が覚めていた。

 

 

不健康そうな猫背と腐った目つきとは裏腹に健康的な行動、ベットの上で軽くストレッチをしたり、こわばった筋肉をもみほぐしている。

 

 

 

「この痛みに疲労感、懐かしいな」

バレーにおいて重要な部位である大腿四頭筋(太もも)、下腿三頭筋(ふくらはぎ)を始め、内転筋(太ももの内側)やハムストリング(尻から太ももの裏にかけて)、腹直筋他色々、細部に走る筋肉痛、それは決して運動不足だけではなく、彼が久しぶりにもかかわず筋肉をちゃんと使えていた証でもあった。

 

 

 

「そういや、サロンパスなかったけ?」

バレー部時代はよくお世話になった定番の消炎スプレーがあったのを思い出し、机をまさぐる。

 

 

 

「あったあった」シャカシャカ

3年ぶりだが大丈夫だろうと蓋を取り缶を振る、音から察するに容量はまだたくさんある、八幡は寝間着代わりのスウェットを脱ぎ、特に疲労を感じている下腿三頭筋と大腿四頭筋にサロンパスを向ける。

 

 

 

 

 

プシュ、ふしゅ……ふしゅ~

 

 

 

 

 

「……詰まってやがる」

普段のサロンパスが結衣だとすると、これは雪乃のようなおしとやかさ(※どのことについてかは読者の方の想像にお任せします)患部に液がかかる程度しか出ない。

 

 

 

八幡は仕方なしにそれを手でマッサージしながら塗っていく。

 

 

 

「サロンパス触った手で目なんかこすったら涙凄いことになるんだよな」

経験者は語る。

 

 

 

「さて、これからどうするか……」

消炎スプレー特有の臭いが部屋に充満する中、八幡は悩む。

寝なおすにしても、ストレッチとサロンパスにより目が冴えている、起きてテレビをつけようにも家族を起こし怒りを買う可能性がある。

何より今は小町と喧嘩中で正直気まずい、かと言って読書やゲームの気分じゃない、そんな中一つの考えに行きつく。

 

 

 

「……どうしちまったんだろな俺」

行きついた答えは自分らしくない物、彼は思いつくや否や準備に取り掛かる。

 

 

 

靴下を履き、ジャージを着てタオルを首に巻く、スマホにイヤホンを挿し耳に装着しお気に入りの曲、プリキュアメドレーを流す。

そのまま部屋を出て玄関に向かいランニングシューズを履く。

 

 

 

「不審者として通報されなきゃいいな」

トラウマが頭に過り、少しおじげつくがそのまま扉に手をかけ家を出た。

 

 

 

 

 

「……?」

珍しい時間に兄の部屋から聞こえる生活音に不審に思った小町が部屋を出る。

 

 

 

「シップ臭い……」

けど、何だか懐かしい臭い

そして普段からは想像もつかない姿で玄関から出ていく八幡を見て。

 

 

 

「おにいちゃん?」

兄に一体何が?修学旅行以降から続く兄の変わった行動に小町の思考回路はショート寸前だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり体なまってるな」

体にミシミシと感じる筋肉痛、歩きながらその凝り固まった筋肉をほぐようにストレッチをする。

 

 

 

「とりあえずコンビニで適当に水分補給してから走るか」

そうつぶやき最寄りのコンビニへと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―コンビニ前―

 

コンビニでアクエリとカーボ(炭水化物)補給用の羊羹を買い、それをモギモグごくごくと体に入れていく。

 

 

 

「お兄さん!!」

突如呼びかけられる八幡、振り向いた先にはクラスメイトの弟であり妹の“友達”である川崎大志の姿。

 

 

 

「お前にお兄さんと呼ばれる筋合いは無い!!」

最早その言葉自体が彼に対する挨拶の慣用句。

 

 

 

普段の大志なら少しうなだれ、自分と比企谷さんは別にと落ち込む所だが今回はいつもと違い。

 

 

 

「でも、お兄さんと姉ちゃんが結婚したら俺のお義兄さんになるじゃないですか」

とんでもない爆弾を投下する。

 

 

 

「な、何言ってんだ大志!」

 

 

「だって姉ちゃん家で話をする時は大抵お義兄さんのことですよ」

どうやら彼の中で八幡は義兄で確定したらしい。

 

 

「え?何?俺あいつにまで陰口叩かれてるの?さすがに落ち込むよ」

答えをはぐらかしつつ過去のトラウマがよみがえる。

 

 

「違いますよ、どちらかというといつも惚気ばかり……」プルルルル

否定し事実を述べている最中に大志の携帯が鳴る。

 

 

「すいません、電話失礼します……もしもし」

 

 

『あんた、まだコンビニから帰ってこないの?早く片栗粉買ってこないと竜田揚げ作れないんだけど。』

電話の主は彼の姉、川崎沙希だった。

 

 

「ごめん、今お義兄さんと偶然あって二人で姉ちゃんのこといろいろ話してた。」

 

 

 

『な、なななななな何言ってるの大志!!早く買ってきな!!』ブッツ

通話が切れる。

 

 

携帯を畳むと大志は八幡に向き。

「なんか、姉ちゃん急いでるみたいなんで失礼しますね」

笑顔でペコリとお辞儀をし店内に入っていく大志。

 

 

(何か知らない所で爆弾投下された気がする……)

 

 

 

 

 

 

 

 

―そして、その日の教室―

 

 

 

「……」チラチラチラ

 

 

(何か物凄く視線を感じる……)

 

 

八幡をいつもの八割増しで見る沙希の姿があった。

 

 

 

 

 

 

―数時間後―

 

総武高校体育館

現在は2年F組の体育の授業が行われ、体育館半分は女子がバスケ、男子はバレーボールが行われた。

 

 

「じゃあ、好きな者同士で組みを作ってパスしろ」

体育教師の厚木の声で生徒たちが動きだす。

 

 

そんな中八幡は再び壁打ちに勤しもうと厚木の元へ行こうとした時だった。

 

 

 

「比企谷!!一緒にパスしないかい?」

葉山は誘おうとしてくる周りに目もくれずキラキラした目で八幡の元へ行き声をかける。

 

 

「えっ!?」

戸塚以外にパスを誘われる事が珍しい、しかもそれがトップカーストに君臨する葉山、八幡が驚くのも無理はなかった。

 

 

 

「ライバルが協力しお互いを高め合う、そういうのも悪くないと思……」バシッ!!

葉山がセリフを言い切る前、突然の打音と横を通る鋭い打球が八幡に向かう。

 

 

「!!」

急なことながら咄嗟に反応した八幡はレシーブで拾い、それを打ってきた張本人へとダイレクトに返す。

 

 

「さすが比企谷」

綺麗に頭上へと返ってきたボールを直上トスで上げそれをキャッチする。

 

 

「何すんだよ七……」

「いきなり何なんだい七沢」

葉山は八幡と七沢の間に割って入り、にこやかに、しかし威圧的な視線を向ける。

 

 

「すまないな、比企谷は俺とパスするから他あたってくれないか?」

七沢はトップカーストの葉山を見据え臆することなく発言する。

 

 

「何を言ってるんだい?最初に声をかけたのは俺だよ」

そんな彼の態度に負けじと葉山も立ち向かう。

 

 

「比企谷は今バレー部に来て一緒に練習しているんだ、体育でも一緒にやらないと」

お互いに火花を散らす両者、その姿に女子コートでは腐った悲鳴と擬態しろの声が上がる。

 

 

 

 

気が付くと体育館中が二人を見ている。

方やトップカーストの人間、方やバレー部のエース、その二人が一人のカースト最下位の人間を取り合っているのだから当然だ。

 

 

 

 

(何この修羅場?俺何もしてないよ)

目の前でくりひろげられるやり取りに置いてけぼりを喰らう八幡。

 

 

 

 

「ねえ八幡」

そんな中八幡の袖を掴み上目づかいで見つめる戸塚

 

 

 

「どうした戸塚?(上目づかいの戸塚まじ天使)」

 

 

 

戸塚は両手でボールを持ち顔まで持ってきて自分の顔を塞ぐ、そしてボールから自分の顔をずらし八幡をのぞき込むように視線を向け。

 

「一緒にしよ」

少し恥じらいながら誘う

 

 

そんな戸塚の誘いに対し彼が導き出す答えなど一つしかなかった。

 

二人はさっそくパスをし。

 

 

「「アッーー!!!」」

戸塚に出し抜かれたことに気づき声を上げる葉山と七沢の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―昼休みの教室―

八幡はいつものベストプレイスへと向かおうと席を立った瞬間だった。

 

「比企谷一緒に飯食おう!!」

七沢が八幡の元へとやってくる。

 

 

「えっ?俺飯は一人でゆっくり食べたいんだが」

あきらかにイヤそうな顔をする。

 

 

「バレーの話し合いも兼ねてだから頼む」

七沢はまっすぐ八幡の目を見る。

 

 

「……分かった、何についてだ?」

軽くため息をつき席につく。

 

 

「あいつらも呼んだから、来てからにしよう」

七沢は八幡の前の席を陣取り弁当を開ける、焼きそば、鶏肉の照り焼き、出汁巻き卵、野菜の煮物、カットフルーツと無脂肪ヨーグルト、野菜と果物のジュースというバランスがとれた弁当を出す。

 

 

 

 

「あいつらって飯山と稲村か?」

菓子パンをかじり聞く。

 

「そうそう、飯食いながら話合いしようって」

 

 

 

 

 

「「お待たせ!」」

別に待ってはいない、そう言いたいくらい早く到着する二人。

 

 

 

「相変わらず旨そうな弁当だな、お前の母ちゃん料理上手だよな」

稲村が声をかける

 

 

「ハハハ、まあね……」

七沢は若干目が泳ぐ。

 

 

 

二人はここ借りるねと近くの席を陣取り席を並べる。

 

 

 

稲村はコンビニで買ったサラダチキンにおにぎり、冷奴に海藻サラダと野菜ジュースのラインナップ。

 

 

飯山は

鶏ハム、砂肝、ゆで野菜(ブロッコリーとニンジン)、ゆでたまご、玄米と白米のハーフのご飯、無調整豆乳にプロテイン、各種サプリメント。

 

 

 

(稲村はまだしも、飯山の飯は何?あきらかに高校生の弁当に見えないんだけど)

まるでボディービルダーのような昼食。

 

 

 

八幡はあっけにとられていると

「ところで比企谷、お前カーボばっかとってるけどタンパクなにで取るの?」

飯山が不思議そうに聞く。

 

 

 

「いや、これで終わりだけど……」

 

 

「そうか、定期的にタンパク抜いて臓器休ませるタイプなのか、だけどその菓子パンはダメだ、休ませるならゃんと考えた飯にしないと……」

飯山が難しい顔をしながら言う。

 

 

 

「いや、いつもこれなんだけど?」

八幡は何言ってるのこいつという顔で見る。

 

 

 

「……」

飯山の顔から笑顔が消える

 

 

 

((あ、これマズイパターン))

七沢と稲村はすぐに察する。

 

 

 

「比企谷、俺さ許せないことが3つあるんだ……」

昨日の激昂とは違う静かな怒り

 

 

 

「お、おう」

その威圧感にしどろもどろになる。

 

 

 

「一つ目が“プロテインやってるの?”とかプロテインを薬と勘違いすること」

 

 

 

「二つ目が筋トレで作った筋肉は見せかけだから使えないとか科学的根拠に伴わないこと言うこと」

 

 

 

「そして三つ目が、筋肉をないがしろにする行いをすること……」

 

 

 

「どうやら君を、一度ゴールドジムに拉致してオールアウト(筋肉を動けないくらい追い込む事)させた後に、プロテインBARでおいしいプロテインを飲みながら熱く栄養学と生理学について語る必要があるみたいだね」

にこやかな笑顔、だが目が笑っていない

 

 

 

「お、おちつけ飯山!!」

七沢がフォローに入る。

 

 

 

「そうだ、あんまり怒ってストレスを抱えるとカタボリック(筋肉分解)起こすぞ!!」

稲村はクリティカルヒットの一撃を狙う。

 

 

 

「グハァァァ!!!!」

カタボリックという彼にとってはザキに等しい魔の呪文に撃沈する。

 

 

 

「だ、大丈夫か?」

一応きっかけは自分にある、八幡は飯山に声をかける。

 

 

 

「あ、ああ落ち着いたよ」

脂汗を流す飯山。

 

 

 

彼は自分のカバンから机にあるものとは別のプロテインのシェイカーを取り出し、無調整豆乳とプロテインを入れシャカシャカさせ、他に数種類のサプリを取り出し

「せめてこれを飲め!!!」

ズイッと八幡に突き出す。

 

 

 

「えっ?」

 

 

「安心しろ、ちゃんと中性洗剤で洗った後に塩素で消毒している」

プロテインを飲み洗わず放置したシェイカーは臭い、意外とそういうのにデリケートな彼はシェイカーを数本持ち、しっかりと洗い定期的に消毒している。

 

 

 

「お、おう」

ビタミンやオメガ3(ドコサヘキサエン酸やえごま油などの不飽和脂肪酸のサプリメント)、クロロフィル(クロレラ)のカプセルを口に含みプロテインと飲む。

 

 

(あれ?)

 

 

「このプロテイン旨いな」

まるでシェイクを飲んだような味わいに八幡は驚く。

 

 

 

「だろう、今のプロテインは基本旨い!そしてそのプロテインはbe l○gendの激ウマチョコレート味だ」

 

※ちなみに作者のおすすめは、普段使いがbe l○gend南国パイン味、筋トレして寝る前の場合はウイングのソイプロテインイチゴフレーバー&チャンピオンのWPIプロテインのチョコ味の二つブレンド。

 

 

「まあ、今のプロテインはおいしいから何買ってもいい、今度好きなの買えばいいし何なら俺と共同買いしてもいい」

プロテインが褒められ嬉しいのか飯山は上機嫌。

 

 

 

「このままだと何かプロテイン談義始まりそうだから本題入るね」

プロテインについて語ろうとした流れを強制シャットダウンし本題に入る。

 

 

「一応これ見てほしい」

小さいホワイトボードに枠が書かれそこにマグネットが張られている、そのマグネットには七や八、飯や稲など皆の名字の頭文字が書かれている。

 

 

 

「もしかしてローテーションとポジションの確認か?」

その並びにすぐに気が付く八幡。

 

 

 

「そういう事」

 

 

 

「一年も交えてやった方がよくないか?」

稲村が七沢に質問する。

 

 

 

「もちろんそうなんだけど、先ずは2年と比企谷の考えを知りたい、その方がミーティングしやすいでしょ?」

七沢が皆の目をみながら言う。

 

 

 

「まあ、その考えなら分かった……俺としては比企谷から意見を聞きたい。」

飯山が口を開く。

 

 

「何で俺なの?普通はキャプテンからとかだろ?」

当たり前のように八幡が反論する。

 

 

「お前昨日の試合で、俺たちの実力を確認したプレーをしてただろ?」

 

 

 

昨日の試合の八幡のプレー

たしかに活躍こそしていたが、要点を絞り、このケースにはどんな反応をするか?目線はどこを向いている?このボールはちゃんと返せるか?といったワザと相手の実力を測るプレイがあった。

 

 

単純に勝つためなら七沢にトスを集めれば良い、だが彼は一年の長谷にも積極的にトスを上げ、相手コートへのダイレクト返球でも点数を狙う威力を上げた返球やコーナー狙いではなく、ボールが捕るか捕れないかのギリギリをついていた。

 

 

余裕の無い1年は気付いていないだろうが流石に七沢達2年生は気付いていた。

 

 

 

「自分たちのチームを客観的に見た上での声を聞きたい」

七沢は八幡を見つめ、2人も頷く。

 

 

 

八幡はどうしたもんかと頭を掻き。

 

 

 

「……とりあえず七沢から」

 

 

「お前に関しては言う事がない、スパイクは空中姿勢が良くコース分けも上手いし威力もある、レシーブにトス、ブロック、サーブのレベルもかなり高い、正直……実力なら強豪でも余裕でレギュラーだと思う、ポジションの適正はWS(ウイングスパイカー)が妥当だろうな」

七沢は少し照れる。

 

 

 

「次に飯山だが、お前は技術ははっきり言って上手くない」

八幡はバッサリ切り捨て、飯山は苦笑い。

 

 

 

「だけどフィジカルが化物だ、ワンレッグで助走つけた長谷並に高いブロック、その瞬発力の固まりみたいなジャンプ力に規格外のパワー、身体能力なら間違いなく超高校級だろ、それをこのチームで生かすならMB(ミドルブロッカー)だろうな」

その言葉に飯山はニマニマ。

 

 

 

「そして稲村、お前に関してはよく分からん!」

 

 

 

「えっ?」

その言葉に稲村が固まる

 

 

 

「レシーブもトスもそつなくこなすし上手い部類だと思う、だがプレイスタイルが未知数すぎる。」

昨日の試合で驚かされた稲村のプレイそれは八幡が経験したことのない異質なのもだった、変な回転や無回転で威力もあるサーブにスパイク、を意図してクセ玉使う奇妙な技、八幡よりやや大きい身長ながら七沢以上のフィジカル。

 

 

 

「ただ、どのプレイも使いどころによって強豪相手にも間違いなく通じる、このチームならWSで使うのが妥当だろうな」

何だかんだで褒められ稲村は照れる。

 

 

 

「1年の長谷は、長身生かしたブロックが上手かったな、ちゃんとレシーバのいる位置を考えたブロック、チームプレイも考えて行動するしスパイクの威力も悪くない、レシーブは全然だけど高校から初めてこのレベルならかなり良いしMBってとこか」

 

 

 

「同じ一年の温水は、背は周りに比べ高くないがカバーに入るのが上手い、それに伴いポジショニングも上手いしレシーブとトスに光るものがある、ただ高さも低いから正直アタッカーとしては通用しないだろうけど、なんせこのチームは人がいない、リベロで使えない以上俺と対角組んだWSってとこか」

 

 

 

「それらを踏まえたうえで組むとこんな感じになると思う」

八幡はマグネットを動かし、自分の経験知識を踏まえ考えポジションにローテーションを組んでいく。

 

 

「七沢と稲村、飯山と長谷、俺と温水を対角にしてバランスよく組んだらこうなるか」

 

 

 

―――――――――――――――――――

 温水  飯山  稲村

 

 七沢  長谷  八幡

 

 

 

「七沢が後衛スタートとか大丈夫か?」

飯山が反論の意を唱える。

 

 

 

「七沢はバックアタックも行けるから攻撃自体は問題ない、そして後衛にいるうちはレシーブの幅も広がる、このローテーションならレシーブできる奴がかならず後衛で控えれる」

 

 

 

「ん゛~~」

その言葉に反論の意を伝えられない飯山がう~んとうなる。

 

 

 

「というか正直、最初は七沢のワンマンチームと思ってた」

その言葉に三人それぞれが思い思いの顔で八幡を向く。

 

 

 

「けど実際は違った……」

 

 

 

「総合力や技術のトップは確かに七沢だが、ポテンシャル、特に攻撃に関して二人は引けを取らない、一年もちゃんと育ってる。」

その言葉の行く末を三人は黙って聞く。

 

 

 

 

「俺の依頼は練習試合による自立支援の為の助っ人だが、ただ試合するか勝つために試合するかで得られるものは大きく違う」

八幡は三人を見返し。

 

 

「もし、勝つために試合をするなら、俺はこのポジションとローテがベストだと思う」

八幡は三人を見る、いつものやる気のない腐った目をした顔でなくバレーボーラーとしての凛々しい顔。

 

 

 

「俺もそのローテでいいと思う」

口にしたのは稲村。

 

 

「俺も自分のワンマンチームなんて思ってないし、それ試したい」

七沢もそれに続き。

 

 

「よし!ならやってやるか!!」

飯山もテンションを上げる。

 

 

 

「詳しくは部活前に皆でミーティングして方向性を決めよう」

七沢がそういうと三人は頷く。

 

 

 

 

そんな四人、と言うより八幡を見つめる視線。

 

 

 

(あいつ、カッコいい……)

目線の先にいた川崎沙希。

 

 

『愛してるぜ川崎』

あの時の言葉がよみがえる。

 

彼女は身もだえしながら昼休みを過ごしていた。

 

 

 

 

―奉仕部部室―

 

((何か嫌な予感がする))ブルッ

メインヒロインである二人は言い知れぬ寒気に襲われていた。




次の展開はまだ未定



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熱く爽やかなひと時

お待たせしました。


今回の話はミーティング→練習→休憩までの流れです
所々マニアックな部分がありますがご了承ください。



ちなみに今回は女キャラ出ませんがご了承ください。


チームスポーツにおいて重要なミーティング、バレーボールというスポーツにおいてチームプレイは必要不可欠なのは言うまでもなく、八幡が助っ人として参加しているバレー部でも放課後の部活前、体育館で輪になりながらミーティングが行われていた。

 

内容は昼休みに八幡たち二年生が話し合っていた事、その説明を一年生にしていた。

 

 

 

「以上がローテとスタメンについてだけど何か質問ある?」

七沢が一年に目を向ける。

 

 

 

「一ついいですか?」

温水が手を上げる。

 

 

 

「はいどうぞ温水クン」

 

 

 

「このスタメンだと自分と比企谷先輩が対角組んでるんですが……」

 

 

 

「何?俺と対角組むの嫌なの?そりゃ昔は『え~こいつと組むのヤダ』とか言われたりしたが、バレーの対角でそれ言われたら流石に落ち込むよ」

過去のトラウマを思い出しながら八幡が言う。

 

 

 

「卑屈すぎんだろ比企谷……」

稲村がすかさずツッコミを入れ。

 

 

 

「筋肉をつければその卑屈も直るさ。」

飯山が八幡をフォロー?をする。

 

 

 

「話が脱線しそうだから戻すね、つまりセッター対角の自分はチームにどういう役割求められてるか知りたいって事だろう?」

七沢は脱線しかけた会話を元に戻し温水の質問の意図をかみ砕き、温水はそれに「ハイ」と答え大きくうなずく。

 

 

 

「じゃあ比企谷、説明よろしく!」

 

 

 

「俺かよ!?」

ここで俺に振るか?とリアクションをとる。

 

 

 

「発案者が説明する方が良いでしょ」

 

「お前なら意図理解してるだろうが……」

 

「分かんないからよろしく!」

テヘッと舌を出しながらとぼけたフリをする。

 

これが戸塚なら可愛いが180センチの男がやっても、はっきり言って可愛くない。

 

 

 

「はぁ……」

八幡は頭を抑えため息をつき、一呼吸おいて温水の方を向く。

 

 

 

「俺と対角を組むことで温水に求められる事、それは昨日の試合と同じ事だ。七沢、三年が引退してからスパイク練習してた時トス上げてたの温水だろ?」

 

「ああ、そんで温水のスパイク練習は俺が上げてた」

 

「やはりな……」

 

(3年が引退した時点で部員は5人、新入部員が入ったとしても元セッターが来る可能性は低い、セッターはある意味エースより替えがきかないポジション、かと言って七沢にセッターをやらせるのは火力とレシーブの二つが下がる、そつなくこなす稲村も同じ理由で使えない、ミドルブロッカーの二人に至ってはトスがそこまで上手くない、消去法で温水になるのは当然か)

 

 

 

「温水、お前に求めているのは二段目のトスだ」

八幡が彼に求める事、自分が一本目をカットした場合のトスを上げるプレイヤーである事。

 

これを明確にしなければ試合での展開が大きく変わる

サーブやスパイクで相手を崩しチャンスボールで返球される際、相手はセッターを狙う場合が多い、それによりブロード(移動攻撃)や速攻(クイック)といったコンビネーションの攻撃を封じ、攻撃を淡泊にさせリズムを崩させる

 

八幡がカットさせられた時に代わりにトスを上げるプレイヤーは、このチームにおいて彼以上の適任者はいない。

 

 

 

「自分がトスですか……」

温水は少しうなだれる。

 

「もしかしてイヤか?」

 

「イヤじゃないですが自信ないです」

温水の脳裏に浮かぶのは、昨日の八幡のセッターとしてのプレイ。

瞬時にボールの落下点に向かう予測、捕る時の姿勢、そしてトスの速さ、トスワーク、明らかに自分とは格が違う。

いくらトスとレシーブに光るものがあっても彼はバレーを初めて1年に満たない選手、八幡の代わりにトスを上げる、その自信が持てなかった。

 

 

 

(1年生、初心者、初めての試合、経験がないから自信を持てないのか)

 

 

 

「トスは最悪、オープンでもいい」

八幡が温水を真っ直ぐ見る。

 

 

 

「でも、それじゃあ……」

相手にスパイクを読まれてしまう、そう口に出そうとした瞬間。

 

 

 

「このチームのアタッカーは優秀だ、お前はそれを信じてそいつの打ちやすいトスを上げる事を意識すればいい」

 

 

温水はその言葉にハッとなり周りを見る。

 

 

 

「というか、お前はウイングスパイカーだ、ちゃんと打つ方でも活躍してもらうからそっちの心配をしろ」

八幡はチームメイト達を見ていた温水の頭をワシャワシャとかき乱し優しい目を向け、年下にのみに発動させるお兄ちゃんスキルを使う。

 

 

 

「比企谷先輩……ありがとうございます」

彼はお兄ちゃんなでなで攻撃を受け少し恥ずかしそうに、だけど嬉しそうな態度でお礼を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

―某学習塾―

 

 

(何か、お義兄さんが別の弟を作ってる気がする……)ブルッ

 

 

八幡を慕う大志はエスパーのごとく直感を働かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―再びバレー部―

「じゃあ、今後の練習はスキルを強めにした後、コンビネーションやって3対3、練習終わったらフィジカルで締めでいいね?」

ミーティングの話し合いが一通り終わり、七沢がチームメイト達に問いかけ、各々が同意の言葉を発する。

 

 

 

「よし!じゃあ練習入るからアップ開始!!!」

その言葉に皆がバラけ順番に声を上げカウントしながら柔軟からウォームアップをこなす。

 

 

 

(ちゃんとしたコーチや監督がいないチームは柔軟やアップを適当にやるの場合があるが、こいつら皆真面目にやってるな……)

八幡は初めてだから周り見ながらやってますモードを装い、部員それぞれの動きを確認する。

 

 

(柔軟やアップの動きの一つ一つ集中して行っている)

練習において極めて重要な要素である集中、普段何気なく行うアップを、流してただ行うか、その動作の意味を理解し意識して行うかどうか。

同じ動作でもその積み重ねの差は大きく変わる。

 

例えば、両手でボールを持ってスローイングでパスをする際に今日の肩の可動域はどんな感じか?動作の流れでどこかに違和感がないか?常に考え意識する。

 

ただやみくもにボールを投げると違い、自分の体で起きている現象の確認、動かすための動作確認などを自発的に行うことによる自身のチェック。

 

たかが数分の間だがその積み重ねは長い目で見ると大きな差となって表れる。

 

 

 

(よほど部員のやる気あるのか、指導者役が上手かったのか)

多分両方だろうな、と結論づけながら八幡自身もその鈍った体の動きを確かめながら久しぶりとなる本格的なバレーの練習に集中する。

 

 

 

 

 

―数十分後―

ウォームアップやパスが終わり、次の練習へと移る。

 

 

「それじゃスパイク!!」

それぞれがスパイク練習の持ち場につく。

 

 

八幡はセッターポジションに入り、3人がスパイクを打つべくアタックラインに並ぶ、残りの二人は1人がブロック、一人がレシーブに入りブロックとカットの練習をする。

 

 

アタッカー役がそれぞれ5球打ったらローテーションで周り3週したら終了の流れ。

 

 

 

「ライト平行!!」

「レフトオープン!!」

(Aクイックよろしく)パパッ

 

 

 

アタッカーは八幡に上げてほしいトスをサインで知らせたりトスを呼んだりして、自分の練習したいスパイクを打ち、ブロッカーはそれについていきながらブロック。

 

レシーバーもトスやブロック、アタッカーの目線などを意識しながらレシーブ。

 

 

 

次に温水がセッターポジションに入り、レシーブが苦手な飯山と長谷が練習の為レシーバーに入り、七沢と稲村がブロッカーになり八幡がスパイク練習。

 

 

「レフト、オープンで頼む」

八幡は助走をつけ両手を後ろに大きく振り、沈み込むようにネットに近づく、沈み込んだ脚で地面を蹴るように上げ、その勢いをさらに加速させるべく後ろに伸ばした手を振り子のように前へ、そして上に持っていきボールの落下点と自分の最高打点が合う最高のタイミングで跳び体をしならせる。

 

七沢と稲村もそのトスを見てブロックを跳ぶ。

 

 

(アンテナと手の間はボール1個あるかないか、ブロッカー同士の間も隙が無い、流石と言いたい……が!!)

ミートする瞬間人差し指を巻き込むように手を捻る、ストレートの振りぬきのハズがクロスの振りに変わり、インナー寄りの打球になり飯山に向かう。

 

 

「クッソ!!」バンッ!

何とかカットしたものの一回でコートに返してしまう

 

 

 

「ナイストス」

 

「ナイキーです」

八幡と温水は互いに褒め合う。

 

 

 

 

「さすが比企谷」

 

「お前スパイクもイケんのかよ」

 

ブロックを躱された二人がそれぞれに声をかける

 

 

 

「お前らもウイングスパイカーならこれくらい出来るだろ」

にやりと笑い挑発的な笑みを浮かべる

 

 

 

「言うね~、俺ならもっと鋭くインナー決めるし」

 

「俺はストレートの振りでクロスも打てるし」

 

それぞれがその言葉に触発される。

 

 

 

 

(あの振りどうやったのかな……)

温水は先ほどの八幡を真似た手の振りをするが、いまいちしっくりきていない様子。

 

 

 

「次!レフト平行!!」

八幡は考え込んでる温水に声をかける。

 

 

「ハイ!!」

温水はスパイクの事は一旦置き、トスを上げる事へ集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

―休憩時間―

 

 

 

「ドイツ♪ドイツ♪ドイツドイツ♪ジャーマン♪」

何やら肉々しい兄貴な歌を口ずさみながら、大きめのジャグに何やら粉末を入れている飯山。

 

 

 

「お前、何作ってんの?」

八幡はあえて超兄貴の歌をスルーしつつ、ニコニコしながら粉を入れてる飯山に声をかける。

 

 

 

「スポーツドリンクを作ってるのさ。」

 

 

 

「ポカリとかアクエリの粉無くない?」

見た所彼が入れているのは、タッパーに入った物を測りで計測し入れている。

 

 

 

「うちの部は、飯山が自作スポーツドリンク作ってんだ。」

稲村が説明役に入る。

 

 

 

「えっ?」

何それ大丈夫なの?というか作れるの?味は?色々な事が頭に浮かぶ。

 

 

 

「スポドリの粉買うくらいなら、高スペックな自作ドリンク作った方がいい、基本的に電解質の塩、うちでは岩塩入れる、そんで急速にカーボ補給するためのブドウ糖、持続してカーボ入れる用にマルトデキストリン、酸味付け&血行促進にクエン酸、チューハイ用のシロップ香り付けに入れるだけで出来る。」

 

 

 

「へえ」

(さすが筋肉マニア、と言ったところか)

 

 

 

「後はカタボリック(筋肉分解)を防ぐためのBCAAを入れて溶かして完成、本当はクレアチンも入れたいけど予算が……」

 

 

 

※BCAAとは

必須アミノ酸のロイシン、バリン、イソロイシンを2:1:1の割合で配合したもの。

これを運動前、または運動中摂取することにより、運動中による栄養の枯渇状態の際、このBCAAを先に使う為、筋肉の分解を防ぎパフォーマンスの向上、疲労の軽減に役立ちます。

市販のスポーツドリンクだと、ア○エリに少量、アミノバ○ュー、ウ゛○ームに一定量含まれてますがそれらを使うと割高の為、私はBCAAの粉末をネットで大量に買い、それをビルダー飲み(粉末をお口にダイレクトアタック)でごっくんします、クレアチンに関しては機会があればいずれ。

 

 

 

「な、なるほど(よくわからん)」

マニアックになってきた展開についていけない八幡。

 

 

 

「その顔分かって無いだろ……。要は、味以外安く高スペックなスポーツドリンクが手に入るって事、一応飲みやすくしてるけどクエン酸かなり入るから慣れないと酸っぱい、そして市販品と比べて甘くないから我慢してくれ」

そう言いながら飯山はジャグの蓋を締め立ち上がり。

 

 

 

「ウォォォォォ!!!!!!!」

大量に入ってるであろうジャグをフリフリシェイクしだす。

 

 

 

「何やってんのお前!?」

ジャグを振る奴なんて初めて見た八幡は驚愕の声を上げる。

 

 

 

「シェイクしてるんだよ!上腕二頭筋と三角筋、尺側手根屈筋を意識しながら腹直筋で踏ん張り、広背筋も使いつつ反動も使いリズミカルに振るのがコツだ!!」

 

 

 

「そういう事聞いてるわけじゃないから!!」

 

 

 

 

 

 

―そして―

 

 

 

「よし、完成だ!!」ハアハア

休憩中にも関わらず汗をだらだらさせながらジャグの口にコップを置き、ドリンクを注ぐ。

 

 

 

「さあ、俺の飯山汁飲みやがれ!!」ハアハア

露だくの飯山が八幡にコップをズズィィと差し出す。

 

 

 

「何かビジュアルと言葉的にイヤだ!!!」

美少女が手渡す危険なクスハ汁とは正反対の見た目に拒否反応が起き、後ずさる。

 

 

 

「嫌なら無理矢理飲ますぞ!!」ハアハア

そんな八幡ににじり寄る飯山、なかなか危険な絵面である。

 

 

 

「わ、わかったからその状態でにじり寄るな!!」

仕方なしに手渡しで受取り、それを恐る恐る口に運ぶ。

 

 

 

(酸っぱいが、飲めないほどじゃない……それに運動中でも飲みやすい濃さだ、香りも悪くない)

その作った本人の見た目に反し、以外に爽やかな味に驚く八幡。

 

 

 

「悪くないな……」

意外な飲みやすさに思わず言葉が漏れる

 

 

 

「だろう!!」

アツぐるしい笑顔とグーのジェスチャーを向ける飯山。

 

 

 

(((((あ、アツぐるしい!!!)))))

爽やかなドリンクと熱い笑顔を味わうバレー部だった。




次回の更新は未定ですがなるべく早く投稿できるように頑張ります。


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比企谷八幡はタバタ式にプロトコる

バレー部へ本格参加の後編です。




※注意
スポーツのトレーニング描写がメインの為所々マニアックな部分が入る恐れがあります。

最初に書いた原稿があまりにもマニアック過ぎた為一度書き直し簡潔化させましたが、念のため捕捉します。


「サーブ始めんぞ!!」

休憩が終わると共に響く七沢の号令、その言葉に各自それぞれエンドライン後方に下がりサーブ練習に入る。

 

八幡と七沢がジャンプフローターサーブ、飯山がジャンプサーブ、それ以外がフローターで練習をする。

 

 

八幡は自分のサーブ練習をしつつ周りを見る。

(七沢は相変わらず上手い、飯山も3本に1本ミスってるけど身体能力を生かしたいいサーブだ、一年もフローターだけど丁寧にコースを狙うように意識して練習してる……が一人よく分からんサーブ打ってるやつがいる。)

 

 

「フッ!」ドンッ!!

目線の先にはサーブを打つ稲村の姿。

 

 

(見た目は弾道の低い普通のフローター、けど打音が可笑しいでしょ!)

サーブ然りスパイクしかり手のひらでボールを打つ特性上、打音はバチンやバンッという表現になるような音になる、しかし彼のサーブは固いもので打ったような鈍い音。

 

 

(よく遊びで拳を作ってサーブ打ったりしたがそれに近い音だな、だけどあいつは普通に掌で打っているし、打球の軌道も何だかおかしい)

八幡の頭に思い出される3対3の試合でサーブカットの際に稲村のサーブを七沢がカットできず後ろにそらしたシーン。

 

中学時代からすでに七沢のレシーブ力はかなり高い、それはかつて決勝戦で戦った八幡もよく分かっていた。

 

だがあの場面、七沢は正面で捕ったにもかかわらずカットできなかった。

 

 

 

(あのサーブは間違いなく普通のサーブじゃない。)

バレーボーラーとしての血が騒ぐのか自分のサーブ練習をしながら八幡は稲村の方へ目を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―数時間後―

基本、スキル、3対3を終わらせ、バレー部はフィジカル強化に移る。

 

 

「うし、楽しいフィジカルの時間だ!!」

どっかの筋肉バカが喜びの声を上げる。

 

 

 

「まさか、死ぬまで筋トレとか言わないだろうな?」

八幡は戸塚の依頼の際、彼を鍛えるために行った事と雪ノ下の言葉を思い出す。

 

 

(あの時はひたすら腕立てやらされてへとへとな上に試合だったから散々だった。)

 

 

 

「死ぬまで筋トレとかナンセンスだ!!怪我の危険が高まるし、何よりマッスルの神様(マ神)は正しく鍛えた者にしか微笑んでくれない!」

そんな事するもんかと憤慨する。

 

 

「それなら安心だ」

あんなフィジカルやらなくて済むなら安心だ、とばかりにホッと息を吐く。

 

 

 

「そういえば、フィジカルは何をやるんだ?」

経験者ではあるものの練習初参加の八幡にとって、基礎やスキル等の練習は多少の違いはあれどそれなりに理解しこなせるのだがフィジカルになると話が変わる、何をやるか知らない八幡は質問をした。

 

 

「トレーニング室でウエイトトレーニング、そんで神経系のトレーニング、心肺機能の強化にタバタだ。」

飯山が専門用語を使いまくりで八幡に説明をする。

 

 

「タバタ?」

誰それ?的なニュアンスで質問する。

 

 

「タバタ式プロトコルの事だよ、20秒トレーニング10秒インターバルの8セットで計4分やるトレーニング、テレビで特集されたり、アスリートもトレーニングメニューに取り入れている、まあ実際にやってみれば分かるさ」

とりあえず行こうぜとトレーニング室へ指をさす。

 

 

 

「よくわからんがそうなのか」

その時の八幡は特に気にしてはいなかった、競技から離れて3年、昨日の試合と今日の練習で体にかなりの疲労があるものの、アドレナリンが回った状態で思った以上に動ける事と技術そのものの衰えはあまり感じない為か、まだイケると内心すこし浮かれていた。

理性の化物と銘打たれる彼とはいえ、まだ高校生で若い。

 

つまり若さゆえの過ちなどいくらでも起こるのである。

 

 

 

 

―総武高校トレーニングルーム―

パワーラックやダンベル、バーベル、スクワット台、フラットベンチなどフリーウエイトを中心に数種類のマシンが置かれている。

筋肉意識高い系の生徒がよく訪れる部屋である。

 

 

 

 

 

「はい、これをどうぞ~」

飯山がトレーニングの内容と記入欄が書かれたプリントをチームに配る。

 

 

「何これ?」

八幡は渡されたプリントをみて質問する。

 

 

「うちの練習メニュー決めは、スキルが俺でフィジカルが飯山が担当してるの」

七沢が説明役に入り八幡に声をかける。

 

 

「でも本人の体は本人が一番分かってるから、一人ひとりメニュー変えてるし、質問や要望とかあったら話し合いしてより良い方向に持っていく、その為に一回一回トレーニングメニューと実際の実施の記録をとる」

大雑把そうな見た目に対し、意外に細かい男飯山が口を開く。

 

 

「とりあえず比企谷は初めてだから大変だと思うけど頑張れ」

 

 

 

「分かった」

バレーの練習による高揚感でアドレナリン分泌中の八幡はあっさりと頷く。

 

 

 

 

各自2人一組になり器具をセッティング、片方がトレーニングして片方が補助をする。

 

 

初めてである八幡にはトレーニング指導も兼ねて飯山が付いた。

 

 

 

「アブクランチは息吐きながら腹凹まして、それを丸めるように体を起こすんだ。体起こし切ったり反動使うのは筋肉に効かないし腰痛める要因になる。」

 

 

(腹筋ってこんなにきつかったけ?)

 

 

 

 

「スクワットは持ち上げるより地面を蹴るイメージだ!」

 

 

(脚にくるーー!!!)

 

 

 

 

そして数種類のトレーニングが終わり。

 

 

 

 

「次はケトルベル、今回は基本のスイングだ!」

 

 

※ケトルベル

ロシア生まれのトレーニング器具、取っ手のついたその姿からケトルベルと名づけられた器具、ダンベルやバーベルなど筋肥大の為に使用される器具と違い、反動を使って行うトレーニングが多いため、神経系のトレーニングとして取り入れるアスリートや格闘家もかなり多い。

 

 

 

「そう、その調子だ!上手いじゃないか!」

 

 

(これはキツイが案外できる)

持ち前の運動神経で器用にこなす八幡。

 

 

 

 

 

「じゃあ最後はタバタ、今日はバーピーだ」

飯山はそういうと一連の流れを実践する。

 

タバタ&バーピーと言う言葉に一年の顔が一瞬こわばる。

 

※バーピー

立った状態→しゃがんで手を床につける→腕をついたまま体を伸ばし腕立て伏せの状態にする→床に手をつきしゃがんだ状態に戻る→しゃがんだ状態から勢いよくジャンプし両手を頭の上にのばし一回拍手と言った流れのサーキット、おそらくかなりの方が経験あると思います。

 

 

(バーピーか、昔はよくやったな……)

八幡は昔を懐かしむ。

 

 

「それじゃタバタタイマー起動するから準備!!」

スマホのタバタタイマーのアプリを立ち上げ音量を最大にする。

 

 

 

そして

 

 

 

ピィィィィ!!

タバタ開始の笛がなり一斉にバーピーを開始する。

 

 

1set

(あれ?意外とイケるな)

意外と動くその体に少し安堵する。

 

 

2set

(……ん?体重くなったか?)

 

 

3set

(もう10秒たったのか……)

まだ5秒もたっていないかのような感覚に襲われる。

 

 

4set

(うそ!?体動かない!!息キツイ!!)

何とか体を動かす。

 

 

5set

(インターバルのタイマー壊れてないか!?明らかにおかしいぞ!!)

運動中は永遠に感じ、インターバル中は一瞬に感じる、八幡の心肺機能が悲鳴を上げる。

 

 

6set

(……ウソだろ?まだ終わらないの?)

 

 

7set

(らめぇぇぇぇ!!!もう体が動かないよぉぉぉぉぉぉ!!!!!)

声を上げる事さえ出来ない彼は心の中で悲鳴を上げる。

 

 

8set

(……)

人間は本当に苦しくてどうしようもない時、思考はとまり“苦しい”以外なにもかんがえられなくなる。

 

 

タバタタイマーから終了のファンファーレが鳴り響き、初心者の八幡のみならず部員たちも倒れ込む。

 

 

「比企谷大丈夫か?」

隣にいた稲村が声をかける。

 

 

「ハア……ハア……」フルフル

四つん這いのまま無言で首を振り何もいう事が出来ない。

 

 

(これ、雪ノ下がやったらどうなるんだろ?)

恐らく今の自分よりひどい状態になるな、あいつスタミナ半端なく無いからと少し笑う。

 

 

((比企谷先輩初めてのタバタで笑ってる!!))

そんな八幡を見て驚愕する一年たち。

 

 

 

―所変わって奉仕部―

 

 

(何か比企谷君にバカにされてる気がするのだけど……)イラッ

自分が馬鹿にされたと感じた雪乃は言い知れぬ不快感に襲われていた。




タバタとケトルベルは自分もシーズンに入る少し前からメニューに加えています。
オフシーズンは筋肥大重視のウエイトトレーニングに重点置く為心肺機能が衰えてしまいます。

その衰えた心肺機能がタバタを続けてるうちに良くなるのでおススメです。


youtubeにもよく動画がupされているので興味のある方はやってみてもいいかも



次回は日常チックな話を予定しています



来週は旧友達と会うため、飛行機で花の東京へ行くため更新できないかもしれません


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出会いはいつも突然に

お久しぶりです
減量に入り少しメランコリックなnowsonです今回の話は部活後のお話ですが注意があります。



注意

・今回の話のみワンシーンでクロスします。

・物語の性質上、原作と展開変わります。

・一人キャラ崩壊の恐れあり。


以上


―練習終わりの放課後―

フィジカルトレーニングの後、クールダウンのストレッチを済ませ、八幡とバレー部は会話をしながら部室で着替えをしていた。

 

 

「やっぱ6人だと練習の効率が上がっていいな」

今日の練習を振り返り、練習の手ごたえを感じた七沢が実感のこもった声を上げる。

 

「しかもセッターだからスパイク練習もかなりイイ感じで打てるのがいい。」

「だな。」

それに対し二年の二人が同意の言葉を発する。

 

 

(疲れた、腹減った、帰りたい)

バレーの練習が終わり再び腐った目モードの八幡は疲労を全身に感じ、心既に自宅にありの状態だった。

 

(だけど今帰ってもな)

普段の彼なら愛しい妹の為&さっさととくつろぎたい自分の為に一目散に帰宅するところだが今は違う。

 

(小町……)

喧嘩をしてしまい気まずいままの妹、お互いに顔を合わせずらい状態、その事があたまに浮かぶ。

 

(早く帰りたいが、もう少しほとぼりが冷めないとな……とはいえ)

 

 

「腹減った……」

八幡は某孤独のグルメな人の顔になりながら腹に手を添え呟く

 

 

「だな、皆で何か食いに行くか!」

「いいねぇ」

「自分も腹減ってたんですよ」

その言葉に周りが反応する。

 

 

 

(これはリア充特有のアレだ、「よし!みんなで飯行こうぜ」ってなって一緒に行くと「誰だよコイツ呼んだの」「でもみんなでって言ったからお前違うって言いにくいじゃん」「空気読めねえな、だからクズ谷なんだよ」ってなるパターンか)

過去のトラウマが脳裏を過りほんのりメランコリーになる八幡、ほんのりで済むのが彼のメンタルの強さなのだろう。

 

 

「6人だし適当に街行ってから決めるか」

七沢がスマホをポチポチ弄り、飲食店情報を見ながら言う。

 

「えっ!?」

自分も数に入ってるの?と驚愕した八幡が声をあげる

 

「ん?用事あったのか?」

八幡は行くものとばかり思っていた七沢が質問をし

 

「……比企谷先輩、来ないんですか?」

温水が一緒に行きましょうよと、目で訴える

 

「いや予定ないから大丈夫だ」

突然のことに戸惑い思わず参加の意を伝える八幡。

 

「なら決まりだな、行こうぜ!」

 

八幡とバレー部は着替えを終えると街へと繰り出した。

 

 

 

 

―数十分後―

街へと到着した6人は自転車を止め、店を探しながら歩く。

 

 

「何食う?」

稲村が皆に質問をする。

 

「俺、甘いもんがいいなー部活のあと何故か食いたくなる」

「だな、筋トレあとのプロテインみたいなもんだ」

「いやそれは違うだろ」

体育会系トークに男華を咲かせながら街を歩いていた。

 

 

 

その時だった

 

 

 

「よー!よー!姉ちゃん一緒にいいことしようぜ!!」

3人の不良が一人の美人に絡んでいた。

 

「ごめんね私、人を待ってるから」

女性は笑顔でそれを受け流す。

 

「大丈夫だって、ちょっとだけだからさぁ!」

 

「ええー」

女性は困った仕草をする。

 

 

「おい!美人のお姉さんが不良に絡まれてるぞ!!」

異変に気付いた飯山が指をさし声を上げる。

 

「んっ?」

八幡はその指が示す方向を見て。

 

 

(げっ!!あれは雪ノ下の姉、雪ノ下陽乃だ!!なんてモンに声かけてんだよ不良ども!)

そのナンパされてる人物を特定してしまった。

 

 

「助けよう、ここで行かねば男がすたる。(あわよくばあの美人と仲良くなりたい)」

建前と本音を使い分け、飯山が不良たちの方向へ歩みだす。

 

「お、おい!!」

八幡は制止しようと思わず声を上げてしまい。

 

 

「「「「ん?」」」」

不良と陽乃が声のする方を振り返る。

 

 

「あっ!比企谷君!!」

陽乃は、良いもん見~つけた♪とばかりに八幡の所へ駆けていき。

 

「私の待ち人来たから行くね」

八幡の腕を掴み、妹とは正反対な遺伝子の悪戯の賜物(※あえて部位を言わない作者の優しさ)を押し付けるように抱き寄せ言い放つ。

 

(近い!柔らかい!良い匂い!)

彼でなければ堕ちたであろうその甘美な匂いと体に、八幡は理性を持って必死に制する。

 

 

「比企谷先輩!!もしかしてこの人と用事があったからさっき戸惑ったんですか!?いったいどんな関係なんですか!?」

温水が八幡に詰め寄る。

 

「いや、べ……」

「将来の家族候補かな♪」

陽乃が八幡の言葉をさえぎり問題発言をぶちかます。

 

 

「「「「「な、なんだってーーー!!!!!」」」」」

某調査班のようなリアクション。

 

 

「比企谷それは本当なのか!?」

ご丁寧にお決まりの質問をする稲村。

 

 

「ち、ちが……な、何言ってるんですか!?」

八幡は混乱しながらもその言葉を否定する。

 

 

「違わないよ~、あっ!それとも雪乃ちゃんと何かあった?」

こんな面白いオモチャはそうそうない、仮面の下でテンション爆上げな陽乃はすっかりからかいモード。

 

 

「っ!?(なんでそれを?どこまで知ってるんだこの人)」

 

 

「何々?図星?だめだよ~雪乃ちゃんを悲しませちゃ!あっ!それとも私に乗り換える?私、比企谷君ならいいよ」

腕に大胸筋前の脂肪を押し付け八幡にせまる

 

 

(いかん!静まれ……煩悩退散!!観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不 異色色即是空空即是色……)

心の中で般若心経を唱え平静を取り戻そうとする八幡

 

 

「おいおいおい!俺らを無視して勝手に盛り上がってるんじゃねえよ!!」

空気化していた不良が再起動し八幡たちに詰め寄る。

 

 

「お!やるのかね?」

飯山がその巨体と筋肉を揺らしながら前に出る。

 

 

「っ!!(すげえガタイだ、けど俺たちは百戦錬磨、パンピーに負けるか!!)」

不良は飯山たちに向き名乗りを上げる。

 

 

「我ら、千葉のジャックナイフ3連星!」

3人のうちの一人、スカジャンに逆立った金髪とヘアバンドの男が前に出る。

 

 

「俺の名はエッジ!ナイフ捌きでは右に出る者のない、人呼んで千葉の流星―――――――デッドナイフ・エッジ!!」

ナイフを取り出しポーズをとる。

 

続いてパンチパーマに特攻服の男が声を上げる。

「そして俺は、バタフライナイフ二刀流で10人を捌いた人呼んで千葉の忍者―――――――バター次春!!」

 

(AV男優か?)

 

 

「そして俺は千葉最速のナイフ使いにして最強の刺客――――――――――デッドナイフ・エッジ!!」

最後にスカジャンに逆立った紫色の髪とヘアバンドの男が前に出て名乗りをあげた。

 

 

「キャラかぶってんじゃねーか」

思わず突っ込んでしまう八幡。

 

 

「ああん!?」

ツッコミにデッドナイフ・エッジが反応し八幡を睨みつける。

 

 

「っ!?」

(な、なんて目だ!まるで人を殺すことを厭わない様な腐った目、湘南で数々の修羅場をくぐった俺には分かる!!あいつは不良じゃねえ、暗殺者だ!!)ブルブル

 

 

「ど、どうした!?」

仲間の尋常じゃない様子に次春が声をかける。

 

 

「あ、あいつのあの眼、まちがいない!!アサシン……暗殺者だ!!」

「な、何!?」

その言葉に思わず八幡を見る次春。

 

 

「お、俺は帰る!命あっての何とかだ!!」

「おい!待ってくれ!!」

デッドナイフ・エッジは我先にと逃げさる。

 

 

「くっ!!」

残された次春は八幡を恨めしそうに睨みつけ。

 

 

「お、覚えてやがれ!!」

捨て台詞をはき去って行った。

 

 

 

「ひ、比企谷君……目だけで相手を撃退するなんてすごいね」プルプル

陽乃は笑いを堪えながら八幡を褒める。

 

 

(さすがに傷つくんだけど……)

何もしてない八幡はちゃっかりハートブレイクされていた。

 

 

 

尚、逃げ出した不良の後ろを黒塗りの高級車が追跡していたのはまた別のお話。

 

 

 

 

――ドーナツ屋店内――

不良から助けてくれたお礼という事で、陽乃からバレー部にドーナツが振る舞われていた。

 

 

「ところでさ、皆は比企谷君とどんな関係なの?」

いつもソロ活動主体の八幡が6人のグループで歩いていた事に疑問をもった陽乃が質問をする。

 

「ああ、実は……」

 

 

 

 

――いきさつ説明中――

 

「というわけで比企谷は今バレー部に参加してもらってるんです」

七沢がこれまでの事を簡潔に説明する。

 

「へぇ!比企谷君がバレー部の助っ人ねぇ」

何やら考える仕草をしながら八幡をニヤニヤ見る陽乃。

 

(ドーナツ旨い、けど帰りたいでござる)

極力反応しないようにドーナツにかぶりつく八幡。

 

 

「比企谷君、こんな面白そうなこと黙ってるなんて水臭いなもう!練習試合みにいくからね」

八幡に近づき肘でウリウリやる陽乃。

 

 

「や、やめてください」

イヤそうな顔をしつつ、諦めて受け入れる。

 

 

 

「あれ?比企谷?」

突如呼びかけられる八幡。

 

 

(海浜高校!?)

IH予選で対決し敗れた相手、その制服に部員達が思わず反応する。

 

 

「……折本」

かつてのクラスメイトの姿に八幡から冷汗がでる。

 

 

「やっぱり!超ナツいんだけど」

八幡の肩をバンバン叩きながら笑う折本。

 

 

(相変わらずだなこいつ……)

人見知りせずどんな相手でも気さくに接しようとし必要以上に距離を近づけようとする人間、八幡にかつてのトラウマがよみがえる。

 

 

「へー比企谷総武高だったんだ、頭良かったんだね」

折本は八幡以外のメンバーを見渡し。

 

 

「ところでこれ何の集まり?」

八幡と陽乃と男たちという何とも奇妙な集まりに思わずクエスチョンマークが頭に浮かぶ。

 

 

「彼らがバレー部で私が……」

「学校の先輩」

先ほどみたいな問題発言されてたまるか!と言わんばかりに八幡が先手を打つ、その言葉に陽乃はつまんない!というジェスチャーをする。

 

 

「バレー部?比企谷またバレーやるんだウケる!」

折本はケラケラ笑い

 

「よくまたバレーする気になれるね比企谷。」

 

 

「!!」

八幡の脳裏には自分がかつてバレー部から追放された時の事が思い出される。

 

 

「どういう事?」

初対面専用鉄仮面を貼り付けその言葉の意味を問う。

 

 

「比企谷、大事な試合で勝手な事してバレー部が負けたんだよね、優勝掛かってた試合だったのに、なのによくバレーやる気になったね」

 

 

「……」

過去の事、そして今バレー部にその事をきかれた事、それにより八幡は俯き下を向く。

 

 

「それって中2の時の地区大会決勝の事か?」

八幡を試合会場で最後に見たのはあの試合、七沢がもしかしてと口を開く。

 

 

「そうだよ、何で知ってんの?」

 

 

「そりゃ、その時決勝で戦ったのはうちだったから」

七沢の脳裏には決勝で苦戦した相手チームの姿。

 

 

「一つ言わせてもらうと、比企谷がいたからうちは苦戦したんだ」

センスによるスキルと瞬時の判断力、敵味方の状態を把握する目線を生かしたプレー、彼のプレーにより七沢達は流れを掴むことができず苦戦を強いられた。

 

 

「あの時、うちに勝つには比企谷のトスワークしか方法なかったよ、バレーの事知りもしないくせに勝手なこと言うのやめてくれない?」

折本をジッとみる。

 

 

「そうだよ、何より俺のライバルを馬鹿にするのはやめてくれないかい?」

スタイリッシュにポーズを決めた葉山が現れる、その姿は「葉山ですが」と言いたげである。

 

 

「……隼人?」

今まで見たことのない幼馴染の変わりようにあっけにとられる陽乃。

 

 

「は、葉山君!!」

折本と一緒にいた仲町が黄色い声を上げる。

 

 

「比企谷君の姿が見えたからちょっと気になってね」

 

 

「い、行こうよかおり!」

折本の服を掴み店を出るよう促す、どうやらこのままいると葉山の自分に対する心象が悪くなると判断したようだ。

 

 

「えっ?ちょっと知佳?」

仲町にズルズルと引きずられ二人は店を後にした。

 

 

 

 

―そして数十分後―

比企谷を弄繰り回しながら雑談し店を後にした陽乃は自分の携帯を取り出し。

 

 

「もしもし、少しお願いがあるんだけど……」

 

 

「……うん、うんお願いね」

通話を終了させバックに携帯をしまい。

 

「面白いことになるといいな~」

にやりと笑いながら、帰りの車を待った。




次回の更新は早くて来週、遅くて再来週を予定しています。


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将来の夢は専業主夫

今回の話は少し短めになります。


―千葉県某ドーナツ屋―

陽乃が帰った後、八幡達は男子高校生恒例のボーイズトーク……ではなく。

 

「俺のやるブロックアウトの場合、ボールがフワッと打点に来た時こう、クイッとやって……ヨイショ!って感じかな」

「分からん!お前は某球団の名誉監督か」

「比企谷はどうやる?」

「俺の場合はお前らと違って打点が高くないから、高いブロック来た時に手首軽く反らしてわざとフカす感じにして、相手の指を狙う形だな」

「よく咄嗟にできるな」

バレーボール談義に夢中になっていた。

 

 

スポーツのみならず、特定の物を嗜む人間たちが集まった場合に高確率で起きるのがそれについての談義、アニメ好きならアニメ、旅が好きなら旅、料理が好きなら料理と意気投合しその話で盛り上がる。

彼らの場合も例に漏れず、ドーナツ片手にバレーボールトークに花が咲いていた。また、今まで5人だった所に八幡という未知のバレーボーラーの情報という格好の肴があるため盛り上がりを見せ、八幡自身も今まで封印されていたバレーボール談義にテンションが上がり自分から進んで口を出すという、今までの彼には見られない行動だ。

 

 

ちなみに葉山は偶然居合わせただけだったらしく「用事があるから失礼するよ、またね」とバレー部……というより八幡に手を振り去っていった。

 

 

「そういえば稲村、一つ気になった事があるんだが」

八幡は話が途切れた瞬間を突き質問をする。

 

「なに?」

「お前のサーブ、何なの?あれは普通のフローターじゃないだろ?」

八幡が気になっていた稲村のサーブ、見た目こそ普通のフローターサーブだが、球威、球速、変化、どれをとっても異質な物だった。

 

「一応やってることは普通のフローターなんだけど、違いがあるとすればコレかな」

稲村は八幡の前に手の平を上に向け手を差し出す。

 

「?」

「俺の手、触ってみ」

「あ、ああ……」

基本的に同性異性問わず、手を添えるタイプの店員さんからおつりを貰うときくらいしか手の触れ合う機会に恵まれない八幡は若干緊張した面持ちで稲村の手を触る。

 

(何だこれ?硬い!皮が厚いとかそんな問題じゃない)

今まで見たことのない手に驚愕しつつ観察する。

 

(掌の筋肉が異常に発達してるんだ……。普通の手で打つサーブがクッションつけた手だとするとこの手は固いもので直接打つような物、確かにこれなら球威やあの奇妙な回転も納得いく。)

 

「多分俺のサーブが周りと違うのは手の硬さと体の使い方」

 

「使い方?」

 

「俺、幼稚園の時からフルコン空手の道場通ってるんだ」

 

「空手となんの関係があるんだ?」

 

「サーブやスパイクの時ボールに威力通すように力入れたりするだろ?空手の場合も同じ、それどころか相手を倒すという性質上、バレーより威力を対象に伝達させるんだ」

野球でバッティングの際に球に威力を乗せる練習としてバットをサンドバックやミットに打つ練習をすることがある。稲村の場合幼い頃からそれと同じような威力を伝達させる稽古の反復を何度も行っていた為、体に力の入れ方が染みついているのだ。

 

「なるほどな、手を含め一朝一夕じゃ真似できそうにないな」

稲村の手を離し、自分の手と比べながら八幡はつぶやく。

 

「まあな、作ろうとしたら多分この手出来る前に卒業しちまうわ」

彼が幼少期から体を凶器にする為の稽古を10年以上重ねてきたからこそできた体、それを少ない可能性を信じて短期間で習得させる努力をするくらいなら、バレーの為のスキルとフィジカルをやりこんだ方がはるかに効率的かつ確実だ。

 

(習得は無理にせよ、仕掛けが分かって良かった)

八幡はホッと一息つきドーナツを口に運び、コーヒーを流し込んだ。

 

 

 

―十数分後―

「それじゃまた明日な!」

「おう!」

「また明日!」

店内を後にした6人はそれぞれ自転車に乗り家路につく。

 

 

「さて、晩飯どうするかな……」

家路につく帰り道、八幡は悩んでいた。

 

(今日も両親は帰りが遅く、小町も塾で飯は家に準備されていない……店屋物でもいいが、これでも俺は専業主婦希望、たまには自炊も悪くない)

 

(とりあえず近所のスーパー行ってから決めるか、やっぱ作る気力無かったら弁当か惣菜ですませばいいし)

行先と目的を決めると、八幡は自転車のペダルを踏みしめ駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

―近所のスーパー―

自転車を止め財布の残高を確認し、カゴを手に取り店内へ。

店内、特に惣菜コーナーは仕事帰りの社会人や見切り品目当ての主婦などでかなりの人がいる。

 

(ステルスヒッキーを使えば何かありつけそうだが、あの中行くのは正直怠いな)

おばちゃんやリーマン達と惣菜奪取作戦するくらいなら飯作った方がマシ、八幡はそう判断する。

 

「とりあえず、適当に店内を回って、いいのあったら買って、それを軸に何作るか考えるか」

そうつぶやき、総菜コーナーを後にした。

 

 

そして

 

先ずはお肉だろ、という志向に至った八幡は食肉コーナーへ

 

 

 

「おっ!ベーコン安い」

手に取ったのはスライスベーコン、100g178円と元々安価だったのが見切り品の為半額になっている。

 

(家では朝食は、かなりの確率でベーコンエッグになる、賞味期限は今日までだがこの価格は魅力的だな、おまけにベーコンは加工肉だから賞味期限過ぎても普通の肉より日持ち効がくし最悪冷凍すればいい……。単価で見ても普通の豚バラ肉よりお得、4パックだし買い占めるか)

半額の値札がついたベーコンを次々カゴに入れてい行く。

 

 

(他は、牛は全体的に高いな……値引きシールついてるやつは国産のブランドだから単価高いし除外するとして、豚は今日はそこまで良いの入ってないな、冷蔵庫にもち豚のスライス入ってるから今回はパス。となると鶏肉だな)

 

 

「あっ!」

「……ん?」

何かを発見したような声、八幡は反応しその声の方を向く。

 

 

「あ、えっと……こんばんは」

声の主は同じクラスの川崎沙希だった。

 

「あ、ああこんばんは……えっと……(川、なんだっけ?あ、そうだ!サキサキだ!)サキサキ」

「っ!!サ、サキサキ言うな!ぶっ殺すよ!!」

顔を真っ赤にさせ物騒な反応をみせる。

 

「す、すまん」

「……まあ、いいけど」

テレを隠すように、そっぽを向く。

 

(それは呼んでいいという意味か?)

多分違うがそう解釈。

 

 

「あんたも買い物?」

再び八幡の方を向く沙希。

 

「ああ、晩飯の買い出しだ、まだ何作るか決めてないけど」

何せカゴの中にはベーコンしか入ってない、八幡はカゴの方を見る。

 

「ふ~ん……って!それ!?」

沙希は八幡のカゴに指をさす。

 

「ん?ああ、ベーコンが安かったから買い占めた」

「そ、そうなんだ」チラチラ

沙希は半額シールのついたベーコンに視線を送る。

 

(今年の春、親戚から大量に送られてきたアスパラがまだ冷凍庫にあるんだよね……大志たちアスパラベーコン好きだから作ってあげたいし、冷凍庫の中もそろそろスペースが欲しい、けど普段ベーコンは高いから中々手が出せない、でも欲しい!けど分けてとか言い出せないし……)チラチラチラ

 

 

(こいつ、あからさまにベーコン見過ぎでしょ!)

(……そういえばこいつの家、生活苦しいんだっけ?)

八幡の頭に浮かぶのは大志の依頼の件、沙希が夜に無理してバイトしていた時のことを思い出す。

 

 

「ベーコンいるか?」

「えっ!?い、いいの?」

「ああ、腹減ってたからつい無駄に買っただけだし、買いすぎたなと思ってたから」

(こいつの家族構成と育ち盛り3人もいる状況から垣間見いて……こんくらいか)

八幡はカゴに入ってるベーコン4パックのうち、3パックを沙希のカゴに入れる。

 

 

「えっ?」

カゴの中に入れられたベーコンを見て沙希が声を上げる。

 

「多かったか?だったらあっちのコーナーにでも戻してくれれば助かる。」

大丈夫なのを分かっていた上で八幡が言う。

 

「全然大丈夫!!」

首をブンブン振る沙希。

 

「そいつはよかった、おっ!鶏肉安いな」

特売価格になっている鶏もも肉を手に取りカゴに入れる。

 

「比企谷!」

「ん?」

「……ありがと!」

沙希は満面の笑みを八幡に向ける。

 

「っ!!買うのはお前だし別に気にすんな」

(こいつ、かなり美人だから笑うとドキッとくるな……俺じゃなかったら堕ちてるぞ)

 

「あんた、相変わらずだね」

八幡の返しにクスリと笑う。

 

「まあいいや、また明日」

「おう、またな」

沙希は上機嫌で手を振り去っていった。

 

 

「もう少し店内ぶらついてから帰るか」

八幡は再び歩き出し、適当にカゴに突っ込み帰宅した。




次回は一度、閑話をはさみその後本編に入ります。

早くて来週、遅くても再来週には更新したいと思います。


今のところ奉仕部が空気気味ですが、ちゃんと本編に絡みだす予定なのでご安心を。


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―閑話― 想い出の味

一応本編と繋がってますが、基本ベースは思い出話と料理話なので閑話という扱いにして、次から本編再開です。


―比企谷家―

 

「ただいま」

「ニャー(袋からやけにいい匂いしてんじゃねえか)」

帰宅した八幡を飼い猫のカマクラが出迎える。

 

キッチンに行き、食材をいったん冷蔵庫に入れてから自室に戻り着替え、再びキッチンへ。

 

マイエプロンをつけて手を洗う。

 

 

「ジャガイモ、玉ねぎ、にんじん、ピーマン、カボチャ……腐りにくい野菜は一通りある。ベーコン、鶏肉、キャベツ、レタス、白菜、長ネギ……けっこうあるから何かしら作れるな」

食材を調べながら自分の料理のレパートリーから選び出す。

 

「親子丼にでもするか」

この中の食材で比較的簡単に作れ、なおかつお腹にたまる料理。八幡の女子力脳は即座に親子丼という料理を選択する。

 

「……ちっ、ご飯がない」

ジャーの蓋を開け、空っぽであることに気付く。

 

「今から炊くと時間かかるし、土鍋で炊くのはめんどくさいから……麺類か」

乾物入れの引き出しを開け、乾麺を確認する。

 

「無難にパスタでいいな」

スタンダードなパスタを取出し、鍋に水を入れ火をかける。

 

 

パスタ

一人暮らし、料理を始める者、一般家庭、と使用する層の幅が広い定番の麺であり、入れる具や味付けなどで様々な姿に変化する多様性に優れた食材。

将来は専業主婦と豪語する八幡にとって、この食材には何度も助けられている。

 

 

「何のパスタにするかな?」

腕を組み、少し思案する。

 

 

 

 

(『お兄ちゃん!私パスタが食べたい!!』)

まだ小町が幼く八幡がよく面倒を見ていた頃の事、パスタという言葉に連想され、突如思い出される昔の記憶。

 

 

 

 

 

 

―数年前―

まだ小町が幼く、共働きの両親に代わり八幡がよく面倒を見ていた頃。

 

(炊飯ジャーを開けたらご飯がない)

今日の晩御飯は何を作るか……八幡は頭を悩ませていた。

 

 

「お兄ちゃん!私パスタが食べたい!!」

小町が手を上げ、八幡に主張する。

 

「小町、何のパスタが食いたいんだ?」

一口にパスタと言っても色々ある、小町は何のパスタが食べたいのか分からない、八幡は小町に問う。

 

 

「んとね……ケチャップいっぱいのパスタ!」

小町が体と声で表現しつつ八幡に伝える。

 

「ああ、ナポリタンね」

それなら今ある食材で何とかなる、八幡は早速準備に取りかかる。

 

「時間かかるからカマクラと遊ぶか、テレビでも見てろ」

「うん!」

小町は八幡に笑顔を向けると、居間へ駆けていく。

 

 

 

 

(とりあえず最初に、鍋に水をはって火をかけてと)

 

 

「……じゃあとりかかるか」

彼を表すかのような漆黒のエプロン、胸元に猫のアップリケ、ワンポイントだがこれが八幡専用エプロンの印、それを着用し手を洗う。

 

タマネギ、ベーコン、ピーマンといった具材を切っていき、続いてフライパンをスタンバイし火をかけ、八幡は冷蔵庫からマーガリンを取り出す。

 

 

「前行った喫茶店、作ってるとこ見たら油ひかないで、代わりにマーガリン入れてたんだよな」

こんなもんかなと適当にぶち込みバターを溶かす要領でマーガリンをひいていく、甘いような独特な匂いが立ち込める。

 

「いけね!換気扇忘れてた」カッチ

換気扇のスイッチオン。

 

 

「おっと!沸騰してきた」

火を弱め、小さい鍋に少しお湯を取り分け、大鍋にパスタを入れる。

 

小鍋にコンソメと少量のタマネギベーコンをいれ、軽くコトコト煮込み、胡椒に香り付け程度の醤油少々、彩程度にパセリをパラパラ。

 

スプーンで汁を取り、口に少し入れ味見をする。

「よし、スープは完成だな」

 

 

続いてフライパンに具材を入れ、軽く塩と胡椒をかけフライパンを回しながら炒める。

 

(炒め物でフライパン回して炒めてる時って、何か料理してるって感じでカッコいいよな)

自分の料理してる姿を想像し自分が“もこみち”になったかのような気分になる。オリーブオイル使ってないけど。

 

「おお!」

アホ毛を揺らしながら調理中の八幡を眺める小町。

 

「どうした?」

居間にいるはずだった妹に声をかける。

 

「そのフライパンで、シャン!シャン!シャン!って振り回すのカッコいいなって!」

ハイテンションになりながら八幡の手ぶりを真似をする。

 

「小町も料理するようになればそのうちできるようになるさ」

「本当!?」

「ああ本当だ」

「おお!私頑張る!」

小町は頑張るぞ!と手を握りしめエイエイオーする。

 

 

「それじゃご飯出来るの待ってるね!」

小町はパタパタとスリッパの音を鳴らし居間へ戻る。

 

「今から始めるんじゃないのね……」

軽くため息をしながら料理を続けた。

 

 

 

「パスタはいい感じかな?」

菜箸でパスタを一本取り指でちぎり口に運ぶ。

 

 

 

 

「もう少し軟らかめがいいな」

もう少し茹でるか、と菜箸を置き、皿やザルを出したりケチャップを取り出す等、別の準備をする。

 

 

「こんなもんか」

再び味見をし、大丈夫と判断した八幡は、鍋を掴みザルにあけ麺を濾し、ザルを持ち上げ水気を切り、フライパンに投入する。そしてケチャップを投入しガンガン炒めていく。

 

「よしできた!」

火を止め皿に装い、再びケチャップをかけ、その上に粉チーズをかける。

 

 

「小町!できたぞ~!」

「は~い!」

 

 

 

 

―居間―

テーブルにナポリタンとスープを並べ、八幡と小町はお互い向かい合うように座り

 

「「いただきます」」

行儀よく手を合わせいただきますをする。

 

 

「うまうま」ズルズル

小町はお世辞にも行儀がいいとは言えない音をさせながらパスタをススる。

 

 

「小町、パスタ食べるときあんまり音立てない」

お兄ちゃんな八幡は妹の将来の為に注意。

 

 

「お母さんみたいなこと言わないでよお兄ちゃん……小町的にポイント低いよ」

この頃から既にポイント制は開始していたらしく、八幡に低評価がつけられる。

 

「妹の将来の為だ」

当時の彼には、“将来養ってもらわねば困るからな”という言葉はつかない模様。

 

 

「でも、お父さんは小町ならそのままで構わない!!って言ってたよ」

「……母さんは何も言わなかったのか?」

「その時は、お父さんにこっそりお店に連れてってもらったときだったから」

「あのバカ親父……」

後で母に告げ口だな、と八幡は誓った。

 

 

「とりあえずこれで口拭け!」

こんなこともあろうかと、こっそり電子レンジで温めておいた、おしぼりを渡す。

 

 

「おお暖かい……小町的にポイント高いよ、お兄ちゃん」

口元を中心にフキフキ。

 

 

「それなら、食べる時になるべく口元に気を付けて、あんまりすすらないようにな」

「やっぱポイント低い……」

地味に口うるさい兄にに対しぼやく小町。

 

 

「お兄ちゃん」

「ん?」

「おかわり!!」

自分の作った物を美味しそうに食べる姿、作った者が味わえるその幸福感に、八幡の少し頬が緩む。

 

「ほらよ」コトッ

「ありがと!」

「おう」

 

 

 

―そして―

 

「「ごちそうさまでした」」

二人手を合わせ行儀よくごちそうさまをする。

 

 

「お兄ちゃん」

「ん?」

「また作ってね!」

「その内な」

小町の要望にそう返すと、食器を手早く片付けキッチンに向かって行った。

 

 

 

 

 

 

―現在―

 

「あれ以来、俺が飯作るとき小町はよくナポリタン要求してたな」

自分の作った料理を美味しそうに食べる妹、その姿を思い出し思い出し少しクスリと笑う。

 

「今じゃ小町が料理番だから作ること無くなったけど……」

そう呟くと思い出される喧嘩して気まずい状態の妹と自分の状態、本当は早く仲直りしたい気持ちと素直に言えない自分に対するもどかしさ、その気持ちを表すかのように俯く。

 

 

「小町の分どうするかな」

もし小町が食べなかったら明日の朝でも食べればいい、そう判断し顔を上げ

「……ナポリタン作るか」

気合いを入れるようにパン!と手と手をぶつけ、調理を開始させる。

 

 

 

 

―比企谷家付近―

 

「お兄ちゃんに一体何が……」

見た目は子供、頭脳は大人な少年のように顎に手をあてたポーズをしながら考える小町、その頭に浮かぶのはここ最近おかしい兄の言動。

 

食事中に何か考え事してたかと思えば、問いただした時に反発するかのような態度、そして湿布の匂いに早朝の走り込み。

(……前者は多分、雪乃さんや結衣さんと何かあったんだと思うけど、後者が分からない)

何せ普段から低燃費を体現するかのような行動の多い八幡の行動、だからこそ彼の行動に驚きを隠せない。

 

「走り込みするお兄ちゃんなんて、まるで……」

八幡のバレー部時代を思い出す小町。

 

「でもお兄ちゃんが今更バレーをするわけ……」

兄がチームからバレーから離れるきっかけになった試合、そしてその後の彼への風当たり、それを見てきた小町だからこそ彼がバレーボールに戻るはずないと考えている。

 

 

そんな兄の事を考えてるうちに自宅につく。

 

 

「ただいま」

玄関をあけ靴を脱ぐ。

 

(お兄ちゃんは帰ってきてるけど……何?この匂い)クンクン

その甘ような匂いに小町は、懐かしいような、それでいて心が踊るよな感覚。

 

小町は自分の部屋に戻る前に居間の扉を開ける。

 

 

(お、お兄ちゃんが料理を作ってる!本当にお兄ちゃん?)ポカーン

最近の彼の奇妙な行動、それが継続されてることに唖然とする。

 

 

「おう、おかえり」

エプロンをしめ、調理中の八幡が小町に気付きおかえりを言う。

 

「た、ただいま」

「……飯食ったか?」

「ま、まだだけど」

「ナポリタンでよかったらあるが食うか?」

「う、うん」

「分かった」

キッチンから顔を出した八幡は再び戻り、小町は着替え&カバンを置く為一旦部屋へ。

 

 

「?????」

まるでメダパニをくらったように混乱し頭の回転が追い付かない小町……だが。

 

「ナポリタンか」

昔、兄がよく作ってくれたナポリタン、塾から真っ直ぐ帰宅し何も口にしていない小町の胃は先ほどの匂いと相まって食べ物を欲している。

 

「とりあえず今はナポリタンを食べよう」

食欲を前には兄との喧嘩など些細な物、着替えを終わるとそそくさと居間へ向かった。

 

 

―数分後―

「「いただきます」」

昔と同じ配置と同じ食器、違いがあるとすれば向かい合う二人の成長した姿。

 

 

(私が料理するようになって結構たつけど、このナポリタンと炒飯だけはお兄ちゃん作った方が旨いんだよね)

麺をフォークに巻いていく。

 

(茹ですぎた麺、かけ過ぎなケチャップ、微妙に焦げたケチャップと麺、料理という意味で見ると粗末な出来のはずなのに……)

口に含むと広がるケチャップの酸味と甘み、ベーコンやタマネギ、ピーマンの味、粉チーズ、それらが一体となり、ねっとりと舌の上で絡み合い、麺を噛むとホロリと噛み切れ、口の中でジュワーッと広がる。

 

(悔しいけど旨い、私作ると何故かこのねっとり感が出ないんだよね)

空腹と相まってか、食べる手が止まらず次々と口に運んでいく。

 

(そして、口飽きした時の箸休めになるスープ)

コンソメ、ベーコン、タマネギのシンプルなスープ、ベーコンの旨味、タマネギの甘み、コンソメの深みがバランスよく同居し、どれも出しゃばることなくスープとしてそれぞれの役に徹する。

隠し味程度の醤油が少しの芳ばしさを、胡椒がほんのりとアクセントに、それらがメインのナポリタンと喧嘩しない味わいに仕立てている。

 

(この味変わらないな……)

変わらずに旨い。

 

 

喧嘩して以来口数の少ない食卓

 

(だけど、それは今までと違ってなんだか嬉しい)

小町は空になった皿を手に取り

(本当は聞きたいことや言いたい事いっぱいあるんだけど……)

彼女が今言いたいことはただ一つ。

 

「お兄ちゃん!」

「ん?」

「おかわり!!」

「っ!!」

八幡の脳裏に、昔の小町の「おかわり」をする姿と今の姿が重なる。

 

 

「ほらよ」コトッ

八幡はあの時と同じように皿を置き

「ありがと!!」

小町もあの時と同じように笑顔を向ける。

 

「おう」

久しぶりの妹の笑顔、つられて八幡も笑顔になる。

 

 

二人の間に出来たいた蟠りと距離、元に戻せるかもしれない、言えるかもしれない。

 

 

けど、今はこの味をたのしむことにしよう。

 

 

そう心に決め、二人は思い出の味を穏やかな笑顔で味わった。




日常系の話より料理の方が書きやすくていいですな。

次回の更新は例のごとく、早くて来週、遅くて再来週になります。


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自問自答

※今回の話は原作と展開が異なる&やや腐っております。


食事を終わらせ、のんびりコーヒーを飲む八幡と小町、そこには今朝までの気まずさは無く、口数は少ないものの、穏やかな空気が流れている。

 

(言いたい事、今なら言えるかもな……)

小町に半分八つ当たりのようにあたってしまって以来、何度もメールをしようとスマホの画面を開いたり、朝起きる度に今日は謝ろう、今度こそと思うのだが踏み出せなかった。

 

 

 

「なあ、小町」

「何?」

兄が言おうとしてる事、それはきっと自分と同じ……

 

 

 

 

八幡は軽く深呼吸し……

 

 

 

 

「「ごめんなさい」」

 

 

 

八幡の謝罪の言葉、小町はワザとそれにかぶせるように同じ言葉を伝える

 

 

 

「「……」」

 

 

 

「「……ップ」」

やられた、してやった、やっと言えた。色々な感情がごちゃ混ぜに、だけどそれがおかしくて嬉しくて、二人は笑顔でしばらく笑いあった。

 

 

 

 

 

―そして―

 

 

「お兄ちゃんに聞きたいことがあります」

真面目な口調になり、八幡へ向き直す。

 

「なんだ?」

八幡も真面目な顔になり小町と向き合う。

 

「雪乃さん結衣さんと何あったの?」

 

「それは……」

八幡は言い淀む。

 

「あと……もしかしてだけど、バレーまた始めた?」

兄の不可解な行動、その行動に対する小町の答えは一つしかなかった。

 

「話すと長くなるがいいか?」

「……いいよ、教えて」

小町は腰掛ていたソファーを座り直すように中腰になり八幡の横に触れるように座り直し、コーヒーを片手に八幡の話に耳を傾けた。

 

 

 

―十数分後―

 

 

「なるほど……お兄ちゃんらしいね」

小町は八幡から修学旅行の、それからの奉仕部、バレー部の事を聞き思った事を口に出す。

 

「俺らしい?」

「うん、器用で不器用でクズで優しい」

「それ褒めてんの?それともけなしてるの?」

まるで対局にあるような単語の羅列に八幡のツッコミが入る。

 

「両方だよ」

そう言うと小町は八幡の肩にもたれ掛かるように頭を乗せる。

 

「ずっと一緒にいる小町なら受け入れられるよ」

 

「それでも嫌だ、悲しい、辛い感情は間違いなく出るよ……聞くだけで胸が痛いのに目の前で見たらもっとだと思う」

自分にとって近しい存在、その人が自分から傷つきに行く姿なんて見たくない。

 

「……そうか」

「……そうだよ」

二人の間にしばしの静寂が流れる。

 

 

「ねえお兄ちゃん」

「ん?」

 

「バレーの試合、応援行っていい?」

「おう、特別に許可してやろう」

「うわ、偉そうだよこのごみいちゃん」

小町はそう呟きながらも、どこか嬉しそうに口元を緩め、目を閉じた。

 

 

 

 

 

―翌朝―

※朝チュンではありません

 

「朝か……」

朝日を浴び目を覚ました八幡はまだ鳴ってない目覚まし時計を持ち時間を確認する。

 

「5時30分」

疲労により遅くても10時には寝てしまう為か、二日連続で普段の彼には考えられない時間に目が覚める。

 

「……起きるか」

いつものように反動と腹筋を使い勢いよく起き……

「いだぁぁ!!」

上がれなかった。

 

 

「うう……」

昨日のトレーニングによる筋肉痛により体のあちらこちらが悲鳴を上げ、ベッドから出ることもままならず、八幡は悲鳴を上げる。

 

(何この痛み?現役の時でもこんな事なかったぞ……)

原因は昨日のフィジカルトレーニング、ウエイトトレーニングや心肺系、神経系のトレーニングの強烈な負荷による筋肉痛。

その筋肉痛は昨日の朝の比ではない、腹直筋は踏ん張るたびに形容しがたい痛みで悲鳴を上げ、立ち上がると大腿四頭筋や下腿三頭筋は歩くだけでミシミシと軋み、ハムストリング、そして大殿筋と内転筋、大腿二頭筋という普段ではあまり体験することのないインナーマッスルも歩くだけで痛む。

 

(そ~っと起きよう)

体をうつ伏せに反転させ四つん這いになり起き上がり痛みをこらえながら着替えをするべく寝間着を脱ぐ。

下半身や腹筋だけでなく、三角筋(肩)や僧帽筋なんかも地味に痛い。

 

 

「これ、今日は部活できるのか?動くのやっとなんだけど……」

 

 

 

プルルルル

早朝五時にも関わらず突如なるスマホ。

 

「チッ!材木座かよ……時間考えろよ」

八幡はそう言いながらも携帯を手に取り通話ボタンを押す。

 

「何だよ材木座、こんな朝早く」

 

「八幡よ、お主大変な事になっておるぞ!!」

 

「大変な事?」

 

「言葉じゃ説明しにくい、とにかく裏サイトの掲示板を見るのだ!」

 

「何なんだよ一体……」

スマホを持って通話している為、PCを起動させインターネットに接続し裏サイトのページを開き

 

「……ちょっ、待てよ!!」

八幡は思わずお決まりのセリフを吐く、そこに書かれていた内容は……

 

 

 

 

男子バレー部にイケメンが現れた件(126)

 

バレー部の動向を妄想するスレpart2(260)

 

本命は!?“はや×はち”“とつ×はち”“なな×はち”それとも……part3(194)

 

 

 

 

とりあえず、腐臭のするスレを無視し“男子バレー部にイケメンが現れた件”を開く八幡。

 

 

「この写真、俺じゃないか!」

 

「やはりバレー部に現れたイケメンはお主だったか」

 

「なんでこんなことになってんだよ」

 

「嫌なら我と変われ!この似非イケメンめ!!」

 

「嫌だけど、お前とだけは変わりたくない」

 

「ちょ!それひどくない!?」

 

「……時に八幡よ」

 

「なんだ?」

 

「お主“そっちのけ”があるわけではないよな?」ドキドキ

 

「気色悪いこと言うなボケ!!」プツッ

八幡は即座に通話を遮断し電源を落とす。

 

 

「にしても……どうすればいいのコレ?」

アップロードされてる自分の写真や腐った話題を眺めながらしばし茫然自失する八幡。

 

「ん?」

そんな掲示板の中にあった一つのスレッドに目が止まる。

 

 

生徒会選挙動向スレ

 

 

(そういえばあいつらの方はどうなった?)

バレー部の依頼はこのまま練習を続け、練習試合が終われば無事成功だが生徒会選挙はそうもいかない。

 

(正直、依頼の難易度だけで見ればバレー部より数倍上だ)

その事が頭に浮かんだ八幡は何気なくそのスレをクリック。

 

 

 

J組の雪ノ下さん生徒会長に立候補するらしいよ

 

マジで?

 

昨日職員室で立候補を伝えに行ったの見た人いたって

 

じゃあもう確定じゃん

 

 

 

「……雪ノ下が立候補?」

 

(どういう事だ?なんでだよ?)

無意識に出てしまう嫌悪感、拒否反応が出てしまう。

 

(確かに生徒会長候補を選抜する上でこれ以上にない人材だ……でもこれじゃ文化祭の時と修学旅行での事と変わらないだろ!)

文化祭で自分から責務を背負い込んだ雪乃は倒れ、自己犠牲により解消へと導いた八幡は自分、そして周りの心に傷を負った。

 

「そのやり方は否定したんじゃないのか?雪ノ下……」

そう呟く言葉は部屋の中でむなしく響くだけだった。

 

 

 

 

 

―昼休み―

 

「比企谷!一緒に飯食おうぜぇ!!」

チャイムが鳴ると同時に席を立ちいつもの場所へ八幡に七沢が瞬時に近寄り声をかける。

 

「えぇ……俺一人で飯食いたいんだけど」

今日はなんだか黄昏ながら、いつもの場所でご飯を食べたい気分、その為露骨に嫌な顔をする八幡。その顔をみて七沢は八幡が一人で飯を食いたいんだなと察する。

 

「もしかして比企谷は一人で飯食べたいの?」

 

「まあな」コクン

 

「そうか……だけどお前を一人にはさせないぞ!俺と語り合おう(バレーについて)比企谷!!」

七沢は八幡の肩に手を回しナチュラルに問題発言をかます、その姿を見た教室の某グループの誰かさんから悲鳴が上がる。

 

「お前!ただでさえ色々噂されてんのに!!」

 

「噂?」

 

「ああ、実は……」

裏サイトの件について八幡が口を開こうとした時だった。

 

 

「ねえ、ななはち君」ハアハア

二人の背後に感じる何やら危険なオーラ。

 

「「!!」」ゾクッ

二人は危険を察知し恐る恐る振り向く。

 

「お願いがあるんだけど」ニタァ

鼻血を出しながら近づく海老名姫菜の姿。

 

「「ヒィ!!」」ガタガタ

 

「な、何の用かな?海老名さん」

怯えながらもなんとか七沢が返答する。

 

 

「私をバレー部のマネージャーにして!!」

その言葉に突如静まる教室内。

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

「な、なんだってー!!!???」×複数

クラス内に木霊する絶叫。

 

 

「えっ、いいの?」

葉山がいる総武高校ではサッカー部にマネージャーが行くパターンが多く、マネージャーがいない部もかなりある、当然バレー部にもマネージャーがいない。

そんな中、マネージャーを志望する女の子が現れた、しかもトップカーストグループでルックスもかなりの美少女、七沢は思わず聞き返す。

 

「そ、そんな!!」

そのやり取りに困惑する戸部、意中の女の子が自分の属さない部活のマネージャーになろうとしていて、しかもそこには恋のライバルがいるという状況で彼の心中は穏やかではない。

 

(ど、どうすんべ!?)

戸部は何かいい方法はないか模索し。

 

 

(そうだ!こっちも対抗して腐ればいいべ!!)←錯乱中

 

「隼人君!!俺たちも親密にベタベタするっしょ!!」

「お、落ち着くんだ翔!!」

「こっちもキマシタワー!!!」

 

 

(何このカオス?)×複数

 

 

「おい七沢!」

葉山グループに目が行ってるうちに八幡が周りに聞こえないように声をかける。

 

「なんだ比企谷」

「この話は断っとけ」

「なんで?」

せっかくのマネージャーを断る、不思議に思った七沢が聞き返す。

 

「お前は、自分が腐った目で見られながらバレーしたいのか?仮にマネージャーになったら鼻血噴水の嵐でまともに部活出来ないぞ……」

「確かに!」

想像するに易しいその状況、その言葉に七沢はハッする。

 

 

「ごめん海老名さん、せっかくだけど今は部員も足りないし、マネージャー募集してないんだ」

 

「ホッ……」×数人

その言葉に一部の人間がほっと胸をなでおろす。

 

「そうかー、なら仕方ないね……でも色々期待してるからね!ななはち君」

 

「そのおぞましい呼び方やめろよ……」

なんとも騒がしい昼休み、疲労が増した八幡だった。

 

 

 

 

 

―放課後―

 

「比企谷!部活行こうぜ!」

「ああ」

 

「すこし良いかね比企谷」

バレー部に行こうとする二人に声をかける静。

 

「何すか?」

「ここじゃなんだ、ちょっと来てくれないか」

静は少し伏し目がちに言葉を発する。

 

「……分かりました」

「じゃあ俺先に行ってるな」

「おう」

七沢は軽く手を上げ部室へと歩き出す。

 

 

「すまないな」

「いえ、べつに」

軽くやり取りをし二人も歩き出した。

 

 

 

 

 

―生徒指導室―

 

「バレー部はどうだね?」

 

「このまま行けば問題なく練習試合を迎える事が出来ると思いますよ、部員一人ひとりが真剣に向かい合って目標を持って取り組んでる、足りないのは経験だけです」

 

「ほう」

 

(普段やる気のない君がそこまでハッキリ言うとはな)

その姿に静は嬉しさを覚える。

 

「うまくやってるようだな」

「まあ、そこそこ」

「それにしても君がまさか元バレー部だったとはな、そんな事きみの履歴に書いてなかったから分からなかったよ」

「まあ、別に大した事なかったんで」

「……そうかね」

他愛もない会話をしながら静は普段自分が飲んでるMコーヒーを八幡に手渡す。

 

「ども」

マッ缶と同じように軽く振り、プルタブに指をかけ口を開け薫りを嗅ぎ、ゴクリと一口……マッ缶程ではないにしろ、コーヒーとしてはかなり甘い部類のそれは八幡にとって十分飲めるものだ。

 

「あまり時間を取らせるのもよろしくないから本題に入ろう」

静は八幡に向かい合うように座る。

 

 

「奉仕部の依頼の事だから、君にも耳に入れておくべきだと思ってな」

静は八幡に渡したコーヒーを手に取り口にし、軽く目を閉じる。

 

(奉仕部の依頼の事、俺をわざわざ呼び出す理由……一つしかないな)

 

「雪ノ下が生徒会長に立候補した」

「やっぱりですか」

案の定か、と心構え出来ていた八幡は態度に表すことなく返答する。

 

「知っていたのかね?」

「色々噂になってますよ」

「そうかね……」

 

 

「由比ヶ浜にはこの事を?」

「私の口から言ってはいないな」

「そうですか」

雪乃が生徒会会長に立候補したという事は取り下げることが出来ない、奉仕部に、八幡と雪乃に対して思うところがある結衣がこの事を知ったらどうなるか?八幡は試案する。

 

「比企谷、君はどうする?」

「今の自分は別々に依頼を受けてる状況ですので何も」

その言葉に、静はやれやれと言った様子で笑みを浮かべ

 

「言い方が悪かったな、君はどうしたい?」

「俺は……」

(俺は何がしたい?この状況をどうしたいんだ……)

自分の事、奉仕部の事、バレー部の事、今の状況、自分の出来る事ではなく自分がしたい事、それは何なのか?八幡は目を閉じ自問自答する。

 

「俺は……」

答えを必死に探そうとする八幡、静はそれを優しい目で見つめる。

 

「答えが出ないか?」

静は立ち上がり、八幡の元へ近づくと、彼の頭を優しくなでながら言う。

 

「……」

八幡は無言で頷く。

 

「なら、いっぱい考えろ」

それが若さの特権だと小さい声でつぶやく。

 

「何かあったらここに来たまえ、話し相手くらいにはなれる」

「……はい」

八幡はコーヒーを一気に飲み干し静に返答し席を立つ。

 

 

「依頼行ってくるので失礼します」

「ああ」

八幡はそのままドアの前に立ちドアノブに手をかけ

 

 

「比企谷!」

「はい?」

「頑張れよ」

「……うす」

静に頭を下げ部屋を後にした。

 

 




例のごとく次回の更新は早くて来週、遅くて再来週になります。


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それぞれの向かう先 ―前編―

今回の話は前編と後編に分かれます。


「ハァハァ……」

汗が滝のように流れ、心なしか息も荒い。

 

「暑い……」

恐らく今年感じた暑さの中では一番なのだろう、夏とは一線を画す状態に思わず言葉が漏れる。

 

「なんでここにいるんだ?俺は……」

思わず口に出る弱音、今の比企谷八幡の心理状態はその言葉で支配される。

 

 

「そりゃ、男と男が語り合うなら温泉かサウナに決まってるからじゃないか」

「だな!」

「間違いない!」

八幡が漏らした疑問に七沢がさも当然のように八幡の疑問に答え、飯山と稲村が深く相槌を打つ。

そう、八幡とバレー部は某千葉にある温泉に来ていた。

 

 

「えっ?これ常識なの?」

「もちろん!」

「ワールドワイドに常識だ!」

「ああ、昔からの定番だ!」

(常識じゃないから安心してください比企谷先輩)

(ワールドワイドというより局地的です)

八幡の疑問を打ち消すように3人は各々がイエス!と押し付け、一年の長谷と温水が心の中でフォローとツッコミを入れる。

 

 

(俺、選択肢を間違えたか?)

男6人が裸になりサウナで汗を流す状態、八幡を不安が襲う。

 

これがアニメや漫画ならサービスカット回にでもなるような状態、何故こんな状態になったのか?それは先日の事。

 

 

 

―先日の放課後―

生徒指導室を後にし、八幡はどこか神妙な面持ちで廊下を歩いていた。

 

 

「……」

頭に浮かぶのは奉仕部の事、そして雪乃の事。

 

「行くか」

八幡は体育館へ向かっていた足を止め、仲違いしてから顔を出していない奉仕部へと足を向けた。

 

 

 

―奉仕部―

放課後、当たり前のようにこの教室へ行き開けていた扉、その扉に手をかける。

ほんの少しの力で開くはずのそれも心なしか重たい、八幡はゆっくりとその扉を開ける。

 

 

「ヒッキー!!」

まさか八幡が顔を出すとは思ってなかったのか、結衣はパァァと笑顔になる。

 

 

「よお」

「どうしたの?」

「聞きたいことがあってな」

「……」

「聞きたい事?」

「ああ」

八幡はそう返答すると先ほどから無言でこちらを見ている雪乃の方を向く。

 

 

「お前、自分が生徒会長に立候補するつもりなのか?」

雪乃が立候補するという事実、そんな事分かっている、それでも八幡は雪乃に問う。

 

「え……?」

おそらく聞いていなかったであろう結衣は驚き、雪乃の方を向く。

 

「由比ヶ浜さんには後で相談しようと思ってたんだけど」

「それは相談じゃなくて事後報告だろ」

(つまり、こうするつもりで行動してたという事か……)

八幡はチラリと二人を見る、雪乃の目は感情を内に隠したような表情、結衣は突然の事に顔を伏せている。

 

「誰かを擁立するんじゃなかったのか?」

「それは最初に貴方が否定したはずよ」

「それに現状で私以上に適任者はいない……何より私はやっても構わないもの」

その言葉に静寂が流れる。

 

 

その時だった

 

 

「失礼するよ」

葉山がノックのをして入ってくる。

 

 

「……葉山」

「君も来てたのか比企谷」

葉山は八幡に笑顔を向けながら近づく。

 

「ごめんなさい、わざわざ来てもらって」

(わざわざ呼んだって事は応援演説でも頼んだのか?確かにこれ以上にない人材だが)モヤッ

理屈では分かっているけど何かヤダ、八幡の心に地味なモヤッと感が出現、そんな中葉山が口にした言葉は意外な物だった。

 

 

「そのことなんだけど雪ノ下さん、俺は応援演説をお断りさせてもらうよ」

「「「……え?」」」

みんな仲良くがモットーの葉山、そのまさかのお断りの言葉に3人が固まる。

 

 

「理由を聞いてもいいかしら?」

想定外の事に動揺を隠しつつ雪乃が問う。

 

「目標が出来たことと、負けたくないからかな」

「負けたくない?」

「うん」

葉山は雪乃にそう返答し、力強い瞳を八幡に向け……。

 

「俺には目標が出来たからね」

そう言い放った。

 

ここに某腐ったクラスメートがいたら血の雨が降り注いだであろう……。

 

 

「部活あるから失礼するよ」

葉山はあっけに取られている3人を他所に奉仕部を後にし。

「俺もお暇するわ」

八幡もそれに続くように奉仕部を後にした。

 

 

 

 

―廊下―

「なあ、葉山」

「なんだい?」

「お前、何で雪ノ下の応援を断ったんだ?」

葉山らしくない、そう感じた八幡は雪乃と同じように真意を問う。

 

 

「何で?と言われても、さっき言った通りだよ」

「お前にとってその目標は重要な事なのか?」

あの“みんなの葉山君”な葉山隼人が幼馴染である雪乃の頼みを断る、八幡にはそれが不思議で仕方なかった。

 

 

「君はうちのサッカー部をどう思う?」

「サッカー部の事は知らん」

「君らしいね」

苦笑いをしながら髪をかき上げ呟く。

 

 

「じゃあ質問を変えるよ……体育でのバレーの試合、俺のチームはどうだった?」

「印象は、お前らしいチームってとこだな」

「俺らしい?」

「ONE FOR OLL、 ALL FOR ONE、一人は皆の為に、皆は一人の為に……お前にピッタリじゃないか」

文化祭でのスローガン決めの際、葉山が好きといった言葉を思い出し口にする八幡。

 

 

「それは皮肉かい?」

「そのままの意味だろ、あのチームは葉山隼人のチームってことだ、皆は葉山の為にプレーし葉山は皆の為にプレーしてた。お前を中心として、まとまっていたな」

「本当に君ってやつは……」

よく見ている、聞こえないように小声で呟く。

 

 

「君が本気を出してれば接戦どころか、うちが大差で負けてたはずだろ?なのに君はチームを優先した……そしてチームプレイでも俺は君に勝てなかった」

葉山のチームが葉山隼人に繋ぐチームなら、八幡のチームは全員が繋ぐこと、ボールを落とさない事を念頭にチームプレイをしていた。

みんなの葉山君より、嫌われ者のヒキタニの方がチームをまとめていたのだ。

 

 

「正直な話、サッカー部もそうなんだ、自惚れ抜きにチームの中心は俺、一緒にツートップを組む翔も結局は一歩引いて俺に繋ぐことが多かった」

葉山はそう口にし少し俯く。

 

 

「でも、体育の試合の後から翔が変わったんだ」

「戸部が?」

「ああ、練習試合の時に俺が厳しいマークにあってどうしようもなかった時、翔が無人エリアに突っ込んで、自分からボールを要求したんだ、俺に持って来い!って……そしてゴールを決めた」

「翔がゴールを決めた時凄い盛り上がったんだ、劣勢だったチームの流れもそこから変わりだしてうちのチームが勝った」

「それは良かったじゃないか」

そう、良いことなのだが葉山の顔は晴れやかではない。

 

 

「その時、俺は思ったんだよ、ムードメーカーとしての翔をキャプテンの僕は生かしきれてなかったんじゃ?このチームは、それぞれがもっと輝ける個の力があるんじゃ?って」

「……」

葉山の独白に八幡は無言で聞き入る。

 

 

「そんな時、たまたまバレー部の練習を見たんだ」

「セッターをしていた君は、トス一つにしても、チームメイトの力を引き出すようにしていて、皆もそれにつられるように生き生きとしていたよ」

葉山は八幡をじっと見つめる。

 

 

「買いかぶりすぎだ」

普段あまり褒められることのない八幡にとって、こうストレートに言われる事は慣れてない、葉山から目線を逸らし頬を掻きその言葉を否定する。

 

 

「君は自分の価値を正しく知るべきだ……君だけじゃない、周りも」

「お前、何言って……」

突然の事にあっけにとられ、反論しようとする八幡だが、葉山はその言葉にかぶせるように言葉を重ねる

 

 

「俺は君の価値を知っている……だからこそ俺は一人の選手として君に負けたくない!競技は違うけどチームを勝利に導く選手として君に勝つ!その為にも今は部活しか……いや、サッカーしか頭にない」

「それが、俺の負けたくない理由で目標だ」

言いたい事を言えて少しすっきりしたのか、その顔は穏やかなものとなる。

 

 

「俺はそんな大それた選手でもないし、バレー部も練習試合までだ」

「かまわないさ、これは俺が君に対して一方的にライバル宣言してるだけだからね」

葉山は八幡の否定の言葉を受け取りつつ、自分の考えを曲げない。

 

 

「……比企谷」

「なんだ?」

「君には負けないよ」

葉山は拳を前に出す。

 

「勝手にしろ」

八幡はその拳をノックするように軽く小突き、バレー部へと歩き出す。

 

「ああ、勝手にするよ」

葉山は拳に残った感触の余韻を確かめるように見つめ、グラウンドへと歩き出した。

 

 

 

 

―バレー部室―

バレー部ではすでに練習が行われている為か、部室は八幡一人、筋肉痛で痛む体をぎこちなく動かし制服を脱ぎ運動着に着替え、バレーシューズに履き替える。

 

 

「今は余計なことを考えてる場合じゃないな……」

部活中は余計なことを考えずバレーに集中、ほかの事を考えるのはケガに繋がりかねない。

 

八幡は深呼吸し気持ちを入れ替え、部室の扉を開け、体育館へと向かった。

 

 

 

―体育館―

「すまん、遅れた」

「まだアップ開始したばかりだから大丈夫だよ」

見た所まだ輪になって柔軟を始めたばかり、八幡もその輪に加わり柔軟を開始した。

 

 

 

 

―1時間後―

アップと基礎トレが終わり、以前やった3対3ではなく2対2の試合が行われている。

特定の選手だけが重ならないよう調整しひたすら行う、ポジションがセッターの八幡とはいえ、この形式での試合はセッターなどポジションの概念が薄い、その場で出来る選手が臨機応変に対応する事になる。

 

Aチーム 七沢 長谷

Bチーム 八幡 稲村

 

 

「手加減しないぞ比企谷!」

「元からしてないよねお前?」

 

 

「あ、そうだ稲村」

八幡は稲村に近づき耳打ちをする。

 

「分かった頃合いが来たらやってみる」

 

ピィィィ!!

試合開始の笛が鳴る。

 

 

サーブはAチームから

七沢が後方に下がりサーブの準備をする。

 

(稲村と比企谷はどっちもレシーブは上手い……なら、かき回すか)

床に数回ボールを叩きつけ、上がったボールを救い上げるように拾い構えに入る彼独特のルーティンを入れ、助走をつけボールを上に放る。

 

 

((ジャンフロか?))

咄嗟に構える二人。

 

 

(かかった!)パンッ

七沢が打ったのは軟打、前に八幡が打ったのと同じようにネットギリギリを狙う。

 

 

「「セコッ!!」」

ボールはやや八幡寄り、八幡は滑り込み片手でなんとか拾う

 

「頼む!!」

「おう!!」

稲村が八幡の上げたボールを余裕が持てるようにセンターに高くトスを上げる。八幡はその間に起き上がり軽い助走からトスに合わせ助走をつけて跳び、長谷もそれに合わせてブロックに跳ぶ。

 

 

(やっぱ高いな、このブロック)パン

身長190センチのブロックは伊達じゃない、八幡は咄嗟にブロック目掛け軽く打つ。

 

「あっ!」

そのボールは長谷の手を弾き、カバーに入った稲村が拾う

 

 

「リバウンド!?」

出し抜いたと思った七沢がマジかよと声を上げる

 

 

「ナイスだ!」

チャンスボールになったボールを稲村がセッターポジションに向けて繋ぎ定位置のレフトに戻る

 

 

(どうする?比企谷は何をやってくる?)

七沢はすぐさま切り替えて攻撃に備える。

 

 

「行け!!」

セッターポジションからライトへのセミをバックで上げる

 

 

「「ライト!?」」

稲村はレフトにいる、審判と点数係の二人が驚愕の声を上げる。

 

 

「よし来た!!」

既にそのトスを待ち構えていた稲村はトスに向かって助走をつけて追いかけるように跳ぶ。

 

(あれじゃいくら稲村でも厳しいだろ?)

恐らくフェイントに近い形になる、そう考えた七沢は若干センターよりの前衛にポジションを取る。

 

(俺の考えが正しかったら、お前なら出来る)

(追い付いた!)

(ここで捻る!)クルッ

丹田に力を籠め外腹斜筋を絞るように力を入れて捻る。

 

(ターン打ち!?)

咄嗟の事に長谷は、ブロックのコースを考えることなく跳んでしまう。

一枚ブロック、だが七沢はセンターより前衛、インナーに打てば拾う可能性がある。

 

 

(今だ!!)バンッ

稲村はインパクトの瞬間ボールへのミートポイントをずらし小指と薬指、小指外転筋と短小指屈筋に力を込める。

彼得意の癖玉打ち、インナーへ向けた振り抜きのはずなのに、向かう先は敵の相手レフトの後方、ストレートのスパイクが決まる。

 

 

『これだっ!ていうような絶好のタイミングが来たら、俺がライトにセミを上げる、お前はブロードでターン打ちしてくれ、コースは任せる』

八幡が稲村に耳打ちした内容、稲村は先ほどのチャンスで今だと悟った。

 

 

 

(すごい……楽しい!!)ブルッ

自分でもわかる今までのバレーとの違い、スパイクが決まる快感が彼を包む。

 

 

「ナイキー」

「ナイストス」

軽くタッチする二人。

 

 

「すげぇ……」

笛を吹くことを忘れ呟く飯山。

 

 

(まさか稲村の癖玉打ちをこんな使い方するなんて……)ブルッ

七沢の頭に先ほどのプレーが蘇る。

 

 

(咄嗟の事への対応力に、味方の力を引き出すプレーと判断力……やっぱりお前が欲しいよ比企谷!!)

 

 

「楽しい……はやく続きやろう!!」

七沢の心に火が付く、バレーバカの彼にとって燃えずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 




次回の更新はいつものように、早くて来週、遅くて再来週になります。


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それぞれの向かう先 ―中編―

前回、前編と後編に分けると書きましたが、バレー描写に思ったより文字数食った為、中編を入れて調整取りました。

なので次回が後編になります。


―総武高校体育館―

バレー部では、AチームBチームに分かれ2対2形式の試合が行われている。

 

「長谷!耳貸して」

「は、はい!」

先ほど八幡と稲村がしたようなコンビプレーの打ち合わせと同じなのか何やら話し合う。

 

「できる?」

「はい、やってみます」

 

(何かやってくる気だな)

八幡はその様子を確認し、サーブを打つべくエンドラインに向かう。

 

 

「ナイサー!」

「カット一本!」

「さあ来い!!」

 

(切り崩す、初っ端はジャンプサーブいくか)

床にボールを数回たたきつけながら自分の打つサーブを決める。

 

ピィィィ!!

笛の音が鳴る、サーブを打つまでに与えられる8秒、その間にボールを頭に持ってきて集中する彼のルーティンを入れ、気を入れる。

 

 

(この助走……ジャンプサーブだ!!)

七沢は深く構え、そのサーブに集中する。

 

 

「フッ!!」バチン

強力なドライブのかかったサーブが七沢と長谷の間目掛け放たれる。

 

レシーバーとレシーバーの間、難しい場所への早い弾速、サービスエースが取れそうなサーブだが。

 

 

「うらっ!!」バシッ

八幡と稲村のプレーに火が付いた七沢、初めから自分がボールを取ると決め込みそのボールに食らいつく。

 

「アレを上げるか普通……」

稲村は呆れながらも相手の攻撃に備える。

 

 

カットしたボールは高く上がりネットを越そうとするような放物線

 

 

(チャンス!!)

稲村はすぐ対応できるようポジショニングをとる。

 

「ッ!!」

長谷が何とかワンハンドでそれを止め……

「ナイスだ!!」バチン

まるで示し合わせたようにそこにいた七沢が強烈なスパイクを打つ。

 

「クイックかよ!!」

完全に出し抜かれた稲村はブロックに飛べずコースを絞らせることが出来ない。

 

「チッ!」

スパイクは八幡がカットできないエリアに鋭く打ち込まれた。

 

 

『俺カットしたら、ワザとネット越すように上げるからそれワンハンドで止めて、ボール置くような感覚で……長谷なら出来るでしょ?』

先ほど長谷に耳打ちした言葉。

 

 

 

「ナイストス!」

「ナイキーです」

Aチームがお互いたたえ合う。

 

 

「どうする?比企谷?」

「ちょっとやってみたい事あるんだがいいか?」

八幡もその気になったのか、稲村に再度耳打ちする。

 

 

 

両チームとも譲る気はない、2対2の試合は激戦となる。

 

 

 

―そして―

 

Aチーム 21  Bチーム23

 

いくら七沢がいるAチームでも相手は2年生二人のBチーム、おまけにサーブが強くてウィークポイントの少ない二人、高さ以外ではAチームが不利。

事実、最大8点差の点数をつけてBチームが勝っていたはずだったが……。

 

 

「うりゃ!!」バチン

「ッ!!」バン

七沢の強烈なサーブに稲村はカバーしきれない方向にボールを飛ばしてしまう。

 

 

Aチーム 22  Bチーム23

七沢の個人技でその点差を縮めていた。

 

 

「化け物め……」

3年前、互いに敵同士で競った二人。

その後の3年間、方やバレーを続けた人間、方やバレーを離れた人間。いくら八幡がセンスを持っていても感じるスキルとフィジカルの差。

 

「どうする?このままじゃヤバいかも」

「俺があのサーブを止める、範囲を広く取るからカバー頼む」

「分かった」

八幡はセンター寄りに構え守備範囲を広げ、稲村は逆に前衛レフト側に寄る。

 

 

「へぇ……」ニヤリ

そのポジショニングが意味する事、七沢のサーブは八幡が取る。

 

(多分あいつの性格なら……)

やる気スイッチオン状態の七沢、その彼に対し八幡は「お前のサーブは俺が取る」と言わんばかりのポジショニング。

 

 

「行くぞ比企谷!!」

「来い!!」

七沢は完全に狙いを八幡に定める。

 

 

(トス、助走、腕の振り……ドンピシャだ!!)バチン

球威、回転、弾速すべてが今日最高のジャンプサーブ、まるでスパイクのようなサーブが八幡目掛け放たれる。

 

 

(狙い通りに動きすぎだ七沢)ニヤ

いくら八幡でも、どこにくるか分からないジャンプサーブを取るのは難しい。

 

だが、勝負を楽しんでる今、七沢に八幡と真向勝負させたいと思わせ、打たせるコースを誘導する、それなら何とかカットできるかもしれない。

 

現に放たれたサーブは八幡に真っ直ぐ飛んできている。

 

八幡はそのサーブをレシーブ。

重心をやや後ろ、インパクトの瞬間後ろに倒れこみ威力を流す、腕だけじゃなく体を使い威力を弱める。

 

そしてボールは綺麗な放物線を描き……。

 

「ナイスだ!!」

落下点に構える稲村の元へ来る。

 

「やられた!!」

なのにどこか嬉しそうな笑みを浮かべ七沢は自分のポジションに向かう。

 

稲村は八幡が起き上がりスパイクを打つ時間を考慮し高いオープントスを上げる。

 

「よし!」

既に起き上がっていた八幡は助走をつけ腕を振り最高打点目掛け跳ぶ。

 

 

対する長谷はキルブロック(ボールをシャットアウトするブロック)でライト側のコースには打たせず、七沢の方へレシーブさせるよう跳ぶ。

 

 

 

(比企谷の目線……)

審判をしていて周りがよく見える飯山は八幡のスパイクの目線に違和感を覚える。

 

 

 

『俺のやるブロックアウトの場合、ボールがフワッと打点に来た時こう、クイッとやって……ヨイショ!って感じかな』

『分からん!お前は某球団の名誉監督か』

『比企谷はどうやる?』

『俺の場合はお前らと違って打点が高くないから、高いブロック来た時に手首軽く反らしてわざとフカす感じにして、相手の指を狙う形だな』

『よく咄嗟にできるな』

 

 

 

 

(まさかあいつ!!)

 

 

 

(ここだ!)バン!

手首を軽く反らしミートポイントを変える、何もなければホームランなボールでも相手のブロックに当たれば話は別、そのボールは長谷の指目掛けぶつかり……。

 

 

「アッ!!」

長谷の手から大きく離れカバーできない場所へと飛んでいく。

 

ピィィィ!!

 

Aチーム 22  Bチーム24

Bチームのマッチポイント

 

「ここでブロックアウトをやるか」

やられた!というような顔をして七沢が声をかける。

 

「あそこが使いどころだろ……それに」

「ただでさえ疲れる2対2でこれ以上もつれたら俺が持たないから、ここで決めさせてもらった」

ふぅと一息つき目に入りそうな程流れ出る汗を袖で拭う。

 

 

「まだ終わりじゃないぞ比企谷!」

「次のサーブは稲村だけど?」

「あっ……やべぇ!!」

 

 

ピィィィ!!

 

 

「稲村!俺に打ってこい!!」

カモン!カモン!と自分にボール打てアピール。

 

その稲村のサーブ

「お前じゃないんだ……誰がわざわざ待ち構えてるやつ狙うか」ドンッ

当然、長谷のところを狙いサーブを打つ。

 

「ああっ!!」

頑張ってカットするもののボールを弾いてしまいゲームセット。

 

 

「卑怯だぞ!お前ら!!」

「お前が正直すぎなんだろうが」

「一人で点数ガバガバ稼ぐやつが何を言う」

 

 

 

 

その日の残りの練習はひたすらメンバーを入れ替えた2対2で進み……。

 

 

 

 

「「「ばたんきゅ~」」」

練習が終わるころには八幡と一年がクタクタになり倒れこんでいた。

 

 

 

―練習後―

クールダウンのストレッチを済ませるバレー部。

 

稲村は練習後、自身が通う道場へ向かい、飯山は……。

 

「君たちはマダマダ鍛え方が足りないなぁ、僕が特別に“夢の国”へ案内してあげるよ!」

1年を夢の国へと誘う。

 

「「ひぃ!!」」

 

※夢の国

俺ガイルの舞台は千葉ですが、彼の言う夢の国はトレーニング施設。

マッチョにとって筋肉を作ることが出来る、正に夢のような場所という意味。

 

「おやぁ?比企谷がいないようだけど……仕方ない!時間が惜しいから今日は3人だけで行こう」ズルズル

1年二人をズルズル引きずり、飯山はトレーニング室に向かう。

 

 

「あ、危なかった……」

彼の持つ特殊能力、ステルスヒッキーにより身を隠し難を逃れる。

 

 

「比企谷、自主練しようぜ?」

ステルスヒッキー発動中の八幡に磯野約野球しようぜ!なノリで七沢が声をかける。

 

(こいつにはステルスヒッキーが通じないのか!?)

 

「ちなみに拒否したら飯山に連行する」

「拒否権無いのね……」

トレーニングとバレーどっちをとるか?答えは一つしかなかった。

 

 

 

 

 

―昇降口―

「ヒッキーまだかな……」

先ほどから八幡が来るのを待つ結衣の姿。

 

「靴はまだあるから帰ってないと思うんだけど……」

八幡の箱を開け外履きがあるのを確認する。

 

「あれ?」

そんな結衣の目に、昇降口に向かってくる一人の生徒が見える。

 

「あれは、確かバレー部の……ヒッキーの事聞いてみよ」

 

「あ、あの!!」

 

「ん?何?(おいおい、この子はF組の由比ヶ浜さんじゃないか!!)」

学内でも評判の可愛い女の子に声をかけられる、稲村は平静を装い返事をする。

 

「……えっとヒッキー知らない?」

人の事を聞くのに内輪のあだ名を出しちゃいけません。

 

「ヒッキー?」

案の定、誰それ?状態の稲村。

 

(時間から察するに部活終わりの俺に声をかけてるからバレー関係か?たしか七沢と比企谷は由比ヶ浜さんと同じクラス……という事は)

 

「もしかして比企谷の事?」

推測から答えを導き出す稲村。

 

「うん!!」

その言葉にパァァァッと明るくなる結衣。

 

「あいつは多分、七沢と自主練してるよ(この顔そういう事か……)」

 

「ありがと!!」パタパタ

お礼を言うなり体育館の方向へ駆けていく結衣。

 

 

 

 

「比企谷、あいつリア充だったのか……」

下駄箱で内履きと外履きを入れ替え靴を履き自転車置き場へと向かい。

 

 

「特に理由はないけど、今日は何だか組手かミット打ちがしたい気分だな!!」

自転車にまたがり自身の通う道場へと走りす。

 

 

 

 

―体育館―

「自主練って言っても何やるんだ?」

「クイック打ちたいから上げて欲しい、中学時代よく上げてたでしょ?」

「お前がクイック?」

一般的には主にセンタープレーヤー、俗に言うミドルブロッカーがやることが多い。

 

「なんでまた?」

八幡が知る限り中学時代、七沢がいたチームは彼と清川のダブルエースによるオープンバレーが主体だった。

また、練習に参加した際もサインはオープン、平行、Aクイックのみと中学時代とあまり変わらないスタイル。

 

そんな彼がクイックの練習というのにいまいち引っかかる。

 

※オープンバレー

言葉通りオープン主体のトスをエースに集めるバレー。

 

「俺の身長、180で一般人では高い方だけどバレーじゃそうでもないでしょ?」

「まあな、俺からすれば贅沢だと思うが」

最も八幡の175センチも平均以上で十分高いのだが。

 

「前は俺とキヨ先輩中心のオープンバレーが攻めの中心、他は守備重視のスタイルだったんだけど、先輩たちいなくなって守備力が低下した今、エースだけじゃなくコンビバレーで攻めてくる海浜とか相手になると厳しいと思う、だから攻撃の手札は増やしておきたい」

 

 

(稲村がレギュラーなれないくらいだ、前のチーム相当守備力高かったんだろうな)

高い守備力で、とにかくボールを拾い高いトスをエースに繋ぐチーム、飯山と稲村がレギュラーになれなかった理由がそれだった。

 

「トス上げても良いが、俺は練習試合までだぞ?」

「構わないよ、打った事ある経験あるだけで違う」

「……分かった」

八幡はそう答えるとセッターポジションに向かう。

 

 

「サンキュ!先ずは普通にBクイックよろしく」

七沢はそう言うとトスを八幡目掛けトスを上げる。

 

 

「早めに行くぞ、遅れんなよ」

その頭上に来たトスを早いトスで狙った方向に向け飛ばす。

 

(良いトスだ!!)

ボールが彼の想定する場所に跳んでくる、まるでトスが彼に合わせているように。

 

(このトスが打てるのも、練習試合まで……少しでも味わなきゃ)バンッ

 

 

「次よろしく!」

「おう」

ふたりはしばしスパイク練習に興じた。

 

 

 

―数分後―

 

「すごい……」

体育館についた結衣は二人のプレーにあっけにとられる。

八幡がチームに入りまだ数日、なのにまるで昔からコンビを組んでいたような息の合ったプレー、八幡が合わせてるのか、七沢があわせてるのか、多分両方なのだろう。ただのスパイク練習なのだがその高いレベルは素人の結衣にも分かる程だった。

 

顔色を伺う癖のある結衣は、その二人のプレーに声をかける事が出来ずただ眺めていた。

 

 

 

「由比ヶ浜?」

そんな結衣に気が付く八幡、なぜここに?と不思議に思う。

 

「お前に用あるんじゃないか?」

 

「いや、あの、えっと……何か手伝う事ある?」

 

「……じゃあ俺の頭上めがけてボール放ってくれないか?そうすれば七沢も色々な助走できるから練習の幅も広がる」

 

「うん!分かった!!」

まるでマネージャーがついて練習してるような状況になる。

 

「いくよ!」

「おう」パス

「フッ!!」バン

 

(何かヒッキーと共同作業してるみたいで嬉しい)

本当は八幡に何か用があったはずなのにすっかりドリーマーになっていた。

 

 

 

 

―某空手道場―

 

「せりゃぁぁぁ!!」ズドン!!

「グフッ!!」バタン

 

「今日の稲村は気迫が違うな!!」

「ああ、さすが黒帯だ!!」

 

総武高校2年 稲村純(16)

彼女いない歴=年齢の高校男子である。



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それぞれの向かう先 ―後編―

お待たせしました。

タイトルを前編とか分けてしまった為に、その話に収めようとして四苦八苦して何度も書き直した挙句、結局まとめきれませんでした。

なので次回に繋ぎ回を入れて帳尻合わせたいと思いますのでご了承ください。


―総武高校体育館―

「宗、まだ練習してんの?」

居残り練習中の体育館に響く声、声の主は八幡と同じ学年であろう女子生徒、身長は静より高いであろう178センチ、女性としてはかなり高く、ベリーショートの髪形にキリッとした顔立ち、着ているジャージには総武高校女子排球部の文字。

 

 

「ああ……せっかくセッターいるから思う存分打ちたくて」

目元に入りそうな汗を袖で拭い、一呼吸おいて七沢が答える。

 

「へー……その人がセッター?」

同じバレーボーラーとして興味津々、まじまじジロジロ八幡を見る。

 

 

(み、見られてる!!)

怪訝そうな顔や虫を見るような目で見られることはあっても興味津々で見られることは、戸塚や陽乃などの、ごく一部でしか体験がない。

 

その為、八幡は顔を赤くし固まってしまう。

 

「ヒッキーキモイ!!」

嫉妬からか、いつものように八幡を罵倒する結衣。

 

「俺は何もしてないんだけど……で誰?」

「ああ、こいつは女子バレー部キャプテンの奈々、俺と同中でポジションはウイングスパイカー」

「丹沢奈々です、よろしく」

自己紹介し八幡と結衣の方を向き軽く会釈をする。

 

 

「そんで、こいつが比企谷!今助っ人でバレー部に来てもらってる、さっきも言ったけどポジションはセッター」

「うす」

八幡も軽い会釈で返す。

 

 

「そんで彼女が比企谷と同じ部活の由比ヶ浜さん」

「あ、えっとよろしく」

まさか自分も紹介されるとは思ってなかったのか、慌てて反応し会釈ではなくお辞儀をする。

 

 

「ところで、今日何かあった?」

「何かあった?って……今日は社会人サークルの練習に参加する約束でしょうが」

忘れてるよコイツとため息をつく。

 

「やべ!!時間は!?」

「急いで準備しないと間に合わなくなりそう、手伝うから早く準備!」

「分かった!!」

 

「「うりゃぁぁぁ!!!!」」

転がってる球をダッシュで拾いカゴの中にぶち込み、全速力でネットの紐を緩め、クランクを回しワイヤーのテンションを緩める。

 

※次の日が休日で同じ体育館のコートを使う場合、ポールを撤去せずネットを緩めるだけにして置いておく場合があります。

 

 

「「ぽかーん」」

息の合ったコンビネーションで迅速果断に動く二人にあっけにとられる八幡と結衣。

 

 

 

「じゃあまた!二人とも今日はありがと!!」

「またね!」

七沢と丹沢は二人に手を振ると、すたこらさっさと体育館を後にした。

 

 

 

 

「そういえば由比ヶ浜、お前何か用があったんじゃないのか?」

用もなしに体育館に来るもの好きはいない、八幡は結衣に問う。

 

「あ、その……一緒に帰ろうと思って」

「……ああ、いいよ着替えてから行くから先に行って待っててくれ」

 

 

 

 

 

 

―帰り道―

夕暮れから夜に代わりそうな薄暗さの中、八幡と結衣はならんで歩く。

 

若い男女が二人でいるだけでリア充と認識してしまう人種(※私ではありません)が見たらカップルが一緒に下校している光景なのだが、実際に付き合っていない二人は、口を開くことなく無言のまま肩を並べて歩いている。

 

 

「……あのさ、ヒッキー」

その静寂を打ち消すように結衣が口を開く。

 

「なんだ?」

「私さ、ヒッキーに言いたい事があって……」

「言いたい事?」

部活帰り、一緒に帰宅する男女、そして言いたいことがあるという流れ……好きとか嫌いとか最初に言い出したり、メモリアルが駆け出しそうな、なんともときめきなシチュエーションであるが多分違う。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい!!!!」

結衣は八幡に向かい深々と頭を下げ大声で謝罪の言葉を発する。

 

 

 

大音量で響くごめんなさい、その言葉に道行く人々が振り返る……。

 

 

 

(ああ、あの男の子振られたんだ)

(まあ、あきらかに釣り合ってないよな)

(頑張れよ若人!人生まだまだこれからだ)

(ようこそ、非リア充の世界へ)

八幡が振られたと勘違いした通行人たちは空気を読み聞こえないフリをし、通り過ぎていく。

 

 

 

「ちょ!ちょっと待て!!いきなり何?何の事!?」

ものすごく周りに誤解された気がする、何が何だか分からない八幡は焦る。

 

 

「私さ、いつもヒッキーに頼ってばかりで、助けられて……なのに私はなにもしないで……」

結衣は俯きながら、でも自分の気持ちを言葉にしながら八幡に伝える。

 

 

「由比ヶ浜、お前何言って……」

「ヒッキーが体育館で言い争いしてた時、私も居たの!聞いたの!」

否定しようとした八幡の言葉を最後まで言わせず重ねるように結衣は続ける。

 

 

『何が部の事を考えろだ!!お前こそ相手のことちゃんと考えろよ!!自分が信頼してる人間に、自分を否定されるってどんだけキツイかわかってんのか!?』

 

『否定するなら自分でやれよ、何で任せるんだよ……』

 

『やめろよ……』

 

 

八幡の脳裏に浮かぶのは、体育館で飯山と言い争った場面の事。

 

 

「……うそ?お前アレ聞いてたの!?」

恥ずかしさをこらえるように頭を抱え現実を受け入れる八幡。青春万歳な場面を見られたのはさすがに恥ずかしいらしい。

 

 

「ごめん、ヒッキーが心配になって隠れて見てたの」

八幡へ苦笑いを向け形だけの謝罪の言葉を向ける。

 

(なんという事だ、何という事だ!このままじゃ数多い黒歴史が追加されてしまう)

 

 

 

「私、生徒会長に立候補する!!」

「お前なんで……」

突然の結衣の宣言に先ほどの黒歴史追加などどうでもいい。

 

「今までずっとヒッキーに頼ってきたんだって気づいたから」

「俺はなんもしてねぇよ」

 

「ヒッキーならそういうと思った」

「……」

まだ言葉を続けそうな結衣を八幡は無言でみつめる。

 

 

「私はこの部活が好き、ゆきのんがいてヒッキーがいて、他愛もなく話したりゆきのんが淹れた紅茶のんだり、皆で依頼に取り組んだり……いつも顔色伺ってばかりだった私でも自分をぶつける事もできたり……」

奉仕部での事を思い浮かべ、笑顔を作りながらも寂しそうに言う。

 

「だけど、ゆきのんが生徒会長になれば多分、奉仕部はなくなちゃう」

「別になくなったりしないだろ」

「無くなるよ……ゆきのんは一つの事をするとそれに集中するのヒッキーも知ってるでしょ?」

「……」

文化祭の時の雪乃を知っている八幡は、その言葉を否定せず聞き入れる。

 

 

「あたし、この部活が好きなの」

「……」

「そ、それに私なら適当だし、周りも期待してないから多分大丈夫!」

(いや、それは大丈夫じゃないから)

 

「だから、ゆきのんに勝つよ」

「だからヒッキーがバレー部の依頼終わって戻って来た時、奉仕部がなくなってるなんて事はないから」

「由比ヶ浜……」

 

 

「私ここでいいよ、バレー頑張って!試合応援行くから!」

結衣は決意を浮かべた顔を八幡に向け、手を振り駆けていった。

 

 

 

 

―自室―

 

(俺はどうすればいい……)

何かしなければいけない焦燥感、だが何が問題か?自分は何がしたいのか?それさえ分からない。

 

(俺は……)

普段なら熟考していたであろう八幡も、今回ばかりは状況が違う。

 

激しい運動による酷使、連日の部活による疲労、晩飯を済ませた八幡を襲う強烈な睡魔、回復を求める体は睡眠を求め、それにこたえるかのように意識は途切れ深い眠りへとついた。

 

 

 

 

 

―翌日 総武高校体育館―

土曜日ということもあって今日は学校が休み、この休みというのは部活に勤しむ生徒にとって、ある意味最も効率よく練習できる時間である。

放課後と違い練習時間が多く取れる為、基礎練習した後では中々やりこめないような練習をガンガン出来る。

 

 

そんなバレー部が行っている練習

 

「じゃあこっちレシーブね」

「はいよ、比企谷サーブよろしく」

女子バレー部との試合形式の合同練習が行われていた。

 

 

試合形式と言っても男子と女子では体格やパワー等のフィジカルも違えば、男子ネットは240センチ、女子ネットは220センチとネットの高さも違う為、男子同士の練習試合のようにはいかない。

 

それでも行う理由、それはローテーションの確認。

 

このローテでサーブレシーブした時、セッターはどう動くか?このエリアのボールは誰が拾うか?等他色々、それらを試合の中で自然な流れで行えるようにならなければいけない。

 

バレーボールという自コートにボールを落としてはいけない競技では、一瞬の判断ミスや連携ミスは即失点に繋がる。

普通はサーブを控えに打ってもらい、レギュラーが連携の確認をしたりするのだが、今の男子バレー部は人数ギリギリでそんな余裕もない為、七沢が女子部にお願いし、女子バレー部にとっても良い練習となると判断した為か、今回合同練習となった。

 

 

女子相手にジャンプサーブでサービスエース狙いは練習にならない、八幡はジャンフロを相手リベロ目掛け打つ。

 

 

「オーライ!」

相手リベロは無回転の軌道のボールを何とか崩しながらも拾い上げる。

 

「レフト!」

カバーに入った選手が丹沢のいるレフトへオープントスを上げる。

 

高いトスという事でしっかりブロックを揃えスパイクに備える、飯山と稲村がブロックにつき温水はセンター付近でブロックカバーに付く。

 

 

(6人になってもちゃんと考えて動けてはいるな)

 

 

(やばっ!やっぱ男子のブロック高い)

女子の試合ではバンバンスパイクを決める彼女でも、男子の中でも最高到達点の高い飯山と稲村のブロックという女子ではお目にかかれないブロックは、なかなか経験できるものではない。

 

 

(これしかない!!)バシッ

丹沢は相手のブロックを利用しブロックアウト狙いのスパイクを打つ。

 

(上手い!)

 

ボールはコートの反対側、温水がカバーしていない方向に飛び、カバーできずアウトコースに落ちる。

 

「「げぇ!」」

まさか女子にやられと思わなかったブロッカー二人の声がハモる。

 

 

「「女子にやられた……」」

「この試合は勝つことじゃなくて、ローテとフォーメーションの確認だから気にしない!」

ショックを受ける二人に七沢が檄を飛ばす。

 

 

(これは想像よりいい練習になるな)

この試合形式の練習で出るであろう良かった点や改善点、そこを確認できるだけでもかなりの収穫になる。

 

 

(とりあえず、この試合で試せる事を出来る限り試すか)

八幡は気を入れなおし意識を再びコートに向けた。

 

 

 

 

―数セット後の休憩時間―

 

「ありがとな、かなり良い練習になった」

「こっちこそ、私のスパイクバンバン止められるし、良い練習になったよ」

七沢と丹沢が壁に寄りかかりながらスポーツドリンクをグビグビ飲む。

 

 

「にしても彼、いいセッターだね」

「そりゃあな、昔試合であいつにかなり苦しめられたもん」

「苦しめられた?という事は違う学校だから中学として……」

その言葉に過去の彼が苦戦した試合を思い出す。

同じ中学の為、試合を応援していた丹沢、あの時の八幡のプレーと先ほどのプレーが重なる。

 

「もしかして彼、地区大会の時のセッター?」

「そうだよ」

「何で今まで出てこなかったの!?」

「詳しくは知らないけど色々あったみたい」

「そうなんだ……」

 

 

(そういえば何でバレー辞めたのかちゃんと聞いてなかったな……)

後で聞いてみよう、七沢は心の中でそう決意した。

 

 

 

 

「ねえねえ、あのセッターかなりイケてたよね?」

「私同じポジションだから話かけてみようかな」

「あ、ずるい!!」

バレーをしている目が腐らない状態の八幡を見たためか一部の女子が八幡に興味を持ち話しかけることとなるのはまた別のお話し。

 

 

 

―???―

 

「!!」

「!!」

「!!」

(何か猛烈に嫌な予感がする……)

なんとなく嫌な予感を感じ取った者が数名ほどいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―男子バレー部部室―

練習を一旦切り上げ、バレー部は部室で休憩をしている。

 

「なあ比企谷」

朝握ってきたおにぎりを頬張り、飯山と共同買いしたプロテインをグビグビ飲んでる八幡に七沢が声をかける。

 

「何だ?」

「色々聞きたい事があるんだがいい?」

「……何?」

「ここじゃちょっと、男が語り合う場所へいかないか?」

「……え?」

何やらデンジャラスなオーラを感じる言葉に身構える。

 

「ああ、俺も比企谷に聞きたい事があったし、疲労もあったからちょうどいい」

「あっ!俺も俺も!それに、一年も連れて行かなきゃ」

飯山は椅子に座り、ジョーになってる二人を指さす。

 

「お前、昨日どんだけしごいたんだよ……」

「一緒にジャイアントセットやった後ケトルベルでタバタ」

「お前、よりよって……」

 

 

※ジャイアントセット

例:ベンチプレス→ダンベルフライ→ベンチプレス→ダンベルフライ 4セット

トレーニングの際インターバルを入れず、同一筋に働きかけ短い時間で効かせるトレーニング方法。短時間でパンプに追い込み強烈に効かせる事ができ、心肺機能にも効果あり。

私の場合はオフで体力あってトレーニング量増やしたい時、朝にこのジャイアントセット、帰宅して普通のウエイトトレーニングのダブルスプリット(一日2回の筋トレ)にしたり、時間ない時によく取り入れます。ただ、効かせ方がまだ理解できない筋トレ初心者にはおススメしません……。

 

 

「というか行くってどこだよ?」

場所も分からないのに勝手に盛り上がらないでほしい、八幡は質問をする。

 

 

「「「それは、温泉さ!!」」」

 

 

 

 

―そして現在―

 

(温泉に来てサウナ入ってるナウ)

八幡とバレー部は某千葉にある温泉に来ていた。




次回の更新ですが、業務多忙と試合が近く来週以降時間が上手く取れない可能性があるので更新未定となります。


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新たな結束

お久しぶりです。
プライベートで時間の出来たので更新しました。

今回の話は繋ぎ回なので進展もあまりなく期間も長く置いておいた為か、ほんのり腐ってしまったかもしれません。




「よかったのかい?ホイホイついてきて……」

飯山が隣で座っている八幡に声をかける。

 

「良くないから上がるわ!!」

身の危険、特に危険を感じる肛門括約筋に力を入れ八幡は立ち上がる。

 

「あ~!ウソウソ!!冗談だからシットダウンプリ~ズ!!」

「……で、聞きたい事って何?」

本当に冗談だろうな、そう思いながらも八幡は再び座る。

 

「ああ、それはな……」

何でバレー辞めたんだ?言おうとして飯山が言い淀む。

これは興味本位でこのまま聞いていい事なのか?人には触れてほしくない事情は何かしらある。ましてや比企谷はこの前の海浜高校の生徒との絡みを見る限り確実に何かある。

 

ゴツイ見た目に反して割と繊細な彼は悩む、が。

 

「ああ、比企谷は何でバレー辞めたのかなと思って」

「「「「「!!!」」」」」

見た目に反してあまり空気の読めない七沢が突っ込む。

 

 

「別に……部活辞めたから、ついでにバレーも辞めただけだ」

そう、ただそれだけの事。

 

「その部活辞めた経緯が知りたいんだ」

「……」

八幡がバレー部をやめた原因、責任を押し付けられ部活を追われた事、だがどう言えば?なんて説明すれば……頭に浮かぶ感情や思い、それが言葉にできない。

 

 

 

しばしの沈黙、深く息を吸い息を止めゆっくり吐く、サウナのせいか、もしくは考えがまとまらないせいか汗が止まらない。

 

 

(俺は……)

 

 

「突然部活辞めさせられて、周りからも迫害されてバレーから離れざる経なかった!って事か?」

「なっ!」

沈黙を破る七沢の核心をつく言葉に思わず声をあげる。

 

「な、何言ってんだ七沢」

「そりゃ決勝戦でお前のチーム揉めてたし、この前の海浜の子との会話もそうだ、学園祭でのお前に対する悪評みたいな感じで中学時代を過ごしてたとしたら、想像すればそんなもんじゃない?」

 

 

反論することなく八幡は俯き

 

「大体そんな感じだ」

その言葉を肯定する。

 

 

 

「じゃあ比企谷先輩のせいで負けたと難癖つけて、辞めさせたってことですか!?」

「はぁ?何だよそのクズども!!」

「ひどいですね」

「道場に拉致してサンドバックに入れたくなるな……」

部員たちがそれに憤怒する。

 

「誰も止めなかったの?」

「キャプテンだけは止めてくれたが結果は一緒だった、まあおかげで友達いないままバレーから離れてずっと快適なボッチライフを満喫している訳だが」

少し気恥しいのか自分を茶化しつつ言葉をしめる。

 

そんな言葉にある者はクスリと笑い、ある者は俺がいるからお前は一人じゃない!とバシバシ肩を叩きある者は……

 

 

「嘘つくなよ比企谷」

八幡の言葉を否定する。

 

 

「何、稲村?俺をかばう奴なんているわけないだろとか言うわけ?それは流石に落ち込むぞ」

「そうじゃない、ボッチとか嘘つくなって言ってるんだ、このリア充が!」

 

 

「はあ!?」

俺がリア充!?何で!?どうして!?

 

「どういう事だい比企谷君?君はこっち側の住民だと思ってたんだけどな」

飯山はニコニコしながらも威圧感を八幡に向ける。

 

※補足

腐ってると勘違いされやすいSSの為、補足説明。

こっち側の住民というのは恋人のいない非リア充側という意味です!断じておホモで不純同性交遊な意味合いはございません。

 

「いや!俺はボッチだから!!彼女なんていないから!!」

「えっ?お前由比ヶ浜さんと付き合ってるんじゃないの?」

否定してる八幡に爆弾を投げつける七沢。

 

「はあ!?」

「キサマ!この前の美女に続き由比ヶ浜さんまで!!」

飯山が猛る。

 

「違う!同じ部活なだけだ!!」

「嘘つけ!昨日下駄箱の前で『ヒッキー知らない?』って聞かれたぞ、あの時間まで待ってくれるような子が同じ部活なだけはありえん!!」

そう、あれは恋する乙女の目だ!彼の目にはそう見えたようだ。

 

(あいつ……見ず知らずの人にまでヒッキーって言ってんのかよ!)

なにやってんのよあの子は……地味にため息を吐く。

 

(どうする?こう敵意を向けられていれば何を言っても……いや待てよ!)

何も反論することだけが道じゃない、こっちに向かった敵意なら逸らせばいい。

 

(俺に爆弾投げた罰だ七沢!)

八幡に敵意を向けている二人は恐らく、異性と二人でいるだけで付き合ってると勘違いするタイプ、ならそれを逆手にとればいい。

 

「俺は別に付き合ってないが、七沢は付き合ってる奴いるだろ?あの女子バレー部のキャプテンと練習後に仲良く帰ってたし」

八幡は爆弾を投げ返す。

 

 

「「なんだとぉぉ!?」」

飯山と稲村が狙い通りに爆発する。

 

「はわわ!はわわ!」

顔を真っ赤にしながら狼狽する七沢。

 

(えっ?この反応はまさか……)

もしかして?八幡の直感は一つの可能性を導き出す。

 

「お前、まさかマジで付き合ってんの?」

 

「……」コクン

目を閉じ顔を真っ赤にしながら頷く。

 

 

「「「「「な、なんだってーーー!!!???」」」」」

 

「七沢!それは本当なのか!?」

「その、インハイ予選の後にお互いを慰めたり励ましたりしてるうちに……良い関係になってその……」ごにょごにょ

「ちなみにどこまで?」

「……Cまで」

「「ざけんな、この裏切者が!誓いを忘れたのか?」」

二年の二人が七沢に詰め寄る。

 

「ち、誓いってなんだよ?」

何かどうでもいい予感がする……が八幡が問う。

 

「俺たち3人は去年あるグループを作った。そのグループの名はチェリーズ、童貞という結束の元集った仲間、七沢はそのリーダーだったんだ」

「だが、こいつはその結束を破った!許される事ではない!」

まして相手は美人系の丹沢だから怒り倍増、モテない野郎の僻みは伊達じゃない。

 

 

(((ど、どうでもいい……)))

八幡と一年の心が一つになる。

 

 

「まあ、なんだいろいろ大変だな」

下らねぇ~、その言葉を飲み込みフォローする八幡。

 

 

「ふん!貴様には分かるまい、モテない男の苦労と悩みが!」

 

 

「……バカだなお前ら」

「「なんだと!!」」

突如みせた八幡の否定に反応する童貞二人。

 

「俺はお前らとは違い、非モテ三原則の元に行動している。そんな結束なくても平気なんだよ」

「何だよ?その非モテ三原則って」

稲村が聞き返す。

 

「期待を持たず、作らず、持ち込ませず……それが非モテ三原則だ!」

「「!!!」」

非モテ三原則、その言葉が二人の胸に深く突き刺さる。

 

「なあ飯山!」

「言うな、多分俺も同じ気持ちだ!」

 

 

 

「比企谷!!新しいチェリーズのリーダーはお前しかいない!!」

「ついていくぜリーダー!!」

二人は八幡の元へ詰め寄る。

 

 

「や、やめろ……」

 

 

 

「ギャーーー!!」

 

 

 

((それでも僕たちは先輩を尊敬しています……バレーでは))

 

 

 

 

 

 

―数分後―

 

「ひどい目にあった……」ヨロヨロ

八幡はサウナから水風呂に入りクールダウンし、一人露天風呂へと向かう。

 

「お疲れ!」

先に入っていたのか七沢が近寄り声をかける。

 

「お前のせいでひどい目にあったんだけど」

「すまん、すまん」

あまり悪びれ無い様子。

 

 

「ところでさ比企谷」

「何だ?」

さっきのこと以外で聞きたいことがあるのか?八幡は聞き返す。

 

「やっぱ依頼引き受けてくれたのってバレーしたかったからか?」

「はぁ?仕事だからに決まってんだろ」

以前にも同じ質問をうけて同じに答えた筈、なのに何故?

 

「だって最初は依頼断っただろ?」

「まあ」

「正直さ、その後奉仕部行って雪ノ下さんに断られた時ダメかなと思ったんだ。お前面倒で疲れるの嫌だって言うような印象だったし、クラスでも目立たないようにしてる感じじゃん……だから、そのまま却下の流れに乗るんじゃないか?って」

「だけど違った」

 

 

 

『バレー部の依頼は断ったはずですが』

『お前が一方的にだろうが、正直今までの依頼の中でも理由はしっかりした内容だ。断る理由はないだろ』

八幡が雪乃を否定した時の言葉は実際そうだった。もし本当に依頼を受けたくなかったらあのまま雪乃に乗っかればいい、なのに八幡はしなかった。同意して自分からバレー部に参加したようなものだ。

 

 

「これは俺の推測だけど、何だかんだで自分からバレー部に参加したことといい、バレーやってる時のアクティブな言動といい、らしくない行動の数々、お前はバレーしたかったんじゃないか?」

 

「どうだろうな……」

そんなの八幡には既に答えは出ていた。

 

久しぶりのバレーは楽しかった。サーブで打つと手に響く衝撃、強い打球を受けるレシーブの感覚、ボールを操り自分のトスをスパイカーに持っていくトスの放物線の眺め、ボールが滑らないように手にかいた汗を無意識にシャツで拭った癖、全てが懐かしく、だけど新鮮で、心が躍った。

 

(俺はバレーが好きだ)

掌を不意に見つめる。

 

 

「まあ、バレーシューズも捨てずにとっておくあたり相当したかったんだろうなって思うけど」

七沢がクスリと笑う。

 

八幡は頭を軽く掻きながら何とも言えない顔になる。

 

 

「なあ比企谷」

「何だ?」

「バレー楽しいよな?」

「……まあな」

八幡の返答にクスリと笑うと立ち上がり

 

「俺大浴場行ってくるわ」

「おう」

七沢は掌をヒラヒラさせ屋内の大浴場へと向かう。

 

 

(らしくない行動……か)

八幡は何かを考えるようにボーっとし、しばし温泉に身をゆだねた。

 

 

 

 

十数分後

 

八幡は丁寧に体を拭いて脱衣所に入り、鏡の前で全裸のままポージングしている某バレー部員を他人の振りしてスルーし自分の着替えをしょうとした時だった。

 

 

「あれ?八幡も来てたんだ?奇遇だね」

男風呂には似合わない聴き慣れた綺麗な声、振り向く先にはタオルで大事な所を隠した戸塚彩加の姿。

 

「と、戸塚!!」

 

「僕これからなんだ、もう少し早く来てたら一緒に入れたのに残念だなぁ……今度一緒に入ろう!!」

残念そうにしていた顔を八幡に向けて笑顔に変え伝えると、またねと手を振り浴場内へと入っていく。

 

 

「……俺、もう一回入るわ」

そんな戸塚の姿に思わずもう一度入ろうとする八幡。

 

「やめろ比企谷!!お前の気持ちは痛いほど分かるが落ち着け!!」

さっきまでポージングをしていた飯山が八幡を羽交い絞めにする。

 

※気持ち分かってはいけません。

 

 

「や、やめろ!せめてパンツ履いてからにしてくれ!!」ジタバタ

「おう、スマンスマン!」

戸塚と出会わなければ厄日だ。

 

落ち込みつつも着替えを済ませ八幡は脱衣所を後にし

 

 

 

(それでもマッカンは俺に癒しを与えてくれる)

冷たいマッカンで温泉を締めくくった。

 




次回の更新は早くて来週、遅くて再来週になります。


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それぞれの青

更新が遅くなり申し訳ありません。

撮り貯めした、春高バレーに高校サッカー、ラグビー、アニメに積んだゲームにオフのトレーニングにより予定より時間がとれず更新が停滞してました。

俺ガイルの舞台である千葉県の代表は習志野高校、千葉県最高成績の3位
良いチームと良い応援、素晴らしかったです。


スポーツって本当にイイですね!!


―自宅―

帰宅し夕食を済ませた八幡は、居間のソファにゴロンと横になり携帯ゲーム機をピコピコさせていた。

 

 

(らしくない……か)

温泉で七沢に言われた何気ない言葉が胸に引っかかる。

 

 

(確かに我ながら、らしくない行動をしている自覚はある、いつからだ?)

バレー部に助っ人に入る前か?練習に参加した時か?

 

 

 

いや

 

 

(体育でボールを持った時だ)

高校で使われるボールは5号、八幡が昔使っていたボールは中学だったこともあり4号、一回り違う規格のボールに触れた時、壁打ちでボールを扱ったあの時、ただのアップのようなものだが心が躍った。

 

 

(やっぱ俺、バレーがやりたかったんだな)

幼い頃から積み重ねたトラウマにより早い段階で割り切りと諦めを覚えていた八幡、自分の本位とは関係なしにバレーを離れた時も割り切りと諦めで自分の心に蓋をしていた。

 

普段は、持ち前の理性で色々な物を押さえつけている彼でも3年間の我慢は抑えきれなかった、らしくない行動も無理はない。

 

 

 

「らしくないと言えば、あいつもか」

頭に浮かぶのは仲違いしかけている一人の女性、八幡の頭に彼女の言動が浮かぶ。

いつもなら受けるはずの依頼を断り、自己犠牲を否定していたのにもかかわらず自分から生徒会長に立候補した。

 

(俺のらしくない行動がバレーやりたかったからだとすると、あいつは生徒会長になりたかったからか?)

そんなわけないか、と頭に浮かんだ事を否定しようとするが

 

 

 

 

 

『なんかゆきのんがそうゆうのやるって意外だよね』

 

『私としてはあなたがいた方がいがいだったけれど』

 

『……お前はらしくないけどな』

 

突如思い出される文化祭前の奉仕部での会話の一部。

 

 

(あの時俺は、らしくないって雪ノ下に言った)

確かに、あの時の雪乃の行動はらしくない、その一言に尽きる。

 

自分から文化祭実行委員に参加した事、普通なら断るような相模の依頼を引き受けた事、まるで想定していったかのような副委員長になってからの指示出しを含めた仕事。

 

(もしかして雪ノ下はあの時、実行委員長になりたかったんじゃ?だとしたら辻褄が合う……ということは今回も!)

ゲーム機をスリープ状態にして起き上がる。

 

 

『あたし、この部活好きなの』

一昨日、結衣と一緒に下校した時の言葉を思い出す。

 

(だとしたら奉仕部は?由比ヶ浜は……俺は……どうすれば)

悩んでも出てこないその答え、自室に戻り布団に入っても頭から離れない。

 

 

それでも睡魔はやってきて、八幡を睡眠へと誘った。

 

 

 

 

―日曜日―

少し前の八幡なら自堕落を満喫し昼に起床するところだが今は違う。

起床しジャージに着替え、キッチンに向かい炊飯ジャーを開け中に入っている飯と冷蔵庫にあった筋子でおにぎりを作り頬張る。続いて冷蔵庫の麦茶でそれを流し込み、部活に向かうべく家を出た。

練習試合まで間、少しでもボールに触れる為。

 

 

 

 

―総武高校体育館―

 

練習1時間前

早くついたはずなのに体育館からはボールの音、誰か練習しているのか?八幡は扉を開け

中へと入る。

 

 

「おう、おはよう比企谷」

サーブ練習をしていたのだろうか、乱雑に転がるボールの中、エンドラインより後方にいた七沢が挨拶をする。

 

「早すぎだろ」

「俺、いつもこのくらいだよ」

七沢はそう返答すると持っていたボールで八幡に向かいトスを上げ、八幡もトスを返す。

 

 

トスだけだったパスは、いつしかアンダー、オーバー、打ち込みを含めた対人パスになる。

 

 

「なあ比企谷」

 

「なんだ?」

 

「様子おかしいけど何かあった?」

 

「いや、別に」

(態度に出てたか?)

 

「相談あったらのるよ!」

 

「んで、相談のる代わりトス上げてくんない?この前のスパイク練習したい」

 

「まあ、トス上げるくらいならべつにかまわないが」

 

「やった♪」

 

(自分がスパイク練習したかっただけじゃないだろうな?)

二人はしばらく対人パスと終わらせると、その後スパイク練習へと移った。

 

 

 

 

 

―しばらくして―

 

「次はCで!」

センターとレフトの間に上がったトス、七沢は追い付くと体がブレる事無く決めて見せる。

 

(やっぱり、相当上手いなコイツ)

いくら八幡の上げるトスの精度が高いと言っても、七沢はクイックを打ってまだ間もない、にも関わらず高いレベルでこなす。

 

(これなら試合でも使えそうだな)

練習試合に向けて増えた手札、司令塔として使ってみたくなる気持ちがこみ上げた。

 

 

「なんだ、もう練習してんのか」

「というかいつの間にクイックを……本職の飯山より上手いんじゃね?」

練習40分前、飯山と稲村も自主練しようとしてたのか姿を見せる。

 

 

「……チッ!そりゃあ七沢は夜のCクイックをノーブロックで決めた男だ、俺より上手いだろうよ」

悔しかったのだろう、朝っぱらから下ネタ交じりの悪態をつく。

 

 

 

 

 

「えっ?ブロックされたよ!奈々は処女だったたから処女まk……」

「「「言わせねぇよ!!!!」」」

このSSに警告タグをつけさせてはならない、問題発言しようとした七沢を3人が制す。

 

 

 

「それより比企谷、俺の筋肉もスパイク打ちたがっているから参加していいか?」

「あ、俺も俺も」

 

「アップはいいのか?」

 

「トレーニングした後、走って来たから大丈夫」

「以下同文」

ボールを拾い、普段のスパイク練習のように並びだす二人。

 

 

 

 

その後、練習20分前にやって来た一年の二人が練習開始時間を間違えたと勘違いし泡を食うのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

―練習後―

練習が終わり、八幡と七沢は相談事と同時に運動して空いた小腹を満たすべくサイゼリアへと足を運んでいたのだが……。

 

 

「……なあ」

「「何だ比企谷?」」

「何でお前らまでいるの?」

「どうせなら相談役は多い方がいいかなと、3人寄れば文殊の知恵っていうでしょ?」

何故かついてきた飯山と稲村、そのことを説明する七沢。

 

 

「おい、これがもし隠し事な要件ならシャレにならないぞ」

「安心しろ!俺は貝のように口と筋肉が堅い!!」

八幡のツッコミに対し、今日の筋トレで鍛えた上腕三頭筋の長頭をモミモミしながらナチュラルに返答する飯山。

 

 

「いや、貝の口って一番信用できないからな!あいつら熱加えるだけで簡単に口開くから!」

そう、会話に熱が入れば簡単に口を開くのだ。

 

 

「上手いな比企谷」

「ああ、さすが俺たちのリーダーだ」

どうやら彼らの中で八幡は、チェリーズのリーダーで確定してるらしい。

 

 

「とりあえず本題は注文済ませてからにしようか」

七沢がメニュー表を広げると4人はドリンクバーと各々自分が食べたい物を注文した。

 

 

 

 

「そいいえば俺が悩んでるの何で分かったんだ?」

相談があるや、悩んでる仕草をした覚えがない、不思議に思った八幡が七沢に聞く。

 

 

「比企谷はバレーする時だけ目が普通じゃん?なのに今日は普通じゃない目のままだったから何かあるのかなって?」

 

 

「ちょっと待て!普段の俺の目が普通じゃないって言ってるのと同義だからなソレ」

「すまん比企谷、それはフォローできん」

「悪いな」

そんな彼に対しフォローできなかった二人が形だけの謝罪をする。

 

 

「いいよ、どうせ言われ慣れてるし、むしろ言われ慣れ過ぎて様式美とまでなってる」

実際、目の事はよく言われる、今更気にしても仕方ないと割り切った。

 

 

 

 

 

 

―数分後―

「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?ごゆっくりどうぞ」

ウエイター(男)が注文した料理を一通り運んでくる。四人は雑談しながら各々が料理に手を付ける。

 

 

「なあ比企谷」

「何だ稲村?」

「お前、何でバレー部入らなかったの?」

「……」

突然の問に八幡は閉口する。

 

 

「……まあバレーは辞めたつもりだったからな」

「つもりだった……ねえ」ニヤニヤ

「何だよ」

「何でもないさ」

稲村は、八幡の居心地悪そうな顔を見ながら含みのある笑みを受かべる。

 

 

「辞めたにしても体験入部に来てくれたり勧誘に引っかかってくればよかったのに、俺入学式からアンテナ張って色々な奴勧誘しまくってたんだから」

総武高校への入学が決まった時点で清川のいるバレー部に顔を出していた為、入学式の時すでにバレー部員として行動していた。八幡が総武高校にいるなんて知ってたら速攻で口説きに行くに決まっている。

 

「俺は入学式の日に事故って、しばらく入院してたし無理」

八幡、雪乃、結衣の3人の意図しない邂逅きっかけになった事故、八幡の脳裏に雪乃と結衣の姿が浮かび、不意に左足の大腿部を触る。

 

 

「「えっ?」」

「入院って、その左足なんかやったのか?」

稲村が八幡が触っている左足を指さし問う。

 

 

「左脚大腿骨亀裂骨折、おかげでしばらく入院して初登校で晴れて高校ボッチデビューだ」

仮に事故がなくてもボッチな可能性は極めて高いのだが。

 

 

「後遺症とか大丈夫なのか!?」

「というかバレーやって大丈夫なの!?」

飯山と七沢が顔を真っ青にさせながら問いただす。

 

 

「まあ、普通より早く治ったし、医者は今後に支障はないような事を言ってたから大丈夫だろ」

方やバレーの練習をさせまくり、方やひたすらトレーニングをさせた自覚がある為か不安だったのだろう、八幡の言葉に二人はホッと胸をなでおろす。

 

 

 

「そう言えば気になってたことあるんだけど」

八幡の言葉に3人がどうした?と言う感じの顔になる。

 

 

「飯山と稲村、いつからバレーやってたんだ?」

(こいつらの実力なら中学の段階でかなり目立ってたはず、けど何で)

 

「いつからって」

「中学からだけど何かしたか?」

「お前らの実力なら中学の時、相当目立ってたと思うんだけど記憶にないからついな」

二人とも背は高い部類でフィジカルもある、そんな二人が中学時代に目立たなかったのが気になる。

 

 

「ああ俺ら二人は補欠だったし途中で1回バレー辞めてるから試合でてないんだ」

 

「は?」

「俺も稲村も中学の時、監督と上手くいかなくてな、途中で部活辞めて高校でまた始めたんだよ」

 

「何があったんだ?」

 

 

 

「俺いた中学は監督が頭が古いタイプの人間でな、器具を使った筋トレをすれば見せかけの筋肉が着くから筋トレするな!だの、サプリメントに頼ってできた筋肉はすぐ悪くなるから飲むな!だの非科学的かつ適当な事ほざいてな、反論して論破したら補欠にされた。んでプライベートでやってたウエイトリフティング優先するって言ってバレー部辞めたんだ」

 

「俺の場合は、空手の試合とバレーの練習日が重なって空手の試合を優先したら、先生から呼び出しくらったんだ。んで、空手とバレーどっちが大事なの!?って言われて『空手♪』って言ったら補欠にされたから辞めたんだ」

 

 

「もうちょっと言い方無かったの?違えばかなり……」

理由は違えど、八幡もバレーを離れた人間ではあるが、目の前に二人におもわず突っ込む

 

(俺もひとの事言えないか)

バレー部にいた中学2年、厨二病になり周りからナル谷と言われ、ナイフみたいに尖った言葉を口にしていた自分と重ねてしまう。

 

 

 

「そんで二人とも中学の途中でバレー辞めて、高校入学した時に俺に誘われてバレーまた始めたんだよね」

七沢は入学して部活選び中の二人にすぐさま声を掛けたようだ。

 

 

「まあ、そんなわけである意味俺らとお前はチームを追われた同士のようなもんだ」

「つまりは仲間ってやつだな」

二人は腕を前に組んでウンウンと頷き。

 

「俺、迫害どころかキヨ先輩のおかげで楽しい部活生活だった」

3人と違い良い部活ライフを満喫していた七沢は苦笑いを浮かべる。

 

 

 

「つまり七沢は仲間はずれって事だな」

「そりゃあな、こいつは非童貞なリア充だからな」

チェリーズの2人はナチュラルに元リーダーをハブる。

 

「まだ言うのそれ」

七沢はそんな二人に苦笑いを継続するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―数分後―

4人は運ばれていた料理をきれいさっぱり平らげ、ドリンクバーでお代わりを持ってきて、くつろいでいた。

 

 

(やっぱ紅茶は雪ノ下の淹れたやつのが旨いな)

仲違いしたあの日から口にしていない雪乃が淹れた紅茶を思い出す。

 

 

彼女の紅茶のブレンド仕方に違いがあるのか淹れ方に違いがあるのか、多分両方なのだろう。

方やドリンクバーのティーパックで自分で淹れた紅茶と、美少女がゴールデン方式で淹れてくれたブレンドの紅茶なのだから後者の方が圧倒的に旨いに決まってる。

 

 

 

(聞くとしたら今か?)

 

 

 

「もしもの話なんだが」

くつろぎモードに入った中、八幡が口を開く。

 

「何?」

「仮にバレー部に1年が入ってこなくてバレー部無くなってたらお前らどうしてた?」

もしも奉仕部が無くなったら?それをバレー部に置き換えるように問いかける。

 

 

「どうするもこうするも……」

3人は少し考え

 

「バレー部なくても俺はバレーを続けるかな、どっか社会人サークルに入れてもらって続けて、大学行ってまたキヨ先輩と同じバレー部入る」

「お前どんだけ清川さん好きなんだよ!」

まるで彼女がいることはブラフで本命は清川じゃないのか?そう思えてしまう清川愛だ。

 

 

「もしそうなってたら俺は前から誘われてたパワーリフティングやるかウエイトリフティングに復帰するかだな、大学もバーベルクラブあるとこ行く予定だからな」

 

「俺は道場通いと筋トレに専念する形になるかな、空手は一生やるつもりだし」

 

 

 

「そうか」

3人の答えを聞き少し考えた素振りを見せ考える。

 

 

 

 

(やっぱり別々になるんだな……)

バレーと言う種目の元に仲間になった3人、それが無くなれば離れるのは道理、当たり前の事だ。

 

 

 

そして、それは奉仕部の3人にも言える事。

 

 

 

 

「でも3人でつるむのは変わらないよな」

 

 

「!!」

その言葉に八幡が反応する。

 

 

「お互い性格は違うんだけど、一緒にいて楽しいんだ。一緒に練習したりトレーニングしたり、飯食いに行ったり、バカやってふざけ合ったり、仮に部活無くてもそれは変わらないよ」

七沢のストレートな言葉に飯山と稲村は照れてるのか何とも言えない態度で相槌をうつ。

 

 

 

「部活無くても一緒か」

 

 

『私はこの部活が好き、ゆきのんがいてヒッキーがいて、他愛もなく話したりゆきのんが淹れた紅茶のんだり、皆で依頼に取り組んだり……いつも顔色伺ってばかりだった私でも自分をぶつける事もできたり……』

不意に浮かぶ結衣の言葉、その言葉が七沢の言ってる事と重なる。

 

 

それは結衣が思ってる事と七沢が思ってる事、それがどこか似ていたから。

 

 

(だったら俺は……奉仕部をどう思ってる?)

 

 

 

「ところで相談事って何?」

ここには八幡の相談事に来た、七沢が思い出したように口を開く。

 

「ああ、もう大丈夫だ」

「へ?」

「そうか、何かあったらいつでも言えよ」

「ああ、同じバーベル担いだ仲間だ」

「もっと他に言い方はないのか……」

仲間という言葉に言い表せないむず痒さを覚えつつ八幡は突っ込んだ。

 

 

 

 

―そして―

 

 

「じゃあ出るか」

「おう」

「そうだな」

「ここは奢る、前に暴言吐いた詫びだ」

飯山はそう言うと伝票を手に取りレジに向かおうとする。

 

 

「お、おい」

「悪いよそんな」

「いいから黙って奢られろ、こうでもしなきゃ俺の気が済まないんだ」

八幡と七沢が止めようとするが、飯山はそれを制しレジへと向かう。

 

 

「ゴチになりやす!」

「稲村、お前は自分の分払えや」

「しょぼーん」

そのやり取りをした後、4人は少しクスリと笑い店を後にした。

 

 

 

 

―自室―

自室のベッドに横たわりイヤホンを耳に挿し、いつの音楽を聴く、その音から意識が遠ざかる程に今の八幡は考え事をしている。

 

 

『それに、わたしはやっても構わないもの』

 

(雪ノ下は生徒会長になりたかった)

 

 

(そして由比ヶ浜は奉仕部を続けたい、俺はそう思っていた。だけどそれは多分違う)

八幡の脳裏に浮かぶのはサイゼでのバレー部の3人。

 

 

『お互い性格は違うんだけど、一緒にいて楽しいんだ。練習したりトレーニングしたり、飯食いに行ったり、バカやってふざけ合ったり、仮に部活無くてもそれは変わらないよ』

 

(きっと由比ヶ浜の思ってる事はあいつらと一緒だ)

何気ない会話、大好きな友達、放課後当たり前のようにある紅茶の香りに包まれた部室。

 

 

当たり前にそこにある、彼女にとってかけがえなない日常。

 

(俺にとって奉仕部は何だ?あの空間は?あの場所は俺にとって……)

 

 

青春

時に甘く時に酸っぱく、様々な同じようで違う色のような青のぶつかり合い、重なり合い経験し、一つの色となり大人という作品へと近づく大事な時期。

 

青春という言葉が無縁だと思っていた八幡にも、それは突然やってきて。

 

その中で彼は必至にもがいていた。




次回、奉仕部の話でその次から練習試合編に入る予定です。


スケジュールが乱雑気味なので次回更新は未定です。


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分かれた流れはまた一つに

―数年前―

「すまない比企谷、俺が不甲斐無いばかりに」

中学三年の男が目をギュッと絞るように閉じ、年下である八幡に深く頭を下げる。

 

 

「頭上げてください、キャプテンのせいじゃないです」

八幡の追放、その事に唯一反対したのが目の前年下である八幡に頭を下げている男、キャプテンである山北だけ、八幡には彼を責める気など持てなかった。

 

 

「だけど……」

下げた頭を上げる事なく俯き、自分への不甲斐無さをこらえるように拳を握る。

 

 

「このチームに俺は必要無かっただけの事です」

山北ではなくチームが出した結論、一人が反対しても他が賛成すればそれが総意となる。

 

 

「そんなわけないだろ!お前抜きじゃ関東大会には進めない!!」

地区大会、七沢達に敗れはしたものの二位での県大会出場、準決勝まで勝ち進めば関東大会に出場できる。だが、山北は八幡がいないチームの限界が見えていた。

 

 

「戻ってくれないか?俺がもう一度皆を説得する」

顔を上げ八幡の目をじっと見つめながら言う。

 

「……すいません、俺はそんな気になれないです」

申し訳なさそうに首を振りそれを否定する。

 

「そうか」

「……」

ふたりの間に訪れるしばらくの静寂。

 

 

「だったら、海浜に来ないか?」

「海浜に?」

その静寂をやぶるように八幡に問いかける、意外だったのか八幡は思わず聞き返す。

 

 

「お前はこんなとこで終わるような選手じゃない、俺は海浜に行ってバレーを続ける、だからお前も来てくれ、海浜なら一人に責任押し付けることはない、お前の実力も分かってくれる!そこでもう一度バレーをしよう!」

 

「……考えておきます」

 

「今はその言葉だけでもいい」

だが、この二人が同じチームとしてプレーする事はかなわなかった。

 

関東大会へ駒を進めた七沢達を尻目にチームは一回戦で姿を消し、山北達3年は引退。

その後、八幡を待ち受けていたのは迫害、彼は心に傷を負いトラウマが刻み込まれた。

バレーへの未練を断ち切るため、中学時代の数々のトラウマから逃げるように、本来志望していた海浜から総武高校へと進学した。

 

 

 

 

 

「……夢」

目が覚め、見慣れた天井を凝視する。

 

(昔の夢を見るのは久しぶりだな)

 

「6時前か」

八幡はスウェットからジャージに着替え、朝練するべく学校へ行く準備に取りかかる。

 

 

「うむ、実に健康的だな俺、やっぱり俺はやればできる子だ」

普段の彼なら二度寝した後、寝過ごし&サボり癖が発動しそうな状況だが、文化祭の件といい彼はなんだかんだで根は真面目、ジャーに残ったご飯でおにぎりを作り、それを数口で食べきりモグモグさせながら自転車に跨がり。

 

 

「行くか」

ペダルを踏みしめ、駆けて行った。

 

 

 

―総武高校―

今日は月曜日、練習が無い日なのだが自由参加の朝練はある。八幡は内履きではなくバレーシューズを履き体育館へと歩き出した。

 

 

「あっ!おはよう比企谷!」|

「「おはようございます!」」

「お、おはよう」

体育館にはすでに七沢と昨日泡を食った一年二人がすでにいて3人でアップがてらパスをしていた。

 

 

「じゃあバラけてパスしようか」

そういうと七沢はボールを八幡に放り、カゴから新しいボールをとると長谷とパスを開始する。

 

「比企谷先輩お願いします」

「ああ、よろしく」

八幡は受け取ったボールを額の上に放り、優しく包み込むような綺麗なトスを上げる。

 

 

(やっぱり綺麗なトスだな)

トス一つにして一糸乱れぬという言葉が似合うような動き、ボールもそれを体現したかのように回転を殺し美しい放物線を描き温水の頭上へと到達し、温水も先ほどの八幡の動きを思い出しながらトスを返した。

 

 

(やっぱりこいつ上手いな)

ボールの出しの速度、向きなどの情報をある程度予測した位置取りへのポジショニング、そして反応速度。虚をついた八幡のサーブにも対応して見せた動きを思い出す。

 

(ワザと難しく返してみても直ぐに反応して見せてる、それとステップの取り方、何かやってたのか?)

 

「お前、バレーやる前何かやってたのか?」

「昔、少しバトミントンやってました」

「なるほどな」

それであの反応とステップの取り方か、そう納得しパスを続ける。

 

「次、強打でお願いします!」

「ああ」バチン

打ってくれ!温水はそう言わんばかりの位置に先ほどの八幡を思い出すように綺麗なトスを高く上げ構え、打ってきたボールを持ち前の反応で返して見せた。

 

 

―そして―

「じゃあ撤収、分かってると思うけど今日はもう練習無いから明日!」

「「「「はい!」」」」

練習終了のアラームに反応した七沢は部員たちに呼びかける。

 

 

(今日はもう練習無いんだな)

予鈴が鳴り響き、教室に戻りながら八幡はある人物へとメールを送った。

 

 

 

― 2年F組 教室 ―

 

 

「あ、メール」

(ヒ、ヒッキーからだ……)

誰だろうこんな時間に?そう思いメールを開いた結衣はその送り主の名を見てドキッとし

 

「ふぇ!?」

その内容に思わず声を上げる。

 

 

「どうしたん結衣?」

「な、なんでもないのゴメンね」

突然大声を上げた友人に三浦が声をかける。

 

 

 

“話がしたい、放課後時間あるか?”

 

(な、何の用事だろ)ドキドキ

結衣はその日、放課後になるまで授業内容が頭に入らなかった。

 

 

断じて元から入っていないわけではない。

 

 

 

―放課後―

 

「お待たせ」

「おう」

教室ではなく廊下での待ち合わせ、二人らしい光景。

 

 

「話って何?」

胸をドキドキさせながら聞く結衣。

 

 

 

「お前、この前好きって言ってたよな?」

「へっ!?」

突然の事に思わず声を上げる結衣。

 

 

「奉仕部の事」

「あ……ヒッキーの馬鹿!!!」

私の今日1日のドキドキを返せと言わんばかりに罵倒する。

 

「な、なんで怒るんだよ」

「何でもない!!」

そんな事、言えるわけがない。

 

 

 

「……で、確かに言ったけど、それがどうしたの?」

「いや、ちょっと確認したくてな」

「確認?」

「ああ、お前が奉仕部で活動するのが好きなのか、皆で一緒にいるのが好きなのか」

八幡は何かを確信しているかのように言う。

 

 

「そ、そんな事急に言われても……て、どこに行くの?」

そんな結衣に目もくれず歩き出す八幡に結衣が声を掛ける。

 

 

「奉仕部だ」

「えっ?」

八幡はそう言い放つと、混乱する結衣は尻目に奉仕部へと歩き出し、結衣もその後を慌ててついていった。

 

 

 

―奉仕部―

 

「あら?」

「よう」

「やっはろー、ゆきのん」

一人読書をしていた雪乃は思わぬ人物の来訪に目を丸くしている。

 

 

 

「何かしら?」

「話がある」

「話?」

真面目な顔つきの八幡に何かを感じ取ったとか、雪乃は八幡の方を向く。

 

 

 

「以前、お前は俺のやり方を否定した」

 

『貴方のやり方嫌いだわ』

 

「……」

「なのに今回、お前は一色の依頼を自分から立候補して解決する方法をとった。そこが引っかかってた」

雪乃は口を閉じ八幡をたた見つめるだけ。

 

 

「自分なりに色々考えた、そうしたら文化祭の時の事を思い出してな」

「……」

「らしくないんだよな、あの時も今回も」

文化祭の時も今回も、八幡が知る雪ノ下雪乃らしくない。

 

 

 

「雪ノ下、お前は自分が生徒会長になりたかったから、このやり方を選んだのか?」

「えっ!?」

考えてももいなかった言葉に結衣が思わず声を上げる。

 

 

「……何を根拠に言ってるのかしら貴方」

「根拠も何も、らしくないんだよ、お前も俺も」

八幡はそう言うと雪乃へ一歩前に出る。

 

 

「七沢が依頼を持ってきたあの時、いつもの俺だったらお前の意見に乗っかって断ってた。けど実際は平塚先生の意見に乗っかって俺はバレー部の依頼を受けた」

 

ちなみに最初に七沢から誘われた時、断ったのは雪乃と結衣、二人と一緒にいたいからだったのが、八幡本人は無意識かつ気付いていない。

 

 

 

 

「俺は、バレーがしたかったんだ。ボールを打ちたい、強い球をレシーブで拾いたい、トスで相手を振りたい……最後までコートに立っていたい。それが辞めてからも心に残ってた」

俯き自分の掌を見つめながら独白をする。

 

 

「ヒッキー……」

 

「本音を言え雪ノ下、お前は生徒会長になりたいのか?」

顔を上げ、雪乃を真っ直ぐと、そして力強い目線を向け問いかける。

 

 

「わ、私は……」

雪乃は軽く肩を震わせ言葉を何とか発しようとするが、言葉が出ない。

 

 

「ゆきのん、教えて」

「由比ヶ浜さん」

「私、ゆきのんの気持ちが知りたい、力になりたい!」

そんな雪乃に対し結衣が歩み寄ると手を握り、優しく、それでいて力強く語りかける。

 

 

「私は!」

「……」

何とか言おうと声を出すが続きが出てこない、心なしか目にも力がない。

 

 

(案の定か)

このままじゃまずい、八幡は必死に案を絞り出そうと頭を働かせる。

 

 

(思い出せ!雪ノ下を動かすにはどうすればいいか!いままでどんな時に……)

 

 

『さしもの雪ノ下といえど恐れるものがあるのか……そんなに勝つ自信がないのかね?』

 

『……いいでしょうその安い挑発に乗るのは癪ですが受けて立ちます』

 

そんな八幡の頭に浮かんだのは、静に強制的に連れてこられ、雪乃と合う事になった時の事、ごねる雪乃に静が行った挑発。

 

 

 

(そうだ!あの手を使えばあるいは)

 

 

「何だ……雪ノ下って案外、大した事ないんだな」

 

 

「なっ!」

「ちょっとヒッキー!!!」

暴言ともとれる突然のセリフに雪乃はハッとし顔を上げ、結衣は怒気をはらんだ声を上げる。

 

 

「だってそうじゃないか?『虚言は吐かないもの』とか言ってたのに本音すら語れないんだからな」

「!!」

さっきまで力が無かった目に怒りの色が表れる。

 

 

(よし来た!怒れ!そして本音を語れ!!)

 

 

「ええ、そうよ生徒会長になりたいわ!なりたいにきまってるじゃない!それで何?なった暁には目の腐った男をぞんざいに扱う校則でも作ればいいのかしら?それとも……あっ!」

「……ゆ、ゆきのん?」

今何か本音が出たような?結衣はあっけにとられる。

 

 

「どうした?雪ノ下」ニヤニヤ

 

「謀ったわね……」

雪乃は八幡を恨めしそうに睨む。

 

 

「だったらお詫びに手伝いでもすればいいのか?」

自分の策略にはまった後では、いくら睨んでも怖くない、したり顔の八幡はニヤリと笑い雪乃に言う。

 

「それなら私も応援するよ!手伝うよ!友達だもん」

八幡に後れをとってはいけない、結衣は雪乃に抱き着きながら言う。

 

 

「ついでにヒッキーも応援してくれるみたいだし!」

「ついでって何ですかね?」

「そうね、お願いね由比ヶ浜さん……ついでにそこの男も」

笑みを結衣に向けて言った後、八幡の方を向いて、ついでと言わんばかりに、というか言った。

 

 

「それが人に物を頼む態度かよ」

 

「人?あ、そうだったわね!ごめんなさいでいいかしら?」

 

「それは俺の事を人じゃないとか思ってたから謝るニュアンスに聞こえるんだけど、俺の気のせいですよね?」

 

「あら?私はあなたに『本音を語れ雪ノ下』って言われたから言っただけよ?」

さっきの仕返しよと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。

 

 

「憂いが無くなった途端これかよ!というかお前、イキイキしすぎだろ」

このやり取りが、やけに久しぶりに感じられ、軽く傷つきつつも嬉しく、失った物が戻ってくるそんな感覚が、八幡にとっては嬉しかった。

 

 

 

 

「でも、いいのか由比ヶ浜」

「えっ?」

「正直な話、雪ノ下が生徒会長になるって事は、奉仕部が無くなるって意味だろ?」

仲直りした形でも、まだ問題は残っている。

 

奉仕部での今後の事、それをしない事には先に進めない、八幡はあえてその言葉を口にする。

 

 

「それは……」

「大丈夫だよゆきのん、確かに奉仕部無くなるのは寂しいけど、私はゆきのんがいてヒッキーがいるこの空間が好きなの……奉仕部の時と違うかもしれないけど」

雪乃が口を出そうとするが結衣がそれを遮ると、自分の思いをくちにする。

 

 

 

「でも、ゆきのんの紅茶があれば大丈夫!あの匂いがすると、ああ奉仕部に来たんだなぁって気分になれるから、生徒会でも同じように淹れてくれれば大丈夫!」

 

「まあ、確かにそれは一理あるな、その……」

淹れてくれないか?恥ずかしさからか、言ってしまいそうになるが、その言葉を飲み込む。

 

 

 

「仕方ないわね」

照れてるのかそっぽを向いてる八幡を見て何かを察したのか、少し微笑み立ち上がると紅茶のセットを取出し紅茶を淹れだした。

 

 

―そして―

 

「美味しいね」

「ああ」

(この紅茶を飲むのは随分久しぶりに感じるな)

雪乃の淹れた紅茶、口に運ぶと広がる香に程よい諄さを感じない味わい、その待ちわびた紅茶を記憶に刻むように味わう。

 

 

 

「あ、そういえばさヒッキー」

 

「なんだ?」

 

「今だから言うけど、修学旅行の時のようなやり方は絶対無しね!」

 

「お前、また蒸し返す気か?」

せっかく良い雰囲気のまま終われそうなのにと冷や汗をかきながら問う。

 

 

 

「違うの!」

 

「確かに、まかせっきりにした私たちも悪いんだけど、ヒッキーはさ、もしあの時告白するのが姫菜で、戸部っちや隼人君に告白するのを阻止するために、私やゆきのんが急に告白したらどう思う!?」

何だかんだで結衣が八幡に言いたかった事、自分を大事にしない八幡へ問いかける。

 

 

 

『ずっと前から好きでした』

八幡が言ったその言葉を、雪乃や結衣が自分の前で葉山や戸部に言う姿を思い浮かべる。

 

彼がNTRな18禁ゲーム大好きや、某下級生なゲームの幼馴染ルートが大好きでない限りこう思うだろう。

 

「……い、嫌だ」

 

 

「そうでしょ、私もそれと同じ気持ちだったんだから」

 

「私も由比ヶ浜さんと同じ気持ちよ」

その事だけは分かって欲しい、あえて結衣はその言葉を口にし雪乃もそれに続いた。

 

 

「そ、そうか……」

 

「ええ、そうよ」

バツの悪そうな顔をし、それを隠すように紅茶を口にする八幡に、雪乃は微笑みを向けると同じように紅茶を口に運ぶ。

 

 

 

その時だった

 

 

 

 

「あれ?」

「「ん?」」

突然声を上げた結衣に反応する二人。

 

 

 

「あーーーー!!!!!」

「ど、どうした?」

「何があったの由比ヶ浜さん?」

顔を真っ赤にしつつ急に大声をあげる結衣に、二人は何があったのかと声をかける。

 

 

「ち、違うの!!」

「何がだ?」

「お、同じ気持ちというのは、その、ヒッキーの事が好きだからお互い同じ気持ちだって、そういう意味じゃなくて!」

 

 

 

ザ・ワールド、時が止まる。

 

 

 

「「……」」

 

 

 

そして動き出す。

 

 

 

「「なーーー!!!」」

 

 

 

「なっ!由比ヶ浜さん何を!?」

「お、落ち着け由比ヶ浜!」

とりあえず、この爆弾発言している爆弾のような胸の少女を止めないといけない。

 

 

「落ち着けって……何で二人は落ち着けるの!?ゆきのんだって同じ気持ちだって言ったんだよ!!」

 

「ちょ!由比ヶ浜」

 

「わ、私は別にこの男の事なんて。確かに異性では、いえ同性と比べても一番話してるし、付き合いもある、会話も心地よいけど、まだ番号交換すらしていない友達ですらないような状況よ、お付き合いをはじめるならまず……」

その言葉に雪乃も冷静さを失う。

 

 

「雪ノ下も落ち着け!!そもそも俺が嫌だって思ったのは、そういう感情がどうとか無いし、そんな事思ってもない!!」

 

 

「お、思ってもないって……」

 

「それはそれでショックなんだけど……」

 

 

「……ショック?」

何やら凄い事言われたような?思わず八幡は聞き返す。

 

 

「わーーー!言ってない!!そんなの言ってないからー!!」

「ど、どうやら死にたいみたいね比企谷君」

 

 

「いや、だから落ち着……」

 

 

 

 

 

「貴様ら!!ストロベリるのもいい加減にしろ!!このリア充が!!!」

「ちょっと先生!今入ったらダメですってば~!!」

扉を開け、半泣きに泣きながら乱入してくる静と、それを必死にしがみつきながら抑えるいろはが姿を現す。

 

 

 

「「「きゃーーー!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―奉仕部が修羅場っていた頃―

バレー部の2年生3人はトレーニングルームでフィジカル強化の為、自主トレをしていた。

 

 

「2年F組 七沢君、校内に残っていたら至急職員室に来てください」

校内放送で七沢を呼び出される。

 

「何の用だろ?」

ハイクリーン(床に置いてあるバーベルを反動を使い持ち上げるトレーニング)→バーベルフロントランジ(バーベルを前に持ち、片足を一歩前に出し沈み込み、足をもとに戻しながら起き上がるトレーニング)のセットを組んでいた七沢がバーベルを静に置く

 

「とりあえず行ってみたらどうだ」

「だな」

ベンチプレス中の飯山とアームカール中の稲村が行くように促す。

 

「じゃあ行ってくる」

 

 

 

―職員室―

 

「失礼します」

「ああ、急に呼び出してすまんな」

呼び出した主は、バレー部の顧問である荻野、ハイキューの先生と違ってやる気がない。

 

 

「いえ大丈夫です、それでご用件は?」

 

「前、練習試合したいって言ってただろ?」

 

「はい!見つけてくれたんですか?」

自分が相手を探す以外に、ダメもとでお願いしていたのだがまさか見つけてくれるとは、少し嬉しくなる七沢だが

 

 

「いや、探そうとは思ってたんだが、先に他校から申し込みがあってな」

 

(やっぱり、自分から探したんじゃないんだな)

 

「とりあえずOKしておいたから伝えておこうと思ってな」

 

「……ところで相手は?」

断りもなしにOKすんなや!という言葉を飲み込み、既に決まった練習試合の相手を確認する。

 

 

言いにくいんだが、聞こえないほど小さく呟いた後言った言葉に、七沢は凍り付く。

 

 

 

「そのー、相手は海浜高校だ」

 




次回、繋ぎの回を挟んで練習試合編に入りたいと思います。

更新時期は未定です。


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第3章 練習試合
バレー部は試合に向けて


今回は長くなりましたが繋ぎ回です。


専門用語が多々出てきますので、ある程度の補足をさせていただきました。


「海浜相手とか、何考えてるんですか先生!」

 

「いや、断ろうと思ったんだが、どうしてもって言われてな……うちも試合相手探してたし丁度いいかなって、ほらインハイ予選では接戦だっただろ?だから大丈夫だって」

 

(何言ってんだよこいつ!)

3年がいた時と違い、今は1、2年生のみ。しかも八幡が助っ人に来なければ試合すら出来ない状況なのは流石に知ってるはず。

 

七沢は顧問の無神経な発言に苛立ちを隠せないでいる。

 

 

 

「いずれにせよ決まった事だ、今更変わらないさ!な?」

自分が地雷を踏んだのは分かったのだろう、荻野は話を試合に戻そうとする。

 

 

「……日時はいつですか?」

 

「あ、ああ、来週の金曜日の放課後だそうだ」

 

「分かりました失礼します」

これ以上話しても時間の無駄だ、必要最低限な情報さえ聞ければ後はいらない、そう判断しさっさと職員室を出ることに決めた。

 

 

 

―奉仕部―

はちゃめちゃ状態だった面々も落ち着きを取り戻し、皆で紅茶を飲みながら話し合う。その内容は奉仕部の顧問である静に生徒会長になる事を含めた奉仕部の今後の事。

 

 

 

「では、雪ノ下は生徒会長に立候補、選挙で当選の暁には奉仕部は解散、それでいいんだな?」

 

「はい」

 

「君たちもそれに異論はないな?」

 

「「はい」」

雪乃が静の問いかけに静をじっと見つめ頷き、八幡と結衣も同じように返事をし頷く。

 

 

 

「ふむ、まあ君たちが決めたことだ、私としては寂しくなるがそれも受け入れよう」

 

「すみません、先生」

 

「なぁに気にするな雪ノ下」

静はそう言うと優しい微笑みを向ける。

 

 

 

「という事は、一色の依頼は消滅する形だから、バレー部の依頼が奉仕部最後の依頼になるわけか……バレー部の方はどうだね?」

 

「まあ、あいつらなら余程強い相手が来ない限り、ちゃんとした試合になるだろうし大丈夫だと思います、前にも言いましたが足りないのは経験だけです」

八幡は目を閉じ、バレー部のメンバーを思い浮かべながら口にする。

 

 

「なら大丈夫だね!ヒッキー、バレー上手だし」

「たしかに、それに先輩カッコよかったですよ」

確かにバレーしてる時の彼はカッコよかった。普段がアレなだけにギャップ萌えだ。いろはは、あざといくらい八幡に近づきニッコリと笑みを浮かべる。

 

 

「お、おい……」

 

「「……」」ムッ

それに対し照れる八幡と睨む雪乃と結衣。

 

 

 

何か修羅場る予感……そんな時だった。

 

 

 

ピロン♪

 

 

(ん?)

突然なるスマホの通知音、ポケットから取り出し画面を確認する。

 

 

「どうしたのヒッキー?」

「アマゾンから荷物の連絡かしら?」

「なんで、断定してんだよ、他にも連絡しあう事あるから、小町とか小町とか戸塚とか。

小町の次にやり取りしてるであろう材木座は無視である。

 

 

「じゃあ私がいっぱいメールするよ!嬉しい?」

 

「ああ、多分な」

 

「えへへ!……多分?」

八幡は結衣を受け流す。

 

 

「ところで、誰からなんですか?」

 

「七沢からlineだな」

 

「何かあったのかな?さっきも校内放送で呼ばれてたみたいだし」

 

「さあな」

結衣にそう返答し八幡はlineを開き返信をする。

 

 

“今どこ?”

“奉仕部”

“すぐ行く!”

 

 

「ところで、セ・ン・パ・イ」

八幡がラインを打ち終わったのを確認すると、あざとく言葉を区切り、掌を上にし八幡の方へ向ける。

 

「なに?先生の前でカツアゲとかやめた方がいいぞ、それともお手でもすればいいの?」

 

「ちがいますよ!番号交換しましょうよ~」

自分のスマホを取出し、ニコニコ。

 

 

「!!」

番号交換、その言葉に雪乃は敏感に反応する。

 

 

「俺の番号知りたいとか、どんな物好きだよ」

そう言いながら、かつて結衣にスマホを渡したように、ホラよという具合で渡し、いろはがそれを元に番号登録し、八幡に返すとメールを送る。

 

「えへへ、番号ゲットだぜ!ってやつですね」

 

「あざとい……」

 

 

「あ、あの比企――」

乗るしかない、このビックウェーブに!雪乃も意を決して番号を聞き出そうとした時だった。

 

 

「大変だぞ比企谷!!」ガラガラ

 

「……」

彼女にとってはバッドタイミングでお邪魔虫、ノックをせずにやってきた七沢に睨みを効かす雪乃。

 

 

「ノックも無しはよろしくないな七沢、ちゃんとしたまえ」

この前の件を反省しとらんのかこいつは、とあきれながら注意する静。

 

 

「あ、すみません!この前の鼻からぎゅ――」

 

「衝撃のファーストブリットォォォォォ!!!」

 

「グハァァァ!!」

 

 K・O!

 

(あれ、痛いんだよな……)

 

あ、すみません!この前の※鼻から牛乳の件以来、気を付けてはいたのですが気が動転してしまいました。そう言おうとしたのだが、そんな事を静が言わせるわけもなく口封じの正拳中段突きを食らわせる。

 

※第6話 比企谷八幡はその誘いを断る  参照

 

 

 

 

「で、何の用なんだ?」

 

「用も何も大変なんだよ!」

 

「だから何が?」

 

「練習試合の相手、海浜だってさ……」

 

「……は?何考えてるの!?無茶だろ!!」

八幡は七沢の言葉にしばし絶句した後、声を荒げる。

 

 

「海浜ってそんなに強いの?」

結衣がキョトンとした顔で問いかける。

 

 

「強いも何も全国常連校、そして今年のインハイの代表校、3年もそのまま残ってるし千葉で一番強いチームだよ」

 

「何でまたそんなチームと?」

雪乃も不思議に思い問いかける。

 

 

「うちに練習試合の申し込み来たみたいで、顧問が勝手に引き受けたんだ」

 

(なんでウチに?いや、今はそんな事考えてる場合じゃないな)

「それで、あいつらには?日時は?」

 

 

「金曜の放課後、あいつらにはまだ言ってない……二年は今トレーニング室にいるから一緒に来てくれないか?」

 

 

「……えっと」

八幡は七沢への返答に戸惑う、行った方が良いのは分かる。でも後ろ髪をひかれる思いに躊躇する。

 

 

 

「行ってきなさい」

その躊躇した八幡の背中を雪乃が押すように声を掛ける。

 

「雪ノ下」

 

「これは奉仕部の依頼よ、だから行ってきなさい」

 

「力になれる事があったら言ってね!」

雪乃と結衣は八幡に力強い目を向け頷く。

 

 

「お前ら……。その、行ってくる」

 

 

「「いってらしゃい」」

 

 

「なんなら私、今から先輩の手伝いしてきましょうか?」

チャーンスと言わんばかりに、いろはも席を立とうとするが―――

 

「いろはちゃんは、ちょっとここでお話ししようか?」ニッコリ

結衣が威圧感全開の笑みを向け

 

「そうね、ついでに先ほど盗み聞きしていた平塚先生も一緒に……ね」

雪乃も静かに同じような笑みを向ける。

 

「「ヒィ!」」ガタガタ

突如感じた恐怖、それは尋問と説教になり二人を襲う事となった。

 

 

 

 

―トレーニング室―

 

「てぇへんだ!てぇへんだ!」

七沢がお決まりのセリフと共に扉を開ける。

 

「うるせぇぞハチ!」

 

「俺、何も言ってないぞ」

稲村がノリのよいツッコミをかまし、自分が言われたわけじゃないが八幡も乗る。

 

 

「おお比企谷!夢の国へようこそ」

まさか来ると思わなかったのか飯山が歓喜。

 

 

「さっきの放送、何があったんだ?」

 

「実は」

 

 

―事情説明中―

 

「「まじかよ……」」

 

「どうする?」

 

「どうするもこうするも、ミーティングして練習試合までのメニューと方針決めて備えるしかないだろ」

 

「だよな、とりあえず一年にlineするわ」

何せ時間がない、とにかく話し合わねばと飯山が提案し七沢がスマホでラインを打つ。

 

 

 

“一年、いまどこいる?”

 

“教室で温水と囲碁打ってます”

 

“ちょうどよかった!練習試合の相手決まったからミーティングする、部室集合で”

 

“了解です”

 

 

 

―部室―

 

「急に集まってもらってゴメンな」

 

「いえ、ところで試合相手って?」

 

「その……」

一年にどうソフトに伝えようか悩む七沢だったが―――

 

 

「試合は金曜日の放課後、相手は海浜だ」

飯山が、さっさとしやがれと言わんばかりに相手を伝える。

 

 

「「えっ?」」

 

「ど、どうしてですか?」

動転した温水が問いかける。

 

「申し込みあったみたいで、顧問が勝手に了承しちまったの」

 

「そんな」

その言葉に長谷は大きい体に似合わず、力なく俯く。

 

 

「うだうだ言っても決まったもんは仕方ねぇだろ、やれる事やろうや!……で、何する?」

飯山が男らしく言ったかと思ったら、他人に投げっぱなしする。

 

 

「考えてないのかよ」

思わず八幡がツッコむ。

 

 

「俺がチームの為に出来る事、それは心・技・体のうち体のみ!しかし、一週間で筋肉つけるの無理だ!俺のトレーニングの知識が生かせない以上、スポーツ栄養学の知識総動員でリカバリー含めたサポートさせてもらう」

 

「いっそすがすがしいなオイ」

頼りになるんだか無いんだか、八幡は苦笑いする。

 

 

「まあ、実際その辺は飯山が一番詳しいから、どの道任せるんだけど他にないかな?」

ホワイトボードの前で七沢が皆の意見をまとめるべく話を振る。

 

 

「ひとついいか?」

 

「何、比企谷?」

 

「海浜の動画とかある?俺は見てないから対策の立てようがない」

 

「ああ、あるよ」ゴソゴソ

確かここにあったような?七沢が棚をあさりDVDを取り出す。

 

 

「どうせ今日は体育館つかえないんだ、いっその事皆で見ないか?」

その方がミーティングしやすい八幡は七沢に案を出す。

 

「ああ、賛成!でもどこで見る?」

 

(奉仕部には雪ノ下が使ってるノートパソコンがあるだけ、視聴覚室借りれるか?)

 

 

「すまん、ちょっと電話する」

八幡はそう言うとスマホを取出し、数少ない電話帳から目的の番号へ電話を掛けた。

 

 

 

 

―奉仕部―

 

「おっ!すまない電話だ(た、助かったーー!!)」

突如鳴った電話に静、カ・ン・ゲ・キ!誰からだろう?その電話の相手を確認する。

 

「比企谷から?」

 

「もしもし、どうしたのかね比企谷」

 

「視聴覚室借りたいんですけど手配できます?」

 

「分かった直ぐに出るとしよう、OKなら連絡する」プツッ

(一刻も早く奉仕部を出なければならない私にとって、これは渡りに船だな)

 

 

「彼に何かあったんですか?」

 

「視聴覚室を貸してほしいだそうだ、多分ミーティングでもしようとしてるのだろうな、というわけで私は直ぐに部屋が空いてるか確認して押さえてこなければならない、ここで失礼する」

「わ、私もサッカー部に行かないと」

乗るしかない、このビックウェーブに!二人は、すたこらさっさと部室を後にする。

 

 

 

「どうしよう、私たちも行った方が……」

 

「やめておいた方がいいわ、素人の私たちが行っても力になれないもの」

立ち上がり、八幡の所へ向かおうとした結衣を雪乃が制す。

 

 

「でも……」

 

「なら、今から私の家に行きましょうか」

 

「ゆきのんのお家に?なんで?」

結衣は首を傾げ、意味を考える。

 

 

「彼の力になりたいんでしょう?」

 

「う、うん」

 

「なら行きましょう」

雪乃はそう言うと立ち上がり帰り支度をする。

 

「行きましょう由比ヶ浜さん」

 

「う、うん」

結衣は何の事か分からないまま雪乃の後をトコトコついていった。

 

 

 

 

 

―視聴覚室―

バレー部はインハイ予選の総武高対海浜の試合を視聴していた。

 

 

総武高校は上げたレシーブをとにかくレフトの清川と七沢に集め点をもぎ取り、海浜は経験に裏打ちされた柔軟性と連携で総武高校を翻弄。

 

お互い一進一退の攻防を見せている。

 

 

(まじか……。予想はしてたけど、これはまずい)

 

ミドルブロッカーのクイックからのパイプや時間差、サーブカットの連携やブロックフォロー含めたポジショニング等、経験に裏打ちされた完成度の高さ。

 

そして、かつてのチームメイトだった二人、山北とリベロの小菅の姿。

 

コースを予測し、高い技術で相手を翻弄する展開に持っていける速いレシーブ。

そして、崩された時でもしっかり得点に絡む左利きのウイングスパイカーの山北、元チームメイトの成長した姿と実力を目の当たりにする。

 

 

「どうだ比企谷」

 

「強いな、レフトとセンターの連携だけでもやっかいなのに山北先輩と小菅までか……」

 

「そこなんだよ、小菅君はコースを読んで拾うの上手いし、他を狙って崩して連携止めても、オポジットの山北さんがライトやセンターバックからバンバン打ってくるからやっかいなんだよ」

 

※オポジット

セッター対角の選手の事

このポジションにどういった選手を配置するかでチームのカラーが変わってくる。

一つが温水のようにセッターの補助兼アタッカーな守備型や万能型の選手を入れる。そしてもう一つが山北のようなスパイク専門、俗にスーパーエースと呼ばれる選手を入れる。

一般的な中高生のチームでは前者のようなバランス型や守備型の選手を入れるのが多い。

 

ハイキュー見てる人は前者が烏野の澤村、後者が白鳥沢の牛若なので直ぐ分かると思います。

 

 

 

「それは3年いた時のウチも、相手にとっては同じように厄介だったろうな」

対する総武高校はレフトのWエースに上げればよいと割り切り、連携使うわけじゃないから、セッターに返すというよりボールをある程度高く上げれば大丈夫という状態でとにかく拾う事を専念したチーム。崩されようが関係ないチームカラー、ある意味お互いが厄介だと感じる対決。

 

 

「だけど今はいない、俺たちで何とかしないと……」

このメンバーで残っているのは七沢のみ、少し拳に力を込めながら映像を何かを思う表情で眺める。

 

 

(ん?)

八幡は若干の違和感を感じ取る。

 

 

「なあ七沢」

 

「何?」

 

「このDVD借りてっていいか?」

 

「ああ、いいよ」

さすがセッター、研究熱心だなと感心しながら七沢は答えた。

 

 

 

 

 

―数十分後―

 

試合の動画を見終わり、七沢が黒板前に立ちコートの全体図を描くと磁石を貼り付けていく。

 

 

「じゃあ試合、見終わった事だしミーティングしようか」

何か意見のある人いるかな?という感じで全員を見渡す。

 

 

「とりあえず練習試合が終わるまで、フィジカルは中止してスキルに絞ろう」

 

「えっ!?」

そんな中言葉を発したのは飯山、筋トレがアイデンティティのような彼の思わぬセリフに声を上げてしまう。

 

 

 

「なんだ、やりたいのか?残念だがトレーニングは競技の為の物、試合一週間前は止めた方がいい、試合に響けば元も子もない、はっきり言ってやるだけ無駄だ。フィジカルは日ごろの積み重ね、根性でトレーニングして数日で体が変わって、試合で発揮できるのなんか漫画の世界だけだ」

筋肉はそんな甘くはないんだよ、と言わんばかりに語りだす飯山。

 

「そ、そうか」

 

「まあ、お前ならマッスルメモリーの関係上、栄養管理しっかりした上で後2週間あれば心肺機能含めて、かなり違ったと思うけどな」

 

「マッスルメモリー?」

 

※マッスルメモリー

言葉の通り筋肉の記憶、昔取った杵柄の筋肉verみたいな物。

昔スポーツやってた人やトレーニングしてた人の場合、筋肉はその事を覚えていて、競技やトレーニングを再開した場合、筋肉が一定のレベルまで直ぐに戻るという物。

競技にもよりますが、アスリートの場合この特性を生かした方法をとったりします。

オフに高負荷のトレーニングで体を作りシーズン1,2ヵ月後の試合にむけてトレーニングを休止し競技の練習に専念。

再びオフになるとこのマッスルメモリーを頼りに再び強化といった効率化を図ったりします。この事をディトレーニング、略してディトレと言います。

 

 

 

「飯山にその手の話題振ると大変だから戻すね~。というわけで比企谷!よろしくね」

 

「ちょっ!なんで俺!?」

七沢が突如話を振ってきたため、八幡が慌てる。

 

 

「俺たちと違ってお前は客観的にチームを見やすいでしょ?何か気付いたことでもあれば」

 

「何言ってんだ七沢!ほら、お前らも何か言ってやれ」

急に何言ってんだコイツ、と言わんばかりに反論し周りにも強力を求めるが

 

「ん?俺は異論ないけど」

「同じく、と言うか3対3やった時から既にお前を認めている、むしろ聞きたい」

飯山と稲村の二人に却下される。

 

 

「そういう事、それに今までオープンバレーやってたウチでコンビバレー経験者は比企谷だけ、意見を聞きたいのも無理ないでしょ?」

このチームにはコーチや監督がいない、外部の意見を聞こうにも聞けない中で八幡の意見は貴重なのだ。

 

 

 

「分かった……。当たり前だが相手の方がチームとして上だな。経験、技術、チームとしての練度ははるかに相手がはるかに上だ」

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

「ただ、身体能力とセンターの高さレフトの個の力はこっちが上だから相手にとっても脅威だろうな、問題はこっちの連携が全然なのと山北先輩への対応だな」

 

「さすが比企谷」

よく見ているねと褒める。

 

 

「ていうか、これくらいならお前も同じ事思ってんだろ?」

 

「まあね」

いたずらな笑みを浮かべながら七沢は返答する。

 

 

「それよか山北先輩と対戦経験あるやつ、俺とお前以外が誰かいるか?」

 

「……いない」

 

「やばいな」

その言葉に二人の顔が曇る。

 

 

「山北さんってそんなにやばいのか?」

 

「ある程度経験ないとヤバい。それだけ左利き相手は難しい」

右利きと左利きでは球の回転や出しの角度など全く変わってくる為、レシーブも普通より数段取りずらい。

かつてのチームメイトだった八幡と、中学時代から何度も対戦してる七沢は体で覚えてるが、他のメンバーは未経験だった。

 

 

「まあ、それに関しては当日に対応して慣れるしかないよね」

左利きでスパイク打てて練習に参加してくれる人なんて簡単に探せるわけがない、結局はそれしか無い。

 

 

「となると後は、付け焼刃でもいいから武器を増やすしかないか」

 

「例えば?」

 

「そうだな……温水」

七沢の言葉にすこし考えるそぶりを見せ、自分と対角を組む温水に目線と言葉を向ける。

 

 

「はい」

 

「お前、オープンと平行以外にAを上げれたよな?」

 

「はい、でもトスは比企谷先輩ほどではありませんが……」

 

「トスの精度抜きに打ちやすさはお前の方が上だろ」

 

「え?」

突然の言葉に温水が困惑する。何の冗談だろうか?トスの速さや正確さは自分の比ではない、そう思っている相手に言われたのだから無理もない。

 

 

「お前は今まで、こいつらにトスを上げてきた、一人ひとりの癖や好みは俺より分かってるはずだ。それにプラスして、バックアタックのトスを覚えれば戦略の幅が段違いに広がる。だからお前はバックアタックのトスを覚えろ」

 

「は、はい!」

 

「それが出来たら前にもいったが、こいつらの打ちやすいトスを上げる事を考えればいい、それだけで十分だ」

 

(上手くいけば俺が前衛の時攻撃に参加して3枚にする事も可能、そして俺が拾えない二段目のトスがその場に合わせたのツーセッターの状態になるのも可能になる)

八幡のトスが味方の能力上限をつくトスなら、温水は見方が最も打ちやすいトス、試合における違うトスワークの二人がいる、相手はこの二つを対応しなければならない、これだけでも攻撃の幅が違ってくる。

 

 

 

「おい、俺にも何かあんだろ比企谷!早く教えろ」

 

「分かったから落ち着け飯山、お前と長谷はいつも通りAとCを鍛える事だ、この精度が高いだけで全然違う。後、余裕があったら飯山はバックアタック覚えてくれ」

 

「分かりました」

 

「分かったけど、何か地味じゃね?」

お利口さんな返事をする長谷に対し、反論する飯山。

 

 

「短期間でレシーブ上手くなってくれるんなら、そっちやってもらうんだが無理だろ?あくまでも出来る範囲でやらなきゃ意味がない。もし十分だと判断したら他もやればいい」

 

「だよなぁ~、時間無さすぎだよな」

そう、試合は今週の金曜日、時間なんて限られてる。

 

 

 

「俺は?」

 

「稲村もバックアタックと、この前のブロードをライトの平行でも打てるようになってくれれば……と言ってもお前ならすぐ出来るだろうが」

 

 

「つまり、センターラインのAやCを速攻の軸にしてバックアタックと平行混ぜたスタイルにするって事か?」

 

「そういう事だ」

 

レフトの二人、七沢がセンターとでAとBの速攻や、平行とAのコンビを、稲村がAと並行、さらにCとライトのブロードの平行、そしてバックアタックを加えた今までとは違う連携への変化、もしそれが出来たらオープンバレーと幅が段違いになる。

 

 

 

「てことはAに、この前俺がやったライトのセミのブロードを混ぜると時間差にもなるな……」

(まさかコイツ、あの時既にこの連携も頭に入れてて俺にやらせたんじゃないだろうな?)

もしかして比企谷はそれを想定した上であの時、セミのブロードをやらせたのか?稲村は言いかけた言葉を飲み込んだ稲村は2対2の試合を思い出す。

 

 

(比企谷には悪いが、海浜に行かないでくれて助かったわ、こんなの敵に回したくない)

稲村は身震いを覚え、軽くため息を吐く。

 

 

 

「ちなみに、俺は?」

 

「七沢は既にクイックも出来てるから、パイプもやってもらう」

 

※パイプ

速いテンポのバックアタックの事。

 

 

「パイプ?トス出来るの?」

 

「一応、自信ないから合わせてくれ」

 

「嘘こけ」

お前なら普通にできるだろと笑い。

 

「嘘じゃねえよ」

どうせ、軽くミスしてもお前なら合わせるだろうが。と言わんばかりの目線を七沢に向ける。

 

 

「とりあえず、明日からの為に今決めた連携含めてローテの確認しませんか?」

 

「だな、練習できない以上せめて打ち合わせでもしないとな」

長谷の言葉にメンバーは賛同し黒板の前に集まると、皆で連携について話し合いを始めた。

 

 

 

試合まで残り数日、このメンバーで出来る限りの事をし海浜を迎え撃つため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―千葉県某ドーナツ屋―

ドーナツをモグモグさせながら電話をする一人の姿。

 

 

「頼まれたとおりにしましたけど、本当にいいんですか?」

 

「いいの、いいの!ありがとね」

電話している女性は雪乃の姉の陽乃。

 

「でも、なんでわざわざ?」

 

「貴方は知らなくていいの」

そう言うと女性は表情一つ変えず電話を切る。

 

 

「さて、と……」

 

「期待してるよ、比企谷君」

そうお気に入りの男性の言葉を口にすると、残りのドーナツをモグモグ頬張り、残ったコーヒーを片手に店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※練習試合編に入るにあたり、八幡とオリキャラの設定を書きました。

 

 

 

 

 

 

七沢 宗(ななさわ そう)

2年F組

バレー部キャプテン  180cm

趣味:バレーボール  温泉

ポジション:ウイングスパイカー(レフト)

特徴:バレー選手としては非凡 スパイク、速攻、レシーブ、トスなど、どれもも高いレベルでこなす

備考:バレー大好きバレー馬鹿

 

 

 

飯山 克己(いいやま かつみ)

2年C組

バレー部副キャプテン   186cm

ポジション:ミドルブロッカー(センター)

趣味:筋トレ、スポーツ生理学と栄養学の勉強、温泉

特徴:身体能力に頼ったプレーが特徴、意外と細かい

備考:筋肉大好き筋肉馬鹿

 

 

 

稲村 純(いなむら じゅん)

2年C組

178cm

ポジション:ウイングスパイカー(レフト)

趣味:格闘技 トレーニング 温泉 

特徴:身体能力に似合わず、そつなくこなすプレーと変則的なサーブとスパイクが売りの選手

備考:格闘技大好き格闘馬鹿

 

 

 

温水 博(ぬるみず ひろし)

168cm

1年A組

ポジション:ウイングスパイカー(ライト)

趣味:読書、バトミントン

特徴:レシーブとトス、反応速度には光るものがある、以前はバトミントンをしていた。

備考:よく“ぬくみず”と間違えて呼ばれる

 

 

 

長谷 建(はせ けん)

190cm

1年A組

ポジション:ミドルブロッカー(センター)

趣味:釣り、盆栽、囲碁

特徴:長身を生かしたブロックが売りの選手、レシーブとトスは経験浅い為あまり上手くない

備考:ノッポさん

 

 

 

比企谷八幡

175cm

2年F組

ポジション:セッター

特徴:味方の上限いっぱいのトスワークとサーブが売り。3年のブランクがあるため、不安要素も多い

備考:主人公

 

※八幡の設定はバレー要素以外あまりいじりたくないので、こんなもので勘弁してください

 

 




次回から練習試合編に入ろうと思います。



以前から既に書き出しているのですが、試合の描写がかなり難しく悪戦苦闘しています。
あっさり書けば何も伝わらない台本になってしまい、深く描写すれば素人には伝わらないであろうマニアックかつ長文な文章の完成。

特にバレーボールという団体競技の性質上、ブロックフォローやフォーメーション、連携の時の対応など敵味方1人1人の動きが違うため、それを踏まえた描写が難しくびっくりしております。

何でこんな題材選んだんだろうと若干の後悔もありますがエタらずに最後まで書き上げます。



投稿ペースはかなり落ちるかもしれませんがご了承ください。



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サーブカット

今回は練習試合に向けた練習回です。




―海浜高校体育館―

総武高校と違い強豪校という事もあり、監督にコーチ部員の数も違う。総武高校ではできないような紅白戦を行っていた。

 

 

「集合!」

紅白戦が終わり、コーチが全員に集合をかける。部員たちはハイッ!という返事と共にコーチと監督の前に駆け出し整列する。

 

「今週の金曜日の放課後、練習試合を組むことになったからそのつもりでいるように!」

監督が部員を見渡し伝える。

 

「相手はどこです?」

 

「相手は総武高校、今回はこちらから相手に赴くことになる」

山北が監督とコーチへ問い、コーチがそれに答える。

 

「げえ!あいつらか……あいつら崩しても崩しても大砲ごり押しやって来るからしんどいんだよな」

 

「まあ、たしかにインハイ予選で一番苦戦した相手だし練習試合にはいいかもな。でも総武高校は3年が引退したんじゃなかったか?」

会話している二人は2年生だろうか、先ほどBチームにいた二人が総武高校の話をしている。

 

「だけどベンチにデカいの二人いたな、後は分からないけど……。てか、それ以前に、人数足りてないんじゃなかったっけ?」

 

「大方、誰か数合わせでも入れたんじゃないか?七沢は要注意だけど他はわかんねぇな」

 

「いずれにせよ大丈夫だろ、相手は1、2年しかいないんだから」

 

「だな」

「「HA!HA!HA!」」

 

「何笑ってんだお前ら?」ガシッ

 

「「ひぃ!」」

山北のアイアンクローが二人を掴む

 

「いつから相手見下せるほど上手くなったんだ?オイ!」

 

「「あだだだだ!!」」

 

「相手舐め腐って大口叩くなら、せめて七沢レベルまで鍛え上げろ!いつまでも3年に頼ってんじゃねぇぞ!」

 

「「は、はい!!」」

山北はフンッ!と鼻息を鳴らし二人を開放するとコートへと歩いて行った。

 

「キャプテン怖ぇよな」

 

「まあ自分にも他人にも厳しい人だからな」

ヤラれた箇所をサスサスしながら山北の後ろ姿を見る二人。

 

「でも中学の時は、すごく優しい先輩でしたよ」

 

「小菅」

声をかけてきたのは1年唯一のスタメン、八幡や山北と同じ中学だったリベロの小菅。

 

「そんなに変わったのか?」

 

「変わりすぎっすよ。高校でまた会った時、人が変わっててビックリしましたもん」

 

「何かあったのかな?」

 

「どうなんでしょ(まあ多分あの時の事だと思うけど)」

思い出される、3年前の地区大会。

 

(山北さんはきっと、あの時自分がもっと決めていたら、自分が最後まで持ってたらとか考えてたんじゃないかな)

八幡がいなくなった後、自責の念に駆られ残って練習している山北を思い出す。

 

「比企谷先輩、今何してるんだろ……」

 

 

「それじゃ練習再開すんぞ!レシーブからの二段トスを中心にやって最後に100本サーブ!」

コーチの言葉に全員が大きな声でハイッ!と返事をするとリベロを除き全員がエンドラインへ駆け出して行った。

 

 

―火曜日早朝―

ネットの前に温水が立ち、その近くに八幡がいる。

温水へのトスの指導なのだろう、肘の曲がり具合、足の向き、落下点への入り方。プレーに影響が出ないよう最小限に伝える。

 

(ある程度考えさせないとな)

総武高が海浜に勝る物の一つが頭脳、常に考えさせ学ばせる。それをなくさせてはいけない。八幡はその事を踏まえて指導していた。

 

「じゃあもう一回、バックアタック上げてみてくれ」

 

「はい!」

温水はアタックラインより前方1メートル、高さは3メートル、バックセンターへ綺麗な放物線のトスを上げる。

 

「ウラッ!」バチン!

七沢がトスに合わせ3点助走から跳び、バックアタックを打つ。

 

「どうですか?」

 

「理想的なトスだが、このチームは全般的に打点が高い。少し高めに上げた方が良いかもな。もう一回やってみろ」

 

「分かりました、やってみます」

 

(トスの好みは、キャプテンには若干かぶり気味に、稲村さんと飯山さんはややネットより、長谷はオーソドックスなトスが好み……ほんの少しかぶり気味に、やや高く、打ちやすいトスを!)

 

(良いトスだ!)バチン!

七沢にとって最も打ちやすい理想形のトス、自分の最高打点とトスの落下点がかみ合う。

 

「ナイストス!それでよろしく」

「はい!」

 

(温水は大丈夫だな。てか、現状は俺の方がヤバいかもな)

温水のトス練習が終わり、つづいて八幡がセッターに入る。

 

そして

 

「今ぐらいの高さで大丈夫、次もそのくらいでよろしく」

「ああ分かった」

七沢を……。

 

「どうだった?」

「ライトの平行、もうちょいネット近くても大丈夫。トスも、もう少し早くてもイケそう」

稲村を……。

 

「Aはもう少し高くてもイケるんじゃないか?お前なら出来ると思うんだが」

「おう!やってみよう」

飯山を……。

 

「長谷、お前は軽くジャンプするだけで高さ出せるんだから、もっと自信もって入ってこい」

「は、はい!」

長谷を……。

 

「その調子だ、最低でもレフトだけじゃなくライトの平行もちゃんと打てるようになってくれ、頼むぞ」

「はい!」

温水を……。

 

(短期間で全員に合わせなきゃならんからキツイ!!)

 

 

―朝練終了後―

 

「宗、弁当だよ!」

 

「ああ奈々、いつもすまないね」

どうやら彼の弁当は彼女が作っていたらしい、七沢は彼女から弁当を受け取りこみ上げてくる嬉しさを抑えハニカムような顔になる。

 

「いいの、いいの!その代わり今度……ね」

丹沢は口に指を数回あて軽くウインクして見せる。

 

「お、おう」

どうやら何かのサインなのだろう、七沢は顔を赤らめながら答える。

 

「じゃあまた後でね」

 

「うん、また」

七沢は大事そうに弁当を抱え、空いた手で手を振る。

 

 

「「がるるるるる!!」」

漆黒のオーラを纏い、目を光らせた飯山と稲村がまるで物の怪の類のように唸っている。

 

「お、おい何をするつもりだ」

不穏な空気を感じた八幡が二人を制する。

 

「オレタチ、リアジュウ食ウ」

 

「食ッテ、リアジュウのチカラ、手ニ入レル」

その姿は遠くから石を投げて、リア充ヨコセとか言いそうな状態だ。

 

「やめなさいショウジョウたち!七沢を食べたところでリア充になれない、噛めば噛むほど虚しさが増すだけ」

張り詰めた弓のような精神状態、もののけの様な二人を宥める八幡。

 

「「だけどリーダー!」」

 

「リーダー言うな……」

そう言うと、俺を童貞の代表にするんじゃねえとため息を吐く。

 

「あ、ヒッキー!」

「おはよう比企谷君」

「お、おう,どうした?」

八幡に声をかけてきたのは奉仕部の二人、何故ここに?と問う。

 

「あの、これ」

結衣が八幡に布に包まれた箱、俗に言うお弁当を差し出す。

 

 

「っ!?俺にか?」ダラダラ

八幡の脳裏に浮かぶのは、嫁度対決の時の料理。

 

 

素材の持つ負の力を存分に高めた……

 

 

 

圧倒的破壊力!!

 

 

 

味覚への暴力!!

 

 

 

彼のトラウマの一つとして今蘇る。

 

「何その嫌そうな顔?」

あきらかに嫌そうな顔をしている八幡に遺憾の意を表明する結衣。

 

「大丈夫よ私も一緒に作ったから」

「そうだよ、二人で頑張って作ったんだから」

そんな八幡に対して雪乃がフォローし結衣が同意する。

 

「て、大丈夫って何!?」

 

「そ、そうか」ホッ

 

「なんかあからさまにホッとしてる!?」

普段ボケ担当がツッコみ役になる。

 

「いや気のせいだ」

「そうよ、気のせいよ」

ふたりはクスリと笑いはぐらかした。

 

「でも何でわざわざ作ってくれたんだ?」

女子の手作り弁当とかいうリア充イベント、まさか自分に?と半信半疑になり二人に問う。

 

「どうせ貴方の事だから菓子パンばかりでしょ」

「だから二人で試合までの間お弁当作る事にしたの」

「お前ら……」

何とも言えない嬉しさと恥ずかしさにどんな顔をしていいか分からずそっぽを向く八幡。

 

「これは奉仕部の依頼のはずなのだけど、忘れたのかしらボケ谷君?」

 

「だから私たちも力になれるようにって」

 

「そ、その……ありがとうな」

そっぽを向いたまま頬を掻き、恥ずかしさと嬉しさを隠すように、けど確かに感謝の言葉を言う。

 

「「どういたしまして」」

そんな八幡の態度にクスリと笑いながら二人は答えた。

 

「じゃあ私達行くわね」

「また後でね!」

 

「おう、また」

二人は八幡に手を振り体育館を後にし、八幡もふたりに手を振る。

 

 

「「がるるるるるる」」

(ハッ!!)

後ろからくる殺気にアホ毛をピンと立て危険を察知する。

 

「「貴様はリーダーじゃねぇ!!敵だぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」ガバッ

 

「ま、待て!落ち着け!話せばわかる」

抵抗する間もなく拘束される八幡。

 

「そのセリフは死亡フラグだぜ比企谷」

そんな八幡をお姫様だっこする飯山。

 

「お、おい……」

はじめてのお姫様だっこは男でした状態。

 

「安心しろ、噛みついたり弁当奪ったりはしない、が」

「少しMP削らせてもらうぞ」

 

コチョコチョコチョ

 

「や、止め!ギャハハハハハハ!!!!」

飯山にお姫様抱っこされ稲村にひたすらコチョコチョされる、そんな状況に喜ぶのは一人だけ。

 

「ガタイのいい男子達に襲われるヒキタニ君……キマシタワー!!!」パシャ!パシャ!

某腐女子が鼻血を流しながら写真を撮りまくっていた。

 

 

 

 

―ベストプレイス―

昼休み、いつもの場所でベンチに腰を掛ける八幡。いつもなら菓子パン片手にテニスコートを眺めるところだが今日は違う。

 

彼の手元にあるのは雪乃と結衣が作ってくれたお弁当。気恥ずかしさに、嬉しさ、今までこういった事と縁がなかった彼にやって来た手作り弁当イベントに、こみ上げるニヤケを抑えるように口元に力を込めながら、弁当の包みを開ける。

 

「おお、旨そうだな」

海苔に包まれたおにぎりが二個、里芋、人参、蒟蒻、鶏肉の炊き合わせ、卵焼き、カットフルーツ。栄養バランスに彩も考えられたメニュー。

 

「こっちが雪ノ下でこっちが由比ヶ浜か」

綺麗な三角形のおにぎりと、形がいびつなおにぎり、誰が作ったか分かってしまう。

八幡はクスリと笑いその二つをモグモグと食べていく。

おにぎりの中身は片方が昆布、片方が梅干し。シンプルな具だが、弁当のメニューと喧嘩をしないように考えられた心遣い。

 

「卵焼きに、おにぎりか……合うな」

醤油と出汁の味がやや強め出汁巻き卵、おにぎりと食べた時に真価を発揮する味付け。

そのホッとする味わいに空腹だった八幡は弁当の卵焼きと一緒にモグモグとおにぎり二個を平らげてしまう。

 

「煮物も誰がやったか分かるな」

煮崩れを防ぐための、きっちり面取りされ整った野菜と、面が強調された独創的な切り方の野菜。誰がやったか一目瞭然。

 

「旨い」

口に含むと素材の味がジュワッと出汁の旨味と共に舌の上に広がる。

味付けの基本となる割り下は雪乃が作ったのだろう。素材の味を殺さぬように、それでいて醤油とみりんによる、味の輪郭が形成され和食の和が生きた味になっている。

 

「煮物大正解だな」

切り方がいびつだろうが何だろうが、味付けのベースがしっかりしてれば問題なく食べれる。

 

「てか作ってる姿が想像できちゃうな」

結衣が必死に野菜を切ってる間に雪乃が割り下を準備、そして残った野菜を雪乃が一緒に切る姿を想像する。

 

「ごちそうさん」

そう言葉にすると弁当を包み直すと、ベンチに深く腰を掛け直し空を眺める。

 

ふと八幡の脳裏に思い浮かぶ、結衣が奉仕部にやってきたあの時。

クッキーを作ったあの日、そして奉仕部が3人で歩き出した日。

 

「……奉仕部最後の依頼か」

練習試合が終われば奉仕部の依頼も終わり。ふと彼の心に一つの思いが過る。

 

この練習試合は最後の依頼。

そして、コートに戻る事はないと思っていたあの時の続き。

 

コートに最後まで立っていたい。立って勝ちたい。辞めてからも頭の片隅に残った思い。

(今度の試合、相手はあの海浜。勝てる見込みは少ない……けど)

 

勝ちたい、奉仕部の為?バレー部の為?

 

否、全てをひっくるめ自分の為。

 

 

「……マッカン飲みたいし、とりあえず行くか」

いつもの風が休み時間の経過を知らせてくれ、八幡はベストプレイスを後にした。

 

 

―自動販売機前―

 

「おっ!比企谷じゃないか」

八幡は自販機に近づくと既に先客がおり、その人物が彼に向け声をかける。

 

「あ、ちわっす」

声の主は前バレー部キャプテンの清川、一応先輩という事で軽く会釈し返事を返す。

 

「バレー部はどう?」

 

「悪くないと思いますよ。個の力に身体能力、それに足りない経験と技術が追い付けばかなりいいチームになると思います」

「でもそれは、いいセッターがいるのが大前提の話じゃないか?うちには強力な助っ人セッターはいても部員にセッターはいないからなぁ」チラチラ

目は口ほどにものを語る。

入らないの?入ろうよ!入れよ!と言わんばかりな視線。

まるで、某ゴールデンブリッチを制覇した時に待ち構えているロケット団勧誘員のよう。

 

「まあ、といっても俺、今週末までっすよ」

奉仕部への依頼は練習試合の助っ人、海浜の試合が終われば終わりなのだ。

 

「……は?練習試合決まったの!?いつ?どこで?相手は?練習は?」

長く連れ添った後輩ではなく、助っ人である八幡に事実を聞かされ清川は困惑したのか、八幡に詰め寄り、興奮気味に問う。

 

「お、落ち着いて」

 

「あ、ああ。すまない」

 

「いえ、七沢から聞いてなかったんですか?」

 

「俺、聞いてない……」

清川はショックだったのだろう、寂しそうに俯く。

 

「まあ決まったの昨日ですし、あいつの事だからあまり先輩に気を使わせるのも、ってことで連絡しなかったのでは?」

ここはフォローする場面と判断しフォロー。

 

「それならいいんだけど、で、日時と相手は?」

 

「金曜日の放課後。相手は、その……海浜です」

 

「はぁ!?なんでウチと!?」

 

「あっちから誘いがあって顧問が勝手に受けたらしいです」

 

「まじか」

 

「そんで昨日、練習試合決まってから皆でミーティングして。今朝の朝練からそれ用の練習してるっす」

 

「サーブカットとローテの確認、フォロー含めた練習は?」

 

「女子と試合するみたいです、後はミーティングで話したのをシミュレートするくらいしか」

 

「それだとスパイクとサーブカットが問題だな」

男子と女子のバレーの違い、それは高さと威力。

女子ではキャプテンである丹沢がジャンプフローターを使うものの他はフローター、サーブカットのポジショニングやローテの確認にはなっても強い球を受ける練習にはならない。

男子バレー部が抱えている悩みの一つが守備、個では高い守備でもチームの守備としてどうかは別問題。

ブロックでコースを絞らせ、レシーブの上手い選手へ誘導できるスパイクと違い、サーブはブロックが出来ない以上、オーバーにアンダーポジショニングに予測を含めたカットの

技術が必要になってくる。

経験の浅い総武高校において攻撃以上の課題である守備、その中でも1番重要なサーブカットが弱点で、かつ練習が出来ていない状況だった。

 

「よし!じゃあ今日の放課後、俺がサーブ打ちに行くよ」

 

「流石にわるいですよ」

受験生が何言ってんの!その誘いを当然のように断る。

 

「遠慮すんなよ!」

 

「いや、遠慮じゃなくて清川さんの手を煩わせたら奴になんて言われるか」

よくもキヨ先輩の手を煩わせたな!と言わんばかりに威圧する七沢の姿が容易に想像される。

 

「……バレー離れた人間なら、と言うかお前なら分かると思うけど、無性にボール触りたくて仕方ないんだ。ボール近くにあるとアンダーとかオーバーで意味もなく一人ラリーとか、ついつい、やっちゃうだろ?部屋にボールなんてあったら、寝る前に寝転がりながらトス練したりするだろ?でも流石に部屋で壁打ちできないじゃん?サーブなんて打てないじゃん?打ちたい欲求たまるじゃん!?」

清川はそう言いながら少しずつ、少しずつ八幡に詰め寄る。

 

「だから俺、最近欲求不満でさ、このままだと……。どうにかなっちまいそうなんだ!!」

そして八幡の肩をガッチリつかんでとんでもないことを叫ぶ。

 

「お、落ち着いて!気持ちはよく分かりますが」

 

「だろ!お前なら分かってくれると思ってたよ!じゃあヤラせてくるよな!?お願いだからヤラせてくれよ!少しだけ!少しだけでも良いから!!」

まるで、先っぽだけ!先っぽだけでいいから!!と、必死にせがむDTボーイのようなお願いをする。

 

「わ、わかりましたから詰め寄らないで!」

 

「お、すまんな!つい興奮しっちまった」

流石にドン引きされたと思ったか、肩から手を外し距離をとる。

 

「い、いえ」

この人が、相当のバレー馬鹿なのは分かった。これで部活来るな!なんて八幡にはとても言えなかった。

 

「あ、そうだ!お詫びに何か奢るよ」

清川は財布から小銭を取出し自販機に投入していく。

 

「えっ?あの」

 

「好きなの押しな!また後で!」

流石、元バレー部キャプテン。テンションマックスなのも手伝ってか「マンマミーヤ!」と叫びそうなほどの跳躍を見せながら清川は階段を駆け上がり、教室へと戻っていった。

 

「ストレスか……。受験生は大変なんだな」

貰えるものはありがたく頂戴しよう。マッカンのボタンを押し、取出し口から取り出すと、マッカンのプルタブに手をかけ口をつけると、その場を後にした。

 

 

 

「す、すごい現場見ちゃった。というかアイツOKしちゃったよ!」

そこには顔を真っ赤にしながら狼狽えるクラスメート、相模南の姿。

どうやら『だから俺、欲求不満でどうにかなっちまいそうなんだ!!』の場面から聞いていたらしい。

 

「どうしたんだろ私……。何なんだろうこの気持ち」

いまだに心臓の音が鳴りやまない、制服の上から胸を押さえつけドキドキを確認する。

 

「フフフ……」

 

「だ、誰!?」

 

「ようこそこちら側の世界へ!歓迎するよさがみん!」

眼鏡を怪しく光らせた女は、そう言うと何か薄い本を何処からか取出し布教活動を開始した。

 

その後、彼女に何が起きたか……それは当事者以外は神のみぞ知る。

 

 

―放課後―

 

「比企谷!」

 

「何だ飯山?」

 

「明日からでいいから、これ書いてきてくれないか」

 

「ナニコレ?」

食事や運動量、栄養量など様々な記入欄のある紙を渡される。

 

「見たまんま記入表だ。その日何を食べたか?食べた時間はいつか?摂取カロリーやタンパク質の量、並びにアミノスコア、運動量と体脂肪率、体重、水分量はどうか?それらを試合までのコンディショニングに使いたいからから、これを書いてきてくれないか?」

 

「お前、これガチ過ぎないか?」

とても高校の部活とは思えない、部活のレベルを超えている。

 

「何を言う。本当なら、練習度に血中酸素濃度の測定、長期間のクレアチンのローディングも行い、摂取量とタイミングはどうか?体のデータを含め、それらを1か月からチェックし、統計処理をして適切な栄養指導をしたいところだが、それをやると管理される側がきつくなってしまい提出するデータを適当に誤魔化しかねない。だからせめて試合前のケアに止めておいてる。ちなみに俺は毎日やっている」

飯山はそう言うとマイファイルを取出し、八幡にそれを見せつける。

 

(こいつ、想像以上のガチでした……)

 

八幡は再び記入表に目を落とす。

 

(総カロリーにたんぱく質の量、摂取サプリメント、運動量に摂取した水分量まであるのか)

 

「てか俺、カロリーとかタンパクの量とか分かんねぇぞ」

 

「補足欄多めに確保してるからそこに食ったものと量を書いてくれ、そんで俺に食べる前にlineで画像送ってくれればいいさ、俺がそれ見て記入する」

 

「おう、分かった」

 

「というわけで、俺は俺のやれることをやる。だからお前も頼むぞ、セッター」

飯山はガハハと笑いながら八幡の肩をバシバシと叩く。

 

「いや、痛いから」

 

「1年、お前らもこっち来い用紙配るぞ!」

 

「「はい!」」

 

 

―体育館―

バレー部は部活に取りかかるべく準備をしていた。

体育館の床にある蓋を開けポールを入れ、ネットを張り、アンテナをつける。

円になりストレッチ開始のいつものスタート。

 

準備運動を終え、パスに入る。

 

 

その時だった

 

「おす!」

今日の放課後サーブを打ちに来ると言っていた清川が姿を見せる。

 

「「「「「お、おつかれさまでーす!!」」」」」

まさか来ると思ってなかったバレー部員が条件反射で挨拶をする。

 

「ど、どうしたんですか?そのカッコ」

ハーフパンツにアシ○クスのバレーシューズと長袖シャツにサポーター、やる気十分なそのいで立ち。

「どうしたもこうしたもあるか!練習試合の相手決まった上に相手は海浜!なのにサーブカットの練習すら出来てないんだろ?こういう時くらい頼め!サーブくらい、いくらでも打ってやる!」

 

「でも……受験勉強中に声を掛けるなんて」

声なんてかけたいに決まっている、しかし相手は受験生。声を掛けれるわけがない。

 

「まあまあ、清川さんもタマには息抜きしたいだろ。バレー好きの息抜きはバレーに限る」

「そういう事だ」

八幡がフォローし、清川はその言葉に、そうだそうだ!とうなずく。

 

「……何か二人仲良くなってない?」

「気のせいだ」

「そうだ気のせいに決まってるだろ。ホラ!さっさとアップしろ、時間がもったいないぞ」

「は、はい!」

(ところで、清川さんは何故、サーブ打つのだけなのにサポーターつけまくってるんだろ?)

レシーブなどで膝が床と接触し擦り傷を起こしたり、打撲になりやすいため膝にクッション入りのサポーターを着けたり、摩擦防止に肘にもサポーターをつけたりする。が今回はサーブのみ、ジャージとシューズがあれば十分。

 

 

「良い先輩を持ったな俺たち」

飯山とパスをしている稲村が呟く。

 

「ああ、おかげでサーブカットからの練習が可能になったな」

 

「きっと無理して来てくれたんだろうよ」

 

「うし!気張るぞ!」

 

「おう!」

 

 

(ああ!たのCぃぃぃぃぃぃぃぃ!!)

そんな部員たちを他所に、顔をニヤニヤさせまくりながら壁打ちをしまくる清川。

 

「あれ絶対自分が打ちたかっただけだよね?付き合い長い俺には分かる」

そんな兄貴分の姿をみながら七沢が言う。

 

「いや、あれは付き合い長くなくても分かると思う」

だって明らかにニヤニヤしすぎだもん。そう言いたくなるぐらい清川は笑みを浮かべボールを打ちまくっていた。

 

―数分後―

 

「行くぞ!」

さぁ来い!  カット一本!

 

(最初は体が慣れてくるまでジャンフロで行くか)

清川はジャンフロを試合でも狙われるであろう、後衛にいる長谷目掛けてサーブを打つ。

 

(あっ!)

一瞬オーバーかアンダーかで悩んだ長谷はバタバタし不完全な形のままアンダーに入るが胸に当たり小さくバウンドさせてしまう。

 

「オーライ!」

「レフト!」

Dパスで八幡は対応できない、そう踏んだ七沢が素早くカバーに入り、トスが呼ばれた先、稲村のいるレフトへアンダーで高めのオープンを上げる。

ネットやや近めに上がったオープンを稲村は強烈な打音と共にクロスに打ち込む。

 

※A、B、C、Dパス

A:セッターポジションにしっかりと上がった理想的なパス

B:セッターポジションとは言えない、少しセッターが動くパス、使おうと思えば速攻にも行ける

C:速攻キツイ、どこに上げるかバレてしまうアタックラインより後方の崩れたパス

D:セッター以外がカバーしないと無理なパス

チームによって基準が異なるかも。セッターには申し訳ないですが、自分はレシーブが苦手だった為、一本で返ったりDパスにならないよう、やや高めなBパスを意識してカットしてました。

 

「ナイキー」

「ナイスカバー」

七沢と稲村が互いを褒め合う。

 

「長谷、サーブカットなんだからジャンフロ来たら、お前の身長ならオーバーだろ。ドリブル気にしなくていいんだから自信もって行け、仮にAパスならなくても高く上げれば比企谷なら対応してくれる」

「ああ、つーかAパス意識しすぎて一発でコートに返ることの方が怖い、俺はジャンプ力も身長もそこまで無いから、押し合いになったりダイレクトで叩かれたら100%負ける」

清川が先ほどのプレーの反省点を踏まえ指導し八幡もそれに乗る。

 

「分かりました。気を付けます」

「次もっかい行くぞ!ちゃんとカットしろよ!」

「さぁ来い!」

長谷は気合いを入れ直し、前を向き目の前のボールに集中した。

 

サーブカットの練習でローテーションが一回り半、ジャンフロの動きに部員が慣れ始めた頃……。

 

(体も馴染んできたし、次はジャンプサーブでいくか)

(げっ!あのトスは!)

さっきまで両手で無回転のトスを上げていた清川は、片手でスピンをかけたトスを高く上げ、軽い助走からの三点助走でスパイクのようなサーブを飯山目掛け打ちこむ。

弾速の早いジャンプサーブは、飯山の守備範囲へ。

触れはするがあさっての方向Dパスにもならないカットをしてしまう。

 

「やっぱり後衛のミドルが狙われるときついな」

「すまん」

「すいません」

七沢のぼやきに謝るミドル二人。

 

「もう一本いくぞ!次は上げろよ」

(俺に来るな!俺に来るな!!俺に来るなー!!!)

 

「やっぱり来ちゃったーーーー!!」

調子が悪く、来るな!俺に来るなって時ほどボールが集まり、調子が良く、俺に来い!俺に来い!って時ほど来ない法則。

 

というか練習なので、清川は容赦なく試合でも狙われるであろう飯山を狙う。

 

飯山アンダーで拾うが今度は一本で返してしまう。

 

「コラ!腰引けてんぞ!腕だけで上げんな、ちゃんと体も使え!」

 

「す、すんません!もう一本お願いします」

完璧な及び腰、で腕だけアンダーをしてしまった飯山はもう一度サーブをお願いする。

 

(怒られる飯山って新鮮だなぁ)

 

「試合じゃやり直しはきかないからな!ちゃんとカットしろよ!」

 

―そして―

サーブカットの練習も終わり、100本以上打ちこんだ清川は持ってきたタオルで汗を拭いクールダウンを済ませ。

 

「じゃあ俺は勉強に戻る、また来るぞ」

久々のサーブにご満悦、顔をつやつやさせながら勉強へと戻って行った。

 

ありがとうございましたー!!

 

(なんで100本以上ジャンプサーブとジャンフロ打ってるあの人のが俺より元気なんだ?)

信じられねぇ……という顔をしながら八幡はスポーツドリンクを飲む。

 

「すまんな比企谷、大丈夫?」

「流石にキツイ、余裕なさげならせめて高く上げてくれ」

低いCパスやDパスをたくさん上げられ、その都度八幡は素早く落下点に入りトスを上げる。中々にきついものがあった。

 

「分かってはいるんだがオーバーならともかくアンダーはどーも苦手」

「自分はどっちも苦手です」

「ジャンフロならともかくジャンプサーブをオーバーは無理だしな」

強烈なジャンプサーブをオーバーで取ろうとすれば顔面レシーブをやりかねない。

まだバレー始めて間もない頃とか、三角作るの意識して肘を外に向けて、ボールが指をすり抜け顔面レシーブしてしまう事だってある。

※私の事じゃありませんよ

 

「稲村なら出来るよ」

「は?どうやって?」

ジャンプサーブをトスで?無理でしょ!な感じで八幡は聞く。

 

「指と手首鍛えるんだよ、そんで体作れたらOK牧場!指と手首グッと固めて、グッ!ボッ!て感じで上げるだけさ」

「言っておくけど真似すんなよ。そいつオリンピックにプレートつけて片手でリストカールやる化け物だから」

※オリンピック

バーベルのオリンピックシャフトの事、シャフト事態もかなり長く、これだけで20キロある、これを片手でカールしようものなら普通ならバランスを崩しまともに支持できない。

 

「レッグプレスで備え付けのプレート400キロじゃ足りなくて、ダンベル持った俺をマシンに乗せてた奴が何を言う」

 

「お前ら人間やめてね?」

八幡素直な感想、同じ人間のやる事じゃない、と思わずくちにする。

 

「別に止めてはいない、それに上には上がいるんだよ」

「ああ、越えられない壁ってやつだ。それを超えない限り俺らは、まだまだ人間だ」

遠い目をしながら物思うげに何かを連想し上を見上げる二人、これはきっと周りがおかしすぎて自分たちもその領域に知らないうちに足を踏み入れてるパターン。

 

「人間って、どこから何処までが人間なんだろうな……」

俺がツッコんでも無駄だろうな、八幡はそう判断するとスクイズボトルのドリンクを飲み干し、自分の体を軽くほぐし始めた。




次回の更新は早くて来週、遅くて再来週になります。


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スパイクとブロック

今回で練習回は終わりです。


―そんな練習が続いたある日の事―

 

 

「比企谷手を出してくれないか?」

 

「な、なんだよ飯山?」

 

「これをお前の指にハメたい」

 

「は?それを俺の指にハメてなにすんだよ!」

 

「いいから!俺に任せろ、悪いようにしないさ!ほらっ」

 

「お、おい!」

飯山は八幡の指に強引にハメる。

 

 

ピピピ ピピピ

 

 

「ふむ、予想していたより血中酸素濃度は悪くない……。今日の練習もきつくなるのを想定してカーボとBCAAを強めにするか?いやプロテインバー摂取にして、クエン酸を強めにするか。朝の水分量と摂取量から察するにデキストリンとBCAAはこのくらいか、サプリはマルチアミノと念のためビタミン、後は循環用にNO系も入れるかな……」

メモ帳を取出し記入し、何やら呪文のようにぶつくさ言葉を発する。

 

 

※NO系

アルギニンやシトルリンといったアミノ酸のサプリメント。興味のある方は検索を、NOブースターで調べても出てきます。

血中の一酸化窒素(NO)を増やし、それにより血管を広げ血流を良くする効果がある。

私の場合はクエン酸強めにしたスポーツドリンクと合わせ疲労回復、カルニチン等の燃焼系と合わせ冬場のトレーニングのアップ用などに使ってます。

 

※デキストリン

マルトデキストリンの事、別名粉飴

早い話が糖分の一種、純度が高く炭水化物の補給にうってつけ

近年流行っているトクホの難消化デキストリン(不溶性食物繊維)とは別物ですのでお間違いなく。

 

 

「ほらよ」

 

 

「お、お前本当にガチだな」

 

※ガチホモの意味ではありません。

 

 

「おう!専属マネージャーみたいでイイだろ?」

モストマスキュラーのポージングをとりながら笑顔を向ける。

 

※モストマスキュラー

ボディービルのポージングの一種

 

「やめてくれ」

暑ぐるしい筋肉と笑顔のドアップに思わず目を背けながら八幡は呟いた。

 

 

 

「ねっ?いいでしょ!最近のバレー部、いま一押しの胸熱スポットなんだよ!」

 

「すごいね!私こんな世界があるなんて今まで知らなかった」

相模は海老名の言葉に相槌を打つと、再びバレー部の方に目を向ける。

 

「「ぐ腐腐腐」」

どうやら彼女は目覚めてしまったのだろう、“はやはち”“ななはち”“とつはち”といった単語を混ぜながら会話を弾ませていた。

 

 

「なあ、さっきからすげぇ寒気するんだけど」

 

「ああ俺もだ……念のためマルチビタミンも入れるか」

そう言うとバックから英語で書かれた容器を取出し、2つ手に取り八幡に渡す。

 

「ああ、さんきゅ」

 

「お互い気を付けようぜ、今風邪ひいたらシャレならん」

 

 

ある意味、風邪より悪いものが発生しているのだが、二人がそれに気づくはずもなかった。

 

 

 

 

―総武高校体育館―

体育館では授業でバレーが行われ、八幡のチームと七沢のチームが試合をしている。

 

 

「いくぞ!比企谷!」バチン!

スピンをきかせた高いトスからの助走にエンドラインギリギリからのスパイク、ジャンプサーブを相手コートにいる一人の男に目掛け打たれる。

 

 

「っ!!」

八幡は態勢を低くし、サーブを受けると勢いを殺すように体で受けるが一本で返してしまう。

普通ならチャンスでも体育では違う、一本で返ったボールをモブがカバーできない方向に飛ばす。

 

 

 おお!すげぇ!!

 

 あのサーブ打つ方も取る方も半端じゃねぇ!!

 

 

 

「体育でジャンプサーブ打つなよ」

 

「俺は比企谷しか狙わないから大丈夫だよ、お前も俺だけを狙えばいいじゃん」

 

 

 

「八幡!」

今度は戸塚が八幡に向けトスを放つ。

 

 

「フッ!」バチン!

さっきのお返しだこの野郎!と言わんばかりに七沢とモブの間目掛けスパイクを放つ……が。

 

 

「うらっ!」

トス、腕の振り、打点、それらから導き出されるコース。七沢は予測し八幡のスパイクをカットする。

 

 

 おおおおお!!

 

 

「ナイキー!比企谷」

 

 

「この野郎」

 

 

 

 

「ヒキオ、あいつマジで元バレー部だったんだ」

あきらかに素人じゃないプレーをする八幡をみて三浦が呟く。

 

 

「優美子、次私たちの番だよ~」

鼻にティッシュを詰め込んだ海老名が三浦に声を掛ける。

 

 

「……」

 

「優美子?」

 

「分かってる、今行くし」

三浦は何か思うげに、男子のいるコートを見ていた目線を戻すと自分のチームへと向かった。

 

 

 

―ベストプレイス―

昼休み いつもの席で お弁当(5・7・5)

 

奉仕部の二人が作ったくれた弁当をモグモグさせながら、八幡はテニスコートを眺める。

 

 

「あっ」

 

「ん?げっ!」

声のした方を見る八幡、その先にいたのは結衣の友達でもある三浦優美子、思わず声が漏れる。

 

 

「何見てんだし」

 

「いえ、何も」

あーしさんが苦手なので警戒するあまり、げっ!と言ってしまいましたなんて言えない。

 

 

「……ヒキオ、あんたマジで元バレー部だったんだね」

 

「ま、マジでって、そんなに意外かよ」

 

「意外過ぎだし」

三浦は嘘をつく。

 

思い出されるのは、戸塚の依頼の時のテニスの試合。

彼女のサーブによるサービスエースから始まったものの、自分のサーブがまさか触れられるとは思ってもなかった。

 

女子とはいえ、県選抜に選ばれた実力者のサーブ、本気で打たれたら素人には想像出来ない早さ。

 

テニスの経験もない一般学生なら初見であれば普通なら身動きがとれない。にもかかわらず八幡は反応した。

 

 

(何もないような奴にあーしの本気のサーブに反応できるわけないし……。そう言えばあの時)

 

 

『……まあ、素人だしな。単純に打ち合って点取り合う、でいいんじゃねぇか。バレーボールみたいな感じで』

ルール決めをする際に彼が言った言葉を思い出す。

 

 

(そういう事だったんだ)

何気ない言葉でも今では違う意味に聞こえ、納得する。

 

 

「バレー部、練習試合の相手がインハイ予選優勝校なんだって?勝てんの?」

 

「何で知ってんの?」

 

「結衣が今朝しゃべってたっしょ」

 

 

「……たく、あいつは。まあ、七沢が4人いて俺が2人いれば勝てる」

 

「ふざけんなし、真面目に答えろ」

そりゃ守備も上手いエース4人に攻撃的セッター2人いれば勝てる、八幡はふざけた返しをし三浦に注意される。

 

 

「ポテンシャルとフィジカルはこっちが上、だけど経験と技術含めた総合力は海浜のが圧倒的に上だ。経験積んでたら勝負は分かんないだろうけど、現状は分が悪すぎる」

 

「ふ~ん」

自分から聞いたくせに適当な相槌を打つ。

 

 

「てか、なんでバレーの依頼受けたし?」

 

「……まあ、バレーがしたかったから。だな」

 

「っ!!」

バレーしたかったから、その言葉に彼女は必要以上に反応し唇をかみしめテニスコートを見る。

 

 

(こいつ、もしかして)

三浦のあの時と今の言動、導き出される一つの答えが頭に浮かぶ。

 

 

「お前、もうテニスやらねぇの?」

 

 

「はぁ!?何言ってんだし」

 

 

「1学期にお前がテニス部に乱入したのって、戸塚がテニスやってんの見て、いてもたってもいられなくなったから、違うか?」

バレーから離れ、バレーがしたかった彼だから分かった事、彼女はテニスがしたかった。

 

 

「は?なわけねぇし」

 

「そうか?コート見ながら、すげぇやりたくて仕方ないって顔してるぞ」

 

「……だったら何だし?」

 

「もしテニスしたかったら、やればいいんじゃないか?戸塚なら歓迎してくれると思うが」

 

「……今更やったところで無理っしょ」

三浦は俯きながら静に呟く。

 

 

「やって後悔する位ならやらない方がマシってやつか(その気持ち、よく分かる……が)」

 

「はぁ!?」

 

「ひゃい!に、睨むなよ」

べ、別に怖くなんかないんだからね!勘違いしないでよね!

 

「ふん!」

 

(多分、三浦はテニスがしたいんだろうな。でも周りの事、今までの言動、自分の置かれた環境に自分で勝手に蓋をして、がんじがらめで動けないんだろうな。まるであいつや俺みたいに)

 

(きっと三浦はきっかけが欲しいんだ)

 

「別に好きにすればいいんじゃねぇか?やるもやらないも自分の勝手だ。何ならバレーでも始めたらどうだ?テニスよか余っ程楽しいぞ」

 

「はあ!?テニスの方が楽しいし!」

 

「じゃあ、やればいいじゃねぇか。俺はバレーの方が楽しいと思うが、それよりテニスが面白いっていうなら、そんな楽しい物やらなきゃ損ってやつじゃないか?」

それに、本当は今からでもテニスやりたいんだろ?その言葉を飲み込み伝える。

 

プライドの高い三浦に伝えれば恐らく反発し誰がやるかと怒るだろう、八幡はあえてその言葉を使わなかった。

 

 

「っ!!」

 

 

「何なら練習試合見に来たらどうだ?」

 

 

「なんであーしが」

 

 

「俺のブランクは3年ちょい、お前は2年ちょいだろ?試合見て自分もまだイケると判断したら、復帰でもなんでもすればいいんじゃね?」

 

 

「ふん、あんたらが海浜に勝ったら考えてやるし」

 

 

「いや、無理だから」

 

 

「それぐらいあーしの復帰も無理だっての」

三浦はそう返すと、テニスコートに目を向けどこか寂しげに見つめる。

 

 

しばしの静寂。

 

 

風が二回吹き昼休みの時間が残り少なくなった事を伝える。

 

 

「時間無くなるから戻るわ」

 

 

八幡はテニスコートをジッと見つめる三浦を残し教室へと戻った。

 

 

 

 

―放課後―

バレー部はアップにパスを終え、スパイク練習に入る。

 

八幡がセッターポジションに入り、各々が練習したいトスを告げ打ちこんでいた。

 

 

 

「今日はスパイク打ちに来たぞ!」

現れたのは清川と

 

「よっ!」

見た目かわいい系の男の子、3年の元リベロでセッターの恩名。

 

 

お疲れさまでーす!!

 

 

「あ、いいから続けて練習の邪魔はしたくない」

恩名はそう言うとカゴから一個ボールを取出し直上トスを上げる。

 

「そうそう、こっちは勝手にアップしてるから」

数回直上トスを上げた後、清川にトスを上げ二人はパスを開始した。

 

 

 

「あの助っ人セッター経験者?めちゃ上手いじゃん」

 

「ああ、おかげであいつら目に見えて成長してるよ」

 

「今まで何してたんだ?つーか、あいつ初めからウチにいたらインハイ行けたんじゃ―――」

 

「たらればを言えばきりがないさ」

清川は恩名の言葉を遮るように言葉をかぶせる。

 

 

「だな……よし!打ってこい!!」

今は目の前のボールに専念しよう、恩名は大きなトスを上げ腰を軽く下げ強打に備える。

 

 

「おう!」バチン

清川はそのトスに合わせ、ボールを思いっきり打ち下ろした。

 

 

(流石元リベロ、上手いな!)

八幡はトスを上げつつもちゃっかり二人を見ていた。

 

 

 

―そして―

 

 

「レフトオープン行くぞ!」

 

 

さぁ来い!

 

清川はボールをセッターに放り、恩名が回転を殺した綺麗なオープントスをレフトへと上げる。

 

七沢と同じ、やや高めなかぶり気味、何度も上げた彼の為のトス。

 

飯山と稲村のブロックのわずかな間、そこを抜いてストレートにスパイクを打つ。

 

強烈な打球、フェイントとブロックアウトを警戒していた長谷はまさかブロックの間を抜かれると思ってなかったのか反応できず、スパイクが決まる。

 

 

「すいません!」

 

「いや今のはブロックが甘かった。お前ら、絞めが甘いぞ、ストレートに誘導じゃないならちゃんと絞れ」

謝る長谷だったが、清川が的確に助言を入れる。

 

「「はい」」

 

「長谷、今の位置取り良かったよ本番もそれで行こう」

七沢も長谷に声をかける。

 

 

「「もう一本お願いします!」」

ブロックを注意された二人がもう一本を要求する。

 

「次はちゃんと絞めろよ!」

 

「「はい!」」

 

清川の劇に強く答えると、飯山と稲村は身体能力を生かした高い壁で今度は止めて見せた。

 

 

 

 

―数分後―

 

 

「ふむ……我が同士八幡を見に来ては見たがどうやら衆道に落ちてはいないようだな」

八幡より高い身長にはちきれんばかりの肉体、材木座が体育館のギャラリーの片隅からバレー部を見ていた。

 

「それにしてもさすが我が同士、バレー部員と比べても遜色ないではないか」

素人目に見ても分かる彼のプレーのレベル、それは分かるのだろう。八幡のみせるプレーに舌を巻く。

 

 

 

「誰かボール放ってくれる人いればなぁ平行にクイックも混ぜた練習も可能で効率も上がるんだけど」

恩名が袖で汗を拭いながら少しぼやく。

 

「……」じーっ

 

「ん?あやつ我の方を見ているが気付いたのか?」

 

「……」こいこい

八幡は材木座目を向け手招き。

 

「えっ?」

 

「……」こいこい

 

 

「あやつ!闇属性である我に光属性の世界へ来いというのか!」

オタクで帰宅部にとって運動部はハードルが高いのか、中二病チックな事を言いながら狼狽える。

 

「……」いいからこいこい

 

 

「どうした比企谷?」

さっきから手招きしている八幡を不審に思ったのか、七沢が八幡に問う。

 

 

「いや、知り合いがギャラリーからこっち見てっから、手伝わせようかなって」

 

「いいの?」

 

「いいだろ、あいつにはさんざん貸し作ってるし」

何度も小説見てアドバイスしたり与太話をしたり

 

 

―そして―

 

「材木座君だっけ?ありがとな!」

 

「ひゃ?い、いやなにこれしき造作もない」

 

「それじゃあ、その位置からセッターにボールを放ってくれ」

 

「う、うむ(こうかな?)」

材木座は、セッターの恩名に向けて下からボールを放る。

 

恩名は一歩前に踏み出しセカンドテンポ、ライトへの平行を上げる。

 

前衛は七沢、飯山、温水の三枚、前衛のはずの温水は後衛に下がり稲村と一緒にレシーブの態勢、長谷がフォローできる位置に移動し、八幡はセッターポジション。

 

温水の低いブロックを狙われ、レシーブに難のある長谷が狙われるくらいなら長谷をカバーに回し、温水にレシーブさせた方が良い。

 

苦肉の策ではあるもののお互いの長所と短所をカバーしたポジショニング、月曜のミーティングで話し合った物。頭でシミュレートしたものを実際に試す。

 

 

清川はライトの平行をクロスに打ちこむ。

 

ブロック二枚の後衛に温水と稲村、カバーが長谷。

 

(良いポジショニング!だけどブロック甘ぇよ!)

清川の好きなトスは七沢と同じややかぶり気味、打ちにくさはある物のブロックから若干離れる分コントロールはしやすい。

 

ブロックをかわしインナー気味のスパイクを打ち決める。

 

 

 

「飯山、今のは横っ飛びしなくてもイケるだろ、追い付くならちゃんと上に飛べ」

 

「は、はい!(なんで俺ばかり注意されるんだ……)」

昨日から注意されっぱなしの飯山が若干へこむ。

 

(あいつのフィジカルに技術が身に付けば)

 

 

「このままだとブロックは長谷に負けるぞ、ちゃんとな」

それを察知した恩名が発破をかけるべくあえて挑発をする。

 

「なっ!」

まさかそれを言われるとは、飯山はビックリし。

 

「えっ?」

まさかの飛び火に長谷もビックリ。

 

 

「たしかにね」

 

「な、七沢?」

 

「長谷はタッパあるしブロック良いからな、なあ比企谷」

 

「まあ、長谷は基本的にリードブロック、ウチみたいにリベロがいなく守備に課題があるとブロックがかなり重要になる。いまのとこ長谷の方が守備には貢献してるな」

 

「ひ、比企谷まで!」

 

※リードブロック

トスを見て跳ぶブロック、最近では主流なブロック。確実性は高い半面コミットブロック(予測して跳ぶブロック)と比べシャットアウトはしにくい。

現在では主流のブロックだが、身長が低いと遅れが生じる為やらないとこも多々ある……はず。

 

自分がバレー始めた時はリードブロックは世界レベルでの話でリードブロックすら知らない人がけっこういた為、遅い!ちゃんと相手に合わせて跳べ!って怒られたりしました。

 

……ワンチならかなり取ってたのに!!

 

 

長谷の場合190の長身を生かし、とにかく触れる事、トスに振られない事、コースを絞る事、この三つに重きを置いてブロックをする事を意識していた為、大崩れは無かった。

 

 

「負けねぇぞ長谷!」

 

「え、えええ!?いやいや、え?」

そもそも勝てると思っていない、まさかの宣言に狼狽えまくる。

 

「ほら、次行くぞ!」

時間がもったいない!早く打たせろ!本音と建て前を使い分け清川が檄を飛ばした。

 

 

 

 

―休憩中―

 

「材木座だっけありがとな」

飯山はジャグからドリンクを取り出すと材木座に渡す。

 

「な、なにこれくらい造作もない」

 

「あっさりして飲みやすい……それにこの清涼感ある香、これは梅?」

 

「ああ、意外とイケるだろ」

 

「うむ、これは中々」

普段運動しない彼にとっては放るだけでも良い運動、汗を流した後のスポーツドリンクを美味しくいただいた。

 

 

 

「今日はありがとうございました」

八幡が恩名に声を掛ける。

 

「何、俺も気晴らししたかったし丁度良かった」

壁にもたれ掛かってタオルで汗を拭い、久しぶりの手作りスポーツドリンクを飲んでいる。

 

 

「今のチームどう思います?」

 

「良いんじゃないか、かなり……。比企谷だっけ?お前は俺なんかより良いセッターだ。セットアップじゃ勝てねぇ。お前がこいつらの力を上手く引き出せば、攻めは問題ないだろうな、まあレシーブじゃ俺が余裕で勝てるけどな」

 

(そりゃあんた、本職リベロじゃん、俺が勝てるわけないでしょ。むしろそれで勝てたらどんな天才だよ)

聞き耳を立てていた八幡が心の中でツッコミを入れる。

 

 

「後は守備が課題、でもちゃんと自分たちの弱点を分かった上でのローテとポジショニングしてるじゃないか、後は経験だけ、そうだろ?」

 

「そんなとこです」

 

 

 

「分かってるなら大きなお世話かもしれないがブロック重要だぞ……。そんでそこのミドル二人!!!」

 

「「は、はい!」」

突然声を掛けられkたまる二人。

 

 

「二人ともレシーブじゃドデカい穴だけど、ブロックでは要だ。ブロックがレシーブの出来を大きく左右する、お前らは守備の弱点と同時に高いブロックっていう守備の強みでもある、しっかりな」

 

「「はい!」」

 

「まあ、今回のブロックの練習相手は清川でお前らが普段相手にしてんのは七沢に稲村だろ、こいつら以上のアタッカーはそうそういない、それに俺もたまには顔出すから今日みたいな練習がまた出来る」

 

「そうだぞ、試合までの間、手伝ってやる!だから海浜に勝てよ!」

清川が拳を握り前に出し、熱い目を向ける。

 

「え?でも海浜に勝つのは流石に……」

 

「「そこはハイッ!って言えよ!!」」

キャプテン、まさかの弱気に先輩方二人が思わずツッコむ。

 

「ハ、ハイッ!」

 

 

「……たく、じゃあなまた明日くる」

 

 

ありがとうございましたー!!

 

 

「あ、材木座君もありがとうな、トス上げやすくて助かったよ。また手伝ってくれると助かるよ」

手伝ってくれた材木座に対し恩名が礼を言う。

 

 

「ハッハッハ、我で良かったら構わぬ!!」

普段こういう機会がない材木座はテンションが上がっているのか二つ返事でOKする。

 

「そうか、じゃあ頼むよ」

 

「おう、我に任せろ!」

 

「「ハハハハ!」」

 

 

「もしかしてあの人扱いやすいのでしょうか?」

 

「さあ、ただ頼られる事あんまねえだろうから乗せやすいだけじゃねぇか?」

 

 

 

その後スパイクのレシーブ練習を終えたバレー部は、女子バレー部との試合をし、先ほどの練習で確認できたポジショニングの、試合での動きの確認。

 

その後はひたすら2対2をし練習を終わらせた。

 

 

 

―練習後―

 

「今日はこれまで」

 

 

「「「「「おつしたー」」」」」

 

 

 

「何か比企谷先輩きてからやけに中身濃い練習してますよね」

今まで、漠然とやっていた基礎練習に、2対2をやってきた総武高だったのが八幡が助っ人で入ってから練習内容がガラリと変わった。

 

 

「そうか?まあ5人と6人じゃ効率が違うしな」

気恥ずかしいのか話をはぐらかす八幡。

 

「お前、照れるとはぐらかす癖でもあるのか?褒めゴロすぞ。そうだな……意外とツラがいい、スポーツもこなせて、雪ノ下さんに由比ヶ浜さんがいる部活にいて仲良し……か。殺していい?ウラヤマ私刑」

稲村は冗談半分で物騒なことを言う。

 

 

「物騒な事言うな、てか意外にって」

 

「意外ではないよな、お前はイイ男だよ。今度学校で見かけたらウホッ!イイ男……て言っていいか?」

飯山がニヤリと笑いながら目線を八幡に向ける。

 

「お願いだからやめて」

ただでさえ最近、一部から腐った目で見られるのに。八幡は止めてと懇願する。

 

「そうですよ、飯山先輩が言ったらシャレなんないです」

あんたが言うとシャレにならん

 

「俺そんなにガチに見える?」

 

「まあ、スマホの待ち受けボディビルダーの画像だし、体もムキムキだから勘違いされやすいかもね」

 

「言っておくけどボディビル=ガチホモって物凄い偏見だからな!」

マジで偏見です!待ち受けをロニコーとか某全日本チャンピオンとかミスターパーフェクトの画像にしただけでホモ扱いとかマジ勘弁です!

 

あくまでも憧れの筋肉を連想し自分を高めたいのであって性的な意味合いなんてありません!

 

 

「それより腹減りましたね」

飯山の言葉を遮るように温水は声を上げる。

 

「まあ、女子と試合やった後は、ひたすら2対2やったからな、ヘトヘトだし腹減るのも無理ねぇな」

そう言いながらマッカンをグビグビやる八幡。

 

疲れた体に沁みわたるような甘みとグリコーゲンが心地よい気分にさせてくれる。

 

 

「何か食っていくか?今週は稽古に行かない予定だから時間あるし」

稽古に出て、怪我でもしたらよろしくない。稲村は試合が終わるまでは稽古に行かないようにしていた。

 

「いいねぇどこ行く?」

腹が減っては何とやら、すでに今日は終業モードだが飯は食いたいその話に乗るが

 

「あ、俺は今日予定あるからちょっと無理」

七沢はそういうとバッグを持ち立ち上がる。

 

「予定?」

 

「まあね」

 

「宗!準備できたんなら行くよ」

「ああ、今行く!じゃあまたな」

声を掛けてきたのは女子バレー部キャプテンで七沢の彼女でもある丹沢。七沢は部員にまたねと手を振り去って行く。

 

 

「「……」」

 

「うし!今から飯食いに行くぞ!!やけ食いだぁ」

 

「おお!あいつが女食ってる時、こっちは飯食って体の礎にして差をつけてやる!行くぞ野郎ども!俺についてこい!!」

べ、別に悔しくなんてないんだからね!勘違いしないでよね!と明らかに勘違いじゃないほど悔しさを見せる二人。

 

(いや、こういう時はリア充爆発しろと念じながら普通にするのが一番だろ。そんなわけで七沢爆発しろ!!……まあ実際はバレーしに行ったんだろうけど今言っても聞かないんだろうなぁ)

 

((でも、僕たちは先輩たちを尊敬しています……バレーでは))

 

 

―玄関―

 

「おっ、今部活終わったのか?」

図書室で勉強した帰りなのだろう先ほどのザ・バレーボーラーな姿とは正反対な制服姿、これぞ受験生。

 

 

「はい、そんで今から飯っす」

 

 

「宗はどうした?」

 

 

「丹沢とどっか行きました」

「今頃乳繰り合ってるんでしょうよ」

そう言うとペッと唾を吐きすて、やさぐれモードに入るカラテマンとマッチョ。

 

 

「ああ、奈々とか……。ならOB がいるチームにバレーしに行ったんだろうな」

清川、七沢、丹沢は同じ中学でバレー部、3人とも交友があった為か呼び捨てで呼ぶ。

 

 

「「……バレー?」」

 

 

「あいつら練習終わった後も練習しに行ってるんだ。知らなかったか?」

 

 

「「ハ、ハハハ」」

 

「まあお前らは練習後は道場行ったりジム行ってたから知らないのも無理ないだろうな」

 

 

「ひとつ思ったんですが、そのチームってどんなのですか?」

八幡が清川にOBのいるチームの事を聞く。

 

「男女混合だけど、大会は男子女子の両方で出てる感じだな、まあ社会人だから日によって集まりちがうし、そこまで強くはないけど」

 

「……だったら、そのチームと試合すれば良いんじゃ?」

 

「「「「「……あ」」」」」

 

 

「急いで宗に連絡だ!!」

清川は携帯を取出すとちょっぱやで、しもしも~な具合にコールする。

 

 

「とりあえず俺のプロテインバーでも食え、こんな事もあろうかと多めに作って来たんだ!今回はスイートポテト味だ」

要はスイートポテトにプロテイン混ぜたもの。飯山は清川含めた5人にそれを配り始める。

 

 

※自分的には、飽きが来ないようにスイートポテトやカボチャで作った2種類のプロテインバー、もしくはスモークササミや鶏ハムを&玄米おにぎりをローテーションで間食に入れたりしてます。

 

 

(((((う、旨い!!)))))

 

 

「練習参加はむしろ大歓迎だそうだ。仮想海浜とはならないが良い練習になるだろ、頑張れよ」

 

「「「「「……」」」」」コクン

プロテインバーをモグモグさせながら頷く5人。

 

「……食うのに夢中なのね」

まさかの無言の返事に寂しさを覚えつつ、自分もプロテインバーを口に運ぶ。

 

 

(う、旨い!!)

 

 

 

 

―千葉某体育館―

体育館を借りての練習、社会人サークルではよく見られる光景だが、今日はいつもと明らかに違う。

 

高校生のチームとの試合形式の練習試合、今日は男子がちょうどフルメンバーという事でむしろカモン!カモン!だったらしい。

 

人数が少なかった女子チームは得点板についたり審判などをかって出てくれた。

 

「ねえねえ奈々ちゃん」

「なんです?」

得点板にいる丹沢と20代後半程の女性が会話をしている。

 

「彼らバレー強いの?アンタの彼氏なら分かるけど他は初めて見るし」

「ああ」

奈々はその言葉に納得しコートの方に目を向け。

 

「本気だと多分強いですよ」

(多分、うちらとの試合は手を抜いてた……というよりこっちに合わせてた。お手並み拝見させてもらうよ)

 

そして試合は総武高校が圧倒した展開となった。

 

 

「高速トス、ダイレクトデリバリー……マジで?」

八幡のトスが相手のブロックを振り切り。

 

「ブロック三枚間抜いた!」

七沢のスパイクが3枚ブロックを巧みに破り。

 

「何て高さ、ブロックよりずっと上!」

飯山が身体能力の高さを見せつけ。

 

「今のトスをストレートに打つ!?てか腕の振りクロスじゃなかった?」

稲村が変則のスパイクで相手を翻弄し。

 

「ブロック高っ!」

長谷はトスに振られる事なく、持ち前の高さを生かしたブロックをキープし。

 

「嘘っ!あれ拾った」

温水は反応の良さで難しいボールに食らいつく。

 

 

 

「……凄いねぇ彼ら」

 

「ええ想像以上です(あいつらウチとの試合はかなり手抜いてたな)」

 

 

 

「強ぇよ……お前ら」

自分がいた頃の総武高とは別次元のプレーにOBの一人がおもわず呟き。

 

「まったくだ、七沢だけかと思ったけど全然違うじゃねぇか。こんだけ強いなら海浜相手にもいけんじゃね?」

もう一人もそれに同意する。

 

 

「いや、まだまだです。もう1セットお願いします」

まだまだ練習が足りない、七沢がもう1セットを要求する。

 

「おうおう若いなぁ」

 

「まあ、こっちとしても普段できない相手と試合のはありがたい、付き合おう」

 

「お願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

(すげぇ集中だ。バラバラだったチームが経験に合わせてだんだん形になっていくのが分かる……これならもしかして)

試合が進んでいく中で感じる、シミュレートと現実のかみ合い。

 

元々の高い力に足りなかった経験というピースが、集中という状態によって物凄い勢いで填められていくのがわかる。

 

 

(いや、今は試合に集中だ)

 

 

ローテの状況に合わせた守備のポジョニング、試合に向けて使えるようにする為、それぞれが頭に刻み込む、海浜に勝る武器の一つである頭。それを使い己を成長させるべく一人一人が集中しプレーした。

 

全ては試合の為、言葉には出さないが頭で考えて居る事、海浜相手に勝つために。

 




次回の更新は早くて来週、遅くても再来週を予定してます。


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決戦は金曜日

今回は試合までの繋ぎから、試合開始です。


―金曜日―

八幡は少し早く起きて、小町の作る朝ごはんを今か今かと待ちわびていた。

 

今日は練習試合、集まって練習した方がよいのでは?と思うかもしれないが今日は朝練がない。

 

万全のコンディションで試合に臨むのも大切な事。なので最初はゆっくり寝ようとしていた八幡だったが朝型のリズムに慣れてしまったのか早起きしてしまい、同じく目がさえたしまった小町と鉢合わせ。

 

試合なんだから朝ごはん食べなければ!お兄ちゃんへの勝負飯は私が作る!!そう意気込んだ小町は兄の為にせっせとご飯を作る。

 

 

「はいお兄ちゃん!」

炊きたてのご飯に味噌汁、焼き魚に肉じゃがにお浸しという和食のラインナップ。

 

 

「おう、いつもすまないねぇ小町」

 

「それは言わない約束だよお兄ちゃん」

お決まりのやり取りをし、二人向かい合って座り、いただきますをして箸をつける。

 

 

「今日の試合頑張ってね」

 

「おう!と言っても、たかが練習試合なんだけど」

 

「バレーしてるお兄ちゃんがもう一度見れるんだよ?本番も練習も関係ないよ!あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「最後のそれが無かったら最高点だったんだけどね」

いつものやり取り、いつものご飯。八幡はしっかりと英気を養った。

 

 

 

 

 

―放課後:総武高校2年F組―

 

放課後、花の金曜日という事もあり「今日の帰り何処か寄っていかない?」「あ、私カラオケ行きたい」などの会話が流れる。

 

そんな中、八幡はシューズバックを手に取り席を立とうとした。

 

……その時だった。

 

 

「やあ比企谷」

そんな彼に葉山隼人が歩み寄り声を掛ける。

 

「おう、じゃあな葉山」

取り付く島もない、そんな言葉が似合うほどそっけなくその場から離れようとする八幡。

 

「つれないなぁ、今日は野球部とラグビー部がグラウンド使える日でサッカー部が休みなんだけ―――」

嫌なYO・KA・N!

 

「そうか!ゆっくり休めよ」Bダッシュ

それをBI・N・KA・N!に感じ取った八幡はBボタンを押したようなの動きで逃げ出した。

 

「逃がさないよ比企谷」

 

「なっ!!」

しかし回り込まれたしまった。

 

 

「別にデートの誘いじゃないさ。今日の試合、翔と一緒に応援行くからね、頑張ってくれよ」

 

「たかが練習試合だろうが」

いちいち見に来んなよ、小声で呟く。

 

 

「でも、大事な試合でもあるんだろ?それに、僕が君に注目しないわけないだろ?前にも言ったけど、僕はいつでも君を(ライバルとして)見ているよ」バキュン!

手を銃の形にし、ウインクをしながら八幡に打つ。

 

「あれは絶対仕留める意思表示、バキュンポーズ!キマシタワーーー!!」

 

「これが噂のはやはち……すごい」

 

 

「どうすんだよアレ?」

 

「ハハハ……どうしようか?」

まさかこんな事になるとは、二人は苦笑いしながらその状況を眺めるしかなかった。

 

 

 

―その頃―

 

「どうしよう、試合間に合わないかも!」

よくよく考えたら彼女は徒歩、ここから総武高校は地味に離れている。このままでは練習試合に間に合わない、そんあ時だった。

 

 

「比企谷さん!」

 

「大志君?」

自転車に乗り、小町の前に現れた一人の男の子、川崎大志の姿。

 

「お義兄さんの応援、行くんだよね?乗って!」

 

「いいの?」

 

「言いにきまってるよ!俺も応援に行きたいし、飛ばすよ!」

小町を後ろに乗せ、大志はペダルを踏みしめ走り出した。

 

 

※この物語はフィクションです。

自転車の二人乗りは法律により禁じられております。

 

 

 

―体育館―

準備運動からパス練、サーブの練習の後にスパイク練習に移っていた。

 

 

(全体的に動きが良いな)

トスに対し、いつもならギリギリの打点でも余裕を感じるかのような動き、明らかにキレがある。

 

 

「うし!絶好調!!」

自分の上腕二頭筋をバッシーン!と叩き絶好調アピール。

 

「今日は皆やけに調子いいな」

稲村もそれは実感しているのだろう、自分の体がいつも以上に動く感覚、こんなに調子が良いのはあまりない。

 

「そりゃあ普段から強烈な筋肉痛含めた疲労困憊という足かせ着けてるような物だからね、今はそれがない。しかも今日に合わせて体のピークを持ってきてる。俺も体が軽いし、自分でも明らかに調子いいのが分かるよ」

七沢は肩を軽くぐるぐる回す。

 

「まあ、確かに調子いい感じだな。正直、眉唾だと思ってた栄養管理も馬鹿にはできねぇかもな」

ボールが手に吸い付くようにしっくりきて、どこにでもコントロール出来そうなトス感覚に落下点に入る早さ、八幡自身もその調子の良さを確かに感じ取っていた。

 

「当たり前だ!睡眠、食事、運動は体の基本!栄養はその礎!それなくして体は作れないんだぜ!!というわけで、俺の役目は終わった……。後は頼んだぜ皆!!」

その笑顔、まるで俺たちの戦いはこれからだ!みたいな顔。

 

 

「「「いや、バレーでも頑張れよ!!」」」

 

 

 

―数十分後―

千葉のインハイ代表校と総武高が練習試合をやる、その話は学校内でも結構な話題になっていたようでポツポツと人が集まりだしている。

 

「稲村、飯山、応援来たぞー!頑張れよー!」

 

「「おう!」」

 

「温水、長谷、しっかりなー!」

二人は恥ずかしそうに手を上げ返す。

 

 

「結構来てんだな」

たかが練習試合なのに、集まってくる生徒たちをみて八幡が呟く。

 

「まあ実際の大会と違って金曜の放課後でしかも相手はインハイ代表校だから無理ないよ」

 

バレー部もアップが一通り終わり、得点板などを準備し各自サーブ練習など自分のやりたいことをしていた時だった。

 

 

 

「お願いします!!!」

 

「お願いします!!!」×複数

海浜高校バレー部のチームジャンパーに身を包んだ集団が体育館に現れ、礼をし

 

 

 

「ついに来たな……集合!」

 

 

(……山北先輩)

海浜の選手の中にひと際威圧感を放つ一人の男に八幡の目線が向かう。

 

 

「今日は練習試合を受けてくれてありがとう、よろしく頼むよ」

監督が一歩前に出て挨拶をする。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします!胸を借りるつもりでやらせていただきます」

七沢がキャプテンらしく受け答えする。

 

 

「うむ、じゃあアップしたいからコートの半面借りていいかな?」

 

「はい、自分たちはアップ終わったんで好きにお使いください」

 

「ありがとう。お前らアップの準備だ!!」

 

 はい!!

 

海浜の選手たちはバックからボールを取出し広げたカゴの中に入れだす。

 

 

「後、申し訳ないんですがラインズマンと審判やってもらっていいですか?ウチ人数ギリギリなので」

総武高校は現在6人、線審に審判をする余裕がないためお願いをする。

 

「ああ、こちらからお願いしたんだから構わないよ。そういえば3年は引退したみたいだね。インハイ予選の時は1,2年は5人だけだったけど誰か入ったのかい?」

そう言うと海浜の監督は

 

「はい、彼です。今回限りの助っ人なので春高予選は無理かもしれませんが何とか練習試合はできそうです」

 

「どもっ」ペコ

七沢に紹介され、八幡は軽く会釈し挨拶する。

 

「うむ(こいつ……どこかで)」

 

 

「……ん?お前、比企谷じゃないか!?」

かつてのチームメイトである海浜のキャプテン、山北が八幡を見てすぐに気が付く。

 

(げっ!!)

 

「だ、誰のことでしょう?自分はヒキタニって奴ですよ」

八幡は苦しい言い訳をしながらしらばっくれる。

 

「そ、そうか?」

そういえばアイツより背も高いし、目も腐ってるような……そんな気がする、そう思っていた時だった。

 

 

「ヒキタニ君!応援にきたっしょー!」

ギャラリーから一人の男が声を掛ける。

 

 

(ナイスアシストだ戸部!今のお前、最高に輝いてるっしょー!!)

普段あ、ありヒキタニとか間違った名前で呼ばれたくない彼も今だけは別、ヒキタニ最高と手のひらクルックルッ!

 

 

 

だがしかし!

 

 

 

「頑張れよ比企谷!」

その横で爽やかな笑顔と声を八幡に向ける一人の男がそれを台無しにする。

 

 

(葉山ぁぁぁぁぁぁ!てめぇ戸部のナイスアシストを横取りした挙句ゴール外すんじゃねぇよ!!)

10人中9人が爽やかな笑顔と言いそうな顔も、今の八幡にはミッドナイト・ステーション。

 

 

 

天使のような悪魔の笑顔である。

 

 

 

「やっぱり比企谷じゃないか」

 

「お、お久しぶりです山北先輩」

逃げ道はない、そう判断した八幡は素直に挨拶をする。

 

「ああ、バレー辞めてなかったんだな」

 

「いえ、3年ブランクあるので今回限りの数合わせの助っ人です」

 

「……そうか」

今回限り、その言葉を耳にし一瞬、寂しそうな目をし軽く俯く。

 

 

「残念だけど敵味方分かれた以上、本気でやらせてもらうからな」

再び顔を上げ力強い目で八幡をガン付けるかのように見据え言い放つ。

 

「お、お手柔らかに」

以前と違う山北の威圧感にたじろぐ。

 

 

「……」じーー

 

「ん?」

八幡は、もう一人の元チームメイトの小菅の視線に気が付く。

 

(お久しぶりです)ペコっ

 

(こいつ、直接脳内に!)

 

挨拶を済ませた両チームはネットを挟みそれぞれの場所に歩き出した。

 

 

 

「なんだよあいつ、まだバレーやってたのかよ」

 

「けど、あいつの無茶ぶりなトスじゃ誰もついてこねぇだろ」

八幡の元チームメイトの二人が、悪態をつきながら話をしている。

 

「でもデカいやつとかいるから少し跳ぶだけで合わせてくるんじゃね?」

 

「いや、一人は分かんねぇけど、もう一人……あれは明らかに見せかけの筋肉だろ?バレーボーラーの体じゃねえよ」

 

「だな!それに何だか馬鹿っぽいし」

 

「ハハハハハ!!」

 

「何無駄口叩いてんだお前ら?」ガシッ

スポーツマンシップに乗っ取らない二人の言動に気を悪くした山北がドスのきいた声を発し、二人の頭をガシッと掴む。

 

「「ひぃ!」」

 

「補欠の癖に威張ってんじゃねぇぞ!海浜の株下げてねぇで、さっさとアップしろゴルァ!!」

 

「「いだだだだだ!!」」

 

(山北さん、変わったなぁ……)

昔はあんなに優しかったのに。

 

 

「がるるるるるる」

筋肉含め馬鹿にされた飯山がどす黒いオーラを発する。

 

「落ち着け飯山、それは試合にぶつけろ」

そんな彼を稲村が怪我しない程度に腕を極め抑えつけていた。

 

 

 

 

海浜が淡々とアップをする中、続々と集まる観客の中に旗を持った男の姿。

 

「はちま~ん!!我が付いておるぞ~~!!」

炎に文字が描かれた旗をブンブン振っている材木座がそこにいた。

 

 

そしてそこに書かれた文字は……

 

 

 

 

 

 

“ 炎の男 HACHIMAN ”

 

 

 

 

 

 

「おお!何か分かんねぇけどカッコいいっしょ!!俺にも振らせるべ」

それを見た戸部が俺にも貸して!と旗を受け取りブンブン振りまくる。

 

 

「ヒキタニく~ん!」

 

 

「頼むから止めてお前ら!!」

色んな意味で際どい旗振り回すんじゃねぇ!恥ずかしさと相まって普段の彼には珍しく、声を荒げる。

 

 

 

 

 

「……間に合った」

肩で息をしている小町も現れる。

 

「あ、小町ちゃんこっちこっち!」

 

「あっ!結衣さん雪乃さんやっはろーです」

 

 

「ほら姉ちゃん、そんな物陰にいないで一緒にお義兄さんを応援しないと」

そんな中、端っこの方で隠れるように見ていた沙希をグイグイ引っ張る。

 

 

「な、なな何いってんの大志!あんた馬鹿じゃないの!?」

 

「馬鹿でも何でもいいから、こっち来なよ」

 

「お兄ちゃん!頑張れー!!」

 

「頑張りなさい比企谷君」

 

「ヒッキー頑張って!」

 

「はちま~んファイトだよ!」

 

「がんばってくださーい先輩!」

 

「ほら、姉ちゃんも負けてられないよ!早く行こう!」

 

「な、ななな何言ってんの大志!私はべつに!」

 

 

 

 

総武高校、海浜高校ともにアップが終わり、それぞれがベンチに集まる。

 

 

―海浜側―

 

「先ず最初は1,2年のチームで行く、春高予選まで時間が無いからもったいないが、新チームを想定した場合これほど理想的な対戦相手はいない、スターティングはこれで行くぞ!いいな?」

 

「レギュラーを出さないんですか?あいつらを舐めない方がいいと思いますが」

 

「なんだ山北、警戒してるのか?」

 

「どんな相手でもなにが起きるか分からないので」

 

「たしかに七沢は警戒が必要だろう2人高いやつもいる、だが、今日は練習試合だ。それに代えるのは1セット目だけだ。後はレギュラーで行く」

 

「ですが―――」

 

「うちは全国で戦うチームだぞ?これくらいやれないとな。今の総武高校にハンデつけて勝てないようじゃインハイの二の舞だぞ!」

 

「っ!!」

山北の頭に浮かぶのはインターハイでの試合、宮城県代表の相手に負け二回戦で敗退した試合。

相手のエースは自分と同じ左利きのオポジット、だがその差が試合の明暗を分けた。

あの時の悔しさが蘇る。

 

「他にないなら、それで行く!いいな?」

 

「はい!」×複数

 

 

―総武高側―

 

「海浜、レギュラー出さないみたいだな」

 

「ああ、舐められてんな俺たち」

七沢と稲村が舐めんじゃねぇぞゴラァな顔しながら怒りをこらえる。

 

 

「まあ、こっちは1,2年だけだし、数合わせしてやっとなチームだから無理ないだろ。むしろチャンスじゃねぇか?」

 

「どういう事ですか?」

八幡の言葉に長谷が反応する。

 

「今のとこ、あいつらはコッチを甘く見てる、少し細工するだけで簡単にリズム乱してくれそうだなって」

 

「ああ、確かに」

 

 

「筋肉馬鹿にするやつ、コロス……コロス!」

そんな中、まだ怒りが収まらないのだろう、飯山が黒いオーラを纏いながら物騒な事を口にしている。

 

 

(とりあえずコイツを利用しない手はないな)

 

 

 

―数分後―

総武高校と海浜が審判に分かるようにコートに立ち、スタメンを確認させる。

 

「では、今から練習試合を始めます。」

 

サーブ権は総武高校から、前衛は温水、飯山、稲村の三枚、サーブは八幡から、海浜はスタンダードにローテを回さず、総武高校はローテを2つ回してスタート。

 

 

「比企谷、ナイサー!」

稲村がボールを八幡に放る。

 

 

 

 

「あいつが助っ人か?」

ギャラリーで見ていた、元バレー部の三年生が清川に問う。

 

「ああ、そうだよ」

 

「いきなりサーブだけど、腕前はどうなんだ?相手は海浜だから運動出来る程度じゃ厳しいぞ」

 

「それなら大丈夫だ!なぁ清川」

八幡の実力を生で見た恩名は太鼓判を押す。

 

「……ああ、彼は強いよ」

 

 

 

 

(お兄ちゃん……頑張って!!)

 

(ヒッキー!)

 

(比企谷君!)

 

 

 

(相手はスタンダードな陣形でローテも回してない、小菅がバックセンターでややライト寄り。なら……)

八幡はエンドラインから離れた位置でボールを持ち相手を眺める。

 

三年前で止まっている八幡のジャンプサーブは七沢と比べ細かいコントロールできるほどではない、そこで彼が心がけているのがコートを狙う分割化、レフト側にライト側にとりあえず入れる真ん中、この3つに分ける事。

 

(狙うのは相手のライト側だな)

八幡はルーティンを入れる。

 

 

ボールを額の位置に持ってきて目を閉じ深呼吸、それが彼のルーティン。

 

このルーティン、選手によって様々あり、意味合いも個人によって異なる。

ジンクスの為、リズムを取るため、そして八幡が行うルーティンが集中する為。

 

バレーのルール上、笛が鳴ってから打つまで8秒の猶予がある。

 

最初聞こえる周りの喧騒がだんだん聞こえなくなり、数秒立つと一瞬静かになる。

 

観客、ベンチ、審判、そして選手、その全てが一つの場所に集まる。

 

 

その視線が集まった瞬間、最高の精神状態で回転を効かせた片手のトスを上げる。

そのトスの向かう先に3点助走、手首、肘、肩の関節、筋の伸縮、全てがかみ合ったスナップの振り抜き、強烈な打音。

 

弾速の早いジャンプサーブが海浜のコートを襲う。

 

 

「「「ウソーン!!」」」 by総武高バレー部OB達

数合わせと思ってた八幡のまさかのジャンプサーブに驚きの声を上げる。

 

 

(今のサーブ!)

どこかで見たことのあるルーティンとサーブに海浜の監督が反応する。

 

 

「くっ!!」

後衛のオポジットの選手がレシーブを弾く。

 

「すまん!カバー!!」

 

「早い!もうカバーに!!」

元リベロの恩名が呟く。

 

 

(助走見た瞬間、もしかしてと思って警戒してたけど、マジで一発目からかまして来たよあの人!本当にブランクあるの?)

八幡のサーブは強かった。それを覚えていた小菅がカバーすることも念頭に入れていた為、普通よりも早く一歩目を動けた。

 

小菅が上げたボールを、レフトの後衛が天井サーブのような高いボールで返す。

 

 

「チャンス!」

オーライと発し、温水が落下点に入り八幡がセッターポジションへ。

 

 

「あいつがセッタ―!?」

温水がセッターだと思ってたのが、まさかの助っ人がセッターにバレー部OBの一人が呟く。

 

※今後はOB1、2、3で行きます。

 

 

(比企谷先輩ならツーもあり得るけど今は後衛、ツーは無い!)

小菅は腰を低くし構える。

 

 

(いきなり来たチャンス、普通なら定石通りの真ん中(ミドルブロッカー)の速攻か、それを囮にした時間差。だが1年は浮足立ってる可能性が高い、あいつらの緊張を解き、相手の意表をつきインパクトを与え、相手のペースを崩す攻撃……)

 

 

 

 

―試合前―

 

「がるるるるる」

 

(最初は飯山を使う事にするか)

 

「これはチャンスだぞ飯山」

 

「何がだ!?」

 

「相手はお前の事を舐め腐ってる、そこで俺が一発目センターにオープンを上げる。お前は持ち前の筋肉とフィジカルで相手より高く跳んでブロックの上から叩きつける。筋肉を馬鹿にしたあいつらは面食らい意気消沈。これでどうだ?」

 

「筋肉馬鹿にした奴に鉄槌か!いいねぇ!」

 

(こいつ本当に乗せやすいな)

 

 

きっちり返ったAパス、八幡を知る選手が前衛にいる為、海浜はクイック警戒のリードブロックを念頭に入れ構える。

 

 

「センター!」

「センターオープン!?」

八幡が選択したトスはセンターオープン。

 

センターという相手レフトとライトが入って来やすい位置、そこへ上がったオープントスが意味すること。

 

 

(馬鹿な、せっかくブロックを躱したり振れるチャンスに3枚ついてくれと言ってるようなものだ!何の意味がある?)

海浜の監督が驚愕する。

 

 

(お前好みの超高め。決めろ、筋肉馬鹿!)

 

「せーの!」

海浜のミドルが合図を出し、三枚のブロックで跳ぶ……が。

 

 

 

(ブロックの上!?)

 

「うっしゃあ!!」バチン!

飯山の高校生離れしたフィジカルで海浜のブロックより上から強烈なスパイクを打ち下ろす。

 

 

「おー!すげー!!」

 

「良いぞ―飯山!」

ギャラリーから声援(野郎だけ)が上がる。

 

 

 

「なんだよ今の……」

海浜のミドルはフルでブロックに跳んだのに触れすらしなかった。その事実に動揺を隠せない。

 

 

「そういやお前、筋肉=馬鹿みたいなこと言ってたが、マッチョってのはな頭良くないとなれないんだぜ」キリッ

そんな動揺中の海浜ミドルに飯山が声を掛ける。

 

「えっ?」

 

「あとな、見せかけの筋肉なんてもんこの世に存在しねぇ、様は筋肉を上手く使えてるか否かなだけだ。筋肉なめんな」

 

 

 

総武高校 1 ― 0 海浜高校

 

 

「ナイキー」

 

「おう!ナイストスだ比企谷!」

 

 

 

「すげぇ!うちの高校ってもしかして強いの?」

八幡のサーブから始まったプレーでレベルの高さを感じ取ったのだろう、見物に来ていた男子学生に言う。

 

「そりゃあ、今年のインハイ予選で県ベスト8に入ったくらいだから強いだろ」

 

 

「まさかあいつは……山北を呼んでくれ!」

海浜の監督の脳裏に浮かんだとある選手、その姿と今の八幡がシンクロする。その確証を確認の為にマネージャーに山北を呼びに行かせた。

 

 

 

「なあ清川、あいつ何者だ?何か知ってるみたいだけど」

OB3が清川に聞く。

 

「何者って、彼はいいセッター、それだけだ。常に冷静にコートを把握し、前の事、現状の事、先の事、それらを踏まえて、その時最高の選択肢を出す。敵なら嫌だが味方なら頼もしい奴だよ」

 

 

 

 

「すごいねぇ!比企谷君は」

 

「姉さん、来ちゃったのね」

にょろーんと現れた陽乃に効かないであろう毒を吐く雪乃。

 

「そりゃあ大事な弟の試合だもん!是非見なきゃね」

そう言いながらコート上にいる八幡を見る陽乃。

 

 

(でも、今のはまだまだ序の口、君の力、ちゃんと見せてもらうよ。私を楽しませてね)

 

 

(陽乃さんのおもちゃを見るような目……そうとう彼を気に入ってるな)

葉山は苦笑いをしながら陽乃と八幡を交互に見つめた。




次回更新は早くて今週、遅くて来週の予定です。


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駆け引き

今回は対海浜戦の1セット目です。




―総武高校体育館―

海浜と行われている練習試合。

総武高のサーブから始まった試合は、八幡のサーブで崩し決める理想的な展開。

 

続く二本目も、八幡のジャンプサーブサーブで崩し、今度は真ん中を使ったCクイックを決めブレイクポイントを取る。

 

※ブレイクポイント

要は連続ポイントの事。これ稼ぐか稼がれないと始まらない。

 

 

 

総武高校 2 ― 0 海浜高校

 

 

 

 

「比企谷、次もナイサー頼むぞ」

稲村が八幡にボールを放り声をかける。

 

 

「ああ……次、ちょっと試してみたい事がある、もしかしたら失敗するかもしらねぇが、いいか?」

 

「失敗?何をするつもりですか?」

後衛にいる長谷が問う。

 

「遅延取られるから説明いいよ!キャプテンが許可します」

 

「すまん」

 

(きっと比企谷は布石を敷く気だな)

かつて八幡と試合をした七沢だからこそ分かる事。

 

 

八幡の敷く布石。

 

試合中でないと分からない状況の把握の為、罠を張る為、自分の手札を増やす為。

 

数セットという長いようで短い時間に欲しい情報と状況の把握を行い、ここぞという場面で使う、それが彼のやり方の一つ。

 

レギュラー不在でブレイクポイントを取った今が、欲しい情報を得て、罠を張るチャンス。

 

 

八幡はボールを数回床に叩きつけながら、相手コートをジッと見据える。

 

 

(小菅は中学時代はオーバーが苦手だった、前に動画で見た時はアンダーばかり、レギュラーが入ってからじゃ確認するのはリスクが高い、試すなら今しかない)

 

 

笛が鳴りルーティンを入れ無回転のトスと軽い助走。

 

 

ジャンプフローターサーブを相手リベロ、小菅のいる方へ打つ。

 

 

「「「今度はジャンフロ!?」」」

OB達が、またまたビックリ。

 

 

「オーライ!」ボッ

小菅は、変化前にジャンフロをとらえるべく前にステップし頭上にきたボールを後ろに逸らさないよう、しっかり指をつくり両手でとらえトス、きっちりセッターに返すAパスを上げる。

 

 

 

(軽いドリブルぽいがサーブカットだから関係ない、にしても、きっちり上げたな。得意ではないけど練習して何とか、ってとこだな)

打った八幡は素早くポジションに戻る。

 

 

※ドリブル

ダブルコンタクトの別名、サーブカットやブロックなどの特殊な場合を除いてボールに二回触れると反則になる。

 

 

海浜のミドルはAクイックの助走から跳び、飯山もそれに合わせ跳ぶ……が

 

「チッ!」

 

(かかった!)

 

Aクイックは囮、レフトが回り込みセミを打つ体制に入る。

 

 

「騙されても二回跳ーぶ!!」

某赤髪の丸坊主のような跳躍で直ぐに二度跳びをしブロックに入る。

 

 

(嘘だろ!?けど躱せる!)

相手レフトは寸前で指を巻き込むように打ちコースを変えるが

 

(狙い通り!)

ブロックのコースから予測した七沢がきっちりAパスを返す。

 

 

「ナイスだ」

絶好の好機、試したかった事のもう一つが使える。

 

ジャンプトスではなく普通の態勢で構える、頭上に来たボール、かつて何度も繰り返した動作と同じように腰を軽く下げ、肘を軽く締め、やや窮屈な状態になる。

 

(何をしてくる?)

相手ミドルは八幡の一挙手一投足を逃さないよう駆け引きに備え集中する。

 

 

八幡は頭上に来たボールを、いつものように体のばねを使い綺麗なトス……を上げずにキープ。

 

 

(ホールディング!?)

 

※ホールディング

ボールを長く触って保持してしまうと取られる反則、汗で手が濡れていて、ボールをトスする際に滑ってドリブルをとられてしまうケースと同じく、セッターが取られやすい反則でもあります。

 

 

 

「しまっ!」

しかし笛は鳴らない、タイミングをずらされた海浜のミドルはタイミングがずれ飯山にAクイックを決められる。

 

 

 

ピィィィィ!

 

 

総武高校 3 ― 0 海浜高校

 

 

「うまく線引けたみたいだね」

七沢が八幡に声を掛ける。

 

「まあな、なんとか上手くいった」

八幡はそう返すと口元をわずかにニヤケさせ、再びエンドラインへと戻った。

 

 

 

 

バレーボール、ラグビー、バスケットボール、野球、サッカー等、スポーツという競技である以上、必ず付きまとうのがルールという名の制約。

 

その制約があるからこそ、そのスポーツの特色が色濃く出る。

 

ボールを相手にぶつけてはいけない、ボールを持って歩いてはいけない、ボールを前に投げてはいけない、ボールを手で持ってはいけない。

 

バレーボールにおいて特徴的な反則となると、このホールディングが上げられる。

 

ボールを掴む事はおろか、長く保持してはいけないという制約、それによりボールを自コートに落としてはいけないという競技の特性上、一瞬の勝負と駆け引きが生まれる。

 

 

セッターは、相手のフォーメーションはどうか?誰に上げるか?どうやってブロックを振るか?他にも様々な事を考え

 

ブロッカーは誰にスパイクが上がるか?、セッターはどこを向いているか?セッターに負けじと考える。

 

一瞬の中の駆け引き、それがスパイクとブロック。

 

 

八幡が突いたのはまさにそこだった。

 

何も駆け引きする相手が対戦相手だけとは限らない。判断をする審判が人である以上、基準が違い、当然ミスもある。

 

八幡は海浜との駆け引きと同時に審判とも駆け引きをした。

 

 

ボールをホールディングギリギリにキープしてのトス。

 

反則を取られたら、そこがこの審判の判断基準だからキープはもう少し浅くしよう。

 

取られなかったら、これを基準にトスワークの一つに組み入れよう。

 

 

そして結果は後者だった、審判は今のを取らなかった。

 

 

なら次に同じキープをしても審判はとらないだろう。

 

 

これで自チームのアタッカーが遅れた時、若干の余裕が欲しい時、こちらが余裕があるという事は後の場面に間違いなく生きてくる。

 

 

八幡はそれを頭に入れ、考えていたパターンの組み立てを合わせ、自分の手札に加えた。

 

 

 

※これはあくまでも一例です。

自分がその競技で審判をする時は、試合前に基準を頭に入れ、一度その反則をとったら、それを判断基準にし、公平にするように努めます。

 

正直、判断基準がコロコロ変わる審判とか競技者側から見たらマジでなえます。

人である以上、ミスがあるそれは当たり前ですし明らかなジャッジミスなら改めるのもアリですが、グレーゾーンならあからさまに変える理由にはなりません、甘くとったら甘く、辛くとったら辛く行ってほしいもの。

 

ビール片手に野球中継を見て、緊迫した展開での駆け引きを満喫してる最中に、あからさまな可変ストライクゾーンとかやられて試合が崩れたりとか特に。

選手じゃなく審判が流れ変えるプレーしてんじゃねぇよと言ってしまいたくもなります。

 

 

 

 

 

 

「もしかして比企谷君線引いたのかしら?」

雪乃は先ほどの八幡のプレーの真意に気付く。

 

「多分だけどね、序盤でブレイクポイントをとってこっちが有利、早い段階で布石を敷いたんだろうね」

葉山もそれは感じ取ったのだろう雪乃の言葉に同意する。

 

 

「ブレイク?線?」

何の事?言葉の意味をいまいち把握できていない結衣。

 

「ブレイクは連続ポイントの事よ、そして今のプレーで彼は反則になるか、ならないか、ギリギリを攻めたのよ」

分かってない結衣にユキペディアさんが答える。

 

「それが何と関係あるの?」

 

「審判が人間である以上、反則か否かを決めるのは審判の裁量次第。秒数や回数を決められていない反則は最初の反則を基準にボーダーラインを決めたりするんだよ」

 

「そして審判は今のを反則と取らなかった。つまりあの程度なら反則にならないって線を引いたのよ」

 

「でもそれって何か卑怯な気が……」

 

「何馬鹿言ってんだし結衣。そんなのスポーツじゃ当たり前だし」

 

「俺らだって、審判がどのくらいの強さの当たりでファールとるか線引いたりするし当たり前だべ」

 

「???」

雪乃を除くと、この中で運動部未経験者は彼女だけ、いまいちわかってない様子。

 

ちなみに海老名さんとその近くにいる相模が別目線でメモをとりながら試合を見ている為、皆スルー中。

 

「まあ、結衣が言ってる事は、野球で言えばストライクゾーンギリギリを狙うのは卑怯って言ってるようなものだからね。審判がとらなかった以上、あれは卑怯じゃないさ。それにああいうプレーは一歩間違えば味方の士気を極端に下げる事につながるリスクもある、やる側も十分にリスクを背負っているのさ」

葉山はそう言うと、再びコートに目を向けた。

 

 

 

 

「何ですか監督?」

先ほど呼ばれた山北が監督の前に立つ。

 

 

「もしかして奴はお前と同じチームにいたセッターか?」

 

「はい、あいつは元チームメイトで正セッターだった奴です」

 

「何故今まで出てこなかった?」

 

「バレーを辞めたからです。現に3年ブランクがあるし、この試合限りだと言ってました」

 

「そうか」

その言葉を聞き、軽く目を閉じ何かを考える。

 

 

3年前の大会、八幡がバレーを辞めるきっかけになった大会。

 

 

海浜の監督は将来、活躍するであろう選手をスカウトする為、見に行っていた。

 

 

目当ては、すでに噂になっていた清川と山北。

 

 

共に1,2位を競うチームにいる二人のエース。

 

 

この大会も決勝は二人がそれぞれ所属するチームが勝ちあがってくる、そして下馬評通りその2チームが決勝で対戦した。

 

 

(俺があの試合を見て欲しがった選手は4人)

 

 

オポジットの山北、ウイングスパイカーの清川と七沢、そしてセッターの八幡。

 

 

清川と七沢に対角を組ませ、セッターに八幡、セッター対角のオポジットに山北。この4人を軸にチームを作り、ミドルとリベロを鍛え上げチームを仕上げる。

 

 

ミドルを鍛え、セッターの八幡を中心に連携と個の力を絡めたチームになれば、自分がやってきた中でも最高のチームが作れる。

 

 

(それを考えた時は胸が躍ったな)

 

 

先ずは山北と清川をチームに入れ、次の年には七沢と八幡を入れる事を決めた……だが、結果は彼の考えた通りに行かなかった。

 

山北は海浜に来たものの、清川と七沢はまさかの総武高校に進学、八幡はあれ以来試合で見ていない。

 

彼の目論見は外れる事となった。

 

 

(まさか、あいつまで総武高に行ってたのかよ……。インハイ予選の時に出てこなくて良かった事を喜ぶべきか、取れなかった事、敵として表れてしまった事を悔やむべきか)

閉じてた目を開け、総武高側のコートを見る。

 

 

(にしてもあの2番は何だ?あの顔も老けてるし。七沢以外にあんな奴もいたのか)

 

いずれにせよこれは想定外だ、監督は一つの決断をする。

 

 

 

「……もしかしたらこのセットの途中から後交代させるかもしれん、そのつもりでいろ」

 

 

「ハイ」

もしかしなくても交代する、山北はそのつもりで返事を返した。

 

 

 

総武高校 3 ― 1 海浜高校

 

ジャンプサーブでコーナーへと打ったもののラインを割ってしまいアウト。

 

「すまん」

 

「ブレイクとれたんだから上出来だ」

稲村がそれをフォローする。

 

 

 

 

「ナイサー!」

海浜のサーブ。

 

やや高めに入れに来たジャンプサーブ。

 

向かう先は、総武高のウィークポイントでもある後衛のミドル。

 

 

 

「あっ!」

長谷がレシーブをするもDパス。

 

だが、このパターンは何度もシミュレートしたパターン。

 

 

「稲村!」

七沢が素早くカバーに入りレフトのネット寄りに高いオープンを上げる。

 

 

稲村は普通の助走とはちがいコートの外側付近からの逆脚からの助走、基本とは違うやり方ではあるが彼独自のやり方で跳びトスに合わせる。

 

 

(こいつも高ぇ!!)

飯山には及ばないものの、高い身体能力から繰り出されるスパイクに舌を巻く。

 

 

 

「ワンチ!」

何とか触れ威力を弱め、自コートの仲間にフォローを呼ぶ。

 

 

「カバー!」

アウトコースへと逃げたボールをバックライトにいた選手がカバーに入り何とか拾いつなげる。

 

 

「チャンス!」

あれでは打ってこれない、そう判断し一歩下がり稲村は叫ぶと、次に備える。

 

 

(チャンスにさせるか!)

さらにカバーに入ったリベロの小菅が低いトスで相手コートの八幡に返す。

 

 

「チッ」

八幡がファーストタッチさせられる。

 

 

Aパスで上がったものの、これで八幡のセットアップは無くなった。

 

 

セッターの代わりに誰かがセットアップしなければならない場面。

 

 

 

『温水、お前に求めているのは二段目のトスだ』

 

 

『このチームのアタッカーは優秀だ、お前はそれを信じてそいつの打ちやすいトスを上げる事を意識すればいい』

 

 

 

(この場面は俺だ!)

 

 

「オーライ!」

温水は声を上げ、素早くセッターポジションに入る。

 

 

 

 

 

 

―月曜のミーティング―

 

「チャンスの際、俺がファーストタッチ取らされた時なんだが。温水、最初はレフトを呼びつつ、真ん中(ミドルブロッカー)を使ってくれ」

 

「それは、相手に守りの選択肢を増やさせるためですか?」

 

「ああ、二本目からはお前にセットアップ決めてもらうが、一回目はそれをやって欲しい」

 

「分かりました」

最初のポジション決めとローテの確認の際に決まっていたこと、それが自分のやるべき事と理解し温水は首を縦に振る。

 

 

「どうせならAパスならCって具合に一本目はあらかじめ決めてみないか?セッターじゃないから崩したつもりが速攻だから海浜は少なからず慌てるだろ」

 

「自分にできますかね?」

 

「出来る出来ないは練習してから決めてもいいだろ、男は度胸!なんでも試してみるもんだ!」

飯山が不安がってる温水の肩をバシバシ叩きながら励ます。

 

 

「よし、じゃあ明日の練習で温水とやる連携は、それをメインにしよう。温水のセットアップで連携となるとAとCに平行の組み合わせが多分一番使う事になるだろうしね」

これはアリだね、そう判断した七沢がホワイトボードにその作戦を追加した。

 

 

(ここは飯山先輩にCで……)

 

 

「トスくれ!」

稲村が自分にトスを呼ぶ。

 

 

「っ!!」

海浜ミドルの頭にはさっきのスパイクが頭に過る。

 

 

おまけに今のセットアップはウイングスパイカー、ブロッカーの意識は自然とレフトの稲村に向かう。

 

 

(……役者だなこいつ)

彼がやったのは自分にトスを要求した事じゃない、フェイントをかける為の声、稲村をみる八幡。

 

 

「レフト!」

意図を理解した温水もそれに乗り、叫ぶ。

 

 

ブロッカーの意識が完全にレフトの稲村に向く。

 

 

そして、実際に上がったのはCクイック、打ち合わせ通りに入って来た飯山が決める。

 

 

ピィィィィ!

 

 

「何ぃぃ!?」

ブロックを振られ思わず叫ぶ。

 

 

(これがトスで相手を振る感覚……)ブルッ

 

 

「ナイキーです!」

 

「ナイストス!」

飯山と温水がパァァン!!と音をならしたハイタッチを交わす。

 

 

 

 

総武高校 4 ― 1 海浜高校

 

 

 

ピィィィ!!!

 

 

海浜は早くもタイムアウトをとる。

 

 

 

 

「海浜は飲まれてるな」

ギャラリーで試合を眺めているOB達、コートの外から見てるからこそ分かる事、明らかに乱れている海浜のペースに気付く。

 

「大方、宗を何とかすれば大丈夫と踏んでたんだろうけど、読みが外れたんだろうな。おまけに今までと違う総武高の攻めに乱されて自分たちのペースで戦えていない」

 

「3年出すかな?」

 

「流石にまだ出さないと思うけど、このままペース掴めないならあり得るだろうな」

 

 

 

 

「すごいな、あいつら」

相手は控えとはいえ海浜、対してこっちは1,2年の6人だけのチーム。普通なら勝ち目の薄い試合のはずなのに実際は総武高が押している。

 

「ああ、ここまでとは思ってなかったっしょ、このまま行ったら勝てるんじゃねぇ?」

 

「いや、彼らはまだ控え、レギュラーが出てくるとどうなるか」

 

「大丈夫ですよ、先輩たちなら」

いろはがコートをニコニコし見ながら答える。

 

「そうだといいけどね」

陽乃はそのやり取りをどこかあざ笑うかのような笑みで呟いた。

 

 

 

 

―海浜ベンチ―

 

「お前ら優しいな、相手に胸貸してやってんのか?まさかと思うけど七沢さえ何とかすれば楽に勝てるとか思ってた奴いないよな?」

 

「「!!」」ギクッ

八幡を馬鹿にしていた二名が跳び上がる。

 

 

「正直に言うと、俺は思っていた。だが認識を改めなければならない。それはお前たちにもわかるな?」

 

 はい!!

 

「1,2年にとっては、この先も対戦する可能性が高い相手だ。舐めてかかるんじゃねえぞ!!もし不甲斐無い試合したら直ぐにレギュラーと交代だからな!そうなったら帰りは学校まで罰走だ!覚悟しとけ!」

 

 は、はい!!

 

 

(たしかに2番と6番それに4番のセットアップは予想外だが、やってる事は普通のバレー、気を引き締めて臨めば、あいつらなら勝てる)

 

(監督はまだ気付かないのか?2番が目立ってたけど他も十分ヤバかったぞ……。おまけにセッターは比企谷だ!これは不味いな)

総武高はまだ何かやってくる、山北はコートに入れないもどかしさと、不安を抱いた。

 

 

 

 

―総武高校ベンチ―

 

「おうおう慌ててる慌ててる」ニヤニヤ

 

「嬉しそうですね比企谷先輩」ニマニマ

先ほど、相手ブロックを振ったのが嬉しかったのか温水もニヤケ面。

 

「それはお前らもだろ?」

 

「いえ、そんな事無いですよ」

 

 

(こいつらすっかり緊張が解けてる、萎縮していたのが一気に押せ押せだから当たり前か)

 

 

八幡はメンバーを見て得点板を見る。

 

(ここまではかなり順調だ。七沢のクイックや稲村のブロードと癖玉打ち、バックアタックの連携はまだ見せていない。温水も良いところでCを上げてくれた。以前の総武高校の速攻はAのみ、それとは違う連携を見せれたのはデカい、しかもウイングスパイカーがセットアップでそれをやった。さぞ混乱してるだろうな)

 

 

海浜の監督の檄が飛び、それを眺める。

 

 

(海浜の監督が檄を飛ばしてる……。気合い入れて仕切り直したところで、こっちは稲村がサーバー、相手が控えなのを差し引いても出来過ぎな展開だ)

 

 

 

「次のサーバーは稲村だから返って来る時はチャンスの可能性があるね。何か作戦立てる?チャンスの場合、ミーティングの通りなら速攻で行く所だけど」

このチームに指示を出すし指導者はいない、七沢が確認の為に口を開く。

 

 

「今回は控えが出てるうちは、七沢のクイックは温存して飯山中心で攻めたいからそれでいいんじゃねぇか?」

 

 

「つまり、たっぷり目立ってもらって、いい場面に優秀な囮として活躍してもらうって事?」

 

 

「ああ、なにより次のローテで飯山は後衛だからな、目立たせるなら今の内だ」

八幡と七沢が話し合い、他のメンバーにも確認する。

 

 

「それでいい?」

 

その問いに各々に「おうっ!」「はい!」と声を上げ頷き同意する。

 

 

 

ピィィィィ!

タイムアウト終了の笛が鳴り、各チームがコートへ戻る。

 

 

 

 

「ナイサッ!」

七沢が稲村に声をかけボールを放る。

 

 

稲村は、そのボールを持ったままエンドラインのライト側から数歩センターに寄り、そこからさらに数歩下がる。

 

丁度バスケットのヘルプサイドのフリースローレーンが引かれた線に左足がかかる位置、そこが彼のサーブの定位置。

 

 

床にリズムをつけボールをドン!ダダン!とリズミカルに数回叩きつけリズムを体に合わせる。

 

 

(どうする?俺のサーブは海浜のリベロに通じるかを試すか、点数を取りに攻めるか)

 

 

タイムアウト明けの大事なサーブ、勢いをつけるために相手後衛の間を狙うかを考える。

 

 

流れを切らせないためのサーブを打つ?

 

 

いや

 

 

ピィィィィ!

 

サーブ開始の笛の音が鳴る。

 

 

(多分リベロはレギュラーとメンバーチェンジしても変わらない、なら!)

 

 

(リベロを狙ってやる!!)

 

グッと絞るように右手を折り畳みながら空手の引手のように脇の下へ力をためるように持ってくる、ここだというタイミングで低いサーブトス、よせていた肩甲骨の力を緩め、折りたたんだ我慢させいた手首を急激に反らしてひねる。

腰、肘、肩、手首の一連の動作で瞬時に連動させボールへミート、拳のように硬い掌と丹田にグッと力を入れボールに威力を通す独自の体の使い方。

 

 

鈍器で打ったような鈍い音を響かせ、ネットギリギリに通った早い弾速に乱回転の球威のあるサーブが海浜のコートへ向かう。

 

 

普通のフローターとは一線を画す稲村のサーブが小菅目掛け打たれた。

 

 

(来たっ!)

小菅は正面でボールをとらえる。

 

 

(えっ?)

そのまま誰もカバーできないようなカットになりコート外へ飛んでいく。

 

 

 

総武高校 5 ― 1 海浜高校

 

 

 

「うそだろオイ!」

監督が思わず声を上げる。

 

 

小菅のレシーブは間違いなく海浜一、その小菅が正面で捉えたボールを弾いた。

 

 

その場にいた海浜の全員がその事実に唖然とする。

 

 

「想定外だ……」

海浜の監督が呟く。

 

 

始めは、総武高には七沢がいて背が高い選手が二人いる、が数が足りない。試合が出来たとしても数合わせに一人入った安パイのチームだと思っていた。

 

安パイとはいえ、個の力から察するに、それなりのレベルは期待できる相手。

春高予選を突破したら1月まで3年が残る海浜にとって出遅れてしまう新チームの練習にもなり、チームの調整にも使える相手……そのはずだった。

 

 

だが蓋を開けたら、それは悪い意味で裏切られる事となった。

 

 

(2番の飯山、3番の稲村、6番の比企谷……か。というか2番3番に至っては中学ですら見ていない!何故こんな奴らが今まで出てこなかった!!)

 

 

答え

飯山 稲村→二足わらじの上に、バレーを一度辞めている。

 

八幡→バレー辞めてしばらくボッチ後、奉仕部。

 

 

(これでは七沢が別のチームに一人入ったような物。もはや今までの知る総武高校とは別のチームだ)

 

 

(初めから分かっていれば、ここまで一方的な展開にならなかったはずだが。現状は飲まれてしまっている。これ以上は痛手じゃ済まない!)

このままではこのセットを取られるどころか新チームの出足をくじかれ、2セット目にも影響が出てしまう。

 

 

そんな海浜に残された道は一つだけ。

 

 

「メンバー交代するぞ、次のプレイが切れたら小菅以外、レギュラーと変える」




次回で1セット目の終わりまで書ききる予定です。


更新については早くて来週、遅くて再来週を予定しています。



台本だけなら既に完成してますが、シーズン入って練習時間が増え執筆時間が減る&地の分と加筆修正に時間を要する為今しばらくお待ちください。


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流れ

更新遅くなりました。

今回は1セット目まで行きます。


総武高校 6 ― 1 海浜高校

続くサーブ、稲村は今度はリベロを狙わず選手と選手の間にサーブを打ち込みミスパスをさせ2本目のサービスエースを取る。

 

 

ピィィィィ!!

 

 

海浜のメンバーチェンジ

リベロの小菅を残し、全員が交代する。

 

 

「来ちゃったか」

こんなに早くかよと言いたげな顔の八幡。

 

 

「ついにお出ましってやつだな」

飯山は相手のコートを見つめ、気合いを入れ直す。

 

「ついにって言うよりは、こんなに早くレギュラー来るとは思ってなかったけどね。どうする?このまま行く?」

七沢がプレーの確認をとる。

 

 

(どうする?)

八幡は少し悩む。

 

レギュラーが出てきたとはいえ点差は5点リードと有利、さっき言ったように真ん中(センター)中心で攻めるのがセオリーなのだが、問題は稲村のサービースエースの後のメンバーチェンジである事。

 

現状、流れは総武高なのは間違いない。

 

しかし、レギュラーに変わった今のタイミングで稲村のサーブを切られたら?

 

「……」

八幡はチラリと相手コートを見る。

 

(山北先輩は前衛か……。そうなってくると状況が変わる)

稲村のサーブでレシーブを崩し速攻を封じた場合、間違いなく山北で来る。

 

メンバーがレギュラーに代わった最初のプレー、速攻が乱された所でエースの一撃でもぎ取り4点差、そうなったら間違いなく今の流れは切れ相手に流れが行きかける。

 

(ここは相手を乗せたらダメな場面だ)

相手に流れを渡すなら、むしろ海浜に流れが行きかけた時にダメージを与えるべきだ。

 

メンバーチェンジしてすぐに点数を取り、このままイケる!海浜がそう思った時に流れを切るプレー。

 

 

 

自分のチームのムードを上げる以上に八幡が考える事。

 

 

 

いかに相手のムードを盛り下げるか。

 

イケると思った時に流れを切り相手をリズムに乗せない、そうなると、今までの総武高と違う、このまま楽には勝てないか、どうやって戦う?もしかしたらセットを落とすかも?

 

そう負の考えが頭に浮かんだだけでムードは簡単に盛り下がる。

 

 

八幡の性格上、やる事は一つ

 

 

「いや、この場合だと飯山に目が向けられてるうちにお前の速攻見せておいた方が良いかもしれねぇ。サーブレシーブがAパスかBパスきたら飯山のAを囮でお前の速攻で行く」

飯山が目立ってるうちに七沢の速攻を敢えて見せ、今後の駆け引きの材料を増やし、かつ相手のムードを盛り下げる、八幡はそれを選択した。

 

 

「おう!俺の筋肉で惹きつけてやるぜ」

 

「任せとけ!」

 

 

 

メンバーが入れ替わった海浜、唯一変わらなかった小菅の所にメンバーが集まる。

ほんの数回のローテだが、小菅はそこで得た情報をメンバーに伝えている。

 

 

「3番のサーブ、気を付けた方が良いですよ」

稲村のサーブを受けた小菅がメンバーに注意を促す。

 

「やっぱり、ただのフローターじゃないか?」

 

「あれは普通のフローターじゃないです。あんな乱回転の変なサーブ初めて受けました」

 

「確かに、あれはフローターと思わない方が良い、かなり特殊だ。それに球威と回転、伸び方もおかしい、最悪Aパス狙わずに上に上げる事を考えた方が良いかもな」

 

Aパスを狙わず上げる、それは即ちスーパーエースとしてオポジットに入っている山北にボールが上がるという事。

 

「そうなったらまかせろ、俺が決める」

その事を理解し山北がメンバーを鼓舞するように力強く答えた。

 

 

 

 

ギャラリーから眺めていたOB達もレギュラーが出てきたことを話題に上げていた。

 

 

「海浜はもうレギュラー出してきたな」

 

「そりゃあタイムアウトで流れ切った後にサービスエース取られてんだ。このままだと痛手じゃ済まない、妥当じゃね?」

 

「いずれにせよ、ここからが本番ってやつだな」

 

「ていうか……試合見てるとバレーやりたくて仕方ないな」

 

 

「なに言ってるんだ、俺たちのバレーはインハイ予選がラスト、後はあいつらに託したんだ!ここで見守ろう」

本当はやりたくて仕方ない!ちゃっかりバレーシューズを履き、つま先で床を突く様にトントンさせながらうずうずしていた清川がカッコつけた言葉を言う。

 

 

「「「「お前が一番やりたがってそうなんだけどね!」」」」

お前が言うな!そういわんばかりに一斉に突っ込んだ。

 

 

 

 

「ついにレギュラーがお出ましね」

 

「大丈夫かなヒッキー」

結衣は心配そうにバレー部、というより八幡を心配そうに見つめる。

 

「あいつなら大丈夫だ!信じるのも仲間の務めだぞ」

 

「あ、平塚先生」

小町はこんにちわとペコリと一礼する。

 

「あっ、やっはろー静ちゃん」

 

「その呼び方を止めろ陽乃」

 

「先生も応援に来たんですか?」

ここに来るという事はもしかして、戸塚が静に問う。

 

 

「ああ、それに奉仕部最後の依頼だからな、ちゃんと見届けないとな」

 

「「「「えっ!?」」」」

奉仕部が無くなる、奉仕部にある程度ゆかりがある数人には初耳だったのか思わず反応する。

 

「ほ、奉仕部無くなるんですか?」

戸塚が静に問いかける。

 

「無くなるというより形を変えるってとこだ、なあ雪ノ下」

 

「はい」

 

「……」

何か思うところがあるのか、葉山はその様子を、何か思うげに見ていた。

 

 

 

 

ピィィィィ!!

 

サーブは総武高、サーバーは稲村からのサーブ。

 

先ほどの小菅のカットを見ていたからか、全員が本番のように集中し、稲村のサーブに集中する。

 

 

「サーブ一本!」

「ナイサー!」

応援の掛け声が聞こえる中、1本目と同じフォームから繰り出されるサーブが海浜コート、今度はリベロのいない方へ放たれる。

 

 

(クソッ!)

バックライトにいた選手がカットするもののDパス、しかし高めのカバーしやすいボールを上げる。

 

 

(崩した!という事は……)

海浜がやってくる攻撃は一つだけ、総武高側もそれは分かってる。一人の選手に三枚のブロックの準備、後衛はその攻撃に備える。

 

「ライト!」

 

「山北!」

呼ばれた先へのトスが海浜のエース山北へと上げられる。

 

 

「せーの」

総武高は七沢の合図でブロックに跳ぶが、低い温水の上から打たれる。

 

腕の振り、ブロックの位置から予測していた稲村が飛びつきカットするが

 

 

「っ!!」

初めての左利きでしかも、大砲としても優秀な山北のスパイクに対応しきれず、カバーできないカットをしてしまう。

 

 

ピィィィィ!!

 

総武高校 6 ― 2 海浜高校

 

 

 

「すまん」

 

「カット出来そう?」

謝る稲村に七沢が聞く。

 

 

「慣れれば行けると思う、Aパス狙わず最悪CかDパスで上げるかもな」

 

「ミスパスよりはマシだな。その時はレフトにトスが集まる率が一番高けぇな、任せるぞ二人とも」

セッターの八幡にとって速攻が使えないようなカットの場面での選択肢はレフトへのトスのみ、エースの七沢と対角を組む稲村に注意を促す。

 

「ああ、任された」

「おう」

 

「あ、七沢」

「ん?」

「……」

声をかけた八幡はサインを七沢に分かるように見せる。

 

「了解した」

 

 

 

「ナイキー!3番のサーブ一本で切れたな」

 

チームメイトの一人が山北に声を掛ける。

 

 

「ああ、だけど油断するなよ、あのチーム、やっぱり個々の力はすごい。ブロックも高いしあの背の低い4番も身長に対してかなり跳んでいた」

スパイクを決めた山北が驕ることなく冷静に仲間に伝える。

 

「分かってる、相手は同格。そのつもりだ」

離されている点差に未知の敵チーム、海浜に油断の文字は存在しなかった。

 

 

 

 

 

サイドアウトしサーブ権が海浜側に移り、前衛が七沢、温水、飯山。後衛に長谷、八幡、稲村。

 

後衛の長谷の守備範囲を狭め、稲村と本来セッターである八幡が範囲を広めにしたポジショニングで構える。

 

 

 

 

「ナイサーッ!」

海浜の選手がコーナー側からフローターを対角線に総武高側のコーナーギリギリを狙う。

 

「あっ!」

長谷がCパス気味のレシーブ。

 

(乱した?いやセッターがもう落下点にいる)

八幡が素早く落下点に入りセットアップの体制に入っている。

海浜のブロッカーはミドルブロッカーの速攻を意識しつつレフトの平行に対応するべく集中する。

 

 

(目線が飯山に向いてるな)

まさに狙い通りの展開、八幡は先ほど見せたホールディングギリギリのトスではない、キープをせず考える間を与えないような一瞬の動きのトスをレフトへ上げる。

 

 

「なっ!」

レフトへのダイレクトデリバリーのトスがレフトへブロックを振り切り向かう。

 

 

 

(その位置でリードブロックじゃ追い付けねぇよ)

 

ドンピシャのタイミングで入って来た七沢がそのトスを打ち抜き決める。

 

 

 

ピィィィィ!!

 

総武高校 7 ― 2 海浜高校

 

 

「ナイキー」

「ナイストス」

八幡と七沢が軽くタッチをする。

 

 

「七沢のやつ、いつの間に速攻を……」

「なんだよあのトス……」

海浜の選手たちに動揺が走る。

 

未知の相手だけじゃない、七沢までが今までと違うプレーを見せた海浜のムードが盛り下がる。

 

 

「慌てるな、監督を見てみろ。あの落ち着き……。ちゃんと想定済みだ」

そんな中、一人落ち着いている山北が動じずメンバーに言い放つ。

 

(まあ、あいつがセッターな時点でやってくるとは思ってたが早速か)

敵にすると本当に厄介な奴だ、山北は苦笑いを浮かべ八幡の見た。

 

 

「……」

(何あれ!?何あれ!!いつの間に速攻?つーか、あれじゃ数合わせじゃなくて優良なセッター補強したようなものじねぇかよ!さては総武高、影でスポーツ推薦やってたな!!普通あんなレベルの選手、同学年に4人もゴロゴロ入らないもん!卑怯だ!訴えてやるニダ!……なわけないか)

ちゃっかり動揺しまくりな海浜の監督。

 

 

 

「厄介だな……」

冷静さを取り戻したのか小声で呟き下を向く。

 

 

(これが練習試合で良かった。)

もし本番なら取り返しのつかない事になるところだった。

 

(正直、総武高相手にはAクイック待ちのリードブロックで対応するとしか頭になかったんだが、こうなってしまうと厳しい)

数プレー見ただけで分かるレベルの高さ、とはいえ経験、技術等チームとしての力と経験はこちらがずっと上で埋められないような差がある。

 

しかし、それさえも飛び越えそうなポテンシャルとフィジカル。

 

 

(しばらくはあいつらに任せるか。動くのは最悪2セット目、データが揃ってからだ)

俯いていた海浜の監督は顔を上げると、最初と違う真剣な目つきになりコートを見る。

 

 

 

「勝負はここからだぞ、総武高」

コートの外だからこそできる事、コートを外から見渡し最良の手を尽くす、その為にできる事をするため彼はコートを見渡した。

 

 

 

 

 

 

 

総武高校 10 ― 5 海浜高校

いまいち流れに乗れない海浜は点差を縮められず、ローテが回る。

 

 

ここで海浜は山北のサーブ、海浜にとって一番ブレイクポイントを稼げる場面、逆に総武高は抑えなければならない場面。

 

 

前衛 八幡 長谷 七沢

後衛 稲村 飯山 温水

 

「来たか」

 

「うん、しかも受けた経験ある俺と比企谷は前衛というアンラッキー。温水、稲村、お前らが取れないとこの先キツイ、やってくれ」

 

 

「おう!」

「はい!」

 

 

ピィィィ!!

 

笛の音と共にボールを下から放り高いトス、やや溜めてから助走に入り高い打点からのジャンプサーブ。

 

3年の清川に負けず劣らずな強さのサーブが総武高側、レシーバーとレシーバーの間、レシーブが難しい場所に向かう。

 

「オラィッ!」

温水がすぐに反応し飛び込んでレシーブするものの、Dパスにもならないカットをしてしまう。

 

 

 

ピィィィ!!

 

総武高校 10 ― 6 海浜高校

 

「すいません!」

 

「いやよく反応した!次は取ろう!」

稲村が温水に手を差し出し体を起こし、気を入れる。

 

 

 

「山北ナイサー」

「キャプテン、ナイサーです」

 

 

今度も同じ所へのジャンプサーブ、早く、強く、難しい回転のサーブが再び総武高を襲う。

 

 

(今度こそ!)

温水は今度は正面で捉えレシーブするが一本で返してしまう。

 

「チャンス!」

 

「すいません!」

 

「あんなの上げるだけですげぇっての!」

Byレシーブ苦手な2年の先輩。

 

 

(今の海浜の前衛は二枚、速攻で一番多かったパターンはAクイックを囮にしたBかセミ、だけどパイプの可能性も捨てちゃだめだ!)

長谷はややレフトよりのセンターにポジショニングする。

 

経験がない以上せめて頭で考え、前もってシミュレートした事を実践する長谷。

 

 

(嫌なとこに居るなコイツ)

そんな長谷に対し相手セッターがした選択。

 

速攻でも時間差でも、ましてや平行でもオープンでもない

 

「あっ!」

意表を突いたツーアタック。

 

急な事に反応できない。

 

コートの中のメンバーもスパイクに備えていた為か固まっている……筈だったが。

 

 

「オーライ」

「なっ!」

固まっていたメンバーの中、八幡だけがまるでツーが来ると読んでいたかのように自然に動きフェイントのツーを拾い、味方に余裕を持たせるよう、やや高めにAパスを上げる。

 

 

 

八幡がファーストタッチ、打ち合わせ通り温水が素早くセッターポジションに入りセットアップの体制に入る。

 

(さっき俺が上げたトスは飯山さんへのC、今の状況ならキャプテンに上げたいとこだけど……)

相手は山北がサーバーのローテ、総武高にとって確実に切りたい場面、だが相手もそれは重々承知。

 

(比企谷先輩ならきっとキャプテンに上げないで、あえて今後の駆け引きの手札を作り!さらに意表をつく)

今はこれで行く!温水が選択したのは長谷との速攻、二年だけでなく一年とも速攻が使えるところを見せる。

 

これで次にセットアップする時はレフトに上げやすくなりブロックも振りやすくなる。

 

 

 

 

ピィィィ!!

 

総武高校 11 ― 6 海浜高校

 

 

 

長谷のAが決まる。

 

 

「ナイスだ二人とも!」

 

「良く決めた!」

飯山が二人の肩を抱きよせるように抱えガハハと笑う。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「比企谷センパイもありがとうございます。自分さっきのツーは読めなかったです」

 

「ああ、ただツーを意識しすぎてブロック甘くならねぇようにな、セッターからすると意識してくれるだけで儲けもんだから」

 

 

「もしかして読んでた?」

さっきの八幡の動きはまるで読んでいたようだった、七沢が八幡に問う。

 

「いや何となく、来るかなって」

そう口にし八幡は再び自分のポジションに戻った。

 

 

 

 

「切られましたね……」

 

「しかたないさ切り替えるぞ!カット一本!!」

今のはミスは無かった以上気にするだけ無駄。次のプレーに差し支えないよう山北はメンバーに声を掛けた。

 

 

 

 

「あの4番のセットアップ、まるでセッターだな」

海浜の監督が温水のセットアップに関心したようにつぶやく。

 

「もしかして元セッターとか?」

データを書き込みながら、マネージャー(男)が言う。

 

「もしくはそれに近い練習を積んだのだろうな。いずれにせよ厄介だ」

 

(あの5番もただ闇雲に動いてるわけではなく、考えた位置取りをしていた。インハイ予選の時はボール拾いしかしてなかったから分からなかったが、1年が育ってるな……それにしても比企谷だ!あいつ、ツーを拾った時あまりにも自然だったが……まさかな)

先ほどの八幡のプレーに嫌な予感を感じていた。

 

 

 

 

 

「当たり前だけど体育のバレーとは全然違うっしょ」

自分たちがやった体育の試合とは正に別次元だ。

 

「それだけじゃない、今の彼らの相手は海浜。千葉で一番強いチームと互角に渡り合ってる。俺たちはもしかしたら凄い試合を見てるのかもね」

 

 

 

「……」

 

「優美子、さっきから静だけど何かあった?」

応援もせず、かといって貶しもしない彼女の態度に何かあったのかと結衣が心配そうに聞く。

 

「別に、何でもないし」

ぶっきらぼうに答える三浦、あたまに浮かぶのは数日前、ベストプレイスでの八幡との会話。

 

 

 

『俺のブランクは3年ちょい、お前は2年ちょいだろ?試合見て自分もまだイケると判断したら、復帰でもなんでもすればいいんじゃね?』

 

『ふん、あんたらが海浜に勝ったら考えてやるし』

 

『いや、無理だから』

 

『それぐらいあーしの復帰も無理だっての』

 

 

(……もしかしたら本当に)

無理だと思っていた海浜に勝つかもしれない。

 

 

(もしヒキオが勝ったら、あーしは……)

三浦は何かを思うように拳を握りしめ身震いし、息を静に吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―体育館途中の廊下―

 

盛り上がっている体育館をよそに、一人ウロウロしている一人の教師の姿。

 

「どうしたものか」

バレー部顧問の荻野、海浜と練習試合することになった元凶でもある。

 

(さすがに練習試合見に行ったほうがいいんだろうけど、気まずいからなぁ)

気まずいなぁ、だもなぁという感じで行ったり来たり。

 

「あれ?何やってるんですか荻野先生」

 

「あぁ、城廻……ちょっとな、そっちこそどうした?」

 

「今からバレー部の応援行こうかなって、なんか盛り上がってるみたいだし」

 

「あ、ああそうか」

 

「じゃ行きましょ先生」

 

「……えっ?」

 

「応援行くんじゃないんですか?」

 

「あ、ああ!丁度行く途中だったんだ」

きっかけを貰った荻野はホッとした顔をすると体育館へ足を運んだ。

 

 

 

―体育館―

 

「か、勝ってる……どうなってるんだ?」

体育館に入り、得点板に目を向けた荻野が驚愕している。

 

(彼が助っ人か?ウチの部員と遜色ないじゃないか)

いずれにせよ一歩的な展開にならなくて良かった、荻野はホッと胸をなでおろした。

 

 

 

 

試合は総武高の優勢で進んでいた。

 

 

流れが行きかけそうな絶妙なタイミングで、相手の裏をかくようなトスをここぞどいう場面で流れを切る。

ブレイクを取られ流れを取られた場面には、相手にインパクトを与えるため、ここぞという場面でバッククイックを出す等の駆け引きをし主導権を渡さない展開に持っていく。

 

高いブロック、個人技、そしてそれらを繋ぐ八幡のセットアップ。

 

 

それらは、こいつらは自分たちを脅かす存在だ、海浜に思わせるには十分すぎる物。

 

 

 

そして

 

 

 

総武高校 24 ― 20 海浜高校

 

4点差で総武高がレセプションのセットポイントを迎える。

 

※レセプション

サーブを受ける側の事。

体育や球技大会等のケースを除き、基本的にサーブを受ける側が有利。

バレーの場合、最初にスパイクを打てるレセプション側が有利とされています。

だからこそデュースでとんでもない点数の試合になったり。

 

 

 

「おい……このままウチが勝っちまうんじゃないか?」

 

「落ち着け、まだ1セット目だ」

 

「でも取れそうだ」

 

「ああ、あいつら凄いよ」

OB達は興奮を隠しきれないのか、手に汗握る試合展開に興奮気味だ。

 

 

 

「カット一本!ここ大事だぞ!」

 

 

「サーブ一本決めましょう!」

 

お互いのチームが声を張り点を取らせまいと、点を勝ち取ろうとする。

 

 

(この場面、前衛は稲村、長谷の二枚……決めればこのセットを取れる、やられたら勢いで持っていかれる可能性もある)

海浜は20点台に近づくあたりから明らかに集中が増していた。

 

そんな状態で3点差で21点になった場合、勢いでデュース、最悪そのままセットポイント、マッチポイントになるかもしれない。

 

 

(確実に取りたい場面、このローテで切れる手札はコレしかねぇ)

ここを渡すわけには行かない、このセットを取ればこちらが王手をとれる、ならここは勝負に行く場面だ。

 

 

「稲村」

「ん?」

「……」

八幡は稲村に声を掛け、今日まだ見せていないサインを見せる

 

「おう」

稲村はニヤリと笑い、軽く深呼吸すると真剣な顔立ちになり腰を軽く落としレシーブに構える。

 

 

(比企谷先輩が声を掛けてサイン?相手の嫌なとこを突くことに定評のあるあの人が何を?あやしい……)

リベロの小菅が嫌な予感を感じ取る。

 

 

ピィィィィ!!

 

海浜のサーバーがジャンフロで打ってくる。

 

「オライッ!」

温水が素早く一歩前に出てオーバーで拾い、しっかりAパス

 

 

(ナイスだ!)

セッターに向かう綺麗な放物線、それを見たセンターの飯山とレフトの稲村が交差する。

 

 

(スイッチ?)

何をやってくる気だ?海浜ブロッカーが警戒する。

 

 

飯山はしっかりレフトの定位置へ、稲村はセンター……ではなくそのまま走る。

 

 

(そのまま走った?まさか!)

考えられる一つの可能性、ライトへのワイドブロード攻撃。

 

だが、もし囮なら飯山がフリーになるかもしれない、そうなれば決められてしまう。

 

「レフ1!セン1!」

コート外から監督の指示が跳ぶ。

 

海浜のブロックはレフトに1枚、センターに1枚、ライトに1枚つく。

 

レフトとライトがそれぞれコミットブロックにつき、センターがリードブロックで対応する。

3枚揃える事は出来ないものの最悪1.5枚にはなる、コースを絞らせてレシーブさせやすくは出来る。

 

今まで見せていない連携相手ならこれしかない、ブロッカーは八幡に注視する。

 

 

八幡がライトへの高速トスを上げる。

 

 

(トスが行きすぎだ!あれじゃクロスしか打てない!クロス絞める!)

 

ブロックは1.5枚、クロスをきっちり絞められる。

 

 

(ブロックアウトの可能性もある、カバー入る!)

小菅が一歩前に出る。

 

稲村は八幡の高速トスに追い付き、手を固めボールのミートポイントをずらし、ライトからクロス方向に強烈な振り抜き、そしてストレートのスパイクをブロックとアンテナの間に打つ。

 

 

「なっ!?」

まさかストレートに来ると思っていなかった小菅の顔に向かい、オーバーで取るがボールを弾く。

 

 

 

ピィィィィ!!

 

 

 

総武高校 25 ― 20 海浜高校

 

 

 

「ナイストス!」

「ナイキー」

絶好の場面で決めた二人がハイタッチを交わす。

 

 

「凄いよお兄ちゃん!」

 

「すげぇ!ヒキタニ君たち海浜からセット取っちゃったっしょ」

 

「やった!スゴイ!スゴイ!」

 

「落ち着きなさい、まだ1セットよ」

 

「たしかに凄いねぇ」

陽乃も今のは想定外だったのか顔色一つ変えず称賛する。

 

 

 

 

 

「出たよ変態打ち」

 

「あれ初見じゃ防ぐの厳しいからな」

やられた経験者であるOBは語る。

 

 

「ああ、ライトへのアンテナに届く、と言うより越しそうな難しいトス。それがあいつの一番得意なトスだからな……ていうか変態打ちの呼び方は本人は嫌がってるから、ちゃんと癖玉打ちって言ってあげな」

 

 

「ダイレクトデリバリーか……」

元セッターの恩名が呟く。

 

「どうした?」

 

「これでもセッターやってたからな。高速トスで相手を振る。俺には無理だった分憧れたもんだよ。お前の言う通りあいつ強いよ」

 

 

「いずれにせよ、1セット取れたのは大きいな」

 

「ああ、そうだな」

 

(海浜が怖いのはここからだ……)

「頑張れよ皆!」

インハイ予選、海浜が動いたのは2セット目から、まだ油断できない。

 

 

 

 

 

 

 

「稲村がやったアタック、変態打ちって言うんだって」

OB達の会話を聞いていたのか飯山と稲村のクラスメイトが入れ知恵開始。

 

「へぇ~」

 

「いいぞー稲村!ナイス変態打ちー!!次もやってくれ~!」

 

 

 

変態!   変態!   変態!   変態!

 

 

 

 

男子高校生の悪乗り、変態コール。

 

体育館中に変態の言葉が連呼される。

 

 

 

「Noーぉぉぉぉぉぉぉ!!」

何故奴らがその言葉を知っている!?頭を抱え膝をつく稲村。

 

 

「さっきのスパイク、変態打ちって言うみたいだな」

 

「確かに、あのトスをあんな打ち方するから変態打ちはしっくりくるな」

 

「変態には注意した方が良いな」

 

「ああ、違いない」

悪気のない海浜のメンバー、彼らの頭の中であのスパイクは変態打ちで確定した。

 

 

「ちょ!!」

 

 

「次もたのむよ変態」

 

「おう!ナイス変態だ!」

七沢と飯山も悪乗りし、ケラケラ笑いながら肩を叩く。

 

 

「変態言うなぁぁぁぁ!!!」

 

 

(おいおい、ここで稲村にへそ曲げられて変態打ち使わなくなったら不味いから!)

 

 

「……もしかして、お前も言うのか比企谷?」

orz状態の稲村が恨めしそうに八幡を見る。

 

 

(ここは味方アピールしつつ士気を落とさないようにしないとな)

 

「安心しろ、俺は言わねぇよ。それにしてもさっきのは本当にいいへ……スパイクだった、また頼むぞ!」

俺はお前の味方だぞアピールする為、慰めるように肩を叩き褒める。

 

 

「お前だけだよ比企谷!」ダキッ

 

「や、やめろ!!」

 

 

 

「「キ、キマシタワー!!!」」

 

 

 

この件を機に彼のあだ名がしばらく変態になるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 




次回更新は未定です。



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采配

今回は海浜戦の2セット目です。


総武高対海浜高校の練習試合

 

インハイ代表校である海浜が勝つと思われた試合、1セット目はその予想に反して

総武高が先取。

 

 

(予想以上に上手くいったな)

八幡は0の数字に戻される得点板を見つめながら汗を袖で拭う。

 

 

選手層、経験、明らかに各上の相手に対し互角以上の戦い。

 

 

選手たち個々の活躍も大きかったが、1セット目の功労者は八幡だった。

 

 

3年ぶりの本格的な試合、相手は海浜、普通であれば自分のプレーだけでも精一杯な上にポジションは司令塔であるセッター。

 

敵味方問わずコートを把握し、現状、今後の展開、さらには相手からの見え方、選択肢のリスクリターン、それらを踏まえ瞬間に選択肢を絞りプレー。

 

 

ただコート外から何となくボールを追ってプレーを見ている観客には派手にスパイクを決めた七沢達が印象に残るだろうが、コート外から見ていた経験者含む数人は八幡のプレーに舌を巻いていた。

 

 

(やられたな……)

そんな中の一人、海浜の監督が八幡をチラリと見る。

 

 

(中学の試合を見た時にも思ったが技術だけじゃなく試合運びが上手い)

ルールというスポーツにおいて付きまとう制約、大抵のプレーヤーはそのルールに対して

“守る”という解釈をするが八幡の場合それを“使う”という言葉が当てはまる。

 

サーブを打つ時のルーティンで8秒ギリギリに間を作り相手のペースを乱す、審判と駆け引きをし手札を増やす。

 

 

(手札の切り方も上手かった)

ここは抑えなければいけない場面、ここを切れば相手に流れが行かない場面、コートの外から感じる事を、まるでコート外にいる分ってるかのような選択。

 

(もちろん総武高のメンバーの個の力が高いからこそだろうが)

 

 

 

(ウチのチームがアタッカーとセッターが“連携”し多彩な攻撃をするチームとすると、総武高は高い個の力を比企谷が“繋ぐ”チームという事か)

海浜の監督はもう一度八幡を見る。

 

 

 

(周りに比べ弾んだ息に汗、ブランクがあるのは本当なのだろうな)

 

 

 

(正直、総武高がここまでとは思っていなかった……それぞれがウチ以上のストロングポイントを持ち、それを上手く使ってくる)

1セット目を振り返り、総武高のプレーを思い出す。

 

 

(だが、奴らに無くウチにあるもの)

総武高から山北の方に目線を向ける。

 

 

(ウチには“保険”がいる)

無言を貫いていた海浜の監督が口を開く。

 

 

「お前ら、この中でセット取られると思ったやつはいるか?」

その言葉に海浜のメンバーは各々が複雑な顔をする。

 

 

「……いないよなぁ、俺もそう思ってた。だがセットを取られた」

 

 

(てか、キャプテンの忠告聞かなかった監督のせいじゃ?)

流石にそんな事言えないけど、小菅は心の中でツッコむ。

 

 

「もしこれが本番なら取り返しのつかない事になっていた。それは分かるな?」

 

ハイ!

 

「あいつらは強いが穴も大きい、付け入るスキはたっぷりある。だから、うちのバレーをしろ!そうすれば勝てる!」

 

ハイ!!

 

 

1セット目を見て彼が分かった事。

確かに総武高校は強い、恐らく個の力やフィジカルにおいてはウチをも凌ぐ、だが足りない物が多すぎる。

 

 

(ここが保険の使いどころ、そして手を打たなければいけないタイミングだ)

2セット目に入り、仕掛ける場面はここしかない、そう踏んだ海浜の監督が下した決断。

 

 

「2セット目はローテを回す、そして攻撃は基本、山北にトスを集めろ、前衛だけじゃない後衛でもトスを回せ、連携は2割以下で構わん」

 

 

ハイ!

 

 

 

 

 

 

―総武高側―

それぞれがスクイズボトルで水分補給をしながら、話し合いをしている。

 

 

「2セット目どうする?ミーティング通りで行く?」

七沢は軽く口を潤すように水分を入れ軽く飲み干すと、汗を拭きながら口を開く。

 

「ミーティング通りでいいだろ、現状それしか手がないだろうし」

「まあ俺らがブレイク稼ぐなら今の形が理想だしな」

2年の二人が続けて口を開く。

 

 

「……」

(1セット目は、いい形でセットを取れたな)

八幡の頭にはすでに2セット目の展開が浮かんでいた。

 

 

2セット目は海浜からのサーブ、前衛は八幡、稲村、飯山の3人、1セット目に見せたブロードの動揺、セットを先取した事を踏まえ八幡、稲村、飯山と続くサーブで畳みかけ、立て直すスキを与えずブレイクを稼ぐ。

 

確かに現状はそれしかない、けど何か引っかかる。

 

 

セットを取ったという事は追う側から負われる側になった事を意味する。

 

そんな状態の海浜が何もせず向かってくるとは思えない、八幡は一抹の不安を抱いた。

 

 

 

 

 

―体育館ギャラリー―

 

 

「海浜はローテを回してきたな」

コートの中でスターティングにつくメンバーをみてOB1が呟く。

 

「ああ、いつもなら山北を前衛に長く置くためのローテをするんだけどな」

「山北からのサーブでブレイクポイント稼ぐつもりか?」

インハイ予選で戦った時はそのローテでしか来なかった、なのに今回は自分たちのセオリーを外している。OB2とOB3が不安げにコートを見る。

 

 

「そうだといいが」

 

「なんだ清川?」

不安げな言葉をつぶやいた彼に恩名が反応する。

 

「あの監督が動いたんだ、何かやってくるかもな」

インハイ予選での試合、1セット目こそ総武高がとったものの2セット目、山北に総武高が対応できている、そう判断した海浜の監督がすぐさま策に出たのを思い出す。

 

「どういうことだ……あっ!」

 

 

 

総武高校 0 ― 1 海浜高校

山北のジャンプサーブが決まり、サービスエースをとられてしまう。

 

 

 

「前衛に稲村と飯山、後衛には宗と温水がいて守備も良い。稲村と飯山に宗のバックアタック、連携に個の力で攻撃力も高く守備も良い……ウチの一番強いローテがここだ。海浜はそこに山北を当ててきた」

 

「このターンを潰す気か?」

 

「いや、単純に俺たちの力が強いって見せたいんじゃないか?むしろ弱いローテに当てた方がブレイク稼げるだろ」

「確かにな、でもさ……比企谷だっけ?あいつから始まる稲村、飯山、この三連続のサーブは強力だ。それに対して山北は後衛になる、海浜にとって不利じゃないか?」

OB達がそれぞれに口を開く。

 

「それでも海浜にはやる意味があるんだろ、あの監督が何もしないわけがない」

ローテを回してきたことには意味がある、清川はコートをジッと見つめた。

 

 

 

 

 

 

「サーブカットは俺と温水の少数精鋭で行く、長谷はカバーに専念してくれ、もしかしたらDパスになるかもしんない」

攻守の軸になっている七沢が指示を飛ばす。

 

「はい!」

 

「分かりました」

 

サーブカット二人体制が意味する事、レシーブの強い二人が広範囲を守る。

 

 

(先輩たちがいたチームと今は違うんだ!やれることをやって、試せることは何でも試す)

最悪、CかDパスでもいい、高く上げさえ出来ればウチには優秀なセッターがいる、仲間を信じレシーバーの二人は腰を落とし構える。

 

 

(稲村の変態打ちの勢いが効いてる状態で2セットをと思ったんだが、まさか山北先輩をぶつけてくるとはな)

やられた、そう心の中で呟きながら八幡はサインを味方に向ける

 

 

メンタルが試合に及ぼす影響、それを考え2セット目に入った時、9割方八幡の理想としていた展開だった。

 

稲村のスパイクで流れに勢いが出て、次のスタートも同じローテから。

 

相手ブロッカーは否応無しにレフトにいる稲村に目が向く、そうなると飯山の速攻、さらには後衛にいる七沢のパイプも交え海浜のブロックを翻弄し、相手を再び飲ませ、ペースを乱せる事がやりやすくなる。

 

そう思い描いていた構図は一瞬で崩れたのだ。

 

「……」

八幡は海浜側のベンチをチラッと見る。

 

 

(やっぱ監督いるといないは違う、ちゃんと見てやがる)

この差は想像以上に大きい、苦しい戦いになる。

 

そう感じ取ったのだろう、深く深呼吸しプレーへと頭を切り替えた。

 

 

「あっ!」

広い範囲をカバーしている為か、温水はギリギリで飛びつくもボールを弾いてしまう。

 

「くそっ!」

 

ピィィィィ!!

 

 

総武高校 0 ― 2 海浜高校

 

 

 

 

「総武高校には大きく三つの弱点がある」

海浜の監督が呟く。

 

「弱点?彼らにですか?」

その言葉が意外だったのかマネージャーが疑問を投げかける。

 

「そのうち分かる、ローテを回したのはそのためだ」

 

 

 

(総武高校の弱点、一つ目……それは守備。それにより出てくる二つ目の弱点、選手層)

先ほどのサーブレシーブなどが正に良い例だった。

 

いくら個が強くても全体ではどうか?せめてリベロがいればもっとプレーが繋がる。

 

 

(そしてこの二つが浮き彫りになった時、三つ目の弱点が毒のように効いてきて4つ目の弱点を自覚することになる)

こっちの思い通りになった、海浜の監督はコートを見つめ軽く笑みを浮かべた。

 

 

 

 

(ここは流石に切らないとマズい)

八幡がメンバーに見えるようにサインを向ける。

 

 

山北が先ほどと変わらないコース、変わらない強さでジャンプサーブを打つ!

 

 

(いつまでもやらせるか!)

打点の位置から、離れるボール。強さ向き、打音、さっきと同じのが来る!そう予測した温水が素早く回り込み正面で捉え綺麗なAパスを八幡に返す。

 

(うそぉぉぉん!?)

無表情だけど動揺する海浜の監督。

 

 

(ナイスだ温水!)

八幡はパスに合わせジャンプ。

 

稲村はライトへブロード、飯山はセンター、さらにバックセンターに七沢が構える。

 

 

(どれで来る?総武高はどれで?)

1セット目のブロードが頭に残っていた海浜のブロッカーがライトに二枚つく。

 

 

「馬鹿!囮だ!!」

この状態で比企谷が素直にライトに上げるわけがない、山北が声を荒げる。

 

 

「えっ?なっ!!」

八幡が下した選択、それはライトへのトスでもセンターでもバックセンターでもない。

 

 

ツーアタック

アタッカーに完全に意識が向き、稲村が向かうライト、飯山と七沢が構えるセンターにつられ空いたレフトへのフェイントのツーアタックを決める。

 

意表を突かれた海浜は反応すら出来ず、自コートにボールが落ちるのをただ見つめるしか出来なかった。

 

 

 

 

ピィィィィ!!

 

 

総武高校 1 ― 2 海浜高校

 

 

 

「……な、なんだと」

海浜のブロッカーがあっけにとられた顔で呟く。

 

 

 

「ここで決めんのかよてめぇ!」

「痛い痛い痛い!」

飯山はガハハと笑いながら八幡の背中(ローテーターカフ付近)をバシバシ叩いている。

 

(背中に目でもついてんのかな、この人?)

視界外のブロッカーが見えていたように無人の場所に落とした八幡の視野に温水が舌を巻く。

 

「……たく」

(海浜に行きかけた流れは何とか切った。そして、これで今ある手札は見せた。あとはプレイに集中するだけだ)

叩かれた場所をさすりながら、ため息を吐いた。

 

 

「流石お兄ちゃん、上手い!」

 

「えっ?今のそんなに凄いの」

小町の言葉に結衣がパァァと笑顔になる。

 

「ガハマちゃん、凄いんじゃなくて上手いんだよ」

陽乃がツッコミを入れる。

 

「今のプレーはただ、相手の頭にない手札を出して点を取っただけじゃない、切れかけた流れを戻し、まだイケる!こっちにそう思わせる、流れを呼ぶプレーだ」

「ああ、そんでああいうプレーは相手の士気を下げて味方の士気を上げる。凄いっしょヒキタニ君」

 

 

 

 

「すごいなあいつら」

 

「ああ、俺たちはあんな連携できなかったからな」

OB達も今のプレーに唸っている。

 

 

「もしインハイ予選の時、比企谷がウチにいて俺がリベロで飯山と稲村を使えてたら―――」

「言うな、俺たちの高校バレーはあそこで終わり、後はあいつらに託した。それが全てだ」

自分自身にも言い聞かせるように清川は恩名の言葉にかぶせ言う。

 

「清川……」

 

(ここからだぞ、頑張れよ皆!)

 

 

 

 

「比企谷先輩ナイサー」

ネットの下から転がって来たボールを長谷が掴み、八幡へ放る。

 

 

 

「……」

八幡はジッとコートを見つめ、ボールを持ったまま軽く深呼吸をする。

 

 

海浜の選手たちは動揺を隠せてないのか、目線が定まらず、どこか集中できてない様子。

 

 

(ツーの動揺がまだ残ってる、あの手で行くか)

 

サーブ開始の笛が鳴る、八幡はいつものルーティンに入らず笛の音から間髪入れず軽くジャンプ。

 

狙う先はジャンフロでコーナーでも無く、後衛の間でも無い。

 

ネットギリギリに落ちるサーブ。

 

今まで8秒ギリギリでじらしてきたのが、今度は動揺が残ってる所へ間髪入れないサーブ。

 

海浜へ容赦なく畳みかける。

 

(マジかよ!)

ギリギリで反応したセッターが何とか滑る込み拾うがオーバーで取れない低いパス。

 

 

「カバー!」

すぐにカバーを呼び、周りから邪魔にならないようその場から離れる。

 

 

「山北!」

俺が打つ!そう判断し後方に下がり助走をつけてきた山北がセンターバックからのバックアタックを打つ。

 

3枚ブロックだがそれをギリギリ躱し後衛の八幡へ

 

 

「なっ!?」

昔よりはるかに強くなった山北のスパイクに押され、八幡はDパスを上げてしまう。

 

 

「オーライ!」

すぐに温水がカバーに入る。

 

 

「レフト!」

ここはウイングスパイカーの稲村に繋ぐ、レフトへ稲村の好みのトス、ネット近めの高めへ丁寧なオープンを上げる。

 

 

「クソッ!」

打つコースを防がれた三枚ブロックにシャットアウトされ総武高側のコートにボールが落ちる。

 

 

 

ピィィィィ!!

 

 

総武高校 1 ― 3 海浜高校

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

(今のは危なかったが狙い通りに行った)

海浜の監督がチームの売りでもある連携を使わずローテを回し、山北中心の攻めに変えさせた理由。

 

 

1セット目の最後のプレーで海浜に走った動揺、総武高の流れを完全に断ち切る事、セットの最初にあえて相手の強いローテに当てて動揺を誘う事。

 

そして何より

総武高の狙いである、八幡、稲村、飯山3人のサーブでのブレイク、その対策を立てる事。

 

 

3人のサーブはジャンルは違うものの、どれも強烈で崩される率は大いに高い。

 

海浜のように連携がウリのチームにとって重要になってくるのがレシーブ。

 

セッターへ綺麗にボールが返るからこそ多彩な攻撃に繋がりリズムが生まれる。

 

だが総武高のサーブで崩されたら?海浜はリズムに乗れないまま総武高に流れを再び持っていかれるかもしれない。

 

心身とも、まだ未成熟な高校生同士の戦い、劣勢を立て直す術をまだ確立できていない。

 

そのままセットを獲られてストレートで負ける可能性も出てくる。

 

 

(それだけは防がねばならん)

 

 

そこで海浜の監督は、山北にトスを集めさせた。

 

 

監督に保険と位置づけられる山北の役割、連携が使えない時に決める事の出来るプレーヤー、オープンで勝負ができる選手。

 

サーブで崩されてもボールが上がれば、高いトス一つあれば攻撃に繋がる。

 

 

初めから山北を使う事が頭にあった選手たちはCパス、Dパスが上がっても動揺することなく山北に繋ぐ。

 

強力なサーブにも対応できる。

 

チームが苦しい時、頼りにされる保険、絶対的なエースという存在。

 

 

 

 

そして海浜の監督の采配は的中することとなる。

 

 

 

 

総武高校 3 ― 6 海浜高校

八幡、稲村、飯山と続くサーブでブレイクを取れずローテが流れ、逆にブレイクを取られてしまう。

 

 

 

 

流れが切れかかる。

 

それが表れるのはコートでも、ベンチでもなく……観客。

 

応援してるからこそ、落ち込む、ため息が出る、つい愚痴が出てしまう。

 

 

「ああ~、だんだん離されてるよ」

 

「仕方ねぇよ、相手めちゃ強いとこなんだから」

 

「てかさ、なんでセッターはあのデカい2番に何でトス集めないんだ?1セット目とかスゲェ強烈なスパイク打ってたじゃん、あれじゃ勝てねぇよ」

何となく試合を観戦に来ていた一年生が適当な事をほざく。

 

 

「……(イラッ)」×数人

ある者は親しい者を馬鹿にされた、ある者は素人が知ったかぶりしてんじゃねぇと感じた、その言葉を聞いた数人が不快感をしめす。

 

そんなうちの一人、雪乃が笑顔で怒りながら近づこうとした時だった。

 

「知ったかぶりしてんじゃねぇよ、バレーは強いスパイク打つ競技じゃねぇんだ」

「え?」

声を掛けたのはOBである恩名、バレーのことは無過ごせない

 

「飯山のやつ、スパイクは高さとパワーで打ち下ろしてばかりでだから目立つけど、それしかできねぇんだよ。フェイントやればバレバレだし、コースも全然狙えないから足長いスパイク打つとアウトばかり、打ち下ろしてばかりだから、ワンタッチ狙いでブロックされたら簡単に拾われるし、バレたら囮にもならなくなっちまうんだよ」

元チームメイトでセッターだった彼がその苦悩を語りだす。

 

「……えと、あの」

 

「恩名、何も知らない後輩に絡むな!ごめんな、こいつも一応セッターだったからその辺りうるさくてさ」

突然3年に絡まれ萎縮している1年生に清川がフォローを入れる。

 

「い、いえ、こちらこそすんません」

 

「ただ、あいつらは1,2年でだけで、しかも助っ人入れてギリギリの人数で格上相手に戦ってるんだ、だから応援してやってくれると嬉しい」

 

「は、はい!!(イイ人だ~!)」

恩名と比べ相対的に清川がイイ人に見えたのだろう、大人な態度の清川をみて大きく返事をする。

 

「ところで助っ人て誰です?」

 

「貴方がさっき馬鹿にしたあの男よ」

 

「えっ!?」

(こ、この人は雪ノ下先輩!!)

 

 

「あ、あの人、バレー部じゃないんすか?」

 

「彼はウチの部員よ、一応ね。だから馬鹿にしないで貰えるかしら不愉快だわ」

 

「す、すんませんでした」

てっきりバレー部だと思ってた。素直に謝る一年生。

 

 

「あれ?荻野先生」

その近くにいた荻野に気付いた清川が声を掛ける。

 

「お、おう(どうしよう、気まずい)」

 

「来てたんですか?」

 

「まあ一応……」

両者とも絶妙に微妙な気まずい空気が流れる。

 

 

 

(この人は確かバレー部の……という事は)

 

 

『練習試合の相手、海浜だってさ……』

 

『……は?何考えてるの!?無茶だろ!!』

 

『海浜ってそんなに強いの?』

 

『強いも何も全国常連校、そして今年のインハイの代表校、3年もそのまま残ってるし千葉で一番強いチームだよ』

 

『何でまたそんなチームと?』

 

『うちに練習試合の申し込み来たみたいで、顧問が勝手に引き受けたんだ』

 

 

雪乃の脳裏に浮かぶ七沢が奉仕部に飛び込んで来た時のやり取り。

 

 

(随分分かりやすいのね)

雪乃は軽くため息をつくと気まずい空気の中へズイズイと入って行く。

 

 

「もしかして海浜と勝手に練習試合組んだこと気にしてるのでしょうか?」

確信に迫る言葉をズバッと言い放つ。

 

「!!」ギクッ

何故それを!?思わぬ言葉に固まってしまう荻野。

 

 

「もしそうなら、余計な心配しない方が良いと思いますが」

 

「えっ?」

 

「彼ら、ちゃんと海浜に勝ちますので」

雪乃はそう言うとコートをジッと見つめる。

 

 

「な、何を言ってるんだ雪ノ下」

 

 

「私、暴言も失言も吐くけど、虚言だけは吐かないので」

荻野に目線を戻し力強い目で見つめ

 

「だから、勝ちます」

確信している、そう態度で示すように強く自信をもって、自分の言葉で伝え向きを変えると元居た場所へともどる。

 

 

((か、カッコイィィィィ~~!!!))

綺麗どころがやると絵になる、そのカッコ良さに清川と恩名が震える。

 

 

 

 

(私にここまで言わせたのだから勝ちなさい……比企谷君!)

雪乃はコートにいる八幡を笑みを浮かべ見つめ、心の中で八幡に檄を飛ばした。

 

 

 

「……」

 

「どうしたのだね陽乃」

 

「何でもないよ静ちゃん」

 

「そうかね(鉄仮面が一瞬取れてたぞ)」

 

妹の様子を、陽乃はどこか嬉しそうに見ていた。




次回の更新は未定です。


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経験と未知 ~前編~

更新停滞させてて申し訳ありません。

2セット目の展開を書き直ししてた&大会&仕事多忙により停滞してました。


今回の話は長くなりそうだったので前編と後編に分けます。


経験

実際に見る、聞くなどの情報を体験して得るもの。

 

 

様々な分野において重要である経験。それはスポーツにおいても当然、重要なものとなっている。

自身の体を操る経験、自分以外の道具を操る経験、そして敵と戦う経験。

 

この経験の積み重ねと応用なくしてスポーツで勝つのは夢のまた夢。

 

瞬時の反応、プレー中に起こっていることに対し、考え事などをしていたらそのプレーは終わる。

実際に目の前に起きている事に対し、経験の中から自分ができる情報を取捨選択しプレーする事が重要になる。

 

それはバレーボールにおいても例外ではない。ラリーが続き一瞬で動きが変わるボールに飛びつき、操り、繋ぐ。それらの動きの中でどれだけ行動できるか。様々なケースを経験していないと体がついてこない。

 

全国で戦うチームである海浜と、人数ギリギリのチームである総武高校、その差はかなりの物。

 

 

総武高校 8 ― 14 海浜高校

 

 

総武高は、1セット目こそ先取したが2セット目は劣勢、徐々に点差を広げられていた。

 

 

(ここ取られたらマズイな……)

八幡は点数板をチラリと見ると、自コートへと目を戻す。

 

点差は6点、セットの中盤に差し掛かっているものの、まだ巻き返し可能な点差ではある。

 

だが、ここで点を取られて15点に乗られたら?

 

方や15点、方やまだ一ケタ、メンタルへ大きな影響を及ぼすばかりか、相手への流れは確かなものに、こちらの勢いは確実に消える。

 

 

(今のローテは、前衛が七沢、長谷、温水……この場合は長谷を囮にした七沢で取れるな。何より相手は七沢に完璧には対応していない、こいつなら海浜相手でもブロック1.5枚程度なら難なく決める)

ここはエースで手堅く行き流れを切る、そう踏んだ八幡だったが

 

 

ピィィィィ!!

 

海浜の監督が立ち上がり、選手交代のゼスチャー。

 

(終盤の勝負所じゃないが、ここが使いどころ。流れを確実にし、そのまま行く)

総武高、何より八幡は何をしてくるか分からない以上、点数を離すべき。

 

海浜の監督は、そう判断しピンチサーバーを投入する。

 

 

 

(本当は終盤の勝負所で使うのがベストなんだが、比企谷……。今あいつに楽をさせてはダメだ)

2セット目、海浜有利の展開で進んでいるものの、彼が思い描いていた展開とは違うものだった。

 

(点差こそ徐々についてはいるがウチはいまいちペースをつかめていない、そればかりか総武高は山北に慣れだして来ている。うちがペースをつかめていない元凶が奴だ)

 

 

(あいつは目が良い。冷静に必要な情報を取り捨て選択する目と、劣勢な中でも勝つための突破口を見つける目。コートの中でプレーしながらも、それを把握し実行できる根っからのセッタータイプだ)

 

(とてもブランクのある高校生はとは思えない冷静さとイヤらしさ、本当に俺好みのセッターだ……やっぱり、あいつ欲しかったなぁ!!)

 

 

 

(まじかよ、あの監督)

想定外の展開に八幡は、相手ベンチをチラッと目を向け目線をコートに戻すと、小さくため息を吐く。

 

 

(これだと相手の流れを“切る”が、このサーブを“凌ぐ”に変わっちまう)

今の後衛は八幡、飯山、稲村の三人。

 

セッターである八幡をサーブレシーブから外した場合、後衛は飯山と稲村の二人で対応することになる。

 

稲村はともかく飯山はレシーブが苦手、それならいっそ自分がそのままカットに回るか?

 

そうすれば拾う率が高まり、崩れるリスクがかなり減る。

 

とは言え、自分がレシーブに回ればセットアップは温水。そうなれば前衛が二枚になり、ライトの攻撃の可能性を切り捨てた海浜のブロッカーがテディケートで、ブロック3枚になりかねない。

 

下手をすればブロックでシャットアウトを食らい流れは止まり一番最悪なパターンと化す。

 

 

 

※テディケート

ブロックの配置の一つ。

手っ取り早く言うと、片側の攻撃の可能性を取っ払って、もう片方に寄ったシフトの事。

 

 

 

 

 

(そうなれば流れに乗られて何点取られるかわかんねぇな。下手すりゃここで勝負がついちまう……なんつーイヤらしい監督だよ)

自分のイヤらしさを棚にあげる八幡。

 

 

「チッ!もう勝負かけに来たのかよ」

飯山が苦い表情を浮かべる。

 

 

「サーブかなり強烈なの来るから気を付けて!インハイ予選は、ある意味あいつにやられた」

インハイ予選で、あのピンサーのサーブで流れを持っていかれた時の事を思い出しチームに声をかける。

 

「分かってる、俺は動画でしか見てねぇがアレはヤバかった」

七沢から借りた総武高校対海浜高校のインハイ予選の動画、あの2セット目終盤の場面、ピンチサーバーの起用により総武高の流れが切られ、海浜にセットを取られてしまった場面を思い出す。

 

(でもどうする?クイック囮の平行でいくか?ダブルクイック?それともパイプでいくか?いや、そもそもカット出来ないと何も始まらねぇ……崩れた可能性考えて七沢にブロック3枚になってもいいから勝負させるか?幸い前衛は七沢だ。オープンでも良いから、いっそ温水にセットアップ任せて俺もカットに加わるのが確実か)

最善の手は何か?現状の中から選択肢を絞り出そうとする……その時だった。

 

 

「総武高ファイト―!!」

「負けてんじゃん!しっかりしろー」

「カット大事だよ!ここ取るよ!」

「うわっ海浜のサーバー、殺人サーブの人じゃん」

見るのも練習の一つ、という事で練習を早めに切り上げた女子バレー部たちが応援にやってきた。

 

 

((オナゴキタ――(゚∀゚)――!!))

男たちからの声援ばかりを浴びていた飯山と稲村がテンションを0から20まで上げる

 

 

「宗!負けんなー!!」

七沢の彼女兼女子バレー部キャプテンの丹沢も当然声援を送る。

 

 

((リア充爆発しろぉぉぉぉ!!」」

「心の声もれてるぞ」

気持ちは分かるが落ち着けとばかりに突っ込む八幡。

 

 

 

(こんちくしょぉ!女子に活躍と筋肉を魅せるチャンスなのに何で後衛なんだよ!)

やる気マックスな飯山だが彼はレシーブがすこぶる苦手、バックアタックの精度も高くない。ならせめてカッコ悪いところを見せたくないのだがリベロがいないチームの為、カットにも参加するしかない。

 

 

「飯山、そっちもっと空けて」

「お、おう……って何する気?」

稲村が飯山に場所をあけろと指示。

 

 

「サーブは俺が取る、Dパスなったらカバーよろしく」

「女に良いとこ見せようってか?仕方ないなぁ、任せるぞ!」

内心、ラッキー♪と思いつつ飯山が必要以上にコートのライン側に寄る。

 

「お前、あのサーブ一人で取る気?」

あのサーブを広範囲で取るのは無茶だとばかりに八幡が問う。

 

 

「今のローテで出来るの俺しかいないだろ?お前は余計なこと考えてないでトスに集中しな」

「やれんのか?」

「おう!やってやるぜ!!」

(賭けてみるか?現状の飯山にカットは期待できねぇ、崩れても前衛に七沢がいる試すのも手か)

「頼むぞ」

八幡が味方にサインを見せ、全員が頷く。

 

 

 

 

 

海浜のピンサーのサーブはジャンプサーブ。七沢や清川以上のキレと速さ、ブロック無しのスパイクのような状態で総武高を襲う。

 

(このタイミング!)

極端に広くポジショニングしていた稲村が相手の助走を見てタイミングを合わせ重心を軽く弾ませフラットにさせる。

 

相手のサーブに合わせ半身を切った状態から素早く一歩を踏み出しジャンプ。

 

 

 

『ジャンフロならともかくジャンプサーブをオーバーは無理だしな』

 

『稲村なら出来るよ』

 

『は?どうやって?』

 

『指と手首鍛えるんだよ、そんで体作れたらOK牧場!指と手首グッと固めて、グッ!ボッ!て感じで上げるだけさ』

 

 

 

 

(オーバーで取る!!)

サーブの軌道に合わせ跳ぶ。

 

 

強力なサーブに合わせ手を伸ばす。

 

普通ならオーバーで取った場合、後ろにそらしてしまいそうな球威と弾速のジャンプサーブ。

 

幼いころから鍛錬を重ね、鍛え抜かれた手首と指でしっかりとボールをキープし後ろに逸らすことなくトス。

 

 

(ウソだろ!?俺のサーブをオーバーで捕りやがった!)

 

 

(マジでオーバーで上げやがったよコイツ)

Aパスがセッターポジションにいる八幡へと向かう。

 

 

 

 

 

(ここは、長谷を囮して七沢を使うのが一番決まる率が高い……)

ここはどうしても決めたい、そんな中八幡の出す選択。

 

 

(相手はきっと……)

海浜のブロッカーも八幡の選択肢を割り出そうとする。

 

海浜はピンチサーバーを投入し、総武高はどうしても切りたいと思っているはず。

 

そこで上がった貴重なAパス、前衛には海浜が対応しきれていない七沢と長身の長谷がいる。

 

センターの長谷を速攻かそれを囮にしたレフトの七沢、この連携が一番可能性が高い。

 

(けど、テディケードシフトを敷いたらライトに打ってくださいって言ってるような物、ライトの可能性を捨てず打合せ通りで対応する)

 

(七沢は後の保険に残す、ここはこれだ!)

八幡は落下点へとやってくるボールに手を伸ばす。やるべき答えは一つだけ。

 

 

 

『その調子だ、最低でもレフトだけじゃなくライトの平行もちゃんと打てるようになってくれ、頼むぞ』

 

(ライト平行……この為に何度も練習したんだ)

温水のいるライトへの平行、それが八幡の選択。

 

 

(ブロック行かせない!)

少しでも成功率を上げるため長谷が囮に入る。

 

 

(センターでた?いや七沢が出てこない!囮か?)

 

「行け!」

回転を殺した綺麗なトス。

ボールがネットと平行に来るかのような弾道でライトに向かってくる。

 

(そっちか!)

ライトを選択肢に入れていたミドルが最小限の遅れでライトに向かう。

 

 

(本当に凄いトスだ)

練習通りここに来る、その確信が持てる何度も見た綺麗な弾道。

 

 

(これなら行ける!)

最高のタイミングでの助走から跳ぶ、申し分ない打点の高さ。

 

 

今なら自身の最高のスパイクが打てる絶好の機会。

 

 

((やらせねぇよ!))

ライトの可能性を頭に入れていた海浜のブロッカーがライトへと向かい跳ぶ。

 

海浜のブロックは2枚。

 

 

良いトス、良い助走、良いタイミングで最高のスパイクが打てる時、それは同時に……。

 

 

(今だ!)

絶好のフェイントの機会となる。

 

温水はトスを掌で強く打たず、指でソフトに当てる。

 

 

(なっ!!)

(うそっ!?)

打たれたのはスパイクではなく、まさかのフェイント。

 

意表を突かれた海浜側は取りに行くのが遅れ、コートにボールを落とす。

 

「チッ!」

自分のサーブが1回で切れたことに海浜のピンサーが悔しがる。

 

 

 

 

-数日前 部活休憩中-

 

「温水少しいいか?」

「何です?」

スクイズボトルから口を離しタオルで軽く口元を拭き、声をかけてきた八幡の方へ顔を向ける。

 

 

「プレッシャーかけるようでアレだけど、このチームでお前の役割は攻守とも、ある意味一番重要だ」

 

「うっ……ですよね」

セッター対角のオポジット。スーパーエースではなく守備型の選手である温水がそこに入る意味は攻撃への参加だけでなく守備、セッターの代役などチーム内で黒子役にもなる事。守備に難があり1.2年しかいないチームにおいてかなり重要なポジション。

 

高校からバレーを始めた温水は不安げな顔になる。

 

 

「だが心配するな、お前には特別にIDバレーを教えてやる」

 

「え゛っ!?俺、数学どちらかというと苦手な部類なんですが」

 

「心配すんな俺の方が苦手だ。苦手すぎて一種のステータスになりつつある。俺が言うIDバレーは、嫌がらせ(I)と騙し(D)のバレーだ」

 

「なんか友達できなそうな単語なのは気のせいでしょうか」

 

「大丈夫だ、嫌われるのは慣れれば何ともない、むしろ嫌われないと不安にさえなる」

 

「あ、あはは」

冗談か本気か分からず苦笑い。

 

 

「冗談はさて置いて……IDバレーとは時に相手の嫌がる攻撃、相手を出し抜く攻撃、それらをここぞというタイミングで使うバレーだ」

 

「それって流れを切りたい場面や勢いつかせたい時に相手を出し抜く手札を切る的な事ですか?」

 

「まあ、そんな事だ。例えばお前にライトの平行を上げる時、俺が「行け!」って声を出す。そしたらその時はスパイクじゃなくてフェイントを打つとか」

 

「でも、それだと1回しか効果ない気が---」

相手にバレたフェイントはただのチャンス、温水が反論しようとするが。

 

「んなもん一回で十分なんだよ」

八幡がそれをさえぎる。

 

「へっ?」

温水は意外だったのか、すっとんきょんな声を上げる。

 

 

「人ってのは案外単純なもんだ。同じ一点でも普通に取られた1点より重要な場面で決められた1点や記憶に残るプレーで取られた点の方がどうしても頭を過る。デカいやつが強力なスパイクとか打ってるの見ると、やべぇあのチーム強そうとか見えちまうだろ?」

 

「正直、それはあります」

 

「それと同じで嫌がらせでインパクトを与えるんだよ。すると相手は絞らなきゃならねぇ情報を勝手に増やして普通のプレーの時の足かせにして自滅する。特に裏書かれて騙されたプレーは嫌でも記憶に残る。ましてやバレーは自コートにボールを落とせない競技。その極限状態の中で一瞬で頭使って答えを出さなきゃならねぇ競技だ、その効果は大きいぞ」

 

「なるほど……そのための嫌がらせと騙しですか」

 

「そういう事だ。選択肢が多ければ多い程処理する情報が増える、そこでさらに嫌がらせや騙しのプレーで相手の感情を揺さぶる。人ってのは感情で動くからな、冷静さを失った奴ほど扱いやすい相手はいねぇ。このIDバレーを覚えると楽しいぞ、どうする?」

 

「ふ、不安ですがやります!」

 

「心配すんな、やるうちに快感に変わるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピィィィッ!!

 

総武高校 9 ― 14 海浜高校

笛が鳴り総武高の得点になる。

 

 

 

滑り込み、間に合わなかった海浜のレシーバーがフェイントを放った温水を這いつくばった状態でキョトンとした顔で見上げる。

 

(やばい、気持ちいい)

普段自分を見下ろしている奴らが、見上げている状態に思わずエクスタシー。

 

 

「ナイス温水!」

「よく決めた!!」

飯山と稲村が温水に近寄りタッチ。

 

 

「いえ、先輩達のカットとトスのおかげです」

 

「こういう時くらい謙遜すんな!」

稲村はそう言いながらもうれしそうな顔をする。

 

 

「どうだ?出し抜くの気持ちいいだろ」

 

「……はい、癖になりそうです」

 

 

 

 

「とんでもねぇ奴らだな」

海浜の監督がタイムアウトをとる。

 

 

「タイムアウト?リードしてるのに?」

「ピンサーを1本で切って流れ乗りかけたから切ったんだろ、あの監督いやらしいし」

「たしかになぁ、あの監督イヤらしいもんな」

「友達いるのかなぁあの人」

バレー部OB達がここぞとばかりに海浜の監督の悪口を言う。

 

 

 

 

「……というわけだ。ここまで結構嫌がらせされたんだ、やりかえしてやれ」

 

ハイ!

 

 

 

(にしても奴ら、何やってくるか分からない個人技と駆け引き、掴みどころがねぇ……経験のないプレーと経験の裏をかくプレーを混ぜ合わせた駆け引き、比企谷の入れ知恵かわからねぇが4番の1年までが裏かきにきやがった)

 

(だがイヤらしさならこっちも負けん、今度はこっちの番だ!)

海浜の監督が八幡のジッと見つめる。

 

(ん?)

視線に気づいたのか、ドリンクを飲んでいた八幡が監督の方を向き目線が合う。

 

 

(オジサンのイヤらしさ舐めるなよ比・企・谷・君!)

笑顔を向け右目を瞑り、おじさんウインク!

 

(な、何!?なんで俺にウインクかましてんの、あの監督!)

自分より一回り以上違うオジサンからのウインク、やまだかつてないウインクにたじろぎ鳥肌を立てる八幡。

 

 

 

「何やってくる気でしょう?あの監督」

ウインクしていた海浜の監督を見て長谷も警戒する。

 

「分かんない、けど……なんか仕掛けてくるだろうな、あの監督けっこう曲者だし」

七沢はそう口にすると、スクイズボトルの蓋を締めタオルをベンチに置き手をもみほぐす動作をしながらタイムアウトが終わるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイサー」

前衛に上がった八幡が相手コートから転がって来たボールを拾い、自分と対角を組む温水へとボールを放る。

 

 

 

(俺のサーブは威力もなければ、速さも無い……けど)

温水は受け取ったボールを床に数回叩きつけ相手コートをジッと見る。

 

 

(今のローテで狙うなら……あそこだ)

海浜は山北とセッターがサーブレシーブから外れる形の陣形、温水が打ったサーブは山北のいるネットギリギリへの緩いサーブ。

 

 

(嫌がらせしてくるのは想定済みだ!)

レシーバーがすぐさま山北のカバーに入り、何とかカバーできるボールを上げる。

 

「山北!」

カバーに入ったセッターが山北へオープンを上げる。

 

「いきます!せーの……」

相手はサードテンポの攻撃、総武高校はしっかりとタメを作り八幡、七沢、長谷の3枚ブロックブの体制、長谷の合図でブロックに入る。

 

 

(かかった!)

山北がした攻撃はスパイクではなく先ほどの温水と同じくフェイント

 

(やべっ!)

遅れたものの、温水が持ち前の反応の速さで飛びつき反応するが一本で返してしまい、海浜のミドルにダイレクトでたたかれてしまう。

 

 

ピィィィッ!!

 

総武高校 9 ― 15 海浜高校

 

 

 

「すいません、一本で返しちゃいました」

 

「いや、よく反応したよ。次取ろう」

同じ後衛にいる稲村がフォローする。

 

 

 

「よし、先ずは成功」

今のプレーは狙っての事なのだろう、海浜の監督がニヤリと笑いながら呟く。

 

 

(やはり狙いは、あいつで正解だ)

比企谷と七沢、稲村あたりは流石に崩せない。かと言って守備の苦手な飯山と長谷に関しては初めからサーブカットから外したり、カバーできる態勢をとっている。

 

「4番を狙うって言ってましたが彼、かなり上手いし今の反応も良いと思いますが穴なんですか?」

ベンチに座っているマネージャーが声をかける。

 

 

「今のとこは穴じゃないが、狙うとしたらあいつだ。確かに4番は守備も良く動きもいい、トスワークも悪くない。現時点でのセッター対角の守備型としては十分すぎる出来だ……だからこそ狙いどころだ」

 

「総武高は七沢に稲村、比企谷に温水、この4人のうち2人が必ず後衛にいるようにローテを組み、守備の穴を少しでも減らし、さらには戦術も広げている。比企谷がカットした場合でも温水が即座にセットアップに入り攻撃にも繋げてくる、ある意味あいつが守備の中核みたいなものだ……だから潰すんだ」

 

「彼が機能できなくなれば総武高は簡単に崩れるって事ですか?」

 

「そういう事だ。本当は七沢か比企谷辺りを崩せれば理想なんだが、今のとこは崩せる気配がない。稲村もさっきのカットを見る限りまだ未知数だしな、こいつらを責めると逆にこっちがやられかねない……まあ確かに4番は反応も良いしセンスはあるんだろうが、ポジショニング含めた動きと予測がまだまだ。おそらく経験が浅い、なら狙うのはあそこだけだ」

 

「でも彼はまだ一年、崩れても仕方ないとか思ったりしませんか?」

 

「アホ!崩れて当たり前の奴にセットアップ含めたプレーまでさせるか?信頼を得ていないとあそこまで任せられん。だからこそ狙いどころなんだよ」

海浜の監督の狙いは、一人の選手にプレッシャーをかけ相手のメンタルを潰すこと。

 

 

一人の選手が集中的に狙われ、失点を積み重ねると途端に出てくるプレッシャーという名の圧。

 

 

自分のせいで、あいつのせいで、またミスをしたらどうしよう、俺に来るな!

 

 

脳裏を過ってしまうネガティブな意識。

 

そうなるとプレッシャーで視野が狭くなり、動きが固くなり普段以上どころか普段通りの実力も出せなくなる。

 

 

「だからこそ奴を狙う。少しでも動きが悪くなればストロングポイントが、でかい穴に変わる」

現状の総武高は守備の苦手な飯山と長谷のミドルブロッカー二人をポジショニング含めカバーしており、その中でポジショニングを決め実行している。

 

そんな中でカバーする選手の動きが悪くなり守備範囲含めた動きが悪くなれば?

 

元々穴だった場所がさらに大きくなる、さらに上手くいけば温水自身が穴になる。

 

穴になった所を他がカバーすれば今度はそこが穴になる。

 

 

「何より4番はまだ経験不足、さっきのフェイントもスパイカーが手を伸ばした時点で早い奴なら予測して動くが奴にそれは無かった。反応が良くても付け入る隙はたっぷりある」

 

 

(お前らの弱点、経験とそれに伴う守備。利用させてもらうぞ総武高)

今の総武高は6人のみ、守備の要になれるリベロがいるはずもなく、6人で戦い抜くしかなかった。

 

 

 

 

 

(15点に乗られちまったな……)

八幡は口や態度には出さないものの、厳しさを実感していた。

 

(かと言って、下手に温水に口を出せば圧になっちまう。ミスした時ほど萎縮が起きる……それだけは避けねぇと。それで動き悪くなったら、俺がカバーに入らなきゃならないし)

ただでさえ疲れてんのにそれは無理、八幡は口に出さなない事を決めた。




IDバレーの言葉は某バレー漫画から使わせて頂きました。





次回更新は明日を予定しています。


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経験と未知 ~後編~

今回は2セット目終了まで行きます。


総武高校 9 ― 15 海浜高校

 

総武高のレセプション

 

 

 

(監督の指示はアウトになってもいいから相手のバックライトのコーナーを対角線に狙えって言ってたな)

海浜のサーバーはジャンフロを相手のバックライト、温水の方に目掛け打つ。

 

無回転のサーブ、一見アウトにも見える打球でも、どう変化するか分からないサーブが温水に向かう。

 

 

(ナイスサーブだ!)

そのサーブこそ海浜の監督が思い描いたサーブ。

 

自分のミスで15点に乗られプレッシャーのかかる場面、動きと思考が硬くなりプレーに影響が出だす。

 

そこでジャッジの難しいサーブが来たら?

 

悩んだ末に手を出すか、希望的観測でアウトをジャッジするか。

 

悩んだ末に手を出した場合は崩す率が高く、アウトを選択した場合は逃げ腰になってる証拠。どっちに転んでも海浜の有利に働く。

 

 

 

(アウト?イン?いや!ここでジャッジミスれば、それこそ不味い!)

悩んだ末ボールに飛びつくようにオーバーで取る、が不完全な形になり崩れてしまう。

 

 

「すいません!カバー!」

「おう!」

飯山がなんとかアンダーで拾い、稲村がアンダーで大きく相手へ返す。

 

 

 

「チャンス!」

小菅がきっちりAパスでセッターに返す。

 

(攻撃は山北さん含む三枚、さっきから山北さんが多いけどAパスだし、ここはセンター?いや……レフト平行!)

長谷が平行に食らいつきブロック二枚、クロスを絞め温水のいるストレートへ誘導する。

 

(良いブロック!だけど関係ない、ここだ!)

打合せ通り、海浜のレフトがクロス方向へ手を目いっぱいに伸ばす。

 

 

(フェイント!?)

同じ轍は踏まない、素早く前に出る。

 

 

(掛かった!)

海浜のレフトは腕を伸ばしたまま強めにボールに当てる。

 

プッシュボールがさっきまで温水がいた場所、今は無人のエリアへ放たれる。

 

 

 

(サーブでも思ったが、やっぱり狙いは温水か……だけど)

セッターポジションに入ったままの八幡が温水を見る。

 

 

 

 

⦅ワザと難しく返してみても直ぐに反応して見せてる、それとステップの取り方、何かやってたのか?⦆

 

『お前、バレーやる前何かやってたのか?』

『昔、少しバトミントンやってました』

 

 

 

(バトミントンは左右どころか前後も含めた動き……。そこはそいつの守備範囲だ)

 

 

(バック奥!?取れる!)

軽く膝の曲がった状態から重点移動、そして素早いバックステップ。

 

 

 

そのまま跳び、手を伸ばしワンハンドのオーバーで拾い、高いパスをセッターへ繋げる。

 

 

「はぁ!?」

今までみた事ない早い動きにプッシュボールを打ったスパイカーが驚愕する。

 

 

(迷う事ねぇ、ここが使いどころ!)

高いパス、ボールに合わせジャンプ、キープせず体全体のバネから出る一瞬の力をボールに伝えレフトへのダイレクトデリバリーのトス、ブロックを振る。

 

 

(決める!)

最速のタイミングに合わせていた七沢が素早い助走から跳び、1枚のブロックを躱しストレートにスパイクを決める。

 

 

 

 

 

ピィィィ!!

 

総武高校 10 ― 15 海浜高校

 

 

 

 

 

 

「経験不足を個人技でカバーしやがったか……」

「総武高って何というか得体の知れないチームですね」

「確かにな」

海浜の監督はそう答えると、軽く頭を掻き、何とも言えない表情でコートを見つめた。

 

 

 

未知

スポーツにおいて無くてはならない経験、その経験の最大の弱点となりえる物。

 

クイック、バックアタック、時間差など未知の戦術を編み出したチームが世界で優勝した事に裏付けられるように、バレーボールという競技の中でもそれは例外ではない。

 

サーブ、レシーブ、ブロック、スパイク、それらを経験という形で何度も刷り込む事により直感という武器に化け、それがセオリーになる。

 

セオリーと言う当たり前、そう信じ込んでしまっているからこそ未知に対応できない。

 

 

海浜という経験に裏付けされたチーム、総武高という少ない経験を未知で補うチーム。

 

 

(このセットは問題なく取れると思ったが、そうは行かないみたいだな)

総武高はまだ終わっていない、それどころか食われる可能性もある。気を締め直すように海浜の監督は小さく息を吐いた。

 

 

 

「おお、やるねぇ」

陽乃が口を開く。

 

「これでウチも二桁乗った」

まだイケる、葉山が拳を握りコートを見つめる。

 

「ナイサー!流れ来てますよー!」

小町は八幡の応援に行っていった時を思い出しながらコートへ声を向ける。

 

 

 

 

総武高に来た流れ

その後の展開は、それを実感させるかのような形となる。

 

 

総武高は温水のディグで相手の流れを切り、七沢の速攻で流れに乗る。

 

逆に海浜は、未知のプレーと八幡の駆け引きでイマイチ流れに乗れない展開に持っていかれ少しずつ点差が縮まる。

 

 

 

―そして―

 

 

総武高校 22 ― 24 海浜高校

総武高のレセプション

 

海浜のセットポイントではあるものの、最大6点あった差は2点に縮まる。

 

そればかりか点数を取り23点に乗せブレイクを取ればデュース、総武高の勝ちが現実に見えてくる。

 

 

 

「ここ絶対取れよ!」

 

「カット大事だぞ!」

 

「カット一本!切るよ」

その場面を表すような熱を帯びた応援が飛び交う。

 

 

(言われなくても分かってますから。ここは絶対決めなきゃいけない場面、次のローテで七沢が後衛、使うならここだ)

終盤のセットポイント、ここを取られると2セット目を落とすことが確定してしまう場面。

 

 

 

 

(ジャンフロはオーバーで!)

海浜のサーバーが打ってきたジャンフロを2セット目中盤のファインプレーからノッてきている温水が素早く前に詰めオーバーでカット。

 

Aパスが八幡へと上がる。

 

 

 

 

(何で来る?6番は何をやってくる)

海浜のブロッカーが今までの情報と経験から選択肢を絞るべく八幡の一挙手一投足に集中する。

 

(ここはコレだ!)

1セット目に見せたようなホールディングギリギリのトス。

 

 

(キープした!速攻―――)

海浜のブロッカーはチェンジアップの速攻に対応するべく脚を軽く溜めミドルブロッカーの長谷にコミットに着く。

 

 

(残念!レフトだ!)

八幡のトスは真ん中ではなくレフト、ブロックを置き去りにするような高速トスを七沢へ放る。

 

 

(振られた!)

「よしっ!」

ブロックは1枚、苦も無く七沢がスパイクをコーナーへ決める。

 

 

 

ピィィィィ!!

 

 

総武高校 23 ― 24 海浜高校

 

 

 

「この野郎!」

出し抜かれた海浜のミドルが八幡を睨みつける。

 

 

(上手くいった)

そんな彼を無視するように目を合わせず、ローテを回す八幡。

 

 

 

 

1セット目から仕込み、2セット目終盤まで使い、密かに手札に加えていた八幡の罠……刷り込み。

 

ホールディングギリギリのキープしたトスによる誘導、そして今後のプレーに影響を与える事になるタイムキープ。

 

ホールディングギリギリのトスで海浜のブロッカーに速攻で来ると予測させ、コミットブロックを選択した相手の裏をかいたトスでブロックを振る。

 

さらにタイムキープを刷り込んだ事により、今後はキープしないパターンを織り交ぜたチェンジアップの効果もプラスされる。

 

これにより海浜のブロッカーは次のプレーから、今のような展開も頭に入れなければならないばかりか、逆のパターンでもあるキープしないミドルの速攻も頭に入れなければならず、瞬時に絞らなければいけない情報も増える。

 

 

23-24という土壇場

 

 

総武高の不利自体は否めないものの、今現在のコート上の駆け引き、精神面で総武高側が優位に立つ展開になった。

 

 

(やられた!土壇場でまだ切り札あったのかよ!しかも後に響く一番嫌なパターンのやつじゃねぇか!タイムアウトを取って流れを切るか?いや、物理的に流れは切れるが、ここで情報交換されて考える時間を与えたら相手に有利に働きかねない、総武高の方が喜んじまう)

「……くそったれが」

こんな展開予想していなかったとばかりに海浜の監督が静かに呟く。

 

 

「味方の時も厄介だと思ってたけど……敵に回した方が、より一層厄介だなあいつ」

コートから下げられ、ラインズマンに入っていた元チームメイトの海浜の選手が思わず声に出す。

 

 

 

「今の上手いね雪乃ちゃん」

 

「ええ、さすが比企谷君ね。出し抜くのが本当に上手いわ」

 

「今のが?」

八幡がただトスを上げたようにしか見えなかった結衣が、その言葉に反応する。

 

 

「比企谷君は今までミドルブロッカーへのトスはキープして、ウイングスパイカーへのトスはキープしていなかった。だけど今回はワザとキープしてレフトへ上げた。速攻が来ると思ってた相手は反応が遅れてブロックも遅れた。まあ、土壇場でタイミングが違うトスに合わせた七沢君も相当凄いけどね」

 

「……姉さん詳しいわね」

解説している姉を訝しげに見る雪乃。

 

 

「大事な義弟の為だもん、勉強してきちゃった」

そんな雪乃に陽乃はニコニコした鉄仮面のまま悪戯心満載な事を言い

 

「なっ!!」

「えっ!?」

「あわあわあわ」

「な、なななな!」

その言葉に雪乃、結衣、戸塚、沙希がそれぞれに反応する。

 

 

「ね、姉ちゃん!負けてられないよ」

 

「なっ!べ、べべべ別に私は何とも」

 

 

 

「……何かヒキタニ君を応援する気が失せてきたっしょ」

 

「奇遇であるな我もだ!」

 

「それより何で戸塚まで反応してるし」

 

「ぐ腐腐腐腐……」

 

「そんな事より試合に集中しようか皆、今すごい大事な所なんだから」

そんな事はどうでもいいからコートを見たい、そう言いたげな葉山が試合を見るよう促す。

 

 

 

総武高校 23 ― 24 海浜高校

 

 

 

 

「セットポイントだけど1点差でサーバーは七沢だ」

 

「ああ、ここで決めたらデュース、勝ちが見えて来るぞ」

 

「行け、七沢!」

 

「ナイサーッ宗!」

 

 

 

(この場面……)

七沢はルーティンを入れ相手のコートを見る。

 

 

(崩しに行く?でも外したら……)

七沢の脳裏に浮かぶのはインハイ予選の海浜戦の3セット目、奇しくも同じ点数の23 ― 24、自分がサーブをミスして試合を終わらせてしまった場面。

 

 

 

もしここでミスしたら?また外したら?

 

 

 

否応なしに頭に浮かぶネガティブな思考。

 

 

 

(ここミスるくらいなら)

そんな中七沢は高めに入れるようなジャンプサーブを打つ。

 

 

 

 

「オライ!」

Aパスが上がり、連携からセッター前の時間差を打つ。

 

 

(真ん中?いや、レフトが回り込んでる、トスに合わせる!)

「ワンチ!」

長谷がリードブロックで跳びワンタッチを取る。

 

「くそ!」

ボールが飛んだ先に飯山がカバーに入るがギリギリ取れず落ちる。

 

 

ピィィィ!!

 

総武高校 23 ― 25 海浜高校

 

 

会場をため息が包む

 

 

 

「すいません」

「いや、ナイスワンチだった……俺なら出し抜かれてた」

やっぱコイツは俺よりブロック上手い、同じミドルブロッカーとして飯山は少なからず意識した。

 

 

 

 

「取られちゃったっしょ……」

 

「でも、まだ3セット目があるよ!」

落ち込みかけた空気を感じとった結衣がその場を盛り上げようとする。

 

「ああ、そうだね」

(けど、今の比企谷はフルセットで耐えられるのか?)

そんな中、葉山は結衣の言葉に同意したものの、どこか不安げな目で八幡を見ていた。

 

 

 

 

「宗の奴!」

 

「どうした清川?」

 

「今の場面、宗は攻めないで守りに入った」

 

「まあ、今の外すと、それだけでセット取られるからな」

 

「確かに入れていく事は悪くない。けど、あそこで攻めないで勝てるほど海浜は甘くない、それはあいつも分かってたはずだ」

 

「清川……」

 

頭に浮かぶインハイ予選の最後の場面。

 

 

 

(あいつまさか!!)

 

 

 

 

 

 

「どうだ総武高は?」

 

「強いですね、個の力、身体能力、そしてそれを操るセッター。意外性の固まりです……。が、チームとしてはこっちの方が強い」

山北が実際に感じた事、思ったことを口に出す。

 

「そうだ、あいつらは間違いなく強くなるだろうな。そして、このままにしておくと厄介な相手になる。3セット目も取って、ここで芽を摘んで来い。次はローテを元に戻す!全力で行ってこい!」

 

ハイ!

 

 

 

 

 

「座っとけ比企谷」

「飯山……お、ども」

飯山が八幡を半ば無理矢理ベンチに座らせスクイズボトルを渡す

 

「BCAAとカーボ、クエン酸も強めにしたやつだ。まずいかもしれないが頑張って飲め」

「あ、ああ」

(まずっ!!)

予想以上に不味かったのだろう、思わず吹き出しそうになるが頑張って飲む。

 

 

 

(汗がすげぇ、さっきから肩で息もしだしてる、もしかしてこいつ限界来てるか?……無理もねぇ、あんだけ動いて常にコートを把握してダッシュで落下点に入って、更には守備にブロックや攻撃にも参加して一番ボールに触れてるんだ。心身共すり減って当然だ)

 

 

 

「ヒッキー……」

 

「比企谷君……」

 

「ヒキタニ君辛そうっしょ」

 

「ああ、やはり3年のブランクは大きいみたいだ、体力の限界が近いのかもね」

 

 

 

「ようやく弱点が出てきたな」

そんな八幡を無表情で見る海浜の監督。

 

「もしかして三つ目の弱点って……」

 

 

「ああ、セッターの比企谷だ。奴はもう限界に近づいている」

 

「あいつが終われば総武高は今までのような連携が使えなくなり、攻撃が単調になる。4番もそれなりにセットアップができるみたいだが、あいつに比べれば落ちる。清川含めた3年がいた時なら、固い守りとダブルエースが多少の崩れても関係なくオープンバレーで戦えただろうが、今の総武高は、崩れたパスでもトスに持っていく技術頼みで攻撃が成立していた。だが現状ではそれもできなくなるだろう」

 

「まさか、ローテを回したのって総武高の勢いを殺すためだけじゃなく」

 

「ああ、比企谷が前衛の時に山北をぶつけるためだ」

 

 

海浜の監督が2セット目ローテを回し山北にトスを集めさせた理由。総武高のサーブに対応するため、1セット目の流れを切るため、そして何より山北と八幡をマッチアップさせるため。

 

山北中心の攻め、相手にそう分かるくらいエースで攻める。そうなれば必然的に前衛は山北をマークしブロックに跳ぶ。それはセッターであっても例外ではなく、八幡も当然ブロックにつき全力で何度も跳ぶ。

 

流れを切る、サーブを凌ぐ、ブランクがある八幡の体力を削りに行く、この三つを同時に行うための采配だった。

 

 

「自分の限界が近づいている、そう感じたからこそ比企谷は、どうしてもあそこでセットを取りたかったんだろうな。劣勢だが次は七沢がサーバー、強力なサーブで崩し連携を封じて単調にさせれば、山北に対応してきているメンバーで止める可能性がある。それどころか、3番の稲村が前衛に上がりバックアタックが得意な七沢含め、連携の幅も広がるローテでチャンスでもある。奴そこに賭けていた……そこであいつは最高のタイミングで切り札を使って賭けに出た」

 

「だがウチがセットを取った。あのチームの頼みの綱はもう限界、この勝負こちらの勝ちだ!」

 

(とはいえ、かなり危なかった。ウチがそのまま負けていたかも可能性も十分あった……危なかった)

海浜の監督はその心境を表すようにため息を吐いた。

 

 

 

「なあ比企―――」

「サンキュ飯山」

八幡はスポーツドリンクを飲み干し、声を掛けようとした飯山にボトルを渡す。

 

「お、おう……て、おい、もう少し休んでろ」

 

「そうしたいのは山々なんだけどな」

椅子から立ち上がり、七沢の元へと向かう。

 

 

(今まで一緒だった清川さんが引退して、コイツは自分が何とかしないといけないって責任感で一人で突っ走った……そう思ってた)

 

 

 

 

 

 

『俺、キャプテン任されたのに、皆に迷惑かけてばかりで、先輩みたくできなくて』

 

 

⦅こいつ、気負って自爆したパターンか?⦆

 

 

『まさかと思うけどお前、あの時の試合で責任感じて俺が頑張らなきゃとか気負って無いよな?』

 

『!!』

 

 

 

 

(あの時はあまり意味が分かってなかった。だけど……インハイ予選の海浜戦)

動画に移っていた海浜との3セット目、23対24の先ほどと同じ場面でのサーブミス。

 

(七沢は未だにあのプレーを引きずってる。そしてこいつは、それを越えられずにいる)

 

 

「……」

その時の事を思い出してるのか、七沢は自分の手のひらを見つめながら、何とも言えない表情を浮かべている。

 

 

 

「七沢」

「何?」

「お前、勝ちたくねぇの?」

「は!?そんなの、勝ちたいに決まってるじゃん!」

 

 

「じゃあ本気出せよ、あの場面でサーブ入れに行って崩せると思ったか?何か怖い事でもあんの?それで勝つつもりか?勝つつもりなら何で逃げた?逃げんなよ」

 

「なっ!!分かってるよ……。そんな事、自分が一番分かってるよ!!何も知らねぇ癖にうるせぇ!!」

ショックを受けているところに図星を突かれ、思わず激昂し八幡の胸倉を掴む。

 

 

 

「あっ!」

そして直ぐに我に返り手を下ろし、それと同時に顔を下げ俯く。

 

 

 

「なんだ?比企谷また、あの癖が出たのか?それじゃ中学の二の舞だな」

(比企谷……)

かつて八幡と言い争った二年の控えが昔を思い出し呟き、山北は唇を噛みしめ何かを思うように八幡を見る。

 

 

 

 

 

総武高から流れる深刻で重い雰囲気、どうした?どうする?どうやって止める?そんな空気になった時だった。

 

 

 

 

 

 

「止めて!私の為に争わないで!」

 

「「「「「……」」」」」

 

飯山が、すてみタックルのごとく特攻をかまし場の空気をクラッシュさせる。

 

 

 

 

 

 

「……何か言えよコラ」

 

「ドンマイ!」

「「ドンマイです!」」

稲村はにこやかな顔を向け飯山の肩を叩き、一年の2人もつられるようにフォローする。

 

 

 

「don’t mindじゃねぇよ!まるで俺が痛い人じゃねぇか!」

「すまんな、それはフォローできない」

飯山が遺憾の意を表明するが、却下される。

 

 

 

「チッ!おい、そこの空気悪くした張本人!ちょっとこっち来い」

そう言うと飯山は八幡の頭に腕を回し、自分の方へと寄せる。

 

「な、何?」

 

「悪ぃな、アレ本当は俺が言わなきゃいけないやつだ」

 

「……飯山」

 

「あいつはインハイ予選の事を未だに気にしてやがる……だけどそれは、あいつ自身が自分で越えるしかねぇ、だけど公式戦で海浜とやりあう可能性はウチには少ない。でも今は違う、お前のおかげで海浜相手に1セット取って競った戦いをして、まだ1セットある。越えるなら今しかない……だからキツイと思うけど後1セット頼む」

 

「……おう」

 

「とは言え、空気悪くしたことには変わらないよなぁ!今から円陣組むぞ、罰としてお前が声出せ」ニヤリ

 

「ゲッ!」

 

「ゲッじゃねえよ!お前、最初の円陣の時もちゃんと声出して無かっただろうが!」

 

「いや、俺にしては頑張――」

 

「知らん、やれ!よぉし皆!比企谷の号令で円陣組むぞ~!」

 

その言葉に部員たちも思い思いに笑みを浮かべながら集まる。

 

 

(最低だ俺、キャプテンなのに八つ当たりなんかして)

飯山の言葉が耳に入って無いのか、放心状態の七沢。

 

 

「オラ七沢!お前も早く来いや、この豆腐メンタル!」

「う、うん」

先ほど八幡にしたように、飯山は自分側へと引っ張り輪の中に入れる。

 

 

「ところで円陣って、なんて言えばいいの?」

 

「好きな奴の名前を言――」

「普通に総武高ファイでいい、早く」

それをやると、気合いを入れるドルオタになりかねない、稲村が悪乗りしそうな飯山を抑える。

 

 

(まじか!恥ずかしい)

まさか自分が円陣で声をかけるとは思ってなかった恥ずかしさが芽生えるが。

 

 

(……けど悪くないか)

「総武高ぉぉぉ!ファイッ!!」

かつていたチームと違う感覚、そして自分がそのチームで一員となる感覚、その不思議な感覚に突き動かされ声が出る。

 

 

「「「「「オーーッ!!!」」」」」

部員たちもそれに答えるように大きな声で返す。

 

 

「お、お兄ちゃんが、ちゃんとチームに溶け込んでる!」

兄のバレーしてる姿より、そっちの方が印象に残ったのだろう、小町が感動し震える。

 

「えっ?感動する所そこ?」

まさかの小町の発言に思わずツッコミを入れる大志。

 

 

 

「……何か不思議な気分だね」

 

「どうしたの?由比ヶ浜さん」

 

「いつも、やる気なさそうな態度をしてるヒッキーが一生懸命プレーして、ああやって声だして頑張って、チームに溶け込んでる姿を見るとね、嬉しい気持ちもあるんだけど、ちょっとだけ寂しいかなって」

 

「由比ヶ浜さん……」

 

「大丈夫ですよ!兄があんな感じになるのバレーしてる時だけですから、コートから戻るといつもの捻デレにもどります」

小町は、心配ご無用とばかりに太鼓判を押した。

 

 

 

 

『宗、これからのバレー部を頼むぞ、お前だから、おれは安心して終われるんだ』

清川にバレー部を託された日の言葉が、七沢の頭に過る。

 

 

(……何やってんだよ俺!)

仲間の前で、尊敬する清川の前で、誓ったはずなのに、逃げてしまった事、八つ当たりしてしまった事、自分自身に苛立ちを覚える。

 

 

「……比企谷」

「ん?」

七沢が八幡に近づき声をかける。

 

 

八つ当たりに近いことをした事を謝る?

 

 

 

いや

 

 

 

 

「手出して」

 

「あ、ああ」

 

 

 

バチン!!!

 

 

気合いを入れるためのタッチ

 

 

「いってぇ!何す―――」

 

「勝つぞ!!」

そんな事は、お構いなしにジンジンと響く手を握りしめ拳を握り前に出す。

 

 

「……おう」

何かを察したのか八幡もそれに答えるように拳を合わせる。

 

 

 

(謝るのは後で好きなだけ謝る。後1セット……今は勝つことだけを考えなきゃ)

余韻が残る掌を見つめ七沢は深呼吸をし、気合いを入れ直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「このネタのたまり具合!ぐ腐腐腐……貴方たちはどこまで私を悦ばせるのぉぉぉ!?」」

 

「あんたらマジで自重しろし!!!」

そんなスポ根してるバレー部お構いなしな海老名と相模にツッコミを入れる三浦だが、自重するかしないかは、また別のお話し。




仕事が立て込んでいるため次回の更新は未定です。


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本気だせ

今回は繋ぎの回になります。




天気は曇り、日差しが無く涼しく運動しやすい天候。

 

それは体育館も例外ではなく普段よりも過ごしやすい、けどコートの中だけは違う。

 

激しい動きからくる自身の熱。

 

味方のサーブの時、ブロッカーがネットの前に立ち隣の熱気が伝わってくるように個々が動き合う事でさらに熱を帯びる試合という名の独特な熱。

 

 

(まるで、あの日みたいだ)

その状況が過去に経験した事と被るのだろう、七沢がその時の事を思い出し軽く息を吐いた。

 

 

 

 

―数年前―

 

八幡と七沢が初めて対決した地区大会の決勝。

 

片や清川と七沢、レフトの対角を組んだ二人のエースを中心としたオープンバレーのチーム。

 

片やセッターの八幡と対角のライトの山北、二人を中心にしたコンビバレー主体のチーム。

 

 

季節は違えど、あの日も同じような気温と天気だった。

 

しかしコートの中は違っていて、3セット目という白熱した状況。

着替えたいと思うほどユニフォームが濡れ、汗で滑りやすくなり、それがプレーにも影響を及ぼしかねない。

 

七沢はカットした際にボールが滑らないよう念入りに前腕を、まだ塗れていない部分に擦るように当てながら、相手のコートをジッと見つめる。

 

 

(今は21-15……点差はついてるけど全然油断できない)

彼の目線の先には、苦戦している元凶とも言える相手セッター、比企谷八幡の姿があった。

 

 

『もしかして、あの性格悪いトスばっか上げてたセッター?』

 

『試合開始と同時にツーアタック(セッターがトスを上げずにそのまま相手に返す攻撃)かましたり、ホールディングギリギリからのクイックとか他色々、性格悪いのにじみ出てたし』

 

『いままで試合してきたセッターでお前が一番イヤらしかったがな……』

 

かつて八幡のいたチームと対戦した七沢は、八幡というセッターをそう評した。

 

 

1セット目、中学生とは思えない駆け引き、初の決勝という事で浮足だっていた試合開始直後のツーアタックでペースを乱され、ホールディングギリギリのトスや時間を上手く使ったサーブ等、要所で流れを止められセットを取られる。

 

2セット目になり、ようやく流れが掴めデュースに持ち込み、セットを奪い3セット目を迎えたものの、油断はできない。

 

八幡はサインを出し終えると、こっちを向かずに自コート、斜め45度に立ったスタンスを取り、滑ってドリブルを取られないよう手を拭い、振り返り何度か相手コートを見る以外の目線は向けず、相手に攻撃を悟られまいと目線を分かりにくくさせている。

 

 

(山北さんは疲れてプレーに精彩を欠いてるけど、あいつはまだ諦めてない)

それは前衛にいた清川も感じていたのだろう、

 

劣勢な中でも勝つための活路を見出し、冷静にそれを見出す目。それができる八幡が諦めていない限り油断は出来ない。

 

 

(……やるしかねぇか)

とは言え、八幡に残された切り札は一つだけ、七沢達はツーもフェイントも警戒している、エースの山北は疲労で決定率が落ちている現状。

 

 

八幡に残された選択肢、アタッカーが着いていけるギリギリのトスワーク。

 

攻撃を決める以外に、相手を崩し単調にさせ3枚のブロックでリベロの小菅へ誘導できればこちらのペースで戦えトスワークにも幅が出る、反面アタッカーにとっても打ち辛くミスも大きい。

 

 

(来る!)

七沢が腰を下げ、八幡の一挙手一投足に注視しディグに備える。

 

(行け!)

腕を伸ばし肘は少し曲げた状態、体のバネ三本の指のコントロール。八幡が今日一番で出した最短で最速のトス。

 

 

(早っ!)

そのトスはブロッカーの清川でも反応できず、何度も練習で合わせた味方のアタッカーも何とか触れる程度。

 

ボールをかすめる程度に何とか触れ、フェイントに近い形で七沢達のコートへ落ちる。

 

 

(何だよ今の……)

まだ相手は終わっていない、負けるかもしれない、七沢の脳裏に浮かんだ負の感情。

 

 

だがそれは杞憂で終わる事となった。

 

その後、八幡とアタッカーが衝突し、チームの和を乱したとしてベンチに下げられ、控えセッターと変えられた。

 

コンビバレーからオープンバレーへの転換、だがエースの脚が終わった状態で相手の土俵で戦って勝てるほど甘いものではない。

 

結果は七沢のチームがそのまま押し込み優勝を手にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

―総武高校体育館―

 

 

1セット目、2セット目と違い、3セット目は地力の差が表れる展開となっていた。

 

 

 

 

 

「ライト!」

1セット目のセットを取った時と同じレフトとセンターのスイッチからのブロード、稲村がトスを呼びながらライトへ向かう。

 

 

(3番稲村。サーブ含め攻撃、守備両方こなせ身体能力も高い良い選手だ。だが)

 

 

(クロス閉まってる、ストレート!)

得意の癖玉打ちでボール一個半空いたブロックを抜いて、ストレートへ打ち込むが

 

(予定通りだ!)

ストレートを打つように誘導されたのか、コースを絞らされ待ち構えていた小菅に拾われる。

 

 

「クソッ!」

「ドンマイ!切り替えろ」

飯山が悔しがる稲村の肩を叩き、励ます。

 

 

(確かに奴のスパイクは変則だが、あの打ち方なら球威は落ちる、やりようはいくらでもある!)

 

 

 

(2番飯山。俺が今まで見た選手の中でも身体能力はピカイチだが)

 

 

「トスくれ!」

相手のサーブをしっかりキャッチ上がったAパス。自分に来いと飯山がトスを呼ぶ。

 

 

「うらっ!」

きっちり上がったAクイックを、相手ブロックより高く跳び叩きつけるように打つが

 

(来た!ここだ)

ソフトブロックでワンチを取られ、後ろ深く守っていた後衛に拾われチャンスボールにされる。

 

 

「くそっ!」

攻める側から守る側へ、そのままネット前に残りブロックに備える。

 

 

「あっ!」

海浜のセッター前の時間差に釣られ、ノーブロックでスパイクを決められてしまう。

 

 

(技術はまだまだ……というか打ち下ろしてばかりじゃねぇか!フェイントやるとか、もうちょっとやりようあるだろ!ブロックもタッパあるんだから、Aパスの時はリードブロックに切り替えるとか、もうちょっと頭使えよ!)

一本道な飯山のプレーに海浜の監督も思わず心の中でツッコミを入れてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「七沢!!」

崩れたカットから稲村がアンダーの二段トス、やや割れ気味にレフトに上げ七沢に繋げる。

 

 

(絶好球!)

普通なら難しいトスでも彼にとっては絶好球、後ろから助走をつけて跳ぶ。

 

 

※割れる

かぶり気味のトスの事、打点がズレる為、打ちにくい。

 

 

 

(そして1番七沢。確かにお前は強い、実力は間違いなく全国クラスだろう。だが……)

 

 

 

(トス割れた!て事は七沢さんなら!)

三枚ブロックを躱してエンドラインのコーナー、そこへ狙いすましたようにギリギリ

打ってくる。そう判断した小菅がポジショニングを寄せアンダーで拾う。

 

 

「あっ!」

速い弾速のAパスから、最速の攻撃であるAクイックを決められてしまう。

 

 

(全国ではよくいるレベルの選手だ。うちの選手たちはそのレベルと何度も戦ってきた)

 

 

 

 

 

(そして、それらを上手くまとめていたセッターの比企谷)

 

 

「ハァハァ……」

八幡はプレーが途切れたと同時に目に入りそうな汗を拭いながら何とか息を整えようとする。

 

 

(周りと比べ一人だけ明らかに劣るフィジカルで、よく同等の運動量と質の高いプレーをこなしたものだ。それだけでも称賛に値する……が、3年のブランクはデカかったな)

 

 

 

 

総武高校  4 ― 12 海浜高校

点差が離されてきたところで頼みの綱だった2年がこぞって捕まる。

 

それは総武高の流れを止め、海浜の流れを加速させるには十分なもの、ギャラリーから見ている素人である生徒たちでも感じていた。

 

 

「やっぱ海浜と総武じゃ勝負にならねぇか」

 

「仕方ねぇよ、あいつら優勝高なんだろ?」

 

「人数ギリギリのウチと強豪じゃやっぱ違うよ」

 

「ああ、よくやったよ」

観客は早くも諦めムードになる。

 

 

 

 

「七沢、なんでタイムアウトを取らないんだ?一回流れ切らないと」

物理的に流れを切らないとズルズルと行ってしまう、そう感じたOB1が呟く。

 

 

「もしかして七沢、あいつ上がってるんじゃ?」

今の七沢を見て、そう感じたのだろう恩名も口を開く。

 

 

(そういえばあの時……あの時と今のあいつ、上がってて普段通りにできてないんじゃ!?)

清川の頭に浮かぶインハイ予選の最後。

 

「宗!一回―――」

「―――おい、一回タイムアウト取ったほうがいいんじゃね?流れ切りたいし、ぶっちゃけ俺の体力もキツイ」

タイムアウトを取れ、そう指示しようとした清川と同時に八幡が七沢に声をかける。

 

 

 

「あ、ああ!そうだな流れを切ろう……タイムお願いします」

七沢は左手を水平に、右手を垂直にしTの文字を作り審判に向けタイムアウトを要求する。

 

 

 

 

「比企谷だけはちゃんと周りが見えてるみたいだな」

 

「ああ、あそこは流れを切らないといけない場面だ」

 

「けど、ここからどうすんだ?打開策はあるのか?無ければ二の舞だよな」

 

「「「……」」」

思いつかないのか閉口するOB1、2、3。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが限界なのかな?」

陽乃は、いつもの笑みを崩さぬまま総武高、そして八幡を見ながら言う。

 

「でもヒッキー頑張ったよ!」

 

「はい、お兄さん凄く頑張りました」

 

 

「まだ試合終わってないのに何言ってんだし!」

 

「誰も頑張るためにコートに立ってんじゃない。練習試合や大会関係なく、勝ちたくて、負けたくなくて、自分の持ってるもん精一杯出してコートに立ってんだ……。まだ試合は終わってない、選手があきらめてないのに、ただ見てるだけの人間があきらめてどうするんだし!」

 

「優美子……」

 

「流石は元県選抜、カッコイイっしょ!」

 

「だけどその通りだ。頑張れ!諦めるな皆!!」

 

 

 

(うるせえよ葉山……)

八幡は椅子に座りこみ、汗を拭きながら軽く深呼吸をし呼吸を整え、少しでも体力の回復に努めようとする。

 

「ほら飲め」

 

「ああ、すまん」

飯山がスクイズボトルを渡すと、八幡は咽ないように気を付けながら飲み込む。

 

 

「……」

そんな八幡の様子を見ながら七沢が考え込む。

 

 

 

(タイムアウトは取ったけど、このままじゃジリ貧だ……今までも苦戦したこと、きつかった事があっただろ!思い出せ!考えろ!今まで経験した事、覚えてる事を)

中学の関東大会、県選抜、高校のインハイ予選など、自身が経験した試合、その中での事を必死に思い出す。

 

 

 

(アレならもしかして!)

頭に浮かぶ、中学の地区大会決勝、その時見せた八幡の本気のトス。

 

あの時は敵でも今は味方、もしかしたら……僅かながら見える希望。

 

 

 

(でも今の比企谷には……いや!やるしかない!!)

このままやっても、ただ負けるだけ、七沢は賭けに出る。

 

 

「比企谷」

 

「何?」

 

「本気、出してくれないか?」

 

 

 

「何言ってんだ七沢!比企谷はこんなになるまでやってんだぞ?これ以上何しろってんだ!」

七沢の発言が予想外だったのだろう、飯山が声を荒げ反論する。

 

 

「比企谷は全力でやってるよ、どのプレーにも手抜きせず全力で……俺が言ってんのはチームに合わせて全力を出すんじゃなくて、勝つために本気出せって事」

飯山に臆することなく、ジッと見つめ真意を伝える。

 

 

「体力をもたす為に無理にブロックに参加せずフォローに回ってもいい、サーブもフローターでいい、攻撃に参加しなくてもいい」

 

「だから中学の時、俺と試合した時みたいに勝つためのトス上げてくれ!」

 

 

「本気か?言ってる意味わかってんの?このチームは即席、合わせる練習なんてしてねぇぞ」

八幡が今までやってきたトスは、あくまでも一人ひとりに合わせた物。

 

それを崩すという事は、最終局面の3セット目。下手をすれば修正不可能なレベルでダメージを負う事になる。

 

 

「ああ、今はフルセットの3セット目で相手は海浜、練習試合とはいえ勝ちたいに決まってる」

 

「俺は本気だ!」

 

「……」

その言葉に八幡は閉口しなにか考えるように俯く。

 

 

「それに、このチームは誰かのミスを攻めて、負けの責任を負わせるような奴はいない……いたとしたら自分自身だけ、3年前の時とは違う、だから―――」

 

「おい、また一人で突っ走る気か?一応、皆に確認取れよ」

稲村が落ち着けとばかりに口を挟む。

 

「え?反対なの?」

 

「比企谷がよかったら賛成だ」

飯山はにやりと笑い答え

 

「俺も同じ。つーか戦略面と守備と攻撃でおんぶ抱っこ状態だから正直、責任を感じてるのはこっちだ」

稲村もそれに続く。

 

 

「自分も、ここまできたら勝ちたいです!」

 

「やるなら、俺がレシーブ上げて見せます」

一年の2人もまだ試合を諦めてはいないのだろう、手をギュッと握り気持ちを伝える。

 

 

「賭けになると思うんだけど?」

 

「そんなのダメで元々、可能性があるなら試してみたい」

そんなの当たり前、そういわんばかりに八幡の言葉に七沢が返す。

 

 

「おう!男は度胸、何でも試してみるもんだ!」

 

「お前が言うとガチであっち系だからヤメな」

 

「さっき比企谷に抱き着いたお前が言うかそれ」

飯山と稲村がお互いにケラケラ笑い、はやる気持ちを抑えるように手首をストレッチしたり、腕をもみほぐす。

 

 

「どうする?皆やる気だよ」

 

「……分かった、タイムアウト終わったら続けて取ってもらっていいか?これから説明する」

観念したのか、八幡は大きくため息をつき返答した。

 

 

「了解!」

 

 

 

 

 

 

「続けてタイムアウト、何をする気だ?」

セオリーでは考えられない行動に面食らう海浜の監督。

 

 

(まだ何か策が?いや、流石にもうないはずだ……だが何だ?この胸騒ぎは。とは言え現状こっちのやる事は変わらん、このまま行く)

 

 

 

 

 

 

「……以上だけど何かある?」

 

「できるかどうか分かりませんが」

 

「やってみなくちゃ分からないってやつですね」

長谷と温水は自分のやるべき事を頭にしっかりと刻み気合いを入れ直す。

 

 

「だな、やぁぁってやるぜ!てな」

飯山はモストマスキュラーのポージングをしながら八幡にマッシブな笑みを向ける。

 

(あ、あつぐるしい)

 

 

 

 

(一発目、Aパス上がったら行くからな)

 

(分かってる、やってやるよ)

八幡がサインを向け、七沢が頷く。

 

 

(まだ何かあるのか?いや、今はサーブに集中しよう)

山北はサーブに集中するため一呼吸おいてルーティンに入る。

 

 

(山北さん……確かに、凄いサーブだけど)

 

(威力なら飯山先輩、コントロールならキャプテン、変則さとキレなら稲村先輩。単体ならウチの先輩たちの方が上だ!)

何度もやられたサーブ。コースを予測し正面に入り込み全身で勢いを殺すように受け、しっかりとAパスを返す。

 

 

(来た!)

(行くぞ)

 

綺麗に上がったAパス。七沢と八幡が構える。

 

 

 

―タイムアウト中―

 

「七沢、お前はBを打て。それと長谷の囮はC、温水は平行で入ってくれ」

 

「Bってあの時みたいな?」

 

「……ああ、タイミング的にはBじゃなくて速いAを打つつもりで入って来い。言っておくけど、それが出来ねぇと全部つまずく事になるから」

 

「分かった頼むよ」

 

 

 

 

(行くぞ七沢!)

(来い比企谷!)

腕を伸ばし肘は少し曲げた状態、体のバネ三本の指のコントロール。

 

あの日と同じ八幡の本気のトス。七沢もボールが八幡の手に入る前に跳ぶ気持ちで、最速のタイミングで入る。

 

(速い!)

そのトスにブロッカーは遅れて跳ぶ。

 

 

(これが比企谷の本気……すげぇ!)

遮るブロックもない、一瞬の間、今一番高いところに自分だけがいる感覚、ノーブロックの状態、反応できない海浜コートへスパイクを打ち込む。

 

 

 

ピィィィィ!!

 

 

総武高校 5 ― 12 海浜高校

 

 

 

「はぁ!?」

今の速攻があまりに予想外だったのか海浜の監督が思わず声を上げる。

 

 

 

「すげぇ!あいつらあんな速攻できたのか?」

 

「でも今まで見せなかったんだからマグレなんじゃ―――」

 

「マグレでもいい。マグレだとしても海浜は今の速攻を頭に入れながらプレーしなきゃならない。そうなると他の攻撃の見え方も変わる……勝負はここからだ」

OBのネガティブな言葉を清川が遮る。

 

 

(これで、道は開いた)

これで海浜は、今の速攻を意識せざる得ない。それによりトスの幅も広がる。

 

(そして点差は7点……まだ行ける)

八幡は左大腿部をギュッと掴みフッと息を吐き、ローテを回し次の展開を考えていた。

 




次回の更新は未定です。


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理性の化物 ~前編~

お久しぶりです。

今回はタイトルで察しがつくかもしれませんが八幡の活躍回になります。


かなりマニアックな内容も含みますがご了承ください。


(あの速攻……クレイジーだな)

八幡と七沢、3セット目になり二人が始めて見せた今日一番の速攻。

 

面を食らったのは選手だけではない、監督も動揺していた。

 

 

(今、使って来たということはマグレか)

そうでなければ2セット目の中盤で既に使って勝負を決めに来ていたはず。フルセットにもつれ込み八幡がスタミナ切れを起こした現状で使うという選択肢は普通ならありえない。

 

 

(いくらなんでも、この状況……ぶっつけ本番でやるか普通?リスク高すぎじゃねぇか)

何せ連続でタイムアウトを使い、後が無い状態での最初のターン。ここで速攻をミスしようものならタイムアウトで切れた流れはまた元に戻り9点差、チームの負けを決定づけムードまで盛り下げてしまう。

 

 

 

 

「もう一丁来い!」

七沢が再び助走体勢に入りトスを要求する。

 

 

(点差あんだ、ネッチ覚悟で止める!)

海浜のブロッカーが七沢にコミットに着く。

 

※ネッチ

タッチネットの略

球技大会のように素人同士の試合の場合、取ってしまうと試合にならない為ほとんど取りませんが、普通の試合ではシビアに取る反則。

 

 

 

(よし釣れた)

(今度はバックアタックかよ!)

八幡の選択はバックアタック、バックセンターから走り出していた稲村が打ち込み決める。

 

 

 

 

 

(ウチの奴ら、あの速攻喰らって飲まれてやがる)

3セット目、勝ちが現実に見えた場面での新しい速攻、それも一番厄介な選手がやったという事実。

 

それにより相手のプレーを早く切ろうと単発的なプレーが多くなり、そこを八幡に突かれる形になっている。

 

 

 

(どうする?タイムアウトで切るか)

この場面はさっさと流れを切り落ち着かせるのが定石、海浜の監督は3セット目まだ使っていないタイムアウトを使おうとするが

 

 

(……まてよ)

彼の脳裏に浮かんだのは、先ほどの総武高校のタイムアウト。

 

2分間あるタイムアウトを続けて取った為、後が無いものの4分間プレーは途切れる事となった。

 

その状態で今タイムアウトを使ったら?

 

タイムアウト後、2ローテしか回ってない状態でのタイムアウト。

 

それにより一番喜ぶことになるのは、スタミナが限界を迎えている相手のセッターの八幡。

 

 

そうなれば即席で新しい作戦を組んできかねないばかりか、この短時間で計6分の長い休憩を与え、彼のプレーが息を吹き返す可能性がある。

 

 

(それこそ奴の思うツボ、このまま行くしかない……差は6点、これじゃあ6点もあるじゃなく6点しかねぇって感じか……七沢の速攻だけで済めばいいが)

 

 

タイムアウトを取ろうと席を立った海浜の監督だったが、再び椅子に腰を掛け腕組をし、いつものようにジッとコートを見つめ

 

 

「イヤらしい奴だ」

小さくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

(こっちの思惑に乗ってくれるかと思ったけど、やっぱ乗って来ねぇか)

あわよくばタイムアウトを取ってくれれば、休憩になり4分の休憩の後に2分の休憩でスタミナの回復を狙っていた八幡、そう上手くはいかないかと小さく息を吐く。

 

(まあ、それでも流れがこっちに来かけてるのは間違いねぇ、次に行く)

いずれにせよ、総武高からすれば大きなチャンスには違いない。気を入れ直し次のプレーを頭に展開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「七沢が後衛で下がって稲村が前衛か、さっきみたいな速攻は使えないだろうけど何をやるんだ?」

 

「変態ブロードもさっき防がれたしな。せめて他に決めて手があれば」

 

「恩名、お前ならどうする?」

相変わらずネガティブなOB1、2、3。

 

 

「俺の時はこういう場面、Aクイック囮のレフトの平行かバックアタックだな、それしかなかったし」

 

「俺の決定力なくてごめんなぁ……」

 

 

 

 

(後衛は七沢に守備の良い4番がいる、そしてミドル二人をサーブカットから外した配置……どうする?打つとこねぇな)

海浜のサーバーは総武高の配置を眺め、サーブの選択に入る。

 

 

(4番か七沢に打って綺麗に返されたら厄介だ、あの手で行く!)

スピンのかかったトスにスパイクのような助走からの意表を突く軟打、狙う先は後衛でも、レシーブから外したミドルでもない、前衛に上がって来た稲村へのサーブ。

 

七沢が後衛に下がった場合、軸になるのが稲村のブロード。下手に返されるくらいなら、相手の意表を突き、かつその軸を崩す。それが海浜のサーバーの狙いだった。

 

 

 

 

「オーライ(それを待ってた!)」

八幡が稲村のボールを奪うように前に出て、オーバーでAパスを上げる。

 

(セッターがカット!?)

 

 

 

 

 

 

―タイムアウト中―

 

「そんで七沢が後衛に回った時なんだけど……温水、お前が一本目に触らなかった場合セッターに入ってくれ」

 

「え?まさかアレをやる気ですか?成功率低いですよ!」

 

「アレって何だ?」

 

「何言ってんだ飯山、俺が前衛なんだからブロードに決まってんだろ」

 

「でも自分はCは辛うじてできる程度で、Dどころかライトの平行も怪しいですよ」

ライトへ上げるトスはバックトスになる。八幡と違い、正式な練習を積んだわけではない彼にとってそれは高難易度である。

 

 

「確かにバックトスでやった時は成功率低かったけど、ライト向いて上げた時は問題なかったろ」

 

「そ、それはそうですが、上げる方を向いてたらブロッカーに悟られちゃいますって」

 

 

「大丈夫!俺と比企谷の新しい速攻なんて、ぶっつけ本番なんだから。それに……それ用の布石はすでに敷いてある、だろ?比企谷」

七沢は温水の背中を軽く叩き、含みのある笑みを八幡に向ける。

 

「まあな」

 

「やってやろじゃねぇか温水、ここは男の見せ所だぞ」

 

「……稲村さん」

 

「なんせ女子が応援来てんだ、ここで男を見せないで何時見せるんだ?今しかねぇよなぁ!!」

 

 

「そうだぞ!勝って女の子に良いとこ見せて彼女ゲットだ!!」

 

 

「ト、トリアエズヤリマス」

熱血モードに入った先輩二人に絡まれたら敵わん、温水はさっさと同意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お膳立ては出来た――後は)

「オーライ!」

打ち合わせが頭に入っていた温水が素早く落下点に入り込み、普段向いているレフトではなくライトへ体を向ける。

 

 

 

(はぁ!?何でライト向いてる)

セットアップに入った温水の予期せぬ行動に海浜のミドルブロッカーが戸惑いを見せる。

 

 

(レフト走った!錯乱?囮?――どれだ)

 

 

戸惑いは焦りを生み、焦りは迷いを生む。一瞬の中の駆け引きにおいて、プレーを濁らせる思考の状態となる。

 

海浜のブロッカーは定石ではありえない行動に動揺し必要以上にそれを注視する。

 

そして、その状況こそ総武高、ひいては八幡の撒いた餌でもあった。

 

1セット目からルールやセオリーの隙を突いたプレーや意表を突くプレーの数々で騙しを重ねた。それにより海浜に刷り込まれた経験からくる警戒という状況。

 

相手は自分をだましてくる、その心理状況が常にプレーの裏を読み取とろうと警戒するようになり、それが時に焦りや迷いを生む。

 

その結果、トスを上げる方向を向いていた温水のプレーにさえ必要以上に焦り警戒することとなる。

 

 

(自分が打つつもりで!)

(Cだ!)

焦りから囮に入った長谷に釣られる。

 

 

(ナイス囮!)

(ミドルが釣られた!後衛は?)

これでブロックはサイドの一枚、コースを隠しきれないと判断したサイドのブロッカーが一瞬チラリと後衛の位置を見る。

 

(来てる!打ち合わせ通りストレート開ける!)

前衛の八幡がファーストタッチを取り稲村とスイッチし前衛三枚。その為、海浜のリベロである小菅は定位置に、そしてトスが上がったのを見てから瞬時にサイドへ身を寄せようとしている、それを確認しブロック体勢に入る。

 

 

(ブロックアウト狙う!)

海浜は自分のブロードに対しワザとストレートを開け誘導し対応している。だからと言ってクロス方向に打とうとすれば、体が流れながら打つブロードでは対角線に打つしかない。その性質上ボールの軌道をブロックで抑えられたら、どうしてもつらい。フェイントなら意表こそ突ける物の拾われてしまったら、警戒され次の選択肢が減るばかりか拾われた時のダメージはでかい。

 

そんな中アタッカーの稲村の狙いはクセ玉打ちでもクロスでも無くブロックアウト狙い。

 

相手はあきらかにクセ玉打ちを意識している、ならばこれを成功させれば海浜は今のパターンを頭に入れざるを得ない、そうなれば自分の空中戦での選択肢が増える、少なくとも囮としても機能しやすくなる。

 

 

 

 

(遅れた!間に合え!)

囮に釣られた、海浜のミドルが片手を伸ばしなんとか食らいつきブロックを1、5枚にする。

 

(好都合だ!遠慮なく振りぬく!)

無理な体制のブロックは逆にありがたい、手の形がと向きが不完全なミドルの手に思いっきり打ち込み、コート外へと飛ばす。

 

 

「「よっしゃぁ!」」

ブロードを決めた稲村と温水が声を出しガッツポーズをする。

 

 

総武高校 9 ― 16 海浜高校

 

 

 

 

「ナイスキーです!」

「いや、今のはレシーブ、トス、囮、全部が噛みあったナイス連携ってやつだろ?」

稲村は温水の言葉にそう返すと、ガッツポーズした手をチームメイトへ向け上へあげた。

 

 

 

 

 

海浜から総武高にサーブ権が移りローテが回り、前衛が八幡、飯山、稲村の攻撃型ローテに移る。

 

 

 

「飯山、稲村、耳貸せ」

八幡の言葉に二人は耳を傾け言葉を聞くと頷き、ブロックに備えた。

 

 

 

 

「ここで長谷が下がって、飯山上がった……一番攻撃が強いローテだ」

 

「長谷のサーブそこまで強くないからブロック大事だぞ」

 

 

 

「リベロには打たない、リベロには打たない、リベロには打たない、リベロには打たない……」

ルーティンを入れながら、海浜コートをジッと見つめ念仏のように呟く長谷。

 

「あっ!」

リベロには打たない!そう決めた時、なぜか綺麗に行っちゃうもの。

 

「オライ!」

変化もなければ特殊な回転もない、取りやすいボール。小菅が綺麗に拾い角度の速いAパスを上げる。

 

 

(来た!)

海浜のセッターがリズムよく数回足を捻りタイミングを自分に合わせAクイックを上げる。

 

 

(((今だ!!)))

総武高は三枚ブロックでそれに合わせ跳び、ブロックで仕留める。

 

 

 

総武高校 10 ― 16 海浜高校

 

 

 

 

「「「ドシャットキタ――(゚∀゚)――!!」」」

ヒャッホーイと喜ぶOB達。

 

 

「今ゲスで止めた?読んでたのか?」

「ああ、比企谷の事だ読んだんだろうな」

恩名の問いに清川が答える。

 

 

※ゲスブロック

憶測で跳ぶブロックの事

 

 

 

 

(あいつ……やっぱりセッターの癖を読んでやがる!)

1セット目、ツーアタックを自然に取った時に感じた予感。

 

 

 

バックトスを上げるとき頭がわずかに後ろを向く、足の向きがトスによって異なる、トス回しの配球割合など選手によって異なる癖、海浜の監督の予感が悪い形で的中してしまう。

 

(下手に手を出せばチーム全体が動揺しちまう……。タイムアウト、選手交代、リベロの伝令。手札はあるが使うと比企谷が喜ぶような現状。今は打つ手なしか)

山北に集めれば左利きに慣れてきた総武高が対応する可能性がある、タイムアウトを取れば休憩を与えるばかりか新しい情報を元に作戦を立ててきかねない、そして事実を伝え動揺すれば、それを利用しかねない。

 

(ここまでの苦戦。今まで総武高に無かった個の力が要因だと持ってたが、それだけじゃねぇな。比企谷が加わったせいで采配、作戦、さらには指導者不在でハンデでもあったベンチワークまでもが今までの総武高と違う)

事前に打ち合わせていた作戦と情報をコートの中で実際にある情報を交え組み替え、臨機応変に対応してきている。

 

 

(普通は試合中コートにいたら、敵味方の情報と駆け引きでいっぱいで、他の事まで頭回せねぇのに今後の展開、相手から見た自チームの見え方含め冷静に物事を処理して組み立ててやがる。それも体力の限界来ている中で相手のベンチワークも頭に入れて……なんつー理性だよ)

 

 

 

「化物め」

海浜の監督は目を閉じ小さく呟いた。

 

 

 

 

「本当に比企谷の言う通りだった」

 

「よくわかったな」

 

「動画見てたら偶然、まあ癖消されてねぇかハラハラしたけど大丈夫みてぇだな。それより飯山、次お前行くから」

 

「おうよ!それで俺には何をお求めなんだ?比企谷」

 

「ああ、お前はA打ってくれればいいわ」

 

「は?そんだけ?」

 

「言っておくけど今まで見たいな合わせたトスじゃねぇ、お前に合わせねぇで行くから気抜くなよ」

 

「抜くかボケ!」

 

「それなら良いんだけど考えて込んでチンタラしたらトスに遅れちまうからな」

 

「わかったって」

 

 

 

 

 

(クソっ!何で読まれた?)

一番早い速攻であるAクイック、それに3枚ついたという事は読まれたとしか思えない。海浜のセッターにあせりが生まれる。

 

 

(ならコレで!)

(焦りで癖出まくってんぞ)

バックトスに見えるかのような頭のずらし方からのレフトへの平行、頭のずらし方からトスを読み八幡が飯山と稲村にブロックの指示を出す。

 

 

(またかよ!このままじゃ捕まる!)

きっちり揃った3枚ブロック。ドシャットを食らうくらいならフェイントで躱す。そう判断したアタッカーがフェイントを打つ。

 

 

「チャンス!(逃げたフェイント、バレバレだ)」

(2セット目からダメダメなんだ、そろそろ決めろ!)

七沢がしっかりと反応しAパスを上げ、八幡がセットアップに入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―先週、某ドーナツ屋―

陽乃と遭遇後、八幡を含めたバレー部全員でバレーボールトークをしていた時。

 

 

「そういや比企谷のバレシューは大丈夫なのか?」

 

「ああ、サイズもピッタリだし特に――」

「――そっちじゃなくてお前のプレースタイルに合ってるか、ゴム固くなってないか、そういう事の話だ」

サイズの話かと思った八幡の話を遮り、長い間使わないでおいた靴のゴムは固くなりやすい、そんな馴染んでいない状態で久しぶりのプレーは怪我につながりやすい、飯山はその事を伝える。

 

 

「多少固くなってるけど今のとこ気にするほどじゃねぇな、体育のシューズよりはるかに良いと思う。大丈夫なんじゃねぇか」

 

「そうか、ならいいが違和感、感じたらちゃんと言えよ。スポーツと靴の関係ってかなり重要だからな」

 

 

「あ、そうだ!靴の事で前から気になってたんだけど」

 

「何だ七沢?」

 

「フィジカルやってる時、飯山と稲村は靴違うじゃん?アレ俺も買った方が良いかなと思って」

 

「理由を理解した上で買うなら良いけど、何となくならやめとけ」

 

「え?」

 

「説明するか……とりあえずこれを見てくれ、これが俺の使ってるリフティングシューズだ」

飯山は自分のシューズバックからリフティングシューズを取り出す。

 

 

「リフティングシューズの特性は何より、この靴底だ」

 

「卓球のラケットのラバーみたいですね、それに何か固そう」

 

「実際に固い、だからこそ床と強い反発が生まれる、それがデッドやスクワットで踏ん張りがきいて安定感が増して、更に脚に効かせる事が出来る」

靴底をノックするように叩きながら飯山が言う。その音はまるで板を叩いたようなコンコンとした乾いた音。

 

 

「じゃあ猶更買った方が良いんじゃ」

 

「七沢、お前は最後まで人の話は最後まで聞け……。比企谷、今バレシュー持ってるだろ?ちょっと出してみろ」

 

「別にいいけど」

 

「ローテジャパンライトの黒か、白よりお前に似合ってるよなぁ。センスいいじゃん……。あった、ここ見てくれ。ちょうど母指球のとこ丸い形してるだろ?そんで靴底自体も柔らかい、これがバレーシューズの大きな特徴だ」

 

「どういう事です?」

 

「例えばランニングシューズは前に進む力の伝達の為に進行方向に向けた靴底になってる、リフティングシューズは床とのコンタクトの為に全部均一。対してバレーシューズは外へのグリップの作りと母指球、この二つが特徴的だ。長谷、清川さんからスパイク教わった時、母指球に体重乗せろとか言われたろ?」

 

「はい……てことは、まさかそれと関係が」

 

「そういう事だ!何で母指球に乗せるか分かるか?分かる人?……いないか。まあいい」

 

「母指球に乗せる意味は、スパイクでちゃんと脚を使う為の布石みたいなもんだ。脚って一括りで言っても、大腿四頭筋、ハムストリング、下腿三頭筋、大腰筋、内転筋含め他にも沢山の筋肉、腱、関節それらが連動することによって動きになる。また様々な動きに応じて、それぞれの役割も異なる」

 

「実際に見ればよくわかると思う、カーフの動きで説明するぞ」

制服をめくり、まるでケツのように隆起したふくらはぎを露出させる

 

「内側に寄せた時と外側に寄せた時は筋肉の動き方が全然違うだろ?」

 

「ああ、確かに」

 

「それは体全体でもそうだ、外から見ると似たような動作でも、どの部位を使ってるかで大きな違いが出来る。母指球に伝えるのはまさにそれだ」

 

「助走して前に伝わった力をブレーキ筋と言われる大腿四頭筋、特に大腿直筋。それを使いブレーキをかけると反発力が生まれる。その力を母指球乗せて伝える。すると動きの連動で、内転筋、ハムストリング、大腰筋群それぞれが働きジャンプ力につながる」

 

 

「それを踏まえた上で俺にバレーシューズのままやらせたって事?」

 

「そうだ、俺がフィジカル担当してからお前にクリーンを教えてた時、あえてクッション性のあるバレーシューズでやらせただろ?それでやるとファーストプルの動作からセカンドプルに入る時、シューズのクッションの反発が、ちょうど助走して踏み込んだ時のキックバックの反発みたいに返ってきて、まるでスパイク打つ時みたいな感覚になる。しかも荷重のおかげでスパイク練習じゃありえない程の負荷になる、かなり内腿とかに利いただろ?」

 

 

※クリーン

バーベルを床から、肩の位置まで体の反動を使い持ち上げる動作

 

※ファーストプル

言葉通り1回目の動作の事

クリーンの際に床から膝までの引っ張る。

 

※セカンドプル

言葉通り2回目の動作

ファーストプルで引いたバーベルにさらに力を引いて伝える。

 

 

「うん、今まであまりなった事の無い場所が筋肉痛になったよ」

 

「だろ?お前はバレーの動作が染みついてる、そこにトレーニングで伸びる素質を見出した。才能を開花させる為にあえてそこを叩いたんだ」

 

「なるほど、ファーストプルからセカンドプルの時にグッとして(大腿筋に力を入れて)ダッときてダンってきたらウリャ!(母指球に力を伝え連動した力で体の跳ぶ力をバーベルに伝え跳ね上げる)ってやるのはそういう理由だったのか」

 

 

 

「その通り!」

 

「いや、何言ってんのか分かんねぇから」

 

「まあ、そんなわけで意味を理解してリフティングシューズ買ってトレーニングするなら良いが、そうじゃないなら、お前にはおススメしない。何よりこのシューズだけで3万する、それならサプリに金かけた方が良いと思うぞ」

 

「そ、そうする」

お値段を聞いてビックリした七沢は素直に諦める事を選択。

 

「お前すげぇな」

想像以上の知識に思わず声が出る八幡。

 

「まあな、実際ウエイトリフティングの跳躍力はすげぇぞ。なんせ重力と高重量の二つと常に戦ってるんだ。だからこそ、そこから学ぶことが沢山ある」

 

 

「さすがリフターだね(バレーもそのくらい入れ込めば良い選手なんだけど)」

 

「垂直跳びと最高打点はお前がダントツだもんな(調子の波が激しくて最高打点バラツキまくってるけど)」

 

「そう褒めるな。もっとも俺の場合は体を使うのは得意だが、ボールを使うのが苦手だからバレーにはあまり反映されてないけどな!」

 

「「「HA!HA!HA!」」」

 

 

「そこ一番重要なとこじゃねぇか……」

 

 

 

 

 

 

(だけど、それは違う)

バレーに反映されてないわけがない、八幡はそれを否定する。

 

(あんだけ知識持ってて、時間の許す限りフィジカルを鍛えて高校生離れした体になってんだ……そして、時折見せる想像を超えるようなプレー)

 

『飯山はフィジカルモンスターだから、ジャンプサーブやスパイクがハマるとかなり強力なんだよな』

3対3で見せたように、ワンレッグ(片足跳び)で助走をつけた長身の長谷並の高さを出したり、時折見せる手が付けられないプレー。

 

 

(いつもムラっ気がありすぎるプレー。多分イメージと動きのギャップに追いついてねぇんだ)

 

 

(だったら俺がそれを使ってやればいい……来い飯山、余計な事は考えるな)

八幡がセットアップ体勢に入る。

 

(比企谷に遅れない!ボールを打つことだけを考える!)

飯山が助走し床に母指球を乗せ踏み込み、まるでクリーンで言うセカンドプルのような体勢。

背筋をピンと張り、膝を曲げすぎず伸ばしすぎず理想の状態に、バレー特有の動きである手を思いっきり後ろに振る動作。

 

 

(イイ感じ!)

床からのキックバック、体の力と感性を伝える上に伝える事ができる体勢。

腕の振りぬきとジャンプ、上体を反らすタイミング、すべてが噛みあった動き。

 

彼の理想の動きと現実が重なり合う。

 

 

(そこがお前の)

(ここが俺の)

八幡のダイレクトデリバリーのトスがまるで飯山の手にぶつかるかのように向かう。

 

 

((最高打点!))

助走、トス、スパイクすべてがベストタイミングでかみ合った速攻。海浜のブロックのさらに上、ワンタッチ狙いでとにかく伸ばしたブロックの上から打ち付ける。

 

シンプルな高さ、そして強烈な打球、海浜のレシーバーは反応することができずコートに打球が叩きつけられる。

 

 

 

 

 

総武高校 11 ― 16 海浜高校

 

 

 

 

 

 

(……何、今の?)

自分の守備範囲なのに反応できなかった。小菅が唖然としている。

 

 

 

 

 

「本当に高校生か、あいつ?」

 

「あんなの社会人と言われても信じますよ」

むしろそっちの方がしっくりくる、海浜の監督とコーチも唖然とする。

 

 

 

「……すげぇ」

(比企谷が来て、飯山と稲村が上のステージ上がってる気がする。俺も負けてられない!)

チーム内で、自分に近づいてきてる二つの才、七沢はやってやろうじゃんと拳を握り、顔をニヤつかせる。

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり、比企谷先輩は相手の癖を読んでる……なら下手に崩すくらいなら、あえてリベロに取らせた方が)

長谷はエンドラインの真ん中に立ち、今度はあえてリベロへとサーブを打つ。

 

 

(このローテ、山北先輩が後衛でセッターはセンターとレフトで止められてる状況、セッターの癖も特に出てねぇ、ならパイプだ!)

そして、実際に上がったのはAクイック囮のパイプ。

 

「せーの」

「ワンチ!」

八幡の合図でブロックを跳び、ブロックに当てた飯山が叫ぶ。

 

「オーライ!」

温水が素早く落下点に入りオーバーでカットし高くセッターポジションへ上げる。

 

 

 

 

 

(今度はセッターが入った……って、またライト向いてやがる!!)

(またブロード?いや打ち合わせ通りに!)

八幡は温水と違いバックトスに不安もなく、トスを上げる場所へ向く意味もない、ブロッカーは一瞬迷うが、気持ちを切り替え打ち合わせ通り稲村へ一人コミットをつけ残りを2枚で対応するべく集中する。

 

 

何故、八幡がライト方向を向いたか?

ブロードの為?錯乱の為?

 

 

 

(ノーブロック!)

八幡の選択は強打のツーアタック、右利きの彼にとって最も打ちやすいライト方向に向いての強打。

 

八幡が攻めつつも新しく仕込んだ手札。温水にあえてライト方向を向かせたセットアップをさせ、崩しても稲村のブロードが健在である事を見せ、次にミドルの飯山をもう一度目立たせた。そして自身もツーアタックの為にライトに向いたセットアップ、3人のプレーが深く印象に残っていたブロッカーは騙されまいと打ち合わせ通り稲村と飯山をマークする。

 

まさに彼が思い描いた展開だった。

 

 

 

「なっ!!」

そして海浜のブロッカーにとっては正に予想外、事実反応することが出来ずノーブロックでツーアタックを決められてしまう。

 

 

総武高校 12 ― 16 海浜高校

 

 

 

 

「タイム!」

これ以上は深手になる、そう判断した海浜の監督がタイムアウトを取る。

 

 

 

「よっしゃ!(これで布石は敷けた!)」

八幡は喜びを表すように声を出しガッツポーズし、笑顔になる。

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

「ヒッキーがガッツポーズして、あんな顔するの初めて見た」

「ええ、本当に」

八幡の今まで見たことがない姿にドキッとする。

 

「……お兄ちゃん、この試合で自分の持ってるの全部出す気だ」

 

「どういう事?小町ちゃん」

 

「兄が笑ったので。まあ、なんとなくですけどそんな気がしただけですけど……でも、何かやってくれそうな気がします!」

かつて見た兄の姿と今の八幡が重なり嬉しくなる小町。

 

 

 

 

 

「……なるほどねぇ」

陽乃が笑みを浮かべながら、口を開く。

 

「え?何がですか?」

隣にいた戸塚が何のこと?と聞く。

 

 

「今n――――」

得意げな顔で語ろうとした陽乃。

 

 

「―――今のツーアタックは只のツーアタックじゃないって事だよ」

それを言うのは俺だ!そう言わんばかりに陽乃の言葉に被せるように葉山隼人が台詞を奪う。

 

 

「……」

隼人ぶっ殺す、陽乃は殺気交じりの笑みを右にいる葉山に送るが、彼はソレを左に受け流す。

 

 

「どういう事っしょ?」

 

「七沢が前衛にいない状態での攻撃の軸は、あのブロードを中心にした連携。海浜は3セット目の前半でブロードを攻略した。そこで比企谷はそれを生かす為にツーアタックを使ったんだ。それも強打で打てる様にライトを向いて」

 

「これで次に同じくボールが上がったら海浜はツーアタックの強打も警戒しなきゃならない、かといってブロックに跳べば、センターのクイックで時間差攻撃になりブロックを躱される、それを二度跳びブロックやコミットで対応すれば、今度はブロードの対応に遅れ、それこそ深手を負う……とんでもないよ彼」

 

「隼人君、バレー詳しいんだね~~パネェわ」

さすが隼人君、戸部は素直に感心し再びコートへと目を向けた。




次回の更新は未定です。


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理性の化物 ~後編~

お待たせしました。


今年のスポーツは波乱が多く、サッカーでは青森山田、バレーでは駿台が負けるという、見てる側もビックリする展開でしたね。





総武高校 13―16 海浜高校

 

 

(今日は本当に予想外すぎるな)

海浜の監督は、ため息をつくと総武高ベンチを見る。

 

(選手たちは確かに粒ぞろい、全員ウチに来ても余裕で通じる……総武高が進学校で良かった♪あのメンツに清川とか想像しただけで恐ろしい)

なかなか正直な男である。

 

(て言っても経験と技量、総合力はウチが上だ。相手がいくら未知の相手でも、それを体験しちまえば経験に変わり今までの経験と合わせ対応出来る、そのはずだったが)

 

(あいつら後いくつ引き出し持ってんだ?)

3セット目になって総武高はまだ新しい飛び道具を出してきている。

 

 

(まあ、大方その場しのぎの組み合わせなんだが、こう上手く使われちゃ敵わん)

 

 

(それより問題は、比企谷がウチのセッターの癖を読んでる事だ)

このままでは負けが現実になる。

 

海浜の監督は一つの決断をする。

 

 

「愛甲!石田!」

 

名前を呼ばれた二人の選手、1セット目の最初にコートに立っていたミドルブロッカーとセッターの二人の名前を呼ぶ。

 

 

「「は、はい!」」

 

「お前ら比企谷と同じ中学だったな。コートの外から見て今の奴をどう思う?」

 

「「……」」

 

 

 

-3年前 地区大会決勝-

 

「あんなマネしてまで勝ちたいのかよ」

中学時代、勝つ度に聞こえた陰口。

 

(俺は、それが嫌だった)

自分たちの力なら正々堂々やってもやっていける、その為のバレーをしても勝てるのに!そう思ってた。

 

そして迎えた、地区大会決勝

 

自分の思い描くバレーを展開していた相手チーム。

 

清川と七沢の二人のエースの力が八幡の技を打ち破った試合。

 

 

 

(負けたのは、同じようなバレーをやってこず、小細工ばかりしていたあいつのせい俺はそう思ってた)

 

 

 

(けど、それは違った)

 

 

 

「あいつ自身は中学と変わってません、ただ周りのメンバーが違う」

 

「……」

 

「あいつのプレーは相手の裏をかいたり、嫌がる所や弱みを見つけて空気読まず、イヤらしいプレーばかりやってくる」

 

「けど、本当に凄いところは味方の実力の上限ギリギリに引き出してるところです。一見奇策や嫌がらせに近いプレーに騙されがちですが……スタイル自体はシンプルに味方の上限を上げて、強くした手札を使って最大限に駆け引きをすることです。」

 

「敵になって、それもコート外から見て初めて分かりました。比企谷は強いです」

 

「愛甲……」

彼の言葉が意外だったのかキャプテンの山北がつぶやく。

 

 

「そうか……。昔コンビを組んだお前が最適だ。比企谷を止めてもらう、出来るか?」

 

「っ!?」

 

「出来るよな」

「山北さん」

愛甲の頭に手を乗せる。

 

 

「出来なきゃ――」

 

「――やります!」

出来なきゃ外す!愛読書のスラムダ○クのじぃのセリフを言ってみたかった彼はすぐさま使おうと行動したが、山北を遮るように愛甲が答える。

 

 

 

「頑張れよ愛甲!」

気を入れるように愛甲の肩をバシッとたたく石田。

 

「何を言ってるんだ石田!愛甲が出るんだ、一番コンビ練習してるお前も出るに決まってるだろうが!」

 

「ぇ?」

 

「やれるよな?」

 

「いや、流石にむ――イダダダダ!!」

空気読め石田!そういわんばかりに得意のアイアンクローを山北は思いっきりかました。

 

 

 

(現状これが打てる最善の手だ)

総武高のプレーにより海浜に走っている動揺、特にひたすらブロックを振られ冷静さに欠いたミドルと、モーションを読まれたセッターを一旦下げるなりしなければならない。

 

だが、このまま単純にメンバーを変えればチームの動揺が継続する危険性があるばかりか、レギュラーのプライドも大きく傷ついてしまう。そうなれば春高予選にも影響を及ぼすかもしれない。

 

そこで海浜の監督は、あえて愛甲に八幡の事を聞き、メンバーに適任だと思わせ、さらにコンビの練習をよくしている控えセッターの石田を違和感なく出す。

 

それが監督の狙いだった。

 

 

(とは言え愛甲だ。もしかしたら、この試合とんでもない拾い物になるかもな)

彼の発言を思い出し、笑みをこぼした。

 

 

 

―総武高ベンチ―

 

 

 

「グチュグチュ(ほらよドリンクだ)」

BCAAを口にバサッと入れビルダー飲みをしながら八幡にドリンクを渡す飯山。

 

※ビルダー飲み

プロテインやBCAA等の粉末のサプリメントを飲む際、水に溶かさず直接口に含んでドリンクと一緒に流し込む飲み方。

これをやってる最中の人には話しかけたり、ちょっかい出したりしてはいけません。

 

 

「お、おうサンキュ」

 

 

 

「点差は3点、イケるな!」

 

「うん、追いつける」

テンションが高まった温水の言葉に長谷が同意する。

 

「おいおい、追いつく!じゃなくて追い越す!だろう?長谷」

 

「あ、すんません」

長谷の言葉をさらにポジティブにする稲村。

 

 

 

(タイムアウトで疲れはある程度取れるけど比企谷はブロックと攻撃に参加してる状態で、まだ3セット目の中盤。下手しなくても終盤まで持たない……でも現状は頼るしかない)

 

「不安が顔に出てんぞ、キャプテンがそんな顔すんな」

 

「飯山」

 

「次ローテ回ったら、比企谷は後衛だ。そんなに不安なら、あいつが下がってる間、俺らで点稼いで楽させりゃあ良い」

 

「ああ、勿論だ」

 

 

 

 

タイムアウトが終わり、両チームが再びコートへ戻る。

 

 

「ふぅ」

八幡はアンダーやオーバー、スパイクなどのプレーによってジンジンと響く赤くなった手と前腕を見る。

 

 

(初めてコートに立った時はピンチサーバーだった。でも、ベンチ以外からのコートの景色が嬉しかった)

 

 

(そんで、ピンチサーバーからレギュラーになってコートに立った時、コートの中から見える景色が誇らしくて)

 

 

(試合に勝った時は、自分もチームの一員になってる気分になれた)

 

(けど、あの日……もうコートに戻ることはない、そう思ってたけど)

八幡は顔を上げネットを見る

 

 

(ネット越しに見る相手、声、ドクドクと胸から全身に回る血液の感覚、笛の音、緊張感……俺は今、コートにいる)

 

 

 

『バレー、楽しいよな』

『そ、その』

『わ、悪くはないと思います』

ふと過る清川とのやり取り。

 

あの時は捻くれた答えだったが今なら言える。

 

 

「バレー……楽しいっす」

八幡は周りに聞こえないように、笑みを浮かべながらつぶやいた。

 

 

 

 

「なんかバレーしてる時のヒッキーって不思議だよね」

 

「え?」

突然の結衣の声に反応する雪乃。

 

 

「ヒッキーってさ猫背になって、こう……いっつも下向いてやる気無さげにしてるじゃん」

けだるそうな猫背、ポケットに手を入れ、ぼさっとした仕草をマネする。

 

 

「でも今のヒッキーはこう背筋がピンとしてて、上を向いて自信ある顔をしてる」

猫背の状態から背筋を伸ばし、胸を揺らす。

 

「そうね」

雪乃は胸の事を視界から外し同意する。

 

「バ---」

 

「---バレーは上を向くスポーツ、アレがバレーボーラーとしての彼の姿なんだろうね」

陽乃に続き小町のセリフまでを奪う葉山。

 

(イケメンさんにセリフ取られた!まさか、お兄ちゃん男の人ともフラグ立ててないよね?)

 

 

 

 

「あれ?海浜はセッターとミドルを2年に変えてきたな」

 

「そりゃあ比企谷にブロック振られまくってトス読まれまくってんだ。頭冷やさねぇとヤバイからな」

 

「比企谷か、あいつ海浜行ってたらどうなってたんだろうな」

 

「「「……」」」

肩を震わせ、3人でガクブルするOB1,2,3

 

 

「お前ら……仮にも飯山と稲村を抑えて実力でレギュラーとったんだから、もう少し自信持てよ!」

恩納があきれ顔で突っ込みを入れた。

 

 

 

 

-ところ変わって再びコート-

 

(セッターとミドル変えてきたか)

八幡は相手コートをじっと見る。

 

 

 

(愛甲はインハイ予選で出てねぇし1セット目もすぐ変えられたから未知数。石田は中学の時は味方が打ちやすい質の高いトスを上げる反面、癖もない。ただトスワークは教科書通りだった……けどあれから3年以上たってる、仮にも海浜で背番号勝ち取ってんだ油断できねぇ)

 

(データがない意味では3年のレギュラーよりタチわりぃな)

相手のコートを見渡せるようにネットから半歩下がり、サーブ後のポジションチェンジに備える。

 

 

 

「よしイイとこ行った」

タイムアウト明けのサーブ、海浜の後衛はセッターの石田を抜いた二人。長谷の打った打球はその場合ジャッジが難しくなる後衛と後衛の間。

 

 

「オーライ!(この場合は俺)」

だが、それは何度も確認し経験した場面、リベロの小菅が意思表示し素早く回り込みボールを正面で捉えるとAパスを上げる。

 

 

 

(落ち着け……このローテを回せば次はキャプテンが前衛、レフトに任すか?いや、比企谷は昔の俺を知ってる。なら今回に限っては俺が選択した物を逆張りすれば)

 

(メンバー変えてすぐに速攻!?)

石田の選択はCクイック。手堅いトスワークが特徴の石田らしくないセットアップに虚を突かれる。

 

 

(クッソ!もうレフトが詰めてる!)

虚を突いたはずが、飯山と稲村の二枚ブロック。

 

 

(今の俺じゃ、こいつらに真っ向はキツイ!けど、この1本決めれば)

愛甲は体を捻り、クロスに向ける。

 

(ターン打ち!?)

クロスに来る、そう読んだブロッカーをかわすように愛甲が反対方向に無理やり打つ。

 

(よし!悪い流れ切った!けど比企谷は、こういう時に仕掛けてくる。頭切り替えねぇと)

 

 

 

 

総武高校 13―17 海浜高校

 

ローテが回り海浜は山北が前衛に上がり、対角を組む石田がサーブ。

 

 

 

(相手の前衛は比企谷に2番と3番、後衛に七沢と4番、ツーを打たせない考えなら相手のバックレフトに打ちたいけど、下手にウィークポイントを狙って対応されるなら七沢を封じた方がいい)

石田は無回転のフローターで七沢を狙いサーブを打つ。

 

「チッ!」

エンドラインに向けインかアウトかジャッジが微妙なライン、だが変化が読めない以上取るしかない、七沢はオーバーでカットする。

 

(七沢が出遅れた……けど高いAパス!ツー来る!)

愛甲はネットの上からかぶさるようなブロックでツーアタックを打つべく八幡ジャンプした八幡にプレッシャーを掛ける

 

(掛かった!)

 

(なっ!)

 

 

 

ピィィィ!

 

総武高校 14―17 海浜高校

 

 

「えっ!今の何?ウチの得点なの?」

 

「多分、海浜のミドルがオーバーネット取られました」

小町が審判の腕を水平にしたジェスチャーを見ながら、結衣の疑問に答える。

 

 

「おーばーねっと?」

 

「ネットを超えて相手のボールを触ってはいけないルールの事よ」

「相手ブロックが被せてきた所にツーに見せかけて、相手を誘い咄嗟にギリギリでトスに切り替え反則にさせる、やるねぇ」

ユキペディア発動が発動し、陽乃が続く。

 

 

(ヒキタニ君はヘタレ受けじゃなくて誘い受けだった……と)

何やらネタ帳らしき物を取り出し、メモする海老名。

 

どうやら今年の冬コミのネタは八幡主体で行くらしい。

 

 

 

 

(よし、ペース乱せたか?)

直情型の愛甲にとっては最もいやなパターンの失点、八幡は早速そこを狙った。

 

 

「ドンマイ愛甲」

山北が声をかける。

 

「うす、次からヤバいサーブが連続で来る。一本切りましょう」

 

(動じてねぇ?こいつ直情型じゃなかったのか?)

 

 

 

「比企谷、サーブ」

 

「お、おう」

 

「あんま無理すんなよ」

そう言いながら後衛にいる七沢が八幡にボールを渡す。

 

 

「当たり前だ、俺は安全運転が基本の男だ」

小町と二人乗りしてる時限定だけど。そう心の中で付け加え、八幡がサーブを打つべくいつもの定位置に向かう。

 

 

(海浜のフォーメーションはメンバー変えてもレギュラーの時と変わってねぇ。今の状態でジャンプサーブはぶっちゃけキツイ、だったら狙いは一つ)

床にボールを叩き付けながら相手コートを眺め、自分のやることを決め、笛を待ちルーティンに入る。

 

 

(両手のトス、ジャンフロ!)

 

(狙いはお前らだ!)

いつもの振りぬくサーブではない、ボールにミートした瞬間勢いよく手を引く。

 

その行先は後衛のセッターが前衛に上がる、フォーメーションの難しいポイント。

 

メンバーが変わり、レギュラーほどフォーメーションの練習をしてないであろう場所を適格に狙う。

 

 

 

 

(そこを狙うと思ってた!)

愛甲がセッターの通り道のあたりを注意しレシーブに備える。

 

(畜生、落ちた!)

インパクトの瞬間引いたサーブが想定していた場所より前で落ちる。

 

「カバー!」

崩れたと判断し、すぐにカバーを呼び何とか拾う。

 

(連携封じる!)

ラストを託された石田が低く、八幡へ向けてボールを返す。

 

 

「バカ!」

そのプレーに海浜の監督が思わず声を荒げる。

 

 

「それは悪手だね」

あ~あ、やっちゃた。そういわんばかりの態度で陽乃があざ笑う。

 

 

 

(やれ温水!)

八幡は高くAパスを上げ稲村と飯山がスイッチ、ブロードの連携に入る。

 

海浜もそれに対応するように、ポジショニングをする。

 

 

(ここ、いまだ!)

ライトを向き八幡と同じツーを、今度はフェイントで愛甲の近くへ落とす。

 

 

意表を突かれた海浜は、反応できずツーが決まる。

 

 

 

 

 

総武高校 15―17 海浜高校

 

 

 

「上手いな、今の」

 

「ああ、海浜は温水を比企谷がセットアップ入れない時フォローに入る、ある意味ツーセッターと思っていた節があったからな。上手く突いたな」

恩納の言葉に、清川が解説付きで答えた。

 

 

 

 

(今のプレーで、少なからず動揺してるだろ、なら同じとこ打ってさっきの連想させてやる)

八幡はさっきと同じサーブを同じところに打つ。

 

 

「オーライ(あいつ、また同じとこに)!!」

 

「オーライ!」

リベロの小菅がすばやくカバーに入る。

 

「キャプテン!」

二段トスが上がった先、ライトにいる山北へのトス。

 

3枚付いたブロックを躱しインナーに打ち切り決める。

 

 

「こっちの点だってちゃんと入るんだ。一本一本しっかりやるぞ!」

スパイクを決めた山北が激を飛ばし、チームメイトも各自力強く答えた。

 

 

 

総武高校 15―18 海浜高校

 

 

(今、山北のプレーで総武高の流れがウチに傾きかけてる、ここは勝負所の一つだ)

海浜は切り札であるピンチサーバーをここで出す。

 

 

「比企谷、稲村が前衛だ。お前もカット回って温水セットアップで行こう」

 

「ああ、それでいい。つーかそうしねぇとやべぇ」

 

 

 

(2セット目に俺のサーブに突っ込んでオーバーで取った3番は前衛、なら今回どこ狙う?)

海浜のピンチサーバーがボールを床に打ち付けながら総武高のコートをじっと眺める。

 

 

(セッターを狙っても、あの4番がセットアップできる上にブロードが来るかもしれない。さっきのツーもまだ頭にあるだろうけど、4番のツーと七沢のバックアタックなら……)

 

(狙うならエースだ)

エースを崩しバックアタックを封じるだけでブロッカー、特にミドルブロッカーはかなり楽になる。海浜のピンチサーバーは七沢に狙いを定めジャンプサーブを打つ。

 

 

 

(よし崩した!)

 

「すまん短い!」

七沢がレシーブするものの崩れてしまう。

 

 

(乱れた?なら速攻があるとすればB、定位置で構える)

何より総武高はレフトとセンターがスイッチしておらず、稲村のブロードの危険は無い、そう判断した海浜はリードブロックに切り替える。

 

 

 

(全員の動きが的確、さすが海浜ってとこか)

八幡がすぐに落下点に入る。

 

「来い!」

「ライト!」

前衛の稲村と温水が、それぞれトスを呼ぶ。

 

 

 

 

(読まれてるのは分かってる、ならここはコレで)

八幡の選択は、3セット目の中盤から調子を上げている飯山へのセンターオープン。

 

 

(はぁ!?何でまた……)

崩れはしたものの、もっと有効な手はいくらでもある。八幡の意図が読めない愛甲だが、現状オープンが上がってることに間違いない、ブロッカーが集まりやすいセンターへ、きっちり3枚着く。

 

 

(問題なーし!)

(重っ!)

飯山のスパイクをブロックしたものの、想定外のパワーに弾かれ決められる。

 

 

 

総武高校 16―18 海浜高校

 

 

 

「大丈夫か愛甲」

 

「あ、ああ大丈夫だ(やっぱ、こいつらやべぇ。比企谷ばかりに注目してたら足元すくわれる)」

石田の問いに愛甲が、じんじん響く手をプラプラさせ強がりながら答える。

 

 

 

(……狙いは俺か?)

明らかに感じる自分への集中狙い、それは愛甲にも十二分に感じ取れた。

 

 

そして何より先ほどの定石を敢えて外したセットアップ。

 

 

1セット目の最初、総武高に飲まれるきっかけとなった時と同じセンターオープン。

 

1回目はブロックの上から、2回目は真っ向勝負でのこじ開け。

 

 

飲まれるきっかけとなった攻撃を敢えてこの場面で選び、変わったばかりの愛甲を分かりやすいくらい狙っていた。

 

 

 

(俺が穴だって言いたいのかよ!……ダメだ!怒ればあいつの思惑に乗っちまう)

頭に上りかけた血を何とか沈め、冷静になるよう努める。

 

 

(飲まれない、自分のやるべき事をこなす)

それが出来て初めて同じ土俵に立てる、それを頭に入れ気を入れなおす。

 

 

(総武高、そして比企谷お前らは強い……けど)

 

「負けねぇ」

 

 

 

 

 

「比企谷君は徹底的に海浜のミドルを狙う気かしら?」

 

「狙う気どころか、あからさまに狙ってるな。レギュラーのミドルブロッカーがやられ、後を引き継いだ彼が崩れたら海浜は流れを変える為の手札と冷静になってたブロッカーを失う、しかもあのミドルブロッカーは総武高の一番強いローテと当たるから崩して損は無い」

 

「だねぇ、それにあのミドルブロッカーの子を相手チーム全体にも分からせるくらい狙って、本人だけじゃなく全員にプレッシャーも掛けてるね。ここで彼が崩れたらベンチは次に打てる策が極端に減る。かと言って切り札のピンチサーバーは使ってしまって、タイムアウトは残り一個。点差はまだあるけど今後の展開を考えると使い辛い。それによって、もしここで崩れたら……ってプレッシャーがチーム全体に芽生える。相手の空気やベンチワークも考えるなんて、やることがえげつないね」

雪乃の疑問に答えるように葉山と陽乃が続く。

 

 

 

 

 

(あの野郎マジで勘弁しろよ、ここまで外堀埋めつつ、ベンチにまでプレッシャーかけてくる奴は初めてだぞ。それに問題は他にもだ。七沢の高速Bと稲村のブロード、飯山の高さとパワー、これを比企谷のセットアップで組み合わせてくるだけでも厄介なのに、総武高に最初見られていた、ぎこちなかった連携とポジショニングが粗削りながら臨機応変に対応した形になってきている)

総武高が先ほど見せたレセプションからの一連の動き、全員がそれぞれの役割を確実にこなしている。

 

 

(ウチは全力だ、相手をなめるなんてしていない。特に3セット目に入ってからは一度突き放してる。途中交代の愛甲と石田だって現状はレギュラーと同等にこなしてる。なのに何なんだ、こいつら)

 

 

「……こりゃあ、追いつかれるかもな」

海浜の監督は周りに聞こえないように呟くと、どうしたもんかと頭をポリポリ掻き現状を見守るしかいと割り切りコートを注視した。

 

 

 

 

 

「七沢が前衛に上がって来て稲村がサーブ、あの高速Bがハマれば、ここは点稼ぐチャンスだ」

 

「でも大丈夫かな?海浜のリベロ、乱回転のサーブに慣れだしてきてるぞ」

 

「確かに3セット目に入った時、正面回ってアンダーで拾った際に、回転に合わせてこう……クイッてやって上手くAパスと行かなくてもBパスに持っていってたな」

 

「じゃあリベロ狙わないで行くとか?」

 

「それが定石だけど、もし他の選手も対応してたらどうする?」

 

「えっと」

 

「ネガティブなことばかり言ってねぇで試合に集中しろよお前ら」

モブのような小物臭全開のOBたちに恩納が突っ込みを入れた。

 

 

 

 

 

「稲村、サーブイイの頼むよ!」

 

「おう!」

前衛に上がった七沢が、後衛に下がりさーぶを打つべくエンドライン付近にいる稲村にボールを渡す。

 

 

 

 

 

(海浜は俺のサーブに慣れだしてる。今の点差は2点で海浜は18点、次の俺のサーブが来るまで最低でも5点、ブレイク取られたらもっと、下手すりゃ順番来ないで負けて終わるパターンもある)

今、総武高は文字通り綱渡りのようなギリギリの状態、ここで自分のサーブが綺麗に返された時、流れは悪い方向に向く、稲村はそれを理解していた。

 

 

「なあ」

 

「何?」

 

「俺も本気出していいか?」

彼のした選択は、敢えて攻めに出るサーブ。

 

 

「は?」

 

「おう!やっちまえ!」

 

「全力でな!」

八幡は戸惑うものの、七沢と長谷がニヤリと笑い同意する。

 

(ちょっとマテ!まさか稲村、あのサーブは本気じゃ無かったの!?)

 

 

 

 

 

-回想-

 

 

練習の休憩中なのだろう、バレー部と八幡がボールを椅子替わりに使って座りながら雑談していた。

 

 

 

「サーブトスのコツ?」

 

「はい、自分はサーブトスいつも安定してなくて結果的にミートポイントもズレて狙ったところに行かなくて」

まだ経験の浅い長谷が、サーブの教えを乞う。

 

 

「フローターなら、こうホッて上げてバンってやれば大丈夫なんだけど」

 

「七沢はもう少し理論的な教え方を覚えような」

感覚型の七沢に筋肉限定理論派の飯山が突っ込む。

 

 

「稲村から聞いてみたらどうだ?同じフローターだろ」

八幡が、

 

「悪いが俺のはフォームも基本と違うし参考にならないかも……実際に見てみりゃわかるか」

 

 

「そういや稲村のサーブ改めて真近で見るの初めてかも」

 

「穴の空くほど見てやるよ」

 

「お前はゴールドジムでマッチョでも見てろ」

飯山に辛辣な言葉を返すが、彼はジムでは当たり前に見てるから大丈夫とすんなり笑って返す。

 

 

「……まあいいや、例えばだけどサーブトスがちょい右に逸れた時はこう打つ」

 

「そんで左に逸れたら、こう打つ」

 

「おお、まったく同じコース……けど打ち方同じだよね?」

 

「実は違う」

 

「あれ?今度は無回転」

 

(ちょっと待て今かなり変化したんだけど)

 

 

 

「今でこそサーブトスは自由自在だけど昔は苦手でさ、よくブレてたから手を固める力の入れ方とミートポイントの位置で調整してたんだ」

 

 

「お前、わざと乱回転かけてサーブ打ってんの?」

 

「基本ガン無視かよ」

飯山と八幡が各々に口を開く。

 

 

「まあな、この手……掌打みたいに固めて打つと勝手に無回転になるんだけど俺は無回転嫌いなんだよ。コーナー狙うと想定外の変化掛かってアウトなったりするし、かといって手の力抜くと威力落ちるし」

 

(とても真似できないんですが)

あまりにも参考にならない技術に長谷が心の中でツッコミを入れる。

 

 

「まあフローターの場合サーブトスの基本は“置く”こと。上にボールを放る、そんで頂点で上がる力と下がる力が均一になる時、そこに一瞬の間ができる、その間ができるタイミングと場所で打つことが重要。いずれにせよ自分の理想の打点とミートの技術は反復練習しかないよ」

 

「ちゃんと理論あんじゃねぇか」

いつも感覚だけでやってると思ってた八幡は関心する。

 

「キヨ先輩の受け売りだけどね、ちなみに俺の場合はルーティンで一定のリズムとって、そのまま流れに乗ってトス上げる感じ。そういや比企谷はリズム取るような動作ないけど、サーブトスどうやってる?」

 

「俺はルーティンに入る前にボールのメーカーのロゴをこっちに向けて見た後、ルーティンの動作でおでこに持ってきてロゴを当てる、そんで離して、もう一回ロゴを見て気持ちを切り替える」

 

「ジャンフロならそのままトス、ジャンプサーブは、こうやって毎回同じ位置で同じ縫い目に指が乗っかるようにしてトス上げる感じだな、ロゴを合わせるのはボールを同じ位置で手に乗せる、練習通りのトスを上げる自己暗示する意味合いもある。プレー中とか色々考えが頭に浮かぶだろ?そのままの状態でサーブに入ると余計なことを考えちまう。だからどのサーブを打つか?狙いはどこか?そこを選択したら余計な事を考えずと気持ちの切り替える。まあ、それ以外は願掛けみてぇなもんかもしれねぇが」

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

「な、何だよ?」

 

「お、お前、中学の時から、そう考えてプレーしてたの?」

 

「こわっ!」

七沢と稲村が大げさにアクションを取り、距離をとる。

 

 

「しょ、職人って感じでカッコいいっすよ」

温水はしっかり?フォロー。

 

 

 

「ちなみに俺のルーティンは筋弛緩法とボディービルのポージングからヒントを得ているんだが、論じていいかい?」

 

「「「「「……」」」」」

飯山が、その手の話をすると長くなるからイヤ、言葉にはしないものの皆は顔に出す。

 

 

「おねがいだから、せめて言葉で否定して!」

そのリアクションが一番ダメージでかい。飯山が懇願した。

 

 

 

 

 

 

(この位置だな)

稲村はいつものライト側の定位置ではなく、レフト側に行き、そこからさらに下がる。

 

 

 

((位置がさっきまでと違う、何をやる気だ?))

あいつのサーブは油断できない、後衛の選手が腰を深く下げ備え、注視する。

 

 

(いつもならコントロール重視で6割程度だけど、これは8割で)

ルーティンでリズムを取り、息をフッと強めに一息吐く。

 

 

(やってやる!)

レフトの深い位置からライト側のいつものサーブの定位置へダッシュ、真ん中を過ぎ数歩でジャンプ。頭上より高い程度の低いトス。

 

(ドンピシャ!)

ミートポイントをずらしもせず、しっかりとミート。空手でいう掌底を作るように手を固め、ゴンッという鈍い音を響かせ高い打点からのミート。

 

 

(ジャンフロ!?)

ボールの縫い目が一切動かないそのサーブは通常の無回転より速く、読めない変化。

 

 

(しかも速っ!)

右に変化し速い弾速、小菅が追いすがり取ろうとするが

 

 

(伸びた!?)

オーバーで引っ掻けてしまい、後ろに大きく弾く。

 

 

「よっしゃあ!!」

 

「ナイスサーブ!」

 

「よく決めた!」

サービスエースを決めガッツポーズをする、稲村を七沢と飯山の二人がたたえる。

 

 

 

 

(すげぇ変化する無回転と思ってたが、ジャンフロだとああなるのか)

 

「すげぇな……」

自分のジャンフロとは違うサーブに八幡は思わず呟いた。

 

 

 

 

総武高校 17―18 海浜高校

 

 

「小菅あれ取れるか?」

 

「取れますが、アレは上げるので精いっぱいです、カバーお願いします」

 

「了解、任せろ」

 

 

 

「ナイサー」

八幡は、海浜側から転がってきたボールを拾い、稲村に放る。

 

稲村は先ほどと同じレフト側の深い位置で構える。

 

 

 

(やっぱり、またジャンフロ来る)

海浜はジャンフロのシフトを組み、数歩前に出る。

 

 

 

(誰が無回転を打つって言った!)

同じ助走、同じ高さのトスから今度は乱回転のサーブ。

 

 

(無~理~!)

小菅はアンダーかオーバーで悩み、中途半端に弾きコートに落とす。

 

 

 

総武高校 18―18 海浜高校

 

 

 

「凄い!八幡達追いついた」

劣勢だった場面からの追い上げ、戸塚は興奮気味に喜ぶ。

 

「イケるっしょ、追い越せー」

戸部がノリノリで声出し。

 

 

 

「男子達ヤバくない?」

 

「うん!海浜相手に追いついたよ」

 

「ナイサー一本!!」

 

 

(女子の応援……だと)

あきらかに自分に向いた応援、稲村の目に炎が宿る。

 

 

 

「行くぞ!」

(あ、これダメなパターン)

明らかに力みが入った状態、八幡は何かを察する。

 

「アウト!」

いくら無回転とはいえ明らかなアウト、小菅は余裕のジャッジで見逃す。

 

 

総武高校 18―19 海浜高校

 

 

「……すまん」

 

「女子に気を取られるからだ、たわけ!」

うらやましい!その事を隠さず飯山が罵倒する。

 

「ドンマイ、サービス2つとれたんだから上出来だよ、切り替えよ」

実際この2点は大きい、七沢がキャプテンらしく声をかけた。

 

 

 

 

海浜にサーブ権が移り、サーバーは後衛に下がった愛甲。

 

リベロの小菅は入れ替わり下がる。

 

 

 

(俺はまだ、スパイクサーブを狙う技術はないけど、今なら真ん中行けば)

サーブカットで動揺している稲村とセッターの八幡、二人の間を突けるかもしれない。後衛に回った愛甲がサーブを打つ。

 

 

(サーブミスはレシーブで挽回してやる!)

稲村が相手から打たれたジャンプサーブをカットしAパスを上げる。

 

 

 

(上出来だ!)

八幡が直ぐにセッターポジションに入り込みジャンプ

 

 

「来い!」

七沢が高速Bの態勢に入る。

 

 

(ネットより下がった!ここ)

今度はフェイントの形のツーアタック。

 

(またツー?てか後衛だろてめぇ!)

後衛のツーは反則、そう頭にあった選手たちはボールを取ることなくボールを落とす。

 

 

 

ピィィィ!

笛が鳴り、審判の手が総武高に向き、総武高の得点を告げる。

 

 

総武高校 19―19 海浜高校

 

 

 

 

「……この野郎」

またせこい手を使いやがって、そう言わんばかりに前衛に上がった海浜のミドルがにらみつける。

 

 

(いや、勝手にプレー止めたお前らが悪ぃから)

しかし八幡、その視線を華麗にスルー。

 

 

※後衛の選手はアタックラインより前から、手がネットを越しての攻撃が禁じられています。

なので八幡はワザとネットより低い位置でフェイントを仕掛けました。

 

ちなみにリベロはオーバーでとる事さえ禁じられています。

 

 

 

 

(勘弁しろよマジで!)

同点に追いつかれて自チームの空気が悪い状態は不味い。海浜の監督は残り1個しかないタイムアウトを八幡にとらされる形になる。

 

 

(まさか、この局面でウチにタイムアウトを取らせる為にやったんじゃねぇだろうな)

 

 

(いや、比企谷の事だ、その為にやったな。そして同点な上、後1回ローテ回れば比企谷が前衛、何回も執拗にやられたツーに今のプレー。否応なしに選手たちは否応なしにあいつを注視してしまう。いるだけで囮みたいなもんだ、その状態で七沢達をしのぐしかない状況、タイムアウトを取るなら今しかねぇ……やられたな)

 

 

 

 

 

 

「すごいね君は。まるで理性の化け物だ」

 

 

「いや、自意識の化け物かな」

相手ベンチからみた自分までを想像し実行、相手にタイムアウトを使わせ意識を自分に向ける局面を作り上げた八幡を見て陽乃はニヤリと笑う。

 

 

 

 

 

 

総武高は長谷が前衛に上がり飯山が後衛

 

 

 

 

飯山はボールをエンドラインの真ん中から大きく6歩下がる

 

 

 

ボールを左腕に抱え、小胸筋を連動させ大胸筋を動かし三角筋や大円筋、僧帽筋など様々な筋肉を連動した動作ではなく意識的に動かす。

 

 

ボディビルのポージングで培った筋肉を意識し使う感覚であるマッスルコントロール、どの部位をどう動かせば筋肉は答えてくれるのか、彼にはそれが分かっている。

 

 

自分の動かしたい筋肉を軽く動かす。

 

 

 

(俺の神経系絶好調!)

 

 

胸を張り、大円筋を広げ緊張させたリラックスポーズの状態に持ってくる。そこからシュラッグの動作。

 

僧帽筋が収縮し効いた感覚になったら解すように力を抜き軽く動かし深呼吸。

 

 

筋弛緩法で緊張状態からほぐれた、彼にとっては理想的な状態。

 

 

 

 

 

※リラックスポーズ

ボディビルのポージング

ステージに上がった時やってるポージング。比較審査で声が掛かるまで待機してる時など、よく目にすると思います。とはいえ自然体という言葉に反して、全身に力入ってます。

 

 

※シュラッグ

僧帽筋を鍛えるエクササイズの動作の事。肩こり改善にも効果的。

 

 

※筋弛緩法

筋肉を緊張させてから解し、リラックスさせるやり方。スポーツ選手の間でも漸進的弛緩法として、よく取り入れられている方法。

 

 

 

(やれることはやった。答えてくれよ!俺の筋肉ちゃん!!)

高いトスからの助走、踏切、腕の振りとミート。

 

 

チームどころか、今この場で一番であろう身体能力で打たれたサーブが海浜のコートへ向かう。

 

 

 

(強っ!)

打った本人、どこに向かうか分からない強烈なサーブは海浜の後衛、バックレフトへと飛び、後衛の選手が

カットするが弾いてしまう。

 

 

 

「「ナイスサーブです!」」

 

「ナイサー!」

 

「さすが威力だけチーム一!」

 

「よっ!脳内筋肉男!」

 

 

 

「ありがとよ!あと七沢と稲村は後でトイレ来い」

 

 

 

 

 

 

総武高校 20―19 海浜高校

 

 

「総武高のサーブやべぇな」

 

「Aパスならなくてもいい、山北が前衛なんだ、ライト勝負で切るぞ」

 

 

 

 

 

(マジで俺絶好調!)

再び飯山のサーブが同じ位置、同じようなサーブで海浜のコートに向かう。

 

 

 

(やべっ!)

速い弾速のサーブに力を殺す事が出来ず、海浜の選手が一本で返してしまう。

 

 

「チャンス(セットアップいける!)!」

 

 

 

(比企谷が動いた!)

「来い!」

ボールが返って来た位置的にBが使える、七沢含め前衛が助走体制に入る。

 

 

 

(行くぞ)

八幡がボールに飛びつきセットアップに入る。

 

 

 

 

 

(本当に面白いなぁ君は)

 

(いろんな事諦めて、人の斜め下を行くような言動をしてるのに、心のどこかでは友情や信頼、人の心を諦めきれてない。そして今、あんなに声を上げて真剣な顔になって諦めたはずのバレーに夢中になってる……けど、残念だったね)

 

『お姉さん、勘のいいガキは嫌いよ』

かつて文化祭の際に陽乃が八幡に言ったセリフ。

 

 

(君は、自分の置かれてきた環境、性格、思想で周りが気づかないような事や、いろんな事に直ぐ気づく)

 

(でも君には弱点がある。そして、それは君だからこそ気づかない……いや、分かってても気付けない)

 

 

 

 

「っ!?」

八幡はBクイックを上げ着地するが、それと同時に崩れ落ちる。

 

 

 

(決める!)

七沢が二枚ブロックを躱し、打ち切り決める。

 

 

 

総武高校 21―19 海浜高校

 

 

 

 

スパイクを決めた七沢が異変に気づき振り向く

 

 

 

「比企谷!」

振り向いた先うずくまる八幡の姿、慌ててかけよる。

 

 

 

(痛ぇ!なんだよコレ……)

それは彼にとって未経験の痛み、何が起きたかわからない八幡はうずくまり、今起きている事を認識しようとするのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は自分を世界から外しすぎだよ比企谷君」

 

 

 

 

 

 

 




筋弛緩法は自分も競技に入る前のルーティンにいれ取り入れています。

とはいえ競技によって掛けることのできる時間が違うため、それに合わせた物になります。
リフティング種目では時間ギリギリみっちりと行い、展開が早い種目では開始前、合間やサーブなどのに時に臨機応変でやります。



作品の方ですが練習試合編もクライマックスで残りわずか、後2~3話となりますので最後までお付き合い下さい。



次回の更新は未定です。


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それでも俺は……

長らくお待たせしました。


指にヒビ入れるアクシデントや、仕事の部署移動による急な引き継ぎに年度末など色々ありまして更新が予定より滞ってしまいました。


そんな訳で現在
「先生……バレーがしたいです」状態ですが無理しないことにします。


―数年前 某中学体育館―

 

外は日も落ち学校の消灯時間が近くなり、ほとんどの生徒が家路につく中、体育館に響くボールの音。

 

音の響き方から察するに少数なのだろう、断片的にボールが叩き込まれる音が鳴り響く。

 

そんな体育館で練習している二人。

 

男子バレー部のレギュラーでセッターの八幡とキャプテンの山北だった。

 

平行トスのストレート打ちの練習なのだろう、ライトへの平行をセカンドテンポで入り、右腕で打ち込む場所の目安をつけるべくギリギリまで引手を我慢し、左腕でコンパクトに振りぬき、バラつきながらもストレートを撃ち込んでいる。

 

 

「悪いな、明日は試合なのに居残り練習に付き合ってもらって」

 

「いえ、山北先輩が平行をストレートに打ち切るようになってくれたら楽できますし」

山北は袖で汗を拭いながら感謝の言葉を八幡に告げるが、八幡は、やや捻くれ気味に返す。

 

 

「ありがとな」

八幡の真意を見抜いたような笑顔を向け、口にする。

 

「……ボール下さい、もう一回行きます」

気恥ずかしくなったのか八幡は、軽くしかめっ面になりながら要求した。

 

 

 

 

そして迎えた地区大会決勝

八幡と山北の中学はフルセットの末、七沢達の中学に負け八幡はチーム内のいざこざでバレーから離れた。

 

 

(あの時、俺がもっと……)

スパイクを決めていたら、平行のストレートを完璧にマスターしコースを散らせたら、最後までスタミナが続いていたら……自責の念が山北の心に常に残った。

 

海浜に進んだ彼は、二度と同じ思いをしない為、そして八幡と再びチームになる事を願いながらバレーに没頭した。

 

 

しかし、その願いが叶う事は無かった。

 

 

 

 

 

 

「ただいま(今日は県大会……けどお兄ちゃん、もう帰ってきてる)」

いつもなら部活でいないはずの八幡の靴を確認し寂しい気持ちになる小町。

 

 

 

「おう、おかえり。やっぱ帰宅部は楽でいいわ、疲れねぇしゲームやり放題だし」

ソファに寝転がりゲームをしながらお菓子とマッカンをやっつけるダブルコンボをかます八幡。

 

「うわ、ちょっと見ない間にダメ人間みたくなってるよ、この人」

少し前の兄とは違う姿にナチュラルに毒を吐く小町。

 

 

(やっぱり、もうバレーはやらないのかな)

あの試合の後、どうしても口に出すことが出来ずにいた。

 

八幡の態度から見て、もしかしたら本当にふっきれたのか?小町はそう思った。

 

だが、それは間違だったと知る事となる。

 

 

 

 

 

(うう~トイレトイレ)

夜中に催したのだろう、トイレに向かって全力疾走……とはいかないものの家族を起こさぬよう廊下の電気をつけず、やや早歩きでトイレに行き用を済ませた。

 

 

(ふ~スッキリ……ってアレ?)

ふと目に入る八幡の部屋、何か違和感でも感じたのか近づき、物音を立てないようゆっくり戸を開ける。

 

 

 

(えっ?)

 

「……っ」

小町の目に映ったのは、試合にいつも持っていくバッグを抱え一人声を殺して泣く兄の姿。

 

 

 

(……お兄ちゃん)

明らかに悲しんでいる、吹っ切れてなどいなかった。

 

でも今の小町には何もできない。

 

 

「……」

悲しんでいる兄へ何もできない自分に対する苛立ち、辛さと悲しさ。

 

小町は色々な感情を我慢するように唇をかみしめ、そっと扉を閉めた。                  

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡!」

 

「ちょ!ヒキタニ君どうしたの?」

着地と同時に崩れた八幡の姿に戸塚と戸部が思わず声を上げる。

 

 

 

「着地した時右足から崩れたように見えたけどケガか?」

 

「えっ?先輩大丈夫なんですか!?」

冷静に分析した葉山の言葉にいろはが反応する。

 

 

「……うそ」

「……」

奉仕部の二人は目の前の現実に血の気が引いた顔になり言葉をなくす。

 

 

「案外、交通事故の後遺症だったりしてね」

 

二人の様子にS気質が刺激されたのだろう、仮面の下でSっ気たっぷりな顔を浮かべ、二人に追い打ちをかけるように言う。

 

 

 

「でも、あれは左足だし、お医者さんも大丈夫だって」

 

「それはアスリートとして?それとも一般人として?医者はバレーやっても大丈夫って言ってた?」

「それは……」

二人を見て慌ててフォローに入る小町だったが陽乃の指摘に口を噤む

 

 

 

 

(まあ、あの時は大丈夫って言ってたんだけど)

 

 

(けど、今回は敢えて黙ってようかな)

その方が楽しそうだし、そう心の中で付け加え陽乃は再びコートに目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「立てるか?」

 

「ああ」

 

「立ってみて問題なさそうなら少し歩いて見てくれ」

飯山がうずくまる八幡に手を差し伸べ立たせ、歩くよう促す。

 

(軸ずらして隠そうとしてるけど大丈夫じゃねえだろコレ)

「とりあえず治療する」

遠目から見る分には分かりにくいが近くで見れば誤魔化しがきかない、飯山は八幡の状態がよろしくないと判断する。

 

 

「い、いや大丈――」

 

「――いいからベンチ行くぞ!!」

 

「………」

否定しようとする八幡だったが強引にベンチへ連れていかれる、

 

 

 

「大丈夫かい?」

この場にいる大人は自分だけ、海浜の監督が総武高のベンチに向かう。

 

 

(……比企谷)

それに続くように山北も八幡を心配する顔を浮かべ監督の後ろを行く。

 

 

「はい、とりあえず状態確認と応急処置をしたいので、お時間頂いても良いですか?」

「ああ、構わないよ」

七沢が海浜の監督に確認をとり監督が了承する。

 

「ところで治療は……」

「ああ、俺が見ます」

監督が素朴な疑問をぶつけようとした所に飯山が手を上げて答える。

 

「あ、ああ……(えっ?こいつが?確かにマネとかコーチいないけどこいつが?)」

監督ちゃかり動揺中。

 

 

 

 

『入院って、その左足なんかやったのか?』

 

『左脚大腿骨亀裂骨折、おかげでしばらく入院して初登校で晴れて高校ボッチデビューだ』

 

 

(今捻った足は右って事は)

以前、八幡との会話を思い出しながら触診をする。

 

 

(やっぱりだ。右の方が張ってるな……本人が気づかないうちに、かばい癖が出来てて事故誘発したパターンか)

 

 

「靴脱がすぞ」

 

「っ!!」

靴紐を緩め、なるべく優しく脱がせようとするが痛かったのだろう、八幡の顔が歪む。

 

 

(捻挫?靭帯か?強くやってたら不味いぞ)

 

 

(いや靭帯を強く損傷なんてしてたら、さっきみたく立てねぇ)

 

 

 

 

 

「着地した時に捻ったか?どんなひねり方した?……こっちか?」

 

「いや」

 

「じゃあこうか」

 

「ああ」

飯山は自分の足で見本を見せケガをした状況を確認する。

 

 

「そうか(て事はここか?)」

ケガをした状況に今の状態ここしかない、患部と思われる場所を軽く刺激する。

 

「っ!」

 

「やっぱ靭帯伸びたか」

 

「ちょ!それって大丈夫なのか!?」

靭帯という言葉にビックリした稲村が声を上げる。

 

 

「外側靭帯が伸びたんだと思う、要は捻挫だ。内側に捻って三角靭帯やったわけでもない。さっきの立ち方から見ても重症化するケースでも無いし、ちゃんと処置して休めば大丈夫だと思う……けど」

 

「この試合は無理?」

 

「やめたほうがいい」

 

(やめる……試合を?)

 

 

 

 

 

『悪ぃな、アレ本当は俺が言わなきゃいけないやつだ』

 

『……飯山』

 

『あいつはインハイ予選の事を未だに気にしてやがる……だけどそれは、あいつ自身が自分で越えるしかねぇ、だけど公式戦で海浜とやりあう可能性はウチには少ない。でも今は違う、お前のおかげで海浜相手に1セット取って競った戦いをして、まだ1セットある。越えるなら今しかない……だからキツイと思うけど後1セット頼む』

 

(その時、俺が本気で頼られてるのが分かった)

 

 

 

『手出して』

 

『あ、ああ』

 

 

 

バチン!!!

 

 

『いってぇ!何す―――』

 

『勝つぞ!!』

 

『……おう』

 

 

(拳を重ねた時、心が熱くなるのを感じた)

 

 

 

 

 

 

 

『これは奉仕部の依頼のはずなのだけど、忘れたのかしらボケ谷君?』

 

『だから私たちも力になれるようにって』

 

『そ、その……ありがとうな』

 

 

『『どういたしまして』』

 

 

(あの時は恥ずかしさが不思議な感じで、奉仕部の依頼という言葉が嬉しかった)

 

 

 

 

 

 

『今度の試合、これ履いて頑張ってね!お兄ちゃん!!』

下を向いた八幡の目に入る黒のバレーシューズを見て思い出される、かつての小町の姿。

 

 

あの日、ベンチに下げられた時と同じように自然と目が上に向く。

 

 

(……小町)

見上げた先はあの日と同じく涙目で、その涙を唇を噛みしめながらこらえ、こちらをみる姿。

 

だが、それは悔しさからくるものではない。

 

 

(お兄ちゃん)

兄の事が心配だから、ただそれだけ。

 

 

(雪ノ下、由比ヶ浜)

そして奉仕部の二人も、八幡を心配し同じような顔で八幡を見る。

 

 

 

 

 

(……俺はまだ終わりたくねぇよ)

自分の感情と思い。それらを押し込めるように唇をギュッと噛みしめる。

 

 

 

「残念だけど」

重い雰囲気の中、七沢が口を開く。

 

 

(言うな!)

その言葉は聞きたくない。

 

 

「棄権しよう」

その言葉にバレー部員は口を閉ざしうつむく。

 

自分がもっと出来ていたら、言葉には発さないものの各々が自分自身への苛立ちと悔しさをにじませる。

 

 

「すいません鳶尾監督」

こんな場面で今明かされる海浜の監督の名。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ないですが―――」

 

 

「―――3年が引退して、メンバー揃わなかった中で助っ人を入れて初めての試合、相手はあの海浜、格上の相手に健闘を見せる」

 

「え?」

試合の棄権を伝えようとした矢先の八幡の言葉に言葉を止め彼の方を向く。

 

 

「そして接戦の末フルセット。あと少し勝てるところまで来て無念の棄権。バレー部は悔しさ、そして自分たちの力は海浜に通じるという自信を胸に歩みだす。理想的な結果じゃねか。ある意味、最高の結果なんじゃねぇ?」

 

 

「何言ってんだお前?」

今の言葉にムッときたのか稲村が八幡に近づこうとする。

 

「おい比企谷!」

直情型の飯山も言葉を強める。

 

 

 

「何だよ?」

 

「本音語れや」

 

「……なんの事だよ」

彼の口から出た言葉が感情に任せたものではなかったのが意外だったのか、何かを感づいたのか、それが分からず八幡は問う。

 

 

 

「前に言ったろ?お前は俺好みのいい男だって。お前は捻くれた奴だけど、理由もなしに自分から相手を挑発する奴じゃねぇのは以前の事で知ってるつもりだ。言う時は何か理由がある、違うか?」

 

「……」

 

「言え比企谷!」

やっぱり何かあったか、そう言わんばかりに優しく、そして力強く八幡に真意を言うよう促す。

 

 

 

本来の彼なら、そのまま閉口したかもしれない、適当なことを言って逃げたかもしれない。

 

 

だけど今は違う、彼に芽生えた仲間意識、そしてバレーへの熱が彼を突き動かす。

 

 

 

「俺は……あの日、七沢や清川さんと戦った決勝でコートを離れて」

 

「それから色々あってバレーを辞めて。もうコートに戻る事は無い、自分に言い聞かせてた」

下を向いていた八幡は顔を上げコートへ目を向ける。

 

 

「けど俺は心のどこかでコートに立つのを夢に見てた。そして今度立った時は最後までコートに立っていたい……そう夢に見てた」

 

 

 

「………バレー部にとってこの試合は初めての試合。そして、これからも色んなもの積み重ねてチームになって行くんだろうな」

 

「それで、この試合は人によっては初めての試合で、人によっては越えなきゃいけない壁でもあって」

 

「そして奉仕部にとってこの試合は最後の依頼」

今度はみんなの顔を見る。

 

 

 

「だからこの試合は、このメンバーでやる最初の試合で、今まで一緒だった仲間と最後の依頼で、俺にとっては、コートを去ったあの日の続きだ」

 

「我儘なのも分かってる、自分勝手なの事も、ただの願望なのも分かってる」

 

「それでも俺は……」

すこし言葉に詰まる、でも言いたい、これだけは叶えたい。

 

 

「……俺はまだコートに立ちたい。色んなものが詰まったあのコートに最後まで立っていたい!だから頼む」

 

「俺を最後までコートに立たせてくれ!!」

彼の願い、それが唯一かなう道。だけどそれは現状難しい、それは八幡自身わかっていたが言わずにはいられなかった。

 

 

 

 

「……飯山、比企谷の足、テーピングで固定すれば動けたりする?」

しばしの沈黙の中、七沢が口を開く。

 

「がっちり固定して可動域限定させれば多少は。それでも痛ぇし可動域狭まった分、プレーなんてまともに出来ねぇ、下手すりゃ悪化して後遺症も残るぞ」

 

「でもやりたいんだよね?」

 

「ああ」

 

「飯山、テーピングよろしく」

 

「おう!長谷ハサミとってくれ」

 

「はい!」

 

 

 

「すいません鳶尾監督、やっぱり試合続行でお願いします」

 

「本当にいいのかい?」

 

「ハイ!お願いします」

 

「……分かった。準備が出来たらコートに戻ってくれ」

 

「試合続行だ。コートに戻れ山北」

 

「はい」

 

 

「……続きじゃねぇだろうが」

山北はコートに戻る際、聞こえないようにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

「みんな聞いて、比企谷は今までみたく崩れたパスからトスを上げる事はできない。だからAパス以外は自分たちでトスを上げる。無理だと思ったら直ぐに温水がセットアップ。それ以外の場合は、比企谷がすぐに誰がトスを上げるか指示だしして」

 

「そしてセンターの二人は今までレシーブ外してたけど参加してもらう、苦手だっていう状況じゃない。Aパスがダメなら高めのBパス意識して!練習で散々やった2対2のイメージだ」

 

「急だし戸惑いもあると思う。トス上げるトコを迷ったら俺に上げて!俺が決める」

 

「でも海浜は攻撃だけじゃねぇ、ブロックと守備も半端ねぇぞ」

八幡が冷静に言う。

 

 

「トスは最悪、オープンでもいい。このチームのアタッカーは優秀だ、お前はそれを信じてそいつの打ちやすいトスを上げる事を意識すればいい……比企谷先輩ですよ自分にこれ言ったの、だから少しは頼ってください!」

 

「よく言った温水!」

 

 

 

「そういう事だ、少しは頼れ。何より同じバーベル担いだ仲間だ。最後まで付き合ってやるよ」

同じバーベル担いだ仲間は彼の中の名言なのか、飯山が八幡にニコリと笑いかける。

 

「いや、前も言ったけど他に言い方あんだろ」

 

「どんな?」

七沢が八幡に聞く。

 

 

「同じボール繋いだ仲間とか……ハッ!」

 

「「「「「ニヤニヤ」」」」」

 

「な、なんだよ」

ヤバい、何かキャラではない事を言った気がする。

 

現に部員たちはニヤケを抑えられないのか、非常ににこやかだ。

 

 

 

「同じボールを」

 

「繋いだ仲間ねぇ」

 

「比企谷君からそんな言葉が聞けるなんてねぇ」

七沢、飯山、稲村が息の合った辱めコンボを決める。

 

 

「っ!」

 

「付き合いますよ比企谷先輩!」

「はい、もし無理なら俺に頼ってください」

長谷と温水も続く。

 

 

「~~~っ!!」

恥ずかしいのか、うつむきしかめっ面になる。

 

が、気が付いたら口元が笑い出し堪えるが、耐えきれなくなり最後は笑顔になり

 

「その……よろしく頼むわ」

少し捻くれながら笑って答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いけど俺はレシーブはそこまで力になれねぇ。分かってると思うけど、あいつのカバー頼むぞ」

「おう、てめぇもサーブ外すなよ」

 

 

「長谷、俺がセットアップいつでも入れるように範囲広くする、ブロックしっかり頼む」

「うん、まかせて」

 

 

 

「比企谷、お前はトス上げることだけ考えればいい」

「……七沢」

「だから後少し、気張れ!」

「おう」

 

 

 

 

 

 

「ちょ!ヒキタニ君達やる気っしょ」

 

「八幡大丈夫かな?かなり無理をしてるんじゃ」

 

 

(また自己犠牲か比企谷)

葉山は少し悲しそうな顔になる。

 

 

 

「そんな!無理してヒッキーに何かあったら……ゆきのん」

 

「ええ、止めましょう」

 

「ごめんなさい雪乃さん結衣さん、兄を心配してくれるのは嬉しいです。でも止めないで下さい」

 

「「えっ?」」

ふたりは意を決したように向かおうとするが小町がそれを止める。

 

 

 

「あんたアイツの事心配じゃないの?」

小町の行動が意外だったのか沙希が口を開く。

 

「心配ですよ、無理してケガが悪化したら本当に嫌です」

 

「でも、バレーから離れて人前では辛いの隠して何でもないふりして、一人の時に自分を押し殺して悲しんでる……そんなお兄ちゃんを、また見るのは……それで自分が何も出来ないのは、もっと嫌です」

 

「……比企谷さん」

 

 

 

 

(そうか、それが君の……なら!)

 

「が―――」

 

「―――頑張れヒキタニ君!あと少しっしょ!」

 

 

(せ、セリフを翔にとられたーーーー!!)

まさか自分がセリフをとられるとは。葉山はガビーンとした顔を戸部に向ける。

 

 

「頑張れよセッター!あと3点だ」

 

「頼むぞ比企谷!」

 

「我がついておるぞ~!」

 

きっかけは一人の声援、だがそれが試合を見ていた生徒の心を突き動かし、彼とゆかりのある者ない者関わらず声を出す。

 

 

(声援……俺に?なんで?)

小中どころか高校に入ってからも経験の無かった自分に向いた声援。彼にとっては突然の事であり初めての経験。

 

 

 

(なんでだよ、なんでこんなに熱くなるんだよ)

疲れとは違う息の弾み方に高揚感。胸がギュッと来るような緊張感とはまた違った感覚。血流が全身をめぐる感覚。それらが熱となり八幡に押し寄せる。

 

 

(なんで力が出るんだよ)

痛い、苦しい、けど最後までコートにいたい。その願いを後押しする声援。

 

 

あの日の続きをする為に、それに応えるように、八幡はベンチから一歩、また一歩と踏み出しコートへ向かった。

 

 

 

 

 

(あいつら、試合を再開する気か!)

その状況に気づいた顧問の荻野が慌てて、バレー部のところへ行こうとする。

 

 

「どこに行くんです?荻野先生」

 

「平塚先生」

 

「彼らを止める気ですか?」

 

「当たり前です!貴方も教師なら分かるでしょう!?私たちは責任ある立場ですよ!」

何かあったら責任問題になりかねない、荻野が静に向かい声を荒げる。

 

 

「彼は……比企谷は奉仕部の依頼で助っ人としてバレー部に参加しています」

 

「だから何ですか?」

 

「比企谷は奉仕部の生徒、私の教え子です。彼に何かあったら私が責任を取ります!」

静は威圧感全開の目を荻野に向ける。

 

「あなたは言ってる意味が分かってるんですか?」

 

 

「承知の上です」

 

 

「……どうなっても知りませんよ私は」

荻野は静の目線から目を背け、元いた場所へと戻った。

 

 

 

 

 

「さすが静ちゃん、相変わらずカッコイイねぇ」

 

「茶化すな陽乃」

いつの間に来やがった、やじ馬め。そう言わんばかりに静は冷たい目線を陽乃に向けるがスルーされる。

 

 

「……本当に良かったの?静ちゃん」

 

「よくはない、間違っている。間違いなくな」

 

「だが間違えてもいい。そこから学んで経験し成長するものだ」

 

「そして、それこそが若さの特権だ」

静はそう言うと、自分の教え子である八幡の方を向く。

 

 

 

(教師という生徒を預かる責任ある立場で、この行い……本当は良いわけがない)

 

(教師としては止めなければならないが、先を生きた者として、君を見てきた人として止められるものか)

目を軽く閉じ、八幡を奉仕部に入れた時を思い出す。

 

 

(はじめ奉仕部に君を入れた時、正直誰でも良かった)

 

 

(だが君で良かった。いつしか、そう思えるようになって)

一学期の学校での出来事、夏休み、文化祭に体育祭、修学旅行が思い出され。

 

 

 

(そして、君の起こした行動で雪ノ下は自分の意思で前を向き、今コートの中で君自身も前に進もうとしている)

 

(前に君が書いたレポート、その中にあった壁という言葉を覚えてるか?)

 

(声援、仲間……君が壁を感じて諦めていたはずの世界。だが今はそれが無い、さぞかし戸惑っているだろうな)

 

(そして、その戸惑いは今まで体験しなかった分、波になって間違いなく君に押し寄せる。それは君にとって重要なものだ。だから進め、足掻いて今を噛みしめろ)

 

(進んだ先が間違いでもいい、間違えて経験して、また進め……それが今なんだ)

 

 

 

「まあ、どう言い訳しようが私のした事は間違ってるだろうな……というわけで私も若いと言う事だな!」

 

「……静ちゃん、そのギャグ笑えないよ」

静の言葉に対し、わざとらしく苦笑いを浮かべる。

 

「陽乃……さては貴様、喧嘩売ってるな?」

 

 

 

 

 

 

 

そんなやり取りがされる中、コートでは試合が再開され再び総武高のサーブから。

 

飯山がエンドラインから自分のサーブの定位置に戻り、ルーティンを入れる。

 

 

(俺のサーブは練習でも3本に1本はスカす)

笛が鳴り相手コートをじっと見る。

 

(けど、このサーブだけは決める!)

ルーティンから深呼吸、高いトスから助走、高い打点からのドライブ回転をかけたサーブが海浜に向かう。

 

 

「すまん!長い!」

レシーバーが拾うも威力を殺しきれず一本で総武高側に返してしまう。

 

 

「稲村!」

「まかせろ!」

八幡の指示に稲村が落下点に入り、八幡自身も痛みを堪えセッターポジションへと向かう。

 

 

 

 

 

(何があの日の続きだ!あの日、俺たちは負けた。そしてお前はバレーから……俺の前から去った……それが全てだ)

 

 

 

 

 

(あいつに余裕を!)

八幡への余裕を作るため、丁寧に上げるようオーバーで高いAパスを上げる。

 

(助かる)

八幡が息を切らせながらコートの前に立ちセットアップに入る。

 

 

(続きなら、何でお前がネットの向こうにいる?)

かつて一緒にプレーし、セットアップの度に何度も見た姿。

 

 

だが、今はネット越しに見えるだけ。

 

 

(何で、そのトスがそこに上がってる?)

回転を殺し、早く美しい線をえがく平行トス。かつて自分の為に何度も上がっていたトスが今は自分たちに打たれるためのトスとして上がっている。

 

 

(決める!)

放たれたトスは七沢でも長谷でもなく温水へのライト平行。海浜のブロックは振られ一枚。

 

(止める!)

多分ストレートはない、海浜のレフトはそう判断しブロックに当てるが軌道を変えてしまう。

 

 

「っ!」

変わった軌道、前衛に来たボールを膝をつき無理な体制になりながらも山北がAパスを上げる。

 

 

(山北さん出遅れた、低いAパスだし真ん中―――)

相手が対応しきれないうちに最速で行く、そう判断した石田がAクイックを上げるべくセットに入ろうとするが

 

 

「ライトォォ!!」

山北は直ぐに起き上がりトスを呼ぶ。

 

 

(やべっ!声につられて上げちまった)

キャプテン命令に条件反射で体が反応、しかも低くネットに近いトス。

 

七沢と長谷の二枚、二人の間を通す隙のない高いブロックが立ちはだかる。

 

 

(邪魔だ!!)

低くネットに近いトス、叩き落とせばブロックに捕まってしまう状態。

 

クロスに打てば捕まる、そう感じた山北が打ったのはストレート。右手を添え脇を絞めギリギリまでボールを呼び込み、ボール一個半程度の隙間を通しストレートを決めた。

 

 

 

総武高校 21―19 海浜高校

 

 

「しゃあ!!」

山北はガッツポーズをし威嚇するように声を上げる。

 

 

(マジかよ……)

かつて苦手としていたライトの平行。だが今はかつての面影が見えないほど巧みに打ち分けしている、分かっていた事だが事実であり最大の障害である事を八幡は痛感した。

 

 

(このローテが終わった……って事は)

長谷が汗を拭きながら深呼吸をする。

 

次にローテが回れば温水が後衛に回り八幡が前衛、七沢と山北がローテ上一番マッチアップするため後2ローテは山北が前衛にいる。

 

今の総武高の点は21、勝つためには最低でも4点。山北のいる海浜相手に足を怪我した八幡を抜いたブロック二枚。

前衛に上がったばかりの自分の役割は大きい。

 

 

 

『分かってるなら大きなお世話かもしれないがブロック重要だぞ……。そんでそこのミドル二人!!!』

 

『『は、はい!』

 

 

『二人ともレシーブじゃドデカい穴だけど、ブロックでは要だ。ブロックがレシーブの出来を大きく左右する。お前らは守備の弱点であると同時に高いブロックっていう守備の強みでもある、しっかりな』

先輩との練習を思い出す。

 

 

(僕は少しでもこのチームの力になりたい!だからやってやる!)

長谷は自分のできる事、やるべきことを自覚しアタックラインに下がり、サーブレシーブを待つポジショニングに入った。

 

 

 

 

 

(山北……あいつが感情をむき出しにするとはな)

先ほどの山北のプレーが鳶尾の脳裏に浮かぶ。

 

 

新社会人や若手と言われる大人が最も子供に近い大人だとすると、高校生は最も大人に近い子供。

考え方や行動も思春期を経て変わっていき、自分を律し協調性などを優先し大人のような行動をとりだす。

 

 

(あいつは普段は自分を律し押し殺し、チームの為の為の役割を優先する奴だ)

だからこそ山北の先ほどのプレーは彼にとっても意外だったのだろう。

 

 

(だが、比企谷がバレーを辞めたことといい、中学時代あいつらに何かあったのは間違いないな)

鳶尾の脳裏に浮かんだのは、八幡の言葉を聞いた後の山北。あの後、山北あきらかに感情をむき出しにした事からも見てとれる。

 

(多分、今のメンバーでウチと総武高がやり合う事はもう無い……これが比企谷との最後の試合になるだろうな)

そうなれば二人がやり合う機会はもうないかもしれない。

 

 

(これが公式戦なら止めるところだが今は練習試合……なら)

鳶尾は意を決し立ち上がりコートへ声をかける。

 

 

「山北!」

 

「っ!」

注意される、そう思った山北が萎縮するように反応するが、彼の耳に入ったのは予想しなかった事。

 

 

「好きにやれ」

 

(……監督)

 

「返事!!」

 

「ハイ!!」

 

(ありがとうございます監督)

山北は監督に頭を下げると、目線をすぐにコートに戻し総武高を、そして八幡を見る。

 

 

 

 

「比企谷、お前がこの試合を3年前の、あの日の続きと言うなら……俺は、俺の3年間を賭けて、それを否定するよ」

 

 




今回は物語上、ケガを押しての出場ですが皆さんはくれぐれも無理しないでください。


某俺流の監督は
「なんで止めるの?ケガをすることで覚える事もあるんだよ」的な事を言ってましたし、それも確かなのですが、ケガをしたのに無理をするのは別物。


とは言え、ケガの問題って難しいんですよね。



これは人によるかもしれませんが話のタネ程度に書きます。

自分が所属する協会の人つながりの飲みで出た話題です。よくある話題なのですが「教え子とケガ」の話になりました。

その人、元は全国トップクラスで、体を壊し引退したものの指導者としても活躍されてました。


そんな時、教え子が試合間近で腰を壊した時、どうしても試合に出たい後遺症残っても良いから試合に出たいと懇願され神経ブロックを打ってくれる病院をさがし(何件か断られたみたいです)試合に出したそうです。


自分もケガの後遺症があるのに何故?と思うかもしれませんが、これって結構難しい問題です。

自分も故障とその後遺症で数年ほど棒に振った事がありますし、今でも足枷になることもありますが今でも競技を続けています。

周りでも、その競技に本気で取り組み、腰を手術したり、詰まった神経抜いたりと将来の大きな足枷になる故障をしてる方が多いのですが、何故か競技者でなくとも指導者や裏方として残ってます。


皆ケガへの後悔はあっても、その競技に関わった事への後悔は無く、故障した経験を持ちながら、その子と同じ状況なら、無理をしてでも試合に出るそうです。


特に、学生の内は1年1年の割合が大きく、だからこそ試合にかける思いも大きい物、指導者は競技者以外の目線でいないといけないかもですが、ついつい競技者目線で見ちゃったりするからかもしれません。


まあ、このメンツは一般人からしたら明らかにスポーツ狂いなので参考になりませんが……



テレビで騒がれているようなパワハラコーチのような指導者は例外として、教え子のケガは相当、葛藤はあると思います。


いくらケガに気を付けても、アクシデントは起こるもの。だからこそ自分のケガをした経験、そしてケガを少しでも防ぐための勉強と対処法などでサポートするのも指導者として大事なことだと書いてて思いました。



実際自分が同じ立場だったら止めるか、出場させるかはその場でないと分からないっす。


まあ、私は飽きるまで競技者でいると誓ってますので指導者になるのはまだまだ先の話です。





次回、海浜戦決着です。


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あの日を越えて

更新が遅くなりました。

今回は試合終了までの流れになります。


誤字脱字は、確認しないで投稿したため、かなり多いと思います。

時間を見つけて修正していくのでご了承ください。


『総武高校には大きく三つの弱点がある』

海浜高校バレーボール部監督の鳶尾は2セット目の段階で、そう評した。

 

 

 

 

そして3セット目

 

不安要素であった守備、人数ギリギリの選手層、その二つによって引き起こされた八幡の負傷。

 

 

(今の総武高は俺が予想していた弱点により不安要素が出た状態……だが、手加減だけは無しだ)

正直、ここまでの状況になる事は彼にも予想外だった。だが現状、試合は続行した。

 

 

 

(あいつ……)

リベロと変わりコートに戻っていた愛甲はベンチに座り比企谷の方を見る。

 

 

 

『俺を最後までコートに立たせてくれ!!』

思い出されるのは先ほど微かに耳に入った八幡の声。

 

 

(俺は……)

今までの事、過去の衝突、そして今。色々な感情が交わった表情を受かべ拳を握り唇を噛みしめる。

 

 

「どうした愛甲?」

あきらかに様子がおかしい、そう感じた鳶尾監督が声をかける。

 

「いえ」

 

「比企谷が心配か?」

 

「えっ!?あの……」

 

「心配だったら、お前が前衛戻った時、さっさと終わらせてやれ」

それは自分自身も思っている事、愛甲に何かを託すように肩を叩き言葉をかける。

 

「っ!?……はい!」

 

(そうだ、今は早く終わらせる。後の事は、その時考えればいい)

今は試合に集中する、それが今やるべき事。そう言い聞かせコートの現状、そしてコートに戻っての自分のすべきプレーを頭に浮かべコートをジッと見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試合続行したのはいいけど、状況はやべぇな」

 

「点はリードしてるけど次ローテ回れば比企谷が前衛で、実質ブロックは2枚……それでコンビと山北を凌がなきゃならない、想像以上にキツイぞ」

 

「けど、ここまで来たんだ勝ってくれ!」

解説をしながら、ちゃんと応援するモブの鏡のOB1、2、3。

 

 

「お前にかかってんぞ長谷!」

 

「カット一本!切れよ」

恩名と清川もそれに続き声を上げる。

 

 

 

 

総武高校 21-19 海浜高校

 

 

海浜のサーバーは床に数回ボールを叩き相手コートを見つめる。

 

 

(この配置……狙うなら)

明らかに八幡をサーブカットから外そうとしたシフト、という事はサーブカットが苦手なミドル二人も守備範囲を広げている状態。迷うことなく後衛の飯山をジャンフロで狙う。

 

 

(ここ狙う事ぐれぇ分かってんだよ!!)

無回転のサーブはオーバーで取る。飯山はしっかりと手を作りボールを捕らえ崩されながらもCパスを上げる。

 

 

「オーライ!」

八幡はセットアップに入れない、そう判断した温水がセットアップに入る。

 

(崩した。6番じゃなく4番がセットアップか)

「レフト三枚!」

海浜のブロッカーは冷静に見極め、レフトへ詰める。

 

 

 

(締めが甘い、ストレート!!)

キルブロックで被せてきてはいるものの、ネットから離れたややかぶり気味のトス。ブロックが見える位置から、未完成の部分を通す。

 

 

(マジかよ!間抜かれた!)

 

 

(狙うかもって思って構えてたけどマジで来た!)

海浜のリベロの小菅が何とか拾い繋げる。

 

 

崩れはしたものの上がったボール。現状の海浜において託される選手はただ一人。

 

 

 

「ライト!」

カバーに入った選手が二段トスを山北に向け上げる。

 

 

「行きます!せーの」

ライトからのスパイクに備え、総武高も三枚のブロックをそろえる。

 

 

(あいつをかばってストレート締めたか。けど!)

どこかを強く守れば、どこかが空く。山北は総武高の高いブロックをあざ笑うかのようにタイミングを外し躱しデッドスペースにハーフで相手コートに落とす。

 

 

総武高校 21-20 海浜高校

 

 

 

 

「どんまい!次!!」

今の失点はミスじゃない。気持ちは切らせてはいけないと七沢が味方を鼓舞するように大きな声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

総武高校 21-20 海浜高校

 

(さっきのサーブ狙いは悪くなかった。なら、もう一回同じとこ狙ってやる)

 

 

(狙うと思ってた!)

飯山が今度は前に前に詰めオーバーでカットするものの、力みが入り一本で返してしまう。

 

 

「チャンス!!」

小菅がしっかりと落下点に入りAパスをセッターの石田へ返す。

 

 

 

(今、総武高の意識はキャプテンのライトに向いてる。センター囮のパイプで……)

 

 

(海浜のセッターは3セット目出てきてから教科書通りじゃなく裏をかこうとしてる……だけど試合再開からここまで山北さん中心、ここでAパスなら……)

長谷がこれまでの情報を処理しつつ予測を導き出す。

 

(いや!この5番に時間差やコンビは通じない。ここはライト勝負!)

長谷はリードブロックを基本とし、時間差に対しては何度もワンタッチを取る姿をコート外から見ている。セッターが下した結論はライトの平行。

 

 

(狙うと思ってた!)

センターの位置から、クロスステップ。軸足の左足をやや内側にし重点の移動とジャンプの為の慣性の確保。タイミングしっかりと

 

(やらせねぇよ一年!!)

八幡を守るべく締めたストレートをあざ笑うかのようなクロス。

 

 

(やらせない!)

(反応した!?)

クロスを予測した長谷が、山北のスパイクに食らい付き触れる。

 

 

「ワンチ!」

だがカバーできない位置にボールが飛び再び海浜の得点になる。

 

 

 

 

 

総武高校 21-21 海浜高校

 

 

 

 

(多分、次も下手すりゃ同じとこに来る……なら)

 

「比企谷、少し左寄ってもう少し前出てくれ、飯山はもう少しサイドラインに寄って前詰めろ、間に来た際どいやつは俺が全部捕る。」

後衛にいる稲村が、指示を出し自分の守備範囲を広げ構える。

 

 

「あっ俺も!」

「エースは攻撃に備えてろ!」

カットにも自信がある七沢も定位置から動くが稲村に止められる。

 

 

 

「……お前がいねぇと崩れた時の保険がいねぇ、頼むわ」

 

「分かった、すまん」

一瞬、釈然としない表情をした七沢の様子を見逃さなかった八幡がしっかりとフォローした。

 

 

 

(この配置、狙いにくい!)

 

(思った通り)

「オーライ!」

打たれたサーブは新しく空いた穴をねらうべく、飯山と稲村の間。そこに来ると読んでいた……いや、そこに誘った稲村が前に詰めしっかりとした三角形をつくりオーバーでカットし高いAパスを上げる。

 

 

 

(Aパス!!けど高速Bは無い)

スプレッドシフトの状態の海浜は八幡のセットアップに注視する。

 

 

 

(裏を読まれそうな状態)

七沢が前衛の時の軸にしていた攻撃。全身のバネを使い、ダイレクトデリバーの高速Bクイック。だが今の八幡にはそれは出来ない。

 

 

(だけど相手はまだ疑心暗鬼なはず。……ここはシンプルに)

現状、最も速い速攻のAクイック。

 

 

(真ん中!?)

海浜のブロッカーは反応が遅れ長谷にAクイックを決められる。

 

 

「ナイキー長谷!」

 

「あ、ありがと!」

同じ一年の温水が駆け寄り二人でハイタッチ。

 

 

「稲村」

「ん?」

八幡から声を掛けられた稲村が、どうした?と反応する。

 

 

「ナイスカット」

彼が上げていたカットは全て八幡を気遣った高く、丁寧に上げた物、ありがとうと伝えるのがやや恥ずかしいのか、右手で軽く拳を作り差し出しプレーを褒める形で伝える。

 

「ナイストス!」

八幡の態度を知ってか知らずか、軽く笑みを浮かべ二人は拳を重ねた。

 

 

 

 

総武高校 22-21 海浜高校

長谷のAクイックで再びリードし総武高はローテーションを回す。

 

 

 

 

 

「やったっしょ!バレー部」

 

「ああ、けど……」

 

「どうしたの隼人君?」

再びリードしたハズなのに葉山の様子はどこか浮かない。不思議に思った戸部が問う。

 

 

「これで比企谷は前衛に上がる。だけど今の彼にはツーアタックどころかブロックも期待できない。実質前衛2枚、点差は22-21で1点リードはしているけど相手はエースが前衛、かなり不利だ」

 

「じゃあ、センパイ達が勝つ望みは――あっ!」

 

 

 

総武高校 22-22 海浜高校

温水のフローターサーブはきっちりと返されてしまい、今度は手薄になったブロックをあざ笑うかのようにコートに戻ったを愛甲に決められてしまう。

 

 

 

 

「望み、まだあるんじゃないかな?けど、どうだろうね」

「それって望み薄いって事?」

陽乃の含みのある言い方に反応する三浦だが

 

「どうだろうね」

陽乃はそれをはぐらかすように答え、コートへと目を向けた。

 

 

(実際、無い訳じゃない……けど今の彼らには酷かな?)

 

 

 

そして、試合展開は陽乃の言葉通りだった。

 

ローテが回り、セッターの石田と一番コンビを組んでいる愛甲が前衛に戻り、エースの山北、レフトの選手含め最も攻撃の強いローテ。

 

対する総武高は前衛二枚で守備の要の温水がセットアップに備え、守備に不安があるミドルブロッカー二人が参加している状態。

 

 

 

総武高校 22-24 海浜高校

 

 

さらに点数を重ねられ海浜のマッチポイントを迎える事になる。

 

 

 

このサーブが取れなかったら負ける。その精神状態が6人を襲う。

 

 

 

「オーライ!」

サイドラインギリギリに来たボール。

 

「アウトだ!」

「あっ!」

ジャッジの声の反応遅れてしまった温水がアウトのボールに触れてしまう。

 

そして、それは焦りを生み判断を鈍らせる。

 

なんとか上げるもののカバーするのがやっと。この状況でチャンスボールを返してしまう。

 

「ドンマイ!」

 

「切り替えろ!!」

 

 

 

「チャンス!」

小菅がきっちり落下点に入り緩い回転の絶妙な高さ、理想のAパスを上げる。

 

 

「……」

(一瞬、僕を見た?)

セッターの石田が一瞬、ほんのコンマ数秒だが確実に見た。

 

 

(定石ならレフト。なら意識させろ!)

相手セッターは確実にブロッカーとして自分を意識している。

そして、あえて少しライト側に寄る。

 

 

(動いた!ライト!!)

本当はキャプテンに上げたい!そう思った時、相手ブロッカーの長谷が自分の上げたい方向から遠ざかるのが見える。

 

(読み通り!!)

(ブラフかよ!!)

長谷の誘いに乗った石田はライトへトスを上げてしまう。

 

 

 

(離れた分ブロック空いてんだよ!)

綺麗に空いたブロッカー同士の隙間。山北が容赦なく打ち込むべく腕をストレートに振る。

 

 

 

(僕は、山北さんを止める力も技術もないけど)

 

 

(ブロックなら戦える!)

 

 

「何っ!?」

「ワンチ!」

空いた隙間、タイミングを合わせ食らいつき決まるはずだったスパイクを再び宙に舞わせる。

 

 

(守備で迷惑かけまくってんだ!これは拾ってみせる!)

飯山が必死にボールに食らいつき、稲村同様、八幡に高いパスを上げる。

 

 

 

 

高いパス、セッタ-へ向かう綺麗な放物線。

 

八幡は痛みを堪え、必死にセッターポジションに向かう。

 

 

 

(俺は今コートにいる)

それは自分一人では決してできなかった事。

 

 

 

(俺は今チームでバレーをしてる!)

それは彼が望んでいたもの。

 

 

 

(こいつらはチームの為、そして俺の為に)

必死にボールを繋ぎ、ボールを託す。

 

 

(今の俺が出来る事……俺がこいつらに出来る事って何だ?)

 

 

『このチームのアタッカーは優秀だ、お前はそれを信じてそいつの打ちやすいトスを上げる事を意識すればいい』

かつて八幡が自分自身で言った言葉を思い出す。

 

(そうだ迷う事ねぇ!これしかねぇ!)

 

 

(仲間を信じて)

オーバーの基本、三角形の指肘の締め。足を向け体も使いトス。

 

 

 

「七沢!」

レフトに上がったオープントス、そのボールは理想的な放物線を描き、七沢が最も好きなネットよりやや離れた場所。

 

 

「レフト三枚!!」

サードテンポ、滞空時間の長いオープントス。海浜はキッチリブロック三枚そろえる。

 

 

(ブロックフォロー……来れないか)

いつもならオープンの後、間髪入れずにブロックフォローに来るが、今は来れない。

 

 

(でも、すげぇ打ちやすい良いトスだ)

ありがとな。心で呟きトスに合わせ軽い助走からの三点助走。

ブロック三枚を躱し相手のコーナーへ鋭角に、かつ力強く狙い撃つ。

 

 

「っ!!」

(間違いない!七沢さん、さっきよりずっと強くなってる)

そのスパイクはさっきまでと違う強力なもの、予測し待ち構えていた小菅がボールを弾く。

 

「カバー!」

 

 

 

「チャンス!」

再びボールが総武高に返る。

 

 

 

「……」

接戦続くラリー。葉山隼人はそれを見ながら八幡の言葉を思い出す。

 

 

 

『印象は、お前らしいチームってとこだな』

『俺らしい?』

 

『ONE FOR OLL、 ALL FOR ONE、一人は皆の為に、皆は一人の為に……お前にピッタリじゃないか』

あの時、葉山はこう返した。

 

 

『それは皮肉かい?』

それは違う、皮肉で言ったんじゃない。おそらく八幡自身は心から言ったのかもしれない。

 

 

 

(だけど比企谷、俺はそれを否定するよ)

葉山隼人は改めてそれを否定する。

 

 

 

 

 

 

温水が自分の持ち場だけでなく八幡がセットアップできない時も必死にフォローしてくれる。

 

長谷が跳べない八幡の分もカバーし、海浜相手に実力以上に頑張ってブロックで戦っている。

 

稲村は皆が余裕ない中、八幡をさらには皆を助け、フォローし。

 

飯山は苦手だったカットも精一杯食らいつき、いつもなら拾えなかったボールも拾ってみせる。

 

七沢はエースとして、自分の力を持って海浜に挑む。

 

 

だからこそ八幡は、自分ができる精一杯トスを上げる。

 

 

託し、託され繋いでいくバレーボールというチームスポーツ。

 

彼が求めていた物、ずっと夢見ていた物。

 

 

 

 

 

ONE FOR OLL、 ALL FOR ONE、一人は皆の為に、皆は一人の為に

 

 

 

 

 

(何が俺らしいチームだよ……)

 

 

 

「今の君の方が、よっぽどそれをやってるじゃないか!」

 

 

 

 

 

「オーライ!」

そして、再び総武高のコートにセッターに託されたAパスが上がる。

 

 

(Aパス上がった!!でも高速Bもツーも無い、2番と3番は後衛、リードブロックで)

愛甲がネットに近づき、可能性を頭に入れブロックに備える。

 

 

(今、このタイミング、状況……だからこそこれで)

絶好の状況、警戒し集中した相手、自分を信じる味方。そんななか八幡の出した選択。

 

 

 

選択

それを語る上で一つ忘れてはいけない事がある。

 

 

 

彼は非常に、ひねくれ者。

 

“コート上の王様”等の通り名的なものを彼につけるとすれば“コート上の詐欺師”の通り名がつく事間違いなしなのだ。

 

 

 

(はぁ!?)

その彼の選択を愛甲はただ漠然と見送る。

 

 

 

 

 

それは、速攻でも平行でも、ましてやオープンでもなく

 

 

「……トスフェイント?」

八幡の選択は意標を突くトスフェイント。愛甲は呆然と呟く。

 

敵味方問わず時が止まったかのように静まり返る。

 

 

審判の笛の音が響き、総武高側に手を向け得点を知らせる。

 

 

 

総武高校 23-24 海浜高校

 

 

 

 

 

「プッ!ハハハハハ!!ここでトスフェイントとか、どんだけ空気読まないの比企谷君」

よほど今のプレーが可笑しかったのだろう、陽乃が腹を抱えて笑い出す。

 

 

「実に彼らしいプレーではあるのだけど」

そう言いながら、ちゃっかり雪乃も笑いを堪える。

 

「ほんとに君ってやつは……」

自分の考えの斜めを行くやつだ、葉山も笑い出す。

 

「???」

今のプレーの何が問題だったのだろう……分からない結衣はただ頭に?マークを付けていた。

 

 

 

 

「あいつ、どんだけせこいんだよ!!」

いくらなんでも今のは無いだろ!愛甲が八幡を睨みつける。

 

(褒め言葉ですが何か?)

 

「お、おい!やめろ愛甲」

相棒の石田が止めに入る。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

「トスフェィント……にらみ合う二人の選手……」

 

「そしてキス……」

 

「「オールスターの再来キマシタワー!!!!」」

海老名と相模の二人が謎の腐った悲鳴を上げ、鼻血を流しながら倒れる。

 

 

 

((何か寒気が!!))

 

 

 

※分からない方、気になる方は“バレーボール オールスター キス”で検索。

 

 

 

 

「落ち着け!」

 

「だ大丈夫です、何か物凄く冷静になりました!」

山北も止めに入るが、謎の力で冷静になった愛甲は気持ちを切り替え定位置に戻った。

 

 

 

 

 

「ね姉ちゃん、女子二人が何か意味不明な事言いながら鼻血出して倒れちゃったよ!!」

 

「あんたが見てたのはコートだけ……後は何も見ていない。いいね?大志」

 

「えっ……?」

 

「ほっときゃ勝手に治るからそのままにしておくし」

 

「えっ?えっ?」

 

 

 

 

 

総武高校 23-24 海浜高校

 

 

「あそこでトスフェイントとかどんだけ捻くれさんだよテメェ」

飯山は言葉で悪態を突きながらも、口元をにやけさせ手を出しタッチを要求。

 

「あそこ使いどころだから」

悪びれた様子を見せずそれに答える。

 

 

 

「ほらよ七沢」

前衛に上がった稲村から、七沢へとボールが渡される。

 

その瞬間チームの空気が締まり顔色が変わる。

 

 

 

 

23-24の1点差。総武高と海浜との試合で3度あった状況。

 

 

1回目はインハイ予選

 

2回目は今日の2セット目

 

3回目の今。

 

 

そしてサーバーは七沢。

 

 

(この点差)

思い出されるインハイ予選の今の状況。

 

尊敬する先輩の現役を自分が終わらせてしまった。自分が決めていたら勝てたかもしれない。もっと一緒にやりたかった。

様々な自責の念にとらわれ、今あの時と同じ3セット目のマッチポイント。

 

 

その状況にチームメイトは振り向かず相手コートを見据え、自分の定位置に構えるだけ。

 

それは緊張ではなく、ただ信じる証。

 

うちのエースは必ず乗り越える。

 

この中で誰よりも練習し、誰よりもバレーに取り組んできた事を皆が知ってるから。

 

 

 

(……思い出せ)

笛の音が鳴り床に打ち込むのを止めルーティンに入る。

 

 

「?七沢の奴、いつものルーティンじゃないぞ」

いつもは一回やや強めに床に打ち、救い上げるように持ちリズムを作るが、今の彼のやり方は違う。

 

ボールのロゴを自分側に向け、額に持ってくる。

 

 

(アレは比企谷のルーティン)

海浜の監督、鳶尾がそれに気づく。

 

 

 

 

 

―回想中―

 

(あの日以来、俺は何度も練習した)

 

 

 

 

 

(悪くない……けど、しっくりこない)

早朝練習なのだろう、七沢はボールカゴからボールを取り出し、一人でも問題なく出来るサーブ練習をしていた。

 

 

「やってるやってる」

 

「相変わらず朝から精がでてるじゃねぇか」

いつものトレーニングを終わらせ走って来たのだろう、飯山と稲村が体育館の扉を開ける。

 

 

「ああ、おはよう二人とも」

 

「おう!……てか、うかない顔してっけどどうした?」

七沢の顔に違和感を感じた飯山が問う。

 

 

「ああ、何かサーブがしっくりこなくて」

 

「?さっき見た感じだと普通にいいサーブだと思ったけど」

稲村は何故?という顔をし不思議そうな声をあげる。

 

 

「とりあえず、もう一回打ってみ?」

飯山が近くに転がっていたボールを拾い七沢に放る、と彼は同じようにスピンの利いたトスからドライブ回転のジャンプサーブを打ち込む。

 

 

 

「どう?」

 

「どうって、いいコースと良い回転としか(……もしかして精神的なものか?けどストレートに伝えるのもなぁ)」

インハイ予選からまだ日は浅い、下手に口を出しリズムを崩す可能性があると判断した飯山がすこし悩む動作をする。

 

 

「気分転換したらどうだ?」

 

「気分転換?バレー以外したくなんだけど……」

 

「遊びに行くとかじゃないわ、たわけ!」

 

 

 

「これは俺の場合なんだが、トレーニングで重量が伸びない時……例えばスナッチやっててフォームが崩れてると感じてしっくりこなかった時とか稀にあるんだ。その時は直ぐに練習をC&Jにシフトしたりするんだが、お前もジャンプサーブからフロ―ターとかに切り替えてみたらどうだ?そんで頭から抜けたら、またやればいい」

 

※スナッチ

バーベルを一気に頭上まで挙重する種目

 

※C&J

クリーン&ジャークの略。一旦肩の位置までクリーンし、体の反動等をつかい挙重する種目

 

※この2つは神経系のトレーニングとして取り入れる事も増えており効果も実証されています。が、素人が闇雲に行うのは危険ですので、出来れば的確に指導できる環境を訪れ正しいフォームを教わって欲しいものです。

 

 

 

「じゃあ俺もサーブ練やるかな」

そう口にするとバッグから黄色と青のコントラストのバレーボールを取り出す。

 

「でたよメディシンボール」

 

「あいかわらず化物だこと」

 

※メディシンボール

トレーニング用に作られた重さのあるボール

バレーボール用のやつの場合、バスケットボール並の重さから2kgほどの重さまであります。

これでオーバーカットの為の練習をしたり打ち込みの強化をしたり体幹を鍛えたり他、色々出来る優れもの。

 

 

 

「フッ!」

鈍い音を響かせ、まるで普通のボールを打つようにサーブを打ちボールを拾いに行き何度も打つ。

 

※メディシンボールでサーブは真似しないで下さい。これを真似して肘壊したやつが周りにいます。

 

 

 

 

「あれ?……ねえ飯山」

 

「ん?」

 

「稲村のサーブ、打つ前に手首思いっきり畳んでから漫画みたくタメて一気に回転させてるけど、あれって前教わった筋弛緩法効果と関係あるのかな?」

 

「関係はもちろんあるが、あいつの場合、伸張反射を使ってるんだと思う」

 

「何それ?」

 

「本来の意味を教えると解剖生理学の話になってややこしくなるから割愛するとして。あいつの体の使い方を説明するか。筋肉が伸縮運動で動くのは知ってるな?あいつの場合、こうやって弓みたくタメを作って、それを一気に放って、感性も加えた上でやってる感じだな……まあ一般人が今のアレを真似したら感覚掴むのも大変だし、あんな練習したら肩か肘やるけど」

 

「俺は普通の人だからアレはやらないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(体だって変わった)

 

 

 

 

「これがダンベルを二つ使ったプルオーバーだ。お前の今のダンベルフライの重量は10キロだから7キロにしてやってみるか」

飯山はそう言うと七沢にダンベルを渡し、フラットベンチから上半身がはみ出るように座らせ、落ちないように下半身に乗る。

 

「お、重い……」

ダンベルが重いのか飯山が重いのかは不明だが苦しそう。

 

 

「言っとくけど、最初は体が硬いだろうから可動域がかなり狭くて、床に着けるのが怖いかも、その変わりなれると―――」

 

「―――えっ?」

 

(こいつ、簡単に……)

筋肉やパワーだけでなく肩の可動域が広がり、競技に生かせる!そう力説しようとしたが、七沢が簡単に床にダンベルをつけ持ち上げてみせた。

 

「お前、肩周り柔らかいな」

 

「そうなのかな?計測とかしないからわかんないや」

 

(こいつの柔軟性に神経系と技術、それを支える体ができたらもしかして)

 

「よし!今日は胸と肩と腹筋の日。という事で、これからお前を力が入らくなるくらいヒィヒィ言わせてやるからな!!」

 

 

 

「というわけで続きだ!さっきの上げ方じゃなく円を描くように持ち上げるんだ!」

 

「……き、キツイ」

 

「何?楽しい!?それは良かった!じゃあ、とことん悦ばせてやるからな!!」

 

 

 

「……えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッーーーーーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うげぇ……」

追い込んだ証拠の酸欠、それによる吐き気、グロッキーになりながら七沢がフロアマットに倒れ込む。

 

「おお、吐き気を催すレベルの酸欠になるのは追い込んだ証拠、素晴らしいじゃないか」

 

「もう二度とやりたくないんだけど。これ、どれくらいで効果出るの?」

 

「そうだなぁ……簡易な神経伝達系だけなら割と直ぐと思うが、見た目が変わるとなると、ざっと三ヶ月ってとこだな」

 

「さ、三ヶ月!?」

 

「言っとくけど三ヶ月で効果が出始めるって事だからな。人間は普段、体を壊さない為のリミッターがかかってるのは知ってるだろ?」

 

「うん、それは知ってるけど」

 

「真面目に筋トレ重ねていくと、そのリミッターの上限がある程度上がる、それが3ヶ月と言われている……そしてリミッターが上がりトレーニングの強度が増したら、その負荷に対して体も対応し体をさらに強くするべく成長する。だから一回や二回のトレーニングで身に付くものじゃない。トレーニング、栄養、休息の三つを正しく積み重ねるしかないんだ」

 

「三ヶ月か……」

 

「そんなもんあっという間だ、それに慣れるとトレーニングせずにいられない体になるぞ」

 

 

 

 

(そして3ヶ月以上たって)

インハイ予選から3ヶ月以上がたち八幡がバレー部に助っ人として参加して

 

 

 

『俺はルーティンに入る前にボールのメーカーのロゴをこっちに向けて見た後、ルーティンの動作でおでこに持ってきてロゴを当てる、そんで離して、もう一回ロゴを見て気持ちを切り替える』

 

『ジャンフロならそのままトス、ジャンプサーブは、こうやって毎回同じ位置で同じ縫い目に指が乗っかるようにしてトス上げる感じだな、ロゴを合わせるのはボールを同じ位置で手に乗せる、練習通りのトスを上げる自己暗示する意味合いもある。プレー中とか色々考えが頭に浮かぶだろ?そのままの状態でサーブに入ると余計なことを考えちまう。だからどのサーブを打つか?狙いはどこか?そこを選択したら余計な事を考えず気持ちを切り替える。まあ、それ以外は願掛けみてぇなもんかもしれねぇが』

 

 

『お、お前、中学の時から、そう考えてプレーしてたの?』

 

『こわっ!』

 

 

 

 

「ああは言ったけど真似しても問題ないよね。俺も試してみよう」

 

 

「どうせならこの前の稲村の打ち方も参考にして」

八幡のルーティンから、稲村の引手の腕の使いかた。

 

そしてサーブ。

 

 

(しっくり来た!)

打った本人が一番わかるサービスエースがとれるような手ごたえ。

 

いままでしっくりきてなかった彼にとって久しぶりの感覚。

 

 

 

「……もっと練習しなきゃ」

今のを忘れないように、もう一度同じルーティンから同じサーブを打つべく時間の許す限り七沢は何度もボールを打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今

 

(ボールのロゴ……比企谷。お前があの日を越えてコートに立っているように……俺も越えるよ)

八幡のルーティンと同じように額からボールを離し、もう一度ロゴを見て、ボールの縫い目が練習と同じように手にかかるようにする。

 

 

 

 

 

(俺も、あの日を越える!!)

スピンの利いたトスを上げる。

 

慣れ親しんだ体育館、何度も上げたトスとドンピシャの高さ。

 

落下するボールと景色が記憶と一体化する。

 

 

(良い!イケる!!)

軽い助走からトスにあわせた三点助走、そして跳ぶ。

 

左手でボールとの照準を合わせ、力いっぱい押し込めていた右手を解放。

 

手首をそらし、彼特有の肩の柔軟性を以って背中を収縮させた状態からの解放と同時の腕の振り、そして手首のスナップ。

 

全てが最高のタイミングで今まで身に着けた力を膂力に伝えミート。

 

球速、回転、パワー。彼が打ってきた中で最高のサーブが海浜コートに向かう。

 

 

(早っ!でもアウ―――)

この軌道はアウトそう思った。いや、明らかに反応できなかったサーブに外れてくれと小菅は願った。だが

 

 

 

「―――イン……」

ボールはエンドラインに重なるようにコートに叩きつけられる。

 

そのサーブは少しの沈黙と、総武高の得点、そしてデュースを告げる笛の音を呼び込む。

 

 

 

 

総武高校 24-24 海浜高校

 

 

 

「すげぇぇ!七沢の奴あんなサーブ打てたのかよ!!」

 

「これでデュース、イケんじゃねぇ!?」

 

「ああ、勝てる!!」

OB達は先ほどのサーブに対する驚愕、そしてデュースに持って行った状況に喜び合う。

 

 

「七沢の野郎すげぇじゃねぇか!なあ清……ん?」

恩名が隣にいる清川に声をかけようとするが異変に気付く。

 

 

 

(……凄いよ宗)

自分の持てるバレーの全てを教えた弟分。その彼が見せたサーブ。

 

自分が教えたサーブとは違う。いや、自身が教えたサーブから進化したもの。

 

 

それは同時に清川に、ある事を実感させるもの。

 

 

『よろしく!七沢君!!』

『よろしくお願いします!!清川先輩!!』

 

出会った頃はまだ150センチほどしかなかった弟分。

 

それが、いつしか身長は肩を並べ、技術も並び仲間としてライバルとして高め合う存在になり。

 

 

『そして、そんなお前のプレーで終わることができた、悔しいわけないだろ!!お前のプレーで終われるなら、最高の終わり方だ!!!!』

 

『宗、これからのバレー部を頼むぞ、お前だから、おれは安心して終われるんだ』

そして彼に託した。

 

だからこそ今のサーブは驚きよりも先に来るものがあった。

 

嬉しかった。目の前で見れた事、彼に託したのは間違いじゃなかった事。

 

だからこそ、心から言える。清川は自然と自分の心を口に出した。

 

 

「宗……お前はもう俺を越えてるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして続くサーブ

今度は、レシーバーとレシーバーの間へのサーブ。小菅は横に手を出し必死に取ろうとするが、早い弾速のジャンプサーブを横でまともに取れるわけがない。

 

弾いてしまい総武高に点が入る。

 

 

 

総武高校 25-24 海浜高校

 

総武高がついに逆転し、逆に王手をかける。

 

 

 

 

(さっきと今のサーブ……いやそのオープンからか)

鳶尾は冷静にプレーを思い起こし一つの答えにたどり着く。

 

 

 

(間違いねぇ!七沢の奴、全国クラスの選手から全国クラスのエースに化けやがった!)

 

 

山北と既に同格、いやもしかすると……認めるしかない事実。だからこそ指示を出す。

 

 

「一本で返ってもいい!上げろ!!」

 

 

 

 

「っ!!(ヤバっ!長い)」

言葉ではそういうものの狙うはAパス。正面に来たサーブを小菅が再びカットするが

今度はネットを越える勢いで上げてしまう。

 

 

「長谷!」

「愛甲!」

総武高、海浜、二つのチームのミドルブロッカーの押し合い。

 

(やらせねぇよ一年!)

愛甲が押し合いを制し押し込む。

 

 

(やらせない!)

温水が持ち前の反応で拾う。

 

(拾った!けど)

この状態では八幡はセットアップに入れない

 

 

「オーライ!!」

七沢が自分がとると声を上げカバーに入り高く上げる。

 

 

 

「稲村、ラスト!」

 

「チャンス!」

石田次に備えるべく叫ぶ

 

 

(チャンスじゃねぇよ!)

もし、七沢のサーブが途切れたら総武高に勝ち目は無い、ここは攻めるときと判断した稲村が無理矢理打つ体制に入る

 

(打ってくる!目線ストレートに切ってる……でも、こいつは変則)

ストレートの振りでクロスに打つ可能性がある、そう判断した愛甲がストレートではなくクロスを塞ぐ。

 

 

「ワンチ!」

 

「ナイスだ!」

カバーに入った選手が高く上げる。

 

 

 

この状況で海浜が託す選手は一人しかいない。

 

「ライト!!」

 

「ライト来るぞ!!」

 

ブロックは長谷と稲村の二枚。

 

八幡のいる方向に打たせないようストレートを開け、クロスを締めた状態

 

 

(来い!)

温水はバックレフトでストレートを待ち構える。

 

 

(狙いはお前だ!)

だが山北の狙いは違っていた。

 

 

この状況

ストレートは待ち構えられ、クロスには高いブロック、カットが苦手な飯山はせめてフォローできるようにと前に詰めておりフェイントもカバー出来る。

 

だが、ここでブロックアウトに行けば?

 

反応の早い温水は強打警戒で、そこまでカバーできない。七沢は離れすぎている。

 

「あっ!」

それを踏まえていた山北の狙いはブロックアウト。

 

稲村の手をミートポイントをずらして狙いサイドラインの外へと飛ばす。

 

 

 

 

(よし!―――)

 

これを決めれば自分は後衛だが、八幡のセットアップが絶望な状況で自分のサーブ。勝ちは目の前にくる

 

 

 

(―――は?)

ハズだった。

 

 

 

(何故だ?)

その光景は予想だにしなかった事。

 

落下点に待ち構える一人の男の姿。

 

 

 

「何故、あいつがそこにいる!?」

想像しなかった状況に鳶尾が叫ぶ。

 

 

それは足を負傷し味方がカバーし何とかコートに立っていたはずの総武高のセッター比企谷八幡がそこにいたから。

 

 

彼はその状況になると読んでいた。

 

そして自分はマークから外れている。だからこそ必死に動いていた。

 

もしダメでも自分の近くにいた飯山がカバーしてくれる、温水と七沢が上手くカバーしてくれる。

 

 

それは一見するとただのスタンドプレー

 

だが、同時に味方を信じたチームプレー

 

 

「っ!?」

そして気付く一つの可能性。

 

それを現実とすべく、八幡が動いている。

 

 

そして今、最も警戒すべきバックアタックを得意とする選手がいる。

 

 

額の近くにある三角形に作ったオーバーハンドトスを作るべく両手。

 

 

 

(不味い!!)

 

 

トスが上がる。

 

アタックラインより前方1メートルより手前、3メートルよりやや高めの高さ、バックセンターへ回転を殺した綺麗な放物線のトス。

 

それは、このチームにおいて一人の為だけの彼だけが打ちやすいトス。

 

 

(決めろ……七沢!!)

セッターはエースに託す。

 

 

(任せろ……比企谷!!)

エースはその期待に応えるべく相手コートへ狙い撃つ。

 

 

(やらせねぇよ!)

(止める!)

反応できていない海浜サイドだったが愛甲と山北の二人が反応を見せブロックに入る。しかし強力な打球はそれを躱すようにコートへ。

 

 

ジャンプサーブ同様、強烈な打球、そしてドライブ回転。

 

その打球は慣性に従い反応できていない海浜の選手をあざ笑うかのようにラインギリギリにコートへと叩きつけられた。

 

 

 

同時に笛が鳴る。

 

 

その笛の音は総武高バレー部の勝利と、八幡のバレー部参加の終わりと奉仕部にとって最後の依頼、色々な物を告げる音となり体育館に響いた。

 

 

総武高校 26-24 海浜高校

 




次回は繋ぎの回を入れる予定です。



更新日時は未定です。


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試合を終えて

お久しぶりです。

今回は前回のあとがきにもありましたが繋ぎの回になります。


「負けたな」

26―24の得点板を見つめ、現実を受け入れ鳶尾が呟く。

 

 

(勝ちに不思議の勝ち有り、負けに不思議の負けなし……か)

ふと思い出された名言を思い出す。

 

確かに負けた。

そこには負けた要因が当然ある。

 

総武高の選手たちのポテンシャルの高さ?エースの覚醒?

 

 

 

 

(色々あるが……ウチが負けた一番の要因はあいつだ)

海浜が負けた要因、その元凶とも言える男、比企谷八幡の方を向き軽くため息を吐きながら彼を見た。

 

 

 

 

『何故今まで出てこなかった?』

 

『バレーを辞めたからです。現に3年ブランクがあるし、この試合限りだと言ってました』

 

鳶尾は八幡に気づいた時点で、中学時代のチームメイトである山北に確認した。

 

そして、その時点で警戒した。

 

だが、それは数合わせの助っ人という選手から有力な元経験者の助っ人へと見方を変えたに過ぎなかった。

 

 

(いや、まさに言葉通りの助っ人って事か)

なにせその助っ人にやられ、海浜は自分のバレーをさせてもらえなかった。

 

 

(これが本番じゃなくて本当に良かった)

もし本番なら取り返しのつかないばかりか、春高予選含め今後の海浜にとって強敵が現れたことになる。

 

鳶尾は彼が部員ではなく助っ人という事に少なからず感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「あれ?隼人くん、どこ行くの?」

興奮冷めやらぬギャラリーの中、自分のバッグを持ち、場を後にしようとした葉山に戸部が問う。

 

 

「トレーニング室だよ。部活がなくてもフィジカルならできるだろ?」

 

「えっ?」

 

「あんな試合見せられて、燃えないわけないだろ。彼らはすごいことをやってのけた。俺も負けてられないよ」

そう、燃えずにはいられない。

 

彼らは、そして自分にとってのライバルがやってのけた事。

それは練習試合とはいえ決して簡単なものではない。目の前で見せられた試合に心が打たれた彼は、じっとしていられなかった。

 

 

「……じゃあ俺も付き合うよ隼人君!」

 

「え?」

 

「俺もヒキタニ君には負けてられないっしょ!」

恋のライバルには負けられない!戸部もやる気を見せバッグを持ち上げる。

 

 

「ああ……行こう!」

 

 

 

俺たちの戦いは、これからだ!

 

 

 

ふたりは、それぞれの思いを胸に自分達の戦いの場へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「七沢」

練習試合が終わり両校の挨拶が済むと、山北は総武高に近づき声をかける。

 

 

「……山北さん」

 

「これで、うちと総武高は一勝一敗だ」

インハイ予選、そして今日。どちらもフルセットの末の結果。

 

 

「だから春高予選は何が何でも出て来い、そこで決着つけるぞ!」

 

「はい!」

山北から差し出される拳、七沢も気合をいれ拳を合わせた。

 

 

 

「……比企谷」

続いて八幡の元へ近づく。

 

 

「……」

「……」

お互いの思い、いいたい事、伝えたいこと、色々あるが言葉が出てこない。

 

しばしの沈黙。先に口を開いたのは山北だった。

 

 

 

「何が3年間のブランクだ‥…」

バレーをする事を諦め自分から離れていたはずの八幡の姿は3年たって今、正にそこにいて。

 

 

「何が数合わせの助っ人だ……」

それが何の冗談だろうか?離れてしまったはずの彼が、敵チームの一人となってバレーをしていて。

 

敵味方に別れ、そして負けた。

 

悔しさ、寂しさの感情を押し殺すように小さく呟く。

 

 

「……」

口を閉ざし、八幡は何も言わない

 

 

「……(違う、俺が本当に言いたいことは)」

自分が言いたかった事はそれじゃない、山北も口を閉ざす。

 

 

『お前はこんなとこで終わるような選手じゃない、俺は海浜に行ってバレーを続ける、だからお前も来てくれ、海浜なら一人に責任押し付けることはない、お前の実力も分かってくれる!そこでもう一度バレーをしよう!』

 

 

『……考えておきます』

 

『今はその言葉だけでもいい』

 

 

その時、山北の脳裏に浮かんだのは3年前、八幡と交わした言葉。

 

 

(そうだ、俺の言いたい事は)

本当に言いたいこと、それは悔しさや哀しさを表す言葉ではない。

 

山北は大きく息を吸い込む。

 

 

 

 

 

 

「……お前みたいな奴は、さっさとこっち側に来い!敵とか味方とか関係ない、またバレーしよう!」

それは願いにも似たもの。

 

あの日以来、バレーボールから離れてしまった八幡に対して、駆られていた後悔の念。

 

そして今日、八幡がバレーボールをしたかったという事を改めて知った。

 

300グラムに満たない一つのボール。敵味方に分かれたものの、同じボールを繋ぎ競い合った。

 

同じバレーボールという競技をした。

 

自分の元に戻って欲しいから来た言葉では無い。あの日、離れてしまったバレーボールの世界に、もう一度戻って欲しい。

自身もバレーボールが好きだからこそ出た言葉。

 

 

 

「……考えておきます」

少しの間、八幡は動揺を隠すように俯き答える。

 

 

 

八幡の言葉はあの日と変わらない、だけど嫌という言葉も無い。

 

 

「その言葉、今度こそ信じてる」

あの日と同じ言葉、だけどそれは違う意味に聞こえた、だからこそ信じる。

 

山北は軽く笑みを浮かべ、八幡の頭をなでる様に手を頭に乗せ少し微笑み、背を向け歩き出した。

 

 

 

「……」

そんな教え子の姿を、優しく見守る海浜の監督である鳶尾。

 

だが、当然やさしく見守っているわけではない。

 

内心物凄く焦っていた。

 

 

(え~……何やってんの、あの子?ただでさえキツイ春高予選に強敵増やすマネしてどうすんのぉ?)

そう、山北の言葉は強敵を増やす事に他ならなかった。

 

 

七沢に何が何でも春高予選に出て来いと言う

八幡にバレーボールの選手として戻って来いと言う

つまり、八幡を正式にチームに入れて春高予選出て来いという事。

 

 

(だが、ここで注意したり変に妨害したりすると威厳に関わる&駄目大人な烙印を押されかねない)

だからこそ細心の注意を払わねばならない、鳶尾が八幡の元へ近づく。

 

 

 

「足は大丈夫かい?」

 

「えっ?あ……大丈夫っす」

 

「そうか、なら良い。これからもバレーをして行きたかったら、くれぐれも今みたいな無理はしないように。指導者として無理をして潰れる子たちを見たくは無いからな」

 

「……うす」

 

(そうだ、無理はくれぐれも控えてくれ。せめて春高予選が終わるまで、ゆっくり休むんだ!)

これで手は打った。鳶尾は顔色には一切出さず、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

(あいつのとこ行ってこなきゃ!)

この試合が終わったら、あいつに謝ろう。そう考えていた愛甲が行動に移すべく近づく。

 

 

その時だった。

 

 

 

「ヒッキー!足大丈夫!?」

デカイ!胸にちっちゃいスイカ乗せてるのかい?と掛け声をかけたくなるような女子が持ち前の大胸筋が装備している肩こり養成装置を揺らし、八幡の元へやってくる。

 

 

「ああ大丈夫だ。これで体育とか暫く見学でサボれるし返って得だな」

八幡は自分の足に目を向けると、持ち前の捻くれ発言をかます。

 

「怪我イコール、サボるという答えになってるのだけど……どんな思考回路してるのかしら貴方」

綺麗な黒髪と制服を揺らし(その他については黙秘権を行使します)雪乃が近づく。

 

 

「さすがゴミぃちゃん……」

色々台無しだよ、そう言いたげな顔をしながら小町がつぶやく。

 

 

「そんなことより早く足見せな!」

沙希が八幡を半強制的に座らせ、足を見ようとする。

 

「救急箱持ってきました」

いろはが肩で息をしながら急ぎで救急箱を持ってくる。

 

 

 

(えっ?なにあの美少女達!?あいつ囲まれまくりじゃね……?)

八幡に群がるレベルの高い女の子達を見て愛甲が呆然とする。

 

 

(て事は俺がずっと海浜でスポ根してムサイ男達とボール追っかけてる間に、あいつは総武高行って可愛い女子とラブコメしてたってわけかぁぁ!?)

そして、悔しさの感情、それが怒りへと変換される。

 

 

「比企谷ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ひゃ!?って……愛甲」

急に怒気を含んだ大声を食らいビビる八幡。

 

「……お、覚えてろよぉぉぉぉぉ~~!!!」

それ以外の言葉が浮かばない!愛甲は涙を堪え猛ダッシュで駆けていった。

 

 

 

「あの人、ヒッキー達に試合に負けたの相当悔しかったのかな」

 

「経験者とはいえ3年のブランクがある比企谷君に負けたのだから、そうとう悔しかったのでしょうね」

見当違いの事を考える奉仕部の二人。

 

 

 

((それは違う!!あいつの悔しさ俺には良くわかる!!))

そんな光景を見ていたチェリーズの二人だった。

 

 

 

 

 

 

(青春で負けて、バレーでも負けてたまるか!!)

 

 

「コラっ!遅いぞ愛甲!!早くバスに……って!おい、どこに行く!?」

バスを発進させずに待っていた鳶尾だったが、愛甲はそれをスルーしようとしたのであわてて声をかける。

 

 

「自分、不甲斐ない試合したんで罰走します!!」

 

「ファッ!?」

まさか、自分から罰走を申し出ると思わなかったのか、凄いリアクション。

 

「次は勝つ!!」

 

「えっ……ちょ、待てよ!」

だが待たない。愛甲は行ってしまった。

 

 

「あ~……」

 

(確かに不甲斐ない試合したら罰走っていたけどさぁ、あれ発破かけただけなんだよなぁ)

鳶尾は走って行った愛甲をただ呆然と眺める。

 

 

(……てかコレ嫌な予感すんぞ)

何やら嫌な予感を感じ取る。

 

 

 

「俺、最後決めきれなっかたなんで参加します」

あいつ一人に走らせる訳にはいかない!キャプテンである自分も走る、そう言わんばかりに山北が立ち上がる。

 

 

「すんません!俺、あいつより不甲斐ない試合したんで罰走します」

八幡に何度も騙され、ブロックを振られまくり、愛甲と交代させられたレギュラーのミドルブロッカーの選手も立ち上がる。

 

「お、俺も相手にモーション読まれまくったんで行ってきます!」

同じく八幡にトスを読まれ、流れを渡す切欠を作り石田と交代したセッターのレギュラーも立ち上がる。

 

 

「えっ?ちょ!」

 

「自分もサービスエースとられまくったんで行ってきます」

七沢、飯山、稲村からサービスエースを何度も取られてしまったリベロの小菅もそれに続く。

 

(マジかよ……こうなっちゃうと)

 

 

『レギュラーを出さないんですか?あいつらを舐めない方がいいと思いますが』

 

『なんだ山北、警戒してるのか?』

 

『どんな相手でもなにが起きるか分からないので』

 

『たしかに七沢は警戒が必要だろう2人高いやつもいる、だが、今日は練習試合だ。それに代えるのは1セット目だけだ。後はレギュラーで行く』

 

『ですが―――』

 

『―――うちは全国で戦うチームだぞ?これくらいやれないとな。今の総武高校にハンデつけて勝てないようじゃインハイの二の舞だぞ!』

 

『っ!!』

 

『他にないなら、それで行く!いいな?』

思い出される、自分と山北の会話。

 

 

(こうなっちまったら俺も行かない訳にいかねぇだろうが!!)

これで彼らだけを行かせてしまえば、アレ?舐めてかかった監督も敗因の一つなのに自分は走らないのか。やっぱ大人は汚ねぇなと思われてしまう。

 

 

「よし!自分も罰走するって奴は俺について来い行くぞ!!」

口は災いの元、こうなってしまっては仕方ない。鳶尾は立ち上がり部員達に声をかけると、部員達もそれに答えるように立ち上がる。

 

 

(俺は主だったミスとか無かったし、バスでいいや♪)

そんな中、運転手のコーチと控えセッターの石田だけは立ち上がらない。

 

 

「何やってるんだ石田?」

そんな石田に声をかける山北。

 

「えっ?」

 

「愛甲が降りたんだ、お前も降りろ」

 

「何故すか!?」

 

「一人は皆の為に、皆は一人の為にだ!さあ、行くぞ」

お前一人を残してなるものか!山北は笑顔で彼を持ち上げバスから連れ出す。

 

 

「Noおおおおおおお~~!!!!!!」

その日、総武高から聞きなれない声が木霊したという。

 

 

 

 

 

―再び体育館―

バレー部は軽いクールダウンを終え、撤収作業に取り掛かろうとしていた。

 

 

「お疲れ!」

そんなバレー部に総武高OGである雪ノ下陽乃が声をかける。

 

「あっ雪ノ下先輩、お疲れ様です!」

七沢が近づき挨拶をする。

 

 

「私が寄贈したベンチ早速使ってくれたんだね」

 

「はい、おかげさまで助かりました!重宝します」

目線の先にはスポーツベンチ、地味に欲しかったけど手が出せなかったバレー部には非常にうれしいものだった。

 

この商品、安い物で2万前後、高ければ4万強以上する、お高い物。部費が潤沢にあるならともかく、部費がそれほど無い総武高バレー部は、これを買うくらいならボールやサプリメントに金を回した方が良いと判断していた。

 

 

「いいのいいの、うちの義弟のためだもん……そうだ!私も片付け手伝うよ」

 

 

「えっ?でも」

「いいからいいから!私こう見えて力持ちなんだから」

寄付してもらった上に、運んでもらうのは気が引ける。七沢は止めようとするが陽乃が笑顔でバイセプス(上腕二等筋を強調するポージング、やり方によっては三頭筋も強調できる)の動作を見せながらそれを制する。

 

 

「これ部室に運べばいいんだよね?」

 

「は、ハイ!では折角なのでお願いします」

ここで断るのも逆に失礼に値する。七沢は申し訳なさそうにお願いする。

 

 

「は~い、任せなさい」

陽乃は、その鉄仮面の下で更なる笑みを浮かべながら、ベンチを抱えその場を後にした。




次回から日常な話に入ります。


次回の更新は未定です。



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一難去って……

1年以上ご無沙汰しておりました。

言い訳になりますが、去年の3月にPCが壊れてしまい書き貯めしていた台本が全部パーになってしまいました。

仕事のデータ管理と違い、小説はバックアップなぞしておらず、一気にモチベが奪われてしまい。年が明けるまで仕事以外でワープロを使わない有様。

久しぶりにログインしたら感想やら評価やら頂いており、このままお待たせさせたままエタらせるのは人としてイカンと思い、かなりのブランクを経て復帰しました。


ただブランクもある上に、当初の作品と違う文章や流れになってるかもしれませんが完走するまでシコシコ書きつつバックアップとっていく事にします。



※今回の話はネタバレになりますがある意味いつも通り腐らしい?ネタあるのでご注意を


「今何時だ?」

試合の疲れで帰って横になるなり寝落ちしたしまった八幡。寝起きのせいか、はたまた地なのか分からない腐った目をゴシゴシしスマホを探し時間を確認する。

 

時間は深夜1時半、普段不規則である彼ならこれから就寝する時間だが今は違う。

 

 

スマホのブルーライトに刺激されて徐々に目が冴え、次第に覚醒していく意識とともに試合での疲労、ケガや筋肉痛の痛み、空腹、尿意が感覚として脳を刺激する。

 

 

「何か通知かなり来てるけど、まずトイレ、そんで何か食うもんだな」

そう呟くと八幡は筋肉痛で痛む体に逆らうように反動を使い起き上がり、痛めた足に気を遣うように立ち部屋を後にした。

 

 

 

トイレで用を済ませ食べ物を漁ろうとキッチンへ向かうべく居間の戸を開ける。

 

「あ、コレ」

ふと目に入ったテーブルに置かれたラップをしているオムライスの入った皿と隣の紙。八幡は何かを書かれた紙を手に取り文字を読む。

 

 

“試合お疲れ様!チンして食べてね  貴方の愛する小町より”

 

 

「……小町」

何とも言えないうれしさが心に響く。

 

 

「裏にも何か書いてんな」

 

“このイベント小町的に超ポイント高い!!”

 

(最後のなかったら八幡的にもポイント高かったんだけどね)

紙の裏を見て複雑な表情を浮かべ、書置きをポケットに入れ、オムライスをレンジに入れ温めインスタントの味噌汁を作り、それらをテーブルに持っていく。

 

 

作りたてと違いフワフワとは言いにくいオムライス。噛み心地のある大きさの鶏肉、適度な火の通り方をした玉ねぎの具、食が進みやすいように心持ち濃い目の味付け、小町が兄のために心を込めて作った料理。

 

チキンライスを包むオムレツのバターの香りとコク、味の軸であるケッチャプの甘味、塩味、酸味がバランスよく調和されている。八幡が何度も食べてきた小町の味。

 

そして口飽きしそうな時に味噌汁。インスタントとはいえ日本人のDNAに安心感を与える味。

 

 

疲れている体と心、その両方にじんわり響く味わいに八幡は笑みを浮かべ、空腹を満たすべく夢中でそれを食べた。

 

 

 

 

 

 

「寝れねぇ」

早い時間に寝落ちしてしまったせいか再び床につくも寝れない。

 

寝ようとして目を閉じる……が頭に浮かんだ事が消えず寝れなくなる。

 

 

 

「バレーボール……か」

思い出される今回の試合。

 

『比企谷』

 

『何?』

 

『本気、出してくれないか?』

 

 

「あの試合で俺の出来るバレーは全部出し切ったんだけどな」

これが最後。そう思ったからこそ彼は海浜との試合で自分のバレーを全てぶつけた。

 

 

彼は十二分にやり切った。持てる実力を出し切り自分のバレーをし、そして勝った。

 

 

 

「何でだ?」

 

それなのに頭に次々浮かんでしまうのは“出し切ったとは違うもの”

 

 

今回はこんなフォーメションだったけど、こんなやり方はどうだろう?

 

あの時ミスしたレシーブ。もう少し早く位置取りできてたら。

 

七沢の高速Bからの連携、今回はこれしかできなかったけど、まだまだ幅が広がる。

 

長谷は手の振りはコンパクトに振れていたから、セミ打たせて時間差のコンビを増やすのも面白い。

 

温水はセットアップも予想以上にできていたから、自分が前衛の時あえて攻撃に加わり連携するのはどうか?

 

飯山は後半、明らかに動きが変わった、それを軸に使ったらどんなバレーになるのか?

 

稲村の変則は確かに海浜に通じた、攻撃もレフト、センターどちらでも対応してみせ、スパイク自体はライトからではさらに強かった事が分かった。

 

このメンバーを試行錯誤して練習してチームとして鍛えたら……。

 

出し切ったから終わりではない、出し切ったことで生まれたもの。否応なしに頭に浮かぶのは“今回”ではなく“次回”のこと。

 

 

 

『……お前みたいな奴は、さっさとこっち側に来い!敵とか味方とか関係ない、またバレーしよう!』

思い出される山北の言葉。

 

 

「俺は……」

そう呟くと頭に浮かぶバレーとは別のこと。

 

「雪ノ下……由比ヶ浜」

今度は奉仕部の二人が頭に浮かぶ。

 

「何がしたいんだろうな俺」

要はバレーがしたい&美少女二人と仲良くしたいという事なのだが、いまいち分かってない八幡。

 

 

 

 

 

 

 

爆発すればいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

-そして月曜日-

 

目覚ましが鳴る時間より前、八幡は目を覚ました。少しの間とはいえ朝練に出て、放課後も部活をやり帰宅して直ぐ寝ていた彼には、すっかり健康的な早寝早起きのリズムが刻まれたようだ。

 

時間を確認しスマホの目覚ましを切り再びベッドに横になるその時だった。

 

突如なるスマホ、画面に映る文字。

 

 

“平塚静”

 

 

「げっ」

彼の直感が告げる。嫌な予感しかしない!

 

だがこの電話を取らなかった場合……思い出される夏休みの恐怖メール。朝からホラーも嫌だ……八幡は意を決し数コールで電話に出る。

 

「も、もしもし」

 

「おはよう比企谷」

 

「おはようございます。何すか、こんな時間に?」

 

「なに、朝のモーニングコールをかけただけだ女性からのモーニングコールだうれしいだろ?」

もちろん羨ましいです。

 

「いや、若い子の方が―――」

 

「―――何か言ったか小僧?」

 

「いえ、何でもありません」

電話越しに伝わる殺気に恐れをなしたのか八幡は慌てて否定する。

 

 

 

「……それはそうと、どうだね脚の調子は?」

釈然としないが、あまり突っ込むと心に傷を負いかねない、そう判断した静が話題を変える。

 

 

「いやぁ、歩けないくらい悪いんで出来れば2週間は休みたいくらいっすね」

ただの捻挫なのに、いけしゃあしゃあと言う八幡。

 

「そうか……それは残念だが仕方あるまい」

 

「(えっ?イイの!?マジで?)」

冗談半分で言ったのにまさかの返答に八幡感激!だったのだが

 

「奉仕部の活動でのケガだ、これで君の勉学に遅れが生じたらご両親に申し訳が立たない。先生方にお願いして2週間の勉強分として、がっつり宿題をお願いしようではないか」

 

「あんた無茶苦茶だ……」

そんなの学校に行った方がはるかにマシである。

 

「ふん可愛くないやつめ。それでどうする?脚の調子がイマイチなら特別に迎えに行っても良いが」

 

「小町の分もお願いできますか?」

 

「妹君もか……良いだろう早めに行くから準備しておきたまえ」

 

 

 

 

―総武高 校門前―

 

 

「では私は車を回してくる、ここで降りたまえ」

 

「ありがとうございます」

なんだかんだ言って普通に通学するより、はるかに楽だった。なので、ちゃんとお礼を言い捻挫した脚をいたわる様に重心の軸をずらし車から降りる。

 

始業開始より30分以上前、普段と違い早い為か同じ景色でも違って見える、不思議な感覚になりながら下駄箱へ向かう、その時だった。

 

「ん?」

 

「あ、来た来た!」

 

「脚は思ったより大丈夫そうだな」

 

「大事なくて良かった。てかライン返信しろよ」

 

「……何だよお前ら」

八幡の前に来たのはバレー部の面々。各々が八幡に朝の挨拶の言葉を送ると整列し前に立つ。

 

「ああ、まだやり残してる事があってね」

 

「まだ何かあんのか?」

 

「簡単な事だよ」

七沢は少しだけクスリと笑い真面目な顔に戻し一歩前に出て大きく息を吸い込む。

 

「ありがとうございました!!」

 

「「「「ありがとうございました!!」」」」

 

「っ!?」

やり残した事、それは“ありがとう”という言葉。

 

 

「な、何だよ急に」

当たり前の言葉なのだが八幡にとっては予期せぬ事なのだろう、その言葉に戸惑いを隠せない。

 

 

「そりゃあお前のおかげでウチは念願の試合できたんだ」

 

「しかも海浜に勝つことができただけじゃなく全員が成長できた。ここで礼を言わないと礼儀に欠く」

何を不思議がってる?そういわんばかりに飯山と稲村が言葉をかぶせる。

 

「……(何か言うことは)」

ごめんなさい。こういうときどんな顔すればいいかわからないの。状態の八幡

 

 

 

『バレー楽しいよな』

ふと頭に過ったのは清川の言葉。

 

 

(そうだよな)

それは単純な事。それでいて八幡が強く痛感したもの。

 

「その……」

だからこそ八幡は俯きかけた顔を上げ、自然に出た心からの笑みで言う。

 

「バレー楽しかった」

 

「ッ!!」

不意打ちに近い突然の笑みと言葉にドキリとするバレー部一同。

 

 

「おはようヒッキー!」

 

「おはよう比企谷君」

「おう、おはよ」

そんな状態の中、声をかける奉仕部の二人。もう少し早く来てればレアなものが見れたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そういや奉仕部の依頼で礼を言われたのって……)

 

『……比企谷くん、だからその……ありがと』

戸塚の依頼の後、思わず抱きしめたくなるような言葉を思い出す八幡。

 

(つまり戸塚は天使!)

他にもお礼を言った人は結衣とか沙希とか葉山など当然いるのだが八幡の頭は戸塚でいっぱいだった。

 

 

 

―ちょうどその頃―

 

「……ふぅ」

ため息をつきながら運動着を脱ぎ、均整のとれた引き締まった上半身を露わにした一人の男

 

(何でだろう何か、今とても複雑な気持ちになったぞ)

急に襲ってきた感覚に戸惑う葉山隼人の姿。

 

「隼人君どうしたっしょ?早くしないと遅れるべ」

こちらは丁度着替え終わった戸部。

 

「ああ、すぐ着替えるよ」

葉山はそう言うと戸部に遅れないよう、そそくさ制服に着替えた。

 

 

 

―総武高昇降口―

 

「大変であるぞ同志八幡!」

 

「あ、おはよう材木座」

 

「朝から何の用だよ材木座」

七沢はいたって普通に八幡はめんどくさそうに挨拶をする。

 

「掲示板にお主の事が書かれてて人だかりができておるのだ!」

 

「……は?」

なんで?どうして?その場にいたメンバーは頭に?マークを作りつつ掲示板へと向かった。

 

 

登校時間という事もあり、人が多い時間帯なのだがこの日は違った。生徒たちがザワザワしながら掲示板を眺めている。

 

 

その中で注目を集めている一つの記事。

 

“男子バレー部が千葉代表校の海浜に勝利”の見出し。

部員が足りないバレー部が助っ人を一人加えて海浜に勝利した。

 

確かに話題性ドラマ性ともに申し分ないだろう、フルセットでの勝利に加え校内での試合という事で見ていた生徒も多いが何より話題になっていたのが……。

 

 

「ファッ!?」

その記事をみて変顔になりながら困惑する八幡。

 

無理もない、その記事に書かれていたのはバレー部はもちろん助っ人の八幡の事が大半だったのだ。しかも目が腐っていないモードの試合中の写真、それどころか中学時代の過去から試合中の事まで描写されている。

 

そして何より

 

『……俺はまだコートに立ちたい。色んなものが詰まったあのコートに最後まで立っていたい!だから頼む』

 

『俺を最後までコートに立たせてくれ!!』

 

その場にいた人でないと分からないであろう台詞の数々までもが赤裸々に書かれてた。はっきり言って超辱められている。

 

 

一部から黄色い声と、それを見て口から魂出してる奉仕部の二人。

 

 

 

「何が起きて……ん?」

突然の事に混乱しながらも持ち前の理性で情報収集を怠っていない八幡は文章を見てふと思う。

 

“そこで我々は彼をよく知る同じクラスの人物、偶然にも話題の彼と同じイニシャルのHH、葉山隼人君へコンタクトを取った。”

 

「彼は僕にとってライバルです」

という言葉から始まり、聞かれた事に素直に答えた内容で辱めにとどめを刺していた。

 

 

「あの野郎」

 

「大人気じゃないか比企谷」

 

「葉山……てめぇ」

突如後ろから声をかけてきた葉山を睨む八幡。

 

「おっと勘違いしないでくれ、俺はただ聞かれた事に答えただけだよ」

そう、内容そのものは質問に答えただけ。本文にある文章におこされると恥ずかしい台詞に関係してるようには見えない、何よりあれはコートにいて初めて聞き取れるもの、だが八幡は腑に落ちない様子。

 

「……前に言わなかったかい?『君は自分の価値を正しく知るべきだ……君だけじゃない、周りも』って。少なくとも君という人間を周りが知るにはいい機会だったから協力したまでだよ」

 

(余計なことすんじゃねぇよ)

口に出して葉山に反論しようとした八幡だったが、それは出来なかった。というのも周りから“はやはち?朝からはやはち!?キマシタワー”といった視線がちらほら感じていた為、奴らに餌を与えてなるものかと口を閉じていた。

 

「じゃあ先に教室に行ってるよ」

それは葉山も感じたのだろう、避難しなければならないと判断しスタイリッシュに教室へと向かった。

 

 

 

「あれ?飯山のやつどこ行った?」

そんな中、自分たちの事だと喜々として記事を見ていたバレー部たち、異変を感じた稲村が口を開く。

 

「下駄箱まで一緒だったけど、どこだろ」

七沢もあたりをキョロキョロさせて探す。

 

「やあ君たち、どうしたんだね?」

何故かドヤ顔の飯山が登場。

 

「バレー部が校内新聞に乗ってんだよお前も見てみろ……ってなんだよその顔」

 

「ああ、さっき下駄箱を開けたらこんな物が入っていてね!」

飯山がてにしていたのは可愛い便箋、それを見た稲村が震えながら口を開く。

 

「お前……それはまさか!」

 

「俺もチェリーズを脱退することになりそうだよ稲村君」

そう、それは俗に言うラブレター。

 

「た、大変だ!比企谷そっちにいないでこっちに来い!」

 

「何だよ」

今はそれどころじゃない、そう言いたげな八幡だったが

 

「飯山がラブレター貰いやがった!」

 

「ファッ!?」

本日二度目の驚愕。

 

「本当にラブレターかどうか見せろ!」

稲村が飯山の手からラブレターを奪い取ると、手を震わせながら手紙を広げる。

 

「な、何てかいてあるの」

「まじでラブレター?」

七沢と八幡も気になるのか一緒に覗き込む。

 

そこに書かれていた文章は、さほど長くない文章でこう書かれていた。

 

 

“この前の試合、通りかかった時あなたを偶然見ました。貴方を見ていたら溢れんばかりの男を感じました。こんなに男を感じた事は初めてです。叶わぬ恋とは分かっています。それでもこの迸る想いを届けたい!放課後校舎裏で待っています。貴方の大きな心と体ならきっと自分を受け止めてくれると信じて”

 

 

「……」

「……」

「……」

それを見て無言になる三人。

 

「おいおい、そろそろ返したまえ」

にやけ顔でラブレターを回収する飯山。

 

「なあ、もしかして今日、逝くのか?」

とてつもなく嫌な予感がする中、稲村が口を開く。

 

「ん?何を当たり前の事を言っているんだ?」

 

「その、相手の事調べてからで良いんじゃない?ほら……名前も書いてないし」

七沢が非常に建設的な意見を言う。

 

「きっと奥ゆかしい人なんだよ」

 

「いや、ほら、その野獣……みたいな先輩かもしれないぞ?」

さすがセッターの八幡、打ちやすいトスを上げる。

 

「野獣?イイじゃないか!俺はワイルドな人も好きだし年上は大好物だ」

残念、Bクイックを上げたハズだが彼はDクイックに跳んだようだ。

 

 

「まあ、これで俺も一つ上の男になれるってことだろ!……おっと予鈴が鳴ったな、今日は練習休みだし俺は大事な使命が出来た。話ならまた今度にしてくれたまえ」

 

「なあ、あれって」

「言うな……夢は覚めるまでが夢なんだ、今は寝かせてやれ」

「とりあえず教室行こうか」

八幡が口を開くがチームメイトの二人は自分にできることは無いと諦め、教室へと向かうことにした。

 

 

 

「Noおおお~~~~!!!!!!」

 

その日の放課後、校舎に悲しい叫び声が響いた。それは一体何だったのか、真実を知るのは一部のみとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―とある場所―

 

「プッ……プハハハ!!比企谷君のポカーン顔からの変顔」

双眼鏡持ちイヤホンを耳につけた一人の美人さんが机をバンバンさせている。

 

そう、その情報を流したのは雪ノ下陽乃。

おそらく、寄贈したベンチに見た目は子供頭脳は大人な探偵のように何かを仕込んでいたのだろう。

 

「性格悪いぞ陽乃」

あきれ顔の美人教師がため息をつきながら口を開く。

 

「あ、静ちゃんいたんだ」

 

「呼びつけたのは貴様だろうが」

 

「まあね~」

あっけらかんと答えると、イヤホンを外し静へ向き合う。

 

「例の話、考えてくれた静ちゃん?」

何を考えているかわからない仮面をつけたまま陽乃は静へと問いかけた。

 




実は書いてる途中


「バレー楽しかった」

「ッ!!」トゥンク!!

と書いてしまい慌ててバックスペースしました。


次回の更新は未定です。


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そして比企谷八幡は

お待たせしました。




ー奉仕部部室ー

 

 

 

 

 

 

総武高の生徒会選挙も無事に終わり、奉仕部の3人は部室の掃除と生徒会室への引っ越しの準備をしていた。

 

 

 

「こうやってみると、うちの部室なんもねぇな」

捻挫した脚はすっかり良くなったのか、やる気のなさそうな態度とは違い動き良く物を運んでいる八幡。

 

 

「ええ、荷物といえばティーセットとパソコン、それと……」

美しい流し目をしながら八幡の方を向く雪乃。

 

 

「おい、何で、そこでこっち見てんだよ?」

 

「あら?何か思う事でもあるのかしら荷物谷君」

 

「おまえ、それ答え言ってるようなものだからな。てか、どうした由比ヶ浜」

先ほどから会話もせず立ち止まり、物思いにふけっている結衣に八幡が言葉をかける。

 

 

 

「うん、何か今までの事思い出しちゃって……色々なことがあったよね」

 

「まあ、そうだな」

「ええ、そうね」

1学期から数か月しかたっていないものの、それまでにあった日常や出来事が思い出としてよみがえる。

 

色々な事があった。楽しい事、嬉しい事、悲しい事、そして奉仕部の部室に流れる少しの寂しさに3人はしばし無言になり各々、思い出にしたっていた。

 

 

そんな時だった。

 

 

「どうだ!準備は進んでいるかね?」

いきなりガラっと開く扉、現れたのは顧問の平塚静(独身)

 

 

「準備ってほどの物ないですよ、ここ(またノックしなかったなこの人)」

以前ノックしたのは何だったのか、もはや諦め模様の八幡は突っ込む様子もなく言う。

 

 

 

「そうかね、これで私も奉仕部の顧問も終了というわけか」

そう言いながら片付けられた部室をながめ言う。寂しそうで、だけど嬉しそう、そんな顔をする静。

 

 

 

「平塚先生、少しよろしいでしょうか」

雪乃が声をかける。

 

 

「何だね?」

 

 

 

「勝負の件はどうなりました?」

 

「「勝敗?」」

何の事?な態度と言葉の結衣と静。

 

 

「……あれか。誰が一番、人に奉仕できるかってやつか」

 

「え?」

何それ聞いてない的な反応の結衣。

 

 

「誰かと協力してもいい、勝ったらなんでも言うことを聞いてもらえるって勝負」

八幡が補足する。

 

 

「そ、そうだな……(ナチュラルに忘れてた……けど、どうする?勝負の途中なら、なあなあにしてお茶を濁せるが今は……)」

奉仕部も終了するため濁しにくい、さあどうする平塚静

 

 

「雪ノ下、君はどう思う?」

とりあえず自分の答えを先送りしつつ、あえて雪乃に問う。

 

 

「……まことに遺憾ではありますが、この男の勝ちです」

 

 

「ゆ、ゆきのん!?」

雪乃がまさか自分から負けを認めるなんて、ビックリした結衣が驚きの声を上げる。

 

「そうか。では比企谷、君は」

 

 

「ひ、ヒッキー!まさかゆきのんにいやらしいことをしようとしてないよね

!?」

それだけは未然に防がねばならない、雪乃の為?いや自分の為にも!結衣は八幡に詰め寄る。

 

 

「お前、俺をなんだと思ってんだよ……って言っても今は何も思いつかねぇな」

突然言われても思いつくわけがない、普通の反応の八幡。

 

 

「とりあえず片付け進めようぜ、まだやる事あるだろ」

何をしてもらうかはこれから考えればいい、そう考えた八幡は、そう言うと残り少ない作業に戻った。

 

 

 

 

―生徒会室―

 

「あっ!皆さんお疲れ様で~す」

奉仕部の数少ない備品を手に生徒会室に現れた3人に、なんやかんやで生徒会の副会長にいろはが声をかける。

 

「みんなお疲れ」

顔をだしていたのかOBの城廻も声をかける。

 

 

「そういえば先輩」

「なんだ?」

いろはが先輩とだけ言うのは一人だけ

 

 

 

「バレー部の方はいいんですか?」

 

「……俺はバレー部じゃねぇぞ」

少し間が開いて八幡が答える。

 

 

「え~勿体ない」

あんだけプレーできるなら、やらない手は無い。サッカー部のマネージャーとして運動部に携わりプレーをみてきた彼女にとって畑違いではあるものの、そう思うのも無理はない。

 

 

「「……」」

そのやり取に、思うところがあるのか雪乃と結衣が何やら考え込む。

 

 

「ふむふむ」

そんな状況をみて城廻は何やら感じ取っていた。

 

 

 

―次の日の昼休み―

 

昼休みのチャイムの音、普段は重い腰だがこの時は違う、八幡は昼食を準備すると軽やかに席を立とうとする、そんな時だった。

 

 

「お~す」

「よっ!」

飯山と稲村が声をかけ八幡に近づいてくる。

 

 

「おう、またn―――」

 

「―――よし飯食おう」

七沢が後ろから現れ八幡を捕まえると近くの席を借りて座る

 

 

「語らいながら飯だ飯!」

 

「おう栄養とってアナボリック万歳だ」

稲村と飯山も席にすわる。

 

 

 

(……何で?)

そう思いつつも席に座る八幡。なんだかんだで付き合いが良い気がする。

 

 

「ところで飯山」

 

「ん?どうした比企谷」

 

「お前ラブレターの件どうなったんだ」

 

「な、何を急に!」

青い顔をして慌てだす飯山。

 

 

「ああ、こいつ放課後逝ったら、案の定相手男でさ」

 

「断ったけど、せめてお友達でもとせがまれて、紆余曲折バレー部のマネージャーになったんだよね」

 

「そ、そうなのか」

何故そんなカオスになってんだ?八幡は苦笑いを浮かべ、そう答えるしかなかった。

 

 

「本当なんでこんなことになったんだ……」

 

 

「まあ男子でもマネいるのは助かるよね」

ボール運びとかの効率が段違い、七沢が笑顔で言う。

 

 

「彼女持ちのバレー馬鹿は黙れ!」

 

「お前に俺たちの気持ちが分かるか!」

 

(ここで発言したら俺にも、とばっちりが来そうだから黙ってよ)

何せ周り美少女だらけの八幡が言ったら嫌味になりかねない。

 

 

 

 

 

「そういえばさぁ」

「ん?」

それぞれが飯を口に運んでいる時に七沢が口を開き飯山が反応する。

 

 

「今思ったんだけど、うちのクラス球技大会、バレー最強じゃね?」

 

「は?」

急に何を言ってるんだ、飯山がポカン顔。

 

 

「だってさ、その種目の部活の生徒は1クラス1人までだけど、うちのクラスは俺と比企谷の二人が出れる。つまり二人でレフトエース&ツーセッター状態にして対角組んでどっちかトス上げれば、どちらかが良いトスでガチにスパイク打てる!」

 

「お、お前……」

 

「球技大会でそれやったらガチのサーブ打ちまくるからな」

 

 

「じょ、冗談だよ冗談!」

 

 

「「……」」

絶対冗談じゃない、二人は七沢をジト目で見た。

 

 

 

「まあいいか。そういや脚の状態どうだ?」

ため息をつきながら飯山が八幡に声をかける。

 

「ああ、もう大丈夫だとは思う」

 

 

「なら良かった!」

 

「我がバレー部は」

 

「いつでも君を待っているぜ!」

3人が息の合ったコンビネーションで八幡にアピール。

 

 

「……いいから飯食おうぜ」

そんな3人を流すように八幡は昼食を口に運んだ。

 

 

 

 

 

―生徒会室―

 

 

 

 

 

「ねえ、ゆきのん」

 

「何?」

 

「ヒッキー……無理してないよね?」

 

「無理というより悩んでいるんじゃないかしら」

 

「それって……生徒会かバレー部かで悩んでるって事?」

そう、彼はバレーボールに明らかに未練がある。それを二人は感じていた。

 

 

 

「そうかもしれないわ」

 

「もしかしてヒッキー、こっちの方辞めちゃうのかな」

 

「どっちを選ぶのも彼の自由よ」

目を閉じ少し俯く。

 

「……ゆきのん」

結衣が寂しそうに呟く。

 

 

『本音を言え雪ノ下、お前は生徒会長になりたいのか?』

 

(あの言葉そっくりそのまま返したいところだけど……もしかして比企谷君は)

 

 

 

『いや、ちょっと確認したくてな』

 

『確認?』

 

『ああ、お前が奉仕部で活動するのが好きなのか、皆で一緒にいるのが好きなのか』

思い出される以前のやり取り。

 

 

(やっぱり彼は……なら私のすることは)

 

「ねえ由比ヶ浜さん、お願いがあるのだけど」

雪乃は目を開き顔を上げると携帯を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なにやってんだろうな俺)

 

「ん?誰だ?」

突如鳴る携帯、見知らぬアドレスからのメール。

 

 

“明日、生徒会室に来る時バレーボールシューズを持ってきなさい   雪乃”

 

 

「雪ノ下……何のつもりだ、あいつ」

 

 

 

―次の日の放課後―

 

 

 

「うす」

言われた通り八幡がシューズバック持参で現れる。

 

 

 

「あっ先輩ようやく来た」

 

 

「遅いよヒッキー」

 

 

「それより何なんだよ雪ノ下、バレーシューズ持ってこいって」

 

 

 

「ええ簡単で単純な事よ……。比企谷君あなたバレー部に行きなさい」

 

「……は?何言ってんだよ」

突然の事に頭が追い付かない八幡。

 

 

「あなた生徒会とバレー部で悩んでるんでしょ?普段は一人の庶務がいないくらいで生徒会の仕事が回らないなんて事はない。貴方がいなくても何も問題ないわ」

 

「えっ?」

 

「ちょっと、ゆきのん!」

まさかの突き放すような発言に戸惑いをみせる、いろはと結衣だが。

 

 

「“普段は”か」

納得したかのように八幡は口をひらく。

 

 

「ええ“普段は”よ」

雪乃も目を閉じ少し微笑みながら言葉を返す。

 

 

「ああそういう事でしたか」

 

「ど、どういうこと?」

いろはもそれに納得するが結衣だけは、まだ理解が追い付かないようだ。

 

 

 

「つまり、普段はバレー部行ってて良いけど生徒会忙しい時は来てくださいねって事ですよね」

言い方素直じゃなくて紛らわしいから気づきにくいけど、と続く言葉を飲み込むいろは

 

 

「そういう事よ、とはいえ何時忙しいか否かまでは分からないわ、だから……」

少し恥ずかしそうな顔をしながら言葉に詰まる雪乃。

 

 

「毎日、行く前に顔出してって事?」

結衣でも察するレベルの恥じらい方だった模様

 

 

「そ、そういう事よ。それで貴方はどうするの?」

恥ずかしがる顔を何とか元に戻し八幡に向く。

 

 

「その……」

バレーが出来る、これからも関係が続く、嬉しさや安堵、気恥ずかしさが押し寄せ俯く。何とも言えない顔になりそうなのを抑え笑顔だけが純粋に残り

 

「行ってくる」

3人に、向かって顔を上げ伝える。

 

 

「「「っ!?」」」

 

「「「行ってらしゃい!」」」

初めて向けられた純粋な笑顔にドキリとしながらも、こちらも笑顔になり八幡を見送った。

 

 

 

 

 

 

―3年の教室―

 

放課後ということだが、受験生ということもありバレー部のOB達がみんなで勉強していた・

 

 

「なあ、あいつバレー部入ってくれるかな」

OB1が口を開く。

 

「あいつってセッターの」

OB2が思い出したように答える。

 

「そう、比企谷だっけか?あいつ」

 

「どうだろうな、良くわかんねぇけど入部の意思があったらとっくに入ってそうな気もするし、訳ありかもしれないし」

ややネガティブに言うOB3。

 

 

「まあ、その辺は大丈夫だろ」

その言葉に対し自身満々で答える清川。

 

 

「どういうこと?」

恩名が清川に疑問をぶつける。

 

 

 

「俺は数か月離れただけでバレーしたくて飢えてる」

そう言いながら、何故か履いてるバレーボールシューズのつま先で床をトントンやる清川。

 

 

「けど、あいつは3年間飢えていた……いや、飢えに気づかない状態からバレーの味を思い出したんだ。一度飢えを知ってしまったら最後、満たされるまでバレーを求める。けど、満たされるまで何年かかるか分からない、次から次えと楽しいがやってきて更に飢えるだろう。そんな訳だからアイツは必ず来るさ」

 

 

「だとしてもお前は飢えすぎだけどな」

勉強中までバレーボールシューズを履くやつは居ない、恩名がため息をつきながら突っ込んだ。

 

 

 

 

―体育館―

 

バレー部男子の使っているコートでは以前に増して活気に満ちていた。というのも練習試合の激戦を見た生徒の中にバレーに興味を持った生徒数人がいて入部したのだ。

 

 

2年の3人が新入部員に基礎練習を教え、その間1年の温水と長谷がスパイク練習をしていた。

 

 

 

「肘の幅そのままやってみろ、少し窮屈だと思うけどボールをコントロールする筋肉、特に前腕の筋肉は肘開いてるより、その方が動かしやすくなるから慣れるとオーバーの質が変わってくるぞ」

 

 

「ありがとうございます」

雑なプレーとは裏腹に教え方は理論的で丁寧に教える飯山。

 

 

 

「アンダーは、サッと入りながら手をこう持って、グッってやって自分の腕で面作って腕だけじゃなく体も使ってこうポーンって」

 

「は、はあ」

 

「七沢、お前は少し擬音を何とかしろ、ああアンダーの構えはそれでいいから、そのままやってみて、それから手直しあるようなら教えるから」

 

「はい、やってみます」

相変わらず感覚派な教え方の七沢に稲村が突っ込みをいれつつフォローする。

 

 

 

 

「セミのトスもう少し離す?」

 

「いや今ので良いけど、もう少し高くお願い」

 

「おう……て、あれ?」

セッター前の時間差の練習をしている温水と長谷だったが温水が何かに気付く。

 

 

「ん?どうしたの……あ!」

 

「「比企谷先輩!」」

そこに現れた八幡の姿に駆け寄る二人。

 

 

それを見て気付いた2年の3人も近づく。

 

 

 

「よ、よう」

 

「その恰好もしかして!」

 

「ついにバレー部に来る決心がついたか!?」

嬉しそうにテンション高めに言う温水と飯山。

 

 

「おお、ほらよ」

「……」

八幡はキャプテンの七沢に入部届と書かれた1枚の紙を渡すが七沢はボケっとしている。

 

 

 

 

「何だよ、もう部員増えたから来んなって言うのか」

その態度に皮肉を言う八幡。

 

 

「なわけないだろ」

 

「ひねくれてるだけだろ、後にデレる」

八幡の事が分かってきた稲村と飯山が笑顔で補足。

 

 

(来た、本当に来てくれた!)

七沢は何度も入部届を見て、現実であることを受け入れると笑顔になり八幡へ更に近づき

 

 

「ようこそ!バレー部へ!!」

練習試合のように拳を突き出す。

 

 

「おう」

八幡もそれに合わせ突き返す。

 

 

瞬間に拍手が鳴る。

 

 

その音は八幡のバレー部入部と、また一緒にプレーできる喜びの音として八幡を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―総武高生徒指導室―

 

八幡がバレー部員になった頃生徒指導室にはバレー部顧問の荻野と静が何やら話し合いをしていた。

 

 

「では平塚先生、急ではありますが彼らの事をお願いします」

 

「ええ、若輩者ではありますが、精いっぱい頑張ります。」

荻野はその言葉を聞くと一礼をし生徒指導室を後にする。

 

 

 

「やっはろー静ちゃん」

荻野と入れ違う形で陽乃が入室してくる。

 

 

「今回の件どうせお前の差し金だろう」

静はやや恨めしそうに陽乃を見る。

 

 

「え?なんの事」

 

「とぼけるな、春高予選の件だ。まさか練習試合の前から手を打ってるとは知らなかったぞ」

明らかにとぼけた様子の陽乃に静が口を開く。

 

 

 

「ああ、それね!サプライズだよ、ビックリした?」

 

「なにがサプライズだ。バレー部の顧問を受ける事は了承したが、こんな事になってるとは思わなかったぞ、まさか比企谷を勝手にバレー部員にして春高予選のメンバーとして提出しているとはな」

そう、バレー部の顧問にならないかという話は聞いていたもののそれ以外は全くの初耳だったのだ。

 

 

「でも、そうしないとバレー部は春高予選出れなかったでしょ?参加用紙の提出間に合わなかったんだし」

 

「どんな手を使ったか問いただしたい所だが、どうせ教えないのだろな」

 

「まあね」

諦めまじりの静の声に笑みを浮かべながら陽乃が笑いながら言う。

 

 

 

「ねえ静ちゃん」

 

「何だ?」

 

「これから楽しみだね」

 

「……まあ楽しみではある」

複雑そうな表情を浮かべ静は返事をした。

 

 

 

 

 




申し訳ありません展開がかなり急になりました。

また、時系列的に春高予選の参加申し込みが間に合わなそうだったので陽乃さんにひと肌脱いでいただきました。

久しぶりに文章を書きますが中々進まないタイピングと頭に浮かぶ文章のジレンマでスポーツとはまた違った疲れがありますね。



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最終話 ―そして青春はスポコンに―

活動報告にも上げましたが今回で一度完結となり、その上で番外編の形で数話を投稿する予定です。

また、こちらも続編というか番外編というか微妙なところですが、以前から書いてみたかったハイキューのSSとクロスオーバーさせた形のSSを現在プロットを組んでいる所です。こちらの方はあまり長くならないよう、春高やインハイなどではなく、イメージとしては劇場版スラムダンクの湘北VS緑風のような練習試合となります。


クロスオーバーにあたっては矛盾点、特にハイキュー側の方でなるべく起きないよう(多少は生じています)注意するつもりです。


―千葉某体育館―

 

11月の後半、寒さを感じる気温になり秋が終わり冬に変わろうとしている。そんな外とは打って変わって、この体育館内は熱気に包まれていた。

 

春高予選男子決勝

バレーボール関係者だけではなく普段の大会と違い地元のテレビ局も来ており、アップ中の両チームを映していた。

 

方や全国常連校の海浜高校、方や6人だけで勝ち上がってきた総武高校という両極端なチーム。

 

 

 

 

 

海浜側の応援席からは鳴り物が鳴り響き、総武高からはバラバラのメガホンと声援とういう、これまた両極端な状況。

 

 

そんなギャラリーとは違いコートでは熱気がありつつも淡々と行われていたアップが終わっていた。

 

 

 

両チームのキャプテンがサーブかレシーブかを決める為、呼ばれる。

 

 

「来たか」

 

「ええ“約束”通り」

山北の言葉に七沢が意味ありげに答えると山北は不意に八幡の方を見る。

 

 

『……お前みたいな奴は、さっさとこっち側に来い!敵とか味方とか関係ない、またバレーしよう!』

『……考えておきます』

『その言葉、今度こそ信じてる』

思い出される練習試合後のやり取り、山北は笑顔を隠すように俯き「信じて良かった」とつぶやき顔を上げ。

 

 

「決着、付けるぞ!」

 

「はい!」

二人は握手を交わしそれぞれのチームに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

「集合!」

チームに対し静が声をかける。

 

 

 

「相手の海浜については君たちの方が良くわかっているだろう。彼らは強い、この前の練習試合の敗北を糧に更に強くなっているはずだ。何度も言うが私はバレーボールについては門外漢、申し訳ないがその辺りについては力になれない、だがこれだけは言わせてもらう。」

そう口にすると一人ひとりの目を見ていき。

 

「君たちは強い」

思わず先生……と言いたくなるような言葉を発する静。

 

 

 

「技術も……気力も……体力も……、持てるものすべて……、すべてをこのコートにおいてこよう」

さらに親父ぃと言いたくなるような台詞を続ける静。

 

 

嗚呼、私も先生の体の一部をタプタプしたい。

 

 

「それでコーチからは何かあるか?」

そう言うと隣にいるコーチの方を向く。

 

 

「頑張ってね皆、期待してるよ」

新コーチはなんと雪ノ下陽乃、ちゃっかり自分もコーチに登録していたようだ。

 

 

嗚呼、私が現役時代に陽乃さんがコーチだったらワンマンの際の「ボール持ってこい」に笑顔で対応できただろうに。

 

 

 

「「はい!陽乃さん!!」」

チェリーズな二年生の二人が特に気合をいれて返事を返した。

 

 

 

 

―海浜側ベンチ―

 

海浜も総武高と同じく監督の前に集合していたが一人だけ総武高の方を向いてる奴がいる。

 

 

(……あの野郎、この前の美少女たちだけじゃなく美人教師に美人コーチだと!?こっちはおっさん二人と男マネとチームの野郎しかいねぇって言うのに!!」

美女が増えた総武高を見て思わず心の声が漏れる愛甲。

 

 

 

(山北やれ!)

 

(はい!)             

 

「いだだだだ!」

監督のアイコンタクトを受けて山北が得意のアイアンクローをかます。

 

 

 

「何やってんだよ愛甲」

相棒石田があきれ顔でヒソヒソ声をかける。

 

 

「仕方ないだろ!それにベンチだけじゃない、あっち応援席見てみろ!何だよ、あの美少女の固まり!!」

そこには雪乃や結衣、小町、いろは、沙希、三浦、海老名、相模、城廻、そして戸塚といったそうそうたるメンバーが顔を並べていた。

 

 

 

「そう言っても仕方ないだろ、応援の数はこっちが上だし……それに、ほら折本さんも来ているぞ」

石田はそういうと海浜側のギャラリーに指をさす。

 

 

「な・ん・で・す・と!?」

中学時代から密かに想いをよせていた愛甲は試合終盤、相手の速攻に反応するかのようなリアクションを見せる。

 

 

「おお!我が女神……てうん?」

 

(総武高……比企谷)

折本が見る先は総武高、視線を追ってみると明らかに八幡の方を向いている。

 

 

 

『一つ言わせてもらうと、比企谷がいたからうちは苦戦したんだ』

 

『あの時、うちに勝つには比企谷のトスワークしか方法なかったよ、バレーの事知りもしないくせに勝手なこと言うのやめてくれない?』

折本は八幡との再会した時の七沢の言葉を思い出す。

 

 

 

(あの時いまいち私は理解できてなかったけど今ならわかる)

何せアップの段階で、海浜と比べても引けを取らないレベルだったのだ、ブランクがあってのこれなら現役だったらもしかして……それは、そう思わせるには十分だった。

 

 

(私は比企谷をつまんない奴って思ってた……けど、人がつまんないのって、結構見る側が悪いのかもね)

 

 

「でもアレもはや別人だし、ウケる」

折本は笑いながらバレーボーラーモードの八幡を見た。

 

 

 

 

(ちょっと待て、何で総武高の方見てんの?何で比企谷の方見て笑ってんの?もしかして……)

その笑顔をみた愛甲は何かを連想する。

 

「おい、どうした?」

 

「石田、俺この試合に命かけるわ、それに賭けててでもアイツに勝つ!!」

比企谷許すまじ、愛甲の目に炎が宿る。

 

 

「お、おうレギュラーなれたんだし気合入れんのは悪くないけど、あんま力むなよ」

なんかめんどくさそう、そう感じた石田は適当にスルーすることにした。

 

 

 

 

 

試合開始の笛が鳴りゲームは総武高のサーブからスタート。

 

 

 

「さあ比企谷ナイサーッ!」

 

「思いっきり行け!」

 

「ナイサー一本です」

 

「おう」

ローテーション上、練習試合と同じ八幡からのスタート。仲間たちからの声援に答えるとエンドラインから数歩下がり定位置に入りルーティンに入る。

 

 

 

 

「来いや!比企谷!」

レギュラーになった愛甲が私怨のこもった雄たけびに似た物を上げる。

 

 

(練習試合のようにはやらせません)

あれじゃら更にサーブカットを強化してきたリベロの小菅も構える。

 

 

(来い比企谷、今度こそ続きだ)

練習試合と違い、最初から前衛スタートの山北も深呼吸をし集中し構える。

 

 

 

ルーティンでボールのロゴを額に持っていき目を閉じるルーティン。

 

かつて彼がイメージしていたのは壁、何度も打ち込んだイメージ。だが今の彼にはそれが無い。

 

新しくイメージされたのは、総武高の体育館、仲間の姿に声、何度も上げたトスのイメージが浮かぶ。

 

 

 

その状態でサーブ開始の笛が鳴る。

 

片手でスピンの効いた高いトスを上げ、三点助走で合わせ床からの反発を貰いジャンプ。

 

添えた左手を引き、右の引手からサーキュラー・アームでのスイング。

 

ボールにミートさせ手首のスナップからドライブと力を加えたジャンプサーブ、かつての彼から、さらに進化したサーブが放たれ得点を決める笛が鳴る。

 

 

その音は新たな総武高バレー部としてスタート、そして比企谷八幡の新たなバレーボールの道を祝福するかのように鳴り。それが歓声となって体育館に響きわたった。

 

 

 

 

 

そんな事から比企谷八幡の青春はラブコメからスポコンへと姿をかえることとなった。

 

そして、それはこれからも色々な事を経験し続いていく。大切な人たちと新しい仲間とバレーボールと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 




俺たちの戦いは、これからだ!

そんな感じのラストではありますが今回の話で一旦完結となります。



プロットなし、展開も考えず見切り発車した作品であり自分にとっての処女作になりました、この作品。

何度もエタりかけたり書いてるうちにバレーボールの、あんな事、こんな事あったでしょうと色々思い出したり、かつてのチームメイトに「これ書いてんのお前だろ」と言われ、まさか身バレをするという事があったり色々ありました。

とはいえ、自分自身バレーボールは団体競技ということもありますが、競技者としては一番結果を残していない競技です。

他の競技では手前味噌ではありますが、県大会や関東や地方の大会で優勝や入賞をしているのですが、バレーボールでは負けてばかり。それでもバレーボールは今でも続けていて、競技に割く時間も一番多いです。

やっぱりバレーボールは楽しい。

話が逸れましたが、次回から新しく書こうと思っているハイキューのクロスは、まだプロット段階なのでもう少し時間がかかると思います。

なので今しばらくお待ちください。


この作品を最後まで見て頂きありがとうございました。



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