【凍結】 突然転生チート最強でnot人間 (竜人機)
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無計画に突っ走る
01 「なんでオレ転生してんの? 」


2014.11/30
改訂・加筆修正完了に付き、第一話から三十話まで差し替えました。

2016.2/21
1話~10話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/25
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 輪廻転生という物を知っているだろうか。

 

 

 死んであの世に還った霊魂、魂が、この世に何度も生まれ変わってくることを言う言葉、というか概念だ。

 

 

 

    突然の壱 『転生? 』

 

 

 まぁ、昨今の素人による一次創作、二次創作活動において「転生」はポピュラーなジャンルゆえに宗教的な詳しい説明など、マンガやアニメが好きでインターネットに浸かっている今時の人間には要らないだろう。

 何がしかの事故か事件に巻き込まれて、もしくは不治の病などによって死んで、今まで生きてきた世界とは異なる世界に「転生」。

 そして御都合主義にチートな能力や普通なら10何年も使わずにいれば忘れるだろう知識を憶えていられるとか、すごい強運とか、なんて特典を持ってNAISEI(ナイセイ)SYOUBAI(ショウバイ)RYOURI(リョウリ)で大成したり、SAIKYOU(サイキョウ)になって無双したりする。

 そんな「転生」最大の醍醐味は以上の特典も然ることながら、「転生」なのだから当然と言えるが、全くの別人に生まれ変われると言うことだ。

 10人が10人振り返るような美形の容姿に暮らしに困らないお金持ちの家柄か、理解のある親兄弟に恵まれた暖かい家族の家へ生まれ、果ては性別まで変わることもある。 

 特に二次創作ともなればマンガやゲーム、アニメにラノベの主人公の幼馴染みや肉親になり、物語にKAINYU(カイニュウ)するのは最早テンプレート中のテンプレート。そして原作キャラと友情を深めたり恋人になったりするわけだ。

 

 うん。まぁ、なんだ。

 なんで突然「転生」の話をしだしたか簡単に言うとだな。

 

 以下の通りなことが我が身に起きた。

 

 

 入社3年目の会社

  ↓

 終業時間(その日は残業なし)

  ↓

 オレ、帰途に付く

  ↓

 珍しくどこにも寄らずに真っ直ぐ帰宅

  ↓ 

 もうじき自宅の安アパート

  ↓

 突然人にぶつかってこられた

  ↓

 腹にすんごい激痛走る

  ↓

 なんじゃこりゃぁぁああ゛あ゛!?

  ↓

 暗転

  ↓

 気が付いたら周りが見たことも行ったこともない山岳地帯

  ↓

 なんか容姿も変わってるYO!? ←イマココ!!

 

 

 どうも通り魔にヤラて死んだっぽいオレはリアルで「転生」してしまったらしい。

 

 

  ……………

 

 

  ………

 

 

  …

 

 

 折角親孝行しようと近場で一泊でも良いから家族旅行に行こうって計画練ってたのに!

 

 

 大学受験失敗してネトゲにはまってひきニートになりかけたけど、このままじゃダメだって一念発起で必死に就活して就職したのに!

 

 

 真っ黒な会社じゃないけどことあるごとに上司にいびられ叩かれて、いわゆる社会の洗礼ってヤツに耐えながらなけなしの反骨精神でがんばってたのに!!

 

 

 気の良い先輩や気の合う友人も出来て仕事も私生活もこれからって感じだったのに!!

 

 

 ……………何故にこうなったし。

 

 

 原因:通り魔

 

 と言われればそれまでなんだが、納得がいかない。社会人として真面目に生きてた身としては。

 記憶を持って転生できたんならある意味運が良かったじゃん、第二の人生送ればー、とかなんとか言われるんだろうが、それはちゃんとした人間に転生していればの話。

 

 オレが転生したのは、人間にではなかった。

 

 

   I T ' S  T H E I G Y O U(イ ギ ョ ウ)

 

 

 人外と言うより「異形」と言う方がしっくり来るこの姿。頭があって四肢がある人型をしてるのがせめてもの救い、といえるのか如何か甚だ疑問。

 足、逆関節だし、尻尾付いているし、なんか虫っぽいし、多分泣く子も黙るどころか、ヘタしたらちびって白目剥いて失神するじゃなかろうか。

 

 分厚く堅そうな皮膚に鎧のような甲殻が全身を包んでいて、尾てい骨の辺りからトカゲっぽい尻尾が伸びている。

 逆関節の足には猛禽類のような鋭い爪が四つ伸び、人の足で言うと足裏に当たる踵部分? にも一本突起のような真っ直ぐな爪が付いてる。

 腕には肘に小さな角のような突起あって似たような物が前腕部にも、さらに手首下に気になる窪みが。

 そして水たまりを見つけて鏡代わりに覗いて見た顔は丸っこく、琥珀色をしたスズメバチのようなギョロリとした目に額から伸びるアンテナを思わせる触角のような二本の角、その間にある三角形に並んだ―― 目と同じ質感から見て恐らく間違いないだろう ――三つの小さな目。

 口は見た目それほど大きくないのだが、思いっきり大口を開けると顎が割れて子供の頭くらいの物を丸呑みにできるくらいに開いた。

 

 まさに万人に初対面で怖がられ「バケモノ」と罵られること請け合いの姿。

 

 こんな身体じゃ、NAISEI(ナイセイ)だのSYOUBAI(ショウバイ)だのできるわけないし、RYOURI(リョウリ)はできてもそもそも食べてくれる人が逃げるんじゃ意味がない。

 SAIKYOU(サイキョウ)にならなれそうだけど、戦う相手は恐れ戦いて攻撃してきた仲良くしたい人間です。そしてこの世界がどこぞのマンガやアニメの世界だったりしてKAINYU(カイニュウ)なんて例え人助けでもやったら、姿を見られた時点で問答無用で敵認定の討伐対象になること請け合いです、どうもありがとうござい(r

 まぁ、それでも一生分の幸運使い果たすくらいに運よく問答無用で攻撃されずに済んだとしても、敵意がなくて友好的だと示せないんじゃ意味がない。というか喋ったら余計に怖がられて敵認定確定しそう。

 

 何故かと言えば………

 

ザバグボドダガグロンギゴバンザロンバ(話す言葉がグロンギ語なんだもんな)ぁ………」

 

 話す言葉が全て勝手に自動翻訳されるから。

 

 もう、どれだけすごいチートな力を持ってたとしても途方に暮れる要素しかないよ、本当に。

 

 

 

 

 あれからひとしきり途方に暮れた後、不貞寝して走馬灯のように死んだ日の夢を見て魘されて飛び起き絶叫、自分の声というか言葉(グロンギ語自動翻訳)に驚き、自棄気味に開き直って自身の能力調査を開始。調べれば調べるほど能力や自分自身にドン引きした。

 

 そうして全力で現実逃避すること早八日あまり、オレは今森の中を文字通り飛ぶように移動している。

 

 身の安全と心の平安を優先するならあのまま引き篭もりを決め込めばよかったのだが、ひきニートになりかけるも立ち直って真面目に社会人やってた身としてはそれはいかがな物かと思い直し、ひとまずこの世界を見て回ろうと言う考えに至る。

 まぁ、調べてわかった能力の中には引き篭もるのに最適な物があったりはしたけど、結界とか遠見の魔法とか。

 魔法、使えたんだよね。というか明らかに前世で学んだことも身に付けた覚えもない様々な知識や技術が頭ん中にあるとか、あって困ることはないのだろうが気持ち悪くて仕方ない。

 しかも自分の顔と名前だけがどうしても思い出せないことがより一層に拍車を掛けて来る。じっとしてると鬱々としてきそうで先の理由もあって飛び出すように下山開始。

 当然異形ボディの身体能力は半端なく、妙なテンションでやけっぱちにちまちま降りてたら日が暮れる一気に降ってやらぁ! と某腕力家の息子さんの修行時代よろしく、ノーロープバンジーで崖に飛び降りれば突き出た岩を時に崖を蹴ってかわし、時に拳や蹴りで粉砕して障害を取り除き、ノーダメージで落下。そして迫る地面へ向けて伸身前方七回宙返り六回ひねり、新月面宙返りも真っ青なウルトラAで綺麗に着地を決めてみせた。

 

 本当はギャグよろしく異形ボディの不死身っぷり全開で意味不明な悲鳴を上げながら崖を転がり落ちて地面に大の字の穴を開けて「あぁ、死ぬかと思った」みたいなことなるのを想像してやったのだが、そんな不条理自滅ギャグを許さない身体能力のチートぶりに戦慄するように改めてドン引きしたオレ。

 盗んだバイクで走り出したい衝動のままに駆け出してまたも自身のチートぶりを知って戦慄のドン引き再び。

 

 足が逆関節なのは伊達じゃないらしく、地面を蹴るたびバネのように飛び跳ね、地面から最大2m以上も離れて歩幅が異常に大きいストライド走法という有様。しかも自動車並みの速さで。

 そしてそのまま森の中へ入ったものだから当然木に激突しかけた。

 激突せずに済んだのは木にぶち当たる瞬間、咄嗟に足を出し、足が木に着いたと同時にバネを縮めるように足の逆関節を始め全身で加速してついた運動量を弱め、着いた足を踏み込んで木に沿って真上へ飛び出し、以降は枝から枝へ。木にとまっている小動物や鳥さんたちを驚かせて迷惑掛けつつ時折加減を間違えて枝をへし折りながら現在に至る。

 

 もう自分にドン引くのに飽きたと言うか慣れたと言うか、開き直って受け入れるしかない。右から左へ流すみたいに。

 

 

 

ジョドド(よっと)

 

 一際大きい大木を見つけ、跳ぶのを止めてその枝に一旦止まる。結構身体を動かしているとはいえ、慣れるにはいささか早すぎな気もするが、それでも身体はお構い無しに慣れた動きで駆け上がるように木の天辺へ。

 そして天辺に行くにつれ細くなった幹を掴み、尻尾を絡めて足場には頼りない小枝に片足を置く。

 見渡せば周りに広がっているのは雄大で広大な森林地帯。目覚めた山からも見えていたが、少なくともここが日本でないことは間違いない。

 というか明らかに地球には居ないだろうとんでもなくでかい鳥が飛んでいた。薄い赤茶色の羽をしたその鳥はアラビアンナイトに出てくるロック鳥ほど大きくはないが、兎を狩るように成人男性くらい軽々と掻っ攫っていけそうなくらいの大きさがあった。

 巣があるのか、オレが目覚め今し方飛び出してきた山の方へと飛び去っていく。

 でかい鳥を見送った後、はたと当初の目的を思い出し意識を集中する。

 

パガジドリパゲンシババダゾグヅグ(我が瞳は千里彼方を映す)グデデリブブ(全て見抜く)ドゴリ(遠見)ンレ(の目)

 

 呪文を唱え【遠見】の魔法の発動させる。

 

 大仰に呪文を唱えたが実はこの身体ゆえか、使う魔法は能力に依存していて使用のための所作だとか呪文は全く必要ない。ぶっちゃけイメージさえ確りしていればほぼどんな魔法でも一小節もかからないどころか無詠唱で発動できたりする。

 呪文は魔法のイメージ固めのために唱えようと思い適当にそれらしいのを考えただけだ。

 多分慣れたらもう呪文なしで魔法使ってそうだな。

 

 【遠見】の効果で視界が切り替わる。高倍率の双眼鏡を覗いたような状態になり、その状態から意識すると光学ン十倍ン百倍の超々高倍率ズームカメラというように視界に映る景色をズームアップできる。その上透視効果もあるから障害物一切無視で、それこそ町から遠く離れた鬱蒼とした森の中から特定の家をピーピングトムできてしまう。

 やろうと思えば男の夢、衣服を透かして女体の神秘を気付かれることなく見放題、なんてこともできちゃうだろう。加減ミスって内臓(グロ画像)見放題なんてオチになりそうだからやる気はないけど。

 大体この身体で「性欲を持て余す」な状態になったらどうなるのか考えるとちょっと怖い。というか美女美少女の裸を目にしてなんの反応もなかったらとか思うと……… orz

 

バンザ(なんだ)? 」

 

 黄昏かけていると不意に【遠見】の視界の端にナニカが映る。

 映ったナニカに意識を向けてズームアップ。そこに映し出されたのは。

 

ゼババギ(でっかい)トカゲ、ドギグバ(というか)、ドラゴン()? 」

 

 翼のないいわゆる地竜と呼ぶタイプのドラゴンだった。両側頭部から前へと伸びる二本の太い角に、目を引く黄色の(たてがみ)が顎を含む首周りから背中の中ほどまで生え、全身を追う鱗は薄い赤色で鈍く光っている。

 どうも戦闘中らしい。視野を広げて見て見れば足元近くには緑肌をしたおっきいのとちっこいの、恐らくオークとゴブリンらしい武装した亜人共がいて、それらと対峙している人間の集団が襲撃を受けているようだ。

 そしてオークや人間を対比にして見るとドラゴンの大きさが際立った。大体全長は三階建て家屋くらいの高さを軽く越えているだろうか?

 ドラゴンたちと対峙している集団は揃いの鎧や盾、剣や槍で抗戦していて、魔法使いがいるのかその後方から時折魔法が飛んでいってオークやゴブリンたちを蹴散らしているが、ドラゴンの存在もあってかなり押されている。ブレスでも吐かれたら防ぎ耐えられるのかどうかというところ。

 揃いの鎧や武具から見て、恐らく今いる地域の国の騎士たちか。

 しかし苦戦している様子から見てもドラゴン討伐が目的で戦っているというには戦力が少ないようだ。

 疑問に思い、騎士たちの集団の方をよく見てみると後衛である魔法使いのいる後方のさらに後ろに護られるように質素ながら気品を感じさせる作りの箱馬車があった。繋がられている馬は倒れているようでこと切れていると見て良い。

 騎士たちの護衛付きだ。馬車に乗っているのはかなり身分の高い貴族なのは間違いないだろう。

 

「ん? ………ガセパ(あれは)

 ガン(あの)ロンショグパ(紋章は)!? 」

 

 他人事のように戦況を見ていたオレは馬車に付いていた見覚えのある紋章を見付けて驚いた。

 

 五角形の大盾に翼を広げた三日月型の小盾と聖剣が描かれた紋。

 

 それはかつて大学受験失敗が主たる原因とはいえひきニートになりかけるほどにハマったネトゲ、通称「MOL」や「MoLO(モロ)」、または「マジレジ」と呼ばれたMMORPG『MAGIC of LEGENDIR ONLINE(マジックオブレジェンディア オンライン)』。

 その中で存在する五つの大国の一つ、かつて闇の魔王ムルマガを倒した勇者が興した国、プレイヤーたちのスタート地点である『フリアヒュルム皇国』は王家の紋章だった。

 よくよく見れば騎士たちの鎧にも見覚えあがる。イベントNPCだったフリアヒュルム皇国騎士団の鎧の作りに良く似ているのだ。

 

ボボパ(ここは)ゲゲルンババ(ゲームの中)………

 ギジャ(いや)モロビジョブビダゲバギバボバ(MoLOに良く似た世界なのか)? 」

 

 ゲームで見覚えのある物があったからと言ってこの世界がゲームの中だというのはさすがに早計か。大体「MoLO」にあんな某狩りゲーに出てきそうなドラゴンはいなかった。

 とりあえず、ここがゲームの世界だと考えるよりは他人の空似よろしく偶然オレが知っていた物と似た物があったと考えておくのが無難か。大した情報もなく下手な先入観を持ったら碌なことにならないだろうし。

 で、あのドラゴンだが、やはり暗殺目的の襲撃だろうな。ドラゴンが例え魔法使いでもオークやゴブリン如きに(ぎょ)せる物ではないだろうし、何より仮に操っているとしてもオークとゴブリンが一匹もドラゴンに一切怯えを見せずに一緒に戦っているとかありえない。腹を空かせた虎が犬と一緒に狩をしているような物だ。

 状況から単純に考えれば魔法で操って目障りな身分の高い貴族を狙ってけしかけたってところか。

 ドラゴンといえど腕の立つ魔法使い数人がかりならうまくやれば操るくらいできなくはないだろう。多分だが。

 

ガデ(さて)ゾググスバ(どうするか)

 

 「チート転生」のテンプレならこの状況は助けに行く一択で、助けた貴族に気に入られ~、とかいう展開になるんだろう。普通なら。

 エルフドワーフ獣人でもなんでも普通の人間なら人助けをすれば―― 助けた相手の人間性によっては例外はあるだろうが ――お礼の言葉の一つも貰えるだろう。

 が、オレにはそれはない。さんざん自分に言い聞かせて来た通り、助けてもこの姿を見ただけで恐れ戦き「バケモノ」と罵られて攻撃されるのがオチだ。次の獲物は自分か~とか勝手に自己完結して。

 

ゲレデグボギゼロボドダガヅグセダバ(せめて少しでも言葉が通じればな)ぁ………」

 

 溜め息を吐かずにはいられない心境だ。全くもって救いがない。話を進めるためには人と関わらなければならないのに、人と関わったら98%強でバッドエンド直行とかどんなムリゲーだ。

 慎重になり過ぎというかネガティブというか、最悪に悪い方へ考え過ぎなのかもしれないが、情報も全く無い右も左もわからない世界に放り込まれた挙句、こんな身体に変えられているんだ、チートだから大丈夫なんて理由で後先考えずに突っ込んでいくよりは建設的だろう。

 

 そういわけでオレの取るべき選択肢は「見なかったことにする」だ。

 助けられる力があるのに助けないってのは後味悪いし目覚めも悪いが、助けに行ったらそれ以上に嫌な思いをすることになるし、最悪まかり間違えば討伐対象として賞金を掛けられてお尋ね者だ。

 なにより「遠見」で間近の様に見えているが実際はここから相当な距離がある。この身体なら全力で向かえば間に合うかもしれないが、先のことも踏まえてもその労力に見合うものは得られない。というかマイナス収支だ。

 

 そういうわけで自己弁護終了。当初の目的通り村か町を見つけて「遠見」で情報収集。

 

 なお、覗きは犯罪です。良い子も悪い子もまねしちゃぁいけないぞ! と。

 

 ………虚しい。

 

 

  ご  ご  ぐ  る  ぐ  お  お  ! !

 

 

「………ゼダダバ、ザサ(腹、減ったな)

 

 唐突且つ盛大に鳴った腹の虫。そういえば目が覚めてから何にも口にしていなかったな。

 意識したら余計に腹が減ってきた。

 

 腹が減って腹が減って腹が減って仕方が無い。

 

 ふと視界に未だ映る景色に意識を向ける。

 

 襲撃を受け続けている騎士たち。

 

 襲っている武装したオークとゴブリン。

 

 そして、ドラゴン。

 

「ドラゴン()………

 ブゲスンザベベ、ビブ(肉、食えるんだっけ)? 」

 

 情報収集のために村か町を探す前に、ひとつの行動指針が今、アレコレと考える理性を超えた本能によって決められた。

 

 

 

  ぐ  る  ご  ご  ぐ  ぅ  っ  ! ! !

 

 

 

 

   ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 

 



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02 「チユニィビオー? 意味はわからぬがバカにされた気がするぞ」

2016.2/21
1話~10話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/25
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 MMORPG『MAGIC of LEGENDIR ONLINE(マジック オブ レジェンディア オンライン)

 

 略して「MOL」、または「MoLO(モロ)」や「マジレジ」とも呼ばれる。

 

 キャッチコピーは「君の紡ぐ冒険と魔法が今、伝説になる」

 

 ファンタジー定番の中世ヨーロッパ風の世界観で、祝福された大地グラングローア大陸を舞台に未知の冒険と栄光を求めてプレイヤー達は数々のクエストをこなして魔法を始めとした様々なスキルを取得し、キャラを成長させて時に所属の違いから戦い合い、時に共に手を取り合い世界を冒険していく。

 しかしその冒険も進むにつれ魔族が姿を見せ始める。魔王復活を目論む魔族たちと戦い、それを阻止するために伝説の魔法、あるいは究極の魔法剣『ウルティマ』を求めて、というのが大まかな「MoLO」のストーリーだ。

 

 自由度が高く、「職種(ジョブ)」も明確な物は存在しない。

 豊富な魔法スキルを始めとした1000を超える様々な取得スキルとステータス配分によって各職種のタイプへキャラを自分好みに育てていくシステムとなっていて、プレイヤーの選べる種族は人間・エルフ・ダークエルフ・ドワーフ・ワーウルフ・ワーキャット・ドラゴニアンの六種族。さらに同じ種族でも性別によって若干ステータスが変化する。

 

 そして「MoLO」はそのタイトルやキャッチコピーから分かる通り「魔法」に力を入れていて、魔法はルーン文字をモチーフとした創作文字である「魔法文字」によって構成されており、スキル『魔法構築』によって取得している魔法スキルの「呪文」を基に一文字ずつの「魔法文字」に分解し、それらを4文字から15文字まで組み合わせて独自の魔法を作ることができる。

 またスキル『魔闘技研鑽』は『魔法構築』で分解した「魔法文字」4文字から6文字と取得している戦闘用のスキルを組み合わせ、いわゆる魔法剣などを作ることもできた。

 

 プレイヤーはLv15以上になると黄、赤、青、白、黒の5つの国の中からいずれか一つ所属を選べる(条件を満たせば所属変更可能)。

 所属する国は以下の5つ。

 

 黄(中央):フリアヒュルム皇国。

 200年前に現れた魔王を討ち倒した勇者が興した国。すべてのプレイヤーたちのスタート地点。

 

 赤(南):ルベール王国。

 温暖な海に面した国。航海技術に優れ、大陸最大と言われる武力を持った騎士団を有する。

 

 青(東):カルレウス共和国。

 民主的な商業国家。バザーや大オークションが有名で大陸中の物品が集まる。

 

 白(西):アルブレス聖霊国。

 あふれる緑と水の自然豊かな国。王都は芸術の都と呼ばれ、エルフや獣人の国がある。

 

 黒(北):ウィーリディス帝国。

 学術都市のある技術国。ドワーフやドラゴニアンの国があり、多くの鉱山を有し、製鉄技術に秀でている。

 

 所属した国による国家間の戦争(PvP)イベントは勿論、所属する国が違う者同士がPTを組まないと受けられないクエストやPTメンバーの所属する国の組み合わせでストーリーやクリア報酬が変化するクエストなどもある。

 

 あとはプレイヤー同士が集まり立ち上げるクランもあるが、MMOではド鉄板のシステムなので特に説明は要らないだろう。

 

 ちなみにオレが入っていたクランの名は「聖なる泉の戦士たち」だった。

 

 

 

   突然の弐 『姫騎士』

 

 

「『憂いなく備えよ、さすれば万事こともなし』とは良く言ったものよな」

 

 先人の至言(ことわざ)を口にしながら側付きの侍女、フィリアの手を借りて動き辛いドレスから戦装束用に誂えられた真紅のドレスへ着替え終え、白金の鎧を身に着けていく。

 鎧と言ってもサークレットにペンダント、胸当てと篭手と脚甲だけの軽装だ。それでもドレスと合せて高度な魔術をふんだんに使って作られ、近衛師団の魔装鎧(フルメイル)よりも強固という見た目に反する守りを持っている。

 まさに作らせた父上とフォルト兄上の親バカと兄バカのなせる技であろう。そのようなこのとに民の血税を使うなと言いたいとろではあったのだが、何処から聞きつけたのか民達が妾へ贈る鎧の噂を妾より先に聞きつけ、老若男女大人も子供も素人玄人問わずそのデザイン画を門番の騎士などを通して送ってきて、挙句に城下中の腕自慢の鍛冶師や服飾士が如何か作らせてほしいと名乗り上げてくる始末。

 一種の祭りとなってしまってはもはや要りませぬなどと断ることさえもままならず、出来上がった物を身に纏い城下町を馬に乗ってパレードすることになったのは今では良い思い出、であったと信じたい。

 

 妾の名はウィータ、ウィータ・レヴェラ・フリキュア、歳は数えて14になるグラングローア大陸中央に位置するフリアヒュルム皇国の第3皇女だ。

 此度は多忙となった国皇である父上と皇太子であるフォルト兄上たちに代わり、妾が領地への視察に向かうこととなった。物々しい護衛の騎士たちに護られていなけらば馬車に揺られながらの小さな旅といえるほど長閑な時を過ごしていた。

 そのような旅の道中に何故いきなり戦支度なぞしているのかと言えば、原因は馬車の外にある。

 

 

   ゴ ア ア ァ ァ ァ ァ ア ア ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ッ ! !

 

 

 革鎧と青銅製の武器で武装したゴブリンとオークの群れと共に現れた一匹の地炎竜、ヒートドラゴン。

 

 人並みの武装を揃えて徒党を組んだゴブリンやオークは厄介だが、―― 群れの後方にゴブリンメイジやオークメイジもいるらしいが、それでも ――護衛に付いてくれている精鋭たる騎士たちの敵ではない。

 

 問題は共に現れたヒートドラゴンだ。

 

 間断なく攻めてくるオークとゴブリンを蹴散らしたくともヒートドラゴンの一挙手一投足がそれを阻む。既に護衛に付いて来てくれた騎士たちの半数が、尻尾による痛恨の一撃や吐かれた炎のブレスで命を落としている。

 それでも今の今まで馬車までヒートドラゴンの攻撃を届かせなかったのは彼らの献身のなした奇跡と言えるであろう。

 

 ヒートドラゴン。

 グラングローア大陸は火山帯に生息し、成竜となれば溶岩を湯船のように寝床とし、吐く息は炎となり、皮膚は常に燃えるように熱く、灼熱の気を纏うその身はただそこに在るだけで周りに燃える物あらば容赦なく全てを焼き尽くす。

 戦うこととなっても近づくことさえままならぬがゆえにグラングローア大陸でもっとも恐れられる竜種三指の一つに数えられている。

 

 現れたヒートドラゴンはまだまだ年若いゆえ、体躯は小さく灼熱の気を纏うておらぬのがせめてもの救いか。

 

「姫さま」

 

 フィリアが鎧を着付け、動きを確かめ終えた妾へ絶妙のタイミングで我が愛剣を恭しく捧げ持ち、差し出してくる。

 妾より一つ年が上のフィリアの母は妾の乳母だった。よって妾とフィリアは乳姉妹として幼き頃より共に在ったゆえか、気心知れた気の置けない友人か姉妹のような関係で、フィリアは妾の考えや息を読むのに長けている。それを心地よく思う。反面、隠し事が出来ぬのが少々難点とも言えたが。

 

「フィリア? 」

 

 愛剣を受け取ろうとするもフィリアは手を離さず受け取ることが出来なかった。

 よくよくその(かん)ばせを見れば常になく暗い。この状況では仕方ないとも言えるが、こう見えてフィリアはかなりの手練だ。魔術の腕は魔導師並に熟達しておるし、剣の腕は騎士として近衛に就けるほど。さらにはシノビの術にまで長けていると言う(つわもの)ぶりだ。

 どのような状況、どのような相手であれ、動揺や心意を覚らせぬように、何より主たる妾を不安にさせぬよう、安らげるように常に柔らかな微笑を絶やさぬフィリアが、このような表情を見せるのは今では身内でも滅多にないことだ。

 

「………フィリア、そのような顔をするでない。そなたらしくないぞ」

 

 理由は分かるゆえに溜め息をひとつ。

 公務で王都から離れたところへの襲撃。しかもオークやゴブリンだけならば偶然で流せられるが、悪名高きヒートドラゴンも共にとなれば偶然であるはずがない。

 そも、妾たちの今いる地域には小さな火山一つないのだ。フリアヒュルム皇国でヒートドラゴンが住処にしそうな火山と言えば国の南、王都から馬車でひと月ほどの道のりを要するルベール王国との国境近くに在るジャールキー火山のみだ。

 年若いといえどヒートドラゴンだ。住処の火山から出たとなれば、しかも移動にひと月以上も掛かるような場所に現れていながら今の今まで人の目に付かなかったなどありえぬ。ヒートドラゴンの噂となれば必ず王都まで届き、父上の耳に入っていなければおかしい。

 しかし、現にそのような噂ひとつ立っておらず、妾たちの前にヒートドラゴンがいる。

 考えられることなど余程の阿呆でない限りは察しが着く。魔法によって召喚、使役されて妾たちを襲ったのだと。

 宮廷魔導師クラスの腕がある魔導師が三人ほど集まり、儀式魔法の手間をかければ年若いドラゴン一匹、召喚使役くらいできよう。付け加えればあと一人二人腕の立つ魔導師が居ればオークとゴブリンの群れを操り、拙い連携も取らせられよう。

 

 つまるところ、これは妾を狙った「暗殺」ということだ。

 

 皇族とはいえ小娘一人の暗殺にヒートドラゴンを引っ張り出してくるのはやりすぎだと思うが、それだけことを企てた「輩」にとって妾は目の上のコブであったのであろう。

 

 第2側妃である母上が平民の出ゆえに妾の振る舞いが下賎だとか―― まぁ、習い事や公務の合間に度々息抜きと称してフィリアと共に城を抜け出してはお忍びで城下町を遊び回っているのは事実ではあるが、卑しい真似などしたことはない ――、しかし末娘と言うこともあって父上始め兄上姉上たちに可愛がられ、剣に魔法に非凡な才があると言われ、母上のことなどもあって民達に慕われている。

 それらを合せ皇位継承権は低いが父上とフォルト兄上に対して小さくない発言力を持っているというのが、殺したいほど気に喰わないのであろうよ、「アレ」は。

 

 この暗殺が他国の差し金という線もあるが可能性は低い。今のところ他国との外交関係は良好、妾が知る限りでは戦争を起こそうなどという不穏な動きもないし、妾を亡き者にしようと思うほど他国にとって妾は重要視されていない。精々民に人気の御転婆姫といったところだ。

 

 魔族という可能性もなくはないが、この暗殺は十中八九「アレ」の差し金であろう。

 

「この襲撃が「暗殺」である以上、妾たちだけで逃げたところで護衛を失った孤立無援、再び襲撃されて終わりなのはそなたも予測できていよう」

 

 それは今も妾を護るために戦ってくれている騎士たちの忠義を、我が身を賭した彼らの献身を無為にしてしまう。

 さりとてこのまま引き篭もっていても同じこと、なれば妾は打って出る。騎士たちを戦友にドラゴンと切り結んで見せようぞ。

 

「………姫さまのことですから、死に花咲かせようなどというお考えは塵のひとつもないことはわかっております。ですから打って出られることはお止めいたしません」

 

 溜め息と共に暗い気を吐き出したのか、フィリアはいつも通りの微笑を―― どこか呆れまじりではあったが ――その顔ばせに浮かべた。

 

「ただ、騎士たちの先頭に立って突撃するような真似はなさいませんように」 

 

「むぅ」

 

「むぅ、ではありません。

 大方「竜殺し、なんと甘美な響か」、などとも考えていらっしゃるのでしょう」

 

「しかしだな、剣を振るう者であれば誰しも一度は夢描く浪漫なのだぞ」

 

「なにが「剣を振るう者であれば誰しも一度は夢描く浪漫なのだぞ」、ですか。そんなことを真顔で言うからアルやジョンたちに「ヒメちゃんマジチユニィビオー、ハハハワロスワロスw」、なんてわけのわからないことを言われるのですよ」

 

 声色だけでなく身振り手振りの仕草まで特徴を捉えた物真似を披露しながら諌言するフィリア。どうやら本調子に戻ったようだ。

 しかも調子が戻ると早々に「死ぬならば死に様は己で決める」と内心で死を覚悟していたらしからぬ妾に、いつもの妾であればこうであろうと諌めてくれている。

 自然と笑みが浮かぶ。

 絶対に大丈夫だ。ドラゴンに勝てずとも必ず生きて母上たちの下に帰れるのだと、そう強く思えた。

 

 

 

 

 余談だがアルとジョンとは道具屋と鍛冶屋の息子で、お忍びで知り合った所謂(いわゆる)悪友というものだ。

 二人とも頭は良いのだが、偶にわけのわからない言動をするのが玉に瑕ではある。

 

 

 

 

    To Be Continued………

 



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03 「騎士の誉れに賭けて」 By名もないモブ騎士

2016.2/21
1話~10話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/25
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 【地炎竜 ヒートドラゴン】

 

 生息地: グラングローア大陸・火山地帯、活火山周辺

 

 全高: 最低10メルトから最高36メルト

 全長: 最小22メルトから最大45メルト

 

 特徴:

 頭部に二本の太い角を持ち、両側頭部から前へと伸びている。

 全身を赤く染める赤色の鱗は鈍く光り、年経るごとに濃さを増し、赤から濃い紅色へ変化していく。

 もっとも特徴的な黄色の(たてがみ)は顎から首周り、背中の中ほどまで生えている。

 

 主食: 食性は肉食。火山周辺に生息することが多い大型の「火蜥蜴*1」や「ロックワーム*2」など

 

 概要:

 地竜と称される翼を持たない竜種でその特性から地炎竜とも称される。四肢を足とし地に着ける四足竜に分類され、火山地帯、活火山周辺に好んで生息し、成体ともなれば寝床として溶岩に浸かり、それ故に吐く息は炎を帯び、皮膚は常に燃えるように熱く、その身は周りにある物全てを容赦なく焼き尽くす灼熱の気に包まれている。

 灼熱の気の前では戦おうにも近づくことさえできないためにグラングローア大陸でもっとも恐れられる竜種三指の一つに数えられている。

 年若いヒートドラゴンには燃えるように熱い皮膚も灼熱の気もないが、灼熱の炎のブレスもあって同体躯の地竜よりも脅威は上である。

 その鱗や鬣、角に牙と爪は強い火の属性を持ち、極めて優れた耐火性を持っており、これらのいずれかを用い、耐熱性の魔法素材と呪を組み合わせて作られた装備は対ヒートドラゴンにもっとも適していると言われているのは皮肉な話である。

 

 以上の理由から成体となったヒートドラゴンの素材は市場に出ることは滅多になく、過去に鱗一枚で邸一つを買っても余るほどの高額な値で取引されたこともあったという。

 また鬣で編んだ鮮やかな黄色の布、『金鬣貴人布(きんりょうきじんふ)』は美術的価値も相俟ってそれはそれは高価な値が付く。その耐火性の高さから大火で家が焼け落ちようともその美しさを損なうことなく燃え残ると賞され、転じて不滅の象徴として豪商や貴族の間で家が傾いてでも、国が傾いても手に入れるべしと言われたことから『傾国布』とも呼ばれてもいる。

 

 

 *備考:

 *1:火蜥蜴(フレイムリザード)::主に火山地帯、活火山周辺に生息する火の属性を持つ蜥蜴の魔物。種類によっては炎のブレスを吐き、またドラゴンに比肩する巨躯と強さを持った種も存在する。

 

 *2:ロックワーム::鉱物を主食とするワーム系の魔物で主に鉱山周辺や山岳地帯に生息し、鉱物を求めて火山周辺にも生息する。その食性故に鉱山夫たちからは害獣として嫌がられている。

 全長は平均11メルトほどだが、中には最大23メルト強まで達する個体もあり、年若いドラゴンを返り討ちにすることすらもあると言う。

 

 

 『マレファリド商会 発売:グラングローア大陸の生物・脅威の竜種(著:リチェルカ・シヴォートノエ) より抜粋』

 

 

 

   突然の参『荒ぶる咆哮』

 

 

 

 王都から十日ほど離れた位置に在る大森林に隣接した平野を通る広く開けた街道で俺たちは戦っていた。

 

「ゴギャギャギ、ゴギギャィーーッ!! 」

 

「ギャギャ、ギャッギャギギギ、アギャギャッ!! 」

 

 相手は数体のオークと数だけはやたらと多いゴブリンども。耳障りな叫び声を上げながら突っ込んでくる。

 革鎧と青銅製の武器で装備を整えていようとオークとゴブリン程度どれほどの数でも迎え撃つに支障はない。俺たちは皇族に仕える誉れ高き近衛騎士なのだ。連携とも呼べない群れの動きに禄な戦術も持たない低俗な魔物に後れなど取りようがない。

 

 ないが、しかし。

 

 

   ゴ ア ア ァ ァ ァ ァ ア ア ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ッ ! !

 

 

 地炎竜の咆哮に自分を含め少なくない人数が怯み、そこへ突撃を喰らって痛手を負い、防戦に回ることを余儀なくされてしまう。

 それでも反撃でオークやゴブリンの数を僅かでも減らしてはいるが、状況の打破には繋がらない。

 下手に前へ出て戦えば地炎竜の餌食になってしまうからだ。既に地炎竜の爪に顎や尾によって、そしてそのブレスによって仲間の半数が女神ナートゥーラの下へ召されてしまった。

 

「アギャゲギャーー!! 」

 

「ギャッギャッ」

 

「ゴギャギッ!」

 

 ゴブリンがすばしっこく動き回って短剣を振り回し、オークが力任せに斧や棍棒を振り回す。その後ろから弓を持ったゴブリンが矢を射掛けてくる。

 地炎竜の威を借りて、まるでやんちゃ坊主が遊び騒ぐかのようにそれぞれ好き勝手にやりたい放題で攻めてくる。地炎竜さえいなければこんな奴らすぐにでも討ち払えると言うのに。

 

 後衛に付いている生き残った二人の弓士は矢が尽きかけているし、三人いる術士の方は地炎竜のブレスを障壁で防いでからの魔力の消耗が激しく、次また来るだろうブレスを警戒して下手に消耗の激しい強い魔法は使うわけにも行かず、回復に努めながら俺たちでも使えるような初級の下位か中位の魔法で散発的に攻撃することしかできなくなっている。

 前衛の俺たちも同様だ。魔闘技で一気に蹴散らしたくとも魔力の消耗は抑えなければいざと言う時に、地炎竜の攻撃から身を護る時に初級上位の防御魔法が使えなくなってしまう。竜のブレスの前ではどれだけ魔力を注ごうと防御魔法では気休めにしかならないが。

 そう、もはや俺たちに出来ることは騎士の誇りに賭けて、この身が持つ限りに壁となって背後のウィータ姫殿下の居られる皇族御座車に奴らを一切近づかせず、地炎竜の吐く炎の火の粉ひとつ触れさせぬことだけだ。

 

 しかしジリ貧だ。なんとかそれぞれで回復しながら戦えてもポーションもいずれ尽きる。このままではウィータ姫殿下をお守りすることも………

 

 

「 【 ウ ィ ン ル プ テ ィ オ ー 】 ! !」

 

 

 !?

 

 突然好き勝手に攻め込んで来ていたオークとゴブリンどもを爆風のような突風が襲い吹き飛ばした。

 【風爆(ウィンルプティオー)】、風属性の中級上位に位置する調整は難しいが指向性を持たせることも可能な範囲攻撃魔法。

 鬱陶しい奴らを吹き飛ばしてくれたのはありがたいが、些細な消耗も馬鹿にならない現状で一体誰が、どの術士が使った?

 

「怯むなっ! 臆すなっ! 前を見よっ!

 諦めるでない、我らの戦いはこれからぞッ!! 」

 

 背後から上がった声に思わず目を向ければ杖を手にした御付の侍女を従えた姫殿下が御座車からお出でになれていた。

 

 風になびく腰下まで届く朱金の髪に蒼く輝く宝玉の如き瞳、この窮地に在りながら不敵に微笑む桜色の唇。

 その身を包む燃えるような真紅のドレス。サークレットに胸当て、篭手に脚甲の白金で作られた揃え。青き剣をかざすお披露目のパレードの一度とはいえ見知ったその姿はしかし、その時の俺には、いやその場にいた俺たち騎士全員がそのまだ幼さを残すはずの姿に勝利を司る美しき戦女神を幻視していた。

 

 

 

「回復が済んでいる者、余裕のある者は前へ、代わりに消耗の激しい者は後ろへ下がり回復に努めよ!

 弓士は後を気にせず射掛け続けよ! 魔力に余裕あるならば魔闘技を!

 術士も同様だ! ヒートドラゴンのブレスは妾と騎士たちで防ぐ、攻撃に専心せよ! 」

 

 矢継ぎ早に指示を下し、大勢を整えさせる。

 幸いにしてヒートドラゴンは先ほど咆えて以来、どう言うわけかは知らぬが大きな動きを見せてはおらぬ。

 

「前衛、二人一組で当たれ! 相手が何者であろうと驕らず油断なく助け合い確実に討て!

 後衛、弓士はオークとゴブリンの術士と弓士を優先! 術士は密集したところを! 余裕があれば中級魔法でヒートドラゴンへ牽制! 」

 

 これを好機と取るは容易(たやす)いが、何か引っ掛かる。悪い予感はせぬのだが。

 

「姫さま」

 

「………フィリア、そなたは魔力温存のために待機だ。

 ヒートドラゴンを注視し、ブレスを警戒。兆しを見て取ったら全力で防御に専心せよ」

 

 魔導師の杖(メイジスタッフ)を手に傍らに立つフィリアの声に我に返る。すぐにフィリアへ指示を下し、ヒートドラゴンのブレスに備えさせる。

 フィリアは水と影(闇)に回復と補助の天、三つの属性の魔法を得意としている。絶対ではないゆえ過信はできぬが、火属性には水属性が有効なのは自明の理。

 策とも呼べぬが、妾の考え通りに行けば炎のブレスを凌げるはずだ。かなり、ギリギリではあろうが。

 

 

   ゴ ァ オ゛ ォ゛ オ゛ ォ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ オ オ ゥ ッ ! ! !

 

 

「ッ!?

 怯むなでないっ!! 」

 

 対峙し直に聞くヒートドラゴンの咆哮に妾もフィリアも身が竦みかけるが何とかすぐに気を取り直し、これまで受けた被害から妾以上に怯んだ騎士たちを一喝し、立ち直らさせる。

 

 いよいよ来るかと身構えたがしかし、ヒートドラゴンは妾たち見向きもせずに明後日の方向へ顔を向けていた。そして身を低くし、怯えるように後退ったのだ。年若いとは言えあのヒートドラゴンが。

 そのような姿に妾は我知らずヒートドラゴンの視線を追っていたが、しかしそこにあるのは妾たちの立つ平野に面した大森林の木々と晴れ渡った空、ただそれだけであった。

 

 一体何なのだ。何かがいる? いや、何かが「来る」というのか?

 

 答えをわかっているのに肝心の答えである言葉が見つからないような、そのような気持ち悪さを感じる自問自答に妾が答えを見出すことは叶わなかった。

 

 

  オ゛ ル゛ ル゛ ル゛ ル゛ ル゛ ル゛ ル゛ ル゛ ゥ゛ ゥ゛ ゥ゛……… 

 

 

 他でもない、ヒートドラゴンの不穏な唸り声に阻まれたのだ。

 

 牙を剥いたその姿を見ずとも誰であろうと聞くだけで苛々とした不機嫌さが伝わってくる低く重い唸り声。恐らくはすぐにでもこの場を離れたいのであろうが、召喚されたその際に刻まれた呪によって妾たちを倒すように縛られているがゆえに離れること叶わぬというところであろうか。

 

 なれば、ここを離れるためにあのヒートドラゴンが成すことは一つ。

 

「フィリア」

 

「はい」

 

 「何か」が現れる前に呪の縛りを解き、この場から離れること。すなわち妾たちを一掃せしめることだ

 それには炎のブレスを用いるか、その巨躯を持っての体当たり、突撃してくるのがもっとも効率が良いはず。

 

「全てを阻む断崖たる永久(とわ)に凍れる巨壁……」

 

「全隊、備えよ! 

 くるぞっ!」

 

 フィリアの水属性上級中位の範囲防御魔法の呪文詠唱を耳にしながら騎士たちにヒートドラゴンへの備えを喚起する。

 

「前衛はそのままオークとゴブリンを抑えよ! 後方の者は防御魔法を!

 術士は待機、回復に努めよっ!」

 

 最前衛にヒートドラゴンの異変に気付きもせず―― 使役されるままに危機を感じるなどの勘や思考力はなくなっているのであろう ――騒ぎ立てるオークとゴブリンへの対処を命じ、回復のために下がらせた騎士たちに魔法の使用を、術士には凌ぎ切った後のために備えるように指示を下し終える前にヒートドラゴンは大きく息を吸い込み――

 

 

   グ ア゛ ア゛ ァ゛ ッ ! ! !

 

 

 放たれる灼熱の炎。瞬く間に空気が熱せられ、周辺が熱気に満たし、進路上のオークとゴブリンたちすら巻き込みながら大火の如き炎が妾たちに襲い掛かってくる。

 

「………我が敵の前に立ちはだかれっ、【ウォルラキエース】ッ!! 」

 

 あわやと言うところで半ば叫ぶようにフィリアが詠唱を終えた。

 最前衛の騎士たちの前に凍気が生まれ集まり、瞬時に巨大な氷の絶壁が妾たちを囲うように形作られ、迫る炎と熱気を融けて水蒸気を上げながらも受けとめ遮てみせる。

 騎士たちが己の判断で自身にではなく、氷の巨壁へ魔法障壁【シルド】を重ねていく。少しでも氷の巨壁が融け消えるまでの時間を遅らせんというように。

 しかし、炎を防ぐ壁を越えて来た熱気が肌を焼くように周りの風を熱していく。後衛の妾たちでこれなのだ前衛を務める者たちはどれほどであろうか。

 そう思うことができるのも防げたがゆえだが、フィリアの発動させた水属性上級中位の範囲防御魔法【氷の巨壁(ウォルラキエース)】の展開はギリギリであった。あと一呼吸遅ければどうなていたことか、考えたくもない。

 フィリアが、騎士たちが妾の信に応えてくれたゆえに妾もフィリアたちの信に応えんと防御魔法を重ねるために呪文を口にする。

 

「無垢なる精霊たちの父なるもの、母なるもの、その力 集い束ね、我 守護の力となさん!

 

 天を(おお)いて悪しきを(さまた)げ退け、我が(ともがら)たちを護りたまえ!

 

 大いなる精霊と我が力合せ持て、我は今こそ悪しき全てを拒まん! 」

 

 あらん限りに魔力を込めて起死回生へ繋げるために妾は叫ぶ。

 

 「【グラスピリトゥキャノイ】ッ!!」

 

 広範囲を半球状に包み込む防御結界、無属性最上級下位の広範囲防御魔法【大精霊の天蓋(グラスピリトゥキャノイ)】が妾の魔力を糧に展開する。

 灼熱の炎を防ぎながらも妾たちを苛んでいた熱気も遮られ、(みな)に余裕が生まれた。

 

「全隊、このまま凌ぎきるぞっ!

 術士、凌ぎきったと同時にヒートドラゴンへ! 全力でだ!!」

 

 意図せず生まれた緩みを引き締め直し、起死回生の一手を備えさせる。

 炎のブレスの巻き添えでオークとゴブリンの群れは壊滅しているはず、仮にまだ残っていたとしても半数以下、術士のヒートドラゴンへの魔法行使の余波で―― 上級上位以上の魔法の大半は範囲攻撃であるがゆえ ――止めとなるであろう。

 

 問題はそれでどれ程の痛手をヒートドラゴンに負わせられるであろうかということだ。その如何(いかん)で倒せるか否か、いや、妾たちが生きて帰れる否かが決まる。

 

「ッ………」

 

 側に居なければ聞こえぬであったろう氷の巨壁、【ウォルラキエース】を維持するフィリアの押し殺したうめき声に目だけを向け見れば、(かんばせ)に歯を食い縛った硬い表情を浮かべていた。そのような表情は本当にフィリアには似合わぬなと場違いな考えが浮かんでしまった。

 妾も似たような表情で【グラスピリトゥキャノイ】を必死に維持しておったのであろうが、場違いなことを考えた妾自身がおかしくて思わずフッと笑ってしまった。状況がもう少し平穏であったなら声を上げて笑っていたかも知れぬ。

 

「!!

 術士ッ! 」

 

 益体のないことに捕らわれかけるが、炎のブレスの勢いが弱まりだしたのを見て取り、気を持ち直し声を張り上げる。先の指示から既に術士たちは各々が使える最大威力の魔法の詠唱を終えようとしていた。

 それぞれの詠唱を聞く限り水属性を得てとする者は一人だけのようだ。いや、一人でもいたのは幸いだったと言うべきか。

 他の術士二人は地属性と風属性の呪文を唱えている。なれば放つ順序で多少ではあるが与える効果を増させるゆえ、考えていたよりも大きい痛手をヒートドラゴンに負わせられるはず。

 

「………? 」

 

「姫さま? 」

 

 炎が勢いを失い引いていくのを氷の巨壁と障壁越しに見て取れたのを機に術士に「風、水、地の順に放て」と指示を下そうとした時――

 

 

 ――妾は「何か」を感じた

 

 ――感じた直感のままに見上げた空に、いた

 

 ――この地へ落ちながら向かって来る「何か」

 

 

 ヒートドラゴンの吐く炎が引くとほぼ同時に氷の巨壁と障壁が解かれ、あるいは解いて いざ反撃 と術士たちが魔法を放たんとしたが、それは叶わず遮られた。

 

 

  ド ゴ ォ オ ン ッ ! !

 

 

 轟音と共に降り立った「何か」によって。

 

 舞い上がった土煙うに浮かぶ影。それが吹き抜けた風によって晴れて行き、薄っすらと青みがかった白いその姿を現す。

 膝を突き身を屈める様には神々しさを感じずには入られない。

 

「ビブビブビブ、ビブンドラゴン、ジョグズビジャギデボンガシビブ、ビブジュグギダダスミディアムレアンドラゴンステーキ、スキヤキシャブシャブハンバーグ………」

 

 何か呟いていたが聞き取ることは叶わなかった。聞き取れていたところで意味は理解できなかったであろうが。

 

 スッと立ち上がる「何か」。

 

 琥珀の輝きを放つ目に惹き付けられ、ほぼ全身を包む繊細な装飾が成された鎧を思わせる模様が入った甲殻に目を奪われて、背中は腰からスルリと伸びる尾と足の奇妙頂礼(きみょうちょうらい)な関節の描く線に見惚れてしまう。

 

 

「ゼ ダ ダ ゾ 、 ザ ぁ ぁ サ ぁ あ  ぁ あ ぁ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ!!! 」

 

 

 上げられた怒号の如き咆哮の雄々しさは筆舌にしがたく、妾がその場で口に出来た言葉はひとつ。

 

「ふつくしい………」

 

 その一言のみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  To Be Continued………



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04 「肉料理で好きなのは臓物系で、軟骨も好きだ」

2016.2/21
1話~10話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/25
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 

 

 

 駆ける駆ける駆ける翔ける。

 

 

 逆関節の足が生み出す走力というよりも跳躍力と言う方が正しいスピードで森の中を翔け抜ける。

 

 初めて全力で走り出した時、森に突っ込み木に激突仕掛けたのがウソのようにレーシングカー並みかそれ以上の速さを出しながら余裕で木々の間をすり抜けていく。

 無意識に馴染んだ身体が生前の不可能だったことを、漫画やアニメに特撮に映画といった空想の世界の超人的動きを然も当然、出来て当たり前だというように可能にして見せる。

 

 どん引き物だが、そんな余裕は今はまるでない。

 

 

    ぐ ぅ る あ ら お お ぉ ぉ お ぉ お あ あ゛ あ゛ あ゛ あ゛ あ゛ っ ! !

 

 

 腹の虫が引っ切り無しにうるさく(わめ)くほど空腹で仕方ないからだ。

 

 本当に空腹で空腹で空腹で空腹で腹が減って腹が減って腹が減ってどうしようもない。

 

「【ドゴリ(遠見)】!」

 

 

 呪文を唱えるのは面倒だと魔法名だけを苛立たしげに呟き、翔けるのを止めずに片目にのみ発動させてにk、もといドラゴンの様子を確かめる。

 

 【遠見】で目に入って来たのは火を吹くにく、もといドラゴンとソレに魔法で作ったらしい氷の壁や障壁で耐える騎士たちの姿。

 最初見た時と違い騎士たちの後方に赤い女の子と杖を持ったメイドさんがいるが――

 

ゴンバボダダ(そんなこたー)ゾグゼロギギ(どうでもいい)

 

 そう、どうでもいい。問題は肉、もといドラゴンの吐く火に耐え忍んでいる様がギリギリだということだ。もう一度火を吹き付けられたら力足りず耐えられずにオシマイだろう。

 

 問題: 騎士たちを襲うドラゴン(にく)-騎士たち=

 

 答え: 次の獲物を求める等でドラゴン(肉)はその場からいなくなる。

 

 ドラゴン、もとい肉が現在いる場所まで今の調子でも辿り着くころには半日くらい過ぎているほど離れている。

 このまま走って行っても

間に合わない。痕跡辿って追いかけ狩ることも出来るかもしれんが、腹が減り過ぎてそんな面倒なことはしたくない。空腹の苛立ちで周りの物に八つ当たりして暴れてしまいそうだ。十一回蘇生できる某狂戦士みたいに咆えながら。

 

 走って間に合わないなら答えは一つ。

 

 走ってダメなら飛べば良いじゃない Byマリなんたらかんたら風

 

 おあつらえ向きに既に助走は充分以上準備万端覚悟完了!

 

 助走で付いた速度全てを上空へ向けるために「力」を込めて踏み込み――

 

 

     ド   ン   ッ   ! !

 

 

 ――という轟音と共に踏み込んだ地面にクレーターを作り、オレは砲弾になったかのように大空目掛けて跳び立つ。

 

 

 

 突風を肌に全身に感じながら青空へと落ちていき(・・・・・)、勢いが止まって感じていた風が不意に落ち着いたと同時に襲ってくる浮遊感。

 

 目線を空から跳び立った大地へと下げれば眼下に広がる自然豊かで雄大な景色。森や平原と山々の織り成す美しい曲線を描く地平線に目を奪われ、激しい空腹も一時忘れて感動した。

 

 人工物はほとんどなく、あっても街道と思しき曲がりくねった線と小さな点のように城壁に囲まれた街と村らしきものが見えるだけで、それ以外は現代社会の日本は都会の雑踏で20年以上暮らしてきた者にとって見たこともない只ただ緑あふれる大自然があるのだ。ほんの一時でも我を忘れて感動しないなど居るならそいつは人間じゃあない。オレは人間じゃなくなっちゃったけども………

 

 気を取り直して見渡せば太陽の傾きから凡そ正面の方向が西、今いる土地がフリアヒュルム皇国ならゲームの、「MoLO」の通りであればアルブレス聖霊国がある方角だ。心なし自然が他より豊かに見えるのは、多分気のせいだろう。ゲームの通りエルフや獣人の小国、同盟国が本当にあるなら触れられずとも是非に長耳獣耳尻尾を眺めるだけででも堪能したいものだ。

 阿呆な自分に苦笑を浮かべて今度は右へ、北へ目を向ける。

 北もゲーム通りならば国内にドワーフやドラゴニアンの同盟国があり、多くの鉱山を有し製鉄技術に秀でている山々に囲まれた技術国家、ウィーリディス帝国があるはずだ。

 その技術力は他の国との違いをゲームの世界観ががらりと変わるほど顕著に見せつけ、地下都市も内包する四段構造の学術都市は蒸気機関などのアンティークなエレベーターに路面電車やロープウェイもあってよく目を引いたものだった。

 左は南の方角には弓状に海に面し優れた航海技術を持つ、大陸最強と名高い大騎士団を有するルベール王国がある。

 ゲームでは有名な騎士団があると言うことで竜騎士や聖騎士と言った物を思わせる騎士関係のスキル取得クエストや騎士にまつわるクエストが豊富で、グラングローア天下一武闘祭なんてイベントもあった。

 

 

   ヴ ぉ る る ル ぶ ラ ぁ あ ア あ あ お ぉ ア゛ あ゛ あ゛ ア゛ ア゛ っ ! ! !

 

 

「………」

 

 感動で空腹を忘れるのもどうやらここまでが限界のようだ。

 

 オレは尻尾を振った勢いで後ろ宙返りで身体の上下を入れ替えて頭は肉の居る方へ、そして足は空はやや斜め上方へ向けて、「力」を込めて思いっきり蹴る。

 

  ドパァンッ! と破裂音を響かせ撃ち出され、砲弾になったオレ再び、肉と言う名の飯目掛けて爆進する。

 

 一切の障害物なしに目標へ一直線。加速も地面を走って―― というか飛び跳ねて ――いた時とは段違い。

 瞬く間に目標地点の上空に到達。すぐさま尻尾と足を振って体勢を変えて空を蹴り、膝と尻尾を抱えた前転で勢いを僅かながらに殺しつつ地面へ急降下。

 

 ドゴンとう轟音と土煙を上げて道のある開けた野原に無事着地。

 ああ、もう少し、もう少しで飯にありつける。

 

ビブビブビブ(にくにくにく)ビブンドラゴン(ドラゴンの肉)ジョグズビジャギデボンガシビブ(上手に焼いてこんがり肉)ビブジュグギダダス(肉汁滴る)ミディアムレア()ドラゴンステーキ、スキヤキシャブシャブハンバーグ………」

 

 思いつく限りの、作れる限りの肉料理。実に楽しみで仕方ない。

 

 

「  ゼ ダ ダ ゾ 、 ザ ぁ ぁ サ(は ぁ ぁ ら 、 へ っ た ぞ) ぁ あ  ぁ あ ぁ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ! ! ! 」

 

 

 勢い良く立ち上がると共に思わず腹の底を通り過ぎた魂の底からの声を上げる。なんか少し某バトルアニメみたいに大気が震えたっぽい気がしたのは気のせいか?

 

 ………まあいいか、今はそんなことよりも飯だ、肉だ、ドラゴンだ。

 肉の他に臓物系も食えるかな? オレ、モツ煮にハツや砂肝、軟骨って好きなんだよね。食えると良いな~、あると良いな~。

 

 

「resyuiju!! resyufafanju!

 「obirye」fasyoberyafadhengomyokadhezirofoboryahuju! dhinmujoeresyuiiju!! 」

 

 ドラゴン()に熱視線を向けていたら突然右手側から何を言っているかわからない、と言うか何語を喋っているのかわからない女の子の声が聞こえて騎士たちがどこか慌てた風に後退をし始めた。

 

 問答無用で攻撃を仕掛けられなくて良かった思う反面、問答無用で逃げ(引か)れるのもそれはそれで来るわ。精神的に。

 でもオレにとってこれがこれからのスタンダードなんだよな。ヒトとであえば問答無用で怖がられて、攻撃されるか逃げられるかの二択。心の安らぎ的にも精神衛生的にもシンドイことたまらない日常が………

 

 ダメだ、これから飯だってのにダウナー気分なんて。

 モノを食べる時は誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃダメなんだ。

 そうだ飯のことを考えよう。この後に待ってる楽しい楽しいスーパーにっくにくご飯タイムを。

 

「ギ、ギ、ギギャゲェーー!! 」

 

「ゴ、ギ、ゴゲギャギャギャギャア゛ーーーッ!! 」

 

 不快で耳障りな声に意識を戻せば目に飛び込んできたのは緑系の肌した大きいのと小さいの、おそらくオークとゴブリンだろうそれ。

 そして目の前に迫り、青銅の板を巻いた樫の棍棒を振り上げたオーク。

 

 よく牙生えてたりする豚面メタボなのが描かれたりしてるけど、コイツはどっちかと言うとゴリラ面。毛のないトンガリ耳のマッチョな、キャラクタークリエイトの種族にオークがあるゲームのそれがイメージに近いだろうか。

 

 というかいつまで振り上げてんだ? 動きも遅いし、ハエがとまるぞ。2、3匹くらい。

 

 あまりに遅いから避けるとか受け止めるとか、なんか面倒に思えて気付けば自分から棍棒を左手で掴みに行っていた。

 

 その結果。オークのクセに、ヒトでもないのに驚いた顔とか驚愕の眼差しをオレに向けてきやがって、なんかイラッときたので――

 

ジャラザ(じゃまだ)!! 」

 

 右手の掌底一発、腹に叩き込んでや、て飛んだーーーーー!? 

 

 (たか)って来ていたゴブリンたちを巻き込んでワイヤーアクション使った殴られ役よろしく野原をすっ飛んでいった。

 あ、あの落ち方は首折れたか?

 

 頭から落ちた後にゴロンゴロン転がって止まったけどピクリとも動かないから多分そうだろう。気絶という線もあるが、受身もなく頭から落ちたんじゃな。

 

 ……………あれ? オレなんでこんなに冷静なの?

 いくらオーク、モンスターとはいえ人型の生き物殺しておいてなんの感慨も感じない。

 養豚場の豚でも見るかのように冷たい目で、残酷な目で……“かわいそうだけど明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのね”って感じ にオークやゴブリンたちを見ている自分がいる?

 

 思わず掌底を撃った右手を閉じたり開いたりしてまじまじと見つめてしまった。

 この手が殺した。生き物を。血を吸った蚊だとか釣った魚だとかとは違う。猿よりも知能のある道具を持ったり身に付けたりするようなヒトに近い人型の生き物を。

 

 ……………気持ち、悪い。

 

 何で何も感じない? なんで、こんな………

 

 

  ば る ば る ば る ば る ば る う ぉ ぉ ぉ ー ー む っ

 

 

「………ゼダダ、ザサ(腹、減った)

 

 お前の腹の虫がどこの来訪者だと言いたくなるような音を響かせるので、お悩みは保留にすることにする。

 頭使って悩み考えるのはお腹をくちくして休んで頭に充分な栄養を送った後で良い。腹減ってたらイライラするし頭なんて碌に回らないのは世界を違えようとも不変にして普遍の道理。

 

 現実逃避だろうとなんだろうとも今優先するのは只ただどらごん(にく)だ、メシだ、ご飯ですよ!

 

 

   がごんっ!?

 

 

 あ゛?

 

 さあどらごん(にく)狩るぞと思い立った矢先に受けた衝撃。

 

 さしたダメージはないが、なんだろう無償にイラッときた。

 

 衝撃が飛んできたらしい方へ顔を向ければ杖を掲げてなんか「力」を込めてるメイジらしいゴブリンと弓を持ったうろたえてるゴブリン数匹。

 

「ゲゲギャギャンゲギャーー」

 

 呪文らしき物を喚き杖を振り回すゴブリンメジ。放たれた魔法は野球の球くらいの大きさをした石飛礫。飛んで来てがごん、とオレの身体、甲殻に中って弾かれて地面を転がる。矢が飛んでき以下同文。

 

ゴセンごはんンジャラゾグスンバ(オレのご飯の邪魔をするのか)………」

 

 意気込んでさあこれからと何かやろうとしようとした時、些細なことでも出鼻を挫かれるように邪魔が入ると人の反応は大体二通りだ。

 一つは(すこぶ)るやる気が失せて何もやる気が出ず、不貞寝する。

 もう一つはイライラがピークに達し、溜まったイライラ(ストレス)を発散するまで何も手に付かなくなる。

 

 絶対ではないし、人によっては全く違う反応もあるだろうがオレはいつも大体こうだ。そして今のオレの反応は後者だ。

 

 ただし、腹が減って腹が減って腹が減って仕方ない空腹に空腹を重ねまくた今のオレはイライラがピークどころか天元突破で自分で自分を制御できそうになく、したがって暴れてストレス発散程度では収まることなどなく――

 

 

ゴ ラ ゲ サ ヅ ヅ ヅ ヅ グ(お ま え ら ぶ っ つ ぶ す)! ! 」

 

 

 オークとゴブリンどもを血祭りに上げないと止まれそうにないようだ。

 

 

 

 

 

 

      ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 



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05 「オレの名は……」

2016.2/21
1話~10話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/25
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

ゴ ラ ゲ サ ヅ ヅ ヅ ヅ グ(お ま え ら ぶ っ つ ぶ す)! ! 」

 

 

 どらごん(にく)を前にして邪魔された怒りのままに叫んですぐさま右手を邪魔してきたゴブリンメイジたちに向けた。

 この時、オレは目には目を歯に歯を的なつもりで魔法的なものでドカーンとやり返してやるつもりだった。

 

 でも出てきたは魔法でもなければ某バトルマンガの気功砲でもなく――

 

 ドシュリッ

 

「ギャハベッ!? 」

 

「ギョべギャー!! 」

 

「ギャゲギャギャ!! 」

 

 獲物目掛けて喰らいつく蛇の如くゴブリンメイジの胸を刺し貫いた銀色メタリックな触手。

 

 手首下にあった例の窪みから伸びたそれはゴブリンメイジを貫いただけでは飽き足らぬと言うように、触手が生えたと驚愕するオレを置いてけぼりに耳障りな声で慄き喚き散らすゴブリンアーチャーたちに怒りを覚えたオレの意思を受けてそいつらにもすぐさま襲い掛かった。

 

 大きくたわみ、振られ、締め上げ、(うごめ)き、槍の穂先のように尖った鋭利な先端で掻き裂き突き刺し貫く。それらの攻撃動作を澱みなくまるで一個の生き物のように動いてみせる。

 そのくせ表面は銀色メタリックで細かな節々があり、日の光りを反射して―― 触覚も鈍く、自分の身体の一部と思えないことも相俟って ――機械的な印象を強く与えてくる。なんとも矛盾したヤツである。

 

 触手といえばR-18でエロエロの<自主規制>の<激しく自主規制>なイメージが強いんだが、コイツにはそんなイメージとは一切無縁、むしろ触手の前に「戦闘用」とか付けないといけないような気がしてくる。

 それはなぜか、機械的な見た目もさることながら根元を持って振り回すと思わず某人気作品シリーズ一のヒゲダンディの名セリフ「ザクとは違うのだよ! ザクとは! 」を叫びたくなるから。

 

 これまで通りなら触手が出てきたところで右から左に流すことが出来ずに自分にどん引きしているところだが、今はそんな余裕はない。

 

 空腹なのだ。

 

 腹が減っているのだ。

 

 お腹が空いているのだ。

 

 そして何よりご飯の邪魔をされて頭にキているのだ、このオレは。

 

 どん引きしている暇があらばこそ、さっさと怒りの矛先であるゴブリンども(障害)血祭りに上げ(取り除き)、誰にも邪魔されない自由で救われた時間、スーパーにっくにくご飯タイムに直行したいのだ。

 

 戦闘用触手を頭上でり2回3回と大きく思いっき振り回して付いた遠心力に任せて横薙ぎの振るう。

 

「メーーーシーーー! 」

 

 そしてご飯への渇望と邪魔された怒りを叫びつつ勢いのままぐるりと一回転。オレに向かってこようとしたが、ゴブリンメイジたちの最後、瞬殺ぶりに動揺し動けずに囲う形にだけになっていたオークとゴブリンたちを纏めて薙ぎ倒す。

 殆どが弾き飛ばされるが、残りの運の悪い奴らに至っては戦闘用触手の切っ先に当たり掻きれて(はらわた)をブチ撒け、首が裂かれ千切れて飛んだ。

 

 

 全て終った後でわかったことだが、この戦闘用触手にはフッ素加工かマーブルやダイヤモンドなコーティングされているのか、どういう仕掛けなのか皆目わからないが、血の脂はおろか血の一滴、いや液体一滴すら付着していなかった。

 振り回してるせいにしてもありえないことだろう。まあ、使った後に身体ん中に戻すしかないんだから助かるちゃ助かるのだが。根元とかから自切できれば一番良いんだが。精神衛生的に。

 

 

  オ゛ ル゛ ル゛ ル゛ ル゛ ル゛ ル゛ ル゛ ル゛ ゥ゛ ゥ゛ ゥ゛ ゥ゛ ゥ゛ ……… 

 

 

 元から騎士との戦いで数を削られていたオークとゴブリンはそれで一掃。そしてどらごん(にく)はオレが来た時から牙を剥いて威嚇の声を上げてこちらを睨み続けていた。

 

 まさかにくのくせに、もといドラゴンのくせにオレ如きに恐れを抱いているというのか?

 だとしたら拍子抜けどころかガッカリだ。やっぱりドラゴンはどんな種類であっても「強く・雄々しく・カッコ良く」なければ。

 小型種とかならいざ知らず、小山以上の身の丈のくせに相対したのが異形とはいえ人程度の小さな生き物だというのに怯えを見せるドラゴンなどドラゴンじゃない。

 

 こいつはやっぱり「にく(・・)」で充分だ。

 

 

  オ゛ ル ! ?

 

  ……ッ グ ル オ ア ア ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ッ ! !   

 

 

 一瞬ビクついたと思った次の瞬間見下されたと察してプライドが傷ついたのか、怒髪天の咆哮と共に踏み込んでその巨体を捻り、尾による攻撃を繰り出してきた。

 

 踏み込みを目にしたオレはすぐさま戦闘用触手を引き戻し収納。余裕を持って自慢の脚力で高々と上空(・・)へと跳び、尾の攻撃を躱す。

 

 見下したがゆえの慢心か、それとも実戦など本来したこともない経験のなさゆえか、空を飛ぶ翼も力もない者が上空へ逃げるなどという下の下の下策を選択してしまったと気付いたのは――

 

 

   グ ア゛ ア゛ ァ゛ ッ ! ! !

 

 

 ――ブレス攻撃を碌に身動き出来ないところへ喰らおうかという直前だった。

 

 あわやという寸でのところで咄嗟ではあったがここへ来る時にやった「空を蹴って進む」方法で危機から脱出できた。ただ代償に森に突っ込み受身も取れずに木々に激突して幾本もへし折ってしまった。そして地味に痛い。

 

 

   ゴ オ オ ウ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ン ッ ! !

 

 

 痛みが引き始めたところへ聞こえてきたにくの勝ち誇ったような機嫌良さげな雄叫び。

 

「………」

 

 それを聞いたオレの心にゴブリンに邪魔された怒りとは別にイライラがフツフツと湧き上がってくる。

 最初ビクついて怯えを見せていたくせに、必殺のファイヤーブレスは直撃せずに避けられたというのに、ダメージを与えたわけでなく、自滅によってこっちが勝手にダメージを負ったというのに、すぐ痛みが引くような小さなダメージだというのに。

 

 なにを。なにを勝ち誇っているのだ、この「にく」は。

 

 空腹と併せたイライラした気持ちに苛まれながら立ち上がったオレは森の外へ目指し、肩を怒らせ歩き出て行く。

 

 わけもわからず突然死んで目が覚めたら異世界に居て異形(バケモノ)になってたなんて、自分にドン引きして現実逃避していても内心では、心の底では残してきてしまった父や母のことが心配で仕方なく、気がかりだと言うのに。

 目の前にいる本物のドラゴンは自分の知るドラゴンとはかけはなれた矮小な器で、目の前のオレという敵に臆した挙句、オレの自滅をまだ倒せても居ないのに勝ち誇って見せる。

 

 この怒りは理不尽だと思う。勝手な思い込みから来る単なる言いがかりで、八つ当たりだ。

 

 でも、自分の身に起きていることはもっともっとずっとずっとずっと、理不尽だ。

 

 なら、これくらい許されても良いだろう。

 

 もとから狩るか狩られるかのつもりで着たんだから。

 

 

「 ず ぁ あ あ あ  ぁ あ  ぁ あ ぁ  あ ぁ あ  ぁ  あ あ あ あ あ あ あ ! !  」

 

 

 森を出て数歩、開口一番感情のままに天へ向けて雄叫びを上げた。

 

 ギシンッという音と共に拳を握って広げていた両腕、前腕部にあった数本の角のような突起が伸び変形し剣となり、両足の踵(裏)から伸びていた爪も同じように伸び変形し、ギザギザと鋸状をした両刃の大鎌に形を変えた。今のオレの怒りを表すように。

 

ゴラゲゾボソグ(お前を殺す)! 」

 

 狩って飯にする気満々だが、敢えて宣言する。今持っている全力で殺すと。

 

 にくが喚めいているが、もはや聞く耳はない。

 オレはおもむろに前に倒れるように前掲姿勢に、地に両手と片膝を突き、スパイクよろしく足の爪を地に突き立ててクラウチングスタートの体勢をとり、足の逆間接を畳むように膝にありったけの力を込め、踏み込む。

 

 

     ゴ  ッ  !  !

 

 

 という音と共に加速。空気抵抗を物ともせず懲りずにファイヤーブレスを吐こうと大きく息を吸いだすにくを尻目に、その顔目掛けて突撃するように頭上を飛び越え、にくの頭を飛び越え過ぎ様に二回転一回捻りですり抜け、そのまま背を飛び越えて見せる。

 

 着地際に身体を大きく捻り、尻尾と足を振って付けた勢いでにくの尾の付け根へエルボーを叩き込むように肘の刃を突きたて骨ごと人の胴二、三人分あるだろう太さの尾を一刀両断。

 着地と同時にまた飛んで間合いを離せば遅れて血飛沫が噴き出した。

 

 

 ゴアアアァアァアァアアア゛ア゛ア゛ア゛ウ゛ッ!?

 

 

 尾を根元から切られ、血を流す痛みを訴えるにく。そして怒りも露わにコチラへ振り向こうとするが、オレが腕と踵の刃を元に戻すと共に立ち上がるとその動きを終えることは叶わず、頭から額へ大きく割れ、間欠泉のごとく血を噴出し、首が地面にゴトリと転がり落ちた。

 

 タネ明かしはにくへ突撃し、その頭上をすり抜けた時にやった二回転一回捻り。

 なんのことはない、前転から遠心力や体重の乗った踵落としで踵の鋸状両刃の大鎌を「力」を込めて脳天に落とし、空いた足で軽く入れた蹴りの勢いで前転、梃子の要領で大鎌を動かして額まで掻っ捌き、にくの首の上で身を捻り、横回転させて「力」を込めた腕の刃で両断。

 

 即死しなかったのには少し驚いたが、恐らく込めた「力」が原因と思われ。いわゆる「魔力」とか「気」ではないかと思う。

 それでおっそろしく切れ味が増していて、にくは自分が死んでいることにも気付かずにい、といったところだろう。

 

 

 ともあれ、やっと肉にありつける。

 

 

 まぁ、ありつく前に解体が先だけどもね。

 

パガギパダンヅヅゾジドギブバスブグス(我が意は万物を等しく軽くする)リバロビダジュダグゴドブ、バゼビグブ(水面にたゆたうごとく、風に浮く)スジュグ(浮遊)ンジュシバゴ(の揺り篭)

 

 【浮遊】の魔法を唱え、切り落とした尾と尾っぽ側を上に肉を持ち上げ、まず血抜きを始める。にくの解体で血抜きは大事だ。やらないと生臭くなるし、何より凝固した血によって腐りやすくもなるからだ。

 

 こういった処理の経験があるのかというと、ない。全く、ない。

 

 ないのに何故血抜きの重要性を知っていて解体出来る気でいるのか?

 答えは例の頭にインストールされている知識や技術だ。 

 

 やっとにくにありつける、と思った瞬間に解体方法やらが頭に浮かんできたと言うわけ。

 

 便利だが、気持ち悪いし気味が悪い。その内に慣れてしまうしかないのかもしれないが、やはり、気持ち悪い。

 

 と、血抜きは終ったな、って血生臭!?

 辺り一面にくの血でビチャビチャだ。血溜まり、血の池、血の海だこりゃ。

 腹減ってるからってなんで気付かないかな。このままってわけにはいかんよな。血の臭いで魔物が寄って来るだろうし、仮にもドラゴンの血だ。何か土地に悪い影響が出そうな気もするし、街道沿いらしいから、そのままには出来んだろうな。洗い流すとして、魔法で水を出すにしてもどれだけの水量が居るんだか。

 

 もう不浄として浄化、消滅させた方が早いか。場を清める感じで。

 

グデデンズジョグゾガサギビジョレス(全ての不浄を洗い清める)ジョグバ(浄化)ンギズブ(の雫)

 

 呪文と共に捧げ持つようにした両手の間にバスケットボール大の淡い光りの玉が生まれ、間もなく弾けて血抜きで汚れた辺り一帯に光りの粒が雫のように降り注ぎ、イメージ通りに血の海を不浄として浄化していく。

 辺りに満ちた光りが消えた時には血抜きで出来た血生臭さも血の海も元からなかったかのように綺麗に消えていた。

 

 さて、これで心置きなく解体作業に移れるが、やるならやはり水辺でやるべきだろう。魔法で水を出してまで街道らしい場所に陣取ってやることじゃないしな。

 

「………………」

「…………………………」

「…………………」

「……………」

「………………………」

「………」

 

 【浮遊】を掛けたままのにくに目を向ければ、何か複数の視線を感じ、はたと我に返る。

 

 あれ、最初にこのにく(どらごん)と戦ってた人たちは?

 

 と、宙吊り状態のにくの向こう側に目を向けてみれば、武器を構えた鎧の人たちが20人弱ほど。【遠見】で見た騎士たちが警戒も露わな視線をオレに向けていた。

 

 騎士たちは目が合った瞬間剣や槍の切っ先をオレに向けて身構えて警戒を強めた。誰もが誰も「次は自分たちの番か? 」「ドラゴンの次は得体の知れないバケモノ相手か」などとといった感じの怯えまじりの目で見てくる。

 

 

 いや、わかってる、かってるよ。あからさまな敵意や殺気を向けられていないだけマシなのは。うん。

 

 でも、わかっていても、やっぱり辛い物は辛い。

 

 ここは逃げるようにこの場を去るのが正しい選択だろうな。あぁ、でもオレのいない、知らないところでもバケモノ呼ばわりされるのは嫌だな。

 名乗るにしたって肝心の名前が今のオレにはないし、何より喋る言葉は全てグロンギ語に変換されるし、日本語始め元の世界の言葉が通じるかも怪しい。思い返せばオレがここへ降り立った時に赤い女の子が叫んだ言葉、意味不明で聴いたこともない言語だった。

 どん引きチートなのにこの世界の言葉は翻訳されないって、痒いところに手の届かないチートだな。

 筆談って手もあるけど、言葉がわからない以上は文字も似たり寄ったりだろうし、もういっそ適当な名前考えて、イニシャルマークかシンボルマーク作って渡すか?

 

 新しいオレの名前、ってあんま長く無言の睨み合いみたいな状態が続くのはまずいか?

 こっちは良くても向こうが良いとは限らんし、手早く考えないと。

 

 名前名前名前、オレの新しい名前……… ああもう、「あああああ」で良いや。で略して「あ's」、a's(アーズ)で。

 そんでシンボルマークは「a's」を弄って「a」を大文字にして逆さの(ターンエー)に、で少し左に傾けて「'」と「s」を稲妻っぽい鋭角な感じにして、完成と。

 

 さて何に書くか。と、にくの角にするか。

 

 辺りを見回して丁度良い物はないかと探せばにく(どらごん)の生首に生えている立派な角が目に入り、ソレに決める。

 なお、オークやゴブリンの装備品もあったがなんか違う気がしたのでもとより却下した。

 

 そうと決まればと腕を挙げ、角の付け根目掛けて戦闘触手を打ち出して突き刺す。

 なんか騎士たちが騒いだが気にしない気にしない。

 ブンと振るように腕を動かして戦闘触手をたわませてもぎ取り、地に落ちる前に戦闘触手を絡めて引き寄せる。

 

 角は成人男性ほどの大きさで、何かマークを彫るなら大きく描けて丁度良さそうだ。

 

 彫る道具は魔力だか気だかを込めた指で。ちゃちゃちゃっとやってしまう。

 

 出来上がったらぽいっと騎士たちの方へ放り投げる。ちょっと騒がしいが気にしない気にしない気にしないったら気にしない。

 

 立つ鳥、後を濁さず。【浮遊】させてるにくに戦闘触手を巻き付けてさっさと立ち去る。

 

 

 早く飯にありつくために、にくを解体するために水場を求めて立ち去ったオレはこの時、気付きも考えもしなかった。

 

 ちょっとした縁や因縁が出来てしまったことを。

 

 

 

 

 

 

      ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 

 



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06 「やっぱり調味料は大事だよな」

2016.2/21
1話~10話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/25
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 

 ドラゴン(地竜)の解体

 

 

 まずは鱗や鬣を全て毟り取る。毟らずに皮を剥ぐやり方もあるが、それは食用向きではないのでこちらを選択。

 解体にあたり首と尾を切り落とすのだが、既に狩りの際に切り落とし済みなので省略。

 もっとも皮膚の柔らかい腹を上に、仰向けに寝かせ喉から(でん)部まで腹側の表面だけを、内臓を傷付けないために腹膜を切らないように、皮と脂肪だけ撫でるように縦にかっ捌く。

 鳩尾から鎖骨までの部分を叩き切り、股の部分も左右に切り込みを入れる。

 

 次いで内臓の摘出だが、大型獣を超える巨体の竜ゆえに鱗剥ぎに次いでもっとも手間が掛かる大変な作業だ。

 まず肛門の周囲を切り、胸部を切開。

 横隔膜を切り、腹膜を脊椎側までを剥ぎ取る。

 ここまでできたら後は食道・気道を掴み一気に肛門側へ引っぱると内臓がすべて一塊になって取り出すことができる。

 まぁ、言うのは簡単だがコレが人間による作業であれば綱などの道具を使って10人前後での力仕事になる結構な重労働だ。

 

 内臓は心臓(ハツ)肺臓(フワ)横隔膜(ハラミ)肋骨側横隔膜(サガリ)肝臓(レバー)脾臓(タチギモ)腎臓(マメ)、そして(ミノ)系や(ホルモン)系などに細かく分けて大きさに苦労しながら川で洗った後、念のため【浄化】の魔法で洗浄し血抜き。

 

 中抜き、内臓の摘出が完了したら腹腔内と外側を綺麗に洗い、作業台ないし敷き物の上へ上げる。残念ながらどちらもないので【浄化】で清潔にした岩場へ。盗みを働く不届きな害獣避けに結界を張るのも忘れない。

 背側を背骨に沿って縦に一気に切り、脊椎に当たるまで切れ目を入れる。

 脊椎と肋骨の接点は軟骨で弱いので、通常の刃物であれば何回かなぞると切れ目が入る。左右に切れ目を入れ、肋を開くように押すと簡単に外すことができる。ちなみにオレの腕部の刃は数回なぞることなく一発両断だ。

 腹腔の股間近くに左右二本、ササミのような形状の肉がへばり付く様に着いている。これは内ロース(ヒレ肉)であるので削ぐように剥ぎ取る。

 後は脊椎に沿って刃を入れ、魚を三枚に下ろすように半身ずつに分ける。

 

 半身に分けたら、前肩・アバラ・股の3ブロックに分けて骨を抜く。骨抜きと狩りの際に傷んだ部位があれば切除し、ひとまず大きいまま各ブロックに分けて完了。

 

 

 なお、鬣と鱗に骨や革は良い素材になるため、よく洗浄し天日に干してから保存することにする。ちなみに骨は料理につかえそうなので半分ほど内臓と共に鮮度と品質が落ちないように保存する予定。

 

 

 

    突然の肆『採集+自分』

 

 

ギダザビ、ログ(いただき、もす)

 

 【遠見】の魔法と水の音や匂いを頼りに探すことしばし、川幅のある―― 目算だが、大よそ100mほどだろうか? ――大きな川を見つけ、開けた場所を探し、岩場や玉砂利で出来た広い場所を見つけてそこでにくの解体作業に取り掛かった。

 大きさが大きさで1人での作業はチートボディと言えどそれを終えるまでに半日ほどを要し、もうとっぷりと日は沈んで辺りは真っ暗、ということはなく、明かりは大小三つの月と満天の星々、そして用意した岩の竈の火で意外と明るい。

 やっと調理可能な状態の肉を手に入れ喜び勇んで作ってみたのはチート能力を無駄使いして最高の焼き加減でこんがりやいた骨付き肉に魔法でオーブンを代用したローストビーフもどき。

 

 喜び勇み、あーーーんっと顎が割れる全開の大口開けてこんがり肉にかぶりつく。

 

 もきゅもきゅ、もきゅもきゅ。もきゅもきゅ、もきゅもきゅ。

 

「………」

 

 咀嚼し終えてごきゅんと飲み込む。

 次に薄くスライスして洗った大きな葉っぱ(普通の葉の形で人の顔よりでかい)に載せていたローストビーフもどきを口に2、3枚放り込む。

 

 もきゅもきゅ、もきゅもきゅ。もきゅ、もきゅ………

 

「……………」

 

 味の感想は、みんなの腹ぺこ王の言葉を借りるなら………すごく、雑でした。

 肉の味そのままのしかしない。それに臭みもある。

 調味料は塩さえ無いんだからしょうがないと言えばしょうがないのだが。

 

 失敗した。空腹のあまり兎に角食べることしか頭になかった。せめてハーブ、香草代わりになりそうな野草を探してから料理すべきだった。

 

 空腹が最高の調味料というが、オレにはあまり当てはまらないようだ。

 チートボディの弊害とでも言うのか、味覚が人だった頃よりも鋭敏になってるみたいで、下味も味付けもしてないとものすごく素材の味がモロにくる。決して不味いわけではないから臭みを我慢すれば食べられはするのだが、残さず完食するのは難しいといった感じで、味覚を中心に非常に微妙な気分にさせられる。

 

 これは明日一日、インストールされている知識の中にこの世界の薬草学かなんかがあれば、朝からそれを頼りにハーブ採集に勤しもう。

 

 明日の予定を決めて食べかけのこんがり肉の消化に取り掛かる。完食するのは少々辛いが、かと言って明日に残して冷めてしまったら美味しさ半減で、この味でそれは本当に完食不能になってしまうからだ。それはモッタイナイ。この世界で初めて手に入れた食材だ。安易に粗末に扱いたくはない。

 ローストの方は調理法から言ってむしろ冷ましてしばらく置いておいたほうが旨みがますので問題ない。なので朝食にしようかと思っている。

 

ダデサセスジャゴグジャビンリロ(食べられる野草や木の実も)リヅバスドギギバ(見つかるといいな)ぁ」

 

 もきゅもきゅと塩味すらない肉を食べながらハーブ以外の食べられる野草なども見付からないかとこぼす。

 

 全ては明日―― もうとっくに日付は変わっているかもしれないが ――日が昇ってからだ。

 

 

 

 日が中天に差し掛かろうかという頃合。オレは採集の出来た野草を軽く分別し、中空に開いた真っ黒い穴へと入れていく。

 

 この黒い穴、いわゆるアイテムボックスと言うヤツらしい。

 

 事の起こりはドラゴンの解体の後。

 内臓や肉を各種各ブロックに分けたは良いものの、保管と保存の問題が当然出た。

 保存の方は魔法で冷やしたり出来るものの保管場所は魔法ではどうしようもなかった。いや少なくとも2、3思いついたのを試してはみたのだが、空間系の魔法はかなり難しいようでどれも失敗した。

 時間があれば研究してとなるのだが、生憎と空腹の上に日が暮れていたこともあり早々に断念し、害獣避けに結界を張るに留まった。

 

ゾグゲロソビビダゲバギバンザバサ(どうせMOLOに似た世界なんだから)ゲゲルリダギビ(ゲームみたいに)ゾガガガセダギギボビガアイテムボックス(アイテムボックスとかがあれば良いのにさ)

 

 と、MoLOに似た世界ゆえにゲーム上の便利機能を思い溜め息まじりに呟いた途端、中空にあの真っ黒い穴が開いたというわけだ。

 簡単に調べただけだが、某四次元なポッケと同じ模様。中に手を突っ込んだらかなりひんやりしていたから保存性も高いと思われ。食品を入れても問題ないと判断した。

 入れた物の品質が保持される、腐らないなどの効果があるかは今は調べ中といったところか。

 

 

 閑話休題(ともあれ)

 

 

 インストール知識にこの世界の薬草学と植物に関する詳細な情報があったおかげで―― レーダーのようなチート能力で探すことも相俟って ――難なく採集を行なえている。

 

 見つけた香草は塩味草(しおみそう)にレモングラスもどきとしそ山椒の三種。

 食べられる野草、いうより根菜はマッカダイコンとアマゴボウの二種類。

 

 塩見草以外聞いたことの在るような名前なのは塩見草含めてオレが命名したから。

 なぜというのも、どうも野草を食べるという発想がないため、食べられる野草は身近に在ったとしてもこの世界の人々にはほとんど知られていないようで、インストール知識の植物に関する情報にも名前らしい名前は付いてなかったのだ。薬草には流石にちゃんと名前は付いてはいたが。

 

 なので、見た目や味からオレが勝手に命名させてもらった。

 

 

 「塩味草」は針型の厚みにある葉を持つ植物で生命力が強く、どこにでも生え、根が無事なら刈っても数日ですぐ元通りに伸びる雑草として知られているらしい。

 葉が塩味をしているが、塩そのものを含むわけではなく、塩味を(しょっぱいと)感じる舌の味蕾を刺激する成分が含まれてるらしい。その成分は熱、強い温度変化に強いようで、肉料理などの焼き物に最適と思える。

 

 「レモングラスもどき」は元の世界のハーブ、レモングラスと同じ味をした香草。

 レモングラスと同じようにレモンの香味成分であるシトラールを含有してる。葉の形はレモングラスの針型と違い、ネムノキの葉に良く似た形をしている。

 

 「しそ山椒」は名付けた名前の通り山椒の味と匂いがする見た目は紫蘇そのものな香草。

 

 「マッカダイコン」は皮も身も色が真っ赤かで、大根というより甜菜(テンサイ)に似た形の根菜で、甜菜のような甘味はなく味は大根その物といった感じのものらしい。

 

 「アマゴボウ」は牛蒡によく似た根菜で、味は若干ではあるが甘みがある。恐らく品種改良すれば砂糖の原料に出来そう、かもしれない。

 

 

 以上がこの世界の人々に知られていない、オレが命名、名付けた食べられる野草だ。

 これら以外に見付けた木の実には最初から名前があった。

 

 名前は「フルルミベリー」。いわゆる異世界産の木苺で、ブルーベリーのような青色をしてる。

 結構な数が採れたのでジャムに出来たらと思っている。鍋がないし、色的に食欲減退感があるけども。

 

 

 他に薬草学にあった薬草も見付けて採集している。

 

 乾燥させた根を煎じると眠り薬になる「スピア草」。

 名前の由来は針型の葉で先が菱形になっていて、(スピア)のように見えることからその名が付いたらしい。

 

 低級ポーションの原料にもなる「赤切り草」。

 赤くギザギザした葉を持つ傷薬になる薬草だ。

 名前は元々は赤鋸草(あかのこぎりそう)と言われていたらしいのだが、人の間で名を言われるうちに略されて今の名前になったそうだ。

 

 真っ白な花を咲かせる「患い百合」。

 葉と花弁に発熱と幻覚作用を持つ麻痺毒を含み、それに対して球根(百合根)に麻痺毒に対する解毒成分をもつ百合の花。

 

 「トカトブリ」。

 スズランのような花を咲かせる多年草で、毒性の強弱に関わらず食べると死に至ることもある毒草であり、球根も毒ではあるが乾燥し、調合次第で冷え性改善の薬になる。

 

 

 これら食用可能な野草6種に薬草4種が今日昼間での採集成果だ。

 薬草の方ははっきり言ってチートボディのオレには必要なさそうだが、いざと言う時に使えるのだから問題ない。まだ人との関わりを諦めちゃいないのよ。このオレは。

 

 そんなこんなで迎えた昼はローストビーフもどきの残りで塩見草やレモングラスもどきを巻いた物だ。名前を付けるなら「ローストドラゴンミートの香草巻き」といったところか?

 臭みが取れるわけじゃないが、幾分誤魔化せてローストだけで食べるよりもずっと美味かった。

 

 今日の夕食はリベンジ出来そうだ。

 

 

 

 最低限必要な量を採集し、昼食を切っ掛けに採集を切り上げると にくの解体をした川辺へと戻り、風呂代わりに川で水浴びして(くつろ)ぐことしばし、ぽかぽかとした日の光りを浴びながら寝湯よろしく浅瀬で横になりながら今後のことについてオレは考えを巡らせていた。

 

 当初の予定では村か町を見付けて【遠見】で観察、この世界の情報を集めるつもりだった。

 しかし、それも言葉や文字が理解できればの話だ。

 オレは漠然と自分の言葉はグロンギ語に自動変換されて通じないが、この世界の人々の話す言葉を自分は理解できる物だと思っていた。だから、魔法で村か町を遠くから盗み見たり、話している人たちの話を盗み聞きする形で情報を集めようと考えていたのだ。

 当然だろう。異形とは言え、知らないはずの知識まで入れられたトンデモチートな身体で異世界に放り込まれたんだから。同じ立場になれば誰だってそう思うはずだ。

 

 なのに昨日、にくを狩る際に居合わせた騎士たちに指示を出したのだろう赤い女の子の発した言葉を耳にした時、その言葉はオレには全く意味不明の物だった。

 

 言葉がわからない。ならば、文字も同様と考えるべきだ。そうじゃない可能性もあるが、期待はしない方が無難だろう。

 

 魔法で翻訳が出来ないかとも考えはしたが、チートの他にわざわざ色んな知識をインストールしたのにこの世界の言葉だけ、わからないようにしている(・・・・・・・・・・・・)のだから望みは薄い。

 

 確信は、ない。ないがそう考えざるおえないのだ。少なくとも。

 

 オレは死んだ。通り魔という外的要因ではあるが突然死という奴で間違いない。そして目覚めたら異形()の身体。

 素人創作物お決まりのKAMSAMA(カミサマ)との邂逅も、呼び声なんて物もなかった。しかし、そういった存在の手がオレに入れられていると思えてならない。冷静になればなるほどに。

 目覚めたばかりの間はテンパってたり現実逃避で考えないようにしていたが、そうもいかない。ような。気がする。少なくともこの世界で、この身体で、生きていくのなら頭の片隅に入れておくべき事柄なのだと思う。

 

 この身は転生だと、オレは現実逃避中も口走っていたが、憑依の可能性についても考えなかったわけじゃない。

 しかしそれだと説明が付かないというか、説得力がないというか、「全部KAMSAMA(カミサマ)のせい」の一言で流されかねないので確固として言えないが、憑依だとしたらおかしいのだ。この身体にオレの魂がオレとしてあることが。

 

 まず、憑依だとしても憑依元のこの身体の主、いわゆる中の人がいないのだ。中の人が死んだからオレが入ったというには目覚めた時、身体のどこにも傷はなかったし、ましてやこれほどのチートを超えたバグといえるような異形の生き物が自らの物と別の魂が入ったくらいで上書きされたり消えたりするだろうか?

 むしろオレが消される気がする。

 

 またオレを残して中の人だけが何がしかの理由で消えたにしろ、一切の記憶の断片もなくというのもどうかとオレは思うし、それゆえに人格統合した可能性も薄い。

 止めに生前に身に付けた覚えのない『元の世界の現代知識や技術』に、この世界に対応した知識などがあるのだから、会った記憶のないKAMSAMA(カミサマ)にこの身体に生まれ変わらせられたりしたからだとか言われたら信じてしまいそうだ。

 

 

 在り得ない、KAMISAMA(カミサマ)マジありえない。

 

 

 まぁ、KAMISAMA(カミサマ)でなくてもなにか人為的なものを感じるのは確かなのだ。超常的な存在な影を。

 

 なんとも気味悪く薄ら寒い話だ。死んだオレを理由も告げずにこんな目に遭わせながら、今もどこかでオレの行動を微に入り細に入り調べ、観察しているかもしれないなどと。

 

 これがVRモノの話ならオチはどんなもんか予想付くんだが、生憎元の世界でVRマシンなんてものは軍用であっても実現してなかったし、今感じているこの五感がウソというにはリアルすぎる。

 

ジドラズ、ギショブジュグングヂ(ひとまず、衣食住の内)ショグパブシガギダンザギ(食はクリアしたんだし)ボボシンギドジュグゾゾグビバギジョグ(残りの衣と住をどうにかしよう)………」

 

 ひとまず、どうしようにもないことは頭の片隅に追いやって、今後の展開として必要な衣食住、特に服と住む場所をどうになかしないと、と考えを巡らせつつ、川のせせらぎを子守唄に睡魔に身を任せた。

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 



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07 「魔族、だったのでしょうか? 「アレ」は……」

2016.2/21
1話~10話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/25
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 

 

 某日某所のとある一室。

 

「ことは上手く行くのだろうな? 」

 

「数を揃えた程度のゴブリンやオークのみならいざ知らず、苦労してヒートドラゴンまで用意したのです。

 如何に天才だ、姫騎士だと持て囃された方といえども……」

 

 一人掛けの豪奢なソファーに腰掛けた小太りな貴族然とした格好の男の問いに深緑のローブを纏った男が答え、嘲笑を浮べて最後の言葉を濁す。

 

「万が一の時は? 」

 

「御命令を受けた通り、万全を期しました。しくじったところで足など着きません。

 どうかご安心を」

 

 慇懃無礼でどこか人を小馬鹿にした仕草のローブの男に貴族の男、宮廷貴族の筆頭を張る侯爵、ヴェルチ・シュレヒトンはローブの男とその後ろにいる男の手下たち三人に目を向け、色々と使えそうだが「切る」準備はしておいた方が良さそうだと苦い顔を表に出さず、不遜な顔でフンと鼻で笑って男の不敬を流す。

 

 男は宮廷魔導師だ。

 野心多き男で宮廷魔導師長の座を虎視眈々と狙っていた。が、充分な実力がありながら次長にすらなることは叶わなかった。

 現在の宮廷魔導師長はマギアード・ヴァイゼンス。30年近く不動のままその座に着く老魔導師であり、人格者。

 皇国だけでなくグランローア大陸全土でも名の知れ渡る魔導師の一人。

 次長を務めているのはそのヴァイゼンス老に師事しているティシブル・マシアン。

 

 男は宮廷魔導師長の座はまだ仕方ないと、時期ではないと治まりを着けていた。老いて尚盛んを地で行くヴァイゼンス老が務めているのだからと。しかし、だからこそ次長にティシブル・マシアンが就いたことが許せなかった。同期で歳も実力も同じ、いや、才能から言えば己の方が上。

 なのに、ただヴァイゼンス老に師事しているというだけで、ヴァイゼンス老を通して第三皇女と懇意にしているというだけで優遇され次長の座に座っているティシブル・マシアンが許せない。

 

 と男は思っているのだ。そして見当違いな逆恨みで今回の(たばか)りの話に乗ったというわけだ。

 

 手下の男たちも似たり寄ったりな理由でここにいる。

 

 

 ウィータ・レヴェラ・フリキュア。下賎な平民出の第二側妃、マーテル・ルヴェラ・フリキュアを生母に持つ皇位継承権12位の第三皇女。

 皇族の分家である三大公爵家の者よりも継承権の低い平民出の側妃の娘が、国皇を始め皇太子ら他の皇族たちに可愛がられ、その生い立ちから民に慕われているからと良い気になって好き勝手に暴れ回る御転婆姫。

 

 (まつり)ごとには清いだけでは執り行えない。清濁併せ呑まねば立ち行かぬと、人目を(はばか)るような汚れ仕事も必要と考えるシュレヒトン侯爵にとって、城下に忍び出ては清廉潔白を至上とするような青臭く幼い正義を振りかざし、ことあるごとに国のため必要と考える謀りごとを邪魔をしてくる御転婆姫は目の上のコブその物だった。

 

 だから、今回の謀りだ。

 

 成功しても失敗しても自分の足が着くようなヘマはしない。魔族の仕業で終らせる手筈になっている。

 

 成功すれば目の上のコブは取れ、失敗しても御転婆姫への警告となり多少は大人しくできるだろう。そして後はどちらに転んでも対魔族のためという理由から国防や防諜に力を注ぐことが出来る。

 

 水面下ではあるが不穏な動きが見え隠れしているあの国への抑止、もしもの際の備えとなるはず。

 

 

 如何なることであれ小さくとも成果を残し、自分に被害が及ばない、及んでも最小に留めるのがシュレヒトン侯爵の最も得意とすることであった。

 

 

 

 しかし、謀りの失敗が「とんでもない不確定要素」によってもたらされたのには然しもの侯爵も予想だに出来ず、しばし唖然とするハメになったのだった。

 

 

 

    突然の伍『姫騎士の侍女』

 

 

 

 ヒートドラゴンの灼熱の息を凌いだ私達の前に有りえないモノが現れた。突如空から降り立った青みがかった白い甲殻を持つ異形の人型。

 

 

「 ゼ ダ ダ ゾ 、 ザ ぁ ぁ サ ぁ あ  ぁ あ ぁ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ! ! ! 」

 

 

 天へ上げられた咆哮は辺り一帯の風を揺るがし、その姿は恐ろしく、暖かな日差しもつい先ほどまで灼熱の火に炙られ掛けたことも忘れるほどに身が凍る。

 

「ふつくしい……」

 

「ひ、ひ姫さま!? 」

 

 そんな状況で傍らで呟かれた乳姉妹にして幼馴染み、妹のような親友でもある我が主、フリアヒュルム皇国第3王女ウィータ・レヴェラ・フリキュア殿下、ウィータのありえない言葉に顔を向ければ陶然とあの恐ろしいモノを見つめていた。突然空から降って現れた「アレ」へ目を釘付けにして、その顔に恋する乙女のような表情を湛えて。

 確かにウィータ、この娘は周りから天才と言われるだけあって普通の人とどこか違う感性を持っているところがある。だから時折お忍びで出た城下で道具屋と鍛冶屋のアルとジョンに「チユニィビオー」とかわけのわからない言葉でからかわれている。

 しかしよりもよって今の状況でその感性が発揮されるとは。

 

 幸い私の声に我に返ったウィータは周りを、騎士たちを見やり、自分以外皆が皆、「アレ」を恐れているのを覚り――

 

「退けっ!! 」

 

 ――このままではまずい。そんな表情で声を張り上げた。

 

「退くのだっ!

 「アレ」の狩りの邪魔をしてはならぬッ! 全隊退けぇっ!! 」

 

 あらん限りに声を張りあげるウィータ。今「アレ」に手を出してはならぬと言うように。

 その込めた思いが通じたというわけではないのでしょうが、ウィータの声に我に返った騎士たちは指示に従い後退を始めました。

 

「ギ、ギ、ギギャゲェーー!! 」

 

「ゴ、ギ、ゴゲギャギャギャギャア゛ーーーッ!! 」

 

 そして退いた私たちとは反対にオークとゴブリンたちが恐怖の滲んだ叫びを上げて「アレ」に突き込んで行き、「アレ」は当然の結果とでも言うように、一番近くにいたのであろう一番槍となったオークが放った青銅の棍棒での重い一撃を何の苦もなく無造作に片手で受け止めてみせ――

 

「ジャラザ!! 」

 

 ――片手の掌を巨体のオークへ突き入れ、まるで蹴り飛ばされた蹴り球のようにそれはそれは盛大に打ち飛ばしてみせた。ゴブリンたちを巻き込んで飛ばされたオークは無様に頭から地に落ち、しばし転がってようやく止まったころには身動きなく、息絶えていた。

 

 私もウィータも、騎士たちも呆気に取られた。幾らドラゴンと比べれば小さきものとはいえ、それなりの巨躯であるオークを無造作に片手で突き飛ばし、10メルトほどもの距離を弾き飛ばすなんて、人と変わりない体躯でそれをやってのけるなんて、話に聞いた魔族くらいのもの。

 

 「アレ」は魔族なのだろうか? と、考えが過ぎる。けれども話に聞く魔族は頭に角が、背に皮翼が生えていて肌や目の色が青や赤、白や黒だという以外人間に似た姿形をしていると思い出す。

 

 あれほど恐ろしいモノが魔族ではないのか、それとも新たに生まれた異形の魔族なのか。

 

 ウィータを心配しつつ離れた場所である故に仔細はわからないけれど見極めようと「アレ」を睨みつけるように注視する。

 遠間からゴブリンメイジが錯乱したように叫ぶとヒートドラゴンに向かおうとした「アレ」に向けて魔法を放つ。放たれた魔法はアプルの実くらいの大きさをした石飛礫。中りはしたが「アレ」は堪えた様子はなくただ立ち尽くしている。

 ゴブリンメイジの行動は突然のことだったのか、その周りに居た護衛なのだろう「アレ」の威容に怯えていたゴブリンアーチャー数匹がうろたえていた。

 

「ゲゲギャギャンゲギャーー」

 

 ゴブリンメイジは周りのゴブリンたちを叱咤叱責するように呪文らしき叫びを喚いて杖を振り回し、それに倣うように周りのゴブリンも引け腰になりながら自棄気味に矢を放つが、石飛礫も矢も「アレ」の身体は甲殻に中ると弾かれてむなしく地面を転がっていく。

 

 ゴブリンたちから攻撃を受けても目を向けるだけだった「アレ」は唐突に叫んだ。

 

 

「 ゴ ラ ゲ サ ヅ ヅ ヅ ヅ グ! ! 」

 

 

 風が振るえ、地が揺れたと錯覚するほどの怒気を含んで。

 

 怒り露わに右手をゴブリンたちに向けた次の瞬間、手首の辺りから銀色の針のようなものが飛び出し、獲物へ喰らいつく蛇のように素早く蠢き、ゴブリンメイジの胸を刺し貫き、すぐさま周りのゴブリンたちにも襲い掛かる。

 細い胴は時に鞭のようにしなり打ち据え、時に蛇のように蠢いて巻き付き締め上げ、その鋭く尖った尖端は刺突剣(レイピア)細剣(サーベル)のように紙でも裂くようにゴブリンたちを切り裂き突き刺し、派手に血飛沫を上げさる。しかし銀色のソレは血の一滴が付くことも汚れるもことなく気味の悪いほど美しい銀の輝きを保っている。

 

 頭上で銀色のソレを2回3回と大きく振り回してから横薙ぎに振るうと、その勢いのまま自らもぐるりと素早く一回転し、ゴブリンメイジの攻撃を皮切りに囲う形に集まっていたオークとゴブリンたちを纏めて薙ぎ倒す。殆どが弾き飛ばされ、切っ先に中った者は切り裂かれて身を千切り飛ばし血飛沫を上げた。

 

 ゾッとした。

 

 囲い込んできたオークやゴブリンたちを苦もなく一蹴してみせたことだけではなく、一蹴したオークとゴブリンたちに騎士たちや私たちの姿が重なって見えたせいで。

 ウィータが「アレ」の邪魔をするなと言って騎士たちを退かせた理由がこの時わかった。

 ヒートドラゴンだけでも生き残れるかわからないほどの脅威だというのに、それに加えて「アレ」と敵対したらどれ程に惨たらしい屍を私たちは晒すことになるのか。

 

 考えたくもなかった。

 

 

   グ ル オ ア ア ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ッ ! ! 

 

 

 ヒートドラゴンの咆え声に我に返らさられて顔を上げれば「アレ」とヒートドラゴンの戦いは始まっていた。

 

 ヒートドラゴンが尾を振り上げ、それを「アレ」が跳んで躱し、跳んだことで落下するのみの「アレ」に灼熱のブレスが吐き付けられて…………

 

 ここまでだった、私が詳しく理解できていたのは。

 

 突然「アレ」は炎に巻かれる前に大森林へ吹き飛び。

 

 

「 ず ぁ あ あ あ  ぁ あ  ぁ あ ぁ  あ ぁ あ  ぁ  あ あ あ あ あ あ あ ! !  」

 

 

 森から出てくるなりゴブリンたちに攻撃された以上の怒りを叫びに乗せて、手足から刃を飛び出させた。

 

「ゴラゲゾボソグ! 」

 

 そして何語かわからない言葉でなにごとか言うと前に倒れ込むように地に両手と片膝を突き――

 

 

     ゴ  ッ  !  !

 

 

 ――という音が響いた後には「アレ」の姿は掻き消えていて、私が気付いた時にはヒートドラゴンの背後に居た。その尾を切り飛ばして。

 

 

 尾を切られたヒートドラゴンは血を流す痛みを訴えるように咆えて、「アレ」のいる己の背後へ振り向こうとした瞬間、ヒートドラゴンは頭から血を噴出し、その首は地面に転がり落ちた。

 

 一体なにがどうなってそうなったのかわからず、その時の私は恐々としていたけれど、後で聞いたウィータの言によれば、曰く、ヒートドラゴンの頭を飛び越えざまに何がしかの攻撃を行ない、それが余りにも鋭く素早かったためにヒートドラゴンは殺されたことに気付かず、しばしの間 生きていたのだと。

 

 

 閑話休題

 

 

 ヒートドラゴンを仕留めた「アレ」は驚くことに魔法を使い、仕留めたドラゴンを浮遊させて吊り上げてみせた。若いとはいえドラゴンほどもの大きな物を何の苦もなく易々と。

 あれほどの戦う力を持ちながら、さらにどれほどの魔力を持っているというのだろか。

 

 魔法で吊り上げられたヒートドラゴンからその血がバシャバシャと流れ落ち周りを赤く染め上げていく。

 血生臭い臭いが辺りに立ち込める。何か邪な儀式でも成そうとしているのだろうか? やはり「アレ」は魔族の………

 

 そう思い、「アレ」を恐れと猜疑の目で見つめていたら「アレ」はおもむろに何かを捧げ持つように両手を広げた。一体どんな邪悪なことを引き起こす儀式を始めるのかと私も騎士たちも身構えたが、すぐに肩透かしを受けてしまった。

 

 「アレ」の広げられた両手の間に現れたのは淡く輝く光りの珠。あれは一体なんなのか探る間もなく光りの珠は弾けて辺り一帯に暖かな光りの粒となって降り注ぎ、想像していた物とはまったく正反対の、見惚れるような幻想的な光景。

 

 気付けばドラゴンの血で穢れた辺り一帯の汚れは血生臭い臭い共々に消え、痕跡すらなくなっていた。

 

 一体全体何がしたいのだろうか、「アレ」は。

 辺り一帯を仕留めたドラゴンの血で穢して何か邪な儀式を始めるのかと思えば幻想的な光景を作り出し、その穢れを浄化してみせる。

 

 わけがわからぬまま騎士たち共々警戒しつつ「アレ」を訝しく見つめ注視していたせいだろう、不意に「アレ」と私たちは目が合ってしまった。

 

「…………………………………」

 

 騎士たちが身構えるも「アレ」は無反応。ただこちらをじっと見つめている。

 

 生きた心地がしない。

 

 こちらから打って出ようにも、「アレ」は私たちの目の前でドラゴンを瞬殺してみせた存在で、つい先ほど一蹴されたオークとゴブリンたちの姿が自分たちにしつこく重なってくる。

 杖を握る手が勝手に震え出す。

 

「大丈夫だ」

 

 震える手を包むように添えられた銀の篭手。ひんやりとしているのにどこか温かい、そう感じさせる篭手を身に着けた手の(ぬし)へ顔を向ければ心強い微笑を浮べた幼馴染みの(あるじ)

 

「ウィー………姫さま」

 

「妾たちが手を出して敵対の意を見せぬ限り、「アレ」はこちらに危害を加えたりはせぬ」

 

 なぜ笑顔でそんなに自信満々に言い切れるのか。

 問おうと口を開けるも、声を出すことは叶わなかった。「アレ」が動き、身構えた騎士たちの緊張が高まったせいで。

 

 まぁ、10年来の付き合いで返って来るだろう答えは「女の勘、乙女の直感であるな」などというものだろうことは落ち着いた後になって容易に想像できはしたのだけれど。

 

 ともあれその時はそんな余裕はなく、動き出した「アレ」は離れたところに転がっていたヒートドラゴンの首は人ほどの大きさはある角の一本の根元へ手から伸びるアノ銀色の針のようなもので刺し、切り落としてみせると自らの足元へ引き寄せた。

 

 一体今度は何を始めるというのか。「アレ」は本当にわけがわからない。

 

 角をガリガリと何の道具もなく指で無造作に削りだしたかと思うとこちらの目の前へ放り投げ、慌てる騎士たちを他所に「アレ」は魔法で吊り上げたヒートドラゴンとその尾へあの銀色を絡ませて引っ張るとそのままどこかへと飛び跳ねるように走り去って行ってしまった。

 残ったのは片方の角が根元から折られたヒートドラゴンの首とオークとゴブリンの屍。

 

 そして「何かが刻まれた」らしい折られたヒートドラゴンの角。

 

「行くぞ、フィリア」

 

「え、あ、姫さま!? 」

 

 私含め騎士たち全員が呆気に取られて呆然とする中で一人、普段と変わらぬウィータがヒートドラゴンの角の下へ歩みを進め出す。

 それに気付いた騎士たちが慌てながらもどこか整然と左右に別れて道を作る。

 

 辿り着いたのはやはり、騎士たちの前に放り出されたドラゴンの角の下。

 

「お待ちください、姫殿下!

 なにか恐ろしい呪いが掛けられているやも! 」

 

 触れようと思ったのか、さらに近づこうと一歩踏み出そうとしたウィータへ近くに居た若い騎士がそう言って諌め、角から私たちを庇うように行く手を阻んだ。

 

「そうです姫様。調べるのは我々で行ないます。どうかお下がりください」

 

 若い騎士の言葉を援護するように年長と思われる貫禄の騎士が声を上げる。

 

 確かに得体の知れない「アレ」が手を加えた物だもの、呪いと言わずとも何か恐ろしい意味があるのかもしれない。

 

「さした手間は掛けていなかったのだ、呪いの(たぐい)はないであろう。現にそのような気配もない。

 しかし、そなたらの憂いも分かる。妾が見分するは術士が調べた後としよう」

 

 と、言ったウィータの言葉を聴き付けた術士たちが慌てて前へ出て調べ始める。

 

「手の空いている者たちは散って逝ってしまった者たちの弔いを」

 

 そしてウィータは角を術士たちに任せ、その側から離れると一頻り騎士たちを見回し、一度目を瞑り深く息を吐くと厳かに凛然とそう告げた。

 

 騎士たちはハッと我に返って駆け出すように散り、ことにあたった。

 

 騎士たちを見送ったウィータはその仕事が終わるまでただ静かに目を閉じていた。黙祷を捧げるように。

 

 

 

 そうして結局、「アレ」が残していった角にはウィータの見立て通り、呪いの類は掛けられておらず、ただ「∀‘s」という奇妙な意味の分からぬ模様が刻まれていただけ。

 そしてウィータの指示でヒートドラゴンの首と共に持ち帰ることとなり、首は素材と頭蓋骨の飾りとして国皇陛下に贈られ、その後宮へと魔除けとして飾られた。

 

 人ほどの大きさがあるヒートドラゴンの角はウィータたっての願いで王城は東に位置する離宮、生母である第2側妃、マーテル・ルヴェラ・フリキュア様の宮である暁乃宮のウィータの居室へと飾られた。

 

 

 これが私、フィリア・ピウスの手記に第三皇女襲撃事件と記し、ウィータ・レヴェラ・フリキュア第三皇女のその手記には「∀‘s」事変と記された一連の出来事の序幕であった。

 

 

 

 

 

 

         To Be Continued………

 



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運命の出会い
08 「お父さん、お母さん………」


2016.2/21
1話~10話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/25
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 

 第三皇女襲撃事件から時を遡ること半日ほど前。 

 

 襲撃が行なわれる場所から東に離れること約3キトロ。

 

 フリアヒュルム皇国は王都近郊から北東に位置する商業の街「エテジエ」へ向かう道。

 

 

 時は月夜の晩。

 

 

 野盗に襲われる旅人たちの姿があった。

 

 

 

    突然の陸『悲劇のち邂逅』

 

 

「ハァハァ、ハァハァ………」

 

 走る、走る、走る、走る、走る。

 

 振り向く余裕があらばこそただ只管(ひたすら)走る。

 走りながら真っ白な髪から覗く大きな耳は背後へ向き、仕切りに後を気に掛ける。

 数えで13の歳になる少女は森の中を転びそうになりながら、黒い縞模様の白い尻尾を揺らして擦り傷だらけになりながら走り抜けていく。

 

 野盗から少女を逃がした両親の命は既に………

 

 訳あって歳不相応以上に聡明な少女は両親の末路を明確に思い描いて泣き叫びそうになるのを歯を食い縛って耐えて走り続け――

 

「あぅ゛ッ!? 」

 

 ―― とうとう木の根に足を引っ掛けてしまい転んでしまう。

 

「………ぐっ」

 

 泣きしそうになるのを必死に耐える。泣き崩れている余裕はない。早く、早く逃げなければならないのだ。ここで少女まで捕まってしまったら、なんのために両親はその身を挺したのか。

 

「う゛ぅ………」

 

 必死に少女を逃がした父と母のことを思うだけで少女の視界はぼやけだす。堪えても堪えても声を押し殺すことしか出来ずに涙だけはどうにもならずに溢れ出る。

 

 それでもなんとか身体を起こし、涙を拭って立ち上がり足を動かす。

 

 しかし、その心は自責に苛まれていた。自分が他人(ひと)と少し違う「特別」でなかったらこんなことにはならなかった。村から旅立つ必要もなかったのだからと。

 

 少女は虎の獣人の両親から生まれた希少種、白虎の獣人だった。無論それだけで少女が「特別」であったわけではない。

 確かに白虎の獣人は優れた身体能力と希少性は特別と言えなくもなかったが、少女を「特別」たらしめたのはその記憶(・・)

 

 過去生。

 

 いわゆる前世の記憶だった。

 記憶が目覚めたのは数えで9歳になった頃。なんの兆候もなく突然に。

 少女の前世の記憶は鮮明な一から十までの人一人の人生の記憶ではなく、不鮮明で断片的なもの。

 しかし、そのお陰で少女は前世の記憶に強く引き摺られることなく少女で在ることができた。記憶が目覚めた際に激しい頭痛と高熱に襲われて生死の境を彷徨(さまよ)いはしたが。

 

 そして不鮮明な記憶の断片は少女の生まれ育った世界とは異なる世界。魔法ではなく、カガクと呼ばれる技術が発展し、高度な文明を築いた異世界の物。その知識は少女を神童と呼べるものに変えるには充分なものだったが、同時に知識の中には神童と呼ばれた者の末路もあった。

 

 幾つかある中で特に恐ろしい末路が少女の心に残り、その幼い心は恐怖に苛まれた。

 その知識と知性の高さから生みの親を始めとした身近な人々から気味悪がられ、忌み嫌われ疎まれて、最悪は捨てられ殺される。そんな恐ろしい末路に。

 

 しかし、少女は幸運だった。

 少女の異変に逸早く気付き、優しく暖かく根気良く少女に接し、少女の語る全てを嘘だと気が狂ったなどと疑うことなく全て受け入れてみせた、より一層に愛情を注いでくれた両親がいたのだから。

 

 前世から得た知識を生かす知性のあった少女は貴族や商人の大人も裸足で逃げ出すほどの算術で道具屋であった両親の仕事を手伝い、時にちょっと便利な発明をして家計を助ける。そうして迎えた少女が数えで13歳になった年。

 親しい行商人に少女の才をより伸ばすべきだと勧められ、その伝手で商業の街「エテジエ」にあるプリヴェラ学院に入学することとなり、学院には寮があるとはいえ、前世の記憶が目覚めて間もなくの様子から少女を一人にすることを良しとしなかった両親は村を出て家族で「エテジエ」に移り住むことを決める。

 

 そして「エテジエ」へ向かう行商人の馬車に乗せてもらい、別れを惜しんで村を旅立つこと八日。その晩に野盗に襲われたのだ。

 

 護衛に付いていた冒険者たちは矢と魔術で不意を突かれた上に背後から伏兵に襲われて全滅し、虐殺と略奪が始まった。

 虎の獣人とはいえ、武術とは無縁のただの道具屋を営んでいただけの少女たち家族にそれから逃れることは出来ず、父は身体を張って凶刃から母と少女を守って倒れ、母は少女と共に森に逃げ込むも、追っ手から逃れられず、自ら囮となって少女を一人逃がした。

 

「ぅっ………」

 

 声を歯を食い縛って押し殺すが涙は拭っても拭っても止めどなく溢れ出てくる。

 

 

 自分が「特別」でなかったらこんなことにはならなかった、村を出ることもなかった、今頃はあの住み慣れた我が家で………

 

 

 そんな言葉が少女の頭を廻る。

 決して少女のせいではなく、ただただ運悪く手練れの盗賊団に狙われてしまっただけなのに、目の前で両親を失い、自らの命も危険に曝され追い詰められた、絶望に満たされた未だ幼い心には『運が悪かった』などという諦観の言葉など思い浮かぶはずもなく、自身の置かれた結果を招いたのは自分の「特別」さが全ての原因だと思い、自らを苛なんでしまう。

 

 だから草木覆い茂る暗い夜の森の中を機械的に足を動かして闇雲に歩き続けた。どこへ向かうなど考えず、只ただ前へ前へ。

 

 そう、だから一切気付かなかった。気付けるわけがなかった。

 

 

 覆い茂った草を掻き分け踏み入れた先が深い崖になっているなど。

 

「ッ!? 」

 

 かくて白い虎の少女は奈落の底へ続くが如き崖へ真っ逆さまに飲み込まれた。

 

 

 

「ふんふんふー、ふんふんふ~」

 

 今や国民的となった某スタジオの看板になった劇場アニメのテーマソングを鼻歌で歌いながら川下に向けて川沿いに歩いていく。

 

 鼻歌は普通に発音? 出来たのを発見し、ちょっと上機嫌に歩みを進める。そしてそう言えばと思い出せばグロンギはクウガとかの一部固有名詞などはグロンギ語ではなくリントの、人間の言葉で口にできていたなと。

 であれば、自分も固有名詞だけなら非グロンギ語で喋れるのではと希望が湧いて、さらに上機嫌に足が弾むように動く。

 

 ともあれ、川沿いに川下に向けて進んでいるのは勿論、村や町を探してだ。

 言葉も文字も通じ合えないが、それでも人の営みを、存在を身近に感じていたい。孤独は嫌な物だ。目覚めてからの現実逃避の八日間で味わった孤独感は本当に半端なかった。

 半径数十kmか数百kmかは知らんけども、自分以外全く人がいない場所で過ごすのがアレほど辛い物だとは思わなかった。

 現実逃避で気を紛らわせている間は良いのだが、ふとした瞬間に、我に返って独りぼっちの自分を意識すると襲ってくる寂寥感と誰も居ないゆえの存在感のない、身体の芯を冷やすような静けさはひと月だの半年だの、年単位で味わったら気が変になること請け合いだ。

 

 わずか八日で人は、生き物は独りじゃ生きていけないってことを嫌というほど理解させられた。

 

 人と触れ合えず話すことも近づくことも出来なくても良い。人の存在を感じられるだけで完全無欠の孤独などより遥かにマシだ。

 だから人里近くの森とかに人払いの結界やらを張って隠棲しようかと考えている。

 

グン(うん)? バンザ(何だ)? 」

 

 絶壁の崖沿いに差し掛かったところで鋭くなり過ぎている感覚が妙な気配を感じ取った。頭上は高い崖の途中に何がしかの小さな気配を。

 

ガセパ(あれは)………」

 

 感じ取った感覚に従い顔を上げれば崖の半ばでにょきりと横に伸びた一本の木。青々と茂った葉の間から覗く小さな人の足。

 

 崖の上に目を向ければ覆い茂る草木が見えて、森となっていることがわかった。おそらく何がしかの理由で森にわけ入り、道に迷うかしてこんな森の奥まで来てしまい、崖に落ちたというところだろうか?

 

 直接崖から滑り落ちて岩場に落ちずに木に引っ掛かったとはいえ、木がクッションになるだろうといっても高さが高さだ。打ちどころが悪ければ木に引っ掛かっても同じはず。

 しかし、自身の感覚はその鋭さから小さな人の呼吸する気配を感じ取っている。

 よほど運が良かったか、人間(ヒト)よりも身体が丈夫な種族だったのか。

 

ゾグギダロンバベ(どうしたもんかね)

 

 助けるのはやぶさかではない。ないのだが、どのくらい助けるべきかが問題だ。

 気が付いたとしても骨折などの怪我をしている可能性もあるからあそこから降りるのは至難だろうし、見える足の大きさから見て子供なら尚更だ。それに怪我の手当てもどうするか。

 

 こんな異形(みなり)じゃ気が付いて目があった瞬間、叫ばれ暴れられ手当ての意味もなくなってしまう。

 妥当なのはあの木から安全な場所に降ろして手当てをし、目が覚める前に去ってしまうことだ。心配なら隠れて見守れば良い。

 ただそれは助けが来る、親たちが探しに来てくれる場合だ。もし、親に捨てられたなどの理由で助けがこないのであればどうしたものか。

 隠れて見守り続けるにも限度がある。なによりそこまでして面倒を見る義理はないしメリットもない。むしろ精神的苦痛を味わう可能性―― ヘマして見付かった挙句に怖がられて泣き叫ばれるとか ――があるというのがキツイ………

 

 さりとて手当てまでして助けておいて、後は知らんと放り出すのもいかがな物か。

 

「………」

 

 どうするか悩んでいると不意に声が、あの木に引っ掛かっている子供のうなされているらしい微かな声が耳に入る。

 

ゴセ(オレ)ゴンバビゴジドジョギザダダベベバ(こんなにお人好しだったっけか)………」

 

 とは言え、さすがに「お父さん」「お母さん」「逃げて」「死んじゃう」みたいな寝言を涙声で言った子供を見捨てられるほどオレは冷酷非情にはなれそうもない。

 

 というかもう開き直って誤解されても良いから助けてやる。泣こうが叫ぼうが知ったことか! 助けて手当てして守りまくってやるよッ! コンチクショウッ!!

 

 

 

 この時、助けが必要な子供の様子に焦ってうっかりしていたのかオレは木に引っ掛かっていた娘のつぶやいていた寝言が、言葉が自分が理解できる言葉、「日本語」であることに全く気付けていなかった。

 

 

 

 

 

 夢を、見ていた。

 

 お父さんがいて、お母さんがいて、村のみんながいて、晴れ渡った青空の下でみんなが笑顔で笑っている。

 

 嬉しくて、嬉しくて、みんなに、お父さんお母さんに走り寄ろうと駆け出したけれど、全然近づくことが出来なくて、気が付けば辺りは真っ暗になってた。

 

 それでもお父さんお母さんの下に行こうと走り続けた。お父さんもお母さんも笑顔で私を見守っている。

 

「お父さん、お母さん!? 」

 

 二人の背後に真っ暗な世界でもなお暗いモノが出てきて恐ろしい何か振り上げてお父さんお母さんへ襲い掛かる。

 

「ダメ、逃げて! 死んじゃう!! 」

 

 気付かないお父さんお母さんに私の声は届かず、必死に走って手を伸ばすけども全然届かなくて、二人は振り下ろされた恐ろしい何かに飲まれて消えて、暗いモノが次は私だと恐ろしい何か振り上げて迫ってくる。赤い紅い口を開いて三日月のように歪めて笑いながら■しに来る。

 

「いや、助けて……

 助けてお父さん、お母さん」

 

 ■される。そう思うのに逃げたくても身体は、足は動いてくれない。手を闇雲に振り払う無駄なことしか出来ないことが一層 暗いモノへの恐れを増していく。

 

 なぜこんな目に遭うのだろう。こんな罰を受けるほどの罪を私が犯したとでもいうのだろうか?  過去生を持っていることが重い罪だというのだろうか? 自分が望んだ物でもないというのに。勝手に目覚めて押し付けられたようなものなのに。

 

 これなら過去生が目覚めた時に、熱病に侵された時に死んでしまっていればよかった。そうだったならお父さんもお母さんも………

 

 暗いモノが目の前に迫り、恐ろしい何かを振り下ろす。

 

 もういい。どうせもう私はひとりぼっちなんだから。ならこのまま私も死んでしまえば良い。

 

 そう思って無駄な抵抗に闇雲に振り払っていた手を降ろそうとした時。

 

 硬く大きく、けれど温かい誰かの手が降ろし掛けた私の手を包んだ。

 

 

「ザギジョグヅ、ザギジョグヅザ、ゴセガバパシビラロデデジャスバサ。

 ザバサ、ザギジョグヅザ」

 

 

 暗いモノは聞こえた声の前に霧散して消えていった。

 

 言葉の意味はわからなかったけれど、真っ暗な中に沈みそうだった私を支えようとしてくれている、ひとりぼっちじゃないんだと言ってくれているのだけはわかった。

 

 

 

 パチパチ、パチ………

 

 焚き木の焼ける音が聞こえる。

 

 ゆっくりと目を開けると火に赤々と照らされた石の天井。周りを見ればここが洞窟のようなところだとわかった。

 そして私は身体にはあちこちに何かの植物―― 薬草なんだろうか? ――を潰したものが塗られていて、地面に敷かれた何かの毛皮の上に横たえられているらしい。

 

「レバガレダバ」

 

 何を言っているのか意味が分からない聞いたことのない言葉。でもどこかで聞き覚えのある懐かしいような、そうでないような言葉が掛けられハッとなって顔を向ければ赤々と燃える焚き火の向こう、少しでもこちらから距離を取るように岩肌の壁に寄り掛かる虫のような顔の異形の怪物が一人胡坐をかいて座わっていた。

 

「グゴブンパギギガ、ガダセスバジョ。

 ゲババブンデガデガルザビバス」

 

 驚いて身を起こすと異形は静かに言葉を口にしたけれど、その意味はわからない。ただ私を気遣ってくれているのだと、出来るだけ距離を取っているのも怖がらせないようにしているんだということがなんとなくわかった。

 

 あんな夢を見たせいか目の前の怪物を怖いと感じるよりも先に、その話す言葉に何故か懐かしさを感じる。聞き覚えなんてないはずなのに。

 

 ふと身に覚えのないこと、知識なんかの大概は過去生に関するものだったことを思い出す。だから少し過去生の記憶を探ってみることにした。

 

 怪物は黙って静かに枯れ枝を折って火にくべている。

 

 私は目を閉じて過去生を探る。怪物の言葉に似た語呂や語感の言葉を捜していく。

 

 脳裏に浮かんだのは赤、青、緑、紫の4つの力を持った戦士、そして………

 

「グロンギ? ゲゲル? ………」

 

「!? 」

 

 過去生の記憶にあったままに何とはなしに呟いた言葉に怪物はハッと顔を上げ、立ち上がるとすごい勢いで焚き火を回り込んで近づいて来た。

 

「ゴラゲギデデスンバグロンギゴ!? ザバゲスンバ!? 」

 

『ご、ごめんさい! 意味まではよくわからない! 』

 

 びっくりして身を縮めて叫ぶように謝る。本当に頭に浮かんだ単語を思わず呟いてしまっただけで、今なんて言われたのかさえわからない。

 

 わかったのは架空のお話に出てくる悪い種族の言葉ということだけ。

 

 落胆する怪物、さん。でも次の瞬間またハッとなって今度は地面にガリガリなにか書き始めて――

 

 

 ――[お前、日本語を話せるのか]と書いた物を私に見せた。

 

『………ごめんなさい』

 

 また謝る。だって、

 

『カンジはまだ読めないです』 

 

 怪物さんは一瞬ぽかんとした後、盛大に笑い出した。

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 



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09 「言葉が通じるって素晴らしいことなんだな」

2016.2/21
1話~10話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/25
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

「【スジュグ(浮遊)】」

 

 自身に【浮遊】の魔法を掛けて崖沿いに横に伸び出た木を目指して浮き上がる。

 絶壁の崖から横に伸び出た木は意外に確りと根付いていて幹も太く、枝振りも良い。常緑樹らしく深い緑の厚い葉を茂らせていた。

 

 木を見下ろせる高さまで浮けば、そこに寝心地悪そうな葉のベッドに横たわる少女の姿。

 雪のように真っ白な髪と眉。そして耳の上、頭頂部の左右にある一対の自己主張激しい大きな獣耳が少女を獣人だと教えてくる。

 森の中、道なき道を歩いたせいだろう、足を始め肌が露わになっているところは大小様々な掠り傷で一杯になっている。

 

『たすけ……て………おとうさ……かあさん』

 

 か細い声で紡がれる言葉と宙を彷徨い伸ばされた手。

 

 近づく前に拾い聞いた「お父さん」「お母さん」「逃げて」「死んじゃう」という言葉と合わせて連想するに、恐らくはこの娘は両親と一緒に山賊か魔物に襲われて一人逃がされた、といったところだろうか。

 ここまでに獣や魔物に襲われずにいたのは不幸中の幸いと言えるが、不幸に見舞われた当人には幸いと言えるかわらないだろう。

 

 少女への哀れみなのか、少女の目元に溜まる大粒の涙に胸打つ物があったのか、宙を彷徨っていた手が力なく落ちるのを見た瞬間に咄嗟に掴み取っていた。

 

ザギジョグヅ(大丈夫)ザギジョグヅザ(大丈夫だ)ゴセガバパシビラロデデジャスバサ(オレが代わりに守ってやるから)

 ザバサ(だから)ザギジョグヅザ(大丈夫だ)

 

 安心させようと通じないとわかっていながらそんな言葉まで口にして。

 

 

 この時まで、少女への同情からひどく感傷的になっていたせいなのか、オレは獣人の少女が何語を口にしていたのか、自身が理解できる言葉を少女が口にしていたことに気付けていなかった。

 

 

 

    突然の漆『少女』

 

 

 

 まず始めにしたことは少女に【眠り】の魔法を掛けて眠りを深くすること。

 

 いや、ほら。助けてる間や手当てしてる間に目を覚まして驚かれて怖がられて暴れられたら大変じゃないか。オレの精神的ダメージが。

 

 少女を姫抱きに抱き上げて下へ降り、手当てのために寝かせておける安全な場所を探す。結界を張れば簡単に安全は確保できるんだが、気持ち的に不安というか心配になる。

 少なくとも擦り傷に効く薬草を見つけてくる間は一人にしなければならないから。

 

 治癒魔法で治すのは少し気乗りしない。

 細胞を活性化して瞬時に傷や怪我を治すっていうのがどうにも怖い。

 生き物の一生での細胞の再生回数とかってのは決まっていてテロメアがどうのっていうのをTVで聞いたことがあるからだ。確かクローンについてのサイエンス番組だったか? 治癒魔法での治療のし過ぎで老化が加速するとか寿命が縮むとか笑えない話だ。

 

 細胞の活性じゃなく怪我をする前の状態に巻き戻すなんていう治癒魔法もあるが、これも巻き戻しすぎとか失敗を考えると使うのが怖い。

 今のところ魔法は失敗していないが、何分オレの魔法はイメージ有りきだからイメージに失敗する可能性もないわけじゃない。だから自分じゃない他人の身体でぶっつけ本番の治癒魔法とか怖すぎる。

 

 幸いインストール知識に薬草学も薬学知識もあるから傷に効く薬草を数種類を見つけて良い薬を調合できれば痕も残らないはずだ。多分。

 

 そんなわけで少女を気遣いつつ足早に崖から離れて再び川下へ進み、森の中へ。

 

 触覚と額の逆三角形に並ぶ三つ目により周辺の物体をCGのワイヤーフレームのように見、透視するように感知できる超感覚にソナーのような探索系の魔法を合せる大盤振る舞いで周辺地域を探索。少女を寝かせられる安全な場所を探す。

 贅沢を言えば急な天候変化にも対応できる場所が良い。無ければ自作すれば良いが、薬草を探す時間を喰われるのは痛い。

 

「………ゾグジャサグボギパバリガラロ(どうやら少しは神さまも)ボンボビグラバギドゴロデデギスサギギバ(この子にすまないと思っているらしいな)

 

 木々に囲まれた低い崖にぽっかりと口を開けた小さな洞窟を見つけることが出来たことにそんなことを独り言ちる。

 

 まあ、クマっぽい先客の影もあったが問題ないだろう。

 

 

 

 パチ、パチチッ………

 

 赤々と燃える釜戸の火に乾いた枝をパキリとへし折って放り込む。

 

 御誂え向きの洞窟を見つけたあの後、クマっぽい先客に食肉と毛皮に進化してもらい、獣臭漂う洞窟内を掃除して【換気】と【浄化】。魔法で洞窟内を住み良い形に加工―― 某ドラまたな少女が主人公の名作ファンタジーモノに出てきた、地精に働きかけて穴を作る魔法を参考にしてやってみた ――。

 まず雨水が入らないように入り口より中を高くして天井部を補強と共に余裕で立って歩けるくらいに出来るだけ高く取り、煙突代わりに出入り口上方へ繋がる穴を開けて、その下に川原から持ってきた石を並べて釜戸を作り、最後に空気が(よど)まないように奥の方に寒くならない程度に空気の通り道となる小さな穴も設けた。

 

 少女を寝かせることにした毛皮は確りと川で洗い、仕上に【浄化】と【乾燥】の魔法を掛けてピカピカのもっふもふにしてある。

 手間を掛けた分か、寝心地は悪くないようで少女はスヤスヤと眠っている。

 

 沁みて起きやしないか少しヒヤヒヤしながら少女に塗った傷薬は、低級ポーションの原料にもなる赤くギザギザした葉を持つ傷薬の薬草、「赤切り草」を中心に新しく採集できた傷に効く薬草を一緒に念入りに磨り潰し混ぜた物だ。

 なお、乳鉢や乳棒は川原から持ってきた手ごろな石を加工、【強化】した物を洗って【浄化】で消毒滅菌して使用した。

 

 パチパチ、パチ………

 

 少女が目を覚ました時、怖がらせてしまうとしても驚きや混乱が少なくすむように出来るだけ距離を取るために、オレは少女からも釜戸からも離れて壁に背中を預けるように座っている。

 

 外はもうすっかりと日が落ちて、橙色に辺りを照らす洞窟内の焚き火のゆらゆらとした明かりを目立たせて不思議と気を落ち着かせる。

 

「……………」

 

 とうとう少女が目を覚ましたようだ。怖がられるにしても悲鳴を上げられたり逃げ出したり気絶されたりしないだろうかと頭の中をぐるぐる廻る不安にもう心臓バックバク。

 

レバガレダバ(目が覚めたか)

 

 勇気を出して慎重に慎重にそれはそれは細心の注意を払ってことさらに、静かに、ゆっくりと、少女へ向けて言葉を紡ぐ。

 

 オレを視認し、驚いて身を起こした少女にオレは内心あわあわと慌てて言葉を続ける。

 

グゴブンパギギガ(動くのは良いが)ガダセスバジョ(暴れるなよ)

 ゲババブンデガデガルザビバス(折角の手当てが無駄になる)

 

 そして言った後に「言葉通じないんだから落ち着くように言ったって意味ないじゃないのさっ!? 」と心の中で頭抱えて絶叫。

 

 しかしながらオレの苦悩とは良い意味で裏腹に少女は大人しく、沈思黙考というように目を瞑って静かにしている。

 

 言葉が通じた? いや、まさか、ありえないな………

 

 気を紛らわせ落ち着けるために枯れ枝をポッキリと折って火にくべる。

 

「グロンギ? ゲゲル? ………」

 

「!? 」

 

 しかし、唐突に少女が紡いだ言葉にオレの心臓は止まりそうになった。

 

 この娘は、今、何って言った? グロンギ? ゲゲル?

 

 まさか………

 

 まさかまさかまさかまさかまさかっ!?

 

「ッ!? ゴラゲギデデスンバグロンギゴ(お前グロンギ語知ってるのか)!? ザバゲスンバ(話せるのか)!? 」

 

 

 グロンギ語が、言葉が通じるのかこの娘には!?

 

 焚き火を飛び越えて行きたいのをすんでで堪えて駆け寄るように回り込む。

 言葉が通じるなら、聞いてほしい、聞かせてほしい、何でも良いから兎に角話がしたい。

 

『ご、ごめんさい! 意味まではよくわからない! 』

 

 だが返って来た言葉は無情な物だった。一瞬期待してしまっただけに落胆は大きい。いや、言葉が通じなくともこの娘の言葉を理解できるだけでも……… て、ちょっと待て!?

 

 この世界の言葉はオレには理解できない言語のはずだ。それなのに今この娘が口にした言葉は理解できた。というか助けた時もそうだったような? もしかしなくともこの娘が喋っている言葉は日本語なのか?

 

 それなら諦めた方法が使えるはず。

 

 オレは急いで地面に書き込みはじめ、[お前、日本語を話せるのか]と書き上げると少女が読みやすいように後へ下がった。

 

『………ごめんなさい』

 

 しかし、返って来た言葉はまたも期待を裏切る………

 

『カンジはまだ読めないです』 

 

 物ではなかった。

 

「くッ………

 あ っ は っ は っ は っ は っ は っ は っ は 」

 

 

 笑った。

 

 この世界に異形の(こんな)身体で放り出されてから初めて心の底からオレは笑った。 

 

 涙が出そうなほど盛大に腹の底から。

 

 

 

『つまりアーズは憑依っぽい転生者ってことですか』

 

[そうなるな。

 しかし、この世界は本当にMoLOに似た世界なんだな]

 

 あれからオレは筆談で日本人の転生者で寝起きなどに無意識に日本語を口にしてしまうクセがあった少女、シャンフィと互いに知っているってことを話していた。

 そうしている内にシャンフィは最初は漢字などにふりがなをふって漢字の読みを教えていたのも、前世の記憶が刺激されたのかあっと言う間に漢字が読めるようになっていた。さすがに字画の多い難しい漢字はまだ読めないようだが。

 

 ともあれ、情報交換でオレがわかったことはこの世界がやはりMoLO、『MAGIC of LEGENDIR ONLINE(マジックオブレジェンディア オンライン)』に似た世界だということ、シャンフィの前世の記憶は断片的でハッキリした物ではないこととMoLOについて知らないこと、彼女の現状(身の上)についてなどなどだ。

 

 ……… 盗賊については、後で必ず狩りにいく予定の決定だ。完膚なきまでに徹底的に。

 

 シャンフィが寝入った後でだが。

 

 くきゅ~~

 

『あう………』

 

[肉があるから焼くか]

 

 可愛らしい腹の虫が鳴り、オレはアイテムボックスを開いていそいそと夕食の準備を始める。元クマっぽいのの肉と調味料代わりになる香草を出すのと一緒にそのままで食べられる木の実をシャンフィに渡すのも忘れない。

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ………………………………………

 

 

 

  ………………………………

 

 

 

  ………………………

 

 

 

  ………………

 

 

 

  ………

 

 

 

 その日は不気味なほど映える月が大きく夜空に輝いていた。

 

 

「な、なんだアレ!? 何なんだよアレはぁっ!! 」

 

「ヒ、ひぃイっ!? Ba、ばバばバ化けモォ゛っ!? 」

 

「来るな! ここ、こっちに来るンなばぁああ゛あ゛っ!! 」

 

「お、おおお、おっオ゛カ゛ア゛チ゛ャーーン゛ッ!?! 」

 

 略奪したお宝を寝かせたアジトで機嫌良く酒盛りに興じていた荒くれども、盗賊たちは突如現れた白き異形に、蹂躙されていた。

 

 異形には剣も矢も歯が立たず、魔法はより強い魔法で弾かれた。そして異形が腕を振るえば盗賊たちの手足が千切れて血飛沫(しぶき)を撒いて宙を飛び、蹴りを振り上げれば骨を折られた盗賊たちが無様な姿で空を飛ぶ。

 自分たちが頼りにしてきた力が一切通用しない盗賊たちが、異形を相手に出来たことは恐慌に陥り、逃げ惑うことだけ。

 

ゴラゲダヂゼダギグス(お前たちへ対する)バガベジャジジパギガガギバギ(情けや慈悲は一切ない)

 ボボガセダパズババゲギゾロガビブスギリ(残された僅かな生をもがき苦しみ)ブギバガサギンゼギベ(悔いながら死んで逝け)ヂブショグゾロ(畜生ども)

 

 しかし、その場から逃げ延びることは誰一人として成せず、ただただ恐怖に(おのの)き、異形の振るう暴虐の前に死にかけの身動きできぬ身体に変えられて血溜まりの上に積み上げられて行く。

 

 異形は盗賊たちを誰一人殺さず、(とど)めを刺さなかった。

 手足が千切れ、折れた骨が臓腑に刺さって血を流すままに任せて盗賊たちを捨て置いた。

 後は血の臭いに釣られて獣か魔物が、出血少なく運良く生き残れそうな者にも止めを刺すだろうと。

 

 異形が何故そうしたのかはわからない。

 

 自らの手で殺す価値も無いとそうしたのか、殺意を持って直接にヒトを殺めることを忌避したからなのか。

 

 一部始終を見ていた夜空に輝く月も、そして事を成した異形自身にも、わからなかった。

 

 

 

 こうして先日、とある街道で暴虐の限りを尽くして略奪行為を行なった暗闇狼と名乗る冒険者崩れの盗賊団は、一夜にして壊滅したのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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10 「グロンギ語訳はひらがな五十音が基本だ」

2016.2/21
1話~10話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/25
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

『あいうえお』

 

「ガギグゲゴ」

 

『かきくけこ』

 

「バビブベボ」

 

 言われた言葉―― 日本語 ――に続いてゆっくりとオレが口にした言葉を木板に石のペンでガリガリと書き込むシャンフィ。

 

 胡坐をかいて座るオレの隣にちまっと座って何をしているのかというと、シャンフィはグロンギ語翻訳表を作っているのだ。

 

『さしすせそ』

 

「ガギグゲゴ」

 

『たちつてと』

 

「ダヂヅデド」

 

 なぜに翻訳表をといえば、話は彼女を助けて三日ほど経った頃。唐突に『私、グロンギ語 憶えるよ! 』と言い出したのだ。なんでも、オレの筆談に対して一々地面に書いたりして面倒そうだし、書く物を手に入れても、その紙とかの書く物を用意し続けるのも手間や費用が馬鹿にならないだろうし、人前で堂々と内緒話とか出来そうで面白そうだから、だそうだ。

 

 オレは堂々と人前に出られん身なのだが………

 

『なにぬねの』

 

「バビブベボ」

 

『はひふへほ』

 

「ザジズゼゾ」

 

 オレとしては意思疎通が出来れば多少の手間など気にもならないのだが、それでシャンフィの気が紛れるならと付きあって今に至る。

 

『まみむめも』

 

「ラリルレロ」

 

『やゆよ』

 

「ジャジュジョ」

 

 この数日、シャンフィは起きている間、片時も俺から離れよとはしなかった。そしていつも元気過ぎるくらい元気そうにしていた。

 

 そう、振る舞っていた。

 

 空元気、なのはよほどの鈍感唐変木の大バカ者でない限りはわかる。ほんの数日前に両親が目の前で殺されているのだ、普通ならトラウマやらで鬱になって塞ぎ込んでいるだろう。現に夜は魔法を掛けておかないとひどく魘されている。

 気丈な娘だというより、思い出したくないからそう振る舞っていると言ったところだろうか。シャンフィなりの現実逃避なのだろう。そして不安を俺と一緒にいることで、一緒に何かをすることで紛らわせている。

 

 

 

 

    突然の捌「決定」

 

 

 

『らりるれろ』

 

「サシスセソ」

 

『わをん』

 

「パゾン」

 

 

 このままではいけない。

 

 頭の中でひどく冷静な大人の自分が警鐘を鳴らす。

 

 このままではシャンフィがオレに依存することになる。そしてさらにタチの悪いことに俺の方も、だ。

 

 経緯やら生い立ちやらなにやら全て違うが、同じ転生者同士という共感と前世の記憶への理解から、それだけでも互いに必要とするのは充分なのに、シャンフィは目の前で無残に両親を亡くして天涯孤独の身で、己を支えるために身も心も守ってくれるだろう絶対的庇護者を必要とし、自分を助けたオレに早くも依存し始めている。そしてオレはオレで現状唯一の理解者であり、孤独を埋めてくれるシャンフィを必要としてしまっている。

 

 早く何がしかの行動を決めて起こさねば、シャンフィが立ち直る頃には手遅れになってしまう。オレという異形(存在)のせいでシャンフィを人と人との関わりの輪から切り離してしまう。

 

 そうならないようにするために、今のオレが考えつけた行動としては三つ。

 

 

 一つ目はシャンフィを生まれ故郷の村に返すこと。

 

 二つ目はオレのインストール知識をフル活用して色々な珍しい物や便利な物を作り、それをシャンフィに売りに行ってもらうという物。

 

 三つ目はオレのチート能力を全力全開で使い、シャンフィを魔獣使い、ビーストテイマーに仕立て上げるという物。

 

 

 どれも一長一短で、オレにはなんとも決めかねる。

 

 一つ目のシャンフィを生まれ故郷の村に返すのが最も最善で、シャンフィの将来を考えるのなら、一番まともな物だとはわかっている。

 しかし―― 自惚れかもしれないが ――今のシャンフィがオレと離れることを良しするか、そして再び独りになることに、唯一の理解者を失うことにオレが耐えられるかがネックになる。

 出来れば別れを渋るシャンフィを無理矢理に眠らせて村に置き去りにするのは、親しくなった者が消える、突然親を失ったことを想起させるようなことは、したくない。魔法で記憶を消す方法もあるが、やっぱり失敗が怖くて使えない。

 かと言ってシャンフィとの関わりを絶たず、オレが村外れに隠れ住んで見守り続けるというのも無理がある。オレの下にシャンフィが通い続ければ、いずれ村の人々に不審に思われて、どうなるかなど、結末の想像など難くない。

 

 

 二つ目は詳しく言うと出来るだけ大きな町に行き、オレは隠れ忍びつつ、シャンフィに物を店に売りに行ってもらうことで、人との関わりを作り、且つちゃんとした人らしい生活基盤を作るという物だ。

 物作りや拠点の費用は取っといてあるドラゴンの鱗とかを売れば良いだろうし、作った物は上手く好事家に渡りが付けて売れればかなり儲かるだろう。

 ただ、シャンフィの年齢がネックになる。前世の記憶のおかげでシャンフィが歳不相応に聡明でも、経験の浅い子供であることに変わりはない。商売人や好事家の大人が子供相手にまともに取り合ってくれるかわからないし、足元を見られるだろうことは火を見るに明らかだ。

 それに治安の良かった前世の、見知らない人や場所を警戒すればほぼ大丈夫だった日本と違い、街中を自衛手段のない子供を一人で歩かせるのも少々不安だ。人攫いとかが半ば日常的にありそうだと思うのは偏見だろうか?

 

 子供相手でも商売になるならば相応に扱う、なんていう奇特な商人がいてくれれば良いのだが、いるわけないよな。

 

 

 三つ目はオレのチート能力を使い、獣や魔物を捕まえて調教し、飼い慣らしてシャンフィを主人と認めさせ、オレもその魔物の一匹ということにして冒険者として仕事をしていこうという物で、これなら堂々と、とはいかずともオレは人前に出られる。 

 で、これの一番のネックはやはりシャンフィの年齢だ。

 冒険者に成るためのギルド登録は成人、数えで15にならなければできないらしいのだ。

 別段冒険者を名乗るだけならギルドに登録せずともできるのだろうが、仕事の斡旋や信用、バックアップなどの諸々のメリットを考えれば登録は出来るのなら必須だろう。

 

 

 二つ目と三つ目はどうにもオレにとって自分本位でシャンフィのことを本気で考えていない。シャンフィの将来を本当に考えているのなら身内といえる親しい隣人知人のいる村に返すのが絶対に正しいのだ。のだが、踏み切れない。

 

 まずいな。早く決めないと。本当に………

 

『……ーズ……ア………ア ー ズ ! 』

 

ブゴ(ぬお)!?

 バンザゾグギダ(何だどうした)!? 」

 

『もう、さっきから呼んでるのにぼうっとしてさ。

 どうかしたの? 』

 

「………」

 

[これからについてどうしようか考えていたんだ]

 

 どう答えようかしばし悩み、結局正直に話すことにした。

 言ってしまえばシャンフィも当事者だ。オレ一人で決めるわけにはいかないだろう。と、自分に言い訳してシャンフィに選択をゆだねようとしている自分の浅ましさに嫌気がさしてきた。

 

 シャンフィに気取られないよう、それを顔に出さないようにはしたが。

 

『これからのこと? 』

 

[そう、このままここで生活していくわけにもいかないだろう。

 だからどうするか考えていた。

 それで今のところオレに考えられたのは三つだ]

 

 まず三つ目と二つ目を話し、最後に一つ目を話した。

 

「……………」

 

[村に帰るのが一番いい。

 シャンフィを良く知っている親しい人たちが一杯いるんだから]

 

 オレの話しを聞き(読み)終わったシャンフィは俯いて黙り込んでしまったが、それでもオレは一つ目の案を推す。

 しつこいようだが、それが一番シャンフィのためだ。オレの孤独感など【遠見】で人里を観察していれば埋められる程度の物のはず。別れは辛いが、彼女の将来には換えられない。

 

[たまには様子を見に行くし、オレのチートを使えば多分、人知れずに手紙のやりと]

 

『ねえ!

 一つ目と二つ目合せたらどうかな! 』

 

 俺の言葉を遮って勢い良く顔を上げて声を上げたシャンフィは、一つ目と二つ目、つまりオレの考えた三つ目と二つ目を合わせたらどうかと言い出す。

 

 確かに三つ目と二つ目を合わせれば物を売る際、護衛という形でオレがシャンフィの側に付き従い、目を光らせることで足元を見られずにすむかもしれないし、そうなれば無理にギルド登録の必要もなくなる。

 

 しかし、そう上手くはいかないだろう。やはりシャンフィの歳がネックだ。

 

 騎士団が苦戦するようなドラゴンを単体で、人とそう変わらない体躯でぶっ倒せるバケモノを、子供が完全に御せるのかと問題視されたらそれまでだ。例え成人である15に成っていたとしても若すぎるという理由で同じ結果になるだろう。

 

『無理に私がアーズを従えてることにする必要はないと思う』

 

 シャンフィの案の問題点を書き出し終えると、返って来た答えはそんな言葉だった。

 

 どういうことかと問えば、シャンフィ曰く、オレを魔物として従えているのではなく、そのまま通りの高い知性と知能ある亜人とし、身寄りのない自分の庇護者で友人として共にいることにする。そうすれば魔物などを捕まえて飼い慣らしたのがオレであることを隠す必要も減るから、無理にシャンフィをビーストテイマーに仕立て上げることもないと言い、グロンギ語をシャンフィが覚えて意思疎通が出来ていることを見せられれば説得力も付くという。

 

 一見大丈夫そうにも思えなくもないが、オレはどうにも不安だ。異形の(こんな)身だからだろうか?

 

[わかった。シャンフィがそこまで言うならソレで行こう。

 ただ、シャンフィの案を元にもう少し煮詰めよう]

 

 魔物を探して捕まえる間に色々考えて、そして最悪を想定しておかないと、いざって時に動けなくなるから。

 

 

 

『ふわぁぁ』

 

 高い木々の背を軽々と越すほどの高さまで【浮遊】すると、青空の下で広がる絶景に左腕に座るように抱き上げているシャンフィが感嘆の声を上げた。

 なぜこんなことをしているのかと言えば、手懐けるのに手頃な獣や魔物がいないか【遠見】で探すため。とは言っても、本当は【遠見】を使うなら別段、高所に昇る必要はないのだが、シャンフィの心のケアに少しでも効果がないかと思い立って実行したのだ。

 

 あの三つの案の内、シャンフィが村へ帰るという選択を切り捨てたのは、恐らく、今は思い出したくないからだろう。両親のことを。

 オレに話した時でさえ、詳しくはないさわりだけだったが、俯いてかなり辛そうにしていたから。村に帰れば必然両親のことを話さなければならず、そして両親との思い出が其処 彼処(そこ かしこ)にある村で過ごすのは、今はまだ辛すぎるのだろう。

 

 だからまあ、少しでも心のケアになればと自分が感動した景色を見せてみようと思ったわけだ。それによくよく考えてみたらアニマルセラピーなんて物もあったんだから、あながちビーストテイマー案は悪くない気がする。

 

『えぇっと捕まえる動物は………

 ギブビドシ(犬に鳥)ガド()グラバグギ(馬か牛)………だよね? 』

 

ゴグザ(そうだ)ダザ(ただ)ゲギバブビパ(正確には)ギブジャバブデゴゴバリザベゾバ(犬じゃなくて狼だけどな)

 

 完成したグロンギ語翻訳表を丸暗記したシャンフィは早速グロンギ語を使い始めた。まだ片言で考えながら単語くらいしか話せないが、聞き取りに関してはゆっくりとならほぼ完璧に聞き取れるようで本当に驚かされた。

 

 もしかしたらシャンフィの前世はクウガファンで、(そら)んじるほどグロンギ語解読に熱を入れていたのかもしれない。それで漢字の時同様、前世の記憶が刺激されて、といったところなのだろうか?

 シャンフィに通訳を頼んだらヒトと会話も出来るようになるかな。怖がられてままならないような気もするが、上手く行くなら、物の売り買いをシャンフィに任せ切りにせずにすむかもしれない。

 

 ともあれ、捕まえて調教、手懐ける獣や魔物の種類は大体決めてある。

 狼型三匹に鳥型二羽、馬型か牛型を一、二匹に後は小動物二匹ほどと言ったところだ。

 

 馬型か牛型の魔物には馬車を引かせる予定だ。魔物を従えて異形(オレみたいなの)と一緒では一つところに居ては無用なトラブルを起こす気がしたため、引き篭もらず安全に定住できそうな土地を見つけるまで、行商スタイルで旅をして行こうと決めた。

 狼型はシャンフィの護衛用で一匹は人が騎乗できるくらい大型のが欲しい。いざという時のシャンフィの足になってもらいたいからだ。

 鳥型二羽は偵察用、といったところだ。小さいのと戦闘も可能な大きいのの二種類が欲しい。

 そして小動物はシャンフィのためのアニマルセラピー用と言ったところ。勿論シャンフィの護衛として戦う力があれば、なお良いと言ったところか。

 

『あ………』

 

「?

 ゾグギダ(どうした)? 」

 

 【遠見】で目星を付けている途中、不意にシャンフィが声を上げたため、早々に切り上げてオレの首にしがみ付いているシャンフィへ意識を向ける。

 何かを見つけたのか、じっと視点が固定されていた。視線を追えば、そこに在ったのはかなり離れたここからでもそれとわかる、城壁と思しき大きな建造物。

 

「エテ、ジエ」

 

 オレにはわからないこの世界の言葉を呟くシャンフィ。語調や状況から見て恐らくあの街の名前かなにかだろうか?

 

 シャンフィの反応から見て、入学するはずだったというプリヴェラ学院なる学園がある、商業の盛んらしい都市がアレなのか。

 

 失敗した。まさかシャンフィが家族と共に移り住むはずだった街が視界に入って来るとは予想外だ。

 いや、シャンフィから聞いた話とシャンフィを見つけた地点から考えて、高所に上れば街が見付けられるのは予想してしかるべきだったか。

 

「……………」

 

『!

 アーズ? 』

 

 オレは考えた末、一旦地上に降りることにした。やはり詳しく話すにはまだ筆談の方が良い。

 

[明日か明後日、準備してからあの街に行く]

 

 シャンフィを腕から降ろし、すぐに膝を突いて地面に書き込む。

 

『なんで、急に………』

 

[軍資金のためだ。

 馬車を買うことと、その資金はオレの持っているドラゴンの鱗を売って作るって決めていただろう。

 それには大きな街で売った方が良いし、馬車を買うのも同様だ]

 

 オレの提案に困惑するシャンフィに畳み掛けるように理由を説明する。

 

 まぁ、実のところ、軍資金は先日潰した盗賊共から押収したのがあるから間に合ってはいるのだが、多くあっても腐るわけでなし、むしろオレたちには金は多いほうが後々になって色々と助かるだろう。

 

『でも、引く馬は? 普通の馬は使わないんでしょ、だったら………』

 

[さっき、手頃な大きさの牛の魔物を一匹見つけてる。

 今から捕まえにいけば、明日か明後日までには手懐けられるはずだ]

 

 まだ両親のことを想起する場所に行くことは嫌なようだが、だからと言ってそれを避け続けて過ごしていても何の解決にもならないと、住み慣れた村に帰ることに比べれば、ダメージは少なくすむのではないかと、街を見つけたことを切っ掛けに思い至り、オレは心を鬼にして少しだが荒療治に踏み切ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

         (To Be Continued)ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ………

 

 



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11 「血気盛んなのは良いけど、少し頭冷やそうか……」

2016.3/5
11話~20話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/26
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 

 【ビックブル】

 

 生息地: グラングローア大陸南方から中央及び南東部・草原地帯、森林地帯

 

 全高: 最高2メルト強。

 

 特徴:

 赤茶色の厚く丈夫な皮膚に通常の牛に比べて一回りも大きい筋骨隆々の体躯を持ち、雄は側頭部から伸びる二本の大きな角を持つ。

 

 主食: 食性は草食。

 

 概要:

 猛牛の魔物。

 草食で魔物としては気性は大人しい部類だが、警戒心が強く、テリトリーに入る者には容赦なく攻撃を加える。

 その突進は大木を易々とへし折るほど。

 基本5匹から10匹以上の群れで行動するが、希に一匹で行動するはぐれもいる。

 

 主にグラングローア大陸南方、ルベール王国周辺などに多く分布しているが、大陸中央から南東部にも、その姿を見ることがある。

 

 革はその丈夫さから防具などの装備品に多用され、角は装飾品などにも用いられる。

 筋肉質のためなのか、その肉質はひどく硬く、あまり食用には向いていない。

 

 

 『マレファリド商会 発売:グラングローア大陸の生物・魔物の生態(著:リチェルカ・シヴォートノエ) より抜粋』

 

 

 

 

    突然の玖「初めての街」

 

 

 

『 ブ ル ル 』

 

ゾグゾグ(どうどう)ザギジョグヅ(大丈夫)ザギジョグヅ(大丈夫)

 

 集まる人目に少し興奮気味の牛の魔物の手綱―― 首に縄を巻いただけの簡易な物 ――を牽くシャンフィが、グロンギ語を使って話しかけて落ち着かせる。

 

 結局あの後、言った(書いた)通りにこの牛を【金縛り】の魔法を使って手早く生け捕りにして、チート能力全開で手懐けて調教(テイム)。家路に着く頃にはシャンフィを背に乗せられるほど人に慣れさせることができた。

 

 その翌日は今シャンフィが着ているオレとお揃いの白染めにしたフード付ローブを作るのに費やした。無論チートのフル活用でテイムした時よりも全開で。

 真っ赤なドラゴンの革を脱色染色なめし、御都合主義な魔法交えて半日以上掛けて仕立て上げた一品だ。

 

 白染めにしたのは、素の赤いままだと目立つし、初見でドラゴンの皮製と素人目にもわかるのではとないかと思い、魔法を駆使してやってみたら出来てしまったのだ。

 

 完成後に落ち着いたら、自分のあまりのチートっぷりを再認識。久しぶりに自分自身にドン引きした。

 

 

 でだ。まぁ、なんでシャンフィがグロンギ語を使って牛を宥めているのかというと、大体オレのせいというか。

 提案してきたシャンフィ曰く、オレがグロンギ語で、シャンフィが標準語? である日本語やこの世界の言葉―― グランロア語というらしい ――で指示したり話しかけたら混乱するだろうからグロンギ語に統一しようとのこと。

 

 せめてオレがシャンフィに合せられれば良かったのだが、どうやってもグロンギ語以外まともに話せないのだ。頑張って頑張って頑張って何とか日本語が話せるようにはなったのだが、どうやっても全部オンドゥル語になるんだよな。リアルに「本当にありがとうございました」だよ、本当に。

 しかも気合振り絞らないと出来ないから異様に疲れるし、喉へ負担かかるし、聞き取りづらいで、これなら無理せずにグロンギ語話して筆談してた方が良いてことで落ち着いた。

 

 ちなみに牛の名前は「タロウス」で雄だ。

 名前の由来は太郎(タロー)とミノタウロスを合わせて割っただけだったりする。

 少々安直な名前だが、変に凝った名前付けても呼びずらいし、黒歴史を残すようなことになるよりは丁度いいのだ、これが。

 

 

 閑話休題

 

 

 そして今現在、オレたちがいるのはフリアヒュルム皇国は王都の北東に位置する商業の街、「エテジエ」の東門の前に出来た検問待ちの列の中の最後尾近く。

 オレたちから距離を取る行商人の商隊や旅人の視線が集中しているのは言わずもがな、基本害獣扱いの魔物を引き連れて、挙句に真っ白なローブで身を隠し、フードを目深に被る明らかにヒトじゃないのと獣人の子供が一緒にいるのだ、怪しさ大爆破どころじゃないだろう。

 門までまだまだ距離はあるが、そろそろ様子のおかしさに気付いた門番の衛兵が職質しに来るんではなかろうか。

 

「そこの………ビックブルを連れている奴、止まれッ! 」

 

 と、思っているそばから来たか。見るからに若い衛兵3人が門の方からこっちに走り寄って来た。

 

 さて、どうしたもんかな。というか、タロウスは牛の魔物として知られているから仕方ないにしても、取り囲んでオレにまで槍向けんでくれないかね。いや、わかるよ、わかってるよ。「ヒャッハー! コイツ明らかに人間じゃネーゼェ! 」ってことで向けてるのは。でも少しでもヒトっぽくしようとローブと一緒に作った黒染めの革の貫頭衣とズボンをローブの下に着てるんだから、もう少しやんわりと話し合いから行こうよ。何言ってるか言葉わからんけども。

 

『 ブ ル ル ル ッ 』

 

「!? 」

 

ゾグゾグ(どうどう)、タロウス。グデギ(ステイ)グデギ(ステイ)

 落ち着いてください。

 ちょっかいを掛けて怒らせたりしなければ、この子は暴れたりしませんから」

 

「そいつはビックブル、魔物なんだぞ! そんな言葉が信じられるか! 」

 

 何言ってるかわらないけども、子供相手に槍向けて頭ごなしに怒鳴りつけるな。若いから血気盛んなのか気が短いのか知らんが、もしシャンフィに手を出すようならただじゃ済まさんぞ。職務だろうが何だろうが何もしてない子供と老人と病人に手荒な真似しくさる野郎は外道認定だ。

 

「魔物を引き連れて、貴様一体何が目的だ!! 」

 

 だから子供相手に殺気立つな。槍も向けんな、コラ。

 

「この子に牽かせる荷車を買いに来たんです。後、いくらか物を売ったり買いに」

 

 殺気立った大人に槍を向けられ怒鳴られているというのに、場違いと思えるくらいに、怒鳴りつける衛兵よりも子供のシャンフィの方が大人に見えるほど落ち着いて対応している。

 しかし、良く見れば足や手が震えているのがわかる。言葉の通じないオレに代わって自分が確りしなければと、気丈に振舞っているのだろう。

 盗賊に襲われ殺されlかけたトラウマが少なからずあるだろうに。

 

「シャンフィ」

 

「き、貴様!? 動くな!! 」

 

『アーズ!? 』

 

 向けられた槍を気にすることなく、自然体でシャンフィに歩み寄るオレに、槍を向けていた衛兵がその槍を突き出して来たが、こともなげに片腕で受け止める。カキーンと金属音が鳴り、その穂先がポッキリ折れる槍。

 

「な!? 」

 

「わ!? 」

 

 慄く衛兵たちをよそにシャンフィを問答無用で抱え上げる。

 

 片腕に座らせるように抱き上げると、オレは空いた手でフードを上げて素顔をさらす。

 

「!? 」

 

 オレが素顔をさらしたことで衛兵だけでなく、距離を置いて動向を見ていた列を作る人々も騒然とし始める。

 中には聞こえないような小声で「ひっ」とかの小さな悲鳴を上げてる人が何人かいた。チートで耳が良いのも困りものである。おかげでオレの精神ガリッガリ。そういう反応はオレのライフがzeroになるので止めて頂きたい。というか、竜頭人身鱗姿の素で強面な竜人(ドラゴニアン)もこの世界にはいるはずなのに、その過剰反応はなんなのと言いたい。

 大体ローブで隠せない足元から大体予想できていると思っていたんだが、顔出してこの反応か、なんかパッシブなスキルで「威圧」とかの補正でも付いてるのかオレは。街の中に入ったら出来るだけフードは被っといた方が良いのか?

 いや、でも、やましい物は何にもないんだし、開き直ってこのままいくか? 先々のことを考えれば正解な気もするんだが、周りの反応に果たしてオレの精神が耐えられるかどうか。

 

 まぁ、ともあれ。

 

「シャンフィ、ヅグジャグゾダボル(通訳を頼む)

 

『アーズ? 」

 

「なんだ! 何をする気だ!! 』

 

 槍を突き付けて殺気立つ衛兵たちを無視し、タロウスの背を撫でて落ち着かせながら、シャンフィに伝えて欲しい言葉を口にする。

 

「えっと、血気盛んなのか、短気なのか知らないが、少し落ち着いたらどうだ」

 

「な、何だと!」

 

「職務にしても、大の大人が子供に槍を突き付けて、挙句に怒鳴り散らして、恥ずかしいとは思わないのか」

 

「ッ、それは、貴様らが魔物を引き連れてなどいるからだ! 」

 

 一々怒鳴るな。怒鳴らんと喋れないのかこの衛兵は。シャンフィが通訳し辛いだろうが。

 

「魔物が危険なのは確かだが、少なくともタロウスに、このビックブルに危険はない。現に、これだけ騒いでいるのに、暴れず、大人しくしているだろう」

 

 オレの言葉を訳すシャンフィの言葉を聞いてか、門へと列を作っている周りの人々から何か話し合う声が聞こえ始める。そういえば、言われてみれば、という風なことを言ってくれているとありがたいんだがな。

 

「だからと言って魔物を街に入れるなど! 」

 

「ならば、ビックブルは外壁の外に待たせるから、お前たちで監視すれば良い。

 街での用は細々(こまごま)とした物の売り買いと、荷車の発注だけだ。何かに手間取りでもしない限り、半日と掛からずに出て来れる」

 

 予想していた反論にシャンフィを通して即座に返す。

 

「そ、そんなことができるか! 魔物なんだぞ! 街の近くにだっていさせられるか!! 」

 

 もういい加減に責任者出てきてくれないかね。若いのに職務に忠実なのは良いが、頭が固くて融通が利かないんじゃ、臨機応変さが必要な有事には苦労するじゃすまないよ。

 というか、もしかして実戦経験ないのか、この3人。それなら魔物に怯えて、こんな態度を取っているんだで納得できるが。

 

「怯えているのか」

 

「な、何!? 」

 

「そうやって、一々怒鳴るのも、魔物への怯えを隠すために、威嚇(いかく)しているように見える」

 

 オレたちの会話からか、列を作っている周りの人たちがざわざわし始める。周りの人たちも、シャンフィを通したオレの指摘に思うところがあるようだ。

 

「き、きき貴様ぁっ! 」

 

「そこまでだ!! 」

 

 槍を突き出そうとした衛兵だが、怒号のような声が掛かり、その動きを止める。

 掛かった声の下へ視線を向ければ、衛兵3人を引き連れて立つ金髪あご髭の壮年の衛兵。

 

 やっと責任者のお出ましか。話のわかる相手だと良いんだがな。

 

「た、隊長! 」

 

「槍を降ろせ」

 

「しかし! 」

 

「良いから降ろせと言っている!! 」

 

 言うことを聞かない若い衛兵に再び声を張り上げて言う通りにさせる責任者の隊長さん。

 ただ怒鳴り散らしていた若い衛兵と違って耳によく響く良い声だが、もう少し声量下げてくれないかな。シャンフィが驚いてしがみ付いてきてるじゃないか。

 

「俺は東門の門番をまとめてるティグリスっていうもんだ。

 部下が迷惑を掛けたな、すまない」

 

 どうやら話のわかるヒトらしいようだ。異形の(こんな)オレに頭を下げてくれる辺り、肝も据わっていて懐も深そうだ。

 しかし、オレがシャンフィに通訳を頼もうと動いた時には、槍を弾いて穂先を折った時には、もうそこまで来ていたのだ、この隊長さんたち。

 

「そう思うなら、見ていないで、早く出てきてほしかったんだがな、って言ってる」

 

「あー、それも踏まえてすまん。状況を確かめるのにちょっとな」

 

 頭を掻きながらすまなそうにする隊長さん。なんだろうか、こう、親愛を込めて「おじさん」て呼びたくなるな。某ワイルドな虎さんみたいに。

 

 

 

「つまり、その「テイム」ってやつをアーズがしたからコイツは大人しいわけか」

 

「そう。でもまだテイムしてから日が浅いから、石を投げつけるとかいたずらされたりしたら、怒って暴れるかもしれないけど」

 

「おいおい、本当に大丈夫なのか? 」

 

「ゴセガギショショバサググビバザレサセスバサロンザギバギ……」

 

「えっと、オレが一緒ならすぐに宥められるから問題ない。

 それに、さっき言った通り、オレは魔法が使える。側を離れなければならない時は、それで結界を張れば、下手ないたずらも防げるし、暴れだしても被害は出ない、って言ってる」

 

 結局隊長さん、ティグリスさんが来た後、衛兵たちは門の方へ戻されて一時中断されていたらしい検問は再開された。

 残ったティグリスさんは事情聴取のためと監視のため、タロウスと列に並ぶオレとシャンフィに色々と質問しながら付いてきている。

 多分、周りの人たちにタロウス含めてオレたちは安全だと安心させるために、アピールする意味もあるのではないだろうか。

 もしそうなら、あの若い衛兵たちとのやり取りからオレとシャンフィの人となりを見定め、信用してくれたということなのか?

 そうだとしたら非常にありがたい。少なくとも話がわかって(ふところ)が 深く、頼りになるヒトが知人に出来たのはシャンフィのためにもありがたい。

 

 ちなみに、オレとシャンフィの関係は少々にごしたが話している。また言葉についてだが、街に行くにあたって前もって考えておいた物。

 オレは遠い地から、別の大陸から何がしかの魔法の事故でグランローア大陸に跳ばされて来たということにし、シャンフィが通訳をできるのはオレ独自の儀式魔法による契約によってオレの言葉がわかるんだという風に説明してある。

 オレの身の上は少々強引な気がして、信じてもらえるかわからなかったが、ティグリスさんは信じてくれたようだ。

 

「なぁ、このビックブル、たろうすって名前だったか、お前さんらの話が本当ならタロウスは人を背に乗せられるくらい人馴れしているんだよな? 」

 

「そうだよ。私、ここに来るまでにも乗って来たんだから」

 

 同時通訳しながらも確りと会話に加わるシャンフィ。この娘は前世の記憶抜きにしても相当に頭が良いのだろうとつくづくそう思う。

 プリヴェラ学院だったか。オレの心情としても亡くなった御両親のためにも、確りとした学校へ入れて学ばせてやりたいんだがな。

 

 ……………オレが異形(こん)なんじゃなかったら。

 

「じゃぁ、嬢ちゃんたち以外が乗ったりしても大丈夫なのか? 」

 

「うん、そうだよ。

 もしかして、乗ってみたいの? 」

 

「あぁ、うん、まあな。

 街の外に置いて行くにしても、街中に連れて行くにしても、一応安全は確認しとかないとな」

 

 などと言いつつ、どこか子供のようにそわそわするティグリスさん。

 

『バサ、グボギボデデリスドギギ。ブサバゾバギバサボシゴボヂパゾショグゼビバギベセゾ』

 

「なら、少し乗ってみると良い。鞍などないから乗り心地は保証できないけれど、って言ってる」

 

「良いの!? いや、ホント、なんか悪いな催促したみたいで」

 

 苦笑まじりに勧めれば、ティグリスさんは人懐っこい笑顔を浮かべて見せる。

 話がわかり、懐が深くて頼りになるのにどこか子供っぽい。人懐っこいというか、お人好しというか、良い人オーラ全開なヒトだな。

 ほんの短い時間だが、その人となりに嘘や欺きみたいな物は感じられない。こういうヒトとは是非に顔見知りの知人ではなく、友誼を結んだ友人になりたいものだ。

 

「タロウス、グデギ(ステイ)

 

 丁度 列の進みが止まったところで、タロウスにじっとしているように指示を出す。

 

「おっし、じゃぁ、乗せてもらうぜ」

 

「一人で乗れる? 」

 

 タロウスの背に手を置くティグリスさんに、騎乗に手はいるかと問うシャンフィ。何せタロウスは牛の魔物だけあって身体がでかい。地面から背の高さまで軽く2m強と、大型の馬の体高よりも高く、下手な大人の身長以上はあるのだ。その上で鞍もなく、ティグリスさんは衛兵で鎧を着込んでいるから心配になったのだろう。

 

「大丈夫大丈夫! これくらい! 」

 

 ティグリスさんはそう言って「よっ」という声と共に勢いを付けてタロウス背に軽やかに乗ってみせた。

 

「おおう、やっぱ馬に乗るのと全っ然ちがうなー」

 

 「視線たっけー」とはしゃぐティグリスさん。ホントにこのヒト、親愛を込めて「おじさん」て呼びたくなるな。

 

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 

 



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12 「一期一会、出会いって大切だな」

2016.3/5
11話~20話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/26
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 「エテジエ」

 

 フリアヒュルム皇国は王都から北東に位置する商業の街。

 

 リスルス川と呼ばれる大河の要所に建つ街で、南西に王都方面へ伸びてから西へ芸術の都と呼ばれるアルブレス聖王国へと伸び、街の北東側で北と東に二又に分かれ、北は多数の鉱山を有する技術国のウィーリディス帝国へ、東は商業国家であるカルレウス共和国へと繋がるフリアヒュルム皇国の水運の要だそうだ。

 

 街の中へリスルス川から川が引かれており、小船による川港からの運送手段にとなっていて、街での交通手段にも用いられ、辻馬車ならぬ辻舟もあるとか。

 

 商業の街だが、それだけでなく、学業にも少なくない力が入れられており、当時の領主―― プリヴェラ・ルメルカート侯爵婦人 ――が人材育成を目的としてプリヴェラ学院を創立し、主に13から15歳の一般の者などを集め、学術の基礎を教える「普通学科」に、商業系職人を目指す者が集まる「商業学科」、生産系職人を目指す者が集まる「創作学科」、魔法の素質を持ち、魔法使い(中級以上の魔法を使える術士)や魔導師(最上級の魔法を二つ以上使える術士)などを目指す者が集まる「魔法学科」、騎士や冒険者を目指す者が集まる「武術学科」の五つの学科に分かれているという。

 

 また魔道具、マジックアイテムの作製も行なう技師、「魔術技師」や「魔工師」などのこともあり、選択授業で別の学科の授業を受けることも出来るなどの自由性も持たれているらしい。

 

 なお、貴族は王都の方にある皇立学院というところに入るのが一般的で、生徒間の問題で階級差別などはほとんどないそうだ。

 

 

 以上、東門の門番小隊長、ティグリスさんから聞いたエテジエについての話しからの要約でした。

 

 

 

 

    突然の拾「商業の街 エテジエ」

 

 

 

「何やってんすか、隊長……… 」

 

「乗っても良いよ、つうから乗せさせてもらった」

 

 日が天辺に近づき始めたころ、やっと門まで辿り着き、検問を受けられる番になったところで、先ほどの若い衛兵とは違う当番の衛兵さんから掛かった第一声に、タロウスに乗ったまま悪びれた様子もなく、笑顔で返すティグリスさん。

 

 そしてタロウスから降りると「ほんじゃ、行こうか」と先へ進みだした。

 

「え、ちょ、隊長!? 」

 

「検問は俺がやっておいたから大丈夫だぞ~」

 

「そういう問題じゃないでしょう! ちゃんと決まりは守らないと、というか仕事放っぽって一体どこ行こうとしてんですか! 」

 

 オレたちの疑問を代弁したらしい衛兵さん。それを受けてティグリスさんは「もう、しょうがないな~」と言った風に振り返ると説明を始めた。

 

「お前も見てた通り、このビックブルはヒトを背に乗せられるくらいに人慣れしてるが、不測の事態って奴が全くないわけじゃあない。

 だがそれもアーズ、そこの彼が一緒ならすぐさま対処できるそうだ。魔法も使えるってことだし、間違いは早々起きないだろう。

 んで、街の外にビックブルを置いていくことになれば、そういう理由でアーズも残らにゃあならない。そうなるとそっちのシャンフィ嬢ちゃん一人で、不慣れな初めての街で物を売ったり買ったりしなきゃあならなくなる。保護者無しの、子供一人で、だ。

 街の治安の一端を担う身としても、一人娘のいる親としてもそれは見過ごせんだろう?

 ならどうするか、つったら保護者代理を立ててやるか、ビックブルを連れて保護者のアーズも一緒に街に入るのが一番だ。

 でも保護者代理を立てるのは俺たちの中からじゃ物々しすぎるし、かと言って今時分に手が空いてて子供の面倒見れる知人なんて俺たちにゃいない。そうなると、やっぱりビックブルを連れてアーズも一緒に街に入ってもらうしかないわけだ」

 

「このビックブルを街に入れる理由についてはわかりましたし、多分問題はないんでしょう。あれだけ背の上で隊長にはしゃがれても大人しくしていたんですから。

 でも、それと隊長が持ち場離れるのとどう関係があるんですか? 」

 

「お前ね、飼い慣らされて大人しいとは言え、魔物を街に入れるんだぞ。見張りの一人も付けないとまずいだろう。

 それに、道案内がいた方が早くアーズたちの用事も終らせられる。言い方悪くなっちまうかもだが、それだけアーズたちが、魔物が街の中にいる時間を短く出来る。

 んで、見張り兼道案内役を俺が買って出たつうわけだ」

 

 そう胸を張って言い切るティグリスさんと頭を抱える衛兵さん。

 

「アンタここの責任者でしょうが、仕事中にホイホイ持ち場離れんで下さいよ! 」

 

「んじゃあ、お前が代わりに見張り兼道案内やる? 」

 

「え………」

 

 言われてタロウスに視線を向けて、次にオレの顔を見て、またタロウスを見てオレを見る、そして顔色が悪くなりだす衛兵さん。

 

「うっ、急に持ち場を離れたら腹痛が痛い病がががが」

 

 何気に失礼だなオイ。翻訳してくれてるシャンフィは愉快なリアクションに苦笑してるけど。

 

 ティグリスさんも苦笑を浮かべ、「そういうわけだから、あたー任せた」と腹痛が痛い病の衛兵さんに言って歩き出す。すぐにオレたちもその後を追う。

 

「さて、まずは買い取りして貰う予定だったな。

 しっかし、ヒートドラゴンの鱗を買い取ってくれるところとなると、そこらの店じゃあだめだよなあ、やっぱ」

 

 オレたちと並んだティグリスさんは少々困り顔を浮べる。なんでもヒートドラゴンの鱗は、その昔に邸が買えるほどの値で取引されたことがあるらしい。そりゃそこら辺の小さな個人経営の店じゃ、邸が買えるくらいの値にならずとも、買取は無理だわな。

 というか、鱗でそうなら鬣の毛や革、骨に肉も相当な値が付きそうな気がする。ただの火属性のドラゴンと思っていたんだが。

 

「フラウラー商会かトレフル商会辺りが良いか。そこなら俺のダチらが働いてるから、少しは顔が利くし」

 

 そう結論付けたティグリスさんは「こっちだ」と言って道案内してくれるのだが、やはりというか、なんというか人目がキツイ。オレたちの進む先で人集りが割れ、好奇の目や恐れの眼差しがザクザク突き刺さってくる。

 

ゾグジャサベボボグガスブリダギザ(どうやら結構歩くみたいだ)

 シャンフィ()タロウスビボデデギボグバ(に乗って行こうか)

 

 やっぱりフード被っとけば良かったかと思いつつも、そうシャンフィに声を掛ける。

 

 道行く人たちを少しでも怖がらせないために、せめてタロウスだけでも魔物だけど大丈夫ですよー、とアピールも込めるためにシャンフィに乗ってもらうことにしたのだ。シャンフィも言外のオレの意図に気付いたらしく快く了解してくれた。

 

 まぁ、視線がザクザク突き刺さってくるのは然して変わらないのだが

、やらないよりはマシだったはずだ。

 

 

 

 エテジエの町並みは一言で言えばベネツィアに似ている。実際に行ったことなんかないし、ここの川は人工の物らしいけども。

 

 街中を縦横に流れる川は話を聞いて想像してたものより川幅があり、荷を載せた船や辻舟が行き交い、白亜の橋が架けられていたりとなんとも賑やかで綺麗な町並みだ。商業だけでなく観光地としても有名そうな気がする。

 大通りを行く馬車の馬に馬糞袋を付けているのを見たし、街の衛生面も確りしているようだ。

 

 余談だが、タロウスにも馬糞袋のような物を付けている。材料はタロウスをテイムした帰り道やエテジエへ道々で狩った動物や魔物の革。

 魔法で色々いじってもいるので重さやら臭いやらの問題はない。でも使い捨て。

 今のところ定住の予定もないし、肥料を作る必要もないので、そのまま適当な森にでも穴掘って埋める予定だ。

 

 

 閑話休題

 

 

 東門から真っ直ぐ大通りを進んで右に曲がり、白亜の大橋を渡ると露店ひしめく通りに出た。

 相変わらずヒトは避けていくし、好奇の目がザックリザクザク突き刺さってくるが、恐れを抱いた眼差しは減ってはきている、と信じたい。時折オレを見て小さな悲鳴が聞こえたりするような気もするけども、それはきっと気のせいだから。だからお願い、信じさせて。

 

「フラウラー商会は主に織物やアクセサリー、貴金属なんかを扱ってる。

 んで、トレフル商会の方は色々手広くやってて、冒険者向けの小物や武具類なんかも扱ってるな」 

 

「どっちがちゃんと買い取ってくれそうですか? 」

 

「んー、買い取りならどっちでもちゃんとしてくれると思うぞ。ただ、今のおススメはフラウラー商会かな。ダチの話しだと最近、かなり腕の良い細工職人が入ったってんで、質の良い素材を集めてるらしいから、結構な値で売れるんじゃないか? 」

 

 人目を気にするオレをよそに何か話しているシャンフィとティグリスさん。 

 やっぱりグロンギ語しか喋れなくても、シャンフィにグランロア語を教わるべきか。話せずとも言葉の意味がわからないより、わかる方が断然良いし、読み書きや理解できる方が通訳してくれるシャンフィへの負担も減るだろう。街から帰ったら要相談だ。

 

 それにしても、予想よりシャンフィが気落ちしてなくて良かった。エテジエの街へ思うことは少なからずあるのだろうが、表面上はそういった様子は見て取れない。

 門前での出来事はあながち悪いことではなかったようだ。アレのおかげでシャンフィの中の「亡くなった両親と移り住むはずだった街」という考えが吹き飛んだのかもしれない。

 それにプラスしてティグリスさんの存在も大きい。その人柄は、自然と周りの雰囲気を明るい方へ持って行ってくれている。

 

 うむ、やはりティグリスさんと友誼を図るためにも、これからエテジエの街へ用がある時の出入りは東門に限定しよう。

 

『アーズ、ティグリスさんが鱗を売りに行くならフラウラー商会がお勧めだって言うんだけど、どうする? 』

 

 そう言ってタロウスの背からシャンフィは先ほどまでティグリスさんと話していた内容を教えてくれた。

 オレはティグリスさんお勧めのフラウラー商会で良いと思う。エテジエの街のことはおのぼりさん状態で右も左もわからないのだから、ここはティグリスさんの意見を聞いた方が吉だろう。オレのせいで大凶になりそうな気もしなくはないが。

 

 

 そんなこんなでティグリスさんに案内されることしばし、時折街を巡回してる衛兵さんに―― オレを見て恐々しながら ――タロウスについて見咎められつつも、ティグリスさんの執り成しで無事にフラウラー商会に到着した。

 

 

 白地に薄紅色の英字の筆記体のような文字が書かれたシンプルだが、センスの良さを感じさせる看板に、赤煉瓦と漆喰の壁が目を引く。

 店の前に小さい川があり、川縁に鉄柵が立ち並び、階段があって、その先に辻舟用らしい船着場があった。ティグリスさんの話では店の裏手には大川に隣接していて、積み荷を載せた船用の船着場になっているらしい。

 

 そんな大店がフラウラー商会。なのだが、なにか商会らしからぬ物々しいというか、普通じゃない雰囲気が伝わってくるのですが。

 

「そいじゃ、ボースって奴に俺の紹介で来たって言やあ、多分大丈夫なはずだから」

 

「一緒に来てくれないんですか? 」

 

「いやあ、俺も一緒に行ければ良いんだが。ほら、一応魔物の監視ってことで付いて来たから、いくら大人しい上で魔法で大丈夫なようにするつっても、見張っとかないとさ」

 

 シャンフィを降ろしたタロウスの背をポンポン叩きながら、そう言うティグリスさん。

 仰る通りなんですけど、オレたちだけだと非常に不安一杯なんですが。店から伝わってくる雰囲気からして、出来れば入りたくない。入ったらオレのライフはもうZeroにまっしぐらな気がする。

 

『アーズ』

 

「………ジョドグゲシュシュゾ(予防接種を)ボセバサグベズボゾロビ(これから受ける子供に)バダダビヅンザ(なった気分だ)

 

 心配してくれているのだろう、オレの羽織っているローブを掴み、上目使いで見つめてくるシャンフィに溜め息一つして、そう独り言つ。

 

 気乗りせずともやることをやらねばならないのが大人だ、と自分に言い聞かせ、まずはとタロウスの手綱代わりの縄を川縁の鉄柵に結ぶと、結界の範囲を定めるためその周りをぐるりと回り、一応にと呪文を唱える。

 

ガブギガスロボジョシ(悪意あるものより)グヂビガスロボゾラロシ(内にあるモノを守り)ガギバギドガラダゲジョ(外界と妨げよ)。【ベババギ(結界)ザヅゾグ(発動)

 

 呪文と共に回り歩いた足跡が浮かび、それが淡い光りを発してすぐに消える。

 これで簡易な物ではあるが結界は成った。至近から大砲でもぶっ放されでもしない限りは、何があっても大丈夫なはずだ。

 

「ほえ~、俺の知ってる魔法とは随分と違うんだなあ」

 

 何か言いながら張られた結界に触れてふにふにと確認するティグリスさん。

 

「それじゃ、タロウスのことお願いしますね」

 

「ああ、いってらっしゃい」

 

 ティグリスさんに声を掛けてからオレに行こうと促すシャンフィに手をつなぐことで応え、フラウラー商会へ向けて一歩を踏み出した。

 

 

 

 ガリガリガリガリ………

 

 何の音かと言われれば、オレの精神が現在進行形で削られている音だと答える。

 

 うん、まぁ、わかってた、わかってたさ、わかっていたよ。ティグリスさんが特別肝が据わってて偏見を持たない物すごい良い人だっただけなんだって。

 

 フラウラー商会の扉を開けて入って待っていたのは革鎧を纏い、槍を手に青い顔の警備と思しき人数名と同じく顔を青くしてカウンター向こうで恐々としている商人さん若干名。

 

 何この強盗襲撃を察知して、迎撃準備は万全だ覚悟しろ、みたいな状況。

 

 多分だけど、オレたちのことが既に噂になっていて、尾ひれ胸びれ背びれ腹びれがついてこの状況になったのではと思われ。

 門前払いや閉店して扉を固く閉じられなかったのは不幸中の幸いか? 交渉の余地があるんだから、そうだよね?

 

 こんなんで買い取り頼めるんだろうか、不安一杯てんこ盛りである。

 

「あ、あのー」

 

 

  ビ ク ゥ ッ ! ?

 

 

 店内に衝撃走る。というか、シャンフィの声にさえこの過剰反応って、ドンダケー。

 一体どんな噂が錯綜して流れ込んで来たんだか。怖くて聞けないし、考えたくもないけど。

 

「ボースさん、という方はいらっしゃいますか? 」

 

「………お、俺が、ボースだが」

 

 少々ざわついた後、カウンター向こうから押し出されるように出てきたのは大柄な体躯に焦げ茶色の髪の男。彼がボースだろうか? 名乗ったようだが、言葉がわからないから本当に名乗ったのかさえわからん。

 

「買い取ってほしい物があって、ティグリスさんの紹介で来たんですが」

 

「ティグリスの奴が……… というか買い取りって、一体何を? 」

 

 苦虫を噛み締めたような顔を浮べ、戦々恐々で逃げ腰な男。

 買い取りを頼むのはひとまずはシャンフィに任せるつもりだったんだが、この様子だとオレが無言でいる方が威圧が掛かって店の人たちの心労がひどいことになりそうだ。なんか誤解されてるっぽいし。

 

「ジジドゾサゴンングソボザ。ギヂラギゼロギギバサ、バギドデデブセバギザソグバ」

 

「え、あっと、ヒートドラゴンの鱗だ。1枚でも良いから、買い取ってくれないだろうかって言ってる」

 

「ヒートドラゴン!? 」

 

 急にオレが喋りだしてまた店内にまたビクっと衝撃が走ったが、それもシャンフィの通訳で驚きに変わる。ティグリスさんも驚いていたし、やはりヒートドラゴンの鱗は相当に希少なようだ。今度暇が出来たら、どうしてなのか調べてみようか。 

 

 ともあれ、懐から予め分けておいたヒートドラゴンの鱗数枚入りの革袋を出して、掌大の赤い鱗を一枚取り出して見せる。

 

「ほ、本当に……… ヒートドラゴンの鱗、なのか? 」

 

「そいつは、確かにヒートドラゴンの鱗だな」

 

 ボースは疑わしげに鱗を睨むが、その後から肯定の声が上がった。

 

「タルゴじいさん」

 

 声の主はカウンター向こうにいる一人、眼鏡を掛けた白髪白髭のご老人。

 

「8年くらい前か、遠目でだが、カルレウスのビッグオークションで見たことがある。

 あの時のは5枚セットで、もっと小さかったが」

 

 タルゴと言う名らしいご老人はそう言いながらカウンターから出てきて先程までの青い顔もどこへやら、商人の顔というのか、勝負時を見極めるような漢の顔でオレの持つ鱗を見つめている。

 オレは取り易いようにスッと鱗をさし出した。

 

「手に取って見てくれて良いですよ」

 

 すぐにオレの意図を理解したシャンフィが話しかけ、ご老人は恐れることなく鱗を手に取った。

 

「本物か? 」

 

「ああ、間違いない。

 傷も無くて、この大きさなら、一体どれだけするのか………

 わしらの判断じゃあ扱えんぞ」

 

「でも、大旦那さんは若旦那を連れて商談に行っちまってるし………」

 

「それなら、私が代わりにお受けしましょう」

 

 ()めつ(すが)めつ鱗を見るタルゴ老に話しかけるボース。シャンフィの通訳で、聞いた内容からどうにも間が悪かったようで、昼も近いし出直そうかと考え始めたところへ、カウンター奥から声が掛かった。

 

「大奥さま!? 」

 

 出て来たのは赤毛褐色肌をした妙齢のご婦人だった。

 

「フラウラー商会会長コンメルの妻、フラウラと申します。

 せっかっくのご商談に、内の者たちが失礼致しましたこと、お詫びいたします」

 

 そう謝辞を言ってご婦人は頭を下げた。

 

 ティグリスさんに続く特別に肝が据わってる人パート2のご登場でゴザル!

 

 すみません、日に続けてまともにお話しできる人に出会えてちょっとはしゃいでしまいました。

 

 しかし、大奥「さま」か、商会の会長である大旦那が「さん」付けなのに、その奥さんが「さま」付け。それに商会に付けられた名前。フラウラー商会(ここ)のヒエラルキーを垣間見たような気がする。

 

「お気になさらず。こんな身形ですので、誤解を招くのは仕方ありませんって言ってます」

 

「ありがとうございます。では、こちらへ」

 

 商談のための部屋へと案内されるオレとシャンフィ。さてはて、オレの持つヒートドラゴンの鱗は、どんな値段が付くのやら。

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 



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13 「誠実な商人さんって信頼できて良いよね」

 ※主人公は喋る言葉がグロンギ語に自動翻訳されるだけで、グロンギではありません。
 よって数字の読み方、数え方は0の概念が無く9進法で物を数えるグロンギと違い、普通に10進法を使うため、数字はパパン(1)やバギン(9(10))というようなグロンギ独自の読みではありません。


2016.3/5
11話~20話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/27
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 

「1枚でも良いから、と言っていたようですが、どれくらいお持ちに? 」

 

 通された商談用の部屋の高そうなソファーに座り、出された紅茶で喉を潤し、一息つけたところで早速商談へ。

 

「ザギショグガパゲデキュグラギデグ」

 

「えっと、大小合わせて9枚です」

 

 革袋から傷も欠けもない綺麗な赤い竜の鱗、大2枚、中3枚、小4枚の9枚全部を出して、テーブルに大きさ順に並べる。

 驚きで言葉も無い様子のフラウラ婦人。

 ヒートドラゴンの鱗はかなりの希少品らしいからな。状態が良くて複数枚どころか、3サイズずつ目の前に出されれば無理も無いか。

 

「出来れば即金でお願いします。この後に鱗を売ったお金でタロウス、外に止めさせて貰っているビックブル用の荷車とか色々買いたいので」

 

 シャンフィがオレたちの要望を伝えるが、フラウラ夫人は渋い顔をする。

 

「即金で、となると………一番小さい物一枚でも難しいですね」

 

「なら、一枚は、そちらの用意できる、良い値で構わないって言ってます」

 

「しかし、それは扱う物に適正な価値を付けるべき商人として許せることではありません」

 

「? 物を安く買って高く売るのが商人じゃないんですか? 」

 

 商人としての自身の矜持を述べたフラウラ夫人の言葉に疑問を持つシャンフィ。

 確かに商売とはそういうものだ。如何に原価を安くし物を売るか、商売人はその差額で儲けるのだから。

 

「たしかにそれも商人として正しいことだけれど、それは土地々々の物価の違いから、あるいは物を買う相手と交渉して互いに納得した上でのこと、何の話し合いも無く、適正な価値すら付けず、ただこちらに好きに値をつけて良いでは、それはあまりに不誠実です」

 

 腹芸なくして商人はやって行けないだろうが、しかしこうも誠実な人もいるものなのか。信用第一な客商売だからというのもあるんだろうが、この誠実さはこの人だから、て気がするな。

 

「………えっと、では、そちらが今、即金で用意の出来る、最低限の値を、前金とするのは、どうだろうか」

 

「前金、ですか? 」

 

 夫人の問い返しにオレはゆっくりと頷く。

 

「この鱗9枚を、あなた方商会を信用して預ける。

 鱗の売り上げの何割かを、後金としてこちらに、残りはそちらに、というのはどうだろうか、だそうです」

 

「確かにそれなら………」

 

 あごに手を当て考える仕草を見せるフラウラ夫人。何気ない仕草が絵になる赤毛褐色肌の美人さんである。若旦那と呼ばれるくらい―― 仕事を任せられるていることだろうから、恐らく若くて二十路前か二十代前半くらいか ――の子供がいるとは思えない若々しさもあって本当に美人さんである。大旦那さん爆発しろ。

 

 むぎゅ

 

 ―― シャンフィさん、何故に足を御踏みに? ――

 

 ―― なんとんなく鼻の下伸ばしてたような気がしたから。伸びるようにはなってないみたいだけど ――

 

 などとアホなアイコンタクトをチラリと交わしてる内に「では………」とオレの提案を煮詰めた案を出してくる夫人。

 

 紙面にして要約すると以下の通り。

 

 

 1.アーズ氏たち(以下甲)はフラウラー商会(以下乙)に「385(リオム)」と引き換えにヒートドラゴンの鱗9枚を預ける。

 

 2.乙は預けられたヒートドラゴンの鱗9枚で商売をなし、その売り上げから3割から4割を甲へ渡す。

 

 3.2の補足。ヒートドラゴンの鱗を加工した物の売り上げからは3割、そのままでオークションに掛けた物の売り上げからは4割とする。

 

 

 以上シャンフィ翻訳による紙面契約内容でした。

 

 まぁ、細々したところは省いたが、実際は用意された同様の文の書かれた二枚の契約書を隅の隅まで隅々と、そんな紙に穴が開きそうなほどに確りとシャンフィは契約書に目を通して訳してくれているから見落としは無い。

 

「では、サインを」

 

「はい」

 

 二枚の契約書にシャンフィが代筆でオレの名前、アーズとそれぞれに書き、その下にフラウラ夫人が名前を書き込んだ。

 

 一枚の契約書にヒートドラゴンの鱗9枚を入れた革袋を添えてフラウラ夫人へ、もう一枚の契約書は385(リオム)、晶貨3枚と金貨85枚の入った革袋と共にオレたちへ。

 

 ちなみに貨幣価値はというと以下の通りなる。

 

 銅貨一枚   :1(カヒイ)

 大銅貨一枚 :100(カヒイ)

 銀貨一枚   :1(セウン)

 金貨一枚   :1L

 晶貨一枚   :100L

 大晶貨一枚 :10,000L

 

 銅貨100枚で100K=大銅貨一枚。

 大銅貨100枚で10,000K=銀貨一枚、1C。

 銀貨100枚で100C=金貨一枚、1L。

 金貨100枚で100L=晶貨一枚。

 晶貨100枚で10,000L=大晶貨一枚。

 

 大晶貨は余程の大商人か上級貴族や王族でもない限りお目に掛かることはないので忘れて良いとのこと。

 

 なお、シャンフィ曰く、街で暮らすなら、エテジエなら贅沢をしなければ大体3人家族でひと月2C、銀貨2枚前後あれば暮らしていけるらしい、だそうだ。

 

 晶貨4枚弱。予想は立てていたけど、随分な大金を手にしてしまったな。

 

 

 

 商談を終えてフラウラ夫人に送り出されてフラウラー商会を後にし、タロウスを見てくれていたティグリスさんと合流。そして日もすっかり昇り切り、昼食時を少し過ぎ始めた頃合い。

 

 くきゅう~

 

 約一名の可愛らしい腹の虫の鳴き声に馬車購入は一旦後回しに決定。

 

 道中で―― 先日こっそりと夜襲した盗賊から巻き上げておいた小銭 ――大銅貨20枚と銅貨50枚を入れた革袋をシャンフィへ渡し、ティグリスさんオススメという串肉の屋台へ突撃させた。

 

「はむはむ、はむ」

 

グラギバ(うまいな)

 

 選び買って来たのは鶏もも肉の塩焼き。値段は一本銅貨10枚、10K。

 高いのか安いのかいまひとつわからんが、ティグリスさんがオススメする屋台だけあって美味いことは確かだった。

 味はシンプルに塩だけだが、絶妙な塩加減と焼き加減で肉の旨みを引き出している。大ぶりの肉に歯を立てれば口の中でジュワリと広がり溢れる肉汁がこれまた美味い。臭みもなくて、肉自体も結構良い肉を使っているのだろうか。

 

「うまいだろー。俺もよく買うんだよ、これ」

 

 と一応職務中なのでこちらのおごりを断り、自腹で買ったティグリスさん。

 

 そんな感じでタロウスに繋いだ縄を引いて食べ歩きながら、フラウラ夫人から貰った紹介状の馬車屋? へと向かった。

 

 相も変わらず人が避けて行ったりするが。

 

 

 馬車屋カパル。

 紹介状の馬車屋はエテジエの北側にある職人街近くにあった。

 

 馬車屋では辻馬車や馬車の貸し出し、馬車などの製造修理販売を専門的に行なっているらしい。

 

 で、まあ、その門戸を叩くわけだが、フラウラー商会でのこともあり、その前に紹介状を持ってシャンフィに先に行ってもらうことにした。

 これ以上、肝の据わった話のわかる良い人がこちらの都合良く現れてくれるというのはありえないだろう、さすがに。

 

「行ってきますね」

『行ってくるね、アーズ』

 

ビゾヅベデバ(気を付けてな)

 

「おう、行ってらっしゃい」

 

 ティグリスさんとふたりで笑顔で送り出す。

 

 そして。

 

「あぁ、なんだ……… て、シャンフィの嬢ちゃんいないと言葉わからねぇんだっけな」

 

バンバ(なんか)グンラゲン(すんません)

 

 困り顔で頭を掻くティグリスさんが何を言っているのか分からないが、とにかく謝っておく。

 

『ブモーゥ』

 

 タロウスの鳴き声がどこか虚しげに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 

 



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14 「お買い物です」

2016.3/5
11話~20話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/27
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 

「ごめんくださーいっ」

 

 

 馬車屋のカパルさん。

 テエジエの北側にある職人街の近くにあるお店で、辻馬車に馬車の貸し出し、馬車や荷車などの製造と修理、販売をしている一般的な馬車屋さん。建物は馬車を出入りさせるために広く大きく取られた出入り口を持った、(うまや)や作業場などを備えたコの字型をしている。

 職人街の近くにあるのは、製造とか修理とかが関係しているんだと思う。

 

 プリヴェラ学院は街の南側に在るらしいから、このまま南側に行かずに用事を全部済ませたい。理由は「なんとなく」で、自分でもはっきりしないんだけど、多分学院を見たら泣いてしまうんじゃないだろうか。そんな気がする。

 

 このテエジエは大好きなお父さんお母さんと移り住むはずだった街。本当はまだあまり来たくなかったんだけど、アーズに押し切られるように来てしまった。

 でも、来てみれば「案ずるより生むが易し」って感じで、ビックブルのタロウスの世話やアーズのための通訳やらで何かを気にする暇もない。

 

 それにしても、なんでみんなあんなにアーズのこと怖がるんだろう? 確かに強面といえる顔だし、話す言葉はこの世界じゃ聞いたことも無い不気味なグロンギ語だけども。それでも別に敵意を向けたり、殺気だって威嚇しているわけでもない。むしろ理性的に、できるだけ温和に接しているのに。

 強面で言えば竜人(ドラゴニアン)の冒険者さんとかの方が厳ついし大きいし、よっぽど怖いと思うんだけどな。

 

「はいよ、何の用だい」

 

 と、考えてる内にやって来たのは眼鏡を掛けた「竜人」のおじさんだった。

 

「………」

 

「うん? どうしたい? 」

 

「あ!? す、すみません!

 ちょうど竜人の冒険者さんの方がアーズ、私の親代わりのヒトより厳つくて強面だな、とか考えてて、えとその、すみません! 」

 

「はっはっは、面白い嬢ちゃんだのお。

 で、何の用なんだい? 」

 

「あの、馬車を買いたくてフラウラー商会からの紹介で来ました。

 これ、紹介状です」

 

「フラウラー商会から? 」

 

 掛けている眼鏡を直して私から受け取った紹介状に目を向ける竜人のおじさん。

 

「あの、親代わりのヒトと馬車を牽かせる子もすぐそこまで来てるので、呼んで来ますね」

 

 なんとなーく居辛くて足早に来た道を戻ることにした。

 

 

 

「これは、なんと、いうか………」

 

 連れてきたアーズとタロウスを見て、そんな第一声をこぼす竜人のおじさん。

 紹介状に何か書いてくれてあったのか、一瞬目を見開いて身構えたけど、なんとか思いとどまったという(てい)で、身体の力を抜いてみせた。まだ顔は引き攣っていたけれど。

 

 アーズと竜人のヒトの強面度合いを比べたら雰囲気とか抜きにすれば大差ないと思うんだけどな? みんな何をそんなに怖がるんだろう。

 

「………ボンタロウスビジバゲスダシャガゾギギンザガ、ゾンバロボガガスザソグバ」

 

「このタロウスに、ビックブルに牽かせる馬車が欲しいんだが、どんなものがあるだろうか、って言ってる」

 

「あ、ああ、ひとまず、今すぐに用意できるのは荷馬車か二頭立ての幌馬車、あとは四頭立ての箱馬車だが………」

 

 毎度になりつつある反応に溜め息まじりになりながらも、めげずに馬車について問うアーズに、どこか腰の引けている様子で答える竜人のおじさん。

 

 提示された値段は荷馬車が25(リオム)で金貨25枚、二頭立ての幌馬車が46L20(セウン)で金貨46枚と銀貨20枚、大きな商会を持つ商人さんみたいなお金持ち向けの四頭立ての箱馬車が61L80Cで金貨51枚に銀貨80枚。

 

 四頭立ての馬車でも余裕を持って買えるけど、アーズはどれにするんだろう?

 

 そしてしばし思案したアーズはこう言った。

 

「えっと、四頭立ての箱馬車と、二頭立ての幌馬車を買うから、四頭立ての箱馬車に幌馬車を、牽引できるようにしてくれないか、って言ってます」

 

「四頭牽きの馬車に二頭牽きの馬車を引っ張らせるってのか、ビックブル一頭に? 大丈夫なのか? 」

 

「えーと、元々馬の牽く馬車ほどの速さは求めていないから問題ない。ゆっくりとならビックブルの力で充分いける、だそうです」

 

「まあ、そうまで言うなら箱馬車に幌馬車を牽かせるのは荷馬車用の牽引器具を上手く使えばできるだろうし、出す物さえ出してくれればやるが」

 

 アーズは晶貨1枚と金貨8枚、108Lの馬車の代金とタロウスに合せるのも含めた馬車の改造費用とちゃんとした手綱などに銀貨70枚、70Cを引け腰の竜人のおじさんへ私を通して渡し、私たちは馬車の改造が終る頃までの間、必要な買い物をすませることにした。

 

 

 そうして買う物はと言うと、大まかに衣類に食料と雑貨の三つ。

 嵩張る物、重い物を後回しにするならまずは衣類で次に細々した雑貨、最後に食料と言ったところだけど、アーズのアイテムボックスがあるから、そんなの気にせずに買い物できるんだけどね、ホントは。

 ティグリスさんが一緒だから気軽にアイテムボックスを使うわけにも行かないから普通に買うことに。

 

 アーズ独自の魔法だ、で通せばティグリスさんは問題ないような気もするけど。

 

 ティグリスさんの案内で服屋さんに道具屋さん、野菜屋さんに肉屋さんへ足を運び、買う物を買っていく。

 

 服屋さんでは主に古着で私の服を買い、後はアーズのチートな知識と技術で裁縫するために布とハサミに針と糸をいくつか。

 道具屋さんでは旅に必要なものを主に買い、他に薬扱いの香辛料を幾つかとアーズが薬草の調合用にと乳鉢など色々買っていた。

 最後に野菜屋さんと肉屋さんで、それぞれ新鮮な野菜と鶏肉や豚肉を買い、そして来た道を戻るように馬車屋のカパルさんへ。

 

 怖がられながらの買い物で、残金は276Lほど。

 

 馬車の購入を除くと、服屋さんと道具屋さんでのアーズの買い物が一番高い買い物になりました。

 

 

 

「お、おおう、戻ってきたかい」

 

 アーズを前に相変わらず引け腰の竜人のおじさん。

 

 そうして持って来られた四頭立ての大きくりっぱな箱馬車に、幌馬車を牽引できるよう繋げただけあって見た目はチグハグで不恰好な馬車。いえ、牛の魔物であるタロウスが牽くから、もうこれは牛車かな。

 

 ちなみに、街を出た後にアーズがチート全開で、牛車を見た目から何から魔改造する予定です。

 

 幌の掛かった後ろの牛車の方へ買って来た荷物を載せて、タロウスを牛車に繋ぎ、竜人のおじさんにお礼を言って東門を目指して出発。

 

 私は疲れただろうというアーズの言葉に甘えて、箱馬車、前の牛車の方へ乗って帰ることに。御者台にはアーズとティグリスさんが乗ってゆっくりと進んで行く。

 

 そして元箱馬車はお金持ち用というだけあって椅子の座り心地が良く、ゆっくりと進む揺れに、自分で思う以上に疲れていたのか、私は街から遠く離れるまでぐっすりと眠ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 



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旅は道連れ、世は情け
15 「初めての行商」


2016.3/5
11話~20話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.2/27
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 カランコロンカランコロンカラン カラガラカラ

 

 元四頭立ての大きな箱馬車に、同じく元二頭立ての幌馬車が牽引されて、牛の魔物 ビックブル、タロウスが牽く牛車として商業の街 エテジエから西へ伸びる街道を進んで行く。

 

 牛車となった元馬車は当然の如く、オレのチート能力全開で魔改造済みだ。

 まず元箱馬車から悪目立ちする金持ち然とした装飾を取っ払い、頑丈でシンプルな作りに作り変え、内部は狭いながらも快適な居住空間を実現。

 御者台から中へ出入りすることも、後ろの牛車の方へ行くことも出来るように扉を前後にも追加してある。

 そして広くした御者台から牛車内の椅子と寝床はバネの利いたクッションを仕込んだどんな揺れでも座り心地は崩れぬ自信作。無論両車共に板バネを利かせたサスペンション完備も忘れてはいない。

 さらに車輪に魔法も効かせてあるからどんな悪路も平常運行可能な代物だ。

 下手すりゃ貴族どころか王族でもなきゃ乗れないような物に仕上がった気もしないではないが、元手はただ同然。問題ない。 ……………多分だが。

 

 いや、まさか自分だって冗談半分で石から鉄を錬金が出来ないかなって、某錬金術師よろしくパンッてやってバッてやったら出来ちゃったんだもの。

 シャンフィと一緒に声も無く「うわーさすがにないわー」って感じにドン引きしましたよ、ホント。

 後はそのままの勢いで、もう開き直って出来た鉄を粘土よろしく叩いて伸ばして切って形にしたり、最初からバネの形に錬金したりと、チートを使うのは予定通りとはいえ、まあやってる自分も毎度呆れるチートっぷりだった。

 

 カランコロンカラン ガラカラカラガラ

 

 タロウスの首に掛けた∀'sと刻印が入った大き目のカウベルが小気味よく鳴り響き、魔法で普通の馬車並に速度を上げた牛車の車輪が回る。

 

 ちなみに速度上昇の魔法の呪文は単純に『スピードアップ』。グロンギ語で言うと「グミミゾガムム」になるが、固有名詞に当たるようで普通に発音できた。日本語でだが。

 ともあれ、イメージ次第では制限時間付きながら某サイボーグの加速装置ないし某赤いカブトムシのクロックアップ染みたことも可能なチート魔法に仕上がってしまった代物である。

 使えと言われてもそんな風には絶対使わない、使用禁止の禁じ手だ。主にこれ以上チートな力はいらない的な意味で。

 

 

 あれから、エテジエには羊皮紙や羽ペンにインクなどの個人用の雑貨類を買うのと身分証明を作るのに冒険者ギルドと商業ギルドに入会するため、もう一度行っている。勿論街にはティグリスさんのいる東門から。

 そして物の見事に怖がられた。両方のギルドで。

 商業ギルドは仕方ないにしても、冒険者ギルドェ……… 冒険者のクセに怖がるなよ。魔物相手に戦うこともあるでしょうよ。

 まあ、シャンフィが空気を読んでというか、ことさらに子供っぽく明るく振舞ってくれたおかげで誤解なく入会できたが。

 

 商業ギルドには必要手続きと共に入会費用大銅貨50枚、5,000(カヒイ)を支払い入会し、マジックアイテムの水晶に手をかざし、登録を行ってギルドカードを受け取り、ギルドについての説明を受けた。

 

 冒険者ギルドはギルドカードの作製費用大銅貨3枚、300Kの支払いと出された用紙にシャンフィ代筆で名前や年齢など必要事項を書き込み、登録後ギルドカードを渡されて商業ギルドと同じく、ギルドについての説明を受けた。

 なお、冒険者ギルド所属の冒険者には受けられる仕事の難易度や危険度からランク付けがなされており、S.A.B.C.D.E.F.と、Sを最高ランクとしてFが最低ランクなっている。

 ランクアップは請け負った仕事のランクや達成数などによって昇格試験を受ける資格を得て、ギルドから課せられた試験に合格することでなされるそうだ。

 当然入ったばかりのオレのランクはFだ。ランクを上げる予定もないし、怪我などの何がしかの理由がない限りは、月に一回以上依頼を請けなければ除名かランクを下げられるというのさえ気を付ければ問題ない。

 

 余談だが、冒険者ギルドの入会用紙への必要事項書き込みの際、ジョブや特技などはビーストテイマーと調合などと申請し、入った日の内に薬草採集の仕事をこなしている。

 

 

 

    突然の拾壱「行商の旅、最初の村」

 

 

 

 行商の旅に出た現在、旅の行き先は商業の街「エテジエ」から西南西の方向、フリアヒュルム皇国を出てアルブレス聖王国を目指すことにした。

 その理由はオレもシャンフィも一緒。

 

 エルフとエルフの街を生で見たいから。

 

 しょうもない理由だが、目的がある旅ではないのだし、気の向くままでも良いのではないだろうか。

 

 まあ、物が売れず収入なくても、その気になればチート能力で自給自足できちゃうからの余裕なんだけども。冒険者ギルドにも入っているからそっちで稼ぐっていう手もあるし。

 

 とは言え、仮にも一応行商人。進行方向の村々に寄って物を売り、生計を立てねば、行商人になった意味がない。

 村で売る物は我がアーズ∀'s印の包丁や鍋といった主に金物などの雑貨類に薬草から作った薬。薬はその場で問診して調合もする予定だ。

 また、大きな街では屋台でも出して簡単な料理でも売ろうかとも考えている。お好み焼きとかたこ焼きとかね。

 

『村にはもうそろそろで着くはずだけど、ちゃんと売れるかな? 』

 

 夕暮れが差し迫る中、一緒に御者台に座るシャンフィが、どこか落ち着かずにピョコピョコと獣耳を動かして言う。

 エテジエの商業ギルドで得た旅情報通りならば馬車ほどの速さなら今日の内に村へ、「カロロ」と言う村へ着く。

 

 そこで明日、初めての行商をする。

 

 しかし、多分というか、なんというか、毎度の如くヒトに無意味に怖がられるオレのせいでお客さんはほとんど来ないのではなかろうか。せめて言葉が通じれば、グランロア語が喋られればマシなんだが。

 

 ………そう、オレの言葉(グロンギ語)が通じない以上、売れるか売れないかは半分以上が売り子役をやるシャンフィの肩に掛かってしまっているのだ。情けないことに。

 

ガギショバサバンゼロ(最初からなんでも)グラブギブドパ(上手くいくとは)ゴロデデギバギバサザギジョグヅザ(思っていないから大丈夫だ)

 ジドヅズダヅデログセセダゴンンジガ(ひとつふたつでも売れれば恩の字さ)

 

 だからこんなことしか言えない。子供に頼りきるしかないなんて、大人として本当に情けない限りだ。

 

『ん~、でもがんばるよ!

 売る物はみんな良い物ばっかりなんだから! 』

 

 がおーとでも言う感じに両手を挙げて、尻尾をピョンと立ててそう宣言するシャンフィ。なんとも可愛らしく微笑ましい。

 

 そうだな、言葉が通じればだの、大人として情けないだのと暗くなっていても仕方ない。只でさえ怖がられるのだ、辛気臭くしてたら余計に怖がられるという物だろう。少しでも明るく堂々としていよう。シャフィへの負担が幾らかでも減るように。

 

 

「………」

 

『あー、あははは………』

 

 夕日に照らされて無事辿り着いたカロロ村。

 

 そこで牛車から降りて、どうしたもんか頭を悩ますオレに自棄気味に苦笑いを上げるシャンフィ。

 

 そのカロロ村は今ちょっとした騒ぎになっていた。突然魔物が村に入り込んで来たのだから当然だろう。

 村人さんたちが、自警団らしい男集が(くわ)やピッチフォークやらを持って遠巻きにこちらを警戒している。

 

 そう、オレのことも然ることながら、すっかりとタロウスが牛の魔物だということを失念していた。

 エテジエではティグリスさんの計らいで大きな騒ぎにならずに済んだが、他でも上手く行くとは限らないことに思い至らないとは、エテジエで上手く行き過ぎて備えるために必要な思考が止まってしまっていたか。

 

「ボンタロウスパ、ダギバビラロボンビックブルザガ、バギバサギデジドバセガゲデガス………」

 

「え!? あ!

 このタロウスは、確かに魔物のビックブルだが、飼い慣らして人馴れさせてある。危害を加えなければ暴れるようなことはないから安心してほしいって言ってる」

 

 俺の聞き慣れない言葉(グロンギ語)に慄く村人さんたちに慌てて通訳するシャンフィ。

 やましいことは何もない。少しでも明るく堂々としていようと決めたのだから、誤解されたならそれを解くために率先して動かねばどうする。

 

「えーと、自分は商業ギルドに属する行商人のアーズ、この娘、私はシャンフィ。

 旅の途中で長居する気はない。ただせめて一晩だけでも逗留を許しえもらえないだろうかって言ってる」

 

「………あ、アンタら、本当に行商人、なのか? 」

 

 物売りは諦め、村に泊まることを頼むため軽く頭を下げて待つことしばし、村人さんたちの自警団、男集の先頭に立っていたガタイの良い30代後半くらいの、無精ひげの男性が声を上げた。

 周りから「村長」と声を掛けられたことから彼がこの村の村長なのだろう。どうにも村長というと杖を突く腰の曲がったおじいさんというイメージがあるから、そこはかとなく違和感を感じてしまうが。

 

 ローブの懐に手を入れるフリをしてアイテムボックスの穴を小さく開き、一枚のカード、商業ギルドで作った真新しい銀色のギルドカードを取り出し、村長に見えるようにかざす。

 

「これが自分の商業ギルドのギルドカードだって言ってます」

 

 ギルドカードは登録を行なう際、魔力などの波長をカードに記録し、登録した本人が待つことで偽造不可のホログラムのようなギルドのマークが浮かぶようになっていて、登録した本人以外が待つとマークは浮かばないようになっている。

 

 そして無論のこと、今オレの持つギルドカードにはしっかりと商業ギルドのマーク、「真円のメダルに金貨を載せた天秤」の絵が浮かんでいる。

 

 恐る恐る歩み寄り、ギルドカードを覗き見て、俺の顔を見る村長。

 

「た、確かに、商業ギルドのギルドカードだが、本当にこのビックブルは大丈夫なのか? 」

 

 判断しかねる困り顔で、わずかな白髪まじりの茶髪の頭を掻きながら、村長はタロウスに目を向ける。

 

「えっと、さっき言った通り、危害を加えなければ暴れるようなことはない。

 タロウスはむしろ素直で大人しい子だ。信じられないならゆっくり背を撫でてみると良いって言ってます」

 

 そう言ってオレもタロウスに目を向ければ、「ブモーゥ」と一声鳴いて我関せずと言った風情で道端の草を食べ始めた。お前のことで問題になっているんだから、少しは関心を示せコラ。

 

 しかし、家畜の牛と変わらないその仕草で毒気を抜かれたのか、村長は信じてくれたようで。

 

「………確かに、大人しそうだな」

 

 と溜め息まじりに言って肩の力を抜いた。そして後へ振り返って男集に手を振り、「大丈夫だと」言い、その緊張を解かせる。

 

「アンタら、行商人ってことだが、何を売ってるんだ? 」

 

 改めてオレたちに向き直り、そう問いかけてきた村長。そしてオレは、村長のその問いの言葉をオレに訳してくれたシャンフィの頭を撫でて、言外に任せたと伝える。

 それを理解したシャンフィは尻尾用穴開き半ズボンから出た白黒縞模様の尻尾をピンッと立て、元気一杯の笑顔で村長たちに向き直り、大きな声で説明しだした。

 

「うちで主に扱っているのはお鍋に包丁、ハサミに針の金物の雑貨類!

 でもでもそんじょそこらの金物とはわけが違う!!

 錆びにくく壊れにくい、折れず曲がらず、刃こぼれ知らず! そんな微量だけども魔法付与がされた逸品ぞろい!!

 微量でも魔法が付与なんてされた品、街で買おうと思ったら2、30(リオム)、ううん70L以上は行くお高いお値段!

 でーもでもでも、初行商ご奉仕価格で赤字覚悟の価格破壊!!!

 イッチバンッ高い物でも金貨3枚の3L! 一番安い物はたったの銅貨20枚の20(カヒイ)ほどという信じられない超お値段!!

 この機を逃したらもう二度と手に入れられない、かも、な超逸品だよー!! 」

 

 がおーという勢いで両手を挙げ振り、一気にまくし立ててセールスするシャンフィ。真面目にやってる本人には失礼千万だろうが、シャンフィから伝わる必死さが、なんとも微笑ましい。何を言っているのかさっぱりわからないのが、残念でならないくらい。ホントに、なにこのかわいいいきもの、と言いたくなる。

 

「あ! あとお塩とお砂糖。それにアーズが作ったお薬も売ってるよ。症状を言ってくれれば、その場で調合だってしちゃうんだから! 」

 

「アンタ、薬師でもあるのか? 」

 

 何かオレに話しが振られたのかと思えば、シャンフィの通訳で薬師なのかという問いにオレは無言で頷く。

 医師免許も薬剤師免許やらもない世界だ。確りとした知識と技術さえあれば薬師だ医者だは名乗った者勝ちである。

 事実、大きな街に居るような腕の良い医者よりも、オレは知識も技術も上だろう。チートのせいで。

 その上に魔法まで使えるから、良くも悪くもなおタチが悪い。

 

 ちなみに塩と砂糖は当然錬金。元手はタダだが、さすがに商業ギルドで聞いた定価で売るつもりだし、生成もわざと粗くして不純物混じりにしてある。他の商人やらに睨まれたり、出元を詮索されたくないからな。

 

「アーズは魔法も色々使えるから、多分、街のお医者さんよりもすごいよ」

 

 自慢げに「えっへん」と胸を張るシャンフィ。恐らく話の流れからオレのことを自慢しているのだろうが、出来れば勘弁してほしい。なんとなく気恥ずかしいし、何より妙なフラグが立ちやしないか心配になるんで。

 

「そうか………」

 

 シャンフィの言葉に一瞬考え込んだ村長だが、男衆に声を掛けられて我に返り、オレたちの弁護をしてくれたのか、男衆たちは解散していった。

 

「………アンタら、村に滞在するのは良いが、問題だけは起こしてくれるなよ」

 

 何か他にも言いたげな表情ではあったが、どうやらオレとシャンフィの村への逗留は認めてくれるようだ。

 

 

 こうしてカロロ村一日目の騒動は終わり、酒場兼宿屋に泊まったのだが、当然のように夕食を取った酒場で怖がられた。そして疲れからなのか妙なテンションのシャンフィは「ベッドかたーい♪ 」と牛車の良すぎる寝床と比べて固いベッドにはしゃいでいた。

 

 

 

「はーい、よってらっしゃい見てらっしゃい!! 」

 

 翌日、盗難防止やタロウスへのいたずら防止の結界を張っておいた牛車に宿から戻り、早速商売を始めることにした。

 売り物はオレが錬金した鉄を加工し、行き過ぎないように微量に魔法を付与した金物の雑貨類をメインに、子供向けに軽い木で作った大小の鞘付きの木剣に、錬金したワタを用いエテジエで買った安い厚手の布で作った大きいのと、麻で作った小いくまのぬいぐるみ、というかテディベア。そして薬草採取から調合して作ったオレ謹製の薬と乾燥させた薬草類。

 

 大きな麻の御座をひいて、その上にそれらを広げ、シャンフィを売り子に客を待つ。

 

 頑張るシャンフィのおかげで昨日居合わせた男集だろう男性たちが何人か来て覗いてくれているが、相も変わらず怖がられ、避けられているオレ。

 

 オレが陣取り座る薬と薬草類を売る御座を別にして正解だったが、薬は売れそうにないなこりゃ。街でもそう売ってない良い物も揃えているんだが。

 

「あ、あの………」

 

「! はいはいはーい、お薬ですね。色々取り揃えてますから、症状なんかを言ってくれればすぐご用意しいますよー♪ 」

 

 薬を求める客が来ないことに、もはや諦めの境地になってきていた俺の方へ、恐々(こわごわ)と引け腰でやってきたのは20代半ばくらいの、どこかやつれた女性だった。それに気付いたシャンフィが素早く声を掛けた。

 

「あ、うちの子のための薬が欲しいのだけど………」

 

 声を掛けてきたシャンフィにホッとしながらも、オレを怖そうにチラチラと見ながら答えていく女性。

 

『アーズ、このヒトの子供が病気で、そのためのお薬が欲しいって言ってるんだけど………』

 

 シャンフィの聞き出した話によれば、この女性、奥さんの数えで10歳になるお子さんが半身麻痺で、ほぼ寝たきりなのだそうだ。

 5、6歳の頃から足が動かなくなり始め、今では腰から下はまったく動かせず、その上で時折頭や胸に痛みを訴えるそうだ。

 医者も居ない村故に原因はわからず、街の医者に見せたくとも病のお子さんは短い旅でも耐えられそうになく、親である奥さんたちに出来ることは一番近い隣り村にいる薬師から痛み止めなどの薬を貰って来ることくらいしかないらしい。

 

 数え歳で10歳ということは、9歳か……… 痛みを伴う半身麻痺で歩くことが出来ない9歳児、か。そういやそんな薄幸のキャラいたな、魔砲少女モノで。エピローグと次シリーズではそんな面影一切なくなってたが。

 

 と、脱線した。

 

 実際に病で苦しんでる子供を持つ親である奥さんに対して不謹慎だったな。

 しかし、痛みを伴う半身麻痺か、どう考えても薬だけで治るようには思えん。原因を調べるためにも魔法を使った治療が必要だろうか?

 

ジガガギビゴンボゾリゲデロサゲバギバ(実際にその子を診せてもらえないか)

「!? 」

 

「えーと、実際にその子を診せてもらえないかって言ってます」

 

「うちの子を、ですか………」

 

 シャンフィと話していたオレが突然話しかけたせいか驚く奥さん。

 驚かれて引かれたことにちょいとショックを受けたオレに、小さく苦笑しながらも冷静に通訳するシャンフィ。

 

「自分は魔法が使えるし、医術の心得もある。治せると言いきれないが、最低でも病の原因はわかるかもしれないって言ってます」

 

「!? 

 ほ、本当に! 本当にうちの子を、ヴィントを治せるんですか! 」

 

「お、落ち着いて、落ち着いてください!

 えっと、治せるかは保証できない。どういう病なのか実際に診て調べないことにはって」

 

「すぐに、すぐに連れてきます!

 だから、どうか、どうかヴィントをお願いします!! 」

 

 やつれた様子もどこへやらという(てい)で、奥さんは勢い良く深々と頭を下げて言い募ると、すぐさま取って返すように走り出した。

 

 いや、連れてこんでも、案内してくれるなら家まで行ったんだがな。一旦店仕舞いして。

 お子さん、ヴィント君? 背負って連れて来たりして大丈夫なのかね。

 

 

 

 そんなことがあって待つことしばし。ヒトが集まりだした。

 

 ただし、遠めに。

 

 恐らく、さっきの奥さんとのやり取りで噂がすぐ広がり、ヴィント君の病を治せるのかどうか気になって見に来たといったところだろうか。

 どうせ集まるなら、もう少し近づいて何か買っていってほしいんだが。オレの方に来て、薬を買ってくれとか贅沢言わんから。

 

『アーズ、来たみたいだよ』

 

 先程の奥さんに連れられて、ヴィント君らしき男の子を背負って来た男性、恐らく奥さんの旦那さんなのだろうが、そのガタイの良い身体付きと白髪まじりの茶色の髪には見覚えがあった。昨日会って話した村長だ。

 

 なるほど、昨日オレが薬師でもあると聞いて、何か言いたげな顔をしていたのは息子のヴィント少年のことだったわけか。

 で、奥さんが勇気を振り絞ってオレのところへ来たのは、旦那さんである村長にそれを聞いていたから。

 

 昨日の様子から言って村長の方は息子の病を半ば諦めているっぽいな。そうでないならあんな顔せずに藁にも縋る思いで息子の病状を打ち明けているはずだ。

 

 まあ、仕方がない。

 ココは大小どちらの病院もすぐ見つけられて行くことが出来て、ちゃんとした医療を受けられる現代世界の日本などとは違うし、代わりに魔法があるとはいえども、万人に手が届くというわけでも万病に効くわけでもない。そんな世界で身内に難病を抱えた者がいたら、長い闘病を続けることになれば、治ってほしいと思いながらも半ば諦めてもしまうだろう。

 

 そんなことを考えながら、御座に広げられていた薬や薬草を仕舞い片付けて、ヴィント少年を診る為のスペースを作る。

 

「あの、この子がうちの子です。お願いします! どうか、どうか! 」

 

 もはやオレを怖がることなどなく、奥さんは勢い込んで縋りつくように言い募ってくる。

 

「ゴヂヅギデ、リスドギダダギジョグ、ゼビスガギシンボドパグスンゼガンギンギデゾギギ」

 

「落ち着いて、診ると言った以上、出来る限りのことはするので安心してほしいって言ってます」

 

 御座に奥さんに支えられるように座らされたヴィント少年に怖がられないよう意識しつつ、務めて温和に、温かみが出るように言葉を紡いだが、当のヴィント少年は病のせいか気だるげで顔色も悪く、怖がられているのか今ひとつ読み取れない。

 

「これから触診、足に触るが、怖がらず力を抜いてくれって。

 あ! 何か痛いとか苦しいとか感じたら、どこがどうだとか遠慮せず言ってね。大事なことだから」

 

 通訳しつつ何かオレの言い忘れたことをシャンフィが付け足してくれているようだ。本当にシャンフィ(この娘)には頭が上がらない。

 異形の身体(こんな身)でまさかSYOUBAI(ショウバイ)が出来て、こんな風に医者の真似事まで出来るなんて、この世界で目を覚ました時から思いも寄らなかったことだから。

 

 さて、ヴィント少年の足を軽く握るように、マッサージのように触っていく。ゆっくりと膝を曲げたり、時折傷が付かない程度に爪を立てるように抓って様子を見るが、ヴィント少年にこれといった反応はない。完全に麻痺していて感覚がなくなっているようだ。

 

 触診をやめて、顎に手をやり考える。

 半身麻痺は間違いないみたいなんだが、何か妙な感じがするんだなあ。こう、勘のようなものなんだが、ヴィント少年の身体を侵している病は医学的なものじゃないような気がするのだ。脊髄神経がどうのこうのというようなものではないのではないか? と。時折感じるという痛みも腰とか背中ではなく、胸の痛みに頭痛。下半身の麻痺に関係なさそうな部位だ。

 

 まさか、いや、でも、調べる価値は、あるか。

 オレはすぐさま目と額―― 触覚と逆三角に並ぶ三つ目 ――に力を込め、超感覚を駆使してヴィント少年の身体を視る。

 

 勿論視るのは身体機能、ではなく魔力の流れ。

 

「……………」

 

「おい、どうなんだ」

 

「ボンボパグンガギギ」

 

「この子は運が良いって」

 

「なんだって、どういうことだ? 」

 

「ヴィントは治るんですか!? 」

 

「えーと、この子の病名は名付けるなら「魔力障害」。持って生まれた高すぎる魔力が、未熟な身体機能に悪影響を与えて、半身麻痺を引き起こしたんだって。

 あと、頭痛や胸の痛みは「チャクラ」が原因だって言ってる」

 

「ちゃくら?」

 

「大なり小なり、魔力を持った生き物全てが持つ、魔力や気、強い生命力を生み出す中枢点のことだって。

 ヒトは身体の中心線に沿って、頭頂、眉間、喉、胸(心臓)、腹、腰、股下の七つの箇所にそれがある。

 この子は眉間と胸のチャクラが、普通の子供よりも強く活性化していたせいで未成熟な身体が耐えられなくて痛みに襲われていたんだって言ってる」

 

 インストール知識にあったことを説明するが、魔力に神経がどうのこうのは省いた。これ以上 神経とか専門的なこと言っても理解できんだろうし。

 

 しっかし、まさか………あの不謹慎な脱線が、魔力搾取と魔力過剰の違いがあったとはいえ、病の原因究明のヒントになろうとは。

 

「えーと、うんと、このままなら持って2、3年。長くは生きられないって」

 

「そ、そんな………」

 

「ッ………」

 

 病の説明の後、付け加えた一言に悲痛な顔を浮べる奥さんと村長。

 

 でも、オレは最初に言ったはずだ。

 

「ザガサボンボパグンガギギ」

 

「だからこの子は運が良いって言ってる」

 

「どういうことだ、おい! 」

 

 オレはヴィント少年から離れ、おもむろに立ち上がると、売り物などの荷物を載せている幌の掛かっている牛車へ向かい、オレは「ある物」を手に取り戻る。

 

「高すぎる魔力が身体に悪影響を与えているなら、簡単だ。その魔力を弱めてやればいいって」

 

 ヴィント少年に近づきながら、もったいぶったことを言う俺の言葉もちゃんと訳してくれるシャンフィ。

 

 オレは「持って来た物」を奥さんと村長とヴィント少年に見えるようにかざす。

 

 『魔力封じの腕輪』を。

 

 これは、作った物への魔力付与の実験の際に幾つか作った魔道具で、本来は旅の途中に出くわすだろう、魔法を使う盗賊なんかの悪人を捕らえた時に使おうと用意したものだ。勿論魔道具なのでサイズフリー。ハメたらその腕に合せて伸縮するようになっているから子供でも身に付けられる。

 そしてその中でも、持って来たこれは魔力を封じる力は弱いものだが、ヴィント少年にはちょうど良いだろう。完全に封じてしまっては、ある意味で天性の才ともいえる高い魔力がもったいない。

 

「この「魔力封じの腕輪」、魔道具を着ければ、強すぎる魔力も弱まり、痛みも半身麻痺も治るだろうって」

 

「それじゃあ、ヴィントは! 」

 

「助かる、のか………」

 

 感極まった奥さんとは対照的に旦那さんの村長はどこか少し苦々しげだ。オレが商人で、この魔道具「魔力封じの腕輪」が、その商品である以上持ち上がる問題に考えが及んでいるのだろう。村長として色々村のことを考えることが多いだろうとあってなかなか聡明なヒトのようだ。

 

「金銭の心配は要らない。今は10Kほど払ってくれれば、残りはいずれこの子に払ってもらう。出世払いでなって言ってる」

 

「出世払い? どういうことですか? 」

 

 首をかしげる奥さんと困惑顔の村長に「「魔力障害」を患うほど強く高い魔力持っているということは、ある意味で天性の才ともいえる。学ぶべきところで学べば、ヒトカドの魔導師か魔道具製作者(魔術技師)になれるくらいのな」とシャンフィを通して伝える。

 

「うちの子が、ヴィントが魔導師か魔術技師に」

 

「無論、確りとしたところで学ぶ前に、病で衰えた足や身体を鍛えなおすのが先だ。それで歳と共に丈夫な身体を得られれば「魔力封じの腕輪」も要らなくなるだろうって。

 とは言え、全ては本人次第。自分の足で立って歩いて走れるようになるには、辛く苦しい思いをし続けなければならないし、魔法を学ぶことも同じだって」

 

「………ゃ……」

 

「ヴィント? 」

 

「ぼく、やるよ。がんばる………」

 

 それまで顔色悪く気だるげで、何も喋らずされるまま大人しくしていたヴィント少年が、この場で初めて言葉を口にした。その弱々しい声はしかし、決意に満ちていた。

 

 その決意に応えるようにオレは頷き、「魔力封じの腕輪」にヴィント少年の腕を通した。

 

 

 

 その後、感極まった奥さんと旦那さんの村長に涙ながらに礼を言われ、ヴィント少年は来た時同様に村長に背負われて家路に着いた。

 それでまあ、この出来事を切っ掛けにヒトが少し集まり、医者の真似事をした。さすがに飛ぶように物が売れました、とは行かなかったが、それでもオレが無意味に怖がられることがなくなったのは嬉しい収穫だ。

 

 宿の酒場でも特に目立って怖がられることがなく食事が出来て、その日は固いベッドも気にならず、良い夢が見れた、ような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 



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16 「偉そうにヒトのこと言えるほど、偉かないんだがな」

2016.3/5
11話~20話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/3
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 

 

「バガギボドヅバパズビジョパデデギスガギビバヅゾギセス。グボギギヂセスガガランギデブセ」

 

「えーと、長いこと使わずに弱っている足に活を入れる。少し痺れるが我慢してくれって」

 

 ヴィント少年の診断からカロロ村滞在三日目。

 

 オレとシャンフィはヴィント少年のリハビリのために―― 村の人々からもあまり怖がられなくなったこともあって ――少々逗留を伸ばすことにした。

 

 物を売り、医者の真似事をする合間にヴィント少年用の木製車椅子や松葉杖などのリハビリ道具をチートで一日で作り上げ、ヴィント少年やその両親である村長と奥さんにリハビリの仕方を教えたり、作った木製車椅子で村を散歩することを勧めたり、と色々やっている。

 

 そして晴れの日の今日、村長の家の庭先で母親である村長の奥さんが見守る下、魔法を使っての電気刺激による、弱った筋肉の増強を行なっているのだ。

 実際、現代医療でそんなことをリハビリでやって良いのかわからんが、そこは魔法。治癒魔法による癒やしと併用で何とかなるのではと考えている。

 

 治癒魔法は「現代医療」のインストール知識を漁り、何とか細胞の再生回数を減らさずに済むようなイメージを補完。そして自分で一度実験している。傷付きにくい頑強な身体を自傷するのはすこぶる骨が折れたが。

 

 というか、コレ、応用すればテロメアを増やせて若返りや不老化とか出来ちゃいそうなんだが。

 

 ……………うん、オレは何も知らないし出来ないよ。そうだって言ったらそうなんだ。フラグが立つ様なことは何もしていないから問題ないったらないんだ。うん。

 

 そう自分に強く言い聞かせつつ、ヴィント少年のリハビリ治療を続ける。

 

「ッ………」

 

「すごく痛かったら我慢しないで言うんだよ」

 

 左手で脛を、右手で太腿に触れ、強さに気を付けながら電気刺激を行なっていく。そして1分置きに収縮を繰り返した筋肉へ治癒魔法を施し、溜まった筋肉疲労の鍵物質、カリウムイオン「K+」を分解、次いで乳酸などを魔法で作り出して添加、筋肉の疲労回復を促すのを数秒で終える。

 コレを左右の足に約3分ずつ、計約6分行なった。数え年で10の9歳児にあんまり無理はさせられない。コレが大人なら足一本に10分以上くらいやるところかな。

 

「コレで終わり。しばらく休んだら、お母さんと一緒に足を動かす訓練をするようにって」

 

 腰を落としたまま、木製車椅子に座ったヴィント少年にシャンフィを通してそう言う。子供と会話する時は目線を合せてあげるのは、大切なことだと思うんだ。例え言葉が直接通じなくても、ね。怖がられないだけマシだ。

 

「ありがとう、ございました」

 

 そう、ヴィント少年はオレに確り目を合せて礼などを言う。肝が据わってるからオレが怖くないと言うよりも、「命の恩人のお医者せんせい」だから怖くないといった感じだろうか。

 

「………」

「………」

「………」

 

 しかしじーーーっと刺さる視線の主たちはオレは怖いだろうな、と思いつつ、立ち上がりチラリと村長の家の庭先から離れたところに立つ一本の大きな木を見やる。

 

「ぅわッ!? 」

 

「ば、ばか! 」

 

「あんたもばかよ! 見つかっちやうでしょっ! 」

 

 などと目が合ったのに驚き、慌てて木の影に隠れる男の子二人と女の子の子供3人組。

 3人とも10歳前後といった感じで、恐らくだが、木製車椅子で家の外に出られるようになったヴィント少年、歳の近い男の子が気になって見に来たといったところだろうか。

 

 そんな子供たちの様子にシャンフィと目を合わせ、共に苦笑を浮かべる。

 

「キョグパデンビロギギ。ジャグルガギザ、ガンモビギブンロギギザソグ」

 

「今日は天気も良い。休む間、散歩に行くのも良いだろうって」

 

 ヴィント少年に友達が出来ると良いと思いながら散歩を勧め、オレたちはその場を辞した。

 

 

 

『アーズのご飯が食べたいです、安西先生』

 

バンザギビバシ(何だいきなり)? 」

 

 宿の一階にある朝と昼の間の閑散とした酒場、というよりは食堂といった風情の場所はカウンター近くの隅の席に陣取り、チャヂャ茶という、緑茶に似た味の茶色い薬草茶を飲みながら物売りと医者の真似事前に、英気を養うのに一息入れていたところへ、シャンフィがぐってりとテーブルにつっ伏しながらそんなことを唐突にのたまった。

 

『カッチカチ固いパンも塩味だけのお肉もスープも、もういやや。

 ふわっふわのパンとちゃぁんと味付けされとーと料理が食べたかとですたい』

 

 混ぜこぜな方言を使った無茶苦茶なイントネーションでそんなことを言うシャンフィ。

 

 いまさらだが、グランローア大陸の食文化はどうも大陸全体的にメシマズらしい。某騎士王が駆け抜けた時代のイギリス並に。

 パンは茶色くて固くてカチカチのペッタンコ、スープやシチューは肉のあるなしを除けば碌に切っていないほぼ野菜まるまるの薄い塩味のみ。良くて素材の味を生かした素朴な料理、悪くて碌に手を入れていない、手抜きどころではない雑な料理。

 ちなみにココの宿の料理は幸い前者だ。料理を作るおかみさんと旦那さんの腕は良いのだろう。

 

 魔物なんかが跋扈している世界だからなのか、料理の味や技術に気を回す余裕などないのだろうか? 短いながら旅をして、それくらいの余裕はあるように思うんだがな。エテジエで食べたティグリスさんオススメの屋台、鶏もも肉に似た肉を使った塩焼きは美味かったが。ああ、でもどの屋台も塩味しかなかったな、そういえば。

 ともあれ、基本的にメシマズ文化なんです、と言われればそうなんだろうなと思う以外に判断付かん。

 

『ア~ズ~ぅ~』

 

 ともあれ、オレのチート能力を駆使して再現した懐かしい現代料理の味を口にして、すっかり舌の肥えたシャンフィには元のレベルの食事は一日二日は許容できても三日以上は限界のようだ。

 

 短い付き合いの、出会って初めての我が侭で、その上に通訳などでオレ一人ではどうしようもないことを色々補ってくれているので、我が侭の一つくらい聞いてやらなくもないが、村の中でチート能力を使って料理をするのはさすがにまずいだろうと思う。特にパンを焼くのはチート魔法で擬似オーブンの形成なんてやるので人目を引いてしまうだろう。

 宿の厨房や窯を借りられればチート能力を使わずに料理もできる用意はあるのだが。

 

「………チュグドグバ(厨房か)バラゾバギデロサゲスバ(窯を貸してもらえるか)ゴバリガンダヂゾ(女将さんたちを)ゲドドブゼビダサバ(説得できたらな)

 

 さすがにSYOUBAI(ショウバイ)に続けてRYOURI(リョウリ)まで出来るようになるのは無理がないかと思いつつ、溜め息まじりにそう告げれば――

 

『行ってくりゅっ! 』

 

 ――ガバッと起き上がってそう宣言した。噛んだのにはつっ込んだ方が良いだろうか?

 ちょっぴり頬を赤くしてシャンフィは席を立ち、すぐさまカウンターへ、その向こうにいるおかみさんたちに声を掛けに行く。

 

 さて、仮に厨房か窯を借りられたとして、ここでRYOURI(リョウリ)が出来るとして何を作ろうか。窯が使えるならシャンフィリクエストのパンは決定として、後は無難にスープ系、シチューかな?

 厨房か窯を借りたお礼にってわけじゃないけど、女将さんたちに味を気に入ってもらえたならレシピを渡せる方が良いし。

 

 

『アーズ! 厨房と窯の隅なら借してくれるって! 』

 

 などと考えていたところへ喜び勇んで戻ってきたシャンフィ。その後から恰幅に良い肝っ玉母ちゃんといった感じの女性、この宿兼酒場の女将さんが付いて来て何か言ってきた。シャンフィ曰く、「あんた、料理が出来るのかい? 」とのこと。オレはそれに「ロンザギバギ(問題ない)」と言い、頷きを返した。出来ちゃうよRYOURI(リョウリ)、と内心で小さく動揺しながら。

 

 シャンフィ、恐ろしい子……… !

 

 などとアホな冗談を心で言いつつ、席から立ち上がった。

 

 

 まずはと牛車へ向かい、人目を避けて虚空の穴、アイテムボックスを開き、食パン用の金型とアプルの実(異世界産リンゴ)を使った自家製酵母の生種、シチューに使う香辛料と自家製ベーコンと自家製ホールトマトを取り出すことにする。ホールトマトは缶詰ではなく瓶詰めだが。

 自家製ホールトマトは湯剥きで皮を剥いたポママ(異世界産トマト)を水煮、塩水で煮て出来た物を冷まして瓶詰めにしただけで、チート能力は冷ますのと瓶の殺菌や空気抜きに使ったくらいだ。

 自家製ベーコンは簡易な燻製器を作り、旅の途中で狩った猪の魔物の肉を使って作った物だ。

 

 ちなみに、アイテムボックスはやはり中に入れたものは時間経過や劣化をしないようだ。あれから随分と経つのにドラゴンの肉は鮮度に変化がなかった。まあ、言いかえればボックス内では発酵や熟成はできないことでもあるわけだが。

 後生き物も入れられないようだ。手掴みで捕まえた生きた川魚を入れようとしたら、見えない壁に阻まれてしまった。

 

 

 閑話休題

 

 

 そうして必要な物を揃えて酒場に戻り、料理に必要になる材料を告げて材料費を払い、厨房にお邪魔させてもらう。

 

 

 先に時間を喰うパン生地作りを始める。

 オル麦(異世界産小麦)粉はオル麦粉の全粒粉を使う。というより宿の厨房にあるのが全粒粉しかない。チートを使えば強力粉でも中力粉でも薄力粉でも、真っ白なオル麦粉に変えるなり、錬金で小麦粉を作るなりできるだろうが、そこは敢えて―― 悪目立ちを避けるなどの意味で ――この世界で一般的なオル麦粉の全粒粉で行く。シャンフィリクエストのふわっふわのパンとはいかないかもしれないが、柔らかいパンには出来るだろう。

 

 厨房にあった木のボールを借り、それにぬるま湯と塩少量にオル麦粉、そして自家製酵母の生種を入れ、出来るだけふわふわになるように酵母の発酵を促すために砂糖少量をかけ、後はそれらを粉気がなくなるまでよく混ぜ合わせる。

 

 粉気がなくなり、大小の細長い粒の集まりのようになったら、まな板などの広いところに出して生地がしっとりとして、弾力が出てくるまで確りとこねる。

 

 こね終わったら、引っ付かないようにボールに少量の油をひき、丸く纏めた生地を入れて清潔な濡れ布巾を被せ、放置して一次発酵。生地が二倍程度膨らめばOKだが、室温の感じから言って8時間近く掛かりそうなので、今からでは昼に出すのは無理そうだ。チート使えばすぐだろうが止めておく。二次発酵を含めてパンは夕食で我慢してもらおうか。

 

 パン生地を発酵させているその間、昼に間に合いそうなシチューを作る。

 

 作るシチューはちょっぴり辛いトマト、もといポママのシチューだ。

 自家製ホールトマトと自家製ベーコン以外の材料は次の通り。カージニ(異世界産ニンジン)、テト芋(異世界産ジャガイモ)、キャギ葱(異世界産玉ねぎ)のオーソドックスな具材だ。

 

 各具材の皮を剥き、一口大の大きさに切って湯を張った鍋へ入れて煮込み、次いで香辛料、乾燥トガラン(異世界産チリペッパー)少量とホールトマトのポママを粗微塵に切り、ホールトマトの汁と共に鍋へ。

 後は塩で味を調えればOKだ。

 

 厨房を貸す監督役として見ていた女将さんは薬に使われるトガランを料理に使うのに驚き、出来上がるポママの真っ赤なシチューに興味深そうな表情を見せた。塩スープが基本で、半透明の物が主流の食文化では確かに珍しいことだろう。

 

 味見をしてもらったところシャンフィ曰く、「辛いけど美味いねぇ。うちのメニュー加えてみたいよ」とのお言葉を賜った。

 

 その言葉に気を良くしたオレは、元より気に入ってもらえたなら教えるつもりだったとシャンフィに頼み、用意した羊皮紙にホールトマトの作り方とピリ辛ポママシチューの作り方に、自家製酵母の作り方を含めたパンの作り方を書いてもらい、後でおかみさんに渡すことにした。

 

 パンの方もきっと気に入ってもらえることだろう。

 

 

 

「ラズパレゾドジデ、バサザンヂバサゾブギデボボソギズバビ」

 

「まずは目を閉じて、身体の力を抜いて心静かにって」

 

「はい」

 

 シチューとパンを作った翌日の今日。治療後、ヴィント少年に乞われてオレたちは魔法を教えていた。

 

 と言ってもオレのチート魔法とこの世界の魔法は違いすぎるから、教えられるのは魔力を扱うための精神集中、基本は基礎の基礎だけだが。

 

 ちなみに今日は曇り空故、場所は村長の家のリビング。

 

「ジダギバルベンゾヂサバビギギビゾルベデ」

 

「額か胸のどちらかに意識を向けて」

 

 ヴィント少年が生まれ持つ強いチャクラ、魔力中枢に意識を向けさせることで精神集中を助け、同時に魔力を感じやすいよう誘導する。

 

 

 そうそう、昨日の昼と夕の酒場は俺がこの村に来て特に賑わったと思う。

 昼に多めに作り、昼食を食べに来たお客たちにも振舞われたピリ辛ポママシチューは好評を得て、数は少なかったが食パンもおかみさんと旦那さんを始め好評を得ることが出来た。

 

 予定通りシャンフィに書いてもらったレシピをおかみさんたちに渡し、独占せずに広めてくれるようお願いした。

 やっぱり自分ばかり作るより、誰かが作った美味しい物を食べたいしね。特にパンはこのまま広まって、どこの村や町でも気軽に食べられるようになれば嬉しい限りだ。

 

 

「ズバブギビゾグデデ、ザギデ、ギンボキュグ。

 バンジスララゼンギンゾバガセスラリョブゾギレレジグス」

 

「深く息を吸って、吐いて、深呼吸。

 感じるまま全身を流れる魔力をイメージする」

 

「す~~、は~~」

 

 言われるまま素直に目を閉じて静かに深呼吸するヴィント少年。

 車椅子に座るその身体をチートな感覚器官の力で見れば、ゆっくりと魔力が巡っているのを見て取れる。

 

「どうだ、何かを感じるかって」

 

「んっと、なんだか身体がポカポカする、気がする」

 

「その感覚を忘れないように、身体を鍛えなおすのと同じように毎日やるようにって言ってる」

 

「はい」

 

 ヴィント少年は返事と共に目を開け、オレを怖がることなく見つめ返した。本当に素直で良い子だ。ちょっと将来が心配になるくらいに。

 

「魔法の基本はイメージだ。イメージさえ確りしていれば、後は魔力さえ足りていれば魔法は発動する。

 しかし、その魔力の加減が難しい。足りなければ魔法は発動せず、多過ぎれば暴発や暴走を起こして、自分だけでなく、周りのヒトたちも傷付ける。魔法は、強い力は危険な物だということを忘れてはいけないって」

 

 何だか偉そうなこと言ってるが、その実、実体験である。

 この世界にこの身体で放り出されて現実逃避中のことだ。身に覚えのない知識や技術が頭の中にある気持ち悪さに(さいな)まれていたクセに、魔法が使えるとわかると、わくわくドキドキのハイテンションで一時それを忘れ去った。

 そして遠見や結界があまりに簡単にできたせいもあって、深く考えず適当に魔力をぶち込んで、「ジガガヅマパパ(必殺パワー)!!」とか叫んじゃって、その挙句に間近にドでっかいカミナリ落として大爆発を起こし、盛大に吹っ飛ばされて岩肌に叩き付けられ、半日の間 激痛やら混乱やらで行動不能に陥ったのだ。

 引き起こされた惨状も相俟って、それ以来から加減を覚えた今でも攻撃系魔法だけは怖くて使えない。

 あの時はオレ独りきりだったから良かったものの、傍にヒトがいたら一体どうなっていたことか。考えるだけでゾッとする。

 

 そんなことがヴィント少年の身に起きないよう願いつつ、「だから本格的な魔法はちゃんとしたところで学びなさい」などとシャンフィを通して念を押した。

 

 

 そうしてヴィント少年への診療と魔法講座基礎編を終えて村長の家を後にし、迎えた昼。

 

 酒場にてシャンフィがとある情報を聞きつけた。

 

 カロロ村から西への道沿いの森で魔物らしき大きな狼を見たというのだ。

 狩りに出ていた猟師の話で普通の狼の二回り以上も大きいく、毛は灰色で背は白かったらしい。

 

 大型の狼の魔物は、捕まえて調教(テイム)したいと決めてある獣や魔物の内の一つ。

 狼はシャンフィの護衛用にと考えていて、特に大型の狼の魔物はいざという時のシャンフィの足になってもらいたいと考えていたから、旅に出てこの早い時期に見つけられれば実に好都合と言える。反面、最近の幸運ぶりに何か失敗しないか心配になるが。

 

 ともあれ、カロロ村への逗留も予定より長くなってしまったことだし、これは良い切っ掛けだろう。

 

 シャンフィに狼の魔物の捕縛とテイムを含めて明日、カロロ村を発とうと伝えて出立の準備をし、宿の女将さんたちに明日 宿を出ることを伝えてもらう。

 

 そうしたらあっと言う間にそのことが村のヒトたちに伝わり、その日の夕食時の酒場はちょっとしたオレたちの送迎会の様を体した。どうやらオレが思っていたよりも村のヒトたちに打ち解けてはいたらしい。腕の良い薬師、魔法も使える医者は薬師も医者も居ない村にとって得難いものだから、なおのことなのだろうけれども。

 

 夕食に振舞われたのはレシピを渡したピリ辛ポママシチュー。オレが作ったものより辛さは抑え目ではあったけれど、とても美味しかった。

 

 

 そして翌日、村長と奥さん、ヴィント少年らに見送られてオレとシャンフィはカロロ村を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 

 

 

 

 

 

 とある余談。

 

 「柔らかいパン」と「ピリ辛ポママシチュー」はカロロ村の名物となって広まり、病弱だった少年は数年後に元気な身体でエテジエのプリヴェラ学院に入学。さらにその後に天才魔導師としてフリアヒュルム皇国から世に名を馳せることになる。∀'sと刻まれた魔力封じの腕輪をお守りにして。

 

 

 



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17 「初見で怖がられるのにも慣れた、と思いたい」

2016.3/5
11話~20話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/3
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 ▽† 冒険者 †▽

 

 

 広義的には依頼の下で護衛を始めとした様々な仕事をこなす傭兵ないし冒険者ギルドに属する者を指す。

 しかし、冒険者ギルドに所属する冒険者はギルドで仕事の斡旋が受けられ、情報などのサポートも受けられるため、フリーの傭兵は少ない。

 

 冒険者ギルドを示すマークは「盾の上に剣と槍と杖が交差した」絵。

 

 冒険者の主な収入源はギルドから斡旋された依頼の他に、討伐した魔物の体内などから採取できる魔石がある。

 魔石は魔法の触媒や魔道具の主要素材として高値で取引がなされているため、腕の立つ冒険者にとっては良い収入源となっている。

 

 ギルドへ所属するには成人していれば、(数え歳で)15歳であれば、ギルドカードの作製費用300(カヒイ)とギルドで出された用紙に必要事項を書き込み(代筆可)、マジックアイテムの水晶に手をかざして登録を行い、ギルドカードを作製するだけで済む。

 ギルドカードは冒険者の身分証であり、そのランクを示すものであり、またギルドからの討伐依頼用に討伐された魔物の種類と数、何日以内に討伐したかをカウントする機能があることから冒険者の仕事上なくてはならない物でもある。

 ギルドカードを紛失した場合、再発行に罰金などを含めて5,000Kが必要となる。

 

 冒険者ギルドでは冒険者自身に受けられる仕事の難易度や危険度からランク付けがなされており、S、A、B、C、D、E、Fと、Sを最高ランクとしてFが最低ランクとなっている。

 冒険者のランクアップは請け負った仕事のランクや達成数などによって昇格試験を受ける資格を得て、ギルドから課せられた試験に合格することでなされる。

 冒険者のランクによってカードの色が変わり、ギルドカードの色はFとEが茶色、Dが灰色、Cが銅、Bが銀、Aが金、Sが紅に金のライン、という風になっている。

 その色からランクは通称でウッド、スチール、ブロンズ、シルバー、ゴールド、ルビーゴールドと呼ばれている。

 

 依頼失敗には罰則金が科せられと共に、度々依頼を失敗するなどの問題行為を起こす冒険者はランクを下げられ、場合によっては問題を起こした町にあるギルドのサポートを一切受けられなくなり、ブラックリストに載せられて各国各町のギルドへ通達されることもある。また犯罪に手を染める者などとなると除名処分され、場合によってはギルドから賞金が懸けられて討伐依頼が出されることもある。

 

 ギルド傘下のD以上の冒険者には、有事の際に国からの召集に応えなければならない義務がある。

 

 怪我などの何がしかの理由がない限りは、三か月に一回以上依頼を請けなければランクFは除名、ランクE以上はランクを下げられる。

 

 ギルドで受けられる仕事はソロであればランクFは同じFまでであるが、上位ランクの者たちと合同であれば上のランクの仕事を受けることは可能。ランクE以上になれば自身のランクと同ランクの物と1ランク上の仕事を請け負うことが出来るようになる。

 

 2人から6人でチームを組むことを「パーティー」と言い、パーティー内で一番ランクが高い者に準じた依頼を受け負うことも出来る。

 

 

 また複数名による志し同じくする者たちの集まりを「クラン」という。

 

 

 

 

    突然の拾弍「新しい出会いは冒険者」

 

 

 

『見つかった? 』

 

ギジャ(いや)

 

 西(西南西)の方角はアルブレス聖王国を目指し、カランコロンカラカラと牛車を進めながらオレは【遠見】でカロロ村

で聞いた大きな狼の魔物、大狼探索を出発から続けているのだが、二日経っても未だ発見出来ていない。

 

『猟師さんの見間違いだったのかなあ』

 

ゴセドロバ(それともか)ログドグベンシャビバサセダバザバ(もう冒険者に狩られたかだな)

 

 御者台の隣りでタロウスの手綱を握りながらぼやくシャンフィに、もう一つの可能性を言う。

 【遠見】使っても見付からないとなると、既にオレたちの行き先にはいなくなっていると考えるのが妥当だろう。見かけたという猟師の見間違いだったか、冒険者に狩られたか、もしくは西以外の方角に大きく移動してしまったか。

 どれにせよ、今回は縁がなかったと諦めた方が良さそうだ。

 

 いざという時のシャンフィの足の方は、何か別の、魔道具とかを作るとかを考えた方が良いかもしない。

 

 自転車、スケボー、ローラースケートにインラインスケートなどを思い浮かべ、作るに当たってチートを使うか否か、使わないなら主要材質はどうするか、素材は揃えられるか、使う場合はと、それぞれに幾通りもの設計図を頭の中で組み上げる。

 

 そうして御者をシャンフィと交代しながら牛車を進めて日が暮れて、休憩地点と思しき道の交わる開けた場所へ出た。

 

 休憩地点に辿り着いたのは良いのだが、その休憩地点には先客がいた。

 冒険者と思しき4人の男女、剣士の男性に魔法使いらしい格好の女性のヒューマー2人と鎧姿の赤いドラゴニアと僧侶らしい軽装のドワーフと思しき背の低い男の2人。それに森に2人分の人の気配が動き回っている。恐らく薪でも拾いに行っているのだろう。

 

 で、やっぱり警戒された。

 

 魔物のビックブルに牛車を牽かせているのは当然としても、オレにまでそういう目を向けんで下さい。ちゃんと服着てヒトらしい格好して御者台に座ってたんだから。

 

 ひとまず会釈を返し、距離を置いて野営の準備、といっても寝るのは箱牛車の中でなので、夕食のためのカマドを作る程度なのだが。

 タロウスの世話を終えるとシャンフィに薪拾いを任せて、ほど良い大きさの石を集めてカマドを作り、カマドに木炭をくべて魔法で火を点け、水を魔法で作り出して満たした鍋を乗せて湯を沸かしていく。

 そして幌の牛車から降ろすフリをして以前に買った兎肉や野菜をアイテムボックスから取り出し、それぞれを一口大に刻んで鍋へ入れてお玉で灰汁(あく)を取りながら煮込み、チート能力で香辛料やら錬金やらで一から作った取って置き、カレー粉をざさーっと入れる。

 

『わ♡ 、今日はカレー!? 』

 

ガガ(ああ)、スープカレー()

 

 薪拾いから戻ったシャンフィが嗅ぎ付けた匂いに喜びの声を上げる。

 まあ、正確にはカレー味スープだが、野営故に手早く簡単に作らなければならないので仕方ない。固いパンにしみ込ませるならさらさらなスープの方が良いし。

 固いパンなのは人目があるから。お隣の冒険者さんたちを気にしてだ。距離があるから大丈夫だとは思うが、そこは一応行商人、声をいつ掛けられても良いようにしておかねばね。怖がられてて可能性は低そうだけども。

 

 シャンフィが拾ってきてくれた薪をくべてコトコト煮込むことしばし、食欲をそそるカレーの香りに待ちきれなさそうにそわそわと動く獣耳が四つ。

 

ジョヅヅ(四つ)? 』

 

 良く見ればシャンフィの隣りに座る狼の獣人らしき女の子がひとり。ショートヘアの灰色の髪に同じ毛色の獣耳、ふっさりとした尻尾をゆらゆら揺らして鼻をひくつかせたりしながらジーっと鍋を見つめている。

 

「シャンフィガン(さん)ゴドバシンゴンゴジョグガンパザセゼグバ(お隣のそのお嬢さんは誰ですか)? 」

 

『ふえ? え、あ!? 誰!? 』

 

「? 」

 

 シャンフィが驚いて日本語で誰何(すいか)したために意味がわからなかったのだろう、狼の女の子はこてりと首を傾げた。

 

「あっと、あなた誰? 」

 

「リュコ? リュコはリュコだよ」

 

 改めてグランロア語で問うたシャンフィに言葉を返す女の子。編み上げのブーツにピッチリとした黒のズボンと緑色の長袖に黄緑のミニスカワンピースを重ね着し、革のベルトと胸当てとグローブを身に着けたその身形から先客であった冒険者たちの仲間、恐らく薪拾いで森の中を動き回っていた気配のひとりなのだろう。

 しかし、冒険者なら数え年で15以上のはずだろうに、シャンフィが歳の割りに確りしているせいもあるのか、この子が童顔だからなのか、どこかシャンフィよりも幼く見える。

 

「あっちにいる冒険者さんたちのところの子、だよね? 」

 

「うん」

 

「あの、アーズ、この人が怖くないの? 」

 

「うん」

 

「なんでこっちに来たの? 」

 

「うん」

 

「………明日は晴れのちぶた」

 

「うん」

 

 名前を答えてからはそれっきりでシャンフィの声に碌に応えていない様子のお嬢ちゃん。煮込み中のカレースープに釘付けで、(よだれ)を垂らさんばかりに見つめている。

 

 お手上げポーズを見せたシャンフィから、名前を聞いたところから今のやり取りまでのことを聞き、苦笑する。このリュコお嬢ちゃん、見た目だけでなく、その言動も子供っぽいようだ。

 

 苦笑しつつ、もう充分煮えたカレースープをお玉でかき回し、チートで作った木のお茶碗にすくって味見。カレー粉を少し加え、塩胡椒で味を調える。

 

 別のお茶碗にカレースープをよそい、(さじ)をさしてリュコお嬢ちゃんの前に差し出す。パアーッと輝くような笑顔を浮かべて受け取ろうとするリュコお嬢ちゃん。

 

 しかし、オレはスイッとその手をかわして一言。

 

「ダデダベセダビジュグカヒイザサギバ、ゴジョグチャン」

 

「えっと、食べたければ20(カヒイ)払いな、お嬢ちゃんって言ってる」

 

「むぅっ、ケチー! 」

 

「ケチで結構、仮にもオレたちは商人だ。格安で物を売っても、意味もなくタダで物をやるほどお人好しじゃあないって」

 

「うう~」

 

 く~きゅるる~とお腹を鳴らし、潤んだ目で上目使いに睨んでくるケモミミ少女なリュコお嬢ちゃん。

 

 なにこのかわいいいきもの………

 

 

 ……………はっ!? 

 

 

 あ、あぶないあぶない。うちにもかわいいいきものさん(シャンフィ)がいなかったら、危うく貢いでしまうところだった。

 

「ボセパラゾグゼゾゾンギダギンゲンバビブドジャガギビ、サラザラバブグシゾチョグゴグギデヅブダダボグギンリョグゼガジヅベギダドブゲギスープ……」

 

「えーと、これは魔法で保存していた新鮮な肉と野菜に、様々な薬を調合して作った香辛料で味付けした特製スープ。

 食材の乏しい野営で食べられるなら、普通一杯3(セウン)か5C取っても良いくらいだ。それで20Kは破格の値段だぞって言ってる。

 付け加えると、このスープ作れるのって、今のところアーズだけだから、この機を逃したらもう二度と食べられないよ」

 

「う~」

 

 お腹をきゅくるく~と鳴らしながらリュコお嬢ちゃんはカレースープの入った木のお茶碗を見つめ続けた後、おもむろに懐から小さな可愛らしいピンクのリボンが付いた革袋、財布を取り出すと銅貨20枚を抜いて手を突き出した。

 

「はい、20K」

 

 降参だと言うように耳と尻尾を垂らしてそう言った。

 

「ラギゾガシ」

 

「毎度あり、だって。

 あ、お椀とスプーンは食べ終わったら返してね」

 

「うん、わかった」

 

 中銅貨2枚を受け取り、カレースープの入ったお茶碗を差し出して手渡す。

 リュコお嬢ちゃんは手に持ったお茶碗をふうふうして一口飲むと、すごく美味しいと言葉なく表現するように、コレでもかと満面の微笑を浮べて仲間の下へと帰って行った。

 

 さて、これを切っ掛けにお隣の冒険者たちとお近づきになれれば良いんだがな。

 リュコお嬢ちゃんのような娘と一緒に旅するヒトたちなら、きっと面倒見の良い、良いヒトたちのはずだ。そうあってほしい。

 こっちも一応だが、冒険者でもあるし、同業者とは気の良いヒトたちなら仲良くしたいし、旅は道連れなんとやら、向かう先が一緒なら、牛車に乗せて行くのもやぶさかじゃない。

 

 さあて、アーズ特製カレースープ、お買い求めして頂けるや否や、だな。

 

 

 

 俺の名はフェフ。23歳、ヒューマーの男だ。

 両手剣「ツヴァイハンダー」を愛剣とする剣士。そして「自由気まま、気の合う仲間と共に」を標榜するこのクラン「翼の剣」のリーダーでもある。

 まあ、クランと言っても今はまだ拠点もない、ただのパーティーなんだが。

 

「今日も干し肉とパンだけか」

 

 日が暮れて辿り着いた休憩地点で野営の準備中、これからの晩飯へ愚痴をこぼす赤い肌のドラゴニアの男。

 こいつはブーク、歳は25で頭を除く全身鎧とカイトシールドとバトルアックスを愛用する重戦士にしてパーティーの盾役。

 俺とは7年来の付き合いの気心知れた親友で、クラン「翼の剣」のサブリーダー。何かと頼りになる相棒だ。

 細かいことは気にしない、やや脳筋気味なところが玉に瑕だが。

 

「薪拾いへ行っとるリザとリュコが兎か何か、見つけてくれるんを祈っとくべ」

 

 田舎訛りでブークの愚痴に答えたのは、カマドを作っていたずんぐりとした短身の三十男、ドワーフのロドス。これでも僧侶で女神ナートゥーラを奉る「ナトゥラ聖教」の信徒であり、パーティーの回復役にして参謀役でもある。普段は後衛に徹して俺たちを補佐してくれているが、その気になればメイス片手に前衛でも充分通用する奮闘を見せてくれる、頼もしいクラン最年長のご意見番だ。

 

 ちなみにリザはクォーターエルフで、片手剣を使う女剣士。リュコは狼の獣人で、PT最年少の16歳の女の子で弓使いだ。今ふたりには薪拾いに行ってもらっている。

 

「あの、馬車が………来たみたい、です」

 

 小さな声でつば広のトンガリ帽子にローブを纏った少女が言う。

 彼女はマリー。17歳のヒューマーで、その出で立ち通り魔法使いだ。

 少々内気で口下手な娘で、お師匠さんに卒業試験だと15になると共に放り出されて冒険者になった娘だ。

 右も左もわからない冒険者になりたての頃にリザと出会って以降 気も合い、俺たちと出会うまで二人一緒に冒険者をやっていたらしい。

 

 と、マリーの言葉に彼女が見やる方へ目を向け、耳をそばだてれば確かに馬車らしい音が聞こえてきた。ただカランコロンってベルの音は何なんだろうか?

 

 そうして夕日に照らされてやって来たのは馬車ではなかった、いや馬車ではあると思うのだが、大きな箱馬車を引いていたのは馬ではなくて、一頭のビックブル。牛の魔物だったのだ。

 しかもその御者台に座っていたのが、虫の魔物か亜人と思ってしまうような相貌をしている、見たことも聞いたこともない人種の人物だった。

 

 思わず身構えてしまったが、他の三人も同様だったので、俺は悪くないと思う。

 

 その、変わった相貌の人物、男性はこちらの態度に気付いたのだろう、一瞬顔をしかめるような雰囲気を出した後、何ごともなかったように軽くこっちに会釈すると、連れの獣人の娘と野営の準備を始めた。

 

 ビックブルの世話を終えると白い獣人の女の子は森へ薪拾いに行き、残った男性はカマドを作り、箱馬車の後に繋がれていた幌馬車から鍋と炭を持ち出すとカマドに炭をくべて魔法で火を点けた。ここまでは良い、初級下位の火の魔法なら調整次第で火種起こしに使えるというのは聞いたことがあるし、そのために不得手でも火の魔法を修得する者もいるくらいだ。まあ大概はそれ用の安い火属性の魔石か魔道具などで火種起こしをやるのが普通だが。

 

 驚かされたのは水の魔法で鍋に水を張ったことだ。

 火の魔法同様、初級下位の水の魔法も調整してやれば飲み水の確保は出来るらしいが、コップ一杯の水の確保でも魔力消費がバカにならないという。それを水属性の魔石もなしに苦もなく鍋に水を張るなどとやってみせた。

 

 あの男性、相当な魔力を持った魔導師なのだろうか? 魔法使いとして男性に興味を持ったのか、マリーが恐々としながらもその様子をチラチラと見つめて窺っている。

 

「何者なんだろうな、ありゃ」

 

「さあナ、魔物とかじャネーのは確かだろ」

 

 俺が油断なくあの男性に気を割いていると、さっさと腰を下ろしたブークが男性の出で立ちや一緒にいた獣人の女の子のことからか、そう返してきた。

 たしかに魔物とかではないのだろうが、あの異形といえる容姿には少なくない恐れを抱いてしまう。何度も魔物と対峙してきた一端の冒険者だってのにな。

 

「ただいま」

 

「今日も不作よ。小鳥一匹見つかりやしない」

 

 あの男性にどう対応すべきか俺が悩んでいたところへリュコとリザのふたりが薪拾いから戻って来た。

 リザが溜め息を吐きながら言うとおり、薪以外ふたりは何も持っていない。これでナシャの村から立って六日連続だ。ちなみにナシャの村に着くまでは日を置かずに何がしかの魔物と遭遇していた。俺たちで手に負えないようなのには出くわさなかったのがせめてもの救いだろうか。

 まあ、無属性だが幾らか質の良い魔石を魔物から採れたのだから、良い方に考えておこう。

 

「護衛の依頼ば取り損ねる、自分たちの足で旅しれば連日魔物に出くわす、狩りに失敗する。おらぁたち、なんぞ呪われとるんだべか」

 

「よしてよ、呪われてるなんて。僧侶のロドスに言われたらシャレにならないわ」

 

 目的のために資金を貯めて節約を始めてから、ここのところの不運続きを愚痴ったロドスにリザが不機嫌そうに言葉を返す。

 俺もリザ同様否定したいが、こうも立て続けにとなると今目指している「シルルーワ」の街に着いたら、教会でお払いか祝福を受け直したほうが良いかもしれないとか思えてくる。出来れば出費はあまりしたくないんだがな。

 

「ん? なんかすごく良い匂いがするわね」

 

「ああ、ほら。リザたちが薪拾いに行っている間に馬車? が来てな。その人たちの晩飯だろう」

 

 スープを作っていたのだろうあの男性の下から、なんとも食欲をそそる匂いが漂って来ていた。

 

「ねぇ、馬車って馬が牽く物よね」

 

「ああ」

 

「馬が見当たらないし、なんか普通じゃない牛がいるんだけど」

 

「ああ、そうだな」

 

「アレはヒトなの、というかなんでリュコがあっちに行ってるの」

 

「ああ、多分ってリュコ!? 」

 

 当然の疑問を口にしていくリザに返事を返していたら、最後に聞き逃せない言葉を聞き取り、あの男性の方へ慌てて目を向ければリュコが鍋の前に男性の連れの女の子と一緒に陣取っていた。

 

「何やってんだ、あいつッ」

 

「見たまンまだロ。匂いに釣られておこぼれもらいに行ッたンだロ」

 

 薪をカマドにくべて火を点けていたブークが気楽そうに言う。

 

「リュコちゃん………」

 

「ハァ………あの娘は、本当に怖い物知らずね」

 

 心配そうに声をこぼすマリーにリュコの行動に嘆息するリザ。

 リュコは怖い物知らずというか天然というか、歳の割に幼いせいで好奇心が強く、ちょっと目を離すと危なっかしい真似をやっている。そのくせ運の良さと危機察知能力はヒト一倍、いや二倍という野生の本能の持ち主という娘で、親代わりの俺たちとしてはホトホト困っている。せめてもう少し大人になって自重を覚えてくれ。

 

「しかし、リュコがあんも無警戒に近づくとぅとば、あん御仁ば見た目とちごうて気の良きヒトばしれんな」

 

 ロドスの言葉に俺は「なるほど確かに」と思った。リュコの危機察知は場や状況だけでなくヒトを見る目にも働く。

 天使のような笑顔と甘い言葉で言い寄ってくる者でも、何がしかの害をもたらす者なら、その腹黒さを見抜き、リュコは何にも釣られることなく蛇蝎の如くその人物を嫌うし、逆に泣く子も黙る強面悪党面の者でも害を加える者でないなら、根が善人であることを見抜いてリュコは懐く。

 

 つまり、あの男性は後者ということか。

 

 俺はそう思い至ってやっと気を緩めることが出来た。リュコが心配なのに変わりはないが。

 

 

「んふ~♪ 」

 

 そうしてスープの満たされた木の食器を両手に上機嫌に帰ってきたリュコ。ヒトの気も知らないでと本当にコイツは。

 

「ずいぶンと美味そうナ物もらッてきたナ」

 

「うーうん、20Kで買った」

 

「おいおい、金取られたのかヨ」

 

「んー、商人だからタダで物やれないって」

 

 座ってパン片手に一人食べ始めたリュコにブークが問いかければ、そんな答えが返ってきた。あの男性、商人だったのか。

 

「うま~♡ 」

 

 黄色いスープにほろりと解れたテト芋に火が通って透き通ったキャギ葱、赤いカージニは色添えになって匂いと共になんとも食欲をそそる。それをリュコは実に美味しそうに食べる。

 スープに浸けたパンも味がしみて美味そうだ。

 

「………美味そうだナ」

 

「ピリっとしてうまーいよ♪ 」

 

「肉、入ッてるナ」

 

「うんっ♪ 」

 

「あッちのヒトらは商人で、20Kで買ッたンだナ? 」

 

「ほうはよ」

 

 よだれを垂らしそうなブークの声にはうはむと食べながら応えるリュコ。そしてブークは「よしッ」と一人立ち上がり、男性の方へと歩き出した。

 

「あ、おい、ブーク! 」

 

「いい加減、食費ケチッてナいちャんとしたモンが食いたいンだヨ、俺は。例えば火の通ッた肉とか肉とか肉とかナ」

 

「そっだら、おらぁも一緒さ行くべさ」

 

 だからちょっくら一杯買ってくると言うブークにロドスが続き――

 

「ふたりが行くなら私も行くわ。マリーはどうする? 」

 

「あの、はい……… 行きます」

 

 ――皆で行けば怖くないとばかりにリザとマリーまで続いて、俺ひとり残される。いや、傍でリュコが美味そうに晩飯を食ってはいるが。

 

「あー………俺も行く! 」

 

 頭をガシガシ掻いて悩んだ挙句、俺も買いに行くことを決めた。美味そうな物を前にひとりお預けなんて御免だ。

 

 

 

 リュコお嬢ちゃんにカレースープを売ってしばし、リュコお嬢ちゃんに続いてそのお仲間さんたちが買い求めにやって来た。

 俺が喋ると一瞬揃ってギョッとされたが、なんとかシャンフィ通訳の下で話をし、聞いたところによると、ココのところやたら運が悪いらしく、本来なら商隊の護衛の仕事をしながら馬車に乗せてもらい、街から街への旅のはずが、その護衛の仕事にあり付けず、仕方なく自分たちの足で目的の街へ移動するはめになったらしい。そして運の悪さは旅の間も続き、魔物に日を置かず襲われるわ、狩りもうまくいかないわで、旅の食事はずっと固パンと干し肉と水だけという味気ない食事が続いていたらしい。

 そこへやって来たオレたちとリュコお嬢ちゃんとのやり取りは正に渡りに船だったようだ。

 

「ズグンヅズビドパガギバンザバ、ゴセザ」

 

「不運続きとは災難だな、それは。だって」

 

「ああ、まったくさ。なんだってこう、うまく行かないのか」

 

「深く考えすぎナンだヨ、お前は。

 まだ大金すられたとか、仲間(ウチ)の誰ぞが大ケガしたとか、致命的なヤツはネーンだからヨ」

 

 フェフと名乗った焦げ茶色をした髪の青年が肩を落として言えば、ブークという赤肌のドラゴニアの青年がまだマシな状況だと粗野な言い方で暗くなるんじゃないと諌める。

 

 ちなみにオレの言葉については聞かれるままにエテジエのティグリスさんにした時と同じに答えた。

 オレは別の大陸から何がしかの魔法の事故でグランローア大陸に跳ばされて来た、シャンフィが通訳をできるのはオレ独自の儀式魔法による契約によってうんたらかんたらと説明してある。

 

 オレ独自の儀式魔法のくだりで、おっかなびっくりながら魔法使いのマリーというお嬢さんに興味を持たれたのには、細かく聞かれるんじゃないかとちょっぴり焦ったが。

 

 ともあれ、目的のカレースープ購入を終えてリュコお嬢ちゃんの待つ自分たちのカマドに一度戻った5人。

 

 そして夕食を終え、お椀と匙を返しに来たフェフとブークとこうして今、話し込んでいた。

 

「………」

 

 話の合間にチラリとリュコお嬢ちゃんたちの方へ目をやるシャンフィ。リザという剣士のお嬢さんが気になるようだ。まあ当然か、何しろ目下のところ旅の目的が「エルフとエルフの街を生で見たいからアルブレス聖王国を目指す」だからな。

 彼女の小さいながら尖った耳から見てハーフエルフとかいったところかね?

 

「あのお姉さん、エルフ? ですよね」

 

「ん? ああ、リザか。あいつはクォーターで、生まれはアルブレスじゃなくてフリアヒュルムだって言ってたな。

 エルフは愛郷心とか愛国心が強くて、アルブレスから滅多に出てこないから、アルブレス以外じゃ珍しいよな」

 

「なンだ? エルフに何か用でもあンのか? 」

 

「用があるわけじゃないんですけど、今私たちって、ひとまずの目的地にアルブレス聖霊国を目指して旅してるから、それで気になって」

 

「おい、おいおい。こりャあ運が廻ッてきたか」

 

「ブークっ」

 

 シャンフィの言に突然上機嫌な声を上げるブークとそれを諌めるフェフ。

 会話の流れをシャンフィに訳してもらって察するに、フェフたちもアルブレス聖王国を目指しているといったところだろう。護衛を雇う必要性はないが、こちらとしてもご一緒するのは構わない。短いながらこれまでの様子から見て、オレへの恐怖心や警戒心はないようだし。

 

「えっと、お前さんたちもアルブレスを目指しているのかって言ってる」

 

「あー、まあ、そうなんだ………」

 

 歯切れ悪く答えるフェフ。遠慮しているのだろうか? それともやっぱりオレみたいな異形とはご一緒するのは勘弁願いたいとか思われてたりするのだろうか?

 

「俺たちャクランでナ、「翼の剣」つうンだ。デ、集まッて結束しはしたが、腰を据えて仕事をするためのホーム、拠点がネえ」

 

「おいっ、ブーぐぇッ!? 」

 

「だが、以前仕事の拠点にしてたアルブレスの「フストレー」ッて街にちョいと伝手があッてナ。他より安く拠点にナる物件を手に入れられそうナンだわ」

 

 止めようとするフェフの顔を片手で押しのけ、話を続けるブーク。友達(ダチ)同士のじゃれあいといった感じで、なんというか羨ましい。

 ああ、オレも友達欲しい。

 

「アルブレスに行くなら、俺たちをアンタらの馬車? に乗せてッちャくれネえか。

 その間は乗せてもらう分、確り護衛をやるからヨ」

 

「………っ、すんません、こいつ考え無しの遠慮なしなもんで。

 あー、でも、もし乗せてもらえるんならお願いします。護衛料を取ろうとか思ってませんから」

 

 ブークは「まあ、アンタは腕が立ちそうだから護衛ナンぞいらンかもだが」と付け加え、その手から逃れたフェフがブークの無遠慮をわびつつ、礼儀良く頼んでくる。

 

「特に目的のある旅をしてるわけではないし、アルブレスまで送るくらい構わないぞって」

 

 オレを怖がらない相手は貴重だ。そんな相手たちと旅を共にできるならこちらとしても望むところ。「旅は道連れ、世は情け」だ。

 

「ありがたい、助かる! 」

 

「ハッハァッ! ホントーに運が廻ッて来たか、こりャ」

 

 シャンフィを通した俺の言葉を聞くとフェフは礼を言い、バンバンとその背を叩いてブークは喜びの声を上げた。

 こちらこそ一緒に旅をしてくれるということへ礼を言って喜びたい、こんな異形な身の上だけに。

 

 

 そうして翌日。

 

 幌牛車の方に彼らを乗せて出発した。

 

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 



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18 「お手並み拝見? 」

2016.3/5
11話~20話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/3
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 ▽†魔石†▽

 

 魔物の体内などから必ず採取することが出来る高密度魔力結晶体。

 強い(ランクの高い)魔物ほど採取できる魔石は大きく質の良い物となる。また、魔物の種類や魔物の生息地域によっては属性を持った魔石が採れる。

 現在までで確認されている魔石の属性は無、火、水、氷、風、雷、土の7種類。

 竜種(純竜種)からは採取されたことはなく(魔石が体内外にない)、しかし亜竜種からは採取されることがある。

 これにより一部では竜種は魔物ではないとされ、亜竜種は何らかの条件により魔物と化した竜種なのではないかと考えられている。

 

 魔石は古くから魔法の触媒として用いられてきたが、近年では主に加工して魔道具の魔力源などに用いられている。

 よって高額で取引がなされており、魔物から採取することが出来ることからそれらを討伐することが主な稼業である冒険者にとって、欠かせない収入源となっている。

 

 

 

    突然の拾參「戦闘? それよりも物作りだ! 」

 

 

 

 クラン「翼の剣」という旅の道連れを得てから辿り着いたカロロ村に続く二つ目の村に一泊した翌日、速度上昇の魔法で馬車並みの速さを出す牛車は今日も快調に道を進んで行く。

 村ではフェフたちのおかげでカロロ村初日にあったようなことにはならずにすんで助かった。相変わらず怖がられてはいたようだが、それでも武器を向けられなかっただけ気分は良い。

 まあ、許可してもらえなくて行商出来なかったし、今日の天気は生憎の曇り空、雨が降らないか少々心配な雲行きだが。

 

「明日は晴、れ、る~♪ 」

 

「るっる~~♪ 」

 

 オレの隣り、御者台に一緒に乗って即興らしい歌を仲良さそうに歌うシャンフィとリュコお嬢ちゃん。

 

しっかり者のシャンフィと天然で何考えているかわからないリュコお嬢ちゃんは最初、かみ合わないと思っていたんだが―― 実際、話しかけるのはシャンフィばかりで、リュコお嬢ちゃんは聞いているのかいないのかわからない受け答えをするだけだった ――、リュコお嬢ちゃんへの対応の仕方のコツみたいなのをシャンフィは掴んだようで、この世界風にアレンジした御伽話や日本昔話を聞かせたりして、今はこうして一緒に歌を歌っているというわけだ。

 

 しかし、のん気に歌っていられる場合ではないようだ。

 道の先にいるモノに気付いたオレは牛車を止めた。

 

『アーズ? 』

 

「シャンフィ、リヂンガビビ(道の先に)オークガギス(がいる)グギソン(後ろの)フェフダヂビヅダゲデブセ(たちに伝えてくれ)

 

『! わかったっ』

 

 シャンフィはオレの言葉にすぐさま御者台の背にある戸から箱牛車へ入っていった。

 リュコお嬢ちゃんはその様子に何がなんだかわからずにしばしキョトンとした顔でいたが、すぐに武器である弓と矢筒を手にシャンフィの後を追って御者台から飛び降りて後ろの幌牛車へ駆けて行った。

 

 実際のところ、オークの一匹や二匹、恐れるに足らずではあるのだが、ここはフェフたちの実力を実際に見る良い機会だろう。

 アルブレス聖霊国の「フストレー」の街へ送った後も彼ら、クラン「翼の剣」と付き合っていくことを考えるのなら、装備か何か贈るか売るのも良いかもしれない。作る時はチート過ぎないように注意が必要だが。

 

 

「オークが出たってのは本当か? 」

 

 御者台にシャンフィが戻り、リュコお嬢ちゃんと一緒にフェフたちがやって来た。

 

「えっと、ここからだと見えづらいだろうが、この先に三匹いる。【遠見】の魔法でも確認したから間違いはないって言ってる」

 

 毎度シャンフィを通してのオレの言葉にフェフたちは道の先へ目を向ける。(すが)められたその目には辛うじて人影らしきものが見えるといったところだろうか? オレの目にははっきりとたむろしている腰みの姿の三匹のオークの姿が見て取れている。

 

「ああー、確かにいンな、オークッぽい奴らガ」

 

「ふんむ。こっちさに気付いとらんなら、気付かれんよう近づうて、マリーさの魔法で奇襲、確実に一匹仕留めるべ。

 んで、残り二匹。一匹はブークさ惹きつけて、もう一匹はフェフとリザとおらぁたちで一気に潰す」

 

「最後に残った一匹は全員でボコって終わり。妥当な作戦ね」

 

「………がんばります」

 

 オークの姿を確認したブークの声を受けてロドスが作戦を立て、それにリザが頷き、マリーは杖を両手で握りしめ力強く頷いた。

 

「よし、それじゃあ、森に沿って隠れながら行くぞ。

 マリーはいつでも魔法を撃てるようにな」

 

「はい」

 

 そうして彼ら「翼の剣」は慎重にオークへ近づいていった。

 

 

 結果を言えば接近に気付かれたものの奇襲は無事成功。

 マリーの放ったというフレイハスタという炎の槍を放つ攻撃魔法が、最初にフェフたちの接近に気付いた棍棒を持っていたオークの胸、心臓へと見事に命中して一撃必殺となった。

 そしてそれを合図にフェフとリザ、ブークの順に突撃し、手前にいた二匹目のオークをフェフとリザが斬りかかって押さえ、一番奥にいた三匹目のオークへブークへ向かい、戦いが始まった。

 

 リュコお嬢ちゃんは戦いが始まると、すぐさま近くの木に身軽に登ってみせ、太い枝の上で膝を突いて弓に矢を(つが)えた。マリーとロドスはそれぞれ呪文を詠唱し、機会を窺っている。

 

 三匹目の刃こぼれした剣を持つオークへ向かったブークはカイトシールドを前面に構え、走り寄る勢いのままに体当たりを加えて怯ませ、そこへバトルアックスの一撃を与えると、踏み込んでカイトシールドを叩き込み、押し込むようにフェフとリザが相手をする二匹目のオークからさらに離れさせる。

 そうしてブークは大振りで避けられる攻撃は避け、防ぐべき攻撃は確りと盾で防ぎ受け流す、粗野な物言いとは違った堅実な戦い方を見せた。

 

 二匹目の錆び付いた斧を持ったオークへ対峙したフェフの方は両手剣で斬りかかったが、オークに斧で防がれた。しかしすぐさま切り上げを放ち、斧を上へ弾いてみせる。そして出来た隙へフェフの左からリザが踏み込み、オークと擦れ違い様に片手剣を横に振り抜く。

 

「ゴギャァッ!? 」

 

 受けた一撃に肉を叩き斬られて耳ざわりな悲鳴を上げるオーク。

 しかし浅かったのか致命傷とは行かず、怒りの声を上げてオークは斧を振り上げ、ふたりに襲い掛かろうとする。だがそこへリュコお嬢ちゃんの放った矢が振り上げられた腕へ一矢二矢と突き刺さり押し止めた。

 腕に突き刺さった矢の痛みに堪らず怯むオーク。その好機を逃さずにリザが切りつけ、続けてフェフが唐竹に切りかかる。

 フェフ渾身の一撃を肩に受けて膝を突くオーク。そうして一撃放ったと共にフェフが大きく身を避けたそこへマリーの魔法、ウィンディウスという風の刃を放つ攻撃魔法がオークを深々と切りつけ止めとなった。

 

 

 フェフたちが二匹目のオークを倒し終えると、三匹目を相手取っていたブークは防戦から一気に攻勢に出、リュコお嬢ちゃんの矢が放たれ、フェフとリザがこれに加わって行く。

 追い込まれたオークは受けた傷も構わず、刃こぼれた剣を振り回して押し返そうとするが、フェフたちがこれをかわすため退いたと同時にマリーの火属性とロドスの無属性の初級の魔法がオークに炸裂し、追い討ちをかける。

 そして最後はブークの放ったバトルアックスの一撃がオークに止めを刺し、戦闘は終った。

 

 ギルドランクがDのリュコお嬢ちゃんとCのマリーを除いた4人はランクBだそうだから、オーク三匹に梃子摺ることなく快勝したのは当然か。まあ、リュコお嬢ちゃんとマリーの実力から言って、ギルドランク=実力とは言えないようだが。

 ランクが低いからといって弱いとは限らないだろうし、逆にランクが高いからと言って強いとは限らない。そういう考えも持っておいて損はないだろう。

 

 

 

「お疲れさま」

 

 戦い終えたリュコお嬢ちゃんたちの下へ牛車を近づけたところでシャンフィが労いの言葉をかける。しかし場の少なくない血生臭い臭いや盗賊に襲われた時のことを思い出してか、その顔色は少々悪い。

 そんなシャンフィを「大丈夫? 」と気遣うリザとマリーにリュコお嬢ちゃんたち。オレも無理をしないように言い、その内で気分を良くするような、スッキリするような魔法でもないか考えるも、過保護かと思い至り、考えるのはやめた。

 

 ちなみにフェフとブークとロドスの男性陣3人は、倒したオークたちの死骸を捌いて魔石を取り出してから道の端、森へと捨てている。

 いずれその死肉は狼などの野生の動物達や同じ魔物によって平らげられるのだろう。

 

ゴセジャガ(それじゃあ)ギボグバ(行こうか)

 

 フェフたちが戻ってきたところで声を出すと、言葉はわからないものの、なんとなく意味を察して彼らは返事と共に幌牛車へと乗り込み、リュコお嬢ちゃんは足早に弓矢を幌牛車へ置いてくると戻ってきて御者台へ乗ってきた。さっきまで乗っていたからというよりも、シャンフィが心配なようだ。

 

 シャンフィとリュコお嬢ちゃんのふたりはもうすっかり仲の良い友達なのだろう。微笑ましく思い、自然と微笑が浮かぶ。

 

 このツラで笑っても普通は怖がられるだけかとすぐに表情を正したが。

 

 

 

 オークと遭遇してから三日。

 クラン「翼の剣」の不運続きはどうやらアレで終ったようで、何事もなく旅路は良好だった。

 

 

 そして今、検問を終えてやっと「シルルーワ」の街へ入ることが出来た。

 いやあ、やっぱり検問でひと悶着あったから焦った焦った。エテジエのティグリスさんみたいに話のわかるヒトがそういるものじゃないだろうことは理解していたけど、油断してたわ。

 まあ、結構高いランクの冒険者パーティーのフェフたちが一緒のおかげか、何とか街に入れるように説得できたけども、毎回これだとなあ。何か手を考えた方が良いか? 手っ取り早いのはオレがBランク以上の冒険者になることだろうが、それはそれで目立つことになりそうな気がするし、面倒事になりそうな予感がする。

 

 腰を落ち着けてどこか一つのところに留まれば、ヒトは慣れる生き物だから、こういったひと悶着も起きなくなるんだろうが、一つのところに留まると何かあった時(何がしかの事件とか飢餓とか)、無実でも異形のオレは犯人にされるかもしれない。あたかも魔女裁判のように。

 まあ、オレなら誰も怪我をさせずに切り抜けることぐらい出来ると思うんだが、だからと言って精神的に平気かと言うわけじゃない。オレと一緒にいるシャンフィは特にそうだろう。

 親しくないにしても、隣人である身近な人間たちに理不尽な敵意を向けられる様は想像だけでもゾッとする物がある。

 

 だから根無し草のように行商の旅を続けることを選んだんだが、こうも街や村に着くたびに悶着が起きるなら、考えが浅かったかもしれない。

 

 オレを理解して受けいれてくれるヒトが強い後ろ盾になってくれたら、腰を据えることも出来るんだがな。

 

 

 そんなことを頭に過ぎらせながら、衛兵さんから聞いた馬車を預けられる商人向けの宿へ向けて牛車を走らせる。

 

 そして当然のように人目を惹き、悶着ありつつもなんとか宿を取ることが出来たオレとシャンフィは、タロウスと牛車を宿に預けると冒険者ギルドへと向かった。

 ちなみに同行しているフェフたちはホーム購入資金のため、宿は安い冒険者向けの宿を取るそうだ。

 

 シルルーワの街の冒険者ギルドは中央広場の東側の方にあるらしい。ちなみに商人ギルドも中央広場に面しているそうだ。

 

「良い仕事取れると良いんだけど」

 

「不運続きも終ったみたいだからな、大丈夫………だと、良いんだがなあ」

 

「な~に不景気なツラしてやがンだ、戻ッてきた運も逃げチまうゾ! 」

 

 リザの言葉にフェフが自信無さ気に返せば、ブークがその背を引っ叩いた。

 

「うんむ、ブークさの言うとおりだ。フェフには、リーダーには確りしてもらわんと困るべ」

 

「う、気を付ける」

 

 口を開いたロドスの言葉にフェフはバツが悪そうに頭を掻いた。

 そんな彼らのやり取りを横目に眺めつつ中央広場へと歩みを進めていく。通り過ぎるヒトに怖がられ、引かれながら。…… いい加減ちょっと慣れてきたのが悲しい今日この頃。

 心境を顔には出さずに辿り着いた冒険者ギルドで、やはり怖がられた。

 フェフたちに次いで扉を潜った瞬間、見事に身構えられたのだ。ギルド員から冒険者まで全員に。

 うん、まあね、エテジエの冒険者ギルドでもあったことだから、覚悟はしてたけどもね。

 

 ただ少し、強い後ろ盾を探すのを真剣に考えた方が良いような気がしてきた。

 

 そんなオレにフェフたちは気遣いの視線を向けて苦笑いを浮かべ、オレは肩を竦ませてお手上げの仕草をしてみせた。もう気にしてはダメだと自分に言い聞かせて、依頼が貼り出された壁、依頼掲示板へ歩み寄る。

 

ガデ(さて)ゾセビグスバ(どれにするか)

 

 採取系と雑務系の中でも一日で終えられそうな物の中から、手早く目ぼしい物に目を付けて独り言つ。

 

『やっぱり薬草採取が一番良いんじゃない。

 ヒトと会うのはギルドのヒトだけだから、面倒なことにならないし』 

 

ダギバビレンゾグゴドビバスザソグガ(確かに面倒ごとになるだろうが)ゴセゼジドゾガベヅズベスンロバ(それでヒトを避け続けるのもな)

 

『仕方ないよ。長居はしないんだから、出来るだけ面倒事は避けないとヒトの迷惑になっちゃうし』

 

「………ララバサンバ(ままならんな)

 

 溜め息まじりに呟き、目星を付けていた薬草採取の依頼書を手に取る。

 

 内容は「低級ポーションの原料になる赤切り草の採取」、赤切り草10本に付き中銅貨3枚 、30L。

 冒険者にとっては子供のお小遣い稼ぎのような低ランクのクエストだ。

 まあ、魔物とかと出くわす危険があるから、本当に子供がお小遣い稼ぎにとは行かないが。

 

 依頼書を手に依頼受付のカウンターへ足を向ける。が、一歩一歩近づくたびに怯えや引き攣った表情を見せる受付嬢たちの様子に、エテジエのギルドでもあったことだが少々傷つく。

 心は硝子、とまでは言わないけれど繊細なのだよ、こう見えて。

 

「い、いっら、しゃい、ませ。ご、ご用件を、どうぞ………」

 

 二つあった依頼受付の内、左側のメガネを掛けた受付け嬢の下へ歩み寄る。選んだ理由は表情は引き攣ってはいたが、怯えは小さいようだったから。

 ちなみに右側の受付嬢は左側の受付嬢よりも若く、思いっきり怯えて涙目になっていた。声を掛けたら悲鳴上げるか泣き出すんじゃなかろうか。

 

ボボギサギゾグベダギンザガ(この依頼を請けたいんだが)

 

「ひっ」

 

 依頼書を差し出して用件を述べるが、グロンギ語の異様さ故か思いっ切り怯えられた。できるだけ明るく且つ誠実に聞こえるように喋ったつもりなんだけど………

 

「あの! この依頼を請けたいんだがって言ってるんです」

 

 シャンフィが慌てて通訳してくれる。

 オレは溜め息一つ吐いて、懐から茶色のギルドカードを取り出して依頼書に添えると、シャンフィを前に出し、後は任せることにした。

 

 ホント、毎回これじゃあ気が滅入る。やはり言葉が話せないなりにもグランロア語を覚えて、読み書き出来るようにならないと対面することもままならないか。それにシャンフィの負担が増える一方だし、シャンフィが一緒じゃなければ何も出来なくなってしまう。

 採取に行く前に本屋を探して、読み書きなんかの本を買おう。なんとしてもグランロア語を覚えなければ。

 

 

 

「結局、良い仕事なかったな………」

 

「だカら辛気くせェ顔すンなつーノ! 」

 

「んだ、採取さ半日ほどでおわっとーなら運は良い方だべ」

 

 ここはフェフたちの泊まる冒険者向けの良宿「火蜥蜴の尻尾亭」一階の酒場。

 依頼を請けた別れ際、出発の日時を決めた時に一緒に夕食を取ろうと約束し、ココに合流したのだ。

 ちなみにオレたちの方は買い物も薬草採取も既に終えている。そしてフェフたちも時間的な問題から依頼は薬草採取にしたようで、ふたり一組の三組に分かれて三つの採取系の依頼を受けて、運よく三組とも夕暮れ前に採取を終えることが出来たらしい。

 普通、採集は目当ての植物がどういったところに生えるのか知っていても、一日で規定量を集めるのは難しい。まして土地勘のない地域ならなおさらだ。

 

 まあ、オレみたいなチートがあれば話は別だが。

 

 ともあれ、出発は明後日の朝。シルルーワの街を旅立てば、いよいよアルブレス聖王国だ。国境までには馬車で六日ほどかかるが。

 

 明日は旅に必要な物の補充に、商人ギルドへアルブレス聖王国への旅程などの情報を聞きに行く予定だ。

 

「ようやくアルブレスとの国境前か。「フストレー」まで後どれくらい掛かるのかしら? 」

 

「この調子なら、何ごともなく行ければひと月くらいじゃないか? 」

 

「だナ、大体それくらいダろ。

 ま、それもこれも、ダンナたちに出会えたおかげダ。ホント、ダンナ様様だゼ」

 

 リザとフェフの話しからオレを持ち上げ、機嫌良くエールを呷るブーク。

 オレとしても恐れず親しくしてくれるフェフたち、クラン「翼の剣」には感謝している。

 やっぱり第一印象が大事というか、接触の仕方が重要なんだろうか。

 

 そんなことを考えながら、周りから向けられる視線を極力気にしないよう夕食を口にする。

 

 うん、まあね、もう毎度のことだからヒトに怖がられるのは………

 

 

 

 フェフたちとの夕食会を終え、商人向け宿に戻ることしばし。シャンフィを寝かしつけると、オレはひとつ考えていたことを実行に移すことにした。

 それは商人ギルドへ売り込めるほどの目玉になりそうな商品の製作だ。

 鱗を売ったお金、後金をフラウラー商会から得られるのはまだ先だろうし、行商も予想より上手くいっていない。だからここでひとつ、造っているのがオレでも買いたいと思える逸品を造ろうというわけだ。

 

 使用する素材は主に木材。一応この世界の技術でも造れることを考えて設計することを前提に、考え付いた候補は二つ。

 

 自転車とキックボード。

 

 今回造るのは構造が単純なキックボードにしようと思う。

 自転車はチェーンなどの金属加工に一定規格が必要なモノのため、この世界の技術では難しいと思い製作は保留。チェーンを使わない方法を考えるにしてもどういう風にするか良く考える必要がある。

 

 さてキックボードだが。これは二種類作ろうと思っている。

 一つは普通の「木製キックボード」。

 そしてもう一つは魔法を組み込み、最大で馬並みの速さで自走することが出来る「魔道具キックボード」。

 

 どちらも一応職人なら誰でも作れるように工夫を凝らすつもりだ。特に魔道具キックボードは。

 

 オレにしか造れない物を造る気はない。いくらオレでもひとりでは造れる数は限られているし、出来るだけ安く売りたいと考えている身としては量産できる方が良い。

 この世界で量産するには人手がいる。よって技術を盗まれるのも承知で、職人なら誰でも作れるような技術を模索しようというわけだ。

 だから売るのは物と言うより技術と言った方が良い。うまく利益を得られる方法、契約法を考えないとな。

 

 ともあれ、まずは今夜中にどういう風にするか図案と設計を描き出すつもりだ。

 幸い本を買いに行った際に麻紙と藁紙(藁半紙)が売られていたので、―― 羊皮紙よりも大銅貨二枚、200(カヒイ)以上も安いこともあり ――これを購入。

 これに思いついたことを書き込んでいって形にし、さらに煮詰めて完成形に近づける。

 そして製作は明日一日使ってやる予定。

 

 出来た魔道具キックボード第一号はいざという時の足としてシャンフィにプレゼントするつもりだ。

 

ガデ(さて)ラズザ(まずは)………」

 

 

 

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 



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19 「ドラゴン殺しの怪物、ねえ」

2016.3/5
11話~20話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/4
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごーい♪ はやいはやーーい♪ 」

 

 ハンドルと二つの車輪の付いた木製のボードに乗り、軽快に滑らせるシャンフィ。牛車の周りを並走しながら上機嫌に喜びの声を上げてる。

 

 あれこそ作り出してから試行錯誤を重ねて完成したアーズ∀'s印の魔道具キックボード試作一号。シャンフィはすっかり気に入った様子だ。

 その速さは予定通り走る馬と並走できるくらいで、およそ1馬力はある。

 

 舗装されてない道、ある程度の悪路を想定して車輪の大きさは直径15cmの大きさにしてある。それに合わせボードも大きくして車輪周りなどの要所要所に金属で補強した。

 

 これに魔道具キックボードはボード部分に回すことで速度上昇効果を生むローラーがあり、一定速度以上になると車輪の側面とボードの裏面(地面側)に刻んだ術式の紋様が大気中のマナに反応して起動し、埋め込んだ無属性の魔石を魔力源に魔法を発動して自走。地面から30cmも浮き上がるようになっている。

 そう、浮き上がることでどんな悪路でも安全に馬と並走できるほどの速度で走破できるというわけだ。

 ゴムタイヤやサスペンションを用いれないことへの苦肉の策、と言ったところか。まあ、もし用いていたら大型化してしまい、重くて持ち運びに不便になっていただろうが。

 

 ともあれ、魔道具キックボードは今後シャンフィに使い心地を聞き、使用後の状態を調べ、随時改良していく。そうして安全性と量産性を高めた物を売り出そうかと考えている。

 

 それにしても、こう物造りをしていると工房が欲しくなるな。宿だとゴミが出ないよう、出てもすぐかたせるように気を使わないとならんから、あまり集中できないし。とは言え、一つところに留まるのもなあ。

 

ガンマシチョグギビボデデ(あんまり調子に乗って)ドダグドガヅバギゾ(飛ばすと危ないぞ)

 

『わかってるーー♪ 』

 

 掛けた一声に、魔道具キックボードを乗りこなして牛車を追い越し、きゃらきゃらと笑って答えるシャンフィ。オレは苦笑を浮べた。

 あの調子では休憩まで、昼まで走らせ続けるだろう。

 

 

 

    突然の拾肆「とある噂」

 

 

 ― side:フェフ ―

 

 シルルーワの街を旅の準備を整えて早々に出発してから、フリアヒュルムの国境を越え、アルブレスに入って数日。強面過ぎる、と言うか何と言うか、兎に角普通じゃない容貌の行商人アーズの牛車に俺たちクラン「翼の剣」が同乗させてもらって大体ひと月ほど。

 実を言うと、アーズの多種多芸とも言えるその才覚には驚かされぱなしだったりする。

 よっぽど鈍いヤツでもない限りひと目見れば相当に腕が立ちそうなのがわかるそのガタイ。使えると言う魔法は見たことも聞いたこともない独特な物。そして医術にまで精通する薬師で医者だというのだから見た目によらないとはこのことだろう。

 

 そして新しく多種多芸ぶりに加わったのが、魔道具製作技師(魔術技師)でもあったということ。

 

「すごーい♪ はやいはやーーい♪ 」

 

 今俺たちが乗る幌のかかった後部牛車と並走していたシャンフィが後ろ流れ、左へ大きく回りこんで追い抜いていく。

 

 アーズ独特の魔法で普通の馬車と同じ速さで走る牛車をシャンフィが軽々と並走し追い抜けるのも、彼女の乗る奇妙な魔道具のおかげだ。

 

「乗り物の魔道具なんて初めて見たわ」

 

「つーか、あンなチッコイもンが馬みてェに速いッてのが、実際に見ててもオレは信じられねェンだガ」

 

「数十セルチほどだべが浮いとったべ。鳥が飛んどるように速いんと違うべか」

 

「………」

 

 リザがシャンフィの乗る魔道具を物珍しげに見つめれば、ブークは訝しげに見つめ、ロドスはそんなブークに苦笑を浮かべ、マリーは魔法同様アーズ独自の魔道具に興味深そうにしている。

 

「お~~~」

 

「止めとけリュコ。お前が乗って、もし壊しでもしたら折角貯めた資金が弁償で全部パーになる」

 

 そして俺ことフェフは、目をキラキラ輝かせてシャンフィの乗る魔道具を見つめていたリュコを押し止めていた。

 あんな大きさで人が乗って馬並みの速さで走れる魔道具。世話のいらない馬代わりになる乗り物となれば、例え物を載せることができなくとも、その利用価値は高いはず。どれだけの値が付くかわかったものじゃない。

 

「む~、リュコも乗ーりーたーいー」

 

「頼むから、我慢してくれ」

 

 俺はシャンフィが魔道具を乗り続ける間、昼になるまでリュコをなだめ続けたのだった。

 

 

 

 ― side:リザ ―

 

 夕暮れ迫る頃、私たちはアルブレスに着いて初めての街、「プリロ」の門を潜った。

 

 まず向かったのはアーズの牛車を預けられる商人宿。そこへアーズとシャンフィのふたりがチェックインし、私たちは彼らと別れて冒険者向けの安価な宿を探すため、ギルドへ向かう。

 ついでに依頼も何かないか見ておかないと。この時間じゃ、あまり良いのはなさそうだけど。

 

「う~」

 

「リュコ、いつまでもふてくされてないの。

 アーズも、もう少し改良したら乗せてくれるって言ってたでしょう」

 

 お昼からふてくされているリュコをあやす。

 リュコはシャンフィの乗っていたあの魔道具に乗りたいとアーズにせがんだものの、まだ試作品で色々手直しをしなくちゃならないからと―― シャンフィを通して ――言われ、結局 乗せてもらえず、それから今までご機嫌斜めなのだ。

 ここまで機嫌が悪いのが長引くのはリュコにしては珍しい。まあ、夕飯になれば機嫌も直るだろうけれど。

 

「今乗りたい」

 

「我が侭言わない」

 

 ぺしり、とリュコのおでこを軽く叩く。む~、とおでこを両手で押さえて見上げてくるリュコに苦笑を浮かべ、「いつまでもぐずって歩いてたら夕飯、食べそこねるわよ」と歩みを促した。

 

 

 翌日、フェフたち男ども三人は依頼探しにギルドへ朝一番に向かった。うまく良い依頼を見つけてくれると良いのだけど。

 

 そうして残った私たち三人、私とマリーとリュコは買い出しへ。旅に必要な消耗品、携帯食や救急用品にポーションなどの補充に―― ここのところはケガをするようなこともないから救急用品やポーションの補充は必要ないけれど―― 道具屋へ向かった。

 

「あむあむ」

 

「ほら、汚れてるわよ。

 女の子なんだから、もう少し綺麗に食べなさい」

 

「………クス」

 

 買い出しを終えてギルドへ立ち寄る道すがら、リュコに屋台で串焼きを買ってあげたのは良いのだけれど、女の子らしくない豪快な食べっぷりで口にまわりを汚してしまっている。それをハンカチで拭いてやれば、微笑ましそうに私たちを見つめるマリー。………お母さんと娘みたいって言うのはなしよ。私はまだ成長が遅くなる二十歳前の若い(エルフ)なんだから。

 

「………お仕事、ちゃんと取れていると………良いですね」

 

「まったくね。ホーム購入のためにも、少しでも良いのが取れていれば良いのだけれど」

 

 ジトッと睨めば視線を逸らし、話を振ってくるマリー。目くじら立ててまで怒ることもないかと乗ってあげる。これがフェフたち男どもだったら容赦はしないけど。

 

 ともあれ、私たちがギルドへ立ち寄る理由、それは依頼探しをフェフたちだけに任せると、また取り損ねで不運続きになりそうだから。

 

「………」

 

「どうしたの? 」

 

 しばらく歩いていると、考え込み始めたマリーに気付く。今朝も何か考え込むそぶりを見せていたけれど、何か悩み事かしら?

 

「………アーズさんて、すごいですよね」 

 

「アーズ? まあ、確かに」

 

 すごいわよね。主にあの容姿は。あれで行商人っていうのは未だに信じられないわ。一応冒険者でもあるらしいけど、冒険者として名を上げようとか本業にしようとか考えてないみたい。商人より冒険者の方がよっぽど合っていそうなんだけれどね。

 まあ、それは置いておいても医者で魔導師で、さらに魔術技師の上に使う魔法は独特すぎる代物だし、ひとつだけとはいえ作って見せられた魔道具も独自の物で、売ればどれくらいの値が付くのか想像も出来ない物だった。

 きっとあの牛車とやらもアーズの手が加えられているのだろう。大きく揺れることなく道を進んで行く乗り心地の良さは、もう他の馬車に乗れなくなるのではと思うほど。

 積まれている荷が入れられた大小の宝箱や樽もその作りを見るに、もしかしたらアーズ手製の魔道具なのかもしれない。

 

「………話が出来れば、良いんですけれど」

 

 ほう、と頬に手をついて溜め息を吐くマリー。まるで恋する乙女のようだと勘違いしそうだけれど、多分シャンフィ越しではなく、直に魔法について詳しい話がしたいのだろう。口下手なマリーにしてはヒトと自分から話したいというのは珍しい。

 しかし言ってはなんだけど、いくら人となりは紳士でも、あの真っ白な怪物(オバケ)な容姿の人物を恋人と紹介されるのは勘弁してほしい。親ならきっと卒倒するわ。

 

 ………そういえば「ドラゴンに襲われたウィータ姫の噂」に出てくるのも真っ白な怪物だったわね。

 確か、領地への視察に出られたウィータ姫一行をドラゴンが襲い、護衛の騎士団を追い詰め、あわやのところへヒトほどの身の丈の「白い怪物」が現れて、あっという間に獲物としてドラゴンを狩り倒して結果的にウィータ姫を救ったっていう。

 アーズたちと会う前、フリアヒュルムのギルドで聞いたことだけど、信憑性は少々疑わしい。ヒトくらいの大きさのモノがたった一匹で巨大なドラゴンを瞬殺するなんてありえない。

 ドラゴン殺しなんてものは、ちゃんとした頼れる仲間と万全の準備があって叶うもの。まして騎士団を追い詰めるようなドラゴンをとなればなおのこと。

 大方、護衛の騎士団は追い詰められたというほどではなく、騎士団との戦いでドラゴンはそれなりのダメージを負っていたのだろう。

 

 それにしても、信憑性は別にして「白い怪物」か。実はアーズなんてことは………

 

「まさかね」

 

「? リザ? 」

 

「なんでもないわ。

 さ、行きましょう」

 

 バカな妄想を軽く振り払い、マリーとリュコのふたりを促してギルドへ向かう。二、三日ほどで終らせられそうな討伐系が見つけられれば良いんだけれど。

 

 

 

 ― side:アーズ ―

 

 グランローア大陸中央、フリアヒュルム皇国から西へ進み、とうとう国境を越えてアルブレス聖霊国に入ることが出来た。

 国境でもひと悶着あったような気がしないでもないが、「いつものこといつものこと」と自分に言い聞かせて受け流し、王都は芸術の都と呼ばれる緑と水の自然豊かなエルフと獣人たちの国へ第一歩を踏み入れた。

 

 国境越えから数日、アルブレス聖霊国で最初の街となるプリロの街に到着し、オレたちは先程宿を取ってフェフたちと一時別れ、別行動中。

 そして何をやっているかと言えば、商人宿で取った二人部屋で一休憩入れ終え、預けた牛車から荷を降ろすフリをして、アイテムボックスから取り出したチートで作った品を売るために道具屋に来ている。

 

 現在の所持金は―― 盗賊から巻き上げた分を入れても ――まだ晶貨3枚強、350(リオム)ほどあるとはいえ、油断して出費だけ続けていればいづれ尽きる。

 冒険者ギルドで採取系の依頼をこなしているとはいっても、その収入は微々たる物。馬車を預けられるような商人向けの宿は高く、出費の方が大きい。その上に行商も上手く行かないときてはなおさらで、ぶっちゃけ赤字続きだ。

 所持金が晶貨3枚以上の大金の上、チートで元手なく売る品物を作れるから破産になるということはまずないだろうが。

 

 まあ、そんなわけで街の道具屋へオレが作ったポーションを売りに来たわけだ。

 ちなみに売るポーションは市販されている物よりわずかに質が良い程度の物で下級、中級、上級の三種類をそれぞれ四角い小さなビンに入れて十二個1ダースづつ、財布袋も入れた肩掛けのバッグに入れて持ってきている。

 

 そして今、買い取りを頼む前に、興味に駆られてオレもシャンフィもどんな物が売られているのか、店内を見回しているんだが。

 

「………」

 

 ビビられていた。

 

 カウンターに立つ、店主か店員であろうエルフのお兄さんに滅茶苦茶ビビられていた。

 

 オレたちが店に入った瞬間、エルフのお兄さんは顔を上げて「いらっしゃいませ」とにこやかに言おうとしたところで硬直。オレを視界に入れた途端にビビッて固まってしまった。

 

 オレが声を掛けて正気に戻したら、確実に叫ばれるだろうな。

 

「シャンフィ、グラバギンザガ(すまないんだが)………」

 

 ここはシャンフィに全て任せるのが無難だろう。

 

『あ、うん。私が買い取りお願いするね』

 

グラバギバ(すまないな)

 

 苦笑しながら請け負うシャンフィへバッグを渡し、オレはカウンターに背を向けて商品棚へ。

 

「あの、すみません」

 

「はっ、あ、はい。な、なんでしょう、か」

 

「買い取りお願いできますか? 」

 

「あ、あぁ、はい。できますよ。品物は何ですか」

 

 ポーションを売りに来たからか、自然と棚に並べられた四角いビンのポーションに目が向いた。

 下級ポーションは大銅貨1枚に銅貨20枚の120(カヒイ)、中級ポーションは大銅貨7枚に銅貨50枚の750K、上級ポーションは銀貨4枚の4(セウン)、か。

 

 原価は大体値段の6、7割くらいだろうか?

 そうすると買い取りの売り値はおおよそで下級は70~80Kくらい、中級は400~500Kくらい、上級は1~2Cと数Kくらいといったところだろうか? それとももっと安いか?

 三種類十二個ずつの3ダースだから…… まあ、大体70C前後くらいか。幾分希望的予想ではあるが銀貨50枚ほどもあれば商人向けの良宿の宿代一月分くらいにはなるかな。

 

『アーズ』

 

「シャンフィ、ゴパダダンバ(終わったのか)? 」

 

『うん、74C400Kで売れたよ』

 

 銀貨74枚と大銅貨4枚か、充分以上だな。

 上々の成果に笑顔で頷いて、差し出されたバッグをシャンフィから受け取り、エルフのお兄さんにビビられつつも礼儀は大事と視線を合わせて会釈一つして店を出る。

 

 この後は少し街を見て回ってから冒険者ギルドに行こうと思っている。

 折角エルフの国に来たのだから、エルフたちの街での営みを垣間見たいじゃないか。

 まあ、2:5:3くらいの感じで獣人とヒューマーの方が多いんだけども。

 

 

 プリロの街の表通りを一頻り見て周り、満足したオレとシャンフィは予定通りに冒険者ギルドへ来たのだが。

 

「あら、シャンフィにアーズ」

 

「リザさん、こんにちわ」

 

 依頼掲示板の前でリザたち三人と鉢合わせた。

 夕食は一緒にしようということになっていたから丁度良い。彼女達の予定が空いているようなら、ここのギルドはカフェが併設されていることだし、しばらく時間を潰すのも良いかもしれない。

 

「何か良い依頼ありました? 」

 

「全然。一応見に来てみたけど、やっぱりこの時間じゃダメね。

 フェフたちが良いのを見つけてくれていれば良いんだけど」

 

「討伐系の良い依頼って、朝の早い内になくなっちゃうらしいですね」

 

「そうなのよ。

 まあ、だからフェフたちには早朝に宿を出てもらって、ギルドに来てもらってたんだけど。

 不安なのよねぇ、男どもだけに任せておくと」

 

 リザとの会話で苦笑いを浮かべるシャンフィ。中々会話がはずんでいるようだ。その間のオレはと言えば、既にめぼしい薬草採取の依頼をピックアップしをえていた。

 報酬は依頼四つ分合わせて大銅貨三、四枚程度の物だが、宿代の足しにはなるだろう。

 普通はこれだけ依頼をいっぺんにやったら、目当ての薬草を探し出すのに2、3日以上かかるだろうが、オレならすぐに見つけられるから一日か半日で達成できる。

 

「シャンフィ」

 

『あ、決まった? 』

 

ガガ(ああ)

 

 依頼掲示板から張られている依頼書を取り、シャンフィに声を掛け、受付カウンターへ。

 

 早く筆談できるようになりたいところだが、読み書きはまだまだ勉強中だ。幸いグランロア語には五十音のひらがなのような基本文字があるので習得はそれほど苦ではない。ただ、幾つもある単語を憶えるのに少々手間取っているが。

 現在の目的地、「フストレー」の街に着く頃までには何とか筆談できるようになっていると思う。

 

 そんなことを考えつつ、受け付け手前でシャンフィに茶色のギルドカードを渡し、怖がらるだろうから今回オレは喋らずにシャンフィに任せることにした。

 

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 



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20 「むぅ~」

2016.3/5
11話~20話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/4
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。



 

 

 

 

 

 

 プリロの街で三泊して出発し、いよいよ目指すは「フストレー」の街。

 そこでフェフたち、クラン「翼の剣」は伝手を頼って拠点(ホーム)を購入するという。良い物件が手に入ると良いなと思いつつ、その後オレとシャンフィはどうするか悩む。

 

 当初の目的はエルフとエルフの街を生で見たいからアルブレス聖王国を目指していた。そこにフェフたちと出会い、旅は道連れと彼らの目的地、アルブレス聖王国にあるフストレーの街まで一緒に行くことにしたわけだ

 

 しかし、約束のフストレーの街に送り届けたからフェフたちと別れ、ハイお終いというのも惜しい話だ。オレを怖がらずに接してくれる貴重な心良い人物たちと別れるというのは。

 

 問題は後ろ盾なく、一つところに留まって大丈夫かということなんだが。

 

 まあ、あれもこれもと考えても仕方ない。現実逃避かもしれないが、今は物作りに集中するとしよう。

 

 

 

    突然の拾伍「魔法のススメ」

 

 

 

 パチパチ、ぱち

 

 プリロを旅立つこと三日目の夜。

 星明かりと焚き火の明かりの下、オレは夜番へ加わりつつ、自作したクリップボードに挟んだ数枚の藁紙(藁半紙)と同じく自作した万年筆モドキの魔道具を手に魔道具キックボードの改良案を考えていた。

 

 キックボードもあれから改良を加えてVer.3になり、耐久性に操作性、安全性も上がった。今は量産性向上について考えている。

 藁紙に耐久性などを維持しつつ、量産性を上げることを簡略した図面を描いては思いつく限りの案を何通りも書き出して行く。

 勿論オレ以外が作れることも充分に想定し、もっとも複雑な部分である術式の簡略化には特に力を入れる。

 

「………」

 

 ある程度書き出して一息吐く。そしてふと気付けばコチラを興味深げに見つめる四つの視線。夜番を共にしているフェフとマリーだ。

 

「あっと、悪い。邪魔しちまったか」

 

 顔を上げて視線を合せるとフェフから謝罪の声。マリーも「……すみません」と消え入りそうな声で謝って来た。

 オレはリップボードに挟んだ麻紙を捲り、白紙の麻紙を上にする。

 

[もんだい ない。ちょうど ひといき ついた ところ だ]

 

 とグランロア語を書き込み、ふたりに見せた。

 

「!? 言葉、わかるようになったのか」

 

[むずかしい ことば は わからない が、すこし なら ききとれる]

 

 驚いて問うフェフにそう書いて返し、オレは文字をちゃんと書けていること、伝わることに安堵した。

 いや、宿などで文字の勉強をする際、シャンフィに見てもらってちゃんと読めるようになったと太鼓判をもらっていたが、ちゃんと書けているかどうか少なからず緊張というか不安というか、そういうのがあったから。

 

 しかし、これで曲がりなりにも意思疎通の手段が出来た。シャンフィの負担も減り、ひとりでの自由になる時間が増えるだろう。

 まだまだ頼るところはあるかもしれないが。

 

「………もしかして、聞くよりも読む方が楽ですか? 」

 

 そんなマリーの問いに[そうだ な、よむほう が らくだ]と返すと、マリーは少し逡巡した後に薪を一本手に取ってオレの隣りへ寄ると地面に何か書き始め――

 

[あーずさんのつかうまほうについて、おききしてもいいですか]

 

 ――と、文字を書いた。俺にわかりやすいよう基本文字のみで書いてくれた気遣いが嬉しい。

 ともあれ、オレはその内容に少し悩んだが、答えることにする。

 

[こたえ られない こと も あるが、それで よければ]

 

 そう藁紙に書いて見せると、パッと花が咲いたような笑顔を見せたマリーは[ありがとうございます]と地面に書いてきた。

 

 オレの魔法は先天的異能(チート)だ。

 やろうと思えば、イメージさえ出来るならばどんなことも大概のことは出来てしまう。それこそ石ころを金や宝石に錬金することも出来てしまうのだ。

 そんな異能の魔法を詳しく話すのは―― シャンフィのような例外はいるが ――危険だ。欲に塗れた者に、この力を欲した者に狙われる恐れがある。

 オレ自身はなんとでも出来るが、シャンフィを始めとして親しくなったヒトが(かどわ)かされて人質に取られるなど危険な目に遭うかもしれないのだ。いくら力があっても全てに手は回らない。守れずに最悪の事態に、というのは充分にありえる。

 

 だから異能であることはうまくぼかしつつ、オレ独自の魔法について話し、代わりにマリーからグラローア大陸の魔法を聞いていく。

 

 グラローア大陸の魔法。

 どうやらMoLO(モロ)の魔法とは大分違うようだ。以前オークと遭遇した際の戦いでマリーの使った魔法、フレイハスタにウィンディウスという魔法の名はMoLOでは聞いたことがない。フレアランス、ウィンドカッターならわかるんだが。

 まあ、ただ単純に名前が違う、ゲームと現実は違うだけだと言われればそれまでなんだが。それでも知っておいて損はないだろう。詳しく知ることで模倣することができればイタズラに興味を惹かずにすむのだから。

 

 

 

 ― side:シャンフィ ―

 

 

「む~」

 

 プリロを旅立って六日目のお昼、昼食を取り終えた休憩時。私はちょっとばかり不機嫌だった。

 

 マリーさんがアーズの隣りに座り、薪の一本を手に地面に何か書き込ん笑顔で筆談している。

 

 ここ三日の間、アーズは休憩時や夜営時にマリーさんと筆談をしてばかりいる。とても仲良さ気で、内気で口下手なマリーさんを知るリザさんたちも驚いている。

 

 別に仲良くしているのは良いのだ。不必要にヒトに怖がられるアーズがヒトと仲良く出来るのは良いことだし、喜ぶべきことだと思う。グランロア語の聞き取りや文字の読み書きを一緒に勉強したのはそのためなんだから。

 

 でも、だからって御者をしている時以外、間に入られないくらいマリーさんとべったり一緒というのはどういうことか。私を放ったらかしにするなとは言わない、言わないけれども!

 

 なでりなでり

 

「フィー?」

 

 リョコが私を愛称で呼んで頭を撫でてくる。こてりと小首を傾げているのが年上ながらなんとも愛らしく、私の機嫌が悪い理由はわかっていないようだけれど、わからないなりに気遣ってくれているらしい。

 

 うん、少し落ち着いた。

 

 落ち着いたんだけど、視界の端にアーズとマリーさんが仲良く筆談をしている姿が入ってくる。

 

「むぅ」

 

 まだちょっと、不機嫌かもしれない。

 

 

 

 

 カランコロンカラン ガラガラカラガラ

 

 フストレーの街を目指して進む牛車の御者台。いつも通りアーズとふたりっきりだけど、なんだかもやもやする。

 アーズはマリーさんと筆談で何を話していたんだろうと考えると、胸の奥が重くスッキリとしない気分、もやもやで一杯になってくる。

 フェフさんやリザさんの話では話題は魔法のことらしいけど、それにしたって仲良すぎじゃないだろうか。

 

「シャンフィ。ビゲンガパスギジョグザベゾ(機嫌が悪いようだけど)バビバガダダンバ(何かあったのか)? 」

 

『知らない』

 

 ぷいっとそっぽを向く。子供っぽいと思いながらもしてしまう。話をしたいけど、何か言わなくていいことも言ってしまいそうで嫌だ。

 

「……シャンフィ」

 

 小さな溜め息を吐いて私を呼ぶアーズ。ちょっとムッときた。

 

バビバガスバサギデデブセ(何かあるなら言ってくれ)ギデデブセバギボドビザゾグギジョグロバギ(言ってくれないことにはどうしようもない)

 

「………」

 

 変わらずそっぽを向いたまま無言を通す。もう意地になって「知らない」を通そうか。

 

「……ゴグザ(そうだ)ラゾグビキョグリパガスバ(魔法に興味はあるか)、シャンフィ? 」

 

『魔法? 』

 

 少々強引な話題転換ではあったけれど、気になる単語にアーズへ振り向いてしまった。

 

ゴセンリダデゼパ(オレの見立てでは)、シャンフィビパゴギヅガグブババサズガス(には素質が少なからずある)

 バサゲダガギデギゼロ(習えば最低でも)ショキュグンラジュヅパゴドゲサセスザズザ(初級の魔術は覚えられるはずだ)

 

『アーズが教えてくれるの!? 』

 

 それなら嬉しい。アーズの使う魔法はすごく便利そうだし、習うとなれば放ったらかしにされることもないだろうし。

 

ギジャ(いや)ラシシビゴギゲデブセスジョグダボンゼガス(マリーに教えてもらえるよう頼んである)

 

 浮き上がった気持ちがマリーさんの名前が出て来て急降下する。

 魔法のことを魔法使いのマリーさんに頼むのは道理ではあるけれど、なんだか釈然としない。

 

ゴセパボンゲバギン(オレはこの世界の)ラゾグゾギサバギバサ(魔法を知らないから)ゴギゲジョグガバギギ(教えようがないし)ゴセンヅバグラゾグパ(オレの使う魔法は)ヂヂドビラバゲダゴグギンバロボザ(チートに任せた強引な物だ)

 ゴギゲサセスロボジャバギギ(教えられる物じゃないし)ゼビデロラゾグゾヅバグ(出来ても魔法を使う)グゲゼンギレレジブサギザ(上でのイメージくらいだ)

 

 納得いかない私を見てか、アーズはアーズの使う魔法について説いてくるが、それでも私は習うならアーズの魔法を、アーズに習いたいと強く思った。

 

『アーズの魔法が良い』

 

ギジャ(いや)ザバサ(だから)

 

『アーズの魔法が良いの! 』

 

 アーズの言葉を遮って力強く言い切り、アーズの顔を見上げるように力一杯睨む。

 

「………パバダダ(わかった)

 ゴギゲスジョ(教えるよ)ゾグバスバパバサバギベゾバ(どうなるかわからないけどな)

 

『やったーー!! 』

 

 大きな溜め息と共に根負けしたという顔で、アーズが魔法を教えてくれることを了承してくれた。思わず嬉しさに両手を挙げて喜んでしまった。

 

 アーズの魔法、どんなのを教えてくれるだろう? どんなのを覚えられるだろう? 考えるだけで楽しくなってくる。

 

 うん、楽しみで楽しみで仕方ない♪

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 



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21 「これが俺たちのホームか」

 もう少し商談シーンをどうにか出来なかったかと自己嫌悪中orz

2016.3/10
21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/4
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。




 

 

 

 

 

 

 ― side:フェフ ―

 

 

 俺たちはやっとアルブレスの「フストレー」に到着した。まあ、着いたのは夜で、運悪く検問待ちで門限に間に合わずに朝まで待たされて、アーズやタロウスのことで検問の際にまたひと悶着あったりしたが、幸い門番が俺たちの知り合いだったので、俺たちが保証することですぐに街中へ入れた。

 

 後はいつも通りにアーズたちは商人向けの宿を取り、俺たちは冒険者向け宿へ向かうはずだったんだが、ここでアーズが俺たちの拠点購入に興味があると言い、頼まれて冒険者ギルドで待ち合わせすることになった。

 

 

 

    突然の拾陸「マイホーム購入」

 

 

 冒険者ギルドでアーズたちと落ち合った後、俺たちは早速拠点になる物件を融通してくれる知人、ロドスの友人でスローン不動産に務めるウルススという人物の下へ向かう。

 

 スローン不動産はフストレーの中央広場から、南門へ伸びる大通りを中ほどまで進み、道具屋と料理店の間の道へ曲がった奥にある、一見すると貴族の別邸などと見間違えるほど立派な赤煉瓦に青色の屋根の建物だ。

 

「お久しぶりだやなウルスス。元気しとーとか」

 

「ああ、ロドスさも元気しとーで何よりだ」

 

 スローン不動産の門戸を潜り、ロドスの名前でウルススさんを呼んでもらうと、直ぐに身形の良い熊頭の獣人の男性がやって来た。彼がウルススさんだろうか?

 

 ちなみに大勢で押しかけるのもなんだろうということで、俺とロドス以外の皆には外で待ってもらっている。

 決してアーズの強面ぶりで悶着起きるのを避けたとかではない、と一応言っておく。

 

「紹介するべ、ウルスス。このヒトっとはフェフ。おらぁがはいっととクランのリーダーと。

 フェフ、彼はウルスス。おらぁと同郷の友人だ」

 

「おお、話は聞いとっとよ。ロドスさ世話になっとーとで」

 

「い、いえ、世話になってるのはむしろ俺の方で」

 

 少しどもりながらも、社交辞令ではなく本心から思っていることを口にする。

 実は慣れない場というか、貴族の邸みたいな不動産屋に入ったせいかちょっと緊張している。

 

「んで、ロドス。クランのリーダーさと連れ立って来とーとばゆーことは、商談か? 」

 

「んだ。いよいよおらぁたちも拠点(ホーム)を持とうゆーことばなっとーとよ。

 そっだならと、不動産に務めとーウルススに頼らせてもらおうとなったと」

 

「そうか、ではこちらへいらしてください」

 

 突然田舎訛りがウソのように消え、キリリッとした態度でウルススさんは俺たちを応接室へと案内しだした。どうやら仕事モードに入ったらしい。

 

 応接室に通され、勧められるまま高そうなソファーに座る。しばらく待たされた後、ウルススさんが資料だろうか? 紙の束を手に戻って来た。

 

「さて、拠点購入とのことですが、資金はどれ程の御用意がおありで? 」

 

「資金は20(リオム)あります。それでお願いできますか」

 

「20Lですか。そうなりますと、これらになりますね」

 

 そう言ってウルススさんは紙の束、資料から3枚の紙を抜き出し、テーブルに並べた。

 

 手に取って見せてもらうと、一枚目は邸宅で場所は街の西側、大通りなどから離れたところにあり、二枚目は元宿屋で場所は南門の大通り外れにあり、三枚目は元鍛冶屋で場所は街の東側で中央広場よりにあると書かれていた。

 

 一枚目の邸宅は中央広場にあるギルドから一番遠く、徒歩ではどこへ行くにも不便だそうだ。

 二枚目の元宿屋は大通り外れ、南門よりの奥まったところにあり、人目に付き辛いとか。

 三枚目の元鍛冶屋は三つの中で一番立地は良いが、大掛かりな改築が必須となっている。

 

 まず、元鍛冶屋は除外で良いだろう。ギルドのある中央広場に一番近いという立地は良いとしても、大掛かりな改築をしないと使えないのでは魅力半減だ。

 邸宅は改築なしで使えそうだが、ギルドから一番遠いからこれも除外。

 

 消去法で残る元宿屋に決定か。人目に付き辛いのはあまり俺たちには関係ないし、外れとは言え大通りに面しているから中央広場にあるギルドからもそう遠くはない。

 

「二枚目の宿屋で決まりかな」

 

「んだな、それが一番良いべ」

 

 ロドスと一緒に見比べて答えを出す。

 

「お決まりですか? 」

 

「ええ、これでお願いします」

 

「では、実際に物件を見に行ってみますか」

 

「はい。お願いしま、ってああそうだ」

 

「どうかしましたか? 」

 

「いえ、連れというか、クランの仲間と購入する物件を見てみたいっていう友人を外に待たせていて」

 

「この物件なら馬車での移動もいらないでしょうから、大人数でも大丈夫でしょう」 

 

 笑顔でそう言ってくれるウルススさん。

 

 その笑顔もアーズと対面するまでだったが………

 

 

 ウルススさんに案内されてきた物件、元宿屋は二階建てで一階は酒場になっていて、イスやテーブルが壁際に積まれていた。そして入り口正面から右手側の壁際に二階への階段があり、一階の奥には調理場や地下倉庫に住居スペースが。後、広い中庭があって井戸と馬屋もあった。

 二階にある客室は階段を上った正面に2人部屋が二つあり、そこから宿の入り口側へ廊下が伸びていて一人部屋が四つ並び、その行き止まりに、宿屋正面に4人部屋が一つ。

 客室にベッドなどはそのままあったが、生憎と枕やシーツなどは取り払われていた。まあ、なくても野宿と比べくもないだろうし、資金が貯まったら順次買い揃えていけば良い。

 

「なかなか良いじゃない」

 

「……ステキ、ですね」

 

「お、お~~♪ 」

 

 それぞれ思うように感想を口にするリザとマリー。リュコは駆け回るように各部屋を覗き回っては歓声を上げている。

 アーズとシャンフィは興味深げに見回しながら俺たちについて回っている。

 

「ホントに金貨20枚で買えるのか、何かあるンじャないか疑いたくなるナ」

 

「ハハハ、心配せんと何もありゃしないと。

 元々ここば老夫婦ばやっとっと宿で、歳で続けられんとーなったとから3年前に売りに出されたと。

 何か不具合があるだの、幽霊が出るだのと不良物件ではないべ。

 まあ、20Lで売るんはギリギリだべがな」

 

 あまりに良い物件からか、20Lで購入出来るのは何か理由があるのでは、と疑うブークの言にウルススさんは朗らかに笑い理由を述べる。

 ギリギリとのことだが、もしかしたら20L以上行く値段で、かなり融通してくれたのかもしれない。

 ロドスが友人とは言え、過分すぎな気がするが、それだけの物がロドスとウルススさんの間にあったのだろう。

 

「さて、気に入ってもらえたようで何よりだが、改築はどうするね?

 するならウチで業者を手配するが」

 

 と、仕事モードに戻って聞いてくるウルススさん。しかし残念ながら改築に手を出せる余裕は今の俺たちにはない。

 

「いや、さすがに改築までは……」

 

チョドドギギザソグバ(ちょっと良いだろうか)? 」

 

「えっと、ちょっと良いだろうかって」

 

 「手が出ませんよ」と続けようとした時、一歩ひいて俺たちについて回っていたアーズたちが声を掛けてきた。

 ウルススさんがその声にビクリとしたのはご愛嬌だろうか。

 

 アーズはそんなウルススさんを見てか、肩掛けのバックから藁紙の束を留め押さえた板と魔道具のペンを取り出し、筆談の準備を始めた。

 そしてなんだなんだと寄ってくる面々。

 

[かいちく の ひよう は おれに ださせて もらえないだろうか。

 かわりに いっかい を こうぼう として つかわせてく れないか]

 

「おいおい、幾ら一階を使わせてくれつッたてよお、そりャあ世話にナりすぎるッて」

 

 突然の申し出に驚いたのは俺だけではなかったようで、ブークが皆を代表するように声を上げた。

 ブークの言う通り、今まで牛車でこのフストレーまで送ってもらっただけでも充分すぎる恩だと言えるのに、その上に拠点の改築費用まで出すというのは。

 

[こんな なり の じぶん を おそれず に むきあって くれる ひと は きちょう だ。

 このまま やくそく を はたしたから さようなら と えにし が きれる のは おしい]

 

 「ありがたいがさすがにそれは」と断りの言葉を言おうとしたが、藁紙へ新に書き出された文字に俺は押し黙った。

 確かにアーズは行く先々で悶着を起こしていた。本人は至って紳士的に応対しているのに、その容貌から相手側が勝手に恐れを抱き、誤解して行き違う。

 そんな中で―― リュコがいたからこそなれた関係ではあるが ――恐れず誤解せずに接する俺たちはアーズにとって確かに得難い存在なんだろう。

 

「フィーと一緒」

 

 リュコがシャンフィにきゅむっと抱き、俺をじーと見つめて、「さよなら、メッ」とその目で訴えてくる。

 

「……あの、改築費用、出してもらうのじゃなくて、借りることにすれば………良いんじゃ、ないでしょうか」

 

 控えめ手をあげて尻すぼみに提案してくるマリー。彼女も言外に「お願いします」とその目で訴えてくる。

 どうしたものかとリザやロドスに目を向ければ、リザはアンタがリーダーでしょとため息を吐き、ロドスはこれもお導きだと祈りを捧げている。最後にブークを見やれば、お手上げのポーズをとられた。

 

「ハァ、わかった。アーズの申し出を受けるよ。

 ただし、改築費用はマリーの提案通りに借りるってことで」

 

[ありがとう]

 

「礼を言うのは俺たちの方なんだが」

 

 アーズが礼の言葉を文字にしてきたが、俺は苦笑を浮べて手を差し出した。

 

ガサダレデ(改めて)ボセバサジョソギブダボル(コレからよろしく頼む)

 

「改めてこれからよろしく頼む、だって」

 

「こちらこそよろしく頼むよ」

 

 この縁はそう簡単に切れないさ、というように固く握手を交わした。

 

 

 

 

 

         To Be Continued………

 



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アル者はアル者を呼ぶ
22 「しゅびばひぇーーん」


 
2016.3/10
21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/5
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。




 

 

 

 

 

「シャンフィンチャブサパジダギンロボガ(のチャクラは額の物が)ギヂダンザダダヅギデギス(一番発達している)

 ザバサ(だから)ジダギビギギビゾシュグチュグギデ(額に意識を集中して)……」

 

『うん』

 

バンジスララ(感じるまま)ゼンギンゾバガセスラリョブゾギレレジ(全身を流れる魔力をイメージ)

 

「………」

 

 魔法を教えるという約束通り、シャンフィに魔法を教えていた。

 まあ、まだ始めたばかりで、カロロ村でヴィント少年にした魔法の教えの焼き回しだが。

 

ゴグ(そう)ゴンチョグギザ(その調子だ)

 

 クラン「翼の剣」の拠点(ホーム)の一階を間借りして工房を持つことにしたオレたちだったが、拠点の改築作業が終るまでは特に予定がなかったため、道具屋にポーションなどを売ったり、冒険者ギルドで雑務系の仕事を請け負うことにした。

 そして怖がられながら、少しでも街の人に慣れてもらおうと何とかカントカ仕事をこなしている。

 

 今日は生憎の雨模様の天気なのもあって冒険者ギルドへは行かずに仕事を休み、そうして作った余暇を使って、夕食時まで宿でシャンフィに魔法を教えているわけだ。

 

 シャンフィに、ヒトに魔法を教えることに至って、オレは自分のチート任せの魔法に手を加えることに決めた。

 魔力さえ足りれば、いや、少ない魔力でもちゃんと使えるように、確りと術式を考え、構成してみようと。

 幸いマリーとの筆談で、全てではないがグランローア大陸で使われている魔法の基本的な術式構成を知ることが出来たから、それを応用して上手くやろうと思う。

 

 ひとまずは【浮遊】と【浄化】の魔法から始めようかと思案中だ。

 

 

 

    突然の拾漆「トレイン少女? 」

 

 

 

 小雨の降った曇り空の昨日がウソのように晴れた今日、採取の仕事を取って久しぶりに街の外へ出ている。

 

『はい、アーズ』

 

「スピア草()

 グン(うん)ジュボボガスバ(十個あるな)

 

 受けた採取の依頼は3つ。

 乾燥させた根を煎じると眠り薬になるスピア草に低級ポーションの原料にもなる赤切り草。そして中級から上級ポーションの原料になる、羽を広げた鳥のような形の葉をした小鳥草。

 それらを5から10個以上採取して、大体70L、中銅貨7枚ほどの収入だ。

 

「? 」

 

 不意に何か聞こえたような気がして立ち上がり、耳をそばだてる。

 

『どうしたの? 』

 

ギジャ(いや)バビバビボゲダビガ(何か聞こえた気が)……」

 

 

「 い ~ や ~ ! ! 」

 

 

「! 」

 

『悲鳴!? 』

 

 絹を裂くような悲鳴を耳が捉える。

 

 悲鳴の聞こえた方角は森の奥へ視線を向ければ、立ち上る土煙。そして長い銀髪を振り乱して魔物たちから逃げる黒い肌の女の子の姿。

 肌の色と尖った耳から見てダークエルフと見て間違いない。身に着けている物から、革の胸当てにショートソードを腰に下げていることから冒険者だとわかった。

 

 恐らくだが、ギルドで請けた依頼で森の中へ入り、手に負えない魔物に遭遇したかして逃げたが追いかけられ、後は芋づる式に魔物を呼び込んでMMORPG、ネトゲ専門用語でいうトレイン状態に陥ったといったところか。

 

 

「 た ~ し ゅ け て ~ ! ! 」

 

 

 涙を浮かべて必死に走るダークエルフの少女。その後ろ追うはゴブリン5匹に鳥、兎、猪、狼に熊の魔物たちが十数匹。

 

「あっ!? 」

 

 それはシャンフィの声か、それともダークエルフの少女の声だったか。

 

 ダークエルフの少女が木の根に足を取られて転んだのだ。

 

 そしてオレは気付いた時には肩掛けバッグをシャンフィに放り渡し、魔物の群れに突っ込んでいた。

 

 先頭を走っていた猪や狼を走り込むままに容赦なくサッカーボールキックで蹴り飛ばし、後続の猪と狼たちにぶち当てて怯ませ、続いて突然のオレの乱入に耳障りな声を張り上げるゴブリン5匹へ拳を叩き込み蹴り倒して黙らせる。熊の魔物たちが立ち上がり咆えるが、構わずにその顎目掛けて蹴り上げて頭を蹴り飛ばし、拳を叩き込んでフッ飛ばしていく。

 

 そんなこんなで粗方の魔物を撲殺する頃には兎や鳥の、小動物の魔物は早々に逃げ出し始めていたが、ふと思い付き目に付いた隼っぽい鳥を一匹捕まえた。こう、戦闘用触手をぬるっとやって。

 

「大丈夫? 」

 

「へ、え?? あの、魔物が……あぶな………」

 

「ああ、うん。危なかったね。だけどもう大丈夫だよ」

 

「へ? 」

 

ザギジョグヅバ(大丈夫か)? 」

 

「はい?」

 

 振り向いたダークエルフの少女と視線が交差する。

 

「………」

 

「………」

 

 しばしの沈黙の後――

 

「 ひ、 ひ ぃ ~ ~ ん 、出 ぇ た ぁ ~ ~ ~ ! ? 」

 

 ――そんな悲鳴を上げてシャンフィに抱き付いた。

 

 今まで散々怖がられて来たけど、オバケ扱いは初めてだ。

 

 

 

「しゅびばひぇん」

 

 鼻水たらし涙目で謝って来るダークエルフの少女。

 

 あれからギルドカードを見せるなどしてどうにか落ち着かせ、オレは魔物やオバケではないとなんとか誤解を解いた。

 

「それにしても、なんであんなに魔物に追い駆けられてたの? 」

 

「はい、実は……」

 

 涙目ながらに語られた話によると、一念発起で親元を離れて冒険者を目指し、フストレーの街へやって来て冒険者になったものの、魔物が怖くて街中の雑務系依頼をこなし、宿賃を稼ぐのがやっとの毎日を送りながらも最近やっと昇格資格を得て試験を受け、どうにかこうにか合格してFからEにランクアップした。

 ランクアップを機にいい加減怖がってもいられないと、冒険者なんだからと自分に言い聞かせて採取系の依頼を取って森へ。

 しかし初めての薬草採取に右も左もわからず、気付いたら深く森に入りすぎていて、一匹のゴブリンに遭遇。見つかって逃げたら次々と魔物に追われたと。

 

 彼女、体の線は細いが筋肉の付き方は実用的だ。ゴブリンくらい倒せそうだが、どうも実力に反して気が弱いようだ。

 

「えっと、その体格と装備ならゴブリン一匹くらい仲間を呼ぶ前に倒せただろう、だって」

 

「うう、男らしくなくてしみましぇん」

 

「え? ………男? 」

 

「あ、はい。僕、男です。

 よく間違えられるけど……」

 

『お、男、の娘……』

 

「シャンフィ? 」

 

『ほとんどが二次元(もうそう)の産物の男の娘が、ここまで完璧に三次元(げんじつ)に存在している、だ……と………』

 

 女の子と思っていたら実は男の子だったということに必要以上に驚き、何かブツブツ言いながら戦慄するシャンフィ。一体どうしたのだろう?

 確かにここまで美少女然としているのに性別は男だというのは種族的に容姿の整ったエルフ―― この子はダークエルフだが ――だとしても信じ難いものはあるが、そこまで驚くことはないと思うんだがな。

 何か前世の記憶の琴線に触れるものでもあったのだろうか?

 

「シャンフィ、ギダダギゾグギダンザ(一体どうしたんだ)

 バビバボボボビ(何かこの子に)ロンザギゼロガスボバ(問題でもあるのか)? 」

 

『ふぇ……はっ!?

 私ってば一体………か、過去生に、引き摺られて、いた? 』

 

 声を掛けられたことで我に返ったのか、シャンフィは先ほどの自分を鑑みてか、獣耳をヘタらせてうつむき震え始める。

 

「シャンフィ……」

 

 困惑して怯えているのかとシャンフィに手を伸ばし、気遣おうとしたのだが――

 

『男の娘、アリだねッ! 』

 

 ――手が肩に触れる寸前に、バッとうつむけていた顔を上げると親指をビシッと立てたサムズアップサインを繰り出して非常にイイ笑顔でそんなことをのたまった。

 

 ああ、何かシャンフィの「男の子」のニュアンスがおかしいような気がしてたけど、(むすめ)の方のオトコノコのことね。

 しかし、前世の記憶に引き摺られるほど男の娘に反応したってことはシャンフィの前世は腐女子とかだったのかね? いや、前世が女性だったとは限らんか。グロンギ語をそらで翻訳できる特撮好きな女性て、さすがにオタクでもいそうに無いだろうし、男の娘好きの腐男子って奴だったのかね?

 まあ、シャンフィの前世の性別は今世に(いまさら)関係ないから良いが、なんというか、今浮かべている君の笑顔を見ているとオトーサンハ非常ニ君ノ将来ガ心配デスヨ。

 

 そんな感じにイイ笑顔のシャンフィに呆れているとダークエルフの少女、もとい少年が声を上げた。

 

『あの、もしかして君も転生者? 』

 

 聞き慣れた日本語で、気になるワードを口にして。

 

 

 ダークエルフの少年、名をレイル。歳は15歳。冒険者のランクはE(ウッド)。職種(ジョブ)は一応魔法剣士とのこと。

 そして本人も自覚するヘタレ。

 

 前世は虚弱体質で、それが祟ったのか16歳の時、風邪をこじらせて肺炎となり亡くなったらしい。

 そうして気が付いたらファンタジー世界はダークエルフの両親の下に生まれた男の娘、もとい男の子になっていたという。

 前世の記憶が目覚めたのは4歳頃で、それ以来 生前虚弱体質で出来なかった色々なことや、やってみたかったことにチャレンジしようと頑張って来てたらしい。親元を離れ冒険者になったのもその一環だという。

 

 ちなみにクウガは見ていないそうなので、グロンギ語の会話は無理そうだ。覚えてもらうという手もあるが、無理強いするのもな。

 

『僕以外にも転生者がいるなんて……

 き、聞いてください! 僕、僕………』

 

『うんうん、前世の記憶があると色々悩みとか出るよね。私も苦しんだからわかるよ。

 でもアーズなんて記憶で悩む以前に、前世と姿どころかヒトとかけ離れた種族になちゃって大変なんだから』

 

『ふぇ?……』

 

 私ばかりに注目せずに三人みんなで話そうね、と言うようにオレの話題を出したシャンフィ。それを聞いたレイル少年はオレに視線を向けてしばしの沈黙。

 

『転生者、なんですか。アーズ、さんも……』

 

ガガ(ああ)

 

 

 

 お互いが転生者だと理解してから言葉を交わすことしばし。

 

『そういえば、アーズ、それ何? 』

 

 シャンフィが指差した先は、オレの両手で包むように捕まえている隼っぽい鳥の魔物。全長は48cmほどあるだろうか。

 

グル(うむ)、テイムギジョグドゴロデデヅバラゲダ(しようと思って捕まえた)

 

『テイムするんだ、じゃあ名前考えないと♪ 』

 

『あの、テイムって何かするんですか、そのファルケモンに』 

 

『ファルケモン? 』

 

『はい、その鳥の魔物の名前です』

 

 コイツはファルケモンというのか、隼っぽい外見だけじゃなく名前までそれっぽいとはな。

 ふむ、名前は疾風(はやて)にするかな。安直な気がしないでもないが、特に変でもないし、これで良いか?

 

バラゲパ(名前は)「ハヤテ」ドビグンパゾグザソグ(というのはどうだろう)

 

『「ハヤテ」か、良いんじゃない』

 

 シャンフィの同意を得られたのでコイツの名前は「ハヤテ」に決定。

 

 よし、名前も決まったし、テイムと行こう。

 

 と、意気込んでもそう難しいことをするわけではないんだが。手で触れて力を流すだけ、と簡単なものだ。ただ今回はタロウスをテイムした時と違ってちょっとした術式を組み込んでみた。

 

『あの、だから、テイムってなんですか』

 

『あ、ごめん。

 テイムって言うのはね、アーズの力で動物や魔物を手懐けて使役できるようにすことなの』

 

『魔物を手懐けるって?! そんなことできるんですか、アーズさんて』

 

『うん、他にも色々出来ちゃうよ。

 なんてったって本人もドン引きするほどのチートだから』

 

『チートって……』

 

『あ、他の人には内緒ね。

 悪いヒトとかに知られると、ね』

 

『ああ、ありますよね。悪用とか考える人に親しい誰々が捕まって~って』

 

『そうそう、だから秘密ね』

 

『ああ、ハイ。秘密にします』

 

 にっこり笑って人差し指を唇に当てた可愛らしい仕草をして、「ね」というシャンフィに、ほんのり頬赤くしてうつむくレイル少年。

 ボーイ・ミーツ・ガール、ではなく百合な雰囲気がかもし出されているように見えるのは気のせいか。

 

『あ、終った? 』

 

ガガ(ああ)ゴパダダ(終った)

 

 テイムし終えたファルケモン、ハヤテを空へ投げるように放つ。ハヤテは翼を広げてあっという間に空へ舞い上がった。

 そしてピルルルルルッと口笛を吹き、腕を掲げればハヤテが舞い戻り、オレの腕へと止まる。

 

『本当に手懐けられてる』

 

『すごいでしょー』

 

 自慢気にしつつ、シャンフィはオレの腕に止まった疾風を優しく撫でる。これからよろしくねというように。

 

『あれ、このマーク』

 

 そうして撫でている内にハヤテの額と胸に浮かぶ∀'sの紋様に気付いた。

 

 そう、これが組み込んでみたちょっとした術式。額や胸元など身体の何処かに∀'sの紋様を刻むというもので、ようはテイムされた魔物であることを示す証明書だ。

 

 『どうせなら、かわいいマークの方が良かったかも』とはシャンフィの言。

 

 要研究のようだ。

 

 

 ともあれ、いい加減街に戻ろうとなり、レイルの薬草採取も手伝いながら採取を早々に終わらせたオレたちはギルドで換金した後、レイルが泊まっている安宿の一階、酒場でくつろいでいた。

 

 まあ、店主と周りの客がくつろげているかどうかは、深く追及しないでくれ。

 

『へぇ、行商人をやっているんですかあ』

 

『正確にはやっていた、になるのかな?

 工房を持つことにしたから』

 

『工房ですか? 』

 

『うん、知り合った冒険者さんたちクランのホームを間借りしてね』

 

 『今は改築中で本格始動はまだだけど』とフーレジュース―― オレンジのようなフルーツを絞ったフレッシュジュース ――を飲みながら続けるシャンフィ。レイルは感心しきりだ。

 オレはというとシャンフィと同じくフーレジュースを飲みながら筆談で話に加わる。

 

[ところでレイル。君はこれからどうするんだ]

 

 同じ日本人からの転生者、ということで藁紙にグランロア語ではなく日本語を書いてレイルに見せる。

 

『これから、ですか? 』

 

[そうだ。

 今のままでは冒険者として大成するどころか、一人前になることもままならないだろう]

 

『それは……』

 

 本人自身自覚しているヘタレな性分で、今のままではダメなことは理解しているようでうつむいて押し黙ってしまう。

 オレはシャンフィに目配せすると頷きが返され、それを良しとして一文を藁紙に書き込み、差し出した。

 

[レイルさえ良ければだが、一緒に来ないか]

 

『一緒に、ですか? 』

 

[一人で一人前になるのが無理なら、仲間を作って一緒に一人前になればいい]

 

『でも、でも僕、僕はヘタレで臆病で……足、引っ張っちゃうだろうし』

 

 レイルは尻すぼみにそんなことを言うが――

 

『もう、転生者同士助け合おうって言ってるの!

 返事ははっきりと、はいかイエスかヤーかダー。さあどっち! 』

 

『……はい! 』

 

 ――シャンフィが勢いのままに一刀両断した。

 

 

 かくしてオレはシャンフィに次いで新たな仲間を得ることとなったのだった。

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギ・ビジュジュゾ(To Be Continued)………

 

 



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23 「ムリムリムリ、無理です! 」

2016.3/10
21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/5
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。




 

 

 

 

 

 

「ハッ」

 

 鋭く放たれた左からの切り上げの一撃を手にしている「剣」で受け、お返しにと横薙ぎで切り付けるも素早く身を引いて躱してみせた。

 

 次いで放たれた踏み込んでの唐竹から切り上げの二連撃を躱し、あるいは受け弾き、体勢を崩して突きを繰り出すが、しかし無詠唱で展開された渦巻く風の盾でそれは防がれる。

 

「シッ」

 

 風の盾で「剣」が弾かれて体勢が崩されたところへカウンターの突きが襲い掛かってくる。何とか身を捻りそれを躱してバックステップ。間合いを取る。

 

 そして互いの隙を探して睨み合った。

 

 

 

    突然の拾捌「実力は上々」

 

 

 レイルを仲間にしたあの後、宿を引き払ったレイルを連れてまずはと、俺たちは工房を間借りしてお世話になるフェフたちクラン「翼の剣」に面通ししようとなり、彼らがフストレーでの定宿にしている「陽だまりの虎亭」へと向かった。

 

「紹介するね。今日出会ってアーズと私の仲間になった、レイルだよ」

 

「あら、可愛い娘じゃない」

 

「あの、僕、レイルって言います。歳は15です。

 えっと、あの、アーズさんたちに助けられたというか、拾われたというか、とにかく今日からアーズさんたちと一緒にやっていこうってことになりました。よろしくお願いします。

 それで後、その、僕、男です」

 

 賑わい始めていた夕暮れ時の宿の酒場は、オレが入ると共に少々静かになったが、丁度軽く飲んでいたフェフたちは暖かく迎え入れてくれた。

 そしてレイルを紹介し、まあ、案の定。俺たちと同じようにフェフたちもレイルを女の子と勘違いした。

 

「言われなきゃ男の子には見えないな」

 

「ほお、こんなめんこいとに」

 

「今まデ良くその手の趣味のヤツに襲われたリしなかッたナ」

 

 ついでと夕食を共にし、レイルとの親交を深めるオレたち。話題はもっぱらレイルの容姿で、シャンフィがリザやマリーを相手にいつか必ず可愛い格好させようと盛り上がっていたのは余談だ。

 

 ともあれ、そこでオレはレイルがどれくらいどんなことが出来るのかを見るために、拠点の改築が終わる頃までの間、近くの村々へ行商に出ることを思い付き、どうせならとフェフたちから2人を護衛に雇いたいと持ちかけた。

 

 護衛料は一人2,400(カヒイ)の4,800Kで、ボーナス危険手当付きだ。

 

 話し合いの結果、リザとマリーが護衛として同行することになった。リュコもついて来たがったが、なんとか宥めてお留守番となった。

 

 今回は前回の失敗、カロロ村であまり売れなかったことを踏まえ、金物以外も取り揃えるために出発は二日後とし、シャンフィとレイルに手伝ってもらい準備に勤しんだ。

 

 

 そうしてフストレーの街を出発し、街道沿いに南へ牛車で進むこと三日の今日。昼に辿り着いた開けた場所に出来た休憩地。

 

「レイルは剣術、ちゃんと使えるの? 」

 

「あ、はい。剣士だった父さんに剣術を習いましたからちゃんと使えますし、魔法使いだった母さんからも魔法を習ってますから、何かあっても自分の身は守れると思います……多分、ですけど」

 

 携帯食による軽食を取っている際、リザがレイルの腰に提げたショートソードを見て問えば、返って来たのはやや頼りない答え。

 

「……魔法は、何がどこまで使えるんですか? 」

 

「えっと、闇属性魔法を中級中位の「対魔法防御魔法【影霧】(シャドブラー)」までと、風属性魔法を初級上位の「防御魔術【風盾】(シルト)」まで使えます」

 

 次いでマリーからの問いにも答えるレイル。

 シャンフィに会話を訳してもらったが、なんというか実力が計りづらい。魔法の腕は仮にも中級中位の魔法を使えるということで魔法使いと呼べるレベルのようだが、肝心の剣術がどれくらいの腕なのかわからない。

 魔物の群れに追い駆けられて泣きながら逃げていた第一印象のせいか、剣術の腕はヘッポコな気がしてならない。

 

ジョギ(よし)ロギゲンゼロジャデデリスバ(模擬戦でもやってみるか)

 

『アーズ? 』

 

 オレは立ち上がると、幌牛車に載せていた「木剣」、魔道具化してシャンフィの護身用にしようと思っていたものから二本取り出して一本をレイルに放り渡した。

 

「レイル」

 

「え? とわ!?

 な、なんですかこれ? 」

 

「えーと、レイルの実力がいまひとつわからないから、これから模擬戦をやるぞ、って」 

 

「模擬戦!?

 ムリムリムリ、無理ですよ!

 僕を追い駆けてきた魔物の群れを一掃しちゃうようなアーズさんと模擬戦なんて!! 」

 

「もう、模擬戦くらいで何ビクビクしてるの!

 ほらっ、立って! 」

 

 模擬戦と聞いて早くも逃げ腰なレイルをシャンフィが立たせようと引っ張る。助けを求めてリザたちに目を向けるレイルだが――

 

「応援してあげるから、怪我しないようにがんばんなさい」

 

「……がんばってください」

 

 ――苦笑交じりの励ましを贈られるのみだった。

 

 

 そしてヘタレて逃げ腰だったのも束の間、剣を交わしている内にエンジンが掛かったのか、積極的に攻めてくるようになり、冒頭へと戻る。

 

 こうして模擬戦をしてみてわかったことは、レイルの剣の腕は決してヘッポコではないということと、どうもレイルは自分自身で認めてヘタレの臆病と言うだけあって本番に弱いタイプのようだ。

 性格が災いしていざという時に二の足を踏んでしまい、実戦で本領を発揮できないのだろう。

 

「トライスラッシュ! 」

 

 切り上げ、袈裟斬り、横薙ぎの3連撃で三角形の軌跡を描くMoLOで見知った片手剣スキル、「トライスラッシュ」を放ってくるレイルに一瞬驚くが、すぐに持ち直して3連撃を受け切ってみせる。

 

「くっ」

 

 トライスラッシュを放った後の硬直、隙を思ってか顔を引き攣らせるレイル。

 

 そしてオレは――

 

ボボラゼゼギギザソグ(ここまでで良いだろう)

 

 ――木剣を下ろして模擬戦終了を告げた。

 

「終わり、ですか……」

 

「うん、レイルの実力は充分わかった、って」

 

「……ハァ~」

 

 シャンフィがオレの言葉を訳し伝えると、それを聞いたレイルは腰が抜けたようにその場に内股に座り込んだ。

 

 ……レイル、シャンフィに燃料を投下するような仕草を素でやらんでくれ。目をキラッキラさせてるから。

 

 何だか関係ないことでドッと疲れた昼下がりだった。

 

 

 

 ぱちぱち、パチチッ

 

 

 この世界のエルフを始め、ダークエルフ、ドワーフ、ドラゴニアンは不老長寿な種族だ。

 

 夜番で焚き火を見ながら何をいきなり言い出しているのかといえば、寿命の長い純粋なダークエルフのレイルと共に生活していくことになって、ふと思ったというか気になったのだ。

 オレの寿命はどうなのか、この身体は老いるのか、と。

 

 それでレイルに聞いたのだ。エルフなどの不老長寿の種族はどんな風に歳を取り、どれくらい長くいきるのか。

 

 話によればエルフやダークエルフは20歳までヒューマーや獣人と同じ成長の仕方をし、20歳以降から不老となり、ゆっくりと歳を取っていくそうだ。

 ちなみにドワーフは30歳まで、ドラゴニアンは20歳までヒューマーや獣人と同じ成長の仕方をしてそれ以降からゆっくりと歳を取っていくという。

 

 寿命の長さは大体でドラゴニアン≒エルフ>ドワーフとなっているらしい。

 

 チートなこの身体のことだ不老不死などと言われても納得できそうで怖い。そして何より、出会った者たちが老いて死んでいくさまを見て、オレは平常でいられるだろうか………

 

 遠い未来を考えると、怖くて仕方なくなった。

 

 

 パチッ、ぱちぱち

 

 

 軽く頭を振って、考えを払う。

 

 まあ、今はどう考えても答えはわからない。

 

 今出来ることをやっていくのが一番だ。

 

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 



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24 「オレはいらない子なのだろうか……」

2016.3/10
21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/5
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。




 

 

 

 

 カサ ガサ カサ カサ カサ ッ

 

 

 暗い暗い森の中。

 

 闇夜を走る一つの影。

 

 ソレは逃げていた。

 

 ただ必死に。

 

 巣に蔓延った恐ろしいモノたちから。

 

「……………」

 

 しかし、不意に腹がく~く~と飢えを訴え、ソレは歩みを止めた。

 

 

 そして獲物を求めて森を彷徨い出した。

 

 

 

    突然の拾玖「行商、そして? 」

 

 

 フストレーの街を立って五日目の夕暮れ時。遠くに大きな山を見据える「サンザ」の村にオレたちは到着した。

 

「う、ウチの村でぎょ、行商をしたい? 」

 

ガガ(ああ)ガグギヂビヂザベゼロギギバサ(明日一日だけでも良いから)ガビバギゾガゲデブセバギザソグバ(商いをさせてくれないだろうか)

 

「えっと、明日一日だけでも良いから、商いをさせてくれないだろうか、って言ってます」

 

 そして毎度怖がられながら、行商の許可を得るため白髪のご老人、村長と交渉中である。

 ちなみにタロウスについては村について早々に説得済みで、村に逗留できるようはなっていた。

 

「あの、売る物は主にお鍋に包丁にハサミに針の金物の雑貨類と細工物(アクセサリ)、布に糸や紐、塩と砂糖なんかを扱っていて。あ、後、薬草も扱ってます。お声を掛けてくれればアーズさんが調合するそうです」

 

 シャンフィが通訳で頑張ってくれているのに対し、レイルも何かしなければと思ったのだろう。援護するように売り物について説明をしてくれた。

 説明してくれた他に子供向けにぬいぐるみと木剣の玩具や、砂糖を控えて2cm角にすることで原価を抑えた小さいクッキーやビスケットのお菓子がある。

 

「あんたは、その、薬師、なのかい? 」

 

「いえ、薬師というよりはお医者さんです。アーズは医術に精通していて、魔法も色々使えるんですよ」

 

 調合と聞いて村長は薬師に思い至ったのだろう。恐々ながらオレをまじまじと見つめ問うてきた。

 オレが頷いて答える前にシャンフィが答えて訂正する。まあ、確かに薬師より医者の方が需要はあるから、セールスポイントは高いか。

 

「……わかった、村の広場を使ってくれて構わない。

 ただ、問題だけは起こさんでくれ」

 

ガシガドグゴザギラグ(ありがとうございます)

 

「ありがとうございます」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 許可をくれた村長へ三人でお礼を述べ頭を下げた。

 

 

 

「針5本と白い糸ですね、455(カヒイ)になります」

 

「塩は20ラグムで1,500Kになりますね。はい、ありがとうございます」

 

 翌日。村人の仕事が一段落つく昼に店を開く。と言っても藁編みの敷物を広げて商品を並べるだけだが。

 

 相変わらずオレは怖がられているが、シャンフィとレイルの頑張りでかなり売れている。

 この調子で他の村でも行商が出来て物が売れれば赤字にならずに済みそうだ。

 

 で、オレは何をやっているかといえば、はやてを肩に乗せてシャンフィとレイルから離れて商いを見守っていた。

 

 うん、薬師とか医者としてスタンバってても、お客さんたちを怖がらせるだけだろうからってことで、万が一フトドキ者が出ても大丈夫なように、一歩引いてそれとなく目を光らせることにした。まあ、リザとマリーがいてくれるのでそれも必要ないような気もするが。

 

「焼き鍋(フライパン)、5,400Kです。ありがとうございました♪ 」

 

「その万能包丁は1C2,500Kになります」

 

 頑張るふたりに見てるだけのオレ。

 

 もしかしてオレ、いらない子………

 

 気付きたくなかった事実にヘコみながらも商いは順調に進み、後は翌日村を発つだけだった。事件の噂を耳にするまでは。

 

 

 それはサンザ村の一軒宿一階にある酒場で夕食を取っていた時だった。

 他のお客さんを怖がらせないよう隅の席で固パンに野菜スープの食事を取っていると、不意にカウンター席で話している村人の言った言葉を耳が拾った。

 

「……がアラクネを森で見たら………」

 

 ≪アラクネ≫

 ファンタジーモノに出てくる蜘蛛のモンスターで、上半身が女性で下半身が蜘蛛の魔物だ。

 ギリシア神話「変身物語」に出てくるアラクネーという優れた織り手の女性の話が大本のモデルとなっている。

 

 「MoLO」にも当然登場し、上級中級者向けの大型モンスターとして知られていて、倒すと得られる素材アイテム、「アラクネの糸」などは服飾系の上級中級装備の製作では欠かせないアイテムだった。

 

「アラクネ、()

 

『アーズ? 』

 

 もしアラクネの糸が取れるなら、何か良い装備を作れないだろうか? 

 一匹から得られる量は限りがあるだろうから、売り物と言うよりはシャンフィとレイルの装備用に欲しい。

 

[あらくね が もりに でたらしい。

 かうんたー のほうで、そんな はなしを している]

 

「アラクネが?

 確かにこの辺りに生息地があるって聞いたことがあるけど。でも、山からは下りてこないって話しよ」

 

 情報を求めて筆談用の麻紙に書き込めば、リザが情報をもたらしてくれた。

 

[そうびの さくせいに あらくねのいとが ほしいんだが]

 

「アーズの実力はどうか知らないけど無理よ、そんなの。

 アラクネは成体なら全長3メルト前後もあって、一対一パーティー、Bランク以上の腕利きの冒険者6人でやっと戦えるレベルよ。

 フェフたちが一緒でも勝てるか怪しいし、どんな物を作る気か知らないけれど割に合わないわ」

 

 うーむ、絶対にほしいというわけではないし、諦めた方が良いか。

 オレ一人で狩りに行くという手もあるが、一人抜け出してまでやらなければならないことでもない。何より一人でなんでもなんて慢心やらは持ちたくはないしな。

 

[わかった、あきらめよう。

 ぜったいに ほしいと いうもの でも ないしな]

 

 アラクネの話はそれで終りとなった。その場では。

 

 

 

 翌日の朝。またアラクネの話が出てきた。

 

 話題を振ったのはオレではなく、村を出立する挨拶に村長の家に赴いた際に、その村長たちからだった。

 

「本当にアラクネが……」

 

「冒険者ギルドに依頼を出すべきだ」

 

「依頼料はどうする、村中の金を集めても足りるとは」

 

「なら、フストレーの自警団に頼るのはどうだろう」

 

「たった一人が遠目にアラクネを見たというだけで、被害は出ていないんだ。来てくれるかどうか」

 

 と言う内容の話し声が、集会所ともなっているらしい村長の家から聞こえてきたのだ。

 どうやら思っていた以上に噂は大事になっていたらしい。

 

「キーゴ、お前さん本当にアラクネを見たのか、何かを見間違えたんじゃ」

 

「俺が何年猟師をやってると思ってんだ。遠目だろうと何かを見間違えるようじゃ猟師なんてやってられるか。

 大体アラクネなんて特徴的な魔物、森ん中で一体何と見間違えるって言うんだ」

 

「それは、しかし……」

 

 話を聞いたオレは昨夜下火になったアラクネへの興味を再燃させた。

 ここで村に何がしかの恩を売れば、アラクネをどうにかできれば、少しはオレを受け入れてくれるかもしれないという考えが浮かんだ。打算的だが、村も助かるのだから間違ったものではないはずだ。

 

 オレはシャンフィたちの顔を見回し、最後にリザとマリーに視線を合わせた。

 

「……討伐は無理よ。

 まあ、本当にいるかどうか確かめるっていうだけなら、このメンツでもどうにかできるかもしれないけど」

 

 溜め息一つ吐いて、リザは消極的ながら賛成してくれた。マリーも同様のようで頷いてくれた。

 

「え? も、もしかして、アラクネ討伐を請ける気なんですか!? 」

 

 どうも顔を見回した時、意味に気付いていなかったらしいレイルが声を上げる。

 

「ムリムリムリ、無理ですよ!

 Bランク以上のヒトが6人がかりでやっとの魔物なんですよ!! 」

 

 ヘタレ発動でアラクネに関わることを全否定のレイル。男の子なんだからもう少し挑戦的になれんのだろうか、この子は。まあ、己を過信した無謀者よりはよほど良いけれども。

 

「だから、遠目から確認して勝てそうになければ、本当にアラクネだったなら退避、村長たちに報告するだけだ、だって」

 

「うう、で、でもですねぇ……」

 

 オレの言葉を訳してくれたシャンフィはというと、オレを信頼してか特に反対ではないようだ。ただ、留守番を頼んでもついて行くと言い出しそうな雰囲気だ。非戦闘要員のシャンフィには出来れば村で留守番していて欲しいのだが、アラクネに関わるのがオレの我が侭であるだけに説得は難しそうだな。

 

 

 ともあれ、愚図るレイルをシャンフィが叱咤したことでひとまずこの場はまとまり、意を決して村長の家の戸を叩いた。

 

 交渉前に怖がられるのを覚悟しながら。

 

 アラクネ云々よりそっちの方がオレにとって難敵だったりするのはどうなんだろうか。

 

 

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 

 

 



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25 「強いだろうとは思ってたけど……」

2016.3/10
21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/5
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。




 

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当にアラクネ討伐に行くなんて、うう………」

 

「討伐じゃなくて、姿を確認しに行くだけでしょ」

 

「で、でもでもでも、万が一ってことだってあるわけで」

 

 サンザ村に行商に来たオレたちは腕利きの冒険者6人のパーティーでやっと戦える凶悪な大型モンスター、アラクネが近隣の森で目撃されたという話を耳にした。

 そして、アラクネをどうすべきか、本当にアラクネが近隣の森にいるのかと話し合う村長たちの話を聞いたオレは、ひとつの交渉を持ちかけた。

 

 まずオレたち護衛の冒険者とで目撃された場所まで赴き、アラクネを捜し、遠目から確認して可能なら討伐を、出来そうになければ、本当にアラクネだったなら退避して村長たちに報告する。

 

 討伐が出来たなら村長たちから冒険者として報酬を貰うが、報酬は村を切迫しない範囲で。また、討伐が出来ずにアラクネの姿を確認しただけに留まった場合は報酬はなしで良いとした。

 

 冒険者数名がアラクネの姿を確認したのなら信憑性も上がり、フストレーの街の自警団も動いてくれるだろう。

 

「あ、そ、そうだ!

 タロウスと牛車を見張らないと、盗難防止はしっかりやらないと!

 その、僕、留守番しますね! 」

 

「ふーん。

 戦えない私を行かせておいて、戦えるはずのレイルは行かないんだ」

 

「え……

 あ、いや、その……」

 

「あー、もうっ! タロウスの面倒も牛車の見張りも私がする!

 私が留守番するからあなたは行きなさいっ、このヘタレイル!! 」

 

「はいーーーぃ!! 」

 

 シャンフィとレイルのやり取りに苦笑を浮かべているリザとマリー。

 レイルよりシャンフィの方が年下のはずなんだが、どっちが年上かわからんな。

 

 しかし、安全のためにシャンフィには留守番をしてほしかったオレとしてはありがたい話の流れだ。レイルがいてくれて助かった。

 

 

 

   突然の弍拾「蜘蛛の魔物」

 

 

 

 留守番することになったシャンフィに護身用としてはやてを置いていく他に、念のためにと短剣サイズの木剣に水晶などをはめ込むなどして作った魔道具、「試製・烈風の木剣」を渡しておいた。

 中級の防御魔法に匹敵する風の障壁を展開できる他、かまいたちを発生させて相手を切り裂く、いわゆるDQの「バギ」が放てる優れものだ。ただし木剣なので耐久性に難があり、使用回数制限付きで、使い続けると壊れてしまうが。

 まあ、ここぞという時に使うなら問題ないLvだ。

 

 

「こっちだ。この先に三本杉があって、俺がアラクネを見たのはその先だ」

 

 そして今、オレたちはアラクネを目撃した村の猟師、キーゴさんの案内で森を進んでいる。

 

「そ、その三本杉を越えたら、い、いきなりガバッとかって、出て来ません、よね」

 

 村を出てからビクビクしどおしのレイルに苦笑が浮かぶ。実力はあるのに何でここまで臆病なのか。なんとか矯正出来れば一端の冒険者になれると思うんだが、どうしたものか。

 

 そうこうしている内に小高い丘になっている場所に立つ三本杉まで辿り着いたオレたちは、ひとまずそこからアラクネの影でも見つけられないか捜すことにした。

 

 当然オレは【遠見】の魔法を使ってアラクネがいないか捜索する。

 

「……あ」

 

「なに、何か見つけた? 」

 

「………あそこの木と木の間、白い物が」

 

 木々に邪魔されて中々目当てのアラクネを見つけられないでいると、マリーが小さく声を上げた。彼女の指差した方向に目を向ければ、遠方に薄っすらと白い何かがかかった木が見える。

 【遠見】の魔法で確認すると、木々の間に張られたアラクネの糸らしき物を見つけることができた。

 

 どうやらアラクネか、それに類する蜘蛛の魔物がいるのは間違いないようだ。

 

「よし!

 それじゃあ、帰りましょう!」

 

「……あのね。

 アラクネ自体を確認もしてないのに帰ってどうするのよ! 」

 

「ええ!?

 でも、だって、アラクネの糸を見つけたんですから充分じゃないですか」

 

「まだ、あれがアラクネの糸って決まったわけじゃないわ。

 他の蜘蛛の魔物の物かもしれないし、別の何かかもしれない。少なくとも近くで確認しないことには判別何て出来ないわよ。

 大体、仕事の内容はアラクネがいるかどうかの確認なんだから、糸を見つけたくらいで帰れるわけないでしょう」

 

「うう、そんなー……」

 

 絶賛ヘタレ発動中のレイルにやや呆れ気味のリザ。オレもちょっと溜め息が出た。

 

 ともあれ、猟師のキーゴさんに先導されながら木々の間に張られた蜘蛛の糸の下へと移動する。

 

 

 森の中、道なき道を進むこと一刻ばかり、やっと糸の張られた木々の元へ辿り着く。

 

「これが、アラクネの糸、ですか……」

 

「多分ね」

 

「……何分、実物を見たことは、ありませんから」

 

 オレがパパッと木に登って取って来た糸を確認したが、独特の高い魔力が込められたソレは間違いなくアラクネの糸ないし、それに相当する蜘蛛の魔物の糸であることがわかった。

 

「? 」

 

「……どうか、しましたか? アーズさん」

 

 この近くにいるかもしれないと辺りの気配を探ってみたら、何かが引っ掛かった。

 獣とは明らかに違う気配。魔物の気配だ。ここからかなりの距離はあるが、間違いない。

 

 オレはビンゴとばかりに気配のする方へ目を凝らし……… 見つけた!

 

[あらくねを みつけた]

 

「……本当、ですか!? 」

 

「なに、見つけたの? 」

 

「ど、どどどど、どこにですか! 」

 

[しずかに]

 

 藁紙で作ったメモ帳に書いて見つけたことを皆に知らせる。

 

 まだ向こうは、アラクネの方はコチラには気付いていない。ゆっくり近づけば気付かれずに皆でその姿を視認できるだろう。

 オレはアラクネを見つけた方向を指差し、簡単なジェスチャーでその旨を伝え、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 歩くことしばし、行く手を遮る草木の向こうにその姿があった。

 

 美しい濡羽色(ぬればねいろ)の長い髪に黒目がちな瞳。額に黒く輝く宝石のような小さな六つの眼。シミやソバカスひとつない真っ白な肌。慎ましい胸に引き締まった細い腰。そして黒い八本の細い足とぷっくりと大きな腹。

 

 美しいアラクネの「少女」がそこにいた。

 

 そう、いたのは成熟した大人の女性の半身ではなく、未成熟な少女の半身をしたアラクネ。故にその全長は2mにも届かない160か170cmほどの大きさで、成体ではないのだろう。先程から―― 遠めで見つけた時から ――カサカサきょろきょろと草木を掻き分け何かを探している。

 

「や、やだ、な、なんで裸なんでしゅか?! 」

 

「そりゃ、魔物だもの」

 

 少女のアラクネの姿に顔を赤くして小声で驚くレイルに呆れるリザ。

 

「……キーゴさんが見つけたアラクネは、あのアラクネですか? 」

 

「ああ、間違いないだろう。

 こんなところにアラクネが二匹も三匹もいやしないだろうしな」

 

「そうあってほしいものね」

 

 アラクネが複数匹いるのを想像してかリザがうんざりした顔で肩を竦めた。

 

「アラクネを確認しましたし、早く村へ帰りましょう」

 

 レイルが嬉々として帰ろうとするが、それはリザの手で阻まれた。

 

「残念、依頼には「可能なら討伐」して来いていうのもあったでしょ」

 

 全長から言ってあのアラクネは幼体と言って良いだろう。油断は出来ないが、Bランク以上の冒険者6人のパーティーでなくとも討伐は難しくはないはずだ。

 

「小さいって言ってもアラクネはアラクネで……」

 

「はいはい。マリー、やっちゃって」

 

「……はい」

 

 リザはレイルの言を聞き終わることなくさらっと流し、 信頼する最大火力のマリーに攻撃を促した。

 唱える呪文は森の中であることを考慮してか、得意の火属性ではなく風属性の中級下位。風の刃、かまいたちで対象を斬り付ける攻撃魔法【風飛剣(ウィンディウス)】。

 決まれば不意を突くことも相俟ってかなりの深手を負わせられるだろう。そうなれば討伐もグッと楽になる。

 

 半身とは言え、いたいけな少女の姿、というのが少々良心的に来るモノはあるが………

 

 相手は時にヒト喰いもする凶悪な魔物だ、と自身に言い聞かせて、すぐに戦闘へ参加できるように身構える。

 

「……【ウィンディウス】」

 

『!? 』

 

 マリーの持つ杖に魔力が集まって風が纏わり不可視の風の刃が放たれた。 

 

 しかし、それは敢え無く空を切る。すんでで気付かれて躱されたのだ。

 

 そしてコチラの存在に気付いたアラクネは――

 

 

「ぴ、ぴぃ~~!? 」

 

 

 ――逃げ出した。

 

「逃がすか! 」

 

 すぐさま我に返ったリザがその後追う。

 

「レイル! アンタも来るッ! 」

 

「は、はいーーぃっ」

 

 促されてレイルもへっぴり腰ながら後に続く。

 

「……行きましょう」

 

 マリーもふたりに続いて走り出し、オレも追走に加わる。

 

 

 

「ぴぃぴぃ、ぴぃーーーぃ!! 」

 

 道なき道を八本の足で走り抜けるアラクネには必死に追い駆けるも、中々追いつくことが出来ない。

 

「色なき力、集い、弾け、打ち砕け【マナヴァル】!」

 

 業を煮やしたか、このままでは埒が明かないと思ったか、リザが無属性初級中位、散弾の攻撃魔法を放つがしかし。

 

「ぴぃ!? 」

 

 横に飛び跳ねられて容易く躱されてしまう。

 

「や、闇の精霊、集い、弾け、打ち砕け【ダークヴァル】」

 

 レイルもリザに続いて闇属性初級中位の散弾の魔法を放つが、今度は手から糸を撃ち出して木に絡めることでターザンよろしく、アラクネは高々と上空へと逃げてしまった。

 そのままアラクネは糸を撃ち出しては木から木へと縦横無尽に飛び移り、リザとレイルが次々放つ攻撃魔法を尽く躱して逃げていく。

 

「……【ウィンディウス】! 」

 

「ぴぴぃ! 」

 

 マリーも走りながら何とか呪文を唱え、攻撃魔法を放つがやはりひらりと躱されてしまう。

 

 このままでは逃げられると思ったオレは、追撃に目立たずにどう加わろうか考えるのを止めて立ち止まると、逆関節の足を折りたたむようにグッと力を入れ、ドンッとアラクネ目掛けて跳び上がった。

 

「……!? 」

 

「んな!? 」

 

「アーズさん?! 」

 

 驚く三人を置き去りにしてアラクネへ肉薄する。

 

「ぴぃぃ!?! 」

 

 しかし、アラクネもコチラに気付き、手から糸を撃ち出してすぐさま方向転換して逃走をはかる。

 

 そこからはまさに縦横無尽の追いかけっこだった。

 

 糸を撃ち出して木に絡めては動きを止めることなく、巧みに宙を飛び回るアラクネと木々を蹴っては跳び回るオレ。

 

「強いだろうとは思ってたけど、その、これは何か違う気がする」

 

「……」

 

『ほんとにチートだ……』

 

 チラリと見やれば呆然とコチラを眺めているリザたち三人。ドン引かれたことにちょっとばかり精神を削られたが、今はめげずに目の前のことに集中する。

 

 どうにか先回りや回り込むなどして追い込んでいるのだが、決定打を打つことができずにオレは攻めあぐねていた。

 

「ぴぃぴぃぴぃぃっ!? 」

 

 こう、半身とはいえ少女の姿で涙目で、泣いて逃げ惑っている姿を見ているとどうにも思い切れず、二の足を踏んでしまう。泣かせているのが自分というのも余計に。

 

 ダンッ、と木を蹴ること十数回目。アラクネの後ろを取った絶好の攻撃ポジション、なのだがやはり躊躇してしまう。

 あの泣き声と泣き顔に、どうにも庇護欲を刺激されてほっとけなくなってくるのだ。

 

 と、そう途惑っている内にアラクネの腹、お尻がグッとこちらに向けられ、糸が吐き出された。

 

ブガ(ぬあ)!? 」

 

 吐き出された糸は花開くように蜘蛛の巣状に広がり向かってくる。このまま行けば絡め取られてしまうが、さりとて木を蹴って「跳んで」いる身では回避はままならない。魔法でどうにかしようにも突然すぎてイメージが纏まらない。

 

 思いつくまま咄嗟に腕を振り払おうとして思いつく、戦闘触手で切り払えと。

 

ゲギジャジャ(せいやー)! 」

 

 思い付いた選択は正解、切り払いは見事成功。戦闘触手は糸に絡まることなく、その鋭い切っ先で蜘蛛の巣を両断。糸を散り飛ばした。

 

「ぴぃ~~ぃ?! 」

 

 糸を散り飛ばした戦闘触手でそのまま切りかかろうとするが、聞こえてきた泣き声に動きが止まる。

 

 それでもと腕を動かし、振るった戦闘触手はオレの意に反応してアラクネを捉えるどころか大きく避けた。

 しかし代わりというように、アラクネの手から撃ち出された糸を断ち切ってみせる。

 

「ぴ!?

 ぴぃぃぃ~~~~ぃ!! 」

 

 突然の意にそぐわぬ浮遊感に驚いたアラクネは、新たに糸を撃ち出す間もなく木に激突し、バキバキと枝葉を折りながら落下していく。

 

 その時、我知らずしまったと、ケガを負わせてしまったかという思いが走り、慌てて戦闘触手を振るって木に飛び移り、滑り落ちるように下って着地する。

 落ちたアラクネの下に駆け寄れば――

 

「ぴぴぃ、ぴぃ~」

 

 ――ケガはなかったものの、泣いて怯えていた。

 

 この子は普通のアラクネとは違うのではないかと、今更ながらに思い至る。

 

「アーズ! 」

 

「アーズさん! 」

 

 リザたちが追いついて来たが、オレは手で三人を制した。それ以上は近づかないでほしい、攻撃を加えるようなことをしないでほしい、この娘を怖がらせないでほしいと。

 

「ぴぃ~っ」

 

ザギジョグヅザ(大丈夫だ)ザギジョグヅザバサ(大丈夫だから)……」

 

 オレはゆっくりと怖がらせないように手の届くところまで近づき、手を伸ばす。

 

 「力」を込めた指先を怯えて固く目を閉じた幼いアラクネの額にそっと触れさせる。

 

 ポッと小さな光りの輝く魔法陣が浮かび上がり、すぐに粒子となって消え、アラクネの額と胸元に小さな薔薇と翼の紋章が刻まれた。

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 

 

 



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26 「テイムした影響なのか? 」

 今までで一番グロンギ語の会話が多い気がする(==;
 大体予想通りの展開だと思われますが勘弁してください<(_ _)>


2016.3/10
21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/6
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。





 

 

 

 

 

 

 

 幼いアラクネの額に触れさせていた指をそっと離す。

 

ボセゼログザギジョグヅザ(これでもう大丈夫だ)

 ログザセロゴラゲビ(もう誰もお前に)ガギゾブパゲバギギ(危害を加えないし)ゴセガブパゲガゲバギ(オレが加えさせない)

 

 怯えるアラクネに言葉は通じないだろうが、敵ではないと雰囲気だけでも通じればと言葉をかける。

 

「……ぴ? 」

 

 恐る恐るといった様子で顔を上げるアラクネに、こんな面じゃ意味ないだろうと思いつつ、落ち着かせようと笑顔を向ける。

 

「テイム、したんですよね。大丈夫なんですか? 」

 

 心配そうに声を掛けてきたレイルに力強く頷いて応えることで、テイムによって無害化したと伝える。

 とは言え、このアラクネを、この子をテイムして無害化したというよりも、オレが保護者になって守るという意味合いの方が強い気がする。あの追走劇での様子で、この子は人を害するような気性ではないように思えるから。

 

ボパガサゲデパスバダダバ(怖がらせて悪かったな)

 

 未だ怯えている様子のアラクネを宥めるように、乱れた髪を指先で整えてやる。

 

バンゼ(なんで)ガバダンボドダザベ(あなたのことばだけ)……っ!? 」

 

「!? 」

 

「ぴぃぃっ! 

 バブボセ(なにこれ)!? バンゼボンバボドダザバゲスボ(なんでこんな言葉話せるの)!? 」

 

 突然アラクネがグロンギ語を喋り出したことに驚いたが、その当人のうろたえぶりに逆に落ち着くことが出来たオレは、すぐに頭をめぐらせ原因を考える。

 

ロギバギデ(もしかして)、テイムンゲギキョグバ(の影響か)? 」

 

 追い駆けていた時と今の違いを考えて、何がしかの外的要因による物とすればソレしか思いつかない。

 テイムには荒々しい気性を大人しくしたりするなどの色々な効果があるのだが、その中でもコチラの意を解するようにする物が作用してグロンギ語を理解して喋れるようにしたのではないだろうか? 何故グランロア語や日本語ではなくグロンギ語なのかは多分、オレの力を注いでいるからそれが作用したのだろう。ホントに多分だが。

 ともあれ、アラクネという半身とは言え人間に近い姿を持った者にテイムを使った結果、と考えるのが妥当か。今後のことを考えると安易に実験だとかはできそうもないから確証は持てないが。

 

「ぴぃぃーぃ!?

 バンバボ(なんなの)!? バンバボボセ(なんなのこれ)!?

 ログ(もう)バビガバンザバパバサバギジョグ(何がなんだかわからないよう)! 」

 

ゴヂヅギデ(落ち着いて)

 ダヅンザガ(多分だが)、テイムンゲギキョグゼゴセンボドダガ(の影響でオレの言葉が)グヅダダンザソグ(うつったんだろう)

 

 落ち着かせるために髪を梳かすように頭をゆっくりと優しく撫でてやりながら、もう大丈夫だから、怖いことは終わりだからと声を掛ける。

 

「……パダギ(わたし)パダギ(わたし)

 

 そうして少女は大粒の涙を零してまたぴぃぴぃと泣き出して、しがみ付いてくると支離滅裂ながら自身のことを話し出した。

 

 聞き取れた話の内容を要約すると以下の通り。

 学校で階段から足を滑らせて気を失い、気が付いたら見知らぬ場所で蜘蛛のオバケに、アラクネの子供になっていた。

 身に覚えのない知識が頭の中にあって、元の自分の顔や名前が思い出せなくて怖い。

 毎日何十匹もいる姉妹同士で繰り返される共食いから必死に逃げて隠れて生き延びて来た。

 成長してからは隠れるのもままならなくなり、怖い姉妹達から逃げ回るのももう限界で、先日の夜に巣から逃げ出して来た。

 

 どうもこの子は………

 

「転生者、バンバ(なのか)? 」

 

「ぴ? 」

 

「日本、東京、平成、ビビゴゾゲパ(聞き覚えは)? 」

 

「!?

 ガバダロ(あなたも)……」

 

 コチラを見上げる涙で潤んだ瞳へオレは力強く頷いた。

 

 

 

    突然の弐拾「君の名前」

 

 

 

「大陸外の言葉とは言え、まがりなりにも魔物が人の言葉を話すなんて、この目で見ても信じ難いわね」

 

「……アラクネの上位種、アルケニクィーンは人語を解し、喋ったそうですが」

 

「それ本当なの? というか、アルケニクィーンなんて名前の魔物、聞いたことなんだけど」

 

「……何分、昔に読んだ、古い書物の記述なので………」

 

 オレとアラクネが会話しているのを見て、不思議そうにしているリザにマリーが自分の知識を拾い出して言うが、どこか自信なさげだ。

 

「あ、あの~、もう大丈夫なら、その子の格好、どうにかなりませんか?

 は、裸で、その、目のや、やり場が……」

 

「そう思うんなら自分の服を脱いで差し出すくらいしなさい、アンタは」

 

 コツンとレイルの頭を叩くリザ。二人の意見はもっともだと思ったオレはアラクネから離れると自分の上着、薄緑に染めた長袖を脱ぎ、アラクネの少女へ被せるように着せた。

 少々、というかかなりダボダボで、袖に腕を通しても手が出ずにぷらんぷらんになっている。まあ、ちゃんとした服を用意できるまで良しとしよう。これはこれで可愛いし。

 

ゴセジャ(それじゃ)………

 ガガ(ああ)バラゲガバギンザダダバ(名前がないんだったな)

 

「ぴぃ……」

 

 村に行こうかと続けて言おうとしたその前に、この子がオレと同じで前世の名前を思い出せないことを思い出し、それを口に出すとアラクネの少女は目に見えて落ち込んだ。

 これは失言だったと反省し、すぐにこの子の名前を考える。

 女の子らしい可愛い名前、可愛い名前……… ぱっと思いつくのは「マリア」とか「シルヴィア」とかなんだが、この子のイメージに合わないな。かと言って日本人ぽい名前というのも戻れない前世のことを意識させたりしてダメな気がするし、もっとこう、少女っぽい名前はないのか少女っぽい名前は。

 うーーん、「ミリィ」、「ルーリー」、「ティレル」、「レイシャ」、「ミーシャ」……… 「ミーシャ」? ミーシャ、ミーシャか。うん、ミーシャにしよう、なんかしっくりきた。

 

 もっと可愛くて良い名前がありそうな気もするが、オレのネーミングセンスではこれが限界だろうし、これで行こう。

 

「ミーシャ、ドギグンパゾグババ(というのはどうかな)? 」

 

「ミーシャ? 」

 

ゴグ(そう)ビリンバラゲバ(君の名前だ)

 

「ミーシャ……

 パダギンバラゲ(わたしのなまえ)

 

 名前を反芻するミーシャ。表情から見て、どうやら気に入ってくれたらしい。オレがホッとしているところへ声がかかった。

 

「……おい、こりゃあ、どういう状況なんだ? 」

 

 誰の声だと顔を向ければココまで森を案内してくれたサンザ村の猟師、キーゴさんが弓を片手に警戒した様子でコチラをうかがっている。

 

「ぴぃっ」

 

 ミーシャは厳つい顔で自分を睨むキーゴさんを怖がってか、慌ててオレの後ろへ隠れてしまった。

 

「ああ、大丈夫です、もう大丈夫なんです。

 アーズさんがこの子をテイムして無害化したから」

 

「ていむ? なんなんだそりゃ」

 

「え、あー、えーと……

 テイムっていうのはアーズさんの持つ独自の魔法でですね……」

 

 レイルがわたわたと手を振ってミーシャを庇うようにキーゴさんの前に出でると事情を説明しだした。

 

 曰く、テイムとはアーズさん独自の魔法で、動物や魔物を従属させることができる。

 曰く、テイムされた動物や魔物は大人しくなる。

 曰く、テイムされて大人しくなった動物や魔物はアーズさんの言うことをよく聞くようになる。

 曰く、このアラクネはアーズさんにテイムされて、もう無害で人を襲わないからもう大丈夫!

 曰く、兎にも角にももう大丈夫なんです!!

 

 以上、ヘタレのレイルにしては強気で勢いのある説明で、キーゴさんを納得させることが出来た。

 

 そうしてオレたちは村への帰路へとついた。

 

 

『そっか、大変だったね』

 

「ぴぃぃ」

 

 村に帰りついたオレたちを出迎えたのはシャンフィと、村の脅威はどうなったか気に掛けた村長達だった。

 そしてアラクネを連れ帰ったことで村人達が一時戦々恐々とするが、レイルたちの説明のおかげと小柄なミーシャの怯え具合でなんとか一応の落ち着きを見せた。

 

 レイルたちが村長達に説明している間 オレはというと、シャンフィにミーシャのことを説明していた。

 ミーシャはずっとオレの後ろに隠れるか、オレのズボンの端を掴んでくっ付いているかしていたが、シャンフィが同じ転生者で日本語とグロンギ語を話せるとわかるとぴぃぴぃとシャンフィに泣き付いた。やはり言葉が通じる上に日本語も話せる同性の方が安堵も大きいのだろう。

 

 ふたりが仲良く出来るか少々心配だったが、杞憂で何よりだ。

 

 しかし、オレだけでなくミーシャもいるとなると、このサンザ村以降の村での行商は諦めた方が良さそうだ。

 村に逗留させてもらえるかさえわからないからな、素直に街へ戻って冒険者ギルドの仕事をしている方が得策だろう。

 

 はあ、また赤字か……

 

 オレ、商人に向いてないのかなあ、やっぱり。

 

 

 

 

         ドグ・ヂヂ・ボンデギビジュジュゾ(To Be Continued)………

 

 



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27 「ぴ、ぴぃ~~ぃ!? 」

 なかなか難産、そして何だか長くなりました(==;ゞ 

 後、最後の方の切り替えが少し強引過ぎました(>д<;


2016.3/10
21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。




 

 

 

 

 

 

 

 その日、わたしはいつものように朝起きて学校へ通い、授業を受けて休み時間に友達とお喋りして、本当にただいつも通りに過ごしていた。

 

 

 突然響いた大きな物音に驚いて、降りようとしていた階段から滑り落ちるまでは。

 

 

 

    突然の弐拾弐「アラクネの少女」

 

 

 階段から滑り落ちて、強い衝撃を受けたわたしの意識は何が起きたのかわからぬままに暗転した。

 

 そして次に気付いたわたしが目にしたのは、どこかの見知らぬ天井、ではなく、真っ白なナニカだった。

 全身をそれに包み込まれていて碌に身動きできず、混乱する中で必死にもがいて真っ白いナニカ、綿あめのような物で出来たナニカから這い出たわたしを持っていたのは巨大な裸の美女。ただし、その下半身はそれは大きな黒い蜘蛛。

 

「ぴ、ぴぃ~~~ぃ!?! 」

 

 わたしは思わず悲鳴を上げていた。でも、出てきた声は「キャー」ではなくて「ぴぃ」という鳥の雛のような声。

 目の前の蜘蛛のオバケと気付けばなぜか「ぴぃ」としか喋れない自分にと大混乱の渦に飲まれたわたしは、何が何だかわからないと助けを求めて辺りを見渡した。

 見渡した周りは薄っすらと光の差す洞窟らしき場所で、大きな蜘蛛の巣と真っ白な繭状の物が張り巡らされた、この蜘蛛のオバケの巣だと気付くと共に、わたしと同じ背丈の蜘蛛のオバケたちが一つの繭から何十匹と這い出て来ていた。

 

「ぴぃ~ぃ! 」

 

 また鳥の雛のような悲鳴を上げたわたしは、この場から逃げようと足を動かそうとしたが、しかし恐ろしい違和感に気付いた。動かすべき足が多い(・・・・)ことに。

 

 いやだ、怖い、見たくない、そう思いながらも身体は勝手に動き、自身の下半身へと目を向けていた。

 

 目に飛び込んできたのはシミ一つない真っ白な肌に小ぶりで形の良い胸、きれいなくびれを描く引き締まった腰と可愛らしい小さなおヘソ。そしてその下にある八本足の、蜘蛛の身体。

 

「ぴっ!?? 」

 

 思わず両手で押さえた口元から小さな悲鳴が漏れる。

 自分が蜘蛛のオバケになってしまったことなど、あの繭から生まれ出てきたなど信じたくなかった。信じられるわけがない。ついさっきまで学校にいて、仲の良い友達と笑い合っていたのに。

 

 わたしはその場から、蜘蛛のオバケたちから逃げ出した。そして見付けた小さな窪みへ身を隠し、零れるまま涙を流し、見つからないように声を押し殺して泣いた。

 

 

「……ぴ」

 

 いつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。

 目を覚ましたわたしはすぐに自分の身体を確かめたが、蜘蛛のオバケになってしまった現実は、夢などで終わらせてはくれなかった。

 

 これから、どうすれば良いのだろう。

 

 泣き疲れるほど泣いたおかげか、幾分冷静になれたわたしはそんなことを考え出した。

 

 わたしは多分、認めたくはないけれど、階段から落ちて死んだのだろう。そして輪廻転生というモノでこの蜘蛛のオバケの子供になった、のだろう。本当に、認めたくはないけれど。

 

「ぴぃぃ……」

 

 お母さん、お父さん、お姉ちゃん、と呟いて家族のことを思い出したところで、ふと気付く。自分の名前と顔が思い出せない。

 

 家族や友達の名前と顔を思い出せるのに、自分の名前と顔を思い出せない。

 

「………ッ!? 」

 

 怖気が背中を走る。

 どんなに思い出そうとしても、まるで何かに塗りつぶされたか、そこだけきれいに切り取られたかしたように自分を思い出せない。

 

 それでもと、怖い気持ちに足掻くように必死に思い出そうと色々頭をめぐらせている内、不意に身に覚えのない知らない知識や技術があることに気付いた。

 

 顔を歪め、頭を抱えて大声で叫びそうになった。

 

 自分が「アラクネ」という蜘蛛の魔物であることと、アラクネの子供は共食いしながら成長し、強い個体のみが大人になるという「知らない知識」がある恐怖に。

 

 こんな姿になってしまったことや自分を思い出せないこと身に覚えのない知識技術が頭の中にあるだけでも怖いのに、上半身だけとは言え人間の姿をしたモノと殺し合い、食べて生き残れなんて恐ろしいこと出来るわけがない。

 

 何とか逃げ出さなければと思うも、「知らない知識」が小さな身体では肉食の鳥獣や他の魔物に襲われる危険性を示してくる。

 今わたしに出来ることは、巣の中で恐ろしいアラクネの子供たちから逃げ延びて、何とか人並みに成長すること。巣の外へ出ても鳥獣や魔物に襲われても無事に逃げられるくらいに。

 

 それからが、逃げ隠れることしかしなかったとはいえ、恐ろしい戦いの毎日の始まりだった。

 

 

 毎日巣のどこかで繰り返される共食いのスプラッタ劇に怯えながら、わたしは巣に迷い込んだ虫や「知らない知識」から食べられるとわかった洞窟に生えているキノコを口にしていた。

 

 生で未調理の虫やキノコを口にするのには強い抵抗があったけれど、生きるためなんだと自分に言い聞かせて必死に食べた。

 

 そうしてアラクネの子供から毎日必死に逃げ隠れする日々。

 何度か捕まりかけたけれど、わたしにだけ備わっていた能力、手のひらの下、手首辺りから出せる糸と魔力吸収で難を逃れていた。

 糸を手から出せるので、お尻を向けて糸を出す予備動作なく、糸で相手の動きを素早く封じることが出来たおかげで逃げ延びられたし、捕まってしまった時などは魔力吸収で触れているところから相手の魔力を奪い、昏倒させて逃げ延びることが出来た。

 また、魔力吸収の能力―― 他者(ヒトや魔物)の持つ魔力を吸収することで自身を成長進化させることなどが出来る、らしい――で「魔力感知」とういう能力が使えるようになってからは微弱な魔力の流れを読み、死角から襲おうとしているアラクネの子供からも容易に逃げられるようになった。

 

 しかし、時が経つにつれて他のアラクネの子供は共食いでぐんぐんと成長し、2m以上に大きくなっていく中でわたしは2mにも届かない小さな身体。逃げ隠れするのも限界になりつつあった。

 共食いで数を減らしたアラクネの子供たちは弱肉強食の生存本能に従って小さな弱者のわたしを集中的に狙いだしたのだ。

 

 中途半端な大きさのために隠れ辛くなった巣の中、そこに蔓延るアラクネの子供たち(恐ろしいモノ)から必死に逃げる日々にわたしは、ついに巣から逃げ出すことを決心した。

 

 実行はみなが寝静まる夜更け。

 物音を立てないように忍び足で八本の足を慎重に動かし、巣から抜け出していく。

 昼間光りが差し込むだけあって、巣の在る洞窟はそれほど深くなく、すぐに外へ出られた。

 後はもう必死に走り出した。木々を草木を掻き分けてとにかく必死に。アラクネの子供たち(恐ろしいモノ)から。そうしてどれくらい走ったのか。不意にく~く~とお腹が鳴った。

 巣から逃げ出すことを決めた日は失敗したらどうなるのかと緊張して、虫やキノコを見つけても碌に喉を通らなかったことを思い出す。

 

 満天の星空と月明かりに照らされた闇夜を頭の中の「知らない知識」を頼りに食べられる物を、木の実などを求めてわたしは歩き出した。

 

「ぴぃ、ぴぃぴぃぴぃっ」

 

 そしてなんとか見つけた青い木苺、フルルミベリーというらしいそれを食べつくす勢いで口にした。初めて虫とキノコ以外の味覚に、甘酸っぱい味に涙が出た。

 

 

  ア オ ー ー ー ン 

 

 

「ぴ! 」

 

 不意に聞こえた狼らしきものの遠吠えが聞こえて、わたしは身を竦めた。

 

 夜の間は獣や魔物に襲われる可能性が高いのではと思い至って、慌ててその場から離れる。

 どうすれば良いと逡巡し、高いところが安全だと漠然と考え付いて、高い木を探し出すと手から出せる糸を使って出来るだけ高いところまで上り、並ぶように立っている隣りの木に糸を伸ばしてハンモック状に糸を張り、寝床を作る。

 

 ひとまずこれで身の安全は確保できたはず。不安はあったけれど、ハンモックに身を横たえたら疲れがドッと出て落ちるように眠りについた。

 

 

 

 それから数日が経った。

 

「ぴぃぴぃぴ♪ 」

 

 食べられる木の実を探して森の中を進むわたし。あれから怖い獣や魔物と遭遇することもなく、まして巣からアラクネたち(恐ろしいモノ)が追ってくることもなく、快適に過ごせている。

 

 夜は寂しくて不安になるけれど、今のところは不満なく森の中の生活を送っている。人恋しくもないと言えばウソになるけれど。

 でも、こんな姿で「ぴぃ」としか喋られないんじゃ人と関わるなんて無理だろう。人と出会えば害獣として攻撃されるのだろうことは、なんとなくでもわかる。

 

「? 」

 

 木の実を探している時、不意に魔力感知に引っ掛かるモノを感じた。いつもは周りに漂う微弱な魔力の流れの変化を、空気の流れを感じるように察知するのだけれど、今は今までに感じたことがない魔力の流れを感じた。

 ゾワリッと背筋に怖気が走り、危機感の感じるままに身体を翻す。

 

 そして今し方わたしが立っていたところに見えない何かが通り過ぎ、その直線にあった木を切り裂いた。

 

 見えない何かが飛んで来た方に目を向ければ、そこには杖を持った女の人と革の胸当てを着けた女の人に黒い女の子、弓を持った怖い顔のおじさん。

 

 そして、虫を人型にしたような顔のオバケの人。

 

 

「ぴ、ぴぃ~~!? 」

 

 

 わたしは叫び声を上げて逃げ出した。

 

「fesyondhusyo! 」

 

 革の胸当てを着けた女の人たちの声が聞こえたけれど、何を言っているのかわからない。とにかく逃げる。必死に逃げる。

 

「ぴぃぴぃ、ぴぃーーーぃ!! 」

 

 普通じゃない魔力の流れを感じて、感じたままに後ろから飛んで来たものを躱す。すぐにまた魔力の流れを感じたから、手から糸を出して引っ張り、飛び上がる。

 高いところへ行ってとにかく逃げる、逃げ続ける。手から糸を出しては引っ張り飛び上がって逃げの一手。捕まったら、飛んで来るモノに中ったら殺されちゃう、そう思うと怖くて怖くて仕方がない。涙が出てくる。

 

「ぴぃぃ!?! 」

 

 しかし、とうとう女の人たちより怖いオバケの人が追って来た。木から木へと跳びながら追い縋って来る。

 

 どんなに糸を出して飛び回ろうと木を蹴って跳んで追い駆けて来る。怖い怖い怖い怖い。

 

 真後ろをオバケの人が跳んで追って来る。もういやだと苦し紛れにお尻から糸を出す。

 

「ブガ!? 」

 

 オバケの人は驚きの声を上げたけど――

 

「ゲギジャジャ! 」

 

 ――すぐに手から銀色の鞭のような物を伸ばして、糸を切り裂いて払い除けた。

 

 そして、次の瞬間に突然わたしは浮遊感に襲われた。

 

「ぴ!?

 ぴぃぃぃ~~~~ぃ!! 」

 

 次の木へ目掛けて出した糸をオバケの人の銀色の鞭で切られたんだと気付いた時には木にぶつかって、枝葉を折って地面へと落ちていた。

 

 まがりなりにも魔物の身体だからかケガはしなかったけれど、受けた痛みは当然あって涙がまた零れ出てくる。

 このままわたし殺されちゃうのかな?

 いやだ。死にたくない、死にたくないよ! 

 

「ぴぴぃ、ぴぃ~」

 

 オバケの人が近づいて来る。逃げなきゃいけない。けれど、怖くて怖くて動けなくて、ただぼろぼろと涙が零れる。

 

「oーdhun! 」

 

「oーdyundhomu! 」

 

 女の人たちも追い付いて来た。

 

「ぴぃ~っ」

 

「ザギジョグヅザ、ザギジョグヅザバサ……」

 

 オバケの人がすぐそばまでやって来て、何かを言いながらわたしに手を伸ばして来た。

 

 その手に大きな魔力流れを感じたわたしは、殺される。そう思った。でも、わたしに出来たのは固く目を閉じ、身を固くすることだけだった。

 

 そして、オバケの人の指が額に触れた。

 

 ポッと光りが目の前に輝くとすぐに消え、何か暖かい物が身体に流れ込んで来て、額と胸元がカッと熱くなった。

 

 

ボセゼログザギジョグヅザ(これでもう大丈夫だ)

 ログザセロゴラゲビビガギゾブパゲバギギ(もう誰もお前に危害を加えないし)ゴセガブパゲガゲバギ(オレが加えさせない)

 

『……ぴ? 』

 

 今、オバケの人の言った言葉が? 恐る恐る顔を顔を上げると、オバケの人がぎこちないけれど精一杯優しそうな笑顔を作ってわたしを見つめていた。

 

「jiemyu、dhejomufendhugafi。fanedhengaugurunfomufendhusyo? 」

 

 黒い女の子が何か言っているが、何語で何を言っているのかわからなかった。

 

ボパガサゲデパスバダダバ(怖がらせて悪かったな)

 

 女の子の言葉に頷くと、オバケの人はわたしに向き直り、そう言いながら乱れた髪を指先で優しく整えてくれた。

 やっぱりオバケの人の言った言葉がわかる。

 

バンゼ(なんで)ガバダンボドダザベ(あなたのことばだけ)…… っ!?」

 !?

 

 本当に驚いた。自分の口が聞いたこともない知らない言葉を勝手に口にしたんだから。

 

「ぴぃぃっ! 

 バブボセ(なにこれ)!? バンゼボンバボドダザバゲスボ(なんでこんな言葉話せるの)!? 」

 

 「知らない知識」が頭の中にあった時と同じ、得体の知れない物への恐怖がわたしを襲う。

 怖くて気持ち悪くてどうにかなりそう。

 

 

「ぴぃぃ~ぃ!?

 バンバボ(なんなの)!? バンバボボセ(なんなのこれ)!?

 ログ(もう)バビガバンザバパバサバギジョ(何がなんだかわからないよ)! 」

 

ゴヂヅギデ(落ち着いて)

 ダヅンザガ(多分だが)、テイムンゲギキョグゼゴセンボドダガ(の影響でオレの言葉が)グヅダダンザソグ(うつったんだろう)

 

 落ち着かせるようとしてくれているのか、オバケの人はわたしの頭をゆっくりと優しく撫でると、もう大丈夫だから、怖いことは終わりだからと声を掛けてくれた。

 

 巣では毎日アラクネの子供たち(恐ろしいモノ)から逃げ回って気の休まる時なんてなかった。巣から逃げ出した後は快適に過ごせていたけれど、どこか不安で寂しかった。

 

「……パダギ(わたし)パダギ(わたし)

 

 気付けばわたしはわぁわあと泣きながらオバケの人にしがみ付いていた。

 

 そしてオバケの人も自分と同じ境遇の人だと、他にも同じ境遇の人がいるんだと知ることになる。

 

 「ミーシャ」という名前を贈られたと共に。

 

 

 

 

 ― side:??? ―

 

 

 フストレーの街の南門のある大通りの外れに最近一つの店が出来た。

 

 サッサッと早朝の店先を念入りに掃く、長い黒髪をポニーテールに結わった少女。その服装は侍女(メイド)のお仕着せ似た藍色の服にエプロンドレス。

 ふんふんふん♪ と鼻歌を歌いながら黒い八本の足を軽やかに動かし、箒を掃いていく。

 

 とある冒険者たちのクランの拠点(ホーム)に間借りしたその店は、日用雑貨から冒険者向けの道具や装備品まで扱っている。

 品物はどれも店主達が手掛けた自慢の逸品揃い。

 店員は白虎の獣人の少女に少女と見紛うダークエルフの少年、そしてこのアラクネの少女。

 

『ミーシャー、朝食できたから朝ご飯にするよー』

 

「ぴぃー♡」

 

 店主は冒険者も逃げ出すような強面の容貌だが、温和で面倒見の良い人物だ。

 

 

 店の名は店主の名を取って、「アーズ工房」という。

 

 

 

 

 

                     第一部 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギジャ、ゴパシジャバギゼグジョ。ゴパシジャバギゼグ。

 バギデデブギシガジョガゲバサグドビバダダロンザバサ、ヅギジャデデギラダダベゼ、|チャンドヅズビラグ! ヅズビラグジョ!

 

 

 

 




 最後のグロンギ語の訳は以下の通りです(=□=;

[いや、終わりじゃないですよ。終わりじゃないです。
 書いてて区切りが良さげなラストになったもんだから、ついやってしまっただけで、ちゃんと続きます! 続きますよ! ]

 


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アーズ工房
28 「いらっしゃいませ! 」


2016.3/10
21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/6
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。




 

 

 

 

 フストレーの街に留まり、工房を構えたオレの朝は早い。

 日の出よりも少々早く起き出して手早く身支度を整える。

 

『……んにゃ、ぼくおとこれすぅ~~………』

 

 同室で寝起きしているレイルはそのままに、中庭はタロウスの世話のために厩、牛舎へと向かう。

 

 馬糞袋を付けたタロウスを中庭に出し、牛舎の藁と糞を農業用熊手、ピッチフォークで専用ゴミ箱―― 【乾燥】と【消臭】の魔法を付加した木箱で使い捨てという贅沢な魔道具 ――へ投げ込み掃除していく。

 専用ゴミ箱は溜まったら街の外へ捨てに行く。穴を掘って埋めるので自然に帰るため問題ない。

 タロウスを牛舎に戻して餌をやる。

 

 ちなみに牛車は大きすぎてスペース的に置くことが出来ず、アイテムボックスに格納している。出来てしまった時はドン引きしたのは言うまでもない。

 なお、フェフたちクラン「翼の剣」面々には特殊な魔道具の使用による空間魔法だと伝えてなんとか誤魔化した。

 

 日が昇り、空が白み始めた頃にはタロウスの世話は終り、休むことなく次のはやての世話へ移る。

 牛舎から離れた場所に建てた真新しい鳥小屋からザジャデを出して、中庭に設置してある止まり木へとまらせると、空になった鳥小屋を掃除し、水を取り替えて餌となる肉の切れ端を餌置きへ置いて、ザジャデを鳥小屋へ戻してやる。

 

 こうしてタロウスとはやての世話を終えると、オレは【洗浄】の魔法で身体や衣服に付いた汚れや臭いを洗い流して【乾燥】で乾かし、とどめに【浄化】で綺麗に身を清めてから工房へ行く。

 

 

 店先や建物内の掃除をしてしまいたいところだが、それはミーシャの仕事として任せている。

 フストレーの街に帰ってきてアラクネであるミーシャが受け入れてもらえるか心配だったが、大きな問題は起きなかった。

 どうも、ミーシャと出会う行商前、宿屋の改築中に散々やった雑務系で、オレのことが街で良くも悪くも有名になっていたことで、ミーシャが受け入れられる下地が出来ていたようだ。連れ帰って来た後、工房が出来るまでは冒険者ギルドの雑務系を中心に一緒に仕事をやりながら街をあっちこっち行っていたんだが、驚かれる程度ですんでいた。

 

 「人を襲わない魔物然とした人外異形の強面なおっさん」か「人を襲わない下半身は兎も角美少女なモンスター娘」、 受け入れて親しくするなら誰だって後者の美少女を選ぶだろう。オレだってそうする。そしてそうするオレ自身が前者のおっさんなのが悲しい限りだが……

 

 まあ、それでもさすがにミーシャひとりで出かけさせるようなことはしていないし、不用意にひとりにもさせていない。万が一の備えも万全だ。

 

 

 閑話休題

 

 

 工房へ入ったオレはまずその日に何を作るか決めて、その準備をする。

 

 何分取り扱っている物が幅広い。一般向けの日用雑貨から冒険者向けの装備品までと色々作っているから、オレは作る物をその日その日で決めている。

 

 ともあれ、今日はミーシャの協力で紡いで貯まったアラクネの糸と、それを機織りした布を使った縫製にしようか。

 

 アラクネの糸で作った布は汚れに強く、耐刃性が高くて特別製のハサミと針が必要になる。なので型紙と一緒に専用のハサミや針などを用意し、作業卓にテーブルクロスを敷いてその上へ並べていく。

 ついでにミーシャたちが使う糸車と機織り機の調子も見ておく。インストール知識頼りで自作した物なので、毎日見ておかないと少々不安だ。

 

 そうして準備を終えたところでシャンフィたちを起こしに行く。

 

 朝食の用意はシャンフィとレイルの担当だ。

 

 

 

    突然の弐拾參「初めてのお客さま」

 

 

 カラカラカラ ギッタンパッタン

 

 工房内に響くのは糸車と機織り機の奏でる音。

 

 自ら出したアラクネの糸を糸車で細い糸へ紡ぐミーシャに、ぎこちないながらゆっくりと確実に機織りをするシャンフィ。

 工房にいないレイルは店番を任せている。

 

 そしてオレは型紙通り切った真っ白な生地をチクチクチクチクと、手縫いで縫製している。

 今作っているのは女性冒険者向けのミニスカートのワンピースとズボンのLサイズセットだ。

 完成したら魔法で染色する。普通の染色方法で色付けも考えたのだが、汚れに強いアラクネの糸の性質から試した普通の方法では糸であっても上手く染めることが出来ず、オレの魔法を使って染めることになった。

 

 今は真っ白な生地で服を作り、完成後に魔法で染色しているが、それではグラデーションくらいしか模様を付けることが出来ないのでいずれ、というか今日の夜にでも糸を染色して翌日辺りからデザインを皆で出し合って、それを織ろうかと考えている。

 

 

 

 ― side:レイル ―

 

 

 お昼を取った午後。制服代わりの水色のエプロンを着て、広めの店内でぽつんとひとり店番中の僕。

 

 僕らのお店、「アーズ工房」の店内は元宿屋一階の酒場だっただけあって広めに間取りを取っている。大体、元の酒場の半分くらいの広さ。 

 入り口入って左手の壁際に冒険者向けの品物を並べた棚が置かれ、反対の右側に凡そ一般向けの品物が置かれた棚が並んでいる。

 そしてカウンター近くにはサロン風のスペースがあり、小さなテーブルとイスが置かれている。アーズさんが趣味と称して望む人、受けてくれる人にお茶とお菓子を振舞うつもりで作ったものだ。

 

 まあ、接客はほとんど僕がやるんだけどね。アーズさんはどう考えても接客業向きじゃないし、本人もそれをわかっているから僕を店番にしたんだろうし。

 

「それにしても、お客さんが来ない……」

 

 立地が悪いのだから当然と言えば当然なんだけれど、でもご近所の人くらい覗きに来ても良いと思うんだけど。

 やっぱりチラシ配りくらいやればよかったかな? ひやかしでもいいから誰か来ないものかな。

 

 

 チリンチリン♪ 

 

「!?」

 

 と、カウンターにうつ伏せになって思っていた矢先に入り口の扉が開き、備え付きの鈴が鳴った。

 

「いらっしゃいませ! 」

 

 すぐさまシャキッと身を起こし、出迎えの声を上げる。

 

 入ってきたお客さんは革鎧を着込み、背中にカイトシールドを背負い、バトルアックスを腰に提げた赤肌のどこか見慣れた顔の竜人(ドラゴニア)……

 

「て、なんだブークさんか……」

 

「オイオイ、随分なオ出迎えだナ」

 

 竜人のブークさん。工房と店を間借りしているクラン、「翼の剣」のひとりでパーティーの盾役を務めているヒトだ。

 

「折角客を連れて来てやッたッてのに」

 

「お客さん、ですか? 」

 

「おう。

 ほら、入ッて来い」

 

 そう言って自分の後ろへ、店の外へ声を掛けて店内へ入ってくるブークさん。その後に続くように入って来たのはヒューマーの女の子と男の子。

 

 女の子は気の強そうな感じの子。腰まである金色の髪を一本の三つ編みしていて、それで、その、とっても母性豊かなようで、目のやり場に困ります。

 赤茶の服に黒のズボンを穿いた動きやすい軽装で、マジックロッドを腰に差していることから魔法使いのよう。

 

 男の子は柔和な感じ

で髪は灰色で短く切り揃えてる。薄い水色の服に革の胸当て、腰に剣を差していることから剣士なんだろう。

 背は隣りの女の子と大差ない、低すぎず高すぎずとi

ったところ。

 

 安物だけど真新しい装備品なんかを身に着けてるところを見るに駆け出しの冒険者さんってところかな。……… ぼくもまだ駆け出し同然だけど。

 

「へぇ~、表通りから外れた場所にあるからどんな胡散臭い店かと思ってたけど、なかなかおしゃれじゃない」

 

「失礼だよ、ファリン」

 

 高飛車な物言いの女の子を気弱そうに窘める男の子。ファリンっていうのが女の子の名前かな。

 

「紹介するぜ。コッチの嬢ちャンがファリン、コッチの坊主がキリーだ」

 

「ファリンよ」

 

「ぼくはキリーです。よろしく」

 

 女の子、ファリンちゃんは高飛車に、男の子、キリー君は大人しい感じに名乗る。

 

「僕はレイル。店共々どうぞよろしく」

 

 スマイルゼロ円、ニッコリ笑ってご挨拶。今後ともどうか御贔屓に、と出来る限り爽やかな笑顔を浮べる。

 

「さて、見ての通りコイツらは駆け出しのヒヨッコなンだが、なンか良いもン見繕ッてやッてくンネえか? 」

 

「良い物見繕って、て、もしかして試供品目当てですか」

 

 工房と店を間借りしていることもあり、拠点完成のお祝いと宣伝と実用試験を兼ねて魔導具キックボードを始め、試用が必要そうな装備品や魔導具を「翼の剣」に試供品として渡しているのだけれど、さすがにクラン外の部外者に試供品は渡せない。

 そう伝えると――

 

「そう、固いこと言うなヨ。

 前途ある後輩に先輩からの餞別ッてヤツでヨ。顔立たせてくれや」

 

 ――と、ブークさん。

 

「なんかブークさんらしくないですね。

 ヒトの面倒なんて全部フェフさんに放っちゃっていそうなのに」

 

「あのナ、オレだッてヒトの面倒くらい見るッての。

 まあ、乗り掛かッた船ッてのもあるンだがナ」

 

 乗り掛かった船とはどういうことかと聞いてみれば、ブークさん曰く、前から評判の悪かったという冒険者が先輩風吹かせてファリンちゃんとキリー君のふたりに絡んでいたところを助けて知り合った。

 それで先輩冒険者があんなのばかりだと駆け出しのふたりに思われるのは我慢ならない、新米の面倒を見るのも先輩冒険者の勤めだと、しばらくふたりの面倒を見ることに決めたと。

 で、自分たちのクランを紹介するついでに折角だからとアーズ工房の試供品を融通してもらおうと店に連れてきたらしい。

 

「そういう訳で頼む。安いもンで良いからナンか見繕ッてくれ」

 

「ハァ……しょうがないですね」

 

 溜め息一つ。アーズさんにお伺いを立てようと店の奥にある工房へ向かおうとした時、ファリンちゃんが熱心に冒険者向けのコーナーに飾られていたマネキン、女性用の冒険者用衣服を見ているのに気付く。

 飾られている衣服はミニスカートのワンピースとなめし皮のベルトとズボンのMサイズセット。色は夕日を思わせる茜色のグラデーション。スカートには花の刺繍が施されていてなかなかおしゃれな逸品。

 

「それは我がアーズ工房謹製の冒険者服。汚れに強くて刃物に強い逸品中の逸品ですよ」

 

「へぇ、ここ、こんな物まで作ってるの。

 良いじゃない。おしゃれだし」

 

「ただし、お値段は10(リオム)もしますけど」

 

「!?

 10リオッ!? 」

 

 驚いてバッと服に触れていた手を離し、身も離すファリンさん。

 

「正確には9L98(セウン)ですけどね」

 

「た、大して変わんないわよ、それ! 」

 

「何しろ、希少なアラクネの糸を使って特殊な技術で作り上げた代物ですからね。これでも赤字覚悟の特価価格なんですよ」

 

 苦笑しながら高い値段の理由を説明する。

 

 アラクネの糸は希少だ。何しろ、凶悪なモンスターであるアラクネをどうにかしないと普通は手に入れられない。まあ、手に入れられても危険と労力に見合わないから好んで手に入れようとするヒトもいないけれど。

 仮に容易に手に入れられても多分、他のところで出来るのは糸を紡いで布にするまで。裁断したり縫ったりきれいに染めたりはウチでしか、アーズさんでしか出来ないだろう。

 

「アラクネの糸って、もしかして街で噂になってる? 」

 

「ええ、どんな噂を聞いたかは知りませんけど、街に住んでるっていうアラクネは、ミーシャはウチの娘ですよ」

 

 ミーシャの噂を聞いたらしいキリー君にすごく良い娘なんですよ、と笑顔で答える。

 

「そろそろ戻ッてきてくれネえか」

 

「あっと、すみません。

 それじゃあアーズさんに聞いてきますね」

 

「いや、聞くよリもダンナ呼ンで来てくれヨ」

 

 促がされたので工房へ向かおうと思えばそんなことを言ってくるブークさん。まがりなりにも初めてのお客さん。リピーターになってもらうためにも、ここは僕ひとりで上手くやらないといけないのに。

 

「何分ヒヨッコどもだからナ、ダンナの目で見て確りした物を選ンでやッて欲しいのヨ」

 

 それって安い物でも良いって、言ってたことと矛盾するんじゃないだろうか?

 

 なんかおかしいと思ってブークさんの顔を良く見たら目が笑っていた。意地の悪そうなニヤニヤした微笑みたいな感じに。

 ファリンちゃんとキリー君に目を向けた後、僕はハァと溜め息を吐いた。折角のリピーター候補が逃げなければ良いんだけど。

 

「わかりました、呼んで来ます。

 でも、アーズさんの手が空いてたら、ですからね」

 

 連れてくるとは限りませんからね、と釘を刺して改めて店の奥にある工房へ向う。

 

 

「ダンナは強面だからなあ、ツラ見てビビるなヨ」

 

「ふん!

 駆け出しだろうがひよっこだろうが、私たちは冒険者なんだから、ちょっと怖い顔のおじさんくらいにビビるわけないでしょ! 」

 

「えっと、ぼくは、ビビる、かも……」

 

「キ・リ・ーィ! 」

 

 

 などと楽しそうな声を背に聞きながら。

 

 

 結果だけを言えば奥から出てきたアーズさんを見てふたりは小さな悲鳴を上げて怯えを見せ、ブークさんがそれを見て盛大に笑い、アーズさんはちょっと落ち込んだ。

 

 なお、ふたりに渡した試供品は下級ポーション2つに使用回数制限付きの試作魔道具、障壁を張れる木製の篭手の「試製・守りの篭手」と、この前シャンフィに護身用に渡していた「試製・烈風の木剣」だった。

 

 「試製・守りの篭手」はファリンちゃん、「試製・烈風の木剣」をキリー君に下級ポーションと一緒に渡すとブークさんは「それじャア、早速これかラひと狩り行くゾ」とファリンちゃんとキリー君のふたりを連れて店を颯爽と出て行った。

 

 ふたりが「自由気まま、気の合う仲間と共に」を標榜するクラン、「翼の剣」に加わるのかよりも、ウチのリピーターになってくれるかどうかのほうが気になったのは僕だけだろうか?

 

 

 

 

 

 

         To Be Continued………

 



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29 「暇だ…… 」

2016.3/10
21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/7
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。




 

 

 

 

 

 

 

 ― side:シャンフィ ―

 

 

「ふんふふ~んふーん♪ 」

 

 制服代わりの水色のエプロンを着た私は、チラシ配りに出たレイルに代わってただいま店番中。

 

 ちなみに工房ではミーシャは染色された糸で機織りを、アーズは魔道具キックボードVer5、製品版を製作中。いよいよ魔道具キックボードを商業ギルドに売り込んで卸すために、ひとまず作り置きで40台ほど作るつもりらしい。

 

 それで今何をしているかと言うと、お客さんが来なくて暇なので、暇つぶしに店内の掃除や商品を商品の整理をしていたりする。

 まあ、商品の整理はお客さんも来ないし、アーズが考えてキッチリと物を置いているから必要なさそうなんだけれども。

 

 冒険者向けコーナーは下に行くにつれ前へ出て広がっていく作りをした特製の棚が壁際に置かれていて、邪魔にならない位置に冒険者用衣服らを掛けたハンガーが吊るされたスタンド一つとアラクネの糸製の冒険者用衣服を着せたマネキン人形一体が置かれていて、一般向けコーナーも大体同じ配置で、アラクネの糸製の衣服は置いてないけれど、一般向けの衣服も数着ほど置いてある。

 

 カウンターから始めて冒険者向けコーナー、出入り口のドア、一般向けコーナーの順で濡れ拭き空拭きの拭き掃除で店内をひと回り。

 

「こんな物かな? 」

 

 と、店内を見回す。ぴかぴか、とまではいかないけれど、キレイになったと思う。

 

 冒険者向けの棚は出入り口側の方に治療用を始め各種ポーションが並べられ、その下の段には緑系の色をした薬瓶、下級から上級各種汎用毒消し(50(カヒイ)~1(リオム)強)などが置いてある。その下に前へせり出た棚には清潔な包帯(45K)、消毒液(100K)、傷薬(145K)、に目玉商品の包帯に消毒液と傷薬、下級毒消しに下級ポーション3個を合せてセットにした救急セット(使用説明書付きでセット価格398K)とパーティー用の中級ポーション入り救急セット(使用説明書付きのセット価格3(セウン))が整然と並び、その隣りの棚、カウンター側のにはナイフなどの冒険者に必要な小物や木製から革、鉄や銀などで出来た大小の装備品や様々な魔道具が用途別に並べられ、一般向け

の棚は出入り口側の棚に糸に紐に布などに、ハンカチーフや大小のぬいぐるみ、アクセサリーなどの小物類が、隣りのカウンター側の棚には木製の食器類や針やハサミなどの金物が整然と並べられている。

 

「ん、OK♪ 」

 

 今度は商品や値札などにおかしなところはないかもう一度見回して独り言つ。

 

 

 

    突然の弐拾肆「平凡なとある一日」

 

「暇だ……」

 

 カウンターに突っ伏して現状を口にしてみる。ひやかしでも良いからお客さんが来ないものかな。

 

 拭き掃除に使った雑巾をキレイに濯ぎ、手を洗ったらやることがなくなって一時間。暇で仕方ない。

 カウンター内の椅子に座って本を読むというのもあるけれど、生憎と暇つぶしに良い本は持ち合わせていない。というより前世の記憶がある身としては、漫画やライトノベルを知る者としてはこの世界の本は娯楽性に乏しくて、必要性に迫られない限りはあまり読む気になれない。いっそ自分で小説を書いた方が良いような気がしてくるくらい。

 

 突っ伏したまま溜め息ひとつ。

 ふとカウンターの隅に置かれた小さな籠に、2cm角の小粒クッキー袋入り(10個入り5K)の山に目が留まる。

 身体を起こして顔を上げればカウンターの左、一般向け

側寄りに作られたサロン風スペース。

 振り返れば、カウンター奥の棚に置かれた常に新鮮でキレイな水を湛える水差しの魔道具とお洒落なティーポッドの形をした湯沸しの魔道具(勿論どちらもアーズ謹製)に、数種類の茶葉とハーブにお茶入れ一式。

 

 そして私は、おこづかいの入ったお財布から7Lを取り出した。

 

 

「ふぅ♡ 」

 

 マロゥ茶という紅茶に似た味で、黄色い色身のお茶を一口飲んで一息。

 リボンを解いて袋から取り出し、小皿に移した小粒クッキー10個からひとつ摘み、口へポイ。サクサクとした歯触りとほんのりとした甘みに自然と笑顔になりつつ、またマロゥ茶を口にする。

 

「♪ 」

 

 口の中に広がったクッキーの甘みをマロゥ茶の味が引き締めて、またクッキーに手が伸びる。

 

 そうしてティータイムを堪能することしばし、クッキーも食べ終えておかわりしたマロゥ茶をまったりと味わう。

 

 静かに、時が流れる………

 

 

 ……………

 

 

 …………

 

 

 ……

 

 

「て、幾らなんでも静かすぎ!

 お客さんが来ないにもほどがあるよ。レイルはちゃんとチラシ配ってるんだよね? 」

 

 まさか、掛け看板が開店中(OPEN)じゃなくて閉店(CLOSED)になっているとかないよね?

 そんなうっかりなことはないと思うんだけど、考え出すと心配になってくる。こうもお客さんが来ないと余計に。

 

 ティーセットを片付けて確認に外へ出てみれば、掛け看板は傾いていたもののちゃんと開店中(OPEN)になっていた。

 ホッと安堵の息を小さく吐いて掛け看板の傾きを直し、見栄えを確かめる。

 

「よし」

 

 キッチリと正した掛け看板に満足して胸を張る。

 

「あの……」

 

「んにゃッ!? 」

 

「!? 」

 

 不意に背後から声を掛けられて思わず変な声を上げてしまった。

 

「ご、ごめんなさい。驚かしちゃった? 」

 

 ゆっくりと後ろへ振り向けば、そこにいたのはハニーブロンドの長い髪をゆらして謝る黄色のシャツと赤色のスカートに白いエプロンを着た耳の長いエルフだろうお姉さん。

 その手にはレイルが配っているはずのチラシ、「アーズ工房」と大きな見出しの書かれた麻紙。

 

「あの、お客さん、ですか? 」

 

「え、ええ。

 これを配ってる娘からもらって、どんなお店なんだろうって、来てみたのだけど……」

 

「し、失礼しました。

 中へどうぞ」

 

 慌てて居住まいを正して頭を下げて、エルフのお姉さんを店へ招き入れる。

 

 そしてどこかおっかなびっくりといった様子で店内を覗いてくるお姉さん。

 

「?

 どうかしましたか? 」

 

「その、ここって、噂のすごく怖いヒトの店、なんだよね」

 

 と言って恐る恐る店に入ってくる。

 

「えーと、アーズ、店主は職人として奥の工房に篭もってますから、店には顔を出さないので大丈夫です。

 本人も不必要にヒトを怖がらせてしまうのを良く理解してますから」

 

「そ、そうなの……」

 

 苦笑を浮べてそう説明する。どこかホッとした様子のエルフのお姉さん。

 

 アーズってそんなに怖いかな? 知らないヒトにとっては不気味なグロンギ語は仕方ないにしても、怖がらせるようなことは何もしてないのに、怖がることないと思うんだけど。

 

 ともあれ、お姉さんは店内を見て回り始め、私は邪魔にならないようカウンターでそれを静かに見守ることにした。

 

 冒険者向けと一般向けで分けてほぼ左右対称のレイアウトの店内。まずエルフのお姉さんはカウンター側から右手側の冒険者向けのコーナーを興味深そうに見て回ると反対側、左手側の一般向けのコーナーへ。やはり興味深そうに見て回るお姉さん。

 

 もしかして敵情視察に来た商売敵(道具屋さん)のところのヒトだったりして。

 

 などと考えていると、エルフのお姉さんはスタンドに掛けられた服の中から黄色いロングスカートのワンピースに目を留めた。

 手に取られたそれは当然アーズ作の衣服だ。シンプルな作りだけど胸元やスカートの(ふち)などに凝った花の刺繍の入った愛らしいデザインで、お姉さんに良く似合いそうだった。

 

「良ろしければサイズ、測りましょうか? 」

 

「え? あー……今は持ち合わせがないから、遠慮するわ」

 

 と、スタンドの上に貼られた「2,500K均一」と書かれた値札を見て苦笑を浮べて断るお姉さん。

 

 ちょっと残念。本当にお姉さんに似合いそうだったのに。

 

 

 結局、エルフのお姉さんは店内を興味深そうに見て回ると、小鳥の刺繍の入ったハンカチーフ(50K)と袋入り小粒クッキーを買って帰っていった。

 

 

「………お客さんが来ない」

 

 エルフのお姉さんが帰ってしばし、再び訪れた静寂にまたカウンターに突っ伏して愚痴をこぼす。

 チラシを頼りにエルフのお姉さんが来たのなら、もっとお客さんが来ても良いと思うんだけど。

 大通りの外れにある以外は―― 自分で言うのは何だけど ――品揃えに見栄えにお店の雰囲気、どこにも負けてない良いお店なのに。

 

 

 チリンチリン♪ 

 

 

「!? 」

 

 出入り口の扉に備え付けのベルの音に、軽くビックリしつつ素早く身を起こす。

 

「いらしゃいま、て、なんだレイルか……」

 

「うわ、なんだか身に覚えのある対応」

 

 しかし、扉を開いて入って来たのは見慣れた少女と見紛う容姿のダークエルフの少年、レイル。

 再び突っ伏してぼやけば、レイルはおどけてみせた。

 

「チラシは配り終ったの? 」

 

「何とかね。

 お客さんは来た? 」

 

「チラシを見て来たのはエルフのお姉さん一人だけ。

 うぅ、お客さん来なーーい! 」

 

「一応チラシ配りの最後に冒険者ギルドにチラシを貼らせてもらってきたんだけど……

 やっぱりアーズさんが怖くて来ないのかな?

 冒険者のヒトまで怖がって来ないのは予想外だったけど」

 

「むぅ、みんなアーズのこと怖い怖いっていうけど、どこがそんなに怖いんだろう? カッコイイのに……」

 

「あ~、僕たちはアーズさんがどういうヒトか知ってるし、前世の記憶で特撮ヒーローとかの知識があるからそう言えるけど、そんな知識のないこの世界のヒトたちにしたら、ね」

 

 そう言って肩を竦めて苦笑いするレイル。

 

 私はただ溜め息を吐いて、未だにアーズを理解してくれない街のヒトたちやら世の無常やらを嘆くのであった、マル。

 

 

 

「お客さん来い来い来ーーい!

 もう、ひやかしの一見さんでも良ーから来いー! 」

 

 

 

 

         To Be Continued………

 




 なんてことのない一日&お客さんは冒険者以外にもいるんだよ、な回でした(^^;


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30 「これなんか似合うと思うよ」

2016.3/10
21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/7
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルショブンヂバサ(無色の力)パガギンロドヅゾギ(我が意の下 集い)ダンヅヅゾジドギブバスブグス(万物を等しく軽くする)、【レビテーション】」

 

 意識を集中し、少量の魔力を乗せて【浮遊(レビテーション)】の呪文を唱える。いつものイメージと魔力任せの魔法ではなく、ちゃんとした術式を組んでそれに則った魔法だ。

 

 魔法を受けてふわりと拳大の石が宙に浮き上がった。

 

 なぜ術式を組まずとも魔法を使うことが出来るというのに、わざわざ少ない魔力で発動する術式を組んで魔法を使っているかというと――

 

「お~」

 

 興味深い顔で宙に浮かぶ石を指でつんつんと突くシャンフィ。

 

 ―― そう、シャンフィとの約束であるオレ独自の魔法を教えるためだ。

 しかし、シャンフィへ魔法を教えるとなってオレがまず思ったのは、そのままではオレの魔法を使うことは決して出来ないだろうということ。

 なにせオレの使う魔法は法則も術理も術式もない、ただただイメージと馬鹿げた魔力量に物を言わせた魔法なのだから。魔力運用の基礎はなんとか教えられても、魔法そのものは教えることは出来ない。

 

 そこでオレはクラン翼の剣の魔法使い、マリーとの筆談で得たグランローア大陸の魔法知識を参考にして、少量の魔力で誰でも使えるように法則を考え、術理を作り、術式を組んだ。

 そうしてまず最初に作った魔法が【浮遊】、レビテーション。

 なぜレビテーションの魔法を最初に作ったかといえば、対象をゆっくりと宙に浮かせる魔法ゆえに、魔法で火を熾したり風を吹かせたりして加減を間違い二次被害が出ることもないため、そして魔力操作の練習にもなるために魔法修得に向いているだろうからだ。

 

ジヅゲンパボンバロンザバ(実演はこんなもんだな)

 

 宙に浮かべた石を掴み取り、掛けていた魔法を切る。

 

 ここ最近、仕事の休憩時間を利用してシャンフィに魔力運用の基礎を教えたりして、幾つかの魔法が出来上がるまで場繋ぎをしていたが、やっと一通りの魔法が出来上がったので数日前から法則と術理と術式、座学を教えて勉強させ、今日は中庭で簡単な魔法を軽く試してみようということになったのだ。

 

ラズパギババギジャデデリジョグバ(まずは一回やってみようか)

 

 そう言って石を地面に置いた。

 

「うん。

 ………無色の力、我が意の下 集い、万物を等しく軽くする。【レビテーション】」

 

 オレに促されたシャンフィは一度深呼吸すると、確かめていくように魔力を乗せてゆっくりと呪文を唱えていった。

 

 そしてふわりと地面に置かれた石は浮かび上がり――

 

 コトン

 

 ――と、すぐに落ちた。

 

「あぅ。

 も、もう一回」

 

 シャンフィは再び呪文を唱えるが、結果は変わらずほんの数cm浮いてコトンと落ちる。

 

「うー……」

 

ガギジョングヂパ(最初の内は)グバゲスジョシロバスブグスボドゼ(浮かせるよりも軽くすることへ)ギギビゾガギダゾグガギギ(意識を割いた方がいい)

 

 拗ねたようなシャンフィの様子に苦笑を浮べてアドバイスする。

 

「わかった。やってみる」

 

 オレのアドバイスに気を取り直して再チャレンジするシャンフィ。

 今度はふらふらと頼りないが、石はすぐに落ちるということもなく、地面から数cmのところで浮き留まっている。

 

 むーむむっ、と意識を集中しているシャンフィにオレは微笑をこぼした。

 

 【浮遊】を応用すれば、物や自身を浮かす以外に身を軽くして小さく地を蹴るだけで10mは高く跳べることも出来るようになる。

 いざという時の逃げ足に使えるだろう。

 無論、それだけでなく攻撃や防御の魔法を教えていくつもりだが。

 

 

 

    突然の弐拾伍「平凡なとある一日・ぱーと2」

 

 

 ― side:レイル ―

 

 

「ありがとうございました~」

 

 お店を出て行く冒険者のお客さんを笑顔で送り出す。

 

 チラシ配りの効果だろうか? 配ってから幾日かして大半はひやかしだけれど、お客さんがぽつぽつとお店に来るようになった。

 

 

 チリンチリン

 

 

「いらっしゃいませ~」

 

 お客さんを送り出して静まることしばし、ドアベルが鳴ったのでお出迎えの声を上げたけど、肝心のお客さんの姿はなく、扉がわずかに開いているだけだった。

 

「? 」

 

 なんだろうかと扉をよく見回して、視線を下げたら小さな人影が。それは6、7歳くらいの、頭に犬か狼を思わせる獣耳がひょっこりと顔を出している獣人の男の子だった。

 ビクビクとした様子で扉越しにお店の中を覗いてきている。

 

 実は最近、アーズさんのことを知っていて怖い物見たさか肝試しか、小さな子がおっかなびっくり覗きに来ることがある。

 まあ、みんなドアベルの音にビックリして覗き込む前に逃げちゃっていたんだけど。

 

「!? 」

 

「いらっしゃい」

 

 勇気を振り絞って逃げずにいるらしい男の子。目が合ったので、僕は出来るだけ優しく聞こえるように笑顔で声を掛けると、男の子は目を丸くしてコチラを見上げてきた。

 

「あ、ぅ……」

 

 カァーと顔を真っ赤にする男の子。

 そんな男の子の様子にああこれはと思い、僕は口を開いた。

 

「噂の怖い人は呼ばれでもしない限りは工房、お店の奥から出てこないから、お店には「お兄さん」しかいないよ」

 

 笑顔を浮かべながら怖くないよーと言いつつ胸に手を当てて自分を指し、しっかりと「お兄さん」を強調して「お姉さん」に間違えられたのを訂正する。

 初見で女の子に間違えられるのは慣れているとはいえ、間違え続けられて同性に好意を寄せられるのは痛い。なんか色々、お互いに。

 

「おにい、さん? 」

 

 首を傾げて意味がわからないといった様子の男の子。僕はカウンターから出て扉の方へ、男の子へと近寄る。

 

「おつかいかな? それとも何か欲しい物があって、探しに来たのかな? 」

 

「あぅ……」

 

 男の子の目線に合わせて問いかける。

 多分、怖い物見たさか肝試しだろうけれど、これを機に気軽に訪れてくれると嬉しい。子供向けの木剣にぬいぐるみやパズルといった玩具なんかも置いているから。

 

「ご……」

 

「ん? 」

 

「ごめんなさいっ! 」

 

 そう叫んで男の子はダァッと逃げて行ってしまった。チリリンッとドアベルの鳴る音と扉が締まるバタンという音を残して。

 

「ありゃりゃ」

 

 逃げられちゃったかぁ、と苦笑い。

 ちょっと性急すぎたかな。近づかずにおいでおいでの方が良かったかな。などと思いながらカウンターへ。

 

 今度、アーズさんにもっと子供受けの良い物を置こうか相談してみようかな。

 

 

 チリンチリン

 

 

 カウンターへ入る前に再びドアベルが鳴り、振り返れば狼の耳と尻尾を生やした女の子に腰まである金髪を一本の三つ編みした胸まわりの母性豊かな女の子、そして灰色の髪の柔和な感じの男の子という三人組。

 

「いらっしゃい、リュコちゃん、ファリンちゃん、キリーくん」

 

「こん」

 

「こんにちは」

 

「こんにちはー」

 

 挨拶もそこそこにリュコちゃんは入り口入って左側、冒険者向け商品が置かれた方へトトトと歩み寄り、ファリンちゃんとキリー君がその後に続いた。

 ファリンちゃんとキリー君。ふたりはブークさんに面倒を見てもらっているうちにクラン「翼の剣」でお世話になるようになり、そのまま馴染んで入団したらしい。

 

 今日は携帯食などの消耗品を補充しに来たようだ。

 リュコちゃんが携帯食のコーナーに噛り付いて目移りしている。

 携帯食は従来の干し肉や干しブドウなどから、僕たちには馴染み深いカロリーブロックなどが取り揃えられている。勿論カロリーブロックやスープの素を始めとした真新しい携帯食はアーズさんの手によるものだ。

 

 ファリンちゃんはリュコちゃんに付いて携帯食のコーナーを覗いているが、アーズさん特製アクセサリの護符(アミュレット)のコーナーが気になるのかチラチラとそちらに目が行っている。

 見た目はお洒落なアクセサリだけれど、冒険者向けということでアミュレットとしての機能はかなりの物になっている。

 例えば、羽のデザインのペンダントには俊敏性上昇の魔法効果が込められている。

 だからお値段は少々お高め、駆け出し冒険者のファリンちゃんにはまだ手が届かないんじゃないだろうか。

 

 キリー君は魔法効果を込められたアーズさん特製のナイフやダガー、ショートソードが置かれた魔法剣のコーナーを見入っていた。

 やっぱり大人しそうでも男の子。加えて曲がりなりにも剣士ともなれば、そういった物に心惹かれるのはわからなくもない。男の子なら一度は英雄譚に出てくる勇者や英雄に次いで聖剣や魔剣、魔法剣に憧れるものだしね。

 まぁ、魔法剣だけあってどれもお値段は少々どころではないお高めな一品ばかりだけど。

 

 

「アミュレット、何か気に入った物でもあった? 」

 

「な!? べ、別にッ」

 

 あんまりにもアミュレットのコーナーをチラチラと見ているものだから、気になってファリンちゃんへ話しかけるとプイッとそっぽを向かれてしまった。

 

「アミュレットは高いから、まだまだファリンちゃんたちには手が届かないだろうけど、普通のアクセサリの安い物なら手が届くと思うよ」

 

 ファリンちゃんの反応に苦笑しながらそう言って、僕は一般向けのコーナーへ進むとアクセサリコーナーはデザインの試作という理由もあって値段の安い木製品コーナーへ手を伸ばす。

 ちょっと迷って手に取ったのは金色の髪に似合いそうな、愛らしい羽の彫刻がなされ、白や淡い黄色などに染色された木製の髪留め。

 

「ほら、これなんてファリンちゃんに似合うと思うよ」

 

「別にアクセサリが欲しかったわけじゃ」

 

 と言いつつ差し出した髪留めをチラリと見つめるファリンちゃん。

 

「でも、まあ……折角、勧めてくれた、わけだし」

 

 そう言って髪留めを手に取ってくれた。

 

「に、似合う、かな? 」

 

「う、うん、とっても……」

 

 髪留めを髪に挿してはにかむファリンちゃん。こんな表情もするんだとちょっとドキッとした。気が強くていつもツンツンしてるから意外な一面を見れた気がする。

 

「キリーも、似合うと思う? 」

 

「え? ああ、うん。似合うんじゃない? 」

 

 振り向いてファリンちゃんと髪留めを目にするものの、魔法剣に夢中でとてもそっけない態度のキリー君。

 

「………」

 

 そしてムスッと機嫌を急降下させるファリンちゃん。

 

「えっと、あの」

 

「なによッ! 」

 

「あー、ははは……」

 

 なんとか宥めようと声を掛けてみたけど、あまりに不機嫌なファリンちゃんに僕は恐れをなしてしまい、笑って誤魔化した。

 

 結局 髪留めは買ってもらえたものの、ファリンちゃんはその日 一日終始ご機嫌斜めだったらしい。

 

 

 

 ― side:アーズ ―

 

 

「ふぅん」

 

 街も寝静まった真夜中。時刻は凡そ10時頃。明かりを灯さぬ暗い自室でオレは唸り声を上げた。

 何をやってるかといえば、レイルが寝息を立てているのを後ろに机について数枚の藁紙と手製のペンを手に魔法の研究を行なっていた。

 正確には魔法の研究の前段階。どんな魔法を作るのか、その魔法をどういう術理や術式で実現化するのか、などといった思索であるが。

 

 今考えているのは長距離移動のための転移魔法だ。

 

 ちなみに、明かりを灯さないでいるかといえば、就寝につくレイルへの気遣いと真っ暗な夜でも見ようと思えば暗視装置(ナイトスコープ)を装備した、どころではなく普通の昼間のように物を見ることが出来るから。夜目が利くどころではないチートぶりだ。我ながらチート乙である。

 

 ともあれ、転移魔法だ。

 転移魔法というと思いつくのは「瞬間移動」という言葉。今いる場所から一瞬で違う(できれば任意の)場所へ移動する。いわゆるテレポーテーションだが、これを行なうには三次元座標の算出というすごく難しい計算が必要で、それを本能やら感覚やらで簡略できても、やはり長距離移動にはあまり向いていない。

 なにより「魔力など条件を満たしさえすれば誰でも扱える」、そんな術理や術式で三次元座標の算出を簡易に行なえるのかと考えると無理という他ない。数学の発達していない世界で三次元座標の算出を、などと言っても理解できるわけがないのだから。

 というか、数学の発達した世界の一般人でも三次元座標の算出なんてやれといわれて出来るもんじゃない。

 

 他にないかと頭を悩ませ、そこで思い付いたのはゲーム、某竜のクエスト、DQに出てくる一度行ったことのある町へ瞬間移動する魔法、「ルーラ」。

 空へ飛び上がって目的の町へと瞬間移動するといった感じの魔法だ。

 ただ、DQの某アニメでは瞬間移動というより、飛行による超高速移動といった感じで着地時に衝撃があるようだった。

 これは制御をミスしたら着地に失敗してケガをするのではないだろうか? それに物の運搬にも向いていないような気がする。ガラス製品などのワレモノを運ぼうものなら着地の瞬間にガシャーンと割れそうだ。

 

「ふんぅ」

 

 また唸り声を上げつつ、再度考える。

 そうして今度思い付いたのは、タヌキ似の某未来から来た青いネコ型ロボットの秘密道具、どこにでも行けるあの「ドア」である。

 扉を開いて長距離の移動をショートカットし、目的地へ移動する。これならワレモノを運ぶのも扱いの注意さえすれば大丈夫だろうし、扉を大きくすれば馬車も通れるから大きな物や大量の物を運ぶことも出来る。

 魔法で扉や門、ゲートを作り出して目的地へと繋げて移動する。距離やゲートの大きさは込める魔力量で変化するようにすれば戦争などで下手に悪用されることもないだろうか? 後は、犯罪に使われないための対策として簡単な結界で転移を妨げられるように術式を考えれば大丈夫か。

 

ジョギ(よし)ボセゼギデデリジョグバ(これで行ってみようか)

 

 そう独り言つとオレは転移魔法「ゲート」を開発研究すべく、思考加速(アクセルアップ)同時並列処理(マルチタスク)を用いて頭の中でシミュレートを繰り返して術理、術式を考えては藁紙へと書き込んでいった。

 

 

 

 

 

         To Be Continued………

 



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31 「幾らなんでも怯え過ぎだ」

2016.3/10
21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。

2018.3/7
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。




 

 

 

 

 

 

 

 

 ガ ル ル ア ア゛ ア゛ ッ ! !

 

 

「ぴぃいぃ~っ!? 」

 

ゴグバンダンビギバゲパゲンジョ(そう簡単に行かせはせんよ)

 

 インクで塗りつぶしたような真っ黒な黒毛をした狼の魔物、ブラックウルフの吠え声に怖がって悲鳴を上げ、頭を抱えてへたり込むミーシャへアラクネだが組み易しと見たか、地を蹴り飛び掛る一匹のブラックウルフ。だが、すぐにオレがミーシャを庇い、その間へと割り込んで噛み付かんと牙を剥き出しに口を開けたブラックウルフの喉元へ素早く手を添え、掬い上げるようにその身を跳ね飛ばす。

 

『落ち着いてミーシャ。

 アーズが守ってくれるから私たちに攻撃は来ないから、だから大丈夫』

 

 軽く恐慌しかけているミーシャへシャンフィが日本語でことさらに落ち着いた声音の声を掛けて落ち着かせている。

 

 跳ね飛ばされたブラックウルフは背中から地面に叩き付けられて「ギャイ゛ン゛ッ!? 」と鳴くも、残り二匹のブラックウルフは慎重に機会を窺っているのか牙を剥いて低く唸るばかりですぐには飛び掛ってはこなかった。

 

 

 

    突然の弐拾陸「いつもと違うとある一日・ぱーと1」

 

 

 

 突然だが、グランローア大陸の一週間は魔法の属性に倣うかのように地、水、火、風、光、闇(影)、天、無の八つの曜日からなる八日間だ。

 週始めの月曜は地の曜日、週終わりの土日は天と無の曜日、ついでに光と闇(影)の曜日は大体一週間の中頃にあるから水曜、といった感じだろうか。

 ちなみにひと月は5週ほどで一年12ヶ月、およそ一年480日だそうな。

 

 そして今日は光の曜日。我がアーズ工房の定休日だ。

 定休日、仕事休みというと現代日本を生きた前世持ちのオレたちには極普通のことだが、この世界ではそうでもないらしい。

 普通の店は何がしか余程のことでもない限りはどんな店でも年中無休が常識。庶民向けの店はそうしないと稼ぎが落ちるというのが大半で、そうでない貴族向けの店でも特定の日に店を―― しかも週一で ――休すむなど「稼げる時にとにかく稼ぐ」というこの世界の一般的店舗経営常識上ありえないらしい。

 まあ、(うち)はオレが世間になんとか溶け込むためにやっているのであって、稼ぐことが主目的じゃないし、置いてある商品のほとんどは元手があまり掛かっていないから、自転車操業だろうが赤字経営だろうが、最低でも生活費さえ賄えれば大した問題にならず、その上にヒートドラゴンの鱗を売って得た前金もまだ幾分残っているから、派手な贅沢さえしなければ週休一日くらい余裕なわけだ。経営方針についても今後は色々考えて行くつもりだし、鱗を売った後金も転移魔法が完成したら受け取りに行く予定だし。

 

 ともあれ、いつもなら買出しや趣味などに費やし、疲れがあれば休息に使うそんな日なのだが、今回はオレが冒険者ギルドのランクアップ条件を満たしたので、FからEランクへの昇格試験を受けるついでにシャンフィとミーシャに自衛のための実戦経験を少しでも積ませるため、試験や依頼とは関係ない狩りを行っている。

 

 肝心のEランク昇格試験の内容は「大トビトカゲ六匹の討伐と皮翼12枚の収集」。

 大トビトカゲは中型犬くらいの大きさで二足歩行で走り、両腕に付いた皮翼で空を飛ぶ。

 かなりの飛距離を飛ぶようだが、鳥のようには自由に飛べず、飛ぶというよりは「跳ぶ」といったほうが正しいようだ。

 トカゲと名は付いているが、実際は亜竜の一種だそうで、それ故なのか縄張り意識が強く、街道近くに縄張りを作っては通りかかった旅人らを襲うとか。

 また、亜竜の一種だけあって皮翼を始め、その革はそこそこ良い防具の素材になるそうだ。

 強さは駆け出しの冒険者一人でも準備さえちゃんとすれば一匹ならなんとか狩ることは出来るそうだ。多少のケガを覚悟の上で。

 さらに六匹も見つけてとなると―― 必ずしも街道近くに縄張りを作っているわけではないので ――探し出すのも合わせると一日二日掛けてもクリアは難しい依頼、らしい。

 

 しかし依頼をやるのがオレである故に、街を出て早々に六匹見つけ出して狩り終えた。探すのと移動と狩るのを合わせて大体20分ほどで。

 定められていた依頼受諾から12日間の期限をマルッと無視で即日終了である。ギルドには悪目立ちしないよう、期日までは連日午後から夕方頃まで街の外へ出て狩りのふりでもしながら個人的に使う薬草などの採取をして過ごし、期限前日か当日に依頼終了の手続きに行こうかと思う。

 

 余談だが、レイルの時のEランク昇格試験は「冒険者ランクCの試験官との模擬戦」だったそうだ。

 だからオレもてっきり試験官と模擬戦になるのかと思っていたのだが、受付で提示された試験はギルドからの討伐系依頼。

 シャンフィが受付嬢から聞き出した話によれば、なんでも今まで受けてきた依頼内容や周りからの噂や評判などから推測して実力に不安のある者は模擬戦を試験としてその腕を計り、実力が充分の者にはギルドから依頼を出して依頼達成能力などを計るのだとか。

 

 しかし、この街に来てからオレはほとんど雑務系しかしていないのだが、いつオレの実力はギルドに知られたのだろうか? まさか、昇格試験が模擬戦じゃないのは俺が怖がられるあまり試験官をやる冒険者が誰もつかまらなかったとか、ないよね……… 

 

 なんてあるわけないか♪ HA HA HA HA HA HA ……………はぁ、ぼうけんしゃぇ………

 

 

 閑話休題(まあ、何はともあれ)

 

 

 狩りを行うということでシャンフィとミーシャには―― オレが壁役をやるとはいえ万が一、億が一もありえるかもと ――しっかりとした装備を用意した。

 

 シャンフィはアラクネの糸製の冒険者服(若草色のミニスカワンピにクリーム色のズボンのセット)を着込み、各種状態異常耐性付与の術式を縫い込んだ黄色のバンダナを留め紐代わりにして白い髪をポニーテールに。

 そして防具は薄茶色に染色したヒートドラゴンの革に物理防御力強化と魔法防御力を持たせる術式を刻み、その溝に金を流し込んだ厚さ6mmの銀板を張り合わせて用いた硬革の胸当て(ハードレザープレート)硬革の篭手(ハードレザーアーム)硬革の具足(ハードレザーグリーブ)のハードレザー軽装セット。

 腰に巻いたベルトには剥ぎ取り用ナイフとロッド型やナイフ型の各種護身用魔道具とそのホルダー、そして独自に開発した空間拡張と重量軽減の術式を縫い込み、一畳一間ほどの容量がある試作品のマジックウェストポーチが下げられている。

 狩りには護身用魔道具の試し撃ちとして中衛に就いてもらう。

 

 次にミーシャだが、やはりアラクネの糸製の冒険者服(薄い青色のワンピース)に丈が肘上まである白の指貫きグローブとシャンフィのバンダナと同じ付与効果を持つ薄桃色の大きなリボンで綺麗な濡羽色(ぬればねいろ)の長い髪をうなじの辺りで結い纏めている。

 防具はヒートドラゴンの革をベージュ色に染めて使い、物理防御力強化と魔法防御力を持たせる術式を縫い込んだ腰上丈で長袖のレザージャケット。それだけでは何なので護符(アミュレット)であるブレスレットふたつとペンダントも用意。

 腰にはシャンフィと同じ剥ぎ取り用ナイフや試作品のマジックウェストポーチを下げたベルトを巻き、その手には先端にテニスボール大の無属性の透明な魔石をはめ込んだ長さ1mの簡素な作りの初心者用「魔法の杖」。

 

 そう、装備からわかる通り、ミーシャには高い魔法の素養があった。

 というか、その身に備わっていた能力(チート)的に魔法『にも』、というべきか。

 恐らく本人にやる気や覚悟やらがあれば、武術を身に付けて戦うことも出来るのだろうが、ミーシャの性格から自ら前に出て戦うというのは無理なようで、本人もそう自己申告している。

 じゃあ前に出て戦えないなら魔法で後方から、ということになって物は試しとやらせてみたらオレと同様にあっさりと出来てしまったわけだ。

 その上、派手な攻撃魔法よりも仲間の攻撃力や防御力などを上げたり、敵の力を低下させたり動きを阻害させたりする補助系の魔法、いわゆるMMORPG(ネトゲー)でいうところのBuff(バフ)debuff(デバフ)といったものが得意、というか性格的にあっているようだった。

 

 なのでミーシャには狩りでは後衛で色々やってもらうことになった。

 

 そしてオレの装備は身軽で動き易いただの布の服、ではなくアラクネの糸製で厚手に作った冒険者服だ。

 上着は長袖を腕捲りの状態でベルト留めした紺色の服で下は逆間接の足を通し易いように大き目な作りのだぶっとした焦げ茶色の膝丈半ズボン。それに剥ぎ取り用ナイフを下げたベルトのみだ。

 まあ、身体を覆っている甲殻の防御力は半端ないし、耐寒性や耐暑性が強いのか寒さや暑さは意識しないとほとんど感じないし、この世界に目覚めた時に一糸纏わぬヒトからかけ離れた姿だったせいか、服を着てなくても特に羞恥心はないし、むしろ服を着るのはほんの少しではあるが窮屈で煩わしく感じていたりする。

 だから本当は服を着る意味はあまり無いのだが、「こんな魔物みたいな容姿だけども、ちゃんと知性あるれっきとしたヒトですよー」という主張のために毎日ちゃんと服を着ている。

 

 そんなこんなで準備万端でフストレーの街から出て、西の街道を徒歩で進むこと約1時間ほどのところにある森でちゃちゃっと大トビトカゲの狩りを終えて、実戦経験を積む狩りのついでに食べられる野草や香草を探しつつ森を進み、開けた場所に出たところで飛び出してきたブラックウルフ3匹に吠えかけられた。

 

 で、冒頭に戻るわけだ。

 

 

 なお、レイルはどうしたのかというと、早朝にギルドへ向かう際に一緒になったクラン翼の剣の面々が請けた依頼、「近隣の村に出たゴブリン(10匹前後)の討伐」で近隣の村、ジェンクの村までへ行くのに徒歩で六日掛かるということでタロウスと牛車を貸すことにしたオレはレイルを御者として付いて行かせたのだ。

 また、レイルには牛車をオレがいなくとも馬車同様に運用できるようにする魔道具と色々と作ってみていた試供品の中から対ゴブリン戦を色々考えて諸々の状況で使えそうな良さげな物を主に取説+α付きで詰め合わせて持たせて送り出した。

 それとついで、と言ってはなんだが、ハヤテが自由に飛び回りたそうにしていたので一緒に連れて行かせている。

 

 今頃は旅支度も終えて街を出立してしばし、と言ったところだろうか。

 

 

  ア ォ ォ ォ゛ オ゛ ン ッ ! !

 

 

 唸りながら様子見していたブラックウルフの一匹が唐突に大きく吠えて威嚇して来たと思った瞬間、残りの一匹が隙を突くようにミーシャを宥めるシャンフィ目掛けて襲い掛からんと素早く駆け出した。

 一匹が吠えて気を惹き付け、もう一匹が作られたその隙に攻撃に出るとは、本能的な行動なのかちゃんと頭で考えてやってるのかわからないが、低ランクな魔物(ケモノ)にしては大したものだ。

 

ザバサバンダンビギバゲパゲンジョドド(だから簡単に行かせはせんよっと)

 

 もっとも、経験の浅い駆け出しの冒険者くらいなら引っ掛かるかもしれないが、広い視野以外に敏感で高性能な感覚器と超人的反射神経を持つ―― というか持ってしまっている ――オレ相手ではその程度の虚実では意味はない。

 オレの横を抜けようとしたブラックウルフに後ろ回し蹴りを繰り出す。無論コレで倒してしまわないよう手加減つきで。感じとしては足を振りぬかずに突っ込んできたブラックウルフの鼻先に足の裏が壁になるように置くといったところか。

 

 ギャウンッ!?

 

 文字通りに出鼻を挫かれたブラックウルフが悲鳴を上げて勢い良く地面をゴロゴロと転がり、隙を作ろうと吠えた方のブラックウルフも動きを見せたが、オレが軽く睨みをきかせることで牽制し、その動きを一時押し止める。

 

「シャンフィ、|ビララゾグヅバグジョグビギデデブセミーシャ《ミーシャに魔法を使うよう言ってくれ》」

 

『あ、ほらミーシャ、ホントに大丈夫だから。魔法使って援護! ね! 』

 

「ぴぃぃう……

 ()パバダダ(わかった)ガンダデデ(がんばって)リグ(みう)

 

 シャンフィの言葉もあって涙目ながらギュッと両手で杖を持ってなんとか立ち上がるミーシャ。

 

「a、【アースバインド】! 」

 

 杖を構えて狙いを定めたミーシャはオレが睨みをきかせて動きを止めているブラックウルフへ細かい詠唱をすっ飛ばし魔法を放つ。

 

 グァッ!?

 

 自らが立つ場所に異変を感じてその場から飛び退こうとしたブラックウルフだが、放たれた時点で既にミーシャの魔法は発動し終えている。一瞬で捏ね上げた粘土の形を変えるかのように地面が盛り上がり、飛び退いたブラックウルフを飲み込むように纏わり付ついてその動きを完全に封じてしまう。

 ミーシャもオレと同じでイメージした魔法を―― オレほどのバカ魔力はないみたいだが ――魔力任せで発動させることが出来た。その上にミーシャはイメージを固めるのが上手いのか、最初期のオレのようにイメージを固めるための呪文詠唱を必要とせず、すぐに魔法の名前を言うだけで魔法を使うことができたのだ。

 

 

ロボグゲビザシャンフィ(シャンフィも攻撃だ)

 

「りょーかい!  【スリーピング】」

 

 オレが最初に跳ね飛ばしたブラックウルフが戦線に復帰よろしく、最大の障害であるオレをまずどうにかしようと向かってきたのを頭に拳骨を落とすように軽く叩いてあしらいシャンフィへ指示を出す。

 そうしてオレの言葉に従ってシャンフィは腰のベルト、ホルスターのひとつに収めていた長さ30cmのロッド型魔道具を引き抜き、今あしらったブラックウルフへその先端を向けて発動キーを唱えるとロッドを装飾するように刻まれた紋様が薄っすらと光り、魔道具に込めてある魔法のひとつが発動。光りの粒子が標的となったブラックウルフの頭上に生まれ、キラキラと降り注いでは消えていく。

 

 ガウ!? ガ…… Zzzz………

 

 ブラックウルフはあっという間にフラフラしだし、ドサッと倒れると寝息を上げ始めた。

 

 眠りの魔法【誘眠(スリーピング)】。

 その名の通り、というか補助魔法といえばすぐに思い付く魔法のひとつ。対象を深い眠りへ誘うお馴染みの魔法だ。

 眠りを深くしすぎると睡眠薬の多量摂取と同じ危険に陥る可能性を念のために考慮して、その加減を考えて術式を作るのには少々苦労したが、そのおかげで魔法抵抗力が高いか誘眠耐性でもない限りはさした抵抗もなく効果を発揮する。ヒトや獣、獣系の魔物など睡眠を必要とする生物へ対しては正に「こうかはばつぐんだ」。

 その上、完成した魔法は高い即効性に反して副作用などは一切ナシ。それどころか目覚めはすっきり爽快。不眠症に悩まされている方へ絶賛お勧めの逸品に仕上がっている。

 

 ちなみにこのロッド型魔道具(正式名称:未定)、【スリーピング】の他に四つ、計五つの魔法が込めてあり、魔力を流してロッドの先を対象へ向けてそれぞれの魔法の名称をどれかひとつ唱えるだけで呪文詠唱なしにその魔法を発動することが出来る。

 我ながら護身用としてはなかなかの逸品に仕上がったと思う。

 使用メリットは呪文詠唱によるタイムラグと隙の少なさに使用者の適性に関係なく少ない魔力で五種類の魔法が一定の効果で使えること。

 デメリットは込められた魔法は固定で変更は出来ないこと、最大でも中級下位クラス相当の魔法五つ以外使えないこと、どれだけ大量に魔力を注いでも一定以下の効果しか出ないことなどだ。

 

 

「次はそっち! 【冷凍びーむ(フリーズショット)】」

 

 シャンフィは魔法が上手く決まり気を良くしたのか続けてロッド型魔道具を振るい、別の魔法を発動する。狙うはオレに蹴られてさっきまで地面をゴロゴロ転がっていたブラックウルフ。

 

『ああッ!? 』

 

 だが、そのブラックウルフはシャンフィに仲間がやられた―― 眠らされた ――のを見てシャンフィを警戒していたからか、シャンフィの動きと同時に動くことで、ロッドから撃ち出された一条の青い光線を辛くも避けてみせ、光線は地面に中って小さな氷塊を作りだした。

 

「ミーシャ!」

 

「s、【スピードダウン】! 」

 

 攻撃が外れたショックで隙だらけになっているシャンフィを庇うように動きつつ、手が空いているミーシャへ声を掛ける。行動を促されたミーシャはすぐにシャンフィの攻撃を避けたブラックウルフへ向けて魔法を掛ける。

 放ったのは攻撃性の低い素早さ低下の補助魔法だったが、シャンフィがショックから持ち直す時間を作るのには十分なものだった。

 

「こ、今度は外さないよ! 【ショックウェーブ】! 」

 

 動きの遅くなったブラックウルフへ衝撃波の魔法をロッドから放つシャンフィ。宣言通りに今度は攻撃が中り、ブラックウルフは衝撃波で弾き飛ばされるままに木へと叩き付けられて昏倒した。

 

 もがき続けてはいるものの抜け出せる気配が一向にないミーシャの魔法で動きを封じられている一匹、眠りの魔法でグースカ眠っている一匹、そして今木に叩き付けられて気を失った一匹。

 

デギジャ(ていや)

 

 キャウンッ!?

 

 魔法で動きを封じられているブラックウルフに拳骨一発、ちゃっちゃと気絶させて完全に戦闘不能に、抵抗出来ないようにする。

 実は今回の狩りは予定を決める際に話し合い、出来るだけ生け捕りにする方針にしていた。その理由は調教(テイム)のため、ではなく。ミーシャの『魔力吸収(マナドレイン)』のためだ。

 

 ミーシャは触れた他者、ヒトや魔物の持つ魔力を吸収することができ、吸収した魔力によって成長進化することが出来るらしい。最初は「ならばバカ魔力を持っているオレの魔力を吸わせれば良いのでは」と試してみたのだが、どうもオレのチートさんが仕事をしているらしく、試した際、ミーシャは一切魔力を吸うことは出来ず、逆に少なくない魔力を無駄に消費してしまったのだ。

 

 なので身を守る護身に力を付けるため狩りを行い、狩った獲物に魔力吸収をやろうということで反対1、保留1、賛成2の賛成多数でやることが決定した。

 ちなみに反対は狩りそのものへの参加を怖がったミーシャ、保留は無理にやることはないんじゃないですかと自分も同じようなことをやることになったら嫌だなーと顔に書いてあったレイルで、賛成は備えれば憂いなし&襲われた際に相手を怪我をさせずに無力化するのにも力は必要という意見でオレとシャンフィだ。

 

ガガ(さあ)ミーシャ、マナドレイン()

 

「ぴぃい……」

 

『大丈夫だよ。ほら、触っても起きないから。

 魔力を吸い切れば相手を気絶させられるでしょ? なら、ささっとやれば怖いことなんて何にもないって』

 

 意識のなくなったブラックウルフ三匹を川の字に並べてミーシャを促すが、こんな状態のでも怖いのか、身を小さくして近づこうとしない。

 そんなミーシャにシャンフィが怖がる必要はないからとブラックウルフを片手でモフモフモサモサと触ってみせる。

 

「ぴぅぅ……

 ()ゾンドグビザギジョグヅバンザジョベ(本当に大丈夫なんだよね)

 

『うん、大丈夫大丈夫。こんな風にペンペンしても起きないから』

 

「ぴ、ぴぃいぃい!? 」

 

 シャンフィが今まで触っていたブラックウルフの頭をぺしぺしと叩いてみせるが、ミーシャにはとんでもない暴挙だったらしく、恐れ戦きズザザザーと勢い良く後退り、背後にあった木にぶつかりかける。

 

「・・・・・・ギブサバンロゴヂゲグギザ(幾らなんでも怯え過ぎだ)、ミーシャ」

 

 溜め息ひとつ吐いて頭を抱える。本人から聞き出した前世の年齢から考えるとどうも保護してからのミーシャは少々幼児退行しているところがあるようだ。

 身体に精神が引きづられているのかなんなのかはわからないが、個人的分析というか見解としてはそれプラス転生直後の環境による過度のストレスと、そから一気に開放された現在のほぼ不自由のない安心できる環境。加えて頼れて甘えて良い存在―― 主に同性のシャンフィ ――がいることが起因してるのではと考えている。

 

 ともかく、マナドレインをした後にはこのブラックウルフ三匹へ血抜きを兼ねた止めとオレ指導による剥ぎ取りをシャンフィとミーシャにさせる予定なのだが、この調子ではそれもまともに出来るのやら。

 

ララバサンバ(ままならんな)ボセパ(これは)

 

 

 結局、ミーシャに嫌われるのを覚悟で厳しくあたり、ブラックウルフへマナドレインをさせ、泣いて嫌がろうとも必要なことだと強く説き、さらに厳しく言い聞かせて止めを刺させ、剥ぎ取りもしっかりと行わせた。

 そうして森で狩りを続けること3度目の、最後の剥ぎ取りをする頃には怖がり涙目の半泣きながら、オレが厳しく指示しなくともなんとか能動的に止めを刺して剥ぎ取りを行えるようになってくれていた。

 

()ヅバセダ(疲れた)……」

 

キョグパゾンドグビジョブジャダダ(今日は本当に良くやった)、ミーシャ。

 |ヅギンドギロボンバギンボドゾギバゲスジョグ《次の時にも今回のことを生かせるよう》、ガンダソグバ(頑張ろうな)

 

 日暮れ近くになったこともあり、狩りの終わりを告げたとたんにミーシャが大きく息を吐いてクタッと脱力する様を見て、フッと微笑(えみ)を浮かべたオレはその頭をポンポンと優しく撫でて労った。

 

「ぴぅう……

 ガ、ガンダス(がんばる)

 

『よーしっ、ミーシャの今日のガンバりと次もガンバるために、今日の夕飯はミーシャが大好きな「クリームシチュー」にしよっか!! 』

 

「ぴいっ♡ 」

 

 シャンフィが笑顔でミーシャの手を取って元気付けるようにそう提案をすると「今泣いた烏がもう笑う」の(ことわざ)よろしく、ミーシャもパァッと明るい笑顔を浮かべ、シャンフィへ元気良く応えてみせた。

 

「クリームシチュー()

 

 肉はブラックウルフの他に角ウサギなども狩れたから全く問題ないし、ホワイトソースを作るための牛乳と小麦粉、オル麦粉は昨日買い足したばかりだから良いとして、野菜はどうだったか? 今日の料理当番、本来はレイルだったから今朝は確認していなかったな。

 じゃが芋、人参、玉ねぎ、テト芋とカージニとキャギ葱は色々と料理に使えるから買う時は多めに買っているし、まだ幾らか残っているはずだから大丈夫か? 足りなければ今回採れた食用に出来るキノコを入れれば良いかね。

 帰ったら冷蔵庫の中、要確認だな。

 

 どうでも良いことかも知れないが(ウチ)には冷蔵庫がある。といっても魔道具ではなく、(こおり)冷蔵庫または冷蔵箱(IceBox)と呼ばれる日本では大正(1912年~1926年)頃から電気冷蔵庫の普及する昭和30年代(1955年)頃まで実際に使われていた物と同じ物で、上部の戸棚に氷塊を入れて下部の戸棚へその冷気を流し、食物を保冷するというレトロな代物だ。

 最初は魔道具で現代日本の最新型冷蔵庫ばりの物を作ろうかと思っていたのだが、シャンフィとレイルから待ったが掛かった。なんでもグランローア大陸で冷蔵庫は―― 性能はともかくとして ――既に発明されていて、魔道具製の冷蔵庫は中級以上の貴族か豪商くらいの家が持っているもので、一般家庭は魔道具製冷蔵庫なんて物は高価過ぎて買えないし、どころか住んでいる村によっては冷蔵庫(そんな便利なもの)があること自体知られてなかったりするらしい。

 それで街に住む少し裕福で生活に余裕のある家庭や資金に余裕のある飲食店などが冷蔵箱を持っているものなんだそうだ。

 シャンフィたちにそう説明され、フェフたちクラン翼の剣と同じ屋根の下で暮らすことになる以上、あまりに非常識すぎる物を作って置いておくのはまずいのではと話し合った結果、自重して―― 牛車始め自重は今更な気もしないでもないが ――大き目の冷蔵箱を作るにとどまった。

 まあ、熱伝導やら断熱やら素材やら、見た目的にわからないだろうところは思いっきり凝ったりしたけれども。

 後、冷蔵箱へ入れる氷だが、これは冷蔵箱を取り扱っている魔道具販売店が製氷専用の魔道具で氷を作っており、その店と契約して定期購入するか、別売りのある程度安価な長時間かけて水を凍らせる魔道具で氷を作ることで用意することになるそうだ。

 

 家の冷蔵箱の氷? 補充が必要になったらオレが魔法でチンカラホイっと作ってますが何か?

 

ゴセジャガジュグザンンジュンヂンダレビ(それじゃあ夕飯の準備のために)ジガゴヂスラゲビザジャブバゲソグバ(日が落ちる前に早く帰ろうか)

 

 そうシャンフィとミーシャに声を掛け、家路へとついたのだった。

 

 

 

 

 

「……バンドババダヂビバダダバ(なんとか形になったな)

 

 大きく息を吐いてそう独り言つ。

 時刻は深夜、場所はレイルと二人部屋の自室。今日からしばらくレイルがいないので気遣いで明かりを落す必要もなく、魔法の明かりを灯したまま書斎机に着いて黙々と魔法の研究を行っていたのだが、それが今、やっと一段落付くことができた。

 後は実際に使い、試していきながら不具合を見つけて是正したり、より効果的に、より効率が良くなるように改良していくだけだ。

 

ルブバスゲギセギ(無垢なる精霊)、|パセヅゾギダダベゲンシダンシンリヂドバガン《我集い束ね千里万里の道と成さん》。パガギガガギギレグババダゼパセゾギザバゲ(我が意が指し示す彼方へ我を誘え)、【転移の門(ゲート)】」

 

 早速魔力を操作し、発動した魔法を見るべく、まずはと最小最低限の魔力量を使い、制御イメージを入り口は目の前30cmほど先に、出口が背後へ、部屋の真ん中ら辺へ開くようにイメージしながら完成したばかりの魔法の呪文を唱える。

 

 フォ オ オ オ ン ム ゥ ゥ ン ン ………

 

 と、そんな重低音が厳かに響くとイメージ通りに目の前の30cmほど先に空間が歪み始め、水面に広がる波紋が固まったような「転移の門」の入り口が現れる。最小最低限の魔力で発動させた故、その大きさは子犬か子猫が通れるくらいの小ささだったが。

 そして後ろへ振り向けば入り口と同じ大きさの出口もちゃんと現れていた。

 

「ふむ」

 

 ひとまずは成功、無事に発動した。

 しばらく入り口と出口へ視線を交互に向けて魔力の流れを見つつ、「門」を維持するための魔力消費が毎秒または毎分どれだけあるのかを探るよう意識する。まあ、消費量を探ると言っても感覚的なものな上に馬鹿魔力なので、一般人的にどれくらいの消費魔力量が適正なのかもわからないんだけれども。

 ともあれ、ひとしきり素の「門」の様子を確認したオレは次に机のペン置きから自身謹製の万年筆を手に取り、その端を持って入り口へゆっくりと差し込み、「門」を通過する際の変化の確認を始める。

 

 フォンンっといった低音と共に万年筆はスッと特に抵抗もなく「門」を潜り、その身の半分が部屋の真ん中にある出口から姿を見せた。

 

「……ロンザギバギバ(問題ないな)

 

 魔力消費に変化はなく、問題なく維持されているし、万年筆を「門」を切り裂くようにその端、(ふち)へ動かして行くが抵抗が生まれて万年筆は進まず、「門」の中心部へ押し流されるように戻される。

 それらの確認を終えるとオレは万年筆を「門」から引き抜いてペン置きへと戻し、今度は自分の腕を「門」へ通してみるが不具合らしい違和感はないし、魔力消費などに変化もなかった。

 

 腕を引き抜いて魔力供給を断ち、魔法発動を終了させて「門」を閉じる。

 

ジョギ(よし)

 

 ひとつ頷くと次は人が通れる大きさで展開しての実験へ。先ほどよりも多く魔力を使い、出口は中庭になるようイメージを固めて再び呪文を唱え、「転移の門」を開く。

 

ラリョブ(魔力)グボギゴゴグギダバ(少し多過ぎたか)……」

 

 ポリポリと頭を掻き、改めて開いた「門」がヒト一人が通るには少々大きすぎる―― 天井と壁スレスレに部屋一杯に広がってしまった ――のを見て自分の馬鹿魔力に呆れつつ、気を取り直して「門」を潜るべく一歩を踏み出す。

 

 フォ ン ン ン ………

 

 響いた低音を耳にし小さな抵抗を体に受けながら足を進めれば、すぐに肌を撫でる夜風と月の淡い光りを感じ取る。辺りを見渡せば見慣れた中庭に立っていた。

 

ジョギジョギ(よしよし)ロンザギバギド(問題なしと)

 

 後は長距離での実験をこなしてトライ&エラー、試行錯誤を繰り返していくだけだと一頻り満足気に頷くオレだった。

 

 

 

 

 

         To Be Continued………

 



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番外編乃壱 「 TKG たまごかけごはん 」

 

 

 

 

 たまごかけごはん。

 

 

 昨今ではローマ字表記から三文字のイニシャルを取ってTKGとオサレに呼ばれていたりする日本人には知らない者のはいないだろう馴染み深い庶民の食べ物だ。

 どんな家庭でも必ず常備された日本の主食である米、『ご飯』と『玉子』。このふたつがあれば後は「まぜる」「かける」の二工程で作れ、どんなポイズンクッキングな料理下手でも(呪いや錬金術染みた超次元メシマズ調理技能持ちではない限り)作れる、料理と言うには簡単すぎる料理。

 しかし簡単かつ単純だからこその庶民の味。日本人ならアレルギーでもない限り誰もが幼い頃から必ず食しているだろう物であり、素材の玉子とご飯と加える調味料や薬味一つで味わいも変わる至高の一品。

 それ故に好物と言うわけでもないのにふとした時に無性に食べたくもなる物でもある。

 単純な者ならば玉子と御飯のふたつに醤油かそれに代わる調味料があれば異世界だろうともどこでも作れてどこででも食べられると思うだろうが、さにあらず。

 生食に用いられる玉子、鶏卵は絶対に日本の養鶏場産でなければならないからだ。

 その理由は日本人の変態的な食へのこだわりや変質的なまでの極めようとする職人気質からなる徹底した品質管理と衛生管理によるサルモネラ菌などの減菌にある。

 基本的にニワトリはサルモネラ菌などのキャリアーであり、本来その体内で作られる卵は9割近くが純粋な水分とタンパク質であるために生のままではよっぽどに鮮度が良くない限りは菌の巣窟、塊と言っていい代物なのだ。ゆえに諸外国産の卵は生で食せば食中毒に罹るのは必然至極。これが日本以外の諸外国の間で卵の半熟調理が忌避される理由のひとつであり、ゆえに卵の生食に馴染みがないためにそれを気持ち悪がる理由でもある。

 

 と、なぜ急に「たまごかけごはん」の話をしだしたかと言うとオレことアーズはお米を見つけたのだ。

 見つけたお米はアルブレス聖霊国のある地方、片田舎と言える辺境域で少数作られ、玄米として麦、稗、粟と一緒に食されている物らしい。

 そして出稼ぎ代わりにフストレーの街の市場に持ち込まれたものの見向きもされずに売れ残っていた物を買い占めてきた。ざっと五俵分、約300kgほどの量をまた持ち込んでくれるとありがたいと―― 勿論筆談で ――伝えて言い値よりさらに色を付けて。

 

 それで我が家たる店、アーズ工房へ帰ってきた今現在。今日は八日ある一週間の内で定休日に決めた光の曜日。前日からお出かけの予定を立てていたシャンフィたち3人は丁度お出かけ中なようでお留守。ついでに翼の剣の面々も冒険者仕事に出ていて留守。

 

 ………ボッチじゃないから、ボッチじゃないからね。オレは大人だから休日だからって遊びに出かけるわけじゃないから。さっきまで市場に行って必要な物の買い出してたように色々やることがあるし、余暇を楽しむ趣味だってちゃんと持ってるから。何より今一人なのは偶々だから。

 だからオレはボッチじゃない。Q.E.D.たっらQ.E.D.、はい証明終了!

 

 て、一人で何やってんだか、オレは。

 

 

 

 

 

  突然転生チート最強でnot人間 番外編乃壱 「 TKG たまごかけごはん 」

 

 

 

 

 

 とりま、ひとまず玄米を三合ほどをチートで綺麗にチャチャっと精米。精米で出た糠は捨てずに一応ぬか漬け用に取っておくことにする。

 なお、籾殻の方はタロウスの餌の足しに干し草などと一緒に与えようかと思う。ただ捨てるのもなんだかもったいないし。

 

 ちなみに、米は短粒種で見た目は馴染み深い形だが、味はそれほど期待していない。

 日本米のあの味や品質は長年の品種改良と米農家さんたちの汗水流しながらのたゆまぬ努力の賜物だ。異世界の上に品種改良はおろか主食でもない、片田舎で少数生産されていた代物にあの食感や甘味を期待するのは酷というものだろう。

 

 まあ、チートを使えばこの米を触媒にブランド日本米を再現できるかもしれないのだが、さすがに止めておこう。………味がよっぽどでない限りは。

 

 まずは鍋を用意して米を入れ、注いだ水をすぐに捨てて米に付いた汚れを落とし、研いでいく。

 最近の米は精米技術の発達で「研ぐ」というより水をかき回すように「洗う」程度のを2~3回で手間なく終えられるが、チートで精米をやったとはいえ何分初めてで加減が分からないため現代日本の精米より粗めなってしまったのでキュキュと確りと研ぐ。ある程度研いだら水ですすぎ、また研ぎ、これを繰り返すこと数回。

 研ぎ終えたら軽く平らに均した米の上に掌を置いて手首の辺りまで水を注ぐ。

 そして火にかける、ことはせずに水分を米に吸わせるために30分ほどこのまま放置。米に水分を吸わせるのは別にやらなくても良いのだが、古米など新米以外の米の場合はこうした方がおいしく炊けるようになる、らしい。

 

 とりあえず、30分待つ間にもう数十合分ほど精米しておく。今度はもう少し研ぐ手間がかからないように加減を見極めつつ精米する。

 

 そうして時間をつぶして30分。鍋にフタをして火にかける。

 個人的に出来れば米を炊く鍋は土鍋が良いと思うのだが、ないので仕方ない。作れないこともないが今は土鍋の素材の用意や形に大きさデザインを考える時間すら惜しいのでまたの機会へポイッ。

 

 さて、昔から「はじめチョロチョロ中パッパ、赤子泣いてもフタ取るな」という竈で鉄釜を使って米を炊くやり方を表した歌がある。

 

 もっともこれは略された誤りで「はじめチョロチョロ中パッパ、ジュウジュウ吹いたら火を引いて、ひと握りの藁燃やし、赤子泣いてもフタ取るな」というのが正しい歌だ。

 

 現代の一般家庭なら電子炊飯ジャーが必ずどころか絶対にあるというご時世ではキャンプなどで飯盒炊飯でもやらない限り知ることもないだろう歌だが、土鍋なんかで米を炊こうという場合には参考になる。

 

 まず最初に火加減をチョロチョロとした弱火で鍋全体を温めることでムラなく米に水分を吸収させて、パッパと一気に強火にし沸騰させ、ジュウジュウと沸騰したら火を少しずつ弱めて、沸騰を維持したまま炊き上げる。

最後にひと握りの藁を竈へくべて火を一気に燃え上がらせるように強火で加熱して余分な水分を飛ばし、加熱後にすぐフタを取らずに高温でしっかりと蒸らす。

 

 こうして手間暇かけて、炊き立てご飯の完、成!

 

「ん~~、ギギビゴギザンダビダデゴザン(炊き立てご飯の良い匂いだ)

 

 フタを開けると共に立ち昇る湯気。久しぶりに嗅ぐ炊き立てご飯の匂いはなんだか郷愁を誘う。パン主食で米が流通していない異世界にいるからだろうか?

 木製のクッキングスパチュラ(ヘラ)をしゃもじ代わりにご飯を空気を含ませるよう、切るように混ぜる。

 

「ん……」

 

 さて味見だとヘラの先にほんの少し熱々のご飯をすくい、左手に乗せ換えて口に運び含み、噛みしめる。

 

「ふむ、ラガラガザバ(まあまあだな)

 

 モグモグとよく噛みながらそう独り言ちる。

 無論、日本米と比べたら美味いとは言えないが、決して不味いというわけではない。甘味こそ弱いが食感は日本米とそう変わらないようだ。

 

「……ボセパ(これは)シブドグドギグジャヅバボバロバ(陸稲という奴なのかもな)

 

 実は稲には大まかに二種類の品種があり、それが水稲と陸稲だそうだ。

 詳しいことは農家じゃないのでわからないが、前世で大学受験失敗から現実逃避にネトゲにはまり、ひきニートになりかけていた頃、ネトゲで知り合った実家が農家だという気のいい友人(年齢性別不詳)からチャットでの世間話で聞いた話によれば、水稲はオレたち日本人に馴染み深い田んぼで育てる稲のことで、対して陸稲とは田んぼ、水田ではなく畑で育てる稲の品種のことだそうだ。主に水田を作るのに適さない土地や地方で作られていた物らしい。

 そして友人いわく味は不味いわけではないが水稲と比べてしまうと美味しくないとのこと。

 

ラガ(まあ)ブゲバギゾゾラズギ(食えないほど不味い)ドバギギパベジャバギバサ(とかいうわけじゃないなら)バビロロンザギバギバ(何も問題ないか)

 

 そう、水稲だろうと陸稲だろうと食べられるちゃんとした米で、炊けばご飯になるならどっちだろうとこの際関係ない。

 

 今はTKG、たまごかけごはんが作れるかの方が重要だ。

 

 そんなわけで万全となったご飯の次に用意しました生卵な玉子さん。

 無論冒頭で語った(先述した)通り、日本産でない生卵などサルモネラ菌やらの危険がある。生食など冷蔵保存技術の乏しいこの世界では諸外国産卵以上に食中毒まっしぐらの自殺行為だろう。

 まあ、この身のチートぶりから言って食中毒に中るどころか毒を盛られたとしても平気な可能性もあるのだが、さすがに進んで試そうとは思っていない。

 

 なので、魔法を使う。術式だとか術理だとかすっ飛ばした久しぶりのイメージとバカ魔力任せのチートな奴で。

 

 いそいそと冷蔵箱から昨日の早朝、朝市にて購入した玉子の残りから一つを手に取り、キッチンに置いたまな板の角にカッカッと軽く打ち付け、罅を入れると食器棚から小さい深皿を出して片手で殻を割り玉子を落とす。

 

 本当は玉子は丼に盛った熱々ご飯の上に落とし、麺つゆを適量かけて、その時々のある物と気分で薬味を加えて確りむらなくまぜるのがオレのたまごかけごはんの作り方―― この方が洗い物が丼一つと少なく済むのもあってオレはこのやり方を好んでやっていた ――なのだが、鮮度的に大丈夫かの確認と魔法を使うために小さい深皿へ玉子を入れたのだ。

 

「………………………」

 

 鮮度には問題なかった皿の玉子を前に目を閉じ―― (まぶた)などないから正しくは視覚を閉じるだが ――、スッと両手を玉子の入った皿を両側から包み抱えるように翳して強く可能な限り鮮明にイメージする。

 

 新しい魔法を作らずとも殺菌どころか滅菌洗浄すらできる【浄化】でこと足りるのだが、アレは効果効能の範囲や汎用性が色々広すぎる。シャンフィに魔法を教える件もあるし、後々を考えて殺菌に特化した魔法を作ろうというわけだ。

 

 そういうわけで殺菌のための新しい魔法をイメージする。イメージは寒天培地のシャーレを満たしている菌が瞬く間に減り消えていく、殺菌されていく様だ。

 

 イメージが完全に固まったところでクワッと両目を見開き――

 

 

「【殺菌(ストリライズ)】! 」

 

 

 ――気合を入れて魔法名を叫ぶに反して起きた事象は両手の間、皿の玉子へポウっと優し気な淡い光が灯るだけに終わった。

 

 これで玉子の殺菌はできたはずと今度は悪性細菌を視認できる魔法をイメージする。

 

「【細菌視認(バクテリアビスビリティ)】」

 

 変わらず集中しつつも今度は静かに魔法名を呟き発動させると皿の上に魔方陣を思わせる幾何学模様で構成された直径15cmほどの「光りの輪」が現れる。その「輪」を通して見た景色、玉子とそれが入った皿の周り、まな板には小さな灰色がかった白い光点が点在していた。そうこの光点こそ視認できるよう視覚化した細菌。

 魔法のイメージ元は倍率無しの伊達眼鏡状態な大きな虫眼鏡とやはり寒天培地のシャーレで培養されている細菌の様子だ。

 

ジョシャシャ(よっしゃ)っ、グラブギダダゾ(上手くいったぞ)♪ 」

 

 【バクテリアビスビリティ】を通して見た玉子も玉子の入った皿にも光点は一切なく、あるのはそれを中心に置かれたまな板の縁側へ点在する細菌を示す小さな光点のみ。

 

 なお、この【殺菌(ストリライズ)】と【細菌視認(バクテリアビスビリティ)】の魔法だが、後に誰でも使える魔法に手直しした上で改良を加え、善玉菌と悪玉菌の識別も可能とすることで漬け物作りや発酵食品作りに一役買うことになるのだが、それは余談である。

 

 

 ともあれ、どちらの魔法も大成功。でももう邪魔だと言わんばかりに払うように手を振って【バクテリアビスビリティ】の魔法を消す。

 

 さあこれで心置きなくたまごかけごはんを作れる。

 

 早速醤油、はないので代わりに岩塩と個人的好みで胡椒のミルを手にそれぞれを玉子の上でカリガリと二、三回して味付けして、取り出した菜箸で黄身を突いて崩し、皿を手に白身を切る様に縦にカチャカチャと箸を振ってかき混ぜる。

 黄身と白身が確り混ざり合って卵液化したら一端皿を置いて、食器棚から丼代わりになりそうな深皿を取り出し、ご飯の鍋のフタをどけてしゃもじ代わりのヘラですくい、玉子と混ぜることを考えて盛りすぎないように少し真ん中をくぼむようご飯を盛る。

 次にするのは当然、玉子をホカホカご飯へかけ入れること。後は白いご飯がむらなく綺麗に黄色に染まるまで混ぜていく。確りとご飯と玉子が混ざってたまごかけごはんが出来上がったら菜箸をサッと水洗いしまな板の上へ放り出し、木製匙(スプーン)を手にキッチンからダイニングテーブルへいそいそと移動。

 

 テーブルに置いたたまごかけごはんの深皿を前に椅子に座り、逸る思いを抑えるように一息入れる。

 

 静かに目を閉じて大きく息を吐き、これは一つの儀式であるとでも言うようにゆっくりとスプーンを手にしたまま手を合わせる。そうして万感の思いを、異世界の地でお米と巡り会えたこと、たまごかけごはんを前世の(日本にいた)頃のように再び食せること、それに合わせてシャンフィとの出会いから始まった新たな幸多き出会い、全てに感謝を込めて………

 

「……ギダザビラグ(いただきます)! 」

 

 皿からたまごかけごはんをひとすくい、口へと運ぶ。

 

「……………」

 

 すぐに飲み下す愚は犯さず、モグモグとゆっくりと噛みしめて味わう。

 

 そうして口の中に広がるは、滋味! 圧倒的、滋味!!

 

 醤油代わりにかけた塩がご飯と玉子のほのかな甘みを強調し、好みで入れた胡椒がそれに変化を加えて旨味を後押しする。

 もう後は何も考えない、皿を手に持ち上げて掻っ込むようにたまごかけごはんを、食べる! 食べる!! 食べるッ!!

 

グラギ(美味い)………」

 

 ああ、美味い。その一言に尽きる。こんなにもシンプルな物なのに兎に角美味い。

 

「…………………………………」

 

 そしてご飯が、お米が食べられる。ただそれだけのことなのに涙が出そうなほどの郷愁が胸を打つ。

 

 

 思い返せば突然のことだった。予期など出来ようもない突然。仕事帰りに通り魔に刺されてオレは死んだ。

 死んだのに気だ付けば自分はラノベなどの創作物よろしく異世界にいて、その上異形の(こんな)姿身体になり果てていて、とんでもチートな力を持っていても喜べるなんてことなど出来ず、打ちひしがれるような思いに苛まれて、ハイテンションで現実逃避に走らなきゃ、その場その場で流れに任せて自分の現状から目を背けて他のことを考えて気を紛らわせなけりゃ、生きる気力も湧きやしなくてどうしようもなかった。

 

 それに、ああ、それにそうだ、親父とお袋は今どうしているのだろう。親孝行しようとしていたのに出来ぬまま、そんなつもりなど欠片もなかったのに親より先に死ぬ一番の親不孝をしてしまった。

 両親は今も悲しんでいるのだろうか、立ち直って日々を平穏に生きていてくれているのだろうか。

 

 

「っ……バサギバ(辛いな)ボショグ(胡椒)ギセグギダバ(入れすぎたか)………」

 

 辛すぎて泣きそうだと言いながら、オレはスプーンですくっては込み上げてくるモノと一緒に飲み込むようにたまごかけごはんを口に運び食べ続ける。

 

グラギ(美味い)グラギバ(美味いな)ゾンドグビ、グラギ(本当に、美味い)っ」

 

 久しぶりの、異世界で食べるたまごかけごはんは本当に、本当に美味しかった。そしてどうしようもなく………

 

 

『 た っ だ い ま ~ ~ ! 』

 

 

「!?」

 

 後ふた匙ほどで食べ終えようかというところで響いてきた日本語で放たれた元気いっぱいの声。オレと出会う直前に不幸と絶望のどん底へ落ちていたのだろうはずの少女の声。

 そして気付く、確かにこの身に起きたことは理不尽で不条理で、どんな意味があるのか分からな過ぎて、冷静に落ち着いて直視するには嫌になるほど辛いことだけれど、全くの無意味なことだけはないのだと。

 

『あれ? 居ない』

 

『工房にいないなら部屋かキッチンの方じゃない? 』

 

 少女の声にもうひとりが、少女のような少年の声が同じ日本語で応える。

 

「ぴう。アーガン、バビゾギデスンザソ(アーさん、何をしてるんだろ)? 」

 

 そしてオレと似たような身の上であるアラクネの少女の声がグロンギ語で会話に加わった。

 

『ん~、今日は日用品や食材の買い足しするって言ってたけど、その荷物整理かな? 』

 

『なら、居るのはキッチンの方じゃないかな』

 

 

「ふふ……」

 

 3人の会話を耳が拾うたびに胸の中を吹き荒れていた郷愁は決して消えはしないけれども、穏やかに、温かに、凪いで自然と笑みがこぼれて来た。

 

 皿とスプーンを手に椅子から立ち上がり、3人の分のたまかけごはんの用意をして迎えてやらねばと行儀が悪いけれど歩きながらふた匙分ほど残ったたまかけごはんを掻き込んで、オレはいそいそとキッチンへ向かった。

 

 

 今夜か明日の夕飯は「カレーライス」に決まりかな、とシャンフィ、レイル、ミーシャ、3人からのリクエストを予想しながら。

 

 

 

 

 

 

            番外編乃壱 別題「お米とTKGと郷愁と」 =了=

 

 

 




 本当はもっと明るいオチをと思っていたんですけど、ノリと勢いに任せたらオチはなんだかこうなりました(^△^;

 なんでお米やTKG食べたぐらいで急にそんなんなるの? カレー作って食べてたりしてたじゃんおかしくない? と思われる人もいるでしょうが、偶々「ひとりぼっち」の休日行動で奇跡的にお米を見つけた嬉しさに浮かれて心が無防備になったところへ強い郷愁が沸き上がってしまって、普段シャンフィたちの保護者として無意識に抑え込んでいる弱音やらの弱い心が溢れ出てきた感じかと。
 シャンフィたちと一緒だったらこうはならず違ったと思うんですが、とんでもチートなアーズと言えどもこういう弱い面もあるよね、あったよねと受け入れていただければ幸いです。



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