八咫烏は勘違う (新装版) (マスクドライダー)
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第1話 見た目は子供 頭脳はオッサン

 おっす、おらオス!でも生物学上ではメス!もっと詳しく言えば、心は男で体は女といったところだ。もはや何番煎じか数えるのも冒涜的で、出涸らし……どころかただのお湯が急須から注がれるレベルなんじゃないのかな。いやね、でもね……そんなテンプレ的な事にね、自分がなっちゃったらそれはもう……お湯だろうとなんだろうと、飲み干すしかないじゃない。つまり、受け入れるしかないって事。

 

「お~い黒乃!早く早く!」

 

 遠くで俺に向かって手を振るそれはもうイケメンになる未来しか見えないショタは、ライトノベル、インフィニット・ストラトスの主人公である織斑 一夏その人。見よこの……テンプレとしか言いようのないこの状況を。俺こと前世では大学生のお兄さんは、藤堂 黒乃って女の子に憑依転生している。

 

 う~む、そうは言いつつも……少しばかりイレギュラーな転生ではあるが。なんだっけ?良くは覚えていないのだけれど、流れとしてはこんな感じ。俺氏死亡→なんか神様っぽい人が出現→暇だから転生して楽しませろやボケェ→今ここ。このパターンは二次創作で見かけたことがあるが、いわゆる娯楽系転生って奴かも。

 

 つまりは日々に退屈した神様が、暇をしないために意図的に殺害され、強制的に転生させられるみたいな。まぁ……役得なんですけどね。インフィニット・ストラトスは、俺が望んで転生した世界だ。だって……男のロマンだろぉ!?フラグが立つ保証も無ければ、多少は命がけだよ!それでも、それでも女の子に囲まれてウハウハしたいやん!

 

 それが……それが、どうしてこうなったああああ!?何故にホワイ!よりによって女の子に憑依とかって、そりゃあんまりだよ神様ああああ!ISの世界観ってか、コンセプト潰しちゃったら意味ないよ!?女の子の身体は、それはそれで役得な時もあったりするけどさぁ……。

 

「黒乃……元気、無いのか?」

 

 お、おっと……あまり長考が過ぎたらしいな。イッチーが、心配した表情でこちらを見ているではないか。俺はそれに対して、首を横に振って応えた。それを見たイッチーは、何処か安心したような表情を見せる。ふむ……喋れたら良いんだけどね、この身体は喋れないのよ。

 

 どうやら神が、俺の行動に制限をかけているらしい。黒乃ちゃんの身体では、意志を伝える行為全般の大半を行えないのだ。つまりは喋る事は出来ないし、表情を作る事も出来ない。ついでに言えば……女性の胸を揉む等のセクハラ行動も行えん!畜生めええええ!子供で女の子ならば、いくらでもチャンスはあるのにいいいい!

 

 あの神……退屈しのぎに転生して来いって言ってなかったかな。こんな制限をかけない方が、よほど面白おかしく引っ掻き回せる自信があるのだけれど。まぁ良いや……女風呂というか、ちー姉とは一緒に良く風呂には入ってますし。あっそうそう……ちなみにだが黒乃ちゃんは、この世界におけるイッチーのファースト幼馴染にあたる。

 

 いやぁ……ビビったよ、目が覚めたら病院で……目の前にどっかで見た事のあるような美女とショタが居る訳で。そしたら黒乃ちゃんの両親は死んじゃったとかで、私が絶対に立派に育てるーとか言われて。そこから美女とショタが織斑姉弟だと気付くのは、かなり後の話となる。

 

「そっか、良かった!じゃあ遊ぼうぜ!」

 

 ふはははは、子供が元気なのはよろしいよろしい。現在の俺達は、小学1年生。まぁもう休みが明けたら2年生なんですけども。どうにも喋らなくなって表情が変わらなくなった俺は、相当イッチーに拒否られたものだ。そりゃまぁそうだよねぇ……いきなり幼馴染がこうなっちゃったらねぇ。

 

 こんなの黒乃じゃない!って言われた時には、けっこうショックだった。全面的にイッチーの言葉は、的を射てるけどね。何があったかは知らないけど、関係は良好になった。今日もこうして、イッチーに手を引かれて公園へとやって来たわけだ。頻繁にこうやって外に連れ回されるが、別に俺も運動は好きだから問題ないや。

 

「この鉄棒、いつ見ても高いよな。俺もいつか、手が届くようになるかな?」

 

 そう言いながらイッチーが背伸びをしながら手を伸ばすのは、小学校高学年向けほどの鉄棒だ。更にイッチーはジャンプしてみたりするが、手は届かない。でも大丈夫さイッチー、君は公式設定で172cmまでは伸びるからよゆーよゆー。しかし……こうも一生懸命になられると、なんとか届かせてやりたいものだ。

 

 そう思った俺は、イッチーの背後に回って腰へと抱き着く。そのまま勢いを付けて、力の限りイッチーを持ちあげた。ファイトーッ、いっぱぁーつ!イッチーの足は余裕で地面から浮くが、それでも手は届かなさそうだ。う~む、これでダメなら他に方法は無いだろうな。仕方が無いので、俺はイッチーを降ろす。

 

「ダメか……。でもありがとな、黒乃。……そうだ!今度は逆でやってみようぜ!」

 

 フッフッフ、マイフレンド・イッチー……残念だが、君の助力は気持ちだけ受け取っておこうじゃないか。前世でのお兄さんはね、オツムはパーだったけど……運動には自信があるのさ!さて、しっかり手に砂を付けて……と。俺は鉄棒の支柱へと向かってジャンプすると、三角跳びの要領で支柱を足場に再度ジャンプ。そのまま鉄棒にガシッと掴まった。

 

 そこから腕をピンと張って、腰を鉄棒より上へ出るようにする。そして後方へと飛び出て勢いを付けると、後は振り子のように重力へと身を任せる。ある程度の位置へ来れば、身体を前へと振り出す!こうして俺の身体は鉄棒の上で逆立ちするような形となり、前へ振り出すのを繰り返せば……大車輪の完成だ。俺は鉄棒を支点に、グールグールと回転を繰り返す。

 

「黒乃、すっげー!」

 

 フハハハハ!どや、どや?凄いやろイッチー!いやぁ良いねぇ、子供の尊敬の眼差しって。それも全て、いわゆる転生特典のおかげだ。チートっぽいのはダメって言われたけど、前世の技能はそのまま引き継いで転生している。つまり俺は強くてニューゲーム状態なのさ。融通が利く神で助かったぜ、思ったよりも良心的だよ。

 

 手も痛くなってきたので、俺は大車輪を中止した。完全に動きが止まったのを見計らって、パッと鉄棒から手を離してスタイリッシュに着地して見せる。フッ……決まったぜ。くぅ~!一回こんな台詞を言ってみたかった。

 

「黒乃、黒乃!ブランコをどっちが大きく漕げるか勝負しようぜ、アレだったら俺も負けないぞ!」

 

 負けず嫌いなイッチーは可愛いのぅ。おっしゃ、お兄さんも負けないぞ~。っと、ブランコに向かって走るイッチーを追いかけようとしたが、俺はある物が気になった。それは、視線の先にある公園の藪だ。藪に生えている枝の一本に、見た事のない模様の蝶々が止まっているではないか。

 

 外来種かな?それとも単に、俺が見た事が無いだけかも。でも……綺麗だなぁ。……捕まえたりしたら、イッチーは喜ぶだろうか。虫とか嫌いだったら、それはそれでイタズラにもなるし……捕まえてみる事にしよう。そう決断した俺は、ゆっくりゆっくり藪の方へと歩みを進める。

 

「お~い、何やってんだよ黒乃!早く勝負しようぜ!」

 

 むっ……む~ん、イッチーがそう言うなら、急いだ方が良いのかもしれない。勿体ないかもだけど、コイツはスルー安定だな。バイバイ、蝶々!俺はクルリと反転して、イッチーの待つブランコの方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 突然だが、私……いや、私達と言った方が正しい。私達織斑姉弟には、両親が居ない。これも適当な表現では無いな。正しくは、居た。その上で両親は、私達を捨てたのだ。生まれたばかりの一夏と、まだ幼かった私を残して……。恨みを抱いたかと聞かれると、案外そうでも無いのかもしれない。

 

 なぜなら私達は、近所の住民に恵まれていたからだ。大半が可哀想だと視線を送るだけだったが、あの人達は違った……。藤堂夫妻は、私達にとって救いだった。どうしようもなく無力だった私や一夏を、本当の家族同然に育ててくれた。私達には、血の繋がりはなくとも藤堂夫妻こそが本当の両親だった。

 

 そう……だったんだ。その本当の両親である藤堂夫妻は、もうこの世にはいない。今から1年ほど前の事だ。ある日に1人娘を連れて遠出をしていた藤堂家は、事故に巻き込まれてしまった。高速道路を走っている最中にトラックのタイヤがパンクして、藤堂一家の乗っていた乗用車へと突っ込んだのだ。そのまま乗用車は爆発炎上……。藤堂夫妻は死亡しその事故から奇跡的に助かったのは、娘である藤堂 黒乃ただ1人だった。

 

 ただし黒乃も意識不明の重体で、生死の境を長い間さまよう事となる。黒乃が目を覚ましたのは、事故から1週間後の夜明け頃だ。その際には、私も一夏も大手を振って喜んだのを今も良く覚えている。しかし、喜んだのも束の間だった。黒乃の様子が、私達の良く知っているものと全く違っていたのだ。表情は能面の様に凝り固まっていて、こちらの呼びかけには何も答えない。ただただ無表情で、こちらを眺めるだけだ。

 

 私はすぐに事故の後遺症を疑った。急いで医師にどうにかするよう頼むと、トントン拍子に精密検査が執り行われた。だが、私の予想に反して黒乃の身体には異常はみられない。ならば、残っている要因はただ1つ。精神的要因から来るものしかない。幸い黒乃の入院していた病院には、精神科医も在中していた。その精神科医に黒乃を診てもらうと、驚きの診断結果が下される。

 

 なんと精神科医は、精神的にも特に問題はみられないと言うのだ。ならばこの黒乃は、なぜこうなっているのだと問い詰めても……返って来るのは見た事も無い症例だとか、そんな言葉ばかりだ。ただ精神科医は、とある仮説を立てていた。それは、黒乃は自らの意思を自らの意志で伝えられない状態との事。大変にややこしい言い方だが、これはとてつもなく正しい言葉だった。

 

 例えば黒乃へ紙に自分の名前を書いてみてと言うと、スラスラとペンは動いて『とうどう くろの』と拙い文字ながらも記す。しかし、今どんな気持ちかと問いかけてみてはどうか。先ほどまでのスムーズさは何処へいってしまったのか、黒乃の手は紙の上でピクリとも動かない。喋る事に関しては、もっての外だった。極稀に首を動かしてくれれば良い方で、酷い時には簡単な呼びかけにすら反応はみられなかった。

 

 精神科医が言うには、これらの症状が事故との関連性があるかどうかと聞かれれば不明と言う事らしい。いったい……黒乃が、黒乃の両親が何をしたと言うのか。善良でお人好しと言う言葉が良く似合う人たちが、何故こうも不幸な目に合わねばならない。いや、こんな考えではダメだ。黒乃は、生きていてくれたのだから。私の両親が愛した子だ。藤堂夫妻が居なくとも、私と一夏があの子の家族である事は変わらない。私の弟も妹も、私がこの手で立派に育てなくては。そうしなければ、天国の2人を心配させてしまう。

 

 そう誓ってから、もうすぐ1年が経つ頃となる。当初の一夏は、変わってしまった黒乃を受け入れられないでいたようだが、黒乃の中身までは変わっていない事に気が付いたのだろう。そもそも私がどうこうと言う事では無いのだが、弟と妹の仲が良い事に越したことはない。しかし私は、なぜ貴重な休みを使って、公園の藪に隠れながらコソコソと2人の事を見守らねばならんのだろうか。いや、自問自答せずとも答えは簡単だ。それもこれも全て、私が隣に居る友人に、黒乃の事を相談したのがまずかったのだ。

 

「へぇ~へぇ~……。あれが、ちーちゃんの言ってた……え~っと、なんて名前だっけ?」

「……藤堂 黒乃だ。」

「ふ~ん、そうだったね。まぁなかなか可愛いんじゃない?ウチの箒ちゃんには、遠く及ばないけど。」

「なぁ……。別に、隠れて見る事は無いんじゃないか。」

「え~……だって、興味も無いのにわざわざ見に来てるんだし~。自分から接触する必要はないも~ん。」

 

 隣で伏せている彼女は、篠ノ之 束と言って私の友人だ。そういえば、彼女との出会いもちょうど1年前だったか。なぜ仲良くなったかは、正直よくは覚えていない。まぁ……なんとなくの流れだろう。それにしても、観察とはなんだ観察とは。私の妹をモルモットのような言い方をするのは聞き捨てならんが、いつもの事だと思って諦めるしかないな……。彼女はある意味で、黒乃よりよほど性質が悪い。

 

 天才を自称し、彼女の眼には興味をもった対象以外は石ころ同然に見えるのだ。それがたとえ家族だろうと例外では無く、妹以外はどうでも良いようだ。天才と馬鹿は紙一重などと言ったりはするが、どうにも束はそんな枠には当てはまらない何かを感じる。ああ、やはり……黒乃の事を話したのは間違いだっただろうか。天才を自称するだけあって、その頭脳は確かに優秀そのものだ。だからこそ私は思ってしまった。束ならもしかすると、黒乃を元に戻せるかも……と。

 

 束は黒乃を見て欲しいと言うと、相当に渋った。束からすれば、石ころの様子を見てくれと言われているのと同然なのだから、それは渋りもするのも解る。しかし、黒乃を元に戻せる可能性があるのならば、わずかな望みだろうと私はそれに賭けたかった。頭も下げたりしたのだが、今となってはとてつもなく無駄な行為だったな……。何か、藪に隠れているこの状況が急に恥ずかしく思えて来た。

 

「束。私から頼んでおいてなんだが、もう帰ろう。別にお前が興味を惹かれる事なんて、起きやしない……。」

「ごめんちーちゃん……。今さ、束さんの目の前で凄く興味を惹かれる光景が繰り広げられてるんだよね。」

「何……?少し貸せ。」

 

 にやけた顔で束は双眼鏡を覗いていたが、それを多少乱暴に奪い取った。そして双眼鏡で黒乃を捕捉すると、私は絶句するしかなかった。なんとまだ小学1年生であるはずの黒乃が、鉄棒競技の代表選手も顔負けな大車輪を披露しているではないか。確かに黒乃は運動が出来る方だと記憶していたが、果たしてこれは運動神経が良いの一言で片づけて良いものなのだろうか。黒乃を良く知る私からすると、これでは突然に超人的になったようにしか思えない。まさか事故にあって目覚めると、超人的な力を得たといようなドラマみたいな話しなのだろうか。

 

「酷いよちーちゃん!知ってれば束さんも飛んで来ちゃうのに~!」

「い、いや……。私も初見だ。いつの間に、あんな……?」

「初見?それはおかしな話だよ。誰に習ったのか、いつ練習したのかとか、色々と面白い疑問が増えるよねぇ。」

「……言えている。アレはどうにも、慣れた動きに見えるな。」

 

 だとすれば誰だ、黒乃にあんな危険な技を教えた不届き物は。これが一夏なら白状するまで問い詰めるのだが、もちろん黒乃は聞いても答えてくれないだろう。答える事が出来ない……が、正しい表現だが。というか一夏、女の子がそんな危険な技を披露して、感心している場合では無かろう。普通は止めるぞ、普通は。いや、むしろ私が止めるべきだ。これ以上は危なかしくって見ていられん。黒乃は良い子だから、話してはくれずとも注意すれば今後は止めてくれるはずだ。

 

「わーっ!?ちょっと、ちーちゃん!せっかく興味が沸き始めたんだから、大人しくしてて!」

「なっ!?離せこの……!黒乃が怪我でもしたら……。」

「ああっ、ホラホラちーちゃん。あの子もう止めてるよ。」

 

 束は私に被さって、邪魔をさせまいと必死に抵抗を仕掛ける。しかし、黒乃が大車輪をしている間も思ったよりも短かった。それならそれで良いのだが、やはりとてつもなく複雑な気分だ……。今日は帰ったら、遠回しに危ない事をするなと注意しておこう。私はそっと胸を撫で下ろすが、束は残念そうに唸りながら黒乃の監視を続けた。

 

 私は黒乃よりも、束の方へと注意を向ける。黒乃が、こいつのぶっ飛んだ行動に巻き込まれなければ良いが。その要因を作ったとなれば、私はとんでもないミスを犯したとしか言いようがない。どうか余計な事を思い付くなよ。そう念じながら束を眺めていると、私の思惑とは逆に愉しそうな様子へと変わっていく。

 

「ねぇ、ちーちゃん。あの子……本当に何者なのかな。」

「なんの話だ。」

「だってあれ、絶対私達に気づいてるもん。」

「何……?」

 

 またしても束から双眼鏡を奪うと、遠くにいる黒乃を眺めた。するとどうだ。黒乃は凝視という言葉すら生易しいほどに、私達の隠れている藪を見ていた。そしてあろう事か、こちらへ歩み寄って来る。馬鹿な……。これでは束の言う通りに、まるでこちらに気づいてるかのようだ。偶然と思いたかったが、私達の他に近づく要因が思い当たらない。

 

「へぇ。誰かいるって解って、そのうえで近づいて来るんだ。」

「…………。」

「表情から読み取れないけどさ、恐れてる風には見えないね。う~ん……すごいや。」

 

 黒乃は歩みを止めずに、みるみる内にこちらへ近づく。馬鹿な……。本当に、馬鹿なとしか言いようがない。もしも隠れているのが、不審者だったらどうするつもりだ?黒乃……お前は、隠れている者に手を伸ばして、いったい何がしたい?黒乃……お前は、どうしてしまったんだ。

 

「お~い、何やってんだよ黒乃!早く勝負しようぜ!」

「…………。」

 

 ブランコの近くにいる一夏が、手を振りながら黒乃を呼んだ。着実な歩みだった黒乃は、ピタリと制止して振り返った。駆け足でブランコへと向かう黒乃を見て、私は安心感が胸に宿る。それは、別に隠れているのがばれなかったとか、そんな理由ではない。私はきっと、私の知らない黒乃に怯えたのだろう。

 

 妹を普通でないとか、そんな言い方は私だってしたくない。しかしあれでは、私の知っている黒乃とはかけ離れている。まさか、こんな事が待ち受けているとは。不安を拭いきれない私に対して、束のテンションは割り増しになっている。その興奮の仕方は、まるで仲間でも見つけたかのような感じだ。

 

「むふふふ……。良いね、あの子!凄く気に入っちゃった!」

「……断っておくが、私の妹に余計な事をするなよ。私は、お前に何をするか保証ができん。」

「ん~……。それこそ、保証は出来ないかな。見るだけで解る異常性を、あの年で持ってる子なんて初めて見るもん。」

「私の妹は、異常などでは……!」

「そうかな?ちーちゃんもさ、本当は解ってるんでしょ。あの子は、確実に普通じゃないよ。」

 

 束の言葉は、図星である事に違いはなかった。ほんの少しだろうと、黒乃に対して疑念が沸いたのは否定しようがない。私は言い淀む他ないが、その事が悔しくてたまらなかった。黒乃の事を心から信じてやれない私自身に、どうしようもない苛立ちを感じる。

 

「ま、普通なんて言葉は、価値観の押し付けでしかないんだけどね。何をもって普通じゃないとするかは、ちーちゃん次第だし。だから、私の言葉は気にしなくたって良いよ。」

「…………」

「あ、そうそう。あの子が何を考えているか知りたいしさ、例の件はしっかり承るよ。」

 

 そう言うと束は、隠れながらほふく前進でその場を去る。日頃は運動と無縁だろうに、束のそれは異様に速度があった。もしや、家ではあれで移動しているのか……?そんな事は、気にするほどの事でもないな。私は盛大にため息を吐くと、黒乃へともう一度視線を向ける。

 

「黒乃……。いずれは、話してもらうからな。」

 

 束は承ると言ったのだから、黒乃が元に戻る可能性が少し増えた。もはや手段など、私にとってはどうでもよく思えた。今は話してもらえなかろうと、元に戻った暁には今の出来事に関して事細かに問い詰めてやる。だから黒乃……。お前は、お前の思う通りに生きればいい。私がいつまでも、その姿を見守っていよう。

 

 ただ、やはり危険な遊びは感心しない。元気なのはいい事だが、何にでも程度というものがある。無いとは思いたいが、本当に怪我をする前に対策を取らねば。それならば、帰ってプランでも練る事にしよう。私も見つからんように気を付けないとな……。黒乃が油断がならん事が解ったので、私は最大限に気配を消して公園を後にした。

 

 

 

 

 

 

 




黒乃→綺麗な蝶々を見つけた!
千冬&束→やだ……あの子……こっちに気付いてる……。



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第2話 暇・暇・暇!

 とある休日、時間帯としては昼の12時前ほどか。俺はあまりにも暇過ぎて、自室のベッドの上を意味も無くゴロゴロしていた。暇だ……暇過ぎる。あれだよね、どっぷりネットやら何やらに囲まれた生活の弊害だよね。よく暇じゃ無かったな、小学生の頃の俺よ。携帯もねぇ!PCもねぇ!漫画もそれほど置いちゃいねぇ!オラこんな家ぇ嫌だ~……って、止めとけ止めとけ。居候の身が、何をほざいておるか。

 

 黒乃ちゃんのご両親は、俺が憑依した時点で故人だった。特に身寄りという身寄りもなかったみたいで、俺はご近所付き合いの深かった織斑家へ居候中となっている。両親が遺してくれた財産なんかは、ちー姉が管理してくれているようで、俺の生活費はそこから引かれていくのだろう。となれば、あまり贅沢も言ってられない。と言うよりは、言いたくても言えないんですけど。早く自由に買い物が出来る身になりたいものだ。

 

 う~ん……暇だなぁ。この際だから、もう少し真面目に今の現状を考えてみた方が良いのかもな。何気にイッチーの幼馴染、なんて言う特大の巻き込まれフラグが建っているのだから。先の長い話はこの際おいておくとして、まず何から考えるべきか……。俺は気だるいながらも上半身を起こして、背中を壁へと預けた。

 

 まず考えるべきは、俺が憑依しちゃっているこの子……藤堂 黒乃ちゃんの事だ。原作を知っている身からすれば、不可解極まりない。まず原作に、そんなキャラは存在しない。しかも、後に現れるであろう剣道ガールを差し置いてファースト幼馴染とか……どういうことなの。まぁもしもの数だけ世界はあるって言うけど、それから話を進めたって仕方が無い。

 

 考えられる可能性としては、黒乃ちゃんも同じくオリ主の類だったとか?う~ん……そうした場合はTS転生なのか、なんなのか。まず間違いないのは、俺の魂が黒乃ちゃんの肉体を着ぐるみが如く使用してるって事だよな。事故にあったらしいけど、もしかして黒乃ちゃんも既にその時……。って言うか、そうでないとだいぶ申し訳ないぞ。いや、それはもちろん魂が生きててくれればいいけど。黒乃ちゃんの肉体に黒乃ちゃんの魂が残っているとなると、俺は肉体を半ば奪い取ったに等しいのだから。

 

 おっと、少し考えがずれてるな。えっと、黒乃ちゃんが転生者かもって話だっけ。そうだとすれば、少しでも痕跡が残っているはずだ。俺はベッドから立ち上がると、黒乃ちゃんの勉強机へと向かう。適当に机を物色すると、漢字の書き取りノートを見つけた。どれどれ……。ノートを開いて内容を見てみると、それ相応の筆跡で小学1年生ほどで学ぶ漢字しか書かれていない。他のノートも同じで、どう見ても子供が書いたようにしか見えない。

 

 もし転生者ならば、こういった所にボロが出ると思ったんだけど。まぁ……性格にもよるけどね。神童気取りか、はたまた能ある鷹はなんとやらか……。後者かも知れないと考えると、決定的な証拠が欲しいものだ。何か無いか物色を続けると、良い物を見つけた。机の引き出しの奥の方に、隠してあるかのように置いてある。俺が引っ張り出したそれは、黒乃ちゃんが記していた日記帳らしい。

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るかっと。日記帳を頭から目を通してみるが、やはりその字に安定感はない。子供の字そのものだし、何より内容が……。飽き性のこの時期の子供と比べれば、黒乃ちゃんはマメな性格だったらしい。毎日を過ごす中で、大きな事やほんの小さな事でも何かしらが記録されていた。

 

 しかしだ……。問題なのはその内容だよ、黒乃ちゃん。これさ、大半がイッチーの事しか書いてないんですけど。『きょうは、いちかくんと』って綴りが、数え切れないほどある。ちー姉ですら、話に出てくるのは稀だ。あっ……今日は一夏くんが、知らない女の子と話してましたって書いてある。

 

 あれだね、黒乃ちゃん。君はこの年にして、ヤンデレの才能があるよ。実際コワイ。幼女のヤンデレとか、一部の人間からしたらたまらんだろうね。いや、俺も大好物ですけど。どっちかっていうとMだし。ふむ……幼女に折檻される……か、悪くないな。

 

 いやいやいや、何を性癖の話になってんだ。う~ん……しかしこれだと、黒乃ちゃんが転生者って可能性もほぼ消えたな。二次創作のパターンでしかないけど、転生したうえでイッチーと添い遂げようってのはそれこそ稀だし。イッチーに落とされるパターンは、割と見かけるほうだけど。

 

 ま、これでようやく安心できた。俺は日記帳をパタンと閉じると、勉強机にそっと置く。今一度ベッドに座って、今後はどうするべきかを考えよう。まず第一として挙がるのが、そもそも原作に関わるべきか……だよな。黒乃ちゃんは女の子だから、ISを動かせるのは当たり前の事だ。

 

 だから、別に無理してIS学園に行く必要もない。けどな……やっぱり自らこの世界に来た俺としては、原作の登場人物と仲良くなりたいという願望はある。だけどなぁ……俺は、平和主義者というか事なかれ主義者というか。とにかく、争いの類いは大の苦手だ。

 

 でもIS学園は、それと対極とも言える場所だ。スポーツの一種とは言え、銃で相手を撃ったり剣で斬ったり……。逆もまた然りと思うと、それだけでぞっとしてしまう。そんな俺が、IS学園に入れるかどうかすら謎だ。黒乃ちゃんは、どんな未来を望んでいたのだろうか。

 

 う~ん……。まだISが誕生してもないのだから、時期尚早かな。だとすれば、もうちょっと目の前の事に集中しよう。俺のするべき事……それは、黒乃ちゃんの分もしっかり生きる。それは間違いなく、俺に課せられた使命のようなものだ。ならば、黒乃ちゃんの意志はしっかりと継いでいこう。

 

 手始めに、この日記帳だな。もしかすると、黒乃ちゃんも復活するかもしれないじゃないか。その時に黒乃ちゃんが困らないためにも、毎日の出来事を記していこう。俺はそう思い立って、椅子に腰掛け日記帳と向かい合った。最後の日付は、1年近く前になるのか……。とりあえずは、今日から日記を再開すると書いておけば良いだろう。

 

 俺はランドセルから筆箱を取り出すと、シャープペンシルを手に納める。カチカチとノックして芯をわずかに伸ばすと、さきほど思った通りの文字を書こうとする。しかしどうした事か、ペン先を紙上へ置くまではよかった。そこからいくら力を入れようと、全くもって腕が動かないではないか。

 

 ……って、俺は俺の意思を文字にもできませんやーん!本末転倒、企画倒れもいところだよチクショーっ!面倒なこの状況についムカッときた俺は、日記帳を天井めがけて放り投げた。すると日記帳は綺麗な弧を描いて、自室のゴミ箱にシュウウウウーッ!超エキサイティン!

 

 違う違う!このすぐ悪ノリする癖を、どうにかせねばならん。よりによって、その中に入るかね。そういえばだけど、今日は鼻の調子が悪かった。だからゴミ箱の中も、俺が鼻をかんだティッシュだらけだったような……。ウギャアアアア!?黒乃ちゃんの日記帳がああああっ!俺が慌ててゴミ箱へ手を伸ばすと、タイミングが悪く部屋の扉を誰かがノックした。

 

「黒乃。入るぞ?お昼ご飯ができたから……ってどうかしたか。」

 

 君かイッチー……。喋りさえ出来れば、事情を説明すれば済む話だ。だが、それが不可能だから性質が悪い。つまりこのままゴミ箱へ手を入れると、ゴミ漁りする光景をイッチーに見られる事となる。俺は別にそれでも構わないが、イッチーにホの字な黒乃ちゃんには酷な話である。

 

 ここはいったん放置をして、後から回収しよう。堂々としてればばれないだろう。何と言ったって、相手はあのイッチーだぞ。そうと決まれば、飯にしよう。ピュ~ヒュルルル~♪今日のお昼はな~にっかな~っと。そうやって心の中で誤魔化しながら、イッチーの隣を通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

「よし……完成っと。」

 

 自宅の台所にて、一夏は昼ご飯の調理を行っていた。今日のメニューは、オムライスだ。多少はいびつな形になっているが、小学1年生の一夏ならば上出来と言っていい。本来は年長である千冬がすべきことなのかも知れないが、彼女は家事の類がからっきしだ。一夏の方は器用な物で、試しにやって見たらできた……みたいな感じだ。

 

 それ以来、家事は一夏の役割となっている。本人も千冬の負担が減るならばと、率先してしているようだ。一夏はオムライス3つを皿に盛ると、テーブルへと運んだ。後は役者をそろえるだけだ。とりあえずエプロンを外して、リビングから庭へと通じる窓を開く。そこに居たのは、竹刀で素振りをする千冬だ。

 

「千冬姉、ご飯だよ。」

「ん?あぁ……。もうそんな時間か、解った。」

「風邪ひかないように、しっかり汗を拭いてね。ところで、黒乃は?」

「黒乃?今日は部屋に籠りっぱなしだろう。」

「そっか……。」

 

 最近の黒乃は、部屋に閉じ籠っている場合が多い。それこそ、一夏が引っ張って行かねば姿すら見せない日もある。事故にあう前は、そんな事は無かった。用事も無いのに外へと飛び出して、きっかり食事の時間に帰って来る。元気という言葉そのものな女の子というのが、一夏の認識だった。それだけに、少し表情を曇らせる。

 

「一夏、そんな顔はするな。きっと黒乃も、その内に調子を取り戻す。」

「うん……そうだよな。」

「解ったら、黒乃を呼んできてやれ。辛気臭い顔はダメだぞ。」

「うん!」

 

 千冬の言葉に気分を切り替えた一夏は、ドタドタと階段を駆け上がり黒乃の部屋を目指した。黒乃の部屋は織斑家の余った一室で、場所としては一夏の部屋の向かいとなる。部屋の扉の前へ立つと、一夏は数回ノックをした。前までは遠慮なしに開けていたりしたが、千冬に目撃されてこっぴどく叱られたのだ。

 

 曰く、女の子の部屋をノックもせずに開けるとは何事か!……との事。一夏にしてみれば相当なトラウマなため、かなり慎重になっている様子だ。しかし、黒乃の部屋から返事は無い。返事が無いのは、当たり前か。一夏はそう思ってしまうが、どうにも心が痛くなるのを感じた。

 

 ただ、いつまでも黒乃から出てくるのを待っていても仕方が無い。眠っているとかの理由で、ノックの音が聞こえていないのかも。そう思った一夏は、ノックはしたから大丈夫だと自分に言い聞かせて黒乃の部屋へと入った。すると黒乃は寝ているなんて事は無く、何か突っ立っている。

 

「黒乃。入るぞ?お昼ご飯できたから……って、どうかしたのか?」

「…………。」

 

 突っ立っている黒乃に声をかけても、振り向きすらしない。むしろ一夏には、理由があって振り向けないように見えた。注意深く黒乃を観察するように見ていると、しばらくして何事も無かったかのように一夏の隣を通り過ぎる。黒乃が立ちふさがって見えなかったが、どうやらゴミ箱の前に立っていたらしい。

 

 どうしてゴミ箱だ?一夏は思った。不思議そうに近づいて中を覗いてみると、その中に入っていた物を見て驚愕した。それは、黒乃がとても大切にしていた日記帳だった。母親にプレゼントされた物だと言って、自慢気に見せられた事を一夏は良く覚えていた。だとすれば、今となっては形見に等しいはずなのに。

 

「黒乃……。」

 

 黒乃の事情を知っている一夏からすれば、答えなど見えているのと同じだった。黒乃はきっと、書けなくなってしまったんだ。自分の言葉や想いを記しておく。その事が出来なくなった自分には、もはや無用の長物だ。黒乃は、そう言いたいのだろうか……。だからと言って、そんな悲しい事は無いじゃないか。

 

 そう思った一夏は、ゴミ箱の中から日記帳を回収した。面と向かって本人に返す事を第1に思いついたが、そしたらまた捨てられてしまうかもしれない。一夏はズボンの後ろ側を引っ張ると、背中とズボンの間に隠すようにして日記帳を挟んだ。そうして、自然な様子を意識して黒乃を追いかける。

 

 リビングへと戻ると、黒乃は行儀よく椅子に腰掛けて、ジッとオムライスを見つめていた。一夏も同じようにして、椅子へと腰かける。それと同時ほどに、千冬もリビングへと現れた。手にはタオルが握られているため、顔でも洗っていたのかも知れない。とにかく、これで全員が揃った。千冬も座ったのを見計らって、一夏がいただきますの音頭を取る。

 

 こうして織斑家の昼ご飯が幕を開けたが、一夏は先ほどにの件のせいか黒乃が気になって仕方が無い。様子を窺っていると、目が合ってしまう事が何度もあった。その度に一夏は、適当な言葉をならべてそれを誤魔化す。黒乃は気付いていないようだが、千冬には様子がおかしいのがバレバレだった。

 

 こうして一夏にとっては、気が気でない昼食が終わった。一夏は、今度はごちそうさまの音頭を取る。黒乃は手を合わせて会釈を見せたと思えば、すぐさま階段を上って行った。去る背中を引き留める暇も無く、一夏は小さく溜息を吐いた。どうせ黒乃関連だと踏んでいた千冬は、自分から一夏に質問を投げかける。

 

「一夏。黒乃と何かあったのか。」

「直接何かがあったわけじゃないけど……。これ、黒乃の部屋のゴミ箱に捨ててあって。」

「これは、黒乃の日記帳……。本当にこれが?」

 

 一夏は隠していた日記帳を取り出すと、暗い面持ちでそれを千冬に手渡した。日記帳に関しては、千冬も一夏と同じく大切な物だという共通認識だ。なぜ捨てたか、それも一夏と同じ考えを浮かべる。千冬は眉間に皺を寄せて、目を細めながら日記帳を眺める。

 

「……中は覗いてないだろうな。」

「流石にそれくらいマナー違反だって解るよ……。」

「そうか、なら良いが……。」

 

 千冬は一夏を睨むようにして問うが、どうやら黒乃の秘密は守られているらしい。読んだところで、純粋な一夏は自分の事が多く書かれている……程度にしか思わないはずだ。

 

 しかし、中身を確認してみない事には、黒乃の真意がはかれないのも事実である。本人の了解を得るべきだろうが、千冬はそれを悪手と判断した。その場で黒乃に謝罪を述べると、日記帳をなるべく読まないように最後のページの方から開く。

 

 小気味良くページを捲っていくと、今日の日付を見つけた。しかし、肝心な内容は書かれていない。よく見ると、文章を書く欄の始まりに黒点が確認できる。更に目を凝らして見ると、千冬はそれが何だか理解できた。恐らくだが、必死に自分の想いを書こうとした痕跡だろう。

 

 だが、書けなかった。だから黒乃は……。予想通りに、点と線が繋がってしまった。悲痛な様子で日記帳を閉じる千冬を、一夏は心配そうに見つめた。そんな視線に気づいているのか、千冬は早急に心を落ち着かせる事に努める。しゃがんで一夏と目線を合わせると、気丈に振る舞いながら告げた。

 

「黒乃は、苦しんでいる。解るな?」

「うん……もちろん。」

「だから私達は、家族として……黒乃を支えていかねばならん。」

「俺に……何がしてあげられるかな?」

「自分のできる精一杯の事をしてやれ。そうすれば、黒乃に想いは伝わるはずだ。」

「俺にできる精一杯……。ああ、解ったよ千冬姉!」

 

 千冬の言葉に思うところがあるのか、一夏は表情を明るくして元気に答えた。素直な弟の様子に、千冬は安心したように小さな溜め息を吐いた。そして、手元にある日記帳を眺める。どうにもこれを見ていると、少し気が滅入るのを感じた。

 

「とりあえず……これは私が預かろう。」

「黒乃が元に戻ったら、返してあげないとな。」

「フフッ、そうだな。いつの日か、必ず……。」

 

 今は書けずとも、またいずれ日記帳が必要になる時がくる。千冬と一夏は、そう信じていた。千冬は最後の日付のページに、しおりを挟んでおく。こうしておけば、また黒乃も書きやすい。ここへ次なる記述が増えたならば、そこから黒乃が再び始まる証だ。

 

 

 

 

 

 

 イッチーの作ったオムライスを堪能した俺は、すぐさま部屋へと戻った。本来なら片付けの手伝いをするのだけれど、残念ながら他にするべき事がある。ゴミ箱に放置したままの日記帳を、とっとと回収しなくては。早くしないと、俺の鼻水が染み込んでしまうぞ。

 

 部屋の扉を乱暴に開くと、一直線にゴミ箱の中を覗いた。しかし、さっきまで入っていた日記帳は、跡形もなく消え去っていた。WoW!イッツァ・イリュージョン!っておい!おかしいでしょうが!なんでゴミ箱の中身の物が、無くならなきゃならんのです。

 

 はっ!?さては……このゴミ箱は、どこかへと通じるワームホールだな!よっしゃ、そうと決まれば次元の旅に……。……止めよう。誰もツッコミを入れてくれるでもなし、こんなに寂しいボケはない。そう言いつつも、頭はゴミ箱に入りかけてますけれども。

 

 う~ん、本当にどこへ消えたんだ?考えられる可能性は、イッチーが持って行ったしかないな。喋る事ができないから、当然イッチーに質問もできないし。まぁ……あくまで可能性で、イッチーがそんな変態的な行動をとるとは思えないけど。と言うか、もしそうなら物語自体が破綻するわ。一気にIS学園がピンク色に染まるぞ。

 

 ま、良いか!なくしてしまったものは、しょうがないと割り切れば。どうせ、ただの日記帳じゃないか。なんなら、そのうち新しく買えば問題ないだろう。うんうん、そうしようそうしよ~っと。なんだか考え過ぎで疲れた俺は、ベッドへとジャンプして飛び込んだ。腹も一杯だし、眠くなってきた……。とりあえず、寝よう……お休み~。

 

 

 

 

 




黒乃→日記が偶然ゴミ箱に!?
一夏&千冬→大切な日記が捨てられて……。


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第3話 睡眠式剣道 略して睡剣

 夕暮れ時の剣道場に、竹刀同士がぶつかり合う音が響く。ここは篠ノ之道場……モッピーのお家である。ちなみにだが、俺は決してモッピーをディスるつもりでそう呼んでいるつもりはない。箒って、綽名付けるのが難しい名前なんだよねぇ。いくつか候補は考えたけど、結局はモッピーに落ち着いたのである。

 

 篠ノ之道場に居る時点でお察しだが、現在の俺達は小学2年生に進級した。原作イベントであるモッピーの苛められている現場には、遭遇しなかったんだよな。知らない内にイッチーとモッピーが仲良くなってて、俺はイッチーの付き添い程度に道場へと足を運んでいた。

 

 どうしても格闘技の類だけは勘弁だ。さっきから、延々2人の打ち合いを眺めてる。いや、訂正しよう。眺めてるって程の事は無くて、ウトウトしながらたまに様子を見るくらいだ。クッソ……眠い。やっぱり体が幼いせいか、深夜アニメを見るのはキツイか……。まず深夜まで起きとかないといけないし、深夜に起きているのがばれないようにしないとだし……。とてつもなく気を遣うよ……。だけど、ちー姉に見つかるよりはかなりマシだろう。

 

 でも……眠いぃ~……。あっ、ヤベッ……首が定期的にカックンと動き始めた。このまま行くと、寝落ち確定だろう。喋らんし表情が出ないしで、そのうえ居眠りとか……。いくら付き添いでも……それは流石に失礼……Zzz……。ハッ!?ね、寝てない……あたしゃ寝てないよ!あれだ、目を凝らして2人の打ち合いを見て……Zzz……。いかん……逆効果だ。竹刀のリズムのいい音が、耳に心地よくって眠気を誘う。

 

「どうだね黒乃くん。たまには、見ているだけじゃなくてやってみないか。」

(コクン、コクン)

「そうか、解った。箒、支度を手伝ってあげなさい。」

「は、はい。」

 

 へ?何……どうかしたの?モッピーのパパンは、俺にいったい何を問いかけたんだ。そんでもって、1人で何を納得しているのだろう。そうやってボーッとしたままでいると、モッピーが俺の身体をまさぐり始める。ウヘヘヘ……くすぐったいじゃないか、モッピーよ。俺は触られるよりも、モッピーの身体を触りたい。ISにおける未来の筆頭的おっぱい要因だし、ツルペタ幼女の状態は貴重だ。モッピーのまな板を、俺に洗濯させてはくれまいか。

 

 なんて考えていると、俺はいつの間にか防具を纏っている。……なんで?どうしてこうなった!どうしてこうなった!……あれ?本当に、どうしてこうなったんだっけ。イッチー……そんな期待の眼差しで見られたって、俺はこういうのはからっきしだぞ。何より眠いし、もう本当に何が何だか解からない。あれだ、剛な拳よりもストロングな柔の拳の使い手曰く、激流に身を任せどうかする……ってね。

 

 面を被って竹刀を握って立ち上がった俺は、道場の中ほどで構えを取った。見よう見まねだけど、まぁ適当にやっときゃなんとかなるって。こういうのは、ノリとテンションが大事だってじっちゃが言ってたら良いな。見るからにやる気はありますよオーラを醸し出していると、俺の目の前に立ったのはイッチーでなくモッピーだ。あ~ヤッベ、強者オーラ出ちゃったかな~これ。っベーわ、マジっべーわ。マジ……ヤバくない?初心者だよ、俺。いきなしモッピー相手とか、鬼の所業であって……。

 

「始め!」

「やああああっ!」

 

 いや、始めじゃないよパパン!?何も始まらないって、もうすぐ終わっちゃいますよ!?って言うかモッピーもやああああっ!じゃなくてだね、もうちょっと気合を落してくれたって良いんだよ。手加減されてもお兄さん怒らないから、むしろ喜びの舞を踊っちゃうから。ああ!もうダメだ、本当に眠い。こんな時だって言うのに、足元がふらついて来てしまう。このままでは、手痛い仕打ちを……Zzz……。

 

「なっ……!?」

 

 ホワァ!?また一瞬だけ寝てしまった。何やらモッピーの驚く声で目が覚めたが、いったい何があって……ZZZ……。あ、ダメだコレ……。本当に夢か現かって奴だ。俺の意識は、覚醒と寝落ちを反復横跳びが如く繰り返す。既に俺が解るのは、なんとなく立っているという感覚的な事だけだ。更に言ってしまえば、足元がフラフラしているためその感覚すら怪しく感じられる。

 

 なんというかもう……雲の上でも歩いているのではないか、と言っていいくらいには夢心地だ。え~っと、今は何をやってるんだっけ。あっ、そうそうそう……剣道だ剣道。攻撃しなきゃ、いつまでたっても終わらないよね。適当に前に踏み込みつつ、竹刀を振ってみよう。そうすれば隙だらけだろうし、この変な感覚からも逃れられるハズだ。そう思い立った俺は、両足へと最大限の力を込めた。

 

 そのまま飛び出るように前に出ると、竹刀を思い切り縦に振る。するとスパァン!という耳に心地よい音と同時に、俺の手には確かに何かを打った感触が残る。竹刀で防がれたのだろうと思っていたが、いつまでたっても反撃はこない。これは流石に変だと感じた俺は、寝ぼけまなこでモッピーを見た。するとモッピーは、尻もちをついているではないか。もしかして、スリップでもしたのかもしれない。

 

「柳韻さん。判定しないと。」

「あ、あぁ……。面あり、1本!」

 

 はい……?いつの間に、勝負がついていたのだろう。いくら俺でも、面くらい入れられれば目が覚めると思ったのだけど。これは、よほど重症だと思った方がいいな。モッピーは、俺とは真逆で気合いが入り過ぎてしまったのだな。早く助け起こしてあげないと、男たるもの紳士たれ。本当に、いろんな意味で紳士たれ。俺は籠手を外して、モッピーに手を差し伸べた。

 

「す、済まない……。ありがとう……。」

 

 モッピーは俺の手を掴むと、立ち上がろうと身体に力を込めた。手を差し伸べたはいいけど、むしろ俺の方に力が入らないや……。なんとかモッピーが立ち上がるまではもったが、俺は前のめりに倒れそうになる。そのままモッピーに抱きつく形で支えられ……抱きつく?……きたああああ!女の子に触れたああああ!なんという新発見だ。わざとでさえなければ、こうして女の子にも触れるのか!

 

「ちょっ、こら……いきなりなんだ!?」

 

 モッピーは俺を振りほどこうとするが、そう簡単にはいかんぞ。またとないこのチャンスを、しっかりものにしなくては!そうと決まれば、クンカクンカ!面が邪魔でいまいちモッピーの匂いを嗅げないが、俺はとにかく必死で鼻から息を吸う。クンカクンカ!むぅ……女の子特有のフローラルな香り!そしてほのかに感じる胴着に染み込んだ汗の香り!たまらん……病みつきになりそうだ。

 

「い、一夏!これはいったい……どういう事なんだ。藤堂は、その……。」

「さ、さぁ?俺にもよく解らないけど……」

「箒と、健闘を讃えあおうとしているのではないか?」

「父さん……。そう……だと良いですが。」

 

 そうそう、健闘を讃えてるんです。あれさ、言葉と表情で表せないから仕方がないよね。だからどさくさに紛れてとかじゃなくてね、スーハー!これは合法的なあれだからセーフセーフ。モッピーのパパンは、大変に良いことを仰ってくれた。スーハー……スーハー……フヒヒヒヒ……。

 

「黒乃。もう離してやっても良いんじゃないか?」

「そ、そうだ……。藤堂の気持ちは解ったから、いい加減に苦しいぞ。」

 

 俺は止めろと言われれば止める良い子です!少し名残惜しいけど、俺はモッピーを開放した。俺から離れたモッピーは、何かこちらの様子を伺いつつモジモジしている。はは~ん……さては、やっぱり物足りないんじゃないのかい?お兄さんとしてはいつでもウェルカム!さぁ、この胸に飛び込んでおいで!

 

「良ければ、その……黒乃と、そう呼んでもいいだろうか?」

 

 あ、なんだ……そういう話ね。うんうん、それはもちろん構わない。俺は首を頷かせて、モッピーの言葉を肯定する。するとモッピーは、嬉しそうな表情を見せた。ふむ……イッチーと一緒の事が多いから敬遠されがちだったが、名前で呼んでくれるなら心配なさそうだな。

 

 それでなくても、目立った友達はイッチーくらいしかいない。前世も友達は少数だったけど、遠ざけられはしなかったからな。俺が教室に入ると、一瞬だけ静かになるもの。そんな環境で、友達が増えるのはありがたい事だ。まぁ……喋られさえすれば、絶対にそんな事はなかったと思うけど。

 

「黒乃くん。君さえ良ければ、本気で剣道をやって見ないか?君ならきっと、すぐに上達するはずだ。」

 

 パパンはそんな事を言うが、正直なところで乗り気ではない。ただ……イッチーとモッピーの視線が痛いのだ。否定をすれば、肯定するまで説得される未来が見える。常々イッチーは、俺も剣道をやれと言っていた。やはり主人公を中心として、世界は回る仕組みなのかもね。

 

 逃げ場はないと悟った俺は、首を頷かせてパパンに返事する。勧誘したのは向こうなのに、パパンはそうかと短く答えるのみだ。イッチー&モッピーは大喜びしてるし、言うことはないか……。痛い事は総じて苦手だけれど、習うからにはしっかり頑張ろう。

 

 その日は時間が遅いとかで、本格的に始めるのは次回からという運びとなった。そういえばだけど、ちー姉の許可なしでも平気だろうか?そのあたりは、イッチーが詳しく話せば大丈夫かな……。着替えてイッチーと共に帰路をいく俺は、そんな事ばかり考えていた。

 

 

 

 

 

 

「父さん、ただいま。」

「こんにちは、柳韻さん!」

「…………」

「ああ、御帰り箒。一夏くんと黒乃くんは、よく来たな。」

 

 長い階段を上ると、境内では父さんが掃き掃除をしていた。快く一夏と藤堂を迎え入れるが、表情は厳格そのものだ。顔に出ないだけだと信じたいが、娘の私ですら父さんのくだけた表情は見た事が無い気がする。そのため怖がられがちな父さんだが、一夏は大して気にした様子は見られない。藤堂は……解からないと言うのが正直なところだ。何やら事情があると一夏から聞いてはいる。

 

 喋る事が不可で、表情をつくる事も不可……。本当に何を考えているか解からないせいか、時折気味悪く感じてしまう。ただ、藤堂は必ず会釈を行う。それだけで、最低限の礼儀は心得ているのだなというのは伝わる。いくら事情があるとはいえ、不遜な態度を行っていいはずも無い。そこらの藤堂の行いは、かなり好感が持てる。仲良くなれそうかと聞かれれば、微妙なところだが。

 

「2人とも、すぐに着替えてきなさい。」

「「はい!」」

「黒乃くんは、いつも通りかな?」

「…………。」

 

 私の家は、神社兼剣術道場だ。千冬さんとの縁もあってか、最近は一夏も通う様になった。そして、一夏ある所に藤堂あり……。藤堂は手習いを受けている訳ではないが、毎度の如く一夏に付き添って来る。それが本意なのか不本意なのかは、それこそ解るはずも無い。一夏が言うには、黒乃は嫌なら着いて来ない……とかなんとか。私としては、どうせ来るなら一緒にやればいいと思うが。

 

 だが、私から藤堂に話しかける事はまずない……。それでなくても引っ込み思案な私は、きっと心のどこかで藤堂を敬遠してしまっているのだろう。それはいけない事だと、頭では解っている。しかし、どうしても1歩が踏み出せない。考えたくない事だが、一夏の事も関連しているに違いない。私は多分だが、藤堂に嫉妬している。いつも一夏に手を引かれ、必ず一夏の背後か隣に居る藤堂の事を、羨ましく思っているのだろう。

 

「箒、何やってんだ?早くいこうぜ。黒乃は、また後でな!」

「ああ、今行く。」

「では、私達も行こうか。」

「…………。」

 

 藤堂は父さんに手を引かれて、道場の方へと向かって行った。私達が着替えている間に、先に藤堂は道場に向かうのが通例だ。……父さんは、藤堂の事についてどう考えているのだろう。ポーカーフェイス同士で、何か通じる所でも……?いや、藤堂が好きで無表情でいるわけでは無いのを忘れてはならん。そんな事を考えていないで、私も一夏を追いかけなくては。

 

 胴着へと着替え終えた私達は、急ぎ道場へと足を運ぶ。そこには父さんが既に待ち構えていて、いつでも練習が始められる状態が整っていた。私達2人の姿を確認するや否や、すぐさま父さんの指導は始まる。一方の藤堂はと言うと、道場の隅でちょこんと正座で座っている。これも通例で、まるでそこが自分の居場所だと言いたげだ。もう少しは、遠慮をしなくても良いのだが……。一夏も黒乃が気に入っているのならと、あえて何も言わないらしい。

 

 ……こう言っては何だが、藤堂ばかりに気を取られてはいけない。心に揺らぎがあっては、剣道なんてものは出来ないものだ。私は気持ちを切り替えると、意識を父さんの言葉へと向ける。そうして本格的に練習が始まるが、とりわけ何も特別な事は無い。基本的な足の運びや、竹刀の振り方。そういった基本練習をした後に、実戦形式の打ち合いをする流れだ。だが、こういった地味な反復練習こそ強くなる秘訣だろう。

 

「……一夏くん。黒乃くんは、剣道をする気はないのかね?」

「俺も前に勧めてみたんですけど、首を横に振りましたから。黒乃にしては、珍しい完全否定ですよ。」

「藤堂が、どうかしたのですか?」

「私にはどうも、あの子がただ者には思えんのだ。」

 

 私達の打ち合いがいったん止まると、ふと父さんが一夏にそんな事を聞いた。藤堂はイエスかノーを首で応える時があるらしいが、それは稀な事らしい。藤堂が首を横に振って否定の意味を示したと言う事は、よほど剣道をやりたくはないと、そういう事なのだろうか。しかし、父さんのいう事ももっともだ。もしただ者でないならば、その才能をここで腐らすにはもったいない。

 

 私達3人の視線の先にあるのは、藤堂だ。それなりに距離があるためか、向こうはこちらが何を話しているかは聞こえていないらしい。しばらくの間を置くと、ついに父さんが動きを見せた。父さんは藤堂の方へ、静かな足音で近づいて行く。私達はその様子を、固唾を飲んで見守った。

 

「どうだね黒乃くん。たまには、見ているだけじゃ無くてやってみないか。」

(コクン、コクン)

「そうか、解った。箒、支度の手伝ってあげなさい。」

「は、はい。」

 

 一夏は断られたらしいが、父さんの勧めには首を大きく2度動かして肯定して見せた。全く話が違うではないか……。服は……私服の上に防具でも構わないだろう。物は試し程度のものだろうし、父さんだってきっと藤堂にそこまで求めてはいないハズだ。防具をつけると、藤堂はそれなりにやる気なのか自ら面を被って竹刀を握り立ち上がった。道場の中ほどで竹刀を構えると、私と父さんは驚愕を覚えた。

 

「父さん……。」

「ああ、相手は箒だ。」

「え?でも……黒乃は初心者じゃ……。」

 

 剣道を始めたばかりの一夏には、解らないかも知れない。しかし、藤堂の見せた構えは一朝一夕で成しえるソレではなかった。それこそ初めて竹刀を握るとは思えない……。姿勢から何から、どれを取っても完璧だ。私は思わず唾を飲みこむと、警戒心を抱きつつ面を被った。そして私も藤堂の前まで向かうと、剣を構える。その瞬間に、藤堂の姿が巨大に見えた気がした。

 

 これは、プレッシャーという奴なのか?藤堂……お前はいったい何者なんだ。いや、落ち着くんだ。私の気の持ちようが、藤堂を大きく見せるだけに違いない。私が深呼吸を始めると、父さんは始めの合図を待ってくれたようだ。実際に対峙せずとも、父さんにはきっと藤堂の底知れぬ何かを感じているのかもしれない。この状況をいまいち理解していないのは、一夏くらいのものだ。よしっ……父さん、いつでも始めてください。

 

「始め!」

「やああああ!」

「…………。」

「なっ!?」

 

 父さんが右手を振り上げると同時に、私は藤堂へと攻撃を仕掛けた。先手必勝!藤堂には悪いが、一撃で終わらせてもらおう。私は竹刀を藤堂の頭を目がけて振り下ろすまでは、本当にそう思っていた。しかし、あろうことか藤堂は、私が攻撃の素振りを見せる頃には既に攻撃を避け始めていたのだ。私がしまったと思った頃にはもう遅い。藤堂は少し横にずれただけで、竹刀は空振りに終わってしまう。

 

 まぐれだ……きっとそうに決まっている。私はそう思いたかったが、その希望はすぐさま打ち破られた。私がどれだけ速く動こうとも、どれだけ鋭い太刀筋をみせようと、藤堂は私よりも早く回避を始める。その動きはまるで、私がどこへ攻撃するかが解っているかのようだ。私はまるで亡霊を相手にしているかのような、そんな錯覚をおぼえた。

 

(このままでは……!いったん退いて、体勢を……)

「…………。」

「は、速っ……!?」

 

 竹刀を振り続けていたせいか、私はスタミナが切れてしまう。そもそも一撃必殺を狙っていただけに、焦りも大きかったのかもしれない。私は呼吸を整えようと、攻撃を止めて後方へとさがった。しかし、それこそが悪手……藤堂は、私が退くタイミングを待っていたのだろう。私が攻めを止めると同時に、藤堂は凄まじい速度で1歩を踏んだ。一瞬にして間合いを詰められた私は、対処する手立てなどない。

 

 私の頭部に衝撃が走ると同時に、気持ちのいい竹刀の音が鳴り響く。けっこうな威力を持った藤堂の面を喰らった私は、尻餅をついてしまう。私は尻餅をついた状態で、様々な事を考えていた。初心者相手に、何も手が出せなかった……。もちろん藤堂を舐めていたつもりはないが、それでも私にだってそれなりのプライドという物が有る。父さんもそれなりに衝撃を受けているのか、固まったまま判定を出さない。

 

「柳韻さん。判定しないと。」

「あ、あぁ……。面あり、1本!」

 

 道場内の静寂を破ったのは一夏で、何度か私や父さんを見てその言葉を放つ。父さんの判定の声と同時に、私には負けという事実が重くのしかかってきた。剣道をやっていて、果たしてこれだけ悔しい思いをした事はあっただろうか。この悔しさは、きっと私がそれだけ驕っていた証だろう。私が唇を噛み締めていると、ふと私の目の前に掌が差し出された。見上げてみると、藤堂が私を引き起こそうとしてくれていた。

 

 私は、その事が純粋に意外だった。表情が出ないだけに、冷たい人間だと勝手に思い込んでしまっていたのだろうか。あまりに意外な出来事だったために、私は悔しさなどどこかへ消えてしまっていた。むしろ何か、悔しさが清々しさに変わったかのような……そんな感覚だ。私は藤堂の手を取ると、またも意外な事が起きた。藤堂の手は妙に温かく、握っているととても安心する。

 

「ちょっ、こら……いきなりなんだ!?」

 

 藤堂が手に力を込めたのに合わせて、私も勢いをつけ立ち上がった。するとどうした事か、藤堂はいきなり私に抱き着いて来たではないか。それでなくてもわけの解からない奴なのに、この行動は私からすれば意味不明だった。腕に力を込めても、なかなか藤堂は離してくれない。私は思わず、一夏に助けを求めた。

 

「い、一夏!これはいったい……どういう事なんだ。藤堂は、その……。」

「さ、さぁ?俺にもよく解らないけど……」

「箒と、健闘を讃えあおうとしているのではないか?」

「父さん……。そう……だと良いですが。」

 

 もし本当に父さんの言う通りならば、とてもに嬉しい事だ。私は何も出来なかったが、それでも剣道を通じて何か感じてくれたのならばこれほどの事は無い。私はギュッと抱きしめられているだけだったが、少しばかり藤堂に倣って腕へと力を込めた。これで私も、それなりに藤堂へ健闘を湛えている事が伝わればいいが。なるほど、この感じ……悪くは無い。

 

 内弁慶の気がある私は、藤堂に負けず劣らず友人は少ない方だろう。そのために、こうしていられる同性の人間など……いた試しがない。藤堂は確かに、何を考えているかは解からない。しかし、そんな事は関係ないのかもしれない。藤堂を異質と思わせるのは、私達が自分を普通だと思いこんでいるから。だとすれば、藤堂は苦しいのかもしれない。それでもこうして、精一杯の想いを伝えようとしてくれている。それにしても……少し苦しい。

 

「黒乃。もう離してやっても良いんじゃないか?」

「そ、そうだ……。藤堂の気持ちは解ったから、いい加減に苦しいぞ。」

 

 一夏も助け舟を出してはくれたが、藤堂は大人しく従ってくれた。この時に、私はようやく一夏の言葉を思い出せた。あれは、私が一夏に藤堂を紹介された時の事だ。少しばかり表情を曇らせる私に、一夏はこう言ったのだ。藤堂は表情が出ないだけで、中身はとても優しい良い子だ……と。私はその言葉に半信半疑だったが、まさにその通りじゃないか。優しくも無い人間が、藤堂の様な行いを出来るはずが無い。

 

 こちらから歩み寄らねば、藤堂はどうしようもないじゃないか。そんな事にも気づかずに、ただ敬遠をしていた私は……なんと恥ずべき行為をしていたのだろう。藤堂は、ずっとこちらへ手を差し伸べてくれていたに違いない。だから私は、今度こそその手を取ろう。だからまず手始めに、名前で呼ばさせてほしいものだ。流石に率直に述べる事は出来ずに、私はしどろもどろながらに藤堂へ告げた。

 

「良ければ、その……黒乃と、そう呼んでもいいだろうか?」

「…………。」

 

 私がそう言えば、藤堂は確かに頷いた。それは明確な肯定の証。あぁ……やはり、藤堂は本当に優しいのだな。私が、一夏関連で嫌な顔をした事も解っているだろうに。そんな事も気にしない藤堂は、もはや器が大きいとか……その辺りの次元なのではないだろうか。藤堂の……いや、黒乃のせっかくの厚意だ。甘えさせて貰うと共に、しっかりその想いに応えられるよう励まなくては。

 

「黒乃くん。君さえ良ければ、本気で剣道をやって見ないか?君ならきっと、すぐに上達するはずだ。」

 

 私達のやり取りが終わる隙を窺っていたのか、父さんが近づき黒乃へ声をかけた。上達と父さんは言っているが、相当にレベルを落した話をしているに違いない。理由は解からないが、黒乃がそういうレベルでは無いことくらいは百も承知なハズだ。父さんの言葉に、黒乃は何も答えない。これはもしや、明確な答えが出て来ないパターンなのだろうか。

 

 黒乃が剣道をする事に肯定的な一夏は、何か期待の眼差しで眺める。私としても、今となっては黒乃と研鑽を積んで行きたい。だからこそ、一夏に負けず劣らずの視線を黒乃へと送った。迷っていたかどうかは定かではないが、しばらくして黒乃は首を縦に振ってくれた。つまりは。これからも黒乃と剣道が出来るという事だ。喜びが爆発した私と一夏は、思わず飛び跳ねながらハイタッチを交わす。

 

「今日は……もう調度良い時間だ。お開きにして、本格的な練習は次回以降としよう。」

「はい、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

「…………。」

 

 今日は時間も遅いと言う事で、父さんの言葉でお開きとなった。元気に挨拶をする私と一夏。黒乃は、会釈でなく深々と頭を下げた。着替えを行わなくてはいけない一夏と若干のタイムラグはあるが、黒乃と一夏は家路へと着いて行った。道場に残されたのは、私と父さんのみだ。私はそんな父さんの前に、正座で座って見せた。いつも父さんは、練習の総評などをくれる。しかし今日は、なかなか口を開かない。

 

「……励め、そして強くなれ。」

「父さん……?」

「見て解っただろうが、黒乃くんは本物だ。剣を握るために、産まれて来たとも言って良い。」

「…………。」

「才能のある物が努力すれば、それだけ伸びしろはある。だからこそ、励む事を怠るな。自分を律し、いずれ今日の借りを返して見せろ……以上だ。」

「は、はい!ありがとうございます!」

 

 父さんが目も開けずに放った言葉は、私に対する激励の言葉だった。基本的に厳しい父さんにしてみれば、大変に珍しい言葉だ。思わず面喰らってしまうが、私にはとてつもなく力になる言葉だ。自分で言っていて気恥ずかしいのか、父さんはさっさと退場してしまった。最終的に1人取り残された私だが、何度も父さんの言葉を噛みしめる。

 

 そうだ……今のうちに黒乃は私などすぐに追い抜いて、はるか先を進んで行くだろう。だけれどそれに挫ける事無く、ひたむきに強くなる事を怠るなと父さんはそう言いたいのだ。今日は触れる事すら出来なかった。それはもう人生で最大の借りになる事すらありうる。返して見せよう……いずれ、私の力で。よしっ!と自分を激励した私は、ようやく道場を後にした。

 

 

 




黒乃→眠いよぉ……。
篠ノ之親子→やはり天才か……。



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第4話 天災兎の早とちり

俺が剣道を始めるようになって、数日が経過した。数日習ってみて解ったが、やはり俺には武道の類は向いていない……。黒乃ちゃんの肉体のスペックが高いのか、下手くそって事はないのだ。むしろパパンや皆には、良く褒められる。しかしなぁ……苦手だなぁ、相手を攻撃するのって。頭ではスポーツだからしょうがない事だって、そのくらいの事は理解してるけど……。とにかく、体が受け付けないんだよ。

 

 だから剣道がある日は、総じてブルーな気分だ。放課後の道のりを、心の中で溜息を吐きながら歩いている。しかも……1人でだ。イッチーもモッピーも、何やら用事があるらしい。それぞれ違う場所であったが、先に道場に行っていてくれと言われた。ちぇっ、つまんないの……。俺は思わず端に落ちていた小石を蹴り上げた。

 

 物にあたっても仕方ないな。それこそ子供のする事だし、何より今蹴った石が人にでも当たれば問題だ。とにかく、早く道場に向かう事にしよう。今は俺1人だけど、向こうへ行けばパパンやちー姉が居るかも知れない。

 

 ……と、思っていた時期が俺にもありました。境内をあちこち見回っても、パパンの姿が見当たらない。仕方が無いので、胴着に着替えて道場へと足を運んでみる。しかし、やっぱり此処にも人の気配は無い。何だろうかこれは、もしかして新手のイジメだろうか。そんな物は、昔からの経験で慣れてるが……。人を捜して、誰も見当たらないのは寂しい物だ。

 

 だけど、おかしい事にどこもかしこも鍵が開いているな……。パパンが施錠を忘れるとも思えないし、開けっぱなしで出かけた……っていうのも違うと思う。そう思うと、俺がこうして道場に入っているのも奇跡に等しい気がしてきた。それ以前に、少し不躾だったかも。むむぅ……コレは、本気でパパンかママンを捜した方が良いな。2人そろっていないとなると……お取込み中(意味深)とか?

 

 ……よっしゃあ!気合を入れて捜そう!いえいえ、あわよくばその現場に突撃できるかも……なんて思ってませんから。ただ純粋に、礼儀正しく生きようとしているだけだから。そう思い立った俺は、竹刀やら防具やらを道場に置いてパパン&ママンの捜索を開始……の前に気付いた。そっちの方が、よほど不躾じゃない?……自問自答するまでも無いか。こうなったら、イッチーとモッピーの到着を待つしかないな……。

 

 でも、ちょっと待てよ。どこもかしこも施錠されていないと言う事は、もしかすると『あそこ』も開いているかも。まぁ……ちょっとした暇つぶしにもなるし、少しくらいなら大丈夫だろう。今度こそ俺は、ある場所を目指して歩き出した。俺が向かったのは、道場と隣接する倉庫のような場所だ。ここには様々な備品が点在していて、好奇心の強い俺からすれば入ってみたかった。

 

 倉庫には、道場内からも入れる仕組みになっている。俺は道場の床をペタペタと歩いて、奥の方へと進んで行く。少し進めば、そこには倉庫へと通じる扉が現れた。戸口を観察してみると、やっぱり鍵はかかってない。しめしめ……危ないからとかで入らせて貰えなかったが、まさかこんな形でチャンスが訪れるとは。俺は戸口へと手をかけると、ゆっくり横へとスライドさせて開いた。

 

 道場が長い年月を送ってきたのを示すかのように、ゆっくり動かすと素直には開いてはもらえない。もう少しだけ力を込めると、音を立てながらもなんとか開いてくれた。俺は開いた入り口を眺めてから、右左を確認して倉庫へと足を踏み入れる。どうにも倉庫の中は、埃っぽくてうす暗い。時間帯がもう少し遅ければ、完全に何も見えなかっただろう。

 

 暗い中で目が慣れて来たのか、だんだんと倉庫内の全貌が明らかになって来た。俺は倉庫の中心に位置する場所で周囲を見渡すが、まぁ……蓋を開けてみればとかいうやつだ。解っていた事だけど、やっぱり予備の防具とか竹刀がしまってあるだけのようだ。どっちかって言うと、古くなったからしまわれた感じかな。ここで暇をつぶすのは、少し無理があるかも。うん……?あそこの籠に入っているのは、木刀じゃないか。

 

 おーっ!木刀なんてあったんだな。竹刀よりかは、こっちを持ってみたかったんだ。ゲームとかで良く見るような、洋式の剣ももちろん好きだ。だけど、俺の和風好きは揺るがない。完全に俺の中では木刀>洋式の剣である。少し振るくらいなら、怒られないだろう。事情は話せないけど、説教を受ける覚悟で!それくらいをしてでも、木刀は振ってみたかったのだ。

 

 俺は籠の中に入っている木刀の内から、適当な1本を拝借する。そして急いで道場へと戻ると、柄をしっかりと握ってその場で構えてみる。うむ……やはり木刀の方がしっくりくるな。これで殴られたらとかは想像したくないけど、たまにはこうやって剣士気分を味わうのも悪くはない。よしっ……そうだな、試しに一振りだけして大人しく元の場所へ返しておこう。心残りが無いように……俺は、全力の力で縦に木刀を振った。

 

 しかし、どうした事か。俺が思い切り振り下ろすと同時に、木刀は日本刀で言う鍔あたりの部分からポッキリと折れてしまうではないか。それはもう強烈な木の圧し折れる音が響いて、刀身のほうは道場の床へと叩きつけられる。木と木が打ちつけられて、これまた大きな音を響かせた。…………やっちゃったZE☆ど、どういう事だ!?まさかとは思うけど、木が腐ってたんじゃ……。あっ!?そうか、だから倉庫にしまって……!

 

 そんな当たり前の事にも気が付かないなんて、俺ってばお馬鹿さん!テヘッ☆さて……パパンになんて言い訳するか考えないと。……って、俺は喋れないでしょうよ。……アハハハハ~どうしてくれようか~……。い、いやだってさ、まさか折れるなんて思わないじゃん。で、でもなぁ……こういう時に隠そうとすると、逆に酷いなんて事は解っている。どんな恐ろしい説教も……甘んじて受け入れよう。今回の件に関しては、完全に俺が悪いのだから。

 

 俺がトボトボと折れてしまった刀身の方を拾いに行くと、なにやらドタドタと騒がしい足音が聞こえた。もしかすると、パパンかも知れない。ナイスタイミングですね……。俺は覚悟を決めて、足音の聞こえた方を見た。すると同時に、視界が真っ暗になる。そして、このいい匂いと柔らかい感触……俺が間違えるはずも無い!おっぱいだ!うほああああ……た、たまらん!この巨大なくせに俺の頭部が丸ごと埋まるかのような弾力……相当な大きさだ!

 

 ああああぁぁぁぁ……ちくしょおおおお!なんで……なんで俺の身体は言う事を聞いてくれないんだ。これなら息が出来ないふりをして、この超巨大なおっぱいを無遠慮に揉みしだいてやるのにいいいい……。あれ……ってかコレ、本当に息が出来ないんですけど?く、苦しい……けど、幸せだぁ……デヘヘヘヘ……。天国と地獄とは、まさにこの事か。いや、もういっその事……これで死ねるなら本望な気がしてきた。もう……ゴールしても良いよね?

 

「むふふ……。やっと2人きりになれたね、くろちゃん!」

 

 俺の顔面から柔らかい感触が消えると同時に、そんな事を言うこの人は……。みんなのアイドルさん、みんなのアイドルさんじゃないか!もとい、モッピーのお姉さんの篠ノ乃 束さんだね。後にISを世に送り出し、文字通りに世界を変えてしまうお方である。しかし……本当に、大変いいおっぱいをお持ちで。揉みたい(直球)。

 

 それにしても、いつの間に気に入られていたのだろう。俺はてっきりモッピー、ちー姉、イッチーと仲が良い俺は、嫌悪されていると思ったのだけれど。まぁ……仲良くしてくれるのなら、細かい事は考えなくていいか。そういうわけで、これからはたば姉と呼ばせてもらおう。たば姉は、俺と2人になれる機会をうかがっていたらしいけど、いったい俺に何の用事なんだろう?

 

「いや~君に会おうとするとね、ちーちゃんがうるさくってさ~。果報は寝て待てだよね、ブイブイ!」

 

 そう言いながら、たば姉はキャピキャピした様子でエヘ顔ダブルピース。可愛い人だなぁ……年上には思えない。前世もカウントすれば、俺の方が圧倒的に年上だけど。デレデレのたば姉の破壊力たるや、時には悶えてしまうほどだ。今もそれが表に出なくて、すごく助かっている。たぶんだけど、軽く引かれるにやけ顔になった自信がある。

 

「くろちゃんと私はさ、同類だと思わない?君も、相当に力を持てあましてるみたいだしさ。」

 

 たば姉は、俺の持っている折れた木刀を眺めながらそう言った。いやいや、これは単に木が腐ってただけですよ。もし俺の素振りで折れてしまったのなら、黒乃ちゃんは化け物と言わざるを得ない。でもなぁ……なんだか、ちー姉ならできそうで怖いや。俺の中で人外と認識されているせいだろうけど、いくらなんでもちー姉でも無理か。

 

「退屈だよねこの世界って、私達みたいなはぐれものにはさ~。誰もかれもが人の顔色を気にしてさ……やんなっちゃうよね。」

 

 う~ん……たば姉には悪いけど、それは少し共感できないなぁ。確かに俺もイッチー達以外には、腫れ物を見るような視線を送られる。けれどそれは、俺が解ってもらう努力をしていないからだろう。俺は俺なりに、この世界を楽しく生きている。だから、この世界を退屈にするのは……。

 

「自分自身で……。」

「ほぇ?」

 

 おろ、珍しい事もあるものだ。俺の口から、ポロっと自分が考えていた事が出てきた。正確に言えば、『この世界を退屈にするかしないかは、自分次第で大きく変わる』と言いたかったのだけれど。そこだけ出てきたって、きっとたば姉は理解不能だろう。現に、とても不思議そうな声をあげていた。

 

「ふ~ん……なるほどなるほど、くろちゃんの言う通りかもね。フフフ……やっぱり君は面白いや!」

 

 え?今ので解ったの?たば姉すごいな……。この人に不可能はない気はするけど、察しの良さも天才的だな。もうなんていうか、たば姉のなんでもできる感は未来の世界の猫型ロボットに通じるものがある。なんて思っていると、外から何か騒がしい声が聞こえた。この声は……ちー姉か?

 

『束ーっ!ここに居るのは解っているぞ!』

「げっ、もう追いついて来た……。お仕置きが怖いから、私は退散するね!あっ、その木刀は束さんが処分しといたげるよ。それじゃ、まったね~!」

 

 たば姉も声の主がちー姉だと解ったらしく、苦い表情を浮かべながら呟いた。しかし、それも一瞬の事だ。俺へ別れの挨拶を述べながら、俺の頭を優しく撫でる。そうしてたば姉は、俺の持っていた木刀を回収しつつ一目散に裏口から逃げていく。それと入れ替わるかのように、ちー姉が道場へと足を踏み入れた。

 

「束ぇ!黒乃に余計な……。……チッ!逃がしたか?黒乃、ここへ束……ウサギ耳のカチューシャを着けた変な女が来なかったか。」

 

 ちー姉は、鬼の形相で道場を見渡した。ふぇぇぇぇ……怖いよぅ……。俺に質問するのにも、そんなに睨まなくてもいいじゃないですか。ど、どうする……本当の事を言うか、それとも嘘をつくか。はっ!?そうだ……こんな時だからこそ、表情が出ないのを利用すれば……。そう思った俺は、ピクリとも動かずにいた。

 

「…………ダメか……。いや、済まなかった。黒乃は気にしなくても良い。ただ……ウサギの耳を着けている女には気を付けろ。」

 

 イエスっ!なんとか誤魔化す事に成功したぞ。ちー姉は俺に警告を促してから、急がしそうに道場を出ていった。もしかして、ちー姉はたば姉が俺に何かするつもりって思っているのかな?だとしたら……恐ろしいな。たば姉の真意は図れないからなぁ……。さっきの接触に、悪い意味が込められていなければいいけど。

 

 しかし、ダブルシスターは嵐みたいに過ぎ去っていったな。でも……やっぱり大した時間つぶしにはなってない。はぁ……イッチーとモッピーとパパンは、いったいいつになったら来てくれるのだろう。……素振りでもしていようそうしよう。流石に何もしないよりはましだ。そうやって竹刀を手に取る俺の背は、寂しげだったに違いない。

 

 

 

 

 

 

「は~な~し~て~よ~!ちーちゃん、いい加減にくろちゃんと会わせてってば~!」

「そういう台詞は、その手に持っている怪しげな物をしまってからにするのだな!」

 

 放課後の時分、学校の校門付近で千冬と束が何やら一悶着していた。千冬は束の服の襟首を掴んで、束は無理矢理にでも前進しようとしている。ギャーギャーと騒ぐこの様子は、ここ最近でほぼ毎日くり広げられている光景だ。どうやら束は、黒乃との接触を図りたいらしい。理由としては、黒乃が『仲間』であるという確信を得ていたから。

 

 同じく、自身の異常性を隠しきれない者同士だ。束は黒乃の様子を盗み見た時から、あの子との接触は意義あるのもだと考える。しかし、それを千冬が良しとしない。黒乃を元に戻せるかと頼んだのは千冬の方だが、どうにもやり方が信用ならない。今も何か、メスのような手術道具に見える物を握っている。黒乃を大切な家族と思う千冬としては、束を会わせるわけにはいかない。

 

「あ、これ?やだな~ちーちゃん、これは冗談だってば!ええと、本命は……こっちこっち。」

「なんだそれは、ヘアバンドにしか見えんぞ。」

「ネーミングはしなかったんだけど、実はこれ凄い電流で脳に刺激を……。」

「ふざけるな!ますます会わせられるか、この馬鹿!」

 

 束もしっかり約束そのものは守ろうとしているようで、懐からヘアバンドに似た何かを取り出した。どうにも束はいろいろと試すべきだと、取りあえずは脳に関連する物を開発するらしい。千冬が訝しむ目で見ていると、束は説明を入れた。最初から期待はしていなかった千冬ではあるが、やはりろくな物には聞こえない。束としては不服なのか、なんでー!?と猛抗議している。

 

「も~……ちーちゃんの分からず屋~。いいも~ん、強硬手段に出ちゃうもんね~。本気の束さんは、けっこう無茶もしちゃうから!」

「お前、何をする気で……って、ちょっと待て……なんだこれは!?」

「対象をロックして、絡みついて縛り上げる捕縛用のロボットだよ。じゃ、そういう事で!」

「このまま放置か!?何よりそれがキツい……おい束!この……覚えていろ!」

 

 今度は束の懐から、ニュッとメタリックな蛇の様なロボが飛び出てきた。それは千冬を簀巻きにするように絡みついて、動きを拘束する。しっかり千冬のパワーにも耐えうる設計の様で、振りほどこうとしてもピクリとも動かない。一応の解説を入れた束は、すたこらさっさと逃げて行った。まだ人通りも多いのに、1人で捕縛プレイ状態など確かにキツいものがある。

 

 千冬を捕える事に成功したとはいえ、そう長く時間稼ぎはできない。そう判断した束は、急ぎに急いで帰路に着いた。走りながらノートPCをカバンから出すと、ペチペチとキーボードを叩いた。すると画面には、1人で歩く黒乃の姿が映し出された。この映像を送っているのは、黒乃の頭上を飛ぶ小型のドローンだ。つまるところ、束は黒乃を監視していたりする。

 

「よぉし……。タイミングが良いね、束さんってば……運も味方につけちゃってるよ。」

 

 今日は剣道の練習日だ。その日に黒乃が1人で篠ノ之家に向かっているとなれば、一夏と箒は何かしらの事情で遅れると束は読む。束としては、黒乃との接触はなるべく1対1で行いたかったのだ。そうすると、残る邪魔は自身の両親のみだった。適当に、どこかへ誘い出すか……。

 

そう考えた束は、携帯電話で自宅へ連絡をかけた。どうせ向こうは、こっちの電話番号を知らない。鼻をつまんで声色を変えると、箒にトラブルがあったので学校へ来てほしいと伝える。箒を出汁に使った事に関してのみ、束は罪悪感を覚えた。しかし、こんなチャンスは2度とない。束は心を鬼にして、作戦を続行する。

 

「……おっけーおっけー、誰も居ないね。」

 

 自宅へ戻ると、思惑通りにもぬけのからだ。黒乃の到着にも、もうしばらく時間がかかる。束は残された時間で、自宅のあちこちの施錠を解除した。人と言うのは、1人きりだと油断しやすい。そこにつけこんで、束は他の皆も知らない黒乃を見つけるつもりなのだろう。

 

「おっ、来た来た……。」

 

 前回は隠れて位置が特定されたため、とりあえず束は自宅へ入っていた。民家に人の気配がしたって、流石の黒乃も気には止めないだろう……という事らしい。実際に黒乃は、特に気にする様子は見せずに更衣室へと向かった。そして黒乃が道場へ向かったのを見計らって、束も道場の入口で観察を開始する。

 

 すると黒乃は、道場内を歩き回る。すぐに稽古を始めないところを見るに、何か考えがある様子だ。しばらくすると黒乃は奥へ消えて、その手に木刀を握って帰って来た。それを振るつもりという事くらいは解るが、竹刀ではダメなのだろうか。

 

 その答えは、すぐに解った。黒乃が木刀を構えた途端に、束はピリピリと肌が痛くなるのを感じた。気迫だとか、目に見えない力なんてナンセンスだ。今まではそう思っていた束だが、ここまでハッキリ感じると認めざるを得ない。やはり黒乃が1人の状況を作って良かった。これはきっと、黒乃が皆へ見せなかった全てに違いない。

 

 束がそう思いながら見ていると、黒乃が木刀を振った。木刀の刀身から、まるで空気を裂くような音がした後……何かを叩きつけたかのような音も鳴る。驚いた束は目を閉じてしまう。恐る恐る黒乃を見ると、束のテンションは最高潮となる。

 

 なんと鍔付近から先が消えて、刀身が遠くに転がっているではないか。どうしてかなど、聞かなくても解る。木刀は、黒乃の振った速度に耐える事ができなかったのだ。木の中でも固い樫製である木刀が、黒乃が縦に振っただけでポッキリと折れてしまったのだ。明らかに人間業ではない事を、たかだか小学2年生がやってのけた。

 

(すごい……すごいすごい!きっと私とあの子は、出会う運命に違いないよ!)

 

 もう少し隠れているつもりだったが、束は耐えられなくなってしまった。道場の床を踏み鳴らしながら、黒乃に接近していく。興奮が押さえられない束は、黒乃を抱き締め顔面を豊満な胸へと埋めさせる。てっきり抵抗されると思っていたが、黒乃は大人しいものだ。

 

「むふふ……。やっと2人きりになれたね、くろちゃん!」

「…………。」

 

 実際に言葉を交わすのは、これが初めてになる。そのせいか、黒乃の無表情が少しだけ困惑した様子に見えた。しかし束は、いろいろと手順をすっ飛ばして話を進める。自己紹介もしないのに、黒乃は大人しく自分の話を聞いてくれている。きっと黒乃は、警戒する必要がどこにもないのだろう。

 

「くろちゃんと私はさ、同類だと思わない?君も、相当に力を持て余してるみたいだしさ。」

「…………。」

 

 束は折れた木刀を見ながらそう告げるが、黒乃は否定も肯定もしない。黒乃が初対面だから解らないというのも忘れて、束はとてつもなく嬉しそうに語る。箒でもなく、千冬でもなく、一夏でもなく、真に解り合える人間を見つけたと思っているだけに、喜びもひとしおなのだ。

 

「退屈だよねこの世界って、私達みたいなはぐれ者にはさ~。誰もかれもが人の顔色を気にしてさ……やんなっちゃうよね。」

「自分自身で……。」

「ほぇ?」

「…………。」

 

 束は、様々な意味ですっとんきょうな声を出した。喋らないはずの黒乃が、自分に何かを伝えようとしたのだ。束は黒乃が続きを話す事を期待したが、どうやらそれ以上は無理らしい。仕方がないので、黒乃の言葉の意味を模索する事に。

 

 自分自身でと、確かに黒乃はそう言った。自分の放った言葉の前後から推察するに、黒乃は退屈な世界なら、自分自身で面白くしてしまえば良い……と、そう言いたかったのではないだろうか。それは一理あるし、何より天才である者にとっては、特別に難しい事ではない。

 

「ふ~ん……なるほどなるほど、くろちゃんの言う通りかもね。フフフ……やっぱり君は面白いや!」

「…………。」

『束ーっ!ここに居るのは解っているぞ!』

「げっ、もう追いついて来た……。お仕置きが怖いから、私は退散するね!あっ、その木刀は束さんが処分しといたげるよ。それじゃ、まったね~!」

 

 本当はまだ黒乃と話していたかったが、何よりも千冬の方が恐ろしい。いずれは会うようになるが、追われれば逃げるのが人間の心理という物だ。束は黒乃の手から木刀を奪うと、返事も聞かずに裏口の方へ駆けだす。あらかじめ何足かおいてある靴を瞬時に履くと、せっせと篠ノ之家の敷地から離脱した。そして走り回りながら、黒乃の発した言葉を思い出す。

 

『自分自身で……。』

(自分自身で面白く、かぁ……。ねぇ、くろちゃん。君は、本当に今の現状を面白く過ごせているのかな?私には、とっても退屈そうに見えるよ。)

 

 藤堂 黒乃という存在を表現できずに、自分の内に秘めた全霊の力も発揮できない。黒乃からすれば、かなり抑圧された日常だと感じているに違いない。黒乃の事情をかんがみるに、何も他者と違う……普通でないと認識されるのが怖いというのは当てはまらないハズだ。だとすれば、やはり感情表現が出来ないから。思い切りを出来ないのは、とても辛い事だ。だからこそ、束は思った。

 

(……アレ、早く完成させちゃおう。アレが世に出て世界が変われば、束さんは面白いのはとーぜん。きっとくろちゃんも……アレだったら全力を出せるよね!一石二鳥じゃん!)

 

 我ながらいいアイデアだと、束は1人表情を明るくする。世界が自分達を認めないのならば、それでも構わない。だが、そんな世界でも自分達が楽しむ権利くらいはあるはずだ。束がつまらぬ世界に一石投じて、つまらなくとも黒乃がせめて全力の出せる世界を。その『一石』を、束は既に形にしかけていたのだ。つまり今回の黒乃のアドバイスは、束の背中を押すナイスなものだった。

 

(ムフフフフ……そうと決まれば、頑張らないとね!待ってて、くろちゃん。束さんがきっと、君の望む世界を見せてあげるよ!)

 

 束の見せる黒乃への執着は、仲間意識か……それとも。それは本人しか知りえない事だが、絶大な支持を寄せているのは確かだろう。走り回る束は、どこか嬉しそうだ。その様は、まるでウサギがピョンピョンと跳ね回るかのような風に見えるのは、大きなウサ耳カチューシャだけのせいでは無い。この日以来……月に魅せられ狂ったウサギは、着実に世界を変える存在の作成に着手していく事となる。

 

 

 




黒乃→木刀が腐ってたみたいだ……。
束→木刀を振っただけで折っちゃった!?



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第5話 1人ひっそり……

俺が黒乃ちゃんに憑依して、既に数年が経過した。現在は、小学4年の終わりが見えて来た頃になる。となると、そろそろ時期になるんだよなぁ。あやふやだけど、小学5年の進級と同時にモッピーが転校して、入れ替わりに中華娘が転入……だったと思う。つまりは、もうすぐインフィニット・ストラトス……通称ISを、友達のお姉さんが開発しちゃうって事だ。

 

 結局なにも考えてないや……。イッチーとモッピーと過ごす日々が、どうにも楽しいからかな。人はそれを現実逃避と言うのだけれど。いやいや……今まで逃げ続けてきた人生だ、何を今更。って、そうか……モッピーは、居なくなってしまうんだな。俺がIS学園に行かない限りは、会うチャンスは限りなく消えてしまう。

 

 それは、随分と寂しい。モッピーはきっと、俺の事をあまり良くは思ってないだろう。イッチーの事とかあるし、それはまぁ許容範囲である。それでも俺にとっては、掛け替えのない友人だ。俺達の学年は2クラスがあって、顔見知りは多い。そんな中でも……結局モッピーしか友達になれてないのだぞ。モッピーが居なくなってみなよ、またイッチーと2人きりだ。中華娘が仲良くしてくれるとは限らんし……。

 

「え~っと、音読は誰の番だったかしら?」

「せんせ~い。藤堂さんだから無理で~す!」

「コラ、そんな言い方しちゃダメよ!藤堂さん、気にしなくても良いからね。じゃあ次……。」

 

 はぁ……コレだよ。国語の授業は、俺にとって地獄でしかない。音読は出来ないし、感想とかも書けないし……ただひたすらノートを写してるだけだよ。しかも……出席番号順に、音読したりするじゃん?それも出来ない。すると、1人だけ特別扱いされてる感じになる。そういった『特別』ないし『特殊』な俺を、いじめっ子は見逃さない。

 

 いじめっ子の1人が心底から茶化した口調で、先生に俺の番はパスだと伝えた。それに増長するかのように、周りの面子の大半がクスクスと俺を嘲笑う。言っちゃうと、イッチーとモッピー以外は敵に等しい。だからモッピーが居なくなると、俺は辛い……辛いです。もちろん、単に寂しいってのが勝ってるかんね!ほんとだかんね!

 

 と言うか、イッチーとモッピーや……なんという顔をしてんのさ。怒ってくれるのは大変に嬉しいだけどね、そんな……見てたら小便ちびりそうな表情はせんといて。じゃないと本当に……あっ、ちょっと出たかもしんない。も、ももも……漏らしてねーし!ただちょっとアレだよ、冷却水が貯水限界だったから少し排水しただけで……。早くトイレ行きたい……大丈夫だよねコレ?

 

 お兄さんを自称してるけど、前世含めたら30過ぎのオッサンだよ?小学生の怒った顔見ただけでお漏らしとか、尊厳とかそんなのがぶっ壊れだよ。ま、まぁ良い……。今日はこの国語さえ乗り切れば、放課後になる。ホームルームが終わり次第、トイレに直行しなくてはならん。もたもたしていると、イッチーに『帰ろうぜ!』って引っ張られ強制連行させられるんだよね。

 

 そうして余計な事は考えずに、耐えに耐えてようやくホームルームだ。今日に限って、誰々くんのパンツが無くなりました……みたいな事になってくれるなよ。なんてのは杞憂で済んで、先生が連絡事項を言い終わると晴れて放課後が訪れる。ヒャッハー!何とか耐えたぜぇーっ!後は、イッチーの帰ろうぜ強制送還も少し強引に振り切れば……。

 

「黒乃、帰ろうぜ!」

「…………。」

「……黒乃?おい、黒乃ってば!」

「ちょっと~、せっかく織斑くんが帰ろうって言ってんのよ?なぁに無視してんの?」

「「そうよそうよ!」」

 

 しまったああああっ!このパターンを想定していなかったぁぁぁぁ……。俺の目の前に立ちふさがった女子達……えっと、確か大迫さん、中野さん、小杉さん……だったかな?まぁ何事かと聞かれれば、イッチーが黒乃ちゃんばっかりを気遣うのを、あまりよろしく思っていない人達だ。とんでもない悪循環なんだよねぇ。

 

 イッチーは、俺の事を気に掛ける。それを大迫さん達は、面白く思わない。だからちょっかいをかけてくるが、そのせいでイッチーが助けに入る。そしてまた大迫さん達のやっかみに合うと……。この無限ループなわけで、俺が喋らない限りは抜け道は無いかも知れない。だが、今はそんな事はどうだっていいんだ……重要な事じゃ無い。トイレへの道を開けてくれやがり下さい!

 

「……なんだよ、お前ら。お前らには、関係ないだろ。」

「関係大ありよ、織斑くん!なんで、こんな子に優しくするの?いまだって、織斑くんの事を無視したのよ!?」

「黒乃は、理由もなく無視なんかしない!ほら、黒乃……こんな奴ら放って帰ろうぜ。」

 

 いや、イッチー……キミの言葉は大正解だ。だからその手を、大人しく離してくれまいか。俺はトイレに今すぐ行きたいんです。今からお家まで行くとなると、到底間に合わないんです。俺氏を含めた変態さんが大好物なシチュエーション……幼女の身体で漏らしちゃうんです!ああっ、でも……このまま振りほどいたら、イッチーの立場が……なんて言ってられるかーい!俺は思い切りイッチーの手を振り払って、トイレまで猛ダッシュ。後方で俺の事を大声で呼ぶイッチーの声が聞こえたが、俺が止まる事は無かった……。

 

 

 

 

 

 

 俺の幼馴染みには、藤堂 黒乃という女の子がいる。とある事情があって、自分の感情を表に出せなくなってしまった。そんな黒乃を、俺は受け入れる事が出来なくて……。けっこう酷い言葉も投げかけたのに、黒乃は今まで通りに優しかった。そこで俺は、ようやく黒乃が変わっていないって気がつけた。

 

 黒乃は優しい。喋ることができなくたって、しっかり俺や千冬姉を支えてくれる。俺にとっては、姉のような妹のような……とにかく自慢の家族だ。しかし、学校の奴等は皆して黒乃を除け者にする。だから俺は、あまり学校は好きじゃない。俺と黒乃と箒の3人で勉強ができればと、そう思うほどにだ。

 

「え~っと、音読は誰の番だったかしら?」

「せんせ~い。藤堂さんだから無理で~す!」

「コラ、そんな言い方しちゃダメよ!藤堂さん、気にしなくても良いからね。じゃあ次……。」

 

 まただ……。馬鹿にしたような笑い声が、教室の中へと静かに響き渡る。俺は黒乃を馬鹿にされるたびに、腹の中でマグマが沸々と煮えたぎるような感覚を覚える。だけど、黒乃は怒らない。だから俺も、怒るわけにはいかない。

 

 それはつまり、黒乃の望みではないからだ。黒乃はきっと、自分が馬鹿にさせたせいで、俺や箒に怒ってほしくないって……そう思っているはずだから。だとすれば、とにかく耐えるのみ。表情には出てしまっているだろうけど、俺は歯を食いしばって必死に怒りを抑えた。授業の内容なんてほぼ頭には入っていないが、そうこうしている間に終わりを告げたみたいだ。

 

 後は帰りの会を過ごせば、学校は終わる。今日は剣道の稽古も無い日だし、帰って黒乃と何をして遊ぼうか。そんな事を考えていると、今から楽しみでさっきまでの怒りなんて吹っ飛んでしまいそうだ。そしてクラス委員の子が号令をかけて、帰りの挨拶を元気よく言った。これで俺達は、自由の身も同然だ。俺は少し離れた所から、黒乃へと声をかける。

 

「黒乃、帰ろうぜ!」

「…………。」

「……黒乃?おい、黒乃ってば!」

 

 俺が声をかければ、いつもの黒乃は微動だにせず待ってくれる。それなのに今日は、俺の声に見向きもせずに歩いて行くではないか。何か理由があったのかも知れないけど、俺は小走りで距離を詰めて黒乃の手を掴んだ。そこで黒乃も一応は足を止めてくれたが、前に進もうとする事は止めない。俺が理由を問おうとしたら、横槍が入ってしまう。

 

「ちょっと~、せっかく織斑くんが帰ろうって言ってんのよ?なぁに無視してんの?」

「「そうよそうよ!」」

「……なんだよ、お前ら。お前らには、関係ないだろ。」

 

 まるで責めるような口調で、3人の女子はそう言った。それに対して、俺は眉間の皺を寄せながら返した。本当に、全く関係が無い。こいつらは事あるごとに、黒乃にちょっかいをかけて……。早い話が、嫌いな連中だ。どちらにせよ、俺が好きな奴なんてのは少ないけれど。だが、この3人は飛び切り嫌いな部類に相当する。

 

「関係大ありよ、織斑くん!なんで、こんな子に優しくするの?いまだって、織斑くんの事を無視したのよ!?」

「黒乃は、理由もなく無視なんかしない!ほら、黒乃……こんな奴ら放って帰ろうぜ。」

 

 なんだって、どいつもこいつもそうなんだ。黒乃が無視したくて無視していると、本気でそう思っているのだろうか。辛いのは、いつだって黒乃だ。そんな事も解らない……いや、解ろうともしない奴らに何を言っても無駄だ。そう思った俺は、黒乃よりも前を歩いて掴んだままの手を引こうとした。すると黒乃は、凄い力で俺の手を振りほどくと、そのまま教室の外へと走り去って行く。

 

「黒乃ーっ!」

「織斑く~ん。藤堂さんは何処か行っちゃったし~?私と一緒に……」

「……けよ。」

「へ?」

「退けよ……退けって言ったんだ!」

 

 俺は大声で黒乃を呼ぶが、それにも反応を示してくれない。代わりに俺の前には、例の女子達が猫なで声を出しつつ立ちふさがった。こんな連中はどうだって良い……。黒乃を追うのに邪魔ならば、タダの壁となんら変わらない。俺は強引に女子達を押しのけて、走り去った黒乃を追いかける。どこへ行ったのかは解からないけど、とにかく俺は足を急がせた。

 

 

 

 

 

 

 ふぅ~……スッキリした。いやぁ、イッチーやモッピーの形相とか関係なしに、やはり結構な量が溜まってたみたいだな~っと。我慢したつもりも無いのだけれど、かなり急に行きたくなったものだな。ま、得てしてそんなものかな。とすれば、さっさと帰る事にしよう。イッチーやモッピーは、教室で待っていてくれたりはしないだろうか。

 

 そう思った俺は、教室へと足を運ぶ。しかし、教室はもぬけの殻だ。そりゃそうか、かなり強引に振り切ったんだもの。もしかして、怒らせてしまっただろうか?まぁ……怒らせても仕方が無いのかも。はぁ……やだなぁ、帰ったら不機嫌なイッチーのお出迎えとか。拗ねたイッチーって、けっこう面倒なんだよね。

 

 だったら、少し寄り道して帰ろうかな。久々に、アレもやんなきゃな感じだし……。そう思った俺は、踵を返して下駄箱の方へと向かう。そこで一応イッチーとモッピーの靴を確認してみたけど、両方ともに靴は存在しなかった。やっぱり帰っているか……。モッピーはともかくとしてだよ、イッチーと同居ってのがやり辛いよねぇ……。良い時間帯を見計らわなければ、それはそれで遅いと怒られそうだ。

 

 用事は済んだので、急いで上履きから靴へと履きかえる。そして俺が向かう先は、家路からは外れた場所だ。それなりの大きさの公園にある……雑木林?なんて例えたらいいのか解からないけど、そんな空間に用事があった。人気も無いし、何より公園と言いつつ立ち入り禁止みたいな場所だけどねぇ。とにかくアレばっかりは、あまり人に見られるわけにいかない。

 

 人目を気にしつつ、立ち入り禁止の看板が立ててあるだけの入口を通りすぎる。そのままズンズンと奥へと進めば、例の雑木林へと辿り着く。そこらは錆び付くというよりは荒れ果てていて、大きく傷痕のついた巨木が生えている。まぁ、主犯は俺ですけど。俺がここまでやって来る理由はただ1つ……ストレス発散だ。

 

 俺は巨木に立て掛けてある木刀を拾う。これはたば姉にプレゼントされた物で、これは折れないから安心だとのこと。俺は巨木の前で木刀を構えると、心の中でしっかりと謝罪を述べる。いつも八つ当たりで申し訳ないが、今日もどうか頼んだぞ。俺は深く息を吐いて、深く吸った。

 

 俺だってなぁ……好きで喋らないわけじゃないんだよおおおお!心でそんな事を叫びながら、木刀で巨木を叩いた。こんなので終りではなく、まだまだ言いたい事は沢山ある。お前アレだよ?喋られないのが、どんだけキツいか解ってないだろ。言いたい事を言えないんだから、キツいに決まってんでしょうがああああ!

 

 それをお前……事あるごとに茶化しおって、鬱陶しいんじゃボケええええ!大迫ぉ……お前らもだぞ!イッチーが好きなのは解るけどなぁ……いい加減に逆効果だって気がつけっての!俺に当たれば当たるほど、イッチーの好感度は低下する一方だぞ!あぁ……もう、なんかもう……ザッケンナコラー!スッゾオラー!ナンオラー!

 

 日頃の溜まった鬱憤を、魂からのシャウトで発散させる。そのついでに、巨木を殴打し続けた。物と言うか、木に当たるのはどうかと俺も思うよ。けれど、こうでもしないとストレス発散の方法が無いんです!それこそ叫べないし、人を殴るのはもっとまずいし……。だからこその……巨木パイセンなのである。

 

 数ヵ月に1回あるかないか程度の周期で、俺のストレスは限界を迎える。その度にパイセンにはお世話になっている。本当に申し訳ない。……でも、木刀を振る手は緩めない。どこかにサンドバッグでも落ちてればなんだけど、流石にそんな都合よくいかないよな。とりあえず今日のところは、このくらいにしておこう。

 

 でりゃーっ!……と、フィニッシュに真横へ木刀を振ったそのときだった。パイセンを殴り続けて手が痺れていたのか、木刀は俺の手からすっぽ抜けてしまう。横回転しながら飛んでいく木刀を、しまったと思いながら追いかけようとする。その時、不思議な事が起こった!

 

 飛んでいった木刀は、空中で何かにぶつかったかの如く弾かれた。目の前で発生した怪奇現象に全く現実味がわかない俺は、打ち上がった木刀をポカーンと見つめる。やがて木刀は落下を始めるが、それでも俺は茫然としたままだ。そして木刀は、狙いすましたかのように俺の右側頭部へぶつかる。

 

 激突した木刀は、ゴスッ!っと痛そうな音をあげた。というか……事実痛いぃぃぃ……!うごぁぁぁぁ、呆けてたせいで対応が遅れてしまった……。痛い……凄く痛い。これ、大丈夫……?頭、切れてないかな。あまりの痛みに、俺は蹲りながら頭を触る。するとそこには、特大のタンコブが出来上がっているではないか。

 

 あ、あれだ……バチが当たったのだろう。巨木パイセンを殴ってきたバチが、こんな形で返ってきたのだろう。サーセン、巨木パイセン……。2度と八つ当たりは止めようと思うほどに、とてつもない痛みだ。フラフラしながら立ち上がった俺は、ランドセルを拾って外を目指す。

 

 看板の付近まで戻った俺は、そこでようやく涙が流れている事に気がついた。なるほど、痛みに関しては泣けるのか。なんて嬉しくない発見だろう。まぁ……本当に泣きたくても涙が出なかったりしたからな。あれって、けっこう辛いんだよね。なんかさ、眼球の奥が痛い感じがして……。

 

「黒乃!」

 

 俺を呼ぶ声がしたので、顔を上げてみる。すると遠くから、イッチーが走ってくるではないか。もしかして、心配して捜してくれなのかな。それは……ずいぶんと悪い事をしてしまった 。どうにか、反省の意を伝えられると良いんだけど。そう考えていたが、そんな余裕はなくなってしまう。

 

 イッチーが俺の頭を抱えるようにして抱き締めるから、先ほど作ったタンコブが圧迫される。ウギャーっ!?何この拷問!イッチー、痛い痛い!軽く死ねるからね!?俺は必死にイッチーを引き剥がそうと服を掴むが、それに反比例するかのようにイッチーの腕の力も増していく。

 

「黒乃……ごめんな!もう絶対に、俺が黒乃を泣かせたりはしない!」

 

 現在進行形で、君に泣かされているんですけど(半ギレ)。く、くそ……イッチーの気が済むまで耐えるしかないか。だが、覚えていろイッチー……。この恨み、はらさでおくべきか……!そう心でリベンジを誓いながら、じっとイッチーによるタンコブ圧迫の激痛を耐え続けた。

 

「……じゃあ、今度こそ一緒に帰ろうぜ!」

 

 俺を開放したイッチーは、イケメンスマイルを浮かべながら俺に手を差し伸べる。まぁ……悪気は無いだろうし、多少は勘弁してあげよう。俺はイッチーの手を取ると、並んで歩き出す。今日のイッチーの手には、いつも以上に力が込められていた気がする。

 

 

 

 

 

 

「黒乃……どこだ、黒乃!」

 

 俺は黒乃の向かいそうな場所を走り回るが、一向にその姿は見当たらない。いったい……黒乃は何処へ行ったのだろうか。俺の頭には、嫌なイメージばかりが浮かんでしまう。焦りが焦りを呼んで、不安は増していく。もしかすると、このまま黒乃が見つからないのでは……?

 

「そんなの……俺には、黒乃が居ないと……!」

 

 俺の隣には、黒乃が居るのが当たり前で……。黒乃が居ないと、たぶん俺はダメになってしまう。捜さないと、黒乃を……何がなんでも!落ち着いて、他に黒乃が行きそうな場所を思い出すんだ。そう……確か、本当に時々だけど姿が消える時があったような……。その時は大して気にしなかったけど、もしかすると!

 

 だとすると、俺の家からは逆方向のはずだ。俺はキュッと踵を返すと、進行方向を真後ろへと切り替えた。形振り構わずに、黒乃の名前を叫びながら走り続ける。やがて俺の行き着いた場所は、ほとんど見覚えのないような地域だ。この辺りに黒乃が居る確証は無いけど、それでもいつかは見つかると信じるしかない。

 

「僕、少し良い?」

「はい……俺ですか?」

「あなたの言ってる『クロノ』って子……もしかして、凄く長い黒髪で無表情の……。」

「そうです……その子を捜してるんです!どこかで見たんですか!?」

「ええ、たま~に見かけるのよ。」

 

 庭先で花を弄っていたおばさんが、俺に声をかけた。話を聞くと、見覚えのない女の子が時折だが顔を見せるらしい。特徴を聞く限りは、黒乃で間違いは無さそうだった。俺は食いつくように、黒乃がどこへ向かったのか尋ねる。しかし、おばさんもハッキリとは言えないらしい。ただ、いつも人気のない方向へと歩いて行くそうだ。

 

 おばさんは丁寧に、見える範囲の道のりを教えてくれた。まだ見つかるか解からないが、ここ周辺に黒乃が居る事が解っただけで大収穫だ。俺はしっかりおばさんへ礼を述べて、黒乃の捜索を再開する。おばさんに教わった道順を辿れば、残りはまた自力で捜さなければならない。

 

 俺はなるべく人通りの少ない道を選んで、黒乃の名を呼びつつ進んで行く。しばらく奥へ奥へと進んで行くと、遠くに立ち入り禁止の看板が見えた。そこはどうやら、もともと公園か何かだったみたいだ。もしやとは思ったが、そこには確かに黒乃の姿があった。俺はすぐに近寄ろうとしたが、思わず足が止まってしまう。

 

 黒乃は、泣いていた……。その表情は相変わらずだが、大粒の涙が流れているのが遠目でも解る。黒乃が時々姿を見せないのは、そういう事だったのか……。黒乃はこうやって、人目につかない場所で泣いていたのだろう。その結論に行きついた俺は、様々な事に苛立ちを覚えた。

 

 黒乃が泣いているのは、クラスメイト達が原因と言うのは明白だ。あれだけ馬鹿にされて、辛いに決まっている……。しかし俺は、黒乃が辛いという事を本当に解ってやれていなかった。その事が、何よりも悔しかった。俺は黒乃を、守れてなんかいなかったんだ。1人で泣く黒乃の……隣に居てやれなかったんだ。

 

 ……今からだって、遅くは無い。黒乃は、いつだって俺の隣に居てくれた。だから俺も、本当の意味で黒乃の隣に居続ける。黒乃の隣が俺の居場所で、俺が黒乃の居場所なんだ。決意を新たに、両足へと力を込めた。走り回って疲れもあったが、俺はこれまでにない速さで黒乃へと接近していく。

 

「黒乃!」

「…………。」

 

 黒乃はそこに居るけど、俺は変わらぬ大声で名前を呼んだ。すると黒乃は、俺の声に反応して俯かせていた顔を上げた。黒乃がそこに居る、黒乃が反応を示してくれる。当たり前の事なのに、俺はその事が嬉しくて堪らない。黒乃へ駆け寄った俺は、黒乃の頭を抱き込むようにして引き寄せた。

 

「黒乃……ごめんな!もう絶対に、俺が黒乃を泣かせたりはしない!」

「…………。」

 

 俺が黒乃をしっかり抱きしめながらそう言うと、黒乃は俺の服を掴んできた。それはまるで、俺にすがるかのような……そんな印象を俺は受けた。……今まで、やはり辛かったのだろう。大丈夫だ、黒乃。これからは、しっかり俺がお前を守って見せるから。そう伝える為に、俺はよりいっそう腕に力を込めた。

 

「……じゃあ、今度こそ一緒に帰ろうぜ!」

「…………。」

 

 黒乃を離すと、笑顔で手を差し伸べた。すると黒乃も涙を拭って、俺の手を取ってくれる。……この手はもう、絶対に離さない。そう思うと、自然と黒乃の手を掴む力が強くなる。家までは遠い場所だけど、黒乃と一緒ならあえてゆっくり歩くのも悪くない。ずいぶん遠回りになってしまったが、俺と黒乃はようやく家路へと着いた。

 

 

 




黒乃→隠れてストレス発散!
一夏→隠れて泣いてたんだな……。


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第6話 勃発の白騎士事件

「驚いたな、まさか地下がこんなになっているとは……。」

「フフン♪本邦初公開って奴?箒ちゃんにも見せてないんだよ。」

 

 とある休日に、千冬は束に呼び出されていた。明朝にいつも通りのハイテンションで電話がかかって来て、千冬はとてもじゃないが乗り気では無かった。しかし、こうしてしっかり束の元へ来ている。それは千冬が律儀というのもあるが、束を無視した場合は更に面倒な目に会う。そのため、来ざるを得なかった……が正しいかもしれない。

 

 一夏と黒乃を起こさないように配慮して、千冬はこっそりと篠ノ之家へと向かった。そこで束が待ち受けていた訳だが、通されたのはなんと地下だった。まるで映画の世界よろしく、束は篠ノ之神社の真下にラボを作っていたのだ。そこへ通された千冬は、人目につかない時間帯を選んだのにも納得がいった。

 

「それで、見せたい物とはなんだ?なるべく手短にしてくれ……。」

「やだなぁ、ちーちゃん!ココにあからさまなブルーシートをかぶせた何かがあるじゃな~い!」

「……下らんものならば、本気で許さんからな。」

「だいじょぶだいじょぶ!確実に下らないものでは無いよ。それじゃ、レッツご開帳~。」

 

 千冬がラボへと呼び出された理由は、何でも見せたい物があるとかだ。快眠を邪魔されたせいか、千冬は眠たそうな顔で欠伸をしてみせる。普段の束ならば、締まりのない顔のちーちゃんも可愛い……なんて言って跳び付きそうなものだ。だが珍しい事に、束はすぐさま本題へと入った。

 

 そこには束の言う通りに、ブルーシートをかけた何かが置いてあった。束はブルーシートを引っ掴むと、グイッと引っ張って中身を外へと晒す。すると中から出てきたのは、一言で言い表すならば純白のロボットだ。人型でなおかつメカメカしい風貌のソレは、どこか騎士を思わせる。

 

「なんだこれは……。」

「これはねぇ、インフィニット・ストラトス!束さんの最高傑作!長いから、略称はそのままISってとこかな?」

「そこはどうでも良い……。単刀直入に聞くぞ、束……お前はこれで、何をするつもりだ?」

「う~ん……早い話が、世界でも変えちゃおうかなって。私やくろちゃんが、少しでも自分らしくいられるようにね。」

「……黒乃だと?束、詳しく説明しろ。なぜここで黒乃が話題に挙がる?」

 

 千冬に質問されて、束は順を追って説明を始めた。とりあえず束は、黒乃が普段は本気を抑えているという事から話す。束が初めて黒乃の本気を見てから、2年近くが経過する。その後も黒乃の監視を続けていた束は、何度も黒乃の本気の力を目撃していた。もちろん千冬は、そんな事は全く身に覚えがない。

 

「聞いてよちーちゃん。あの子ね、普通の木刀なら振っただけでポッキリ折っちゃうんだよ。」

「そんな話をどうやって信じたら良いんだ。」

「折った時のじゃないけど、映像なら撮ってあるから……。よしっと、映し出すね。」

 

 束はノートPCを弄ると、映像を出せる状態にして画面を千冬の方へ向けた。その映像は、束が作成したステルス機能付きのドローンで撮影したものだ。映像に映っている黒乃は、確かに千冬の見た事も無いような様子だ。どうやら黒乃は、木刀で木を叩いているらしい。叩かれている方の木は、なんとも大きな傷跡が残っている。

 

「ね?映像でも伝わる気迫でしょ~。」

「これは、本当に黒乃なのか……?」

「まーねー、普段を知ってるちーちゃんの方がよっぽどびっくらこいちゃうよねぇ。あっ、ちなみにだけど……くろちゃんの木刀、束さんのプレゼントなんだよ!」

 

 黒乃の握っている木刀は、束手製の物だ。見た目は単なる木刀だが、中身はぎっしりと鉄が詰まっている。そんな代物を、黒乃は難なく振り回しているのだから……千冬の覚える衝撃は増すばかりだ。しかし束としては、驚くべきはもう少し映像が進んだ後だが。すると突然に、黒乃がドローンへ向かって木刀を投げてくるではないか。

 

 木刀を投げたタイミングと言い方向と言い、確実にドローンを狙った投擲だろう。またしても小学生が投げたとは思えない威力で、簡単にドローンを撃ち落とした。木刀がぶつかった際の衝撃のせいか、映像はそこで途切れてしまう。しかし、一部始終としては十分すぎるほどだ。

 

「いや~……まさか、ステルスしてるドローンに気付かれるなんてね~。」

「…………。」

「ちーちゃん、これで解ってくれたかな?くろちゃんが、ぜ~んっぜんっ!本気じゃないって事。」

「……解かった。そこは、認める事にしよう。だが束。このISとやらと黒乃に、何の関連性がある。」

 

 束が言うには、ISは宇宙開発が主目的という『体』らしい。つまりは、安全性はお墨付きという訳だ。それを用いた競技でも行われるようになれば、黒乃も気兼ねなく本気を出せるという物だ。そこは解ったが、千冬はまだ合点がいっていない部分がある。それは束の言った『世界を変える』と言う点についてだ。

 

「束。確かにコレは、世界を震撼させるだろう。しかし、それだけで世界は……。」

「あ~そこ?そこの意味はねぇ。実はこのIS女性限定しか動かせないんだよ。」

「なっ……!?そんな物を、世に送り出したら……!」

「うん。間違いなく女が偉くて、男はダメって世界になるよね。世界を変えるって、そこも含めての話だもん。」

 

 千冬は驚愕した様子だが、束はあっけらかんとした表情だ。むしろ千冬には、当たり前の事を言わないでくれ……とでも言いたそうな表情に見える。束が根本的に抱えている問題を、千冬はこれほどまでに恐ろしいと感じた事は無かった。恐らく束は、その他大勢の事など初めからどうなったって構わないのだ。

 

「この話は終わりだ。世界のバランスを変えてまで、黒乃が本気を出したいなんて思う訳が……。」

「そんなの、ちーちゃんの思い込みかもよ?今解ったばっかりっていうのを、忘れちゃダメだよ。ちーちゃんの知ってるくろちゃんだけが、本当のくろちゃんでは無いんだからさ。」

「しかし……!」

「まぁ、すぐに決めろなんて束さんも言わないよ。だからさ、動かす練習だけしてみない?それで、ちーちゃんが動かせるようになったら……面と向かってくろちゃんに聞いちゃえば良いじゃない。」

 

 自分の知っている黒乃が、黒乃の全てでは無い。その言葉に、千冬は言い返す事が出来なかった。本当のところで千冬は、さっき見た映像も信じたくは無いのだ。黒乃が日頃は力をセーブしていて、ひっそりと持て余した力を発散しているなどと……。それでいて千冬は、黒乃の為ならばと思っている自分にも気が付く。

 

 それで黒乃が、本気を出せる世界が訪れるのかもしれない。しかし男が動かせないとなれば、世の男性はいったいどうなると言うのか。千冬が葛藤している最中に出てきた束の提案は、揺らいでいた心に深く馴染む。こういう時にそう言えば、練習くらいならと思うのが人間の心理である。

 

「……良いだろう。ただし、黒乃が拒否した時は。」

「解ってるって!その時は、大人しく引き下がるよ。」

 

 千冬は迷った末に、とにかく練習をしてみる事は了承した。しかし、千冬はあくまで練習で終わると思っての事だ。一方の束は、黒乃が肯定を示す自信があるらしい。ここまでくれば、こっちの勝ちだ。そのような事を考えているが、決してそれは表には出さない。

 

 それぞれ正反対の思いだが、それら全て幼い少女1人に関わる。藤堂 黒乃とは、2人にとっては様々な意味で大きな存在なのだろう。こうして世界が変わる1歩が、本人の知らぬところで、本人のために動き出そうとしていた。そんな事を知るよしもない黒乃は、今日もスヤスヤと寝息をたてる……。

 

 

 

 

 

 

「剣道って、バランスが大事って柳韻さん言ってたよな。」

「まぁ、基礎的な事だと思うが……。それが、どうかしたのか?」

「これ、なんか束さんが作ってくれたんだ。せっかくだから皆で練習してみようぜ。」

 

 今日は休日で、特に稽古もない。そんな日に、イッチーに引っ張られてモッピーのお家までやってきた。遊ぶ約束はしていたらしく、モッピーも防寒対策をきちんとしていた。何をして遊ぶか、そんな相談が始まるかと思いきや、イッチーが唐突にそんな事を言いだす。

 

 更にイッチーは、神社の床下の隙間から竹馬のような物を取り出した。まぁ、どこからどう見ても竹馬ですけど。その竹馬は竹製ではなく、鉄製のものだ。懐かしいなぁ、俺が小学校にも似たようなのが置いてあった。イッチーの言う通りに、竹馬はバランス感覚を鍛えるにはもってこいかも。

 

「姉さんが作ったのか……。」

「そんなに心配しなくても大丈夫だって。じゃ、まずは俺からな。」

 

 モッピーの呟き通りに、俺もなかなかに心配ではある。レッテルって言えばいいのだろうか。とにかくたば姉が作ったってだけで、警戒に値すると俺は思う。そんなのは気にしないと言わんばかりに、イッチーは竹馬へと乗った。そうするとモッピーは、俺の手を引いて後ろへ下がる。

 

「念のためだが、巻き込まれないようにな。」

「…………。」

「それより一夏、上手じゃないか。乗るのは初めてだろう?」

「ああ、そうだけど……。この竹馬、何か変だぞ。」

 

 初めて乗るのなら、多少はぎこちなさを感じるものだ。しかしイッチーは、危なげなく……どころか直立不動で竹馬に乗れている。確かに、何かがおかしい。俺はイッチーに近寄って、竹馬を掴んでみる。いきなりの行動に慌てたのか、イッチーは竹馬から降りた。

 

「な、なにするんだよ黒乃!危ないだろ……って、なんだこれ?」

「…………。竹馬が、自力で立っているな。」

 

 やっぱりか、妙にふらつかないかと思ったら。多分だけど、たば姉が俺達が転んで怪我をしないように配慮してくれたのだろう。どういう原理かは知らんが……重力関係かな?とにかく、ごめんね……たば姉。俺は、とても失礼な事を考えていたよ。しかしこれだと、目的であるバランス感覚を鍛えるのは無理そうだ。

 

「おっ、よく見たらボタンがたくさんあるぞ。」

「待て待て、無闇に触らない方が良い……。それこそ、何が起きるか解ったものではないぞ。」

「それもそうだな……。じゃあ、束さんを捜そう。この竹馬の機能を、しっかり説明してもらえばいいんだよ。」

 

 イッチーの言う通りに、グリップから少し下へと位置する場所には、いくつかのボタンがついている。どちらかと言えば、こちらが本命か……。押せば何か起こるのは明白だけど、それには少々リスクを伴う。そこで俺達は、別れてたば姉を捜索する事になった。

 

 モッピー曰く、今日は姿を見ていないが、恐らく家の敷地内には居るんじゃないかとの事。そうなると、イッチーが一番に見つけられた奴が勝ちなどと言う。なるほどね、これもついでに遊びにしてしまおうという魂胆か。まぁ……俺はゆっくり捜す事にしておこう。

 

 無難なのは、たば姉の部屋からかな。それを言うと、イッチーとモッピーは何故にそこから捜さないのだろう。う~ん、気持ちは解らなくもないか。やっぱりたば姉を警戒しておく方が良いもんね。もしや、部屋にトラップが仕掛けてあるとかじゃないよな?それなら、モッピーが何か忠告をくれるか……。

 

 なら、とっとと見ておくだけ見ておこう。居ないとは思うんだけど、ニアミスになるかもしれないし。そんなわけで、俺はモッピー宅へとお邪魔してたば姉の部屋を目指した。実際に入った事はないけど、確か……2階の方だったかな?ギシギシとなる階段を上ると、数室の入口が見える。

 

 その中の1つは、どこか異様な雰囲気を放っていた。……本能的に、危機でも察知してるのかな?なんだろうね、あそこがたば姉の部屋だって解る俺が居るよ。とにかく、様子を伺ってみよう。俺はたば姉の部屋の扉を何度か叩くが、反応らしきものはない。悪いとは思いつつも、中に入って確かめてみよう。

 

 ゆっくり扉を開くと……そこには世紀末な光景が広がっていたぁ~……。ち、ちー姉よりひでぇ!?まだちー姉は、服とかが散乱している程度だ。しかしたば姉の部屋は、形容しがたい機械のパーツ等で溢れかえっていた。ま、まさか……この中に埋まってるとかじゃ……?もしそうだとすれば一大事だ!

 

 こんなのに埋もれたら、間違いなく圧死してしまう。俺はとにかく必死でパーツの山をかき分けて、たば姉の安否を確認する。最終的に一帯をそのままひっくり返してみたけど、特にたば姉が居る様子も無い。ふう……杞憂で済んだか、良かった良かった。いやぁ……しかし、前より荒らしてしまったかもな。

 

 さっきみたいに平らになっていれば、そちらの方がある意味で秩序が保たれていたかも。だけど元に戻す意味も無ければ、そんな重労働も勘弁願いたい。たば姉なら、笑って許してくれるだろう。それならこの部屋から速やかに脱出を……って、あれ?ノートPCかな。あ~……そういや、部屋の隅に置いてあるのが視界の端にチラチラ映ってたな。

 

 ……開きっぱなしだし起動状態だ。ここからでも画面は見えるけど、ちんぷんかんぷんな数式の羅列が映し出されていた。データの算出でもしてたのかな?それにしても、随分と長い式だ。著名な数学者でも、見ていたら頭痛を起こすかもしれない。きっと俺は、数秒でオーバーヒートにだろうな。

 

 とにかく、起動しっぱなしってのもアレだからスリープモードくらいにはしておこう。俺がそう思って、PCへ近づこうとしたその時だ。室内を荒らしたせいで、何かコード状の物に足を引っかけてしまう。手を突くのも間に合わず、両手を伸ばしてビターン!と、盛大なズッコケ方をしてしまう。

 

 そしてそれと同時に、指先へ何かを叩いたような感覚が……。大変に嫌な予感がするが、俺は恐る恐る顔を上げてみる。すると俺の人差し指と中指は、ピンポイントでエンターキーを押していた。つまりは、何かしらのシステムを実行したという事になる。どっ、どどどどどどどど……どないしよう!?

 

 えっ、何……何?結局のところたば姉は、直前まで何をしてたんだ!?俺のエンターキー誤爆1つで、たば姉の努力が全部台無しとかじゃないよね!?最悪だ……本当に、どうすれば良い。俺が事情を説明できないうえにたば姉本人も見つからないなんて、状況が悪いにも程がある。

 

 今からまた触っても余計な事にしかならないだろうし……。ああっ!もうなんか、画面がプログラムを開始している雰囲気に移行しているじゃないか!PC操作の諸々はからっきしって事ではないけど、たば姉レベルのを俺がどうこう出来る訳もない。…………オワタ。い、いや……まだ手はある!隠蔽工作だ……。

 

 かなりクズな発想だけど、もうそれしかないもんね!それにホラ、たば姉だって部屋に放置してたんだし……途中で飽きた可能性だって十分にありうる!そうと決まれば、俺はまたしてもたば姉の部屋を荒らす。PCを隠せそうなスペースを確保して、そこにPCを埋める形でパーツを被せた。

 

 これで良し……。いや、全然よくは無いんだけど。見なかった事にしよう……忘れる事にしよう。俺だってわざとじゃないんだけど、説明が出来ないんだから解ってもらえるわけもないのだし。うん……イッチーとモッピーと合流して、その時にたば姉が居たら無理にでもここに連れて来よう。居なかったら……もう知らん。

 

 俺は何事も無かったかのように、たば姉の部屋を後にした。最初遊んでいた場所まで戻ってみると、既に2人も戻って来ていた。どうやら、どうしてもたば姉は見つからないみたいだ。今回は仕方がないと言う事で、竹馬は諦める事に。そうして俺達は、イッチーを筆頭に遊び場を求めて篠ノ之家から移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

「おっけー、今日はこのくらいにしておこうか。」

「了解した。」

 

 千冬がISの訓練を始めて、まだ1ヶ月もたたない。しかし、もはや完璧に動かせるほどにまで達していた。束としては、完全に想定の範囲内だ。だいたい束の予定通りに事は進み、そろそろ次なる段階へと動き出そうとしていた。束は白騎士の装着を解除した千冬へと、楽しそうな様子で声をかけた。

 

「ねぇねぇ、ちーちゃん。そろそろさ、くろちゃんに見せても良いんじゃない?」

「それはつまり、例の質問をするためか?」

「もっちろん!今日は、くろちゃんも遊びに来てるしね。」

 

 例の質問とは、世界の変化を望むか否か。それを黒乃に聞いても良い段階だと、束は千冬へと同意を求める。確かに、ISの操縦に関しては本人も納得の出来映えだ。だがそんな事は関係なしに、やはり千冬は迷いに迷っていた。このISというものは、闘争を呼ぶ。

 

 それでなくとも、男女平等を壊す代物だ。それに加えて平和を乱す要因になるとすれば、誰しもが迷って当然だろう。その他に世界を変革させる責任や、様々なものが千冬にブレーキをかけさせていた。しかし、束はいかんせんアクセル全開なうえに、ブレーキはとうに壊れている。

 

 やるならやる、やらないならやらない的な発想故か、どっちつかずの千冬にうむむと唸って困った様子だ。もっとも、真の意味で困っているのは千冬の方だが。どうしようもないジレンマに、千冬の眉間の皺は深くなる一方だ。とにかく、まだ時期は先伸ばしにできる。まだ早いと、千冬はそう告げようとした。

 

「束。黒乃にはまだ……。」

「…………。ちょっと待って、これは……!」

「……?おい、どうかしたのか。」

 

 束は何かに気がついたらしく、いつになく真剣な表情でPCのキーボードを叩く。しばらくは千冬が話しかけても、返事すらしてもらえない。その事が千冬にもよほどの一大事だと感じさせた。やがて束は、ブツブツと聞こえるほどの声で呟き始めた。

 

「まさか……くろちゃん?いや、でもくろちゃんに限ってそんな……。ああっ、でもでも……あの子ならやりかねない可能性だってあるし……。」

「なんだ……何があった?」

「あ~……そのね、怒らないで聞いて欲しいんだけど……。」

 

 束の放った前フリからして、ロクな話では無い事は確定した。千冬はいつもの事だと早々に諦めて、少し溜息を吐いてから聞く体制に入る。束が言うには、ISを世間に出す際に学会に提出する以外の方法を目論んでいたらしい。その方法とは、ISの有用性を世界に知らしめるのにはうってつけではある。

 

「遠まわしに言うな。結局、お前は何をするつもりだったんだ。」

「日本を攻撃可能なミサイル基地をハッキングして~、それをちーちゃんが叩き落とす……って、いたたたた!?ち、ちーちゃん……割れる!束さんの天才的脳ミソが詰まった頭が割れちゃうよ!」

「そうか、それは良かった。」

「あれれ、話が噛み合ってないんだけど!?」

 

 ぶっ飛んだ方法を言い出した束の頭をガッチリと掴んで、アイアンクローをくらわす。こめかみ辺りからミシミシと音が鳴っているような気もするが、千冬は右手に万力が如く力を込める。女性らしからぬ握力に掴まれて、束は説明の続きが出来ない。ここからがもっと大事な話なのだ。

 

「ちーちゃん、タイムタイム!こんな事をしてる場合じゃないんだってば!」

「なんだ?まさか、お前の知らない所でミサイルの発射が開始されたとでも言うんじゃないだろうな。」

「そう、ビンゴ!流石はちーちゃん!」

「何!?それはいったいどういう事だ!」

「や、だからそれは……う~ん……。不確定要素だけどね、くろちゃんが関係してると思うんだよねぇ。」

 

 千冬は最も最悪であろう状況を、冗談めかして束に告げた。しかし、それこそが束が焦っている理由そのものだ。しかも黒乃が関わっていると言うのだから、千冬の関心はさらに増した。束が言うには、ハッキングはエンターキーを押せば良い状態にして自室へ放置しておいたらしい。

 

「な・ん・で……そんな状態で放置する!?」

「だ、だって……誰も私の部屋に入らないし、大丈夫かなって。」

「それに、黒乃が実行したというのはどういう事だ!」

「あの子の事だから、解ってやってるよね……多分だけど。」

「何……?黒乃が、そんな事できるはず……。」

「それこそ、くろちゃんだよ?何があってもおかしくは無いよ。それこそ、あの子はイタズラ半分で人の物を弄ったりするはずないってば。そこは、ちーちゃんの方が良く知ってるでしょ?」

 

 短い会話の中で、千冬には聞きたい事が山ほどあった。1番に出てくるのは、言った通りにワンタッチでハッキング完了の状態になるPCを、なにゆえ自室なんかに置きっぱなしにしておいたかだろう。そんな誰でも触れる状態にあるのに、束が黒乃だと断言しているのが千冬は解せなかった。

 

 しかし、思った以上に理由は単純だ。それは、黒乃だから。そう言われてしまえば、なんとなく納得してしまっている千冬が居た。黒乃は、無暗やたらに人の物を触らないだろう。だが現にハッキングが成功しているとなると、それが危険極まりないものだと解ってやっている裏付けとなるのだ。

 

「う~んでもそれだと、ミサイルを撃ち落とせる要因を知らないとだし……。もしかして、ISのデータも見られたかなぁ?」

「そんな事はどうでも良い!ISに乗って、ミサイルは撃ち落とせるのだな?」

「それはちーちゃん次第だけど、まぁ問題ないと思うよ。というか、行くの?ちーちゃん。」

「馬鹿を言うな、私が行かねば……日本は終わる。これは既に、黒乃がどうこうの話しではない!」

「ま、当たり前だよね。おっけー、それじゃぁちーちゃん……変革を始めよっか?」

 

 この日から世界は、大きな変化をもたらした。2000発超のミサイルを撃ち落とし、1人の犠牲者も出さずに事態を収拾させてみせた『インフィニット・ストラトス』という産物によって。主犯は後に歴史へと名を連ねるであろう篠ノ乃 束。しかしその裏で、1人の少女が関与していた事実は、闇へと葬り去られる。

 

 そして世界が変わるきっかけとなったこの事件は、白騎士事件と名付けられた。この白騎士事件は、本当にちょっとしたきっかけでしかないのだ。1人の少女が織り成していく、八咫烏伝説のほんの始まりに過ぎない。

 

 

 




黒乃→何かのプログラムを実行しちゃった!?
千冬→黒乃が、ISを動かねばならん状況を作ったのか……?



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第7話 さらば箒!男の涙は(ry

アラスカ条約。ラノベであるインフィニット・ストラトスを読んだことがある人には、馴染みのある言葉なのではないだろうか。まぁ要するに、あんなトンデモ機械の情報独占すんなやジャパン……え?コラぁ。こういうんはなぁ、各国で平等に共有せんとアカンやろ。解ったらとっとと、耳ぃ揃えて寄越すモン寄越してもらいましょか?

 

 ……と、いった具合に日本を含めた21の国と地域で、ISに関する情報開示と共有を条件に成立した条約である。前世でも日本が苛められてるビジョンしか見えなかったけど、思ったより酷かったねぇ……アレ。現地の様子とかテレビで中継されてたけど、基本的に罵詈雑言だったよ。まぁつまるところ、世に出ちゃったんだよねぇ……ISが。

 

 モッピーの家に遊びに行った日が、白騎士事件当日とはたまげたなぁ……。パパンが慌てて避難とかいうから何かと思ったら、まさか白騎士事件とはねぇ。ってかさぁ……日本政府及び各国のお偉いさん方さぁ……。こういう時に限ってさぁ、話し合いをスラスラ進めちゃってコンチクショー。

 

 もっとゆっくりグダグダやってくれれば良い物を……。おかげで、おかげでぇっ……モッピーとお別れじゃんよおおおお……。うぇぇぇぇ……寂しいよぉ、辛いよぉ。いや、解っている。原作通りに事が進むのが前提だとすると、モッピーとの別れは必然だ。でも、解っていても辛い。モッピーの……汗の匂いを嗅げなくなると思うと……。

 

 本日は、俺の心模様を反映させたかのような土砂降りでござんす。今は放課後なんだけど、傘忘れちった。天気予報では、日中晴れる。……みたいな事を言っていたんだけどねぇ。そのせいか、貸し出し用の傘は1本たりともなくなった。ワラワラと勢いよく少年少女が傘へ群がったせいか、俺は確保する事が出来なかったのだ。

 

 ま、イッチーが確保したから問題ないけど。でもあの子……帰っちゃったんだよなぁ。なんか、1回家に帰ってから傘持ってくるとか言ってた。そんな面倒な事をしなくたって、俺を入れてくれればいいと思うんだけど……。ハッツ!?もしかして……嫌われている!?俺と一緒に傘へは入りたくないと!?

 

 楽しかったぜぇ~wwwお前との家族ごっこぉ!……とかイッチーが言い出す前に、どうにかこうにか関係修復できればいいけど。でも中の人的に言わせればハルトって叫ぶ方の人だよハルトオオオオオオッ!……それにしても、イッチーを待つのも飽きて来たなぁ……。図書室で暇つぶししてるけど、学校の図書館って、俺からすれば的外れも良い所なんだよな。難しい文学作品は読む気はないし、かと言って絵本も少しアレだしなぁ……。

 

 ラノベを置こうぜ、ラノベを。マンガ、アニメ、ゲームの知識も馬鹿にならないんだぜ?昔テストの問題で、ゲームに出てた用語が出題されて事があったっけ。昔を懐かしむのも良いけど、今は現状をどうにかしないと。う~ん……教室に居ないと、イッチーは俺を捜す事になるかも。暇は承知で、教室に戻ろうか。

 

 そう思った俺は、半分は挿絵を眺めていただけの小説を元あった場所に返した。そうして図書室を後にすると、せっせと自分のクラスへと歩いて行く。教室のすぐ近くまで来ると、明かりがついている事に気が付いた。俺と同じく雨で帰れない子が、自主勉強なんかをしてるのかな?それなら、邪魔しないようにそっと教室に入らないと。

 

 俺はそろりそろりと、教室の戸をスライドさせる。するとそこには、勤勉な子なんて1人も居ないではないか。代わりに居たのは、物鬱げな表情で雨を眺めるモッピーだった。そんな表情をしているのは、大雨だからでは無いだろう。モッピーは、もうすぐここを去る事になる。残り短い時間を、少しでも思い出に残しておきたい……のかも。

 

 ……ってか、モッピーもワンチャン傘とか持ってる可能性があるじゃん。退屈でしょうがなかった俺は、自然と傘を求めてモッピーへと接近を図る。ここで問題が生じるが、どうするべきか。俺は無言なうえに影も薄いらしいので、用事があって肩を叩くと驚かれるんだよ。しかし、他に方法が無いのが辛い所である。仕方が無いので、俺はモッピーの肩を軽く叩いた。

 

「ひ、ひぃっ!?な、なんだ……黒乃か。まったく、毎度の如く驚かせてくれるな。」

 

 まるでお化けでも目の前にしたかのような、可愛らしい小さな悲鳴をモッピーは聞かせてくれた。今のでご飯3杯はいけるな……。しかし、モッピーの様子がいつもと違う。いつもだったら、割と怒られる形で驚かせるなと言われるんだけど。今日のモッピーは、鼻に優しい柔らかティッシュ並にしっとりしている。

 

「黒乃は、帰らないのか?」

 

 いやいやモッピー、聞いてよ。いつでも帰られる状況だったのに、イッチーに置いて行かれた可哀想な俺氏なんですよ。あっ、でも……そしたらモッピーも、後からイッチーと合流できるね。ならば、モッピーの為にも引き留めておくことにしないと。モッピーは椅子に座って外を眺めていたので、俺も近場の椅子を拝借した。

 

 ズルズルと引きずって、モッピーの近くへと寄せる。そしてそのまま、背中を預ける様な形で座った。あ゛~……モッピーの背中があったかいぃ~……。この温もり、今のうちに堪能しておかなければ。うぅ……自分で言ってて寂しくなるなぁ。大丈夫さ、モッピー。俺は、モッピーの事は絶対に忘れない。

 

「黒乃……。ありがとう。本当に、ありがとう……。」

 

 背中越しだからよく解からないけど、何故だかモッピーに感謝された。あれかな?テレパシーみたく、俺の言いたい事が伝わったのかもな。う~む、ツーカーが取れるってのは良いね。それは黒乃ちゃんがこの状態だからかもなぁ……。もし俺が欲望のままに行動していたら、間違いなく嫌われてるだろうし。

 

 どっちにせよ、今回は傘が目当てな部分もあるし……。複雑な気分ではあるけれど、モッピーが嬉しく思っているのならそれで良いか。そして俺とモッピーは、無言で教室へ居座り続けた。やがてイッチーが俺を迎えに来てくれて、いつもの3人で家路へと着く。

 

 この帰り道を3人で歩けるのは、もはや終わりの見える頃だ。こんな時くらいは、明るい表情でいたいのだけれど。せめて俺は、2人から一歩引いておかないとだな。モッピーはイッチーと離れるのが最も辛いはずだ。ガッデム要人保護プログラム。そんな事を心で呟き、俺は2人の背を見守った。

 

 

 

 

 

 

 そうして時間は過ぎて、モッピーが引っ越してしまう日となった。織斑姉弟と俺は、全員で見送りに来ている。たば姉はドロンと失踪してしまったせいで、かなり前から行方知らずだ。そう思うと、最後に交わしたやりとりはどんなだったかな?最後にもう一度で良いから、あの巨乳に顔面を埋めたかったなぁ……。

 

「箒……。向こうに行っても、元気でな!」

「ああ、ありがとう……一夏に黒乃。それに千冬さんも、本当にお世話になりました。」

「こっちこそ、ウチの馬鹿2人が世話になった。特に、黒乃はな……。」

 

 俺の頭をポンポンと叩きながら、ちー姉はそう言った。いやぁ……ちー姉の言う通りに、本当にそうだよ。モッピーが居てくれたおかげで、いろいろと助かった事が多い。それはそれとして、イッチーと並んで馬鹿扱いは心外だなぁ。イッチーもイッチーで、ちー姉へと向けて抗議の視線を向けている。

 

「なぁ……黒乃。今日も声は出なさそうか?しばらくは、箒と離れ離れになっちゃうんだぞ。」

「いや、大丈夫だ。黒乃、無理をする事はない。見送りに来てくれただけで、私は十分だ。」

 

 そうだよねぇ、別れの挨拶くらいはしなきゃだよな。俺も全力で声を出そうとしてるけど、いつもと同じで声帯が機能しない。くそぅ……困った身体だなぁ。俺が必死に声を出そうとし続けていると、そのときにふと一陣の風が吹いた。……と、同時に俺の両目に痛みが走る。

 

 ぐおああああ!風に巻き上げられたゴミか何かが、俺の両目に入りやがった。なにこのミラクル……。両目に同時とか、奇跡としか言いようがないじゃん。いたたたた……涙が出てきた。それよりも、こんな事をしている暇じゃないんだって。モッピーに、別れの言葉をだね……。

 

「ずるいぞ、黒乃。私だって、泣か……ない……ように、我慢していた……のに。よりにもよって、お前が……泣くと……。う……うぅ……!うわああああああ!」

 

 ぬぅん、モッピーよ……抱きついてくれるのは嬉しいが、腕ごとロックするのは止めておくれ。目を擦りたくても擦れない!拷問だぁ……。……って、あれ?前にもこんな事があったような……?それよりモッピー……そうだけど、そうじゃないんだよ。

 

 確かに俺は、泣きたいくらいに別れは悲しい。だけど、この涙はそういうのじゃなくて……。ま、まぁいいか、結果オーライって奴だろ。泣け泣け、モッピー。お兄さんの胸の中で、思いきり泣きなさい。俺はとにかくイッチーとは、今生の別れってわけじゃないけどさ。感情を表に出せるのは、きっと幸せなんだから。

 

「箒、そろそろ行くぞ。」

「い、嫌です!2人と離れたくありません!」

 

 モッピーは泣いてしまったせいで、気持ちが揺らいでしまったらしい。モッピーにしては珍しく、駄々をこねるようにパパンの言葉を拒否した。そして俺にしがみつくもんだから、パパンがそれをひっぺがしにかかる。篠ノ乃親子の悶着に巻き込まれた俺は、もみくちゃ状態である。

 

 なんか、アレかもな……俺が涙を流すと、不幸な事態になる。ジンクス的なものになる気がして、すっごく嫌なんですけど。しかしモッピーの抵抗も空しく、俺から引き剥がされ強引に車へと連行された。パパンも俺達に別れの挨拶をすると、付け足すように精進しろと念を押される。そうしている間に、車は走り出してしまった。

 

「一夏ーっ!黒乃ーっ!」

「箒……。……行こう、黒乃!最後まで、追いかけよう!」

 

 へ……?ちょっ、ちょっとタイムだイッチー!まだ涙で前も良く見えないのに、そんなに引っ張ったら転ぶ転ぶ!俺は必死で足を動かして、転ぶのだけは避けようと踏ん張る。薄ぼんやりと、車の中から手を振るモッピーが辛うじて見えた。でも……やっぱ走るのでいっぱいいっぱいだ!スマーン、モッピいいいい!

 

 心の中でそう叫ぶしかない、なんとも微妙な別れになってしまう。車が見えなくなったのか、イッチーはようやく走るのを止めてくれた。やっと涙を拭う事が出来た俺は、遠慮なしに袖で目元を拭いた。するとイッチーが、俺は黒乃の隣に居る……なんて言うけど、本当に寂しいから出た涙とかじゃないんだよ?

 

 まぁ……心配してもらえる内はいいよね。俺はイッチーの言葉に首を頷かせ、肯定の意思を示した。するとイッチーは、自分でも照れ臭そうにはにかむ。そうして元来た道を戻ると、2人揃ってちー姉に抱き止められる。ちー姉も、モッピーの転校に思うところがあるんだろう。そう……しみじみと考える俺であった。

 

 

 

 

 

 

 ザーザーと雨が降りしきる。今日の天気は、生憎の大雨。曇天から降り注ぐ雨の矢を、箒はただただボーッと眺めていた。天気予報では、日中晴れと言っていた。そのために、傘を持って来ていない生徒が大半だ。しかし箒は、偶然にも以前置きっぱなしにしてしまった傘がある。だから箒は、その気になればいつでも帰れる。

 

 しかし、箒は帰らなかった。なるべく多くの時間を、この教室で過ごしたかった。今は家に帰っても、どうせロクな事など無い。束がISを発表してからというもの、箒を取り巻く環境は一変してしまったのだ。一家の絆は半ば断たれたも同然で、2人の友人との絆も……秒読みで断たれるのを待つのみ。

 

 要人保護プログラムに則り、箒は余所へと引っ越す事が確定していた。それすなわち、一夏と黒乃との別れを意味していた。時分は、もうすぐ4年生が終わりを告げる頃だ。春休みに入ってしばらくすれば、すぐにこの地を去る事となる。箒は、何よりもその事が辛くてたまらない。

 

 多くの友人なんて、望んではいない。箒は、ただあの2人が居ればそれで幸せだった。ひたむきで、真っ直ぐな一夏が好きだった。喋らなくても、表情が変わらなくても、優しい黒乃が好きだった。2人は箒にとって、宝だった……。2人と一緒に居られなくなる。その考えが過るだけで、箒の心模様は今の天気と同じく土砂降りになってしまう。

 

「…………。」

 

 もはや箒は、溜息すら出て来ない。今の箒は、それほどまでに追い詰められているのだろう。心なしか瞳は淀んで、何処でも無い何処かを眺めているような……そんな感じだ。そんなにボーッとしている最中に、軽くだが箒の肩を掴む者が居た。突然の事に驚いた箒は、少しばかり意識を覚醒させる。

 

「ひ、ひぃっ!?な、なんだ……黒乃か。まったく、毎度の如く驚かせてくれるな。」

「…………。」

 

 身体をビクつかせてから振り向いてみると、そこに居たのは黒乃だった。いつもならば少しばかりの抗議をぶつける箒だが、いかんせん覇気のない様子でそう言った。それには、黒乃が遠くから声をかけられないという事情も含まれている。しかし、姿が消えていたのに……黒乃はどうしてここに?そう思った箒は、素朴な疑問を投げかける。

 

「黒乃は、帰らないのか?」

「…………。」

 

 箒も解ってはいたが、返答は無い。ただただ黒乃は、いつもの様子で箒を見据え続けた。しばらくすると、箒の近場の席にある椅子を、乱暴に引きずりながら箒の座っている場所まで近づける。そして黒乃は、運んだ椅子へと飛び乗って、箒の背中を背もたれにするようにした。

 

 まるで黒乃は、これが返答だと言いたいように思えた。帰らない。箒が帰るまで、私も帰らない。そう黒乃が言いたいように感じた。それは本人にしか定かでない事だが、それでも箒は嬉しかった。こうして、残された時間を共に過ごそうとしてくれるのは。箒は思わず声を震わせながら、感謝の言葉を述べる。

 

「黒乃……。ありがとう。本当に、ありがとう……。」

「…………。」

 

 箒には、これしか伝えるべき言葉が見つからない。だからこそ、心から黒乃の全てにありがとうを伝える。今までは、2人から離れる事は苦痛でしかなかった。しかし箒は、黒乃のおかげか……前向きな考えが浮かび始める。物理的距離なんかに、私達の絆は負けない。遠くに居ても、繋がっているのだ。

 

 そう心を新たに、ようやくしゃんとする事ができた。箒が黒乃を連れて帰ろうとすると、そこへ一夏も現れた。ちょうどよいタイミングだ。また3人で家路につけるのならば、今の箒にとってこれほどに嬉しい事はない。連れ立って帰る3人の姿は、どこかいつもより楽しそうに見える。それは空元気か、それとも……。

 

 

 

 

 

 

「箒……。向こうに行っても、元気でな!」

「…………。」

「ああ、ありがとう……一夏に黒乃。それに千冬さんも、本当にお世話になりました。」

「こっちこそ、ウチの馬鹿2人が世話になった。特に、黒乃はな……。」

 

 そうしてやって来た別れの日に、一夏と黒乃の2人はしっかり見送りに来ていた。それだけでなく、千冬も来ている事が箒としては意外だった。黒乃関連で世話になったと言われるが、とんでもない。どう考えたって、世話になったのは自分の方だ。

 

 この前黒乃が寄り添ってくれた。そのおかげで、自分はこうして明るく去る事ができるのだから。最後の最後まで、世話になりっぱなしだ。箒は、どこか自嘲するかのような表情を浮かべる。そうして別れの挨拶を済まそうとしていると、一夏が黒乃に言った。

 

「なぁ……黒乃。今日も声は出なさそうか?しばらくは、箒と離れ離れになっちゃうんだぞ。」

「いや、大丈夫だ。黒乃、無理をする事はない。見送りに来てくれただけで、私は十分だ。」

 

 箒からすれば、言葉などは不要だった。黒乃と接していて、それは何度も思った事だ。無言だろうと何だろうと、黒乃がこの場に居ればそれだけで見送りは成立している。別れの時は、笑顔で。そう心に決めていた箒は、微笑みながら黒乃に視線を送った。

 

 その時、まるで箒達を包み込むかのように……力強い風が吹いた。思わず箒は、一瞬だけ目を閉じた。そして再度目を開くと、目の前にいる黒乃が……涙を流していた。何の涙かなど、聞くまでもないだろう。箒との別れを、悲しんでいるのだ。

 

「ずるいぞ、黒乃。私だって、泣か……ない……ように、我慢……していたのに。よりにもよって、お前が……泣くと……う……うぅ……うわああああああ!」

 

 決して泣かないという思惑は、脆くも崩れ去ってしまった。無理もない……。自分の感情を表現できない黒乃が、自分との別れを惜しんで泣いてくれているのだから。もらい泣きのような形で泣き出した箒は、思わず黒乃へと抱きつく。そんな2人を、織斑姉弟は押し黙って見守る。

 

「箒、そろそろ行くぞ。」

「い、嫌です!2人と離れたくありません!」

 

 こうなってしまえば、箒は思っていた事と真逆の行動をとってしまう。どちらかと言えば、今の言葉が本音であるのに違いはない。しかし、こればっかりはどうしようもないのだ。箒のワガママを通す訳にはいかず、柳韻は強引に車へと連れ込んだ。車内でも箒はジタバタとして、すぐさま窓を開け放つ。

 

「一夏ーっ!黒乃ーっ!」

 

 大切な友人2人の名を叫ぶと同時に、車は走り出してしまう。しかし、遠ざかっていく2人は、最後まで車を追いかけてくれた。それを見る事ができて、箒は少しだけ救われた気分になる。だが、やがて2人は見えなくなってしまった。解っていた事だが、とんでもない喪失感が箒を襲う。

 

 箒は柳韻に促されて、窓から引っ込んでしっかりと座り直す。それでも黒乃の涙が脳裏から離れないのか、箒はいつまでもメソメソとしたままだった。しかし、希望を捨ててはならない。いずれまた再会できることを信じて、箒は唇を噛み締める。それでも、涙は垂れ流しのままだが。

 

(一夏、黒乃……いつか必ず……)

 

 

 




黒乃→目にゴミがぁ!?
箒→私との別れで、泣いてくれるのか……。



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第8話 ツンデレツインテ鈴音ちゃん

 春といえば、出会いと別れの季節と言う。実際のとこ、俺はモッピーとお別れしたばかりだ。それで春休みが開けて、晴れて進級したのだけれど……。それすなわち、クラス替えを意味する訳で。イッチーは俺の事情を配慮してか、当然の如く俺と同じクラスだ。問題は、俺の隣に居るこの子なんだよ……。

 

「…………。」

「な、何よ……。」

 

 チラリと隣の席を眺めると、そこに座っているのはツンデレチャイナガールこと凰 鈴音ちゃんである。俺の視線を感じたらしく、鈴ちゃんは少しばかりカタコトな喋りで返してきた。日本に来たばっかりだからね、しょうがないね。っていうか、カタコトの方がちょっと可愛いし。

 

 ……って、女の子の話になるとすぐに脱線してしまう。何が言いたいかって、おかしいよね?なんでよりによって、俺の隣に座らせるんでしょうか。転入したばっかりで、こんなのの隣の席にされるとか……俺だったら心が折れる。担任の先生が、藤堂の隣が空いてるな~なんて言って……。

 

 違うんです、俺の隣は空いてるんじゃ無くて、空けさせてもらってるんです。イッチーを除いて、俺としては隣の席には人間が居ない方が楽だ。された方もされた方で、可愛そうだからね……。つまりは、鈴ちゃんは超絶可哀想な事になってるって事だ。う~……なんか、色々と計画がだだ崩れだよ。

 

 鈴ちゃんと円滑に仲良くなるためには、始めは極力関わらないでおこうと思っていたのに。原作イベントにて、イッチーが鈴ちゃんをイジメから助けるわけだ。そうすればイッチー経由で、少しはマシな出会いが鈴ちゃんと出来る……ハズだったんだけどなぁ。今からどうやって仲良くすればいいか、想像がつかないぞ。

 

 それよりも、俺のせいで鈴ちゃんが目を付けられる気しかしない。かといって、喋る事すらままならない俺は力にならないだろう。何気に詰んでる気すらするね。ここから更に、鈴ちゃんはイッチーの事を好きになる訳で。そしたら鈴ちゃんは、イッチーと行動を共にする俺を敵視するだろうし……。

 

 その問題もあるけど、イッチー自体も問題があるんだよなぁ。なんというか、俺のせいでイッチーの社交性が息をしていないんです。何かとイッチーは、俺に対して過保護だ。なんかこう……俺やちー姉以外はどうでも良い感が滲み出ている。そりゃもちろん、イジメが起きていたら止めに入るだろうけどさぁ。

 

 多分イッチーは、黒乃の敵は俺の敵みたいな思考回路になっているはずだ。それで鈴ちゃんが俺に対して否定的な態度を取るとすれば、大変な事になるのが目に見えている。考えれば考えるほどマズイ……。俺の存在のせいで、軽くメインヒロイン1人が離脱してしまう可能性があるなんて……!

 

「じゃ、この問題を……凰。」

「は、はい!」

「この問題を解いてみてくれ。早く日本語にも慣れないとな~。」

「えっと……。」

 

 とか考えていると、隣の鈴ちゃんが先生にあてられた。現在は算数の時間で、今はいわゆる文章題を解いている最中だ。Aさんは、〇〇円のリンゴを3個買いました……的な奴。先生の言い分も解るが、日本に来て日が浅い鈴ちゃんには酷な話だろう。え~っと、なになに……。

 

 黒板の問題をきちんと確認した俺は、ノートの端に式と答えを記入する。そしてそのまま、軽く机を指先でトントン叩く。それに気づいた鈴ちゃんは、さっき俺がしたようにチラリと様子を窺う。ばれないようにする為か、こっそりと俺のノートを覗き込む。しばらくして鈴ちゃんは、黒板に向かって歩き出した。

 

 鈴ちゃんはチョークを手に取ると、俺がノートに書いた通りの式を黒板にスラスラと書いていく。本当はこういうの、鈴ちゃんの為にはならないんだろうけど……。ま、鈴ちゃんも日本語に慣れればこの程度の問題は造作も無いだろう。そうこうしている間に、鈴ちゃんは黒板の問題を解け終えた。

 

「え~っと、ダイジョウブですか?」

「おっ、よく勉強してるな……偉いぞ~。凰の解いた通り、この問題は……。」

「……ねぇ。」

「…………。」

「……ありがと。」

 

 鈴ちゃんは、授業を続ける先生を尻目に俺へと礼を言った。……グッド!その少し不本意ながらみたいな礼の良い方……パーフェクト!欲を言えば……べ、別に教えられなくったって解ったんだからね!……ってな具合に強がってくれればなおよろしい。ふむ……それにしても、今のはファインプレーだったのかもな。

 

 打算的発想は全くなかったけど、結果的に鈴ちゃんに感謝されたわけだし。親切身を滅ぼす、なんて言ったりするけど……やっぱり人の為になる事はやっていった方が良いね。それでなくても、他人に迷惑をかけてしまう身体なのだから。とにかく俺は、授業そっちのけで鈴ちゃんと仲良くなる計画を立てていくのだった。

 

 そして時間は過ぎて、放課後になった。なのに、俺は絶賛放置プレイをくらっている。なんかイッチーが、他の教室に忘れ物したとか。それで、すぐに取ってくるから教室で待っててくれってさ。な~んか知らないけど、本当にイッチーから待ちぼうけさせられる事が多いなぁ。別に先に帰っても良いんだけど、あの子機嫌悪くなるからね。

 

 もしかしてイッチー、俺の事が好きなの?俺は一応だけど『藤堂 黒乃』としては生きているけど、イッチーに好かれる事はした覚えはない。ま、多くの時間を互いに過ごしてるから……。多分だけど、ホームシックと同じで俺に帰巣性でも感じているんだろう。いや、それもそれで問題か……。

 

「おら、笹食えよ笹!」

 

 どこかで聞き覚えのある台詞が、チラッと教室の奥の方から響いた。え……?今のって、もしかしなくても『アレ』だよね?例のシーンだよね……?な、なんてこった……よりによって今日かよ!思わず俺は立ち上がって、コソコソと奥の方へ足を進める。すると案の定、鈴ちゃんが数人の男子にからかわれている。

 

 あわわわわ……。ろくに対策すら浮かんでないのに、どうしてくれようか。イ、イッチー!イッチーはまだか!教室の入口の方へ振り返ってみても、イッチーが現れる気配なし……。やっぱり、俺が出ていくしかないのか?でも……俺もイジメられてるみたいなもんだ。

 

 そうすると、火に油を注いでしまうよな?あぁ……でも、このまま見過ごすわけにもいかないし。けど、争い事に巻き込まれたくない……ってのも本音だし。俺が心の中でウンウンと唸っている間も、鈴ちゃんは男子にからかわれ放題だ。え、ええい!俺には、見ているだけなんてできない!

 

「うん……?げっ、藤堂!?」

「アンタ……。」

 

 丁度良いや。隠れて見てたけど、男子の1人に見つかってしまう。それを拍子に、俺は物陰から姿を晒す。落ち着け、あくまで俺はイッチーが駆けつけるまでの繋ぎだ。その間は、イジメいくないって視線で男子達を見続けるしかない。……って、あれ?おかしいな。なぜ俺が一歩踏む度に、一歩下がるんだい?

 

 男子達ならまだ解るよ?けどね、なんか鈴ちゃんも引いてるんですけど。俺、まだ何もしてないですぜ。いや、別に何かするつもりもないけどさ。俺は鈴ちゃんの前まで出ると、そこで足を止めた。すると、男子達も足を止めた。なんなのさ、お兄さん泣いちゃうゾ。

 

「な、なんだよ……邪魔すんじゃねーよ!」

「そ、そうだ!何のために学校に来てるか解かんねぇくせに!」

「つーか、学校来んな!お前気持ち悪いんだよ!」

 

 うぉう、最近の子供は辛辣な事を言うねぇ。お兄さん軽くショックだ。でもね、君達……言って良い事と、悪い事ってあるんだよ?そうやって悪ぶるのも良いけれど、もう少しは言葉を選ぼうよ。……と訴えるような視線を送ってみる。すると男子達は、またしてもその場から少し引いた。

 

「くそっ!痛い目みないと解らないみたいだな!」

「っ!?危ない!」

 

 いや、だからまだ何もしてないじゃん!?そんな事を言いながら拳を握られたって、俺は困惑するしかないよ。でもって鈴ちゃん。気持ちはありがたいけど、俺を庇ってくれなくても良いのに!鈴ちゃんは俺を押し退けて、両腕を大きく広げて盾になろうとする。慌てて体制を戻すが、もうすぐ鈴ちゃんが殴られる寸前だ。

 

 しかし、横入りした誰かがパシッと男子の拳を掴んで止めた。そちらの方へ目を向けると、そこに立っていたのはイッチーだった。イッチー……アンタやっぱりイケメンだよ!タイミングがイケメン過ぎだ!流石に主人公は格が違ったってわけだな。

 

「お前ら、黒乃に何しようとした……?」

 

 おっふ、やはり鈴ちゃんに目が行ってないご様子!ど、どないするか……。これで、鈴ちゃんにフラグが建ったかどうかが問題なんだけど。そんな事より、イッチーが今にも男子達に殴りかかりそうだ。変に波風立てなくったっていいんだよ……イッチー。こんな時に何が大事かって、騒ぎにしない事です。アイアム・事なかれ主義者!

 

 俺は急いでイッチーと鈴ちゃんの手を掴むと、教室の外へと走り出す。2人ともそれぞれの都合で、ギャーギャーと騒いでいるがそれは無視!私には何も聞こえんぞ……。とにかく下駄箱の前まで、必死で足を動かしていく。俺が止まったのを確認すると、2人は一斉に俺へと非難を浴びせた。

 

「黒乃、階段まで手を離さないのは止めろよ!?転げ落ちるかと思っただろ!」

「本当よ、どういう神経してんのアンタ!?」

 

 鈴ちゃんが転入して以来は、イッチーと特別会話をしてるのは見かけなかった気がするけどな。この2人、異様に息がピッタリじゃないか。本人達もそれが可笑しいようで、顔を見合わせて互いに微笑を浮かべた。俺への文句はまだあったみたいだけど、事の経緯を鈴ちゃんがイッチーへと説明してくれた。

 

「そっか、そんな事があったのか。」

「ええ、でも大丈夫よ。その子が助けてくれたから。」

「ああ、黒乃は頼りになる奴だからな!」

 

 助けたってか、別に俺は何もしてないんだけどねぇ。そのせいか、2人から送られる眼差しを素直に受け取れない俺が居る。まぁ……鈴ちゃんがそう言ってくれるなら、それはそれで万々歳って事で良いのかな?そう思っていると、鈴ちゃんが俺の目の前で手を差し伸べた。

 

「アタシ、凰 鈴音。さっきは本当にありがとうね。そっちのアンタも。」

「俺は、織斑 一夏。よろしくな。」

「藤堂 黒乃。」

 

 おお、名乗る事が出来た!地味に嬉しいな、これ。俺も驚いているけど、イッチーはもっと驚いてるらしい。事情を知らない鈴ちゃんは、不思議そうに俺との握手を交わしている。しかし、柔らかい手だなぁ……。何だろうか、幼児にも勝るプニプニ感……素晴らしい!

 

「えっと、なんかあったの?」

「そう……だな。黒乃の事情は、また今度話す。それで、凰だっけ?家って何処なんだ?一緒に帰ろうぜ。」

「鈴で良いわよ。途中まで同じ道と思うから、3人で帰りましょうか!一夏に、黒乃!」

 

 イッチーも鈴ちゃんも、コミュ力高いよね。俺だったら、会って間もない人と一緒に帰ろうなんて思いすらしないけど。2人に限っては、一方的な知り合いと言うかなんというか。人となりは嫌でも知ってるから、何の問題もない。それにしても、すんなり仲良くなれて良かった良かった。

 

 これで何の滞りも無く、毎日を過ごす事が出来そうだ。そうしている間にも、2人は靴を履きかえたみたいだ。イッチーに大声で名前を呼ばれたので、俺も急いで2人に続く。何気に原作イベントをこなしたのって、これが初めてじゃないかな。……いろいろと気を遣う。そんな事を学んで、また1つ賢くなった俺氏である。

 

 

 

 

 

 

 親の都合で知らぬ土地である日本に越してきて、凰 鈴音は早々に心が折れそうな状況にあった。なぜかと聞かれれば、大きな要因としては隣の席の人物のせいであろう。鈴音の隣の席は、藤堂 黒乃と言う名の少女だ。彼女の何が問題かと聞かれれば、謎の一言に尽きる。

 

 全く喋らないかと思えば、全く表情を変える事すらない。初めて隣の席に着いた時も、会釈のみで済まされてしまう。鈴音は、黒乃の声を1度たりとも聞いたことが無い。それはクラスの大半に言えた事なのだが、鈴音にはそれを知る由もないだろう。他の女子に聞いても、塩対応しか返ってこない。

 

 凰さんも無視していいよー。……なんて言われた日には、事情を知らない鈴音もムッときたものだった。とはいえ……海外から転入して来て、ファーストコンタクトが黒乃なのは災難としか言いようがない。鈴音が心の中で溜息を吐いていると、隣から視線を感じた。

 

「…………。」

「な、何よ……。」

 

 チラリと横を見てみると、同じくチラリと黒乃も鈴音を見ていた。驚いた鈴音は、少しキツイ対応をしてしまう。鈴音が何よと返せば、黒乃は視線を黒板へと戻す。コレを見た鈴音は、やってしまったと後悔を露わにする。鈴音は別に、黒乃を毛嫌いしているのではない。むしろ、仲良くなりたいと思っていた。

 

「じゃ、この問題を……凰。」

「は、はい!」

「この問題を解いてみてくれ。早く日本語にも慣れないとな~。」

「えっと……。」

「…………。」

 

 先生に当てられて、鈴音は困惑する。質問の内容は、文字式を解いてみてくれとの事。鈴も中国では文句なしで頭は悪くない方だったが、日本語独特の言い回しに問いの解釈がし辛い。すると、今度は隣から机をノックするような音が聞こえた。様子を窺って見ると、黒乃がノートの端に式と答えを書いてくれていたのだ。

 

 鈴は手早く式と答えを記憶すると、黒板に向かって踏み出す。半ばカンニングも同様の為に、不正がばれないかと鈴は内心でドキドキとしていた。ぎこちない様子で黒板の問いに答えて見せれば、あまり自信なさそうにチョークを置いた。先生の様子を窺うかのように、鈴オズオズと問いかける。

 

「え~っと、ダイジョウブですか?」

「おっ、よく勉強してるな……偉いぞ~。凰の解いた通り、この問題は……。」

「……ねぇ。」

「…………。」

「……ありがと。」

 

 鈴音が黒乃と仲良くなりたいと思えるのは、こういった点に関してが大きかった。言葉や表情は二の次として、単純に黒乃は優しい。これまで何度も助けられたし、世話を焼くような行動も良く見かける。それだけに、感じの悪いありがとうしか言えず鈴音はまたしても後悔を覚えた。

 

 そうして今日も、特に黒乃との仲は進展しない。放課後になると、いつも1人の男子が黒乃を引っ張っていく。そのせいか、鈴音は放課後にチャンスは無いと思っているのだろう。だからこそ、黒乃よりも先にせっせと帰ろうとした時だった。数人の男子が、鈴音の行く手を阻んだ。

 

 何の用かと聞く間もなく、鈴音は教室の奥へと引き込まれてしまった。男子全員が下卑た笑みを浮かべていた事から、だいたい予想はついていた。いわゆる、ちょっかいという奴だ。次々とからかうような言葉を投げかけられるが、鈴音は黙ったままだ。こういう手合いは、相手をするだけ無駄だと解っているから。

 

 ただ、平気かどうか聞かれれば……それはノーだ。気が強い性質の鈴音とはいえ、女の子である。馬鹿らしいとは思っていても、悪気しかない言葉はかなりショックだ。でも、こういった連中はムキになると面白がる。だからこそ、解放されるのをジッと待っていた。しかし、男子の1人が何かに気が付いたようだった。

 

「うん……?げっ、藤堂!?」

「アンタ……。」

 

 苦い顔をしながら、男子は驚いたような声をあげた。鈴音も振り返ってみると、そこには確かに黒乃が立っている。黒乃が見据えているのは、男子達のみ。その瞳はどこか怒気を孕んでいて、男子達はグッと息をのむ。そして黒乃が歩を進め始めた途端に、押し潰されそうな重圧を感じた。

 

 その重圧は黒乃が接近するにつれ、徐々に勢いを増していく。そのせいで男子達は、黒乃が一歩踏む度に、一歩下がらずにはいられなかった。敵意を向けられていない鈴音ですら、なにか息が苦しくなる感覚になる。巻き込ませまいと思っていた鈴音だったが、その背を見守る事しかできない。

 

「な、なんだよ……邪魔すんじゃねーよ!」

「そ、そうだ!何のために学校に来てるか解かんねぇくせに!」

「つーか、学校来んな!お前気持ち悪いんだよ!」

 

 すると男子達は、今度は黒乃に罵声を浴びせた。自分よりもよほど酷い事を言われているのに、黒乃は全く動じない。それどころか、まだ男子達を睨む余裕もあるらしい。背中を見ているので定かでは無いが、鈴音はまたしても威圧感を感じた。

 

 しかし黒乃の背を見ていると、不思議な事に安心する。鈴音には、黒乃の背が大きく見える。きっと黒乃は、守る事に慣れているのだろう。だからこそ鈴音は、守ってられてばかりではいられない。小学生とは言え、鈴音は小さな体躯に大きな度胸を秘めている。

 

 自分はとにかく、黒乃への暴言だけでも何とかせねば。鈴音が言い返そうと思っていると、あろう事か男子の1人が黒乃を殴ろうとする。それでも黒乃は、動こうとしない。鈴音は自分でも体が勝手に動いて、黒乃を押し退け男子の前へ立ちはだかる。痛みを覚悟し、鈴音は目を閉じた。

 

「お前ら、黒乃に何しようとした……?」

 

 いつまでも殴られないと思えば、すぐ隣でそんな声が聞こえた。ゆっくり目を開けると、そこにはまた別の男子が居る。その男子は、キツイ表情で拳を受け止めている。鈴音は、この男子に見覚えがあった。いつも黒乃と一緒に居る男子だ。近くで見るのは始めてだが、鈴音にはその横顔が輝いて見えた。

 

 そうやって少しボーッとしていると、黒乃に腕を引っ張られる。とんでもないスピードで黒乃が走るせいか、ろくに抗議する暇すら与えて貰えない。とにかく、余計な事は考えずに走るのみに集中する。それでなくても着いていくだけで大変なのに、気を緩めしだい転倒してしまうのは目に見えていた。

 

「黒乃、階段まで手を離さないのは止めろよ!?転げ落ちるかと思っただろ!」

「本当よ、どういう神経してんのアンタ!?」

 

 黒乃が止まると同時に、鈴音は男子に続いて文句をぶつけた。ほぼ初対面なのに、どこかしっくりくるこの感じ……。鈴音は、男子と顔を見合せ微笑む。それは後にして、この男子にも状況を話さねばならない。鈴音は順を追って、事の顛末を伝える。

 

「そっか、そんな事があったのか。」

「ええ、でも大丈夫よ。その子が助けてくれたから。」

「ああ、黒乃は頼りになる奴だからな!」

 

 黒乃を褒めているのに、男子はどこか自慢気に胸を張ってみせた。しかし、この男子にも助けてもらったのも事実だ。そう言えば、黒乃ともキチンと挨拶をしていなかった気がしてきた。今ならば、素直に自分の気持ちが伝えられそうだ。鈴音は、黒乃へと手を差し伸べる。

 

「アタシ、凰 鈴音。さっきは本当にありがとうね。そっちのアンタも。」

「俺は織斑 一夏。よろしくな。」

「藤堂 黒乃。」

 

 ようやく黒乃の声が聞けて、鈴音はパッと表情を明るくした。嬉しそうに黒乃の手を取るが、どうにも一夏の様子が変になる。それはもちろん、黒乃が声を出したからだ。これがどれだけ希少な事か、鈴音は理解ができていない。あまりに不自然な一夏の様子に、自然に口から疑問がこぼれる。

 

「えっと、なんかあったの?」

「そう……だな。黒乃の事情は、また今度話す。それで、凰だっけ?家って何処なんだ?一緒に帰ろうぜ。」

「鈴で良いわよ。途中まで同じ道と思うから、3人で帰りましょうか!一夏に、黒乃!」

 

 鈴音は、日本に来て初めて心から笑えた気がした。黒乃と一夏、よく解からない2人ではある。しかし不思議と、この2人とは長い付き合いになる気がしたのだ。なんとなくの勘に自信がある鈴音は、1人首を頷かせる。そうして家へと帰った鈴音は、母親に満面の笑みで告げた。

 

「お母さん、アタシね……友達が出来たの!」




黒乃→いじめっ子諭そうとしてるのに引かれる……どういうこった。
鈴→この子、威圧感だけで圧倒してる……。


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第9話 IS適正検査

「…………。」

「黒乃、私に用事か?」

 

 俺は、テレビを見ながらくつろいでいるちー姉の肩を叩いた。なるべく驚かせないように配慮はしているけど、ちー姉相手にはあまり意味がなかったかも。とにかく、俺はちー姉の座っている向かい側へと腰かけた。なにやら真剣な話であると感じ取ってくれたらしく、ちー姉はリモコンを操作してテレビの電源を落とす。

 

「……随分とかしこまっているが。」

「…………。」

「これは……。」

 

 俺は机の上に、1枚のポスターを置いた。そのポスターには、ISに乗った女性が写されている。なぜこのポスターを差し出したのか、それは……俺がISに乗りたいという意思表示をする為だ。あれからいろいろと考えて、やはり俺はIS学園を目指す事に決めた。しかし、何も無計画に行く必要はないのではないかと考え付いたのだ。

 

 つまりIS学園へと行く前に、それなりの技術を最低限は身に着けようという事。何も代表候補生になろうなんて、高望みはしていない。最低でも、自衛の手段くらいは学んでおきたいのだ。イッチーの幼馴染で、IS学園へと行く。これがどれほどに死亡フラグか、ISに関してそれなりの知識があれば嫌でも察してしまうだろう。

 

 現在の俺は小学6年……ってか、つい最近に卒業したけどね。小学を卒業して、中学に入るまでの春休み。この期間に、ちー姉へ俺の意志を伝えようと思っていた。ダメだって言われれば、まぁ……それまでの事かな。でも、望みは薄いと解っている。ちー姉は、イッチーだけじゃ無く俺もISの話に関わらせないから。

 

「ISに乗りたいと、そう解釈して良いのだな。」

「…………。」

 

 なんとか俺の言いたい事は伝わったらしいが……。怖い……ちー姉怖いよぅ……。基本的に厳しいお姉ちゃんだけど、怖いかって聞かれればまた別の話だ。悪い事さえしなければ、至って何をされるでもない。しかし今のちー姉は、険しい顔つきで俺とポスターを交互に眺めている。

 

「……何を成す。」

「…………。」

「ISに乗って、お前は何を成したい。」

 

 な、何を成すって言われても。だから俺には、世界を取りたいとか野望的概念は持ち合わせちゃいないってば。最初から高望みしていないせいか、ろくな回答が思いつかないぞ。って言うか、答えられれば良い方だけど。ちー姉だって、返事が来ないとは思っているのだろうし。でも、う~ん……強いて言うなら主に自分の身を……。

 

「守りたいから。」

「…………!」

 

 おっ、やっぱり物は試しだね……言葉が口から出たぞ。とにかく乗りたい理由は言ったよ、ちー姉!さぁ次はちー姉の番で……って、何かちー姉は片手で顔を隠すような仕草を見せている。何だろうかと考えていると、ある1つの考えが思いついた。もしや……笑ってらっしゃるな!?

 

 絶対にそうだもん、小刻みに震えてるもん。そりゃそうだよねぇ、なんせ……中途半端に言葉が出るから、中二病くさい台詞になってるもの。別にあれだよ、俺に周りの人間って別に守る必要ねーよ。ちー姉は言わずもがな、イッチーもそれなりに戦えるし、鈴ちゃんは足技系ドラゴンだし……。

 

「……良いだろう。数日中に、良い場所と人を紹介してやる。」

 

 それだけ言うと、ちー姉はせっせとどこかへ去ってしまう。あれ?今……良いって言った!?い、意外だな。俺はてっきり、ダメだと思ってたけど。それにしても、場所と人って……?場所……は、養成所か何かの事かな。候補生の候補生を育てる場所が無いと、システム的にコネがある人しか代表候補生になれないもんね。

 

 それ言ったら、ちー姉とかIS界最大のコネだろうけども……。だとすると、人ってのは教官みたいな?美人な人なら嬉しいけどな~。もしかして、後の山田先生だったりして。あの人も元候補生とか言ってたし、可能性は十分にあり得るぞ。早くあの巨乳を生で見たいもんだ……。

 

 さて、用事も済んだし……このポスターはしまっておかないとな。このままにしておくと、イッチーに何か感付かれてしまうかも知れない。原作通りに、なるべくISには関わらせない方が良いだろう。俺も立ち上がってリビングを出ると、足早に自室を目指した。

 

 そして、それから数日後……。ちー姉に連れて来られたのは、想像通りに養成所のようだった。しかし、何か雰囲気が変だ。人の声や物音が聞こえないし、それはおろか人の気配すら感じられない。本当に、運営しているんだろうね……。でも、ちー姉に限って嘘を吐くはずも無いしなぁ。

 

「行くぞ黒乃。しっかりと私に着いて来い。」

 

 ふむ、何の躊躇いもなく進みますか。それならば、何か事情があって人が居ないんだろう。そうだとしたら、これ以上は気にするだけ無駄だね。俺はペタペタと靴を鳴らしながら、ちー姉の背中を追いかける。入り組んだ道を進んで行けば、やがて受付のような場所へ辿り着く。そこを見て、何故かちー姉は溜息を吐いた。

 

「あいつ、この時間には来ると言っておいたろうに……!」

 

 そう呟いたちー姉は、携帯を取り出して『あいつ』と言った人と連絡を取ろうとしているみたいだ。しかし、なかなか通じないらしい。だんだんとちー姉は、イライラし始めているみたいだ。『あいつ』って人、来るなら来てくれないかなぁ……。ちー姉のイライラオーラのせいで、だんだん胃が痛く……。

 

「や~悪い悪い。寝坊しちゃった。」

「前にも言ったが、約束した事くらいは守ってくれ。」

「そうは言うけど、千冬だって私生活はボロボロじゃん。」

「……それとこれとは話が別だ。」

「ふ~ん、そう?同じ穴の何とやらだと思うけどね~……っと。」

 

 ちー姉の我慢が限界に達しそうな瞬間に、ここから見える仮眠室と書かれた部屋から1人の女性が出てきた。その女性の特徴を上げるとすれば、雑に染められたセミロングの金髪に……ダルンダルンのジャージ上下を着ていて、それに電子タバコを咥えているってところだろうか。言動から察するに、かなりだらしない女性だということが窺える。

 

 良いね、無気力系美女!養いたい。それにしても、原作だとこんな人……って、そんなの参考になんないか。語られないだけで、ちー姉にだって友人は沢山に決まっている。たば姉と山田先生しか友達が居ないみたいな、そんな失礼な事は考えていません……ええ、断じて!

 

「ってか、アタシの方が年上なんだから敬語くらい使ってくれても良いでしょ。」

「尊敬できる点が、何1つ見当たらないのでな。」

「さいですか……。で、その子が例の?」

「ああ、藤堂 黒乃……私が預かっている子だ。」

「ふぅ~ん。うぃっす、お嬢ちゃん。アタシは対馬(つしま) (すばる)っての、よろしく。」

 

 昴さんね……雰囲気からして、姉さんってよりは姐さんのが合いそうだ。ってなわけで、昴姐さんに大決定!昴姐さんは、俺の手を握ると無遠慮に上下に振った。むむっ!?腕が上下するのと連動して、おっぱいも揺れとる!服の上からは解からなかったが、なかなかのモノをお持ちで……。

 

 俺が昴姐さんのおっぱいを凝視していると、姐さんはほんの一瞬だけ表情を強張らせた。い、いかん……ばれたか?いや、男ならともかく俺は女の子なのだから大丈夫……だよね?ま、まぁ良いや……気にしなくても。昴姐さんが俺の手を離すと、ちー姉は話を進める。

 

「しかし、いつまでこの体制を続けるつもりだ?」

「へ?いつまでもだけど。だってさ、ここで生活してるだけで給料が入るし。」

「人間としてどうなんだ……底辺どころか底辺を突き抜けているぞ。」

「この世の中になってから、オッサン連中は文句言ってこないし?楽な方を選ぶのがアタシの人生よ。」

 

 2人の会話を盗み聞きして、ようやくこの施設の全貌が明らかになった。どうやら昴姐さんは、この養成所の管理運営及び講師の役割らしい。けれどろくに運営をしていないせいで、こうやって人の集まりが悪いのだ。それでも給料が発生してるって、この人……。ま、まぁ……言わないでおく事にしよう。

 

「今回だって、アタシが重い腰を上げただけで感謝しなさいよ。ってか、黒乃専用みたいなモンよ?」

「まぁ……黒乃の事情を考慮すれば、確かに悪い話ではないのかも知れんが。」

「解ったら、早く用事済ませましょう。今日の所は、適性検査だけで終わらせるんでしょ?」

「もはや何も言うまい……。黒乃、昴に案内して貰え。」

 

 適性検査か……。確か、ちー姉で言うと『S』だのどうだの……そんな話だったよな?へ~……検査装置が、ここにも存在するのか。ちー姉が俺の背中を軽く押すと、昴姐さんの方へ歩いて行く。面倒くさがりみたいだけど、面倒見は良いらしい。昴姐さんは、しっかり俺の手を取って歩き出す。

 

 通されたのは、更衣室だ。昴姐さん曰く、この奥に検査機器があるらしい。とにかく着替えて、奥へ来いという事なんだろうね。昴姐さんは、ヒラヒラ手を振って先に奥へと進んで行った。あらかじめ用意されているISスーツを眺めて、どうにもやりきれない気分になってくる。

 

 精神的に男なせいか、未だにスクール水着とみたいな体に吸い付く衣装は慣れない。それはそれである種興奮するのもあるけど、やはり着るよりは見てる方が良いや。ISスーツも例に漏れずピッチリレオタードタイプ……。はぁ……四の五の言ってる暇は無いか、これからしょっちゅう着るのだし、早く慣れよう。

 

 余計に時間をくったので、俺は急いで着ている服を脱ぎ捨てる。ISスーツに袖を通すと、すぐさま奥へと向かった。自動ドアを潜ると、そこにはアニメで見た事があるような機械が点在していた。ちー姉と昴姐さんは、ガラス越しに機械の操作するらしい場所に居た。

 

『オーケー、来たね。そこの台座みたいなとこに立ってもらえる?』

『なに緊張するな、一瞬で済む。』

 

 え~っと、台座台座……。あっ、あの出っ張り部分の所だな。しかし……これで適正が低いとかだと、けっこうショックな気もするな。ちー姉の言葉とは真逆で、なんだか緊張してきたかも。そこは黒乃ちゃんのスペックを信じるしかないな。俺はゆっくりと指定された場に立つ。

 

『よ~し、始めるわよ。じっとしててね。』

 

 仕事はまともにしていないながらも、機械の操作は一通りできるみたいだ。昴姐さんが機械を弄る様子を見せると、俺を囲うように円柱状の薄いガラスのようなものが降りてきた。SFっぽいなぁ……なんて思っていると、どうやら機械は俺の身体をスキャニングしているらしい。

 

 頭の先から足の先まで、光のリングが昇降していく。なんか、メトロ◯ドのセーブポイントみたいだ。光の昇降が終わると、囲っていたガラスも元の位置へと戻った。さて、これで結果が出たのだな。2人のリアクションはというと、なんか……ヒソヒソと話し合っているように見える。

 

『ごめんね、黒乃。スキャナーの調子が悪かったみたい。もう1回やらせて。』

 

 え、えぇ~……?そんなヒソヒソ話しをされた後にもう1回って、嫌な予感しかしませんよ。何?何?もしかして、女なのにIS適正なしとか!?それなら、隠し事をしていたのも頷ける……。うおおお……ど、とどうか、本当に調子が悪かっただけであってくれ~……。

 

 内心で祈りながら、再度のスキャニングを受ける。2回目のスキャニングが終わっても、2人のリアクションは変わらない。何!?なんなのさ!何かあるなら、お兄さんハッキリ言ってくれた方が助かるよ!?しばらく待つと、ガラスの向こうで昴姐さんが手招きした。心配もあるけど、ひとまず姐さんの元へ歩いた。

 

「ほら、これ結果ね。可もなく不可もなく……Bで落ち着いたわ。」

「まぁ、BだのAだのはあまり気にしなくても良い。」

 

 あれぇ……?なんだ、驚いたな。どうやら俺の考え過ぎで、特に何の問題も無かったらしい。だったらあの様子が何だったのかも気になるが、そこはもう言わないでおく事にしよう。ちー姉の言う通りに、ISさえ動かせれば俺としては何の問題も無いのだから。

 

「んで、あ~……どうしようか。……どうしようか?」

「……そうだな。黒乃、少し昴と話がある。久しぶりに会ったのでな。悪いが、時間をくれ。」

 

 久しぶりの再会ならば、つもる話くらいあるだろう。俺は首を縦に振って肯定して、更衣室へと戻っていった。でも……着替えて何しながら待っていようか。つもる話って言っても、ちー姉だし長話にはならないかな。んじゃ、少し昼寝でもしながら待っていよう。俺はベンチに横になると、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 某日、私としては恐れていた事が起きてしまった。それは、黒乃の差し出したポスターが鮮明に語っている。そこに描かれているのは、IS……。意味のある行動だと解釈するのならば、ISに乗りたい。黒乃は、そう言いたい他無いに決まっている。聞くまでも無いが一応の確認を取ると、黒乃はしっかり頷く。

 

 束が言うには、この子こそが白騎士事件の引き金……。もし本当にそうなら、私は黒乃をISに乗せたくは無かった。乗せたら最後、何か……黒乃が遠くに行ってしまうのではないかと思ってしまう。しかし、この子が何かをしたい。そう意思表示している事を、一概にダメだとも私には言えん。

 

「……何を成す。」

「…………。」

「ISに乗って、お前は何を成したい。」

 

 だからこそ私は、問い掛けずにはいられない。返答が出来ない事など、始めから解っている。私は恐らくだが、単に力を得たいとか……そう言って欲しかったのだろう。黒乃がそう言ってくれれば、頭ごなしにダメだと否定できる大義名分ができるから。黒乃は少し考える様子を見せると、静かに口を開く。

 

「守りたいから。」

「…………!」

 

 黒乃が喋ってくれたのも衝撃的だったが、私は言葉の内容の方に驚きを覚えた。実に数年ぶりに聞く黒乃の言葉は、なんとも黒乃らしい言葉だ。そうか、守りたいから……か。この子は、守るだけの力が欲しいのだろう。それはきっと、藤堂夫妻の死が大きく影響しているはず。

 

 当然だ。黒乃の両親は、あまりにも突然に居なくなってしまった。残った家族の一夏や私……いや、黒乃の事ならば凰などの身近な人々も含めて『守りたい』という事に違いない。私は思わず、目頭が熱くなってしまう。片手で顔を隠して誤魔化すが、こんなのでは黒乃にお見通しだろう。

 

「……良いだろう。数日中に、良い場所と人を紹介してやる。」

 

 私は、どうやら初歩的なミスを犯していたらしい。黒乃は私の家族だ。それを束の言葉に振り回されて、家族を信じる事を忘れていたなど……姉貴分失格も良い所だ。黒乃がそう言うのならば、背中を押してやるのが私の役目だ。ただ……どうにも落ち着かないので、黒乃の前から逃げ去ってしまう。

 

「父さん、母さん。2人の黒乃は、立派に育っていますよ……。」

 

 廊下に出た私は、天井を見上げながらそう呟いた。……このあたりにしておこう。どうにも私の柄ではない。となれば、とっとと『アイツ』と連絡を取っておかなくては。私が言うのもなんだが、相当にズボラな奴だ。うるさく言っておかないと、黒乃に迷惑をかけてしまう。私は携帯を手に取ると、対馬 昴の項目から発信を飛ばす。

 

『千冬~……?何?何の用?アタシの安眠タイム邪魔してくれちゃって……。』

「お前に頼みがある。」

 

 

 

 

 

 

 数日後、アイツとの約束を取り付けた日となった。私は黒乃を引き連れて、とある施設を訪れていた。簡単に言えば、IS乗りを育成する場所だ。もうすぐ学園が出来ると聞くが、政府もなかなかに忙しい物だな。それはさて置いて、奥へと急ごう。私は、黒乃に着いて来るよう言ってから歩き出す。

 

 奥へ行けば受付まで辿り着くが、そこにアイツの姿は無かった。あの女……。私は思わず眉をひそめて、ブツブツと口から文句がこぼれてしまう。無理にでも呼び出さなくては、アイツは約束すら忘れている可能性も大きい。私は何度も何度も、アイツの携帯へと呼び出しをかける。

 

「や~悪い悪い。寝坊しちゃった。」

「前にも言ったが、約束した事くらいは守ってくれ。」

「そうは言うけど、千冬だって私生活はボロボロじゃん。」

「……それとこれとは話が別だ。」

「ふ~ん、そう?同じ穴の何とやらだと思うけどね~……っと。」

 

 なんともだらしがない格好で姿を見せたこの女は、名を対馬 昴という。IS関連の仕事で知り合ったが、私の友人にカウントされる人間はどことなく欠陥のある人間ばかりだ。それは、類は友を呼ぶという奴なのかも知れん。とにかく、昴に関してはズボラすぎる。私生活に関しては言い返せなかったが……。

 

「ってか、アタシの方が年上なんだから敬語くらい使ってくれたって良いでしょ。」

「尊敬できる点が、何1つ見当たらないのでな。」

「さいですか……。で、その子が例の?」

「ああ、藤堂 黒乃……私が預かっている子だ。」

「ふぅ~ん。うぃっす、お嬢ちゃん。アタシは対馬 昴っての、よろしく。」

 

 互いに軽口をたたき合うのが、昴と会った時の常だ。私もそれなりに辛辣な言葉を述べたが、昴は気にする様子も無く受け流す。そして、目線の先に黒乃を捕えたようだ。昴は黒乃の目線までしゃがむと、強く黒乃の手を取り上下に振った。一見すれば和やかな光景だが、私はその時得体の知れない何かを感じる。

 

「しかし、いつまでこの体制を続けるつもりだ?」

「へ?いつまでもだけど。だってさ、ここで生活してるだけで給料が入るし。」

「人間としてどうなんだ……底辺どころか底辺を突き抜けているぞ。」

「この世の中になってから、オッサン連中は文句言ってこないし?楽な方を選ぶのがアタシの人生よ。」

 

 私は世間話をするフリをしつつ、再度昴と視線を合わせる。どうやら、昴も何かを感じ取ったらしい……。ほんのわずかながらも、私に目で訴えて来ているのが解る。なんだか解からんが、一応は昴と意見交換をしておくのが吉だろう。とはいえ、黒乃が居る前でそんな話をする訳にもいかん。私が黒乃をハケさせろと目で訴えると、昴は更にこう続けた。

 

「今回だって、アタシが重い腰を上げただけで感謝しなさいよ。ってか、黒乃専用みたいなモンよ?」

「まぁ……黒乃の事情を考慮すれば、確かに悪い話ではないのかも知れんが。」

「解ったら、早く用事済ませましょう。今日の所は、適性検査だけで終わらせるんでしょ?」

「もはや何も言うまい……。黒乃、昴に案内して貰え。」

 

 黒乃の適性検査をする予定なのも確かだったが、こうすれば少しは2人で意見を交わす時間も作れるだろう。昴が黒乃を連れて移動を開始したのに合わせて、私も検査室を目指した。機器を操作する側でしばらく待つと、検査機器側の出入り口から昴が姿を見せる。昴もこちら側へ来ると、早速口を開いた。

 

「あの子をマジでISに乗せる気?アタシ、ろくな事にならないと思うけど。」

「一応はな。聞かせてくれ、あの子に……何を感じたんだ。」

「簡単に言えば、禍々しい何か?まるで、アタシを獲物みたいな目で見てた。ほんの一瞬だけどね。」

 

 獲物……?その表現が適格だとして、黒乃は昴をどうしてそんな目で見たと言うんだ。……強者?まさか、昴が実力者であるからか……?確かに黒乃へ力のある人間を会わせるのは初めてだが、まさかそんな……。私の耳には、いやに昴のろくな事にならないという言葉が残ってしまう。

 

 

『…………。』

「オーケー、来たね。そこの台座みたいなとこに立ってもらえる?」

「なに緊張するな、一瞬で済む。」

 

 深く考え込んでしまっていたようで、黒乃が検査室に入っていたことに気が付かなかった。昴の声で我に返ったので、それに合わせて自然な様子を取り繕う。そして、適性検査を行う黒乃を見守った。昴は基本的に適当な奴だが、根は真面目だ。機器の操作は問題ないようで、安心して見ていられる。

 

「あ~……ほら、だから言ったじゃん。」

「何がだ。言いたい事があるなら、ハッキリと言え。」

「ろくな事にならないって話。これ見なよ。」

 

 検査結果が出たらしいが、昴はぶつくさと呟き始めた。何事かと尋ねれば、自分の眼で確かめろと返って来る。昴がチョイチョイと指さした画面には、測定不能の4文字が刻まれていた。それが何を意味するかなど、私にだってすぐに解った。しかし、衝撃が大き過ぎたせいかすぐさま口が開けない。

 

「ISの適性の最大評価はS。他ならない千冬が出したのが最大ってのは本人が知ってるでしょ。この結果を見るに、あの子は……Sの枠じゃ収まらないって事ってのは解るわよね。」

「…………。機器の調子が悪かったのやも知れん。」

「現実逃避とは珍しいね~……何回やっても同じ事だろうけど。」

 

 そう言うと昴は、黒乃に声をかけてもう1度検査を始めた。しかし昴の言った通りに、結果は先ほどと変わらない。認めるしかないのだ……黒乃が、規格外な存在であることを。これを聞けば、束は大層喜ぶに違いない。だがこの事実を、丸々黒乃へと伝える訳にもいかなかった。昴の提案で、他のデータを流用する運びとなる。

 

「ほら、これ結果ね。可もなく不可もなく……Bで落ち着いたわ。」

「まぁ、BだのAだのは、あまり気にしなくても良い。」

 

 結果をプリントアウトした紙を渡せば、黒乃はマジマジとそれを見つめていた。まさか、結果の隠蔽にも感付いているのではあるまいな。とにかく、もう少し昴と話し合いたい。それは向こうも同じなようで、黒乃を前にしてソワソワと落ち着きのない様子だ。

 

「んで、あ~……どうしようか。……どうしようか?」

「……そうだな。黒乃、少し昴と話がある。久方ぶりに会ったのでな。悪いが、時間をくれ。」

 

 私の言葉に、黒乃は首を頷かせた。来た場所から更衣室の方へと戻り、完全に姿は見えなくなる。すると昴は、私と会話を始める前に黒乃のデータの書き換えにかかっていた。一連の作業を見届けると、昴は盛大に頭を掻く。厄介事が舞い込んできたとか、そんな事を考えているに違いない。

 

「……今の事実、世間には公表しない方が良いわよね。あの子の為にもさ。」

「……ああ。悪い方に転べば、モルモット待ったなしだ。」

「ですよね~。ねぇ、考え直さない?あの子をISに乗せて、良い事なんて1つも起きないと思うよ?むしろ……良くない事が起きるって、アタシはそう思う。今なら千冬が言えば、あの子は止まってくれるはず。」

 

 昴の瞳の奥底に眠るのは、未知なる存在に対する恐怖そのものであった。黒乃は、こんな視線を送られる事が多い……。それは、ISの世界においてもなのか?確かに、黒乃の規格外っぷりはIS界を揺るがす事となるだろう。しかし私は、決めたばかりなんだ。あの子を……黒乃の事を信じ抜くと。

 

「どうあろうと、私の意志は変わらない。」

「ああ、そう。数年後に、後悔しなけりゃいいけどね。」

「おい……どこへ行く?」

「寝る。頭ん中リセットしないとやってられないっての。悪いけど、今後の予定とかはまた今度にして。」

 

 私の意見が変わらない事に、昴はけっこうな苛立ちを感じているようだ。眉間に皺を寄せ、頭の痛そうな仕草を見せる。そして皮肉たっぷりな言葉を放ち、私の横を通り過ぎて行った。そもそも粗暴ではあるが、酒の席以外であんなに荒れているのは初めてだ。1人取り残された私は、機器の電源を落して更衣室へ向かった。

 

「黒乃、待たせ……。」

「スー……スー……。」

 

 そんなに時間は経過していないが、黒乃は静かな寝息をたてながらベンチに寝転がっていた。黒乃の気の抜けた様子を見ると、思わず笑みがこぼれてしまう。そうだな……しっかりしているせいで忘れがちだが、お前もまだまだ子供だものな。私は、黒乃を起こさないように横抱きで持ち上げる。

 

「子供とは言え、大きくなったものだ。」

 

 問題は全くないが、思いの外、黒乃は重くなっていた。成長……か。この子がこれから進む道は、果たしてどんな道なのだろう。正直な話で、例え昴の言った通りになろうと……私はどうでも良いとさえ思える。それが間違った道ならば、喜んで正そう。しかし、存分に力を振るう事に何の問題があると言えようか。

 

 いつだったかに、決めたのだ。私は、黒乃の事を見守り続けると。私がするべきは、背を押してやる事のみだ。規格外、大いに結構。むしろ歓迎しよう。この子は、ISに乗るために産まれてきたのだと。黒乃の事を抱きかかえた私は、終始そんな事を考えていた。

 

 

 




黒乃→IS適性はBか、妥当だな!
昴→IS適性S以上の持ち主……とんでもないわね。



昴姐さんのプロフィールをば。


名前 対馬(つしま) (すばる)
年齢 26歳(原作開始時)
外見的特徴 まだらに染まった金髪 目つきが悪い 
好きな物 酒 車 バイク
嫌いな物 発酵食品全般 面倒事
趣味 昼寝 ドライブ

有名レディースの元総長だったが、とある事情により引退。当然ながら高校はまともに通っていなかったため、数年間プー太郎同然な生活を送る。親にも見放され流石にマズイと思った折に、世にISが広まった。試しにパイロットに志願するや否や、持ち前の才能かあっという間に頭角を現し、IS選手となる。しかし、ある程度IS業界において地位を確立すると同時にせっせと隠居。現在は地位や人脈を駆使して、暇を持て余しつつ給料も貰う理想的な生活に落ち着いた。





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第10話 グラップラー黒乃

季節はまだ春先だけど、夕暮れ時ともなればまだまだ寒い物で。とりわけ、その要因は今俺の穿いているこれのせいでもあると思うけれど。上から下まで、学校指定用の制服……すなわちセーラー服にスカートで、中学校に入学したことを意味する。

 

 校則でスカートの最低部は膝より下って決められてるけど、俺のはギリギリ届くか届かないかだ。別に俺は、長い方が助かるんだけどねぇ……。思いっきりロングスカートで鈴ちゃんと対面したら、アンタは昭和の女生徒か!?……と、盛大にツッコミを入れられられた。

 

 それ以降は、半ば強引にこの状態を保たさせられている。こと俺の身なりに関しては、他人色に染められるからね。髪も短い方が良いのに、切ろうとしたらちー姉とイッチーの猛反発を受けたし……。私服とかも、だいたいはちー姉か鈴ちゃんが選んだのだし……。

 

 俺が意思を伝えられないから、しょうがないと言えばしょうがないけど。それでもいい加減に、俺の好き勝手にさせてほしいもんだよ。なんて考えながら歩いていると、かなり強めな風が吹いた。うぃぃぃ……さ、寒いよぉ。イッチーが居れば、風よけになるのだけれど。

 

 中学に入ってからという物、どうにも集まれる機会が少ない気がする。イッチーは帰宅部だけど、なんか家事で忙しいみたいだ。鈴ちゃんの方は、部活に入ってた……かな?バスケ部とか、その辺りなんじゃないのかね。かくいう俺も、それなりには忙しい身だ。

 

 ISに乗り始めてそれなりになるけど、だいぶスケジュールがキツイ。今日も帰って、昴姐さんから出された課題を終わらせないと……。座学が苦手な俺にとって、ISに関わる諸々を記憶しておくのは大変な事だ。提出期限、間に合えば良いけど。タイムリミットの事を考えているせいか、俺の足を送る速度は上がった。

 

「にゃーん……。」

 

 しかしそれも束の間で、俺はすぐさま足を止める。今のは、猫の鳴き声……?か細く消え入りそうな声の主は、俺の頭上に居た。声がしたであろう場所を見上げると、そこには太めの木の枝で震える仔猫の姿が。なるほど……木に登ったはいいが、降りられなくなったパターンの奴か。

 

 どうやら木は、高いフェンスをまたいで公園から生えているらしい。木の伸び方のせいで、敷地内から枝が通路側へはみ出してしまっている形か。う~ん……助けないとだよな。仔猫は、まるで助けてと懇願するかのように俺を見ている。これを放っておくとなると、罪悪感がマッハだ。

 

 そうと決まれば、俺は回り込んで公園内へと侵入した。例の木まで接近すると、軽い調子でよじ登って行く。待ってろよーい、今助けるかんね~。あっという間に仔猫と同じ枝まで辿り着くと、取りあえず手招きしてみる。すると仔猫は、ヨチヨチと歩いてこちらへと近づいて来た。

 

 むはーっ!?カワイイ!ちょっと怖がっているっていうのは解るけど、どうにも可愛いと思ってしまうな……。まぁそれももうすぐ終わりだ。後は俺が降りてしまえば任務完了。十分射程圏内まで近づいた仔猫を、俺は慎重に抱え上げた。お~よちよち良い子でちゅね~じゃあお兄さんと、一緒に地上へ戻ろうね~……。

 

 ……って、アレ?……思ったよりも、高いんですけど。……怖いんですけど。意気揚々と降りようとしたのは良い物の、木の幹から下を見下ろすと思いのほか高かった。ど、どうしよう!?ミイラ取りが、ミイラになってしまったではないか!ISで空を飛んだりはしますたけども、それとこれとは話が別である。

 

 俺がその場で立ち往生していると、ふと仔猫がおれの腕の中で鳴いた。そこはかとなく呆れたように聞こえたその鳴き声のせいで、なんだか情けない気分になってしまう。うぅ……基本的に怖がりの俺が、こんな無茶をするんじゃなかったかな?でも、言ってて状況が変わるわけでもなし。

 

 飛び降りよう!そう決心した俺は、静かに目を閉じた。着地時のリスクが上がるけれど、こうしていれば変に高さを意識する事も無くなる。よ~し……いち、にの、さんで飛ぶぞ。そんな事を考えていると、何やら足元が騒がしくなってきた気がした。もしかして、俺が無茶をするのを止めようとしてくれてるのかも。

 

 地味に嬉しいけど、ここで止まる気はない。やってやる……やってやるぞぉ!高い木がなんだ、怖くないったら怖くない!そ~れカウントダウン……開始!俺は心の中で、いち・にの・さんと唱える。さんと言いきったタイミングで、思い切り木の枝から通路側へとジャンプした。

 

「ぐへえっ!?」

 

 それなりの痛みを覚悟してジャンプしたのだが、どういうわけか綺麗に着地が出来た。それにしても、今の呻き声はいったい……?猫……じゃないよね。そんな不細工に鳴く猫とか、全然可愛くないし。そう思って恐る恐る目を開くと、俺の足元には……人が突っ伏していた。

 

「な、何者だよ……お前!」

「急に上から現れやがって!」

 

 まるで俺を非難するかのように、目の前の男性2人組はそう言った。服装は高校の物みたいだな。でもどうにも着こなしがチャラいのを見るに、いわゆる不良と呼ばれる俺が最も苦手な人種だろう。だとすれば俺は……2人組の仲間1人を、クッションにする形で踏みつぶしてしまったって事か?

 

 …………。うわああああ!?や、やっちまった!ヤバイよヤバイよ……今のは完全に事故だけど、それを弁明する事ができねぇよ。も、もしかして……いや、もしかしなくてもボコられる?十分にありうるよね。今のご時世だからさ、女に対しての不満とか高まってるだろうし……相当ヤバイ状況だコレー!?

 

「ア、アンタ確か……同じクラスの藤堂?」

 

 あり?その特徴的な赤い髪色のキミは、五反田 弾くんじゃないか。ろくに出番も貰ってないのに、何故だか委員長タイプの先輩にフラグを建てちゃってる弾くんじゃないか!それにしても、どうしてこんなところに?偶然でも何でもいいから、目の前にいるか弱い乙女を助けて頂戴よ。

 

「この女、いつまでソイツに乗ってんだ!」

「っ!後ろ……危ねぇぞ!」

 

 ……あっ!良く見たら、靴紐が解けてるじゃん。どうにも靴の履き心地が悪いと思ったら、こういう事だったのね。俺は猫を逃がしつつ不良Aから手早く降りると、靴紐を結ぶために軽くしゃがんだ。それと同時ほどに、頭の上を凄まじい風が通り過ぎた。何事かと思って顔を上げれば、少し前で不良Bがふらついている。

 

「なっ!?」

「おお、やるぅ……。」

 

 ?……何だか知らんけど、このままでは前のめりに転んでしまう。いくら不良とて、何も見放さなくたっていいよね。そう思った俺は、しゃがんだままの状態で不良Bのベルトを背後から掴んだ。体勢を立て直せるように、引っ張って支えようと思ったんだ……。思惑は外れ、不良Bは更にバランスを崩して仰向けに倒れた。

 

「あだっ!?こ、の……女ぁ!」

 

 い、いやいやいや!今のは違うんです!俺は、貴方を助けようとしてですね……。心の中で弁明をしながら、今度こそちゃんと手を貸そうと不良Bに近づこうとした。その際に、慌てていたのか解けていた靴紐を踏んでしまう。そのせいでつまづいた俺は、前に大きくつんのめる感じで1歩を踏んだ。

 

「ぐがっ!?」

 

 俺の足の着地地点は、なんの因果か倒れている不良Bの顔面だった。足に変な感触がしたと思ったらもう遅い。俺は天然で発生したストンピングで、不良Bを思い切り踏んづけてしまったのである。そういえば、女子供でもストンピングってのは威力が出るって誰かが言ってた気がする。

 

「な、なんだよこの女……!?」

 

 現実逃避をしてみたけど、そりゃ通じませんよねー……。うん、謝るしかないよ!人間誠心誠意の心構えで謝ったら、なんとかなるさ!俺は振り返って、残された不良Cへと近づく。キビキビとした動きで不良Cの前へと立てば、すんっ……ませんでしたああああ!と、勢いよく頭を下げた。それと同時に、今度は俺の額にも衝撃が走る。

 

「がっ!あっ……。」

 

 いったー!?な、何が起きたんです?額をさすりながら涙目になった俺が目撃したのは、身体を反らしながら後方に倒れた不良Cだった。顔面を覗き込んでみると、どうにも何かがぶつかったような痣が……。あ~……これはあれだね、今度は天然のヘッドバットが出ちゃった感じだね……。よしっ、逃げよう!

 

「ちょっ、ちょっとタイム!」

 

 ええい、なんだい弾くん!俺にいったい何の用事かね。弾くんは、急いで立ち去ろうとした俺の腕をしっかり掴んで離さない。アレだよ!?顔を覚えられたらどうしてくれるつもりだい。黒乃ちゃんは表情は出ないが、とんでもない美少女なんだぞ。もし報復とかになって、エロ同人みたいな事になったらどうしてくれる!

 

「助けてくれて、ありがとうな。俺は、五反田 弾。アンタは、藤堂 黒乃……で良いんだっけか?」

 

 助けた……はて?俺が助けたのは、猫だけですが。もし不良達の事を言っているのなら、それは完全にお門違いだ。だって、あれは事故だし……。わざとじゃないし。俺は悪くない。そういう事だから、早く帰らせてちょうだいな。もし今にでも目覚められると、今度こそ俺はR指定な仕打ちを受けてしまう。

 

「俺の家さ、食堂やってんだ。その……良かったら、飯とか食っていかないか。なんか、礼もしたいしよ。」

 

 飯……。つまりは、奢って貰えるって事なのだろう。タダ飯……なんて良い響きだろうか。個人的な感想だけど、タダで食う飯ほど美味いものはないと思う。……行きます!でもその前に、イッチーに空メール送っておこう。どうせ文字ってか文章は打てませんし。時間帯と送る数によって、俺の空メールは意味を変える。

 

 イッチーが提案した事だけどね……。この時間帯ならば、今日は晩御飯は要りませんって意味になる。空メールを送信してしばらく、イッチーから了解の返信が届いた。それを確認すると、俺は弾くんの言葉に頷いて答える。俺が肯定的反応を示したのがよほど嬉しいのか、弾くんはガッツポーズを見せつつよっしゃと小さく呟く。

 

 その後は、弾くんに連れられ五反田食堂へ向かう。弾くんのおじいちゃん、厳さんの作った野菜炒めはとにかく絶品だった。ボリボリとキャベツを貪る俺の頭からは、すっかり課題の事など抜けてしまう。家に帰って机を見て、絶望したのは……弾くんのせいという事にしておこう。

 

 

 

 

 

 

「わっ、見なよお兄。お兄の今日の恋愛運、最高だって!」

「ん~?俺って、占いとか信じねぇから。」

「夢のない事を言わないでよ!お兄も中学生なんだから、彼女さんくらい作りなって。」

 

 朝っぱらから何かと思えば、妹の蘭がテレビを指差しながらそんな事を言う。対して俺は、下らないと言わんばかりに塩対応。まぁ……彼女の1つや2つは欲しいと思うけど、まだ入学したばかりだぞ。そんなに手が早くても仕方が無い。今の内は、様子見と言ったところだろう。

 

「ラッキーアイテムは……白い布類ねぇ。かなり幅広いし、本当にチャンスがあるかも。」

「あのなぁ。運命ってのは、自分で切り開くもんだろ。」

「お兄、寒いよ。」

「可愛くねー妹だ事……。」

「なんか言った?」

「何でも無いです。」

 

 冗談めかして言ったつもりだけど、かなりマジな目で寒いと返された。俺は思わず考えがそのまま口に出てしまうが、ドスの効いた声を出す妹に萎縮してしまう。女尊男卑とか関係なしに、頭が上がらなくなったのはいつからだろうか?多分だけど、蘭がませてるだけだと思うけど。

 

「いつまで喋ってんだバカタレ。準備ができたなら、とっとと学校に行きやがれ。」

「アダッ!?な、殴るこたぁねぇだろ……それも俺だけ!」

「なんか文句あっか?」

「行ってきま~す!」

 

 ほのぼのと時間を過ごしていたのに、我が家の頑固爺のせいで台無しである。気配も無く背後から頭に拳骨を喰らった俺は、痛みを耐えながら猛抗議をした。しかし、今度は蘭の数倍は恐ろしい声色で返され……。俺は逃げるような形で、勢いよく家から飛び出した。

 

 はぁ……なんだか、家の中での立場が無くて辛いな。あれ、なんだろ……眼から汗が……。なんて、そんなので気落ちする俺じゃ無いけどな。さて、時間にも余裕があるしゆっくりと歩く事にしよう。いつもの通学路を進んで行くが、どうにも気分が落ち着かない。

 

 何と言うか、視線が変に女子へと向いてしまう。それはきっと、朝に蘭が余計な事を言って来るからだろう。俺の今日の恋愛運は最高……それで、ラッキーアイテムは白い布類……。妙にそれを意識してしまうせいか、同じく通学路を歩く女子が白い布製の物を持っていないかが気になってしまう。

 

 俺って、相当に単純だな……。そう思って視線を泳がせていると、ふとある女子が目についた。いや……ないな、様々な事柄で黒が似合うあの子に限って白は連想できない。俺の目線の先に居るのは、藤堂 黒乃という女子だ。彼女はいろんな意味で、校内では有名人である。

 

 その要因として挙がるのは、まず無表情で何も喋らないという点だろう。なにやら事情があると教師から説明があったが、誰も彼女の声を聴いたことが無いと言うのだから驚きだ。次に挙がる要因と言えば、目玉が飛び出るくらいに美人であるから。

 

 そこらの可愛い女子が、まるでお子様に見えるほどに彼女は完成されている。12、3歳そこらの女子に、綺麗と言う表現を使った方が正しく思えるのは初めてだ。本人が気付いているかどうかは知らないが、鼻の下を伸ばしながら男子に熱い視線を送られるのが常だ。まぁ……俺もその内の1人だったりするが。

 

「お~っす、弾!ボーッとしてどうした……って、はは~ん……。」

「よう、数馬。で、なんだよその目は。」

「いやぁ、解るぞぉ。良いよなぁ、藤堂って。良いよなぁ……。」

 

 元気に俺の肩を叩きながら挨拶して来たのは、御手洗 数馬。中学に入ってから知り合ったが、何かと趣味が合うのですぐに意気投合した。数馬は俺が藤堂を眺めていたのを察したらしく、肩を組みながらニヤニヤとした表情を浮かべる。そして数馬も藤堂を眺めて、何か恍惚としている。

 

「でもま、こうやって眺めてるしかできんだろうけどね~。」

「ああ……織斑な。」

「そうそう……。羨ましいよな、藤堂と1つ屋根の下だぜ!?間違いなく間違いが起きるだろ、けしからん!」

「けしからんのは数馬の脳ミソだろ……。」

 

 織斑っていうのは、いつも藤堂と一緒に居る男子の事だ。まるで自分以外の男子を近づけさせないかの如く、藤堂にピッタリ張り付いて離れないのだ。最近では、一緒に居ない時間を捜す方が難しい……なんて言われたりもしてるな。しかし、織斑はそれだけに飽き足りず……もう1人凰って女の子も侍らせて……!

 

「世の中、不公平だってつくづく思うぜ。」

「織斑見てると特になぁ。アレで顔が普通なら、まだ俺らにも救いがあったかもな。」

 

 俺は口を尖がらせてそう言って、数馬はケタケタ笑いながら肯定した。織斑って相当なイケメンだしなぁ……数馬の様に、もはや笑うしかないのかも知れない。なんて数馬とじゃれ合っていると、通学路もかなり短く感じてしまう。学校に着いた俺と数馬は、それぞれの教室へと分かれた。

 

 生憎だが、数馬とはクラスが違う。別に自分のクラスに友達が居ないって事ではないが。せっかくなら一緒のクラスでと、そう思うのが正直なところだ。今日も退屈で平凡、そんな言葉がふさわしい学校生活が始める。気合入れ直して、先生にどやされないようにしないとな……。

 

 

 

 

 

 

(結局、出会いという出会いはなしか……。)

 

 当たり前の事かも知れないが、そう考えながら帰宅の途に就く俺。つまるところは、やっぱり占いなんて当てにならないってこった。家に帰ったら、蘭の奴にどうだった?とか聞かれそうだな。何もなかったなんて言うとからかわれそうだし、少しばかり見栄を張っておく事にしよう。

 

「あ、あの……私、急いでるんですけど……。」

「え~ちょっとくらい大丈夫っしょ!」

 

 何事かと思えば、女の子が強引なナンパに捕まってしまったらしい。着ている制服からして、ウチの生徒だろう。顔は見覚えが無いから、上級生っぽいな……。いや、それよりも俺が気になったのは……女子が髪を結うのに使っている真っ白なリボンだ。

 

 これはもしや……シチュエーションとしてはバッチリだ。あの女子を俺が助けて、惚れられちゃうみたいな!?そうとしか思えなかった俺は、自然とダッシュをかけて女子達へと接近を試みていた。女子とナンパ男の間に割って入った俺は、なんとなく強気な発言をしてみる。

 

「そこまでにしとけよ、その人も困って……。」

「あっ、ありがとう!ゴメンね!」

 

 あるぇ~?俺が台詞を言い切る前に、女子はそそくさと逃げてしまった。助けてくれてありがとう、それと逃げるけどゴメンって事らしい。……思ったのと違う!コレジャナイ!流石に想定外だったためか、魂が抜けたかのようになってしまう。そして忘れてはいけないのが、ナンパをしてたお兄さん方である。

 

「あ~あ~……俺らのナンパ邪魔してくれちゃって!」

「覚悟は出来てるんだろうな?!」

「いや、出来てないんで帰ります!」

「あっ、こら……待ちやがれ!」

 

 畜生!もう占いなんか絶対に信じてたまるか!俺は一瞬の隙を突いて、ナンパ男達の横をすり抜けて行った。そして全力疾走で、自宅である食堂を目指す。食堂に入ったらこっちのもんだ!流石にあんな連中でも、店内で騒ぎ立てようなんて思うまい。

 

 もしそれでダメでもウチの店主は爺ちゃんだ。あんな連中は瞬殺に違いない。もちろん、この場合は俺もまとめて殴られるだろうけど。……アレ?本末転倒って、この事を言うんじゃないか。どうやら、また1つ賢くなってしまったらしい。

 

(んな馬鹿言ってる暇ねぇかもなぁ……。)

 

 どうにもナンパ男たちはしつこくて、それでいて足も速い。俺は決して遅くは無いけれど、油断をしていると追いつかれてしまいそうだ。ってか、スタミナが……疲れてきた……。俺のスタミナ不足とは裏腹に、ナンパ男達は元気ハツラツだ。ダ……ダメだ!もう……走れない……。

 

「ようやく観念したみたいだな。」

「ちょっ、待って……話せば解る!」

 

 心底から何事もまず話し合いからだと訴えるが、向こうは当然聞く耳を持ってはくれない。すると3人組のうち1人が、指の骨をバキバキ鳴らしながら近づいて来る。う、う~わ~……こっちのシチュエーションは、本当にあり得てしまった。はぁ……仕方ないか、きっとこれも調子に乗った罰だ。

 

「ぐへえっ!?」

 

 俺が殴られる覚悟を決めた途端に、突如近づいてこようとしていた男に何かが降り注いだ。いや……俺は、それがなんだかハッキリと視認していた。上から降って来たのは、女子だ。降下しているにも拘らず、スカートは一切押さえていない。そのせいで、俺には見えてしまったのだ。

 

(純白の……パンツ!)

 

 なんという事だろうか!安産型ながらもただ大きいだけでなく、キュッと締まって纏まりのある上品なお尻を包んでいるのは、清廉潔白で……穢れの1つも見当たらない純白のパンツ……白い布類!もしや、今度こそビンゴなのではないだろうか!お尻に注視していたせいか、誰だか確認していなかった。

 

「な、何者だよ……お前!」

「急に上から現れやがって!」

「ア、アンタ確か……同じクラスの藤堂?」

「…………。」

 

 俺はナンパ男達とは、違った意味で驚いていた。そう……降って来たのは、間違いなく藤堂だった。その手には何故か猫を抱えているが、タイミング的に意図して男にのしかかったのだろう。上を見てみると、そこには高い場所に木の枝が伸びている。もしかして、助けてくれたのか?

 

「…………。」

 

 再び視線を藤堂へと戻すと、向こうも俺の事をジッと見ていた。うぉう……近くで見ると、ますます美人だな……。才色兼備とは、彼女の為にある言葉ではないか。そう思えるほどに、目の前にいる藤堂は綺麗の一言に尽きる。でもどうやら、ぼんやりしている場合ではない。

 

「この女、いつまでソイツに乗ってんだ!」

「っ!後ろ……危ねぇぞ!」

 

 藤堂にのしかかられた奴は気絶したとして、まだ2人残っている。そのうちの1人は、助走を付けながら藤堂へと殴りかかってくるではないか。俺は慌てて藤堂へ忠告すると、振り向く事すらせずにその場でしゃがんで華麗に回避して見せた。

 

「なっ!?」

「おお、やるぅ……。」

「あだっ!?こ、の……女ぁ!」

 

 振り向かなくても見えているかのような回避に、俺は思わず賞賛の言葉が飛び出た。しかし、藤堂の行動はそれで終わりでは無かった。腕を伸ばして男のベルトを掴んだかと思えば、バランスを崩しているのを良い事に引き倒す。急いで立ち上がったかと思えば、容赦の欠片も見えないストンピングで顔面を踏み潰した。

 

「ぐがっ!?」

「な、なんだよこの女……!?」

 

 そこまでするとは思っていなかったのか、残された1人は藤堂に対して恐怖を覚えているらしい。助けられといて何だけど、実のところは俺だってそうだ。あんなストンピング、普通の奴ならまず出来ない……。容赦どころか、殺す気でかかっているような印象を俺は受けた。

 

 顔面を踏まれた男は、当然ながら気絶した。すると藤堂は、バッ!っと振り返って残る男へと接近を試みる。男の方はというと、もはや抵抗する気力すらないらしい。だが藤堂は、そんなのは知らん顔。男の前に悠然と立つと、上体を後ろへと反らした。そして、そのまま頭部を振りかぶるかのように、男の顔面へヘッドバットを放つ。

 

「がっ!あっ……。」

(な、なんてワイルドな……。)

 

 もっとスマートにいくかと思えば、まさかのヘッドバットである。男の方も予想外だったようで、グラリと後ろへと倒れこむ。これにて男達は全滅……。これを藤堂がやったとなると、本当に凄まじいものだ。事が片付いたのを確認すると、藤堂は足早にこの場を去ろうとしてしまう。俺は、気がつけば藤堂の腕を掴んでいた。

 

「ちょっ、ちょっとタイム!」

「…………。」

 

 相変わらずの無表情だが、藤堂は確かにこちらへ振り向いた。もし藤堂の穿いていたパンツが、例のラッキーアイテムだったとしよう。さすれば、藤堂とお近づきになるチャンスだ。しかし、俺の脳裏には藤堂のパンツが浮かんでしまって……。お、落ち着け俺。普通にしていれば良いんだ。

 

「助けてくれて、ありがとうな。俺は、五反田 弾。アンタは、藤堂黒乃……でいいんだっけか?」

 

 自分で言っていて、かなり白々しい。藤堂の事なんてバッチリ知っているが、どこかうろ覚えな感じで言葉を紡ぐ。足を止めてくれている藤堂だが、手を離せば今にも歩き出してしまいそうだ。どうにかこうにか、藤堂を引き留めなくては。すると俺には、とある名案が過る。

 

「俺の家さ、食堂やってんだ。その……良かったら、飯とか食っていかないか?なんか、礼もしたいしよ。」

 

 こうすれば、引き留めた事もかなり自然だ。下心はありけりだが、礼をしたいというのも本心である。すると藤堂は、携帯をいじるような仕草を見せた。しばらく待つと、藤堂は確かに俺に向かって頷いた。予想外の好感触に、俺はガッツポーズを隠せない。気を取り直して、俺は藤堂を自宅へ案内する。

 

 店は閑古鳥が鳴いていたが、こちらの方が都合がいい。まず第1に、藤堂の事情をじいちゃんに説明しとかないと……。場合によっては、藤堂を礼儀知らずの奴だと受け取りかねない。まぁ……じいちゃんだって、問答無用って事はないだろうけど。

 

 俺も詳しく事情は知らないけど、なんとか理解はしてもらえたらしい。自分で注文が出来ないみたいなので、とりあえずオススメを作って貰う。出された野菜炒めを、藤堂は無表情で食べ進める。何か話しかけようと思ったが、どうにも話題が出てこない。そうこうしてるうちに、あっという間に器は全て空だ。

 

「…………。」

「ご馳走さまだってさ。」

「おう。」

 

 藤堂が手を合わせて会釈をしたのを見て、通訳の役割を果たす為にじいちゃんへ呼び掛ける。しかしじいちゃんは、いつも通りの様子で短く返す。じいちゃんの返事に再度会釈を見せた藤堂は、椅子から立ち上がり鞄を抱える。もう少しゆっくりしてくれれば良いんだが、これ以上引き留めるのと悪い。

 

「帰るんなら、送っていくぞ?」

「…………。」

「そ、そうか……。解った、気をつけて帰れよ。」

 

 少し暗くなってきたから、エスコートをしようと思った。だが、藤堂は手を突き出して俺を制する。危ないなんてのは、藤堂には余計なお世話か……。最後に藤堂は、深々と頭を下げて店を後にした。……仲良くなるきっかけとしては、及第点ってところか。残りの問題は、織斑をどうするかだな。

 

「お兄、店先で綺麗な人とすれ違ったけど……。もしかして、占い当たっちゃった!?」

「あ?そうだな、少しは信じてみても悪くねぇかも。」

 

 藤堂と入れ替わるかのように、蘭が店の戸を開いた。なにやら興奮気味で俺にそう聞くが、肯定的な意見を述べるとニヤニヤし始める。実際のところ、占いのおかげかは定かじゃねぇけど。ぶっちゃけ、これから藤堂との仲が進展する気はしないぞ。友達止まりでもラッキーと思わないと。

 

「で、結局ラッキーアイテムは関係あった?」

「んあっ!?あ~……その、なんだ……なんだ……。」

 

 蘭に白い布類の件を問われると、またしても藤堂のパンツが脳裏に浮かぶ。自宅という油断できる状況のせいか、さっきまでとは違い表情がだらしなくなる。蘭は俺が何を考えているのかだいたい解るようで、眉を潜めると大きな声で俺を批難し始める。

 

「最っ低!なんでよりによってパンツ!?」

「べ、別に故意で覗いてはねぇぞ!事故だ事故!」

「あ~やっぱり見たんだ。この……変態お兄!」

「このっ……かまかけやがったな!」

 

 我が妹ながら賢いもので、どうやらまんまと罠にかかってしまったらしい。蘭は俺が藤堂のパンツを見たと確信が取れると同時に、背負っていたランドセルを俺にぶつける。それも、地味に痛い脇腹を的確に狙ってくるではないか。確かに悪いのは俺かもしれないが、事情くらいは聞いてほしい。

 

「店ん中で騒ぐんじゃねぇ。」

「アダッ!だから何で俺だけ!?だぁもう……蘭、いい加減しつこいぞ!」

 

 後方から拳骨が襲ってきたかと思えば、それに反論している暇も無い程に蘭がしつこい。もう少し藤堂がこの場に居てくれたら、お転婆な妹を止めてくれただろうか。ってか本当……助けてくれ藤堂。うん……明日から、なんとか話しかけてみる事にしよう。数馬の奴には……黙っておいた方が良い気がする。妹と祖父に責め立てられる俺は、現実逃避気味にそう考えるのであった。

 

 

 




黒乃→偶然にも不良をノックアウトしてしまった……違うんです、事故なんです。
弾→男3人を瞬殺か、強いな……藤堂は。


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第11話 織斑一夏の落ち着かない朝

枕元に置いてある目覚まし時計から、アラーム音が鳴り響く。時刻は6時……相当な早起きである。なんでこんな時間の早起きかと申しますと、昴姐さんから出された課題が終わらなかったのである。昨晩もかなり徹夜したのに、それでもだ。だから今日は早く起きて他の生徒が居ない間に登校し、学校が始まるまでに出来る限り課題を進めようと言う魂胆だ。

 

 ウチでやれば良いじゃんと思うかもしれんが、都合の悪い事に今日は俺が家事当番の日だ。働かざる者食うべからず。俺もイッチーに頼ってばっかりじゃなく、織斑家の一員としてするべきことはしている。家事に関しては、俺とイッチーで分担しつつ交代制で行っているんだ。

 

 で……今日の朝飯は、俺の番という訳。家事も同時にこなさないとだから、こんな時間に起きなきゃならんのだよ。本当はまだ寝ていたいが、無理矢理にでも身体を起こす。ノロノロとスローモーションで動けば、クローゼットを開いて制服を取り出した。

 

 手早く着替えた俺は、なるべく静かに行動をとる。それこそ、イッチーを起こしちゃ可哀想だからね。ゆっくり階段を下った俺は、取りあえず洗面所へと向かう。不思議な物で俺自身は眠くて仕方が無いのに、黒乃ちゃんの表情筋はピクリとも動いていない。見た目だけでは、眠いと察してはもらえないだろう。

 

 それはともかくとして、両手に冷たい水を溜めて顔に浴びせる。幾分か目が覚めた俺は、続けて歯磨きを開始。シャコシャコと、俺の歯を研磨する音のみが空間を支配する。近所も生活音はしない時分の為か、余計に際立って歯磨きの音が聞こえる気がした。

 

 歯磨きを終えた俺は、エプロンを纏いつつ台所へ。さて……何を作った物かな。イッチーが後から起きてくるのを考慮すると、1度冷めてもレンジで温めればそれなりに食べれるものが良いかも。とにかく、冷蔵庫を開いてみる事にしよう。冷蔵庫の中を覗いてみると、ありふれた民家の様相だ。

 

 う~ん……ベーコンエッグでも作って、焼いたトーストにでも乗せて食べるか。食パンは、テーブルに並べておけばイッチーも勝手に焼くだろ。本当に簡単な物だが、俺も忙しいし仕方ない。そう自分に言い聞かせつつ、俺は卵と真空パックに入ったベーコンを取り出した。

 

 それをシンクに並べると、後は……フライパンと油……っと。おっと、先にトースターに食パンを入れとかないと。そんな感じで、慌ただしいながらも朝食作りをこなしていく。自分のベーコンエッグはとっとと食パンに乗せて、イッチーのは皿に乗せてラップをしておく。こうしておけば、少しはマシだろう。

 

 そうして、1人で寂しい食事が始まった。喋れるわけでもないが、やはり食卓は大勢で囲む方が良い。時間帯が寂しいってのもあるから、早く食べて早く学校へ向かおう。俺はベーコンエッグの乗った食パンを、少し強引に口へと捻じ込む。手早く後片付けをすると、どこかから脱出するかの如く家を飛び出た。

 

 流石に学校には誰も居ない。けど、これで俺の計画通りだ。鞄の中から参考書を引っ張り出すと、課題が印刷してあるプリントへ手をつける。提出期限が迫っているという緊張感からか、とんでもない速度でペンが進む。それにしても、昨晩は徹夜しておいて良かった。それがなければ、到底終わらせる事はかなわなかったろう。

 

 数枚あるプリントの最後の1枚、その問がたった今埋まった。やったー!なんとか、朝のうちに終わったぞ。時間は……げっ、凄い経過してる。早い時間に登校する人達が、姿を現すような時間帯だ。俺は……学校が始まるまで、居眠りでもしておこう。そうやって机に伏せようとすると、特徴的な赤い髪色が見えた。

 

「ん……とっ、藤堂か。おはよう、お前もテスト勉強か?」

 

 誰も居ないと思っていたようで、俺の姿を確認すると少し驚いた様子だ。しかし……今弾くんは、テスト勉強とか言っただろうか。聞き間違えであってほしかったが、日程の書かれている教室の後方の黒板を確認してみる。するとそこには、ハッキリともうすぐテスト期間である事が記されていた。

 

 わ……わわわ、わ……忘れてたぁぁぁぁ!ISの勉強にかまけていたせいか、そっちの事が頭からすっぽ抜けていた。課題の提出もしなければだが、成績が悪いとちー姉に殺される!これは、寝ている暇なんてないな……。俺も弾くんを見習って、勉強しなくては。それはそれとして……。

 

「…………。」

「いや、いきなり頭なんか下げてどうし……あっ、もしかして昨日の事か?気にすんなって、助けて貰ったのはこっちなんだからよ。」

 

 俺が頭を下げた理由を、弾くんは察してくれたらしい。俺が助けたと弾くんは言うけど、あんなの偶然の産物に過ぎない。それなのに俺は飯をご馳走になったのだから、再度こうして礼をしておくのが筋ってもんだ。一瞬困惑した弾くんだったが、後は朗らかに笑ってみせる。

 

「もし良かったら、今度は客として来てくれよ。ほら、織斑とか凰も一緒に。」

 

 あぁ……そうか、俺のせいでイッチーの社交性が息をしてないんだった。本来はどういった経緯で仲良くなったかは解らないけど、どうにか俺が潤滑剤になって2人と弾くんを接触させなくちゃな……。そうでもしないと、なんか事が上手く運ばない気がする。

 

「それと、その……頼み?があんだけど。出来れば、下の名前で呼んで良いか?」

「…………。」

「い、良いのか?言ってみるもんだな……。よしっ、んじゃ……俺の事も気軽に弾って呼んでくれよな!」

「…………。」

「ハ、ハハハ……。」

 

 この問いかけがあるという事は、俺と友人関係を結びたいという解釈で良いのだろう。もちろん、俺としては来る者拒まずの姿勢だ。首を縦に振ると、弾くんは非常に嬉しそうな表情を見せる。しかし、続いて言われた言葉に否定も肯定も出来なかった。そのせいか、弾くんは乾いた笑みを見せる。

 

「ま、まぁ……無理はしなくて良いからさ。そんじゃ、また後でな。」

 

 そう言いながら、弾くんは自分の席へと戻っていった。そうだったそうだった……テスト勉強しないとだった。それでなくても、頭の出来は本当に良くないんだから。運動一本で大学まで行った男だからね、俺は。学ぶのが2回目な分だけ、他の子達より有利ってだけの話さ。

 

 席に座り直した俺は、机の中に置きっぱなしの教科書類を取り出す。そうだな……手始めに、数学から始める事にしよう。理数系とかは、死ねと思うくらいに苦手だ。歴史みたいに、覚えるだけなら気が楽で良いんだけどな~……。文句を言っている暇があったら、頑張れって話だよね。よしっ、頑張る!

 

 俺と弾くんが勉強を始めてしばらく、他のクラスメイト達もちらほら教室に顔を見せ始めた。真面目な子達だねぇ……。俺が前世の時なんて、自主勉強っていったら提出物の分だけくらいだったけど。昔はそれで済むけど、今はとにかく保護者が怖い……。本当、気合入れようぜ俺……。

 

 それからさらに時間が経過して、教室内はどこか騒がしくなり始めた。時計を見れば、俺がいつも登校する時間帯となっていた。うん、結構集中して勉強できたな。だとすると、後するべき事は……弾くんの件だな。勉強道具一式を片付けると、席を立って弾くんに歩み寄る。

 

「えっと、どうかしたのか……くっ、くくくく……黒乃。」

 

 ここまで近づかられれば、嫌でも何か用事と思うだろう。こちらを眺めながら、弾くんはどこか気恥ずかしげに俺の事を黒乃と呼ぶ。その瞬間に、少しだけ教室内がザワついた気がした。それはスルーするとして、どうしようか。イッチーが居ないと、全く話が進まないじゃないか。

 

「黒乃!よかった……。朝起きていないから心配したんだぞ。」

「だから言ったじゃん……。黒乃も子供じゃないんだから。ね~黒乃。」

「…………。誰だ、それ?」

 

 こ、怖っ!?イッチーが聞いた事も無いトーンでそれ(・・)って言ったよ……それ(・・)って言ったよ!もちろんそれは、俺の後ろに控えてる弾くんの事だ……。イッチーは弾くんを睨んでいて、弾くんはイッチーに凄まれて怯んでいる。でも、俺じゃ説明してやれんから……ここは心を鬼にしてっと……。

 

「どぉお!?ちょっ、待て黒乃!」

「黒乃……?お前、なんで黒乃の事を名前で呼んでんだ。」

「な、何でって……本人の了承はもらってんぞ!」

「そうなのか、黒乃?」

 

 俺は弾くんの背後に回り込んで、イッチーの前へと押し出した。イッチーにビビっている弾くんにはハードルが高いのか、バタバタと手を振りながら抵抗を見せる。だが観念せい弾くんや、イッチーはキミにロックオンカーソルを合わせてますぜ。とりあえず、イッチーの問いかけにはしっかり肯定を示しておく。

 

「で、アンタと黒乃はどんな関係な訳?ってか、アンタ名前なんだっけ。」

「ナチュラルに酷ぇ……。俺は、五反田 弾な。」

 

 辛辣ってか、物はハッキリ言うタイプだからねぇ鈴ちゃん。原作でも、あまり他人に興味が無い風な発言はしてたし。中学が始まってまだそんなに経たないとなると、弾くんの顔と名前を憶えていないのも無理はない……のか?とにかく、これでようやく弾くんと2人の接触がはかれたぞ。

 

「ちょっち不良とトラブってさ、黒乃が助けてくれたんだ。」

「アンタ……それ、言ってて悲しくなんない?普通は逆でしょ、逆。」

「うっ!?否定できねぇ……。」

 

 何度も言うけど、偶然だからね?そんなに過大評価されても困るんだけどなぁ。うん、鈴ちゃんと弾くんは大丈夫そうだな。問題は、イッチーだよ……。さっき俺に確認取ってから、一言たりとも喋らないよ……。普段は俺の良く知るイッチーなのに、どうしてこう……他人が俺に絡むとこう……こう……なのかなぁ?

 

「……なぁ、少し話せるか?」

「お、おう。望むところだ!」

 

 俺達の前だと都合でも悪いのか、イッチーは弾くんを連れて廊下へと出て行った。それを不思議に思う俺と、呆れたような溜息を吐く鈴ちゃん。取り残された俺達は、自然と顔を見合わせた。それまでジト目だった鈴ちゃんも、俺を見るとパッと表情を明るくする。残念、鈴ちゃんのジト目とか素晴らしいのに。

 

「大丈夫よ、どうせいつもの心配性だから。それに……弾も悪い奴じゃなさそうだし。」

「…………。」

「それより、昨日のテレビ見た?」

 

 心配性……心配性ねぇ。イッチーは、俺の事を姉か妹として見ているだろう。つまるところ、公式設定気味のシスコンが発動してるのね。ちょっとイッチー過敏すぎんよ~。ま、放っておけばどうにかなるでしょ。シスコンっつったって、あくまで姉や妹の枠は出ないだろうしね。血の繋がりは無いけど、俺にとってもイッチーは大切な兄貴分か弟分って思ってるし。

 

 そうして俺は、鈴ちゃんの世間話へと耳を傾けた。相槌しかしてあげられないけど、鈴ちゃんも俺に過度な返答は求めていないハズだ。ホームルーム開始ギリギリまで、鈴ちゃんのトークは止まらない。担任の教師が入ってくると同時ほどに、イッチーと弾くんも教室へと帰還。それを見届けた俺は、鈴ちゃんともども自分の席へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……おはよう、黒乃……?」

 

 いつも通りの時間に起床すると、リビングに黒乃の姿は見当たらない。いつもならば、朝食には手をつけずにテーブルに座っているのに……。俺は慌てて玄関まで行くが、そこには黒乃の靴がない。それこそが、黒乃が俺を置いて学校へ行ってしまった証拠だ。……朝から調子が狂う。

 

 なぜだか解らないけど、胸の奥がモヤモヤした感じになってしまう。……俺もすぐに黒乃を追いかけよう。今から出たって、もはやいつもの時間に学校へ着くだろうけど。黒乃を1人にするのは、何かと心配だ。どうせ……黒乃の事を理解しようとしない連中が(たか)る。……とにかく、急いで支度を済まそう。

 

 リビングに戻って、落ち着きながらテーブルを眺めてみる。そこには、黒乃が作ったらしい朝食が用意されていた。早くに家を出たのなら、黒乃も急いでいたはずだ。それでもきちんと俺の分も用意してくれるあたり……なんとも黒乃らしい。黒乃はきっと、良い嫁さんになるだろう。

 

 そんな事を考えていると、なぜだか頬が緩む。それはさて置いて、メニューはベーコンエッグ……を、トーストに乗せて食べろと言いたいらしい。俺は手際よく食パンをトースターに突っ込み、レンジでベーコンエッグを温める。この待ち時間が地味に歯痒い。でもきっと黒乃は、温かいのを食べてほしいと思っているだろうし。

 

 うん、やっぱり黒乃は良い嫁になるな。さて、トーストも温めも完了した。台所のフライ返しを手に取って、ベーコンエッグをトーストへと乗せる。それを急いで胃に送ると、すぐさま家を出た。走らなくたって遅刻する時間ではないが、俺の足は自然に走り出していた。

 

「おはよ、一夏!って、ちょっと待ちなさいよ……何で走り去ろうとすんの!?」

「ああ、おはよう鈴。悪いけど、説明してる暇じゃ無いんだ!」

「……それって、黒乃が居ない事と関係してるでしょ。はいストップ。とりあえず落ち着きなさい。」

 

 鈴はそう言いながら、俺の制服の背中辺りを掴んだ。丁度飛び出そうとしていたせいで、思いきり転びそうになってしまった。何をするんだと、そんな視線で鈴の方へ振り返る。しかし鈴は、至ってふてぶてしい態度を崩さずに腕組をしながら俺を見る。そして、俺をピッと指差して告げた。

 

「一夏さぁ、黒乃だって1人じゃなんにも出来ないってわけじゃないわよ。少し心配し過ぎ。」

「でも黒乃は……!」

「馬鹿ね、周りを見なさいって言ってんの。明らかにあの子が困ってるならさ、アタシだって全力で助けるわ。でもね、四六時中張りついても……逆に黒乃の為になんないってアタシは思うけど。」

 

 黒乃の為にならない……?そんなのは、考えた事がなかったかもしれない。黒乃は、俺の事を迷惑だと思っていたのだろうか。そうだとすれば、凄く……ショックだ。それこそ黒乃は優しいから、今まで何もアクションを起こさないでいたのかも知れない。

 

「…………。」

「なんだよ、そんなにジッと俺を見て。」

「一夏って、黒乃の事好きなの?」

「は?そりゃ好きに決まってるだろ、家族なんだから。」

「アンタって本当……。そうじゃなくて、女の子として黒乃を見てるのかって事!」

「……どこからどう見たって、黒乃は女の子だと思うぞ?」

「はぁ~……。」

 

 唐突な鈴の質問に答えていくと、だんだんその表情は何言ってんだこいつみたいな目に変わっていく。俺は、何か悪い事を言っただろうか。ついには溜息まで吐き始めたぞ、鈴の奴。既に呼び止められる雰囲気では無く、歩き出した鈴の背中を追いかける。

 

「とにかく、アンタが思ってるほど心配しなくたって大丈夫よ……。」

「そ、そうか。ところで鈴、なんか具合でも悪いのかよ。」

「ああ、うん……平気だから、しばらくそっとしておいて……。」

 

 何をそんなに落ち込んでいるのかは解からないが、本人がそう言うならそうしておいた方が良い。とりわけ、鈴に対して変に勘ぐると手や足が出てくるから……。いつもは黒乃が止めてくれるけど、残念ながら今は居てくれない。ここは大人しく黙って歩くのが吉だ。

 

 そうして無言のまま連れ立って歩くと、予想通りに通常の時間帯に学校へ着いた。自分のクラスの下駄箱を確認すると、黒乃のスペースには黒乃の外履きが収められている。良かった……学校に居なければ、どうしようかと思ったが。俺が安堵していると、鈴に早くと急かされる。どうやら調子は戻ったみたいだ。

 

 元気になったのは良いけど、反動で暴走しそうで怖いな。あまり待たせるのは悪いし、俺も急いで上履きに履き替えた。自分達の所属クラスへ辿り着くと、少し乱暴に扉を開け放つ。俺の眼にまず飛び込んで来たのは、そこに確かにある黒乃の後ろ姿だった。長く綺麗な黒髪は、嫌でも目に入る。

 

「黒乃!よかった……。朝起きていないから、心配したんだぞ。」

「だから言ったじゃん……。黒乃も子供じゃないんだから。ね~黒乃。」

「…………。誰だ、それ?」

 

 黒乃の正面に居るのは、赤髪の男子だった。距離感的に、黒乃と会話(・・)していたことが窺える。それを理解した瞬間に、俺は何故だか冷静でいられない。今朝に感じたような、胸の中がモヤモヤする感じ……をもっと酷くした何かが渦巻く。

 

「どぉお!?ちょっ、待て黒乃!」

「黒乃……?お前、なんで黒乃の事を名前で呼んでんだ。」

「な、何でって……本人の了承はもらってんぞ!」

「そうなのか、黒乃?」

 

 黒乃は赤髪の男子を、俺の前にグイッと押し出した。どういう意図があるのかは解からないけど、どちらかと言えば赤髪の男子が黒乃を下の名前で呼んでいる事が気になる。俺の問いかけに、黒乃はしっかりと首を頷かせて肯定を示した。それはつまり、黒乃が信じても大丈夫な奴って思ったからだろうけど……。

 

「で、アンタと黒乃はどんな関係な訳?ってか、アンタ名前なんだっけ。」

「ナチュラルに酷ぇ……。俺は、五反田 弾な。ちょっち不良とトラブってさ、黒乃が助けてくれたんだ。」

「アンタ……それ、言ってて悲しくなんない?普通は逆でしょ、逆。」

「うっ!?否定できねぇ……。」

 

 俺とは対照的に、鈴はいつも通りの態度で五反田をからかいにかかる。そこで俺は、鈴の言葉を思い出した。俺のこういった行動は、必ずしも黒乃の為にならない……。それは、解る。それでも、黒乃は俺が守るって誓ったんだ。だからまずは、人となりを確認くらいはしておきたい。

 

「……なぁ、少し話せるか?」

「お、おう。望むところだ!」

 

 五反田を連れて廊下に出るが、まず何から話すべきか。黒乃が信じていいと思ったのなら、なるべく事情は包み隠さず話しておいた方が良い。が、それはまた人の少ない時でも構わないな。……モヤモヤしているせいか、上手く考えが纏まらない。とにかく、思った事を言ってみる事にしよう。

 

「黒乃に、何かしようって気は無いんだよな?」

「いや~……もはやする気も起きねぇってか、普通に返り討ちになっちまう。でもその聞き方……もしかして、昔に何かあったのか?」

「……男だと、たまに居るんだよ。黒乃が喋れないのにかこつけて、変な事をしようとする奴がな。」

 

 黒乃はああ見えて、警戒心という物が薄い。人気のない場所に誘い出されて、口にするのもはばかられる行いをしようとした輩が実際に居た。その時は俺が現場を目撃したから未遂で済んだが、今日のような事があれば対処のしようがない。俺の言葉を聞いた五反田は、どこか胸糞悪そうな顔つきに変わった。

 

「なんだよそれ……!男の風上にも置けねぇ!」

「…………。」

「ど、どうした織斑。いや、確かに恥ずかしい事を言った気もするが……。」

「あ、あぁ……悪い。なんか、五反田みたいな奴……久しぶりに見た気がするぜ。」

「マジか。男に言われても嬉しい一言かもな、それ。」

 

 ISが世に出てからという物……男らしい男を見かける事が少ない。今の五反田の発言は、まさに男らしい発言のソレだ。思わずあっけにとられた俺は、少しばかり反応が遅れてしまった。五反田の方はと言うと、自分の発言に照れているみたいだった。

 

「黒乃は……さ、喋らないし表情も出ねぇ。けど、誰よりも優しい女の子なんだよ。」

「おう。それは昨日にいろいろあって、俺も十分に理解してるつもりだぜ。」

「あぁ……。でもな、五反田みたいに思ってくれない奴がほとんどなんだ。……同じクラスだから、解ると思うけど。」

「……そうだな。何も行動しなかった俺が言う資格はねぇのかもだけど、少し……行き過ぎだって思うぜ。」

 

 中学生になって、黒乃の味方が増えてくれると俺は思っていた。だが思春期って奴のせいか、状況はあまり芳しくない。男子からは下卑た視線を送られて、女子からは仲間内から外されて……だから俺は、あまり知らない奴を黒乃に近づけたくは無いんだ。でも……黒乃は、五反田を信じてみるようにしたのだから……俺もそうするべき、だよな。

 

「黒乃は、五反田と仲良くなりたいって……いや、もう友達だって思ってるはずなんだ。だからどうか、黒乃の信頼を裏切るような事はしないでやってほしい。」

「……解かった、任せろ!っつーか、そんな事したら織斑が怖そうだしな……。」

「ついでに鈴もセットだぞ。もっと言えば、アイツの方が100倍怖い。」

「た、確かに……豪い事になったなこりゃ……。」

 

 俺はあくまで事実を述べたのだが、五反田としちゃ冗談だととったらしい。もっとも、鈴の方が怖いってのは本気でそう思っているらしいけど。うん……本当に、鈴だけは怒らせない方が良い。かつて怒らせた事を思い出して、思わず身震いしてしまう。

 

「ああ、そういや……さっきは悪かった。」

「気にすんなって、そんな事情があったんじゃ仕方がねぇよ。じゃ、これからは仲良く……って事で良いよな?」

「もちろん。俺は織斑 一夏。よろしくな、弾。」

「こっちこそよろしく、一夏!」

 

 疑いは晴れたというか、俺が思う以上に弾はとても良い奴だ。とんでもなく失礼な事をしたのに、許してくれるのがその証拠だろう。俺が握手を求めると、弾は痛いくらいに俺の手を握って来た。そのまま上下にブンブンと振れば、まるで放り投げるかのように俺の手を離した。

 

「……ところでだけどよ。一夏と黒乃って、付き合ってはないんだよな?」

「そうだけど、なんでそんな事を聞くんだよ。」

「廊下に呼ばれたからよ……。俺はてっきり、俺の女に馴れ馴れしくしてんじゃねぇ的な事でも言われるんじゃないかと思ったぜ。」

「…………。俺と黒乃は、そんなんじゃない……。」

 

 俺にとって黒乃は、姉で妹で……守るべき家族だ。この考えは昔から変わらないはずなのに、俺の胸がこんなにも痛むのはなぜだ?またしても俺の中で、モヤモヤが顔を出し始めた。もしかして俺は、黒乃に家族や……幼馴染といったそんな関係よりも……踏み込んだ間柄になりたいと思っているのだろうか?

 

『一夏って、黒乃の事好きなの?』

 

 そうか、鈴のあの言葉はそういう意味だったんだな。……黒乃は優しくて気が利くし、中身だけじゃ無くて容姿も目を見張るものがある。しかし、それだけの事だろ……?黒乃をいい女だって俺が評価するのは、千冬姉を綺麗だと褒めるのと同じニュアンスだ。そのはず……なんだ。でも考えれば考えるほどに、胸の痛みは増していくばかり。

 

「一夏?お前、どうかした―――」

「織斑に五反田、なにやってんだ。もうホームルームが始まるぞ、早く教室に入れ。」

「あっ、了解っす!ほら、一夏……。」

「あ、あぁ……悪い。」

 

 弾がどこか心配したような表情で、俺に声をかけようとしたその時だ。廊下の奥から、俺達のクラスの担任が教室に入れと促す。空気が微妙な感じになってしまったが、弾の肩を叩いて大丈夫だという意思を伝えた。急かされながら教室に入ると、ほとんどの生徒が席に着いている。例にもれなく、黒乃もだ。

 

(…………。)

 

 鈴や弾が変な事を言うから、妙に黒乃を意識してしまう。……本人の前に立つまでには、なんとかいつもの俺に戻っておかないと。皆に余計な心配はかけたくないしな……。そうと決まれば、先生の話に集中しよう。無理矢理にでもモヤモヤを振り払った俺は、神経を研ぎ澄ませて先生の言葉に耳を傾けた。

 

 

 




黒乃→イッチーはあくまで家族。イッチーはシスコンも度が過ぎんよ~。
一夏→黒乃は家族……のはずだろ?俺は、何でこんなモヤモヤしてんだ……。



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第12話 レッツ・コマンド入力!

『そうではない……というか、無茶な制動をするなと何度言わせるつもりだ!』

 

 はい。ISを動かし始めたは良いですが、何故かちー姉に指導されてて半泣きな俺氏です。こんなの絶対おかしいよ!ちー姉は既に世界を取ってて時の人だよ?それをお前……初心者の木偶の棒に本気で指導をしてらっしゃるのさ。座学はもっぱら昴姐さんだけど、逆に実技はもっぱらちー姉なこの状況をどうにかしてくだしあ。

 

 なんで今怒られたかって聞かれますと、まぁ……怒られても仕方が無いかなとは思う。現在は主に飛行の訓練を行っているのだけれど、俺の飛び方はどうにも危なっかしいらしいのだ。だってマニュアル操作が難しいんだもん……。どっちかと言わせれば、俺の変な癖が出ているってのが正しいかもだけど。

 

 俺はいわゆるゲーマーという奴で、腕も悪くない方だと自負している。ISをゲーム感覚で操作している気はないが、手で機械を動かす=コントローラーを握っているみたいな思考回路になってしまう。そのレベルで毒されているのはヤバイ奴だという自覚はあるけれど、どうにもゲーマー魂が疼いてしまうのだ。

 

 早い話が、魅せプレイと表現すれば解りやすいかも知れない。ISで例えるならば、急降下から地面スレスレに急上昇する……とか。今さっき怒られたのは、まさにそれをしたからだ。自分でやってて自分で怖いんです。早急にこの癖を改善せねば、そのうち俺は見てから回避とかしたくなってしまうぞ……。

 

 やばいね、想像してるだけで胃が痛くなってしまう。なら止めておけばいいと思うかもしれないが、でもなぁ……ガイアがもっと俺に輝けって言ってるんだよなぁ。いやいや、そんな物は幻聴だ。俺は何のためにISを動かしている?そう!あくまで自衛の手段を学ぶためだ。ここで怪我したら本末転倒もいい所だよ。

 

「おい、聞いているのか?」

 

 え……?やばい、全然聞いてなかったんですけど。と、取りあえず……俺は肯定を示すために、首をコクコクと2度ほど頷かせた。ちー姉の様子を見る限りは、別に疑っている様子は見られない。その点、黒乃ちゃんの身体は便利なもんだ。俺だったら目が泳ぎまくって、確実にバレてしまっていただろう。

 

「なら構わん……。昴のせいで、打鉄はそれ以外は配備されていないのだからな。大事に扱えよ。」

 

 そうそう。今俺が操作しているのは、量産型訓練機として名高い打鉄である。それは不思議だと思っているんだけど、どうなのだろうか。俺の記憶が正しければ、打鉄は第2世代型のISだ。今俺が中学1年だから、ISが世に出て1年弱だよ?少し早くない?

 

 もしかして、俺&黒乃ちゃんっていう原作にはない要素のせいで……色々とイレギュラーが発生してるからとかかな。どうかそれだけは勘弁してほしい物である。だって、IS学園でイレギュラーが起きても困るし。それでなくてもハードモードなイベントの数々が、エクストリームハードになってしまう。

 

 それがゲームの話なら俺は燃えるけど、ゲームはゲームでもデスゲームだけはマジ勘弁。俺は、平穏にIS学園で生活できればそれで良いんだよ。陰ながらイッチー達のてんやわんやを眺められれば十分なんだよ。まぁ……力になれる事があれば、協力くらいはするつもりだけど……。

 

「では、もう1度最初から始めるぞ。少しでもミスがあれば、出来るまで繰り返す。」

 

 うわぁお……鬼教官っぷりを遺憾なく発揮してますなぁ。ま、だからこそのちー姉ってのはあると思うけど。それにしても、もう1回か……ワンモアセッ!よしっ、ちー姉による訓練は千冬ズ・ブートキャンプと名付けよう。……って、下らない事を考えている場合では無いな。

 

 とにかく俺は、その場から跳びあがって上空へと躍り出た。さっきも言ったが、今は飛行訓練だからね……飛ばないとお話にならない。え~っと、始めはゆっくり飛んでそこから加減速。空中での上昇下降、180度ターンしてまた頭から。そんで、宙返りしつつ急降下から急上昇……でワンセットだな。よしっ、気合入れて行きますか!

 

 まあぶっちゃけた話で、ISの操作は普通に出来ている方だと思う。変な癖さえ出なければ、こう……ヒョイヒョイっと飛んでいられる。うんうん、良い調子だぞ。残るは急降下と急上昇のみだ。空中で綺麗な円を描くように宙返りすれば、俺は地面に向けて一気に高度を下げて行く。

 

 このトップスピードが出てる時は……流石にけっこう怖いな。でも大丈夫、ISに乗っている限りは死にはしない。……っていうくらいには気楽でいれば俺はできる子だ!うっし、そろそろちー姉の指定した上昇のタイミングだぞ……。早すぎてもダメ、遅すぎてもダメだ。

 

 ハイパーセンサーで地面との距離感を確認しつつ、俺はタイミングを見計らう。…………っ!今だ!……と、意気込んだまでは良いんだ。俺の中でまだ焦りがあったのか、打鉄を操作するトリガー的な物に乗せていた指が滑ってしまって、思った操作が出来なかった。

 

 慌てて修正しようとするが、時すでに遅し。素早い指捌きで追加入力こそ間に合ったが、打鉄の制動は先ほど怒られたムーヴの完全再現になってしまう。スピードを落として地面に着地に成功するが、俺は背筋が寒くなるのを感じる。何故なら、ちー姉がとてつもなく良い笑顔で近づいて来るから……。

 

「黒乃~。私はさっきなんと言った……うん?賢いお前ならば解るよな?解るだろう?頼むから解ると言ってくれ。」

「…………。」

「こ・の……馬鹿者がっ!」

 

 い、いや……落ち着いてよちー姉。確かにさっきのは、ギリギリを故意で狙ったけど……今のは単なる操作ミスなんですって。ってのが、喋られればなんだけどなぁ……。でもどのみち、喋れても言い訳は聞きたくないって一蹴されるだけだろう。でも、どうにかわざとじゃないのは解ってほしいんです。

 

 まぁ無理だよね。俺は打鉄を装着したまま正座させられて、ガミガミと長い間説教を喰らう。これが学園の先生になったら、説教だけで済まなくなっちゃうんだから恐ろしい。バリア貫通出席簿アタックなら大歓迎だけどね。罵倒して貰えるうえに叩いて貰える……我々の業界ではご褒美です。

 

 俺の中では、説教とは毛色が違う。もっとシンプルに……言われた通りに出来んのか、このノロ臭い豚が!……とか言われながらちー姉に踏まれたい。いや、割とマジで。ヒールだったらなお良しとも言っておこう。ま、説教もご褒美だと思って乗り切るしかないね……。

 

 そうして説教を乗り切れば、ちー姉の言ったマニフェスト通りに完璧になるまで反復練習が続く。午後からの練習だったけど、気付けば夕暮れ時ではないか。昴姐さんの帰れというお言葉が無ければ、もっと続いていたかもな……。前途多難だけど、IS学園に入学できるように頑張らないとね……。

 

 

 

 

 

 

「実技は教えんとは、どういう意味だ?」

「言葉通りの意味ですけど。嫌だよアタシ、あの子とサシでIS動かすとか。」

「……お前は、黒乃を何だと思っている。」

「得体の知れない何か……かしら。あの子自体が悪い子じゃないってのは、勿論アタシだって理解してるわよ。」

 

 黒乃への指導の諸々の調整を昴と相談すれば、急に実技は教える気が無いなどと言い出す。理由を問う限りは、黒乃から感じた異様な雰囲気の事をまだ引きずっているのだろう。昴としては、黒乃がISを動かすのを快く思っていないのだから考えられない事ではないが……。

 

「実技、千冬が教えたげな。ここならいつでも好きな時に使って良いから。」

「昴……お前な、少し真面目に――――」

「言っとくけど、アタシは大真面目だから。アタシの勘って良く当たんのよね。あの子と戦うなって、アタシの勘がそう言ってるわ。」

 

 実技を教えるのならば、いずれは模擬戦を行わねばならん時もくるだろう。昴が野性的な勘を備えているとなれば、自ら餌になりに行く事は無い……とでも言いたいのか?それすなわち、黒乃はあっと言う間に自分よりも強くなると見越しているらしい。

 

「……解かった。そこまで言うならそれで良い。ただし……。」

「心配しなくても、座学だけならキチンとやるわよ。実技やらない分は、徹底的にね。」

 

 昴は適当な奴だが、筋は通っているし面倒見も良い。きっと子供も好きだろうから、その内に黒乃を心から応援してくれると嬉しいが。それはそれとして、話が固まったのだから私も暇を作らんとな。ほとんど昴に丸投げするつもりだったせいか、しばらくは都合が悪い。私の日取りがキチンと解るまでは、昴に座学の方を進めて貰おう。

 

 かなりスケジュールはきついが、定期的に暇を確保する事ができた。本格的に黒乃へISの指導が始まる。初めは、もちろん歩行から教えたのだが……私は唖然とするしかない。様子を見る為に適当に動いてみろと言えば、黒乃はまるで動かすのが初めてではないかのように楽々と操作してみせる。

 

 指定したラインの通りに走ってみろと言えば、黒乃は誤差0で線上を走りきる。私は思わず、頭が痛くなってしまう。かなり厳しめにするつもりだったのに、これでは指摘する部分が見当たらない。どうしたものかと悩んでいると、黒乃の視線が気になった。その目はまるで、早く次にいこうとでも言いたげだ。

 

 ……黒乃に限って、つけあがるという事はあり得んだろうが。しかし、ひとまずは叱咤をしておく。その代わりと言ってはなんだが、いろいろと手順をすっ飛ばしても良さそうだ。初心者向けの動作は省いて、私流で行っていく。指示を出せば、どちらにせよ黒乃は完璧にこなすに違いない。

 

 だいたいは、私の想像通りだった。飲み込みが早いなんて速度では足りずに、黒乃はドンドンと技術を吸収していく。特に心配は無さそうだ。そう判断した私は、予定を大幅に前倒しして飛行訓練を行う事にした。しかし……それまでの安心は、儚くも私の中から消え去ってしまう。

 

「そうではない……というか、無茶な制動をするなと何度言わせるつもりだ!」

 

 今までの黒乃とはうって変わって、空中での動作は最早メチャクチャだ。我流で動かしているのは解るが、まだそういった段階ではないだろうに……。今の急降下からの急上昇なんかは、見ていて胆が冷えるぞ。だがまぁ、地面に激突しないのは称賛に値価する。ほぼ一発だったわけだが、そろそろ何が起きても不思議ではなさそうだ。

 

「黒乃……。気持ちは解るが、もう少し落ち着きをもて。今は飛ぶだけだが本来は戦闘中だ。そんな飛び方では、しょっちゅう地面にぶつかるぞ。」

 

 黒乃はこちらを見ながら話を聞いている……のか?どうにも今のは上の空に見える。この子に限って、説教臭いだのは考えていないだろうが……。判断に困った私は、再度黒乃に聞いているかと問いかけた。すると黒乃は、2度ほど大きく頷いてみせる。……杞憂だったか?

 

「なら構わん……。昴のせいで、打鉄はそれ以外は配備されていないのだからな。大事に使えよ。」

 

 昴の奴め、本当にまともに仕事をしていない……。黒乃に教えるだけならば、別に私も打鉄で構わんのだが。もう1機ないのかと聞けば、それしか配備していないと言われた日には……いい加減に頭痛がしたものだ。昴の事はとにかく、黒乃の指導を続けなくてはな。それならば、もう1度通しで飛んでもらうか。

 

「では、もう1度最初から始めるぞ。少しでもミスがあれば、出来るまで繰り返す。」

 

 脅すような事を言ったが、注意さえすれば難なくこなすだろう。教え甲斐がない気もするが、手がかからないのは黒乃は常だ。そう考えている間に、黒乃は空中へと躍り出た。そうして、教えた通りの飛行を開始する。うむ、やはり美しい。流れるようなその動きは、見るものを魅了する。

 

 黒乃自身の容姿も大いに関係しているだろうが、何かと整っている方が都合は良い。とにかく、問題はここからだ。黒乃が急降下を始めたのを、注視しながら見守る。現時点では、まだ注意すべき点は見当たらんが、やけに速度が出ている気がした。

 

 この段階で嫌な予感がしたが、今から止めた方がかえって危ない。そのまま静観を決め込んでいると、嫌な予感通りに黒乃は先ほどと同じく地面スレスレの急上昇を見せてくれる。続けざまの始末に、私の頭部からピキッと微かな音が出た。私は黒乃にノッシノッシと近づいて、心から言い放つ。

 

「黒乃~。私はさっきなんと言った……うん?賢いお前なら、解るよな?解るだろう?頼むから解ると言ってくれ。」

「…………。」

「こ・の……馬鹿者がっ!」

 

 黒乃の返事がないことなど解っていたが、どういう意図だったのかを考慮できんのは考えものだ。どちらにせよ、叱ってやるべき時にはそうしなければ。私は単に黒乃を責めぬよう言葉を選び、説教を開始した。一応は反省してもらわんとらなんので、とりあえずは正座させておく。

 

 長時間叱ったが、いつまでもガミガミ言っていても仕方がない……。反省したのならば、行動で示してもらわねばならん。説教を終えると、訓練を再開した。流石の黒乃も反省したらしく、それ以降は危険な飛行は見られない。その反面で、何処か動きがぎこちなくなってしまったが……。

 

 もしやとは思うが、打鉄の操作に違和感を覚えているのか?……思ってみれば、その可能性は十分にある。なにせ、昴の管轄に置かれていたのだから。整備不良等々……原因は様々だが、挙げていけばキリがない。これは、昴を問い詰めなければならなくなった。するとタイミングの良い事に、昴からの通信が入る。

 

『ちょっと、そのへんにしときなって。弟くん、この時間まで家で1人は可哀想でしょうが。』

『……了解した。今日のところは切り上げる。』

 

 こうして時々まともな事を言い出す故に、この対馬 昴という女はよく解らん……。昴の発言は至極正しく、私は大人しく従う。黒乃に打鉄を片付けるよう言えば、その間に私は昴へと接触を図る。昴は何か用事かといった表情だが、こちらとしては聞いておくのは必須だ。

 

「昴。1つ聞きたいのだが、打鉄は整備されているのだろうな?」

「うん?当たり前でしょ。いくらアタシでもそのくらいはするわよ。」

 

 話を聞けば、昴は私がスケジュールの調整をしている期間に、専門の業者へここの打鉄の整備を任せたらしい。なぜそんな事を聞くのかと、逆に質問される。そこで私は、黒乃の飛行に関する出来事を話してみる。昴は興味はあまりなさそうだが、原因を考えている様子だ。

 

「飛行で無茶な動きを……ねぇ。確かに黒乃なら、いっぺん注意したら止めてくれると思うけど。」

「私の考え過ぎで、単なる操作ミスかも知れんがな。」

「もしくは、打鉄の方が黒乃に着いていけてないとかね~……アハハハ。」

 

 昴は冗談のつもりで言ったかも知れんが、私はその言葉を聞いて思わずハッとなった。私が閃いたような表情を見せたせいか、昴の笑い声は徐々に小さくなっていく。恐らくだが、自分で言っていて思ったのだろう……。黒乃ならば、そういった事実もあり得てしまうと。

 

「ちょっ、ちょっとタイム……。もしそうだとしたら、あの子はいったいどんなスピードで操作入力してんの?」

「昴の予想が正しいのならば、打鉄が処理不全を起こすほどの膨大な入力回数だろうな。」

「地面にぶつからないって事は、正しい操作って証拠よね……。だったら、雑な操作じゃなくて1周廻って超絶繊細な操作って事か……。」

 

 機体の方が着いて来れていないのだとすると、それで平然と飛んでいられる黒乃はとんでもないぞ。2度目の注意の後に黒乃の動きがぎこちなくなったのは、つまるところ手加減という事か……。束、なかなかお前の第1と定めた目標は難しいらしいぞ。黒乃が本気を出せるのは、いったいいつになる事やら。

 

「あ~……も~……。あの子が戦闘を始めたらって、想像するだけで嫌だわ。」

「模擬戦……か。私は、判断を誤ったかもしれん。」

「は?どったの急に……。」

「私の前に、余所と模擬戦を組んだ。」

「は……?はああああ!?最悪……あ~……最悪。絶対にアタシが文句言われるパターンだわこれ……。」

 

 いざ模擬戦を始める前に、どうしても客観的な視点で黒乃の戦闘技量を見ておきたかった。そのため、余所の養成所で黒乃と同世代の操縦者を捜した。何故か解からんが、妙に黒乃と戦いたがっていた者がいたもので……。キャンセルも効くだろうが、先方がやる気な分だけ顔が立たん。

 

 相手の実力は、全く以て私は知らん。だが、何故だろうか……黒乃が圧倒するビジョンしか見えなくなってきた。……黒乃の望みは、相手を殺さない程度に本気を出す事だ。それにうってつけなISの戦闘となると、やり過ぎなければ良いが……。

 

「1つ聞くけど、千冬は同行するわよね?」

「いや、その日はあいにく忙しい。だから映像の記録も頼んだ。」

「マジ……怒って良い?あの子の面倒とか、アタシみたいなのに勤まる訳ないじゃん。」

「少しはまともに働くと言う事を学べ……。では、確かに頼んだぞ。」

 

 そう言って昴の元を後にすると、ドアをくぐった辺りで『アホー!』と聞こえてくる。……あれで私より年上か、世界には様々な人間が居る物だ。さて、黒乃は……もう更衣室だろうな。もしかすると、待たせてしまっているかもしれん。私も早く着替えて、今日の所は帰るとしよう。

 

 

 




黒乃→まぁ、なんとなく上手な方じゃない?
千冬→ISの方が追いつけん操作技量か……。



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第13話 初模擬戦での波乱

「う~し、今日のところはこれまで!気を付けて帰りなよ~。」

 

 今日も今日とて、俺はISのお勉強に勤しむ。昴姐さんが終わりの合図を告げると、アザース!みたいな声を心の中で出しつつ会釈をした。ふぅ……それにしても、何が大変ってこの施設に来るまでが大変なんだよな~。明日も半日は勉強だし、もう少し近ければ良かったとつくづく思う。

 

「あっ、ヤベッ……。ちょっと待って黒乃、言い忘れてた事があるんだけど。」

 

 俺よりも先に教室内から出ようとしていた昴姐さんだったが、ピタリと止まってバックで戻って来た。昴姐さんは緩いからね~……大事な件の伝え忘れはよくある話だ。でも忘れたままスルーのパターンが多いのに、思い出すって事はよほど重要な話しなのだろう。

 

「明日はさ、駅で待っててくれたら良いから。アタシが迎えに行ったげる。んで、集合時間は朝8時ね。後は……まぁなるようになるでしょ。そんじゃ、そういう事で。」

 

 いや……どういう事だってばよ?頭にハテナマークを浮かべている間に、昴姐さんはとっとと行ってしまった。なんか、集合時間だけ伝えられたな……。何処かに出かける事は明白だが、肝心の場所の方を教えて貰えない。昴姐さんの様子を見るに、流石に伝え忘れって感じじゃなかったしな……。

 

 う~ん、解らん。もしかして、俺に話が通ってる前提で話してたのかな。それは大いにあり得るけど、ひとたび逃げられれば俺にはもう確認の手段は無い。昴姐さんの言う通り、なるようになるか。うんうん、そうしようそうしよう。俺は片づけを再開して、養成所を後にした。

 

 そして翌日。俺は指定された時間よりも少し早めに、最寄駅にて昴姐さんを待った。ぶっちゃけ、時間通りに来るのは期待してないけども……。だけど、日本人なら5分前行動だよね。別に昴姐さんを責めるつもりはないけどさ。そんな事を考えていると、駅前駐車場に入る1台の車が目についた。

 

 ほぇ~……車には詳しくないけど、アレはスポーツタイプの高級外車じゃなかったかな。何処か高級感を臭わすその外装は、どうにもこの場とは不釣り合いだ。ボーッと高級外車を眺めていると、こちらにだんだんと近づいて来るではないか。……もしかして、もしかしてだけど……。

 

「おはよう、黒乃。流石に時間通りね、偉い偉い。」

 

 やっぱりぃ……?外車の窓から顔を出したのは、パンツタイプのレディーススーツに身を包んだ昴姐さんだった。迎えに来るとか言ってたし、もしかしてとは思ったんだけど……。悪目立ちするし早く乗ってしまおう。左ハンドルだから、右側に回り込んで乗車する。俺がシートベルトを締めたのを確認すると、昴姐さんは車を動かし始めた。

 

 スポーツタイプの車って時点で嫌な予感はしてたけど、昴姐さんはもうガンガン速度を上げていく。何処へ向かうかは知らないけど、この調子だと着いた頃には俺はヘロヘロになってそうだよ……。よし、ここは昴姐さんでも見つめて気を紛らわそう。

 

「ん~、どした?真面目な格好してるアタシがそんなに珍しいかしら。」

「…………。」

「ま、アタシだってほんとは来たかないんだけどね。先方に失礼な事すると千冬にどやされそうだし……。」

 

 横目で昴姐さんを見ていただけなのに、速攻でばれてしまった。女性同士だから咎められる事は無いけど、なんだか少しビビッてしまうな。ってか、先方……?単に何処かへ行くだけでは無くて、誰かと会う約束なのだろうか。俺は……中学の制服だし、学生の内はこれで大丈夫なはずだ。

 

 身なりを確認しながら、昴姐さんの暴走運転車に乗ることしばらく。車の速度が落ちたのを見るに、どうやら目的地に着いたようだ。目の前には大きな建物があるけど、この感じ……どっかで見た事ある気がするな。……あ~!そうだ、昴姐さん管轄の養成所に似てるんだ。つまりここは、また別の養成所なのね。

 

「ほら黒乃、さっさと行くよ。」

 

 昴姐さんから急かされるとは、よほど今回は重要な何かが待っているのだろう。カツカツと靴を鳴らして歩く昴姐さんに急いで着いて行く。受付らしき場所までいくと、昴姐さんはアポがどうのこうのと話してる。敬語の姐さんとか、レアすぎて別人に見えて来るよ。そして施設に館内放送が流れると、しばらくして女の人が現れた。

 

「お待たせいたしました!私、ここの養成所の管轄をしてる者です……って、対馬 昴さんじゃないですか!?」

「ああ、どうも。一応はアタ……じゃなくて、私も現在は教職をしてる身です。」

「へぇ~……そうだったんですね。じゃ、そちらの子が……。」

「事情はお伝えした通りですが、その子に決して悪気は有りませんので。黒乃、あいさつ。」

 

 年は……昴姐さんより1つ上か下かって感じだな。そのポワンとした雰囲気は、どちらかと言えば保育士とかが向いてそうだ。昴姐さんも元IS選手らしいけど、この人もそうなのかな。とにかく、昴姐さんに促され深々と頭を下げた。無言で無表情だが、彼女は柔らかい雰囲気を崩さない。

 

「よろしくね、藤堂さん。それじゃ……早速始めましょうか!模擬戦、初めてだったわよね。でも大丈夫、慣れればきっと楽しいから。」

「相手は同じ学校の子とかでしょ?でも遠慮とかしなくて良いからね。」

 

 はい……?俺の耳は、どうかしてしまったんだろうか。今絶対に、模擬戦とか言ったよね?モギセン……?模擬戦……もぎせんんんんんんんん!?何、俺って模擬戦する為にここへ連れて来られたの!?おかしい……おかしくない?俺ってば、武器の扱い程度しか教えてもらってないよ?

 

 普通はそう言うのって、徐々に慣らしていくもんじゃん。きっと楽しいから……じゃないよ!楽しい事があるか!あわばばばば……聞いてない、こんなの聞いてない……!ハッ!?これはもしやアレか、ちー姉のズボラが発動したパターンか……。昴姐さんは、俺がちー姉から話を聞いてる前提だったんだな。

 

 当然逃げるなんて選択肢は選ばせてもらえずに、俺はあれよあれよという間に更衣室へ連れられる。ご丁寧にISスーツまで用意してくれちゃって、うふふふふ……。いや、何事にも初めてがあるってのは解るよ。けれど、こんないきなりな事無いじゃない……!俺はISスーツに着替えながら、心の中でメソメソと泣くしかない。

 

「ふ~ん……本当にISに乗ってるんだ。織斑くんが居ないと何もできないくせに、生意気な事よね。」

 

 ほえ?むっ、大迫さんじゃん……久しぶり。更衣室に姿を現したのは、小学時代に嫌な思い出しかない大迫さんであった。あ、そっか……同じ学校の子って、こういう事か。小学校が同じって事は、よほどの事が無い限りは中学も同じだよね。しばらく同じクラスじゃなかったし、中学でも違うから懐かしい気さえする。

 

 しかし、大迫さんもISに乗ってるとは驚きだな。でも……俺にとっては不都合だよなぁ。大迫さんもイッチーの件で俺に不満が溜まっているようだし、ボコボコにされる未来しか見えませんわ。それも経験だよね、早いうちからボコボコにされるのに慣れておいた方が良いや。そんで大迫さんには、今日はよろしくという意味を込めて頭を下げておこう。

 

「っ!?アンタのそういうところがムカつくのよ!スカした態度をとってんじゃないわよ!」

 

いでででで!な、なんで髪つかまれて怒られなきゃならないの!?女の子のこういうドロドロしたの……怖いよぉ。俺の顔色が変わらないのが気に入らないのか、大迫さんは乱暴に俺の髪を離した。そしてわざとらしく鼻をフンッと鳴らすと、俺を見すえながら表情を憎々しい物に変える。

 

「そうしてられるのも今のうちよ。2度と人前に出られないくらいに情けない姿にしてあげる。」

 

そう言い放つと、クスクスと笑いながら更衣室を出ていった。まったく、なんだってんだ。そんなにイッチーが好きなら、俺に意地悪するのを止めないとお話になりませんぞ。まぁ良いや、人の心配より自分の心配をしなきゃ。覚悟を決めて……いざ行かん、模擬戦!

 

意気込んでピットへ向かうと、そこには昴姐さんが待ち構えていた。打鉄かラファールか選べなんて聞かれるけど、俺にとっては1択も同然だ。俺は打鉄の方を指差した。シューティングゲームとかもするけど、どうにも射撃は苦手だ。ってか、ラファールは動かした事ないし……。

 

「黒乃……。本当に頼むから、やり過ぎだけには注意して。」

 

 打鉄へと乗り込む俺に、昴姐さんは神妙な顔つきでそんな事を言う。やり過ぎ……ってのは、一体何が言いたいんだ?どちらかと言えば、やられ過ぎの方が正しい表現だと思うけど。う~んとりあえず、心配させてるようだから肯定だけはしておこう。俺は首を縦に振ると、昴姐さんはサムズアップで応えた。

 

『準備ができ次第、出撃をお願いします!」

 

 この声は、さっきのお姉さんだな。打鉄の調子は……うん、問題なさそうだ。俺はその場で打鉄を浮かせると、カタパルトの上まで移動した。するとゲートが解放され、出撃用のナビゲーターが現れる。よし、そんじゃ……行きましょうかねぇ、行きたかないけど。

 

 勢いよく競技場まで飛び出ると、向こう側のゲートからは大迫さんが現れる。機体はラファールの方か……。嫌だなぁ……弾丸を掻い潜んなきゃなんないとか、1撃も当てられないで負けちゃいそうだ。気が重いながらも、ハイパーセンサーに表示された開始位置まで移動する。

 

『それでは、試合開始!』

「喰らいなさい!」

 

 どひゃああああ!?ジャ、ジャッジー!今のフライングじゃ無かった!?開始早々に大迫さんはアサルトライフルを乱射しまくってきた。少し大げさに回避行動をとったおかげか、1つも当たりはしなかったけど……。こ、怖い……今俺って、銃で撃たれたんだよね。お、落ち着け……まずは交戦するところからだ。

 

「は?この距離で葵を出してくるとか……余裕のつもり!?」

 

 あ~……もう、落ち着きなって大迫さん。そんなんじゃなくて、俺は単に射撃が苦手なだけだよ。さて、ここから近づいて打鉄の近接ブレード、葵にて大迫さんを斬り付けなきゃなんないわけだが……この距離が果てしなく思えるな。まぁとにかく、やるっきゃないか!

 

「なっ、速い……!」

 

 打鉄は防御型の機体だ。思って見れば、多少は当たったって問題ないはず。もちろんの事だけど、回避行動くらいはとりますけども。俺が接近するに伴って、大迫さんはアサルトライフルを用いて小規模ながらも弾幕を張ってきた。避けれそうなのはキチンと避けて、無理っぽいのは当たってもいーやー……。

 

「強行突破……?そう易々とやらせるわけないでしょ!」

 

 そう言いながら大迫さんは、後退しながら射撃を続ける。まぁ、そうなるな。だけど甘いぞ、大迫さん!俺だって、操作自体にはけっこう自信がある。俺は一気に高度を上げて、大迫さんよりも高い位置に躍り出た。そこから斜め下に飛び込むように、加速しながら大迫さんを目指す。

 

「キャア!?」

 

 そのまま大迫さんとすれ違うかのように、胴体に葵の一太刀を横一線に浴びせた。やった、クリーンヒットだ!絶対防御は当然発動しただろうから、今のだけでかなりのエネルギーを削れたはずだ。だけど、また上手く距離を詰めれるとは限らない。そう思った俺は、追撃の為に旋回して大迫さんへ突っ込む。

 

「くっ、鬱陶しいわね……!」

 

 そのまま格ゲーのガチャプレイかの如く、葵を振り回す。もちろん剣道のイロハは忘れていないが、そんなの今は後回しだ!今はラファールを少しでも削るのが重要だもんね。しかし、完全に懐に潜り込んでいるのに……大迫さんはよく避けるなぁ。最初の1撃以降は、生身の部分へは掠らせてすらもらえない。

 

「調子に乗らない方が良いんじゃない……のっ!」

 

 大迫さんは不敵な笑みを見せると、持っていた武装をショットガンに切り替える。その隙に俺は斬りかかったのだが、これが完全に悪手だった。大迫さんとしては、玉砕覚悟だったらしい。俺の攻撃と同時に、俺の腹部へとショットガンを何発か撃ったのだ。

 

 う、う……撃たれたああああ!バリア貫通したっぽい……ちょっと痛いもん!大丈夫か、俺は生きているよねぇ!?と言った具合に取り乱した俺は、思い切り後ろへと後退した。い、生きてる……。やっぱ頭おかしいよ、こんなの楽しいって言える人の神経を疑うよ!

 

「アハハ、無様ね!アンタなんかが、ISになんて乗るからそうなるのよ!」

 

 今度はスナイパーライフルか……。さては大迫さんめ、遠くからチクチクやるつもりだな。うん、遠く?あ、しまった……自分から距離を開けちゃってるじゃん。狙撃銃に狙われながら接近なんて俺嫌だよぉ……。チクショウ、こうなれば……もう知らん、ヤケクソでいく!

 

「ヒッ……!な、なんでさっきから怖がらないのよ……!」

 

 大迫さんがなんか言ってるが、知らん知らん……俺はもうな~んも知らんぞ!男たるもの、特攻あるのみだ。スナイパーライフル?まぁなんか、適当に葵でも振っておけば弾けるんじゃないの。とにかく俺は何も考えずに、打鉄の出せるトップスピードで接近を試みる。

 

「くっ……それなら、望みどおりに落としてやるわよ!」

「…………。」

「う……そ……!?」

 

 スナイパーライフルの大きな発砲音の後に、適当なタイミングで適当に葵を振ってみる。すると葵に衝撃が走ると共に、チュイン!と跳弾するかのような音が鳴り響く。あれ、もしかして成功か?案外何とかなるもんだな……。って大迫さん、驚いた顔しなくても……別に狙ってやってる訳じゃないですよ。

 

「あり得ない……そんなのっ!」

 

 うん、そうだよね……俺もそう思う。だって、俺が1番驚いてるもん。調子に乗った発言をさせてもらえば、神に愛されてる……みたいな?だって、大迫さんが何発撃とうとも……適当に葵を振ってたら弾いちゃうんだもん。ヤケクソのつもりだったんだけどなー、まさかこうも上手くいくとは。

 

 それよりも、大迫さんは焦ってるみたいだね。そりゃ、目の前で奇跡が起きれば焦る気持ちも解るけどさ。さっきみたいにアサルトライフルを連射すればいいのに、大迫さんは武装を変えようとはしない。ムキにでもなってんのかな?ともあれ大迫さん、もはや俺の射程だぞ!

 

 葵の刃は十分に届く……!俺は、葵を振りかぶり大迫さんの身体を斜めに斬り裂いた。だけどまだ………これじゃ終わらない!俺は斜めに斬った勢いを利用して、そのまま体をかがめて1回転。足を伸ばすと、大迫さんの頭に踵落しを見舞った。威力のついた踵落しは、大迫さんを地面へ向けて吹き飛ばす。

 

「キャアアアアっ!……あうっ!」

 

 真っ逆さまに地面へと落ちて行った大迫さんは、ラファールの制御が効かなかったのかそのまま地面に激突した。本当に申し訳ないけど、俺は既に大迫さんを追撃している。こうなってみると、地面ギリギリの急降下もあながち無駄な技術じゃなかったらしい。地面に叩きつけられバウンドし、浮き上がった瞬間をとらえて俺は蹴りを放つ。

 

「ガハッ!?」

 

 う、うわっ!?そんなつもりじゃ無かったのに、思い切り腹に打鉄の足が!い、いや……申し訳ないけど、容赦は必要ない。俺だって、なるべく怖いのは勘弁なんだ。俺なんて所詮こんな人間だよ。俺が怖く無いようにするんなら、他人を怖い目に合せるしかない。俺は急ぎ、地面を転がる大迫さんを追撃した。

 

「い、嫌……まだ続いて――――」

 

 ええ、そうです……まだ続けますとも!今度は大迫さんを、競技場の壁に押し付けるかのように前蹴りを放った。その際に大迫さんが苦しそうな声を漏らして、俺はやっぱり罪悪感に駆られる。それでもまだだ……まだ競技終了の合図もブザーも鳴ってない!俺は葵でもう一太刀浴びせてから大迫さんのISスーツを引っ掴むと、振り返りつつ地面へと放り投げた。

 

「キャッ……!ぐうっ!?え……?ちょっ、ちょっと待ってよ……嘘……嘘でしょ……もう、私……。」

 

 いやぁ……こればっかりは、本当に怖がらせてると思うよ。何してるかって、大迫さんを踏みつけて固定し葵を振りかざしているところだ。うんうん、怖いよね……本当にゴメンね。でもここで一太刀を浴びせたら、流石にエネルギー切れで俺の勝ちだろうから……それでもう終わりにするって約束するよ。

 

「嫌ああああっ!!!!」

『止まれぇ黒乃ぉ!もう試合はとっくの昔に終わってる!』

 

 うええええっ!?俺が葵で大迫さんを斬りつけようとした寸前に、オープンチャンネルで昴姐さんの怒号が鳴り響く。そう言われて確認してみると、確かに大迫さんのラファールのシールドエネルギーは切れるギリギリだ。マ、マジで……?俺も焦っていたのか、確認を怠ってしまった……!い、今すぐに足をどけなくちゃ!

 

「こ……殺され……殺される……!」

 

 い、いや……殺さない殺さない!うわぁ……ど、どうしよう……大迫さんは、身を縮めてガタガタ震えながら恐怖に引きつった顔で涙を流している。これは完全に俺が悪い。ダーティ気味な怒涛の連続攻撃さえなければ、こうはならなかったかも知れないのに……。危うく人を殺しかけたというこの事実に、俺は動揺が収まらない。と、とにかく……大迫さんを助け起こそう。

 

「ヒ……ヒッ!ご、ごめんなさい!今までの事は謝るから、お願いだから許して!」

 

 差し伸べた手は弾かれて、命乞いをしながら大迫さんは地面を這いつくばる。あ~……コレは、ダメみたいですね。大迫さんが落ち着かない限りは、俺が何をやったって受け入れてはもらえない。そう思った俺は、大迫さんから背いて浮き上がる。そのまま静かに、出てきたゲートを目指した。

 

 ピットに戻ってみると、向こう側の教師やスタッフらしき人達が凄い目で俺を見てくる。だ、だから……俺にそんなつもりは無かったんだけど……。弁明が出来れば苦労はしないよね……この身体。打鉄返して、さっさとこの場から帰ろう……。打鉄を解除して降りると、昴姐さんに乱暴に頭を撫でられた。

 

「上出来、良くやった。アンタやっぱセンスあるわよ。」

 

 うぇ……?うん……?あのね、昴姐さん……それ本当に心から褒めてる。なんか凄い顔怖いんすけど……。ってか、この状況下で俺を褒めるのはまずいような……。沈黙を守っていた向こうサイドの人達がザワザワし始めたよ。すると姐さんは、俺の乱れた髪を整えてからこう言う。

 

「ちょっち声デカかったっしょ?ビックリさせてゴメンな。あぁそれと、あんま気にすんな、アンタは何にも悪かないから。」

 

 いや、俺が悪くないのは解ってるけど……悪かったのも確かなような気が。……なんだか日本語が不自由になってきた。でもなんというか、そう言ってくれると救われた気分になる……。俺は謝罪と感謝の意味を込めて頭を下げると、昴姐さんに軽く小突かれてしまう。

 

「アンタ、先に車に戻ってな。アタシは少~し話があるからさ。」

 

 お、おおふ……それは俺の代わりに怒られる的なやつなんじゃないんですかい?昴姐さんマジ申し訳……。姐さんがニカッと爽やかに笑う分、何だか罪悪感も増してしまう。まぁ……じゃあ……とにかく、このアウェー感ハンパない中を通り過ぎて着替えに行きましょうかね……。

 

 

 

 

 

 

「バ、バケモノ……。」

「こ、こらっ……そんな事言っちゃ……!」

 

 おーおー、すげぇなマジで……流石のアタシもここまで来ると感心するしかないわ。スナイパーライフルの弾丸を弾くとか、ぜひともあの子の視点で観てみたい。ハハッ、良いね……1つのラインを超えちゃったらバケモノがどうとかどうでも良くなってきちゃったね。

 

 でも、どうかしらねぇ……。アタシとかは近くで千冬っつーバケモノを割と近場で見て来たせいか、感覚がマヒしてしまっている……というのも間違ってないだろうし。世間一般で言うところの普通の奴らがこれ見て、バケモノって言いたくなるのも解らねぇでもねぇというか……。

 

 そこから先は、とんでもない戦法で黒乃は攻めに転じた。主兵装の葵ではなく、蹴るという至極単純な行為で大迫を追い込んでいく。しかし単純なようで、的確に人間の弱所を確実に捉えての蹴りだ。大迫が苦悶の声を出すせいか、戦いから視線を外す者まで現れる。

 

 蹴りとか殴りとかは、アタシも昔は良く使った戦法だ。ヤンチャやってた頃の癖か、得物使うよりはステゴロのが落ち着くんだよねぇ。昔を懐かしんでいる間に、大迫のラファールのエネルギーはほぼ0……。ん、勝ったな。見栄えがどうだろうとそれに間違いはない。

 

 もはやいくら頑張ったところで、逆転は不可能に近い。しかし、いつまで待っても担当はブザーを鳴らさない。あ゛ぁ……?何やってんだブザー係……。バカタレか、試合終了の合図は選手じゃなくてレフェリーの義務だろうに。ホレ見ろ、黒乃はまだ続けようとしってんじゃん。

 

 あ~……でも黒乃、それは多分アタシでも怖いわ……うん。黒乃は片足で大迫の腹部を押さえつけ、ゆらりと葵を振り上げる。そのまま振り下ろそうって事なんだろうけど……マジでいい加減にブザー鳴らせやバカタレが!ちっ……それならしゃぇねぇか……!

 

「さっきから何やってんだ馬鹿が!そこ退け!」

「あっ……!?」

『止まれぇ黒乃ぉ!もう試合はとっくの昔に終わってる!』

 

 通信機器の前に居た女性を突き飛ばして、アタシは強引にその座を奪う。マイク越しに叫んでやると、黒乃はピタリと止まった。……けど、ふぃ~……ギ、ギリギリか……。アタシももう少しだけ早く動いときゃ良かったわね。まぁとにかく、死んでないなら何でも良い。

 

 

 アタシはゲートのすぐ近くで、黒乃を待ち構えた。やがて黒乃は姿を表して、所定の位置に打鉄を戻して装着を解除する。まぁ……多少の罪悪感は抱いちゃうわよね、別に黒乃は何にも悪くないけど。安心させんのが大人……だよな?アタシはあえてガサツに黒乃の頭を撫でた。

 

「上出来、良くやった。アンタやっぱセンスあるわよ。」

 

 そう言ってやると、黒乃は嬉しそうな……?いや、キョトンとした感じ……?ダメだね、アタシじゃこの子がどんな表情かまでは察してやれない。とにかく、どちらにせよ少しは安心させてやれたんじゃないだろうか。んじゃ後は、後始末といきますかねぇ。

 

「アンタ、先に車に戻ってな。アタシは少~し話があるからさ。」

 

 頭を下げてきた黒乃に軽い拳骨を見舞うと、車のキーを渡しながらチラリと背後を見た。背後にはアタシと黒乃を睨むような目がいっぱいだこと……。んな連中に睨まれようと怖かないけどね。まぁ鬱陶しくはあるわな。アタシは黒乃が行ったのを確認すると、さっきの管理人を名乗ってた女に向きなおる。

 

「貴女……あの子にどんな指導をしているんですか!?完全なる殺人未遂ですよ!」

「へぇ~……自分のとこの不手際棚に上げて、あの子を人殺し呼ばわりっすか。へぇ~……。」

「な、なんですかその態度は!?あの子が何をしたか解って―――」

「じゃあ聞きますけどね。あの子対人戦はマジで初ですよ?ハイパーセンサーに表示されるシールドエネルギーの確認ミスの可能性とかも捨てきれないですよね?つか、実際アタシは良くやりましたし……。そこらへんどうですか?確認ミスとか、した事は1回も無いんすかね……アンタら。」

 

 アタシがニコニコ笑いながらそう言ってやると、先方はその態度が気に入らないらしい。そりゃそうだ。けどよ、アタシが笑ってる間に撤回しとけば良かったね……って話ってわけよ。あ゛~ダメだ……せっかく禁煙してたんだけど、どうにもヤニ不足だ。アタシはいつも懐に1本だけタバコを忍ばせている。それを咥えてジッポライターで火をつけると。深く煙を吸って吐いてこう続ける。

 

「アンタらよぅ……ISでの戦闘を何だと思ってるよ?オラ、そこのお前。」

「わ、私……?何って、その……し、試合としか……。」

「はいダメ、0点。試合だぁ……?確かに認識としちゃそうだろうよ。けどよ、死なない保証なんて誰がしたよ?ん?篠ノ之博士が絶対死にませんっつったか?違げぇよな。」

「あ、安全性は確保されて―――」

「だから死なねぇとは言ってねぇだろうがよ。剣で相手斬るんだぜ?銃で相手撃つんだぜ?そんなもん、試合である以前に殺し合いな事には変わりねぇだろうが。違げぇかよ……あぁ!?」

 

 ISの試合なんざ、マジで殺し合いと変わらねぇ。少なくともあたしはそう思ってる。そこらへんの認識が薄いんだよ、最近の奴らはよ。半ば殺し合いだからこそ、こういった事故は起こり得る。止めりゃ黒乃が止まってくれたってこたぁ、試合終了のブザーがもうちょい早けりゃ……って事だろうよ。

 

 それ以降の反論はなし……となれば、もうこの場に用事はない。一応の礼を言うと、携帯灰皿にタバコを押し付けてから歩き出す。車に戻ってみると、黒乃は思い切り寝息を立てていた。この子は……大物になるね、間違いない。しかし、千冬になんて説明すっかなぁ……。

 

ちなみにその後の事だが、大迫はどうやら例の件がトラウマになってISへは乗れなくなってしまったらしい。後味悪いわ……。これは多分だけど、黒乃に関する変な噂が広まるに違いないでしょう。……せめてアタシは、この子の味方であげないと。何気にアタシも、この子の事を大事って思い始めてんのかしらね。

 

 

 

 

 

 




黒乃→故意じゃないとはいえ、少しやり過ぎだな……。
大迫→こ、殺される……!


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第14話 第2回モンド・グロッソ

人を見たら泥棒と思え、なんて言う言葉がある。だが現在の俺は、人を見たら誘拐犯と思えと自分に言い聞かせている。何故かって……来たくも無いのに来ちゃっているからだ。何処って……第2回モンド・グロッソ開催地……ドイツに来ちゃったよおおおお!

 

 嫌だぁ……今すぐ帰りたい。第2回モンド・グロッソと言えば、織斑 一夏誘拐事件の発生で有名であろう。イッチーがちー姉にとって大事な存在だから誘拐されちゃったわけじゃん。そしたら俺も誘拐される可能性大で……って、あれ?それって、俺がちー姉の大事な存在って前提の話だよね。

 

 …………もしも露骨なアンチ物みたいに、ちー姉が助けに来なかったらどうしよう。それはそれで、復讐ルートもやむなしかも知れない。いや……割と本気で。人生に刺激なんて必要はない……草みたいに生きていければ俺はそれで良いのに……。はぁ……どうしてくれようか。

 

「いやぁ……生で見ると迫力が違うな。」

「…………。」

「黒乃もいつか、こんな舞台で戦えると良いな。黒乃、俺は応援してるぞ!」

 

 なんて言いながら、イッチーは俺にイケメンスマイルを向けた。俺がISを動かしている事は、既にイッチーも知っている。ばれないようにした方が良いかなって思ったけど、ちー姉が普通に俺の前でISの話題とか振るし。それにしても、こんな笑顔の後に誘拐されるとか……やるせないにも程がある。

 

 時間帯的に、もうすぐちー姉の試合の準備段階ってところか。まだしばらく時間はかかりそうだが、もうすぐ事件が発生する可能性のある範囲に入ってしまっているんだよな。う~ん……どう行動するべきか。俺も頭数に入っているのなら、何処へ逃げても無駄だろう。逆に入っていないのなら、イッチーと距離を置くのが正解……。

 

 二者択一、2つに1つか……。あ~……まずいな、どうも俺は2択で外しやすい性質なんだよ。なるべくなら巻き込まれずにはいたいけど、なんかイッチーを見捨てるようで気が引ける。でも……ほっといても死にはしないとも思うし……。こんな事なら、何か武器になりそうな物でも持って来ておけば良かった。

 

「千冬姉の試合まで時間かかりそうだし、ちょっとトイレ行って来るけど……黒乃はどうする?」

 

 げっ、そんな事を言ってるとイッチーが移動しようとし始めちゃうよ。ってかイッチー、俺だから良いけどさ……女の子にその聞き方はアカンよ。女として意識されてない証拠だと思うけど、少しはデリカシーを考えようね。んで、トイレか……。別に行く必要は無さそうだけど……。

 

「…………。」

「そっか、じゃあ一緒に行こうぜ。人が多いから、はぐれないようにしろよ。」

 

 俺は首を縦に振って、イッチーに着いて行く事に。だって、誘拐されるかもってのが解ってるのに……1人は心細いんだもの。それに2人だったら、何か対処が出来る事態にも遭遇するかも。イッチーに着いて行くって事は、それだけリスクも増すけれど……。やっぱり隣にイッチーが居る方が安心感というものが違う。

 

 とにかく俺は、イッチーの忠告通りにはぐれないよう心がける。それこそ、はぐれた拍子にお持ち帰り……なんてのも考えられる。しかし、何の問題も無くトイレまでは辿り着けた。だが、どうにもトイレ前の様子がおかしい。入り口には立ち入り禁止の看板が立ててあって、中には入れないようだ。

 

「あれ?さっき来た時は何とも無かったんだけどな……。すみません、ちょっと良いですか?」

「はい、何でしょう。」

「トイレ、使えないんですかね。」

「あぁ……申し訳ありません。水道管の方にトラブルがありまして、現在は復旧作業中です。」

 

 近場に居た日本人のスタッフに、イッチーは話しかけた。少し離れて2人の会話を聞くに、どうやら水回りで何かあったらしい。トイレに水は必要不可欠だし、今日中……どころか数日このトイレは使えないかも。復旧作業中との返答をされて、イッチーは困った表情を浮かべる。

 

「よろしかったら、他のトイレにご案内しましょうか?」

「本当ですか?それなら助かりますけど……。」

「こちらの不手際ですので、ぜひそうさせて下さい。」

「えっと、じゃあそれでお願いします。」

 

 う~む、いかにも日本人らしい対応を見た気がする。外国人がこんな時にどうするか知らないけど、日本はサービス精神が素晴らしいと評価されるのも頷けるな。しかし、こんな事なら別のトイレの位置も確認しとくべきだった。そうすれば、スタッフさんも道案内せずに済んだのに。

 

 俺とイッチーは、スタッフさんへ連れられて会場内を練り歩く。やがて連れて来られたのは、当然ながらトイレである。でも、なんか変だな……。1か所が使用不可なのに、こちらの人だかりがまばらなのはどうしてだろう?……気にするほどの事でもないか、現にこうして人の眼もある訳だし。

 

 そんなわけで、ポーズながらも女子トイレへ足を踏み入れた。未だにだけど、男子トイレに入ろうとしちゃうんだよなぁ。人間に刷り込まれた記憶ってのは凄いと言うかなんというか……。さて、トイレは……うむ?1つを除いて使用中か。やっぱり俺の考え過ぎみたいだな。

 

「かかった!」

 

 ほわぁ!?トイレの扉に手をかけようとしたその瞬間の事だった。急に扉がバァン!と開いて、中から人が飛び出て来るではないか。その手に握られているのは……スタンガンである。チ、チクショー、騙された!なんて理解した時にはすでに遅く、俺にスタンガンが押し当てられた。あばばばば!?しっ、しびびび……痺れ……る……!

 

「上手く行ったか!?」

「ええ、成功よ。早く運びなさい。」

 

 朦朧とした意識の最中、先ほどトイレ周辺で話していた人間が目に入った。つまり、自然に見せかけるためのエキストラだったって事ね……。この調子ならば、イッチーも同じく痺れてる頃だろう。あ~も~……だからヤだったんだよ……。と、しつこく小言を呟いて意識を手放す俺であった。

 

 

 

 

 

 

 う、う~ん……ハッ!?ここは何処、私は誰!?……って、ふざけてる場合じゃないんだよなぁ……。え~っと、場所はどうやら……廃工場か何からしい。そんでイッチーは……無事か、ひとまずず安心だ。縄に縛られたイッチーは、まだ気絶の最中っぽい。…………縄?なんでイッチーは縄で、俺は鎖なんでしょうか。縄だと千切られるとでも思われたのかな。

 

 そんなゴリラじゃあるまいし……。まぁそれは良いや、もっと状況を確認しないと。身をよじらせて周囲を見渡すと、廃工場の入り口付近に2人の男が居た。う~ん……あの2人だけなら良いけど。だって、この後に予測されるのはただ1つ……。なるべく人数は少ない方が良いよ。

 

「作戦は成功か?」

「ああ、たった今……織斑 千冬の棄権が伝えられた。」

「じゃあ後は……好きにして良いんだな?」

「おいおい、お前も好きだな。まぁ……俺も人の事は言えんが」

 

 なんて言いながら、男2人は俺を見た。ドイツに来たくなかった理由としては、薄い本展開になるのが目にみえていたからだ。やめて、私に乱暴する気でしょう!エロ同人みたいに……エロ同人みたいに!……それが冗談じゃないってんだから、本当にどうしようもない。

 

「よぉお嬢さん、お目覚めかい。」

「これからどうなるかくらい解るだろ?せいぜい慰みものになってくれよ……なぁ!?」

「んぅっ……!」

 

 男の片割れが、声を荒げながら俺の胸をわしづかみした。自分でもびっくりだが、変な声が出てしまう。ろくに喋る事が出来ないのに、こういう声はキチンと出るんですね……。ていうか、まずいなぁ……なんか、気分も変になってきた……。このままでは、流されてされるがままになってしまう……。

 

 はぁ……無理矢理されるんだったら、まだイッチーや弾くんのがマシだった。今から〇〇〇(ピーッ!)〇〇〇(ピーッ!)〇〇〇(ピーッ!)されて、挙げ句の果てには〇〇〇(ピーッ!)〇〇〇(ピーッ!)なんていうハードな事になって、最終的には〇〇〇(ピーッ!)〇〇〇(ピーッ!)になるまで延々と〇〇〇(ピーッ!)〇〇〇(ピーッ!)〇〇〇(ピーッ)

 

「貴様ら、ピーピー五月蝿いぞ!何をしているんだ!」

 

 は、はい……スミマセンでした!って、俺の事じゃないか。頭の中で放送禁止用語を言ったときのピー音が鳴ってただけだし。現れたのは、ラファールを纏っている女だ。それまで俺にあんな事やこんな事をしようとしていた2人は、渋々離れていく。た……助かったぁ……。

 

「……恨みはないが、これも命令だ。」

 

 助かってねええええ!?な、なんで……?イッチーは殺さないっぽいのに、どうして俺にアサルトライフルの銃口を向けてくるの!?これだったら、強姦された方がまだ……。いや、強姦も嫌だ……けど、引き金を引かれたら一発昇天しかない。こ、殺さんといて!アンタ達の目的は達成したはずでしょうよ。……と、心の中で懇願する。

 

「…………!?」

 

 え?え?何……その銃口がブレブレなのには、どういう意図があるのだろうか。ハッ!?さては……俺の命を弄んでいるな!なんて悪趣味な女性だろう……。亡国機業の連中は、全員こんな冷酷なのか……?いいさ、そうやって時間を喰えば喰うほど、ちー姉が助けに来てくれるまで時間が稼げ――――。

 

「うわああああっ!」

 

 ひぎゃああああ!?こ、この……この女、ろくに照準も定まらないのに撃ってきやがったああああ!当たっ……当たった!鎖の部分に当たって跳弾したぁ!ぜぇ……ぜぇ……し、死んだかと思った……。あれ……?ラッキー、鎖が切れてる!弾丸が当たったおかげだな。俺は手早く鎖を振りほどくと、一目散に物陰に隠れた。

 

「しまった……!隠れるな、出てこい!こいつがどうなってもいいのか!」

 

 げっ……これはまずい。俺が隠れられたのは良いけど、イッチーが人質に取られてしまう。あの感じは、脅しではないみたいだ。ど、どうする……?ギリギリまで引き延ばした方がいいのか、それとも……。そんなにまでして、俺を殺したいのかな?ムキになってるだけとかなら万歳だけど……。

 

 とにかく、イッチーだけは殺させない。それは彼が主人公だからとかじゃなく、イッチーは俺にとって大事な家族だ。助けて死ねるなら本望……とは言わないけど、見過ごす訳にはいかんでしょ。しかし丸腰なのも心もとないので、そこらに転がっていた鉄パイプを掴む。そして、女の前へ姿を見せた。

 

「フンっ、何かと思えば……。こちらはISだぞ、無駄な抵抗は止めて大人しく殺されろ。」

 

 解ってるよ、ISに乗っているのだから……この鉄パイプで殴ったって意味のない事くらい。だけど、少しでも時間が稼げられればそれで良い。でも……死ぬ確率は高い。銃で撃たれても死ぬ、殴られても死ぬ、蹴られても死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ……。ヤバい……ヤバい!やっぱり怖い……。

 

 あまりにもリアルに感じられる死の予兆に、どうしようもなく心を支配される。なんだか知らないけど、1周回って笑えてきた。どうやら俺は、そういう性質だったようだ。これに限っても表情は出るらしく、女は訳の解らないような顔つきをし始めた。

 

「なっ、何故この状況で笑っていられる……!?」

 

 あ、やっぱ顔に出てるみたいだ。いやいや……違うんですよお姉さん、これは怖がってるんです。でも、なんだかうまい具合に動揺を誘えたかもな。恐怖を振り払え、怖くない……怖くない。そう自分に言い聞かせて、ジリジリと前へ出る。俺の想像通りに、女は行動を起こさない。

 

「くっ……うっ……。」

 

 もう少し、もう少し……。向こうにも我慢の限界が見えて来た。いつでも退避できるようにして、呼吸を乱さずに前進を続ける。俺だって、相当に我慢しているのだから。本当だったら、機をうかがって逃げ出したい。それでも逃げられないのは目に見えてるから……だから、せめて……。

 

「し……ねええええっ!」

 

 来たっ!俺は女がアサルトライフルの発砲を開始する寸前に、女を中心として周囲を回るように全力で走る。するとアクション映画さながらに、俺の背後で弾丸の跳ねる音が聞こえた。ひいいい……!止まったら死ぬぅ!ってか、あの女……やっぱり遊んでるよね、こんなの当てられないはずが無いし。

 

 なんて考えてる暇じゃない!何か、何か策を考えないと……。走り回りながら、廃工場を見渡す。すると俺の眼に入ったのは、もう1本の鉄パイプと、先ほどまで俺の縛られていた鎖だった。俺の頭の中で、パズルのピースが埋まった。……なんてカッコイイ表現してるけど、コレは起死回生の手かもしれない!

 

 俺は息を荒げながらも、なんとかもう1本落ちていた鉄パイプを回収した。止まる事が出来ない状況は悪いが、この1本さえあればどうとでもなる。俺はそのまま、アサルトライフル目がけて鉄パイプをブン投げる。横回転しながら飛んで行った鉄パイプは、見事にアサルトライフルに命中した。

 

「馬鹿な!?」

 

 ありゃ、一瞬でも気を反らせれば御の字だったけど……弾く事にも成功したな。それこそ、結果オーライ!俺は間髪入れずに女の方へと走り込んで、その頭に思い切り鉄パイプを振りかぶる。う、うぇ……手に人を殴る感触が伝わって、かなり気持ち悪い。でも、殺すつもりでいかないと……!俺は女がふらついている間に、今度は鎖を拾う。

 

 鎖を拾うと、ラファールや女の身体を蹴りつけて上へ上へと昇る。そして女の肩辺りまで来ると、首に鎖を巻きつけながら肩車の要領で座った。そんで……後ろに体重をかけながら、引っ張る!当然ながら女の首は締まってしまう。IS操縦者だって、呼吸さえ止めてしまえば気絶くらいには持っていけるはずだ!

 

 もともとは地球圏外での活動を目的とした機械だが、ラファールに呼吸うんぬんの機能は備わってない……はず!でも女のもがくような反応を見るに、効いているに違いない。頼む……早いとこ気絶してくれ!人の首を絞めるなんて、あまり気持ち良い物じゃ……おえっぷ!うぇぇ……やっぱり吐き気がするぅ……!

 

「くふぅ……!ふっ!あぁ……ああああっ!」

 

 吐き気をもよおしたせいか、手が少しだけ緩んでしまったらしい。女は必死の様子で俺を掴むと、そのまま放り投げる。操作をしている暇が無かったのか、俺の身体はフワリと浮く感じで宙を舞った。無論、それなりの高さがあるので着地なんてできないが……。いづっ!?っつ~……落ち方が悪かったのか、左腕から変な音がしたような……。

 

「ぐっ……カハッ……!ぜぇ……はぁ……き、貴様……!」

「一夏、黒乃!居たら返事をしろ!」

「チイッ!ここまでか……!」

 

 女は盛大にむせ返りながら、俺へアサルトライフルを向ける。今度は余計な事をさせないつもりか、かなりの至近距離だ。これは……ダメだな、詰んでいる。俺が今度こそ死を覚悟していると、遠くからちー姉の声が響く。幻聴かと思ったが、女の焦り具合からして本物だろう。

 

 女はスモークグレネードか何かを投げて、周囲に煙を蔓延させる。それが晴れる頃には、女の姿はもうない。異変を察知したらしいちー姉は、慌てた様子で工場内に足を踏み入れた。そして、俺とイッチーの姿を確認すると、心底から安堵したような表情を見せる。

 

「お前達……!良かった……無事でいてくれて、良かった……!」

 

 な、成し遂げたぁぁぁぁ……狙い通りに、ちー姉が来るまで時間を稼げたよぉぉぉぉ……。ほんっとにもう……強姦されそうになるわ、殺されそうになるわ……散々だよ、もう……ドイツ嫌い!ちー姉が目の前に居る安心感からか、なんだか緊張の糸が切れてしまった。このタイミングでの気絶は心配されそうだけど、もはや……限……界……。

 

 

 

 

 

 

(藤堂 黒乃は殺せ……か。上は、いったい何を考えているのやら……。)

 

 作戦内容は、織斑 一夏及び藤堂 黒乃の誘拐……そして、それに伴って織斑 千冬に決勝戦を棄権させる事だったはずだ。今になって命令が出されたが、何を思って上は……?……いや、たかだか末端の構成員である私に、そんな事を考える必要はない。一応だが、念には念を……ISは持って来ておいて正解だった。

 

 確か誘拐の実行部隊が、この廃工場に放置しておいたと言っていたな。私はラファールを装着すると、工場の奥へと侵入していく。するとまず目に入ったのは、藤堂 黒乃に群れる監視役の男2人……。ハイパーセンサーでズームすれば、片方の男の手は藤堂 黒乃の胸を掴んでいる。

 

「貴様ら、ピーピー五月蝿いぞ!何をしているんだ!」

 

 私がそう怒鳴ってやれば、男2人は文句を言いながら撤収作業へ移る。まったく、最近の男共は……油断も隙もあった物では無い。我々の組織は、女だけで構成する訳にはいかんのだろうか。それは今度上に進言するとしてだ。私の目的は、この小娘の殺害……それのみだ。

 

「……恨みはないが、これも命令だ。」

 

 哀れな物だ……。だが、強姦を防いだのは感謝してほしい所だな。せめてもの情けという奴だ。それ以外には、特に情も浮かばない。私はラファールのアサルトライフルの引き金へ手をかけた。するとその時、突然えも知れぬ威圧感が私に襲い掛かる。もしや、もう織斑 千冬が……!?

 

「…………!?」

 

 そう思った私だったが、よくよく感じ取ってみると……その威圧感を放っているのは、目の前にいる小娘だった。この殺気は、馬鹿な……私の手が、勝手に震えだす……!?まさかとは思うが、この小娘に私が怯えている。そんなのはあり得ないと思いつつ小娘を見れば、その姿が修羅か何かに見えてしまう。完全に、私が臆している証拠だ。

 

「うわああああっ!」

 

 ガタガタと手を震わせながらも、私は発砲せざるを得なかった。その恐怖を打ち破るためか、自然と雄叫びを上げて引き金を引く。しかし、そんなのでは当然狙いも定まらない。放たれた弾丸は、まるで吸い込まれるかのように小娘を拘束している鎖へと命中した。

 

「しまった……!隠れるな、出てこい!こいつがどうなってもいいのか!」

 

 まるで始めからこれが狙いでした。そう言わんばかりに、小娘は拘束されている状況を脱した。隠れ場所のいくらでもある廃工場だ……何をされるか解ったものではない。そこで私は、織斑 一夏を餌に炙り出す事に。存外小娘は大人しく姿を見せたが、その手には粗末な鉄パイプが握られている。

 

「フンッ、何かと思えば……。こちらはISだぞ、無駄な抵抗は止めて大人しく殺されろ。」

 

 ISへの対抗手段は、IS以外にはあり得ない。そうだ、生身の小娘に何を恐れる必要がある。寸前まで確かに私はそう考えていた。しかし……あろう事か、小娘は私に向けて笑みを見せる。それもただの笑顔ではなく、何処かこの状況を楽しんでいるような……狂った笑みだ。

 

「な、何故この状況で笑っていられる……!?」

 

 絶対におかしい……この小娘は、どうかしている。力の差は歴然なのに、もうすぐ殺されるかも知れんのに。いや、むしろ……死を身近に感じている事自体に、歓喜を覚えるようなこの笑みはなんなんだ!?そして小娘は、1歩……また1歩と間合いを詰めてくる。それに対して私は、何も出来ないでいた。

 

「くっ……うっ……。」

 

 物怖じしない方だと自負していたが、こうも私が呑まれるなどと……。落ち着け、落ち着くんだ。近寄られたところで、小娘に利があるわけでもない。私が乗っているのはISだ、恐れる事など何もない。そうだ……そうだろう。後は、殺せ……この小娘を殺すのだ!

 

「し……ねええええっ!」

 

 忌々しい事に、私がたじろいている隙を突かれた。私が発砲を始める前に、小娘は横へと逸れて走り出した。連射しながら照準を合わせるが、どういう事かまったく当たらない。これではまるで、弾丸の方が奴を避けているような錯覚を覚えてしまう。

 

「…………!」

「馬鹿な!?」

 

 小娘がもう1本鉄パイプを拾ったかと思えば、即こちらへと投げてきた。もちろん私も対処しようとしたさ……だが、それはかなわない。とんでもない速度で飛んできた鉄パイプに、反応すらできやしない。鉄パイプはアサルトライフルに命中し、私の手元から弾くほどの威力がある。

 

 思わずアサルトライフルの方へ気を取られてしまったのが、運の尽きというやつだろう。気づけば小娘は私の目の前……。そのまま飛び上がると、私の頭へ鉄パイプを振りかぶる。もちろん痛くもかゆくもない……それでも、更に小娘に隙を与えてしまった事にはかわらん。

 

「くふぅ……!ふっ!あぁ……ああああ!」

 

 私を鉄パイプで殴った隙に、先ほどまで自身の縛られていた鎖を拾っていたらしい。私の身体を駆け上がれば、何の躊躇いも見せずに私の首へ巻き付ける。想定もしないこの状況のうえに首を絞められ、私は軽いパニックを起こしてしまう。なんとかもがいて小娘を掴めば、とにかく急いで遠くへと放り投げる。

 

「ぐっ……カハッ!ぜぇ……はぁ……き、貴様……!」

「一夏、黒乃!居たら返事をしろ!」

「チィッ!ここまでか……!」

 

 私は呼吸を乱しながら、小娘を睨んだ。しかし、小娘は未だに薄くだが笑みを浮かべていた。小娘が次にどう出てくるかを考えている間に、織斑 千冬の声が私の耳に届いた。それすなわち、藤堂 黒乃の殺害失敗を意味していた。私は手早く煙幕を張ると、あらかじめ用意してあった退路から脱出を試みる。

 

 脱出こそ上手くいったものの……私の気はなかなか休まらない。あの小娘の浮かべた笑みを思い出す度に、手の震えが止まらなくなってしまう。上が何故小娘の殺害を命令したか、私はようやく理解できた。あの小娘は、近い将来に我々の大きな障害となるだろう。撤退する私は、そう考えながら回収場所へと向かうのだった。

 

 

 




黒乃→怖いと笑えてくる性質です。
亡国構成員→この小娘、この状況で笑っているだと……!?




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第15話 一夏の覚悟

「黒乃……。」

 

 ドイツの病院の一室で、俺はただただ黒乃の様子を見守り続けた。医師が言うには、ただの過労ですぐに目を覚ますだろうとの事。しかし、長い間黒乃が眠るのを見ていると……とても不安になる。それはまだ幼い頃に、黒乃が一週間も目を覚まさなかった前例があるからだろう。

 

「なんだってこんな……。」

 

 俺は思わずそう呟かずにはいられない。なんたって、誘拐事件にあったのだから。それも目的は、どうやら千冬姉を棄権させるためらしい。ふざけんな……そんな言葉しか出て来ない。それに対しても腹が立つが、俺は何より……自分の不甲斐なさが許せなかった。

 

 どうやら黒乃は、生身でISに立ち向かったそうだ。それもこれも全て、俺を守るため……。だからこうやって、黒乃は病院に寝かされているんだ。考えれば考えるほどに、自分に対する苛立ちが増していく。結局俺は口ばっかりだ。黒乃を守るなんて言っておいて、守られてるのは……いつも俺の方じゃないか。

 

 黒乃はISにも乗り始めて、ドンドンと前に進んでいる。それに比べて俺はどうだ……?千冬姉に迷惑かけたくないって、剣道もすっぱり辞めて……そんなのただ自分に言い訳してるだけだ。そうすると、黒乃の存在があまりにも大きくあまりにも遠く感じられた。

 

「…………。」

 

 俺はいつの間にか黒乃の手を握り締めていた。こうしていると、黒乃が近くにある事を実感できる。黒乃の手はとても温かい。家事の影響か、少し荒れて女の子らしくはない。女の子らしくはないが、女性的ではある。だからこそ黒乃の手は美しいって、心からそう思う。

 

「い……ち……………か……。」

「黒乃!?」

 

 俺は驚きのあまりに、座っていた椅子を倒しながら立ち上がった。確かに今黒乃が、俺の名前を呼んでくれた。いったい……いつ以来の事だ?もはや黒乃が事故にあうよりもだった気がする。黒乃が『いちか』の3文字を発音してくれた事こそ嬉しいが、今はそんな喜んでいる場合じゃない。

 

 俺は黒乃の手をさらに強く握りしめて、黒乃の名前を優しく呼び続けた。しばらくすると、俺の手を黒乃の方から握り返してくれる。そこから先はトントン拍子で、黒乃はゆっくりとだが目を開いた。昨日の夕時ほどにここへ寝かされたから、軽く10時間以上といったところだろうか。

 

「黒乃、俺が解るか?」

「…………。…………っ!」

「あ、ゆっくり起きろよ。左腕、少し痛めてるらしいから。」

 

 目を開いた黒乃は、凄い勢いで飛び起きようとして……止まった。それは恐らくだが、左腕に痛みが走ったからだろう。それを察した俺は、黒乃の背中を支えゆっくり起き上がらせた。これに関しても数日見ればよくなると言っていたが、黒乃が腕を抑えて痛がるとなるとよほどの事だろう。

 

「「…………。」」

 

 それ以降は無言の時間が続く。いや、きっと黙ってるのは俺の方だけだ。黒乃が喋れたとするならば、俺に大丈夫だったかとか、千冬姉の試合はどうなったかとか……人の心配ばかりをしているはずだ。それなのに俺は、全く言葉が出て来ない。黒乃に、何を伝えれば良いのかが解からないんだ。

 

 ありがとうと言えば良いのか、それともごめんと言えば良いのか。どちらも……違う気がする。黒乃が俺の為に無茶を、いや……命を賭けてくれた事くらいは解っている。だけど、黒乃が望んでいるのはそんな事じゃないハズなんだ。やっぱりダメだ……そういう考えを巡らせると、つい後悔が口に出てしまう。

 

「黒乃、俺は……ダメな奴だな。黒乃が命を張ってる間に、気付きもしないで寝てたなんてよ。黒乃が、死んじまってたかも知れないのに……俺はっ……!」

「…………。」

 

 こうなってしまえば俺は止まる事が出来ずに、誰に対してか何に対してかも解からない懺悔を口にした。俯き加減でそう言っていると、病室内にパンッと乾いた音が鳴り響く。何事かと思ったが、俺の頬がジンジンと疼いている事に気が付いた。ああ、そうか……俺は、黒乃に頬を叩かれたのか。

 

 それは理解できたが、俺がすべきは黒乃が何故いきなり叩いて来たかを考える事だ。そんなの……最初から解り切った話ではある。黒乃はきっと、こう言いたいに違いない。そうやってウジウジしたって、何かが変わるのか?後悔する暇があるんだったら、これから何をすべきか考えろ……ってな。

 

 ああ、そうだ……そうだよな、黒乃の言う通りだ。自分をダメな奴って思うくらいだったら、少しくらいは変わろうとしろよ。黒乃が命を張ってくれたんなら、俺も黒乃の為に命を張れ。今までは見て見ぬフリをしていた。今の世の中は、仕方が無い事なんだって。

 

 仕方が無いで済ましていいはずもない。変わろうともしない奴の言い訳が通じるほど、この世の中は上手くできちゃいない。変わりたいのなら……足掻け、苦しめ、這いつくばってでも前に進め。俺に足りなかったのは、きっとそういう意志。足りなかった意志は、黒乃の平手打ち一発で満たされた。

 

「……ありがとうな、黒乃。」

 

 本当に、黒乃にはこの言葉を何度言ったって足りやしない。だけどいつしか、黒乃にそう言って貰えるように……黒乃を堂々と守ってやれる男に俺はなりたい。いや、なる。絶対になってみせるんだ。黒乃にはもう2度と、こんな経験をさせてはならない。黒乃は俺が守るんだ……俺が必ず。

 

「一夏、少し良いか?」

「千冬姉、ちょうど良かった!黒乃が目を覚ましたんだ!」

「何っ!?黒乃……!」

 

 千冬姉は俺に用事だったみたいだが、身体を起こしている黒乃を見て俺への興味は薄れてしまう。驚きと喜びが入り交じったような表情で、千冬姉は黒乃へと歩み寄った。しかし、それも短い時間の事だ。次第に千冬姉は、表情を険しいものへと変貌させてゆく。病院内という事に配慮してか、声を潜めて千冬姉は言う。

 

「馬鹿者が、生身でISと対峙するなどと。無茶をしなければならなかったとは言え、もう少し命を大切にしろ。」

 

 どちらかと言えば、諭すような叱り方だった。きっと千冬姉も、黒乃の迫られた二択を配慮しての事だろう。戦うか、そのまま殺されるか。きっと黒乃には、その2つに1つしか選べなかった。黒乃の事だ……迷いもなく、前者を選んだんだろう。それは、俺が居たから……。

 

「だが、とにかく黒乃は生きていた。今は……それだけで良い。」

「…………。」

 

 俺も先ほど、千冬姉に似たような事を言われた。取り乱していたし、ろくな返事は出来なかったが……俺はとにかく嬉しかった。きっと黒乃も、俺と同じ気持ちだろう。千冬姉の棄権の事は、知っているのかどうかは解らない。知れば黒乃は責任を感じる。そこに関しても、俺と同じなはずだ……。

 

「千冬姉、俺に用事じゃなかったのか?」

「ああ、そうだったな。黒乃、お前は何も心配するなよ。今日の内は、とにかく安静にしていろ。」

 

 命令口調の千冬姉の言葉は、何処か反論を許させない何かがある。黒乃は大人しく首を縦に振ると、さっそくベッドに寝直した。そして俺と千冬姉は、2人して病室から出る。黒乃の前では話し辛い内容だと、俺はなんとなくそう思った。そして病室の目の前で、千冬姉が静かに口を開く。

 

「恐らくだが……一夏、お前も取調べを受ける事になるだろう。その時は、余計な事を口走るなよ。」

「余計な事……って、もしかして……。」

「……お前の考えているように、黒乃の事だ。」

 

 誘拐事件に際して、俺と黒乃は被害者にあたる。しかし、何故無事にいられたかが説明がつかない部分がある。それこそが、黒乃が誘拐犯の1人を撃退したから。それも……生身で。俺としては凄いとしか思えないが、取り調べをする側からすれば……異常な事と取られかねない。

 

 それで黒乃に、不利な事態が起きてしまうかも知れない。だからこそ千冬姉は、俺に釘を刺したのだろう。確かに指摘されなければ、黒乃に助けられましたなんて言いかねない。俺も、もう少し考えないとダメだな。そうすると、ずっと気絶していました……とだけ言っておけば良いだろう。それに、何処も嘘をついてない。

 

「解った、気を付けるよ。」

「発言には細心の注意を払え。では、私は行くぞ。まだ取り調べが残っているのでな。」

「なぁ、千冬姉。」

「……何だ?」

「俺、千冬姉の弟で本当に――――」

「その言葉は、そこで止めておけ……照れるだろうが。」

 

 動き出した千冬姉にそう告げれば、振り向きもせずにそう返された。半ば玉砕覚悟だったが、今日の千冬姉はやけに素直だ。……千冬姉がそれを望むなら、皆までは言わない。だけど千冬姉……覚えておいてほしいのは、それだけじゃない。黒乃もきっと、そう思ってるって……それを忘れないでくれ。

 

「……剣道、また始めてみるかな。」

 

 千冬姉の背が見えなくなると、俺はポツリとそう呟いた。黒乃に追いつくのなら、ISを動かしてみたいもんだけど……男の俺には無理だ。だから、出来る事から始める事に決めた。俺はもう逃げたくないから。逃げたくないから、戦うんだ。己の無力さや、どうしようもなさと……。そう俺は心に強く誓った。

 

 

 

 

 

 

 う~ん……う~ん……ハッ!?おはようございます!……って、あり?家じゃない……。そうか、当たり前の事だ。今俺はドイツに居て、勇敢にも誘拐犯に立ち向かったではないか。んで、どうなったんだっけ?えーと、そうそう……ずっと死ぬ死ぬって思ってたから、無事になった途端に気絶しちゃったんだった。

 

 そしたら今まさに目が覚めた訳で……ここは何処よ?俺の目の前には、でっかい川以外には何もない。…………解った、これはきっと夢だ。時々だけどあるよね、自分で夢だって認識できる夢。だとしたら、そんなに騒ぐような事でもないか……。それにしても、我が夢の中とはいえ……随分とデカイ川だこと。

 

 見た限りの川幅は広く、流れも速い。激流と言っても差し支えなさそうなソレは、入ろうものなら一瞬で溺れてしまいそうだ。ん~右を見ても左を見ても、川の全貌が解らないくらいに長い。本当になんなんだろう?これじゃあまるで、こっちと向こう岸を隔ててるみたいだ。

 

 この速さじゃ……なかなか生き物も住み着きそうもないなぁ。なんて思いながら、川へ近づこうとしたその時だ。俺の手が何者かに掴まれて、制止させられる。びっ、びっくりしたぁ……!心臓が飛び出るところじゃないか。まったく、どなただよ……。

 

 そう思って振り返ってみると、これまたビックリ。なんと俺の手を掴んでいるのは、体は子供で頭脳は大人な名探偵が活躍する作品……に出てくる犯人役の黒い人的な感じだ。正確に言えば、目も口も真っ暗でシルエットと表現した方が正しそう。きっと、俺が夢で特定の人物をイメージしきれなかったんだろう。

 

 だとすると、俺の手を掴んでいるのは……実際はとびきり美少女に違いない。いや、もしかすると美女かな。そうやって思い当たる美少女、美女をイメージしてみるも……特に黒いシルエットに変化はみられない。なんだよ、つまらない。俺は辟易とした感じで、離してもらうために言葉を紡いだ。

 

()や、()がうんですよ……()わに入って入水自殺的なやつじゃなくてね、単に川の様子を見守ろうって……。)

 

 そう言っても、黒い人はウンともスンとも言わない。……なんなんだこれは!どうすれば良い!俺の妄想力よ、そんなもんじゃないだろう……そうやってムムムとうなっていると、黒い人は俺をしっかりと抱きとめた。そうそうそうそうそう……そういうやつ、そういうやつ。後は……姿だけだな。

 

『…………の、黒……!』

 

 だっしゃおらぁぃ!何処の誰さ、俺の妄想を阻むのは!今良い所なんだから、邪魔せんといて!って、ああ……なんだか周囲が明るくなってきた。これはアレか、目が覚めてしまう前兆か……。ちくせう、結局はなにがなんだか解らないままじゃん。あの川が何の暗示だったかとかさ。そこまで考えて、俺にはある答えが浮かんだ。

 

(解ったああああ!アレ、三途の川でしょ!?)

 

 なんでさ、なんで気絶しただけで……そんな夢を見んといかんのや!俺の発想力は、ある意味で天才的だったみたいだ。さて、今度こそ目が覚めらいしな。見渡して見ると、ここは病室以外の何物でもない。そこらに書かれている文字を見るに、恐らくはまだドイツだ。ドイツ語か……もっと簡単そうなら勉強するんだけどな~俺もな~。

 

「黒乃、俺が解るか?」

「…………。…………っ!」

「あ、ゆっくり起きろよ。左腕、少し痛めてるらしいから。」

 

 イッチー……無事だったか!思わず飛び起きようとした俺だが、左腕に走る痛みに阻まれた。イッチーが痛めてるらしいなんて言うって事は、やっぱり投げられた時に地面への着き方が悪かったのね。イッチーは、優しく俺を起こすのを手伝ってくれた。すまないねぇ……なんて、年寄り臭いか。

 

「「…………。」」

 

 起こしてくれたは良いものの、イッチーは何も話そうとしない。き、気まずい……。ブーブー、イッチー……大丈夫だったかとか、なんか一言くれたって良いじゃん。イッチーがグースカしてる間に、俺はいったい何度死ぬかと思ったか……。もう2度とあんなのは勘弁したい。せめてISに乗っていれば話しは別かな。

 

「黒乃、俺は……ダメな奴だな。黒乃が命を張ってる間に、気づきもしないで寝てたなんてよ。黒乃が、死んじまってたかも知れないのに……俺はっ……!」

 

 イッチーが喋り出してくれたのは全然良いんだ……。だけど何か、タイミングが悪すぎやしないかい?何事かって、小さいハエ的な虫が、ブンブンと飛び回っているからだ。ドイツにも似たようなのはいるんだな……って、鬱陶しい!イッチーの言葉がまったく頭に入って来ないじゃない。

 

 なんか、良いこと言ってるっぽいんだけどな~……。あっ、イッチーの顔に止まった……。そのままにしておけば気づくと思っていたけど、イッチーはいっこうに虫を追い払わない。……そういうところも鈍感?頬の神経死んでんの?ダメだ……今度は面白くて、話が耳を通り抜ける。

 

 そうなると、俺がどうにかした方が良いよね。ドイツも先進国だから問題ないとは思うけど、変な病気を持っていたら大変だ。それが病院に侵入してる時点でどうかとは思うけど……とにかく、大事をとって仕留める!イッチー、そのまま固まって動かないでな……。

 

 いきなりで怒らすだろうなぁ。でも、これはイッチーの為でもある。ここは心を鬼にして、掌を開きつつ指をピンと張って力を込める。そしてイッチーの頬に狙いを定めて……思いっきり振り切る!イッチーの頬を打った音が、病室内に木魂した。自分の掌を確認すると、そこに潰れた虫の姿はない。

 

 げっ……仕留め損ねた?マズイな、イッチーがくってかかってきたら死骸を見せる予定だったのに。喋れない俺にとって、言い訳ほど難しい事はない。しかし、いつまでたってもイッチーは騒ぎ出さない。不思議に思ってイッチーの様子を窺うと、頬を真っ赤に染め茫然としていた。

 

 つ、強く打ち過ぎたかな。なんか俺に話しかけてたし、流石に驚きの方が勝っているのかも。そうなると、怒り出したらそのぶん怖い気もする。イッチーに本気で怒られた経験はないけど、メンタルの弱い俺からするとトラウマになってしまうかもだぞ。やがてイッチーは、俺に向かって口を開く。

 

「……ありがとうな、黒乃。」

 

 お前ドMかよぉ!(同族嫌悪)。ば、馬鹿な……叩いておいて感謝されるなんて、俺と同じ性癖な持ち主って事じゃないか。いったい……いつの間に覚醒していたというんだ……。そんなまさか、このタイミングでイッチーの性癖を知る事になるなんて……。いや、どんなタイミングでも聞きたくはなかったけどさ。

 

 もしかして、俺のせいだったりする?原作のイッチーは、そんな事なかったと思うし。自ら失言して殴られにいくとか、まさに俺が喋れればやろうとしてた奴だよ。これで何か、大きな影響にならないといいけど……。それにしても……弟ないし兄貴分がドMかぁ。お姉ちゃん(妹でも可)そんな育て方した覚えはありませんよ。

 

「一夏、少し良いか?」

「千冬姉、ちょうど良かった!黒乃が目を覚ましたんだ!」

「何っ!?黒乃……!」

 

 まるで謀ったかのようなタイミングで、ほんまもんのお姉ちゃんが姿を見せた。ちー姉……責任の一端は、ちー姉にもあるとおもうよ?シスコン気味なイッチーが、ちー姉にバンバン叩かれるから……そこから快楽を見出だしてしまったのではないかと私は推測します。まぁ……その話は後だ。なんたって、ちー姉が安心した表情をしてるから。

 

「馬鹿者が、生身でISと対峙するなどと。無茶をしなければならなかったとは言え、もう少し命を大切にしろ。」

 

 いやいやちー姉……それは誤解だよ。俺の命は、俺にとって何よりも大切なものだ。本当だったら、俺だってあんな無茶はしたくなかったし……。DEATH or DEADの選択肢なら、斜め上の選択肢を選んでFIGHTしかあるめーよ。戦わなければ、生き残れない!……って感じさ。

 

「だが、とにかく黒乃は生きていた。今は……それだけで良い。」

 

 はぅあ!出た……ちー姉必殺の天然飴と鞭!あ゛~調教されてる感覚が堪らんのじゃ~。個人的には、鞭が少し足りないくらいだけどね。物理的でも精神的でも良いので、もっとちー姉にいじめられたい。まぁIS学園に通えれば、その機会は嫌でも増える。今は純粋に、ちー姉が心配してくれるのを嬉しく思っておこう。

 

「千冬姉、俺に用事じゃなかったのか?」

「ああ、そうだったな。黒乃、お前は何も心配するなよ。今日の内は、とにかく安静にしていろ。」

 

 俺が目覚めたばかりなのを考慮してくれたのか、イッチーは話題を変えてくれた。ぶっちゃけ、今日中に日本へ飛んでも大丈夫くらいだけど……。変な夢を見てたのもあるし、ちー姉の言う通りに今日のところは休んでおこう。俺は首で肯定を示すと、2人がまだ居るにも関わらず毛布を頭から被った。

 

 しばらくして、扉が静かに開く音がしたし……気にするほどの事でもないか……。う~ん、左腕の痛みが気になるけど、眠る事ができるだろうか。余所様のベッドって、なんか落ち着かないし。ええい、細かい事を気にするでない。眠る事に集中集中!なんて思ってる間に、俺はうつらうつら……の〇太並みに神速で眠る俺氏であった。

 

 

 




黒乃→イッチーはドMみたいですね。
一夏→黒乃の為にも、強くなって見せるんだ……。


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第16話 さよなら鈴ちゃん

「アタシ、中国に帰る事になったから。」

「は……?はぁ!?」

 

 季節はもうすぐ春を迎えようとするこの頃、学校帰りの五反田食堂にて鈴ちゃんが唐突にそう切り出した。驚いた弾くんは大きな声を出して立ち上がるけど、そのせいで厳じっちゃんのフライングオタマの餌食となる。弾くんは頭を押さえながら、イッチーに話を進めるように促す。

 

「あ~っと……ほ、本当なのか?」

「こんな事で嘘ついてどうすんのよ。アタシだって、嘘だったら良かったっての……。」

「い、いったい何時だ?ってか、どうしてなんだよ!?」

「春休みには向こうに帰ると思う。原因は、まぁ……いろいろ……。」

 

 最近は諸々と忘れている事が多いけど、中二から中三に進級する間に鈴ちゃんは日本を去るんだったよな。帰る原因を弾くんに聞かれた鈴ちゃんは、少しばかり言い淀んでしまう。確か、ご両親のいざこざとかだったはず。そりゃぁなかなか言い辛いでしょう……。

 

「いろいろってお前……。……そっか、寂しくなっちまうよ。」

「なんか俺達、常に4人組だったしな。」

「アンタ達、気持ちは嬉しいけどしんみりし過ぎよ。ホラ、黒乃を見習って。」

 

 鈴ちゃんがそうやって俺に視線を集めさせると、思わず食事の手が止まってしまう。いや、別に何も思わないから食事を続けてたとかじゃなくって、喋れないから話しに混ざれないと思ったからで……。だ、だめだよな。混ざれるか否かは別として、真剣な話しなんだから手を休めるべきだった。

 

 妙に感心させられたような視線をイッチーと弾くんに送られて、そこで俺はようやく箸を休めた。するとどうした事か、いやいやいやと2人はどうぞ食事を続けてくれと言ってくれる。なんだその……そんな視線の最中に食事するって、ちょっとした苦行ですよ?まぁ……食べるけど。

 

「そうだよな、黒乃を見習おうぜ……弾。」

「おう。なんつーか……いつも通りに過ごして、いつも通りに鈴を送り出してやるよ。」

「は?なんでちょっと上から目線なのよ。」

「いや待て、そんなつもりじゃねーよ!」

 

 そうそう、この感じこの感じ……。先ほどまでの空気感は消え失せて、鈴ちゃんと弾くんが漫才を繰り広げる。でも……痛々しい気もするけど。なんだか、鈴ちゃんが無理して笑っているように見えてしまう。……そんな事は、考えない方が良いか。気にするだけ、俺の心にもダメージが入ってしまう。

 

 そうして残された時間の大半を、俺達はよりいっそう共に過ごした。俺はISの勉強とかで、休みの日とかは遊べなかったけど……。それでも、短い時間の最中に思い出を沢山刻んでおく事ができた。このまま、鈴ちゃんが笑顔で向こうに帰られたら良いけど。

 

 気温も次第に温かくなり、草木も徐々に芽吹き始める。今日も今日とてポカポカ日和、風も強くは無いし絶好のフライトコンディションだろう。俺、イッチー、弾くんの3人は、鈴ちゃんを送り出すために空港の国際線ターミナルまで足を運んでいた。ボストンバッグを肩に抱えた鈴ちゃんは、俺達の少し先を歩いている。

 

「アンタ達暇よねぇ、わざわざ来てくれなくったって良かったのに。」

「嘘つけ、絶対嬉しいだろ。特にいち……アダッ!」

「蹴るわよ?」

「蹴ってから言うな!」

「2人とも落ち着けって、他の人に迷惑だぞ。」

 

 それまで無言で歩いていた俺達だったが、鈴ちゃんがキュッと振り向きながらそう言った。それに対して弾くんが、一夏が来てて嬉しい癖にという趣旨の台詞を言おうとする。しかしそれは鈴ちゃんの軽い蹴りでキャンセルされて、相も変わらずなやり取りを見せてくれる。

 

 しかし、イッチーが随分とまともな事を言うな。なんか、ドイツから帰って雰囲気が変わった気がする。基本的には、俺の良く知っているイッチーだけど……なんだか纏っているオーラが違うと言うか。でもなんか、原作とは違ってイッチーが剣道を再開したんだよね。そのあたりが関係してるのかも。

 

 そう思いながらイッチーを見ていると、鈴ちゃんは俺の事を見ていた。……なんだこれ?えっと、鈴ちゃんや……何か御用かね。と、そんな感じの視線で鈴ちゃんと目を合わせてみる。すると鈴ちゃんは、ビクッと身体を跳ねさせた。え~……?今になって、実はずっと怖かったんだよねとか言われんでしょうね。

 

「ねぇ黒乃、少し2人で話せない?」

「そういう事なら、俺達は少し離れてるよ。行くぞ、弾。」

「いや、盗み聞きとかはしねーからな……?」

 

 ぬぅ!?ちょっ、ちょっとタイム2人共……置いて行かんといて!くっ……まさか、想像していた通りの展開になるパターンじゃあるまいな……。俺としては鈴ちゃんは大事な友人だし、怖かったなんて言われたら引きこもりになるよ。俺が身構えていると、鈴ちゃんは聞きづらそうに口を開く。

 

「黒乃って、一夏の事……好き?」

 

 ほぇ?……あっ、なるほどね……そういった話題か。そりゃ心配か、イッチーと家族レベルの幼馴染を放置して、自分は故郷に帰らなくてはならないのは。どうだろうねぇ……まぁ、ぶっちゃけた話でドキッとさせられる事は普通にあるよ。なんか、魂は肉体に影響させられるとか言うじゃない……多分だけどそれがモロに出てる。

 

 時々だけど、アイデンティティーを見失いそうになる。俺はもはやただのオレっ娘なんじゃないかと思う時だっ

てあるし……。でもねぇ、女性に対して欲望が働くのもまた事実なんだよねぇ。なんだろ、結局のとこで俺は百合っ娘なのかね。まぁ……今回は、そういう難しいのは差し引いて話を進めようではないか。

 

 そうだな……ドキッとさせられる事はあっても、俺はイッチーに対して恋愛感情は抱いていない。うん……正直、油断してたらコロッと落とされちゃうかもだけど。でも現段階での話となると、毛ほども無いって奴だ。俺が静かに首を横に振ると、鈴ちゃんは難しそうな表情を浮かべた。

 

「……そう。黒乃がそう言うんだったら、それで良いわよ。ごめんね、最後なのに……変な事を聞いちゃって。」

 

 気にせんでも良いって、鈴ちゃんは恋する乙女って奴なんだから。俺なんて、見た目はJC中身はオッサンだもの。……なんか、言ってて悲しくなってくるな。そ、そんな事は後回しだ!鈴ちゃんのサポートをするために、一役買おうじゃない。俺は身振り手振りで、鈴ちゃんにそこへ居てくれと伝える。

 

「ん?黒乃、もう用事は済んで……って、な、何で引っ張って……!?」

「あ~……なるほどな、男前だよ……黒乃って。」

「黒乃……アンタ……。」

 

 俺は離れた場所に居るイッチーに近づくと、少し強引に鈴ちゃんの前まで連行した。イッチーは訳の解から無さそうな様子だったけど、鈴ちゃんと弾くんは事情を察したらしい。そして鈴ちゃんの目の前でイッチーを解放すると、鈴ちゃんの背中を少し押して2人の距離を縮める。

 

「なんだ鈴。今度は俺に何か話か?」

「え、その……くっ、黒乃……って、逃げんじゃないわよーっ!」

 

 弾くんが俺を男前と称したついでに、俺は振り返らずにサムズアップを見せてクールに立ち去った。フライト時間までもう少し……最後の最後は、イッチーと2人きりが理想だろう。イッチーと交代するように弾くんに近づけば、俺をハイタッチて出迎える。俺達の手がぶつかり合う音が、パチンと空港内に響く。

 

 それからしばらく、2人の様子を見守った。タイミング的に、私の酢豚を毎日食べてくれるって質問をイッチーに……あれ?もしかして、後にケンカの火種になる事をしちゃってないかな。……絶対そうだ!あぁ、どうしよう……いやでも、鈴ちゃんのプロポーズ級の告白だし……邪魔するのは……。

 

『皆様、大変長らくお待たせしました。国際線中国行の飛行機にお乗りの方は、搭乗ゲートまで――――』

「おっ、時間だな……。最後になんか言っとかないと。行こうぜ、黒乃。」

 

 タイミングが良いのか悪いのか、鈴ちゃんが乗る飛行機の搭乗案内がアナウンスされた。それを機に、弾くんと2人して鈴ちゃん達の元へ近づく。近づいてみて解ったけど、鈴ちゃんの顔は真っ赤に染まっていた。……ダメみたいですね。やっちゃったものはしょうがない……イッチー、すまんけど未来で鈴ちゃんにぶたれてくれぃ。

 

「お別れね……。アタシ、皆に会えて本当に良かった。」

「な~に言ってんだ。もう2度と会えないんじゃねぇんだからよ。でもま、楽しかったぜ……鈴!」

「鈴、弾の言う通りだ。絶対にまた会おう。それで、またこの4人で遊ぶ……だろ?」

「…………。」

「アンタ達……。うん、そうね!また会いましょう!」

 

 鈴ちゃんは涙腺にきたのか、目元を擦るような仕草を見せた。しかし、次の瞬間には満面の笑みを見せてくれる。それは無理してとかじゃなく、心からの笑顔だと自然に伝わってくる。良かった良かった……雨降れば地固まるって奴かな。1人で安心していると、鈴ちゃんは元気に搭乗ゲートまで向かう。

 

「それじゃ、またね!あ、そうだ……黒乃、アタシ……負けないからね!」

 

 本当の最後に、鈴ちゃんはそんな言葉を残してゲートをくぐって行った。負けないって、何の事だろうか。う~ん……あっ、もしかするとISに関する事かも。アタシも中国でISに乗るから、黒乃には負けない……って意味かな。困ったな、そんな事を言われましても……ガンガンいこうぜな甲龍とはなるべく戦いたくないんだけど……。

 

「黒乃、鈴と何か勝負してたのか?」

「お前死ねよ。」

「いきなりなんだ!?」

「帰ろうぜ、黒乃。あっ、俺んちで飯食ってくか?」

「おい、待てよ弾!」

 

 イッチーが俺にそう問いかけてきたのに対して、弾くんは簡潔に死ねと述べる。……?今の質問で、弾くんはなんでイッチーに死ねって言ったんだろう。それは良いか、とにかく……弾くんの誘いに乗るとしよう。俺は首を縦に振ると、弾くんの背中を追いかける。少し遅れて、イッチーは騒ぎながら歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

「アタシ、中国に帰る事になったから。」

「は……?はぁ!?」

 

 かなり突然だけれど、アタシは3人に対してそう告げた。こうやっていきなりじゃないと、本当はもっと前に解っていた事なのに……言えなかったから。でも、この3人にだけは知っておいてほしかった。だって3人は、アタシの大切な友達だから。驚かせたのは悪いと思うけど、その後弾におたまが飛んできたのはアタシのせいじゃない。

 

「あ~っと、ほ……本当なのか?」

「こんな事で嘘ついてどうすんのよ。アタシだって、嘘だったら良かったっての……。」

「い、いったい何時だ?ってか、どうしてなんだよ!?」

「春休みに、向こうに帰ると思う。原因は、まぁ……いろいろ……。」

 

 帰らないといけない理由なんて、人様に言えた事じゃないもん。アタシは思わず、意味ありげに呟いてしまう。アタシの様子からして、聞くべきじゃないって思ってくれたみたい。それまで動揺していた弾は、少しだけ大人しくなった。アタシとしては嬉しいけれど……。

 

「いろいろってお前……。……そっか、寂しくなっちまうよ。」

「なんか俺達、常に4人組だったしな。」

「アンタ逹、気持ちは嬉しいけどしんみりし過ぎよ。ホラ、黒乃を見習って。」

 

 アタシの事で、あんまり気落ちしてほしくはないものね……。それに、そんな事を言われると……アタシの方がもっと気落ちしちゃう。アタシは、皆の前では明るく元気な凰 鈴音でいたいから……。だからこそアタシは、黒乃へと話題を逸らした。だって、全然食事の手が止まる気配がないし。

 

 黒乃だって、悲しく思ってくれてる……わよね?……勝手にそう解釈しておくとして、それでも黒乃の調子はいつもと変わってない。それはきっと、アタシへの最大限の配慮のはずだから。一夏や弾も、黒乃に感心したみたいな台詞を呟く。

 

「そうだよな、黒乃を見習おうぜ……弾。」

「おう。なんつーか……いつも通りに過ごして、いつも通りに鈴を送り出してやるよ。」

「は?なんでちょっと上から目線なのよ。」

「いや待て、そんなつもりじゃねーよ!」

 

 弾の発言に、アタシはすぐさま反応してみせた。もちろんアタシの言葉は冗談。こうやって、無理にでもいつもの感じにもっていかないとね……。皆と一緒にこうやってると、余計な事とか考えないで済むし。皆もきっと、そう思ってるはずだもん……。

 

 一緒に行動する事の多いアタシ逹だったけど、この日以来はますますその機会は増えた。そんなに優しくされると、逆に帰りたくなくなるんだけどなぁ。だけど、皆の厚意だしね……受け取っておかないと。そうして気がつけば、アタシが帰国する日が来てしまう。

 

「アンタ達暇よねぇ、わざわざ来てくれなくったって良かったのに。」

「嘘つけ、絶対嬉しいだろ。特にいち……アダッ!」

「蹴るわよ?」

「蹴ってから言うな!」

「2人とも落ち着けって、他の人に迷惑だぞ。」

 

 見送りに来てくれるとは思っていたけど、いざ来られたらアタシの口から出るのは憎まれ口だった。確かにその言葉は弾の言った通りに嘘。だけど余計な事を口走ろうとしていた弾は、お尻を蹴っておいた……軽くだけどね。ま、これもいつも通りのやり取りだし……結果オーライなんじゃないかしら。

 

 そう思いながら皆で笑い合っていると、アタシの眼には黒乃が映った。黒乃は……じいっと一夏の事を見ている。……こうやってふとした時、黒乃は一夏を見ている事が多い。それが何を意味するか、アタシには当然解る。だって、一夏の事が好きだから……。

 

「ねぇ黒乃、少し2人で話せない?」

「そういう事なら、俺達は少し離れてるよ。行くぞ、弾。」

「いや、盗み聞きとかはしねーからな……?」

 

 最後かも知れないから、アタシはしっかり聞いておきたかった。多分だけど、黒乃はアタシに遠慮してるんだと思う。黒乃の事だから、こんな自分は一夏にふさわしくないと考えているかも。アタシとしては、遠慮なんかしてほしくは無い。一夏が好きなら好きだって言ってほしかった。

 

「黒乃って、一夏の事……好き?」

 

 一夏と弾が離れたところで、アタシはストレートに黒乃へと質問をぶつけた。すると黒乃は、ピタリと……まるで時間が止まったかのように固まってしまう。いつもだったら、簡単な質問ならすぐに首を振って応えてくれる。すぐに行動を示さないと言う事は、アタシにとってはそれが答えであるのは明白だった。

 

 黒乃もきっと、一夏の事が好き。沢山の時間を重ねて、一夏と黒乃は互いに支え合う関係だってアタシは思う。それが今は、家族としてってだけの話で……。正直なところ、黒乃がその気になっちゃえば……勝てる気なんて微塵もない。それでも、もし一夏を奪い合うのならあくまで同じステージに立っていたい。

 

「…………。」

「……そう。黒乃がそう言うんだったら、それで良いわよ。ごめんね、最後なのに……変な事を聞いちゃって。」

 

 かなり長い間考え込んでから、黒乃は首を横に振った。それでも、認めてくれないのね……。黒乃もかなり頑固だもんね。もっと前から言っていれば、認めさせることができたかな。後悔先に立たずって言うか、まさか帰国する事になるとは思って無かったものね~……。しょうがないけど、諦めるしかないか……。

 

「ん?黒乃、もう用事は済んで……って、な、何で引っ張って……!?」

「あ~……なるほどな、男前だよ……黒乃って。」

「黒乃……アンタ……。」

 

 黒乃が掌を見せて、ここに居てくれとアタシにジェスチャーを見せた。すると黒乃は振り返って2人の元へと近づく。そしてそのまま一夏を引っ張って、アタシの元まで連れて来ようとしちゃってる。自分の感情を押し殺してでも、アタシにチャンスをくれようとするなんて……馬鹿よ、アンタ……。

 

「なんだ鈴。今度は俺に何か話か?」

「え、その……くっ、黒乃……って、逃げんじゃないわよーっ!」

 

 気が付けば、一夏はアタシの目の前だ。あろう事か黒乃は、妙にアタシたちの距離を物理的にも近づける。そして黒乃の去り際には、親指を立てて行くもんだから……アタシはウガーッと叫ぶしかない。お、落ち着きなさい……アタシ。せっかく黒乃がくれたチャンスなんだから、しっかりやらないと申し訳が立たないわ。

 

「鈴、なんか言い辛い事なら別に無理して――――」

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!アタシだって予想外なんだから!」

 

 こいつ、雰囲気からして察しなさいよ……!何も解ってないみたいな顔して、ほんっと腹立つ!……けど、その何倍も……好きなんだろうなぁ。……って、アタシは何を恥ずかしい事を言ってんのよ!で、でも……ハッキリ言わないと、この唐変木には伝わんないわよね……。

 

「あ、あのね、そう……す、酢豚!アタシが料理上手になったら……い、一夏に毎日アタシの酢豚を食べて欲しいの!」

「本当か?それは嬉しいな。約束だぜ、鈴。」

 

 解ってない……絶対に解ってない!で、でもまぁ……こんなモンでいいわよね、うん……。ちゃんと好きって言えなかったアタシも悪いし。でも、単なる告白より恥ずかしい事を言った気がするわ……。冷静になったら、日本で言う毎日味噌汁を……って奴になっちゃってるじゃない……!

 

『皆様、大変長らくお待たせしました。国際線中国行の飛行機にお乗りの方は、搭乗ゲートまで――――』

 

 アタシが1人で悶絶していると、搭乗のアナウンスが鳴り響いた。我に返ると、黒乃と弾がこっちに歩み寄って来る。流石に飛行機に乗る寸前なら、そうなるわよね……。アタシも、皆に見送られる方が嬉しいもの。だけど、すぐに調子を取り戻さないと……こんな顔してたら、弾にからかわれちゃうわ。

 

「お別れね……。アタシ、皆に会えて本当に良かった。」

「な~に言ってんだ。もう2度と会えないんじゃねぇんだからよ。でもま、楽しかったぜ……鈴!」

「鈴、弾の言う通りだ。絶対にまた会おう。それで、またこの4人で遊ぶ……だろ?」

「…………。」

「アンタ達……。うん、そうね!また会いましょう!」

 

 弾のクセに、たまにはいい事を言うわね。確かにアタシは、どこか自分でもう会えないって思っちゃっていたかも。日本や中国が滅ぶわけでも無いんだし、休みとか見つけてこっちに来ればいいわよね。まぁ……アタシの財布が寂しくならない程度にしないと。

 

 それは良いけれど、早くゲートに向かってしまおう。いつまでもこうしてたら……本当に行けなくなっちゃいそうだわ。アタシは走ってゲートまで振り返らずに行こう……と思ったけど、黒乃に1つ言っておかないとならない事がある。アタシは振り返ると、遠くにいる黒乃に呼びかけた。

 

「それじゃ、またね!あ、そうだ……黒乃、アタシ……負けないから!」

 

 イタズラっぽくそう言えば、黒乃が少し表情を変えた気がした。アンタも少しは危機感を覚えないと、本当にアタシが勝っちゃうわよ。どうせ一夏を取られるんなら、アンタなら安心して任せられるもん。アタシはニコッと黒乃に微笑みかけると、今度こそゲートをくぐった。

 

 日本に住んだのは3年くらいかなぁ……?長いようで短い時間だったけど、一夏、黒乃、そして弾……他にも多くの人達に出会えて、本当に良かった。中国に帰ったら、アタシも黒乃みたいにISの勉強をして見ようかしら。そしていつか日本のIS学園に通って、黒乃のライバルになる……。

 

 うん、良いわね……それ。また日本に居られるし、IS選手になればアタシの年でもお金を稼げるだろうし……一石二鳥じゃん。そうと決まれば、お母さんに頼んでみないと。フフフ……黒乃、待ってなさいよ……。色んな意味で、本当にアンタのライバルになってやるんだから!

 

 

 




黒乃→イッチーをどう思ってるか?別にただ家族としか思ってないけど……。
鈴→やっぱり黒乃も一夏が好きかぁ……。



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第17話 代表候補生選考会(表)

黒乃が何を考えているかは、裏を見て頂けると解ります。
ですが、どちらから先に見ても特に問題は無いかと。





「おーい、丹波ちゃん。」

「あ、先輩……御用ですか?」

「今年度の選考会の参加者データ、もう纏めちゃってる?」

「それなら今とりかかっているところです。」

 

 とあるIS乗り訓練施設に事務所にて、丹波(たんば) (はる)はパソコンへ向かってデスクワークをこなしていた。仕事内容としては、本人が言っているように選考会へと出場する者のデータを入力していたところだ。では選考会とは何か。それは、年に1回行われる代表候補生を選考する会である。

 

 参加資格としては、とにかくISにおいて優秀な成績を修めているか否か。仮に成績優秀者だとしても、参加者全員が不合格になるような狭き門だ。丹波とその先輩にあたる三國(みくに) 深夜子(みよこ)は、今年の試験官でもあったりする。試験内容は毎年変わらず、制限時間内にどれだけ実力を示せるか……だ。

 

「今年の参加者、緊急で1人増えちゃったんだけど……。」

「そうですか、入力し終わる前で良かったです。それなら……今年は全部で8人ですか?豊作ですねぇ。」

「そうね。それで、これ……資料。」

「ありがとうございます。え~っと、藤堂 黒乃さん……?公式戦出場経験なし……公式大会出場経験なし……って、これ……せ、先輩!」

 

 前述したとおりに、参加資格としては何かしら成績を修めてる者だ。藤堂 黒乃を除いた7人は、入賞経験が当たり前のようにある。それなのに公式戦に出た事すらない少女が選考会へ出るとなると、丹波はすぐさまにコネを疑った。真面目な性格である彼女は、思わず立ち上がって三國へと抗議を始めようとするが……。

 

「言いたい事は解るけど、とりあえず落ち着いてね。」

「だって、不正ですよ……不正!どなたの推薦か知りませんけど、私は納得――――」

「ああ、もう……他言無用でお願いよ?誰の推薦かって言うと、あの織斑 千冬なの。」

「え……?ええええええ!?あ、あのブリュ……むごっ!?」

「お約束か!?他言無用って言ったでしょ……!」

 

 驚きのあまりに、丹波は大声で叫びそうになってしまった。すかさず三國が丹波の口元押さえて、なんとか叫び声だけで済ませた……が。事務所は2人以外にも多くの女性が座っている。丹波は視線が集中しているのに気付いて、咳払いをしながら座った。そして三國と同じように声を潜めると、話を続けた。

 

「そ、それ本当ですか?」

「ええ、間違いないわ。……本人から電話あったし。」

「うわ~、先輩羨まし……じゃ無くて、だ……誰だろうと不正は不正です。」

「う~ん、でもさぁ……それこそあのブリュンヒルデよ?いくら弟子が可愛いからって、単純に参加なんかさせるかしら。」

 

 三國の言葉に、丹波はなんとなく納得してしまう。もちろんだがこの2人は、千冬と特に繋がりがあるわけでもない。だが、人となりは把握できてしまうのが千冬の凄い所だろう。インタビュー等の様子だけでも、正々堂々とした人間であると伝わるのは素晴らしい事だ。

 

「でしたら、いわゆる秘蔵っ子って奴なんですかね?」

「あ~……それありそう。満を持して、いきなり選考会……って事かしら。」

「……参加資格は、十分にあるって認識で良いのでしょうか。」

「多分ね……。もしかすると、他の7人をぶっちぎる実力かもね。」

 

 丹波が不正と表現したのは、参加資格が無いのに権力で資格を得させる事にある。もし黒乃がそれ相応の実力者ならば、またそれは話が変わってくる。胸中ではモヤモヤしているものの、取りあえず妥協する事にしたらしい。声の音量を元に戻すと、小さな溜息を吐きながら言う。

 

「そういう事なら、彼女も参加と言う事で。」

「うん、よろしくね。あ、そうそう……その子、失語症らしいのよ。だから、いろいろ気遣ってあげてね。」

「はい!……はい?あの、先輩……。私って、既に対戦相手は決まってるんですけど。」

「飛び入り参加だからさ、今から試験官捜してると間に合わないのよ。余所含めて丹波ちゃんが1番下っ端なんだから、まぁ頑張って。」

「は、はぁ……解かりました……。」

 

 試験官は、様々なIS乗り教育施設から1~2人選出される。その年によってまちまちだが、参加者1人に対して試験官が1人割り当てられるシステムだ。丹波も三國も対戦相手は決まっている……が、サプライズゲストの登場により調整が間に合わなかったのだ。そのため、丹波が2人相手をする運びになったらしい。

 

 なんとなく理不尽だと思いながらも、ブリュンヒルデの弟子とまみえるのは貴重な体験だと自分に喝を入れた。とにかく、三國の用事はそれで済んだらしい。丹波は再びパソコンと向かい合って、三國も他に用事があるのか事務所を去って行った。

 

 

 

 

 

 

「丹波ちゃん、調子どう?」

「すこぶる良いですよ、先輩!」

「元気だね~。2戦目だけど、それなら問題なさそうね。」

「ええ、1戦目の子は……まぁ、単純にまだまだでしたから。」

 

 そうしてやって来た選考会当日。試合前のピットには、出撃準備を始めている丹波とその調子を見に来た三國が居た。既に1人目との模擬戦を終えていた丹波だったが、相手にした少女の実力は不足していたようだ。そのおかげか、余力は十分といったところだろう。

 

「次はブリュンヒルデの弟子だし、出し惜しみはしない方が良いかも。」

「私はいつだって本気ですよ。それじゃ先輩、行ってきますね。」

「うん、気を付けて。」

 

 黒乃の準備はまだだが、試験官としては先に出ておく義務がある。打鉄へと乗った丹波は、カタパルトから勢いよくアリーナへと飛び出た。それから数秒後といったところだろうか。向こう側のピットから、同じく打鉄を装着した黒乃が現れる。

 

 その表情は凝り固まっているが、同性である丹波ですら見惚れてしまいそうなほど美しい。その凝り固まった表情こそが、また黒乃の美しさを際立たせている部分もあるのかもしれない。丹波はまるで、精巧に作られた人形のような印象を受けた。

 

「それでは、ルールの説明をします。試合開始から制限時間5分で、私と模擬戦をしてもらいます。勝敗は特に関係ありません、5分間どれだけ戦えるかを見ますので。……よろしいですか?」

「…………。」

「じゃっ、所定の位置にお願いします。」

 

 ハッと我に返った丹波は、この選考会における特殊なルールについて説明を始めた。それはとてもシンプルな物で、要は短い時間でどれだけの実力を披露できるかに尽きる。たった5分という制限時間を宣告されても、黒乃は眉1つ動かさずに首を縦へと振った。それを了解の合図とした丹波は、所定の位置へと着くよう指示をする。

 

 黒乃はとても大人しい物で、速やかに移動して指示通りの場所へと浮く。もちろん誰しもが黙って行動するだろうが、やはり黒乃の醸し出す雰囲気は何処か他とは違う。それこそ何か……王たる風格とでも言えばいいのだろうか?丹波は、そんな感覚を黒乃から察知した。

 

『試合開始!』

 

 2人が開始位置へと着くや否や、即試合開始のブザーが鳴った。不意打ち気味であると参加者は思う事だろう。それもそのはず、即ブザーは意図的なものなのだから。代表候補生たるもの、気に緩みなどは一切許されない。不測の事態でも対処できるような冷静さを判断するためのものだ。

 

 丹波は試験官である。フライング気味のブザーの件については、知っていて当然の事だ。つまり丹波は、大きなアドバンテージを得ている。すぐさま丹波は打鉄の近接ブレードである葵を抜刀。本人としては先制攻撃を与えるくらいのつもりでいたが、黒乃も同じく既に葵を抜刀していた。

 

「…………っ!」

「これは、やりますね……!」

 

 丹波は思わず、たった1言で様々な意味合いのこもった賞賛の言葉を送った。やはり何と言っても、動揺の1欠片も見せないその冷静さだ。現に丹波が1人目に模擬戦をした少女は、突然のブザーに慌てふためいていた。だが黒乃は、バッチリと丹波の葵に葵をぶつける事で攻撃を防いでいる。

 

 そして丹波は、刃を合わせただけで黒乃が剣に精通しているであろう事を察した。それまでの一連の動作が、綺麗過ぎるくらいだ。抜刀、構え、振り……その1つ1つが、黒乃の剣に対する経験則を知らしめる。しかし、これはあくまでIS同士での戦いだ。理は丹波に傾いている。

 

「動きが遅いですよ!」

 

 これは剣道でなく、IS同士の戦いだ……とでも言いたげに、丹波は葵を前に押し出して黒乃とのわずかな間を作った。そこを逃さずに、丹波は葵の柄で思い切り黒乃の顔面を殴る。絶対防御があるとはいえ条件反射的に竦む者は多い。丹波は黒乃もそうだろうと、続けて突きを放った。

 

「そこっ!」

「…………!」

「なるほど、これは躱されましたか……。」

 

 しかし、丹波の予想に反して黒乃はビクともしていない。ギリギリではあったが、突きは見事としか言いようがない反応で横へと回避された。すると、黒乃は一気に攻勢へと転じる。これまた綺麗な連続斬りが、無防備な状態の丹波を襲う。そこは不恰好ながらも葵で防ぐが、いずれボロが露呈してしまった。

 

「キャアッ!?接近戦では、こちらが不利ですか……なら!」

 

 黒乃は見解通りに、剣の扱いに長けている。丹波の防御も並のIS乗り、とりわけ黒乃と同世代ならば切り崩せなかったかもしれない。丹波は単純な近接戦闘ならば、黒乃の方が上であるとすぐさま認めた。するとすぐさま葵の攻撃範囲から大きく離脱して、所持武装を焔備へと切り替える。

 

「これでっ……!」

 

 丹波は落ち着いて狙いを定めると、黒乃へと向けて射撃を開始した。すると意外な事に、黒乃は棒立ちのままだ。焔備の放った弾丸は、全弾命中といっても過言では無い。近接戦闘が素晴らしかっただけに、丹波は何処か変な感覚が胸を過る。失望……というのは言い過ぎだが、ニュアンスとしてはそれに近いのかも知れない。

 

「足を止めるようではまだまだですね!」

 

 その言葉は挑発などではなく、喝を入れると言った方が正しい。黒乃を含めて、まだまだ発揮できる実力は大いにある。黒乃は丹波の言葉に触発されたのか、次なる行動を開始した。しかし……特に考えらしい考えは見えなかった。なぜなら、黒乃は打鉄の盾に隠れてただただ真っ直ぐ突っ込んでくるだけだからだ。

 

「玉砕覚悟ですか……?それも評価には値しませんよ!」

 

 丹波は、かまわず黒乃へと射撃を継続した。射線上にいる黒乃の打鉄は、まるで射的にでもなっているかのようだ。それでも黒乃は、気持ち悪いくらいに接近を試みてくる。ただ、ISの操作技術は上手であった。丹波はゆっくりと退き撃ちをしていたが、既に相当な距離を詰められてしまっていたのがその証拠だろう。

 

(流石に近すぎますね。ですがここは、回り込んで身体に弾丸を……。)

 

 ここで背を向けて距離を取るのは、とてつもなく簡単な事だ。しかし、当てられる内に当てておけ……というのが丹波の基本戦術であった。そこでゆっくりとした後退から、旋回運動へと移行した……その瞬間の事だ。黒乃は無茶苦茶な制動で反転し、丹波を正面へと捉えてしまうではないか。黒乃が真正面に見えた時にはもう遅い、丹波はこの瞬間に始めから今の状況を作る事こそが目的であると理解した。

 

「しまっ……くっ!」

「…………!」

「キャアアアア!?」

 

 勢いそのままに打鉄の盾を利用したタックルを喰らったかと思えば、怒涛の連続斬りが丹波の身体に入ってゆく。開いた間を一瞬にして詰め、更には的確に絶対防御を発動させる部位を狙う余裕まである。丹波は黒乃の攻撃を喰らっている最中に、驚きを隠せないでいた。

 

「お返しです……って、えぇ!?」

 

 そこで、落ち着いて反撃を。そう思って黒乃への射撃を再開すると、またしても丹波は驚かされる。なんと黒乃は、盾すら構えずに弾丸を受けつつ突っ込んでくるではないか。一見無謀とも取れるこの行動は、丹波の手が数瞬だけ止まる事で成功を意味していると言えよう。

 

「…………。」

「なっ、このタイミングで投擲……!?」

 

 この先の黒乃の攻撃としては、動揺の隙を突いて接近、そして連続斬りで削り切る……と丹波は予想していた。しかし斜め上の選択肢というか、きっとこんなのは誰も予想できないはずだ。黒乃は丹波との距離が詰まり切らない内に、全力で葵を投げ飛ばしてきた。葵はブンブンと空を裂きながら、縦回転で丹波に迫る。

 

(なんのつもりかは知りませんが……!)

「…………。」

「…………へ!?」

 

 単純な横移動で、難なく葵は回避した。……と、丹波は葵が自身の真横に来る辺りまでそう思っていた。突如発砲音が響いたかと思えば、葵が上へと弾き飛ばされたのだ。思わず丹波が上昇する葵を眺めると、それと同時に視界へは焔備を投げ捨て葵を引っ掴む黒乃の姿が映った。

 

(最初の無謀な行動から……ここまで計算して!?)

 

 丹波の脳内には、戦闘そっちのけでそんな考えが過る。最初の行動から数えて、丹波は黒乃に3回連続で驚かされたのだから無理もない。さらに言えば、どれもがそれ相応な技術がなければやってのけられない芸当だ。更に言えば、それを即実行へと移す決断力や度胸……。

 

 驚きと共に、数々の賞賛の言葉が思わず口からこぼれ出てしまいそうなのをグッとこらえる。そうこうしている間に、黒乃は丹波めがけて急降下斬りを繰り出している。もはや回避は不可能に近い。シールドエネルギーも残るか残らないかの瀬戸際だ。そうなると丹波は、この一撃は甘んじて受け入れる覚悟を決めた。

 

『制限時間5分が経過しました。模擬戦を終了して下さい。』

 

 シールドエネルギーが残れば反撃する気が満々だった丹波だが、良い所で試合終了の合図が鳴った。葵の刃は……丹波の頭上でピタリと止まっていた。何の容赦もなく人体最大の急所を狙ってくるあたり……。丹波はわずかながらも戦慄を覚えた。しかし、気を取り直して試験官としての務めを果たす。

 

「お、お疲れ様でした……。結果は後日に通達されるので、楽しみにしておいて下さいね。」

 

 そう言いながら丹波が右手を差し出すと、少し遅れながらも黒乃はそれに応えた。手を離し次第に、黒乃は深々と礼をしてピットの方へと戻っていった。それを確認した丹波は、小さな溜息を吐いてから同じく自軍ピットへと戻った。そこにはまだ三國が居る事から、試合の様子を見ていた事が窺える。

 

「お疲れぃ。いやはや、末恐ろしい子だったわね。」

「はい……そうですね、私、思わず試験そっちのけで熱くなっちゃいました。」

 

 丹波が打鉄の装着を解除すると同時に、三國は飄々とした感じで声をかけた。末恐ろしいというのは、これ以上無いほどに黒乃の事を的確に表現した言葉だろう。三國と向き合った丹波は、静かな様子でそれを肯定した。それこそ、制限時間が設けられているのが勿体なく思えるほどに。

 

「操縦は完璧だし、判断力も良いし、発想も面白い……それに肝も座ってる。客観的視点で見てたからかな?私は途中からブリュンヒルデに見えたもの。」

「あ、言われてみればそうかもですね……物怖じしない部分は特に。ですが……。」

「ええ、あの子は単なる模倣はしてない。う~ん、良い弟子を育ててるわぁ……。」

 

 2人は自らの仕事もそっちのけで、黒乃に対する意見交換で大いに盛り上がった。試験官が1人の参加者の事でこんなにも話題が弾むのは、異例の事態とも言えるのかも知れない。やがて話題は、黒乃の合否に関してまで及んでしまう。そこに関しては、2人の意見は完璧に一致していた。

 

「ま、なにはともあれ。あの子は間違いなく―――」

「合格、ですよね。」

「あれで通すなって方が可笑しいわよ。だけどそれなら、丹波ちゃんの言った通りに豊作だこと。」

「と、言いますと?」

「うん、私が模擬戦した更識って子なんだけどね……あの子もなかなかだったわよ。」

「そうですか。それは、切磋琢磨し合える仲になってほしいですね。」

 

 そうあれば日本のIS業界は明るいと、丹波はにこやかな笑みで両手を合わせながら言う。子供の未来ある可能性を見出す事に喜びを感じる丹波は、まるで自分の事のように嬉しそうだ。三國としては、純粋な心を持った後輩が可愛くて仕方が無いらしい。

 

「よっし、丹波ちゃん……飲みに行こうか!私の奢り!」

「ええ……?まだ夕方ですし、それに御馳走になるのは悪いですよ……。」

「固い事言わないの。それじゃ、片付けが終わり次第集合ね。」

「ああ……先輩!」

 

 三國は有無も言わさずに、一方的に約束を取り決め去って行った。そんな三國に、仕方が無いなぁ……と言いつつ付き合ってあげるのが丹波 陽という女性である。今度は大きな溜息を吐くと、それと同じほどの音量でよしっと気合を入れ直す。なんやかんやで、この後にお酒が飲める事を糧に仕事へ励む丹波であった……。

 

 

 



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第17話 代表候補生選考会(裏)

『黒乃、選考会に出てみる気はないか。』

 

 遥か遠くのドイツの地から日本へいる俺へ、ちー姉からのテレビ電話が届いた。誘拐事件に際して、俺とイッチーの居場所を提供する見返りとしてドイツでの教官を果たしているのである。ドイツと日本の時差は8時間……向こうは深夜だろうに、こっちの都合に合わせてくれたのかな。

 

『強制はしないが、出るつもりがあるなら私から推薦しよう。私が言えば通じるはずだ。』

 

 おお、凄まじい程の自信だな。まぁ……この世界におけるちー姉の地位といったら、それはもう絶対的とも表現できる。だとすると、せっかくだから出るだけ出てみようかなぁ。選考会となると、何かしらISで戦う事になるのだろうけど……。

 

 いわゆる先行投資って奴だ。出るだけ出ておけば、何かしら今後有利に働いてくれるかも知れない。例えば、IS学園の受験とかね。いくら試験が模擬戦のみとはいえ、履歴書にそういうのが載れば印象も違うはず。俺は、ちー姉の言葉に強く頷いた。

 

『そうか、解った。細かい事は私と昴に任せろ。黒乃は何の心配もしなくていい。』

「…………。」

『それではな。一夏の世話は頼んだぞ。』

 

 そう言うと、ちー姉は携帯の通話を切った。イッチーの世話ねぇ……心配する事はないと思うけど。だって、イッチーってばもはや主夫だもん。至れり尽くせりって言うか、大概の事はできてしまう中学生男子ってハイスペックですわ。

 

 ところで話は変わるけど……センコウカイってなんの選考会……?いや、ISに関係あるってのは解るが……。いったい何を考えて選ぶ会なかが、皆目見当がつかない。ちー姉の口ぶりからするに、知っていて当たり前みたいな感じだったけど……俺には常識は通じんぞ!……威張って言う事じゃぁないね。真剣に考えてみるとすれば、そうだな……国同士の対抗戦に出るメンバーを決めるとか?

 

 サッカーとかでもあるよね、アンダー18とか23とか……。実際のところ、ISの団体戦とかも普通にテレビで放映される世界観ですし。じゃああれかな、候補生未満のIS乗りが対象か。そうすると、まさに俺はビンゴなわけじゃん。……嫌だなぁ……メンバーにはされたくないものだ。

 

 まぁ、そんなに心配しなくても大丈夫か。どうせ俺が全力でやったって合格の札が上がるはずも無し。そもそも選考会自体に出るのも本当は乗り気じゃないけど、せっかくちー姉が誘ってくれたってのもある。やっぱり出るだけ出て、とっとと不合格の通知をもらうとしよう。

 

 そうして数日後、選考会当日がやってきた。送迎に関しては、今回も昴姐さんがしてくれた。そして昴姐さんに連れて来られたのは、単なる訓練施設って感じでは無く……それこそ試験用みたいな作りの建物だ。もしかして、ここが後のIS学園の試験会場だったりして。

 

「係員に事情は通してあるから、安心して良いわよ。んじゃ、頑張りな。アタシは連れの席で応援してるから。」

 

 そう言いながら姐さんは、俺の背中を少し強めに叩いた。姐さんのお言葉は有難いが、頑張る気がさらさらないせいか罪悪感が……。はぁ……一応は真剣にやってみよう。さて、係員の人に参加願いを渡せばいいんだっけ。昴姐さんが書いておいてくれたのか、中身をろくに確認しちゃいないけどね。

 

「…………。」

「あら、藤堂さん……貴女がそうなんですね。とりあえず、あちらの更衣室へどうぞ。順番が来ましたらアナウンスいたしますので、それまで待機していて下さい。」

 

 え~っと、更衣室更衣室……。矢印の書いてある看板に従って、更衣室の方まで歩いてゆく。しばらく入り組んだ場所を進むと、更衣室とハッキリ書かれた部屋の扉を見つけた。ゆっくり静かに足を踏み入れると、既に中に居た数人がこちらを見てくる。……この時点で、もの凄く帰りたい。

 

 だがそれも一瞬の事で、各々イメージトレーニング等をして自分の世界へと入り込む。真剣であればあるほど、緊張も増していくよね……解かる解かる。解るけど、やっぱり俺はそうなれないなぁ。とっととISスーツに着替えて、俺の番までボーッとしておくか……。

 

 着替え終わって、ベンチに座って待っているんだが……視線を感じるな。もしかして、余裕ぶってるとか思われてるかも。今から誰かと戦うって意味なら、余裕なんて全くないですぜい。不合格でもいいやって思ってるのは、余裕があるのとは違いますからね。ま、気にしない気にしない……。

 

『藤堂 黒乃さん、藤堂 黒乃さん。準備が整いましたので、第1ピットまでお越しください。』

 

 ……ハッ!?何、俺の番……?いやぁ、待たされた待たされた。って言うかもう……最後の1人じゃん。ほんのわずかだけど、転寝する間があったじゃないか。俺は背伸びをして体をほぐすと、立ち上がって指示された場所を目指した。迷子にならないように注意してっと……。

 

 第1ピットとやらに辿り着いてみれば、数人のスタッフが忙しそうに動いていた。打鉄とラファールを選べと聞かれるが、当然ながら打鉄を選択。その後は機体の調整とかを大急ぎでさせられて、そのまま出撃させられる。最後の1人なのに、何でこんなに急かされんとアカンのや……。

 

 若干心の中で文句を言いつつ、カタパルトから飛び出た。すると相手は……大人?え、マジ……?俺はてっきり、同じく選考会の参加者との模擬戦かと思ったのに……。打鉄を装着した女性の年齢は、見た限りでは完全に20代だ。つまり、それだけ経験豊富なわけで……。マジかぁ……ヤだなぁ……。

 

「それでは、ルールの説明をします。試合開始から制限時間5分で、私と模擬戦をしてもらいます。勝敗は特に関係ありません、5分間どれだけ戦えるかを見ますので。……よろしいですか?」

「…………。」

「それでは、所定の位置にお願いします。」

 

 よろしいも何も、やらなきゃなんないならしょうがないじゃないですか(半ギレ)。とりあえず頷いて応答してから、開始位置へと移動を開始した。憂鬱な気分が増しているせいか、反比例するかのようにやる気が削がれてゆく。それじゃ、開始の合図を待ちましょうか……。

 

『試合開始!』

 

 待ちましょうかっつってんでしょ!(全ギレ)。心の準備も出来ていないのに、開始位置に着いた時点で即ブザーとか……何の嫌がらせだよ。お姉さんも葵を構えて向かって来てるし……でぇい!やってやるぜ!俺も葵を構えると、お姉さんに向けて真っ直ぐ向かう。そして、葵と葵の刃が触れ合った。

 

「…………っ!」

「これは、やりますね……!」

 

 ひ、ひぃぃぃぃ……刀の刃が、こんな目の前にぃ……。い、いや……生身で銃を乱射されたよりは怖くない。ドイツでの経験は、ちょっぴり俺を強くしてくれた……気がする!とにかく、いつまでも鍔迫り合いをしていたって仕方が無い。剣道経験者である利点を生かして、反撃に転じ――――。

 

「動きが遅いですよ!」

 

 ――――ようと思っていたら、お姉さんの方が先出しだった。腕を前に押し出すようにして、少し後ろへ後退させられる。その間を逃さずに、お姉さんは柄の底で俺の顔面を殴ってきた。痛い!……いや、落ち着け!痛くは無いでしょうが。顔面を背けてる間にも、お姉さんの追撃が……。

 

「そこっ!」

「…………!」

「なるほど、これは躱されましたか……。」

 

 あ、危なかった……。お姉さんが更に突きを放ってくるもんだから、慌てて真横にスラスターを吹かして緊急離脱を図る。おかげで、葵の刃は腕の装甲を削る程度で終わった。まぁ……当たっちゃってはいるけれど、細かい事を気にしてたら長生きしない。となれば……反撃じゃコラァ!

 

「くっ!」

 

 我が奥義・とにかく滅多切りを味わうが良い!だが太刀筋は綺麗ゆえ、一概に適当な攻撃とは言い難いな。事実お姉さんは、防戦一方なのか反撃してこない。よしっ、このまま押し切って……その胴体をバッサリ斬らせていただく!重い一振りをお姉さんの葵目がけて喰らわせ、完全に無防備な状態に出来た。そこを狙って……斬る!

 

「キャアッ!?接近戦では、こちらが不利ですか……なら!」

 

 お姉さんの身体に葵を深く斬り入れられたのは良い。けれどお姉さんは、不利と判断するや否や猛スピードで後退していった。うわーっ!?遠距離は……銃撃は勘弁してぇ!なんていう俺の思惑とは裏腹に、お姉さんはとっくの昔にロングレンジ以外の何物でもない場所に居る。

 

「これでっ……!」

 

 遠くからでも五月蠅いくらいの発砲音が、お姉さんの持ってる打鉄のアサルトライフル……ええと、焔備から放たれる。同時に弾丸も迫ってくる訳ですが、そんなのハイパーセンサーがあったって視認できんよ!距離が開いているだけ威力は落ちるものの、バンバン絶対防御が発動する場所に当たる。

 

「足を止めるようではまだまだですね!」

 

 だって怖いんだもの!でも、そう言われたら流石の俺でも悔しいぞ。銃が使えないんだから、とにかく無理やりにでも接近するしかない。俺はショルダータックルを繰り出すような体勢をとって、打鉄の防御シールドを前面に出す。そのまま……突っ込む!

 

「玉砕覚悟ですか……?それも評価には値しませんよ!」

 

 もちろんだが、お姉さんは俺に銃撃を続ける。くぅっ……シールドに弾がガンガン当たる音が怖い!だけれど運がいいぞ……お姉さんは比較的にゆっくりと移動しながら射撃を続けている。この分だったら、いつか追いつける。まぁそれも、近づけば離れられるんだろう……けど。

 

 おぉ……ここまで狙い通りに行動してもらえると、なんだか怖くなってくるな……。けれど、コレを逃しちゃ本末転倒だ。俺の正面から横へ回り込むタイミングを見計らって、俺は急激に方向転換をした。そう……今までは距離を取られる逃げ方をされたけど、回り込む動きはそう距離は変わらない!

 

「しまっ……くっ!」

(まだまだぁ!)

「キャアアアア!?」

 

 そのままシールドを使ってチャージタックルを喰らわせると、お姉さんは派手に吹き飛んだ。お姉さんの体勢が整わない内を狙って、絶対防御の発動する箇所へと連続斬りを浴びせる。そこは経験豊富なお姉さんなだけあって、体勢が整い次第に離脱を開始した。その際に射撃を行う所を見るに、このまま止めを刺すつもりですな……。

 

「お返しです……って、えぇ!?」

 

 もうそんなん関係ないもんねーっ!だって、SE残量的に俺の方が優勢だし!そっちが止めのつもりなら、こっちだってそうですよお姉さん!弾丸が生身に当たりまくって、小便ちびりそうだけど……。驚いている今がチャンス!トップスピードで接近して葵を……は……ふぁ……ハァックショイ!

 

 うぇい……思いきりクシャミが出た……気を取り直して。このまま接近して、葵で斬りかか……あり?さっきまでしっかり握っていたのに、葵が俺の手元から消え失せている。う~んと、何処に……ってどああああ!?ブンブンと空を斬り裂きながら……お姉さんに飛んで行ってるぅぅぅぅ!アレか、クシャミか!?クシャミの勢いで変な操作をしちゃったか!?

 

「なっ、このタイミングで投擲……!?」

 

 そりゃ驚くよね、俺が驚いてるんだからお姉さんは数倍ビックリだよ!だ、だが……なんとか意表を突く事には成功した。い、いや……むしろ最初からこれが目的だったのだ!アッハッハ!……さて、銃は苦手だけど……焔備に頼るしかない。俺はパススロットから焔備を呼び出すと、お姉さんを狙って乱射した。

 

「…………へ!?」

 

 ば、馬鹿なぁああああ!?どんだけ射撃下手くそだよ……俺!俺が放った弾丸は、吸い込まれるように飛んで行った葵に命中した。当然お姉さんにはダメージがゼロで、葵が天高く舞い上がっただけだ。い、いや……まだだ!予想外な事が連続して、更にお姉さんは困惑している。

 

 俺は怒りと共に焔備を投げ捨てると、進路を葵の方へと切り替えた。舞い上がっている葵を引っ掴むと、そのまま高度を下げてお姉さんに振り下ろす!最高な事に、お姉さんは困惑の影響で対処が遅れているのが見て取れる。よっしゃぁ!その首……もろたで工藤!

 

『制限時間5分が経過しました。模擬戦を終了して下さい。』

 

 な、何ぃ!?とてつもなく良い所で試合終了の合図が鳴って、俺はギリギリのところで刃を止める。葵の切っ先は、お姉さんの頭に触れるか触れないかの所だ。絶対防御があるから平気とは言え、人の頭を斬りかけて……うぉえ!お姉さん斬ったのを思い出して、吐き気が……うっぷ!喉の奥が酸っぱい……。

 

「お、お疲れ様でした……。結果は後日に通達されるので、楽しみにしておいて下さいね。」

 

 あ……ど、どもっす……。お姉さんが握手を求めて来たので、それにはしっかり答えておいた。結果は……負けみたいなもんだな。突っ込み始めた時は優勢だったけど、避けずに当たりまくったのが祟って逆転されてしまっている。でも、全力を出したうえに負けるって理想的じゃん。うんうん、悔しがる必要はあーりません!

 

 そうと決まればとっとと帰ろう。俺はお姉さんに一礼してから、第1ピットを目指してゆっくりと飛ぶ。打鉄を解除して着替えを済ますと、待ち受けていたのは昴姐さんだ。姐さんは無言で俺の頭をガシガシ撫でるけど、別に悔しかないですよ?まぁ……姐さんに撫でられるとか貴重だから、大人しく受け取っておこう。

 

 

 

 

 

 

「おっす、来たね黒乃。ホラ、これは選考会の結果だよ。まぁ見るまでも無いけど、アンタが自分の眼で確かめなさい。」

 

 選考会から数日後、養成所へと向かうと昴姐さんに茶封筒を渡された。そこには確かに、藤堂 黒乃様と俺宛てである事を主張する文字が書かれている。しかし、とんでもない皮肉を昴姐さんに言われたな……。見るまでも無いって、そりゃ確かに落ちる気満々だったけどさぁ……。

 

 まぁ良いか、昴姐さんの言葉も間違ってないんだから。俺は茶封筒を丁寧に開けて、中から3つ折りにしてある紙を取り出す。え~っと、なになに……拝啓、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます……って、別にこの辺りは読まなくても良いか……。飛ばして飛ばして……この辺かな?

 

 えっと、貴女は大変に素晴らしい戦いを見せていただきました。審査の結果、合格と相成りました事をここに記します。つきましては、貴女に専用機を与えると共に日本国代表候補生とする事が決定いたしましたぁ!?選考会って……代表候補生の選考会いいいい!?

 

 そ、そんな馬鹿な……!?どうして……俺、負けたじゃん!あ、そうか……だから勝ち負けの関係じゃ無くて、あくまで力量を計るタイプの試験内容で……。俺が1人で戦慄していると、昴姐さんが俺の読んでる通知を奪い取った。すると昴姐さんは、何故だか納得の表情を見せる。

 

「やっぱりこうなったかー……。いやぁ、なんだかアタシも嬉しくなるな!この話、もちろん受けるでしょ?」

「…………。」

「ハハッ、ごめん……聞くまでもなかったわよね。返事はアタシがしておくから、安心しな。あっ、それと千冬にも知らせといたげる。」

 

 なんだってんだ!こんな時に限って、否定も肯定もできやしねぇ!違うから昴姐さん、言葉は不要か……的な事ではないですから。そんな嬉々としないで!俺の良心()がガリガリとすり減ってゆくぅぅぅぅ……!ど、どうやら俺は……代表候補生になってしまう運命から、逃れられないみたいだ……。

 

 

 

 

 

 

「…………。」

「社長、少しよろしいですか……って、またその映像を……仕事中は控えてくださいと何度言わせるつもりです。」

「そっちこそ、僕はあくまで代理だって何度言わせるのさ。」

 

 某日、とあるビルの一室でそんなやり取りが行われていた。社長と呼ばれたのは男で、社長を注意したのは女性だ。関係性を見るに、社長とその秘書といったところだろう。男は言葉こそ反論的な内容を呟いたが、その表情はニコニコ……というよりニヤニヤしていて、何を考えているのかが読み取り辛い。

 

「良く飽きない事ですね。」

「飽きないよぉ。だって、こんな面白い戦い方をする子を始めて見たし。」

 

 男がそうやってパソコンを秘書の方へ向けると、そこには数日前に行われた選考会の記録映像が映し出されていた。面白い戦いと評価しているのは、時間ギリギリの攻防だろう。防御を捨て突っ込んで来たかと思えば、予想外の近接武器を投擲。更にはそれを狙って射撃をしてみせ、連続で意表を突いてきたのだから……。

 

「彼女、欲しいなぁ……。」

「……藤堂氏ですが、どうやら代表候補生に選出されたようです。」

「本当かい?というか、情報を得るのが早いねぇ。」

「そう何度も彼女が欲しいと聞かされれば、嫌でもそうなります。」

「ごもっともだね。それじゃ、彼女に与える専用機は僕らのアレになるよう根回しもお願いするよ。」

「……お言葉ですが、それは貴方のするべき事です。」

「だから僕は代理だって言ったろ?お飾りみたいなものだってのは、君が良く知ってるじゃない。」

 

 男の口ぶりからして、どうやらISを所持しているらしい。そして一秘書にかなり無茶なお願いをするが、悪びれる様子もなく反論が帰って来る。秘書は、藪を突いて蛇を出してしまったらしい。盛大な溜息をわざとらしくついて見せれば、黒縁眼鏡の端をクイッと押し上げた。

 

「かしこまりました。」

「いやぁ、いつもごめんね。でもこれで、ようやく僕の目標に一歩近づくよ。」

「…………。」

「おやぁ?何か言いたそうだねぇ。」

 

 男の言う目標とやらは、秘書は兼ねてから何度も聞いていた。しかし、どうにも本末転倒という気がしてならない。何より男の目標は、半ば人道から外れたものでもある。だがそんな話が通じない相手という事を秘書は良く解っていた。……が、言わねば気が済まなかったのかも知れない。

 

「……お言葉ですが、貴方の身勝手に他人を巻き込むのは―――」

「そんなのいつもの事じゃない。それにキミは知ってるでしょ?僕は楽しければなんでも良いって。」

「ですから、他人は貴方を楽しませる為の駒ではないと言っているのです。」

「うん、それは勿論だけど解ってるよ。でもこの目標に関しては、人……というか女性に頼らざるを得ないからさ。」

 

 ああ言えばこう言う。男の性格とはまさにそれだ。反論に反論を重ね更に反論してくるものだから性質が悪い。秘書は隠そうともせずに溜息を吐いてみせた。そんな秘書に何も思うところが無いのか、男の表情が崩れる事は全くない。頭痛を堪えながらも、秘書は再度口を開いた。

 

「彼女がアレを乗りこなす可能性は100%じゃないでしょうに。」

「いやほら、そこは勘なんだけどね。彼女は難なく乗りこなしちゃいそうと思ってる。」

「……根拠は?」

「ん~……僕と同じ匂いがするから……かな……?」

「……解りました。今は納得しておきましょう。ですが、彼女がアレに乗れないようであれば……。」

「うん。その時は、気のせいだったと思って諦める事にするよ。」

 

 ニヤニヤしながらそう言う男に、絶対諦める気はないなコイツ……と秘書は思う。それでも自分のプロ意識が働くのか、男にかしこまりましたと了承の言葉を伝えた。それはそれとして、自分の要件をさっさと済ます事にしたらしい。秘書は男に資料を渡して退出していった。

 

「……さて、会えるのが楽しみだよ……黒乃ちゃん♪」

(おおう、なんか寒気が……風邪かな?)

 

 モニターの中の黒乃に男がそう告げると同時に、黒乃……の中身のオッサンは、とんでもない寒気を背中に感じた。寒気の正体など知る由もなく、とにかく厚着をしておこうなどと無駄な努力をし始める。どちらにせよ黒乃の中身のオッサンは、自分が狙われている事など露にも思わないだろう……。

 

 

 




黒乃→まさか代表候補生の選考会とは……。
丹波→代表候補生入り確実の実力です!



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第18話 その名は刹那

 俺が代表候補生になる事が決定してから、とにかく忙しいの言葉に尽きる。国の認可やら選手登録やら……何が大変だったかって、代表候補生としての振る舞いを延々説明されたのはきつかった。丸一日使ってやるもんじゃないでしょ……。まぁ、それももうすぐ終わりを告げる。

 

 最後に残されたのは、専用機の譲渡だ。聞いた話によると、俺に専用機を渡したいってところが1件しかなかったとか……。とんでもなく寂しいってか、選択肢が1つしかないってふざけんなと。オーソドックスな性能の機体だと良いんだけれど。

 

「しっかし、アンタもついてるわよねぇ。あの近江重工から声がかかるなんてさ。」

 

 車を運転する昴姐さんは、そんな事を呟いた。近江重工……戦後から日本の機械部品や電子部品……工業をひっくるめた諸々を支えてきたとされるエラ~イ企業である。最近は勿論のことIS産業にも乗り出していて、特に基盤といったような内部部品におけるシェアは凄まじい。

 

 全てを近江グループが担っている訳でも無いが、それでもシェアは世界的に見ても軽く7割は超える……ってウィ〇ペディアに書いてあった。そこらを評して、昴姐さんはついていると言ったのだろう。内部部品を作る会社がISを組んだって、それはいわゆる宣伝効果を狙っての事だろう。

 

 だとすれば、それを渡される俺は期待されていると思っていい。だから嫌なんだよ……。人から期待されるとか、苦手とする分野の1つだ。くれるなら有難く貰っておくけど、負け続きで剥奪とか言われたらどうしよ。今はその近江重工の総本山に向かってるんだが、もう今から胃が痛くて仕方が無いよ……。

 

「お~……でっけーでっけー。アタシも近づくのは初めてだけど、見上げるのに首が疲れちまう。」

 

 俺が自分に大丈夫だと言い聞かせている間に、車は目的地へと辿り着いてしまう。昴姐さんは、どこか無邪気な様子で巨大なビルを見上げた。俺は現実逃避したいので、直視はしませんよ……。そうやって昴姐さんを見ていると、催促されていると思ったらしく咳払いをして歩き出した。

 

「え~っと、確か案内役がだね……っと、居た居た。ゴホン!お待たせ致しました。わたくし、この子の指導をさせて頂いている者で、対馬 昴と申します。本日はお招きいただいて、大変ありがとうございます。」

「ご丁寧にどうも。私は社長秘書を務めています。名は常盤(ときわ) (つぐみ)です。以後、お見知りおきを。」

 

 入り口付近で俺と昴姐さんを待ち受けていたのは、いかにも仕事のできる女といった風体の……20代後半から30代前半ほどの女性だ。適度の長さの黒髪を、ローポジションのポニーテールにしている。他は……黒縁眼鏡に胸は……無いけど、腰つきがセクシー……エロいっ!

 

 後は、どうやら既婚者……チッ!左手には輝くリングがはめられていますよ……チッ!どこの誰だ、こんな綺麗な人を貰ったド幸せな野郎は……。沢山の親戚一同に囲まれながら末永く爆発しろ。それはそれとして、鶫さん……なぁ。……止めとこ、綽名とかつけないでシンプルに鶫さんでいいや。

 

「早速ですが、社長がお待ちです。藤堂様、対馬様、こちらへどうぞ。」

 

 仕事モードに切り替わっている昴姐さんでも、様呼びはむず痒いらしい。背後に立っているから解るけど、ばれないように背中をバリバリ掻いてるもの……。まぁ……プロだよね、鶫さん。所作って言うか雰囲気って言うか……何を取っても秘書そのものだ。

 

 そんな事を考えながら長いエレベーターに乗ると、どうやら最上階に辿り着いたみたいだ。社長室って、どうして高い所にあるんだろうね……素朴な疑問。それは良いとして、鶫さんに先導されて社長室の前に行く。鶫さんが丁寧な様子でノックして見せれば、いよいよ社長とご対面だ。

 

「失礼します。社長、お2人をご案内……って、人と会う時は白衣は止めてくださいと何度……。」

「くどいってば、鶫さん。僕はこれが正しい服装だよ。後、僕は代理……。」

「代理でも何でもいいですから、とにかく挨拶をお願いします。」

「ん、了解。よく来てくれたね、黒乃ちゃん。対馬さんも、わざわざ足を運んでいただいて。僕は近江(おうみ) 鷹丸(たかまる)。まぁ、とある事情で社長の代理をやってるんだ。」

 

 社長用の豪華な仕事机に座っているのは、予想に反して若い男だった。その男は何故か白衣を着ていて、自らをあくまで代理だと称する。男は立って俺に近づいて来ると、右手を差し伸べながら自己紹介を始めた。黒乃ちゃんねぇ……馴れ馴れしいなコイツ。

 

 特徴を上げるとすれば、癖毛のように巻いた茶色の短髪……色は染めたんじゃなくって、天然でその色みたいだ。それと、目が細いな。アニメ的表現がされるとすれば、一本線で描かれること間違いなしだ。そんで、本気の時は開いて鋭く描かれる的なね。総合的に見て、爽やか好青年ってところだろう。

 

 鷹丸さん……ね。あれ、そう思って見れば年上の男の人と仲良くなるのって初めてだっけ。いや、そりゃもちろん前世抜きにしての話だけどさ……。ならば、俺にとって兄貴分の称号を与えよう。ありがたく思え、今日から貴方は鷹兄(たかにい)だ!

 

「ん~……緊張してる?大丈夫、僕は見ての通りおちゃらけたーーー」

「社長……。」

「あ、ごめんごめん。それじゃ、本題に入ろうか。色々と面倒な事が多いからねぇ……。資料とかは、どうです?対馬さんがやりますか?」

「……そうですね。この子の資料の記入等はいつも私が。」

 

 ……確かに緊張はしていたが、それを見ただけで解った……?この人……口では適当を言ってる風で、案外ただ者ではないのかも。そうしてソファーに座るように勧められる。昴姐さんには申し訳ないが、いつもそういったのはお任せだ。俺の仕事は自分の名前を記入する程度のことだ。

 

「はい、以上で結構ですよ。」

「それじゃ、お待ちかねの専用機とご対面タイムといこうか。……鶫さん、僕は先に行くから引き続きお2人の案内を。」

「かしこまりました。道が幾分か複雑ですので、はぐれないようご注意ください。」

 

 すると先に出て行ったのは鷹兄だった。随分楽しそうな様子だったけど、何かあったのだろうか。それとは別に、鶫さんの案内で専用機のある場所まで連れて行ってもらえるらしい。鶫さんに棘は無いけれど、余計な事をしない人だな……。無言が堪らなかったのか、昴姐さんが口を開いた。

 

「あの……近江社長は、なぜ白衣を?」

「ああ、あれですか。あの方は、そもそもここの研究員みたいなものです。彼は子供の頃から我が社の機械、部品製造に携わっていますが……それ以来、飛躍的に我が社の技術力は上がりました。」

「近江社長は、先代のご子息ですよね?」

「そうですね。ですが、先代……と言うより、鷹丸様のお父様はご存命です。」

 

 ここでようやく、鷹兄が代理を名乗るかが解った。どうやら鷹兄のお父さんは、放浪癖があるらしい。ある日ちょっと出掛けてくるって書き置きがあって、軽く数年間は音信不通みたいだ。それで、仕事を鷹兄が肩代わりしているそうな。別に珍しい事でないそうな……。自由すぎやしないかね?

 

「それは、なんというか……。」

「まぁ、心配はありませんけどね。鷹丸様は、いわゆる天才という奴ですから。」

 

 天才……か。ありとあらゆる物事において、天才的な手腕を発揮しているんだろう。だから、その……どこか変わり者なのは、天才と馬鹿は紙一重って感じか。そして蛙の子は蛙……。親が変わり者なら、子もそうという事らしいな。

 

 鷹兄が言ってた通りに、かなり歩かされた。やがて社内の雰囲気は、オフィスから工場へと様変わりしていく。先ほど鷹兄が着ていたのと同じ白衣を身に着けた人達を多く見かける。そして最終的には、ピットによく似た場所へとたどり着いた。そこにはブルーシートが被せてある物が鎮座している。これが俺の専用機かな……。

 

「社長、お2人をお連れしました。」

「やぁ、待ってたよ。それじゃ黒乃ちゃん、君の手でこれを退けてくれないかな。」

 

 ブルーシートの端を掴んでいる鷹兄は、俺に引っ張るように促す。俺はしっかりそれを掴むと、思い切り引っ張った。ブルーシートは、バサリと大きな音を鳴らしと宙へと舞う。そこに佇んでいた機体は、なんだろうね……。一言で表現するなら……烏天狗といった様相だ。

 

 目を引くのは、背中の大きなウィングスラスターだろう。どちらかと言えば巨大な翼の骨格みたいな印象を受ける。どちらにせよ、この機体が高機動型である事を示していた。脚部も鳥類の足みたいになっているし、それがますます鳥っぽさを際立てている。他にも細かなディティールは禍々しいっつーか、ダークヒーロー的なスタイリッシュな出で立ちだ。

 

「この機体の名前は、刹那(せつな)って言ってね。見た通りに高機動の第3世代機だよ。その代わりに装甲は薄っぺらいから当たり過ぎは禁物ってところかな。」

 

 刹那かぁ……かっけぇ名前だな。日本製の機体は、名前が2文字がシンプルでいいよね。だけど、やっぱり高機動の機体みたいだな。俺って、絶叫マシンとか苦手なんだよね。こいつをしっかり乗りこなしてやれるかどうか、今からとても心配だ。

 

「まぁとにかく、乗ってもらったら話が早いよ。鶫さん、アレを渡してあげて。」

「はい。藤堂様、こちらをどうぞ……。」

 

 俺に手渡されたのは、これまた黒一色のISスーツだった。なるほど、特注の専用ISスーツですな。まぁ黒いデザインだし、見た目だけだと汎用の奴とあまり変わらないだろうね。ってか専用機持ちのISスーツに、固有の性能があるかどうかも知らんし。

 

「更衣室は隣接してるから、着替えたら試運転を始めよう。」

「それでは、対馬様はこちらへ。」

「解りました。頑張ってね、黒乃。」

 

 昴姐さんの激励をもらって、俺は更衣室へと向かう。手早くISスーツへと着替えると、早速刹那へと初搭乗だ。ううむ……そういえば、イメージインターフェースを使った機体を動かすのは初めてか。素直に俺の言う事を聞いてくれる機体なら良いが。

 

「初期化やら最適化やらはまぁ……飛びながらやろうね。それの方が君も慣らしやすいと思うけど……どうかな?」

 

 い、いきなりだね鷹兄……。だけどその意見には全面的に肯定かな。え~っと、イメージイメージ……浮いている感覚を意識してイメージするが、これを自然に出来ないようにしないと。浮いた状態からカタパルトまで移動すると、脚部を固定して発進準備はオーケー。カタパルトもオールグリーン……よっしゃ、行くぜ!

 

 ……って、のわああああ!?少しスラスターを吹かしたつもりなのに、何この超加速!?こ、こんなの……飛んでいられる訳が無いじゃん!俺はカタパルトから飛び出したと同時に、機体の安定を保っていられない。そのまま紙飛行機が墜落するかのように、地面へと真っ逆さまに落ちてしまった。

 

『…………。』

「…………。」

『ごめんね、黒乃ちゃん。刹那の調整が不十分だったみたいだ。悪いんだけど、もう1回戻ってもらえるかな?』

 

 う、うう……鷹兄にとてつもなく気を遣わせた。多分俺が下手くそだっただけなのに、鷹兄は刹那の方が悪かったと言ってくれる。見直したよ、鷹兄……これでさっき慣れ慣れしかったのはチャラにしておいてあげよう。ピット内に戻れば、少し待機していてくれと言われた。

 

 遠くで作業を見守るけど、距離の開きで何を言っているのかは聞き取れないな。……悪口、言われてないと良いけどな……。なんなのあの子、本当に代表候補生なんですか?……とか、代表候補生(笑)……とか。知るかそんなの……俺だって、なりたくてなってる訳じゃないですよーっ!

 

「待たせたね、黒乃ちゃん。今度こそ大丈夫だと思うから、行こうか?」

 

 しばらく待つと、鷹兄が準備が出来たと俺を呼ぶ。はぁ……鬱だ。これで飛べなかったら、本当に俺の責任だよ。でもやるしかないし、頑張るか……。俺は渋々ながらも立ち上がって、刹那に乗った。そして先ほどのように、カタパルトへと足を付ける。うん……?でもなんだろ、確かにさっきよりは動かしやすいような……。

 

 ……これは、本当に期待しても良いのかもしれない。俺は刹那のスラスターを吹かして、カタパルトの出撃を開始する。おお、なんかさっきと違ってしっくりくる!そのままカタパルトから飛び出るが、何の問題も無く飛行ができた。これは、打鉄なんかとは比べ物にならないくらい速度だぞ……。

 

『大丈夫みたいだね。ようやく刹那の性能を詳しく説明できるよ。』

「…………。」

『その機体は高機動って言うのは、もう話したよね。それを飛んでみて実感してるとは思うけど、刹那はまだ本気を出してはいないんだ。』

「…………。」

『刹那には、とある新技術を積んである。その名も、クイック・イグニッションブーストって言うんだけどね。』

 

 話を聞くに、俺が前世でプレイしたロボゲーの回避行動に良く似ていた。本来は放出したエネルギーを充填して、それを爆発的に放出するのが瞬時加速だ。しかしこのQIB(クイック・イグニッションブースト)は、刹那のウィングスラスター……雷火(らいか)って名前らしいんだけど……雷火に刹那本体とは別にしたエネルギーを積んでいるそうな。

 

 この雷火は、常にQIB(クイック・イグニッションブースト)用の微量なエネルギーがダダ漏れらしい。だからこそ、この刹那は……急速的かつ連続して瞬時加速が出来てしまうんだってさ。ちなみにだが、発動の際に操縦者の安全面を考慮して、身を守るバリアが自動で張られる。そのバリアにもエネルギーを割く事になるから、とてつもなく燃費の悪い仕上がりになってるな……。

 

『じゃ、試しにやってみようか。やり方は……君に任せるよ。』

 

 操作感覚は、第3世代は乗り手の感覚に委ねられるだろうからね。ん~……一応はちー姉に習ってるからそれで行こうか。とりあえずPICをチェックして~っと、うん……大丈夫そうだ。そんじゃ、右方向にドーン!と瞬時加速してみる。

 

 うおっ、とっとっと……ふらついたけど、真横に急な移動が出来た。これならすぐに調整が効きそうだ。そんじゃ、右、右、前、左……と言った風に、適当な方向へ連続して行う。うん、このくらい出来たら十分だろう。まんまどこぞのクイックブーストだなぁ……。

 

『…………。おっと、ゴメンよ。大丈夫そうかい?問題ないなら、次に行こうか。』

「…………。」

『じゃあ次だね。黒乃ちゃん、刹那は本気を出していないって言ったけど……QIB(クイック・イグニッションブースト)はまだ半分の力だよ。さっきのは連続かつ急速だったけど、今度のは継続的に瞬時加速を行えるんだよ。まぁ、その時点で瞬時加速じゃなくなってるんだけどね。』

 

 つまるところ鷹兄が言いたいのは、瞬時加速の爆発的加速並の速度を継続させ飛び続ける事が出来るって話かな。名称としては、オーバード・イグニッションブーストだとか。実に単純!それにしても、大変な変態機体じゃありませんか……刹那ちゃんってば。

 

『イメージ的には、1回爆発させたエネルギーを途切れさす事無く……爆破の余韻が背中を押し続ける感じ?ハハハ、ごめんね……僕が何言ってるのかわかんなくなってきちゃったよ。』

 

 オーケーオーケー、ヒントは大事よ鷹兄。え~っと、瞬時加速まではやる事は同じ……後は、鷹兄の言葉通り……。そうやってイメージを固めると、雷火から黒い炎が噴き出はじめた。その黒い炎は、雷火の骨組みには収まり切らず……まるで大きな翼を形成しているかのようだ。なんて考えている暇もなく、俺は凄まじいスピードで前へと押し出される。

 

 うおおおお!?刹那のトップスピードは、さっきまでトップスピードでは無かったって事ね!だけど鷹兄達が調整してくれたおかげか、飛べない事も無さそうだ……。って言うか、だんだん慣れて来たぞ……。なるほど、QIB(クイック・イグニッションブースト)は鋭い軌道が描けて、OIB(オーバード・イグニッションブースト)はある程度旋回も三次元飛行もできる訳ね……。どちらにせよ、刹那の名にはふさわしい仕様か。

 

『あっ、ちなみにだけど……OIB(オーバード・イグニッションブースト)中でもQIB(クイック・イグニッションブースト)は可能だから、無理じゃなければ試してみてね。』

 

 やれってか……やれって言いたいのか!?こんにゃろう……やってやるよ!やればいいんでしょ、やれば!俺は半ギレになりつつ、OIB(オーバード・イグニッションブースト)を維持しながら右、真ん中、左と反復横跳びのように連続してQIB(クイック・イグニッションブースト)を行う。どうだ、これで文句はないでしょ!俺はそう示すために、黒い翼を収めてその場に止まった。

 

『よ~し、慣れてきた頃かな?それじゃあ本番行ってみよ~。」

 

 ほぇ?……いや、鷹兄……本番ってどういう意味かな。俺が意味も解らずボーっとしていると、俺を取り囲む四方八方の壁から砲台にも似た筒状の物が飛び出てくる。……というか、砲台にも似た……じゃなくて、砲台だよねこれ?そして次の瞬間、レーザーの雨が俺を襲う。

 

(ほわああああっ!?ちょっ、マジ……これは何のつもりですかぁ!)

『おー良いね。その調子だよ。QIBやOIBを使いながら上手く避けてね。』

 

 攻撃が来れば避けるのが人間の心理なわけで……。鷹兄に言われるまでもなくQIBで回避をしていると、そんな声が耳元で響く。その調子……?つまりあれか……一次移行する経験値を手っ取り早く溜めるために、こうやって刹那を動かせと。……なんなんだあのマッドサイエンティストはああああっ!

 

 避けるよ……そりゃ避けますとも!だってレーザーとかISの試合でも当たったことないのに!とにかく意識を集中させ、ハイパーセンサーを確認する。どうやらある程度は規則性があるみたいで、ギリギリの回避ながらもQIBでどうにか凌げそうだ……。けど、いつもの笑顔は出ちゃってるだろうなぁ。

 

(無理……もう無理!せ、刹那さん……願わくば、もっと速く飛べる翼を下さいぃぃぃぃ……!)

 

 刹那にも俺自身にも限界が差し迫る中、苦し紛れにそんな事を考えてみる。しかし、現実は非情である……と思いきや!神はまだ俺を見放しちゃいなかったようだ!刹那のコンソールに表示されるのは、一次移行が可能との表示。間髪入れずに実行ボタンを押した俺は、凄まじい光へと包まれる……。

 

 

 

 

 

 

「と、飛んだ……本当に、刹那が……。」

「ね、僕の勘ってのもあてになるでしょう?」

「それにしても、刹那の反応速度が遅くて飛べなかったって……。あの子、とんでもないですね。」

 

 試運転場内を華麗に舞う黒乃ちゃんと刹那の姿を見て、研究員さん達は静かな歓喜と驚愕を露わにした。前者は苦労の裏返しで、後者は……黒乃ちゃんの事を言っている。黒乃ちゃんが刹那に乗って墜落した原因を調べてみると、これまで刹那を乗りこなせなかった人達とは異なるデータが取れた。

 

 それはおびただしい量の手動運転、イメージインターフェースの操作記録だ。何故こんなにも大量に操作せねばならなかったのかを議論した結果、刹那の反応が遅いせいで大量の操作で機体を安定させようと思ったのではないか……という結果に。そこで刹那の反応速度を限界まで引き上げるとあら不思議、黒乃ちゃんはいとも簡単に飛んでみせる。

 

「えと、これからどうします?」

「そうですね……いけるところまでやってもらう事にします。大丈夫みたいだね。ようやく刹那の性能を詳しく説明できるよ。」

 

 黒乃ちゃんが指示を待っているように見えたので、通信機でそう呼びかけた。さて……ここからも問題だ。アレを使いこなしてもらわないと、刹那の性能を100%引き出したとは言えない。超高機動近接格闘機体と位置付けた刹那になくてはならない技術……それは、急速かつ連続で瞬時加速を行う能力と、瞬時加速の爆発的速度を継続して放出し続ける能力だ。

 

 それぞれQIBとOIBと命名。まぁ……どちらも本当に難しい操作を要するから、数年かけてじっくり使えるようになってくれたらな~……なんて思っていた僕は、きっと彼女を舐めていたのだろう。なんと彼女は1回説明しただけで、どちらもアッサリこなしてしまうではないか。

 

「……鷹丸くん、私は夢でも見てるのかな。」

「アハハッ、確かに……僕も嬉しすぎてまるで夢の中に居る気分ですよ。」

「いや、そういう意味じゃ……。単に現実を受け入れられないだけで……ああ、いや……なんでもないから忘れてくれ。」

「フフフ……それじゃ、ちょっと無茶振りしてみます。」

「え……?いや、良いから……。鷹丸くん、私はもう何も望まんよ。」

「あっ、ちなみにだけど……OIB(オーバード・イグニッションブースト)中でもQIB(クイック・イグニッションブースト)は可能だから、無理じゃなければ試してみてね。」

 

 OIBで飛んでいる最中の黒乃ちゃんに、そんな感じで呼びかけてみた。言ったとおりにこれは単なる無茶振りだ。理論上は可能ではあるけれど、想定なんて全くしてない。さぁて……どうなるかな。僕が期待を膨らませつつモニターを眺めると、凄まじい光景が繰り広げられる。

 

「本当……どうかしてますよ。鷹丸さん、彼女は何処で見つけてきたんです……。」

「うん、この間の選考会で少し。それにしても本当にどうかしてるね……最高に。」

「な、なんだか分身して見えるのは気のせいか?」

 

 僕の無茶振りを聞いた研究員さんたちはザワついたが、モニターを眺めてザワつきは更に膨れ上がる。なんといったって……本当に僕の指示通りの事をこなしちゃったんだから。黒乃ちゃんはOIB発動中に、小さくQIBを使って細かい進路変更をしみせる。単純な反復運動ではあるが、刹那の速度も相まってか確かに分身して見えなくもない。

 

 文句なし、これで決まりだ。むしろ何処に文句をつけろと言うのか。ようやく見つけた……刹那にふさわしい女性を!あぁ……この時をいつまで待った事か。もはや歓喜で狂ってしまいそうな僕だったが、その感情を必死に押さえつけた。……が、案外そうでもなかったのだろう。僕の悪い癖が出てしまったからね。

 

「よ~し、慣れてきた頃かな?それじゃあ本番行ってみよ~。」

「ちょっと鷹丸さん……?本番って何言ってーーー」

 

 言ったら止められるのは解っていたから、半ば無視して試験場内の設定を弄る。操作が完了すると、壁一面からレーザーの砲台がせり出した。うん、動かすのは初めてだけど……特に問題はなさそうだね。証拠に刹那を攻撃し始めてるし。半ば奇襲であったにも関わらず、黒乃ちゃんはばっちり避けちゃったけど。

 

「おー良いね。その調子だよ。QIBやOIBを使いながら上手く避けてね。」

 

 奇襲であったにしても、最初の警告みたいなものだ。それを皮切りに、無数のレーザーが黒乃ちゃんを襲う。あ~……ちょっとテンションが変になっちゃって設置し過ぎたかな。でもまぁ良いよね、彼女には掠る気配すらないし。ハハハ……!本当に面白いよ君は。

 

「わ~……避ける避ける。まるで勝手に外れてるように見えてくるね。」

「……鷹丸くん。」

「おおっ!今の見た!?コンマ単位でタイミングをずらしつつの同時射撃をあんなにアッサリ!」

「鷹丸くん……。」

「ハハッ、これなら弾速をもう少し上げても問題はーーー」

「問題大あり!鷹丸くん、いくらなんでもこれはやり過ぎじゃないか!」

 

 おっといけない……気分が乗ってきたせいで人の話が耳に入らなくなっちゃってた。え~……っと、僕は怒られたって事で良いのかな。はて、やり過ぎ……?ああ、レーザー包囲網の事かな。これでやり過ぎって言われちゃうと、僕の目的なんか永遠に達成されないだろう。さぁて、どう言い訳しようかなっと。

 

「まぁまぁ、当たってもさほど問題ないように調整してますから。」

「いやだから、そういう問題じゃないんだって!」

「え……じゃあどういう問題なんでしょう?」

「は、はぁ!?本気で言ってるのかい!?あ、あ~……もう!」

 

 そうやってすっとぼけてみると、研究員さんは歯痒そうに頭を掻き毟った。な~んて嘘に決まってるじゃない。人道に反するどうこうはちゃ~んと理解してますってば。でも……言いよどむってことは、本当に僕が何も思ってないととられているんだよね?……う~ん、それはそれでなんというか……。

 

「あんなピーキーな機体に乗せられて、いきなり攻撃されるなんて彼女もーーー」

「あ、それに関しては問題ないんじゃないんですかね。だって彼女……楽しんでるみたいですし。」

「こんな状況で楽しめるわけ……わけ?な、何故……どうして彼女は笑っているんだ……!?」

 

 僕は初めから気づいていたけど、研究員さんは僕へのお説教で頭がいっぱいだったみたいだ。詰め寄られた状態でモニターをちょいちょいと指差すと、研究員さんは理解が及ばないと言わんばかりに後ずさり。ん~……僕と同じ匂いがするって、やっぱり間違いではなかったみたいだ。

 

 いやぁ、ホントに面白いなぁ。こんな状況で満面の笑みって、なかなか出せるもんじゃないよ。つられ笑いとは違うかもしれないが、キミが笑っているのをみてるとなんだか楽しくなってきた。絶句する研究員さん達とニヤケる僕。対照的な空間が作られてしばらく、黒乃ちゃんと刹那に変化が訪れた。

 

「あの光……来たね。皆さん、一次移行です。映像やら数値の記録、解析をお願いします。」

「りょっ、了解!そっち、何か変化は!?」

「……雷火のサイズ調整が確認されています!具体的な数値で言えば、一次移行前の1.5倍ほどに!」

「へぇ~……って事は、もっと早く飛べるように最適化されたのか。……あれでもまだ足りないんだ。」

 

 そうやって研究員さん達に指示を送っている間に、僕は攻撃を止めておく。本当は最適化された刹那でもう少しデータを取りたかったんだけど、このまま続けたら本気で怒られそうだから止しておこう。しかし、不必要なほどに大きなスラスターにしたつもりなんだけどな。

 

 まぁ最適化ってのは文字通り操縦者に最も適した状態になるって事だし、あれが彼女にとっての最適ならば何も言うことはない。一次移行も済んだのなら、今日はこのくらいにしておこうかな……。あっ、黒乃ちゃんがあの状況で笑ってたのは内緒にしておかないと。なんたって、そっちの方が面白くなりそうだしね。

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま、黒乃ちゃん。」

(誰のせいだと思ってんのこの人……。)

 

 とりあえずの試運転が終了した黒乃は、ピットへと戻って来ていた。鷹丸に労いの言葉を贈られるわけだが、とんでもなく皮肉にしか聞こえない。それでも束という知り合いがいるためか、ある程度この手合いの人物に耐性があるようだ。普通はそれで済まされないところを、まぁ良いかと流す。

 

「おっす黒乃、お疲れ。おっ、そのチョーカー……刹那の待機形態?なら一次移行までは終わったのね。」

(あぁ……昴姐さん。そうそう、このチョーカーが刹那やで。)

 

 刹那の試運転が終わったと聞いてやって来たのか、別室で待機していた昴も姿を見せた。いの1番に昴が触れたのは、黒乃の首へと着けられているチョーカーだった。黒色のラバーチョーカーのようで、首元には烏の羽を模した羽のアクセサリがぶら下がっている。

 

「んじゃま、今日のとこはさっさと暇しましょうかね……。常盤さん、何か私達に言っておくべき事は?」

「明日のですが、引き続き専用機関連で所用があります。それと、模擬戦を予定しておりますね。」

「はぁ……模擬戦?随分と急な話じゃないですか。」

「いやぁ……そこは本当に申し訳ないんですけれど。遅かれ早かれ刹那で誰かと戦ってもらわないとですし、何より相手は来日してますし。」

 

 鷹丸の言葉に、昴は半ば強制のような物であると察知した。先ほどの言葉は、先方はもう日本に居るから今更キャンセルするのは失礼です……と言っているのと同等だ。失礼だろうが何だろうが、それは本人の意思次第だと昴は黒乃を見る。そして聞くべきであろう質問を投げかけた。

 

「黒乃、大丈夫そう?」

(……大丈夫じゃないです……けど……けど……!頼まれたら断れない……!)

「本当にごめんね。キミがそう言ってくれて助かるよ。」

 

 断れない主義の黒乃からすれば、鷹丸の言葉はクリティカルヒットだったようだ。特に相手は既に来日しているという部分……。いくら黒乃とはいえ、それで相手が外国人である事は理解できる。わざわざ日本に出向いてもらっておいて、自分が戦えませんなど言えない。そこまでを一瞬で考えた黒乃は瞬時に首を縦に振った。

 

「それでは、明日も同じ時間にお越しください。本日のご予定はこれにて終了になります。本当にお疲れ様でした。」

「じゃあ鶫さん、玄関まで見送りをーーー」

「ああ、いえいえお気遣いなく。ほら、黒乃も着替えないとですし。」

「そうですか?それじゃあまた明日。バイバイ、黒乃ちゃん。」

(はい、また明日。)

 

 鶫の丁寧な対応を苦手とするのか、昴は見送りを拒否した。別に無理強いする必要性は全くないので、鷹丸はヒラヒラと手を振り、鶫はこれまた綺麗なお辞儀を見せた。それに釣られたのか、黒乃も妙に深々としたお辞儀を見せ、昴と共に更衣室へと向かっていく。

 

「さて、僕らはもう一仕事だね。」

「それは同意しますが、貴方がすべきはそちらの業務ではありません。社長室へお戻りを。」

「え~……そんなぁ。良いじゃないか、ちょっとくらい。」

「貴方の場合はちょっとで済まないから言っているんです。さぁ、戻りますよ。」

 

 鷹丸は背伸びをしてから刹那のデータ解析に混ざろうとしたのだが、白衣の襟首を捕まれ阻止されてしまう。阻んだ張本人である鶫に不満そうな表情を見せるが、そんなものは通じるわけがなかった。鶫は強引に襟を引っ張ると、無理矢理にでも鷹丸を連行する。それで諦めがついたのか、少しばかり消沈した鷹丸は乾いた笑い声を発しながらこの人には敵わないと再確認させられたとか……。

 

 

 




黒乃→なんとか刹那を乗りこなせる感じか……。
鷹丸→難なく刹那を乗りこなしちゃうなんてねぇ♪



オリキャラである鷹丸&鶫のプロフィール紹介です。





名前 近江(おうみ) 鷹丸(たかまる)
年齢 22歳
外見的特徴 茶色の癖毛 糸目 ニヤけ顔
好きな物 魚介類 機械なら何でも 藤堂 黒乃
嫌いな物 らっきょう 退屈
趣味 機械を弄る 人間観察

世界に誇る大企業、近江重工の御曹司にして現社長代理。彼の父であり実質の社長、近江 藤九郎が失踪中なためである。本人も頑なに代理を自称しており、もっぱら社内でも本来の仕事である機械製作等に打ち込む。あらゆる面において、何をやっても上手くいく……いわゆる天才型の人間。特に機械の2文字が関われば、変わり者特有の柔軟な発想にて類い稀なる才能を発揮する。黒乃が譲渡された専用機、刹那は彼が設計した。


名前 常盤(ときわ) (つぐみ)
年齢 34歳
外見的特徴 スレンダー 年齢不相応に見た目が若い
好きな物 蕎麦 夫 娘 息子
嫌いな物 脂っこい食べ物 虫
趣味 ガーデニング 手芸

12年前に単なる事務員として近江重工へ入社したが、持ち前の美貌が藤九郎の目に留まり半強制的に秘書へ転身させられる。鷹丸とはその時に知り合い、教育係も務めた。それゆえ鶫にとって、鷹丸は弟のような存在である。最近はその弟分の暴走が悩みの種。ちなみに既婚者で子持ち(8歳娘と7歳息子)。夫は同い年で、IT関連会社に勤める出世街道まっしぐらなエリート社員だとか。





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第19話 始動 八咫烏伝説(表)

「あれ……千冬じゃん!?」

「ああ、昴か……。いつも悪いな、黒乃が世話になる。」

「いや、それは構わないけど……。アンタ、例の件でドイツじゃなかったっけ?」

「黒乃が模擬戦をやると小耳に挟んでな、急いで飛んで来た。」

 

 黒乃が刹那を貰った翌日に、再度近江重工を尋ねると昴にとっては意外な人物がそこに居た。昴の目に飛び込んで来たのは、ドイツに居るはずの千冬だった。ここに居る理由を問えば、眠たそうな目で飛んで来たなんて言う。わざわざその為だけに足を運ぶあたり、黒乃に対する溺愛ぶりがうかがえる。

 

 待合室に通されている千冬は、現在の黒乃の様子を昴に尋ねた。黒乃は現在、ピットで刹那の武装全般の説明を受けていると話す。そもそも刹那がどんな機体か知らない千冬は、それだけ聞いたって想像がつかない部分はある。そうなると、模擬戦開始の時間まで談笑になる……かと思いきや。

 

「2人とも、元気かしら?」

「アンタ……アンジー!?うっわ、懐かし~……アンタの方こそ、元気してた?」

「私はまだたまに会う方だが、久しぶりだな……アンジー。」

 

 待合室に、ISスーツを纏った外国人の女性が入室した。金髪青目でまさに英国人といった様相の彼女は、アンジェラ・ジョーンズと言う。IS選手で、イギリスの元国家代表であった。選手であっただけに、同じく立場だった千冬や昴とは親交があるのだ。昴は早期に引退し、彼女も一身上の都合で引退したために3人揃うのは久々だ。

 

「昴、貴女……似合わないわね。」

「あ、これ?アハハ、何の因果か……アタシはアンジーと同じ職業よ。」

「信じられるか?コイツが教職だぞ。」

Amazing(びっくり)!……って感じかしら。」

 

 昴のパンツスーツ姿を似合わないと称したアンジェラは、何故そんな恰好をしているのかと問いかけているのも同然であった。すると昴は、我ながら似合わないといった様子で自分は今ISの指導をしていると伝えた。千冬が捕捉を入れると、アンジェラは外国人らしいオーバーリアクションで反応を示す。

 

 というのも、アンジェラは引退後後進の育成に力を入れているのだ。もちろん昴のように適当では無く、キチンと真面目に仕事をこなしている。彼女の実力は、モンド・グロッソで部門賞を取るほどだ。もっとも、実を言うと昴もそのクラスのIS操縦者なのだが……。

 

「で、何で近江重工に来てんの?何か仕事?」

「ええ、最近代表候補生になった子と模擬戦をしにね。」

「!? もしや、黒乃とか?」

「ああ、確かそんな名前だったわね。もしかして、昴の教え子?それとも……千冬の弟子かしら。」

 

 話題を1周させて、何故アンジェラは日本に居るのかと昴は問い掛ける。予想できなかった事ではないが、アンジェラはどうやら黒乃との模擬戦をしに来日したらしい。すると思わず、千冬と昴の顔色が変わった。それを感じ取ったアンジェラは、急な雰囲気の変わりように不思議そうな表情を浮かべる。

 

「な、何……?急にどうしたのよ……。」

「アンジー、悪い事は言わない……黒乃と模擬戦すんのは止めときな。」

「ちょっと、意味が解らないわ。悪い冗談なら止めて……笑えないわよ?」

 

 昴はアンジーに詰め寄って、肩を掴みながらそう忠告した。その必死さが仇となったのか、アンジーは少しばかり機嫌を損ねながら昴を睨む。その様はまさに、オオカミ少年の状態そのままだった。昴としては、自身の日頃の態度を盛大に恨む。頭を掻きむしりながら、千冬に助けを求める。

 

「……聞け、アンジー。黒乃は――――」

「失礼いたします。ジョーンズ様、そろそろこちらの準備が整います。」

「OK、今行くわ。ま、心配してくれるのは嬉しいけど……私は大丈夫よ。それじゃ、2人の教え子に会いに行きましょ。」

 

 千冬がアンジーへ説明をしようとすると、そこには鷹丸の秘書である鶫が現れた。まるで狙ったようなタイミングの入室だが、鶫としてはそんな気は全くない。手短に用件を伝えると、アンジーを連れて黒乃の待つ第1ピットへと移動を開始した。千冬と昴は、すぐにその背を追えないでいた。

 

「千冬……。」

「……余計な事にならんと、そう願うしかあるまい。あの様子だと、聞く耳は持ってくれそうもない……。」

「…………。」

 

 まるで自分にそう言い聞かせるかのような言葉に、昴は納得しかねる部分もあった。しかし、千冬のいう事だってもっともではある。何故ならば、余計な事になった時の為に……自分達が居るのだから。千冬と昴は、微妙な雰囲気を何とか隠しながらアンジー達の背中を追いかける。

 

 第1ピットに向かう途中で、千冬達の背後からアンジーが現れる。どうやら、真っ直ぐ第1ピットへ向かったわけではなさそうだ。合流し直した4人は、気を取り直して第1ピットへと歩を進める。するとそこには、千冬にとって懐かしい姿が見えた。

 

「久しぶりだな、黒乃。一夏と2人で元気にやってるか?」

「アンタが模擬戦するって聞いて、緊急帰国したんだってさ。ホントこのシスコ……ぐはっ!?」

「黙れ適当人間。黒乃、この人は……紹介しなくても解るだろう。」

「ハイ、ミス・黒乃。私はアンジェラ・ジョーンズよ、今日はよろしく。」

 

 黒乃へ余計な事を言った昴に、千冬は容赦のない腹パンを撃った。その光景を見たアンジェラは、なんだか懐かしい気分になって静かにクスクスと笑う。まだ笑みが消えてはいないが、アンジェラは少し前に出て黒乃にしっかりと挨拶をする。もちろん、黒乃の事情は事前に説明を受けている。

 

「ま、今日はお手柔らかにお願いね。」

「良く言うよ……。黒乃、アンジーは手加減とかしないからね。まるでどっかのシスコ……グフゥッ!?」

「黙れダメ人間。」

「ちょっ、適当は認めるけどダメ人間はナシでしょ!アンタらのせいで、最近は普通に仕事してるでしょうが!」

 

 またしても千冬を引き合いに出した昴は、更に痛そうな腹パンをもらう。最初の発言はまぁ許せた昴だが、ダメ人間発言は気に障ったらしい。ギャーギャーと騒いで千冬に対して抗議している間に、黒乃はせっせと競技場へ出るためカタパルトへと向かった。昴は気が付かなかったが、アンジェラも既に姿が見えない。

 

『それでは、発進をお願いします。』

 

 第1ピット内にそんなアナウンスが響くと、黒乃は雷火をフルブーストでカタパルトから飛び出た。刹那の速度を見るのが初見である千冬は、驚きを隠せない。安全圏に居ると言うのに、凄まじい風圧が千冬へと吹き込んで長い黒髪がバサッと揺れた。

 

「とんでもないな……。」

「高機動ってのは聞いてたんだけどね……想像以上だわ。」

『試合開始。』

 

 千冬が驚き、昴がボソッと呟く。そんな事をしている間に、更に試合開始のアナウンスされる。まず動いたのは、アンジェラの方だった。ラファールのアサルトライフルを乱射するが、刹那はこれまたとんでもない飛行軌道で一発も弾丸を装甲に掠らせず避けきった。

 

「う~し、操作技量はやっぱピカイチね。」

「あれを問題なく乗りこなすか……。いい加減、感覚が麻痺してきたな。」

 

 機体自体には驚いたが、黒乃が簡単に刹那を乗りこなしている事には驚きが薄れている千冬がいた。そのまま黒乃はノンストップで迫り、刹那の左腰へと装着してある超大型物理ブレードの神立(かんだち)でアンジェラを斬り裂いた。まず初撃を与えたのは黒乃だ。

 

「ヒュウ♪アンジーからファーストアタックを奪っちゃうか……けど。」

「ああ、アンジーは……一筋縄ではいかん。」

 

 昴は口笛を鳴らしながら黒乃を評価する。だが……けど(・・)と言った途端に表情は険しい物になる。千冬は……元からそういう顔つきだが、やはりアンジェラがそう簡単にはいかないという旨の言葉を呟いた。やはり2人は、アンジェラの事を良く知っている。モニターに映る映像は、実際にアンジェラが反撃へと出たからだ。

 

 アンジェラはグレネードシューターから弾頭を発射すると、瞬時に武装を切り替えてスナイパーライフルを取り出した。そして驚異的な射撃精度で自ら発射したグレネードの弾頭を撃ち落とした。大きな爆発音で弾頭が爆ぜると、黒乃とアンジェラを取り囲むように爆煙が舞う。

 

 すぐさまQIB(クイック・イグニッションブースト)で煙の中から離脱する黒乃だが、それこそがアンジェラの狙いだったのだ。逃げた方向には、既にアンジェラが回り込んでいる。アンジェラと黒乃の距離はゼロ。そのゼロ距離のまま、アンジェラは黒乃の腹部にショットガンを押し当ててそれを乱発した。

 

「うっわ、えげつな……アンジーの奴、ダミーモジュール使ってやんの。」

「アンジーの真骨頂というか、基本のプレイスタイルはそうだからな。」

 

 アンジェラ・ジョーンズは、多彩なトリックプレーを得意とする。それでなくとも高い射撃技術に、トリックプレーが相まって、とんでもなくやり辛い相手である。アンジェラは得意げな様子でショットガンを肩へと乗せるが、次の瞬間……その表情は強張った。

 

「? アンジーどうしたんだろ。…………!?黒乃……?!」

「これは……!?モニター!黒乃をズームで映してくれ!」

「はっ、はい!」

 

 アンジェラの様子がおかしくなった理由は、昴がすぐに気が付いた。同じく千冬もそれに気が付き、モニタリングをしている研究員に慌てて黒乃をズームアップして映すように指示する。そしてカメラが寄って映し出された黒乃は、笑っていたのだ……。それもただの笑みでは無く、例えるならば……狂ったような笑みである印象を受ける。

 

「おい昴……何だアレは!アレが、例の件でも起きたのか!?」

「知らない……けど、心当たりはあったかもね……。」

 

 黒乃は優しい少女である。2人を含め黒乃と親交の深い人間は、きっと口をそろえてそう言うだろう。だからこそ、千冬は盛大に混乱しているのだ。無表情を崩さない黒乃があんな表情を浮かべる事など、全く想定していない。そんな千冬に対し、昴はどこか意味深な言葉で返した。

 

 どちらにしろ初見であっても、同じフィールドに立っているアンジェラの衝撃は大きい。感じているのは、とんでもない殺気……。その場に居るだけで、黒乃を見ているだけで……その意識が遠のいてしまいそうな気さえした。アンジェラは、黒乃から感じた殺気のせいか全く動けなくなってしまう。

 

 そんな事もお構いなしに、黒乃は行動を開始する。雷火から黒い翼が現れたところを見るに、OIB(オーバード・イグニッションブースト)をやるつもりなのだろう。想像通り、黒乃はまさに目にも止まらぬ速度でアンジェラへ迫る。しかもその途中に、太もも部分から2つの小太刀を取り出す。それは投擲を主目的とする物理ブレード、紅雨(こうう)翠雨(すいう)である。

 

 紅雨と翠雨は、真っ直ぐアンジェラへと向かう。とんでもない速度で刹那自体が前進しているにも関わらず、紅雨も翠雨も全く軸をぶれる事無くラファールの肩装甲へ突き刺さる。2本の小太刀が命中したのと同時ほど、黒乃は既にアンジェラの目の前に潜り込んでいた。さらに言えば、その手には長さの異なる2本の物理ブレードを握っている。

 

 長い刀が叢雨(むらさめ)、短めの刀が驟雨(しゅうう)という。黒乃は叢雨でアンジェラの頭から股まで振り抜き、驟雨で腹部辺りを水平に斬り裂く。そして更に、もはや叢雨と驟雨は用済みと言わんばかりにその2本をラファールの腕部に突き刺す。だが、それではまだ終わらない。

 

 黒乃は刹那の肩部分に小さく飛び出ている柄を掴むと、引き抜きながら斜めに交差させながらアンジェラの胴体を斬りつける。その刃は先ほどまでの物理ブレードでは無く、まるで雷のようなレーザーブレードだ。2本とも見た目に大差はないが、右手の刀が疾雷(しつらい)、左手の刀が迅雷(じんらい)である。

 

 ここまで来ると、もはやデジャヴに等しい。黒乃は疾雷と迅雷も先ほどまでのブレードと同じようにラファールの装甲へ突き刺す。今度は脚部だ。さて、残った剣は神立1本……黒乃は、それもしっかり使うつもりだ。アタッチメントから神立の鞘を取り外すと、神速と評するにふさわしい居合抜きですれ違いざまにアンジェラの腹部を斬り裂いた。

 

『し、試合終了……。勝者、藤堂 黒乃……。』

 

 黒乃の全ての剣を用いたコンビネーション攻撃は、確かに素晴らしかった。しかし、あの狂気を孕んだ笑みで台無しなのだ。たじろいた様子で試合終了のアナウンスが響くと、黒乃はアンジェラのラファールに突き刺さっている剣をすべて回収。その後に深々とした礼をアンジェラに送ると、ゆっくりピットへ戻って行く。

 

「黒乃……。」

 

 ピットへ戻ってきた黒乃へと、千冬は慌てて近づいて行く。黒乃の表情は、既にいつもの人形のようなものだ。しかし、先ほどの笑顔が頭にこびりついて次の言葉が紡げない。そんな千冬の横を、なんと黒乃は素通りしようとしたのだ。その行動も、千冬にはいつもの黒乃とは違うように感じられる。

 

「待て、黒乃……!今のは――――」

 

 言いたい事があるだけに、話がまとまらないながらも千冬は黒乃の肩を掴む。そこで黒乃の歩は、何とか止まってくれた。昴の前例もあるだけに、千冬は何とかやんわりとした言葉で先ほどの表情に関して問い詰めようとした。……が、振り向いた黒乃は衝撃の言葉を放つ。

 

「また……死に損ねた……。」

「っ!?」

 

 死に損ねた。確かに黒乃は、そう呟いたのだ。両親が故人となり、人の死に関してはかなり敏感なはずの黒乃が……確かにそう言った。しかも千冬には、どこか落胆したかのように言っているよう感じられた。黒乃はいったい、あの模擬戦の最中に何を思ったのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

「また……死に損ねた……。」

「っ!?」

 

 先の模擬戦……黒乃の見た事も無い様子に、私は自然と問い詰めようとしてしまった。そして去り際に聞こえた黒乃の呟き……恐らく、ただの独り言だ。だが何故、そんな言葉が出て来なくてはならない!?私は歩き去ろうとする黒乃を更に止めようとしたが、今度は私が何者かに止められる。

 

「……何のつもりでしょうか?」

「ああ、別に敬語はいりませんよ?僕の方が年下ですし。」

「貴様……!」

 

 私の肩を掴んで止めていたのは、近江 鷹丸だった。近江の放った言葉は、明らかな時間稼ぎでしかない。黒乃の元に行かせようとしないのなら、それなりに理由があるハズだ。しかしこの男……気に入らんな。ヘラヘラとして、私が睨んでいるのにビクともしていない様子だ。

 

「まぁ説明は難しいんですけど、彼女は僕の夢を叶えてくれました。だから僕は、彼女の夢を応援しようと思ってます。」

「夢……?貴様、訳の解からん事を……!要領を得ん事を言うのなら、すぐさま貴様を張り倒すぞ。」

「それは順を追って説明しますよ。まぁ早い話が、僕があの子に死に場所を提供してあげようかなって。」

「……私が今すぐに、貴様の死に場所を与えてやろう!」

「落ち着いて下さい織斑様。それは、貴女の立場を悪くするだけの行為です。」

 

 私は耐えきれずに近江へと殴りかかったが、秘書の方へ止められる。私の拳を受け止めるとは、この女……ただ者では無いな。しかし、秘書の言葉ももっともだった。私が腕から力を抜くと、秘書の方も拳を離す。さて、近江……今の言葉、どういう意味か説明して貰おうか。

 

「彼女、どうして戦闘中にあんな顔をしたのだと思いますか?」

「……戦いを楽しんでいるから。」

「まぁ、普通はそう思いますよね……僕もそこは同意です。ですけど、ただ楽しいからの笑顔じゃないと思います。」

「何……?それはどういう意味だ。」

「彼女は、自分に迫る死の感覚を楽しんでるんじゃないでしょうか?」

 

 黒乃の笑顔は、歓喜からくるそれとしか見えなかった。認めたくはないが、私は近江の質問に大人しく答える。すると近江は、私とは少し違う視点で自分の考えを述べた。それはつまり、強者と戦える喜び……ではなく、強者に追い詰められ死を身近に感じる事を……黒乃は悦んでいるとでも言いたいのか。

 

「そんな馬鹿な事が……!」

「彼女は、自分が強い事を知っている。だからこそ、全力の自分を(たお)してくれるような……そんな相手を求めているんだと僕は思います。だからその可能性の見えたジョーンズさんに、あんな笑みを見せた……。」

「それで黒乃が死に場所を求めているだと……!?ふざけるのも大概にしろ!」

「嫌だなぁ、僕は大真面目ですよ?彼女の為に、僕は最適な死に場所……黒乃ちゃんを斃せる相手を捜そうと思ってます。なんたって、僕と彼女はWin-Winな関係ですから。」

「なんだと……?解るように説明しろ。」

 

 つまりこいつが言いたいのは、黒乃が自分の喉元に喰らいついてくる……そういった行為で喜んでいると言いたいのか?いや、今そこは良い……。とりあえずは、どうして黒乃の死に場所を探す事が、近江の益となるのか……そこを聞かせて貰おう。私の問いに対し、近江はやけに芝居がかった様子で語り出す。

 

「僕の……いや、僕らの造った刹那は、いずれ立つべく頂点に辿り着く機体だと思ってます。」

「……モンド・グロッソか?」

「そこはどう捉えて頂いても構いません……。まぁでもね、僕の持論なんですけれど。人間って向上心を無くしたら死んだも同然だと思ってるんです。つまり、刹那は時点最強……。僕はいずれ刹那を上回る何かをもってして、黒乃ちゃんと刹那を打ち破るつもりです。」

「なるほどな、それで持ちつ持たれつの関係性か……。ふざけるのも大概にしておけよ……貴様!」

 

 刹那は今まで乗りこなせる者が居なかったと聞いた。それならば、コイツの言う目標は踏み出しすらしなかったわけだ。だが……それを乗りこなせる黒乃が現れた。黒乃は……恐らくだが、死に場所を欲しがっている。それならば、自らの造った刹那を打ち破るにはうってつけの相手と言いたいわけだ……。

 

「ちょい待ち。……アンタの気持ちは解るけど、今はアンジーが心配だわ。様子、見に行った方が良いんじゃない?」

「……ああ、そうだな。お前の言う通りだよ……昴。」

 

 昴としては、私を落ち着けさせる為にそんな提案をしたのだろう。だが、その言葉ももっともだ。私は盛大に舌を打つと、秘書に向こう側のピットへと案内させる。私と昴、そして何故か近江も同行しバタバタと慌ただしく移動を開始した。そして向こう側のピットに居たのは、見た事も無い様子のアンジーだった……。

 

「おい、アンジー……。」

「ヒッ……!ち、千冬……?…………。ご、ごめんなさい……身体の震えが、止まらないの……。」

 

 私の知っているアンジーは、常に冷静沈着で強かな女だ。それがこんな、呆然自失の状態で小刻みに震えているなどと……。昴は険しい表情を見せて、近江は相変わらずニヤけた面でアンジーを眺める。とにかく、アンジーに事情を聞く事が……黒乃の事を理解する近道だ。

 

「何があったか、聞かせてもらえるか?」

「あの子……あの子が笑った途端に、とんでもない……殺気が……!きっと、あの場に立たないと解らないわ……。それも……あんな楽しそうに笑って、まるで甚振るみたいに……!怖くて、動けなかった……。」

 

 ……確かに、黒乃は全ての刃を用いてアンジーを攻撃した。しかし、最初の投げた2本……あれをしっかり胴体に当てていれば、もっと早くに勝負はついたはずだ。黒乃の技術を考慮すれば、外したのは……やはりあえてなのか?だかコレだけは言えるぞ、黒乃に限って他者を甚振るなんてことは絶対にない。

 

「烏……。」

「何?」

「昔日本の資料で見た……そう、八咫烏……。黒い翼を羽ばたかせて、災いを運ぶ八咫烏……!」

 

 日本では忌み嫌われる場合の多い烏だが、場合によっては神の使いとして扱われる。それこそが3本足の烏……そう、八咫烏……。八咫烏はそんな二面性を持っており、アンジーの言った通りに災いの前兆であるのも確かだ。烏がモチーフである刹那には、ふさわしい表現なのかも知れない……だが。

 

「でも、やっぱりこうなっちゃったわね……。」

「認めざるを得んのか……!」

「ええ、アタシ達の決めた黒乃を守るって道は……多くの者を傷つけなきゃなんない。」

 

 黒乃が代表候補生になった事で、私達の目的の1つは達成されたと言って良い。しかし、肝心な我々に覚悟が足りていなかった。旧友がこうして妹分に怯えてしまっていたとしても、黒乃を応援し続けるという覚悟が。それも昴は同じなようで、アンジーを眺めて歯噛みしていた。

 

「ですけど、もう引き返せませんよね?織斑さん、貴女は言えますか。代表候補生になって専用機も得た黒乃ちゃんに、ISには乗るなって。」

「近江……!」

「千冬、アタシ達は決めたはずでしょ。どんな時でも……黒乃の味方でいるって。」

「…………。」

 

 毎回こうなるとは限らないが、黒乃は公の前で戦う度に味方を失う事になるだろう。だからせめて、最後まで自分達は味方でいようと昴は言う。……もっともな言葉だ。姉貴分である私よりも、よほど素晴らしい姿勢と言える。私は黙って、頷く事しか出来なかった。

 

「鶫さん、この会社に精神科医って居たっけ?」

「いえ、流石に外科と内科しか居ませんが。」

「そう?なら急いで手配してあげて。織斑さんか対馬さんは、ジョーンズさんに着いて居てあげた方が……。」

「なら黒乃はアタシが。アンタ、まだ気持ちの整理が着いてないでしょ。」

「……頼めるか。」

「任せな。前にも言ったけど、アタシにとってもあの子は妹だからね。」

 

 そう言いながら昴は、懐から電子タバコを取り出して口にくわえながら第1ピットへと戻って行った。本人が聞けばきっと喜ぶ言葉だろうが、昴に限ってそれはすまい……。とにかく精神科医の到着まで、私はアンジーに落ち着くように促した。

 

(クソッ!どうなっているんだ……。)

 

 アンジーの様子を見守ろうと努めるが、どうにも心中では悪態をつくのを止められない。あんな黒乃……黒乃のはずが……。そこまで考えて、私は思った。もし本当に、黒乃で無かったとするならば……?アレが黒乃であって、黒乃でない何かだとすれば……どうだ。

 

(っ!?まさか黒乃は……!)

 

 過度な心的ストレスを負うと、そういった症状が出ると聞いた事がある。少なくとも黒乃は2度ほど味わっているぞ……。過去の事故か、ドイツでの誘拐事件か、もしくはその双方か。それに巻き込まれた際に、黒乃が患った症状は恐らく……多重人格。

 

「どうかしましたか、織斑さん?」

「……いや。」

 

 私が1人納得していると、突然近江が話しかけてきた。恐らく私は顔に出してはいないだろうが、こいつは何かを察知したに違いない。……というよりは、気づいているのだろう。黒乃が失語症以外の精神病を患っている事に。気づいたうえで話しかけてくるとは、なんとも意地の悪い……。

 

 適当に私が返すと、近江はそうですかと何事もなかったかのように離れていく。離れる近江に射抜くような視線をくれてやる。……効果がないのは解っているが、どうにもそうせずにはいられん。そしてアンジーを落ち着かせながら、医師を待つ事に集中した。それから数10分ほど経過し、ようやく医師が顔を見せる。

 

 医師が言うには、この場で解決できる精神状態では無かったらしい。同行を提案したが、アンジー自身がそれを断りその後の事は聞かされなかった。しかし、ほどなくしてとある引退会見が世間を騒がす事となる。アンジェラ・ジョーンズ、IS業界からの完全引退を表明。その新聞の見出しが、私の心の奥底に深く突き刺さった……。

 

 

 



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第19話 始動 八咫烏伝説(裏)

「お早う、黒乃ちゃん。今日の調子はどうかな?」

「…………。」

「そうかい、それは良かった。」

 

 刹那を受け取った翌日、昨日のピットに顔を出せと言われたのでやって来た。昴姐さんは、別の所で待機している。今日はどんな用事か知らないけど、鷹兄達作業チームが出迎えてくれた。とりあえず調子を聞かれたので、首を縦に振って大丈夫だという事を伝える。

 

「今日はまず武装の確認から始めよう。と言うか、まだ武装は取り付けてないからまずそこからだね。」

「鷹丸くん、準備できましたよ。」

「はい、ありがとうございます。それじゃ、刹那の展開をよろしく頼むよ。」

 

 俺は言われた通りに刹那を展開するけれど、何か妙に引っかかる言われ方をした気がする。取り付けてないって、いったいどういう意味だろうか。とにかく、準備が出来たらしいのでハンガーに立った。すると、ヘルメットを着けた男性達の威勢のいい声が響く。

 

「オーライ!オーライ!」

「黒乃ちゃん、少しだけジッとしててね。」

 

 鷹兄の言う通りにジッとしていると、刀が左腰に一本、背腰部分に2本、肩部分に刀の柄みたいなのが2本付いた装飾みたいなのが取り付けられる。え~っと、鷹兄……今のところ、剣しか取り付けてないんですけど?嫌な予感が全開な中で、鷹兄は1本ずつ丁寧に説明を始める。

 

「まず左腰の物理ブレードは、神立(かんだち)って名前の刀だよ。主にそれが主兵装っていう想定かな。」

 

 え、えぇ~……?主兵装って、これですか!?天井クレーンに吊り下げられてやって来たのは、某狩ゲーに登場する太刀()を思わせる大型の日本刀だった。鞘に雷の装飾を施してあるそれは、刹那の腰に存在するベルトのような部分と接続されている。

 

「けっこう取り回しが難しいと思うけど、僕らの見解として黒乃ちゃんなら問題ない……って認識さ。」

 

 俺のこれまでの戦闘データからするに、高機動近接機体である刹那はうってつけであるという見解らしい。刹那は神立含めて、7本のブレードしか装備されていないらしい。……なんでや!刹那だけにガン〇ム〇クシア!?なんてツッコミを入れていると、剣の構成もエクシ〇にそっくりであった。

 

「じゃあ、他も順番に説明するね。その背腰部分に仲違いに装着されているのが、それぞれ叢雨(むらさめ)驟雨(しゅうう)だよ。片方は大型物理ブレードで、片方は中型物理ブレードってところかな。」

 

 なるほどね……この腰のベルトみたいなデザインは、神立含めて刀を直接刹那に取り付けられるようにするためか。叢雨と驟雨……長さを統一していない所を見ると、2刀流で使えって事かも。適度な大きさなため、神立よりも取り回しがよさそうだ。

 

「で、次の2本は刹那自体に収納されてるんだ。名前は紅雨(こうう)翠雨(すいう)。イメージインターフェースでアクティブにできるようにしてあるから。」

 

 鷹兄の言われた通りにして見ると、刹那の太もも部分がガシャン!と開いて、中から短めの刀が左右の太ももから飛び出た。俺はそれを抜き取ると、鞘も鍔も存在しない事に気が付く。なんていうか、いわゆるドスって奴に似ているな。長さ的には、某オニワバンスタイルの人が使っていた小太刀ほどか。

 

「ISの戦闘に使うには、少しリーチが短すぎるでしょう?だからそれは、主に投擲用と思ってくれていいよ。」

 

 なるほど、投擲用か……ナイフとかを投擲するのは、一応近接武器にカウントしたい……って前世の友達が言ってたな。でも、上手くできるかどうか心配だ。投げナイフとかって、結構な技量が必要だろ?こと運動に関しては器用な俺だけど、上手くいくかな……。

 

「じゃあ、次。肩の部分に柄みたいなのがあるの解るかな?それ、引き抜いて……も良いけど、あまり乱暴にしないでくれると嬉しいな。」

 

 さっき肩に取りつけたのは、やっぱり刀だったのね。でも気になるのが、鞘が無くて柄だけってところかな。それもだけど、鷹兄の気を付けて引き抜けって台詞も気になる。よ、よし……念には念を入れて、ゆっくりと抜いてみる事にしよう。ゆ~っくり……ゆ~っくり……。

 

「それはレーザーブレードの疾雷(しつらい)迅雷(じんらい)だよ。エネルギー兵器だから、パワーダウンには気を付けてね。」

 

 た、確かに……レーザーブレードなら気を付けた方が良いね。右手が疾雷で、左手が迅雷みたいだ。それぞれレーザーブレードと言うよりは、バリバリと青紫色の電撃が集約したような見た目をしていた。さて、これで7本全部だな。そう思って俺が疾雷と迅雷を仕舞っていると、鷹兄は続けて喋る。

 

「後ね、武装って言っていいか微妙なんだけど……。両肘と両膝に、霹靂(へきれき)って名前の仕込刀が着いているんだ。これもイメージインターフェースの操作だけど、肘や膝を曲げるのが飛び出す合図だよ。」

 

 う~ん……それは、刀7本のコンセプトからは外れるな。だからきっと、意表を突いて使う用途なのだろう。とりあえず右肘だけ霹靂とやらを出してみると、刹那の肘から鮫の背びれのように湾曲した刃が飛び出た。続けざまに左肘、右膝、左膝と出してみるが、何処にも問題は無さそうだ。

 

「大丈夫?どれも問題は無さそうかい?」

「…………。」

「そうかい。だったら僕も満足だよ。」

「でも鷹丸さん、なんで拡張領域(パススロット)に仕舞わないんですか?」

「え、そっちの方がカッコイイからだけど……。」

「あ、あぁ……はい……そうですか……。」

 

 なんでこの機体が、全ての武装を常時装備なのかが解った。完全に鷹兄の趣味みたいだ。素朴な疑問をぶつけるかのように女性職員が質問すれば、さも当たり前の事のように返され黙るしかないらしい。でも確かに、鞘から抜いたほうがカッコイイってのは解ってしまうなぁ……。

 

「じゃあ、模擬戦しよっか。鶫さん、ご案内してあげて。」

 

 ちょっ、ちょっと待ってよ鷹兄!いきなり過ぎて心の準備が……。お、落ち着け俺……心の準備は、昨日の内に出来ていたはずだ。いったん刹那をチョーカーに戻すと、前から歩いてくる女性が。……って、ちー姉?今ごろドイツなハズなのに、なんでここに居るのだろう。

 

「久しぶりだな、黒乃。一夏と2人で元気にやってるか?」

「アンタが模擬戦するって聞いて、緊急帰国したんだってさ。ホントこのシスコ……ぐはっ!?」

「黙れ適当人間。黒乃、この人は……紹介しなくても解るだろう。」

「ハイ、ミス・黒乃。私はアンジェラ・ジョーンズよ、今日はよろしく。」

 

 あっ、テレビで見た事ある人だ!確か、イギリスの元国家代表……アンジェラ・ジョーンズさん。引退して現在は後進の育成に尽力してるとかで、表舞台に立つ事は少なくなったみたいだけど……まさかこんな所で出会えるなんて!……って、あれ?今から……元国家代表と模擬戦すんの!?

 

「ま、今日はお手柔らかにお願いね。」

「良く言うよ……。黒乃、アンジーは手加減とかしないからね。まるでどっかのシスコ……グフゥッ!?」

「黙れダメ人間。」

「ちょっ、適当は認めるけどダメ人間はナシでしょ!アンタらのせいで、最近は普通に仕事してるでしょうが!」

 

 そう言いながら向こうのピットに行ったであろうアンジェラさんの姿が見えなくなると、昴姐さんが俺にそっと耳打ちした。しかし、シスコンとちー姉を称しようとしたのが2度目もばれてしまったようで……昴姐さんは勢いの良い腹パンを喰らう。さっきもそうだったのに、姐さんには反省の2文字は無いのだろうか。

 

 でも、漫才を見せてもらったおかげか……少し緊張が解れてきた。狙ってやったって事は無いだろうけど、それでも感謝せずにはいられない。俺は2人に一礼してから、カタパルトへと移動した。そして再度刹那を纏い出撃良しの合図が出るまで、とにかく心を落ち着かせる。

 

『それでは、発進をお願いします。』

 

 合図と同時に、一気に雷火をフルブースト。相も変わらずとんでもない速度の出る刹那だが、今回は全ての武装を着けているので重量感が違う気がする。重量感=安定感……で良いのか?まぁいいや、頭は良くないから考えるだけで無駄だ。

 

「とんでもない機体ね……。でも、私も負けないわよ。」

 

 ラファールを纏ったアンジェラさんは、刹那の速度に驚いている様子だ。それでも強気で不敵な笑みを見せながら、俺にそう宣言して見せた。こっちこそ負けませんという意味を込めて、俺は大きく頷いてアンジェラさんを見据えた。そして静かな時間がしばらく続くと、その時は訪れた。

 

『試合開始。』

「まずは小手調べ!」

 

 甘い、栗きんとんよりも甘いぞアンジェラさん!こちらは専用機……小手なんて調べる必要は何処にも無い!アンジェラさんは、正確な狙いでアサルトライフルを撃ってくるが、刹那の速度で難なく掻い潜っていく。あっという間にアンジェラさんに接近できた俺は、途中で抜いておいた神立で斬りかかる。

 

「っ!?流石に速いわね……。」

 

 刹那は一撃離脱が旨で、恐らく止まったら負けって奴だろう。すれ違うようにアンジェラさんを斬ったが、攻められる内はとにかく強気に行かなくちゃな……。俺は急速旋回して、再びアンジェラさんを正面で捉えた。武装は……しまっている暇も無いし、このまま神立で!

 

「じゃあ……こんなのはどうかしら。」

 

 グレネードシューター……?どういうつもりか知らないけど、そんなのますます当たりはしないぞ。爆風で巻き込む算段かな?それでもこの刹那には、QIB(クイック・イグニッションブースト)がある。アンジェラさんがグレネードを撃って爆発の瞬間に、安全圏へQIB(クイック・イグニッションブースト)を……。

 

「それっ!……そこっ!」

 

 それは一瞬の出来事だった。グレネードシューターから弾頭が飛んで来たかと思えば、すぐさま武装を変更してスナイパーライフルを取り出した。そしてなんとアンジェラさんは、自らが放ったグレネードの弾頭を見事に撃ち抜いて見せる。さ、最初から爆煙を煙幕として使うつもりだったのか!

 

 くっ、文字通り煙に巻かれてしまった……。だけど落ち着け、アンジェラさんの位置はハイパーセンサーで補足している。これがある限り煙幕なんて意味が無いのだから、やるべき事はとにかく急いで煙の中から脱出する事だ。そう思った俺は、アンジェラさんとは逆方向……右側にQIB(クイック・イグニッションブースト)をした。

 

Welcome(ようこそ)♪」

「…………!?」

 

 は?なんで!?飛び出した方向に合わせて、何故だかアンジェラさんが待ち構えている。本当はここでもう1回QIB(クイック・イグニッションブースト)を使って回避するのがこの刹那のコンセプト何だろうけど……間に合いまへーん!英国出身らしく妙に発音の良いウェルカムと同時に、アンジェラさんは俺の腹部にショットガンを押し当てた。

 

 ……ショットガンんんんん!?いや、タイムタイム……ぎゃああああ!腹部にショットガンを連射されたああああ!それもリロードが必要になるまで連射されたおかげか、とんでもなくエネルギーを削られる。おまけと言わんばかりに、アンジェラさんは俺を蹴り飛ばして距離を取った。

 

 しかし、何でハイパーセンサーが変だったのだろう?そう思って良く見てみると、何かフワフワと球体みたいなのが浮いていて、それにラファールの反応がある。もしかして……ダミーモジュールか何か?……ずっちー!そんなんアリかよ、元国家代表のする事かよ!

 

「わ、笑って……!?」

 

 はい……?あっ、これドイツの時と同じ現象が起きてるな……。どうやら心的ストレス……と言うか、死に目に会うと笑顔が出てしまうらしい。いやぁ……スミマセン、怖くなったら笑えてくる性質でして……。アンジェラさんの顔付を見るに、相当ドン引きされてるみたいだ。

 

 いや~……しかし、どう攻めたもんかな。ゲーマー的分析をするに、アンジェラさんは後手に回るタイプの敵だ。こちらの動きを的確に潰して、確実にダメージを入れてくる。後出しの強みとなると、ゲーム的に例えるならパリィか。後出しをさせない方法があるとすれば……。

 

 ……後出しも出来ないくらいの速度で、こちらが先手をとってしまえば良い。刹那ならばそれが出来る。エネルギーがごっそり減るからアレだけど、やるしかないな……。俺は神立を鞘に納めて、OIB(オーバード・イグニッションブースト)を発動させる。雷火から黒い炎の放出される轟音と共に、俺は心の中でこう呟く。

 

(セブンスソード……〇ンダム!)

「なっ……は、速っ……!?」

 

 俺は真っ直ぐ突き進むと同時に、両太ももから紅雨と翠雨を引き抜いて、アンジェラさんへと投げつけた。胴体を狙ったつもりだったけど、空中で逸れて肩装甲に突き刺さる。……ってか、当たった!人間やってみるもんだな……。アンジェラさんは離脱を始めようとするが……遅いんだな、これが!

 

 OIB(オーバード・イグニッションブースト)してから、本当に一瞬でアンジェラさんの目の前まで辿り着く。そして続けざまに腰背部から叢雨と驟雨を引き抜き……アンジェラさんの胴体を十字に斬り裂く!更に更にぃ!叢雨と驟雨もラファールに突き刺す。これも焦ってしまったせいか、刺さったのは腕部か……それでも構わん!次行くぞ、次!

 

 俺は更に両肩から交差させるように、迅雷と疾雷を抜く……と同時にX字に切り伏せる!よしっ、続けてアンジェラさんの胴体を斬りつける事に成功した。おまけに取っといてよ、アンジェラさん!俺は振り抜いた迅雷、疾雷をラファールの脚部に突き刺しておいた。そしてコイツで……止め!

 

 神立の鞘をアタッチメントから取り外して、居合のようにしてアンジェラさんの胴体をもういっぺん斬り裂く!その一撃が決め手になったのか、ラファールのエネルギーは空となった。決まった……セブンスソードコンビネーション!ぶっちゃけ悪ふざけ半分でやってみようと思ったけど、まさかこんなに上手くいくとは……。

 

『し、試合終了……。勝者、藤堂 黒乃……。』

 

 試合終了のアナウンスは、何処か戸惑った様子でそう告げた。そうか、あの笑顔を人前で晒すのは初めてだからか……。そりゃそうだ、誰だって引くよあんなもん。今は落ち着いたおかげで、元の無表情に戻ってるけど……。普段がこうやって無表情な分だけ、反動も大きいのかもなぁ。

 

 あ、すみませんアンジェラさん……刺さった6本の刀返して貰いますね。それを言葉に出来ないから、黙って急いで叢雨、驟雨、紅雨、翠雨、疾雷、迅雷を引き抜いてそれぞれの鞘に仕舞った。そしてペコリと深々と頭を下げると、ピットへ向かって飛んで行った。

 

「黒乃……。」

 

 ピットに戻ってまず俺を待ち受けていたのは、ちー姉だった。何か言いたげなその顔は、まるで俺に対して遠慮しているように見えた。あ~……悪いけど、ちー姉……少し疲れたからさ、今言えないなら後にしてくれれば嬉しいな。俺はそれが伝えられないから、俺はちー姉の横を刹那を解除しながら素通りしようとした。

 

「待て、黒乃……!今のは――――」

 

 まぁ当然ながら肩を掴まれて制止させられる訳で。今のは……ねぇ。どうやったって説明がつくはずが無いので、俺はとにかくさっきの模擬戦の感想を述べようと努めた。そうだなぁ……こういう時には、少しばかり格好をつけてやるのも良いでしょう。

 

「また……死に損ねた……。」

「っ!?」

 

 ちー姉の制止を振り切りながら、俺はそう呟きながら更衣室へと歩いて行く。フッ……今のはかなりクールに決まったんじゃないだろうか。セブンスソードも上手く入るっていう奇跡が起きたし、今日は怖くなければ言う事なしだな。さて、着替えは……しない方が良いかも、まだ刹那を動かす可能性もある。だったら、少し携帯を弄りながら待っていようかな。

 

 

 



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第20話 一夏の想い

「黒乃、少し良いだろうか。」

「…………?」

 

 俺が刹那での初模擬戦を終えた翌日、自宅にてちー姉に話しかけられた。本来はドイツで教官をやっている時期なのだが、とんぼ返りは辛いとの事で今日は半日ほど日本に留まるらしい。今日の最終便でドイツへ向かうとか言ってたけど、1日休めば良いと思うけどなぁ……。それより、ちー姉は何の用事なのだろうか。

 

「少し頼まれてくれないか?何、ちょっとした使いだ。」

(使い……?)

「お前達と同い年の者も指導しているのだが、これがどうにも日本通……というほどではないにしても、興味津々でな。土産を頼まれた。何か日本らしい物でも探して買ってきてくれ。」

 

 そう言うとちー姉は、太っ腹なことに財布ごと俺に渡してきた。別にそれは構わないけど、う~ん……なんだろ、少し違和感を感じるな。いくらズボラなちー姉だって、そのくらい自分で行きそうなものなんだけど。そもそもの話で、頼まれ事とかもそんなの知るかで一蹴しそうな気も……。

 

 まぁ良いや、珍しくちー姉が俺を頼ってくれているんだ……期待には応えないと。俺はちー姉から財布を受け取りつつ、首を縦へと振った。すると満足気にちー姉も頷く。さぁて、家事の最中だったけど仕方がない。こういう用事は後に回すほど面倒になっちゃうからな……。

 

「ちょっと待て黒乃、これ済ませたら俺も着いてくぞ。」

「いや、一夏。お前にはお前で用事がある。家の事で少しな。」

「げっ、千冬姉の部屋を掃除しとけとかじゃないだろうな……?まぁ……それなら仕方がないか。だけど黒乃、何かあったらすぐに連絡するんだぞ?」

 

 俺とちー姉のやり取りを見ていたのか、洗濯物を干していたイッチーが庭の方からひょっこり顔を出した。買い物についてきてくれるという有り難い申し出だったが、それはちー姉に却下されてしまう。イッチーとしては俺が心配みたいだけど、土産物を買うくらいならなんとなかる……かな。

 

 リビングのフローリングを掃除すんのは、申し訳ないがイッチーに引き継いでもらう事にしようかな。掃除道具一式を再度使いやすいように片付けると、自室まで戻って外出用の手提げ鞄を引っ張り出す。まぁ……必要ないとは思うけど、一応……一応ね。そこへちー姉の財布を入れると、これでいつでも準備オッケー!

 

「黒乃、気をつけてな。」

「本当に済まん。今度なにか埋め合わせをするさ。」

(まぁそんな心配なさらず。んじゃ、行ってきまーす!)

 

 イッチーとちー姉に見送られ、織斑家から静かに外出。しかし、お土産物か……どこで買おうかな。あっ、たしか近くの大きなスーパーに外国人旅行者向けのショップがあったような。他にあてがあるわけでもないし、そこにしようか。後は何を買うかだが、う~ん……なるべく実用性のあった方が喜ばれそうだ。う~ん……。

 

 

 

 

 

 

「それで千冬姉、俺に用事って?」

「…………。」

「千冬姉……?……なぁ、何か変だぞ千冬姉。黒乃をいきなり1人で外出させたのもそうだし……。」

 

 一通り家事を終えた一夏は、件の用事とやらを聞くために千冬へと近づいた。しかし千冬は、黒乃に頼み事をした時と変わらずずっと椅子へ腰かけたまま……。その空気感からして聞くべきではないと思っていた一夏だったが、知らぬ間に口からそんな言葉がこぼれてしまう。

 

「……お前に話しておかねばならん事がある。」

「俺に……。それっていったい。」

「……黒乃の事だ。」

「っ!?わ、解った。」

 

 いつも以上に姉が真剣、かつ重苦しい雰囲気を発している。そのうえで黒乃に関する内容の話と切り出されれば、一夏も慌てずにはいられない。手早くエプロンを外して千冬の向かい側に座ると、神妙な面持ちで千冬が口を開くのを待つ。確かな不安と緊張が一夏を襲うが、それでも千冬から目をそらす事はない。

 

「……何と言って良いのか、適切な表現なんぞ私には解らん。だからこそ手短に言うぞ。一夏、黒乃は……多重人格障害の可能性が高い。」

「な、なんだよそれ……!?そんな黒乃が……。だって、別にそれらしい変化なんかーーー」

「ISと関わりのない一夏が知れる内容ではない。私がこれから話すのは、全てが真実だ。」

 

 あまりにも現実味を帯びていないその内容に、一夏はすぐさま反発するような態度を見せた。しかし、信じたくないのは千冬だって同じだ。だが、黒乃にとって家族である自分達だけは……黒乃の抱えている問題に向き合わねばならないと、そんな使命感にも似た感情に駆られてしまっていた。

 

 そうして千冬は、ゆっくりと黒乃について語ってゆく。戦いの最中に見せたあの狂気に満たされたかのような笑み。黒乃が既に2名のIS操縦者の未来を断っている事。もう1人の黒乃が生まれた要因は、過去に起きた事故と誘拐事件のせいである可能性が高い事……。

 

 語る千冬はあくまで平静を保っているが、聞く一夏の表情は……もはやどう表現して良いのかも良く解らない。どう聞いても受け入れ難い事実に、どうしようもなく困惑し、何処にぶつけて良いかも解らぬ怒りを覚え、意味もなく不甲斐なさや悔しさを感じ……それらが全て入り混じっているようにも見える。

 

「多重人格とは、本人に自覚がない場合もあるようだ。だが……黒乃の場合は解らんというのが正直なところだ。」

「……病院。そうだ、病院!黒乃が喋らなくなって、しばらく精神科へ通院してたろ?そこの先生に診てもらえばーーー」

「無理だな。」

「なんでだよ!?」

「もし本当に自覚症状がなければどうする……どう病院へ連れていく?お前の中にもう人のお前がいる。そいつは危険な奴だから対処法を聞きに病院に行くぞ……とでも言うつもりか。」

 

 一夏が複雑な表情のまま妙案だとでも言いたげに病院を進めるが。それは秒殺で却下されてしまった。本人に自覚症状がない限りは、確かに連行するのは困難だろう。それにもし黒乃が他人に触れてほしくないのだと仮定する事もできる。もしその場合は、より黒乃を追い詰める結果になるだろう。

 

「そ……れは……。それは……そうかも知れない……けど!」

「……ついでに言えば、もう1人の黒乃は死にたがっている。」

「!? 自殺衝動……って奴なのか?」

「それとも少し違うようだ。もう1人は自身の全力を相手にぶつけたうえで、全力の自分を打ち破ってもらいたがっている……可能性が高い。」

 

 やはり黒乃が喋らないし表情も出ないせいか、あくまで憶測の域を出ない内容でしか話ができない。しかし、あの日に千冬が見た黒乃の言動や鷹丸の証言を繋ぎ合わせると、千冬にはそう思わざるを得なかった。自殺衝動というよりは、表現的には破滅願望の方が近いのかも知れない。

 

「打ち破ってもらいたいって、そんなのに何の意味があるってんだよ……!」

「……かつて束がこう言っていた。黒乃は抑圧された世界で生きている……とな。つまりは、世界が全力を出す事を阻んでいるとな。」

「…………?」

「知っての通り、黒乃は優しい子だ……力加減をしなくてはと、そうやってこれまでやってきたのかも知れん。しかし、死に目に会う出来事が起きた。一夏……普通の人間ならば、そんな時に何を考える?」

「……死にたくない……とか。」

「あぁ……そうだろうな。黒乃の場合は、全力も出せぬまま死ぬのは嫌……かもな。そんな溜まった鬱憤を晴らすかのように、もう1人が生まれてしまった……。」

 

 黒乃が全力を出せる社会を作るためのISであった事を明言するのは避けたが、千冬は更に束の言葉も絡めて筋書きを立てる。理に適っているというか、まぁ納得はいくだろう。しかし一夏の胸中には千冬とは異なる考えが浮かぶ。話すのが辛いのか、一夏は俯き加減で口を開く。

 

「違う……千冬姉。多分だけど、守らないと……だ。」

「何?」

「相手の事とか考えずに全力出さないと、俺が……俺が危ないって!全力出さなきゃ守れないって!だから黒乃は……!」

「…………。」

 

 確かに黒乃ならば、単に死にたくないと思うよりは……他人を死なせたくないと思ったかも知れない。いや、他人でなく……大事な家族ならばまず確実にそうだろう。守らねばという強迫観念にて、スイッチがおかしい方向に入った。懺悔するような一夏の推測に、千冬は目を閉じ何も言わない。

 

「畜生……畜生……!なんでなんだよ……どうしてなんだよ……!どうして黒乃ばっか、辛い目に合わないとならないんだよ……!父さんと母さんが居なくなったのも、誘拐事件も……多重人格も……。黒乃が……いったい何したってんだよ……!畜生……畜生ぉ……!」

「…………。」

 

 一夏は泣いた。情けないほどに涙と鼻水を溢れ返させながら。泣きながら喋るせいでやはり声色もどこか情けない。普段の千冬ならば甘ったれるなと言っていたかも知れない。が、言えなかった。言えるはずもなかった。泣きたい気持ちも良く解るし、何より理不尽なまでに薄幸な黒乃を哀れみ涙するのはおかしい事ではない。

 

 一夏の涙にはふがいない自分への怒りなども混じっているが、泣いてスッキリするのならばそちらの方がよほど良い。千冬はとにかく待った。一夏が落ち着くまで、いつもの織斑 千冬として、姉として弟を待つ。そしていつしか一夏の嗚咽は収まり、会話ができる状態へと戻った。

 

「……悪い。俺が泣いたって、黒乃が辛い事には変わりないのに……。」

「良いじゃないか、お前らしくて。人の気持ちが解ってやれんのよりはよほど良い。ただ……自分のせいだと思って泣くのはいただけんな。」

「泣いてる暇があるんなら、黒乃の為に動け……だよな。」

「解っているのならばそれで構わん。ただ……空回りだけは勘弁しろよ。」

 

 現状、できる事と言えば見守るくらいしか無いのかも知れない。しかし、黒乃が辛いのならば……近くで笑ってあげるべきだ。姉の言う空回りとは、必要以上に黒乃を助けようとする事だろう。一応はそれを理解していると察してもらえたのか、千冬は何処か安心したような表情を見せた。

 

「話すべきはこのくらいか……。IS関連の事については安心しておけ。誰が何を言おうが、私が黒乃を守って見せよう。そのための権力だ。」

「そうか……。千冬姉、話してくれてありがとう。」

「どうしてお前が私に感謝する?」

「いや、まぁ……なんとなく。」

 

 一夏が千冬に感謝をしたのは、勿論ちゃんとした理由がある。きっと千冬は一夏に話す話すかどうかを悩んだだろう。黒乃の事情を話すのだってそれはそれで辛いはず。それでも千冬は包み隠さずにいてくれた。だからこそ一夏は、千冬に感謝を述べたのだ。

 

 だがそれを説明しつつ感謝するとなれば、素直でない千冬相手では面倒なことになる。そう思った一夏がなんとなくだと返すと、千冬はなんだそれはと言いたげに何処かへと消えていった。恐らくは自室だろう。やはり話していて辛かったのか、休憩がてらにひと眠りでもするのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

(黒乃が……二重人格……。)

 

 千冬姉が消えてしばらく経つが、俺はずっと机に突っ伏したままだった。拒否反応が出るという程でもないが、事実を受け止め切れていない証拠なのかも。何か気だるく、虚無感を覚える。もう考えきれないくらいに黒乃が二重人格であると頭の中で繰り返す事しかできない。

 

 どうなのだろう……。俺は、そんなの関係ない。黒乃は黒乃なんだって、思ってやれているのだろうか。心の奥底での無意識下だろうと、黒乃を拒否してしまったりはしていないだろうか。……今一度思い起こしてみよう。黒乃の事を、黒乃との思い出を……。

 

 出会い……という出会いはなかったな。誕生日も近いうえに家がすぐ近くだから、物心がついた時には既に俺の隣に居た。特にお姉さんぶってる感じではなかったけれど、昔から世話焼きで元気な女の子。いや、パワフルとかストロングって言った方が合ってるかも……。

 

 でも、間違いなくそこも黒乃の魅力だ。何処か危なっかしいから、目が離せないと言えば良いのだろうか。他人の為に突っ走るのをやめない黒乃。その背中をずっと見てきた。柔らかく優し気で、凛々しく気高いそんな背中。でも黒乃は時折後ろに居る俺を振り返っては確認し、遅れると見るや微笑みと共に俺の手を取る。

 

 グイグイグイグイ。もう走れないと弱音を吐こうが、黒乃は俺を励まし奮い立たせる。俺にとっては何にも変え難い救いだった。強引でも何でも良い。黒乃が俺を見捨てないでくれるのは、とにかく嬉しくて仕方がないんだ。それはきっと、幼少期から人が離れていくのを数多に経験したからだろう。

 

(温……かい。)

 

 身近過ぎる故の弊害か、思えばこうも真剣に黒乃の事を考えた事はなかった。するとどうだろう。なんだか、心臓のあたりが温かい。それでいてキリキリと僅かな痛みを感じるのだが、この温かい痛みは何か堪らない。俺は思わず、服の左胸あたりを強く掴んだ。

 

(だけど、苦しくもある……。)

 

 消え失せた黒乃の微笑み、俺へと向けてくれるまぶしい微笑み。黒乃の声、俺の名を呼ぶ声。それら一切が失われてしまったとか、そんな思考へ切り替えると……やはり辛くて苦しくて仕方がない。それもただ辛いんじゃなく、辛くても気丈に振る舞う黒乃を見ているのが何よりも……辛い。

 

 悩みがあるのなら打ち明けて欲しかった。いや、解ってる。黒乃がそれを表に出さないから、気が付けませんでしたと言い訳するつもりじゃないんだ。でも黒乃は……絶対になるべく人に頼ろうとはしていない。自分は迷惑な存在だとか、そんな発想をしている気さえする。

 

「何もできない自分を悔やむな……悔やむ暇があるなら動け。」

 

 俺しか居ないリビングで、ポツリとそうつぶやいた。そうだ……そこなんだ。果たして1度でも黒乃に無理をするなとか、もっと頼ってくれとか伝えた事があっただろうか。伝えてもいないのに、黒乃が頼ってくれるはずもないだろう。……伝えたい。今芽生えた俺の想いを……黒乃に。

 

「……行ってきます!」

 

 家を飛び出し、買い物に出かけたであろう黒乃を追いかける。長い間ボーっとしていたせいで時間間隔がくるっているが、もう買い物は終えたのだろうか?とにかく、自宅まで必ず通らなくてはならない道を行ってみよう。運が良ければ黒乃に会えるかもしれない。

 

「ハッ……!ハッ……!」

 

 黒乃の為に必死になるのは良くある。けれど、今日はなんだか足取りが軽かった。だって、解った事があるから。黒乃の為にって思うのも、黒乃の事で気分が浮き沈みするのも、黒乃が隣に居ないと不安になるのも全部。ただひたすらに、黒乃の事が好きだから。

 

 家族としてとかそんなのじゃなく、1人の女の子として……俺は藤堂 黒乃が大好きなんだ。優しく気遣いのできる性格が好きだ。なびく綺麗な黒髪が好きだ。家事をしている姿が好きだ。それら全部をひっくるめて、お前の総てが好きなんだ……。その時だ。またしても胸に心地よい痛みが走る。

 

 簡単な事だったんじゃないか。初めて弾と出会った際のモヤモヤは、俺以外の男が黒乃に近寄っているから。つまりは、嫉妬だ。弾だけじゃない。基本的に黒乃へ近づく男という男を寄せ付けたくなかったのは……黒乃が取られてしまうかもという恐怖の現れ。あぁ……なんて、なんて情けない奴なんだよ俺は。

 

 それだったらよほど、黒乃に告白しようとした奴らの方が男らしい。自分の感情にも気づかないで、ただただ黒乃へ近づく男を排除した俺なんかより。だからもう……止めにしよう。伝えるんだ。黒乃の事が好きなんだと、当たって砕けるつもりでな。

 

「わぁい、ありがとー!綺麗なお姉ちゃん!」

「僕達もっと広い場所で遊ぶね!ばいばーい!」

「…………。」

 

 そんな声がしたので目を向けてみると、サッカーボールを抱えた少年2人と黒乃が居た。場所は……俺と黒乃がよく遊んだ公園だった。大方サッカーボールを木に引っ掛けたか何かして、そこを通りがかった黒乃が取ってあげたのだろう。ヒラヒラと手を振る黒乃に見送られ、少年2人は元気に走り去って行った。

 

 すぐ話しかけようと思っていたのだが、それはかなわなかった。何故なら、単純に黒乃に見とれてしまったせいだ。いつもより何倍も輝いて見える……胸の高鳴りが止まらない。人間、意識を変えるだけで相手がこうも違って見えるのか。なんというか、うん……綺麗だ。だけど、いつまでこうしていたって変わらないから……意を決して声を出す。

 

 

 

 

 

 

「わぁい、ありがとー!綺麗なお姉ちゃん!」

「俺達もっと広い場所で遊ぶね!ばいばーい!」

(ういうい、気をつけて遊ぶんだよー。)

 

 買い物帰りに公園で子供達が困っていたもので、無視するのも気が引けたから手を貸してあげた。曰く、サッカーのリフティングを練習していたら、高く蹴り上げすぎて木に引っかかっちゃったんだとか。子供にはキツくても俺くらいの年齢ならば余裕で届く位置だったし、以前に猫を助けた時のようにならなくて良かった。

 

 子供達は、まるで鬼ごっこでも始めたのかとでも言いたくなるような速度で走り去って行く。うぅむ……綺麗なお姉ちゃんねぇ。なんだかこう……小さな男の子に言われると妙な感覚に襲われる。ハッ……!?これがおねショタものの心理なのか!?まぁ別に、そんな犯罪じみた事は絶対しないけどね……。

 

「黒乃。」

(む、イッチー?まさかとは思うけど、心配して探しに来たとか言うまいね。)

「ああ、いや……何というか、大した用事じゃないんだ。ただ少し、2人で話したいことができて。」

 

 イッチーの声がしたのでまさかと思って振り返ると、そこには間違いなく本人が居た。どうしてここにという意味を込めて首をかしげると、話したい事があるから追いかけて来たと言う。話したい事ねぇ……?なんだか知らないけど、それならここはちょうど良い場所だ。俺は公園のベンチに腰掛けると、すぐ近くを掌で叩いてイッチーにも座れと促す。

 

「あ~……その、土産物って何買ったんだ?」

(我ながら良いチョイスなんじゃないかと思ってるんだよね~。)

「お、箸か……。これなら実際に使うし、愛着が沸くかもな。」

 

 どうやらすぐには本題に入りにくいようで、ちー姉に頼まれたお使いの結果を聞いてきた。俺は鞄を漁って、和風なパッケージに封入してある箸を取り出す。イッチーの言う通り、自分が使う方が良いかなって……。そしたら大切にしてくれるかもと思ったけど、イッチーの反応を見るに悪くない選択肢だったようだ。

 

「……この公園、2人でよく遊んだよな。」

(うん、イッチーに良く連れて来られてさ。)

「あぁ……そう言えば、黒乃が鉄棒で大車輪をした時はホント驚いたぜ!」

 

 イッチーは懐かしむような眼差しで公園を見渡した。……実際のところ懐かしいや。あの時はなんというか、やっぱり少しやり過ぎた気がしなくもない。小学校低学年の女の子が大回転するんだから記憶にも残るだろう。まぁ若気の至りって事で。人生コンテニューしてる俺にその表現はちと微妙だけど。

 

「鉄棒と言えば、いつかこれに手が届くようになるかなって……そんな話もしたよな。楽勝で届くようになった頃には、もう遊びに来なくなっちまってた……けどさ!」

(そんなの良く覚えてるな……。でも、そう言われると……そんな話もしたね。)

「……ハハッ。もう低すぎて、逆に遊び辛いくらいになってるや。」

 

 かつて手が届かなかった鉄棒で、イッチーはグルリと回って見せた。しかし、かなり身体を丸めていなければ回り切れない。イッチーはなんだか爽やかな笑みで鉄棒へ優しく触れる。そうして、軽快な様子で鉄棒へと乗った。そして……ジッと俺を見つめるではないか。

 

(な、なんだよイッチー……。その……さ、流石にそんな見られると俺だって照れると言うか……。)

「……俺の思い出は全部、黒乃と一緒にあるんだなって……思い出してみたらそうだった。」

(そう……だね。なんだかんだで、いつも着かず離れずだったかも。)

「黒乃はそんな気ないかも知れないけど、俺は……黒乃が居てくれたから今までやってこれたんだと思う。」

 

 へぁ……?ちょ、ちょっと待とうかイッチー……。これ、さっきから何の話なの?昔話をするには真剣過ぎる気がするし、なにより唐突にどうしたのよ。頭でも打ったかな……?いや、違和感は感じども豹変って程でもないし。う~ん……解らん。聞いてたら答えは見えるんだろうけど、なんかこう……むず痒いと言うか……。

 

「感謝してる。黒乃がどう思おうと、俺にとっては凄げぇ有り難い事なんだ。」

(それは、はぁ……どういたしまして?)

「だから……恩返しさせてくれ。黒乃がそうしてくれたように、俺も黒乃の隣に居たいんだ。だからもっと俺に頼ってくれ。黒乃が苦しいときは……お、俺が……俺が支えてみせるから。」

(……?あれ、嘘だ……こ、これってもしかして……!)

 

 マズイ、ヤバい、どうしよう。イッチーがそうやって語っている最中、俺はとある事に気が付いてしまった。これってもしかして、いや……もしかしなくてもだ。だって確認する必要もないくらいじゃないか。これは間違いなく、間違いなく……。

 

「だからその、なんていうかさ。お、俺がそう思うのは全部―――」

(もしかして……!)

「黒乃!お前の事がす―――」

(ちー姉の財布どっか落としとるぅぅぅぅ!)

「へ!?あ、ちょっと待てよ黒乃!ここからが1番肝心なんだぞ!?」

 

 さっきから抱えてる鞄がやけに軽いなと思ったら、案の定ちー姉の財布が見当たらない!となれば何処かへ落したという1つの答えしかありえん!イッチーには悪いと思ったが、俺は何よりちー姉が怖いんだ。それはもう凄い勢いで、来た道を遡っていく。というか、まず当たるべきはスーパーの落とし物センターとかだ。うおおおっ!頼むから見つかってくれええええ!

 

「逃げ……られた……?ハ、ハハハ……。な、な、な……なんでだよおおおおっ!?」

 

 俺の背後でイッチーがそうやって叫んでいた気がしたが、焦る俺の耳には届かない。そしてスーパーまで戻ってみると、思惑通りに落とし物センターに財布は届けられていた。うんうん、流石は日本だね!一安心して家まで戻ってみると、イッチーがこの世の終わりみたいな顔してたのは……どうしてなんだろう?




黒乃→財布なくしたぁ!
一夏→何故……どうして逃げられた……?


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第21話 IS学園入学試験……?

 模擬戦漬けの日々を送る中、ついにこの日がやって来た……。受験シーズン真っ只中、俺氏もIS学園の入試が今日のこの日に行われる。今はイッチーの淹れたコーヒーを飲みながら一服しているけど、もうすぐ戦いに赴くと思うと気が重い。なんたってIS学園の入試は、受験は戦い(物理)だもんな。

 

 まぁ……座学が無いだけいいのかも知れない。専用機も使って良いって言われてるし、合格する確率は高いけれど。っていうか、代表候補生は試験とかパスでいいじゃん。もしこれで落ちでもしたら……赤っ恥もいいところだ。恐らくだけど、即代表候補生から除名だろう。

 

 そうなると、刹那も返さないとならなくなるな……。最初こそはなんだこの機体はって思ったけど、なかなかに愛着がわいてきたころだ。拡張領域に武装を仕舞わないのも渋いし、全ての武装がブレードってのも痺れるじゃないか。速すぎるから乗っていて疲れるけれど、それでももはや俺の相棒である事には変わりない。

 

「黒乃、コーヒーのお替りは?」

「…………。」

「そうか、解った。しかし、落ち着いてるよな。IS学園の受験って、試験官と模擬戦だろ?」

 

 首元のチョーカーを弄ってると、イッチーが俺に声をかけてきた。落ち着いてる……なんて言うけど、違うからね。いつも通りに顔に出ないだけだからね。仮に表情が出るとして、とんでもなく目が泳いでガタガタと震えていたに違いない。コーヒーは断ったけど、やっぱりもう1杯貰おうかな……?

 

「全寮制……か、この家もついに俺1人になっちゃうな。」

 

 あ、いや、そこの心配はないから、キミもIS学園行きなんで。そこを言うと……微妙だ。俺が努力をすれば、イッチーがIS学園に来る事は無いかも知れない。イッチーにとっては、それが最良の事なんだろう。だけどイッチーは、この世界の主軸と言って良い人間だ。

 

 イッチーがIS学園に居ないってだけで、もしかすると世界が崩壊しかねない事態だってあるかも。それを天秤にかけると、とても微妙な事だって話だ。でも個人的な俺の感情で、見ず知らずの人達が不幸になるとなれば……やっぱりイッチーは、IS学園に来てもらうしかないか……。

 

「黒乃……。」

 

 ごめんよ、イッチー。そんな想いをこめて、俺はイッチーの手を取った。剣道をやっているからか、手はゴツゴツとしていてとても男らしい。う~ん、イッチーも……大きくなったもんだ。精神的に30過ぎなせいか、どうにもイッチーは子供のように思えて仕方がない。

 

「時間……大丈夫か?」

 

 ん、本当だ……そろそろ出ないとまずいな。イッチーの手を離すと、残ったコーヒーを一気に飲み干す。少し温くなったコーヒーは、大変に飲みやすかった。そして鞄を掴むと、イッチーとアイコンタクトしながら立ち上がる。するとイッチーは、わざわざ玄関まで見送りに来てくれた。

 

「じゃあ黒乃、頑張れよ!」

「…………。」

「ん、ああ……ありがとうな。俺も頑張るぜ!」

 

 イッチーの有難い言葉を受け取ると、俺はしっかりと頷いた。そして、イッチーに向かってちょこんと拳を突き出す。イッチーは少しばかり反応が遅れたけど、これが俺の激励だと解ると笑顔で拳をぶつけてきた。まぁ……今までのテスト勉強は全部水の泡ですが……。

 

 だっ、だめだ……考えれば考えるほどに、悲しくなってきた……!もう本当に可哀想という言葉しか出てこなくて、イッチーの顔を見ていられない。勢いよくバッと振り返った俺は、哀れな……って言い方をすると悪いけど、イッチーの方には振り返らずに家を出た。

 

 ポジティブに行くか……。イッチーがIS学園に来るって事は、また3年間は同じ学校に通うって事だもの。モッピーにも会えるし、鈴ちゃんだって戻ってくる。そしたらまた皆で、ワイワイ馬鹿騒ぎをすればいい。そうやって考えれば、少しは気が紛れる。自分で自分に納得させると、駅に向かって歩き出した……。

 

 で、結局のところだけど……俺が選考会に出た場所は、やっぱりIS学園の入試にも使われる場所だったみたいだ。あの時は昴姐さんの車で連れて行ってもらったけど、今回は甘える訳にもいかない。だからこそ、降りる駅とかを間違えないようにしないと……。いっその事、学園で開催すればいいのにと思うが。

 

 電車に揺られてしばらく、始めは通勤の用事で電車に乗っていたような人物も多かったが、徐々に俺と同年代の女子の乗車率が増えて行く。普通の車両に入ったのに、まるで女性専用車両みたいだ。居心地が悪くなったのか、男性がこの車両から自ら出て行ったのも大いに関係している。

 

 今のご時世……痴漢なんてやったら社会的に死ぬどころか、物理的に死んだ方がましな目に合うとか聞いたことがある。痴漢は比較的に冤罪率も高いし、余計なトラブルに巻き込まれたくないのだろう。その点俺は、鴨がネギを背負ってきたみたいなもんですけどね~……。もし痴漢されたら、痴女だと思われるんじゃなかろうか。

 

 そうこう考えている間に、もう戦場……違う違う。いや、あながち間違いでも無いけれど……受験会場の最寄駅へと電車は停まった。女子達が一斉に立ち上がったのを見るに、やっぱりIS学園の受験か。倍率何倍とかだっけ?俺が代表候補生って事もあってか、担任からはお墨付きを貰えたが。

 

 とにかく、最悪この子たちの流れに着いて行きさえすれば、迷子になる事は無さそうだ。もしもの事があれば携帯の地図アプリとかを使えば良いし、とにかく行くか。ゾロゾロと歩き始めてしばらく、なんだか女子達が振り向いて俺の事を見ていた。

 

 向こうが見てたって事は、自然に目が合う訳で……。すると女子達は、慌てて視線を逸らして俺を見ていたことを誤魔化し始めた。俺は、それなりに有名人だったりするのかな。エゴサーチとかとは話が違うってのは解ってるけど、どうにも自分の名前とかを検索するのが恥ずかしい。

 

 かといって、取材の仕事が来た事も無いし……。う~ん、単なる俺の自惚れかな。そう考えてみると、まだ公式試合にも出た事すらないじゃないか。うんうん、そうだ……ちょっと調子に乗っちゃってたかな。人間謙虚が1番だし、少し考えを改めないと。

 

 気持ちを新たに歩き出すと、遠い場所に懐かしの会場が見える。思えば俺の苦労も、全てはここから始まったんだよなぁ……。因縁の場所……って程でもないけど、あまり良い思い出は無いかも知れない。なんて言ってないで、早い所会場入りしないとな。

 

 会場に入ると、人の気配があまりしない。よく周囲を観察してみると、皆自分の受験票を受け付けに提出だけして、後は各々で更衣室へと向かっているようだ。確か受験の手引きに、そんな事を書いていた気がするな。さて、それなら俺も受験票を……。

 

 そう思って、鞄の口を開いたが……それらしいものが全く見当たらない。……あれ?あれぇ!?おかしい……おかしいぞ!?存在そのものはうろ覚えだったけど、ずっと入れとけば忘れないだろってかなり長い間は淹れっぱなしだったはずなのに……。その後カバンの中身をひっくり返してみても、やはり受験票は見当たらない。

 

 ヤバイ……どうしよう、どうすれば……!くそぅ……普通に喋られれさえすれば、受験の順番を後回しにしてくれませんかとか頼めるのに。と、とにかく……受付の人の前に立ってみよう。そうすれば、受験票の提示を求められるはず……。それでも無言でいれば、何か事情があると察して貰えるかも……。

 

 俺は一縷の希望を胸に、ズンズンと受付の方へと向かってゆく。俺が慌てている間にも、他の女子達は全員居なくなってしまっていた。ならば覚悟をしている暇も無い……。受付に座っている教師の前へ立つと、なんだか向こうはマジマジと俺の事を見た。

 

「……もしかして、藤堂 黒乃さんじゃありませんか……?」

「…………。」

 

 あれ、受験票の事を聞かれる前に名前の方を尋ねられたぞ。もしかすると、家でイッチーが俺の受験票をたまたま見つけたとかかな。それで、ここに連絡を入れておいてくれたのかも知れない。だとすると、イッチーのファインプレーとしか言いようがないけど……何か様子がおかしいな。

 

「そ、その……少しこのまま待っていて下さい。」

 

 別にそれは構わないけど、一体何がどうしたって言うんだ。受付の教師は、バタバタと奥の方へと駆けて行ってしまった。代わりの教師らしき人が来たが、俺には何も言わずにただただ愛想笑いを浮かべるだけ……。全く状況がつかめないな、これは。俺が待っている間に、またしても女子の波が入り口から押し寄せる。

 

 比較的に小規模って事は、これが最終組ってところかな……。とにかく邪魔になってはいけないし、端の方へ避けておこう。邪魔にならない場所で女子の動きを見守っていると、やっぱり彼女達も俺の事が気になるらしい。まぁ今は、なんでこんな所に居るんだろう?……って感じだろうけどね。

 

「あ、あの……藤堂さん。乗車駅の名前は、こちらで大丈夫でしょうか……?」

 

 またしてもバタバタと慌ただしい様子で、さきほどの教師が俺の元に駆けてきた。そして手渡されたのは、小さなメモ帳だ。そこには確かに、イッチー宅の最寄駅の名前が書かれていた。教師の問いかけに肯定を示すと、今度は茶封筒を取り出した。それを俺に手渡すと、教師はさらに続ける。

 

「これ、交通費です。わざわざ来てもらって申し訳ないですが、今日のところはお帰り下さい。後日説明の文書をお送りしますので。では、私はまだ仕事がありますから……。」

 

 は?(威圧)。いやいやいやいや、何の説明にもなってませんから。何だこれは、比較的温厚な俺でも流石にこれは怒りますよ。せめてもの抗議に引き留めようとしたが、そそくさと逃げるかのように仕事へと戻っていく。天下のIS学園が、こんな対応で良いのだろうか。

 

 ……帰るしか、ないのかな……?意味が解らないよ、受験すらさせてくれないとか……。はぁ……滑り止めの高校、受験しておいてよかった。そっちの方は合格だろうから、とりあえず高校までは行けるな……。主にネガティブな事を考えながら、トボトボと俺は帰宅の途に就く。

 

 

 

 

 

 

「こちらは、何も問題はありませんか?」

「あっ、織斑先生……お疲れ様です。強いて言うなら、人数が多いのも問題ですね……ハハハ。」

「そこは同感です。来年からは、少し人数を絞らないといけませんね。」

 

 今日はIS学園の受験日という事で、私は現場に駆り出されていた。1度は世界も取った身だ……嫌でも周囲の期待が高まるのは解るが、現場を監督するのは私じゃ無くても良い気がするがな……。休む暇が無いと言うか、気が休まらん。こうして見回りを定期的に行わなくては、本当に人数が多すぎる。

 

 好奇心でIS学園を目指されるのだけは勘弁したいものだが……。私達の住んでいる世界は、小娘共が思うほど甘くは無い。まぁ……そんな気構えで合格する事は無いだろう。とにかくこの体制を変えないと、いくらなんでも教師陣の負担が大きすぎる。とりわけ、私の様な立場の者がな……。

 

『おっ、織斑先生織斑先生織斑先生~!』

「山田先生……何かトラブルでも?」

『ト、トラブルと言いますかなんと言いますか……。とにかく、こちらへ来てもらえませんか!?』

「何か大事みたいですね……。織斑先生、こちらは大丈夫ですので急いで様子を。」

 

 世間話がてらに滞りが無いか確認していると、インカム越しに慌ただしい女性の声が聞こえた。声の主の名は山田 真耶。元候補生という縁もあってか、割と昔からの友人である。教師になっても先輩後輩の間柄だが、相変わらずだな……山田くんも。

 

 しかし、トラブルか……。正直な話し……山田くんが呼ぶという時点でしょうもない事だと思ったりしたが、事は一刻を争うらしい。私は先ほどの教師の後押しもあってか、山田先生の言うトラブルの原因を確認しに行くことに。そこでは試験官を任されていた教師達が、何やら言い争いをしている。

 

「冗談じゃない……。あの八咫烏となんて、戦えるわけがないでしょうが!」

「無責任な事を言わないで下さいよ!受験番号的に、貴女の担当じゃないですか!」

「ハッ、アンタも戦いたくは無いでしょう?」

「そ、それは……その……。は、話のすり替えをしないで下さい!」

「お、お2人とも……落ち着いて下さい~!」

 

 何が原因か理解すると同時に、とんでもない頭痛を私が襲った。八咫烏……それすなわち、私の妹分である黒乃の事を指し示していた。近江の自演か、それとも勝手に広まったのかは知らんが……IS業界においては、八咫烏=黒乃で十分に通じてしまう。

 

 この2人が黒乃との模擬戦を擦り付け合っているのは、黒乃が八咫烏と呼ばれるようになった所以が関わっている。与する者には幸を運び、仇なす者には災いもたらす……笑みを浮かべて仇を屠るその姿、まさに黒い翼の八咫烏。……誰が考えたのか知らんが、良く出来た詩な事だ……。

 

 認めたくはないが、それは大いに事実だ。黒乃と戦った者は、2度とISに乗れなくなるという事実が明るみになってしまったのだから。実際のところは全員が全員そうではないと近江は言っていたが、20近い人数を黒乃がダメにしているのは本当の事だ。

 

 しかし、噂と言うのは尾ひれがつくのがお約束だ。黒乃と試合をして、死人が出たなどと……半ば都市伝説に近いものまで1人歩きしていた。だからこそ世のIS乗り達は、(おそ)(おのの)き……黒乃を八咫烏と呼ぶのだろう。しかし、どうした物だろうか……。

 

 黒乃の担当を説得してでも戦って貰うか……。それとも、なすりつけられそうになっている教師に妥協して貰うか……。とりあえずは山田先生の効果が無い仲裁で時間を稼いでもらって、その間に私は何か策を練るとしよう。……私が黒乃と戦えば良いかも知れんが、こういう事があるからこそ私が監督を任されていると言うのもある。

 

 だとすると、何が最適なのやら……。誰か物好きでも捜して、そいつに黒乃と戦って貰おうか。いや、そんな物好きが居ないからこそ、こんな状況になるのだろうな……。はぁ……仕方が無い。誰か代わりに監督を出来そうな者を捜して、私が出るとしよう。そう私が提案しようとすると、耳に着けているインカムから声が響いた。

 

『良いじゃないですか、彼女は合格と言う事で。』

「っ!?……学園長、それは……黒乃を何もさせずに通すと言うのですか。」

 

 私の耳に響いたのは、本物の方の学園長の声だった。彼の名は轡木(くつわぎ) 十蔵(じゅうぞう)……学園では用務員なんかをやっているが、彼が本物の学園長だ。その正体を知っている私は、騒動の輪から外れて小声で学園長と連絡を取る。学園長の出した提案は、教育者とは思えない言葉だった。

 

『彼女の実力は、積み立てた骸が物語っているでしょう。』

「ですが、それでは公平を期すのでは……。」

『公平も何も言っていられないのでは?ハッキリ言って、ウチの教師で太刀打ちできるとなると貴女くらいでしょう。無闇に彼女へ餌を与える事も無いと思いますし。』

 

 詩的な表現をしているだけで、学園長に悪気はないのだろう。しかしその言葉に、私は嫌悪感を拭えない。だが、学園長の言っている事も間違いでは無い。黒乃は、死に場所を求めている……。もし本当にそうなら、あの子に戦いの場を与えるのは最小限にしなくてはならん。

 

「…………解りました。それでは、対応はいかほどに?」

『そうですね、顔を見せて貰ったらお帰りいただきましょう。そして後日に、適当な理由をつけて合格通知を送付してあげてください。』

「了解しました。それでは……。」

 

 インカムの通信は途絶えて、私の耳には口論と山田先生の慌てふためく声が耳に入る。そして先ほど学園長と取り決めた事を、騒ぎの原因となっている2人へと伝える。戦わなくて良いと解った途端に、2人は少しばかり安堵したような表情を見せそれぞれ持ち場に戻って行った。

 

「お、お疲れ様でした……織斑先生。すみません、私がしっかりしないばっかりに……。」

「いえ、それは構いません。山田先生も試験官でしょう?持ち場へ戻っていただけると助かります。」

「はわわわわ……い、今すぐ戻ります!」

 

 別に責めたつもりでは無いのだが、私の口調や態度がそうさせたのかも知れない。そんなに慌てると転ぶぞと言おうとしたが、手遅れだったらしく山田先生は盛大にすっ転ぶ。はぁ……困ったものだ。私は……そうだな、黒乃が来たら知らせるように受付担当の教師に言っておかねば。

 

 再びインカムをオンにすると、回線を受付へと繋ぐ。手短に何が起きたかと、どう対処すれば良いかを伝える。とにかく、私の元へ来てもらえば良い。そう伝えると、向こうは黒乃の見た目の情報を要求してきた。かなり長い黒髪の美少女と言っておけば、嫌でも伝わるはずだ。

 

 私としては解りやすい情報を伝えたつもりだが、向こうはどうにも歯切れが悪い。おおかた、情報不足とでも思っているのだろうが……見れば解るのだ、そう表現する他ないと。しかし、こちらに来いと言った手前……変に移動する訳にも行かなくなってしまった。何か緊急の事があるまでは、ここに待機しておくか。

 

「織斑先生!藤堂さん、お見えになりました。」

「そうですか、ありがとうございます。こちら、黒乃が乗った駅の名前です。それと、交通費は……。」

「それなら、私が立て替えておきますよ。ついでに茶封筒か何かも探してきます。」

「……申し訳ありません。面倒な事を押し付けてしまって。」

「いえいえ、私は座りっぱなしですから。それにしても、本当に綺麗な子でしたねぇ……。まだ伸びしろがあると言いますか、とにかく美人さんでびっくりしましたよ。」

 

 黒乃に事情も説明せずに帰れと言うのは、最も心的ストレスのかかる行いだろう。しかし受付担当の教師は、温和な雰囲気を纏って気にしていない様子だ。最寄駅の駅名が書かれたメモを受け取ると、黒乃に対しての感想を述べながら去って行った。彼女には、今度何か奢るとしよう。

 

 それから先は大したトラブルも無く、スムーズに受験は進行していく。私が行ったり来たりするのも、時間が経つにつれて少なくなっていった。そしていよいよ受験も終わりに差し掛かった頃に、爆弾が投下されるかのような驚きが会場内を駆け巡った。

 

『織斑先生、織斑先生、織斑先生!』

「今度は何です……山田先生。」

『お、おおっ。おと、おとととと、おっとっと……!』

「いや、落ち着いて下さい。」

『男の人が、ISを動かしてますぅ!』

「……何ですって!?」

 

 何故だか解からないが、私はこの時点で嫌な予感が止められなかった。しかし、嫌な予感ほど的中するものだという事を痛感させられる。なぜなら詳しく話を聞くと、ISを動かした男と言うのは……一夏の事だったからだ。とにかく私のすべきことは、パニックに陥っている現場を鎮める事だろう……。

 

 

 

 

 

 

ピリリリリ……

 

「んっ……?いけない……居眠りしちゃってた……。ふぁ……鶫さんが居なくて良かった……っと、携帯携帯……。」

 

 黒乃がトボトボと帰宅を始めている頃、社長室にてデスクワーク中の鷹丸に1本の電話が入る。もっとも、当の本人は社長業など飽き飽きで、つい居眠りしてしまっていたようだが……。携帯の鳴る音が目覚ましにでもなったのか、あくび交じりながらも携帯のディスプレイを眺める。

 

「おやぁ……?」

 

 ディスプレイに表示されている名を見て、鷹丸は怪訝な表情を浮かべた。名前が表示されるという事は、電話帳に登録はされているという事になる。それでもそんな表情になるというのなら、よほど電話する用事がないのだろうか?ともあれ、鷹丸は画面を触って電話へと出る。

 

「もしもし。」

『もしもし、急な電話で申し訳ありませんね。』

「いえ、父がお世話になってますから。それにしてもお久しぶりですね……十蔵さん。」

『えぇ、お久しぶり。こうして話すのはキミがまだ学生をしていた時期でしたかな?』

 

 電話の相手は、IS学園の真・学園長ともいえる轡木 十蔵であった。実はこの2人、それなりに親交のある関係だ。鷹丸の父である近江 藤九郎は、十蔵の友人なのである。方や父の友人、方や友人の息子という間柄ならば、こうして電話がかかってくるのも不思議ではない。

 

「それよりも、父にご用事ですか?申し訳ないんですけど、今父はーーー」

『藤九郎が失踪中なのは知っていますよ。まぁ大方……どこか未開の地でも冒険中なのでしょう。』

「ハハハ……違いないですね。でもそれじゃあ、僕に用事って事でしょうか?」

『ええ、そうなりますね。少々キミに頼みたい件がありまして。』

 

 てっきり自分の父親に用事があるのだと思っていた鷹丸だが、その思惑は大きく外れた。なんと十蔵は、自分に用事があるというではないか。IS学園関連で何事かあったのだと推察できるが、どうにも自分である意味を図りかねていた。だが、それも黙っていれば解る。鷹丸は大人しく聞く態勢に入った。

 

『今しがた、藤堂 黒乃さんの合格が決定致しまして。』

「へぇ、無条件合格ですか。流石は十蔵さん、賢明な判断ですね。」

『お褒めに預かり光栄です。藤堂さんが学園に入学するという事で、折り入ってキミに頼みたい。』

「はい、なんでしょう。できる限りの事はしますよ。」

『ぜひキミには、IS学園の教師として来訪してもらいたい。』

 

 IS学園の受験日は今日であるという事は、鷹丸の耳にも入っている。というよりは、毎年大々的にニュースとして取り上げられるので、知らない方がおかしいとも言える。そんな受験日にも関わらず合格宣言が出るという事は、十蔵は黒乃に何もさせずに通したのだと理解した。

 

 しかし、肝心な十蔵の頼みとやらには一瞬だけ思考が停止した。言葉の意味は理解できるし、十蔵がそれを頼んでくる理由もなんとなく想像がつく。だが、それを自分に頼む事が理解できなかった。すると鷹丸は、妙に頬を緩ませながら告げる。

 

「良いんですか?僕が危ない人種だっていうのはご存知ですよね。」

『ハハッ、本当に危ない者は、わざわざ確認を取ったりはしませんよ。』

「ごもっとも。だけど、多分ご期待に沿えませんよ?ストッパー役としては……ね。」

『いえ、そちらの役はあまり重視していただかなくても結構です。ただ……1人でも多くの味方を彼女に、と思いまして。』

 

 ストッパー役。それすなわち、八咫烏の黒乃を御する為の存在が必要であるという事。現在では学園に千冬しか居ない……。とはいえ、鷹丸では黒乃を煽るだけだろう。十蔵ももちろんそれは理解していたが、第1に考えているのは黒乃の事らしい。目的はどうあれ、鷹丸が黒乃の味方であるのもまた事実であった。

 

 勿論、十蔵は鷹丸の目的までは知らないが……。とにかく、黒乃の周囲に変わらぬ態度で居られるであろう鷹丸の存在は必要不可欠であると考えた結果だ。確かに……変わらぬ態度という点で鷹丸に勝る者はいないだろう。そんな十蔵の頼みに対して鷹丸は……。

 

「良いですよ。整備とか理数を教える教師ってのが自然でしょうね。」

『……頼んだのはこちらですが、そんなに即答で大丈夫なのですか?』

「別に社長業なんて学園でもできますから。それに十蔵さん、考えてもみて下さいよ。僕がそんなに面白そうな話を逃すと思いますか?」

『そうでしたね、キミの性格上はそうでしょう。ともあれ、キミの厚意に感謝します……鷹丸くん。』

「ええ、詳しい事はまた後日でお願いします。それでは……。」

 

 まさかの即答に十蔵は思わず困惑してしまう。藤九郎の代理とはいえ、鷹丸も立派な社長なわけで……。もちろん鷹丸とて先祖が大切にしてきた社を蔑ろにしているという事ではない。本当に緊急なことがあれば近江重工の方を優先するだろう。ただ……やはり自分の好奇心の方が勝ってしまった。

 

 十蔵との通話を終えた鷹丸は、携帯をポケットへと仕舞った。そうして豪華な椅子の背もたれに思い切り体重を預けると、両腕を天高く伸ばす。ふぅ……と短く鼻を鳴らせば、今度は机に置いてある固定電話の方へと手を伸ばし、席をはずしている鶫へと繋げた。

 

『社長、何かご用事でしょうか?』

「うん、幹部の人達って全員……いや、大多数でも構わない。今本社内に居るかな?」

『少々お待ちください。…………。何人か出張等で不在ですが、十分に大多数へ該当する人数がそろっています。』

「それじゃあ、可能な限り会議室へ招集をかけてくれない?ちょっと緊急で話し合いたいことがあって。」

 

 鶫はかしこまりましたとだけ言うと、すぐさま回線を切った。鷹丸が会議をしようとしているのは、自分がIS学園へ行くことになったのを報告する為だろう。なんとしてもIS学園へ行くつもりの鷹丸は、頭の固い大人達をどう言いくるめるかを考え始めた。

 

 

 




黒乃→受験させてもくれないとか……。
千冬→無条件合格か……。黒乃とは言え、何か……釈然とせんな。



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第22話 原作突入!

 IS学園の受験日から数日……。受けさせてすらもらえなくて、しばらくふさぎ込んでいたが……どういう訳か、合格通知が家に送付された。あれにはハテナマークが浮かびまくったものだが、受かっていたなら何でも良いやといった具合に、俺は深く考えない様にしていた。そして……。

 

「はぁ……。」

 

 隣で溜息を吐くイッチーは、まだ何も始まってもいないのに疲れ切った顔をしている。つまり、見事に俺と黒乃ちゃんと言う名のイレギュラーを加えて、原作がスタートした訳だ。ここはIS学園1年1組の教室……タイミング的には、ロリ巨乳先生……じゃなくて、山田先生が現れるまでの待ち時間といったところか。

 

 溜息ついてる場合じゃないですぜ、アンタちゃんとしないとちー姉に頭をぶっ叩かれるコースが待ち受けてるんだからな。……って、言ってあげられれば伝えているんだけども。せめて山田先生が現れたら、ボーッとしてたのを正気に戻すくらいはしてあげよう。

 

「皆さん揃ってますかー?ホームルームを始めますよ~。」

 

 はいキターッ!これぞロリ巨乳ってのを体現したおっぱい先生キタコレ!単純なデカさだけならば、俺やちー姉では太刀打ちできんぞ……。あっ、ちなみに俺のはちー姉のより大きいです(誰得情報)。そんでまたこの先生は、気弱属性って言えば良いのか、そこもまた子犬みたいで可愛らしいというか……デュフフ……。

 

「そ、それじゃあまずは、自己紹介から始めましょうか。」

 

 そうそう、これこれ……。自分は名乗ったのに、皆イッチーに注目してて早くも挫けだす山田先生ぐうかわ。大丈夫ですよ、山田先生!俺は聞いてますから……って、アレ?山田先生が、俺と全く目を合わせてくれないような……いやいやそんな事は無い、教師の鑑である山田先生がそんな……。

 

 そんな感じで自己紹介は進むが、一向に山田先生とは目が合わない。ぐ、偶然だ……偶然に決まっている。確かに黒乃ちゃんの身体は、目つきは切れ長で怖い印象を与えるかもだ。だが、俺は山田先生を信じているぜ!……そんな事よりも、イッチーを正気に戻してあげよう。俺は隣の席に居るイッチーの肩を、トントンと叩いた。

 

「ん……?黒乃、何か用事―――。」

「はいそれじゃあ……織斑 一夏くん。よろしくお願いしますね。」

「あ、なるほどな……サンキュー、助かった。はい!」

 

 イッチーは小声で俺に礼を言うと、元気に返事をして立ち上がった。さて、ここからはキミ次第だぞイッチー。自己紹介の手伝いなんて、むしろ俺がして欲しいくらいなんだから。まぁどうせ、原作のイッチー通りに素っ頓狂な事を言ってちー姉に叩かれるパターンだろう。

 

「えっと、織斑 一夏です。よろしくお願いします。特技はまぁ多分……家事?あ、あと剣道やってます。それなりに強い方だとは思うんで、経験者が居たら手合せお願いします。」

「はい。そのくらいで結構ですよ。」

 

 誰だお前は!?なんかイッチーがしっかりしてる!?い、いや……落ち着け。イ、イッチーがまともに自己紹介をしたくらいで取り乱し過ぎだよな、うん……。しかし、問題なく切り抜けたらば……それはそれで女子達がワーキャー騒いじゃってもう……知ーらないっと。

 

「煩いぞ、何を騒いでいる!」

 

 この怒号を聞くと、ようやく1年1組に来たなって気がするね。ちー姉が入るなりそう叱るせいか、教室内は一瞬にして静まり返った。だが残念な事に、ちー姉のご登場にイッチーは驚いてしまう。そこは基本的に原作と同じ流れになった。ま、驚いてしまったら仕方が無いか。

 

 で、ちー姉が自己紹介して黄色い声パート2と……。気持ちは解るけど、あまり盛り上げないで欲しいんだけどな。だって俺の自己紹介の時に、シーン……となるのは必至だ。そうなると、少しでも振り幅が小さい方が俺の精神的なダメージは抑えられるんだけど……。

 

「自己紹介の順番だが、少し入れ替えさせてもらうぞ。藤堂、前に来い。」

「…………。」

 

 く、やはり俺が立った途端に空気が凍りついてしまった……。ちー姉の隣まで歩いて教室全体を見渡すが、なんかもう敵意すら感じる視線しか……あっ、やっほーモッピー……おっひさ~。うむ、やはり俺の味方はイッチーとモッピーしか居ないらしい!誰か助けてください!

 

「こいつの名前は藤堂 黒乃。とある事情によって、喋る等の方法で他者に意思を伝える事が出来ん。が、クラスメイトである以上は仲良くしろ、以上。」

 

 ちー姉……なんだが、少し言い方がドライじゃないかい?多分だけど、今の立場がそうさせるんだろうねぇ。身内みたいなものだからって、ちー姉が容赦してくれるはずもない。とりあえず俺は深々と頭を下げてから自分の席へと速攻で戻った。さて、これでようやく落ち着いたかな。

 

「自己紹介に戻る前に……もう1人紹介せねばならん者がいる。」

「先生、それって生徒ですか?教師ですか?」

「今に解る。入れ。」

 

 ほう……?こんなイベントは知らないが、やっぱり色々と変わってるもんだ。ちー姉の合図で教室に入って来たのは、茶色の癖毛に白衣がトレードマークの……なんだ鷹兄か。……鷹兄!?な、何でここに……。俺が不思議そうに眺めていると、向こうも俺に向かって微笑みかけてくる。

 

「手短に自己紹介を。」

「はい。皆さん初めまして、近江 鷹丸と言います。織斑くんがIS学園に入学したという事で、試験的にここで教師をする事になりました。ちなみに、1年1組の副担任です。担当科目は、主にISの内外部に関わるアレコレ……早い話が、整備関連の授業を教えさせてもらいます。あ、あと1学年の理数系も担当ですね。」

 

 鷹兄がにこやかな様子で挨拶すると、またしても黄色い声援が。そんな中でイッチーは、同性の教師の登場にそれはそれで困惑しているようだ。うわ、何か面白い顔してるや。鳩が豆鉄砲を喰らったというのを体現したかのような感じ。それでもイケメン保ってやがりますからねこの男。

 

「あ、あの……本当に、近江 鷹丸さん……ですか?」

「確か、会社社長とかじゃ……。」

「まぁそうだけど、僕はお飾りみたいなものだから。それにどうしても来たい理由があったし……ね?」

 

 いや、そんな……『ね』の部分を強調させて同意を求められても困るよ鷹兄。おろ、なんだかイッチーが急にイラついた表情を見せたぞ?どったのさイッチー……。あ~……あれか、鷹兄のキャラか?鷹兄のキャラにイラッと来たか。確かに胡散臭くはあるけど良い人……とは言い切れないね、うん!

 

「お前達、許可なく質問を……。ええい、時間が足りん。残りの自己紹介は後日とする。次の時限からは授業だから、各々遅刻せぬように過ごせ。」

 

 それだけ言うと、ちー姉は手早く教室を去って行った。それにオドオドと山田先生が続いて、最後に鷹兄が俺に向かって手を振りながら教室を出た。ふぅ……今度こそ、落ち着いたかな……。さて、そうと決まれば……居眠りをぶっこきますかね……Zzz……。

 

 なんかイッチーが俺に話しかけてる気もするけど、適当に相槌だけうっておけばどうとでもなるさ……。というか、眠気で自然と首がコクコクと動いてるし。これで、なんとか誤魔化す事ができているんじゃないだろうか……Zzz……。

 

「一夏、黒乃。」

「おっ、箒……久しぶりだな。」

「ああ、一夏はな。……2人共、少し話せるか?」

「おう、もちろん。」

「何をしている。黒乃、お前も来なければ話にならないだろう。」

 

 ほえ?何……何……?ああ、アレか……イッチーとモッピーの感動の再会だよな。それがあるから、寝て時間を過ごそうと思ってたんだけど。このパターンはなんだか珍しい気がする。女子だとイッチーに誘われて、モッピーに邪魔するなって思われるのがテンプレなのに。

 

 とにかく、モッピーに誘われたのなら遠慮する必要はない。俺は寝ぼけ眼を擦って立ち上がり、廊下へと出ていく2人を追いかけた。何処へ行っても女子の波だが、ある程度人が少なくなると2人は足を止めた。するとモッピーがおもむろに振り返って、俺にヒシッと抱き着いた。

 

「あぁ……黒乃……本当に黒乃だ……。会いたかったぞ、黒乃!」

「そうだよな、箒は5年ぶりくらい会ってないもんな。」

 

 あ、そうか……イッチーが剣道を再開してるから、この2人は1度会ってるんだった。何気にイッチーは、男子の部で全国制覇してるしで、むしろ会ってない方がおかしい。俺も俺でIS漬けの毎日だったから、応援には行けなんだ。それにしても、むふふふ……育ってますなモッピー、もっときつく抱き着いてもええんやで?

 

「しかし、何故黒乃は大会に出なかった?黒乃を倒さずに取った優勝など、あってないようなものだ。」

「箒、黒乃はずっとISに乗ってたんだ。その首のチョーカー、専用機って奴なんだぜ。」

「どうして一夏が得意げなんだ……。それにしても、つまりは代表候補生か……すごいじゃないか。」

 

 イッチーは、まるで自分の事のように誇らしげに、俺が代表候補生であると伝えた。ISに乗って剣道をおろそかにしてたから……あまり歓迎されないと思っていた。モッピーも、本当に嬉しそうに俺を褒め称えてくれた。2人の言葉が、すごく身にしみる。

 

「ん、あぁ……そうだな。あまり時間もないし、そろそろ戻ろう。」

「話は尽きんが、なにより千冬さんが怖いしな。またゆっくりと話そう。」

 

 身にしみたからこそ、2人を叩かせるわけにもいかん。俺が親指で来た方向を指すと、もう戻ろうという事が伝わった。う〜ん、それにしても……モッピーには悪かったな。少し先を歩いて、チャンスメイクをしておこう。そうして歩く速度を上げると、2人はヒソヒソと会話を始めた。

 

 うんうん、モッピーや……キミだけを贔屓してあげられるのは今のうちだけだからね。そのうちに、7人とか集まるから覚悟しといた方がいいよ……。人数が増えてきたら、なるべく巻き込まれない事だけ意識して過ごす事にしようかな。

 

 

 

 

 

 

「黒乃、さっきはありがとうな。」

(コクリ)

 

 休み時間になると同時に、俺は黒乃に再度の礼をしておいた。すると黒乃は、腕と足を組んだまま目を閉じて、コクリと首を頷かせる。その全体図を見ると、どうにも黒乃の服装が気になった。この学園が改造制服はありだと知っているが、それは改造の範囲か?

 

 変化があるのは主にボトムの方で、他の女子のと違ってスカートと一体型でない。かなりのロングスカートで深めのスリットが左足の方へ入っている。そんなスカートで左足を上にして足を組むものだから、綺麗なおみ足が見事なまでのチラリズムを生み出す。

 

「それより……確かあの人って黒乃の専用機を開発してた人だよな。ここの教師やるって知ってたか?」

(コクリ)

 

 思わず黒乃の左足を注視してしまい、苦し紛れに話題を逸らす。そうか、黒乃は知っていたのか。まぁ……平たく言えば上司みたいなものだし、知っていても不思議ではないな。年上とはいえ同性が学園に居るのは有り難い。けど……なんだか食えない人物である印象を受けた。

 

 なんというか……ニヤニヤ、ヘラヘラしていて締まりがない感じ?そこはまだ良いんだが、明らかに黒乃の傍に居る為に学園来ましたよー……みたいなあの言い方が気になる。……あの人も黒乃の事を好きだったりするのだろうか。なるべく余計な嫉妬はしないって決めたんだが、やはりどうにも落ち着かない……。

 

「ねぇ、あれ……。」

「うん、絶対そうだよ……。」

 

 ふと気づいたが、視線が俺達に集中していた。そう、俺でも黒乃でもなく……俺達に、だ。……もはや気にする事でもない。俺は黒乃の味方が多ければ多いほど良いとは思っているが、もはや期待はしていない。何処に行っても、皆同じだって事を悟ってしまったから。

 

「ってか、織斑くんが話しかけてくれてるのにガン無視とか……調子乗んなって感じじゃない?」

「ちょっ、馬鹿……!聞こえたらどうすんの!?あの子はホラ、八咫烏の……。」

「え……マジ?それ最悪じゃん。せっかく合格したのに八咫烏と一緒のクラスとか……。」

「あの2人がどういう関係かは、詮索しない方が身の為だと思うわよ。八咫烏の災いを避けたかったらね。」

 

 八咫……烏……?俺達を観察している女子達は、ほとんどがその八咫烏という言葉を口にしていた。明らかに黒乃に対しての言葉だ。……心当たりがないと言えば嘘になる。俺にはどうも、その八咫烏ってのがもう1人の黒乃と関連しているような気がしてならない。

 

 ……千冬姉あたりに聞けば、どういう意味か教えてもらえるだろうか。黒乃が代表候補生になって以来は、なかなかISに関わる物事を話してはくれない。教えてくれたとなると、それこそ二重人格とISに関する話を多少絡めた程度の事だ。……俺が知る事を恐れているのも間違いではないけど。

 

「一夏、黒乃。」

「おっ、箒……久しぶりだな。」

「ああ、一夏はな。……2人共、少し話せるか?」

「おう、もちろん。」

「何をしている。黒乃、お前も来なければ話にならないだろう。」

 

 女子達の視線も気にせず話しかけてきたのは、幼馴染である篠ノ之 箒だった。俺は剣道の大会を通じて再会できたが、黒乃に至っては5年ぶりほどとなる。それなのに、箒も黒乃もいかんせんクールなものだ。黒乃がもし喋れたら、テンションが上がっていたりするのか?

 

 いや、きっと今も少しは感激しているのかも知れない。黒乃の反応が遅かったのは、その感動に起因する……のかも。とにかく俺達3人は、教室を出て落ち着ける場所を捜した。そこまで遠くに行ける余裕も無いせいか、人だかりの少ない廊下で落ち着く。

 

「あぁ……黒乃……本当に黒乃だ……。会いたかったぞ、黒乃!」

「そうだよな、箒は5年ぶりくらい会ってないもんな。」

 

 俺達が立ち止まるや否や、箒はきつく黒乃へと抱き着いた。その光景が時の流れを感じさせて、俺は自然にしみじみとした口調でそう言ってしまう。特に箒は同門として黒乃を信頼していたようだし、積年の想いが爆発してしまったのだろう。美しきかな友情……ってか。

 

「しかし、何故黒乃は大会に出なかった?黒乃を倒さずに取った優勝など、あってないようなものだ。」

「箒、黒乃はずっとISに乗ってたんだ。その首のチョーカー、専用機って奴なんだぜ。」

「なんで一夏が得意げなんだ……。それにしても、つまりは代表候補生か……すごいじゃないか。」

 

 黒乃から離れた箒は、いの1番にそう問いかけた。全国大会の会場で箒と再会した時に、まず言われたのが……黒乃はなぜエントリーしていない!?……だったくらいだ。あまりの迫力に押されて、黒乃は今剣道をやってないなんていう大失言をしてしまったし……。

 

 今はISの事に専念しているんだと続けて言おうとしても、ショックが大きかったのかまともに聞いては貰えなかった。そしていざ大会が始まった時の様子は凄まじく、まさに鬼神のような試合っぷりで……。きっとやり場のない怒りとかが箒を駆り立てたのであろう。

 

 そして今は落ち着いているおかげか、普通に話を聞いてもらえた。箒も黒乃の躍進が嬉しいようで、綺麗な笑みを浮かべながら賞賛の言葉を送った。俺が得意げだったのは、今お前が嬉しく思ってるのと同じ原理だぞ……箒。しばらく行動を起こさなかった黒乃だが、ピッと親指で教室の方向を差す。

 

「ん、あぁ……そうだな。あまり時間もないし、そろそろ戻ろう。」

「話は尽きんが、なにより千冬さんが怖いしな。またゆっくりと話そう。」

 

 それが何を意味するか理解した俺は、黒乃の考えに同意した。ついでに、箒の考えにも同意だ……。教師と生徒の立場となっても、家とあまり変わらない……って言うよりは酷くなった印象を受ける。千冬姉としては、俺を特別扱いする訳にはって事なんだろうけど、少し加減を間違えている気がしなくもない。

 

 そうして来た道を戻り始めると、黒乃が妙に前へと出て歩いている事に気が付いた。……黒乃も千冬姉が怖いのか?10年近く一緒に住んで、初めて解ったかも知れない。しかし、これはいいタイミングだ。距離的に何か話しているとは思われるだろうが、俺は隣を歩く箒に問いかけた。

 

「なぁ箒、黒乃の事で少し聞きたい事があるんだが。」

「私に……か?一夏が知らないような事ならば、私にはよほど縁のない話な気もするぞ。」

「いや、俺も今日知ったばっかりなんだ。黒乃が八咫烏って呼ばれている理由……心当たりはないか?」

「クラスの女子が、烏がどうの言っていたが……あれは黒乃の事だったのか?……いや、私にもよく……。」

 

 そうか……。ISに関わるのなら、絶対に耳に入る。それほどのニュアンスで、黒乃の事を一様にして八咫烏と呼んでいた。それならもしかして箒もと思ったんだけど、ダメだったか。箒はしばらくうむむ……と考え込む様子を見せた。そうして、何かを思い出したかのように言う。

 

「そう言えば、烏のような専用機持ちの話を噂で聞いたぞ。その時は興味が無かったから追及はしなかったが、それと黒乃が関係あるのでは?」

「烏みたいな……。それもあり得るけど、なんかアイツらの様子……なんだか黒乃を怖がってたぜ。」

 

 人によっては烏を怖い物だと感じる人もいるかも知れないが、それが八咫烏と呼ばれる理由としては弱い気がした。俺の返事を聞くと、箒は更に考え込む様子を見せたが……途中で止めた。何もないのかよと、そんな視線を送ると箒は力強い言葉を放つ。

 

「そもそも黒乃がどう呼ばれ、黒乃がどう恐れられていようと……私には関係のない話だ。」

「え……?」

「どうあろうと、私は黒乃の味方だ。今も昔もそれは変わらない。私は、一生を通してこの考えを貫き通す。」

「…………。」

 

 なるほど、確かに箒の言う通りかも知れない。周囲の女子が何人恐れようとも、黒乃には俺や箒が着いている。黒乃からすれば心許ないかも知れないが、俺自身が箒のような考えを忘れてはならない。それにしても、随分と男前な発言だ。箒はきっと、同性からモテるタイプだろう。

 

「だ、黙って何を見ているんだ……。」

「いや、カッコイイなって思って。」

「カ、カッコイイ……?そ、それは……褒めているのか?」

「ああ、もちろん。なんでだ?」

「な、なら良い……。その……ありがとう……。」

「おう、どういたしまして。」

 

 箒の奴、そんな真っ赤になるまで照れなくても良いのにな。恥ずかしがりなのは相変わらずか……。ま、久しぶりに会った幼馴染だし……大きな変化が無いのは喜ばしい事だろう。そうして俺達は無言で教室へと戻った。授業開始にはギリギリ間に合ったようで、何故か千冬姉に意外そうな顔をされる俺がいる……信頼してくれ。

 

 

 




黒乃→イッチーの話し?うん……聞いてる聞いてる……ZZZ……。
一夏→八咫烏……黒乃の事なのか……?



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第23話 セシリア嬢との因縁

1時限目の授業が終わり次第に、隣の席のイッチーが話しかけてきた。俺はイッチーの質問に対して、静かに首を横に振って応える。学生って身分の人で授業が疲れないってのは、よっぽどの特殊体質としか思えない。愚問という奴だよ、イッチー……流石って何を持って流石なの。

 

 ちなみにイッチーが余裕そうな態度であるのには、それなりに理由という物がある。イッチーは原作にて参考書と電話帳を間違えて捨てた……なんて言ってたが、それは俺が未然に防いである。イッチーがISを動かせると発覚してから注意深く不要な雑誌類を溜めてる所を見てると、普通に週刊誌と一緒に縛られてるから驚いたよ。

 

 ま……しょうもない事でちー姉に叩かれるのもなんだしね。それに、後から教えてくれなんて言われても困る。俺の為でもあるし、イッチーの為でもある言わばWIN-WINって事さ。あ~……しっかし、今の授業は基本中の基本だったな……。昴姐さんに教わった事をリピートするのは、正直……苦痛かな。

 

 そう考えていると、眠気の方が勝って来たかも……。タイミング的にあのイベントも起こるのだろうし、争い事には巻き込まれたくないからスルー安定だ。俺はホームルーム後の休憩時間と同様に、腕と脚を組んで居眠りの体勢に入った。するとどうだ……だんだん……意識が……遠のいZzz……。

 

「ちょっとよろしくて?」

「おい、黒乃。なんかお前に用事みたいだぞ。」

 

 Zzz……Zzz……。そう言えば、俺って寝言とかってどうなのかな……Zzz……。寝言もやっぱり、全く出て来ないんだろうか……Zzz……。ハハハ……日頃喋る事が出来ない反動で、とんでもない事を口走っていたりして……Zzz……。例えば?例えば~……セクハラ発言とかセクハラ発言とかセクハラ発言とか……Zzz……。

 

「ちょっと、聞いていますの!?」

「なぁ……少し落ち着けって、黒乃も今に……。」

「貴方は黙っていて下さいます?わたくしは、彼女に用があるのです。」

「……お前にはあっても、黒乃には無いかもしれないけどな。」

「貴方、さっきからなんなのですか……。」

 

 ん、ん~?少しばかり眠っていたけど、やはり彼女が来ちゃっているみたいだ。セシリア・オルコット……いや、むしろセ(シリ)ア!ほんっとにあれだぞ、セシリーのケツはアレだぞ……単純にエロくて最高。いや、ケツもさることながら、全体のプロポーションで言うとISヒロイン勢で彼女が最もバランスが良いと思う。異論は認める。

 

 いやホント、アニメ2期のバニー姿なんか素晴らしいの一言に尽きる。後ろから思い切りケツを撫でまわしたい。って、セシリーが来てからケツの話しかしてないな。でも、どんなに素晴らしいケツの持ち主でも……初期のセシリーは争いの種でしかないわけで……。イッチーには申し訳ないけど、やっぱり無視させていただきたく方向で……。

 

「とにかく!ミス・藤堂……いい加減に反応を示しなさいな!」

 

 な、何ぃ!?俺に用事だと……。は、はい……今すぐ立ちます!てっきりイッチーに用事だと思っていたもので、俺は慌てて椅子から立ち上がった。少し立ち上がる勢いが強すぎたせいか、セシリーがビクッとなった気が……。いや、それも含めて大変に申し訳ない。して、オイラにいったい何のご用かしら?

 

「オホン!同じく代表候補生として、挨拶をと思い参上(つかまつ)りました。わたくし、セシリア・オルコットと申します。以後お見知りおきを、ミス・藤堂。」

 

 なんだろうか、今とんでもなく皮肉を言われた気がする。裏を返すと、俺が挨拶も出来ない礼儀知らずとでも言いたいんじゃ……?い、いや……いくらなんでも、セシリーだってそこまで酷くないはず。握手も求められているし、それに応えって……って痛たたたた……セシリー、力みすぎ力みすぎ!

 

「……それにしても、正直期待外れですわね。入試の際に試験官に勝ったのは、わたくしだけのようで……。」

「……おい。黒乃に嫌味言いに来ただけなら、今すぐ帰れよ。それに、試験官になら俺も勝ってるぜ。もしかして、女子だけではってオチじゃないのか?」

「フンッ、そんな品の無い男性を飼っているのがまず程度の低……は?あ、貴方……今何と仰いました!?」

「は?だから試験官には俺も勝ってるって言ったんだよ。」

 

 期待外れって言われましても、試験を基準にするなら的外れだよ。だって俺、試験を受けてすらないのに合格してるんだもの。本当にそれが不思議で不思議で……。って、あり?いつの間にか、原作と似た流れになって来たな。話の入り方は違うが、これが運命力って奴なんだろうかね。

 

「フ、フフフ……フンッ、男性なんかに後れを取るとは、まだまだですわねミス・藤堂。」

「さっきから……!俺の事を馬鹿にするのは良い……けど、これ以上黒乃を……。」

「…………。」

「黒乃……。……解かった。」

 

 はいはい……どうどう……。怒ってくれるのは嬉しいけどね、喧嘩腰なのはいかんよイッチー。争いってのは、何も生み出さんもんです。今にもセシリーに飛びかかりそうなイッチーを手で制すと、大人しくそれに従ってくれた。よしよし、聞き分けの良い子は好きだぞ~っと♪……ヴォエっ!自分で言ってて気持ち悪くなった……。

 

「良い判断ですわね。その調子で、しっかり飼いならしていただきませんと。」

「このっ……!?」

「……ところでミス・藤堂。アンジェラ・ジョーンズと言う名に、心当たりはありませんか?」

 

 う~ん、何か知らんけど……セシリーには嫌われてるっぽいなぁ。大人しくしたイッチーを見るや否や、またしても挑発みたいな行動を取ったし。まぁそれは置いておくとして、唐突な質問だ。もちろん、専用機を貰ってすぐの模擬戦相手だし……アンジェラさんとの模擬戦は、俺の海馬にしかと焼き付いている。それを肯定する為に、俺は首を縦に振った。

 

「そうですか……。それならば、ご覚悟願います。アンジー姉様の敵は、わたくしが取らせていただきます。」

 

 か、敵……?確かに結果的には俺の勝ちだったけど、そもそも専用機VS量産機だったしフェアな戦いでは無い。それに加えて、仇敵みたいな言われ方をするのが納得できないけど……?あくまで模擬戦だよ?なんたって、あんなにも敵意むき出しで噛み付いて来たんだろ。

 

「クソッ!言いたい事ばっかり言いやがって……。黒乃、お前は悔しくないのかよ!?」

 

 いや、全然悔しくないから反応に困るな……。俺はきっと、産まれてくる際に敵対心や下剋上精神を親の腹に落として来てしまったに違いない。そうだねぇ、イッチーをどうやって落ち着かせよう……。飼う……イッチーを飼うかぁ……。まぁどっちかと言えば、犬だな。俺はイッチーを椅子に座らせると、頭を抱き寄せてワシャワシャしてみる。

 

「なっ……!?」

 

 それはもう、動物大好きの老紳士なみにワシャワシャワシャワシャ……。お~よしよし、大丈夫大丈夫。イッチーが怒る事はなぁ~んにもないんだからね~……。つーか、正直なとこもっと落ち着きを持ちやがり下さい。イッチーがいつ暴れ出すかってね、お姉ちゃん心配だから。

 

「くっ、黒乃……もう大丈夫だ、落ち着いたから。その……離してくれ……!」

 

 おろろ、イッチーにしては随分と新鮮な反応を見せてくれた。イッチーは俺の腕から強引に抜けると、顔を真っ赤にして俺から目を逸らす。まぁ……そりゃおっぱいが顔に当たり放題だもんね。でも別になぁ……イッチーに触られたくらいでどうって事ないし。それこそ、ペットに触られて騒がないのと同じ……なのは、イッチーに失礼か……。

 

 とにかく、イッチーになら例え揉まれようが見られようがどうって事はない。あ、あと弾くんとか鷹兄とかも。数馬(カズ)くんは……がっつき過ぎで怖いからNG。本当に、彼は前世の俺を見ているようだ。なんというか、思わず世の女性に謝罪してしまったぞ。

 

「黒乃、何かあったらすぐ相談しろよ?」

「…………。」

 

 こうやって俺の事を心配してくれての行動だから、イッチーは憎めないというか……。俺としては、この後に大人しくしてくれれば言うことなしなんだよねぇ。それこそ俺の事を引き合いに出されると、イッチーはセシリーに噛み付く可能性は大きい。今から気が重いけれど、ま……なるようにしかならないよな……。

 

 

 

 

 

 

『日本に……ですか?』

『ええ、少し模擬戦をしてほしいって依頼されたの。なんでも将来の有望株らしいわ。』

『なるほど……。では、わたくしの未来のライバルですわね!』

『フフッ、そうね。私が身体を張って偵察に行ってあげるわ。私が居ない間も、サボっちゃダメよ……セシル?』

『はいっ、アンジー姉様!』

 

 今から丁度1年前のあの日、アンジー姉様は日本で仕事があるとイギリスを発ちました。もちろんわたくしは、快く姉様を送り出しましたが……あんな事になるのなら行かないで……と言いたかったですわ。きっと、本人も予想だにしなかったでしょう。まさか、2度とISに乗れなくなってしまわれるなんて……。

 

 アンジェラ・ジョーンズ……アンジー姉様は、わたくしにとって師であり姉であるお方でした。わたくしがISに乗り始めて以来、ずっとお世話になって……。立派な国家代表となった姿を見せる事こそ、最高の恩返しだとわたくしは思っておりましたのに……今になっては、叶わぬ夢ですわ。

 

 アンジー姉様が日本へ向かって数日間は、別の方に指導をしていただいていました。いつお帰りになるか心待ちにしていると、わたくしの耳に入ったのは……姉様の完全引退の報道でした。あまりに突然の事で、わたくしはしばらく呆然とするしかありません。日本で何かあったに違いないと、自然に察するわたくしがいました。

 

『どういう事か、説明して 下さいますわよね!?』

『……すみません、アンジェラさんに口止めされてまして。』

『口止め……?詳しく聞かせて下さい!わたくしには、知る権利がありますわ!』

『そこに関しても申し訳ないですが、私も詳しく知らないんです……。アンジェラさんが、何も話してくれなくて。』

 

 報道を聞いたその日に、わたくしは現在の担当者を問い詰めました。残念な事に、大した情報は得られず終い……。歯痒くて仕方がなかったわたくしは、気がつけばその場から走り出していました。本人に話を聞くべく、しばらく奔走した結果……ついにわたくしは、アンジー姉様を見つける事に成功しました。

 

『アンジー姉様!』

『セシル……。』

『……どちらへおいでですか?』

『…………。』

 

 アンジー姉様の手に抱えていたのは、大量の荷物。それは恐らく、職場に置いていたものだとわたくしには解ります。アンジー姉様は、わたくしの質問に答える事はなく、ただ目を伏せるばかり。あまつさえ、その場から立ち去ろうとするではありませんか。

 

『お待ち下さい姉様!いったい……日本で何があったのです!?』

『……ごめんね、セシル。私はもう無理なのよ。』

『答えになっていませんわ……!わたくしは、まだ姉様に教えていただきたい事が山ほど……。』

 

 わたくしの懇願するような言葉も、アンジー姉様には全く響かないご様子。背を向けたまま、黙り込んでしまわれました。わたくしは、なんとか姉様に留まっていてほしく、紡ぐべき言葉を模索し続けた。ですが、姉様の方が先に口を開き……わたくしにこう告げたのです。

 

『クロノ・トウドウ……。』

『え……?』

『この名前、覚えておきなさい。そしてもし出会ったら……間違っても戦ったりしてはダメ。……私みたいになりたくなかったらね。』

『姉様……?アンジー姉様!』

 

 アンジー姉様は、そう言い残して振り返る事なくわたくしの前から消えてしまいました。クロノ・トウドウ……その方が、姉様の完全引退に関係しているのですね。わたくしは、この時に誓ったのです。クロノ・トウドウを倒し、姉様の無念を必ずや晴らすと。そうして月日は流れ、ようやく……ようやくですわ。

 

「ちょっとよろしいかしら?」

「おい、黒乃。なんか、お前に用事みたいだぞ。」

 

 IS学園へ来れば、必ず会えると思いましてよ……ミス・藤堂。いいえ、『八咫烏の黒乃』とお呼びした方が良いのかしら?それはこの際……どちらでも構いませんわ。わたくしが話しかけたのは、とりあえずミス・藤堂を見極める為……。今はまだ、当たり障りのない呼び方で問題ないはずです。

 

 しかし、ミス・藤堂はわたくしの言葉に反応すら示さない始末。声が出ない等の症状は存じていますが、今のは明らかに無視ですわ!くっ……わたくし程度は、相手をする価値もないと仰るつもりですね。いいでしょう、それならわたくしとしても考えというものがありましてよ。

 

「ちょっと、聞いていますの!?」

「なぁ……落ち着けって、黒乃も今に……。」

「貴方は黙っていて下さいます?わたくしは、彼女に用があるのです。」

「……お前にはあっても、黒乃には無いかも知れないけどな。」

「貴方、さっきからなんなのですか……。」

 

 わざとらしく声を荒げて見せても、ミス・藤堂は反応を見せません。すると、関係のない男性の方がわたくしに喧嘩腰で話しかけてくるではありませんか。彼は織斑 一夏……。織斑先生の弟さんであるのは、周知の事実ですが……ミス・藤堂との関連性が見えませんわね。

 

 ああ、そう言えば……ミス・藤堂の数ある二つ名に『ブリュンヒルデの愛弟子』……というのもありましたわね。もしかすると、その繋がりかしら。それにしてもこの方、男性の癖して度胸はピカイチですわね。そこは評価に値しますが、今はただ邪魔なだけですわ。ここは、押し通すのが良いでしょう。

 

「とにかく!ミス・藤堂……いい加減に反応を示しなさいな!」

 

 わたくしが最大限に声を大にしてそう言うと、ミス・藤堂はようやく立ち上がってくれました。勢いがよすぎて少々驚きましたが、これでようやくまともな会話ができますわね。……こちらを見据えるミス・藤堂は、何処か不機嫌な様子み見えますわ。もしかして、彼を馬鹿にするような事を言ったからかしら。それならば……。

 

「オホン!同じく代表候補生として、挨拶をと思い参上仕りました。わたくし、セシリア・オルコットと申します。以後お見知りおきを、ミス・藤堂。」

 

 まぁ……何をするにも、まず挨拶からですわね。八咫烏様は、わたくしの事など存じないようですし。わたくしが右手を差し出すと、ミス・藤堂は力強く手を取ってくるではありませんか。しょ、少々……力強過ぎやありませんこと?さ、先ほどの仕返しのつもりですわね。

 

 そう思うと、わたくしの手にも力が入ってしまいます。くっ、生身では非力なわたくしですが、流石に眉1つ動かさずに対抗されるのはショックですわ!負けじとわたくしも、余裕の表情をキープしないと……。で、ですが……このくらいにしておいてあげましょう。

 

「……それにしても、正直期待外れですわね。入試の際に試験官に勝ったのは、わたくしだけのようで……。」

「……おい。黒乃に嫌味言いに来ただけなら、今すぐ帰れよ。それに、試験官になら俺も勝ってるぜ。もしかして、女子だけではってオチじゃないのか?」

「フンッ、そんな品の無い男性を飼っているのがまず程度の低……は?あ、貴方……今何と仰いました!?」

「は?だから試験官には俺も勝ってるって言ったんだよ。」

 

 な、なんという事でしょう……直接ミス・藤堂を挑発するのではなく、彼の方をわたくしに噛みつかせる作戦が台無しですわ!?織斑先生の弟さんとは言え、そこまでやれるような方ではないと思っていましたのに……。取り乱してしまいましたが、まだまだやりようはあります。

 

「フ、フフフ……フンッ、男性なんかに後れを取るとは、まだまだですわねミス・藤堂。」

「さっきから……!俺の事を馬鹿にするのは良い……けど、これ以上黒乃を……。」

「…………。」

「黒乃……。……解かった。」

 

 見た目通りに冷静ですわねミス・藤堂……。ですが、安心しました。この程度で頭に血を登らせてしまうような方なら、それこそ本気で失望してしまいます。だけれど、これはこれでアンジー姉様がああなってしまったヒントが全く見えてきませんわ。もう少しばかり、探りを入れてみましょう。

 

「良い判断ですわね。その調子で、しっかり飼いならしていただきませんと。」

「っ……!?」

「……ところでミス・藤堂。アンジェラ・ジョーンズと言う名に、心当たりはありませんか?」

 

 ストレートにアンジー姉様の事を問いかけると、ミス・黒乃は首を縦に振って答えました。……ひとまず安心しましたわ。もし覚えていないと反応しようものならば、わたくしは本気でミス・藤堂を軽蔑せざるを得ませんもの。この人にとって姉様は、どう映っていたのでしょうか。

 

「そうですか……。それならば、ご覚悟願います。アンジー姉様の敵は、わたくしが取らせていただきます。」

 

 結局ミス・藤堂の本質は見えませんでしたが、宣戦布告だけは済ませる事が出来ましたわ。後は、彼女と戦える場を待つのみ……。用事の済んだわたくしは、大人しく席へ戻る事に。席からミス・藤堂の様子を再度確認しようと視線を送ると……随分お熱いお2人が目に入りました。

 

 た、大衆の面前であんな……抱擁して頭を撫でるなんて……!……よく解らないお2人ですが、とにかく仲がよろしい事だけは十分に伝わってきましたわ……。わたくしにとってのアンジー姉様のように、織斑さんを奪われたら……貴女はどんな反応を見せるのでしょうね?ミス・藤堂……。

 

 ……わたくしとした事が、物騒な考えが浮かんでしまいました。わたくしにとって重要なのは、ミス・藤堂に勝つ事だけですわ。勝って、証明するのです。アンジー姉様の引退が、決して無意味ではなかったという事を……。そのためには、日々精進……ですわね。わたくしは、静かに次の授業の準備に取り掛かりました。

 

 

 




黒乃→なんかセシリーにえらい嫌われとる。
セシリア→アンジー姉様の敵……!



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第24話 クラス代表の座

「はいは~い皆、席に座ってね。」

「あれ……?近江せんせー、先生の授業はもっと後からじゃないんですか?」

 

 セシリーとのゴタゴタ劇場第1幕が終わると、教室に現れたのはちー姉ではなく鷹兄だった。鷹兄はいわゆるイケメンの部類だから、女子達はキャッキャとはしゃぎながら己の席へと着く。するとその内の1人が、手を挙げながら質問を投げかけた。すると鷹兄は、頭をボリボリと掻きながら答える。

 

「少し織斑先生から頼まれ事をね。どうしても遅れるから、先にしておいてほしい事があるんだって。」

「じゃあ、授業をするって事ではないんですね?」

「うん。なんでも、クラス代表を決めなくちゃならないらしくて。」

 

 はいキタ……きましたよぉ~ゴタゴタ劇場第2幕の引き金が。このクラス代表の座を巡って、イッチーとセシリーが火花を散らすわけなんだけど……。あったらあったで嫌なのに、なかったらなかったで困るのも事実だ。だってこれが上手く運ばないと、イッチーがセシリーにフラグを建てられない。

 

 事細かな内容は別として、大きな流れはなるべく原作通りに進めたいもの。平穏無事に生きるにはね、臆病なくらいが調度いいんです。もしイッチーがフラグを建てるという行為そのものが、この世界における大きな分岐点とすれば……?俺としては、そう考えるだけで身震いしてしまう。

 

 詳しくは、バタフライ効果で検索だ!……俺は誰に言っているんだろう。そんな間に、鷹兄はクラス代表について説明している。まぁ……言葉通りの意味だけどね。クラス代表、つまりこのクラスの委員長的な役割を成す。普通の学校と違うのは、代表は対抗戦等の催しに駆り出されるってところくらいかな。

 

「織斑先生が言うには、自薦他薦は問わないそうだよ。それじゃ、やってみたい……または、この人が良いんじゃないかって人は挙手してね。」

「はい。織斑くんが良いと思います!」

 

 わ~……原作や二次創作で見た事ある~……なんて言ってられないな。う~む、やっぱりこうなっちゃうかぁ。言いたかないけど、これはイッチーが不満に思うのも仕方が無いと。俺は……言いたい事とか言えない人なんで、黙りっぱなしでしょうね。ってかイッチー、アンタまたボーッとして……。

 

「う~んと、推薦多数って事で……織斑くんで決定かな?」

「ちょっ、ちょっと待て!俺はそんなのやらないぞ!」

「そうだねぇ、僕も無理矢理とかよくないと思うけど……織斑先生の言葉をそのまま伝えるよ。」

 

 鷹兄はちー姉の言葉を代弁し、イッチーを絶望の淵に叩き落とした。他薦されたからには、責任を持って役割を果たせ……ってところか。イッチーが苦し紛れにオリ主を推薦するパターンなんてのもあるけど、俺には喋れないという鉄壁が存在する。喋れない奴に委員長が務まるはずもない!アーッハッハッハ!

 

「くっ……ろのは無理だよな……そうだよな……。」

「じゃ、これで決まりかな?1組の代表は、織斑 一夏くんって事で――――」

「ちょっとお待ちください。そんな選出は認められませんわ!」

 

 親の顔より見た展開……と思わず言いたくなるかも知れない。イッチーが1組の代表に決定するか否かの絶妙なタイミングで、セシリーはヒステリックな声をあげながら立ち上がった。それを鷹兄は、どうかしたのかな?とでも言いたげな顔でセシリーを見る。とは言っても、相変わらずニヤけっぱなしだけどね。

 

「男性がクラス代表などと、良い恥さらしですわ!実力からして、わたくしかミス・藤堂が代表になるのが自然ではありませんこと?」

「近江先生は自薦他薦は問わないって言ったろ。そんなにやりたいならアンタがやってくれ。」

 

 いや、セシリー……そこで俺を巻き込まんといてくれ。確かに俺は代表候補生のポジションに就かせてもらってるけど、8割ほど運で辿り着いただけだからね?そんな事より、イッチーが本当にまともな返答を見せてくれる。でも……日本大好きっ子なイッチーが、果たしてセシリーのあの発言に耐えれるかどうか……。

 

「ハッ!虎……いいえ、烏の威を駆る狐といったところかしら?貴方、先ほどからわたくしに対して強気な発言が目立ちますが、それは全て……ミス・藤堂あっての事ですわよね。」

「……何が言いたいんだ。」

「それは先ほど申しました。やはり貴方のような男性を連れているという事は、ミス・藤堂は程度が低いという事で――――」

「何度目だ……?俺もさっき言った……黒乃の事を、馬鹿にするなって!」

 

 イッチーいいいい!話の流れが全然違う!なんで?どうして?イッチーは、セシリーの俺を馬鹿にしたような発言が気に食わなかったらしく、激しく怒りを露わにしながら負けじと立ち上がった。なんでこうなるのかな~……。俺の事で怒らなくて良いって言って……はないけど、言ってるのに……。

 

「あら、それではどうするおつもりで?」

「ブッ飛ばす。それで、黒乃に謝って貰う。それだけだ!」

「それは、ISで……ととって良いのですね。」

「当たり前だろ。女相手に素手なんて言わねぇよ。」

 

 そういや、こっちの事を忘れてた……。イッチーがセシリー相手に戦うと宣言すると、教室の中に笑い声が響いた。いや、これは……もっと酷くて、馬鹿にするような……嘲笑と表現した方が良いのかも知れない。これが女尊男卑の現状か……。精神的に男だからか、やっぱ……受け入れられない俺が居る。

 

「織斑くん、本気で言ってるの?男が強かったのなんて、もうかなり昔の話だよ。」

「今の内に謝っときなって、頼めばハンデとかも貰えるかもよ?」

「そんなのは関係ないんだよ……。男には、譲れない誇りって奴がある。オルコットは、それを何度も傷つけた。だから俺は戦わないといけないんだ!男が弱いだとか、女が偉いだとか、女尊男卑だとか……そんなのはどうだって良い……。俺の誇りを……黒乃を傷つけたアンタは、アンタの土俵で倒さないと意味は無い!」

 

 こ、声を大にして俺が誇りだとか言わなくて良いから……。でも……なんだ、カ……カッコイイじゃん……。だぁっ!コレだから女の子の身体は……。集中しろ、集中~……イッチーにときめきはしても落とされる事はあってはならん。なんて言うか、俺に残された最後の意地みたいなもんさ。

 

「良いでしょう……相手になって差し上げますわ。ただし、貴方が負けたらわたくしの奴隷にでもなっていただこうかしら?」

 

ど……れい……?奴隷!おお、なんと良い響だろうか!俺としたことが、この発言を見落としていたなんて……。はいはいはい!俺、セシリーの奴隷になりたいです……ぜひ椅子にしてください!感情が高ぶった俺は、思わず椅子から立ち上がってしまった。あまりに突然の事のせいか、クラス内が少しざわつく。

 

「フ、フン……ようやく、重い腰をあげましたね。大切な方を罵倒されて、頭にきましたか?良いでしょう……貴女もお相手して差し上げますわ。」

「黒乃、どうして……?」

「気持ちは同じ。」

 

 俺が立ちあがった訳は全然違うけど、負けて奴隷にしてもらえるんなら模擬戦なんて安い安い!そしてイッチーの問いかけには、久々に声での返答が出来た。そう……気持ちは同じだぞ、イッチー。だって同じドM仲間だもんな!俺の為どうこう言ってたけど、それは口実に過ぎないんだろう。

 

「黒乃……!」

「よろしいですわ。お2人共返り討ちにして――――」

「随分と盛り上がっているな、貴様ら……。」

「あ、織斑先生。お帰りなさーい。」

「近江先生……。しっかりと教師としての勤めを果たしてもらわねば困ります。」

「いやぁ、展開的に放っておいた方が面白そうかなと思いまして♪」

 

 俺の言葉に、イッチーはパッと明るい笑みを浮かべた。うんうん、同士が居るのは嬉しい事だよな。多少のリスクは付きまとうが、俺&イッチーによるセシリーの奴隷計画が始まろうとしたとき……ちー姉の凍えるようなトーンの声が耳に入った。鷹兄……アンタすごいよ、ちー姉の前でヘラヘラしてられるとか。

 

「…………。それで、これはどういう状況です。」

「え~っとですね、簡単に言えばクラス代表の座をかけて模擬戦をする流れかと。」

「誰と誰が?」

「俺と!」

「わたくし!そして――――」

「…………。」

 

 鷹兄が本当に要約して状況を伝えると、更に詳しい情報を要求した。するとイッチーとセシリーは、どこか息の合った調子で自分達が対戦すると宣言する。そこは俺もノリを忘れずに、セシリーの言葉に続いて自分を親指で指差す。するとちー姉は、どこか頭の痛そうな表情を見せた。

 

「はぁ……よしっ、良いだろう。織斑とオルコットの両名は、1週間後の放課後に第3アリーナで模擬戦だ。そこで雌雄を決すればいい。」

「織斑先生、わたくしとミス・藤堂の試合は……。」

「却下だ。オルコットと藤堂では勝負にならん。」

「なっ……!?」

 

 え、えぇ……?ちー姉……流石にそこまで言われると、俺でもショックだよ。勝負にならんて……確かにそうかも知れないけど、むしろ俺としてはそっちの方が好都合なんだけどなぁ。ちー姉の勝負にならない発言に、セシリーは驚きを禁じ得ないようだ。きっとだけど、俺がちー姉に擁護されてると思ったのだろう。

 

「聞き捨てならない発言ですわ!」

「……私の言っている意味は解るな?」

「当然です。それでも……私は彼女と戦います!」

「そうか……。ならば、織斑との模擬戦の翌日、場所と時刻は同じだ。藤堂、お前もそれで構わないな?」

「…………。」

 

 まぁ天下のブリュンヒルデから贔屓されれば、セシリーが怒るのも無理はない……。怒りを煽るような結果になってしまったけど、これでなんとかセシリーと戦う算段がついたぞ!後は……適当に負けてやれば晴れてセシリーの奴隷に……フヒヒ……!俺はちー姉の問いかけに、無言で頷いておく。

 

「話はまとまったな。では、これより授業を開始する。」

「僕はお役御免ですか?」

「……いえ、先生の知恵がタメになる場面もあるかもしれませんので。」

「解りました。それなら、織斑先生の指示で補足を入れますね。」

 

 立ちっぱなしの俺達をスルーして、ちー姉と鷹兄はそんな相談をしていた。鷹兄が教壇から退いた時点で、早く座った方が良いよーというありがたいお言葉をいただく。それで我に返った俺達は、慌てて自分の席へと着いた。さて、鷹兄のアドバイス通りに頭を切り替えないとな……集中集中。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、オルコット。」

「……あら、織斑先生。御機嫌よう、何かご用事でしょうか?」

 

 ようやくお昼休憩の時間となり、わたくしは学年食堂に足を運……ぼうとしていたのですが、背後から織斑先生に呼び止められてしまいました。気配もなく話しかけられると、かなり心臓に悪いですわね。わたくしは、何のご用事かと聞きながら振り返りましたが、織斑先生がこれからわたくしに語る事など容易に想像がついてしまいます。

 

「……先ほどの件だが、事の顛末を詳しく近江から聞いた。オルコット、お前は……わざとこうなるように事を運んだな?」

「…………。」

 

 なるほど、流石にブリュンヒルデを前に隠し事は通用しないようですわね。織斑先生の言う通り、わたくしが織斑 一夏を挑発するような言葉を並べたのは全てわざとです。ま、男性の方がクラス代表になるのは恥……というのはほぼ本音に近いですけれど。

 

 とにかくわたくしは、織斑 一夏に対してミス・藤堂を馬鹿にするような発言をわざとしました。そうすれば、織斑 一夏は簡単に釣れてくれましたもの。そして織斑 一夏がわたくしと模擬戦を行うとなれば、ミス・藤堂も黙ってはいられないと思いましたが……予想通りでした。

 

 彼女らは、互いに互いの事を大切にしていらっしゃる……。わたくしが仕掛けたファーストコンタクト後の様子を見れば、それは明白な事ですわ。だからこそわたくしは、ミス・藤堂を直接挑発するよりも……もっと効率的な手を使わせていただいたまでです。

 

「もしそうだとして、先生はわたくしに何を仰りたいのです。」

「……さっきと変わらん。」

「わたくしに、彼女とは戦うなと……。」

 

 織斑先生は、それを言う為にわざわざわたくしを呼び止めたのですわね。全く……片腹痛いですわ。クラス代表の座や、織斑 一夏との模擬戦などはわたくしにとってはどうでも良い話ですわ。わたくしがこの学園に来たのも、全てはミス・藤堂と戦うためだけ……。

 

「……フフッ。」

「何が可笑しい。」

「あら、失礼……他意はありませんのよ?ただ、どうやら噂通りの御人のようで。」

「言いたい事があるならハッキリと言え。」

「そうですか?でしたら。織斑先生は根っからの小烏党とお聞きしておりまして、まさにその通りだなと。」

「…………。」

 

 小烏党とは、簡単に言えば八咫烏の黒乃を支持する派閥の事ですわ。彼女、どうやら男性……特に日本の男性の方達にとって、半ば神格化された存在らしいので。それは恐らくですが、彼女が数多くのIS操縦者を再起不能にしてきたから……。少しでも多くのIS操縦者が減る事は、男性の方にとっては救いであるご様子。

 

 まぁ……単に彼女の美貌に魅了されたファンも小烏党とされるようですが。問題は、他でも無いブリュンヒルデが完全なる小烏党であるという事ですわ。ブリュンヒルデの愛弟子と呼ばれるほどならば、何ら不思議な事でも無いような気もしますけれど。

 

「私がお前に忠告しているのは、別に藤堂の心配をしての事では無い。」

「ならば、何の為だと仰りたいのです。」

「お前の為に決まっている。……アイツの二の舞になりたいのか?」

「……失礼ですが、貴女が気安く姉様の事を語らないで下さる?」

 

 わたくしとしては、この不毛なやり取りに区切りをつけたかったのですが……思わず反応してしまいましたわ。わたくしに対して、織斑先生がアイツと仰ったのだとすれば……それはアンジー姉様の他ありません。確かに織斑先生のご友人だったようですが、わたくしほど密接な関係ではありません。

 

 それも小烏党の織斑先生では、その言葉に何の重みも感じられませんわ。ですが、単純にわたくしを気遣っての言葉という事は判断できました。あえて言葉を選ばずストレートに表現したのかもしれませんわね……。取り繕われたって、なにも嬉しくはありませんもの。

 

「わたくしは。ただただ八咫烏と戦う事だけを夢見て日本へ来ました。」

「…………。」

「まさかこんな早くにチャンスがくるとは思っていませんでしたが……。とにかく!一矢報いる事が出来るのならば、わたくしはこの身朽ち果てようとも構いませんわ!」

 

 八咫烏の実力と、多くのIS操縦者を潰してきた実績はもちろん承知の上ですわ。もしかするとわたくしのIS操縦者としての人生は、ここで幕を閉じてしまうかも知れません……。ですが、理屈などは抜きにしての話ですわ。そう、彼と同じように……。

 

「……解った。そこまで言うのならば、もう止めはしない。」

「ええ、覚悟はとうにできています。」

 

 それは先ほどもわたくしは言いましたが……。今回こそ織斑先生は、わたくしの言葉に納得してくれたようですわ。そうなると、これ以上ここに居るのは無意味ですわね。わたくしは、織斑先生に優雅なお辞儀を見せると、食堂を目指して歩を進めようとしました。

 

「……少し待て。」

「まだ何か?」

 

 わたくしが完全に織斑先生から離れようとすると、またしてもわたくしは呼び止められました。これ以上わたくしに何のご用事なのかしら。そう思いながら、髪の毛を翻し振り向くと……織斑先生はわたくしに背中を見せたままですわ。しばらくその背を眺めていると、織斑先生が静かに口を開きました。

 

「これから言う私の言葉は、どう取ろうとオルコットの勝手だ。それこそ、小烏党の戯言だと思っても構わん。」

「その前提で、わたくしに何を申しても無駄ですわ。」

「藤堂は、確かに八咫烏と呼ばれるような一面もある。ただ……それだけではない事を、解ってやれとは言わん。……だが、頭の片隅には置いておいてほしい。」

「…………。」

 

 その言葉に織斑先生は時間を取らせたと付け加え、一切振り向く事なくわたくしの前から去って行きました。それだけではない……。ええ、言われなくとも……解っております。八咫烏の黒乃は、わたくしの想像とは違った人物であったのは確かですわ。

 

 わたくしの想像した通りの人物であったならば、それなりに気も楽になったでしょう。ミス・藤堂の気持ちを利用するような真似をして、戦いの場へと引きずり出した……。ですが、だからこそ戦えるというのもまた事実ではあります。エレガントではありませんがね。

 

「ですが、やはりわたくしは……貴女を許せません。」

 

 誰も居ない廊下で、わたくしは1人そう呟きました。ミス・藤堂……例え普段の貴女が善き人であろうと、八咫烏としての顔もまた本物ですわ。どちらも本当の貴女……。だからこそわたくしは、貴女へと挑ませていただきます。そう……この身朽ち果てようとも。

 

「……お昼にしましょう。」

 

 織斑先生と話したせいか、当初の目的を見失うところでしたわ。そうです、わたくしはお昼を食べようとしていたのです。時間は……まだ余裕がありますわね。どちらにせよ、急ぐのはあまり好ましくありませんし……。さて、今日は何を食べましょうか……。

 

 

 




黒乃→セシリーの奴隷になるチャンス!
セシリア→彼を貶せば乗って来ると思いましたわ……ミス・藤堂!

以下、ちょっとした用語解説を挟みます。

小烏党
IS操縦者を精神的に追い込み、再起不能にしてきた藤堂 黒乃を女尊男卑の世に現れた救い主、女神として崇める半ばカルトじみた団体。ただし、あくまでその活動はネット内までに限定。逆に女尊男卑主義者のからは徹底的に疎まれる。そのせいか、現在は小烏党関係なしに単なる黒乃のファンも同一視される傾向。支持層としては、8割方が日本人男性。


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第25話 固有スキル ラッキースケベ

(ん……もうこんな時間か……。)

 

 放課後の1年1組教室では、寂しい事に俺しか残っていない。居残りで勉強をしていたが、よほど集中していたのか夕日も沈みかけている。俺が手を付けていたのは、ISに関するあれこれの知識が載せられた参考書だ。代表候補生と模擬戦をする事になった今、詰められるだけの知識は詰めておかないとならない。

 

 しかし、この参考書を捨てかけた俺は……随分とマヌケだったな。黒乃が拾っておいてくれたから良かったものの、1人暮らしだったら今ごろはリサイクルされているところだろう。……その黒乃の為にも負けられない。気持ちは同じだって、黒乃はそう言ってくれたんだ。

 

 ……俺は、その言葉が嬉しくて堪らない。好きな子にそんな事を言われた日には、やる気も湧いてくるというものだ。とはいえ、今日の所はこのくらいにしておこう。何事も適度にこなすのが大事だ。そう思って勉強道具を片付けていると、軽い調子の声が俺の耳に届いた。

 

「おや、まだ教室に居たのかい。居残り勉強とは感心だね。」

「近江先生……?あの、俺に何か用事ですか。」

「う~ん……僕と言えば僕もだけど、一緒に君を探してほしいって頼まれてさ。おーい、山田先生~!」

「あっ、ここに居たんですね織斑くん。スミマセン近江先生……わざわざ一緒に探してくださって。」

 

 俺の前に現れたのは、いつも通りのニヤけた顔の近江先生だった。う~む、人当たりは良さそうなんだけどな、やっぱりどうも胡散臭く感じてしまう。そんな感想を抱いていると悟られないように、何か用事かと問いかけてみる。すると近江先生は、教室の外に居るらしい山田先生を呼び寄せた。

 

 自分も用事はある……と言っていたが、大半は山田先生の方らしい。1年1組副担任コンビは、いったい俺に何の用事なのだろうか。山田先生がペコペコと近江先生に頭を下げている内は話が進む事も無さそうだ……。しばらく待つと、山田先生はハッとなったように俺へと向き直った。

 

「お、織斑くんもスミマセン……。」

「いや、大丈夫ですよ。それより、俺に用事って……。」

「それがですね、寮の部屋が決まりました。」

「はい、これが部屋番号とその部屋のキーだよ。」

 

 用事を尋ねると、副担任コンビは畳み掛けるように事を進行してゆく。近江先生にキーやらを渡されるわけだが、俺からすると不可解な事態だったり。IS学園が全寮制なのは知っている。だが、部屋の調整諸々が原因で1週間は自宅通学だと知らされていた。俺は率直にその質問を副担任コンビへぶつけてみる。

 

「事情が事情ですので、部屋割りを無理矢理にでも変更したらしいんです。」

「上はさらっと命令するだけだからねぇ。あ、それは僕にも言えた事か……ハハハ。とにかく、日本政府のご要望って事だよ。」

 

 なるほど……。IS学園が全寮制なのは、そもそも有望な人材を保護するという名目だ。そうなると未だかつて前例のない男性IS操縦者である俺は、何が何でも危険に晒すわけにはいかないって事か。それこそ、俺がISを動かせることが発覚してから凄まじい物だったしな……。家に研究者を名乗る人が押しかけてきたりして。

 

「あ、しばらくすれば個室も用意出来るらしいけど、それまでは女子と相部屋だけど我慢してね。」

「……近江先生は何処に寝泊まりするんです。」

「僕かい?教師と生徒じゃ圧倒的に数が違うからね、僕は普通に個室……。なんなら、僕と相部屋がいいかい?」

「い、いや……遠慮します……。」

「おやおや、それは残念。」

 

 同じく男性である近江先生に、素朴な疑問が浮かんだので聞いてみた。どうやら近江先生は、教師用の寮室が用意されているらしい。その後に続けざまに出てきた言葉は、即答で拒否しておく。今の言い方からするに冗談ってのは解るけど……。……って、山田先生……顔を紅くして、よからぬ想像でもしてるんじゃないでしょうね。

 

「んじゃ、荷物纏めないとなんないんで帰ります。」

「だっ、大丈夫ですよ織斑くん。荷物の手配は、織斑先生がしておいてくれたので!」

 

 やっぱりよからぬ想像をしていたのか、山田先生は声をうわずらせながら俺にそう告げた。千冬姉……気が利くな……と思ったのも束の間だった。発送された品の内容が書かれた紙を渡されたが、数枚の着替えと携帯電話の充電器のみ。……千冬姉、少しは娯楽の事も考えてくれると弟は大変喜びます。

 

「それと、夕食は6時から7時までの間……寮に1年生用の食堂がありますからそこで!そ、それでは!」

「山田先生~?う~んと、各部屋にシャワーがあるけど、大浴場もあるよ。時間割は学年ごとに区切られてるみたいだけど、僕らにはあまり関係ない話だね。」

「へ?なんでですか。」

「考えてもみなよ。僕らはこの学園の0コンマ数%の男でしょう?しかも突発的にこの学園に来たんだし……時間が割り当てられている方が不自然だよ。」

 

 山田先生は早口で喋ると、まるで逃げるように教室を去って行った。話はそれで終わりかと思ったら、どうやらまだだったみたいだ……。近江先生が山田先生に着いて来たのは、たぶんだけど補足を入れる為であろう。最後は風呂の話だった訳だが、随分と残念な情報を仕入れてしまったものだ。風呂、好きなんだけどなぁ……。

 

「ん~……伝えるべきはそのくらいかな。忘れてたらまた伝えるし、解らない事があったら気軽に聞いてね。それじゃ、この後会議らしいから僕はもう行くよ。」

「どうも。わざわざありがとうございました。」

「うん、明日も遅刻しないようにね。」

 

 近江先生はそういうと、手をヒラヒラと振りながら山田先生を追いかけはじめた。……あっ、今朝の黒乃に対しての態度に関して聞いておけば良かったかも。まぁ……あれも冗談だと勝手に思っておく事にしよう。うん……本当に冗談であってくれ。さもなきゃ俺の恋が砕け散る。

 

 教室を出た俺は、自室となる1025号を目指して彷徨っていた。というか、たかだか学生寮で4桁になるってどういう事だよ。そんなことを考えながらも、特に問題もなく辿り着けた。なんだか、扉から高級感が漂っているな。さて、とっとと入って1日の疲れを癒すとするか……。

 

 扉を開いて中へと入ってみると、とてもじゃないが寮室と呼べるものではない。それはもちろんいい意味で。自宅の俺の部屋なんかよりはよほど綺麗な内装だ。落ち着かないが、そこは徐々に慣らしていくしかないな。ん、あの段ボールに入っているのが俺の荷物か。

 

「同室の者か?私は篠ノ乃 箒という。これからよろしく頼……。」

「箒か……?」

 

 さっそく荷解きをしようと思ったら、何か聞き憶えのある声がした。振り返ってみるとそこには、バスタオル姿の幼馴染がいる。箒もきっと油断していたに違いない。そして俺がこの場に居る事実……。同室だと察してくれなければ、単に覗きを働いたように解釈されかねないぞ。

 

「なっ、なななな……。」

「な?」

「何故ここに居る!?」

「何故って、俺もこの部屋に住むからだが」

「なん……だと……!?と、というか……見るな!」

 

 やっぱり混乱もするよな。というか、むしろ箒で助かったとも言える。これでもし顔見知りですらなかったとすれば、俺は間違いなく生徒指導室にでもぶち込まれているはずだ。持つべきものは幼馴染だな、うんうん。それより、混乱している箒にフォローを入れよう。

 

「箒。」

「な、何だ……。」

「服の上からでも解ったけど、お前やっぱりきょにゅ――――」

「出て行けーっ!」

 

 場を和ませようとしたら追い出された。何故だ、一応は冗談っぽくする為に笑い飛ばすように言ったのに。しかし、この状況はあまりよろしくないな。騒ぎを聞きつけてか、女子達が集まり始めている。箒もそうだが、女子達の格好は総じてギリギリだ。何がとは言わないけど。

 

 そうだ、挨拶がてらにお隣さんへ助けを求めてみよう。そうだな、それじゃ……1026号室を訪ねようじゃないか。あくまで自然な様子を意識して、初めから挨拶目的ですよみたいな空気で1026室の扉を叩いた。……返事がないな。扉の鍵は……。

 

 出かけているのかも知れないと思って、鍵がかけてあるかどうかだけ確認しようと俺はドアノブに手を伸ばした。するとどうだ、掴もうとしたドアノブが急に奥へと引かれてしまう。既に体重を扉にかけようとしていたせいか、俺は倒れこむように1026室に入室する形になった。

 

「うわっ!……なんか柔らか……。」

「…………。」

「い……?いいいい!?く、くくく……黒乃!?」

 

 倒れてしばらく目を閉じていたが、刮目してみるとバスタオル姿の幼馴染がそこにはいた。箒の時と一字一句同じじゃないか。いや、厳密に言えば同じではない……。俺は倒れた勢い余ってか、黒乃を押し倒してしまっている。ついでに言えば、胸に手を……胸?……俺の恋、たった今終わったかもしれない。

 

「わ、悪い……今どくからな!」

『い、一夏……。着替え終わったぞ。その……さっきはすまなかった。私も落ち着いたから、ゆっくり……。』

「ま、待ってくれ箒!今それどころじゃ……。」

『む……?もしや、何かトラブルか!?待っていろ、助太刀……』

「いや、違っ……部屋に入ってくるなって言いたいだけで……。」

「一夏、無事か!?……って、何をやっとるか貴様ああああ!」

 

 扉越しに話しかけてきた箒の様子からするに、焦る俺に何やら危機が迫っているとでも思ったのだろう。助太刀……あたりからドタバタと音が聞こえたから、竹刀でも取りに戻ったのだと考えていると……その通りだった。黒乃にまたがったまま顔だけ振り返えらせると、怒り心頭で竹刀を振り上げる箒が俺の目に映る……。

 

 

 

 

 

 

(ふぃ~……初日は何とか乗り切った……のかな?)

 

 IS学園学生寮の1室にて、黒乃はシャワーを浴びながらそんな事を考えていた。彼女……というか、中身のオッサンは基本的に小心者の為にボッチで大浴場に行く勇気は全くと言って良いほどない。本人も体が女性なだけに義務的な意味合いで風呂等に入っている。前世では出かける予定がなければ入らない事もしばしば……。

 

(でもやっぱり、運命力って奴が働いてるっぽい。テンプレであってテンプレじゃないっていうか……。)

 

 現在は1人脳内でもくもくと反省会である。理由は多少違うものの……やはり流れとしては自分も一夏もセシリアと戦う事になってしまった。それは彼女の望む平穏無事とは程遠い。今回の場合は、マゾヒストっぷりが勝って仕方が無い事だという認識らしいが……。

 

(ま、それは追々で良いか……。それよりも……個室、なんていい響きだろうか!)

 

 内心では花が咲くような喜びっぷりだが、藤堂 黒乃の肉体はやはり全くそれが表に出ない。黒乃にとって、最も危惧していたのはそこだった。喋る事も筆談も出来ない身で、誰かと同室など気まずいに決まっている。最悪は一夏か箒ならばと思っていたが、誰かが訪れる気配も無い。

 

(つまりここは俺の城!フハハ、どう改造してやろうか。とりあえず持ってきたノートPCをネットに繋いで~っと……。)

 

 黒乃が持って来ておいた荷物には、PCやゲーム機など自堕落な生活を送る気が満々な物が詰め込まれている。それをどう配置すればなるべくベッドから動かずに済むかを想像するだけでルンルン気分らしい。黒乃は大きめのバスタオルで身体を拭き、脱衣所を出ようとした時……。

 

(……?扉を叩く音かな。……ハッ!?もしや、やっぱり同室の人が!?)

 

 黒乃が聞いたのは、確かに扉を叩く音だった。その音が鳴る=同室の者がやはり居て、それが今になって現れたと結論付ける。扉の鍵はかけてないが、すぐに顔を出さないと何かとまずいのではと黒乃は少し慌て始めた。着替えなんて持って脱衣所に入っていないため、とりあえず身体と頭にバスタオルを巻いて自室の扉を目指す。

 

(はいはい、今出ますよ~っと。)

「うわっ!?」

(どわああああ!?)

 

 ドアノブに手をかけて引いてみると、どういうわけか雪崩込むように一夏が現れた。心底驚いた黒乃は、思わず後方へとバランスを崩す。更に悪かったのが、一夏が前方に転倒しかけているという事。その相乗効果で、結果的に黒乃は一夏に押し倒されてしまう。

 

「……なんか柔らか……。」

(ちょっ、バッ……!だ、ダメだってイッチー……黒乃ちゃんの身体はその……敏感で……んっ……!)

 

 押し倒された時点で、一夏のラッキースケベスキルが発動したと黒乃は理解していた。その証拠に、ガッチリと胸を掴まれているのだから。しかし、何故そこで感触を確かめにかかるかが不思議でならない。そうなってくると、掴むから揉むに昇華する。

 

 ムニムニムニ……。そんな効果音でも聞こえてきそうな感じで、ゆっくりねっとりと一夏の手が閉じたり開いたりする。その間に黒乃は、何かに耐えるように静かながらも熱い吐息を漏らした。もし黒乃に表情が出るとすれば、それはとてつもなく官能的だった事だろう。

 

「い……?いいいい!?く、くくく……黒乃!?」

(うん、イッチー……気が付いたならはよどいてちょうだい……。)

 

 ようやく一夏は、自分か下敷きにした黒乃の事に気が付いたらしい。それと同時に自分が揉んだのは黒乃の胸だと理解したのだが、手は外したものの完全に黒乃の上からはどいていない。そんな一夏に対して、黒乃はどこか諦め加減でそう思った。

 

「わ、悪い……今どくからな!」

『い、一夏……。着替え終わったぞ。その……さっきはすまなかった。私も落ち着いたから、ゆっくり……。』

「ま、待ってくれ箒!今それどころじゃ……。」

『む……?もしや、何かトラブルか!?待っていろ、助太刀……』

「いや、違っ……部屋に入ってくるなって言いたいだけで……。」

「一夏、無事か!?……って、何をやっとるか貴様ああああ!」

(あ、そっか忘れてた……。モッピーの風呂上りバッタリイベントだっけ……?)

 

 目の前で行われた一夏と箒のやり取りにて、ようやく黒乃は原作にて1番最初のラッキースケベイベントの事を思い出す。その際に黒乃が思う事と言えば、モッピーのバスタオル姿を見逃した……!とかなのだが、怒っている箒を目の前にはそうも言ってられなさそうだ。

 

(モッピーよ、暴力はいかんよ!ここは俺が1つ……。)

 

 黒乃は一夏を押しのけ、竹刀を振り上げた箒の前へと出た。その思惑としては、真剣白刃取り!……と見せかけて、思い切り頭を叩かれてやろうというものだ。失敗するのかよ!というツッコミを入れてもらう事により完成するボケである。つまり、笑いをとって場を和ます気が満々なのだが……。

 

「っ!?さ、流石だな……黒乃。」

「レ、レベルが高すぎる攻防を見た……。」

(あるぇ〜?なんか成功しちった。)

 

 とんでもない強運の持ち主であるだけに、何かと上手くいってしまうのだ。しゃがんだ状態で手を合わせると、その間にドンピシャで箒の竹刀が挟まった。狙いと違うとはいえ、とにかく箒の一夏に対する攻撃は防げたので結果オーライ。……と、思っていると。

 

(あ、ヤベ……バスタオルの巻き方が甘かったみたい。)

「く、黒乃!?バスタオルが……。一夏!何をマジマジと見ている!」

「み、見てない!見たとしても背中だけだ!」

 

 真剣白刃取りに成功した数瞬後、黒乃が巻いていたバスタオルがストーンと落ちた。正面から見ると、完全に豊満なバストの全てが露わになっている。逆に、背後を見れば背中が丸見えだ。当の本人は大して気にしてはいないのだが、一夏と箒の慌てようといえば凄まじい。

 

「っていうか黒乃、いつまでその体勢で……。なんでもいいから早く隠せって!」

「一夏、貴様見ているな!?離せ黒乃、この不届き者を成敗せねば……!」

(モ、モッピー!暴力は……自分から好感度を下げる行為をしたらアカン!)

 

 とりわけ黒乃は、箒自身の為を思って一夏を攻撃するのを止めている。ここからどうするか考えると、てっとり早いのは竹刀を奪う事だという結論に辿り着く。黒乃は合わせた両手を、腕ごとクイッと捻るようにして横へと傾ける。すると、思ったより簡単に竹刀は箒の手元から離れた。

 

(だっしゃ、大成功!)

「グハッ!?」

(……あり?)

 

 思わぬ成功に、黒乃はジャンプしながら立ち上がった。黒乃の悪癖として、格好をつけたがるというのがある。箒から奪取した竹刀の柄を持つと、後ろを向きながら振りかぶり鞘に収めるようなモーションをとろうとした……その時だ。振り向くと同時に、竹刀へ何かを殴った感覚が残る。

 

(し、しまった!イッチー!)

 

 黒乃が喜んでいる内に、一夏も同じく立ち上がっていたのだ。そのせいで、一夏は竹刀で叩かれる結果になった。当たりどころが悪かったのか、はたまた黒乃の怪力故か……。一夏は、頬を真っ赤に染めて気絶してしまっている。不可抗力とはいえ、黒乃は申し訳なさそうに一夏の顔を覗き込んだ。

 

「な、なるほど……私から竹刀を取ったのはそういう事か。気持ちは良く解るぞ、黒乃。いくらお前とて、あれは怒って当然だ。」

(いや、モッピー……自分の手で制裁をとかじゃなくてさ。)

 

 あまりに清々しい振り抜きっぷりに、箒には怒っていると解釈されてしまった。驚きはしたものの、黒乃はこれっぽっちも怒ってはいない。どちらにせよ、自分が一夏を怪我させた事だけは間違いない。黒乃は冷蔵庫から湿布を取り出すと、一夏の赤くなった頬へと貼り付けた。

 

「うむ、腫れると大変だからな。まぁ……それよりもなんだ。いい加減に何か着たらどうだ……黒乃?」

(……あ、ほんとだ……俺全裸じゃん。)

 

 一夏を叩く前あたりまでは、申し訳程度ながらも前だけは隠していたのだが……バスタオルは存在すら忘れられている。同性だというのに、箒は少し赤面しながらそう指摘した。黒乃は荷解きの済んでいないバッグから、下着や寝間着を荒っぽく引っ張り出す。とにかく急いでそれを着ると、残る問題は一夏のみだ。

 

「…………。」

「一夏を……運ぶ?そうか、取りあえずはベッドに、だな。」

 

 このまま床に放置も申し訳ないが、かといって1025室まで運ぶのは面倒だと黒乃は思った。そうなると、考え付くのは自分の足で帰ってもらう事だ。黒乃は箒に対して、一夏とベッドを指差す仕草を見せた。それで何が言いたいかは伝わったようで、2人は力を合わせて一夏をベッドへと乗せる。

 

「ふぅ……。2人で抱えてもなかなか重いものだな。それは一夏が逞しくなった証拠か……。」

(おおう、モッピーが女の顔をしてら……。)

 

 一夏が起きるまで付き合うつもりなのか、箒はベッドに腰掛ける。座ったまま一夏へと顔を向けているため、黒乃の目に映っているのは箒の横顔だ。しかし、横顔でもハッキリと解る。箒の表情は、一夏を愛おしく思っているのが見て取れた。黒乃は内心でニヤリニヤリと笑みを浮かべている。

 

(今の内に堪能しときなよ、モッピー。そのうちキミだけ応援する訳にはいかなくなっちゃうし。)

「あ、いや……済まない。そ、そうだな……私が居ない間は、全く剣道には触れなかったのか?」

 

 ジッと黒乃に見つめられていた箒は、何故か取り繕いながら謝った。そして、話題を強引に別の物に進路変更。黒乃も追及するという行為が行えないせいか、早々に箒の話題へ乗っかった。とは言っても、いつも通りにYESかNOで応えるような……会話とは表現し辛い状況になるが。

 

 それでも箒からすれば、このようなやり取りは懐かしく感じられた。そうこうしている間に一夏も目をさまし、これでようやく落ち着いた……かと思われたのだが。一夏は目が覚めるなり、とにかく黒乃に謝り倒した。黒乃としては全くもって怒ってはいないのだが、それを察して貰えず……不毛なやり取りが延々と続く事となる。

 

 

 

 




黒乃→いや、怒っては無いんだけど……。
箒→うむ、女ならば怒って当然だ。



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第26話 腐っても代表候補生

「なぁ2人とも、いい加減に機嫌直せって。」

「馬鹿を言うな、すぐ許せる方がどうかしている。なぁ?黒乃。」

「…………。」

「ほら、黒乃は許してくれてるぞ。」

「肯定も否定もしていないではないか。自分に都合良い解釈をするんじゃないっ。」

 

 原作最初のラッキースケベイベントが発生した翌日の朝、俺達原初の幼馴染3人組は揃って朝食をとっていた。目の前で繰り広げられる問答を長い事見届けてるけど、長年連れ添ったオシドリ・フーフめいたアトモスフィアを感じる。顔を合わせてから何回か同じような会話をループさせてるからね、オジサンお腹いっぱいです。

 

 ってか、それこそ別に俺は怒ってないんだけど。こんな時に限って、モッピーの言った通りに反応を示せない。ずっと黙ってるからか、些細な事で怒ってるのか?ってイッチーや弾くんにはよく聞かれたもんだよ。まぁ、良いけどね……時間が解決してくれるって。

 

 そうと決まれば、2人の会話をほぼスルーして朝ご飯に集中しよう。鷹兄と一緒に行ったレストランのも美味の一言に尽きるけど、IS学園の食堂も落ち着く美味しさがあるなぁ……。でもなんだろ、厳じっちゃんの料理の方が美味しく感じるや。あ~……そういや、最近顔出してなかったな。元気かな、弾くん達。

 

「ね~ね~、少しい~い?」

「ん……俺達に用事か?」

「えっとね~、この席座ってもだいじょぶかな~?」

 

 その時ふいに間延びした声が響いた。……はっ!?俺としたことが、この子の存在が頭から抜けてしまっていた。のほほんさんこと、布仏 本音ちゃんじゃないか!?俺が前世で聞いた都市伝説によれば、かつては単なるモブだった……が!あまりの可愛さに名前と特徴が着いて完璧なサブキャラになったとかなんとか……。

 

 いや、だって可愛いもん。その可愛さは、単なる可愛さじゃなくてマスコット的な要素も含んでいる。もうほら……のほほんちゃんの萌え袖とか卑怯だわ。天然で醸し出すあざとさとか大量虐殺兵器に等しいよ。そんなのほほんちゃんの問いかけに、イッチーとモッピーはこう答えた。

 

「……黒乃が構わないなら構わないぜ。」

「同じく。」

「…………。」

「わ~ありがと~。2人とも~だいじょぶだって~。」

 

 そんな俺に委ねるみたいな言い方しないでよ……。もちろんオッケーだけどさ、もし否定したら完全に俺が悪者じゃん。首は……よしっ縦に振れた。俺が首を頷かせたのを見てか、のほほんちゃんは少し離れた場所に呼びかけた。すると遠くに見えたのは、どこかオズオズとした様子の2人組……。

 

 あっ、これはアレだ……俺がいるから遠慮してたパターンだ。で、のほほんちゃんに頼んで大丈夫かどうか聞いてもらった的な。う~ん……やっぱり何処へ行っても敬遠されるかぁ……。敬遠され過ぎて、もはや全打席フォアボールで出塁するレベルじゃないだろうか。

 

「うわ、織斑くん朝なのにたくさん食べるねー。」

「お、男の子だね。」

 

 ……どうやら、俺は居ない物として扱っているみたいだ。解るよそれくらい……。だってもう友達とかマジで片手で数えられる人数しか居ないもの。はぁ……なんか、流石にやるせないってか、悲しいってか……。こう露骨にそういう態度をとられると……ショック……かな。

 

「…………。」

「じ~っ……。」

「…………。」

「じ~っ……。」

 

 俺が無言で食事を進めていると、のほほんちゃんの方から凄い視線を感じる。ってか、この子口でじ~って言ってるからね、あざと過ぎるよね。あんまり可愛いことしてるとお菓子を餌にお持ち帰りしちゃうゾ☆……いや、したくても出来ないんだったか。

 

「くろっちってさ~……。」

「…………。」

「おっぱい大きいね~。」

「ゴフッ!?」

 

 あっ、じっと見てたの俺のおっぱいっすか。何かと思ったけど、のほほんちゃんらしいと言えばらしいのかも。のほほんちゃんの言葉が嫌でも耳に入ったのか、イッチーは味噌汁を吹きかけた。そうすると、少し不機嫌そうな様子でモッピーがイッチーを小突く。

 

「ちょっ、のほほんさん……いきなり何を!?」

「そ、そうだよ、八咫がら……じゃなくて、藤堂さんになんて事を……!?」

「え~だって~。私もおっきい方なんだよ~?でも~絶対私よりおっきいも~ん。ボインボイ~ン。」

「い、いや……ちょっと待て、朝っぱらからそんな……。」

 

 おっふ、タイムタイム……!いきなり何をしでかすかと思えば、のほほんちゃんは俺のおっぱいを弄び始めた。だ、だから……胸はダメなんだって……!あっ……!う~……心の中でとは言え、変な声が出るのが恥ずかしい……。ってかイッチー、見てはいけないみたいな顔してないで助けてよ!

 

「……一夏、私は先に行くぞ。」

「待てって、こんな状況に俺1人を置いて行こうとするな!」

 

 そうだぞモッピー、同じ日本人離れした巨乳の持ち主じゃないか!君と俺は解りあえる……だからこそ俺の救い主はモッピーだけなんだ。でももうダメかなぁ……?モッピー立ち上がっちゃってるし。……あ、左手の親指に焼魚の油が着いてる。でもこの状況じゃハンカチも取り出せないし……。

 

 そう思って困っていると、ふと立ち上がっているモッピーのスカートが見えた。……バレへんバレへん。悪く思わないでよモッピー……俺を助けてくれないのなら、ここは御相子って事で……。俺は立ち去ろうとしているモッピーのスカートの端を、バレないようにそっと撮む。そして親指を擦るようにして、魚の油を拭きと―――

 

「黒乃……。」

 

 ほわぁああああ!?お、思いっきりばれてやがる!俺がこんな行動に出たのが予想外なのか、モッピーは驚いたような表情で俺を見ている。お、怒られる……こってり絞られる……が、ご褒美寄りなら大歓迎です!……とかこんな状況で考えちゃう俺がときどき嫌になるね。

 

「……解かった、黒乃がそう言うのであればそうしよう。」

「なんだよ箒、行くんじゃなかったのか?」

「お、置いて行くなと言ったのは一夏だ。」

 

 あれ……?怒られない。なんでだろ、むしろ表情は穏やかそのものに変わった。座り直したモッピーを見て、イッチーは悪戯っぽい笑みを浮かべた。それに対してモッピーは、顔を赤らめながら反論してみせる。そのついで……かは解からないけど、のほほんちゃんの魔の手(物理)からも助けてくれた。

 

「……3人って、仲がいいんだね。」

「ああ、そりゃま幼馴染だからな。黒乃に限っては家族みたいなもんだし。」

「え、それって―――」

「お前達、いつまで食事をしているつもりだ!手を休めずにとっとと食え!遅刻者はグラウンド10週だ!」

 

 俺達のやり取りを見てか、原作で聞いたことあるような質問が投げかけられる。それに対してイッチーは、幼馴染だから当たり前だと答える。……が、俺の事はベラベラ喋らんといてよ。イッチーってば、放っておいたら俺と10年近く同居だって言っていたに違いない。そしたらまた俺が嫉妬の対象にされてハブを喰らうよ……。

 

 ま、ちー姉の怒号のおかげで未遂で済んだから良いけどね……。この怒号を聞いてか、俺達含む食堂に居る全員が慌てて食事を再開させた。俺はほぼなくなりかけだけど。それ言うと、モッピーは食べるのが早いのだろうか?今度は注目してみる事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後、一夏と箒の部屋を訪ねる者が居た。その長い黒髪からするに、藤堂 黒乃に他ない。その手には1冊のノートを携えていて、それを2人の内どちらかに渡すつもりなのかも知れない。黒乃が1025室の扉を叩くと、顔を出したのは一夏だった。

 

「よう、黒乃。何か用事か?」

「…………。」

「中に入りたい?そっか、解った。」

 

 黒乃は少し開いた扉の隙間から、室内を指差す。すると一夏には、とりあえず室内に入れてくれという意思表示に見える。それは一夏の大正解で、黒乃はすぐに伝わって安堵していた。部屋の主たる一夏に招き入れられ、黒乃は1025室に侵入。入った途端に、キョロキョロと周囲を見渡すような仕草を見せた。

 

「あ、もしかして箒に用事だったか。入れ違いだな、箒もさっき出かけたばっかりなんだよ。」

(マジか〜。コレ、モッピーにやらせようと思ったんだけど……。)

 

 黒乃は箒に用事がある。これもまた一夏の正解。単純に仕草だけを言わせれば、理解力が最も高いのは一夏なのかも知れない。会いたかった人物が不在なだけに、黒乃は部屋で立ち往生。急ぐ用事でもあるし、かといって緊急なほどでもない。しかも、別に箒が絶対に必要という事もなかった。

 

(う~ん……しょうがないか。モッピーには悪いけど、コレは俺がやっておく事にしよう。)

「黒乃、箒が帰って来たら俺が知らせ……。っと、どうかしたのか?」

「…………。」

「ベッド……座れ?あ、ああ……解った。」

 

 黒乃を出直させようとした一夏だったが、それは本人の意思によって遮られた。ベッドに座らされたのを見るに、一夏は箒が来るまで相手をしてくれ……という事かと考える。しかし、黒乃はベッドへと座った一夏に、持っていたノートを見せつけた。ノートの表紙には、IS基本操作図解と書かれている。

 

「IS……?もしかして、貸してくれるのか?」

「…………。」

「ち、違うのか……。じゃ、それをどうする気なんだよ。」

 

 一夏は、ISの勉強に苦戦している。そのため、代表候補生である黒乃が使っているノートを貸してくれるのかも。そう問いかけたが、黒乃は首をゆっくりと横へ振った。次に何の為に持ってきたのかと聞けば、黒乃はノートを開いて一夏の膝へと置く。すると黒乃は、ノートにある図をピッと指差した。

 

「丁寧に書かれてるな。」

 

 黒乃は自分の考えは書けないが、模写ならしっかりできる。一夏の言う通りに、操縦桿を動かせばISがどういう動作をするかが解りやすく書かれていた。一夏が図を理解していると確認が取れた黒乃は、自分もベッドへと座り一夏の後ろ側へ回り込んだ。すると……。

 

(ちょっち失礼な、イッチー。)

「く、黒乃……?」

 

 一夏の肩に顔を乗せるようにして、両腕はピッタリ重なった。手の平がいまいち届かないのか、一夏の背中には黒乃の胸がグイグイと押し当てられる。一夏が少しばかり混乱している間に、黒乃は指先へと力を入れた。注意深くその動きを観察すると、一夏はある事に気がつく。

 

「ん?もしかして、この図の通りに動かしてる……のか?」

(そうそう、察しが早くて助かるよ〜……。)

 

 そう、黒乃の指の動きは、ノートに書かれている図になぞらえたものだ。これは黒乃がISの事を学ぶにあたり、初めて昴に指導された方法である。なんにせよ、まずは何をどうすればISがどう動くか。それを学ぶ為に、文字通り手取り足取り教えるのである。それが解った一夏は、意識を集中させようと務める……が。

 

(……お、落ち着け……とりあえず落ち着けよ俺。決して黒乃の匂いとか背中に当たる胸の事とかを考えるんじゃない……!)

 

 それもそのはず……。惚れた相手にこんな事をされては落ち着くはずもなかった。耳元では黒乃の息づかいが聞こえ、鼻には黒乃の醸し出す芳香が漂ってくる。とどめと言わんばかりに、そのワガママなバストが思い切り背中に押し付けられているのだから。

 

 何か一夏は、黒乃に包まれている気分になっていた。一方の黒乃は、全くと言っていいほどに気にしてはいない。そもそもこれは、できれば箒にやらせようと思っていたくらいなのだから。何故なら、それが箒にとって役得であろうから。しかし、この場に都合悪く箒が不在だったのだ。

 

 そうなると、一夏の事情を考慮して黒乃は自分がやる事を選んだ。黒乃は、それなりに長い時間ISに触れてきた。だからこそ解るのだ……一夏がこれからやろうとしている事が、どれほどに無謀に等しいかを。代表候補生と、たった1週間だけISの勉強だけして戦えなんてのは馬鹿げている。

 

 別に代表候補生になりたかったわけではない黒乃だが、それでも中学に入学してからというもの血の滲むような努力をしてきた。指導者が千冬と昴ゆえ、時には心が折れそうな事だって。きっと今自分と同じ肩書きである面子は、同じよう……もしくは、それ以上の努力をしてきたと黒乃は考える。

 

 原作の展開としては勝ち寸前までいくわけだが、そんなのは現実である現在では役に立つとは限らない。だから黒乃は、自分が一夏にしてやれる事をやろうと今に至る。やらないよりはマシ、程度の事しかしてあげられない。だが黒乃は、家族として一夏を助けてやりたい一心なのだ。

 

(それこそ、イッチーはいつも俺の事で必死になってくれた……。だから、IS学園で少しずつ返していきたいわけよ。)

 

 若干の空回りはあるものの、それでも兄兼、弟兼、親友が自分の為に一生懸命になってくれているのは痛いほど伝わる。ISに関しては圧倒的に自分の方が経験豊富だ。恩に報いるのならばきっとここであろう。IS学園に入学すると共に、黒乃はそんな事を考えるようになっていた。

 

(だからほぅれ、君も集中シタマエ!)

「いっ!?いたたたた……!く、黒乃!手の甲の皮を引っ張るのは痛いって……!」

(美少女に抱き着かれて嬉しいのは解るけどさ〜……顔に出過ぎ。)

 

 先ほどから黒乃の手も止まってはいたが、それに輪をかけて一夏は集中できていない。自分がせっかく教えているのにと思うと、なんだか黒乃としては面白くなご様子。軽めながらも手の甲の皮を抓ると、強制的に一夏の意識は覚醒した。すると一夏は、大きく数回深呼吸してみせる。

 

「わ、悪い……。えっと、もう1回最初から頼む。」

(そうかい?ほいじゃ……あらよっと。)

「速いっ……!なんだよ、今どこからどこまで操作したんだ!?」

(おっと、いけね……。刹那を動かしてる感覚で指動かしてたや。)

 

 一夏も気を取り直し、さてこれからと意気込む。気合を入れて最初からと頼むと、一夏の手に重なっている黒乃の手が超速で動いた。あまりの速さに、一夏はツッコミを入れられずにはいられない。複雑な操作を要する刹那に長い事乗り続けた弊害だろう……。

 

「…………。」

「あ〜……そうだな、そのくらいのスピードで頼む。それじゃよろしくな、黒乃先生。」

(おうよ、任せとき。んじゃまずは〜……っと。)

 

 黒乃は一夏にこれは失敬と会釈してから、初心に帰ってゆっくりと指を動かしていく。すると一夏もご満悦なのか、納得したような表情で何度も頷いてみせる。相互の意思疎通が図れたところで、本格的に基本操作の勉強が開始した。一方その頃、1025室の扉の前では……。

 

 

 

 

 

 

(剣道場の使用許可、思ったよりも簡単に出たな……。こちらとしては都合がいいが。)

 

 放課後、私はとある用事で少し剣道部まで顔を出した。それは、ほんの少しで良いから剣道場を使わせてほしいというもの。私もそのうち剣道部へ入部するつもりだが、入部もしていないのに勝手に使う訳にもいかんだろう。では何故剣道場が必要か。それは、一夏にISの事を教えてくれと頼まれたからだ。

 

 正直なところ、私も他の女子に比べればISに関する知識は乏しい。しかも千冬さんが言うには、訓練機の用意もできんときた。そうなれば、私にしてやれる事とすれば勘という奴を忘れん為にも剣道をする……くらいしか思いつかん。座学の方は……あまりボサッとしていると、一夏に追いつかれてしまいそうだ。

 

 あいつは、黒乃の事となれば途端に人が変わるからな。オルコットとか言うのが黒乃を馬鹿にしたとなると、あいつは死ぬ物狂いで努力するはずだ。……そう……黒乃の事となれば、死ぬ物狂いで……。そこまで考えると、私の歩みは止まってしまう。

 

 やはり、何と言うか……羨ましい限りだ。子供の時はさほど感じなかったが、私と黒乃の間にハッキリと差というものがあるのを思い知らされる。それはきっと、子供の私が子供だったから。一夏に近い位置に居る黒乃に対して、素直に嫉妬をさらけ出していたから感じない差なのだろう。

 

 ……一夏は友と思う者の為に必死になれる男だ。しかし、それが黒乃だった場合の一夏は……少し毛色が違う。何か、狂気すら垣間見えるような……そんな印象を受ける。それが恋慕からくるものなのか、そうでないのか……私には解からん。だが、それでも……あんなに必死になられるのは、やはり羨ましい。

 

(解からんと言えば……。)

 

 そう、もう1つ解からない事がある。あいつは……黒乃は、一夏をどんな存在だと認識しているのだろうか。普通に考えれば、好きなのだろうが……。だとすれば、どうして黒乃は度々私をフォローしてくれるのだ。私はお世辞にも冷静な女ではない。特に一夏の事になると、頭に血を登らせてしまう傾向にある。

 

 しかし、子供の頃からそうだ……。黒乃は、私にとってマイナスであろう行動をほとんど防いでくれている。今朝がいい例だ。女子に囲まれる一夏を見てはいられずに、急いで立ち去ろうとしてしまった。だが、黒乃は少しばかりスカートの端を掴んで引き留めてくれて……。

 

(あのまま立ち去っていれば、随分と印象は悪かっただろう。)

 

 反省はしているのだが、やはりどうも一夏が絡むとな……。昔からそうなのだから、私はそういう女だと黒乃に見放されても文句は言えん程なのに……。それでも私をフォローしてくれるとなれば、黒乃は一夏の事をどうとも思ってない……?……解からん。

 

 いや、違うか……重要なのはそこじゃない。それこそが、黒乃が優しいという証拠ではないか。こんな私でも見放さないで、友だと思ってくれて……いるのだろうか?いやいや、きっと大丈夫だ……うん。とにかく、一夏が必死になる理由だけは解る。

 

 何気に私も、オルコットが黒乃の事をギャーギャーと喚き始めた時は……なかなかに腸が煮えくり返ったものだ。あそこで私も輪に入るのは得策でないと思って黙ってはいたが、次黒乃と一緒に居る時にでも同じような事があれば……その時は容赦せんぞ。

 

  ……っと、物騒な事を考えていないで自室に戻ろう。私の足は再び動き出し、1025室へと向かっていく。目と鼻の先だったわけだが、考え事なら帰ってからすれば良かったな。……?部屋の中から、一夏の声はするが……まるで独り言のように聞こえる。つまり、黒乃が居るのか……?

 

「…………。」

 

 悪い事であるとは思いながらも、私は扉を中の様子がうかがえるギリギリ程度に開く。すると私の目には、一夏の背中に密着して抱き着く黒乃の姿が飛び込んできた。お、落ち着け……何処の誰とも知らん馬の骨では無いのだ。ここで激昂したところで、黒乃の想いを無駄にするだけだろう……!

 

「ち、違う?あ、本当だな……さっきと順番が1つだけ入れ替わってんのか。」

「…………。」

「うん……オッケー、次は間違えないと思う。黒乃、今のところをもう1回頼めるか?」

 

 ……此処からだとよく解からんが、何やら私が思っている事とは違うらしいな。一夏の言葉の端々からISに関わる用語が出るのならば、何やら勉強中なのかも知れない。やはり突入しなくて正解か……私も多少は我慢強くなっている証拠かもな。うむ、やはり黒乃に感謝しなくてはならん。

 

(さて……。)

 

 私は少しばかり開かれている扉をそっと閉じた。黒乃が私にそうしてくれたように、私も場の空気くらいは読むさ。紛れもない……あの空間は、完全に2人の世界だ。だがこれで、お前の腹も読めたぞ……黒乃。お前もやはり、一夏の事が好きなのだな。

 

 いくら一夏と黒乃の間柄が家族同然とは言え、何とも思っていない男に対してあそこまで密着する事は出来んだろう。私は絶対に無理だ、一夏ならともかくだが……。いや、一夏だからこそ無理というのもあるが。そ、想像していると恥ずかしくなってきてしまった……。

 

 と、とにかくだ!今は……そっとしておくのが吉。それでなくとも黒乃は、私のような者にチャンスを譲ってくれているのだからな……。黒乃が行動を起こしたのならば、私に邪魔をする権利も資格も無い。だがそうなると、暇になってしまったな。……少し校内をふらついてみる事にしよう。

 

 

 




黒乃→イッチー?だからただの家族だってば。
箒→一夏に対する想いは同じか……。



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第27話 一夏VSセシリア

「来ないな……。」

「ああ、来ない。」

「…………。」

「「「…………。」」」

 

 長かったようで短い1週間が過ぎて、今日は月曜日……。イッチーとセシリーが模擬戦をする日である。イッチーが中学の途中から剣道を再開したおかげか、モッピーは原作みたく鍛え直す!……なんて言い出さなかった。それでも勘を忘れないようにと、剣道はやってたみたいだけど……。

 

 その他にも、キチンと座学でISの勉強もしていた……というか、そこは俺が勉強してきたノートが役に立ったと言うか。とにかく実際にISは動かせなかったが、イッチーにとっては充実した数日間だったみたい。原作ではモッピーに対して文句ありありだったけど、特にいざこざといういざこざも無くて何より。

 

 ……なんだけど、ここはやっぱり原作通りか。イッチーの専用機の搬入、ホントに遅かったんだなぁ。最初の内は2人共その内来るだろーハハハ、なんて言ってたのに……もはや話す事も無くなったのか無言が続く。俺が喋られれば場を賑わす事くらい出来たろうに……残念無念。

 

「お、織斑くん、織斑くん、織斑くん!」

「落ち着いて下さい山田先生。走ると危ないですよ?」

「で、ですが……織斑くんをだいぶ待たせ……キャッ!?」

「おっと……。ほら、言わんこっちゃない。大丈夫ですか?」

 

 ピットの奥の方から山田先生の騒々しい声と、鷹兄のいつも通り余裕のある声が聞こえてきた。2人の姿が見えた事により、イッチーはやっとか……みたいな、モッピーはどこか安堵したような溜息をそれぞれ吐く。そんで俺達が近づこうとしたら、山田先生が転びそうになるわけで。

 

 しかしそこは、隣に居た鷹兄がしっかりと支えた。ほほぅ……?この2人、何やらお似合いの2人なのでは?副担任同士なせいかよく一緒に行動しているみたいだし。何より、支えて貰った山田先生は解りやすいほどに頬を赤く染めている。ま、俺が干渉すべき事ではないんだろうけどね~。

 

「えっと、山田先生?」

「はっ!?す、すすすす……すみません!あのですね、織斑くんの専用機の搬入の準備の完了を……。」

「のが多いですよー山田先生。つまるところ織斑くん、準備が整ったって事さ。」

「そういう事だ。急げ、織斑。アリーナを使える時間は限られている。」

 

 結局のところ用事の全貌が見えなかったためか、イッチーは山田先生に問いかけをした。……のだけれど、どうやらまだまだテンパった状態だったみたいだ。代わりに鷹兄が簡潔過ぎる説明をしたかと思えば、ちー姉が煽るように急かす。皆さん、イッチーのキャパシティはオーバーフローしかけております故。

 

「え?いや、あの……えっと……。」

「ん~……まぁとにかく、搬入口を御開帳~。」

 

 イッチーも若干テンパり始めたのを察してか、鷹兄は隔壁のコンソールを操作して搬入口を開いた。まぁ……イッチーには口で説明するよか、実際に見せた方が圧倒的に早いからね。事実、搬入口がスライドしながら開いて行くにつれて、イッチーの顔にも締まりという物が見られるようになってゆく。

 

「これが織斑くんの専用機、白式です!」

「白式……。」

「えっと、解説を入れさせてもらうと……。」

「近江先生、時間がないのでそれはまた今度お願いします。」

 

 搬入口が開くと、そこには白が居た……みたいな事をイッチーは考えてたんじゃなかったかな。どこかボーッと、それでいて光のこもった目でイッチーは白式を見つめる。そんな中で鷹兄が白式について解説をしようとするが、ちー姉に制されて少し残念そうだ。

 

 どちらにせよ、鷹兄の解説はきっと専門用語のオンパレードなはず。イッチーは勿論のこと、俺も理解できないと思う。とにかくイッチーは、更にちー姉に急かされて白式へと搭乗した。最初こそ困惑した様子だったけど、なにやら白式がしっくりくるのかイッチーの目は自信ありげに変貌している。

 

「問題はなさそうか?」

「大丈夫、千冬姉。いける。」

「そうか。さっき言った通りに時間が無い。初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)は戦闘中にやれ。」

 

 なんというか、イッチーと白式はシンクロ率が高いのかもな。俺は刹那の初搭乗の時にそんな自信満々ではいられなかった。とにかくして、もう残すはイッチーが飛び立つだけなんだけど……。モッピーや、恋する男の子に一言申してやりなさい。俺はモッピーの背後に回ってグイグイと背中を押す。

 

「く、黒乃!?わ、解った……ちゃんとするから背中を押すのは止めてくれ。あ〜……一夏。」

「箒……?」

「が、頑張ってこい……。その、お前の勝利を信じている。」

「……ああ、ありがとな!黒乃、箒……勝ってくる!」

「織斑くん、いつでもいいよ!」

 

 モッピーは顔を真っ赤にしながらだが、割と心からの応援を口にする事が出来たみたいだ。それに続いて、俺はいつも通りに黙ってサムズアップ。イッチーは、きっと絆の力って奴を感じているに違いない。鷹兄がカタパルトのゲートを解放するのと同時に、元気よく飛び出していった。

 

「一夏……。」

「…………。」

「黒乃……。ああ、そうだな。一夏を信じよう。」

 

 口では激励の言葉を送りはしたけど、やっぱりモッピーは心配の方が勝っているらしい。大丈夫だって、イッチーはやるときゃやる奴じゃん。そんな意味を込めながら、そっとモッピーの肩に手を乗せる。それで俺の考えも伝わったらしく、少しは安心したような表情を見せてくれた。

 

(ま、それも後は本人次第だけどね……。頑張りなよ、イッチー。)

 

 

 

 

 

 

「……随分と時間がかかりましたわね。」

「ああ、そこは素直に悪かった。」

 

 カタパルトから競技場内に飛び込むと、一夏を待ち受けていたのは超満員になっているアリーナだった。そんな観客達を前にしても、セシリアは動じることなく悠然と佇んでいる。会話が可能な範囲まで一夏が近づくと、解っていた事だがセシリアの口から飛び出たのは嫌味だ。

 

 本来は搬入に手間取った学園側の不備なのだが、必ずしも自分は関係ないと言えない。そのために一夏は、ペコペコとするわけでは無いにしてもしっかりと謝罪の言葉を述べる。セシリアとしては言い返してくるであろうと思っていただけに、少し調子を狂わせながらブロンドの髪を靡かせた。

 

「まぁ良いでしょう、わたくしは寛大ですので。そんな寛大なわたくしは、貴方にチャンスを差し上げますわ。」

「チャンスだと?」

「貴方はいわば前菜(オードブル)……。主菜(メインディッシュ)と戦うのにあまり手の内を見せるのもいただけません。そこで、大人しくお引き取りいただけるのであれば……甚振るのだけは勘弁してあげますわ。」

 

 自分が前菜だとすれば、主菜とは間違いなく黒乃の事だ。この問いかけに対して、一夏は特に怒りは覚えない。何故なら、セシリアの言っている事は決して間違ってはいないのだから。ただ……黙って引き下がるわけにもいかない。一夏の目の前に居るセシリアは、自分の誇りを穢した……。

 

「だとすれば、なおさら引き下がるわけにもいかないな。」

「なんですって?」

「アンタ、黒乃に手の内見せるのが嫌なんだろ?だったら、俺が黒乃に楽させてやらないとな。」

 

 勿論一夏とて、最初から弱腰でこんな事を言っているのではない。むしろ……勝つ気が満々といったところだ。それも全て、己の傷つけられた誇りを取り戻すため。自分に協力してくれた幼馴染のためにも負けは許されない。一夏はニヒルな笑みを浮かべながら、セシリアの言葉を完全否定した。

 

「そうですか、残念ですわ。でしたら―――」

『試合開始。』

「お別れですわね!」

「くっ!」

 

 セシリアは、試合開始と同時にその手に持っている射撃武装で一夏を急襲した。セシリアの専用機、ブルー・ティアーズが誇る高火力レーザーライフル『スターライトMk-Ⅲ』は、轟音を放ち砲口からエネルギーを射出する。セシリアが攻撃体勢に入っている事は、試合開始前から白式が知らせてくれていた。

 

 しかしだ、それでも操作が多少遅れてしまう。なんとか白式の肩を掠るか掠らないかに被害は抑える事が出来た。実際にISは動かせず終いだったが、やはり黒乃と行った疑似操作訓練が役に立っているらしい。一夏は頭の中でサンキューと呟くと、急いで白式の姿勢を立て直す。

 

「あら?思ったよりもやりますわね。」

「そりゃどうも!」

「ですが、そう長くは続かなくてよ?さぁ、踊りなさい!わたくしとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 セシリアのキメ台詞を皮切りに、凄まじいレーザーの雨が一夏と白式を襲う。その様は一見すれば美しいが、正面に立たされている一夏からすればたまった物ではない。いくら一夏の操縦技量が初心者にしては優れているとはいえ、言葉通りに初心者の域を出る事は無い。

 

 なんとか絶対防御の発動は避けようと躍起になっているせいか、その代わりにとでも言ったようにガンガンと白式へとレーザーが命中する。このまま何も出来ずに終わってもおかしくない一夏だが、とにかく反撃をと武装の展開を試みた。しかし……白式の装備一覧を見て、一夏はある意味戦慄するしかない。

 

「近接ブレード……これだけ!?ええい、ないよりマシか!」

 

 そう、恐ろしい事に近接ブレード1本しか積まれていなかった。名称が未設定のままのブレードを手元に呼び出すと、甲高い高周波音とともに白式の右腕から粒子が放出される。それは形を成して、一夏の手にスッポリと収まる。それは片刃のブレードで、メカメカしいながらも造形は洗練されていて美しい。

 

「近接ブレード……?そんな物で、射撃型機体であるブルー・ティアーズに挑むなど……笑止千万ですわ!」

「笑いたきゃ勝手にそうしてろよ、足元掬ってやるぜ!」

 

 

 

 

 

 

「すごいですねぇ……織斑くん。」

「ですねぇ。彼もやっぱり、織斑の名に相応しいって証拠かもですねぇ。」

 

 モニターで2人の試合の様子を眺める鷹兄と山田先生。確かにそれは言う通り。モニターに映るイッチーは、短時間でセシリーの弱点を把握して、今もブルー・ティアーズのブルー・ティアーズを3基撃墜してみせたのだから。……ややこしいから今後はBTと略そう。

 

 ま、俺からすればここまでは知っている展開なわけで……。強いて言えば、イッチーの動きは随分と良い方なんじゃないだろうか。IS搭乗歴3年強の視点から言わせると、やはり何も訓練しなかったよりは雲泥の差があったに違いない。ただねぇ……2人が言うほど、のんびりもしてられないのよ。俺は思わず、左手をグッパグッパと閉じたり開いたりしてみる。

 

「……お前も気付いたか、藤堂。」

「どうかしましたか、織斑先生?」

「見ろ、アイツが左手を閉じたり開いたりしているだろう。アレは、アイツが調子に乗っている証拠だ。」

「なるほど、本人が無自覚なタイプの癖ですね。」

 

 別にちー姉に知らせる気は無かったけど、問い掛けられたので頷いて肯定しておく。すると俺達のやり取りが気になったのか、山田先生が不思議そうにちー姉を見詰める。後は、ちー姉が解説したとおりかな。あれねぇ……マジでイッチーがあの癖を見せるとロクな事にはならないからね。

 

 イッチーが料理を始めたばかりの頃だろうか?何を調子に乗ったのか、子供には不相応な大きさのフライパンをプロの料理人よろしく振って……。その時に作ってたのは確かチャーハンだったと思う。見事にイッチーはフライパンをひっくり返して、その場に居た俺もちー姉に飯抜きをくらうと言うね。

 

 その時にしっかりと観察してみたんだけど、フライパンを振り始める前に例の癖は確認できた。よって、ちー姉の言っている悪癖は大正解であったことが実証されたのだ。別にイッチー1人が被害を(こうむ)るのは良いんだけど、高確率で俺も巻き込まれるのは何故だ?

 

「それにしても、流石はご姉弟ですね。弟さんのことをよく解かっていらっしゃる。」

「ま、まぁな……あれでも私の弟だ。」

「おやぁ、照れてるんですか?これはレアな姿を見れました。」

「……近江、お前からかっているだろう。」

「ええ、からかってますね……って、あいたたたた!」

 

 いつも以上にニヤニヤしながら言うと思ったら、意図してからかっていたらしい。あっけらかんとした様子でからかっている事を肯定するせいか、鷹兄はちー姉のアイアンクローを喰らう。この人は……頭良いんだか悪いんだか解からない時があるな。ちー姉の万力のような手で頭を握られてもアッハッハ!……って高笑いしてるし。

 

「コレは凄い……人知を超越した力ですね!」

「お、近江先生!?言ってる場合じゃ……!」

「いやいや、これはこれで貴重な体験ですので!アッハッハ!」

「何言ってんですかこの人!?お、織斑先生~!織斑先生も落ち着いて下さ~い!」

「私はからかわれるのが嫌いなのでな。」

 

 ……もう良いや、この大人達は放っておこう。モッピーは……言葉通りに信じてイッチーを待ってるっぽい。そんじゃ、何を言っても無粋だよね。じゃあ残るは……イッチーか。ん~……4基目のBTに回し蹴り……吹き飛ばして間合いを作ったつもりだろうけど、それは悪手だよイッチー。

 

 いわゆる誘い……蹴りを喰らわせ、これで本体は隙だらけ……と思わせといて、実はBTは6基ありましたと。実を言うとBT2つ目と3つ目を堕とさせたのも伏線だったのかも。刃が届きうる距離まで詰めれただけに、ここからの回避はほぼ不可能。待ち受けている2基のBTは、レーザーでなくミサイルBT……。

 

「一夏!」

「ほ、ほらほら織斑先生、織斑くんピンチですよ!近江先生なんかに構ってないで!」

「なんかって山田先生……酷いなぁ。それにしても……なかなか神がかりなタイミングですね。」

「ああ、機体に救われた。」

 

 ミサイルは見事にイッチーへ直撃……。これを見たモッピーは、悲壮感漂う声でイッチーの名を叫ぶ。それで大人達は大慌てどころか、むしろ事態は収束へと向かっていった。本当、鷹兄の言った通りに神がかっているとしか言いようがない。ミサイルの爆煙が晴れてイッチーの姿が見えると、白式の色は真白に変わっていた。

 

「な、何が起きたと言うのだ……?」

「…………。」

「むっ、コレを見ろ?一次移行(ファーストシフト)……あれが、そうなのか……。」

 

 携帯してるISに関する資料が記録してある空間投影型ディスプレイを起動させ、一次移行の項目をモッピーに見せた。一次移行で装甲が再形成されたと同時だったから、実態ダメージも全て無効……だったかな?やっぱ世界はイッチーを中心に回ってんのかね~。

 

『まさか……一次移行(ファーストシフト)!?貴方!今まで初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)をせずにわたくしと戦っていたと言いますの!?』

『俺は世界で最高の姉さんを持ったよ。』

『はぁ!?』

 

 モニターに映る2人は、そんなやり取りを繰り広げた。まぁ……そうだよね、質問の答えになって無いもん。会話のドッジボールって奴?しかしこの流れ……やっぱりダメみたいですね、どう足掻いても原作通りか。イッチーは零落白夜を発動……そのエネルギー消費で敗北と……。良いや、見ないでおこう。人が失敗する所って、見てるのとか苦手なんだよね……。

 

「黒乃……?待て、最後まで見ないで帰るのか。」

「結果は見えた。」

 

 何か悟ったような……フッと笑みを浮かべてから、俺はその場で振り返った。もちろん、それが顔に出ているかどうかは俺には解からない。それを抜きにしても、当然ながらモッピーは俺を引き留めた。久方ぶりに声も出たので、思った事をそのまま述べてピットを立ち去る。……後でイッチーの残念会でも開いてあげよう。

 

 

 

 

 

 

「俺も家族を守る……なんて大それたことはまだ言えないか。とりあえず俺は立った。それだけは間違いない。」

「貴方、先ほどから何を仰って―――。」

「ようやくスタートライン……。2人の背中は遠いだろうけど、絶対に追いつくさ……黒乃、千冬姉。で、必ず追い抜く……だからその時は言わせてくれ。俺が……絶対守って見せるからって!」

「だからさっきから何を……ええい、お話になりませんわ!」

 

 白式が本当の意味で一夏専用に最適化されると、その手に握られていた名もなきブレードにも銘が入る。雪片弐型……それが真なる名だ。雪片とは、一夏の姉である千冬が唯一用いた武装。それと同じ名の刀を持っている事は、何か託されたような……そんな感覚だった。

 

 しかし、まだ雪片は自分にふさわしくないとも一夏は考える。だからこそ、一夏はようやくスタートラインだと言ったのだ。ようやく……ようやく、背中を見ている事しか出来なかった大事な姉と姉貴分の背中を追える。その事が、一夏には嬉しくて仕方が無かったのだ。

 

 だからこそ、こんな所で躓いてはいられない!……とでも言いたげに、一夏は行動を起こす。基本を思い出せ、俺の根幹は剣道にある。そう自分に言い聞かせた一夏は、セシリアのヒステリックな声に命じられて攻撃行動を開始し迫って来ていたBTを、雪片にて切り伏せる。

 

「よしっ……!」

「そんな!?」

(けど、エネルギーもあとわずか……もってくれよ、白式!)

 

 一夏に余力を残している暇なんてなかった。しかし、黒乃の教えはここに来て勝負の明暗を分ける。刹那の操縦が癖に着いていた黒乃は、無自覚に一夏へある事を伝えていたのだ。それは、極力エネルギーを無駄にしない操作を心がける事。燃費の悪い刹那だ……一挙一動に気を遣う。

 

 一夏の受けたダメージは、黒乃の知っている展開とほぼ変わらない。だが、一夏自身が白式を操作して削ったエネルギーは……白式の特殊能力を発動させても問題無いほどへと抑えられている。一夏は雄叫びをあげながらセシリアの懐へと潜り込み、逆袈裟斬りを喰らわせた。

 

「おおおおっ!」

「キャアアアア!?」

『試合終了。勝者、織斑 一夏。』

 

 その一撃が決定打となり、試合終了の合図がアリーナ内に響く。織斑 一夏が、男が……代表候補生に勝ったのだ。それは会場の誰もが予想していない結果で、むしろ一夏も必死だったのか何が何だか解っていない様子に見える。そしてようやく自分の勝ちを理解した一夏は、ゆっくりとセシリアに近づいた。

 

「なんですか?惨めなわたくしを笑いにでも―――」

「するかよ、そんな事。もしそんな事をする奴が居るんなら俺が許さない。」

「では、わたくしに何の用事ですの……。」

「ん、握手。正直、アンタの事はまだ許せない……けど、試合にそんなん持ち込むのは無しだ!だから握手。」

 

 一夏は呆然としているセシリアに右手を差し伸べる。この試合に勝っても負けても、一夏はきっとこうした事だろう。黒乃を侮辱した事に関しては言葉通りだが、それでもセシリアと健闘を湛えあるのは当然の事であると一夏はそう言いたいらしい。セシリアは、ようやくこの男がどういう男か理解したらしい。

 

「……わたくしは、貴方程度勝って当然だと思っていましたが……それこそが敗因のようですね。次は負けません。」

「ああ、次も互いに全力で闘おうな!」

 

 セシリアが一夏の手を取ると、会場内は2人を温かい拍手で包む。するとセシリアは一夏の手を離し、まるでランウェイを歩くモデルかのように去って行った。一夏はなんだかな……といった様子でその背を見守ると、自分も出てきたピットへと戻って行く。

 

「一夏、凄いじゃないか!」

「本当です!最後の一撃までの流れは感心しました!」

「いやはや、魅せてくれるねぇ。完璧なエンターテイメントだったよ。」

「お前達、あまりその馬鹿を甘やかすな。」

 

 興奮した様子で一夏に詰め寄る箒と真耶、素直に一夏を褒め称える鷹丸。いずれも、出席簿アタックの餌食となる。順序良く頭を叩かれるその様は、まさにもぐら叩きそのままであった。女性陣は頭を押さえて涙目になり、鷹丸は相変わらずアハハと笑い飛ばして見せる。

 

「お前も、あまり調子に乗るなよ。今回は本人の言っていた通り、油断によるところが大きい。次はそうはいかんだろうから覚悟しておけ。」

「ああ、勿論解って―――」

「敬語を使え馬鹿者が。」

 

 ギロリと千冬に睨まれて、矛先が自分を捕えたのだと一夏は解っていた。しかしなかなかプライベートの癖が抜けないのか、タメ口を千冬に使ってしまう。それを逃さないのが織斑 千冬である。一夏の言葉を遮り、その頭に出席簿アタックを叩きこむ。これでこの場に居る全員が被害を受けた事となる。

 

 それからしばらく、IS起動におけるルールブックを渡されたり……申し訳程度の労いを千冬からされたりで、あれよあれよと言う間に状況は進む。千冬が移動を始めると同時に、副担任コンビもそれについて行く形となった。そうして、ピットに残されたのは一夏と箒のみ。一夏はここに来てようやく違和感に気が付いた。

 

「なぁ箒、黒乃は何処だ?」

「黒乃か?白式が一次移行(ファーストシフト)してしばらくすると何処かに行ってしまってな。」

「そうか……。」

「フフッ、そう気落ちするな。去り際に黒乃が何と言ったと思う?結果は見えたと言ったのだぞ。」

 

 黒乃が、勝利の喜びを分かち合いたい相手が1人足りていない。ピットを途中退室したと言うと、一夏は露骨にしょんぼりした様子になった。そこで、すかさず箒がフォローを入れる。少し箒が笑ったのは、コレを聞けば一夏は必ず喜ぶと思ったからだろう。

 

「それって、俺が思ってる意味で良いんだな?」

「それ以外考えられるか。黒乃は解っていたのさ、一夏が一次移行(ファーストシフト)すると同時に……一夏の勝利をな。」

「そうか……!」

 

 結果は見えた、一夏が勝つのが見えた、だからこそもうこの場に居る意味も無い。そういった意味で、黒乃はこの場を去ったのだと2人は結論付けた。それが解った途端に、一夏はやはり嬉しそうな様子を見せた。すると箒は、去る寸前の黒乃の事を思い出し……涙を流す。

 

「箒……?おい、どうかしたのか!?」

「い、いや……済まない。……あの時の黒乃は、笑顔だった。本当に、薄い薄い笑みだ……。だが、黒乃の笑顔を見れたのだと思うと……つい……。」

 

 自分でも知らず知らずの内に泣いてしまったのか、箒は心配させまいと慌てて涙を拭う。いきなり泣き出したわけを一夏に話すと、どうにも黒乃の笑顔がフラッシュバックしてしまう。そのせいか途中からは、少し声を震わせながらの説明となった。

 

「そっかー……そいつは損した。……何年も見てないしな。」

「おいおい、お前がそんなのでどうする?」

「……ああ、そうだな。いつかきっと、皆でまた笑い合えるよな!」

「その意気だ。では……食事にでもするか。無論、黒乃も誘ってな。」

「おう、そうするか。……の前に、俺は汗を流したいかもだ。」

 

 どうすれば黒乃が元に戻るか。医学的知識のない一夏に方法は見えないが、誰よりも黒乃の回復を願っているのは一夏だろう。信じていれば、きっと。少し揺らいでしまった一夏だったが、箒の言葉のおかげで気を取り直せた。そうしていつもの調子を取り戻した一夏は、箒にニカッと歯を見せながら笑顔を見せる。

 

 しかし、この2人はまだ知らない。こう話した翌日に、黒乃の笑顔を目撃する事を。そしてそれが、自分達の思い描くそれとは……正反対とも言える笑顔だと言う事を。黒乃の笑顔を目撃した2人は、果たして自らの中に居る黒乃を……律していられるのだろうか……?

 

 

 




黒乃→結果は見えたさ……原作通りにイッチーの負けだろどうせ。
一夏→結果が見えた……そっか、黒乃は俺が勝つって思ってくれたんだな。



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第28話 黒き翼の八咫烏(表)

「オルコット、準備は良いか?」

「ええ、わたくしはいつでも。……それより、何故ISスーツを着ているのか聞いてもよろしくて?」

「もしもの時の為だ。……これだけ言えば解るだろう。」

 

 今日は黒乃とセシリアの模擬戦が行われる日……にも関わらず、第3アリーナは昨日と打って変わって静まり返っていた。それもそのはず、千冬が入場制限をかけたからである。妹分の試合ながら、どう転ぶかなんて事は千冬にも予想がつかない。それ故に、黒乃へと最大限の配慮を施しているのだ。

 

 そしてこれまた静かな第2ピットにて、千冬はセシリアに準備の状態を問いかけた。セシリアの言う通り、千冬はその身をISスーツで包んでいる。セシリアからすれば聞くまでも無かったが、どうしてもその質問を口にせざるを得なかったのだ。すると千冬は、皆まで言わずに簡潔な返答をくれてやる。

 

「そうですか。わたくしは、てっきりこの期に及んで止めにかかると思っていましたわ。」

「……止めんさ。藤堂と闘う事でしか、お前のケジメがつかんと言うならな。」

「ありがとうございます……。」

「感謝はするな。これでも、複雑な気分なんだよ……。」

 

 顔には出ていないが、千冬の心中は複雑そのものだろう。セシリアが行おうとしているアンジェラの仇討……それの手助けをしているに等しい。仇討の対象が妹分なのだが、教師である立場がセシリアを止めるという行為を邪魔する。それだけに、セシリアの感謝の言葉なんて到底受け取れない。

 

「余計な口を叩いていないで、準備が出来たのならば迅速に行動せよ。」

「了解しました。」

 

 教師としての務めを果たす千冬を前に、セシリアはある意味で尊敬の念を覚えた。口で感謝がダメなのならば、言われた通りにするのが今は千冬に報いる事だ。そう考えたセシリアは、すぐさまブルー・ティアーズを展開。カタパルトへ足を着けると、いつでも出撃可能な体制を取る。

 

 それと同時ほどに、出撃用の隔壁が開いた。ナビゲーターもオールグリーン、最後にゲートにGO!という表示が現れる。合図が出てからコンマ数秒。そう言っても差支えが無いほどの反応速度でセシリアはブルー・ティアーズと共に飛び出していった。

 

 ハイパーセンサーでは、既に向こう側のカタパルトに居る黒乃と刹那を捕えていた。そして、思わず驚愕してしまう。刹那は超が着くほどの高機動機体。そんな事は黒乃を打ち倒さんとするセシリアからすれば周知の事実。しかし……やはり映像と生で観るのは迫力という物が違った。

 

(くっ……そもそも、何故あんな機体で飛ぶことが出来るのです……。)

 

 カタパルトから出撃し始めたのはほぼ同タイミングだったと言うのに、刹那とブルー・ティアーズでは競技場内まで辿り着くまでにかかった時間は数秒単位で違う。そんなとんでもない速度の機体を平然と扱うあたり、セシリアは単純に黒乃の操作技量を悟った。

 

「ようやくこの時が来ましたわ。ミス・藤堂……わたくしは、貴女に勝ちます。そして、姉様の無念をわたくしが……!」

「…………。」

 

 開始位置へと着くや否や、セシリアは高らかに黒乃へと向かってそう告げる。念願叶ってようやく成就したこの闘い……。セシリアにとっては、この1戦の為にIS学園へ来たと言っても過言ではないのだから。対する黒乃は、いつもの通り無に等しい。

 

 いや……実際のところは、何か考えてはいるのだろう。興味が無いなんて事はあり得ない……セシリアは、自分にそう言い聞かせた。黒乃が余りにも無表情が過ぎる為、それこそ興味が無いと言いたいように見えてしまうから。彼女が無表情なのは、彼女が望んでいる事では無い。セシリアは更にそう心の中で呟くと、しっかりその相貌で黒乃を見据えた。

 

『試合開始。』

「くっ、いきなりですわね……!」

 

 試合開始の合図が聞こえると、機械的な開閉音もしっかりとセシリアの耳に届いた。黒乃の両手に握られているのは、紅雨と翠雨だった。それが高確率で投擲の用途で使用されている事も把握しているが、セシリアにとっては痛い所を突かれる形となる。

 

「背に腹は代えられませんわ!」

 

 黒乃はセシリアの自身の動きとBTの動きを同時に行えないという部分をしっかり把握……と言うよりは、一夏に大声で喋られたせいで知っていて当然というのもある。とにかく黒乃は、紅雨をBTの内1機に、翠雨をセシリア自身へ投げつけてきたのだ。

 

 そこでセシリアが取った選択は、自分自身に発生するダメージを最小限に抑える事だった。単純な横移動のみで翠雨の回避は成功するが、その代わりとでも言うかのように紅雨はサクッとBTへと突き刺さる。しかし、セシリアの予想に反してBTは完全に機能停止していない。

 

(……そうですね、これを布石とさせていただきましょう。)

 

 だがセシリアは、あえてBTの操作を一時的に中断し、さも機能不全の影響で地に落ちたかのように見せかけた。果たしてこれが何を意味するのか、それはまだ解からない。そしてその一連の作業を行っていると……爆音が鳴り響く。何事かと意識を集中させると、セシリアの目の前には既に黒乃の姿があった。

 

「っ!?キャアアアア!」

 

 どう考えても物理的に一瞬では不可能な距離を詰めてくる……これぞ刹那の誇る強みだ。黒乃が仕掛けたのは、余力を十分に残したOIBオーバード・イグニッションブーストである。ブルー・ティアーズにとって、懐に潜り込まれることほどバッドなシチュエーションはない。そのまま抵抗も出来ずに、刹那の疾雷と迅雷に斬り裂かれてしまう。

 

「そう簡単にいきません事よ。」

「…………!?」

 

 タダで転んでいて、黒乃を倒せるはずが無い。そう判断したセシリアは、おもむろにスカート部のBTにミサイルを装填。この距離で撃っては自分も巻き込まれると承知の上で、黒乃に向けてミサイル2発を放つ。セシリアとしては直撃させるつもりだったが、寸前のところで黒乃は横にステップするようにQIBクイック・イグニッションブーストを発動させる。

 

 だが、完全に外したわけでも無い。ミサイルは片方が刹那の翼である雷火へと激突し爆発、もう片方はそれに誘爆する形で爆ぜた。予想通りに自身も爆風に巻き込まれたセシリアだったが、同じく黒乃もそうなら御の字だと気持ちを切り替える。そして爆煙の最中で刹那の位置を確認すると、グングンと後退していくのが解った。

 

 自分の土俵に入ってくれるのならば好都合だが、どうにも釈然としない。前進あるのみ、後退の2字などない。……といった戦闘スタイルだと記憶していた黒乃が、こうもアッサリと下がるのだから。何かあると考えるのが普通だが、とにかく自分がするべきは攻勢に出る事だ。

 

(攻撃……開始!)

 

 精密な射撃は一切意識せずに、とにかく手数を優先して3基のBTをフル活動させる。BTから射出されるレーザーは爆煙を貫き、黒乃の居る方向まで真っ直ぐに飛んでいく。しかし、黒乃も雷火をフル活動させてきた。右へ左へとにかく連続してQIBクイック・イグニッションブーストを発動させ、レーザーの弾幕は掠りともしない。

 

「ちょこまかと……。ですが、これには気付けなかったようですね!」

「…………!?」

「喰らいなさい!」

「…………っ!」

 

 セシリアの目的は、弾幕を張ってまぐれ当たりを狙ったものでは無かったのだ。試合開始直後に投じた布石……その布石を用いた大ダメージこそが真の目的である。さも機能不全に見せかけたBTを、こっそりと操作して黒乃の背後へと移動させた。どういう事か、黒乃はそれに全く気が付かない様子だ。

 

 それもそのはず。BTによる攻撃の手数が多いせいで、刹那のハイパーセンサーは警告音が鳴りっぱなしだ。いちいち確認している暇も無いほどで、背後に居るBTの警告も黒乃は無視してしまった。流石に至近距離から突然に攻撃されては黒乃もキツイらしい。紅雨が刺さったままのBTのレーザーは、完璧に黒乃の背にクリーンヒットした。

 

「…………!」

 

 セシリアと同じく、黒乃もタダでは転ばない。瞬時に背後へ振り向くと、刹那独特の鳥類と同構造の脚部でBTを摑まえる。そしてそのままの状態で紅雨へ手を伸ばすと、手前に引っ張るようにして手元に収めた。それに伴って、BTはまるで紙切れのように裂けてしまう。誰がどう見ても、今度こそ機能停止だろう。

 

「そちらばかりに気を取られてもよろしいのかしら?」

 

 黒乃が背後のBTを破壊するのを優先したのは、単に張り付かれる事を恐れたからだろう。そんな事は解っているが、セシリアはあえて挑発的な言葉を述べて見せる。再反転した黒乃がセシリアを真正面に捕えた頃には、さきほどよりも遠方にて構えていた。

 

 背後のBTを破壊していた隙で、数発は必ず当たる!セシリアはそう確信して、BT3基で射撃を再開。しかも今度の狙いは鋭く、精密と表現するにふさわしい。だが、本人が思っているよりも上手くはいかなかった。黒乃はとにかくQIBクイック・イグニッションブーストを連発し、一目散へ安全圏へと入っていく。いざ蓋を開けてみると、本当に1,2発程度しか当たってはいない。

 

(ですが、確実にダメージを与えられています!)

 

 セシリアの心中は、あの八咫烏相手にしてやったり。それに満ち溢れていたのだ。そう、この瞬間までは……。まだまだこれから、そうやって攻撃を再開しようとすると……とんでもない殺気を感じた。身体が重く感じ、まるで押しつぶされしまいそうな……そんな気さえする。この殺気はいったい……?

 

「っ!?あ、貴女……何が可笑しいと言うのです?!」

 

 セシリアは、気付いてしまった。相対している黒乃は、まだ八咫烏の片鱗すら見せていない事に。何故なら、黒乃の今の表情が物語っているからだ。俯かせていた顔を上げた黒乃の表情は……口元が三日月に見えるほど歪んでいた。この狂気に満ちた笑顔を見せてこそ、真の八咫烏だと……セシリアはこの瞬間に悟ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「くろ……の……?」

「…………。」

 

 千冬が入場制限をかけた第3アリーナだったが、この2人に関しては特別に許可されていた。IS学園に居る以上、黒乃のアレは知る事になってしまう。ならば、なるべく早い方が良いという千冬らしい判断故だ。もっとも、一夏は随分と前に知っていた事ではある。あるが……実際に目の当たりにすると、複雑としか言いようのない波のような物が心中に押し寄せるのを感じた。

 

 当初は候補生同士の戦いに、ただただ舌を巻くだけだった。それがどうだ?黒乃が狂気に満ちた笑顔を見せるなどと、誰が想像できたものか。箒は思わず、隣に居る一夏へと問いかけた。恐らくは、自分が居なかった間に何か黒乃にあったと考えたのだろう。それは正解なのだが、一夏に答える事は出来ない。

 

「おい、一夏……あれはいったいなんなんだ。」

「…………。」

「答えろ一夏!あれは、あれはいったい―――」

「まぁまぁ、とりあえず落ち着きなよ篠ノ之さん。」

 

 まるで覇気のない様子になった一夏に対して、箒は僅かながらの怒りを覚えた。目の前で起こる事実を受け入れられず、八つ当たりをしているのもあるだろう。歯をむき出しにしながら一夏へ詰め寄る箒を止めたのは、こんな雰囲気でもブレの生じない鷹丸であった。 

 

 冷静な状態では無い箒には、日ごろから怪しい奴であるという鷹丸の印象が、完全に危険思想の持ち主に変わり始めている。一夏を問い詰めるのに必死で荒げていた息を、ゆっくり落ち着けさせ……箒は自身の聞くべきであろう質問を投げかけた。

 

「近江先生……聞かせてください。黒乃の身に、何が起きたと言うんです。」

「ん~……聞いたことないかな?八咫烏の黒乃って。」

「……そうか。近江先生……八咫烏って、こういう事だったんだな……。」

「一夏!?やはり心当たりがあるのだな……。」

「ああ、悪い箒……隠してたわけじゃないんだ。だけど……だけど……!」

 

 鷹丸の放った八咫烏の黒乃という言葉に、一夏の脳内でパズルのピースが埋まった。八咫烏と揶揄されていたのは、もう1人の方の黒乃だと。それを理解し受け入れ難かったからこそ、一夏は何も反応を示せなかった。辛い事実だが、説明する責任と役割が自分にはある。そう覚悟を決めた一夏は、ゆっくりと口を開いた。

 

「箒、よく聞いてくれ……。黒乃は二重人格って奴なのかも知れないんだ。」

「な、なんだと!?……ならばもしや、あの黒乃は……!」

「与する者には幸を運び、仇なす者には災いもたらす。笑みを浮かべて仇を屠るその姿、まさに黒い翼の八咫烏……ってね♪まぁ、他の子達には知る由もないわけだけど。」

 

 一夏の告白に驚きを隠せない箒だったが、状況が状況だけに瞬時に察した。今モニターに映っているのは『藤堂 黒乃』ではなく『八咫烏の黒乃』であるという事を。そして、その主人格たるのは自分達が良く知っている黒乃ではなく、黒乃の内に存在するもう1つの人格なのだと……。

 

「災いもたらすだと……。ふざけるな、黒乃がそんな……!」

「彼女、黒乃ちゃんと違ってえげつないからねぇ。自然にそんな詩が広まっちゃった感じ?」

「ISに……乗れなくなる……?」

「おっ、ピンポーン!大正解。良くできました~♪」

 

 詩の前半に関して、箒はまだ合点がいった。しかし災いなんて事は想像がつかない。一夏の方は詩の後半にも合点がいっていた。少し前に千冬から聞かされた、八咫烏の黒乃が対戦者にトラウマを植え付けるという事実。それをボソリと呟くように言えば、まるでクイズ番組の司会者のように振る舞う鷹丸に太鼓判を押された。

 

「近江先生、質問……良いですか?」

「うん、何でも聞いてよ」

「具体的に黒乃は、何人を潰してるんです。」

「さ~……ダメになっちゃった人なんていちいち覚えてられないからね。え~っと、多分だけどざっと20人くらいだったかな?」

「貴様……。」

「……そうですか、ありがとうございます。」

 

 鷹丸は他人へ完全に興味を持てないという事ではないが、終わった人間などは覚えておくだけ無駄という発想らしい。その様子が何処か束に似通っていると感じたのか、箒はドスの効いた声色で確かに鷹丸を貴様と称する。しかし存外にも一夏が冷静であるため、ここで取り乱すわけにもいかないと自制が働いているようだ。

 

「おっと、翼も出しちゃうんだ……。2人とも、そろそろ彼女が八咫烏と呼ばれる所以が見られると思うよ。」

 

 そう言う鷹丸の言葉で我に返った2人は、モニターへと注目した。するとそこには、雷火から黒い炎が噴き出し……まるで本当に烏の翼を生やしたかのような黒乃が映し出されている。そして身体を少し丸めてタメのような動作を見せると、一気に黒乃は動き出す。

 

 試合開始からずっと刹那の速度に驚いていた一夏と箒だが、これこそが本気を出した最高速度だ……と語る鷹丸の言葉に絶句するしかない。更に驚くべきはまだまだこれからであった。セシリアは反撃の為にスターライトMk―Ⅲを撃つが、まるで当たりはしない。

 

 何故なら、最高速度で突っ込んでいるにも関わらず……まるで反復横跳びのように鋭く進路を変えているからだ。それもその都度攻撃を回避する為では無く、縦横無尽の言葉がふさわしい様相で黒乃は常に動き回っていると言って良い。完全に近距離戦闘のリーチまで入り込んだ黒乃のとった次の一手は……。

 

「か、刀で攻撃しない……?」

「ああ、なるほど……今回は飛び切りえげつないかもねぇ。」

「飛び切り……!?」

「見てれば解るって。焦らない焦らない。」

 

 黒乃はセシリアに密着したかと思ったら、足を背中に回すかのようにしてホールド……捕縛した状態へと移行した。そして肱を曲げつつ腕を振りあげた時点で、鷹丸は次に黒乃がどう出るか理解した。見てれば解ると言われた一夏は、穴が開くほどにモニターを凝視する。……と、刹那の肘から刃が飛び出てきた。

 

 それは隠し種と言って良い物で、霹靂と名のついた仕込刀だ。使用用途が非常に限定されているため、刀を7本全て落としたとか、緊急用の為に鷹丸はつけたつもりだった。しかし……予想に反して、黒乃は主兵装のように霹靂を使って見せる。刃の飛び出た鋭い肘を、ガツンと力強く打ちつけた。

 

「ヒッ……!キャア!?」

「…………!」

「このっ……このぉ!」

「…………っ!」

「キャッ!?ね、狙いが……定まらな……。」

 

 相手を捕縛し、身動きのできない状態から霹靂の刃を絶対防御発動圏内に叩きつける。とてつもなく有効な戦術だ。しかし、セシリアも負けじとBTによる射撃で、黒乃の頭上にレーザーの雨を降らせた。だが、黒乃は次の瞬間にはOIBオーバード・イグニッションブーストを地面へ向けて発動させる。

 

 ズドン!と大きな音が鳴ると共に、土煙が2人を中心とした周囲に舞った。おかげでセシリアは、ほんの少しの反撃しか許して貰えない。そして待っているのは、連続で振り下ろされる刃付きの肘打ちだ。黒乃は容赦の欠片も見せずに、次々と霹靂をセシリアの胴体へと喰らわせる。

 

「……!……!……!……!」

「あ、あぁ……!」

「……!……!……!……!」

「あああああああああっ!」

 

 マウントポジションを取られ、刃を身体に叩きつけられる……それも笑顔で。セシリアの顔面に映し出されているのは、恐怖以外の何物でもない。恐怖のあまりにセシリアは絶叫を上げるが、それでも黒乃が手を緩める様子は見られなかった。

 

「認められるか、こんなもの!あんなの黒乃では―――」

「箒、それは違う。アイツも黒乃なんだ。」

「何を馬鹿な!一夏、それは本気……で……。」

「…………。」

 

 音を立てて崩れていく。箒が積み立ててきたこれまでの黒乃が。強く気高く美しい。だからこそ目標にしてきた黒乃が、あんな戦法をとっているのだから無理もない。しかし、一夏は箒の現実逃避を制した。反論しようとした箒だったが、一夏の表情を見て何も言えなくなってしまう。

 

 一夏の表情は、苦しみそのもの。自分があの黒乃の一端を生んでしまった事件に関わっているとなれば、一夏の性格上逃げるという選択肢は浮かばない。だが、一夏とて受け入れ難いのだ。相反する一夏の言葉と表情。それこそ、一夏がどれだけ堪えているのかを体現している……。

 

「あれは、千冬さん……?」

「ん~……試合続行不可能と判断……かな。」

 

 セシリアサイドのピットから、打鉄を纏った千冬が猛スピードで飛び出してきた。ブルー・ティアーズのシールドエネルギーはまだ残っているが、これ以上は危険と判断して止めにかかったのだろう。鷹丸が2人へ、こういう時の為に織斑先生が待機していたんだよと伝えると、箒は何処か安堵したような表情を見せた。

 

 そして猛スピードのまま突っ込んだ千冬は、加速を十分に利用した蹴りで黒乃をセシリアの上からどかせた。黒乃はゴロゴロと転がりながら体勢を立て直し、セシリアの居る地点から数メートルで片手を地に着けつつしゃがんだ状態になる。その表情は……少しずついつもの無表情へと戻りつつあるようだ。

 

「近江先生、オルコットは……。」

「気絶してるみたいだけど、命に別状は無さそうだね。ただ問題は……彼女がこれからISに乗れるかどうかにかかってるかな。」

 

 黒乃ももちろんだが、箒はセシリアの安否も気になったようだ。近江は手元に空間投影のモニターを呼び出すと、セシリアのバイタルパターンらしき物をチェックした。医学の専門知識があるわけではないが、まぁみれば解るという奴だろう。

 

 そんな中、競技場では千冬が黒乃を落ち着けさせようと必死だ。黒乃は千冬に蹴り飛ばされてもなお、セシリアへと向かおうとしたのだから無理もない。しかし、それでも千冬を押し退ける……が、既に問題ないと判断したのか千冬は何もしなかった。その判断は正しかったらしく、黒乃はセシリアを姫抱きで持ち上げピットへ戻ってくる。

 

「黒乃……。」

「……軽蔑してくれていい。」

「!?」

 

 何か……何でも良いから声をかけようと思っていた一夏だったが、黒乃の一言でその気は失せてしまった。黒乃も黒乃で、それだけ言うと刹那を待機形態に戻して何処ぞへと消え去る。恐らくは保健室だろうが、残された一夏と箒はやはりそんな事より黒乃が気になって仕方が無い。

 

「……クソッ!」

「……何も一夏が悔しがる事では……。いや、済まん……気休めにしかなんな……。」

「はいはい、2人とも。そんなに暗くしてたらそれこそ藤堂さんが無理しちゃうよ?」

 

 何も言えなかった事がよほど悔しいのか、一夏は盛大に悪態をついた。それに対して一夏を元気づけようとした箒だったが、自分のやろうとしているのは自己満足だと言葉を取り消す。そんな2人へ鷹丸は空気も読まずにそう声をかけた。しかし、こんな時の空気を読まない発言だからこそ、なんとなく……調子を元に戻そうという気が働いたらしい。

 

「箒、受け入れよう。黒乃は俺達に沢山の事をしてくれた。でも俺達は貰うばっかりで……黒乃に何もしてやれてない。」

「……ああ、そうだな。黒乃は望んでいないだろうが、恩に報いるとすればここだ。誰が何と言おうと私たちは―――」

「「黒乃の味方だ。」」

「うんうん、美しきかな友情って奴だね。ぜひとも藤堂さんを支えてあげてね。……壊す前に壊れちゃったらたまったもんじゃないからさ。」

「……?近江先生、何か今―――」

「へ、僕が何かおかしいことを言ったかな?」

 

 声を合わせて黒乃の味方である事を決意した2人に、鷹丸は憎たらしい様子の拍手を送った。この場合は悪気がなかったりするのだが、いかんせん日頃の態度がそう感じさせるのだろう。そして最後に鷹丸がボソボソと何か言った気がした一夏だが、本人に素っ頓狂な声を上げられては追及のしようがない。

 

「……いや、気のせいだったみたいです。それよりも、近江先生。先生も黒乃の事を怖がらないでくれて、ありがとうございます。」

「ハハッ、キミ面白いね。僕が藤堂さんに何かしたりとか思わないのかい?」

「多分だけど、黒乃は先生を信じてますから。だから俺も信じます。先生がそんな人じゃない……って。」

「ふ~ん、嬉しい事を言ってくれるね。ま、期待せずにいてくれれば良いんじゃないかな。……それじゃ、僕はもう行くね。模擬戦のデータを纏めるのも僕の仕事だからさ。」

 

 鷹丸からすれば、そんな言葉は新鮮であった。だからこそ、どんな想いで投げかけた言葉なのか興味があるらしい。質問で返された一夏は、考えをそのまま伝える。一夏の返答を聞き、鷹丸はニヤッと笑ってから踵を返した。背中を見せたまま片手を振ると、ピットの奥へと歩いて行く。

 

「……これからどうするのだ?」

「…………。オルコットの様子を見てくる。事情、話しといた方が良いと思うんだ。どこまで信じてくれるかなんて解らねぇけど。」

「そうか。私は……部屋に戻っているぞ。」

 

 取り残された2人は、顔も合わせず短いやり取りを交わした。箒の言葉が終わると同時に、一夏はその場から駆け出して保健室を目指す。箒は一夏の姿が見えなくなると、顔をピシャリと叩いてから1025室へと歩き出した。2人の足は、いつも以上に重く感じられたことだろう……。

 

 

 



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第28話 黒き翼の八咫烏(裏)

 イッチーとセシリーが模擬戦をした翌日、同じ時間と場所……つまり放課後の第3アリーナに俺は居た。現在はピットにて、精神統一をしているところだ。刹那に乗るには、相当な集中力が必要になる。繊細な操作をしなければ、墜落してしまうリスクが高いからね。

 

「黒乃?こんなところで仁王立ちしてどうし―――」

「ああ、今話しかけない方が良いよ。彼女、試合前はいつもそうだから。」

「近江先生。つまり……ルーティーンという奴ですか?」

「うん、多分だけどね。声をかけるのは、藤堂さんの準備が整ってからにしてあげて。」

 

 そうそう、イッチー……悪いけど今は話しかけんといて。応援に来てくれたのは素直に嬉しいけどね、せっちゃんはデリケートな子だからさ。……というか、イッチーが昨日はセシリーに勝ったらしいんだから驚きだよ。それに関しては失礼な事をしたな……。結果は見えたーなんて言ってさ、最後まで試合を見ないままとか。

 

 ……あれ?そう言えば、奴隷化計画はどうなったんだよイッチー。あれか、勢い余って勝っちゃいました的な?考えられるとすればそれしかない。う~ん……無いとは思うけど、俺もそうならないように注意しておかないと。そう……俺はセシリーに勝つために此処に居るのではない……奴隷にしてもらう為だ!

 

「もう良いかな……。2人共、何かあるなら今だよ。」

「黒乃、頑張れよ。黒乃ならきっと勝てるさ!」

「日本人の力、オルコットに見せつけてやれ。」

 

 有難い事に2人から激励の言葉をいただいた。全力でやるつもりはあるけど、勝つ気があまりないからなんか申し訳ないな……。いや、それで2人には俺の全力はそんなもんだと解って貰おう。とりあえず首を頷かせて肯定はしておく、誰も勝つとは言ってないかんね。

 

「じゃ、刹那を展開してね。」

「…………。」

「これが黒乃の専用機……なのか。」

「やはり烏か……。」

 

 いやモッピー、やはり天才か……みたいな言い方してどうしたのさ?まぁ仰る通りに烏ですけど……。気にするほどの事でも無い……か?とにかく、刹那を展開した俺はカタパルトまで移動を開始する。そして出撃準備をしてくれている鷹兄を見て思ったが、ちー姉と山田先生は何処に居るんだろ。

 

 流石にこの場を鷹兄だけには任せないだろうから、セシリー側のピットに居るのかな。どうせなら、こっちで応援してくれたら嬉しかったけど。しょうがないか、ちー姉は教師なんだもんな。そんじゃ、ゲートも開いた事ですし……行きますか。雷火を通常飛行能力でフルブースト……飛行開始!

 

 相変わらずトンデモな速度に背中を押されて、一気に競技場へと躍り出た。こればっかりは一生慣れる事も無さそうだ……。ま、最近は幾分かはマシって感じかな……。さて、向こう側からセシリーも出てきたな。大概の人は刹那の速度に面喰うけど、セシリーは冷静なもんだ。……むしろ睨まれてるくらいだよ。

 

 いったい俺が何したって言うんですか……。アンジェラさんの敵とか言ったけど、やっぱりそれは納得できない。この静寂が痛いよ……どういうわけか観客人っ子1人居やしないし。あれですか、俺ごときの試合は見る価値が無いと、そういう事なんでしょうか?

 

「ようやくこの時が来ましたわ。ミス・藤堂……わたくしは、貴女に勝ちます。そして、姉様の無念をわたくしが……!」

「…………。」

 

 だからさ、俺が何したって言うの。そこの説明してくれないと、いい加減に俺も怒るときは怒るよ?まぁ……あくまで心の中で止めるけど……。喋れたとしても、喧嘩だのなんだの火種になるような事は避けるのが俺の人生である。だって、労力の無駄だよ……怖いし気分悪いし……。……今は試合に集中しないとね。

 

『試合開始。』

 

 さぁて、始めますか。とりあえず2択だよセシリー……自分が喰らうか、BTを犠牲にするか決めちゃって。俺は試合開始と同時に、刹那の太もも部に収納してある短刀、紅雨と翠雨を取り出す。そして、紅雨は浮いているBTの1つへ投げつけ、翠雨はセシリーへと投げつけた。

 

「くっ、いきなりですわね……!」

 

 セシリーが自分の行動とBTの行動を両立できないのは有名な話だ。こうやって同時に本体とBTを攻撃してしまえば、セシリーは本体かBTのいずれかを犠牲にしなくちゃならないって事になる。まぁ……本体に当たっても一撃必殺なんてありえないし、俺の場合は刀の投擲だから回数に制限があるけど。

 

「背に腹は代えられませんわ!」

 

 どうやらセシリーは、自身がダメージを避ける事を選んだらしい。翠雨は余裕で回避されたが、そのおかげで紅雨はサックリと刺さって爆発炎上……とまではいかないけど、機能不全を起こしたらしく重力に従って地に落ちて行く。俺はセシリーが回避行動を取った一瞬の隙を狙いってOIB(オーバード・イグニッションブースト)で距離を詰める。

 

「っ!?キャアアアア!」

 

 この刹那の前には、隙が一瞬だけあれば距離なんかあって無いも同然だ。お次は疾雷、迅雷……君らの出番だ。この2本は、肩に装着してあるためか引き抜くと同時に攻撃しやすい。ちょっと体勢的に無理があったから、疾雷と迅雷をそれぞれ1本ずつ引き抜きながらセシリーの身体へ攻撃した。

 

「そう簡単にいきません事よ。」

「…………!?」

 

 そう言うとセシリーは、ミサイルBTに弾頭を装填、即発射してきた。ヤ、ヤバッ……!零距離でミサイル発射して、俺へ確実に当てる気だな……。この距離だと自分ごと巻き込まれるのは請け合いなのに、大した奴だ……。なんて言ってる暇は無い!多分この距離で完全回避はもう無理、だけどQIB(クイック・イグニッションブースト)で直撃は避けられるはずだ。

 

 とにかく俺は急いで右へとQIB(クイック・イグニッションブースト)を発動させた。しかし、俺が想像した通りに刹那の大きなウィングスラスターへとミサイルが激突する。その衝撃のせいか、ミサイルは喧しい轟音と共に大爆発。俺とセシリーを巻き込んで、周囲に煙をまき散らした。

 

 ふぉおおおお……あっぶないなぁ~もう。こ、怖くない……怖くないから落ち着こうか俺よ。しかし……この状況……なんだかアンジェラさんの時に似ているな。だとすると……大事を取って離脱しとこうかな。刹那の弱点……かどうかは微妙だけど、後方に移動するにはQIB(クイック・イグニッションブースト)OIB(オーバード・イグニッションブースト)も使えないし。

 

(むっ、来たか……?)

 

 刹那のハイパーセンサーが、数多の警告音を発した。それと同時に、煙を突き破るかのようにレーザーが俺に向かって飛んで来る。警告音の数からして、3基のBTによる弾幕攻撃かな?弾幕と言ったって、連射力はさほど高くないから問題は無い……と思う!とにかく俺は、QIB(クイック・イグニッションブースト)を使ってレーザー弾幕を回避。

 

「ちょこまかと……。ですが、これには気付けなかったようですね!」

「…………!?」

「喰らいなさい!」

「…………っ!」

 

 セシリーの意識が、俺の背後に向いている事に気が付いた。ハイパーセンセーで注視してみると、そこには……紅雨が刺さったままのBTが浮遊していた。マジか!?と思った時にはもう遅い。至近距離から放たれたレーザーは、俺の背中へとクリーンヒットしてしまう。

 

 クソッ、警告音だらけでどれがどれだか解からなかった……!もっと言うなれば、紅雨が刺さったBTは機能不全で墜落したんじゃなかったんだ。自ら制御しない事でさも再起不能に見せかけ、こうやって俺の後ろへ回させた……。ガムシャラに弾幕を張ったのは、警告を少しでも誤魔化す為だったか!

 

(こなくそ……よくもやってくれたな!)

 

 このままBTを至近距離で纏わりつかせる訳にもいかない。俺はグルリと振り返り、鳥類の足のようになっている刹那の脚部でBTを捕える。そのまま体を折り曲げ紅雨を引っ掴むと、逆手に持ち力を込めて手前側へ引っ張った。するとBTは火花を上げながら中ほどから裂け、今度こそ再起不能としか言いようのない状態だと確信させる。

 

「そちらばかりに気を取られてもよろしいのかしら?」

 

 そりゃ追撃を狙うくらい解ってるって……!セシリーは俺が背を向けているのをいいことに、続けてBT3基による射撃攻撃を見舞ってくる。いぃ……タイミング的に、何発か避けられないのがある……ってのが理解できちゃう経験則がヤダ!俺は数発レーザーを喰らいながら、とにかく安全圏へ向けてQIB(クイック・イグニッションブースト)を連発する。

 

 諦めたのか、これ以上の追撃は無意味と判断したのかは解からないけど……セシリーの攻撃の手はいったん止まった。ふぅ……ようやく落ち着く―――わけねぇだろうがこんなのーっ!もうヤダぁ……セシリー怖いよぉ……。代表候補生ってやっぱり強い……。アンジェラさんは除いてだけど、このレベルの相手も初めて戦うし……。

 

「っ!?あ、貴女……何が可笑しいと言うのです?!」

 

 へぁ?……ああ、いつものパターンね……。まぁた怖くなって例の笑顔が出ちゃってるか。う~ん……セシリーは目に見えて動揺してるな。俺の笑顔を見て動揺してる相手を攻撃するのは気が退けるんだけど。かと言って、落ち着くまで待つとセシリーに舐めてるのか、なんて言われちゃいそうだな……。

 

 ……攻撃、しようか……怖いけどね。方法は、どうするかな……。ボスと戦う時は周囲の雑魚散らしからするのが定石だけど、そうこうしてる間にスターライトMk-Ⅲを撃たれるのは1番嫌だ。だとすると、一気に詰め寄って接近戦に持ち込もうか。ブルー・ティアーズは懐に潜り込んだもん勝ちだからね。

 

「…………。」

「こ、これは……烏の翼……?」

 

 最大限のOIB(オーバード・イグニッションブースト)をするには多少の予備動作が必要だ。その際に黒い炎が雷火から溢れ出すんだけど……この翼、長い事出してると自爆する事になるらしい。ってな訳でして……セシリーへ向かって特攻!勿論多少の反撃はあるだろうけど、問題は無いはずだ……何故なら―――

 

「こ……ないで……来ないで下さい!」

 

 速さが足りているから!俺はOIB(オーバード・イグニッションブースト)を維持しながら、時折QIB(クイック・イグニッションブースト)を混ぜて進路を細かく変更しながらセシリーに迫る。セシリーは俺を射抜こうと必死な様子でスターライトMk-Ⅲを撃つが……それは刹那に掠りすらしない。なーんて考えている間にも、セシリーは既に手の届く場所に居る。このまま適当に7本の内いずれかの刀を使って攻撃を……。

 

「なっ……!?は、離しなさい!」

 

 し、しまったああああ!勢いつきすぎてるうううう!OIB(オーバード・イグニッションブースト)を止めるタイミングを外した俺は、セシリーに抱き着くかのようにして突っ込む形となった。ダ、ダメだ……此処まで近づくと、もはや刀なんて振れたものではない!え、ええい……作戦変更!俺はセシリーの胴体へと、いわゆるだいしゅきホールドの形で足を絡ませる。

 

 ここまでくれば、ほぼ勝ち確定だ。刹那を操作してしっかり脚部のロックを確かめると、俺はイメージインターフェースで霹靂の作動をオンへと切り替えた。そしてそのまま右ひじを折り曲げると、刹那の肘からシャコン!と仕込刀が飛び出てきた。俺は霹靂の刃を、肱打ちの要領で……叩き込む!……っつっても、ずっと押し付けるつもりだけど。

 

「ヒッ……!キャア!?」

「…………!」

「このっ……このぉ!」

「…………っ!」

 

 そりゃ当然……反撃はしてくるよねぇ。セシリーは俺に組みつかれた状態のままで、巧みに3基のBTを操作する。BT達は俺の頭上で留まり、容赦のないレーザーの雨を降らせた。くぅぅ……!こ、怖い……けど、ココでセシリーを離したら……もっと怖い事が起きるに違いない!

 

「キャッ!?ね、狙いが……定まらな……。」

 

 そう思った俺は、地上へ向かってまたしてもOIB(オーバード・イグニッションブースト)を使う。当然ながら、刹那は地面へと向かっていくわけだ。真っ直ぐ落ちて行くけど、この速度ではBTの狙いをつけている暇も無いだろう。そう読んだけど、どうやら正解だったらしい。特に追撃らしい追撃は受けずに、セシリーは地面へと叩きつけられた。

 

「うぐぅ……!」

 

 よっし!後は、このままブルー・ティアーズのエネルギー切れまで、霹靂の刃を押し付けるのみ……へ……はぁ……ハックショイ!あ、あれ……やばくね!?地面に叩きつけた際に舞いあがった土煙で、鼻がムズムズ……ダアックショイ!く、クシャミが……止まんな……バエーックショイ!

 

「……!……!……!……!」

「あ、あぁ……!」

「……!……!……!……!」

「あああああああああっ!」

 

 う、うわああああ!?クシャミで体が動くのに合わせて、霹靂をセシリーの胴体に叩きつけちゃってるぅ!?もしかして俺、鼻炎持ちで……ハクション!ヒクション!ウェークシッ!ええ……そ、そんなつもりじゃないのにぃ!だ、誰か俺を止めてくれー!……ックション!

 

「もういい……黒乃!」

 

 ほわぁ!?ち、ちー姉……ってどわぁ!クシャミに夢中で気が付かなかったのか……?打鉄を纏ったちー姉が乱入して来て、トップスピードに乗せた蹴りで俺を吹き飛ばした。そのままズザザーッと地面を転がって、ようやくちー姉の蹴りの威力が無になる。

 

「ブルー・ティアーズのエネルギーはまだ残っている……が、もうお前の勝ちだ……黒乃。」

「…………。」

 

 そう言われてセシリーに再度目線を合わせてみる。それと同時ほどだったろうか、セシリーが気を失った影響らしく、ブルー・ティアーズは強制解除……って、気絶……?……マジで!?失神するくらい怖かった!?ああ、ええと……た、担架!……は違う……ああと、ええと……。

 

 い、いかん……いろんな事が一気に起きすぎて、少し腰が抜けてしまった……。刹那を纏っているから良いが、気を抜いたらこけるな……これは……。と、とりあえず……セシリーを保健室に運ぼうか。俺も動揺が大きくて、操作が上手くいかない。フラフラとした足取りになりながら、セシリーへ近づくと……。

 

「いい……もう良い……落ち着くんだ黒乃……!」

 

 あ、あざっすちー姉……。俺を抱き留めてあやしてくれるのはもう死ぬほど嬉しいけど、俺よりもまずセシリーだよ。クシャミのせいとは言え、何度も霹靂を叩きつけたのは俺の責任だよ。だから今すぐ、セシリーを保健室へ搬送しなくちゃ。気絶させたのが俺なら、それが俺の役目だろうから。

 

「黒乃……。」

 

 ちー姉を多少強引にひっぺがすと、セシリーを横抱きに持ち上げて飛行を開始した。慎重に飛ばないと、マジでエネルギーが尽きるな……。慎重に慎重にセシリーを運ぶと、何とか自陣ピットまで戻る事が出来た。ごめん、本当にごめんなセシリー……。今あったかいお布団が待ってるよ~……。

 

「黒乃……。」

「……軽蔑してくれていい。」

「!?」

 

 はいはいイッチー……正義感の強いキミは、俺のやらかした事に言いたい事は多いでしょうよ。説教、文句、誹謗中傷……後からいくらでも聞くんで、今は俺を通しておくれ。最近は調子がいいせいか、取りあえず簡潔に俺の考えを伝えられた。それでイッチーは水をかけたように大人しくなり、俺は急ぎつつ保健室を目指す。

 

 う~む……この運び方って、セシリーに負担が大きいかな……。やっぱり大人しく担架とか捜した方が良かったかも……って、それだと相方が必要になるでしょうよ。イッチーは無論だけど、手伝ってくれそうな人は居なかったし……。良いや……迷ってる暇があるなら急いだ方が良い!俺はセシリーに最大限の気遣いをしつつ、迅速に保健室までの道のりを急いだ。

 




黒乃→クシャミのせいで、霹靂の刃をセシリーに何度も叩きつけちゃってるよ!
箒→あんな笑顔で、あんな戦法……!あれは本当に、黒乃なのか!?


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第29話 放課後 保健室にて

(あ~あ……なんでこうなるのかなぁ……)

 

 保健室のベッドへ寝かしたセシリーを、看病って程ではないけど……近場の椅子に座って眺めていた。悪気があったわけじゃないんだが、やっぱり笑顔が出るのがいけないのかなぁ……。それは気味が悪い事だっただろう。笑顔で攻撃してくるとか、サイコパスだと思われても仕方が無い。

 

 ……ってか、結果的に俺も勝っちゃってるじゃん。はぁ……奴隷化計画は共倒れか。……いや、何もこんな時に考える事ではないよな。しっかりセシリーの様子を見とかないと、気絶させたのは間違いなく俺の責任なんだから。しかし、保険医の先生がたまたま居なかったのはバッドだ。

 

 セシリーの頭には濡らしたタオルを置いてあるけど、これが必要な処置かはさっぱどわがんね。……余計な事ではないよね?セシリーも寝苦しそうには見えないし、むしろスヤスヤと眠っている。ならばその間に、セシリーにどう悪かったという意思を伝えるか考えておかないと……。

 

 口頭での謝罪は言わずもがな不可能……。となると、後はジェスチャーくらいしか思いつかない。土下座……?は、無理だろうな……。多分だけど、行動制限の方に引っかかるはず。じゃあ残されてるのは頭を普通に下げるくらいか……。う~ん、弱いなぁ……それこそ土下座するくらいに悪いと思ってるのだけど。

 

 まぁそれはそれとしてだ……。セシリーってば、やっぱり綺麗だよなー。きめ細かな白い肌、まるで金糸かのように輝くブロンドの髪、今は閉じているが……彼女の目はまるでサファイアを思わせる。そして、磨き抜かれたであろうスタイル……。セシリーが自分に自信を持てる理由がなんとなく解る。

 

 俺はどうかって?そりゃ人並にスキンケアとかキューティクルには気を遣ってるけど、イッチーやちー姉が五月蠅いから仕方なくだしねぇ……後は特にカロリーとか気にした事ない。それ故、俺のはただの駄肉ないし贅肉さ。栄養が全部おっぱいにいってるんじゃない?(適当)

 

(ゴクリ……。)

 

 セシリーを眺めていると、俺は思わず生唾を飲みこんだ。い、いかんぞ……婦女子にセクハラしたい衝動が……!勿体ない……身体が動けば、これ以上チャンスのあるシチュエーションはなかったろう。仮にばれたとして、まだ看病のためだと認識してもらえる可能性も高い。

 

 が……駄目っ……!全く体が動きやがらない……!いや、正確に言えば小刻みにプルプル震えている。この震えは、体に力を込め過ぎて起きるそれに似ていた。あ、アカン……いろいろと妄想が膨らんで涎が垂れて……。だが、そんなの拭ってる暇はないよ!もしかすると、力技でどうにかなるかも知れんのだ!

 

 ぐぬおおおお……かっとビングだぜ俺ぇーっ!俺は少し背を丸めて、更に身体へ込める力を上げた。腕よ動け、今こそ溜まり溜まった欲望を解消するとき!……と念じてみる物の、結果は俺の身体の震えが増すばかりだ。それよりも、涎が……あっ、ベッドの布団に滴り落ちちゃったよ……。

 

「身体のコントロールが……できない……!」

 

 悔しさのあまりに、俺の口からそんな言葉が漏れた。あぁ……よほど悔しいんだな。この身体になってから、こんなに悔しい出来事は初めてかも。諦めきれんな……涎を拭いたくもあるが、もう少しトライしてみよう。どうせ、セシリーもまだまだ目を覚まさな―――

 

「貴女……。」

 

 フラグの回収早過ぎィ!どうせ目を覚まさないであろうと考え切る前に、セシリーはゆっくりと上半身を起き上がらせた。その表情は、とても複雑そうな感じに見える。ハッ……!?い、いかん……早急に涎をどうにかせねば!俺は慌てて、両の掌で顔面をゴシゴシ擦る。オ、オーケー……涎は大丈夫そうだ。

 

「「…………。」」

 

 ……涎の問題は解決できたが、とてもじゃないが無言が辛い。え、ええい……とにかく申し訳ないと思っている事だけは伝えなくては。ど、どうしようか……膝まづくのなら出来るかも。そう思った俺は、座っていた椅子を蹴散らしながら立ち上がる。そしてその場で、畏まるように片膝を地面に着けた。

 

「ミス・藤堂……。」

 

 オッケェイ!膝まづくは出来る……良く覚えておこう。さて、これで許して貰えるなんて都合の良い事は思っちゃいないけど、どうにか気持ちだけは伝わってほしい。喋られれば、おまけに『お詫びに貴女の奴隷になります』くらい言うのにな。……ってかそう、そうだよ!コレはそういう意味の膝まづきだと思って貰っていいんやで。

 

「なるほど、貴女は……。…………。ミス・藤堂。」

「…………?」

「わたくしの失神は、真剣勝負の最中に起きた事ですわ。確かに貴女の笑顔に驚きはしましたが、何もそこまでして頂かなくても結構です。」

 

 …………?よ、よく解からないな……。セシリーの態度が丸くなったような気もするし、まだ言葉の端々に棘があるようにも聞こえる。とにかく……気にしてないって解釈でいいのかな。それはそれで、俺の気が済まない部分はあるけど……セシリーがそう言うなら、素直にその言葉を受け取るのが礼儀だ。

 

 とはいえ、この罪は必ず償うよ……セシリー。学園生活で、セシリーが困っているのを見かけたら積極的に助ける事にしよう。とりあえずこの場は、もうこれ以上する必要はないかな……。俺は膝まづくのを止めて、スッと立ち上がる。倒した椅子を元に戻すと、視線をセシリーへとやった。

 

「今回はわたくしの負けですが、次はこうはいきませんわよ?……黒乃さん。」

 

 おお、セシリーが俺の事を名前で呼んでくれた!なんか、あえてわざわざミスをつけて呼んでたみたいだけど、あれかな……戦いが終わったらもう友達的なやつ。理由はどうあれ、気絶させたのは俺なのに……なんて寛大な事だろうか。そうと決まれば、これからもよろしく頼むよセシリー。

 

「わたくしは、もう少しここで休まさせていただきます。わたくしは平気ですから、貴女もお帰りになって下さいな。」

 

 ん、そうだな……俺も刹那を動かしたから疲れていたところだ。セシリーのお言葉に甘えて、今日は部屋で休む事にしよう。セシリーに深々と頭を下げてから、俺は保健室を後にした。ん~……後イッチーの問題も残ってるけど、それはまた今度にしよう。今は温かいベッドが恋しいよ……。

 

 

 

 

 

 

「はい。というわけでして、1組クラス代表は織斑 一夏くんと言う事で。」

「1つながりで良い感じですね~。」

「近江先生、下らない発言は慎んでいただきたい。」

「そうだ……そもそもはクラス代表を決めるための模擬戦だった……!」

 

 翌日が開けてのホームルーム。1組は、イッチーがクラス代表に就任した祝いの拍手で包まれる。どうやらイッチーはそんなの忘れてたみたいで、俺の隣で盛大に頭を抱えていた。原作ではセシリーが辞退したのだけど、勝っちゃってるから言い逃れはできない。

 

「そうだ……。お、織斑先生!俺と黒乃が戦ってませんけど、勝率は同じですよね!?」

「藤堂とオルコット戦は、エキシビションマッチみたいなものだ。藤堂に代表は根本的に無理と言ったろうが、馬鹿。」

 

 俺もイッチーもセシリーには勝った。そのため、勝率は1勝で並んでいる。イッチーが言いたいのは、なんで1勝ずつなのに自分がクラス代表に決まったのかー……って事らしい。けどねイッチー、ちー姉の言った通りにどうやって俺がクラス代表の仕事をこなせってのさ。……って意味を込めて、イッチーをガン見して訴える。

 

「く、くそ……逃げ場なしかよ……。」

「このわたくしに勝っておいて、逃げ場など捜す権利などありませんわよ……一夏さん!」

 

 お、一夏呼びに変わってる……。どのタイミングかは解からないけど、セシリーもしっかりイッチーに惚れたか。計画通り……なんだけど、モッピーには申し訳ない気もするな。いやいや、人が人を好きになるのに理由なんか重要じゃない。なるべく平等に2人を応援してあげないと。

 

「そうは言われてもなぁ……。勝ったには勝ったけど、男がクラス代表になるのは良い恥さらしじゃなかったのか?」

「確かに、今のままではそうなってしまうかも知れませんわ。ですがご安心を!一夏さんの事は、わたくしがしっかりとサポートして差し上げます。」

「……具体的には?」

「そうですね……。手取り足取り、なんでも教えて差し上げますわよ?」

 

 エ、エ……エロい!表情から台詞まで、何から何までエロい!つーかどうしたよセシリー……。確か原作では、照れながら言っていた気がするんだけどな。何と言うか、あんな妖艶な感じだったっけ?まぁ……確かにセシリーは、そういう感じなのが似合ってるかもね。

 

「手取り足取りなら、別に黒乃のアレで間に合って―――」

「一夏の言う通りだ。一夏の教官は、私と黒乃で足りている。私達は、お前と違って直接頼まれたのでな。」

 

 セシリアの発言に、机を叩きつつモッピーが立ち上がった。厳密に言えば、俺も頼まれては無いけどねー……。ってかイッチーの奴、俺の指導方法をサラッと言うところだったな……?そんな事してみ?またしてもヘイトが俺に溜まる。アレが知れたら、きっとモッピーだって黙ってないぞ……破廉恥な!ってさ。

 

「あら、貴女はISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしにご用事かしら。」

「ラ、ランクは今関係ない!それに、ランクの差が指導に必ずも直結するとは―――」

「座れ馬鹿共。お前らなど、私にとっては等しく……等しくひよっこだ。」

 

 まぁこの場合は、モッピーの言い分に全面的に同意かな。昴姐さんはAらしいから何とも言えんけど……。とにかく、ランクが低いなら低いでやりようはあるさ。……って、仲裁してあげたかった。言い争いをする2人に、ちー姉は出席簿アタックを喰らわす。パァン!と痛そうな音が鳴った後に、2人は大人しく席に着く。

 

 それにしても、ちー姉が言葉を詰まらせた時……目が合ったのは気のせいかな?ランクの話をしてるのに、どうしてBの俺に視線が向いたのだろうか。Sのちー姉からすると、等しくひよっこって事だろうに。そしたら俺は、真ん中も真ん中……昴姐さん曰く、可も無く不可もなく……なのに。

 

「……とにかく、クラス代表は織斑 一夏だ。異論はないな?」

 

 ちー姉の言葉に、女子達は元気に返事をした。……気のせいだったかな?ま、とにかく……なんとか丸く収まったみたいで良かった。雨降って地固まる……って奴かな。まぁ……イッチーの足元はぬかるんだ地面その物かも知れないけど……。……今度、何かお菓子でも作ってあげよう。密かにそう思う俺氏であった。

 

 

 

 

 

 

「……のコントロールが……できない……。」

(ん……?)

 

 わたくしのすぐ側で、そんな声が聞こえてきました。聞き覚えのない声……。わたくしは、薄く目を開け声の主を探しました。そこに居たのは、我が宿敵の藤堂 黒乃。ここでようやく、わたくしは先ほどまでの事を思い出す。そうでした、わたくし……気絶してしまったのね。

 

 そうすると、ここは保健室。窓から見える景色を見るに、さほど時間は経っていないようです。わたくしの額には、冷たいタオルが乗せられて……。保険医の方がいらっしゃらないという事は、ミス・藤堂がわたくしを看病してくださったのでしょう……。

 

(どういう……事なのです……。)

 

 解りませんわ……。あのような恐ろしい笑みを浮かべて、あのような戦法をとる方のする行為には思えません。そして、ミス・藤堂が呟いたあの言葉……。冒頭の部分は聞き逃しましたが、何か……コントロールできないと……。それより違和感をかんじるのが……。

 

(貴女は何故……泣いているのですか……。)

 

 ミス・黒乃は、何かに怯えるかのように震え、涙を見せていました。いえ、正確に言えば完璧にそれが見えたわけではありません。俯いていらっしゃるし、長い髪が邪魔をして顔はほぼ隠れてしまっています。ただ……わたくしに被さっている布団に、数滴の水が滴った跡がハッキリと残っていました。

 

 コントロール……泣きながら機械の話をするわけはありませんわよね。だとすると、力……?自分……?それらの制御が、己の意思で出来ないと言いたいのかしら。だから怯えて、悔やんで、泣いていらっしゃるの……?わたくしは、いつの間にか身体を起き上がらせていました。

 

「貴女……。」

 

 わたくしが目を覚ました事に気がつくと、ミス・藤堂は自身の掌でゴシゴシと顔を擦る仕草を見せました。それで誤魔化しているつもりなら、些か無理がありましてよ。だけれど、取り繕ったのなら……それこそが彼女が泣いていた裏付けですわ。

 

「「…………。」」

 

 それはそれとして、長い無言が続いてしまいますわ……。ミス・藤堂は失語症なので仕方ありませんが、わたくしの方も彼女へかける言葉が思いつきません。ただ虚しく時間だけが過ぎていると、ミス・藤堂が唐突に立ち上がりました。すると、ミス・藤堂は……わたくしに対して膝まづいて見せるではありませんか。

 

(解りま……せんわ……。)

 

 その姿勢は凄く綺麗で、そう……まるで騎士のよう。わたくしに対しての贖罪のため、わたくしを守る……と言いたいように思えました。意味が解りませんわ。これではまるで、わたくしと戦ったミス・藤堂とは別人ではありませんか。別人(・・)……?

 

 わたくしの頭には、ある仮説が浮かびました。もしかすると、本当に……ミス・藤堂であって(・・・・・・・・・)ミス・藤堂ではなかった(・・・・・・・・・・・)のかも知れません。わたくしの仮説が正しいのだとすると、先ほどの発言にも合点がいきますわ。だから、コントロールがと……。

 

「なるほど、貴女は……。…………。ミス・藤堂。」

「…………?」

「わたくしの失神は、真剣勝負の最中に起きた事ですわ。確かに貴女の笑顔に驚きはしましたが、何もそこまでして頂かなくても結構です。」

 

 アンジー姉様の事は、まだ許したわけではありません。ですが、貴女を(・・・)恨むのはお門違いだと解りました。貴女では(・・・・)なく、貴方が(・・・)姉様を再起不能にしたのなら……貴女には(・・・・)何の非もありません。むしろそういう事情があったのだとすれば、貴女は(・・・)好感が持てますわよ……ミス・藤堂。

 

「今回はわたくしの負けですが、次はこうはいきませんわよ?……黒乃さん。」

 

 織斑先生の仰っていた事は、ある意味正解だったという事ですわね。こちらのミス・藤堂……いえ、黒乃さんであれば仲良くできるはずです。わたくしの非礼に関しては……後日に謝罪させていただくとして、今日のはわたくしも黒乃さんも休むべきですわ。

 

「わたくしは、もう少しここで休まさせていただきます。わたくしは平気ですから、貴女もお帰りになって下さいな。」

 

 そう提案すると、ミス・藤堂は立ち上がりわたくしに頭を下げてから立ち去りました。……本気でわたくしの騎士になるおつもりではないでしょうね。頼もしい限りですが、それは少々ご遠慮したいものです。では、宣言通りにわたくしも休憩いたしましょう。

 

 ベッドへと横になってしばらく仮眠をとる体勢へと移行しましたが、先ほどまで気絶していたせいか中々寝付けませんね……。はぁ……結局、自室のベッドの方が落ち着くかしら。いつまでも保険医の方はお見えになりませんし、わたくしも部屋に戻りましょう。

 

「よぉ……。今、大丈夫か?」

「貴方は……わたくしに何かご用でして?」

「ああ、少し話したい事がある。またにしろってんなら、大人しく帰るぞ。」

「いえ、わたくしも貴方にお話があったところです。」

 

 わたくしが帰ろうとしていると、訪問者が現れました。その方は、声を聞くだけですぐに解ります。織斑 一夏……。だいたいは、わたくしに何の話があるか想像がつきます。向こうはそうでも無いようで、少し不思議そうにわたくしの寝ているベッドの側へ立ちました。

 

「えっと、話って?」

「先にそちらからどうぞ。」

「そうか、なら……単刀直入にいくが、黒乃の事で話がある。」

 

 思った通りに、織斑さんはわたくしに黒乃さんの事を聞きに来たようです。どうやら織斑さんは、彼女の八咫烏としての姿を見るのは初めてだったようです。だからこそ混乱も大きく、わたくしに真偽を問いにいらっしゃったと……。そうポツリポツリと語る織斑さんの表情には、複雑な心境が現れていました。

 

「……言い訳がましいって思われるかも知れない。けど俺は、黒乃と真正面から戦ってこうなっちまったアンタには、聞いておいてもらいたいんだ。」

「…………。」

「黒乃は二重人格なんだ。笑ってたのがもう1人の方で……。だから、すげぇ無責任な事だってのは解ってる!けどどうか、黒乃は怖がらないでやってくれ!この通りだ……!」

 

 あぁ……やはりそうでしたか。わたくしはなんとなく感づいていたからこそ、黒乃さんに憎悪と恐怖を抱かなくなったのです。勿論、八咫烏の黒乃……そちらの方を許したわけではありません。何度も言いますが、アンジー姉様の敵であることに変わりはないのですから。

 

「わたくしには、姉同然の指導者が居ました。その方も、八咫烏の黒乃によって潰されてしまいましたわ。」

「!?」

「だからわたくしは、彼女に挑んだのです。ハッキリとした私怨を抱いての事でしたが、その矛先を向ける相手を誤っていたようですわね。」

「じゃあ……。」

「黒乃さんは敵ではありません。わたくしの敵は八咫烏の黒乃です。なので黒乃さんを悪く思うのはもうお終いですわ。幸いわたくしは、2度とISに乗れない……という事はなさそうですし。」

「そう……か……。ありがとう……本当にありがとう……!」

 

 一応ですが、どうしてわたくしが黒乃さんを恨んでいたかを説明しておきました。その言葉を聞いた織斑さんは凄まじく悲痛な表情を浮かべてわたくしを見ます。ですが、次いで出るわたくしの言葉に幾分か表情が和らいでいき……。最終的には、涙声で深々と感謝されました。

 

「頭を上げてくださいませ。わたくしとて、そこまで理解のない女ではありませんわ。」

「あぁ……ありがとう。でも、本当に感謝せずにはいられないんだ……。」

「そのお気持ちだけで十分です。貴方の想いは痛いほど伝わりましたので。」

「……ありがとう。それじゃ、俺はもう行くよ。押しかけるみたいで悪かった。後はゆっくり休んでくれよ。」

 

 そう言いながら、織斑さんはわたくしの前を立ち去ろうとします。……それにしても、わたくしと極普通に会話を交わしていましたわね。男性とは、情けない存在である。父がそうであったように、わたくしは男性そのものを毛嫌いしていたというのに。

 

「貴方は何か、他の方とは違って……不思議な方ですね。」

「は?いきなり何の話だよ。」

「男性の方はいつもオドオドとわたくし達の様子を伺って、ゴマを擦る……そういうものだと思っていました。」

 

 背を向けていた織斑さんは、わたくしの言葉に反応して再度こちらを向きました。何か考え込むような表情で、ガシガシと頭を掻くような仕草を見せると……次の瞬間には、顔つきは真剣そのものに。思わずわたくしも、気を引き締め織斑さんの言葉に耳を傾けます。

 

「やっぱり……そうやって女に媚びて生きてる奴って多いと思うよ。けどさ、それは多分悪い事じゃない。威張ってる女も悪くない……だってそれは、世界がそうさせてる事だろうからな。」

「世界が……。」

 

 それは……そうかも知れませんわね……。ISの登場を期に、世界は大きく変わったと言えます。女性の立場が強くなり、男性は弱いものだと……世界がそういう方向に動いてしまった。だからこそ、織斑さんは悪い事ではないと前置きしたのでしょうか。

 

「仕方ないかも知れない……けど、少なくとも俺は諦めたくない。諦めたくないから、情けない男じゃいられないんだ。」

「…………。」

「きっと俺だけじゃなくて、そうやって抗ってる奴も必ずいる。だから、男全部が情けないって思うのは少し考えてみてくれないか?俺がエラそうな事言えた立場じゃないんだけどな……。」

 

 強制ではなくあくまでお願いだと、織斑さんは付け足して言いました。……織斑さんを見る限りでは、確かにわたくしが見てきた方とは違います。わたくしは少し……いいえ、かなり愚かな考えをもっていたのかも知れませんわね……。

 

「もし俺の言葉に説得力がないって思うんならさ、しっかり俺の事を見ててくれよ。俺だけでも、オルコットの思うカッコイイ男でいるからさ。」

「なっ!?なななな……なんですいきなり!」

「何って……オルコットは、俺に他とは違う何かを感じたんだろ?多分それが男らしさって奴だ。だからオルコットが男に幻滅しないよう手本になるから見ててくれって話だが。」

 

 織斑さんが突然そんな事を言うものですから、わたくしは思わず声を裏返しながら聞き返してしまいました。ああ……もう、耳まで赤くなっているのが自分で解ります。男性には山ほど言い寄られましたが、全てはオルコット家の財を目当てにしての事……。織斑さんにそのつもりがない発言にしても……初めてわたくしの心に響いた言葉かもしれませんわ。

 

「ん……?なんか顔赤いな。やっぱ寝てた方が良いんじゃないか?悪かったな、なんか長居しちゃって。」

「い、いえ……お構いなく。」

「ああ、体は大切にな。んじゃ、また明日。」

 

 そう言うと、今度こそ織斑さんは保健室を後にしました。本当に、不思議な方……。だからこそかしら?わたくしは、あの方の事をもっと知りたいと思ってしまっている……。その心に、触れてみたいと思っている……。織斑 一夏……。心の中で彼の名を呟くと、胸が高鳴るのを感じました。

 

 困りましたわね……黒乃さんの邪魔をしてしまう事になりそうですわ。まぁ……彼女は2つの意味でライバルという事にしましょう。フフッ、これはこれで面白くなってきましたわね。さて……一夏さんのせいで惚けてしまいましたが、わたくしもそろそろ帰る事にしましょう。

 

 

 




黒乃→セクハラの大チャンスなのにぃ……!
セシリア→涙……?藤堂さん、貴女は……。


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第30話 クラス代表就任パーティ

「では、これよりISにおける実践的な飛行訓練を行う。織斑、オルコット、藤堂、試しに飛んでみろ。」

 

 クラス代表決定戦の騒動から数日が経過し、春という季節感もあってか平和そのものに感じられる。まぁ……IS学園に居るって時点で穏やかじゃないんですけど、そこはご愛嬌という事で。さて……飛行訓練か、これもテンプレっちゃテンプレだよね。とにかく、急いで刹那を展開……っと。

 

 俺とセシリーは、それぞれ専用機をスムーズに展開する。だが、イッチーは原作通りに手間取ってるみたい。ポーズを取れば安定して即時展開ができるらしく、俺達とは数秒遅れで白式を身に纏った。その際に熟練したIS乗りは1秒かかんないって言うけど、俺はどうなんだろ……?コンマ切ってるかは自分じゃ解んないな。

 

「よし、飛べ」

 

 オーケー、ちー姉。だけど、見学してる生徒が近いからスタートはゆるりと始めないとね……。俺がそうこうしている間に、2人はもうスピードを上げ始めてる。あ~……ヤバイかな?ちょびっとOIB(オーバード・イグニッションブースト)を使っとこ。追いつかないとまずいと思った俺は、50%もない出力でOIB(オーバード・イグニッションブースト)を発動し追い上げをかける。

 

「ん……うぉっ!?な、なんだよその滅茶苦茶な速度は……。」

「あ、あの距離から追いついて来ますの!?」

『何をやっている。刹那は別として……スペック上は白式の方がブルー・ティアーズよりも速度は上だぞ。』

 

 ほんの軽くのつもりだったんだけど、違う意味で軽く2人を抜き去ってしまった。2人の横を通り過ぎた時に発生した風に煽られ、特にイッチーはバランスを崩してしまったみたいだ。調子良く飛んでいたのに、そのせいでちー姉にお叱りを受けたっぽい。済まぬ……済まぬイッチー……。

 

「刹那と比べられないだけマシか……。はぁ……できれば、黒乃にイメージに関してのレクチャーをして欲しかったぜ。」

「一夏さん、イメージは各々で異なりますわ。貴方のやり易いイメージを模索するのが、最適です事よ?」

「そもそも、ISってどういう原理で飛んで……。いや、なんでもない。考えるだけ無駄だな、そもそも……得意な方では無いし。」

 

 頭は悪い方だと遠まわしに言うイッチーに接近し、俺も同じようなもんだから気にしないでと肩を叩く。しかし、どうやら憐れんでいる思われたみたいで……。イッチーは悲しくなるから止めてくれ、なんて言って……項垂れる。そんなイッチーを見て、セシリーは優雅な笑みをこぼした。あれ、何々?和やかな雰囲気じゃね?俺様もしかしてファインプレー?

 

『織斑、オルコット、藤堂、急降下と完全停止をやってみろ。目標は地表から10cm。で、藤堂……くれぐれも解っているな?』

「な、何やら解りませんが……とりあえずわたくしから。ではお2人とも、御機嫌よう。」

 

 急降下と完全停止という課題を出すと同時に、ちー姉は俺に釘を刺すように言った。や~……ISに乗り始めた頃のが尾を引いてるね、うん。セシリーは何か不憫そうな表情を俺に送った後、地表へ向かって降りて行く。そして、地面寸前で身体を反転させて完全停止。パーフェクッ!ファンタスティック!

 

「…………。」

「おっ、やる気満々だな黒乃。解った、先に行ってこいよ。」

 

 な~んて言っている場合でも無く、さっさと次行かないとね。俺は自分を親指で指差すと、次は俺に行かせてとイッチーに意思表示して見せる。イッチーは快く承諾してくれたが、まぁ……その方が君も困らないと思うよ。んじゃ、得意分野だし……華麗に魅せますか。

 

 俺は地面に向けて飛ぶのに合わせて、先ほどと同様に50%に満たないOIB(オーバード・イグニッションブースト)を発動させる。重力に従っているのもあってか、上昇よりも更に速度が凄まじい。で、セシリーと同じく地面に激突する前に身体を反転。……に合わせて、今度はOIB(オーバード・イグニッションブースト)をほぼ100%で地面に向けて噴出させた。

 

「……記録、0cm。」

 

 うっし、我ながら完璧……。50%下回っているOIB(オーバード・イグニッションブースト)なら、100%近いOIB(オーバード・イグニッションブースト)で完全に勢いを殺せるからね。ただし、地面に対してスッゲー風が巻き起こるけど。おかげで、俺の付近には凄まじい砂埃が舞う。で、俺の頭にはちー姉のお約束が……。

 

(ありがとうございます!)

「藤堂、念を押しただろうが。はぁ……今後、授業では許可なしにOIB(オーバード・イグニッションブースト)は使うな。良いか、これは命令だ。」

「み、皆さ~ん……大丈夫ですか~?」

 

 声がするので後ろを向いてみれば、ちー姉が出席簿を構えていた。もちろんこんな距離からは避けられないわけで、俺の頭には衝撃が走る。……嬉しいけど、まぁそれは良いとしよう。OIB(オーバード・イグニッションブースト)に制限をかけられちゃったか……魅せにはピッタリなんだけど。現にこうして、砂埃で周囲の女子達が被害を(こうむ)ってるしね……あまり紳士的ではなかったかな。

 

 皆さん、ほんと申し訳なかった。……さて、イッチーは……。ハイパーセンサーで白式をロックして様子を見てみると、俺は瞬時に悟った。あ~……アレだ、アレは長年の経験からするに……地面に激突だな。やっぱ最初は上手くいかんか、原作通りになるなら仕方がない。

 

「藤堂!あの馬鹿……。」

 

 再度空中へ躍り出た俺は、イッチーの墜落してくる一直線上に位置どった。ん〜……さっき使用が制限されたわけだが、どうやらOIB(オーバード・イグニッションブースト)を使わないと勢いが殺せないな。ってか、それよりもまずイッチーが避けようとしなければいいが……。

 

「くっ、黒乃!?お前何やって……クソッ!」

 

 まぁそりゃ避けようとしますよね〜。イッチーは進路を横へとずらそうとするが、そこは刹那の性能の見せ所ってもんだよ。俺はイッチーのずれた方向に合わせてQIB(クイック・イグニッションブースト)で横移動。そのタイミングでイッチーは俺へ接触する。ほ〜れ……おいでイッチー、おっぱいクッションを堪能させてやろう。

 

「んむぅ!?」

 

 イッチーの頭を胸で抱え込むようにすると、早めに全力のOIB(オーバード・イグニッションブースト)を発動させる。これなら、さっきと違って他の生徒に迷惑はかかんないだろ。最初こそイッチーと接触した衝撃が凄まじかったが、その勢いは徐々に収まっていき……イッチーは無事に地面へと着地した。

 

「ぶはぁ!ち、窒息するかと思った……。」

「……の割には、随分とだらしない顔つきだな。なぁ?一夏。」

「見損ないましたわ。」

 

 俺のおっぱいを堪能したせいか、イッチーの顔はかなり赤い。そのせいでモッピーとセシリーの総攻撃をうけるが、不思議と俺に矛先が向かないじゃないか。むぅ……もっと俺を責めてもええんやで?ま、どちらにせよちー姉に……なんて考えていると、俺とイッチーの頭を出席簿が襲う。

 

「この馬鹿共が!」

「いだっ!?」

(ありがとうございます!)

「織斑……藤堂のおかげで未遂だが、あのままではグラウンドに大穴が開くところだったぞ。そして藤堂……私は許可なく使うなと言ったばかりだが?」

 

 うひぃ……叩いてもらえたのは良いけど、この威圧感満載の視線は怖いなぁ。どうしようか考えていると、俺を助ける為にやった事だからとイッチーが庇ってくれた。いいぞイッチー、俺は面倒が嫌いなんだ……罰で労働を強いられるのは勘弁だぜぃ。

 

「はぁ……もう良い。だが藤堂、今後はその馬鹿を甘やかさないように。よしっ、では次にいくぞ。」

「黒乃、さっきはありがとな。後……悪かった。」

 

 こうして授業は進んでいくが、小声で感謝と謝罪をされた。謝ったのは……おっぱいの事だろうね。気にせんといてよ、俺が好きでやったんだから。いや、別にイッチーに触らせたかったって意味ではないからね?まぁいいや、集中せんと……ちー姉にマジギレされそうだ。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、織斑くん……クラス代表就任おめでと〜!」

「「「おめでと〜!」」」

「人気者だな、一夏。」

「箒、本当にそう思うか?」

 

 現在は夕食後の自由時間で、場所は食堂に居る。1組の生徒プラスアルファで、イッチーの就任パーティーが盛大?慎ましく?……ちょうどその中間くらいの規模で執り行われた。それに対してイッチーは不服そうで、口を尖らせなら皮肉を言うモッピーに抗議してみせる。

 

「まぁまぁ、一夏さんをお祝いしたいという気持ちは本物ですわ。」

「そうだよ、織斑くん。こういう時には他人事と思うのが楽しむコツさ。」

「うわぁ!?び、びっくりした……。って、近江先生……どうして此処に?」

「何故って、幹事してる子に誘われたから。まぁ断るのもなんでしょ?」

 

 セシリーが(たしな)めるような台詞を言っていると、突然背後から鷹兄の声が響く。ビ……ビックリするから止めてよ鷹兄……。絶対わざとなんだろうけど、気配を消して近づいて来るから余計に性質が悪い。しかし、鷹兄も誘われるよねぇ……そりゃ。存在を感知された鷹兄は、瞬く間に女子達に引っ張られ輪の中心へと入って行った。

 

「……本格的に、誰が主役か解からんな。」

「やっぱ俺を祝う気なんて無さそうだけど。」

「ま、まぁまぁ……。近江先生の言葉にも、一理あると思いますわ。」

 

 まぁ、楽しんだもんの勝ちだよね。郷に入らば郷に従えって奴?……なんか少し違う気がする。頭悪いのに、無理にことわざを使おうとするからこうなるんだ。結果、鷹兄の言葉にもセシリーの言葉にも同意って事だよ。そうと決まれば、何とかイッチー達を盛り上げる方法を考えないと。

 

「はいは~い、新聞部でーっす!何かと話題の織斑 一夏くんにインタビューに来ました!」

 

 ゲ、ゲゲェ!?まずったな、このイベントを忘れてた……。え~っと、黛 薫子さん……で合ってるよな。黛先輩のインタビューは、確か代表候補生にも及んだはず。そうなってみなよ、何も答えられないから盛り下がるの必至じゃん。仕方が無い……こっそり退散するか。それにこの時間帯なら、まだ間に合うかもだし……。

 

「…………。」

「黒乃?どうかし……っておい、ちょっと待て!黒乃ーっ!?」

 

 その前にモッピーの肩を叩いて、手提げの袋を渡しておいた。中に入っているのは、時間を見つけて焼いておいたクッキーだ。このパーティーがあるのは解ってたし、せめてもと思って……。いや~……いろいろ大変だった。何が大変だったって、まず調理実習室を借りるのが俺には難度が高く……。

 

 まぁそれはいいや、後はスタコラサッサ~っと。クラス分より余計に焼いておいたし……1人数枚は食べれるだろ。さて、俺はするべき事をしないとな。え~っと、正面ゲート付近をウロウロしてたはずだから……こっちか。俺はジョギングくらいの速度で走って、とりあえず正面ゲートを目指してみる。

 

 ん~……着いたはいいけど、目立った人影は無しか。えっと、あの後彼女がとった行動を良く思い出せ……確か描写されてたはず。描写……されて……って!違うううう!タイミング……間違えた!良く思い出そうとしたら、俺が根本的な間違いを犯している事に気が付く。

 

 彼女はイッチーとモッピーの仲睦まじい姿を目撃してるんだから、タイミングとしてはパーティーが開かれるよりも前だ。はぁ~……無駄足か。なんとか、彼女を出迎えて……いや、せめて迷子にならないようにしてあげたかったんだけど。記憶力が弱い自分に嫌気がさして、体育座りでゲートの支柱にもたれかかる。

 

「黒乃……。」

「…………?」

 

 あり、イッチー……?もしかして、変な抜け方したから心配させちゃったかな。イッチーは俺のどんよりとしたオーラを察してか、ゲートを挟んで反対側の支柱に腰掛けた。あ~……うん、良いねイッチー……すぐ口を開かないのはナイスだね。

 

「黒乃、俺さ……お前が居てくれて本当に良かったって思ってる。」

「…………?」

「く、黒乃が近くに居てくれるのってさ、その……安心するんだ。心がすっげぇ温かくて……。」

「…………。」

 

 な、何さ……いきなりこっ恥ずかしい事を言い出して……。でも何というか、本心からの言葉だって事は凄く伝わってくる。こんなシチュエーションで言ってくるっって、やっぱり俺を元気づけようとしてくれているみたいだ。イッチーらしいとっちゃあらしいけど……そ、そんな台詞はモッピー達に言ってあげなよ……。

 

「そう思ってるのは、千冬姉や箒とかだって一緒だと思う。だから、俺達が近くに居るのを忘れんなよ。返したい……って、思ってる。黒乃に、俺達の感じてる温かさを返したいって思ってる。……俺達はここに居るから。」

 

 ……止めてよ、そういうの。俺がキミの事を好きにならないようにしてるのパーになっちゃうじゃん。まぁ何を申したいかと聞かれますと、俺氏……ときめいております。温かいの返したいって、貰ってばっかりみたいな言い方してるけどさ……。俺の方だよ、貰ってるの。今も……胸の奥が凄く温かい。

 

 だけど落ち着こう。俺がイッチーを好きになる事だけは許されない。そう……許されちゃいけないんだ。気をしっかり持とうか、イッチーが俺を口説く目的でそんなん言ってるわけないんだから。けど単純に嬉しいってのも確かだし、感謝の言葉だけは伝えておきたい。

 

「あり……がと……。」

「……どういたしまして。さぁ、今日はもう帰ろうぜ。ほら……。」

 

 なんとか絞り出せたありがとうの言葉。言われた本人は、俺が喋れた事に対して驚いているようだ。少し反応は遅れたものの、イッチーは何か爽やかな笑みを浮かべながら立ち上がった。そうして俺に歩み寄り、自らの掌を差し出してくる。

 

 イッチーの手を掴んで立ち上がると、宣言通りに寮へ帰る運びとなった。……のは良いんだけど、何故だかイッチーは俺の手を放してくれない。う~……心配させたのは解るけど、今ちょっとそういうのは……。なんだか、皆がイッチーを好きになるの……良く解った気がするよ。

 

 

 

 

 

 

(やはり凄いものだな……黒乃は。)

 

 ISを用いた実践的訓練が開始され、その手本として一夏、黒乃、オルコットの3名が飛んでいる。背にあるスラスターから黒い炎を吹き出して、刹那はグングンと上昇していく。仮に私が刹那を渡されたとして、ああ上手くは使いこなせないだろう。

 

「ねー、藤堂さん……意識して後から速度出したよね?」

「はっ、舐めプって奴なんじゃないの。八咫烏様の事だしね。」

 

 ……仮に黒乃にもう1人の人格があるとしよう。だとすれば、私は黒乃であって黒乃でないソイツを許さない。現にこうして陰口を叩かれるのも、ソイツのせい以外何物でもないはずだ。原因はソイツであろうが、私の後ろで声を潜めている連中の意識の問題でもあるがな。

 

 それにしても、黒乃はもちろんだが……一夏も随分と遠い存在に感じてしまうな。白式を纏っている一夏は、黒乃やオルコットと何やら楽しそうにしている。……あの2人に置いて行かれるのは嫌だ。私の家族は、家族と言えない。2人に置いて行かれたら、私は本当に独りになってしまいそうだ……。

 

「あの〜篠ノ之さん?」

「はい?」

「その、ボーッとしてますけど……体調でも悪いんですか?」

「あ、あぁ……いえ、スミマセン。少し考え事を……。」

 

 いかんいかん、私とした事が……。山田先生だからよかっただけで、千冬さんなら既に出席簿を喰らっているところだろう。うん……考え過ぎはいかんな。置いて行かれたくなければ、私が精進すればいい話だ。いつまでも待ってもらうわけにはいかんからな。

 

 山田先生に大丈夫だと返している間に、一夏達は急降下と完全停止を披露する事になったようだ。まず動き始めたのはオルコット。悔しいが、やはり代表候補生なだけはある。オルコットは見事な操作を見せて、千冬さんにもお墨付きをもらったようだ。

 

「あら、何かご用事でして?」

「いや、見事だと感心していただけだ。」

「そ、そう手放しに言われますと……返って困惑しますわね。」

 

 何処か得意げ……というか自慢げに話しかけてきたオルコットに、私は思っていた事を簡潔に伝えた。向こうとしては、私が噛み付いてくるとでも思ったに違いない。フンッ……一夏が関わりさえしなければ、私もそこまで熱くはならんさ。うむ、一夏が関わらなければ……。

 

「ですが、彼女に比べればわたくしもまだまだ……。」

「……あの速度で迫られると、なかなか迫力がある物だ。」

 

 オルコットが上空を見上げるのに合わせて、私も首を上方へと傾けた。そしてその目に映るのは、背から小さい炎の翼を噴出させている刹那だった。翼の大きさが異なると言う事は、まだまだ余力は十分か……。黒乃はまるでその証拠かのように、地表が近くなると同時に雷火の出力を上昇させた。

 

「近江先生も、随分と特化型のISを設計なされたものですわ……ねっ!」

「まるで砂嵐だな……。」

 

 地表に近い位置で……あ~……何だったか、お、おーばーどいぐにっしょんぶーすと?……横文字は苦手だ。とにかく、とんでもない出力で炎を吐きながら地表へ近づくものだから、当然ながらグラウンドの砂は巻き上がる。見学している私達は遠い場所に居るのだが、ほとんど意味をなしてないな……。

 

 むっ、黒乃に千冬さんが近づいて……。あれは出席簿直撃コース……流石の黒乃もアレは避けれんか。なんだか解からんが、千冬さんが叩いたと言う事はお叱りと思って間違いない。わざわざ千冬さんが、人を褒めるために近づく訳が……。なんだろうか、千冬さんと目が合った気がする。

 

「残るは一夏さんですが、あぁ……アレは……。」

「どうかしたか?」

「簡潔に言いますと、墜落しますわ。」

 

 そうか……いや、そうかで済ませてはいかんだろう!?ISを纏っている以上は死にはせんだろうが、死なないから落ちても構わんだろう……とは私は言えんぞ。なんて心配しながら急降下してくる一夏を眺めていると、再び黒乃が動き出した。

 

 驚いている暇もなく、黒乃はその胸を緩衝剤にするかのようにして一夏を受け止める。く、黒乃……お前という奴は、時々思うが少しは恥じらいというものをだな……。いや、もしかしてわざとか……?私とて、そういうのが女の武器である事は理解しているが……黒乃のように有効的に扱う自信はないな。

 

「ぶはぁ!ち、窒息するかと思った……。」

「……の割には、随分とだらしない顔つきだな。なぁ?一夏。」

「見損ないましたわ。」

 

 まぁ一夏が無事で何より……と思ったのは束の間だ。黒乃の胸から頭を離した一夏の顔は、こう……何かしらを堪能したとでも言いたいようにだらしない。流石にこういう時は気が合うな、オルコット……。私はオルコットと2人して、黒乃の胸にしてやられた一夏を責める。

 

 だが今は授業中だ。あまりやり過ぎると、それこそ私の身が危ない。実際のところで、一夏と黒乃は出席簿による制裁を喰らう。……今回は、それで許してやる事にしよう。さて、見る事もまた戦いだ。残りは集中して、専用機持ち達の手本を見守った。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、織斑くん……クラス代表就任おめでと〜!」

「「「おめでと〜!」」」

「人気者だな、一夏。」

「箒、本当にそう思うか?」

 

 自由時間に食堂集合という物だから来てみれば、まさか一夏の就任を祝う会だとは。見たところ1組以外の者も居るようだし……何でもアリかここの連中。私も私だな……落ち着け、一夏が女子に祝われているからなんだ。一夏に皮肉を送った事を反省しつつ、何とか心を静める。

 

 ……私や一夏はともかくとして、黒乃は大丈夫だろうか。黒乃は私達が楽しんでいる様子を見て、それでパーティーなどは楽しんでいるようだが……。今回は規模が大きいうえに、周囲は敵だらけ。……ここから黒乃を連れ出すのが得策か?黒乃の場合は、判別に困る。

 

「まぁまぁ、一夏さんをお祝いしたいという気持ちは本物ですわ。」

「そうだよ、織斑くん。こういう時には他人事と思うのが楽しむコツさ。」

「うわぁ!?び、びっくりした……。って、近江先生……どうして此処に?」

「何故って、幹事してる子に誘われたから。まぁ断るのもなんでしょ?」

 

 オルコットが一夏のフォローをしていると、いつの間にか近江先生が私達の背後に居た。時々思うが、やはりこの人もただ者では無いな……。足音、気配、双方微塵も感じられなかった。飄々としているせいで解り辛くはあるが、いつかこの人の本気も見せて貰いたいものだ。

 

 自ら気配遮断を断ったせいか、近江先生はあっという間に女子に見つかる。……なるほど、近江先生が呼ばれた理由はそれか。と言うよりは、一夏の就任パーティーと言うのも大義名分。これは連中が一夏や近江先生と距離を縮める為にあるようなものだ。フンッ……近江先生はともかく、私と黒乃が居る限りは思い通りにさせんぞ。

 

「……本格的に、誰が主役か解からんな。」

「やっぱ俺を祝う気なんて無さそうだけど。」

「ま、まぁまぁ……。近江先生の言葉にも、一理あると思いますわ。」

 

 近江先生は、女子達に引っ張られ盛り上がりの最たる場所まで連行されてしまう。やはり私達が居るせいか、表だって一夏にアプローチはかけづらいらしい。しかし、近江先生の登場でますます場が盛り上がってしまったな。それに比例するかのように、黒乃の存在感が薄れていく。……よしっここはやはり、黒乃は退出させよう。

 

 オルコットと一夏を2人にするのはなんだが、こう人の目が多くては大胆な行動には出れんだろう。それに、私もこのパーティーに興味は無い。黒乃といる方がよほど有意義な時間を過ごせるというもの。私が黒乃に意思確認を取ろうとすると、思わぬ邪魔がそれを遮った。

 

「はいは~い、新聞部でーっす!何かと話題の織斑 一夏くんにインタビューに来ました!」

 

 何処からかこのパーティーの事を聞きつけたのか、新聞部を名乗る者が現れた。一夏にインタビューか……残念だが、一夏はさほど面白い事を言えた男では無いぞ。私と同じでマスコミの類は苦手だろうしな。そうすると、私の肩を叩く者が。黒乃……そうか、やはりこの場には居辛いのだな。

 

「…………。」

「黒乃?どうかし……っておい、ちょっと待て!黒乃ーっ!?」

 

 すぐさま黒乃と此処を去ろうとすると、私に手提げ袋を渡して1人で去ってしまった。くっ……!もっと早くに行動を起こすべきだったか……。黒乃が私まで去る必要はないと考える事は見えていたのに。追いかけるべきだろうが、コレを私に預けたのなら何か意味があるハズだ。私が手提げ袋を漁っていると、随分と懐かしい物が出てきた。

 

「コレは……!?」

「箒、どうかしたのか?」

「黒乃が、コレを私に渡して去って行った。」

 

 インタビューとやらは終わったのか、1人で驚いている私に話しかけてきた。黒乃がコレを渡したと言うと、一夏も昔を懐かしむような表情を見せる。中に入っていたのは、フレーバーごとに袋詰めされた大量のクッキーだ。何の変哲もないが、私と一夏にとっては特別なもの……。

 

「懐かしいな、俺達が落ち込んだりケンカしたら……必ず黒乃が焼いてくれたっけ。」

「今回は、一夏がクラス代表の件で消沈していたからだろう。」

「これでも食べて元気出せって?……うん、元気出る。」

 

 そう……私達にとって黒乃のクッキーと言えば、何か……絆の証と言い換えても遜色ない。最初こそは失敗も失敗で焦げたクッキーだったが、それはそれで笑いの種になったのを良く覚えている。一夏はそんな事を呟きながら、プレーン味のクッキーを1つ撮んで頬張った。

 

「ところで箒、黒乃は何処に―――」

「あーっ、篠ノ之さんってお菓子作れるんだ!凄~い!」

「その量……クラスの皆に焼いてくれたの!?」

「ち、違う……コレは。」

 

 一夏が私に黒乃の事を尋ねようとすると、連中のうち1人がクッキーに気が付いた。それを皮切りに、クッキーへと女子が群れ……許可も無しに次々と奪っていく。確かにこの量となると、クラス分よりも余計な程だろう。しかし聞いて欲しい……これは、私で無くて黒乃が焼いたものだ。

 

「わっ、美味しい!やるね篠ノ之さん……。」

「フ、フフフ……フンッ!こんな物で一夏さんの気を引こうとしても無駄ですわよ?まぁ……美味しい事は認めますが。」

「……違う!それは、私でなく黒乃が焼いたクッキーだ!」

「え……?」

 

 それまでワイワイと盛り上がっていた連中は、黒乃の名を出しただけで水をかけたように大人しくなった。あぁ……本当に、こいつらを見ていると……つくづく人間というものが嫌になる……!黒乃の手前で我慢してきた……黒乃が望まぬ事だと耐えてきた……。だが、私にはもう限界だ……!

 

「……んなんだ……なんなんだお前達は!黒乃がいったい……どういう想いでそれを焼いたと思っている!?」

「箒……。」

「このパーティーに華を添えようと思っての事だろうが!それをお前達は……黒乃が焼いたものだと知るや否やその態度か!黒乃が……黒乃がいったいお前達に何をした!そのクッキーに毒でも入っていたか!?」

「箒、落ち着け。それはお前じゃ無くて俺の役目―――」

「黒乃は黒乃なりに理解してもらおうと努めているのに、どうしてお前達は欠片も黒乃の事を理解しようと思わない!さも黒乃を酷い奴かのように言って……お前達の方が、よほど黒乃に酷い事をしているではないか!」

「箒!」

 

 私は怒鳴り散らしながら、前々から思っていた事と今回の事を絡めて怒鳴り散らす。一夏が私の事を想って止めに入ろうとしてくれるが、残念な事に気が収まらなかった……。まだまだ言いたい事はあったが、一夏が大きな声で私を呼ぶ。それでようやく私は我に返った……が、私は何も間違った事を言ったと思って止めたわけでは無いぞ。

 

「はいはい、皆とりあえず落ち着こうか?っていうか、お開きにした方が良いと思うけど。」

「近江先生……。」

「ちなみに、僕は全面的に篠ノ之さんの意見に賛成だね。」

 

 しばらくシンとした時間が食堂を支配したが、近江先生が手を叩きながら解散を促す。そう言われた女子達の表情は……バツが悪そうだ。私からだけでなく、近江先生からもそう言われて相乗効果が出たのだろう。近江先生が動き始めると、それに合わせて女子達も解散を始める。

 

「大丈夫?篠ノ之さん。」

「はい……。近江先生、私は……。」

「キミは自分で間違った事をしたって思うかい?それなら、やらない方がマシだ。」

「いえ、私は後悔はありません。」

「今となっては、わたくしは篠ノ之さんを支持しますわ。」

「あんまり気にすんなよ、かっこよかったぜ。」

 

 どちらかと言えば、近江先生が援護射撃をしてくれたものだと思っていたから謝ろうとしたのだが……。この人は、どうやら本気で私の意見に賛同すると言ってくれたらしい。一夏やオルコットの言葉も……嬉しかった。私はほんの小さな声で、ありがとうと呟く。ぶっちゃけ近江先生はどこまで本気か解らんし、信用はならんが。

 

「さて、このクッキーは……3人で分けなよ。あぁちなみにだけど織斑くん、藤堂さんは正門に居るみたいだよ。」

「……2人とも。」

「さっさと行ってこい。お前以上の適任は居ないだろう。」

「一夏さん、スマートにこなして下さいね。」

「ああ、ありがとな。ちょっと行ってくる。近江先生もありがとうございました。」

「いやいや、僕は刹那の居場所を伝えただけだから。後はキミしだいだよ。」

 

 刹那のありどころから黒乃の居場所を割り出したらしい近江先生は、一夏にそれを伝える。一夏は何かはっとした表情を見せ、私とセシリアに確認を取るような視線を送る。……この場合、嫉妬がどうのと言ってられん。私とセシリアが背中を押すような言葉を贈ると、私達2人と近江先生に感謝の言葉を述べてから一夏は走り去る。

 

「じゃ、僕も帰ろうかな……。2人とも、怒られないうちに帰るんだよ。」

「待って下さい近江先生。……貴方は何処まで黒乃の味方なのです。」

「藪から棒だねぇ。その時がくるまで……とでも言っておこうかな。」

「……そうですか。」

 

 近江先生がヒラヒラと手を振り行ってしまう前に、私は以前から抱いていた疑問をぶつけた。想像通りではあったが、かなり遠回しな回答をされてしまう。だが、それだけ聞ければ十分だ。その言葉だけで私は、貴方を心から信用しないでいられる。黒乃の敵となる可能性が1%でもあるのならば……。

 

「箒さん……?先ほどの質問、いったいどのような意図が……。」

「……私が奴を信用していない。それだけの事だ……。」

「そぅですか……。箒さん、それでこのクッキーはどうしましょう?」

「私の部屋で分けるとしよう。ついでに一夏の分も確保できるしな。」

 

 セシリアは、近江先生の姿が見えなくなると私にそう尋ねてきた。私の言いたい事がなんとなく解るのか、セシリアはそれ以上追及してこない。話題は山分ける事になったクッキーの件へと変わる。この量をこの場で配分するには難があるという理由から、セシリアには悪いが1025室へ立ち寄って貰う運びとなった。

 

 

 

 




黒乃→ちょっち人探しするんで、これにて退散!
箒→黒乃が自ら身を退いたと言うのに……コイツらは!

黒乃のクッキー
小学生時代のとある日に一夏と箒がケンカをしたため、少しでも仲裁の元になればと作ったのが始まり。それ以来は事あるごとに焼いているが、単にレパートリーがクッキーしかないだけである。だだし、その分アレンジの幅は広い。黒乃はコレを特別な物だと思った事は無い。


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第31話 お帰り鈴ちゃん!

「黒乃、おはよう!」

「…………。」

 

 就任パーティーから1日開け、今日も今日とて教室へ登校……?なんだこの微妙な表現は。ま、とにかく1組を目指していたらイッチーに話しかけられた。朝は一緒じゃなかったのかって?いやいや、普通に別行動なときもあります。とりあえず挨拶には、会釈する事で応えておく。

 

「昨日のクッキー、ありがとうな。いつも通りに美味かった。」

 

 そっか、なら良かったんだけど。正直ちょっち砂糖入れすぎたかなとか思ってたんだけど、気にならないレベルなら御の字だ。……男でもお菓子作りとかはするんだろうけど、黒乃ちゃんの身体を使っているとこう……乙女化が進行してる気がしちゃう。

 

 本当、イッチーだけは変に意識しないようにしないと。皆の邪魔はしたくないし、何より俺の気持ちの整理が着いてない……というか、見て見ぬフリをしてるだけなんだけどな。……止め止め、らしくもない。馬鹿が考え過ぎた所で無意味さ。そんじゃ、今日も元気に1組へゴー!

 

「箒、セシリア、おはよう。」

「ああ、一夏に黒乃……おはよう。黒乃、昨日のクッキーは美味かったぞ。」

「……おはようございます、お2人とも。」

 

 メインキャラ……って言い方はダメなんだろうけど、イッチーとしてはモッピーとセシリーが近しい存在だと認識しているようだ。教室に入ると、イッチー達は挨拶を交わした。モッピーの感謝の言葉にも頷いておくとして、なんだかセシリーの様子が変だな……。気になったのはイッチーも同じみたいで、小声でモッピーに問い掛けた。

 

「なぁ、箒。セシリア……なんかあったのか?」

「あ、あぁ……私のせいだと思う……。」

「…………?」

「いやな、どうにも中国から代表候補生が来るらしいんだ。それでセシリアが自分の存在を危ぶんでの事かー……なんて言うものだから……。」

「……バッサリ斬り捨てたのか。」

「ぐっ!い、いや……悪気は無かったんだが。というか、私も冗談だろうと……。」

 

 あ~……なるほどね、そういう事だったのか。モッピーの事だから、もし仮にそうなら最初から入学させているだろうな……とか言ったんだろう。本気で自信満々に言っていただけに、モッピーの言葉が冗談めかしてても突き刺さったんだね……。

 

「それにしても、中国かぁ……。」

「……お前に他の女を気にしている余裕はないだろう。」

「そうですわ、一夏さんには必ず勝っていただきませんと!」

 

 あ、復活した……。イッチーは、やっぱり中国って固有名詞に思い当たる所があるみたい。それに反応してか、モッピーとセシリーは騒ぎ立てて詰め寄る。……あれ?おかしいな……本来ならここで、聞き耳を立ててた女子達が話しに入ってきて……クラス代表戦は1組と4組しか専用機が無いから余裕……みたいな発言をすると思ったんだけど。そう思って周囲を見渡すと……。

 

「…………。」

「…………。」

 

 ……居るよ、見覚えのあるツインテール中華娘が仲間になりたそうな目でこちらを見てるよ!話に入るタイミング計りかねてるよ!ああ、でもこの絵はなかなか可愛いかもしんない。教室のドアからちょこんと顔出して、今か今かと待ち受けてるこの感じ。でも、気付いたからには教えたげないとね。俺はイッチーの肩を叩いて、扉の方を指差した。

 

「黒乃、悪いけど今忙し……って鈴!?お前……鈴か!」

「やっと気づいた……!もう、黒乃が居なかったら完璧スルーだったわけ!?」

「いや、だってお前……相変わらずちっこいし。」

「なぁ!?アンタねぇ、久々に再会した幼馴染にそれは無いでしょ!」

 

 鈴ちゃんを見つけたイッチーは、目を見開いて驚いてる様子だ。でも、次の瞬間にはいつもの調子に戻っていた。アレだよね、イッチーって少しドライなところあるよね。鈴ちゃんの言う通り、もっと何かあると思うけど。でも……この感じは懐かしい。

 

「黒乃は相変わらず……あぁ……ああああ!」

「…………!?」

「アンタ……アタシが帰ったの1年前よ!?どんだけおっきくなってんの!昔から大きかった癖にー!」

「んんっ……!?あっ……!」

 

 ふぉおおおお!?さ、最近はどうなってるんだ……数日に1回は胸を揉まれるぞ。ってか、鈴ちゃんの場合は掴むだから痛さも交じって……い、いかん……M気質なうえに敏感な俺にこれはマジでいろいろまずい!よ、よし……ここは他の事を考えてだね……。

 

 そ、そうなんだよ……昔から大きい方だったけど、何故だか鈴ちゃんが帰ってから途端にグングン成長しちゃってさ。おかげでブラのサイズをすぐとっかえなきゃなんなくて、あの時期は大変だった。まぁ、うん……鈴ちゃんの言いたい事も解るよ……解かるさ。

 

「ちょっ、貴様……黒乃に何を!って……一夏!何をマジマジと見ている!」

「前は助けてくれなかったのに何言ってんだ!」

「お2人とも、それより黒乃さんですね……。」

 

 ちょっ、もー!助けるんなら助けてよー!なんか、鈴ちゃんが胸揉みながら呪詛を念じてて怖いんだって……。ダ、ダメだ……立ってられなくなってきて……。ヤ、ヤダー!こんなんで、気持ちも完全に女の子になっちゃうのはヤダー!うおおお……イメージ、鈴ちゃんの洗濯板(意味深)に頬ずりしてる所をイメージしろぉ……。

 

「おい。」

「何よ!」

「学園で堂々と淫行に走るな馬鹿者が。」

「いったーい!?ち、千冬さん……。」

 

 おお、メシアよ!貴女の到着を心待ちにしておりましたぞ!ちー姉の登場により、鈴ちゃんはなんとか大人しくなってくれた。ようやく解放された俺は、腰を抜かしてその場にへたり込む。無表情でも頬は紅くなるし、息もなんだか自然に色っぽくなっちゃって……は、恥ずかしい……。

 

「……エロい。」

「一夏!」

「な、何も言ってねぇって!大丈夫か黒乃?」

「あっ、黒乃……ゴ、ゴメンやり過ぎ―――」

「お前は今すぐ教室へ帰れ。」

「は、はい!失礼しました!」

 

 え、何……?頭がボーッとして良く解からないんだけど……。……あっ、イッチーが助け起こそうとしてくれてるのか。イッチーの手を借りて立ち上がった頃には、鈴ちゃんの姿はもうなかった。その代わりに、頭を押さえたモッピーとセシリーが居る。そっか、鈴ちゃんの事をイッチーに聞こうとして叩かれたか。

 

 なんか知らんけど、お前は容赦してやろうとか言われた。まぁ……同性?なんだし、胸揉まれる感覚は理解……あれ?ちー姉にそういう相手って居た経験があるのかな?……いや、邪推は止しておこう。妄想するだけなら自由だけど、デリカシーってもんもあるし……後は大人しく席に着かなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

「と、いう訳で……部屋変わって。」

「どういう訳だ!?お前、開口一番ではないか!?」

 

 鈴音の転入により、幾分か騒がしかった日常は……やはり終日騒がしい物になるようだ。一夏と箒が同室である事を知った鈴音は、大胆な事に部屋の変更を申し出にやって来たらしい。という訳でと話し始めたにも関わらず、前置きらしい前置きを箒は一切聞いていない。

 

「ほら?篠ノ之さんも男と一緒とか嫌でしょ。だから変わってあげようかと思って。」

「べ、別に嫌ではない。嫌ではないと言うか……そう!平気なのだ。私は幼馴染だからな。」

「その前提だったらアタシも同じ条件なの忘れてない?」

 

 一夏の前だけに、肯定するにも否定するにも照れ屋な箒にしては難易度が高かった。だからこそ、当たり障りのない言葉を選んだのだが……深く関わりのない人間に淡泊な傾向である鈴音は、即反論して箒の逃げ道を断つ。ぐぬぬと箒が嫌に歯噛みするには、昼の出来事も起因していた。

 

「くっ、凰……。お前は黒乃の親友を名乗るわ部屋も奪おうとするわ……。」

「はぁ?当たり前でしょ、黒乃の1番の親友はアタシに決まってんの。」

(多分……黒乃は1番も2番も無いと思うぞ。)

 

 この2人、一夏を取り合うだけでは飽き足らず……黒乃の親友ポジションでも争っているのだ。一夏が鈴音を皆に自分との関係を説明した際、自己紹介にて自らを黒乃の親友と称した。それに意義を唱えたのが、他でもない箒である。箒としては、聞き捨てならない言葉だったのだろう。

 

 箒の小学時代の経験上、黒乃に接近を図る女子は一夏に取り入ろうとしているのがほとんど。人となりがまだよく解からない鈴を、それと同じ手合いだと思い込んでいるようだ。そこまで警戒するのは、箒も自分を通して姉を見るような連中に囲まれた経験からくるものだろう。

 

 2人のそんなやり取りを、一夏はとにかく無の状態で見届ける。我関せずならば、興味が無いのかと怒られ……口を挟めば、余計な事を言うなと怒られる……。そんな理不尽な未来が容易に想像できるだけに、とにかく話はしっかり聞きつつ矛先が自分に向くまでは黙っておくつもりなのだろう。

 

「馬鹿を言え、黒乃と同じく剣の道を生きる私こそが親友だ。」

「アタシと知り合った頃には剣道のひと欠片も見かけなかったわよ。」

「な、何っ……!?それは初耳だぞ、一夏!」

「お、俺……?あ~……そうだな、素振りくらいはしてたかな……ハハハ……。」

「ちぃっ……!なるべく人には言いたくなかったが、とっておきだ……。私は、別れの際に黒乃に泣いて貰った!」

「は、は……?なにそれ羨まし……ちょっ、マジ!?このっ……それならアタシは……。」

 

 黒乃の1番の親友でありたい2人は、両者一歩も譲らない。同門である事を前面に押し出した箒だが、そもそも黒乃は好きで剣道をやっていたわけでは無いのである。それを箒が知ったら卒倒も必至だろう。とにかく、一夏に真偽を問いかけてコレは不発だと箒は判断した。

 

 次いで出た言葉は、秘密兵器と表現して差し支えない。本来ならば、自分の中で留めておきたい最高の思い出なのだが……負けず嫌いが祟ってか、自信ありげに胸を張りながら黒乃との別れのエピソードを暴露した。これには鈴音も動揺を禁じ得ないようで、対抗手段になるであろう黒乃との思い出を語っていく。

 

 一方その頃、話題に挙がっている黒乃といえば……某動画サイトで無料配信されるアニメを視聴中であった。右から左へと流れる秀逸なコメントを、内心でニヤリニヤリと眺めながらノートPCを操作していた。ただし、その様子は何処か不満そうにも見える。

 

(……今季、ハズレが多いなぁ。)

 

 黒乃はそんな事を考えながら、耳を覆っているヘッドホンをおもむろに取り外す。黒乃は目が肥えてしまっているだけに、アニメなどに関しては極端に評価が厳しい。今もどちらかと言えばコメントの方を楽しんでいたようで、エンディングに入るや否やサイトのユーザーページへとブラウザバックさせた。

 

(おまけの2分アニメの方が面白く感じるとか……どうかしてるだろ。じゃあ本編は何さ、苦行か?)

 

 日ごろの物腰の低さやチキンハートは何処へやら……。不満と言うか、完全なる文句が頭に浮かぶのは、黒乃……の中身のオッサンにしては珍しい。すると今度は、おまけが本編でタグ検索を開始する。すると案の定と言うか、例の2分アニメとやらのまとめ動画を見つけた。

 

 黒乃はまるで仕方が無いとでも言いたげな息を吐いて、そのまとめ動画をクリックした。そうして再びヘッドホンを装着……しようとしたときに、どうも隣の部屋が騒がしい事に気が付いた。動画の再生を一時停止させると、はて……何だったかと思考を巡らせる。

 

(……あ、そっか……鈴ちゃんがモッピーに部屋変われって言いに来るんだったっけ。)

 

 勉強はろくに出来ないくせに、趣味に関わる記憶力は異様に高い。黒乃の想像通りに、お隣の1025室は箒と鈴音が口論の真っ最中である。まぁ……現在に限っては、本人が知っているのとは違う理由で口論中だが。それを思い出した黒乃は、ベッドの上で腕を組み胡坐をかいて座り……むむむと唸ってみせる。

 

(仲裁に向かうべきか、ここはスルー安定か……どっちだ……?)

 

 本音を言ってしまえば、黒乃は真っ先に後者を選んでしまいたいのだ。争い事が苦手というのもあるが、単に激昂する箒と鈴音の相手をするのは勘弁したいらしい。それに、自分が行ったらますますややこしい事になるような気もした。

 

 かといって、持ち前のお人好し気質から無視するのも気が退ける。悩みに悩んで黒乃が出した結論は、もう少し様子を見る……だ。最悪は後に起こる事件で鈴音をフォローできればよいと割り切り、取りあえずはさほど長くは無いまとめ動画を視聴してから行動に移す事にしたらしい。さて、それでは再度1025室の様子を見てみよう。

 

「ら、埒が明かんな……。」

「そ、そうね……そこは同感だわ……。」

(じゃあその埒が明かないやり取りを見せられてる俺っていったい……?)

 

 反論に反論を重ねるも、互いに折れる事は全くなかった。そろそろネタが尽きて来た頃になると、ネタよりも先に2人の疲労感が凄まじい。大声で騒ぐものだから、ぜぇぜぇと肩で息をするほどだ。そして互いに、そこはかとなく中止に動くように空気を換える。

 

「じゃあこうしましょう。少し一夏に確認したい事があるから、それは邪魔しないでもらえる?」

「……良いだろう。」

「そ、ありがと。……一夏。」

「お、おう。」

「アタシと篠ノ之さん、一緒の部屋ならどっちがいい?」

 

 箒に部屋を変われと言うよりも、こっちの方が画期的だと鈴音は思いついた。急に話を自分に振られて、ついに矛先が向いたかと真剣に考えてみる事に。箒はその手があったかと思いつつ、一夏は自分を選んでくれると信じて待つ事にしたらしい。そして、一夏の出した答えは……。

 

「それ、箒か鈴じゃないとダメか?」

「どういう意味よ……。」

「いや、誰が同室が良いかって聞かれたら……そりゃ黒乃だろ。」

「「…………。」」

 

 瞬間、空気が凍った。いや、この場合は確かに一夏の言葉にだって一理ある。10年近く同居したとなると、一夏としては最も同室で気が楽なのは黒乃に違いない。だが……普通はそんなに堂々と黒乃が良いなどと言えるノリではなかった。安定の一夏クオリティに、2人はしばし言葉を失う。

 

「じゃ、じゃあアレは?約束、覚えてる?」

「約束?約束ってアレか、鈴が料理が出来るようになったら―――」

「そう、それそれ!」

「酢豚を奢ってくれるって奴か?」

 

 急な話の切り替えだが、一夏が黒乃が良いと言ったのならばこれ以上の追及は無意味だと思ったのだろう。鈴音は約束の話を振って、一夏がしっかり覚えて……いても無く……。途中まで良い調子だっただけに、鈴音は盛大にズッコケる。さっきまでいがみ合っていたわけだが、これには思わず箒も同情するしかない。

 

「まぁ別にそんな無理する事ないんだぞ。酢豚だったら黒乃に頼めば作ってもらえるし。」

「っ……!アタシが……いつ黒乃の話したの!」

「鈴……?」

「ほんっと変わってない……。二言目には黒乃、黒乃、黒乃……!ちょっとくらい、ちゃんとアタシを見てくれたっていいじゃん!」

 

 忘れていたと言うか、そもそも認識の違いがある事は薄々だが鈴音も気付いていた。しかし、次いで出た一夏の言葉は流石に気に障ったらしい。一夏が黒乃の身を案じること自体は、鈴音だって何の文句も無いのだ。だけれど、自分の必死のアプローチが何でもかんでも黒乃に結び付けられてしまうのが耐えられない。

 

「……自分は黒乃の親友じゃなかったのか。」

「ええ、それは勿論。だけど今それは別!」

「別……?全然鈴が何言いたいか解からねぇよ。」

 

 女性が織り成す複雑な感情を、一夏の頭で理解できるはずもなく……。心底から難しい表情を見せる一夏に、鈴音の苛立ちは更に増した。とはいえ、黒乃に対する物では全くないのは救いだろう。鈴音は目の前の一夏へと、ただただ怒りをぶつける。

 

「とにかく、今アンタが黒乃の話題を出すのはなし!」

「なんでだよ、それは俺の勝手だろ。」

 

 箒と鈴音の言い争いが終わったと思ったら、今度は一夏と鈴音である。そんな2人の様子を、黒乃は扉の隙間から覗いて大変に困惑していた。動画を見観終わってどんな具合か伺いに来たら、2人が自分の話題で口喧嘩をしているのだから無理もない。

 

(なんでや……。つーかイッチー……いい加減に()離れしてくれぃ。)

 

 一夏の発言には、他ならぬ本人がドン引きだ。とにかく喧嘩の原因が自分であるだけに、黒乃としては引き下がれなくなってしまう。観念して1025室に入ると、黒乃に気がついたのは箒のみだった。箒は、騒がしいからやって来たのだろうと解釈したらしい。

 

「ああ、黒乃か……。見ての通りだ、私には手に終えん。」

(そうは言うけどねぇモッピー、俺も同じようなもんだよ。)

 

 箒が仲裁に入らないのは、ちょっとした拍子で自分も喧嘩に混ざってしまう気がしていたからだ。だからこそ、遠回しだが黒乃になんとかしてほしい旨を伝える。あまり乗り気ではないながらも、そう言われては断れないのが黒乃である。心の中で溜息を吐きつつ2人へ近づいた……そのときだった。

 

「うるさい貧乳。」

(ぬぅん、よりによってこのタイミングか!)

 

 鈴音にとって、最も気に触る言葉を一夏が放った。この言葉が、ビンタへ繋がる事を黒乃は記憶している。どうするべきか一瞬だけ迷った黒乃だが、ここは身を呈して鈴音のビンタを受ける事を選ぶ。これは決して一夏を守ろうという事ではなく、あくまで鈴音が一夏に暴力を振るわずに済ます為である。

 

 黒乃が2人の間に滑り込むと同時に、バチンと痛烈な音が1025室に響く。狙ったのと違う相手、それも黒乃の頬を叩いたとあらば、鈴音も自ずと我に帰った。すぐさま謝罪をしようとするわけだが、それは思い切り一夏に阻まれてしまう。

 

「ご、ごめん黒―――」

「黒乃!?平気か、大丈夫か!?あぁ……こんな赤くなって……。」

(いや、違っ……俺の事はいいから、とりあえず落ち着いてほしいだけなんだって!)

 

 一夏は、黒乃の赤く染まった頬を慈しむかのように撫でた。黒乃は別に自分の心配はいらないので、軽い力で抵抗しつつ一夏の手を取り払おうとする。しかしだ、周囲から見れば一夏の手を握り締めているようにしか感じられない。その様は、まさに恋人同士のそれである。

 

 これには思わず、鈴音だけでなく箒も敗北感に似た物を感じた。いや、それだけならまだ救いがあったのかも知れない……。黒乃がビンタを喰らった事で、自分への興味が全て薄れてしまった事に、鈴音は唖然茫然とするしかないようだ。しばらくそのままだったが、徐々に肩をワナワナと震わせる。

 

「なによーっ!もう良い……そんなに黒乃が好きならとっとと嫁にでもなんでもしちゃえば!?その代わり、クラス対抗戦は覚悟しときなさいよ!」

「あ、待て鈴!帰るなら黒乃に謝って……行っちまった……。」

(ああぁぁ……なんてこった、原作よりもややこしい事にぃ……。)

 

 半ばヤケクソ気味になった鈴音は、元も子もない事を言いながら去って行った。昔からそう思っていても口には出さなかったが、ここに来て爆発してしまったのだろう……。黒乃に関しては、自分絡みでややこしい方向にもつれてしまい悔いているようだ。それもこれも一夏の鈍感故と思うと、暴力を良しとしない性格の黒乃もつい手が出てしまう。

 

「黒乃、ほっぺたは本当に平気か?なんなら、氷とかで冷やし……って!?」

(もー……ホントに勘弁してよイッチー!シスコンも大概にしなさい!はぁ……帰る……そんで寝る……。)

「…………。箒、鈴はともかく……何で俺は黒乃に叩かれたんだ?」

「……さぁな、自分で考えろ。」

 

 凄まじくスナップの効いたビンタを一夏の頬へ叩き込んだ黒乃は、少し肩を落としながら1026室へと帰る。取り残された一夏は、何が何やら解からない様子。箒に黒乃がビンタしてきた理由を問うが、どうにも冷たい反応しか返ってこない。箒としては、妥当なところで鈴音の扱いに対して、大穴で照れ隠しといったところだ。

 

 だが残念、いつも通りに不正解である。皆が黒乃に抱くイメージが、単に苛立ちを覚えてのビンタだと予想させない。特に一夏は、結論へと辿り着く事は無いだろう。それでもしばらく、難しい顔をしながらわけを考えているようだったが……。その頃には、既に鈴音の事は忘れかけているバカヤロウであった……。

 

 

 




黒乃→もーっ!ほんと困った鈍感おバカだねイッチーは!
一夏→何で叩かれたんだろうなぁ……?



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第32話 襲来 ゴーレムⅠ

 一夏と鈴音のケンカ騒動から数日が経過し、2人は仲を戻せないままクラス対抗戦の当日を迎えてしまった。その数日間を過ごすうえで、黒乃は胃が痛くて仕方が無かったとか。必ずしも自分が無関係ではないというだけで、この小心者は気まずさに負けてしまうのだ。

 

 とはいえ、鈴音は自分に対して怒っていない事は割れている。翌日になり頭が冷えたのか、真っ先にビンタの事を謝られたものだ。しかし、その場に一夏が混ざるとその限りではなくなる。一夏が現れるや否や、表情を曇らせる鈴音に黒乃は心底から怯えていたとか……。

 

「一夏、今謝るなら少しくらい手加減してあげても良いわよ?」

「手加減されんなら、ボロボロになる方がマシだ。と言うか、鈴が黒乃に謝るのが先だろ。」

「謝ったわよ、アンタが居ないとこで!そもそも、アンタが禁句を言わなきゃアタシも黒乃を叩かないで済んだの!」

「その前に、黒乃の話題を出すなとか言うからだ。」

 

 第2アリーナの真っただ中、各々の専用機を展開している2人は、相も変わらず売り言葉に買い言葉だ。お互いがお互いに頑固で主義主張を通そうとする性格ゆえ、このような事態も珍しい事ではなかったりする。だが……今回ばっかりは、本当にどちらも譲る気がないらしい。

 

「オーケー……良いわ。アタシら向けの手っ取り早い方法があるじゃない。」

「負けた方が先に謝る……か?」

「解ってんじゃん!でも言っとくけど、この方法なら―――」

『試合開始!』

「真っ先にアンタが謝る事になるけどね!」

 

 鈴音が台詞を言おうとしている最中に、まるで謀ったかのように試合開始の合図が鳴り響く。それと同時に、一夏と鈴音は互いの距離を全速力で詰める。そして、一夏は瞬時に雪片弐型展開……した途端に弾かれてしまう。その衝撃は、まるで腕ごと持って行くかのような感覚だ。あえて一夏は弾かれた勢いを利用して、すぐさま離脱し鈴音を正面で捉える。

 

「へぇ、初撃防がれるのは意外かも。黒乃かセシリアって子のおかげかしら?」

 

 雪片が受けた衝撃は、何が原因かなど一目瞭然だった。凰 鈴音が専用機、甲龍……得意な間合いとしては、中・近距離である。猪突猛進な鈴音にはふさわしく、その手には巨大な青龍刀が握られている。武装名は双天牙月。あまりの巨大さなため、もはや矛や斧の方が表現としては近いかも知れない。

 

 日本刀型でシャープな造りの雪片とでは、単純に出るパワーという物が違う。両者が相性という物を認識すると、その表情を対照的なものへと変貌してゆく。特に鈴音は余裕があるのか、双天牙月を肩に担ぐようにしながら皮肉たっぷりにそう言ってみせる。

 

「ああ、それだけじゃ無くて箒のおかげでもあるぜ。」

「そ、だったら……特訓の成果を見せてあげないとね!」

 

 鈴音が余裕な分だけ、一夏は余裕が無いと言って良い。だが、あくまで強気な姿勢は崩さないで鈴音に返した。すると鈴音は、やせ我慢すらさせない気のようだ。双天牙月をもう1本呼び出すと、仲違いになるように連結させ……まるでバトンさながらに回転させてみせるではないか。

 

 そのまま鈴音は一夏へと接近し、トリッキーかつハイパワーというとんでもないラッシュを仕掛ける。鈴音の意志によってフェイントはかけ放題、おかげで刃の攻め手は読み辛い。しかし、仮に防御を合わせにいくとしてもだ……パワーに押し負けてしまって全く意味を成さない。

 

(くっ、この状態は不利だ!ここは、距離を開けて体勢を―――)

「甘い!」

 

 とりあえず退く事。悔しいが、今の一夏にはそれしか選べなかった。そのまま素早くバックステップのように僅かな間を開けた……瞬間の事だ。甲龍の肩付近に浮いている非固定武装、その球体がスライドし開いたと同時に一夏は見えない何かに襲われた。その衝撃たるや、たった一撃で一夏を暗転に誘うほどだ。

 

「言っとくけど、今の軽くジャブだから。」

「ぐあっ!?」

 

 何が起きたか解らない。初見ならば、まず誰しもがそう考えてしまうはず。しかし、現状でその思考こそがバッド。鈴音の宣言通りに、先ほどよりも強い衝撃が一夏を吹き飛ばす。その威力たるや、白式を地表へと叩きつけるほどだ。しかも……やはり全く視認できない。

 

(これは少し……いや、かなりマズイかもな……。)

 

 

 

 

 

 

「あれは、何が起きた……?」

「衝撃砲、ですわね。」

「…………。」

 

 ピットのモニターで一夏の様子を見守る3人娘は、三者三様といった風だ。対戦者もさることながら、専用機に関して知識のない箒は困惑している。セシリアは代表候補生なため知識は深い。実際に目の当たりにするのは初だが、問題なく解説も出来るレベルだ。

 

 黒乃はと言うと、前世の知識で知っている……には知っているのだが、実は説明を読んでも衝撃砲のメカニズムを良く理解できていないのだ。衝撃砲に関してペラペラと解説するセシリアを見て、内心で俺は代表候補生として大丈夫なのかおい……?なんて考えている。

 

 衝撃砲とは、早い話が空気砲と同等の兵器だ。空間自体に圧力をかけ砲身を生成、その際の余剰で発生した衝撃を砲弾化させて発射させる代物だ。つまり、厄介な事に鈴音がどのあたりに砲弾を撃ち込んでくるのかも見えないという事になる。更に言わせれば、砲身斜角はほぼ無制限……。

 

「…………。」

「ん……あ、あぁ……済まない黒乃……私なら大丈夫だ。」

「箒さん、お気持ちは解ります。ですが、今は我慢の時ですわ。」

「ああ……。」

 

 セシリアの解説を右から左へと受け流した黒乃は、そんな事よりとでも言わんばかりに箒の肩をツンツンと突く。当然ながら、箒の顔付が一夏の心配具合を表していたから。それに数瞬遅れて返答した箒の顔は、やはり大丈夫には見えない。セシリアの言葉にも何処か生返事で応えた。

 

(イッチーも良く躱してる方だし、一撃で逆転できるから我慢は必要だよねぇ。)

 

 自分の事で無くなると、他人事になる黒乃だが……その言葉に誤りはない。一夏には、白式には、雪片には……どんな状況からでも一発王手を狙える諸刃の剣が存在する。その名も零落白夜。バリア無効化攻撃を発動させ、相手のバリア残量に関わらずそれを斬り裂いて本体に直接ダメージを与える事が出来る。

 

 一夏が理解していないままではあったが、セシリア戦で一気にシールドエネルギーを削り切ったのがそれだ。ただし、発動には白式のシールドエネルギーを消費するという大きな欠点がある。一歩でもタイミングを誤れば、一夏の生命を脅かしかねない……。千冬曰く、白式は欠陥機だとか。

 

(狙ってるのは解るけど……少しじれったいな。)

 

 映し出されている一夏と白式を見るに、黒乃は妙に落ち着かない。それはきっと、刹那ならチャチャッと接近して一気にズバッ!……なのになぁとか考えているからだ。確かに、刹那に零落白夜が加わればとんでもない事になる光景しか思い浮かばない。

 

『鈴。』

『な、何よ……。』

『本気で行くからな。』

 

 内心でソワソワしていた黒乃だが、何処かで聞いた事のある台詞だと意識を集中させた。何故ならば、この台詞が聞けたという事は……もうすぐアレが襲来する合図だからだ。急に真剣な顔つきでそう告げる一夏に、鈴音は不覚にもときめいてしまったようで……双天牙月を構え直すという隙が生じてしまった。

 

「ええ、一夏さん……ベストタイミングですわ!」

「あれは、瞬時加速!」

「しっかりバリア無効化攻撃も発動させているようですし、これは―――」

「獲ったか!?」

(ところがギッチョン!)

 

 衝撃砲が射撃を開始するよりも前に、距離を詰め切って零落白夜を当てる。果てしなく感じるその距離を縮めるには、瞬時加速はもってこいの代物だろう。一夏が仕掛けるタイミングを悟ったセシリアは、白式が加速を始めるのと同時ほどに惜しみない賞賛を送る。

 

 セシリアの言葉を聞いてか、箒はどこか安心の入り混じった声色で叫ぶ。それは何処か、一夏の勝利を確信したかのようだ。そう……それこそ、セシリアだって一夏が勝ったと思った事だろう。真逆の考えを持った人物が1人、藤堂 黒乃である。黒乃が心の中でそう言ったのと同時ほどに、とてつもない振動がアリーナ全体を揺らした。

 

「な、何事です!?……あら、黒乃さん……ごめんあそばせ。」

「ありがとう黒乃、助かったぞ……。」

「…………。」

 

 2人の間に立っていた黒乃は、力強くその腕を握った。バランスを崩しかけた箒とセシリアだったが、黒乃のおかげで転倒は免れる。振動が収まり次第に、セシリアはすぐさまモニターへ注目した。するとセシリアの目に映ったのは、よく解からない何かとしか表現しようのない異形のIS……。

 

「なん……なのだ……?あの、ISは……。」

「……解かりません。ただ1つ言えるのは……あのIS、アリーナのシールドを貫通させる火力を持っている事実ですわ。」

 

 腕がつま先よりも長く、首が存在せず頭部と肩が連結している……そんな異形は、零落白夜のような特殊能力も無しにアリーナのシールドを貫通させたという事だ。これがどういう事か、よほどの馬鹿では無い限りは理解できるだろう。それすなわち、その攻撃を一撃喰らえば即アウトと……そういう事になる。

 

「一夏を助けねば!」

「それよりも、まずは現状を把握するべきですわ。織斑先生の元へ向かいましょう。黒乃さん、一夏さんはきっと大丈夫ですわ!」

(あ~……やっぱ俺も行かなきゃダメなパターン?……草も生えない。)

 

 非常事態だからこそ、まず現状を把握すべき。そう提案したセシリアの言葉に、箒は思ったよりもすんなり従う。対して、黒乃は2人が先を急ごうとしてもしばらくその場を離れようとはしなかった。セシリアは、箒以上に一夏の事が心配だからと解釈したようだが……コイツは単純に行きたくないだけである。

 

 そもそも黒乃が代表候補生になりたくなかったのは、こういった非常時に駆り出されてしまうから。自分は大した戦力じゃないのに……なんてふざけた事を考えつつも、黒乃は渋々2人の後を追った。一口にピット内と言っても広し、とはいえ存在感のある千冬はすぐに捕まった。

 

「先生、わたくしと黒乃さんにISの使用許可を!事は一刻を争いますわ!」

「ああ、お前らか……。残念ながらそれは不可能だ。コレを見ろ。」

 

 千冬に話しかけるなりセシリアはそう言うが、むしろ向こうもそうくるだろうと反論の用意はしてあったようだ。千冬が手元の端末を弄ると、現在のアリーナ内のセキュリティが映し出される。そこには、遮断シールドレベル4設定、全ての扉にロックという表示がなされていた。

 

「そ、そんな……これでは!」

「今は避難も援護も出来んな。」

『あ~……織斑先生。避難に関してですけど、御相談があります。』

「近江……先生か?どうした。」

『今非常口のクラッキングをやってるんですけどね、これ……作りが厄介です。常に誰かがプロテクトを実行してないと閉じちゃう仕様みたいです。』

 

 避難に関して千冬が言及すると、通信機器から鷹丸の声が響いた。日ごろの癖か、不特定多数を前にして呼び捨てしそうになるのを何とかこらえ反応を示した。鷹丸の声色は、余裕はありそうだがヘラヘラはしていない。緊急事態を前に、真剣そのもので事にあたっているようだ。

 

「つまり、何が言いたい。」

『僕が常時クラッキングしてる非常口は開きます。裏を返せばここしか開けられないって事です。つまり―――』

「その入り口に、人が殺到する危険性がある……か?」

『御明察。将棋倒しとか怖いですからね。どなたか避難誘導をお願いします……山田先生以外で。』

 

 それでなくてもマンモス級に生徒の多いIS学園だ。その生徒達がパニック状態、なおかつ非常口が1つしか開かないとなると……鷹丸の言う通りに事故が発生してしまうかも知れない。それだけは避ける為に、鷹丸は救援を要請したのだ……真耶以外で。

 

「よしっ、了解した……私が向かう。」

『それは心強いです。スミマセンけど、これ以降は集中させて下さい。』

「お前達、今のは聞いていたな?私が居ないからと言って、勝手な行動は慎むように。山田先生、この場は任せる。」

「は、ははは……はいっ!喜んで!」

 

 鷹丸に悪気はないわけだが、山田先生以外と言われて少ししょんぼりしていた。のだが、千冬に指令を出されて緊張感を取り戻す。ただし、若干テンパっているのか言葉の使いどころを間違えているが……。そうして千冬が鷹丸の元へと向かおうと背を向けたときだった。

 

(ん〜……このまま出撃する流れかなぁ……やだなぁ……。)

「あうっ!?く、黒乃……お前……!」

(……ええ!?ご、ごめんモッピー!)

 

 黒乃は一連の流れを見て、やっぱりだいたいは原作通りの流れである事に辟易とする。出撃したくないだけに、ちぇ~っ……っと、まるで拗ねた子供かのように左足を小さくを振り上げた。その際に、何かを引っ掛けた感触が足に残り違和感を感じる。

 

 その数瞬後には、かなり痛そうな音を立て盛大に箒が転ぶ。何事かはすぐに黒乃は理解した。たまたまだが、何処かへ向かおうとしていた箒を転倒させてしまったのだ。逆に箒からすれば、故意に転ばされたようにしか思えず……恨めしい目で黒乃を見る。

 

(いや、マジでゴメン!だ、大丈夫……?)

「黒乃……。いや、お前の言う通りだ……。私が愚かだったらしい。」

(はい?……あっ、もしかしてだけど……。)

 

 転んだままの箒に慌てて駆け寄ると、しゃがんで視線を箒と合わせる。それは黒乃にとって、申し訳ないという意思表示のつもりだったのだが……何故か畏まられた。これを黒乃は、無茶をしようとしたのを防いだのだと察する。

 

 というのも、原作での箒は危うく死にかけたと言って良い。通信室へ無理矢理にでも侵入し、音声放送で一夏を激励したのだ。それが異形のISに注目される要因となり、主砲で攻撃されかける。で、隙を見て管制室へ向かおうとしたのを、偶然にも黒乃が防いだという事。

 

「黒乃……私の代わりに、一夏を助けてやってくれ!頼む……頼む……!」

(え、えぇ~……?正直首を横に振りたい……けど、女の子にこんな頼まれ方した日には……NOと言えない自分が嫌だああああ!)

「ちょっ、黒乃さん!?何処へ連れて行く気ですの!」

 

 未だ倒れたままの状態で、箒は黒乃の服の胸元を掴む。そうして声を震わせながら、まるですがるかのように懇願する。あまりの必死さに、黒乃は断る事ができず……。箒の手をそっと退かすと、力強く頷いてセシリアと共に何処かへと消えていく。

 

 

 

 

 

 

(私はなんと……無力なんだ……。)

 

 今この場に立っていると、本当にそれを思い知らされる。近江先生は、取り残された生徒達の為に動き、黒乃やセシリアは順当に事が進めば一夏と凰の援護に向かうのだろう。千冬さんは周囲の教師に指示を出し、山田先生はそれに従って……。

 

 私だけだ……私だけが、誰の為にも何の為にも動けていない。そうしている間にも、一夏は……!……応援……そうだ!激励の言葉くらいなら……私にだって。ならば私が向かうべきは通信室……丁度いい事に千冬さんもこの場を離脱するらしい。

 

 千冬さんが私達に背を向けたタイミングで、瞬時に踵を返しいざ通信室へ。そう振り返った時の事だ。私の足は、文字通り何者かに掬われた。倒れる私の視界に入ったのは、鋭い足払いをしている黒乃……。気配を察知する事ができずに、私は簡単に転ばされる。

 

「あうっ!?く、黒乃……お前……!」

 

 割と派手に転んだせいで、黒乃の足払いの意図を考えるのよりも前にまず睨む事から入ってしまう。黒乃も私に意図を伝えたいのか、すぐさま駆け寄り視線を倒れたままの私に合わせる。黒乃はいつもの無表情だが……その目は何処か、悲しそうな目をしていた。

 

 どうして黒乃がそんな目をするのか。そんなのは簡単だ……。黒乃は、私のやろうとしている事などお見通しなのだろう。そのうえで、どうしてそんな無茶を……と、私に問いかけたいに違いない。そうすると、私の頭がスッと冴えていくのが解る。

 

 ……もし通信室に辿り着けたとしてだ。音声放送を放つとあらば、あのISは私に攻撃するかも知れない。その事で、一夏と凰が窮地に立たされてしまうかも知れない。私は取り返しのつかない事をするところだった……。だが、やはり……私には何もできんのか……!?

 

「黒乃……。いや、お前の言う通りだ……。私が愚かだったらしい。」

「…………。」

「黒乃……私の代わりに、一夏を助けてやってくれ!頼む……頼む……!」

「…………!」

 

 黒乃ならば、絶対に一夏の力になってくれる。妙に確信めいた感覚が宿る私は、情けないながらも……こうして黒乃に頼む事しかできない。しかし、黒乃は確と首を縦に振ってくれた。それだけで、私は少し救われた気分になる。

 

 セシリアを強制連行して、黒乃は何処かへと向かう。何か考えがあるのだろう。それを見た千冬さんは、何やら頭の痛そうな様子だ。勝手な行動を慎めと言ったばかりで、私も黒乃も我が道を行くからかもな……。そうなると、私の身は危ういのかも知れん。

 

「はぁ……まったくどいつもこいつも……。おい、篠ノ之。」

「は、はい……。」

「いつまでそうしているつもりだ?」

 

 ……そう言われてみれば、いつまでも伏せたままだった。私は埃を払いながら立ち上がると、不意に膝へと痛みが走った事に気がつく。私の膝は、青紫に変色しているじゃないか。黒乃め、もう少し優しく止めてくれれば良いものを……。い、いや……私を想ってしてくれた事だ、文句は言うまい……。

 

「篠ノ之……悔しいか?」

「っ!?……はい。」

「そうか……。ならばその悔しさ、決して忘れるな。今度はお前が足元を掬ってやれ……意外と藤堂は脇が甘い。」

「はいっ……!」

 

 千冬さんの問いかけに肯定を示すと、一気に悔しさが込み上げてきた。それに耐え切れなかった私は、涙ながらに返事をかえす。だが、何もできないと決めつけるのはまだ早い。きっと黒乃は、私にも他にできる事があると……そう思って止めてくれたのだろうから。私にも……できる事……。

 

「織斑先生、避難誘導……私にやらせて下さい!織斑先生は、ここで教師陣の指揮を!」

「フッ……。ああ、それで頼む。篠ノ之の声は良く通る……何、多少は高圧的に指示を出して構わんからな。」

「はいっ!」

 

 避難誘導で近江先生が手を借りたいと言っていたのを思い出した。私も一生徒だが、皆の安全を確保するのも立派な仕事だ。そんな私の申し出を、千冬さんは快諾してくれた。その表情は、何処か……私を褒めてくれているようにも見える。

 

 千冬さんに一礼した私は、近江先生の待つ非常口へと猛ダッシュで向かう。その際には、膝の怪我など気にならないほど私は生き生きとしていたのだろう。黒乃……いつもいつも、私の目付役として苦労をかける。いつしかお前の隣で戦える時がくれば、その時は……今まで貰ったものを返させてくれ……。

 

 

 



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第33話 くらえ必殺!

「クソッ!」 

「またハズレ!?アンタ、これで何回目よ!」 

 

 異形のISと足止めの意味を込めて戦闘継続中の織斑 一夏と凰 鈴音は、とてもではないが善戦していると言い難い。いや、厳密に言うなればチャンスはしっかりあったのだ。白式に備わっている零落白夜さえあれば、いくらだってチャンスはあると考えても良いかも知れない。

 

 しかしだ、単純に一夏自身の技量と、異形のISの性能とで問題が生じている。一夏はこれまで4度ほど一撃必殺のチャンスを逃している訳だが、単にヘタクソという理由で外したのではない。普通だったらまず回避は不可能。そんな角度と速度で攻撃を仕掛けているのだが、異形のISのスラスター出力が尋常ではない。

 

(……そう言えば、刹那に似てるのかもな。)

 

 全身にある大型スラスターを吹かして回避を取る姿は、どうにも刹那を思わせる。刹那の場合は翼で、連続して何度も瞬時加速しているわけだが……どちらがより変態かと聞かれれば甲乙つけがたい。とにかく、戦法が大型スラスターでの回避優先なために、鈴音の攪乱があまり意味を成さないのだ。

 

「ほら、外したならさっさと離脱!」

「わ、解ってる……!」

 

 これも厄介と言えば厄介で、異形のISは攻撃を回避した後は必ず反撃に転じる。しかも一撃もらえばアウトなところを、グルグルと回転しながらビーム砲を放つという凶悪極まりない攻撃をしてくるのだ。若干逃げ遅れた一夏だったが、鈴音の龍砲による支援もあってか事なきを得た。

 

 ぶっちゃけてしまえば、さっきからコレの繰り返し巻き返しが続く。そのおかげか、白式も甲龍もジリ貧状態。ここで最悪なのが、白式のエネルギーが尽きかけているという点だろう。白式は、長く戦えば戦うほどに戦況が不利になる。せっかくの零落白夜も、良くて残り一発使えるかどうかだ。

 

 このギリギリの瀬戸際で、一夏はある事が引っかかって仕方が無い。集中力を欠いているというほどではないが、こう……胸の奥で違和感のような物が渦巻いているのだ。その違和感の主は、もちろん異形のIS。一夏はまるで、独り言のようにポツリと呟いた。

 

「なんか、機械的……な気がする?」

「は?何かあるならハッキリ言ってよ。」

「いや、なんだろうな……。アイツの動きが、妙に機械的な気がしてならないんだ。」

 

 そんな一夏の言葉に鈴音は、ISは機械だと返す。そんな事は一夏も解っているが、言いたいのはそういうニュアンスではない。回避を優先して行動、回避に成功すれば反撃。それら全てが、淡々と……まるでパターンとして組まれているような。人が動かしているのならば、ああは単調にならないハズ……つまり―――。

 

「あのIS、もしかして無人機なんじゃないか?」

「……そんなのあり得ないって事くらい解るわよね。」

「人をカワイソーな目で見るな。それくらいは解ってる……けど。」

 

 一夏も、ISに関する基本中の基本くらいは抑えた。それだけに、自分の言っている事がありえないというのは理解が及ぶ。。しかし、こうして2人で会話をしていると攻撃が来ない。まるで自分達の会話に興味があるかのように、黙々とこちらを眺めるのみ。一夏……だけでなく、鈴音もその点に関しては思い当たる節があるようだ。

 

「じゃ、何よ。仮にアレが無人機だったら―――」

「手加減しなくて良い。それだけでかなり気分が違う。」

 

 そう言いながら、一夏はギュッと雪片弐型を握り締めた。零落白夜の威力を最大限まで引き上げたとして、人間相手に喰らわせるわけにもいかないのだ。絶対防御を発動させるまでなら良いが、それを通り越して生身に影響を与えかねない。そんな考えが頭の片隅にあった一夏は、知らぬうちに力をセーブしてしまっていたのだろう。

 

「手加減って……あのね、そもそも当たんないんだから別問題でしょ。」

「大丈夫、少し考えがあるんだ。」

 

 顔つきは真剣そのものだが、まず一夏の考えという時点でなかなかに乗る気が起きない。かといって、自分にはなにも策が浮かんでいない訳で……。鈴音は、頭は弱い方である己をとことん呪った。それと同時に、一夏に賭けてみたくなってしまっている自分の単純さも。

 

「はぁ……解かったわよ。で、アタシは何をすれば良い?」

「サンキュー、鈴。威力を最大限まで高めた衝撃砲をアイツに撃ってくれ。」

「良いけど、それこそ当たんないと思うわよ。」

「ああ、それで良い。アイツには当たらなくて良いんだ。」

 

 乗った以上は、時間稼ぎやら囮やら、何でもやる覚悟だったのだが……拍子抜けな頼みだった。一夏が妙に意味深な言い回しをしたのも気になったが、とりあえずは考えない事にしたらしい。それに、あまり考えている暇は無さそうだ。しばらく黙ってくれていた無人機は、ついに行動を開始する。

 

「じゃ、任せたぞ鈴!」

「ええ、そのくらいならお安い御用!」

 

 無人機は特に狙いを定めている様子もなく、2人へ向かって突っ込んでくる。本来ならば、迎え撃つか距離を取るかの2択だろう。しかし鈴は、頼まれたからには動かない。いつ発射されるかも解からないビーム砲すら恐れずに、衝撃砲を本当の本当に最大出力で撃つため、龍砲を前に押し出しドッシリと構える。

 

「よし……発っっっっ射……ぁ!?ちょっ馬鹿!アンタ何やって……!?」

「ぐうっ!?」

 

 龍が雄叫びを上げる予備動作かのように、鈴音は衝撃砲を溜めて、溜めて、溜めて、溜めて……いざ発射。……したと同時に、射線上へと一夏が割り込んできた。慌てて発射を中止しようとした鈴音だったが、既に発射シークエンスは完了している。いや、むしろ……一夏が絶対に中止できないタイミングを狙って割り込んだのだ。

 

 しかし、一夏の狙いはそこにこそあった。普通にやって避けられてしまうのならば、瞬時加速ならばどうだと一夏はそう考える。だが、単純に白式のエネルギーが足らない。さすれば、外部からエネルギーを取り入れてしまえば良いと。瞬時加速は、放出したエネルギーを取り込んで再放出するという原理だ。だからこそ一夏は、その背で思い切り衝撃砲を受けた。

 

「おおおおっ!」

 

 最大出力の衝撃砲は、想像を絶する威力だ。ミシミシと身体が悲鳴を上げているのがよく解かる。しかし……裏を返せばそれだけ凄まじいエネルギーであるという事。一夏は考えるというよりは、感覚的に瞬時加速を行う。そして白式に残っていたエネルギーを全て零落白夜に回す。

 

「でやああああっ!」

 

 雪片弐型へと集まったエネルギーは、オーバーフローして巨大な刃を形成した。この時の一夏は、初めてISに乗った際の……一体感を感じる。その感覚に身を委ね、一夏は雪片を振るった。瞬時加速も相まってか、無人機は今度こそ避けられない。一夏の斬撃は、無人機の右腕を斬り落とすに至る……が。

 

「ちょっと、まだ動いてるわよ!」

「考えがあるって言ったろ!なぁ……黒乃、セシリア!」

「…………。」

「仰る通りですわ!」

 

 一夏が急加速した時点で、鈴音はようやく狙いを悟った。そしてこれで決まり……かと思いきや、無人機の反応は死んでいない。焦った声で油断するなと告げるが、一夏にはもう心配の欠片もなかった。鈴音と作戦会議をしている最中、一夏はキチンと見ていたのだ……シールドをガンガンと叩く黒乃を。

 

『これを壊せ。』

 

 黒乃の行動から、一夏はだいたい何が言いたいか予想がつく。もちろん無人機を倒すつもりでの零落白夜だったが、アリーナの遮断シールドを破壊するという目的も含んでいたのだ。そうしてシールドが掻き消えたと同時に、セシリアはBT4基の同時射撃で無人機を射抜く。

 

「…………!」

 

 無人機がたまらずよろけている間に、更に黒乃が続いた。その両手に握られているのは、日本刀型の叢雨と脇差型の驟雨。黒乃は前方に短くQIB(クイック・イグニッションブースト)して無人機へと急接近……と同時に身体を丸めて縦回転。そのまま無人機の頭を飛び越すようにして、頭部を切りつける。

 

 飛び越えたと思ったら、今度は振り返って上昇しながら交互に叢雨と驟雨を振り上げる。それを連続して何度も繰り出すと、もはや無人機の背はズタズタだ。そして後ろ回し蹴りで無人機を蹴り飛ばしてフィニッシュ……かと思いきや、今度は身体をピンと張ってロケットのように無人機へ突っ込む。

 

 そこから単に叢雨と驟雨を突き刺すのではなく、器用にスラスターを用いてドリルのように錐揉み回転。叢雨と驟雨の切っ先は無人機へと触れ、火花を上げながら鉄の擦れる嫌な音を放つ。やがて錐揉み回転攻撃に耐えられなくなった無人機の装甲には……巨大な風穴が出来た。これにより無人機は完全停止し、力なく地面へ墜落する。

 

「…………。」

「すげぇ……なんかワチャワチャして良く解んないけど、とにかくすげぇ!」

「ど、どうやったらISであんな動きが出来んのよ……。」

「まぁ……黒乃さんですし?」

 

 無人機に風穴を開けた黒乃は、そのまま飛び出すように数メートル真っ直ぐ飛行する。そして動きを完全に制止させると、ゆっくりと叢雨と驟雨を腰の鞘へと仕舞う。何か必殺技っぽい一連の動作に、一夏は目を輝かす。それに対して鈴音は頬を引きつらせ、セシリアは黒乃だから仕方が無いと言い出す。

 

「ま、何はともあれ……どうにかなったわね!」

「そうですわね、皆さんご無事なようで何よりです。」

「ああ、本当にな。んじゃ、戻ろうぜ。黒乃、そいつはほっといたら先生が何とかするだろ。」

 

 そう、鈴音が言う通り過程がどうあれ事態は収束したのだ。完全に安心して良い状況に、アリーナ内の誰しもが笑みを浮かべる。そんな中……ただ1人、まるで浮かないかのような無表情でいる人物が居た。こう言えば解るだろうが、それは間違いなく黒乃だ。黒乃は地面に降りて、様子を窺うかのように無人機を眺め……そして―――

 

「…………!」

「く、黒乃……?ねぇ……もう完全に止まってる……わよ……?」

「…………黒乃さん。」

「黒乃、お前は……。」

 

 瞬時に左腰に下げている神立を抜刀、何を思ったのか無人機の左腕へと振り下ろした。さっきまで動き回っていた無人機だが、止めを刺したのは黒乃本人だ。何をそこまでする必要があるのか、そう言いたくなるように何度も……何度も……神立の刃を左腕の関節へ叩きつける。

 

 セシリアと鈴音が困惑する最中、一夏にはこれがどういう状況か見当が着いていた。表情はいつも通りの無そのものだが、これは……もう1人の方の黒乃だと。つまらない、もっと戦おう、もっと私と遊ぼうと……駄々をこねているのだと一夏は感じた。

 

(もう1人の黒乃って事は、これも……間違いなく黒乃なんだ。だから―――)

 

 否定して、押さえつけて、抑止して……果たしてそれで良いのかと、一夏は自分へ問い掛ける。一夏の出した答えは、断じて否。一夏は黒乃の背後へゆっくり近づくと、神立を雪片で止める。そしてすかさず黒乃を抱きしめ、まるで子供をあやすかのように語りかけた。

 

「黒乃、今回はもう終わったんだ。黒乃がそこまでする事は無い……。だから、皆で一緒に戻ろう。……な?」

「…………。」

 

 一夏が抱き着いた途端に、黒乃は少し体が強張った。だがその力も、一夏が優しく語りかけるにつれて収まっていく。そしてスルリと一夏の腕から抜け出すと、数歩の距離を置いて神立を鞘へ戻す。カチンと神立が仕舞われる音を最後に、アリーナ内はしばらく静寂へと包まれた。

 

「…………。」

「黒乃……。」

「ねぇ一夏、アレって……。」

「……鈴も、代表候補生なら知ってるよな?でも、それは鈴が思ってるようなのとは違うんだ。」

「アタシは別に、八咫烏がどうの言ってる奴らのつもりじゃないけど……解かったわ。また今度話してよね。」

 

 しばらくの間を置くと、まず動き出したのは黒乃だった。いつもの通りに、まるで何事もなかったかのようにアリーナを後にする。それに続こうとした一夏だったが、何か言いたそうな鈴音に阻まれた。鈴音が必死に言葉を選んでいる様子だったため、先に一夏が言いたい事を言っておく。

 

 すると鈴音は、その言い方で何か事情があるのだと理解した。その事に、鈴は大きな安心感を覚える。それならば、もうここには用は無いと思ったのだろう。鈴音もヒラヒラと手を振ってから、自身の戻るべき方向へ飛んで行った。一夏はそれを見送ると、セシリアに促されようやく動き出す。黒乃の暴走は抑えられた……が、やはり一夏の表情は晴れないままだった……。

 

 

 

 

 

 

(ん〜……この辺りで大丈夫かな?)

「はぁはぁ……く、黒乃さん……ここは観客席でしてよ?」

 

 セシリーの手を引いた俺が辿り着いたのは、彼女の言った通りに観客席だ。現状は、アリーナ外への道が断たれているわけで……。逆を言えば、アリーナ内の移動はそれなりに可能みたい。まぁ俺がここに来たには、一応の理由ってもんはある。

 

「安全に配慮して迅速な行動を頼む!……こらそこっ!無駄口を叩いている暇はないんだぞ!」

「あれは篠ノ之さん。なるほど、織斑先生並みに適任ですわね。」

 

 喋れないなりに、ここへと連れてきた理由を説明しようとした。すると、反対側の客席でモッピーが避難誘導をしているのが見える。だとしたら、モッピーが攻撃されかけるフラグは潰した……のかなぁ?良いや、モッピーが頑張ってんだから……俺も覚悟を決めよう。

 

「黒乃さん?おもむろに刹那を展開なされて……。」

「…………。」

「遮断シールド……一夏さん……。……なるほど、ようやく理解が及びました。」

 

 俺は刹那を展開してみせると、ドアをノックするみたいに遮断シールドを叩いた。そして、すかさずイッチーを指差す。どうやら俺の考えは伝わったみたいだな。別に原作に従って行動しているんだけど、作戦としてはこうだ。

 

 零落白夜にて、イッチーが無人機ごと……もしくは単品で遮断シールドを破壊。そうすれば、俺達の援護を阻む物は無くなる。俺もセシリーも、好きなように攻撃が可能って事さ。さて、イッチー達の様子は……あれが無人機か否かを話し合ってる最中かな。

 

 今を逃すと、他にタイミングはないかも知れない。そう思った俺は、イッチーに視線を送りつつ、遮断シールドを今度はガンガンと殴るくらいのつもりで叩いた。すると、チラッとイッチーがこちらを見た。オッケー……通じたね。モッピー達には悪いけど、イッチーと1番ツーカーが取れてるのは俺だろう。

 

「黒乃さん、状況にもよりますが……わたくしが隙を作ります。とどめは貴女が。」

「…………。」

 

 射撃型の機体であるブルー・ティアーズと、格闘型の刹那は相性がいい。セシリーの射撃が当たろうと当たらまいと、牽制さえできればそれでダメージ確定だ。何故なら、刹那は一瞬の隙さえあれば俺の距離へもっていける。寄らば斬ります、寄らなくてもこっちが寄って斬ります……な機体だからね。

 

 セシリーの返事へ頷くと、俺はいつでも競技場へと飛び込めるよう雷火を吹かす。セシリーもセシリーで、ブルー・ティアーズ及びBT4基を展開して、無人機に対して照準を合わせる。俺らとイッチー達の準備が整ったのを見計らったように、無人機も行動を開始した。

 

「でやああああっ!」

 

 イッチーは、鈴ちゃんの放つ衝激砲の射線上へ割り込む。無論衝撃砲は白式の背へと命中……。だが、単にそれだけでは終わらない。外部からのエネルギー……つまり衝撃砲をスラスターへ取り込んで、イッチーは瞬時加速を繰り出す。

 

 グンっとイッチーの身体が飛び出たと思った頃には、無人機の右腕が切断されていた。……やっぱり、イッチーで止めってわけにはいかないか。ただ、予定通りに遮断シールドも取り払ってくれた。さぁて、いっちょ出番ですかねぇ。

 

「ちょっと、まだ動いてるわよ!」

「考えがあるって言ったろ!なぁ……黒乃、セシリア!」

(おうよイッチー!)

「仰る通りですわ!」

 

 イッチーはカウンターを喰らわされそうになっているが、俺達を信じて動かないのだろう。結果的に、無人機を引きつける事になっているのだから。そしてセシリーは、BT4基による同時射撃を仕掛ける。言うまでもないが……射出されたレーザーは全て命中!

 

 さて、最後は俺だ!セシリーに言われた通り、QIB(クイック・イグニッションブースト)で一気に無人機との距離を詰める。そして今回俺が攻撃用に選んだのは、腰に装着してある叢雨、驟雨だ。俺はそれらを引き抜くと、身体を丸めて縦回転。そのまま無人機を飛び越えつつ、頭部を切り裂く。

 

 飛び越えると、すぐさま振り返って背中を攻撃。斜め下から切り上げる逆袈裟斬りで、叢雨と驟雨を交互に振る。それを連続して、6ヒット分くらい喰らわせ……お次は、そうだなぁ。最後の攻撃を再現するには、少し距離が短い。よって俺は、無人機を後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。よしっ、この距離なら……いける!

 

(天・地・空、(ことごと)くを制す!神裂閃光斬(しんれつせんこうざん)!)

 

 距離の空いた無人機目掛けて、錐揉み回転しながら突っ込む。もちろん叢雨、驟雨の2本は両手を前に突き出す事で攻撃に用いている。まぁ驟雨は脇差くらいの長さだから、ほとんど当たってないんですけどねー。だが、手ごたえは十分……このままいっけー!

 

(だっしゃ、貫通!)

「すげぇ……なんかワチャワチャして良く解んないけど、とにかくすげぇ!」

「ど、どうやったらISであんな動きが出来んのよ……。」

「まぁ……黒乃さんですし?」

 

 身体ごと突き抜けるのは無理だったが、ガリガリと叢雨、驟雨を押し当てていると、無人機の胴体を刃が貫通した。一連の動きを見て、皆は様々なリアクションをくれる。そしてセシリー……その言葉は正解だよ、俺だからこそできたんだ。

 

 今の連続攻撃は、とある名作RPGシリーズに登場するキャラが使用する技で、神裂閃光斬という。もちろん刹那自体は操縦してるけど、技のイメージがしっかり頭の中にあるからね……。ほとんどは、イメージインターフェースの補助で動かした。

 

 原作の流れからして、ここで無人機が瀕死なのは解っていたからさぁ。こういう時でもないと、アニメやゲームの技を再現するのは適当じゃない。とにかく、綺麗に決まったな!やっぱり技を再現すると、なんだか気分が良いや。今度はいつチャンスがあるやら。

 

 それにしても……本当に決着はついたんだろうね?というのも、原作じゃあ終わったと思ったらまた動き出して、それでイッチーが危ない目にあっちゃうんだよ……。俺は高度を下げ着地すると、地に落ちた無人機を観察してみる。う〜ん……心配し過ぎかなぁ?

 

「ま、何はともあれ……なんとかなったわね!」

「そうですわね、皆さんご無事なようで何よりです。」

「ああ、本当にな。んじゃ、戻ろうぜ。黒乃、そいつはほっといたら先生が何とかするだろ。」

 

 うん、まぁそれはイッチーの言う通りなんだろう。これを研究室かなんかに運んで、鷹兄あたりがバラす事になるはず。だったら……もう少し運搬し易いようにしておいた方が良い気がしてきた。うんうん、このままだと大人数を駆り出す事になっちゃうもんね。

 

(そんじゃあ早速……っと!)

「く、黒乃……?ねぇ……もう完全に止まってる……わよ……?」

「…………黒乃さん。」

「黒乃、お前は……。」

 

 俺は左腰から神立を抜いて、無人機の左腕を削ぎ落とそうと肩関節あたりに刃を叩きつける。鈴ちゃんや、それは言われんでも解るけどさぁ……説明できないから黙って見てなって。……それにしても、案外硬いな。さっきは胸部に穴開けたのに……ふんぬっ!

 

 ありゃ……?マジで切れないな、しつこいくらいに神立で斬り込んでるのに……。むぅ……いっそ、疾雷か迅雷で……いやいや、ダメだな。あの2本はレーザーブレードなんだし、焼き切ったらそれこそ鷹兄の作業を増やしちゃうかもだ。

 

 ならば、引き続き神立でゴーか……。そら、いい加減に斬れなさい。少しばかりヤケクソ気味に、頭上から神立を振り下ろす。しかし、それは無人機へと届く事は無かった。俺と無人機の間に、雪片が割り込んできたから……って、雪片?

 

「黒乃、今回はもう終わったんだ。黒乃がそこまでする事は無い……だろ?だから、皆で一緒に戻ろう。……な?」

(おおっ……ちょちょっ、ちょっとちょっと……抱き着く必要はなくないかねイッチー?)

 

 そんな事を言いながら、イッチーは俺を抱きとめる。いや、言いたい事は解るよ……。それはもう俺の仕事じゃないから、もう気にしないで帰ろうぜって話でしょ?……いや、解らんよ……なんで俺はこの流れで抱きしめられる必要があるのさ。

 

 解った……解ったから、そうだね……イッチーの言葉も一理ある。後は鷹兄が好きにするだろうし、少し余計なお世話だったかも。よぅし、それならイッチーの言う通りに帰ろうか。そう思って、イッチーの腕から離脱するが……誰1人として一向に動こうとはしない。

 

 え?いや……帰るんじゃなかったの?……先に帰っちゃうよ?俺は左腰の鞘に神立を仕舞うと、フワリと地面から足を離して飛行を開始する。しかし、イッチーも鈴ちゃんも俺を追って来ない。……なんで?どうして?俺、露骨にハブられてる……?

 

 そ、そんな事はない……はず。大丈夫、大丈夫……他はともかく、イッチー達は俺の友達……俺の友達……。ま、友達ほど安っぽい言葉も無いですけどね〜……ハハッ。……ダメだ、1人で勝手に拗ねてどうするよ。んじゃまぁ、気にせず帰る事にしようか……。

 

 

 

 




黒乃→後の為に解体作業っと……。
一夏→これは……もう1人の方の……。

神裂閃光斬(しんれつせんこうざん)
2007年に発売されたゲーム『テイルズオブイノセンス』より、アウトローな2刃流剣士『スパーダ・ベルフォルマ』の使用する秘奥義。無印版、多作品参戦版、リメイク版などで、技の見た目が大きく変わるのが特徴。黒乃は多作品参戦版をベースに一連の動作を行っている。



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第34話 焦る一夏と弄る鷹丸

「か、カイリセイドウイツセイショウガイ……?」

「……いわゆる多重人格って奴だ。」

「し、知ってるわよそれくらい!」

 

 無人機騒動冷めやらぬが、日の変わらぬ内に鈴には黒乃の事情を話しておく事に。人が全く居ない放課後の1組にて、鈴の金きり声は良く反響する。というか、絶対に知らなかったリアクションだったろ。でもこれ以上の追及をしようものならば、手とか足が出てくるから黙っておく。

 

「……あれ?それ、マジ……?」

「いや、あくまで暫定的な話ではあるんだけどな。でも、黒乃を知ってる鈴なら……納得いく部分もあるだろ。」

「そうね……。今日の黒乃ってばなんか変だったし。何より機械相手だからって、あんな事する子じゃないもの。」

 

 もしかしたら俺達の思い違いなのかも知れない。だけど変な話で、俺はそうであって欲しいと思っている。だってそうじゃないと、今までIS操縦者を潰して来たのも……全て黒乃の意志だったという事になってしまう。もう1人の黒乃が黒乃にさせているのだと考えれば、俺としては救われる気分だ。

 

「いつ頃からそんな事になってたのよ。」

「正確には解からない……。けど、昔の事故と誘拐事件の影響の可能性が高いと思ってる。」

「そっか……。そうよね……黒乃ってば、2回もそんな精神にストレスがかかる事件にあってんのよね……。」

 

 何度も言う事になってしまうが、やはり黒乃はついてないなんてもんじゃない。……父さんと母さんが生きていてくれれば、こんな事にはならなかったのだろうか?無い物強請りだってのは解るが、でも……どうしてそんなに早く逝ってしまったんだよ……2人共。

 

「ところでだが、中国ではどうなんだよ。……八咫烏の知名度は。」

「へ?あぁ……うん。それは凄いもんよ……勿論、悪い意味の方で。」

「……そうか。」

「断っとくけど、アタシは本当に違うからね?むしろ日本で言うところの小烏党寄りよ!」

「小烏党……なんだそれ?」

 

 ふと気になって鈴に問いかけてみたが、やはり中国でもそうらしい。落胆する俺だったが、鈴が小烏党なる発言をしたのが引っかかる。今度は俺が質問する番で、小烏党についての解説を目で訴えた。すると鈴は、何か藪から蛇を出したような……そんな顔をしてから語り出す。

 

 なんというか、想像をはるかに超えた集団だった事には違いない。小烏党とは、黒乃を女神と崇拝しているネット団体だそうだ。黒乃を崇める理由としては、黒乃がIS操縦者を潰してきたから。つまるところ、自分達に代わって女尊男卑に染まった輩を成敗して貰っている気分なのか?

 

 なんなんだそれは……なんて無責任な連中なんだ。自分達はネットで匿名の書き込みをしてるだけの癖に、勝手に黒乃を祀り上げる。黒乃の気も知らないで、黒乃が自分と闘っている事も知らないで……何が女神だよ。その小烏党って奴らは、間違いなく黒乃に迷惑をかけるだけの存在だ。

 

「……黒乃は、そいつらの事を知ってんのか?」

「さぁ……?アタシにはなんとも言えないけど、黒乃って自分の事に疎い部分はあるわよね。あの子、下手すると自分が美人な自覚すらなさそうだわ……。」

 

 それは確かに、思い当たる節はいくつもある。スカート穿いてるのに腰から屈んでパンツ丸見えとか、割とよくある話だ。指摘すると隠すから、一応の恥じらいはあるって事だろう。まぁ別に、黒乃の下着なんて洗濯してたわけだし……騒ぐことも慌てる事もないが。

 

「とにかく!アタシは黒乃支援派って事よ。小烏党ってのはまぁ……言い過ぎかしらね。」

「そうか、解った。けど鈴……中国で知り合いとかが潰されたりは……。」

「ああ、良いの良いのあんな連中。この際だから言っとくけど、アタシにとって黒乃に勝る大事な人なんてほとんどいないから。」

 

 ほとんど……な。そのほとんどには、親とか俺や弾あたりも含まれているからこそのだろう。しかし、随分と鈴らしい言葉ではある。まぁ……1年で代表候補生になったらしいし、頭角を現した鈴にはいろいろとあったに違いない。それこそ鈴がそんなの気にする性質じゃないのは知っている。

 

「黒乃が多重人格かぁ……。なんとか力になってあげられないかしら。」

「状況は最悪だよな。黒乃は自分から助けを求められない……。そのうえ、黒乃が俺達に知られる事を拒んでる。」

「…………。」

 

 八方塞がりとはまさにこの事だろう。本当にどうしようもねぇよ……。最悪できる事があるとすれば、知らないふりしていつも通りの俺達でいるくらいだろう。あぁ……俺達は、なんて無力なんだろうか。黒乃にしてやれるのは、ごく当たり前の事だけなんて。

 

「でも、黒乃がアタシらにどうにかして……助けてって、そう言ってくれた時は……。」

「ああ、それは勿論……俺達のやれる事を全力でしてやろう。」

 

 そのどうにかしてが、黒乃にとっては難しい。だけど、それさえクリアしてしまえば……俺達はいつだってお前の味方だからな。何か解決策が浮かぶまでは、やはり待ち続けるしかないか……。とにかく、黒乃の事情は鈴に受け入れてもらえたようだな。後は……。

 

「鈴。」

「な、何よ……急に改まっちゃって。」

「この間の事、悪かった。」

「アンタが折れるなんて珍しいじゃない……。どういう心境?」

「いや、賭けはお流れになっちまったし……俺も悪い事言ったのは確かだしさ。」

「わ、解れば……じゃないわよね……。アタシの方こそ、ゴメン。」

 

 負けた方が先に謝るって事だったが、無人機のせいでなかった事も同然だ。かといって、そのままなぁなぁにするのもいただけない。鈴は多分だけど、そんなのは忘れていたようだ。それでも、俺が謝れば向こうも謝ってくれた。うん、これで丸く収まったんじゃないか?

 

「それじゃ、俺は行くぞ。」

「なんか用事でもあんの?」

「ああ、少し……黒乃の様子が気になってな。そうだ、後で黒乃と食堂に向かうから、皆で食べようぜ。」

「あ、それ良いわね。解ったわ、なるべく早く来てよね!」

 

 あの時は落ち着いてくれたが、まだ情緒が不安定かも知れない。とりあえず鈴と話をするのを最優先にしたが、やっぱり黒乃の様子をもう1度確認しておくべきだ。去り際に飯時の事を思いついたが、鈴は快く乗ってくれて、元気に教室を去って行った。

 

 さて、俺も黒乃を探そう。この時間なら……部屋にいる確率が高いよな。寮の方まで歩を進めると、寮と教室棟の渡り廊下に差し掛かる。そこには想像通り黒乃の姿が見えた。しかし、それとは別で背丈の高い男性の姿も……。いつものニヤけた面が特徴的?な……近江先生だ。

 

 ……仲良いよな、あの2人って。どうにも黒乃は、近江先生と一緒に居ると楽しそうに見えていけない。実際楽しいのかも知れないが、それは俺の思っているような楽しいとは違うはず。だけどこう……モヤモヤする。気が付けば俺はその場を駆け出し、大きな声で黒乃の名前を呼んでしまっていた……。

 

 

 

 

 

 

(はぁ……なんだか今日は疲れたなぁ……)

 

 無人機の乱入があったのだけれど、学園の運行は平常通り……。と言っても、ほとんど自習だったんだけれど。ってか、それならいっそ閉校で良い気がする。だけどこれがまだまだ序盤と思えば気が重いや。これだから代表候補生にはなりたくなかったんだけど……。

 

 今日はアニメ観たりゲームせずにバタンキューしとこう。なんかもう……ご飯もいいかな、面倒だし。面倒臭くて飯抜きとか、そんなん前世では良くあった事だもの。フカフカのベッドが俺を呼んでるぞ〜っと。……の前に、俺を呼ぶ声が聞こえた。

 

「藤堂さん、少し良いかな。」

「…………?」

「うん、時間とかは大丈夫かい?」

「…………。」

 

 俺に声をかけたのは、鷹兄だった。ずっと姿が見えなかったけど、やっぱり無人機の調査でもしてたのかな。別に用事はないし、むしろ暇なくらいだよ。鷹兄の俺に対してある用事は、無視する訳にはいかん。俺はこの人の部下みたいなもんだしね……。

 

「刹那の事で幾つか質問させて欲しいんだけど……。」

「…………。」

「今日やってたあの動き、即興かい?それとも、技のイメージは前からあった?あ〜と、後者の質問にイエスかノーで。」

 

 今日……?ああ、はいはい神裂閃光斬の事ね。イッチーがワチャワチャしてるって評してたけど、鷹兄が何か気にするような事でもあったのかな。あ~……無茶な動きは止めてくれとかかも……。で、質問に答えるとすれば……イエスだ。俺は首を縦に振った。

 

「ん~……そっか。じゃあ、他にも隠してる……っていうか、今日みたいな技ってまだあるかい?」

 

 お、次もまた良く解らない質問がきたぞ。鷹兄の言う通りに、隠してるってほどじゃないんだよね。でも……本当に使うタイミングなんてほとんど無いからさ。ただ、試してみたいな、再現してみたいな~って技は山ほどあるよ。だからこれも、イエスかな。

 

「へぇ、そうかい。」

「…………?」

「ああ、ごめんね。何のための質問か解んないよね。もし決まった動作のある技なんだったら、刹那にインストールさせておいた方が良いんじゃないかと思ってさ。」

 

 なるほど、鷹兄の質問にはそんな意図があったのか。確かにゲーマー仕込みの指捌きと、妄想癖ありきのイメージインターフェースでなんとか形にしたけど、あらかじめ刹那に覚えさせておいた方が操作に補正がかかって安定するはず。で、その相談に来たって事ね。

 

「もし藤堂さんが構わないなら、全部記録させてもらって良いかな?データ化とかインストールは勿論僕の仕事として……。」

「…………。」

「ありがとう、助かるよ。じゃあ……今週の土曜日は開けておいてくれるかい?君も日曜日を潰されるよりは良いだろうし。」

 

 鷹兄の頼みは、むしろ大歓迎なくらいだ。すぐさま首を縦に振ると、鷹兄は予定の話を切り出した。まぁ……土曜日もIS学園は半ドンだもんね。それを言うと、鷹兄の言う通りに日曜日がフルで休みの方が俺としては良いかな。これにも首を縦に振って肯定……っと。

 

「うん、了解。場所は研究棟の第13区画になるかな。……解るかい?」

「…………。」

「そっか、まぁ君らは用事はないもんねぇ。それなら、放課後になったら一緒に向かおうか。」

 

 研究棟とか、足を踏み入れた事すらない。鷹兄の質問で、初めて首を横へと振った。しかし鷹兄の言い方……何か引っかかるなぁ。もしかして、近江重工が1区画丸々使っちゃってるとかないよね?……流石にそんな我儘が通るはずもないかぁ~……ハハハ。

 

「じゃあ……話はこれくらいかな。引き留めちゃってごめんね、今日は君もゆっくり休んで―――」

「黒乃!」

「やぁ、織斑くん。こんにちは。」

「……ども。黒乃、鈴が先に食堂で待ってんだ。あいつ1人は可哀想だからさ、先に行っててくれないか?俺は少し先生に用事があるんだ。」

 

 鷹兄の言葉を、まるで遮るかのようにイッチーが割って入って来た。まぁ……話は済んでるみたいだから良いけども。んでもって、鈴ちゃんが食堂で待ってるって?あ~……飯は抜こうと思ってたけど、そういう事なら話は別だな……。任せろイッチー、鈴ちゃんの面倒はちゃんと見といてやるからよヘヘッ。

 

「…………。」

「うん、明日も遅刻の無いようにね。」

「また後でな、黒乃。」

 

 鷹兄に深々と頭を下げてから、食堂目指してズンズンと歩を進めて行く。それにしても、イッチーが鷹兄に用事って珍しい気がする。……ま、わざわざ振り返ってみる程の事じゃないか。そんな事より鈴ちゃん鈴ちゃん……。やっぱ女の子が待ってるって思うとテンション上がる。そのまま俺は上機嫌で食堂へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

「それで、僕に用事って何かな?」

「あ~……いや~……その、すみません……。用事とかないんです。」

 

 黒乃の背中が完全に消え切ってはいないが、鷹丸は隣に居る一夏に視線だけ送りながら問いかけた。しばらく考え込んだ様子の一夏だったが、特に言い訳が思いつかず観念するように用事はないと謝る。鷹丸からすれば、諸々の疑問があるようで……。

 

「ふ~ん……そう。あっ、僕と藤堂さんが一緒に居たからかな。」

「う゛っ!?」

「あれ、図星?ハハッ、なんだそういう事。へぇ~……青春してるねぇ。」

「さてはアンタ解ってて言ってるな!?」

 

 ひらめいたと自己主張するかのように、人差し指を立てた鷹丸は1つの答えを導き出す。完璧に図星を突かれたのだが、鷹丸の表情が初めから解ってましたよと告げている。基本的に敬語で接していた一夏だったが、同性という事もあってかついタメ口で返した。

 

「ハハハ……ごめんごめん。ほら、僕ってそういう性分だから。」

「……良い性格してますね。」

「うん、ありがとう。最高の褒め言葉だよ。」

(う、うわぁ……この人本気で言ってるぞ……。)

 

 口ではごめんと言っているが、まるで反省しているように思えない。一夏が盛大に皮肉ってそう言えば、花丸満点、ペカッとした笑顔で感謝されてしまった。皮肉も褒め言葉にしかならないとか、じゃあどうすればいいんだよと一夏は困り果てた様子だ。

 

「まぁでも安心しなよ。僕にそういう気は全くないから。」

「近江先生、狼少年って知ってますか?」

「ありゃりゃ、そう返されちゃうと流石に困っちゃうなぁ。精神に関わる事に対して証拠を提示するのは困難だし……。」

「ああ、いや……ちょっとした冗談ですから。そんな真剣に考えられるとこっちも困りますって。」

 

 鷹丸の口から出る言葉の4割近くはでまかせと言って良い。それを一夏は理解しているから、どうにも信じられないと端的かつ遠回しに狼少年と表現したのだ。完全に鷹丸の自業自得ではあるが、どうすれば信じてもらえるかと考察される程の事でもない。一夏は手を左右に振りながら鷹丸を説得した。

 

「そう?なら良いんだけど……。それにしても、よっぽど好きなんだね……藤堂さんの事。」

「ま、まぁ……はい。」

「僕は色恋沙汰なんてないに等しいからねぇ。機械に囲まれてたらそれで幸せだし……。うん、なんていうか……良いんじゃないの?少し羨ましいくらいかも。」

「仕事が恋人……って奴ですか?」

「う~ん……それとも少し違うかな。そもそも仕事だって思った事ないし。義務感?とか使命感?で何かやった覚えはないかもねぇ。」

 

 面と向かってそう言われると照れるのか、一夏は少し頬を赤く染めながら返事をした。すると鷹丸は細い目で遠方に視線をやる。その様はまるで昔を懐かしんでいるように見えた。我ながら少し寂しくはある……などと思っているのかも知れない。

 

「…………。」

「な、なんっすか?」

「そんな感覚になっちゃってない?藤堂さんを守るのとか共にあろうとしてるのとか……。」

「それはないです。俺の気持ちは、理屈とかじゃないですから。」

「フフッ……良いね、キミやっぱり面白いよ。ま、何はともあれ……陰ながら応援してるよ。僕でよければ相談乗るし……。」

「は、はい。ありがとうございます?」

「おやぁ、どうして疑問形なのか小1時間くらい問い詰めたいねぇ。」

「げ……それは勘弁……。あっ、そうだ!黒乃と鈴を待たせてるんでもう行きます!」

 

 急に無表情で見つめられるものだから、一夏は少し驚きながら鷹丸に何事だと話しかける。飛び出てきた鷹丸の質問には、黒乃に対して義務感や使命感で動いていないか……という意味が込められていた。そんな質問、一夏からすれば侮辱に等しい。真剣な表情そのもので、真っ向から鷹丸の問いかけを否定した。

 

 どうやら鷹丸には好感触のようで、面白いとの言葉が返ってきた。これは鷹丸としては最高クラスの称賛に価する。しかし、一夏からすればやっぱり信用ならないようで、言葉尻を上げながら感謝してしまう。これには不服なのかどうなのか判断できないが、とにかくニヤケた顔を近づけながら末恐ろしい事を言い出す。

 

 勿論だが鷹丸は本気で言っていない。だが、一夏は血相を変えながら待ち人があるという理由をつけて逃げていった。逃げていく一夏の背中に対して、廊下は走らないようにね~……と、気の抜けるような声色で注意を促した。やがて一夏の背中も見えなくなり、鷹丸も移動を開始しようとした……その時、鷹丸の携帯が着信を知らせる。

 

ピリリリリ……

「はい、もしもし。ええ、お疲れ様です。失敗……というか、根本的に数が少なすぎたんじゃないんですか?ああ、だから電話してきたんですか。はいはい解ってますって、次の時は手伝いますから。ん~……まぁ、同時に5機までならなんとか。それだけあれば十分?はい……了解です。はい、はい……。」

ピッ!

 

 非常に短い通話だった。まるで業務連絡とか、ある程度は互いの事情を把握しているような印象を受ける。ただし……どうやらそれはただの業務連絡、もっと言えば近江重工関連の電話とは思えない。何故なら、目を開いた状態の鷹丸……つまりは本気モードの鷹丸が笑みを浮かべているからだ。

 

「フフ……織斑くん、なるべく急いでよね。愛の力ってのは偉大なんだからさぁ。キミと愛し合う黒乃ちゃんこそ、至高のIS操縦者になってくれるはずだから……さ。」

 

 クスクスクスクス。そんな小さな笑い声が廊下に響き渡った。鷹丸はおっといけないとでも言いたげな仕草と共に、掌でパッと口元をふさぐ。そうして誰の目もない事を確認すると、バサッと大きな音を断たせながら白衣を翻した。白衣はまるで鷹丸の機嫌を表すかのように、上下に激しくはためく……。

 

 

 

 




黒乃→(多重人格では)ないです。いや、ネタ抜きにして本当だからね?
鈴音→アタシの知らない所で、黒乃がそんな大変な事になってたなんて……。



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第35話 金と銀の転校生

「今日はですね、新しいお友達を紹介しますよ!しかも2人!」

 

 ちー姉が訓練やらISスーツに関した連絡事項を述べると、交代した山田先生が意気揚々とそう告げた。何故か鼻息荒いその姿は、どうにも子供っぽさを増長させるな。そんでもって、少し離れた両サイドにちー姉と鷹兄が構えてるからかもね……。何と言うか、子供を見守る両親の図みたいに見えなくもない。

 

 それにしても、新しいお友達……それすなわち転入生、それすなわち……彼女らの事を指し示しているという事だ。長かった……IS学園に通うと決意してから数年……ただこの日だけを待ちわびていたぞ。山田先生が入室へ促すと、1組の扉からそれぞれ金と銀が特徴的な髪色の2人が現れる。

 

「失礼します。」

「…………。」

「では、簡単に自己紹介をお願いします。」

「はい。皆さん初めまして、シャルル・デュノアです。此処に僕と同じ境遇の男子が居るという事で、フランスからやって来ました。」

 

 待ってたよ……待っていたよマイエンジェル・シャルロットォォォォっ!うはははは……嬉しすぎて狂いそうだ!前世じゃ生粋のシャルロッ党の俺氏が通りますよおおおおおっ!ああ、マイエンジェル可愛いよ……マイエンジェル。何するにしても全部が全部あざと可愛い!んは~……男装姿もまた可愛い!

 

 2人目の男子()って事でワーキャーと女子達が騒いでいるが、喋れたらきっと俺もその中に混じってたと思う。いや、でも……今回ばっかりは喋れなくて良かったのかも。何故かって、テンション上がった勢いでマイエンジェルの正体をばらしかねない。うん、そういうのはイッチーに任せないとだから……。

 

「貴様ら、すぐに黙れ。……お前も何か言え。」

「はっ、了解しました。」

 

 フハハハ!勿論キミの事も待っていたよ、ラウラたん。色々属性を詰め込みすぎて良く解らん事になってるラウラたんだが、やっぱり仲良くなれるのは学年別トーナメント後かな?ううむ、いずれはラウラたんの綺麗な銀髪に顔を埋めてクンカクンカさせてほしいところだ。……出来ればの話だけど。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。」

「……あ、あの~……以上ですか?」

「以上だ。」

 

 自己紹介とはよく言ったもので、名前だけ言ってしまえば確かに言葉としては成立しているかもね。山田先生は涙目になってるけど、今のラウラたんはしゃーなし。気にしたら負け、逆にこちらもラウラたんの態度を気にしないくらいにしとかんと。

 

「貴様が―――!」

 

 おおう、ラウラたんの引き起こすファーストインパクトが発生しようとしているぞ。前々から迷ってたんだけど、コレって防いだ方が良いのかなぁ……?ラウラたんからすれば俺もターゲットなんだろうけど、だからって実の肉親なイッチーが最たる標的で―――ありがとうございます!

 

「私は認めない。貴様があの人の愛弟子などと。」

「お前……黒乃に何しやがる!」

 

 か、考え事してて気が付かなかった……。反射的にありがとうございますと言ってしまったが、それすなわち俺がビンタされたって事。そ、そっか……ラウラたんはイッチーよりも俺の方が気に食わないか……。ま、ますます状況が悪いぞぉ……。ん~……どうすんべ。

 

「フンッ、貴様も同じだ。貴様があの人の弟など認めない。」

「そんなん知るか、お前に許可される筋合いはねぇ!とにかく黒乃に―――」

「…………。」

「黒乃……。」

 

 とにかくイッチーを落ち着けさせるのが先決だと思った俺は、イッチーの腕を掴んで首を左右へ振った。するとイッチーは、悔しそうな顔で止めてくれるなとでも言いたそうだ。いや、解かるよ……言いたかないけどラウラたんが悪いもん。けどさ、やっぱそこは広い心でさ……。

 

「……くだらん。」

「…………。あ~ホームルームはこれで終わる。今すぐ着替えて第2グラウンドへ迎え。今日は2組と合同だ。」

「お、近江先生。訓練機の調子はどうでした?」

「えっとですね……1機だけ駆動系に少し問題がありましたけど、キチンと処置しておきましたよ。」

 

 俺がイッチーを止めている間に、ラウラたんは自分の席へと向かってしまった。するとちー姉は、少し苦い顔をしながら強引に話を変えつつ1組から出て行く。まるでそれに協力するかのように、鷹兄と山田先生も会話をしながらちー姉に続く。ほらイッチー、キミはマイエンジェルの世話をしたげなさい。

 

「……解った、納得は絶対しないけど……今は気にしないでおく。」

「えっと、キミが織斑くん?僕は―――」

「待った。そういうのは後で良いから急ぐぞ。」

 

 う~ん……良くない傾向だなぁ。どうやらイッチーとしては、俺がしばかれたって事でラウラたんの印象は原作よりも悪いようだ。でもとにかく、マイエンジェルの事は頼んだよ~。イッチーは渋々ながらも俺の行動に肯定の意志を示し、マイエンジェルを連れて1組から出て行った。

 

「黒乃っ!大丈夫か?あぁ……少し腫れているではないか……。」

「まったく、なんですのあの野蛮人は……。わたくし、怒りを通り越して呆れています。」

 

 ……良くない傾向だぞぉ……どうするよコレ……。有難い事に、モッピーやセシリーは俺を信頼してくれている。俺に対しての平手打ちのせいで、やはり原作よりもヘイトがラウラたんに向いてるらしい。流石に俺のせいでラウラたんが嫌われるのは忍びないよ……。

 

「黒乃さん、保健室に寄って湿布を貰ってはいかがかしら?」

「それは良い案だ。黒乃、ここはセシリアの言う通りにしよう。」

 

 それは少し過保護すぎるってか……あれ?うわ、ほんとに結構腫れちゃってるな。あ、でもこれ面白いかも……頬触っても少し感覚が麻痺して触ってるの解んないや、ハハハ。……笑い事じゃないよね。はぁ……ここはセシリーの仰る通り、アリーナの前に保健室だな……。……うん?なんか廊下の方が騒がしい……ってああああ!?

 

(アレを忘れてた!今助けるからねマイエンジェルうううう!)

「く、黒乃!?待て、そんなに急がなくても……。」

「……行ってしまわれましたね。」

 

 突然に教室を飛び出すもんだから、2人を大層驚かせてしまった。だが、しかし、まるで全然!俺の優先事項からは程遠いんだよねぇ!このままでは、男子が来たと聞きつけた女子達に追われてしまう。確か原作のイッチーは、大したことをマイエンジェルにしてやれなかったと思うんだ。

 

「ん……あれって、もしかしなくても……。」

「と、藤堂 黒乃!?」

「く、黒乃!?お前、何しにここへ……。」

 

 俺が本気で走れば、すぐに女子の群れは発見できた。現状としては、イッチー&マイエンジェル、それを追う女子達、俺の順番で縦1列……それなら、飛び越える必要があるな。俺は全力疾走の勢いを利用して、思い切り高くジャンプした。当然これじゃあ飛び越えれないので、ほんの一瞬だけ雷火を部分展開し、弱々しくQIB(クイック・イグニッションブースト)

 

(はい、ちょっと失礼マイエンジェル!それにイッチー!)

「へ……?うわっ、うわわわ!?」

「うおおおおっ!?」

 

 QIB(クイック・イグニッションブースト)を弱々しくかつ一瞬だけ吹かしても、その推進力たるや凄まじい。俺は生身ながらもスィーッと空中でスライドしているような状態になった。その状態を維持しつつ、2人を両腕でガッチリと小脇に抱える。そのまま一瞬だけ着地すると、またジャンプして後は同じ事をしばらく繰り返す。

 

 しばらく繰り返しただけでも、女子達はもはや姿すら見えなくなる。ここまで来たならば、もはやどう足掻いたって追いつける距離では無い。よしっ、じゃあ2人を降ろそうか……。俺はその場でキュッ!っとブレーキをかけると、小脇に抱えた2人を離す。

 

「な、何かと思ったら……助けてくれたのか?でもな黒乃、ある意味助かってねぇ……。」

「こ、怖かったよぉ……。」

 

 はっ!?し、しまった……逆効果だったか!?2人を降ろすなり、イッチーは疲れ果てた顔でそう言い。マイエンジェルはその場にヘタリと座り込んだ。ああ、でも怖がってるマイエンジェルもやっぱり可愛いっていうかなんというか……。す、済まぬマイエンジェル!俺は深々と頭を下げた。

 

「い、良いよ良いよ!助けようとしてくれたんでしょ?ありがとうね、藤堂さん。」

「サンキュー黒乃。助かった。」

 

 あぁ……怖がらせたのは俺なのに、天使の微笑みで許してくれた。流石はマイエンジェル……こんな無表情で良く解らん奴にも対応は分け隔てない。何気にこんな子は初めてかもな。いや、大人だって何処か俺とは距離を置きたがる。それでも初見でここまで友好的だなんて……目頭が熱くなりそうだ。

 

「というか、姿が見えなくなったからっていつまでもこうしてられねぇぞ。」

「そ、それが織斑くん……。ゴメン、僕腰が抜けちゃって。」

(なぬぅ!?それは一大事だ!俺に任せときんさい。)

「ひゃっ!?と、藤堂さん……?」

 

 マイエンジェルの腰が抜けたと聞いて、俺は華奢なその体を姫抱きで持ち上げた。おっふ……ここまで顔が近づくと、少し照れるなぁ……へへっ。よぉし、イッチーがそれなら俺が代わるとか言ってるけど無視してゴー!え~っと確か、イッチー達が目指してたのは第2アリーナの更衣室だっけ?

 

 えっさほいさとマイエンジェルを運ぶと、ようやく目的地へと辿り着いた。更衣室入口の前でマイエンジェルを降ろすと、腰が抜けたのはもう治ったみたい。よしよし、それなら俺も満足だよ。なんとかマイエンジェルの役にも立てたし、警戒はされないんじゃないかな。んじゃ、俺も急いで着替えないと。

 

「あっ、あの……藤堂さん!本当にありがとう。」

「…………。」

「と、藤堂さん?」

「いつでも見てる。」

「っ!?」

 

 その場を立ち去ろうとしたが、マイエンジェルの言葉に足を止める。はぁ~……たまらん、ちょっと上目づかいで言ってるからホントにたまらん。マイエンジェルに見とれていたせいか、数テンポの間が開いてしまう。喋られるかは賭けだったが、言いたい事を耳元で呟くと声が出た。いやね、イッチーに聞かれると流石に恥ずかしいじゃん。

 

 なんか豪い驚かせたようだったが、まぁ色々と解釈のしようがある言葉になっちゃったもんな。どう取られたかは解からないが、初対面で半ば告白みたいな事を言われた……とか大体そんな感じだろ。それよりも、本当に俺も急がないとちー姉に殺される。もう1度マイエンジェルを見てから、俺は使える女子更衣室を目指した。

 

 

 

 

 

 

「…………。」

「どうかしたのか?」

「あ、うん……何でも無いよ。それより、さっきの続きにしようか?」

「そうだな。俺は織斑 一夏。一夏って呼んでくれ。」

「僕はシャルル・デュノア。僕の事もシャルルで良いから。」

 

 IS学園にやってきて初日なのに、目まぐるしいくらいに様々な事が起きた。とにかく僕は、今すぐにでも落ち着きたい。その一心で自己紹介にしたけど、不自然に思われてないかな……?いろいろと頭の中を整理しないと、特に……藤堂さんの事とか。

 

「それより、時間が無いから急ごう。黒乃のおかげでいつもより余裕があるけどな。」

「? いつも助けてくれてるとかじゃ……。」

「いや、今日が初めてだ。まるで……。……まるで、シャルルを助けたかったみたいにさ。」

 

 更衣室に入りながら、一夏がそんな事を呟いた。だけど、様子が少し変……?まるで、言いたくない事を必死で口にしてるみたいな……そんな感じ。一夏が背中だけ見せてそう言うから、表情を悟る事ができない。気にするほどの事でもないのかな。

 

「さて……っと。」

「うわぁ!?」

「シャルル?」

「ご、ごめん……何でも無いから。」

 

 し、しまった……一夏がいきなり裸になる物だから、普通に素のリアクションが出ちゃったよ……。変には思われるだろうけど、今ので女の子だってばれてないよね……?だ、大丈夫……僕は男の子、僕は男の子……。そうやって自分に言い聞かせて、ようやく気分は落ち着いた。

 

 それじゃ、僕も着替えないと……。僕はコソコソとロッカーの影に隠れると、急いで男子用の制服を脱いだ。その下には、既にISスーツを着込んである。こうすると手間が省けるしね……。というか、一夏もそうすれば良いんじゃないかな?今度勧めてみよう。

 

「い、一夏……まだ着替えてる?」

「ん、おう……。ってか、隠れてどうしたんだ?」

「僕の事は気にしないで。それより、着替えながら少し聞いてもいいかな……。」

「ああ、俺に答えられる範囲なら。」

「そっか、それじゃ……。藤堂さんって、どんな人なの?」

 

 これはぜひ……というか、何が何でも聞いておかないとならない。情報によると、一夏と藤堂さんは幼馴染。誰よりも藤堂さんを知っているであろう一夏に、ストレートな質問を投げかけた。でも、やってきたのは沈黙……。おかしいな、どうして答えてくれないんだろ。

 

「……なんだよ、黒乃の何が気になるんだ。」

「え?ほら、助けてはもらったけど……あまりどんな人なのか解からなくって。」

 

 一夏は少しムスッと不機嫌そうな声色で返してきた。その様は、割れ物注意……僕は必死に言葉を選んで、更に一夏へ返す。もちろん藤堂さんの事は知ってる。長いから割愛するけど、黒き翼の八咫烏……だからね。IS学園に来る前に、一夏と接触する際の要注意人物だとしつこく言われたから。

 

「どんなって、まんまだよ。俺達を助けてくれるような優しい奴。」

「……そっか、そうだよね。」

 

 そう……聞いていた話と、随分と違う印象を受けた。でもだからこそ、最後の言葉の意味を解釈しかねている。それによっては、一夏の言った通り本当に僕を助けたかったかどうかは怪しくなってくる。それはつまり、僕が来る事によって騒ぎになって……それに巻き込まれた一夏を助けたかったんじゃないかなって……僕はそう思う。

 

 最後の言葉さえなければ、僕はそのまま藤堂さんを警戒する必要がないほどに優しい人だって解釈していたはず。あの言葉……いつも見ている……って。私が見ている限りは、好きにはさせないって……そういう意味なんじゃないかな。一夏に聞こえないように、わざわざ僕の耳元で囁いたくらいだし。

 

 一夏と僕を無理矢理でも引き剥がそうとしないのは、僕が特に何かをしない限りは……自分含めて友好にやっていこうって事……だろうね。つまり彼女は、僕の正体に気付いている可能性が大きい。……やっぱり、僕はあくまでおまけだったんだ。だって、こう考える方が流れが自然だよ……。

 

 流石に織斑先生の後継者有力候補……八咫烏の黒乃は伊達じゃ無かったって事みたい。割と男装も完璧だったつもりなんだけど、こうもあっさり見破られるのはショックだなぁ……。……それでも僕はやらなきゃダメなんだ。確か、仇なす者には災いもたらす……だったよね。どんな災いだとしても、僕は―――

 

「……ルル。シャルル!」

「うわぁ!?ど、どうかしたの?」

「さっきから何回か呼んだんだぞ?返事が無いから心配したぜ。」

「ゴメン……ちょっと考え事をさ、ハハハ……。」

 

 少し自分の世界に入り込みすぎたみたいで、すぐ近くで一夏が呼んでいるのにも気がつけなかった。どうやら一夏はISスーツに着替え終わったらしく、それで僕に声をかけたようだ。……なんて言うか、男の子が着るとこんな感じなんだ……ISスーツって。

 

「……なぁ、俺からも1つ聞きたいんだけど。」

「うん、何でも聞いてよ。」

「さっき……黒乃になんて言われたんだ?」

 

 一夏は何か、気まずいというか悶々としたというか、そんな表情で僕に問いかける。その様子には、どうにも不安が見え隠れしているような……。一夏は、藤堂さんの事が好きなのかな。彼女が僕を助けたって思ってるみたいだし、もしかすると藤堂さんが僕に気があるかもー……。そう考えているみたい。

 

 だけど困ったな……。それだと、ストレートにいつも見ていると言われたなんて答えられないよ。だって言葉だけ聞いたら、絶対に色恋沙汰な台詞だもん。どうしようかな……無駄に一夏を落胆させるのもなんだし、かといってどう言い訳すれば……あっ、そうだ。

 

「……キミと仲良くしてあげてって、そんな感じのニュアンスの事を言われたんだよ。」

「へ〜そうか……そうか……。」

「一夏に聞かれるのが恥ずかしかったんじゃないかな。」

「ハハッ、まるで母親だな。ったく、黒乃に言われなくったって大丈夫だって。」

 

 僕がそう言えば、一夏はさっきまでの表情が嘘のように笑みを浮かべる。口では何か心配し過ぎだとでも言いたそうなのに、安心しきっているのか伝わった。……2人って、両想いなんじゃないのかな?でも付き合ってる風には見えないって事は、随分とままならない恋なのかも。

 

 というか、邪魔しちゃってるのは僕なんだろう。はぁ……会社の件だけでも心苦しいのに、余計な荷が増えてしまった感じ。なるべく藤堂さんのアシストを優先に動こう……。それに、彼女の信頼を得られれば少しは油断してくれるかも知れないし。

 

「ごめんな、変な事聞いて。じや、行くか。」

「うん、そうだね。」

 

 一夏はこの通り、僕と普通に接してくれてる。でも藤堂さんが関わるとその限りじゃない……。逆に一夏に接しようとすると、藤堂さんが黙ってない。……あれぇ?は、八方塞がりなような気がするのは気のせいかな?う、う〜ん……とりあえず、藤堂さんに接するときは一夏に見られないようにしないとダメみたいだ。

 

 まぁ……あまり考え過ぎも良くないかな。とにかく仲良く出来れば僕も満足だし。打算ありきだって、単にそれだけじゃないよりはずっとましに決まってる。とにかく、早くこの学園にも慣れないと。しっかり道順を覚えながら、一夏の後を着いて歩いた。

 

 

 




黒乃→いつも見守ってるぜ、マイエンジェル!
シャルロット→いつも見張ってる……やっぱり警戒されちゃうか……。



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第36話 シャルル・デュノアの困惑

「……どういう事だ。」

「ん?」

 

 午前の実践授業を終えた俺達は、揃って屋上に来ていた。とはいえ、モッピーからすれば2人きりのつもりだったんだろうけど……。昨日の内に屋上集合とのメールが届いていたから、あっこれはあのイベントやなとは思ったんだ。けど済まぬモッピー!マイエンジェルが来ると解って、来ないわけにもいかんのだ。

 

 見事に俺を筆頭としたいわゆる邪魔が居る訳で、モッピーは不満げな表情をイッチーに向ける。それでもイッチーは、何か問題でもあるか……と言いたげな生返事で反応した。いや、キミの食事は大勢でって意見は真っ当だと思うんだよ。だけど最悪モッピーに確認を取るべきじゃないだろうか。……イッチーがそんなの気にしてたら、皆苦労しないよなぁ。

 

「……いや、私の誘い方が悪かった。」

「何か失敗したのかよ。」

「ああ、大失敗だ。だがお前は気にしなくて良い。」

 

 おや、何やらモッピーは自分に非があると認識した様子。なんと言うか、原作のモッピーよりマイルドな気がする。でも……悟っているっていう表現の方が近いのかもね。モッピーは気分を皆でワイワイというものに切り替えたようで、自ら皆に席へ着くように促した。

 

「あの、僕も混ざって良かったのかな。」

「アンタ随分寂しい事言うわね。」

「そうですわ、あまり遠慮なさらずに」

「……セシリアに言えた事ではないと思うが。」

「ほ、箒さん……昔の事は蒸し返さないでいただけます!?」

 

 うん、まぁ……セシリーの言葉は男子として此処に居るマイエンジェルへ放ったわけで、あまり説得力は無いのかも知れない……。だけどセシリーの言う通り、もうそれは過去の事なのだから水に流そう。モッピーもスマンスマンなんて言ってるし、思わず口から出ちゃったのかも。

 

「ほら一夏、酢豚。」

「おっ、鈴の酢豚か……サンキュー。」

「んんっ!一夏さん、わたくしのサンドウィッチもよろしければ。」

「お、おお……おう。」

 

 鈴ちゃんの酢豚はマジで美味いぞ。だけど不思議なのが、なんで酢豚以外は良くて普通の味になるかだよ。セシリーのサンドウィッチ……というか、セシリーの料理は……ええと、まぁ……はい……はい。はぁ……喋れさえすれば教えるんだけどな。

 

 おっと、それはそれとして……俺も弁当を作って来ておいたんだった。イッチーのメールが届いた時点で此処なのは解ってたし、皆で分けられるように少し多め……って、頑張り過ぎたかも。まぁ……主にマイエンジェルの為ってのはあるんだけどね。1人だけ購買のパンってのも味気ないでしょ。

 

「というか黒乃、お前のはまた随分と大きいが……。」

(たらりらったら~。たっぱぁ~!)

「そんな無表情でタッパー掲げられても何言いたいか解んないわよ。」

 

 モッピーは俺の大きな弁当箱を見て、イッチーにあげる物だとでも思っているのか不安そうだ。いやいや、モッピー達の邪魔はしないし、イッチーに作ったところで俺に得なんかないじゃん。俺がイッチーに料理を作るのは、織斑家内だけの話だよ。俺は鈴ちゃんに見事なツッコミを入れられたタッパーに、マイエンジェルの分を取り分ける。

 

(ヘーイ、マイエンジェル。)

「何かな、藤堂さん。」

(ほら、キミの取り分だ。)

「え、これ……もしかして僕に?わぁ……嬉しいな、ありがとう!」

 

 フウウウウッ!満面の笑みいただきました!頑張った甲斐あるよマイエンジェル!いやホント、キミの為に早起きしたようなモンだから……キミの為に!俺がタッパーをマイエンジェルに差し出すと、何か不思議そうな視線が3つ……機嫌が悪そうな視線が1つ集まった。

 

「あっ、でも困ったな……。お箸とかフォークとかあると助かるんだけど……。」

(んっ、あ~……それ普通に失念してたな。じゃあアレだ、役得ですし……。)

「「「!?」」」

「え、えっと……食べさせてくれるのかな?あ、あ~ん……。」

 

 俺とした事が、真面目にマイエンジェル用のフォークを持ってき忘れ……て正解か。だって変でしょ、今日来たばっかのマイエンジェル用のがあらかじめあったら。危ない危ない……妙な事が起きるところだった。とにかく俺は、自信作の餃子を撮んでマイエンジェルの口元へ運ぶ。

 

「…………。お、美味しい!これ、チーズが入ってるんだ。餃子の皮のモチモチと、チーズのトロトロ触感が絶妙にマッチしてるね!」

 

 フッフッフ……しかも中身は豚ひき肉をちょっぴり使って、後は水煮大豆と木綿豆腐を潰したのが主だからローカロリーなんだぜ。その上豚肉の臭み消しにはナツメグを使ったから、口臭も気にしなくて良いって代物よ。いや~……気に入ってくれて良かったよ……って、女子3人は円陣組んで何してんの。アレか、これから試合か何かで?

 

(おい、お前達……黒乃の気心は知っているな?)

(勿論よ、一夏が好き……って話でしょ?)

(わたくしもその認識ですが、でしたらこの光景はいったい……。)

(……思わせぶりな態度でもとってんじゃないの。)

(押してダメなら引いてみろ……という奴ですわね。)

(く、黒乃……何と言う策士!その発想は無かった……。)

 

 何か話してるのは解るけど、わざわざ遠くでやってるから声は聞こえないな。まぁ……だいたいはイッチー関連だろうね。ほらほら、マイエンジェルは俺が引き付けておくからさ。その間に皆はイッチーを!……ってなんだこれ、なんか死亡フラグっぽくなっちゃった。

 

「藤堂さん、料理上手なんだね。良いお嫁さんになるんじゃないかな……ね?一夏。」

「…………。あ、あぁ……そうだな。」

「一夏って、藤堂さんの手料理とか食べたことある?藤堂さんの得意料理ってどんなのか聞かせてよ。」

「まぁ……一緒に住んでるし一応な。そうだなぁ……黒乃が得意なのかは解からんが、肉じゃがは美味いぞ。しかもアレンジの幅が広い。」

「へぇ、それはまたジャパニーズ家庭料理だね。それなら、ますますお嫁さん向きだと思うよ。」

 

 むしろキミが俺の嫁になってくれマイエンジェル。しかし得意料理なぁ……イッチーの言う通り、肉じゃがは得意かもしんない。というのも、ちー姉が妙に肉じゃが肉じゃが言うんだよ。とにかく肉じゃがだけは完璧にしろって言うもんだから、おかげで肉じゃがは極めてしまった。今思えば、アレってなんだったのかな……?

 

「デュノア、良ければ私の弁当にも手を付けて良いぞ。」

「アタシの酢豚もね、これだけなら黒乃にも負けないわよ!」

「以下同文、ですわ。」

「へ?ええと、うん……皆ありがとう。」

 

 な、何で俺の邪魔するの……いつも手助けしてるんですけど!?どういうわけか、3人はこぞってマイエンジェルに自身の手料理を勧める。ぐぬぬ……おかしいぞ、何がどうしてこうなった。俺の目の前には、女子4人が戯れている光景にしか見えんが、マイエンジェル取られた……泣きそう。

 

「……なぁ黒乃、俺も貰って良いか?」

(ああ、うんうん……お好きにどうぞ。そもそも皆に少しずつ作って来たんだし。)

「いや、そうじゃなくて……。……なんでもない。」

 

 イッチーが欲しいっつーから弁当箱を差し出したというのに、何か落胆されたような表情を見せられた。なんですか、文句があるならハッキリ言ってほしいんですけど。しかしイッチーは、俺の弁当箱からオカズをチョイスして掻っ攫っていった。そいつは、割と定番のつもりで作っといた奴だ。

 

「人参入りの出汁巻き卵か。……もしかして、納豆か何かのタレを使ってるか?」

 

 おお、流石イッチー……それを言い当てられるとは思ってなかった。そう、みじん切りした人参と一緒に納豆のタレを入れてるんだよね。というのも、食堂で出しても醤油派の子達とかが居て結構余るらしいんだよ……。まぁ……かくいう俺も醤油派だけどさ。

 

 勿体無いと思った俺は、余ったそれを拝借して入れてみたって事。出汁の分量とか考えなくても良いからさ、スピーディに作れるってわけよ。あれさ、今流行りの時短ってやつ。……なんというか、やっぱり乙女化が進行してるなと感じる瞬間だ。前世でもたま〜に料理はしてたけど、アイデア料理なんて手の込んだのはスルーだったし。

 

「黒乃の手料理、なんだか久々だな。……なぁ黒乃。」

「…………?」

「本当に、時々で良いんだ。出来れば、たまにこうやって手料理が食いたいな……なんて。」

 

 う〜ん、まぁ俺の手料理は、イッチーからすれば慣れ親しんだ味だろう。確かに、なかなか寂しいところはあるかも。実際のとこ、俺もイッチーの手料理が恋しかったりする。うん、そういう事なら全然良いよ。俺は首を縦に振った。逆にイッチーの料理を食べたいとお願いできれば最高だったんだけど。

 

「本当か!?ありがとうな、黒乃。」

「って、これでは黒乃さんの思う壺ですわ!?」

「た、確かに……。何処の誰だ、黒乃の策に便乗しようとか言ったのは!」

「いの一番に動いたのアンタでしょうが!一夏、アタシの酢豚もとっとと食べなさい!」

「のわっ!わ、解った……解ったから落ち着けって!」

「ア、アハハハ……。」

 

 イッチーの嬉しそうな声に反応するかのように、それまでマイエンジェルと和やかにしていた3人はいきなり慌て初めた。モッピー、鈴ちゃん、セシリー、策とか思う壺って何の話ししてんの?まぁ良いか、これでまたマイエンジェルがフリーなんだから。鬼の居ぬ間に……ってのは皆に失礼か。

 

(マイエンジェル、続き続き。)

「ありがとう、藤堂さん。あ〜ん……。」

 

 我関せずといった具合で、マイエンジェルとの食事を続ける。フフフ……これも含めて、楽しい食事になったな。皆と賑やかにするのは良い。今回の場合はモッピーに悪かったから、時と場合は考えつつ騒ぎに混じれるようなら積極的に参加しようかな。

 

 

 

 

 

 

「はい、それじゃ……確かに渡したわ。」

「どうもありがとうございます。」

 

 放課後になって、僕は職員室に寄っていた。とは言っても、入り口で済むような用事なんだけど。僕が感謝をしながら受け取ったのは、大きめのダンボール箱。これは僕の生活必需品で、職員室に預かってもらっていた。それで、これから一夏の部屋で荷解きになるかな。

 

「はぁ……。」

 

 何も一夏と同室なのが憂鬱って事ではないんだけど、僕は思わず溜息を吐かざるを得ない。それもこれも、藤堂さんが原因だ。もぅ……わけが解らないよ……。朝の事があったから警戒してたのに、昼に起きた一連の流れはなんだったのさ。これじゃ僕が馬鹿みたいだ。

 

 自然なのは、僕を男子として扱ったとか……?いや、待ってよ……自然じゃないでしょそれは……。会って間もない男子生徒に、あ〜んをするほど藤堂さんは軽い女性に見えない。つまりそういうふりでも無かったという事になる。……単に僕を利用して、一夏にアプローチを?いや……藤堂さんだったらストレートに動くはずだし。

 

 あっでも……本当に美味しかったな、藤堂さんの手料理。嬉しいってリアクションも、偽りなく心からの言葉だった。ただ……一夏の視線が痛かったなぁ……。あんなにジッと見てこなくても良いのに。一夏って、奥手なのかもね。周囲から見るとじれったい2人なのかな。

 

「おーい、デュノアくん。」

「……近江先生。……僕に何か用事ですか?」

 

 何処かネットリと耳に残るような声が聞こえて、僕は自然に身体が強ばるのが解った。職員室を出てしばらくのところで僕を呼び止めたのは、近江重工の御曹司である近江 鷹丸さん……この人が1番の不確定要素だよ……。朝職員室に挨拶しに来た時は自分の目を疑った。

 

 この人が刹那を設計・開発したのだって、社長代理なのだって知ってる。けど……IS学園で教師をやってるなんて聞いてない。紛い成りにも社長なわけで、デュノア社の事情が当然のように耳に入るであろうこの人が居るのは不味すぎる。ううん……多分だけど、この人も僕の事は知っているに違いない。

 

「訓練機のラファールについて相談事があって。」

「ラファール?」

「うん、再起不能なのが長い事格納庫に放置されてるんだ。僕も弄ってみたんだけど、あれはもう本当にダメな奴でさ。それで1つ提案があるんだけど。」

 

 近江先生が言うには、バラせるところまでバラして、まだ使えそうな部分はデュノア社に還元したいって事みたい。それで相談っていうのは、手続きをスムーズにしたいから窓口の役目を僕に買ってくれないかと言われた。……どうやら、少しでもデュノア社の利益に繋がるよう気を遣ってくれているみたいだ。

 

「……解かりました。それでお願いします。」

「うん、了解。じゃあ……明日までにはバラしておくよ。それじゃ、僕はこれで―――」

「……その……近江先生!少しお時間良いですか?……話したい事があるんです。」

「僕とかい?解ったよ。それなら……場所を変えようか。」

 

 僕が了承の言葉を述べると、近江先生はアッサリと背を向けて何処かへ消えようとしてしまう。凄く……拍子抜けしてしまう……。けれど、この人はきっと解っていて誰にも何も話していない……。もしそうだとするなら、僕がするべき事はその真意を聞く事。この人の身の振り方次第では、デュノア社なんて明日にでも倒産に追い込まれかねない。

 

 近江先生が自ら場所を変えようと提案したなら、これから僕が話そうとしている事も理解している……って事だと思う。でも、それこそ誰かに聞かれても困るしね。僕達は連れ立って歩くと、人気の全く感じられない廊下まで辿り着く。先生は右見て左見て、ようやく立ち止まった。

 

「……このへんで大丈夫かな。じゃ、遠慮なくどうぞ。」

「はい……。あの、僕の事……どこまで気付いてますか?」

「う~ん……そうだね。デュノア社が経営不振、フランスがイグニッション・プランから除名をされている事を鑑みるに……広告塔として転入。および織斑くんに接触してデータの無断採取ってところかな。」

「…………。」

 

 ……思っていた通り。でも、ここまで清々しく言い当てられると少し怖いなぁ。直接は言わなかったけど、僕が女の子だって事も割れてるか……。まぁそれは良いとして、問題はここから。どうして近江先生は、知っていて何も行動を起こさないか……という事。

 

「……告発しようとは思わないんですか?」

「うん、全然。だって、そっちの方が面白そうだしね。まぁ僕だって、キミの置かれてる状況に関してはそう思わないけど。」

「お、面白そう……?そ、そんな理由で―――」

「ん~……価値観の差だって前置きはしておくとして、僕にとっては死活問題なんだよねぇ。退屈……あぁ、口にしただけでも気が滅入るよ。」

 

 ……まぁ、この際だから何でも良いや。黙ってくれるのなら、この人はそういう人なんだって思っておこうかな……。でも、言わんとしている事は解らなくもない……かも。致死的退屈症とかいう病気もあるとか聞いた事ある気がするし。

 

「ま、単にキミを退屈しのぎって思ってるんじゃないのは解ってほしいな。」

「は、はぁ……?」

「というか、キミだってそっちのが都合良いでしょ?だからお相子……って流れに僕はしたいんだけど。」

「そ、そうですね……。じゃあ、そういう事で。」

 

 退屈しのぎっていうのも嘘じゃないけど、僕がここでの生活をずっと続けられれば良いとも思ってる……って事かな。なんだか雲みたいな人……。それも風の流れに逆らって、自分の意志で流れる雲って感じ。そう思うと、先生の癖毛がなんだか雲みたいに見えてきた。あっ、そんな事より……もう1つ質問しておきたいんだった。

 

「あの、それともう1つ。近江先生から見て、藤堂さんってどんな人ですか?」

「どんな……ね。何を思ってそんな事を聞くんだい。」

「なんと言うか、思ってたのと違うと言いますか……つかみどころが無くて酷く困惑していると言いますか……。」

 

 藤堂さんにも正体がばれているとして、真意が聞けないから困ったものだよ。あんな見張っているみたいな台詞を言われるくらいなら、無言で排除してくれたらどれだけ楽だったろう。それなのに藤堂さんは、自ら脅したのに友好に接してくるっていう意味不明な行動をしてくるから……。

 

「ははっ、確かに……。彼女は不思議な女性としか言いようがないかなぁ。やっぱり何を考えてるか解からないし。」

「そう……ですか。」

「それでも彼女は優しい女性さ、それだけは自信を持って言える。」

 

 ……それは確かに。例の……八咫烏の噂なんて消し飛ばしてしまうほどだ。だけれど、だからこその八咫烏だとも思ってしまう。与する者には幸を運び、仇なす者には災いもたらす。今の僕は、どちらにもなりえるから……。藤堂さんは、暫定的に僕を前者だとして接してくれているのかも。

 

「そっか……だからお昼は……。近江先生、なんか少しスッキリすっきりしました。あの……話を聞いてくれてどうも―――」

「あ、行く前に1つだけ。くれぐれも……織斑くんには気を付けて。」

「え、えぇ?なんか人畜無害って感じが滲み出てますけど……。」

「いや~……僕が言ってるのはそういうのじゃなくて。まぁとにかく、お風呂とかは特に用心した方が良いと思う。……用心したって、どうしようもない場合もあるだろうけど。」

 

 な、なんなんだろ……いつも笑顔の崩れない近江先生が、ちょっぴりゲンナリとしながらそう言う。もっと詳しく聞きたい……けど、先生は意識して遠まわしに言っているように感じた。それなら……聞くだけ野暮って奴なのかな?う~ん……少しモヤモヤするけど、それなら仕方がないか。

 

「わ、解りました……。御忠告どうもです。」

「うん、まぁ……それじゃあね。なるべく長くここに居られる事を願っておくよ。お互いの為にも……さ。」

「あ、ありがとうございます……。」

 

 途中まで良い台詞だったのに、最後の一言で台無しだ。でも……去っていく近江先生の背中に一応の感謝はしておく。これで一安心……かな。先生にも黙っておく理由があるんなら、口は絶対に割らないはずだろう。変な話、嘘はつくけど約束は守る人……って言えば良いのかな。

 

 なんというか、やっぱり頭の良い人って変人が多いのかなぁ……?黙ってもらっている状況で、そんな考え失礼だとは解ってるけど……。それはそれとして、一夏には気を付けて……か。せっかく近江先生がしてくれた忠告だし、用心しておこうかな。気を取り直した僕は、一夏の部屋を目指して歩を進めた。

 

 

 




黒乃→マイエンジェルと仲良くなりたいな!
シャルロット→藤堂さん、いったいどういうつもりなんだろ?



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第37話 一夏の再起

「まったく、教えろと言うからそうしたろうに……。」

「あれ以上解りやすく教えれるわけないでしょ。」

「わたくしが詳しく説明して差し上げたのではだめだったのかしら。」

(ダメだこりゃ……。)

 

 イッチーがマイエンジェルから射撃武装についてのレクチャーを受けている最中、そこから少し離れた場所にいるモッピーを筆頭にした3人は、ぶつくさと文句を零していた。というのも、イッチーは前々から射撃武装について詳しく教えて貰おうと励んではいた……んだけど、聞く相手が悪かったとしか言いようがない。

 

 モッピーは説明が擬音だらけ、鈴ちゃんは感覚でやれと言い張って聞かない。頼みの綱であるセシリーは、理論的かつ細かすぎる故……常人には理解できない代物とだけ言っておく。ちなみに俺は、聞かれ掛けたけど止めた。ま、俺に至っては喋れないですし、武装も刀7本という謎構成ですし……。

 

 いやね、投げナイフなら教えたげるよ。紅雨と翠雨を扱って長いからさ、的が人間サイズなら百発百中な自信がある。……動いていない場合に限定されるけど。う~ん……投擲だけど、偏差射撃?とかそこらはちゃんと習った方が良いのかな。俺もそこだけマイエンジェルに教えを乞いたいかも。

 

 それにしても、マイエンジェルの事とか……もうちょっと真面目に考えといた方が良いのかな。IS学園は外界からの干渉を一切断つ……。正体がばれたマイエンジェルに対して、イッチーがじっくり考えろという事でこの提案を出すわけだが、それは事実の先延ばしでしかない。

 

 ぶっちゃけ一個人である人間には、マイエンジェルの抱えている問題を解決する事は出来ないだろう。だからこそ、俺には頼れる人が1人だけ居る。近江重工の御曹司にして現社長代理……そう、近江 鷹丸さんだ。でもなぁ……そんな事で鷹兄を頼るのはお門違いな気もするんだよねぇ。

 

「へぇ~へぇ~……。珍しいじゃん……やっぱ黒乃も少しはジェラシー感じてる?」

(ほえ?何の事やら。)

「しらばっくれなくても良いじゃない。ほら、一夏とデュノア……最近仲良いし。」

 

 無意識の内に視線がマイエンジェルへと集中してしまっていたらしい。そんな俺の事が気になったのか、鈴ちゃんが肘で突きながらそんな事を言う。ジェラシーねぇ……それはもうちょっとどころじゃないんだよなぁ。今後マイエンジェルにフラグを建てるイッチーが、羨ましくて仕方ない。

 

 今の身体は女の子だし……とうにそんな感情は消え失せていたと思っていたんだけど。それがそうでもないと言うのは、やっぱり俺が前世でシャルロッ党であった事が大いに関係していそうだ。俺は思わず、鈴ちゃんの言葉に肯定を示してしまう。

 

「うっそ……マジ?アタシ、冗談半分のつもりだったんだけど……。ちょっ、聞いてよ2人とも!」

「騒がしいぞ鈴、いったい何だと言うのだ……。」

「わたくし、今はあまり戯れる気分では……。」

「良いから聞きなさいって!黒乃がね……。」

 

 俺が首を縦に振ったのが、鈴ちゃんからすればよほど意外だったらしい。すると鈴ちゃんは、からかうような笑みを終始浮かべつつ、モッピーとセシリーに集合をかけた。ま、まずったな……もしかしてこれは、茶化されるパターンなのではないだろうか。そう思っていると、茶化すような笑みが3つに増殖してしまう。

 

「ほぅほぅ、そうかそうか。黒乃、お前もなかなか可愛い奴だな。」

「フフッ、黒乃さんだからこそ……微笑ましいお言葉ですわね。」

「アタシらなんていつも嫉妬全開だしねー……。うん、逆にアタシ達は黒乃を見習わないと。」

 

 くっ……!なんというか、こんな話題で茶化される時が来るとは思ってもみなかった……。いや、俺の場合は茶化されるという行為自体がレアケースだな。これはこれで悪くない気がするけど、どうしても恥ずかしさの方が勝っちゃうや……。それ言うと、皆が照れ隠しに手が出ちゃうのが解るかも。今だって、俺の恥ずかしさを受け止めてくれる何かを求めてしまっている。

 

 羨ましさついでに、イッチーを攻撃してやろうかしら?いや、この距離でいきなり刹那を展開して襲いかかるとか、流石にご乱心と思われる。殿中、殿中でござるぅ!藤堂どの、気が狂いおったか!……なんて言われて。もし言われるとしたら、モッピーが似合いそう(小並感)

 

「ねぇあれ……。」

「もしかして、ドイツの第3世代機!?」

 

 そうこうしていると、周囲の女子達が声を潜ませコソコソやってる。あ〜……ラウラたんの仕掛けるセカンドインパクトな。まぁ……傍観、だよね。ラウラたんの事はマイエンジェルが止めてくれるわけで、それに割って入るとそれでなくても低いラウラたんの好感度がダダ下がり―――

 

「おい。」

(あるぇ〜……ここでもやっぱり俺っすか?)

 

 なんとラウラたんが話しかけたのは、イッチーではなく俺の方だった。ラウラたんはシュヴァルツェア・レーゲンを展開して、俺の前に立ち塞がる。対して俺は刹那すら展開してないんですがそれは。あ、これヤバイかも……ロリっ娘とは言え、軍人特有……かも知れない迫力が凄くて動けない。

 

「貴様も専用機を持っているだろう。ならば私と戦え。」

(いやゴメン、それ今は無理っぽい……。)

「何をしている。そのチョーカーは飾りか?」

 

 なんとかラウラたんの正面に立つくらいはできたけど、まともに刹那を展開できる精神状態ではない。だが、これで良い……はず。だって、ラウラたんの目的はあくまで俺やイッチーを倒す事で、決して殺したいわけじゃない。実際は殺したいくらいなのかもだけど……。

 

 とにかく、俺が戦う意識を見せなければ……寸止めくらいで済むんじゃないの?半分賭けみたいなものではあるが、俺は刹那は展開せずにラウラたんをただ見据える。解っていた事ではあるけれどラウラたんはだんだんと機嫌が悪くなってきたみたいで、眉間には似合いもしない皺が寄る。

 

「貴様、嘗めているのか……!?それとも、私程度は相手にするまでもないとでも言いたいのか!」

「アンタ、さっきから聞いてれば……!」

(は~い落ち着こうか鈴ちゃん。それはキミの悪い癖だよ。)

「黒乃……。」

 

 まぁまぁ落ち着きなって鈴ちゃん。心配してくれるのは嬉しいけど、鈴ちゃんが割って入る事じゃないよ。そう……これは、俺とイッチー……そしてラウラたんの問題だ。……俺がもう少ししっかりしてれば、防げない事件ではなかった。俺がこんな事を思うのは筋違いだって解る……けど、責任は感じてる。

 

「よかろう……ならば、相手をせざるを得ん状況にしてやる!」

(へぁ……?ちょっ、ちょっ……プラズマ手刀を振り上げちゃって……。ハ、ハハハハ……寸止めしてくれるよね、ラウラたん。)

「黒乃……何故避けん!?」

「黒乃おおおおっ!」

 

 ずああああ!あっぶ……危ない!し、しっししし……死ぬかと思ったぁ!何、なんだよラウラたん……今のはマジだったの……?イッチーが後ろから猛スピードで迫ってプラズマ手刀を弾いてくれてなかったら……首チョンパになるところだった。ふぃー……ありがと、イッチー。

 

「お前……いったい何のつもりだよ!」

「黙れ!貴様らさえいなければ、教官は今でも頂きへ立っていた……間違いなくな!」

「……もしかして、あの事件の事を言ってんのか!?ふざけんな、アレは俺達も被害者だ!」

『そこの生徒、何をしている!?所属と氏名を述べよ!』

 

 模擬戦でもなく試合でもなく、ましてや付近に生身の俺氏が居れば嫌でも異常事態だと悟られる。スピーカーから大音量で監督官の声が響くと、ラウラたんは自ら雪片との競り合いを止めた。そうして吐き捨てるように興が冷めたと呟けば、俺達の前から姿を消していく。

 

「クソッ、なんなんだよ……!黒乃、怪我はないか!?」

(こ、怖かった事を除けばオールオーケーかな……。)

「藤堂さん……どうして無抵抗だったの?」

「そうですわ、黒乃さん。ああいった場合、多少の反撃ならば許されていいはずですもの。」

 

 マイエンジェルが怪訝な表情を見せ、セシリーはまるで俺を怒るみたいにそう言った。いや〜……普通に怖くて身体が動かなかっただけなんだけどね。って言ったら、皆はどんな反応をするだろう。呆れられるだろうか、それとも更に叱られるのだろうか。でも、事情を知らない面子は困惑してるでしょうね。

 

「私には何がなんだかサッパリだぞ。数日前にも黒乃が叩かれたが、アレと何か関係してるのか?」

「……無闇に話すような事じゃない。どうしても気になるんなら、鈴にでも聞いてくれ。」

「一夏さん、いずこへ!?」

「……悪い、しばらく放っておいてくれると助かる。」

 

 ……イッチーはイッチーで、俺やちー姉に申し訳ないって思っているみたいだからね。イッチーは必死に感情を抑えるようにして、足早にアリーナから出て行く。まぁ……得策か、俺達事件の当事者が居るだけ、この場の雰囲気を悪くするだけだ。じゃあ……俺も今日のところは帰ろうかな。

 

「黒乃さん、貴女まで……。」

「凰さん、平気なら話してもらえないかな?」

「ゴメン、少し待って……。じゃないと、今にも爆発しちゃいそうだから。」

 

 俺が遠ざかる前に、そんな会話が背後から聞こえた。鈴ちゃん、俺達の為に相当怒ってくれてるんだな……。嬉しい反面、やっぱりラウラたんへのヘイトが半端じゃない。出来れば、そっちの問題も解決したいんだけど。流石の俺も、知らんぷりってわけにもいかなそうだし。……部屋に戻って、ゆっくり考える事にしよう。

 

 

 

 

 

 

「…………。」

 

 部屋に戻ってしばらく経つが、シャルルが顔を見せる気配は無い。俺に気を遣ってくれているのか、はたまた他に用事があるのか。それは知るところじゃないが、現状……俺の気分はあまり晴れはしていないと言う事だ。考えれば考えるほどに、様々な苛立ちが募ってくる。

 

(……少し出かけるか。)

 

 行く当てがあるわけではない。それでも部屋に閉じこもっているよりはマシだと、そんな考えが浮かぶ程度には落ち着けてはいるみたいだ。俺はハンガーに引っかけてあった制服の上着を引っ掴むと、袖を通しながら部屋を後にする。……今ごろ黒乃はどうしているのだろうか。

 

 強く気高い黒乃の事だ、俺ほど気にしてはいないと願いたい。だが、黒乃はボーデヴィッヒに対して何の抵抗も見せなかった。……単なる暴力を嫌う黒乃なら、防ぐないし避けるくらいするはず。それをしないとなると黒乃は、全てを受け入れるつもりなのだろうか。

 

「…………。」

 

 キリリと胸の奥に痛みが走った。痛い……黒乃がそうやっているところを見ると、俺はとても痛いんだ……。どうして黒乃は、俺を頼ってくれないのだろう。確かに頼りはないのかも知れない。それでも俺は、お前がそうしてくれたように……お前の隣に居たいんだ……。

 

「どうしてこんな場所で教師などを!」

 

 意識を深くまで潜らせていたせいか、突然の大声にいくらか驚いてしまう。声の主は、廊下の曲がり角……ボーデヴィッヒだ。悪いとは思ったが、こっそりと様子を窺う事に。話し相手はどうやら……千冬姉みたいだ。千冬姉は俺と黒乃の誘拐事件の際、情報提供の見返りにドイツに居た時期がある。思えば2人はその縁なのかも知れない。

 

「しつこいぞ、今の私は教師……それだけだ。私は自分の道は自分で選ぶ。私の道に立札を建てる権利は誰にもない。」

「…………。」

「なんだその目は?言いたい事があるならハッキリ言え。」

「……それでは僭越ながら。教官、貴女は……織斑 一夏と藤堂 黒乃に拘っていらっしゃる。」

「それがどうした?拘るのは当然だろう……家族だからな。」

「っ!?」

 

 ……どういうつもりなんだよ千冬姉。仮にそう思ってくれているとして、わざわざそんな事を言う人では無いんだが。千冬姉のそれはまるで、ボーデヴィッヒを挑発するかのようにも聞こえた。そしてそう言われた当の本人は、全身という全身に力を籠めて、悔しがっているのが見て取れた。

 

「貴女の栄光を台無しにして、何が家族です!特にあの八咫烏……私の行動に何もやり返して来ない臆病者に!貴女の愛弟子を名乗る権利などあるはずが―――」

「ハッ、見当違いも甚だしい。数日前の平手打ち……あの程度の速度、本気で藤堂が避けられなかったとでも?」

「…………。」

 

 それは絶対にノーだ。黒乃を知っている人物ならば、避けられなかったわけがないと答えるはず。だからこそ、あの平手打ちをわざと受けたという事の裏付けだ。ボーデヴィッヒもきっと冷静では無かったのだろう。千冬姉にそう返されて、反論の余地を見いだせないらしい。

 

「ならば何故、あの女は私に何もしてこないのですか。」

「さぁな、自分の頭で考えろ。……と言うよりは、そこが解からん時点でお前は藤堂に勝てんさ。何回やってもな。」

「…………!私とあの女の……いったい何が違うのです!同じなはずだ……ただ純粋に力を求め、高みを目指して覇道を進む……。私とあの女は同じなのに、どうして貴女は―――」

 

 千冬姉は、ボーデヴィッヒに足りていない根本的な何かを指摘しているように見える。それを踏まえて、黒乃と何度戦おうが勝てない……そう言いたいに違いない。しかしボーデヴィッヒは、納得がいかないのかあくまで食い下がる。その様はどこかかまって欲しい子供みたいだ。

 

「違うな、お前と藤堂は全く違う。ついでに言えば、私と藤堂も違えば……お前と私も違う。」

「…………?」

「はぁ……ではこうしよう。私からの宿題だ……お前に足りない何かを見つけてこい。それが出来れば、まぁ1歩前進といったところだろ。」

「宿……題……。」

「ああ、そうだ。解ったらもう行け。私もそれなりに忙しいんだ。」

 

 その物言いは教師そのものだが、やっぱり相手が小学生とかそこらの対応に聞こえて仕方がない。一応は千冬姉からの命令だと捉えたのか、敬礼を見せた後に何処かへと消えて行く。……?どうして千冬姉は、その場にとどまったままなのだろうか。その答えはすぐに解った。

 

「……で、いつまで覗き見をしているつもりだ?」

「あ、バレたか……流石はちふゆね―――」

「ここでは織斑先生だ。」

 

 授業は終わったうえに人影も無いんだが、それは許されなかったようだ。千冬姉は俺の頭を出席簿で叩くと、何回言わせるんだこの馬鹿が……とでも言いたそうな視線を送る。これでもな、ちゃんと気をつけてはいるつもりなんだぜ?意識してなかったらもっと叩かれていそうだ。

 

「……ボーデヴィッヒともめたらしいな。」

「……ああ。昔の事を言われて、ちょっと冷静じゃいられなかった。」

 

 良く……解かってるつもりなんだ。俺と黒乃が、千冬姉の連覇をなかった事にしてるなんて。解っているからこそ、人に指摘をされると反発してしまう。それに俺も黒乃も被害者……という事を盾にするつもりはないが、それもまた間違ってはいない。俺はどうするのが正しかったんだろうな……。

 

 人間対話する事を忘れてはいけない……が、ボーデヴィッヒが聞く耳を持ってくれるとも思えない。どうすれば、黒乃の荷を一緒に背負えるのだろう。ずっと一緒だった、ずっと痛みもわけあってきた。だから今回も、1番の被害者だろう黒乃の手助けになってやりたいのに。

 

「黒乃の様子は?」

「……ボーデヴィッヒが何して来ても、それを全部受け止める気なんだと思う。俺や皆を巻き込まないように……。」

「はぁ……アイツは、相変わらず人に気を遣い過ぎる奴だ。」

「でも織斑先生……。だから黒乃は―――」

「ああ、強い。だからアイツは強いんだ。……あの顔は抜きにしてな。」

 

 ボーデヴィッヒの足りないところって、きっとそれだ。アイツはきっと、人の為の何かをした事がないんじゃないかな。それが悪い事だとは言わないが、少し考えれば見えてくるはず。いや、見て見ぬふりをしているのかも知れない。アイツのあこがれが千冬姉なら、一見そんな部分は想像しがたいだろう。

 

「ボーデヴィッヒは、単に藤堂へ嫉妬しているだけだ。」

「俺達への反感と、嫉妬と五分五分ってところか……。」

 

 黒乃の八咫烏というあだ名は、畏怖と嫉妬の入り混じったものだ。ボーデヴィッヒは千冬姉に格別な憧れを抱いている。更にはその嫉妬の対象が千冬姉の栄光を邪魔したとなれば、黙っていられるはずもない……という事なのだろうか。きっと黒乃もそれを解ったうえで、ボーデヴィッヒの仕打ちを甘んじて受け入れると……?

 

「ホントにそれで良いのかよ……黒乃……。」

「……悩むな馬鹿。所詮お前は馬鹿なんだ……馬鹿は馬鹿なりに、己の信じる道を往け。」

 

 なんて事だ、ほんの数秒に4回も馬鹿と言われた。これはもしや、ギネスワールドレコードなんじゃないだろうか。だが……悲しいかな、千冬姉の言葉は否定できない。だからこそ千冬姉は、悩む暇があるのなら動けって、そう言いたいんだと思う。この時俺は、小さな頃に言われた言葉を思い出す。

 

「俺の出来る事を精一杯やる……だったよな。」

「…………。」

「千冬姉、俺……とにかく頑張ってみるよ。精一杯……黒乃の為に。」

「ああ、たまには男らしいところでも見せてやれ。そうすれば黒乃もお前を……。」

「俺を、どうした?」

「……いや、なんでもない。」

 

 俺が千冬姉と呼んでも怒られなかったところをみるに、途中から姉としての言葉だったのだろう。そして千冬姉は、何か言いかけて……止めた。黒乃が俺になんなんだろう?凄く気になるが、追求するとまた厄介な事になりそうだ。じゃあとりあえずは、前半の部分だけ有難く受け取っておこう。

 

「ではな、励めよ劣等生。」

「お、おっす!」

 

 激励の言葉なのだろうが、少しは言い方を考えてほしいものだ。だけど、千冬姉なりというやつだろう。俺は元気な返事をすると、千冬姉はよろしいとでも言いたげに去って行く。……出かけてみてよかった。おかげで、なんとかモヤモヤはもうない。ありがとう千冬姉。俺は去り行く姉の背に、呟くようにそう告げる。

 

 

 




黒乃→怖くて動けなかった……。ラウラたん恐るべし。
ラウラ→あの女!何の抵抗も見せんとは癪に障る……!


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第38話 困ったときのタカえもん

「ただいま……ってあれ?俺、鍵は締めたはずだよな……。」

 

 千冬姉と遭遇して、トンボ返りで自室に戻った。ナチュラルに部屋へと入れたわけだが、俺の記憶では確かに鍵は締めたはず。となれば……シャルルが帰って来たんだろうな。姿が見えないとなると、今はシャワーでも浴びてんのかも。うん……水音が聞こえるし間違いない。

 

 ……そう言えば、ボディーソープが切れていなかっただろうか。いくら男と言えど、何も使わず水だけってご時世じゃないよな。特にシャルルは気を遣ってそうだし、届けてやる事にしよう。所定の位置から詰め替え用ボディーソープを取り出すと、洗面所兼脱衣所になっているスペースへと足を運んだ。

 

「ん、調度良かった。これ、替えのボディーソー……プ?」

「い、一夏……?」

「…………ん?」

 

 洗面所からシャワールームに声をかけようと思ったらタイミングよくドアが開いたわけで、俺はボディーソープを捜しているものだと思った。そうやってシャルルの姿があるであろうドアの方へと目を向けると、どういうわけか女子がそこから出ようとしている謎の状況だ。

 

 しかもいわゆる生まれたままの姿という奴で、率直に言ってしまえば全裸である。あ、シャワールームに居たんだから当然か……ハハッ。いや、待て……ハハッじゃないだろう。本当にこれはどういう事で……あれ?なんかこの女子、何処かで見覚えがあるような……。

 

「キャッ!?」

 

 お互いに情報の処理が追いつかなくてフリーズ状態だった。だが、謎の女子は俺よりも早く復活して急いでシャワールームに戻って行く。……それはそうか、男にマジマジと見られて平気なはずがない。まぁ……その見ていた奴とは間違いなく俺の事だが。

 

「……詰め替え用、ここに置いとくから。」

「うん……ありがとう……。」

 

 かくいう俺は、未だに頭の整理が追いついていない。そのせいか、恐らく後回しにすべき事を行いつつ脱衣所を後にしてしまう。……とりあえず、あの子が出てくるまで待っているか。あ~……そう言えば、シャルルは何処に……っておい、もしかしなくても……あの子ってシャルルなんじゃ……?

 

「上がったよ……。」

「…………。」

 

 シャルルっぽい女子(仮)は、思ったよりも早く出てきた。きっと俺に気を遣ったんだろう。さて、今はジャージを着ている事だし……少しばかり観察させて貰う事にしよう。黄金と呼ぶにふさわしいブロンドの髪に、アメジストのような瞳。いや、ここだけとってもどうやったってシャルルだろ。

 

「その、シャルル……だよな。」

「うん……。」

「……話、聞かせて貰っても大丈夫か?」

「もちろん。こうなったからには、僕はキミの質問に答える義務があるもん。」

「まぁその前に、見て悪かった。」

「アハハ、仕方ないよ……キミは僕を男だって思ってたんだし。」

 

 本人に確認を取ると、肯定の反応が示された。つまりは、シャルルは男のふりをして学園へやって来た事になる。なにやら事情があるのは明白で、責めるつもりはないが聞くべきではあると俺は思った。だが事情聴取の前に、うら若き乙女の裸体を見てしまった事をキチンと謝罪しておかなければならない。

 

「じゃあ、何処から話そうかな……。」

 

 俺とシャルルは並んでベッドに腰掛けると、それぞれ聞き手と話し手の役割をこなす。シャルルは俯き加減だったが、確かに自分の素性を語ってくれた。自身が愛人の子である事、突然父親に引き取られテストパイロットになった事、父親の会社経営が危うい事、広告塔として注目を浴びるために男装をしていた事、そして―――

 

「それと僕は、白式のデータを盗ってくるよう命じられたんだ。」

「…………。」

 

 何処か悲しそうにそう語るシャルルに対して、俺には返す言葉がすぐには見つからなかった。いや……きっと何を言っても気休めにしかならないはず。数回しか会った事が無いと言っていたが、実の親にそんな命令をされたのだから。俺の胸にあるのは、確かな憤りだ。……だが、それをシャルルに露呈しても何の意味もなさない。

 

 ……自分に出来る事を、精一杯してやれ。幼き日の俺に千冬姉が送ってくれた言葉だ。考えろ、意味のある行動をしろ、シャルルに今何をしてやれるかを考えるんだ。だが、さっき千冬姉に言われた通り……俺は馬鹿だ。だから俺に出来る事って言ったら……。

 

「シャルル、少し俺の話をしていいか?」

「え?うん……それは構わないけど。」

「そうか、ありがとう。……俺の両親な、俺と千冬姉を捨てて蒸発したんだ。」

「っ!?」

 

 いきなりな俺の告白に、シャルルは大層驚いているようだ。それと、いきなり何を言い出してるんだコイツは……みたいな反応でもある。そりゃそうだ、親の話ではあったとはいえ……いきなりこんな事を言われても困るだろ。だけど、俺はシャルルに伝えたい事がある。

 

「でも、そんな事はどうでも良いんだ。そんな薄情な奴ら親だなんて思った事は無い。だって俺には、血の繋がりはなくても……本当の両親が居てくれたから。」

「もしかして、藤堂さんのご両親?」

「ああ、そうだ。物心ついた頃には世話になっててさ、あの人達が俺の両親なんだって疑いもしなかった。」

 

 それこそ、血の繋がりが無い事を知った時は……子供ながらにショックを受けた覚えがある。泣いて、喚いて……父さんと母さんをかなり困らせたろう。だけど、あの時に父さんに言われた言葉は……しっかりと胸に刻み込まれている。

 

『血の繋がりだけが家族じゃない。だってそれなら、僕と母さんは家族じゃないってことになる。大切なのは、一夏くんがどう思ってるか……じゃないかな。』

『……おれが……?』

『うん、そうだよ。僕はね、一夏くんと千冬ちゃんは本当の息子と娘だって思ってる。だから家族だ。違うかい?』

『ちがわない……とおもう。』

『自分がこの人が家族だって思っていたら……その人は家族って事で良いんだよ。じゃあ一夏くん、1つ聞かせてくれないか?一夏くんにとって、いったい僕はどう映ってるかな。』

『とう……さん……。とうさんは、おれのとうさん!』

 

 ……いかんな、思い出しただけで目頭が熱くなってきた。とにかく、あの言葉があったからこそ……俺は家族とはなんたるかという観点がある。黒乃の両親は、俺にとって父さんと母さん。千冬姉はもちろんだが、黒乃だって俺の家族。それをあの人(父さん)から教えて貰った……。

 

「……良い……人達なんだね。」

「ああ……。だけど、俺の父さんと母さんも……もう遠くへ逝っちまってな。……交通事故だった。」

「そ、そんな……!?」

「……その交通事故がきっかけで、黒乃もあんな事に……。……いや、それはまた今度で良いな。」

 

 父さん達の事故は、黒乃の現在に大きく影響しているが……今はそっちに話を移すときではない。つまり、俺は亡くなった父さんの言葉を借りたいって事だ。重要なのは、シャルルがこれからどうしたいか。ただ命令通りに動くんじゃなくて、シャルルが父をどう認識するかだ。

 

「それは……解らないよ。あの人が、僕……ううん、お母さんの事をどう思っていたのか……それを知らない限りは。」

「……解った。それなら今はそっちはなしだ。じゃあシャルルはこれからどうしたい?」

「僕は……。僕はここに居て、皆ともっと一緒に笑いたいな。」

「そうか。だったらそれで良い。決心がつくまで、シャルルはずっとここに居て良いんだ。俺も……シャルルと一緒に笑ってたい。」

 

 俺がそう言うと、シャルルは両手で顔面を隠した。……そうか、辛かったよな……。精神的には成長したとはいえ、俺達なんてまだまだ子供だ。それで良い……泣きたいときには泣いて良いんだ。悲しい涙も嬉しい涙も、それを止める権利なんて誰にもない。俺は耳まで赤いシャルルの頭を撫でて慰める。

 

「無理しなくたって良いんだぞ。」

「な、泣いてないよ……照れてるの!」

「そうか?」

「そうだよ、一夏があんな事サラッと言うから……。それより、僕がここにいつまでも居るのは無理なんじゃないかな。本国に呼び戻されたりしたら……。」

「ああ、その事だったら―――」

 

 IS学園特記事項第21、IS学園に所属する者は外部からのあらゆる干渉を受け付けない。……という裏技があるから、卒業ギリギリまでは悩んでいられる……という事だ。それを説明しようとすると、バァン!と凄まじい音を響せ自室のドアが開く。……あ、鍵かけんの忘れてた。そしてそこに立っていたのは……。

 

「く、黒乃……。」

「あ、あわわわわ……!」

「…………。」

 

 俺の姉兼、妹兼、幼馴染の……藤堂 黒乃だった。

 

 

 

 

 

 

(ん……もうこんな時間か。)

 

 ふとPCの端にある時計に目をやると、かなりの時間が経過していた。部屋に戻ってからずっとアニメを見ていたが、少し疲れてきたかな……。無表情ながらも欠伸は出るもので、俺の静かな声でふわぁ……と息を吐く音が室内に響く。ん~……飯時かな、そろそろお腹減ってきたや。

 

 というか、イッチーは大丈夫だろうか……。考え過ぎ等々のせいで、しょぼくれてなければ良いけど。うん……少し様子を見て、ついでにご飯に誘ってみよう。そしたらマイエンジェルも一緒で……って、マイエンジェル?ちょっと待とうか、俺は……マイエンジェル関連で何か忘れているような……。

 

(マイエンジェルが来て5日……。そんでラウラたんが絡んできたのなら、マイエンジェルの正体バレイベントの発生タイミング!)

 

 ああ、なんて事だ!よりによって、このイベントを忘れるなんて!場合によっては、マイエンジェルの全裸を見るチャンス……。こうしちゃいられない!制服のままでくつろいでいたため、急いで自室を飛び出た。そしてお隣である1025室の扉を確認……。おっ開いてんじゃ~ん!

 

 失礼だとかは百も承知。それだけ俺にとっては一大事なのである。そういうわけで、1025室の扉を開帳。すると俺の目に飛び込んできたのは、ベッドに座るイッチーと……ジャージ姿のマイエンジェルだった。つまるところ……遅かったという事になる。あぁ……見逃してしまったかぁ……。

 

「く、黒乃……。」

「あ、あわわわわ……!」

「…………。」

「その、これはほら……違うくてな。シャルルって美少年だろ?だからちょっと服に丸めた新聞紙詰めて女装ごっこというか……。」

 

 2人の様子をじっと見ていると、なんだかイッチーが苦しい言い訳をし始める。まぁ……そうだよな。原作でもマイエンジェルが自ら正体を明かすまでは、誰にも言わずに隠し通していたんだから。う~む、どうにかして2人……というか主にイッチーを落ち着けさせた方が良さそうだ。

 

「良いよ、一夏。藤堂さん、最初から気づいてたみたいだから。」

「そ、そうなのか黒乃!?」

「…………。」

 

 マイエンジェルの半ば諦めたような言葉に、イッチーは驚いた様子で俺に問いかける。それに対していつも通りの無言で頷くが、内心は動揺しまくりだ。ま、まさか……女子だと知っているというのを見破られていたとは。でも……あ~んとかやってたし、流石に露骨過ぎたのだろうか。

 

 俺が肯定の意思を見せるや否や、イッチーはマイエンジェルにいかような事情があったかを力説してくる。それも知ってるんだけど、これこそ悟られると面倒だ。俺はいかにも初耳ですよというような雰囲気を醸し出しつつ、イッチーの弁論に耳を傾ける。その間のマイエンジェルは、庇われる事が嬉しそう。……畜生め。

 

「……って事なんだ。だから頼む、シャルルを責めないでやってくれ!」

「一夏……。」

(ん~……そっか、原作と違って父親との(わだかま)りに決着をつけたいって言葉は引き出したんだ。)

「藤堂さん、それ僕の制服とコルセット……。え、何?何?着がえろって言いたいの?わ、解ったよ……。」

 

 マイエンジェルがそう決めたんだったら、俺も全力でキミを手伝うよ。だから……やはり鷹兄を頼る。本当だったら、おいそれと……ド◯えもん感覚でそんな話を持ちかけられる人じゃないってのは理解が及ぶ。だから断られたらそれまで。ただし、力を貸して貰えるんだったら鷹兄になんだってしてみせる。

 

 そういうわけで善は急げ。早速鷹兄の元へと向かいたいのだが、それにはマイエンジェルが男装をする必要がある。俺が男装セットをグイグイと押し付けると、着替えてほしいという意図は伝わった。しかし、渋々といった様子でマイエンジェルは脱衣所に入って行く。

 

「……黒乃、シャルルをどうするつもりなんだ?」

(大丈夫、悪いようにはしない。だからイッチー……俺を信じて。)

「解った。黒乃がそう言うんだったら、俺は黒乃を信じる。」

 

 イッチーは、訝しむ様子で俺へそう告げる。それに対して俺は、目で信じてくれと訴えた。するとどうだ、一言も発してないのに言いたい事が伝わった。うん、伝わるって素敵だね。俺は、俺とイッチーの間に確かな家族の絆を感じた。いや、より一層深まった気さえするよ。

 

「えと、着替えたけど……これから何処かへ向かうのかな?」

(よ~し、すぐ行こう。鷹兄も待ってはくれないし。)

「わっ!?ひっ、引っ張らなくても逃げないよ……?」

「まぁシャルル、今は黒乃を信じてやってくれ。」

 

 着替え終わったマイエンジェルに歩み寄り、その手を掴んでさっさと1025室を出た。強引で悪いけど、あまり時間をかけるのはまずいからさ。俺がズンズンと突き進むのに合わせて、マイエンジェルは慌てて着いてくる。イッチーは、その様子を何処か微笑ましげに少し後ろを歩いた。

 

 はてさて、鷹兄の部屋は寮の職員用のフロア~っと。近江重工関連で何回か訪ねたが、今もタイミング良く居てくれるといいけど……。しかし、マイエンジェルの表情が曇ってくるな。きっと、職員のフロアに向かっていると解ったからだろう。だけど大丈夫、鷹兄だったらきっと力になってくれるさ。

 

(はい、到着!すんまっせ~ん、鷹兄いらっしゃいますかー!)

「あれ、ここ……?ここって……。」

「はいはい、今出ま~……って、藤堂さん。それに織斑くんにデュノアくん。3人揃って、いったいどうしたんだい?」

「黒乃……どうして近江先生のところに連れて来たんだ。」

 

 鷹兄の部屋の扉を叩くと、しばらくして家主が顔を覗かせた。俺達の姿を確認した鷹兄は、珍しい組み合わせだねとでも言いたげだ。そして、さっきまでの穏やかさはどこへやら……イッチーは凄く機嫌が悪そうだ。嫌いなのかも知れんけど、今はこの人が1番頼りになる人だと忘れないように。

 

「もしかして藤堂さん、近江先生に力になってもらおうと?」

「ちょっと待った待った。僕を置いてきぼりにしてほしくはないなぁ。とりあえず3人とも入ってよ。話は中でゆっくり聞くから。」

 

 話が呑み込めないから困っているんじゃ無くて、鷹兄は仲間外れにしてほしくない感じだ。どちらにしたって、隔離空間でなければ話は進められない。俺が容赦なく鷹兄の部屋に侵入すると、後ろの2人は顔を見合わせてから恐る恐る入室した。

 

 部屋の様子は、学生寮の部屋と変わりは無い。ただ、鷹兄の部屋には資料が多いのだ。仕事用であろうデスクの上にも山積みだったけど、幾分か量が減っている。鷹兄が適当に腰掛けてくれと言うと、イッチーとマイエンジェルはベッドに腰掛けた。俺は……立ちっぱなしで良いや。

 

「……さて、これでもう白々しいマネをしなくて良いかな。まぁ誰が聞いてるか解からないし、警戒は怠らないようにね。っていうかデュノアくん、だから気を付けてって言ったのに。」

「ア、アハハ……近江先生の言う通り、気を付けててもどうしようもない事態が起きちゃいまして。」

「ちょっと待て、アンタ……知ってたのか!?」

「うん、そりゃね。というか、僕が知らないハズないじゃない。」

 

 鷹兄とマイエンジェルのやり取りは、なんだか意思の疎通が取れていて……俺は思った、鷹兄が知らないハズないと。い、今更かよ……マヌケもいい加減にしようぜ俺。そっかー……マイエンジェルは、独自に鷹兄へと接触してたか。それでこの様子を見るに、鷹兄はマイエンジェルを応援してたくらいみたい。

 

「まぁ……理由は知ってても、デュノアくんの事情は知らないけどね。その辺り、詳しく聞かせてくれると嬉しいな。」

「は、はい……。実は―――」

 

 鷹兄は、マイエンジェルの目的までしか知らないらしい。それはそうか、身の上話まで知ってたら流石に背筋が凍る。マイエンジェルの話を聞く鷹兄の顔は、いつも通りで締まりがない。けれど、相槌を打つ声色は真剣そのものだった。やがてマイエンジェルが話しを終えると鷹兄は、安っぽい回転椅子に深く座り直す。

 

「……なるほどね。そっか、お父さんの……。……デュノアくん、キミはお父さんの真意を知りたいって事で良いのかな。」

「……はい。僕は、お父さんと話してみたいです。」

「そうかい。で、藤堂さん。デュノアくんを僕の所に連れてきたって事は、僕の力で2人をなんとか引き合わせろって事で良いかい?」

(そういう事になりますね。)

 

 おや、なんだか鷹兄の様子が……。う、うわぁ……なんか嫌な予感がする顔してるよ。1年もこの人を見てくるとだね、微妙な変化にいい加減気が付いてきた。同じ笑みでもなんかこう……今は悪戯でも思いついたかのような印象かな。そうして鷹兄は、考える素振りも見せずに答えた。

 

「そういう事なら喜んで協力するよ。」

「「!?」」

「……そっちの方が面白そうだから。とかですか?」

「ん、まぁね。黙ってても面白くなりそうとは思っていたけど、これは想像以上かな。」

 

 まさかの2つ返事って奴だよ。良いんすかそれで、アウトかセーフかギリギリなラインですぜ?まぁ……鷹兄はアウトって言われてもセーフと言い張るタイプ。それならば、何を言っても無駄だろう。しかし動機が……。そういうところは嘘吐いてもええんやで?

 

「…………。」

「おやぁ織斑くん。僕の言い方が気に入らない……って顔してるね。」

「そうだな、かなり気に入らない。」

「でも、僕なら間違いなく100%デュノアくんの抱えてる問題を解決できるよ?キミの気持ち1つで台無しにしちゃって良いのかな。」

 

 まぁまぁイッチー落ち着きんさいな……。反論を重ねるだけ、鷹兄の調子を上げてくだけだからね。この人と口論しようと思ったら夜通しを覚悟しないといかんだろう。とにかくこのままいくと話も進まなさそうなので、イッチーを宥める事にしよう。ほぅら、お姉ちゃんが頭を撫でてあげようじゃないか。

 

「わ、解った……。黒乃、冷静になるから止めてくれ……。」

「ブッフ!おっと失敬……。まぁとにかく、こんな面白そうな話を僕は見逃さない。そして僕のポリシーはどうせ楽しむなら全力で。つまり目的を成し遂げる為には妥協をしないと誓うよ。後は―――」

「後は、僕の意思次第……ですか。」

「まぁそうなるね。断るならそれはそれで。僕はこの話を聞かなかった事にするよ。」

 

 俺に良いように扱われているイッチーが面白かったのか、鷹兄は盛大に噴出した。隠そうともしないあたり、なんというか清々しいや……。まぁでも、後から出た言葉に嘘はないだろう。鷹兄は典型的な科学者気質だしね。最終判断を任されたマイエンジェルの表情は、少しだけ難しそうだ。

 

「前……話した時の事を覚えてますか?先生はあの時、黙っておくって言ってくれましたよね。正直なところで半信半疑でしたけど、結局近江先生は……こうして黙ってくれています。」

「まぁ約束は守る主義だからね。」

「ええ、動機はどうあれそれが良く解りましたから。だから僕は、近江先生を信じます。僕に力を貸してください!」

「よし、決まりだね。さっきも言ったけど、キミとお父さんを確実に会わせてみせるよ。」

 

 動機はどうあれ、ねぇ……。鷹兄の事だし、黙ってた方が面白そうだとかそんなんかな。だけど約束を守ったのも確かだ。そこが決定打になったのか、マイエンジェルは鷹兄の手を借りる事にしたらしい。お互い少しばかり腰を浮かせて、固い握手を交わした。

 

「……で、具体的にどうするんだ?」

「そうだねぇ。手っ取り早く商談でも仕掛けてみようかな。今のデュノア社はそれで簡単に釣れるでしょ。」

 

 商談か……。現在のデュノア社は、藁をもつかむ気持ちだろう。だからこそマイエンジェルをこんな卑劣な理由でIS学園に潜入させたんだし。鷹兄の言い方からすると、向こうも疑いをかけつつ乗ってくるって事かな。疑ってるけど話を聞く価値はあるだろう……みたいな感じでデュノア社長はあえて釣り針に引っかかると。

 

「えっと、僕がそれに着いて行く……って事ですか?」

「平たく言えばそうだけど、藤堂さんと織斑くんにも手伝ってもらいたいんだよねぇ。」

「俺と黒乃に?あまり役にはたてないと思うが……。」

「いや、頭数は多い方が良い。とはいえ、大人数ってわけにもいかないから……僕ら4人で当たるべき事案さ。」

 

 まぁ……鷹兄の言葉の裏には、これ以上の人間を巻き込むわけにはいかないってのもあるだろう。かといって、俺とイッチーが参加しないと頭数が足りないって話だな。俺はマイエンジェルのためなら努力は惜しまない所存。イッチーも、言われなくても力になる気が満々らしい。

 

「とにかく、あらゆる手を尽くす事を約束するよ。絶対にキミとお父さんを会わせてみせる。」

「は、はい!ありがとうございます!」

「とはいえ、色々と準備しなきゃだし……決行は早くて夏休み中になるかな。」

 

 夏休み……か、まぁ軽いフランス旅行とでも思っておこう。パスポートは、ドイツに行ったときのがまだ有効期限内だったかな。さて、これで後戻りはできなくなった。気合い入れて、いっちょ原作改変といきますか。それもこれも、マイエンジェルが安心して暮らしていけるために。

 

「それじゃ、今日のところは解散しよう。また何かあったら声をかけるから。」

「解った。黒乃、シャルル、帰ろうぜ。」

「あ、うん。失礼しました。」

(鷹兄まったね~。)

 

 鷹兄は、パンッと手を叩いてからそう言う。解散になると同時に、イッチーとマイエンジェルはベッドから立ち上がった。俺も2人の後に続くと、鷹兄のヒラヒラと手を振る姿が見える。……いつも通りに戻ったみたいで安心したよ。俺は鷹兄に会釈すると、再び2人を追いかけ始めた。

 

 

 




黒乃→マイエンジェルの風呂上りぃ!
シャルロット→このタイミングで登場って、本当に監視してたみたいだね……。


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第39話 烏と黒兎 対峙せし

シャルルに関しての今後が話し合われてから、数日が経過した。多くの者にとっては、いつもと変わらぬ日常が刻々と過ぎていく。……が、日に日にその様相は変わりつつあった。主にピリピリした方向へと……だ。要因としては、とある侍ガールと鈍感王のやり取り故なのだが……尾ひれが2枚も3枚も着くのは周囲の人間のせいに他無い。

 

「「あ。」」

「「…………。」」

 

 放課後の第3アリーナにて、英国と中国の代表候補生がバッタリと顔を合わせた。とりわけ、この2人もとある噂話に踊らされている。そのためにこうして誰にも悟られぬよう特訓をしようと思っていたセシリアと鈴音なのだが、所詮は同じ穴のムジナという奴だろう。

 

「奇遇じゃん。アタシは学年別トーナメントに向けて特訓しようかと思ってたんだけど。」

「えぇえぇ、それは奇遇ですわね。わたくしも全く同じですわ。」

 

 場とタイミングが一緒というだけで、互いの腹の中は丸見えだった。そう……キーワードは、学年別トーナメントである。その名の通り各学年ごとに行われるトーナメント方式の大会なのだが、どういうわけか優勝すると織斑 一夏との交際権を得られるという話になっている。

 

 この噂が広まった事に、侍ガールはどうしてこうなったと頭を抱え込むばかり。鈍感王に至っては、そんな噂が広まっている事すら知らなかったり。とにかく、その噂が嘘でも真でも……セシリアと鈴音が黙っていられるはずもなかったという事だ。笑顔を浮かべて相対する2人は、水面下で火花をスパークさせた。

 

「なら調度いいわ。……前哨戦といこうじゃないの。」

「フフッ、良いでしょう。返り討ちにして差し上げます。」

 

 特訓といっても、相手が居る居ないのでは成果に雲泥の差がある。口では前哨戦がどうのと言っている2人だが、実のところ本音半分。残りは、単に一緒に訓練でもしないかと提案するのが癪なのだろう。鈴音の言葉にセシリアは乗った……となると、候補生同士の戦いの幕開け……とはならなかった。

 

「「!?」」

 

 セシリアと鈴音が、専用機の主兵装を構えた瞬間ほどの事だ。両者の機体には、対峙しているのとは別の者からの攻撃が警告される。しかし、そこは腐っても代表候補生。瞬時に攻撃を察知すると、慌てず騒がずその場を飛び退く。セシリアと鈴音の合間を縫うかのように、砲弾が過ぎ去っていった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……!」

「…………!」

 

 2人を攻撃したのは、ドイツの最新鋭第3世代型IS『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏ったラウラだった。その証拠と言わんばかりに、リボルバーカノンの砲口からは白煙が立ち込める。セシリアも鈴音も、忌々しそうな表情でラウラを睨みつける。

 

 鈴音に至っては、闘争本能を駆り立てられた野生動物さながらな風体だ。彼女のトレードマークたるツインテールが、まるで逆立って見えてしまう。それは……自身の親友と想い人が逆恨みされているからだろう。特に前者、ビンタされたのは知っているし、生身で攻撃され掛ける姿も見た。親友に対してそんな仕打ちをしたラウラは、鈴音にとってただ敵でしかない。

 

「アンタ本当……いい加減にしないとブッ飛ばすわよ?この際だからアタシは良いわ……。けどね!アンタが今まで黒乃にしてきた事……忘れたとは言わせない!」

「落ち着いて下さい鈴さん。たかだか戦う事しか能のない野蛮人ですわ。わたくし達と同等の言語が通じるかどうかも怪しい物です。」

「……イギリスのブルー・ティアーズに中国の甲龍か。ハッ、データで見た時の方がまだ強そうだ。」

 

 鈴音は自分が攻撃された事よりも、黒乃の事に対しての怒りをこの場でぶつけた。セシリアはかなりの毒舌をかましながら鈴音に落ち着くように促す。で、ラウラはそれらを一切無視して更に挑発的な言葉で反撃してきた。あからさまな挑発なため、まだ2人が釣られる事は無い。

 

「データでしか物を語れないとは、流石は石頭の国(ドイツ)出身ですわね。」

「ってか、アンタが最新鋭の恩恵受けてるからそう見えてるだけじゃない?新しけりゃ良いってもんじゃないわよ。」

「何を勘違いしている。私は乗り手の問題だと言っているんだぞ。」

 

 機体のスペックデータならば、乗り手の影響は受けていないだろうからな。ラウラはそう付け加えて、何処かやれやれとでも言いたげに肩をすくめて見せる。まだ2人とも平気そうだが、セシリアは僅かながらに片眉をひくつかせた。もちろんラウラは、その一挙一動を見逃さない。

 

「気に障ったなら試してみると良い。私は逃げも隠れもせんぞ?臆病者の八咫烏とは違ってな。」

「…………今……なんつった……?」

「臆病者の八咫烏と言ったのだ。失望したよ、多少なりとは見どころのある女だと思っていたが……私の行動に何もやり返して来ない。挙句の果てには、織斑 一夏(種馬)に縋りついて生きているような醜い売女―――」

「オーケー……もう良いわよ、よ~く解ったから……。アンタは……アンタだけは殺さなきゃ気が済まないってね!」

 

 ラウラが黒乃を引き合いに出したのは、もちろんの事わざとだ。今までの煽りはいわゆる下準備で、こちらが本命であった。黒乃を侮辱する言葉を並べれば、セシリアはともかく鈴音は確実に交戦してくる。ラウラの読みは大正解で、激昂した鈴音は双天牙月を振り回しながら突進していく……が、1本の短刀がそれを止めた。

 

「っ……今度は何!?……って、黒乃……!?」

「ようやく出て来たか……藤堂 黒乃!」

 

 短刀はまるで鈴音とラウラの間に割って入るように、両者の調度中間あたりの地面へ突き刺さる。その短刀が飛んで来た方向を見れば、刹那を纏った黒乃がそこに居た。黒乃は悠然と歩いて行き、地面に突き刺さった紅雨を引き抜いて太もも部に収納した。すると、刹那の左腰にぶら下がっている大太刀……神立を抜けば、ラウラにその切っ先を向けた。

 

「ちょっと待ってよ、黒乃がそんな事する必要ない!アイツの馬鹿みたいな逆恨み、アンタが気にする事じゃ―――」

「…………。」

「鈴さん、ここは大人しく下がりましょう。だって、逆ですもの……。」

「……解かったわよ。」

 

 セシリアが言った逆という言葉の意味は、黒乃だからこそやらねばならない……だ。鈴音はその言葉の意味を十分に理解したうえで、それでも悔しそうに黒乃とラウラから距離を置いた。黒乃は、下がる2人に対して……それで良いとでも言いたげに首を頷かせる。

 

「解りやすい女だ……周囲の人間を襲撃すれば、こうもアッサリ出てくるとは。」

「…………。」

「奴らがそんなに大事ならかかってこい!さもなくば、私は決して止まらんぞ!」

「…………。」

 

 ラウラにとって、初めからセシリアと鈴音なんて眼中にはなかった。誰だろうと黒乃の周囲の人間が傷つけば、流石の黒乃も黙ってはいない。何故襲撃が読まれたかなど疑問が残るが、それももはやどうだっていい。こうして目標は出てきたのだから。ラウラは、嬉々として黒乃に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 放課後の俺氏は、ここのところ第3アリーナに通うのが日課になっていた。だけど、何も訓練が目的ってことではない。俺の真の目的は、ラウラたんに襲われるセシリーと鈴ちゃんを守る事だ。いろいろと考えたけど、やっぱり俺が関わっているラウラたんに関しての事は……見て見ぬふりをしていられない。

 

 戦いは嫌だ。なるべくなら平和的に行きたいし、襲ってくるから仕返しってのは絶対にありえない。だって、ラウラたんにとってそういう方法しか思いつかなかったなら……それは仕方がないって俺は思う。ただ、それにセシリーと鈴ちゃんが巻き込まれるのも違うんだ。

 

 何か起きるんだったら、俺1人が被害を(こうむ)ればいい。だって、俺が居なくたって原作は廻ってく。怖くて今すぐ逃げ出したい……けど、友達が傷つくのはもっと嫌だ。……なんて、ただの綺麗事だよな。それでも、今回に限って俺は本気で臨む。せめてあの2人だけは無事で乗り切ってみせよう。

 

 さて、毎日コソコソとアリーナ内に隠れてたわけだが……それも今日で最後になりそうだ。このギャーギャーと言い争うような声は、間違いなく2人がラウラたんの挑発に引っかかっているのだろう。ハイパーセンサーで確認すると、鈴ちゃんがえらいご立腹である。

 

(ほい、鈴ちゃんストップ!)

「っ……今度は何!?……って、黒乃……!?」

「ようやく出て来たか……藤堂 黒乃!」

 

 鈴ちゃんとラウラたんの中間に、紅雨をヒュッと投げつける。もちろんどちらにも当てる気はないので、紅雨は真っ直ぐ地面へと突き刺さった。ラウラたんはお待ちかねだったようで……。やっぱり、俺もしくはイッチーをその気にさせるためにセシリーと鈴ちゃんを……。

 

 まぁなんというか、まんまと釣られちゃってるんだろうなぁ。でもでも、これが1番最良……だろ?頭の悪い俺じゃ、単純にこんな方法しか思いつかないけど……とりあえず、ラウラたんの注意を引こう。俺は鞘から神立をゆっくり引き抜くと、ラウラたんへと突きつけた。

 

「ちょっと待ってよ、黒乃がそんな事する必要ない!アイツの馬鹿みたいな逆恨み、アンタが気にする事じゃ―――」

「…………。」

「鈴さん、ここは大人しく下がりましょう。だって、逆ですもの……。」

「……解かったわよ。」

 

 俺がラウラたんと交戦の意志を示すと、鈴ちゃんがすかさず止めに入ってくれる。それはとても嬉しいけど、俺に関連してるから……2人には怒ってほしくないんだよ。セシリーは俺の想いをくんでくれたのが、鈴ちゃんへと俺の好きにするように説得してくれた。あんがと、セシリー……。

 

「解りやすい女だ……周囲の人間を襲撃すれば、こうもアッサリ出てくるとは。」

(おろ、俺ってばそう言う評価なんだ……。)

「奴らがそんなに大事ならかかってこい!さもなくば、私は決して止まらんぞ!」

(ありゃ~……ラウラたんってば良い顔しちゃって。)

 

 大人しく下がってくれた2人を見守ると、振り返ってラウラたんを見据える。するとラウラたんは、だいたい俺の想像通りの事を言ってきた。……そっか、止まってくれないか。じゃ、望み通り俺が相手になるよ。そしたら……全部丸く収まるもんね。俺は覚悟を決めると共に、今1度神立を構え直した。

 

「さぁ……これ以上私を失望させてくれるなよ!」

(これは……避けだ。)

 

 ラウラたんは、シュヴァルツェア・レーゲンを低空飛行させつつこちらへ向かってくる。そしてそのまま右手を突き入れるようにしながら、プラズマ手刀を伸ばす。いわゆるスティンガーみたいな攻撃だけに、直線的で避けやすい。俺は身体を捻るようにして、プラズマ手刀は難なく回避。

 

 とはいえ、ラウラたんは一筋縄じゃいかんからね。俺はすぐさま次の行動へと移す。避けたと同時に、前方へとQIB(クイック・イグニッションブースト)で距離を開ける。そこから上空へと飛び上がると、広い空域を確保する事に成功だ。さ〜て、こっからが本番!存分に飛び回らせてもらうよ。とはいえ、雷火の出力は抑えとかないとね。

 

「貴様の土俵だろうがなんだろうが!」

 

 ラウラたんも地上から高度を上げて、だいたい俺と同じくらいの標高だろう。喋ると同時にリボルバーカノンを乱射するもんだから気が抜けない。まぁでも、リボルバーなだけに連射力はさほど高くはない。俺は雷火を通常運行で、砲弾を全て避け切ってみせる。ラウラたんの小さな舌打ちが聞こえた。

 

「チッ……!ならば!」

 

 うおっ、来たか!?それまでノンストップで飛行を続けていた俺だが、スピードを落とすと同時に真下へQIB(クイック・イグニッションブースト)で緊急回避。危ない危ない……これがあるから、ラウラたんは温存気味に戦わないと。何が起きたかと聞かれますと、ISきってのチート武装を使う兆候が見えたんだ。

 

 アクティブ・イナーシャル・キャンセラー……通称AIC。指定した一定の範囲内に、慣性を全て無力化する結界を張るというえげつない特殊武装である。ラウラたんが左腕を上げるのが、発動の合図と思っていい。本当は腕を上げなくても発動自体は可能なんだろうけど、ラウラたん的にはその方がやり易いんでしょう。

 

 とにかく、QIB(クイック・イグニッションブースト)を使うのはなるべくAICを回避する用途に絞らないと。後心配する事は、自分から停止結界に突っ込まないようにする事……かな。よし、そんじゃ……いつも通りの戦法で行くぞ。動き回って翻弄し、隙があれば接近して叩き斬る。これぞ俺と刹那の黄金パターンさ。

 

「貴様……この期に及んでまだ逃げるか!」

(まぁ落ち着きなってラウラたん。俺は期を窺ってるだけだからさ、今にこっちからも攻撃を―――)

 

 ……攻撃、できなくねぇ?いつも相手してる人達って、多少なりの隙があるからQIB(クイック・イグニッションブースト)ないしOIB(オーバード・イグニッションブースト)で接近してズバッと斬れちゃうわけよ。接近のタイミングは、ゲームで鍛えてきた判断能力に任せてるんだけど……ラウラたんには隙が全く見当たらない。厳密に言えば近づけはするだろうけど、多分離脱が間に合わなくてAICに捕まるね。

 

(……攻撃、できなくねぇ?)

「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ!なんなんだ貴様は……つくづく癪に障る奴め!」

(いやいやいや、違うんだって!)

 

 何そのさ、俺が舐めプで避けるしかしてないみたいな良い方は!俺だって一生懸命やってるよ、それこそ射撃武器があれば攻撃してます!だからそんな怒り方せんといてぇ……。う~……無理にでも攻撃を仕掛ける?いや、でも喰らうと解ってて前に出たくも無いし……。

 

 そうやって悩みながら回避を続ける。しかしだ、刹那は短期決戦型のISで燃費は白式並に最悪だ。エネルギーは雷火にも個別に詰まれているとはいえ、QIB(クイック・イグニッションブースト)を多用しているせいでもうすぐすっからかんだ。雷火のエネルギーが尽きれば、残りは刹那本体のエネルギーを削らないとならないとだから……。

 

(すごくまずい……。)

「貴様が戦う意思を見せないのならば―――」

「そこまでだ、ボーデヴィッヒ!」

「ほぅ?調度いいところに来たな。これならどうだ、藤堂 黒乃!」

 

 けたたましい音が聞こえ、青白い光が背後で起きた。何かと思えば、イッチーが零落白夜でアリーナのシールドを破壊したらしい。それを見たラウラたんは、リボルバーカノンの砲口をイッチーへと向けた。それはつまり、零落白夜の特性を知ってるな!?

 

 きっと今のは最大出力……そうなると、今の白式に絶対防御用へ回せるエネルギーはほとんど残ってない!QIB(クイック・イグニッションブースト)を多用したせいで、刹那だってほとんど同じ状態だ。刹那の残りエネルギーで身代りになってあげられるか?だけどもしバリア貫通したらひとたまりも……。

 

(ああ……もう!イッチー守るのが先決!後は野となれ山となれ!)

「……黒乃ならそうするって思ってた。だけど―――」

(え……ちょっ、何して……!?)

「それは男の役目だって、相場が決まってるんだよ。」

「喰らえ!」

 

 俺は自分に対するダメージを覚悟で、イッチーへ向かって突っ込む。そのまま体当たりでも何でもして、イッチーをリボルバーカノンの射線上からずらす……つもりだったのに。イッチーは雪片を投げ捨て、しっかりと俺を抱き留める。そのまま俺と前後ろが入れ替わるように反転すると……その背でリボルバーカノンの砲弾を受けた。

 

「ぐああああっ!」

(あ……?え……?嘘……嘘っ……!?)

 

 イッチーの叫び声が耳に届いた瞬間、頭が真っ白になった。刹那の制御なんて保ってはいられず、イッチーの腕に抱かれたまま一緒に墜落してしまう。地面に着いて状態が安定すると、俺は理解の及ばない頭のままでイッチーの背をまさぐるように触る。

 

(イ、イッチー……背中……撃たれて!?)

「だ、大丈夫だ黒乃……心配するな。1撃は貰っても良いようにエネルギーの調整はしておいたから。」

(でも……!)

「……黒乃が無事で良かった。」

 

 っ~~~~!?あ、あれ……何だコレ、すっごい今……胸がキュンってなった……!いや、いやいや……今のは違う。だって私がイッチーにときめく訳が……ってぇ!なんかナチュラルに私って言っちゃった!だ、だって……イッチーが私の頬を撫でながらそんな事言うから……!

 

「貴様らのその傷の舐めあいがっ!見ていて1番腹が立つ!」

「一夏が入っちゃった時点で、もう約束も意味ないわよね……黒乃!」

「デュノアさん、お2人を頼みます!」

「任せてよ!ほら一夏、黒乃、掴まって!」

「ああ、サンキュー!ほら、黒乃……。」

 

 うっさい……うっさい!今は自己嫌悪中でそれどころじゃないの!あぁもう……なんでさ、イッチーってそんなキャラじゃないじゃん……怒りのままにラウラたんへ突っ込むタイプのはずじゃん。それが、私を守るのを最優先して、無事で……無事で良かったってあんな……慈しむみたいな顔して!ああ、畜生……なんでドキドキしてるの私は!

 

 って、また私っつって……!オ、オーライ……少し落ち着こうか私……じゃなくて俺。とにかくシールドエネルギーの切れたに等しい俺とイッチーを援護するかのように、セシリーと鈴ちゃんがラウラたんへ攻撃開始した。そして、俺達の回収役はマイエンジェル。俺もイッチーも専用機を解除して、ラファールの腕に掴まれ運ばれる。

 

「貴様ら、私の邪魔をするな!これは私と藤堂 黒乃の戦いだ!」

「それなら!……もう終わりだ。どう見たって黒乃の負け、お前の勝ちじゃねぇか。黒乃、お前もそれで良いだろ?」

(ああ、はい……もうなんでも良いです……。)

 

 俺達が離脱したと同時に、セシリーと鈴ちゃんも攻撃の手を止めた。きっと2人は、なるべく穏便に済ませようとした俺の気持ちを尊重してくれたんだろう。それはイッチーも同じなようで、とにかくこの場は丸く収まるように話を進めようとしてくれる。ただ、今は絶賛自己嫌悪中なので……上の空気味に首を頷かせた。

 

「なっ……ふざけろ!そんなのが認められるはずが―――」

「だったら、別のところで雌雄を決しろ……ガキども。」

 

 当然ラウラたんからすれば納得のいかない話であって、おかまいナシに攻撃を再開しようとしたところで……空気を氷つかせるような声が響いた。そこに現れたのは、言わずと知れた鬼教官……ちー姉だ。そう言えば、模擬戦するのは勝手だけど、バリア破壊する事態は見逃せないとかだっけ。

 

「教官!?」

「織斑先生だ。近々学年別トーナメントがある……それまで全員大人しくしていて貰おうか。藤堂、学年行事ならば……お前も手加減はせんだろう?」

 

 いや、別に今回だって手加減してたわけじゃないんですけどね。まぁ良いよ、今は面倒なだけだからとにかく肯定しておこう。俺が首を縦に振ると、ちー姉はよろしいと答える。そしてすぐさま、ラウラたんにも同意を求めた。ラウラたんは渋々っぽく従うと、ちー姉はこう締めくくる。

 

「それでは、これ大会本番まで一切の私闘を禁ずる。解散!……それと織斑。」

「は、はい!」

「上出来だ。良くやった。」

「っ……!ああ!」

 

 なんだろ、最後の2人のやりとりは……。あれかな、姉弟だから解るって奴?何だそれ、少しさびしいぞ。俺だって家族なんだから仲間外れにしなくたって良いのに。とにかくちー姉は、意味深な言葉と共に姿を消す。ラウラたんも……もう居ないや。早業だねぇ。

 

「で、結局何がしたかったわけ?」

「ま、まぁまぁ凰さん……。黒乃は、無益な戦いは嫌だったんだよね。」

(ヒュウ!よく解ってるじゃん、マイエンジェル。ご褒美にナデナデしてやろう。)

「わっ、や……止めてよ黒乃、くすぐったいってば。」

 

 鈴ちゃんは、俺が反撃すらできなかった事に関して物申したいらしく、かなり不機嫌ですよって感じて話しかけられた。するとすかさずマイエンジェルが俺をフォローしてくれる。早くいつもの調子を取り戻したかった俺は、マイエンジェルの頭を撫でた。口では止めてと言われたが、本気でそう思っているようすじゃない。

 

「シャルルの言う通り、皆が無事で済んだんだ。だから言いっこなしだよな、黒乃。」

(〜〜〜〜っ!?)

 

 一応イッチーには実害があったわけだが、そんなの気にしない様子で朗らかに笑う……俺の頭を撫でながら。これは……もしかしてもう手遅れか!?イッチーに惚れたってのでは無さそうだけど、凄く恥ずかしいしドキドキする……。俺の……俺のアイデンティティが崩壊してしまう。俺が俺で無くなって……。

 

「……黒乃が襲われたと聞いて来てみれば、なんだこの微笑ましい一家のような様は。」

「あら箒さん……。雨降って地固まるという感じでしょうか。」

「心配して損した……とは言わんが、来ない方が良かったのかも知れんな。敗北感が……凄まじい……。」

「ま、まだまだここからよ!一夏がそんな気で頭撫でてるはずが……ないと思いたい……かなぁって……。」

 

 おお、モッピーも心配で様子を見に来てくれたみたいだ。っていうか、なんで皆は原作っぽく行動してくれないの?それだったら俺も、皆に責められるとかでイッチーの事とか気にしてる暇なんてなかったと思うんだけど……。って、ていうかイッチー!いつまで撫でてんの。俺は優しくだが、イッチーの手を取り払う。

 

「ん、そうだな……ずっとこうしてても仕方がないし。せっかく皆揃ってるんだ、飯にしようぜ。」

「そうだな……安心したせいか腹が空いた。」

「じゃ、3人は後から合流だね。」

「そうですわね。すぐに追いつきますわ。」

「その代わり、席の確保を任せたわよ!」

 

 鈴ちゃんは、言葉と同時に元気な様子で走り去る。セシリーは俺の顔を見ると優雅に笑って、ゆっくりと鈴ちゃんを追いかけ始めた。はぁ……本当、いつまでも自己嫌悪してられないか。俺はイッチー、モッピー、マイエンジェルに向かって小さく手を振ると、小走りで2人の後を追う。

 

 

 

 




黒乃→ラウラたんマジで隙ねぇよ!だから舐めプじゃないの!
ラウラ→この女、この期に及んでもまだ……!


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第40話 変則的タッグ×2

「なぁ黒乃、少し話が―――」

「黒乃、頼みがあるのだが―――」

「黒乃さん、お時間よろしくて?」

「黒乃!アンタにお願いがあって―――」

「ねぇ黒乃、僕と―――」

「「「「「…………。」」」」」

 

 ラウラたん襲撃事件の翌朝、ホームルームが終わると同時に一斉に詰め寄られた。メンバーはだいたいいつもの5人で、その手にはそれぞれA4サイズの紙を携えていた。というか、本当に同時に喋るもんだから……黒乃って名前だけしっかり聞き取れた感じだ。まぁ……だいたい何を言いたいかは解ってるけど。

 

「……ボーデヴィッヒと決着をつけるなら、俺と黒乃がベストだ。」

「同じく剣の道を往く者として、私こそパートナーに相応しい。」

「わたくしの専用機の特性からして、わたくしと黒乃さんが組むべきですわ。」

「アタシ、やっぱ黒乃と一緒にボーデヴィッヒをぶっ飛ばさないと気がすまなさそうなのよね。」

「僕、黒乃と一緒に戦いたいな。」

 

 ……これはアレですか?モテ期って奴でしょうか。やっぱり皆は、俺と学年別トーナメントのタッグを組みたいらしい。と言うのも……もともとは1on1の方式だったんだが、急に2on2にルール変更がなされた。今回のトーナメントに参加予定だった人達は、こぞってパートナーを探しるって事なんだけど……。

 

 どうして俺にその話を持ちかけて来るのか、コレガワカラナイ。確かに俺は勝率は高い……ってか、負けた覚えはない。けれど、それはやっぱりあの笑みで動揺を誘っちゃってる訳で。まぁ……単純に、俺を誘ってくれるのは嬉しいんだけどね。しかし、いい加減に反応を示さないと……今にも5人は激しい言い争いを始めそうだ。

 

 そう考えた俺は、イッチー、モッピー、鈴ちゃんから参加申請書を奪った。イッチーの紙には、マイエンジェルの名を。原作がずれちゃったら困るからね。鈴ちゃんの紙には、セシリーの名前を。遠距離武器を1つも持たない俺よりか、セシリーは鈴ちゃんの方が相性いいよ。つまり、残り1枚の紙には―――

 

「く、黒乃……私はお前を信じていたぞ!」

「……なんでよりによって箒よ。」

「よりによってとは何だ失礼な!」

 

 モッピーから奪った紙に書かれた藤堂 黒乃と篠ノ之 箒という文字を見て、モッピーは心から嬉しそうな表情を見せた。それに対して皆は残念そうな感じだが、特に鈴ちゃんは不満そうだ。きっとだけど、同じ幼馴染組として思うところがあるんだろう。ヤバイね、死ぬほど嬉しい。俺は思わず鈴ちゃんの頭を撫でた。

 

「わ、解ったわよ……。今回は我慢するから、子ども扱いは止めて。」

「まぁとにかく、黒乃がそう言うんじゃ仕方ないよな。」

「そうだね。黒乃が考えたチームバランスも良いと思うし。」

「どうせならわたくしが一夏さんと……。いえ、黒乃さんは男性同士という部分も配慮なされたのですね。」

 

 うん、まぁ……そうだった……マイエンジェルが男として此処に居るの忘れてた。危ない危ない……ラッキーパンチだったな。まさか原作遵守で行動しようとしたのが、納得してもらえる材料になるなんて思いもしなかった。ケンカも無しで、完璧に丸く収める事が出来たなら俺も満足だ。

 

 しかし、チームバランスか……。それを言うと、俺とモッピーの組み合わせはあまりよろしくは無いんだが。後に登場するモッピーの専用機ならまだしも、今のモッピーは打鉄ユーザーだからなぁ。打鉄にもれっきとした射撃武器はあるが、モッピーが使ってるところを見た事が無い。

 

 ん~……まぁ、俺がビュンビュン飛び回って場を荒らせば何とかなるかな。どちらにしたって、このタッグ決めなんて意味がなくなるんだし……深く考えるべきじゃないか。とにかく、この場はこれで解散の流れになった。で、時間は流れて昼休みに。俺とモッピーは、揃って申請書を提出に職員室へ向かっているところだ。

 

「黒乃、私は嬉しいぞ……。まさか専用機持ちでない私を選んでくれるとは。」

「…………。」

「ああ、嬉しいと言えば……未だに篠ノ之流を使ってくれているな。父さんもきっと喜ぶと思う。」

 

 あ、解るんだ……流石はモッピー。半ば我流剣術になりつつあるが、しっかり篠ノ之流剣術をベースとしている。なんて言うのかな、地が出来ている?だからこそ俺は、今まで7本の刀でやってこれた。嫌々ではあったけど、やっぱり剣道やってて良かったなと思いましたまる

 

「おい。」

「貴様……!まだ何か黒乃に仕掛けるつもりか!?」

「煩いぞ。腰ぎんちゃくに興味は無い。」

「な、何だと!?」

(ど、どうどう……。とりあえず落ち着こうかモッピー。)

 

 そんな感じで朗らかに職員室を目指していると、俺達を呼び止める声が。振り返ってみると、そこにはラウラたんが居た。ラウラたんの姿を確認した途端に、モッピーの顔付はまるで親の仇を見るようなものに変わる。どうやらラウラたんは俺に用事があるみたいで、キツイ物言いでモッピーにそう言う。

 

「手短に言うぞ。今回のタッグトーナメント……私と組め、藤堂 黒乃。」

「ふざけるな!今まで黒乃に攻撃を仕掛けておいて……そんな虫のいい話があってたまるか!」

「私は貴様に興味は無いと言ったが?で、どうだ……藤堂 黒乃。」

「残念だったな、黒乃は既に私とタッグで……って、聞いているのか貴様!?」

 

 ラウラたんは、名前の欄が空白の申請書を俺に見せながらそう言う。まぁ……当然モッピーは噛み付くよね。なんだろうか、これこそ俺の知ってるモッピーな気がする。それにしても、モッピーの言い分は一理ある。いやいや、今更何言ってんだふざけんなって事では無いよ?

 

 あれだけ俺と戦いたがっていたラウラたんが、俺と組んで出場しようってのが不自然というか……。ラウラたんは逃げも隠れもしない性格だし、そこを踏まえるとまだ俺やイッチーを認めたって事では無いだろう。……駄目だ、それらしい理由が思いつかない。一か八か、質問を投げかけてみよう。

 

「意図を知りたい。」

「……説明をする必要はない。とは言わせんぞ。」

「……良いだろう。私は、とある課題を教官から出されている。その答えを探る為には、貴様と戦う事こそが近道だと私は考えた。」

 

 なんとか考えを口に出す事が出来て、モッピーが俺の言葉に補足のような物を入れてくれた。ラウラたんには悪いけど、どういうつもりなのか知れないとウンともスンとも言えないし。ラウラたんもあまり建設的ではないと思ってくれたのか、俺にこの話を持ちかけたわけを語る。

 

「が……貴様は逃げ回ってばかりで、文字通り勝負にもならん。そんな折だ、学年別トーナメントがタッグ方式に変わったと言うではないか。」

「つまり、何が言いたい……?」

「日本風に言わせれば、渡りに船か?つまり、貴様が私と戦おうとしないのならば、近くで貴様を観察する方が効率的だと考えたまで。決着は課題が済んでからでも遅くは無い。」

 

 なるほど、ちー姉から出された課題ってのは、別に俺を倒して見せろって事では無いんだな。最悪俺を見てればクリアできる課題なら、主人公たるイッチーを観察した方が良い気がしなくもないけど……。でも、これで一応の理由は聞けたな。さて、これからどうしようか……。

 

「さぁ、理由は話したぞ。解ったらさっさと貴様の名前を書け。」

「ちょっと待った!黒乃は理由を話せば組むとは言っていないぞ!」

「貴様もいい加減にしつこいぞ、篠ノ之 箒。専用機持ちでもない者は下がっていろ。」

「お、お前!人が気にしている事を抜け抜けと……!」

 

 これからどうしようかって、タッグの件以外にはない。う~ん……出来ればモッピーと組みたいってか、なるべくならラウラたんとは組みたくない……。でも、そんな風に思ってくれているのなら……無下に扱うのも何か忍びない。そうだなぁ……こういう時は、やっぱりちー姉を頼ってみるべきかな。

 

「ん……?うわっ!?く、黒乃……何処へ連れて行くつもりだ!」

「貴様、この……離せ!」

 

 モッピーとラウラたんの手をギュッと握ると、職員室向けてズンズンと進みだした。俺が強引に連行しようとするもんだから、2人は若干の抵抗を見せる。だが、先制攻撃を仕掛けたのは俺だ。2人の抵抗は虚しいだけで、最終的に大人しくなってくれた。

 

 そして職員室に着くと同時に、昼休みにも関わらずデスクワークへ勤しんでいるちー姉へと近づく。何と言うか、俺がモッピーとラウラたんを引き連れている時点で嫌な予感しかしないらしい。眉間に皺を寄せて溜息を吐いて見せてから、ちー姉の方から俺に話しかけてきた。

 

「なんだ……何の用件だ?」

「…………。」

「学年別トーナメントの出場申請書?これがいったい何―――」

「織斑先生。私が黒乃と組むというのに、ボーデヴィッヒが横入りを―――」

「黙れ、貴様の事情など私の知った事では―――」

「職員室で騒ぐな、この馬鹿共が。」

 

 俺がラウラたんの持ってた空欄の方の申請書を見せるが、ちー姉は俺の意図が解からなかったみたい。そもそも俺がここへ来たのは、どうするべきかを相談したかっただけだ。それを何とか解ってもらおうと考えるが、モッピーとラウラたんがそれぞれの主張を繰り広げる。

 

 だけど、ちー姉の前では自殺行為だった。バシン!バシン!と、2人の小気味よく叩かれる音が耳に心地よい。しかし、ちー姉は出席簿を肌身離さず持ってる気がするが……。いや、そんな事よりも……2人がずっとこんな調子で困っているんだよ。だからヘルプミー……ちー姉。

 

「はぁ……なるほどな、藤堂の言いたい事は解った。だがその前に……近江先生。」

「ん……?珍しいですね、織斑先生が僕に用事なんて。」

「少し刹那の事で質問が。刹那のエネルギー補給は、どのくらいの時間で可能です?」

「燃費の悪い機体ですからね、そのぶん補給に関しては拘ってますよ。エネルギーの減り方にもよりますが、ほとんど一瞬で済みますね。」

 

 意図は解った。そう言いつつちー姉は、何故か鷹兄を呼んで刹那の事に関して質問した。そうなんだよね、恐ろしい事にエネルギー補給が一瞬なんだよね、刹那って。なんか、雷火に残ってるエネルギーを本体に回してうんたらかんたら……。一応説明はされたけど、全く理解が出来なかった愚かな私でございます。

 

「ならば問題は無いか……。どうもありがとうございます。」

「いえいえ、今後も何かあったら気軽にどうぞ。」

「あの、織斑先生……。いったい、黒乃の考えとは?」

「藤堂、つまりお前が言いたいのは―――」

 

 質問の回答を終えた鷹兄は、俺達3人に手を振りながら自分のデスクへと戻った。するとちー姉は、俺の持ってた申請書を奪って何か名前を書き始めた。今朝は俺が全く逆の事をしたと思うと、なんだかどんな事が起きるのかドキドキしてしまうな……。

 

「こういう事だな?」

「なっ、黒乃とボーデヴィッヒの名前……!?」

「流石は教官、私の考えを推して下さるとは―――」

「早まるなガキが。篠ノ之、お前の申請書も寄越せ。」

「あ、は……はい。」

「……良しっ。確かに申請は通した。これで文句は無いな、藤堂?」

 

 うん……うん……?つまり……どういう事だってばよ。ちー姉は、モッピーの方……つまり俺とモッピーの名が書かれた申請書に認可の判を押す。かと思いきや、ラウラたんの方にも同じく認可の判を押した。俺含めて、モッピーもラウラたんも意味を良く解ってないみたいだ。

 

「藤堂の望みは、篠ノ之ともボーデヴィッヒとも組む……だろう?かなり異例の事態だが、まぁ藤堂なら問題ないだろう。」

「黒乃、お前と言う奴は……優しいにも程があるぞ。」

「……まぁ、そう言う事ならば妥協してやろう。」

 

 違ああああう!違う、違うよちー姉!?誰もそんな事の望んじゃいない!なんでさ、よりによって2回も出なきゃなんなくなるよ。でもなんだこの……今朝みたいな丸く収まった感は。おかしい……こんなの絶対おかしいよ!つーか何、藤堂なら問題ないだろうって!?俺の何処にそう思わせる要素があるんです!

 

「ですが織斑先生。私と藤堂 黒乃、そして藤堂 黒乃と篠ノ之 箒のタッグが当たってしまった際はどのような処置を?」

「その時は篠ノ之とボーデヴィッヒが1対1で戦え。勝った方のタッグが勝ち進む方式だ。」

 

 ラウラたんが至極真っ当な意見を述べるも、ちー姉はもはや俺が2人とタッグを組む形で揺るがないらしい。ああ、逃れられない!(カルマ)……なんて思わず叫びたくなってしまいそうだ。く、くそ……!ラウラたん、勝ち上がる条件が自分に利があるからって納得しないで!ほら、モッピーも何か反論してよ!

 

「……大会の運営目的に反していませんか?」

「数あるタッグの中で、1つくらい特例があっても文句は言われんさ。」

「そうですか。なら、私はもう何も言いません。」

「これで全員用は済んだな?ならばとっとと戻れ。」

 

 良いぞモッピー!なんて思ったのは束の間。この大会はタッグ戦に重きを置いていると言うのに、ちー姉は1つくらいの特例なら気にすんなと返す。それにモッピーはすぐさま納得してしまって、この場がこれでお開きになってしまった。……解かりました……もう諦めます……。

 

 く、くそぅ……最近どうしたよ、俺の望む日常とはかけ離れている気がするぞ……。いやね、イッチーの幼馴染、IS学園に入学してる、代表候補生って3要素のせいでそれは難しいって解ってはいるよ。だけどもっとこう……せめてどちらか1人と組む形で済ませたかったと言うか……。

 

 まぁ、発言が出来ない俺がこれ以上考えてもどうしようもない。俺はちー姉に頭を下げると、踵を返して職員室を後にした。後ろを確認してないから解からないが、どうやら2人もしっかりついて来ているみたいだ。しかし、職員室から遠くなると、すぐにラウラたんは輪を外れてしまう。

 

「貴様と組む事にはなったが、決して認めたわけでは無い。それをゆめゆめ忘れない事だ。」

「大丈夫。」

「…………。ならば良い。せいぜい私の足を引っ張ってくれるなよ。」

 

 俺がたまに喋れる事は知ってたみたいだけど、こう短い間に2回も返事が返ってくるのは意外だったみたいだ。ラウラたんは少し面食らった表情を見せてから、更にそう続けて去っていく。まぁ喋れた時って、多分だけど俺が1番驚いてるんだろうけどね。

 

「黒乃、何やら済まない事をした。私が感情的になったばっかりに、黒乃に負担をかけてしまって……。」

 

 いやいや良いよ別に、そうなっちゃったもんは仕方がないし。それで良かったかどうか聞かれれば、まぁ……絶対にノーなんだけど。どのみちラウラたんが折れる事は無かったろうし、どう足掻いたってこうなったかも知れない。とにかく、理由がどうあれモッピーが謝るのは筋違いって事だよ。

 

 なんとか気を取り戻してほしかった俺は、モッピーの肩をポンポンと叩く。本当は頭撫でようかと思ったけど、鈴ちゃんはとにかくモッピーにそれはなんか合わない気がした。するとモッピーは、無理矢理にでも納得しようとしているように見える。

 

「黒乃、お前と言う奴は……昔から変わらんな。」

(アッハッハ……。変わらないただ1つのアホンダラだからね~。)

「変わらず優しい……。どうしてお前は、そこまで人に優しく出来る?」

 

 なんでって、なるべく波風立てずに生きて行くには他人に優しく……って思ってるだけだけど?打算ありありだからそんな言い方されると良心がズキズキしてしまう。あ~……だけど、黒乃ちゃんの身体を使わせてもらって生きてきて、多少はその考えにも変化はあったかな。

 

 何と言うか、この身体は俺に悪気があろうとなかろうと……他人に迷惑をかけてしまう。それはきっと、俺が罪に思う事ではないはず。だけどさ、イッチーやちー姉を始めとした皆は……俺に優しくしてくれる。俺とは違って打算なんかなしに、心から俺の事をサポートしてくれる。

 

 俺が罪悪感を感じるのは、皆がそうやって優しくしてくれるから……きっとそれの裏返しだ。そんな裏返しの感情を抱いた俺は、本気で皆に恩返ししたいって思ってる……んじゃないかな。だから……多分だけど、もし俺が打算なしで皆に優しくしてるのなら……俺は、皆の事が大切で仕方がないんだって、そう思いたい。

 

 まぁ……今回の件に関しては打算ありだし、何とも言えないかな。それでもだ、モッピーが俺を優しいって感じてくれてるなら言う事無しだ。でもこんな複雑な感情、俺に表現できるはずもない。ずっと俺が黙っていたせいか、モッピーは申し訳なさそうに言った。

 

「済まない、聞くまでもない事だったか。人が人に優しくする事に、理由なんか必要ではない……だろう?黒乃。」

「…………。」

 

 おお、モッピー……アンタ良い事言うね。アレだ、ファイナ〇ファ〇タジーの主人公が言ってたっけ。誰かを助けるのに、理由がいるかい?……ってさ。うん……俺もそう生きられれば良いんだけどね、やっぱ臆病者だからさ……。いや、前世では薄情だって良く言われて―――

 

 ……あれ?そうだった……け?自然とそんな気がしたから呟いたけど、なんかイマイチしっくりこない。いや、どちらかと言えば……思い出せない?そんな感覚に近い気がする。まぁ……数十年も昔の事だしな、忘れてても仕方がないような気もする。

 

 その割には、ISに関しては良く覚えてるって?ハハッ、だから薄情だって言われてたのかもね。趣味に関しては覚えられるって、それ1番言われてるから。と・に・か・く・だ、なんかもうモッピーもラウラたんも満足そうだしやっぱりこれで良いや~。

 

「それでは、せっかくだからコンビネーションについて意見でも交わしてみるか?なんなら、私達2人ならではの必殺技を考えてみるのも面白いかも知れんぞ。」

(おっ、それ良いね!ロマンってか、そんな感覚がウズウズするよ。)

「ん、肯定か。それでは場所を変えるとしよう。……普通に教室で構わんな。」

 

 モッピーの提案は、本当に大事な事だ。タッグ戦に置いては、相手との意思の疎通が大事になるが……それと同じくらいに、あらかじめ作戦を立てておくのも大事だ。後者は……あ、あくまでオマケ程度にしか考えてないから。ほ、本当だからね。

 

 そういうわけで、俺とモッピーは連れ立って教室を目指した。……が、自分の前世がイマイチ思い出せないでいる。この事態に、もっと深く考えておけばと後悔するのは……かなり先の話だ。何も考えていない能天気な俺は、今日も元気に……そこにある日常を謳歌する。それが、とてつもなく愚かである事も知らずに。

 

 

 




黒乃→違う違う!相談しにきただけで、2人と組もうなんて思ってないってば!
千冬→相変わらず人の事を気にしてばかりだな……アイツは。


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第41話 Aブロック第1試合

(おかしい……絶対におかしい……。)

 

 タッグ結成騒動から時は流れ、学年別トーナメント本番の日となった。俺はピットで腕組みしながら仁王立ち……俺流の集中の儀式である。つまるところ……今から試合だったり。だからこそ俺は、心の中でおかしいと呟くんだ。原作ではイッチー&マイエンジェル組VSモッピー&ラウラたん組がトップバッターなはずなのに……。

 

 イッチー組VSラウラたん組の試合は、Aブロックの最終戦に回されていた。俺が2人とタッグを組んでるからかも知れないが、余計なお世話なんですけどねぇ……。日に2試合する事が確定してしまったわけで、かなり憂鬱だ。何か見えない力が働いている気しかしない。

 

「黒乃、試合の前はやはり緊張するか?」

(あぁ……するする。いつまで経ってもこの感じは慣れないと思うよ。)

「そうか……。だが、良い意味での緊張だろう?私もそれを実感しているよ。」

 

 俺が仁王立ちを解除すると、後ろに控えていたモッピーが話しかけてきた。モッピーの質問に緊張すると肯定するが、妙に意識の違いがある気が……。つまるところ武者震いだろと聞かれたんだろうけど、そんな事は全然ない。何と言うか……子供が歯医者とか注射する際の待ち時間みたいな?死刑執行を待つかのようなあの感じと一緒だ。

 

「準備は良いかしら?篠ノ之さんは打鉄に乗ってね。」

「解りました。黒乃、私達の力を見せつけてやろうじゃないか。」

「…………。」

 

 そろそろ試合の時間らしく、ピットに居た教師が確認を取る。そしてモッピーは、俺とハイタッチを交わすと打鉄に乗り込む。よしっ、さすれば俺も刹那を展開……っと。で、出撃の順番はまず俺からだ。打鉄が先に出ちゃうと、追いついて激突しかねないからね……。俺は刹那を浮かすと、しっかりカタパルトの上に乗った。

 

(オーケー、行きますか!)

 

 ゲートが出撃可能な状態になったのと同時に、レースゲームよろしくロケットスタートをかける。相も変わらずな速度な刹那を華麗に制御して競技場まで飛び出ると、凄まじい数の観客が俺を出迎えた。……思えば、大勢の前で戦うのってこれが初めてだったか。の、ののの……飲まれないようにしないと……(震え声)

 

「……打鉄、ラファールか。妥当な組み合わせだな。」

 

 続けて競技場に飛び込んで来たモッピーは、口で会話が可能な位置に浮いている。そう言われてアチラさんの様子を窺うと、確かに1人が打鉄で、もう1人がラファールを纏っていた。前衛後衛……確かに理想的な組み合わせだね。えっと、打鉄の方が榊さんで……ラファールは結城さんな。2人とも見た事が無いとなると……3組か4組所属だと思う。

 

「しょ、初戦からついてないわ……。」

「だ、大丈夫!死にはしないって……多分……。」

「かなり萎縮しているな。」

(モッピーは平気かい?)

「私か?私は問題ないぞ。気持ちとしては剣道の試合等とあまり変わらん。」

 

 向こうを見ると、何やら励まし合ってるご様子。まぁ、専用機持ちと当たったらほぼ負け確定だからな……とにかく全力で頑張ろうって感じか。で、モッピーは特に問題なしなのね……流石は武士っ娘。……俺もモッピーを見習わんとな。ってか、代表候補生なんだから俺がリードするくらいの気持ちじゃないと!

 

『それでは、開始位置に着いて下さい。』

「黒乃、勝つぞ。私達2人でな。」

(おうよモッピー!)

 

 試合会場にアナウンスが流れると、俺&モッピーは今度は拳と拳をぶつけ合う。そしてフワフワ浮きながら開始位置まで移動すると、俺は神立の鞘に手を添え……いつでも抜刀できるよう気持ちを切り替える。まぁ言っちゃ悪いけどさ、経験がものを言う世界だよ。流石の俺も初心者同然の相手に―――

 

『試合開始。』

(負けるわけにはいかないんだよねぇ!)

「うわわっ、速―――キャア!?」

「ちょぉっ……!?マジ洒落になんな―――」

「お前の相手は、この私だ!」

 

 試合開始のブザーと同時に、前方へ大きくQIB(クイック・イグニッションブースト)。これで前進速度に加速を着けると、一目散へラファールの結城さん向け舵をとる。そのままトップスピードに乗ると、抜刀した神立ですれ違いざまに腹部を斬り裂いた。やはりまともな反応は出来ないか……だったらこの勝負、その時点で決まったのと変わらない。

 

「へ、下手な鉄砲数うちゃ……当たらなーい!?」

(無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!)

 

 明らかな格下相手は久々……というかほぼ初めてな為に、俺のテンションはどこか迷子になりはじめていた。結城さんはアサルトライフルを連射するが、縦横無尽に飛び回ってそれを難なく回避する。というか、NDK?NDK?みたいな感じで、結城さんの周囲360度を纏わりつくみたいに避けてるんだけどね。

 

(……うん、止めよう!流石に性格悪いぞ、俺。それより、モッピーは……。)

「そこだぁ!」

「近接戦は不利ね……。それなら!」

 

 む、マズイな……葵同士の斬り合いになっている以上は当然モッピーに形勢が傾く。しかし、榊さんはモッピーと距離を置いて射撃戦を仕掛けるつもりらしい。これは……いったん結城さんは放置して、モッピーが榊さんへ追いつく隙を作った方が良い。俺はそう思って行動を開始したんだが……。

 

「うひぃ!?こっち来ないで……って、あいた!」

「結城!?なんで私の真後ろに……!」

「流石だな、黒乃。」

 

 結城さんを通り越して、榊さんへ接近しようと思ったのに……結城さんは自分が標的にされていると思ったみたいだ。ろくにハイパーセンサーも確認せず後ろへ下がったようで、同じく後退していた榊さんと背中がぶつかってしまった。……何だか知らんが、この機を逃す手は無い。

 

 距離が近い割に人数が密集しているから、神立では思うような戦いが出来ない。俺は神立を鞘へ戻すと、両肩の疾雷、迅雷を引き抜いた。さて、あまり距離を詰めてる時間も無さそうだ……。さすればこれしかあるまい。出力を抑えつつOIB(オーバード・イグニッションブースト)で……寄って斬る!

 

「カ、カウンター!」

(遅い!)

「ひゃあ!?ア、アサルトライフルが斬れ……キャッ!?」

「隙あり!」

「くうっ……!?」

 

 至近距離、もっと言えば紛い成りにも真っ直ぐ突っ込んでくる俺はカモだとでも思ったんだろう。だけど残念、まず最初の目標は結城さん本体じゃない。俺は疾雷と迅雷を交差させるようにして、アサルトライフルの銃身を挟み込む。そのまま外へ手を広げるようにすれば、アッサリと銃身は焼き切れてしまう。

 

 そして銃身が切断されて衝撃を受けている間に、今度はしっかり結城さんへ疾雷と迅雷の2連撃を浴びせた。モッピーもしっかりと榊さんへと一太刀を斬りこんで、圧倒的に俺達が有利な状況だろう。よしっ、このまま押し切る!……と思ったが、どうやら簡単にはいかないらしい。

 

「ゆ、結城……スイッチ!」

「うん、榊さん!」

「こうなったらヤケクソ!覚悟、藤堂……さん!」

(くっ……ちょっとまずいかぁ……?)

 

 背中合わせだった2人は、それぞれ逆方向へ回転し、標的を変更してきた。ラファール相手はモッピーにやり辛かろうと思ったんだが、なんか榊さんが凄い勢いで斬りかかって来るもんで……。葵による連続攻撃を防いでいる間に、モッピーとの距離を開けられてしまった。

 

「遠距離戦……くっ!避けるのならばなんとか……!」

「真剣勝負だから……恨みっこなしだよ!」

 

 モッピーは中距離からチマチマとショットガンを撃たれてやり辛そうだ……。散弾銃って言うくらいだし、前方広範囲に弾丸が散らばり、地味ながらも着実にモッピーが削られていく。一方の俺は、未だ防戦一方……というか、考える時間が欲しいからあえて防御に徹してるんだけどね。

 

 う~ん……そうだな、シンプルに離脱してから結城さんを攻撃でも良いけど。それだとまたしても榊さんがフリーになって、今度こそモッピーが焔備の射撃を浴びさせられてしまうだろう。結城さんを攻撃して、急いで榊さんのとこまで戻る?いや、それだと仕留めきらなきゃ結局は同じ事だろうし……。

 

(よしっ、それなら……。)

 

 俺が選択したのは、この場で榊さんの相手をしつつモッピーを援護する事だ。まぁ……2回までしか出来ないけど、このまま指咥えて見てるってのもなんでしょ。俺は疾雷と迅雷にて、榊さんの振っている葵を大きく弾いた。そのまま少しばかりの距離を開けつつ、疾雷と迅雷を仕舞う。取り出したるは、紅雨と翠雨。しかし、翠雨の方はすぐさま結城さんへ投げつける。

 

「っ!?結城、気を付けて!」

「へ?……しまっ……!あ、わわっ……ちょ!?ス、スラスターに突き刺さってるよぉ!」

「助かったぞ黒乃!」

「あ、貴女……こんな距離から狙って……!?」

 

 なんだか知らんが、俺が投げた翠雨はラファールのスラスターへと突き刺さったらしい。それは当然ながら飛行能力に障害は出るだろうし、結城さんが慌てる理由も解る。だけど聞いて欲しい……俺は狙ってやった訳じゃないんだ。隙が生じれば万歳と思ってたんだけど、あれなら結城さんは大丈夫かな……。

 

「だけど、そんな短いの1本でどうしようっての。今度は武装を変える暇もあげないわ!」

 

 そう言うや否や、榊さんは再び俺への攻撃を仕掛けてきた。た、確かに……葵相手に紅雨1本だとやり辛いかもね……。今も紅雨の峰に手を添えて、葵と鍔迫り合いをしているが……突破されるのも時間の問題かも知れない。いやね、刹那の特性殺しちゃってるのは解ってるよ。けれど……近接戦で張りつかれると離脱もけっこう難しいんだって。

 

「せいっ!はぁっ!」

「わっ!うわわわっ!」

 

 むぅ……結城さんが逃げ回っているせいで、エネルギーをゼロにするまではもう少し時間がかかりそうか。それすなわち、援護は期待できないと言う事を意味する。ん~……モッピーのパパンなら、鍔迫り合いの状態からでも軽~く受け流せるんだろうな。こう……手首をこうやってクリン!って回してさ。

 

「キャア!」

(はい……?)

「見事な受け流しだ、黒乃!」

 

 おおう、なんてこったい……イメージインターフェースに引っかかったか何かで、達人ばりの受け流しが発動したではないか。急に紅雨の刃が力を失ったために、榊さんはずっこけるようにバランスを崩す。それならば、そろそろ榊さんにはとどめを刺させてもらおうか。

 

(閃け、鮮烈なる刃!)

 

 紅雨は締まって、右手に叢雨を握った。そしてQIB(クイック・イグニッションブースト)で大きく前へ移動し、すれちがうと同時に榊さんに一太刀浴びせる。まだまだ!QIB(クイック・イグニッションブースト)で接近して斬るこの工程を連続で繰り返す。

 

「キャアアアア!?こ、この……これ以上は好きに―――」

(無辺の闇を鋭く斬り裂き!)

「ヒッ……!キャッ!」

(仇為す者を微塵に砕く!)

「な、ど、どれだけ続いて……!?)

(決まった!漸毅狼影陣(ざんこうろうえいじん)!)

 

 やたらめったらにとにかく斬る斬る斬る斬る斬る斬る!だって、原作だったらこの辺で消えてるくらいの速度だからね……。流石にそこまではいかないだろうが、榊さんの目にはそれに近い風に見えているかも知れない。刹那も実際に加速の一途を辿り……最後にOIB(オーバード・イグニッションブースト)を使いながらすれ違い、とどめの一太刀を浴びせる。

 

「キャアアアア!?」

(くぅ~……良い感じぃ!)

 

 うん……やっぱり鷹兄がインストールしてくれたおかげで動かしやすいや。まぁ……QIB(クイック・イグニッションブースト)OIB(オーバード・イグニッションブースト)を連発させないとだから、相当に燃費が悪いんだけどね。とはいえ、榊さんを再起不能にするには事足りた。絶対防御が発動するうちに墜落したみたいだし大丈夫そうだな。

 

「す、すごい……!」

「チャンス……よそ見してる場合じゃないよ!」

(ぬぅん、モッピー!?)

 

 確かに漸毅狼影陣は凄かったかも知れないけど、結城さんの言う通り感心してる場合じゃないよ!?ええい、ここまで来たのならば……モッピーも無事に勝ちたい!俺は自然と、全力のOIB(オーバード・イグニッションブースト)を発動して結城さんに迫る。その間に俺は、叢雨を仕舞って神立を握る。

 

 とは言っても、まだ抜刀はしない。アタッチメントから神立の鞘を左腰から外すと、右手は柄を、左手は鞘をしっかりと握る。結城さんとの距離はグングンと詰まり、既に神立の射程距離。ここで俺はOIB(オーバード・イグニッションブースト)を止めて、残った距離をQIB(クイック・イグニッションブースト)で詰めながら……神立を思い切り抜刀!

 

(次・元・斬!)

「ひゃああああ!?」

「な、なんという……!?」

『試合終了。勝者、藤堂 篠ノ之ペア』

 

 鬼ぃちゃんこと、スタイリッシュな青コートさんの技である。とは言っても、単にすれ違いざまの居合もどきだけどね~。本当は、こう……ズバババッ!嵐のような斬撃が敵を襲う技なんだけど、そんなの物理的に再現不可だし仕方ない。なんにせよ、今のが決定打になったみたいで……俺達の勝利がアナウンスされた。

 

 次の試合があるからとの事で、勝利の喜びを分かち合う暇もなくアリーナから撤収させられた。榊さんと結城さんも、教師たちが回収したみたいだね。だったら……俺らも急いでピットへ戻ろう。そうしてモッピーと共にピットへ戻るが、何かモッピーは消沈しているように見える。

 

「……凄いな、黒乃は。ほとんどお前1人で勝ってしまったではないか。」

(むっ、そんな言い方は好きじゃないぞモッピー。モッピーも頑張ってたし、俺1人だと危なかったと思うよ?)

「黒乃……。そうか、ありがとう。」

 

 何かモッピーは、自分が役立たずだったとでも言いたげだ。そんな様子にちょっとばっかしムカっと来た俺は、ペチリと優しくモッピーの頬を叩く。そんな事は無い、モッピーが居てくれたから勝てたんだ。俺のそんな意味を込めた優しいビンタの意図を、モッピーはしっかり察してくれたらしい。

 

「…………。黒乃は刹那のエネルギーを補充しないとだな。私の事は気にせずに、近江先生の元へ向かってくれ。」

(ん、それじゃあお言葉に甘えて。)

「黒乃……次も、いや……その次も次も……勝とう、私達2人で。」

 

 勿論だよモッピー!まぁ……次は無いかも知れないけど、そんなのは言いっこなしで。俺はまたしてもモッピーにハイタッチを求めると、フッとクールな笑みを浮かべてからパシンと掌と掌がかち合う。その反響が終わると同時に、俺はモッピーの言う通りに鷹兄の元を目指した。

 

 

 

 

 

 

「…………。」

 

 黒乃の背が見えなくなると、私はいつの間にかカタパルト付近の壁にもたれかかっていた。何と言うか、黒乃の隣で戦えた高揚が……グワッと一気に失せてしまった気分だ。私の頭の中には、黒乃は凄い奴だという考えしか浮かばない。私と言う足枷があったろうに、見事完璧な勝利をものにしたのだから。

 

 まずあの投擲……あんな距離から、的確にラファールのスラスターを狙った。榊の陰に隠れて、結城は狙いにくかったはずだ。にも関わらず、ど真ん中としか言いようがない的確な投擲。まさか結城もそんな箇所を狙われるとは思っていなかったらしく、絵に描いたような動揺っぷりだった。

 

 次いでは短刀による受け流し……あれも見事な物だった。戦闘中だと言うのに、思わず賞賛の言葉を送ってしまったぞ。大型物理ブレードの葵と、短刀型物理ブレードの紅雨……どちらが有利かは明白だ。しかし黒乃は、その不利を物ともせずに……いや、むしろ短刀の小ささを利用したかのような感じに見えた。

 

 そして、その後榊に放った連撃……。何と言うか、美しかった。見目麗しい黒乃だったからかも知れないが、れっきとした攻撃だと言うのに……まるで舞を見ているかのような……。だからこそ黒乃に見とれてしまい、隙を作ってしまう大失態を犯してしまったのだが。

 

 しかしだ、やはり黒乃にとっては私の失態など大きな問題では無かったらしい。最後に見せたあの居合……。そもそもどうして、神立のような大太刀で居合が可能なのだ……。しかも、あの居合は……決して1回で終わる斬撃ではなかった。何と言うか、吹き荒れた突風と共に確かに刃を振るった残光が見えたんだ。

 

 少なくとも3……いや、4……?残念な事に、途中から目で追えなくなってしまったからな……。それはあの連撃の方にも言えた事だが、途中から何撃目かを数えられない速度だ。少なくとも、一瞬で6撃以上は浴びせていたぞ……。黒乃が刃を振る速度、随分と速くなったものだ。

 

(だからこそ、私は……。)

 

 黒乃に対して、あんな事を言ってしまったんだろう。解っている。専用機と量産機の時点で差が現れるのは仕方がない事だと。しかし私は、黒乃に何かをしてもらうばかりで……黒乃に何もしてあげられない。この試合、私は完全に足手まといだったろう。

 

 その証拠に、黒乃は刹那であまり飛び回ってはいない。どちらかと言えば足を止めている事が多く、自らの手で一方の足止めをするような……そんな戦い方だった。……黒乃は私がそんな事を言うのを良しとせず、叱ってくれたようだが……。駄目だ、やはりこんなのでは全然駄目だ。

 

 黒乃と刹那は、飛び回ってこその物だろう。その翼を毟ったのは、間違いなく私……。済まない黒乃、私はもう大丈夫だ。次こそは、お前の大空を翔る姿を見させてくれ。いや、見させてみせる……。私がしゃんとせねば、黒乃はいつまでも飛び立てない。

 

 そう、例えるならば……黒乃は親鳥で、私は雛鳥。なんとも……もっともらしい表現だ。つまり、私はいつまでも甘えてはいられんという事。心の何処かで私は、黒乃が居るからなんとかなる……と思っていたのかも知れない。……堕落だ。もし黒乃が倒れれば、そんな気で戦えるはずもない。

 

(黒乃、次だ……次こそ私は!)

「箒さん、見事な勝利でした。」

「アンタ、けっこういい仕事してたわね。美味しいとこは黒乃が持ってっちゃった……みたいな試合運びかしら。」

「セシリア、鈴……。そうか、次の試合は2人だったのか。」

 

 決意を新たにピットを出ようとしていると、ISスーツ姿のセシリア・鈴組に話しかけられる。黒乃はこの場に居ないが、セシリアの見事な勝利とは……間違いなく私達2人へ送られた言葉だろう。だとすると気になるのは、鈴の私が良い仕事をした……という言葉だった。

 

「ところで鈴、私が良い仕事をしたとは……?」

「アンタ自覚なかったの?だって、黒乃が作った隙はキチンと利用できてたじゃん。黒乃があんな長い連続斬りを使ったのも、アンタがキチンと結城を抑え込んでたからだろうし。」

「箒さんならば、安心して背中を預けられる……という奴ですわね。ギブアンドテイク、タッグマッチとはそういう物ですわ。」

 

 私が鈴にそう尋ねれば、まるで呆れたように返された。……あの時は、とにかく足手まといにはなるまいと必死だったせいか、ガムシャラだった覚えしかない。しかし、そういう考えも出来るのか……。ほんの些細な事だろうと、確かに相手の為になる。そうか、タッグマッチとは……奥が深いのだな。

 

 そして何より、私としてはセシリアの言葉が嬉しくて堪らなかった。安心して背中を預けられるなど、これ以上の賞賛の言葉は無かろう。黒乃が本当にそう思ってくれているかは甚だ疑問だが、きっと……そうだと信じたい。私は、口元を釣り上げながら小さく拳を握った。

 

「ま、箒よりアタシのが上手くやるだろうけどね!なんたって、黒乃の1番の親友はアタシなんだもん。」

「抜かせ。やはり私だからこそ―――」

「はいはい、そこまでにして下さいませ。これ以上は大会運営の邪魔になりますわ。」

 

 鈴が無い胸を張りながらそう言うせいで、私は思わず噛み付いてしまった。売り言葉に買い言葉となる寸前に、邪魔になるからとセシリアが待ったをかける。……まぁ、そこはセシリアの言う通りだろう。私と鈴は、顔を数秒見合わせると、フン!と鼻を鳴らしながらそっぽを向く。

 

「わたくし達は当然勝ちますので、次は当たるという事になりますわね。」

「……大した自信だな。恐らくはそうなるだろうが、勝つのは私と黒乃だ。」

「言ってなさい、返り討ちにしてやるんだから!」

 

 鈴は私にズビシ!と指を差しながらそう言うと、意気揚々といった様子でカタパルトの方へ向かって行く。それでは、そう一言告げるとセシリアもカタパルトへ移動した。……本当にこれ以上は邪魔でしかないな。そう思った私は、ようやくピットを後にした。

 

 

 




黒乃→なぁ~んか、怖いくらいに上手くいった試合だったよ。
箒→黒乃の実力を間近で見るいい機会だったが……凄すぎてあまり参考にはならんな。

漸毅狼影陣(ざんこうろうえいじん)
『テイルズオブ』シリーズ10作品目の主人公『ユーリ・ローウェル』の使用する秘奥義。超高速で移動しつつ、消えたり現れたりを繰り返しながら敵を切り刻む技。黒乃はコレをQIBを連発させることで、再現度の高い仕上がりに完成させた。

疾走居合
スタイリッシュアクションゲーム『デビルメイクライ』シリーズの主人公『ダンテ』……の双子の兄である『バージル』が使用する。『閻魔刀』と呼ばれる太刀で神速の名に相応しい居合斬りを放つ技。個人的には居合技と言えばまず思い浮かぶのがコレ。



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第42話 Aブロック最終試合

「…………。」

「…………。」

 

 無言。俺は喋れない訳だが、何も発声しない事を苦痛に感じるのは久しぶりだ。俺の隣に並び立つラウラたんは、無駄なお喋りをせずにただ悠然と構えている。はぁ……これからAブロックの最終戦なわけで。組み合わせとしては、俺&ラウラたんVSイッチー&マイエンジェルといった具合だ。

 

 やはり、1回戦の内にイッチー達とは当たる運命か……。まぁ、1回戦の内で助かったってのはあるんだけどね。これからとあるトラブルが起き、学年別トーナメントは中止になるだろうから。本当に良かった……。あのまま行くと、モッピーと共に挑む2回戦はセシリー&鈴ちゃん組みになるところだったぞ。

 

「……先の試合。」

(ほぇ?)

「やはり貴様が実力者である事は解った。だが……他人に合わせているようでは困る。言っておくが、私に余計な気遣いは不要だ……良いな?」

 

 ようやくラウラたんが話しかけてくれたかと思ったら、内容としてはあまり良い物ではなかった。何と言うか、忠告?みたいな感じに聞こえる。ラウラたんの様はまさに、臨戦態勢に入っている獣が如く。……触れれば噛みつかれる気しかしない。要するに、行動次第ではラウラたんに攻撃されるのも有りうるという事か。

 

「あ、あの~……そろそろ出番なので……。」

「了解した。ほら、解っていてもいなくても早く飛べ。」

 

 俺が否定も肯定も出来ないでいると、ピットの教師が大変に恐縮した様子で出番であると伝えた。いやぁ……スミマセン。俺が喋られないわラウラたん軍人オーラ全開わで、かなり殺伐とした雰囲気が流れていたらしい。とにかく、俺が先に行かんとラウラたんが出れない。俺は少し慌てつつ、カタパルトから即出撃した。

 

「ボーデヴィッヒと組んでくるって、なんか黒乃らしいって思うぜ。」

「流石に2人と同時にタッグなのは予想外だけどね……。」

 

 試合開始になるまで心に余裕を持とうと努めるが、そんな最中にイッチーが話しかけてきた。いや、別に俺が提案した事じゃ無いんだよ?マイエンジェルも、そんな苦笑いを浮かべられても困るって。少しばかり和やかな感じとなったが、イッチーは急に顔つきを引き締める。

 

「ボーデヴィッヒ、今日は良い試合にしような。」

「貴様……随分と余裕だな?貴様程度が、この私に善戦できるかも怪しい物だ。」

「いいや、勝つさ。黒乃や千冬姉の強さが見えないんなら……ボーデヴィッヒに負ける訳にはいかないんだ。」

 

 イ、イッチー……キミに悪気は無かろうし、挑発で言ってるつもりじゃないのは解るよ。でもさ、でもさ、それって煽りにしかなってないからね?だって、俺の隣のラウラたん……顔には出てないが、あからさまに不機嫌オーラが噴き出てるんだもの。俺くらいの小心者になるとね、気配でそういうのは解っちゃうんです。

 

「……良いだろう。そこまで言うのならば―――」

『試合開始。』

「どれほどやれるか見てやろう!」

「くっ!」

 

 ラウラたんは試合開始の合図と同時に、レールカノンをイッチーへ向けて発射した。とんでもない速度で発射されるわけだが、直線的攻撃ならイッチーは何とか避けれてしまうらしい。そう……何とかね。ラウラたんは間髪入れずに、プラズマ手刀を展開……と同時にイッチーへ斬りこむ。

 

「喰らえ!」

「させないよ。」

(させないよ返し!)

「えっ!?うわぁ!」

 

 まぁ逸る気持ちも解りますよ。けどね、これはタッグマッチなわけでね……マイエンジェルからすれば、ラウラたんがイッチー狙いなのなんてお見通しだったみたいだ。イッチーの前に滑り込むようにして、アサルトカノンのガルムを構える。そこですかさずオイラもQIB(クイック・イグニッションブースト)ドーン!

 

 同じくラウラたんの前に割り込むようにして、下からガルム目がけて驟雨を振り上げる。俺の割り込みが急すぎたせいか、マイエンジェルは対応しきれない。結果、マイエンジェルは万歳するような感じとなり……ガルムは明後日の方向へ火を噴いた。

 

「貴様……助けはいらんと言ったろうが!」

(ふぉおおおお!?あ、危ないぃ!)

「ああっ!」

「シャルル!この、滅茶苦茶な奴……!」

 

 まさかのタッグマッチで、味方からのロックオン警報である。ラウラたんがそう叫びながらレールカノンを撃つもんだから、慌てて宙返りするようにラウラたんの背後に回る。すると俺のハイパーセンサーに映ったのは、砲弾が直撃したマイエンジェルだった。なるほど、俺が目くらましみたいになった効果だな……。

 

「これが私の戦いだ!文句があるなら力で示せ!」

「ああ良いさ、見せてやるぜ……俺の強さ!」

(おおう……盛り上がってるぅ。)

「アハハ……お互い大変だね、黒乃。」

 

 盛り上がっている2人を差し置いて、俺もマイエンジェルも冷静なものだ。自然に戦いの手は止まり、互いの苦労を分かち合う。しかし、マイエンジェルはだけどと前置きをすると、ラファール・リヴァイヴ・カスタムツーのショットガン、レイン・オブ・サタディを構えた。

 

「一応は試合なんだから、僕とキミも傍観ってわけにはいかない。」

(まぁ……足止めてたらヤジが来そうだし。)

「僕の全力、キミにぶつけさせてもらうから!」

 

 そう言うマイエンジェルの表情は、何処か楽し気に見えた。しかし、マイエンジェルが無策にショットガンで攻めにくるとは思えない。なんて考えている間に、すぐそこまでオレンジ色が迫っているわけだが。よしっ、それならば……ギリギリまで引きつけるぞ。マイエンジェルが引き金をひくタイミングを狙って……。

 

「速い……!ううっ!?ま、まだまだ!」

 

 俺は極々出力の低いQIB(クイック・イグニッションブースト)を2〜3回連続で使う。それを利用して、マイエンジェルの背後をとった。ま、要するに裏周りだな。すかさず俺は叢雨も抜刀!あえて驟雨をラファールの盾に防がせ、がら空きとなった胴体へ叢雨で斬りこむ。が、カウンター狙いかショットガンを無理矢理にでも放つ。

 

(問題ない……QIB(クイック・イグニッションブースト)で十分躱せる。)

「予想通り……。一夏!」

「任せろ!」

(ほわぁ!?ゆ、誘導されたか!)

 

 俺がQIB(クイック・イグニッションブースト)で離脱を図った方向には、既にイッチーが回り込んでいた。ラウラたんを無視して、それでも俺を狙ってきましたか……。とにかくイッチーは、雪片を俺目掛けて振り上げている。俺は咄嗟に驟雨を逆手に持ち替え、ほぼノールックの状態で雪片の刃を受け止める。

 

「流石だな、黒乃!」

(いやいや……ラッキーだっただけだよ……どへぇ!?)

「邪魔だ、藤堂 黒乃!」

 

 ギチギチと驟雨を震わせつつ、雪片の刃を受け止めていた。さて……ここからどうしようかと思案していると、横入りして来たラウラたんに蹴っ飛ばされる。じゃ、邪魔だって言われましても!あぁ……まずいよ!こんな吹っ飛ばされた状態……マイエンジェルにとっては格好の的じゃん!

 

「一夏!」

「ああ!」

(何ぃ!?)

「ぐうっ!?小癪なハエが……!」

 

 吹っ飛ばされた俺は総スルーして、マイエンジェルはラウラたんへと突っ込んでいく。ある程度の距離へ寄ると、ショットガンを乱射。あの距離感なら大したダメージにはなってないだろうけど、ラウラたんは鬱陶しそうにマイエンジェルをAICで捕らえた。

 

(ラウラたん、それ悪手!悪手!)

「今だ!」

「何だと……!?」

(お、俺かい!?このっ……!)

 

 マイエンジェルは動きを封じられたが、今度はイッチーがフリーだ。急いで救援に向かおうとすると、予想に反してイッチーは俺へ斬りかかってくる。雪片相手に叢雨、驟雨は心許ない……。2本は鞘に納めて、急ぎ神立を抜刀。コンパクトに神立を振りかぶり、しっかりと雪片に勝ち合わせた……は良いけど。

 

「それは私の獲物だ!」

「よそ見しても良いのかな?」

 

 これはもしかして、常に攻撃できる方を2人で同時に攻める作戦か!?きっとイッチー達は、俺とラウラたんの足並みが揃わない事を予想していたんだろう。そのため、こうやって入れ代わり立ち代わりで細かいスイッチを繰り返して……。現にイッチーも、マイエンジェルがAICから脱出したと同時にターゲットをラウラたんへ変えた。

 

「またな、黒乃!」

(な、なんつう潔い引きっぷり……。)

 

 爽やかな様子でそう言うもんだから、思わず知らず取り逃がしてしまった。あぁもう!またラウラたんが囲まれてるじゃないか!クソッ……どうする、どう動くべきなんだ……。と、ここまで考えて思いついた。俺は、いったい何を必死こいて勝とうとしているのだろうか。

 

(結局のところ、アレが発動しないと困るってのもあるし……。)

 

 物事には順序ってもんがある。今までだって、決まり通りに進めて……決まり通りに生きてきた。今回の場合は、ラウラたんは倒され、アレが発動し、イッチーとの対話が代わるきっかけになる。それが正しい流れなのであって、俺が変に頑張っちゃったら余計な事態を―――

 

「教官から与えられた課題を、この私が……こなせない訳にはいかんのだああああっ!」

「っ!?流石はボーデヴィッヒさん……一筋縄じゃいかないね。」

「ああ。だけど、俺達が押してるのは間違いない!このまま押し切るぞ、シャルル!」

 

 ―――いや、今の前言撤回。違う……全くもってそうじゃない。だって俺が言った事は、流れ通りじゃないとラウラたんが変われないと……そう言ってるようなもんじゃないか。ラウラたんがイッチー達に負けて、イッチーに答えを与えられる事でしか……変わる事が出来ないって決めつけたりなんかしちゃダメだ!

 

 変われる。ラウラたんはきっと、自分の頭で考えて答えを見いだせる。流れに沿って負けにいくなんて言語道断!だから勝とう……イッチーとマイエンジェルに。勝って課題とやらをこなしてくれ。それがきっと、キミの次なる1歩に繋がるだろうから。

 

(恐れるな、考えるな、でもイメージは止めるな……常に強い自分を想像して―――()ぶ!)

「一夏、危な―――」

「なっ……ぐふっ!?」

「藤堂 黒乃……!?」

 

 全力。ああ、なんだろうか……その言葉を念じて飛ぶだけで―――こうも身体は軽く感じる物なのか!俺は100%のOIB(オーバード・イグニッションブースト)でイッチーに接近すると、そのままドロップキックの要領で右足をその腹部へと見舞う。当然ながらイッチーは軽々と吹っ飛ぶ。だが、まだ終わっちゃいないよ!

 

「早く体勢を―――」

(間に合わせなんかしない!)

「ぐああああっ!」

 

 吹き飛ばした端からすぐに追いつき、神立の刃でイッチーの胴体を斜めに斬りこんだ。そのまま勢いに乗せて空中で逆さまになると、イッチーの露出している腕目がけて足を延ばす。鳥類の構造をした刹那の足で捕まえると、グルグルと回転して―――

 

「う……うおわああああ!?」

(すまんね、マイエンジェル!)

「へ……?い、一夏!?ひゃっ!」

「っ!?そこだ!」

「ぐっ……っ……!」

 

 遠心力をつけ、マイエンジェルにイッチーを投げつける。空中で姿勢の制御が効かなかったのか、イッチーは見事にマイエンジェルへ激突した。それまでマイエンジェルと交戦中だったラウラたんだが、これは好機と言わんばかりにレールカノンを発射する。その砲弾は、吸い込まれるようにイッチーへと命中した。

 

(まだ終わらん!)

「……まだ来るの!?」

「ろくに体勢も整わせてもらえな―――」

(ふんぬ!)

「キャアッ!?」

「ぐわっ!」

 

 神立を鞘に戻せば、続けて疾雷と迅雷を抜く。そのままOIB(オーバード・イグニッションブースト)を継続させつつ、一瞬で2人の前まで迫れば……固まった状態の2人に対して、一太刀ずつしっかりと浴びせた。だが……継続して飛ぶのは無理だな。OIB(オーバード・イグニッションブースト)の連続使用には暴発しないためのセーフティがある。悔しいながらも、再起動可能になるまで黒い羽は仕舞っておかなければ。

 

「藤堂 黒乃……。貴様、まだ出し惜しみをしていたのか!?先ほどとはまるで動きが違うではないか!」

「違うよボーデヴィッヒさん!黒乃の動きが良くなったのは……絶対に出し惜しみなんかじゃない!」

「シャルルの言う通りだ……。それこそが、千冬姉にも通じる強さなんだ!本当はお前にももう……見えてるはずだぞ!?」

「教官の強さ……藤堂 黒乃にも通じる……?解らない、私には……。」

 

 なんというか、ラウラたんの言葉も正解だし……イッチー達の言葉も正解に近い気がする。でもまぁ、俺の強さがちー姉に通じる……ってのだけは否定しておくよ。俺はそこまで気高くも誇り高くもない……汚い人間だもん。だけど今はせめて、どんな形だって良いんだ……1つの答えをラウラたんに見せてあげたい。

 

「シャルル……決着をつけよう!」

「……うん!」

(ラウラたん、ボーッとすんな!試合はまだ終わっちゃいな―――)

「黒乃おおおおっ!」

 

 ええい、なんでこっちに来るんだい!?イッチーは解りやすい事に、俺の名を呼びながら突っ込んで来た。さっきと似たような状況だが、レーザーブレードの疾雷と迅雷なら問題ないだろう。俺は疾雷、迅雷を交差させるようにして、正面から受け止めた。

 

「……ありがとうな黒乃。お前のおかげで、大事なものは伝えれた。後はボーデヴィッヒ次第だ……だから!」

(くぉっ!?まずい……ラウラたんから引き離されてしまう!)

 

 イッチーは随分と押せ押せで、白式のスラスターを全力で吹かしちからづくにも俺を後退させる。OIB(オーバード・イグニッションブースト)の使用は……まだ不可能か……!そうこうしている間に、俺は地表近くまで後退させられてしまった。こうなったら、まだ地に足が着いていた方が踏ん張れる。俺は慎重に機体制御をしながら、刹那の脚部を接地させる。

 

(ラウラたん……ラウラたんは!?)

「クソッ!解からない……!解からない……!」

「これで……とどめ!」

 

 ラウラたんは迫るマイエンジェルにレールカノンを放って応戦してる……が、その表情は不安でいっぱいいっぱいの子供のようだ。きっとだけど、イッチーの言葉に思うところがあるんだろう。答えを見いだせてはいるが、それを認められない……と。オーケー……だったら、あともう少しじゃないか。怖がることなんてない……胸を張って、その答えに自信を持ってくれ。

 

(ただそれは……勝った後だって出来るさ!)

「しまった!?」

 

 OIB(オーバード・イグニッションブースト)……よし、クールタイムは終わった!それを確認すると同時に、俺は雪片を横方向へと弾く。そのまま雷火から黒い翼を吹き出すと、一目散へマイエンジェルとラウラたんの元へ飛ぶ。マイエンジェルが構えているのは、盾殺しの異名を誇るパイルバンカー……灰色の鱗殻(グレー・スケール)

 

 俺はこの時にはもう悟っていた。マイエンジェルの攻撃を止めるには、もう手遅れだと。だが、ラウラたん……まだキミの盾になるって選択肢は残されてるからね!本気になった俺の想いって名の盾……貫けるもんなら貫いてみな!俺はOIB(オーバード・イグニッションブースト)の勢いそのままに、ラウラたんへ抱き着いた。

 

「「!?」」

「で、でも……そのまま!」

(がっ……かはっ……!?)

 

 ズガン!と爆薬が炸裂する音と同時に、俺の左わき腹へととんでもない衝撃が走る。OIB(オーバード・イグニッションブースト)を使ったが、なんとかエネルギー残量はあるし、今のだって絶対防御は発動してる。だけど……絶対防御アリで、こんなにも痛いのか……!?俺はそのまま、ラウラたんを抱きしめたまま墜落してしまう。

 

「このっ……何故、何故なんだ!どうして貴様は、そう頑なに私を庇う!?」

「みい……出して……答えを……。」

「!?」

「手を伸ばせば……きっと……きっと……届くから……!」

 

 ラウラたんは、俺の腕から簡単に抜け出す。それもそうだ……俺の腕には、ろくに力なんて籠ってないもの。まだ戦えない事も無い……けど、もうリタイヤも同然だ。だからせめて伝えたい事があった。俺はラウラたんへと手を伸ばすと、シュヴァルツェア・レーゲンに包まれた手を握る。

 

「だから……戦って……!」

「戦……う?」

 

 この時の俺は、それがラウラたんにとって最良だって思ったんだ。だからこそ、俺がラウラたんを追い詰めた。自分に……酔ってしまっていたのかも知れない。だって俺の言葉が、アレの引き金になってしまったから……。俺は、とんでもない過ちを犯してしまったんだ……。

 

 

 

 

 

 

「…………っつ!」

(なんだと……いうんだ……!)

 

 度重なる私を庇うという行為……今までのだったらまだ理解が及ぶ。しかし、藤堂 黒乃は……絶対防御に回せるエネルギーもほとんどない状態でパイルバンカーを私の代わりに受けたのだ。バリア貫通の衝撃が凄まじかったのか、藤堂はまるで立ち上がる事が出来ない。それどころか、左脇腹を押さえて小刻みに震えている。

 

「このっ……何故、何故なんだ!どうして貴様は、そう頑なに私を庇う!?」

「みい……出して……答えを……。」

「!?」

「手を伸ばせば……きっと……きっと……届くから……!」

 

 私が憤りと不満をぶつけると、藤堂は無表情ながらも……必死な様子で私にそう伝える。答えを見いだせ……?そんなもの、とっくの昔に見えている。私に足りん物とは、教官のように絶対的な力……。そのはず……なのに……!どうして私は、藤堂や織斑 一夏やシャルル・デュノアの言葉に……恐怖を覚えているんだ!?

 

 知るのが怖い?理解するのが怖い?……そんなはずはない!教官の力の出所が、そんな甘っちょろい要因なはずもない!だからもう止めろ……。私は藤堂に、教官と同じものを感じ始めていた。それどころか、教官と藤堂が重なって見える幻影すら浮かぶ。

 

(違う……違う違う違う!そんなはずはない!認めてたまるか、そんな事!そうだ……力だ……私にもっと力さえあれば、こんなまやかし……すぐに消え失せるハズなんだ!)

 

「だから……戦って……!」

「戦……う?」

『力が欲しいか?』

 

 藤堂の戦えという言葉の後に、然りと私は聞いた。力……?そう、力があれば、力があれば、力があれば……!戦わねば、戦わねば、戦わねば……教官を穢す全てと、教官の栄光を蔑にする全てと。教官のように絶対的で、唯一無二で、比類なき力で戦わねばならんのだ。

 

 そう……私が示す、私が教官と同じに、私が教官、私が織斑 千冬。私が私、絶対的で唯一無二で比類のない私。私にならねば、戦わねば、力があれば、私にならねば……!私は……私になるんだ!……瞬間、意識がどす黒い何かに飲まれるような感覚を覚える。

 

「あっ……ああ……ああああああっ!」

 

 藤堂が私を掴んでいた手が離れると、私の意識はますます深い黒へと沈んでいく。その様相は、まるで底なし沼を呈していた。何処か、身を委ねてしまいたくなるような……。しかし、それは甘い罠。深い黒のそこには……何もない。そう……空っぽな私が墜ちるには、ふさわしい場所であった……。

 

 

 




(勘違い要素は)ないです。


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第43話 並び立つ2人

(なんで……どうしてこうなる……?)

 

 本気で頑張ろうって、ラウラたんの為になる事をしようって……そう思ってたのに、結局はこの体たらくなのか……?目の前で叫び散らすラウラたんを見ていると、とんでもない虚無感と絶望感が身体にのしかかる。俺が……余計な事を言ったから……。戦えなんて、ラウラたんに言ったから……!

 

「何やってんだ黒乃!今のボーデヴィッヒは明らかに普通じゃない!」

(あ……イッチー……。)

 

 悔しさのあまりに動けないでいると、慌てた様子でイッチーが俺を持ちあげ後退する。確かに……普通じゃないよねぇ。ラウラたんのシュヴァルツェア・レーゲンは、まるでスライムのように流動しているのだから。そしてどす黒い色のスライムは、ラウラたんを包み……やがて何かの形を象る。

 

「あ、あれってもしかして……!?」

「雪片……!」

 

 ISに関わっている以上は、マイエンジェルも見覚えがあったらしい。そう……まるで第1世代型のISかのような形状に収まったソレは、その手に雪片そのものでしかないブレードを握っていた。それを見たイッチーは、まるで親の仇を前にしたかのような顔つきに変わる。

 

 ヴァルキリー・トレース・システム、通称はVTシステム。モンド・グロッソにおける部門受賞者の動きをトレースさせるという代物だ。どういった形状になるかは、操縦者の意思……願望と言いかえた方が良いのかも知れない。つまり、ラウラたんがそうある事を望んだが故の……雪片だ。

 

「…………フーッ!オーケー……落ち着いた。シャルル、黒乃の事を頼む。」

「まさか、アレと戦う気!?確かに白式のエネルギーには余裕があるけど―――」

「シャルル、頼む。」

「…………解かった。黒乃、立てそう?」

 

 原作では、姉のオンリーワンを模倣したアレに激昂していたイッチーだった。が、イッチーは歯を食いしばって何かを堪える様子を見せると、次の瞬間にはキリリと男らしい顔つきになっていた。そしてマイエンジェルに俺の事を頼むと、悠然と雪片弐型を構えて見せる。

 

「黒乃。」

「…………?」

「力ってさ、何が正しいとか間違ってるとか、そんなのは存在しないと思うんだ。……頭の悪い俺にはよく解からないけど。ただ、黒乃や千冬姉を見てると……思うんだ。力って、強いって、こういう事なんだろうなって。馬鹿な俺でもなんとなく……それだけは解る。俺に解るんだから、ボーデヴィッヒに解らないはずないよな?」

「…………。」

 

 マイエンジェルの手を借りながら立ち上がっていると、イッチーが俺に対してそう語りかけてきた。まぁ……俺に関しては的外れも良いとこだけど、確かに……ちー姉は背中で語ってくれる。俺もイッチーと同じで、ちー姉の強さの源流ってのは理解してるつもりだ。ラウラたんに関する問いにも同意しておく。

 

「だからさ、見ててくれ。俺は俺をアイツにぶつける。それがきっと―――」

『――――――――』

「アイツに俺が言いたい事を伝える事になると思うから!」

「一夏……。……さ、黒乃……僕らは離れてよう。」

 

 イッチーはその言葉を最後に、暴走中のラウラたんへと突っ込んで行った。2本の雪片がぶつかり火花を散らすよりも前に、マイエンジェルは俺を後方へと下げてくれた。ぐっ……!でもやっぱり、灰色の鱗殻(グレー・スケール)の打撲痕が痛む……。マイエンジェルが少しでも力を緩めると、思わず片膝を着いてしまった。

 

「ああっ!?ご、ごめんね黒乃……。その、僕のせいでこんな。」

「それは違う。」

「え?あ、あぁ……うん、ありがとう。」

 

 それは試合だから仕方のない事だし、何より俺がやりたくてやった事だ。マイエンジェルが罪悪感を感じるのは、筋違いでしかない。……という意味を込めての違いますだったが、どうやらマイエンジェルには通じたらしい。しかし、イッチー……大丈夫かな。

 

 いや、俺に出来る事は……イッチーの邪魔にならない事だ。疾雷と迅雷……は、ラウラたんを庇う前に仕舞ってたか。肩まで手を伸ばすのも億劫なので、俺は神立を引き抜いて杖替わりに立つ。刹那のエネルギー残量からしても、ピットへ戻る余裕くらいはあるな。

 

「黒乃……。そっか、そうだよね。黒乃にとっても織斑先生はお姉さんだもん。一夏と一緒に戦いたいよね。僕のリヴァイヴ、コアバイパスでエネルギーを送れるから……それで少しは足しになると思う。」

(は……?いやいや、違う……違うから。マイエンジェル、れれれ冷静になれ……。)

「キャッ!?お、落ち着いてよ……すぐに済むから。」

 

 コア……バイパス……?ハァッ!?わ、忘れてたああああ!そうか、そうだった……。原作と違って、イッチーは相当な余力を残して暴走ラウラたんと戦っている。そうなると、今俺の状態が原作のイッチーに近いんだ。俺が立ったのを戦闘継続の証だと思ったマイエンジェルは、着々とエネルギーを刹那へと移し替える。

 

「……はい、これで大丈夫なハズだよ。黒乃、頑張って!キミと一夏が揃えば絶対に大丈夫だから!」

(チッキショー!またこのパターンかよぉぉぉぉ!)

 

 エネルギー転換を終えたマイエンジェルは、凛々しいかつ可愛らしい表情でそう言う。前のモッピーの時と同じく、こんな事言われたら俺には断れない!マイエンジェルに向かって頷くと、グングンと刹那を加速させ暴走ラウラたんへと迫った。

 

(エネルギー……使えてQIB(クイック・イグニッションブースト)OIB(オーバード・イグニッションブースト)のどっちかくらいだな……。ま、残りはイッチーに任せるとして……。)

「黒乃!?」

(俺は俺のやれる事を……死なない程度に頑張ろう!うん、死なない程度に!)

 

 ラウラたんがこうなったのも俺の責任だし、自分の尻は自分で拭おう……死なない程度に。未だ地表近くで斬り合いをしていた2人に接近すると、一撃離脱するつもりでラウラたんの真横から神立を振るう。しかし、それは不発に終わった。なんとラウラたんは雪片を豪快に振り回すと、俺と一緒にイッチーまで吹き飛ばしてみせる。

 

「ぐっ……!黒乃、お前……。いや、やっぱなんでもない。」

「…………。」

「俺と一緒に戦ってくれ。黒乃が隣に居てくれるんだったら……俺は、なおさら頑張れるから。」

 

 イッチーは、数瞬だけ俺の身を案じるかのような顔つきになった。だが、途中でそんな事言うのは無粋か……みたいな笑顔を浮かべやがる。言ってよ、今すぐ下がってくれって……。まぁ良いか、確かにイッチーと一緒に戦うってのは……最高のシチュエーションなんだろうからさ。

 

「行くぞ、黒乃!」

(あいよ、イッチー!)

『――――――――』

 

 イッチーが右方向へ大きく旋回するように飛び出したのを見て、すかさず俺は左方向から大きく旋回するようにラウラたんへ迫る。……初動でイッチーの考えてる事が理解できるって、俺も相当……い、いや……この考えは後にしとこう!さて、左右からの同時攻撃だ。さっきみたいに油断はしないぞ……。

 

『――――――――』

「なっ、クソっ!こんなのでもやっぱり千冬姉なのか……!?」

(そう言いたくなるのも解るよ……!)

 

 ラウラたんは、神立を雪片で受け……雪片弐型をガッチリと手で掴んでいた。そしてそのままイッチーを俺へと放り投げて来るが、それは跳び箱が如く回避。しかしだ、上を越えてくるのは予想通りだったらしく……その先にはラウラたんが待ち構えていた。い、いやああああ!

 

(あ、あっぶねぇ……!)

『――――――――』

 

 剣道の面みたいに頭上へ雪片を構えているのが見えたから、俺はとっさに神立を真横にして防御の体勢をとる。俺の方が速かったようで、雪片はギリギリところで防ぐことに成功だ。だけど、この目の前に雪片が迫ってる状況をどうにかしたいよぉ!

 

「黒乃!」

(おうよ、イッチー!)

 

 ……なんだろうか、イッチーが俺の名前を呼んだだけで……何が言いたいか解ってしまった。…………イッチーがどういうつもりで俺の名を呼んだかというと、今のは急いでそこから退いてくれって事。なんとか勢いよく神立を前に押し出すと、雪片の刃が離れた。その隙を突いて離脱すると、響いたのは発砲音だ。

 

「よ、よし……当たった!」

(銃……原作では落ちたの拾ってたけど……。まぁ良いか、細かい事は何だって!)

 

 どうして発砲音?と思っていると、ハイパーセンサーにはハンドガンっぽい武装を構えたイッチーが。その弾丸は、見事にラウラたんへと命中した。遠方からの攻撃は予想外だったのか、ほんの数瞬だけたじろぐような仕草を見せる。……来た……一瞬の隙!それを理解するよりも早く、俺は本能的にQIB(クイック・イグニッションブースト)を使っていた。

 

 開いていた間を一瞬で詰め……神立の刃をラウラたんの腹部へ押し当て……斬る!……斬る!……あり?刃が滑らせない……。御存じの通り、刀ってのは叩きつけただけではあまり効果を生まない。相手に押し当て、そこから刃を滑らせ致命傷を浴びせるのだが……。どういう事か、神立がこれ以上動かせな……って、あぁ!?

 

『――――――――』

(神立思いっきり握られとるぅぅぅぅ!?)

 

 神立の鍔付近……刃の根元にあたる部分を推し当てていたわけだが、先の方をガッチリと掴まれているではないか。く、くっ……神立の長さが仇になってるな。……ふぉ!?ラ、ラウラたんが雪片振り上げて……!さっきも言ったが、QIB(クイック・イグニッションブースト)OIB(オーバード・イグニッションブースト)どちらか1回使えて限界……今の刹那はそんな状態だ。つまり―――

 

「一夏ぁ!」

「っ!?黒乃……!ああ、任せろ……黒乃ぉ!」

 

 死ぬ……1撃喰らったら死ぬぅ!かなり慌てた俺は、イッチーを一夏と呼んで意思伝えた。要約すると……はよ!零落白夜はよ!……という事。俺はより早く零落白夜をラウラたんへ当てるために、雷火を通常運行で限界まで速度を上げる。……ハッ!?神立から手を離せば早かったじゃん!ま、まぁ良いや……このままいっけー!

 

「おおおおっ!せええええええい!」

(ぬどらぁああああっ!)

『――――――――』

 

 俺とイッチーは、お互いの位置が入れ替わるようにすれ違いざまに刃を振るう。零落白夜が当たった為かは知らないが、神立はラウラたんの手から離れて刃を滑らせる事に成功した。なんかこう……自然にコンビネーション必殺みたいになったな。お互い背中だけ見せて動じない俺達……なかなか絵になっている気がするぜ。

 

「おっと、危ない……。」

 

 ハイパーセンサーに敵対反応はなし……勝ったんだ。その証拠に、ラウラたんを包んでいたスライム状の物体は飛散していった。そこから倒れ込むように出てきたラウラたんを、イッチーはしっかりと受け止める。ラウラたんは……子供のように寝息をたてている。

 

「…………。」

(どったのイッチー?)

「ああ、いや……なんか変な空間?みたいなとこでさ……ボーデヴィッヒと話したような気がして……。」

 

 へぇ……決着の前の一瞬で、原作におけるあの現象は起きてたのか。原作でも詳しく言及されていないため、IS操縦者同士が心を通わせた……程度の事しか解んないけどね。しかし、やっぱり俺じゃダメなんだな……。主人公様様だよ、イッチー。……かっこよかった。

 

「一夏ー!黒乃ー!やったね~!」

「ああ、シャルルもお疲れ!黒乃、お前もな。さぁ、皆のところに帰ろう!」

 

 イッチーはそう言いながら、俺の頭を優しく撫でた。む、むむむむ……も、もう取り乱しはしないぞ!……やっぱり照れはしてるけど……。まぁ……たまにはこういうのも悪くない……あぁ、悪くない。さて、それはさておき……遠くで手を振ってる天使の元へ急ぎましょうかね。

 

 

 

 

 

 

『ご弟妹(きょうだい)……ですか?』

『ああ。あの2人を見ていれば、なんとなくそういう事を考えさせられる。強さとはなんたるか、とな。』

『……理解が及びません。』

『今はそれで良いさ、ハッキリと答えがあっていいはずもない。まぁ、日本に来る事があれば会ってみろ。ただ、弟の方には注意しろよ。隙を見せれば惚れさせられるぞ。』

 

 暗い意識の最中、教官と話した事を思い出していた。何故今になってこんな事が思い浮かぶのかは解からないが、ただ……私は羨ましかったのだ。弟と妹を語る教官の顔は、間違いなく姉そのもので……。私には向けられた事のない一面だった。

 

 そんな弟と妹の持つ強さとは……。私はその答えを知りたくて、知れば知るほど……理解はしたくなくなった。だってそれは、私の中にある教官を否定するものだったから。ただ、哲学的な概念だ……明確な答えなんてある事がまず可笑しな話ではある。だが、その中の1つ……織斑 一夏と藤堂 黒乃の持つ答えは、随分前から見えていた。

 

『考え過ぎ、前から思ってたけど……お前ホント石頭だよな。』

(何だと貴様……。)

『理解したくないってお前の気持ちは解る。けど、二の足踏んでて前に進めるか?進めないだろ。』

 

 暗い空間に小さな光が瞬く。すると何処かからか、織斑 一夏の声が響いた。優しげな声色のその声は、聞いていると酷く安心するような気がした。諭すような口調でそう語りかける織斑の言葉をに対して、真剣に考えを巡らせる。とりあえず進めるか否かは、ノーに決まっている。

 

 だから私は歩みを止めなかった……ふりをしていたんだ。実際は、見えた答えを恐れて……八つ当たりをしていたに過ぎない。その被害にあったのは、間違いなく教官の弟と妹……。さっきもそうだ。認めたくないからと逃げて、私が教官になってしまえばと……力に振り回された。

 

『……大丈夫だ。俺も黒乃もそんなに気にしちゃいない。だから……怖がらなくったって良いさ。』

(己の弱さを認める事……貴様は怖くないのか……?)

『いや、怖い。そんなの誰だって怖いに決まってる。だけど、俺に歩みを止めてる暇はないんだ。』

(強いな……お前は……。)

 

 私に出来なかった事を平然とやってのけるならば、やはりそれは私の上をいっているという証拠……。そうか、私はこの強さに負けたのだな。自分の弱さを認めて、向き合って、少しだろうと前に進む。こんな簡単な事も出来んとは、教官もさぞ私に失望して……。

 

『ちょっと待て、勝手に1人で自己完結すんな。俺は弱いよ。弱いから、少しでも前に進みたいってだけだ。』

(それならば私は……いったいどうすればいい……?)

『……俺の隣には、全力疾走して前に進んでる大事な人が2人も居る。並走するのがやっとくらいなんだけどな、いつか絶対追い抜くんだって思ってたら……怖いなんて思ってられない。……それだけの事だ。』

 

 ……何処か自嘲するかのように、織斑の声はそう言う。あまり自信はなさそうだが、私にとっては……ますます強い奴だと思い知らされる。やはり私には、追いかける事しか出来なかった。追い抜こうなどど、考えすらしていなかった……。そうだ……いつまでも背中ばかり追いかけていたって何も始まらんではないか。

 

『そう、その意気だ!もし……それでも前に進むのが怖いってんなら……俺が着いてる!俺達が側に居る!ここは……そういう場所だからな!』

(……今更私が、のうのうとお前達に……。)

『何言ってんだ、スタートラインなんて勝手に自分で作り直せば良いだろ。だからほら……一緒に行こうぜ!』

(あぁ……なるほど、これは……)

 

 確かに惚れてしまいそうだ。瞬くような弱い光は私に向かって手を差し伸べているような気がした。私も、その光を掴むように手を伸ばす。するとどうだ……弱い光は徐々に大きくなっていき、一面に広がる暗闇を照らした。やがて光は私を包み、そして―――

 

「んっ……?」

 

 目映い光に思わず目を閉じていたが、薄く目を開けば……そこはどうやら保健室のようだ。夢……だったのか?いや、あれは確かに私の意識で……織斑との対話。わけが解らんなりに、状況を整理しようと上半身を起こす。しかし……頭がボーッとしてまともな考えが浮かばん。

 

「目が覚めたか?」

「織斑先生!?」

 

 タイミングの良い事で、保健室に寝かされた私の様子を教官が見に来た。教官を目の前にしたせいか、私の頭は一気に冴えた。それと同時に、私に何が起きたのかも思い出す……。少し目を伏せた私に対して、教官はいつも通りの堂々とした態度で、私へと向けて告げる。

 

「VTシステムを知っているか?」

「ヴァルキリー・トレース・システム……ですね?」

 

 教官曰く、我がシュヴァルツェア・レーゲンへと巧妙にVTシステムが組み込まれていたそうだ。本来はエネルギー切れがトリガーになるよう設定されていたようだが、操縦者の願望に依存するところも大きいとか。……それは、私が余程教官になりたかった……という事か。

 

「VTシステムは知っての通り条約違反だ……。お前に身に覚えが無かろうと、委員会からの取り調べを受ける事になるだろう。」

「……はっ、了解しました。」

「だからここは学校だと言っているだろうに。まぁ良い……確かに伝えたぞ。」

「あの、織斑先生。貴女からの宿題……今この場で解答させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 要件を伝えると、手早く去ろうとする教官を引き止める。教官は振り向きすらしないが、一応は立ち止まってくれた。その背中が、とっとと話せと語っているように思える。私はこれまでの事と、先ほどの事を思い出し……自分なりに得た解答を、自信を持って教官へ語る。

 

「力とは、強さとは……前に進もうとする意志なのではないでしょうか。そして私に足りなかったのは、何の為に力を振るうか理解しようとしなかった事です。」

 

 私は確かに前には進んでいた。ただ……それは教官の虚像をただただ無意味に追い続けていただけだった。だからこそ今までの私の力は、暴力の域を出なかったのだろう。それも1つの力の形なのかも知れんが、今ならハッキリと解る。私の進むべき道には、単なる暴力など必要ではない。

 

「私は……貴女になる為に力を振るいません。私は私……貴女にはなれない。私はラウラ・ボーデヴィッヒ。私は私のままで、貴女を超える為に強くなってみせます。」

「なるほどな……悪くない答えだ。……励めよ。」

「はっ……はい!」

 

 私の言葉を聞いた教官が、少し笑った……気がした。すると予想外な事に、激励の言葉をいただける。ここは学園で、そういうのは必要ないと言われてはいるが……私は思わず敬礼して返事をしてしまう。私の返事を聞くと、教官はまるで満足したかのように保健室を出て行った。

 

『ああ……妹の事で1つ思い出したんだが。そちらにも気を付ける事をオススメしよう。』

『それは何故です。妹であるならば、私と同性なはずでは……。』

『アイツは男タラシ女タラシと言うよりは……人タラシだ。弟の方は気をつけていされば大丈夫だろうが、アレの人タラシっぷりには参るぞ。恐らくお前も、いつの間にやら―――』

 

 ふと、あの時の会話の続きを思い出した。ハハッ……どちらも教官の言った通りになってしまうとは、私の道もまだまだ解った物ではない……という事か。……八咫烏と畏れられながらも、藤堂があんなにも慕われているのは……私が、今まさに抱いている感情があればこそなのだな。私は自分自身に呆れるような……それでいて確かな満足感を胸に、バタリとベッドに倒れ込み天井を仰いだ。

 

 

 




黒乃→違ああああう!マイエンジェル、エネルギーとかいらないから!
シャルロット→黒乃が一夏と戦いたいって思うのは当たり前だよね!


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第44話 疑惑 陰謀 因果関係 

「え~……皆さん。今日はですね転校生?の紹介をしたいと思います……。」

 

 暴走ラウラたんとの激闘を繰り広げた翌日、山田先生が混乱した様子でホームルームを始めた。そして初めにそんな事を言うので、また転校生かと女子達は騒ぎ出す。しかし、ちらりとマイエンジェルの席に目をやると……そこは空席。これが何を意味しているか、俺にはすぐに察しがついた。

 

「それでは、入って下さい。」

「はい。」

 

 返事と共に教室へ入って来たのは、長い金髪を束ね紫色の瞳をした美少女である。というかもう、マイエンジェルな。マイエンジェルを中性的な美少年だと思い込んでいた女子達は、ポカンとした表情を浮かべる事しか出来ない。そんな空気感を物ともせず、釈然とした態度でマイエンジェルは告げる。

 

「改めまして、シャルロット・デュノアです。皆さん、よろしくお願いします。」

「と、いうわけでして……デュノアくんはデュノアさんだったそうです。」

 

 山田先生がマイエンジェルは男じゃなくて女ですよとご丁寧に説明するが、もはや1組の女子は聞いちゃいない。事情を知っていたイッチーと鷹兄は、どこか嬉しそうな表情でマイエンジェルを眺めている。でもイッチー……キミはそんな表情してられなくなると思うんですけど(名推理)

 

「あれ……?昨日って確か、男子が大浴場つかってなかった!?」

 

 ほぅら来た。ザワザワと喧騒の最中というにも関わらず、大浴場を男子が使ったという発言は良く通る。それを機に、ザワつきは徐々にボルテージを上げて行く。あれ、それにしてはイッチー……まだ余裕のありそうな表情だな。死にゆく定めだと悟ったか?

 

「一夏ぁ!死―――」

「うおおおおっ!?鈴……待て、落ち着け!風呂の件なら俺は無実だ!」

「……は?どういう事か説明しなさいよ。」

 

 なんと、なんと……!イッチーはマイエンジェルとの混浴を回避したとの事!馬鹿な……自分からそんなイベント回避していくスタイルって、イッチー……キミはやっぱりホモなんじゃないだろうね。確かに学生の身分でKENZENじゃないのは解るけど……。

 

「俺はシャルロットの事情は知ってた。けど、風呂は一緒に入ってない。怪しまれるとまずいから、脱衣所までは一緒にいたけどな。」

「…………。」

「ほ、本当の事だよ……。……僕は一緒が良かったけど。」

 

 ふむ、だからこそイッチーは余裕そうな表情だったんか。鈴ちゃんに無言で睨まれたマイエンジェルもそれを肯定したが……呟いた言葉は聞き逃さなかったぞ。ああ、羨ましい……。まぁ良いや、騒ぎにならない方が俺としては良いしね。でも、鈴ちゃんは疑り深い目でイッチーとマイエンジェルを何度も交互に見つめる。

 

「アンタ、本当にやましい事してないんでしょうね?」

「ああ、勿論……。…………あっ!?」

「あ?今あって言ったわよねぇ。」

「い、いやーどうだろうな、微妙なとこだと思う……。」

「微妙!?それは流石に聞き逃せないよ!女の子の裸見て微妙だなんて―――」

「アウトオオオオっ!」

 

 鈴ちゃんとの会話中に、どうやらイッチーはマイエンジェルの全裸を目撃したのを思い出したらしい。素直なイッチーは、何か思い出し事を一瞬で露呈した。で、それをやましい事かどうか判断しかねる発言をしてしまい……結局のとこ全裸を見たのは鈴ちゃんにばれてしまう。

 

 鈴ちゃんは展開状態の甲龍から衝撃砲をぶっぱするが、それに対して微動だに動かない俺氏。だって、展開的に変に動くと逆に危ないんだろうし……。衝撃砲が放たれると共に爆裂音が響くが、特にこれといった被害はない。何故なら……ラウラたんがAICで衝撃砲を相殺してくれたからだ。

 

「……おお、ボーデヴィッヒか。助かった……ってか、シュヴァルツェア・レーゲン……もう治ったんだな。」

「ああ、近江先生が半日でやってくれた。それよりも……。」

 

 は、半日……?あ、ほんとだ……レールカノンがちゃんとついてる。原作では予備パーツで無理矢理組んだみたいな事を言っていたけど、鷹兄もたいがい常人離れしてるんだなぁ……。それはさておき、此処からはどう動くかキチンと考えないと。ラウラたんはイッチーの胸ぐらを掴むと、自らの方へ引き寄せその唇を……。

 

「へ?あっ……な、なんでだよ!?フンヌッ!」

「んっ……。何故避ける?私では不服か……?」

「な、なんでって……それは……。」

 

 イッチーは必死な様子で体をねじらせ、ラウラたんのキスは頬に着弾する。何故避けたのか、その理由をラウラたんが問い掛けてもどもるばかり。……しきりに俺へと視線を送るのはどうしてだい?イッチー。いやね、オジサン羨ましいとは思うけどさ……別に怒ったりはしないけど。

 

「……まぁ良い、インパクトが大事だと言われただけだしな……。あーゴホン!お前は私の嫁にする、異論は認めん!」

「嫁……?婿じゃなくてか?」

「日本では気に入った者を嫁にするのが一般的習わしだと聞いた。それ故、貴様は嫁だ。」

 

 あのねラウラたん……確かに俺にも嫁はいっぱい居るよ?けどね、それはあくまで二次元限定であって……。昔からそんな習わしがあったとすれば、今ごろの日本はどうなっていた事やら。……いや、多分ダメだ。喋れたとしても、ラウラたんには聞き入れてもらえなかったろう。

 

「一夏~?今のに関しては言い訳あるかしら~?」

「ちょっと待て、俺は被害者だろ!?」

「そして藤堂、これはお前次第だが……。」

「…………?」

 

 あれ、俺もか?確かに二次創作に置いては、ラウラたんになんて呼ばれるかも醍醐味ってかそんな感じの物だけど。現実に目の前で起こると、何だか恐縮してしまう。というか、ラウラたんが俺に話しかけてる背後で……イッチーは大変な事になってるんだが良いのかな?主に、4人の修羅に囲まれて……。

 

「良ければ、姉様と呼ばせてもらえないだろうか!?姉様と嫁は家族同然というわけで、その婿たる私にとってもつまるところ姉様で……その……。」

(かっ、かっ……可愛い!勿論、そんなの良いに決まってるじゃん!)

 

 姉様とはオーソドックスなとこ突いて来たとは思ったが、ストレートな分破壊力は絶大だった。それも頬を紅くしながら、更にはモジモジしながらそう言うもんで……そんな可愛いお願いのされ方をして、この俺が断れるはずもない。俺は即答で、首を縦に振る。

 

「ほ、本当か!?ありがとう……姉様!」

(グッハァ!?も、悶え死ぬ……可愛さ余って悶え死ぬ……!い、今はそれよりもだね……。)

 

 とにかくイッチーを助けてやらんと……ってか、むしろヒロインズ……キミたちの為だ。何度も言うがね、イッチーに対して暴力を振るうのはますますキミ達の想いを遠ざける。ジャンプしつつ刹那を展開した俺は、モッピー、セシリー、鈴ちゃんの足元に神立、疾雷、迅雷以外の刀を投げつけた。

 

 叢雨、驟雨、紅雨、翠雨は、モッピー達の足元へサクサクッと突き刺さる。俺はその間に神立を抜刀。イッチーとマイエンジェルの間に割り込むと、既に構えの体勢をとっていたグレースケールを弾く。そのまま神立の刃を、マイエンジェルの首元へそっと置いた。

 

「藤堂、良くやった。床の傷以外は完璧だ。」

「お、織斑先生!?」

「さて、朝から騒ぎ立てる愚か者は何処のどいつだ……うん?」

 

 えへへ~……ちー姉に褒められちった。……ってあれ?ちー姉……?褒められはしたが、ISの展開してる俺もまずいような気が……。俺を除いた6人に関しては、絶望を絵に現したような表情を浮かべている。とにかく、ちー姉の登場により……その場はなんとか収まった。

 

 しかし、6人に関しては……何か酷い目にあったらしく、放課後に揃ってアリーナでぐったりしてる所が目撃されたとか。俺はどうやら、一応ながら騒ぎを止めようとしたのが評価されたみたい。ただ、やはり無許可のIS展開は容認できないと……外周5キロのグラウンドを走りまわされる羽目となった。

 

 

 

 

 

 

「つ・ま・ん・な・い……の~!」

 

 薄暗いラボのような場所で、1人の女性が椅子から転げ落ち……ジタバタと床で転がってみせた。不思議の国のアリスに登場する主人公、アリスのようなエプロンドレスを身に纏い、その頭には思わず目を引くウサ耳カチューシャを装着している。その特徴で容易に想像が着くだろうが、この女性は天災……もとい天才科学者の篠ノ之 束。

 

 何がつまらなかったのか、その答えは彼女が先ほどまで見ていた映像が起因する。椅子から落ちる寸前まで見ていたモニターには、黒乃の姿が映し出されていた。同じ画面に一夏やラウラが映っている事から、映像はどうやら先のタッグマッチの場面らしい。

 

「く~ろ~ちゃ~ん……有象無象なんか庇っちゃって……。思いっきり暴れてくれたら束さんは満足なのにさ~。」

 

 床をゴロゴロ……ゴロゴロ……まるで子供が遊んでいる様に転がる。そうして束は、まるで本人を目の前にしているかのように不満を口にした。束はどうやら、黒乃がラウラを庇った事に関して良く思って居ないようだ。それもそのはず、束が期待しているのは……思うがままに暴れる黒乃なのだから。

 

「なんの為のISなんだか……。もぉ……IS学園てくろちゃんの枷だらけじゃん。いっそどうにかこうにか学園を―――」

 

ピリリリリ……

 

「この着信音は!?とう!」

 

 束はさっきまでの不機嫌そうな表情は何処へやら、ヘッドスライディングの要領で携帯電話へ文字通り飛び付いた。その際に様々な物品を蹴散らしているのだが、そんな事を気にする概念を束に求めるのが間違いだろう。束は手に収めた携帯電話を、即時通話可能な状態へと切り替えた。

 

「もすもす終日?」

『…………。』

 

 ハイテンションな声色で通話機に言えば、帰って来たのは通話が切れたツー……ツー……という虚しい音のみ。これには束もギョッとした様子を見せると、わたわたと慌てながら携帯電話を操作する。しかし、そんな事をしている間に、向こうの方から再び電話がかかった。

 

「はいはーい!皆のアイドル束さんだよーっ!」

『…………。』

「ちょっ、ちーちゃんちーちゃん……無言芸は止めようよ。束さんのピュアハートがメソメソしちゃう。」

『その名で呼ぶな。』

「おっけぇいちーちゃん!」

 

 懲りないのも束の性分だろう。2度目も冗談めかした様子で電話に出ると、帰って来るのは無言のみ。ただ、さっきと違って切られないだけ交渉の余地はある。そう考えた束は、すかさず会話を継続させるために適当な言葉を紡いでいく。その思惑を知ってか知らずか、電話の相手である千冬は見事に釣られてしまう。

 

『もう良い……。手短に言うぞ。お前……今回の件に関与していないだろうな?』

「今回……ああ、あのブッサイクなアレの事?やだな~止めてよちーちゃん。この束さんが、あんな不完全な代物を造るわけないじゃん!」

 

 束の言う不細工なアレとは、シュヴァルツェア・レーゲンに仕組まれていたVTシステムの事だ。作る物は完璧で十全でなければ意味は無い。……というのが束のモットーである。つまり、束が仕組んだ事ならば……そう簡単に済む話では無かった。聞いている千冬からすれば、遠まわしながらもそう言っているように聞こえた。

 

「あーそうそう、今思い出したんだけど……アレ造った研究所なら地図から消えちゃったよ。もちろん犠牲者はゼーロー♪」

 

 いくら秘匿の存在であろうと、研究所ならば規模はそれなりだったはずだ。それを地図上から消し去っておいて、束はいけしゃあしゃあと思い出したと語る。それすなわち、忘れていたという事。束にしてみれば、本当にその程度の事としかカウントされないらしい。

 

『……そうか、解った。邪魔をした―――』

「ちょっと待ってくんない?少し聞きたい事があるんだけど……良いかな?」

『お前が私に質問……?まぁ構わんぞ。答えられる範囲ならばだが。』

「くろちゃん学園でどんな感じ?人生楽しく過ごせてるっぽい?」

 

 用事を済ませると同時にせっせと通話を終わらせようとした千冬だったが、予想外な事に待ったをかけられる。曰く質問があるというではないか。この世において知らない事の方が少なく思える束からの質問だ。千冬はどんな物が飛び出るのかと身構えたが、蓋を開けてみれば拍子抜け……黒乃に関する質問である。

 

『……お前の事だ。どうせ監視か何かして知っているのではないか?』

「ん~……そこは視点の問題かな。私主観じゃなくて他人の意見が欲しいの。」

 

 否定も肯定もしないあたり、明言を避けるつもりなのだろう。一応の考えは見通せているが、言うだけ無駄かと千冬は諦め半分で質問の回答を考えた。学園に来てから、今日までの黒乃を思い出す。そこから千冬の導き出した答えは……。

 

『何かと抱え込む性質のあいつだ……。楽しんでいてくれれば幸い……といったところか。ただ……お前の言いたいのはそういう事ではないのだろう?』

「まぁ日常生活に関しては、くろちゃんからすればいっくんさえ居れば満足かもだしね。そうそう、私が聞きたいのはもう1人の方の事だよ。」

『到底ありえんな。まだまだ余力を残しているに違いない。』

 

 千冬が言葉を濁したのは、黒乃が多くの者にとって畏怖の対象であるから。校内でも友人関係と言えば、それこそ一夏を中心とした僅かな面子のみ。だが僅かだろうと何だろうと、一夏達に囲まれている黒乃は充実感を得ているような気がしていた。

 

 しかし、それはあくまで通常の黒乃に限っての話だ。となれば残りは、黒乃に眠る内なる黒乃……。そちらの黒乃が人生を謳歌しているかどうかで聞かれれば、千冬は想像を遥かに超えて即答してみせる。千冬の全否定に、束はらしくもなくしばし間をあけてしまった。

 

「なかなかどうして……上手くいかないもんだねぇ。」

『黒乃の為に世界を変えておいて、弱音を吐く権利などないぞ。』

「そうなんだよ。くろちゃんの為にあるISなのにさ、周りの連中が全く追いつけてないじゃん?」

『果たしてこの先、選ばれた人間が現れるかどうかにかかるだろうな。』

 

 黒乃の為にと世界を変えたは良い物の、周囲の人間はまるで歯が立たない。束はまるでこれだから凡人はとでも言いたげだ。それに対して出た千冬の言葉には、努力だけではどうしようもない。持って生まれた才能がなければ黒乃には勝てないと言い切るかのようなニュアンスに聞こえる。

 

『…………。』

「ありゃ、急に黙っちゃってどったの?」

『……いや、何でもない。』

 

 実のところで、千冬は束を疑っている。疑わない方がどうかしているというのもあるが、現時点では限りなく黒に近いグレーといった認識だろう。周囲の人間が黒乃に追いつけないのなら、自らの手腕をもってしてそれを成し遂げる。と考えていると、千冬はそう思っているのだ。

 

 だからこそ、今回の件で電話を掛けたのだ。本人の談では不細工な代物であるというVTシステムだが、形振り構っていられずにシュヴァルツェア・レーゲンに仕込んだ可能性だって考えうる。言い出せばキリはないが、とにかく最も疑うべき存在であるのは確かだ。もう1人疑っている人間が居なくもないが。

 

『それで、質問とやらはもういいのか?』

「うん。まぁぶっちゃけ聞かなくても解ってた事ではあるし~。」

『だろうな。……邪魔をした。』

「いやいや、どうせ暇だったし問題ないよ!じゃあまったね~。」

 

 互いの用事は済んだ。そうなれば、千冬は手早く通話を終わらせる。束としてはいつまでも話していられるのだろうが、何かとドライな千冬に対してそんな要求をしても結果は同じだと1人納得している様子だ。通話が終わると、束は携帯をポイッと山なりに背後へ投げ捨てた。

 

ピリリリリ……

「ぬわっ!?なんというタイミング!」

 

 投げ捨てた携帯が落下を始めたと同時程に、またしても着信を知らせるテーマソングが響く。こうなれば地に着く前に確保したくなったのか、束はヘッドスライディングで飛び込み見事に携帯をキャッチした。しかし、やはり様々な物を蹴散らしながらだが……。

 

「もすもす終日?あ~うんうん、この間の件?ううん、あれホントに束さんじゃないよ!トラストミー。」

 

 どうやら通話相手は千冬ではないらしい。が、友好的に接している相手のようだ。その相手もVTシステムの件で束を問い詰めているようだが、何か千冬よりも包み隠さず話している印象を受ける。束は妙に片言な発音で、Trust meと言い放つ。

 

「へぇ、解ってたけど一応の確認ね。そもそもあのシステムの根本から私らしくないし、キミなら解ってると思うけど。」

 

 VTシステムとは、ヴァルキリートレースシステムの略称だ。つまり、どこまでいっても模倣の範疇を逸脱する事はない。そんなたかだかコピー品を束が開発するだろうか?もし束が開発するのなら、本物を超える何かを造り上げるはずだ。通話相手は、どうやら束に対しての理解が深いらしい。

 

「ああ、報告も兼ねてるんだ。ふんふん……次には余裕で間に合う?いや~助かっちゃうなぁ。ありがとね!お互いさま……?アハハ、それもそっか!じゃ、楽しみにしてるよ!」

 

 こちらの電話も要件は短いらしく、たった数回のやり取りで通話は終了した。束はしばらく携帯を手元に置いて、鳴らない事を確認してから再度投げ捨てる。携帯が床へ転げ落ちてうんともすんとも言わないのを見ると、なぜか束は小さなガッツポーズをした。今度は通話が来なかったからだろうか……?

 

「本当、楽しみにしてるよ。ねぇ?くろちゃん。それに……箒ちゃん。」

 

束はニコニコと愛らしい笑みを浮かべながらそう呟いた。綺麗な笑みである事に違いはない……が、やはり僅かながらの狂気を孕んでいるのも気のせいではないのだろう。そうして束はそんな表情のまま、ゆっくりと前へと進んでいく。数歩歩いた先に鎮座しているのは、まるで燃え盛る炎の如き真紅のISであった……。

 

 

 

 




千冬→どう考えてんも束の愉快犯としか思えんが……。
束→あれホントに私じゃないよーっ!


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第45話 ヤキモキお買い物(表)

「黒乃。」

「…………?」

「あの、少し頼みがあるんだけどな―――付き合ってくれ。」

「…………。」

 

 放課後、フラッといなくなる黒乃を捜していた。寮の方へ足を運んでみると、シンプルだが目立つ長い黒髪の少女を見つける。俺が黒乃を呼び止めると、その長い黒髪を翻しながらこちらへ振り向く。それに伴い、黒乃の方から鼻孔をくすぐる芳香が漂うもんだから……。ぐっ、すげぇいい匂い……。

 

 付き合ってほしいというのは臨海学校に向けて買い出しに行くから、それに着いてきてくれという事。……デート行こうぜって正面切って言えたら最高なんだろうけどな。臨海学校を口実に黒乃と2人きりで出かけようっていう魂胆じゃないのも確かなんだ。ええ、決してそんな魂胆じゃありませんとも。

 

「…………。」

「そうか、解った。じゃ、今度の日曜日な。調度いい時間に俺が迎えに行く。」

 

 黒乃は簡単な質問なら、こちらに気を遣ってなるべく早く回答してくれる。しかし、今のはしばらく考え込むような様子だった。首を縦には振ってくれたけど、今の間はなんだったのだろう。……不安になる。黒乃は俺と距離を開けたいんじゃないかって、そんな事を考えてしまう……。

 

 だけど逃げたくはない。俺は黒乃と踏み込んだ関係になりたいって思っているんだから、今回のこれはチャンスだろう。多少は強引だって言い。黒乃は嫌なら意思表示をしてくれるはずだ。その意思表示さえしっかり受け取れば、後は問題ないと思いたい。

 

 そうして黒乃を誘った日から数日経過し、やっとこさ日曜日が訪れた。本日の天気は快晴で、絶好の外出日和といったところか。日差しは若干キツくなりつつはあるが、やはり太陽が出ていると自然に気分も晴れやかになる。それで、黒乃とやって来たのは『レゾナンス』と言う名の駅前ショッピングモールだ。

 

 その規模は都内でも有数で、此処に目的の品が無ければ諦めろ……と言えば、此処の規模が解って貰えるだろうか。中学時代も良く遊びに来たものだ。俺、黒乃、鈴、弾、蘭……あと時々数馬で。数馬は何と言うか、珍しい事に黒乃が怖がってるみたいだし……。

 

「…………。」

「黒乃?急に立ち止まってキョロキョロして……知り合いでも居たか?」

 

 そんな事を考えながら歩いていると、黒乃が立ち止まった事に気が付いた。視界に入れてみると周囲を見渡している物だから、てっきり誰か捜しているのだと思ったが……どうやら違うらしい。俺も倣って周りを見ていたが、黒乃がピッと指2本を出したのが気になった。

 

「…………?」

「……ピース?じゃないよな。……もしかして、俺達2人だけかって聞きたいのか?…………。」

 

 キョロキョロ周囲を見て、そんでもってピースとか意味解からんだろうが俺のアホ。ピースでないのなら、それは数を差していると気が付いた。つまり私達2人だけかって言いたいようだ。……なんだよそれ。せっかく黒乃と2人きりなのに、誰かを誘うなんてありえない。

 

「……俺は黒乃と2人が良かったからさ。2人きりで、出かけたかったんだ……。」

「…………。」

 

 い、言った……言ってしまった。盛大に目をそらしながらになってしまったが、ついにそういった趣旨の言葉を放ってしまった。不安に駆られた俺は、視線だけ動かして黒乃の様子を確認する。すると黒乃は、まるで石のように固まってしまった。こ、困ってるのだろうか?解んねぇなぁ……。

 

「……とにかく、今日は黒乃と俺の2人だ。さぁ行こうぜ、時は金なりってな。」

「…………!?」

 

 気恥ずかしいという理由が強かったが、誤魔化すようにして黒乃の手を握る。よ、よし……ここは恋人繋ぎでだな……。スッと握り方をシフトチェンジすると、ハッキリと解るほどに黒乃の手がビクッと震えた。これもいったい

何の震えなのか解らない。けど、それこそ嫌なら振り払うはずだろうから大丈夫……なはず。

 

「「…………。」」

 

 俺は黒乃に気を遣わせたくないから、どんな下らない事だろうと話を振るように努めている。だけど、グルグルといろいろな考えが錯綜して上手く喋れそうにない。というかさっきから心臓の鼓動が五月蠅くてそれどころじゃないんだよ。もはや一周回って止まるんじゃないかこれ?

 

「おい、見ろよあれ……!」

「うおっ……すっげースタイル……。」

「これだから夏はたまんねぇよなぁ。」

 

 その時、数人の男たちの会話が耳に入った。もしかしなくても……黒乃の事を言っているんだろう。黒乃はショートシャツにデニムのショートパンツ……胸元は見えてるわヘソは見えてるわで……男が騒ぐのも良く解る。黒乃はきっと、自分のスタイルに自信をもっているに違いない。

 

 ……俺としては、もう少し露出は控えて欲しいんだが。黒乃を俺以外の男にじろじろ見られるのは嫌だ。弾とか数馬ならまだ構わないが、不特定多数の男ってなると流石に気分が悪い。まぁ……今は別に俺の黒乃とかそんなんじゃないのは解ってるけどさ。黒乃の為にもなるだろうし、行動に移すことにしよう。

 

「黒乃、立ち位置交代しないか?なんか、俺の歩いてる道の方が日陰だし。」

「…………。」

 

 きっと黒乃は、どうして俺がこんな提案をしたのかは解からないんだろう。もし聞かれたとして、答える事が出来ただろうか。……黒乃のその恰好、あんまり見られたくなかったから……と。いや、無理だろ。付き合ってもないのにどの面下げてそんな事言えってんだ。

 

「よし、それじゃ……気を取り直して行くか。」

「…………。」

 

 気を取り直して行こうというのは、相当に自分へ言い聞かせている。だってあれだ、勝手に1人でデートって思っちゃってるからな……。ああ、クソッ……!やっぱり勇気出してデートしようって言うべきだった。もう取返しもつかないし、買い物の方へ集中せねば。

 

 まずは……忘れない内に目的をクリアしておいた方が良いか。俺は黒乃を連れて、レジャー用品を諸々購入した。圧縮袋って、アレ便利だよな。かさばる服が一気にぺしゃんこだ。その分お土産を入れるスペースを確保……まぁ今回は課外授業なんだから関係ないか。

 

「えっと、これで大体の物は大丈夫……。黒乃は、忘れ物とかないか?」

「…………。」

「そっか、なら問題ないな。それじゃ次は……水着を見に行こうぜ。」

 

 黒乃と一緒に買い物袋の中身を確認して、忘れ物は無いか尋ねてみる。すると黒乃は、コクリと首を頷かせる。それならばと俺は意気込んで、次は娯楽関係を攻めていく事に。自由時間には泳げるみたいだし、黒乃も女の子なんだから新しい水着くらいほしいだろ。俺もついでに新調してみるか。

 

「ん~……あそこなんか良さそうだな。大は小を兼ねるって言うし。」

「…………。」

 

 水着の売り出しをしているフロアに行ってみると、不必要にすら感じられるほど大きな店舗があった。デカイ、とにかくデカイ。コンビニなんかよりは確実にでかい。いや、コンビニと比べたら大概の店が勝つか。とにかく黒乃に同意を求めてみるが、首を縦に振ったって事は賛成らしい。

 

「それじゃあ、俺は男性用の売り場に……ってそうだ。黒乃、調子はどんな感じだ?自分で好きなの選べそうか?」

「…………。」

「……ダメそう……か。それなら、俺が選ぶよ。先に黒乃のから決めようぜ。」

 

 店に入ってから思ったが、黒乃って好きに買い物出来ない時があったよな……?自分で選べそうならそうしてほしいところだが、黒乃からは何の返事も無い。どうやら、1人で選ぶのは難しいようだ。勢いで俺が選ぶなんて言ってしまったが、かなり無理はしてる。

 

 だって、女性用コーナーに入るのは精神衛生上よろしくないだろ。面と向かって入るのは、何か憚られるような秘密の花園ってかさ。……俺はその秘密の花園で高校生活を送ってるんだった。ええい、そうなれば後は度胸だ。俺は黒乃の肩に後ろから手を添えると、優しく黒乃を押して女性用水着コーナーまで全身する。

 

「そこの貴方。この水着、片づけておいて。」

「断る。見ての通り俺は忙しいんだ。」

 

 全く自分の事も自分で出来ないとは、最近の若いもんはどうなっとるんだ。俺には黒乃の水着を選ぶという使命がある為、生憎ながらあんなのを相手にしている暇はない。俺は構わず無視しようとしたが、向こうとしては俺の事を見過ごすわけにもいかないらしい。

 

「ふぅん、そういう事言うんだ。それならこっちにも考えが―――」

「そこの麗しいお姉さん。代わりに僕が承りますよ。」

「近江先生っ……!?」

「あら、良く解ってるじゃない。そっちのキミも見習う事ね。」

 

 なるべく視界に入れないようにしていたが、何処かで聞き覚えのある声が。……近江先生がそこには居た。近江先生はまるでこれがお手本だとでも言いたげに、女から水着を奪って自分が片づけると買って出た。近江先生にそんな態度をとられて嬉しいのか、女は上機嫌で水着売り場を後にする。

 

「やぁ、災難だったねキミ達。」

「先生、どうして此処に?」

「たまたまこの店で水着を選んでたんだけど、そしたら女性向けのコーナーにキミ達を見つけてさ。声をかけようと思ったら、キミ達がトラブルに巻き込まれてた……ってわけ。」

「そうなんですか。その、助かりました。すみません、俺ってあんな感じでこられるとつい……。」

「まぁ仕方のない事さ。なんとも思わない僕の方がどうかしてるのかも知れないよ?とは言え、デートの時くらいは柔軟性を持たないとね。」

「デ、デート!?……いや、そうですね。デートの時くらいは、ですよね。」

 

 偶然ってのはあるもんだな……こういうのなんて言うんだっけ?地獄に仏を会ったようとかそんなのだった気がする。感情的になりかけた事を反省しつつ、助けてくれた事に感謝を述べた。仕方がないとは言ってくれたが、のちについた言葉はかなり余計だ。

 

 ニヤニヤしながらデートの時くらいはとか言ってくるから反射的に否定しそうになった。だけどそれは堪えて、俺は肯定して見せる。すると先生は、少しだけ面食らったような表情になった。でも俺が肯定したら肯定したで面白いらしく、しばらくするとまたニヤニヤ顔に戻ったが……。

 

「鷹丸さん、何か大きな声が……。わぁ、織斑くんに藤堂さん!奇遇ですねぇ。」

「お前達、というか一夏。店内で騒ぐな。」

「山田先生……それに千冬姉も。」

「2人……というか、真耶さんに誘われてねー。せっかくだから一緒にどうだって。」

 

 俺がデート!?と叫んだ声に反応したらしく、山田先生と千冬姉が顔を見せた。まさかこの2人も居るとは思わず、なんだか間の抜けた名前の呼び方になってしまう。……何気に自然な千冬姉が出たが、向こうが一夏って呼んでるから構わない……よな?

 

「で、お前達もいい加減に出てきたらどうだ?」

「「「「「!?」」」」」

「皆!?なんだよ、声をかけてくれれば良かったのに。」

 

 千冬姉が少し奥の水着コーナーへ目をやると、まるでそれを盾にするかのように5人の友人が隠れていた。皆は何処か観念したような表情を浮かべている。確かに黒乃と2人とは言ったが、まぁ……居たなら声くらいかけてくれればとも思う。まさかとは思うが、様子を観察する為に尾行してたとかじゃないだろうな……。

 

「いや、何……声がかけづらくてな。」

「おしどり夫婦の様相を呈していらっしゃいましたわ……。」

「何よ、黒乃のおヘソに鼻伸ばしちゃって。」

「…………黒乃に勝てる気がしない……。」

「姉様、それは私の嫁です。」

 

 すると皆は、三者三様、十人十色と言った感じで、それぞれ良く聞こえない声で何かを言った。箒のは聞き取れたが、やっぱり声はかけ辛かったのか。というか、やっぱりそれって尾行なんじゃ……?まぁ良いか、見られて困るような事はなにもしていない。

 

「あ~……皆さん、私忘れ物しちゃってました。少し探すのを手伝ってくれないでしょうか?ほらほら、こっちですよ。」

「……なんだったんだ?」

「さてな。」

 

 2人が一気に10人になったわけだが、その内の7人を山田先生が見事なOSHIDASHIで店から外へ出した。忘れ物なら俺達だって探すのにな。どうにも自分含めた7人を外に出すのが目的みたいにも見えたが……。まぁ大人の事情という事にしておくか。

 

「一夏、せっかくだから意見を寄越せ。……そうだな、これとこれならばどちらだ。」

「……白の方。」

「よし、ならば黒だな。」

 

 千冬姉が俺に水着を選べと言うので、手に取った2種類のタイプに目を配らせる。白と黒……。白はどちらかと言えば機能性重視。黒はスポーディながらもセクシーさを前面に押し出していた。個人的には間違いなく黒だが、千冬姉に変な虫が寄っても困る。そう思って白だと言ったんだけど、俺は姉にはまだまだ敵わないらしい。

 

「さて、次は黒乃だが……。一夏、お前が選んでやると良い。」

「お、俺……?いや、同性なんだし千冬姉が選んだ方が……。」

「デートで来ているんだろう?ならばそのくらいお前がやれ。」

 

 はぁ……なんだかこんな感じの千冬姉も久々だ。千冬姉を単なる鉄血人間と思う奴も多いだろうが、案外それだけの人ではない。家族である俺達限定なのかまでは解らないが、普通に冗談も通じる。逆にこちらを弄って遊ぶ時もある。今の千冬姉はそれだ……。完全に俺をからかってやがりますよ。

 

「あ~……黒乃はどうだ?俺が選んでも……。」

「…………。」

「そ、そうか……解った。じゃあ……頑張るな。」

 

 とにかく、ここは黒乃に確認を取るべきだ。俺が選んだので良いかと聞けば、意外な事に黒乃は肯定の意思を示す。なんと言うか、これは責任重大だな。黒乃に似合う最高の品を選ぼうと、真剣に水着コーナーへと目をやった。さて、まずは色から考えてみよう。

 

 黒乃と言えば黒色を連想しがちだが、俺としては白が良く似合うと思っている。長くて綺麗な黒髪とのコントラストが最高なんだよ。だから色は白。これは外せない。残るはデザインだが、どうしたものだろう。まぁ……せっかくスタイル良いんだし、ビキニとかが良いかもな。

 

 あ~……でもやっぱりあんま露出度の高いのはちょっとなぁ。そっちのが似合うんだろうが、それだと俺が変に意識しかねない。だとするとキュートな成分の強めな……フリルビキニとかが最適か?俺はトップスとスカートにフリルがあしらわれている水着を手に取った。

 

「ほら、これとか。清楚な黒乃には良く似合うと思うんだが……。」

「…………。」

「即断即決か?試着とかしなくても大丈夫かよ。」

「大丈夫。」

 

 勢いあまって清楚とか余計な事を口走ってしまったが、黒乃は俺から水着を受け取ると黙って首をうなずかせた。その仕草がこれにすると物語っているが、本当に俺のセンス……もとい趣味全開で選んだから少し心配だ。だが黒乃は、俺の心配なんかよそに大丈夫だと声に出して言ってくれた。

 

「さて、決まったか?一夏もとっとと自分のを見てこい。」

「ああ、解った。でも2人はどうするんだ?」

「一夏が選び次第にまとめて会計した方が早い。せっかくだから買ってやる。」

「千冬姉、水着くらい自分達の小遣いで―――」

「思えば進学の祝いもまともにしてやれんかったからな。その代りだとでも思ってくれれば良い。」

 

 進学の祝い……な。ISを動かしてしまったせいで、そんなの気にしてる暇がなかったからな。千冬姉も俺のせいで忙しかったろうし、なんだかそう言われると買ってもらうのが得策な気がする。というか千冬姉がそう言いだしたら聞かない。俺が何か反論するだけ無駄ってのもある。

 

 俺は千冬姉の指示通り、自分の水着を選びに男性用コーナーへ足を運ぶ。だけど、所詮は男なんだから適当に選んで……。いや、少しでも黒乃にかっこいいと思われたい。そう思い立った俺は、自分に似合いそうな水着を選定していく。そのせいでかなり時間をかけてしまった……。

 

「悪い、待たせた!」

「随分と時間がかかったものだな。ん?」

「い、いや……それは……。」

「…………。」

「な、なんでもない。なんでもないんだよ、本当……。」

 

 慌てて2人のところへ戻ってみると、話でもしてたのかかなりゆったりしていた。千冬姉は俺を見るなり悪戯っぽい笑みを浮かべながらそんな事を言う。ついチラッと黒乃に目を向けてしまったせいか、首をかしげながらどうしたの?とでも言いたそうだ。可愛い。俺の心臓が飛び跳ねるのが解った。

 

 照れているのを誤魔化す俺を見て、千冬姉は更に楽しそうな様子になる。今日はこのくらいで勘弁してやろうと言いながら、千冬姉は自分含めて3着の水着を会計に通しに行った。その間は2人になったのだが、個人的に無言がすさまじく痛々しく感じられる……。

 

「ほら、大事に着ろよ。」

「ありがとな、千冬姉。」

「…………。」

「うむ。……お前達、このまま2人で出かけると良い。小娘どもは私と山田先生でなんとかしよう。」

 

 俺が礼を言い黒乃が頭を下げると、千冬姉は満足げに頷いた。そして千冬姉は、何を思ったのかそんな提案をしてきた。俺としては有り難い申し出なんだけど、皆を無下に扱うようで気が引ける。それに特に行く当てがあるわけでもない。俺がそう言うと、なんだか千冬姉は眉間に皺を寄せてしまう。

 

「お前な、女と2人の時にいう事ではないだろう……。」

「そ、それはそうかも知れないけど……目的地がないんじゃしょうがなくないか?」

「なら僕に良い考えがあるよ~?」

「うおっ、びっくりした!?驚かさないでくださいよ……。」

 

 千冬姉が俺にそう指摘していると、いつの間にか背後に居た近江先生に声を掛けられた。千冬姉は目元を押さえてたから気が付かなかったらしい。近江先生曰く、退屈だから抜けて来たのだとか。はい先生、だからと言って気配を消す必要はないと思います。

 

「それより、良い考えってなんなんです?」

「実は僕、教師をやる前から頻繁にここへは来てたんだ。何しに来てたかっていうと、レゾナンス内にお気に入りのカフェがあってね。」

「なるほどな、お前もたまには良い事を言う。一夏、黒乃、カフェはなかなかに良いぞ。時の流れというものを忘れさせてくれる。」

 

 喫茶店とか、千冬姉や近江先生は良く似合いそうだ。最近は何かと大変な事も多いし、千冬姉の言う通りにゆっくりするのも良いのかも知れない。黒乃と2人でゆっくりと……うん、良いじゃないか。近江先生、本当にたまには良い事を言うじゃないか。

 

「黒乃、2人もそう言ってくれてるし行ってみるか?」

「…………。」

「そうか、じゃあ行ってみような。先生、その店って……。」

「えっと、イル・ソーレって名前のお店だよ。案内板を頼りに探してみてね。僕も彼女たちの相手に徹しようと思うから。」

 

 店の名前の響きは、たぶんだけどイタリア風。イタリアンな店なのだろうか。カフェとかってコーヒーだけじゃなくて料理も出てくるし。う~ん、そう考えるとなんだか腹が減ってきたかも。食事と休憩を兼ねて顔を出してみる事にしよう。黒乃と一緒に……な。

 

「千冬姉、俺達もう行くよ。」

「ああ、気を付けてな。」

「後で感想を聞かせてくれると嬉しいな。」

「はい、解りました。じゃあ行くか……ほら。」

「…………。」

 

 2人に背を見せながらそう言うと、見送りの言葉が返ってきた。近江先生なんかは小さく手を振っている。なんだか知らないが、背中を押されてる気分になるな……。よし、それなら2人の励ましに答えよう。俺は今度こそしっかりと自分から黒乃に手を差し出した。

 

 黒乃も何の問題もなく俺の手を取ってくれた……。そうして俺達は近江先生行きつけの店を探して歩き出す。なんというか、本当にゆったりとした時間を黒乃と過ごせた。そっかー……大人の男ってのはデートスポットってのを知ってるもんなんだなぁ……。……今度は大義名分なんか使わず、真正面から黒乃をデートに誘ってみる事にしよう。そう心に誓う俺であった。

 

 

 



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第45話 ヤキモキお買い物(裏)

「黒乃。」

(うぃっすイッチー。どうしたん?)

「あの、少し頼みがあるんだけどな―――付き合ってくれ。」

(はい……?)

 

 ラウラたんが俗に言う一夏ラバーズへと加入してしばらく、騒がしいながらも平和な日常が続いていた。そんな変わらぬ日常の放課後、寮に向かう道すがらイッチーに呼び止められ……そんな事を言われた。突然で脈絡もなかった為か、一瞬何の事か解からなかったが……全て謎は解けた!

 

 これはあれだ、臨海学校の前に買い出しするから付き合ってくれ……の意だろう。臨海学校っつっても、特別校外学習って言う名目の小旅行みたいなもんさ。でも3日間は学園外へ拘束されるから、足りない日用品なんかも出る訳で……。イッチーは主夫故、そういった準備は欠かさない。

 

(う~ん……しかし、あ~……どないしようかなぁ。)

 

 イッチーが俺を誘ったのは、きっと大勢の方が良いからとかだろう。となれば、俺よりも前にマイエンジェルにも声をかけている可能性が大きい。う、うむむ……迷う。マイエンジェルの邪魔になるだろうし、そしたら俺も胃が痛いわけで……う~む……。

 

(すまんマイエンジェル……。)

「そうか、解った。じゃ、今度の日曜日な。調度いい時間に俺が迎えに行く。」

 

 それでもなるべくマイエンジェルに着いて回りたい俺は、迷いながらもイッチーの誘いに乗る事に。とんでもない罪悪感に襲われてるけど……。とにかく、これで出かける算段はついた。晩御飯の時間にはまだ早いため、俺達は連れ立って寮の自室まで歩いた。

 

 ……で、時は過ぎて件の日曜日……。俺の予想に反して、マイエンジェルの姿が見当たらない。後で合流かなとかも思ったりしたんだが、イッチーは駅前大型複合ショッピングモールの『レゾナンス』までグングンと進んで行く。それも……待ち合わせに使えそうな場所をことごとくスルーして。

 

(あれ……ホントおかしくねぇ?)

「黒乃?急に立ち止まってキョロキョロして……知り合いでも居たか?」

(いや、むしろ知り合いを捜してるんすけど……。)

 

 俺の少し前を歩いていたイッチーは、俺の足音が止まった事に反応を示した。そうして振り返って俺の近くまで戻って来ると、何処か楽しそうな様子でイッチーも周囲を見渡す。俺は間違い捜しゲームをしてるつもりはないよ。ええい、苦肉の策だ……動け、俺の指よ!

 

(今日って、俺ら2人だけなん?)

「……ピース?じゃないよな。……もしかして、俺達2人だけかって聞きたいのか?」

(そうそう、そうゆう事さイッチー。)

「…………。」

 

 俺がピッと指2本を出すと、なんとかその意図を察してくれた。……のは良いんだけど、イッチーはまるで何も答えようとしない。その表情は若干不機嫌っぽく見えて、何か失言?というか、気に障る事をしただろうかと焦ってしまう。やがてイッチーは、静かに口を開く。

 

「……俺は黒乃と2人が良かったからさ。2人きりで、出かけたかったんだ……。」

(は、は……?何さその……俺が2人じゃないと思ってたから不機嫌みたいなの……。)

 

 イッチーの呟きは、俺にとって予想外そのものだった。……止めてくれよ、俺に言うべきじゃない台詞を言うのは。あぁ……気持ちが揺らぐ。心臓が早くなる。顔が熱くなる。俺が崩壊する……。平静を保つには固まるくらいの方法しかなたった。

 

「……とにかく、今日は黒乃と俺の2人だ。さぁ行こうぜ、時は金なりってな。」

(わっ、イッチー!?)

 

 イッチーは俺が固まっている間に手を取ると、グイグイと俺を引っ張っていく。それも、ご丁寧に恋人つなぎ……。く、くそ……あの1件以来、妙に男性を意識してしまう俺がいる。凄まじくナチュラルに俺の手を取ったイッチーは、何処か男らしくて……。あぁ……イカン、俺の手……汗ばんだりしてないかな……?

 

「「…………。」」

 

 いつもだったら話しかけてくれるのに、こんな時に限ってイッチーは無言だ。チラッ……チラッ……っと俺の姿を眺めるだけで、全く口を開こうとしない。何、何なの?……と思ったが、何かイッチー以外からも視線を感じる。それは……周囲に居る男達からだった。

 

「おい、見ろよあれ……!」

「うおっ……すっげースタイル……。」

「これだから夏はたまんねぇよなぁ。」

 

 聞こえてるっつーの!噂話は音量落して、どうぞ。はぁ……今の俺の格好は、ショートシャツにデニムのショートパンツ。つまるところ、へそだしルックって奴。いや違うんだよ、ちー姉が買ってくる服ってこんなんばっかりなんだもん。うぅ……昔は気にならなかったのに、やっぱり男を意識しちゃってる証拠かなぁ。

 

 でも、隠したりしたらダメだよねぇ。元男だから解るけど、こういう時に隠されると……ついつい隠すくらいならそんなコーデ止めとけよーって思っちゃったり。あれって、今思えばとてつもなく失礼な事だったんだな……。変に意識するな……今まではキチンと着れてたんだから。

 

「黒乃、立ち位置交代しないか?なんか、俺の歩いてる道の方が日陰だし。」

(イ、イッチー……。)

 

 イッチーは、俺がジロジロ見られてるのを防ごうとしてくれる。そうなんだよ、こういうさりげない気遣いがねぇ……この男の危険な所と言いますか。とにかく、イッチーの厚意はありがたく受け取っておこう。俺達はいったん手を離すと、立ち位置を入れ替えてまた互いの手を握った。

 

(あれ……?)

「よし、それじゃ……気を取り直して行くか。」

(な、何やってんだ俺……手ぇ離すチャンスだったじゃん。)

 

 立ち位置が変わったことにより、男達の視線は大半が緩和される。やっとこさこれで落ち着ける……と思ったら、何故かイッチーの手を取っている俺が。ほ、本当何やってんだろ……俺の方こそすっげーナチュラルだった。何をそんな手を繋ぐのが当たり前みたいな感じにしちゃったんだろ。……まぁ良いか、気にするだけ無駄なんだろうし。

 

 

 

 

 

「手……繋いでるわよね。」

「そうですわね……。」

「そうだな……。」

「よし、殺そう。」

 

 一夏達の遥か後方ではあるが、そこには確かに箒、セシリア、鈴音の姿があった。仲睦まじい様子の一夏と黒乃を目撃し、思わず尾行を開始したのだが……どうにも鈴音は黙って見ていられないらしい。物騒な言葉と共に甲龍を展開しようとする物だから、慌てて2人に止められる。

 

「じゃあ何よ!このまま指咥えて見てろっての!?」

「そうは言いません。自然に加われるタイミングを慎重に―――」

「……永遠に訪れる気はしないがな。」

 

 ならば代案をと鈴音は叫ぶ。セシリアは少し動揺しながらも、まだ慌てる時間じゃないと鈴音を宥める。しかしだ、箒は少し意見が違うらしい。あの2人の間に、つけ入る隙など生まれないと言いたいのだろう。そう言われて再度2人に目をやると、やはり仲睦まじい。

 

「ねぇ、こんな所で何やってるの?」

「その声は……シャルロットさん。奇遇ですわ……って!?」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!アンタ、なんでソイツ連れてんの!」

「な、なんでって……同室の縁かな。あっ、それより聞いてよ!ラウラってば、水着は学校指定ので構わないなんて言うんだよ!?」

「……私はシャルロットに連行されただけだ。」

 

 箒達に声をかけたのは、シャルロットだった。それに、傍らには制服姿のラウラを連れている。まだラウラの件を水に流せてはいないのか、セシリアと鈴音は警戒心ありありの表情でラウラを見つめる。本人は……どうやら特に気にした様子は見られない。

 

「まぁ、せっかくなのだから洒落た物を着てみてはどうだ?」

「箒、アンタすんなり―――」

「器が小さいぞ、昔の事をいつまで言っている。私も納得のいかん部分はあるが、何より襲われた本人がさほど気にしていないのだからな……私が騒ぐことでは無い。」

「まぁなんだ、許せ。済まなかった。」

 

 普通にラウラと接している箒に対して、鈴音は驚くような表情を見せた。それに対して箒は随分と男前な言葉で返す。ラウラもしっかりセシリアと鈴音に対して頭を下げながら謝罪した。若干軽すぎるような気もしたが……確かにらしくないと気持ちを切り替える。

 

「解ったわよ!これじゃアタシが悪者みたいじゃん……。」

「それで、皆はコソコソと何をしてたのかな?」

「ええ、少しその……お2人を……。」

「あれ……一夏と黒乃?……良いなぁ……いつも仲良さそうで。」

「尾行でもしていたのか?」

 

 鈴音がラウラを許した事でこの場は丸く収まり、話は箒達が何をしていたかという事に戻る。なんとなく尾行していたと自分達の口では言い辛く、ラウラがハッキリ告げると……3人は顔を見合わせ、苦笑いしながら首を頷かせてみせた。

 

「なるほど、面白そうだ。どれ、私も混ぜろ。」

「それは構わんが、シャルロット……。」

「ううん、僕も混ぜてよ。ラウラの言う通り面白そうだしね。」

「5人か……随分と大所帯になっちゃったわね。」

「ですので、細心の注意を払って追跡を継続しましょう。」

 

 原作ではいつもいがみ合ってばかりのメンバーだが、どうにも結束が強いのは……黒乃と言う名のラスボスを目の前にしているからだろう。そんなこんなでチーム一夏ラバーズ5人娘は、軍人であるラウラを筆頭に尾行を開始した。しかしそれは、結局のところ敗北感を味わうのみの不毛なもので終わる事だろう……。

 

 

 

 

 

 

「えっと、これで大体の物は大丈夫……。黒乃は、忘れ物とかないか?」

(オッケー、多分だけど。)

「そっか、なら問題ないな。それじゃ次は……水着を見に行こうぜ。」

 

 日用品等の買い物を終えた俺達は、買い物袋の中身を適当に確認する。どうやら買い忘れも無いようで、イッチーは水着を見に行こうと提案を出した。マズイ、凄くマズイ……この時の俺はこう思うしかない。いや、だって……水着だよ?水着。今まで通りだったら着ようと思ってたけど、最近の精神状態だとちょっと……。

 

 もちろん、臨海学校は存分に楽しむつもりだよ。でも今回は、浜辺で涼しい格好して遊ぼうかななんて思っていただけに……水着の事なんてまるで想定していなかった。この場でイッチーを踏みとどまらせるのは簡単だ。しかし、それだとイッチーは俺を説得しにかかるだろう。

 

『黒乃、せっかくの海なんだし―――』

(な~んて言われる未来が見えてるよ……。正直めんどいし、なら買うだけ買っとけばいっかー……。)

 

 まぁ……イッチーに下心は無いって解ってるからこそだけど。これがもしカズくんなら、もうとっとと回れ右して家路に着くよ俺は。いやね、良い子だってのは解ってるつもりだよ……。でも目がマジだから少し怖くってさぁ。それはほっとくか、仕方がないから大人しく連行されておこうかな。

 

「ん~……あそこなんか良さそうだな。大は小を兼ねるって言うし。」

(薪は楊枝の代わりにならぬ……とも言うけどね。)

 

 水着を売っているフロアに行くと、やはりシーズンという事もあってか、どこもかしこも大々的に売り出しをかけている。そんな中でイッチーが指差したのは、最大規模と看板が掲げられた店だ。確かに、外観だけ見ても他のところよりだいぶ大きい。イッチーが使った諺の対義語っぽい意味の諺を呟いたが……やっぱり品ぞろえが豊富な方が良いに決まってる。

 

 イッチーとその店に足を踏み入れると、なんというか……最大規模ってのは誇大広告ではないらしい。男性用から女性用、子供向けからシニア向けなど……様々な年代のニーズに合わせたラインナップだ。この中から好みの物を見つけるとなれば、本気度のレベルでかかる時間が増大するだろうな。

 

「それじゃあ、俺は男性用の売り場に……ってそうだ。黒乃、調子はどんな感じだ?自分で好きなの選べそうか?」

(うん、今日は割と調子の良い方で……。っておい!なんでいきなり否定も肯定も―――)

「……ダメそう……か。それなら、俺が選ぶよ。先に黒乃のから決めようぜ。」

 

 今日は割に自分の意志を示せていたというのに、なんでかいきなり否定も肯定もできやらねぇ。イッチーは照れてる様子というか、苦肉の策ってか……複雑そうな様子で俺と共に女性用の販売ゾーンへ足を踏み入れた。あれ、少し違うけどこのパターンって……。

 

「そこの貴方。この水着、片づけておいて。」

「断る。見ての通り俺は忙しいんだ。」

 

 おおふ、やっぱりこのパターンですかい!原作よりも物言いは柔らかい……気がしなくもないが、イッチーは明らかな女尊男卑主義者の命令をバッサリ断った。そうなんだよねぇ……お願いじゃ無くて、命令なんだよねぇ。しかし、どうするか……あれはマイエンジェルだから丸く収められたようなもんで……ってアレ?

 

「ふぅん、そういう事言うんだ。それならこっちにも考えが―――」

「そこの麗しいお姉さん。代わりに僕が承りますよ。」

「近江先生っ……!?」

「あら、良く解ってるじゃない。そっちのキミも見習う事ね。」

 

 女性の背後に現れたのは、いつも変わらぬニヤニヤスマイルの鷹兄だった。鷹兄は女性の手からサッと水着を奪うと、まるで執事のみたいなお辞儀を見せる。イケメンな鷹兄に下手に出られて、女性は露骨に上機嫌な様子へと変わった。そして鷹兄に水着を手渡すと、鼻歌交じりに店を後にする。

 

「やぁ、災難だったねキミ達。」

「先生、どうして此処に?」

「たまたまこの店で水着を選んでたんだけど、そしたら女性向けのコーナーにキミ達を見つけてさ。声をかけようと思ったら、キミ達がトラブルに巻き込まれてた……ってわけ。」

「そうなんですか。その、助かりました。すみません、俺ってあんな感じでこられるとつい……。」

「まぁ仕方のない事さ。なんとも思わない僕の方がどうかしてるのかも知れないよ?とは言え、デートの時くらいは柔軟性を持たないとね。」

「デ、デート!?……いや、そうですね。デートの時くらいは、ですよね。」

 

 ドェッフ!?な、ななななな何を言いやがりますかこの変態技術者は!んでイッチー、キミもデートってのを肯定するんじゃないよ!も、も~……なんなんすかね、頭でも打ったんですかねこの弟は。あ、あんましそんな事を言ってると……マジで勘違いするから止めろっつってんのに。いや、言ってはないけどさ。

 

「鷹丸さん、何か大きな声が……。わぁ、織斑くんに藤堂さん!奇遇ですねぇ。」

「お前達、というか一夏。店内で騒ぐな。」

「山田先生……それに千冬姉も。」

「2人……というか真耶さんに誘われてねー。せっかくだから一緒にどうだって。」

 

 奥の方からヒョコッと顔を出したのは、山田先生とちー姉だった。まぁあの女の人が現れたんだし……どうせ居るんだろうとは思ってたけど。というか、山田先生が誘ったんだ……。山田先生、男性全般は苦手なんだろうと思ったけど……やっぱり鷹兄に気があったり?

 

「で、お前達もいい加減に出てきたらどうだ?」

「「「「「!?」」」」」

「皆!?なんだよ、声をかけてくれれば良かったのに。」

 

 並べられている水着の陰から観念した様子で出て来たのは、一夏ラバーズ5人娘……5人!?やだ、凄く目立つ……。おかしいな、この場にモッピーやラウラたんは居なかったはずだけど……。マイエンジェルに関しては、本来この場に居るべきなんだろうけどね……。

 

「いや、何……声がかけづらくてな。」

「おしどり夫婦の様相を呈していらっしゃいましたわ……。」

「何よ、黒乃のおヘソに鼻伸ばしちゃって。」

「……黒乃に勝てる気がしない……。」

「姉様、それは私の嫁です。」

 

 な、なんだよ皆して……俺だっててっきりマイエンジェルと一緒かと思ってたんだから仕方がないじゃん。それよりもセシリー、キミの言葉だけは聞き捨てならんぞ。お、おしどり夫婦とか……単に仲のいい姉弟の間違いだろ。べっ、べべべべ……別に俺とイッチーはそんなんじゃ……。

 

「あ~……皆さん、私忘れ物しちゃってました。少し探すのを手伝ってくれないでしょうか?ほらほら、こっちですよ。」

「……なんだったんだ?」

「さてな。」

 

 こういう時の山田先生は押しが強いもんで、俺、イッチー、ちー姉を残して6人をグイグイと店から追い出した。織斑姉弟+藤堂 黒乃。これぞ完璧な家族水入らずだ。イッチーは皆を退場させた山田先生の背中を不思議そうに見つめ、ちー姉はなんだか複雑そうな溜息を吐く。

 

「一夏、せっかくだから意見を寄越せ。……そうだな、これとこれならばどちらだ。」

「……白の方。」

「よし、ならば黒だな。」

 

 ちー姉は白と黒、2種類の水着を手に取った。どちらも露出度は高めだが、どちらかと言えば黒の方は意識してセクシーなデザインになっているようだ。ちー姉は黒が似合う。そこを考慮するとイッチーは素直に黒と言いたかったんだろうが、変なのが寄りつくだかなんだかであえて白と宣言。

 

 しかし、イッチーの葛藤などお見通しなようで……ちー姉は白の水着は戻してしまう。まぁ……どちらにしたって構わないと思うけどね。ちー姉にナンパな男が近づいたとして、イッチーが心配してるような事なんて起きるハズもない。

 

「さて、次は黒乃だが……。一夏、お前が選んでやると良い。」

「お、俺……?いや、同性なんだし千冬姉が選んだ方が……。」

「デートで来ているんだろう?ならばそのくらいお前がやれ。」

 

 同性なんだしとは言いつつ、肉体的な話ではあるよね。それを皆は知る由もないわけだが……。というか、ちー姉まで変な事を言い出したよ。何ですか、その周りから固めていってるみたいな感じは。まぁ……ちー姉は俺とイッチーに引っ付いて欲しいと思ってるっぽいから仕方がないか……。

 

「あ~……黒乃はどうだ?俺が選んでも……。」

(あぁ……うんうん、頼むわイッチー。こうなったらちー姉には逆らえんだろうしさ。)

「そ、そうか……解った。じゃあ……頑張るな。」

 

 イッチーは困ったような様子で俺にそう問いかけた。結構な無茶振りだよねぇ……。でもあれだ、これは試練か何かだと思ってもらわねばどうしようもない。無慈悲かもしれないが、イッチーの問いかけには肯定の意思を示す。するとイッチーは、真剣な眼差しで水着を選び始めた。

 

「ほら、これとか。清楚な黒乃には良く似合うと思うんだが……。」

(せ、清楚とかまた余計な事を言うねキミは!本当に今日はどうしたん!?)

「即断即決か?試着とかしなくても大丈夫かよ。」

「大丈夫。」

 

 イッチーが手に取ったのは、白単色のフリルビキニ。黒乃ちゃんの凄いところはクール系だろうがキュート系だろうが似合ってしまうところだ。あまりキャピキャピし過ぎると流石にちょっと……って感じだけど、このくらいなら問題ないはず。俺はもはやヤケクソ気味で大丈夫とイッチーに告げる。 

 

「決まったか?一夏もとっとと自分のを見てこい。」

「ああ、解った。でも2人はどうするんだ?」

「一夏が選び次第にまとめて会計した方が早い。せっかくだから買ってやる。」

「千冬姉、水着くらい自分達の小遣いで―――」

「思えば進学の祝いもまともにしてやれんかったからな。その代りだとでも思ってくれれば良い。」

 

 おお、ちー姉ってば太っ腹ぁ!いやー……実のところ今月厳しかったんだよねぇ。流石に廃課金も過ぎ……ゲフンゲフン!イッチーの言う事ももっともだが、甘えられる時にはそうすべきだろう。そもそもちー姉に何を言っても無駄と思ったのか、せっせと男性用水着売り場へ向かっていった。

 

「……それで、最近一夏とはどうなんだ?」

(ど、どうもこうもしないよ……。)

 

 イッチーの姿が見えなくなるや否や、ちー姉はそんな事を聞いてきた。勘弁してよ本当……。確かに……なんだか距離が詰まってきてる気がしなくもないけどさ……。実際どうなのよ……俺とイッチーが引っ付くって。朝起こしたり、ご飯作ったり、一緒に家事したりする……ってありゃ?……それ、学園来る前は毎日のようにやってた事なんですが。

 

「半同棲状態から解除されてしばらく経つな。一夏と2人きりの生活が恋しくはないか?」

(ど、同棲……。そう言われてみればそうか……。)

 

 全く意識してなかったけど、言われてみればイッチーと同棲してたようなもんなのか。あ゛~……もう止めてくれぇ……俺のライフはゼロですぜぇ……。きゅ、急に恥ずかしくなってきた……。羞恥から両手で顔を覆い隠すと、ちー姉のからかうような笑い声が聞こえた。

 

「ハハハ……。何、そう照れるな。今に始まった事ではあるまい。」

(それもそう……じゃないよ。)

 

 それだと俺とイッチーが昔から夫婦みたいだという話になってくるじゃないか。ないない。あっても俺らの関係性は姉と弟なのだから、そっちの方がスッキリするに決まっている。よ、良し……だいぶ落ち着いてきたぞ。いつも変わらぬ無表情。それこそがわたくし藤堂 黒乃である。

 

「私はな黒乃。お前にならばいつでも―――」

「悪い、待たせた!」

「随分と時間がかかったものだな。ん?」

「い、いや……それは……。」

「…………。」

「な、なんでもない。なんでもないんだよ、本当……。」

 

 何かちー姉が言いかけたタイミングで、慌てた様子のイッチーが戻ってきた。ちー姉の言った通り、かなり長い時間いなくなってたな。何かあったん?と、そんな視線を送ってみた。するとイッチーは、まるで念でも押すかのように何でもないと言い張る。

 

「ほら、大事に着ろよ。」

「ありがとな、千冬姉。」

(本当、ありがとうございます。)

「うむ。……お前達、このまま2人で出かけると良い。小娘どもは私と山田先生でなんとかしよう。」

 

 そんなやり取りはあったが、これでようやく水着を買い終えた。とはいってもお金を出してくれたのはちー姉なので、しっかりと礼をしておいた。しっかりと感謝の言葉を述べる俺達を、ちー姉は凄まじく保護者っぽい様子で満足そうに見つめる。そうして、そんな提案をしてきた。

 

 出かけてこいっつわれても、目的地とかない。それにイッチーと2人きりを続行となると、モッピー達にもなんだか申し訳が……。詳細は違うだろうが、ここに関してイッチーは同意見のようだ。そうやってちー姉に言ってみせると、なんだか目元を押さえて頭が痛そうだ。

 

「お前な、女と2人の時にいう事ではないだろう……。」

「そ、それはそうかも知れないけど……目的地がないんじゃしょうがなくないか?」

「なら僕に良い考えがあるよ~?」

「うおっ、びっくりした!?驚かさないでくださいよ……。」

 

 本当……本当にびっくりした……!完全に油断していたせいか、背後から急に話しかけてきた鷹兄の声に口から心臓が飛び出るかと思ったぞ。さっきまでとは違う意味で心臓が早くなるわけで、俺は皆の会話をよそに1人心臓のリズムを整えようと試みる。

 

 

「それより、良い考えってなんなんです?」

「実は僕、教師をやる前から頻繁にここへは来てたんだ。何しに来てたかっていうと、レゾナンス内にお気に入りのカフェがあってね。」

「なるほどな、お前もたまには良い事を言う。一夏、黒乃、カフェはなかなかに良いぞ。時の流れというものを忘れさせてくれる。」

 

 へぇ、行きつけのカフェねぇ……。そんなオサレな事をサラッと言ってみたいもんだけど、いかんせん出不精だから無理に等しいわな。鷹兄に場合、息抜きとか仕事をしながらとか……そんな感じでコーヒーでも飲みに行くのかも。う~む、大人だ。

 

「黒乃、2人もそう言ってくれてるし行ってみるか?」

(そうだね、せっかくだし。)

「そうか、じゃあ行ってみような。先生、その店って……。」

「えっと、イル・ソーレって名前のお店だよ。案内板を頼りに探してみてね。僕も彼女たちの相手に徹しようと思うから。」

 

 モッピー達には申し訳ないと言ったが、カフェで長時間拘束されていれば見つかりはしないだろう。見つからなければ気まずいって事もないわけで、俺としてはベストな選択肢だった。そうしてイッチーの言葉に肯定の意を示すと、鷹兄はなんだか一仕事終わったかのような感じで小さく息を吐いた。

 

「千冬姉、俺達もう行くよ。」

「ああ、気を付けてな。」

「後で感想を聞かせてくれると嬉しいな。」

「はい、解りました。じゃあ行くか……ほら。」

(あぁ……もう、解ったよ。これで良いんでしょ?)

 

 イッチーはイケメンスマイルを見せつつ、俺に手を差し出した。何かもう諦めのついた俺は、差し出された手をしっかりと握った。くっ……!やっぱり照れるしドキドキする……。ええい、変に意識するんじゃないよ。たかだかイッチーじゃんか。そうだよ、たかだか……イッチーと手を繋いでるだけじゃないか……。

 

 そうして2人でカフェに向かったわけだが、やはり鷹兄のおすすめという事で雰囲気のある店だった。後はちー姉の言う通り、時間を忘れてカフェでほぼ1日を過ごす。そんな感じで、丸1日をイッチーと共にいた事になる。まぁ……そうだね、悪くない……とだけは言っておくよ。

 

 

 




黒乃→イッチーの様子がおかしいぞぉ……?
一夏→黒乃とデート!……の気分だけでも味わっとこう……。


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第46話 浜辺のキミは麗しく

「あーっ、海が見えたよ!」

 

 揺れるバスの中、クラスの誰かがそう叫んだ。そんな声につられた俺は、ふと窓の外を眺める。すると俺の目に飛び込んで来たのは、何処までも続く水平線、さざめく白波、そして青い海……。うん、やはり夏の海は何か特別に感じられるな。しかし、だからと言って俺はそんなにはしゃぐわけにもいかない。なぜなら―――

 

「すぅ……すぅ……。」

 

 静かな寝息をたてながら、黒乃が俺の肩に頭を預けているからだ。最初は俺やシャルとかが話しかけてたんだが、次第にウトウトし始め……今に至る。落ち着かない……。本当は黒乃の寝顔をずっと眺めていたい気もするが、流石にこの密閉空間でそれをすると確実にばれてしまうだろう。

 

 おっと、黒乃の髪の毛が乱れてるじゃないか。黒乃を起こさないように、大胆かつ繊細に事を進める。サササッと指先で黒乃の前髪を整えると、少し隠れていた美貌は露わになった。……やっぱり綺麗だよなぁ。惚れてるってのを勘定に入れても、黒乃に勝るほど綺麗な女性を俺は知らない。

 

 まぁIS学園は異様に顔面偏差値が高いから、そこまで黒乃が浮く感じではないが。冷静になって考えるととんでもないのかも知れない。やっぱそのあたりも選考基準になっていたりするんだろうか。黒乃達なんかは代表候補生だから、大いに関係しているんだろう。

 

「……か。一夏……。」

「ん……あっ、あぁ……。どうしたシャル?」

「もうすぐ目的地だから、寝てる人がいたら起こしてやれって。」

 

 上の空になっていたみたいで、シャルの呼ぶ声がイマイチ耳に届かなかった。というか千冬姉、ピンポイントで黒乃の事を指摘しているような気もする。それは良いとして、千冬姉の命令に従わなければ。俺は、優しく黒乃の肩を揺さぶってみる。

 

「黒乃、起きろってさ。」

「…………。」

「ああ、ほら……その癖は止めろって言ったろ?しゃんとしろって。」

 

 黒乃は意外と寝起きが悪い。多分だけど……所定の時間に起きなくてはならない場合を除き、人に起こされるのは嫌っている。そうした場合は、たいていガシガシと頭を乱暴に掻きながら目覚めるんだよ……。そんな事をすると、黒乃の綺麗な髪が傷んでしまう。

 

 俺は黒乃が頭を掻き始める前にその手を止めると、まるで子供に言って聞かせるようにしてみせる。聞いてんだか聞いてないんだか、黒乃は目元を擦りながら不必要なほどコクコクと頷いた。ま、とりあえず任務完了か……。後は大人しく目的地への到着を待った。

 

 本当に目と鼻の先だったようで、思ったよりも早くバスは停車した。1組やその他の組の生徒は、各々の乗車していたバスから次々と降りてゆく。俺も流れに沿ってバスから降りたが、どうにも世話になるであろう旅館が目に入った。旅のしおりみたいなので確認は出来ていたけど、やはり学生が使うには不相応な気がしてならない。

 

 花月荘。そんな看板が、旅館の入り口に掲げてある。いかにも老舗な雰囲気が漂う。何かこう……やはりIS学園の優遇っぷりを思い知らされるな。だって毎年ここで臨海学校だろ?毎年この人数でって、予算はいかほど……。止めた……考えるほど空しくなるだけだ。大人しく整列しとかないと……。

 

「ここが今日から3日間世話になる花月荘だ。各々、従業員に迷惑をかけないように。」

「「「よろしくお願いします!」」」

「はい、こちらこそ。皆さん元気で素晴らしいですね。」

 

 整列した俺達の前には、花月荘の女将さんらしき人が。俺達はしっかり女将さんへ挨拶すると、何処かはんなりとした様子を醸し出しながら女将さんは返した。う~む、和服が良く似合う。年齢を感じさせないというか、良い感じの年齢のとり方をしている印象……かな。

 

「……あら?そちらの白衣の方……もしや近江 藤九郎さんのご子息の……。」

「はい、近江 鷹丸です。あの、僕が小さな頃とかに利用してました?」

「ええ、まだ朱鷺子さんに抱えられてる頃でしたわ。私もその頃はまだ女将修行をしてたの。」

 

 解散になって各部屋へと移動を開始し始めると、女将さんが近江先生に話しかけているのが気になった。というか、先生はこのクソ暑いのに何で白衣なんだ……。……そう言えば、先生って金持ちだっけ?それなら、花月荘に来たのだって何ら不思議な事では無いのかもな。

 

「あぁ……そうそう。織斑くーん、まだ居るかなー。」

「あ、はい!ここに居ます。」

「いや、僕らのせいで迷惑かけただろうから……部屋割りとかで。」

「あ、そうか……。あの、織斑 一夏です。この度はご迷惑を……。」

「いえいえ、あまりお気にならないで。お2人ともお客様なんですから。」

 

 喧騒の中で近江先生に呼ばれるが、流石に聞こえなかったじゃまずいよな……。大人しく先生にに近づくと、どうやら一言挨拶と詫びを入れておいた方が良いという事らしい。確かに、それは先生の言う通りだ。俺が斜め45度の会釈をして挨拶と詫びを入れれば、とてもありがたい言葉かがえって来た。そして―――

 

スパァン!

 

「必要最低限の礼儀はわきまえろ。その程度は他人に言われずともやれ。」

「……すみませんでした。」

 

 居なくなっていたと思ったのに、背後から千冬姉に出席簿で叩かれた。しかし、ぐうの音も出ないから謝るしかない。そんな俺を哀れに思ったのか、女将と近江は口をそろえて「まぁまぁ」なんて言う。2人のおかげでこれ以上の難は逃れたらしく、千冬姉は鼻をフンと鳴らして出席簿を収めた。

 

「そう言えば織斑先生、俺の部屋っていったい……。」

「近江先生に着いて行けば解る。」

「まぁ、その時点でお察しだよね♪じゃあ行こう、案内するよ。」

 

 かねてからの疑問と言うか、件の旅のしおりには部屋割りの名簿もあったのだが……何度捜しても俺の名が見当たらなかった。別の場所が用意されてるってのは聞いていたが、近江先生が案内……?その時点でお察し……?なるほど、理解した。これは……先生の奴と同じ部屋だと。

 

 何が悲しくて近江先生と2人で1部屋を使わないといけないんだ。いやでも……俺1人に対して1部屋ってのも流石に気が退ける。仕方がない……自然な流れだと思って諦めるしかないか。俺はまるで死地へと向かう戦士にでもなったつもりで、離れて行く先生の背中を早足で追いかけた。

 

 

 

 

 

 

(ウェミダー!)

 

 って思わず叫びたくなっちゃうね、この光景を見ているとさ。旅館の部屋から広がるパノラマは、絶景としか言いようがない。太陽の光が海に反射して、白銀と紺碧のコントラストを生み出している。……あ、携帯で写真撮って昴姐さんに送っとこ。パシャリ……これで良し……っと。

 

「気に入ったようだな。」

(おー、ちー姉。そりゃもちろん。人並みに綺麗なもんは好きだよ。)

 

 振り返ってみると、そこにはちー姉が腕組みしながら立っていた。まぁ俺と同じ部屋ですし。教師陣が俺の事情を考慮してくれたのか、ちー姉と同室にしてくれたようだ。ちなみにイッチーは鷹兄と予想。同性の教師が居るんだから当たり前だよなぁ?

 

 それじゃあ観念して、海に行ってみましょうか。いろいろ考えたんだが、ちー姉がせっかく買ってくれたのに着ないのはなんだか申し訳ない気がする。それにイッチーも選んでくれたんだし……少しくらいサービスしたってバチは当たんないでしょう。

 

「海へ行くのか?私達はこれから会議だ。後で見かけたら気軽に声でもかけてくれ。」

 

 俺に対して声をかけろという表現は微妙だが、まぁちー姉から遊ぼうっつーのはプライド的な何かが邪魔をするんだろう。するとちー姉は、乱雑に荷物をポイすると、俺よりも先に部屋から出て行く。……そういうところさえなければ完璧なんだろね、ちー姉って。

 

 それは良いとして、俺も早く海へ向かうとしよう。えっと、日焼け止めに……髪を結うヘアゴム……必要なのはこれくらいかな?それで、着替える場所は別館だったよな。それじゃあ別館へと向かう前に、ちょっと寄り道して行こうかな。俺は生徒達の寝泊まりする一室を目指した。

 

(モーッピー!あーそーぼー!)

「うわああああ!?な、なんだ黒乃か……脅かしてくれる。」

 

 モッピーの割り当てられた部屋へ立ち寄ると、勢い良く襖をスライドさせた。襖の開くスパーンという音に驚いたのか、モッピーは大声を出ながらこちらへ振り向く。しかし、驚いたのはどうやら音だけのせいではないらしい。モッピーはその手に赤い水着を手にしていた。あれ?赤か……原作だと白だったけど。

 

「はっ!?い、いや……これは違うんだ!その……似合うとヨイショされてつい……つい……!」

 

 あ〜……大勢での買い物になってたしな。セシリー達に勧められるまま思わず買っちゃったと。まぁ……どちらにせよ連行しようとしてたから同じ事だよ。旅は道連れ世は情け!俺も恥ずかしいんだからモッピーも多少は我慢して海に行こうねぇ~。暴論だってのは解ってますけれど。

 

「ちょっ、ちょっと待て黒乃!ま、まだ……心の準備が出来てはいないんだ!」

(すまない……強制連行するようで本当にすまない……。)

 

 モッピーを立たせると、無理矢理引っ張って連れて行く。その間モッピーはずっと騒いでいたけど、それは総スルーさせていただきズンズンと別館を目指した。何気に俺も覚悟ができてなかったりするが、同じようなスタイルをしてるモッピーが居ると心強い。

 

 

 

 

 

 

「むぅ……や、やはり止さないか?こんな派手な水着、一夏に見られたと思っただけでだな……。」

(今更何言ってんの。ほら行くよモッピー。)

「す、少しは人の話に耳を傾けてくれても……。」

 

 箒を引き連れて海へと辿り着いた黒乃は、周囲を見渡して一夏の所在を探った。しかしだ、この期に及んで情けない事を言う幼馴染に辟易とした様子を見せる。もちろんそんな言葉は無視して、箒の背中をグイグイ押していく。その方向には、戯れる一夏と鈴音の姿があった。

 

(お〜っすイッチー。)

「黒乃に箒か。……箒、お前その水着……。」

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!?」

 

 2人の姿を確認する一夏は、何故か鈴音を肩車した状態だ。そうして口を開きかけたその時、突然鈴音が絶叫しつつ一夏の肩から飛び降り海へ向かって走る。そのままヘッドスライディングのように海へと飛び込むと、しばらく沈んだまま浮いてこない。やっと浮き上がったかと思えば、海へ向かってこう叫んだ。

 

「どーしてアタシの周囲に居る日本人は……揃いも揃って巨乳ばっかりなのよおおおおっ!」

「……別に大きくてもあまり良い事は……むぐぅ!?」

(それダメ……発育で悩んでる子に言ったらダメなやつ!)

 

 いきなり何を言い出すかと思えば、巨乳大和撫子コンビの水着姿に果てしない嫉妬を覚えたらしい。確かに千冬しかり真耶しかり……日本人の巨乳率が高めかもだ。しかし、箒はさほど自分の胸が大きくて良い思いをした気がしないので、危うく鈴音に聞かれるとまずい言葉を発しそうになる。

 

 すかさず背後から口元を抑えて防いだが、ここからどう鈴音をフォローすべきか迷う。誰に何を言われようと気休めにしかならないし、何より本人も惨めだろう。3人はシンクロしてそんな考えが浮かんでいたため、自然に話を別の方向へ持っていく事で一致したようだ。

 

「と、ところで一夏……さっきは何と言いかけたんだ?」

「ああ、その水着……似合ってるなって。箒は落ち着いた色が似合うと思ってたけど、案外そうでもないんだな。」

「そ、そそそそ……そうか?あ、あり……ありが……とう。」

「おう。黒乃も似合ってるぞ。やっぱそれにして正解だった。」

(う……。お、おうよ。サンキュー……。)

 

 なんとなく2人が良い雰囲気になっていた。もちろん一夏も黒乃の事を忘れていたわけではない。というより一夏からすれば黒乃がメインだ。箒と比べてもハッキリ解るほど優しい表情&声色だったため、黒乃は明確な照れを覚えてしまう。

 

「だーっ!胸ある癖に一夏と良い感じになってんじゃないわよ!どっちかその脂肪を寄越しなさい!」

「ま、待て……言ってる事が無茶苦茶……む、胸を揉むな!」

(おっふ!?この感じはやっぱり慣れない!あんっ……!と、というか布1枚だからいろいろとまずいよぉ……!)

「…………。」

(というかイッチー、キミは何をガン見しとるんじゃい!気持ちは解らなくもないけど……。)

 

 かなり取り乱しているらしい鈴音は、戻って来るなり両手で片方づつ……黒乃と箒の胸をガシッと掴んだ。いや、掴むというよりは揉む。率直に揉みしだいているのだ。水着の美女2人(巨乳)が目の前で胸を揉まれる光景など、男子高校生ならばあらゆる部分を反応させて当然である。

 

「はいストップ。目の毒だからそこまでね。」

「何よ……って、近江先生?今ごろ会議とかじゃなかったっけ。」

「ああ……何か僕って居ない方が良いんだって。女の人だけじゃないと話し辛い事でもあったんじゃないの?」

「ふ~ん……そんなもんかしら。」

 

 相変わらず気配を消すのが上手な事だ。フラッと現れた鷹丸は、背後から鈴音の腕を掴んでバンザイさせるように2人の胸から引っぺがした。教師陣が会議中である事を知っていた鈴音が不思議そうな顔で質問すると、当人は会議室から追い出されたのだと笑い飛ばす。

 

「た、助かりました……近江先生。」

「アハハ、あのまま続けさせるのは男として教師としてちょっとねぇ。」

「それにしても、良く女子に捕まらずにここまで来れましたね?」

「ん~……お互い牽制でもしあってるんだと思うよ。キミも話しかけられなかったでしょ。」

「あぁ……それは確かに。」

 

 胸を隠しながら箒が感謝すると、少しばかり苦笑いを浮かべながら大した事をしたわけではないと伝える。すると一夏には、素朴な疑問が浮かんだ。いくら鷹丸が隠密の心得があるとは言え、この人数の女子の間を縫って来たのは不可解に思えたからだ。

 

 鷹丸が思っている事を伝えると、なんとなくだが一夏にも言いたい事は伝わった。証拠に遠巻きにいる女子達にチラリと視線を向けると、キャッキャとはしゃぎながら、もしくはそそくさと一夏の視界から外れる。男2人は何処か困った様子だ。

 

「せっかくだし、先生も一緒に遊びましょうよ。」

「ん~……でもキミ達、日焼け対策とかしたの?せっかくだからやってもらえば良いんじゃないかな、織斑くんとかに。」

「は、はぁ!?近江先生、アンタ何言って―――」

「良いから良いから、そのうち解るよ。」

 

 鈴音から見た鷹丸の印象は性格悪いけど悪い人じゃないといった感じ。黒乃の件を知らないせいというのが大部分を占めるが、クラスが違うのも影響しているだろう。普通に教師と生徒という関係ならば、鈴音からすれば十分に遊び相手となりうる。

 

 それゆえ鈴音は鷹丸を遊びに誘ったのだが、当の本人は余計な事を口走り始めた。一夏と黒乃は何言ってんだコイツと凄まじい勢いで反応を示した。何やら思惑があるらしいが、どうせろくでもない。早々にそう割り切った黒乃は、これから何が起こるのかと肝を冷やす。

 

「近江先生ナイス!一夏、特別にアタシの手の届かないところを触らせてあげ―――」

「待て鈴、お前は私がやってやろう。そういう事だ一夏。私に―――」

「ちょっと、何割り込んでんのよ!明らかにアタシのが先だったでしょ!」

「ふん、お前の好きにさせてなるものか!」

 

 だいたい黒乃の想像したとおりに、箒と鈴音は喧嘩を始めてしまった。だから言わんこっちゃないとオロオロし始めた黒乃は、なんとかして2人をなだめようとする。しかし、喧嘩の仲裁は黒乃に不向きだ。どうした物かと黒乃が試案している間に、鷹丸は声を潜めて一夏に話しかけた。

 

(ほら織斑くん、今のうちに藤堂さんを連れて行っちゃって。)

(へ、へ!?いや、ちょっと待って下さいよ。なんでそういう事になるんですか……。)

(おや、水着の藤堂さんと2人きりになりたくはないのかい?)

(……なりたいです。ありがとうございます。)

 

 鷹丸は、どうやら意図的に2人を喧嘩させたようだ。そうして気を取られている隙に、黒乃を掻っ攫ってしまえという事らしい。どうして鷹丸がそんな事をさせようとするのかという疑問は残るが、気にしていられないほどのチャンスを与えられている。そう思った一夏は、鷹丸に感謝してからおもむろに黒乃の手を掴む。

 

「く、黒乃!」

(ひゃい!?ど、どうしたんイッチー……そんな大声出して?)

「いや、その、なんというかほら……。」

「時間ももったいないし、ここは僕に任せて2人は遊びに行くと良いよ。」

「そ、そう!そういう事だから黒乃、2人で先に行ってよう……ぜ?)

(時間がもったいない……それは確かにそうかな。2人には悪いけど、ここは退散させてもらおう。)

 

 緊張からしどろもどろになってしまった一夏だが、そこはすかさず鷹丸がフォローを入れた。一夏は心の中で鷹丸に感謝すると、なんとか黒乃を遊びに誘う事に成功。黒乃は箒と鈴音に謝罪を入れつつ、つい先日のようにただただ一夏に引っ張られていく。

 

 一夏はどんどん進んで行くが、一向に止まる気配がない。セシリア達にも遭遇しないが、いったい一夏は何処を目指しているんだろう?そんな疑問を浮かべつつ一夏について歩くと、メインの砂浜からは見えにくい岩場と砂場が入り混じったような場所へたどり着いた。

 

「よしっ、このあたりで良いか……。」

(このあたりってお前さん……ここは誰の目にもつきにくいよね?……ま、まさかとは思うけど……。)

「あまり人多いと、黒乃はいろいろ大変だろ?だからほら、思いっきりというよりは静かに過ごそう。」

(な、なんだそういう事……。)

 

 人目につきにくい等々のシチュエーションから、黒乃の脳内は思いっきりピンクな妄想が広がっていた。勿論それは割と無理矢理されるタイプを想像していたために、自分を気遣ってくれた一夏にとんでもなく失礼な事だと1人反省会を脳内で開く。

 

 ……とはいえ、一夏もあまり褒められたものではない。黒乃を気遣っての行動というのも本当だが、この切り離された空間で黒乃と2人で居たいというのも本当なのだから。一夏も一夏で、黒乃を騙すような自分の行いに自己嫌悪を覚えたようだ。

 

(はぁ……本気で最低だな今の。それよりも、日焼け対策しとかないと……。後でちー姉が五月蠅いだろうから。)

「…………。」

(うん、イッチー……?)

「俺がやろうか?勿論だけど黒乃の手が届かない範囲とか。」

(あ……あ~……う~ん……。じゃ、じゃあお願いしようかな……。)

 

 黒乃は必要そうなものを纏めて入れた手提げかばんから、日焼け止めクリームを取り出した。すると一夏から視線が集中していることに気が付く。何事かと目で訴えてみれば、日焼け止めを塗ろうかと提案される。少しだけ迷った黒乃だったが、ここは一夏に塗ってもらう事にしたようだ。

 

 脳内で黒乃が呟いていたように、千冬は黒乃の美容に関して五月蠅い。実際に背中は塗りづらいのは確かだし、もし焼けてしまったらそれこそ千冬に何を言われるか解ったものではない。覚悟を決めた黒乃は、砂浜に腰掛ける。それと同時に、前をしっかり押さえつつ背中で結ばれている部分を引っ張って緩めた。

 

(え、えっと……それじゃあよろしく……。)

「…………。」

(ちょっ、イッチーなんで黙るん……?恥ずかしいから止めてーや……。)

「あ……わ、悪い。じゃあ……始めるな。」

 

一夏はしばらく呆然としてしまう。というのも、単純に黒乃の背中に見とれてしまっていたのだ。無理もない……。海という特別な状況もあるせいか、黒乃の背中は数段綺麗に見えた。一夏とて黒乃の背中をそう見る機会があるわけではないが、いつも以上に美しい白い肌だ。

 

「い、いくぞ……。」

(ど、どんとこいぃ……!?や……イ、イッチー……なんか手つきやらし……。)

(う……これはいろいろマズイぞ……。黒乃の肌……触り心地最高かよ……。)

(ていうか、なんか喋ってよ……。じゃないと、恥ずかしくて死にそうなんだってばぁ……。)

 

一夏はそんな気がないのだが、緊張からか自然と手つきがやらしく感じられるような動きになってしまっていた。それに加えて一夏のマッサージ上手という固有スキルもあいまってか、黒乃の背中に走るのは相当な心地良さ。一夏も悪いとは思いつつ、滑らかでスベスベな肌を堪能していた。一夏はそのせいで押し黙ってしまうのだが、背中越しの黒乃は死にそうなほどの羞恥に襲われる。

 

「こんなもんで良いだろ……。黒乃、終わったぞ。」

(う、うん……ありがとイッチー。じゃ、じゃあ遊ぼっか!)

「黒乃!お前何処からヘアゴム取り出して……わぶっ!?」

 

それまでの羞恥を吹き飛ばすためか、黒乃は胸元に仕込んでおいたヘアゴムを取り出すと、手早く髪をポニーテールに結って海へと駆け出す。そうして足首が浸かるくらいの場所で一夏の方へ振り返ると、手に海水を掬って思い切り一夏へと投げかけた。不意打ち気味だったせいか、一夏は口や鼻の穴に海水が入り混んでしまう。

 

「こ、この……やったな黒乃!」

(どわぁ!?手痛い反撃……でもそういう事なら負けないよ!)

 

怒るほどではないにしても、一夏にされるがままという選択肢はなかった。黒乃より少しだけ深い場所へ行くと、男特有の大きい掌で、大量の海水を掬って黒乃へかけた。その後2人は、お互いに反撃を繰り返す。その光景は明らかに恋人同士のそれなのだが、何気に楽しんでい2人はそれに気がつかない。結局のところ、時間いっぱいまではしゃいだ黒乃と一夏であった。

 

 

 




黒乃→イッチーは相変わらず俺に甘いってか優しいってか……。
一夏→打算ありきで黒乃を気遣うような真似をしちまった……。


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第47話 フクザツ ナンカイ オトメゴコロ

「…………。」

「……あの、部屋に戻ってからずっと何やってるんですか?」

「ん~……?まぁ……色々、かな。」

 

 すっかり夜も更けた花月荘の1室では、そんなやり取りが繰り広げられていた。食事も終わり、1日目最後となる自由時間。消灯までの間は、各々好きに過ごすのだろうが……鷹丸は部屋に帰るなりノートPCとにらめっこ。時折難しい顔をして顎に手を当ててみたり。相手をしてほしいわけではないが、同室の一夏からすれば気になるらしい。

 

「色々なぁ。……ビルの3DCG?近江先生の会社、建築とかもやるんですね。」

「いや、それは専門外だね。これはデュノア社の内部構造だよ。平面図を立体化してるとこ。」

「デュノア社って……そうか、例の件……。」

 

 はぐらかすつもりなのか、それとも適当に返したのか、真相が一言で返ってこない。不完全燃焼な一夏は、後ろからノートPCを覗き込む。するとそこには、ビルらしきものが映っていた。鷹丸はそれをデュノア社の物だと言う。どうしてそんな物を……?と一瞬思った一夏だったが、デュノア社に乗り込む予定なのを思い出した。

 

「どういう構造なのか理解しておかないと、後が大変だからね。何処に何があるのかは完璧に覚えておくつもりだよ。」

「それって、俺達も?」

「無理そうなら無理で構わないけど、なるべくなら覚えてくれると助かるな。」

 

 著名な企業なだけに、デュノア社のビルは高層かつフロアが広い。それを1つ1つ記憶するとなると、一夏からすれば気の遠くなる作業と言えよう。鷹丸からすれば朝飯前なのだが、何もそれを他人に強要するつもりはないのだろう。出来れば、という言葉のみで少し安心する一夏が居た。

 

「そ・れ・よ・り~……黒乃ちゃんとの距離は縮まったかい?」

「……前々から思ってたんですけど、なんでそんなに俺と黒乃をくっつけたがるんです……。フォローしてもらっといてなんなんですけど。」

「深い意味はないさ。単に面白半分とでも思ってもらえればそれで。」

「さいですか……。」

 

 鷹丸は完全に手を止めると、一夏の方へと向き直った。そして盛大にニヤニヤしながら2人きりにした後の事を質問する。良いムードになった気がしなくもない一夏だったが、それよりも鷹丸が自分を応援する理由が読めない。歯痒そうな表情をしながら質問で返すが、やはりまともな返事ではなかった……。

 

「何気に上手く質問を躱した気かも知れないけど、僕は何分しつこいんでね。それで、どう2人で過ごしたんだい?」

「……あ、あーそうだ!千冬姉に呼ばれてるんだったー。……というわけで、俺出かけてきます!」

「キミもなかなか僕の扱いが雑になってきたねぇ。消灯時間までには帰ってくるんだよー。」

 

 実を言うと鷹丸の言う通りに難を凌いだつもりだった。だが、その程度で折れれば誰も鷹丸の対処に苦労はしないだろう。ズズイ!と効果音でもつけたらピッタリな様子で顔を寄せられるが、思い切り目を逸らしそのうえ棒読みな台詞と共に部屋を出て行ってしまった。

 

 それこそ雑な対処だが、鷹丸は特に気にしてはいないようだ。むしろ何処か楽しそうにも見える……。やはりこの男の頭の中身は常人には理解できない仕組みになっているようだ。部屋を飛び出た一夏を教師らしい言葉と共に見届けると、鷹丸はまた1人静かに作業へ没頭した。

 

 

 

 

 

 

 

「黒乃……少し肌が焼けていないか?ちゃんと日焼け止めは塗ったんだろうな。」

(へ……?う~ん……そうかなぁ。俺は特に変化ないと思うけど……。)

 

 部屋でゆっくりしていると、ちー姉がいきなりそう切り出した。完全プライベートモードなのか、名前で呼ばれて驚いたのは内緒な。ってかさぁ……ちー姉、わざわざ浴衣の袖を捲りながら指摘せんでも……。何と言うか、ちー姉は俺が美容に気をつけない事に関して不満があるみたい。

 

(大丈夫大丈夫。心配しなくてもイッチーに……イッ、イッチーに塗ってもらったし……!)

「何だ……どうした?いきなり顔なんぞ隠して……。」

 

 海での出来事を思い出して、俺は思わず両手で顔を隠しながら何度も頷いた。うぅ……思い出すだけで恥ずかしいよぉ……。ついこの間までは絶対平気だったはずなのに……。イッチーに背中触れた程度でこんな、こんな……あーっもう!めっちゃ恥ずかしい!

 

「……まぁ良い。だが、紫外線には気をつけろ。それでなくともお前の肌は―――」

(は、始まってしまったか……。)

 

 ちー姉の悪い癖だよ……。半ばお説教じみた感覚で、クドクドといかに俺が愚かしい事をしているか延々話し続けてしまう。肌とか髪の話になったらすぐこれだ。でも……なんだかこの感じは久しぶりだな。ちー姉としっかり家族してるって、やっぱり嬉しいや。

 

「黒乃。私の話を聞いているか?だいたいお前は―――」

「千冬姉、来たぞ。……って、随分盛り上がってるな。」

「来たか一夏。ならば……今回はこのくらいにしておいてやろう。……それより一夏、黒乃の肌をどう思う。」

「は、は……?ど、どうって……。……いつも通り……綺麗……な肌……だと思うけど……。」

 

 どうやらちー姉はイッチーを呼びつけていたみたいで、タイミングよく現れてくれた。俺がお説教から解放されて胸をなでおろしていると、さっきの話をイッチーに振りおった。すると何か……盛大に視線を反らしつつ、口ごもるような答えが返ってくる。おかしいな……イッチーならそのくらいサラッと言っちゃう性格なのに。

 

「そ、そんな事より……部屋に来いって、何の用事なんだよ。」

「フッ……久しぶりにアレでもしてもらおうかと思ってな。」

「ん……なるほどな、そう言う事か。任せろよ、文字通りお手の物ってな。」

 

 イッチーは、何処か話を誤魔化すみたいに用件を聞いた。するとちー姉は、言葉を濁しながらアレと言う。アレ……すなわちマッサージの事だが、つまるところコレはあのイベントなわけで。……部屋の前に皆が居るのかな?なんて考えてる間に、ちー姉はうつ伏せで寝転がる。

 

「千冬姉、久しぶりで緊張してる?」

「そんな訳があるか。……んっ!いきなり強いぞ……馬鹿者が。」

「いろいろ溜まってる証拠だろ?大丈夫、その内すぐ良くなる……さ!」

「あぁぁぁ……!」

 

 ……ちー姉は皆が外に居るのに気が付いて、わざと艶めかしい声を出しているんだろうけど……やっぱり色っぽいなぁ。悪ふざけに走るのに対しても一切の妥協ナシ。目の前で聞いてる俺もなんだか変な気分になってくる。イッチーのマッサージはしばらく続き、息を上気させながらちー姉が言った。

 

「はぁはぁ……。い、一夏……黒乃にもやってやれ。」

「あ~……そう言えば、学園に居てチャンスがあるのになかなかしてやれてなかったっけ。黒乃、こっちに来いよ。気持ちよくさせてやるから。」

(なんでそう絶妙に誤解を生む台詞をチョイスして……。まあ良いや、俺も少し悪ノリしようかな。)

 

 イッチーは無自覚だろうけど、ちー姉の喘ぎ声の後にそのセリフは完全に意味深な取られ方をするだろう。でも、俺も何だかイタズラ心に火がついてしまった。俺はちー姉の真横あたりにうつ伏せになる。するとイッチーが、始めるぞと前フリしてから指圧を始める。あ゛~……やっぱり普通に気持ちいには気持ちいんだよねぇ~……イッチーのマッサージ。

 

 でも……喘ぎ声が出るほどかと聞かれたら、やっぱりそこまではいかないだろう。全身性感帯気味な黒乃ちゃんの身体だが、マッサージだという考えが強いせいか声は出て来ない。意識してエロい声を出そうとするのは初めてだが、なんとかやれるだけやってみよう。

 

「んっ……んんぅ……。はっ……あぁん……!」

「……少し痛むか?ちょっと我慢しろよ、気持ちいい場所探ってるから。」

「あっ……あぁ……!ひぅっ……うんっ……!」

「おっ、だんだん解って来たぞ……。此処が良いんだな、黒乃?」

 

 おぉ……意識して喘ぎ声を出そうとしたら出るわ出るわ……。俺の意図を理解しているのか、ちー姉は今にも床でも叩きながら笑い出しそうだ。プルプルと口元を押さえて笑いをこらえている姿が何とも可愛らしい。そのまま俺はちー姉を爆笑させるつもりで、ノリノリで喘ぎ声を発していく。

 

「す、少し待て一夏……。」

「ああ、もうちょっと待っててくれ。今黒乃を―――」

「違う、そうじゃない。」

 

 むっ……ちー姉め、笑いが耐えられなくなる前に逃げたな。一旦イッチーの手を止めると、出入り口の方へと歩いて行く。そして勢いよく扉を開ければ、そこに居たのは予想通りにモッピー、セシリー、鈴ちゃんだ。えっと……マイエンジェルとラウラたんは後から合流だっけ?

 

「そこで何をしているんだ……お前達?」

「おっ、おおおお……織斑先生!?」

「こ、コレはですね……その……。」

「さ、さよなら……織斑先生!」

 

 残念ながら、ちー姉を前に敵前逃亡などもっての外。逃げ出そうとした鈴ちゃん含めて、3人は雁首揃えて捕縛されてしまう。俺の喘ぎ声が効いたのか、3人はイッチーにときめいている時よりも顔が紅い気がする。そうならば作戦大成功……だけど、後でちゃんと謝っておこう。

 

 

 

 

 

 

「で、何を想像していたんだ?」

(ドSですわぁ。生粋のドSですわぁ。)

 

 シャルロット、ラウラの2人を加えたいつものメンバー5人は、千冬の問いに対して何も答えられない。後に合流した2人も、千冬にいろいろと弄られたセシリアの騒ぐ声を聴いたので……結果的に全員がよからぬ想像をした事になる。思春期で多感な時期だ。それは仕方のない事だろう。

 

 ちなみに、現在一夏は席を外している。千冬がそれとなしに外出を促すと、温泉にでも入ってくると出て行った。しかし5人には、一夏が席を外したうえで此処に残されている理由が見当もつかない。相変わらず楽しげな顔を浮かべてはいるが……?

 

「おいおいどうした?いつも余計な時は騒ぐだろうに。」

「織斑先生としっかり話すのなど、は……初めてですし。」

「……正直な話、織斑先生と対峙して平気なのは嫁と姉様くらいなのでは……?」

「お、近江先生とか?あの人もかなりゆる~いし……。」

 

 甚だ疑問が多く残る現状、幼馴染組の2人はカチンコチンに、ヨーロッパ組は遠慮気味になってしまう。特に幼馴染組……千冬とそれなりの付き合いがあっただけに、返って落ち着かない部分があるのだろう。そんな5人に対して、相変わらず気味の悪いような優しい言葉を投げかけた。

 

「どれ、私が何か奢ってやろう。篠ノ之、何が良い?」

「わっ、私ですか!?え~……その、ですね。」

「はぁ……仕方がない。黒乃。」

(あいよ~。)

 

 原作の流れも含めてだが、黒乃は名前を呼ばれただけで千冬の意図を理解する。ちょこんと女の子膝で座っていたが、ゆっくりと立ち上がり部屋の冷蔵庫を開けた。その中から無作為に炭酸飲料やスポーツドリンクといった、バラエティーに富んだ飲み物をそれぞれ5人に渡す。そして、千冬には当たり前のようにビールを……。

 

「全くお前達ときたら……今から私に怯えていてどうする。その点、黒乃はこうしてツーカーが取れるほどだぞ。」

「そ、それは……黒乃が先生と家族同然だからで……。ってか、先生……勤務中なんじゃないんですか?」

「解からんか?つまるところそれは口止め料だ。解ったらさっさと飲め、でないと私が呑めん。」

 

 千冬の言葉は、暗に一夏を物にするのならば……自分が姉になるという事を示していた。鈴音は少し不満そうにハンデが大きいと言うが、あまり千冬へと響いているようには見えない。それも気になったが、何より黒乃がナチュラルに取り出したビールも同じくだ。

 

 凄まじく教師らしくない発言が返ってきたところで、5人は顔を見合わせた。そして千冬の隣でコーラをラッパ飲みしている黒乃を見て、何やらどうでもよくなったらしい。それぞれうやはり遠慮しながらも、受け取った飲み物を口へと運ぶ。それを見た千冬は、勢いよくビール缶の口を開く。

 

「さて、そろそろ本題へ入るか。お前ら、あの馬鹿の何処が好きなんだ?」

 

 いきなりな発言に、5人は飲み物を吹きかけてしまう。何人かが変な場所に入りかけ、ゴホゴホとむせ返る。それを見て千冬は、豪快な笑い声を響かせビール缶を傾けた。どうやら、狼狽える乙女達を酒の肴にする気が満々らしい。黒乃は思う、こんな時の千冬はすげぇ面倒臭いと。

 

 その矛先はモロに5人へ向き、あの手この手でからかわれる。そんな中黒乃はというと……。空気……俺は空気……そうやって自分に言い聞かせ、存在感を消しにかかっていた。しかし、千冬が妹分である黒乃に対して弟をどう思っているかと聞くのは、ある意味で必然的な事だ。

 

「……それで、お前はどうなんだ黒乃?アレが欲しいか?」

(いや別に、むしろ要らないんで。)

「ハッ、強情な奴め。さっさと認めてしまうのが身のためだぞ……ん?」

 

 黒乃とて、一夏を嫌っているわけでは無い。しかし黒乃の身体を使っている以上、男女間の事に関しては極力考えないようにしている。それでなくても最近は女性化著しい……。それだけに、否定する反応速度も凄まじい物だ。しかし、千冬からすれば照れ隠しにしか見えず……。他とは違い、かなりしつこく絡みにかかる。

 

「先日は言いそびれたが……。黒乃、お前にだったらいつ譲ってやっても良いんだぞ?」

「お、織斑先生!それは少し依怙贔屓も度が過ぎるのではありません事!?」

「そ、そうです!いくら2人が家族同然とはいえ!」

「黙れ。お前らアレだぞ、黒乃のスペックを思い出してみろ。この中に敵う奴が居るのならば考えてやらん事もないが。」

(恋……。愛……。男に女……かぁ。結局、俺はいったいどっちなんだろうね……。)

 

 千冬の衝撃発言に沸き立つ5人を余所に、珍しくも恋愛に関して深く考察しているらしい。それは勿論5人の為であって、そこまで悩んでいる程ではないのだが。自分はいったいどちらか、そんな言葉を浮かべると……自分が酷く宙ぶらりんであるように思えた。

 

 男でも女でも無い。男であって女でもある。今の黒乃はまさにそれだろう。女性に対して現れるセクハラ願望。男性に対して感じる照れや胸の高鳴り。どちらも等しく、確かな黒乃の感情なのだ。それを言うと黒乃は、いや……中身の男性は、シャルロットに間違いなく恋慕に近い物を抱いていたのだから。それが今になっては―――

 

「……叶わない。」

「く、黒乃……!?」

(え、あ……あれ、おかしいな……?黒乃ちゃんの身体は泣けないハズなのに……。)

 

 思わず口から出た黒乃の呟きは、千冬に抗議する5人の喧騒を一瞬にして静まり返らせた。それと同時に、ハッキリと確認する事が出来てしまったのだ。黒乃の頬を伝う……一筋の涙を。それは悲しみ故か、それとも悔しさ故か。どちらにせよ気まずい空気に耐えかねたのか、黒乃は慌てて部屋を飛び出した。

 

 その事が更に周囲を心配させることになる。その上、酔った拍子に黒乃にデリカシーの無い発言をしたと思った千冬は、自刃するなどと言い出すから残された5人は大慌てだ。結局のところ黒乃の発言は、こんな自分には叶わぬ恋だ。そういった意味を込めた一夏に対する言葉と解釈されてしまう。

 

 

 

 

 

 

(はぁ……何で涙が出たんだろうねぇ……。)

 

 泣いた拍子に勢い余った俺は、花月荘を飛び出てしまった。時間帯としては問題なんのだろうけど、いい加減に戻らないと皆に余計な心配をかけちゃうかな……?でも、俺自身1人になりたいというか……そんな気分だった。夜風も涼しければ星も綺麗だし、もう少しだけこの辺りをうろちょろしていよう。

 

 そのためあまり遠くに行くのはNGか……。誰かが捜してもすぐ見つけられるような場所って、ここらにあったりするのかな。そんな事を考えながら歩いていると、少し先に外灯みたいなのが立っているのが見えた。位置取りが些か不自然に見えた俺は、引き寄せられるようにその外灯へと歩み寄る。

 

 そこはちょっとした丘……と言うか坂の上みたいなもんになっていて、近場には花月荘や周辺のスポットをナビゲートした看板も点在していた。そしてベンチ……なるほど、看板によれば……此処から海が一望できる仕組みのようだ。だとすると、しばらくゆっくりするのにはもってこいかな。

 

 だって花月荘は背後に見えているし、外灯も消灯時間までは点灯している事だろうし。そう考えた俺は、迷わずベンチへと腰かけた。……見渡しが良いせいか、潮風が気持ちいいな。でも気を付けておかないと、髪の毛が傷んだらまたちー姉に怒られてしまう。

 

「…………。」

 

 ……悲しかったのかなぁ?知らず知らずの内に、女の子っぽくなっている事に恐怖を覚えてるのは確か……かな。そんな事は断じてないって思いたかったけど、最近の自分自身の様子を客観視するに、ちょっとばっかし否定するのは難しいだろう。まさか自分が、涙が出るくらいに追い詰められてるとは思わなかったな。

 

 ……いつか、胸を張って男を好きになれる時は来るんだろうか。誰かと生涯を共に歩んで、子を授かって……幸せな家庭を築く。女の子ならば誰しもが思い描く未来のはず。でも当たり前ながら、俺はそんな事を考えた事すらない。俺はいったい……どうすれば良いんだろ。

 

「あれ、黒乃……奇遇だな。俺は温泉入って、少し風に当たりに散歩を―――」

(イッチー……。)

「……隣、座ってもいいか?」

(あ、あぁ……うん。どうぞどうぞ。)

 

 深く考え込んでいると、爽やかなイケメンボイスが耳に入った。そちらに目を向けてみると、思った通りに声の主はイッチーだ。どうやらこんな時間帯にこんな所に居たという事で、なんとなくの心象を察したらしい。イッチーは何やら不機嫌そうな様子で俺の隣へと座った。

 

「俺、言ったよな……もっと頼ってくれって。……そんなに頼りないか、俺?」

(そ、そんな事ない!俺は厳しい評価をしてる時もあるけど、その……だっ、誰よりもまず……イッチーの事を頼りにしてるつもりだよ……。)

「……じゃあなんで、黒乃はいつも1人で泣くんだよ。辛いんなら言ってくれ。俺が……いくらでも胸貸す。」

(わっ!?ちょっ……イッチー……?)

 

 俺がイッチーの目を見ながら首を横に振ると、向こうは眉間に皺を寄せて少し悲し気な表情を見せた。すると俺の頬を撫でつつ親指で目元をなぞるように動かし、掌は徐々に俺の首筋へ移動した。そうしてイッチーは手に力を籠めると、強引に俺を抱き寄せる……。

 

 俺の頭はイッチーの宣言通り胸にグイッと引き寄せられ、優しく抱きかかえられる形となった。パニック、パニックに次ぐパニックである。それはもう、喋られる身体なら絶叫していたろう。……嫌とかそんなんじゃないんだ。ただ……ただひたすらに……。

 

(胸が、苦しいんだ……。)

 

 自分の鼓動が五月蠅く聞こえ、羞恥のあまりに顔が熱い。そうだ……これだ……。この感じが、初心な乙女になってしまっているこの感じが……怖くて怖くて堪らない。けど、なんでだろ……。イッチーがギュってしてくれてるからかな……?今はそんなに怖くないかも……。気付けば俺は、密着状態でイッチーの着ている浴衣の胸元を掴んでいた。

 

(もう……知らんよ?本当の本当に甘えるからっ……!)

「……あぁ、お前はそれで良いんだ。何するにしてもちょっと頑張り過ぎ。」

(あ゛~……もうやだぁ……。なんなんだよぉ、この涙はなんなんだよぉ……!)

 

 イッチーは無駄にイケメンボイスでそう囁き、余った手で俺の頭を優しくなでる。自分でも思った以上にいっぱいいっぱいな状態だったのか、普段は泣けないはずの両目からはとめどなく涙があふれてくる。なんだかもう感情がごちゃまぜになって、不必要なまでに涙が止まらない。

 

 だめだ……深く考えてしまっては。……今は委ねよう。どうせ馬鹿なんだ、考えてたって仕方がないじゃないか。ありのままの、純度100%の俺……いや、私を……イッチーに受け止めてもらおうじゃない。するとどうした事か、不思議と胸がスッと軽くなるのを感じ……頭もなんだかポーッとしてまともな思考がままならない。

 

(あ、これマジでヤバイ奴……。このままだと、戻って来れなくなりそう……。)

 

 イッチーの包容力の高さたるや、なんだかどうでも良くなってきてしまう。墜ちてしまいたい、墜ちて楽になりたい。そう思ってる私も確かに居る……けど、そんな安直に答えを出して良い事ではないと思う。私がどう生きるかは、私が決めないとならないのだから。

 

(……はいっ、もう私モードお終い!ありがとイッチー、元気出た。)

「もう大丈夫か?……だけど辛くなったらまた言ってくれ。俺はいつだって、黒乃の傍に居るんだからな。」

(う、うん……それは考えておくよ。とりあえずイッチー……帰ろっか?)

「……そうだな、夏とは言え夜は冷え込む時期だし。それじゃ戻ろう。」

 

 無理矢理にでも腕の中から脱出すると、ベンチから立ち上がってイッチーへと手を差し伸べた。同じくこちらへ伸びてきた手を取ると、反動をつけるようにグイッと後ろへ引いた。イッチーも俺が手を引いた力を利用して立ち上がると、俺の隣に並び立つ。そのまま2人して、目と鼻の先にある花月荘を目指した。

 

(ただ、1つ決心がついたかな……。)

 

 俺からはイッチーに何をするわけでもない。何度も言うけど、皆の邪魔はしたくないからね……。だけど、もし……あくまでもしもの話だけど、イッチーが俺の事を好きになるような展開になるとする。その時は……イッチーと歩んで行きたいって、本気でそう思う。もう降参して白状するけどさ―――

 

(俺はキミの事、気にはなってるんだろうから……。)

 

 今はほんの小さな想いだけど、徐々に大きく膨れ上がっていくかもね。ふざけんなよこのクソイケメン野郎が……。俺の気持ちを少しづつでも女の子へ傾けてるキミの罪は重いんだぞ。これでもし他の娘とくっつくとかそれはそれで屈辱的でもあるようなきがするし……って!止めよう、ホント止めとこう。

 

 今日はひとっ風呂浴びてすぐ寝る。んでもって思考をいったんリセット!じゃなきゃやってらんないよもう……。あ、そうだ……ちー姉を先に宥めんとだな。あれがなかなかに大変だ。よしっ、覚悟を決めろ。世界最強を無理矢理締め落とすくらいの気構えを内心でしっかり固める俺であった。

 

 

 

 




黒乃→女性との恋は終わったも同然ですわ……。
千冬→くっ、私としたことが!一夏と黒乃の複雑な関係を茶化してしまうとは……。


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第48話 水と油な兎と鷹

「じゃあ藤堂さん、早速だけど始めようか。」

 

 鷹兄の言葉に確と頷いて見せる。臨海学校2日目の朝、課外授業の主目的とも取れる活動が行われていた。一般の生徒達はISの装備試験を、専用機持ちは専用パーツのテストが課題になっている。とりわけ、高空域での戦闘を想定したパッケージの運用テスト……だったかな。

 

 近江重工から予算が降りたか、はたまた鷹兄のポケットマネーか。どうやら刹那にも追加パッケージが開発されたようで、どうにも背後にあるコンテナが件のソレらしい。通常の刹那が近接のみだからね……射撃形態みたいなのだと有難いんだけど。

 

「さて藤堂さん。ぶっちゃけちゃうと、刹那での高空域戦闘は想定してないも同然なんだよね。」

(うん……こんな燃費の悪い機体で、広いフィールドを駆け回るのは無理があると思う。)

 

 完全にアリーナ内というか、ある程度は逃げられる箇所が限定されている場所で刹那は真価を発揮する。しかし高空域となれば、状況にもよるけど……すぐエネルギー切れになるはず。戦闘空域への急行に関しては、刹那が到達するのが速いだろうが……その時点で恐らく数割のエネルギーが削られてしまうだろう。

 

「だったらどうするか。燃費を良くしちゃえばいいじゃない。」

「…………?」

「と、いうわけで……雷火の低燃費バージョンを造っておいたよ♪名前は飛電(ひでん)って命名しました。」

(え、えぇぇぇ……?)

 

 ガコン!プシュー……なんて音をたてながらコンテナが開くと、そこには見た目だけで言うと雷火と遜色のない翼が出てきた。なんだか鷹兄は、努力する方向を間違えているようにしか思えない。まずその翼へのこだわりをどうにかすれば良いんじゃないんですかねぇ……?

 

「詳しく説明するのは……換装してからにしようか。藤堂さん、雷火を外してくれないかな」

 

 造っちゃったものはしょうがないと思うし、鷹兄の指示にすぐさま従った。なるべく姿勢を低くし、コンソールを操作して雷火をパージ。雷火や飛電は非固定のスラスターなので、ハンガーに引っかけてある飛電に背中を向けるように近づく。再びコンソールを操作すると、刹那と飛電の接続がオンラインになったのを確認。実行ボタンを押すと、飛電は俺の背中付近にフワフワと浮いた。

 

「オーケー、じゃあ少し飛んでみてくれない?操作感覚が雷火とじゃ一目瞭然だろうから。」

(了解!)

 

 鷹兄はインカムを装着すると、飛行してみてと要求してくる。俺はすぐに飛び立たず、スゥーッとエレベーターのように一直線に高度を上げる。だいたいいつも飛んでる高度まで辿り着いたら、とりあえずは通常の飛行速度で試運転を開始した。

 

(ん……?これって、いつもより速い……?)

『気が付いたかな?飛電は雷火よりも速度が出るよ。でもそれは通常運用の話だけどね。』

 

 まだトップスピードでは無いというのに、雷火で出せる最高速度近くまで達している事に気が付いた。鷹兄からの通信を聞いてから、更に刹那の速度を上げてみる。するとどうだ、威力を少し押さえたOIB(オーバード・イグニッションブースト)程の速度が出るじゃないか。しかし、OIB(オーバード・イグニッションブースト)みたいに背中をグンッと押される感覚は無い。

 

『此処まで言えば解ると思うけど、QIB(クイック・イグニッションブースト)OIB(オーバード・イグニッションブースト)を試してね。』

 

 鷹兄は通常運用と前置きした。それはつまりQIBとOIBにも何か変化があるという事だろう。俺は早速だけど、鷹兄の指示に従い……まずはQIBから使ってみる。む、むっ……?いつもみたいな勢いがないうえに、緊急離脱用にしては弱く感じられる。

 

 OIB(オーバード・イグニッションブースト)にも違和感を感じた。何と言うか……飛電でのトップスピードよりはもちろん速い。だけど、雷火でのOIB(オーバード・イグニッションブースト)と比べればまるで遅い。……それでも既存のISが追いつけない速度が出てるけどね。どうやら俺は毒されているらしい。とりあえず、止まって鷹兄の解説を聞こう。

 

『キミが実感してる通りに、飛電でのQIB(クイック・イグニッションブースト)OIB(オーバード・イグニッションブースト)はあまり出力は出ないよ。」

(ふんふん……。)

『刹那の何が燃費悪いかって、やっぱりあの2つだからさ。単純に出力を落して、通常の飛行にエネルギーを割くようにした……ってだけの話だよ。でも逆を言えば、刹那はたったそれだけで高空域仕様になれるって事さ。』

 

 なるほどねぇ……。出力調整っていう単純な変化で、こうも飛び方に差をつけられるんだ。だったら、本当にQIB(クイック・イグニッションブースト)OIB(オーバード・イグニッションブースト)はオマケってくらいに考えた方が良いみたい。でもやっぱり……操作感覚は雲泥の差だ。エネルギー切れまで飛べば慣れるかななんて思ったけど、鷹兄が降りて来てくれと言う。

 

(鷹兄。どうかしたん?)

「うん……なんだか向こうが騒がしくて。少し気になるからさ、一緒に様子を見に行かない?」

 

 鷹兄が指差した方向を見てみると、そこには確かに人だかりが出来ていた。そのせいか、まともに試験運転なんかしてるのは俺達くらい。あ~……多分だけど、これはあの人が襲来しているのだろう。それなら、あの人が心を開いている人間は多いに越した事はない。

 

 コクリ。そう頷いてから、刹那を待機形態に戻した。ザッザッと砂浜を踏み鳴らしながら歩いて近づくと、徐々に甘ったるい声が聞こえてくる。人ゴミを大回りするようにして避けると、そこには……ウサギの耳を生やした天災さんが居た。あぁ……やっぱりな。そう思う前に、向こうも俺の事に気が付いたらしい。

 

「あっ!くろちゃ~ん!く~ろ~……ちゃ~ん!」

 

 はい……ご存知皆のアイドルたば姉が居ましたよっと。数年ぶりに会うわけだが、特に見た目の変化は感じられない。たば姉はく~ろ~……と言いつつ力を溜めて、ちゃ~ん!の部分で勢いよく俺に飛びついてくる。別に避けられない事も無かったが、砂浜とは言え女性を地面にこかすわけにもいかんしね。

 

「ひっさしぶり~。会いたかったよくろちゃん!おっほ~……大きくなったねぇ。」

(大きくなったって……ちょっとまっ!胸揉みながら言う台詞じゃない……いっ……!?)

「止めんかこの馬鹿が。」

「あいたっ!?」

 

 大きくなったとは、勿論身長でなくおっぱいの事を言っているようだ。何やら感心したかのように俺のおっぱいを揉むたば姉……。公衆の面前と言うか、大勢の生徒が居るせいか余計に恥ずかしく感じられる。しかし、たば姉が揉み始めてすぐちー姉が鉄拳制裁を見舞う。ふ、ふぅ……事なきを得たな……。

 

「はぁ……わざわざセクハラをしに来るほど暇じゃないだろ。何の用件があるかさっさと言え、そして去れ。……の前に挨拶くらいしろ。」

「ちーちゃんったら注文が多いなぁ。はろはろー、篠ノ之 束でーっす。」

 

 まるで猫をつまむようにたば姉の襟を持つちー姉は、見た限りで頭が痛そうだ。そしてこれまた猫を扱うかのように、ポイッとたば姉を放り投げる。しゅたっと華麗な着地を見せると、そのままテキトーな挨拶を生徒達に送った。するとどうだ……果敢にも鷹兄がたば姉に近づいて行くじゃないか。……止めといた方が良いと思うけど。

 

「お目にかかれて光栄です、篠ノ之博士。僕は近江 鷹丸と言います。一応は科学者の端くれなので、貴女の事を心から尊敬してますよ。」

「は?何?何話しかけてんの?お前の名前とか別に興味ないんだけど。というか男のくせして束さん尊敬してるとか、マゾヒスト?ちょっと近寄らないでくんない。変な性癖移っちゃうから。」

「そうですか、それは残念です。ですが……僕は信じてますよ、いつか必ず解りあえるってね。」

「…………。」

 

 い、意に介さねぇ……流石は鷹兄、マジで大人な男だ。……単に気にする神経を持ち合わせてないだけか?日ごろのヘラヘラ&ニヤニヤが貫き通す姿勢はある意味関心というか……。そんな鷹兄の反応が新鮮なのか、たば姉は無言でジッと見つめていた。鷹兄が白衣を翻しながら離れると、たば姉はいつものテンションへ戻る。

 

「ってかさーってかさー。くろちゃんあんなのの造った専用機乗ってんだよね?今度束さんが造ったげるからそっち乗りなよ。」

(やー……なんやかんやで刹那も気に入ってるんで。)

「う~ん……じゃあ、考えておくってとっとくね!」

 

 うん、それは俺もずっと思ってた。束さんに気に入られた時点で俺用の専用機造っちゃうかなって思っていたけど、他に忙しい事でもあったのか刹那で落ち着いちゃった。まぁ……正直なところで天災産の専用機はノーサンキューだったから調度いいや。でも俺は否定も肯定も出来なかったので、たば姉は自分の都合のいい方に解釈する事にしたらしい。

 

「で、用件ってのは~……いくつかプレゼントがあってね。まずはくろちゃんから……はいこれ!」

(……たば姉と同じウサ耳カチューシャ?」

「……そんな物をどうするつもりだ。」

「コレね、脳の信号を読み取って~……音声にして発する機械!耳のところがスピーカーになってるんだよ!」

 

 ……あ、ホントだ。で……でもたば姉……コレを俺に着けろと?いや、黒乃ちゃんの身体だしそりゃり合うと思うよ。けど無表情の面でこれはちょっとどうなんだろ……。まぁたば姉のせっかくの厚意だし……有難く受け取っておこう。もしかすると、これで会話が出来るようになるかもしれないんだから。

 

「えへへ、お揃いだねくろちゃん!」

「こ、これはなかなか……。」

(ちー姉、余計な事言わんとって。)

「え~っとね、喋りたい事を強く念じれば音声が出るよ。慣れたら意識しなくても扱えるようになると思うから。じゃあ……ちーちゃんに向かって何か一言!」

 

 俺がウサ耳カチューシャを着けると、たば姉は大喜びだ。しかし、ちー姉からすればシュールな光景みたいで……口元を押さえて楽しそうにしている。はぁ……高校生にもなってコレは痛い……。まぁ良いや、ちー姉に一言……ね。俺は黒乃ちゃんになってからずっと……ちー姉に言いたい事があったんだ。

 

『おっぱい揉ませて下さい。』

「「…………。」」

「イヤーッ!」

「グ、グワーッ!?な、なんで……なんで束さんを殴ったの!?」

「黙れ、期待したらこれか!悪ふざけにも程があるぞ!」

「この件に関しては真剣そのものだよ!束さんだってくろちゃんとお話したいもん!」

「ならば今の言葉は何だ!?黒乃が私に向かってそんな事を言うはずがなかろう……!」

「ちょっ、ゲフッ!?タ、タイム……ちーちゃん……首……首はやばいから……!」

 

 いや、コレ成功作だよたば姉……ちー姉……?だって、思いっきり考えてた事が音声になって出たんだもの。どうやらちー姉は、俺がそんな事を言うキャラじゃないと思ってるみたいで……思いきりたば姉を殴り飛ばした。さらに吹っ飛んだたば姉を立たせると、ネックハンギングツリーといって……要するに首を掴んで持ち上げる技を仕掛けた。

 

「まぁまぁ織斑先生、少し落ち着きましょうよ。」

「くっ……フン!束……貴様はどうだ。黒乃があんな事を言うとでも?」

「お、思いませんです……はい。」

「ならばあの耳に欠陥があった証拠だ。出直してこい。」

「は、はい。む~……おっかしいなぁ、束さんが設計ミスなんてするはずが……。」

 

 鷹兄がちー姉を嗜めると、仕方がないとでも言いたそうな表情を見せ、たば姉を地上に降ろした。ゲホゲホ言いながらむせ返っていたが、よほど怖かったらしくちー姉の質問に正座でたば姉は答えた。本当に成功してるんだけど、たば姉はぶつぶつ言いながら俺のウサ耳カチューシャを外す。

 

「まぁ良いか……今度ゆっくり見てみないと。で、ちーちゃん……。」

「もう1つの件か……。篠ノ之、前に来い。」

「は、はいっ!」

 

 むっ……コレはアレか、ギクシャクした姉妹関係が繰り広げられるパターンの奴か。今から胃が痛くなるのご容易に想像できたので、俺はさりげなく束さんとの距離を置いた。そしていきなり名前を呼ばれたモッピーは、少しばかり怪訝な表情で前へとやって来る。

 

「やぁやぁ箒ちゃん、久しぶり!」

「…ええ、そうですね。」

「箒ちゃんも大きくなってるね~。何処とは言わないけど!」

「殴りますよ。」

 

 あらら……ハイテンションのたば姉に対して、モッピーはあくまで淡泊な態度を貫き通す。人の家の事情に口出しするのは良くないけど、なんとか仲直りして欲しいものだ。かと言って、喋れない俺に何が出来るかと聞かれれば……大した事なんて出来やしないんだけど。

 

「今日はね~箒ちゃんにもプレゼントがあるんだよ。さぁさぁ皆さんお立ち会い!上にごちゅうも~く!」

 

 束さんが頭上を指差すと、巨大なコンテナが空から降ってきた。ズドォン!という轟音と共にコンテナは地面へと到達。その衝撃のおかげか、ぶわっと砂が巻き上がる。たぁーたた!砂粒が肌に当たって痛い痛い!というか、なにより鷹兄の白衣がはためいてペシペシ当たるのが痛いですぅ!

 

「これは……?」

「これはねぇ、箒ちゃんの専用機だよ。名前は紅椿!」

「っ……!?貴女は……貴女という人は、やはり何も解かってはいない!私がいつこんな物を頼んだというのです!」

 

 モッピーはワナワナと肩を震わせると、恨めしい目でたば姉と紅椿を見た。余計なお世話だ。そういったニュアンスで、こんな物は必要ないと叫んだ。た、頼んでないって……どうしてだろ。確か原作だと専用機が無い自分に焦りを感じて、たば姉に造ってもらったとかじゃ……?

 

「貴女は私に与えるばかりだ……それは、私にとって奪っている事だと考えもせずに!私は自分の力で黒乃や一夏の隣に立とうと……精進して来たんです!自分の専用機は自分で勝ち取ります……だから今すぐ私の前から―――」

「篠ノ之さん。」

「なんです?!」

「僕も割に与えられる立場だからね、君の言いたい事は良く解る。けど……利用すべきものは利用すべきだと僕は思うな。……言ってる意味、解るよね?」

「…………。解りました……。」

 

 与えられる立場……か。鷹兄の背負ってる近江の名、それだけ重い物だという事は理解している。鷹兄とモッピーはやっぱり似たような経験をしてここまで来てるのかな……。合理主義者っぽい鷹兄は、利用できるものはなんでも利用するタイプ。けれど、モッピーは武士道精神一直線な性格だしね。

 

 それでも君の言いたい事は良く解るって台詞が効いたのか、渋々ながらも紅椿に乗る事を了承した。モッピーが怒っても特に様子の変化が無かったたば姉だが、乗るとなればテンションがマシマシだ。しかし……いくら鷹兄とはいえ、あの台詞だけでモッピーを説得できるとは思えんけどなぁ。なぁーんか引っかかる。

 

 鷹兄だったらもっとこう……紅椿をボロクソに貶してでももっと説得力のある台詞をツラツラ並べそうなもんだけど。う~ん……やっぱり鷹兄でも、持って生まれてしまった者の苦しみがあるって事かな。その辺り、きっとたば姉には理解できないんだろうけど。

 

「んじゃ箒ちゃん、フィッティングやらうんたらかんたらを始めようか!この束さんにかかればチョチョイのチョイやで!」

「…………。」

「ありゃりゃ、無視されちゃった。まぁ良いか!じゃあじゃあ箒ちゃん、紅椿に乗ってね。」

 

 うんたらかんたらって……ISを世に出した人がそれで良いんだろうか?まぁ……出した人だからこそなんでも許されるってのはあるかも知れん。たば姉が何やらリモコンを操作すると、紅椿が自動でひざを折り、いつでも操縦者が乗れる体勢となった。

 

 手早く作業を終わらせたいのか、モッピーはせっせと紅椿に乗り込んだ。……なんか、原作よりもモッピーがたば姉を嫌ってる……?ここまで無視してなかったというか、受け答えくらいはしてた気がするんだけどな。それでもたば姉は、まったく動じることなく作業を進めて行く。

 

 モッピーに紅椿の説明をしながらも、全く手が止まる事が無い。俺の隣の鷹兄は、その光景を食い入るように見つめていた。尊敬してるって言葉に嘘は無いみたいで、技術を見て盗むつもりなんだろう。向上心あるなぁ……俺も少しは見習わないと……。

 

 その後セクハラ交えつつイッチーとの漫才を交えつつ……見る見るうちに作業は進んで行く。あ、後鷹兄に対する態度を見ていたせいか、セシリーがたば姉に話しかけに行く事は無かった。まぁね……興味ない人と接してる時のたば姉は怖いからね。

 

「ほいさ、終わりましたよ~っと。じゃ箒ちゃん、試運転も兼ねて飛んでみよっか。」

「……解かりました。」

 

 モッピーはそっけない態度のまま、紅椿を動かす。すさまじいスピードで、あっという間に紅椿は上空なわけだが……これならまだ刹那のが速いな。……って思ってしまうのは贔屓目も過ぎるかな。何より、たば姉に知られると面倒なことになりそうだ。

 

 その後は紅椿の武装、雨月と空裂のテストも行われる。それぞれ刺突、斬撃で攻性エネルギーが飛ぶって仕組み何だけど……刹那の武装のいずれかもそんな感じにしてほしかったなぁ。ミサイル同時に何発も撃ち落とせる威力はいらないけどね。つまり空裂は、それが可能って事だ。

 

「ね~、凄いでしょ箒ちゃん。」

「そう……ですね……。」

 

 ミサイルの撃ち落とされた爆煙が舞う中、モッピーは密かに紅椿の性能に震撼しているように見えた。はぁ……それはそれとして、もうすぐアレが始まるって事かぁ。そんな考えを巡らせていると、自然にちー姉と山田先生が目に入る。2人は、ハンドサインで何か話しあっている。

 

「了解した……。全員、注目!現時刻を持って、我々は特殊任務行動へ移る。今日のテストは中止。各々、ISを片して随時花月荘へと戻れ。連絡があるまで室内待機だ。」

「ちゅっ、中止……?なんで?」

「状況が全然―――」

「良いからとっとと行動へ移せ!許可なく余計な行動を取った物は身柄を拘束する……いいな?次は無いぞ!」

 

 はぁ……来ちゃったかぁ……。刹那の機体性能からして、意地でも戦地に赴かなくてはならなくなる展開が……。1人でゲンナリとしている間も、皆は慌ててちー姉の指示に従う。まぁ……半分は脅しみたいなもんですしね。身柄の拘束は誰だってヤだよ。

 

「専用機持ちは集合しろ。……篠ノ之、お前もな。」

「わ、解りました……!」

 

 モッピーも専用機持ちになった訳で、呼ばれるのは当然だ。でも本人は意外そうで、少しばかり生返事っぽく返す。……モッピー……浮かれてる様子は無いな。だったら、全部上手くいくのかな?いや……常に最悪の状況は想定しておかないと、いざって時に困る。……こんなところで死ぬわけにはいかない。俺はそんな決意と共に、専用機持ち達の背中を追いかけた。

 

 

 




黒乃→おっぱい揉ませてください(真剣)
千冬→黒乃がそんな事を言うかバカタレ!


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第49話 音無に消ゆ

※今話はオリジナルの敵勢ISが登場します。
 そういった要素が苦手な方にはあまりオススメできないかも知れません。


『各員、準備は良いな?』

「いつでも。」

「此方も同じく。」

(よろしくないです……今すぐ帰して下さい……。)

 

 時刻は昼前の11時ごろ。俺、イッチー、モッピーの3人は、とある極秘任務の実行部隊として駆り出されていた。その極秘任務とは……銀の福音迎撃作戦である。今から数時間前のハワイ沖にて試験運用していたアメリカ製軍用IS『銀の福音(シルバリオゴスペル)』が暴走。そのまま何処かへ飛び去ったとの事。

 

 なんと福音が飛び去った方向は、花月荘よりほど近い空域。臨海学校にて近場に居るIS学園専用機持ち1年に、福音の暴走を止める命令が通達されたのである。で、それに選別されたメンバーが最初の幼馴染組(オールドプレイメイト・ジ・オリジン)と……。この作戦には、ある程度の参加条件という物があった。

 

 まず1つ、短期決戦を狙う為にイッチーと白式の零落白夜は欠かせない。2つ、銀の福音は高機動機……イッチーに無駄なエネルギーを使わせずに運ぶ役目が必要となる。これが換装を必要とせず高速移動形態になれるモッピーと紅椿。そして3つ、紅椿に換装せずに追いつける俺&刹那はほぼ無条件で参加が確定と……。

 

 おかしい、絶対におかしい。だって俺の参加条件だけ意味解かんないもん。しかも鷹兄が他のISの高機動パッケージよりも速度が出せるなんて言うし……。くっそー……刹那のスラスターが飛電であった事が仇になった。この小隊編成だっておかしい。近接型、近接型、近接を主体とした万能型って……8割近接機の編成じゃないか。

 

『よろしい。それでは作戦内容を確認する。日本近空に接近している銀の福音を叩く。相手は暴走した高機動機体だ……チャンスを逃さず必ず仕留めろ。』

「「了解!」」

(はぁ……やるしかないか!)

 

 ぶっちゃけた話で、イッチーの零落白夜で一発KOを狙いたいところだ……が、世の中そう上手くはいかないだろう。必ずアレ……もしくはアレに近い形でイッチーが危ない目に合うはず。俺は事前にそれを知ってるんだ……どうにかしてイッチーを……。

 

「箒、紅椿の調子はどうだ。」

「悪くは無い……だろう。だが……。」

「だが……?」

「……こんな形は望んでいない。」

 

 モッピー……原作よかマシな気はするけど、これはこれでどうなんだ……?実戦の前に意気消沈してるというか、いつもの覇気は感じられない。俺もイッチーも……並び立とうって思ってくれてるのは嬉しい。けどそれがモッピーの望んだ形じゃないってなると……かける言葉はないだろう。

 

「……一夏、そろそろ私の背に乗れ。言っておくが、今回だけだからな。」

「あ、あぁ……解かってる。それじゃあ頼むな箒。」

 

 小さな溜息を吐いたモッピーは、イッチーに自分の背に乗るよう促した。おっと、俺もしっかり飛電の最終調整をしとかないとな。……オールグリーンか、暴発の心配とかは無さそうだ。後は、2人に心配かけないように小さく深呼吸をしておく。

 

『では、カウントダウンを始める。』

 

 ちー姉の声が響くと、刹那のハイパーセンサーにタイマーが現れた。きっと白式や紅椿も同じくだろう。カウントダウンは30秒から……。ピピピ……とタイマーの小さな音は、俺の鼓動にかき消されてしまいそうだ。だ、大丈夫……気をしっかり持て、俺。

 

『3、2、1……作戦開始!』

「飛ばすぞ一夏!しっかり掴まれ!」

「おう!」

 

 ちー姉の作戦開始と言う発音と同時に、俺とモッピーはロケットスタートが如く目標へ向けて飛行を開始した。紅椿は流石に速いが、やはり問題なく追いつけてる。それを言うと、飛電で正解だったってのもあるのかも知れない。ハイパーセンサーで後方を確認すると、花月荘は既に見えなくなっている。よしっ、このまま一気に―――

 

「…………!?」

「黒乃!?ちぃっ……!」

「おい、何やってんだ箒!今黒乃が……明らかに攻撃されただろうが!」

「言っている場合か!不安定要素だが……私達の目的を忘れるな!」

 

 俺が快調に飛んでいると、ハイパーセンサーに何の警告も無しに……確かに攻撃されたのだ。いきなりの奇襲攻撃に、俺は思わず飛行体制のバランスを崩し隊列から外れてしまう。何かイッチーと揉めていた様子だが、モッピーはそのまま銀の福音目指して飛行を続ける。

 

 オーケー……それは大正解だよモッピー。各々が、各々の目的を忘れてはならない。イッチーの役目は福音に零落白夜をくらわす事。モッピーの役目はイッチーを無事に届ける事なんだから。ある意味補佐の役で作戦を参加してる俺が狙われてラッキーってとこだ。不安定要素を摘むのも俺のれっきとした役割だろうから。

 

(さて、何処から攻撃され……た……?)

『――――――――』

 

 俺が神立を引き抜いて周囲を警戒していると、いきなりハイパーセンサーにISの反応が現れた。慌ててそちらに振り向くと、何とも形容しがたいISが浮いていた。まず……異様に小さい。長身な男性……170cm強程の全長だ。そして頭部、何か……頭そのものが卵みたいな楕円形をしたバイザーのようになっている。

 

 そのバイザーには、心臓が脈打ち血が循環するように……赤い光が一定間隔で基盤のようなパターンをなぞりながら走る。手はまるで人間そのものだが、足は凄まじく細長い円錐みたいで……。全身漆黒かつシャープな造形のそのIS?は、どこかニンジャを思わせる。

 

『―――――――――』

(来るか!?)

『―――――――――』

(なっ……高周波振動してる!?)

 

 謎の敵勢ISは、それこそニンジャソードとでも呼びたくなるような片手サイズの日本刀を順手で構えると、背中から直接生えているようなスラスターをフルブーストで接近してくる。その攻撃は難なく神立で受けるが、甲高い金属音と火花を上げる。その時点で察した……あの刀は、いわゆるバイブレーションソード!

 

(このまま受け続けるのはマズイ……!)

 

 そう思った俺は、ニンジャISを蹴り飛ばした。すぐさま神立の刃を確認してみると……中ほどまで達してしまいそうなほどの亀裂が走っているではないか。バイブレーションソード……SF作品でお目にかかりやすい兵器だ。刃が超高速で振動する事により、単純に斬るのではなく切削能力を付与する事が出来る。

 

 それによって、通常ではありえないような硬度の代物もすっぱり……。ここまで神立を破壊されたとなると、アレの実用性を認めざるを得ない。とにかく、これでアイツ相手に物理ブレードを使えない。俺は大人しく神立を仕舞い、レーザーブレードの疾雷、迅雷を抜いた……その時だった。

 

(ぐっ!?ま、また……?!)

 

 またしてもハイパーセンサーに何の警告も無しに、攻撃を受けてしまう。今度は俺の背後で、小規模の爆発が複数発生した。それとついでに、身体の身動きが効かない……!まるで何かが巻き付いてるみたいだ。焦りながらもニンジャISを睨みつけていると―――

 

『『『『――――――――』』』』

(嘘……だろ……?)

 

 最初のニンジャISとほぼ同じ見た目をしたのが、4体同時に現れた。最初のは赤いバイザーパターンだったが、あちらこちらにクナイや手裏剣を装備してるのが青……多分だけど遠距離型。そして鎖付き分銅……俺の身体に巻き付いてるのがこれだ。で、それを装備してるのが緑……相手の動きを制限する捕縛型か?

 

 黄色い奴は、両腕が巨大な手甲みたくなってる。きっと防御型だろう。最後は桃色……。装備らしい装備は見当たらないが、あちらこちらに着いてる球体が爆発物に見えなくもない。それと身の丈ほどの黒マントも気になるな。……新手の戦隊モノ?お前らは機甲忍隊シノビレンジャーとでも命名してやろう。

 

(各々が各々の役割をこなす……コイツらも同じだな。多勢に無勢……。勝てない算段で望まんと。だから、俺がすべきは退路の確保……。)

『……い!どう……っ……る!藤堂!反応が―――』

 

 あ、あれ……?刹那の通信機器がザーザー言ってちー姉の声が途切れ途切れだけど……もしかしてアイツらが通信妨害してる……?…………マズイいいいい!ひっじょぉーによろしくない!反応が言ってたし、これは刹那の反応自体を消されてる!つまり俺は……完全に孤立した状態になってしまった!

 

(ひぃいいい!勘弁してよ!)

『――――――――』

 

 とりあえず捕縛されているのをなんとかしようと、QIB(クイック・イグニッションブースト)を左方向へ放つ。すると振り子のようにして、シノビグリーンは横にいたシノビピンクへと激突した。それに伴って、俺に巻きついていた鎖も緩む。簡単に脱出できたは良いが、これが開戦の合図になったようだ。シノビレンジャーは一斉に遅いかかってくる。

 

(やってやる……!多対一がなんだ……って!?また消えた!?)

 

 もう、どうなってんだよさっきからぁ!ありとあらゆる反応が消え失せるし、視認すらできなくなるし!戸惑いを隠せない俺に、容赦なく攻撃は繰り広げられる。斬られた感覚、小規模な爆発、多分だけど殴られて吹き飛ばされ……。くそっ何か打開策は……!?見えなきゃ始まらない!

 

(ん……?)

 

 何か今……ハイパーセンサーに一瞬だけノイズが走ったような……。もしかしてこの感じ……!?ある事を思い立った俺は、すぐさまハイパーセンサーの機能をオフにした。するとどうだ……ごく当たり前のようにシノビンジャー全機が視認できる。……ハイパージャマーだコレー!?

 

 説明しよう!ハイパージャマーとは、某ロボットアニメにて登場する特殊兵装である。強力な妨害電波を発生させカメラやレーダー等の電子機器を機能停止させるという代物なのだ。つまり今の刹那はそれに似た障害を起こさせられている。まさかハイパーセンサーに影響を及ぼすとは……。つまるところ、ハイパーセンサーを使用している限りそこに居ても視認する事が出来ない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

(それでも!)

『『――――――――』』

 

 ハイパーセンサーを切ってるから、俺の視界は刹那を展開していない時と同等……。それでも見えているだけ良いに決まってる。シノビブルーの投げて来たクナイを疾雷、迅雷で弾くと、その隙を狙っていたであろうシノビレッドの攻撃も防ぐ。よし、反撃開始だぁ!

 

(でやああああ!)

『――――――――』

(しまった……!?)

 

 遠距離攻撃が脅威なため、レッドはスルーしてブルーを攻撃した……のだが、寸前のところでシノビイエローに割り込まれてしまう。イエローの手甲は、右腕と左腕が連結して盾のように形状が変化しているではないか。このまま止まっているのは危険だ……続けてイエローを攻撃―――

 

『――――――――』

(ちょっ、煙幕!?)

 

 イエローへと連続攻撃を加えようとすると、ピンクが腰に着いていた球体を此方へ投げた。するとボフン!という音と共に、俺の周囲には煙が蔓延する。煙玉か……!?だとすると、ピンクの役目は妨害行為だな。とにかく、ハイパーセンサーが使えない状況で視界を奪われるのはまずい!QIB(クイック・イグニッションブースト)で―――

 

『――――――――』

(またしてもかよ!?)

 

 俺が上昇しながらQIB(クイック・イグニッションブースト)を使うと、そこにはグリーンが待ち受けていた。グリーンは手早く俺に鎖を巻きつけると、俺を振り回してブン投げる。その投げられた方向には……今度はイエローが!イエローは俺の振り回された威力を利用し、強烈なラリアットを俺の首筋に見舞う。

 

(かはっ!?)

 

 巨大な手甲から繰り出されるラリアットは、相当な衝撃を俺に与えた。グリーンは大人しく拘束を解除してくれたが……これは、本当にまずい……!1機ずつ相手にしたのならきっと大した事はないんだろう。だがこのチームプレーが厄介としか言いようがない!

 

 それぞれの特性を持つ5機が、余計な事をせずに自分の特性を生かした戦いをする。……付け入る隙がない……勝てるビジョンが見えてこない……!どうしよう……怖い…怖い怖い怖い!このままじゃ……本当に殺されてしまう……。でも、今俺が逃げ出したら……こいつらは誰が抑えろってんだ……。

 

『『『『『――――――――』』』』』

(ひっ……!?)

 

 恐怖からくる笑顔は出ているが、機械故に動揺も誘えない。俺の頭の中では、逃げたい、死にたくない……怖くても戦わなきゃダメだというせめぎ合いが行われていた。それだけに、もはやまともに刹那を動かす事すら出来やしない。これでは一方的な蹂躙だ。

 

 刹那のエネルギーは、みるみる内に削られていく。やがて……本当に生きるか死ぬかの瀬戸際のところまできてしまう。刹那のシールドエネルギーが……たった今尽きた。飛電の方のエネルギーも無い。つまりは、QIB(クイック・イグニッションブースト)OIB(オーバード・イグニッションブースト)も使えない……。終わった……何もかも全部。

 

(嫌だ……こんなところで死にたくなんか!)

『『――――――――』』

(くそっ……今度は何だよ!?)

 

 すぐ目の前に迫る死の予感。その圧倒的恐怖に、俺は息を乱しながらシノビレンジャーを見つめることしかできない。そんな俺に対して、連中はまたしても不可解な行動を取ろうとしていた。ピンクがマントを外したと思えば、バサッと広げてレッドを遮るように隠す。

 

 そしてピンクがマントを戻せば……特に何の変わりもなくレッドがそこにいた。……なんなん?まぁ良い……わけの解らん行動を見せられて、逆になんだか落ち着いてきた。一撃もらったら終了?面白いじゃないか。一撃死モードなんていくつもクリアしてきた。今回もそれと同じくらいのレベルだと思えば―――

 

ザシュ!

『――――――――』

(は……?ザシュって今何の音で……あ……え……?)

 

 ……意味が解らない。どうして俺の腹から……刀が生えてきているのだろうか?恐る恐る顔だけ振り返らせると、俺の真後ろに……レッドが居た。あぁ……そうか、俺は……刺されたのか……。いや、ちょっと待とうか……。……あっ!?あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっ!!!!熱い熱い熱い熱い!腹が焼けるように熱いぃっ!!!!な、なんで……どうして!?

 

 激痛を堪えながらも腹を見てみると、おびただしい量の血液がISスーツに滲み出ていた。(アカ)(アカ)(アカ)……漆黒のISスーツをアカイロが染めている。それにこの熱……刺された感覚だけじゃない。高周振動によって刃自体が発熱し、内臓から何からを実際に焼いて……!?

 

(うぐぇ……うぉえっ!カハッ!)

 

 自らの腹の焼ける悪臭が鼻につき、俺は嘔吐と吐血を同時に行わざるをえなかった。畜生……畜生!なんで背後から腹まで貫通するような攻撃に気が付けなかった!?どうしても事実を受け入れられなかった俺は、感触を確かめるように忍者刀を握る。確かにあそこには、もう1機のシノビレッドが……!

 

(!? あぁ……なんだ、簡単な事だったんだ……。)

 

 ピンクの手の甲部分を良く見てみると、僅かな光が発せられていた。つまりあれは……ホログラフィック。あのマントでレッドを隠した時に、本体と幻影が入れ替わっていたんだ。そして恐らくコイツらは……短時間ならステルスしていられるのだろう。

 

 現在はハイパーセンサーをオフにしている。警告なんて親切なものはしてもらえない……。ステルスしている間に俺の背後に忍び寄ったレッドは、隙だらけの俺の背後から忍者刀をグッサリと……ハハ……ハハハハ……。はぁ……失血やらの影響で脳に酸素が行かないね……頭……ボーッとしてきた。

 

『――――――――』

(ひぎっ……!?も、もう少し優しく抜けやぁ……!)

 

 ズリュリとかグチャリとか、そんな音を立てて俺の腹から忍者刀が引き抜かれた。今度はジワリと……俺の腹から熱が去っていくような感覚が襲う。失血の速度はさらに加速……。もう……ダメだ……まともに……飛んでいるのも……。そんな感じで意識が朦朧としていたのだが、全身を叩きつけられる衝撃を感じてハッとなる。

 

(息……苦し……。そう……か、海か……。)

 

 いつの間にやら海に落ちてしまったようだ。身体は着々と海底へと沈んで行くが、もう俺にはもがく気力は残されていなかった。あぁ……死ぬときは迷惑かけずにって思ってたんだけどなぁ……。このままだと、行方不明って事で捜索部隊が編成されちゃうよ……。

 

 ……ゴメン、ゴメン黒乃ちゃん……キミの代わりに精一杯やってきたけど、オジサンにはこれが限界みたいだ。ゴメン……イッチーにちー姉。また家族が減る悲しみを味わわせちゃうね……。ゴメン……皆……。俺と仲良くなってくれた皆……本当にゴメン……!

 

 嫌だなぁ……死にたくないなぁ……。もっと……もっともっと、皆と一緒に笑いたかった。皆と一緒に泣きたかった。皆と一緒に……生きたかった……。そうだ……俺は、死にたくないんじゃなくて……生きたい。死の恐怖ではなく、生への渇望……。怖い怖いって思うばっかりで、生きてる実感……というか楽しみ?……いつの間にか、見逃していたのかも知れない。

 

 大事な物ほど見落としがちっていうか、死に際に見つかるなんてまたベタだね……。……もし俺にチャンスがあるんだったら、今度こそは……生きるために生きられるように……そうありたいな……。俺の意識は、やがて深淵へと落ちていく。もう2度と目覚める事の叶わない深淵へと……。

 

 

 

 

 

 

「……(たわ)けが、ようやくその言葉をひりだしおった。」

 

 雨漏りの激しい廃寺らしき場所で、禅を組んだ女がそう呟いた。女は尼の格好をしているが、頭は丸めていない。長めの黒髪を毛先の方で束ねている。またいかにもな錫杖を持っているのが尼っぽさを引き立てているのかも知れない。

 

「まぁ……ワシの元に辿り着けただけでも及第点かのぅ。」

 

 爺言葉で話す女は、いったい誰に対して……何に対してそんな台詞を呟いているのだろうか。口調は冷たく、内容も何処か酷評するかのようだ。しかし、その言葉の裏腹に……どうにも口元は楽しみや歓喜といった物が現れている。早い話が……ツンデレなのかもしれない。

 

「不可思議な女子(おなご)ではあるが……一見の価値あり。確と見極めさせてもらおう……。それでふさわしくないと判断した場合は、それまでの女子(おなご)じゃった……といったところかの。」

 

 そう言いながら女は膝に乗せていた錫杖を右手に取り、底の部分をダァン!と力強く床に叩きつけた。するとどうだ……雨音と共に、飛び立つ羽音と烏の鳴き声が反響するではないか。そして廃寺内が雨音のみに戻ると、女は再び膝に錫杖を乗せ……静かに目を閉じる。その静けさといったら、この空間で呼吸をする事すら(はばか)られるような……そんな静寂が支配していた。

 

 

 



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第50話 烏沈みし後の事

「…………。」

「一夏、黒乃が心配なのは解るが今は集中しろ!」

「けど!」

「けどではない福音を手早く倒す……そうすれば黒乃の援護にも向かえる!」

 

 箒の背に乗っている一夏は、焦りを隠せない表情でハイパーセンサーを食い入るように見つめていた。作戦行動中という事を一応は理解しているのか、あくまで刹那の反応と動きのみで抑えてはいる。だが、その動きを見るに……黒乃は確かに何かと戦っている。

 

 しかし、不可解な事に黒乃が戦っている相手の反応がハイパーセンサーに映らない。その事が、返って一夏の不安を駆りたてていた。いつまでもそんな様子の一夏に、箒は声を大にして喝を入れる。悔しいが……やはり全面的に箒の言っている事が正しい。

 

「……一撃で終わらせてやるさ!」

「その意気だ!そら……見えて来たぞ!」

 

 一夏の気構えが出来た所で、ハイパーセンサーで捉えられる範囲に福音が見えた。銀……と言うだけあって、その姿は全身が煌々と輝いている。頭部から生えている1対の翼は、福音という名が相まってか何処か神々しく一夏の目には映った。

 

 とはいえ、あの翼はスラスターと広域射撃武装を融合させた代物……だと資料に書かれていた事を一夏は思い出す。1口にそう言われても全く想像の着かない一夏だったが、無駄な思考だと気持ちを切り替える。何故ならば、自分が一太刀で終わらせるのだから。

 

「さらに飛ばす!接触は10秒後だ!」

「了解!」

 

 高速で飛翔する福音を追いかける紅椿は、スラスターとエネルギーウィングの出力をさらに上げた。すると見る見る内に福音との距離は詰まり、もうすぐ雪片弐型の射程圏内へと入る。しっかりと己が持つ唯一の武装を握り締めると、一夏は零落白夜を発動させた。

 

「うおおおおっ!」

『――――――――』

(なっ……!?こんな挙動は刹那でも……!)

 

 迫る白式、逃げる福音。このような構図となり、斬っても背中だと一夏は想定していた。ふたを開けてみれば180度真逆。それすなわち、銀の福音が高速で後退しながらこちらへと振り向いたという事。高機動機というだけでどうしても刹那を連想してしまう一夏だが、そもそも2機の間には大きな隔たりがあるというもの。

 

(一旦体勢を……いや、このまま押し切る!)

 

 迎え撃ちにかかる体勢をとられる事こそ想定外。もとより確実性の高いタイミングを待つ事も考えた一夏だったが、黒乃の援護に向かいたいという焦りが勝ってしまう。そのまま構わず雪片を鋭く振るうが、福音はそのタイミングに合わせてグルリと1回転。紙一重のところで雪片を躱した。

 

「くっ……翼のあるISってのは全部こうなのか!?」

 

 福音のディティールから刹那を連想したいただけに、良く解らない文句が一夏の口から飛び出た。福音に刹那ほど素早く、かつ爆発的に離脱できる出力は無い。それが無い分より繊細な高速飛行が可能と考えても良いのかも知れない。

 

「何をやっている、さっさと乗れ!」

「ああ!」

 

 外したうえにチャンスが無いなら次、白式が追いつくための紅椿だと箒は一夏に背へ乗るよう促す。すぐさま箒の背に乗った一夏は、呼吸を合わせて福音へと斬りかかった。しかし、ひらりひらり躱されてしまう。その様は、何処か宙に浮く羽を斬るかのような難易度を感じさせる。

 

(零落白夜の発動時間も限界だ……。ここは強気に……!)

「待て一夏!それは―――」

「しまった!?」

 

 一撃必殺を狙うあまりに事を急いた一夏は、箒の制止が間に合わない勢いで飛び出た。とにかく雪片を当てようと、不恰好なフォームで振りかぶる。素人目から見ても隙だらけなそれは、福音にカウンターを選択させた。スラスターであり射撃武器である翼は、大きく広げられるように開いた。

 

 一斉に開いたのは間違いなく砲口だ。そう理解するや否や、砲口を迫り出すようにして2人へ向ける。瞬間、数多の光弾がそこから撃ちだされた。その光弾は高密度圧縮エネルギーで、おあつらえむきに羽のような形をしている。羽が白式のアーマー部分に突き刺さったかと思えば、即と言っていいほどの速さで爆ぜた。

 

「ぐぅっ!?」

「一夏!?」

「大丈夫、まだ平気だ!」

 

 言葉通りにまだ問題ないレベルの一夏と白式だったが、このままでは分が悪くなる一方だろう。爆発性エネルギー弾というだけでも厄介だというのに、それが凄まじい速度で連射されているから輪をかけて厄介だ。射撃精度は決して高くないが、触れでもすれば爆発でのダメージを貰う事になる。

 

「このまま防戦一方という訳にもいかんぞ!」

「ああ、とりあえずバラけよう!どっちかに対象を絞ってくれるはずだ!」

 

 一夏の提案に、箒はコクリと頷いて同意した。それと同時に2人は左右の方向に分かれて飛び出す。すると予想に反して、福音は完全に射撃の手を止めてしまう。そこから全方位に砲口をフルオープン。銀の鐘は広域射撃武装である。つまるところ、こういった事態が想定されていないはずがない。

 

『La――――――』

「なんだと!?」

「ヤバい……退避だ!」

 

 甲高い音が鳴ると共に、全方位への爆発性エネルギー弾の射出が開始。ISでない兵器ならば、ほんの数秒で殲滅されてしまうだろう。2人は軍事機密である恐ろしさを改めて実感する。そのうえで、だからこそ倒さねばならないのだと必死で食らいつく。なんとか弾幕を掻い潜る2人しかし……。

 

「「!?」」

 

 ピタリ……まるで時間でも止まったかのように、2人は数瞬だけ止まった。避けなければならぬ。そんな意思が働くのか足はすぐに動き始めた。しかし……当たらずとも、2人の動きに先ほどまでのキレは全く感じられない。絶望色濃く。今の一夏と箒の表情は……まさにそれだ。

 

「そんな……そんな事ってあるかよ!」

「どういう事なのだ……!何故、何故刹那の反応がしない!?」

 

 そう……2人が動きを止めたのは、刹那の反応がハイパーセンサーから消え失せた事に起因する。2人は解っていた。実戦である今の状況で、ISの反応が消えた事が何の意味を成すのかを。それはつまり……藤堂 黒乃の死亡。勿論生きている可能性だってあるが、確率は限りなく低い。

 

「こんな……こんな物が……この世にあるからだああああっ!」

「箒!?」

 

 箒は怒り狂っていた。その相貌から大量の涙を流しながら。こんな物とは、間違いなくISの事を言っているのだろう。今の箒にとって、全てのISは憎しみの対象に見える。銀の鐘による全方位に繰り広げられる弾幕をかい潜り、銀の福音本体まで迫る。

 

「黒乃を……私の親友を返せ!ISっ……!こんなもの……こんな物ぉ!」

「箒……!落ち着け、ペース配分を考えろ!」

 

 怒涛としか表現のしようのない連続攻撃を見舞う。雨月による刺突、空裂の斬撃。それぞれから放たれるエネルギーをフルに活用して、箒は銀の福音を追い詰める。ただし……一夏の言う通り、ペースなど全く頭には入っていない。だが、今の箒を抑える方法があるとすれば……目の前に健全な黒乃が現れる事くらいだろう。

 

「なっ……!?」

(あれは、エネルギー切れか!?)

 

 その時だった。箒の握りしめていた雨月と空裂が、突如として空気へ霧散するように粒子となって消えた。それすなわち、武装を展開していられない状態にあるという事。なおも福音は攻撃続行中。その先に待ち受ける展開など、容易に想像がつく。そこで一夏のとった行動は……。

 

「うおおおおっ!」

「一夏……!?」

 

 一夏は、全く迷う事なく零落白夜で銀の鐘のエネルギー弾を搔き消しにかかった。当然ながら、全部が全部防ぎ切れたわけではない。それならばと、今度は身を挺して箒を庇う。なんとか生身を避け、白式の装甲に当てる事を成功するが、爆発性エネルギー弾の前では何の意味もなさない。

 

「ぐああああ!」

「一夏ぁぁぁぁっ!」

 

 圧縮されたエネルギーの爆破は、簡単に一夏の身を焦がした。少しだけ爆発に巻き込まれた箒は、長い髪を束ねているリボンが焼き切れただけで、本人には何の被害もない。それもこれも、一夏が自分を守ろうとしたからだ。それを理解するよりも前に、箒は本能的に離脱を開始した。

 

「くそっ!くそぅ……!」

 

 箒は歯噛みしながら、福音へと背を向け飛び去る。絶賛エネルギー不足の紅椿くらいならば、簡単に追いつけそうなものだが……不思議な事に銀福はそうしない。まるで一切の興味を失ったかのように、ただ離れていく箒と一夏を見詰めるのみ。やがて福音も、自ら移動を開始した……。

 

 

 

 

 

 

「…………。」

「あ、あの……織斑先生……。」

 

 指令室と化している花月荘の1室では、作戦の様子を見届けていた千冬が顔を片手で隠すようにして黙り込んでいた。作戦失敗……一夏が重症。それだけならば、千冬だってまだ平静を保っていられただろう。その要因は、刹那の反応がロストしている事。千冬も黒乃は死亡した可能性が高いと理解しているようだ。

 

 非常に話しかけ辛そうな様子で真耶が声をかけようとしたが、寸前のところで思いとどまった。……かける言葉など、見つかるはずもないのだから。真耶も真耶で……教え子の1人の死に涙をこらえるので精一杯だ。家族同然であった千冬は、もっと辛いと考えると……真耶の心は痛む。

 

「……専用機持ちをここへ。」

「あっ、はっ……はい……!」

 

 覇気のない様子でそう告げると、真耶はいそいそと別室で待機していた残りの専用機持ちを集合させに向かった。非常にしんみりした真耶の様子に、専用機持ちは何か良くない事が起きたのだ……と言う事は察する。だが、現実は良くない事では済ますには……あまりにも悲痛だった。

 

「……織斑先生。作戦はどうなったのです?嫁、箒に……姉様は……。」

「作戦は失敗、織斑は意識不明の重体……現在は篠ノ之が帰投中だ。」

「箒さん……が。織斑先生……誰か足りませんこと?」

「…………藤堂は。……現時刻を持って、藤堂のMIAを宣言する。」

 

 一夏が意識不明の重体というだけで衝撃的だったというのに、そんな物を飛び越えた衝撃が専用機持ち達に走った。作戦行動中行方不明……あの黒乃がだ。皆が一様にして、目を見開き顔色を悪くしている。そんな中……鈴音は、俯きながら震えていた。

 

「どういう……事……ですか……?」

「解からん……と言うのが正直なところだ。あまりにも不可解な点が多―――」

「っアタシは!そんな事聞いてるんじゃない!」

「凰さん、先に状況説明だけはさせて欲しいな。」

 

 鈴音は、決して現状が聞きたいわけでは無かった。だが、状況を説明せねば何とも言えない事もまた事実。鷹丸がPCを操作しながら口を開いた。黒乃が立ち止まったと同時に、映像、音声など……ありとあらゆる情報が遮断された。辛うじて察知できたのは、刹那の反応くらいだ。

 

 だから黒乃は……恐らく敵対ISと戦闘し、恐らく負けて、恐らくそのまま行方不明になった……と言う風に、凄まじく曖昧な事しか言えないのが現状だ。敵対ISがどんな見た目だったのか、どんな性能だったのか……全く想像もつかない。

 

「……で、それがどうかしました?アタシ達呼んで出撃させとけば……十分間に合ったかも知れないのに!」

「……鈴、少し落ち着こうよ。織斑先生は……。」

「織斑先生が何!?黒乃の家族っての!?知ってるわよそれくらい!でも千冬さんだけじゃない……アタシにとっても!アタシにとっても……黒乃は……お姉ちゃんなの!」

 

 あくまで千冬を責める姿勢にある鈴音に対して、シャルロットはストップをかけた……が、全く止まる気配は無い。すると鈴音は、膝から崩れ落ちながら黒乃に対する思いの丈を述べた。鈴音にとって藤堂 黒乃とは、いつも優しく……頼れる姉そのものだったのだろう……。

 

「……ああ、全面的に私の判断ミスだ。私の不手際が……藤堂を殺した。」

「死んでませんよ。黒乃ちゃんはまだ死んでない。僕が死んでも死なせません。」

「……そうか。……状況に変化があるまで、各自待機していろ。誰か篠ノ之が帰ったらそう伝えてやれ。」

「待機……?黒乃を殺られて……黙ってられるわけ―――」

「鈴!……少し黙れ。」

 

 伝える事を伝え終わった千冬は、せっせと大広間から出て行ってしまう。この期に及んで守りの姿勢を見せる千冬に、鈴音は気を取り直して詰め寄ろうとした……が、それはラウラに阻まれた。思わず鈴音が足を止めると、その数瞬後にはズドォン!……と、花月壮全体を揺らすような衝撃が走る。恐らくは……千冬が壁でも殴ったのだろう。

 

「……と、仰ってますが?」

「ルールとは破るためにある物。学生の特権だと聞いた。」

「ルールって言うか命令っていうか……。まぁ……僕も行く気満々だけどね。」

「ま、行くにしても……あと1人足りてないけど……。」

 

 各国に世話人が聞いたならば、思わず卒倒しそうな台詞を次々と並べる候補生たちだった。真耶は千冬を心配して着いて行ったが、鷹丸はまだこの場に居たりする。……が、どうやら聞こえないふりで貫き通すらしい。まるでいたずらっ子のような表情の4人は、手早く次の行動に移した。

 

 

 

 

 

 

「…………。」

 

 一夏が気を失ってから3時間強が経過し、現在は4時を回ろうとしていた。鷹丸から待機命令を聞かされた箒は、ずっと一夏の傍で俯いたままだった。自分のせいでこうなった……。黒乃の死に激昂し、導を見失ったかのように暴れた結果がこれだ……。そもまで思い出し箒の頭に浮かぶのは―――

 

(ああ、そうか……黒乃はもう居ないのだ……。)

 

 先ほどから、黒乃の事を思い出してはそんな考えをループさせ続けていた。黒乃が死んだ。一夏が重体な事もそうだが、箒はまるで絶望の淵に叩き落とされたような感覚になる。ISさえなければ。そう思うのは簡単だ……しかし、箒は何かそれは違う気がして―――

 

「アンタ、まだこんなとこに居たの?」

「鈴……。」

「こんなとこに居て、一夏の怪我が治る?……黒乃が帰ってくるの?違うでしょ。」

 

 そんな事はありえない。此処に居たって、何が変わるでも無い事など……箒は理解していた。しかし、鈴の刺々しい発言は少しばかり気に障る。だが、反論する資格は無いとも思う。黒乃はともかく、一夏がこうなったのは……間違いなく自分の責任なのだから。

 

「はぁ~……やっぱり黒乃の1番の親友はアタシね。これでハッキリしたわ。」

「……どういう意味だ?」

「仮にアタシかアンタが落されたとしましょうか。黒乃は……それで立ち止まるかしら?」

「……いや、あり得んな。」

「そうでしょ。じゃあ……今のアンタは何よ。アンタ……黒乃と同じ剣士ってんなら、黒乃の何を見てここまで来たわけ。」

 

 箒が見る限りでは、黒乃は常に前へ前へと歩いていた。時折はこちらを振り返って、自分達の様子を確認しながら。今回の件で例えるのならば、黒乃であれば……これ以上の被害が出ないように必ず動く。そうか……と、箒は思い立った。私は黒乃の背を追っていたのではなく、黒乃に導かれていただけなのだと。

 

「……知って通り、ISを世に出したのは私の姉だ。私の姉は世界を変えた。……悪い方向へと。私は姉を恨んでいる……様々な理由でな。だからこそ、姉に与えられた紅椿などと……そう思っていた。」

「ま、アンタがなかなか大変な立場ってのは解るわよ。」

「ああ、積り積った物が爆発してこの有様だ……笑わせる。要は使いようだな。姉の力だろうと、最後に求められるのは私の意志だ。」

 

 ポツリと自嘲気味に語る箒の言葉に、鈴音は真剣に耳を傾けた。今は箒が答えを出そうとしている段階だ……誰にも邪魔する資格は無い。箒は思い出す。姉に対しての不平不満を。しかし、まず今回の件でそれを持ちだす事こそお門違いだ。

 

「『落ち込む暇があるのなら歩け。甘ったれるな。文句があるなら追いついてみろ。』アイツならそう言うだろう。」

「厳しく優しく……。飴と鞭が得意だわ、あの子ってば。」

「一夏がこうなったのは私のせいだ。ならば……落とし前は私が着ける!姉に与えられた力……大いに結構!今度こそ正しく振るう……友の為に!」

「オーケー……らしくなってきたじゃん。福音の場所はラウラが割り出してるから。作戦会議といきましょうか。」

 

 立ち上がりながらそう言う箒の姿は、いつもの武士然とした物に変わっていた。もう少し厳しい事を言う必要があるかと思っていた鈴音だったが、思ったよりも手早く立ち直って貰えて安心しているようだ。それには……黒乃の存在が大きく影響しているのだろう。

 

 とにかく、これにて現状出せる戦力が全て揃った。鈴音が背を見せ手招きすると、箒はそれに着いて行く……前に、今1度だけ横になっている一夏の姿を目に収める。一夏の為にも……黒乃の為にも……。そう誓う箒の目には、力強い闘志が宿っていた。何やってんのと鈴音に促され、箒は今度こそ小さな背中を追いかける。

 

 

 




2話続けて勘違い要素はないです……。
どうかお許しください!


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第51話 儂はぬしと共に在り

予定調和のようですがコア人格が登場します。
かなり喋るので違和感を覚えるかも知れませんが、あらかじめご了承下さい。


(……あり?)

 

 死んだと思ったら、何処ぞへとワープしていたでござるの巻。いや、本当に一瞬だよ。夢から覚めるとか、そんな感覚は一切なく……こうパッと。よしよし、現状をしっかりと把握しよう。周囲はバケツをひっくり返したような大雨。俺が立っているのは寺の門みたいな場所だ。

 

 よく見てみると……雨だというのに大量の烏が門の上、それに寺の屋根で幅を利かせている。……俗に言う廃寺って奴なのだろうか。寺は酷く木が腐食しているように見え、信仰心が離れてしまった事が容易に想像できる。でも俺には、不思議と誰か本堂に居るような気がしてならない。

 

(お邪魔しまーす……。)

 

 本堂の内部は、思ったよりもカビ臭い。それに雨漏りも凄いな……。いつ倒壊してもおかしくないような寺の中をグルグルと見渡す。……誰か居たとして、薄暗くてよく見えない。目を凝らしてゆっくり前へ進むと、影から急に人が現れた錯覚をおぼえた。うおっ、黒い服を着てるから闇と同化してた?

 

(す、すみません!)

()い。それよりも(わめ)くな(たわ)け。気が散る。」

(あ、はい……申し訳……?)

 

 蹴ってしまいそうになったため、心の中で謝罪しながら数歩下がる。するとそこには、尼の格好をした女性が禅を組んでいた。というか、何か不自然な……ってそうか、会話が成立してるんだ!何……?もしかして、神秘のパワーで俺の考えている事が解るとかかな……。

 

「言っておくが、儂にも(ぬし)の考えている事の全ては解らぬぞ。」

(そ、そうですか。)

 

 爺言葉で話す女性の声は、美声というよりはハスキーボイス。それはそれで興奮するところがあるよね。後ろ姿しか見ていないけど、きっとドSな感じが似合う美女に違いない。俺がそう思っていると、女性は錫杖を床に叩きつけて立ち上がる。ビクッと身体を反応させた俺に対し尼さんは……。

 

「直れ。」

(はい?)

「そこに直れと言うておる!」

(は、はいっ!)

 

 女性にそう言われた俺は、すぐさま膝を折って正座の体勢をとった。今にも抜けそうな床の上で恐縮していると、錫杖でコツコツと額を突かれる。これは……説教?尼さんっぽいしその言葉は当てはまるのだろうが、俺は何か悪い事を言った……もとい考えていただろうか。

 

「お(ぬし)という女子(おなご)は……(しも)の事しか頭に無いのか?このような状況で、もっと他に考えるべきものがあるであろう。」

(でひひ、サーセン。)

「はぁ……()い。お(ぬし)はそういう女子であった。期待した儂の方が愚かというもの……。」

 

 俺に反省の色がないのも伝わったのか、尼さんは諦めたような表情でそういう。ただ……流石に期待した方が馬鹿だったって言われるのは不服だ。俺だって反省する時くらいあるよ。ほら……ちょうどさっきだってそうだったんだから。死にたくないじゃなくて、生きたい……ってさ。

 

「そう、そうじゃ。儂のしたい話はそれじゃ。」

(へぁ?)

「お(ぬし)をずっと見てきたが、まっこと(たわ)けた輩よ。死にとうない死にとうないと思いながら戦うなど、言語道断。」

(そうは言いますけれど、人間の本質であってですね……。)

 

 さっきからこの人すげぇ毒舌なんですけど。むしろ好印象だが、そんな事ばっかり考えてると話が進まない。なんとも俺にとっては無理難題と思われる事を言われた。ビビりでヘタレな俺からしてみれば、戦いってのは無ければ無いほど良いんだ。だってやっぱ怖いもん。

 

「うむ、それは至極正しい思考回路じゃ。死にとうないと思えん者は、非常に危うい。人間として必要な部分が欠落しておる。」

(えぇ……?じゃあなんで俺は怒られたんっすかね。)

「お(ぬし)は何故死にとうないと思う。ただ怖いだけではなかろ。そこが解らぬ内は、お(ぬし)の心境の変化など無意味に等しい。」

 

 き、厳しっ。怖いと思うのは当然で、そこは悪くない……。でも、俺には理由が必要って事か……?なんで死にたくないか……う~ん相当に哲学的な内容になってきたなぁ。尼さんは俺の答えを待っているようだし、何か見出さないと許してはもらえなさそうだ。

 

 ……逆に、どういう思いで俺はこれまで生きてきたんだろう。なし崩しに仕方がなく?転生ライフを満喫するため?……なんだか、どちらもピンとこない。当初は確かにその2つの要因が大きかったし、黒乃ちゃんの身体を借りている以上は義務感っていうのも強くて……。

 

 だったらいつからだろ……そう思わなくなったのは。明確にこの辺りってのは、考えても無意味かな。だって、自然とそう思うようになったんだろうから。そういう考え方が出来るようになっているって事は、俺はやはり……皆の近くで生きたくて……。でも俺は―――

 

「……どうした?何か思うところがあるのじゃな。」

 

 俺は本来……居ないはずの人間だから。黒乃ちゃんは含まずの話でね。だって、この世界には確かに……藤堂 黒乃ちゃんという女の子は居たんだ。俺じゃなくて、黒乃ちゃんは確かに。居ないはずの俺は、皆の周りに居てはいけない。せめて迷惑かけずに頑張ろうって、そう思っていたかも知れない。

 

 いや、むしろこっちの要因が大きいかもね。こんな俺でも、死んだら悲しんでくれるだろう。だけどそれは、本当に()の死を悲しんでいるのか。……俺が黒乃ちゃんなのも確かだよ、けど……皆からすれば単なる黒乃ちゃんの死って思われるのが、俺はそれが嫌だったのかも知れない。

 

「……お(ぬし)はその身が最も可愛いと思っているようだ。存外、お(ぬし)はそのような者に(あら)ず。」

「…………?」

「どうこうと考えながらも、お(ぬし)は頭の片隅にて……いつも誰かを心配しておる。お(ぬし)は、誰かの為に死にたくないと思うておる。」

 

 俺が答えに近いものを導き出したのか、尼さんは目を細めながらそう語る。……そうあれたら良いなって思うけど、本当にそうなのかな。もし本当にそうなのだとすれば、俺にも新たな道が開けるだろうか。……自らで自らを認めて、皆に相応しいって思えるだろうか。

 

「そのような考えは片腹痛い。誰もお(ぬし)にそのような生き方を求めておらぬ。むしろお(ぬし)の周囲は、もっと自分を大切にせいと思うておるはずじゃ。さて、ここで今一度問おうかの。さすればお(ぬし)、何の為に生きる?」

(俺は……何の為に……。)

「お(ぬし)が居たい場所はお(ぬし)が決めよ。此処に居て()いかなど考える物でないわ。お(ぬし)が居たいのならば、間違いなくそこはお(ぬし)の居場所じゃ。そして―――」

(……俺は、俺の為に生きる。俺が生きたいから生きる!んでもって……皆の為に戦う!だって皆が、俺の居場所で居てくれるんだから!)

「フッ……()い、()いぞ。そうじゃ……お(ぬし)はお(ぬし)の為に生きれば()い。たまには人に迷惑もかけよう……その時は目いっぱい迷惑をかけてやれ。たまには人に頼られるであろう……その時は全力を持ってその者の為になる事をしてやれ。人と人とが支え合う人生とは……そういうものじゃ。」

 

 理由なんてなんだって良かったんだ……。俺がそこに居たいんだったら……生きてて良いんだ。そして時には支え、支えられ……そうやって皆の隣を歩いてたって良いんだ……。あぁ、なんだろうか……凄く気分が楽になった。ありがとう尼さん、俺は知らず知らずの内に……変な荷物を背負っていたみたい。

 

「うむ、今のお(ぬし)ならば問題なかろ。さぁ……さすれば儂の手を取るがよい。お(ぬし)の覚悟に見合う力をくれてやろうぞ。」

「いらないです。」

「なぬ……?」

 

 あっ、それとこれとはまた話が別なんで……はい。そんなパワーアップとかいらないです、心底。だってそんな事しちゃうと戦いに駆り出されちゃうじゃん。皆の為に戦うっつったけど、あくまで現状維持のアレで問題ないっす。俺がそんな事を考えていると、尼さんは突然……笑い出した。

 

「フッ……ハハ……ハハハハ!まことに不可思議な女子(おなご)よ!力を求めて儂の元へと辿り着いたというのに……あまつさえいらぬときた!ハッハッハ!」

(あ、あの~……?)

「ククク……うむ、儂とした事が……大事な部分を見落としておったな。一方的では意味が無い……。ならばそうじゃな、儂はこれからもお(ぬし)の翼であり続けよう。儂とお(ぬし)が真に心を通わせた今……届かぬ(いただき)などなかろうて。そうじゃろう?のう……我が(あるじ)よ。」

(や、だからっ……そんなの本当に要らな……アーッ!)

 

 どうやらこんな時に限って俺の心が読めてないみたいで、尼さんは割と似合わない笑みを浮かべながら俺の手を取った。そのまま引き起こすようにして俺を正座の状態から立たせると、その瞬間……周囲が光へと包まれていく。も、も~……勘弁してよ……せっちゃんってば……。

 

『……その呼び方は止めい、この(たわ)け。』

 

 最後に呆れたような、そんな声を聴いた気がした―――

 

 

 

 

 

 

『やぁっと完成したー……。』

『社長、少々お話が―――』

『あー!鶫さん良いところに来たね。これ見てよ、僕のロマンのけっしょ―――』

『はい、後で聞きますので。』

『そんな殺生なー……。刹那、後で様子を見に来るからね!』

 

 儂が造り出された時に、そんな声を聞いた気がした。儂に命を吹き込みし……言わば創造主たる者は、どうにも変人としか言いようのない男。眼鏡の女に引っ張られて消えゆく創造主は、儂に手を振っておる。その時点で、儂を物でなく人扱いしておるのだという事が伝わった。

 

『とりあえず、キミを乗りこなせる人を捜さないとだね。』

 

 それからと言うもの……創造主の言葉通りに儂に乗れるであろう人間を連れてくるとの事。この時の儂は、期待に胸を膨らませておった。大空を飛び回り、儂の主となる者の翼となる。そんな事を夢見ておった。しかし……あまりにも残酷な仕打ちをくろうてしまう。

 

『何よこのIS!?まともに飛べすらしないじゃない!』

『もうちょっと出力落してよ!そしたらこんなのでも貰ってあげるわ!』

 

 ……儂の性能は、創造主の趣味そのもの。普通の人間にはまず無理なのか、乗る者は儂や創造主に対して散々な罵声を浴びせよる。儂のせいにする暇があるのならば、少々は自分の腕を磨く事をせい……戯けどもが。そう……声を大にして叫びたかった。

 

 しかし儂はあくまで機械。コアに人格が宿りしとも……儂の元へと辿り着ける者は現れぬであろう。儂はやがて格納庫に追いやられ、何やら創造主の立場も評価が下がりつつあるようだ。まぁ……無理を推して儂を造った挙句、乗れる者がおらぬなど……笑い話にもならんわ。

 

『ごめんねー。僕が突き詰めたせいでキミも色々言われちゃってさ。でも大丈夫、僕を信じて。必ずキミを乗りこなせる人を捜すからさ。』

 

 会社にも人がまばらになる頃、創造主はこうして必ず儂に話しかけに来る。酔狂な輩だと思っていたが、随分と気が楽になるのも事実であった。早くせねば儂も廃棄処分であろうに、創造主に焦りは全く見えぬ。しかしある日、20代半ば程の2人組が格納庫内で話しておった会話が耳に着いた。

 

『鷹丸さんが天才ってのは俺も認めるよ。けどさー……どこまで本気か解んなくて怖ぇよなぁ……あの人。』

『あー……解かる解かる。鷹丸さん、あの機体に話しかけんのが日課みたいだぜ。普通に会話するみたいなんだってよ。』

『マジかよ……それただの危ない奴じゃん。ま、凡人の俺らには、天才サマの考えてる事なんか理解は及ばねーって話だろ。』

『ハハハ、そうだな。あの機体がスクラップになれば、鷹丸さんも反省するんじゃねぇ?最近我儘も過ぎるっての、いくら藤九郎社長の息子だからってよ―――』

 

 そんな会話をしながら、ここでの用事は済んだのか2人組は去って行った。阿呆どもが……創造主はずっとそこにおる。2人が完全に去ったのを確認すると、儂の陰に背を預けるように座っていた創造主は……大きく息を吹きながら立ち上がった。

 

『噂話くらい、本人が居ない事を確認してからしてほしいよね。まぁそれは良いとして……朗報だよ、刹那。彼らが来ちゃって話しそびれたけど……本当の本当にキミに乗れそうな子が見つかってね。』

 

 気にしているのかそうでないのかは解からぬが、創造主はすぐさま自分の話したい事を告げた。何やら本人の特別な感情が入り混じっているらしく、ペラペラと捲したてるように女子(おなご)の話をされた。儂は……大して期待してはおらんかったがな。どうせ、他と同じじゃ……その女子(おなご)も。

 

 そうして儂の前に現れたのは、たかだか10代そこらの小娘であった。……外面から人となりを判断できぬ。その小娘は、全ての感情が消え失せたかのような顔つきをしておる。事情があるようだが、それで儂の心が動く事はありはせん。小娘が飛ぶ前は、確かにそう思っていた。

 

 儂を初操縦した小娘は、やはり他と同じでまともに飛ぶ事すらままならん。ただ……他と違う部分もある。確かに儂の出す速度に驚きはしたようだが、あくまで自らの技量不足故の体たらくだと……そう考えていた。……初めてじゃった。儂ではなく、己の非で飛べんという奴は。

 

(もしや、此奴となら……。)

 

 思えば、この時には既に(ほだ)されておったのかも知れんな。微調整した儂を……小娘は見事に飛ばしてみたのだから。大空……これがそうなのか。何処までも1つで繋がる空……。ようやく儂は、此処まで辿り着いた。儂にこの景色を見せた小娘……いや、主の翼になろうと心から思うた……が。

 

(ぴぃ!?怖いぃ!)

(こ、此奴……見た目と考えている事が全く噛み合わぬ!)

 

 主が儂に乗っている間は、不正確であろうが感情もいうものを読み取りやすい。……読めん方が良かった気もするのぅ。この小娘……ズレておるというかなんというか。女子(おなご)だというのに同性の者に(よこしま)な考えを抱き、怖い怖いと言いながらも儂を上手く使って常勝無敗ときた。

 

 しかし……単にそれだけの者ではないのも確かであった。少々いきすぎなくらいに、他人の事を配慮し生きておる。その根幹には、自分が本当に此処に居て良いのか……そんな感情も含まれておった。まぁ……戦闘時に関しては、本気で怖がっている場合が多いが……この際それは良しとしておこうではないか。

 

 ともかく、主がそのような事を思うのは筋違いである。他者の為に生きる事、それはそれで立派じゃ。しかし……己を律する事も出来ぬ物に、真に他者を気遣う事が出来ようて。主は……十分友に慕われておるよ。じゃから……胸を張れ、自信を持て。まずお主が始めるべきは……自らの為に生きる事じゃ。

 

 ……と、言って聞かせる事は簡単であろう。その為にはまず、あ奴が答えを求める事じゃ。さすれば自ずと道は拓かれようて。そう思うておると、ようやくしかるべき時が来たようだ。まさか……死にかけのタイミングとは思わんかったが。それでも……じゃ、主はこうして儂の目の前に現れた。それすなわち、答えを捜して彷徨うておる証拠よ。しかし―――

 

「…………。」

 

 確と感じたぞ、この戯けが。今こやつ……儂に邪な感情を抱きよった。頭が痛い……これが儂の認めた主とは。日頃から言いたい事は多かったが、これだけはやはり言っておかねば気が済まぬ。儂は不機嫌そのものの様子で立ち上がり、主を目の前で正座させる。

 

「お(ぬし)という女子(おなご)は……(しも)の事しか頭に無いのか?このような状況で、もっと他に考えるべきものがあるであろう。」

(…………。)

「はぁ……()い。お(ぬし)はそういう女子であった。期待した儂の方が愚かというもの……。」

 

 具体的には解からぬが、何やら平謝りをされた気がする。反省の色なし。終いには見放してやろうか。仕方あるまい……今回は、儂しか知らぬ主の一面と思うて置く事にしておいてやろう。うむ……何やら良き響きだ。さて、本題に入るとしようかの……。丁度……こやつも自らの心境の変化に着いて考えておるようだしの。

 

「そう、そうじゃ。儂のしたい話しはそれじゃ。」

(…………?)

「お(ぬし)をずっと見てきたが、まっこと(たわ)けた輩よ。死にとうない死にとうないと思いながら戦うなど、言語道断。」

(そうは言いますけれど、人間の本質であってですね……。)

 

 よほど儂に伝えたいのか、今度は言葉としてはっきり聞こえたぞ。阿呆めが、そこがズレておるから指摘しているのであろうに。まぁ……無自覚な事柄故に致し方なし。しかし……主の抱くズレは、病的なほどでもある。どう話を持っていけば良かろうか。

 

「うむ、それは至極正しい思考回路じゃ。死にとうないと思えん者は、非常に危うい。人間として必要な部分が欠落しておる。」

(…………?)

「お(ぬし)は何故死にとうないと思う。ただ怖いだけではなかろ。そこが解らぬ内は、お(ぬし)の心境の変化など無意味に等しい。」

 

 儂が指摘するのがダメならば、本人に考えさせるのが定石よ。変に真面目な主ならば、儂の質問に答えようと考えを巡らす事であろう。すると想像通りに、悩むような……モヤモヤとした主の感情が流れ込んでくる。内容が内容なせいか、思考が読み辛いのぅ……。しかしじゃ、しっかり察知させてもろうたぞ……主よ。

 

「……どうした?何か思うところがあるのじゃな。」

 

 そう問いかければ、主の思考は加速した。それと同時に、己が友と一緒に居て良いのかと言う想いも強くなったのを感じる。他者に迷惑をかけとうないという……そんな2つの恐れが混在したズレが、儂の中へと流れて来よった。戯けが、阿呆が……お主は、その言葉に尽きるよ……主。

 

「……お(ぬし)はその身が最も可愛いと思っているようだ。存外、お(ぬし)はそのような者に(あら)ず。」

「…………?」

「どうこうと考えながらも、お(ぬし)は頭の片隅にて……いつも誰かを心配しておる。お(ぬし)は、誰かの為に死にたくないと思うておる。」

 

 さぁさぁ主よ、手掛かりは相当に与えたぞ。後はお主が……目の前に当然のように転がっておる答えをその手に掴むのみよ。簡単な事なのじゃ……お主の抱えておる問題など、あってないようなものじゃ。そのズレを矯正出来た時、お主は―――

 

「そのような考えは片腹痛い。誰もお(ぬし)にそのような生き方を求めておらぬ。むしろお(ぬし)の周囲は、もっと自分を大切にせいと思うておるはずじゃ。さて、ここで今一度問おうかの。さすればお(ぬし)、何の為に生きる?」

(俺は……何の為に……。)

「お(ぬし)が居たい場所はお(ぬし)が決めよ。此処に居て()いかなど考える物でないわ。お(ぬし)が居たいのならば、間違いなくそこはお(ぬし)の居場所じゃ。そして―――」

(……俺は、俺の為に生きる。俺が生きたいから生きる!んでもって……皆の為に戦う!だって皆が、俺の居場所で居てくれるんだから!)

「フッ……()い、()いぞ。そうじゃ……お(ぬし)はお(ぬし)の為に生きれば()い。たまには人に迷惑もかけよう……その時は目いっぱい迷惑をかけてやれ。たまには人に頼られるであろう……その時は全力を持ってその者の為になる事をしてやれ。人と人とが支え合う人生とは……そういうものじゃ。」

 

 機械の分際で人間の複雑な感情を語る事こそ片腹痛いのかもしれぬが、まぁ……見てはおれんかったのでな。うむ……良き答えじゃ。その為に儂がおる。その為にお主は儂とまみえた。さすれば、最後の仕上げと行こうかの。儂は、主に向かって手を伸ばす。

 

「うむ、今のお(ぬし)ならば問題なかろ。さぁ……さすれば儂の手を取るがよい。お(ぬし)の覚悟に見合う力をくれてやろうぞ。」

「いらないです。」

「なぬ……?」

 

 こやつ……考えでなく、キチンと言葉にして伝えおった。儂は思わず面喰い、マヌケな声を上げながら聞き返してしもうた。そうか……こやつは、儂の言い方が気に入らなかったのであろう。思わず笑いが込み上げてしっかり主の思考を読めぬが……きっとそうに違いあるまい。

 

「フッ……ハハ……ハハハハ!まことに不可思議な女子(おなご)よ!力を求めて儂の元へと辿り着いたというのに……あまつさえいらぬときた!ハッハッハ!」

(…………?)

「ククク……うむ、儂とした事が……大事な部分を見落としておったな。一方的では意味が無い……。ならばそうじゃな、儂はこれからもお(ぬし)の翼であり続けよう。儂とお(ぬし)が真に心を通わせた今……届かぬ(いただき)などなかろうて。そうじゃろう?のう……我が(あるじ)よ。」

 

 込み上げてくる物を押さえる事が出来ずに、儂は豪快に笑ろうて見せた。そうじゃのぅ……儂とお主は一心同体であったのう。主が儂の四肢となりて、儂は主の翼である。それはいつまでも変わりはせんし、これからはより洗礼されたものとなろう。さぁ主よ、これで文句はなかろ?

 

(―――せっちゃん)

「……その呼び方は止めい、この戯け。」

 

 ……機械の儂に綽名などつけよってからに、創造主も主も酔狂な事よ。しかし……うむ、悪くない……少しだけな。儂らを光が包み込む中、思わず被っておった托鉢笠を手で抑え……より眼深に位置取る。コレはあれじゃ、光が眩しかった故……決して照れ隠しではあらん。ともかくとして、共に飛ぼうかの……主よ。リベンジマッチと言う奴といこうではないか。

 

 

 




黒乃→パワーアップとかいらないんだよなぁ……。
刹那→うむ、儂と共に強くなろうぞ……主よ。


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第52話 その翼 赫焉となりて

(んっ……?)

 

 目が覚めると、俺は光に包まれたままだった。……はっ!?刺された傷……は無くなってる……。思わずお腹をペタペタ触ってみるが、ISスーツに切れ目が入っているだけだった。それに此処ってまだ海底だよな。周囲を良く見てみると、俺を包む光が壁のように海水を遮っているのが解る。

 

 すると、俺は身体にこれまた光り輝く刹那を纏っていた。コンソールで現状を確認すると、アーマーの再形成と再最適化……及び形態移行が行われているのだとか。つまりあれは夢とかじゃなく、二次移行(セカンド・シフト)のフラグだったって訳か。……本当に要らないと思ってたけど、なってしまった物は仕方がない。

 

 そう意気込んで刹那を操作すると、勢いよく海中から飛び出た。凄まじい水しぶきを上げ、俺を包む光に反響してまるで星粒のように思える。やがて光は一斉に霧散し、二次移行(セカンド・シフト)した刹那の姿が露わになった。翼の骨格を模したウィングスラスター、飛電は……1回りほど大きくなっているではないか。これ以上大きくなってどうすんの。

 

 他には……両掌と甲に赤い丸のマークが描かれていて、腕部には表裏に赤いラインが。同じく翼の骨格部にもそのラインが入っている。……これが何を意味するんだろう。後は……全体像がより禍々しくなり、武装等の名称に一部変更がなされている。

 

 まず神立だが、鳴神(なるかみ)という名前に変わり……柄の部分にはこれまた丸い輪の模様が。飛電追加パッケージとしても作って貰ったばっかなのに、二次移行(セカンド・シフト)の影響か雷光(らいこう)という名になっていた。最後にこれが1番肝心だろうが、刹那自身の名もしっかり変化が。刹那・赫焉(かくえん)……これが、二次移行(セカンド・シフト)した刹那か……。

 

『『『『『――――――――』』』』』

(出たな、シノビレンジャー!)

 

 俺が確認作業を終えると、まるでタイミングを計ったかのように5機のISが現れる。どうやらこいつらは、俺が死んだものとは思っていなかったらしい。ステルス状態を解除したニンジャっぽいIS共は、不気味に俺を見据えるのみ。その様は、まるでそちらからどうぞとでも言いたげだ。

 

(良いぜ、いってやろうじゃない!)

 

 どういうわけだが知らんが、進化を遂げた刹那の扱い方をまるで当たり前のように理解している俺が居た。動き始めた俺は、まず雷光を起動。そのスラスターから排出されるのは炎ではなく、煌々と輝く赤黒い光。雷光となった翼は、エネルギーウィングスラスターになっていたのだ。

 

 通常のスラスターと比べて瞬発力と爆発力は劣るが、何よりエネルギー効率が良い。QIB(クイック・イグニッションブースト)で始動に勢いをつけたのだが、ほぼ減ってすらいないのと同然だ。だったら……OIB(オーバード・イグニッションブースト)も!赤黒い光の密度が増すと、それに合わせて刹那もグングン加速する。そして予想通りに、エネルギー消費は……ほぼ無い!

 

(どらぁ!まずはお前だシノビピンク!)

 

 ハイパーセンサーを使えない状況で、視界を潰してくるピンクの性能は厄介極まりない。俺はOIB(オーバード・イグニッションブースト)を継続させつつ、ピンクの頭部をおもむろに掴んだ。そして、掌からエネルギーが飛び出るようなイメージを。するとそれに伴って、赤い輪の中心部から……赤黒いレーザーブレードが飛び出た。

 

『――――――――』

 

 レーザーブレードは簡単にピンクの頭を貫き、機能停止まで追い込んだらしい。力なく身体をだらんとさせるのが見えたので、多分そうだ。そう思ってパッと手を離すと、やはり海へ向かって真っ逆さま……の前に、空中で爆発四散した。ナムアミダブツ!……きっと痕跡を残さないためだろう。

 

 さて、レーザーブレードについて解説をっと……。え゛~ゴホン!どうやら今のレーザーブレードは、雷光を起点にしているらしい。翼から伸びるこのラインは、エネルギーの供給パイプと思って良いようだ。そしてこの赤い輪は、レーザーの発射口を示している……らしい。そんでもってこのレーザーブレード―――

 

(どうにも飛ばせるみたい何だよね!)

 

 先ほどよりもより圧縮したレーザーブレードを右掌から生やすと、反転してからシノビグリーンに狙いを定める。そしてそのまま……発射ぁ!掌から飛び出たレーザーブレードは、まるで雷の槍のようだ。勢いよく飛んでいく雷の槍は、真っ直ぐシノビグリーンに……当たりはしなかった。寸前で、盾持ちのイエローが割り込んで来たのだ。

 

『――――――――』

 

 そんな盾を物ともせずに、雷の槍はシノビイエローを貫通した。背後に居たグリーンは、一瞬の隙を突いて離脱し無傷か……。だけど、あの様子を見るにイエローは仕留めたろう。そう思っていると、イエローの装甲にバチバチと電撃が走り、数拍おいてから爆発四散。よし、これで2機……。

 

『『『――――――――』』』

 

 俺を脅威に感じたのか、残りの3機は動き始めたのを中止してジリジリとしている。まぁAIがそうさせるんだろうけど、足を止めてくれるのなら有難い。だって俺は、既にキミらを練習相手くらいにしか思ってないからさ。俺も3機との距離を開けて、一旦動きを止めた。

 

神翼招雷(しんよくしょうらい)

 

 刹那・赫焉になってから、こんな表示がコンソールに表示されていた。多分だけどこの感じ、唯一仕様(ワンオフ・アビリティー)なんだと思う。第3世代機でも、形態移行(フォームシフト)すれば習得する可能性はある……みたいな設定だったと思ったけど。正直なとこ、使うのが怖かったりはする。イッチーの零落白夜とか見てると特にね。

 

 嫌がらせかなんなのか、神翼招雷に関しては全くイメージが沸かない。それだけで怖さが倍増である。だけど、使わない事には始まらない。何よりあの3機を1度に仕留めてしまえるかもしれない。オーケー……行こうかセっちゃん。神翼招雷……発動承認!

 

『神翼招雷―――発動承認 刹那・赫焉のエネルギーを雷光へ供給』

 

 こ、これは……!?神翼招雷を発動したのと同時に、腕にある赤いラインが発光し始めた。その発光は血液の流れのように翼へと到達し、凄まじい密度と大きさのエネルギーウィングを形成。赤黒い雷は、闇に染まりつつある周囲を照らす……。それこそ赫焉。

 

『エネルギーを倍増させつつ雷光より排出中』

 

 ほわぁ!?豪くエネルギー効率が良いなと思ってたら……倍増させつつなの!?も、もしかして……それが神翼招雷の能力なのか?やけにQIB(クイック・イグニッションブースト)OIB(オーバード・イグニッションブースト)のエネルギーも微々たるもので済んでいたが、これが関係しているのかも知れないな。し、しかし……このエネルギーウィングでいったいどうしろと……?

 

『エネルギー倍増シーケンス―――コンプリート 供給先を選択してください』

(きょっ、供給先……?ええっとじゃあ……掌に―――)

『エネルギーを更に倍増させつつ腕部へ』

 

 更に倍率ドン!?エネルギーウィングの光はだんだんと弱まっていき、完全に消失した。しかし、またしても赤いラインが発光する。最初に翼に流れるのとは逆方向、つまり翼から腕に向かってエネルギーが移動しているらしい。し、しかし……更にエネルギー倍増って、単純計算でも今の時点で4倍だぞ……。

 

 そ、そうか……倍増して雷光から翼として放出したエネルギーを、再度刹那・赫焉に取り込んだんだ!そして腕部へと供給する過程で、更に倍増させているというわけだな……。これ、調子に乗って大量のエネルギーを発動に割かなくて良かった……。じゃないと今頃大変な事に―――

 

『エネルギー倍増シーケンス―――コンプリート このまま放出―――もしくは鳴神との連結が可能』

(鳴神との連結……?そ、そうか!だから鳴神にも!)

 

 ティンと閃いた俺は、鳴神を抜刀。掌の赤い輪と、柄部分の赤い輪がしっかり重なるように鳴神を握った。するとどうだ、掌と鳴神は火花を上げながら連結するではないか。それと同時に、赤い光が今度は鳴神に流れていく。そして、次の瞬間であった……鳴神の刀身部分が消え失せる。まるで霧のように……。

 

(どええええっ!?ちょ、待った!思ってたのと違う!)

『鳴神との連結を確認 エネルギーを倍増させつつ鳴神より排出』

(なっ……!?ま、まだ倍!?え、え~っと……4倍が倍だから……8倍のエネルギー!?)

 

 かなりのエネルギーを雷光に供給、そして再度刹那に取り込み鳴神から放出しているため……天を突くような巨大なレーザーブレードが出来上がった。って、ヤバイヤバイ!上に掲げないと勢いで飛んでっちゃう!き、機体安定の為にエネルギーウィング放出しないとダメだ!え~っと、神翼招雷を重ねがけ!

 

(機体……安定!よし……ってかコレなんだろ……ライザーソードっぽいな!)

『『『――――――――』』』

 

 刹那はエクシアっぽいなと思っていたが、いざ二次移行したらダブルオーライザー的な必殺技を身に着ける事になろうとは……なんだか運命を感じる。んな事を思っていると、3機のシノビIS達はステルス状態になった。恐らく、危険と判断して撤退を選んだのだろう……だが!

 

(トランザム……ライザアアアアっ!)

 

 赤黒い光を放つ極太極大レーザーブレードを横一閃に振るう。するとどうだ、遠方で小規模な爆発が3つテンポよく発生した。あまりの巨大さに、逃げても巻き込んだのだろう。しかし、8倍に増幅して放出されるエネルギーはなかなか収まりがつかない……。ええい、縦一閃にも素振りしておこう。

 

 勢いよく鳴神を縦に振ると、凄まじい勢いで海に割れ目が走る。その事を考えていなかったために焦るが、ようやくライザーソードのエネルギーを使い切ったらしく……赤黒い光は収まっていく。う~ん……いくらエネルギーを増幅させるとは言え、かなり燃費が悪いし予備動作も長いから使いどころが難しそうだな。

 

 ま、学園に帰ったら鷹兄と一緒にいろいろ検証してみる事にしようかな。さて、これからどうしようか……って!そんなん皆の援護に決まってる。きっと今頃は福音と戦ってる頃じゃないかな……。行く前に終わってそうな気もしなくもないが、とにかく合流するのだって大事だ。そう結論を下した俺は、福音との戦闘区域へと舵を取る。

 

 

 

 

 

 

「一夏……?一夏なのだな!?」

「ああ、悪いな。心配かけたみたいで。」

 

 時間としては、黒乃が復活を遂げる少し前まで遡る。福音へと戦いを挑んだ箒達5名は、辛くも勝利を収めた……かに見えた。いや、確かに1度は勝ったとカウントして良いだろう。しかし、偶然か必然か。撃墜した福音が二次移行(セカンド・シフト)を果たしたのだ。

 

 これにより第2ラウンドが開始される。軍用ISである事が関係しているのか、進化した福音は殺意に満ち満ちていた。それでなくても疲弊していた専用機持ち達は、この事実に焦燥を抱かざるを得ず。セシリア、シャルロット、ラウラの3名は撃墜。鈴音はほぼほぼ戦闘不能。今まさに箒も同じ道(撃墜)を……と言う寸前に、重体だったはずの一夏が現れた。

 

「良かった……。一夏まで居なくなってしまったら私は……!」

「泣くな箒。多分だけど黒乃も今に……まぁそれは良いか。箒、これ。」

「こ、これは……リボン?」

「誕生日おめでとう、箒。」

 

 最初の交戦時にリボンが焼き切れたまま、箒の髪型はずっとストレートだった。タイミングとしては大間違いなのだろうが、誕生日プレゼントだとリボンを手渡す。今日は7月7日。何の因果か、篠ノ之 箒の16度目の誕生日である。箒は……自身の誕生日など忘れかけていた。それだけに、少し困惑した様子でリボンを受け取る。

 

「じゃ、ちょっと行って来る。今度こそ勝つからさ。」

 

 一夏のそんな発言と同時に、福音は猛然と向かってくる。同じく一夏も迎え撃つべく前進した。一夏はいつもと違い、雪片弐型を右手のみで構える。何故ならば、白式の左腕が形態変化し……新たな力を宿しているからだ。今宵二次移行(セカンド・シフト)した機体は3つ。銀の福音、刹那・赫焉……そして、白式・雪羅。

 

「そこだっ!」

 

 雪片による斬撃は、やはりというかことごとく回避されてしまう。しかし、そこで一夏は左腕武装である雪羅を起動させる。白式の左腕指先から、青白いエネルギーが放出。まるで刃のようなエネルギーは、爪の形を型取り福音を襲う。避けた傍から急に伸びたクローに対処しきれなかった福音は、胸部装甲へ深い傷を刻まれた。

 

 

『――――――――』

 

 この瞬間、福音は一夏と白式を殲滅すべき敵だと認識した。次いで繰り出される攻撃は、その評価の表れだろう。頭部、胴体から大きなエネルギー翼を生やすと、銀の福音は一斉掃射を開始した。爆発性エネルギーの弾雨は、一夏が寝て覚めて更に凶悪な弾幕へと変貌。しかし、一夏はそれを避けようともしない。

 

「今の俺には倒す剣だけじゃない……守る盾がある!」

 

 一夏が左腕を前に構えると、雪羅が変形を開始した。そう……雪羅とは、多形態へと変形する万能武装なのだ。一夏の宣言通りに、その身を守るかのようにエネルギーの膜が現れた。雪羅の盾にぶつかったエネルギー弾は、その傍から次々と消失していく。

 

 雪羅の盾はつまるところ零落白夜を防御転用している。それすなわち、エネルギー無効化攻撃が、エネルギー無効化防御へと変化したと言う事だ。ただし、零落白夜を使用しているのと同等な為エネルギー消費は激しい。結果、白式はより燃費の悪い機体になったとも言える。しかし―――

 

「はああああっ!」

 

 一夏は退かない。進化した白式ならば、それが問題なく行えるのだ。二次移行(セカンド・シフト)に合わせて、白式のウィングスラスターは2基から4基へと変貌を遂げている。それが可能にするのが2段階瞬時加速。スラスターを2基ずつ用いて、連続の瞬時加速を発動できると言う事だ。その時の一夏は思う。

 

(連続の瞬時加速……刹那は2回どころじゃないのに。黒乃はすげぇや……。)

 

 そもそもの技術が違いはするが、その気になれば刹那は10回でも連続で瞬時加速をして見せるだろう。たった2回でその難しさを感じている一夏は、自分の幼馴染の凄さを再確認した。ニヤリ。何が可笑しいのか自分でもわからなかった一夏だが、そうやって頬を緩むのを止められない。

 

「さぁ……追いついたぜ!」

『――――――――』

 

 逃げながらエネルギー弾を放っていた福音に、2段階瞬時加速を利用してなんとか射程圏内に捕える。しかし、福音の取った次なる行動に肝を冷やす。大きなエネルギー翼で自身を包んだかと思えば、それを大きく広げながら回転。それに伴い、エネルギー弾は全方位へと射出された。

 

(くっ、皆……!)

「何やってんの馬鹿!アタシ達が本当に心配ならねぇ……とっととケリつけなさいって話でしょうが!」

「鈴……。……ああ、任せろ!」

 

 それを見た一夏には、やはり味方を庇うという選択肢が過る。しかし、そんな選択肢を遠くへ放り投げてしまう女子が1人。甲龍もボロボロである状態の鈴音がそう叫んだのだ。さすれば一夏は、その言葉を受け取るしかない。仲間の為にもアイツを倒すと、一夏の気合は更に増した。

 

「でやああああっ!」

(一夏……。)

 

 一夏が決死の攻撃を仕掛けている最中、決して安全圏ではない場所に居る箒は動けないでいた。この場合……良い意味と捉えて良いのか、悪い意味と捉えて良いのか……。甚だそれは疑問だが、とにかく箒は嬉しかった。自分の……いや、自分達のピンチに一夏が駆け付けてくれた事が。

 

(戦うんだ……私も、一夏の隣で!見ていてくれ黒乃……。私の意志を、私の決意を!)

 

 箒は鋭い目つきをしながらキュッと髪をいつものポニーテールに束ねた。すると、その決意に呼応するかのように……紅椿から黄金の粒子が漏れている事に気が付く。それともう1つ。紅椿のエネルギーが、急激に回復しているではないか。困惑する箒だが、コンソールにピックアップされている『絢爛舞踏(けんらんぶとう)』の4文字を見て確信を得た。

 

(何やら解からんが好都合!行くぞ、紅椿!)

「っ!?そこ……逃がすかぁああああ!」

 

 箒が戦線復帰した頃、一夏は目に見えて福音を押していた。離脱の隙を逃さず、零落白夜のエネルギー刃にて翼の一方をもぎ取った。しかし、福音はまだ翼を有している。2撃目と続くつもりだった一夏だが、こちらを捉える事は出来なかった。そうこうしている間に、福音は翼を再構成。またしてもエネルギー弾の一斉掃射が始まる。その時だ―――

 

 白式のハイパーセンサーに警告が表示された。残存エネルギー20%、限界稼働時間約3分。逃げ回る高機動機を相手取っているのならば、これは絶望的と言っていい。しかも……白式は戦えば戦うほど、面白いほどにエネルギーが減り続ける仕様だ。何か策は!?一夏の焦りがピークに達しそうな瞬間、声が響いた。

 

「一夏!」

「箒!?紅椿はダメージで―――」

「私も良く解らんが、考えるのは後で良い!今は……コイツを受け取れ!」

「白式のエネルギーが、回復してる……のか!?」

 

 弾雨を掻い潜りながら、一夏へと箒が迫る。確かエネルギー切れでは?その疑問のおかげでギョッとする一夏だったが、伸ばされた箒の手を反射的に掴む。するとどうだ……白式のエネルギーが見る見る内に回復するではないか。不可解ではあるが、箒の言う通りに混乱している間は無い。

 

「よしっ……これで終わらせ―――る……?」

「一夏!何を惚けている暇が―――が?」

「な、なななな……何よアレええええ!?」

 

 気合十分。零落白夜のエネルギー刃を最大出力。雪片弐型を雄々しく構え、さぁこれから斬りかかろうかと言う時に……一夏の手は止まった。何をやっているのかと叱咤しようとした箒も同じく。現状で甲龍を纏っている鈴音も、暴走しているはずの福音でさえ同じ方向を眺める。

 

「きょっ、巨大な翼……?しかしあの翼の形は何処かで……。からす……?っ!?まさか、黒乃か!」

 

 そう……ハイパーセンサーで詳しく補足する事が出来ない距離に、とてつもなく巨大で……赤黒い光を放つ翼が出現したのだ。動揺を隠せない箒がよくよく翼の形状を確認すると、何処か見覚えがあった。それは刹那のOIB(オーバード・イグニッションブースト)の際にスラスターから噴き出る炎の形状と酷似していて……黒乃がアレをやっているのではと箒は考える。

 

「あ、だんだん光が弱まって……。……ってええええ!?こ、今度は……巨大なレーザーブレードぉ!?」

「ハハッ!やっぱり黒乃は規格外だな。……なんからしいや。」

 

 光の翼が収縮するように消えたと思ったら。今度は文字通りに天を突くか如く巨大なレーザーブレードが現れた。鈴音は芸人顔負けの良いリアクションを見せ、それに対して一夏は1周回って笑えるらしい。何処か呆れも交じったその笑顔は、鈴音からすれば苛立ちを覚えてしまうようで。

 

「感心してる場合じゃ―――」

「ああ、全くその通りだ。じゃあ行くか……なぁ、黒乃!」

『――――――――』

 

 その場に居ないどころか、一夏は黒乃と通信すらしていない。そもそも黒乃が本当にやっているかも解からないと言うのに、妙に確信めいた様子で行くぞと告げた。すると、それに応えるか如くに巨大なレーザーブレードも動き出す。遥か遠方のレーザーブレードは、鋭く横なぎに一閃。

 

「危なぁ!?」

「くっ……!」

『――――――――』

 

 その一閃は的確に福音を狙った一撃であったが、あまりの巨大さ故に箒も鈴音も巻き込まれかけた。しかし、いくら巨大とは言えただ我武者羅に横へと振り払われただけの事。高機動機の福音には痛くもかゆくもない。当の本人がそれを1番良く解っているようで、福音は高度上げて離脱……したかに見えた。

 

「いらっしゃいませってか!」

 

 なんと、逃げた先には既に一夏が回り込んでいたのだ。回避優先で行動していただけに、一夏の先回りなど気にしている暇が無かった。なんとなくだが、一夏は黒乃がそう言っていた気が……した気がする。そちらに逃がすから、先回りしてしまえ……と。一夏はこの時、嬉しくて仕方が無かった。黒乃と……通じ合えている事が。

 

「獲ったああああ!」

『――――――――』

 

 巨大なレーザーブレードが右から左へと通過していったのと同時に、一夏は勢いよく福音の肩から斜めに雪片弐型を叩きつけ……斬り裂く。一夏の手に残るのは確かな手応え。だが死なばもろともだ。まるでそう言いたげに銀の福音の腕が一夏に迫る。

 

「一夏ぁ!」

「全員動くな!黒乃の攻撃は―――」

「え……?ちょっ、ちょっ……嘘でしょ……あの馬鹿まさか……!?」

「まだ終わってなんかない!」

 

 あれだけのエネルギーを放出していると言うのに、巨大なレーザーブレードは余力十分といったところか。横へと振り払われたかと思ったら、またしても天高く伸びる……かと思ったら、凄まじい速度で上から覆いかぶさるようにエネルギーが迫って来るではないか。つまり……今度は縦一閃であると言う事。

 

「う、動くなって……ホントに大丈夫なんでしょうね!?」

「俺と黒乃を信じろ!」

「も、もし本当に黒乃ならば……後で文句を言ってやる!」

「激しく同意だわ!」

『――――――――』

 

 一夏の言葉は、動けば命はないと言っているようなものだった。とはいえ……天を突く大きさのエネルギーが迫れば誰でも避けたくなるというもの。そこはグッとこらえた箒と鈴音の判断は正しかった。レーザーブレードは福音に迫るのと同時に徐々に収束を始める。やがては細長いレーザーブレードと称するにふさわしくなった程の時、一夏に迫る福音を斬り裂く。

 

「まずいぞ、操縦者が!?」

「任せろ!」

 

 レーザーブレードが止めになったのか、ようやく福音は活動を停止した。そのまま福音は強制解除され、操縦者は重力に従い海へと落ちていく。驚愕故か、女子2人は動けなかったが……最初からこうなる事が解っていた一夏がすかさず空中で操縦者を捕まえる。

 

「ふぅ~……なんとかなったな!」

「ええ、そうね!……ってなるかこの馬鹿ぁああああ!あ゛~……心臓に悪っ!死ぬかと思ったわよも~!」

「はっ……あ、あの3人は無事なのだろうな!?お~い!生きているかーっ!?」

「ギリギリだったけど何とか無事だよ~!」

「いや、待てシャルロット。あまりセシリアが大丈夫じゃない。」

「め、めっ、めっ、めめめめ……目の前を……レレレレーザーブレードが通りっ、通り過ぎて……てててて……!」

 

 あっけらかんとした様子でそう言う一夏に対して、鈴音は怒りが爆発したのか声を荒げる。そして鈴音の死ぬかと思ったという言葉に反応し、箒は海面へと落ちた面子の事を思いだす。高度を下げつつ海へと呼びかけると、プカプカ浮いているシャルロットが空へ向けて手を振りながら応えた。

 

 言葉通りに大丈夫なのは大丈夫だったのだが、セシリアは浮いていた位置が災いしたのか目の前……本当にギリギリをレーザーブレードが通過していったのだ。ピクピクと頬を引きつらせ、あまり呂律も回らない。そんなセシリアに皆は憐みの視線を向けると、非常に丁寧に回収して帰投を始めるのだった。

 

 この後本当に生きていた黒乃と合流した1部のメンバーは、死んだかと思われた友人が生きていた安堵の言葉よりもまず……文句が止まらなかったのは言うまでもあるまい。それに対して黒乃はいつもの無表情で応えるのみ。この光景を見た一夏は、本当にカタがついたのだと……いつもの日常へと思いを馳せる。

 

 

 




黒乃→適当に振ってエネルギー消費しとこ……。
一夏→黒乃ならあの距離で当てるのも簡単だよな!
ヒロインズ→私達にも当たるかと思ったわ!

刹那・赫焉の唯一仕様『神翼招雷』はかなり用途が広いです。
夏休み編で詳しく解説出来たらなと思います。

あ、ガンダムネタ解らないって方がいらっしゃったら申し訳ないです……切実に。


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第53話 月下の各人

(はぁ……死ぬかと思った。)

 

 無事に花月荘へ生還し、自室に戻っていた黒乃は正座でちょこんと座りながら月を眺めていた。死ぬかと思ったとは、理由は様々。まず1つ、箒達に泣く子も黙るような形相で文句を言われたのだ。捲し立てるように言われ、結局このアホは何が悪かったのか理解できていない。

 

 2つ、千冬に本気で殴られそうになった事。自分の責任で死なせてしまったかと思った妹分が、ケロッと顔して帰ってくるのだから。しかも……無論だが紳翼招雷による一連の流れも目撃していた為、相変わらずの規格外っぷりに怒鳴らずにいられなかったのだろう。

 

 皆の尽力で殴られるのは回避できたが、お説教は免れない。それが3つ目の理由、説教が長すぎて死にそうだった。自分は無断出撃な訳じゃないんだけどなぁ。そんな事を思いながらも聞いていたが、その分千冬を心配させた裏返しだろうと思えば微笑ましい。

 

(しかし、二次移行ねぇ……。)

 

 黒乃は月をじっと見つめながら、首元に着いているチョーカーを弄った。まさか自分がテンプレの如く臨海学校中に撃墜され、テンプレの如く二次移行するとは。その事で生き残れたと言うのもある為、ナイスガッツ、ナイス改心俺と自分で自分を褒める。

 

(でもなぁ……多分1回死んでるよなぁ。)

 

 背中から腹までを貫かれ、あまつさえ海に落ちた。一夏の場合は自己再生に近い形で復活したのに対し、黒乃のそれは蘇生に近い。それは人間としてセーフなのかアウトなのか、自分の身体に異常はないのだろうかと心配性の黒乃。安心して下さい、始めから異常ですよ。

 

『黒乃、少し良いか?』

(ん……イッチー?)

『話がしたくて。その……2人で……。』

 

 足りない脳ミソでああでもないこうでもないと思考を巡らせていると、ふと廊下の方から一夏の声がした。はて、この時間は原作ならば海へ行っていた気がするが。そう考えると箒が寂しい事になっている気がした黒乃だが、わざわざ訪ねてくれて追い返すのもなんだ。

 

「どうぞ。」

『……そうか。じゃあ……入るな』

 

 立つのも面倒。声が出れば御の字と思っていた黒乃だが、無事に労せず一夏を招き入れる事が出来た。首だけ振り向かせていると、恐る恐るとか、恐縮しながらとか、そんな様子で一夏は襖をスライドさせる。そして部屋へと入った途端に、ある物に目を奪われた。月明かりに照らされる黒乃に……。

 

「……綺麗だ。」

(うん、綺麗だよね。満月ってこうさぁ……風流って言うの?)

「あ、いや……今のは違う。聞かなかった事にしてくれ……。」

 

 見返り美人とはよく言ったもので、今の黒乃はまさにそれ。淡くおぼろげな月光を浴び、その光が黒乃の黒髪に反射して……さながら天の川のように見えた。今日は7月7日の七夕。……こんな所にも天の川がかかっているとは。一夏は思わず綺麗という言葉が口から洩れてしまう。

 

 言われた本人は月の事を言っているのだと解釈したらしいが、そんな事を知らない一夏は慌てて取り繕う。話があって来たと言うのに、滑り出しは順調と言えない。とにかく一夏は心を落ち着かせ、ゆっくりと黒乃の隣へ腰かけた。

 

「「…………。」」

 

 一夏が座ってしばらく。2人は何の会話も無くただ月を眺める。だが、静かだからこそ一夏は痛感していた。黒乃と過ごすこういう時間は、とても心地良い……と。だが、一夏は話があって黒乃を訊ねたのも事実だ。このままではいずれ千冬に見つかってしまうと、一夏は静かに口を開く。

 

「黒乃も……二次移行したんだよな?」

(そうだね。刹那・赫焉って名前の機体になったんだよ。かっこよくね?)

「なんかこうさ、人に会わなかったか。俺は小さな女の子と女騎士みたいな人と話をした気がするんだけど。」

(俺の場合は尼さんっぽい人……ってかせっちゃんにあって来たよ。)

 

 黒乃は一夏の問いに対して、どちらも肯定の意志を示した。なかなか原作ではハッキリと明かされているわけではないが、二次移行の通過儀礼のような物だと黒乃は考える。それぞれ出会ったのは、専用機に宿ったコアの人格ではないか……と言うのが有力な説だ。

 

「俺も怪我したんだけど、目が覚めたら全部直っててさ……。」

(それも同じだね。てっきり白式オンリーだと思ったんだけど……ってイッチーどったの?そんなに俺を見つめて。)

「…………。黒乃……。良かった……生きててくれて。」

(ひぅっ……!?わ、わわ……イ、イッチー……。そんな不意打ちは反則です……ぜ?)

 

 一夏は話している最中に思い出してしまった。自分とは違い、黒乃が確実に死にかけたのだという事実を。そんな考えを過らせながら黒乃を見ていると、ついぞ一夏は耐えられなくなった。黒乃を大切に想う気持ちが爆発し、何の躊躇いもなく黒乃を抱きしめる。

 

 その様子は……必死だった。まるで縋るような声色で、良かった黒乃と呟き続ける一夏。その想いは黒乃にしっかり伝わっていた。曲解はせずストレートに。あぁ……この男は、いつもこうやってこんなにも自分の事を大切に想ってくれる。現在進行形で乙女化が進む黒乃は、胸に宿る安心感を肯定的に受け止められていた。

 

(いつもありがとう、イッチー……。)

「黒乃……。」

 

 自分の感謝を何とか伝えられればと、黒乃は一夏を抱き返す。頭を撫でるとか、そんなスキンシップは多々重ねてきた。しかし、抱き着くとなればレアケース。一夏は……自分の胸の高鳴りを抑えられなかった。今自分が黒乃の全てを包み込んでいるのだと思えば、更に鼓動は加速していく。

 

 それと同時に心に宿る欲望も膨れ上がってくる。もっと強く、より強く黒乃を抱き寄せたい。一夏は考えるよりも先に、いつの間にか行動に移してしまっていた。壊れてしまいそうな程に強く、黒乃とより身体を密着させる。しかし、一夏はそこでようやく力が入り過ぎてしまった事に気がついた。

 

「……悪い。いきなりで脅かせたか?痛かったりは……。」

(だ、大丈夫大丈夫……。少しドキドキしただけだか……らぁ!?)

「く、黒乃……!?」

(ぬ……ぉぉぉぉ……足痺れた……!マジごめんイッチー……回復するまで待ってちょうだいな。)

「っ……!?」

 

 あまりに長時間正座をしっぱなしなのが祟ったのか、足を崩して一夏と距離を置こうとした黒乃を悲劇が襲った。足がジンジンと痺れ、バランスを保っていられなかったのだ。黒乃は前に倒れこんだため、一夏を押し倒すような形となる。黒乃からすれば単なる事故なのだが、一夏は頭が追いつかない。

 

 考えても見ると良い。想い人となかなかに良い雰囲気を造り上げた直後のこれだ。眼前に迫る黒乃の顔、胸元がはだけた浴衣からわずかに見える豊満な胸……何もかもが一夏を狂わせる。とりわけ一夏は、ある一点に視線を釘づけにされていた。それは、黒乃の唇。

 

 艶やかで張りがあり、健康的な桜色をした綺麗な唇だ。そう、思わず奪ってしまたくなるような……。黒乃の唇に魅了された一夏は、壮絶な葛藤を脳内で繰り広げる。自身の唇を重ね、その柔らかい感触を確かめたい。いや、何を馬鹿な事を……告白もしていない自分にそんな所業は許されない……と。

 

(ダメだ……自制が……!キス……したい……。黒乃と……!)

(やけに黙るな今日のイッチーは……。……なんかちょっと怖い。)

「黒乃っ!」

(は、はい!なんでしょうか……って……イ、イッチー……顔近くない?)

 

 一夏も健全な男子高校生だ。普段は菩薩メンタルで女子を女子と思わぬように過ごしているようだが、どうやら今回はそういかないらしい。想い人に押し倒された。この事実が溜めに溜めた一夏のナニカを爆発させたのだ。一夏は力強い眼差しのまま、ゆっくりと顔を黒乃へ寄せていった―――その時である。

 

『ちょっ、待っ……!押さないでよ、さっきから普通に痛いんですけど!?』

『どうして私に言う!?お前の真後ろはどう見てもセシリアだ!』

『……それを言うならば、私も先ほどから足が痛いのだがな……箒よ。』

『鈴さんも人の事を言えなくてよ!わたくし、貴女に手を踏まれているのですけれど?』

『あ、あの~……僕はさっきから1度も混ざれてないんだけどな~……。』

「「…………。」」

「悪い黒乃、ちょっとどいてくれ。」

 

 息を潜めてはいるようだが、静かな空間でどうにも聞き覚えのある声が聞こえた。いや、むしろどうしてさっきまで気が付けなかったのかと一夏は頭が痛そうだ。悪い予感が全開ながらも確認をせざるを得ない。そう思った一夏は黒乃を優しくどかせると、勢いよく襖を開いた。

 

「……何やってんだ、お前ら?」

「「「「「あ…………。」」」」」

「あ、じゃない!ちょっと待てよ、事情を説明しろーっ!」

 

 一夏からすれば、絶好のチャンスを潰されたわけで……。不機嫌そうな様子を隠そうともせずに何をしているのかと5人に問うと、韋駄天と称するにふさわしい速度で逃げられてしまう。あまりにも清々しい逃げっぷりに、一夏はしばらく唖然としてしまう。

 

 恐らくだが、5人の内の誰かが黒乃の部屋に入る一夏を目撃したのだろう。そうして一夏ラバーズ特有の情報網により全員にそれが伝わり、監視する態勢に入った。騒がしくなったのは、いよいよ2人がキスをするかしないかの瀬戸際まできたから……といったところか。

 

「はぁ……。黒乃、俺ももう戻るよ。邪魔したな。」

(ええんやで。いつの間にか足の痺れも治ってるしね~。)

「じゃあ……お休み、黒乃。」

「おやすみ。」

 

 盛大にため息をついた一夏は、なんだかいろいろと興を削がれてしまったようだ。襖の近くで振り返ると、爽やかな様子を取り戻してもう戻るという旨を伝える。それに反応した黒乃は、小さく手を振って見せた。そのビジュアルがなんとも可愛らしく、最後に良い物が見れたなと一夏は満足気に去っていった。

 

 

 

 

 

 

「もっしも~し。やぁやぁ、見事に全部落とされちゃったね!……でも失敗じゃないって?うん、それは勿論。成功も成功……今回はこれ以上のないくらいに大成功だよ!」

 

 月明かりの最中、束は崖の淵に腰掛けながら携帯片手に何者かと通話を行っていた。受話器越しだというのに、まるで通話相手本人が目の前に居るかのようだ。喜びを表現する仕草がオーバーで、身振り手振りに見えるせいだろう。そんな崖で暴れられては、どうにも肝が冷えてしまいそうだ。

 

「でもあれはびっくらこいたねぇ。いくら二次移行っていったって、あんな能力備えちゃうなんてさ。えへへ、解る?だからこそ面白いってのはあるんだけど~。」

「……束。」

「あ~……ごっめーん、お客さん来ちゃった。また後でかけなおすー。うん、バイバ~イ!」

 

 束は好奇心旺盛な子供のように、興奮を抑える事なく自らの語りたい内容を通話相手に振った。向こうもどうやら乗り気なようで、白熱した会話が始まろうとしていた矢先の事だ。束の目の前には、難しい顔つきの千冬が現れる。やはり優先順位は千冬が上なのか、手早く通話を切ってみせた。

 

 

「どったのちーちゃん、この天才に何か御用かな。」

「いろいろとお前に聞かねばならん事がある。」

「まぁそう来るとは思ってたよ。白式の事とか?」

「……その辺りは知れた事だ。」

「あ、バレてた?流石は名探偵ちーちゃん!おお、これはアニメ化まったなしだね。」

 

 束がおちゃらけた態度をするのに反比例し、千冬の心内は冷たくなってゆく。白式が白騎士のコアを使っている事はだいたい予想がついていたので、知れた事だと返せば否定は返ってこない。これを肯定だと受け取った千冬は、真に自らが聞きたい事を探ろうと思考を巡らせる。

 

「束、私はな……お前を疑っている。」

「随分はっきり言うねぇ。まぁちーちゃんらしいけど。でもでも、束さんの日頃の行い的に仕方がないかもだけど……。」

「銀の福音の暴走。及び黒乃を襲った5機のIS……。双方か一方か、どちらかにお前が関与している……と思っている。」

 

 本当に怖いくらいストレートな物言いだった。恐らくは、束を前にして変な駆け引きは無駄だとでも考えているのだろう。事実、こうやって聞いてもはぐらかされる可能性が高い。それならそれで千冬は良いと思っていた。最高なのは、嘘でも否定の言葉が出る事を望んでいる。

 

「ん〜……質問に質問で返すけど、良い?」

「……構わん。」

「もし束さんが関わってたとして、ちーちゃんは私をどうするのかな。」

「前者ならば、国際指名手配犯の道楽だと思ってやろう。後者ならば……私はお前を殺さねばならん。」

 

 間違いなく、千冬にとって束は友人だ。それでも、例の5機をけしかけたのが束だとするならば、ハッキリ殺すと宣言してみせる。千冬はそんな冗談を言う性質ではない。それを考慮するならば、間違いなく有言実行するつもりであると束は悟った。それを悟ったうえで、笑ってみせたのだ。

 

「束さんを殺すかぁ。ちーちゃんには無理だね。」

「お前、本気で言っているのだろうな?」

「うん、本気。束さんを殺せるのはね、くろちゃんだけなんだよ。くろちゃん以外には殺されてはあ~げない!」

「…………。」

 

 意味深な事を言い出した束に、千冬は殺気を出して警戒を促す。それでいて、嫌な汗が滲み出てくるのを抑えられない。そうやっていると、ふと思った。自分は、未だかつて束の本気を見た事があっただろうかと。恐らく……本気はあっても、本気の本気はない。

 

 束が本気の本気を出した時、絶対に勝てる保証はない。何も千冬だって弱気なわけではないが、そう思えてならないのだ。今の千冬にできたのは、眉間の皺を更に深くする事くらいだった。そんな千冬の様子を見てか、束はケタケタと笑う。ひとしきり笑い終えると、いつもの調子を崩さず口を開く。

 

「ちーちゃんはさ、この世界を楽しく生きてる?」

「さぁ、人並みには楽しんでいるかもな。」

「束さんはねぇ、こんな世界無価値だと思ってるの。たかだか私とくろちゃんの遊び場ってくらいのもんだよ。」

「遊び場……だと?」

「そう、遊び場。くろちゃんの目的は、私が叶えてあげるって決めたんだ。でもくろちゃんだってタダで殺されてくれるわけじゃないでしょ?くろちゃんは自分の全力をぶつけたうえで、それをうち破ってくれる相手を探してる。だとしたら束さんしかいないじゃん。つまりはね、この世界はくろちゃんと束さんの殺し合いの為にあるフィールドって意味。」

「…………。」

 

 束の言っている意味が解らず聞き返すかのような言葉を千冬が呟く。すると、早口で……壊れたラジオみたくペラペラと束は理由を述べた。篠ノ之 束という人間は、確かに何を考えているのかは解らない。しかし、ここまでハッキリとした狂気を感じるのは千冬ですら初めてだった。

 

「誰にも私の気持ちなんて解らない。私はね、この世界から剥離した存在だから。こんな世界に産まれてくだらない一生を過ごすんだろうな~って思ってた。……けど、くろちゃんが現れてくれた!私と同じく剥離した存在が!世界が一気に見違えたよ……。くろちゃんと殺し合う為に産まれて来たんだって本気で思えた!」

「……もう良い。束……お前はもう手遅れだ。せめて友人として、貴様に引導を渡してやろう。」

「だからちーちゃんじゃ無理だってば。まぁ良いよ。束さんの邪魔するならちーちゃんも―――」

 

 月をバックにそう言う束に、千冬はある種の諦めを感じた。月兎は同種を愛するがあまりに狂ってしまったのだと。黒乃を守ると覚悟はしたが、こうして友人を屠らねばならないとなれば……流石の千冬も複雑な心境である事が見て取れた。2人の間に一陣の風が吹く……その時だ。

 

「月明かりに照らされる美女2人ですか。いやぁ画になりますねぇ。」

「近江、貴様……!?」

「何か用かなボンボン野郎。今大事な話ししてるんだけど。」

「嫌だなぁただの散歩ですよ、さ・ん・ぽ。まぁ話は聞こえましたけどね。僕地獄耳なんで♪」

 

 強風の中、バサバサと白衣をはためかせながら鷹丸が現れた。その両目が鋭く開かれている事を見るに、言葉はともかく真剣な状態という事だろう。しかし、どうにも台詞が嘘っぽく聞こえて仕方がない。特にたまたまここを通りかかったというのは完璧に嘘だろう。

 

「まぁ……せっかくですから僕ももう少しだけ篠ノ之博士とお話とでも思いまして。」

「うっさい。何で束さんが有象無象の話しになんか耳を傾けなきゃ―――」

「朝方に僕は言いましたよね。僕達は解りあえるだろう……って。」

「……ちーちゃん。先にコイツ殺っちゃって良い?」

「諦めろ。そいつはそういう男だ。」

 

 興味のない人間に対する態度をする束だが、そんなの知った事では無いと言わんばかりに鷹丸は我を通す。今までにいなかったタイプだけに、束としては尚の事鷹丸が気に入らないようだ。しかし、変にあしらうと余計面倒だと判断したのか、態度は崩さず鷹丸と会話を始めた。

 

「……科学者って点でって意味じゃないよね。くろちゃんの方でしょ。」

「そうですね。僕らの目的は着地地点が異なるだけで、やりたい事は似通ってます。」

「ハッ……。その地獄耳が聞いてたんだよね?私は単にくろちゃんを殺したいだけ―――」

「いえいえ、そうでもないですよ。なんせ僕らは黒乃ちゃんを超えたいってだけなんですから。」

 

 明言は避けているようだが、鷹丸の目的も黒乃の殺害……と言うよりは、本人の言葉通りに黒乃を超える事だ。鷹丸の場合は、何も本気で殺そうだなんて思っているわけではない……かどうかは正直なところはっきりしない。が、それでも鷹丸は束の目的を黒乃を超えたいという点で一致すると言い張った。

 

「……何が言いたいの?」

「言葉通りの意味ですよ。だって結局は同じじゃないですか、殺すも超えるも。黒乃ちゃんに勝っちゃえばそれで良いんですから。」

「違う!あくまで常人の枠に収まる分際で、私とくろちゃんのお楽しみに口を挟ませは―――」

「まずそこなんですよねぇ。黒乃ちゃん、別にそこまで剥離した存在じゃないと思いますよ?どちらかといえば僕には、貴方があの子を同じ所へ連れていきたい……そう思ってるように見えます。」

 

 常人と認定している人間と一纏めにされるのが屈辱的なのか、珍しく束が声を荒げて否定をした。しかし、激高している束をものともせず鷹丸はこう続けた。暗に、貴女は1人が寂しいから黒乃を無理矢理同種と認定していたいだけだ……と。するとどうだ、あの篠ノ之 束が言い淀んだではないか。

 

「おやぁ、図星ですか?」

「っ……誰が!ちーちゃん、続きは今度にしよ。今の私は世界の何よりも危険だろうからさ、手加減とか考える暇なさそー。ほら、うっかり殺しちゃったらいっくんに悪いし。」

「…………。」

「じゃ、次会えるのを楽しみにしてるよ。そっちのお前もね!」

「ええ、僕も同感ですよ。また会いましょう。」

 

 これまで自に接触を図ってきたものは、全てを遮断し切る事で寄せ付けなかった。しかし、この異質な男は……打っても響かないどころの騒ぎではない。束は鷹丸に対して、得体の知れない何かを感じた。そう何か……醜悪な何かが蠢くような感覚……だろうか。

 

 苛立ちに苛立ちこれ以上の話は不要。そう言いたげに消えてしまった束だったが、言ってしまえばこれは敗走だ。心内にそんな思考が流れたせいか、その事実が更に束を苛立たせた。一方の残された千冬と鷹丸は、ただただ無言で強風の中に身を置いている。

 

「……貴様、何のつもりだ?」

「彼女と分かり合う第1歩……ですかね。」

「一寸先が闇でなければ良いがな。」

 

 千冬には鷹丸の意図がまるで解らない。喧嘩の仲裁という単純な理由はまず排除。それから可能性の無いであろう理由を次から次へ排除していくと、ついには何も残らなかった……。聞いてもまともな回答は来ないと解っていながらも、千冬は一応という理由から声をかけてみる。やはり理解の及ばない回答だ……。

 

「……自演乙って奴かな。ハハハ……。」

 

 呆れや諸々の感情を抱いた千冬が旅館の方へ足を運び背を向けると、何やら鷹丸が意味深な言葉を呟いた。それよりも気になるのはその表情。いつもとはまた違った嫌らしさを感じる笑みを浮かべている。しばらく妖しく笑ってみせた鷹丸は、ケロッとその表情を平常へと戻しながら花月荘へと戻っていく……。

 

 

 

 




黒乃→あ、足……足がしびれて……!
一夏→黒乃に押し倒された……?

束の言動、鷹丸の言動に違和感を感じると思われます。
ですが現段階では明かせないとしか言えません。
なので、この両者の発言は良く覚えておいてください。


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第54話 鷹の親はアホウドリ

今回より夏休み編スタートです。
……が、しばらくは夏休みらしい事は出来そうもありません。
とりあえずは刹那・赫焉の能力検証からどうぞ。


 臨海学校も無事……ではないけど終わりを告げ、現在は至福の夏休みへと入った。その初日に行う事になったのは、刹那・赫焉の諸々を検証する作業。そんなわけで、俺は近江重工を訪れていた。刹那を纏って浮く俺は、目の前にあるダミーターゲットをジッと眺める。

 

『それじゃ黒乃ちゃん、早速始めよう。思い切りやって構わないからね。』

(了解!)

 

 まず検証すべきは、神翼招雷との事。その為、学園のアリーナにも似た実験施設にて試してみようという運びに。鷹兄のアナウンスを聞いて、とりあえず神翼招雷を発動させる。エネルギーを倍加させる能力だから、効率は慎重に調節しないとね……。このくらいで良いかな。

 

(戦闘レベル確認。ターゲット捕捉。排除……開始……!)

 

 前は鳴神へと連結させ、エネルギーを更に倍増させた。だが、このまま掌部分から直接放出できるのは割れている。エネルギーウィングを腕へと流して、機体安定の為に再度翼を放出。体をブーメランのように曲げて……発射ぁ!すると刹那の両掌から、赤黒いエネルギー波が放出された。

 

(任務……完了……。)

『う~ん……消し飛んじゃったかぁ。』

 

 まんまツインバスターライフルですわ。コロニー落とせそう(小並感)エネルギー波に飲まれたダミーターゲットは、鷹兄の言った通り跡形もなく消滅した。人型をしていただけに、なんだか妙な罪悪感が……。ま、まぁ良いや。次に行こう次に。あと3つ試したいんだよね。

 

『よし、じゃぁ続けてよ。』

 

 鷹兄のオッケーの合図と同時に、次のダミーが実験場内へ現れた。すかさず神翼招雷。今度は翼にして倍増させたエネルギーを、更に倍増させつつ右手に集中。鳴神に連結させる事はせずに、4倍の威力に留めて掌から放出させた。よっし……新必殺2つ目だ!

 

(俺のこの手が光って唸るぅ!お前を倒せと輝き叫ぶぅ!愛と怒りと悲しみのぉ!シャアアアアイニングフィンガアアアアソオオオオド!)

 

 俺は右手首を左手で掴みながら、右腕を高く振り上げる。そしてそのままダミーへと勢いよく振り下ろし、赤黒いレーザーブレードを食らわせる。するとダミーは頭から股まで真っ直ぐ切り裂かれ、地面には落ちる事なく空中で爆散した。うむ、ライザーソードより予備動作が短くて良いね。

 

『ん、出力を抑えたバージョンだね。よし、次行ってみよう。』

 

 そうなんだよねぇ。ライザーソードの問題点は、出力が高すぎて発動できる場所が限られてしまう。市街地とかだと絶対ってほど使えないし……。とにかく、次の必殺技を試そう。もはやテンプレと化してきだが、神翼招雷を発動させる。エネルギーの配分は、さっきと同じで右掌へ。

 

 しかし、すぐには発射しない……というか、これに限っては遠距離技ではないんだよね。放出されず大量に溜まっていく影響か、右掌にはバチバチと電流のようにエネルギーが漏れ始める。電流が更に高まってきたら、これで準備は整った。俺はOIB(オーバード・イグニッションブースト)を発動させてダミーへ接近する。

 

(俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ!勝利を掴めと轟き叫ぶぅ!ばぁあああく熱っ!ゴォオオオオッドフィンガアアアア!)

 

 心の中でそうシャウトしながら、ダミーの頭を右手で掴む。バチバチとヤバそうな電撃を右手が放っているが、すかさずそのまま上へと掲げた。そこで俺は右手に込める力を更に上げ、握力のみで頭部を潰すつもりで強く握る。そのあたりで、右手に溜まったエネルギーは貯蓄限界を迎えた。

 

(ヒィィィィト……エンドッ!)

 

 その掛け声と同時に、右手のエネルギーはオーバーフローし大爆発を起こす。自ら限界までエネルギーを溜め続け、故意に暴発を起こしたのだ。暴発をゼロ距離で喰らったダミーの上半身は軽く吹き飛び、残された下半身は無造作に地面へと転がっていた。

 

『ん~……それはあまりオススメ出来ないかもね。キミもダメージ受けちゃってるでしょ。』

 

 はい、ごもっともでございます。右腕装甲は問題なく作動するが、こんなのを繰り返していたらいつか大変な事になりそうだ。よほど切羽詰まったような状況で使うようにしよう。そんな事態はない方が良いが、意図的にオーバーフローさせる感覚をつかんでおいて損はないはず。

 

『え〜っと、次で最後だっけ?ラスト行ってみよ〜。』

 

 そもそも4つほど試したい事があるってのは伝わってるからね……話しが早いや。さてさて、そうこう言っている内にダミーが現れた。せっちゃん、無理させるようで悪いけど……これで最後だから頑張ろうね。本日最後の神翼招雷を発動させ、何処にもエネルギーを流さずにそのまま突っ込む。

 

(光の翼で!)

 

 ふと気づいたのだが、雷光から出てるエネルギーは攻撃用の物と遜色ない。すなわち、この翼をぶつけてやればダメージが入るという事になる。俺はダミーの左側を通過するようにして、右翼にて胴体を斜めに切り裂く。通り過ぎたらすぐさまUターンして、右側を通過しながら左翼を斜めにぶつけた。

 

 ダミーの装甲には、大きくバツ印を着けたように傷が走る。その数瞬後に4つのパーツにバラけると、大爆発を起こした。うん、あのくらいの装甲なら切り裂けるか……。エネルギー効率も悪くないうえに、しっかりとしたダメージも保証されている。今のはいい攻撃かもね。

 

『なるほど……刹那の機動力を生かした良いアイデアだと思うよ。』

(ん、そりゃどうも鷹兄。)

『じゃあ、少し戻ってきてくれるなか?僕もいろいろと調べたい事があってね……。』

(うっす、了解です。)

 

 まぁ……鷹兄からしたら二次移行したISなんて宝の山みたいなものだろう。俺は十分にやりたい事をし終えたから、今度は鷹兄の番だろう。いくら小さなエネルギーを膨らませるとはいえ、4連発神翼招雷のせいで刹那ももう飛ぶのが限界ほどだ。戻る途中でエネルギーが尽きないよう、慎重に刹那を操作した。

 

 

 

 

 

 

(……不可解だ。)

 

 刹那・赫焉に様々なプラグを繋ぎ、多くのコンソールを同時に操作する鷹丸は、決して顔には出さずに心中でそう呟いた。ISにはまだまだ解明されていない点が多くあるとはいえ、刹那の二次移行はハッキリ言って違和感が多く感じられる。それは勿論、他の研究員も気付いていた。……が、鷹丸が口に出さないまでは黙っているつもりらしい。

 

(単なるスラスターがいきなりエネルギーウィングクラスターに変化するなんて……。しかも、推進翼なのに攻撃用のエネルギーを放出させる……か。)

 

 刹那にとって雷火と飛電は、移動手段として用いられるものでしかない。それを黒乃が何らかの方法で無理矢理にでも攻撃の用途で用いていたのだとすれば、雷光のような進化を遂げるのも頷ける。しかし、雷光はむしろ武装と表現した方が適しているようなものだ。現に紳翼招雷も雷光が無ければまず成り立たない。

 

 それまで積み重ねてきた経験が、二次移行では顕著に表れる。だとすると、白式のようにスラスターの枚数が増えるとかがしっくりくるはずだ。まるで……雷火を起点にしつつも、全く新しい物を1から生み出したかのような。そんな気さえ鷹丸はしていた。

 

(それに、今まで通りのスラスター状態に切り替えも可能って……。これじゃあまるで……展開装甲だ。)

 

 鷹丸が刹那の内部データを覗いている内に、今までのようなスラスターモードと、エネルギーウィングスラスターモードへの自由な切り替えが可能と言う事が解った。似て非なる物というか、完全なる展開装甲ではないが……それに近い何かではある。

 

 換装を必要としない。この点に限るとすれば、確実にその言葉は当てはまってしまう。しかし、それは第4世代型ISの定義となる。刹那が純粋な第3世代型ISである事など、造った本人が1番良く解っている。だからこそ鷹丸は、とある仮説を立てた。

 

(これは二次移行では無く……世代移行……?)

 

 あえて名づけるとするならばという段階だが、鷹丸には黒乃が刹那の世代を上げてしまったようにしか思えなかった。つまりは、刹那・赫焉という名はついているものの……コレは第1形態なのではないかとも思っている。つまりは、まだ進化の可能性を残している事すらあり得る……とも思っていた。

 

「……ダメだね。」

「何がダメなんです?」

「皆さんも違和感には気付いてるでしょうけど、僕達がアレコレ考えるだけ時間の無駄って事ですよ。どうしようもなくないですか?」

「ま、まぁ……それは確かにそうですが。」

「鷹丸さんにそう言われた日に、僕らはいったいどうすれば……?」

 

 早い話がお手上げだ。鷹丸とてより深く研究するつもりではいるが、それは一応の対処でしかない。だが、鷹丸の言葉に理はある。こんな事態は、要因があるとすれば刹那でなく黒乃の方なのだから。むしろ黒乃に関心が集まるのを避ける為だとも言えよう。

 

「記録できる物は記録しておいて、後は気にしないでおきましょう!」

「そ、そんなアバウトな!?」

「いやぁ……でも、鷹丸くんの言ってる通りにどうしようも無さそうだし……。」

「作業は僕が個人的にやっておきますから。今日の所は解散という事で。皆さん、忙しいところをありがとうございました。」

 

 何やらなかった事にしようと提案する鷹丸に対して、1人の女性研究員が思わずツッコミを入れた。解らない事があるなら解るまで……と言うのが鷹丸のスタンスだと思っていただけに驚きも大きいのだろう。本当にどうしようもなさ過ぎる案件なだけに、鷹丸はせっせと解散の音頭を取る。

 

「お~い、黒乃ちゃん。」

(鷹兄。もう作業は終わったの?)

「ちょっと二次移行うんぬんの報告をさ、IS委員会にしないとならないんだよ。資料を纏めるのは僕がやるけど、というかもう纏めてるけどね。でも一応だけど刹那の持ち主であるキミにチェックしといて欲しいんだ。」

(お、おう。そういう事なら仕方ないね。解ったよ。)

「ん、ありがとう。先に社長室に行っててよ。僕も後で追いかけるから。」

 

 研究員たちが解散を始める最中、近場に待機してもらっていた黒乃を呼び寄せる。何の用事かと待ち構えていると、なんだか聞いているだけで面倒そうな頼みをされる。黒乃の場合はIS委員会という名称が苦手なだけだったりするが……。しかし、自分がやらねば鷹丸達に迷惑がかかる。さすればやらねばなるまいと、黒乃は急ぎ社長室を目指す。

 

 

 

 

 

(しっつれいしま~……って、誰も居ないのか……。)

 

 社長室の扉をゆっくり開いてみるが、中はもぬけの殻だった。う~ん……てっきり鶫さんが、お待ちしておりました藤堂様……なんて待ち構えていると思ったんだけど。ま、目を通すだけで良いみたいだし……いちいち俺に構っとられんよね。さて、その資料ってのは……あった。接客用の机に置いてあるのがそれだな。

 

 うげっ……IS委員会に提出するという事もあってか凄まじい分厚さですぜ。まずそもそも刹那がどういった機体かってところから書き始めてるみたいだな……。……この辺りは無視しとこう。俺は目次を頼りに、刹那・赫焉についてという項目のページを開いた。

 

 そこには通常の刹那と刹那・赫焉の写真がビフォーアフター的な形式で掲載されている。よし、やっぱりこのあたりからで大丈夫そうだ。俺は高級感あふれるソファに腰掛けると、細かい文字を指でなぞりながら読み進めていく。え~と、なになに……?その多くは現在調査中であり―――

 

 そんな調子で刹那・赫焉の研究結果を読み続け、どのくらいの時が経ったろうか。集中力が薄れてきていたのか、俺にはある音が耳について仕方がなかった。ヘリコプターかな……?なんだか随分と低い位置を飛んでいるみたい。気になった俺は、社長室内の一面窓ガラスとなっている場所へと近づく。

 

 するとどうだ、少し遠くに本当にヘリコプターが見えた。この距離……もしかしてお客さんかも。近江重工本社ビルの屋上にはヘリポートもあるし。そんな事を考えながらボーっとヘリを眺めていると、ギョッとする事態が起きた。なんと、ヘリのドアを開け放ち何者かがダイブするではないか!

 

(どええええっ!?な、何やって……あっ、ウィングスーツだ……本物始めてみた。……じゃなくて!あの人……こっちに向かって来てないかな!?)

 

 ダイブした人を良く見てみると、ウィングスーツといって……まぁ要するにムササビとかモモンガみたく滑空できる装備をしていた。落下の心配はなくなったが、どうにもあの人は社長室目がけて突っ込んで来ている気がしてならない。ま、まさか……ガラスを突き破るつもりか!?

 

『ブベラ!?』

(で、ですよねー……。無理に決まってるのに何やってんだこの人……。)

 

 アクション映画じゃあるまいし、謎の人物はガラスに激突してまるでへばりつくような状態になった。そこからまるでペラリとはがれるように落ちていく、まぁ……流石に安全策をとってパラシュートとか装備してるだろ……と思っていた時期が私にもありました。下を覗くようにして観察していると、謎の人物は無様な程にもがいている。

 

(……あの人何も対策とってねぇええええっ!ヤバいヤバい!)

 

 俺はすぐさま刹那を展開。肩のレーザーブレード、疾雷、迅雷を引き抜いた。それと同時にX字にガラスを切りつける。ガラスは超高温により溶け落ちて、交差された切れ目ができる。それを確認した俺は、交差点を思い切り蹴りつけてガラスを破壊した。そのまま空中に躍り出て、OIB(オーバード・イグニッションブースト)で落ちていった人を追いかける。

 

「ぬおおおおっ!?」

(……この人、俺以上に馬鹿なんじゃねぇのかなー。ホントに何者なんだろ……っと!)

「お、おお……助かった!何処の誰だか知らんがありがとな、美人のお嬢ちゃん!」

 

 楽勝で謎の人を追い抜くと、下に回り込んで優しくキャッチした。ふむ……顔はゴーグルで隠れてるから何とも言えないけど、声は凄まじくダンディな感じ。中年~初老の男性ってところかな。まぁ何者かは後にしよう。曰くやはり社長室に用があったようで、ついでだからそこまで届けてくれと頼まれた。

 

 俺は中年のオジサンを小脇に抱えると、なるべくゆっくりというのを意識して上昇していく。そうして社長室と同じ高度まで戻ると、オジサンを掴んでいた手を放す。久方ぶりであろう地上の感覚を確かめるかのように、オジサンはよっこいせなんて言いながら立ち上がる。それと同時に俺も刹那を待機形態に戻した。

 

「いやぁ~参った参った。お嬢ちゃんが居なかったらどうなってた事かねぇ。」

(ホントですよ、だけどその言い方は反省してな―――あれ、この感じ……誰かと似てるような?)

「ふむ……それにしても、立派なモンをお持ちだなぁお嬢ちゃん。ふむ……はちじゅ……いや、90ちょうどってとこ?」

(…………あ゛?)

 

 オジサンはウィングスーツやゴーグルを外しながら、まるで反省してないような口調でぼやいてみせた。俺はその様子に何処か既視感を覚えてしまう。この……まるで反省のない感じ。それに、見た目も誰かに似てるような……。なんて考えていると、理解しがたい事態が……。

 

 胸……揉まれてね?いや、確実に揉まれてる。誰に?見知らぬオジサンにだ。サイズは大正解、俺のバストは90ちょうど。だけどんなこたぁどうでも良いんすよ……何を真正面から遠慮なく触っとりますかね。そうして次の瞬間俺の脳内に渦巻いたのは、とんでもない嫌悪感と……とんでもない殺意。

 

「うわああああっ!」

「うおおおおおっ!」

(胸っ、触った……!揉んだ……!イッチー以外の男が私の胸を!最悪……最悪っ……!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!)

「だぁっ!?ちょ、ちょっと待ったちょっと待った!タイム、とりあえず落ち着こう!オジサンが悪ぅござんした!この通り、この通りだから!」

 

 私はオッサンを一本背負いで放り投げると同時に刹那を展開。息を荒げつつ掌から雷の刃を生やした。バチバチと唸る赤黒い雷を突き付けてやると、オッサンは血相を変えて私へと謝罪をし始める。……許すと思うかな。私の身体、気安く、見知らぬ中年のオヤジに触られてっ!

 

「いったい何の騒ぎです!?」

「おお、鶫……良いところに!ただいま!早速で悪いんだけど助けてくれぃ!」

「良いんじゃないんですかね、そのまま永遠にさようならという事で。」

「わぁお、辛辣ぅ!」

「どうしたの?何か騒がし……あ、父さんお帰りー。」

 

 ガラスの割れる音か、はたまたオッサンの喚く声か。どちらのせいでとかはどうでも良いが、騒ぎを聞きつけ鶫さんが顔を見せた。2人はどうやら顔見知りのようだが、鶫さんの反応を見るにセクハラの常習犯だな……?よし、殺ろう。俺がそう決心した時、鷹兄が現れサラリと爆弾を投下するではないか。

 

(はい……?父さん?これ……鷹兄のお父さんんんんっ!?)

 

 

 

 

 

 

「……というわけで、オジサンの名前は近江(おうみ) 藤九郎(とうくろう)。よろしくな、お嬢ちゃん!」

「…………。」

「おぉう、握手も拒否……。どうしようかねぇ鷹丸ぅ、パパは早くも心が折れそうだ。」

「自業自得って言葉を辞書で引いてみようね、父さん。」

 

 鷹丸がその場を取りまとめ、とりあえず落ち着いて座ろうと提案した。怒り冷めやらぬが黒乃もそれに乗り、ソファへと座り直す。そうして正面に座った中年の男性は、ようやく自らの口で名を語る。見た目だけでいうなれば、鷹丸と合致する部分とそうでない部分が。

 

 髪の色は茶だが、鷹丸とは違い癖毛ではない。少し長めに伸ばしたそれを、束ねて纏めている。何より違うのが、それなりに筋肉質といったところだろうか。後はその態度だが、何処か鷹丸とは違った意味で飄々としていると黒乃は感じた。

 

「だってしょうがないだろぉ。ピッチピチのISスーツのせいで自己主張された大きいおっぱいがあるなら揉まない方が失礼がってもんで―――」

「とりあえず死ぬ気で謝りましょうか。というより死んでください。」

「あだぁ!?い、痛い……!社長を机に押し付けるのは止めようぜ……。」

(あ、あ~……いや、鶫さん……何もそこまでしなくても大丈夫ですから……。)

 

 やっぱり反省しているのだかしていないのだか解らない藤九郎の背後に、音もなく鶫が忍び寄る。そしてそのまま頭を掴み、容赦の欠片も見せずに机へと叩きつけた。一応は抗議した藤九郎だが、その後はとにかく済みませんと謝罪を繰り返す。そんな様子を見て、ようやく鶫は手を離した。

 

「で、まぁ言ったとおりにこの人が僕の父親ね。こう見えてもすごい人だから。けど、珍しいね……2年ちょっとで帰ってくるって。」

「ん~?まぁいろいろな。成果って言えば成果も出たしねぇ。」

「へぇ、例えばどんな?」

「おー、南米居た時の話なんだけどな。酔っ払いに絡まれてる爺さんを助けてやったわけよ。そしたらなんとその爺さん大地主でよぉ。もう老い先短い上に跡取りも居ねぇからっつーんで土地もらっちった。」

「ね?すごい人でしょ。」

 

 鷹丸にどうして帰って来たのか問われた藤九郎は、長い顎鬚をゾリゾリと触りながら語り始めた。どうやら藤九郎も無造作に失踪しているわけではなさそうだが、偶然から土地をもらうとは……。黒乃は何処か戦々恐々とした様子で藤九郎を眺める。

 

「ふふん、そんなに見つめられちゃオジサン照れちゃうぜ?」

「はいはい、僕のフォローを台無しにしないでね。それで、その土地どうするつもり。」

「いつも通り子会社設立が妥当だろうねぇ。その土地の雇用も潤って一石二鳥ってね。んでまぁその目途がたったからこうして帰って来たのよ。」

 

 適当を言っているようでその実まともな発言だ。やはりこの親にしてこの子ありという事なのかも知れない。本性で物を語らずヘラヘラと、だけれど締めるところはキチンと締める。黒乃はここでようやく鷹丸がしっかり藤九郎の血を引いているのだと確信した。

 

「それよりも、お嬢ちゃんになんか用事でもあるんじゃないの?オジサンは後回しでいいから済ましなさいね。」

「うん、解った。黒乃ちゃん、これには目を通してくれたかな。特に問題はなさそう?」

(あ、途中だったけど問題なさそうだよ。)

「そっか、じゃあ今日のところはもう大丈夫だよ。というか、急なお客さんが来ちゃったもんで。ちょっとそっちの対応が忙しくなっちゃってねぇ。」

「おいおいそう言うなよ、パパ泣いちゃうぜ~?」

「鶫さん、彼女を案内してあげて。」

 

 藤九郎は少し気だるそうにそう言うと、手早く黒乃を開放してやろうと遠回しに提案する。鷹丸もその意見に同意なようで、件の資料に関して問題等の確認をした。黒乃はぶっちゃけ流し読みだったわけだが、今は手っ取り早くこの場から脱したいというのが本音だ。

 

 黒乃が肯定を示せば、もはや近江重工にこれ以上残る必要もない。後の事は鶫に任せると、黒乃はソファから立ち上がる。そんな黒乃に対して、近江親子は2人そろって手を振った。その様子はやはりどこか似通っていて、なんだか黒乃はおかしくて仕方ない。内心でクスリと笑いながら、黒乃は社長室を後にした。

 

「……で、何処までが嘘で何処までがホント?」

「親をまるで嘘つきみたいに言うのは関心しないぞぉ鷹丸ぅ。」

「僕にしらばっくれる意味は無いでしょ。っていうか実際嘘つきだし。早く言ってくれると助かるんだけどな。」

「人を信じれないような子に育ってくれてパパは嬉しいぞ~っと……ほらよ。」

 

 黒乃が社長室の戸を閉じた瞬間、それまでの和やかな雰囲気は一変した。2人共やはり表情は飄々とした様子そのものだが、空気感が全く違う。一言ではとても表現できないが、強いて言うなら殺伐……と言ったところだろうか。そんな空気の中、藤九郎が懐からUSBメモリを投げ渡した。

 

「……なにこれ?」

「土地の話はガチだ。ずっと南米に居たってのは嘘。後の時間は女のケツ追っかけまわしてたんだが、ここ数か月はあっちこっち日本を奔走してたんだよ。可愛い息子の為にな。」

「ふ~ん……何か有用なデータって事だね。」

「早い話が証拠だよ証拠。IS委員会員の不正やら何やらの。」

 

 や~……疲れた疲れた。そんな事を言いながら藤九郎は肩をグルグルと回してみせる。何故自分の父親がそんな証拠を集めねばならなかったのか、鷹丸は脳をフル回転させて推理を開始。藤九郎は数か月前と言った。そうなると当てはまるキーワードは自ずと1つ。

 

「へぇ……なるほど、僕ってより黒乃ちゃんの為でしょ。」

「ちょっと見ないうちにより賢くなったね~お前さん。うん、マジでパパ涙が出そうだわ。」

「誰かさんに似たからね。……僕が教師してるの、誰から聞いたのさ。十蔵さん?」

「いやさ、風の噂って奴。お嬢ちゃんの事もついでにね。」

「でも有り難いよ、これで交渉が有利に進められる。」

 

 数か月前で鷹丸が関連しているとすれば、教師を始めたタイミングくらいしか思い当たる節がない。だとすると、自ずと答えは見えてくる。渡された不正の証拠は、半ば黒乃の為にあるものだと。実のところ委員会からの黒乃に対する圧力は凄まじいものだ。鷹丸が黙殺しているため大ごとにはなっていなかったが、そうも言えない事態が起きてしまう。

 

 それは刹那の二次移行。それも強大過ぎるほどの二次移行をしてしまっている。事によっては黒乃を危険分子とみなし、刹那を剥奪されていたかも知れない。しかし、この証拠があればそうとはいかないだろう。藤九郎には何処か預言者めいた面がある。集めて損はないと理由で行動していたが、ベスト過ぎるタイミングだ。

 

「……鷹丸よぉ。お前さんがこれからしようとしてる事くらいはだいたい想像がつく。なんたって俺はお前さんのお父さんだからな。」

「……想像がつくのは父さんくらいだと思ってるよ。」

「まぁそうだろうね、お互い性格最悪のゴミ屑だからな。同じレベルのゴミの考えてる事は良く解る。……好きに生きろよ、お前さんの人生だ。それが例え万人に受け入れられない生き方だとしてもな。パパは自分が思った事もやり通せねぇ本当のゴミに育てた覚えはねぇぞ。」

「そうかな……いや、そうだろうね。あそこには面白い人達が沢山居るからさ。」

 

 大事そうにUSBメモリを握りしめる鷹丸を見ながら、藤九郎はボソリと呟くようにそう言う。あまり父親らしい事を言えた立場ではないと思っているのか、本当に小さく小さく……。しかし、鷹丸には藤九郎が最高の父親としか思っていない。おかげで、こうして常識外れでいられるのだから。

 

「ところで鷹丸、社長の肩書はまだ必要か?しばらく邪魔ってんならパパしっかりお仕事するぜ。」

「いや、意外に便利だからもうしばらく貸しててよ。必要なくなったら返すけど、その頃にはまたいなくなってると思うけどね。」

「いやっハッハ、こればっかりは保証できないねぇ。世界の女達がパパを呼んでんだ。」

「また母さんに半殺しにされても知らないからね。」

 

 これもまた冗談半分。藤九郎は女好きだがそれを目的にして旅をしているのではなく、雲のように流浪するのが好きなのだ。しかし、どちらにせよ長い間妻をほったらかしなわけで……。鷹丸の言葉で妻の事をようやく思い出したのか、藤九郎は苦い表情を見せた。

 

「あ~……しばらくは日本に居るか……。何、パパとしては世界で1番朱鷺子を愛してるわけなんだけども。」

「僕に言い訳してもしょうがないでしょ。じゃ、僕は仕事に戻るから。」

「言い訳じゃないって、こればっかりはマジだよ。でもさぁ、パパとママの中を取り持ってくれても良いじゃん?なぁ聞いてるかい、我が息子~!」

 

 何やら物騒な事をされた覚えでもあるのか、藤九郎は頬を指先で掻きながら項垂れる。そんなのは僕の知ったこっちゃないと言わんばかりに席を立った鷹丸に対し、まるで子供のように接して難を逃れようとするではないか。結局のところしつこく絡まれた鷹丸は、観念して説得に参加することになったとか……。

 

 

 




名前 近江(おうみ) 藤九郎(とうくろう)
年齢 49歳
外見的特徴 長めの茶髪 顎鬚
好きな物 肉類 色っぽい女性 退屈しない物・人・事
嫌いな物 甘い物 退屈な物・事・人
趣味 放浪の旅 セクハラ 討論(理詰めならなお好き)

鷹丸の父親にして、近江重工の本来の社長。息をするようにセクハラをする事を除けば、人望・人脈と共に厚い。思い立ったら即行動な人物なせいか、定期的に失踪する。……が、実は理由なしに失踪する事の方が稀。飄々としているのは大半が表の顔で、本心は血縁関係のある者以外には決して見せた事はない。本心があるとは他人に思わせないあたり、実は鷹丸以上に闇が深い人物であろう。ちなみに藤九郎というのはアホウドリの別名。

……というわけでして、唐突に新キャラです。
鷹丸の父親ですが、出番はあるかどうか別にしてどうしても出したかったので。
というか近江一家は全員出したいです。母親に関してもいろいろと練ってますし。


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第55話 デュノア社潜入大作戦!Ⅰ

いきなりですが、今回より数話に渡ってイベントをこなします。
タイトルの通りにシャルロット関連ですね。
なんと言いますか、その場しのぎで放置するのも気持ち悪いので……。


「ん~……快適な空の旅だったね。……ってあれ?どうしたの皆、なんだか元気がないみたいだけど。」

「……自家用機チャーターされたら気を遣うに決まってるじゃないですか。」

「なんかもう、黒服の護衛みたいな人たちがいかにもって感じで……。」

 

 此処はフランスのシャルル・ド・ボー空港。そのエントランスホールで、鷹兄は背伸びをしながらそう言う。……が、俺含めた3人は全く同意が出来ない。イッチーとマイエンジェルの言う通り、近江重工の自家用ジェットである事、鷹兄の護衛らしき人達が構えていた事。この2つの要因から全く落ち着かなかった。

 

「そんな今から疲れていたら始まらないよー?」

「近江先生がそんな気楽なのがおかしいんですよ……。」

「まぁ、デュノアくんは特に落ち着かないだろうけどね。そんな暗い顔してたら、上手くいく物もいかなくなっちゃうんじゃないかな。」

 

 何をしにフランスへやって来たかと言いますと、マイエンジェルの枷を外しに来たんだ。俺達はこれからデュノア社へ潜入する。父親と会うと決心はしたろう。だがマイエンジェルが尻込みしてしまう気持ちは良く解る。それを承知の上で、鷹兄は気楽にいこうと言っているのだろう。

 

「とはいえ、僕だって気を引き締めてないわけじゃないから安心してね。僕が言いたいのは―――」

「メリハリ、ですよね?シャル、確かに近江先生の言う事にも一理あるぜ。」

「そう……だね。皆が協力してくれてるんだもん……僕が弱気になってちゃダメだよね!」

(よく言ったマイエンジェル!キミがそんなだから俺らは協力したくなるんだよ。)

 

 気持ちは楽に、だが油断はせずに。鷹兄が言いたいのは、つまりそういう事だろう。イッチーもそれを理解しているのか、言われるまでもないと鷹兄の言葉を遮る。そしてイッチーが優しい声色でマイエンジェルにそう言うと、フンス!と鼻息を鳴らしながら両手で小さくガッツポーズ。可愛い。

 

「じゃ、時間も無いし行こうか。これから人と合流しなくちゃならないし。」

「人って、これは俺達4人でするべき作戦……って言ってませんでした?」

「それはあくまで学園内での話だよ。流石に僕ら素人じゃキツイ部分もあるからね。その道のスペシャリストに声をかけておいたから。」

 

 そうやって鷹兄が移動を促すと、歩き出そうとするその背にイッチーが質問を投げかけた。鷹兄はいったん足を止めてイッチーの質問に答えると、その道のスペシャリストが知り合いに居ると言う。つまり、スパイか何か?マジで居るんだそういう人達って……。

 

 じゃあ改めてと、歩を進め始める鷹兄の後を追う。空港前のタクシーへと乗り込めば、見事にフランス語ペラペラで運転手に行先を告げた。鷹兄……何ヶ国語を話せるんだろうね。まぁそれはさておき、タクシーでの移動中はマイエンジェルの名所小話へと耳を傾けた。俺とイッチーは、しきりにへぇ~……とか、ほぉ~……とか言いっぱなしだ。俺は心の中だけどね。

 

「さぁて、着いたね。」

「つ、着いたって……ここですか?パリでも有名なカフェですけど……。」

「木を隠すなら森の中……みたいなやつか?」

「多分そうだろうと思うよ。さて、教えて貰った特徴はと……。」

 

 タクシーが止まったのは、テラス席が目立つごく普通のカフェだ。下手をすれば日本でも似たような光景を目の当たりに出来るかもしれない。その事に困惑したであろうマイエンジェルは恐る恐る鷹兄に聞くが、イッチーが先にそれらしい事を言う。しかし……鷹兄の言葉が気になるな。知り合いなのに、どうして特徴を教えて貰わないとなんだ?

 

「おーい鷹丸サーン!こっちデース!」

「ああ、居た居た。時間通りですね、グロリアさん。」

「オゥ鷹丸サン。それは前会った時の名前デース。今は……今は……そうですネ。エヴァ・マルタンとでも呼んでくだサイ!」

「「…………。」」

 

 テラス席の1つでロングヘアの金髪、深い海のような碧眼をした女性が、日本語で鷹兄を呼んだ。居た居たって言いました……?その時点で嫌な予感が全開だった俺達3人だが、鷹兄が何の躊躇いもなくその女性に近づいて行くのを見て……何とも言えない表情を浮かべるしかない。

 

 そして鷹兄は当然のように席へ着く。呆然としている俺達を眺めると、早く座りなよなんて手招きしながら言う。俺達3人は、無言で顔を見合すと……恐る恐る席へと着いた。そんな俺達の様子を、金髪碧眼の女性はニッコニッコしながら見守る。

 

「じゃあ紹介するね。この人、僕のちょっとした知り合いでスパイやってるんだ。今回はエヴァ・マルタンって名乗ってるみたいだよ。」

「み、みたいだよって……あまり意味がよく解からないんですけど。と言うか、ちょっとした知り合いでスパイっていうのも良く……。」

「ンー……説明するとですネー。ワタシ、本名も国籍も何もかもこの世界に存在しませン。所属してる組織の同僚とかも、だいたいワタシと同じ感じデス。」

「僕ですら本名も素顔も知らないんだよねぇ。唯一解るのは性別くらいで……。……女性ですよね?」

「トップシークレットデース!」

 

 とんでもねぇ事をサラッと言いやがりますよこの大人達。エヴァさん……そんな軽いノリで自分達はこの世に存在しない人間だなんて言わんといて下さい。ほら見なよ!開始1分なのにイッチーの脳ミソがオーバーヒートを始めているんですよ!?

 

「その口調……今回は似非外国人ってところですか?」

「YES!イグザクトリー!誰もこんな頭悪そうな女スパイ思いまセーン!」

「そ、そうか……いつもその口調なわけないよな……。な、なんだか混乱する……。」

「演技だとすれば凄いよね。僕もこのくらい出来ればバレずに済んだのかなぁ……?」

 

 大声でスパイスパイ言ってて大丈夫なんですかねぇ……(困惑)もうなんだか俺やイッチーは着いて行け無さそうだ。かと言って、作戦会議とかもするかも知れないんだし……意識を集中させておかなくては。そう思った俺はエヴァさんに視線を集中させる。

 

「え~……ウォッホン!ワタシと鷹丸サン、まぁ……ぶっちゃけ皆サンには言えない縁なので、そこはお気になさらズ。ワタシ達、鷹丸サンに潜入用の機械モロモーロ……沢山力貸して貰ってマス。ワタシ達の生存率、グイグイ右肩上がりデス。」

「持ちつ持たれつ……って事で良いんっすかね?」

「イエース。鷹丸サン、ワタシにお仕事頼みまス。ワタシ、機械の提供してもらいまス。ですが、今回は例外ですヨ。鷹丸サン困ってる聞きましタ。ワタシ、デュノアサンの力なりまス。」

「あ、ありがとうございます!」

 

 俺がエヴァさんをジッと見ていたせいか、そんなの良いから早く話を進めろや……という意味で捉えられたらしい。エヴァさんはわざとらしく咳払いすると、ほとんど何もわかりはしないが、鷹兄との繋がりを語ってくれた。……変にカタコトで聞き取り辛いとか言ってはならない。

 

「今回の件、妥協一切なしデス。鷹丸サン、デュノアサン……言い訳全然効きマス。けど……一夏サン、黒乃サン……貴方達そうはいきまセン。」

「方や日本代表候補生。方や世界で唯一の男性IS操縦者……だからねぇ。」

「妥協……。だからって、人殺したりはしませんよね?」

「映画の観すぎですヨ?一夏サン。人殺すスパイ一流言えまセン。」

 

 そりゃそうだ……仮にも日本所属の俺が加担している事がばれたらと思うと……。イッチーも半分日本所属みたいな扱いになってるから同じく。妥協しないと言ってくれるのは有難いんだが、それは手段は問わないと言う風にも聞こえた。それが気になったらしいイッチーが質問するが、すさまじい正論が帰ってくる。

 

 スパイなんて、本来はすっごく地味~な仕事に決まってるよな。周りに溶け込むと言うか、自分を殺すと言うか。でも今回は1発勝負に等しい……。だから妥協ナシってところかな。……その変装は個性ありまくりんぐなんですけど本当に大丈夫ですか?

 

 俺はいつの間にやらエヴァさんの事をジーッと見つめてしまう。やっぱり睨んでいるとか、そんなマイナスイメージを思わせるらしい……。人の反応とか見るのは特化している俺だ、エヴァさんの汗にはすぐ気が付いた。いやぁ……なんか申し訳ないです。

 

「とにかくですネ、皆サンの安全保障しまス。ですが、それにはまず作戦会議欠かせませン。」

「じゃあ、成功させるべく作戦会議を始めましょうか。」

 

 口調はともかくとして、エヴァさんは何処か真剣な面持ちでそう言った。そこのあたりはエヴァさんのプロ意識だろう。とはいえ……俺達も失敗は許されないんだからしっかりやらないとな。俺達3人は鷹兄の言葉に首を頷かせると、集中力を高めて作戦会議へと身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 フランスはパリの北西部の大通りに位置する大通り、シャンゼリゼ通り。フランスで最も美しい通りとされ、世界的に見ても観光名所の1つだろう。人ゴミの激しいシャンゼリゼ通りを、とある目的があってフラフラと進んでいた。私は小汚い格好をした男と肩をぶつけるふりをして、その一瞬にマイクロチップを受け取る。

 

「すみません。」

「いえ、こちらこそ。」

 

 面倒な事だが、私達のしている仕事柄必要な事だ。何気ない日常に潜むには、こうして演じながら生きていかなければならないから。小汚い男へ謝罪を述べると、特に何を言われるでもなく立ち去って行く。と言う事は、他に補足事項は無いと思って良いらしい。何かあれば、怒ったふりをしながら私に何かを伝える手筈だ。

 

 目的を達成した私は、現在の住処にしている安っぽいマンションへとすぐさま帰った。そして部屋に入ってまずやる事は、監視カメラと盗聴器が仕込まれていないかの確認だ。文字通り隅から隅までを確認するが、特にそれらしい物は見当たらない。……が、目視で取りこぼしがあると一巻の終わり。

 

 私はポケットから携帯電話を取り出すと、とあるアプリを起動する。それは磁場を感知するアプリで、彼の援助で完成した物だ。見覚えのない反応は……なし。ここで私はようやく安心した。とはいえ面倒な事には変わりなく、小さく鼻を鳴らしながらマイクロチップを取り出した。

 

 それを携帯へ挿入すると、空間投影型のディスプレイが表示される。複雑に暗号化されたパスワードを解除していくと、ようやく今回の任務の内容へと辿り着いた。しかし……随分と厳重な事だ。何か大きな仕事になるのかも知れない。私は拭いきれない嫌な予感と共に、任務の内容が書かれたファイルを開く。

 

「これは―――」

『任務概要 ターゲットの監視』

「クロノ・トウドウ……。」

 

 ターゲットとして映し出されているのは、いかにも日本人らしい綺麗な黒髪をした少女。名は……恐らく知らない人物の方が少ないはず。そんなビッグネームがターゲットと言う事もあってか、私は思わず彼女の名を呟いた。この依頼は……また厄介な事になりそう。

 

 詳しい内容としては、彼女が不穏分子であるかないかの判断。大方、彼女を女尊男卑を覆しかねないジョーカーと思っているIS委員会あたりからの依頼だろう。ただ、彼女が篠ノ之 束と同等に警戒すべき人間である事もまた確かである。私達の仕事は、一応世界の安寧の為に動く事だから。

 

 しかし気に入らない。彼女が警戒すべき人間であるからと言って、それを大義名分にして監視しろなどと。警戒すべきと判断しても虚偽の報告をしてやろうか。いや……それをやると間違いなく私は消されてしまう。さて、彼女はIS学園に所属しているわけだが……。孤島に等しいIS学園で、どうやって彼女と接触すれば良いだろう。

 

ピリリリリ……

「!? ……もしもし?」

『どうも、鷹丸です。』

「なんだキミか……。驚かせないで頂戴。」

 

 ふと、フランスに潜伏中に使う私用の携帯電話の方が着信を知らせた。ディスプレイを確認すると、そこには非通知の文字が。私はフランスに長期旅行中という体で生活している。友人らしい友人も居ないので、こちらの携帯に電話がかかって来る事はまずない。警戒して出てみると……その必要は全くなかったらしい。

 

「キミは毎回、どうやってこっちの電話番号を調べているの?」

『企業秘密でお願いします。ところで、仕事……お願いしても良いですか?』

「……聞くだけ聞きましょう。」

 

 声の主は近江 鷹丸。世界を誇る近江重工の御曹司だ。それでいてただのボンボンではなく、天才の名をほしいままにしている男。先ほどのアプリも彼が開発した。私と彼の間にある縁のおかげで、彼には様々な面で私達の仕事をサポートして貰っている。

 

 新開発したガジェットがあれば、彼は私に1番早く声をかけてくれるのだが……仕事の依頼は随分と久しい。詳しく話を聞くと、どうやらフランスのデュノア社への潜入を手伝って欲しいようだ。なんでも、御令嬢と社長の因縁に決着をつける為だとかなんとか……。

 

『……という事なので、どうか貴女の力が借りたいんです。』

「解ったわ。貴方には沢山の借りがあるもの。」

『ありがとうございます。それじゃあ日取りは―――』

 

 先ほど仕事が舞い込んできたばかりだと言うのに、私は二つ返事で彼の依頼に応じた。これには勿論だが理由というものがある。藤堂 黒乃は、近江重工製の専用機を扱っている……とだけ言えば解るだろう。彼の依頼を手伝っておけば、ターゲットとの接触も比較的容易になるはずだ。

 

 まぁ……向こうも私が打算ありで依頼を受けているのはお見通しだろうけど。残念ながら私はそこまで暇じゃない。とにかく、運命的とも言っていいほどに都合は良かった。私は彼と言葉を交わしながら、スラスラとメモ帳にペンを走らせた。

 

『それで、織斑 一夏くんと藤堂 黒乃さんも参加する事になってますから。』

「その2人は必要かしら。」

『ええ、彼らなくして成功なしだと僕は思ってます。』

 

 織斑 一夏の方は割とどうでも良いが、藤堂 黒乃が参加してくると聞いて動揺した。が、こんな事でそれを露呈させていたらスパイ失格である。私は特に何も感じてはおらず、邪魔になるのではと質問したように取り繕う。これで99%の人間は騙せるだろうが、彼相手には無意味に等しいけれどね。

 

「貴方がそう言うのならそうなんでしょう。」

『ご理解いただきありがとうございます。あ、それともう1つ。』

「何かしら?」

『黒乃ちゃんに余計な事しようとしてるなら、止めておいた方が良いと思いますよ?』

「……それは、貴方が私に何か仕掛ける事になる……と解釈すればいいの?」

『いいえ、僕は何も。大切な友人にそんな事はしませんよ。ただ……貴女だって知っているはずだ。』

 

 話し合いが終わりに向かおうとすると、彼は私にそう告げた。……やっぱりばれていたようだ。何の事かしらと言っても無意味なのならば、諦めて質問に質問で返す事にした。すると彼は、皆までは言わないが私に彼女の噂を知っているだろうという旨を伝える。……黒き翼の八咫烏。だけれど、彼女がそう呼ばれているからこそ見極めなくてはならないのだ。

 

「御忠告どうも。けれど、こっちも仕事なのよね。」

『でしょうね。まぁ……内容は聞きませんけど。』

「……もう良いかしら?」

『はい。お時間取っちゃってすみませんでした。では、よろしくお願いします。』

 

 あくまで私の仕事は彼女の監視。尋問とかでは無いし、彼女に直接的危害を加える事はしない。それを話せばなんだそんな事かと拍子抜けされるだろう。けど、そんなプロ意識に欠ける行為は認められない。仕事だから我を通すしかないと返せば、彼は特に何を言う訳でもなく通話を終了させた。

 

「はぁ……面倒な事になったわ。とりあえず……この顔は使えないか……。」

 

 今の私は使えないとなると、その日限定……たった1度しか使えない顔でいくしかない。ようやくこのクールキャラにも慣れて来たのだが。時々だけど何を演じているのか解からなくなるのが問題だ。当日はゴチャゴチャになって変な事にならなければ良いけど……。

 

 

 

 

 

 

「おーい鷹丸サーン!こっちデース!」

「ああ、居た居た。時間通りですね、グロリアさん。」

「オゥ鷹丸サン。それは前会った時の名前デース。今は……今は……そうですネ。エヴァ・マルタンとでも呼んでくーだサイ!」

「「…………。」」

 

 というわけでして、ワタシが思いついたのはこんなキャラデス。これなら早々キャラ被りしないし、何より完全に使い捨てできマス。ワタシはいかにも元気な様子で、待ち合わせ場所に現れた鷹丸サン達に手を振ル。これだけ大きな声で呼べば、すぐさまワタシと理解してくれたみたいデス。

 

 鷹丸サンはワタシの名前を呼びますが、言った通りに前会った時のものデス。確か……アメリカに居た時の名前ですネ。そこまで考えて、このキャラに名前を定めてなかったと思い出しましタ。こんな使い捨てキャラなら適当で構いまセン。パッと思いついた名を名乗る事にしましょウ。

 

 ワタシと鷹丸サンのやり取りを見てか、本当にコイツ大丈夫かみたいな目で見てくるのが2人。片方は織斑 一夏サンで、片方は例の御令嬢ですネ。藤堂 黒乃サンは……解かりませんネー。見た目である程度は考えを読めるだろうと踏んでいましたガ……。

 

 その後はしばらくワタシと鷹丸サンの繋がりや、ワタシ自身の紹介を色々と話す事になりましタ。どうせ同じ顔で2度と会う事は無いだろうから、無意味に等しいんですけどネー。そして話はやがて、ワタシが今回どういうキャラなのかと言う事を説明しなくてハ。絶対に一夏サン達、ワタシが常日頃からこんなだと思ってマス。

 

「その口調……今回は似非外国人ってところですか?」

「YES!イグザクトリー!誰もこんな頭悪そうな女スパイ思いまセーン!」

「そ、そうか……いつもその口調なわけないよな……。な、なんだか混乱する……。」

「演技だとすれば凄いよね。僕もこのくらい出来ればバレずに済んだのかなぁ……?」

 

 鷹丸サン……ナイスフォローデス。やはりお2人は勘違いしていたみたいですネー……。演技とは別に違うのですが、今回そこは言いっこなしデス。というかなんでしょうねー……御令嬢サン、そもそも人を騙す事に関して向いて無さそうに見えまス……。デュノア社長は、どうして彼女を日本へ―――

 

(…………!?)

 

 見られてマス……凄く黒乃サンに警戒されてマス……。確かにワタシはスパイなんてやってますけど、御令嬢サンに協力しているわけですから……間違いなく味方デス。なのに何故、どうして彼女はワタシを警戒しているのでショウ。鷹丸サン、貴方余計な事を彼女に言ってはないでしょうネ。

 

 いえ……鷹丸サンの性格上、それはありえないと見ていいはズ。でしたら考えられる可能性はただ1ツ……。彼女は、本能的にワタシが自分を監視していると悟っていル……。……ワタシの考え過ぎならば良いのですが、何やらこの子はそうだと思わせる気迫のような物がありますネ……。

 

「…………。」

(My God……。ガン見言う奴デース……。)

 

 ワタシ、ボロ出してないはずです……そこは絶対的自身有りまス。ですが、どうして黒乃サンは話が進むにつれてワタシをジッと見てくるのですカ……。冷や汗……どころか、ワタシの頬に汗が伝いましタ。ワタシもこの業界長いです……修羅場も数多くくぐって来ましタ。ですが、汗出る経験初めてデス……。

 

 それも対面しているだケ。それだけでこんなプレッシャー感じる……とんでもないデス。これは本当に、ワタシの目論見はお見通し思った方が良いですネ……。しかし、仕事放棄するわけにはいきまセン。今回の仕事……御令嬢サンの件含めて、なんだか大変な事になって来ちゃいましタ……。そう軽く後悔するワタシがいまス……。

 

 

 




黒乃→今回ばっかりは真剣に話を聞かなくちゃ!
エヴァ→なんかスッゴク警戒されてマース!?



藤堂 黒乃氏 セカンド・シフト達成か

 日本国代表候補生 藤堂 黒乃氏が、セカンド・シフトを成し遂げたとの報告が寄せられた。現在の近江重工社長代理である近江 鷹丸氏によると「詳しくは明かせないが、確かに彼女は次なる段階へ上り詰めてみせた」「日本のこれからにとって、大きな躍進となるだろう」と語る。
 一方IS委員会側は快く思っていない模様。以前より藤堂氏を危険視する発言を重ねてきた委員会会長は「資料を社長代理から頂き拝見したが、個人が持つには危険すぎる力を手にしてしまっている」「今後本格的に藤堂氏の専用機剥奪も検討する必要がある」との事。
 会長がそう語る背景には、藤堂氏を女尊男卑を覆すジョーカーとなるのを恐れているという事が伺える。事実、これにより藤堂氏はより男性の支持を確固たる物とするだろう。真っ向から食い違う近江氏、会長の意見。今後両者の動向が注目される。




外部における黒乃の扱いが解りづらいとの意見を頂きました。
それに伴って、ネットニュース風に経緯を書いてみたのですがどうでしょう?
必要、不必要かは別にしまして、とりあえず試験的に継続させて下さい。
毎回必ず載るという事でもございませんので。


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第56話  デュノア社潜入大作戦!Ⅱ

デュノア社潜入大作戦パート2です。
あと1話で決着がの予定なのですが、ここで切って来週続きというのもアレなので……。
という事でして、月曜日まで続けて更新しようと思います。


「では、ワタシ達するべき事を確認しまス。はい、一夏サン!」

「え、えっと……。まず俺達が先に清掃員として潜入。監視カメラに障害を起こさせて、最後にコレを仕込んで終わり……で良いんですよね?」

「YES。割とやること自体は簡単デス。」

 

 作戦会議を終えた俺達は、鷹兄達とは別行動となっている。現在は、清掃会社の社用車らしい大型のバン内にて再度作戦の確認をしていた。……清掃会社には、袖の下を渡したりしたのだろうか。エヴァさんも暴力は最終手段と言っていたけど、賄賂は賄賂でどうなんでしょうかね。

 

「ところでですけど……1つ問題ありまス。」

「始める前から何か問題が!?エヴァさん、それっていったい……。」

「それはですネ……。黒乃サンのダイナマイトバディが隠しきれてない事デース!」

 

 エヴァさんが急にシリアスな雰囲気を出すから何事かと思ったが、俺を指差しながらそんな指摘をされた。既に清掃員の服装に着替えてはいるが、確かに胸のとこがキツイなぁとは思ってたけど。イッチーからすると予想外な事のようで、お笑い芸人よろしく盛大にズッコケた。

 

「いやいや、重要な事ですヨ?変装する際特徴なければないほどベストです。黒乃サンのお胸、明らか浮いてマス。」

(へ~……そんなもんなんだ。)

「お、おもむろに寄せて上げるな!女の子なんだから自重しろ!」

「仕方ありませんネ……。黒乃サン、布巻いて抑えちゃいまショウ。」

 

 男なら思わず目がいってしまうバストってのは自覚がある。けど、まさか潜入の邪魔とかは考えもしなかった。そう思ってついグイッと両腕で支えるように寄せて上げると、イッチーは顔を真っ赤にしながら止めろと言うではないか。……なんだか、ここのところイッチーのリアクションがおかしい気がするなぁ。

 

 とにかく、俺は特に正体がばれてはいけない。念には念をと言う事で、サラシのような物を巻いて対処する事に。当然ながら車内で行うわけで、イッチーには明後日の方向を見ていてもらう。俺がエヴァさんに巻いて貰っている間、イッチーはずっとブツブツと何か言っていた。頑張れ俺、想像するな俺……とか言ってたような。

 

「か、完成デス……。本当に大きいですね……てこずりましたヨ。」

(い……息がし辛い……。というかコレ、ドMの俺にはいろいろまずいような気が……。)

「黒乃……息が苦しいのか?辛いだろうけど、正体がばれるより全然良いから我慢しような……。」

 

 あ、すんません……確かに息は苦しいんですけど、はぁはぁ言ってるのはどっちかというと若干の興奮を覚えているからでして、そんな心配されるとなんか申し訳ないと言いますか。イッチーがそうやって優しく俺の背中をナデナデするもんだから、同意の意味を込めて首を縦に振っておく。

 

「じゃあ……後コレ被って完成デス。」

「おお、映画で見た事あるぞ。」

「基本中の基本だったりしまス。ちょっとテクニック効かせて二重に被ったりもしますネ。」

「なるほど、すぐ下の顔が本物だと思わせるんですね。」

 

 エヴァさんが俺達に渡したのは、まるで人の顔の皮みたいな覆面だ。ル〇ンだったり怪盗〇ッドだったりが使っているのが有名かな。でも……それこそ本職の人達みたいに声は変えられない。覆面の様子を見るに、これは中年ほどだ。俺はそもそも喋れないが、イッチーは声を出したらアウトに近い。

 

「ああ、一夏サンはこれもどうゾ。変声機ですから何処か口元付近に仕込んで下サイ。」

「フィクションの中でしか見ない物が次々と……。」

「鷹丸サン、そういうの実現化させるの得意デス。まぁワタシはセルフで可能ですけどネ。」

 

 あ~……潜入用にいろいろ作って貰ってるって、つまりはそういう事か。だったら監視カメラ無効化も、社長室周辺に設置するこれとかも鷹兄お手製ってこった。マジですげぇな鷹兄。別に侮っているわけではないんだが、どうしても日頃の態度を見ていると凄さが垣間見えないというか……。

 

「では……覚悟はよろしいでしょうカ?もう後戻りできませン。」

「大事な友達の為ですから、覚悟なんて前からできてます!」

(言うだけ野暮って奴ですよ。)

「……解かりましタ。ワタシ、もう何も言いまセン。そろそろ時間ですから……行きまショウ。」

 

 基本的にビビりでヘタレな俺だが、流石にフランスに来てまで尻込みする事はない。何よりイッチーの言う通り、マイエンジェルを真の意味で助ける為なのだから。威勢よく答えるイッチーと、無言をもって答える俺。そんな俺達を見てか、エヴァさんは力強く頷いてみせる。そして、エヴァさんを先頭に意気揚々と車外へと飛び出た。

 

 

 

 

 

 

「……そろそろ時間だね。じゃ、行こうか。」

「確認とかしなくて大丈夫なんですか?」

「うん、向こうから反応が無い限りこっちからの接触は避けないと。」

 

 黒乃達が先に潜入してしばらく。鷹丸とシャルロットは、別に用意されていた高級車の社内にて、自分達の行動開始時間を待っていた。シャルロットも覆面、変声機、黒髪のウィッグ、カラーコンタクトを着けて完璧な変装だ。だが、自分達が完璧でも……黒乃達が上手くやっていないと全てが台無しとなる。

 

 向こうから準備が整ったという報告が無いにしても、アポを取っているせいで行動開始の変更は効かない。鷹丸としてはエヴァを信用しているので、特に不測の事態は起きていないと想定していた。シャルロットは少しばかり不安そうだが、鷹丸にそう言われては同意せざるを得ない。

 

「これからしばらく常盤さんって呼ぶけど、しっかり反応してよね。今のキミは僕の秘書なんだから。」

「あっ、は……はい!」

 

 シャルロットは、鷹丸に同行した社長秘書という体で此処に居る。常盤と言う苗字は、本来の秘書である鶫から流用しただけだが。そうして2人はデュノア社に足を踏み入れると、受付へと真っ直ぐ向かってアポの確認を取った。実際に鷹丸が訪れるのは事実なので、すんなり通される。

 

 もっとも来社した目的は商談なんかではなく、知っての通りシャルロットと父親を引き合わせる為だけのものだ。とにかく、2人は受け付けも同行しつつ社長室へと案内される。位置は当然のように最上階で1番奥。シャルロットは、訪れたのが初めてでは無いだけに妙に懐かしく感じた。

 

「社長、近江様とお連れの方がいらっしゃいました。」

『そうか……。通してくれ。』

 

 受付嬢が扉越しにそう告げると、中からは渋めの声が聞こえた。シャルロットからすれば、紛れもなく実父の声。内心たじろいでしまうが、なんとかそれを抑え込み鷹丸と共に入室する。2人の姿を確認したデュノア社長は、デスクから立ち上がって歩み寄る。

 

「近江重工社長の近江 鷹丸さん……ですね?会えて光栄です。私がデュノア社の社長、アルフレット・デュノアです。」

「これはご丁寧にどうも。ですが、僕のような若造にお気遣いなく。所詮は社長代理ですし……。」

「貴方の噂はかねがね。十分に敬意を払うべく人物であると認識していますよ。」

「そうですか、有難うございます。あぁ……こちら、僕の秘書をやってもらっている。」

「常盤 鶫と申します。」

「ええ、よろしく。」

 

 焦げ茶の髪色に翠色の目をした男は、アルフレット・デュノアと名乗った。明らかな年下である鷹丸に対して敬語で接するが、決して下手に出るような印象は受けない。自分に対して敬意を抱いているという言葉も、本心からであると鷹丸は考える。母国語でなく日本語で喋っているのも証拠の1つだろう。

 

 そして肝心なのは、シャルロットの変装が見破られるかどうかだ。様子を見るためにシャルロットに挨拶させたが、全くと言っていいほど気付いていないらしい。それはアルフレットが薄情なのではなく、まさか娘が変装して訪ねてくるなど想像もつかないからだ。良い調子に2人は、何の問題も無くソファに座らされた。

 

「それで、商談があって私の元を尋ねたとの事ですが。」

「無礼を承知で言いますが、現在のデュノア社は経営不振にある。それはイグニッション・プランの影響で資金援助が受けられない背景が大きい……違いますか?」

「いいえ、全面的に肯定です。その点、イギリスとドイツには大きく差をつけられてしまっている。イタリア製の機体であるテンペスタが台頭した暁には……ウチはどうなるか解った物ではない。」

「オフレコでお願いしたいんですが、だからこそ僕はイグニッション・プランに関して良いイメージが無いんです。本当は資金面で辛い国家にこそ援助をすべき……。そうすれば、世界の技術はもっと躍進すると僕は思います。」

 

 ここまで鷹丸が語っているのは、あくまで本心である。シャルロットにもほぼ同じ内容の話をした。そうでないと、こちらの目的を見透かされると鷹丸は考えている。鷹丸には、アルフレットが無能であると思えない。実際に本人を目の当たりにして、そのイメージはますます強くなった。

 

「僕らにはそれなりの実績と、その実績で得た利益があります。そこで僕が考えたのは―――」

「こちらが資料になります。」

「…………。資金援助に技術提供……!?失礼ですが、そちらに何の利益があってこのような話を?」

「金持ちの道楽……と思っていただいても結構ですよ。僕は自らの欲求を満たすためには、金に糸目はつけない主義なんです。」

 

 シャルロットが差し出した資料を受け取ると、アルフレットは目を見開いた。何故なら、そこには無償で資金援助と技術提供をデュノア社にするという風な内容が書かれていたからだ。鷹丸の想いは本物だが、企画書は真っ赤な嘘だ。流石に自由な会社経営がウリと言えど、こんな相談を幹部達として意見が通るはずもない。

 

「……この話、イタリアの方には―――」

「いえ、まだこちらにしか。デュノア社も現状は別として、射撃型量産機としてラファールを開発した実績がありますから。試験的……と言えば気に障るかもしれませんけれど。まぁ……先行投資だとでも思って下さい。」

「貴方は……それで確実にこちらへ利益が出ると?」

「はい、出るでしょうね。それこそ実績の裏付けですよ。近江重工の利益は……全部僕の頭(ここ)に詰まってますから。」

「…………。申し訳ない、少しだけ考えさせていただきたい。」

 

 鷹丸は自分に自信を持ってはいるが、自意識過剰なんて事は全くない。この会話の中で尊大な態度を崩さないのは、こちらに利があるからこそだろう。どこか高圧的に話を進める事によって、双方の力関係をハッキリさせるという交渉においては常套手段を用いているのだ。

 

 そしてアルフレットは目元を押さえるような仕草を見せると、鷹丸の了解を得ずにデスクの方へと移動した。そしてノートPCを操作して、何やら深く考え込んでいる様子だ。時間稼ぎとしては十分。鷹丸は内心でほくそ笑むと、タイミングよく携帯が鳴った。

 

ピリリリリ……

「おっと失礼。……出ても構いませんか?」

「勿論。こちらも失礼しているのですから当然です。」

「ではお言葉に甘えて。……もしもし。」

『鷹丸サン、準備整いましタ。けど、そう長く持ちまセン。手短にお願いしまス。』

「……了解。」

 

 どうやらエヴァに引き連れられた工作班は、事を上手く運んだらしい。真剣に悩んでいるアルフレットには申し訳ない気でいっぱいだったが、鷹丸は準備が整った事で早速だが作戦を実行に移す。携帯を操作すると、エヴァ達が社長室周辺に仕掛けたある機械を作動させ……アルフレットへと話しかけた。

 

「デュノア社長。僕は貴方に謝らなければならない。」

「…………それはどういう意味でしょう。」

「それは今に解ります。さぁ……もう良いよ。」

「……解かりました。」

 

 鷹丸の言葉に、アルフレットはとてつもなく怪訝な表情をを見せた。嘘の商談を持ちかけた事や、変に期待を持たせた事だってそうだろう。しかし、それでも鷹丸は止まらない。何故なら今の鷹丸は楽しくて仕方がないからだ。非現実的な企業への潜入任務を体験できているのだから、鷹丸が興奮しないはずがない。

 

「久しぶり……お父さん。」

「シャルロット……馬鹿な、貴様!?」

「とある原因で彼女の正体を知ってしまいましてね。事情を聞いた末に僕が提案したんです。キミ達親子の話し合いの場を、僕が整えてみせる……とね。」

 

 正体を晒したシャルロットに対し、アルフレットは動揺をまるで隠せないでいる。鷹丸はアルフレットが冷静でない内に、そんな事を言い出した。恐らくは、責任は全て自分にあると印象付けさせる為の処置だろう。だからこそあの前フリだったのかと、アルフレットは鷹丸を睨みつける。

 

「くっ……!」

「ああ、言っておきますけど……無駄な抵抗は止めた方が良いですよ。この空間で貴方は電話をする事が出来ない。」

「…………!」

「逆に、外部から貴方への通信は全て―――」

ピリリリリ……

「僕の携帯に繋がるようになってますから。」

 

 これぞ工作班が社長室周辺に仕掛けた装置の効果だ。電波障害を発生させ、更には通信先も思いのままに操れる空間を作り出す。鷹丸の携帯が無事なのは、特別仕様であるから。実際に受付嬢からの着信が鷹丸の携帯に届いたのを見て、その言葉に嘘は無いと確信した。

 

 変声機を使ってアルフレットの真似をすると、しばらくは社長室周辺に誰も近づけさせない事、しばらくは電話もかけない事を伝える。これでアルフレットは、事実上外部への連絡手段を断たれたのも同然だ。苦い顔と余裕の笑みが1室に混在する。

 

「監視カメラで私の異変に気が―――」

「つきませんよ。今ごろ監視カメラには、僕らが真剣に話し合っている様子しか映っていないでしょうから。」

 

 こちらも工作班が仕込んだ事で、動いたのはエヴァだ。あのバカげたキャラで監視カメラのモニタールームに誤って入ってしまったかのように取り繕う。その際に同じような機械をさりげなく設置し、後は鷹丸が起動するのを待つ。監視員が唯一気が付いた異常と言えば、モニターにノイズが走った程度の事だろう。

 

「……誑かされたか?私を陥れる為に!」

「違うよお父さん!僕は……ううん、私はただお父さんと話したいだけなんだ!」

「話す……何をだ?」

「どうして私が産まれたのか……。私は……お父さんとお母さんが、愛し合って産まれた子なの?」

「ハッ!何かと思えば……そんな馬鹿げた事の為にこんな愚行に走ったのか。ならば答えてやろう……。お前の母など1夜限りの火遊びに過ぎん!まさかガキが出来てしまっていたとは思わなかったがな……。言わばお前は不倫の証拠のような物だ。」

「そ、そんな……!」

 

 追い詰められた状況であろうアルフレットは、それまでの紳士的な様相をかなぐり捨てて喚いた。あまりにも清々しく放たれる侮蔑の言葉に、シャルロットは絶望したかのように顔色を蒼白い物へと変えていく。これには鷹丸も、少しだけ表情を厳しい物に変えてアルフレットを見据えた。

 

「だからこそ、自身の扱いで察したろう!?だからこそ利用しようとしたんだよ。デュノア社再建の礎となって貰うべくな。だが……それがこの様だ!お前のような汚点でも少しは役に立つと思っていたが……所詮は私の言葉に騙されたような愚かな女の産んだ子だと言う事だったようだな!」

「そんな……そんなのってないよ……!お母さんは……ずっとお父さんの事を……!」

「そんな女だから愚かだと言ったんだ。シャルロット……貴様は私の所有物だ。解ったなら大人しく―――」

「嘘。」

 

 その時だった。空気を斬り裂くような、そんな声が社長室に響き渡る。嘘。そのたった一言には、どんな意味が込められているだろうか。それは単純明快。アルフレットの言葉が全て嘘であると言う事。まるで全てを悟ったかの如く、そんな声色で嘘と発声したのは……藤堂 黒乃だった。

 

「へ……?く、黒乃……なんで素顔を晒してるの!?」

「本当……嘘って言いたいのはこっちだ。黒乃ちゃん、キミはどういうつもりで―――」

「…………。」

「……いや、キミの事だ。何か考えがあるんだろう?それなら僕は何も言わないよ……。」

 

 手筈通りに清掃員の格好をしているが、黒乃の顔は素顔そのものだった。何度も言うが、黒乃は日本国の代表候補生である。そんな黒乃が今回の件に加担したとなると、デュノア社長はどう出るか解った物ではない。それでもこの場で素顔を晒していると言う事は、鷹丸には何か考えがあるのだと思わせた。

 

 黒乃の独断を良しとしない表情を見せた鷹丸だったが……それは止めた。黒乃の思う通りに、黒乃の好きなようにさせるのが1番と判断したのだ。それに肯定も否定もしないが、黒乃はしっかりとした足取りでゆっくりとアルフレットへと近づいて行く。

 

「藤堂 黒乃だな……?貴様、こんな事に力を貸してどうなるか解っているのだろうな!?」

「嘘。」

 

 黒乃は我を通す。まだこちらの質問に答えていないと、そう主張するかのように同じ言葉を繰り返した。迷いのない真っ直ぐな瞳……。呑みこまれそうな黒色の瞳に、アルフレットは徐々に毛色の違う動揺を見せ始める。そしてアルフレットは……嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

(よぉし……これで最後だな。)

 

 遡る事数分前。黒乃は一夏と手分けして、社長室を取り囲むように通信障害を発生させる装置を取り付けていた。ほんの小さな正方形をしたチップのような見た目で、壁に貼り付ける事が出来る。しかも壁の形状に合わせて保護色する機能も備えているのだ。あまり長く持たない仕様だが、気付く事はまず不可能に近い。

 

 自分が担当した最後の箇所に装置を張り付けると、黒乃はすぐさま撤収の準備をする。ちなみにエヴァは、モニタールームへ潜入している頃だ。つまり、先に黒乃と一夏が合流する手筈になっている。黒乃は人の目が無いか確認しつつ、合流ポイントへと向かった……のだが。

 

(あるぇ~……おかしいな?確かこの道順であってるはずなんだけど……。)

 

 社長室のあるフロアは、どこか似通った見た目の通路が続く。早い話が黒乃は……迷子になってしまったのだ。迷子というのは焦りからくる要因も大きく、同じ道を行ったり来たりしてしまっている事にも気づけない。ようやく迷った事を自覚した黒乃は、苛立ちと共に被っていたウィッグを地面に叩きつけた。

 

(ええい、社長室とか会議室しかないくせに……何でこんなに広いんだよこのフロアはああああ!)

 

 デュノア社の規模に文句を言い始める始末である。そもそも黒乃は迷子になり易かったりするのだが、そこに関して本人はあまり自覚はしていない様子だ。しかし、潜入任務であるこの状況で焦り過ぎるのは良くない。そうは思っているのか、息がし辛い状態ながらも呼吸を整える。

 

(落ち着け、落ち着けよ……。落ち着いて今やれる事をしよう……。……顔痒い……。)

 

 落ち着いているようで全然落ち着けてなどいない。それこそが中の人クオリティである。焦った拍子に汗をかいて、それが蒸れて覆面をしていると頬が痒かったのだろう。そこで顎の方から覆面の内側へと指を滑り込ませ、器用に頬を掻くのだが、そんな事をすれば……覆面が千切れるのも必至である。

 

(ほわああああっ!?ち、千切れたああああっ!)

「…………!」

「…………!」

(あ、足音と人の声!?社長室のあるフロアには誰も近づけさせない段取りじゃ……。)

 

 薄い皮膜程しかない超繊細な覆面だ、無理をして伸ばしたせいで頬の部分から裂けてしまった。焦った拍子に、黒乃は被っていた覆面を全て剥ぎ取る。そのタイミングで聞こえたのは、確かに人の足音と話し声だった。正体がばれいけない状況で、素顔全開である黒乃が取った行動は―――

 

(仕方がない……この部屋に入ってやり過ごす!)

「黒乃っ!……此処にも居ないか……。合流時間はとっくに過ぎているのに……。」

「……何か不測の事態あって、脱出せざるを得なかった知れませン。臨時用の合流ポイント向かってみまショウ。」

「はい!」

 

 聞こえた足音と話し声は、一夏とエヴァのものだった。いつまでも合流ポイントに現れない黒乃の身を案じ、フロア内を捜索していたのだが……タイミングが悪かったとしか言いようがない。そして、黒乃が入った部屋こそ……紛れもなく社長室だったのだ。

 

「嘘。」

 

 タイミングとしてはアルフレットの言葉に嘘と言ったように聞こえるが、実際のところはこうだ。……嘘ぉ!?鷹兄とシャルロットが居るって事は、もしかしなくても此処って社長室!?嘘おおおおっ!?……と言った感じ。相変わらずの残念っぷりである。

 

「へ……?く、黒乃……なんで素顔を晒してるの!?」

「本当……嘘って言いたいのはこっちだ。黒乃ちゃん、キミはどういうつもりで―――」

(ち、違うんだよ鷹兄……。)

「……いや、キミの事だ。何か考えがあるんだろう?それなら僕は何も言わないよ……。」

(へぁ?いや……考えなんてないんすけど……。)

 

 鷹丸が珍しく非難するような言葉を放つせいか、黒乃はバツが悪そうだ。しかし、次いで出た鷹丸の言葉に素っ頓狂な声を内心で上げる。勿論考えなんてない。だが……自分が色々と台無しにしてしまっている自覚はあった。せめてもの罪滅ぼしにと、黒乃はアルフレットへと近づく。

 

「藤堂 黒乃だな……?貴様、こんな事に力を貸してどうなるか解っているのだろうな!?」

「嘘。」

 

 人の顔色を窺ってかかる癖がある為、黒乃は自分が嘘と放った時にアルフレットの顔色が変わったのをしっかりと観察していた。この言葉にどんな意味が込められているかは知らないにしても、念を押す価値はあると黒乃は考えたのだ。実際のところそれは当たりも当たり、大当たりだったのである……。

 

 

 




黒乃→偶然とはいえ素顔で社長室にイン!?
シャルロット→く、黒乃……どうして素顔で社長室に!?


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第57話 デュノア社潜入大作戦!Ⅲ

デュノア社潜入作戦最終話になります。
独自設定とか解釈は多いので、いろいろとグダグダになっております。
まぁ……どうかお手柔らかに。

次話から本格的に夏休み編スタートです。


「フ……ククク……!まさか、初対面の部外者に見透かされるとは困ったものだ。キミは良い目を持っているな、クロノ・トウドウ。」

「お……父さん……?」

 

 アルフレットは静かに息を殺して嗤うと、まるで観念したかのようにソファへと腰かけた。いや、実際のところ観念しているのだろう。確かにこの男は見透かされたと言ったのだから。鷹丸はこれから何か語るだろうと見越して、この場に居る全員の動向を見守った。

 

「キミがどういった要素でこの場に居るのかは知らないし聞かない。ただ……私の前に素顔を晒したその覚悟、それに報いなければならんだろう。」

(へ?いや~……そのぉ、単なる偶然なんですが。)

「そうさ……キミの指摘通りに全ては嘘だ。私はシャルロットの母……私の妻……ジャンヌを愛していたさ。」

「っ!?ほ、本当……なの……?本当の……本当に……?」

「隠そうという気がないのでしたら、全て語ってくれますね?」

 

 アルフレットは黒乃に対して、誇り高き者という印象を抱いていた。自分の立場を鑑みるに、素顔を晒すのは愚行そのものだ。しかし、そんな愚行を何の迷いもなく黒乃は実行して見せた。それら全ては、恐らくシャルロットの友人として貢献するため。その上で自らの本音を見抜かれたならば、もはや話す以外の選択肢は残されていない。

 

「私の妻……と貴方は言いました。しかし、貴方には本妻がいるでしょう。」

「……私はアレを妻と思った事など無い。親同士が互いの利益の為だけに決めた結婚だ。あの女も……私を金蔓程度にしか思っていないだろう。」

「じゃあ、どうして私はあの時……。」

「ああ、あれか……。私が動かす金等々……それがシャルロットに流れる事を恐れたのだろう。泥棒猫の娘と罵る事で、互いの立場という物を確立させた……といったところか。」

 

 鷹丸が質問を投げかけると、観念した事が顕著に表れるかのようにスラスラと回答する。アルフレットが語ったのは、金持ち同士の世界では良く聞くような話だった。では何とも思っていないのならば、どうして自分は叩かれたのかとシャルロットは不思議そうに頬を撫でる。どちらの回答も……どうしようもないとしか思えない。

 

「では、奥様とはどのような出会いを?」

「私は突然に社を継ぐことになってね、結婚に関してもこれとほぼ同時期だ。社長を世襲させていくパターンは良く聞くだろう?現にミスター・近江もそれに該当する。それと同じほどに、社員から七光りだと罵倒されるのも良くある話だ。」

「…………。」

 

 ここで鷹丸が奥様と表現したのは、もちろんジャンヌと呼ばれた女性の事だ。アルフレットにとってその女性が妻と言うのならば、間違いなくそうなのだろう。それを訊ねると、まず自らの身の上から始まった。確かに似た境遇ではあるためか、鷹丸はいつものように僕はあくまで代理ですから……などとおどけてはいられない。

 

「無論会社経営は上手くいかない。あの女が横槍を私の方針に入れてくるのも十分にあったが、まぁ……まず向いてはいないのだろうな。それに加えて陰口の応酬……私の精神は徐々に疲弊していき、一時期は荒れに荒れたものだ。」

「お父さん……。」

 

 その語り口は何処か辛そうで、何処か恥ずかしげだ。自分が暴走していた時期の話を告白せねばならないのだから、それも仕方がないのかも知れない。本人としては嘲笑ってくれればそれで良かったのだが、シャルロットを筆頭に神妙な顔つきを見せる。

 

「あの日も会社帰りにフラリとした街へ繰り出し、ストレス発散と称して酒に溺れたよ。そんな時だ、私が彼女と出会ったのは……。」

「奥様……ですか。」

「そうだ。小汚い酒場には似合いもしない美しく優しいウェイトレスだった。彼女目当てで足げなく通う者も多くてな。いつしか私もその内の1人になっていた……。彼女は、酷く荒れた私の話を親身になって聞いてくれたよ。」

「…………。」

 

 シャルロットは、アルフレットの言葉に亡き母の姿を思い起こしているようだった。知らず知らずの間に、その目じりには密かに涙があふれる。我慢する性質にあるシャルロットは、まだ泣くべきところでは無いと自分に言い聞かせ、父の語りに耳を傾けた。

 

「その時は既に戸籍上ではあの女と夫婦だったが、私はそんな事に気が向かない。本気で結婚したいと思える女性だったのでな。根気よく彼女にアプローチをかけ、いつしかその想いは恵まれた。……あの女と夫婦である事実は隠したままな。」

 

 ジャンヌを語る際の表情は、昔を懐かしかのようなものだった。……が、徐々にそれは悔恨の念が宿るかのように変貌していく。鷹丸は、アルフレットが僅かに歯噛みしているのを見逃さなかった。真剣な分その目は開かれていたが、静かに閉じずにはいられない。

 

「あの時の私はまだ若かった……。年齢は勿論、考えもな。効率的にあの女と縁を切る方法を考え、私が思いついたのは……既成事実くらいの事だ。あの女の他に子を作ってしまえば、双方の両親も口は出せんだろう……とな。」

「…………。」

「私はジャンヌを騙した。私の親がキミとの結婚に反対している、子を作ってしまえば誰も口出しできんだろう……とな。」

「嘘は言っていませんよ。」

「ハハハ……キミならそれで押し通しそうだな、ミスター・近江。しかし、既に妻が居る事を話さなかった時点で何を言っても無駄さ。ジャンヌは……私が何か隠していたのは察していたろう。それでも私の意見に賛同してくれたのは、それでも私と一緒に居たいと思ってくれたのか……果たして。もはや真相を知る由もない。」

 

 それまで質問以外で沈黙を貫いた鷹丸だったが、ついそんな言葉を口にしてしまった。確かに嘘は言っていないが、嘘である事も確か。アルフレットの言葉を的確に解釈するならば、そのような表現が最も正しい。本人も一応は頭の片隅にはそんな考えもあるらしく、少し笑みをこぼした。相変わらず自嘲するかのようだが。

 

「それでジャンヌとの夜を過ごしたわけだが、そこから全てが終わったとも言って良い。」

「全部……?」

「私の動向は、あの女の親に探られていたようだ。ある日呼び出されてこう言われた。」

「キミもまだ若い、このような事もあってはおかしくない。だが、立場という物がある。私が何を言いたいか解るね?……といったところでしょうか。」

 

 鷹丸の紡いだ言葉に、アルフレットは無言で頷き同意した。つまり、この1件は無かった事にする。……が、今後ジャンヌとの接触は一切認められない。要約するとこんなところか。それは間違えようのない脅し……。コレを破れば、ジャンヌの身が危ない。アルフレットは……そう考えた。

 

「だからこそ私は、ジャンヌの為に嫌われる努力をしたよ。さも私がジャンヌを捨てるような演出でな。それから一切、ジャンヌの事が耳に入って来る事はなかった……。重い病を患った事さえも……。私とジャンヌの間に、子が出来ている事もな。」

「それが……私……?でも待ってよ!お父さんがお母さんを愛していたのは解ったけど、けど……私は……!」

「……シャルロット、私は娘が居ると知り……守ろうと思ったよ、今度こそな。」

「……!?信じられない……!今までの冷たい態度は!?お母さんを愛していたなら私にだって―――」

(マイエンジェ……いや、シャル。ちょっと落ち着こうか。)

 

 シャルロット・デュノアとは心の優しい少女だ。IS学園にて結果的に一夏を騙したことに対して、相当な後ろめたさを感じていたのがその証拠だろう。今のシャルロットは、何処からしくない。混乱するなと言う方がおかしい状況ではある。シャルロットが父親に抱くイメージは、狡猾で冷淡な男という物だからだ。

 

 しかし、ジャンヌは愛していても自分は愛されてない。シャルロットのそんな考えを、第3者であるからこそ黒乃は真っ向から否定する。アルフレットを知らないからこそ、黒乃は絶対に嘘をついている様には見えなかった。シャルロットの肩を掴んだ黒乃は、ジイッとその瞳を見つめた。

 

「…………っ。ごめん、まだ何も聞いてないのに否定はダメだよね。ありがとう、黒乃。お父さん、ごめんなさい。」

「フッ……私に対して謝るか。そう言うところも見た目も、お前はまるでジャンヌの生き写しだ。初見は思わず飛び付くところだった。」

「私とお母さん、似てる?そっか……嬉しい。」

「……話を戻そう。守ろうと思ったからこそ、私はジャンヌの時と同じく嫌われる努力をした。残念ながら私では、お前を幸せにしてやることはできん。……あの女に縛られている限りはな。」

 

 黒乃の行為で落ち着きを取り戻したのか、シャルロットは自分がどうかしていたと省みる。本来ならばまず責められるべきはアルフレットだ。それなのに娘は自分に対してあろうことか謝罪を述べてきた。その姿勢は、アルフレットにジャンヌの幻影を映させる。

 

「……なるほど。貴方の形だけの奥さんは、デュノアさんの事を知らなかった。となると、ご両親はその事実を本当に自分を心の内に留めていたわけだ。だからこそ財産がデュノアさんの手に渡る事を恐れ、取り乱すような態度で接した……。」

「その通りだ。あの女に、私がどうとも思っていない女との間にできた子だと印象付ける必要がどうしてもあった。シャルロットを道具のように扱う……という体で、日本に送るにはな。」

「そ、それって……どういう意味なの……?」

「あの女は、最悪お前の暗殺を試みる。長い事あの女を見てきて、まずそれは間違いない。そんな事はさせてたまるかと思った。ジャンヌの子は守らねばと思った。するとどうだ、日本で男性IS操縦者が見つかったと言うではないか。」

 

 物静かな雰囲気を纏っているアルフレットではあるが、冷淡だなんて事は無い。困っている者がいれば救済の努力はするし、それに見返りも求めない。だがそんな温情こそが邪魔だった。そう……シャルロットを守るためには。本人は自分が殺されるかも知れなかったと言う事実に、驚愕を抑えきれない。

 

「そこで私は思いついた。IS学園にスパイ行為と広告塔という名目の任務を与え、日本へ送る事が出来たのならば……とな。」

「ああ……デュノアさんの正体がバレる事は想定内だったんですね。」

「え、えぇ!?そうなのお父さん……?」

「……その通りだ。ジャンヌの生き写しならば、そう長く嘘はつけまいと思っていたのでな。いずれ正体が発覚し、どうにか日本で保護されれば私はそれで良かったんだ。いや、むしろ私から切り離すような運びにするつもりだった。この役立たずめ、お前など二度と私の元へは戻って来るな……と。」

 

 本末転倒にも程がある。アルフレットはそう言いながら大きくソファに体重を預けた。鷹丸としてはそこが違和感ありありだったのだ。例え数回しか会った事が無いとはいえ、シャルロットがそういった行為に向いていない事なんて一目瞭然。まさかそんな真意が隠されているとは思うまい。

 

「じゃあ……話してくれれば良かったのに……。」

「……ジャンヌを死なせた私に、お前の父を名乗る資格なんてものはない。」

「それは違うよ!お母さんの事を少しでも後ろめたく思っているのなら……逃げないで!」

「シャルロット……。」

「私もお父さんから逃げたかった……。ホントはこんな所に戻って来たくは無かった!けど、逃げなかったから……お父さんの本心を知れた!だからお父さんも逃げないでよぉ……!私から……お母さんから、逃げないで!」

 

 シャルロットの呟きに、グッと手に力を込めながらアルフレットは返した。父の本心は知れたから、後は逆に自分の想いを知ってもらうべき時だ。シャルロットは今にも泣きそうな表情で、声色で、必死にアルフレットへ訴えかける。アルフレットは、水に打たれた表情を見せた後……ゆっくりと立ち上がった。

 

「私は結局……何も成長していなかったようだな。ジャンヌの想いを裏切ったあの時から……。」

「お父さん……。」

「嫌われる事でしか、遠ざける事でしか……救済の道は無いと思い込んで……自己満足に過ぎない。立場も何もかも捨てて、ジャンヌと共にあればよかったんだ……!ジャンヌの遺した我が娘に、思い切り甘えさせてやればそれでよかったというのに……!」

「お……とう……さん……。」

「シャルロット……此処まで聞いて解ったろうが、私は恐ろしく不器用でどうしようもない男だ。だが、ジャンヌとお前を愛している事だけは確かなんだ。今までのジャンヌとシャルロットへの仕打ち、許してくれなどと都合のいい事は言わん。だからこそこれからは、偽りなき愛をお前へ捧げようと思う。どうか……信じてくれ。」

「おとうさん……!おとうさああああん!」

 

 ゆっくりと、着実に、アルフレットはシャルロットへと近づいて行く。黒乃と鷹丸の両名は、とにかく無言でそれを見守った。そしてアルフレットも少しだけ表情を歪ませながら、嘘偽りのない言葉を送る。それでシャルロットは限界だったようで……大声で鳴きながら父へと抱き着いた。

 

「フ……フフフ……。こんな私でも、まだお父さんと呼んでくれるのか……。ありがとう……ありがとうシャルロット……。私はお前を愛しているぞ……。」

「お父さぁん!うぅ……!」

(あぁぁぁ……えぇ……えぇ話しやぁ……!)

 

 アルフレットは静かに、そしてシャルロットは大声で泣きわめいた。感動の親子の和解のシーンを前に、黒乃は何故だか関西弁で感動の言葉を内心呟く。それが表に出ないところが救いといったところだろう……。やがてデュノア親子は、互いの身体から離れ……どうにも照れくさそうだ。

 

「しかし、これから現状をどう打破するおつもりで?」

「あの女の事か?何、どうにかして見せるさ。今後は近江重工の手も借りられるだろうしな。」

「あ、潜入したのを盾に強請る気ですね。まったく悪い人だ。」

「フッ、キミには言われたくないよ……ミスター・近江。」

 

 確かにアルフレットはあの女に縛られていては未来が無いと言った。しかし、今の……憑き物が落ちたアルフレットならば何も問題は無いはずだ。むしろ毒婦の裏をかく事もできるはず。その辺りで2人は気でも合うのか、互いを認め合うかのような笑みを浮かべた。

 

「シャルロット、いずれ私の娘として共に暮らそう。その為にはいろいろと準備が必要だ。……解かるな?」

「勿論……。でも約束だよ?早くしてくれないと、私拗ねちゃうから。」

「……似たような台詞をジャンヌに言われた事があるよ。……さて、キミ達は急いで出た方が良い。何とか私が誤魔化そう。」

「解りました。本当に申し訳ありません。期待させるようなまねをした事をお詫びします。」

「いや、それももはや終わった事だ。本来は私の力でどうにかすべき事だからな。……シャルロット。」

「うん?」

「また会おう。」

「……うん!」

 

 シャルロットのどこかあざとい言動は、もしかするとジャンヌからの遺伝なのかも知れない。なんだか早くも手玉に取られている気がしたアルフレットは、どう反応して良いか困った様子だ。とにかく、和解は成立したのだ。お互いにこれ以上は何も求めまい。そうして潜入劇は、親子の再会の誓いで幕を下ろした……。

 

 

 

 

 

 

「―――ったく何考えてんだよ!素顔晒して社長室に突入とか……。シャルの親父さんが良い人だったから、結果的に良かったものの……!」

「本当デース……。ワタシの人生……終わったかと思いましタ。」

(い、いや~……本当面目ない。この通りだからさ……!)

「ま、まぁまぁ……。黒乃の思い切った行動のおかげで、お父さんが本心を話してくれたってのもあるし……。」

 

 作戦を終えて、黒乃達は空港に戻って来ていた。結局のところ一夏とエヴァは一足早く撤収せざるを得なかったので、空港で合流するなり待っていたのは尋問だった。何があったかをかいつまんで話すと、一夏は頭を押さえながら小言を呟く。エヴァに関しては疲れ切った表情だ。

 

「まぁ……終わりよければ全てよシ。そう言うのもまた確かデス。」

「そうですね……。とにかく、皆無事でよかった。」

(うぅ……本当にごめんって!)

「まぁまぁ、そんなにペコペコしてたって何も変わらないでしょ。キミ達は先に飛行機へ乗っててよ。僕はエヴァさんと報酬の事とかで話があるからさ。」

 

 今回の件に関しては、本当に自分1人のミスでは済まないところだった。かなり責任は感じているらしく、黒乃は何度も何度も頭を下げる。しかし、それを鷹丸は止めさせる。一夏もエヴァもシャルロットも、黒乃が心配だったからこその説教だ。全員が鷹丸の言葉に同意すると、ようやく頭を下げるのを止めた。

 

 そして、続いての言葉にも同意した。大人の世界と言うかなんというか、リアルな金のやり取りなどまだ目の当たりにしない方が3人の為だろう。自家用機のチャーターでフランスまで来ているため、手続きだとかは易い。フランス出身であるシャルロットを先頭に、3人は搭乗口へと消えていく。

 

「じゃあ、約束の額は……どの口座が良いですか?やっぱりスイス銀行かベタで―――」

「その話しですが鷹丸サン。ワタシ、報酬必要ないデス。ホントはたんまり貰うつもりでしたけどネー。」

「……その心は?」

「おかげで仕事1つ終わりましタ。そのお礼みたいなものですヨ。」

 

 エヴァは特に金に執着があるわけではない。金の為に生きるのではなく、生きる為の金。……と言うのが彼女の信条である。とはいえ、タダ働きなどまっぴらごめんと思っているのも確かだ。今回のように、世界の治安維持と関係のない仕事は尚のこと……。

 

「ぶっちゃけますが、ワタシ黒乃サンの監視命じられてましタ。」

「なるほどねぇ。そういう事でしたか……。」

「結果……警戒する必要なし。そう報告するつもりデス。……普通の人間、自分の立場危うい思ってあんな大胆な事できませン。ましてや、友達なんていうあくまで他人の域を出ない人の為二。」

 

 実際に目の当たりにしていないから想像でしかないわけだが、エヴァはまず間違いなく躊躇なしに素顔を見せたのだと推測していた。人は場合によって簡単に肉親でも裏切れる。それにも関わらず、黒乃は自らの立場を顧みずに友人を救って見せた。

 

「まぁワタシ達に迷惑かかるのも配慮するべきでしょうが……この際だからそれは言わないでおきマス。」

「……友人の為に己を犠牲にした黒乃ちゃんは―――」

「危険性なしデス。これで危険人物と言ったらワタシ鬼の類ですヨ。」

「そうですか……ありがとうございます。」

「いえいえ、誇り高い黒乃サンの行動あってデス。それでは鷹丸サン、ワタシもう消えます。あの子達とはもう二度と会わないでしょうが、よろしく伝えておいてくれると嬉しいデス。」

「ええ、また会いましょう。そしてさようなら、エヴァ・マルタンさん。」

 

 黒乃に危険性はない。そう言いながらエヴァは背を見せ歩き出した。彼女の行く先は鷹丸も知らないが、1つだけ解る事がある。『エヴァ・マルタン』とは、もう会う事は無いと言う事。だからこそ鷹丸はさようならと言ったのだ。エヴァは人混みにわざと紛れるように歩き、片手を高く突き上げプラプラと左右に振った。

 

 そうしてエヴァの腕が引っ込み、人混みが消えると……同じくエヴァの姿ももう見えなくなっていた。間違いなくエヴァと友人関係である鷹丸は、一抹の寂しさを感じながらも3人を追って搭乗口へと向かう。鷹丸は知らない。その背が見えなくなるまで、エヴァ・マルタンだった女性がその姿を見守っていた事を……。

 

「オル・ヴォワール……ってね。」

 

 

 




黒乃→うん、だから素顔を晒したのは偶然でして……。
エヴァ→誇り高き彼女は、警戒する必要なし……と。

金髪でフランス人って言われるとジャンヌしか思いつきませんでした。
おかげでシャルロットの母親像が完全にFateのジャンヌに……。
凄くどうでも良いですが、三つ編みよりストレートのジャンヌが好きです。


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第58話 本日 釣り日和につき

そんなこんなでようやく本格的に夏休み編がスタートです。
まぁ主に黒乃と一夏のエピソードがメインになるでしょうけれど。
原作ヒロインズの出番を期待されている方、本当に申し訳ありません。
先に予告しておきますが、本気で彼女らの出番は皆無に等しいです……。


(ん~っ!ジメジメ蒸し暑いけど、やっぱり日本は落ち着くなぁ。)

 

 ミンミンとセミが騒ぎ立て、アスファルトからは太陽光の照り返しが……。加えて日本特有の湿度で不快指数は高いが、これぞ日本の夏という奴だと俺は思う。マイエンジェルの1件も落着し日本に戻って来た俺は、このところ平和な夏休みを送っていた。

 

 そのまま敬礼をするように額を隠し太陽を見上げると、きっかし天辺にある。つまりは昼時という事で、俺は少し外食をしようと出かけているのだ。俺が行くところとすれば、五反田食堂しかあるまい。なんかたまにじっちゃんの飯が恋しくなるんだよねぇ。定休日とかでは無ければ良いけどなぁ。

 

 そうして歩いていれば、あっという間……って程ではないけど、いつ見ても下町情緒あふれる五反田食堂が見えてきた。夏休みという事とお昼時という事の相乗効果か、店は繁盛しているらしい。もしかしたら、すぐに座れないかも知れない。じっちゃん……レディファーストとか言って客を蹴散らさなければ良いけど。

 

(むぅ……もしそうなら仲裁だな。)

 

 俺がそんな覚悟をしながら暖簾をくぐると、予想通りに席は満員だ。忙しいというのは容易に想像がつくが、店内に弾くんと蘭ちゃんの姿が見当たらない。あぁ、イッチーが今日は弾くんと遊ぶとか言ってたっけ……。じゃあ蘭ちゃんは、まさかとは思うけど逃げたとか?明らかに修羅場だし、俺で良ければ手伝おう。俺はじっちゃんへと近づいてみる。

 

「おぅ嬢ちゃん、良いところに来たな。ちょっくら頼まれてくんねぇ。」

(がってんでぃ!厨房の手伝いならいくらでも……。)

「気持ちは嬉しいが、店のこたぁ良いんだ……そりゃ俺の仕事だからよ。こいつをあの馬鹿に届けてやってくれ。」

 

 事情を聞いてみると、どうやら弾くん達は朝から釣りをしに遊びに行ったらしい。そう言えば東京湾付近に埠頭公園とかあったね。で、昼食は弁当をじっちゃんが作ってくれたみたいなんだが、弾くんはそれを持って行き忘れてしまったようだ。まぁ弾くんらしいっちゃらしいかなぁ。

 

(うん、任せなじっちゃん。昼抜きは可愛そうだし、弁当も食べないと勿体無いからさ。)

「すまねぇな嬢ちゃん、せっかく店に来てくれたってのによ。あいつらが遊びに行った場所だが……。」

 

 俺が肯定の意志を示すと、じっちゃんは眉を潜めて申し訳なさそうな顔つきになった。ハハ……じっちゃんのレアな表情が見られただけでも儲けもんだよ。じっちゃんは手早くメモへと弾くん達が向かった遊び場までの行き方を書くと、それと弁当箱を俺に手渡す。む、大きな弁当箱だな。この大きさなら俺が少し拝借しても問題なさそうだ。

 

「じゃあ嬢ちゃん、頼んだぜ。今度来てくれたときゃサービスすっからよ。」

(ホント!?オッケー、それなら必ず任務を遂行してみせるから!)

 

 タダより高い物は無いと言うが、やはりサービスという言葉には心躍られる。俄然やる気が出た俺は、じっちゃんの頼んだという台詞に確と頷いてみせた。いつまでも俺の相手をしている暇はないようで、じっちゃんはせっせと厨房へ戻っていく。よし、それじゃあ俺も行こうかな。弾くん達の元へレッツラゴー!

 

 

 

 

 

 

「……釣れねぇな。」

「ああ、釣れないな。」

「ズー……フゴー……。」

「……数馬は随分と器用だなぁおい。」

「海に叩き落してやろうかコイツ。」

 

 都内某所の埠頭公園では、一夏、弾、数馬が肩を並べて釣りに興じていた。防波堤のようにせり出た場所へ腰かけ、釣り糸を垂らして早数時間といったところだろう。しかし、3人ともに全く竿にヒットの感触がない。待つのが釣りの醍醐味というのもあるが、流石にこれは暇も過ぎる。

 

 数馬なんかはしっかり竿を握りしめつつ、海に落ちずに寝入ってしまった。妙に穏やかな寝顔が癪に障ったのか、弾が物騒な事を言い始める。すかさず一夏が窘めたおかげか、なんとか数馬は難を逃れたらしい。だが、目覚めて余計な事でも口走れば末路は同じような気もしてしまう。

 

「ってか、数馬が大人しいのにまず違和感が凄まじいぞ。」

「なんか3人で集まんの久々だろ。それが楽しみで眠れなかったんだと。」

「小学生かよ……。でもそっか、そう言ってくれるのは嬉しいかもだ。」

「でもそれ関連の話題に触れんなよ?前回は五月蠅かったんだぜー……。俺を呼べよ!?ついでに黒乃も呼べよおい!……ってな感じで。」

 

 不必要なまでに騒がしい数馬が眠って大人しいというのは、冷静に考えれば珍事に思えた。そう口にすると、事情を知っている弾は苦笑を浮かべながら答える。数馬の楽しみだったという事は純粋に嬉しかった一夏だが、次いで出た言葉に顔をしかめた。黒乃を呼べよ、の部分に反応したのだろう。違和感を覚え問いかけようとすると、それよりも前に数馬が覚醒。

 

「黒乃!?黒乃っつったか今!どこどこどこどこ?!」

「いねぇよ馬鹿、なんだその反応速度。黒乃ってワードはお前を起こす魔法の言葉か。」

「当たり前だろ。そのワードになら死の淵にあっても反応してやるわ!」

 

 黒乃というワードに反応し瞬時に目覚めてみせる数馬。そんな数馬に対して、呆れた弾は辛辣な言葉を並べた。かなりオープンな性格なためか、数馬は兼ねてから黒乃好きを公言している。いつもならば一夏も罵声を浴びせるのに参加するのだが、今は押し黙ったままだ。これは何かあったに違いない。弾はどうした物かと頭を悩ます。

 

「なぁ一夏、最近黒乃とどうなんだ?」

「な、なんだよいきなり!……別になんともしない。」

「その反応……さては何か隠してやがるな!言え、黒乃とどんな羨ましい事を―――」

「うっせぇ、話が進まんだろ。おら、少しどっか行ってろ。」

「だああああぁぁぁぁっ!?」

 

 思い切って一夏にそう話を振ってみると、弾からすれば凄まじく新鮮な反応が返って来た。弾と数馬は共通して黒乃と何かがあったと察知するが、数馬の方はどうにもしつこく聞き出そうとする。弾の目的とはかけ離れているせいか、ついにその背を蹴られ海へ叩き落されてしまった。ここから2人の元に戻るには、それなりの距離を泳いで回り込まねばならないだろう。

 

「てめっ、弾!覚えてろよ!」

「はいはい、覚えとく覚えとく。んで、一夏。なんかあったなら相談乗るぜ。」

「……ああ、サンキュー弾。それがな……。」

「お前っ……溺れ死んだら化けて出てやっからなー!」

 

 弾がいつもと違って親身に相談へ乗る気があるのが伝わったのか、一夏は話す決心がついたようだ。まず前提として、自分が黒乃に惚れているところから入る。ぶっちゃけ弾からすれば解りきった事実なのだが。しかし、昔告白しかけた事があるのは驚きを隠せない。

 

「マジでか、告ったのかよ。」

「いや、未遂っつーかさ……。好きだって言う前に、なんか知らんが逃げられて。」

(あ~……黒乃の悪い癖が出たか……。)

 

 黒乃は自分が一夏にふさわしくないと思っている節があるからなぁ、と弾は内心で呟いた。実際は別に逃げたわけでもなかったりするが……。とにかく一夏の悩みというのは、その経験を含めて黒乃と男女の仲に踏み込めないという点だ。一夏は大きな溜息をついて見せた。

 

「はぁ……。俺も数馬みたくオープンにいかないとダメなんだろうか……。」

「いやぁ、アイツの黒乃好きは一夏のとベクトルが違げぇから安心しろよ。」

「……と言うと?」

「数馬の黒乃好きは、そうさなぁ……アレだ、熱狂的なアイドルファンとかのそれと同じって事だよ。」

 

 アイドルなんて物を応援していたところで、果たして結婚できるだろうか?必ずしも可能性が0%とは言わないが、限りなく皆無に等しい。アイドルファンだって、そんな事は最初から解っている。つまりはそういう事。数馬は何処までいってもファンを超える事はないだろう。

 

「お前、真剣に黒乃に恋してんだろ?だったらそれで充分だっての。変に悩む必要なんかねぇ。」

「だけど……。」

「ちょっとずつ歩み寄って行け。そうすりゃ黒乃も必ず一夏の気持ちを受け止めてくれるさ。」

「……そっか、そうだよな。うん、なんか気分が楽になった。」

「今すぐ貴様らを楽にしてやろうか!?」

「お、戻ったか。よし、んじゃあそろそろ飯にしようぜ。」

 

 弾の言葉が身に染みたのか、どうやら一夏は調子を取り戻したようだ。話が上手くまとまったところに、ちょうど水浸しになった数馬が戻ってきたではないか。数馬は弾の謝罪を期待していたわけだが、アッサリ昼ご飯の話に持っていかれて不服そうだ。騒ぐ数馬を宥めるのを一夏に任せ、弾が荷物をまさぐっていると……ある事に気が付く。

 

「あーお前ら、少し報告しなけりゃならん。」

「お、どうした?まさか飯もってくんの忘れたとか言わねぇだろうな。」

「フッ、そのまさかと言ったら……どうする?」

「なんでかっこつけてんだ!だ~……出たか、弾の誰得おっちょこちょい。」

 

 どうやらようやく弁当を持ってくるのを忘れた事に気が付いたようで、弾は少し申し訳なさそうに口を開く。しかし、最初から見抜かれていたせいか後は開き直り半分だ。数馬が困ったように額を押さえると、弾は更にかしこまる。どうやら自分が少し抜けている自覚はあるようだ。

 

「あぁ……マジで悪い。ちょっくらコンビニでも探してなんか買ってくるからよ。」

「ったりめーだろ!弾の奢りな。」

「ハハ、まぁそれくらいはしてもらわないとだよな。」

(やっほー。皆さんお揃いで。)

「「「うおわああああっ!?」」」

 

 数馬を海に叩き落しておいての体たらくが弾の畏まりには関わっているようだ。それを知ってか知らずか、落とされた方は妙に強気である。一夏も数馬の提案に悪乗りし、さぁ急いで飯の確保だという折にサプライズゲストが現れた。先ほどまで話題に上がっていた黒乃その人。黒乃が本気で気配を消していたおかげか、3人は大層驚いたようなリアクションを見せる。

 

 その手に持っている弁当箱に気が付いたのは弾である。それだけでわざわざ届けに来てくれた事を理解したが、追加でメモ書きを弾へと渡す。そこには、厳の言伝が……。内容は偶然店に来た黒乃に配達を頼んだという事と、後で覚えとけよという事である。数馬のと違い、本気で生命の危機を覚える弾であった。とはいえ―――

 

「サンキューな、マジで助かった!」

「流石は控えめに言って天使なだけはあるぜ……。」

(うぐ……やっぱカズくん苦手かも。)

「まぁとにかく、これで問題も解決したんだし……今度こそ飯にしようぜ。」

 

 心からの感謝と共に頭を下げる弾。そしてオープンな発言で妙に納得したように頷く数馬。感謝の気持ちは素直に受け取った黒乃だが、数馬のこういった部分を苦手としているため……密かに一夏の背に隠れる。ともあれ一夏が音頭をとったため、明確な拒否は示さずに済んだらしい。

 

「あ~……。の前に、なんか飲み物が要るな。近くの自販機で俺と数馬が買ってくるからよ、2人は釣りでもしながら待ってろよ。」

「はぁ!?なんで俺が……。俺だって黒乃と一緒に―――」

「良いから行くぞおら。……一夏!」

「だ、弾……お前……!」

 

 いざ飯だと言うのに、弾がまるで思い出したかのようにそう言った。凄まじくわざとらしいその様に、一夏は疑問が尽きない。……弾がサムズアップを見せるまでは。一夏は理解した。成り行き上とはいえ、弾が少しでも自分と黒乃を2人きりにしてくれようとしている事を。一夏は思わず目頭を熱くしてしまう……。

 

(釣りなぁ……。インドア派だったし、なんか新鮮かも。)

「あ、と……釣りって初めてだったよな?俺がいろいろ教えるからさ。」

(うっす、ご教授お願いします!)

 

 弾が数馬を引き連れ離れていくと、黒乃は寝かせてある竿を拾った。意外にもやる気があるらしい。一夏は良いところでも見せようと気合が入っているようだが、空回りに終わる気配が漂う。そんなこんなで、波の音に耳を傾けつつ釣りが始まった。勝手が解らない黒乃が一夏に釣り糸を飛ばしてもらいしばらく……。

 

(キターッ!)

「も、もうか!?俺達の時はうんともすんとも言わなかったのにな……。」

 

 釣り竿にピクピクと震える感触を覚え、更には先端から大きくしなった。釣り初心者の黒乃でさえ、ヒットを確信せざるを得ない引きだ。持ち前の豪運があってとは知らず、黒乃は興奮を抑えきれない様子でリールを巻いていく。やがて釣り針に引っかかった魚が、海面からその全貌を露わにした。

 

(見て見てイッチー、今晩のおかずゲットー!)

「おっ、メバルだな。シンプルに煮つけってところか……。」

「パスタ作れる。」

「そうなのか?じゃあ、せっかくだしお願いしよう。」

 

 黒乃が釣りあげたのは、鮮魚市場でも十分売り物になりそうなメバルだった。一夏に晩御飯の事を考えながら見せつければ、そちらも似たような内容に思考が動いていたようだ。なんとも一夏らしく和食として調理する算段が付いていたが、それは黒乃の言葉で粉砕される。

 

 一夏も惚れた女の子からそんな提案が出れば嬉しいだろう。早速黒乃お手製のシーフードパスタへ想いを馳せながら、2人は釣りを再開。そして、そこからが凄まじかった。爆釣、爆釣、猛爆釣。黒乃はまさに入れ食い状態で、早くも2人で食べきるには無理が出始める量だ。

 

(いやぁ、これだけ釣れると楽しいね!ダッハッハ!)

「黒乃は何やっても大抵上手く行くよなー……。……おっ!?っしゃあ、こっちもキタぞ!」

(む、イッチーは手が離せず……。ならば自分でやってみるか。)

 

 黒乃が釣り針から魚を外し始めたのと同時に、今度は一夏にもヒットが。釣り糸を投げてもらうのはいちいち一夏にやってもらっていた……というか、率先してやっていた。わざわざ一夏が魚を釣り上げるまで待つ必要がないと判断したようだが、それこそが過ちである。不器用なのか何なのか、釣り針を服に引っ掛けてしまうではないか。

 

(あ、ありゃ……。慣れない事をしてるとは言え、これは少し情けないかも……。)

「ん、引っかかっちまったのか?ちょっと待ってろ、今外してやるから。」

 

 黒乃がなんとなし羞恥を感じながら釣り針を外そうと四苦八苦していると、無事に魚を釣り上げた一夏が異変に気が付いたようだ。すぐさま黒乃を助けようとするが、これがなかなか上手くいかない。釣り針の引っかかっている位置が胸元という事も大きく関係していそうだ。すると、ついに恐れていた事態が起きてしまう。一夏の手が黒乃の胸に当たってしまったのだ。

 

(んっ……!)

「わ、悪い!えっと、今のはわざとじゃ……。」

(いやそれは解ってるから!釣り針しっかり掴んだままそんな引っ張ると―――)

 

 その感度の高さゆえか、少し強めに一夏の手の甲で押さえつけられると身体をピクリと反応させてしまう。その反応に対して軽くパニックに見舞われたのか、一夏は慌てて手を引く……釣り針を強く撮んだままだ。すると神の悪戯か……。黒乃の服は、ビリィ!と盛大な音を立てながら……裂けた。

 

「「…………。」」

「うおおおおっ!?すまん……本っ当にすまん!ほらあれだ黒乃とりあえずこれ着ろ!」

(ちょぉーちょちょちょ!ちょっと落ち着こうかイッチー!じゃないとバランス崩し……いぃ!?)

 

 胸元から大きく裂けた部分からは、モロに黒乃のブラが露出してしまう。ちなみに色は水色。なんて呑気な事を考える余裕は一夏にはなく、慌てて自らが着ていた上着を脱いで黒乃に着せようとした。しかし、慌てた際の強引さが悪影響だったようだ。一夏を何とか落ち着かせようとした黒乃は足をもつらせ前のめりに倒れ、一夏も突然だったせいで対応が遅れてしまう。そしてそのまま真後ろに倒れる。……顔面に黒乃の胸を押し付けられながら。

 

「ごふぅ!?」

(わーっ!?す、凄い音したけど……。だっ、大丈夫かイッチー?!)

「な、なんかもう……ある意味幸せだ……うん……。」

(イッチー……?イッチイイイイイイッ!?)

 

 ほんの数秒とはいえ、黒乃の巨乳に顔面を圧迫されたわけで……。健全な男子である一夏としては、我が生涯に一片の悔いなし……といったところか。頭の打ち所が悪かったのか気絶してしまったが、寸前の台詞が死に際を思わせる。そのせいか黒乃は慌てて一夏を揺さぶった。

 

(お、落ち着け……。呼吸……オーケー。脈も……正常。はぁ〜……びっくりしたぁ!気絶してるだけみたいだ……。)

 

 いろいろと不幸が重なったとはいえ、一夏がこうなったのは確かに自分のせいでもある。責任を感じた黒乃は、とにかく一夏を介抱する事にしたらしい。一夏達の荷物を物色すると、狙い通りに保冷剤とタオルを見つけた。保冷剤をタオルで包むと、頭を打った患部へ優しく当てる。

 

(あ、とりあえず服は借りるねイッチー。)

 

 自分の下着が露出している事を、黒乃はようやく思い出した。脱ぎ捨ててある上着を身につけようとするが、男性用という事もあってか前が閉め辛い。理由はお察しである。悪戦苦闘しながらボタンを止め終わると、再び視線を一夏へと戻した。すると黒乃は、一夏の頭を自分の膝に乗せる。

 

(うぅ……イッチー本当に申し訳……。)

「……少し放置したらどうして気絶するような事態になるんだ?」

「や、野郎……黒乃の膝枕……!」

(おお、2人共お帰り……。)

「まぁ、後で一夏から聞くから黒乃は気にすんな。そいつもいつ目ぇ覚ますかわかんねぇし、俺らはもう飯にしようぜ。流石に腹減っちまってしょうがねぇよ。」

 

 せめて早く一夏が良くなればという願いを込めてか、黒乃はその頭を優しく何度も撫で続けた。そうこうしていると、自販機で買ったであろう飲み物を持った弾と数馬が戻ってくる。戻るなりこの状況だ。弾のように怪訝な表情を浮かべるのが普通だろうが、数馬はとにかく一夏が羨ましくて仕方がない。

 

 そんな数馬を落ち着けさせる意味も込めているのか、弾は昼飯の提案をした。本当なら一夏を黒乃から引っぺがしたい数馬だったが、腹が減っているのは弾と同じく……渋々といった様子で提案に従う。しかし、一夏が目を覚ますのはこれより更に後の事であった……。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……。」

「落ち込むなって、ピンチはチャンスって言うだろ。」

「でもよぉ……。なんてったってこう……黒乃の胸とかに引き込まれるようなハプニングばっかし起きるんだよぉ……。」

 

 時刻はそろそろ日が顔を隠してしまう時間帯となり、4人は帰路についていた。黒乃、数馬が先を歩き、その少し後ろを一夏、弾といった感じの隊列になっている。何もなければ黒乃の隣は一夏だったろうが、先ほどのハプニングが尾を引いているらしい……。早い話が一夏は落ち込んでいるのだ。

 

「そりゃテメェはそういう星の元に生まれてきたんだよ。」

「……黒乃に嫌われるくらいならそんな星に生まれたくはなかったぜ……。」

「あのなぁ……そんなんだったらとっくに嫌われてるに決まってんだろ。」

「そ、それは……そうかも知れないけどよ。ここからリカバリーできるのか?」

「考えりゃいろいろあるっての。お詫びに服買ってやるとかさ……。喜べ、デートの口実ができたぞ。」

 

 一夏のラッキースケベに関しては、本当に弾の言う通り他ならない。嫌われているのならとっくの昔というのも同じく。しかし一夏としては、黒乃が優しいからこそという認識のようだ。妙なところで黒乃に対してヘタレる一夏に、弾は少しばかり溜息を吐いた。そうして的確なアドバイスを一夏へと送る。この朴念仁は、その手があったかと非常に感心した様子だ。

 

「それにほら、黒乃の様子を見てみろよ。」

「黒乃の……?……なんかチラチラ見られている気はするけど……。」

「どうすりゃ良いかは自分で考えろよ。俺もそこまで世話する気はねぇからな。」

 

 それまでも小声で話していた2人だったが、弾が更に声を潜めた。そうして黒乃の様子を見ろと言う。後ろめたさから黒乃をなるべく視界に居れないようにしていた一夏だったが、ゆっくり目を向けると一瞬だがバッチリと目が合った。これを弾は一夏に誘って欲しいというメッセージを発していると解釈したようだが……実際は全く違う。

 

(ふ、2人共……カズくんをどうにかしてくれぃ……。)

 

 黒乃が視線を送っているのは、単に数馬の魔の手から助けてほしいだけ。先ほどからマシンガントークで発せられる数馬の言葉を右から左へ受け流し、適当に相槌を打ってはいるが……そろそろ限界が近いようだ。一方の一夏も行動へ移し始める。弾の言葉とは違い、考えるよりもまず体が動いてしまったようだが。

 

「黒乃っ。」

「うし……それで良いんだよ、それで……。んじゃ、俺ら先帰っから。後はごゆっくりどうぞ、お2人さん。」

「なっ、ちょっと待てよ!この機会逃したら次いつ黒乃と会えるか―――おい!聞いてんのか弾!」

 

 1歩大きく前へと出た一夏は、黒乃の腕を軽く掴んだ。それに伴い自然に2人の足は止まった。勿論数馬は抗議に入ろうとするが、それは弾に阻まれる。肩を組むようにして強引に数馬を牽引しながら先へ先へと進んで行く。その背中は、なんとも男らしい背中であった。

 

(ふぃ~……助かった……。なかなかのコンビプレーだったね、イッチーに弾くんってば。)

「黒乃。今日はその、服破いちゃって本当に悪かった。だからさ、明日……一緒に服を買いに出かけないか?俺に弁償させてくれ。」

(へ……?い、良いよ良いよそんなの!たかが1枚破れちゃったくらいで……。)

「いや、それだと俺の気が済まないんだ。頼むから、な?」

 

 普通に救済のメッセージが通じたのだと安心していると、予想外な話を持ち掛けられ黒乃は混乱した。一夏はやはりデートとは明言できずにいたが、なんとか弾のアドバイス通りにはいっただろう。何か真剣な様子の一夏に気圧されているのか、黒乃は必要以上に首を大きく左右へと振る。

 

 必要ないという意思を示せば、逆にお願いだから弁償させてくれと返されてしまう。元より人の頼みを断るのを苦手とする黒乃からすれば止めに等しい。更に厄介なのが一夏が頑固という点だ。もはやオーバーキル気味である。黒乃に残された選択肢は、首を縦に振るくらい。

 

(そ、そこまで言うんなら……。)

「なんか悪いな、押し付けるみたいで。けど……義務感とかそんなんじゃないからな。」

(えっと、どういう意味かな……?)

「どっちかって言うと、黒乃に……服をプレゼントしたいって思ってる……。」

(あ、あぁ……うん……。ありがとう、嬉しいな……。)

 

 義務感からそんな事を言うのではないと一夏は言う。その真意が解らなかった黒乃は首を傾げて見せた。一夏は目を逸らしながらだが、積極的な台詞を吐く。義務感ではなく、ちゃんと自分の気持ちが伴っているのだ。そんな事を真剣に言われた黒乃は、自然と顔が熱くなってきてしまう。

 

「じゃあ……帰るか。」

(うん、そうだね……。)

 

 一夏は黒乃に手を差し出す。黒乃は何の躊躇いもなくその手を取った。繋ぎ方はいつものように恋人繋ぎ。黒乃に照れの反応あり……。本人に自覚があるかは定かでないが、確実に2人は歩み寄っているだろう。果たして相思相愛と呼ぶにふさわしい状態になるのは、いったいいつになるのやら……。

 

 

 




黒乃→イッチー……弾くぅん……助けてぇ……(チラッチラッ)
弾→ほれ見ろ、黒乃が期待する視線を送ってるじゃんよ。


ウチでは数馬くんはこんなキャラで。原作の弾寄りでしょうか?
まぁ扱いが雑過ぎた気がしなくもないですけど。
作品によって数馬は違いがあって面白いですよね。


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第59話 服を買いに行こう!

 イッチーと釣りをした翌日、服を弁償するだとかで強引に押し切られ……今日は繁華街まで遊びに来ている。う~ん……俺のせいでもあるんだし、やっぱり申し訳ないなぁ。でも……イッチーがあれだけ言ってるのに断るのもそれはそれで……。まぁ……あまり高くない適当なTシャツでも買ってもらおう。

 

 さて……それは良いんですが、いろいろと突っ込みどころが多い。なんでイッチーはそんなに気合の入った格好をしてるんすかね?サマージャケットなんか着ていつもより大人っぽい。何よりも珍しいのは整髪剤で髪形を遊ばせてる事だろうか。そのおかげか数割増しイケメンですよ……。

 

 それに対して俺はどうだ。上からTシャツ、ジーパン、スニーカー……もうこれ以上はやりようのないほどラフ。イジメか……?新手のイジメでしょうか?並んで歩いてるだけでめっさ浮いてんよ。つーかキミも恥ずかしくないのかねイッチー。なんか自分だけ気合入ってなーとか思われても困るぞ。

 

「…………。」

(な、何さ……ニヤニヤしちゃってさ。)

「あ、悪い。ただな、どうせこれからお洒落するんだから今はそんな恰好なんだろ?なんか、期待されてる気がして嬉しくってさ。」

 

 1人頭を悩ませていると、何やらイッチーの微笑みが気になった。自分でもだらしがない顔になっている自覚があるのか、じっと眺めていたらその要因は……なんか申し訳ねぇ気持ちでいっぱいになってしまう。別にただの買い物だって思ってるだけなんて言えねぇ……実際言えませんけども。

 

 いや、まぁ……昨日の言葉は嬉しかったけどさ。男の人に何かプレゼントしたいって言われたのは初めてかもな……。イッチー以外に言われてたら、俺はどんな反応をしたんだろう?……イッチーで良かった……かな、うん。あまりイッチー以外からそんな台詞言われたくないのかも……。

 

「……黒乃、何か言いたい事でもあるのか?」

(へ……?い、いや!そういうわけじゃ……ないから!)

 

 いつの間にやら、俺はイッチーの顔をジーっと見つめてしまっていたらしい。それが俺からの合図と思ったのか、こっちを向いたイッチーとバッチリ目が合う。凄まじい気恥ずかしさを感じた俺は、慌ててイッチーから視線を反らす。うぅ……何やってんだよ俺。なんかもう、やっぱり最近イッチーと一緒に居ると調子が狂う。

 

「あっ、もしかして……何処行くかが気になるとかだろ?」

(そ、そうそう……。イッチーってば妙に足取りが良いもんね。ハハ……ハァ……。)

「ま、そりゃぁ着いてからのお楽しみってことでここは1つ。」

 

 外に漏れても居ないと言うのに、落ち着きたい意味を込めてイッチーに感じた照れを誤魔化した。というか、良い具合にイッチーがそう解釈してくれたからだけど……。とはいえ、それが気になってたのも確かかな。行先を言ったわけでもないのに、イッチーの歩きには迷いがない。

 

 しかし、聞いたはいいが適当にはぐらかされてしまった。お楽しみって、やっすい古着屋とかで良いんだけどな……俺。さっきから周囲を見渡しても、普段の俺では足を踏み入れないであろう店舗ばかりだ。何と言うか、ショーウィンドウに陳列されている商品に高級感がある。

 

「事前にリサーチしといたんだけど……おっ、見えて来たぞ。ほら、そこそこ。」

(そこって……いやいやいやいや、落ち着こうかイッチー。おかしい。だって破けた服ってホントに1000円ちょっとの奴だからぁ!こんなブランド専門店とか連れてくるなんておかしいって!)

「……昨日言ったろ。黒乃に服、プレゼントしたいんだって。せっかくだからこういう店のが良いだろ。ほら、入った入った。」

 

 イッチーが指差した店は、有名ブランドの専門店だった。俺はすぐさまイッチーを回れ右させようとするが、意味不明な事を言われて押し切られる。もう……なんだろうかこの押しの強いイッチーは。非常に扱いづらくて困る。でも、いくらイッチーだってこれは強引過ぎやしないだろうか?

 

 な、何……俺ってもしかして口説かれてる……?…………な、なわけないよね!だってラノベ史に残る難聴系鈍感主人公だ。イッチーが女の子を口説きにいったら物語が破綻してしまうじゃない。そ、そうだよ……そうに決まってる……。じゃっ、じゃあ……せっかくだしお言葉に甘えようかな。

 

 店内に入って服を物色してみるが、どれも着た事のないようなデザインのものばかりだ。しかも値札を確認すると……7000円とかがザラなんですけど……。こんなもんにお金かけるくらいなら、洗剤とかキッチンペーパーとかの消耗品の方に回したいけどな。

 

「なぁ黒乃、これとか似合うんじゃねぇの?」

(これ、ワンピース?わぁ……綺麗だなぁ。)

 

 イッチーが俺を手招きするので近づいてみると、そこにはマキシ丈で純白のワンピースが陳列していた。似合うかどうかは別として、こう……THE・女の子みたいな種類の服はなるべく着ないようにしているんだよね。なんというか、やっぱり精神的に受け付けない部分がある。

 

「……たまには女の子らしい格好しても、バチは当たんねぇと思うけどな。」

(はい……?)

「なんつーか、黒乃ってこう……挑発的?な服装な事が多いだろ。だからほら、こういうの着てるのを単純に見てみたい。」

(そ、そんな事を言われても……。わ、解ったよ……試着するだけだからね?)

 

 遠慮しがちな声色ではあったが、イッチーは再度ワンピースを勧めてきた。別に普段は俺の意向でセクシーな服装をしているわけではないのだけど……。それよりも、なんだかイッチーの期待するような視線がいたたまれない。それに負けた俺は、あえなく試着をする事に。

 

 はぁ……相変わらず自分が無いなぁ俺って。試着室に入るなり、そんな自己嫌悪が襲いかかってくる。……まぁ良いや、イッチーを待たせるのも悪いし急いで着替えよう。俺は簡素なTシャツとジーパンを脱ぎ捨てると、純白のワンピースに袖を通した。うむ、こんなもんかな?

 

(着たよー。……これで満足?)

「…………。」

(えぇ……?な、なんかリアクションしてよ。着させたのはイッチーであって……。)

「綺麗だ。」

(ほぇ……?)

「凄く……綺麗だ。……やっぱ良く似合ってる。」

(き、綺麗っ……!?)

 

 試着室から出ると、イッチーは完全な無反応だった。少し不満気にイッチーの様子を伺っていると、時間差で感想が飛び出る。凄まじく真剣な顔つきで、まるで溜息を吐くかのように、イッチーは俺を綺麗だと評した。その瞬間、羞恥からか燃え上がるような感覚をおぼえる。

 

「で、あとコレとコレな。」

(わっ!?白の唾広帽子……とウェッジソールのサンダルか?これがどうしたってのよ。)

「3種の神器って奴だな。ちなみにだけど、そっち2つはもう会計済ませてっから。」

(ダ、ダニィ!?)

 

 イッチーが俺の頭を押さえるようにして被せたのは、これまた純白で大きめの円形をした帽子だった。何事かと困惑していると、スニーカーが消失しているのに気がつく。代わりにウェッジソールのサンダルが置いてある……。そしてイッチーは、それら2つは会計を済ませたと言う。

 

 お、俺が着替えている間に買っちゃったな!?確かに、ワンピースに白帽子……そしてサンダルは最強の組み合わせだと思うよ。けど何さ、その外堀から埋めるような所業は!これじゃあこのワンピースも買ってもらうしかないじゃない!なんて思っていると、イッチーは既に店員さんを呼び寄せていた。

 

「すみませーん、これも買うんで値札外しといてください。」

「はい、お買い上げありがとうございます。お客様、失礼致します。」

 

 あれよあれよという間に事が進んでいく……。店員さんはいそいそとワンピースについている値札を外した。それを持って会計へと向かうので、慌ててサンダルを履いて追いかける。ってかスニーカー……は、イッチーがもってる袋に入ってるみたいだな。

 

「お会計―――」

(わーっ!?聞きたくない聞きたくない!)

 

 ワンピースの値段は確認していないけど、これ多分高いやつ!イッチーへの申し訳なさがあってか、俺は目を閉じ耳をふさぐ。はぁ……なんでこうなるんかな。アレだよイッチー……俺だから良いけど、あんまりこういう事してると勘違いさせちゃうよ?……俺も実際勘違いしてるし。

 

 まぁ……そんなこんなで会計は終わり、俺とイッチーは店から出た。とりあえず深々と頭を下げると、気にするなとまかり通される。とはいえ……何か礼をしないと気が済まない。けど、高価なプレゼントなんかするとイタチごっこになっちゃうんだろうしなぁ……。

 

 ……俺に出来る事って、なんなんだろ。こうして真剣に考えてみると、家事くらいしか思いつかないな。あ〜ダメダメ!こういうネガティヴな事を考えてると、またせっちゃんに怒られる。出来る事から出来る事を見出せば良いじゃない。そうだねぇ〜……どうしようかな……。

 

「飯には少し早いし、なんかどっかで暇潰そうぜ。」

(おっ、良いね!じゃあ……アレとか。)

「映画のポスター?ああ、見たい映画でもあるんだな。解った、黒乃に合わせる。」

 

 今は良い考えが思いつかないし、ゆっくりしながらだと映画は最適だ。ちょうど観たいのもあったしね……。アメコミヒーローの実写映画化したやつ、好きなんだよなぁ。やっぱド派手な作品は劇場で見ないとねぇ。臨場感が違うわけよ、臨場感。そんなわけで、映画館へゴーだ!

 

 

 

 

 

 

 映画も見終わり昼食も済ませば、時刻は3時を回るか回らないか程だ。上映中になんとかいい考えが浮かんだ俺は、手芸用品専門店へと足を運んでいた。高価な物に対抗するには、真心だと思い立ったわけよ。そこで俺は、イッチーに手作りのエプロンでもプレゼントしようかなと思っている。

 

 イッチーはどういう理由でここに立ち寄ったのか解らないみたいで、不思議そうに店内を見回している。フフッ……そのくらいがちょうど良いよ。せっかくだから驚かせたいし、ばれちゃうと面白くなくなってしまう。デザインはもう決めてあるし、後は必要な色の糸を揃えるだけだな〜っと……。

 

(白、青に……うーん黄色……もあった方が良さそうか。)

「随分沢山買うんだな。」

(そりゃね。これでも少ないと思うけど……。)

「黒乃ってさ、やっぱり家庭的だよな。まぁ……俺達の場合は嫌でもそうなっちゃった感はあるけど。なんて言うかさ、いつでも嫁に行けそうだよな。」

 

 俺の気持ちにもよるが、それはマジでイエスかも知れない。なかなかねぇ……イッチーのいう通り勝手にスキルが身に着いちゃうんですよ、親がいないとさ。……この話題はここまでだ!とにかく、いつでも嫁に出られるだけのスキルはあるんすわ。今は誰にも貰われる気はないけどね。やっぱりいつまでも自分の気持ちに整理が着かなさそうだ。

 

「……その、さ!もし黒乃が良ければ俺が―――」

(ん?イッチー今なんて―――)

「あら……もしかして黒乃ちゃん?」

(その声……わっ、鶫さん!?)

 

 イッチーが俺に何か言いかけたその時、他に話しかけてくる人物が。誰かと思って目を向けてみると、そこに居たのはなんと鶫さんだった。いつも藤堂様って呼ばれていたし、何か気の張った声色だからな……一瞬誰か解からなかったぞ。しかし、鶫さんはこんなところでどうしたんだろうね?

 

「そっちの子は……フフフ、もしかして彼氏さん?」

「い、いや……俺と黒乃はそんなんじゃ……。というかすみません、どちら様で?」

「ああ、これは失礼。私、近江重工の社長秘書を務めております。常盤 鶫と申しますので、以後お見知りおきを。」

「ど、ども……。えっと、黒乃の兄?いや、弟?あ~……とにかく家族で……織斑 一夏です。こちらこそよろしくどうぞ……。」

 

 鶫さん、プライベートなら冗談とか言うんだな……。今のは明らかに俺とイッチーがそういう関係じゃないと解ったうえでの質問だったに違いない。それでお互い自己紹介に入ったのだが、そうそう……俺の知ってる鶫さんは今のだよ。キリッとして、何処かとっつきづらい感じでさ……。

 

「……何というか、いつも黒乃が世話になってます。」

「いえいえ、黒乃ちゃんには大した事はしてあげられてないわ。現にこうやって砕けた口調で話すのも初めてだし。いつもゴメンなさいね、黒乃ちゃん。私、少し高圧的でしょう?」

(何言ってんすか、それが良いんですよ!)

「そう……なら良いのだけれど。ところで、2人はどうしたの?」

「さっきまで遊んでたんすけど、黒乃が此処に寄りたいとかで。」

「へぇ……そうなの。なるほどなるほど……。」

 

 いや~……鶫さんはそう言っているが、結構身の回りの世話もしてもらったりしてる。それよりも、鶫さんの質問に答えなくては。鶫さんが高圧的なのは、秘書とは言え舐められたらダメってのがあるだろうし……仕方ない事だ。それに俺としては高圧的な鶫さんは大好物ですんで。

 

 ちなみにだが鶫さん、俺がイッチーに何か手作りのモノをプレゼントしようってのを察したね?鷹兄とはまた違った……大人の女性らしい悪戯っぽい笑みを向けられた。べ、別にお礼ですから……特別な意味とかないですから。そんな顔されたって困ると言いますか……。

 

「そういう……常盤さん?は……。」

「フフッ、別に鶫で構わないわよ。私はこう見えても手芸が趣味なの。だからこういうお店にはよく顔をだすから……。今日は子供たちに何か作ってあげようかと思って。」

「えっ……!?お子さんいらっしゃ……ああ、いや!失礼ですよね……すみません。」

「そうねぇ……あまり子持ちって思われた事はないわね。でも、こう見えても2児の母なのよ?」

 

 イッチーが驚くのも無理はない。だって俺も知らなかったんだもの。……まぁ既婚者なのは流石に知ってるし、違和感ないのも解る。鶫さんはこれが証拠よとでも言いたげに、携帯のディスプレイに1枚の写真を表示させた。そこには、大人しそうな女の子と、腕白そうな男の子が……。

 

「お~……なんか良いすね、お子さんの写真とかって。」

「フフッ……一夏くんは頑張らないとね。ボーッとしてたら取られちゃうでしょうし。」

「な、何言ってんすか!いや、確かにそうですけど……。」

(……?チラッチラと俺見て、イッチーってばどうし―――って、けっこうレジ込んでるな……。イッチー、俺ってば会計してくるね。)

「お、おお……おう。行ってこいよ、俺はここで待ってるから。」

 

 なんだか2人のやり取りに置いて行かれている感があるが、そんな事をしてる間にレジが混雑し始める。話を遮るようで申し訳なかったが、イッチーの肩を叩いてからレジを指差す。すると俺が何を言いたいのか察してくれたのを確認し、俺は早歩きでレジを目指した。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ一夏くん、少し聞かせて欲しいのだけれど……。」

「はぁ……?答えられる範囲なら全然構わないっすよ。」

「貴方、本当に黒乃ちゃんと付き合ってないの?」

「ぶふぉ!?い、いや……付き合ってはない……ですけど。」

 

 黒乃の姿が見えなくなったのを確認すると、鶫さんは唐突に話を切り替えてきた。お題は、俺と黒乃の関係性について……らしい。だけれど、鶫さんの質問の意図が解からない。……そもそもどうなんだ、周りから見た俺と黒乃って。彼氏彼女に思われたら嬉しいんだが。

 

「そう……。ごめんなさいね、何かタイミングの悪い時に話しかけちゃったみたいで。貴方、割と重要な台詞を言おうとしてたでしょ?」

「いや、良いんですよ。どのみち不発に終わる気しかしませんし……。」

「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、やっぱり私が邪魔って事は変わらなさそうね……。貴方、よほど黒乃ちゃんを大切に想っているみたいだから。」

「っ……。……ええ、大好きです。」

 

 お邪魔……って事は、それっぽく見えてたって事になるな。鶫さんの返答に対して、俺は内心で盛大にガッツポーズをとって見せる。本当に……今の俺にとっては、それ以上に言われて嬉しい事はない。2人ってお似合いだよねとか言われて……最高じゃないか。

 

「あの子、優しいものね。……此処のところの世間じゃ考えられないくらい。ウチの人にもファンが多くて。」

「近江重工の職員さん?そう……ですか。」

「心配しなくても平気よ、ファンに該当する人には確実に貴方は勝ってるはずだもの。ただ、ねぇ……1人だけ強敵がいるわ。別に恋愛対象とは違う意味で厄介と言うか……。」

「もしかして、近江先生ですか?」

「やっぱり解るかしら?こちらこそ、鷹丸が迷惑かけて……本当にごめんなさい。」

 

 鶫さんの眉間に皺が寄り、頭が痛そうな仕草を見せた。この仕草は、千冬姉がある人物と相対している時とそっくりだった。そう……近江先生の対応をしている時の千冬姉に。本当に……あの人は黒乃をどうしたいんだろうか。単に気に入ってるとかなら万々歳だが……。けれど―――

 

「まぁ……関係ないですけどね。」

「え?」

「あの人が何しようたって関係ないですよ。……俺が隣に居ますから。」

「…………。フフッ、黒乃ちゃんは素敵な男性に想われているわね。」

 

 本当に関係ない事だ。黒乃を守る……とはやっぱり言えないが、一緒に隣を歩いていくくらいなら絶対に出来る。いや、できなくてもして見せる。例えこの両足が吹き飛ぼうとも、這いずってでも前へ進む。それくらいしないと、おんぶにだっこになってしまうからな。

 

「とにかく、頑張ってね。貴方の事を応援してるわ。」

「は、はい。ありがとうございます。」

「その意気よ。想い、通じると良いわね。」

「…………。」

「おっ、黒乃……もう用事は済んだのか?」

「それなら、オバさんは退散しようかしら。黒乃ちゃん、一夏くん、またね。」

「はい、また。んじゃ行くか、黒乃。」

「…………。」

 

 会話が終わるちょうど良いタイミングで、黒乃は俺達の元へと戻ってきた。その様子は何の話だとでも言いたそうだが、こんなの聴かせられるはずもない……。鶫さんもアッサリ退いてくれて、これ以上の追求はないだろう。俺は黒乃の手を引いて、足早に店を出た。

 

 こうして、俺と黒乃の買い物は幕を閉じた。どうなんだろうな……黒乃は喜んでくれたろうか?次は絶対にデートと言って遊びに誘わなくては。黒乃が少しでも俺の事を意識してくれたら嬉しいもんだ。この夏休みっつー期間内に、なんとか気持ちを伝えようとは思う。……今後も根気よく、粘り強く……だな。

 

 

 




黒乃→勘違いだろうけど、口説かれてる気さえするな……。
一夏→黒乃を落とす第一歩だ!

一夏が本格的に黒乃を落としにかかります。
夏休み編は乙女化していく黒乃を前面に推していきたいですが……。


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第60話 一夏の愛情

今更ですが、タイトルが「一夏の~」となっているものは半ば一夏が主役です。
まぁ大半が一夏の心内を明かす回になってしまいますけれど。


 夏休みに入ってしばらくは、二次移行の影響で学園に行ったりする時間も多かった。……が、今は黒乃と2人暮らし状態になっている。そして思った……これは半同棲なんじゃないかと。そう思うと、俺にとっては当たり前だった事なんて次々と特別な事に変わっていく。

 

「「…………。」」

 

 例えば今。朝食を終えた所で、黒乃と並んで台所で食器を洗っている。こんなのは良くある話……だったのに、なんというか……夫婦とかほら、調子の良い事なんか言っちゃったりして。……なんだこのキャラは、緊張しておかしくなってしまっているのだろうか。おかしいのは元からだって?やかましいわ。

 

 あぁ……そうか、好きだったのにこんなの当たり前だって思ってたのがまず間違いなんだよな。そうかそうか……。だからと言って、ここからどうすれば良いってんだろう。黒乃に俺達夫婦みたいだなって言ってみるとか……?いや、無い。いきなりそれは困らすだけだ。

 

(いや、でも……地を固めるのも大事なわけだし……。それとなく黒乃に意識してもらう為には―――)

「…………。」

(ぐ……やっぱりきついぞ……。)

 

 黒乃が俺に抱く印象なんて、家族の域を出てやしないだろう。そうなると、それなりにアピールしていくのも大事な事であって……。そう思って黒乃を横目で見てみるが、俺は思わず言葉を詰まらせた。言えない……。完全に今まで家族として過ごしてきた弊害が出ている。

 

「…………。」

「お、悪い悪い。少しボーッとしてた……。」

「…………?」

「いや、違う……熱とかじゃないんだ。大丈夫、大丈夫……。」

 

 ツンツンと脇腹を突かれたと思えば、黒乃がジッとこちらを見つめている。黒乃は食器を布で拭く係なのだが、俺の手が止まったせいでストックが尽きてしまったらしい。すると黒乃は、俺の額に手を当てて……まるで心配するように首をかしげる。それで体温が上がりそうだ……。

 

 なんというか、やっぱり黒乃は卑怯だ。きっと俺を弟としてカウントしているんだからしょうがないのだろうが、そんな事をされると動悸が激しくなってしまうではないか。……この間まで何も感じなかった俺は本当になんなんだ。まぁ……俺が変に意識してしまっているだけなのだろうけど。

 

 そう、まずは黒乃に俺を意識してもらうところから始めないと。今は夏休みだから、それには絶好のチャンス。まずはこの家族同然ってところから脱却しないと!デート……そう、デートとやらに誘ってみる事にしよう。暇なら遊びに行こうぜ、じゃあダメだ……俺とデートしようと……言う!

 

「な、なぁ……黒乃。その……せっかくの夏休みなんだしさ。デートしないか、俺と……。」

「…………。」

「速攻で首を横に振られた!?や、やっぱり俺じゃ―――」

「用事。」

「へ、あ、はぁ……?よ、用事……?用事な!は、ははは……。そうかそうか、用事か……。」

 

 危ない……!今の黒乃が喋ってくれなかったら絶望しか無かったぞ……。好きだと気付いた掛け替えのない大事な人に、デートを即断で断られるとか……トラウマになるっての。それにしても用事か、何の用事なんだろうな。……もしかして、俺以外の男との約束だったりするのだろうか。

 

 ……むかっ。それはなんかムカつくな……。別に誰を責めようってわけではないけど。……このまま何もせずに取られたくはねぇ。俺はこれからも黒乃と一緒に居たい。違う意味の家族として、ずっと隣に居たいんだ。だから俺は、ここで下がるわけにはいかない。

 

「ちなみにその用事って……。」

「…………。」

「メール?え~っとなになに……。『アンタ今夏休みでしょ?たまには顔出しなって。アタシもアンタの顔長い事拝んでないわよ~?』……これ、確か黒乃がISの事で世話になった人だよな?」

「…………。」

 

 俺がそう聞くと、黒乃は携帯を操作してメールフォルダを開いた。そして言った通りの内容が書かれたメールが1通届いている。差出人の名は、対馬 昴。黒乃がISに乗り始めてから名前と人柄は千冬姉から聞いた事がある。となれば、これはチャンスだな……。黒乃はこの人に会う用事なんだろうし。

 

「その人に会いに行くんだよな?それだったら、悪いけど俺も着いて行かせてくれよ。」

「…………?」

「ほら、黒乃が世話になってたのに、ちゃんと挨拶した事とかなかったろ?この際だからって思うんだけど、どうだ?」

「…………。」

 

 なんというか、少しでも黒乃と一緒に居ようとするために利用するようで気が退ける……。けど、礼儀を重んじる黒乃だから、こう言えば承諾を得られるのが簡単なんて事は良く解っている。想像通りに、黒乃は首を縦に振った。まぁ……デートはまた今度にお預けって事にしておこう。

 

 

 

 

 

 

「お~……ここがそうなのか。なんか、どことなく雰囲気が学園に似てんだな……やっぱ。」

(……おかしい、イッチー絶対におかしいよ……。)

 

 俺のかつての学び舎を見てイッチーは呑気にそんな事を言ってるが、そんなのにリアクションしている暇じゃないんだよなぁ……。あ、朝のあの一言はどう解釈すれば良いんだよ。俺とデート行こうって、ば馬鹿ですか本当に……。平常心を良く保てたよ……。なんだか、皆が照れ隠しに手が出る気持ちが解った気がする。

 

 思わずグーでいきそうになったからね、グーで。けどそこは何とか耐えたと言いますか。でも……確実に男に対して照れるようになってきてるな。でも不思議な事にイッチーに対してだけなんだよなぁ……イミワカンナイ。はぁ……まぁ良いか、とっとと行く事にしよう。俺が前に進むと、少し遅れてイッチーも着いて来た。

 

(さて、昴姐さんは……っと。ま、どうせ仮眠室だろうな。)

「黒乃?そっちは仮眠室とか書いてあるけど……。」

(まぁまぁ見てなって、基本的に昴姐さんはここで寝て……ない!?あれ、昴姐さん居ないじゃん!?)

 

 何気に失礼なのかも知れないが、俺にとっては衝撃の事態なのである。だってあの人、俺が講義受けに来た日とかでも普通に仮眠室でグースカしてたからね。……此処を住処にしているみたいだし、実家に居るとかの線はないだろう。昴姐さんは変なところで真面目だったりするし、戸締りはちゃんとするからなぁ。

 

「はうぁ!?」

(ん……?)

「あの、俺達は怪しい物じゃなくて。ここの対馬さんに―――」

「せっ、先生ーっ!先生ーっ!?」

「げっ、怖がらせちゃったか……?黒乃、とにかく追いかけよう。」

 

 その時、驚くような声が聞こえた。そちらに目を向けてみると、だいたい小学6年生くらいの女の子が。イッチーが釈明をするためか話しかけると、更に驚いた様子で何処かへと駆けだした。そっちは教室の方だけど……それに先生って……。まぁとにかく、イッチーと共に小さな背中を追いかけた。

 

「先生、先生、先生!」

「遅い!アンタ何回迷子になんの!?トイレはすぐ近くだっていつも言って―――」

「そんな事より先生!何故かこんな寂れた施設に有名人が2人も来てます!」

「寂れた施設は余計!ってか有名人……?……おお、黒乃!そっちのアンタは……千冬の弟!」

 

 少女は想像通りに教室の方へと向かっていたらしい。そこでまたしても先生と叫ぶと、教室から1人の女性が顔を出した。なんと、昴姐さんである。相変わらずダルンダルンのジャージ姿だが、もしや本腰入れて教師を始めたって事か!?ま、まぁ……その真相もすぐに解るはず。

 

「おお、やっぱどことなく似てるわね……。つーか何、美男美女の姉弟とか話出来すぎじゃない?」

「は、はぁ……それはどうも。と言うかすみません、貴女が対馬 昴さんですか?」

「そうそう、これでも元国家代表よ。今度アタシの名前で検索でもしてみな。」

「えっと、機会があれば。あ、俺は織斑 一夏です。」

 

 昴姐さんはジロジロと一夏を見て、遠まわしに男前だと評した。イッチーは良く解っていないようだけどね。2人は互いに自己紹介するが、結局はいずれも状況を飲めていない。というわけで、教室に入れて貰って互いの近況報告をする事に。すると教室には、最初の子の他に2人の少女が居た。

 

「で、あのメールで顔見せに来てくれたって事で良いのかしら?」

「そうですね。俺は黒乃が世話になってたんで、挨拶がてらに。」

「律儀だねぇ……やっぱ千冬の弟だわ。それにしても、並んでると絵になるわねアンタら。これまた美男美女のカップルか……。」

「お、俺と黒乃はそういうのじゃないですから。」

 

 イッチー、昴姐さんに対してそういう返しは逆効果だよ。ほら、どうからかってやろうかとでも言いたげにニヤニヤし始めた。根っからのいじめっ子体質だからねぇ……。俺の場合は喋れないからほとんどそういう事は無かったが、この人のイジリはなかなかしつこそうだ。

 

「それでその、昴さんの方は……。」

「アタシ?ハハッ、黒乃はさっきから違和感バリバリでしょう。まぁなんつーの?ちゃんと教師すんのも悪くないかなって思ったりしてね。アンタ達、挨拶。」

「「「こんにちは!」」」

 

 やっぱり……昴姐さん更生したんだ!なんというか、元生徒としては感慨深いものがあるな。どうやら俺がここを巣立った後、本腰入れて教師をする気になったらしい。この子達は未来のIS操縦者って事だね。なんだか、昔の自分を見ているみたいで少し微笑ましい。

 

「先生が言った事って本当だったんだね。藤堂 黒乃は自分の教え子だって!」

「ねー。普段の先生を見るに信じられないよねー。」

「というか、先生って適当な上にすぐ嘘つくから……。」

「アンタら、拳骨いっとく?」

 

 少女達はキャイキャイはしゃぎながらそんな事を話す。まぁ俺も一応は代表候補生だし、名はそれなりに知れている事だろう。けど、そんな憧れみたいな言い方されると少しこそばゆいな……。うーん、これは下手な事は出来なくなってしまったな。子供の夢を壊すのは気が退けるし。

 

 というか昴姐さん、体罰はいかんよ体罰は。まぁちー姉みたく出席簿とかで叩くよりはまし……なのかな?でも昴姐さんの拳骨はなんだか痛そうだ。子供達もその威力が身に染みているのか、今度はギャーギャーと反省の意を述べる。……必死過ぎて何言ってるか解んないや。

 

「……ったく。あぁ……そうだ黒乃、せっかく顔出してくれたのに悪いんだけどさ。」

(はい、どうしました?)

「この子達に飛行技術を披露してあげてくれない?参考にはなんないだろうけど、いい刺激にはなると思うからさ。」

(うっす、そういう事なら任せてよ。後輩の為なら一肌脱ぎますとも!)

「ええっ、良いんですか!?」

「凄い……あの藤堂さんの動きを生で観れるなんて!」

「ISの操縦技術で藤堂さんの右に出る人はいないとかなんとかー。」

 

 昴姐さんの頼み事は断れない。しかも飛ぶだけとくれば、本当に楽勝なもんだ。俺が立ちあがると、一斉に子供たちに囲まれてしまう。ハッハッハ……そう慌てんでも俺は逃げんよ。調子に乗るつもりはないが、こうやってちやほやされるのも悪くはない。子供達だから尚の事……かな。

 

「一夏の相手はアタシがしとくから、刹那がエネルギー切れになるまで飛んでやって。」

「黒乃、頑張れよ。あっ、でもはりきり過ぎないようにな。」

(了解!確かに、イッチーの言う通り気楽にいかんと……。)

「藤堂さん、更衣室はこっちですよ!」

「……藤堂さんって私達の先輩でしょ?そのくらい言わなくたって……。」

「まーまー……。代表候補生を前にして興奮してるんでしょー。」

 

 イッチーと昴姐さんの言葉に頷くと、最初に出会った子が俺をグイグイと引っ張っていく。クールっぽい子の言う通り、案内される必要はなかったりするが……此処は大人しく連行される事にしておこう。こうして俺は、子供達と共に教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「さぁ~て、ようやく2人になれたわね。」

「な、なんですかその……不吉な笑みは。」

「いやぁ、アンタにいろいろ聞こうと思ってさぁ。アンタ、黒乃の事好きでしょ?」

「げふっ!?」

 

 昴さんは、黒乃達が出ていくなり身を乗り出しながらそう言った。千冬姉がいろいろ面倒な奴とか言っていたけど、これはそういう事なのだろうか?嫌な予感が全開な最中、昴さんはニタリニタリと笑みを浮かべながら俺にそう聞く。いきなり図星を突かれたせいか、思い切りむせ返ってしまった。

 

「おーおー解り易いねぇ。そういう所は流石に千冬とは違うか。まぁ、アタシとしては一夏みたいなのが好印象だけど。」

「あの~……そんなに解り易いですか、俺。」

「そりゃあもう解り易いわよ。アンタが俺と黒乃はそんなんじゃない~って言った時には丸わかりだわ。」

 

 決して顔に出辛い方だと思っているわけではないが、こう簡単に見抜かれるのもなかなか……。昴さんのからかうような笑みは、二カッとした物に変わる。微笑ましいとか、青春してるなとか思ってるのだろうか。そのくらいは別に良いと言うか、からかわれるよりはよほどいい。

 

「で、黒乃のどのへんが好きなの?」

「いきなりそれ聞きますか!?」

「そこ聞かないでどうすんのよ。ほら、吐かないとアタシはしつこいわよ。」

 

 それは確かにしつこそうだ。素直に答えておく方が得策なのかも知れない。さて、黒乃の何処が好きか……か。漠然と好きである事は自覚したが、思えばそこは深く考えた事がなかったかも知れない。だが、そんなものは始めから解っていた事だ。俺の答えは1つ―――

 

「全部好きです。」

「あぁ……?ちぃっと理由にしちゃ適当過ぎやしないかしら。」

「全然適当じゃないですよ。俺は黒乃の全部が好きなんです。優しいところも好きですし、綺麗なところも好きですし、ああ見えて意外とポカをやらかすところも可愛いと思いますし。」

 

 昴さんはいまいち俺の回答がお気に召さないようだが、本当に黒乃の全てが好きで仕方がない。それそこ、挙げていけばキリがなくなってしまう。だからこそ簡潔に全部が好きだと纏めたのだ。藤堂 黒乃という少女は、俺にとってそれほどの存在であるという証明だ。

 

 俺としてはこれの他に回答しようもないのだが、どうにも昴さんは釈然としない様子だ。やっぱり俺の言葉がお気に召さないのか……?いや、それとも違うような表情だ。何か……俺に対して言うべきか言うべきでないのか、それを迷っているようにも見える。

 

「一夏や千冬には遠く及ばないだろうけど、アタシもそれなりに黒乃の事を大切に思ってんのよ。」

「それは、ありがとうございます。」

「感謝が出るっつー事は、知ってんのね。あの子は敵が多い。適当に人生過ごしていろんな人を振り回しちゃってるアタシなんかよりよっぽど。」

「昴さんは、自分が嫌われて当然だって思っているんですか?」

「まぁアタシの場合はね。それそこ最近は反省してっけど……それは置いといて。あの子は……アタシと違って理解できてないかも知れない。どうして自分がこうも恐れられているのか……。」

 

 ……黒乃が多重人格の可能性があるのは知ってそうな口ぶりだ。黒乃は……常に自分の出せる全力を出しているだけなのだろう。だが、それは周囲の人間からすればとてつもなく驚異的な事で……理解してはもらえない。それでも黒乃は全力を出す事は止めない。それも全て、自分の中にあるもう1人の自分に打ち勝とうとしているから。

 

 ……理解してもらえないのは、とてつもなく苦しい事に違いない。黒乃が頑張れば頑張るほど、それは顕著に表れる。苦しみ、悲しみ、虚しさ……。自分がそれらを周囲の人間から受けるのは、どうしてなのだろうと……黒乃がそう思っていたとして、昴さんは俺にいったい何を……?

 

「アタシもね、正直あの子が怖かった時期がある。長くあの子に触れてそんなんじゃないって認識できたけど……。それでも、それでもまだ……多分あの子の事は全然理解してあげられてないんだと思う。」

「…………。」

「ってか、ぶっちゃけ一生かかっても無理かもしんないわね。だからこそ、あの子と共に進むのは茨の道。あらゆる棘に裂かれながら進む事になるだろうよ。」

 

 一生かかっても理解してやれない……。悔しいが、それは全面的に肯定するしかないのかもな。黒乃の苦しみは、黒乃にしか解からない。解ったつもりだろうと、黒乃からすれば知った風な口をきくなと思われるかもしれない。それでも俺は……。

 

「覚悟、ある?あの子と一緒に歩いてく覚悟……。もし生半可な覚悟で黒乃の全部が好きとかほざいてんなら、アタシは全力でアンタを認めない。……アタシにとってそのくらい大事なのよ、あの子は。」

「……出来てますよ。黒乃が自分を守ってくれって言うんなら、俺の身を差し出します。痛みを分かち合おうって言うんなら、絶対に隣を離れません。逆に黒乃が自分から傷を負おうとするんなら、それは絶対にさせない。全部俺が引き受けます。黒乃との道が茨の道っていうんだったら……喜んで血みどろくらいなってやりますよ。」

 

 周りが茨の棘に覆われていようとも、俺にとっては黒乃が隣に居てくれるだけで幸せなんだ。いつか黒乃にもそう思って欲しいところだが、何もそれを強要するつもりは毛頭ない。とにかく俺は、黒乃と共に歩む事を躊躇わない。黒乃を愛する事を躊躇わない。愛って、躊躇わない事そのものだろうから。

 

「ブッ……!フッ……アハハハハハハハハ!」

「はい……?」

「アンタ面白いわねぇ!普通真顔でそんな恥ずかしい事言えないわよ!いや、アタシも全部心からの言葉だったけどさぁ。うん、アンタの事気に入ったよ!」

 

 確かに恥ずかしい事を言っている自覚はあったが、それは雰囲気的にノーカンにしてくれても良いんじゃないだろうか。大笑いされると急に恥ずかしくなってくるというか、本当に顔が熱くて仕方がない。つまり昴さんは、俺が何処まで本気か試していた……という事だろうか?

 

「よっしゃ、アタシは一夏の恋を全力で支持するよ!アンタほどあの子に相応しいのは居ないでしょうね。今この会話で確信したわ!」

「あ、ありがとうございます!」

「いやぁ……それにしても、黒乃もイイ男を捕まえたもんだねぇ。うん、めでたい!え~っと酒酒酒は~っと。」

「酒!?なんで教室に酒を仕込んでるんですか!」

「固い事言わない!今日は一夏と黒乃の門出を祝ってだね―――」

「き、気が早過ぎますから!というか、呑む口実が欲しいだけですよね!?」

 

 イッチー知ってるよ、大人ってのは何かとつけてすぐに呑む口実にするんだって。正月や花見の季節はさることながら、クリスマスとかもそうなってしまう。昼間から……いや、時間帯としては全然朝だ。とにかくそんな時間帯から呑まさせるのもなんなので、説得しながら昴さんを止めようと試みる。

 

 しかし、力及ばず……。昴さんは教室内のロッカーに隠してあったであろう酒瓶を取り出すと、栓を開けるや否やガブガブと飲み下していく。当然ながらそんな速度で飲むと酔いも早い。黒乃達が戻って来るまでのしばらくは、とにかくひたすら地獄だったとだけ言っておこう……。

 

 

 




(勘違い要素は)ないです。
すみません、今回はどう捻っても思いつきませんでした。
代わりに一夏がペラペラ恥ずかしい事を言ったので許してください!何でも(ry


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第61話 クロノ・ザ・スクリーム

「うーん、やっぱり夏休みともなると、こういう場所はとんでもなく混雑するな。」

(ソウダネー……。)

 

 夏の太陽が照り付ける最中、様々な人々が大挙して訪れている。ここは都内でも有数の遊園地。黒乃と一夏はここへデートしにやって来たのだ。と言うのも、ついに一夏がハッキリ伝えた……デートしようと。黒乃があまり乗り気でないのはそういう事である。

 

 正直言って、全く嬉しくなかったというわけでもない。……が、やはり現状では一夏のそういった行動は悩みの種でしかないようだ。逆に一夏が露骨に嬉しそうなせいで混乱も大きく、もはや頭痛が収まらないレベル。なかなか割り切ってしまう事も出来ずにいるようだ。

 

「こんな場所来るのいつぶりだったっけ。だけどその、2人きりは……は、初めてだな……。」

(いやね、最近は一緒に行動する事が多過ぎる気がするんすわ。)

「と、とにかく今日は楽しもう!なんたって、デートなんだからさ。」

(……キミの発言が俺を気楽にさせないんだよなぁ。)

 

 非常に照れくさそうに一夏が述べると、やっぱり黒乃のテンションは冷める一方。夏休みになってからヒロインズの顔を見てませんけど?キミの口からヒロインズの名前すら聞いてませんけど?……と、どうして自分に構うのかと困惑するしかない。そんな困惑する黒乃をよそに、一夏は手を取り案内板の方へと導く。

 

「ジェットコースターにコーヒーカップか……この辺りは定番過ぎて面白味に欠けるよな。」

(同感……ってか絶叫マシン苦手だし構わんけど。……ん?イッチー、そっちの看板見てみ。)

「むっ、何か催し物でもやってるみたいだ……。せっかくだし、そっちに行ってみるか?」

(そだね。何やるかは謎だけど……。)

 

黒乃が指差した看板に書かれているのは、夏休みスペシャルチャレンジ!と書かれていて、後は場所の指定をしているのみだった。とはいえ、こういう曖昧な書き方をされるからこそ気になってしまうというのもある。そういうわけで、2人は指定された場所へ向かってみる事に。

 

「ん~……なんとなく人だかりはあるけど、混雑してるって感じでもないな。」

(とりあえず近づいてみるだけ近づいてみない?)

「なんなんだろうなぁ、スペシャルチャレンジって。」

 

 もっと大勢が集まっているものだと勝手に想像していただけに、一夏はなんだか拍子抜けした様子で頬を掻く。しかし、まだ全貌は明らかになってはいない。一度気になったのなら、最後まで見届けたくなるのが性……ではあるのだが、とある建造物が目に入った黒乃は固まった。

 

(……ぴぃっ!?あ、あれはもしや……。)

「黒乃?どうかして……って、なんだお化け屋敷か。確かに夏特有って感じかもな。」

(もしかしなくてもお化け屋敷でやぁああああ!ヤダヤダヤダ!戻ろうイッチー!)

「そこの2名様、ご入場希望でしょうか!?」

「え、あ、えっと……はい?」

「了解です!2名様ご案内!」

(イッチイイイイッ!?)

 

 いかにもな雰囲気を漂わせる古民家風の建造物を目の前にして、瞬時に黒乃はお化け屋敷だと悟った。当然ながら黒乃にとって最悪とも言えるアトラクションだ。しかし忙しさ故か、係員は慌てた対応を取る。そんな慌てた対応だったせいか、一夏は生返事をしてしまい……お化け屋敷に押し込まれてしまった。

 

「……なんかなし崩しに入っちまったな。まぁ良いや、適当に終わらそうぜ。」

(アンタ正気か!?待て、今ならまだ間に合う!だから前に進まんといてぇ……。この時点で怖いよぉ……。)

「く、黒乃……?……あれ、嘘だろ?怖いの苦手だっだっけか!?」

 

 一夏が前に進もうとすると、黒乃はその手をがっちり掴んで嫌だ嫌だと首を猛烈に左右へ振った。意外、一夏からすれば大変に意外な出来事である。基本的にどんな事にも動じないと思われているためか、まさかそんなといったところなのだろう。

 

「いや、ほら……ホラーゲームとかやってるし、てっきり俺は……。」

(あれはゲームだからだよ、だって倒せるじゃん!自分で倒せないからホラー映画なんか絶対に見ないし―――)

『ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!』

(でぇやああああああっ!?勘弁してええええええ!)

「ちょ、待て黒乃……とりあえず落ち着こう、走ると危ないぞ!」

 

 入口付近で揉めていると、オブジェクト思われた井戸の中から白装束の女が現れ奇声を上げた。恐らくだが、入り口で揉められると次の客が入れられない。そのための保険的な役割で配置されているスタッフだろう。その思惑通りに、黒乃は全力ダッシュで奥の方へと走っていく。一夏も慌ててそれを追いかけた。

 

(扉……っ!?知ってるんだぞ、開けた端から驚かすつもりだな!?)

「うおっ、とととと……黒乃、急に立ち止まっても危な―――」

(イッチー……お願いだから開けてちょうだい。もうここまで来たら進むしかないからさぁ……。)

「く、黒乃……!?」

 

 しばらく通路を道なりに進むと、そこには観音開きの扉が待ち構えていた。黒乃は急ブレーキをかけて立ち止まると、一夏の背に隠れるようにしながら抱き着く。黒乃の立派な双丘が背に押し付けられ、一夏は気が気でない。……と同時に、こんな事を考えていた。

 

(お、俺……もしかして、今ものすごく頼られている!?)

(イッチー……?まさかとは思うけど、イッチーも怖気づいてるとかじゃ―――)

「く、黒乃……流石にそれじゃ歩き難いからさ、抱き着くんなら腕にしてくれ。」

(あ、そっか……そうだよね。うん、解った。)

(う、うおおおおっ!黒乃と……黒乃と腕組ぃ!)

 

 普段なら少し渋る提案を一夏がしたが、黒乃は何の迷いもなく腕に抱き着いた。一夏本人も、自分で調子に乗っている自覚はあるようだ。しかし、それでも黒乃が見事に抱き着いてきたもので……テンションは最高峰となった。そして、一夏は更に調子に乗っていく。

 

「黒乃、俺がついてる。だから怖くなんかないぞ。」

(イッチー……。フフ、ありがと……かっこいいじゃん。)

(あぁぁぁ……なんだ、なんだこの可愛い黒乃は!いや、普段から可愛いけど怖がってる黒乃とか可愛いに決まってんだろ!)

 

 安心させるような事を言いつつ、一夏は黒乃を前にして良いところを見せようと画策しているらしい。現状、今の黒乃は少しでも安心が欲しいというふうに思考回路が働いている。いつもの乙女化に対する嫌悪感は何処へやら、黒乃は一夏の腕に頬を擦りつけた。その行為が一夏を完全に腑抜けにさせる。

 

「良し、行くぞ黒乃……準備は良いか?」

(うん、キミとだったら大丈夫な気がするよ!)

「たのもーっ!……ここは、蔵か何かか……?」

(レプリカだろうけど、壺とか掛け軸とか……骨董品が沢山だね。)

 

 勢いよく扉を開けてみるも、特に何かが襲ってくるという事もない。一夏が蔵だと推理した内装も、至って静かなものだ。しかし、その静けさが逆に不気味さを引き立てている。黒乃はオズオズと一夏の腕に抱き着いたまま周囲を見渡すと、あるものを発見したようだ。

 

(うひぃ!?イ、イッチー、イッチー、イッチー!)

「な、どうした黒乃!?って、うへぇ……なんだこれ、血文字のつもりか?悪趣味だな……。」

(ひぃぃぃ……赤黒くて妙にリアルぅ……!)

「お化け屋敷でありがちな指令系の奴か?え~と……『ご神体をあるべき場所へと返し、無念に捕らわれた悲しき魂を鎮めるべし』……か。これ、良くできた仕組みだな……ここで分断するつもりらしいぜ。」

 

 一夏が書かれていた血文字を読むと、その近場に隠し扉を発見した。しかし、どう考えたって1人が通るのが限界なスペースしかない。ペアで参加した場合、どちらかが待ち惚けを食う事になる。扉の先に進んだら進んだで何かあるだろうし、待っていても絶対に何か仕掛けてくるだろう。

 

「どうする、黒乃が行くか?」

(嫌だ!絶対に行かないもんね!)

「ん、じゃあ少し俺が様子を見てくるよ。」

(それも嫌ぁ!お願いだから1人にしないでよぉ……。イッチーってば俺がついてるってさっき言ったもん!後生だから片時も離れないで!)

「い、いや黒乃……この場合でどっちも否定されると流石に困るっていうか……。」

 

 判断を黒乃に委ねた一夏だったが、行くかと問えば否定され、行こうとしたら体重をかけられ遮られた。何気に嬉しくもある一夏だったが、いつまでこうしていたって仕方がなくもある。珍しい黒乃の様子にどう対応を取って良いか正解が見えないのだろう。

 

「黒乃、少し行ってくるだけだから……な?すぐ帰って来るって約束する。」

(そ、そんな殺生な……。うぅ……心細いぃ……。)

「よっと……。ご神体をあるべきとこへって……この棚の中か……?」

『ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛……!』

「げ、しまった……このパターンだったか!」

 

 狭い隠し扉の奥に侵入した一夏は、小さな棚をゆっくりと開いた。するとそこには、木彫りの人形が置いてある。それを取ろうと一夏が手を伸ばすと、棚の奥から呻き声と共に青白い腕が……。木彫り人形を取ろうとしていた手首を掴まれ、一夏は拘束されてしまう。一方の黒乃はと言うと……。

 

(ひぃ……なんかガタガタ言ってる……。イッチー……大丈夫かなぁ……。)

『どうかな、儂の大事なコレクションはぁ……。気に入ってくれたかぁい?』

(ほぇ?…………キャアアアアアアアアッ!?……きゅう……。)

「え、ちょ……なんだ今のドターンって音は……。ん、黒乃!?もしかして気を失ったりしてないだろうな!」

 

 一夏を心配しつつ、早く帰って来ないかとソワソワ……ソワソワ……。そんな様子で待機していると、黒乃は何者かに肩を叩かれた。警戒心が薄れていたのか定かではないが、黒乃は遠慮なしに振り返る。すると眼前には、血みどろになった老人が待ち構えていた……。あまりの恐怖と驚きがピークに達したらしく、黒乃は一夏の想像通りに気を失ってしまったのだ。

 

「くそっ、いい加減に離せよ!黒乃、おい……しっかりしろよ黒乃!」

(う、う~ん……イッチー……?あ~……イッチーだ……。)

「大丈夫……そうか?立てるか?」

(……よいっ……しょ……。ア、アハハ……こ、腰が抜けちゃったっぽい……。)

 

 掴んでいた手を振り払うと、一夏は慌てて黒乃に駆け寄った。木の床に倒れている黒乃の上半身を抱きかかえると、ユサユサと優しく揺さぶる。どうやら気絶は一時的なもので済んだようだが、腰が抜けてしまって立てないらしい。足に力が入らないという事は一夏にも伝わった。一夏は、悔しそうに歯を食いしばって見せる。

 

「……ごめんな、俺……やっぱり全然だ。」

(そ、そんな事ないよ……。イッチーは俺を安心させようって頑張ってくれてる……。そういうの、なんていうか……温かいから……さ。)

「……黒乃は優しいな。けど、約束したんだからしっかり守るよ。今度は―――」

(わ、ちょっ……イッチー!?)

「俺の腕の中から、絶対に離さない。」

 

 一夏はそれまで調子に乗っていた事を全力で悔いた。黒乃は表情こそでないが、目も当てられない程に怖がっている。それなのに自分は黒乃に頼られていると浮かれて……。だからこそ一夏は、新たな誓いを黒乃に打ち立て……その身体を姫抱きで持ち上げた。非常に男前な顔つき&全力のイケメンボイスでの一夏の行動に、黒乃は燃え上がる感覚が顔に集中する。

 

(あ、ありがとうイッチー……。そ、それにしても暑いなー!もっと冷房効かせろよー!別に恥ずかしいとかじゃないんだからねー!)

「まだしばらく続くだろうけど、このままゴールまで一気に行くぞ。もう黒乃を怖がらせたりしないからな!」

(ああ、もう……止めっ、止めろぉー!これ以上私を照れさせる台詞を言うんじゃねぇー!……って今私っつって―――)

 

 こうして一夏は黒乃を抱き上げたまま数々の課題をこなし、宣言通りにそれ以降黒乃が怖がる事はなかった。そうしていつしかお化け屋敷も終わり、出口を飛び出してみると……2人を包んだのは盛大な拍手と冷やかすような声。そこでようやく、2人はスペシャルチャレンジとやらの全貌を知る事に……。

 

 

 

 

 

「はぁ……なんだか散々だったな。悪い、こんなはずじゃなかったんだが……。」

(いやいや、あんなの予期できてた方がおかしいってもんで……イッチーは何も悪ぅないよ。)

 

 スペシャルチャレンジとやらの全貌とは、一種の企画ものだった。親子、兄弟、友人、恋人などなど、とにかくペアでお化け屋敷へと入り、パートナーとの絆を示す内容だ。その様子は出口のモニターによって確認ができる。2人を出迎えた喝采はモニタリングをしていた観客というわけだ。

 

 企画ものなだけに賞品はしっかりと用意されており、2人は見事にベストカップル賞をもぎ取った。一夏の手に握られている長方形の小包が例の賞品とやららしい。端から見たら赤面なやり取りをしていたわけで、納得のいくベストカップル賞ではあるのかも知れない。

 

 しかしだ、多くの人間が2人の様子を見守っていた。そのせいで、あの後に何処へ行っても『例のカップルだ』なんて囁かれる。2人は何処か居心地が悪く、全力で遊園地を楽しんだとは言えないだろう。時刻は既に夕刻を回っているせいか、帰路につきつつ反省を述べる一夏の背には哀愁が漂っていた。

 

「……まぁ良いか、予行練習みたいなもんだし……。」

(へ……予行練習……?)

 

 黒乃が何の問題もないと反応を示しても、一夏は何処か納得のいっていない様子だった。そうしてポツリと自分に言い聞かせるように呟く。予行練習だ―――と。本当に、本当に周囲に聞こえるか否かギリギリの音量ではあった。しかし、黒乃にはギリギリ聞こえてしまったらしく―――

 

(予行練習って、本番があるって事……?私、練習相手ってだけだった……?なんだろ……それ、凄く―――)

「黒乃、どうかしたのか?」

「嫌。」

「嫌……って、何かあったか?俺、もしかして知らない間に何かしちゃってたり―――」

(……っ!?あ、今……俺……。)

 

 一夏が予行練習と言ったのは、黒乃と2人きりに慣れる為……という風な意味の込められた言葉だった。しかし、黒乃はそれと違う解釈をしてしまう。自分と今日外出したのは、他の誰かと出かける為の下準備である……という意味でだ。そう理解した途端、まるで泥沼に足でも取られたかのような気分に襲われる。

 

 思うように前へと進まず、ついには歩が止まってしまった。真隣を歩いていた一夏は、当然ながらすぐに異変に気が付く。どうして止まるんだと素朴な疑問をぶつけてみれば、返って来たのは……嫌と言う台詞。いくら一夏だろうと、それだけでは黒乃が何を言いたいかなんて理解できない。

 

 だが残念な事に、理解できないのは言った本人も同じだった。何故自分がそんな事を口走ったかが理解できない。つまり、一夏が自分以外とデートするのは嫌だと言っているようなものなのだから。我に返った黒乃だが、冷静になる事は容易ではない。またしても無意識に私と口走ったのも然り―――

 

(なん……で、そんな……。お、俺が……まるでイッチーの事好きみたいな考えがスラって出てきて―――)

「えっと、黒乃……俺が何かしたならハッキリ言ってくれ。なんていうか、謝りようもないし。」

「……なんでもない。」

「いや、俺にはそう見えないぞ。頼むからちゃんと―――」

「なんでもない!」

 

 一夏への好意を仄めかす発言をしてしまった事も然り―――だ。一夏は心配してこそ黒乃にハッキリと伝えてくれと言ったのだが、心中を察する事ができないのにその発言はバッドである。黒乃にとっては、自分以外とデートする一夏を想像して嫌な気持ちになったなど、言えるはずもないのだから……。

 

 黒乃に唯一逃げ道があるとすれば、なんでもないと誤魔化すくらいだった、しかし、こういう時の一夏はしつこいくらいだ。勿論、それは他人を思いやる事が出来る織斑 一夏の美点そのもの。だが時として美点は欠点となりうる。今回がとてつもなく良い例だ。

 

 一夏の黒乃を気遣う言葉は、より黒乃を追い詰める。追い詰められた黒乃には、もはや不必要なほどに否定する事のみ。感情にまかせて怒鳴るように叫ぶ。それで多少の爽快感は得たが、そんなものは一時の気休めでしかない。怒鳴って一夏に当たるような事をしてしまい、それはそれで大きな嫌悪感が黒乃にのしかかった。

 

(あ……ご、ごめんイッチー……!お、俺……そんなつもりじゃ……。)

「……そう、か。悪い、俺もしつこかったよ。黒乃が何でもないって言うんなら、そうだよな。」

「っ!?ごめん……なさい……。」

「黒乃が謝る事じゃない。俺の方こそ、ごめん。」

 

 そんなつもりじゃなかったと弁明しようとする黒乃。もし表情が出ているとするならば、それはとてつもなく情けないものだったろう。一夏が自らに非があったと言い出すものだから、黒乃は罪悪感が上乗せされたような気分だ。きちんと言葉にして謝罪を述べれば、同じく一夏も謝罪を述べる。

 

 恐らく両者が共に謝り倒して無限ループになると考えたのか、これにて謝罪合戦は打ち止めとなった。気を取り直して歩みを進めるが、どうにも2人の合間には気まずい空気が流れてしまう。一夏はもちろんこの状況を打破したい。せっかく黒乃にデートと伝えて外出したのに、こんな空気で終わらせたくないに決まっている。

 

「そういえば、だけどさ……。結局、この豪華プレゼントって何なんだろうな。」

(さぁ……?司会やってた人も皆まで言ってくれなかったし、なんなんだろうね。)

 

 一夏が握っている小包を掲げながらそう言えば、自然と2人の歩みは再度止まった。黒乃にとっては過酷なお化け屋敷を乗り越えただけに、しょうもない物でないと願いたい。なんとか話題を変えるための術だったのだが、ここまでくれば開けてみる以外の選択肢はないだろう。

 

「……なぁ、開けてみようぜ。」

(うんうん、俺もすげぇ気になってきたわ。やっちまえイッチー。)

 

 小包に丁寧に施されているリボンやラッピングの加工を取り外すと、中身の箱が露わになった。そうして慎重に箱も開封してみれば、その中に入っているのは……何とペアリングだった。ただし、ネックレスタイプのものだ。しかし、一夏には見覚えのある代物らしい。

 

「これ……本当に高級ブランドの奴だぞ!?……あぁ、だからベストカップル賞なのな……。」

(へぇ~……。うん?イッチーの癖して妙に詳しいような―――)

「あっ、その、だからって俺達がそういうんじゃないのは解ってるぞ!?うん……。」

(いや、そんな否定してくれなくったって良いけど……。解ってるよ、別にそのくらい。)

 

 一夏が珍しくアクセサリー類に詳しいのには、それなりの理由と言うものがある。この男、今からいずれ黒乃に送るであろう指輪の為に勉強をしたりしているのだ。というか、黒乃と半同棲状態に戻った最近はそういった事の妄想に耽る毎日だったり……。

 

 つまり一夏の脳内にて、自分たちはほぼほぼカップルである……という思考は確かに存在している。ついそれがポロッと口から洩れてしまったため、一夏は慌てて弁明の言葉を述べた。今現在では、それこそが地雷だという事も知らずに……。

 

「う~ん……しかし、俺はともかく黒乃はチョーカーがなぁ。」

(あ、うん……そうなんだよね。せっちゃんの待機形態がチョーカーだからさ、実は首関係のアクセサリーは着けづらいっていうね。まぁ……ぶっちゃけアクセサリーなんて着けないから無意味なんだけどさ。)

 

 黒乃の首元を見た一夏は、何か困ったような表情を浮かべた。それはチョーカーがあるから、リングを首から下げたらバランスがおかしいと言いたいのだろう。しかし専用機の待機形態ともあれば、そうそう外すわけにもいかないというのもまた事実なのだ。

 

 黒乃がチョーカーを外すとすれば、風呂と睡眠時ほど。特殊な例を挙げるとすれば、つい先日の臨海学校の際に海では外していた。これは風呂と同じく、濡れたらなんとなくまずいのかなー……などと黒乃が思っているから。どちらにせよ、常にと言って良いほどに肌身離さずチョーカーを装着しているという事。

 

「…………。」

(イッチー?真剣にペアリング眺めたって、どの道俺には無用の長物―――)

「……良い事思いついた。なぁ黒乃、お前の分……少し預からせてくれないか?」

(どーぞどーぞ。質に居れるなりなんなり。)

 

 しばらく難しい顔でペアリングを眺めていた一夏だったが、突然にパッと表情が明るくなった。その様子は言葉通りに良い事を思いついた表現そのもの。何か上機嫌な一夏は、黒乃の分を預からせてくれと頼む。特に執着のない黒乃は、快く一夏の提案を受け入れた。

 

「そうか、ありがとう。じゃあ……今度こそ気を取り直して帰ろう!」

(どわった……!?急に元気になったなぁ……。まぁ良いか、元気なイッチーが1番だよね。)

 

 にこやかにペアリングをケースにしまうと、一夏は黒乃の手を取り駆けだすようにして歩き出した。不意打ち気味だったせいか少しよろけた黒乃だったが、危なげなく一夏の少し後ろを歩く。その視点から見る一夏の表情は、何故だか本日最高の微笑みだったとか……。

 

 

 




黒乃→予行練習って、なんか……面白くはないかも……。
一夏→これも黒乃と2人きりに慣れる予行演習だよな。

ペアリングを一夏がどうする気なのか、真相はかなり先に明かす事になります。
具体的には一夏の誕生日回程でしょうか……?
覚えておいていただければ幸いです。


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第62話 喪失と消失

(う゛~……痛たたたた……。)

 

 ベッドの中にて意識が覚醒するのと同時に、下腹部あたりに鈍く深い痛みを感じた。いや、むしろこの痛みで目が覚めたって言った方が良いか……。もしやと思い枕元に置いてある手帳タイプのカレンダーを開くと、案の定アレであった。うん、アレだよアレ……女の子の日って奴。

 

 あ゛~……油断してたかなぁ……。元男だったというのもあってか、どうにも管理が甘くなってしまう。しかも俺の場合は予兆とかなくて突然くるから性質が悪い。気だるく何もする気が起きないけど、家事はちゃんとやらないと……。朝食……作らなきゃな……。

 

 朝食作って食べ終えたら即ベッドに戻る算段なため、パジャマのまま階段を降りていく。何作ろうかな……。正直なとこで食欲もないし、イッチーには悪いけどスープとかにしよう。確か冷蔵庫に昨日仕込んでおいたカツオと昆布の1番出汁がだね……あぁ、あったあった。

 

 えっと……他に食材……。……さっぱり目でローカロリーなのが良いかな。それなら鶏ササミに、う~ん……プチトマト?も使えそうか……。後は、しめじに卵ってところかね。んじゃ、始めますぜー……っと。俺はエプロンを身に纏うと、包丁やら鍋やら必要な調理器具を取り出した。

 

 さてと、まずはカツオと昆布の出汁を鍋に入れて火にかけておいて……その間に野菜を切る。プチトマトを輪切りで半分にして、しめじの石つきを落とす……。しめじは……先に出汁に入れとかないと。軽く手でほぐして出汁へと投入すると、俺は更に次の工程へと取り掛かる。

 

(お・に・くー……なのにテンション上がらねぇ……。)

 

 ささみをパッケージから取り出すと、中心にある筋をはがす。火が通りやすいようにそぎ切りにすれば、お次は下味をつけなくては。ま、簡単に塩コショウだよね……。おっと、片栗粉を塗すのも忘れないようにしないとな。はい、ここで黒乃ちゃんのワンポイントアドバイス!

 

 こうして片栗粉を薄く塗しておけば、糊化して肉のパサつきを抑えてくれるのだ!……マジでダメだ、本気で調子でない。もう良い、さっさと終わらす。はい、ささみも出汁に投入~。プチトマトも入れて大丈夫なタイミングだな。同じく半分に切ったプチトマトも出汁に入れると、後は味を調えよう。

 

 ん~……塩、鶏ガラ、お酢ってとこかな……。分量?そんなの適量で良いんだよ、適量で。料理に慣れたら目分量で平気になるさ。さてさてお味は……。うん、オーケー……完璧。それじゃあ仕上げに溶き卵を……っと。溶き卵を出汁に流しいれると、ほんの数秒待って火を止める。せっかくの鶏肉だし、あまり火にかけすぎると固くなってしまうから。

 

(……香りが足りぬ。ごま油も数滴入れとこ……。)

 

 俺がアレな日であるせいか、とにかく食欲を促進する要素が欲しかった。俺が足りないと結論付けたのは香り。試しにごま油を数滴入れれば、ぶわっと良い香りが鍋中に広がる。う~む、マジで完璧。体調悪い時のが良い料理作れるってどうよ?……まぁ良いか、イッチーを起こしに―――

 

「おはよう黒乃。いやさ、なんかすげぇ良い匂いが俺の部屋まで漂って来てたんだよ。だから釣られてな……。」

(ラッキー……起こす手間はぶけた……。はい、んじゃさっさと食べよう。)

 

 階段を昇ろうとすると、イッチーが自発的に降りて来た。たははとお腹をさすりながら、なんだか照れ笑いを浮かべている。きっと、自分でも我ながら子供っぽいとでも思っているんだろう。普段なら取り合ってあげられたかも知れないが、半分無視だ。いやごめんねイッチー……お姉ちゃん本当辛いのよ……。

 

「黒乃……?…………。良い、黒乃は座ってろ。」

(おうふ、察してくれたようで……。嬉しくはあるけど、それはそれで恥ずかしい……死にたい……。)

 

 何か俺の体調が優れないのを雰囲気で察したのか、イッチーは急に真剣な空気を纏いながら俺に座るように促す。アレってのも……バレてるっぽいな。とにかくここはお言葉に甘えて、配膳はイッチーにやってもらおう。ヨタヨタと俺が席へ着くと、超速で俺氏特性「トマトとささみのかきたまスープ」が運ばれてきた。

 

「ほら……。多かったら無理して食べなくても良いからな。」

「……ありがと。」

「……どういたしまして。」

 

 イッチーの優しさが身に染みる……。全国の男性の皆さん、こういった場合はただしイケメンに限るは適応しないからね。優しい男の人は単純にモテるんじゃないでしょうか。それ故、か弱い女の子には寄り添ってあげて下さい……。……でもそれ、俺がか弱い女の子だって言ってるようなもんなんじゃ……?

 

 ええい、余計な事は考えずにとっとと食事じゃい。イッチーからスプーンを受け取ると、チビチビとスープを食べ進めていく。俺に気を遣ってるのかは知らないが、イッチーは終始無言だ。……この場合は有り難いかもね。そんなこんなでスープを完食した俺は、すぐさま自室へと足を運んだ。

 

「黒乃、エプロン着けっぱなしだぞ。」

(あっ、素で忘れてたわ……。サンキューイッチ。)

「……なんて言うか、何かあったら呼んでくれ。俺に出来る事は何でもするから。」

(…………。うん、ホントありがと……。)

 

 ボーっとしていたせいかエプロンを脱いでいない事に気が付かなかった。んでもって、ボーっとしてる間にイッチーが外してくれる。至れり尽くせりなこの状況に、なんだか申し訳なさを感じてしまう。しかし、迷惑かけてナンボとでも言いたげなイッチーの言葉に少し救われた。今度こそ俺は、自室を目指して階段を昇って行く。

 

(ただいま、我が城よ……主の帰還ぞ。ブワッハッハッハッハ……ハァ……。)

 

 テンションが上がらない→無理に上げようとする→上がらなくてへこむの悪循環である。部屋の扉を開けるなり、死ぬ気でしょうもない事を考え着く自分に嫌気がさす。普段はこんなんで1人爆笑してるんだからどうしようもねぇ。俺は倒れこむように、ベッドへと突っ伏した。

 

(はぁ……辛いなぁ。)

 

 何が辛いって痛いのもあるけど……どっちかって言うと精神的にくるんだよねぇ。ほら、こうして目を閉じると……幻聴が聞こえてくる。お前は女なんだぞ!生理がくるのは子供を産める証拠なんだぞ!……ってさ。特にここいらはアイデンティティが崩壊気味だったせいか、余計に辛く感じるな……。くそぅ、それもこれも全部イッチーのせい―――

 

『予行練習みたいなもんだし。』

(っ……!?)

『予行練習みたいな―――』

(う、五月蠅いな……だからなんだってのさ!別に関係ないよ、そんなの……イッチーが誰とデートしようが、本人達の勝手じゃん!俺は……関係ない!)

 

 ベッドの中で考えを巡らせていると、この間のイッチーの呟きが脳内で響いた。それも1回ではなく、まるで壊れたラジオのようにリピート再生される。脳内で響いている声にも関わらず、俺は耳をふさぐかのように思い切り布団を頭にかぶった。解らない……。イッチーのあの発言……いったい俺は何が気になって……。

 

(あ~止め止め!何か他の事して気を紛らわせよう……。)

 

 考えれば考えるほど、この声が止む事はないはずだ。そう思った俺は、何か気分転換になるような物を探す。ベッドの上で上半身だけをひねらせると、あるものが目についた。それは、漫画とかを置くようのとは別にある本棚だ。そこには、1冊の分厚いアルバムが並べられている。

 

(アルバム……か。思い出でも掘り起こしてたら、少しは気分も紛れるかもね……。)

 

 俺が憑依したのは黒乃ちゃんが小学校1年生の時だ。なんというか申し訳ないのだが、藤堂 黒乃として過ごした年月は俺の方が長かったりする。そのためアルバムの大半も俺が解る思い出のはずだ。気だるいながらも立ち上がり、アルバムを回収して手早くベッドへと戻る。

 

 上半身だけ起こすようにして座ると、膝に分厚いアルバムを乗せる。それなりの重量感を覚えつつ、ゆっくりとページを開いた。まず第1に飛び込んできたのは、仲良く並んで寝転んでいる2人の赤ん坊。もしかしなくてもイッチーと黒乃ちゃんだろう。まぁ……とりあえずこの辺りは飛ばそう。

 

 適当にページをスキップさせると、無表情な女の子の写真が……。む、この辺りはやっぱり覚えがあるぞ。あ~……これは確かイッチーに受け入れられてない頃のだな。俺、イッチー、ちー姉での集合写真なんだが、イッチーの表情が渋いから多分そう。何はともあれ、仲良くなれて本当に良かった。

 

 その後も写真1枚1枚に感情移入し、どういったシーンだったかを思い起こす。昔を懐かしむというのは案外良いもので、なんだか優しい気分になれるな……。俺も、いつか皆と笑顔で写真に映れる日がくればいいけど。まぁ……どんな時でも1人だけ無表情ってのもシュールで面白い気もするけどね。

 

(思い出すと言えば……。)

 

 前世に残してきた家族や友人は元気だろうか。神様に殺されたわけで、突然の死に悲しませてしまった事だろう。そう……俺の、両親……?あれ、おかしいな……両親の姿形が思い出せない。いくら長い年月が過ぎたとはいえ、俺だって両親の顔は流石に忘れないはずだけど。

 

 いや、ちょっと待って、絶対におかしい。何がおかしいって、姿形だけでない……率直に何も思い浮かばない。そもそも俺に両親は居たのかとすら思えてしまう。そして俺は、とんでもない事実に気が付いてしまった。今現在、前世の……特に自分に関わる事に関してが思い出せない!

 

(待って、待ってよ!それじゃあ……。)

 

 物は試しだった。アルバムを乱暴に最初のページの方まで戻すと、俺が憑依する以前の写真に注目する。黒乃ちゃんが物心ついているであろう頃、つまり俺が憑依するギリギリの時期。そこいらの写真を眺めて、絶句するしかなかった。……覚えているのだ。俺が憑依する以前の事のはずなのに、いつ撮った写真か思い出せてしまう!

 

(ど、どうなって……?こんな事……。……別におかしくはない……よね?)

 

 そうだよ……だって私の思い出なんだもん、思い出せない方がおかしいじゃない。私は何をそんなに焦ってたんだろ……。いまいち想像がつかないというか、まるで別人の思考のようだ。う~ん……とにかく、一夏くんに迷惑がかからない程度にしないとね。テンパるのは私の悪い癖だ。

 

 それにしても、IS学園に行ってからはかなり枚数も減っちゃうな……。というか、鈴ちゃんが戻ってくるまでは皆無に等しい。あ、そうだ!この際だから高い一眼レフでも買ってみようかな。うんうん、それが良い。皆可愛いんだから、写真に残しておかないと勿体ない。フフッ、箒ちゃんは恥ずかしがりそうだけど。

 

(あの照れ屋なところもまた可愛いんだけどね。久しぶりに再会できて、特に変わりないから安心……安心……?)

 

 あれ……?箒ちゃんて……誰だっけ……?何か……変。知らない事を知っている……?なんで知らない事のはずなのにスラスラと言葉が出て来たんだろう。そもそもIS学園って何処?私って今いくつなんだっけ?何かこう……記憶がパッタリ途切れて、まるで夢から覚めたかのような―――

 

「あ、あぁ……!?お……父さん……お母さん……!?」

 

 そう、そうだ。私はあの日に事故にあって……。お父さんとお母さんが血みどろになって……私も怪我をした。それから……どうしたんだっけ……?私自身は記憶がハッキリしないはずなのに、確かにそれ以降の思い出がある。日本語がおかしいのは解っているけど、それ以外に表現しようがない。

 

 それじゃあこれは……いったい誰の記憶なの……!?気持ちが悪い。まるで私の身体を乗っ取られているかのような気分だ。嫌悪感、混乱、体調不良……様々な要因が重なってか、とんでもない吐き気を催した。それと同時に、凄まじい頭痛も……。

 

「あ、嫌……止めてよ……私を乗っ取らないで!私の身体を使わないでよ!私は……私……なのに……!」

 

 …………!?今……のは、完全に俺の思考ではなかった……。だとすると間違いない。今のは……黒乃ちゃん本人だ。やっぱり、俺の中で黒乃ちゃんはまだ生きているのか……?じゃあどうして今になって。いや、そんなのは自問自答するまでもない。前世の記憶が曖昧……というか全く思い出せない事を考慮するに―――

 

(俺の魂が……消えかけている……?)

 

 あくまで可能性の話だったが、大いにあり得る。俺がいつしか消え失せるという事は……。というか自分達が楽しむために俺を憑依させたんだ。あえて期限付きにして、消えてしまう恐怖に打ち震える俺を観賞するため……とか。……は、はっはっは……そうはいかないぞ、神よ。俺はいつだって覚悟はできていたんだ。

 

(そうだよ……。俺は、いつでもこの身体を黒乃ちゃんに返すつもりで……。)

 

 そう……思っていたはずなのに、手が震えるのはなぜだろう?息が苦しくなるのはなぜだろう?吐き気がするのは、なぜだろう……?俺はついに腹からこみあげてくるソレを我慢できなくなった。ドタドタとベッドから転げ落ち、口元へゴミ箱を構える。そして―――

 

「う……ぇっ……!うぇぇぇぇ……!」

 

 下品な嗚咽を漏らしながら、ゴミ箱へと思い切り嘔吐してしまう。胃の内容物がほとんどなかったせいか、戻したモノは液体の要素が強い。ビチャビチャとまるで汚水を垂れ流すかのように、胃液ごと吐き出すかのように嘔吐を続ける。

 

「黒乃っ!……っ!?待ってろ、今水を持ってきてやるからな!」

 

 ドタバタしたせいか、はたまた嘔吐する音が聞こえたのか。どちらとも解らないが、イッチーが扉を開け放って部屋に侵入してきた。こんなかっこ悪いところを見せたくはなかったけど、今は四の五の言ってはいられない。嘔吐を継続させながら、イッチーの到着を待った。

 

「戻ったぞ!……ほら、とりあえず落ち着くまで吐け。大丈夫だ、誰だってこういう時くらいはある。」

 

 ペットボトルの水を持ってきたイッチーだったが、まだ俺がそんな段階ではないと判断した。俺の近くにひざを折ると、優しく俺の背を撫でてくる。そして、恥ずかしい事じゃないから気にせず吐けと勧める……けど、俺にそんな事を気にしている余裕はなかった。羞恥で死にそうではあるけれど、とにかく胃の中身を空っぽにするつもりで吐き続けた。

 

「……だいぶ落ち着いたか?飲めそうか?」

「…………ない。」

「ん、どうした?」

「消えたくなんか……ないよ……!」

「っ!?」

 

 吐き気は落ち着いたが、気持ちは落ち着かない。俺は思わず率直な言葉を吐露してしまう。そうさ、消えたくなんてないに決まってる!ずっと皆と一緒に居たいよ!けど……けど、それは……黒乃ちゃんを殺してしまう事に等しい。初めて黒乃ちゃんの意見が聞けたんだ……私の身体を使わないでって、確かに……。

 

「はぁーっ!はぁー……っ……!」

「黒乃、ゆっくり……ゆっくり呼吸しろ!黒乃!おい、黒乃!」

 

 どうすれば良い……俺はいったいどうしたら良いんだ。いっぱいいっぱいなせいか、呼吸が乱れて整わない。やがて目の前の景色は朦朧としたものになっていき、グニャリと形を歪めていく。いつしか俺の意識は暗転し、力なく倒れてしまう。俺の耳には、イッチーの心配そうに俺を呼ぶ声が聞こえた……。

 

 

 

 

 

 

「消えたくなんか……ないよ……!」

「っ!?」

 

 何か騒がしいかと思って、それで心配して黒乃の部屋に入っただけだった。不注意で転んだだけとかなら良かったのだが、俺の想像に反して黒乃は辛そうに嘔吐していて……。焦りはしたが、できる事は何でもすると約束したばかり。とりあえずは水を持って、黒乃が落ち着くまでずっと傍に居る。

 

 それを実行しようとして、黒乃の嘔吐もようやく止まった。まずは一安心かと内心溜息を吐いていると、耳を疑う一言を黒乃が放つ。消えたくない……って、それはまさか……?俺は、頭に過る考えを払拭できない。黒乃は恐らく二重人格だ。そう仮定したとして、だとすると今の言葉は―――

 

(どちらかの黒乃が、どちらかの黒乃を消そうとせめぎ合いでもしてるってのか……!?)

 

 今の黒乃は……正直、どちらの黒乃か解らない。笑ってはいないが、一概に八咫烏じゃないとは断定できないだろう。いや、この際どちらの黒乃なんてのはどうだって良い。消える……黒乃が?俺の好きで好きでたまらない人がか……?八咫烏の方だって同じだ。あいつだって黒乃な事には違いない。俺はあいつも含めて黒乃の総てを愛すって決めたのに、それなのに……!

 

「はぁーっ!はぁー……っ……!」

「黒乃、ゆっくり……ゆっくり呼吸しろ!黒乃!おい、黒乃!」

 

 1人考え事に意識を持っていかれたせいか、黒乃の呼吸が乱れている事に気が付けなかった。黒乃に落ち着くよう促すが、やがてその体は前後左右機大きく揺れ始め……やがて力を無くしダランと糸の切れた人形のようになってしまった。さっきの言葉と相まってか、サーッと血の気が引いていくのが良く解る。

 

「黒乃っ……?黒乃、黒乃!」

 

 黒乃の肩を掴んで揺らしてみるが、頭がガクガクとなるだけで起きる気配はない。待てよ……俺の方こそ落ち着け。今するべきは黒乃を起こす事じゃない。黒乃をゆっくり休ませる事だ。急いで黒乃を抱きかかえ、優しくベッドへと寝かせる。その様子は、なんだかうなされているようだ。

 

 とりあえず黒乃の汚れた口元をティッシュで拭いて、黒乃の吐瀉物の処理を始める。今は黒乃の様子が気がかりだ。手早く処理を済ませると、なりふり構わず黒乃の部屋へと戻る。当たり前のことだが、黒乃はまだ眠ったままだ。……今は黒乃の様子を見守っていたい。そう思った俺は、黒乃の部屋にある椅子をベッドに近づけて黒乃の顔を覗き込むようにして座った。

 

『消えたくなんか……ないよ……!』

 

 ……あの言葉の真意は、俺の想像通りなのだろうか……?だとすれば、俺はいったいどうすれば良い?黒乃の居ない生活など、いや……人生など、俺にはもはや想像できない。最悪……本当に最悪の事態ではあるが、別に黒乃が他に好きな奴が出来たとかならそれでも良いんだ。黒乃が幸せで、この世界で生きてくれるならそれで……。

 

 それなのに……あの言葉……消えたくなんかないって……。黒乃が、消える。黒乃が消えてしまう。この世界から、俺の日常から消え失せてしまう。あぁ……想像するだけで気が狂ってしまいそうだ。そんなのは嫌だ。いつまでも黒乃と一緒に居たい。黒乃と共に幸せな人生を歩んで行きたい……。

 

 ……もはや神か何かが黒乃の幸せを拒んでいるようにしか思えない。そんなものクソ喰らえだが、やはりどう考えたって黒乃は薄幸だ。それはもう、本に纏めてしまえば下種なマスコミが喜んで飛びつきそうなほどに。八咫烏の黒乃と揶揄される黒乃ならば、理解を深めてもらう為には良い策なのかも知れないが……そんなのは望まないはずだ。

 

 俺の前に眠る気高い少女は、多くの人間の同情や心配の声なんて必要としてしていない。自分らしく生き、自分の事を真に理解してくれる少数の人間を望んでいるはず。だが、俺達は黒乃に何もしてやれない。少数の力では、どうしようもない事だって―――

 

「ん……?」

 

 ふと、黒乃の枕元に置かれている冊子が気になった。それは俺達の成長記録とも言って良いアルバム。手に取ってそっとめくってみると、俺にはどうしても注目してしまう写真が。……俺たち家族の集合写真。毎年1枚は家をバックに撮っていた。優しい雰囲気を纏って俺達の背後に居るのは、今は亡き父さんと母さん。

 

「……父さん、母さん……。俺、どうすれば良いのかな……?」

 

 思わずそんな弱音を吐きながら、集合写真を親指で撫でた。……もし父さんと母さんが生きていたとするならば、黒乃にどう声をかけていただろうか。今は想像する事しかできないが、2人ならば必ずや黒乃を元気にしていただろう。……考えろ。きっと、それが俺に出来る事だろうから。

 

『一夏くん、黒乃をよろしく頼めるかしら?』

『え、いきなりどうしたの?』

『うん……あの子ね、危なっかしいでしょ。だから黒乃と一緒に居てくれる男の子が必要だな~って。』

『……?どうして男の子が必要なの?』

『女の子はね、幸せにするからって思ってくれる人が居るとそれだけで世界が違って見えるものなのよ。』

『母さん、そんな小さな子に何を吹き込んで……。』

『え~……良いじゃない。今の内から一夏くんに黒乃を任せれば、それだけで今後は安泰―――』

 

 ……そうだ、思い出した。幼い頃のあの日に、母さんからそうやって頼まれたじゃないか。あの頃は言葉の意味を理解できなかったが、今なら解る。そうだよな……他の誰かが幸せにすればそれで良いなんて、詭弁にも程があるじゃないか。そう……黒乃は、俺が幸せにするんだ。

 

 勿論、どちらの黒乃も……。消えてしまう恐怖に駆られているのならば、俺が隣に居る事でそれを和らげてみせる。黒乃が戦いを求めるのであれば、俺が相手になろう。全てだ……俺の全ては黒乃の幸せの為にある。何よりそれは俺自身が望んでいる事だ。

 

 そして黒乃を消させない。どちらの黒乃にも俺と居る事はこんなにも幸せな事なんだって、そう思ってもらえれば互いに消し合う事だってなくなるかも知れない。まぁとにかく、それらは俺を好きになってもらうところからだ。……ものにする。この夏休みで必ず、黒乃の心を全部奪ってみせる。

 

「黒乃……好きだ。お前の事が、ずっと前から好きなんだ。だから消えるなんて言わないでくれ……。俺は黒乃と、いつまでも一緒に居たい……。」

 

 そっと、黒乃の手を握りながらそう呟いた。周りの喧騒がないせいか、自分の声が自分の耳に良く届く。黒乃が起きていない状態なのにこれだけ恥ずかしいのに、本人を目の前にしてちゃんと想いを伝えられるだろうか。……変にかっこつけるのだけは止しておこう。ありのままの俺を黒乃にぶつけ、そして―――

 

「……絶対に幸せにしてやるからな。」

 

 俺はそっと黒乃の前髪を手の甲で押し上げ、露わになったデコへとキスを落とした―――

 

 

 




黒乃→消えたくなんかない……!
一夏→2人の黒乃が消し合ってる……のか……!?

ある意味で一夏の考えは正解ですが、微妙に不正解。
ご本人登場している部分、お判りになられたでしょうか?
今作における初の『藤堂 黒乃』の出演になります。


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第63話 誓いの花火(表)

「…………。」

(黒乃……。)

 

 あれからと言うもの、黒乃はなんだか元気がない。普段は家事をしてるか部屋で大人しくしているかなんだが、今はどうにもしょぼくれた様子で背中を丸め……何をするでもなくただリビングのソファに座っている。俺の決心はどこへやら、声をかける事すらままならなかった。

 

 黒乃を何処かへ連れ出したい。少しは気も紛れるかも知れないし、余計な事を考えないで済むのなら今の黒乃にとってそれ以上はないはずだ。しかし、もし仮に今もせめぎ合いをしていると思うと、息が詰まって死にそうになる。あぁ……痛い。やはり痛いな……黒乃が痛がっているのを見ると、痛い。

 

「…………。」

「!? く、黒乃……出かけるのか?それなら、俺も―――」

「良い。」

「……そうか。なら、気を付けるんだぞ。」

 

 黒乃が立ち上がって、戸棚にしまってある財布を手に取った。これで何かを買いに出かけるのは確実。好機と捉えた俺は、同行を提案するが……拒否されてしまう。強引に着いて行ったって機嫌を損ねさせるだけだ。大人しく引き下がりはしたけど、ますます自分が情けなくなってしまうな……。

 

「はぁ……。」

 

 溜息を吐きながら、そこらにあった椅子へ腰を置く。なんだか、2度と立ち上がれないんじゃないかという程に腰が重い。女心は難しい……なんてレベルの話じゃないもんな。けど、どうにかこの状況を打破しなくては。夏休み間には絶対に想いを伝えると決めているのだから。こんな空気で告白なんかできるわけ―――

 

ピリリリリ……

「わっ、とととと……携帯……。もしもし?」

『一夏、いきなりで悪いが、そちらに荷物は届いてないか?』

「荷物……?いや、それらしいものは特に。」

 

 考えに耽っていたせいか、携帯電話の着信音に少しだけ驚いてしまう。電話に出てみると、相手は千冬姉だ。電話をかけてくる事がまず珍しいのだが、千冬姉はなんだか意味深な発言をするではないか。荷物……な。多分だけど、自分の荷物って事ではないんだろう。ただ、このままでは何が何だかさっぱりだ。

 

『むっ、そうか……。オーダーメイドにしたのが祟ったようだ……。』

「千冬姉、全然話がみえないぞ。」

『何、せっかくの夏だ。黒乃に少々プレゼントを―――』

「こんにちわー!宅急便でーす!」

「お、千冬姉の言ってる荷物って今届いたのがそうかもな。ちょっと見てくるよ。」

『ああ、頼む。代金は先に払っているから受け取りと印鑑だけで構わんぞ。』

 

 千冬姉がいよいよ確信に迫りかけたその時、玄関の方から宅配屋らしき人物の威勢の良い声が聞こえてくる。千冬姉が心配するまでもなかったらしい。そして印鑑片手にドタバタと玄関を開き、件の荷物を受け取った。綺麗に段ボールで包装されているが、異様に軽い。重さは感じない程のものだ。

 

「受け取ったけど、俺が開けても大丈夫か?」

『黒乃はどうした。』

「……さっき出かけたよ。」

『そうか、ならば別に構わんぞ。』

 

 黒乃にプレゼントと言っていたが、中身が気になって仕方がない。我ながら子供じみていると思いながらも、送り主である千冬姉の許可を得る事には成功した。通話はそのまま、丁寧に包装を外していく。すると中に入っていたのは、黒地に白百合の模様が描かれた浴衣……。

 

「千冬姉、コレ……。」

『フッ……我が愚弟にちょっとした後押しをな。今日は篠ノ之神社で夏祭りだろう。それでも渡して2人の時間でも楽しんで来い。』

「ふ、2人の時間て……。でも、タイミング良かったよ。黒乃も喜ぶと思うし。」

『……断っておくが、2人きりを貫き通せよ。』

「それくらい解ってるさ。大丈夫、俺なりに上手くやる。」

 

 せっかく黒乃との夏祭りだしな。もし出会ってしまった知人には悪いけど、同行は断る気だ。俺がその旨を伝えれば、千冬姉はいまいち信用ならないみたいな声色でなら良いと短く言う。それで要件は済んだのか、千冬姉はすぐさま通話を終わらせる。それから程なくして黒乃も用事が済んだのか、玄関を開閉する音が響いた。

 

「おかえり黒乃。いきなりだけどこれ見ろよ、千冬姉がプレゼントだってさ!」

「…………?」

「それ着て祭りでも行ってこいってよ。だからさ、今日の祭り……一緒に行かないか?その、2人で。」

「…………。」

 

 帰って来た黒乃に、ジャジャーン!と効果音でもつきそうな感じで浴衣を見せつけた。黒乃は首を傾げて浴衣を受け取る。その様子を見るに、いきなり過ぎて事情が呑み込めないのだろう。それもそうか、ならばすかさず説明をしなくては。祭りという単語を出せば、何度も頷いてみせたから伝わったと思ってよさそうだ。

 

 そして、その流れで黒乃を夏祭りに誘う。この間の事もあって断られるのではないかとビクビクしたが、特に問題もなく黒乃は即答してくれた。……せっかく千冬姉がくれたチャンスだ、決心しよう。今日の祭りで黒乃へと、俺の想いを伝えるんだ……。

 

 

 

 

 

 

「お~……賑わってるな。やっぱ祭りはこうでなきゃ。」

「…………。」

 

 時刻は俗に言う逢魔時って奴で、夕と夜が交差したかのような空だ。そんな中を辺り一面に飾られた提灯が淡い光を放ち、何処か幻想的な雰囲気をより際立たせている。更に付け加えるとすれば、祭りを楽しむ人達の賑わいもまた立派なアクセントとなっているに違いない。

 

「だぁ~……男持ちかよ。」

「そりゃそうだろ。あんなレベルな和風美人、男が居ない方がおかしいっての。」

 

 ふと、男達の視線が黒乃に集中している事に気が付いた。それもそうだろう。なんと言ったって、黒乃が浴衣を着ているのだから仕方がない。なんというか、黒乃は和服が良く似合う。長い黒髪も結い上げ、いつにも増して色っぽい気がする。そういえば、まだ褒めていなかった。

 

「なぁ黒乃。」

「…………?」

「浴衣、すげぇ似合ってるぞ。可愛いし綺麗だし、もはや言うとこなしだ。」

「…………。」

 

 俺はあえて周囲に声が聞こえるように言い放つ。……少し誇示したかったのだ。今俺の隣に居るこの子は、俺のツレなんだと。どうやら効果は抜群なようで、大量の舌打ちが聞こえてきた。良し、とりあえずこれで大丈夫か。後は黒乃と今日という日を楽しもう。

 

「じゃ、行くか。まずはどうするか……。」

「…………。」

「あれは……金魚すくい?ま、定番だな。よし、ここは一勝負といこうぜ!」

 

 黒乃がスッと指差したのは、金魚すくいの屋台だった。日本の祭りと言えば……みたいなところもあるだろう。日本人には馴染みがあるという事は、それだけ盛り上がっているという事だ。挑戦している年齢層は様々だが、親子やカップルが主流ってところかな。

 

「おっちゃん、俺ら1回ずつで。」

「ん、1回で良いのか坊主。彼女さんにかっこいいとこ見せようったって、そうはいかねぇぜ。」

「ハハ……問題ないですよ。勝負とは言ったものの絶対勝てないもんなー……。」

 

 屋台のおっちゃんは商売上手なようで、俺をターゲットに煽るような発言を繰り出してきた。だがそれは丁重にお断りしておく。例えモナカがいくつあろうと無駄だ。俺がボソリと呟いた通りに、黒乃には勝てない。断言しよう。なんたって黒乃は―――1人で全ての金魚をすくい切ったというレジェンドを打ち立てているのだから。

 

「…………!」

(あぁ……無表情でも解る。目がマジだよ、マジ。)

「なっ、いったい何モンだ嬢ちゃん!?」

 

 おっちゃんからモナカを受け取った黒乃は、怒涛の勢いでジャンジャン金魚を受け皿の中へと放り込んでいく。あまりの勢いなせいか、だんだんと人が集まって来るではないか。そんな中、俺は静かに黒乃が取り逃がした獲物をすくっていく。……あ、破けた。

 

「……ハッ!?その黒髪に無表情……。ま、まさか嬢ちゃん、あの伝説の……!」

「今頃気づいても遅いぜおっちゃん。早めに観念するのが身の為だと思うぜ。」

「いや、既に商売あがったりだよ畜生め!ストップ、ストップだ嬢ちゃん!」

 

 何やら金魚すくいの屋台で情報網でもあるのか、おっちゃんは心当たりがあるようだった。これで黒乃はブラックリスト入り確定だな……。黒乃は大抵の場合は止めろと言えば止める。おっちゃんが哀れな声を上げると同時に、自らモナカを破るような仕草を見せた。すると、黒乃が次にとった行動は―――

 

「わぁ、ありがとうお姉ちゃん!」

「良いんですか?」

「…………。」

「遠慮せずに受け取ってやって下さい。他の皆さんも!」

 

 黒乃は周りの人達、主に子供達へと金魚のお裾分けを始めた。申し訳なさそうに親御さんが問いかけてくるが、俺が黒乃の言葉を代弁するかのように言い放つ。するとおっちゃんは、力なく肩を落とす。まぁ、これで追加で挑戦する人は格段に減るだろう。黒乃に悪気はないだろうけれど……。

 

「この金魚大切にするね、お姉ちゃん!」

「…………。」

「っ!?あ、ありがとう!」

 

 ……最後に残った男の子は、黒乃に頭を撫でられて顔を真っ赤に染めていた。……惚れたな、あれは。きっとあの子が大きくなった時、初恋の相手として黒乃が挙げられるのだろう。……それにしても子供か。この様子を見るに黒乃は子供好きだろう。良いな、子供。……黒乃との間に子供が欲しいもんだ。

 

(さ、流石にそれは話が飛躍し過ぎか?ちょっと変態的なのかも知れんし……。)

「…………。」

「あ、悪い……少し考え事をな。よしっ、気を取り直していくか。」

 

 服をグイグイと引っ張られた。見てみると、黒乃がジッとこちらを見つめている。俺にはすぐに、次へ行こうと催促しているのが解った。俺は取り繕うように笑い、黒乃の手を引っ張っていく。考えていた事を気取られはしないだろうが、まぁ……一応、な。

 

 

 

 

 

 

(……見事にソース類ばっかだな。)

「…………。」

 

 小腹が空いた俺達は、屋台を回って食べ物を買い漁った。黒乃の食べたいものをチョイスしたのだが、焼きそば、たこ焼き等々……とにかくソース味。邪魔にならないところで座って食べているが、思わず注視してしまう俺がいる。なんというか、似合わない。無表情でたこ焼き頬張っている姿なんて特に。

 

(いや、これはこれで可愛いかもな……。)

「…………?」

「ん、いや……別に他意はないんだけどな、ただ少し可愛いなと。」

「…………。」

「おっ、くれるのか?それじゃ遠慮なく……。」

 

 最近はダメだな、ふと気が付いたら黒乃を見つめてしまう。それで黒乃に不思議がられるパターンの奴や。バッチリと目が合った黒乃は、どうかしたのかとでも言いたげに首を傾げる。それに対して、俺は包み隠さず率直に思っていた事を述べた。1つ気が付いたけど、変に誤魔化すからいかんのだ。

 

 真正面から可愛いと言って見せれば、黒乃は数秒だけそっぽを向く。そうしていそいそと爪楊枝でたこ焼きを突くと、それを俺に差し出してきた。いわゆる「あ~ん」という奴。言葉は冷静だが、俺の脳内は歓喜の渦に巻き込まれていた。やったぜ、黒乃のあ~んだ!……的な。そういうのは表に出すまいと、急いでたこ焼きを口に含む。

 

「あづ……!あっつい!く、黒乃……お前よく平気な顔して食べられるな……。」

 

 口に入ったたこ焼きは、想像していた数倍は熱かった。思わず口からこぼしそうになるのをなんとか堪え、涙目になりながらモゴモゴと喋って黒乃に訴えを起こす。しかし、顔を上げてみればやっぱりケロッとした表情で次々とたこ焼きを口に運ぶ黒乃が……。って……あれ?

 

「黒乃、口の端。ソースが着いてるぞ。」

「…………?」

「そんなに慌てなくったって大丈夫……っと、ほら取れたぞ。」

「…………!?」

 

 黒乃の口の端は、見事にソースがこびりついている。そうなんだよな、黒乃は完璧に見えて意外と隙がおおきいんだよ。またそんなところも可愛くて仕方がないわけだが、黒乃の醜態をこれ以上晒すわけにもいかん。俺は黒乃の口の端をグイッと親指で拭うと、ソースの汚れを落とす。

 

 まぁ俺の親指に汚れが移ったとも言える。ハンカチとかで拭うのもなんだし、舐めとっておくか。そうやって密かに親指を舐めると、なんだか黒乃が驚いた表情を見せた気がする。……?気のせいだったかな。それは良いとして、とっとと食べ終えてしまおう。黒乃の食うスピードも増しているし……。

 

「ふぅ……食った食った。……のは良いけど、けっこう喉乾くな。黒乃、お前はどうだ?」

「…………。」

「そうか、じゃあ俺がジュースでも買ってくるよ。黒乃は少しここで待っててくれ。」

 

 食べ終わったら当然ゴミとなった容器が出る。今から何か飲み物を買ってゴミが増えるとなると、一気に捨てた方が効率的だろう。そう思った俺は、黒乃を待たせて腰を上げる。確かトロピカルジュースを売っていた場所があったはずだ。フレーバーはどうするか……。

 

 ブルーハワイ2つで良いかな。なんだかんだ言って定番だよな……結局何味なのかは解らないけどさ。そういうわけで目的の飲み物も購入し、来た道を急いで帰った。さきほどと同じ場所にちょこんと座る黒乃を捉えた……のは良いが、余計なのが2、3人居るな。

 

「なーなー、黙ってちゃ解らないよ?」

「そうそう。それにほら、誰かとはぐれたんなら一緒に探そうぜ。」

「うわ、信用ならねー!」

「…………。」

 

 髪を奇抜な色に染め、何処か雰囲気もチャラチャラした男達に黒乃が話しかけられていた。……いわゆるナンパって奴だろう。なんというかこう……頭の奥がザワつく。きっと今の俺は怒っているのだろう。いつもの爆発させるような奴じゃなくて、それはそれは静かな怒り……。……こういう時ばっかりは、我慢しなくたって良いよな?

 

「おい。」

「ああ?なんだテメェ、今良いところ―――」

「俺の女に手ぇ出してんじゃねぇぞ。」

 

 リーダー格らしき奴に話しかけ、有無を言わさず一言だけそう放った。よほど雰囲気でも出ていたのか、男達は少しだけ身体をビクつかせ、後はスゴスゴとその場を去っていった。なんとか暴力に頼らず済んだかと思えば、俺をジッと見つめる黒乃の視線が気になった。……あ、勢い余って俺の女とか言っちまったじゃん。

 

「いや……今のは―――」

「…………。」

「あ、これか?お、おう……待たせて悪かった。ほら。」

 

 弁明をしようとするが、黒乃はスッと両手を差し出してきた。どうやらトロピカルジュースをご所望らしい。という事は、さほど気にしてないってのか……?それはそれで、悔しい……な。内心溜息を吐きながらも、ジュースを飲み下していく黒乃の隣に腰掛けた。

 

(やっぱ黒乃は、俺の事なんか家族としてしか見てくれてねぇのかな……。)

 

 ストローを咥えてジュースを吸い上げながらも、俺の脳みそはそんな事ばかり考えていた。当然ながら俺は違う。黒乃が隣に居るだけで心臓が五月蠅くて仕方がない。黒乃は、ないのかな……。こう、俺にときめいたりしてくれたりとかは。あぁ……黒乃、この想いを打ち明けたのなら、お前は……俺のものになってはくれないのだろうか。

 

 もっと黒乃に触れたい、黒乃を感じたい。少しばかり艶やかな雰囲気を醸し出す浴衣姿の黒乃に充てられたのか、俺は自身の欲望に打ち勝つ事が出来なかった。ソロソロと座る位置を近づけ、開いている方の腕で黒乃の腰へ腕を回した。……言葉が続かず、気の利いた事の1つも言えやしない。

 

「…………。」

「っ!?……黒乃。」

 

 無言を貫く事でしか平常心を保っていられなかった。しかし、そんななけなしの平常心をも崩れ去りそうな事態が。なんと、黒乃が俺に体重を預けてくれている。俺の肩に黒乃の頭が乗っている。……ゼロ距離と言って良いほどに密着している。黒乃ぉ……!今俺をおかしくさせる行動を取らないでくれ。さもないと、また俺は……!

 

(お前が、欲しくなっちまうだろ……?)

「……?…………!?」

「へ……?おい、ちょっと待てよ黒乃!」

 

 ブツリと理性のはちきれる音をしっかりと耳にした俺は、欲望のままに黒乃の唇を奪おうとしてしまう。しかし、急に立ち上がった黒乃にそれは阻まれた。何事かと問いかける暇もなく、黒乃は手早くゴミを片付ける。すると俺の手を引き、なす術もなく導かれていく。

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 黒乃に連れて来られたのは、篠ノ之神社の裏手の方だ。多くの針葉樹が植えてあるにも関わらず、この場だけ狙い済ましたかのように周囲は開いている。俺達姉弟、篠ノ之姉妹、そして黒乃しか知らない秘密の場所だ……。いったいここへ何をしに来たのだろう。なるべく人気のある場所に居た方が良いと思うが。

 

「黒乃、ここって……。」

「…………。」

 

 連れて来たからには理由があるはず。俺がそれを問いかけようとすれば、黒乃はクルリとこちらへ振り返った。その瞬間、ハッキリと己の心臓が飛び跳ねた事に気が付く。薄ぼんやりとした明りに照らされる黒乃の美貌は、なんだか妖しい。妖しくて、綺麗で……引き込まれる不思議な魅力がある。

 

 もはやここに来た理由なんて、どうでも良くなってしまった。むしろ好都合じゃないか、俺の想いを伝えるには絶好な場所に違いない。俺はなんでもないと前置きすると、数歩だけ黒乃に歩み寄る。手が余裕で届く範囲まで来ると、俺は自分で出来る最高峰の凛々しい表情を作り……ゆっくりと口を開いた。

 

「なぁ黒乃、今日は楽しかったか?」

「…………。」

「そっか、それは良かった。俺も……楽しかった。というか、違うんだ。俺……さ、黒乃と一緒なら何処でも楽しいって思える気がする。極端な話で、地獄とかでも。」

 

 そう……俺の全ては黒乃なんだ。ずっと俺の隣に居てくれたキミと、様々な思い出を重ねて来た。……キミへの想いを募らせてきた。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも……言い切れない感情を黒乃と共に積み上げて、今の俺はここに在る、ここに居る。……少なくとも俺はそう思っているんだ。だから、何処だって関係ない。黒乃と一緒ならば、どんな想いも重ねられる。

 

「でもそれは、黒乃が居ないと話にならない。ホントはそういうのさ!……良くない事なんだってのは解ってんだ。けど、俺は黒乃が居ないと……全然……ダメな奴で……!」

 

 多分……というか十中八九で俺は黒乃に依存してしまっている。だけど思い起こしてみて、黒乃が居たから乗り越えられてきた事ばっかりだ。俺は馬鹿だし、感情的になるし、周りも見えない時だってしばしば。あぁ……本当に、俺はダメな奴だ。けど、完璧なんかじゃなからこそこう思える。黒乃が俺の隣に居てくれないとって。

 

「俺って皆が思ってるよりも弱くて、脆くて……。けど、弱みを見せないのが織斑 一夏って……皆そう思ってんじゃねぇのかなー……。……俺が本当の織斑 一夏で居られるのも、黒乃の前だけだ。」

 

 キミは俺の全てを包み込んでくれる。だからどうしようもない俺は、どうしようもなくキミに溺れてしまうんだ。皆が勝手なイメージを俺に押し付けてるとは言わない。だってそれも間違いなく俺ではあるのだから。けど、俺が言いたいのは―――

 

「俺の……俺の居場所は、いつも黒乃の隣だけなんだ。」

 

 俺が俺らしくあれる。俺が俺らしくあろうとしていられる。……黒乃の隣ならば。黒乃はきっとそんなつもりはないんだろうけどな。けれど考えてしまう事がある。黒乃が居なければ、俺はどうなっていただろう……って。黒乃が居ない俺。俺の居場所がない俺。……考えただけで頭がおかしくなりそうだ。

 

「だから……手放したくない。黒乃っていう俺の居場所を。」

 

 油断してたらすぐ背中を遠くから見るしかないからなぁ……。……黒乃はいつだって待ってくれるが、そういうのはもう止そう。待ってくれなくったって良い。俺が必ず追いついて見せるから。そしていつまでも黒乃の隣に在り続ける。いつしか黒乃がそうしてくれたように、俺が必ず黒乃を支える。

 

「……俺とずっと一緒に居てくれ。黒乃、俺は……お前の事が―――」

 

 好きなんだ。そう言い切ろうとした瞬間に、大きな音が響き、鮮やかな光が俺達を包む。……花火?……あぁ、そう言えばここって特等席だっけか。うん、なんか必死で普通に失念してた。…………タイミング!こんなのってあるかよ!?黒乃も意識が上に向いてしまってるじゃないか。

 

「く、黒乃!その、どうなんだ。お、おおおお……俺とっ!」

「…………。ずっと、一緒。」

「!?」

 

 焦りと混乱で、再度好きだと言い直す事が出来ずにいた。とにかく確認だけはしようと黒乃に問いかける。すると黒乃はこちらを向いて、コクリと頷いて見せる。凄まじい勢いで歓喜の念が湧いてきたが、それはまるで俺から漏れ出すように消えていく。何故なら―――

 

(黒乃は、どういう意味で一緒だって……?)

 

 俺は好きだとは言ってないし、黒乃も俺を好きだと言ってない。もしかして認識の差があるのではと思うと、俺は……それ以上の事が出来なくなってしまった。なんという……なんという事だろうか。花火、俺は一生お前を恨むと思う。ただ……もう一役は買ってもらうぞ。

 

「黒乃、また来年も必ず見に来よう。次も、その次の年も……ずっと。」

「…………。」

 

 俺の言葉に、黒乃はまたしても頷いてくれた。すると珍しい事に、黒乃の方から俺の手を握る。俺はその手を強く握り返した。まぁ……今はこれで良いとしておこう。後は俺も無言で花火を見届ける。告白し損ねた事を除けば、良い思い出になったには違いない……。

 

 

 



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第63話 誓いの花火(裏)

「…………。」

 

 世界が灰色に見える。何もする気力が起きない。ただひたすらに、機械的に生命維持活動を行っているだけ。最近の俺にとって、日常とはそういうものだ。……確定事項ではないにしろ、もうすぐ消滅を迎える。そう思えば、何のやる気が起きないのだって解るだろう。

 

 何よりもダメージが大きかったのは、前世の記憶が無くなってしまった事だ。俺が困らないようにする為か、原作知識とか必要そうな物は未だ健在。しかし、本気で親や友人の事は思い出せない。……自分がどんな名前で、どんな容姿をしていたのかすら忘れてしまった……。

 

(クソ、こうなったら……。)

「!? く、黒乃……出かけるのか?それなら、俺も―――」

「良い。」

「……そうか。なら、気を付けるんだぞ。」

 

 何もしないでただソファに座りっぱなしだったが、このままでは単なる時間の浪費だ。消滅までにやれなかった事をしよう。そう思った俺は、立ち上がって外出の準備を始めた。その際にイッチーが同行の提案をするが、それは丁重に断っておく。

 

 俺の縋るような言葉をどう解釈したのかは知らないが、明らかにイッチーは気を遣っている。なんだか今のイッチーは見ていられないんだ。それに、なるべく一緒には行動したくない。……未練が残るかも知れないだろ?そういう事さ、だから気を遣ってもらう必要は何もない。

 

 玄関を出た俺の足が向かった先は、ここから近場にあるコンビニだ。何をするつもりかと問われれば、いわゆる廃課金という奴である。この世界で楽しんでいたアプリゲーに金をつぎ込んでやろうという魂胆。どうせもうすぐ消えるんだ。何をやろうと文句は言わせない。

 

(ああ、これだよ……。)

 

 そういう事を考えていると、身体が震えだしてしまう。ガタガタと震えだした右手を左手で思い切り握りしめた。大丈夫、受け入れろ、怖くはない。怖がったって神を楽しませるだけだと自分に言い聞かせる。そうしてしばらく、俺の震えはようやく収まった。

 

 はぁ……覚えてやがれファッキンゴッドめ、会えたら必ず叛逆してやるからな。しかし、コンビニに行くにも一苦労じゃないか。特に夜がなぁ……。1人で居ると心細い。かといって誰かに関わるとそれが未練になるかも。そうなるとまだ、1人で居る方がまし……かな。

 

 まぁ良いや、とっとと用事を済ませてしまおう。かなり長い間足を止めていた気がする。その遅れを取り戻すつもりで、俺は足取りを早め歩いていく。さて、いくら分つぎ込むか。ちょっとアレな話だけど、代表候補生って儲かるね。今まで使う事がなかったから貯金するしかなかったんだけどさ。

 

 よし、店舗においてあるクレジットを買い占めるつもりでいこう。となると、コンビニで少しお金をおろさないとだな。うんうん、なんだかようやく調子が出て来た気がする。おっしゃ、高レアキャラが俺を待ってるぞ!イケイケドンドーン!

 

 そんなこんなでクレジットを購入しての帰り道だ。結局いくら分買ったのかって?……そこは聞かないでおいてくれると助かるな。さて、後は部屋でゆっくりガチャタイムといこうじゃない。ほれ、そうこう言ってるうちにマイハウスが見えて来た。た~だいまっ……と。

 

「おかえり黒乃。いきなりだけどこれ見ろよ、千冬姉がプレゼントだってさ!」

(浴衣って、そりゃまたホントにいきなりだね?)

「それ着て祭りでも行ってこいってよ。だからさ、今日の祭り……一緒に行かないか?その、2人で。」

「…………。」

 

 イッチーが返るなり俺に見せつけて来たのは、黒い下地に白百合の描かれた浴衣だった。曰く、ちー姉からのプレゼントらしい。そういえば、今日はモッピーのとこでお祭りだっけ。イッチーに一緒に行こうと誘われたが、正直あまり行く気はない。だって、それは確実に俺の言う未練になるだろうから。

 

 けれど、せっかく買ってもらったのに着ないのは失礼だよね……。それを瞬時に察した俺は、速攻で首を縦に振る。ちー姉がどういうつもりで浴衣を買ったのかは謎だけれど、まぁ良い気分転換になるとでも思っておこう。それに、後悔しないようにするのもまた俺のするべき事だ。

 

 現時刻は昼ご飯にするのも早すぎる程だ。イッチーが花火の上がる頃にしようと言ったし、時間にはまだまだ余裕がある。じゃあそれまで、浴衣を着る練習でもしようかな。あ、後は髪の結い方とかも。俺はイッチーから浴衣を受け取ると、静かに自室を目指した。

 

 

 

 

 

 

「お~……賑わってるな。やっぱ祭りはこうでなきゃ。」

(うん、こういう雰囲気は良いよね……。)

 

 時間は過ぎ、イッチーと共に篠ノ之神社へと顔を出した。モッピーとお別れしてからしばらく祭りには顔を出さなかったけど、やっぱりこの皆が楽しんでる温かい雰囲気は心が安らぐ。自らもその喧騒に加わるのだと思うと、なんだか変な気分になってくるかも。

 

「なぁ黒乃。」

(おっ、どったのイッチー?)

「浴衣、すげぇ似合ってるぞ。可愛いし綺麗だし、もはや言うとこなしだ。」

(へ?あ、えっと……そ、それなら良いんだけど……。あ、ありがとう。)

 

 イッチーが爽やかな笑顔を向けてくると思えば、いきなりそんな事を言い出した。瞬間、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。……黒乃ちゃん成分が強くなってる影響かな?それとも俺の気持ちが女の子に近づいてる?……もはや気にするだけ無駄か。どうせ―――

 

「じゃ、行くか。まずはどうするか……。」

(そいじゃ、あれはやっておきたいかな……。)

「あれは……金魚すくい?ま、定番だな。よし、ここは一勝負といこうぜ!」

 

 いかんいかん、どうせ消えるとかが口癖になりつつあるぞ。そんなネガティヴな考えしてたって何も変わらない。俺にとっては、明日より今。……今を生きないとね。そういうわけだから、イッチーの発言に食いつくようにある場所を指差した。その先にあるのは、金魚すくいの出店である。

 

 いやね、個人的に思い入れがあって。勿論ながら黒乃ちゃんに憑依してから。俺の提案に賛成なのか、イッチーは腕まくりするような仕草を見せて意気込んでいる。フッ、甘いなイッチー……100年早いって奴だぜ。なんだか俺も気合を入れつつ、出店へと近づいていく。

 

「おっちゃん、俺ら1回ずつで。」

「ん、1回で良いのか坊主。彼女さんにかっこいいとこ見せようったって、そうはいかねぇぜ。」

「ハハ……問題ないですよ。勝負とは言ったものの絶対勝てないもんなー……。」

 

 彼女さん、ねぇ……。イッチーと居るとたいがい初対面の人には言われるかも。……や、やっぱり俺らって、そう……見えるのかな。そ、そんな事より……イッチーの呟き声が気になった。どうやらイッチーは俺を乗り気にさせるつもりで勝負と言い出したらしい。なーんだ、つまんないの。

 

(ま、確かに負ける気はしないけど……さ!)

「なっ、いったい何モンだ嬢ちゃん!?」

 

 屋台のおじさんからモナカを受け取ると、早速ゆらゆらと泳ぐ金魚をすくっていく。それはもう容赦のない乱獲っぷりに、おじさんは驚愕と表現するにふさわしい声を上げた。私が何モンかって?そうです、私が伝説の金魚すくい師です。まぁなんというか、ちょっとしたこだわりがあっての本気っぷりだ。

 

 金魚すくいは命を預かる娯楽だ。金魚達だってさぞ迷惑している事だろう。だから本気。遊ぶにしても本気を出さねばならん。ちなみに伝説というのは、水槽内の金魚を全てすくい切ったりしたからだ。その時は気前のいい人が店主だったからね。大概は全部すくい切る前にギブアップ宣言が出る。

 

「……ハッ!?その黒髪に無表情……。ま、まさか嬢ちゃん、あの伝説の……!」

「今頃気づいても遅いぜおっちゃん。早めに観念するのが身の為だと思うぜ。」

「いや、既に商売あがったりだよ畜生め!ストップ、ストップだ嬢ちゃん!」

 

 ほ~らこんな感じで。ケッ、肝っ玉の小さいおじさんだ。なんて心中で悪態をつきながら自らモナカを破る。それでも大漁過ぎるくらいだけどね……。さて、後は責任もって金魚達の世話を……って、しまった!IS学園で寮生活だから面倒見れないじゃん。ど、どうするか……。

 

「わぁ、ありがとうお姉ちゃん!」

「良いんですか?」

(ええ、ええ……。貰ってくれるとありがたいっす。)

「遠慮せずに受け取ってやって下さい。他の皆さんも!」

 

 チラリと目線をやると、そこには金魚を捕獲できなかったであろう小さな子が。俺は勝手ながらも紐付きビニル袋を拝借し、金魚を入れる椀を傾けその中に金魚を入れた。早い話がお裾分けである。イッチーが俺の意図を察してくれたのか、周りの人達にそう呼びかけてくれた。

 

 ただで貰えるとあっては日本人は弱い。出店のおじさんには申し訳ないけれど、か弱い命でも蔑ろにするわけにいかんから……。まぁ、渡した人達が無責任な事をしちゃったらどうしようもないんだけどね。とはいえ、ほぼ確実に世話してやれない俺が保持しているよりは良い。

 

「この金魚大切にするね、お姉ちゃん!」

(うむ、良く言ったぞ少年。本当に頼んだよ?)

「っ!?あ、ありがとう!」

 

 集まっていた人達の最後の1人、小学生らしき少年に渡してしまえば金魚も打ち止めだ。生き物を大切に扱う心意気を見せたキミにはご褒美をやろう。無表情ながらも、なるべく優しく少年の頭を撫でる。すると解りやすいくらい顔を赤くして、親御さんの元へ帰っていった。フハハ、初のぅ。

 

「…………。」

(……って、どうしたんイッチー。)

「あ、悪い……少し考え事をな。よしっ、気を取り直していくか。」

 

 すると何やら少年を眺めて難しい顔をしているイッチーが気になった。グイグイ服を引っ張ってやると正気を取り戻したみたい。むしろ俺の手を取って引っ張って行くほどだ。元気になったのは良いけど、おもむもに手を握るのは止めてくれねぇかなぁ。さもないと―――

 

(心臓、五月蠅くて仕方ないからさ……。)

 

 

 

 

 

 

「…………。」

(むふっ♪幸せ幸せぇ~……。)

 

 イッチーと屋台を巡って食べたいものを買っていると、ご飯に丁度良い時間が回ってきた。イッチーの提案に乗るかたちで、とりあえず食事にする事に。チョイスしたのは主にソース類。俺が食べているのはたこ焼きだ。こう……涙目になるくらい熱いのをさ、ハフハフしながら食べるのが美味しいっていうか……。

 

「…………。」

(む、どうしたイッチー。欲しいん?)

「ん、いや……別に他意はないんだけどな、ただ少し可愛いなと。」

(ぬぅ……ま、またそんな事言って……。照れるから止めてってば。そんなイッチーにはお仕置き。)

「おっ、くれるのか?それじゃ遠慮なく……。」

 

 黙々とたこ焼きを食べ進めていると、イッチーから注がれる視線が気になった。どうかしたのかとことらも視線を送ると、いきなり手放しに俺を可愛いとか言うじゃないか。一抹の気恥ずかしさを感じながら、俺はある事を思いついた。それを実行すべく、爪楊枝で1つたこ焼きを刺すと、それをイッチーに差し出す。

 

「あづ……!あっつい!く、黒乃……お前よく平気な顔して食べられるな……。」

 

 フヘへ、狙い通り……。たこ焼きを口に入れたイッチーは、吐き出してしまうのではないかという勢いで悶絶した。平気な顔して?そんな事はないよ、俺だって下手すればイッチーみたくなってる。ただ、それこそ顔に出ないだけさ。とにかく、これに懲りたら俺に対して不用意にか、可愛いとか言っちゃダメなんだからな……。

 

「黒乃、口の端。ソースが着いてるぞ。」

(え、マジ?)

「そんなに慌てなくったって大丈夫……っと、ほら取れたぞ。」

(い、いいい……言った傍から何やっとりますかねこの男はーっ!?)

 

 熱さから解放されてたこ焼きを飲み込んだらしいイッチーが、顔を上げるなりそう言ってきた。少し口の開け方が小さかったかな、なんて反省していると……イッチーは俺の口元をグイッと親指で拭った。うん、それだけなら全然問題ないんだよ?しかし、事もあろうにイッチーは……拭ったソースをぺろりと舐め取ったのだ。

 

 だ、だってそれ、ほぼほぼ間接キスでっ……。ああ、自分でそう考えた途端に身体が燃え上がるように熱くなる。い、いや、落ち着け……昔は平気だったんだ。そう、昔から……昔から……昔からぁぁぁぁ……っ!く、くそぅ!どうしてもっと昔から恥じらいを持たなかったんだよ俺ぇーっ!

 

「ふぅ……食った食った。……のは良いけど、けっこう喉乾くな。黒乃、お前はどうだ?」

(ああ、うん……そうだね、喉乾いたかも。)

「そうか、じゃあ俺がジュースでも買ってくるよ。黒乃は少しここで待っててくれ。」

 

 恥じらいを振り切るかのように、不必要なまでにペースを上げて買ってきた食べ物を胃に収めた。満足気にお腹をさするイッチーの姿を尻目に、俺は気が気でない状況だ。そんな中、イッチーは何か飲み物を買ってこようかと提案を出してくる。俺はいろんな意味で喉が渇きましたよ……。そういうわけで、イッチーの問いかけに肯定しておく。

 

 するとイッチーは席を立ち……というか、邪魔にならない場所に座っているだけだけど。とにかく立ち上がって、飲み物を求めて喧騒へと身を投じていった。イッチーの姿が人込みに消えると、俺はボーっと周囲を見渡してみる。……やはり誰もが幸せそうだ。それなのに俺は―――モウスグキエルノヲマツバカリ。

 

(……っ!?あぁ……ダメだ。1人になったから、かな……またきちゃった。)

 

 ふと、ガタガタと全身が震え始める。収まれ、今すぐ。イッチーに余計な心配をかけたくはないんだ。俺はその身を抱きしめるようにして震えを止めようと試みた。が、特に効果という効果はなし。どうしよう、このままだと、イッチーが戻って来ちゃうよ……。

 

「あれ、キミ1人ー?すっげぇ可愛いのに勿体ない。」

「何、震えてっけど……怖い事でもあった?」

「それなら、寂しくないように俺らが一緒にいるけどどうよ。」

 

 不安に打ちひしがれていると、チャラい3人組が俺に話しかけてきた。……こういう連中は嫌い……というか、率直に死ねと思っている。絶対ナンパ目的だもんね。祭り嘗めんなよ、どうよじゃないよバーカ。……って言えればね。おかげで震えが止まったってのもあるけど、さてどうした物か。

 

「なーなー、黙ってちゃ解らないよ?」

「そうそう。それにほら、誰かとはぐれたんなら一緒に探そうぜ。」

「うわ、信用ならねー!」

(不思議なもんだねぇ。こんな連中が相手だと、何言われても響かないや。)

 

 さっきも可愛いと言われたし、褒められているには変わらない。しかし、イッチーに言われた時と感じ方が全く違う。……そっか、俺はイッチーに褒められると嬉しがってるんだ。心が温かくて、胸が締め付けられる感覚が全くない。むしろこんな連中に褒められたって……不快だ。

 

「おい。」

「ああ?なんだテメェ、今良いところ―――」

「俺の女に手ぇ出してんじゃねぇぞ。」

 

 そんな思考を巡らせていると、イッチーが颯爽登場してチャラ男達を追っ払ってくれた。へぇ、俺の女ねぇ……イッチーもなかなか言うじゃん。うん、キミにその気がなくったって……やっぱり嬉しいや。で、でもちょっとだよ?本当にちょっとなんだから……。

 

「いや……今のは―――」

(は、何さ?それよか、ジュースちょうらい。)

「あ、これか?お、おう……待たせて悪かった。ほら。」

 

 何かイッチーが慌てて撤回しようとする仕草を見せたが、そんな事よりジュース飲みたい。催促する等に両手を伸ばすと、イッチーは俺にストロー付きのカップを手渡した。中身はどうやらブルーハワイらしい。良いねイッチー、俺の好みを良く心得てるじゃないか。俺は少し上機嫌になりつつジュースを啜る。

 

 うむ、美味し!結局のとこ何味なんだか解んないんだけどね、ブルーハワイ。酒が元ネタだとか聞いた事はあるけど、それでもテイストに関しての裏付けにはらなんし……う~む。……そんな俺の思考を吹き飛ばすかのような出来事が発生した。なんと、いつの間にか距離を詰めていたイッチーが……俺の腰に腕を回してきたのだ。

 

(え、えぇ……?な、何これ……どういう……。い、意味解んない!でも……。)

 

 嫌じゃ……ない。……なんでなのかな、男と密着するなんてまっぴら御免なはずなんだけど。イッチーに対しては、嫌じゃないって思っている私が居る。けど、本当にイッチーがどういう意図でしてるのかが理解不能だ。……そ、それならこっちだって。今回だけだからね、サービスなんだからね!

 

(失礼しやーす……。)

「っ!?……黒乃。」

 

 イッチーに身体を預けるように体重をかけ、肩に頭を乗せてみる。フ、フフフ……ど、どうだ!?こんな意味解らない行動されたら焦るだろ!……なぁ~んて事もなく、イッチーは見事にノーリアクションだ。うん、解ってた解ってた。どうせ疲れたのかな?とか思ってんだろうね。

 

「…………。」

(ノーリアクションは流石に寂し……って、あれ?うわ、もう花火始まりそうな時間じゃん!?)

「へ……?おい、ちょっと待てよ黒乃!」

 

 いやいや、こればっかりは待てないよ。俺は仮設のゴミ箱に乱雑ながらもゴミを突っ込むと、イッチーの腕を引っ張って駆けだす。せっかくの花火だからね、キチンとこの目に焼き付けておかないと。花火を見るとなれば、とっておきの場所を知っている。俺達原初の幼馴染組しか知らない秘密の場所が……。

 

 

 

 

 

 

 さぁやって参りました、秘密の特等席。篠ノ之神社の裏手にある小さな林の中に、ぽっかり開いた空間がある。ここには誰も寄り付かないし、花火の華が開くのがちょうどこの真上に見えるんだよね。ダイナミックで良いんだけど、少しうす暗いのが玉に瑕かな。

 

「黒乃、ここって……。」

(うん、俺達の思い出の場所だよ……。)

 

 いきなり連れて来たせいか、イッチーは少しだけ戸惑っているみたいだ。なるべく優しい雰囲気を纏うように心がけて振り返ってみるが、伝わりはしないだろう。我ながら無意味な真似をと自重していると、ゆっくりだが確かな足取りでイッチーが近づいてきた。

 

「なぁ黒乃、今日は楽しかったか?」

(それは勿論。イッチーのおかげでね。)

「そっか、それは良かった。俺も……楽しかった。というか、違うんだ。俺……さ、黒乃と一緒なら何処でも楽しいって思える気がする。極端な話で、地獄とかでも。」

 

 アハハ、何それ……ちょっと誇張し過ぎやしないかねイッチー。まぁ、それも一理あるかも。皆でワイワイ馬鹿やってたらさ、それが何処だって関係ないのかも。そうだねぇ……キミと居るとやっぱり飽きないや。出来れば行く末まで見届けたかったんだけど。

 

「でもそれは、黒乃が居ないと話にならない。ホントはそういうのさ!……良くない事なんだってのは解ってんだ。けど、俺は黒乃が居ないと……全然……ダメな奴で……!」

 

 え……?おお、ちょっと待ったイッチー……なんで急に自分語り?というか、自虐とか止めてよ……。イッチーは全然ダメな奴なんかじゃない。むしろそれは俺の方だ。イッチーが居ないとダメな子ですよ僕は、ええ。大丈夫、俺じゃなくても黒乃ちゃんはずっとキミの傍に―――

 

「俺って皆が思ってるよりも弱くて、脆くて……。けど、弱みを見せないのが織斑 一夏って……皆そう思ってんじゃねぇのかなー……。……俺が本当の織斑 一夏で居られるのも、黒乃の前だけだ。」

 

 ……イッチーがなんでこんな事を言ってくれてるのかは解らない。けど、ふと思った。イッチーが言ってる黒乃って、私じゃん。黒乃ちゃんじゃなくて、私なんだ。こんな言い方は良くないって解ってる。だけど、私が黒乃ちゃんに憑依してもう10年が経とうとしているのだから……だから。

 

 私……じゃん。イッチー達と思い出を重ねて来たのは、全部私じゃないか。そう思うと、まるで先ほどまで他人事のように聞いていたイッチーの言葉が、一気に俺の心に沁み渡っていく。ハハ……本当にさ、勘弁してよイッチー……。もっと、さ……しっかりしてくれないと、これからは……一緒に居てあげられなくなっちゃうんだよ?

 

「俺の……俺の居場所は、いつも黒乃の隣だけなんだ。」

 

 ……私だってそうだよ。キミの隣が私の定位置。いっつも鬱陶しいみたいな事を言っちゃってたけどさ、それって……凄く幸せな事なんだなって……!そう……そうだね、ありがとうイッチー……本当に、ずっと私の事を大切に思ってくれて。1つ……解ったから。私がこれからどうするべきか……。しょぼくれてるなんてさ!……私らしくないじゃん?

 

「だから……手放したくない。黒乃っていう俺の居場所を。」

 

 イッチーにそう言わせるほどに深く刻まれた私との記憶は、私だけのものだ。……黒乃ちゃんのじゃない。だから……私はきっと皆の中で生き続ける。皆の中にある私の記憶が、私そのものなんだって……本気でそう思う。何さ、イッチー……珍しく察しが良いじゃん。まるで私の悩みが解ってるみたいにズバズバ的確な言葉をくれちゃって。

 

「……俺とずっと一緒に居てくれ。黒乃、俺は……お前の事が―――」

 

 ……ずっと一緒に居てくれってところまではキチンと聞こえた。けど、最後の方はなんて言ったんだろ。生憎ながら花火が始まっちゃったせいで音が拾えなかった。……まぁ、良いのかな?なるべくなら花火を見ていたいんですが……どうなんだいイッチー?何か私に言いたかったのかな。

 

「く、黒乃!その、どうなんだ。お、おおおお……俺とっ!」

「…………。ずっと、一緒。」

「!?」

 

 何かと思えば、その事か。うん、ずっと一緒だよ。キミが私の事を覚えていてくれる限りは、ず~っと一緒。信じてるからね、イッチー。ずっと、ず~っと……私の事を覚えていてよ。……私もキミの事を忘れない。皆の事を忘れない。私が私で居られる限りは、全力で皆に私を刻んでいくから。

 

「黒乃、また来年も必ず見に来よう。次も、その次の年も……ずっと。」

(……フフ、そうだね。約束する……。)

 

 明日になるか、それとも先の未来になるのか……。とにかく、私が消えちゃうまでは……キミと一緒に花火が見たい。一応はネガティブ判定だったのか、手が少し震えちゃうな……。……俺はすかさずイッチーの手を取った。イッチーは、期待通りに力強く手を握り返してくれる。

 

 ……震えは、止まった。むしろ勇気が湧いてくる。明日も精いっぱい頑張ろうって、未来に目を向ける事が出来る。私の明日はキミと共に……ってところなのかな。イッチー……キミが沢山の人に振りまく幸せ、今は……今だけは……独り占めさせて……。そうすれば私は―――

 

(明日もキミの隣で……)

 

 

 

 

 




黒乃→皆の記憶で俺は生き続けるから、だから……ずっと一緒だよ。
一夏→黒乃と一生一緒に居たいんだ!


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第64話 墓前にて

「黒乃、入るぞ。」

(あ、ちー姉。もしかして、もう出かける時間かな?)

「…………。」

(……ちー姉?)

「良く似合っているじゃないか。きっと父さんと母さんも喜ぶぞ。」

 

 今朝の織斑家は、少しばかり慌ただしい雰囲気に包まれていた。わざわざ千冬が帰宅しているという時点で、何やら重大な事柄である事を匂わせる。そんな中、千冬は黒乃を訪ねて部屋へと足を踏み入れた。そうして、黒乃の姿を前に少しばかり言葉を失う。

 

 今日の黒乃は、以前一夏に購入してもらった白いワンピースに身を着けている。千冬は初見である為に、見惚れてしまったのだろう。そうして、目を細めながら称賛の言葉を送った。それに気をよくしたのか、黒乃はその場でターンして見せる。フワフワなスカートがぶわりと膨れ上がった。

 

「……黒乃、少しこちらへ来い。」

(ほぇ?そっちはちー姉の部屋じゃ……。)

「本当はそろそろ出ようかと思ったんだがな、気が変わった。ほら、そこへ座れ。」

(化粧台の前……。って事はもしかして、メイク?)

「今日は飛び切りめかし込んだ黒乃を見てもらえ。それこそ、父さんと母さんが喜ぶだろうからな……。」

 

 千冬が何かを思い出したように自室へと黒乃を連れ込む。普段は乱雑に下着等が広がっている千冬の部屋だが、頼れる弟と妹のおかげで綺麗そのもの。そんな綺麗な状態の千冬の部屋に入るなり、黒乃は化粧台の前へと座らされた。曰く、最上級まで綺麗さを引き立てろとの事。

 

 先ほどから父さんと母さんという言葉が出ている。これだけでも理解が及ぶかも知れないが、今日は黒乃の両親の墓参りへ行く予定なのだ。恐らく織斑家内で最も重要となるこの行事だからこそ、千冬もこうして帰って来ているのだろう。そんな千冬の提案に黒乃は、快く首を縦に振った。

 

(うん……思えば、こんなに女の子してる姿を見せた事すらないからね。)

「そうか……。では、私がやろう。何、心配するな。これでも私とて女という事を思い知らせてやろう。」

(いや、別に侮った事はないけどさ……。まぁとにかく、よろしくお願いします。)

 

 いくら千冬がズボラな性格だろうと、そういった心得は習得している。それを自分で冗談めかして言う千冬の姿に、黒乃はなんだか希少価値を感じた。とにかく、千冬による黒乃の化粧が始まる。本人の談通りに案外手際は良く、比較的……というよりは、黒乃が想像しているよりもずっと早く千冬の手は止まった。

 

「良し……こんなところだろ。素材が上質なせいか、私もそれなりに楽しませてもらったぞ。」

(うぉぅ……。女は化けるっていうけど、これは……。まるで俺じゃないみたいだ。)

 

 千冬はメイクアップアーティストの気持ちが痛いほどに理解できた。綺麗な素材を、自分の手で更に綺麗にするのはこの上なく楽しい。珍しくも手放しにそう言うという事は、よほど楽しかったのだろう。一方の黒乃は、鏡に映る自分の姿に少し困惑していた。

 

 それこそ黒乃の美貌を生かすためにメイクはナチュラルだが、それでも余りある変貌を遂げているのをヒシヒシと実感しているらしい。それでいて、いかに自分が普段そういった事柄に無頓着なのかを思い知らされる。もう少し気を遣おう。黒乃はそう心に誓った。

 

「それでは行くか。一夏もだいぶ待たせている。」

(わっ、ホントだ!?お、怒ってたりしないと良いけど……。)

(まぁいくら待たせようと、今の黒乃を見せれば問題ないだろうがな。)

 

 千冬の自室内に置いてある置時計に目をやると、男性的には嫌がる時間が経過している事に気が付いた。黒乃は慌てた様子で唾広帽子を回収して、ドタドタと階段を降りていく。そんな黒乃の姿を尻目に、千冬は内心でニヤニヤしながら一夏をからかう為にその背をゆっくりと追いかけた。

 

「黒乃に千冬姉?なんか随分時間がかかったけど、何か問題でも―――」

(いやゴメンねイッチー!俺も千冬姉も悪気は……って、どうしたん?凄い顔してるけど……。)

 

 黒乃の姿を視界に入れた瞬間、一夏の脳みそはフリーズした。いや、ショートと言った方が良いのかも知れない。以前の買い物の際に、一夏は黒乃のワンピース姿を綺麗だと評した。しかし、その綺麗な姿を更に綺麗にさせるメイクが施されているのだから言葉を失ってもおかしくない。

 

 一夏は黒乃を褒めたいという気はあるが、自身のボキャブラリーでそれを表現し切れる自信がなかったのだ。一夏の目には、天女だか女神だか……そんな尊い存在としてしか映っていない。しかし……天女のようだ!女神のようだ!……なんて褒めるものそれはそれで。

 

「……馬鹿が、気の利いた事の1つも言えんのか。」

「え、あの、いや、だってほら……その……。」

「御手洗ならばサラッと―――」

「ああ、もう!綺麗だぞ、黒乃。とびっきり、もうこれ以上ないくらい!」

(え、えっと……。……うん、ありがとうイッチー。)

 

 固まる一夏に苛立ちを覚えたのか、千冬は険しい顔つきでそう言い放つ。対して一夏は困った様子でどもるしかなかった。しかし、数馬を引き合いに出された事がよほど悔しかったと見える。一夏はヤケクソ気味に黒乃を褒めた。結局はシンプルな言葉だったが、むしろ黒乃には好印象だった。

 

「ブッ……!ククク……。」

「千冬姉……。」

「はっ、まぁ許せ。それよりも、そろそろ行くか。全員、準備は良いな?」

「はぁ……なんか納得いかねぇ。黒乃、忘れ物は?」

(大……丈夫っぽい。)

「ん、そうか。」

 

 堪えてはいるが微妙に隠す気がないような印象を受ける笑い声は、確と一夏の耳に届いた。ジト目で抗議をするかのような声色で名前を呼ぶが、千冬には当然通じない。華麗に流して出発の音頭を取る千冬は、職業病なのか妙に教師のようだ。千冬にそう促されつつ、織斑家の面子はゾロゾロと玄関まで歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 電車や徒歩で移動することしばらく、一行は藤堂夫妻の眠る霊園へと辿り着いた。夏休みという時分もあってか、霊園内はいつになく人が多い。とはいえ、何も間を縫う程の人だかりとも言えないだろう。何組かの人と会釈をしながらすれ違いつつ、3人は藤堂家之墓と刻まれた墓石を前に立ち止まる。

 

「久しぶり、父さん……母さん……。」

「本当に……な。申し訳ない、ここのところ忙しく……なかなか顔も出せずに―――」

(2人共、そういうのは後にして……。とりあえずする事は済ましちゃおう?)

「む、そうだな……。一夏、掃除を始めるぞ。」

「え、千冬姉もやるのか……ってあだぁ!?」

「黙れ、流石の私も墓掃除くらいできる。」

 

 自身の育ての親が眠る墓前にて、一夏と千冬は穏やかながらもしんみりとした表情を浮かべた。それを良しとしないのは黒乃だ。きっと両親は笑顔の2人を望んでいると、2人の肩を掴んで首をゆっくり横に振った。それで何かしら察する部分があったらしく、千冬は一夏に作業開始を促す。

 

 その際に一夏は余計な事を口走り、千冬のデコピンを喰らうはめに。真っ赤になったデコを涙目になって撫でていると、デコピンを喰らった部分を黒乃に優しく撫でられる。一夏はデコだけでなく、顔全体を真っ赤に染めた。そんな2人のやり取りを前に、千冬は短くそれこそ後にしろと吐き捨てる。

 

 要因を作ったのは千冬姉だろと、わざと賑やかすような軽口を叩きながら作業は本格始動した。とはいえ、口の何倍も3人の手は動く。やがて藤堂夫妻の眠る墓石は、まるで新品かのようにピカピカとなった。そうして、静かな時間が始まる。黒乃、一夏、千冬は、それぞれの想いを胸に……墓前へと手を合わせた。

 

(2人共、いろいろあったけどさ……俺は黒乃と歩いて行くって決めたよ。これからも、俺達の事を見守っていてくれ……。)

(私がふがいないばかりに、お2人には心配をかけると思います。2人の代わりなど到底言えないですが、必ずや黒乃と一夏を立派に成長させて見せます……。)

(黒乃ちゃんのご両親!今年も娘さんの身体を使わせていただいてます……。あの、ほら、大事に使わせていただいてるつもりですが、なんやかんや死にかけてしまいまして……。ええ、ですがこの通りピンピンしてますから……ノーカンって事で呪い的なアレは勘弁して下されば―――)

 

 3人は、それぞれ思い思いの事を黒乃の両親に述べる。一夏と千冬はオーソドックスに近況報告という形だが、大抵の場合黒乃は謝罪祭りとなる。それはきっと、黒乃の中身の罪悪感の現れなのだろう。特に今回は、本気で一度死んだも同然なので異様に謝り倒しているようだ。

 

「「…………。」」

「一夏、お前は……。」

「……俺はもう少し黒乃の傍に居るよ。」

「……そうか。」

 

 近況報告を終えた2人は、静かに閉じていた目を開けた。すると、未だに墓へと手を合わせる黒乃が視界に飛び込んでくる。いずれも神妙な顔つきをしながら立ち上がり、小声でそんなやりとりを交わした。一夏は黒乃の隣に居座り、千冬は少し離れて2人の背中を見守る。すると、予想だにしない招かざる客が姿を現した。

 

「どうも。」

「貴様っ!?……何故ここに居る……近江。」

「死者の魂が眠る場所でそんな顔はいかがなものかと思いますけど?あ、僕がさせてるんでしたね……ハハハ―――」

「はぁ……少し黙ってください。織斑様、申し訳ありません。大変不躾なまねをしているのは理解していますが、どうか話だけでも聞いていただけないでしょうか?」

 

 千冬に声をかけたのは、傍らに鶫を連れた近江 鷹丸その人。千冬は条件反射的に鷹丸を睨み付けるが、全く効果はなし。逆に煽るような発言を繰り出す始末だ。そんな鷹丸の態度に顔を青くしながら、割って入るようにして鶫が事情の説明を始めた。

 

 曰く、黒乃にISを与えた=黒乃を戦いの場に引っ張る行為であるという事。それなのに黒乃の両親に何の挨拶もないのは筋が通らない。しかし、千冬に頼んでも却下されるのが関の山……という事で、この際黙って訪問という図式が出来上がったようだ。挨拶に関しては鶫も賛同したようで、こうして着いて来たとの事。

 

「納得いただけないでしょうが、私達が彼女のご両親を弔う気持ちがあると言うのは本当です。こちら、どうか受け取って下さい。」

「……ああ、有り難く。」

「まぁ、お断りという事なら完全な参拝は遠慮はしますとも。どうですか?」

「いらん、余計だ。」

「おやおや、これは手厳しい。」

 

 困惑を隠しきれない最中、鶫は白菊の花束を千冬に手渡した。千冬の有り難くいただくという言葉は本物だろう。流石に用意して貰った物を突っ返すほどではないらしい。しかし、鷹丸のお参りは却下されてしまった。鷹丸に対する信頼度の現れと思ってよさそうだ……。

 

「その代りと言っては何ですが、黒乃ちゃんのご両親について少し質問させてもらえません?」

「……お前の事だ、どうせ事前に調べているのだろう。」

「いえ、それは本気で失礼ですから。まぁ……知っていて名前だけです。藤堂 和人さんに、藤堂 白雪さん……でしたよね。」

「……父は医者で、母は花屋の店員だった。お人好しという言葉を体現したような人達だったよ……。」

 

 鷹丸が黒乃の父、母の名を呟くように言うと、千冬は思わず昔を懐かしむようにそれぞれの就いていた職を語った。そして、両氏をお人好しだと評する。捨てられた織斑姉弟を何の迷いもなく育てていた程だ、お人好し以外の何物でもないのだろう。

 

「なるほど、お医者様ですか……。リアルな話、織斑先生達を育てる余裕は大いにあったわけですね。」

「ああ、母は子だくさんな家庭を望んでいたからな。恐らく黒乃には、何人か弟か妹がいた事だろう。」

「……そうですか、それは……立派なお姉ちゃんになったでしょうね、黒乃ちゃん。」

 

 金銭面での余裕がなかろうと、和人も白雪も一夏と千冬を育てたろう。しかし、そこに関して心配する必要はなかったらしい。医者なんかは特に稼ぐ職種だろう。その分労働条件が過酷であったりと問題は多々あるが。……事故に遭った日も、たまの休みという奴だったのかも知れない。

 

「しかし、貴様が両親について聞いて何になる?」

「黒乃ちゃんのアレを紐解くヒントになったりしないかなと思ったんです。ルーツにご両親が関連しているんじゃないかと思ったりしまして。」

「……聞くだけ無駄だぞ。」

「そうですね、あまり関係なさそうです。ま、出せる可能性は全て出さないとですから。」

 

 アレというのは間違いなく黒乃の二重人格の事を指している。千冬からすれば、両親は八咫烏の黒乃とは縁遠い存在でしかない。だからこそ端的に無駄だと切り捨てた。同じく、鷹丸も無意味な質問だったと言いたげに後頭部を掻いてみせる。

 

(ありゃ、鷹兄に鶫さん?)

「近江先生に鶫さん。……もしかして、父さんと母さんに?」

「やぁ2人共、こんにちわ。不躾で悪いんだけどね、どうしても一度来ようと思ってたから。」

「そうなんですか。その、ありがとうございます。2人ともきっと喜んでます。」

 

 ようやく謝罪祭りを終えたのか、黒乃と一夏が鷹丸達に気が付いた。首を傾げながら近づく黒乃の気持ちを代弁するかのように、一夏が質問を投げかける。自分が来ている事情を語ると、一夏は千冬と違って感謝の気持ちを胸に抱いた。どうやら黒乃もそこに関しては同じらしい。

 

「お前達、行くぞ。」

「え、もう行くのか?」

「……名残惜しくなってはいかんだろう。私達は、前に進まねばならんのだからな。」

「千冬姉……。あの、大したお構いもできずにすみませんでした。それじゃ……。」

 

 足早にその場を去ろうとする千冬に、一夏はせっかく鷹丸と鶫が来てくれたというのに……という風な意味を込めてもう行くのかと尋ねる。千冬は白菊の花束を墓前に飾ると、前に進まねばと語りながら歩き出した。そんな千冬の背中を、物悲しそうに一夏は追いかける。少し遅れて、黒乃も行こうとしたが―――

 

「事故、キミにとってはまだ鮮明かも知れないね。僕に出来る事があるならなんでも協力するって約束するから、その時は僕らを―――」

「事故じゃないです。」

「…………え?」

 

 なんとなく、本当になんとなく鷹丸は黒乃にそうやって話しかけた。単なる気まぐれで事故という単語を出したのだが、それは黒乃によって否定されてしまった。黒乃の言った事故ではないという言葉……それは自身が憑依する対象が黒乃に決定した瞬間、ほぼ運命は決定づけられた。だから事故じゃないという意味。

 

 本人もまさか声が出るとは思っていなかったようで、内心焦りながら深く頭を下げ今度こそ織斑姉弟を追いかけた。一方の残された鷹丸は、脳をフル回転で働かせているようだ。何故なら、鷹丸にとっては興味をそそるような言葉として解釈されているから……。

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ鶫さん。今の言葉をどう解釈してる?」

「私にはお答えしかねます。」

 

 黒乃ちゃん達全員の姿が見えなくなると同時に、僕は鶫さんに対してそう問いかけた。対して鶫さんは、いかにも面倒事を回避するように、当たり障りのない言葉で返してくる。まぁだいたい解っていた事だけどね。でも、僕にはそう問いかけずにはいられなかった。

 

 事故ではない。大多数の人間が不幸な事故だと考えている事案を、当事者……唯一の生き残りが事故ではないと結論を下しているのだ。いったいどういう事だ?彼女は何の根拠があってそう発言したんだ?事故の際に何かを見た?第3者が起こした意図的な事件という確かな事実を目撃したのか?

 

 ハハハ……不謹慎ながらも、考えれば考える以上に興味を惹かれる。もし仮に第3者の起こした意図的な事故だったとして、いったい何のメリットがあったのだろうか。例えば僕のように企業の御曹司というなら良く解る。しかし、黒乃ちゃんのご両親は至って普通な職に就いていたという証言が聞けた。

 

 ましてや当時の黒乃ちゃんはほんの6歳児。今の黒乃ちゃんを消したいと言うなら十分に気持ちはわかるけど、これで藤堂家のいずれかを消したかったという線はほぼなくなる。……いや、こういう考え方もあるだろう。藤堂夫妻のいずれか、または両方が……裏の顔を持っていたとか。

 

 裏の顔があるとすれば、何かしら組織に所属していた可能性だってある。その組織を裏切ったか、あるいは裏切られたかで消された……。ハハ、それは流石に話が飛躍し過ぎかな。けれど、あの一言だけなのにここまで想像させられる。なんて意味深な事を言ってくれたんだい……黒乃ちゃん。こうなったらとことんまで調べないと気が済まなくなちゃうじゃない。

 

「鶫さん、父さんに繋げられるかな?」

「少々お待ちください。……藤九郎様ですか?鷹丸様がお話があると……。」

 

 ある考えを思い立った僕は、鶫さんに頼んで父さんに電話してもらう。僕だと時々無視されちゃう時があるからねぇ。美女に部類される鶫さんからの電話を、父さんが無視するはずもない。想像した通り、父さんは電話に出てくれたようだ。僕は鶫さんから携帯電話を受け取った。

 

「もしもし父さん?」

『おう、鷹丸のパパですよ~っと。どした、パパに何をしてほしいんだ?』

「いや、実行は僕がやるよ。ただ確認したい事があるだけ。警察関係者にコネってないかな?なるべく位の高い人だと助かるんだけど。」

『警察関係者ねぇ。あるにはあるが、お前さん随分と面倒な事に首突っ込もうとしてるだろ。ま、面白そうだし止めろとは言わねぇけど。』

 

 電話に出た父さんは、なんだか気だるそうに適当な挨拶をしてきた。大方、鶫さんが自分に用事があるわけじゃないからテンションが下がったんだろう。だけど僕のテンションは上がり調子なんだ。悪いけど父さんの事情なんて構っていられない。そう……僕は約10年前の事件について調査してみる事にしたのだ。

 

 そうすれば、もっと面白い発見があるかも。それこそ、八咫烏の黒乃のルーツに辿り着くような……面白い発見が。父さんも僕の声色で気分が解るのか、面白そうだからとの理由で協力してくれるらしい。本当、貴方は僕にとって最高の父親だよ。

 

『……で、今言った奴が古い事件の捜査記録とかを纏めてる。署内でも有名な変人だからな、事情とパパの名を出せば協力してくれるはずだ。』

「うん、ありがとう父さん。なんとか僕の思う通りに進められそうだよ。」

『ついでに十蔵にも声をかけておくさ。お嬢ちゃんに関わる事なら、あの狸も協力せざるを得ないだろうよ。』

「……父さんには頭が上がらないね。」

『ダッハッハ!そうだろうそうだろう。つー事で1回貸しな。今度良い女でも紹介してもらうからなー。』

「解った、約束する。本当にありがとうね。」

 

 僕は黒乃ちゃん関連だとは言ってないのに、父さんにはお見通しだったらしい。う~ん……僕もまだまだかな。それにしても、良い女って誰を紹介しようかなぁ。……昴さん辺りにしておこう。美人だし、父さんなんだかんだ言って気の強い女性が好きみたいだし。ただ、攻撃されるのは覚悟してもらわないと……ね。

 

「ん、ありがとう鶫さん。」

「いえ。」

「じゃ、早速警察行こうか。」

「ついに逮捕される覚悟が決まりましたか?」

「アハハ、それ面白いね!でも少し違うかな。僕の独自捜査スタート……ってところだよ。」

 

 鶫さんに携帯を返せば、そんな言葉が返って来た。僕はあっけらかんと返したけど、多分鶫さんは割と本気で言ってる。やれやれ、日頃の行いのせいって奴かな。ま、そういう対応の方がいろいろやり易いってのはあるけどね……。それはさておき、捜査を始めよう。まずはその変人って人に会いに行ってみようかな。

 

 

 




黒乃→ファッキンゴッドのおかげで、ほぼほぼ運命なんですよ……。
鷹丸→事故じゃない……?これは、面白くなりそうだね。

鷹丸による一人相撲列伝スタート。


藤堂夫妻
織斑家近くに自宅を構えていたごく一般市民。幼少時代の千冬とは顔見知りの為、織斑家両親が蒸発後は一夏、千冬の親代わりとなる事を決意した。両者共にお人好しを体現したかのような人物で、不慮の事故(神による意図的なとも言えるが)により死亡した際には多くの人間が2人の死を悲しんだ。


藤堂 和人
一見優男な見た目をした上に若干の天然ボケな男だが、やると決めればやり通す頑固な面を持つ。そして怒ると怖く、一夏曰くトラウマものだとか。過去に重い病を患った経験があるが、それを治療し生きながらさせてくれた医者に強い憧れを抱くようになる。その後は憧れであった医者となり、些細な事でも他者の希望になれるよう生き抜いた。享年34歳。

藤堂 白雪
黒乃と同じく、綺麗な長い黒髪を持った和風美人。明るく穏やか、そして世話好きな性格。旦那である和人とは、勤めていた花屋で知り合う。和人は口説くつもりで頻繁に通っていたのだが、白雪が想いに気づいたのは結局ストレートに告白してから。娘である黒乃がそんな事にはならぬよう、一夏とひっつけようとしていた節がある。享年32歳


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第65話 夏色アクアリウム(表)

(……わっかんねぇよなぁ。)

「…………。」

 

 あの夏祭りから数日が経過した。シャルを始めとする専用気持ちが全員集合したりと、騒がしくも変わらぬ日常を俺達は過ごしている。そう……問題なのは変わらぬ日常という点について。結局のところ、俺の想いは通じたのか?黒乃のあの言葉……ずっと一緒だという言葉が俺を混乱させる。

 

 再度問いかけるべきだとは思う。しかし、やはり特別な時間と空間でなければそれは難しい。単純に俺がヘタレているだけとも言えるが。……もうすぐ夏休みも終わる。学園に戻ってしまうと、告白するチャンスは格段に減ってしまうだろう。こうなったら一か八か、想いが通じているという体で接してみる!

 

「なぁ、黒乃。」

「…………!?」

 

 先ほどまでリビングから庭に洗濯物を干している黒乃を眺めていた俺だったが、縁側から降り黒乃に後ろから抱き着いた。うわ……腰細……。じゃなくて、今肝心なのはどれだけ照れを露呈しないかだ。思い込め、今の俺と黒乃は恋人同士なんだと。

 

「それ終わったら、今日もどっか出かけるか?俺は黒乃と遊びに行きたいな。」

「…………。」

 

 優し気な声色を作りつつ、抱き着いた状態で黒乃にそう語りかけた。黒乃は前を向いたまま振り返らず、ただただ黙りこくっている。しかし、いくつか変化はあった。黒乃の作業をする手が止まった事と、徐々に耳が赤く染まりつつあるという点だ。これは珍しい反応な気がする……よしっ、このまま続けてみる事にしよう。

 

「どうかな、黒乃が嫌ってんなら我慢するけど。」

「…………。」

 

 この確認を取るのは大事だろう。黒乃が嫌がるならそれはそれだ。家でもやれる事は全然あるだろうし、別に無理矢理な必要性はない。……何を考えているのか、黒乃はやはり回答の意志表示は無しか……。いや、答えられないのか?自分でやっておいてなんなんだが、そろそろ俺も黒乃に抱き着いた状態でいるのは限界に近いぞ。

 

「…………。」

「お、そうか。じゃあこれはさっさと終わらせないとだな。俺も手伝うぞ。」

「…………。」

 

 黒乃はコクリと確かに首を縦に振った。俺はまるで不安から解放されたかのように、パッと気分が明るくなる。デート、黒乃とまたデートだ!ホントに家事なんてしていられない。本当は放っておきたい気分に駆られるが、そこは我慢してやる事は終わらせてという事に。

 

 そして一通り家事を終わらせてしばらく、急な外出という事もあってか俺達は準備に追われた。まぁ俺なんかは軽く着替えるのみだけど。勿論、おしゃれには気を遣いつつ……な。俺の準備が終わってから数分後といったところか、純白のワンピースを身に纏った黒乃が姿を現す。

 

「……それ、もしかして気に入ってくれてるか?」

「…………。」

「そうか、プレゼントした身としては嬉しいよ。あ、でも……今日は帽子はいらないと思うぞ。基本的に屋内だからな。」

「…………?」

 

 最近の黒乃は、出かける際に白ワンピの着用率が高い気がした。自惚れだと思いながらも、ついついそんな質問をしてしまう。我ながら何を聞いているんだろうと思った時には、既に黒乃は肯定を示してくれていた。……いつかまた黒乃に服をプレゼントしてみよう。いろんな姿の黒乃を見てみたいしな。

 

 それはそれとして、黒乃がかぶっている唾広帽子は外しておく。実を言うと、今日は前々から黒乃を連れて行こうと思っていた場所に案内するつもりなのだ。屋内なのは割れているというか、屋内なのが一般的というか……。黒乃もなんとなくキョトンとしている気がするが、連れて行ってしまった方が話が早い。

 

 そういう事で、黒乃と共に電車やバスに揺られてしばらく、件の前々から来たかった場所へとやって来た。目の前にそびえ立つ大きな建造物は、ズバリ水族館だ。なんだかデートスポットの定番だと聞いて、ぜひ一度黒乃と一緒にと思ってたんだよな。

 

「黒乃、薄暗いだろうから足元には気をつけろよ。」

「…………。」

「うん、それじゃ行くか。」

 

 別に黒乃を子供扱いしているとかではなく、少しばかりの紳士的アピールだ。それもほどほどに、俺と黒乃は互いの手を取り歩き出す。……ん?おお、自分でも気づかない内に黒乃と恋人繋ぎで手を握り合っているじゃないか!よしよし、これは良い傾向だ……。もう一歩、きっともう一歩のところに来ているに違いない。

 

「すみません、高校生2人で。」

「ようこそおいで下さいました!あの、お2人はカップルでしょうか?」

「……えっと、どうしてそんな事を?」

「はい、ただいま夏休み期間中という事もありまして、カップルでお越しの方は特別に割引させていただいております!」

 

 そう言われてみて、立てかけてある案内板を黒乃と2人して眺めた。するとそこには、ドがつくほど眩しいピンクの看板が。詳しく見てみると、だいたい受付の人が話した事と同じ内容が書かれている。視線を戻すと、受付さんはニコニコと笑顔を浮かべて俺の返答を待っているようだった。

 

「はい、見ての通りカップルですよ。」

「…………!」

「それでは、カップル割対象という事でご案内させていただきます!」

 

 俺が自信満々な様子でカップルである事を肯定すると、繋がったままの黒乃の手に力が籠ったのが解った。……大丈夫、言葉や表情がなくったって俺は黒乃の考えてる事は解るんだ。今のは嫌だからじゃない、確実に照れ……。だから自信を持て、俺。

 

「けっこう混んでるな、まぁ夏休みだし当たり前か。黒乃、まずは何処から回る?」

「…………。」

「む、クラゲ……。あぁ、なんか今人気だってテレビでやってたな。良し、じゃあまずはそこから行こう。」

 

 無事に入場券を買い終わると、何事もなかったように黒乃へ話しかける。今までの俺だったら、そっちの方が安く済むだろ?……とか何とか言って誤魔化していた事だろう。だけど今日そういうのは無しだ。俺は……本気でお前とカップルのつもりなんだから。

 

 メインホールで立ち止まって黒乃に行きたい場所はないかと聞いてみる。すると、黒乃が指差した看板にはクラゲの写真が写されていた。クラゲ、か。漢字で書くと海月だったりするし、その幻想的な姿が綺麗だと特集が組まれていた気がする。そうと決まれば、俺と黒乃の足は真っ直ぐクラゲの展示スペースへと進んで行く。

 

「おぉ……これはなんというか、圧巻だな。」

「…………。」

 

 夜の海中をイメージした演出なのか、展示スペース内はブルーライトに照らされていた。そして、その中に佇むドーム型や水晶型の水槽には、ユラユラと漂う大小様々なクラゲが。これは確かに幻想的だ。まるでファンタジーの世界に紛れ込んだ気さえする。

 

「本当は毒持ちで忌み嫌われる奴らなのに、それは演出次第ってのを思い知らされるっていうか……。」

「…………。」

「黒乃……?」

「…………綺麗。」

「……ああ、そうだな。けど―――」

 

 一時期エチゼンクラゲだかなんだかが大量発生して大騒ぎになったりと、クラゲはあまり歓迎される生物ではなかった。しかし、今はこうして俺達を含めた多くの人を感動させてるんだな……。すると、スルリといった感じで黒乃の手が俺から離れた。円柱の形をした水槽に手を添えると、綺麗だと呟くように言う。だから俺は―――

 

「黒乃の方が綺麗だよ。」

「…………!?」

「ハハハ……そんなに驚かなくったって良いだろ?俺は思った事を言っただけだ。」

 

 黒乃の隣まで近づいて、いわゆるお約束的なクサい台詞を言ってみた。次の瞬間、黒乃はクラゲなんて目もくれずにバッと俺の方に向き直り、数歩下がって俺との距離を開ける。……けど、これも拒絶ではない。理解はできるが、内心ではすげぇビクビクしてるんだけどな……。

 

「まぁとにかく、もうしばらくゆっくり見て回ろう。……ほら。」

「…………。」

 

 俺がそうやって手を差し出すと、黒乃はしばらく眺めた後にコクリと頷く。そうして再び手を繋ぎ合った俺達は、スローペースで展示していたクラゲ達に目を通して行った。それでは次に何処へ向かうかという事に。黒乃の向かいたい場所へ付き合うと言えば、次はセイウチとかいった海洋生物の方へ舵を取る。

 

「海の生き物ってさ、見た目愛嬌がある奴が多いよな。実際は凶暴だったりするらしいけど……。黒乃は、どんなのが好きなんだ?」

「ペンギン。」

「なるほど、ペンギンか。確かに短足でヨチヨチ歩く姿が可愛いよな。俺は……ラッコかな。貝叩き割ろうとしてる姿が必死でさ、なんか微笑ましいっていうか。」

 

 水族館内とはいえ、移動しようと思えばそれなりに距離もある。海洋生物の展示室に向かうまでは、世間話をする暇があった。黒乃も調子が良いみたいで、俺の質問に答えてくれる。ペンギンか、パンフレットによると……もうすぐ餌やり体験の時刻だったような……。

 

「はい、皆さーん。大変長らくお待たせいたしました!これより、ペンギンさんへの餌やり体験を始めようと思います。ぜひぜひ、挙って参加してみて下さい!」

「お、ベストタイミングだな。どうする黒乃、せっかくだから参加してみるか?」

「…………。」

「そうこなくっちゃな!すみませーん。」

 

 展示スペースとの距離が縮まると、飼育員さんがメガホン片手に観客へ向かってそうアナウンスしていた。パンフレットの通りだな。参加の是非を問いかけてみると、首を縦に振ったから肯定……と。そうと決まれば、俺は黒乃の手を引き駆け足で飼育員さんへ参加の意思を伝えた。

 

「それでは、皆さんに怪我がないよう。また、ペンギンさんへ怪我をさせないように注意しつつ、楽しく餌やりを体験してみましょー!」

 

 飼育員さんのそんな掛け声と共に、ペンギン達がヨチヨチとこちらへ接近を開始した。あぁ……餌が貰えるって覚えちゃったんだろうな。まぁそれは仕方のない事として、飼育員さんから受け取ったバケツに入った魚を、トングで掴んで差し出してみる。するとペンギンはパクリとそれを咥えて、器用に喉へと滑り込ませていく。

 

「この仕草も可愛いよな。こう……すげぇ微振動して魚の向きを調整するの。」

「…………。」

 

 ペンギンは魚を頭の方から飲み込むのが鉄則だ。そうでないと、ヒレとかが引っかかって大変な事になるらしい。今も横向きに咥えた魚を、器用な嘴捌きで向きを正してから飲み下したし。うむ、可愛い。黒乃に同意を求めてみると、頷きながら黒乃も餌を差し出した。

 

「おやぁ?ワンピースのお姉さんがモテモテですねー。」

「うん?」

 

 ふと、飼育員さんがそんな事を呟いた。見てみると、周りのペンギン達は何故か目の前の餌を無視してでも黒乃目がけて進軍を始めているではないか。あ~……う~ん……?そう言えば、黒乃は動物に好かれる性質だったような……。きっと動物たちも、黒乃の母性に惹かれるんだろうな……うん。

 

「えーこのペンギンさん達はですね、皇帝ペンギンと呼ばれる種別です。皇帝ペンギンは、前を歩く2足歩行生物に着いて行く習性があるんです。ですからこの場合は、1匹がお姉さんの方へ歩いて行っちゃいまして、それでこんな事態になっているわけですね。」

 

 うん、全然そんなんじゃなかったな。飼育員さんがすかさず解説を入れ、周囲の人達はほぉ~……とか、へ~……とか言っている。すると黒乃は、しゃがみ状態を解除して立ち上がった。無表情で解りづらくはあるが、黒乃は結構ノリが良いんだよな……。黒乃はそこらをペンギンを引き連れるように歩き始めた。

 

「おお、見て下さい!美女とペンギンの織り成すパレードです!」

「ハハハ……。」

「とは言え餌やり体験ですからね、申し訳ないですがほどほどにしていただければわたくしとても助かります!」

 

 絶妙な速度で歩いてペンギンを引き連れるその姿は、まるで群れのリーダーのようだ。会場はどよめきと笑いに包まれ、自然に拍手が巻き起こった。……むぅ、なんか面白くない。黒乃に文句があるわけじゃない。しかしペンギン達よ、いくら習性だからってそんなに黒乃の尻を追っかけなくても良いだろ。

 

「お兄ちゃん、焼きもち?」

「なっ……!?」

「こら、止めなさい。お兄ちゃんに失礼でしょ!」

「だって、このお兄ちゃん顔怖いもん!」

 

 マ、マジでか……!?人はともかくペンギン相手に嫉妬とか、それは流石にないだろ俺。しかも子供に見抜かれるってなんだよ……。俺は慌てて眉間をこすり、グイッと頬を上げて柔らかい表情を演出した。すると、魔の悪い時に黒乃が帰って来てしまう。

 

「お、おかえり黒乃!」

「あのね、お姉ちゃん。今ねーこのお兄ちゃんがねー―――」

「こーら、いい加減にしなさい!お兄ちゃん達のデート邪魔して。ごめんなさいねー……少しマセた子なんですー……。」

 

 無駄に緊張した様子のお帰りを黒乃に送ると、少女は嫉妬?の件を密告しようとするではないか。それはなんとか母親が止めたが、貴女も微妙な発言をしています。デートの邪魔……。いや、実際にデートであることは間違いないんだろう。あの人も悪気がなかったろうし、他人からもカップルに見えるのは良い事だ。だからここは1つ―――

 

「俺ら、人様からもそう見えるんだな。俺は嬉しいけど、黒乃はどうだ?」

「…………。」

「ああ、無理して言う必要もないんだけどな。ただ……俺の中でそれは揺るがないって話で。」

「…………。」

 

 我ながら卑怯な事をしているのは解っている。黒乃が答えられない事なんて解っていながらそこんな質問をしているんだから。俺の言葉は、例えるならば楔。黒乃を俺の傍に縛り付けておくための楔。けど、それで黒乃の総てが手に入るってんなら俺は―――

 

(いくらでも、卑怯な男にでもなんでもなってやる……。)

 

 

 

 

 

 

「今日も良く遊んだなぁ。」

「…………。」

「けど、もうすぐ2学期って思うと少し憂鬱だぜ……。」

「…………。」

 

 あれからイルカショーを見たりと1日水族館で過ごし、時刻は夕暮れ時と言ったところか。俺が背伸びをしながら迫る2学期が憂鬱だと言うと、黒乃も同意なようで首を縦に振った。皆と会いにくいってのは寂しいけどな。またワイワイ騒ぐのが楽しみというのもある。

 

「中学ん時だったら、今頃大慌てで宿題ってところか。」

「……担任。」

「そうなんだよ……担任が千冬姉だし、ちゃんとやってないと確実に殺される。」

 

 それこそ、昔は千冬姉が家を空けている事が多かったから……。多少サボったところで何も問題はなかったんだが、ご存知の通り現在は実姉が担任の先生って言う。今考えると絶望しかないな。始まる前から詰んでるじゃないか。まぁ……マジで命が危険だろうから、既にやる事は済ませてるので問題はない。

 

 弾や数馬は今頃必死こいてるだろうな。箒達は……鈴が少し心配なだけで、後のメンバーは大丈夫だろう。というか、鈴以外が千冬姉の監督下にあるのがやはり大きいだろう。皆もきっと、夏休み中に千冬姉の顔が脳裏にチラついたはずだ。……学園に戻ったら確認を取ってみよう。

 

「それにしても、充実した夏休みだった気がするよ。……きっと黒乃のおかげだな。」

「…………?」

「なんていうか、俺の意識の問題なんだけど……。うん、今年の夏は楽しかった。」

「…………?」

 

 俺の言葉に黒乃は首を傾げるばかりだ。まぁそうだろうな、いきなりそんな事を言っても意味不明に決まってる。けれど、やっぱり意識の違いだと思い知らされた夏だった。大好きな女の子とほぼ同棲生活なんて、健全な男子高校生からすれば夢のような話だろう。

 

 毎日が特別に思えて、毎日が輝いていた。黒乃と過ごす毎日が、愛おしくて愛おしくて……。学園に戻っても、黒乃とトクベツでいたい。……もう1度しっかり伝えよう。俺はお前が好きなんだって。じゃないともう俺は、頭がどうにかなってしまいそうだ。

 

「…………。」

「ん、どうした黒乃?……なるほど、夕日か。ああ、確かに綺麗だな……。」

 

 ふと、黒乃が俺の服を引っ張ってから明後日の方向を指差した。するとそこには茜色に染まった夕日が煌いている。先ほどまで水族館に居たという事もあって、俺達が歩いているのは海沿いだ。都内なために何処までも続く水平線を……とは言わないが、海面もオレンジ色に反射している。

 

 チャンス到来……黒乃の方から良い雰囲気を作ってくれた。夕日をバックに思いの丈を……。夏祭りと並んで告白するにはもってこいのシチュエーション。俺は夕日を背にしょい込むような位置へと立ち、黒乃の方へと振り返った。想いを伝える、これから黒乃に。心臓の鼓動を御せないながらも、俺は静かに口を開いた。

 

「なぁ黒乃……。俺さ、俺は……ずっと―――」

「…………。」

「っ!?」

 

 シンプルかつ端的に、俺はずっと前から黒乃の事が好きだったとそう……伝えるつもりだった。しかし、俺は思わずそれを止めてしまう。何故なら数秒だけ顔を頷かせた黒乃が、目を閉じて俺を見上げているから。夢でも見ているのだろうか?人気はないうえにこのシチュエーション……だってこれはどう考えたって―――

 

(キス、だよな……?)

 

 そうか……そうか!やっぱり俺の想いは黒乃に通じていたんだ!ずっと一緒だって、恋人として言ってくれていたんだ!それで俺がどう解釈していいか迷っているのを黒乃は察して、それで自分から求めてくれたんだな!それ以外にあるか?無いだろ、絶対!

 

「ありがとう黒乃。それと、今まで気づいてやれなくてごめんな。」

「…………。」

 

 脳内では興奮が最高潮に達しているが、それを絶対に表に出してはならない。初めてのキスなんだ……あくまで優しくが鉄則だろ。俺は黒乃の肩に優しく手を添え、目を閉じ、ゆっくりと顔を近づけていく。あぁ……解る、目を閉じたって黒乃の存在を感じる。そうしていつしか、俺と黒乃の唇が重なった。

 

(柔らかい……。)

 

 黒乃の唇は、柔らかくて……そして温かい。キス……しているんだ。ずっと焦がれ続けた……愛しくてたまらない黒乃と。あぁ……本当に温かい……心が温もって、満たされていくのが解る。いつまでもこうしていたい……ずっとこの唇を離さないでいたい。

 

「…………。」

(黒乃……。)

 

 黒乃も俺と同じ想いを抱いてくれているのか、黒乃の両掌が俺の胸に当てられた。……そうだな黒乃、もう少しだけこのままで……。……って、なんだか手に力が入り過ぎてないか……?これは手を添えると言うよりは、押されているような……。瞬間、グイッと黒乃に突き放され……俺達の唇は離れてしまう。

 

「ぷはっ……!く、黒乃……どうかし―――」

「…………!」

「痛っ……!?」

「…………!?」

 

 何かしくじったかと思い、慌てて黒乃に問いを投げかける。しかし、それは言い切る前に阻まれてしまった。俺を待っていたのは、黒乃の放つ強烈な平手打ち。……へ?な、なんでだ……?求められたからキスをしたわけで、特にやり過ぎたという事もない……はず。じゃあ、俺はなんで……。

 

「…………!」

「え、あ、おい!ちょっと待てよ黒乃!黒乃-っ!」

 

 黒乃は混乱したような表情を一瞬だけ見せると、後はその場を走り去ってしまう。それはもう凄まじいスピードで……。情けない事だが、黒乃に全力で走られてしまうと俺では追いつけない。例えサンダルを履いていようがなんだろうが……だ。黒乃の背はあっという間に見えなくなり―――

 

「前にも……こんな事あったっけな。ハ、ハハハ……。」

 

 本当のところは笑えない……が、笑うしかない。何故だ?どうしてだ?絶対にそういうシチュエーションだったよな?……そんな具合で俺の自問自答は留まる事を知らず、やがて夕日は沈んでしまった。それと同様に、何処までも輝き溢れていた俺の心中は……どうしようもない闇へと沈んでいく……。

 

 

 



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第65話 夏色アクアリウム(裏)

(フンフ~ン♪)

 

 思わず鼻歌が出る程の快晴だ。洗濯物を物干し竿に引っ掛けている最中なわけだが、やっぱり天気が良いと嬉しいもんだよ。我ながら完全に主婦の思考回路だけど……。ま、洗濯物が綺麗に乾くのに越したことはない。急な雨とかにはご用心なわけですが。

 

「なぁ、黒乃。」

(キャッ……。イ、イッチーなにしてん!?)

 

 調子よく洗濯物を干していたというのに、俺の手は一瞬にして止まってしまった。何故なら、イッチーが急に俺を背後から抱きしめて来たからだ。そ、そういう不意打ち気味のはだね……。いや、抱きしめていいかって聞かれても困るんだけど……。あ~……う~……イッチーってば、イタズラにしても過ぎるからね?

 

「それ終わったら、今日もどっか出かけるか?俺は黒乃と遊びに行きたいな。」

(んひっ……!?んぅ……はぁっ……!ちょっ、ちょっとイッチー……耳元で話すのダメぇ……!)

 

 ちょっ……ちょっと待って、本当に……お、怒るよ!?あろう事にイッチーは、俺の耳元で囁くようにそう言う。喋った際に、俺の耳にはイッチーの生暖かい息とくすぐったい息がかかる。それを感じるのと同時に、体中にゾクゾクッ……と、しびれる様な感覚が走った。

 

「どうかな、黒乃が嫌ってんなら我慢するけど。」

(あ……あん……!ダメっ……これホントにダメぇ!耳……耳ぃ……凄いよぉ……!)

 

 ゾクゾクって言っても、寒気とかそんなんじゃなく……どちらかと言えば快楽に近い。こ、これ……もしかして、黒乃ちゃんの1番の弱点!?う、嘘……これはダメだよ。耳から全身に凄いのが駆け巡って、脳みそが蕩けて……。何も考えられなくなる……!

 

(わ、解った……解ったからっ!もう耳元で喋るの止めてよぉ……あ、ヤバい……キそう……ホントにキちゃう!)

「お、そうか。じゃあこれはさっさと終わらせないとだな。俺も手伝うぞ。」

(はぁ……はぁ……ギ、ギリギリセーフ……。……でも、下着は着替えないとダメみたいですね……。)

 

 達するか否かの瀬戸際で、とにかく力を振り絞り首を縦に振った。すると有り難い事にイッチーはすぐさま俺を離し、籠に入っている洗濯物を干し始める。……ギリギリとは言いつつ、下着がほら……その、さ……察してくれ。う゛~……早く済ませて着替えないと気持ち悪い……。

 

 そんなこんなで手早く着替えを済ませ……って、この下着どないしよ。……後でこっそり洗濯機に放り込んでおこう。ん~……それじゃ、何着て出かけようかな。下着姿のままクローゼットを開くと、1番に目につく服が。イッチーに買ってもらった白ワンピである。

 

 俺は自分でも気が付かない間に、ハンガーに引っかかっていた白ワンピを手に取っていた。……なんでだろう。なんとなくだけど、イッチーと2人の時はこれ着なきゃなってなっちゃうな~……。使命感とかとは違うけど、なんて言ったら良いんだろ。……まぁ良いか、手に取ったついでにこれにしよう。

 

 白ワンピに袖を通すと、鏡に向かって身だしなみをチェック。……服は問題ないかな。髪も……うん、はねてたりはなく綺麗なロングストレートっと。一通りのチェックを終えると、唾広帽子をかぶって階段を降りていく。するとリビングには、既に着替え終えた様子のイッチーが待っている。

 

「……それ、もしかして気に入ってくれてるか?」

(え、あぁ……も、もちろん。なんて言うか、その……イ、イッチーがプレゼントしてくれたから……。)

「そうか、プレゼントした身としては嬉しいよ。あ、でも……今日は帽子はいらないと思うぞ。基本的に屋内だからな。」

(屋内……?)

 

 俺がしょっちゅう白ワンピを着ているせいか、イッチーはそんな質問を投げかけて来た。なんとなく照れながら肯定を示すと、イッチーの方もはにかんで返してくる。ぐ、なんつう爽やかな笑みでしょう。あまりの爽やかさに内心でたじろいていると、イッチーは俺の被っている唾広帽子を外した。

 

 どうにもイッチーは行き先にあてがあるらしい。何処に連れていくつもり?みたいに首を傾げてみても、イッチーはそれは着いてからのお楽しみだとはぐらかされてしまう。むぅ……そうなると黙って着いて行くしかないか。そんなに言うんだったら、楽しみにさせてもらいまーす。

 

 そうしてイッチーに連行されてしばらく、どうやら目的地へと着いたようだ。周囲を見渡すと、遊園地の時みたく親子連れやカップルが沢山居る。ここは、どうやら水族館みたい。う~ん、確かに夏に海の生物を観賞するというのは中々にオツって奴かも。イッチーってば良いセンスしてるじゃんか。

 

「黒乃、薄暗いだろうから足元には気をつけろよ。」

(大丈夫、キミが居るから平気だよ。)

「うん、それじゃ行くか。」

 

 水族館という事もあってか、入場券の購入窓口付近から既に暗い。イッチーが注意喚起を促すが、それは大した問題にはならない。だって、もし仮にこけそうになったって……キミが支えてくれるでしょ?……他力本願なつもりじゃないんだけど、まぁ……頼りにしてるって事さ。

 

「すみません、高校生2人で。」

「ようこそおいで下さいました!あの、2人はカップルでしょうか?」

「……えっと、どうしてそんな事を?」

「はい、ただいま夏休み期間中という事もありまして、カップルでお越しの方は特別に割引させていただいております!」

 

 イッチーが入場券の販売員さんにそう声をかけると、何やらすぐさま清算には入らずそんな質問が投げかけられる。イッチーが説明を求めれば、販売員さんはデカデカと掲げられている看板を指した。するとそこには、確かにカップル割なる内容が。それを踏まえ、イッチーは口を開く。

 

「はい、見ての通りカップルですよ。」

(ちょっ、イッチー何言って……!)

「それでは、カップル割対象という事でご案内させていただきます!」

 

 み、見ての通りカップルって……。確かに、ほら……俺達2人が周囲からそう見られがちって言うのは認めるよ。けど、けどさ……自分から肯定していかなくったって……。お、落ち着け……平常心平常心……。イッチーの事だし、少しでも安くとかそんなのに決まっているじゃないか……。

 

「けっこう混んでるな、まぁ夏休みだし当たり前か。黒乃、まずは何処から回る?」

(そうだなぁ……。じゃあ、あれとか?)

「む、クラゲ……。あぁ、なんか今人気だってテレビでやってたな。良し、じゃあまずはそこから行こう。」

 

 あ、しまったな……照れ隠しとかで手を思い切り握っちゃったけど、イッチー痛かったりしない?なんて考えている間に、イッチーは奥へ奥へと進んで行く。……この分なら問題なさそうか。止まった場所はメインホール。ここが案内板となっているようだ。イッチーは大きなボードを前に、俺の向かいたい場所を訪ねてきた。

 

 俺に対してはなかなかハードルが高い質問だけど、聞かれたからには応えたいじゃない。むっ、生物が作り出す光のアート?……あ、クラゲの事か……。うん、確かにテレビで見るよりかは綺麗だよね。じゃあ……とりあえずは生で光のアートやらを見に行きたい……かな。

 

 クラゲの展示場へ進むにつれ、周囲の暗さは際立ってきた。しかし、今回の場合はそれもまた一興ってところだろう。何故なら、暗い中に差し込む淡い光を、クラゲがただ漂っているだけで増幅させ……幻想的な空間を作り出しているから。なんだか、まるでここだけ別世界みたいだ……。

 

「本当は毒持ちで忌み嫌われる奴らなのに、それは演出次第ってのを思い知らされるっていうか……。」

(うん、綺麗なバラにはなんとやらってやつなのかもね。……それにしても―――)

「黒乃……?」

「…………綺麗。」

「……ああ、そうだな。けど―――」

 

 クラゲの特色を生かすかのように、水槽も1つ1つ形が異なる。そんな中、オーソドックスに円柱形をしている水槽に手を添える。そうして、思わず綺麗だと言葉が漏れた。イッチーも心から同意しているようだけど、でもと前置きして言葉を切る。イッチーに背を向けながら続きを待っていたのだけれど―――

 

「黒乃の方が綺麗だよ。」

(な、何を言いやがりますかね!?)

「ハハハ……そんなに驚かなくったって良いだろ?俺は思った事を言っただけだ。」

 

 そんな事を口走るものだから、瞬時にイッチーの方へ振り返ってしまった。ク、クラゲを見ような……イッチー。いや、でも、ほら、そう言われるのもやぶさかではないんだよ?ただ、もっと場所を選んで欲しいっていうか……あうぅ……。なんて考えながらイッチーとの距離を数歩ずつ開けていく。が、イッチーは逃がしてくれない。

 

「まぁとにかく、もうしばらくゆっくり見て回ろう。……ほら。」

(う、うん……。)

 

 ……イッチーってばずるいよね。決定権はこっちに与えるんだもん。爽やかな様子を纏うイッチーは、そう言いながら俺に手を差し伸べて来た。……そんなの、取るしかないじゃん。俺達は再度手を繋ぐと、クラゲを観賞しつつ次なる目的地を目指した。

 

「海の生き物ってさ、見た目愛嬌がある奴が多いよな。実際は凶暴だったりするらしいけど……。黒乃は、どんなのが好きなんだ?」

「ペンギン。」

「なるほど、ペンギンか。確かに短足でヨチヨチ歩く姿が可愛いよな。俺はラッコ推し。貝叩き割ろうとしてる姿が必死でさ、なんか微笑ましいっていうか。」

 

 イッチー曰く俺に合わせるという事で、お次は海洋生物の展示を見る運びに。なんとかその意思を伝えられたため、道すがら話題は海の動物関連へと自然に移った。うむ、ペンギン可愛いよペンギン。イッチーの言う通りヨチヨチ歩くのもたまらん。けれど、そもそもあのフォルムも良いんだよなぁ。……お腹ナデナデしたい。

 

「はい、皆さーん。大変長らくお待たせいたしました!これより、ペンギンさんへの餌やり体験を始めようと思います。ぜひぜひ、挙って参加してみて下さい!」

「お、ベストタイミングだな。どうする黒乃、せっかくだから参加してみるか?」

(無論、この機を逃す手はないでしょ。)

「そうこなくっちゃな!すみませーん。」

 

 俺達が海洋生物に展示スペースに到着すると同時に、そんな快活な声が鳴り響いた。どうやら、餌やり体験の参加者を募っているようだ。イッチーがどうするかと俺に問いかけてくるが、好きな動物と触れ合うチャンスをみすみすスルーってのはいただけない。そういうわけで、揃って参加してみる事に。

 

「それでは、皆さんに怪我がないよう。また、ペンギンさんへ怪我をさせないように注意しつつ、楽しく餌やりを体験してみましょー!」

 

 一応の指導が入ると、囲いの中へとペンギン達が一斉に放たれた。ペンギン達は、魚くれー!……とでも言いたげに参加者の方へと接近を開始する。むはーっ、可愛いのぅ。ほれほれ、こっちへおいで?お姉ちゃんが食べさせたげるから。飼育員さんから受け取ったトングで魚を掴み、プラプラ振ってみる。すると1羽のペンギンが、文字通りそれに食らいつく。

 

「この仕草も可愛いよな。こう……すげぇ微振動して魚の向きを調整するの。」

(解る解る。ガクガクっとしちゃってさ、なんか必死っぽくてそこも可愛いのよ。)

 

 ペンギンからすると大事なんだろうけどね。なんか頭から飲まないとヒレとかが引っかかっちゃって危ないんだっけ?なんて言うか、本能だとかDNAに刻まれた習性なんだろうなぁ。そう考えると、なんだかやっぱり一概に可愛いとも言えないかも。……かしこ可愛い?……どっかで聞いたフレーズだからこれ以上は止めとこう。

 

「おやぁ?ワンピースのお姉さんがモテモテですねー。」

「うん?」

 

 メガホン越しに飼育員さんのそんな声が聞こえた。それ故に周囲を見渡してみると、確かに大量のペンギンが俺を標的に定めるかのように歩いてきているではないか。な、なんだってそんな……?いくら可愛いって言ったって、流石にそう大人数で来られると少し怖いような気もする。

 

「えーこのペンギンさん達はですね、皇帝ペンギンと呼ばれる種別です。皇帝ペンギンは、前を歩く2足歩行生物に着いて行く習性があるんです。ですからこの場合は、1匹がお姉さんの方へ歩いて行っちゃいまして、それでこんな事態になっているわけですね。」

 

 あ、へぇ~……なるほど、そういう事だったのね。む~……それならそれで、俺が特別ペンギンに好かれてるっていう事ではないのな。いや、ここはペンギンの習性を逆手に取ろうではないか。俺はスクッと立ち上がると、さっきまで餌をやっていたペンギンを先導しはじめた。

 

「おお、見て下さい!美女とペンギンの織り成すパレードです!」

「ハハハ……。」

「とは言え餌やり体験ですからね、申し訳ないですがほどほどにしていただければわたくしとても助かります!」

 

 すると、ものの見事に全てのペンギンが釣れた。飼育員さんの言う通りに軽いパレード状態だ。でも、好きな動物を引き連れられるっていうのは気分が良い。けれど、その反面心配になるけどね……。自然界で生きていくには適さないんじゃない?この習性。

 

 なんだか、子を心配する親の気分とかそんな感じ。知らない人に着いて行ったらダメよ?……みたいなさ。う~む、そう考えると……なんだか申し訳なさまでにじみ出て来たぞ。飼育員さんの言う通りに餌やり体験でもあるんだし、ここはそろそろ止めにしておこう。どうにかパレード状態を解除してイッチーの元に戻ると、何やら女の子に話しかけられているようだった。

 

「お、おかえり黒乃!」

「あのね、お姉ちゃん。今ねーこのお兄ちゃんがねー―――」

「こーら、いい加減にしなさい!お兄ちゃん達のデート邪魔して。ごめんなさいねー……少しマセた子なんですー……。」

 

 ま、まるで意味が解らんぞ!とりあえず解ったのはなんか知らんが茶化されたって事くらい。デート……デートかぁ……。え、ええ……デートですよ?デートですが何か?不肖、藤堂 黒乃……イッチーとデートしてますけど?……初めてイッチーとデートしてるのを肯定した気がするよ……。

 

「俺ら、人様からもそう見えるんだな。俺は嬉しいけど、黒乃はどうだ?」

(う、嬉しいとか嬉しくないとかそういう問題ではなくてですね……。あ、でも嫌じゃないのは確実と言いますか……。)

「ああ、無理して言う必要もないんだけどな。ただ……俺の中でそれは揺るがないって話で。」

(なんすか、自己完結とか勘弁してくださいよ……。こちとらキミのせいで最近おかしいんだから。)

 

 まぁ……良いけどね、別に。俺が俺の事を俺と呼ぶのだって、最後に残された俺の意地みたいなものなんだから。ここまでくれば、最後の最後まで貫き通したいもんだけどね。本当、キミは罪作りな人だよ。けれど裏を返せば、キミで良かったって思っているのも確か……かな。

 

 

 

 

 

 

「今日も良く遊んだなぁ。」

(そうだねぇ、すっかり夕暮れだよ。)

「けど、もうすぐ2学期って思うと少し憂鬱だぜ……。」

(う゛……それは言わないお約束でしょ……。)

 

 割と朝に近い時間帯から来ていたのに、終日を水族館で過ごした事になる。けっこうする事あるんだなー……水族館て。魚見たりするだけで退屈そうだと思ってたけど、イメージががらりと変わったかも。……で、帰り道の最中でイッチーはそう呟く。

 

「中学ん時だったら、今頃大慌てで宿題ってところか。」

「……担任。」

「そうなんだよ……担任が千冬姉だし、ちゃんとやってないと確実に殺される。」

 

 中学時代のこの時期は、イッチーや鈴ちゃん、弾くんにカズくんが絶望にも似た表情をしてたなぁ。俺はISの勉強と両立しなきゃだったから、間に合わんって思って早めに終わらせるのが恒例だった。しかしねぇ……担任が実の姉、ないし姉貴分だった時の詰みゲーっぷりよ。おまけに世界最強の女性ときた。

 

「それにしても、充実した夏休みだった気がするよ。……きっと黒乃のおかげだな。」

(俺?別に俺はいつも通りにしてたけどなぁ……。一部を除いて。)

「なんていうか、俺の意識の問題なんだけど……。うん、今年の夏は楽しかった。」

(はぁ、まぁ……それは良かったね?)

 

 充実したってか、濃い夏休みだった気はするけどね。スパイまがいな事もしたし……。けれど、イッチーがそれを俺のおかげだと言ってくれるのなら、そこは有り難く受け取っておこうかな。申し訳ないけど、言葉の意味は解らんから首を傾げるしかないんだけどね。

 

(おっ……イッチー、あれ見てみ。)

「ん、どうした黒乃?……なるほど、夕日か。ああ、確かに綺麗だな……。」

 

 なんとなく気が付いて、イッチーに向こうを見てみろと指を差す。するとそこに佇むのは、見事なまでに茜色の綺麗な夕日だ。ちょっと眩しすぎるくらいだけど……。夕日がどうして赤いか知ってるかい?光にはいくつか色があって、その中でも赤は1番遠くまで届くからなんだそうな。

 

「なぁ黒乃……。俺さ、俺は……ずっと―――」

(ん、いや……イッチーちょっとタンマ。逆光で目を開けとられんのですが……。)

「っ!?」

 

 イッチーは何か話があるようだったが、立ち位置というものが悪い。あえて少し位置をずらしたようにも見えなくも……?とにかく、夕日を背負い込むように立っているイッチーを直視できない。でもなんかまた真剣な話っぽいしなぁ……。苦肉の策として俺が思いついたのは、最大限に目を細めてイッチーを見上げるくらい。

 

「ありがとう黒乃。それと、今まで気づいてやれなくてごめんな。」

(いや、何の話をして―――)

 

 目を細めているせいか、視認できるのは薄ぼんやりと映るイッチーくらいだ。言葉の意味もよく解らんし、一体全体イッチーはどうしたんだろ?……そう思っていた矢先の事だった。イッチーは俺の肩にやさしく手を乗せた。次の瞬間には、イッチーの顔が眼前に迫り……唇に何かが重なった。

 

(…………え…………?)

 

 何、これ……もしかして、キスしてる……?誰と?……イッチーしかいないよね。それを理解した途端、ごちゃ混ぜになった思考が脳内を駆け巡る。幸福、困惑、満悦、当惑……そんな言い切れないほどの感情が一気にだ。とにかく混乱は大きい。けど、けど……!幸せだって、思っちゃってる私もいる……。

 

 ち、違う……そんな事はない。これはきっと……幸せと感じているのは黒乃ちゃんの感情だ。だってそうでしょ……身体はとにかく、男の俺が男とキスしたって嬉しいはずない!絶対そうだ!混乱がピークに達したところで、俺はようやくイッチーを振りほどくという選択肢が頭に浮かんだ。

 

「ぷはっ……!く、黒乃……どうかし―――」

(どうかしたかじゃないでしょうが!)

「痛っ……!?」

(あ、ご、ごめんイッチー……俺、そんなつもりじゃ……。あ、あぁもう!わけ解んないよ!?)

 

 混乱ついでとはいえ、俺はイッチーに対して思い切り平手打ちを放ってしまった。俺の掌とイッチーの頬が打ち合い、バチンと爽快な音を鳴らす。掌に走るジンジンという痛みのせいか、俺の頭は少しばかり冷静になった。けれど、イッチーをぶってしまった罪悪感ばかりは拭いきれない。

 

(ご、ごめんね。ホントにごめん、イッチー!)

「え、あ、おい!ちょっと待てよ黒乃!黒乃-っ!」

 

 俺に残されたのは、逃げの一手しかなかった。サンダルで走りにくいというのに、俺はこれまでにない速度で逃げている気さえしてしまう。それだけ俺の逃げたいという気持ちが大きいという事だろう。黒乃ちゃんの小さな口に手を添え、とにかく一心不乱に走り続けた。

 

(キス、した……イッチーと、イッチーとキス……。)

 

 見損なうとまでは言わないけど、全くもってイッチーがどうして俺にキスしたか理解が及ばない。衝動的に?いや、だったらもっとガバッて感じで……半ば無理矢理くるはず。だって、や、優しい……キスだったから……。だーっ!もう、解らーん!ごめんよヒロインズー!なんか成り行きでイッチーのファースト―――

 

(ファ、ファーストキス……!は、初めてがイッチーとって、あぁぁぁ……!)

 

 その後も考えれば混乱し、赤面するを何度も繰り返した。俺の逃走劇はどうせ同じ家に帰るのだから同じことだと思い出し、帰宅後はとにかく堅牢に閉ざした自室へとこもり続けた。俺の心配をよそに、その日イッチーが話しかけてくることは無かったんだけど……。

 

 

 




黒乃→ちょっ、逆光で目を開けとられないんですが……。
一夏→これはっ……黒乃がキス顔を俺に向けてる!?


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第66話  生徒会長推参!

今回よりあの人が登場します。
若干ポンコツっぽい描写が目立っているかも知れません。
けれど、私に決して他意はない事をご理解ください。


「お、おはよう黒乃!今日から2学期だけど、良い朝―――」

「っ……!?」

「あ……。く、黒乃ぉ……!」

 

 例の件から数日が経過し、IS学園は2学期へと入った。……のは良いんだが、あれから黒乃とギクシャクしてしまっている。今も廊下で見かけて話しかけたのだが、俺の声を聴くなり身体をビクリとさせるような反応を見せると、何処かへと走り去って行った。

 

 ……次の日に目が覚めると、IS学園に向かったらしく居なくなっていて驚いたもんだ。怒っているというよりは、怖がられているとかそんな感じか?ある意味で怒っているより性質が悪い……。なす術もなく逃げられるという状況に、俺は白昼堂々と両手両足を地につけた。

 

「あら、一夏さん。おはようござい―――って、どうかなされましたの!?」

「嫁よ、身体の調子でも悪いのではあるまいな。」

「ああ、2人共……おはよう。いや、う~ん……少し、な。」

 

 盛大に項垂れていたせいか、普通に心配されてしまう。俺に声をかけたのはセシリアとラウラの2人組。個人的には珍しい組み合わせな気もする。とにかく、体調不良は否定しておいた。そして少しだけ顔を上げると、チラリと走る黒乃の様子が映る。ラウラはそれを見逃さなかったようだ。

 

「あれは、姉様か……?嫁よ、まさかとは思うが―――」

「……そのまさかだ。」

「まぁ、それは……。喧嘩……は、黒乃さんの場合したくてもできませんわよね。……一夏さん、彼女に何をしたんです。」

「俺が何かしたのは前提なのな……。間違っちゃいないけども。」

 

 俺と黒乃が仲違い状態と聞くと、2人は訝しむ様子を見せた。まぁ……黒乃だしな。セシリアの言う通り、こういう状況が出来上がるのがまず珍しい。……俺はそれだけの事をしてるって証拠になるんだがな。セシリアの目にこもる若干の非難が突き刺さる……。

 

「まぁとにかく立て、話はそれからだ。」

「おう、サンキュー……。」

「で、姉様に何をした?」

「それは、だな……。う~ん……。」

 

 小さなラウラの手を取って立ち上がる手助けをしてもらうと、間髪を容れずに結局何をしたのか問い詰めて来た。飴と鞭って奴なのだろうか。しかし、どうにも歯切れが悪くなってしまう。逃げられたからキスが悪かったというのは解っているんだ。けれど、明らかに黒乃も求めてきていたわけで……。

 

 それが俺を混乱させる。もしかして何かの勘違いかとか考えてみたけど、いつもの黒乃だったらとりあえず話くらいは聞いてくれるはず。謝罪すらさせてくれないなんて、それこそ初めての事だ。取り付く島もない。今の状況を例えるならこんなもん。しかし、こんなのを人様、しかも女子に聞かせるのもなかなか……。

 

「一夏さん、ハッキリ言ってくださいな。」

「その、決して言えないような下種な事をしたわけじゃないんだ。そこは信じてくれ。けど、身内とか以外には相談できないっていうかさ……。」

「む、私はお前の婿―――」

「はいはい、ややこしくなるからお止めなさい。そういう事ならば、わたくし達が干渉するのは避けますわ。けれど、一夏さんがその気なったのならばいつでもご相談してくださいませ。」

「解ったよ、その時は頼りにしてる。」

 

 どう説明して良いか迷っていると、痺れを切らしたセシリアからお達しが。とりあえず俺の考えが纏まらない内は、千冬姉あたりにしか話せない事案だと判断しそう告げた。瞬時に間違った日本文化によるラウラのリアクションが帰って来たが、セシリアが口をふさぐ事によってそれは回避に成功。

 

 とりあえずこの場は、俺と黒乃の仲違いが認知されるだけに留まった。……が、本当にいつまでもこうしていられない。ちゃんと謝って、ちゃんと好きだって伝えないと。2人の気遣いに心持を取り戻した俺は、釈然とした様子で教室を目指した。

 

 

 

 

 

 

(はぁ……また逃げちゃった……。)

 

 さっき廊下で話しかけられた途端に、身体が勝手に走り出してしまったといった感じだろうか。本当は、どうしていきなりあんな事をしたのか……その説明をしてもらわないとなんだけど。どうにも気まずくてイッチーとの距離を置いてしまう。怒ってるとか怖いとかじゃなくて、本当にただただ気まずい。

 

 俺だっていろいろ考えたさ。有力候補に挙がったのが、イッチーは俺の事が……その……好きだから、だけど。い、いやいやいや……ないないないない。だ、だって、無表情&寡黙のダブルパンチだよ?何考えてるか解らんとかダイレクトに言われた事あるし、俺だったら友達にはなれても恋愛対象には見れんよ。

 

 ましてや、イッチーはずっと俺の兄ないし弟なんだ。普段は完全に弟だけど、いざって時には兄貴してるなーって感じだし。イッチーからしたって、普段の俺は姉、そうじゃない時は妹って認識のはずだもん。確かにこの夏はやけに一緒だった気はするけど、学園に居た反動的なもんだと思う。

 

(う~ん、サッパリ解らぬ。困ったなぁ……2学期からはあの人も仕掛けてくるんだろうし……。)

 

 原作における5巻より登場する生徒会長殿は、とある組織の頭なわけで。単にからかいたいだけなのか真意は不明だが、各専用機持ちはそれなりの被害を被っている。俺も代表候補生で専用機持ちとなると、彼女と接触しないはずがない。ましてや二次移行してんだからなおの事だ。

 

(あれ、そう言えば妹ちゃんて……?……ヤバッ、これは恨まれてるパターンかも……。)

 

 件の生徒会長殿なんだが、妹ちゃんがいたりする。原作では日本の代表候補生だ。そう、原作では……。俺も日本代表候補生。いったいどれだけの枠があるのか知らないが、もし1枠しかないなら妹ちゃんを蹴落とした形になる。生徒会長殿はシスコンの類な故、貴重な1枠を奪っていたとしたら……?

 

(いぃ……ど、どうしよ……どうしよ……!?オ、オーケー……落ち着け、落ち着くんだ俺氏。)

 

 なるべくイッチーの事を最優先にしたいけど、やっぱり彼女の対応に関しても気にかけておくべきだ。そう、イメージしろ!俺は既に監視下にある……。例えば、俺のさっき通り過ぎた曲がり角とかに潜んでる……とか。シミュレーションってのは大事だ。俺はそこに例の彼女が居るつもりでバッ振り返り―――

 

「……そこの人。」

 

 お、おし……ファッキンゴッドよ、お前らの事は大嫌いだがこういう時に喋らせてくれるのはマジ感謝。ま、あくまで今はイメージトレーニングですけど……。……うん?そこの人、出てきなさいって言って……その後はどうすれば良いのかな。…………ま、まぁ良いよ!何度も言うけど、今のはただのイメージ―――

 

「あらあら、ごめんなさいね。他意はないのよ?ただちょっとイタズラのつもり?みたいな?」

(ホ ン ト に 居 た よ。)

 

 な、なんだこの偶然は!?ええい、ファッキンゴッドめ……やっぱりお前ら大嫌いだ!曲がり角からおどけた様子で出て来たのは、IS学園生徒会長、即ち学園内最強を誇る……更識 楯無さん。外にはねた短めで水色の髪と、ルビーのように赤い瞳が特徴的である。気になってはいたけど、どう考えたって日本人だけの血じゃないよね……?

 

「……もしかして、怒ってる?」

(ああ、それは全然。まだ実害もないですし。)

「そう?ありがと、優しいのね。お姉さんの名前は―――」

「更識 楯無。」

「……あら、知ってくれてるの。そっちに関してもありがと、お姉さん嬉しいゾ☆」

 

 なんというか、こっちはいろいろと知っちゃってるから……たっちゃんが身を潜めてた理由もなんとなく解る。理由があれば良いって事でもないが、とりあえず怒る必要は何処にもない。……んだけど、先だしで名前を言ったら少し眉を潜めたのはどうしてですか?……言葉を遮ったのが悪かったかな。

 

「そ・れ・に・し・て・も~……聞いてたよりも美人さんね!お姉さん、前々から一目見なきゃって思ってたの。」

(いやいや、たっちゃん程じゃないっす。つーか、黒乃ちゃんの身体なんで。)

「プロポーションもすっごいわねぇ。こう……ボンッ・キュッ・ボンッて感じで!」

(おおふ、たっちゃん式スキンシップの被害者第1号はあたくしでっか。……ってあれ、おかしいな?)

 

 たっちゃんは目にも止まらぬ速度で俺の背後に回ると、ボンッ、キュッ、ボンッのリズムに合わせて胸、腰、尻を触る。しかし、何故だか喘ぎ声が出なかった。いや、白状するなら感じてはいますとも……。けど、何時もならそれが抑えられないんだけどな。毎回ノーリアクションなら俺も助かるんだけど。

 

「…………。」

「…………。」

「…………。」

「…………。」

「「…………。」」

 

 それ以降、背後に居るままたっちゃんは沈黙した。変だな、もっとガンガン弄ってくると思ったんだけど……。あ、そういう意味じゃないからな?胸とか物理的って意味じゃないからな?まぁからかいってのは相手がリアクションすることによって成り立つのであって、俺の扱いがまだ解らんのだろう。

 

「……ごめんなさい。」

「別に。」

 

 謝っちゃったよこの人……。裏の顔はあれど、快活な人ってイメージが強いから逆に申し訳ない。別に俺はガンガン来てくれて構わないんだけどな。今回はドMとかそういうのなしで。だって、単純に仲良くなりたいじゃん?たっちゃんとはいい友達になれそうな気がするんだけど。

 

「で、でもでも、貴女と仲良くなりたいのは本当なの!なんというか、私なりに考えたなりの結果って言うか……。」

(わ、嬉しいな。方法はどうあれ、俺も同じ気持ちだよ。)

「ええと……握手、かしら……?」

「今後ともよろしく。」

「え、え、えぇ!よろしく、黒乃ちゃん!」

 

 オレサマオマエマルカジリ。俺が握手を求めると、たっちゃんは妙に驚きながら手を握ってくれた。おいおい大丈夫かい?なんか、コミュ症っぽく見えちゃうよ。まさかとは思うけど、相手をからかう事でしかコミュニケーションを取る方法を知らんとかじゃないよね……?

 

「って、そろそろ授業が始まっちゃうわね。それじゃ、お互い遅刻しないようにしましょ?フフ、また会えるのを楽しみにしてるからっ。」

(うす、こちらこそ。バイバ~イ。)

 

 そう言いながらたっちゃんが扇子を開くと、再会の2文字が。おお、開くたびに文字が変わる謎扇子だ!何気に生で見ると感動しちゃうな。俺的にはパススロットとイメージインターフェースを応用して、イメージ力から扇子の文字を変更……って、推理は後で良い。

 

 たっちゃんも行っちゃったし、2学期初日から遅刻はマズイ。……ちー姉が担任の時点で、いつ遅刻したって地獄なんだけどね。なんか、思ってたのと全然違ったな……仲良くなりたいとか言ってくれたし。たっちゃんは警戒せずに、たっちゃんにからかわれて暴走した皆を宥めるのを念頭に置いとこう。

 

 良し、じゃあそろそろ急ごう。今なら走らなくったって間に合うだろ。最悪の場合は刹那で移動すればいい。ちー姉もバレないようにやればそれで良いって言ってた気がするし。そんなわけで、たっちゃんとの会合を果たして教室に向かう俺であった。

 

 

 

 

 

 

『本格的に動き始める……ですか?』

「ええ、私がと言うよりは……アチラさんが、ですけれど。」

『なるほど、それに合わせてという事ですね。判断は貴女に委ねますが、変に刺激はしないよう願います。特に藤堂さんは。』

「彼女に関しては、下見が必要だろうから最優先……って感じかしら。まぁ大丈夫ですよ、上手くやります。」

 

 2学期が始まる朝、私は十蔵さんと携帯越しにそんなやり取りを交わした。ホウ・レン・ソウは大事にってね……。彼なりに思惑があるかも知れないし、後からいろいろ言われても困るもの。向こうも私の好きにすればいいって体のようで安心、安心。

 

 それにしても、変に刺激はしないように……ね。ん~……あの子を除けば、皆とてつもなく弄りがいのありそうなイメージしかないのだけれど。特に織斑くんが関わるとそれはもう。逆に、あの子は織斑くん関連でも1歩退いてるから解りづらいというか……。

 

(噂をすればなんとやら、かしら?)

 

 道の外れに隠れていたおかげか、とりあえず見つかるのは避けられたみたい。というか、なんでか知らないけど走っているから注意が散漫になっているのかも。だとすると、付け入る隙はあるという事ね。それが解っただけでも収穫よ、藤堂 黒乃ちゃん?

 

(……とりあえず、後を追ってみましょう。)

 

 彼女の通称は八咫烏の黒乃。圧倒的な戦闘力を誇る彼女だけれど、いろいろと不明瞭な点が多すぎるのよねぇ。勿論だけど、彼女が精神病の一種を患っている事は理解しているつもり……。けど、私の役職上ハッキリと敵か味方か解ればそれ以上の事はないもの。

 

 まぁ噂ほどの危険人物でないという裏は取れているし、軽く尾行でもしておきましょう。敵であるにしろ味方であるにしろ、それを判断する材料は多い方が良いに決まってるわ。私は隠密の心得を最大限に駆使し、走って突き進んでいく彼女の背を追った。

 

(おっと、危ないわね。)

 

 私も急いで後を追っていたのだけれど、彼女は走るのを止めて歩き始めた。それに合わせて、私も一気に距離を詰めるのを止める。ここからが勝負ってところかしら。まぁ?何があっても見つかる事はないと思うけど。一応は尾行したけど、収穫が見込めないのも解っていた事ではあるし……。

 

 至って普通の足取りの彼女を、ヒョコヒョコと追いかける。けれど、もうすぐ教室に着いちゃうわね。当たり前だけど、めぼしい事は起きず終いか……。今後は何か彼女の事を知れれば良いけれど。……と、私が尾行を終了しようとした時の事だった。

 

「……そこの人。」

(は……ちょっと、嘘でしょ!?)

 

 彼女は急にこちらへ振り返り、明らかに私へ向かってそう告げた。油断はしていたかも知れない。けど、私は決して彼女を嘗めていたわけじゃない。普通の人間……いえ、その道の人だって私の尾行に感づける者はほぼ居ないって自負している。それをこんなアッサリ……。いったい、いつ気づいて……?くっ、とにかくここは姿を現すしかないようね。

 

「あらあら、ごめんなさいね。他意はないのよ?ただちょっとイタズラのつもり?みたいな?」

「…………。」

 

 私は精一杯におどけながら、黒乃ちゃんの前へと登場して見せる。一方で、黒乃ちゃんは私を無表情で見据えるばかり。そ、それはそうよね……だって尾行してたんだもん。警戒はされていると見て間違いはないとして、どうにかこうにかこの状況を切り抜けないと。

 

「……もしかして、怒ってる?」

「…………。」

「そう?ありがと、優しいのね。お姉さんの名前は―――」

「更識 楯無。」

「……あら、知ってくれてるの。そっちに関してもありがと、お姉さん嬉しいゾ☆」

 

 無言で無表情だから怒っているように見えたせいで、ポロリとそう零してしまった。きっと、黒乃ちゃんからすればよく聞かれる質問でしょうね……。実際に、黒乃ちゃんは怒っていないと首を横に振ってくれたし。怒ってはいなくても、疑問は尽きないってところかしら。

 

 ……それに関しては全然良いのよ。けれど、こちらの説明はつかない。どうして黒乃ちゃんは私の事を知っているの?同学年ならまだしも、私はまだ1年生の前に姿を現した事はないはず。それなのに、黒乃ちゃんはさも当然のように私の名を先に答えて見せた。まるで、自己紹介なんて最初から必要ないですよ……とでも言うかのように。

 

(誰かの入れ知恵……?)

 

 私は真っ先にその可能性を視野に入れた。十蔵さんは信頼に足る人物だとか言っていたけど、近江先生ならやりかねない気もする。……いえ、考え過ぎね。黒乃ちゃんが私の正体を知ったところで、あまり関係のない話ではあるし。違和感は拭えないけど、今は気にしないでおく事にしましょう……。

 

「そ・れ・に・し・て・も~……聞いてたよりも美人さんね!お姉さん、前々から一目見なきゃって思ってたの。」

「…………。」

「プロポーションもすっごいわねぇ。こう……ボンッ・キュッ・ボンッて感じで!」

「…………。」

 

 しっかりと本音を交えつつも、何とか場を誤魔化そうと黒乃ちゃんにセクハラを仕掛けてみる。上から順番に女性らしさの象徴を触ってみたのだけれど……完全に選択ミスだったわ。黒乃ちゃんは微動だにしない。ど、どうしましょう……?今度こそ怒らせちゃった?なんだか私はだんだんとテンパってきてしまう。

 

「…………。」

「…………。」

「…………。」

「…………。」

「「…………。」」

 

 いつもの私ならこんな窮地を脱する手くらい思いつくのに、テンパっている証拠なのかふざけた態度すら取れない。黒乃ちゃんは当然ながら無言でしょう?そうなると……痛いわ、凄く沈黙が痛々しいの……。な、何か言わなきゃ……何か言わないと……!

 

「……ごめんなさい。」

「別に。」

 

 沈黙に耐え切れずについ謝ってしまった。というか別に!?別にって!こ、これはマズイような気がしてきたのはお姉さんだけ……じゃないわよね。ああ、困ったわ……今までおちゃらけていればどうにかなった分、こんな状況になるととっさに策が思いつかないなんて……。お、落ち着きなさい17代目更識 楯無……!私はやれば出来る子なんだから!

 

「で、でもでも、貴女と仲良くなりたいのは本当なの!なんというか、私なりに考えたなりの結果って言うか……。」

「…………。」

「ええと……握手、かしら……?」

 

 ……結局のところ思いついたのが全力弁明って、本当にどうなのかしらね私。だけれど黒乃ちゃんは無言で数泊開けると、スッと私に右手を差し出してくる。や、やったわ!握手!シェイクハンズ!やっぱり噂や世論だけの子じゃないのよ。私が内心でホッとしながら黒乃ちゃんの右手を握ると―――

 

「今後ともよろしく。」

「え、え、えぇ!よろしく、黒乃ちゃん!」

 

 ……終わったかもしれないわ。今のってあれよね、完全にターゲットロックオン的な意味での今後ともよね?……終わったかも知れないわ。だって、今後って言ってるもん!よくよく考えれば、強者を求めているもう1人の方の人格が……一応は学園最強を名乗らせてもらってる私を知らないはずないじゃない!

 

 あれ?もしかして、私が対応していたのも八咫烏の黒乃だったりするのかしら!?……ダメね、近いうちに彼女との戦闘は避けられないでしょう。くっ、最初に気づかれた時に勘付くべきだったわ……!彼女はどう見たって国家代表レベルのIS操縦者。私でも勝てる保証なんてどこにもない。

 

「って、そろそろ授業が始まっちゃうわね。それじゃ、お互い遅刻しないようにしましょ?フフ、また会えるのを楽しみにしてるからっ。」

「…………。」

 

 とりあえずはミステリアスなお姉さんみたいな印象は残しつつ、足早に黒乃ちゃんの前を去った。……私が凄く疲れてるのとかもお見通しなのかしらね、あの子。あ~……完全に失策だったかしらねぇ。誰か経由で仲良くなればそちらの方が断然良かったでしょうし。

 

 ……まぁ良いわ、遅かれ早かれ黒乃ちゃんとは戦う事になるんだもの。それこそ私は学園最強なんだから、2代目ブリュンヒルデ最有力候補の黒乃ちゃんにも負けていられない。いつでも黒乃ちゃんと戦っても良いように、コンディションは万全にしておかないとねー……。

 

 

 

 

 




黒乃→偶然にも隠れてるたっちゃんを発見とかすげぇな。
楯無→見破られた……!?完璧な尾行だったはずなのに……。


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第67話 2人の最強

「謎の女生徒のせいで遅れました。」

「遅刻の言い訳はそれだけか?」

「え!?いや、あの、だから謎の女生徒が―――」

「デュノア、前に来い。他の連中にラピッドスイッチの実演をしてやれ。的は……解るな?」

 

 遅刻してくるなりイッチーがそう言うって事は、どうやらたっちゃんが接触してきたみたいだ。うん、まぁ……遅刻の言い訳にはならんかな、最悪無視すりゃ良い話だろうし。かといって、生身を相手に射撃実演は絶対にやり過ぎだと思うけど……。

 

 いつもだったら助けているところだけど、今は気分が乗らない。それ故、ノリノリで前に出て来たマイエンジェルは、リヴァイヴCⅡの武装を次々交換しながらバンバンと撃ちまくる。おぅ……マズルフラッシュと薬莢の炸裂する音が脳に悪いぜ……。しかし、やり過ぎどうこうは別にしてやっぱり見事な交換速度だよな。

 

 で、そんなやかましい開幕をした今日という日の6限目終了まで話は飛ぶ。すげぇ数を収容できるロッカールーム内の喧騒を突き抜け、セシリーが電話に向かってキャンキャン吠えていた。内容を聞いてみると、実弾兵器寄越せとの事。……って事は、あ~……雪羅の盾な。俺はセシリーの通話が終了したタイミングを見計らい、肩に優しく手を乗せた。

 

「あ、あら……黒乃さん。これはお恥ずかしいところをお見せしてしまいましたわ。」

「黒乃にセシリア、どうかしたの?」

「シャルロット、ヒントあげるわ。ブルー・ティアーズ、エネルギー兵器、白式・雪羅。」

「あ、あ~……なるほど。そっか、セシリアには辛い進化のし方をされちゃったよね。」

 

 ヒステリックな様子からエレガントな様子にセシリーがフォームチェンジしたところで、マイエンジェルも話に加わる。セシリアが怒鳴るのは聞こえていたのか、叫ぶ理由はいかほどかと聞きたいらしい。そんなマイエンジェルに、今度はニヤニヤした笑みを浮かべた鈴ちゃんがヒントを与える。

 

 3つのヒントで何かを察したマイエンジェルは、非常に気まずそうに首を傾ける。まぁつまるところ、白式がエネルギー無効化シールドを手に入れちゃったわけで。するとどうだ、エネルギー兵器がメイン兵装なブルー・ティアーズは封殺されちゃうって事。イッチーに完敗した時の事を思い出したのか、セシリアはガクリと肩を落とす。

 

「完全に嫌がらせですわ……。わたくしが何をしたというのです……?」

「天罰じゃな~い?だってアンタ、初め高飛車な態度で一夏怒らせたんでしょ?」

「で、ですから……昔の事を後からそうやって―――」

「ま、まぁまぁ……今それとこれとは関係ないじゃない。そ、そう言えば、黒乃の刹那……赫焉?も無効化されちゃう兵装があるよね。」

(そうそう、まだ実際試した事があるわけじゃないんだけど。)

 

 刹那がセカンドシフトして刹那・赫焉になった際、掌にエネルギー砲が着いたと言っても良い。掌から出す雷の槍は完全に無効化されるかな。けれど、神翼招雷で増幅させたエネルギー波はどうだろう。威力によってはイッチーを滅殺しそうで怖いから試してないだけなんだけど。

 

「く、黒乃さんは悔しくありませんの!?あんな絶大威力のレーザーブレードを無効化されるのですよ!」

「そもそも黒乃は格闘メインだから、使わなきゃいい話なんだけどね~。」

「ぐ、ぐぬぬ……!鈴さん、さっきから何ですか!あまり自分は関係ないからと―――」

「お、良いじゃん。やろうっての?」

「ちょ、2人共止めなよ……。」

 

 ぶっちゃけ、全力どころか神翼招雷を使う気はあまりない。それこそ威力がアホみたいだから……。鈴ちゃんが言う通り、俺はイッチーと戦うなら今までと同じで問題ない。鈴ちゃんがそう指摘すると、なんだかセシリーは悔しそう。そんでまた喧嘩みたくなってマイエンジェルが仲裁……と。ハハ、なんかこの感じも久しぶりだな。

 

「そ、そうだ!この後皆で学食カフェに行こうよ。ほら、一夏も誘って。」

「一夏さんが居るなら辞退しますわ……。」

「同じく。」

「「は!?」」

「え……?え……!?く、黒乃……?一夏が来るなら行かないってアンタ……。」

「えっと、大丈夫……?熱とか―――」

 

 なんですか、なんですかそのイッチーあるところに俺ありみたいなのは。いや、確かに今まではそれを否定できんかも知れんけど、今のオイラとイッチーは気まずいんでぃ。死ぬほど意外そうなリアクションをする2人を少し引き離し、セシリーは何やらコソコソと話しかけた。全部じゃないだろうけど、事情は知っているらしい。

 

(お2人ですが、少しばかり喧嘩中らしく……。)

(こ、この世の終わりよ……!悔しいけどどう見てもバカップルな一夏と黒乃が喧嘩とか!)

(そんな大げさ……でもない気がするのはなんでだろ。でも、2人とも様子は普通だったよ?)

(ええ、どちらも決して怒っているという訳ではないようなのです。ただ、普通の喧嘩よりかえってややこしいと言いますか……。)

 

 コソコソ言ってて良く聞こえはしないが、鈴ちゃんの顔色が悪いのはなんでだろ?それほど心配させてるって事かなぁ。う~ん……なるべく早く関係修復しないとだ。きっかけ、かな。きっかけさえあれば、どうにかこうにか上手い方にもって行けそうなんだけど。

 

「あ゛~ゴホン!そういやここってIS学園なんだし、たまには女の子だけなのも悪くないわよね!」

「僕も鈴に賛成!だからさ黒乃、僕達だけで楽しもう?」

「箒さんとラウラさんも早急に誘わねばなりませんわね!」

 

 ……滅茶苦茶気を遣っていらっしゃる。やっぱこれは申し訳ない。きっかけ云々を言ってる場合でもそうだ。俺のせいで皆がアタックをかける機会が減るかもしれないと思うと申し訳ない。ただ今は、皆の気遣いに甘えることにしようかな……。あ、ジャンボパフェ食べよう。

 

(……で、仲直りできず終いか。)

 

 あれから数日が経過したけど、状況は特に良くならない。かと言って、悪化しているという事もない。このまま平行線なのが1番マズイって気もするけど、やっぱり手が付けられない状態でもあるんだよなぁ。何故かって、たっちゃんが本格始動しているから。

 

「後から出て来て一夏の専属コーチなどと、そう言われて納得がいくはずありません!」

「そうよ、生徒会長だかなんだか知りませんけど?」

「2人共……他の3人にも説明した事を何度も言わせないでくれよ……。」

 

 幼馴染組完全網羅(オールドプレイメイト・ザ・コンプリート)が揃って訓練って話だったんだが、アリーナに向かうなりたっちゃんが居るもんで。まぁこの面子が揃ってるって事は、モッピーと鈴ちゃんが仲とりもとうと気ぃ遣ってくれてのセッティングだったんでしょうね、さっきまでは。専属コーチって話になったら、俺とイッチーの仲直りとか後回しにもなるか。

 

 つまり、ヨーロッパ組は既にいろいろとちょっかいをかけられているんだろう。あ~……そういや妙に疲れた顔した日があったような。わざわざ口に出すのも億劫だったのかもね。まぁ……本気でこの人の相手をしてたら疲れるわな。俺は多分だけど問題なし。この鉄仮面のおかげだネ!

 

「まぁまぁ、学園最強たるお姉さんに任せなさいな。悪いようにはしないし、貴女達を邪魔だって言いたいわけでもないのよ?」

「はぁ~ん、学園最強?それ、アンタ本気で言ってんのね。」

「ええ、まぁね。IS学園の生徒会長は常に最強であれ。ずっと遵守されてきた伝統だし、実際私も―――」

「じゃあ黒乃と戦っても勝つのよね?」

「…………。」

 

 いやいや鈴ちゃん、なんでそこで俺を引き合いに出すのさ。何度も言いますが、俺の無敗は完全なる実力じゃないんだよ?そりゃたっちゃんだって多少は運も持ち合わせてるだろう。けれど、国家代表なんだから大半……というかほとんど実力なはずだよ。

 

「鈴……それは少しみっともないぞ。」

「なによ、じゃあ一夏を好きにされても良いっての!」

「そうは言わんが……。」

「……だけど箒、単純にどっちが強いか気にならないか?」

「む、それも一理あるような……。」

 

 せっかくモッピーが鈴ちゃんを説得しようとしてくれたのに、イッチーの余計な一言で揺らぎ始めてしまったではないか。どっちが強いかって、学園最強って言ってんだから負けるに決まってるじゃん。ついに俺の無敗伝説が幕を下ろす時ですよ。やったね、余計なお荷物が減るじゃない。

 

 それを言ったら、皆が納得するのも含めてたっちゃんと模擬戦をしておいた方が良いのかも。しかし、鈴ちゃんが俺達が戦ったらどっちが強い~と言って以降、なんだか固まって動いていないような気がする。……あ、目が合った。……とりあえず、愛想笑いでもしとく?……できればだけどね。

 

(俺に出来る精一杯のスマイル!)

「……っ!?」

「なっ……!?お、落ち着け黒乃!心を乱すな、冷静になれ!」

「ご、ごめん……ごめんね!アタシが悪かったから!」

「楯無さん!今日のところは下がっててくれ!」

「……わ、解ったわ……。」

 

 え?え?なんすか?なんすか?頬が緩んだと思ったら、皆が血相を変えて俺を宥める。何だろうか、そんな空前絶後な笑みにでも見えたのかな。言っとくけど普通にショックだからね。つーか何?驚くくらい……と言うか引くくらいの笑みって、俺はいつもどんな表情なんだろう。

 

 たっちゃんが居なくなってからも、3人はギャーギャー騒いで落ち着いてだのなんだの言ってくる。はいはいはいはい……落ち着いてる、落ち着いてますから。と言うか頭が冴え過ぎて氷点下いきそうですよ?脳みそやら諸々がカッチンコッチンですとも。

 

「……どうやら問題ないようだな。そんな事よりも鈴……!」

「わ、解ってるってば!本当にアタシが悪かったわよ……。ごめんなさい。」

「ちゃんと楯無さんにも謝っとけよ。確実に出て来てたみたいだからな……どうなったか解ったもんじゃないぞ。」

 

 落ち着いているのを察してもらえたらしく、皆はようやく騒ぎを収束させた。するとモッピーは、鈴ちゃんが俺にたっちゃんをけしかけようとしたのを責める。こんなしょんぼりした鈴ちゃんは初めて見る。何もそこまで思いつめなくったって良いんじゃよ。

 

 でもその後に続いたイッチーの言葉はちょっと意味解んないですね。出て来たって何が?どうなったか解ったもんじゃないって何が?……まぁ良いかー気にしなくても。聞けないからスルー安定ってね……。それで、今日のところはこれでお開きって事に。たっちゃんがどっか行っちゃったせいでしょうか。

 

 そうして更にあくる日。朝目覚めて食堂へと向かおうと歩を進めていると、長い廊下の先でたっちゃんが姿を現した。なんというか、随分と堂々とした出で立ちだが……何かあったのかな。明らかに俺に用事みたいだから立ち止まってみると、たっちゃんは思いもよらない言葉を放った。

 

「黒乃ちゃん、戦いましょうか……私と。今日の放課後、第2アリーナで待ってるから。」

(……えぇ……?)

 

 たっちゃんはそれだけ言うと、俺の方も見向きもせずに立ち去っていく。ただ開かれた扇子には、宣戦布告の文字が刻まれていた。えぇ……?本当にもう、えぇ……?なんであないな真剣な様子で言われんとアカンのやろ?……やるしか、ないか……。朝っぱらから胃が痛くなるのを感じた俺氏だった。

 

 

 

 

 

 

「事は順調に運んでいますか?」

「まぁね。不安定要素が2つほどあるけど、今のところは問題ないんじゃないかしら……。」

 

 放課後の生徒会室でくつろいでいると、私の専属メイドである虚ちゃんがそう話しかけて来た。一夏くんも安い挑発に乗ってくれたおかげで、勝ったら私が鍛えるという賭けも見事に成立っと……。部屋に押しかけたりしたのも織斑先生には事前に協力を仰いでるし、何より彼自身の為でもあるし。

 

 2つの不安定要素と言えば、黒乃ちゃんと近江先生ね。黒乃ちゃんはこの間の接触で放置OKと言うのが解ったけど、近江先生はそうはいかない。十蔵さんは、黒乃ちゃんが味方の内は心配ない……って言ってたけど、私にはそうは思えないのよねぇ。

 

 彼、腹の底にあるドス黒い何かを隠そうともしないから性質が悪いわ。おかげで何処までが本心か、より解り辛い。まぁ……あれで全部見せたってわけではないと思うけど。そもそも同族嫌悪って奴なのかしら?なんとなく彼とはお近づきになりたくないというか……。まぁ、私の立場上そうは言ってられないのだけれど。

 

「そうですか、では余裕があると捉えて結構ですね。こちらの仕事も順調にお進め下さい。」

「げっ!いや、あの……ね?それとこれとは話が別って言うか―――」

「何か?」

「何でもないです……。」

 

 そう言って虚ちゃんが会長用デスクに置いたのは、私が溜めた生徒会長として処理すべき書類の山。この表の顔と裏の顔の両立がねぇ……なかなか難しいのよ。それをなんとか虚ちゃんに解ってもらおうと尽力してみるけど、結果は惨敗……。時々だけど、主従が逆転する時があるのは気のせいかしら?

 

 う~ん……どうしましょう。冗談抜きで、この後は一夏くんの指導で忙しいのだけれど。でもこの様子を見るに、それを理由に退席させてはもらえなさそうね……。くっ、虚ちゃんの淹れた紅茶飲みたさに生徒会室へ寄ったのがそもそもの間違いだったなんて……!……冗談はこのくらいにして、どうこの状況を乗り切ろうかしら。

 

「やっほ~。」

「あら本音、珍しいわね……。」

「あ~お姉ちゃんひっど~い。私もたまには真っ直ぐ来るよ~。……お仕事するかどうかは別だけど~。」

「貴女ね……ここは遊び場じゃないの。もっと布仏の者として自覚を―――」

 

 私がどうした物かと思案していると、何ともゆるふわな雰囲気を纏った女の子が戸を開いた。その子は布仏 本音ちゃんと言って、虚ちゃんの妹にあたる。しっかり者な虚ちゃんとは対照的に、非常にマイペースな子。本音ちゃんが生徒会室に来るとなると、ほとんど休憩のためとしか機能しなくなるものねぇ。

 

 こうやって虚ちゃんに説教をされ、そうしてお仕事をしてくれる時はあるのだけれど……。うん、責めてるわけじゃないのよ?けれど、仕事が増えてしまう事の方が多い。記入ミスとかの後処理とかそこらがね……。まぁ1からやるよりは簡単だし、結局はプラスマイナスゼロってところかしら。

 

 しかし、良いタイミングで来てくれたわ……本音ちゃん。虚ちゃんは説教の事で頭がいっぱいなのか、本音ちゃんに気を取られているみたい。さすれば速やかに隠密、隠密~っと。霧のように立ち消える……フフッ、我ながらミステリアス・レディ(霧纏いの淑女)は伊達じゃないってね。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。」

「なに?まだ話は終わってないわ。だいたい―――」

「後ろ、後ろ。」

「後ろ……?……お嬢様。」

「ちょっ、それはないでしょ本音ちゃん!?」

「先に私を売ろうとしたのはたっちゃんでしょ~?」

 

 それはごもっともだけど……ごもっともだけれど!もうあれよ、不機嫌オーラが滲み出ていて虚ちゃんを直視していられない。ここで捕まったら、今度こそ一巻の終わりだと私は悟った。だからいくら後が恐ろしかろうと、隠密を解除して脱兎の如く逃走を図る。

 

「虚ちゃん、解ってくれとは言わないわ。ただね、私のサボりは17代目として必要な事なの!」

「ですから、楯無の名を堂々とサボりの口実に使うなと何度―――ああ、もう……お嬢様ー!」

 

 韋駄天と書かれた扇子を広げて見せると、私は全速力で生徒会室から飛び出た。すると遥か後方から、どうにも困った叫び声が届く。虚ちゃん、追いつけないって解ってるから無駄な努力はしないわよね……。どうせ明日も同じような問答をする事になるでしょうし。……はぁ、今から憂鬱だわ。

 

 だけれど、しょぼくれた様子を1年勢に見せるのはNGよね。私は常に余裕のある生徒会長っていうのを貫き通さないと。あのやりとりも周囲から見ると漫才なんでしょうねー……。さて、そろそろモード切替っと。走った呼吸を整える意味も込めて、ゆっくり歩きアリーナを目指す。

 

 そしていざ着いてみると、一夏くん以外に黒乃ちゃん、箒ちゃん、鈴ちゃんの姿が確認できた。う~ん……一夏くんってば、私の事は説明してくれておいたのかしら?……してくれてないわよね、一夏くんだし。黒乃ちゃんはとにかく、あの2人も大人しくは引き下がってくれないのは目に見えている。

 

 実際に私が姿を現した時点で、敵意にも似た視線を向けられてしまう。対して、私はあえてニコニコとした笑みを浮かべてみる。利はこちらにあると露骨に誇示するのは大事だもの。……近江先生も同じ事を考えてそうね。やっぱり似てるのかしら。

 

「後から出て来て一夏の専属コーチなどと、そう言われて納得がいくはずありません!」

「そうよ、生徒会長だかなんだか知りませんけど?」

「2人共……他の3人にも説明した事を何度も言わせないでくれよ……。」

 

 で、現状を説明するとこんな感じに。全面的に箒ちゃんが言ってるのは正しいのだけれどね。納得とかどうこうとか、そんなのを言ってる暇じゃないのよ。まぁその理由を説明してあげられないのは申し訳ないかしら。今はまだ時期じゃない……なんて、かっこいい言い方をしてみたり。

 

「まぁまぁ、学園最強たるお姉さんに任せなさいな。悪いようにはしないし、貴女達を邪魔だって言いたいわけでもないのよ?」

「はぁ~ん、学園最強?それ、アンタ本気で言ってんのね。」

「ええ、まぁね。IS学園の生徒会長は常に最強であれ。ずっと遵守されてきた伝統だし、実際私も―――」

「じゃあ黒乃と戦っても勝つのよね?」

「…………。」

 

 とはいえ、私だって彼女達と喧嘩がしたいわけじゃない。専属コーチとは言いつつ、私がするのはあくまでアドバイス。お手本を見せる為に貴女達の力が必要だ……みたいな事を言ってみたのだけれど、予想外な鈴ちゃんの返しに、私は思わず固まってしまう。

 

 ……確かに学園最強を名乗るのなら、次代のブリュンヒルデとなるであろう黒乃ちゃんよりも強くなくてはならない。けれど、即座に勝てると返す事が私には出来なかった。彼女は常勝無敗を強いられているわけではない。でも私と黒乃ちゃんが戦えば、確実にどちらかへ土がつく事になる。

 

「鈴……それは少しみっともないぞ。」

「なによ、じゃあ一夏を好きにされても良いっての!」

「そうは言わんが……。」

「……だけど箒、単純にどっちが強いか気にならないか?」

「む、それも一理あるような……。」

 

 なんだか皆して他人事っぽくなってないかしら?……私にヘイト溜まってる証拠でしょうね。唯一の救いは黒乃ちゃんが我関せずの様子を貫き通していてくれた事なんだけれど、この流れでやる気になっちゃってたりしない?私は様子をうかがうつもりで、チラリと黒乃ちゃんに視線をぶつける。すると―――

 

「…………。」

「……っ!?」

「なっ……!?お、落ち着け黒乃!心を乱すな、冷静になれ!」

「ご、ごめん……ごめんね!アタシが悪かったから!」

「楯無さん!今日のところは下がっててくれ!」

「……わ、解ったわ……。」

 

 笑ったのだ。ニヤリと、口をまるで三日月のように歪めて。その瞬間、得体の知れないプレッシャーが私に襲い掛かった。立っているのがやっとのような、そんな重圧……。慌てているけれど皆が平気そうという事は、単体の対象にしかこのプレッシャーは感じられない……?

 

 噂には聞いた事がある。八咫烏の黒乃は笑顔1つで相手を圧倒するって。半信半疑だったけれど、実体験して解った。八咫烏の黒乃は、私が思っている何倍も強く恐ろしい存在……!一夏くんは、私に急いでこの場から立ち去るように命じた。……悔しいけど、今の私にはそれしかできないみたい。

 

「はぁ……。」

 

 4人の見えないところで、私は大きな溜息が漏れた。……と同時に、悔しさが込み上げてくる。今私は、安堵した。黒乃ちゃんの前から逃走できた事に対して、確実に安堵した。何を……そんな、そんなのがあって良いはずないわ!驕り高ぶっているつもりじゃない。けれど、それなりにプライドを持って17代目楯無とIS学園生徒会長をやらせてもらっているの!

 

 謙遜するのは簡単よ、まぐれや生まれでそうなったって……。けれど!それは私がここまで上り詰めたのに関わった全ての人達にとても失礼な事よ……。勿論、私に倒された人達も含めて……。だからこそ私は、責任を持ってその役目を全うする義務がある。けれど、私が取った行動は……?

 

 逃げた。何のためらいもなく、一夏くん達を置いて。もし仮に、もう1人の黒乃ちゃんが獲物を逃した事に逆上でもしたら?確実にその牙は3人へ向いたはず。私は、みすみすあの子達を危険に晒して……。……このままじゃ、いけないわよね。乗り越えなきゃ、今までだってそうしてきたんだから。

 

 翌朝、私はとある決意を固めて黒乃ちゃんを待ち伏せた。朝の時間帯だと食堂へ通じる道が最も確実と判断し、堂々と立ちふさがる。すると奥の方から綺麗な黒髪をなびかせ、待っていた人物が現れた。向こうも私が用があると察したのか、会話のできる範囲で足を止める。

 

「黒乃ちゃん、戦いましょうか……私と。今日の放課後、第2アリーナで待ってるから。」

「…………。」

 

 言いたいことは言ったわ……多分だけど、それで乗ってきてくれるはず。私は宣戦布告と書かれた扇子を見せ、黒乃ちゃんの前から立ち去る。ごめんなさいね、黒乃ちゃん。八咫烏じゃなくて、貴女があまり戦いを好まないのは知っているの。けれど、それでも私は勝たなくてはならない。貴女の中に潜む……もう1人の貴女に。

 

 ……さて、これでもう後戻りはできない。もしかすると、私のIS操縦者の人生も今日でお終いかもね。もしそうなったら……沢山の人に迷惑かける。だから、そうならないためにも……勝たないと。私の全身全霊をもって、あの子に勝たないと。そう、私は固く心に誓う。

 

 

 




黒乃→俺的全力スマイル!
楯無→これが……八咫烏の黒乃!?


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第68話 頂上決戦・黒乃VS楯無!

「……で、どうしてあの人は自分から黒乃に挑んでんの?」

「お前が焚き付けるからだろ。」

「でもさー……絶対にあの時ビビってたし、自分から黒乃に挑みにかかる理由が解んないって言うか。」

 

 楯無が黒乃へ宣戦布告をした放課後、専用気持ち達は揃って第2アリーナへ顔を見せていた。それも観客席ではなく、競技場内の隅っこにだ。もしもの事態が発生した際に、すかさず止めに入られるようにだ。シュヴァルツェア・レーゲンのAICがあれば事足りそうだが、万全には万全を期した方がいいというセシリアの提案による。

 

「会長にも譲れんものがあるのだろう。」

「……だね。やっぱり学園最強を名乗る以上、黒乃は超えなきゃなんない……のかも。」

「この中で八咫烏と対峙したのはわたくしだけですが、出てこないのを祈るばかりですわ……。」

「おい、お前達。そろそろ集中しろ、どうやら始まるらしい……。」

 

 5人が神妙な面持ちで会話をしていると、多少強引にラウラがその流れを断ち切った。それまで黙っていたのは、メンバーを纏めるのは己だと自負しているからかも知れない。事実、ラウラがそういった指示を出すと全員が押し黙る。そうして、遠くに浮く黒乃と楯無を見つめた。

 

(……なんでそんな本気モード?全力全開のたっちゃん、普段とのギャップが凄いよ……。)

「いきなりの申し出を受けてくれて、本当にありがとうね。」

(ああ、いえいえ……まぁそこまで気にしちゃいないんで。)

「貴女に挑むのは完全に私の都合……だけれど、ちょっと付き合ってもらうわよ!」

 

 楯無の顔つきから、その本気度がうかがえる。しかし、黒乃はどうして自分のような小者にそんな顔を見せるのかと戦々恐々とするしかない。この認識の差が、いったいどう戦況に影響するだろうか。そして、楯無は一通りの伝えるべき事を言い終え、ガトリング内蔵型のランス、蒼流旋を展開し構えた。

 

『試合開始』

「はあっ!」

(どわっち……!?さ、流石に速いな……。)

(開幕の突きをこんな簡単に止められた!?)

 

 試合開始の合図とともに、楯無は挨拶代わりに突きを放つ。刹那は高機動型で、避けられたって仕方がない……のなら、とりあえず出せるだけの速度で攻撃するという選択肢をとった。しかし、現実は……避ける必要すらない、とでも言われている気分だ。黒乃は瞬時に腰の叢雨、驟雨を抜刀。鋏を作るように交差させると、交差点でランスをガッチリ捕まえて見せる。楯無の全力の突きは、黒乃にとってさすがに速いで収まるらしい。

 

(今度はこっちの番!)

「くっ……!」

(せーのっ……せっ!)

「そう易々とはいかないわよ?いいえ、いかせてなるものですか。」

 

 黒乃は蒼流旋を挟んだまま、前方にQIB(クイック・イグニッションブースト)を発動させタックルを喰らわす。楯無が吹き飛ばされると同時に、空いた距離を詰めるためさらにQIB(クイック・イグニッションブースト)。そしてそのまま叢雨と驟雨の同時攻撃を繰り出すが、冷静に蒼流旋で防御される。この瞬間に黒乃は、急いで脱出を試みた。何故なら―――

 

(ひいっ、たっちゃんと長い事にらめっこはまずいよ!)

(!? 大人しく退く……!?この子、やっぱりいろいろと知って―――とはいえ!)

 

 楯無の専用機であるミステリアス・レディは、アクア・ナノマシンと呼ばれる物質の混入した水を自在に操作するという特性を持つ。蒼流旋の槍部分も、これを用いて形成されていたりと用途は多岐に渡る。何をそこまで焦っているのか。それは、アクア・ナノマシンが起爆性であるから。

 

 長い鍔競り合いでもして、刹那の内部に起爆性ナノマシン入りの水でも潜り込まされると大事だ。だからこそ、なるべくダメージなしで戦いたい黒乃は迷わずヒット&アウェイを狙う。その判断が、僅かながらも楯無に疑念を抱かせるという事も知らずに。

 

「逃がさないわよ!」

(逃げる事に関してはピカイチなんで!神翼招雷!)

 

 大量の水が刹那に迫る中、黒乃は迷わず神翼招雷を発動させた。用途としては、高速移動用の翼を出す為らしい。赤黒い雷の翼が形成されると同時に、グングンと黒乃は加速していく。OIB(オーバード・イグニッションブースト)よりも雷の翼の方が小回りが利く、その分速度は落ちてしまうが―――

 

(攻撃と同時に行えるこの翼なら!)

「捕らえ切れな……くっ!」

(水の盾……。いや、ここは臆さずに!)

「キャアっ!……むぅ、ホント滅茶苦茶な機体ね……!」

 

 雷の翼の速度と旋回性能を持ってして、黒乃は華麗に迫る水を掻い潜る。楯無は雷の翼を発動中は無意味と判断して防御に徹したが、それは完全にバッドな選択だ。楯無は自らを包み込むように、分厚い水を張り巡らせる。しかし、そんな物は雷の翼を前にして意味をなさない。

 

 黒乃は楯無の左側を通過するようにして、右翼を思いきりぶつける。すると何の問題もなく水を斬り裂き、雷の翼は楯無本体を捉える。かなりの高密度エネルギーなだけに、まさに触れるだけで危険な雷の翼は、楯無に大きなダメージを与えた。しかし、まだまだ再起不能へ追い込むには遠い。

 

(くっ、神翼招雷の効果時間が……!)

「そこっ、今度こそ逃がさないわよ!」

(ア、アイエエエエッ!?ミズブンシン・ジツ!)

 

 雷の翼が弱々しく消えていくのを確かに見た楯無は、これは好機とばかりに次の手へと打って出た。なんと、アクア・ナノマシンを操り自らの分身を作り上げて見せたのだ。その数は4で、どれか本体かはまる解りではある。しかし、やはり爆発機能がついているのが厄介と言えるだろう。

 

(ト、トラウマスイッチ……!忍者はもう勘弁なんですぅ!)

「っ……!まぁ、そうなるわよね。けれど―――」

(ア、アイエッ!?)

「隙、捉えたわ!」

 

 まさに分身の術なために、1度殺されかけた忍者ISが脳裏によぎる。それだけに黒乃は必至だ。叢雨、驟雨を仕舞うと、紅雨、翠雨を取り出した。間髪入れずに2本の短刀を2体の分身へ投げつけると、続けて両掌を前方へ突き出す。バチバチと音を立てて雷の槍を形成し、残った2体へ放った。

 

 それは見事に分身達へ直撃。小気味良くバシャアという音を立て、4体の分身は水の正体を現して散っていく。しかし速攻で破られるのなんて、楯無からすれば目に見えていた。あの分身は布石である。視界を遮るような水の中から、何かが伸びて刹那の脚部へと巻き付く。

 

 その正体は、ミステリアスレディに搭載されている蛇腹剣のラスティ・ネイル。蛇腹剣とは、剣と鞭の性質を併せ持ったような武器だ。現在は鞭のしての性質を遺憾なく発揮している。楯無はラスティ・ネイルを思いきり引っ張る事により、黒乃を近くまで手繰り寄せた。

 

「でやぁ!」

(こっ、こういう時に無理に離脱しようとすると雷光の出力のせいで墜落する!ど、どうすれば……?!)

「これは……どうかしら!?」

(た、たっちゃん……そりゃないよ!わああああっ!?)

 

 黒乃が自分の方へ迫る中、楯無は器用にアクア・ナノマシンを操る。しかし、何かで動きを拘束されていると刹那は弱い。忍者型ISのグリーンに好きなようにやられていたのは、黒乃が語った要因が大きいのだ。そうして、ついにアクア・ナノマシンは黒乃を捉える。狙いは、刹那の要とも言える雷光。

 

 雷光の隙間を縫って侵入したアクア・ナノマシンは、楯無の指パッチンを合図に盛大に爆ぜた。これは確実に効いたと、楯無に確信させる。しかし、その表情に余裕は見られない。何故ならば、そろそろ出て来る頃だと予測していたから。そうして爆発の際に生じた煙が晴れると、そこには……狂った笑みで浮かべる黒乃が居た。

 

「ほぅ~ら、やっぱりね……。」

『楯無さん、そこまでだ!そいつが出たからには―――』

『気持ちは有り難いけど、決着がつくまでやらせて。これは、私と黒乃ちゃんの戦いであって……私自身の戦いでもあるの。』

 

 楯無は、それなりに黒乃の研究をしている。それで解っていた事がある。八咫烏の黒乃が出てくるのは、劣勢になってからだと。八咫烏が出てくる事、それはある種……強者として認められた証だと楯無は考える。だからこそ、今度こそ……敬意を持って立ち向かわねばと恐怖を振り払う。一方で黒乃は―――

 

(今の爆発で雷光が機能不全を起こすレベルにやられてる!神翼招雷は間違えなく使えないし、OIB(オーバード・イグニッションブースト)もそんな連続使用は暴発する可能性が……!マズイよぉ……刹那は雷光が要なのにぃ!)

 

 刹那のウィングスラスターである雷光が損傷し、盛大に焦っていた。恐らくはそこからくる笑顔だろう。雷光の何が問題かと聞かれれば、様々な暴発のリスクを抱えているという点だ。翼からエネルギーを吐き続けると、臨界点を迎えてしまうのだ。

 

 当然ながら排熱する設計はされているながらも、それは万全の状態での話。ひとたび雷光にダメージを与えられてしまうと、こういった事が起こりうる。戦力を大幅に削られた刹那にて、どう学園最強を相手取るか思案していると、黒乃の瞳には地面に突き刺さる紅雨と翠雨が目についた。

 

(あれは水分身を攻撃した時の……。……良い事を思いついたかも。)

「……来ないのならこっちから行くわよ!」

(むぅ、そりゃ考えてる暇は与えてくれんか……。さすれば、賭けてみるしかない!)

 

 動かない黒乃に違和感を覚えつつ、楯無は蒼流旋を構え直し攻勢へと出て来た。とにかく黒乃は、ふと思いついた作戦を実行してみる事にしたらしい。左腰にぶら下がっている鳴神を鞘から抜くと、自らも前に出て楯無を迎え撃つ。刀と槍では圧倒的に前者が不利だが、その差をどう埋めるかがカギとなるだろう。

 

(槍には不利なら、リーチの長い鳴神でまずは削れるだけ削る!)

「あらあら、これは、すっごい、連続攻撃……ね!」

 

 鳴神の特徴と言えば、もはや日本刀と表現して良いのか解らない程の長さだろう。その為に扱いが難しく、どうにも使用回数は少なめ。しかし、要するに使いようという奴だ。黒乃は鳴神を大きく振り回す事によって、そのリーチを最大限に有効活用している。鳴神の刃は確と楯無の間合いに届き、防御に徹しさせる事に成功だ。

 

(確かに荒々しく攻撃的にはなったわ……けれど!つけ入る隙が増えているわよ!)

(せぇい!せやぁ!……って、のわわわ!?)

「それ、没収ね。」

 

 水で形成されている蒼流旋の槍部分を、楯無は自らただの水へと戻した。急に鳴神がぶつかる対象を失った為、黒乃はずっこけるようにして前方へよろける。すかさず楯無は蒼流旋を再形成し、下から振り上げるようにして刹那の腕部を狙う。そのまま腕を救い上げられ、黒乃は万歳するようにして鳴神を手放してしまった。

 

「代わりにこれでも貰ってちょうだい!」

(ぐっふぅ!?)

 

 万歳の状態程ガードが崩れている証拠となる態勢はないだろう。勿論だが楯無は見逃してはくれない。隙だらけのどてっぱらに、渾身の突きが見舞われた。黒乃が大きく後方へ吹き飛ぶと同時に、ザンッ!と鳴神が地面へ突き刺さる音が響く。黒乃がそんな音に耳を傾けていると―――

 

「悪いけど、逃がさないわよ。」

(いぃ!?ハ、ハメ技は卑怯だぞ!)

「なるほど……流石ね!」

(まだまだっ!)

「ちょっ、ちょっと……キャア!?」

 

 またしても刹那の脚部にラスティ・ネイルが巻き付く。後は同じく楯無の手元まで引っ張られた。しかし、いくら黒乃とて何度も同じ手には引っかからない。何とか体勢を立て直すと、鳥と同構造の脚部にて蒼流旋を掴んだ。そうしてそのまま威力を落としたQIB(クイック・イグニッションブースト)を出鱈目な方向へ吹かした。

 

(今だ!疾雷、迅雷!)

「しまっ!?くぅ……!」

 

 ラスティ・ネイルが巻き付き、蒼流旋が掴まれている。そんな状態でQIB(クイック・イグニッションブースト)を使われるものだから、2人してグルリと乱回転。その拍子にきつく巻き付いていたラスティ・ネイルは緩んで解け、黒乃も掴んでいた蒼流旋を離す。更に遠心力を利用した回転斬りを繰り出し、疾雷と迅雷で楯無の胴体へ攻撃を成功させた。

 

(さすればぬどりゃ!)

「……何のつもりか知らないけど、それはちょっと甘いんじゃないかしら。」

(いいや、これだから良いんだよ。……たっちゃんなら、今ので何か狙ってるって感づいたろうけどね。)

 

 吹き飛ばされた楯無を追撃して斬りつけたのなら当たり前の事だ。しかし、黒乃は距離が開くと同時に疾雷と迅雷を楯無に向けて投げつける。横回転しながら2本のレーザーブレードが楯無を襲うが、何の問題もなく対処されてしまった。蒼流旋に弾かれた疾雷と迅雷も、他の3本と同じく地面に突き刺さる。

 

(……両肘両膝の仕込み刀と、掌から出せるレーザーブレードを除くとこれで黒乃ちゃんに残された武装は2本のみ。……気のせいじゃなければ、自分から手放したかったように見えるわね。)

(さぁ……仕上げにしようか!)

「……考えるだけ無駄そうね。とりあえず迎え撃たせてはもらいますけど!」

 

 黒乃が想像した通り、楯無は何かの理由があって刀を手放しているのだと察した。しかし、流石にその理由までは読み切れないでいる。そんな中、黒乃は残る叢雨と驟雨で肉薄してくるではないか。当然考える暇を与えない狙いでもあるが、楯無は大人しくそれに乗り黒乃を迎え撃つ。

 

「ふっ!はぁっ!」

(我が奥義、ヤケクソ回避!……避けられるとは言ってないけど!)

「臆さない……か、なら遠慮なく!はああああっ!」

(ぬぅん……とりあえず間合いに入らなきゃならないとはいえ、けっこう苦しいか……!?。)

(このっ……!ここまでやってクリーンヒットなしってどうなってるのかしらね!)

 

 先手を打ったのは、槍の有利が利く楯無。鋭い二連突きを放つも、黒乃は気合で回避行動を取る。蒼流旋の先端は、黒乃の右脇、左脇を掠めた。その後は手数に任せた連続突きを仕掛けるが、最初の二連突きと同じく良くても掠る程度しか当てさせてもらえない。

 

(たっちゃん……焦ってるっぽい?これはチャンス!でぇい!)

「しまっ……!?」

(よしっ、いける!コイツで仕上げ!)

「最後の2本も投擲に!?くっ……!」

 

 相手の目的が見えない、更には当てるつもりの連続攻撃が躱される。その2点が楯無の心に不安と焦りを巻き起こし、ほんの僅かながらもつけ入る隙が生まれた。黒乃は突きをまともに受ける事も厭わずに足を止め、叢雨と驟雨を蒼流旋へと潜り込ませてカチ上げるように振る。

 

 先ほどの黒乃と同じように、楯無は万歳するようにして隙だらけだ。しかし、黒乃はすぐさま追撃には入らない。QIB(クイック・イグニッションブースト)で楯無の頭上に躍り出ると、叢雨と驟雨を投げつけたのだ。楯無の言う通りに、これで黒乃は7本の刀を全て手放した事になる。蒼流旋で叢雨と驟雨を弾く楯無が見たのは……眼前に迫る黒乃だった。

 

QIB(クイック・イグニッションブースト)で距離を詰められた!?防御……間に合わない!)

(そら、吹っ飛べええええええええ!)

「キャアアアアアアアア!?」

 

 これが刹那の真骨頂、気が付けば目の前に居るレベルの連続瞬時加速である。叢雨と驟雨を弾いている間にQIB(クイック・イグニッションブースト)で一気に距離を詰めた黒乃は、楯無の身体に掌を添えた。そうして雷の槍は形成せず、自ら暴発させる事による衝撃波で楯無を地面へと吹き飛ばす。地表に叩きつけられた楯無は、ここにきて黒乃の狙いに気が付いた。

 

(この7本の刀の配置……まさか!?)

(後は……間に合ってくれれば俺の勝ち!行くよ、せっちゃん!)

 

 地面に突き刺さっている刀は、まるで楯無を取り囲むかのように配置されていた。すると立ち上がる間もなく、黒乃はOIB(オーバード・イグニッションブースト)で地表に刺さっている刀に接近し、適当な2本を手にした。基本的に1セット2本の刀を意識して使う黒乃だが、今回の場合はそうも言っていられない。その手に握るは、疾雷と紅雨。

 

(でやぁ!)

「キャッ……!?」

(まだまだ!)

「くっ、やっぱり狙ってた……!?けど―――」

 

 OIB(オーバード・イグニッションブースト)の勢いそのままに、疾雷と紅雨ですれ違い様に楯無を切り裂く。そして疾雷と紅雨をそれぞれ収納すると、お次は驟雨と迅雷を拾う。先ほどと同じくすれ違うようにして楯無へと攻撃を加えると、驟雨と迅雷も仕舞った。更に続けて叢雨、翠雨を拾う。

 

 つまり黒乃が狙っていたのは、変則的なセブンスソードだ。通常の流れでセブンスソードを使う場合、いくら刹那が間合いを詰める事を得手とするとは言え、かなりの隙を必要とする。当然ながら楯無にはそんなものはない。しかも手元に紅雨と翠雨がなかった事も含めると、相当に変わった形での発動を強いられた。

 

 そこで黒乃が思いついたのがこの変則セブンスソードである。地面に刺さった刀を、拾いつつ楯無を攻撃できれば……という事らしい。作戦はどうあれ、効果は有ったと言っても良いだろう。楯無はOIB(オーバード・イグニッションブースト)の速度に着いては来れず、ただ棒立ちの状態だ。そうして、叢雨と翠雨による攻撃もクリーンヒット。

 

(せいっ!)

「キャア!」

OIB(オーバード・イグニッションブースト)も限界近い……けど、鳴神の一撃で削りきれるはずだ!)

「……ここまでかしら。」

 

 刹那の有する刀の内最後の1本、鳴神を拾いつつ黒乃は楯無へと迫る。OIB(オーバード・イグニッションブースト)にて雷光が大爆発を起こすかどうかの瀬戸際だが、仮に鳴神で削りきれなかったとして、刹那にはまだ霹靂もあれば雷の槍もある。それこそ暴発が起きなければ、黒乃の勝ち確定のような物だろう。

 

(……ん?いや、ちょっと待てよ……。)

 

 いざ鳴神で斬りかかろうとする最中、黒乃の頭に超スピードで思考が巡る。この勝負、勝ってはまずいのではないか……と。相対している楯無は、学園最強の称号を有した存在だ。作中でも唯一IS学園在学中ながら国家代表であったりと、何かと他のメンバーとは一線を画する部分が多い。

 

 そんな楯無に勝つ事が何を意味するか、主に己の保身を重んずる黒乃はなんとなく面倒な流れになる気しかしない。まずは生徒会長交代という話になる……かもだ。そうすれば自分に学園最強の称号が与えられ、時間を問わずに襲われる事は請け合い……。黒乃は思う、楯無だけには勝ってはならないと。

 

(ダメぇー!勝ったらダメな奴!うぉおおおおっ!)

「…………!?」

(ぬ……ぬぅ……!で、でも……勝負にそういうのはなるべく持ち込みたくないってのも本音だし、ど……どうしよう……。)

「貴女……。」

 

 OIB(オーバード・イグニッションブースト)を解除した黒乃は、浮いていた脚部を地面へと接地させた。地面を抉りながらブレーキをかけると、楯無とギリギリのところでピタリと止まる。振り上げていた鳴神は肩先あたりに当たらない位置で止まり、本人の葛藤を現すかのようにカタカタと震える。

 

「なるほどね……。うん、そういう事なら……こうしましょうか。」

(ほぇ……?……ぎゃあっ!?)

「引き分けって事で……ね?」

 

 この様子を見た楯無は、寸前で黒乃が八咫烏を抑え込んだのだと考えた。2人の戦闘を見守る6人も同じく。刹那のエネルギーも風前の灯だ。楯無からしても止めを刺すのは易い。しかし、楯無も自らが勝つ事を選ばなかった。こうなってしまったのなら、自分だけ勝つのも後味が悪い。

 

 楯無は自分と黒乃の中間で、アクア・ナノマシンを盛大に爆ぜさせた。当然ながら両者に大ダメージが入り、刹那とミステリアス・レディは寸分違わず同時にエネルギーが尽きる。これぞ非の打ち所のない引き分けだろう。吹き飛ばされた2人は天を仰ぎ、張り詰めていた緊張を解きほぐした。

 

「アハハッ、痛み分けってこういう事かしら。身を持って体感すると、なんだか面白いわね。」

(わ、笑えないよ……。1番収まりの着く終わり方にしてもらって有り難いけども……。)

「とにかく、今日は本当にありがとう。黒乃ちゃん、次は決着をつけましょう。」

(う~……たっちゃんとは永遠に決着は下したくないんだけど……。まぁ、良い試合をどうもです。)

 

 引き分けと言う結果だが、楯無はなんだか晴れやかな気分だった。ゆっくりと立ち上がって黒乃の方へと歩み寄ると、パチリとウィンクをしながら黒乃に手を差し出す。それに応えるように手を伸ばすと、楯無の右手を掴んで黒乃は立ち上がる。

 

 どうやら、引き分けであっても楯無の胸中にあった蟠りは晴れたらしい。黒乃としても、なんとなく良い形で楯無との模擬戦を終える事が出来たようだ。後は一夏とのアレコレを解決せねばと思いつつ、とりあえず今は自分で自分の健闘を讃える事にしたらしい。

 

 

 




黒乃→勝ちたくないけど、勝負事にそんなんは失礼だし……どないしよ!?
楯無→八咫烏を抑え込んじゃうかぁ……それじゃ、今回は引き分けって事で。


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第69話 仲直りの証(表)

「う~ん……。」

「あれ、珍しいですね近江先生。何か悩み事ですか?」

「ああ、山田先生……。そうですねぇ、悩み事ですかねぇ」

 

 IS学園に昼休憩の時間が訪れると、鷹丸がレアな姿を見せた。何故なら、ニヤけた面が解除されたうえに眉間に皺が寄っているからだ。そんな姿がつい目に留まったのか、真耶は珍しいと声をかける。何か引っかかる言い方だが、それだけ鷹丸の今見せている姿が貴重である証拠だろう。

 

「よろしかったら相談乗りますよ!その、少し頼りないかもですが……。」

「ええ、ありがとうございます。それじゃ遠慮なく。山田先生は、仲の良いご友人同士が仲違いした経験とかってあります?」

「とじゃなくてが、ですか?はぁ……それはまた難しい問題ですね。」

 

 やや性格に難ありながらも、鷹丸と真耶の関係は良好な同僚だ。そんな同僚が珍しく悩みを抱えているとなると、清らかな心の持ち主である真耶としては何の迷いもなく乗る案件なのかも知れない。妙に前のめりになりながら真耶が問いかけると、有り難くその厚意を受け取った鷹丸は悩みを打ち明けた。

 

 聞いてみると、何とも複雑な悩みと言える。別に鷹丸が誰かと喧嘩中というわけではなく、鷹丸の知人2人が喧嘩中で、それをどうにかしたいという事らしい。真耶はこれまでの人生で友人同士が喧嘩した事があるかどうかを思い返し、ガックリと肩を落とした。

 

「すみません、そういった経験は特に……。」

「いえいえ、別に謝る必要はないですよ。本当にレアケースだと思いますし。」

「とは言えご相談には乗れますよ!今度ご一緒に話し合いでも―――」

「山田先生~?近江先生の悩み事にかこつけて抜け駆けかしら~。」

「近江先生~。ちょぉっと山田先生お借りしますねぇ~。」

「ひぁ!?あ、あの!皆さん、私はそんなつもりでは……。お、近江先生助けて下さいーっ!」

 

 そもそも真耶は喧嘩なんぞとは縁遠い性格をしている。今回のケースでは、些か力になるのは無理があると言う物。しかし、他者の役に立とうとする傾向の強い真耶は引かない。後日またゆっくりと相談しようとしたのだが、それは職員室内の大多数に阻まれてしまう。

 

 鷹丸だが、率直に言えば狙われている。御曹司で顔も良しとくればそれだけで女性からすれば優良物件だ。それも女性ばかりの環境で過ごせば、その反動から飢えると言う物……。ちなみに、真耶にそんな気は全くない。しかし、逆はあり得るかも知れないとなると黙ってもいられない。

 

「あ~……山田先生、本当にごめんなさい。それこそ埋め合わせはしますので。」

 

 流石の鷹丸も、男に飢えた女性の輪に入るのは勘弁らしい。言いくるめられなくもなかったが、ここは大人しく退散を選択した。拝み倒すようにして真耶を見送ると、そそくさと職員室を立ち去った。その後の騒ぎだが、4時限目の授業を終えて戻って来た千冬によりなんとか収まったらしい。

 

「う~ん……参ったなぁ、ここに来て喧嘩かぁ……。織斑くんに聞いても何も教えてはくれないし。」

 

 鷹丸は、まるで誰かにそう言うように呟いた……とも言えない程の音量で口にする。その悩みとはズバリ、黒乃と一夏の関係性について。2人をくっつけたがっている鷹丸としては、これは大変な一大事なのだ。2学期が始まってすぐに2人の変化には気づいたが、いくら経とうと元に戻る様子は見られない。

 

「いっそ、僕が織斑くんの気持ちを代弁する……っていうのは現実的じゃないよねぇ。」

 

 それは手っ取り早くもあるが、2人の為にはならない。この喧嘩も鷹丸にとっては不利益ばかりではないのだ。時折いざこざを乗り越えてこそ、2人の絆をより確かに出来るかも知れないから。鷹丸から言わせれば、恋人でもないのに黒乃と一夏は仲が良すぎた。だからこそ些細な事でも大きな事になってしまう。

 

「あ~あ、誰かの手を借りられると良いんだけどなぁ。」

『――――――――』

「アハハ、ごめんごめん……こうも白々しかったら逆に出にくいよね。別に隠れなくっても良いよ、キミの事は初めから気づいてたから。」

「あら、そうです?ざーんねん、せっかく貴方のストーキングを出来てるって思ってたのにぃ。」

 

 まるで子供のような振る舞いを見せた後、廊下にはしばらくの間が……。鷹丸がかなりの後方へ向けて煽りにしか聞こえない謝罪をすると、そこから姿を現したのは楯無だった。全く悪びれる気もないようで、素直に姿を現して見せる。そう取り繕っているだけ、とも言える。

 

「おや、それはこちらとしても残念だね。僕は自ら素敵なお嬢さんに見守られる権利を手放したわけだ。ねぇ?霧纏いの淑女さん。」

「ウフフ、本当ですよぉ。素敵な殿方だったから、こうして陰から見守る事しかできなくて。」

「嫌だなぁ、照れちゃうじゃない。こう見えても、僕はそういうの面と向かって言われ慣れてはないんだよ?」

「あらあら、お上手だ事。ウフフッ。」

「いやいや、僕は本当の事を言ったまでさ。アハハッ。」

 

 そう言う鷹丸の表情は、いつも以上にニヤニヤしている。どんな理由で楯無に付き纏われているか、初めから解ったうえでの物言いだろう。他人の反応を楽しんでいると理解した楯無は、完全に作った笑顔でいけしゃあしゃあと鷹丸の対応に入る。一見和やかだが、解る人には解るはず……ここがかなりの修羅場であると。

 

「で、もう良いんじゃない?」

「何がです?」

「まどろっこしい事なんてしなくても、僕の動向が気になるならそう言ってくれれば良い。それこそ、僕は24時間監視されたって構わないよ。」

「……何が目的。」

「ん~……それは言えない、ごめんね。けど、僕は逃げも隠れもしないって事さ。僕のやろうとしてる事は世間一般的に言う不道徳な事だろうから。」

 

 自分から乗せさせておいて、鷹丸は茶番に飽きたのか話を本題へと切り替えた。すると鷹丸は、聞いてもいないのにスラスラとそう語って見せる。語るに落ちた……とは違うが、本人の口から敵対勢力である事を示唆する発言が飛び出た。それだけで楯無は満足である。

 

「そう、それなら貴方を拘束させて―――」

「お断りします♪だってそんなの公平じゃないでしょ。僕は手の内見せるって言ってるのにさぁ。」

「またまた残念だけど、更識家17代目楯無としては無関係―――」

「とも言えないよ?下手に僕を拘束して、黒乃ちゃんが盾を失ってもいいのかな。彼女の力、出来るだけ借りたいんだよね?」

「……!?それは、どういう意味かしら?」

 

 両手をパッと広げながら、問答無用で殴りたくなるような綺麗な微笑みで鷹丸は断ると言った。楯無の言葉通りにそんなものは関係ないが、黒乃が盾を失うという意味深な台詞を吐かれて思わず聞き返してしまう。鷹丸は、ニヤニヤを継続させながら続けた。

 

「ほら、彼女って多方面から疎まれてるでしょ?あれを何とか抑えてるのって、実のところ僕なんだよねぇ。」

「……あの子には織斑先生が着いてるわ。」

「ところがどっこい。僕が居なくなっても、彼女が居なくなっても盾は成り立たないんだよ。」

 

 この世の頂点とも言って良い絶対的存在であるブリュンヒルデ。IS産業を支えていると言っても過言ではない近江重工の天才技術者にして御曹司。どちらが欠けても口を出す隙を与えるのだと鷹丸は語る。その言葉を聞き、楯無はいったん頭の中を整理させた。

 

 鷹丸は口が達者である。それだけでなく、本人も確かな地位と名声を手にしている。その達者な口、地位と名声より形成した人脈により、あの手この手で黒乃を疎ましく思う連中から守っている。一方の千冬だが、こちらは逆に口下手な女性だ。だが、有無を言わせぬ迫力という物もある。

 

 とは言え、千冬が直接動いた事は少ない。何故なら千冬は無言の圧力、見えない盾であるから。私の家族に変な事をすれば……解っているな?とでも言い放つ素敵な笑顔が頭に浮かぶ。つまり、両者は足りない部分を補い合っているのだ。……千冬は本気で怒りながら否定するに違いないが。

 

「貴方……黒乃ちゃんを売る気!?」

「うん、キミがこの場で僕を拘束するって言うんなら迷わずにそうするね。だって僕はここに居なくたっていろいろやりようはあるし、後から黒乃ちゃんを手元に置くなんて簡単な事だし。」

「っ…………!?」

「まぁつまり、僕はわざわざここに居てあげてるって事だよ。それじゃあ少し相子じゃないよねぇ。」

 

 僕は何か間違っている事でも言ってるかい?……とでも言いたそうな鷹丸の様子に、楯無は思わず戦慄した。この男は……冗談抜き、純度100%で無邪気な性格なのだと。文字通り、邪気なんてない。邪気なんて感じさせずに、そんな発言をあっけらかんとして見せるのだと。

 

「……解りました。私達は、貴方を野放しにする……代わりに―――」

「僕の事は好きなだけ監視してくれて構わないよ。」

「ええ、とりあえずはそういう事にしておくわ。じゃあ―――」

「ああ、良い事思いついた。ねぇ更識さん、僕を生徒会の顧問にしてくれない?」

「……………………は?」

 

 

 

 

 

 

(はぁ……楯無さん、いったい何の用事なんだろうな……。)

 

 放課後、楯無さんから呼び出しがあって生徒会室を目指す。正直、全く行く気が起きない。単にあの人の事が苦手と言うのもあるが、今は黒乃のこと以外に時間を割きたくはないんだ。訓練に関しては仕方がないとはいえ、つまらん用事なら回れ右しようと思う。割とマジで。

 

「どうもー……。」

「そう気のない挨拶は止めない?お姉さんだってショック受けたりするんだから。」

「そうして欲しいなら、身の振り方をどうにかして下さい。まるで女版近江先生―――」

「ん~……僕がどうかしたかな?」

「うおわっ、近江先生!?」

 

 いかにも来るのが億劫ですみたいな挨拶を繰り出しながら生徒会室へ入ると、早速俺のやる気がない元凶がそう返してくる。前々から思っていた楯無さんは近江先生に似ているという発言をしようとすると、それはいかにも爽やかな声色に聞き返されてしまう。慌てて視線を上げると、そこには回転椅子に座る近江先生が。

 

「やぁ織斑くん、こんにちは。」

「あの、どうして生徒会室に?」

「実は生徒会の顧問をする事になってねぇ。いやぁ僕も忙しいんだけどさーあ?どぉしてもここの顧問がやりたくってねぇ。」

「えぇえぇ、本当に。近江先生がどぉしてもって言うからぁ。」

 

 あ、あー……何か良く解らないが、近江先生が楯無さんを煽っているのは理解できた。何故なら、楯無さんは満面の笑みなのに空気を凍らすようなオーラを醸し出しているからだ。……近江先生はいつも通り楽しそうだけど、このままじゃ俺の居心地が最悪ですよ。

 

「あ、あの!それで俺に用事って……。」

「うん、その事なんだけど。一夏くん、黒乃ちゃんとは仲直りできたかしら?」

「い、いや……全くです。」

「やっぱり。何の用事かって、貴方に力を貸してあげようかと思って。」

 

 俺が用事を問うと、パッと楯無さんは元通りに戻った。有り難い事ではあるが、どうにもその切り替え速度が恐ろしくもある。近江先生が大人しくしてくれる事を祈りつつ、話を進めると……どうにも黒乃との仲直りに協力してくれるらしい。けど俺は―――

 

「ちょっと何、その怪訝な表情?」

「また何を企んでるんだろうなって顔です。」

「アハハ!素直でいいじゃない。まぁ僕と更識さんのセットって、キミからすればヤな予感もするよねぇ。」

 

 本当にそれ。楯無さんと近江先生ってのがまず問題なんだ。いや、近江先生の場合は前々から親身になって相談はしてくれたが、俺からはやっぱり何も話せない。それに、どうも深読みしてしまうんだよなぁ……。前に面白半分だって言っていた気がするし。

 

「信じろとは言わないさ。けれど、少なくとも僕は本気でキミ達2人に仲直りしてほしいと思ってる。」

「まるで私がそう思ってないみたいな言い方は止めてくれないかしら?とにかく、私も同じ気持ちよ。」

「楯無さん、近江先生……。けど俺、事情は何も話せないんですよ?」

「そんなの聞かなくったってやりようはいくらでもあるさ。後はキミの言葉だけだよ。」

「……解りました。2人が良ければ、俺に力を貸してください……!」

 

 溺れる者は藁をも掴むと言うように、俺にはどんな手だろうと借りるしかないんだ。確かに不思議な2人ではあるが、それが返って他の皆よりも良い方向へ作用するかも知れない。俺は自分にそう言い聞かせつつ、2人へと深く頭を下げた。これでどうにか、黒乃と仲直りできると良いけど。

 

 その日はそれだけで済んだ。僕が完璧な作戦を考えておくよーなんて近江先生が言ってそれでお終い。やっぱり嫌な予感しかしないが大丈夫だろうか。いや、あの人も締めるところはキチンと締める。今は信頼して待つ事しかできない俺には何も言えない。

 

 それからだいたい2日経過した。しかし、特に楯無さんや近江先生が何か言ってくるわけでもなく……。クラス代表という役柄上、学園祭の準備に追われる忙しい日々を過ごしていた。その間に俺からのアプローチは避けろとの通告がある為、端から見たら余計に関係が悪化しているように見えるらしい。

 

「……一夏、黒乃の事だが。」

「お、おう……どうかしたか?」

「何か余計な事をしたのではあるまいな。」

「いや、違う……余計な事どころか何もしないせいでの結果っつーか。」

「何!?まだ何もしていないのか、この馬鹿!」

「理不尽な事言うのは止めろ!」

 

 何かしてたらしてたで怒っていたろう、だが何もしてなくても怒られるとはどういう事だ。とりわけ箒にはよく気にかけられるが、他の専用機持ち達にもだいたい同じようなセリフを言われた。四面楚歌とはこの事か。全面的に俺が悪いのは解ってはいるんだが……。

 

 ついにはクラスメイトになんだかやつれた?なんて言われる始末。体重を量ってはいないが、確かに落ちている可能性もあるなぁ……。なんてしょぼくれた日々を過ごしていると、とある昼休みに楯無さんに話しかけられた。訓練の日を除くと、久々の会話になる。

 

「はろー織斑くん。」

「こんにちは、楯無さん。何か用事ですか?」

「うんうん、ちょっとお呼び出し申し上げようかと思って。」

 

 そういう楯無さんは、扇子を開いた。そこには業務連絡の文字が……。という事は、黒乃関連ではないという事だろうか。だけど無視するわけにはいかないよな。お呼び出しなんて言い方されたって具体性はない為、詳しい説明を求めてみる事にした。

 

「お昼とか、食べた?」

「いや、まだですけど……それが関係あるんですか。」

「食べてないならそれで良いのよ、貴方は何も気にしないで。それじゃ、これから急いで屋上に向かいなさい!」

「……全然意味が解らないです。」

 

 昼を食べてない事と、楯無さんが俺を屋上へ誘導しようとするのは何の関係もなさそうに見えるが。皆まで言ってくれないのがとても恐ろしい。ただ……どうせこのまま押し切られるのがオチだろう。大人しく従うのが身のためだと察した俺は、とにかく屋上を目指した。

 

 屋上の扉を開け放ってみると、そこには人っ子1人居ないではないか。呼び出しておいて、誰も待ってやしないとかどうしろってんだ。ん……?誰も居ないって、それはそれで違和感がある。無論、屋上は皆の場所であって共有財産だ。昼休みとなると、いつも誰か居るんだけどな……。

 

「……おかしいな。……何か仕掛けられているふうでもないし。」

「…………。」

「うん?なぁっ!?くっ、く、く、く黒乃!?」

 

 肩をチョンチョンと突かれて振り向いてみれば、そこには黒乃が居た。いきなりのご登場に、俺はワタワタと慌てながら黒乃との距離を取る。た、楯無さんんんん!黒乃が呼んでるならそう言ってくれれば良いだろうに!くそ、それこそ面白半分か!?けどこうなってしまったのならヤケクソだ……誠心誠意で謝るしかない。

 

「黒乃!その、夏休みの事だけど―――」

「…………。」

「う、五月蠅いとか……それとも黙れとか言いたいのか……?」

「…………。」

 

 とにかく俺が謝ろうと謝罪を口にしようとすると、黒乃は人差し指を当て静かにするようジェスチャーを取った。そんな姿にドキリと心臓をはねさせつつ、黒乃の意図を理解しようと励む。俺に発言の権利はないとかそんなだと思ったのだが、黒乃は静かに首を左右に振った。それも違うとなると他は―――

 

「…………。」

「く、黒乃……?ここに座れって、いったい何を……。」

「…………。」

「……それ、弁当か!?」

 

 困惑するしかない俺の肩を、黒乃はグイッと押した。それで座れと言いたい事は伝わったけど……。お次に黒乃が取り出したのは、何段重ねかになった弁当箱。やはり困惑するしかないと言うかなんと言うか……。もしかして、だから楯無さんは俺に昼を食ったかどうかの確認を?

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ黒乃!俺は黒乃に……その、いきなりキ、キスして―――」

「もう良い。」

「へ……?」

「仲直り。」

 

 あまりにも意味が解らす、どうにか現状を把握しようと話を進めた。すると黒乃は、首を左右に振りながらもう良いのだと言う。そして素っ頓狂な返事しかできない俺に、弁当を指しながら仲直りだと。仲直りの証に、弁当を作って来たって……?

 

「そんな……だって、黒乃は何も悪くない!俺がどうにか謝ってれば済む話だったんだから、黒乃が―――」

「……嫌だよ。」

「く、黒乃……!?」

「もう、今みたいなのは……嫌。」

 

 まるで黒乃の悪いのは自分だと言いたげな表現に、俺は思わず声を荒げた。すると黒乃は、その場に膝立ちの状態になって俺の首へと腕を回し、肩へ顔を埋めるようにして抱き着いて来た。そうして黒乃の語った嫌という言葉……。それはつまり、今のような関係性が嫌だって事か……?

 

(なん……だよ、それ……。なんだよそれ、なんだよそれは!)

 

 本当は俺がそう言うべきなんだ。言うべき事を、大好きな女の子に言われるなんて……嬉し過ぎてまともな思考がままならない。黒乃、なんだってそうお前は可愛い事を言うんだよ。ああ、嫌だ……俺だって嫌だ。ここ数日は、本当に調子が出なくって、気が狂ってしまいそうだったのだから。

 

「……ありがとう黒乃。そんでもって、ごめんな黒乃。俺に出来る事があるななんだってする。だから、元通りになろう。俺も嫌だ……嫌なんだ。」

「約束……。」

「っ……!?ああ、そうだな……ずっと一緒だ。これからは、これからも、ずっと……。」

 

 俺はギュッと黒乃を抱き寄せるように……と言うよりは、縋るように抱き返した。そうして懇願するようにそう言うと、俺の耳元には黒乃の約束と囁く声が聞こえた。あぁ、そうだよな……黒乃が立場はどうあれ俺と一緒に居てくれるって言ってるんだ。だから、俺も死ぬ気で一緒に居ようとしなきゃだよな……。

 

「……飯にするか?」

「…………。」

 

 しばらく抱き合ったままの俺達だったが、いつまでもこのままってわけにもいかない。時間は有限だ。早く食べ始めなければ次の授業に遅れてしまう。黒乃も首を頷かせ、俺の意見に同意を示した。頂いた黒乃の手料理は、やつれ気味だった俺の胃にたんまりと収まったのは言うまでもない。

 

 

 



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第69話 仲直りの証(裏)

「ねぇ、ちょっと黒乃。」

「姉様、返事はともかく反応をしてくれないだろうか。」

「……いい加減に落ちるわよ、それ。」

(ん……?どわっち、オイラのゆで卵!)

「流石だな姉様、そう来られると私は何も言えん。」

 

 IS学園にやって来た昼休み。俺はたまたま時間の合わせる事の出来た鈴ちゃん&ラウラたんと食堂を訪れていた。何事かと聞かれると、注文したラーメンのトッピングの頂点にあるゆで卵が落下しそうになったのだ。もやしの山の頂点にあるのが悪いと思うが、落ちかけたゆで卵は空中でなんとか箸でキャッチ。

 

 う、うむ……とっさの行動とは言え上手く行くもんだな。特に卵は楕円形をしてる上にツルツルしているというのに。俺が内心で安堵の表情を浮かべていると、何やら鈴ちゃんとラウラたんがジーッと見てくる。な、なんですかその凝視は?こんなのホントにただの偶然で―――

 

「アンタさぁ、最近ボーっとし過ぎじゃない?」

「うむ、授業の時はそうでもないが……それ以外となると少し酷いぞ。」

(そ、そうかなぁ……いつも通りのつもりなんだけど。)

 

 ボーっとしてる……か、冗談とかじゃなくて深刻な顔してるから心配になるレベルなのかも。どうかなぁ……基本的にのんびりしてる方だと思うんだけど。ドジやる比率もそうそう変わっている気はしない。でもそう言われる原因は、まぁ……心当たりがないわけじゃないけど。

 

「もしかして、まだ一夏と仲違い中だったりしないわよね。」

「おい待て鈴、それは本人同士に言わない約束では―――」

「良いじゃんじれったい。こんなにボーっとされると居心地悪いってのよ。で、どうなの?」

(そんな事ありまセーン……。)

「解り易っ!?アンタと付き合い長いけど、こんだけ解り易かった事なんて初よ初!」

 

 皆がそれなりにイッチーと俺の関係修復に専念していたのは知っている。だが、やっぱり上手くいかなくて……。皆が頑張ってくれているのにという申し訳なさから、俺は盛大に顔の方向を逸らした。鈴ちゃんに見事なツッコミを入れられてしまったではないか。

 

「……ったく、そんだけ気まずいってお互い何しでかしたのよ。」

(何って……。……はぁん!思い出すだけで恥ずかしぃよぉー!)

「なっ、ねっ、姉様!?もやしの……もやしの山が倒れてしまいます!」

「これはかなり重症ね……。」

 

 鈴ちゃんが俺達の身に何があったかと聞くものだから、例の事件に関して鮮明にフラッシュバックしてしまう。顔から火が出るような感覚に耐え切れず、俺はテーブルに向って思い切りのいいヘッドバッドをかました。そのせいでテーブルが揺れたのか、ラウラたんは俺のラーメンの心配をしている。……僕のオデコの心配は?

 

(まぁ別にいいけど……。)

「ねぇ、アタシらには相談できないわけ?」

(ダメ、それだけは絶対に出来ない!)

「ふぅん、アタシが言ってもダメならダメね。」

「おい鈴、何故そこで誇らしげになるのか説明してもらおうか。」

 

 もし仮に話せたとしても絶対にヒロインズだけはいかん!さもなくば、俺かイッチー、または双方が酷い目に合うのは目に見えている。俺が首を左右に振ると、鈴ちゃんは腕を組みつつドヤァ……としつつ、それなら仕方ないと大人しく引き下がってくれた。ラウラたんはなんか鈴ちゃんを睨んでる。

 

「……姉様、それでは教師陣に相談してみるのはいかがだろうか?」

(教師……?)

「あー……うん、それもアリかも知れないわね。アタシらなんかより人生経験豊富だろうし。けど黒乃が頼れるっていったら……。」

「近江先生くらいか……。」

 

 仲が良いと言うよりは、教師ならば身近なと表現する方が適当か。山田先生は……こういう言い方はなんだけど、親身にはなってくれそうでも少し頼りない。ちー姉は……そもそも公私混同がどうので、学園内ではまともにとりあってくれなさそうだ。なら身近で頼れると言えば、鷹兄になるわけだな……。

 

「してみる。」

「してみるって、相談?近江先生に?……どうかしらねぇ。」

「提案しておいてなんだが、あの人はどうも―――」

(大丈夫、鷹兄は相談って言ったら真剣に聞いてくれるよ。……きっと、多分、メイビー……。)

「まぁ、黒乃がそう言うんなら止めないけど……。」

「ならば私が適当に捕まえて、事情を説明しておこう。」

 

 なんだかんだ言って鷹兄のおかげでマイエンジェルが助かったってのもあるし、相談してみる価値はあると思う。俺が鷹兄に相談を持ち掛ける決意を固めるが、2人はどうにも渋い顔を見せた。俺が真っ直ぐな瞳で首を頷かせると、2人共納得してくれたみたい。ラウラたんに関しては、相談の場を作るところまで手を貸してくれるとの事だ。

 

 そんな会話があった翌日。早速鷹兄からの呼び出しがあった。ラウラたんが上手く事を運んでくれたのだろう。ただ、呼び出された場所が解せない。生徒会室って、なんでなんだ?あそこにはなるべく近づきたくないんだけどなぁ……フラグ的な意味で。

 

(そうも言ってられないんだけどね……。)

 

 こちらから相談を持ち掛けた以上は、相手に合わせなければ失礼と言うものだ。何とか生徒会室までたどり着いた俺は、出入り口を数回ノック。すると、中からはどうぞ~と非常に緩い声が聞こえてくる。それを合図に、俺はゆっくりと扉を開けた。

 

「やぁ、いらっしゃい。遠いところをわざわざごめんね?なんだか相談があるって聞いて、ここを選ばさせてもらったよ。」

(いえ、どうせ学園内ですし。)

「そうかい?じゃ、とりあえずは適当な席に腰掛けてよ。」

 

 中まで案内されると、とにかく座れと促される。俺が適当な回転椅子に腰かけると、鷹兄は俺の真正面へと座り直した。まぁ、相手と1対1の時の基本だよね。なんだか面接みたいな気分になるが、リラックスするよう自分に言い聞かせ、鷹兄の出方を待った。

 

「悪いけど、事情はいろいろとボーデヴィッヒさんから聞いてるよ。織斑くんと喧嘩中で、それをどうにかしたい……って事で良いんだね?」

(喧嘩って程でもないんだけど、だいたい合ってます。)

「そうかい。う~ん……そうだねぇ。」

 

 俺が喋れないのだから、前情報を得るのは自然な事だ。俺もいちいちそこを気にしたりはしていない。しかし、後に続いた質問には肯定を示す。それはそれで、鷹兄は少し難しそうな顔を浮かべた。これからどうするべきかを思案しているのだろう。まぁ……俺相手には困るよな。

 

「そっかぁ……つまり、仲直りしたくないほど嫌いになったとかそういう事でもないんだね。」

(はい、そもそも俺がイッチー嫌いになるって絶対にありえないですから。)

「じゃあ何かな、キミはどうして織斑くんを避けてるんだい?」

「…………。」

 

 やっぱり鷹兄だって、原因を知らなければどうしようもないだろう。そもそも、ヒロインズには話せないって事なんだもんな。だから鷹兄を頼る事にしたんだ。口に出せるかがどうかがまずは賭けだし、死ぬほど恥ずかしいが……言おう、イッチーを避けてる原因を。

 

「キスされました。」

「……キス?マウス・トゥ・マウス?」

(こ、こんな時に魚の話したって仕方ないでしょ。)

 

 俺が率直にキスしたと言えば、鷹兄は細かった目をパチクリと開きながら聞き返してきた。それを肯定した後は、超レアな鷹兄劇場が繰り広げられる。鷹兄は頭を掻いてみたり、う~んと唸ってみたりといつもの様子ではない。ようやく纏まったのか、鷹兄はまずこんな提案を出す。

 

「ここから先いろいろ質問するけど、肯定なら頷く、否定なら首を左右に、解らないなら首を傾げて、答えられないなら微動だにしないでね。……良いかい?」

(うん、了解。)

「ん、ありがとう。それじゃあまず……彼にキスされて嫌だったかい?それとも嬉しかった?」

(い、いや……正直そこが1番解らなくて……。)

 

 鷹兄の質問1発目は、早速首を傾げる事になった。本当に、そこが全然解らない。もっと言えば、嫌ではなかった……けれど、なんとなくイラッときたのもある。だからこその解らない、だ。出鼻でも挫かれたのか、鷹兄はまたしても考え込んでから口を開いた。

 

「じゃあ嫌ではなかったと受け取らせてもらうとして、距離を置くのは怒っているから?」

(ううん、怒ってはないよ。やっぱり気まずいんだよね……。)

「なるほどね、じゃあ単純に気まずいわけだ。つまり、キミは別に織斑くんとキスするような関係ではないと思ってるんだね?」

(そう、それそれ!)

 

 俺とイッチーが恋人同士なら別に、その……やぶさかじゃないんだけど。そんな告白もされてない相手からキスされたって……ねぇ?あ、その、だからと言って、別に告白してほしいとか、告白待ちとか全然そんな事はないんだけどね?ほら、あくまで例えばの話だから……。

 

「織斑くんがキミにどうしてキスしたかは理解できるかい?」

(いえ、そこは全く……。)

「ああ、そう……キミもなかなか大概だね。ふぅむ……キスする相手とは思ってない織斑くんからキスされて、その理由が解らない……かぁ。なるほど、それは気まずくはなるねぇ。」

 

 む、今何だかそこはかとなく馬鹿にされた気がするぞ。なかなか大概って、どっかの誰かと比較したな?まぁそれは置いておくとして、鷹兄が現状把握してくれたかどうかに賭けるしかない。最後の呟きで、なんとなく察してくれた感はある気がするが。

 

「もう1度聞くけど、仲直りしたいんだよね?」

(はい、したいです!)

「じゃあこっちも同じくもう1度。キミは別に怒ってるんじゃないんだね?」

(はい、怒ってはないです。)

「うん……じゃあこんな事しか言ってあげられないんだけど、キミも織斑くんも忘れて無かった事にするしかないんじゃない?」

 

 無かった事に……。それは確かに良い手だったりするのかも知れない。今までキスした事すら言えなかったからか、そんな簡単な事にも気が付けなかった。というか、そうじゃん……わざわざイッチーから逃げなくても、知らん顔してれば良かった話かも……。だけど―――

 

「きっかけ。」

「……そっか、散々逃げ回ったから今更ってのもあるんだね。きっかけねぇ、確かにそれは大事だよね。」

(う゛……そうか、俺から歩み寄らなきゃなんなくなったのか……。)

「そうだ、こういうのはどうだい?キミは聞いた話によると、家事が一通り出来るんだよね?それなら、彼に手料理でも食べさせてあげなよ。真心込めて作った料理を食べてもらったら、仲直りしたいって気持ちは伝わるんじゃないかな。」

(うん……うん、それも良い手なのかも!イッチーは俺の料理が好きだって言ってくれたし、沢山好物を作ってあげたら……。)

「お、肯定してくれるのなら、お役に立てたって事かな。」

 

 誰が怒っていたり許せない相手に対して、お弁当をわざわざ作って渡したりする?流石のイッチーでも怒ってないって思ってくれるはずだよ。良かった……料理得意でよかった!乙女スキル万歳!そうと決まれば、早速明日のお昼にでも……って、そもそも会うのが気まずいイッチーをどう誘えば……?

 

「話は聞かせてもらったわ!この生徒会長が協力しようじゃないの。」

「おや、お帰り更識さん。特訓はもういいの?」

「ええ、近江先生が相談に乗ってるって聞いて飛んで来たわ。ところで黒乃ちゃん、織斑くんの誘導は任せてちょうだい。私は人払いとかも得意よ~?」

「更識さんの協力が得られるのは大きいね。じゃあ……こうしようか。」

 

 乱暴に扉が開くと、そこには生徒会室の主が。有り難い事に、俺に力を貸してくれるそうなのだ。問題であったイッチーの誘導もこれで解決。話の流れを纏めるように、鷹兄がこう提案する。イッチーにも仲直りに協力すると明日の放課後にでも告げ、その更に翌日の昼休みにイッチーを屋上へ呼び出す。

 

 イッチーを屋上へ呼び出す日には、俺が朝の内から用意しておいた弁当を渡すと……大体そんな感じ。ハプニングさえなければ、ほぼ100%くらい上手く行きそうだな。俺が怒ってないと伝えられればそれで丸く収まるんだし。ぬぐっ、きっかけはイッチーが作ったが……こじらせたのはやっぱり俺か……。

 

 そうして時間は過ぎて、作戦決行の日へ。朝早く起きた俺は、調理室を借りてお弁当作りに励んでいた。イッチーの分だけじゃなくて俺のも必要な事を思い出し、慌てて起きたんだけどね……。しかし、なんだろうか……普段は起きるのが億劫なはずなのに、今日はなんだか―――

 

(……えへへっ。)

 

 少し気分が弾む。なんだか料理が楽しくって仕方ない。……なんでだろ?たかだかイッチーに食べてもらうだけなのに、なんでだろ。むふっ、でも……やっぱり楽しい。表情筋が動けば、だらしない面が出来上がりそうなほどに。えへっ、えへへへへ……なんだろう、なんなんだろう……この感情は。

 

 ……なんだか、最近はこうして楽しいって思う事すら少なかった気がする。皆もなんとなく気を遣って、盛り上がりもわざとらしかった感じだし。そして何より、イッチーと一緒に居られなかったから……かな。……なんだろうか、今度は心臓がズキズキ痛むような気がする。

 

(浮き沈み激しい……情緒不安定かな?)

 

 いや、あながち間違っていないのかも。……イッチーが隣に居てくれないと、調子……狂う。……だからこそ、さっさと仲直りしろって話ですよね。よしっ、鷹兄の言う通りに真心こめて頑張ろう!そうやって気合を入れ直し、弁当を作った結果―――

 

(張り切り過ぎた……。)

 

 当初の予定をオーバーした量の品数が出来上がってしまった。用意した弁当箱には確実に収まりきらないや……。確か部屋にピクニック用とかのがあったはず。急いで自室と調理室とを往復して大き目の弁当箱に料理を詰めていくと、ちょうどピッタリ収まった感じだ。

 

(うん、結果オーライ。後は、昼休みを待つばかりかな。)

 

 痛みそうなものはないし、時間が来るまでは自室に放置しておけばいいだろう。なんかまた戻るのが凄まじく効率悪いんだけどね……。いくら効率が悪かろうと、調子に乗ったのがそもそもの始まりだから何とも言えない。自室に再度戻って時間を確認してみると、いつも起きる時間を少し過ぎているじゃないか。

 

(おっと、朝ご飯を食べる時間がなくなるな……。少し急がないと。)

 

 ホントはしれっといつもの時間に食堂へいるつもりだったんだけど、なんだかんだでギリギリだ。かと言って遅刻しそうかと聞かれればそうでもない。慌てず騒がず、いつもの調子を意識するかのように振る舞った。そうして時間は過ぎ去り、昼休みがやってきた。

 

『屋上の人払いは万全だし、織斑くんも呼び出しておいたわ。後は頑張って!』

 

 とのメールを受け取り、急いで弁当箱を回収して今は屋上の出入り口の前だ。たっちゃんには感謝しかないな……。恩に報いるとするのなら、意地でもイッチーと仲直りしてみせるしかないだろう。落ち着けよ、深呼吸して……よし、行くぜ!

 

「……おかしいな。……何か仕掛けられているふうでもないし。」

(や、やぁイッチー……。)

「うん?なぁっ!?くっ、く、く、く黒乃!?」

 

 イッチーも今着いたばかりなのか、何か不吉な事を呟きながら前方180度を見渡していた。あまり驚かせてはいけないと思って肩を指でちょんちょんと突いたのだが、効果は薄かったようだ。そもそもイッチーは俺がここに居ること自体が驚きみたいで、ズザザッと距離を取ってみせる。

 

「黒乃!その、夏休みの事だけど―――」

(ああ、もうそういうのお互いに言いっこなしだから……ね?)

「う、五月蠅いとか……それとも黙れとか言いたいのか……?」

(な、なんでそうなるの……そんな酷い事は言わないよ。)

 

 距離を取ってから数拍間が空くと、イッチーが意を決したかのように顔を上げた。夏休みと出た時点で弁明を図ろうとしているのが丸解りだが、今日はそういうのを全てリセットしにきたのだから続きは言わせない。俺が唇に人差し指を当てると、なんだかイッチーは恐縮した様子で言葉を止めた。

 

(まぁとにかく座って座って。)

「く、黒乃……?ここに座れって、いったい何を……。」

(ジャーン、これなーんだ?)

「……それ、弁当か!?」

 

 やっぱり俺が怒っている体でイッチーは話を進める気らしい。弁当を作っておいて良かったな……。これで怒ってないってのは伝わってくれるはずだ。とにかくイッチーをその場に座らせ、背後に隠すように置いておいた弁当箱を取り出した。するとイッチーは、目玉を大きく見開いて驚きを隠せない様子になる。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ黒乃!俺は黒乃に……その、いきなりキ、キスして―――」

「もう良い。」

「へ……?」

「仲直り。」

 

 むっ、言葉は出たけどもう良いってのは少し言い方が悪い気もする。うん、とにかくもうイッチーが思いつめる事ないんだよ。とりあえずあの件はお互い水に流そうよ。俺はそんな気が満々なんだけど、どうにもイッチーは表情が渋い。納得できるかよって顔してるなぁ。

 

「そんな……だって、黒乃は何も悪くない!俺がどうにか謝ってれば済む話だったんだから、黒乃がそんな―――」

「……嫌だよ。」

「く、黒乃……!?」

「もう、今みたいなのは……嫌。」

 

 自分を責めるかのようなイッチーの姿勢に、なんだか胸中にモヤッとした感情が溢れてきた。気づけば私は膝立ちの状態になって、イッチーへと抱き着いているではないか。あぁ……本当に、ずっとこのままだなんて嫌だよ。納得なんかしなくたって良いじゃん。元通りの関係に戻れるのなら、私はそれで良い。

 

 だって、イッチーが居ないとダメだもん。学校生活が全然楽しくない……。もう……良いよ、お願いだから隣に居て。私の隣で笑っていて……。自分から避けておいてなんだけど、キミの隣に居られるんだったらなんだって良い。お願い……お願いだから―――

 

「……ありがとう黒乃。そんでもって、ごめんな黒乃。俺に出来る事があるななんだってする。だから、元通りになろう。俺も嫌だ……嫌なんだ。」

「約束……。」

「っ……!?ああ、そうだな……ずっと一緒だ。これからは、これからも、ずっと……。」

 

 あはっ、嬉しいな……イッチーも嫌だって言ってくれた。私が隣に居ないとダメだって思ってくれた。そうだよね、ずっと一緒に居たんだもんね……今更離れられるもんか。だから約束、今度はお互いちゃんと守ろう?ずっと一緒、私が居なくなったって、ずっとずっと……。フフッ、我ながら盛大に矛盾してるけど。

 

「……飯にするか?」

(うん、そうしよっか。あのね、イッチーの好物いっぱい作って来たんだよ!)

 

 しばらく互いに抱き合ったままだったけど、なんだか照れくさそうにイッチーは私を離した。そうしてご飯にしようとの提案に、私はすぐさま食らいついた。イッチーの為にイッチーが好きな物を沢山作ってきたわけだし、美味しく味わってもらいたいじゃん?私は何処か誇らしげに、お弁当箱の蓋をパカリと開いた。

 

 

 



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第70話 開催・学園祭

(なぁんでこうなるかな……。)

「1年1組の教室にてご奉仕喫茶やってま~す。こんな感じのメイドさんや、素敵な執事がお出迎えしますよ~。」

 

 時は流れて学園祭本番、俺はメイド服を身に纏い学園内を歩き回っていた。傍らではのほほんちゃんがそう檄を飛ばし、俺は1組の場所など詳細の描かれたプラカードを掲げている。まぁつまり、宣伝の為という事だ。こうなった経緯には、大いにのほほんちゃんは関係しているんだけどね……。

 

 1組が何を出店するかの話し合いをした日の事だ。ラウラたんの提案によりご奉仕喫茶……もといメイド服を着たモッピー達&燕尾服のイッチーが接客をするって流れになった。だけれど、学園内でもトップクラスの美人である俺がメイド服を着ないと勿体ないとかのほほんちゃんが言い出したんだよねぇ。

 

 でもまず喋れないのに接客は論外だ。すぐにそんな話になったんだけど、じゃあ広告塔になって学園内を練り歩こう、喋る役は私がとのほほんちゃんは食い下がる。広告塔なのに表情が硬いのはどうなのかと言う話も上がった。しかし、それを無にしたのが鷹兄の発明品である。

 

「あ、あの……写真とか大丈夫ですか?」

「はいは~い、どうぞどうぞ~。ご奉仕喫茶もよろしくお願いしますね~」

「ありがとうございます!いやぁ、お2人共笑顔が素敵ですねぇ。」

 

 そう、今の俺は笑顔なのだ。その理由は、文字通り笑顔の仮面を被っているから。これぞ鷹兄の発明品で、名前はそのままスマイリーマスクだか何だか言ってた。俺の顔をフェイスキャプチャしてそれを仮面にプリントしただけらしいんだけど、流石の鷹兄と言うか……ホントに俺が笑ってるようにしか見えないんだよね。

 

 俺達に写真撮影を求めて来た男性も、何の疑いもなく俺が笑顔でいると認識したらしい。メイド服姿の美少女2人を写真に収めて満足気に去って行った。自分で言うなって?五月蠅いな、こうなったらもうヤケクソだよ。可愛いに決まってんだろ、黒髪ロングにメイド服とかド定番じゃないか。

 

「う~ん、写真撮るのとかをご奉仕喫茶の整理券と交換制に~―――」

「やりすぎ。」

「あはは、だよね~。冗談冗談~。」

 

 のほほんちゃんが可愛い顔してあくどい事を言いよる。まぁ、確かに写真を求められるのも今ので数回目だもんな。あの人達が俺達の写真を撮って満足してしまったら何の世話もない。……やはりのほほんちゃんの言い分にも一理あるな。まぁ……そう教室で頑張ってる皆を忙しくさせるのも忍びないのもあるよね。

 

 見世物な感じがして乗り気にはなれないが、メイド服姿ののほほんちゃんと一緒に頑張ろう。とは言っても、俺は偽りの笑顔でプラカード持ってるだけなんすけどね。……なんだろうか、途端に罪悪感が凄まじいぞ。せめて作り笑顔とか言っといた方が表現がソフトかな……?

 

「じゃあくろっち、今度は正面入り口の方へ行ってみよ~!」

(はいよ、のほほんちゃん。宣伝よろしく。)

「1組教室でご奉仕喫茶やってま~す!」

 

 1人思案していると、のほほんちゃんが目を輝かせながらそう言ってきた。なんでこの子がそんなやる気なのか知らないが、とにかく俺に拒否権はないんでね。のほほんちゃんのスローペースな歩みに合わせ、プラカードを見やすいように掲げる。すると、明るく癒されるような声が良く響いた。

 

 

 

 

 

 

「やって来たぜ、IS学園!」

(ねぇお兄、なんで数馬さん居るの?)

(すげぇストレートに言うなぁ我が妹よ。本人は黒乃に誘われたって狂喜乱舞してたぜ。)

 

 学園祭の入場ゲート付近では、数馬がドン!と効果音でも着きそうな感じでそう言った。その少し後ろに控える五反田兄妹は、早くもツレである事を悟られたくないかのような表情を浮かべている。特に蘭なんかは……。数馬が黒乃黒乃と日頃から五月蠅いせいだろう。

 

 ちなみにIS学園の学園祭だが、招待制度を設けている。生徒1人につき1人用の招待券が配布され、それを招待したい誰かにメール等々で送付するシステムだ。今回の場合、弾は一夏、蘭は鈴、数馬は黒乃から招待されてこの場に居るらしい。数馬が五月蠅い原因でもある。

 

(……お姉ってば、別に無理して誘わなくても良いのにね。)

(マジで数馬に冷たいな。アイツだって根は悪い奴じゃないんだぞ。)

(それは解ってるけど……。)

「どうしたどうしたお2人さん!せっかくの学園祭なんだからテンション上げていこうぜ!」

 

 お互い顔も近づけずに内密な会話が成立するあたり、流石は兄妹である。黒乃に誘われたとあってテンションが割り増しなのもあるが、数馬は自分が話題に挙がっているとは露ほど思わない。知らない方が幸せな事がこの世には沢山あるというものだ。

 

「テンション上げんのと興奮すんのはちげぇんだよ。少し落ち着け単なる馬鹿。」

「なぬっ!?だったらいつもは弾含めて複数の馬鹿だバーカ!」

「あの、早く並ばない?」

「おう、そうだな。行くぞ数馬(バカ)。」

「この野郎ぜってー数馬って書いて馬鹿って読みやがりましたよ。」

 

 人のふり見てわが身を治せと言うが、弾からして数馬は良い薬である。数馬が居なければ綺麗どころの多いIS学園女生徒を前にして、顔がだらしなくなってしまっていた可能性も十分に考えられる。とにかく、冷静な様子を保って入場の整理をしている列に入った。

 

「だーかーらー!アタシは顔パス……ってか、話が千冬に通ってるつってんじゃん!」

「先生先生、喧嘩腰はダメですよぉ。」

「ん……なんだ?」

「揉め事……みたいだけど。」

「見るからにイチャモンだよなー。」

 

 3人が世間話をしつつ列が減るのを待っていると、1つ前に並んでいる人物の大声が響いた。叫んだのは、まだらに染まった金髪とスカジャンが特徴的な女性だ。傍らには小学生程の女の子を連れている。一方の入場整理をしているのは、本音の姉である虚なようだ。

 

「そう言われましても、招待状がない事にはお通しできませんので。」

「あのさ、無限ループって怖くね?だから、この招待券はチビの方の。アタシは千冬から通って良いっつわれてんの?解る?」

「ええ、解ります。ですからこちらの女の子は通します。ですが貴女は通せません。」

「解ってねぇじゃん!何回も説明した……っつーか今通って良いって言われてるって言ったじゃん!」

 

 決まり事は決まり事である。そう譲らない虚は金髪の女性の宣言をピシャリとシャットアウトした。あまりにも融通の利かない様子に、女性はぐぬぬと困った表情しか出てこない。そんなやり取りを見ている弾達は、面倒な列に並んでしまったと悟る。

 

「あの女の人、千冬さんの知り合い?」

「あんな凶暴っぽい人、俺は知らねぇけど……。」

「……真偽はどうあれ、千冬さんの知り合いならいくらでもやりようはあるわな。」

「あ、ちょっとお兄!?」

「ちょっと良いすか?」

「あ゛あ゛!?悪いけど、文句ならこっちの石頭に―――」

「千冬さんに連絡とって、直接説明して貰えばいいと思いますけど。」

 

 千冬の知り合いなら自分達も知っている可能性が大きい為に、あんな人は見た事ないと蘭や数馬は怪訝な表情を浮かべた。もし本当ならばと、弾は果敢にも金髪の女性に近づいていく。案の定話しかけた時点で凄まじく睨まれるが、指摘された内容を聞くと大人しくなる。そうして黙って携帯を操作すると、それを虚へ投げ渡す。

 

「ほらよ。」

「……お電話変わりました。……ええ、はい……了解しました。織斑先生の確認が取れましたので、貴女の入場も認めます。」

「はぁ……たく、やっとか……。行くよ、おチビ。」

「あ、はい!」

 

 電話を受け取った虚は、どうやら千冬に事情を説明してもらっているらしい。しばらくして虚が金髪の女性に携帯を返すと、それと同時に通ってよいとのお達しが。非常に疲れた顔になった女性は、少女と共にゲートの奥へと消えていく。そんな姿を眺めて、弾と虚は溜息を吐いた。

 

「「はぁ……。」」

「……あの、助かりました。ありがとうございます。私はどうも柔軟な対応が苦手でして。」

「い、いえ!その……全然そんなことは。偶然俺……というか、俺らも千冬さんと知り合いなんで。」

「そうなのですか。では、入場券を拝見いたします。お連れの2人もどうぞ。」

 

 同時に溜息を吐いたのが恥ずかしかったのか、2人はなんとなく照れ笑いを浮かべた。そうして、虚が感謝の言葉を述べると、弾は顔を真っ赤にしながら大したことではないと返す。理想的な委員長タイプである虚に感謝され、どうにも照れを隠せないのだろう。

 

「……はい、お3方とも大丈夫ですね。どうぞお通り下さい。」

「どもっす。よっしゃ、1番乗りぃ!」

「走ると危ないですよー……数馬さん。何やってるのお兄、早く行こう。」

「あ、あぁ……悪りぃ、今行く。あ、あの……それじゃ。」

「はい、本当にありがとうございました。」

 

 3人の入場券を虚が確認し終えると、数馬はまるで子供のように駆け出してしまう。その背をやれやれとでも言いたげに蘭が追い始めると、弾が着いてこないのに気が付く。早い話で虚にひと目惚れしてしまった弾は、その場を離れるのが名残惜しいのだ。弾が別れの挨拶を述べると、虚はそれに柔らかい笑みで応える。

 

「ねぇ、そこのアンタ。」

「あ、さっきの……。」

「いやぁマジ助かった。アタシはまぁさっき見ての通り頭に血ぃ昇りやすくってさ。」

「恥ずかしいところを見せちゃいましたね!」

「それはアタシが自分で言うから良いんだよ!アンタは毎回毎回……ひと言多いんだっての!」

「うぅ~!?いふぁい、しぇんしぇいいふぁいれす!」

 

 3人が入場口を少し過ぎるとしばらく、弾が先ほどの女性に話しかけられた。問答を繰り返すばかりの状況で、あのアドバイスで解決したから礼が言いたいようだ。女性が素直に感謝の意を述べていると、傍らの少女が口を挟む。どうやら1回や2回ではないようで、少女は女性に思い切り頬を抓られる。

 

「あ~ところで、アンタら千冬の知り合いなんでしょ?とりあえず自己紹介な。アタシは対馬 昴ってんだ。ゼミナール的な施設でISについて教えてんの。で、こっちのチビは教え子その1。」

「松野 朝日です!よろしくお願いします。」

 

 なんとという程でもないが、金髪の女性の正体は黒乃の恩師である昴その人。少女の方は朝日と名乗った。夏休みに一夏と黒乃が訪れた際、初めに遭遇した少女だ。自己紹介を聞くと、弾達もそれぞれ名乗った。同時に、黒乃の友人である事を伝える。

 

「なるほどね、黒乃と一夏のダチか。そんで千冬と繋がりがあるわけだ。」

「昴さんもお姉達に会いに来たんですか?」

「まぁそれもあるが、メインはこの子の為って感じかね。遊びに来たってよりは勉強に来たってところ。」

「さっきゼミナールっつってましたもんね。朝日ちゃんは、見学しに来たんだな。」

「はい、夕菜ちゃんと沙夜ちゃんのぶんもです!」

 

 昴はどうにか自分が教えている少女3人を見学させられないかと千冬に交渉を持ち掛けたのだが、流石に全員というのは却下されてしまった。確保できたのは1枠のみで、昴は特別措置で招待状はない。3人の少女は公正なるじゃんけんの結果、朝日が着いてくると言う結果に。ちなみにだが、夕菜と呼ばれた少女がのんびりとした子で、沙夜と呼ばれた方がクールな少女の事を指す。

 

「アタシ的には夕菜か沙夜が良かったんだけどね……。」

「酷い!?シンプルに酷いです先生!」

「朝日、アンタは日頃の迷子癖を思い出してみな……。良い!?物珍しいからって、絶対うろちょろしない事!」

「はい、先生!」

「アハハ、先生と生徒ってより……姉妹か何かみたいですね。」

「ん~……もうアタシはんな年でもねぇんだけどな。」

「そうですね、もういわゆる曲がり角……アイタタタタ!こめかみは勘弁してください先生~!」

 

 非常に仲の良いでろう昴と朝日のやり取りを見て、なんとなく弾はそう告げた。昴はなんとなく照れながら姉という程の年は過ぎてしまったと言う。そう、自分で言うには良いのだ。朝日は凄まじく余計な事を口走り、昴の拳でこめかみを思い切りグリグリと攻撃された。

 

「あ、あの昴さんもそのくらいにして……。」

「そ、そうっす!アレっす、黒乃か一夏の様子見に行こうって話になってんで、まずは一緒にどうっすか?」

「そういう事なら、お言葉に甘えようかしら。朝日、蘭と数馬に感謝しな。」

「は、はいぃ……。」

 

 蘭と数馬が話を逸らしにかかると、案外あっさりと朝日は解放された。とりあえずは、友人同士の顔見せに同行する流れとなったようだ。しかし、かと言って朝日の発言がチャラになったかと聞かれればそうでもない。昴の目がそう言っている……。

 

「よっしゃ、じゃあまずは1組の教室にでも―――うん?」

「どうかしたのお兄?」

「いんや、なんかすげぇ人だかりがあんぞ。」

「おっ、もしかして黒乃か!?メイド服でそこらへん歩いてるって一夏が言ってたぞ!」

「だからってあの人だかりは―――」

「いや、輪の中心は黒乃で間違いねぇ。オメェら、あのエンブレムに見覚えは?」

 

 1組に向かおうと宣言しようとしていた弾の目線に、ワイワイガヤガヤと騒ぐ連中が目に入った。どうにも集団で誰かを取り囲んでいるようにも見える。人だかりと聞いて黒乃かもと閃いた様子の数馬だが、その発想はあながち間違いではない。しかし、悪い方の意味でだが。

 

 その集団は、一様にして同じ柄のTシャツへ袖を通している。下地は黒色で、背中に白色でこんなデザインが描かれていた。山のように積み重なった無数のしゃれこうべに、大小さまざまな長さの7本の刀が突き刺さっている。その内の3本を足場にするように、3本足の烏が雄々しく翼を広げたあのエンブレム―――

 

「小烏党……ですよね。」

「なぬ、黒乃を崇めてるとかいう連中か!?じゃあ、なんであんな人数で大挙してんだ……?」

「あ~……どっかシステムに穴が……。もしくは純粋に生徒の身内かだが―――」

「野郎共、考えてる暇はねぇ!あれはほっとくと暴徒化しちまう!その前に黒乃をどうにか連れ出すぞ!」

「「お、押忍!」」

「蘭と朝日はそこに居な!いや……もっと離れてろ!」

「は、はい……。朝日ちゃん、こっち!」

「先生、無茶はしないでくださいね!」

 

 そう、黒乃を女尊男卑をひっくり返すであろう女神とし崇める集団……小烏党が団結の証として着ているTシャツだった。割と危険思想の持ち主達だが、その活動はネット内に収まっていたはず。排女尊男卑団体がどうして堂々とIS学園に入れたかなど疑問は尽きないが、昴の怒号の通りにそんな事を気にしている暇はない。

 

 それこそ排女尊男卑団体が崇める対象である黒乃と遭遇しエキサイティングしているとなると、IS学園内で何をしでかすか解ったものではない。昴の号令に従い、弾と数馬は黒乃救出の為に人だかりへと向かっていった。蘭と朝日の安全を確保し次第、昴も行動を開始。久々に腕が鳴ると1人異様に気合が入っているようにも見える。

 

 

 

 

 

「黒乃様!我らが女神!」

「あぁ……ようやく会えた……会えたんだ!」

(……なにこれ?)

「あの~!そういうのは困りますから~!」

 

 うん、ホントにアレだよ……なんだこれ?何だこの状況?のほほほんちゃんと一緒に正面ゲート付近に来たらこれだ。なんか同じTシャツを着た男達に囲まれて黒乃様とか女神様とか言われてる。……俺のファン?にしてはなんか目がギラギラしてるっていうか。その揃いのTシャツはなんなんすかね?サークルか何か?

 

 というかもう……同時に騒ぐもんでほとんど何言ってるか聴き取れんわ!マジで何さ、ホントに意味が解らんよ!ええい……超絶美少女の俺様がメイド服着てて興奮するのは解るけど、そんな取り囲むことはないと思います!何が申し訳ないって、なんとか騒ぎを抑えようとしてくれてるのほほんちゃんに申し訳ねぇ!

 

「うぉら、そこのけモヤシ共ぉ!」

「黒乃、俺らが解るか?!今助け―――っておい数馬、もうちょい気張れよ!」

「ば、馬鹿野郎……これでも精一杯やってんだよ!クソッタレ……おいお前ら、その子は俺の天使なんだかんな!」

「くろっちのお友達~?」

(み、皆ぁ……!)

 

 姿は見えないけど声で解る……昴姐さん!弾くん!カズくん!あぁ……申し訳なさが3倍になったけど、純粋に嬉しい。どうやら、俺を助け出そうとしてくれているみたいだ。これは、泣ける。それはもう、泣けたのなら滝のように涙を流していた自信がある。うぇぇぇぇ……皆ぁ、ありがとぉ……!

 

(でもとりあえずは、巻き込まれてるのほほんちゃんを先に……。)

「くろっち?いや~私の事は後回しでも―――」

「ん……?おっ、キタコレ!?弾、弾!手ぇ掴んだぞ!」

「でかした数馬!よっしゃ、引っ張れぇぇぇぇ!……ってどなた!?」

「あ、どもども~。私はくろっちと同じクラスの―――」

 

 誰が最も不憫かって、間違いなくのほほんちゃんだろう。俺は後ろからのほほんちゃんの腕を掴むと、多少強引にでも人込みの中へ突っ込ませる。すると、思惑通りにそれに気づいてくれた。弾くんとカズくんがその手を思い切り引っ張ると、のほほんちゃんは脱出成功だ。呑気に自己紹介してるっぽいから大丈夫だろ。

 

「我らが女神に近づくな、下賤な輩め!」

「黒乃様だけは絶対に死守するんだ!」

「クソ野郎が、いっちょまえにチームワークは良いでやがんの……!」

 

 あ~も~……女神とかそんなん勘弁してくれません?そういうのカズくんだけでお腹いっぱいなんすわ。怖いわ~……熱狂的なファンって怖いわ~。……そうも言ってられないかぁ?俺のファン(仮)達は、文字通り人垣に。正面から迫る昴姐さん達を完全シャットアウトした。

 

(あ、でもこれ後方のガードが甘くなってるな。しめしめ……このまましれっと―――)

(静かにな……。)

(ひっ……つ、ついに手を出してきた……!?い、嫌だ……イッチー以外の奴にそうベタベタ触られたく―――)

(落ち着け黒乃、俺だ。)

 

 ファン(仮)は昴姐さんに気を取られている。今のうちに気配を消し、ゆっくり後ずさりをして距離を取ろうとしていた……その時だ。何者かに口を塞がれ、拘束されるような状態になってしまう。恐怖心から暴れようとすると、俺の耳元には聞きなれた声が。……って、あひぃ!?耳……耳はダメぇ……!

 

 お、俺の背後に居るのがイッチーだからなおさらだよ……。もしかして、騒ぎを聞きつけて助けに来てくれたのかな?だとしたら、嬉しいな……誰よりも、嬉しい。いや、そんな事を考えている暇はない。今はイッチーの指示通りに動かなくては。耳は……我慢しないとね。

 

(合図したら一気に走るぞ。大丈夫、俺と黒乃には追いつけない。……良いな?)

(おk把握。)

「そんじゃ……逃げるぞ黒乃!」

「お……良いぞ一夏!そのまま愛の逃避行と洒落こんじまいな!」

「畜生おおおおっ!結局お前が良いところ持っていきやがってーっ!」

「ま、何はともあれ……黒乃が無事で良かったじゃねぇか。」

 

 イッチーは俺の手を固く握りしめて走り出し、必死に足を動かして着いて行く。というか3人共、ホントにごめんね!そんでもってありがとー!見えているかどうかは解らないけど、俺は昴姐さん達に向かって必死に手を振った。今度埋め合わせを考えないとなぁ……。ともあれ、今は落ち着ける場所まで走ろう!

 

 

 




黒乃→熱狂的なファンってマジ怖い……。
小烏党→我らが女神、黒乃様!

ある意味では超絶熱狂的ファンなんですけどね。


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第71話 決意と願い

「はぁ……はぁ……。ここまで来れば大丈夫だろ……。」

(そ、そだね……。)

 

 2人して必死に走った俺達は、肩を上下させながらようやく止まった。今日は一般開放されているが、多少なりと関係者以外の立ち入りを禁じている場所がある。今俺達が居るのは、その中の1つ。ここなら一般人に見つかる事もそうそうないだろう。追って来ているかどうかは不明だけどね……。それにしても―――

 

「どうして。」

「どうしてって、なんで俺があそこに居たかって事か?単なる偶然なんだけどな。他の皆が言い争ってるうちに抜け出してきて、黒乃を見つけたらなんか大変ってのが一目瞭然だったからさ。」

(偶然……。偶然でも、俺のピンチに駆けつけてくれるって……。)

 

 この狙ったかのようなタイミング。これこそがこの男の怖いところだ。俺の大変なところにサラッと駆けつけては、何の憂いもなく助け出してくれる。あぁ……もう、何さそれは……そんなの、嬉しいに決まってるじゃん。だってそんな、まるでイッチーが―――

 

(所謂、白馬の王子様みたいな―――)

「く、黒乃……?あ、あぁ……そうだよな、怖かったよな。もう大丈夫だぞ、その……俺が付いてる。」

(……違うんだけどなぁ。まぁ良いか、そういう事にしといたげるよ。)

 

 何度も言う、嬉しいに決まってる。思えばイッチーは、ずっと王子様だったのかも知れないね。今までは、駆けつけてくれる事が当たり前すぎて……特別な事だとは思えなかった。けれど、来てほしい時に来てくれた。だから、すごく嬉しいのかも。

 

 溢れる想いを抑え切る事が出来ず、私はイッチーに抱き着いていた。私が怖かったと言いたいと解釈したのか、イッチーは抱き返してくる。理由は違う。けど、抱き返してくれた。温いなぁ……イッチーの腕の中は。今日のは特に心地良い。まるで陽だまりの中のような……そんな感じ。……ん?そう言えばだけど―――

 

「皆は。」

「うん……?なんかさ、誰が俺と休憩するかみたいな話になってな。……だから抜けて来た。」

(え、なんでそんな……?)

「俺は、黒乃以外の女の子と2人きりになるつもりなんてない。」

 

 う、あ、え、えぇ……?その……ど、どう反応するのが正解なのかな。いや、嬉しくないわけじゃないよ?ただ、ほら……そんな真剣な顔で言われても困るっていうか……。ああ、けど!困るって言っても迷惑って意味の困るって事でも……。あ、頭……恥ずかしくて破裂しちゃう……!

 

「だから、できれば……だけど、黒乃と2人で過ごしたい……良いか?」

(そんな急に不安いっぱいな表情で言わんといてよ……!)

 

 イッチーは何か、私に断られるのが怖いとでも言いたげな表情を浮かべて同意を求めて来た。断るつもりなんて毛頭なかったが、そんな表情されるとまずます構いたくなってしまう。私はイッチーの問いかけに対し、間髪入れずに首を縦に振った。

 

「本当か!?じゃあ―――いや、その前に。」

(その前に?)

「それ、外しといてくれ。」

(それって、仮面の事?一応は笑顔だからこっちのが―――)

「文字通り貼り付けた笑顔なんていらないさ。それだったら俺は、いつもの黒乃の方が良いな。」

 

 私が肯定を示すと、イッチーはどうにも嬉しそうな表情を見せた。しかし、次の瞬間には真剣な表情へ様変わり。何をそんなにと思ったが、どうやら笑顔の仮面が気に入らないらしい。イッチー達に形だけでも笑顔を見せられたと思っていただけに、なんだか複雑な気分だ。

 

 しかし、そんな気分も吹き飛ばしてしまう言葉をイッチーが放つ。貼り付けた笑顔よりも、普段の私のが良い。そう言われてしまえば、もはやこんな仮面をつけている理由なんてない。私はすぐさま仮面を外して、いつもの無表情を晒す。これもこれで仮面か……鉄仮面っていう名の。

 

「うん、やっぱ全然そっちのが良い……。」

(アハッ、ちょっと止めてよイッチー……くすぐったいってば。)

 

 私が素顔を晒すや否や、イッチーはすかさず頬を撫でにかかった。えへへ、なんだか今日はイッチーとじゃれ合うのが楽しいや。しばらくスルー続きだった反動かな?うん、やっぱり仲直りできてよかった。イッチーとのこうした毎日が、ずっとずっと続けば良い。明日も明後日も、ずっとずっと……。

 

「……そろそろ行くか?あ、でも―――」

(どったんイッチー?)

「いやな、冷静に考えてみると……弾達に大変な思いさせといて、俺達だけ楽しむのもなんか忍びないような気がしてきて。」

(なるほど、一理あるね……。)

 

 イッチーはそもそも私を休憩に誘いに来たわけだが、成り行き上あの騒動を弾くん達に押し付けたようなものだ。今頃事態も収拾して、学園祭を楽しんでいてくれたら御の字だけど……そうでなければ本当に忍びない。だとすると、何か良い手はないかな。

 

(あ、そうだ!文字通り休憩にすれば良いんだよ。)

「黒乃、ベンチがどうかしたのか?……座れって事で大丈夫なんだよな。」

(今の私はメイドさんだからね。特別にご奉仕してあげますとも。)

「どわっ!?く、黒乃……これって。」

(私の膝にどうぞ、旦那様♪)

 

 この学園は無駄にと言って良いほどにベンチが多い。現在の立ち入り禁止区画にもほらご覧の通り、大きめな白いベンチが鎮座している。そんなベンチに2人して腰掛けると、グイッとイッチーの肩を強引に引っ張って寝かせた。そしてイッチーの頭は私の膝の上。つまりは膝枕って事さ。

 

 ん~……耳かき棒でもあればついでにしても良かったんだけどね、流石にそんなご都合はない。私の膝のみで癒しを提供できれば良いな。イッチーは最近大変だもんねぇ。クラス代表として学園祭関連であれこれ奔走したり、たっちゃんの訓練がスパルタだったり。うんうん、休める時に休みなさい。私の膝でグッスリ寝なさいな。

 

「あぁ……黒乃、それ気持ち良い。」

(そう?じゃあ……続けるね。ほぅれなでなで~。)

 

 夏休みの最中に膝枕をしたが、あの時はイッチーが絶賛気絶中だったから反応が解らない。しかし、ゆっくりとイッチーの頭を撫でていると、だんだんとうつらうつらとしてきたのが見て取れた。気持ち良いとの事なので、イッチーの快眠のために手を休めず頭を撫で続ける。

 

「楯無さんとは大違いだな……。」

(あ゛……?あぁ、はいはい……そういやされてたね、最近ね。原作知識及びラウラたんがプンスカしてたから知ってんよ。)

 

 眠たくなって思考回路がパーですか?……今出さなくても良いじゃん、私以外の女の子の名前。フン、なら良いですよー。たっちゃんとは比べ物にならないほどグースカ眠らせてやるわい。私は余っていた片方の手で、イッチーの手を握る。こうすると安心感がダンチとか聞いた事あるような無いような。

 

「……握り方、変えても良いか?」

(へ、うん……お好きな通りに。)

「俺は……こっちのが好きだな。」

(……そうだね、私も……。)

 

 ごく一般的な握り方をしていたが、イッチーはモソモソと手を動かして恋人繋ぎへシフトチェンジさせる。なんて言うか、よりギュッと互いを握っている感じがして……。なんだか私の方も安心感がすごいな。流石に眠くなりはしないけど、ほんわかするっていうか。

 

「……幸せだな。」

(うん……。)

「……ずっと、こんな毎日が続けば良いな。」

(うん……。)

「……なぁ黒乃。俺は……お前が……―――」

(……寝ちゃった……かな?)

 

 耳を澄ませてみると、学園祭の喧騒にかき消されながらもイッチーの寝息が聞こえる。我ながら完璧だな、こうもスヤスヤ寝てくれるとこっちも嬉しいよ。うん、イッチーの言う通り幸せだ。……幸せかぁ。こういうのも、悪くないのかも知れないね。何がって、私モードの事だけど。

 

 実のところ、今は無意識とかじゃなく意識して一人称を私にしている。違和感バリバリで気持ち悪かったのに、どうしてだろ……なかなか悪くない。やっぱり変な気を張っていただけなのかな、自分が自分でなくなるとかそんな事を考えて。……ここいらが止め時なのかな。

 

 皆の記憶に残る事は永遠だ。それが私の決めた道で、その考えは揺るがない。けれど、いずれ最期の瞬間はやって来る。それまで変に意地を張り続け、後悔するくらいなら……ありたいように生きる方が良いのかも知れない。何故なら私は、私であろうとしているのだから。

 

(私、私……かぁ。フフッ……。)

 

 何が可笑しいって事はないけど、なんだか笑いが零れるな。だって、今までの私なら絶対浮かばない考えだろうから。うん、思い立ったが吉日ってね。どうしても違和感を覚えるようならそれはそれで、また元に戻せばいい話だ。私でいよう。最期を迎えるその時まで、精一杯の私でいよう。

 

 女の子らしい事にも挑戦してみようかな。美容とかに気を付けて、お洒落してみたり、可愛い小物を集めてみたり。髪形を変えてみたりも面白いかも。そんでもってより綺麗になっちゃったりしてさ、そしたら……イッチーに褒めてもらったりして。

 

「…………。」

 

 イッチーと言えばだけど、今日攻め込んで来るはずの亡霊さんなんかは……いったい何が目的なんだろ。命かな?白式かな?どちらにしたって、イッチーが大変な目に合うのは確定なんだよねぇ。そう考えると、急に不安が過ってしまう。イッチーが俺の前から居なくなっちゃうんじゃないかって。

 

(そんなのは、嫌……だよ。)

 

 イッチーが居ないと、ダメだよ……そんな。だって、だって……約束したから。一緒に居るんだ。私は、イッチーの隣に在り続ける。最期はどうか、イッチーの隣で迎えたい。それなのに浚われるとか、殺されちゃうとか……そんなの絶対にダメ。そんな結末は絶対に私が認めない。

 

 だから、受け身じゃだめだよね……。それとなし、というか全力で巻き込まれるのを回避しようと努力してきた。けれど結局のところで防げてはいない……のなら、たまには巻き込まれてやろうじゃないか。私がイッチーを守るとか、そんな大層な事は言わないけど、少しでも力になれるのなら出し惜しみはしない。

 

 そして最期の瞬間まで、イッチーの隣で。最期の瞬間をイッチーの隣で。散々弄ばれておいてこんな事をするのは皮肉なものだが、今はとにかく祈ろう。どうか、どうか……この願いだけは叶えさせてください。そうすれば私は満足ですから。私はイッチーの手を固く握りながらそう願いを込めた。

 

 

 

 

 

 

「どうかな、首尾は上手くいってる?」

『はい、それはもう!あれだけ黒乃様に接近出来たら満足ですよ!』

「そう、それは良かった。今はもう学園外だろうけど、もし捕まったら僕の名前をすぐに出してね。」

『いえ、決してそのような真似はしません!黒乃様とのパイプ役を買って出てくれている貴方を売るなんてありえませんよ、近江社長。』

 

 適当に休憩時間を見つけた僕は、携帯電話で連絡を取り合っていた。相手は小烏党の代表だ。まぁ……首領と呼ばれている創始者ではないのだけれど。今日はとある要因があって学園祭へと僕が手引きしたのだ。有体に言えば利用してるんだけどね。フフッ、本人達にそう言ったらどんな顔するかなぁ。

 

 その表情を見てみたいと言うのもあるけど、それは僕の腹の中を見せる事になる。それは絶対にタブーだ。だって損しかないもの。適当に扱って信頼してくれればそれで御の字ってね。聞く限りでは本人達も満足してるみたいだし、丸く収まっているという事にしておこう。

 

『しかし、どうして今回だったのですか?別に本社で会わせてもらえれば―――』

「タイミングと僕の立場上の問題、かな。というか、やっぱり公にはキミらに協力はできないからね。」

『不特定多数が集まる今日……と言う事ですか?』

「まぁ、そんな感じかな?」

 

 会話の最中、小烏党代表からそんな質問が飛び出た。当然ながらそこは気になるだろうけど、その裏にわざわざキミらに協力した理由があるんだよ。だからこそ、他に真っ当な理由をつらつらと並べて丸め込む。そうすると、代表は全く僕を疑いすらしない。ま、あの一言で人を疑えるような人間なら小烏党なんかには入ってないか。

 

「逆に申し訳ないね、こういう時しか会わせてあげられなくて。」

『ああ、いえ!決してそんなつもりでは……。ただ少し気になっただけです。』

「ハハッ、そんなに畏まらなくたって良いじゃない。割に付き合いは長いんだから。」

『はい、いつもお世話になってます。』

 

 質問が出るという事は、疑問があるという事。疑問があるという事は、少しでも疑いをかけられる余地があるという事だ。だから僕はすぐさま下手に出る。人心掌握のコツだよね。立場が上の人間にそういった態度を取られると、相手は当然畏まる。だから僕は自分から畏まらなくても良いと言う。そうすれば自然に良い人だと印象付けられるから。

 

『我々一同、本当に感謝していますから。その、失礼ながら機会があればお礼をと……。』

「わぁ、嬉しいな。うん、楽しみにしてるよ。」

『そうですか、ならば期待に応えられるよう頑張ります。今日は本当にありがとうございました!』

「はいはい、じゃあ……またね。」

 

 お礼ねぇ、むしろ言うのはこっちの方だよ。本当にありがとう、黒乃ちゃんを怖がらせる役を買って出てくれてさ。別れの挨拶を済ませると、僕は内心でほくそ笑みながら通話状態をオフにした。そうして物陰から、仲睦まじくじゃれ合う黒乃ちゃんと一夏くんを眺める。

 

 何の目的って、とにかく黒乃ちゃんと小烏党を接触させる事にあった。彼女を女神と崇めるあの連中なら、興奮してそれどころじゃなくなるのなんて目に見えている。黒乃ちゃんだって女の子だ。半ば暴徒と化した大勢の男性に囲まれたらそれは怖いに決まってる。

 

 そこで登場するのが、黒乃ちゃんの王子様。本当は僕が黒乃ちゃんが大変な事になってるって連絡するつもりだったんだけど、一夏くんってば連絡なしに駆けつけちゃうんだもん。本当、王子様だよねぇ。うんうん、良い傾向だ。仲違い状態になったと知った時には肝を冷やしたけど。

 

 これだけ見ても彼ら小烏党の面子は役になってくれたよ。後は2人が完璧に恋人同士になってくれればなんだけど、あの2人の恋はなかなか難しいかぁ……。あっ……膝枕に移行した?ここだけ見ると完全に恋仲なんだろうねぇ。後ひと押しってところかな。

 

 そのひと押しは本人達に委ねるしかないから、どうにか年内には上手く纏まってくれれば良いんだけど。……なんて考えていると、携帯が震えて着信を知らせた。ディスプレイを眺めてみると、そこには更識 楯無の文字が。むっ、そろそろ時間だったかな。

 

「もしもし?」

『どうも、近江先生。今は何処をほっつき歩いているのかしら?』

「適当に見回り中だよ。本当はISの展示会場にいたんだけど、どうにも手持ちぶさたでね。」

『そう、暇ならそれで良いのだけれど。』

 

 電話越しに聞こえてくる更識さんの声色は、やはりどこか壁がある。まぁ全然僕は気にしてないんだけど、むしろ本当にそれで大丈夫かと聞きたくなるくらいだ。だって、詰めが甘いんだもの。僕は24時間監視オーケーって言ったのに、結局は日中しかされてない。今日に限っては学園祭の忙しさにかまけてか、全く張られてないみたいだし。

 

 僕をそこまで疑ってないのか、それとも泳がせているって奴なのか……。どちらにしたって僕からすれば些細な問題なんだけれども。とにかく、なぜ彼女がわざわざ僕に電話をしてきたか確認しないとね。いつもの調子で何か用事かいと聞けば、更識さんはこう返す。

 

『貴方、本当に手伝ってくれるって認識で良いのよね?』

「うん、僕が生徒会の顧問になった理由の1つでもあるからね。出来る限り尽力するつもりだよ。」

『……解ったわ。例の計画、そろそろ始めようと思うから……第4アリーナまで来て。』

「はいはい了解、すぐに向かうよ。」

 

 そこに関しては、僕と更識さんの利害は一致している。ちょっと邪魔なんだよねぇ……僕の計画を実行するには、あの亡霊さん達が。壊滅とまではいかないけれど、せめてちょっかいかけてもらいたくはない。流石にこればっかりは僕の力だけだとどうにもならないからねぇ。

 

 さて、そういう事ならすぐに第4アリーナまで向かわないとね。携帯の通話を切断させ、さあ行こうと歩を進めた瞬間の事だった。またしても携帯が着信を知らせる為に震えだした。この調子を見ると、僕が更識さんと通話中もずっとかけて来てたんだろうなぁ。ならば今すぐ通話をオンっと……。

 

「もしもし?どうかしましたか―――束さん。」

『どうしたもこうしたもないってば~。再三言ってるでしょ?いっくんとくろちゃんどうなったかって!』

「ああ、それだったら何の問題もないですよ。今も織斑くんが膝枕されてます。」

『およ、それは素晴らしいね。結局は心配し過ぎだったかも?束さんってばあわてんぼ!』

「いえいえ、この件に関しては僕もかなり焦ってましたから。」

 

 今回の通話相手は、天才科学者こと篠ノ之 束さんだ。どうして僕が束さんと仲良さげかだって?ふふっ、なんででしょう。ただ1つ言えるのは、束さんと僕も利害が一致しているから……かな。しかし、それを周囲に悟らせるのはいろいろと面倒だ。だから僕は臨海学校で―――

 

「……ハハッ」

『なに、どったの?たっくん。』

「すみません、わざわざ演技までしたのを思い出しちゃいまして。」

『あ~ね。ちーちゃんも疑り深い方なんだけどさ、信じ込んじゃったらなかなか考えは揺るがないんだよ。絶対に私達が協力関係にあるって知ったらすっごい顔するに違いないね。』

 

 束さんが若干暴走しかけてたから入っていったけど、見事に口喧嘩の方向にもっていってくれたのは彼女の方だ。その瞬間に僕は束さんの真意を察していろいろと言ったけど、実際のところ本気で図星っぽい反応だった気がしなくもない。だけどそこを指摘するとまた面倒だろうから、僕は固く口を閉ざす。

 

「まぁとにかく、黒乃ちゃんの事はご心配なきよう。やっぱり一難乗り越えたおかげか前よりイチャラブしてますよ。」

『そっかそっか、これでひとまず安心かな。箒ちゃんには悪いけど、くろちゃんにはいっくんと愛し合ってくれなきゃ困るもんね!』

「今更ですけど、貴女が科学的でない理論に乗ってくれてるのが凄く意外です。」

『ん~ん、そこに関しては肯定的なつもりだよ?実際、私達は自分の好きな事に一生懸命になれるわけだし。ラヴパワーってのならもっと巨大なエネルギーになるよ。勿論、くろちゃんにとってね。』

 

 何度も言ってるけど、完璧で万全な状態である黒乃ちゃんになってもらわないと……僕らのやってる事は何の意味も成さない。あの5機に落とされるのも完全に想定外だった。アンチ刹那な構成にはしたつもりだけど、あれくらいなら簡単に勝っちゃうって思ったんだけど。そのおかげで二次移行してくれたから結果オーライではあるかな。

 

『いっくんと愛し合うフルパワーくろちゃん……あぁ!考えるだけでワクワクしてこない!?』

「フフ……同感ですよ。織斑くんがピンチだったら、黒乃ちゃんはなおの事力を発揮してくれそうですね。」

『おっ、流石はたっくん性格悪い!でも一理あるからその意見採用~!』

「どうやらお互いさまみたいですね。どのみち僕からすれば褒め言葉ですけど。」

 

 僕がお互い様だと言えば、彼女は笑い飛ばしながら肯定した。それと一緒にガタガタと音が聞こえてくる。多分だけど、何かメモする物でも探しているんだろう。どうにも周囲が乱雑である事が容易に想像がつく。時間があればだけど、掃除ロボでも造ってプレゼントしよう。

 

『むむっ、良い感じにアイデアが……。ごっめ~ん、束さんからかけといてなんだけど、もう切るね!』

「構いませんよ、僕らにとって一瞬のひらめきは命よりも重いんですから。」

『流石たっくんは話が解るねぇ。そんじゃ、まったね~!』

「はい、また。」

 

 何やら僕との会話中にいいアイデアでも浮かんだらしく、束さんは多少強引ながらも通話を切る方へ話をもっていった。人によっては失礼に価するだろうが、僕が気にするはずもない。彼女の言う「ひらめき」は、僕じゃ足元にも及ばないレベルだろうから。

 

 悔しいけど、どうやったって束さんには敵わないだろうなぁ。ま、だからって全力を出さない言い訳にはなんないんだけど。さて、そうすれば……全力で障害を排除しましょうかねぇ。幽霊退治というのもなかなかオツじゃない。待っててよね亡霊さん。虚空に向かってそう呟くと、僕は今度こそ第4アリーナへと歩を進めた。

 

 

 




今明かされる衝撃の真実ゥ!……って程でもないかもですね。
鷹丸のゲスっぷりを加速させたいがどうだ……?


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第72話 我が愛しきシンデレラ

(はぁ……。あの人に関わると、わけ解んないうちにわけ解んない事になる。)

 

 第4アリーナの更衣室では、一夏が内心でそう呟きながら着替えを行っていた。ザックリと現状を説明してしまえば、生徒会発の出し物を手伝う事になっている。それが演劇で、シンデレラをやるだとかぼんやりした内容しか伝えられていないのだ。とりあえずは王子役を任命された一夏は、それっぽい服に袖を通している。

 

「浮かない顔だね。」

「近江先生……。やけに様になってますね。」

「うん?ハハッ、こう見えても御曹司ですから。」

 

 そんな一夏に話しかける男性が1人。いつもの白衣は脱ぎ捨て、妙に似合う王子然とした衣装を纏った鷹丸だ。あまりに似合いすぎなせいか、一夏は投げかけられた話題とは少しズレた返事をしてしまう。一方の鷹丸は、ノリノリで優雅なお辞儀をして見せる。

 

「……って言うか、シンデレラなのにどうして王子役が2人?」

「まぁ僕の事は気にしないで、ちょっとしたおまけだから。それより、どうにも表情が冴えないのはやっぱり―――藤堂さんと2人きりなのを邪魔されたからかな。」

「ブフッ!?ゲホッゲホッ!」

 

 あくまで自身をおまけと言うが、気分とノリの問題か鷹丸は何かオーラからして違う。全力で楽しむ主義故だろう。しかし、話題が元に戻ると同時に一夏は咳込むはめに。主に、どうして2人きりなのを知っているといった意味で。まさか間近で見ていたなどとは思うはずもなかろう。

 

「な、なんで知ってるんすか……?」

「彼女達がしきりに騒いでたからね、一夏は何処行ったーって。そうすれば、必然的にこっそりと藤堂さんのところへ……っていう簡単な推理だよ。」

「そう……ですか、なら良いんですけど。」

 

 嘘である。清々しいほどに真っ赤な嘘である。だが、鷹丸にこう言われてしまえば一夏は信じて疑わない。良くも悪くも、織斑 一夏とはそういう男なのだ。ただ、鷹丸のニヤニヤした笑みばかりは許容できるものではないらしい。一夏は少しばかりムッとした表情を浮かべる。

 

「ハハ、怒らない怒らない。ほら、せっかくの男前が台無しだよ?王子様。」

「うわっ……!?これは、王冠?また随分と凝ってますね。」

「あー……藤堂さんの王子様って訂正しようか?」

「い、良いです別に!というかもう……余計なお世話です!」

 

 鷹丸は全く一夏を窘めるつもりもない様子で、頭に王冠を被らせた。自身も似たような王冠を被ると、ハハハと笑いながら先へと進んでいた……が、振り返ってそんな事を言い出す。思わず一夏が顔を真っ赤にしながら騒ぐと、鷹丸は今度こそ大笑いして先へ進んで行った。

 

「そう言えばですけど近江先生、台本とか渡されました?」

「いや、全然。更識さんはアナウンスするからその通りに動けって言ってたよ。」

「……台詞は?」

「アドリブで。」

「ですよねー。大丈夫かおい……。」

 

 大きな笑い声にも反論したいところだったが、一夏はそれよりも大事な事を思い出した。これから演劇をやるというのに、脚本も台本も渡されていない。疑問を生徒会顧問だと自称する鷹丸にぶつければ、なんとも楯無らしくはある回答が。一夏はますますやる気を無くしつつ会場へと足を踏み入れる。

 

『あるところに、シンデレラという少女が居ました。』

 

 2人が舞台のセットへ移動するや否や、楯無の声が第4アリーナ内に響く。それと同時に、2人を煌々と光るスポットライトが照らす。その眩しさに目を細めながらも、一夏はまともな出だしに安堵するような表情を隠しきれない。しかし、そんな安心も数秒後には砕け散る事になろうとは。

 

『シンデレラは身内の酷い仕打ちに耐えながらも、舞踏会へ憧れを抱いていました。するとシンデレラを可哀想と思った魔女が現れ、シンデレラに綺麗なドレスとガラスの靴を与え―――』

(……なんか普通ですね。)

(彼女が普通過ぎるって、僕は逆に怖いけどなぁ。)

(あ~……。)

 

 響く楯無の声は、シンデレラを微妙に端折りつつも、常套句とか様式美とか例えて良い。一夏が率直な考えを小声で鷹丸に伝えると、同意せざるを得ない回答が返って来る。確かにと口にする必要すらないと感じたのか、一夏はただただ唸った。そして、鷹丸の言葉は現実へと昇華する。

 

『しかぁーし、いざ舞踏会へ出てしまうとさぁ大変!まさかまことしやかに囁かれているあの噂が本当だったとは!』

(ん?流れ変わったな……。)

『隣国に位置する2人の王子が……まさかデキていたなんて!』

「何ぃぃぃぃいいいいっ!?」

「おやおや、流石にそれは不名誉だなぁ。」

『さぁシンデレラよ、こうなったら実力行使しかあるまい!貴女の愛(物理)で王子を取り戻すのだ!』

 

 2人の王子……と言われてしまえば、該当するのは一夏と鷹丸しか居ない。一夏はこれまでにないほどの大声で叫ぶ。だが、鷹丸は顔に出ていないだけなのか……全く不快に感じているようには見えない。否定してくれ、余計怪しまれる!……と一夏が言おうとすると、アリーナ内の明かりが一気に点灯した。すると―――

 

「王冠寄越せええええっ!」

「おっと危ない。織斑くーん、3歩後ろ。」

「へ?いや、そう言われても全然状況が―――ってどわあ!?」

 

 舞踏会場を模したセットの上段から、シンデレラよろしく白のドレスを纏いガラスの靴を履いた鈴音が降って来た。……だだし、中国版の手裏剣とも呼べる飛刀を投げながらだが。いち早くそれを察した鷹丸は、余裕の様子で後退。状況が呑み込めていないながらも一夏がそれに合わせると、鼻先ギリギリを飛刀が通過し叫び声を上げる。

 

「チィッ!前々からただ者じゃないとは思ってたけど……予想以上ね、近江先生!」

「いやぁ、それほどでも。……それより凰さん、僕まで襲う必要はないんじゃない?」

「先生の王冠取っても、一夏と同じ扱いで良いって事らしいわよ!」

「ふぅん、それは初耳だな。教えてくれても良いのにねぇ。」

「ちょっと待て!何か知ってるなら頼むから教えてくれよ近江先生!」

 

 2人のちょうど中間あたりに着地した鈴音は、ニヒルな笑みを浮かべながら鷹丸を見た。わざとらしく照れる様な謙遜を露わにするが、鈴音からすればそれは社交辞令に感じられた。目にもの見せてやるとは思いつつも、聞かれた質問には素直に答える。そんな鈴音と鷹丸のやり取りを見て、一夏はこの野郎やっぱり何か知ってやがると声を荒げるが―――

 

「近江先生のが取りやすいと思ってたけど、どうやら作戦変更ね!」

「うおおおおっ!?ちょっ……待て馬鹿!殺す気か!?」

「殺さないように殺すわよ!」

「もはや意味が解らん!」

 

 一夏の王冠目がけて、鈴音は何の容赦もなく飛刀を投げつけた。不格好ながらもなんとかそれを回避すると、一夏は非常に常識的な抗議をぶつける。床や壁に飛刀が刺さってるあたり、どう見たって本物だ。しかし鈴音は、エキサイトしているのかとてつもなく理不尽な言葉で返す。

 

「織斑くん、とにかくキミはここから遠くに逃げるのをオススメするよ。じゃないとキミのお姫様は登場すらできないから。」

「……やっぱり知ってんのね。そうはさせるもんですか、あの子には悪いけど……王冠取れなくてもそれだけは絶対に阻止させてもらうわよ!」

「キミのお姫様……?まさか、まさかとは思うけど……それなら!」

「このっ、待ちなさ―――」

「そうは問屋がなんとやらってね。」

 

 チョンチョンと、鷹丸は遠くを指差しつつ意味深な台詞を放った。しかし、先ほどの会話でなんとなく一夏にも察する事が出来たのだ。だとすると、一夏がそうしないわけにはいかない。全力で走り出した一夏には、既に鈴音が見えなくなってしまっていた。宣言通りに妨害を仕掛けようとする鈴音だったが、それは鷹丸に阻まれる。

 

「とにかく、王冠は取られたらダメだよ。僕も絶対死守するから、とりあえずは遠くへ遠くへ……ね。」

「はい、ありがとうございます!」

「……近江先生、不細工になりたくなかったらそこ退いて。」

「いやぁゴメンね、僕にも譲れないものがあるんだよ。」

「そ、言うだけ無駄ならもう良いわ。忠告はしたから。」

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!はぁっ!」

 

 走る。織斑 一夏はひた走る。途中狙撃されたり、武士っ娘&軍人っ娘に襲撃されたり、王冠が外れたペナルティだとかで電撃を喰らったり、正直心がポッキリ折れそうだったり。しかし、一夏は鷹丸の意味深な言葉にただひたすらの希望を抱く。とある条件を満たせば、己が愛してやまないシンデレラが現れると。

 

『はいは~い、生徒会長よりお知らせしま~す!織斑くんが規定ラインを突破したため、真打登場といこうじゃありませんか!』

「っ……来たか!」

 

 全力疾走していた足を止めると、アリーナ内の明かりがまた消え、一夏達のスタート地点であった舞踏会場へとスポットライトが。その2階に位置するちょうど鈴音が降って来たフロアから勢いよくスモークが噴出されると、奈落のような仕掛けから玉座がせり出してきた。そこに座っているのは……シンデレラ衣装を纏った黒乃。

 

(も~……止めーや私だけこんな大ごとしてからに~。)

『はい、そういうわけで……織斑くんがスタート地点から一定距離離れるというハンデを背負ってのご登場!藤堂 黒乃ちゃん……ってお~いみなさ~ん、聞いてます~?!』

「…………。」

 

 随分と大掛かりな登場の仕方をしたせいか、表情に出ないながらも黒乃は本気でげんなりしていた。しかも楯無のアナウンスに応えない程に周囲が静まったのを、自分が白けさせたとすら考えている。そうではない。誰しもが、シンデレラの姿をしている黒乃に見とれているのだ。

 

 その様は、まるで時が止まったかのようだ。もはや息をする事すら憚られるような、ある種異様な空気に包まれている。それほどにまで、純白のドレスを纏った黒乃は美しい。いや、一夏から言わせれば美しいなんて表現すら生ぬるく感じられる。

 

(……って!なるべくイッチーの近くに―――でも、あうぅ……今行ったらイッチーの王冠欲しいみたいに思われるかなぁ?)

『おっと!真っ直ぐ織斑くんの元へ向かうかと思われた藤堂さんですが、玉座に座り直してしまいました。もしやこれは、自らが彼の正妻であるという自負からかーっ!?』

(せ、せいさ……!?ち、違う違う!私とイッチーはそんなんじゃなくって……。)

 

 これから一夏に巻き込まれに行こうと覚悟した事を思い出して玉座から立ち上がった黒乃だったが、周囲の目を気にして萎縮してしまう。シオシオと力なく座れば、茶化すような声色で楯無がアナウンス……と言うよりはもはや実況を始めた。会場をヒートアップさせるのは、本来の目的でもあるのだが。

 

『織斑くん!』

「近江先生!?」

『藤堂さんがキミを追わなかった!これの意味が解らないほどキミも鈍くはないだろう?!』

「…………。」

『解っているなら走るんだ……彼女の元へ!』

「ああ!」

 

 アリーナ内に鷹丸の声が響く、どうやらピンマイクか何かを持ち込んでいたらしい。ちなみに鈴音だが、同じく鷹丸が持ち込んでいた小型捕縛用ロボの餌食となっている。複雑に絡み合ったネットにもはやお手上げ状態だ。黒乃の登場とたまたまタイミングがかみ合ったのだろう。

 

 そして鷹丸は、珍しくも真剣そのもので一夏の背中を後押しした。端から見ればドラマティックなのかも知れないが、その裏には邪悪な目的が潜んでいると誰が思うだろうか。それでも、一夏がその言葉でハートに火が着いたといっても過言ではない。一夏は両足に力を籠め、舞踏会場へとリターンバックした。

 

『何やら男同士の熱い友情を感じます!だけれどそこに水を差すのが私流でござーい!一般参加枠カムヒア!』

「「「織斑く~ん!」」」

「関係ない……黒乃が、俺を、待ってるんだ!」

(えぇ……?いや、別に待ってるって程でも……。)

 

 黒乃が立って、座った。黒乃が一夏を追わなかった。それを鷹丸や一夏はこう捉えたのだ。『貴方の事を待っている』と、まさに王子の到着を待つ姫が如く……迎えに来てくれる事を望んでいるのだと。だからこそ一夏は、猛然と黒乃の元へ走る。必ずお前を迎えに行くと、力強い瞳がそう語っていた。

 

 しかし、悪ノリなのかなんなのか……宣言通り楯無が水を差しに入った。すると、アリーナ内に大量の女子がなだれ込んでくる。彼女らも一夏の王冠を奪おうと、一目散に向かってくるではないか。圧倒的な数の暴力を前に、一夏は不敵に笑って見せた。何故なら、彼女らが単なる演出にしか思えないから。

 

 俺と黒乃のラブストーリーを盛り上げるには、おあつらえむけだ。一夏にとっては本当にそれくらいにしか感じられない。誰が何人いようと関係ない。一夏の瞳には、黒乃しか映っていない。迎えに行くと決めた愛する人しか。己の愛しの姫君しか。

 

「黒乃おおおおっ!」

(わっ、わ……!イ、イッチーってば、そんな必死にならんでも……。)

「良い、座っててくれ!証明して見せるから!お前がどんな場所に居たって、どんな遠くに離れたって!俺が必ず迎えに行く!黒乃の隣まで辿り着いてみせる!」

(イッチー……。)

 

 真っ直ぐ自分の方へ向かってくる一夏は、女子の波を躱し、掻い潜り、時には倒されとてつもなく不格好だ。どういう理由で自分の方へ向かって来るかは解っていないが、黒乃はとにかく一夏が心配でまた立ち上がった。しかし、それを制したのはほかでもない一夏自身。

 

 いくら泥臭かろうとひたすら黒乃に向かい続ける一夏は、周囲の目など気にせずそう叫んだ。そう言われた黒乃は大人しく座ったが、何も一夏の言う通りにしたわけではない。体に力が入らなくなってしまったのだ。頭がボーっと、フワフワするような感覚に襲われ……もはやまともに立ってはいられない。

 

「「「近江先生~!」」」

「おやおや、これは僕もゆっくり出来なさそうだねぇ。じゃっ、そういう事で。」

「ええ!?」

「近江先生が消えちゃった!」

 

 王子役で参加しているという事は、当然ながら鷹丸も捕縛対象である。むしろ一般参加枠のほとんどは鷹丸の方に狙いを定めていた。しかし、鷹丸は初めから酔狂でこの土俵に立っているのも同然。そろそろ引き上げ時と判断するや否や、大人1人包むのは余裕ほどの大きさをした布を頭から被った。

 

 それと同時に、鷹丸の姿も消え去ってしまうではないか。これも本人の発明で、いわゆる透明マントのようなものだ。正確に言えばステルス機能搭載布とかそこらだろう。いきなり目の前で起こったイリュージョンを前に、鷹丸派閥の女子達は動揺を隠せない。いや、一夏に狙いを定めていた女子一同もそうだ。

 

(っ!?今だ!)

 

 目の前で1人が消えて見せれば、あっけにとられるのも頷ける。だが、一夏はあくまで冷静だった。女子の大半がまごついている隙を突き、己の持てる最高速度で黒乃との距離を一気に詰めにかかった。周囲がその事に気づいた時にはもう遅い。一夏は、あの人の波を潜り抜け……愛しい人の元へ辿り着いた。

 

「「…………。」」

 

 2人はただ見つめ合う。一夏は玉座に座る黒乃を見上げ、黒乃は玉座から一夏を見下ろす。2人の間に言葉はない。いや、不要なのかもしれない。人生の大半を共に過ごした2人には、言の葉を紡ぐという行為は時として野暮となる。その野暮という感覚を2人が抱いているかは解らないが、むしろそれを感じているのは周囲の方だった。

 

「お迎えにあがりました、シンデレラ。」

 

 先ほどまで必死に一夏と鷹丸を追いかけていたというのに、女子達は恐ろしく静かだ。無理もない。2人の創り出す空間は、何処か神聖で、不可侵を余儀なくされている。そして、一夏の演技じみた言葉がそれを加速させた。その風景はまさに、演劇を見守る観客そのもの。アリーナ内に居る人々は、ある意味呑まれたのだろう。

 

「貴女は時が来れば魔法の解けてしまう運命。私は確とそれを承知しております。ですから魔女とは違い、私は貴女に解けない魔法をかけたいのです。」

「…………。」

「さあシンデレラ、どうか私の元へ。……私の手を取って下さい。」

(あ、えっと……は、はい……。)

 

 変なスイッチでも入ったのか、一夏は完全に芝居がかった口調で黒乃を自分の元へと誘う。傅いて手を差し伸べる姿なんかは、まさに王子そのもの。黒乃は様々な緊張に心臓を高鳴らせながら、ゆっくりとした所作で階段を降りていく。普段の黒乃ならば躊躇った事だろう。しかし、もはや周囲の目なんかはどうでも良く感じられていた。

 

(……これで良い?さぁイッチー……どんな魔法を私にかけてくれるのかな。)

「シンデレラ……いや、黒乃。俺は……」

(うん……。)

 

 黒乃は期待に胸を踊らせていた。自分でも何を期待しているのかは解らないのだが、とにかく一夏が言葉を紡ぐのを今か今かと待ち受ける。一夏の方は、伝えるつもりなのだ。この大勢の前だろうとなんだろうと、ここしかないと黒乃への積み重ねた想いを。今なら言える。ここなら言える。一夏は重ねられた黒乃の手を握り、勢いよく口を開く。

 

「俺はっ、黒乃の事が―――」

 

 黒乃の事が大好きだと、そう告げようとした瞬間の事だ。一夏は不意に自身の足元へと転がって来た球体に気を取られてしまう。何かマズイ。本能的に危険を感じたが既に後の祭りであった。球体は大きな爆音を上げ炸裂。そして周囲へと白煙を撒き散らす。

 

「なにっ!?くっ、これはいったい……?」

(これって、もしかして……。)

 

 女子達は演出なのか、それとも不測の事態なのか判断が付かずにいた。おかげでパニックには陥っていないが、1人が騒ぎ出すと集団心理が働き一気に状況は深刻化するだろう。そんな中、黒乃はこの急な煙幕に心当たりがあった。黒乃の予想通りならば動かない方が吉。しかし―――

 

「黒乃、とにかくこの煙幕から出るぞ!」

(まっ、イッチー!そっちの方向は―――)

「ぐっ!?な、なんだ……人の手?って、うおわぁ!?」

(わああああっ!?)

 

 一夏ならばすぐさま黒乃を危険から遠ざけようと行動する。一夏の頭はもはやそういった思考ルーチンが組まれていると言って良い。走り辛いであろうと判断したのか、黒乃を姫抱きに持ち上げ駆け出す。そして舞踏会場から降り、しばらく移動したその時だった。なんと床が開き、そこから腕が伸び一夏の足を掴むではないか。

 

 何事かと思考を巡らす暇もなく、一夏は黒乃共々床下へと引きずり込まれてしまった。やがて地上では煙が晴れ、2人の姿が消えた事に女子達はすぐ気が付いた。しかし、やはり演出なのかどうなのか判断がし辛く、ただガヤガヤと騒ぐしかない。これからもっと騒がしくなるとも知らず……。

 

 

 




黒乃→別に待ってるって程でも……?
一夏→絶対に迎えに行くからな!

来てほしいとは思ってるみたいですけどね。


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第73話 亡国の女郎蜘蛛

「いってぇ……。黒乃、大丈夫か?」

(いつも通りイッチーが守ってくれたもん。平気だよ)

 

 アリーナの地表から2人が引きずり込まれた場所は、割と高低差が激しい。一夏は思い切り尻から着地したが、持てる筋力の全てを黒乃を抱えている腕に集中させた結果である。黒乃が感じたのは多少の揺れ程度のもので、完全なるノーダメージ。怪我がないという確認が取れると、一夏は優しく黒乃を降ろした。

 

(はぁ、また邪魔が入ったか……)

(イッチーってばお疲れだね……って、これ……!?)

「ん?あ、ホントだ……擦り剥いちゃってる。けっこう転んだりしたからな、ハハッ」

 

 運命の悪戯か、黒乃に想いを告げようとすると必ず邪魔が入る。実際のところ神が介入している可能性も捨てきれないが、そんな事を知る由もない一夏はやるせない気分と共に身体を脱力させた。そうやって気を抜いたところで、黒乃はある事に気が付く。一夏の右手側面付近が擦り切れ、血が滲み出ているではないか。

 

(ハハじゃないよ、黴菌でも入ったら大変なんだからね!)

「そんなに心配しなくっても大丈夫だって、このくらい唾でも付けとけばなんとかなるさ」

(そう……唾を付けとけば、ね。じゃあ―――私がやっても問題ないでしょ?)

「っ!?くろ……の……?」

 

 周囲からすれば黒乃の無表情のせいで怪我を凝視している程度にしか感じないはず。しかし、やはり一夏には自身を案じてくれているのだと理解ができる。それが解るから、一夏は心配するなという姿勢を見せる。事実怪我もそう大した事はないのだが、黒乃は何処か一夏の言葉が気に食わない。

 

 自分でも何をやっているのかと、そう思いつつではあるが……一夏の怪我を舐め始めた。丁寧に、まるで怪我を愛でるかのように。舌を這わせ、唇で吸い付き、時にはそれを同時に行う。静かな通路に黒乃の発する小さな喘ぎ声と水音が響き、一夏の理性を破滅へと誘う。

 

「んっ……」

(マズい……マズい!マズい!マズい!これはマズい!)

 

 五感が総動員して、黒乃の行動を快楽へ変えていく。舌が人肌に温かく心地よい。僅かにもれる黒乃の声が脳を蕩けさす。黒髪が揺れるたびに香る匂いに気が遠のく。黒乃の献身的な様子が目に毒だ。……むしろよく耐えている方だろう。だからこそ一夏は、耐えられる内にストップを促す。

 

「待て黒乃、何やって……!」

(何やってって……そんなの、私が1番解らないよ……。なんか、こうしないといけない気がするから……)

「いや、ほら……そう!汚いかも知れないし、黒乃に何かあったらそっちの方が俺は―――」

(……汚くないよ。イッチーのは全部、汚くなんかない……)

(……なん……でだ……!どうして止めてくれないんだよ!)

 

 流石の一夏も、こういった場合は黒乃が何を考えているのか解らない。止めても聞かない場合の対処法はあるにはある。しかし、それは単に力づくで止めさせる程度の事だ。それは黒乃の気持ちを蔑ろにするような気がして、一夏はその選択肢を選べない。そうして結局は考えも纏まらず、タイムリミットが訪れてしまう。

 

(あぁ……なんかもう、どうでも良い)

 

 一夏は何も考えられなくなってしまった。いや、正確に言えば考えてはいる。だがそれはとてつもなく歪な、それでいてとても私欲的な考え。今自分の傷を舐めているその舌に、己の舌を絡ませ、蹂躙させ、支配し、屈服させてしまえば、いったいどれほどの快楽が得られるだろう……と。

 

「黒乃」

(だーめ、何言ったって止めてあげない)

 

 急に真剣なトーンで名前を呼ばれ、黒乃は慌てず騒がず諭しに来たのだと解釈した。それが一夏にとっての最終確認だという事に気が付けない。目を閉じて一夏の怪我を舐めている為、視覚から情報が入らないのも大きいのだろう。そして一夏は、やはり止まる気のない様子の黒乃にほんの少しだけ頬を緩ませ―――

 

「だーっ、もう我慢ならねぇ!本当はもう少し様子を見るつもりだったが、ほっといたらイチャコライチャコラとガキ共ぉ!お前らなんだマジで!普通は誰に引きずり込まれたとか話題に出すのが筋じゃねぇのか、えぇ!?」

「……巻紙さん?」

(…………あっ、この人の存在を完璧に忘れてた……)

 

 ―――たところで、豪快かつ豪胆な声が響いた。そちらを見やると、一夏には見覚えのある人物が1人。先ほど1組教室に顔を出していた巻紙 礼子である。しかし、何やら様子がおかしい。白式へ武装提供の話を持ち掛けられた時点で良い印象は受けなかったが、少なくとも落ち着きのある大人な女性と記憶していた。

 

 それがどうだ、今の彼女は落ち着きなどは影も形もない。名を呟く事で一応の状況整理を行った一夏は、手早く纏めにかかる。様子見、誰に引きずり込まれた―――この2点を自ら口にするという事は、つまりはそういう事なのか?そうであってほしくはないと思いながらも、一夏は礼子に質問を投げかけた。

 

「アンタ、いったい何者なんだ?」

「何モンだぁあ?ハッ、悪の秘密結社―――その構成員ってところだよ!」

「っ……!?白式!」

 

 率直に正体を鮮明にする為の質問は、端的な回答が得られた。……と同時に、礼子の着ているレディーススーツの背中を引き裂き、シャープな脚のような物体が飛び出てくる。それが何かと確認する間もなく、足先は一夏目がけて鋭く突き出された。生身のままでは回避不能。瞬時に判断した一夏は、バックステップと共に白式を展開。しっかりと黒乃を抱きかかえて後退した。

 

「かぁーっ、マジでイライラさせやがる!さっくり殺させろよなぁ……ったく。いや、何よりテメェらの庇い合いがドタマに来るぜ!」

「……ああ、そうかい。ならたっぷり見せつけてやらないとな、黒乃」

(いや、煽っちゃだめだよバカチン!かませだとか小者だとか巷で噂だけど、実際戦ったらこの人かなり強いはずで―――)

「ほぉ~そうかい。ならそのお姫様からぶっ殺してやらぁ!どのみちテメェは殺せって言われてっからなぁ、藤堂 黒乃ぉ!」

(どしぇええええ!?何もしてないのにタゲ取りしちゃってるよぉ!)

 

 外すのは想定内だったが、一夏がすぐさま黒乃を助けにかかったのが気に入らないらしい。礼子は血が出るのではないかという程に頭を掻き毟って見せた。大好きな人を守りたくて何が悪い。そんな感じでイラつきを覚えた一夏は、言葉通り見せつけるようにして黒乃を強く抱き寄せる。

 

 黒乃の気のせいでなければ、礼子の頭からブチリと何かが切れる音が聞こえた。すると不敵に笑ったかと思えば、末恐ろしい形相でターゲットはお前だと宣言されてしまう。おかげで殺害命令が出ているのは聞こえなかったらしい。黒乃は慌てて一夏の腕から降りると、すぐさま刹那を展開。

 

「ヘッ、守られるだけの私じゃねぇってか。良いぜ、そうじゃなきゃ面白くねぇ!」

「これは、本当にISなのか……!?」

(気ぃつけてイッチー……かなり理にかなった構造だから)

「さぁて、改めて自己紹介といこうか。私の名はオータム。秘密結社―――亡国機業のオータムだ!よろしくなぁ、クソガキ共ぉ!」

 

 それまで1本のみ生えていた脚が、1本、また1本と次々と露わになる。8本で打ち止めとはなったが、今度は蜘蛛の尾部にも似たパーツが生え、オータムの全身を装甲が包んだ。蜘蛛に似た、と言うよりはもはや蜘蛛そのもの。人と蜘蛛が一体化したような、異形のISがそこに居た。

 

 一夏が驚いている間に、オータムは行動開始。8本の脚をガシガシと動かし迫る奇妙な走行法を見せると、速度が乗ったまま脚の内1本を振り上げる。装甲脚とも呼ばれるソレは、足と武器を併用した仕組み。つまり、先端には確と刃が備わっているのだ。

 

「おらよっと!」

(ぐっ……!)

「黒乃!」

「真面目に受けてちゃ話になんねぇぜ。ソラソラソラソラぁ!」

(わっ、たっ、ちょっ、ちょっと、タンマ!)

 

 オータムの攻撃に合わせ、疾雷と迅雷を抜いた黒乃は1本の装甲脚による攻撃を見事に防いだ。しかし、安心したのもつかの間。矢継ぎ早に6本の装甲脚を用いた連続攻撃が繰り出される。タンマと言いつつクリーンヒットなしで防ぎ続けているのだが、黒乃は後退を余儀なくされていた。

 

「それ以上やらせるか!」

「ちったぁ頭使いなよ!私が何も考えずにこの場を選んだわきゃねぇだろうが!」

「なっ、しまっ……!?うぐっ!」

(わぁっ!?)

 

 指をくわえてみているだけの一夏ではない。雪片を展開し、後方から猛スピードでオータムへと迫る。そのまま背中を斬ってやろうという目論見は、儚くも不発に終わった。オータムは瞬時に黒乃への攻撃を止め、勢いよく装甲脚を床へと突き刺した。その脚を支点にするようにして飛び、今度は壁に張り付いたのだ。

 

 目の前で攻撃目標を失った一夏は、それまでオータムの正面にて交戦中だった黒乃に突っ込んでしまう。この場を選んだ利点とは、単純に狭さだ。IS1機でも狭いと言うのに、それで満足に実力が発揮できるはずもない。対して蜘蛛型ISは、逆にこの狭さを生かした戦闘が可能のようだ。これだけでも雲泥の差が生まれてしまう。

 

「おいおいみっともねぇ、二次移行したISが泣いちまうぜ。ま、このオータム様とアラクネを前にしちゃ仕方ねぇかもだけどな」

「くっ、悪い黒乃……」

「今は違う」

「ああ、そうだな。今は―――少しでも広い場所に出るのが先決だ!」

「追いかけっこがお望みかい?なら……せいぜい逃げまどえよっ!」

 

 とにかく長細い通路で戦い続ける限り勝機は薄い。2人はオータムに背を見せる事を躊躇わず逃げに徹した。壁からはがれて床に降り立ったオータムは、相変わらずワサワサと装甲脚を動かして追跡を開始する。無論、その間も攻撃の手は緩めない。アラクネの装甲脚固定砲が、荒々しく火を噴いた。

 

「近距離で受けない限りは、そう脅威にはならなそうだな」

(うん、このまま逃げるの続行!)

「チッ、ちょこまかと!やっぱ遠距離戦は性に合わねぇぜ……」

 

 狭い分回避はあってないような最小限のものしか行えないが、それでもエネルギーの減りは乏しい。一目散に距離を開けたのが功を奏したようだ。構わず逃げる2人に苛立ちを募らせるオータムは、射撃が苦手だとぼやく。しかし、全く効果がないわけでもない。射撃は継続させつつ追跡も怠らず。そんなチェイスを続けていると、やがて広い場所へと出た。

 

「ここは……更衣室?そうか、ここと繋がってたのか」

(ロッカーとか障害物も多いけど、廊下よか全然ましっす!)

「……っと。もう逃げなくて良いのかい?ここなら私に勝てますってか。もしそう考えてんだったら……甘めぇ、甘めぇ、甘めぇ!」

 

 追いつつ追われつつ辿り着いたのは、一夏が先ほど着替えを行った更衣室だ。2人が足を止めたという事は、それが自信の裏付けであるとオータムは捉えた。彼女からすればちゃんちゃらおかしい話である。バイザーの下でニタリと笑みを浮かべ、オータムは攻撃を開始。まず初手は―――装甲脚を生かした大ジャンプ。

 

(どぉわ!やっぱり私!?ぐっ、こうも間合いを詰められると―――)

「お得意の連続瞬時加速はどうしたよ。ハッ……したくても出来ねぇよなぁ!」

(うっ、やっぱりバレてる……。だからそんな自信満々だったのかな?)

「テメェとその機体は空中でこそ戦える。広いっつってもこんな閉鎖空間じゃあ……思った通りに動けねぇだろ!」

(あっ……!?ヤ、ヤバ……どうしよ、足、止めちゃったせいで……厳しっ……!)

 

 1回のジャンプで間合いに入られた黒乃は、疾雷と迅雷での反撃を仕掛けた。その行動を見たオータムは、やはりか!……と、嬉しそうに微笑む。疾雷と迅雷はあっけなく2本の装甲脚に防がれ、棒立ちのまま波状攻撃に成す術を見いだせずにいた。そう、普段の黒乃ならば100%QIB(クイック・イグニッションブースト)での緊急離脱を選ぶ。

 

 しかし、オータムの指摘通りしたくても出来ないのだ。気休め程は広くなった戦場だが、やはり刹那からすれば狭すぎる。出力を誤れば、そこらかしこに激突してしまう事だろう。そこから生まれる隙に配慮するならば、やはりQIB(クイック・イグニッションブースト)を使うという選択肢は排除されてしまう。

 

 そうやっていつもの逃げが出来ない黒乃は、頭上から降り注ぐ装甲脚に防戦一方。ついには膝をついてしまうところまできてしまった。するとオータムは、アラクネの両手にカタールを展開。攻撃がより苛烈さを増し、黒乃がいよいよ限界寸前まで来てしまう。

 

「黒乃から離れろ!」

「解り易くてありがてぇぜ。言ったろ、頭を使えってんな」

「何っ!?」

「私が何本同時に脚を動かしてっと思ってんだ?操作技量は並みじゃねぇんだよ!」

「カハッ……!」

(イッチー!)

 

 一夏が援護の為に斬りかかると、オータムはすぐさま黒乃に攻撃している6本んの装甲脚の内3本を防御に転化。残りの3本と両手のカタールは黒乃への攻撃を続行させているというのに、3本を器用に操って振り払う。それは見事に一夏の胴体へとクリーンヒットし、白式を大きく吹き飛ばした。

 

(このっ……よくも!)

(流石に抜けてくるかよ……!)

(続けて喰らえ!)

「ぐおっ!?チィ……しゃらくせぇ!」

 

 とはいえ、一夏の行動も無駄に終わらずに済んだ。シャキンという音を立て、刹那の膝から霹靂の刃が飛び出す。そのまま雷光を吹かすと、黒乃は膝を曲げた状態でオータムの頭上近くまで躍り出る。装甲脚やカタールは無理矢理蹴散らしてしまったのだ。すぐさま黒乃は掌をオータムへ向け、雷の槍を見舞った。

 

 顔面を狙っていた黒乃だったが、寸前のところで身を躱されてしまう。それでも、雷の槍は見事アラクネの肩装甲へと突き刺さる。更に言えば、オータムを大きくノックバックさせる事にも成功だ。このまま追撃といきたいところだが、今の刹那でそれは厳しい。だから―――

 

「任せた」

「任された!これでも喰らえ!」

「なにっ……!?ぐああああっ!クソが、味な真似をしてくれるじゃ―――」

(言ってる場合じゃないっしょ、オータムさん!)

「ぬぅっ!テ……メェらぁ……おちょくってんじゃねぇぞぉ!」

 

 ―――黒乃は一夏に任せる事にした。ロッカーを蹴散らしながら、一夏はアラクネの背に迫る。勢い良く左手を突き出すと、雪羅の荷電粒子砲を見舞う。その衝撃が雷の槍の衝撃を相殺し、アラクネはガクンと大きく揺れて後退を止めた。頭に来たのか喚き散らそうとするオータムだったが、そうはさせてくれない。

 

 今度はまた黒乃が目の前まで接近していたのだ。疾雷と迅雷は仕舞い、その手に握られているのは紅雨と翠雨。大きなダメージは期待できないが、小さく思い切り振れる2本をチョイスした黒乃は、すれ違いざまに両手の小太刀でアラクネに確実へとダメージを与える。たまらずオータムは、またしても大きなジャンプを見せ離脱した。

 

(マ・ジ・で……しゃらくせぇ!報告通りだ、畜生め……。このガキ共、打ち合わせも無しでサクサクコンビネーションを整えてきやがる!)

 

 普段は思い違いばかりだが、こういう時に限って2人のシンクロは素晴らしい。亡国機業も大いに警戒をしているようで、ギリリと歯噛みした。だがそれは一瞬の出来事だった。勇猛果敢に挑んで来る黒乃と一夏には、必ずしも有効打になるであろうワードを思い出し、悪魔のような微笑みを浮かべる。

 

「ヘッ、ちったぁやるようになったんじゃねぇかぁ?無力だったあの頃と比べてな」

「……どういう意味だよ」

「私は実行犯じゃねぇが、初めましてじゃないんだぜ。ウチの組織とテメェらはよぉ!」

「……っ!?まさか、お前ら……!」

(むぅっ、イッチーにこれ以上聞かせるのはマズいよね!)

 

 変則的ではあるが、黒乃は原作におけるワンシーンを思い出した。だからこそ一夏に聞かせてはならないと、オータムが喋りきる前に攻撃を仕掛ける。よほど聞かせてはならないという想いが強いのか、紅雨と翠雨、そして両肘と両膝の霹靂を駆使し、6本の装甲脚相手に互角の手数で火花を散らす。

 

「ハハハ!やっぱ思い出したくもねぇようだな、それなら都合が良いぜ」

(ク……ソ……!妨害、し切れない!)

「第2回モンド・グロッソで起きた誘拐事件、ありゃ私らの仕業だ!私ら亡国機業のやった事なんだよ!」

「やっぱりか……。お前らが……お前らがああああっ!」

「ダメッ!」

 

 必死の妨害も空しく、オータムは喋る余裕を存分に残していた。意気揚々と、何処か楽しそうに真実を告げる。オータムの発言は、一夏の怒りの導火線に火を着け一気に爆破させた……が、すぐさま鎮火されてしまう。黒乃の短いダメという言葉に反応を示した一夏は、とりあえず突っ込むのを思いとどまった。

 

「チッ、余計なまねを!」

(あうっ!?)

「黒乃!」

 

 一夏を誘う作戦をたったひと言で台無しにされ、オータムは激高した。それまで防御に徹していたが、装甲脚を1本の束にして黒乃を殴りつける。地面に叩きつけられた黒乃だったが、吹き飛ばされスライドしつつも頭の上下を入れ替え、金切り音を鳴らしながらブレーキをかけた。

 

「……あぁ、そうそう思い出した。お前は確か強姦されかけたんだっけか。喜べよ、あの2人組はまだ現役だぜ?」

(だ……だから何さ!)

「気が変わった、テメェは生かして連れて帰る。せっかくだから2年越しに犯してもらうと良いさ!もっとも、今度はもっと大量の男を相手しなきゃなんねぇだろうけどな!ヒャハハハハ!」

(…………!あ、あれ……?手……震えて……)

 

 2年経とうが鮮明に思い出せてしまう。あの男2人の下卑た視線……。忘れた気になっていた。気にしないふりをしていた。しかし、堂々とそう宣言されてしまうと、黒乃の身体は自然に震え始めてしまう。乙女化の進行度合いが緩かったのならば、きっとまだ平気だったはず。

 

 だが今の黒乃は、ほぼほぼ純朴な乙女そのもの。いくら持ち前のマゾ気質があろうと、男達に無理矢理犯されるところなんて想像してしまえばそれはもう……。負けない限りそんな事態にはならないと、必死に幻影を取り払おうとする黒乃だったが、時すでに遅し。

 

「捕まえたぜ!」

(いぃ!?し、しまった……!)

「そりゃ怖いよなぁ、仕方ねぇ事だと思うぜ。ハジメテは大事な人に捧げる予定だもんなぁ?」

 

 アラクネの掌が黒乃へと向けられると、そこから何かが飛び出た。それは黒乃の手前で弾けるように広がり、刹那ごと巻き込んで壁まで止まらない。そして、広がったそれはそのまま壁へと粘着する。その全体図は、捻りがないと言って良いほどに蜘蛛の巣そのもの。オータムは、捕らえた黒乃にそう告げながら近づいていく。

 

(ヒッ!や、やだ……寄るな!こっち来るな!やだ、やだ、やだ……だって、私の初めては―――)

「おい」

「……あん?なんだよ、お前の相手は俺だってか」

「解ってるなら早く来いよ」

 

 オータム呼ぶ一夏の声は、どこか静かで鋭い。獣のような野性味は感じられず、声をかけられた方は違和感を覚えた。それでも気にするほどの事ではないと、煽るような口調は継続させる。振り向いたオータムが目にしたのは、雪片を構える一夏。黒乃が捕まっているのに、やはり冷静そのものだ。

 

「冷たいねぇ、大事なお姫様が捕まってるってのによ」

「……怒ってないわけじゃないんだよ。本当は殺してやりたいくらいにお前らが憎い」

(イッチー……)

「けど、常に怒り散らしてたんじゃお前達は倒せない。……黒乃がいつも俺を制御してくれてんのにな。結局、俺がキレた結果が今の黒乃だ」

 

 黒乃が捕まっても冷静な態度を崩さない一夏を、オータムは冷たいと評した。しかし、相変わらず静かにそう返答して見せる。要するに、一夏はスタンスを変えにかかったのだ。常に燃え上がるような怒りではなく、静かに揺らぎ……瞬間的に爆発させる。そうせねば、最高のパフォーマンスなど発揮できない。

 

「だから、もうそういう幼稚なのは止めだ。俺はアンタを倒す。アンタを倒して、黒乃を助ける」

「ハッ、んな気の持ちよう1つで負けてたまるかよ!かかって来いよクソガキぃ!」

「黒乃」

(はっ、はい)

「今助けるからな」

(ふぇっ!?あ、え、は……はい)

 

 心境の変化と言うのは大事なものだ。しかし、オータムはそれをくだらないと一蹴する。アラクネの向きを完全に方向転換させ、一夏を相手取る態勢を整えた。だが一夏は、そんな事は気にも留めずに……穏やかな口調で今助けると告げた。まるでもはや障害など取り除いたかのように。そんな一夏の態度は、オータムからすれば大変面白くない。

 

「テメェ……シカトぶっこいてくれてんじゃねぇ!」

 

 

 




オータムさん書いてて楽しいです。
あらゆる意味でパッションしてるからかも知れません。


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第74話 想いを刃に

「テメェ……シカトぶっこいてくれてんじゃねぇ!」

「くっ!」

 

 叫びながら突進を仕掛けたオータムは、一夏の前方で止まると装甲脚を振り上げる。問題なくガードした一夏だったが、それが次の一手につながってしまうアラクネは非常に厄介だ。装甲脚での鍔競り合いを継続させつつ、残りの装甲脚が一夏を襲う。

 

「そぉら、隙だらけだぜ!」

「それはどうだろうな」

「なにっ!?」

 

 装甲脚の刃が白式に突き刺さろうとするその瞬間、一夏は両手で雪片を構えている状態を解いた。離した手は左腕で、出来るだけ前へ前へと突き出す。そして雪羅の形態をクローモードへ変形、と同時にエネルギークローを高出力で形成した。青白く輝く光の爪が、アラクネの胸部装甲を傷つける。

 

(こいつ、機体の燃費が解ってねぇほど馬鹿ではないはずだ!だとすれば―――)

「そのままで良いのかよ?じゃあ遠慮なく―――斬り裂かせてもらう!」

(とはいえ、このままってわけにもいかねぇか……!)

 

 オータムが考え事をしている間に、アラクネの装甲は火花を上げて傷がだんだんと深くなっていく。その隙を逃さんとでも言いたげに、一夏は更にエネルギークローの出力を上げた。より一層に火花が散り始め、これにはたまらずオータムは一夏の間合いから離れる。

 

「……テメェ、エネルギー度外視で攻めて、本当に私に勝てると思うかい?」

「思ってるからそうしてんだ。言ったろ、俺は怒ってないわけじゃないんだよ」

 

 普段よりかなりクレバーな攻め手ではあるが、白式のエネルギー効率を考えると些か飛ばし過ぎに見える。オータムは1発で一夏がエネルギーを度外視した戦法なのだと察した。その出力は、曰く自分の怒りを体現しているのだと一夏は語る。果たしてそれが吉と出るか凶と出るか。

 

「そうかい……。んじゃ、今度は手数で攻めさせてもらう!」

「ああ、来いよ!」

 

 堂々とした勝てる宣言に、オータムは片眉をピクリと動かして反応を示した。だが、所詮は小僧の戯言だと脳内で処理したらしい。ガキの相手は疲れるぜ―――とも言いたげな様子から、一夏は自らが軽んじられている事を察する。それで良い、せいぜいナメてろ―――ひと泡吹かせてやるよ。そう心に抱き、迫りくるオータムを待ち構えた。

 

「うぉらっ!でやぁああああっ!」

(……見える)

「なっ……!?このっ、クソガキが!」

(……防げる)

(…………!?ど、どうなってやがる……!)

 

 6本の装甲脚と、手元に呼び寄せた2本のカタールを器用に操り、オータムは手数に任せた連続攻撃を仕掛ける。いつもの一夏ならば、あるいは押し切られていたであろう怒涛の攻撃。しかしどうだろうか。白式の腕部や使える装甲は使いつつだが、そんな攻撃を捌き切っているのだ。

 

 一夏の静かな怒りの影響か、はたまた……。とにかく、今の一夏には見えていた。装甲脚の迫るタイミング、コース、その他諸々―――全てが手に取るように。まるで人が変わったような動きの変化に、オータムは動揺を隠せない。そこから生まれる僅かな隙を、一夏は見逃さなかった。

 

(反撃、できる!)

「何ぃっ!?」

「そこだああああっ!」

「ぐおあっ!」

 

 僅か。本当に僅かとしか言い難い程に、オータムの操る装甲脚の足並みが乱れた。その瞬間を狙い、一夏は雪片を太刀筋もクソもないフォームで振りかぶる。雪片と装甲脚はカチ合い、思い切りの良さから雪片に軍配が上がった。まるでパリィされたかのように弾かれたアラクネは、グラリと後方に大きくのけぞる。

 

 紛れもないチャンスだろうと、一夏に油断はない。至近距離だろうがスラスターを大きく吹かし、一気に前へと飛び出た。そしてオータムとすれ違う刹那、アラクネの腹部辺りを斬り裂く。今度の太刀筋は綺麗そのもの。空をなぞる雪片の軌跡がなんとも美しい。

 

「まだだ!」

「うおっ!?」

「アンタは強い、それはすげぇ解るよ。だから―――小細工も大細工もするしかないだろ?」

「っのガキ―――」

「ぶっとべ!」

「がああああっ!?」

 

 大きく前へ出たと言っても、PICですぐ止まれるよう計算された出力に一夏は抑えていた。ズシンと大きな音を立て、白式の足が設置するのと同時に勢いよく反転。グラつくアラクネを支えていた残った2本の装甲脚を、無慈悲にも救い上げるように切り払う。

 

 それに伴い、アラクネは見事にダウンしてしまう。そしてその間に白式を優しく宙へ浮かせ、無防備となった背中に左手を添える。雪羅の形態は、レールガンモード。オータムが大勢を立て直そうとした時にはもう遅い。一夏は雪羅の引き金を引き、高威力の荷電粒子砲をゼロ距離で放った。

 

 一夏の宣言通り、アラクネは大きく吹き飛んでいく。とは言っても、その特異なディティールのせいか浮く事はなく地面をスライドしつつだが。先ほど一夏が倒したロッカーを更に蹴散らしつつ遠くへ行ってしまうその様子は、何処かボーリングをほふつとさせた。

 

「―――ソが……。このっ……クソガキがああああっ!ちょっと遊んでやったら調子乗りやがって!殺す……殺す、殺す殺してやる!絶対にぶっ殺してやらああああっ!」

「……なるほど、普段の俺はこんなだったわけだ。ハッ……そりゃ上手くいかないに決まってるよな」

「うぉらああああっ!!!!」

「ただ俺も―――そろそろ少し、爆発させてみるか」

 

 ゆっくりとアラクネを立ち上がらせたオータムは、泣く子も黙るかのような殺気と共に叫び散らす。格下で、それも男に無様な姿にさせられたとなると、彼女はプッツンしてしまうだろう。一夏から言わせれば、それがダメなのだ。今まで自分がそうしてきたと思うと、どうにも自嘲じみた表情を浮かばせざるを得ない。

 

 しかし、やはり負の感情も時として力となる。何度も言うが、一夏も怒っていないわけではない。しかし、今の状態は怒っているからこそ、確実に倒さねばならないという感情の制御からくるものだ。だが、オータムがかつての自分のように怒りを露わにするというのなら、一夏も少し、ほんの少しだけ爆発させる決意を固めた。

 

 オータムが雄たけびと共に攻撃を再開させたと同時に、一夏も動き出す。今度の攻撃はある意味先ほどよりも厄介かも知れない。とにかくやたらめったらエネルギーネットと装甲脚固定砲を乱れ撃ちしているのだ。狙いなんてあったもんじゃない攻撃を、一夏は鍛えたマニュアル操作で掻い潜る。

 

(問題ない……避けられる!楯無さん、ありがとな!)

「クソが、ちょこまかちょこまかと鬱陶しいガキめ!」

(この動きって、確か……)

 

 一夏はオータムの周囲を旋回するように移動して、ジワジワと旋回の輪を狭めて距離を詰める。シチュエーションは異なるが、黒乃はこの動きにどうにも見覚えがあった。それは原作において、一夏が捕まる寸前の動作に酷似しているではないか。

 

 楯無が一夏に仕込んだのは、雪羅の、特に荷電粒子砲形態の有用な扱いに関してだ。単純に一夏が遠距離からソレを撃った場合、命中率は限りなく低い。ならばどうするか、接近して撃ってしまえば良い。最初から荷電粒子砲を遠距離武器と思わなければ良い。

 

 だからこそ楯無は、複雑なマニュアル操作を一夏に叩きこんだのだ。接近する技術を磨けば、それは零落白夜を当てる技術にも繋がる。この動きはその一端。相手の周囲にまとわりつくように旋回し、隙を突いて瞬時加速で接近―――攻撃という流れだ。しかし―――原作ではこれを狙って捕まってしまうのだ。

 

(ダメ……ダメだよイッチー!このっ、はがれろよ……私は、イッチーを手伝うって決めたのに!)

「今だっ!うおおおおっ!」

「ハッ……かかったなクソガキィ!」

 

 一夏を捕らえられてたまるか。黒乃は自分本位の考えは放棄し、本気で一夏を助けたいと暴れて見せる。だが、エネルギーネットは刹那込みでもびくともしない。そうこうしている間に、ついにその瞬間が訪れてしまった。一夏はタイミングを図り瞬時加速、猛スピードでオータムへ突っ込んでいく。

 

 しかし、それまで周囲を攻撃し続けたオータムは、その手をピタリと止めた。攻撃開始しばらくは本気で狙いを定めずに行動していたオータムだったが、途中からは演技が含まれていたのだ。オータムは一夏の方へ手をかざし、エネルギーネットを射出し一夏を捕縛―――

 

「かかったのは……アンタの方だ!」

「なっ、こっ……この動きはまさか!?」

QIB(クイック・イグニッションブースト)!?)

 

 黒乃の知っている光景とは違い、急に一夏は方向転換して見せた。エネルギーネットを触れるギリギリまで引きつけ、その手前で真横に瞬時加速。そう、この動きは―――紛れもないQIB(クイック・イグニッションブースト)だ。一夏はオータムが冷静であろうとなかろうと、初めからこれを狙っていた。

 

 QIB(クイック・イグニッションブースト)の原理としては、常にダダ漏れのエネルギーを放出し続ける雷光からエネルギーを取り込む。更に瞬時加速をした際に数割のエネルギーが循環、再利用される。これにより刹那は連続の瞬時加速を可能にするのだ。無論、白式にそんな機能はない。だから一夏は、少しだけ細工を施した。

 

 白式が二次移行したことにより、ウィングスラスターは2枚増えて計4枚に。一夏はまずこのうち2枚を使って瞬時加速、オータムに真っ直ぐ突っ込んだ。そして残った2枚で瞬時加速。つまり、4枚のスラスターを2枚ずつ交互に使ってQIB(クイック・イグニッションブースト)を再現したのだ。しかし―――

 

「馬鹿な!刹那と違って、白式に身を守る機能なんざ―――」

「ああ、ねぇ。そんなモンねぇよ、俺の白式にはさ。けど―――アンタを倒せるんなら、こんくらい安い!」

 

 そう……刹那には連続で瞬時加速をする為、操縦者を保護する機能もある。具体的に言えば、瞬時加速を行った際に一瞬だけバリアが張られるというもの。一夏は今のQIB(クイック・イグニッションブースト)で、肋骨を無事ではないレベルで負傷している。痛いと叫んでしまいそうなのをグッとこらえ、ついに一夏は―――秘めた怒りを爆発させる。

 

「少しだけ、やつあたりさせてもらうからな」

「くっ……!」

「まずは―――怖い思いをした黒乃の分!」

「なっ、なにぃいいいい!?」

 

 無防備となったアラクネの懐に潜り込んだ一夏は、ビシッと左手の指先をそろえる。そして雪羅をブレードモードへ変形。高出力のエネルギーブレードを形成し、苦し紛れの防御を見せたアラクネの装甲脚3本を切り落とした。これによりアラクネはバランスを崩すが、瞬時にPICを制御してなんとか態勢だけは保つ。そう、態勢だけは。

 

「次っ!連覇を台無しにされた千冬姉の分!」

「クソッ、クソが!どうなってやがる……気合でどうこうの問題じゃねぇはずだろ!?」

 

 次いで一夏はアラクネの反対方向に回り込み、またしても防御に使われた3本の装甲脚を切り落とす。完全に蜘蛛型というコンセプトを殺されたアラクネは、なんとも見るも無残。PICで浮きつつも完全に支えを失ったアラクネは、ガクリと前方によろけ、そして―――

 

「そしてこいつは―――俺の大切な2人に辛い思いをさせたお前らに対する……俺の怒りっ!俺の分だああああっ!」

「こ……の……畜生がああああああっ!」

「うおおおおおおおおおおっ!!!!」

「ぐおあああああっ!?」

 

 倒れ込んで来るアラクネの真正面に立った一夏は、ブレードモードを継続させつつ零落白夜を発動させた。雪片弐型は展開し、雪羅のブレードと同じ青白い光を放つ。そして一夏は、雪片と雪羅を交差するように振るい―――二刀流にてアラクネの胸部へと交差する2本の斬り傷を刻む。

 

「ハ、ハハハ……動く、まだ動くぜぇ!テメェだけは生かしちゃ帰さねぇぞ!」

「なにっ!?」

(イッチー!)

 

 これで決まったかと思いきや、ガクガクとした動作ながらアラクネはまだ動いていた。恐らくは、機体が全身装甲であるが故だろう。非常に無様な恰好だが、今のオータムはとにかく一夏を殺す事が出来るなら何でも良い。細長い腕を片方伸ばして白式を掴むと、片方の手にカタールを持ち刺突を見舞う。

 

 現在の白式は、ほとんどエネルギーなんて残っていない。恐らくは絶対防御に回せるエネルギーもないはずだ。となれば、カタールが刺されば一夏は死ぬ。瞬間、黒乃の中で何かが弾けた。一夏を喪いたくないという強い想いが、黒乃を突き動かした。

 

「うわああああっ!」

「む、無理矢理―――引きちぎりやがっただとぉ!?」

(貴女は―――貴女だけは許さない!神翼招雷!)

 

 黒乃は壁と密着した状態ながらも、全力のOIB(オーバード・イグニッションブースト)を発動する。ギチギチ、ミチミチと音を立てながら、やがてアラクネのエネルギーネットは断たれてしまった。そうして続けざまに神翼招雷を発動。かなりのエネルギーを回したのか、雷の翼で天井を斬り裂きながら前へと進む。

 

(とりあえず、イッチーから離れろこの年増!)

「うおおおおっ!?こ、このガキ!」

「くっ……助かったぜ、黒乃!」

(よっし、いくぜ!私のこの手が真っ赤に燃える!家族を救えと轟き叫ぶ!)

 

 オータムに接近し切る前に、黒乃は左腰の鳴神を抜刀して勢いよく投げつけた。まともな移動も行えないアラクネでは回避が困難なのか、オータムは一夏を放り投げてからフリーになった両手にて何とか体勢を変えた。鳴神は、大きな音を立てて地面へと刺さる。

 

 後はもはや黒乃の勝ちのようなものだ。倍加して放出したエネルギー翼は、神翼招雷の効力にて更に倍加しながら刹那の右手へと流れていく。エネルギーの密度の高さを表すかのように、その右手には赤黒い雷が迸る。そうして黒乃は、アラクネの頭部を思い切り掴んだ。

 

(爆・熱!ゴオオオオッドッフィンガアアアア!)

「このっ、離しやが―――」

(ヒィィィィトッエンドォッ!!!!)

「ぐああああっ!!!!」

 

 右手一点に4倍増しのエネルギーを集中させる事により、故意にオーバーフローさせ大爆発。それにより再現した爆熱ゴッドフィンガーは、アラクネのバイザーを砕け散らさせながらオータムを反対側の壁まで吹き飛ばす。露わになったオータムの素顔の一部は、怒りを露わにするかのよう歪んでいた。

 

「クソが……。流石に、ここまでか……!」

「ぐっ、くっ……!逃げた……のか……?」

 

 とはいえ、引き際と言うのは心得ているらしい。アラクネの人型部分と蜘蛛を模した尻部分が分離すると、尻部分が自爆してしまう。凄まじい煙を巻き上げ、密閉空間では少しばかり苦しい。しばらく待つと、2人の目に映ったのは壁に空いた大穴のみ。恐らくは、穴を空けて脱出を試みたのだろう。

 

「けど、なんとかなったな。黒乃、本当にサンキュー。最後はマジで危なかっ―――」

(何とかなったじゃないよ!こんな、こんなおっきい痣を作っちゃって……何とかなったじゃないってばぁ……)

「あ、いや、これはさ……その、ほら、とにかく必死だったから。大丈夫だって、大した怪我じゃない」

「……馬鹿。馬鹿っ……!」

「黒乃……」

 

 呑気な様子を見せる一夏だったが、そうはいかないと言わんばかりに黒乃がISスーツを捲る。すると、やはり肋骨周辺が青紫色に変色していた。これがQIB(クイック・イグニッションブースト)を無理矢理にでも再現した代償である。一夏は黒乃を心配させまいと必死に言い訳を重ねたが、それは逆効果だった。

 

 QIB(クイック・イグニッションブースト)の恐ろしさは、本家本元である黒乃が一番よく知っている。刹那ですら時たま怪我をしそうな時があるのに、それ以外の機体でやるなど言語道断。黒乃はギュッと一夏のISスーツを握りつつ、額を胸に押し付ける。そうして、泣きそうな声色で馬鹿だと一夏を称した。

 

「ああ、そうだな……やっぱ俺は馬鹿だ。けどさ、怪我しないのが賢いんだったら―――俺は一生馬鹿で良い」

「っ…………!」

「今までさ、ずっと言う資格がないと思ってた。けど、そんなの詭弁だったんだなって……。黒乃、俺は……お前の為にならいくらだって辛い目にあってやる」

「どう……して……?」

「俺がそうしたいから。俺が、黒乃を守りたいからだ。どんなに辛くって、痛くたって、黒乃がこうして無事でいてくれたらさ……俺はそれで良い」

「…………」

「だから俺がお前を守る。ずっと、一生、黒乃の傍で、黒乃を守ってみせるから……」

 

 いつしか交わした昴との会話を、一夏はなんとなく思い出していた。黒乃と歩む道は茨の道。きっと、こういう事も含めてなんだろう。けれど、一夏は答えた。その身を挺して黒乃を茨から守ると。きっと、有言実行した結果がこれなのだろう。きっと……こういった事はまだまだ続くんだろう。

 

 いくら傷つこうと、自分を守ると一夏は言った。黒乃ならば、自分の為にそんなに必死にならないでと思うのだろう。本人もそう思っているし、その考えを一夏に伝えたかった。しかし、一夏の言葉が嬉しくてたまらない。自分の為に無理されるのは申し訳ないと思うのに、どうして今は―――

 

(あぁ、もう……ずるい。いつだってイッチーはそうだ。なんでそんなに、私の為に私の為にって……。そんなの、そんなの……!)

「おっと。黒乃……?肯定―――って事で良いんだよな」

(好きになるに決まってるじゃん!)

 

 ついに、黒乃が自らの抱く一夏への恋慕を認めた。いや、事実たった今芽生えたのかも知れない。完全に女性として生きていく決意を固めたのは、ほんの少し前の事だ。どうにも一夏の言葉が、女性の自分として受け止められる。これまでは?マークが浮かんでいた言葉も、全てか弱い乙女として受け止められる。

 

 それを抜きにしても、やはり黒乃はずっと前から一夏の事を好いていたのだろう。そんな大きな感情を、ずっと心の奥底に追いやって追いやって、そのせいで追い詰められ。だがもう違う。認めてしまえば本当に楽なものだ。黒乃は、何か背負っていた重い物が消え失せるかのような心地だった。

 

 IS学園に来てから、己に心境の変化があったのは自覚がある。しかし、大半が一夏へ向いていた愛情だと思うと、もはや黒乃はどうして良いのか解らない。ただ今は、今だけは……一夏の温もりを肌で感じていたかった。負傷個所を刺激せぬよう配慮しつつ、黒乃は一夏に固く抱き着く。

 

「……温かい」

「ん、そうだな。黒乃とこうしてるとさ、心も身体も温かい」

 

 IS展開中だが、2人の身長差にさほど影響はない。互いの温もりを感じられる程度には、しっかりと密着する事が出来る。何より黒乃は、半端な物ではない充実感に満たされていた。一夏とこうしているだけで満たされる。充実感が、一夏に対する想いを加速させる。だから黒乃は、伝えなければならない言葉があった。

 

「守ってとは……言わ……ない……」

「黒乃……?」

「私……も……貴方と……一緒に……戦う……か……ら……。だか……ら……―――」

「……ハハッ、うん……ありがとう。そうだな、これからも一緒に戦おう。なんたって、俺と黒乃が同時にフィールドへ立った勝率、100%継続中だもんな」

 

 一夏は自分を守ると言う。だが、そんな一夏はいったい誰が守るのか。ならば自分が守れば良い。守って守られる。そんな関係でいられれば、黒乃は強くあろうとしていられるのだ。共に生き、共に戦う。そう、最期の瞬間が訪れるまで。今となっては愛する人となった共に生きる。

 

 息も絶え絶え、声を出すと言う行為すら辛そうで―――それでも伝えたかった黒乃の言葉を耳にして、一夏はそれで良いと思えた。何故なら、やはり自分にとって黒乃はなくてはならない存在だから。そんな存在が自分と一緒に戦ってくれると言うのなら、一夏はもはや誰にも負ける気が起きない。

 

「い……ち―――」

「うん?」

(あ……れ……?言えない……続きが!?好きって……言えない……!?)

 

 溢れる想いを抑えきれず、黒乃は雰囲気に乗じて己の気持ちを伝えようとした。しかし、好きというたった2字が口に出来ない。それまでなんとか喋れていたのに、口がパクパク開いたり閉じたりするのみ。そうなると原因は1つ、ファッキンゴッドの仕業である。

 

(こ、こ、こ……殺してやるーっ!畜生、マジでふざけんなよファッキンゴッド!ぜってぇ愉悦ってんな!苦しむ私を見て楽しんでんな!?誓った、絶対殺す!ホント殺すーっ!)

「黒乃、もう良い……無理はすんな。お前の気持ちは解ったから」

(いや、解ってないね!だってこれから伝えようとしてんだもん!……けど、まぁ、良いか……今はね。も少し、も少しだけ……イッチーにギュッとされとこ……)

 

 一夏の腕の中という事も忘れて、内心で絶対に聞かせられない物騒な罵詈雑言を並べる。ギリギリと歯噛みして悔しがっていたが、一夏の腕に込める力が強まると、逆に黒乃の緊張は解きほぐれていった。黒乃ははふぅと溜息を吐くと、猫のようにじゃれつく。とにかく今は、一夏の温もりを堪能する事に従事する事にした……。

 

 

 



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第75話 流転と逆転(表)

今話は表が黒乃とその周辺の視点で、裏がその他人物の視点となっています。
ややこしくて申し訳ありませんが、読む際は注意してください。
いつも通りにどちらから読んでも差支えはないかと。


『おい貴様ら、現状が解っていないのなら1から説明してやるぞ?』

「うわああああっ!?ち、千冬姉……?」

『織斑先生だ。で、説明は必要か不要かハッキリしろ。さもなくば貴様らがいかに愚かしい行為をしているか延々―――』

「わ、解った!解ってます!さっきの女を追えば良いんでしょう……」

『お前は先に篠ノ之の所へ寄るのを忘れるな』

 

 抱き合った状態の2人の耳に、慣れ親しんだドスの利いた声が鳴り響く。あまりに突然にそう言われ、どちらも考えるよりも先に身体が離れる事を選んだ。後に続いた千冬の小言は、要するにイチャイチャするのはテロリストを捕縛してからにしろという事らしい。話はそれだけなのか、手早く通信は切れてしまう。

 

「じゃあ、その……行動開始だな!白式を展開しっぱなしだといつ動作が停止するか解らないからさ、俺は生身で箒を探すよ。向こうも絢爛舞踏が発動しないとか言ってたし……」

(わっ、解ったよ!じゃあ私はモッピー以外の皆と合流―――っと、鳴神を引っこ抜かんと)

 

 千冬は恐らく管制室か何かで様子を見ていたのだろう。だとすると、1人で居たというのは考えにくい。イコールして、もっと大人数に見られていたという事だ。2人共そんな方程式が容易に想像できてしまったのか、どこか照れくさそうにしつつ話題をそらしにかかる。

 

 一夏は白式を納め、黒乃は地面に突き刺さったままの鳴神を引き抜こうと必死だ。かなり深く刺さっているようで、刹那のフルパワーをもってしても簡単に抜けはしない。よいしょよいしょと格闘する事しばらく、スポリと鳴神が抜けたのは良いのだが、勢い余って手元から離れて飛んで行ってしまう。

 

(どわっ!?)

「……!?く、黒乃?」

(わーわー!違う、違うから!意図してやったことじゃ……)

 

 鳴神は勢いよく回転しながら山なりに吹き飛び、立ったまま無事なロッカーに突き刺さった。一夏は既に行動を開始していた為、一部始終を見ていない。ただただロッカーに鳴神が突き刺さった音に驚き反応し、目を白黒させるばかり。これを意図した行動と思われるのが嫌なのか、慌てて黒乃は鳴神へと手を伸ばす。

 

(ん……?いや待て、落ち着け。このまま慌てて引き抜いたらまたどっか飛んでっちゃうかもしんない。だからここは……斬っとこう)

「…………?」

(うん、不思議がられてはいるけど引かれてはないね!なら良し……)

 

 ここで焦るのが自分の悪癖であると、黒乃はいったん心を落ち着けさせた。そして再度鳴神に手を伸ばし、柄をしっかりと握る。そうして、両腕に力を込めてロッカーを中ほどから縦に斬り裂く。ちなみにだが刃が上の状態だった為、振り方は斬り上げ。これで黒乃の両手にキチンと鳴神が収まった。

 

 とにかく今の黒乃にとって、一夏にどう評価されるかが全てらしい。内心で満足気に鞘へと鳴神を収める黒乃に対し、一夏は首を傾げるばかり。不可解ではあるが、黒乃の事だから何かしら考えがあるよな、程度に自らを納得させ、何を言うでもなく走り去って行く。

 

(さて、じゃあ行こう。多分だけどあの子が来るだろうけどさ、四の五の言ってられんよ。だって―――イッチーの為だもん)

 

 ぷはっと短く息を吐くと、刹那の脚部は軽くフワリと地面から浮き上がった。そうして、決意を新たにオータムの開けた壁の風穴から外を目指す。やはり閉所での刹那の操縦は慎重さを要求されてしまうが、黒乃は難なく突破し太陽煌く大空の下へ飛び出た。

 

『藤堂、聞こえるか?』

(うん、よく聞こえる)

『どうやら先ほどの女は確保されたらしい。近江とボーデヴィッヒを探して合流せよ。……念のためだが、お前も警戒にあたれ』

(了解!)

 

 狭い通路から脱出すると同時に、再び千冬から通信が入る。内容は、オータムの確保に成功との事。とりあえず指示に従うべく、黒乃は高度を一気に上げた。するとハイパーセンサーを使うまでもなく、シュヴァルツェア・レーゲンを展開するラウラを発見。黒乃は一気に接近し距離を縮めた。

 

「姉様……。あまり心配はしていなかったが、無事で何より」

(ありがと、ラウラたん。ところで、とんだオーバーキルだねこれ……バリアか何か?)

「たまたま僕が逃げた先で彼女と居合わせてね。シールド発生装置で作った簡易的な檻に入ってもらいつつ、ボーデヴィッヒさんがAICをかけてるのは念のためかな」

 

 原作からしてAICで捕まるのは知っていたが、オータムを囲む半透明の物体が黒乃としては気になって仕方がない。ノックするように数回叩いてみると、未だ王子姿の鷹丸が解説を入れた。シールド発生装置という事は、シンデレラ用に持ち込んでいたのだろう。

 

「そういうわけだ、姉様。こちらは私達に任せ、姉様は避難誘導を―――むっ、あ、いや……済まない姉様……。些か配慮の足りない発言だった」

(ああ、いやいや……気にせんよそれくらい。というか、ちー姉もそれ込みでこっちに回したんだろうし)

「まぁ、退屈だろうけど僕らはのんびりいこうよ。ね、オータムさん」

「このっ……!ざっけんなクソニヤケ面ぁ!」

 

 黒乃に避難誘導は不可だ。喋る途中で自らの失言に気が付いたラウラは、伏し目がちに謝罪を述べる。本人は全く気にしていないが、どうにも空気は気まずいものに。そこへ茶々を入れるかのように、鷹丸がオータムを煽りにかかった。捕まっている側からすればたまったものではない。

 

 AICの影響下でろくに身動き出来ないにも関わらず、オータムは歯をむき出しにしながら吠える。その様はまるで野犬のようだ。おっと怖い……なんて言いながらわざとらしく飛びのいて見せるからまた腹立たしい。こんな状況でもぶれない鷹丸に、どうにも呆れがちな表情を見せるラウラだが、瞬時に引き締めざるを得ない事態が―――

 

「「!?」」

「うん?2人共、どうかしたかい」

「いえ、哨戒に当たっていたセシリアと鈴の反応が……。残った反応は―――サイレント・ゼフィルスだと!?」

(来たか……。なんでちー姉が教えてくれんかったかだけど……今は考えてる暇はない!)

「なっ、姉様!?」

 

 警戒に当たれという指示にしっかりと従っていた2人は、ハイパーセンサーにて確と察知できた。それは、突如としてブルー・ティアーズと甲龍の反応が消失したという事態。更には1つISの反応が残っている事から、撃墜されたというのは容易に想像がついた。

 

 願わくば来ない事を願っていた黒乃だったが、そうなってしまったのならば仕方がない。学園に襲来した彼女を迎え撃つべく、雷光の出力をハイパワーに上げて上空へと飛んだ。意識を集中させるまでもなく、敵影は既に学園の敷地内へと入ろうとしている。そうはさせまいと、OIB(オーバード・イグニッションブースト)で一気に距離を詰めた。

 

(待ってたよ―――マドカちゃん!)

「…………」

 

 イギリスから強奪したブルー・ティアーズ2号機とも呼べる機体、サイレント・ゼフィルスを駆る少女―――織斑 マドカを名乗る謎の少女。その正体は様々な仮説と憶測を呼んでいるが、それはもはや黒乃にとってどうでもよかった。ただ―――彼女の存在が、一夏を悩ますという事だけで戦う動機としては十分だ。

 

(……ハッピーエンドには、キミとイッチーの対話が必要なのかもね。でも―――)

「…………」

(大好きな人をさ、曇らせたくはないじゃん?だから私は―――キミを、倒す)

 

 恐らく、黒乃にとって初めてなぁなぁでなく―――ハッキリとした意志を持って倒すと断定した存在だろう。彼女がそれを解したかどうかは不明だ。それでも、マドカは周囲の空気が変わるのを肌で感じていた。ユラユラと漂うような空気感から、まるで刃を首元へと突き付けていられるような―――そんな感じの。

 

「……フッ」

(藤堂 黒乃、推して参る!)

 

 目測でもかなりの距離が空いているせいか、黒乃にはマドカが笑った事を察知できなかった。勢い良く鳴神を抜刀、と同時にOIB(オーバード・イグニッションブースト)でマドカに接近を仕掛ける。無抵抗のまま近づけさせても良かったマドカだが、まるで一応とでも言いたげに射撃を開始した。

 

 ブルー・ティアーズ2号機というだけあって、サイレント・ゼフィルスは射撃型機体だ。ただ、あらゆる点においてブルー・ティアーズの上をいく。まず初手にマドカが構えたレーザーライフルは、スターブレイカーという。射程、威力ともに改良されているため、刹那では掠らせるのもまずいかも知れない。

 

「…………」

(そんな射撃!)

 

 直線的な射撃は、黒乃にとって最大級に避けやすい攻撃である。OIB(オーバード・イグニッションブースト)継続中ながら、細かに進路を変える事によって楽々回避。ただ、黒乃はマドカがこの程度でない事を知っている。調子には乗らず、とにかく己が剣の届く範囲まで接近する事にのみ意識を向けた。

 

「…………」

(ぬぅ、そりゃ使ってくるか……)

 

 サイレント・ゼフィルスの蝶の羽にも似たスラスターから分離したのは、6基のBT兵器である。そう、ブルー・ティアーズが4基の所を6基。全てのBTは向かってこず、4基が黒乃を囲む。残りの2基がマドカの傍らだ。こちらの方が厄介とも言えるが。

 

「……やれ」

(くっ……!)

 

 6基のBTは、マドカの指示の元同時に攻撃を開始した。こればっかりは真っ直ぐ飛んでもいられず、黒乃はOIB(オーバード・イグニッションブースト)を中止させた。様々な角度、方向からレーザーの猛攻が襲う。だが強引に近づこうものならば、前方2基の集中砲火にあってしまう事請け合い。さすれば―――

 

(神翼―――招雷!)

 

 一撃でそれら全てを葬り去ってしまえばよい。神翼招雷の発動と共に、巨大な雷の翼が雷光から吹き出る。そしてすぐさま刹那へと供給。倍加されたエネルギーは、両掌へと配分される。一連の動作中に素早く鳴神を仕舞った黒乃は、両手を前方へと突き出した。

 

(いっけぇ!)

「チッ……!」

 

 まばゆい赤黒い光を放ちながら、エネルギーが更に倍加しながらレーザーとして照射される。当たれば即撃墜まで持っていかれるであろう威力を前に、流石のマドカも回避行動を取った。直線的な攻撃故に回避は容易い。しかし、回避を優先するあまりにBTの操作が疎かになってしまう。黒乃はこの隙を待っていたのだ。

 

(寄って斬る!)

「くっ、小賢しい……!」

 

 レーザーを照射し終えると同時に、黒乃はマドカ目がけてOIB(オーバード・イグニッションブースト)での接近を試みる。BTで追いかける隙も与えず、瞬時にマドカの懐へと潜り込んだ。そして、仕舞った鳴神を居合斬りのように抜刀、攻撃を仕掛ける。しかし、それは寸前のところでシールドBTであるエネルギー・アンブレラに防がれてしまった。

 

(むぅ、惜しい!けど、攻め手が全くないわけじゃないのが解ったから―――らぁ!?う……ぁ……。あ、頭が割れるように痛い……!これって、もしかしなくても!?いやいやアカンよ!出てくるにしてもタイミング悪すぎで―――)

 

 当てられなかったがしつこい追撃はせず、黒乃はOIB(オーバード・イグニッションブースト)を継続させつつ距離を開けた。とは言え、遠距離では分が悪い。次はどう攻めるかと思案していると、突如激しい頭痛が黒乃を襲った。端から観察しても苦しむ様子を見せる為、マドカですら思わず手を止める。

 

 本人には、この頭痛に心当たりがあった。忘れもしない、驚愕の事実が発覚した際と同じ頭の痛み。それはつまり、彼女の出てくる合図だと黒乃は悟った。今出られては自分も彼女も困るだろうと、黒乃は必死で抑え込もうとするが、努力も空しく強制的に選手交代させられてしまう。

 

「…………あ、あれ……もしかして、タイミング悪い時に入れ替わっちゃった……?」

「何……?貴様、情報では喋られないはずでは―――」

(わ、わっ!?そっか、喋んない方が良いんだよね……多分だけどお兄さんも困っちゃうだろうし。えっと、無表情無表情……)

「……まぁ良い。取るに足らん事だ」

 

 周囲をきょろきょろと見渡した藤堂(・・) 黒乃(・・)は、思わずそう口に出してしまった。黒乃=喋らず無表情という固定概念のせいで、マドカは思わずそう指摘する。そう返されると、黒乃は慌てて口元を手で塞いだ。明らかに交戦状態であると言うのにこの余裕、天然なのか大物なのかはたまた……。どちらにせよ、マドカは待ってくれない。

 

「そら、喰らえ」

(大丈夫―――私ならできる!だって、私は彼でもあるんだから!)

「なにっ……?」

 

 どうやら、感覚的に刹那の操作を理解しているらしい。操縦桿を握る黒乃の目に、不安は全く宿っていない。そうしてマドカが攻撃を再開、黒乃も回避行動を始める。するとマドカは、驚愕を隠し切れない。何故なら、先ほどまでと動きのキレが全く違うから。

 

(うん、いける!やれる!)

(なんだこの無茶苦茶な動きは!?ただの人間に、これほどの動きを耐える肉体があるはず―――)

 

 黒乃の飛び方は、QIB(クイック・イグニッションブースト)OIB(オーバード・イグニッションブースト)を駆使して急停止と急発進を連続するかのようだ。しかもQIB(クイック・イグニッションブースト)は威力を微調整して、全く止まる事がない。6基のBTによる射撃は、全てギリギリのところで躱してしまう。ギリギリとは言いつつ、あえてそうしているのだが。

 

(あの女、わざと引きつけて避けているというのか―――ナメた真似を!)

(……!見かけによらず熱くなる方……かな。こうも私に集中しちゃったら―――)

「しまっ……!?」

(攻撃するには十分な隙だよ!)

「ぐ……くっ……!このっ、小癪なっ……!」

 

 少しばかり黒乃に当てる事へ躍起になってしまったマドカは、自らの過ちに気が付いた。先ほどまでとは違い、隙のない布陣を崩してしまったのだ。おかげで、全てのBTは黒乃に引きつけられている。ハイパーセンサーで周囲のBTの状態を確認した黒乃は、OIB(オーバード・イグニッションブースト)で一気にマドカへ接近した。

 

 今度はエネルギー・アンブレラで防ぐ暇もなく、鳴神による鋭い斬撃を右肩から斜めに喰らう。自らの失態を認めたくないのか、マドカは黒乃を睨み付けた。そんな視線に射抜かれた黒乃は、マドカの目から自分に向けられる個人的な感情を感じている。簡単に言うならば、憎悪―――

 

(なんだろ、この子……。そういえば、初めて会った気がしないような……?)

 

 黒乃は更に、妙な親近感を感じたのだ。バイザーで顔が隠れているのに、なんとなくそういう目をしているのだなと悟れるという事は、とても身近で良く知っているかのような―――初めて会う少女にそんな感覚を抱く。そうやってマジマジと少女を観察していると、口元がグニャリと歪むではないか。

 

「なるほどな、それはそれで面白いそうだ」

(っ!?来るの……ってあれ!?し、しまった……!)

 

 小さくそう呟くと、マドカはサイレント・ゼフィルスを全速前進させ突っ込んでくる。すぐさま身構えた黒乃だったが、マドカは遥か横を通り過ぎてしまう。その背は刹那の機動力で余裕に追えるが、今度は黒乃の失態だった。そもそも、マドカの目的はオータムの回収のはず。だとすると、IS学園に踏み込んでくるのを想定しておくべきだった。

 

(さて、此処か。確かに見る限り逃げ遅れている者が多いな。ならば……)

(そんな……あの子、まさか!?)

「攻撃開始だ」

「だ……めええええええええ!」

 

 IS学園敷地内の上空にて、マドカは避難の遅れてしまった者達の集団を眺めた。中には昴や朝日も居るではないか。するとマドカは、スターブレイカーを構えBTもフル展開。この時点で何が起きるか察した黒乃は、全速力で集団の前方へ降り立つ。そのままマドカに背を向け、神翼招雷を発動させて雷の翼を広げる。

 

「ハッ、やはりそう出るか!ならば望み通りにしてやろう!」

(ぐっ、うっ!ううっ!)

「なっ、黒乃!?テ……メェ、このガキがぁ!ふざけんな、アタシが相手になるから人質なんざ止めやがれ!」

「先生、黒乃さんの想いを無駄にしてはダメです!」

「……あぁ、そうだな。おいテメェら、黒乃の負担を少しでも減らす!ふた塊になって翼へ隠れな!」

 

 翼を平らに広げるのではなく、根本は少し曲がっている。自身を守りつつ、昴達を守る為だろう。しかし、降り注ぐレーザーの衝撃ばかりはどうしようもならない。黒乃は歯を食いしばりつつ、その場に立ち続ける。明らかに黒乃を庇わせる為であろうこの行動に、昴は上空のマドカへ怒鳴り散らした。

 

 それを窘めたのは朝日だった。小学生に言われちゃ世話ねぇぜと、昴は広範囲に広がった生徒や来客へ右翼か左翼のどちらかへ隠れるように指示を出した。昴の迫力も相まってか、行動はとても迅速に行われる。神翼招雷が続く限り、昴達はまず無事だろう。

 

(だけど、持続時間はそう長くない……ど、どうすれば!……うぅ!?あ、ぐぅ……!も、もう時間切れ……?ご、ごめんお兄さん……またタイミングの悪い時にこうた―――)

「黒乃、しっかりしろ!

「負けないで、黒乃さん!」

(く……黒乃ちゃんんんんんん!ホントこれタイミング悪いよ!?)

 

 神翼招雷の効果時間が切れてしまえば、もう昴達を守る盾はない。何か打開策はと頭をフル回転させていると、激しい頭痛が黒乃を襲う。どうやら、またしても交代の合図のようだ。朝日が叫んだ辺りで完全に主導権が戻ったのか、憑依している方の黒乃は内心で情けない声を上げた。

 

(うひゃあ、背中でドカドカいってるよぉ!ハイパーセンサーで確認するまでもなく怖いぃ!)

「これは、黒乃……!?」

 

 かなり無茶をさせられている状況に、黒乃はいつもの怖い時に出てしまう笑みが零れた。それは真っ先に昴の目に留まる。八咫烏の黒乃と思われている人格へと変貌したと解釈されたらしい。だとすると、昴には疑問が浮かんだ。どうしてこちらの人格が、人を守るような行動を……?と。

 

(ま、まずい!神翼招雷が―――終わる!)

(フッ、翼が消え始めたか。ならばこのまま―――)

「待たせたな黒乃、もう大丈夫だぞ!」

(イ、イッチー!)

 

 神翼招雷の効果が徐々に切れ始め、巨大だった翼に力が失せ始めた。黒乃や昴達がもう駄目だと思ったとき、憎いタイミングでアイツが現れる。そう、白式を纏った一夏だ。一夏は黒乃の背中の前に躍り出ると、雪羅の盾を高出力で展開。エネルギー無効化能力により、サイレント・ゼフィルスの射撃を全て受けきる。

 

(反撃の手立て―――見えた!どいてくれぃ、イッチー!)

「良し、いけ黒乃!」

(くぅらぁえぇええええええええ!)

「チィッ……この威力は―――」

 

 一夏がレーザーを防御している内に、黒乃は雷の翼を倍加させながら刹那へ吸収。急いで両掌に分配させ、腕をマドカに向けて突き出す。そして両掌から、更に倍加させつつレーザーを発射。つまり消えかけだったとはいえ、6倍にまで倍加させたレーザーがマドカを襲う。

 

 その密度たるや、照射の際に発生した光で目を開けられない程だ。大地や大気が震えているのではないかと錯覚すらしてしまう。事実、黒乃本人も当たったかどうかを視認できないでいた。しかも、トラブルが発生してしまう。それは、機体安定の為に雷の翼を出し忘れた事だ。

 

(あ、ヤバっ!?ツインバスターモードの威力で、徐々に下がって……!)

「黒乃!安心しろ、俺が支える―――だから黒乃は思い切りやれ!」

(イッチー……。ああ、もぅ!そういうとこホント大好き!愛してるよ!だから……文字通り支えてて。そうすれば私は、もっと頑張れるから!)

 

 地面を抉りながら、ジワリジワリと刹那が後退を始めた。このまま打ち続けると、いずれ刹那は転倒してしまうだろう。そうなれば、確実に危険な事になる。黒乃が焦りを見せると、いち早く一夏が刹那の異変に気が付いた。一夏は黒乃の腰に抱き着くようにして、白式のスラスターを精一杯吹かす。

 

 何より一夏の言葉が決め手になったのか、黒乃は照射し切っていないエネルギーを一気に刹那の両掌から噴出させる。勢いの増したレーザーは、射程もかなり伸びて雲をも貫く。そうして、ようやく刹那は6倍にしたエネルギーを放出し終えた。

 

「やった……のか?」

「いや、アレを見ろ!」

(くっ、ツインバスターが目くらましになったかな……?)

「…………」

 

 一夏が青色に戻った空を見渡すと、昴が先にマドカを発見して指差した。黒乃の言った通りに、レーザー照射のあまりの威力を目くらましとして利用したのだ。証拠に、肩には妙にぐったりとしたオータムを背負っている。そしてマドカは、何を言うでもなく飛び去ってしまう。逃がしはしたが、何はともあれ―――

 

(どうにかなったね……)

「やった……。やったな、黒乃!すげぇよ黒乃は、こんな沢山の人を黒乃が守ったんだもんな!」

「おーおー……見せつけてくれちゃって、お熱いねぇ。……ありがとうな、黒乃。」

「ありがとうございます、黒乃さん!それにしても、愛し合うお2人……はぅ!素敵です!」

 

 脱力しながら刹那を解除すると、同じく白式を解除した一夏が黒乃へ抱き着いた。日頃から疎まれ続けた黒乃が、迷わず人命救助に入って一夏は嬉しいのだ。中には、黒乃に正面切って悪口を言うような生徒も混じっていた。それでも躊躇わなかったとなれば、黒乃を誇りと思う一夏は興奮を抑えられない。

 

「そうよ、あの子が助けてくれたんだわ!」

「危険を顧みず、身体を張って僕らを守ってくれたんだ!ありがとう、本当にありがとう!」

(あ~……あのー皆さん、助けに入ったのは私っていうか黒乃ちゃんで……。っていうか、イッチー降ろしてよ!嬉しいけどさ、こういうのは2人きりの時だけに―――まぁ、良いか……)

「よく頑張ったな、黒乃!なんかもう、ホント最高だ!」

 

 生徒達はバツが悪そうな表情を浮かべている者が大半だが、あまり事情を知らない一般客達は挙って黒乃に礼を言う。辺りは黒乃への感謝と拍手で包まれ、一夏は我を忘れて黒乃を姫抱きで持ち上げグルグルと回転を続けた。いろんな羞恥で頭が爆発しそうな黒乃だったが、ふとした考えを浮かべて冷静になってしまう。

 

(黒乃ちゃん、何の前触れもなく交代したって事は……いよいよなんだね?キミもイッチーの事が好きなんてのは知ってるけど、ごめんね……今だけは、独占させてね……)

「わっ、っと、っと……く、黒乃!?」

「おーう、そういうのは他所でやれよぉ!」

「ヒュー!ヒュー!」

 

 黒乃は、間違いなく消滅までのタイムリミットが近い事を悟った。その残り時間を堪能するかのように、黒乃は大勢の前だろうと一夏の首に両腕を回して固く抱き着く。それを見た昴は思い切り茶化しにかかり、朝日すら口でヒューヒューと言いながら便乗するではないか。

 

 それでも一夏が黒乃を降ろすことはなかった。そうさ、この子は俺の大事な人なんだぞと周囲に誇示するかのように。そんな2人の様子を、控えめに下がった場所で見守る影が。紅椿を纏う箒だった。別の場所で避難誘導を行っていたのだが、絢爛舞踏を使って白式を回復させた一夏がさっさと行ってしまって思うところでもあったのだろう。

 

 そうして箒は、寂しそうで、それでいて嬉しそうで、それでいて悔しそうな表情で、周囲の喧騒にかき消されながらも確かにこう呟いた。

 

「……そろそろ―――潮時なのかもしれんな」

 

 

 




黒乃→私ってか黒乃ちゃんが助けに……まぁ、良いか。
一夏→やっぱり黒乃って最高だ!
昴→あれは、確かに八咫烏―――いや、アタシの見間違えか……。

ちなみにIS操作のセンスというか才能ですが、オリジナル黒乃>>>憑依黒乃
くらいの差があります。


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第75話 流転と逆転(裏)

今話は表が黒乃とその周辺の視点で、裏がその他人物の視点となっています。
ややこしくて申し訳ありませんが、読む際は注意してください。
いつも通りにどちらから読んでも差支えはないかと。


(どうしてくれようかしら……)

 

 更識 楯無は、荒れ果てた更衣室内でも健在なロッカーの陰に隠れつつ、盛大に困り果てていた。何故なら、登場するタイミングを完璧に誤ってしまったからだ。というのも、本来は一夏がオータムに負けるという想定だったというのに、あろう事か黒乃もセットなうえに大半は一夏の尽力による勝利だからまた驚きを隠せない。

 

(うぅ、誘い出すまでは完璧だったのに!)

 

 そもそも生徒会が催したシンデレラも、亡国機業の構成員を誘き出す為にあった。自発的に騒ぎを起こし、一夏を浚わせる。そしてピンチになった一夏をズバッと自分が助けてしまうと、そんな予定だった。無事であったならそれは最も大切である。楯無も心からそう思ってはいるが、どうにも釈然としない。

 

(あくまでオマケだけど、これじゃ織斑くんに恩も売れな―――いぃぃぃぃ!?)

 

 誰のせいという事ではないが、楯無は妙にイライラし始めてしまう。畳んだ扇子を軽く掌へ叩きつけていると、ソレは突然に襲ってきた。なんと、楯無の脇付近をロッカーを貫通して刃が飛び出てくるではないか。このいかにも殺意溢れる長さは―――間違いなく鳴神の刀身だ。

 

(あ、あ、あ、あ……あの子絶対気づいてる!でもこの仕打ちはどうして!?……って、考えなくても解るわよね。最初から居たのに助けなかったか―――らぁぁぁぁ!?)

 

 文字通り一歩間違えたら刃傷沙汰になっていた。楯無は、あまりの容赦のなさに愕然としながらジリジリと横へずれた。そうして、何故黒乃がこんな暴挙に走ったかを考え、速攻で結論が出て来てしまう。手助けされなかったらそれは怒るわね。ウンウン頷きながら納得していると、今度は鳴神の刃が勢いよく上へと振り上げられた。

 

 ロッカーは中ほどから斬り裂かれてしまったではないか。という事は、楯無が横に移動していなかったとすると、確実に腕をはね飛ばしていただろう。これは、黒乃を怒らせてしまっている。そう悟った楯無は、顔を青くしながらガタガタと震え始めた。そして2人が更衣室から去ったのを確認すると、すぐさまとある人物に電話を掛けた。

 

『もしもし、どうかしたの?』

「お、近江先生~!私はどうしたら良いのよ~!?」

『おやぁ、キミが泣きついてくるとなるとよっぽどだねぇ。ゆっくりで良いから話してごらん。』

「実は……―――」

 

 基本的に相性の悪い相手だと思いながらも、今は頼れる人物が鷹丸しかいなかった。本気で聞く気があるかどうかは別として、とにかく楯無は誰かに相談するだけしたかったのだろう。シクシク、メソメソといった様子ながらも、楯無は鷹丸に事情を説明した。

 

「―――っていう事なんだけど……」

『うん、それは普通にキミの失策だよね。どうしてすぐ助けに入らなかったのさ。』

「う゛!?だ、だってそれは……。……ピンチの時に駆けつけた方が、シナリオ的に……」

『ああ、確かにそれは一理あるね。その方が心理的に優位に立てる』

 

 自分の失策なんて事は楯無だって解っている。しかし、ストレートにそう指摘されてしまうとショックだ。理由を問われると、楯無は恥ずかしそうに呟いた。そんな不安とは裏腹に、鷹丸はかなり肯定的な反応を示す。恩を売るという行為を大事にする鷹丸にとっては、初歩的な事なのかも知れない。ただ―――

 

『ま、タイミング逃して印象悪くしちゃったら元も子もないんだけどね』

「そ、それは言わないお約束でしょ!」

『うん、知ってる』

(この人って本当……)

 

 言われなくても解っていると、楯無は声を大にして反論した。すると帰って来たのは知っているという言葉。つまり、楯無が自分の失態を解っているという事を解って言ったということだ。凄まじく楽しそうな様子で言われたせいか、楯無は思わず通話を切ってしまうところだった。

 

『それより、要は彼女のご機嫌取りをしちゃえば良いんでしょ?だったら、織斑くんと同室にすれば丸く収まるんじゃないかな』

「は、は……?そんな事で満足する性質なの、あの子って」

『彼女にとっては織斑くんが全てだからね』

 

 シンデレラの最中に女子が一夏や鷹丸の王冠を狙っていた裏には、それなりの理由と言うものがあった。それは、王冠を確保すれば同室になれるという特典だ。女子からすれば喉から手が出る程欲しい副賞だろう。だが楯無は、黒乃がそういった事に執着があるのがまず意外だった。

 

 けれど、確かに納得できる要素は多々ある。じゃあとりあえずそれでいってみようかしらと、鷹丸の意見を採用してみる事に。そもそも黒乃は楯無に気づいてやしないのだから、このやりとりは完全に1人相撲なのだが。そうやって1つの問題に片が付くと、そう言えばと楯無は再度問う。

 

「そう言えば、貴方は何処に逃げてるの?」

『僕?なんだかんだで遠くまで来ちゃってね。ほら、学園の校舎から少し離れた場所に公園があるでしょ?今そこ』

「……本当に遠くへ逃げたわね」

『……いやね、なかなか迫力があったからさぁ。ついね、つい……』

 

 あの時は飄々としたフリをしていたらしい。実際は、迫る女子の群れに鷹丸ですら圧倒されていたようだ。計画したのが自分なだけあって、楯無は少々申し訳ない気分に駆られてしまう。しかし、一夏とは違い概要は話した。乗ったのは鷹丸だと気持ちを切り替える。

 

「じゃあ、学園に戻って教師陣の手伝いを―――」

『……待った。ごめん更識さん、もう切るね。事情は後で説明するから』

「へ!?ちょっ、ちょっと!……もう、急に何なのよ…。」

 

 鷹丸は急に真剣味を含ませた声色へと変わり、一方的に通話を切ってしまった。こういう時こそどんなつもりなのか知りたいものだが、楯無は一応だが鷹丸を信頼すると決めていたのだ。携帯を仕舞うと、自身もやるべき事をこなす為に行動を開始。

 

 

 

 

 

 

「遠く離れた場所とは言え、敵地内で水分補給とは随分余裕ですねぇ。だからこうやって捕まっちゃうんですよ」

「クソが、出しやがれ!」

「人間の力じゃどうにもなりませんよ。とは言え、ISでもボロボロの状態じゃ歯が立たないでしょうけど」

 

 鷹丸が急いで通話を切ったのは、ここに理由があった。本当に、たまたま、偶然、逃げて来たオータムが目の前に姿を現したのだ。鷹丸はしめたと言わんばかりに、自身の発明品でオータムを捕獲、拘束している。オータムを中心にするよう、周囲には幕のような物体が。

 

 鷹丸が身を守る目的で演劇に持ち込んでいた、簡易式シールド発生装置である。内側からも出られない性質を利用し、檻として用いたのだ。オータムはシールドを殴ったり蹴ったりするが、動じている様子は一切ない。やがて息を切らしながら、オータムは手を休めてしまう。

 

「はぁ……はぁ……」

「無駄な抵抗は止めた方が良いですよ?これからもっと人員も増えますし。あー……織斑先生~」

 

 再び携帯電話を取り出した鷹丸は、どうやら千冬にオータムを拘束したという報告をしているらしい。こんなところで捕まるわけにはいかないオータムは、息を吹き返したようにシールド内から出ようと試み始める。だが、そんなオータムを絶望させるかのような人物が派遣された。

 

「近江先生、貴方はやはりただ者ではないらしい」

「いやいや、これに関しては単なる偶然―――というより彼女がついてないだけさ。それより、お願いするよ」

「了解」

(ぐ……動けねぇ……!)

 

 降り立って来たのは、シュヴァルツェア・レーゲンを展開したラウラだ。適当な会話を交わすと、後は簡単なお仕事。ラウラはオータムへ右手をかざすと、あらゆる慣性を無に帰すAICを発動させる。停止結界内へと収まっているオータムは、凍り付いたかのように動かない。

 

「ん、あれは……」

「近江先生?」

「藤堂さんがこっちに来てるからさ」

 

 これで完全にオータムは打つ手なし。鷹丸が本当についていたと心から安堵しつつ空を見上げると、自身の造ったISである刹那が見えた。となると、黒乃も合流してきたという事になる。どうやら向こうも鷹丸達を見つけたらしく、相も変わらずな猛スピードで降り立った。

 

「姉様……。あまり心配はしていなかったが、無事で何より」

「…………?」

「たまたま僕が逃げた先で彼女と居合わせてね。シールド発生装置で作った簡易的な檻に入ってもらいつつ、ボーデヴィッヒさんがAICをかけてるのは念のためかな」

 

 ラウラの言葉にコクリと頷いて見せた黒乃は、不思議そうな様子でシールドを叩く。鷹丸がすかさず解説を入れると、そうかとでも言いたげに黒乃はまた頷いた。つまるところ、黒乃がこの場に居る必要はあまりない。それは誰が居ても同じことではあるが。

 

「そういうわけだ、姉様。こちらは私達に任せ、姉様は避難誘導を―――むっ、あ、いや……済まない姉様……。些か配慮の足りない発言だった」

「…………」

「まぁ、退屈だろうけど僕らはのんびりいこうよ。ね、オータムさん」

「このっ……!ざっけんなクソニヤケ面ぁ!」

 

 話している最中に黒乃が喋る事が出来ないのを思い出したのか、提案を出したラウラは神妙な顔つきで黒乃に謝罪する。本人は首を横に振って気にするなと表現しているが、どうにもラウラの顔つきは暗い。そんな空気を払拭させる為か、はたまた本当にただの煽りか。とにかく鷹丸は凄まじい皮肉をオータムへ送る。

 

「「!?」」

「うん?2人共、どうかしたかい。」

「いえ、哨戒に当たっていたセシリアと鈴の反応が……。残った反応は―――サイレント・ゼフィルスだと!?」

「…………!」

「なっ、姉様!?」

 

 すると、鷹丸は空気感で2人の様子がまた別の物に変わったのを察した。ラウラの呟きは全く報告にはなっていないが、なんとなくで推理を張り巡らせる。まぁ端的に述べるなら、亡国の増援かな……と結論を出した。と、同時に黒乃が飛び出ていってしまうではないか。残念ながら、引き留める暇さえない。

 

「ボーデヴィッヒさん、回線をオープンに」

「了解。織斑先生、何故やつらの増援に関しての報告をしなかったのです!」

『……オルコットと凰で対処したかったというのが正直なところだ。これだけの一般客を前に、八咫烏に出てきてもらっても困る』

 

 今の鷹丸には、千冬との会話をする事がまず第一だった。手短にラウラへと指示を出すと、シュヴァルツェア・レーゲンから千冬の声が響く。なるほど、それもやむなしか。最大戦力であろう黒乃をぶつけるのは簡単な話だが、状況的にそうもいかないというのもある。

 

「ならば、私は今すぐ姉様の加勢を!」

「それはダメだボーデヴィッヒさん。こうなった以上は藤堂さんに任せて、キミは避難誘導を優先させるんだ」

『……そうだな、今はテロリストの拘束や撃退よりも、人命救助が第一とする』

「くっ……!」

『……時に近江、その簡易的拘束はどの程度もつ。』

「制限時間はほぼ無制限ですよ。故障の要因としては、そうですね……火力高めの兵器で攻撃されると厳しいでしょうか。一発昇天もあり得ます」

 

 人1人を囲う程度のシールドだ、いくら鷹丸と言えど鉄壁と呼べる出来に仕上げる事は労力に見合わない。だが逆を取れば、それクラスの攻撃が当たらなければ平気とも言える。千冬はしばらく考え込むと、ならば良いと口にした。ひと拍置くと、指示を纏める。

 

『では、ボーデヴィッヒは至急避難誘導へ迎え。近江はそのまま拘束を続けろ。』

「了解!」

「任されました」

 

 回線が途切れたのを確認すると、ラウラはAICを解除して飛び去って行く。遠く離れていくシュヴァルツェア・レーゲンを見た鷹丸は、ようやくかとでも言いたげな表情を浮かべた。何故なら、会話の流れをラウラがこの場を離れるよう意図的に誘導したからだ。鷹丸は、いつも通りの表情を浮かべてオータムにこう言う。

 

「ねぇオータムさん、僕と取引しませんか?」

 

 

 

 

 

 

「ったくあのガキ!様式美よろしくはぐれやがって……!」

 

 一方その頃、昴は険しい顔つきで学園中を走り回っていた。と言うのも、あれだけ忠告したのに朝日が迷子になっているせいだ。小烏党の件を鎮めて蘭の元へ戻ってみれば、忽然と姿が消えているのだから驚きである。蘭曰く、過ぎ去った気配すらなかったとの事。

 

(確かに逃げる事に関しちゃあの子が1番得意だが……って!それとこれとは話が別だってーの!)

 

 なんとか迷子癖を肯定的に受け取ろうとしたがあえなく失敗。昴は走りながらウガーッと頭を掻き毟った。テロが起きている最中だ、嫌なイメージを取り払う意味もあるのだろう。だが、それにしたってイライラし過ぎである。すれ違う人間が、たびたびギョッとした表情を浮かべるのが見て取れた。

 

(あ~……頼むから無事でいてくれよ、マジで!)

 

 朝日はどうにも厄介ごとに巻き込まれていそうな予感がする。昴の焦りは、徐々に大きくなるばかりだ。そうして、そろそろ探していない場所が少なくなってきてしまう。だが、昴の努力は実を結んだらしい。正面ゲート付近にて、小さな女の子が視界に映ったのだ。

 

「あぁぁぁぁさぁぁぁぁひぃぃぃぃっ!」

「ほえ?わひゃああああっ!?せっ、せせせせ……先生!?ど、どうしたんですか、そんな鬼も裸足で逃げ出すような形相を浮かべて……」

「んな顔してんのに平気なオメェは随分大物だなぁおい!はぁぁぁぁ……ったく、心配させやがって!」

「う、うぐぅ……!お、お仕置きなのかそうでもないのか判断が付かないですぅ……!」

 

 猛ダッシュで迫る昴に驚きはしたが、怒った顔にはキョトンとした表情を浮かべるばかり。そんな朝日に毒気を抜かれたのか、昴は思い切り朝日を抱きしめた。ただし、朝日からすれば天然ベアハッグになっているようだが。昴の方も満足したらしく、腕に込めた力を緩めた。

 

「……しかし、それなりに人が集まってんな」

「はい。本当はアリーナに誘導されるはずなんでしょうけど、どうにもカバーしきれないみたいで。それと、お連れの方とはぐれた人はここを目指しちゃったらしいです」

「そうか、アンタにしちゃ上出来じゃん。日頃の迷子も役に立つってもんだ」

「え?迷子は私じゃなくて先生の方で……痛たたたた!?」

「ダメだ、やっぱり許さん。だ・れ・が迷子だこの!」

 

 周りを眺めた昴は、妙に人の集まりがある事に気が付いた。皆が不安そうな表情を浮かべている。朝日の話によると、どう行動すれば良いか解らずに、正面ゲート付近へ行きついた者が大半らしい。つまりは、自然に迷子センターのような物が出来上がってしまったようだ。

 

 昴は迷子時の対処について、良い判断ができたと朝日を褒める。しかし、どうやら本人には迷子になった自覚すらなかったらしい。むしろ昴の方を迷子だと思っていたらしく、その反応が昴の逆鱗に触れた。容赦の見えないアイアンクローが朝日のこめかみを襲う。

 

「……ったく、まぁ良い……。朝日、ここの連中を纏めてアリーナまで行くぞ」

「は、はいぃ……了解ですぅ……」

「……!?おいおい、マジかよ……」

 

 アリーナ内なら野ざらしとは違い多少は安全であろう。それが冷静に判断できる自分には、学園の者に変わって誘導をする義務がある。昴が移動の指示を周囲の人間に告げようとすると、その上空には―――ISが居た。しかもライフルやBTの銃口がこちらを向き、虎視眈々と狙いを定めているではないか。

 

 ヤバい、撃つ気だ。そう悟った時には、実際はもう遅かったのだろう。しかし昴は、なんでも良いからとにかく伏せろと周囲に叫び散らす。そんな昴の背後では、まばゆい紫色の光が放たれた。ここまでか、ついてなかったな。昴が諦めたかのような表情を浮かべたその時、今度は昴の真後ろが赤黒く輝いた。

 

 

 

 

 

 

「取引……だと?」

「ええ、取引です。乗る乗らないは貴女の自由ですが、その対価は……ご理解いただけますよね?」

 

 時間は少し遡って、ラウラが飛び出した頃だろうか。なんと鷹丸は、オータムに取引をしないかと持ち掛けているではないか。その対価……という言葉。それを理解できない程にオータムの頭は悪くない。この男は、条件次第で私を逃がす気だ。そう理解したうえでオータムは―――

 

「へっ、やなこった!誰がテメェみてぇなクソ野郎との取引に乗るかよ!」

「おや、このまま捕まっちゃっても良いんですか?」

「捕まらねーよ!現に私を迎えに味方が―――」

「僕、さっき言ったばっかりですよ?随分余裕だなって。黒乃ちゃんを前に、100%で増援さんが貴女を助ける事ができますかね」

 

 それまで自信満々だったオータムは、黒乃の名前を出すとぐっと表情を濁らす。そう、鷹丸はだからこそオータムを逃がそうと考え始めたのだ。この人をここで捕まえるのは惜しい。逃がして利用する。思慮の浅いこの女は、様々な面において役に立つ。だから逃がしたい。逃がしたいから―――煽りを送る。

 

「大局を見ないとダメですよ。お仲間が助けに来てくれるのは、比較的助けやすい状況だからでしょうね」

「どういう事だ!?」

「もし仮に貴女が此処で捕まれば、より強固な守りに特化した施設に収容されるはずです。今より救出は困難を極めるのは必至ですよねぇ」

「…………」

「ねぇオータムさん、そうなった場合―――貴女をそこまでして助ける価値が自分にあると思います?」

「んなっ……!?テメェ、どういう意味だ!」

 

 鷹丸だって亡国の思惑なんて知った事ではない。そもそも初めから興味なんて持ち合わせてはいない。だが、あくまで自分はすべてお見通しだとでも言わんばかりの態度をとる。オータムならば綻びを見せるのも時間の問題だと踏んだが、想像以上の動揺を察し……鷹丸は一気に切り崩しにかかる。

 

「だってそうでしょう。わざわざやって来て返り討ち、挙句の果てには公園で水を飲んでいたせいで貴女は捕まってるんですよ?そんな貴女を、苦労して真正面から取り返そうとしますかねぇ」

「…………」

「労力、時間、経費、人員―――その他諸々たっくさん無駄!無駄!無駄!無駄だらけ!……って思いません?」

「そんな事……そんな事あるか!絶対にアイツは私を見放さなない!テメェなんぞが知った口を聞くんじゃねぇ!」

「じゃあ試しに捕まってみます?」

 

 本当に運がなかったというのも勿論ある。しかし、もっと潜んでいればさっさと回収してもらえたはずだ。負けただけならまだ良いが、水分補給に至っては擁護のしようがない。オータムは、自分に非があろうと助け出してくれるはずだと喚くが、鷹丸の返しにそれはそれは不安そうな表情を浮かべ―――

 

「……何が望みだ」

「交渉成立ですね。毎度ありがとうございま~す」

 

 ここで鷹丸との取引に応じるのは、自身の上司へ疑念を抱く事と同然だ。だがオータムは、もしもの可能性から生まれる恐怖を振り払えなかった。もし本当に見放されたら。そう考えると、ここで確実に逃がしてもらえる道を選択したのだ。鷹丸は殴りたくなるような笑みと共に、なんともわざとらしいお辞儀をしてみせる。

 

「単刀直入に言いますと、増援さんに逃げ遅れちゃった人を攻撃して欲しいんです。勿論、黒乃ちゃんの目の前でね」

「……あ゛ぁ?……要求は本当にそれか?」

「いい加減に彼女に向いてるヘイトがうっとうしいんですよねぇ。黒乃ちゃんは間違いなく庇いにかかりますし、生徒はともかく一般客にその姿を見せたいんですよ」

 

 あまりに唐突な、それでいて不可思議な要求だった。むしろテロ行為を増長させるようなそんな内容に、オータムは怪訝な表情を隠し切れない。曰く、黒乃に庇わせる必要があるとの事。一般客に見せたいという事は、SNSなどでの口コミを狙っていると見える。

 

「だが、避難誘導は学園側が―――」

「ああ、これが困った事に人間の心理っていうのがありまして。こういうパニック時には、自然と出入り口に人が集まりがちなんですよねぇ。で、学園側からするとそれが盲点だったのかなんなのか……」

「こいつは……」

「ね、取りこぼしがあるでしょう?ぜひぜひここを狙っちゃってください」

 

 これは鷹丸が前々から思いつつ、あえて指摘しなかった部分だ。IS学園は何かとセキュリティが甘い。セキュリティが甘ければ、アクシデント時の対応もなっていない。鷹丸は、そう説明しつつ空間投影ディスプレイを表示させた。そこに映されているのは、正面ゲート付近で―――それなりの人間が押し寄せている。

 

「……言っておくが、あのガキが私の言う事を聞く保証はねぇぞ」

「その時はその時ですね、どうか諦めて捕まって下さい。」

 

 オータムと増援の少女の関係は、ハッキリ言って険悪だ。しかし、鷹丸の脅すような言葉が決定打になったのか、オータムは通信機に向けてギャーギャーと喚き始める。しばらく説得……とは到底言えない問答を繰り返し、やがて増援の少女はそれに乗ったらしい。

 

「はい、どうもご苦労様です」

「そうかよ……。おら、とっとと出しやがれ」

「あ、すみません。僕から逃がすと足がつきますから、彼女に攻撃して破壊してもらって良いですか?」

「あぁ!?んなの藤堂 黒乃と戦ってんのに隙があるかよ!」

「多分だけど大丈夫ですよ。神翼招雷を発動させてますし、黒乃ちゃんの次の一手は―――」

 

 証拠を残すな。鷹丸が大事にしている信条だ。ぶっちゃけ言い訳のしようはいくらでもあるのだが、単に理想の形を目指しているらしい。そうやって2人が話していると、鷹丸の声を遮るかのように轟音が鳴り響く。そして一帯は赤黒い光に染め上げられ、空中目がけて超ド級のレーザーが発射されるのがここからでも見えた。

 

「ほらね、今のうち今のうち」

「お、おう……」

 

 自分はもしかして、殺さない為に手加減されていたのか?……オータムはそう思った。普段ならば憤慨していたところだろうが、今回ばかりは大人しい。何故なら、アレを撃たれたら確実に死ぬ。とにかく、今は隙だらけなのは確かだ。オータムは、手短にもう1つの要件を伝える。

 

 すると、すぐさま文字通り飛んできた。そして上空から、シールド目がけてレーザーライフルらしき銃をぶっ放す。光弾は真っ直ぐシールド発生装置を射抜き、オータムを囲っていた幕は消える。至近距離でレーザーが爆ぜた影響か、どうやら鷹丸は吹き飛ばされてしまったようだ。

 

「お~……びっくりした。ともあれ、これで取引は完了ですね。キミも、ご協力ありがとう」

「…………」

「クソ野郎が、次はこうはいかねぇからな!首洗ってまってやが―――」

(うわぁ、容赦ないなぁ。フフッ、この子もなかなかどうして……)

 

 服に着いた土ぼこりを払いながら立ち上がった鷹丸は、営業スマイル全開でオータムと少女に告げる。少女の方には軽くスルーされてしまった。オータムの方はと言うと、いかにもな台詞を吐いている途中に―――少女に腹を殴られ気絶してしまった。そんなやり取りを、鷹丸はクスクスと音を漏らして笑う。

 

「縁があればまた会おうね」

「…………」

 

 話しかけてもやっぱり無視され、少女はオータムを肩に抱えて飛び去ってしまった。そうして、入れ替わるように神翼招雷の効果時間が切れたらしい。赤黒く染められた景色は、元の色を取り戻す。そうして鷹丸は、黒く焦げ付いたシールド発生装置を拾い上げ、鼻歌交じりに学園を目指す。

 

(さてさて、これで黒乃ちゃんの評価がどう変わるか……要注目、だねぇ)

 

 己の思惑通りに事が進めば、それはそれは気分が良い。近頃のSNSの効果は絶大だ。鷹丸は、自身の思惑は確実に上手くいくという確信めいたものすら感じている。そうして、数日後に発売された週刊誌には―――こんな見出しが書かれ、世間の注目を浴びた。

 

『お手柄!八咫烏の黒乃 数多の人命を救助!』

 

 

 




ようやく書きたい鷹丸を前面に出せてる気がします。
個人的にはゲスも書いてると楽しいんだよなぁ……。


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第76話 信じてるから

「皆、無事か!?」

「そりゃこっちの台詞だよバーロー。なんつーか、随分とお前が遠いとこに行っちまった感じがするぜ」

「な、何の話だよ……」

「姉御からザックリ話は聞いた。テロリスト撃退したんだってな。だからだよ、やっぱマジで一夏がIS動かしてんだなって思い知らされたぜ」

 

 テロ騒動がようやく終息へと向かい始めている中、一夏は弾達を探して合流していた。いろいろと必死で頭から抜け落ちていた部分はあったが、どうしても直接会って安否の確認をしたかったのだろう。合流地点は第4アリーナ観客席、一夏達が演劇ならぬ逃走劇を繰り広げた場所だ。

 

 弾の燃えるような赤髪はすぐに見つかり、間髪入れずに怪我の有無を問いかける。すると返って来たのは、ぶっきらぼうな言葉だった。表現はどうあれ、友人の心配をしていたのは弾も同じ事らしい。もっと言うなれば、その友人がテロリストを倒したと小耳に挟むのだから驚きも大きかっただろう。

 

「まぁ、俺もかなりギリギリだったんだけどな……。とにかく、本当に無事で良かった」

「姉御は大丈夫なのか?」

「さっきから姉御って、昴さんの事で良いんだよな?昴さんなら、とんだ無駄足だったとか言ってさっさと帰っちまったぜ。朝日ちゃんは満足そうだったけど……」

 

 朝日が迷子になって以降別行動だった為、そちらの安否も気になるらしい。昴は黒乃に守り切られた後、感謝の言葉をほどほどに送ると足早に帰ってしまった。朝日の方は1人での行動中にいろいろと見学できたようで、大変満足そうに昴と一緒に帰路へ着いていたとか。

 

「そういや、弾達は学園祭……楽しめたか?」

「ああ、小烏党の連中も一斉に逃げて行ったからな。その後は普通に見て回ったぞ。1組と2組に顔出して、一夏と黒乃のダチにも会ったし、鈴にも会ってきた。ま、鈴に至ってはからかいに行ったが正しいけどよ!」

「……じゃあ1つ聞くが、後ろの2人はなんでそんな魂抜けたみたいな事になってんだよ」

「うん?あ~……こいつらは―――」

 

 一夏は弾の近くに寄った時点で気にはなっていたが、なんとなく聞きづらくあったのだろう。何故なら、蘭と数馬が屍の如く立ち尽くしているから。それはもう、真っ白に燃え尽き口から魂的な物体がはみ出ているようなエフェクトが幻視されるほどだ。

 

 そもそも弾達が第4アリーナに居たのは、一夏と黒乃が劇をやると聞いての事だ。当然だが、食いついたのは蘭と数馬である。それぞれ想い人の晴れ姿を見に来たつもりが、まさか撃沈するはめになろうとは。シンデレラでの最後の一幕、会場の誰しもが息を呑んだあのシーンのせいである。

 

「演技だけど演技じゃなかった……。一夏さん、完全にお姉に―――」

「目立つの嫌いな黒乃がわざわざ一夏の呼びかけに応えて手を取りに―――」

「うおっ……なんかブツブツ言い始めたぞ!?ど、どうなんだ……こ、声とかかけた方が良いのか?」

「ほっとけほっとけ、どうせろくな事にはなんねぇぞ」

 

 一夏の声に反応したという事の現れなのか、蘭と数馬は僅かな笑みを浮かべながら呟くようにショックを受けた内容を語り出す。ただ事ではないと察した一夏だったが、かと言ってどう対処して良いかまでは解らない。そんな一夏に、弾は頭が痛そうにしながら触らぬ神に祟りなしと忠告を送る。

 

「……って、そういや黒乃はどうした?姉御の話じゃ無事って聞いたんだけどよ」

「ああ、黒乃なら刹那……専用機を視てもらってる。平たく言えば必殺技みたいなのがあるんだけどな、やっぱ機体にかかる負荷が大きいから整備しないと……って近江先生が言ってた」

「……まさかとは思うが、あの轟音と赤く光ったのって―――」

「……それ以上何も言うな」

 

 ぶっちゃけ弾としては一夏と黒乃が揃っていない方が助かるが、流れからして行動を共にしていると思っていたらしい。事情を聞くと、どうやら刹那の状態をチェックしてもらっているらしい。その原因を話す際に一夏が必殺技と表現し、弾は何かを察した。恐る恐る問いかけてみると、皆まで言うなと返されてしまう。

 

 弾の場合は流石黒乃と思っている部分の方が大きいが、口にチャックを締めるような仕草を見せた。事実、そういった原因で黒乃は恐れられてしまうというのもあるのだろう。弾達が友人であったことは、黒乃にとって大変な救いであるに違いない。いかんせん、本人は自身が規格外であるという自覚すらないわけだが。

 

「と、とにかく!帰る時は気を着けろよ。特にそっちの2人が心配だぞ俺は……」

「ああ、まぁ……何とか手綱を取るさ」

「そうか、頑張れよ。悪いけど、俺もう行くな。ここの生徒だから手伝わないとな事も多くってさ」

「おう、俺達の事は気にすんなって。また日を改めて集まろーぜ。……またな」

「ああ、またな!」

 

 一夏に与えられた時間は非常に短い。これ以上は、どこでサボっていたのかと不名誉な事を言われてしまうだろう。時間が押していると一夏が謝れば、弾は全く気にする様子も見せずに一夏を見送る。いかにも男友達同士な挨拶を交わすと、各々自分のするべき事へととりかかった。

 

 

 

 

 

 

「う~ん……今回はかなり無茶をしちゃってるねぇ」

(アハハ……面目ない)

 

 ところ変わってIS学園研究棟第13区画。近江重工がレンタルという形で使用している為、ここはある意味1区画丸ごと刹那専用のガレージであり、ハンガーである。黒乃が装着しない状態で鎮座している刹那を、鷹丸はあちらこちらから見まわした。そうして、端的に無茶をしたと評する。

 

「焼き付いちゃってるかぁ……。まぁこのくらいなら直せると思うけど、二次移行しちゃったからスペアパーツを造れないのは肝に銘じておいてね」

(ぐっ、遠回しにもっと頭使えって言われた気がする……)

 

 刹那の手にあたる装甲は、神翼招雷で撃ったレーザーの熱量によって変形してしまっていた。鷹丸が背を向けたまま作業に没頭しているせいもあってか、どうにも黒乃には嫌味っぽく聞こえたらしい。鷹丸にそんなつもりはなかったが、日頃の行いが悪いせいだろう。

 

「……右腕の損傷が激しい……?あっ、さては藤堂さんアレ使ったでしょ」

(う、うす……使わせていただきました)

「まぁ有用な攻撃な事には違いないよねぇ。なんせ、4倍に膨れ上がったエネルギーが大爆発を起こすんだから。しかもそれをゼロ距離で爆破させちゃうし、相手からすればアレが1番怖い攻撃かもね」

 

 当然ながら、鷹丸は瞬時に右腕の損傷が激しい事に気が付いた。そして、黒乃の方に振り返って右手を閉じたり開いたりする仕草を見せる。アレというのは、爆熱ゴッドフィンガーの事である。特に名称と言う名称がない為に、アレとしか表現できなかったようだ。

 

「まぁ神翼招雷に使うエネルギー量を間違えたら右腕ごと吹き飛ぶだろうけどね、ハハッ」

(いやいや笑えない!?笑えないよ鷹兄!)

「これは、早急にエネルギー配分の上限を決めておいた方が良いかもね。それこそ、いちいち整備してたんじゃ藤堂さんだって面倒だろうし」

 

 まぁ僕は好きでやってるから別に良いんだけど。そう付け加えて、鷹丸は再び刹那の解体作業へと集中する。その間に黒乃は、どのあたりが上限値なのか必死に考察しているようだ。ちなみに、このお馬鹿は特に考えなしになんとなくでエネルギーを配分させてる。

 

「これで良し……っと。とりあえず腕部だけ外させてもらって、刹那は返すよ。最近は物騒だからねぇ。万が一を考えて、身を守る手段として持っておいて損はないと思うからさ」

(はい、わたくしその意見に大賛成でございます!いつもありがとね、鷹兄)

 

 取り外された腕部は台車に乗せられ、これからどこかへと運ばれるのだろう。作業完了だと告げながら、鷹丸はとりあえず返却という形で場を纏める。黒乃はその意見に全く反対はないようで、勢い良く刹那に飛び乗り待機形態であるチョーカーへ戻した。それと同時程に、研究室へ来客が現れる。

 

「近江は居るか?」

「ああ、織斑先生……どうもお疲れ様です。それと、そのせつはどうもすみませんでした。見事に彼女を逃がしてしまいまして」

(……隙を作った要因は私なんですけども)

 

 いつも通り堂々とした出で立ちで入室したのは、織斑 千冬その人だ。入って来た際の口ぶりから鷹丸に用事があるのは見当がつく。しかし、その表情はいつも以上に厳しい気さえする。それをテロリストを取り逃がしたせいだと判断したのか、鷹丸は珍しく素直な謝罪を述べた。

 

「……いや、それ自体は過ぎた事だ。だが、問題なのはどうして奴が逃げられたかという事に焦点を当てなければならん」

「ふ~ん……へぇ、そうですかぁ」

「貴様、言いたい事があるならハッキリと―――」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。そんな遠回しな言い方しなくたって、僕が逃がしたんだろうと聞けば良いじゃないですか」

(お2人さん、盛り上がるのは良いんですけど……私が居る事もお忘れなきよう)

 

 千冬の厳しい表情の原因は、ただ単に鷹丸を責めようというものではない。率直に鷹丸の事を疑っているのだ。本人に問い詰めてものらりくらりと流されるだけだろうと理解しつつも、立場上や個人的精神衛生上の理由で聞かずにはいられなかった。

 

「ではお言葉に甘えさせてもらおう。近江、貴様……あの女を故意に逃がしたか?」

「そっうで~す、僕が逃がしました~!」

「なっ、貴様……!?」

「えぇえぇ、僕が逃がしましたとも!さて、織斑先生。僕はしょ~じきに答えてますよ?さてさて、ここから貴女はどう動くべきなのでしょうね」

 

 ここが鷹丸の面倒なところだ。鷹丸は、間違いなく事実を述べている。しかし、鷹丸の言動に対して裏を読みに行く癖が着いてしまった者は……これが単におちゃらけだったり、からかわれているようにしか思えなくなってしまう。加えて、鷹丸は自身がどういった人間であるかを良く理解しているのも難点となる。

 

 言うまでもないが、鷹丸はあえてこの場で事実を述べた。どうせ信じてはもらえないと思ってそう行動した。いやいや、僕はやってないですよ。そう言ってしまうと、自分が胡散臭く感じられてしまうから。だから真っ先に事実を述べ、判断を相手に委ねる方向へと運ぶ。

 

 ここでもし千冬が拘束等の手段に走るのなら、鷹丸は冗談ですよとおどけるつもりだ。最も理想的とするところは、お前には付き合ってられんと呆れられるパターン。その他にも様々なパターンが想定されており、この場を切り抜けるだけならとても簡単な事だったりする。

 

「……そうか、あくまで貴様がそういう態度をとるのならば―――私が手や足が出やすい性質だと思い知らせてやろう!」

(あらら、1番面倒なパターンだね。さて、どうしたものか……)

 

 表情はいつもとさほど変わらないが、千冬は割と本気で怒っていた。真面目な話をしに来ているのに、そういう対応をされてしまえば怒っても仕方がないとは思う。そうなると千冬は、痛い目を見たくなかったらさっさと事実を吐けと……拳で語る方向で固めたらしい。

 

(どぉー!ちょ、ちょ、ちょ……ストップ、ストップ!落ち着きなってちー姉……。鷹兄を相手に怒ったってしゃーない……っつーかぶっちゃけ時間の無駄じゃん!)

「藤堂……1度しか言わんぞ、そこをどけ」

(おやおや、このパターンは想定外かな。ま、嬉しい誤算ではあるけどねぇ。かと言って、彼女も僕の事は心から信頼はしてないだろうけど)

 

 とにかく暴力沙汰を嫌う性質である黒乃は、千冬と鷹丸の間に割って入る。仲裁とは言っても、本当に立ちはだかる事くらいしかできない。故に、ものすごい剣幕で睨まれるはめになってしまう。千冬の方も冷静でないのか、相手が黒乃にも関わらず厳しい表現で退かせようと試みる。

 

「っ……黒乃!その男がもし本当にテロリストとのパイプを持つのだとすれば、それはお前の個人的思想どうこうで片付けられる問題ではないんだぞ!」

(うひーっ!?ぼ、暴力反対!いや、ほら、落ち着こう!ちー姉はクールビューティーが売りでしょ!そう、ほら、それにあれだ!私ってばちー姉がこんな事でキレたりしないって―――)

 

 それでも黒乃はどかなかった。小心者である黒乃にとっても、これだけは確固たる信念を持っているのだろう。黒乃は千冬に思い切り胸倉を捻りあげられ、ビビりながらもなんとか千冬を落ち着けさせる方法を考える。その様子を端から見守る鷹丸は、自身のせいで黒乃がこの状況にある事を流石に悪く思ったようだ。

 

「織斑先生、とりあえず日を改めましょう。僕のせいで藤堂さんまで貴女に叱られるのは流石に忍びな―――」

「信じてるから」

「っ!?黒乃……!」

「…………」

 

 黒乃がなんとか口にしたのは、信じているというシンプルな言葉。この場合は千冬の事を信じているという旨なのだが、流れからして鷹丸に対しての言葉だと受け取られてしまう。どちらにせよ、この言葉は両者の心根に深く突き刺さる結果となる。そう、あの鷹丸でさえ―――

 

「お……前は……お前と言う奴は!何故、どうしていつもそうなんだ!」

(な、何故って言われても……やっぱお互い気持ちよくないでしょ?喧嘩って……)

「何故そうやって手放しに信じると言い切れる……!お前にそうこられると……私はっ!」

(……嘘ではなかった。完全に、彼女は僕を信じると……。本当にどうかしてる……)

 

 千冬は、泣き出しそうな、怒りだしそうな、悲しそうな……様々な感情をごった煮にしたような複雑な表情を浮かべた。どんな人間だろうと信じ切ろうとするその姿勢に、どうして良いのか解らないのだろう。千冬の問いに、答えは返らない。理由は簡単、状況を良く理解していないからだ。

 

 鷹丸の方も、珍しく混乱していた。自分は自由に気ままに生きている。それこそ、誰に擁護されたり庇われたりする資格がないレベルで。しかし、それでも、目の前の少女は偽りなくそんな自分を信じると言うのだから。鷹丸は、必死に必死に表情を崩さないよう神経を研ぎ澄ませた。

 

「くっ……!……近江!黒乃に免じてこれ以上の追及はしないでおく。だが!今回の件で私の中にあった貴様に対する僅かな信用が完全に消え去ったのを忘れるな!」

「はい、良く解りましたとも」

(ぶはーっ!なんとか乗り切ったかな……)

 

 黒乃の胸倉を離し、千冬はヒールの地面に接触する大きな音を立てながら研究室を出て行った。調子の戻らない鷹丸はと言えば、特に煽るような言葉も思い浮かばずに、ごく普通に千冬の背中を見送る。そうして、黒乃は修羅場を潜り抜けた安堵から静かに深い息を吐いた。

 

「藤堂さん、どうもありがとう。僕の自業自得なのに庇ってもらっちゃってさ」

(ええ、本当。少しは自重してくれると助かりますぜ)

「まぁ、今日のところはゆっくり休んでね。ここからは僕の仕事なわけだし」

(確かに……今の流れですっげぇ疲れたかも。じゃあ、せっちゃんの事はよろしくお願いしま~っす)

「うん、御苦労さま。また明日ね」

 

 見て見ぬふりを出来ない性分に辟易としながら脱力していると、背後に居た鷹丸が若干申し訳なさそうな様子で感謝の言葉を述べる。そもそも黒乃は鷹丸の事を全く疑っていないせいか、いつもの流れ程度に思えてしまうらしい。そうして、黒乃はそのまま鷹丸の提案に乗って退室した。

 

「いやはやまったく、本当にキミは大した女性だよ。屈辱的なレベルでね……」

 

 1人残された鷹丸は、思わずそう呟かずにはいられなかった。ギリリと歯噛みするその姿には、普段の余裕綽々な様子は全く感じられない。恐らく、鷹丸にとっては人生初と表現しても過言ではないだろう。それだけに屈辱も大きかった。それは黒乃に庇われたからではなく―――

 

『信じてるから』

 

 黒乃の言葉に心動かされた。自身の抱いた確固たる信念や信条が、あのひと言で揺らぎかけた。鷹丸は、絆されかけた自分自身が許せない。だから屈辱的と表現したのだ。今の今まで他者へ植え付けた信頼など仮初の物である。少し疑念を抱かれると、千冬のようなタイプの人物だった場合はすぐに潰えてしまう。

 

 所詮は自分と他人の関係なんて、崩れかけの積み木だと鷹丸は認識していた。だと言うのに、黒乃の中にある己の関係を示した積み木は……まさに城壁。普通なら喜ぶべきところなのだろうが、そんな生き方をしてこなかった鷹丸にしてみれば、本気で理解不能の領域へ足を踏み入れてしまっている。

 

(イカレてる……最高にイカレてるよ。もしかしたら僕以上なんじゃないかな?)

 

 落ち着いたのか、はたまた開き直ったのか。鷹丸はたった1人の研究室でクックックと怪しく笑ってみせる。どうやら鷹丸は、それはそれで……やはり黒乃は良い遊び相手だと思う事にしたらしい。そう思えば、さっきまでの屈辱的な気分もどこへやら。ペカッと明るい笑みが浮かび始める。

 

(うんうん、やっぱり僕や束さんを心から満足させるのはキミしかいないって事だね。少しばかり同族嫌悪しちゃっただけかも)

 

 つまり鷹丸から言わせれば、黒乃はマトモにイカレているとでも表現したいのだろう。そして同族と表現するあたり、どうにも自身達のような存在に近い物だと認識するようになったらしい。本人が聞けば、全力で否定するであろうレベルアップなはずだ。

 

(さて、刹那があんなじゃ束さんに怒られちゃうだろうし……さっさと済ませちゃいますか)

 

 束がISを開発したのは黒乃の為だ。刹那の二次移行の混乱と破壊を招くであろう性能には大層喜んでいたわけだが、本領を発揮できないとなると拗ねるに違いない。鷹丸曰く、拗ねた束ほど面倒なものはないとか。それ故、至急台車を押して修理用スペースへと刹那の腕部を運んでゆく。

 

 

 




黒乃→私は(ちー姉を)信じてるからね!
鷹丸→僕を信じる……かぁ。彼女もなかなかにイカレてるよねぇ。


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第77話 戻る日常 変わる心境

「黒乃、今日という今日は止めてくれるなよ。絶対に文句を言ってやる……!」

(アッハイ。まぁ……ほどほどにね)

 

 学園祭も終わりを告げ、当たり前の日常へ戻ろうとしている。そんな最中、私達2人はたっちゃんに生徒会室へ顔を出すよう呼び出された。イッチーはグッと拳を握って、たっちゃんへの抗議を固く誓っている様子だ。というのも、今後の自身の扱いに関して不満があるのだろう。

 

 そもそも学園祭は、半ば織斑 一夏争奪戦と化していた。ルールとしては、学園祭の出し物で最も成果を出した部活動に部活無所属のイッチーを配備させるというもの。でも、これが見事に出来レースなのだ。生徒会企画であるシンデレラは、半ばどころか本格的にイッチー争奪戦だったり……。

 

 イッチーの王冠を奪った者は、イッチーと同室になれるとかなんとか。そうなると、学園中の女子は参加せざるを得ないでしょう?つまり、初めから生徒会が得票数1位を獲得する事なんて目に見えている。まぁ参加した方が悪いと思うが、それを知って女子達は不満爆発。それを鎮めるためにたっちゃんは―――

 

「無茶苦茶だろ、全部活動に顔出さないとならないとか……」

(どうどう……。ほらさ、イッチーが無所属だったのが事の発端―――ってのはあまりにも理不尽か)

 

 そう……生徒会がイッチーを管理する代わりに、申請さえすれば貸し出せるシステム。それなら別にと女子達は大人しくなったわけだが、本当にそれで良いの?……イッチーは物じゃない。好きになった影響なのか、なんだかイッチーの扱いにモヤモヤしてしまう私が居る。……どんな形でも、慰めてあげたいな。

 

(う~ん……。やっぱりどうしても受け身になんなきゃならないのはしんどいな。イッチーの方から甘えてきてくれれば最高なんだけど……。ムフッ。えぇ、それはもうイッチーが望むならあんな事やそんな事だって―――)

「黒乃、考え事か?もうすぐ着くから後にした方が良いと思うぞ」

(……ウィッス)

 

 なにやってん……ホントになにやってん私……。一気に頭ん中乙女脳になり過ぎでしょ!?思わず立ち止まるレベルで妄想とか……。これは黒乃ちゃんの影響ですね、間違いない。……なんて黒乃ちゃんへの熱い風評被害は置いて、小走りでイッチーとの距離を詰めた。

 

 とにかく、今は目の前の問題を切り抜けるのが先決か。たっちゃんが何の用事で呼び出したか解らない以上、集中して事に臨むべきだろう。あの人ってば食えないからねぇ。それに鷹兄が加わるっていうある意味で絶望的なコンボだもの。ここに来て憂鬱な気分を露呈させながら、私達は生徒会室の扉を潜った。

 

「ようこそいらっしゃいましたーっ!虚ちゃん、お茶!本音ちゃんはケーキ!近江先生は……そうね、2人を丁重にご案内して!」

「かしこまりました」

「かしこまり~!」

「はいはい了解」

(……なんだこの好待遇?)

 

 私が扉を潜るや否や、たっちゃんは会長用らしき椅子を蹴散らしながら立ち上がる。手早くメンバーに指示を出すと、皆はそれぞれ命令に従った。熱い紅茶が出て来て、高級感溢れるケーキが並べられ、鷹兄がこの席へどうぞと言わんばかりに椅子を引く。これには2人揃って面食らうしかない。とりあえずは―――

 

「何用?」

「っぴぃ!?」

(……ぴぃ?)

(や、やややや……やっぱり怒ってる……?)

 

 まず何の用事なのかを聞こうとすれば、返って来たのは名状しがたき悲鳴にも似た何か。まるで意味が解らんぞ!目を細めてたっちゃんを観察してみると、なんだか秒読みで顔が青白くなっているような……?大丈夫なんですかね、この生徒会長さん。

 

「まぁ落ち着きなよ更識さん、その問題についてはほぼほぼ解決してるでしょ?」

「わ、解ってるわよ……。う、うん!え~っと、貴方達を呼び出したのは、いろいろ説明するべき事があると思っての事よ」

「……あの女とかの事ですか?」

「それもあるけど、まずは感謝させて。2人が彼女を倒してくれたおかげで、こちらとしても非常に助かったわ。そして黒乃ちゃん、多くの人を守ってくれてありがとう」

 

 たっちゃんは、一度の咳払いで顔つきをキリッとしたものに変えた。そうして、まずは私とイッチーに感謝の意を述べる。まぁ、ホントはたっちゃんの出番を奪っちゃってるんでしょうけどね、イッチーがバッサリ斬っちゃいましたから。思えば、あの時のイッチーはかっこよかったな……。

 

「長くなってもいけないし、本題に入りましょう。ん~……何から聞きたい?」

「えっと、じゃあ……あの亡国機業とかいう連中って、いったいなんなんですか?」

「平たく言えばテロリストね。それも並みの規模じゃない……と、私達は踏んでる。ずぅーっと前から暗躍しててねぇ、嫌な事に長い付き合いなのよ……私達」

 

 何から話していいか曖昧なのか、たっちゃんは質問に受け答えする形式で話を進める。イッチーがまず質問したのは、当然ながら亡国機業について。全貌はたっちゃん達も把握し切れていないのか、非常にうんざりした様子で扇子を開く。そこには、有象無象と書かれていた。

 

「私達って言ってますけど、それっていったい……」

「それは……どう説明すれば良いのかしら」

「全部言えば良いんじゃな~い?おりむーとくろっちなら知られても問題ないと思うよ~」

「……それもそうね。では改めて自己紹介!お2人共、初めまして。私は対暗部用暗部更識家17代目当主の更識 楯無よ、どうぞお見知りおきを」

 

 たっちゃんは、一度閉じた扇子を勢いよく開きながら堂々と名乗りを上げた。開かれた扇子には、これまた堂々と頭領の2文字が。なんだかたっちゃんは得意気だし、のほほんちゃんははしゃぎながらパチパチと拍手を送る。そうして、肝心のイッチーはと言うと―――

 

「ちょっと織斑くん、その目はいったい何かしら?」

「可哀想な人を見る目です」

「いや、別に中二病とかそういうのではないから!本当なの……信じて!」

「日頃の行いですね」

「ブッ!プフフフフフフ……!」

 

 ジトーッとたっちゃんを見る目……これは本当に信じてない目っすわ。虚さんの日頃の行いってのは金言だと思う。その身に刻んで、どうぞ。というか、鷹兄は笑いすぎでしょーよ。一応は堪えてるみたいだけど……あっ、たっちゃんにお尻蹴られてら。

 

「ん……?あ、そうか。だからこのタイミングで俺を鍛えるって接触してきたんですね」

「そう、そういう事よ!どうにも2人が狙われてるみたいだったのよね……。そうそう黒乃ちゃんには手出しできないとして、織斑くんはまだまだだから」

「……部屋の件に関しても?」

「そうね、プライベートを狙われたらたまったもんじゃないもの」

「でも、楯無さん完全に楽しんでましたよね?」

「…………否定はしないわ、えぇ」

 

 おろ、イッチーが珍しく推理ってのを張り巡らせているぞ。まぁいきなり狙われてるから鍛えますって言われたって、そう実感が湧かないだろうから強硬だったんだろうね。だが、イッチーの追及はそこで終わらなかった。それは、たっちゃんと突然同室になった事へ及ぶ。

 

 知識として知ってはいるが、裸エプロンもどきやらで盛大にからかわれていたもんな。それが必要だったかと聞かれれば、絶対にノーだろう。たっちゃんはどうにも気まずいのか、顔を逸らしながら楽しんでいたと肯定する。……あっ、鷹兄がまたしても静かに笑っていらっしゃる。

 

「……まぁ、それはもう言わないでおきます。俺、楯無さんに感謝してる部分もキチンとありますから」

「あ、あら……それは意外ね」

「強引でも鍛えてもらってなかったら、俺はきっとオータムって奴には勝てませんでした」

 

 事実、私の知る世界線では大敗を期している。ちー姉の件を暴露され、激高し、直情的な戦いしかできなかったイッチーは……。どうしてこの世界線のイッチーが冷静で居られたのかは解らないが、それを抜きにしても地が出来ていなければ話にならない。イッチーは、だからこそ感謝しているんだろう。

 

「あの、楯無さん。何かあったら協力させて下さい。その代り―――俺をもっと厳しく指導してほしいんです」

「……その言葉、偽りはないかしら。言っては悪いけど、今までの指導はまだまだ全然よ?」

「地獄見てでも食らいつきます。どうしても、守りたい人が居ますから」

 

 そう言うイッチーの顔は、男らしいという表現が似つかわしい。そうして、机の下で皆には悟られないよう―――私の手をそっと握った。心臓の鼓動が早まる。だけど、私もその手を握り返した。もっと心臓が早く動く。けれど、今はこの鼓動が心地良く……文字通り手放したくなんかない。

 

「うん……貴方の覚悟は十分に伝わったわ。それなら、このお姉さんに任せなさい!」

「はい、ありがとうございます!」

「で、それとは別に1つビッグプレゼントね。さっきの私と同室って話に戻すけど、あれって要するに抑止力になっちゃえばなんでも良いのよね。と言うわけで~……貴方達2人、今日から同室で」

「……は?……はああああ!?」

 

 

 

 

 

 

「―――は?ア、アンタ今……なんて言ったの?」

「私は一夏から手を引くと言ったんだ」

 

 同時刻、箒によって食堂に集合をかけられた専用機持ち達は、衝撃のひと言に耳を疑った。話があるとしか言われなかったが、まさかそんな内容だとは誰も想像がつかなかったようだ。言った本人の目には、揺るがない決意や想いが宿っており、本気の本気だと見て取れる。

 

「……見損なったぞ。随分と諦めが早いじゃないか」

「諦め……。まぁ、どんな言い訳を重ねても本質はそうなのだろう。だが―――」

「……差し支えなければ、どうしてその結論に行きついたかお聞かせ下さいな」

「そうだよ、争う対象だけど……何も知らずに離脱なんてしてほしくないもん」

「……解った、話そう」

 

 一夏を諦めるという箒の宣言を前に、ラウラはかなり厳し目な言葉を送った。ラウラの性格を考慮するならば、あえてと言う線も考えられる。しかし、箒は何を言われても受け入れる気でこの場に居るらしい。厳しい言葉を鵜呑みにし始めようとする箒を制し、なんとか話の流れを確保する事が出来た。

 

「なんと言えば良いのだろうな。私としてはもう、かなりスッキリとした気分なんだ。こう……清々しい大敗を期した時のような、悔しいとも思えない程の感覚……と言えば伝わるか?」

「うん……言葉に出来ないけど、解らなくもない……わよね?」

 

 箒はうむむと眉間に皺を寄せながら、自分の想いを語り始めた。どうにも表現するのが難しいらしく、なんとか伝わればと手探りの状態ではあるが。だがそこは代表候補生達だけに、箒の言う清々しい大敗というのを経験しているらしい。鈴が同意を求めると、他の3人も黙って首を頷かせる。

 

「あんなのを見せつけられるとどうもな……。今まで見て見ぬフリをしていたつもりだが、やはり私のつけ入る隙は無いのだと思い知らされたよ」

「シンデレラの件だな」

「ああ、そうだ。……ここから先、お前達の士気を下げてしまう発言もあるだろう。そこに関しては本当に済まない……この通りだ。しかし、お前達は正しく私のライバルだった。だからそのケジメとして、話させて貰う事にする」

 

 語り始めた箒の表情は、悔しさも紛れてはいるが、やはり爽やかな様子だった。やれやれだ。とでも言いたそうな様子で、箒は席に深く背中を預ける。そうして真剣な表情で4人へ謝罪を述べると、本格的に一夏を諦めた理由を語り始めた。それは、箒だけでなくこの場の全員が見て見ぬふりをしていた内容だ。

 

「一夏と黒乃、あの2人につけ入る隙などどこにもない。アイツの……一夏の目には、黒乃しか映ってはいない」

「……そんなのは解り切った事ですわ!」

「そうよ、アンタそれで諦めるってふざけんじゃ―――」

「待って、2人共!……今は、箒の話を聞いてあげよう?」

 

 そう……一夏が黒乃を好いている事なんて、誰の目から見たって明白だった。この場に居る全員は、それでもと必死で一夏を振り向かせるため奮闘してきたのだ。そんな解り切った理由で一夏を諦めるとなると、自分達の行為に対する侮辱ともとれる。セシリアと鈴は声を荒げたが、それはシャルロットによってなんとか収まりがつく。

 

「……だからと言ってアプローチが空しくなったとか、マイナス思考じみた諦めではないつもりなんだがな。決定打は、そうだな……恐らくは、黒乃が生徒や一般客を守った直後の事だろうか」

「うむ、結果的にテロリストを逃がしはしたが……流石は姉様と言ったところだろう」

「黒乃が多くの人を守り切ってな、一夏が本当に嬉しそうだったんだ。別に自分が名誉ある行動をしたわけでも、讃えられているわけでもないのにな」

 

 黒乃が神翼招雷で人命を守り切った後の一夏とのやりとりを、箒は脳内で思い起こす。一夏は黒乃が讃えられている事が幸せそうだった。黒乃は多くの歓声よりも、ただ1人……一夏が喜んでくれる事を、何よりも幸せそうにかみしめていた。少なくとも、箒にはそう見えたらしい。

 

「あの時の2人は、ただただ幸せそうだったよ。見ていてこちらも幸せな気分になるほどに……な」

「箒さん……。だから、諦めがついたと?」

「初めに言ったろう、私としては清々しい気分だとな。だから、あの2人を応援したくなったと表現するのが近いだろうか。まぁ、それも結局は言い訳でしかないが」

「……そんな事ないんじゃない?箒がそう思ってるんなら、きっとそうなんだよ」

「……ありがとう、シャルロット」

 

 箒の自嘲じみた様子に、シャルロットは諭すような言葉を送った。なんというか、この娘は相変わらずだ。なんて思いながらも、箒はシャルロットに感謝の言葉を返す。少し気分が軽くなった気がした。だから、自分の言いたい事を最後まで貫く。

 

「私は何より、黒乃に幸せになってもらいたいと思うようになったんだ。……いきなりだが、聞かせてもらおう。お前達にとって、一夏が関連しない幸せとは何だ?」

「何って……そうね、美味しい物を食べた時とか?」

「わたしくは、やはりティータイムは外せませんわね」

「う~ん……僕は事情が事情だったからなぁ。何気ない日常とか、本当に幸せだと思うよ」

「強いて言うなら……きょっ、教官に褒められた時……だろうか」

 

 本当にいきなりな箒の質問に、代表候補生達は思い思いの幸せを述べた。鈴は恐らく数ある内の1つ。セシリアはイギリス出身らしく。シャルロットは辛い時期を乗り越えた反動。ラウラは少し恥ずかしそうに千冬に褒められた時だと言う。皆の言葉に、箒はうむと頷いた。

 

「では、もう1つ聞くぞ。黒乃にとっての幸せとは何だ?」

「何って……。何……かしらね」

「人並の事は幸せだと感じておられるのでしょうが……」

「凄く情けないけど、胸を張ってこれだとは言えないよね……」

「こんな事言いたくはないが、やはり姉様の考えは姉様にしか解らん……」

 

 箒からの再度の質問に、候補生達はスラスラと答える事は出来なかった。それどころか、雰囲気を暗くしながら伏し目がちに曖昧な事しか言えない。そんな候補生達の様子を見て、箒はまたしてもうむと頷く。その言葉の真意は、いったいどこにあるのだろうか?

 

「気にする事はない、きっと誰だろうと確かな事は言えんはずだからな。だが、裏を返せば……黒乃にとって唯一、確実に私達にも解る幸せというものがあるんだ」

「……一夏、よね」

「……そうだ。私達にとっても、一夏と一緒に居るのは幸せな事だ。だが、黒乃にとっては……辛く苦しいはずの人生を歩んできた黒乃にとっては、私達の比だとかそういう次元ではないはずなんだ」

 

 両親の死。両親の死の際に失語症を患う。誘拐事件に遭い、二重人格を患う。代表候補生に上り詰めたというのに、八咫烏の黒乃と揶揄され、恐れられ、後ろ指を指され……。それでも黒乃は、前に前に歩んできた。それも全て、隣に一夏が居たからだ。箒は、だから黒乃を応援したいと思うようになった。

 

「黒乃には、真の意味で幸せになってもらいたい。唯一端から見ても解る黒乃の幸せ……一夏と言う男と結ばれる事によってな」

「「「「…………」」」」

「ああ、いや……本当に済まない。だからと言って、お前達にも諦めろと言っているわけではないんだぞ?くっ、前置きはしたがやはり話すべきでは―――」

「ア、アンタはそんなの気にしなくて良いの!とりあえず、気持ちは十分わかったわよ」

「変な言葉になるが、良い意味での諦めだと理解できた。……さっきは済まなかったな」

「い、いや!お前達が私に気を遣う事は何も……。済まない……本当に済まない……」

 

 予想はしていたが、皆の雰囲気のダダ下がりっぷりに、箒はどうにもやるせない気分となった。すかさず謝罪を始めるも、何よりも箒自身が決めた事に口出しはできないと謝罪合戦が始まってしまう。この場に居る全員がそれをナンセンスと思ってはいたが、やはり謝らずにはいられないのだろう。

 

「とにかくだ!単にこれは私のケジメだ。お前達は変わらず一夏を―――」

「その事なんだけどね。箒、僕も同じ気持ちかなって」

「シャルロットさん、貴女まさか……」

「うん……実はずっと前から悩んでたんだ。このままで良いのかな……って」

 

 箒が強引に話を締めくくりにかかると、シャルロットが待ったをかけた。皆まで言いはしなかったが、どうやら一夏争奪戦から降りる気らしい。そう語る表情は、どこか箒と似て清々しい物だった。前々から気にかかっていた胸中を、ポツリポツリと語り出す。

 

「僕を救い出してくれたのはあの2人で、黒乃に至っては自分の立場も気にしない始末で……。黒乃は僕に帰る場所を与えてくれたのに、僕がしてる事は―――」

「姉様の居場所を奪う事……か?」

「シャルロット、それこそお前が気にする事ではなんだ。私がこんな話をしたからと言って、何もお前まで……」

「ううん、良いんだ。箒の話を聞いてたら、なんだか僕もスッキリしちゃったよ。今は一夏より良い人を見つけようって気持ちかな!」

 

 自分のせいでシャルロットがこういった結論へ至ってしまったのではと、箒は説得を試みた。しかし、本人は恩に報いる為に手を引くとかではなく、箒と全く同じ理由で……つまり良い意味での諦めで、一夏争奪戦から降りると決意したようだ。新たに決意表明するその姿に、憂いは何も見られない。

 

「ア、アタシは……言っとくけど、アタシは諦めないんだからね!あの2人が完全にデキてるって感じになるまでは、絶対……絶対……!」

「わたくしも、最後までこの想いを貫き通させて頂きます」

「以下同分だ」

「ああ、それで良い。お前達はそれで良いんだ。何なら、私達に奇跡の逆転劇でも見せてくれ」

「うん、僕達の分も頑張ってよね」

 

 少し不安げな表情を見せた後、鈴は顔つきを険しくしながら立ち上がった。そしてズビシと明後日の方向を指差すと、まだまだ勝負はこれからだと徹底抗戦の意思表明をしてみせる。それと同意見と述べたのは、セシリアとラウラの2名。そんな3人に対して、箒とシャルロットは激励の言葉を贈る。

 

「ところで箒、一夏に想いは伝えないの?」

「ん……ああ、一応は言っておくつもりだ。この話をしたのがお前達へのケジメなら、一応でも一夏に想いを伝えるのは……私自身へのケジメだろうからな」

「そっか、じゃあ早い方が良いね。僕もそう思ってたから一緒に行こう?」

「い、今からか!?ちょっと待てシャルロット、まだ心の準備が―――」

「という事だから、少し行ってくるよ」

 

 当たって砕けろどころか、箒は初めから散るつもりで一夏に告白するつもりでいた。万が一でも、その想いが通る事はないと解っているから。どうやらシャルロットも同じことを考えていたようで、強引に腕を引っ張られて連行されてしまう。今だとは言っていない。そう抗議しても、シャルロットは話を逸らすばかり。

 

 残された3人は、決して箒とシャルロットを止める事は無かった。やはり、箒達が100%振られると解っているからだろう。そうして3人の内の誰かが、夕餉にしようと切り出す。食事中は全員何事もなかったかのように振る舞ったが、やはりどこか……空気の違いを心の奥底で感じずにはいられなかった。

 

 

 




黒乃→なぁんかオドオドした会長さんだ事……。
楯無→や、やっぱり怒らせてるかしら……?

箒とシャルロットの件についてですけどマジで勘弁して下さい。
なんかもう、原作ヒロンズの扱いに関して疲れてるんですわ。
白状すると逃げです、逃避です、現実逃避です。
許されるのなら後ろ向きに全力疾走させてほしい……。


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第78話 朝の一幕

「おはよう、黒乃。もう朝だぞ」

(ふぇ……?うええええっ!?)

「そんな慌てる時間帯でもないけどな」

 

 爆睡も爆睡だった私の意識を覚醒させる爽やかな声が……。薄ぼんやりと目を開いてみると、すぐ近くにはイッチーの顔があるではないか。瞬間、脳の回路か何かがショートしかかのように……ボンッ!と音が鳴った気がした。飛びのくようにベッドの上で何回か回転すると、はずみで床上へと落下してしまう。

 

 な、慣れない……慣れねぇよ……。朝起きる度に、イッチーと同室になった事を思い知らされる。あぁぁぁぁ……ハードル高い。好きになっていきなり同室とかハードル高い。ク、クソッ……絶対に今まで何とも思ってなかった弊害ですぜ。今まで半同棲状態だったとか、私のメンタルってパネェ。

 

「……大丈夫か?もしかして、体調が悪いとかじゃ―――」

(ああ、いやいや!そんなことはないですよー。ほら、元気百倍!)

「ん、それなら良いけど。でも、無理はするなよ」

 

 床上で微動だにしなかったせいか、どうにも体調不良と思われてしまったようだ。私は跳ねるように起き上がると、重い瞼をこすりながらガッツポーズを見せる。なんとか平常運転である事は伝わったらしい。ふぅ……ポーカーフェイスでも、イッチーにはかなり伝わるから有り難いよ。

 

 イッチーと通じ合ってる証拠だよね。っておうコラ、話をすぐそっち方面に持っていくなつってんでしょうが私。我ながら単純すぎる脳みそと言いますか……。まぁ、いちいち自己嫌悪してたらきりがないってのもある。どうしようもないのは今に始まった事でもないしねぇ。

 

「洗面所は空いてるぞ、俺はもう済ます事は済ませたから」

(アイサー。とは言っても、ほとんどする事はないんですけど)

 

 イッチーは既に制服姿で、仄かにシャンプーの香りがする。朝シャンの習慣なんてあったっけ?なんて思ったりもしたが、答えは洗面所兼脱衣所にある。洗濯機の中には、脱いだばかりのジャージが入っているではないか。そこから導き出される答えは、イッチーが毎朝トレーニングをしている……と私は結論付けた。

 

 つまり、イッチーは私が寝てる間に静かに起き、運動して、今しがた汗を流したってところだろう。……知らなかったな、イッチーがそんな頑張ってるなんて。きっと、最近身に着いた習慣ではないはずだ。IS学園に来てからと言うもの、欠かさず行っているに違いない。

 

 なんて言うか、良いと思う。うん、凄く良い。頑張ってる人は尊敬するし、それが好きな人となるとなおの事だ。どちらかと言えば、格好良いとカテゴライズされるんだろう。……決めた、今度から軽食でも作ってみよう。腹に何も入れないで運動をするのは良くないって聞いた事ある気がするし。

 

(って、んな事してないではよ着替えんと)

 

 洗濯機の蓋開けてイッチーのジャージをただただ凝視とか、完全に不審だ。私はパジャマと下着を脱いで、洗ってあるブラと下着を装着。……残念な事に、長い事居候してるせいか下着程度じゃイッチー動じないのよ。なんだか複雑……。モッピー達の気持ちがようやく解った気がする。

 

 続けて制服へ袖を通す。スカートのスリットは……まだ片方で良いかな。私手製のロングスカートだが、右足と左足の両方へジッパー付きのスリットを入れているのだ。これにより両足を出したり片足を出したりできると言うわけ。夏場はダブルスリットだったが、最近は寒くなって来たので主に片方。真冬になれば両方閉じる事になるだろうね。

 

 余談はさておき、後は顔を洗って歯を磨けば終わりだ。洗顔は適当に、歯磨きは手早くしつつも丁寧に。所要時間は非常に短い。……皆は朝の準備にどのくらいの時間を割いてるのかなぁ?そう思いながら、鏡に映る自分を良く観察してみる。本当に何もしてないのに、相変わらず黒乃ちゃんのボディは完璧美少女そのものだ。

 

(……少し、気合を入れてみようかな)

 

 口に溜まった泡立つ歯磨き粉を吐き出し、水で口を濯ぐ。そうして私が手に取ったのは、学園の備品として備え付けられている櫛だ。黒乃ちゃんの綺麗な髪を傷つけぬよう細心の注意を払い、スーッと髪を梳かしていく。……ぬぅ、元が良すぎるせいかな……大した違いが判らない。

 

 なんとか私の主観からも変化が判ればと続けてみるが、いくらやっても成果は見られない。くぬぅ……!た、他人に委ねるしかないか……。だ、だったら……髪形を変えてみる事にしよう!それなら私の目から見ても違いが丸判りなはずだ。……と言いつつ、あまり他の皆と被らせても面白くないよなぁ。

 

(ふむ……じゃあサイドテールとか?)

 

 専用気持ちの皆さんの中に、サイドテールにしている子はいない。それならダブりもないしちょうど良いかな。でも、髪型を変える予定が無かったからリボンとか無いじゃん。ん~……リボンとかヘアゴムとか無くても出来ない事も無い……よね?と、とりあえず……自分流でやってみよう。

 

 そうして鏡の前で悪戦苦闘することしばらく、なんとかそれっぽい形にする事はできた。うん、悪くないんじゃないの?無表情のせいで角が立つ黒乃ちゃんの雰囲気が、サイドテール特融の幼さで緩和されている……ようないないような。それより、時間は大丈夫かな。どのみちイッチー待たせてるし、とりあえず今日はこれで行ってみよう!

 

「今日は随分と時間が掛かったな。やっぱり体調でも―――でも……?」

(ど、どうかな……髪型、似合ってる……?)

「……そっか、だから時間かかってたんだな。うん、似合ってるし可愛いと思う……けど、雑だぞ?」

(え、うっそぉん……。ぬ~……せっかく頑張ったのに……)

 

 やっぱり好きな人の反応は気になる物で、イッチーのリアクションを待つ間は内心でモジモジしてしまう。似合っているとも可愛いとも言ってもらえはしたが、どうにも整え方が悪かったらしい。やっぱり慣れない事はしない方が良かっただろうか。私は思わず、不貞腐れながら指でサイドテールをピンと弾く。

 

「ほら、こっち来いよ。俺が直してやるからさ」

(ほ、本当に!?じゃあ……お言葉に甘えちゃおっかな)

 

 イッチーは自分のベッドに深く腰掛けると、自身の足と足の間に私の座れるスペースを作った。そしてそこを叩いて、私に座れと誘う。何はどうあれ、イッチーが手直ししてくれると言うのがとにかく嬉しかった。私はベッドのスプリングが大きく跳ねるような勢いで腰掛ける。

 

「…………」

(それにしても、イッチーってば大概器用だなー)

 

 イッチーの胴体に背中を預けて座っていると、素早い手つきで私の髪型を整えていく。無言なのはそれだけ真剣な証なんだろうけど、どうにも緊張しちゃう……。私、変だったりしない?髪……痛んでるとか思われたら嫌だな。きょっ、今日から……今日から気を付けようね、うん……。

 

「……良し、できたぞ。ほら、鏡」

(うぃ、サンキュー。おお、確かに私のが雑だったって良く解るよ!)

 

 イッチーから手鏡を受け取って、自分の姿を確認してみる。仕事が丁寧なだけあって、より完成度は高い物だ。そのせいか、愛らしさもより高まっている気さえする。無表情を除けば、黒乃ちゃんはサイドテールがベストマッチだったのかも知れないな……。

 

「あ、あのさ……黒乃。もしかして、いろんな髪型に挑戦してみるつもりだったりするか?」

(へ?うん、そうだね。勉強不足だから、バリエーション少ないだろうけど)

「じゃあ、俺にやらせてくれよ。ちょっとした事情でそういうのには趣が深いと言いますか……」

(後半の意味は良く解らないけど、そういう事なら……せっかくだしお願いしようかな)

 

 イッチーがオズオズとした様子で何を言い出すかと思えば、私の髪型を変えるのを自分の役目にしてほしいとの事。別にそれは構わないどころか大歓迎なんだけど、趣が深いってどういう意味だろ。ヘアアレンジに詳しいって、もしかしてスタイリストに憧れてるとか?

 

「……夢?」

「っ!?……ああ、そうだな。ずっと、夢の1つだったんだ」

(っへ~……知らなんだ。でも、夢を持つのは良い事だよ。練習になるだろうし、いくらでも付き合うから)

「そ、そうか!じゃあ、精一杯やらせてもらうよ!」

 

 思わずイッチーにそう問いかけると、なんだか驚いた表情をされてしまう。何かこう……言い当てられた!?……みたいなね。すかさず本人が肯定したし、つまりはそうなんだろ。それにしても、スタイリストねぇ……。間違いなく、引く手数多になるだろう。話題のイケメンすぎるスタイリスト!……ってな感じで。

 

(むぅ……それはそれで面白くないかも)

「んじゃ、飯にするか。あまりのんびりしてると混雑しちまう」

(確かに、今日は少しゆっくりし過ぎちゃったね。行こうかイッチー)

 

 どうにもイッチーは、心なしか気分が良いように見える。きっと、良い練習相手が見つかって嬉しいんだろう。……もはやなんだって良いや。たとえ練習相手だって、イッチーが必要とさえしてくれるのならそれで。それだけで私は、心から満たされるのだから―――

 

「黒乃、どうかしたのか?」

(あっ、何でもないよ。今行くから!)

 

 私は小走りで愛しい人の背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「あ、おはよう千冬姉」

「ああ、おはよう。今日も感心だな」

「ほら、継続は力なりって言うだろ」

 

 この時期となると、早朝と言えどまだ完全に日が昇り切っていない。そんな時間帯にも関わらず、IS学園の広大なグラウンドにて織斑姉弟揃いぶみだ。俺は日々のトレーニングが日課になりつつある。千冬姉の方は、毎日とは言わないが走り込みをしているらしい。

 

 始め遭遇した時には、お互いそれなりに驚いたもんだ。俺は千冬姉が居ること自体に驚き、向こうは俺がやる気を出しているのが意外なようで。でも、誰か居るといろいろ捗るというものだ。2人して準備運動を適度にこなし、1周5キロあるグラウンドをいざスタート。

 

「そんなペースで良いのか?バテても知らんぞ」

「いつまでも千冬姉に並走できない俺じゃないさ」

 

 何やら千冬姉が挑発じみた事を言い出すもんだから、思った事をそのまま口にしておく。確かに当初は着いていくのが精一杯だったが、かなりスタミナも持久力も上がった自覚がある。千冬姉が本気じゃないのは解るが、かなり余裕をもって追いつけるペースだ。

 

「……それもそうか。何もかも、変わり続けていくものだ」

「…………」

「……箒とデュノアに告白されたらしいな」

「……ああ」

 

 私も随分と年を取った。千冬姉はなんだかそう言いたげだ。いつになく哀愁漂う様子を見せると、どこで聞いたのか千冬姉は重々しく問いかけてくる。そう、つい数日前に告白されたのだ。良く見知った女の子2人に、ずっと前から好きだった……と。それが、箒とシャルだった。

 

「その場で返事はしたのか?」

「……2人には悪いけど、俺には心に決めた子が居るんだ」

「だろうな。もし保留などと言っていれば殴り飛ばされていただろう」

 

 何やら事情は解らないが、あの箒もシャルも俺に振られると結果が見えていながらの事らしい。それが自分に対するケジメだと、あの2人はそう言っていた。千冬姉の言う通り、もしそうだとするのなら……振る以外の選択肢は、彼女らにとって侮辱に価する行為だったはず。でも―――

 

「俺……さ、全然気持ちに気づいてやれなかった」

「…………」

「俺には黒乃しか見えないからとか、そんなのを盾にできない……。俺にも何か、他にしてやれる事があったんじゃないかって。……ここのところモヤモヤするんだ」

「馬鹿が、あるとすれば1つだろ」

 

 人の気持ちに疎い、それが女子からのだとなおの事。弾や数馬からは良くそう言われていた。箒やシャルに俺がしていたのは、弾と数馬の言った通りの事なんだろう。告白を受けて、頭をハンマーで殴られているかのような感覚だった。俺は、なんて酷な事をしていたのだろう……と。

 

 俺だって、黒乃にアプローチしてもスルーされたら辛い。俺も2人に同じ事をしていたんだ。箒に至っては、何年も前から……。だから考えてしまった。俺は、どうすれば良かったのだろうって。思わず千冬姉に問いかけると、その返しは初めから俺が答えを握っているというニュアンスで―――

 

(ああ、そうか……)

 

 そうか、確かにそうだ。確かに俺は初めから答えを握っていた。ずっと昔からそうして来て、それに箒とシャルの分が積み重なったってだけなんだ。あの2人の想いを真摯に受け止め、一生引きずっていく。それが俺が、箒とシャルにしてやれる唯一の事。だから俺は―――

 

「箒とシャルの分まで、黒乃を幸せにしてみせる」

「……それで良い。まぁ本当はあと3人分なのだが……」

「千冬姉、今なんて?」

「なんでもないさ。そら、喋ってばかりじゃないで走れ若造」

「あだっ!?別に蹴る必要は―――って速い!」

 

 解っているならそれで良いと千冬姉は言うが、後に続いた言葉は聞き取れなかった。なんと言ったかと聞き返せば、返ってきたのは尻への衝撃。千冬姉が俺の尻を蹴り上げたのだ。思わず飛び跳ねてから抗議をぶつけると、その背は既に遥か彼方に見えるじゃないか。

 

 その後必死に追いかけてみるものの、逆に1周抜かしをされるという屈辱を味わう事に。時々思うが、やはり千冬姉は人間として超えてはいけない壁を越えてしまっている。……今更の事か。なんて考えていたらまた尻を蹴られてしまう。時間も良い具合だし、今日はクールダウンをして部屋に戻ろう。

 

「ただいまー……」

 

 ソロソロと扉を開け、蚊の鳴くような音量でただいまを言う。室内には、黒乃の静かな寝息のみが響き渡っていた。……自らの戻る場所として定められている自室に黒乃が居る。それだけで緊張しまくっていたが、最近になってようやく慣れる事が出来た。

 

 さて、黒乃を起こさないように細心の注意を払わなくては。とりあえずは着替えを引っ張り出し、俺は真っ直ぐシャワー室へと向かった。ジャージは洗濯機に放り込んでおき、いざ水浴びへ。汗臭いまま授業になんか出られたものじゃない。女子高同然のここでノーシャワーなんぞ社会的死を招きかねん。

 

「ふーっ……」

 

 黒乃を起こさないように水の出をなるべく弱くする為、どうしても時間が掛かってしまう。勿論それを負担に思った事はない。黒乃が安眠できるなら安いもんだ。ただ……シャワーから出ても騒音との戦いが続くが。髪を乾かす道具であるドライヤーだ。

 

 これがなかなか……シャワー以上の騒音発生源かも知れない。とにかく熱風の風量を最低まで下げ、じっくり時間をかけつつ髪を乾かしていく。そうこうしていると、だいたいは時間がちょうど良くなるんだよな。リビングに戻ってみれば、黒乃は……まだ寝てるな。良し、今日も勝ったぞ……。

 

「おはよう、黒乃。もう朝だぞ」

「…………?…………!?」

「そんな慌てる時間帯でもないけどな」

 

 とは言え、いつまでも安眠されたって困る。起こすに適切な時間だと判断し、黒乃の顔を覗き込みながら声をかけた。すると黒乃はクワッと開眼し、何を焦ったのかベッドから落ちてしまう。こいつはラッキー……レアな黒乃が見れた。うん、可愛い。……なんて言ってられないか?なかなか黒乃が起き上がってこないんだが……。

 

「……大丈夫か?もしかして、体調が悪いとかじゃ―――」

「…………!」

「ん、それなら良いけど。でも、無理はするなよ」

 

 念のためだがそう聞いてみると、黒乃は勢いよく立ち上がって寝ぼけ眼のままガッツポーズ。こちらに体調は万全だと伝えて来た。うん、可愛い。本当……これも地味に大変なんだよな。気を抜いていると、どうにも顔がニヤけてしまいそうなんだ。それを抑える為になるべく口を閉ざさないように―――

 

「洗面所は空いてるぞ、俺はもう済ます事は済ませたから」

「…………」

 

 そう言うと黒乃は、コクリと頷いてから脱衣所へと向かっていった。戸の閉じる音を耳にして、俺はようやくひと息つける。黒乃を待っている間は少しだけ暇だ。とは言っても、黒乃はそう準備に時間を割かないが。やはり何もしていなかったりするのだろうか。なんだろうな、勿体ないよなぁ……。

 

 まぁ、するしないは本人の自由だ。それに、事実黒乃は何もしなくたって十分綺麗なのだから。綺麗……か、シンデレラの黒乃はとびきり綺麗だった。いつしか俺も、彼女にウエディングドレスを着させてやれる日が来ればいいのだけれど。……想像するだけで幸せが止まらん。

 

 ……それにしても、今日の黒乃はやけに時間が掛かるな。いつもはもう出てくる頃なんだが、いったいどうしたというのだろう。何かに手間取っているとして、それは何か。足りないであろう頭でそう考えていると、タイミングよく黒乃が出て来た。俺は黒乃に目を向けつつ話しかけるが―――

 

「今日は随分と時間が掛かったな。やっぱり体調でも―――でも……?」

「…………」

 

 思わず目を奪われた。どうやら黒乃は、珍しい事に髪の手入れをしていたらしい。解るさ、俺がこの焦がれた少女を何年見て来たと思っている。絹のような黒髪がより一層に艶やかで、煌いていて……。いかに黒乃が、普段勿体ない事をしているかと再確認させられてしまう。

 

 何より俺にとって大事件なのは、あの黒乃が髪型を変えているのだ。リボンやヘアゴム等は使わず、自分の髪を結って作るタイプのサイドテール。幼さを増長させる効果か、今の黒乃は可愛い美人といったところだろう。……落ち着けよ俺。とりあえずはいろいろ落ち着け、まずはしなければならない事がある。

 

「……そっか、だから時間かかってたんだな。うん、似合ってるし可愛いと思う……けど、雑だぞ?」

「…………」

 

 そう、率直に言って纏めが雑なのだ。似合ってるってのも可愛いってのも本音だが、どうしてもそっちの感想が勝ってしまう。きっと慣れない事をしたからだろうなぁ……。だが、雑のひと言で終わらせたりなんかするもんか。俺がこの手で黒乃をもっと輝かせてやる。

 

「ほら、こっち来いよ。俺が直してやるからさ」

「…………」

 

 俺がベッドに腰掛け、股の間に座れと促す。すると黒乃は、一目散にそこへと着く。やれるもんならやってみろとか言いたいのか?まぁ、男に言われちゃってのもあるよな。けれど、残念ながら……俺は黒乃よりよほど上手くやるだろう。何故かと聞かれれば、不純な理由ではあるんだけど。

 

 言ってしまえば、俺は髪フェチと呼ばれる部類だ。黒乃の長い黒髪を、前々から好きに弄ってみたいと言う思惑があったりする。だからそうやって妄想してる内に、本当に詳しくなってしまって……髪型の作り方も覚えてしまった。好きこそ物の上手なれとか言うけど、あながち嘘ではないらしい。

 

 というか、もう今の俺は大興奮どころの騒ぎではない。黒乃の髪の毛をこれだけ好きに触れる日がくるなんて思ってもみなかった。とにかく黒乃をサイドテールにするだけに集中しろ……。さもなくば、今にも黒乃の髪に顔を埋めて匂いを嗅ぎたいとか頭の片隅で考えてしまっているのだから。

 

「……良し、できたぞ。ほら、鏡」

「…………」

 

 何とか無事にサイドテールを完成させ、黒乃に手鏡を手渡した。すると、しきりにいろんな角度から自分を眺め始めた。どうやら気に入ってくれたらしい。しかし、いきなり黒乃はどうしたんだろうな?何か心境の変化でも―――いや、今はそんなのどうだって良い。これは俺にとってチャンスでしかないのだから。

 

「あ、あのさ……黒乃。もしかして、いろんな髪型に挑戦してみるつもりだったりするか?」

「…………」

「じゃあ、俺にやらせてくれよ。ちょっとした事情でそういうのには趣が深いと言いますか……」

「…………」

 

 俺がそう問いかけると、黒乃はどちらの質問にも首を縦に振ってくれた。まだまだ見てみたい黒乃の髪型が沢山ある。完全に己の欲求を満たす為のお願いだが、そんなエゴイズムも消え去るほどに嬉しい。なんというか、堪らないんだ。まるで、そう……黒乃を俺色に染め上げていくようで―――

 

「……夢?」

「っ!?……ああ、そうだな。ずっと、夢の1つだったんだ」

「…………」

「そ、そうか!じゃあ、精一杯やらせてもらうよ!」

 

 ……図星である。盛大に図星である。な、なんでだ!?顔に出ていたり―――いや、考えるだけ無駄か……。女性と言うのは時々エスパーになる。まぁ俺が解りやすいってのもあるんだろうけどさ……。しかし、それでも黒乃は再度首を縦に振ってくれた。

 

 黒乃に全部悟られているとすれば、俺は相当気持ち悪い奴だと言うのに。黒乃、お前って奴は本当……どこまで俺を虜にしてしまえば気が済む?そうやって全く俺を拒絶しないから、俺はだんだんとお前に溺れてしまうと言うのに。本当に、本当に……堪らない。俺の総てを包み込んでくれるお前に、溺れていく感覚が何にも変え難い。

 

「んじゃ、飯にするか。あまりのんびりしてると混雑しちまう。」

「…………」

 

 朝から夢みたいな事の連続で、今日一日を朝の一幕を思い出すだけで頑張れそうだ。思わず声量を上げ意気揚々とそう告げると、黒乃は静かに首を縦に振る。飛び出るように部屋から出て、数歩歩いた時に気が付いた。黒乃が歩を進めていない。そう言えば、なんだか少し黒乃の反応が鈍い時が増えた気がするな。

 

「黒乃、どうかしたのか?」

「…………!」

 

 そう呼びかけると、黒乃はハッとしたような反応を示した。空いた俺との数歩を小走りで詰めると、何事も無かったかのように歩き出す。……呼べば反応があるし、俺の思い違いだと良いのだけれど。とにかく俺も、黒乃の歩幅に合わせて歩き始めた。そう……愛しい人と同じ歩幅で。

 

 

 




黒乃→夢ねぇ……スタイリストとはまた意外だな。
一夏→白状すると、黒乃の髪を弄るのが夢だったと言うか……。

一夏の髪フェチは完全に捏造なのであまりお気になさらず。
個人的には黒乃の髪が綺麗=自然に髪フェチにといった感覚です。

それと黒乃のサイドテールですが、見かけはデレマスの島村 卯月が最も近いと思われます。


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第79話 指捌きの秘訣

「あっ……黒乃さん、少しよろしくて?」

(ん~?)

「はうっ!?そ、そこまで急回転しなくてもよろしいですわ……」

(わっ、ごめんセシリー。普段は纏めてないからさぁ……)

 

 廊下にてセシリーに呼び止められ振り返ったのは良いのだけれど、少々勢いが付きすぎてしまったようだ。今日は後ろ髪を大きな三つ編みにして束ねている為、遠心力によって髪がハンマーの如くセシリーへと襲い掛かる。とりあえずペコリと頭を下げると、お気になさらずと返されたので本題に入ろう。さて、私に何の用事かな。

 

「もうすぐキャノンボール・ファストが開催されるのはご存知ですわよね」

(……あっ。そ、そそそ……そりゃ勿論!)

「聞くまでもありませんでしたか?どう考えても黒乃さんと刹那が得意とする種目ですもの」

 

 普通に忘れるポンコツ脳みそが時々嫌になる。そう……学園祭が終わったという事は。次なるイベントはソレだったか。キャノンボール・ファストっていうのは、要するにISを使用したなんでもアリなレース競技と言ったところかな。セシリーの言う通り、ご存知高機動型のせっちゃんからすれば得意中の得意と言って良い。

 

(でも、それがどうかしたの?)

「ごめん遊ばせ、結局本題に入っていませんでした。何を申したいかと聞かれますと、少々練習に付き合って欲しいのです」

(構わないけど、レクチャーはしてあげられないと言うか……)

「不躾だとは思いますが、飛ぶところを見せていただけませんか?大会前ですし、手の内を見せたくないと仰るならば素直に諦めますわ」

 

 私が首を傾げると、セシリーは優雅な様子で話を続けた。聞けば、どうやら私の飛行技術を参考にしたいらしい。う~ん……どうかなぁ。手の内隠したいって事は全くないんだけど、別に私のは手本にするほど凄くはないと思う。しかし、だからって断るのも忍びないような……。

 

(うん、まぁ、そういう事なら良いよ。参考になれるよう頑張るね)

「ありがとうございます、黒乃さん!今度何かお礼をさせて下さいな」

 

 どうやら私が肯定を示すのが意外らしく、セシリーはパッと花の咲くような笑顔を浮かべた。そうして私の手を優しく包み、軽く上下へ振ってみせる。そ、そこまで喜ばれると照れちゃうな……。しかし、セシリーってば妙にやる気だね。セシリーは元来から頑張り屋さん気質だけど、不必要なまでにとも取れる。

 

「わたくし、実は前々からこの競技を心待ちにしておりました」

「…………?」

「何故、とでも言いたそうですわね。今回はどうしても負けたくない相手が居まして」

(……イッチーの事かな?)

 

 雪羅の盾によって、セシリーの対イッチー戦績は著しく下がってしまった。キャノンボール・ファストはレースだが攻撃等の妨害行為も許される。そうなると、操縦者の技量からしてセシリーがリードってところか。だけれど、白式はソラでブルー・ティアーズより速度が出てしまう。

 

 二次移行してウィングスラスターも増設されたとなると、なかなか油断も出来ない。最近は負け続けなのにもってきて、自分の土俵であろうレース競技でも負けるなんてセシリーのプライドが許さないんだろうね……きっと。私がセシリーだったら同じ事を考えたかも知れない。

 

「是が非でも」

「はい、是が非でも勝たせていただきますわ!」

 

 いくらイッチーを好きになったとは言え、そういう事情があるならセシリーを応援したくなる。かと言って、本番では中立になるだろうけど。私としては妨害行為自体をあまりする気がないしね……。ぶっちゃけ刹那で適当に飛んでりゃ勝てるんじゃね?とか思ってるし。……いや、それは流石に皆をナメ過ぎか。

 

 つーか、飛ばなきゃなんないのってコースじゃん。コースアウト負けの可能性大じゃん。……盲点だった。マジでもう、最近あたしゃポンコツ過ぎやしないかね?なんというか、セシリーに誘ってもらって御の字ってところだろう。せっかくだし、これを期にしっかり練習しとかないと。

 

「それでは、早速今日の放課後という事でよろしいでしょうか?」

(うん、刹那の調整もバッチリだよ)

「重ね重ねありがとうございます、黒乃さん。これは何かお礼を―――そうですわ!わたくし、この間良い雰囲気のカフェテリアを見つけましたの。ご馳走しますので、よろしかったらご一緒にどうでしょう」

(マジでか、セシリーってば太っ腹だ事。そんじゃ、お言葉に甘えようかな)

 

 何やら話の流れはセシリーが奢ってくれるという方向に。きっと、今回の授業料って意味合いなんだろう。こういう場合は素直に甘えておくのが1番……かな。私は何処か食い気味に肯定すると、その様子が可笑しかったのか意外だったのか、セシリーはエレガントな微笑みを浮かべる。

 

 とにかく、目標があれば一層頑張れるってもんでしょ。休日にセシリーと出かけるという事を念頭に置いて、私はしっかりコーチをしないとね。私にとって指導というのはかなりの難易度を要求されるんだ、今の内からいろいろ考えとかないとなんないな……。

 

 

 

 

 

 

「……どうしてあなた方が居るのです?」

「どうしてって、飛行技術に関して勉強させてもらおうかと思ったんだが」

「右に同じく。専用機所有者とは言え勝手が解らんものでな」

「わたくしが聞きたいのはそういう事ではなく、どうして黒乃さんと特訓すると知っているのかと言っているのです!」

(ま、まーまーセシリー……気持ちは解るけど落ち着こう?)

 

 いざ放課後になってみると、高機動飛行練習用アリーナに集まったのは黒乃とセシリアだけではなかった。そこには、それぞれ紅と白のISを纏った……そう、一夏と箒である。セシリアからすれば、一夏にだけは確実に勝つ為の訓練だけにたまったものではない。

 

 しかし、セシリア以上に訓練が必要な2人と言うのも間違いではない。箒の言った勝手が解らないと言うのはそういう事。つまり、単純に速さを競う競技という枠に組まれた場合の飛行に関して詳しく知りたいと言いたいのだろう。白式と紅椿が燃費最悪のひと言に尽きるせいか、連続的にフルスピードで飛ぶ手段を2人は知らない。

 

「どうして知ってるも何も、セシリアが大声で―――むぐっ」

「なに、単なる風の噂という奴だ」

「とてつもなく納得はいきませんが、帰れという程わたくしも鬼ではありませんし……。判断は黒乃さんにお任せしますわ」

(勿論構わんよ。私が役に立つんならいくらでも!)

 

 相も変わらず一夏が余計な事を言い出す前に、箒がそれを制して適当に誤魔化した。そう、何故知っているかは本人の不注意によるものだからだ。黒乃からの直接指導という事で気持ちが浮ついたのか、セシリアは終日今日の放課後が~……と言いっぱなし。本人に自覚がないのが救いなのかも知れない。

 

 とにかく、集まってしまったのなら仕方ないとでもセシリアは言いたげだ。そして、居て良いかどうかは黒乃へと判断を委ねた。朝会話した際と同じく、手の内を見せたくなければというやつらしい。だが、心配せずとも本人は手の内がどうだの難しい事は考えてなかったり。毒気のない様子で2人の申し出を快諾した。

 

(じゃ、とりあえず始めま~す)

「むっ、もう始めるのだな」

「では、わたくし達は邪魔にならない場所へ」

 

 2人が黒乃の返答に安堵している最中、黒乃は優しく宙へと浮いて行く。その動作を開始の合図だと理解した一同は、コースから外れた場所へと移動した。皆が離れた事を確認すると、続けて刹那の状態をチェック。高速移動のみを意識するのならば、やっておかなければならない作業は多々ある。

 

(操縦桿のレスポンス速度……OK。イメージインターフェースも同様……。雷光に異音なし。ウィングエネルギー供給安定……っと―――)

 

 刹那はかなり繊細な飛行技術を要求される機体だ。何処かに1つでも問題があればそれだけ墜落のリスクが高まる。そんなのではレースどころの話ではないため、黒乃は毎度この作業を欠かさない。今日は随分と念入りな方と言える。しかし、慣れた手つきでコンソールを操作する姿なんかは外野からすれば高速に見えるようで……。

 

「……早いですわね」

「確認作業の事か?なるほど、あれも勝負の内というわけだな……」

「マジか、ろくにやった事ないぞ」

 

 と、このように知らない所でやはり勝手に株が上がっていく。本人にとって当たり前の事は、他人からすれば優れた事という話なのだろうか。そんな会話もよそに、黒乃はコンソールの操作を終えた。ようやく飛ぶ準備も万端といったところか。

 

(うし、オールグリーン。そんなわけでいっちょ―――行きますか!)

 

 黒乃は前傾姿勢を取り、スタート前の予備動作を行う。特にスタートの合図が鳴るわけでもないので、自分のタイミングでロケットスタート。まず初手はQIBで前方へと飛び出す。そこから勢いが死なない間に神翼招雷を発動させ、雷の翼を広げた。

 

 OIBとほぼ加速の原理は同等なため、刹那はグングンとスピードへと乗っていく。しかし、普通ならばまずこんな速度は出さないだろう。再三となるが、キャノンボール・ファストはレース競技である。空中だが通らねばならないコースは存在するし、コース外へ出てしまえば即失格だ。

 

 それでなくても高機動機体である刹那だと言うのに、さらに加速させてしまえばコーナーを曲がる事は不可能に近い。大多数の人間がそう考えるだろうし、何より刹那の所有者である黒乃もついさっきまではそう思っていた。だが、黒乃は日中にとんでもない事実へ気が付いてしまったのだ。

 

(だからこその神翼招雷なんだよね!ぬどりゃ!)

 

 黒乃はコーナーへと差し掛かる瞬間、雷の翼として放出しているエネルギーを僅かながらに刹那へ取り込んだ。そうして、曲がり始めると同時に掌から爆発させるように放出。これにより刹那は減速しつつ無理矢理にでも方向転換。神翼招雷は継続中につきスピードはほぼ損なわれていない。

 

(大成功!ぶっつけ本番でもなんとかなるもんだな……)

 

 言うは易く行うは難しと表現されるが、まさか黒乃もいきなり成功するとは思っていなかったようだ。新た飛行技術の開拓に胸躍ったのか、黒乃はご機嫌な様子で残ったコースを走破していく。1周終わるのにかかった時間は……凡庸なIS操縦者からすれば神の領域とだけ言っておこう。しかし―――

 

(なんと言いますか、これは……)

(思った以上に……)

(参考にならねぇ……)

 

 教えを乞うた3人は、揃いも揃ってどうして良いのか解らないと言うような表情を浮かべるしかない。それは黒乃の飛行技術が高すぎるという事ではなく、そもそもレギュレーション違反を起こしていると言っても過言ではないからだ。QIBとOIBは勿論の事、唯一仕様である神翼招雷まで持ち出されてはそれはもう。

 

 しかし、それを指摘できずに冷や汗をかくばかり……。何故なら、黒乃が妙に得意気だからだ。勿論、外張りはいつもと変わらぬ鉄仮面。それでも、なんとなくではあるが雰囲気で悟れる場合は少なくない。特に幼馴染である一夏と箒の2名……。こんなにも私って凄い?……みたいな黒乃を前にするのが初めてのせいか、困惑も大きいようだ。

 

(なぁ皆見てたー?ねぇねぇ、今のって凄くない?!……ってあれ、どったの……揃いも揃ってだんまり?)

『一夏さん、箒さん、お任せしますわ』

『む、無理だ……俺には無理だ!凄いな黒乃って褒めてやりたい……!』

『ええい、軟弱者め!……と言いたいが気持ちは解るぞ……。こんな褒めて欲しいのが丸判りな黒乃などと……破壊力が高すぎる……!』

 

 黒乃に悟られないよう、わざわざ秘匿通信まで使ってそんなやり取りを繰り広げていた。だが黒乃から見ればだんまりに見える。それを重々承知しているのか、会議は手早く終わりを告げる。結果、そもそも指導を頼んだセシリアが指摘するという方向に。

 

「オ、オホン!黒乃さん、流石の飛行技術ですわ。わたくし、思わず魅了されてしまいました」

(えへー……そうでしょうそうでしょう。飛行に関しては、私だってそれなりに誇りってもんが―――)

「ですが、その……QIBやOIBを使われてしまうと、何と言いますか……正直に申しますと参考になりませんわ……」

(…………はい?……あっ、あっ!そ、そっか……そりゃそうだよね。ア、アハハ……間違えちった!いやいや、こりゃうっかり!テヘペロ☆)

 

 そもそも他のISには基本的に備わっていない技術をフル活用してしまっていたのをようやく自覚したのか、黒乃は盛大にやってしまったという感覚を味わう。それまで得意気だった反動か、照れも数段に増しているらしい。内心でわざとおどけるような態度をとってみせるが、恥ずかしさがボディーブローのようにジワジワと襲い来るばかり。

 

(え~っと、それじゃ刹那の使える特殊仕様は抜きにしてもっかい飛ぶね……。ふむ……それ抜きなら全部マニュアル操作のがやり易いかなっと)

 

 とりあえずなかった事にする方向で固めたのか、ピッと人差し指を立ててもう1度と意思表示を伝える。再度コースのスタートライン付近へと浮いた黒乃は、コンソールを操作して運転方法をマニュアルへと切り替えた。普段の刹那ならば、まず間違いなくイメージインターフェースを用いたセミオートを強いられる。

 

 刹那は飛行時にこなさなければならない事が多過ぎる故だ。雷光の出力調整やQIB・OIBの発動、最近に至っては神翼招雷のエネルギー配分まで増えた。むしろ黒乃が刹那を純粋にフルマニュアル操作をした回数は両手で数えられる程しかない。普通の人間ならば慣れない操作に手間どうだろう。だが―――

 

(んじゃ、レッツゴー!余計な事を考えなくて良いから楽ちん楽ちん♪)

 

 こなさなければならない操作が多い故にイメージインターフェースに頼らざるを得ない。裏を返せば、黒乃にとってそれは足枷と表現した方が適当だ。藤堂 黒乃のボディスペックを差し引いても憑依黒乃のIS操作技量は純粋に高い指数を示す。本人に自覚はないながら、スイスイとコースを進んで行く。

 

 仮に刹那の特殊仕様をフル活用した飛行法が稲妻のようだとすれば、今は自由に流れる疾風といったところか。それでも先ほどと比べればやはり遅い……が、遅いと感じてしまうのは残念ながら末期症状だろう。忘れてはならないのは、刹那が高速移動用パッケージを装着したISよりも素で速い点。

 

(ん、やっぱし加減速に気を着けとけば何とかなるね)

 

 それでも黒乃が気にしているのは加減速程度らしい。どうやら感覚が最も麻痺しているのは長く連れ添った乗り手のようだ。もし黒乃が他のISを操作したとするならば、本格的に速度が遅すぎて操作できないという事態に陥りそうでならない。……まず間違いなくそうなるのが現実だろうが。

 

(ほい、ゴール!どうよ、今度は文句ないっしょ!)

 

 手加減したはずのコース1周だと言うのに、やはりその記録はとんでもないものだ。妨害がないため参考記録ではあるが、ワールドレコードに近い。手加減して、ワールドレコードである。無論、その事実は意気込みの違うセシリアには見事に突き刺さる。

 

「黒乃さん、操作記録をお見せください!」

(でやぁ!?ちょっ、ちょっ……!セシッ……セシリー落ち着いて!)

「いきなりどうしたんだよセシリア!」

「そうだぞ、何をそうも慌てる必要が―――」

 

 黒乃が地上へと降りるなり、血相を変えたセシリアが肩を掴んで激しく前後へと揺さぶる。いきなりな慌てっぷりに、事態が呑み込めていない一夏と箒は落ち着けと促した。黒乃への揺さぶりは止まったが、それでもセシリアは完全に正気へとは戻らない。

 

「今の飛行は全てマニュアル操作だったはずです。そうですわね、黒乃さん?お2人も、それだけ言えばわたくしの慌てようも解るでしょう」

「なっ……今の全部がマニュアルか!?俺、かなり苦労してようやく形になったって感じなのに……」

「そういう話ならば、そうだな……私も興味が湧いて来たぞ」

(別に良いけど、そんな凄い事したつもりじゃないんだけどなぁ)

 

 第3世代以降のISとなればイメージインターフェース標準装備が常識的である。それに頼った操作が常なため、飛行するだけならむしろイメージ操作で構わない。しかし、やはりマニュアル操作の方がより繊細な動きを可能とする。つまり黒乃がじゃじゃ馬機体である刹那をマニュアル操作で飛ばしきったとするならば、それはとんでもない事態であるという証拠だ。

 

 やはり本人は特筆する程でもないと思っているようだが、リクエストには応える気らしい。刹那を待機形態へと戻すと、チョーカーから空間投影型のコンソールを出現させる。そこからマニュアル飛行やその他刹那の操作に関するデータをサルベージし、惜しまず全てを3人のISへと送信した。

 

(これは……なんという入力回数だ!)

(いつもヒョイヒョイ飛んでるように見えて、こんな複雑な操作をしてたのかよ……!?)

(こ、細かすぎて見えない部分がありますわ……。どうして指が追いつくんですの!)

(う~ん、まただんまりぃ?なーんか今日つまんないぞー。構ってくれなきゃ不貞腐れちゃうぞー)

 

 3人が黒乃の操作実態を目の当たりにし愕然とする中、本人は内心で頬を膨らませつつブーブー言い始めた。それでなくとも何を考えているか解らない見た目なのに、周囲に伝わるはずもなく……。それぞれの世界に入りつつあるのを引き留めるでもなく、ただ反応を待ち続けた。

 

「……なぁ黒乃、やっぱり練習あるのみか?こう、見る限り神業とかそういう類に見えるんだが」

「……?特に」

「と、特に……?特に練習らしい練習をしていないと仰いますの!?」

(まぁ、そう……かな。割とせっちゃんに乗り始めてから特に上手くなってるわけじゃないし……)

 

 一夏の問いかけに、黒乃は特にと答える。詳しい内容は伝わらずも、かなりの天才発言であるのは周囲に伝わった。特にセシリアなんかには。彼女はかなりの努力家である。類稀なると言う程でもない才能を、ただ努力のみでカバーしてきた。黒乃に悪気はないのは解っているが、やはり反応してしまう部分もあるようで。

 

(あぁ、でも強いて言うならやっぱりあれかな―――)

「そんなはずはありませんわ。必ずその指捌きのルーツとなる何かが―――」

「ゲーム」

「…………はい?」

(いや、だからゲームだよ。小さな頃から自然に下地が出来上がったって言うかさ)

 

 セシリアは素っ頓狂な声を上げるが、黒乃から言わせればこの返答しか思い当たる節はない。そう、ゲームである。前世からして度の過ぎるゲーマーだったわけだが、藤堂 黒乃に憑依してからもレベルに関しては大差ない。ゲームのジャンルによっては世界ランカー級の腕前の持ち主だったりするのだ。

 

 おかげで黒乃の潰したコントローラーの数は知れず。携帯機の場合にはボタンが故障したせいで本体ごと買い替えねばならない時すらあった。基本的に手先が器用なのに加え、ゲームにより勝手に鍛えられた。これが黒乃の導き出した結論だ。一夏や箒は、なんとなく納得できる部分もあるらしい。

 

「ゲーム?ゲームって黒乃……。……いや、一概に否定も出来ないような気もするし……」

「一夏さんまで何を世迷い事を仰るんです!……というか、そもそも黒乃さんがゲームをなさるんですの……?」

「言っておくが、黒乃はかなりのゲーマーだぞ。私としては封印したい思い出だが……!」

「思い出すな箒、あの容赦ない10割コンボは早急に忘れた方が良い……」

(ア、アハハ……ごめんねモッピー。初心者相手に少しやり過ぎちゃったかも)

 

 セシリアはそんなゲーム如きでと金切り声を上げる。しかし、やはり出生から苦楽を共にしてきた一夏と、幼少期を過ごした箒の意見の方が強い。2人は黒乃の指捌きを思い出すついでに、植え付けられたトラウマも思い出してしまったようだ。恐らくは、格闘ゲームでコテンパンにされたのだろう。

 

「な……」

(な?)

「納得いきませんわーっ!わたくしなんて来る日も来る日も練習を重ねて、ようやく高機動での飛行に慣れたと言いますのに……。それをたかだかゲーム仕込みなんかで乗り越えられてしまっては―――」

「ま、まぁまぁ落ち着けってセシリア。要するに黒乃が言いたいのは何事も下地が出来て無きゃって事であってだな」

「その通りだ、何も黒乃だって全てがゲームのおかげなんて言っているわけじゃないんだぞ」

(すみません、10割のつもりで言ったんですがそれは)

 

 それは納得いかなくて当然である。セシリア・オルコットは努力の人だ。モロに才能溢れる話を聞かされてしまえば叫んでしまいたくなるというもの。一夏と箒がフォローを入れるものの、当の本人は真逆の事を考えているようだ。だが、とりあえずはセシリアも落ち着きを取り戻し―――

 

「……そうですわね。そもそも黒乃さんに力を拝借したいと申したのはわたくしなのですから、簡単に挫けるわけにはいきません!」

「ああ、その意気だぞセシリア。乗りかかった船だ、私も最後まで付き合おう」

「よし、それじゃあ黒乃の操作記録や飛行データを参考にして練習してみようぜ」

(何やらスポ根系の波動を感じる……。ならば私は寡黙なコーチって事で)

 

 調子を取り戻した3人に置いてきぼりを喰らっている気がしなくもない黒乃だが、喋れない自分にできる事は少ないと身を引く。しかし、ただ黙って見られるというのは逆にプレッシャーを引き立てるようで……。結局のところ3人はとんでもない集中力を披露するに至り、伴って操縦技量も格段に上がったように見える。

 

 で、3人は黒乃のコーチングが良かったと言い出す始末。何もしたつもりはない黒乃からすれば謎過ぎる話である。しかし、これがキャノンボール・ファスト本番で思いもよらぬ結果に繋がるとは。黒乃だけでなく、一夏、箒、セシリアも知る由はない……。

 

 

 




黒乃→ゲームで鍛えられたと思うよ、割とマジで!
セシリア→解らなくもないですが、やはり半信半疑ですわ……。


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第80話 エレガントにいこう

「どうかなさいましたか黒乃さん、遠慮せずに食べて下さいな」

(いやいやいやいや……)

 

 とある休日、約束通りに授業料としてカフェに連れて来てもらったのだけれど……。いやいやいやいや……。本当に、語録力が死んだ感想しか浮かばない。いやいやいやいや……。だっておかしいもん、店の内装とか諸々がさぁ。というか、なによりメニュー表に書かれてる値段が私の知ってるケーキじゃない。

 

 現に実物が運ばれてきて驚くしかないもん。とんだ素人である私ですら見た目だけで高級感に気づけるほどだ。……あまりに身近で時々忘れかけてしまうが、セシリーがガチなセレブだという事実を思い知らされた。わ、私はあまりにも場違い過ぎやしないだろうか……。

 

「……セイロンティーのようですね。この芳しい香りと渋みの少ない飲みやすさ……茶葉はキャンディかしら?日本ではかなりポピュラーな茶葉ですわね」

「お目が高い……。……おっと失礼しました。ここまで言い当ててくるお客様も少ないのでつい……」

「いえ、構いませんわ。わたくし、紅茶の本場が出身ですの。やはりこの季節は甘めのテイストのお菓子が増えますから、ストレートティーでも飲みやすいキャンディを選ぶのは良いチョイスだと思います」

「紳士淑女の国からやって来た方にそこまで言われるのは光栄です。では、ごゆるりとお楽しみくださいませ」

 

 良し、出よう。絶対に場違いだコレ。……んだよ今のやり取りはよぉ!紅茶の種類とか茶葉とか解るわけないでしょーよ!つーかそんなの生きてて気にした事ないわ!私の対面の席に座るセシリーに対し、失礼だろうが内心そう叫ばずにはいられなかった。

 

 優雅にティーカップを傾ける姿を眺めていたら、ポッとセシリーが私への解説のつもりなのか小さく呟くように言ったのだ。それをたまたま通りかかった店員さんが耳にしてお目が高いと……。完全に、完全に置いて行かれた気分だったよ。なんだかセシリーの席が遥か彼方へ感じられたぜ……。

 

 と、とりあえず落ち着こう。紅茶でも飲んでリラックスしようか、私。いったん呼吸を整えて、指をティーカップのつるへと引っ掛けた。まだモクモクと湯気が立つ程度には熱せられた紅茶を、恐る恐る口へと運ぶ。……ふむ、たしかにスッキリした口当たりで美味しい。けど、やっぱりそれ以上の言葉は浮かばないなぁ。

 

 やべぇ、セシリーってばパネェわ。こりゃ幾分か認識を改めないといかんすね。いや、決してセシリーを見くびってたとかそういう事でもないんだけどね?まぁ、友達ではあるからそれなりに遠慮が要らないのも解ってる。とにかく、やっぱりセシリーは貴族様なんやなって。

 

「あら、こちらのモンブランも美味しいですわ。フフッ、やはりわたくしの目に狂いはなかったという事ですわね」

(セシリーの談では見つけただけ、って事はやっぱり入ったわけじゃなかったんだ……)

「やはり黒乃さんとご一緒で正解でしたわ。ISが台頭してからはそうでもないですが、ひと目で外国人と解るとどうにも視線が気になってしまって」

 

 視線……か。それはきっと日本人特有だろうなぁ、同じ血が流れてるってだけでなんだか申し訳なく感じてしまう。なんというか、日本人は自分とのコミュニティが1歩でも外れるとそれを不得手とする。となれば、海外の人々なんて無意味に敬遠してしまいがち。

 

 実際のところ私がそうなだけに、やっぱりなんだか申し訳ない。変な話だが、セシリー達は日本語が達者過ぎてなかなか外国人である実感が湧かないと言いますか。時折文化の違いも感じたりするけど、それでもやっぱり海外組が皆良い子なのは間違いない。そうなると、困ったふうに言うセシリーに何か悔しさを覚えた。

 

「セシリー」

「は……?は、はいっ!」

「ありがとう」

「あ……?い、いえ、この程度は造作もない事ですわ!それに、これはわたくしの黒乃さんに対するお礼なのですから、貴女も早く食べて下さいな」

 

 ぬぅ……調子良いかと思ったのに、想像と違う伝わり方をしてしまったみたいだ。私のありがとうは、こんなんでも友達でいてくれてありがとう……だったのに。どうにもこの店に連れて来てくれてありがとうと言いたいって思われたらしい。でも、セシリーの慌てようを見ればそういう解釈をされて正解かも。

 

 お店に連れて来てくれたお礼だと思ってそんなに照れていたら、真意を理解されればもっと大騒ぎをしてしまっていたかも。それは店側に迷惑だからね、うん。後はセシリーの言う通り、大人しくケーキでも食べとこう。……うむ、モンブランうまうま。

 

 

 

 

 

 

「ご来店ありがとうございました。またお越し下さいませ」

(はぁ……驚きましたわ)

 

 会計を済ませて店員に見送りされている最中、セシリアの脳内はある事でいっぱいだった。それは勿論、いきなりのありがとう宣言について。いや、どちらかと言えばセシリーと呼ばれた方が衝撃的なのかも知れない。セシリアをもじってセシリー。となれば、つまりところ愛称なわけで……。

 

(黒乃さん、ずっとわたくしの事をそう呼んで下さっていたのかしら?だとすれば……ど、どういう表情をして良いのか解りません……)

 

 セシリアにとって黒乃とは、実際に対面する以前より恨みを抱く人物であった。しかし、早くにその印象は薄れてなくなる。八咫烏の黒乃と呼ばれる存在に関して言えば、未だ許せないのは確かだ。だが、黒乃と彼女を重ねるのはお門違いだという事に気が付いた。

 

 そう思ってしまえば、セシリアにとって良き友となるのは一瞬の出来事。貴族である自分とは違って黒乃は何でもできてしまう。そういった面に関しては、尊敬していると表現しても差支えはないのかも。そう思いつつ、セシリアの脳内を暗いイメージが過り始めた。

 

(黒乃さんの事は、黒乃さんしか解らない……)

 

 あの日、箒がそう自分達に語って聞かせた。やはり、確かにその通りだ。つい先ほどの事だってそう。黒乃は甘い物は平気なのか?紅茶のテイストはストレートでも良かったのか?本当はそうでもないのかも、ミルクティーの方が良かったのかも。……言っていけばきりがない。

 

 そもそも黒乃が無理を押して合わせてくれた可能性なんて考えてしまうと、セシリアは眉間に皺を寄せざるを得ない。自分はどうすれば良かったのだろうか。そう黒乃に聞いたって、残念ながら答えが返ってくる事はないだろう。だとすれば、自分は黒乃に何が―――

 

(およ、どったのセシリーってば……。おーい、眉間に皺なんか寄せちゃったらエレガントな美貌が台無しだよー)

「なぁーっ!?な、な、な……黒乃さん!?」

(アハハ……まぁ、こんな感じでノットエレガントなセシリーも可愛いから良いんだけどね)

 

 いきなり眉間を指先で撫でられたセシリアは、瞬時に意識を現実へと引き戻す。勢い余って騒ぎ立ててしまったが、一応は黒乃が自分を心配しているというのは伝わったらしい。羞恥からか頬を紅潮させつつ、セシリア自らも己の眉間を指先でなぞる。なんだか仄かな温かみを感じる気がした。

 

(……わたくしに出来る事、沢山あるではありませんか)

(ん~……この後どうしよ?セシリーは予定とかあったり―――)

「黒乃さん。わたくし、少し向かいたい場所が思いつきました」

(おっ、そうかいそうかい。私に決定権はないわけだし、セシリーに着いてくよ)

 

 今まで実行しようともしなかった自分がなんと愚かしい事だろう。自分が黒乃にするべきは、極々簡単な話だ。思いつきもしなかったのは、きっと黒乃に甘えていたから。だからもう甘えない。セシリアが導き出した答え、それは本当に本当に簡単な―――

 

(まずは、貴女をもっと知る事ですわ)

 

 

 

 

 

 

「まぁ……想像通りに賑やかな場所ですわね!」

(そりゃまぁ、ゲーセンだからねぇ)

 

 セシリアが来たかった場所とは、ゲームセンターだったようだ。つい先日黒乃がゲーマーである事実を聞き及び、黒乃を知るという行為にはうってつけと考えたのだろう。そちらの目的の方が大半を占めるが、そもそも興味があったのもまた正解らしい。証拠にセシリアは、物珍しさに目を輝かせている。

 

「小さな子共達から年配の方も利用するのですね。……あら?なにやらあちらの方々は表情が険しいような……」

(ああ、うん……メダルゲームとはいえ賭け事だからね……。うん、セシリーは知らなくて良い世界だよ)

「黒乃さん、どうしてわたくしの背中を押すのです?」

 

 まるでというか、そうと言っても過言でもないのだが……これはまるで貴族がお忍びで市政を見て回っているようだ。セシリアの着眼点は、客層へと向く。その際気になったのは、現金をメダルへと換金して行うギャンブル系のゲームだったようだ。黒乃の言う通り、セシリアには遠く及ぶ必要のない世界である。

 

 やや強引にセシリアを移動させたのは、比較的若者が遊ぶてあろうゲームの集中している箇所だ。ここでもセシリアは、あちらこちらを見て興味や関心を示している。特に気になったのは、格闘ゲームの筐体のようだ。恐らくは、一夏と箒が黒乃の得意ジャンルである事を示唆していたかららしい。

 

「黒乃さんの腕前、ぜひともこの目で見させてくださいな」

(セシリーにそう言われちゃしょうがないね!じゃ、やろうか)

 

 セシリアに促され、黒乃はすぐさま席へと座った。そうして流れるように筐体へコインを投入、店内対戦モードを選択。上手い事にすぐさまマッチングし、キャラクター選択画面へと切り替わった。黒乃と対戦相手の選んだ自キャラの相性は、良くも悪くもないといったところだろうか。

 

『READY FIGHT!』

(悪いけど、手加減なしだよ)

(こ、この指捌きは確かに……。一夏さんと箒さんの説にようやく信憑性を覚えましたわ……)

 

 筐体が戦闘開始の合図を告げるや否や、とんでもない速度で黒乃の両手が動き出す。もはや筐体の操作レバーやボタンが壊れてしまいそうな勢いにすら感じられた。そしてセシリアの観察眼は、黒乃の指の動きだけではなく、プレイ画面にも向けられる。

 

(ほい、見てから当身っと)

(いわゆるカウンター攻撃でしょうか……?随分綺麗に決まりましたが、反射神経のみで……はありませんわね。読み、でしょうか)

 

 黒乃は相手の動きが初めから解っているかのように、攻撃に合わせてゲージを消費する当身技を喰らわせた。本人は見てからと言っているが、何も100%反射神経のみという事ではない。セシリアの予想は良い線を突いているのだ。そう、そもそも本当に相手が仕掛けてくるというのが読めたからだ。

 

 格闘ゲームにおける読み合いとなると、それはそれは高度なものとなる。ゲーム進行すら完全に硬直してしまう事態すら起こりうる。そのあたりの駆け引きというのが勝利の分かれ目である。こちらに至っては自覚があるかどうかは解らないが、ISの実戦でも大いに役立っている可能性が高い。

 

(なんという事でしょう……。たかだかゲームだと侮っていましたが、認識を改めねばなりませんね)

(これでフィニィィィィッシュ!)

『KNOCKOUT! WINNER PLAYER1!』

 

 セシリアが格ゲーの諸々をISと関連させ重ねていると、2ラウンド先取制ルールの試合はあっけなく幕を閉じた。筐体が勝者を告げると、黒乃は久方ぶりに本気で対人戦が出来た事に満足しているらしい。プハッと小さな溜息を吐き、グイッと大きな背伸びをしてみせる。

 

「黒乃さん、お疲れ様です。お見事でしたわ。わたくし、思わず手に汗握ってしまいました!」

(お疲れ様?何言ってんの、せっかくゲーセン来たんだからまだまだこれからだよ!)

「く、黒乃さん、そんなに慌てずとも時間は沢山ありますわよ!?」

(そういえば前々からセシリーがガンシューティングをプレイしたらどうなるか気になってたんだよー。というわけで、協力プレイも出来るし次は決まりぃ!)

 

 軽く黒乃を労うつもりのセシリアだったが、お疲れ様という部分が逆に火を着けてしまったらしい。意気揚々と細くしなやかな手を握ると、有無も言わさずグイグイ引っ張って行ってしまう。こういう時ばかりは意図は全く伝わらず、セシリアはされるがままだ。しかし、目的のゲームを目の前にすればすぐさま協力プレイがしたいと察して貰えた。

 

 銃型のコントローラーである通称ガンコンを目にしたセシリアは、なんだか自分が試されている気分になる。その気合に比例するかのように、スコアも凄まじい。やはり遊びだろうと射撃にかけてはセシリアの実力が十分に発揮される事が証明された瞬間でもある。

 

 その後もそんな調子で、2人は店内のゲームを虱潰しするかのように巡っていく。リズムゲームにレーシングゲーム、本来は子供向けのデータカードダスあたりも黒乃の守備範囲だったり。それに合わせて小遣いもバンバン消費していくが、今の2人にとっては些細な事に感じられた。

 

 そうして時は過ぎ、そろそろIS学園を目指さねば閉め出されてしまう頃合いとなる。時期も徐々に冬が見え始めているだけに、日の沈みも幾分か早い。2人は夕焼けと言うより、夕暮れの中を歩いて駅を目指す。そんなセシリアの腕には、大き目の熊のぬいぐるみが。

 

「なんだか申し訳ありません、思いがけずこんな素敵なプレゼントをくださって」

(いやいや!どうせ1回でとれたんだから安いもんだよ)

 

 ぬいぐるみは、黒乃がクレーンキャッチャーでゲットした商品だった。たまたまではあったが、イギリスの近衛兵の恰好をした熊だったので、思わずセシリアの目に留まったらしい。無論ながら図々しくセシリアが欲しいと強請ったのではなく、やってみようか?みたいな感覚で黒乃が挑戦した末の結果だ。

 

 ゲームセンターとはほとんど黒乃の庭と言って良い。となれば、当然クレーンキャッチャーも凄腕である。大きい商品ほど難易度が高くなるのは基本だが、それでも難なく取得してしまうのだから末恐ろしい。とは言え、こればっかりは店側のアームの強さ設定に左右されてしまうが。

 

「プレゼントと言えば、お2人のお誕生日は確かもうすぐでしたね」

(私とイッチー?ああ、うん、そうだね。たった5日違いだからもうすぐだよ)

 

 黒乃は9月22日生まれで、一夏は9月27日生まれだ。これならば一夏の言う通り、生後からの付き合いだと言うのも頷ける。物心ついたらそこに居たとか、そんな表現がふさわしいに違いない。しかし、重要なのはそこじゃなく、セシリアの言ったプレゼントのあたりにつて。

 

「とびきりな物を用意しますので、ぜひ楽しみにしていてくださいませ。今日のお返しの意味も込めてですわ」

(むっ、気持ちは嬉しいけど……無理のない程度に祝ってくれればそれで満足だって。……伝えられないんだけども)

 

 そう言われて自分の誕生日を思い出すくらいに黒乃は執着がない。根っからの奉仕体質であるが故に他人の誕生日なんかは気合がはいるのだが。そもそも誕生日が近いからという理由で、一夏と一緒に祝われるのも原因なのかも知れない。どちらにせよ、自身の誕生日は大した事のないという認識は長年薄れずもう16となる。

 

(まぁ、その内6・7年は私の人生ですらないんだけど)

 

 前述した理由もあるが、最たるものはやはりこれなのだろうか……。藤堂 黒乃の誕生日は、自分の誕生日であって自分の誕生日ではない。自分ではなく、藤堂 黒乃が生まれた日なのだから。……本来の物は記憶から抹消されてしまった。そう、鬼畜極まりのない神の手によって……。

 

(あ~……ネガティブな事は考えないようにしてたんだけどな。……すっげー空しい)

 

 黒乃の胸に一抹の雑念が過った。近頃は開き直り、残る余生を楽しむかのように生きて来たが……。また年を取る。また1年が回るのだと思うと、空しくて空しくて仕方がない。果たして次の1年は来るのだろうか?今日とも知らず明日とも知らず、いつ迎えるかも解らない完全消滅を前に皆と騒ぐ事すら叶わないかも知れない。

 

 いっそ、知らぬ間に消えてしまえればどれほど楽だったろうか。消滅が近いと悟った故の恐怖ならば、なんとも無駄としか言いようがない。だが、悟ったが故に解ったことがいくらかあるのも事実だった。一夏を好きになったのもそうだろうし、自身の周りに居てくれる人々がこんなにも大切だと感じるのは―――

 

「黒乃さん」

(うん?どったのセシリー)

「わたくし、今日は貴女の知らぬ一面を観れたようで満足ですわ。このような形のあるプレゼントより、そちらの方が嬉しく思います」

(確かに私はなにもかも自己申告できないからなぁ……。どうにも学園で知り合った皆は私がゲームやるってのが意外みたいだし)

 

 知らぬ一面とセシリアはいうが、黒乃からしてみれば単に表に出ないだけである。普通に学園内でもゲームもすればアニメも見る。部屋さえ訪れればどちらかといえば自堕落な方だと解るだろう。しかし、やはり他者からすればまず2人きりで出かけることも新鮮に感じるだろう。

 

 恐らくは、外出を控えていると思われているに違いない。それは出かけるのが面倒なだけである。やはり認識の差というものが大きいようで、セシリアはものすごく特別なことだと信じて疑わない。だからこそ、黒乃はそんな大げさなとしか思えないのだ。

 

「ですが、きっとまだまだですわ!」

(まだまだとは?)

「貴女を知るのはきっと遠く長き道のりでしょうから。ですから……どうか、わたくしに最後までお供させてくださいな」

(…………そう、だね。そうだよね!うん、まだまだ、空しいとか思ってらんないよ!)

 

 長きに渡る友情の誓い。セシリアがなんの気なしに放った言葉は、偶然にも黒乃の頭に立ち込める暗雲を取り払った。先が短いか長いかも解からない道なのだから、トボトボ歩いていられない。皆を無理矢理にでも着いてこさせるつもりで、全力疾走した方が楽しいに決まっているじゃないか。

 

「セシリー」

「は、はい!?」

「ありがとう」

「……はい、どういたしまして」

 

 似たようなやり取りを数時間前にもしたばかりだ。その際のセシリアは慌てふためいてしまったが、今度は黒乃の言葉を真正面から受け止めた。黒乃に感謝されたことが心底嬉しいというのが見て取れる。それが現れた綺麗な笑みを浮かべるセシリアは、まごうことなく貴族そのものであった……。

 

 

 




黒乃→ホント、私みたいなのと友達でいてくれてありがとう!
セシリア→喜んでいただけたのなら、お店に案内した甲斐がありますわ。


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第81話 任務概要 一夏を追え!

「つまり、この場合において有効な立ち回りとなるのが―――」

「すぅ……すぅ……」

(ち、ちー姉の授業で居眠りって正気かこやつ!?お、おーい……イッチーってばー)

 

 ちー姉が教鞭を握るIS戦術理論の授業にて、私の前の席であるイッチーは露骨に居眠りをしていた。コクリと自然に首や頭が動くその様は、まさに舟を漕ぐという表現が似つかわしい。朝からなんだか眠そうだなとは思っていたけど、まさかちー姉の授業でも寝ちゃうほどだとは……。

 

 ちー姉は教科書に目を落としていて気づいてない……のかな?あえて泳がせている可能性も捨てきれないが、とにかくなにもする気がないなら今がチャンスだ。チャンス……なんだけどなぁ。さっきからシャープペンシルのノック部分でイッチーの背中を突いているのだけれど、これがまた何の反応も示さない。

 

 ううっ、このままじゃ私も巻き込み事故みたく制裁対象にされちゃうよ。かといって見捨てるのもアレだし、イッチーが怒られるのは私もヤだし……。ああ、でもイッチーを甘やかし過ぎるなってちー姉に釘を刺されたりもしたっけ。そう考えると、イッチーの為に選ぶべき最良の選択肢って―――

 

「タイムオーバーだ馬鹿2人。特に織斑、貴様は何分寝れば気が済む!」

「あだぁっ!」

(ありがとうございます!)

 

 ついに訪れた審判の時。ちー姉の出席簿が私とイッチーの頭へ振り下ろされた。くっ、脊髄反射じみたレベルで感謝を述べてしまう自分が悔しいよ。それよりもちー姉の口ぶり、やっぱり初めから気づいてたみたい。猶予を与えてくれただけまだ有情なのかも。まぁ、結果叩かれちゃったら意味ないですけど。

 

 というより、叩かれた時の音からして力加減が違うみたいだ。私の場合は、イッチーを起こそうとしていただけ。とはいえ、授業を聞き流しているから許容はできない。対してイッチーは、私が起こそうとしてるのに居眠り継続……と。どうやらこの辺りが明暗を分けたらしい。

 

「で、私の授業はつまらんか織斑」

「へっ……?い、いやいや滅相もない!その、少し根を詰め過ぎてる事が―――」

「なるほどな、その用事は私の授業より重要らしい」

「それは……」

 

 やっぱりこうなるか。意識を覚醒させたイッチーは、目まぐるしいほどに自分が置かれている状況を認識せざるを得なかったろう。実際のとこ超速理解してとりあえず弁明をはかってるしね……。あぁ……なんかもう見てらんないよ。こう、理詰めで攻められるとイッチーは―――

 

「……はい、先生の授業より大事な用なんです」

「…………。はぁ……だとしても堂々というなバカタレ、社交辞令という言葉を知らんのか」

「ぐっ!す、すみません……。……顔、洗ってきます」

「1分以内に戻って来い」

 

 ……た、啖呵を切った……?怒られてる状況で、イッチーがわざわざ……?自分の授業よりも大事といい張るイッチーの姿には、なんだか譲れない何かが宿っている気がした。ちー姉もそれを察したのだろう。自分の問いに肯定を示されたものの、更に怒る事はない。ただし、肯定した事そのものに対してはワンモア出席簿だったけど……。

 

 イッチーがそそくさと教室を出ると同時に、教室内が少々ざわつく。1人1人は席が近い友人と声を潜めてやりとりを交わしているつもりでも、それが教室内の生徒ほとんどが喋れば相乗効果で声は大きくなるものだ。多分だけど、イッチーが肯定を示した件についてだろう。

 

「静かにしろお前達!織斑は不在だが授業を続けるぞ」

 

 解り切っていた事ではあるが、教室全体を揺らすかのようなちー姉の怒号が響いた。瞬時に静まり元の状態に戻る辺り、我々は完全に訓練されてるみたい。ここって軍人学校か何かでしたっけ?……冗談めかしていったつもりだが、あながち間違ってない気がするのはなんででしょう。

 

 と、とにかく……集中せんとね。ぶっちゃけちー姉の出席簿なら何発喰らっても私は一向に構わんが、怒りを買うのはノーサンキュー。それからしばらくしてイッチーが戻ってくると、本当に何事もなかったように授業が進んでいく。でも……イッチーの様子が気になるな。

 

(ヘーイ、我が愛しのイッチー。なんだか様子が変だが大丈夫?)

「ああ、黒乃……。さっきは悪い!せっかく起こそうとしてくれてたのに、全然気が付かないせいで黒乃まで……」

(ああ、いや、それは全然気にしてないよ。むしろあの衝撃が快感っていうかさ)

「なんか埋め合わせしないとな。そうだ、1食分飯を奢る―――ってのは少し大げさか?なら―――」

 

 授業が終わってイッチーに話しかけるなり、パチンと両手を合わせて謝罪された。素直に謝れるのは良い事だけど、私がしたいのはそれじゃなくって……。いや、よく考えたら質問とかってできないじゃん。ふ~む、だったら……今のイッチーの姿から何かヒントは得られないだろうか?

 

(あれ……イッチーってばこれ、隈?)

「黒乃……?これは、だな……まぁ、授業の時に言った用と関係はあるにはあるんだが……」

「無理はだめ」

「お、おう……ありがとな」

 

 よくイッチーを観察してみると、うっすらと目元に隈が出来てしまっていた。確かに私の方が先に寝てるからイッチーがいつまで起きてるか解んないけど、授業に影響があるくらいに徹夜してるって事?イッチー……キミは何するにしても極端過ぎやしないかね?急ぐ用なら計画的に事を進めんといかんよー。

 

「う、うん!少し良いだろうか」

「ラ、ラウラか。俺に用事か?それとも黒乃?」

「嫁だ。休日の予定を確認したい」

「休日……は、日曜日だよな。悪い、今月中は忙しいんだ」

 

 私達に話しかけるタイミングを見逃したのか、ラウラたんが咳払いして注目を集める。どうやらイッチーと外出の約束をしようと試みたみたいだが、既に先約があるとの理由で断られてしまう。今もしばらくっていったし、それこそ大事な用ってのと関係あるかも知れない。

 

「そうか、ならば他を当たってみる事にしよう。……姉様はどうだ?」

(…………う~ん、ごめんねラウラたん。たった今用事が出来ちゃった)

「むっ、そうか……。ならば次だ!では、またな」

「……ラウラの頼み、断ると罪悪感が凄いよな」

 

 おや、ラウラたんはイッチーでなければならないから誘ったわけじゃないんだな。私に対しても暇かどうかの確認をしてくるが、言葉通りに今用事が出来てしまった。とりあえず首だけ横に振ると、イッチーと続けざまに断られたせいか少しだけシュンとした表情を見せてから去って行く。

 

 イッチーの言葉には全肯定……。小柄な体躯から醸し出される小動物感があるせいか、ラウラたんにその気がなくてもすげぇ申し訳ない気持ちになってしまう。私なんて姉と慕ってくれてるから罪悪感マシマシだよ……。今度何か誘われたらどんな用事だろうと乗ってあげるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 さて、時は流れて日曜日となったわけで。数日前に会話した通り、イッチーは何処かへ出かけるみたいだ。というか、同室である私に悟られないようこっそりと外出しようとした節がある。何故それが解るかって、いってしまえばイッチーを尾行しているからだ。これが急にできた用な。

 

 だって気になるじゃん、イッチーがちー姉に啖呵切ってまで貫こうとする用事とか。……イッチーが私に隠し事とか珍しいしね。単に心配ってのもあるんだよ?なんだか厄介ごとに首突っ込んでんじゃないかって思ったり。まぁ、犯罪スレスレなのは解ってますが……。いや、完全にストーカー規制法に触れてるんだろうか?

 

 まぁ良いや、バレなきゃ犯罪じゃないんだよ!……盗人猛々しいにも程があるが、とりあえず尾行は継続しよう。現在はまだ学園内。学園寮の廊下のかなり先にイッチーが見える。それでも一応は曲がり角とかからコソコソしてるんだけど、幸いな事に廊下に他の生徒は誰も―――

 

「あの~……黒乃?いったいこんな所で何して―――」

(のうぇええええい!?ちょっ、シャル……静かに!)

「わぷっ!?」

 

 誰も居ないとか言ってたらフラグでしたとさ!背後から私に話しかけて来たのはシャルだ。一瞬にしてグルリと振り向き、勢いよく口を手で覆い隠す。この距離で聞かれることはまずないだろうが、私は石橋を叩いて渡る性質だからね。万全に万全を重ね、シャルには少し黙ってもらう。静かにしてほしい事を解ってもらえたのか、シャルは私の手をタップ。

 

「あれ、一夏だよね?もしかして尾行かな」

(う゛っ!せ、正解でございます……)

「なるほど……。だからそんな恰好してるんだ」

 

 シャルも私を真似て曲がり角の陰に隠れつつ、痛い所を突いてくる。動揺しながら肯定すると、様子が気になるという部分に関しては同意を得られたようだ。ちなみに、私の恰好ってのはハンチング帽子と伊達メガネの事をいっているんだろう。まぁ、一応の変装と言うかね……。

 

「そっちは」

「僕?僕は別にこれといった用事があるわけでもないんだけど、予定がないにせよ少し散歩がてらに出かけようかなって。ラウラは箒と鈴と出かけちゃったみたいだし」

 

 何気にシャルが私服なのも気になってたんだよね。予定があるなら私に構ってる時間は勿体ないだろうに、どうにも急ぐ様子は見られない。聞けば、目的を探すのがまず目的だったみたい。そうすると、シャルは良い事を思いついたとでもいいたそうな表情を浮かべる。

 

「ねぇ、僕も着いて行っていい?やっぱり今の一夏は変だよ……。興味本位ではあるけれど、ぜひこの目で確かめたいんだ」

(ん、そりゃ全然構わんよ。むしろ大歓迎)

「そっか、ありがとう。じゃあ、僕もちょっとした変装をしなきゃね」

 

 シャルの申し出は正直かなり助かる。1人で何やってんだって思ってはいたし……。比較的に常識人であるシャルが一緒なら心強い。私が首を縦に振って即答すると、いつもリボンで束ねている長い金髪を下ろした。確かに、普段とは少し違う印象を受けるかも知れない。

 

 良し、それじゃあ準備もほどほどに追跡任務を始めるとしよう。ステルスゲーで学んだ隠密技術を披露する時が来たな。見つからずに駅まで向かうのがいきなりの難所だったりするが、外は茂みとかを利用すれば何とかなるだろう。さてさて、イッチーの行き先とはいったい……。

 

「レゾナンス……。ん~……確かにここへ来れば大抵の物や場所はあるだろうけど。なんていうか、拍子抜けかも」

(シャル……いったいキミは何を期待してたんだい?……いいたい事は解らんでもないけど)

 

 モノレールに揺られる事しばらく、イッチーが降りたのは駅前大型ショッピングモールであるレゾナンス。本当にここの規模は恐ろしい物で、シャルのいう通りに何でも揃ってしまう。もっと人知れぬ隠れ家的な場所でも目指しているような想定だったのか、ますます不思議そうに目を細めて遠くのイッチーを眺めた。

 

 でも確かに不自然だ。レゾナンスに来るんならコソコソとしなくても良いだろうし、ここに来て済む用事だとするならラウラたんの誘いを断らなくても良かった話だ。後から寄るとか先に寄るとかできるしね。だとすると、よほど見られたくない何かがあるという推測になってくるが……。

 

「えっと、このフロアって主にどういうお店が並ぶんだっけ?」

「看板」

「あ、本当だ、僕のすぐ隣……。……主にファッション関係かな、これのいずれかに用があると見て間違いなさそうだけど。なさそうだけど……やっぱり謎が深まるばかりだね」

 

 私達が隠れている柱には、額に入ったフロアマップが引っ掛けてあった。イッチーの動向は私が見張り、シャルはマップに目を通す。周りの雰囲気からして理解はしていたのだろうけど、ここはやはり服屋やアクセサリーショップが点在しているらしい。本当、謎が深まるばっかり。

 

 服屋とかアクセサリーショップに見られたくない用事っていったい何さ?無理矢理こじつけようとしたら思いつかないでもないが、そうすると私の場合はろくな考えに行きつかないので即ボツ案っと。イッチーが何かの店に入ってくれれば、それで解決するだろうか?

 

「黒乃、一夏がお店に入ったよ!」

(おっ、ついに来たか!さぁ、イッチーはここに一体何の用事があったんでしょ)

「ここは……彫金工房?」

 

 ちょっ、彫金工房……?ダメじゃん、結局のとこ謎しか残らないーっ!いや、落ち着いてここまでの事を整理してみよう。まず発端としては、ちー姉の授業ですら居眠りする程何か徹夜をイッチーはしてたわけだ。しかも、それを授業よりも大事な用だといい切った。

 

 それが気になり私はイッチーの尾行を決意。シャルと一緒にここまで来てみれば、目的地は彫金工房……か。つまりイッチーは、アクセサリーか何かに意匠を刻みに通っているという結論?……徹夜してたのは、寝ずに細かいデザインなんかを考えていたのかも知れない。

 

 そこまでは推理が成り立つとして、解せない点がまだある。それは、どうしてイッチーがこの用事を外せないかという部分と、どうして人に悟られたくなかったかという点について。確かに時間は取るだろうから誰かと約束を交わすのは適当じゃないかも知れないけど、それならそうと初めからいえば良いだけの話だよね……。

 

(イッチー……いったい何を隠してるんだろ)

「一夏、確か夏休みに……。それにもうすぐ……ああ、だから勘ぐられたくなかったんだ」

(ぬっ、シャルが何か勘付いていらっしゃる!いや、シャルだけにとかそんなんじゃなくてだね)

 

 随分とキリリとした顔つきで、シャルは顎に手を当てながらそう呟く。その様はさながらドラマに出てくる探偵か何かのようだ。しかし、この様子からするにシャルは全てを見透かす事に成功したみたい。……なんか、悔しいな。イッチーの事、誰よりも解るのは私だって思ってたのに。

 

「黒乃、何処かで買い物でもして帰ろうか。それとも何処かで遊んでいく?」

「……!?真相」

「ハハ、大丈夫……時期が来たら解るから。別にやましい事じゃないのが解っただけでも収穫だよ」

 

 私は結論が出ずにモヤモヤしてんのに、シャルはそんな事をいい出した。アレですか、焦らしてるんですか?焦らしプレイとか興奮しちまうじゃねーですか。……違う、そうじゃない。この感じ……恐らく私だけに教えられないって感じだな。ま・す・ま・す・気になりますけど!?

 

 う~んしかし、つまりは私が知ったらイッチーの努力が水の泡って話なのかな?もしそうだとすれば、私は大人しく身を引かなくてはならなくなる。だって、今の私にとってはイッチーの喜びこそが生きがいなんだもん。だけど、それでも、気になるなぁ~……。

 

(んじゃ……このモヤモヤが消し飛ぶくらいに遊ぼうか)

「決まりだね!僕、服を見に行きたいんだけど、着きあってもらっていいかな?」

(奇遇だね、私も何着か欲しかったところなんだよ)

「そっか、良かった。じゃあ、せっかくだしお互いの服を選びあってみようよ」

 

 そんなこんなで私達の目的は切り替わり、とりあえずは服屋巡りという事に。むぅ……結局普通の休日になっちゃって、なんだかラウラたんには更に申し訳ないな。何かお土産でも買って渡すとしよう。もっとも、ラウラたんはそんなの気にしてないだろうから不思議がるだろうけどね……。

 

 

 

 

 

 

(はぁ……やっぱ長時間集中すると疲れるな。って、もう夕方かよ……)

 

 グルグルと肩を回しながら彫金工房から出ると、俺を出迎えたのは沈みかけの夕日だった。それだけ集中してる証拠なんだろうけど、昼飯食うのも忘れるって我ながらどんなレベルだよ。黒乃に知られたら怒られるだろうな……。最近寝不足なのもこの間咎められたし。

 

 だが、俺にとっては一世一代なんだ。今度の俺達の誕生日……。黒乃と向かえる16度目の誕生日は、絶対に失敗できない。今まで邪魔が入ってばかりでなんとなくお流れにしてきたが、今回は形に残るのだから送らなければ意味がない。そうなれば、きっと―――

 

「……ん?携帯……」

 

 不意に携帯が着信を知らせた。ポケットの中で震えるソレを取り出すと、画面の表示を見て相手が誰だか確認。どうやら電話をかけてきているのはシャルのようだ。俺は携帯の画面をタップし、通話状態をオンへ。いざ会話を始めると、意外な内容だった。

 

『もしもし一夏?今大丈夫かな』

「ああ、俺は平気だぞ。それより、何かあったのか?」

『うん……何かあったって程じゃないんだけど、どうしても電話せずにはいられなかったんだよね。でも、とりあえずは初めに謝らせてよ』

 

 いきなり謝罪から入るというので何事かと思ったが、どうやらシャルは俺を尾行していたらしい。しかも……黒乃のおまけつきで。瞬間、血の気の一切が消え失せるかのような錯覚を感じた。い、1番知られちゃダメな相手なのに、なんていう事だろうか。

 

『い、一夏……気を確かにね?大丈夫、適当に誤魔化しておいたから』

「ご、誤魔化したって……んな無責任な!これで気づかれないわけ―――」

『キミはいったい何年黒乃と一緒に居るのさ。黒乃ってば、勘は良いけどそういう事に関しては急に察しが悪くなるじゃない』

「い、いわれてみれば……そう、だな。悪い、取り乱して怒鳴っちまった」

『ううん、僕の方こそ本当ごめん。まさか一夏がそんなロマンティックなサプライズをしようとしてるなんて思わなくって』

 

 俺が電話越しに何も喋らなくなったせいか、シャルは心配するような声色でそういった。しかし、焦っている俺からすればそれはどこか投げやりな台詞に聞こえてしまう。まるで八つ当たりのように声を荒げた俺を落ち着かせたのは、急に察しが悪くなるという言葉だった。

 

 ……確かに黒乃は察しが悪い。俺も人の事が言えないのが判明したが、とりあえずそれは置いてだ。もう少しだけ何かが違えば、俺達は今頃恋人同士だったりするのかも知れない。そう思わせるシチュエーションは多々あった。シャルの言う通り、いったい何年の時を黒乃と過ごしてきたのかって話だよな。

 

「まぁ、とにかく大丈夫そうだな……。喜ぶべきなのか悲しむべきなのか解んねぇけど」

『素直に喜んでおこうよ。だって、凄い事しようとしてるでしょ』

「……もしかして、全部お見通しか?」

『うん、全部。だって、夏休み中に相談してきたアレってそういう事だよね。それでもうすぐ黒乃の誕生日が近いってなったら導き出される答えは1つだよ』

 

 妙に話が通じるもんだからもしやと思ったら、どうやらシャルにはばれてしまったらしい。まぁ、相談したからなんだろうが。しかし、そうなるとなんだか気恥ずかしいな……。俺の誕生日に纏めて開く誕生会は、どうしてもシャルの視線が生暖かくなりそうだ。

 

『ところで、いつ頃に完成しそうなの?』

「そうだな、理想としてはキャノンボール・ファストが開催されるより前には完成させたい。一応それくらいが目途ってところか」

『まぁ、一夏にとって重要な事で大会を疎かにするわけにはいかないからね。頑張って、応援してる!』

「ああ、ありがとう」

 

 本当……デザイン自体は脳内でのイメージはすぐ固まったんだ。だが、それを絵にしたり形にしたりするのに随分とてこずった。器用な方だとは思うんだが、やはり並みの器用さでは足りないのかもな。店員さん……というか先生が根気よく教えてくれたからまぁなんとかなってる。

 

「そう言えばだが」

『僕に質問?』

「まぁな。シャル、黒乃の尾行に同行したのは何が気になったからなんだ?」

 

 単に俺の動きが気になったから……というのが最たる理由だろうが、どうにもそれだけでは弱い気がしていた。そもそも相手はシャルだぞ。黒乃が尾行なんかをしている時点で、それを止めたっておかしくはない。少なくとも、俺が思ってるシャルってのはそういうやつ。

 

『ああ、それ……。うん、一夏が余計な事をしてないか心配だったんだ。いや、ほぼ完全な白だとは思ってたよ?ただ、一応っていうかさ』

「余計な事?余計な事って……」

『その、黒乃の知らない子と密会とかそういうの』

「絶対ないな」

『だ、だよね!うん……少しでも疑っちゃった自分が恥ずかしいよ』

 

 余計なお世話とはいわないが、それだけは絶対にありえないから安心してくれて良いぞ。俺にとっては黒乃以外の女性は等しく恋愛対象外だ。それに、もしどうしても2人で会う必要がある用事なんて初っ端から作る気もない。まぁ、今の俺は黒乃が尾行するくらい怪しいみたいだからな……仕方ないのかもな。

 

『……僕がいう資格とか権利とか、無いとは思うんだ。けど、いわせて。黒乃だけは、泣かせないであげて』

「……ああ、勿論だ。どうにも心配かけてるみたいだからな……それも心苦しいんだけど」

『一夏……。けど、キミが仕掛けるのはそれを吹き飛ばすくらいのビッグサプライズでしょ?きっと黒乃も喜ぶだろうし、何もかも許してくれるよ』

「ハハ、そうだと良いな。本当、そうであってほしい……」

『…………うん。じゃあ、僕もう切るね。いろいろごめん』

「それはもう良いって、シャルが俺達の事を気にかけてくれてるってのが伝わったからさ。それじゃ、またな」

 

 シャルは随分と申し訳なさそうな様子で、うん……また―――とだけ言って通話を切った。……取り乱しはしたけど、本当に気にしてないんだけどな。学園に帰ったらフォローしておかなくては。そんな無暗に俺達の事で意気消沈なんてしてほしくないし。

 

 それにしても、黒乃も喜んでくれる……か。喜んでくれると良いな。俺がアレを黒乃に送って、黒乃が喜ぶ。……なんて最高な事だろう。けど、ただ喜んでくれるだけじゃダメだ。……意味を解ってもらわないと、ダメなんだ。……落ち着けよ、だから確実に意味が解るようにしたんじゃないか。

 

 アレを送れば、流石の黒乃も解る……よな?……期待と不安が入り混じると言うのはこの事か。どうか、俺の考えている通りになってくれ。そうすればもう俺は、なんだって良い。きっと泣くだろうし、情けない姿を晒すだろう。だけどそれで良い。意味さえ解って、それを受け入れてくれるのなら……。

 

(……とりあえず、完成させるところからか)

 

 そんな事を考えながら空を仰ぐと、シャルと話したたった数分間でその風景は変わっている。うっすらと暗い風景が広まり始め、周囲を見渡すとどこか急ぎ足で帰路に着いているであろう人達が目立つ。……俺も帰らないと、それこそ黒乃を心配させてしまう。

 

 そう思うと、黒乃に会いたいという想いが湧き出て来た。本当に、キミの隣を離れている1分1秒が惜しい。よし、ならば走って帰ろう。一刻も早く黒乃の元へ赴く、それが今の俺に課せられた使命だ。まるで脱兎のように飛び出し、俺は駅への道のりを走破していった。

 

 

 




黒乃→思い当たる節とかないけどなぁ……?
一夏→こればっかりは黒乃に悟られるわけにはいかないんだ!


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第82話 新たな謎

「ん~……これだと雷光のウェイトがどうもな―――」

(おーい、鷹兄)

「重さ1つとっても全体の修正をかけないとだからここは慎重に―――」

(もしも~し、鷹兄~!)

 

 鷹兄に呼び出されて近江重工へ来てみれば、なんだか運用試験場内は慌ただしい雰囲気に包まれていた。ツナギを着たエンジニアさんと白衣を着た研究員さんが一緒くたになっているのも珍しいし、なにより―――鷹兄に無視されることが非常にレアだ。

 

 なにかブツブツと呟きながらコンソールを操作しているが、これは……刹那の飛行シミュレーションをしているのかな。とりわけ雷光に関するあれこれを弄ってるみたいだけど、流石にこれだけじゃちんぷんかんぷん。だからこそ反応を示してほしいのだが、これはどうしたものだろう。

 

「あ、藤堂さんいらっしゃい!ごめんね、初めて見るよね……あの状態の鷹丸くん」

(あの状態……とは?)

「あれね、悩んでる風に見えて絶好調なんだよ。自分の世界に入り込んでるときの彼はああなんだ。だから本人が満足するまではそっとしておいてあげてよ」

(はぁ……?別にそれは構いませんけど……)

「いや、本当に申し訳ない……なにぶんちょっとゴタついてて大したお構いも―――誰かーっ!テーブルとイスとお茶用意してーっ!」

 

 私が困っているのを察してか、鷹兄より少し年上っぽい研究員さんが気さくに声をかけてくれた。聞けば、鷹兄は絶好調で試行錯誤しているんだと……。そっとしておいてとはいわれたけど、それは逆になにをやっても無駄とでも表現した方が近そう。

 

 でも邪魔しては悪いというのは伝わってきた。だから端の方で見学していようと思ったが、研究員さんは周囲に私の休めるスペースをと叫びながら消えていく。しばらくすると、小気味よくテーブル、イス、お茶の順番に本当に運ばれてきてしまう。な、なんかすみません……。

 

 皆さんが作業をする尻目のようで気が引けたが、落ち着いて鷹兄を待つことに。それが1番邪魔にならないだろう……。しかし、休憩セットを用意したのが手の空いてる人だったってことは、鶫さんも忙しいのかな?右へ左へ視線を移しながら緑茶を啜るが、そこに秘書然とした姿は見当たらない。

 

 ふぅん……鷹兄の近くに居るのしかみたことがないから新鮮だな。でも、秘書である鶫さんがここに居たって、他の職員にとっては邪魔でしかないかも知れない。多分だけど、あの人は自らそのあたりを弁えたのだろう。う~ん……憧れちゃうな。1歩引いた支え方か……ぜひイッチーをサポートする際の参考に―――

 

「おや、いらっしゃい黒乃ちゃん。こんばんわー」

「朝」

「あれ、もう朝?……というかなん日の朝?」

「ここに籠ってから3日目のですよー……鷹丸さん」

 

 ようやく私の存在に気付いたらしい鷹兄は、妙なスローモーションでこんばんわと声をかけてきた。だが鷹兄、今は爽やかな朝です。この様子からするに、徹夜かなにかでほとんど睡眠をとっていないようだ。よく見ると顔色悪いし髪ボサボサだし……。そういえば電話口から聞こえた声もどこかボーっとしてたなぁ。

 

「そっかー……まだ3日かー。うん、あと2徹はいけるね。それより黒乃ちゃん、平日なのにわざわざ出向いてもらってごめん。1日分の授業を溜めこんじゃうことになると思うけど……」

 

 そう、今日は平日で学園では授業をしてる時間帯だろう。まぁいわゆる公欠ってやつだね。事情とかは鷹兄がちー姉に話してくれたみたい。そういえば、しばらく鷹兄は学園で姿を見せなかったっけ。それも確か3日前くらいからだったような……。なるほど、鷹兄がボンヤリしているのも頷ける。

 

「まぁとにかく、キミは今日中に帰れるよう本題に入ろうか」

(うん、そうだね。徹夜は少し遠慮したいし)

「もうすぐキャノンボール・ファストが近いでしょ?この間オルコットさんたちと練習したって聞いたからデータを拝借したんだけど、やっぱり雷光はレース向けな仕様じゃないって見解になったんだ」

 

 飛んでみた感じ雷光でも問題はなかったわけだが、妨害もなかったからキッパリとそういい切っていいものでもないだろう。つーか、一応は第3世代なのに換装なしで臨もうってのがまず間違っている気がしますけど。通常形態でストライク・ガンナー仕様に換装したブルー・ティアーズより速いって頭おかしいからね?

 

「それでレース用に雷光のデータをベースにして修正版……名づけるなら雷光・改を造ろうって計画でことが進んでたんだけど……。これがまぁまた難題でねぇ」

(た、鷹兄ですら難題って……。それ、もう諦めた方がいいのでは?)

「ほら、このあいだ刹那の腕部を整備したときにいったでしょ、スペアパーツが造れないって」

 

 うん、確かにそんなことを鷹兄がいっていた。刹那が刹那・赫焉にセカンドシフトしちゃって、パーツに諸々の機能が上書きした影響とか……だったかな。とりわけ、雷光は神翼招雷を発動させる要なわけで、そう簡単に再現できるものでもないだろう。

 

「ガワそのものを完成させるのはなんの問題もないんだけどさ……すみませーん、照明お願いしまーす!」

「はいよー!」

(……えぇ……?)

「なにが問題って、唯一仕様が発動してくれるかどうかなんだよねぇ」

 

 鷹兄が作業員さんに声をかけると、奥の方が照明に照らされる。するとそこに鎮座していたのは、どこからどう見たって雷光そのもの。つまりは、二次移行した機体のパーツを完全再現しちゃったってわけだ。……なんなん?なんなんこの人たち。技術力高すぎてあたしゃもう着いて行けないよ……。

 

「それが呼び出した理由だよ……。理論上は発動する前提だから、実際に刹那へリンクさせて唯一仕様が発動するか確認して、後はレース用に出力とかの微調整をするために繰り返し飛んでもらうことになるかな……」

(なるほど、雷光・改は今日ロールアウトってわけか……)

「皆が慌ててるのはほとんど微調整の方でなんだけどね……。これが最大の難関かな。本当、1か所へ修正をかけると連鎖的に他の部分の修正が……ふわぁ~ぁ……」

 

 話半分、やっぱりボーっとしているのがよく解る。その証拠に、鷹兄は大きな欠伸をみせた。なんかもう、意識の半分はすでにお休みの向こう側へいってしまっているようだ。気合と根性、あとは自身の知的欲求を満たすだけに鷹兄は立っているのではないだろうか。

 

「ん、失敬。まぁ僕ら技術屋の腕が鳴るって話ではあるんだけどねぇ。とにかく、もう少しゆっくりしててよ。とりあえずの完成まではまだ時間がかかるんだ。着替えとかも完成してからで構わないからさ……」

「頑張って」

「うん、頑張る」

 

 私が鷹兄の背中を軽く叩きながらエールを送ると、輪になって意見を交わしあっている研究員さんたちへ近づいて行った。スケジュールが明らかになったところで、またしても暇になってしまう。寝てない人が居る修羅場で居眠りもなんだかし辛く、わけも解からない作業を機械的に見続けることに。

 

 ただ、作業が解らないから退屈というわけでもない。今回はこの光景を己が目で見れて良かったと思う。なぜなら、普段から私が何気なく操縦しているつもりのせっちゃんには、これだけの人の努力が重なっている……。それを知れて良かった。もっと、頑張んないとって思い知らせてくれて。

 

 この人たちの努力を、無駄で終わらすわけにはいかない。逆に、私が頑張ることで皆が喜ぶのだったら安いものだ。私には多分だけど、そういうの足りなかったと思う……。イッチーたちだけじゃなく、近江重工の皆にだって……少しでも私を刻んでおきたいから。だから、皆の努力に努力で報おう。

 

「だーかーらー!それさっきシュミレーターで試してダメだったつったろーが!」

「あぁ!?現物で実践してない内から決めつけるなんざ研究員として失格だぞコラぁ!」

「我らが藤堂さんへの負担がキャパ超えてるでしょ……。流石にボツ案にした方が―――」

「ん~?いいんじゃないの、面白そうだし」

「すみません、ちょっと鷹丸さん黙っててくれませんか?」

 

 ……本当に大丈夫かこの人たちは。なんか内輪揉めみたいなのを始めているが……。つーか鷹兄、面白そうだとかで採用しようとすんの止めれ。なんて、疲れからかだんだんおかしな方向へゆく会議を眺めること10数分……。そこから刹那・改が完成するのが更に10数分を有したのだった。

 

 

 

 

 

 

「黒乃ちゃん、お疲れ様~」

「そっちも」

「うん?アハハ、本当にね。いや~……久々の苦戦だったけど、なんとか成功してよかったよ」

 

 雷光・改の運用試験は、黒乃が思っているよりも早く終わりを告げた。それも綿密な議論のたまものだろう。結果、唯一仕様である神翼招雷は見事に発動。なんの問題も見当たらなかった。時間がかかったのは、むしろ出力等の微調整の方。黒乃、鷹丸をはじめとした研究員たち全てが納得いくまで繰り返したためである。

 

 しかし、あくまで最終目的は換装なしでレース仕様へ変更だ。ここで妥協しては意味なんてない。それはこの場に居る全員の総意だった。総意が結束を生み、結束が成功へと導いた。きっと、そうに決まっている。きっと、誰が足りなくても成しえなかったはずだから。

 

「あ~……ところでだけど、もう少しだけ時間をもらえるかな?」

(えっと、他にまだやることがあるのかな)

「う~ん……悪いけどここじゃ話せない内容なんだよねぇ。もし時間に余裕があるなら着替えて社長室へおいで。今日は父さんいないし、警戒しなくても大丈夫だから」

 

 鷹丸はそれじゃといいながら手を振ると、おぼつかない足取りでその場を去ってゆく。そんな含みのある表現をされてしまうと、気になってしまうのが性だろう。黒乃は未だ成功に沸き立つ研究員や作業員へ向かって深々と頭を下げると、ロッカールームへと急いだ。

 

 ちらりとロッカールームにかけてある時計を眺める。今からシャワーを浴びたり着替えをして、鷹丸の話とやらを聞いても学園へ帰る時間までかなりの余裕がありそうだ。とはいえ人を待たせているのなら急がないわけにはいかない。黒乃は手早くシャワーと着替えを済ませると、集合場所へ指定された社長室へ急ぐ。

 

(鷹兄!)

「ん、来たかい。じゃあ、適当に座ってよ」

 

 社長室の戸を勢いよく開いてみると、そこには鷹丸の姿しかない。代わりといってはなんだが、資料の山が凄まじく目につく。まるで聞いてくださいとでもいいたげに、応接用のデスクで幅を利かせていた。ちょいと触れてしまえば倒れてしまいそうなだけに、黒乃は慎重に鷹丸の向かい側へと腰かける。

 

「……なんというか、僕も刹那ばっかのこと考えてこんな寝不足ってわけじゃないんだ。少し……他の調べごとがさ」

(他の……?それとこれと、私になにの関係が……)

「キミの遭ったね、事故について調査していたんだ。いくつか解ったこと……って表現すると語弊があるんだけど、キミには報告すべき事実がいろいろとね。……もしキミが聞きたくない、思い出したくないっていうんなら……これは墓場まで持っていくけど―――」

 

 そこから先は、どうかな?……と、鷹丸の開かれた目が告げていた。寝不足からか、酷く充血した瞳だ。鷹丸の真意は解らないにしても、自身のせいでこの結果を生み出したのなら聞くのが筋だ。なにより……隠された真実があるのなら、純粋にそれが知りたい。その意思を、黒乃も目で伝えた。

 

「……了解、話すよ。そこまでショッキングな内容ではないと思うけど、気分が優れなかったりし始めたらすぐに退出してね」

(うん、解った……)

「それじゃ、まずはこの写真から」

(……アスファルトが焼け焦げた痕跡かな)

 

 鷹丸が差し出した写真には、広範囲に渡って黒く焼け焦げたアスファルトが映し出されていた。これは藤堂一家が乗っていた乗用車が爆破および炎上した痕跡だという。高速道路を走行中だったため、消火活動が遅れたのが大きな原因だろう。しかし、不可解な点は見当たらない―――かのように思えた。

 

「どこに違和感がって思うよね。この焼け跡だけど、ある証拠を消してしまっているんだ。これが、その証拠を再現した写真だよ」

(これは……ブレーキ痕?けど、車とかバイクとかいった乗り物じゃこんな痕は……)

「問題として挙げるべきところがいくつかあるんだ。まずは当然ながら、これがなんのブレーキ痕なのか。そして、そのブレーキ痕が炎上地点のほぼ中心点近くで途切れていることも……かな。つまり―――」

(何者かが、炎上途中の車に急接近した……?)

 

 ありえない。黒乃は現実が受け入れられないどうこうの問題ではなく、もっと単純な物理法則にのっとってその結論を導かざるを得ない。なぜならそのブレーキ痕は、瞬間移動でもしてその場に現れなければ説明がつかないからだ。鷹丸の技術を疑っているわけではないが、これではあまりにも―――

 

「真……犯……人……?」

「うん、僕もまず1番にその可能性を考えた。けど、それはまずないと思っていいはずだよ。それが解ったことの2つ目かな。こっちは証言に関してだね」

(事情聴取の証言調書か。確か、取り調べ中の発言は全部こうやって記録されるんだっけ)

 

 お次に渡されたのは、A4サイズほどの参考人証言調書だ。参考人とやらは、黒乃を助け出した人物らしい。詳しい内容はこう記載されている。目の前で事故が起き、急いで車を路肩に駐車させた。トラックに追突された車に接近しようとしていた時点で既に火の手が確認された。

 

 車内を確認すると、若い夫婦と幼い子供の姿が。夫婦の頭部の損傷は激しく、恐らくは助からないだろうと判断し、とにかく子供だけでもと酷く歪んだ後部座席の扉を無我夢中で引っ張った。すると思ったよりも簡単にドアごと引っこ抜け、少女の救出に成功。多分だが、事故の衝撃で外れかけていたのだろうとの―――

 

(―――その後しばらくして、乗用車は爆発……)

「その証言がおかしいことに気がつけたかい?」

(……ううん、どこにも変な箇所はないと思う)

 

 事故当時は、この藤堂 黒乃にとって憑依寸前の瞬間だ。ここではオリジナルであったわけだが、自分の知っている範囲の情報量と照らし合わせてみても、ほぼ完璧に合致しているといっていい。しかしだ、あくまでも鷹丸は謎解きするべき箇所があるという姿勢を崩さないでいる。

 

「おかしいんだよ。歪んだ車のドアが大人1人の力で開く―――ましてや引っこ抜けるはずがない。僕もいろいろと検証したけど、人間の力ではまず無理だっていう結果しかでなかった」

(機械に詳しい鷹兄がいうならそう……なのかな。けど、本当に偶然って事も―――)

「そしてなにより、このブレーキ痕を残した何者かは……いったいどこへいったんだろうね」

(っ……!?そうか……確かにそうだ!このブレーキ痕が燃え続けた車の炎でかき消されたのだとしたら、少なくとも爆発より前についてなくちゃおかしい!それに、目撃証言だって……)

 

 黒乃を車内から助け出したのは当時40代の男性で、職業は主にデスクワークだとのこと。これが力仕事ならまだ納得がいったかもしれないが、鷹丸としてはそんなことは疑問の内に入らない。力持ちだろうがそうでなかろうが、そもそも人間が黒乃を助け出せたことに違和感を感じているのだ。

 

 だが、実際に黒乃はこうして生きている。だからこそ鷹丸をより混乱させた。黒乃が存命していることと、事故当時の絶望的状況があまりにも矛盾してしまっているのだ。藤堂夫妻は既に死亡していた可能性が高いとして、これではまるで黒乃のみを助けたかったかのような気さえしてしまう。だからこそ鷹丸は―――

 

「そこで僕はこう結論を出した。何者かが、なんらかの目的で、周囲の人間に悟られず……キミを助けるお膳立てをした……ってところかな」

「…………」

「解らない部分が多すぎるけど、揃っているピースからして、キミは間違いなくその何者かに命を救われているとみた方がいいと思う。もし真犯人ならキミはこの場にいないだろうしね」

 

 何者かを真犯人だと仮定した場合、方程式が成り立たなくなる部分がある。焼け跡で上書きされたブレーキ痕からして、何者かが現れたのは少なくとも事故発生後かつ大炎上までの間となるはず。証拠は消えたとはいえ、既に車は出火した状態にあったという証言からするに、それ以上手を加える必要もなかったはずだ。

 

 どういうわけか全く姿を目撃されていないというのに、こうして割り出されてしまっているのだから行動するだけ損しかない。つまり、そこまで周到な犯人ならば、現場に存在を特定されるような証拠は残さないと導き出せる。有力な可能性が残るとすれば、黒乃を助けたかったという説となるわけだ。

 

「どうして目撃証言がないかとかはこの際スルーするとして、疑問が尽きないよねぇ。この現れ方だとまるで……この日に事故が起こるのを知っているかのような登場っぷりだ」

(ん……?目撃証言がないのに加えて、事故が起こるのを知っていた。なおかつ私だけを助けたいって、それってまさか―――)

 

 鷹丸の難しそうな呟きに含まれたいくつかのワードを組み立てていくと、黒乃の脳内にはある可能性が浮かびあがった。もしや、神……?あの日あの時に発生した事故は、神が決定づけた運命のようなものだ。なるほど、事故が起こるのを知っていて当たり前。

 

 目撃証言がない。なるほど、神という完全にオカルトな存在ならばそういうこともできるだろう。黒乃のみを生かしたかった。なるほど、悲劇のヒロインとして生きる憑依黒乃を観賞したかったのだから……頷ける。黒乃の中で確信に変わりつつあるとき、1つの疑問がそれを阻止した。

 

(確かにファッキンゴッドならやりかねない……けど、このブレーキ痕はいったい……?)

 

 目撃証言はないにしても、こればっかりは確かに物理的にアスファルトへ刻まれた証拠だ。鷹丸のミスとも考えにくいとなれば、神のミスとも以下同分。これが解決しなければ、100%の答えとして提出することは到底できない。だが他の答えも浮かぶわけでは―――

 

「どうかな、心当たりがあったりは―――」

(あ、いや、その……)

「……しないよね。ある方がどうかしてるもの」

(そ、そうだね~……アハハ)

 

 心当たりはあれど、神の仕業ですともいえず。黒乃は結果として肯定も否定もできなかった。しないで正解ともいえるが。どちらにせよ黒乃ではろくな説明が出来ず、神という単語しか出ないだろう。普通に喋れたのなら憑依しているあたりから話してもよかったとも思っているようだが。

 

「余計に混乱させちゃったかな?けど、キミには話しておくべきだろうと思ってさ……」

(大丈夫だよ。それに気持ちは嬉しいし)

「……そう、それなら気が楽だよ。まぁ、この件は引き続け調査を続けるさ。なにか解ったらまた報告するからね」

(うん、ありがと鷹兄。えっと、じゃあもう今日は帰っても大丈夫なのかな……?)

「ああ、うん、付き合わせてごめん。もう帰っても問題ないよ」

 

 話が終わったという雰囲気を感じ取ったのか、黒乃はゆっくりソファから腰を浮かしていく。その動作を確認と理解した鷹丸は、慌てて帰宅を促した。それまでスローで立ち上がる途中だったわけだが、まるで残像でもみえそうな勢いで立ち上がると、頭を下げてから社長室を後に。

 

「……手ごたえなしと見るべきか、否定も肯定もしなかった……つまり、引っかかる部分はあったとみるべきか……」

 

 1人社長室へ残った鷹丸は、黒乃が出ていくのと同時にそう小さく呟いた。どうやら黒乃の反応をうかがっていたらしい。そもそも鷹丸がこの件について調査しているのは、黒乃本人の事故ではないという旨の発言からだ。興味を示したからには妥協をしない。この男はそういう人間だ。

 

(まぁ、後者じゃなければ夏休みに事故じゃないなんていわないよねぇ。つまり彼女は、やっぱりなにかを知っている可能性が高いとみるのが定石か……)

 

 おしい、本当におしいところまではきている。確かに黒乃は心当たりがあったのだが、それは神なんていう突拍子もない存在についてだ。神様はいたら夢がある程度にしか考えていない鷹丸にとって、辿り着くには非常に困難な答えといえよう。そもそも単なる風評被害で神は関係ない可能性が高いのだが……。

 

(ま、未知の存在も湧いて出て相当に面白くはなってきてるから構わないんだけどさ。……ただ今は―――)

 

 夏休みからほとんど進歩しない1人相撲を繰り広げているとは露知らず、鷹丸はまるで電池が切れたかのように資料だらけのテーブルに突っ伏した。2徹はまだいけるとうそぶいていたが、やはり限界を迎えてしまったらしい。完全に脱力した寝顔なんかは、妙に子供のソレを思わせる。

 

 最終的に鷹丸が目覚めたのはそれから約数10時間にも及ぶ睡眠……というよりは休眠の後であった。当然ながらIS学園へ勤務を再開する予定も大幅に遅れ、千冬に大目玉を喰らうことになるのだが……やはり打って響かない。まるで宙に舞う羽の如く、全く気に留める様子もない鷹丸であった。

 

 

 




黒乃→神様の仕業っていうわけにもいかないしなぁ……。
鷹丸→やっぱりなにか思い当たる節はありそうだねぇ。

ちなみにファッキンゴッドの仕業じゃないです。


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第83話 愛しいキミと

(つ、疲れた……)

 

 IS学園に、今日も今日とて放課後が訪れた。日頃ならISの訓練とか部活動へ駆り出されることになるのだろうが、なんと今日はなにも予定ナシ。本当なら跳ね回るように喜ぶところなのかもしれない。だが、今の俺にはそんな気力すら残されていなかった。

 

 最近は本当になにかと忙しいからかもだ……。ISに関しては座学も実習もいま1つだし、部活動に貸し出されるのはいわずもがな。部活の方がなかったらなかったで生徒会の方を手伝わされたり。おまけに最近は例のアレも同時進行ときた。いや、もう完成したから別にいいんだけどさ。

 

 とにかく、近頃は思うように休めなかったというのは紛れもない事実。今日の放課後くらいはゆっくりとしよう。さて、まずはどうしようかと考えながら自室の取っ手を握ると、なにか妙な違和感が伝わってきた。……どうやら鍵が開いているようだ。……なるべく慎重に開いた方がいいかも知れない。

 

 これまでの経験上、こういうとき無遠慮に入ってろくな目にあった試しはない。まるで盗みに入るかのようにゆっくりと自室へ侵入すると、俺の目に映るのは薄ぼんやりとした光のみ。その正体を探るべく室内照明を全灯にすると、答えは思いのほか単純明快。この部屋におけるもう1人の住民であった。

 

「黒乃……」

 

 薄ぼんやりとした光の正体はノートPCだったようだ。指がキーボードに置かれているということは、ずっと入力状態になって自動暗転機能が働かなかったのだろう。部屋の明かりをつけても反応なし。ヘッドホンを装着したまま横になっているということは……どうやらアニメかなにかを視聴中に眠ってしまったらしい。しょうがないよな、黒乃も今日は疲れているだろう。

 

 今日の黒乃は朝から学園内にはおらず、近江重工へ顔を出していたらしい。近江先生もしばらく顔をみせないということは、なんとなくの事情は考えられる。用事が済んだのは放課後よりずっと前で、公欠扱いな黒乃はこうして堂々とアニメ鑑賞に浸っていたのだろう。

 

(で、最終的に寝てしまったと……)

 

 ベッドでスヤスヤと眠る黒乃を見下ろしながら、俺は声を抑えてクスクスと笑いを零した。どちらかといえば微笑ましいだけだったんだが、どうにも普段は凛としている印象を受けるせいで、こういう姿をみるとおかしくて仕方ない。起きていたら頬を抓られたりするだろうから、笑えるうちにそうしておくのが得かもな。

 

「…………」

 

 緩んだままの締まりのない頬を撫でつつ、黒乃を起こさないよう傍らに腰を下ろす。……とりあえずPCはスリープモードにしておいて……っと。うん、これで黒乃に集中できるというものだ。といっても、別に何をするわけでもないが。そう……こういうときは、ただ眺めているだけでいい。

 

「綺麗だな……」

 

 まるで溜息でも吐くかのように、自然とそんな言葉が口から出てしまう。それは最近、黒乃がますます綺麗になったからだろう。惚れた贔屓目とかではなく、本当のことだ。なにやら黒乃は、美容に関して気を付けるようになったらしい。これまでが無頓着にもほどがあっただけかもだが……。

 

 化粧水とかなにやらが洗面所に置いてあるのは、俺や千冬姉からすれば大事件に相当する。思わず写真に撮って千冬姉にメールで送ってしまったぞ。向こうからはなんの冗談だ?……とか返信があったし。まぁなんというか、普段から綺麗な人が気を配りはじめたらそれはもう……という話。しかし―――女性は恋をすると綺麗になるというが、その類なんじゃないだろうな?

 

 ……そりゃ、惚れた相手には綺麗だと思って欲しいに決まっている。そうやって自分磨きに勤しんで、最終的にそれが周囲からみても解る結果に繋がるわけで……。では、それを黒乃に当てはめてみた場合……俺はそれをどう解釈すればいいのだろう。

 

 自分でいうのはなんだが、俺に少しでもよく思われたいって行動ならなんの文句もない。だが、それが俺じゃない奴だったとしたら……?それはもう、考えるだけで目まいが襲ってくる。……ダメだ、この件に関して深く考えるのは止めておこう。黒乃が綺麗になったという結論さえあればそれでいい。

 

(さて……)

 

 これからどうしようかと考えたところで、猛烈な眠気が俺を襲った。うーん、熟睡してる黒乃の影響かもな。……俺も少し仮眠をしておくか、それこそ寝不足続きだったんだし。俺は制服のまま、自分のベッドへ倒れこむようにしてイン。体をよじって枕へ頭をのせると、妙に重さのある瞼を閉じた。

 

「おやすみ、黒乃……」

 

 

 

 

 

 

(んっ……なんか明るい……?)

 

 薄く目を開いてみると、私の眼前には画面がブラックアウトしたマイPCが。なにか不具合がと慌てて起き上がるよりも前に、室内の照明がついていることに気が付く。帰って来た時間にはまだ明るかったし点灯させていなかったのだけれど。不思議に思い室内を見回すと、ベッドでイッチーが寝息を立てているではないか。

 

 時刻は……17時前。授業が終わり次第、真っ直ぐ部屋に戻って寝床についたのかな。いや、時間的に仮眠でもしようとしたら寝入っちゃったんだろう。もしかすると、眠っている私をみかけた結果なのかも。まだ起きがけで頭が回らないけど、強引に体を起こしベッドの上で胡坐をかいて座る。

 

(しかし、どうしたものかな)

 

 この時間にイッチーが自室に居るということは、訓練とかそういうのはなかったはず。いくら頭の弱い私だろうと、そのくらいなら予想はつくさ。だとすると、起こすのは忍びないよね……。最近のイッチーは頑張っているというか、頑張り過ぎなくらいだと思う。

 

 だからこそ寝ているのならなるべく長い時間そのままにしておいてあげたい。だが、あと1時間もすれば食堂が開く時間だ。その後閉まるまで1時間の猶予しかないわけで、起こさなければイッチーは飯抜きってことになる。う~む、それはそれでダメだよなぁ。

 

 ……手がなくはないのだけれど、私にとっては例によって説明がキッツイ。まぁ……とりあえずやるだけやりますけど。んじゃ、とりあえずイッチーが寝てる証拠写真を携帯のカメラでパシャリと撮影。……地味に役得―――ってそんなことはいいから、エプロン片手にいざ出陣!

 

 イッチーを起こさないよう静か~に扉を開き、静か~に部屋を後にする。そして向かうべきは食堂……の裏手だ。まぁ要するに、イッチーにご飯作ってあげようかなって。私が作ってしまえばイッチーはまだ2時間は眠れるだろう。私としても、イッチーに手料理を食べてもらえる機会があるのはいいことだ。ただ、問題は山積み……。

 

 さっきもいったように説明が難しいのもさることながら、仕事に追われる厨房を借りられるかどうかの問題だ。IS学園の設備はなにもかも広大でスペースが広いわけだが、個人的に料理作らせて下さいって言われても邪魔なだけだろう。ダメっていわれたら……仕方ないけど19時ギリにイッチーを起こすことにしよう。

 

「こーんなとこでなにやってんのよ」

(おっ、鈴ちゃん!やっほー)

「もしかして時間間違えてる?まだ17時よ。アンタわりかしポカやるものね~」

 

 食堂の裏手を目指して歩いていると、背後から鈴ちゃんの声が。振り返ってみると、優しい顔つきで腰に手を当てつつそういわれる。食堂の方向へ歩いてるんだ、確かに時間を間違えてるという解釈をされても仕方ないかも。とりあえず、どうにか事情を説明してみることにしよう。

 

「ご飯」

「え゛……なによ、我慢できないくらいひもじいの?なんならお菓子とか分けたげるけど……」

(違う違う……私じゃなくてイッチーのご飯ね)

「一夏の寝顔……?あ~……待ちなさい、どうにか推理するわ」

 

 私の口から出たのはご飯という単語だった。それを耳にした鈴ちゃんは、おっかなびっくりとしながらそう聞き返してくる。食べるのは好きだけど、そこまで食い意地張ってた覚えはないのだけれど……。このままでは不名誉だと思い、推理のパーツとしては必要であろうさっき撮ったイッチーの写真をみせた。

 

「一夏、今寝てるのよね?」

「厨房、拝借」

「で、厨房を借りたい……と。起こすのは忍びないから、一夏のご飯を作ってあげようって話かしら」

 

 あら、伝わるもんですな……。絞り出した言葉を拾った鈴ちゃんは、案外すんなり私の目的を察してくれた。思わず私は何度も頷くと、なんだか鈴ちゃんの方も鼻高々。腕を組み、ドヤ顔でふんぞり返る姿はとても可愛らしい。なんだかもっと褒めろといわれている気がするので、手を叩いて拍手を送っておく。

 

「……それならアタシが食堂の人に説明してあげましょうか?」

(マジでか。それならすごく助かるんだけど……)

「その代わりっていうか、ほら……さっきの一夏の写真とか貰えないかな~……なんて思っちゃったりして……」

 

 鈴ちゃんが説明役を買って出てくれたが、どうやらこれは取引を持ち掛けられているらしい。地味に貴重な1枚ではあるが、協力してもらう以上は断れないとも。そんな頬を染めながらモジモジするいじらしい様をみせられたらなおのこと。私はまたしても首を数回頷かせた。

 

「よし、決まりね!それじゃ向かいましょ。意地でもイエスっていわせてみせるから……!」

(ぶ、物騒なのは勘弁してよ……?)

 

 鈴ちゃんは拳で語る派なわけだが、今からしに行くのは一般人相手の交渉だからね?そんなニヒルな笑みを浮かべられ、指をボキボキ鳴らす姿をみせられた日には心配しか浮かばないんですが。ま、まぁ……鈴ちゃんが強引な手段に出た場合、責任もって私が鎮めるとしよう……。

 

 

 

 

 

 

「ん……?んっ!?ちょっ、今なん時で―――」

 

 仮眠から目を覚ました一夏は、一目散にベッドから起き上がった。携帯で時間を確認してみると、時刻は19時30分を指そうかという頃だ。これは……やってしまった、とっくに食堂は閉っている時間だ。18時あたりには起きようとしていたようだが、どうにもアラームをかけるのを忘れてしまったらしい。

 

(黒乃は……いないか)

 

 一夏の頭に黒乃が起こしてくれなかったという考えはなく、共倒れしなかったようで安堵しているといったところか。なぜなら、黒乃が自分のあえてそっとしておいてくれたのだと理解しているから。俺の好きになったのは気配り上手なところもだからなと、無意味に得意気だ。

 

(とはいえ、なにもないとなると妙に腹が減ってくるな……)

 

 人間の心理が関係しているのか、晩飯抜きだと悟れば悟るほどに一夏の腹は食事を求める。ふいに周囲へ聞こえる程の腹の音が鳴り響くほどだ。流石に耐えがたい空腹感を覚えたのか、冷蔵庫を漁ってなにか食べ物がないか確認することにしたらしい。溜息を吐きつつ一夏が立ち上がったその時―――

 

(たっだいまー!あ、イッチー。タイミングよく起きたんだ)

「ん、おかえり黒乃。今日はご苦労さんだったな。っておい……もしかして、それ―――」

(あ、うん、そだよー。えへへ……あなたの為に、真心こめて作らせていただきました!)

「っ……!?」

 

 自室へと戻ってきた黒乃が携えていたのは、トレイに乗った料理の数々。それだけで一夏は、様々なことを瞬時に理解した。やはり起こさずにそっとしておいてくれたこと。なるべく長い時間を寝て過ごせるよう、外出せずに済むよう料理を作ってくれたこと。それを理解すると同時に、一夏の胸中では歓喜の渦が吹き荒れる。

 

 全て黒乃が自分の為を思ってしてくれたことだ、それは嬉しいに決まっている。普段は多くの人間に振りまかれる慈母が如く優しさが、1%欠けることなく自分に注がれているのだから。一夏は胸を締め付けられる感覚を必死に抑え、取り繕うように続けた。

 

「その……あ、ありがとな。俺の為にわざわざ」

(ううん……キミの為なら私はなんだってやるよ?このくらい簡単簡単。ささ、座ってよ。熱いうちに食べちゃって!)

「あ……っと、ところでだが、黒乃は食べたのか?」

(うん、作る前に食べさせてもらったんだ)

 

 そう……俺の為に。俺の為に―――だ。一夏は自ら放ったその言葉を、脳内で何度も咀嚼した。一夏がそんな余韻に浸っていることなど露知らず、黒乃はテーブルの上にトレイを置く。少し反応が遅れはしたものの、違和感を感じさせない様子で席へと着いた。白々しくもそんな質問をぶつけながら……。

 

「そっか、なら遠慮なく……。いただきます!」

(はいはい、どうぞどうぞ。といっても、余り物しか分けてもらえなかったし……あまり手の込んだものじゃないんだけどね)

 

 一夏は勢いよく合掌すると、少し大げさな様子でいただきますという。そして箸を持ち上げると、今一度よくメニューを眺めてみることに。見るからに洋食で固めてきたというのが解る。ハンバーグにコンソメスープ、そしてしめじ茸と舞茸のソテーといったラインナップ。どれも香り立つ匂いが食欲をそそる。

 

「……んっ、豆腐ハンバーグか」

(おっ、流石イッチー鋭いね~。ほら、ローカロリーに抑えてみたんだよ)

「うん、スープも美味い!」

(ホントはブイヨンからやりたかったんだけどね~)

 

 起きたばかりであまり脂っこいものもキツイだろうと、その辺りに配慮した結果できあがったのが豆腐ハンバーグ。本当はブイヨンを作るところからこだわりたかったというコンソメスープ……。もはや単なる良妻の所業である。一夏の対面に座り、食事の風景をただ見守る姿なんてまさにそれ。

 

「いやー……本当に美味いな、うん。なんつーか、味が心にも染みるっていうかさ」

(フフッ、そりゃよござんした。イッチーが喜んでくれたら私も嬉し―――ってあれ……イッチー?」

「へ……?あ、いや……ハ、ハハハ……悪い、あまりの美味さに感動しちまった」

 

 ふと、僅かながらも一夏の頬を涙が伝った。本人に泣いていた自覚はなかったようで、慌てて涙を拭ってみせる。きっと、一夏もかなり追い詰められていたのだろう。正確にいえば、自らが自らを追い込み過ぎていた……といったところだろうか。

 

 そこへ休みが転がり込み、愛する人に心からの気遣いを送られ、こうして手料理まで食べさせてもらって……。一連の流れがここのところの忙しさと相まって、歓喜や感動、弱気や本音の入り混じった涙が流れてしまったのだろう。一夏は気にするなとでもいいたそうな様子だが、黒乃からすればそうもいかない。

 

 とはいえ、自分がしたいことを実行するには一夏が食事を終えてからでなくてはならない。黒乃は一夏の沢山自分を褒める言葉を幸せそうに聞き入り、食事の手が止まるのを待った。だがそこは伊達に男の子である。あっという間に料理はペロリと平らげ、一夏は元気よく合掌。

 

「ごちそうさまでした!」

(はい、お粗末様でした。んじゃ、片しちゃうから少し待っててよ~っと)

「あ、黒乃……俺も―――」

(ダメ、今回は断固拒否!お願いだから、ゆっくり休んでて……ね?)

 

 黒乃がすぐさま食器洗いを始めようとすると、一夏は手伝いを申し出た。しかし、あんな姿をみせられたうえで、今の黒乃に一夏を手伝わせるという選択肢はない。チョンチョンとベッドを指差すと、一夏はそれに大人しく従った。本能的に逆らえない感覚を味わったきがしたから。

 

 まぁ、家事をしている姿を眺められるのは役得なようで……。なにをするでもなく、ただただジーッと台所へ立つ黒乃の背中を見守り続ける。時折、黒乃との新婚生活なんて妄想しつつ、自爆し悶絶。完全に不審な一夏の姿に気が付くことなく、黒乃は何事もなく食器洗いを終えた。

 

(ん、こんなもんかな。さーて、イッチー……?)

「……く、黒乃?座るのは構わないけど、ち、ち、ち……近く、ない……か?」

「嫌?」

「そ、そんなことはない!そんなことない……けど……」

 

 しどろもどろとしながら指摘するにはわけがある。一夏のいうとおり、2人の物理的距離感は無に等しいからだ。互いの側面が密着し、触れ合っている部分を温めていく。しかし、それに反して一夏の緊張具合も凄まじい様子にみえる。けどと言葉を切った後、その先へ続かないのがいい証拠だろう。

 

(そっか……嫌じゃないんだ。……いったよね、嫌じゃなんだよね?)

(…………!な、なんなんだよ……この状況は!?)

 

 嫌じゃないという言質を奪ったとでもいうかのように、黒乃は一夏へ擦り寄り自らの体重を預ける。しっかりと黒乃を支えてはいるが、一夏は既にそれどころではなかった。パニックと胸の高鳴りが同時に襲い、ひたすら息が荒くなる一方だ。それを必死に抑えようとすることで、ついには黙りこくってしまう。

 

 黙ってしまえば自然に意識が黒乃へ向いてしまい、香りなどにも集中してしまう。そんな幸せな悪循環とでも表現すべき状態はしばらく続き、ひたすら時のみが流れていく。やがて一夏が自制を忘れるまで継続してしまえば、待っているのは―――

 

(よ、よし……慣れた。後はガッツだ私!)

「黒乃……?」

(お……おいで、イッチー。い~っぱい甘えていいんだよ?)

「…………」

 

 靴を脱ぎ捨てた黒乃は四つん這いでベッドの中央部まで移動すると、ちょこんと女の子膝で座ってみせた。なにごとかと一夏が目を丸くしていると、両腕を大きく広げてくるではないか。その仕草で、誰がどうみようと誘っているということを察っせられるだろう。

 

 内心で響く黒乃の声は非常に甘ったるく、蕩けてしまいそうに熱い。勿論そのイメージを一夏が想像することはできない。だが、一夏の中に潜んでいた願望を誘き出すには、無言無表情のままでも容易だったようだ。久方ぶりに、もうどうでもよくなるような感覚が一夏を襲い―――

 

「黒乃!」

(わひゃっ……!?)

「黒乃っ……俺……俺っ……!」

(……うん、解ってるよ……大丈夫。よしよし、イッチーはいつも頑張ってるもんねー。大丈夫、大丈夫)

 

 一夏は、まるでヘッドスライディングのようにして、黒乃の膝へと飛び込んだ。想像以上の勢いに戸惑った黒乃だったが、一夏の縋るような姿をみると、すぐさま片手で頭を撫で、もう一方の手でトントンとゆっくり優しく背を叩く。すると一夏は、母に甘える子のように腕を思い切り腰へ回してより黒乃の膝へ顔を埋める。

 

「皆が悪いとかいいたいんじゃなくって……!けど、俺、この環境……ずっと、辛くて……!」

(うんうん、鷹兄がいたって辛いよね)

「でも俺、皆よりいろいろ遅れてるから、そういうの全部……全部!言い訳になるんじゃないかって!」

(うんうん、皆ちょっと風当り強かったよねー。ごめんね、私もちょっと厳しかったよねー)

 

 これまで文句はたくさん吐いた。千冬に望む望まないは関係ないといわれたが、正直微塵も納得なんてしてはいない。だが一夏は、弱音だけは吐かなかった。男にとっての希望の星なんて、大それたものになろうとしていたつもりでもない。ただ一夏が決めて、一夏が貫き通してきたというそれだけのことだ。

 

 ただ、吐かなかったというのは―――裏を返せば溜めこんできたということでもある。一夏はこれまで、弱音を吐露する場をみいだせずにいただけの話だったのだろう。思ってみれば簡単なことだった。居るじゃないか、自分のどんな弱さだって受け止めてくれる最愛の人が。

 

 遠慮も照れも忘れ、一夏は縋るようにして弱い己をさらけ出す。黒乃はその一言一句へしっかり耳を傾け、安心させるかのように一夏の頭を包み込む。一夏を癒す役目は自分のものだというかのように、決して手を休めることはなかった。やはり今の黒乃にしてみれば、一夏へ尽くすことが喜びらしい。

 

「……ごめん黒乃。いつか頼ってくれっていったのに、こんなんじゃ全然―――」

「ダメじゃないよ」

「そう……か……。そうか……。なら、もう少しだけこのまま……」

 

 ある程度は落ち着いたようだが、今度は自己嫌悪が襲ってきたらしい。顔の角度を少し変えて黒乃の様子をうかがう一夏の目は、なんだか怯えが潜んでいた。だから……それで構わない、ダメでいいんだと黒乃が伝えると、一夏は再度膝へと顔を埋めてただ温もりを堪能する。

 

「……よし、元気出た。ありがとな、黒乃。時間とらせていう身分じゃないけどさ、風呂入ってこいよ。俺はもう平気だから」

(……うん、解った。それじゃ、お言葉に甘えて)

「あ、でも……その、また今度とか、頼んでも……いいか?」

「いつでも」

「ああ、頼む。あんなの味わって―――」

 

 黒乃の膝から脱出して顔を上げた一夏は、普段と変わらぬ様子でそう告げた。その様子から、溜めたものは全部吐き出したとみえる。黒乃は安心しながら頷くと、提案どおりに大浴場へと向かう支度を始めた。そのため、最後の一夏の呟きは―――絶妙に届かなかった。

 

(それじゃ、いってきま~す)

「消灯までには帰って来いよ」

 

 ヒラヒラと振られた手に反応して黒乃を見送った一夏は、ボスンと大きな音を立てながらベッドへと横たわる。しばらく夢のような時間が続いたせいで、一気に現実へ引き戻された気分なのだろう。しかし、様々な要因が先ほどまでの時間を現実だと、嫌という程に告げてくる。

 

 黒乃の温もり、黒乃の手の感触、黒乃の残り香、黒乃の黒乃の黒乃の黒乃の。―――思い起こすだけで、頭がおかしくなってしまいそうだった。今は本当に黒乃のことしか考えたくはなく、白昼夢のように一夏の頭へ多岐にわたる黒乃の姿が映し出される。その中には、自分のもっと野性的な欲望を受け止める黒乃の姿さえ―――

 

(あぁ……黒乃……本当に、ダメだろそれは……。お前のこと、もっと欲しくなっちまった)

 

 一夏は、やはり俺は黒乃が欲しいのだと再確認させられた。要するに、惚れ直したというやつ。黒乃の総てが自分の為にあるようにしたいという想いが、一夏の中でよりいっそう高まる。俺だけの黒乃。なんと……なんと甘美な響きだろう。考えれば考えるほど、一夏の脳は黒乃を欲する。

 

(モノにする。絶対、黒乃だけは絶対誰にも渡さない……!あの子は、俺のだ)

 

 つい数秒前までなら、黒乃が好きになってくれたらいいなくらいだったろう。しかし一夏は、もっと本能的な部分で黒乃を求めるようになったらしい。それを本人が自覚するや否や、えもしれぬ感情が胸中へ渦巻いていく。これはきっと、前々から激しく一夏の心に根を張っていた独占欲―――

 

(悪い事じゃない……だろ。好きな女の子が欲しいって思ってなにがおかしいんだよ。それくらいに俺は、お前が欲しくて欲しくて堪らないんだ)

 

 自身の独占欲を非常に闇の深いものだと考える傾向が強かった一夏だが、ここに来て少しばかり肯定的にとらえることができたらしい。とはいっても、この場合は開き直りに近いわけだが。それでも変に考え込むよりはよほどいい。欲しいものは欲しいで仕方のないことなのだから。恋愛感情なんかは特にそう。

 

(けど、少し頭冷やさないとな……。このままだと、勢い余って黒乃を襲いかねないぞ……)

 

 まぁ、返り討ちに合うだけあろうが。そうやって自嘲じみた考えを浮かべつつ、一夏もシャワーを浴びる為に立ち上がる。あながち間違いではないというか、高確率でそうなるであろうことが容易に想像がつくらしく、最終的には妙に悲し気な背中をみせる一夏であった……。

 

 

 




今週は終始2人のイチャイチャでお送りします。
勘違い要素なんていらねぇんだよ!(暴論)


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第84話 疾走せよ!(表)

今話は表が黒乃とその周辺の視点で、裏がその他人物の視点となっています。
ややこしくて申し訳ありませんが、読む際は注意してください。
いつも通りにどちらから読んでも差支えはないかと。


(うわぁ……すっげぇ観客だぁ)

 

 今日はキャノンボール・ファスト開催当日。当然と言えば当然だが、会場は人、人、人……見渡す限り人だらけ。今回の大会は学園主催ではないから、観戦したければ一般客も入場可能なはず。まぁチケット買わなきゃなんですけどね……。1枚いくらよ?相当の収益じゃない?

 

 でも、学園側だって生徒が出場するだけで恩恵がないわけじゃない。視点をずらしてみると、いかにもお金持ちが座る席ですよって感じにカスタムされた席が目に入る。いわゆるVIP席って奴だろう。あそこには各国の要人やらIS産業の成金達が座る事になるはず。

 

 となれば、出場して目に留まればあわよくばスカウトって話になってくるんだろう。まぁ私は代表候補生だし、もっと言えば企業所属だし、あまり関係ない話題かもね。気を付けるべきは醜態を晒さないという事のみ。私のせいで近江重工に迷惑が掛かるのだけは避けたいところだ。

 

(……ん?だとしたら―――)

 

 ふと、鷹兄は今回教師として参加するのか、社長として参加するのか気になった。私としては前者でいてほしいかな。だって、そっちの方がプレッシャーも低くて済むもん。さて、だとすればVIP席を探してみるべきだろう。刹那は展開せずに、ハイパーセンサー機能だけを起動。

 

 まるで遠くの人物が目の前に居るかのような超高感度ズームでVIP席を隅から隅まで調べ上げる。すると私の目に飛び込んできたのは、社長は社長でも鷹兄じゃない方の社長であった。そう、つまり……鷹兄のパパン。……来なくていいのに。いや、単に嫌いだからそんな発言が出たんだが……どうして本当に来ているんだ?

 

 教師の立場だろうが社長の立場だろうが鷹兄が大会を観れば事足りるはずだし、何より私っていう専用機持ちを有している以上は見学する意味なんかない気がするけど……。何より鷹兄のパパンは、招待されたからって来なさそうなもんなんだが。なんというか、天邪鬼な人みたいだし。

 

(ふむ、単に女の子を見に来たとかなら良いけど……変な気ぃ起こさんといてよ?なんせ―――)

 

 なんせ今日は、あの子がまたしてもやってくる日だからね。……前回は気合で何とかなった。途中黒乃ちゃんと交代したりもした。今回も可能性は0ではないと念頭は置いておくとして、ガチンコで戦うはめにはなるだろう。ただ、どうにかしてセシリーが腕を刺されるのだけは回避したいものだ。

 

 あれ、でも……市街地で防衛戦を強いられるんだっけ?……また学園祭の時の二の舞やーん!イッチーの雪羅で守れない事もないが、いかんせん面積が狭すぎる。対してその気になればどこまでも大きくできる雷の翼となると、どう考えたって私が防御に徹した方が良いに決まってるじゃない。

 

(な、なんてこったい……)

 

 いやもう、本当にそんな台詞しか思い浮かびませんけど。というか、想像するだけで怖くなってきたんですがそれは。だってほら、スターブレイカーとか火力凄いんだよ?神翼招雷越しとは言え、あれが背中に着弾するところ想像してごらんよ。……アカン、これはうっすり怖い時の笑みが出てるかも知れない。

 

「黒乃、ここに居たのか、探したぞ。もうすぐレース始まるってさ」

(ああ、おっすイッチー……。了解、すぐ行くよ)

「っ!?お前……」

 

 僅かな恐怖が沸き上がりつつある中、私の意識を一手に集めさせる声が耳に届く。振り返ってみれば、そこに立っているのは紛れもなくイッチーだ。どうやら私を探しに来てくれたらしい。今行くと歩み寄ると、不思議な事にイッチーの表情は何か怪訝なものに変わってしまう。

 

 お、お前……?あの、えっと、わ、私……何かしたかな。ちょっと、嫌だよ……そんな目をして私を見ないで。だってその目は、私を敵視していた人達の眼差しにそっくりだから。もう良いのに、他の誰にそんな目を向けられたってもうどうだって良いのに。嫌だ、嫌だよ……お願いだからその目を止めてよ、イッチー。

 

「いや、違う……そうじゃない。俺は決めたろ」

(はい……?決めたって何を―――)

「黒乃」

(うひっ!?)

 

 イッチーは大きくかぶりを振るなり、私にも聞こえるくらいの声で何かを決めたのだと言う。混乱している私にはその意味を図りかねていたのだが、もはやまともな思考すら成り立たない事態が。イッチーに手を掴まれたかと思えば、強引に引き寄せられて固く抱きしめられたのだ。

 

 内心変な声が出てしまった。というか、何?いやもう何さ。嬉しいけどさ、嬉しいけど……そうやってしてくれたら何でも良いって事では……。ありますね!うん、なんでも良いんでずっと抱きしめてて下さい!我ながらちょろいもんよ……。ほぇ~……イッチーの腕の中はぬくぬくなんじゃ~。

 

「大丈夫だからな。他の誰がなんて言おうと、俺だけは絶対に黒乃の味方だ」

(……アカンね。何かな、今日私死ぬんか?もう既に幸せ過ぎて死にそうってのはあるんだけど)

 

 イッチーは、優しい声色でそう囁いた。爽やかな声は私の鼓膜を揺らし、脳へ甘美な電流を迸させ、私から思考そのものを奪い去る。もう、本当に何も考えられない。解るのは、ただひたすらにイッチーの言葉が幸せだと言う

感覚のみ。例えそれが偽りの言葉だろうと、私は……。

 

 少し違うけど、私も同じ。他の人なんてどうだって良い。ただ、イッチーが傍に居てくれるなら私はそれで良い。そりゃ、私の周りに居てくれる皆は大切だよ?けれど、それはやっぱりイッチーとニュアンスが違うくて……。それだけ、愛しい。キミの事が、愛しくてたまらない。ただ―――

 

(これ以上はホント無理!冗談抜きでキュン死にしそう……)

「……落ち着いたか?なら良かった。さ、もう行こう。遅刻でもしたら本当にドヤされるぞ」

(うん、ごめんね。……ありがとう、イッチー。大好きだよ……)

 

 抱きしめられている状態でイッチーの背中を叩くと、その腕にこもっていた力は弱まっていく。そして数歩離れたイッチーは、にこやかな笑みで当初の目的である私の連行を実行へと移した。優しく私の手を取ると、先導するかのように引っ張っていく。

 

 キミに触れてると、想いが溢れてどうしようもなくなっちゃうね。うん……ついつい大好きとか言っちゃったけど、これが良い……私はどうせ口には出せないから。だからせめて、心の中だけでも伝えよう。イッチーの事が、好きで好きで堪らないんだ……って。

 

 

 

 

 

 

『さぁ~いよいよやって参りました!本日のメーンと言っても過言ではないでしょう。1年専用機持ち組の出走だぁ!と言うわけで、実況はわたくしIS学園2年新聞部の黛 薫子。そして解説にはこの方に来ていただきました』

『どうも、IS学園1年1組副担任の近江 鷹丸です。僕と黛さんが運営委員会からご指名をいただきまして、このたび選任というかたちとなりました。今日はよろしくお願いします』

(流石……ノリノリだなあの2人。原作じゃこんなの無かったと思うけど、悪くない……ってかむしろ良いよね)

 

 やはり専用機7機によるレースは注目度が高いのか、薫子と鷹丸による実況・解説ときた。その様子は出撃用カタパルトにも映し出され、黒乃はそれを朗らかな様子で見つめる。自分の土俵である競技なだけあって、流石に今回ばかりは余裕があるらしい。

 

 ちなみに、他の面子とは先ほど別れたばかりだ。1人ずつ出撃し、少しだけ紹介を挟むらしい。演出的な部分を考え、カタパルトは別々となっている。7人を3人、3人、1人の3つに分けたとの事。つまり、現状は黒乃が1人の区分だ。理由は様々だが、それは出撃すれば解るだろう。

 

『それでは、選手入場と参りましょう!トップバッターは彼女……いや、彼!世界唯一の男性IS操縦者、織斑 一夏~!』

 

 一夏の名前がコールされるのと同時に、白式がカタパルトから飛び出るのが見えた。途端に会場が歓声に包まれるのを、かなり離れていても感じる事が出来る。黒乃は体にビリビリと響く観客の声を受け、今か今かと待ち受けた。その間にも友人達の名が呼ばれ、次々とその勇ましくも美しい姿を披露していく。

 

『さぁラスト、皆さんお待ちかね!今大会優勝候補筆頭……どころか!彼女に追いつける者は現れるのか!?大空を翔る赤黒き閃光、それはまさしく疾風迅雷、刹那の如く!藤堂 黒乃~!』

(私の前口上だけ張り切り過ぎじゃないですかね!?ま、まぁ良いや……レッツゴー私!)

 

 即興でやっているのだろうが、見事なまでの前口上だ。その仕上がりが良すぎるせいで、黒乃は思わず尻込みしてしまいそうになってしまう。だがそこはなんとか堪え、トップスピードでカタパルトから飛び出した。すると黒乃を待ち構えていたのは、割れんばかりと表現するにふさわしい歓声だ。

 

(どえぇ!?何、何事!?もう敵襲か!?)

『おおっと、これは……こうなる事は予想していましたが、流石にここまでは予想外です。どう見ますか、近江先生』

『そうですねぇ、やはり学園祭での彼女の雄姿に起因するのではないでしょうか。必死に一般人を守る姿に心撃たれたという方が沢山いらっしゃるという事かと思われます』

「……っ!黒乃ぉ……アンタ、良かった……良かったわねぇ……!」

「おいおい、どうしてお前が泣きそうなんだ?」

「うっさいわね、箒!そういうアンタも目元が潤んでるわよ!」

 

 ここに来ての黒乃人気に思うところは有れど、幼馴染組の2人は特に感銘を受けているらしい。鈴はもはや泣く一歩手前ほどだ。箒もクールに振る舞っているものの、鈴の指摘通りに感極まっていた。慌てて目元を拭う様子を見せると、後はもういつも通りの武人然とした様子へと戻る。

 

「まぁなんだ、だからと言って手加減はせんからな」

「その台詞、そっくりそのまま返させてもらおうか」

「上等、全員ぶっちぎってあげるわ!」

「う~ん……僕は虎視眈々とやらせてもらおうかな」

「わたくしは、いつも通りやるだけです」

「とにかく皆、全力で戦おうぜ!」

(そんじゃ、全員の健闘を祈って!)

 

 この7名で同時に競技へ挑むのが初めてなだけに、全員はなんだか楽しそうな表情を浮かべていた。ただ、目の奥に宿っているのは闘志そのもの。皆が良き友であり、良きライバルなのだ。それぞれ思い思いの事を述べると、締めに黒乃が掌を差し出す。すると、残った面子も黙って掌を重ねていく。

 

「よっしゃあ!行くぜ、1年専用機持ち!」

「「「「「おー!」」」」」

(おー!)

『熱い……始まる前から熱くてたまりません!』

『いやぁ、良いですねぇ。青春してますねぇ』

『近江先生とは無縁そうですものね!会場の皆さん、どうか拍手をお願いします!』

 

 掛け声と共に重ねた掌をグッと押し込んでから、反動をつけるようにして高く振り上げる。固い友情で結ばれているであろう7人の姿を前に、薫子は会場へ拍手を促す。その際に本気なのか冗談なのか解らない言葉を鷹丸へとぶつけ、同時に会場を笑いで満たすあたりは流石は薫子といったところか。

 

 そんな冗談もほどほどに、笑いが覚める頃には既に全員がスタートラインへと揃う。その姿を見ると、先ほどまでのどよめきが嘘のように会場は静寂へと包まれた。残ったのは、各専用機がまるでアイドリングのようにスラスターを吹かす音のみ。その様があまりに真剣味を帯びていたせいか、薫子さえ黙ってしまった。

 

『…………おっと、これは申し訳ございません。え~……進行を続けさせていただきます!さて近江先生、スタート前に今大会注目すべき点をお伺いしたいのですが』

『そうですねぇ。黛さんも言っていた通り、他の6名がどこまで藤堂選手へ食らいつけるかでしょうか』

『ほう、それはつまり藤堂選手の優勝は揺るがないと?』

『はい、当然のように彼女が優勝するでしょうね。だって僕らが造った刹那を使いこなしてるんですもの』

『依怙贔屓ーっ!会場の皆さん、お聞きしましたか?とんでもない依怙贔屓が飛び出たぞーっ!』

 

 しっかりと実況解説の役割を2人はこなし始めた。話題が1年専用機持ち組のレースで注目すべき点へと及ぶと、鷹丸は何の迷いもなく黒乃が優勝すると豪語する。鷹丸のソレは、暗に優勝は黒乃で決まってるから2位争いだけ楽しみにしておけという事だ。

 

 瞬間、ピクリと6人の片眉が動き、顔つきが少し険しいものに変化した。ああも断言されてしまえばそれはもう気に障るだろう。6人の機嫌が悪くなったのを肌で感じているのか、黒乃は内心でアワアワとふためき始めた。鷹丸に対して呪詛の言葉を並べているようにも見える。

 

『これで6名の選手はハートのエンジンもスロットルがフル回転を始めたようです!では、冷めない内に始めてしまいましょう。スタートフラッグはこの方、織斑 千冬さんにお任せしたいと思います!会場の皆さんは、ご一緒にカウントダウンをどうぞ!』

 

 空間投影で表示されているディスプレイに、大きく千冬がピックアップされる。その手には確とスタートフラッグが握られていた。千冬がバッと天高くフラッグを掲げると同時に、スタートラインへは10秒前からカウントダウンがスタート。薫子の音頭もあり、徐々に声は揃ってまたしても会場を揺らし始める。

 

『5・4・3・2・1!』

「スタート!!!!」

 

 スタートランプが青に変わり、千冬がフラッグを振り下ろす。すると、専用機持ち達は一気に飛び出た。……黒乃を除いて。いや、正確に言えば前には動き出している。しかし、それは速さを争う競技のスタートダッシュには見えない。会場が困惑していると―――翼から雷の翼が噴き出た。

 

(神翼招雷!)

「なっ!あ、あの娘……もしかして!?」

「皆逃げろおおおおっ!レースとかそんなの言ってる場合じゃねぇええええ!」

 

 神翼招雷。刹那のエネルギーを倍加させるワンオフアビリティーである。この場合は雷光から噴出したのみなので2倍増し。しかし、雷の翼の発現と共に刹那はグングンと加速してゆく。そして翼事態が十分な攻撃性能を誇る事を知っている一夏達は、思わず血相を変えた。

 

『いきなり出たーっ、天翔雷刃翼(てんしょうらいじんよく)!その羽搏(はばた)きは万物を切り裂くぞーっ!』

(は!?何そのネーミング!)

『ところで近江先生、明らかに藤堂選手はスタートを遅らせたように見えたのですが』

『ええ、恐らくは回避させるため……だと思います』

 

 たった今、薫子のおかげで雷の翼に名がついた。天翔雷刃翼……的確に雷の翼を現したネーミングな気もするが、何処か中二病感がぬぐい切れない。刹那の所有者が困惑している中、薫子は黒乃の不可解なスタートに関しての解説を鷹丸へ求める。その予想は、ズバリ正解だ。

 

 OIB(オーバード・イグニッションブースト)で一気にトップへ躍り出るのは容易い事だ。しかし、その途中に妨害を想定すると些か得策とは言えない。そこで黒乃が考えたのが、あえてスタートを遅くする作戦。しかも神翼招雷を発動させ、どうしても回避を選択しなければならない状況を作り上げたのだ。

 

 思惑通りに、一夏達は大きく膨らむようにして通り過ぎていく黒乃をやり過ごす。回避優先なため、巧い反撃は狙えない。仮に無理にでも反撃しようとして、刹那と黒乃の背は既に補足範囲から外れているであろう。それ故、一夏達は黒乃を見過ごすしかなかったとも言える。

 

『なるほど、そのあたりの駆け引きも大事になってくるという事で―――ううん?……おっとこれは、オルコット選手が道を譲っていないぞ!?このままでは天翔雷刃翼に触れてしまいます!』

(セ、セシリー……どうして避けてくれんのだ!?)

「気遣いは無用ですわよ藤堂さん、かかっていらっしゃいな!」

 

 黒乃はそもそも天翔雷刃翼を当てる気は皆無である。むしろ威力が高すぎるので避けて欲しかったというのが本当のところだ。しかし、高機動飛行用パッケージであるストライク・ガンナーへと換装したブルー・ティアーズを駆るセシリアは、ただ1人黒乃の前を飛び続ける。避けるどころか、むしろ挑発して見せるではないか。

 

『近江先生!』

『いくら高機動換装中とはいえ、追いつかれるのは時間の問題でしょう』

 

 大多数の人間が避けた攻撃かつ高速移動を避けないとなると、薫子は解説を求めざるを得なかった。すると鷹丸は、端的で淡々と事実を述べる。その手っ取り早い回答を示すかのように、刹那とブルー・ティアーズの距離は秒読みで詰まっていく。このままでは、天翔雷刃翼の餌食だろう。

 

(う~……あ~……も~……し、知らないからね!?避けないセシリーが悪いんだもんね!)

(解っていた事だが、姉様も容赦をかけるつもりはなさそうだ……。となると―――)

(黒乃とセシリアの接触時がチャンス……かな)

 

 躊躇いながらも、黒乃はセシリアに天翔雷刃翼をぶつける覚悟を決めたようだ。初期配分したエネルギーを使用するため出力を上げる事はできないが、それでも十分な余裕を残して刻一刻とセシリアへと迫る。その間、後方の専用機持ち達は仕掛ける心積もりでいるらしい。

 

(ごめんねセシリー!)

「フフッ……残念ですこと!」

(な、なんだってーっ!?)

『これは……避けた……避けて見せましたオルコット選手!しかも超スタイリッシュなスレスレの回避ーっ!さながらアクション映画のワンシーンだーっ!』

『おや、これはこれは……』

 

 天翔雷刃翼がセシリアの背中へ当たるか否かの瞬間、まさかの事態が起きた。ストライク・ガンナーの使用上脚部へと装着されているBTを駆使し、最小限の回避に成功したのである。具体的に言うなれば、片脚のみのBTを吹かすことで体を捻らせ、背中が天翔雷刃翼の上をギリギリ通り過ぎていくようなアクロバティックな回避だ。

 

「そこですわ!」

(いいっ、いかんいかん!)

「っ!?黒乃が後方へ飛び出た……。さすれば今だ!」

(うひゃああああ!)

 

 黒乃の真上ギリギリを通り越した事により、セシリアは至近距離で背面を取るアドバンテージを得た。そのままがら空きの背中へスターライトMk―Ⅲの高火力レーザーをお見舞いしたいところだったが、逃げるという行為に関して異常なまでの反応速度を見せる黒乃相手にはそう簡単にはいかない。

 

 天翔雷刃翼に回していたエネルギーを即座に掌へ数割だけ移行。雷光から本体へと供給される過程にて、神翼招雷の効果でそれは4倍へ膨れ上がる。そしてそのまま掌より爆破させるように拡散したレーザーを前方へ放出した。放出されたエネルギーはブレーキの役割を果たし、刹那は急ブレーキをかけるかのように減速。

 

 これにより黒乃は一気に順位を落とすことになるが、黒乃にとっては攻撃を喰らうか否かが重要なので大して慌ててはいない。だが、勝ちを狙いに行っている6人にとって黒乃がどんな順位にいようと安心できないのだ。それを示しているかのように、箒はすぐさま空裂の射出式斬撃にて追撃を見舞う。

 

(な、なんのこれきし!)

「くっ、振り向きもせずに弾かれるとは……」

(あ、危な……何事もやってみるもんだね)

 

 急いで黒乃が抜刀したのは、疾雷と迅雷。1対のレーザーブレードを交差させつつでんぐり返しのように回転すると、ちょうど空裂の斬撃が疾雷と迅雷へとぶつかる。これにより斬撃は相殺され、黒乃も元の状態へと戻り飛行を継続させた。しかし―――

 

『これはどうした事か!大多数の予測を覆すかのように、藤堂選手が苦戦を強いられているーっ!近江先生、何故このような状況になってしまったのでしょうか!?』

『フフッ、ひとまずはレース開始前の発言を撤回しなくちゃですねぇ。お詫びして訂正します。そうですね、僕とした事が彼女が圧倒的すぎるという点について計算に入れていませんでしたよ』

 

 鷹丸も先ほどまでは本気で黒乃がぶっちぎると予測していた。しかし、本人の談の通りに黒乃が圧倒的すぎるという点を勘定に入れていなかったのである。このレースは、事実上1対6の様相を呈しているのだ。黒乃を警戒する6人は、本人達にその気がなかろうとある種の連携を取っている。

 

 現状、全員が黒乃をいつでも狙える位置につけているあたり……もはやそうとしか言いようがない。結果、黒乃は想像以上に思った通りの飛行ができないでいるのだ。これぞキャノンボール・ファストである。それを思い知らされた黒乃は、盛大に焦りを感じ始めた。

 

(ま、ま、ま……不味いよ~!この競技で1位取れないのは流石にマズいっしょ!?マズいよな!?……ってか、そろそろ1周ってこたぁマドカちゃんがやって来る頃合いで―――)

『警告 不明ISにロックオンされています』

(ほら来たぁ!もぅ、結局良いとこなしで敵襲っ……すか!)

『と、藤堂選手……いきなり虚空へと向け震天雷掌波(しんてんらいしょうは)を放ちましたが、これはいったい……?』

『もしかして、だけど……。カメラさん、指定した位置をズームで映してください!』

 

 そう、実力を発揮する間もなくあっという間に1周がやって来てしまった。つまり、彼女が現れるトリガーだと黒乃は捉えている。そんなこんなで鳴り響くロックオン警報……。普段はどうして自分がロックオンされてるのかだの考えるところだが、相手が相手なだけあってそんなことをしている暇でもない。

 

 神翼招雷の翼を完全に刹那へ取り込むと、両掌へと充填。そのまま射角を上空へと合わせ、6倍レーザー……薫子曰く震天雷掌波を放つ。あまりに突然の黒乃の行為に周囲は困惑するばかりだったが、ただ1人鷹丸は異変を察した。そして鷹丸が指示した通りカメラがズームアップすると、そこに居たのは蝶を象ったIS―――

 

「サイレント・ゼフィルス!」

「あの女、また喧嘩ふっかけて来たってわけ!?」

『会場の皆様、どうか落ち着いて聞いてください。非常事態が発生しました、誘導に従って速やかに避難を―――』

 

 BT2号機、サイレント・ゼフィルス。学園祭襲撃の際に借りのあるセシリアと鈴音は、確と佇むその姿を忌々しそうに睨み付けた。セシリアに至っては、もっと大きな借りがあると言っても良いだろう。そもそもあのサイレント・ゼフィルスは自国の物だ。

 

 襲撃され、奪われたソレは、自分の物になる可能性だってあったのだから。しかし、そんな恨みがましい視線などマドカにとってはなんの興味も生まれない。何故ならマドカの瞳には、黒き翼を有したISとその所有者しか映っていないから。マドカのその目は、セシリアと鈴音と比べるまでもなく……憎しみに満ち溢れていた。

 

 

 




黒乃→イッチーだけにはそんな目で見られたくないよ……
一夏→……アイツ、もう臨戦態勢だったのか……?


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第84話 疾走せよ!(裏)

今話は表が黒乃とその周辺の視点で、裏がその他人物の視点となっています。
ややこしくて申し訳ありませんが、読む際は注意してください。
いつも通りにどちらから読んでも差支えはないかと。


「もっしも~し、朱鷺子?おう、今晩食事でもどうかって」

「失礼します、藤九郎様―――」

 

 近江重工の社長室にて、藤九郎は妻である朱鷺子へ連絡を送っていた。通話の最中に入室したのは秘書である鶫だ。藤九郎になにを言われるまでもなく、通話中と察した瞬間に鶫はまるで石のように静かな状態へとなる。こういう流れが常なのか、両者気にする様子は全くない。

 

「なに、婦人会的な先約?そーかい、じゃまた次の機会だな。……いやいやオジサンの事は気にしなくって良いの、楽しんで来いよ。う~い、愛してるぜ」

「奥さまですか?」

「そうなのよ、こっちから誘ったら向こうに予定が入ってるでやんの」

 

 女好きである故にどこまでの信憑性があるかは解らないが、本人の談では妻を世界で1番愛しているとの事。そこに関しては鶫も関心が沸くのか、少し表情を柔らかくしながら問いかけた。結果として夫婦水入らずはパーのようだが、妻を大事にする瞬間を目の前で見れて安心したらしい。

 

「で、なんか用事?」

「はい、藤九郎様宛に招待状が届いております」

「オジサンにぃ?まぁたつまんねー商談持ち掛けてくる成金じゃねぇだろうなぁ」

 

 どこの誰からの招待状とも言っていないのに、藤九郎はその存在そのものが鬱陶しいとでも言いたげだ。まるで子供が苦手な食べ物を目の前にしたかのような表情を浮かべ、高級回転椅子に深くもたれかかりながら嫌々それを受け取る。差出人の名を見ると、それはどうやらIS学園からのようだ。

 

 そうと解れば多少は警戒心も薄れたようで、いくらか表情は和らぐ。封蝋を模したシールで閉ざされた正方形の封筒は高級感があるわけだが、お構いなしに上方をビリッと裂いて中身を取り出した。それを見るに、招待状の内容とはキャノンボール・ファストの観覧へ招きたいという事らしい。

 

「あ~……もうそんな時期だっけか。いやはや、1年が過ぎるスピードが早いこと」

「返事はいかがなさいますか?」

「パ~ス。テキトーに返事書いといてくれぃ」

「……よろしいのです?……轡木様からのご招待と考えますと―――」

「いやさ、だとしてアイツはオジサンになにを求めてんのって話でしょーよ。お嬢がウチの所属だからスカウトの必要とかねーし?オジサンが行かなくったって愛すべきバカ息子が学園に居るし」

 

 和らいだ表情は、今度は面倒くさそうな表情へと変わった。鶫からすれば聞かなくても帰ってくる返事は解っていたが、想像以上に食い気味でパスと言われてしまう。いつもの事だが呆れは感じる。だからこそ行った方が良いのではないかと遠回しに進言してみるが……結果は不発。

 

 旧友である十蔵の名を出しても全く響きはしない。もし仮に十蔵が美女ならば食いつくところだろうが、そんなのはどだい無理がある。というより、ここでダレられてしまうと後の仕事に支障が出る。判子を押すだけの仕事だろうと藤九郎がやる事に意義があるのだ。鶫は、大人しく引くのが無難だと踏む。

 

「……かしこまりました。それでは、仰せのままに」

「ああ、待ちなよ鶫ぃ」

「……まだ何か御用でしょうか?」

「なんか隠してるならとっととゲロッとけよ。知ってるだろうけどオジサンしつこいからねぇ」

「っ!?」

 

 手早く立ち去ろうとした鶫だったが、それは藤九郎によって阻まれてしまう。確かに隠し事はしていた。だが、鶫はそれがばれるような所作を取ったつもりはない。そう本人が考えているように、実際のところ露呈はしていない。ではどうして見抜かれたか。答えは簡単、単なる勘だ。

 

 近江家の人間には代々そういった才能でもあるのか、似たような発言を鷹丸もしていたりする。鶫の藤九郎を見据える目に、鷹丸のニヤついた笑みが重なった。なるほど、やはり親子だ。そう感じたのならばさっさと降参するのが吉だと、鶫は隠していた物を差し出す。

 

「隠し立てしていたというよりは、お見せする必要もないかと思っていたのですが……。いくつか不審な点も見受けられます」

「ん、まぁ差出人不明な時点で怪しさ満点だわな。どれどれ……」

 

 鶫が懐から取り出したのは、これまた正方形の封筒だった。受け取り次第あちこちと見まわしてみるが、何処にも差出人の名は見受けられない。だからこそ鶫は藤九郎に特別見せるものではないと判断し、時間を見つけて中身を確認したのち処分するつもりでいたのだ。

 

 厄介ごとの匂いがしたというのも嘘ではないが、藤九郎に見つかった時点で鶫に最終決定権はない。とにかく正体不明の封筒の中身を見る藤九郎の言葉をただただ待ち続けた。そして1分にも満たない僅かな沈黙が終わりを告げる。藤九郎は、意外な言葉を口にした。

 

「鶫、キャノンボール・ファストだが……。招待、受けるぞ」

「よろしいのですか?」

「おう、どうしても行かなくちゃなんなくなっちまった。いや~オジサン困ったぜ」

「……理由は深く追求しません。しませんが、あまり無茶はなさらぬよう願います」

 

 封筒の中身のなにかが藤九郎をそうさせたのだろうが、ついさっきまで気だるげにパスだと言っていた招待を受けると心変わりを見せた。一応の確認を取るとおどける様子で困ったと告げられる。だが、いつもと違って真剣味を孕んでいるその様に、鶫は自然と気遣う台詞が飛び出た。

 

 それに対しては完全に軽い調子てはいよ~と答えられたため、なにやら調子を狂わされてしまう。最後にちゃんと仕事をするよう釘を刺すと、鶫は今度こそ社長室から立ち去った。1人社長室に取り残された藤九郎は、眉をしきりに上下に動かし、難しい表情を浮かべるばかり。

 

「さぁて、マジでどうするべきかねぇ」

 

 

 

 

 

 

「おぅおぅ、盛り上がってんねぇ。やっぱ催し物はこうじゃねぇと」

「そうですね、賑やかなのはよいことかと」

 

 キャノンボール・ファスト当日、藤九郎と鶫は人込みを縫うように自分たちの座る席を目指していた。しかし、時間帯としては既に開会式等は済んでしまっている。そういった形式的な進行にとらわれないのが藤九郎ではあるが、対照的に真面目な鶫はどうにも罪悪感を拭いきれない様子だ。

 

「どーも、お嬢さん。オジサンこういうモンなんだけどねぇ、席って空いてるとこに座って構わない?」

「はい、招待状をご持参の方はVIP席の方へ……って、近江先生のお父様!?」

「うん?ほぉ、倅も隅に置けねぇじゃないの。お嬢さんみたく可愛い子捕まえちゃって」

「うぇ!?い、いえ!私は別に、その、近江先生と同じクラスの副担任というだけであってですね……」

 

 鶫が内心溜息を吐いている間に、藤九郎はせっせと受付を行っていた。そういうのは自分の仕事なのだがと主張しようとしたが、理由はもうハッキリと解ってしまう。受付の担当が真耶で、藤九郎は声をかけるつもりしかないのだと。今度は物理的な溜息が響く。

 

「へぇ、じゃあお嬢さんはフリーって認識でいい訳だ。よかったら連絡先教えてくんない?オジサン、経験豊富だからいい場所いろいろ―――うげふっ!?」

「失礼しました。病気の一種なので何卒ご容赦の程よろしくお願いします」

「は、はぁ……?あ、そちらの通路からどうぞ……」

「ご丁寧にどうも。それでは」

 

 瞬間、妙に鋭いチョップが藤九郎の首筋を襲う。ストーンとチョップが決まると同時に、藤九郎は綺麗に意識を手放した。すかさず鶫は襟元を掴み捻りあげると、まるで荷物のように引きずりながら真耶な前から消える。あまりに鮮やかな手前に、真耶は照れも忘れて2人の姿を見送った。

 

「……ハッ!眼鏡とおっぱいが素敵なお嬢さんは!?」

「申し訳ありませんね、スレンダーな子持ちの年増で」

「いやいや、とびきりいい女だよぉ?お前さんはさ。つーか、気絶させる事ないでしょーよ」

「相手を選んでください。どう見ても彼女は男性慣れしていない様子でした」

 

 気絶していたのはほんの数秒の事で、鶫の不機嫌そうな返しに飄々と答えながら立ち上がる。後に続いた小言にはへいへいと適当に対応しつつ、藤九郎はスーツの襟元を正した。そしてようやく目的であるVIP席へと到着。よっこいせなんてわざとらしく言いながら、藤九郎は腰を掛ける。

 

「それで、こちらへいったいなんの用事なのです?」

「うん?商談、かね」

「……あれほど嫌がっていたのにですか」

「相手が相手っつーか、ちと状況が特殊っつーか……。まぁ、先方の出かた次第だわな」

 

 何度聞いてもはぐらかされ続けて今日に至るのだが、どうしてもそこは確認しておきたいところであった。しかし、当日になってもやはり皆までいうつもりはないらしい。解ったことがあるとすれば、ここで誰かと会う約束をしているという部分のみ。

 

「ま、そのうち来るって。約束の時間ギリに着いてるからな」

「貴方は……なぜそれを早く言わないのですか。先方に迷惑のかからないようにと何度―――」

「構わないわよ。こちらの方が後から着いているんだもの」

「ようこそおいで下さいましたレディ。さ、お手を拝借」

 

 鶫の言葉を遮るように現れたのは、赤いドレスに身を包んだ女性であった。外見年齢は20代半ばほどだが、身に纏う雰囲気は大人の余裕で満ち溢れている。こういった扱いにも慣れているのか、藤九郎のエスコートに応じて軽やかに着席して見せた。

 

「……失礼ですが藤九郎様、こちらの方は」

「ん~?キギョウの人」

「……馬鹿にしているのですか?」

「んなこたぁないよ、オジサンはいつだって真面目だぜ」

 

 藤九郎や鷹丸と関係のある企業の人物、またはありそうな人物の顔と名前を鶫は全て記憶している。しかし、ドレスの女性に見覚えが全くない。疑問を覚えて藤九郎へ教えを乞えば、身にならない答えしか返ってこなかった。大概辛抱強い鶫でも、そろそろ超えてはいけないラインが訪れ始める。

 

「スコールよ、よろしく」

「はぁ……スコール様、ですね。大変お見苦しいところを申し訳ありません」

「フフフ、構わないわ。思った以上にユーモアのある殿方で好印象よ」

「こちらこそだレディ。思った以上に気品に溢れて美しい女性だよ」

「は……?もしかして、今日が初対面だとはいいませんよね」

 

 狂わされたペースを取り戻そうと必死な鶫だが、その目論見は主とその客の手によって瓦解させられてしまう。思った以上にと語った部分から初対面だと予想したのだが、問いかけてみると両者にキョトンとした顔を見せられる。その表情は、初対面だがなにか問題でもと……雄弁に語っていた。

 

「……申し訳ありません、頭痛が激しいので席を外させてもらいます……」

「おっ、マジでか?おう、外せ外せそんなもん。体調管理には気ぃつけねぇとな」

「お大事にね」

 

 主な頭痛の原因2人は素知らぬ顔で鶫を見送る。といいつつ、藤九郎は確信犯である可能性が高いわけだが。どちらにせよ、これで両者にとって都合のいい状態が整った。……が、あくまで両者共に自分のペースを貫くつもりらしい。もっとも、つけ込む隙を与えない為であるのだろうが。

 

「さて、とりあえず自己紹介……の必要はねぇか。不思議だねぇ、初対面だってのにお互いのことを知り尽くしちまってるってのは。なぁ、レディ?」

「そうね、ミスター。でも、どこの誰に私のなにを吹き込まれたのかしら?」

「ん~?いんや、詳しいことはなにも。さっきもいったが美人ってのとあとは―――亡国機業の幹部ってくらいかね」

 

 スコール・ミューゼス。亡国機業の事実上トップ、ないしトップに近い存在。その正体は、いま藤九郎の目の前に居る女性以外の何物でもない。いきなり確信を突いてくる藤九郎に対し、スコールは特に何も反応を示さない。強いていうなら、薄い笑みを浮かべたまま……だろうか。

 

「ま、オジサンはど~でもいいんだけどね。レディ、酒は好きかい?」

「好んで飲むのはワインかしら。ブルゴーニュ産ならなお」

「そりゃ気が合うことで。オジサンの好みで持って来といたんだけど正解だったな」

「あら……随分と年代物のようだけど、ご馳走になっていいの?」

「いいのいいの!美しい女に貢ぐのはオジサンの生きがいみたいなもんだから」

 

 藤九郎が持参していたワインは、長年世界を旅して回った際に入手したいわば秘蔵コレクションのようなものである。本人の談のとおり、好みに見合った女性に対して振る舞うのが流儀らしい。藤九郎は近くの世話係を呼び寄せると、グラスとコルク抜きのみを要求した。間髪入れずに出てくるあたり、流石はVIP席といったところか。

 

「んじゃ、乾杯しますか?」

「ええ、2人の出会いに」

「ハッ!おう、運命の出会いに」

 

 グラスを差し出せば、スコールは歯が浮いてしまいそうなセリフを吐いた。しかし、彼女であればその身に纏うオーラから許されてしまう気がする。藤九郎もその似合いっぷりになんだかおかしさが込み上げて来たのか、軽快なひと声を上げてからノリを合わせる。そうして両者のグラスが優しくカチンと音を立てた。

 

『さぁ~いよいよやって参りました!本日のメーンと言っても過言ではないでしょう。1年専用機持ち組の出走だぁ!と言うわけで、実況はわたくしIS学園2年新聞部の黛 薫子。そして解説にはこの方に来ていただきました』

『どうも、IS学園1年1組副担任の近江 鷹丸です。僕と黛さんが運営委員会からご指名をいただきまして、このたび選任というかたちとなりました。今日はよろしくお願いします』

「ん、始まっちまったか……。五月蠅くなるだろうしこっちも話進めっか。単刀直入に聞くぞ、レディ。こーんな情熱的なモン寄越しちゃって、いったいなんのつもりだ?」

 

 会場内に薫子たちの快活な声が響くと、藤九郎はグラスの中身をひと息で飲み干した。空になったグラスにワインを注ぎ足すと、懐から正体不明だった封筒を取り出す。その中には、1枚のポストカードが。時間と場所が指定してあるのみのカードだが、ひときわ目を引くのが右下にべったりと付着したキスマーク。

 

 藤九郎がそれを指摘すると、スコールは唇を弄びながらウフフと妖艶に笑って見せる。明言はしていないが、答えなようなものだ。わざわざ確認なんかしなくても、藤九郎にはすべてお見通しではあるのだが。相手の口から喋らす手法は、ミスリードを誘う為の一手。

 

「貴方ほどに頭のキレる男なら、言わなくても解るでしょう?」

「ズバリ、ウチの部品を買いたい……って話だろ。それもタダの部品じゃねぇ。元気に実況やってるバカ息子が特別にチューンアップした仕様のやつ」

 

 近江重工は、世界的に見ても相当なシェアを誇るISの内外部における様々なパーツを生産・研究する企業だ。生産しているパーツはどれも質のよい品ばかりだが、それに輪をかけて特別仕様となるのが鷹丸自身が開発したパーツとなる。本人が趣味で造り上げたものと、依頼されてというケースに分かれるのだが。

 

 今回の場合、スコールが頼みたいのは後者の方。ISの性能を決定づける要因は多岐にわたるが、部品が欲しいという話ならば中身を気にしているようだ。強奪して改造を施した専用機のフルモデルチェンジではなく、現状を維持しつつ性能の向上を狙っているだろうか。

 

「ウチの子たちも優秀なのだけれど、あの天才坊やにはどうやったって敵わない。なら、買ってしまえば済む話でしょう?資金は潤沢なのよね」

(嘘は言ってねぇ。もし嘘だったり俺が断ったりするのだとすりゃ、金より早ぇ方法は奴さんたちにゃ十分ある)

 

 表情は相変わらず間の抜けたものだが、思考はクールで鋭い。そう、スコールたち亡国機業が本当に欲しい物があるのなら、金で買うのではなく奪ってしまえばいい話なのだ。ついでに言えば、もし藤九郎がこの話を蹴ったとして、人質なりを捕まえて脅せばいい。だからこそ、藤九郎の出した結論は―――

 

「驚いたね、まさか真っ当に商談たぁ思いもしなかった」

「フフッ、私たちがなにを言っても信用はならないでしょうから。どう取るかは貴方しだいよミスター」

「あ~?さっきもいったけどね、オジサンは商談相手が善人だろうと悪人だろうとどうでもいいんだわ。要はくだらねぇか否かってね。その点、アンタは好きだぜレディ。嫁の次くらいにな」

「フフッ、それは光栄ね。私も、貴方より素敵な男性はお目にかかったことはないわよ?」

 

 割と本気の商談のために、わざわざ最大の敵であるともいえるIS学園に乗り込んで来る……いや、むしろ集合場所をここへとしたスコールの酔狂さ。藤九郎は、冗談抜きでスコールをいい女だと褒める。対してスコールも、型にはまらない藤九郎をかなり気に入っている様子だ。

 

「それはそれとして、返事をまだ聞いていないわ。悪いけれど、保留なんて言わないで頂戴ね」

「おいおいレディ、こいつは商談だぜ?まだなにを対価にするのか聞いてねぇぞ」

「そうね……貴方がお得意様としている連中の数倍の額を用意するわ。……いいえ、貴方が望むのなら、私としてはもっと別のモノでも構わないのよ。壊れるまで相手をしてあげる……」

 

 スコールの意味深な口ぶりと仕草は、率直に言えば身体で払うというやつだろう。近江 藤九郎という人物を知る者ならば、まず間違いなくこの手は仕掛けてくるはず。だが、スコールは前提として間違っている部分が数点あるのだ。藤九郎からすれば、まるで解ってはいない。

 

『さぁラスト、皆さんお待ちかね!今大会優勝候補筆頭……どころか!彼女に追いつける者は現れるのか!?大空を翔る赤黒き閃光、それはまさしく疾風迅雷、刹那の如く!藤堂 黒乃~!』

「うん?真打登場か……。お嬢ちゃんが出てくるまでには終わる話だと思ったんだがねぇ」

「それはどういう意味かしら」

「ああ、出方を見てから判断しようと思ってたんだけど……ダメだね、不合格。アンタは好きだが、な~んも解っちゃいねぇ」

 

 黒乃が飛び出し、歓声が沸き起こる。藤九郎としては、声の音量を大きくしなければならないのがかったるくて仕方がない。だからこそ、出てくるまでには終わらせたかった。スコールという人間には高評価をつけれたが、今の今までやり口を判断しかねていたのだ。だが、裁定は既に決した。

 

「解かるように言っていただけると助かるのだけれど」

「まず1つ、オジサンは金儲けなんざ考えたこたぁねぇ。正確に言えば、ウチの社員含めて……な。金儲け考えて仕事してたんじゃウチじゃぁ出世できないね。そういう風になってんの」

「だとしたら不思議ね、どうして近江重工はこんな大企業になっているのかしら」

「ウチを食いつぶそうとしてきた馬鹿共を逆に食ってやった、それだけのことさ。つまり、オジサン相手にいくら積もうと無駄ってこった」

 

 近江重工の社員は、鷹丸を始めとしてどこか変わった人物が多い。常識人に見えるのは、鷹丸が常軌を逸脱している反動だ。職員たちは、金のためでなく自身の信念を賭けて情熱的に仕事へ取り組んでいる。情熱さえあれば、藤九郎は赤字だろうが黒字だろうが背中を押すことのみしてきた。

 

 明日にでも重工が倒産してしまえば、それはそれでいいとも。そして、きっと借金をしようが社員は守る。藤九郎はそんな男なのだ。すべてはあくまで結果論でしかない。結果的に社がよい方へと転がっていき、今の近江重工がここに在る。それも、きっと藤九郎が情熱へ心血を注ぐ息子や社員を信じたから。

 

『これで6名の選手はハートのエンジンもスロットルがフル回転を始めたようです!では、冷めない内に始めてしまいましょう。スタートフラッグはこの方、織斑 千冬さんにお任せしたいと思います!会場の皆さんは、ご一緒にカウントダウンをどうぞ!』

「2つ、オジサンは確かに美女が大好きだ。口説きもすればセクハラもするさ、本能のままにな……。だが、嫁以外の女は死んでも抱かねぇ」

「あら、それは意外だこと。てっきりすぐ乗ってくれると思ったのだけれど……。私、魅力ないかしら?」

「いやいや、日本が一夫多妻制ならプロポーズしてるくらいアンタは好きだぜ、見た目も性格もな。けどオジサンいったぜ、嫁の次にってな。それに、ガードの固い女を口説き落とすのが楽しいんじゃねぇの」

 

 スコールはわざとらしく肩を項垂らせた。すると藤九郎は豪快にカッカッカ!と笑い飛ばす。そして次いで出たのが紛れもなく賞賛の言葉だとすると、文句なしの美女が馬鹿をいいなさんな……といったところだろうか。とにかく、身体を差し出すのも交渉材料にはならないと解かった。

 

『5・4・3・2・1!』

「そんでもって3つ―――」

「スタート!!!!」

近江(俺達)を甘く見るな」

 

 2人で少しづつ飲み進めていたワインの瓶を引っ掴むと、3つと区切りをつけてからラッパ飲みで中身を空とした。そしてスタートの合図と共に瓶をテーブルへと乱暴に立たせる。グイッと口元を拭い飛び出したのは、なんともシンプルな言葉だった。そういい放つ藤九郎の表情からは、飄々とした仮面は外され―――

 

「……そっちの方が素敵よ、まるで死肉を漁る獣のような顔」

「ん~……オジサン的には嬉しくない褒め言葉だねぇ」

「どうやら私は、貴方のいうとおり心のどこかで貴方を……いいえ、貴方たち近江をなめていたようね」

「よくいうよ、断られるの前提で来てたくせに」

 

 表情が鋭いのに重ね、黒乃が神翼招雷にて雷の翼を出したことも大きいだろう。赤黒く周囲が照らされる影響で、藤九郎の表情をより恐ろしいものへと変貌させたようだ。美女にそう言われたとあっては、藤九郎からすれば立つ瀬がない。瞬間的に表情はボンクラオヤジへと戻る。

 

『と、藤堂選手……いきなり虚空へと向け震天雷掌波を放ちましたが、これはいったい……?』

『もしかして、だけど……。カメラさん、指定した位置をズームで映してください!』

「おっ、予想はしてたけど保険を用意してたかい。いやはや、そういうところマジで好きだわ」

「貴方は私を捕まえる気なんてないでしょうけど、場所が場所だもの」

 

 このタイミングでマドカが飛来したことを考えると、スコールがなにか指示を出したと考えるのが自然だ。藤九郎は至って余裕な様子で、豆粒のように視界へ映るマドカを眺めた。そして鷹丸の判断でカメラへ大きくその姿が表示されると、ピュウと口笛を吹く。

 

「お~……数年後が楽しみな嬢ちゃんだこと」

「貴方、いい加減に見境ないわね」

「いやうん、だから数年後っていってるでしょー。流石にアレはオジサン口説く気にはなんないって」

 

 マドカは確かにその点に関していえば将来有望だろう。現在はバイザーで顔が隠れているにもかかわらず、藤九郎のセンサー的ななにかがそう告げた。呆れた様子ではないが、スコールはそう指摘せざるを得なかった。すると藤九郎は、心外だといわんばかりに手をブンブンと左右へ振る。

 

「はぁ……んじゃ、オジサン帰ってもいーい?あっ、脱出してぇんならエスコートすっか。オジサンそういうの得意なんだよ」

「せっかくの申し出だけれど結構よ。もう1人少し話したい子がいるの」

「そうかい。このシャンパン、お土産な。お仲間の美女と一緒に飲んでくれや」

「ええ、ありがとう。ぜひそうさせてもらうわ」

 

 やはりスコールが善人だろうと悪人だろうとどうだっていいというのは本音らしい。マドカの飛来によって混乱した会場からならば、脱出させるのは簡単だと手引きを申し出るではないか。しかし、スコールは意外なことにこれを蹴る。藤九郎もしつこく追求はせずに、持参しておいた酒瓶をテーブルへと置いて帰路へ着き始めた。

 

「それにしても本当に残念ね、貴方の協力も得たかったのだけれど」

「協力はしねぇが、呼ばれれば飛んでくぜ?」

「それは嬉しいわね。じゃあ今度は……ただの友人として会いましょう」

「げ、やんわり振られてやんの。オジサン大ショック!……まぁいいか、アンタにまた会えるならそれで。んじゃまたな、麗しきレディ」

 

 またねミスター。そんな言葉を背に受けて、藤九郎はVIP席を離れていく。会場内は逃げ惑う人々でごった返しているが、その隙間をヒョイと縫ってどんどん進む。そして携帯電話を取り出して、席を外した鶫に短く帰るぞと伝えれば、調子が戻ったのかキリッとした口調でかしこまりましたと返事を得られた。

 

(しかし、本当にいい女だねぇ……あのレディ。最後に爆弾落としてくれちゃって)

『それにしても残念ね、貴方の協力も得たかったのだけれど』

あなたの協力も(・・・・・・)……な。はてさてミスリードか、俺を混乱させるためにわざとか……)

 

 藤九郎は、スコールの発言について引っかかる部分があった。それは、貴方の協力もという部分。まるでこの言い方だと、藤九郎以外の誰かの協力は既に得られているとでもいいた気だ。スコールがうっかり情報漏洩するような人物でないとするならば、いったいなんのつもりだったのだろう。

 

(……順当なところであの2人の内のどちらか、またはその双方。だけどなぁ、感づかれるって解っていうかね)

 

 どうやらすでに協力を得られている人物がいると仮定した場合、めぼしい人物が2人思い当たるらしい。しかし本人の問答の通り、スコールは藤九郎に読まれる前提での発言だったはず。ならばなおさら亡国機業にとって得なんて存在しない。だとするならば―――

 

(……止め止め、考えるだけアホらしい。俺は俺らしく生きればモーマンタイ(無問題)ってな)

 

 これから先は考えても仕方のないことだと、藤九郎は渋い顔をしながら考察を止めた。なによりらしくないという理由が混ざっていそうだが、基本的に思慮は深い方だ。どちらかといえば、こちらの方が素顔なのだから。混乱の最中にボンクラオヤジの仮面を被り直した藤九郎は、足早に鶫との合流を目指した。

 

 

 




楯無とスコールの対峙は尺の都合上カットさせていただきました。
藤九郎との会合後、原作同様のやり取りがあったとお考え下さい。


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第85話 亡国の鳳蝶

今年最後の更新になります。
多くの閲覧や感想をありがとうございました。本当に励みにさせていただきました。
新年度も私のペースで頑張りますので、引き続き作品をお楽しみいただければと思います。
それでは皆さん、良いお年をお過ごしくださいませ。


『警告 多数のロックオンを確認』

(その数7……。……私しか狙われてないらしいね)

 

 IS学園勢の方に圧倒的な数の有利があるというのに、マドカはBT及び専用機のロックオンを全て黒乃に集約させていた。前々から本人も思っていたようだが、どうにもマドカは黒乃が気に入らないらしい。そうでもなければ、わざわざ多数搭載されているBTを仕向けはしないだろう。例えばこんなふうに―――

 

「…………」

(くっ、これは流石に……!)

「姉様!」

 

 サイレント・ゼフィルスのスカート部へ位置するBTのマウントが解除され、6基が一斉に黒乃へ襲い掛かる。接近しながらレーザーを乱射。これはなんの問題もなく回避に成功したが、その回避行動が仇となってしまった。BTは統率の取れた動きをみせると、瞬時に黒乃の周囲を取り囲む。

 

 着かず離れずの絶妙なポジショニングから放たれるレーザーは、黒乃の離脱を許さない。無論だが、脱出するだけなら簡単なことだ。しかし、会場にはまだ避難を続ける人々であふれかえっている。シールドがあるとはいえ、流れ弾でも向かっていったら混乱を加速させてしまうだろう。

 

(そのあたりも計算に入れてるんだろうけど、なかなか嫌らしいですぜ!)

「このっ、ざっけんじゃないわよ!」

「鈴!?迂闊に突っ込んじゃだめだよ!」

「シャルロット、援護へ徹しろ!既に取り返しはつかん!」

 

 黒乃が会場の人間を庇うであろうと想定した攻め手に、1番に激高したのは鈴音だった。高速軌道用パッケージへと換装した甲龍を駆り、得意である中距離戦へ持ち込もうと接近を試みる。感情に任せた闇雲な攻撃であると、火を見るよりも明らか。鈴音の近場へいたシャルロットとラウラが慌てて援護へ向かうが―――

 

「集中攻撃が祟ったわね、テロリスト!」

「さて、どうだかな」

「「「!?」」」

 

 龍砲がサイレント・ゼフィルスを捉え、今まさに不可視の空気弾を吐き出そうとしていたその時だった。黒乃を取り囲んでいたBTが、気でも変わったかのように鈴音達の方へと向きを反転させる。ロックオン警報が鳴った頃には時すでに遅し。

 

 BTから放たれたレーザーは、的確に3人の専用機のスラスターを打ち抜いた。単に攻撃態勢に入っていたから対処に遅れたのではなく、偏光制御射撃(フレキシブル)と呼ばれる―――要するに屈折して迫るレーザーのせいだろう。代表候補生なだけに存在そのものは知識として得ていたが、初見で避けろといわれれば……結果はこの場で明らかにされた。

 

「まず3匹」

「ちぃっ……まともに相手すらされんとは!」

「前もそうだったし……!あーもう、ホント癪に障るー!」

「ごめん、僕らはここまで!」

 

 1発や2発では済まないレーザーの雨を喰らった各種専用機のスラスターは、嫌な色の煙を吐き出す。まともな飛行すらできなくなり、強制的に戦闘離脱させられてしまう3人は悔いの残る表情と共に降下していった。……と同時に、またしても多数のロックオンが刹那へ。

 

(どうする……!?このままじゃジリ貧だ!)

「2人とも、狙いは黒乃だ!」

「ああ!」

「露骨すぎてお話になりませんわ!」

 

 正面から迫るBTの物量に任せた射撃を、黒乃は避けるという選択肢を躊躇う。それを見越してか、一夏が雪羅の盾を展開しつつ黒乃の前へと割り込んだ。エネルギー完全無効効果を持つ盾にレーザーが着弾―――と同時に、左右から挟み込むようにして箒とセシリアが遠距離からの攻撃を仕掛けた。

 

「くだらんな―――」

「なにっ!?奴め、速いぞ!」

「ブルー・ティアーズ2号機なだけはありますわね……!」

 

 単調な攻撃ではあったが、狙いとタイミングは完璧なはずだった。だが、それを嘲笑うかのように蝶は舞う。サイレント・ゼフィルスのスラスターが一気に稼働したかと思えば、既に箒とセシリアの視界からその姿は消えていた。マドカがISを巧みに操ればこその錯覚現象であろう。

 

「実にくだらん」

「なにっ!?ぬ、ぐぅ……!」

「わたくし達が攻撃を仕掛けているというのに―――」

「それでも黒乃を狙うのか!?」

 

 箒とセシリアの波状攻撃を華麗に回避するとともに、マドカは黒乃へ向けての射撃を継続する。相手にする気がないのは元より、それほどまでに黒乃を攻撃したいらしい。レーザーは引き続き雪羅にてかき消しているが、なにぶん燃費の悪い兵器だ。いつまで白式のエネルギーが持つか―――

 

(私がここに居る限りはいろいろと滞る!一か八かではあるけれど―――神翼招雷!)

「ちっ……!」

「一夏、そのまま黒乃の前にいろ!」

「ああ、任せろ!」

「黒乃さんは、いち早く神翼招雷のシーケンスを済ませて下さいませ!」

 

 黒乃が神翼招雷を発動するのと同時に、露骨にマドカが接近を試みようとしたのが解った。それを阻むのはやはり箒とセシリアの両名。焦る様子は見せないが、神翼招雷を警戒していると察したのだろう。流石のマドカも後手に回されては厳しいのか、2人に対しても反撃を開始。

 

 一方、翼として倍加し放出したエネルギーは既に刹那へ供給が完了。機体安定のために再度翼を放出すると、エネルギーの配分を開始した。今回は右手1本へ集中供給。しかし溜め続けることはなく、6倍まで倍加させ右手の平からレーザーブレード状にして一気に放出。

 

(シャアアアアイニイイイイングッ!フィンガーアアアアソオオオオドッ!)

「なんだと……?」

(誰もキミを狙っているとはいってないっしょ!……どのみち喋られないんだけどね!)

「ハッ、いいだろう。貴様を殺すのに場所は選ばんさ」

 

 その場で一回転するようにして、黒乃は右腕を大きく振るった。レーザーブレードはアリーナを囲むシールド頂点部まで裕に届き、まるでひっかき傷のような大きな爪痕を残す。瞬時に黒乃は残ったエネルギーを推進力として利用し右掌から射出。凄まじい勢いでマドカの横を通過し、亀裂から上空へ離脱した。

 

「黒乃!あいつまた1人で……。箒、絢爛舞踏を頼む。雪羅の使い過ぎでかなり厳しい」

「……好きに発動させられれば私も苦労は―――いや、弱音を吐いている場合でもないな!」

「わたくしは先に参りますわ!」

 

 取り残されたメンバーは、てっきりマドカを狙った攻撃だと思っていたもので、少しばかり対処が遅れてしまった。しかし、白式の補給を行えると考えてもよい。絢爛舞踏が発動しないと頭を悩ませていた箒だったが、この様子を見るに心配はなさそうだ。その間待っていてもしかたがないセシリアは、急いでマドカを追いかける。

 

「黒乃さん!」

「貴様、わざわざその女が遠ざけたというのに……話の解らん奴め」

「……なにを仰りたいのです」

「足手まといだからこんな場所まで誘き出したんだろう?藤堂 黒乃」

「…………」

 

 黒乃とマドカはまだ戦闘を再開しておらず、睨み合っている状態だった。セシリアが黒乃の隣まで辿り着くと、マドカは心底から呆れたように言ってみせる。現在地はかなりの上空。もしISが解除されれ地面へ激突すれば即死は免れないだろう。

 

 ここまで来たのは、いうまでもなくやり辛いという理由は含まれていた。本当は、自分を追いかけてきてほしくはなかった。だが、それは断じて邪魔だったからという理由ではない。純粋に、狙われているのが自分なら、マドカと戦うべきは自分のみ……と思ったから。だがまぁ、結果は見えていた―――時期に一夏と箒も来るだろう。

 

「違う」

「なに……?」

「絆は―――力」

「黒乃さん……。ええ……貴女には、わたくし達が着いていますゆえ!」

「…………八咫烏が聞いて呆れる」

 

 絆は力だ。堂々とそう宣言しながら、黒乃は左手に拳を作ってスーッと真横にいるセシリアへ向かって突き出した。その拳へ、セシリアは右拳を確とぶつける。ガキンと鉄の接触する音が鳴り響く。その音はマドカの呟きを消した。それと同時に、ついに戦闘が再開される。

 

(叢雨、驟雨!)

「単調だな。そんな攻撃では」

「あら?それはどうかしら」

「チッ……鬱陶しいハエめが」

 

 QIB(クイック・イグニッションブースト)で一瞬にしてマドカとの距離を詰めた黒乃は、叢雨と驟雨を抜刀し斬りかかる。真正面からの斬撃は、エネルギーアンブレラで簡単に防がれてしまう。単調だと評されようと、黒乃が引き下がることはない。足を止めてしまえばBTの餌食となってしまうが、それはあくまでも1人ではの話。

 

 6基のBTが黒乃へ迫るが、それを阻むのはセシリアだ。ストライク・ガンナーの仕様上、BTは推進力増強を図るために脚部へ連結されている。しかし、数に任せた援護はできなくとも、マドカの操るBTを翻弄する程度なら易い。セシリアは鍛えたマニュアル技術を披露するかのように、飛び回りながら狙いすました射撃をBTめがけて放つ。

 

(よし、このままガードブレイクまでもっていってやる!)

「……鬱陶しい程度の話だがな」

「キャッ……!」

(セシリー!このっ、私がこれだけ必死にやってるのになんて集中力……!)

 

 怒涛の連続攻撃でエネルギーアンブレラのガードを崩そうと試みるが、マドカは焦るどころか動きになんの精彩も欠かない。6基のBTがセシリアへ狙いを変えるや否や、まるで狩りのようにジワジワと追い詰められてゆく。このまま無策に攻撃を続けても勝機はみえないだろう。そしてなにより―――

 

(セシリーを見捨てるって選択肢は……ない!)

「…………!?」

「黒乃さん!」

(そこおおおお!)

 

 黒乃は瞬時に叢雨と驟雨をしまうと、太腿部に収納してある紅雨と翠雨を手に取り即投擲。紅雨・翠雨がBTへ当たることはなかったが、マドカは回避行動をとった。さすれば、BTの運命など決まったも同然。刹那の前では、一瞬の隙さえ仇となる。黒乃は勢いよくQIB(クイック・イグニッションブースト)を発動。己の間合いまで潜り込むと、鳴神を居合斬りのようにして―――抜刀。

 

 鳴神による剣撃は、2基のBTをいとも簡単に両断。そしてしばらく電撃を纏うと、様々なパーツを周囲にばら撒きながら爆散した。内心にやりとほくそ笑み、どんなもんだと黒乃が考えたのも束の間。またしてもロックオン警報を刹那が鳴らす。転んでもただでは起きないと解っていながら、あまりの切り替えの早さに反応が遅れてしまう。

 

「そのまま喰らえ!」

(回避、間に合わな―――)

「させませんわ!」

(セシリー!?)

「キャアアアアっ!」

 

 黒乃がダメージを覚悟した瞬間、そうはさせないという声が響く。刹那へ迫る青い影は、見まごうことなくブルー・ティアーズとセシリアだ。セシリアは黒乃へ抱きつくようにしてその身を差し出すと、レーザーの弾雨をモロに受ける。BTの数を4基にまで減らしたとはいえ、かなりのダメージのはず。だが、マドカを前にしてこれで済むはずもなく。

 

「……貴様らはよほど他人を庇うのが好きらしい」

(っ……!?それは流石にまずい!)

「そのまま死ねれば本望だろ!」

「ぐっ……うぅ……!?」

 

 マドカはセシリアの行動に苛立ちを覚えているようだ。感情を露わにし、スターブレイカーの銃口を2人に向ける。狙っているのはどうにもセシリアで、これ以上やらせるかと黒乃も動きをみせた。抱き合っている状態ながら無理矢理にでもQIB(クイック・イグニッションブースト)を発動させる。

 

 おかげで2人はあらぬ方向へ回転してしまうが、スターブレーカーから放たれたレーザーはなんとかセシリアを掠る程度で済んだ。しかし、もはやブルー・ティアーズの残存エネルギーはいくばくもなく、次に直撃を受ければセシリアの生命に関わるだろう。

 

「そら、さっさと離脱するがいい。初めから貴様らなど眼中にはないんだ」

「そういうわけにはいきません!わたくしは、まだ黒乃さんに貰ったモノを返せてはいませんわ……。高貴な行いには、高貴な行いで返せ……です!それが貴族であるわたくしの務めなのですから!」

(セシリー……)

「ならば叶わぬ夢を抱いて死んでいけ」

 

 エネルギーが底をつきかけているセシリアを前に、邪魔だからとっとと逃げろとマドカはいう。それは紛れもなく侮辱の言葉だった。それに対してセシリアは声を荒げるが、なにもむかっ腹が立ったからという理由からではない。単に黒乃の友として、仲間として―――ここに在りたいからという想いのみ。

 

 マドカからいわせれば、だからどうしたというレベルの問題らしい。無慈悲にもスターブレーカーの銃口と、4基のBTがセシリアに狙いをすます。威勢はよかったセシリアだが、かといって策があるわけでもなかった。そしてマドカがトリガーへ指をかけた瞬間―――にくいタイミングでアイツがやって来た。

 

「させるかああああっ!」

「チッ!」

「セシリア、手を伸ばせ!」

「申し訳ありません!」

「それはさせん」

 

 地上近くから弾丸のようにマドカへ迫る紅白、白式と紅椿、一夏と箒だ。一夏はマドカめがけてレールガン形態の雪羅を撃つ。少し後退する簡単な動作で回避されてしまうが、本命はブルー・ティアーズと紅椿を接触させること。両者は互いに向かって思い切り手を伸ばすが、その隙を突いてセシリアが狙われてしまう。

 

(そうは問屋がなんとやら!)

「いいぞ黒乃!……だけど箒、セシリア、アイツ相手に補給は厳しそうだ!」

「だな……。セシリア、やはりお前はさがれ!もしくは私と安全な場所で補給を―――」

「いいえ、せっかくの数の有利を殺してはなりません!黒乃さん、わたくしを……信じてくださいな」

(…………。解った、キミがそこまでいうなら―――そうするしかないんだろうね)

 

 狙われたセシリアを救出したのは黒乃だった。OIB(オーバード・イグニッションブースト)で超高速移動を継続的に発動させ、背中からセシリアを抱くようにして運搬する。とはいえブルー・ティアーズが絶賛ピンチ中であることになにも変わらない。その身を案じた箒が離脱を提案するが、セシリアはそれを蹴った。

 

 だが、数の有利を生かすという意見ももっともだ。恐らくマドカはこの状況なら攻撃を誰かに集中させることも敵わないだろう。そのことを踏まえて、黒乃はセシリアを信じることにしたらしい。優しく腕のホールドを解くと、ブルー・ティアーズは再び自らの力で空を舞う。そして―――信じられない姿をみせた。

 

「…………!?馬鹿な、この飛び方は―――」

「く、黒乃と似ている……」

 

 スラスターの構造上からして完全コピーとはいえないが、セシリアの動きは確かに黒乃の飛行によく似ていた。やはり彼女は努力の人だったらしい。恐らくは幾回も黒乃の飛行する映像を見直し、研究し、練習してきたのだろう。先ほどまでは上手くいかなかったようだが、窮地に追い込まれて火事場の馬鹿力が発揮されたのかも知れない。

 

(この程度の女を捉えきれんとは……!だが、迎え撃てばいいだけのこと!)

「いきますわ……我が切り札、ブルー・ティアーズ・フルバースト!」

 

 セシリアは切り札というよりは、禁じ手を使った。ストライク・ガンナー換装中に絶対に使ってはならないとされる、BTの砲口が閉じている状態からの一斉射撃。4門のBTは、閉じている蓋を吹き飛ばしながらレーザーを放ったのだ。しかし―――

 

「ハッ、避けるまでもない」

 

 マドカの言葉通り、実際は避けるまでもなかった。4本のレーザーはコースから大きく逸れ、マドカの遥か横を通過していってしまう。万策尽きたか。瞬間的に、一夏や箒はそう考えた。すぐさまセシリアのフォローをと考えるよりも体が先に動き出したようだが、実際その必要はなかったとだけいっておこう。

 

「さて、それはどうでしょう」

「!?」

 

 セシリアが指鉄砲を撃つような仕草をみせると同時に、レーザーはクンッと180度ターンしてマドカの背中へ直撃した。偏光制御射撃(フレキシブル)―――BT稼働率が最大まで高められた時にのみ発動する本当に特殊な現象だが、今のセシリアならば使いこなせるのも頷ける。

 

「貴様、ただでは済まさ―――っ!?」

(動いちゃヤだよマドカちゃん……。私の雷が唸って光るぜ?)

 

 至近距離まで迫っているマドカは、手元に搭載されているナイフを展開。シールドに回せるエネルギーの残っていないブルー・ティアーズに対し、セシリアの生身を狙ってやろうという魂胆だったのだろう。そう、だったのだ。いざ突き刺そうとした途端、周囲を赤黒い閃光が染め上げる。

 

 黒乃が神翼招雷を発動させたのだ。赤黒い雷の翼が雷光から噴出し、雄たけびを上げるかのようにビリビリと大気を震わせる。だが、神翼招雷は攻撃のモーションへ移るまでが長い。現状の黒乃は隙だらけで、攻撃しようと思えばし放題なはず。それに踏まえて、マドカはまずい手に売って出る。

 

「フン……。私がここに居る限り、貴様はそれを使えまい」

「あ、あいつ……なんと卑怯な!」

「箒さん、相手は所詮テロリストですわ。しかし、確かにあれでは―――」

(撃てない……!)

 

 マドカは黒乃よりも下になるよう高度を変えた。なるべく被害を抑えようと上空まで飛んだのだが、神翼招雷に至っては話が違う。もしこの状態で震天雷掌波を撃とうものならば、地上にまで届いてしまうはずだ。もしそうなれば、いったいどれだけの死傷者がでてしまうだろう。

 

 本当だったら生物相手だと撃つのも躊躇うほどだというのに、そうなると黒乃に撃てるはずもなく。攻撃方法を雷の刃の方へ変更してもよいが、それは現在近くに居る一夏達を巻き込む可能性が高い。天翔雷刃翼の方はそもそも当たりもしないだろう。

 

(くっ、どうする……?なにもできないと解ればマドカちゃんは行動を再開するはず―――)

 

 黒乃が葛藤を続ける中、ふと……一夏の姿が目に映った。その顔はなにをいうわけでもなく、ただただ真っ直ぐに黒乃のことを見つめている。するとどうだろう。胸の奥の方がギュッとなる感覚と共に、黒乃は1つのある確信を得る。ほんの少しだけ頬を釣り上げ、黒乃はマドカへ向けて右掌をかざした。

 

「翼が刹那へ……?……おい、待て黒乃!気は確かか!?」

(……フェイクだ。あの女に撃てるわけがない)

(雷の翼―――再放出。機体の安定を確認―――増幅率400%エネルギー右腕重点を確認―――ターゲット、ロック。更に600%に増幅させつつ―――)

「もしや……!箒さん、そちらの黒乃さんは―――」

 

 周囲の人間にとっては、予想外の出来事が繰り広げられる。不特定多数を人質に取られているも同然な状況で、黒乃は次々に神翼招雷のシーケンスを進めていくではないか。誰しもがまさか本当に撃つわけないと思っていた。しかし、すんでのところでセシリアにある仮説が生まれる。今の黒乃は―――

 

(…………!こいつ……既に入れ替わっていたか!?)

(発射ああああああああ!)

「しまっ……!?くっ、ああああああ!」

 

 僅かな微笑みと、人質を取られた状況だろうと目の前の敵を殲滅することしか能のないこの姿……。最近は鳴りを潜めていたために、誰しもがその存在を忘れかけていた。八咫烏の黒乃。IS業界における混乱と破壊の象徴。女尊男卑の世間における女神であり悪神。

 

 その存在にいち早く気が付いたのはセシリアだった。そのセシリアの発言にて、次いでマドカが反応を示す。しかし、気づいた時にはもう遅い。まさか撃つとは思っていなかったというのも相まって、マドカは震天雷掌波へ当たってしまう。とはいえ、サイレント・ゼフィルスの右翼の大半が消し飛ぶ程度の損壊で済ませたが。

 

「あ、当たった!」

「……ハッ!ハハハハ!だからどうした……これで貴様も名実ともに正真正銘の人殺し―――」

「そんなことにさせてたまるか!気合入れろ……雪羅ああああああっ!」

「一夏さん!?」

 

 まるで撃ったことに感謝するかのように、嬉々としてマドカは震天雷掌波の行く末を見守り始める。しかし、その先には既に一夏が先回りしているではないか。そして雄たけびを上げ、雪羅の盾をこれまでにない最大出力で展開。震天雷掌波をみるみるうちに無力化していく。

 

 これが黒乃の撃った所以である。黒乃には伝わったのだ、一夏が俺を信じろといっていたのが。だから黒乃は迷わず撃った。愛する人が信じろと伝えてきたのだから。一夏は嬉しかった。愛する人が信じてくれたのだから。2人の信頼関係を前に―――越えられない困難は非ず。

 

「おぉおらぁああああああああ!」

「なん……だと……!?」

「消し……切った!やった、やったぞ!」

「ヒヤヒヤさせないで下さいませ……!」

 

 震天雷掌波が片腕分の威力しかなかったのも大きいだろうが、見事に雪羅の盾は膨大に膨れ上がったエネルギーを全てかき消す。正直にいってしまえば根拠のない自信からくる行動ではあった。故に一夏は、ほんの僅かながら安堵の表情を浮かべ、数拍ほど置いて黒乃を仰ぎみる。

 

「へへっ……」

(生きてる……イッチー生きてる!あ~……よかった!)

 

 どうやら黒乃の方も根拠のない自信だったようで、サムズアップしながら笑顔を向ける一夏の様子に、ただただ安堵するのみ。胸を撫で下ろしながら確と頷いてみせると、同じく一夏も力強く首を縦に振った。両者は互いの繋がりを感じているようだが、今はもっと先決すべきことがある。

 

「さて……スラスターを獲ってしまえば満足には飛べまい!」

「お覚悟なさいませ!」

(なんならもう一発いっとく?)

「…………」

 

 それはそうとと話を切り替えるかのように、4人は一斉にマドカの方へと向き直った。大破同然のサイレント・ゼフィルスの右翼では、今までの高機動を生かした戦法はできないだろう。更に4対1の状況ともなれば、勝負は決まったに近い。しかし、マドカは沈黙するばかり……と思いきや―――

 

「了解した。撤退する」

「あ、このっ……!」

 

 黙っていたのは単に他と通信していただけのようで、通信に区切りがつくや否や身を翻して明後日の方向へ飛んでいく。あまりの潔い逃げっぷりに、全員面食らったようにしばし呆然としてしまう。気を取り直していの一番に追跡を開始しようとする一夏だったが、それを阻むようにIS学園サイドにも通信が入った。

 

『待て、逃げるのなら追わなくていい。各員、速やかに帰投せよ』

「帰投命令!?なんでだよ、アイツのスラスターの状態なら間違いなく捕まえられる!」

『これが殲滅戦なら迷わず私も追えという。だが、敵の実態も解らんまま追撃に打って出るのは愚策だ』

「でも!」

『誘い出す罠だとしたらどうする?追った先で奴レベルの強者がゴロゴロ居た場合……疲弊しているお前達だけで100%勝てるのか?』

 

 その場を抑えたのは千冬だった。サイレント・ゼフィルスの損壊状況を鑑みるに、ここで追わないのは臆しているとでも一夏は思ったのだろう。公私混同も忘れて声を荒げつつ反発すると、理詰めのような回答が返って来た。一夏は悔しそうに歯噛みすると、渋々といった様子で声を絞り出す。

 

「……了解」

『……お前達は十分に役割を果たしたさ』

「そうですわ一夏さん。実質的に被害なしで撃退したんですもの」

「なにも敵を仕留めるばかりが功績ではない……とでもいいたいのではないか?千冬さんは」

 

 ボソッ小さく呟かれた千冬の言葉に反応する間もなく、通信は向こうから強引に断たれてしまう。意味をいまいち図りかねていた一夏だったが、箒とセシリアにそういわれ、胸を張ることにしたらしい。爽やかな笑みを浮かべて、そうだなと2人の意見に同意した。

 

「帰ろう」

「ああ、きっと3人も心配してる」

「落ちる時の様子からするに、皆さん問題なさそうですが」

「まぁ、それも帰れば自ずと解かるだろう」

 

 黒乃が音頭を取ることによって、全員IS学園へと帰投を開始した。緊張感や警戒心を解いてやんややんやと雑談しながら高度を下げていく4人だが、その途中一夏の耳には聞きなれた姉の声が再び響く。内容はとても短く端的で、それでいて秘密裏な様子を孕んでいた。

 

『一夏、後で顔を貸せ』

 

 

 




黒乃→イッチーを信じて……いっけー!
一夏除く外野→もしかしてコイツは……八咫烏!?


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第86話 織斑姉弟と八咫烏

皆さん、あけましておめでとうございます。
本年度も変わらず応援していただければと思います。

新年一発目からなんの話をしてんだみたいな86話ですが、この辺りから物語が大きく動き出すかと思われますので、新展開をもう少しお待ちください。
それでは、重ねて今年もよろしくお願いします。


 事後処理等をこなした一夏は、ろくに着替えもしないまま生徒指導室を目指していた。千冬に指定された場所がそこであったためだ。呼び出す場所としては違和感も覚えられないだろう。なおかつ生徒指導室なんて意味もなく近づきたくないと誰しもが思うはず。

 

 つまりどう転んだところで、2人以外の誰にも聞かれたくない話だということが解る。一夏としてはなにをいわれるかなんてだいたい想像がついているが、いずれこういった事態が起きるであろうことは覚悟していた。それだけに、一夏はなんの迷いもなくドアを数回ノック。すぐさま入れと反応が返ってくる。

 

「失礼します」

「……座れ」

「始める前に質問。これ、どっちで対応したらいい……ですか?」

「姉の言葉として受け取れ」

 

 千冬に脅すつもりはないのだろうが、真剣な雰囲気を醸し出されてしまうと、普段から高圧的な様子がより強調されてしまう。一夏はプレッシャーのようなものをピリピリと肌で感じ取りつつ、促されるまま席へと座った。そして千冬が神妙な口を開く前に、そんな質問を投げかける。

 

 普段ならば頭に出席簿を受けてしまうような口調になってしまったが、千冬は厳しい顔つきではあるもののなにもしなかった。かえってそちらの方が恐ろしい気がしないでもないが、一夏は毅然とした態度で話が始まるのを待つ。やがて姉から飛んできたのは、実にシンプルな言葉だった。

 

「あれはなんのつもりだ?」

「…………」

 

 ほらきた。一夏はそういわんばかりに内心で深い溜息を吐く。勿論それを表へ出せば今度こそ制裁は免れない。表面上は全くなにも揺らがない一夏だったが、正直なところ千冬からこの質問はされたくはなかった。何故なら、姉に対して失望にも似た念を抱かなくてはならないから。

 

「黒乃に神翼招雷の巨大レーザーを撃たせたことか?」

「それ以外になにがある。……お前のその口ぶり、まさか大したことではないとでも思っていないだろうな」

 

 先ほどの戦闘で黒乃が震天雷掌波を撃ったのは、マドカの後方で一夏が待機していたからだ。もっといえば、黒乃は一夏が撃てと目で訴えていたから撃った。すなわち、撃った要因として挙がるのはまず一夏となる。千冬としては追及せざるを得ない案件だろう。

 

 一夏が雪羅の盾で防いだおかげで、被害は他に出ていない。だが千冬からいわせれば、だからどうしたという話だ。そんなものはあくまで結果論でしかない。結果的に全てが上手くいってくれただけのこと。もしなにかが違えば一夏も無事ではなかったろうし、死人が出ていたかも知れない。だが一夏は―――

 

「ああ、千冬姉の思ってる通りだ」

「お前は……自分がなにをいっているのか解っているのだろうな」

「千冬姉、聞きたいことがそれだけならいくら話し合ったって変わらないぞ。いくら千冬姉が叫ぼうが喚こうが、俺の考えは1つだから」

「……ならば聞かせてみろ、その考えとやら」

 

 一夏のあっけらかんとした様子に違和感を覚えてはいたようだが、自身の言葉を肯定されたことにより、千冬は静かな苛立ちを露わにした。だが、いくら一夏とて結果的に被害ゼロだからなにも問題はないといいたいのではない。そうさせるのは、一夏が以前より抱く覚悟がそうさせる。

 

「まぁ前提として、撃った黒乃は多分だけど八咫烏の方だ」

「その証言はオルコットから得ている。いくらお前が控えていたとして、黒乃ならばあの状況では絶対に撃たん」

「だから千冬姉は声を荒げてるだけのことだ。アイツもアイツで、少しは変わってきてるみたいだぞ」

 

 二重人格を患っていると思われている黒乃だが、そのトリガーと勘違いされているのは笑みだ。あのタイミングで黒乃は撃てる状況が完成したことから、歓喜に近い感情から笑みを浮かべた。だがものの見事に八咫烏の黒乃と呼ばれている恐ろしい人格が顔を出した結果、震天雷掌波を撃った……と解釈されている。

 

 それを踏まえて、一夏は八咫烏だったから千冬が怒っているだけだと指摘する、そもそも撃った撃たないだのは関係ないのだといいたいらしい。しかし、いわれた本人はその意味を図りかねていた。なにやら侮られているような気はしたが、もう少し深く探らなくては。

 

「どういう意味だ?」

「もし今まで通りのアイツだったら、まず両腕で撃っていたはずだ」

「……確かに片腕だったようだが、それがどうした」

「ちゃんと配慮してるんだよ。アイツが、雪羅で相殺できる程度の出力で撃ったんだ」

 

 一夏の言葉はある意味正解だ。確かに黒乃は一夏が雪羅で防ぐことを想定し、かなり出力を抑えて震天雷掌波を撃った。そもそもの話で二重人格もクソもないので当然のことである。しかし、幾人ものIS操縦者を恐怖のどん底へ突き落したような人格だと前置きされると、それがとてつもない進歩のように受け取られてしまう。

 

「だから、俺が巨大レーザーを防げたのは必然みたいなもんなんだよ」

「待て貴様、私はどうして撃たせたかを聞いているんだよ。奴が手加減をする保証なんてどこにも無かったろうに」

「……またそれだ。変わったよな、千冬姉。なんでアイツのことも信じてやれないんだ?」

「なんだと……?」

 

 論点がズレていると千冬が指摘すると、一夏は露骨に機嫌が悪そうな表情を浮かべ、ギリリと音が聞こえる程に歯噛みする。すると今度は自分が質問する番だと、千冬にそんなことをいってみせた。千冬としては覚えのないようなことらしく、意味が解らんと眉間に皺を寄せるばかり。

 

「俺は八咫烏のことも信じてる。だって、どっちも黒乃なことには違いないんだからな。千冬姉が今しているそれは、これまで黒乃を否定してきた奴らのそれと同じじゃないか……」

「…………」

「いや、解ってる。そもそも撃つことが褒められたことなんかじゃないのは十分に理解してんだ。けどさ、今までの千冬姉だったら……そこまでアイツが悪逆非道な奴みたいないい方はしなかったはずなんだ」

 

 一夏は八咫烏と呼ばれる人格も含めての黒乃だという。当初は困惑し、黒乃が疎まれる原因くらいにしか思えなかった。しかし、黒乃の総てを愛すると決めた今、一夏にとってそれは黒乃の一部を否定することである。だから一夏からすれば先ほどの件も騒ぐような話ではなく、むしろ進歩だと断言できるのだ。

 

 そう真っ直ぐな瞳に射抜かれた千冬は、ふと己の発言を思い起こす。確かに一夏の指摘通り、無理にでも八咫烏へ責任をかぶせるような行為ではなかっただろうか。千冬は思う、自分は奴を悪者にしたいだけなのだろうかと。そうしていないと、自分の思う黒乃を保っていられないのだろうかと。

 

「……私はお前達だけに構っていられない。そういう立場に立たされている」

「…………」

「だからといって、それを盾にするつもりも毛頭ない。……ああ、そうだな、確かに今の私は頭ごなしに黒乃を恐れていた連中となにも変わらんよ」

「千冬姉……」

 

 皆が千冬を世界最強の女性だともてはやし、今の立場へと押し上げられてしまった。確かに千冬は心身ともに強靭なソレを持ち合わせている。だが千冬とてその前に1人の人間だ。喜ぶこともあれば落ち込むこともある。そして、なにかに対して恐怖を抱くことだって。

 

「私はな、奴が怖いよ。奴がいずれ取り返しのつかないことをしでかすのではないかとな」

「……いまはまだ、一応は踏み止まってるって?」

「そうだな……普通に考えれば20数人を潰すこともまずとんでもない。だが、死んではいないだろう」

「死んでなきゃいいってことではない。けど―――」

「……殺人。その一線を超えてしまえばなにもかもが終わる」

 

 20数人にも渡るIS操縦者を潰したという時点で、既に伝説として残るレベルである。まだ殺してはいないなどという意見が出るのは感覚が麻痺しているといかいいようがない。しかし、本当に死んではいないのだ。生きているから、彼女らにはまだこれから長い人生が待っている。

 

「死人を出してしまえば、私も近江もそれ以上は黒乃を庇い切れんだろう」

「…………」

「だから私は、いくら奴が黒乃の一部だろうと信じ抜けない。自らを滅ぼせる相手を探している上に、戦った者にトラウマを植え付けるなどと……!それで責められるのは結局のところ黒乃だ。黒乃がそのようなことを望むはずがないというのに!」

 

 いつなにをしでかすか解らないという考えが振り切れ、いつしか千冬は八咫烏を黒乃の一部ではなく、黒乃にとっての害悪という方針が強まったのだろう。だから今回の件を必要以上に責めたし、場合によっては処分だって検討していた。しかし一夏と話していて、千冬はなにが正しいのか解らなくなってしまう。

 

「ふがいない姉ですまない……!私にはもう、どうしていいのか―――」

「千冬姉、俺……運命だって思ってるんだ。白式と刹那の相性に関してだけど」

「…………超高密度エネルギー増幅能力と、エネルギー無効化についてか?」

「ああ。今回は本気じゃなかったかも知れないけど、誰よりも黒乃を止められる可能性が高いのは俺だ」

 

 一夏が急にISの話を切り出したせいか、千冬はなんだか調子の狂ったような表情を浮かべた。一夏のいう相性というのは、雪羅の盾と神翼招雷そのものについてだろう。実際に一応は止められるということが実証されたといってもいいだろう。一夏はそれが嬉しくて堪らないのだ。

 

「止めるよ、俺が必ず黒乃を止める。それがアイツごと黒乃を愛するって決めた俺の使命だって思う。それでもし、千冬姉のいっている通りにアイツが一線を越えたその時は―――」

「…………」

「刺し違えてでも俺が黒乃を獲る。むしろその役目は誰にも渡さない」

「……どうして、お前は―――」

「理屈じゃないし何度もいってる。黒乃を愛してるから、それだけだ」

 

 八咫烏の身勝手に自分以外の人間が付き合わされる必要はないし、むしろ巻き込まれていいのは俺だけだと一夏はいう。その瞳に特別重いものを背負っているような印象はなく、ただ黒乃を好きになった身としては当然であるとでも主張しているかのようだ。

 

「だから千冬姉は悩まなくていい。もしなにか起こったんならそれは全部俺の責任だ。だからもう黒乃が悪いってのは思ってても口にしないでくれ。千冬姉の口からそんな言葉は聞きたくないんだよ……」

「……歪んでいるな、お前は」

「ああ、うん……多分だけどさ、俺は最高に歪んでる。というか、俺のいってる愛って……そんなにキレイなもんじゃないんだ。それこそ、今回のことを大したことじゃないって本気で思ってる時点で知れてるよな」

「お前、心からの言葉だったのか……?」

「……ああ。この際だからいっておくけどさ、この先ずっと黒乃がなにしたって……俺は大したことじゃないとしか思えないと思うんだ」

 

 黒乃がなにか起こしたとして、それは全て止めることのできなかった自分の責任だと一夏はいう。ただ千冬が黒乃を悪くいうのが嫌というだけでそこまで……。まったくもって平常そのままでいい放つ一夏に対し、変な話で綺麗な狂気を千冬は感じ取った。

 

 思わず知らず口から歪んでいると飛び出してしまえば、むしろ一夏はそれを肯定する始末。おまけに今後一切の黒乃及び八咫烏が起こすなにもかもを大したことと思えないなどと口走った。これを見るに、千冬はいうだけ無駄であることを悟る。狂えるくらいに女を愛せる。ここまできてしまえばもはや美点だ。

 

「……お前の想いは十分に解った。だが、お前を含めた死人が出た可能性がゼロではないことを忘れるな。そして、率先して神翼招雷を撃たせることも許容できん。なおかつ、無関係の人間が巻き込まれそうな事案は、宣言通りにお前が必ず止めろ……いいな」

「この命と代えてでも」

「…………今回の処分は追って伝える。ああ、いっておくが……黒乃も全くの不問ということにはできんからな。だがもう頭ごなしに悪くいうようなことはせん。……私も誓おう」

「……解った。けど、さっきいった通りに俺の方を厳しく処罰してくれよな」

 

 まとめとしては甘いのかも知れない。けれど、こうでもしなければ絶対に一夏は譲らないだろう。しかし、もしもの時は己の手でけりをつけるという言葉も聞けた。あの目から察するに、もしそうなった場合は宣言通りに一夏は黒乃を獲る。

 

 だから納得したということではないが、愛する者をその手にかける覚悟すらあるのに、千冬にはやはり八咫烏は害悪だといい続けることはできなかった。何故なら、黒乃は千冬にとっても家族なのだから。千冬だって、必要以上に黒乃を責めるのは心苦しいのだろう。

 

「ともかく、我々がしている話し合いはあくまで最悪のケースに関してだ。端っからそうならないようには勤めろよ」

「勿論だ。黒乃と一緒に幸せな道を生きるさ」

「……そうか。ならばもう行け、手間を取らせたな」

「こんなとこに残るのかよ?」

「少し1人にしてくれ……」

 

 終始さほど変わらない厳しい顔つきだったが、千冬はことを丸く収めるかのように締めへと入った。本人の前ではしどろもどろする癖して、堂々と黒乃への愛を語る一夏の様子は、千冬からすれば若干だが滑稽に映ってしまう。こればっかりはどうしようもないだろうし、わざわざ指摘をする気はないようだが。

 

 そして千冬の呟くような言葉に、一夏は大人しく従った。やはり考えが纏まるはずもないだろうと、あえて返事もせずに早々と退出する。妙に重苦しいような気のする扉をくぐると、傍らには予想外なことに人が待ち受けているではないか。とはいっても、片方は眠っているようだが。

 

「ラウラ」

「むっ……話は終わったか?」

「耳栓?もしかして、いつも持ち歩いてるのかよ」

「まあな、所属柄あとから文句をいわれんようにするための対策だ」

 

 腕を組んで仁王立ちするその姿は、幼い見た目からでは想像もつかない程のオーラというものがあふれ出ている。そんな軍人少女に声をかけると、ワンテンポ遅れて反応がかえってきた。ラウラは長い髪の毛に隠れて見えない耳元を弄ると、スポリと耳栓を外してみせる。

 

 職業柄というのは、軍人としての振る舞いをいいたいのかも知れない。確かに、機密事項をうっかり聞いてしまったなんてことになると面倒だろう。先ほどの会話を聞かれたのではと少し焦った一夏だったが、ラウラの気配りに感謝しながら安心したように頬を緩めた。

 

「それで、寝てる黒乃と一緒ってどういう状況だよ」

「嫁が教官に呼び出されたのを察したのだろう。ソワソワと落ち着きのない様子だったから、私が同行を提案した。どうにもその時点で眠そうというか疲れた様子だったというかだな」

「ん、まぁ黒乃が相手だとそういう風にいわざるを得ないよな」

 

 ラウラの隣で体育座りのようにして腰掛け、黒乃はスースーと寝息を立てていた。一見するとラウラが黒乃を警護しているようにみえたため、一夏は率直に状況の説明を求める。解ったのは、どうやら黒乃が一夏の心配をして、ここまでやってきたかも知れないということ。

 

 かなり曖昧な表現しかできず、竹を割ったような性格のラウラとしてはかなり歯痒いらしい。説明中も眉を潜めて、かなり困惑した様子だ。一夏に仕方ないといわれても個人的に納得がいかないのか、うむむと唸りつつ渋々その言葉を受け取ったようにみえる。

 

「……姉様は、自分のせいで嫁が面倒な目にあうと思ったのだろうな。それでいてもたってもいられず―――」

「俺のところに……か。そっか、心配かけてごめんな」

「…………」

「ラウラ、どうかしたのか?」

「……なんでもない」

 

 心配をかけて悪かったと思う気持ちもあるが、一夏としては黒乃が自分を心配してくれることが嬉しくてたまらない。黒乃の前で膝を折ると、まるで壊れ物を扱うかのように、優しくその頬を撫でた。その様子にやはり思うところでもあるのか、ラウラは少しばかり敗北感に苛まれてしまう。

 

 しかし、そんなものを抱くのはお門違いだ。それは本人も理解しているようで、余計なことを考えるなと大きくかぶりを振った。乱れた髪を整えながら大きな咳払いをしたラウラは、一夏にいっておきたいことがあったのを思い出す。気を取り直して、ラウラは一夏へ向き直った。

 

「嫁よ、憶測の域を出ん話だが聞いて貰えるだろうか」

「……黒乃に関する話だよな」

「そうだ。姉様がここまで疲れているのは、奴と密接に関連するのではないかと思ってな」

「どういう意味だ?」

「うむ、奴もかなり自重するようになった証拠なのではと考えた。やはり地上へ向けて撃ったのは、本人にもストレスが大きかったのではないだろうか」

 

 要するにラウラがいいたいのは、八咫烏にとっても震天雷掌波を撃ったのは苦渋の決断だったのではないかということ。一夏や地上へ向かって撃つことそのものに心的ストレスを覚え、かなり神経をすり減らした結果、黒乃はこうして疲労困憊の状態へ陥っているのではないかといいたいらしい。

 

「やっぱりラウラもそう思うか!?」

「声が大きいぞ、姉様の身体に障る……」

「あ、悪い……。その、同じ考えを持ってくれる奴がいるなんておもわなくてな」

 

 一夏としては、先ほどまで千冬との会話の延長のようなものだと感じた。しかしまさか、誰かの共感なんて得られないと思っていたようで、ふいに声の音量が跳ね上がってしまう。ラウラに咎められ慌てて声量を戻すと、仲間がいてくれてよかったと付け加えた。

 

「仲間……か。……嫁よ、気を悪くするつもりはないがいうぞ。私は……いや、私達は、嫁ほど肯定的に奴を受け入れることはできん」

「…………」

「特に箒を除いた我々は国を背負っている。実際に対面するまでに山ほどの噂を聞いたし、顔見知りだったり親しいものだったりが奴に潰された様を目の当たりにしてしまっているのだ」

(セシリアの姉貴分も、確かそうなんだよな……)

 

 IS業界は日本をはじめとして、パワーバランスのヒエラルキーがある程度は確立されている。八咫烏が潰した数人のIS乗り達は、日頃黒乃が仲良くしている代表候補生達の故郷に集中していた。これを聞いて一夏が真っ先に思い浮かべたのは、セシリアの師であり姉である―――アンジェラ・ジョーンズだった。

 

「だが、それでいて姉様と奴は切っても切り離せん関係だという事実も承知している。……そもそもは、姉様の生への渇望が産んだ存在なのだろう?」

「……そうだな、その表現が1番近いと思う」

「故に、ある種では奴も姉様にとってなくてはならんのだろう。それを踏まえて姉様の味方……というのが我々の見解だ。奴に関しては否定も肯定もせん。ただひたすら、暴れるのならば止めるのみだ」

「……いや、それだけしてくれたら十分だ。ありがとな」

 

 なんとしてでも生き残る、例えば相手を殺してでも。誘拐事件のあの日、そういった経緯で八咫烏は産まれたと周囲は認識している。その後はひたすらに自らを打倒できる強者を求め、弱者を屠った。一夏からすれば、そんな事実があってでも黒乃を気遣ってくれるのは有り難いことだ。

 

 止めるのは八咫烏の為ではなく黒乃の為だと含みを持たせた言い分だったが、それでも一夏はラウラやこの場にいない友人達へ頭を下げずにはいられない。まさかそこまでされるとは思っていなかったようで、ラウラはクールな様子を保ちつつ一夏へ頭を上げろと促す。

 

「とにかく、私達の思惑通りならばいいな」

「本当にな。黒乃が起きたら、可愛い妹分が心配してたって伝えとくよ―――っと……」

「か、かわ……。う、うむ……頼んだぞ。いや、別に姉様に褒められたいからとかではないのだが―――」

「照れなくてもいいだろ、多分だけど黒乃はホントの妹みたく思ってるぞー」

「そ、そうかそうか……そうなのか。な、ならば……頼んだ。……またな」

 

 考えの通り、八咫烏が自重を覚えたのなら幸いだと言葉を交わし、一夏は黒乃を目覚めさせぬよう慎重に背負った。身じろぎはしたが起きる様子はない。一夏が歩き出す前にラウラへそう伝えれば、時折見せる年頃の少女そのものな反応を示した。

 

 ラウラの病的なまでに白い肌は解りやすく紅潮し、褒められている最中でも想像しているのか落ち着きがなくなる。しかも期待しているくせに興味はないというものだから、一夏はとどめの一撃として本当の妹だと思っていると付け足しながら自室への帰路へ着いた。

 

 その背にラウラの遠慮気味に報告を催促する声へ耳を傾けると、クスクスと静かに笑ってしまう。そして寝ている黒乃へ向け、しょうがない奴だよなと同意を求めつつ、身にのしかかる心地よい重量を堪能するかのように一夏はひたすら歩を進めた。

 

 

 




黒乃→まぁやっぱかなり覚悟して撃ったわけですよ……はい。
一夏→アイツもかなり自制が効き始めてきたに違いない!


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第87話 ハッピー・バースデー!

唐突な誕生日回に見せかけたラウラ回のようななにか。

今話は一部他作品、Fateシリーズのキャラと関連した内容で構成されています。そのような要素が苦手という方は一応ですが警戒しておいて下さい。


「それじゃ、せ~の!」

「「「2人共、誕生日おめでとう!」」」

「おう、ありがとな!」

(いやぁ、有り難いっすな~)

 

 キャノンボール・ファスト襲撃事件から明け、今日は9月27日―――無事にイッチーの誕生日を迎えるに至る。シャルの合図で皆が一斉にクラッカーを鳴らし、勢いよく飛び出た紙テープが私とイッチーへ降り注いだ。なんだかカラフルなドレッドヘアにでもなった気分である。

 

「めでたいのはいいが、狭いなしかし」

「俺んちでやるよかマシだぞ数馬」

「まぁツレだったメンバー的には、パーティは黒乃の家で……ってのが当たり前なんだがな」

「今回は人数が多いもん。でも、友達多いのはいいことだよ?ね、お姉!」

 

 カズくんに悪気はないのだろうが、思わず本音が漏れてしまったようだ。確かに中学時のメンバーなら事足りたろうが、なにぶん人数が増えて人口密度もそれなりに高まっている。それ故というか、パーティは藤堂家でやった方がいろいろ都合がいいんだよね。

 

 イッチーの発言から解るだろうが、藤堂家宅の方が気持ち織斑家より広い。それに加えて、私は基本的に織斑家で寝泊まりしている為、騒ぐのならこちらの方が準備も片付けもし易い。家具や家電は当時のままで製品の型は古いが問題なく使える。それを鑑みると、やはり藤堂家が最適だろう。

 

「黒乃の家か……何年ぶりだろうな。そうだ、覚えているか?あれは―――」

「ま、昔話はそのへんにしときましょうよ。ヨーロッパ組は置いてきぼり喰らっちゃうでしょうし」

「鈴よ、その気遣いは有り難いのだがな」

「その勝ち誇った顔はなんとかならないのかな?」

「重ねて来た思い出の数が違うからといって、それはあまりにもですわ!」

 

 要人保護プログラムにて会うことのなかったモッピーは、しみじみと思い起こすように昔話を語り出そうとするが、それは同じく幼馴染である鈴ちゃんに阻まれた。だからといって特に気を悪くする様子もなく、全面的にモッピーもその意見に賛成だったようだ。

 

 むしろ面白くなさそうなのはヨーロッパ組である。かつて連れ添った時期の長い7名との溝を確かなものとするのが、鈴ちゃんの悪戯っぽい笑みによく表れていた。なんというか、アタシ達は語ろうと思ったらいろいろあるけど、アンタ達はいう程じゃないもんね~……みたいな顔といえば解ってもらえる?

 

 鈴ちゃんのいいたいことを瞬時に察したらしく、欧州3人娘はご立腹である。というかシャル、時々思うけどその目が笑ってない笑顔ホント止めて。普段のシャルそのものが可愛らしさ満点なだけに、それをやられると怖さも倍になるんすわ。……シャルだけは怒らさんとこ。

 

「それいったら、私達なんてもっとなんにもないんだけどね~」

「ね~」

「だから私は遠慮すべきといったんです……」

「まぁまぁ布仏先輩、こういうのは楽しんだ者の勝ちですよ!」

「いや……いっちゃ悪いけど、楯無さん達は本当になんでここに……」

 

 何故か自然にこの場へ紛れこんでいるたっちゃんは、ケタケタ笑いながら扇子を開いた。そこには余所者という文字が達筆に書かれている。……イッチーの発言からするに、この人達は本当に招待されていないようだ。だからって、別に来ない方がよかったとかそういうのではないんだけどさ……。

 

 まぁ本当に私的にはキニシナーイ!の精神で。皆もさほど気にしちゃいないのか、やんややんやとイッチー&私の誕生日会が始まった。総勢……なん名?ええ~っと―――14名か!わぉ、大所帯。そりゃ狭く感じるわけだよ。でも……こんなに大勢にお祝いされるの初めてだし、すっごく嬉しいんだけどね。

 

「一夏さん、お姉、本当におめでとう!あっ、私ケーキ焼いてきました!プレゼント用のお小遣い、材料費で飛んじゃったんですけどね」

「お、すげぇな蘭。ケーキってなかなか難し―――って、まぁ懐に優しく計画的にな……」

「あはは、人数の兼ね合いと張り切り過ぎちゃってつい……」

 

 人数が多いのを察してか、巨大ホールで焼いてきよったよこの子。いやぁ本当にやるね。なんて感心していると、どうにも大きさからして材料費がかさんでしまったことを示唆する発言が飛び出た。プレゼントっつったって気持ちが大事なわけよ。ケーキがプレゼントって認識でここは1つ。

 

 でも、顔見知りですらない人のことも考えちゃうなんて蘭ちゃんは優しいなぁ。なにこの天使。マジでなんだ、こういうのをヒロイン力っつーんすか?……私にもあるかな、これ……。祝いごとだっていってんのに途端に自信がなくなってきたぞ……。い、いや!私にもきっとあるよヒロイン力!ここはだね―――

 

「うむ、人数分は余裕で確保できそうだな」

「つーか、地味に女の子の手作りケーキ食べられるじゃん!俺、今日とか命日だったりして」

「大丈夫ですよ、数馬さんのために作ったつもりありませんから」

「お前の妹ちゃん俺に当たりきつくない?気のせい?」

「安心しろ、気のせいじゃない」

 

 ホールのケーキを蘭ちゃんがテキパキと切り分けていくと、全員の手元にいき渡った。そんな最中、中学校で知り合った組が自然な漫才を繰り広げる。このやりとりをみていた面子は和やかなムードを醸し出し、引き続き冷めた対応をされるカズくんへと注目。よし―――今だ!

 

(ほ、ほらイッチー……あ~ん)

「ん?あっ、あぁ……おう。あ~ん……」

 

 私は優しくイッチーの持っていた皿を抜き取ると、フォークでケーキを一口大へ分割して掬った。それをすかさずイッチーの口元へ運び、いわゆるその……あ~んという奴をですね……。するとイッチーもなにやら照れくさそうな様子をみせてから、私の差し出したケーキへかぶりついた。

 

 ヒ、ヒロイン力ってこういう奴ですよね?違う?どうなの?誰かおせーてよぉ!ダ、ダメだ……きっと変に意識するからダメなんだろう。うん、もっとこう……こんなの私とイッチーの間では当然ですけど、くらいのノリでいかねば。よ、よし……さすればもう1回―――

 

カシャ!

(カシャ……?)

「へぇ~……聞いてた通りナチュラルにイチャイチャするんだね。んでもって無自覚……と、メモメモ―――」

「教室でもだいたいこんな感じなんだよ~。こんなの序の口~」

「だっ、ちょっ、黛先輩!それにのほほんさんまで!」

 

 もう1回イッチーへケーキを食べさせようとすると、ふいにシャッター音が鳴り響いた。喧騒の中でもその音は私にはよく聞こえ、なにが起きたかを理解した途端に頭へガンガンと警鐘が響く。そう……よりによって、かおるんに今のシーン激写されてしまった!

 

 存在を忘れていたなんてことは全くないのだが、どうにも油断してしまっていたらしい。っていうかメモて!もしかして記事にするつもりでしょうかね!?う、うぐぐ……だからって強引にカメラのデータを消すとかはアレだしな。イッチーみたく照れ隠しできれば御の字だろうけど……。

 

「今度プリントしたらちゃんとあげるからね」

「あ、それはありがとうございます……じゃなくて!誰もそんな心配はしてな―――」

「まぁまぁ、落ち着きなよ一夏。そんなことより、僕らからのプレゼントタイム!」

 

 あっけらかんとした様子でそう返され、なんだかイッチーは拍子が抜けたように返答してしまう。数秒後に自ら違う!って思ったのか、まるで漫才師のようなツッコミを送った。更に続けようとしていたみたいだが、それはなし崩し的にシャルに阻まれてしまう。まぁ、かおるんが消せっつって消すような性格なら苦労はしないよねってことでファイナルアンサー。

 

「押し切っちゃったし僕からってことで、はいこれ2人共」

「腕時計?しかも俺らに1本ずつって……。ありがとな、大切に使うよ」

「うん、末永く2人の時間を刻んでね」

「「ゴフッ!?」」

 

 原作での描写と同じく、シャルは私にまで多機能の腕時計をくれるではないか。戦々恐々としながらそれを受け取ってイッチーが礼をいうと、飛び切りの笑顔で余計な一言が付け足された。思わず知らず、盛大にむせてしまう。……というか、むせることができるんだね私って……革命的だよ。

 

「黛先輩、今の決定的瞬間を抑えまして!?」

「もっちろん!やっぱり来て正解だね、黒乃ちゃんのむせる姿とかレア中のレアだよ!」

「黛先輩、言い値で買わせてもらおうか」

「あ、あの~……よければ私も……」

 

 いったいどうしたね、そこまでして私の写真をご所望か?そんなに私を辱めて楽しいかね?いや、例の如くそれはそれで興奮するけどさ。でもこの様子からするに、大半のメンバーには今の写真が行き渡りそうだな。だからって皆が悪用するわけでもなし、恥ずかしいってだけで別に騒ぐようなことでもないか……。

 

「ふむ……ペア用か、地味に被っているような気もするが致し方あるまい。一夏、黒乃、受け取ってくれ」

「おっ、着物か。サンキューな、機会をみつけて着てみるよ」

「2人は着物とか似合いそうだね~」

「野郎はともかくとして、黒乃に着物はドハマりだろうな!」

 

 モッピーのプレゼントも原作同様か……。というか、詳しく描写されてない人を除いて同じになる運命なんだろうなぁ。けど、和服っていう響きに胸躍るのはサムライ魂みたいなのが宿ってる証拠なのかね。これ着て日本刀なんか持ったら様になるかも。イッチーのいう通り、機会をみつけて遊んでみーようっと。

 

「アタシはこれね。はい、黒乃!」

(おおう?リボンにヘアピンにヘアゴムに―――とにかく、髪に関わるあれこれがいっぱいだ……)

「黒乃ってば最近髪遊ばせてる癖して、こういうのあんまり持ってないでしょ?気合入ってんだかそうでもないんだか……」

 

 さ、流石は鈴ちゃん……幼馴染は伊達じゃないか。確かに、いろんな髪型にしてるが道具を必要としない場合が多い。イッチーも道具なしだと限界があるのか、最近は似た髪型をローテーションさせたりだったし……。私も多少は物に頼ることも覚えないと。

 

「催促するわけじゃないけどさ、俺にはなにもないのかよ?」

「はぁ?アンタのお楽しみタイムに手助けしてあげてんの。アンタからしたらそれで十分でしょ」

「確かにな」

「そんな自信満々に肯定されると流石に引くわ~……」

 

 うん……?なにやらイッチーと鈴ちゃんがよく解らないやりとりをしているな。お楽しみタイムとはなんぞや?私の話を下へもっていこうとする思考回路なら浮かばないことも無いが、イッチーが私以外とそんな時間過ごすとか考えたくもないからパスで。ともかく、ありがと鈴ちゃん。

 

「はーいはいはいはい!じゃあ次俺!」

「おうこら、テメーと俺は共同だろうが」

「固いこというなって、喜ぶ黒乃がみられればプライスレスだろ!さぁ黒乃、受け取れ!」

(……な、なんだってー!?最新……次世代機種じゃないっすかー!)

 

 カズくんが騒ぎ立てるように手を上げると、次は自分の番だと申し出た。どうにも弾くんとお金でも持ち合わせたのか、1人の手柄にしようとするなとでも言いたげだ。ふむ?私が喜ぶのは前提なのかなーなんて思ってたらあらびっくり、ゲームの最新ハードじゃないっすかヒャッハー!

 

(え、なに、マジで!?ホントに貰っちゃっていいのかなこれ!)

「今日は随分と珍しい姉様がみられるな……」

「そうか?ゲームを前にした黒乃はこんなものだが」

「だからさ、そのドヤ顔は止めない?」

 

 私は思わずカズくんの手元から強奪するようにハードを奪取。そのまま興奮しながらパッケージを愛でていいると、ラウラたんは携帯のカメラを向けながらそんなことを呟く。しかし、後に続いたモッピーの言葉はホントそれ。もうパブロフの犬とかのレベルで条件反射だからね。

 

 ちなみに、私だけでなくイッチーへのプレゼントとしての役割も果たしているそうだ。これで対戦とか協力プレイしろって話しか。協力はともかく、対戦の方となるとイッチー乗り気じゃなくなるからなぁ。ま、協力プレイが主体のソフトでも探してみることにしようかね。

 

「ではお次はわたくしが。お2人で優雅な時間をお過ごしくださいませ」

「おおう……これはまた高級そうなティーセットだな」

「いただいたことあるけど、ここのメーカー美味しいのよね~。ね、虚ちゃん」

「基本的にはイギリス王室御用達ですからね。我々は普段から常備しているというほどでもありませんが」

 

 セシリーは原作と特に変わらずか。だけど、渡されたティーセットがロイヤルなセレブがセレクションした品と聞くだけで恐ろしくなってくる。でも、お高いんでしょう?と聞けばマジで値も張るだろうし。確か愛飲とかいってたもんな~……。相変わらずガチのセレブって怖い。

 

「さて、ならば最後は私か。とりあえずは嫁よ、こいつを受け取るがいい」

 

 そんなこんなで最後はラウラたん。これも原作同様で軍用ナイフとホルスターみたい……なのだけれど、ラウラたんは私になにも寄越さない。催促してるわけじゃないんだよ?ただ、ラウラたんって律儀だからなんか変だなって。そうやってラウラたんをまじまじとみていると、なんだか困ったような反応をされてしまう。

 

「あ~……姉様には、だな……。なんというか、その……」

「はいはい、わざわざ付き合ってあげたんだからさっさと渡す」

「安心しろ、いろいろと指摘したが黒乃も喜ぶはずだ」

「う……りょ、了解した……。姉様、こいつを受け取れ!」

 

 どうやら我が家の死角に忍ばせていたようで、ラウラたんは紙袋を取り出して私に手渡す。中を覗いてみると、そこには服が入っていた。いや、服というにはいささか語弊がある。服ではあるが、これは衣装だ。うん、ほら、そのさ……コスプレの。もっと具体的にいうならば、某ぐだぐだでロリババアな戦国武将であるノッブの―――

 

「……どうしてこのチョイスになったのかしら?」

「だ、黙れ!それは私が1番そう思っている!」

 

 一同がポカンとした空気を醸し出す中、比較的にズバズバものをいう方でもないはずのセシリーがそう呟く。静寂に包まれている為、それは送り主にはよく届いたようで。ラウラたんは顔を真っ赤に染めながら、なにやらこのチョイスに自分自身で納得いかないかのように叫ぶ。

 

「姉様が……姉様が日本のサブカルチャーに精通していると聞き及びだな。ならばそれ関連のプレゼントをと思い、似合うキャラクターを探したまではよかったんだが……」

「ほら、ラウラって間違った日本の知識を吹き込まれてるっぽいじゃん?それで日本に住んでたからって秋葉原案内しろーっていわれたんだけどね」

「嫌な予感はしていたが、完全にテンションが迷子だったぞ……。それを黒乃に渡してどうすると一応の説得もしたのだが……」

 

 な、なるほど……そんな経緯が……。うん、確かにノッブの衣装は私に似合うだろう。……っつっても色白で黒髪ロングってくらいしか共通点ないけどね。それに衣装がジャーマンの流れを汲んでいるし、ドイツ出身なラウラたん的には惹かれる部分があったのだろう。

 

「……すまない、これは誕生日プレゼントというにはあまりにもだな。これは私が後日処分して―――」

「嬉しい」

「ほ、ほ……?本当か、本当に本当だな!?」

 

 うん、普通に嬉しい。実をいうと、前々からコスプレって興味あったんだよね。ほら、せっかく美人な女の子の身体借りてるわけだし、そういうこともしないと損でしょ。だからって1歩が踏み出せなかったっていうか、無表情でコスプレのイベントに参加するのもなんだかな……といった感じで断念していた。

 

 私からすればタイミングのいい話である。これでどうにか決心がつきそうだよ。それならばラウラたんを巻き込むもよし―――というかせっかくなんだし、皆を巻き込むのもよし!だから素直に嬉しいと伝えれば、ラウラたんは私の胸に姉様~!なんていいながら飛びついてくる。うむ、カワユイっすな。

 

「ならば早速着てみてくれ!」

(えぇ……?)

「マジか、黒乃のコスプレ!?」

「いつもなら反対してるかもだが、正直なとこ俺もみたいかもしんねー……」

「俺も!」

 

 決心はついたが、今すぐ着れといわれれば羞恥心が勝る。なのに男性陣を筆頭に、着てくれよオーラが周囲に伝染を始めてしまった。こ、これは……断ったら雰囲気ダダ下がりの奴じゃん……。え、ええい!ノッブの衣装にて露出は皆無―――ハードル低い方だと思っていざ出陣!

 

「おお、流石は姉様―――話が早い!」

「ねぇラウラ、そのキャラクターってどんななの?」

「むっ、そうだな、知らぬ者は予習した方がよいだろう。私の携帯に画像がだな―――」

 

 私が脱衣所へ向かおうと立ち上がると、なんだかちょっとした歓声が沸いたぞ。なんやねんこの空気。そんな私を尻目に、ラウラたんたちはノッブのビジュアルについて予習を始めたようだ。ええ、好きなだけ予習しなさいな、どうせその雰囲気とはかけ離れたのが出てくるから。

 

 というわけで、手早く服を脱いぎ、手早くノッブの衣装へ袖を通す。黒いジャーマン風の軍服は……思った通り少し胸のとこがきつい、がボタンが止まらない程ではないね。え~っと……この赤マントってどう着れば―――なんて苦戦しながらなんとか着終わり、後は金の装飾のついた帽子を被ればはい完成。

 

 うむ……やはり我ながらノッブ率が高めじゃね?彼女が成長することがあるのなら、もしかすると今の私に近かったりするのかも知れない。さて、それじゃお披露目といきましょうか。仮にも彼女は織田 信長が元ネタなわけでという理由から、なんの意味もなく高圧的に扉を開いた。

 

「姉様、着替えおわっ―――こ、これは……!?」

「よ、予想以上に似合いすぎ―――というかハマり過ぎ?」

「ああ、なんていうか……元ネタのキャラのあどけなさが消え失せてる感じっていうかもう―――」

「綺麗―――だよな」

 

 ……あのさ、もっとこうそこは似合ってんじゃーん!ってな感じで盛り上げてくれないとさ。そんなマジな反応されると私ゃどうすればいいのって感じになるといいますか……。いや、うん、ラウラたん&かおるんは大興奮なんだけどね。もうデジカメ&携帯のカメラがシャッター音鳴りやまないもん。

 

「くっ、惜しむらくは火縄銃のレプリカを用意できなかったところだろうか……!あれさえあれば―――」

「ん~……お姉さん模造刀なら持ってるわよ?それで雰囲気でるんじゃないかしら」

「なんでそんなもん持ってるんです!?」

「近江先生から預かってたのよね~。一夏くんのもあるわよ。ちょっと待ってて」

 

 どうやら鷹兄も私達にプレゼントを用意してくれたらしい。模造刀ってチョイスがラウラたん以上に意味解らなかったけど、手紙も添えられていたので意図はつかめそうだね。えっと、なになに―――やはりキミ達を連想するのが僕からすれば刀でした。それ故、キミ達の専用機に積まれている刀を玩具にして造りました……だとか。

 

「スケール小さいけど、まんまこれ雪片弐型なんだが……。ご丁寧に展開装甲まで再現されてるし」

「青白い光はLEDライトのようですわね」

「重量はそれなりにあるな……。イメージトレーニングに使えるかも知れんぞ」

「黒乃の方は鳴神だね。スケール小さくしてもやっぱり長いけど……」

「だがこれでより雰囲気を出せること請け合いだ!さ、姉様―――これを!」

 

 ラウラたんはたっちゃんからミニ鳴神を受け取ると、私の傍でわざわざ跪いて、まるで出陣前に小姓が刀を渡すかのように差し出してきた。私はそれに応え、うむ……苦しゅうない―――みたいな感じで少し乱暴にそれを受け取る。そして強めに鞘を床へダン!と叩きつけると、両手で柄頭を押さえて構えた。

 

「わぁ、くろっちカックイイ~!」

「確かにかっこいいんだけどこれ、なにこれ!?プレッシャー的ななにかが黒乃の背後で視覚化されてるのはアタシの幻覚!?」

「あ、安心くださいませ―――わたくしにもハッキリと!」

「お、お前達もか、安心したぞ!さきほどから骸骨のようなものが―――」

「つーか痛ったい!肌ピリピリするんすけど!?助けて弾!」

「なんで俺にいうんだよ!?俺だって立ってるのがやっと―――というか、蘭がもっとヤバイんだっての!」

 

 ハッハッハ、もーなんだよ皆ノリノリじゃん。最初からそれでいいんだって、それで。若干リアクションの取り過ぎな気もしなくもないが、騒ぐ皆がみれて私も嬉しい。フハハ、私も興が乗ってきた!写真でも動画でも、撮りたいならば好きにするがよいぞ!ほれ、ポーズも決めてやろうではないか!

 

「姉様、素敵だぞ姉様!あぁ、やはり日本の文化は奥が深い!」

「……こうしてラウラがまた間違った知識を得るわけか……」

「ま、まぁいいんじゃない?黒乃も満足そうだし」

「でもこれ、間違いなくラウラにとってのご褒美になってるよな」

「……そこは否定しない―――っていうかできないかな」

 

 阿鼻叫喚な皆や興奮するラウラたんを尻目に、少し引いた場所でイッチーとシャルがそんなやり取りを交わしていた。い、いわれてみれば……ラウラたんのアレな部分を余計に拗らせてしまったかも。まーいいでしょ!クールジャパンってやつだよ、クールジャパン!

 

 ん、しかし―――私からイッチーへプレゼントを渡すタイミングを逃してしまったような気がする。……まぁ、構わないか。別に大したものではないし、イッチーとは同室になったし……渡そうと思えばいつでも可能だ。とりあえずは、全力でパーティーを楽しむことにしよう。……その前にラウラたんをどうにかせねば……。

 

 

 




黒乃→ノリノリでコスプレ!
大多数のメンバー→な、なんていうプレッシャー……!

ノッブかわいいよノッブ。CVがくぎゅなのも致命的。
黒乃のモデルの内の1人なのでいつかコスプレさせるつもりではいました。
本当は是非もないよネ!って言わせたかったり、けど調子に乗り過ぎと思ったのでボツ。


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第88話 呪いを超えて

現状、この作品における重要なターニングポイントとなります。
突然と感じるかも知れませんが、こうなるのは以前よりフラグを立てているのであしからず。


「売り切れとかはなさそうだな」

(そだね。けど大人数の分を買わないとだから、途中で売り切れ―――なんてこともあるかも)

 

 静寂と暗闇が周囲を包む中、織斑家近くの自動販売機は仄かな光で自らの存在を主張している。いうまでもないが、私とイッチーはジュースを求めてここへ足を運んだ。用意していた分では足りず、補給せねばならない状況へ陥ったせいである。

 

 その役目をこなすと名乗り出たのがイッチー。私は1人では大変だからとご指名をいただいて手を貸すことに。間髪入れずに私を指名してくれて、少しばかり気分が弾んでいる。……頼られるのは嬉しい。キミの役に立てるのなら、些細なことでも命を懸けようとも―――私は。

 

 ……だからこそ着いて来たというのもある。原作の流れならば、ここへまたマドカちゃんが現れるから。確か発砲されるはず。弾丸はラウラたんがAICで止めてくれるわけだが、100%そうなる保証なんてどこにもないのだから。だから、だから……命に代えても、キミだけは―――

 

「な、なぁ……黒乃」

(え……?あ、うん!どったのイッチー)

「その前にさ、少し寄り道していかないか?」

(ん?それは別に構わないけど……)

「そうか、ありがとう。その……さ、ちょっと話があるっていうか、渡したいものがある?……と、とにかく、着いて来てくれ!」

 

 イッチーは自信がなさげというか、オズオズとしながらというか……そんな提案を投げかけてきた。基本的にイッチーの言葉には全肯定な気構えだけど、どうしてこのタイミングなのだろう。なんてことを考えさせてくれる暇もなく、イッチーは私の手を取ると小走りで駆け出した。

 

 手を握る機会は最近多いけれど、今日はなんだかいつもより逞しく思える。温もりだけでなく安心感も与えてくれるような、そんな感じ。そうして手を引かれることしばらく、着いた先は公園だった。時間帯からしてそこに人気はない。ただ街頭のみが寂しい明かりで遊具を照らすのみ。

 

 その雰囲気がなんとなくホラー感を醸し出すためか、そういうのが苦手な私からすれば勘弁してほしいもんである。ま、待とうか……そうやって暗い方へ考えるから怖くなるんだよ。アレさ、暗い公園でイッチーと2人きりってロマンティックじゃね?……ロマンティックじゃん。どうしよ、なんだか急にドキドキしてきたかも……。

 

「あ~……と、とりあえず座るか」

(は、はい……)

「えっと、な。ハ、ハハ……自分でもどこからどうすればいいんだか……」

 

 あ、これは……そうか、イッチーはきっと緊張しているんだ。私はともかくとして、どうしてイッチーまで?2人して妙な感覚を抱きベンチに腰掛けるが、一向に話が前へ進む様子はない。そりゃ、覚悟ができるまでいつまでも待つけどさ、あんまり長いことやってたらマドカちゃん来ちゃうからなぁ。

 

(まぁ、とにかく落ち着こうよイッチー。焦らなくても大丈夫だよ)

「黒乃……」

 

 ベンチの上に乗っていたイッチーの手。私はそれに優しく自らの手を重ねた。ジッとイッチーの双眸をみやって、やんわりながらもいってごらんと促す。すると揺らいでいた瞳に、確かな決意が宿ったように思える。イッチーはグッと口を一文字に結ぶと、勢いよくベンチから立ち上がった。

 

「あの、さ!誕生日、おめでとう……」

(あ、うん、ありがとう。私はいってあげられないけど、おめでとう)

 

 こちらへ振り返ったイッチーは、私へ祝福の言葉を述べた。そういえば、今年は人がたくさんいて失念してしまっていたかも。私も口にはだせないながらもキチンとおめでとうといっておく。頷くことで応答したが、イッチーはなんだか違うとか呟いている。しかし、お次はハッとしたような表情を浮かべて続けた。

 

「今年も、俺の隣にいてくれてありがとう。なんていうか、本当に……俺たちってずっと一緒で片時も離れた時がないというか」

(フフ……そうだね。今はそれを本当に嬉しく思うよ)

 

 私にとってのイッチーは手のかかる弟みたいなもので、適度に姉離れしてくれればなー……なんて思っていたのに。キミはずっと必死に、真っ直ぐに、私のことを想ってくれて……。いつの間にか、私の知らない間にキミは―――男になっていた。そんなキミに惹かれて、私は―――

 

 ……例えイッチーが私へ向ける愛が、私の求めているソレではなかろうと―――ひとえに、キミの隣にあれることは嬉しいと思えるようになった。だから私は、キミが居ていいというのならずっと隣を離れない。だから感謝するのなら私の方なのに、キミもそれを嬉しいと思ってくれているんだね。

 

(満たされる―――)

 

 今の私にあるのはそれだけ。キミに尽くして―――ううん、キミのために生きて死ぬという理念だけ。ああ、本当に―――満たされていく。キミの仕草が、言葉が、存在が、消滅の恐怖を忘れさせてくれる。だから生きると決めた。キミにふさわしい女性になれればなと、私は生きることを決めたのだから。

 

「け、けど……だけど!これから先、ずっとずっと続いてく永い未来まで―――最初っから離れる気も離す気もないんだからな!」

(え……?)

「前にもいった……。黒乃、お前が居てくれるから俺は俺なんだ。だから、俺には黒乃が必要で……。だから、離せないし、離さない、から……。その証―――これ、誕生日プレゼントで送りたくて……!だから―――」

(あ、あの……イッチー?ちょっと待って。頭……がさ、全然理解とか追いつかないから。だから―――)

「一生隣を歩んで欲しい!どうか俺と、結婚してください!」

 

 なにかを決心した表情だなとは感じていた。けど、誰がこんな展開を予想してたと思う?思わないでしょ、普通……。それでなくても、頭悪い……端的にいえばアホな私に、こんな……こんな展開がくるなんて、解るわけないじゃん。紛れもなく、イッチーは私に―――結婚してほしいといったのだ。

 

 イッチーの掌には開かれた小箱が。その中には、暗闇でも輝くオニキスカラーの幅広リングが鎮座している。ああ、この見覚えのある形は―――遊園地にいったときに貰ったアレだね。そっか、イッチーが必死に彫金工房に通っていたのは、リデザインするためだったんだ。

 

 全部、この日のために―――私に告白するために。あぁ……嬉しい。今すぐここで消滅しても構わないくらいには嬉しい。いつからだとか、私のどこがだとか、そんなの全く気にならない。嬉しい。泣けない体なのに、泣いているのが自分でも解る。目の奥が熱くて、痛くて、今にも眼球がどうにかなってしまいそうなほどだ。

 

「これ、その、デザイン……結構いろいろ考えたんだけどな、やっぱ翼かなって。翔んでる黒乃が好きだし、俺にとっても黒乃は翼―――俺の大事な片翼なんだ。俺の分は白で翼も対に―――」

 

 イッチーの私をみる目は情けないほどに潤んでいて、声も終始震えている。そうだよね、ごめんね……私がなにも反応を示さないから、勇気を出して告白してくれたのに不安で仕方ないよね。答えたい、のに。私も好き、愛してる、一生あなたの傍に居させてくださいって……そう、伝えたいのに……!

 

「…………っ!…………っ!」

 

 声、やっぱり出ないよ!まるで固まったみたいに体も動かない……!神はなんて残酷なことだろう。こんなにも好きなのに、こんなにも愛しているのに。声が出せなかったり、体がうごかなかったり……たったそれだけの呪いで、こんなにも苦しくて苦しくて仕方がないなんて……!

 

「黒乃……」

(あっ、涙―――)

「……ごめんな、いきなりで困らすよな。ゆっくりでいい、返事ならいつまでだって俺は待つよ」

 

 イッチーが感謝してくれるだけで私は満たされる。それにつけて結婚してほしいといわれた日には、想いが溢れて私の目からは大粒の涙が流れ出た。そういえば、前にもこんな時があった。臨海学校のあの日―――あの日だけは、私も泣くことができたんだっけ。きっと私が、唯一あの連中の呪いに打ち勝った瞬間。

 

 ……そうだよね、呪いがなんだよ。今回これに屈したら、私のイッチーへの愛が呪いなんかに負けてるって認めるようなものじゃないか。超えろ。呪いを超えていけ。奴らに一泡吹かせてやれ。それで伝える。私の愛を、この世界で最も愛しいあなたへ―――伝える!

 

「私も好き!愛してる!一生あなたの傍に居させてください!」

「…………っ!?黒乃……いいんだな、俺で。俺は―――」

「……あなたじゃないと、生きていけない」

「そう……か……。あり……がとう……黒乃。ごめ……ごめんな、嬉しくて……涙が止まらないんだ……!」

 

 ……勝った。私の愛が、神に勝った。そんな達成感なんてすぐさま消え去り、私の胸中は歓喜の渦が巻き起こる。とにかくイッチーへの想いを伝えられたことが嬉しくて、ただそれだけ。自分から告白したのに、この期に及んで自信のないような発言をするイッチーへ歩み寄り、その両手を優しく包んだ。

 

 するとイッチーは、私と相思相愛であることを嬉しく思ってくれているらしい。不安だった状態の裏返しか、本当に小さな子が泣くかのように私へ縋る。うん……いいよ、もっと私を必要として。あなたのために私は在る。こうしていれば、生きていられる。私は生を実感できるから―――

 

(……けど、少しくらいワガママ……いいよね?)

「左手……?ああ、そうだよな……せっかく用意していたのに嬉しすぎて忘れてた。じゃあ、着けるな」

 

 少し落ち着いた様子をみせたイッチーに、ゆっくりと左手を差し出す。それの意味を数泊おいて気づいたらしイッチーは、翼の意匠が施された指輪を私の薬指にそっと嵌めた。なんて最高のプレゼントだろう。間違いなく、現状では類をみないはず。……私がイッチーのモノである証―――

 

(はぁ……凄い、なんて素敵な響き……!考えただけで幸せ過ぎてどうにかなっちゃいそう!)

「…………」

 

 まだ呪いには勝てているようで、自分自身でも頬が緩んでいるのがよくわかる。というより、これは完全に満面の笑みだ。私は左手の薬指をグッと握りしめながら、みてほしいといわんばかりに笑顔をイッチーへ向ける。するとどうだろう、また少しイッチーの様子が変わった。

 

「なん年……ぶりかな、黒乃のそんな顔を拝むことができたのは」

(私になってからは、初めて……かもね)

「ああ、ダメだ。俺がそうさせてるって思うと我慢できない。黒乃、キス―――してもいいか?」

(フフ……確認してくれるのは嬉しいけど、もうそういうのは必要ないかな。だって、私はキミのモノなんだから)

 

 多分だけど、前回のことが尾を引いているんだろう。イッチーはまるでせがむようにキスさせてほしいといってくるわけだが、意思の疎通がとれた今ではそんなものただの愚問である。私は目を閉じると少しだけ頭の角度を傾け、ひたすらイッチーのキスを待ち受けた。

 

 すると私の頬へ右手が添えられ、腰を左腕で抱き込まれる。目を閉じていると、イッチーの吐息が近づいてきているのがだんだん解って―――ついには、私とイッチーの唇は1つに重なった。まるで時でも止まっているかのように、時間間隔が狂うような気さえするように、それほどまでに幸せ―――

 

「んむっ……!」

 

 すると、少し強引なほどに―――イッチーの舌が私の口内へ滑り込んでくる。拒むきなんてさらさらないけど、本当にいきなりで驚いてしまう。けど、もう既にそんなことをいってはいられない。イッチーの舌先は、ゆっくり味わうかのように私の歯茎を刺激していく。

 

「んっ、んぅ……!」

 

 上顎、下顎、それら全ての歯茎をなぞって、舌が矢継ぎ早に這っていく。舐められているのは口の中なのに、まるでダイレクトに脳髄を刺激さていると錯覚してしまう。だがその刺激は至上のものとはいい難く、ひどく愚鈍な―――まるで焦らしでもするかのような快楽を私へ与える。

 

 あぁ、気持ちいい……気持ちいいよ!イッチー……なんか巧い……。でも、そんな……ヤだよ……意地悪しないで。もっと、私のこと……全部ダメにしちゃうくらいのがいいの!けど、ダメ……ダメっ……!自分からはいけない……。待たないと……私じゃなくて、イッチーが私を好きにしているんだもん……。

 

 もしかして私から積極的になるのを待っているのかと思ったりしたが、イッチーの性格上そんなことを今は考えていられないはず。だから待つ―――私を蹂躙してくれるのを。今はとにかく耐えるのみ。このフラストレーションを超えてこそ、私に至上の快楽が―――

 

「くろ……のぉっ……!」

(はぁっ……!?きた……きたぁっ……!イッチーの本気キス……!)

 

 イッチーは私の舌へ思い切り自らのを絡ませ始めた。それはまさしく蹂躙の名にふさわしく、私の口内の全てを暴れまわるかのような激しいキス。激しい水音が鳴り、その音がまた私を―――いや、私たちを狂わせる。まるで互いの唾液を交換しあうかのように、ただひたすらに求め合う。

 

 もはや先ほどまでの我慢も忘れ、私はイッチーの首へ腕を回し、より密着するように態勢を変えた。イッチーも私の頬へ添えていた手を後頭部まで移動させ、逃がすものかといわんばかりに力を込めていく。それに伴い舌も深くまで絡んでゆき―――

 

(もう―――なにがなんだか解らねぇ!)

(イッチー好きってことしか考えられないよぉっ……!)

 

 幸せ過ぎて、夢のようで、本当になにがなんだか解らない。唯一あるとすれば、イッチーを愛しているという想いのみ。そうか、これがきっと本能なんだ。理屈とかそういうのではなく、ただただ愛を欲して―――愛を与えたくてキスという行為へ及ぶ。意外と私も―――愛が重いのかもしれないね。

 

「ぷはっ……!」

(んっ……)

 

 だけれど、始まりがあれば終わりはあるものだ。イッチーは私の肩に両手を添えると、少しだけ力を込めて唇を離した。私たちの舌には激しく求め合った証拠であろう銀色に輝く橋がかかった。いや、それ以前にどちらのものとも解らない唾液で口元がベタベタだ。イッチーはそれをみて、なんだか照れくさそうに笑う。

 

「は、はは……。本当はもう少し、抑えてするつもりだったんだけどな。その、ちゃんとするのは初めてだし」

「……あれがいい」

「へっ……!?そ、そうか……解った。じゃあ……次からもそうするな」

 

 イッチーはまず私の口元をハンカチでふくと、自分の方は服の袖で適当に拭いとる。そして解りやすく頬を紅くしながらやり過ぎたというが、私からすればなんとも的外れな言葉だ。優しいキスなんていらないよ……。ただ、欲望のままに私を求めてくれれば、そこに愛がなくたって私は幸せだから。

 

 それにしても、次……かぁ。そうだよね、次があるんだよね。タイミングさえあれば、これから幾度もイッチーと唇を重ねることになるだろう。それをイッチーの方から宣言してくれたのも嬉しいなぁ……。というか、やっぱ彼氏彼女の関係すっ飛ばしたのも何気に凄い事だよね。

 

 だってこれ、俗にいうとこの婚約じゃない。私はイッチーのお嫁さん……。ゆくゆくはちゃんと籍も入れて、披露宴もして―――もう、今から妄想が止まらないなぁ!これは消えてなんていられませんぜ!そうだねぇ、せめて1人目の赤ちゃんを産むまでは間違いなく―――

 

「最期の別れは済んだか?」

「なっ……誰だ!?」

(ん……?…………ふぁああああっ!?そ、そうだった……すっかり忘れてたぁ!そもそも物理的に命に係わる問題が迫ってたんだった!)

 

 明かりの少ない公園内に、姿は見えないが確かにマドカちゃんの声が。最初の方は警戒してたのにさ、なんでいつも最重要項目を頭から弾き出しちゃうのかね私は。イッチーは私を庇うように位置取るわけで、気持ちは嬉しいけどマドカちゃんの目的はキミの殺害―――あれ?この間の言動をみるに私……?

 

「私が誰か……か。フッ、随分と面白い事を聞く」

「その声は、もしかしてサイレント・ゼフィルスの!」

「あぁ……惜しいな、実に惜しい。まぁそれも正解ではあるが―――」

 

 ゆらりと、闇の中でなにかが蠢く。街頭との関係からか、まるでゆっくりと正解を告げるかのように、その姿は足の先、胴体というふうに順序良く姿を現す。だけどそちらから歩いてくるっていうことは、やっぱり殺す気まではないということなのかな……?とにかく、イッチーの精神的なフォローを頑張らないと。

 

「私はお前だよ、織斑 一夏」

「…………!?千冬……姉……?」

 

 ついにバイザーを外したマドカちゃんの素顔が白日の下にさらされた。やはり……実物を目の当たりにすると、想像以上にちー姉だという印象を受ける。正確に表現するならあどけない、私たちと同世代くらいのちー姉という感じ。だけどそれは全くの同一人物というわけじゃなく、あくまで織斑の血筋であるという印象だ。

 

「私の名はマドカ―――織斑 マドカだ。よろしくな、そして―――」

(よし、このタイミング!)

「拳銃……!?待て黒乃!」

「さよならだ」

 

 マドカちゃんはそしてと言葉を切ると、その手に握られていた拳銃をこちらへ向けた。そのタイミングで私はイッチーの前へと躍り出て立ちふさがる。大丈夫、ラウラたんがそこらへんに隠れているはずだから。弾丸もAICで防ぐこと前提での行動だよ、万が一を考えているだけさ。

 

 そして空を裂くかのような発砲音が鳴り響くと、私の頬を掠めるように弾丸が―――私の頬を?…………のわああああっ!?いや、やだこれ、なにこれ……頬熱っつぁぁぁぁ!?嘘ぉん、ラウラたんは何処!?ひぃぃぃぃ結構な量の血ぃ出てますがな!

 

「なるほどな、私が初めから当てる気がないと解っていたか」

(違います!そもそも第三者が守ってくれると思っていたからです!)

 

 そんな感心したようにいわれても困ります。心の中で元気よく手を挙げてそう主張しているのだが、いろいろとパニックを起こして頭は考えが纏まらない。何故ラウラたんがいないのかもだけど、最初から当てる気がなかったって?だとすると、原作のワンシーンでも同じくなのかな……。

 

「お前……!いったいなんのつもりだ!」

「……お前らは楽には死なせん」

「なに……!?」

「特に貴様だ、藤堂 黒乃……!貴様が自ら私へ殺してほしいとせがむまで徹底的に!貴様の全てを踏みにじり、叩き潰し、圧し折り、ズタズタに引き裂いてから地獄へ堕としてやる!」

 

 ついさっきまでは愉快だとでもいいたそうな表情だったのに、マドカちゃんは憎悪に支配されたかのように私へそう告げる。マドカちゃんがいくら亡国の所属とはいえ、ここまで駆り立てるって……私は彼女にいったいなにをしたのだろう?だいたい想像がつかなくもないけど、そう決めつけるにはピースが足りない―――

 

「……その痛みを忘れるな。それが貴様の辿る終焉への第一歩だ」

「待て、どうして黒乃をそこまで……おい、待てったら!」

 

 痛み……?つまり私がマドカちゃんへ痛みを与えた?復讐っていうのは対象に向けて同等、あるいはそれ以上の厄を注ぐ場合が多い。つまり、本当にかなりの恨みを私に抱いているってわけね……。そう私が考察している間に、イッチーは声を荒げてマドカちゃんを追おうとして……止めた。きっと無駄な努力だと解っているのだろう。

 

「黒乃、無事か!?くそ、あいつよりによって顔を……!」

(う~ん、これは確かに一生残る傷かもねぇ)

 

 本当にスレスレを通過していったわけで、摩擦やらなんやらで少し深めだ。いい加減にしないと血が首筋の方まで伝ってしまいそうだよ。だからってこれを布で拭き取るとそいつはおじゃんになるだろうし……。さて、困ったものだ。最悪、公園の水とかで洗い流さんとダメかもな。

 

「……なんで俺より前に出た?」

(え、いや、だって……。守りたかった……から)

「……解ってるよ、黒乃がそういう奴だって。俺はそういうところに惹かれたのも間違いなくあるんだ。……けど、それとこれとは話が別。もうこれからは許さないからな」

(ご、ごめんなさい……。けど!私は、自分の命なんかよりもずっとイッチーが大切で―――)

「とりあえず、聞き分けがないだろうからお仕置きしないとな」

 

 イッチーの咎めるような言葉に気を落としていると、予想外の出来事が起きた。なんとイッチーは私の頬へ流れる血を舐め取り始めたじゃないか。うひゃあ!?イッチーの舌が私を舐めてる……!嫌とかそんなんじゃなくて、ゾクゾクするぅ……。で、でも待って!ダメだよ、汚いってば……。

 

「なんで逃げるんだよ、前に黒乃も同じことしてたんだぞ?」

(……あ、学園祭の時の……。でも、そんな仕返しみたいなことしなくたって―――)

「まぁどのみち関係ないけど。いったろ、お仕置きだからな。黒乃がどう思おうと関係ねぇから」

(ちょっ、まっ、ひ、卑怯だぞ!そんなこといわれたら抵抗できな―――っていうかもう、あぁ……スイッチ入っちゃってもう……もう……!)

 

 血なんて舐めるもんじゃないと抵抗していたが、イッチーが悪戯っぽい顔でそう語る。はて、なんのことだかと思い起こしてみると、確かに学園祭のときと立場が逆転している事に気が付く。いや、ホント真逆。あのときイッチーは汚いから止めとけとかいってたっけ。

 

 でもほら、お仕置きなんていわれたらマゾヒストの私的にクリティカルヒットなんですよね。それが普段Sっ気のない恋人からいわれたらどうよ。ギャップとの相乗効果でわたくし、大変に興奮しております。その後の私はまぁされるがままで、イッチーの方も血を舐め取るんじゃなくて私の頬を舐めるのが目的にすり替わっていた感が否めない。

 

 しばらくの間どころか、長時間イッチー曰くなお仕置きは続いた。終いには我に返ったようなイッチーが約束破ったら次からはもっと酷いんだからなー……なんて恥ずかしそうにいう様が可愛かったです、はい。まぁいろいろありましたが、わたくし―――今宵イッチーの婚約者になりました。

 

 

 




黒乃→弾丸が頬を掠めた!?ラウラたんはいずこへ……。
マドカ→流石に当てる気がないのはお見通しか……。

ラウラが不在なのは一夏が告白すると察したからとでも思ってください。
濃っゆいキスまでさせといてラウラ出すのもなんだかなぁという感じだったので。
個人的に防いでもらっては困る理由もありましたしね……。


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第89話 姉と弟と義妹

またしても一夏&千冬がメイン回。
今後こなすかどうかすら未定のイベントの前置きみたいなもんです。
というか予防線ですね、今後の構成しだいというところでしょうか。


「おはよう、黒乃。朝早くから済まん―――おい、その頬の傷はどうした?切ったのか、それとも火傷か?どうなんだ黒乃」

(おはようごぜーます!と、とりあえず前後に振るのを止めっ、止めてくだせー!)

 

 私たちの誕生日パーティーがから明け、いつも通りの日常が戻った。学園に戻ったのは日曜日の夕方ごろなのだが、その際には既に月曜日の早くから訪問したいというちー姉からの連絡が。私には承諾も拒否もできないので、指定された時間にきちんと出迎えの準備をしていたということ。

 

 イッチーはランニングにいったのでとりあえず軽食の片づけをしていたのだけれど、想像以上にちー姉の訪問が早かった。コーヒーくらいは用意しようと思ってたから、とりあえず座って待っててと伝えようとしたのに……私の右頬に張られているガーゼをみるなりこれだ。

 

 あ~……これはどうやって落ち着かせればいいのだろう。イッチーがいれば少しは説明が―――いや、それはダメだ。血が止まった後に病院でみてもらったところ、この傷はやっぱり残るタイプだという診断が下された。それを知れば、実は過保護なちー姉がどうなるか解ったものではない。

 

「……大丈夫」

「……解った、ならば追及は止めておこう」

 

 その場しのぎで嘘をついてみたけれど、返ってきたちー姉の反応をみるにどうやらバレてはいるらしい。程度の具合は悟られてはいないだろうが、最終的にはどう乗り越えようかなぁ……。とにかくイッチーが責められるのだけは避けるとして、今はちー姉の用事を確認してみよう。言葉にできなきゃずっと注視するしかできませんけど。

 

「…………」

「ああ、押しかけておいて悪いな。まぁとりあえずだ、こいつを受け取ってくれ。誕生日おめでとう、黒乃」

(うわぁ!ありがとう、ちー姉!)

 

 まさかちー姉からの誕生日プレゼントとは思わず、嬉々としながらラッピングされた包みを受け取った。リボンを外して綺麗に包装紙を取り外すと、中に入っていたのはメークセット一式といったところだろうか。うわわ、多分これはかなりの値が張ったはずじゃ……。

 

「美容に気を付ける心構えになったのならば、メークくらい覚えねばと思ってな。困ったのならば相談に来るといい。山田先生あたりにも声をかけておこう」

 

 なるほど、だからメークセットなわけだ。確かにそこは盲点だったかも……。結局はメークなんてしたのお墓参りのときくらいだもの。せっかくのプレゼントなんだし腐らせるわけにもいかないよね!よし、頑張って勉強してイッチーに綺麗だなって褒めてもらうぞー!

 

 恐縮しそうになる気持ちは消え失せ、感謝の気持ちでいっぱいとなった。深々と頭を下げてお礼をしてみると、そう恐縮するなといわれてしまう。あ、なるほど……周囲からだとそうみえるのか、じゃあすぐさま姿勢を戻さないとだな。ふぃ~……感謝がストレートに伝わないとは困ったものだよ。

 

「あ~……それと、だな。お前にどうしてもいっておかなければならんことができた」

(うん?どうしてもって、なにか深刻なことかな)

「弟を―――一夏のことをよろしく頼む」

(は……?あ、あ~……そうっすか、伝わってますか……。は、恥ずかし―――というより顔上げてーな)

 

 メークセットを自分用の私物スペースへしまっていると、ちー姉は深刻と照れの中間のような表情を浮かべていい辛そうに切り出した。いったいなにごとかと続きを待ち受けていると、どうにも私とイッチーの関係性について耳に届いているようで―――今度はちー姉が深々と頭を下げるじゃないか。

 

 っていうか、本当にやめてよそんなの……私たち、意味は違うけど家族じゃん。まぁ、近い将来は完全に親戚になる可能性が高いんだけどさ。とにかく、知らない仲じゃないのにそうやって畏まられると申し訳ないし恥ずかしいよ……。私が肩を掴んで顔を上げさせると、本人もなんだかやり過ぎであるとは思っているみたいだ。

 

「……済まんな、私もあまり人のことはいえんが―――ふがいない弟だ、お前にはかなり勿体ない奴だと思っている。だが、それと同時に―――あいつにふさわしいのは黒乃、お前以外にはいないだろう」

(こんなわけわかんない奴を好きなってもらってそんな!つーか、いっちゃいますけど元男ですからね!精神的に!)

「なんというか、あいつはいい意味でも悪い意味でも感情的だろう?だからこそ、いろいろと危うい部分がある。……迷惑でなければ支えてやってくれ、どうか隣に寄り添ってやってくれ」

(ちー姉……)

 

 よくも悪くも主人公体質というか、イッチーは誰かの為に怒ってあげられる人だ。……特に私の為にはよく怒ってくれていたと思う。まるでなにも表現できない私に代わるかのように。その際に、いきすぎだと感じたから止めたこともある。……今までのソレが、精神的支柱だったかどうかわからない。けど―――

 

 ちー姉のためとかじゃなく、イッチーの精神的支柱になりたいな……。だって私は、もう本当にイッチーが居ないとダメだ。例えばイッチーが命を落としたとするならば、それ以上私に生きる意味なんてない。きっと皆はそれでイッチーが喜ぶかなんていうかも知れないが、そんなのは関係のない話だよ。

 

 イッチーが居ない世界ならば、私は喜んで死を選ぶ。私にとって織斑 一夏という存在はそれほどのモノだ。そんなイッチーが壊れてしまいそうなときがくるならば、私が支えてあげたい。私が支えることでイッチーが立ち直れるのであれば、私の生きる意味を貫き通せるのだから。だから―――

 

「誓います」

「…………そうか、ありがとう……。ならば私も安心して婿が探せるというものだ」

 

 ちー姉の両手を包みながら契りを交わせば、そうかとみたこともないくらいに安心しきった表情を浮かべた。……やっぱりちー姉はいいお姉ちゃんだよね。幼少のころはかなり優しくされた覚えもある。最後は冗談めかしながらいうちー姉だが、この人が本気で婿を探せばすぐみつかるだろーなーと思う。

 

「……ところでだが、それはアレだ……はめて登校するつもりではあるまいな?」

(う、やっぱダメかな?なるべくなら片時も外したくはないんだけど……)

「待て馬鹿者、そんな目でみるな。解る、解るぞ……想い続けた男から指輪を送られたならばそういう気持ちは。だがな、左手の薬指ともならばいらん勘ぐりをする奴もいる」

 

 またしてもいい辛そうな表情をちー姉は浮かべる。皆まではいわなかったが、私の左手の薬指に当たり前のようにはめられえている指輪に対して物申したいらしい。そうして額に手を当て頭の痛そうに、やんわりと外してくれといわれる。う~ん……いらん勘ぐりねぇ。

 

 幸せ満開で気にならなかったが、確かに私は女子特有のドロドロした奴が集中しまくりだからなぁ……。私とイッチーが恋人の関係にあるうえに、ペアリングなんてはめてたらそれはもう。……私はともかくイッチーにも迷惑がかかっちゃうか……。うん、指摘されてありがとうちー姉ここは大人しく外しておくよ。

 

「いや、済まんな……本当に気持ちは解るんだぞ?我が弟の癖してロマンティックなことをしおってと思っているのだが―――」

(ちょっと待って、待って……。確かに少しは渋々だけどさ、なにもそこまでしなくたって大丈夫だよ?)

 

 なんだかよほど申し訳なく感じているのか、ちー姉は信じられないくらいに気持ちは解るがと繰り返す。それとも私がそこまで渋々と思われているかだけど……。どちらにせよ、互いに気を遣うせいで謝罪合戦のようなものが始まってしまう。それこそ互いに不毛だってのは理解してるんだろうけどなぁ……。

 

 最終的にはイッチーが戻って来てしまうということでちー姉は帰って行ったのだけれど、照れくさいから顔合わせ辛いって微妙に子供っぽい……。まぁ、そこは気にせず片付けの続きといきましょうか。私もイッチーが帰って来るまえにいろいろ済ませないとっと。

 

 

 

 

 

 

「なにか質問はあるか?なければホームルームを終了するぞ。……クラス代表」

「はい!」

 

 千冬姉が質問を促し、クラス内にそれに反応する者はいない。質問はないと判断したのか、千冬姉は次に俺へ号令を促す。元気に返事してから起立と礼の号令をかけると、まるで鍛えられた軍人のようにキビキビとした動きをみせる俺達。それを見届けた千冬姉が動き出すと、放課後がやってきた安心感からか脱力する面子ばかりだ。

 

「…………」

「っと、黒乃―――」

 

 ふと、制服の背中あたりを引っ張られた。顔を振り返らせてみると、晴れて恋人関係となった女の子が。黒乃は俺がその姿を確認したと同時に手を離す。完全に向き直ってみると、ただただ俺のことをみつめている。これは、用事があるかどうかの確認だろうか。

 

 俺と黒乃が恋人になったからって、特別なにが変わったわけでもない。なんというか、やはり付き合う前から俺たちがしてたのは恋人同士がすることだったんだなぁ……と。手を繋いだり、膝枕してもらったり、抱きしめてみたり……。なんだか思い出すだけで顔から火が出てしまいそうだ。

 

 それより、俺に用事っていっても前は自然に着いて来ていた気がするんだが。それで生徒会の仕事とか手伝ってもらってたんだけど……。わざわざ俺を引き留めるということは―――私になにか役に立てることはない?―――とでも聞かれているのだろうか。

 

 ……いじらしい。もう本当にいじらし過ぎて顔が自然とニヤけるのを止められない。慌てて口元に手を当て誤魔化すが、このくらいは見抜かれているんだろうな。ならば隠す必要もないだろう。だって俺の恋人がこんなにも可愛いんだから。俺は少しぎこちないながらも、黒乃に自分の意志を告げた。

 

「ご、ごめんな黒乃、訓練とかとは別にやることがあるんだ」

「…………」

「気持ちは嬉しいぞ、ありがとな。今日はゆっくり休んでいてくれ」

「…………」

 

 別に嘘はいっていないが、なんだか申し訳ない気分になる。けどそんな罪悪感も吹き飛ばすかのように、黒乃は間髪入れず首を縦に振った。以前ならばすぐ立ち去っていただろうが、黒乃の頭を撫でながらそう付け加えておく。すると黒乃は照れているのか、激しく首を縦に振ると足早に何処かへと去っていった。

 

 あぁぁぁ……可愛い。そりゃ前から可愛くはあったが、関係が変わるだけでこうも反応がストレートになるなんて思っちゃいないから可愛くて可愛くて……!……そんな可愛い黒乃のためにも、やっておかなきゃならないことがあるんだ。俺は駆け足で教室から飛び出した。

 

「織斑先生!」

「質問があるならしろといったろう。まぁ……聞くのが仕事だから対応はするが―――」

「……千冬姉として話がある」

「……そうか。ならば少し―――いや、今の方がいいな。……着いてこい」

 

 急いで追いかけた背中は、職員室付近でしっかり捕まえた。かなり遠方でその背を確認したと同時に声を上げると、件の人物―――千冬姉は訝しむ様子で俺を見据える。しかし、家族として話があると伝えれば、向こうも即対応してくれるらしい。……俺の真剣さが伝わったのだろうか。

 

「手早く入れ、余計な勘繰りをする馬鹿もいる」

「あれ、綺麗にしてるんだな」

「なに、どこぞのお人好しが定期的に現れては強行突破してでも掃除して去っていくものでな」

 

 案内されたのは千冬姉の部屋だった。前と違って生徒指導室でないのは、やはり誰かに聞かれるリスクがあるからだろうか。部屋に通されるなりついそんな感想が出てしまうが、千冬姉はなんだか俺をからかうときと同じ笑みを浮かべてそう返す。……黒乃のことか、それは初耳だな。

 

「そんな小言をいいに来たわけでもないだろう。座れ」

「……ああ」

「で、なにを聞きたい?」

「……千冬姉、織斑マドカって名前に心当たりはないか?」

 

 適当に座れといわれたので椅子へ腰かけると、ありがたいことに千冬姉はすぐさま本題へ入ってくれた。だからこそ、俺はストレートに抱いていた疑問をぶつける。いや、今回においては疑念と表現していいのかも知れない。だからといって、千冬姉が俺を騙しているとまではいわないが。

 

 だいいち、千冬姉がマドカと名乗った少女のこと全てを知っているとは思っていない。もし千冬姉に目的があって俺を騙していたとするならば、あそこで殺しもしないのに姿を現すメリットがなにもないからだ。よって、千冬姉と少女が共謀している線はまず薄い。

 

 逆をいえば、少女の目的は俺や黒乃を動揺させるものと考えるのが正解だろう。何故なら、解ってはいてもこうして聞かずにはいられないからだ。あの少女と千冬姉は、他人というには似すぎている。俺と兄妹だとしても、周囲からすればなんの違和感もないはず。

 

 だから俺は聞かずにはいられない、聞かねばならない。千冬姉の弟として、この事実を解決する義務というやつがある。それも主に黒乃のためであるのだが、千冬姉のためにもなるかもしれない。もしなにか抱えているとするならば、ここで吐き出して楽になってほしい。だが―――

 

「知らんな、そんな名は。誰にそんなことを吹き込まれた」

「誕生日パーティの日に、千冬姉そっくりな女の子が自分でそう名乗ったんだ」

「他人の空似というやつだろう。私の家族は和人さんと白雪さん、それに黒乃とお前だけだ。まぁ……血縁という概念まで絞るとするなら一夏のみだが」

 

 相手は千冬姉だ、そう簡単にいくわけにはいかないか……。本人にそういわれてしまってはそれまでだが、やはりこの話をさっさと終わらせてしまいたそうにみえてならない。だからこそ、なにかを隠している裏返し。あまり頭に入れないようにしていたが、あの話は……どのみち千冬姉の耳には入れておかなければ。

 

「黒乃の傷!……もう、二度と消えることはないだろうって……」

「…………!?」

「そのマドカって子が着けた傷だ。それが貴様の辿る終焉への第一歩だって……」

 

 あの日のことを思い出すと、自分の不甲斐なさにフツフツと怒りが湧き出てくる。舞い上がっていたのもあるだろう、だから反応が遅れた。その辺りが達人級な黒乃は瞬時に俺の前へ躍り出て、俺を庇うように立ち、結果的に黒乃が頬へ傷を負った。

 

 女の子だというのに、きっと世界レベルで通用する美貌なのに……そこへ消えない傷を俺が刻んだのと同じなんだ。それなのに黒乃はまるで気にする様子をみせない。人工皮膚を被せる施術も本気で提案したのだが、頑なに黒乃はそれを拒む。俺には、それがなにを意味するか解ってしまった。

 

 黒乃は、あの傷に関して誇りに思っているに違いない。俺を守ってできた傷だからと、俺が愛でてくれればそれでいいと思っている。黒乃は……そういう子なんだ。確かに、あの傷のせいで今後は男性にも少しネガティブな印象を与えることもあるだろう。その点プラスにすら考えているかも知れない。

 

 無論だが、俺にとってあんな傷は些細な問題だ。いや、黒乃を愛すのに問題すらならない。だから変な虫も寄ってこなくなるだろうと、きっとそのくらいに思っている。今はまだそれで済むのかも知れないが、あの子の談ではこれで終わるはずもない。

 

 マドカという少女は、俺と黒乃に憎悪を抱いている様子だった。特に黒乃に対しては凄まじいもので、圧し折るだの引き裂くだの物騒なことをいっていた。……これから少女の手によって、死んだ方がましと思うような目に合うことを示唆してるのだろう。

 

 だとすれば、無関係なんていわれて食い下がるわけにはいかない。あの子のことを知ることが黒乃を守ることならば、唯一の肉親を苦しめようとも聞かざるを得ないんだ。消えない傷だという俺の脅すような言葉に、千冬姉はただ驚くばかり。なんということだとでもいいたそうな表情になると、震えた唇で告げた。

 

「そのマドカとやらは、他になにか気になることをいってはいなかったか……?」

「そうだな……。俺に対して、私はお前だとも」

「そうか……」

 

 あの言葉に関しては、目を背けたくなるような現実が待ち受けているのだろう。だって、いろいろと点と線が繋がってしまうのだから。推測するには事足りるというか、多分そうだと俺の中のなにかがずっと告げていた。そう考えれば、ISを動かせる理由だって凄く簡単に納得がいく気もするというか。

 

 それをいえば自然とマドカの存在も説明が着くけれど、確証もなにもあった話ではない。やはり当時のことを知らずに憶測だけで進めてしまうと余計に話がこじれてしまうかも。だが千冬姉のこの様子からすると、考えていることは一緒の可能性が高い。これ以上は聞かない方が吉か、千冬姉のが辛そうだし。

 

「……ごめんな千冬姉、実はもう答えはみえていたんだ。千冬姉がズバッと斬らないってことは、俺たちのみえてる答えは同じだろうから」

「……かまをかけたのか?」

「いや、そんなつもりではないんだけど。まぁ結果的にはってやつ?」

「……本当に私はなにも知らん。確かにいろいろとパズルのピースが埋まる話ではあるが、あくまで憶測の域をでない。だから―――」

「大丈夫だよ、千冬姉。血の繋がりだけが家族じゃないってのは父さんと母さんのおかげで証明されたろ。例えもし憶測通りだったとしても、俺にとって千冬姉が姉ちゃんであることには変わらない。千冬姉も、俺のことを弟って思ってくれてるだろ?なら俺はそれで十分だ」

 

 いうほど気にしてはいないが、まぁ……当然ながら思うところはある。ショックではあるしそうでなければという想いもある。けれど、取り乱すこともなければ怒ることもないだろう。……やはり俺は相当に歪んでいるらしい。何故ならば、俺の中にあるのはただ1つ―――

 

「それにさ、黒乃が愛してくれればもうどうでもいいかなって」

「……それを思い詰めている姉の前でいうか?」

「ああ、そこは悪いなって思うけどさ。黒乃となにかを比べて、黒乃が劣るなんて絶対ないからなぁ」

「だからそれを姉の前で堂々と……」

 

 ありがちな質問をされるとしよう、家族と恋人どっちを助けるかみたいな。俺の場合は家族が千冬姉で恋人が黒乃となるわけだが、千冬姉には悪いが俺は即答で黒乃を助けると答えるだろう。というか、その状況が現実のものになっても間違いなく黒乃を選ぶ。

 

 つまるところ、脳内だろうとなんだろうと姉を見捨てる算段が出来てしまうのだ。だから俺の正体が想像通りだろうと本当にどうでもいい。確認しにきたのもマドカが黒乃に対して憎悪を抱いている原因に関してだし。そこが解りそうもないのなら、これ以上の問答は千冬姉を苦しめる。だから切り上げて退散しようという話なのだ。

 

「……私を責めんのか?」

「責めてなにか変わるわけでもないしな。それに責められてはいお終い……それで納得する性格じゃないくせに」

「それもそうだ……。あぁ……クソッ、なんと続ければいいのか正解が見えんぞ……」

「いいんじゃないか、俺と黒乃のことを応援してくれればそれで」

 

 なにをいいだすのだろうかこの姉は。俺にとって黒乃は次元の違う存在なわけで、それを除けば千冬姉は家族ってことで最優先すべき人だ。なにか隠してたって俺のことを想ってだろうし、責めるって選択肢は浮かばない。……ときどき取り乱して怒鳴るアレはノーカンとしておいて。

 

 悩む姉に対して俺と黒乃をこれからも見守ってくれればそれでと伝えると、なにいってんだこいつみたいな視線を向けられる。なんでだ、解せないぞ、悩んでるだろうから最良だと思われるアドバイスをしたつもりなのに。こうなったら逆に俺はなにか間違ったことをいったかみたいな顔をしてやる。

 

「……あんないい娘は世界中を探そうと2人はおらんぞ、生後から隣に居たお前は類稀なる果報者だと思え」

「ああ」

「その娘がお前を選んだんだ。いいか、お前が選んだのではなく選ばれたと思え」

「ああ」

「だとすればやることは1つだ。お前の心血一滴残らずあの娘を幸せにすることだけに使え。そしてなにがあろうとあの娘の隣を歩み続けろ。……私は死んでもその背を見守りづつけよう」

「……ああ!」

 

 本当に千冬姉の言葉は的を射ている。黒乃が近所に生まれただけでも幸せ者だよ……俺は。繰り返す出会いと別れの中で、黒乃だけはずっと俺の隣に居た。だからこの子は俺が幸せにしたいと思った。俺が貰った幸福を全て返したいと思った。俺の命を黒乃のために使いたいと思った。俺の人生を捧げたいと思った……。

 

 その辺りはいわれなくてもといった感じだが、その道を千冬姉が支えてくれるというのなら―――これほどに頼もしいものはない。いつだって俺たち2人の道を正してくれていた人が、今度は支えてくれるというのだから。世界最強の姉という肩書も捨てがたい。

 

 結局は俺たち姉弟間で伝わる謎会話になってしまったが、これである一定のモヤモヤが晴れた。後はもうマドカがなにをしてこようと黒乃を守ればいいだけの話だ。いや、あの言い方ならば……黒乃の守りたいものも守備範囲だろう。黒乃が悲しむだろうし勿論守るが、やはり最優先が黒乃なのは揺るがない。

 

 さて、さすれば帰って黒乃を愛でることにしよう。楯無さんに仕事を頼まれていた気がするがそんなことは知らん。愛でたいときに黒乃を愛でる。これが俺の掲げた信条だ、異論は認めん。あぁ……そんなこといってるとフラストレーションがどんどん……。ええい、走れ俺!風のように愛する人の元へ!

 

 

 




一夏とマドカの関連性についてはアレコレと考えてます。
ですが、前書きでもあったようにそのイベントを描写するかどうかは未定です。
このまま自然消滅する可能性もあるので、あらかじめご了承ください。
ちなみに、専用機持ちタッグトーナメント編に突入する前にあともう1話挟みます。


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第90話 キミを求めて(表)

今話は性的な描写?といいますか性に関する話題が主です。
私なりに配慮して、R18まで踏み込んではいないと思われますが……。
なによりそういった話題が苦手な方はご注意ください。


「織斑は残るように、以上」

 

 明日の予定をテキパキと告げていき、最後に思い出したように千冬姉は呟いた。事務的な台詞とはいえ俺たちを姉弟というフィルターを通してみる者もいるのだが、なんだか今日のはそんなフィルターも機能不全を起こすなにかが感じ取れる。

 

 死刑宣告をされた容疑者というのはこんな感覚なのかもしれない。思わず恐々と号令をかければ周囲はそれに従うが、解散が始まると同時に俺のことなんていないかのように振る舞うではないか。……そうだよな、千冬姉怖いよな。黒乃もいないが、これは俺と姉を邪魔しないようにという良妻っぷりが発揮されているからであって―――

 

「おい、なにを呆けている」

「あ、いや、すみません」

 

 おっと、いかんいかん。そりゃ呼んどいてボーっとされたら機嫌も悪くなるよな。ただ、いかに黒乃と他の女子たちが違うかを脳内で熱弁していましたとはいえず。別に悪いことをしたわけでもないが、謎の謝罪を繰り出してしまった。けれど効果は抜群だったようで、まぁいいとお流れに。

 

「いろいろと聞いておかなければならんことを思い出してな」

「はぁ……?」

「黒乃とはどこまで進んだ」

「はぁ!?」

 

 いきなりご挨拶だなこの姉上は。なにをいい出すかと思えば、なんとも拍子抜けというかしょーもないというか。あれか、からかわれているパターンのやつか。黒乃と名指したからには姉として対応しているのだろうけど、少しそのあたりの質問には遠慮をもってほしいものだ。

 

「別に私はふざけているつもりはないぞ、むしろ大真面目だ。いいからさっさと答えろ」

「……まだキスまでだけど」

「そうか、ならいい。手遅れではなかっただけで安心したぞ」

 

 ふざけてはいないと千冬姉はいう。……確かにからかっている様子もなければ、ましてや興味本位で聞いている様子もない。だとすればいったいなんの意味でそんな質問を?などと考えていると、千冬姉は予想外の一手へ打って出る。教室内の教員用簡易ロッカーを漁ると、俺にとんでもないものを渡した。

 

「そら、有り難く受け取れよ愚弟」

「……千冬姉、やっぱりからかってないか」

「あのな、私とてお前たちの性生活に関して好きで首を突っ込んでいるわけじゃないんだよ。というか、むしろ触れたくもないわ」

 

 薬局かなにかのビニール袋を渡され中を覗いてみると、スキン……もとい避妊具である。これは絶対からかっているだろうと声のトーンを落として尋ねてみるが、我が姉は真面目だという姿勢を崩さない。だが後に続いた言葉を聞いて納得したぞ。俺も千冬姉のそんなところ聞きたくないし知りたくない。

 

「蓋を開ければ案の定……。この場合は動いておいて大正解なわけだ、悲しいな」

「な、なんだよ……」

「一夏、お前は自身が女と性行為に及ぶ特異さを自覚しろ」

 

 悲しいなって……なんでそんなに責められているんだ。千冬姉が頭の痛そうな視線を送ってくるせいか、意味をよく理解していない俺からすればムスッとするしかできない。すると千冬姉は、変わらぬ真剣な声色でそう告げた。瞬間、自分でもさきほどまでの苛立ちに似たなにかが消え失せるのが解る。

 

「世界で唯一ISを動かせる男だから?」

「そうだ。お前の精液一滴にどれだけの価値があるか解ったものではないぞ」

 

 特異性といわれれば、導き出せる答えはそれ1つ。俺は自然とISを動かせることが世界中に広まった直後のことを思い出した。モルモットやらなにやらの提案をされたし、中には精子提供の話もあった気がする。俺の遺伝子を国を挙げて取得しようとしていた証拠だろう。

 

「お前と黒乃が男女の関係にあるという時点でギャーギャーいい出す馬鹿も現れるだろう。別にバレても構わんが、今のうちに覚悟しておけよ」

「そこは黒乃が代表候補生だから……か」

 

 恋人同士ということは、自然と性行為に及ぶのは節理といってもいいだろう。思春期というのも相まってか、俺自身お盛んだしな……。となれば、貴重な遺伝子の独占だー!……なんて話になってくるのかぁ?うへぇ、それは先がおもいやられる。

 

 とりわけ、黒乃が代表候補生であることが関係してるのだろう。あ、俺が千冬姉の弟でもあるからか。ぶっちゃけ、俺と黒乃に子作りなんてされたくないんだろうなぁ……。黒乃と織斑の血筋―――限りなく最強に近い遺伝子の配合だ。なんだこれは、〇牙シリーズの話がリアルに迫ってきてるぞ。

 

「あぁ……だからといって自重はせんでもいいぞ。幸い、お前たちは妙な関係だと周囲は認識しているようだ」

「え、ソースは?」

「〇ィキペディアだが」

「はぁ!?嘘だろ!」

 

 わざわざ恋人っぽいことを自重してまで隠さなくていいというが、そういい切る理由がみえなかった。すぐさま聞き返すと、答えはまさかの電脳百科事典である。驚きと共に人生初のエゴサーチを携帯でかけてみると、確かに織斑 一夏って項目が。関連項目に黒乃の名前まである。

 

 えっと、両者の関係について……。両者は生後からの付き合いらしく、互いに抱く感情については謎に包まれている……。あ~……なるほど、周りからすれば決定打がないわけか。それなら外でキスとか目撃されなければ後は別に―――ってうぉい!なんだこれ、プライバシーもなにもあったもんじゃねぇ!

 

「このご時世、名が飛び交うとはそういうことだ。残念なことに、お前たちには周囲の目が一生付き纏うだろう」

「……ホントだな、俺の周りの奴らの項目もちゃんとあるな」

「だからこそのソレだ。いいか、私はするなといっているわけじゃない。今どきの子だ、必要以上の情報が入って興味も湧くだろう。だが避妊はちゃんとしろ、このいいつけだけは確実に守れ」

 

 ……確かに考えばかりが先行してしまっていたかも知れない。黒乃に手を出す気なんか満々だし、そのうちなんて思っていた。けど、避妊具の用意なんか頭から抜けていた俺がいる。多分だけど黒乃はそんなものなくていいというだろうが、それは―――

 

「黒乃がお前の子が欲しいとかいい出しても流されるなよ。学園を卒業して、お前が金を稼いで、しっかり算段がついてからだ」

「ああ、黒乃のIS操縦者としての道は断ちたくないからな」

「……解っているのならそれでいい」

 

 学生のうちに妊娠すること自体が世間的にはよろしくないのに、それが前述した通りに俺と黒乃なら世界を股にかける一大スキャンダルとなるだろう。そうなれば黒乃はより周囲から厳しい批判にさらされるだろうし、それに伴って代表候補生の座からも降ろされてしまうはず。

 

 そうなってしまえば、千冬姉の威光だのでは黒乃を守り切れなくなる。……とてもじゃないが幸せな未来とはいえない。俺もどうせ産むなら周囲に祝福されて産んでほしいし、そうなれば千冬姉のいう通りに避妊は必須か。これ、守らなかったら殺されるやつだな。

 

「それと学園内は勘弁してくれ、見つかれば私の立つ瀬もなくなる。後は外だろうと好きにヤればいい。ただし、その場合の責任は自分でとれよ」

「アンタは自分の弟をなんだと思ってんだ!」

「愚弟」

「悲しくなるから即答しないでくれ!」

 

 学園内以外では避妊さえすれば勝手にしろみたいなことをいわれるが、そんなゲーム内でのようなシチュエーションでする気はない。思わず声を荒げて問いただすが、悲しいかな我が姉は容赦なんてなかった。バッサリ愚弟と斬られた俺は、再度声を大にした後項垂れるしかできず終いだ。

 

「後はそうだな……。気恥ずかしいようなら私にいえ、代わりに補充してやる。通販でも買えるとアドバイスしておこう」

「お、おう……。なるべく自分でなんとかするよ、ありがとな」

「有り難く思えとはいったが実際に述べるな。私とてかなり複雑なんだ……」

 

 複雑か、まぁそうだろうな……本当にごめん千冬姉。去っていくその背中をみていると、なんだか謝らずにはいられない。そうだよな、もう少し性的な話にも配慮しておくべきだった。本番になっていざないとなれば、そのまましてしまっていた可能性が高い……。

 

 ……考えただけでゾッとするな。想定しうる最悪のパターンまでいってしまっていたかも。本当に有難く受け取らせてもらうことにしよう。そして俺は2ダースがまとめられた2箱を懐に隠しながら自室を目指した。それこそ千冬姉の名誉のためにも、これもなかなか人にみられるわけにもいかないだろう。

 

「ただいま……」

 

 ゆっくりと自室のドアを開けてみると、出かけているらしく黒乃は見当たらない。……よかったんだか悪かったんだか。いや、この場合いてくれた方が気まずくなくて済んだろう。黒乃に説明しておくべきか否かを悩みつつ、溜息を吐きながらベッドへ腰かける。

 

 う~ん……例えば隠してみつかったとしよう。そのパターンだと黒乃はみてみぬふりをしてはくれるだろうが、その間俺がいつ踏み込んでくるか気が気でなくなってしまうかも。変な気苦労を黒乃にかけるのもなぁ……。こういうのは女の子にとってはデリケートな話題なんだろうし。

 

 かといって素直に話すのもそれはそれで。でもそれって、次ゆっくりできるときがあれば襲いますって宣言してるようなもんか。……どのみち同じことじゃん。それなら、なんとか隠し通す道を選んでみるのも手?だけど、それも黒乃に隠しごとしてるみたいで嫌だな。

 

(……とりあえずは黙っておこう。家に帰って真剣に話せば黒乃も解ってくれるだろ)

「…………ただい―――」

「のわああああっ!?お、おかえり……黒乃!」

 

 適当に自分の荷物へ紛れ込ませておこうと思ったら、神がかったタイミングで黒乃が帰室した。慌てた俺は絶叫とともに避妊具の箱を枕の下へと突っ込む。そして手を引き抜いた勢いそのままに、黒乃に向かって手を挙げて出迎えた。な、なにやってんだ俺ぇぇぇぇ……!こんなのすぐにみつかるに決まってんだろ……。

 

「…………?」

「え、あ、いや、俺は……今はいい……。あ、ありがとな」

「…………」

(よ、よし―――落ち着け、今がチャンスだ)

 

 黒乃は帰ってくると真っ直ぐに台所へと向かった。コーヒーカップを俺にみせたということは、俺の分も必要かどうかの確認だろう。動揺が収まらない中それを丁重に断ると、黒乃はコーヒーを淹れるために背を向ける。このしばらくがチャンスだと機を伺っていると―――

 

ピリリリリ……

「なっ、携帯!?くっそ、こんなときに……。……あっと、黒乃。少し用事が出来たから生徒会室にいってくるな」

「手伝う」

「いや、大丈夫!なんでもすぐ終わる話らしいからさ、本当、ゆっくりしててくれ!」

 

 神とはなんて無慈悲なのだろう。これまた狙ったかのようなタイミングで携帯がメールの着信を知らせる。内容をみてみると差出人は楯無さんらしく、少し頼みを聞いて欲しいとのこと。いつものように書類を任されるようではないのなら、こっちも顔を出すのが吉だ。

 

 ここで今忙しいと返信しようものならば、あの人は自ら俺たちの愛の巣へ乗り込んで来るだろう。そんな最中に避妊具なんてみつかったら終わる、あの人相手だと絶対にいろいろと終わってしまう。そのため多少のリスクは冒しても、ここは相談に乗るのが得策!

 

 俺はなるべく早くここへと帰ってくる必要がある。ついでに黒乃へゆっくり落ち着いてコーヒーでも飲んでいるようにと言伝ると、脱兎が如く1025室を飛び出た。これでしょうもない相談だったら絶対に恨むぞ楯無さん。日頃から適当な人物への不安感を抱きつつ、俺はひたすら生徒会室を目指す。

 

 

 

 

 

 

(くっそ~……焦ってるからって安請け合いだったか?)

 

 楯無さんの頼みごとやらを聞いて帰る最中、そんなモヤモヤが頭の中で渦巻く。確かに俺には解る話ではあるし、本当に困っているなら助けになりたいとも思うさ。だけれど他人が首を突っ込むのがそもそもおこがましいというか、なるべくなら自力で解決してほしい事案ではある。

 

 それを理由に渋った反応をみせると、偽りのない顔で残念そうにするものだから断れなかった。それに会話を手早く切り上げたかったというのも大きい。以上の理由から、困っている人の相談を適当に請け負ってしまった気がするからモヤモヤしてしまうのだろう。

 

 済んでしまったことは仕方がないか……。後悔する暇があるのなら急いだほうがいいに決まっている。俺は比較的に教師陣との遭遇率が低い学生寮の廊下をひた走った。やがてみえてきたのは先ほど飛び出た自室の扉。黒乃を驚かせてしまうかもという配慮すら忘れ、勢いよく自室へ突入すると―――

 

「ただいま!」

「…………」

「あ…………」

 

 恋人がバスタオル1枚かつ咥えゴムの状態で待ち構えていたでござるの巻き。ばれているとかそういう問題ですらなかった。っていうかなんだ黒乃、なんで四つん這いなんだ。俺を誘う練習でもしてたのか?ありがとうございます心から。

 

 なんかいろいろと脳の回路がパンクしているものでここから先どうしてよいのやら。普段そんなの絶対やらないなんて固定概念があるせいで既にお腹いっぱいなんだが。というかマズい、マズいんだ。これでは黒乃と育んだ諸々が簡単に崩壊してしまう。いいか、俺と黒乃の関係はそんな単純じゃないんだよ。

 

「す、す、す、す……済まん黒乃ーっ!とりあえず説明させてくれーっ!」

「…………」

 

 俺が思いついたのは、とにかく叫んで思考を散らすことだった。とりあえずそんなブツを隠蔽していた部分を謝罪し、ついさっき行われた千冬姉とのやりとりを頭から語ることに。話しててこっちも恥ずかしいのだが、何故か黒乃が服を着る素振りをみせないのも毒だ。

 

 なんで服を着ないんだと指摘する暇もないほどに俺は追い詰められているわけで、とにかく早口でなんでそんなものが自室内にあるかをいい終えた。よし、非常によろしい。おかげで俺の思考回路もかなり回復し、行為まで及ぶことはなさそうだ……と思った矢先のことだった。

 

「…………」

「なっ……。ま、待てって、話聞いてたか?タブーは破る気ないというか、守らないと……だな」

「…………」

「ぬふぅぅぅぅ……!?」

 

 なんなんだ今日の黒乃は、酒にでも酔っているかどこかで強く頭でも打ったのだろうか。俺が説明をし終えたうえで、避妊具の封を1つ破り捨てるではないか。つまりはそんなの知らないからしようといっているも同然となる。黒乃が―――あの黒乃がだぞ?絶滅危惧種に指定されるであろう母性マシマシ超純情系乙女の黒乃がだ。

 

(完全に俺の理性を殺しにかかってやがる……!)

 

 俺が止めようとした後の行動だってそうだ。黒乃はそっと俺の耳へ口元を寄せると、ゆっくり静かに熱い吐息をかけてくる。おかげで男が出すべきではないような声も出たし、なんともいえない心地よいゾクゾク感が背筋へと走った。これには呻き声を出しながら必死に歯を食いしばるしかない。

 

「はむっ……」

「うっ!?ぐっ……!」

 

 黒乃は俺の事情なんてお構いなしに畳みかけてくる。今度は耳を甘噛みし始めるではないか。潤いに満ち満ちたその豊かな唇で、耳介を優しく包むようにして挟み込む。ほんのりと温かいそれは、これまた耐えがたいほどに心地がいい。この際だからずっとそうしていてほしいほどに……。

 

 しかし、いつまでもこのままというわけにはいかない。姉の面子を守るだとかいう理由で耐えているわけではないんだ。ただ、崩壊した理性のまま黒乃に喰らいつくのは絶対に避けたい。そうでないと―――いや、今は黒乃を止めることに専念しなければ。俺は名残惜しいながら黒乃をやんわりと引きはがした。

 

「待て、待ってくれ黒乃……全然なにがしたいのか解んねぇよ。悪戯とかのつもりなら今すぐ―――」

「…………」

「ん、なんかいいたそうだな。どうした、いえそうか?」

「しないの?」

「っ……!?」

 

 まともに黒乃の顔も直視できない心境だったが、なんだか射抜くような視線を隣から感じた。もちろん黒乃が視線を向けているのだが、そういうことなら目線を合わせないわけにもいかないよな……。意を決して目を向けると、相も変わらず黒真珠のように綺麗な瞳が俺をみつめている。

 

 その目がなにかを訴えかけてきているのは明白で、黒乃の場合は口に出せるかどうかは賭けみたいなものだ。ダメそうならどうしようかとまた思考を切り替えようとしたところ、俺は耳を疑うような発言を聞いた。しないのというたった4文字に、意識の全てをもっていかれそうな気さえする。

 

「……だ、だから……学園ではしない……ぞ」

「しないの?」

 

 なんとか保てている理性で学園ではしないという旨を伝えると、黒乃はズイッと顔を接近させて同じ問いかけを投げかけてきた。何故、どうして逆に問いかけてくる?それはまるで、それが俺の本心かと―――いいや違う、実際に黒乃はそう聞いてきているのだろう。

 

 したいのなら正直にいって、私はキミとならどこだろうと関係ないよ―――ってか?ハッ、ハハハ……なんだそれ、解っているが解っちゃいない。そんなもの……そんなもん!俺がどれだけ、お前のことを欲求のはけ口にしたか解らないからいえるんだ。

 

 あぁ……クソッ!ダメだ考えるな、考えるな、考えるな!こうなることがみえていたから考えないようにしていたのに、いったいどうしてくれようか。妄想で抑えていた行為を既に実行できる仲となったうえに、相手側からお墨付きときた。ずるいよなぁ……しないのかって一言が理性崩壊の窓口だなんて。

 

 黒乃の肌―――まるで白磁のように滑らかで艶がある。それらに舌を這わせれば、触りはいかがなものだろう。黒乃の髪―――漆黒の絹といい現わせそうなほど美しい。それに顔を埋めて息を吸えば、どれほど狂おしい香りが鼻腔を通り抜けていくのだろう。

 

 他にも、唇、胸、腰、四肢―――黒乃を構成する総てを味わいつくしたいという欲求が湧いて出てくる。壊してしまいたいくらいに強く、黒乃の総てを欲している。あぁ……まるで酷く渇いてしまったかのようだ。もはや妄想の域で留めるのは不可能に近い。何故かって、俺の脳内で確かに―――理性のはち切れる音が聞こえたから。

 

「黒乃っ!」

「っ…………!」

 

 気づけば俺は、黒乃へ覆い被さるようにしてその身を押さえつけていた。更には当然の権利と主張するかのように、強引に唇を重ね舌で黒乃の口内をまさぐる。我ながら随分と―――独りよがりなキスだった。けど黒乃には悪いが、ずっと望んでいたというのはある。

 

 愛はあれども欲望のままに、ただひたすら本能だけで黒乃を支配するかのような、そんなキスをずっとずっと望んでいたのだ。多分だが、俺の根底にある嫉妬心の裏返しだろう。黒乃はさまざまな形の優しさや愛情を振りまく、これまでそれが多くの男を虜にしてきた。

 

 しかし、誰しもが味わったことがない、あるはずがない。黒乃の口内の舌触り、温度、分泌された唾液。これを知っているのは俺だけで、これを知れるのは黒乃が俺だけのものだから。そう―――俺だけの。俺の黒乃。俺だけの黒乃。俺のためだけの黒乃―――

 

 あぁ……もっと、もっとだ。こんなものでは収まらない。この程度では黒乃の総てを知ったことになっていいはずがない。欲しい―――黒乃が欲しい。黒乃の総てを知るために、黒乃の総てを奪い去ってしまいたい。強引に、無茶苦茶に、悶える程に、壊してしまいそうなくらいに―――

 

 ……いや、壊そう。俺がこの手で壊してしまおう。それすなわち、黒乃に自身が俺のモノである証を刻むことだろうから。ハハ……そうか、そうなのか、たった今解った。俺はどうしようもないくらいに黒乃を滅茶苦茶にしたいらしい。さっきから、俺が黒乃を支配しているこの現状が―――愉しくて仕方がない。

 

「黒乃」

「…………?」

「愛してる。愛してるから―――お前が欲しい」

「う……ん……」

 

 愛してるなんて本当は建前なのかも知れない。俺の中にあるのはひたすら黒乃を犯したいという願望だけなのかも。多分だけどそれを認めたくなかったんだと思う。けどもう無理だ、無駄だ。そんな理智的な考えは捨ててしまえ。ああ、犯したいさ。俺以外の男なんて心からどうでもよくなるくらい徹底的に。

 

 うん、そうだ、それがいい、そうしよう。黒乃を穢して汚して犯しつくすんだ。なんて背徳的な響きだろう。男から雄へ成り下がる感覚もまた堪らない。黒乃を雌にしてしまおうなんて考えてしまうのだから本当にどうしようもない。ああ、本当にどうしようもない……。もう、どうだっていい。俺は今から黒乃を犯す―――ただそれだけのことだ。

 

 俺とのキスの余韻でも残っているのか、黒乃はなんだか呆けた様子だった。だが俺は、その名を呼んで意識をこちらへ向ける。そして思いの丈を述べると、愛しい人はすかさず寝転んだまま両腕を広げた。拒む気など持ち合わせていないようなその姿に俺は―――今度は自らの欲望と共に飛びこみ―――

 

 

 




これでも戦々恐々としながら更新しています。
結局はそれぞれのボーダーラインに委ねられますからね……。
なにか問題があるようならご指摘お願いします。


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第90話 キミを求めて(裏)

今話は性的な描写?といいますか性に関する話題が主です。
私なりに配慮して、R18まで踏み込んではいないと思われますが……。
なによりそういった話題が苦手な方はご注意ください。


「織斑は残るように、以上」

 

 放課後前のホームルームにて、ちー姉はまるで思い出したかのようにそう宣言した。以上といいつつ呼び出した本人であるイッチーに号令をかけろというのもなかなかに鬼畜の所業に思えるが。動揺しながら号令をかける様にイッチーの心情が計り知れるよ……。

 

 そしていざ放課後になると、クラスの面子たちは何事もなかったように解散を始める。居残りを申しつけられた者がいる中、長く教室に残るのは確かに得策ではないだろう。私は……う~ん、イッチーが怒られるなら一緒に居てあげたいけどなぁ。けどこの場合となると私は邪魔かも?

 

 というか、ちー姉に呼び出された=怒られるってのが確定ってことでもないよね。もし本当に怒られたとかなら後でたっぷり慰めてあげればいいだけの話ですし。ふふん、恋人の特権って奴?だったらお楽しみは取っておくとして、今日のところは退散しておくとしよう。またね、ダーリン。……な、なーんちゃって!

 

 1人恥ずかしい事を脳内で呟き、ワーキャー騒ぎながら教室を飛び出た。あー……恥ずかし、ダ、ダ、ダーリンって呼ぶだけでこんな顔が熱くなるとは。うーん、でも今のなかなか悪くなかったんじゃない?なんていうか、未だにイッチーってのより特殊な呼称があってもいいとは常々思ってたし―――

 

「くーろーのーっ!」

(ん……?ぬおっ、鈴ちゃん。どったの~そんな慌ててさー)

 

 とりあえず自室へ向かおうと歩を進めていると、前方から凄まじい勢いで鈴ちゃんがやってくるではないか。心なしか形相が怒ってるときのソレだけれど、今日は特になにもした覚えはないけどなぁ。走ったせいで乱れたらしい息を整えるのを待つと、鈴ちゃんは勢いよく私の顔を見上げてこういった。

 

「傷、みせなさい」

(あっ、なるほど……)

 

 そう問われて、そういえば今日は鈴ちゃんと会ってなかったかなんて思う。隠してたってわけではないけど、昨日までガーゼで保護してたからかな。それで今日の私がガーゼで創を覆っていないのを聞いて、組が違う鈴ちゃんは経過をみに来たと。

 

(うん、別に私は1つも気にしてないし)

「ああああああああっ!?やっぱり残ってるじゃんあの小娘ぇーっ!」

(ふぉおおおおっ!?ちょっ、まっ……なんで私にキレるんすかねぇ!)

 

 髪の毛で少し隠れてしまう右頬の傷を完全に晒すと、鈴ちゃんはただ事ではないと表現するかのように大絶叫。後に何故か私の服の襟首を掴みながら激しく揺らされてしまう。取り乱すほど心配してくれるというのは伝わったけど、こりゃ少し理不尽じゃないですか鈴さんや。

 

「お2人共、なにごとですの!?」

「おのれ、姉様を離さないか!」

「痛ぁーたたた!?ギ、ギブギブギブ!」

(い、いやいや……ラウラたんもやり過ぎだからね)

 

 どうしたものかと困っていると、聞きなれた声が2つほど響く。片方はセシリーで、とにかく私と鈴ちゃんのカオスな様子に驚いているようだ。で、もう片方はラウラたん。私が絡まれていると判断したのか、速やかに私から鈴ちゃんを引きはがし転倒させ、腕ひしぎ十字固めで制圧してみせた。

 

 痛みで鈴ちゃんも目が覚めたようだから離してあげなさいと身振り手振りで伝えると、ラウラたんは大人しくそれに従ってくれた。……けど、その褒めて褒めてみたいなのはどうなのよ。う~……実際に被害を被った鈴ちゃんには申し訳ないけど、とりあえずラウラたんの頭を撫でておこう。

 

「で、鈴よ、いったいどうしたというのだ」

「う……傷よ傷!あの女の事を思い出したらムカッ腹が立っちゃってつい……」

「それは解りますわ。よりにもよって黒乃さんの美貌を傷つけたんですものねぇ」

 

 気を取り直して事情聴取が始まると、ラウラの厳しい表情にたじろぐように鈴ちゃんは白状した。開き直りも混じっているような気がしなくもない告白に、まさかのセシリーが完全同意である。……ってうぉう、なんかセシリアさん黒いオーラ出てません!?

 

「ですが、黒乃さんはあまり気にしていないのでしょう?」

(う、うん……。別にもうイッチーが愛してくれればそれでいいかなって)

「はぁ……そういや黒乃ってそういう性格だったわよね」

「聖母が如く寛容さは姉様の専売特許だろ」

 

 ラウラたん、それかなり地雷だから気を付けて。イッチーとの関係が進展してないと気にしてた可能性大だもん、別に大したことじゃないよ。なんかさ、イッチーってばこの傷に関して責任感が凄いみたいなんだよね。必要以上にこの傷を愛でるというか、日に1度は必ずキスを落とすくらいだ。

 

 聖母なんて冗談じゃない……汚い女だよ、私は。だってこの傷がイッチーにとって楔になってるんだもん。この傷があればイッチーは私を心配してくれる。大丈夫、そんな傷なんか俺にとっては関係ないと―――そうやって私を愛でてくれる。だから私はこの傷を隠したり治そうとしたりしないんだ。

 

 こんなのなくてもイッチーはずっと私を見ていてくれる。それは頭では解っているつもりでも、常に心の奥底には不安が募るばかり。だって、イッチーが好きなのって……本当に私なのかなとかって考えちゃう。……どこまでいったって私は、藤堂 黒乃にはなれないから……。

 

 そりゃ、黒乃ちゃんとしてイッチーに接してきたのは私のが長いよ?黒乃ちゃんには悪いけどさ……。けど、やっぱり胸を張っていられないというかさ。……イッチーを好きになるたび、イッチーに愛でてもらうたび、こんな想いが膨れ上がってしまう。

 

「例の女にはそれ相応の報いを受けさせるとして、本人がさほど気にしていないならこの話はここまでだな」

「そうね……。あっ黒乃、誰かになんかいわれたらすぐ教えないさいよ!アタシがぶっ飛ばしてやるわ」

「それでは黒乃さんに鈴さん、もう少し別のお話を致しましょう。わたくしたちは休憩所に向かう途中だったのですよ」

(……そうだね、ありがとう)

 

 本当……愛の重い女ですこと、喋れないで正解だったのかも知れない。喋れたらきっといろいろとイッチーに言ってしまっていただろう。面倒くさい女だと思われても仕方ないようなこと、沢山……さ。まぁ……いいか、私の汚い部分なんて悟られるはずはないんだし。

 

 だからこれでいい、イッチーを繋ぎとめておけるならもうなんだっていいんだ。その点、マドカちゃんには感謝したいくらいだよ。こうして心配してくれる皆の前で考えていいことでもないんだけど……。まぁ、とりあえずはセシリーの誘いに乗って聞き手に興じますかね。

 

 

 

 

 

 

(う~ん、案外話し込んじゃったな)

 

 私にとってこの表現は似つかわしくないが、長時間をあの場で拘束されたのは確かだ。最後に至っては私がソワソワしているのを察したセシリーが、それとなくお開きにしてくれたわけだし。あれは本当に申し訳なかったな……。いち早くイッチーと一緒にいたいというのを見抜かれてしまうとは。

 

 しかし、前々から不思議だったが皆かなり肯定的なんだよね。てっきり私とイッチーの交際を巡ってひと悶着あると思っていただけに拍子抜けだ。イッチーの為ならライザーソード発動もやむなしと思っていただけに気が楽でいいけどさ。一途な方だという自覚はあったけど、私って完全にヤンデレなんですかねぇ。

 

 まぁいいや、病んじゃうくらい好きってそれはもう誰よりも愛している……という都合のいい解釈をしておこう。さて、イッチーはもう帰っているだろうか。もしそうならしばらくの間なにをしてイッチーと過ごそうか、なんて考えながら自室の扉を開いた。

 

「…………ただい―――」

「のわああああっ!?お、おかえり……黒乃!」

 

 ありゃ、帰ってたのね……物静か過ぎるせいで逆に驚かせてしまったのだろうか。イッチーはバッと超速の反応をみせながら私を出迎えてくれた。ふむ……それはいいけどなんか喉が渇いたかも。落ち着く意味を込めてコーヒーでも飲みますか……。あっ、イッチーにもちゃんと聞いておかないと。

 

(イッチー、コーヒー飲む?)

「え、あ、いや、俺は……今はいい……。あ、ありがとな」

(そう?でもなにか欲しくなったらすぐいってね)

 

 コーヒーカップをみせてみると、意味を察してくれたのか自分はいらないという回答が得られた。ん~……なんだか心ここにあらずって感じだけど、気にするほどのことじゃないのかな。どうしても必要な事があればいってくれるだろうし、手っ取り早くコーヒーを淹れちゃおうか。

 

ピリリリリ……

「なっ、携帯!?くっそ、こんなときに……。……あっと、黒乃。少し用事が出来たから生徒会室にいってくるな」

「手伝う」

「いや、大丈夫!なんでもすぐ終わる話らしいからさ、本当、ゆっくりしててくれ!」

 

 私がイッチーに背を向けていると、ふと携帯電話が鳴った。なんだかイッチーはそれが忌々しそうだったけど、急用の原因が生徒会関係だからかも。なにか厄介ごとなら純粋にイッチーを支えたいし、なによりたっちゃんにイッチーを好き勝手されるのが耐えられない。

 

 淹れたてのコーヒーがあるにもかかわらず手伝いを申し出るが、それはイッチーに断られてしまった。むぅ……まぁ、イッチーがそういうならしょうがないか。いってらっしゃい、なるべく早く帰って来てね。そうやって見送る間もなくイッチーは部屋を飛び出てしまった。

 

(ふぅ……)

 

 愛しい人が不在というだけで、私の娯楽が散漫する室内ががらんどうに思えてしまう。コーヒーの苦みもなんだか別物に感じるような気もするなぁ。寂しさを紛らわすという意味を込め、イッチーのベッドへ腰かけてみることにした。スプリングがバウンドし上下するのに合わせて、フワリとイッチーの香りが舞う。

 

(あっ、この匂い……やっぱり好きだなぁ)

 

 洗剤の匂いとか石鹸の匂いとかそういうのじゃなく、織斑 一夏の香りがするんだよね。表現するなら、陽だまりのような温かく柔らかい香り……かな。……どうしよう、出来心が浮かんできてしまった。私はまだ熱いコーヒーを一気に飲み干し、イッチーのベッドへ潜り込む。

 

(ふぁ……すっごい……。全身イッチーに包まれてるみたい……)

 

 毛布を頭まで被るということは、当然ながらそこは密閉状態だ。イッチーの香りも閉じ込められた状態となり、どこにも逃げずにひたすら私の鼻腔を刺激する。あぁぁぁぁ……!なんだか頭がクラクラしてきた。酸素不足とかそういうのじゃなくて、イッチーの香りに充てられて頭が変に―――

 

(頭……頭?そういやなんか、枕の下になんかあるっぽい……)

 

 なんかさっきから違和感を覚えるかと思ったら、どうやら枕の下になにか挟まっているらしい。いったいなんだろうかと手を滑り込ませてみると、なにやら箱のようなものが2箱ほどある。悪いとは思いつつも、正体不明の箱を思い切り引っ張り出した。

 

(さぁて、その正体はいかに!……っと。……ふぇ?…………ふぇええええっ!?ちょっ、ちょっと待って!これっ、これぇっ……!)

 

 予想外というか、誰もこんなものがこんなところにあるなんて思いもしないはず。だって、その、なんていうか……コ、コンドー―――避妊具!そう、避妊具が出てくるんだもん!え、え……?これは、つまり、そういうこと……なんだろうか。早い話が、イッチーは私と―――

 

(エ、エッチしたいってこと……だよね?)

 

 考えるだけで身震いが止まらない……。いずれは身体も捧げたいと思っていたけど、そういうの……イッチーは遠慮するだろうなって思ってたから。……むしろイッチーの方から私の総てを奪い去る準備をしてくれていたなんて、これを喜ばないでなにを喜べっていうの!

 

 しかも行為には及んでもしっかり避妊する意思があるということは、ずっと先の未来までを描いてくれている証拠だもん。いずれはイッチーの子を授かるとして、学生の身分の内は避妊具を使ってくれるのも嬉しくてたまらない。あぁ、こうしてはいられないじゃないか!

 

 イッチーがいつ私を襲ってくれるか解ったもんじゃない。とにかく急いでシャワーを浴びなくては!……あっ、コーヒー飲んじゃったから歯磨きだけじゃなくて胃のケアもしとかないと……。さほど時間のかかる用ではないといっていたし、あまり悠長にしてはいられないぞ。

 

 我を忘れてシャワー室へ飛び込むと、秒で制服と下着を脱ぎ捨て栓を捻る。勢いよく流れ出始めたのは水だが、そんな些細なことは気にならなかった。時間はかけずに、かつ丁寧に身体中の隅々まで洗い流すにはお湯に変わるまで待っている暇はない。

 

(……こんなもんで大丈夫かな?う~ん、自分じゃ自分の匂いって解んない……)

 

 余すとこなくキレイにしたつもりではあるが、やはり少しでも汚れとか臭いがしたら嫌だ。どちらかといえば最低限のマナーに部類されそうな気がするが、とにかく好きな人には好印象だけ与えたいって話。まぁ……あまり気にし過ぎても仕方がないか。

 

 身体を拭いき洗面所で髪を乾かせば、バスタオルを巻いて室内へ戻った。本当になんとなくの行動なんだけど、ベッドの上に放置した避妊具を前にして正座している私が。保健の授業で習ったりはしたが、実物をみるのは初めてだな。最近は配ったりする学校もあるとか聞いた事ある。

 

(……開けちゃえ)

 

 箱を開封してしまえば足がつくが、偶然みつけて単に興味を持ったという手も使える。紙パックの箱を少しずつ開いてみると、中にはみた事あるような連なった状態の避妊具が。端の方の1つを切り離して手に取ってみると、ますます私の知識に収まる見た目となった。

 

(この状態といえば咥えゴムだよねー)

 

 だよねーなんてさも常識のように言ってはいるが、まぁ2次元での定番かな。でも私から誘いたい場合はそういうのも必要になるのだろうか……?……少し練習してみようか。というわけで、未開封の避妊具を唇で挟むように咥えてみる。……これだけではどうも色気が足りないような。

 

 比較的簡単に色気が出せるとなると……う~ん、やっぱり四つん這いだろうか。今でいうとバスタオルの状態なわけだが、四つん這いになって胸元を押さえつつ……こう、中身が露わになるかどうかのチラリズムみたいな?ん~……自撮りでもして研究してみようかな。

 

「ただいま!」

(…………タイミング、悪いでござんすダーリン……)

「あ…………」

 

 み・ら・れ・た!みられた、よりによって咥えゴムの練習なんかしてるところなんか目撃されちゃったよ!イ、イッチーってば引いてる?どうしよ……羞恥心で混乱してるから動けない。なんかイッチーの方も石のように固まっちゃってるし……。い、痛い……沈黙が痛い……!

 

「す、す、す、す……済まん黒乃ーっ!とりあえず説明させてくれーっ!」

(せ、説明って……その台詞はこっちもなんですけど!?)

 

 顔を真っ赤にしたイッチーがいきなり説明させてほしいと叫ぶ。なんのことかと理解が及ぶまでしばらくかかったが、そもそもどうして避妊具がこんな場所にあるかという事情を話してくれた。するとどうやら、ちー姉がいらない心配をした結果のこれらしい。

 

 いや、いらない心配ってか大事なことだとは思うよ?けど流石の私も学生の間に妊娠する気はないなー。イッチーが今すぐにでも子供が欲しいっていうならまた違ってくるけれど、そんな性格じゃないのは私が1番よく解ってますし。ま、それはともかくとしてだよ……。

 

 要するにちー姉的には避妊さえしちゃえば後はよろしくどうぞっていいたいんでしょ?学園内ではしないようにも釘を刺したようだが、ここまできといて我慢できるほどイッチーは女々しくないはず。むしろ昂りを鎮めるためには遠慮なく、その……私を使って欲しいなって思うし……。

 

(さすればえいやっ)

「なっ……。ま、待てって、話聞いてたか?タブーは破る気ないというか、守らないと……だな」

(無理しなくたっていいんだよ……。ふぅ~っ……)

「ぬふぅぅぅぅ……!?」

 

 私が避妊具の封を破り捨てると、イッチーはなんだか焦った様子でそれを止めに入った。そんなに目をそらしながらじゃ説得力ないよ?こうやって耳に熱~い息をかけただけでほら、全身で反応しちゃってるじゃん。フフッ、いまさっきのイッチーも可愛くていいかも。

 

「はむっ……」

「うっ!?ぐっ……!」

 

 私は次なる一手として、イッチー耳を甘噛みしてみる。もっと反応するイッチーがみたくなったというのはあるが、とっととイッチーのスイッチを切り替えようと思ったのが大部分だ。ほらほら、イッチーだって私にしたい事あるでしょ?いっていいんだよ、私はあなたのためならなんだってできるんだから……。

 

「待て、待ってくれ黒乃……全然なにがしたいのか解んねぇよ。悪戯とかのつもりなら今すぐ―――」

(ん……?もしかしてこやつ……)

「ん、なんかいいたそうだな。どうした、いえそうか?」

「しないの?」

「っ……!?」

 

 調子よく耳をハムハムしていたというのに、殊の外されている本人からストップがかかった。やっとその気になったのかと思ったら、まさかのなにがしたいか解らんとのお達しである。……これはおかしい、なんだか噛み合ってやしない。だからこそ私は問いかける。え、しないの!?……みたいな感覚でだ。

 

 いやさ、っ……!?じゃなくてだね、それむしろ私のリアクションだから。っていうかなんですか、女の子にここまでさせといて手を出してくれませんか……。軽くショックですとも、えぇ……。え、なに、ホントにしないの?私準備万端だよ?襲ってくれないの……?

 

 ……私の身体は藤堂 黒乃という人間のいわば被り物だが、最近はイッチーの趣味に合うようにいろいろ気をつけているんだけどな。髪とか肌の手入れもちゃんとしてるし、カロリー制限もしてる。おっぱいも大きい方がいいみたいだからバストアップためにいろいろやってるんだけどなぁ。

 

 実際に数センチほど大きくはなった。けど、それに気づいてくれなんて我儘はいわない。ただ……ただね、ここまできたら、私を大切にしたいとかそういうのいらないから……!そうでないと、私が今までしてきたこととか……魅力に繋がってないのかなって、ショックだもん……。

 

 ……ダメだ、ホントに私って面倒臭いや。とりあえず現状ではイッチーの鋼のような意志を砕くことはできなかった、ただそれだけのことだ。なにも焦ることはない、学園ではしない……という姉との約束を守ろうってだけのことなのだから。けど、もう1回……もう1回だけ聞いておこう。

 

「……だ、だから……学園ではしない……ぞ」

「しないの?」

 

 顔を近づけて再度問いかけてみると、イッチーの瞳が大きく揺らいだのが解る。それと仄かに目が潤んできているようだ。それらが胸中でせめぎあう葛藤を顕著に表しているかのよう。悩み、苦しみ、それでも1つの答えを導き出そうと必死なんだろうと思う。

 

 私はかなりイッチーの逃げ場をなくす行為をしたことだろう。それでもしないというのなら、イッチーにとっての誓約は私が考えているよりもずっと重いということ。だったら私もこの場ではもうなにも望まない。だって、それは私を大事にしようとしてくれている裏返しなのだから。

 

 けどね、ちっぽけなプライドとかでそれを守ろうとしているのなら笑わせる。キミが思ってるほど女の子っていうのは神聖じゃないんだよ、特に私は……ね。だからイッチー……キミの中に我慢がひとかけらでもあるのなら、私はそれをなんとしてでも打ち砕く。

 

 だって我慢なんて必要ないんだもん。キミは私のモノで私はキミのモノ。私たちを結ぶのは混じりけのない愛情。ならばどこに我慢する意味が生まれる?愛し愛されたいという想いが直接的行為へ移り変わるのは節理。だからしたいならしたいといってほしい。

 

 そういう意味を込めたしないの?……だ。結果は、思った以上に効果があったとみていいのだろう。イッチーの視線はだんだんと私を舐めまわすようなものへと変わり、それに伴って息も荒くなり始めているようだ。そう……それでいいんだよ?ほらイッチー……私の総てを奪って―――

 

「黒乃っ!」

「っ…………!」

 

 ベッドへ押し倒されたと思ったら、なにもする暇もなく唇が重ねられた。受け入れる体勢が整っていないというのに、イッチーはそんなのお構いなしに強引に舌を捻じ込んでくるではないか。誕生日の際とは比べるまでもなく、私への気遣いなんて皆無だというのが良く解る。

 

 けど、これがいいしこれでいい。私が被虐体質であることが関係しているのか、イッチーを好きになってからはモノ扱いされたいという歪曲した願望があった。ひたすら本能のままに、欲望のままに、私をぶち壊してしまいそうなほどに乱暴な愛情表現をずっと望んでいた。

 

 イッチーの舌は私の口内を暴れまわり、余すところもなく味わいつくすかのようで……乱暴なことこの上ない。しかし、望みが叶ったという想いが強いのか、私の脳はどんどん喜びを悦びへ変えていく。思考を奪い、書き換え、上書きし―――私の知的な部分なんてなにも残らない。

 

 大きな水音が響き、舌と舌が絡み合い、唾液と唾液が混ざり合う。五感を総動員してそれら総てが快楽へ変わっていく。むしろ残ったとするならばそれくらいだ。あぁ……気持ちいい。キス、気持ちいい……。強引なモノ扱いキス気持ちいいよぉ……!

 

 そんな私にとって最高な貪り喰らうかのようなキスはしばらく続き、もはや息も絶え絶えのような状態になってしまう。だけどそれはイッチーが私を求めてくれている証拠であり、それもまた悦びでしかない。本当に、これで窒息しても構わないとも思ってしまう。だがそれはダメだ……何故かって、これからが本番なのだから。

 

「黒乃」

「…………?」

「愛してる。愛してるから―――お前が欲しい」

「う……ん……」

 

 あぁ……その言葉を待っていたよ。私も好き、大好き、愛してる。けど言葉だけでも想うだけでも足りないの。想いが溢れて、行き場をなくして、それを伝えられないから。だからこそ、私の総てを捧げたい。私の初めてを―――キミに奪い去ってほしい。

 

 キスの影響で蕩けてしまった脳みそをフル回転させ、それらの考えを整理させた。そして私はそのまま両腕を大きく広げ、いつでもこの腕の中に飛び込んでいいのだと表現する。イッチーは僅かに口元をグニャリと歪めると、次の瞬間には大げさな程に私へ覆い被さった。こうして、熱く激しい放課後が幕を開け―――

 

 

 




黒乃→え、ここまできといてしないの!?
一夏→学園ではしないつもりだったんだけどなぁ……。


実際の所でR18なエピソードって需要あるんですかね……?
そのうち活動報告で尋ねてみましょうか。


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第91話 更識 簪とは

100話かけてやっとこさメインキャラ全員が揃うという。
しかも構成上からして出番らしい出番をあげられない予感……。


(う~ん、さて……どうしたもんか)

 

 基本的に難しいことは考えないようにしている織斑 一夏だが、真剣と面倒の狭間のような表情を浮かべてうんうんと唸っていた。というのも、先日に楯無から直々に依頼された件についての処理に困っているのだ。端的に片付けるのなら妹に構ってやって欲しいということらしいが―――

 

(……ただ会って話すだけじゃ解決しないだろうな)

 

 複雑な事情が複雑に絡み合い難事件の様相を呈してしまっている。まず第一としては、楯無の妹君そのものが非常に後ろ向きな性格である点。だからこそ楯無は妹を救ってやりたいと願っているのだろうが、どうして自分に頼んだのかといいたくなる問題点が次に挙がる。

 

 それは一夏がISを動かしたことにより、妹君の専用機の開発が事実上凍結してしまったという点。まず前提として、妹君は日本国代表候補生らしい。代表候補生には専用機を与えてこそというのが世間一般の認識だが、彼女はそれを得られていないのだ。

 

 前述したとおりに一夏がISを動かした。よって、日本政府は貴重な存在の保護を優先するために倉持技研という企業へ白式の開発を依頼。しかし、倉持技研は既に妹君の専用機となるはずだった打鉄弐式の開発へ着手していた。だが政府は一夏の保護を理由にこれを黙殺。結果として残ったのは開発途中の打鉄弐式のみ。

 

 加えて問題となるのが、姉妹の仲がよろしくないという点。妹君は開発途中の専用機を自らの手で造り上げることに躍起になっている。それは姉に対する僅かな対抗心からなるものだった。これにより楯無本人の介入はおろか、楯無の名を出すことすらタブーとなってしまう。

 

 今一度状況を整理した一夏だが、かなりの八方塞がりであると再認識するばかり。なにか妙案が浮かぶわけでもなく……。しかし、一夏としてもどうにかしてやりたいという気持ちはあるのだ。運命の悪戯のせいとはいえ、少なからず己の責任で妹君が悩む要因を作り出してしまったのだから。

 

 もっといえば、置かれている状況に共感できる部分もあった。一夏は全く気にしたことはないのだが、偉大過ぎる姉を持つというのは周囲からの圧力も強くなるというもの。千冬と一夏を比べる者もしばしば居た。が、姉は姉で超えるべき存在であるという一夏の考えからすればただの雑音でしかない。

 

 ここからは憶測でしかないが、妹君は似たような言葉を雑音として捉えられなかったのであろうと一夏は考えた。それが妹君の根暗気質の要因であるとも。周囲の過度な期待が、元来より暗い性格に更なる影を落とした。やはり複雑な事情である。

 

(まずなんて話しかけるべきなんだろう……)

 

 自分が専用機開発凍結の要因であるなら顔も見たくはないだろう。そんな輩に話しかけられても無視されるのが関の山。けれど話しかけないことにはなにも始まらない。一夏はとある作戦を胸に妹君と仲良くなる計画を実行に移すことを決意した。

 

「あの、ちょっといいか」

「へ……お、織斑くん!?えっと、なにか用事かな」

「更識さん……更識 簪さんて4組だよな。どこにいるか教えてほしいんだが」

「更識さん?あぁ……うん、あの子がそう……だけど」

 

 事前に楯無から僅かながらも情報は得ていた。妹君の名は更識 簪。4組の所属で楯無と同じく水色の髪と紅い瞳の少女。4組の入り口付近に居た生徒に声をかけて所在を確認すると、なにやら困った様子でチラリと視線を教室の窓側の席へと向けた。そこにはいかにも大人しそうで、儚げな少女がPCのキーボードを叩いている。

 

 一夏が得た情報と少女の容姿に関してあてはめている間に、生徒の方はそそくさと去っていってしまう。やはり代表候補生でありながら専用機未所持である彼女は、性格も相まってクラス内では微妙な立場へ収まっているのだろう。一夏は意を決して彼女へ歩み寄り、あたかも自然な様子であると前面に押し出して声をかけた。

 

「なぁ更識さん、ちょっといいか。俺は織斑 一夏、よろしくな」

「……知ってる。けど、貴方とよろしくする必要はない……」

(……そりゃそうだよなぁ)

 

 なるべく友好的であってくれればという一夏の願いは空しくも砕け散り、塩対応の境地かのようななにかを垣間見た。ボソボソと喋りつつも言葉の端々は槍のように鋭く、まるで一言一句が突き刺さる錯覚さえ感じてしまう。しかし、個人的な理由含めて一夏は引き下がるわけにはいかないのだ。

 

「なんていうかその、とりあえず話だけでも聞いてもらえないかな」

「……要件は?」

「今度の専用機持ちタッグトーナメント、俺と組んでほしいんだけど」

 

 作戦というのは、開催が予定されている大会を出汁にするという粗末なものだった。文字通り参加資格があるのは専用機持ちのみで、有資格者は限られている。タッグトーナメントともなれば相棒が必要なわけで、一夏は簪をその相手としたいということで友好を深めようというのだ。

 

「理由を述べて……」

「皆はもう組む相手が決まっちゃっててさ」

 

 一応は話を聞いてもらえるだけ救いはある。回答がイエスである可能性は限りなく低いとして、問答無用でないのならやりようはいくらでもある。とりあえずは簪の回答を待つとして、一夏はその様子を注意深く観察した。すると一夏はその目で確と見た、簪が僅かに口元を釣り上げたのを。

 

「見え透いた嘘……」

「……どうしてそう思うんだ?」

「藤堂 黒乃が貴方と組もうとしないはずがない」

「…………」

 

 簪の言葉は真理だった。他の一夏の取り巻きならばまだしも、黒乃が一夏と共に戦おうとしないはずがない。それは簪を除いても周囲からの人間からすれば道理であり、恐らくは今後必ずといっていいほど一夏は黒乃からの誘いを受けることになるだろう。一夏もそれは十分に理解していた。

 

 だからこそなにも答えられない。いい方は悪いが、なにもないなら一夏だって黒乃と組みたいというのが本音なのだから。恐らく簪は、その辺りも見通しているのだろう。だからこそ一夏の言葉を嘘だと断言できたし、ちゃんちゃらおかしくて笑ってみせたに違いない。

 

「後ろめたさでも感じてる……?」

「……それもあるな」

「そう、なら余計なお世話……。気にしないで、貴方には関係のない話だから……」

 

 簪の返しから、自分は事情を理解していると察知されたと一夏は理解した。観念して責任感は確かにあると述べれば、完全なる無関心を示す意味での気にしないでという言葉を投げかけられてしまう。簪はそれきり、これ以上の議論は無意味であるとでも言いたげにPCを閉じて立ち上がった。

 

「ちょっと待ってくれ、俺は―――」

「むっ、一夏……ここに居たか。黒乃が探していたぞ―――って、なにをやっとるか貴様はああああっ!?」

「なっ、箒!?」

 

 冷たい態度をとられて腹が立ったわけではない。なぜなら簪は、もっと自分に腹を立てているのだから。お互い不干渉でいようという簪の宣言は有り難く受け取るべきだったのかも知れない。だが、ご存知の通り織斑 一夏という男はそれで納得できるほど大人な精神を持ち合わせてはいないのだ。

 

 ろくに考えも浮かばないながら、とりあえず腕を掴んで簪をその場へ引き留めた。しかし、タイミングが悪い事に黒乃の代わりに一夏を探しにきたらしい箒にそのシーンを目撃されてしまう。必死な様子で簪を引き留めようとするその姿は、箒からすればいらぬ想像を掻き立てる要因だったようで―――

 

「貴様、黒乃と恋仲になったというのにもう知らん女へ現を抜かすか。…………黒乃を悲しませるようなら―――殺すぞ?」

「いや待て、誤解だ!今のはそういうのじゃなくって―――」

 

 瞬時に箒は一夏を壁際へ追いやり、紅椿の腕部を部分展開。その手に空裂を呼び出すと、聞いた事も無いような冷ややかな声色で殺されたいのかと聞かれてしまう。そんなやり取りを繰り広げている間に簪の姿はとうに消えている。これで本人が居ては話せないことも発言が可能となった。

 

 一夏は箒へ声が届いている間に、事の顛末を1から10まで全てを話す。箒は終始訝しむような表情だったが、とりあえず紅椿の部分展開は解除されたので危機は去ったと考えていいだろう。ひと息に説明を終えると、待っていたのは差し出される箒の手だった。

 

「……事情は承知した。そのことに関しては謝罪しよう、済まなかったな……」

「いや、勘ぐりされても仕方ない場面ではあったと思う」

「だが一夏、その事情とやらは黒乃に話しているのだろうな?……お前を探し回る黒乃の様子は見ていられなかったぞ、まるで親を探す迷子の子供のようだった……」

 

 一夏は差し出された手を掴むと、心底から申し訳なさそうな謝罪を聞きつつ引き起こされる形で立ち上がった。謝ってもらえればそれで満足な一夏は、これ以上は気にしないよう自分にも非があるとその場を纏めるように言葉を選ぶ。しかし、箒としてはこの議論をここで終わらすわけにはいかなかった。

 

 なぜなら、言葉通りに黒乃があまりにも不憫に感じられたからだ。現在の時分は昼休み、昼食時だ。少しでも一夏と2人の時間を過ごそうとしたであろう黒乃は、昼食を共にと探し回っていたらしい。4時限目が終わると同時に一夏が教室を飛び出してから、まるで見つからないようで非常にオロオロとした様子だったようだ。

 

 それを箒は親とはぐれた子供のようだったと喩える。見かねた箒をはじめとしたメンバーが一夏の捜索に協力した……ということらしい。これを聞いた一夏は、立っていられないほどの衝撃を覚えた。自らの愚かな行為に激しく嫌悪しながらも、ある事情がそうはさせないから。

 

「……ダメなんだ、黒乃にこの件は相談できない」

「それは何故だ。黒乃を巻き込むわけにはいかんなどというなよ、アイツはお前の為ならばいくらでも―――」

「……違う、そんな理由ならとっくに相談してる。いっとくけど、黒乃に黙って他の女の子に関わるってすげぇ後ろめたさだからな。ホント、死にたいくらいだ……」

「ならばその理由とやらはいったい……?」

「……耳貸せ、箒」

 

 一夏は険しい表情で首を横に振るばかり。その表情がかなりの苦悩と葛藤を悟らせ、理由があるなら聞かせてみろと箒は探りを入れた。しかし、箒が口にした内容はかなりの地雷だったようだ。一夏の頭を掻きむしる様子をみて、どれだけ黒乃を大切に想っているかは十分に伝わった。

 

 だとすると、残りは黒乃の協力が得られない理由のみ。ここで大っぴらに話すことはできないのか、一夏は周囲の様子を伺いながらそっと箒に理由を告げる。すると箒は衝撃を隠し切れないのか、あからさまに目を見開いて一夏の言葉を耳にする。

 

「……それは本当なのか?」

「姉である楯無さんがそう言ってたんだ、確かだとおもっていいだろうな……」

「そう……か、なるほどな。そういう事情ならば黒乃と更識の接触は避けるのが得策か……」

 

 ここまで箒を驚かせる、箒にそこまで言わしめる理由がそこにはあった。いったい簪のなにがそれほどに黒乃へ影響するのだろう。両者には日本国代表候補生という共通点はあれど、黒乃の様子からするに関わりは薄いとみていい。ならばどうして、接触まで避ける必要があるのだろうか。

 

「……ともかく、更識が姿を消したのならばひとまずは忘れろ。一夏、お前は今すぐに黒乃の元へ行ってやれ」

「ああ、そうするよ。黒乃は食堂でいいのか?」

「席を確保して一夏の到着を待っているぞ、私たちが必ず連れてくると豪語したからな」

「そうか、解った。箒、皆にありがとうって伝えといてくれ。それじゃ」

 

 事情は呑めたが、箒からすれば優先事項が黒乃であることには変わらない。とりあえずこの件はまた今度にして、お前はとにかく黒乃のところへ向かえと促す。黒乃を不安にさせたとあらば、一夏としてもすぐに駆け付けなければという想いが勝る。

 

 箒へ自分を探してくれた者へ感謝を伝えてほしいと残すと、後は全力疾走で食堂へと駆けて行く。その背を見届けた箒は、ようやく安心したかのような表情を浮かべた……が、それは僅かな時間のみだった。箒の眉間にはみるみる内に皺が寄り、忌々しく吐き捨てるかのように小さく呟く。

 

「……ようやく想いが通じて結ばれたというのに、あの2人にはまだ障害が立ちふさがるか……」

 

 

 

 

 

 

(え~っと、整備室は確か……)

 

 放課後になると同時に、私が足を向けたのは整備室の方だ。私がそういう場所へ用事となると、高確率で刹那関連なわけだが、今回も鷹兄から呼び出しがあったからねぇ。なんでも、雷光の仕様をレース用から戻すのを忘れていたとかなんとか。

 

 このままでも問題はないそうだが、一応の処置ということらしい。ついでに今後はコンソールで通常用とレース用にモードが切り替えられようアップデートしてくれるそうだ。その作業は特に近江重工が間借りしている研究棟第13区画でする必要もなく、近場であるからという理由から整備室を選んだそうな。

 

 鷹兄は自分の為だか私に配慮してんだか真相は不明だが、なるべく時間を浪費しないようにしてくれるのは有り難い。なるべく1分1秒をイッチーと共に過ごそうとしているのだから、邪魔とはいわないけど短く済めば私としても万々歳だ。まぁ、イッチーの方が忙しいから無意味だったりするんだけど。

 

(ん、ここかな?よし、お邪魔しまーす)

「やぁ、いらっしゃい藤堂さん。時間を取らせちゃって申し訳ないね」

 

 扉を潜ると、中では既に鷹兄が準備に取り掛かっていた。足を踏み入れた覚えのない整備室を見回すと、そこには数多くのISがハンガーへ鎮座している。とはいっても量産機だけどね……。ここに放置されているいうことは、なにかしらの問題が生じているのだろう。

 

「物珍しいかい?整備課の子じゃないと関りは薄いかもね。本音としては、選手志望の皆にももう少し関心を持ってほしいんだけれど」

(あ~……それはすみません)

「ハハハ……ゴメン、小言っぽくなっちゃったかな。まぁ、機械が大好きな変人の主観的な独り言だとでも思って聞き流してよ」

 

 もう少し関心を持ってほしいというのは、鷹兄のISを大切にしてほしいという願いが込められているのだろう。相棒だとは思いつつもせっちゃんにはいつも無理ばかりさせてるもんだから、もっともな鷹兄の言い分に思わず頭を下げてしまう私がいた。

 

 そこまでされるほどのことでもないのか、鷹兄はすぐさま私を制す。そして気を取り直すかのようにパン!と大きな音を立てながら両手を合わせると、早速始めようかと作業道具を手に取った。私は空いているハンガーへ刹那を置くよう指示され、すぐさまそれに従う。

 

 なんだか量産機に混ざって専用機が鎮座しているのは妙な感じだ。なんというか、やはりそのディテールの特異さから本当に専用なんだなと思い知らされる。いってしまえば優越感があるかも……。汎用と専用では響きからして違ううえに、超高機動近接格闘型機体なんてジャンルも付与するし。

 

 そんな優越感はさておいて、私はそこらで見つけた脚立に腰をかけて鷹兄の作業を見守った。その様子は相も変わらずちんぷんかんぷんで、鷹兄の関心を持ってほしいという言葉が時間差で襲い掛かってきてしまう。いや、鷹兄は束姉と並ぶ天才らしいから、熟練者から見ても謎作業な可能性が微レ存……?

 

「そういえばさ」

(む、なんじゃらほい?)

「織斑くんと付き合い始めたって聞いたんだけど」

(ど・こ・か・ら・さ!)

 

 片手間でも聞きたいのか、はたまた会話があった方が作業効率でもいいのか、鷹兄はいきなり私へそんな質問をしてきた。いったいどこから得た情報なのかと小一時間くらい問い詰めたいが、残念ながら私にそれはどだい無理な話だ。……ちー姉?……はないか、ちー姉は鷹兄大嫌いだからなぁ……。

 

 どこから聞いたかとかはこの際ほっとくとして、変に否定したって鷹兄の面倒くさい質問ループに陥るだけだろう。そう判断した私は、急いで肯定を試みる……が、こういうときに限って声が出やしない。何度もトライしていると、やがて私の喉から音声が発せられた。

 

「愛し合ってる」

「フッ……アハハハハ!付き合い始めたかどうかの質問に対してその解答かい。これほど少しズレてるけど、これだけ解りやすい答えは他にないかもね!」

(だってこれしか出なかったんだもん!)

 

 私だってできたら「そうです」とか「はい」で肯定してるよ。けど好きに選べなかったんだから仕方がないじゃん!……なんていう私の抗議は届くはずもなく、回答がツボりでもしたのか鷹兄は大爆笑だ。ちぇー……鷹兄に私がここまで弄られるのは初だよ……。

 

「そうかいそうかい、それは本当に喜ばしいことだね」

(本当にそう思ってやがりますかねこの人)

「末永くお幸せに……っていうのは流石に気が早いのかな。とにかく、キミらの行く道に幸あれってね」

 

 ……鷹兄からしても本気で祝おうって気はあるのかもね。なんというか、今の鷹兄は随分としっとりしている。そこにはもう私をからかおうなんていう思惑は感じられない。私の勘なんてあてにはならないが、かなりこの自称変人の天才さんのことも理解できるようになったということなのかな。

 

 それだけが質問したかったのか、残った作業は黙って進んで行く。黙ってとはいっても、なんかブツブツと呟きながらではあるけど……。そうしている内に鷹兄の手は止まり、お待たせーなんていう緩い声が作業の終わりを告げた。私は鎮座する刹那を身に纏うと、待機形態に―――

 

「ああ、ごめんよ、少し待ってくれるかな。仕様の変更は刹那展開時に制限を設けたから、このままコンソールの操作について説明させてよ」

(ん、了解。じゃあ、レクチャーお願いします!)

 

 いわれてみれば、待機形態時に仕様変更できる仕組みだと問題があるな。なにかって、万が一細工をしようと思ったら簡単だってこと。もし外している時に雷光のエネルギー効率でも操作されたらたまったもんじゃない。QIBやらOIB使った時点で即ドカンですよドカン。

 

 そのあたりに配慮してか、操作は刹那として私が装備している間となっているようだ。流石は鷹兄、私への配慮を忘れない開発者の鑑―――ってあれ?そもそもせっちゃんのコンセプト自体が私に優しくないような……。ま、まぁいいか、しっかり鷹兄の説明を聞かなくちゃね。

 

「―――で、実行をタッチしてもらえばそれで終了だよ。どうかな、簡単な説明だけど理解はできたかい?」

(うん、こういうの覚えるのだけは得意だよ)

「ん~……問題はなさそうだね。ま、忘れちゃったらまた聞いてくれれば説明するよ」

 

 空間投影型タッチパネルを操作する感覚がなんかゲームっぽいといいますか、それだけで私の脳はそれを記憶する早さが違ってくる。我ながら流石のゲーム脳っすわぁ……。とにかく、1回の説明で覚えることができた自信がある。もし忘れても教えてくれるっていってるし問題ないだろう。

 

「じゃ、今日はお開きにしようか。わざわざご苦労様―――」

「…………っ!?」

「おや更識さん、こんにちは。今日は少し遅かったね」

(更識さん……?更識さん!?ぬおっ、簪ちゃんじゃないか!)

 

 鷹兄が解散の音頭を取ろうとしていると、整備室の扉の開く音が耳に届いた。思わずそちらへ注目すると、入り口に立っていたのは水色の髪をした眼鏡っ子―――更識 簪ちゃんが視界に映る。……あ、そうか……時期を鑑みるに整備室でエンカウントするのは必然か。

 

 別に避けていたということでもないけど、ほら……私ってろくな挨拶もできなかったりするじゃない。同じ日本の代表候補生として挨拶しておくべきかと悩んだりしたのだが、かんちゃんの性格を考慮して止めておいたのだ。原作の描写をみる限り、無言無表情な私では怖がらせてしまうのではないかと……。

 

 でも偶然こうして出会ってしまったのだから仕方がない。向こうも私を知っているだろうし、ここで挨拶を交わさなければ失礼の極み。私はすぐさま刹那を待機形態へ戻し、ゆっくりとかんちゃんへ接近を試みる。大丈夫さ、我らは日本を背負う者同士……きっと解り合えるはずじゃないか。

 

「あ、あの……その……わ、わた……わた……し……」

(ぬふぅーし!やはり怖がらせてるご様子っ……)

「貴女の……ファ、ファ、ファ…………ファ……」

(むん……ファ?……とはなんぞや)

「ファ~…………!」

 

 なにこれ?ゆっくり近づいてみたら目とかそらされたしたどたどしくなったし、怖がられているのに違いはないわけだ。じゃあファってなによファ~って、まるで意味が分からんぞ!謎のファ~という発声をしながらかんちゃんはその場から逃げちゃうし……。怖がられているのは確定だとして、やっぱり理解が及ばないんですが。

 

「確か彼女とは初対面だったよね?同じ日本国代表候補生として知らないってことはないと思うけど……」

(そりゃ知ってるよ。……原作知識的な意味で)

「ん、更識 簪さんだね。更識 楯無さんの実の妹さん。彼女とはよく整備室で会うんだよ。趣味が合うみたいだからしつこく話しかけてるんだけど、これがなかなか心を開いてくれなくてね」

 

 そうか、鷹兄はISの整備とかも仕事の内だから頻繁にここも利用しているのか。そしたらかんちゃんとの顔を合わせた数も多いみたいだけど、どうやら仲良くなるのは不発で終わっているみたい。特有の胡散臭さからして心を開いてくれないのでは……?

 

「個人的には力になりたいんだけどねぇ。ほら、ブルーシートが被せてある機体があるでしょ。あれが彼女の専用機、打鉄弐式だよ。事情は知ってるかい?」

(うん……。かなりややこしいことになってるんだよね)

「というか僕個人の技術的協力だけじゃなくて、近江重工への所属変更も提案したんだけど……う~ん、取り付く島もないっていうのが現状かな」

 

 よほどかんちゃんに無視でもされているのか、鷹兄は参ったなと少しばかり苦笑いをしながら後頭部を掻いた。なんでそこまで話を聞いてもらえないか考えてみると、もしかしてくらいの考察は浮かぶのだけれど……。う~ん、いくらかんちゃんだってそこまで拗らせて無い気はするが。

 

 なにかって、鷹兄が天才の類だからとか。かんちゃんはたっちゃんという何でも出来ちゃう姉に対してコンプレックスを抱いている。となれば、たっちゃんも十分に天才という括りにしていいはず。そしてこの鷹兄。他のことに関しては謎が多いけど、機械が関わるとそう右に出る人物はいないだろう。

 

 そんでもってこの飄々とした態度もどことなくたっちゃんに通じなくもない。……やっぱり理由はこれかもね。ズバリ、かんちゃんは鷹兄とたっちゃんを同類とみて拒絶してしまっている。つーか、鷹兄の場合は地雷踏んでる可能性も大だ。それくらい簡単だからちょっと見せてごらんよー……なんていっちゃったりしてないでしょうね。

 

「ま、見かけたら声をかけてあげてよ。キミと僕の関係性でなんとか交渉まではもっていけるかも」

(いや鷹兄、さっきの見てたかね?めっさ怖がられちゃったんですがそれは)

 

 いくらマゾの私だって拒絶されるのが解って接近する程ハードなメンタルは持ち合わせていませんぜ。けど、なぁ……姉妹間のいざこざもあるみたいだし、できることなら仲直りさせたいよねぇ。そういえば、この件に関してイッチーは動き出してるのかな?もしアレなら協力―――

 

「づっ……!?つ……!」

「……藤堂さん?」

 

 考えを巡らせていると、私の頭を頭痛が襲った。歯を食いしばっていないとやっていられないこの感じ……まさか、黒乃ちゃんと交代の報せ……!?ぐ、うぅぅぅぅ……!い、たい……前の時より痛みが酷くなってる……?!あ、ダメだ……視界がぼやけ始めて……体に力、入らな……!

 

「藤堂さん、頭痛がするのかい!?僕の声は解るかな!」

(解る……けど、無理……。これ以上、意識を保つなって……私の身体がいってる……よ……)

「藤堂さん……?藤堂さん!しっかり―――」

 

 慌てる鷹兄なんて珍しい姿をみたもんだ、ラッキー……なんて言ってられないか。あまりにも頭痛が酷いせいか、私の身体は力なく崩れ落ちる。地面に倒れ込むのだけは鷹兄が支えてくれて回避できたが、やはり意識が途切れる予兆だったらしい。鷹兄の心配そうな声を聴いたのを最後に、私の目の前は暗闇に包み込まれてしまった……。

 

 

 




黒乃→案の定というか、まぁ怖がられるよね……。
簪→貴女のファ―――

尺の都合でいったん切ります、申し訳ありません。
ですが簪が黒乃の「なに」かはお判りでしょう。


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第92話 学園に潜む小烏

半年前くらいに思いついた後付け設定マシマシ回。
本当に前から考えている場合とそうでない場合がありますが、そういうのは正直にいきましょう。
こうでもしないといろいろと都合が悪くてですね……申し訳ありません。


「はぁ……はぁ……!」

 

 来た道を真逆に走る少女は、耳まで真っ赤に染まっていた。それは走った影響ではなく、羞恥からくる紅潮だとひと目見ただけで解ってしまう。自らにとって憧れである人物の前に立っていられないほど緊張で、思わずこうして逃げ出してしまったのだ。つまるところ、更識 簪は藤堂 黒乃の―――ファンである。

 

「はぁ……。ファンですっていえなかった……」

 

 実際の所ファンと片付けてしまえば語弊があるのだが、本人からすればその表現がしっくりくるらしい。立ち止まった簪は乱れた呼吸を整えるとともに、思いの丈を述べることができなかったのを嫌悪するかのようにため息を吐いた。それどころか、奇声に近い声を上げてしまったことが時間差で襲い掛かってしまう。

 

 絶対に変だと思われたと、またしても羞恥がぶり返す。身体中が火照るような感覚を紛らわすように、簪は制服をバタつかせてそこらへ風を通した。そうしてその場で大きく深呼吸……。す~は~と大きく息を吸ったり吐いたりし、それが終わるとキリリと表情を凛々しいものへと変える。

 

(も、もう一度……もう一度だけ挑戦……!)

 

 両手を小さく握りしめてそう誓う簪だが、そのハングリー精神を普段から前面に押し出してほしいものだ。結局のところ彼女が根性のある人物という証拠なのだろうが、人と相対するのを決心するだけでそれほど必死にならなくてもいい気もする。それには紆余曲折な理由がなくもないのだが―――

 

「見つけた……。なぁ、更識さん!」

(意外としつこい……)

 

 整備室へ戻ろうとしたところ、背後からあまり聞きなれたくはない声が耳に届く。先ほどまでの興奮した様子はどこへやら、簪の態度は昼間のような冷ややかなものへと変わった。無視してもいいのだが、あれだけ拒絶してもやってくるのなら適当にあしらう方が早いだろう。

 

「なに……?いっておくけれど、私が貴方と組むことは―――」

「悪いけどそれは諦めないとしてだ。今回の用事はまた別で、少し真偽を問いたいことがある」

「…………?」

 

 あしらうどころか、露骨に嫌な表情を浮かべながら一夏へと向き直った。だが効果は薄いどころか全くないらしい。本気で気にしていないかどうかは定かではないが、一夏はサラリと流して別の用事で今はやってきたのだと伝える。簪からすれば覚えのない話のようで、不思議そうに一夏を眺めるばかり。

 

「……小烏党員って本当なのか?」

「……だとしたら?」

「責めたいわけじゃないし、もし本当だったとしても特になにがあるわけでもない。けど、知ってるのと知らないでいるのとじゃいろいろ違うと思うんだ」

 

 一夏は神妙にというか非常に聞きづらいかのように重々しく口を開いた。そして飛び出たのは予想だにしない言葉である。これこそファンという表現には語弊があるという所以だ。一夏は元より楯無からこの情報を得ていた。実際に小烏党の人間を目の当たりにしたからこそ、黒乃と接触は避けるべきと判断したのだろう。

 

 しかし、もし本当に小烏党員なのだとするならば、かなりの疑問点が残ってしまう。だからこそ確認しておくべきということなのだろう。完全に偏見的思考だが、なるべくならそうであってほしくはないのだから。簪はしばらく黙りこくると、相変わらずボソボソとした抑揚のない口調で切り出した。

 

「……小烏党の面子には、数種類のタイプが存在する……。どれもネット上の俗称に近いけれど……」

(周りの奴らが勝手にいいだしたってことか)

「1つ、穏健派……。この派閥は主に単なるファン……」

 

 簪は、ピッと人差し指を立てながら1つ目の派閥について説明を始めた。小烏党穏健派―――曰く、黒乃の単なるファン。つまり彼らには女尊男卑なんてものはどうでもよく、黒乃の美貌を褒めたたえることができればなんでもいいのだ。要するに、アイドルのファンなんかが近いのかも知れない。

 

「2つ、過激派……。これが最も害悪……。ただ人を叩きたいだけの陳腐な連中……」

 

 今度は簪の中指が立つ。小烏党過激派―――曰く、女尊男卑の女性を単に叩きたい連中。穏健派とは逆に、彼らにとっては黒乃がどうでもいいのかも知れない。ただ小烏党という集団を隠れ蓑とし、背後からギャアギャアとまくしたてる。そのあたりが関係しているのか、簪は苦虫でも噛み潰したかのような表情となった。

 

 小烏党が過激思想の持主の集まりとされるのは、過激派が無駄に騒ぎ立てるせいなのかも知れない。そうでなければ、基本的に無表情であることの多い簪がこんな顔にはならないだろう。だがそれは、やはり簪が小烏党員である証拠ではと一夏は感じた。

 

「3つ、神格派……。文字通り、彼女を……黒乃様を心から崇めている派閥……。私はここに属する……」

「でも、更識さんは女の子なのにどうして―――」

「……そこまで話す義理はない」

「ああ、そうだな……悪い」

 

 最後に簪の薬指が立った。小烏党神格派―――簪のいい方からして、彼らが真の小烏党員とでもいいたげだ。そう、本来の思想としては最もそれが近い。抑圧され蔑まれるような日々の最中、颯爽と現れた八咫烏。世にはびこる女尊男卑を廃するであろう女神として黒乃を崇める集団―――

 

 もちろん女が偉いというような思想を抱く女性をよしとはしないが、過激派ほど叩く行為をするわけではないのだろう。やはり純粋な気持ちで黒乃に心酔してしまっているようだ。ではどうして女性である簪がと疑問を感じた一夏だが、それはピシャリとシャットアウトされてしまった。

 

「けど、他にも情報をあげる……。小烏党には頭領と呼ばれている創設者がいるの……。その頭領がある日……信頼を置ける党員を7名選んで幹部職を設けると発表した……。七宝刃(しちほうじん)って知ってる……?」

「いや、聞いたことないな」

 

 七宝刃という聞きなれないワードを知らないと素直にいうと、簪はこれだから素人はとでもいいたげに大きな溜息を吐いた。説明を聞けば、黒乃の異名の1つらしい。由来は7本の刀を使うからという簡単なものだが、刹那に搭載されている7本の刀はある種でモチーフ化されているようだ。

 

「で、それがどうかしたのか?」

「……幹部には……壱から漆までの序列があり……壱から順に黒乃様の扱う刀のコードネームが与えられてる……」

「…………。…………っ!?まさか、キミは……!」

「そう……ご明察……。小烏党神格派……七宝刃・壱ノ太刀―――神立。それが……小烏党内での私の通り名……」

「ちょっと待て……ちょっと待てよ!つまりキミは、事実上のナンバー2だっていうのか!?」

 

 簪は財布からキャッシュカードほどの大きさと材質のプレートを取り出した。それは背景が真っ黒に染まり、中心部に白色でなにかが描かれている。一夏が目を凝らしてよく見てみると、そこには―――3本足の烏と取り回しが難しい程の大太刀である神立が交差するようなデザインが刻まれていた。

 

 そして自らを壱ノ太刀 神立と名乗ったのだ。一夏は状況整理が追いつかないながら、簪の言葉を思い出した。頭領を筆頭に壱から漆の序列を持って幹部が存在する―――と。だがそうなると、目の前の少女が壱の番号を名乗ったのだ。それすなわち、小烏党で2番目の権力者……信者であることを示していた……。

 

 

 

 

 

 

―――数年前―――

 

(大丈夫……私ならやれる……)

 

 緊張や不安がジワジワと私の心をかき乱していく。それを必死に自らを鼓舞することで振り払い、なんとか平静を保てているというところだろうか。……そう、私ならやれる……やらなければならないの。だって、お姉ちゃんができたのだから。私も……やら……ないと……。

 

(…………)

 

 いや、比べるまでもないし土俵が違う。だって私は今日やっと代表候補生選考会へ招待されるに至ったのだから。そうこうしている間に、お姉ちゃんは国家代表への道筋を着々と進んで……。……家柄を有効活用したロシア経由の代表入りだとはいっていたが、あの人はそれに伴う実力もしっかり兼ね備えている。

 

 それなのに私は、候補生へなれるかどうかの瀬戸際。ここで実力が示せなければ、合格者は0である可能性もあるいわば登竜門へ私は挑むのだ。けど、狭き門だろうとやっぱりやらないと……。そうでないとまた、家の人達になにをいわれるか―――

 

「うーわー……なにあの子、感じ悪っ……」

「解るー。この程度は余裕ですけど?……とかいいたそうにしか見えないよねー」

「…………?」

 

 現在地はロッカールーム。私と同じく代表候補生を目指す少女たちは、着替えた後にイメージトレーニングや戦術・戦法のチェックへいそしんでいた。そんな中、私以外の子たちは声を潜めてやり取りを交わしているようだ。チラリと彼女らが視線を僅かに向けている方を見ると、そこにはいつの間にかもう1人の少女が増えていた。

 

 その少女は、着替えが終わるなりベンチに座って目を閉じるばかり。空気から察するに、居眠りかなにかをしているようだ。どうやら彼女らはそれが気に入らないらしい。自分たちは切羽詰まっているというのに、こんなにも堂々と居眠りをされては癪に障るのだろう。

 

(すごい……)

 

 私の抱いた感想は少し違う。本当に、心からすごいと思った。何故なら、周囲の雑音などまるで気にした様子をみせないから。彼女らの陰口は陰口といえず、わざとギリギリ聞こえるような音量で会話をしている。にもかかわらず、それらをまるで寄せ付けない威風堂々としたその姿は―――純粋に美しい。

 

 だって私には絶対に無理……。周りの声に過敏に反応して、オロオロと戸惑ったりすることしかできないだろうから。それに彼女らの言い分だって一理ある。その後の人生が関わる大舞台だというのに、一切の対策を練ろうともしないなんて。きっと……それほど己の実力に自信があるのだろう。

 

(羨ましい……な……)

 

 私もそうあれたらどれだけよかったことか。例え虚勢だろうとも私には楽勝だなんて絶対いえないし、それを態度で表すのもできっこない。それなのにこの黒髪の少女は、私にできないことを平然とやってのけてみてた。……この人も、やっぱりお姉ちゃんと同じような人種(てんさい)なのだろうか。

 

「……あ、あの……」

 

 私は自分でも知らず知らずのうちに、黒髪の少女へ声をかけてしまっていた。話しかけたところでなにをするつもりかなんて考えていやしないのに。どうしてそんなに余裕があるのと聞いてみる?待って、いきなりそんなの聞いたって失礼でしか―――

 

「…………」

(無……視……?ううん、多分聞こえなかっただけ……)

 

 幸いにも黒髪の少女から反応はなく、微動だにしていない。パニックが起きかけていたせいか、私は内心でホッひと息。……私はボソボソと喋るから聞き取れなかったんだと思う。家でも喋ると聞き返されることが多々あるし……。……私としては普通に話しているつもりなのだけれど。

 

『館内放送、館内放送。これより選考会を開始します。名前を呼ばれた方は、指定された競技場へ―――』

 

 するとロッカールームにアナウンスが鳴り響き、選考会開始を告げた。……私もあまり人へ構っている暇ではない……かな……。そっと黒髪の少女から離れると、メガネ型のディスプレイを用いて簡易的なシミュレートでもして時間を過ごすことにしよう。

 

 ルールは事前に公開されないから具体的な待ち時間は解らないものの、なにかしていないとこの空気の中では落ち着かない。……はず……なのだけれど……。そう考えると、やっぱりあの子はすごい……。で、でも……絶対に負けないってくらいの意気込みじゃないと……!

 

 そして時は過ぎ、私の番まで巡ってきた。最後には私とあの子しか残っていなかったが、それなら最後はあの子……。……だったら試合を拝見できるかも。いや、そんなことよりまずは自分のことに専念しないと。最後にもう一度だけ自分を鼓舞し、意気揚々と競技場へと向かった。

 

 今年のルールは5分間という非常に短い時間で、どれだけ己の力量を示せるかというものだった。試験官がフライング気味に攻撃を仕掛けてきたが、あれもきっと審査対象となるのだろう。となると意図的……。完全に避けきれはしなかったけど、被害は最小限に抑えたはず。それから―――

 

「あっ、最後は例の子みたいだよ」

「余裕ぶってたけど大したことないんじゃない?」

「…………」

 

 よかった点や反省点を整理していると、ロッカールームまで戻る前に通る広間で人だかりができていた。どうやらちょっとした観覧所のようで、大型のモニターが掲げられている。競技場内の様子が映し出されているようで、彼女らは意外にも勤勉に試合内容を観賞していたのだろう。

 

 モニターを見上げると、やはり最後はあの子……。彼女らはいかようにしてあの子が無様な姿を晒すかを期待しているようだが、多分そうはならないだろう。……もののついでに、あの子の試合を見てから帰ろうかな……。ソファ等々は既に占領されているため、少し離れた位置で静かに息を潜めながらモニターへ注視する。

 

『試合開始』

「ちょっ、あの子いつ抜いた!?」

「う、ううん……全然見えなかった……」

(なんていう抜刀速度……!?)

 

 やはりフライング気味で試合開始の合図が鳴る。普通はそれに戸惑うところだが、あの子は全くそんな様子をみせなかった。それどころか、いつの間にか打鉄の近接武装である葵を抜刀して試験官の一太刀を完全に防いでしまうではないか。……刀の抜刀なんて見慣れてると思ったけど、本当に手品のようにいつの間にか……。

 

 それだけあの子の抜刀速度が速かったということなのだろうが、後に続いた構えや太刀筋をみて解った。あの子はどうやら剣術に深く関わりがある。……既に剣の達人と表現してもいいのかも知れない。家柄の都合で沢山の人が剣を振るのを見てきたが、あの子のソレは舞に興じているかのように美麗だ。

 

「押してる……よね……?」

「というか、普通にいい試合じゃん……」

「試験官とのキャリアとか、全然違うはずなのに……!」

(それなら少なくとも、私含めたこの中の誰よりもあの子は―――強い……)

 

 実際に試験官と戦ってみて、お世辞にも優勢であった場面なんて無いに等しかった。けれどモニターに映るあの子は、確実に試験官と接戦を繰り広げている。誰かがいったように押しているというのが正しい……。自分たちも試験官の実力を肌で感じたからか、どうして押せる状況が作り出せるのか理解が及ばないのだろう。

 

 やがてモニター前の少女たちは、試合時間の経過とともに顔が青ざめていく。……ロッカールームでの出来事でも思い出しているのだろうけど……。口は災いの元というが、まさにそれ。余裕さが気に入らないだの陰口を叩いた相手が、まさか長いキャリアを積んだ試験官に食い下がるレベルの実力者とは―――

 

(……なんて思ってるんだろうけど……)

 

 あのまま続けばどちらが勝ってもおかしくないような試合は、設けられた制限時間が訪れたために終わりを告げてしまう。残念……もう少しみていたかったのだけれど……。……やっぱり声をかけてみようかな。あの子の実力の源が気になるところではあるし……。

 

 そして廊下に足音が響き始めた。長い廊下の先から黒髪を揺らして歩いてくるのは例のあの子……。…………?試合内容でも気に入らなかったのかな、なんだか伏し目がちな気がしなくも……。あ、それよりなんて声をかけたらいいのかな……?シンプルに凄かったとか……?

 

「…………」

「ヒッ……!?」

 

 消極的な私が悶々としていると、黒髪の子は観覧所の入り口付近で立ち止まった。そして、スッ……っと見た。なにを見たって、私を除いた少女たちへ視線をやったのだ。するとどうしたことか、先ほどまでの威勢はどこへやら。少女たちは黒髪の子から逃げるかのようにロッカールームの方へ去っていく。

 

(すごい……。すごい、すごい、すごい……!)

 

 口を開けば生意気しか出てこないような少女たちを、実力を示しただけで簡単に黙らせてしまった……。これは違う、黒髪の子はお姉ちゃんとは違う。出会えば逃亡しか選択肢が浮かばないほどの絶対的な強者……!力、そうだ……私が欲しかった力、他者に有無をいわせない力をあの子は持っているんだ!

 

 なんでできないんだとか、姉さんはあんなにも優秀なのに……なんて聞き飽きる程にいわれてきた。私はそれらを黙らせたくて……。それなのにどうだ、あの子ならば今でも確実に黙らせてしまうだろう。あぁ……なんということだ、こんな所で欲しかったものを持っている人に出会えるなんて……。

 

「あ、あの!」

「…………?」

「私も……私にも、同じことができるようになりますか?!」

「…………」

 

 既に通り過ぎていた背に、必死で声をかけた。すると黒髪の子はしっかり立ち止まってくれた。いきなりのことで振り向いてはくれないけど、それでも構わないから私はそう聞かずにはいられない。すると黒髪の子は、背を向けたままグッと親指を立てて私に見せる。そしてすぐまた歩き出しはじめた。

 

「っ……!追い……ます……。追わせてください、貴女の背中!」

「…………」

 

 瞬間、私の中で彼女が目標に変わった。その親指1つで私がどれだけ救われたか、黒髪の子にはてんで解らないだろう。けど……けれど、確かに彼女は私を応援してくれたんだ。私の欲しかった物を持っている人が、私のことを奮い立たせてくれたんだ。

 

 私は歩き出した彼女の背中に黙って頭を下げ続けた。私にとってはそれだけ彼女が尊い存在になったということ。姿が見えなくなるまでそうしているつもりだったから、いついなくなったのかはハッキリ解らない。けど……追うと決めた。いつか必ず、私も……誰にも有無を言わせないほどの力を……!

 

 

 

 

 

 

 それからほどなくして、簪の元へ届いたのは代表候補生入りを示す合格の吉報だった。当然ながら合格に喜びながらも、本人としては憧れの存在の合否も気になるところ。しかし、調べるまでもなく彼女の経過は向こうからやってきた。アンジェラ・ショーンズの完全引退に際してのことである。

 

(日本政府より通達……?)

 

 ある日そんな封筒が簪の元へ届いた。そこには藤堂 黒乃という少女についての注意喚起を促すような内容で、アンジェラ・ジョーンズの引退も彼女が関わっていると記されているではないか。まさか……。そんな予感と共に簪は数日前に憧れとなった少女を思い起こす。

 

 気が付けば、簪は自身のPCへと飛びついていた。そしてあらゆる検索ワードを駆使し、1つの項目へとたどり着く。八咫烏―――八咫烏の黒乃という項目だった。詳細をみてみると、やはり例の少女が烏にも似たISを纏っている姿が映し出されている。

 

(藤堂 黒乃……)

 

 情報が公開されているサイトはいわゆるアングラサイトのようなものだ。そこには藤堂 黒乃こそがアンジェラ・ジョーンズを引退に追い込んだ原因であるとはっきり記載されている。曰く残虐非道な戦いぶりだとか、彼女の被害者はとどまることを知らないだとか―――

 

(…………)

 

 そのサイトを閉じた簪は、八咫烏の黒乃で再度検索をかけた。するとトップに踊り出ているサイトはこのようなネーミングがなされている。小烏党―――と。恐る恐るそのサイトへアクセスしてみると、先ほどとは打って変わって藤堂 黒乃を応援するかのような内容がみて取れた。

 

(というより……これは……)

 

 応援というよりは、崇拝に近いなにか。原因としては藤堂 黒乃がIS操縦者を再起不能にしているから。とりわけ、女尊男卑主義の女性に対しての反応は凄まじい。これらの材料から、簪は黒乃が世にはびこる女尊男卑を破壊する救い主にされているのだと察した。

 

(けど……)

『黒乃様のおかげで胸張って生きて行けそうです!』

『貴女の存在が救いそのものです』

『我らが女神に祝福あれ!』

 

 フリーの書き込みが可能なスペースは、藤堂 黒乃への感謝で溢れかえっている。辛い状況を打破し、彼女によって救われた者がこんなにもいるのだ。簪はある種の共感を抱かずにはいられない。なぜなら、絶対的な力を前に確かな憧れを抱いたのだから。

 

(すごい……)

 

 これを皮切りに、簪の憧れは徐々に崇拝へ転じたのかも知れない。すぐさま小烏党員となった簪は、己が女性でIS操縦者であることを明かした。一部から反感はあったものの、現在の神格派と呼ばれるメンバーは暖かく簪を受け入れる。居場所がないと感じていた簪には、そこも効果的だったのだろう。

 

 小烏党に受け入れられること、それすなわち黒乃へ受け入れられること。そういうふうに小烏党の行動が簪の脳内では黒乃の意志の元であるように変換されていく。やがて簪は熱狂的な信者へ変貌し、更識家特有の情報網を駆使して黒乃の動向を他の信者へ知らしめるのを主とした活動としていた。

 

 それが頭領という名の存在に届き、ついには事実上のナンバー2である壱ノ太刀 神立の称号を配するにまで至る。これまでの大まかな経緯はこんなところだ。そんな事情を抱えた小烏党のナンバー2を前に、やはり一夏は驚愕するほかなく、なんの言葉も浮かばない。

 

「……私たちのしていることは間違ってる……?」

「えっ?」

「辛い現実を前に打ちひしがれて……心がどんどん摩耗していって……。そんな私たちにとって……黒乃様は救いなの……。黒乃様の……批判と罵声だらけでも立つ姿……それを心の支えにして私たちも立つのは……いけない……?」

 

 なにも言葉を出せずにいると、逆に簪の方が問いかけてきた。神格派のメンバーの大半は、現実においてISが絡んで辛い人生を送る者も多い。簪はその限りではないが、周囲の過度な期待など精神的疲弊を強いられる環境で育ってきた。だからこそ、そんな質問が飛び出たのであろう。

 

 そんな簪の語る表情から、哀しみや怒りなど様々な感情を一夏は感じた。だからこそ慎重に言葉を選ばざるを得ない。だが、嘘まで吐くつもりは毛頭なかった。ここで心無い言葉で簪と小烏党を前面肯定したところで、それは本人のためとはいえないだろう。

 

「……誰もいけないなんていっちゃいないって。ただ1ついわなくちゃならないことはある。黒乃は―――神様なんかじゃない」

「…………」

 

 黒乃が心の支えというのならそれもまたよし。しかし、1つだけキッパリと否定しなくてはならなかった。黒乃は神ではない。確かに一夏からすれば女神と称するにふさわしく、黒乃の慈愛をもってして生きてきたというのは確かにある。

 

 しかし、一夏のいいたいことはそんなものではない。黒乃はただ縋るだけの存在なんかではないと、それを伝えたいのだ。ただおんぶにだっこで黒乃に導かれるまま?少なくとも一夏はそれでいいとは思わない。黒乃の切り拓いた道を後から着いて行くだけ?……それで本当にいいのだろうか。

 

「黒乃はな、常に誰かの為に生きてる。手を指し伸ばして、掴んで、引っ張ってさ……放っておいたらどこまでもそのまま連れてってほしいって思っちまう。……その末路がキミらなんじゃないか?」

「自分で歩けって……?できたらそうする……誰もがそうやって生きられるなんて思わないで……!」

 

 一夏の言葉は、簪からすればできるものの発言だった。それができないから抑圧された環境で生きてきた。それができないから比較されることに甘んじてきた。それができないから陰口だらけの人生を歩んできた。そう……それができれば苦労なんかしてやいない。

 

「思わないさ、黒乃だってひたすら真っ直ぐ進んでるわけじゃないんだから」

「え……?」

「なんというか、人のこと心配する癖に前が見えてないことがあるんだよなー。そのまま道連れってのもよくある話だったよ」

 

 人の先導を買って出る癖して、あっちへ行ったりこっちへ行ったり散々なものだ。一夏はそうやってなにか懐かしむ様子で語る。いかにもしっかり者なのに、盛大にポカをやらかす時はやらかす。そのポカに巻き込まれたことを思い起こしているのだろう。

 

「そんな……こと……だって、黒乃様は……」

「そんなことある、黒乃だって完璧じゃないんだ。だからただ着いてくだけじゃ意味はない。黒乃を目標とかにするのはさ、そりゃいいと思う。けど、その目標を追うってのと着いて行くの……はき違えてやしないか?」

 

 自分だって黒乃を目標とする人物の1人だ。いつか愛する人を守れるほどにと、必死も必死で一夏は走り続けていた。だからこそ、簪のやっていることが思考停止にしかみえないでいる。黒乃を神とし、導きを求め、黒乃の切り拓いた道をひた歩くのみ。

 

 私のしたかったことって、本当にそうだったろうか。熱狂的な信者となり果てた簪に、一抹の疑念が過った。確かに最初はもっと純粋な気持ちで追うと決めたはずでは?それがいつ、こうなってしまったのだろう……と。しかし、簪は浮かんだ思考をすぐさま蹴散らす。何故なら、それは背信行為でしかないから。

 

「違う……私は……黒乃様は……!」

「織斑くん、いいところに居てくれたよ!」

「近江先生……?なっ、黒乃!?アンタまさか―――」

「ああ、うん、その疑いは僕の日頃の行いのせいだって肯定するさ。諸々の説明は必ずするから藤堂さんを任せたいんだ!」

 

 簪が思いの丈を述べようとしたところ、遠方から一夏を呼ぶ声が響いた。声色ですぐ鷹丸だと察知したが、随分と余裕のなさそうな様子だ。そのことを不思議に思いながら振り返ると、鷹丸が黒乃を背負っているのがみえた。すぐさま一夏は鷹丸が余計なことをしたのではと疑ってかかるが、この焦りようなら特になにもしていないのだろう。

 

 もし仮に鷹丸のせいで黒乃が気絶をしたとするならば、間違いなくあっけらかんとした様子でしかないだろう。あー僕のせいで藤堂さんが気絶しちゃってさー……くらいのもののはず。なんとなく鷹丸の心理を読めるようになっていた一夏は、瞬時にこれが一大事だと判断した。

 

「勿論です、黒乃のことは俺が!」

「うん、保健室に連れて行ってあげて。キミが隣に居た方が藤堂さんも安心すると思うから」

「近江先生は!?」

「僕は万が一の為に職員室へ行ってくるよ、保険医の先生が居るかどうかは微妙な時間帯だからねーっ!」

 

 鷹丸の背から黒乃を姫抱きで預かると、一夏は妙に自信満々な様子で告げた。鷹丸の方はというと、走り去りながら大声で今後の行動を告げてから消えて行ってしまう。それならば己も行動開始しなければと両足に力を込めたところで―――顔だけ簪の方へ向ける。

 

「心配なら着いて来てやってくれ、黒乃も喜ぶだろうから」

「……いい……の……?私は……」

「黒乃を心配してくれてるのにそういうのは関係なしだ。行くぞ!」

「う、うん……!」

 

 気絶した黒乃を前にただ心配そうな表情を浮かべるばかりの簪だったが、むしろ一夏の方から同行してくれと提案が。自らの立場上からして簪はそれを躊躇ったが、一夏の言葉に少しだけ救われた。だから胸を張って、ただ1人の生徒として着いて行くと瞬時に決意した。

 

 日頃の運動不足が祟ってか、黒乃を抱えた一夏の走りに合わせるのも困難な程だった。それでも簪が速度を緩めることは全くない。その光景や前後の会話も含めて、一夏は小烏党の評価を改めなくてはと1人頷く。ただ今は、一刻も早く黒乃を保健室へ送り届けるのが最優先である。簪には悪いと思いつつも、一夏は更に走る速度を上げた。

 

 

 




幹部だとか序列だとか二つ名だとか……かっこいいですよね(伝われ)。
たぶんいつまで経ってもかっこいいと思い続けるんだろうなぁ……と。


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第93話 未知なる領域

地味に大事な回だったりそうでもなかったり。
どちらかといえば、くらいのものだとは思いますが。


(え~っと、会計の書類は……これか)

 

 私は放課後の生徒会室にて、あからさまに溜まった仕事ですとでも言わんばかりの書類の山へ手をつけていた。諸々の理由はあるけれど、早い話でこのままじゃ生徒会は回らないだろうから。イッチーが生徒会の所属になってからは緩和されたようだが、今の彼はそれどころじゃない。

 

 整備室でかんちゃんに出会ったってことは、高確率でイッチーが接触を始めたとみていいだろう。ともなれば、イッチーは生徒会の仕事までこなすことはできない。するとどうだ、仕事が溜まる一方という方程式が成り立つ。たっちゃんも本職の方で忙しいだろうからなぁ……基本的に暇な私が隙を見つけて頑張るっきゃない。

 

(とはいえ、あ゛~……頭痛い……)

 

 昨日あまりの頭痛で気絶しておいて無茶をしすぎだろうか。というより、頻繁に軽い頭痛が私を襲うようになってしまった。誰かの話に耳を傾けていたりすると楽なんだが、今みたいに1人で黙々としてると頭の芯がズキズキとするような感覚が過る。

 

 この現象に私は1つの結論を導きだした。……恐らくこれは、真にタイムリミットが訪れている。つまり、私がもうすぐ完全消滅を迎えるということだ。原因はなんとなく解ってはいるけど、こればっかりはどうしようもないというかなんというか……。

 

 きっと私は、満足してしまったんだと思う。愛する人に心を捧げ、身体も捧げることができたから。勿論ずっと先まで一緒に居られたらなって考えてるけど、深層心理的な部分に眠る欲求が全て満たされてしまったんじゃないかって、そう……思わざるを得ないじゃん。

 

 だってそう思ってた方が気が楽だしね。妙に考え込んで、消えたくない!なんて騒いだってしょうがないもの。だから、残るタイムリミットを少しでもイッチーの為に役立てないと。生徒会室へ足を運んだ理由としてはそれが1番大きい。あぁ……そういえば、随分と心配をかけちゃったみたいだった。

 

(そこに関しては反省しないと……。つって、反省したところでどうしようもないのはあるけど)

 

 昨日は目が覚めたら保健室のベッドで、傍らにはイッチーの姿があった。起きるなりキスの雨が降り注ぐもんで驚いたったらない。イッチー的には私が気絶等で眠るのはトラウマみたいだ。私が憑依した時とか、モンド・グロッソの出来事が関係してるんだろう。

 

 今回は比較的に短時間で済んだみたい。具体的には……2時間くらいかな。いや、別に他人が気絶から復帰するまでの経過時間を知らないから長いとか短いとか正確には解らないんだけどさ。経験者は語る……みたいな?って、気絶のプロか私は。

 

 ……うん、頭痛も引いてきたかな。ん~……波みたく周期的にやってくるのかも。また気絶してしまうレベルの痛みがこないことを祈るとして、生徒会の仕事を再開しよう。私は備品置き場を適当に漁ると、そこから電卓を取り出した。再度机についたところで、ふいに生徒会室のドアが開く。

 

「あら、黒乃ちゃんじゃない。いらっしゃい―――って黒乃ちゃん!?ちょっ、ちょっとなにやってんの!」

「仕事」

「それは見たら解るけどそうじゃないでしょう!聞いたわ、昨日は気を失ったそうじゃない。それなのに当たり前みたく手伝ってくれなくても大丈夫よ」

 

 やってきたのはたっちゃんだった。目が合ったので会釈をすれば、向こうも快く私を歓迎―――してくれたのは束の間、我らが生徒会長は驚きを隠せない様子で詰め寄ってきた。そんでもって無理せんといてええんやで、みたいなことをいわれてしまう。それはいいんだけど、呆れ顔なのはなんとかなりませんかね。

 

 というか、だいじょばないから私がこうしてやって来てるわけでありまして、だったらもっと仕事してくださいと心から―――ってあれ?生徒会室にしっかりたっちゃんが来てるのがまず異常事態なのだろうか。あれ?もしかしてこの人ってば真面目に仕事する気だったりしないよね。

 

「失礼します。会長、今日も職務を全うしていただき私は大変嬉しく―――って黒乃さん!?」

「虚ちゃんでもそういうリアクションになっちゃうわよねぇ……」

「……もしや貴女が引っ張って来たのでは―――」

「ないわよ、私は無実!流石に昨日気絶したばっかりの子を駆り出すほど私は鬼畜じゃありません!」

 

 なにさ、虚さんまで驚いたような反応しちゃって。あ、でもたっちゃんが連れて来たんじゃないかって疑われてるや。完全にシロであるたっちゃんは先の発言が不服なのか、潔白と書かれた扇子をこれでもかと虚さんへ見せつける。見せつけられた方はなんだか面倒くさそうに解りましたからと返した。

 

「あの、黒乃さん。お気持ちは嬉しいのですが、そうまでなさる必要はないですよ?ここのところ会長は心を入れ替えたようですし」

「ま、まぁ?織斑くんに頼み事しといて私がなにもしないわけにはいかないもんねー」

「一見すると溜まった仕事ですが、計画的に片付ける算段はついているんです」

「スケジュールは虚ちゃんに組んでもらいました!」

 

 なんだか虚さんが私の顔色を窺うように、本当に無理をしてくれなくて平気だと伝えた。理由としてはやっぱりたっちゃんが仕事をしているかららしい。なんてこったい、これはIS学園に局地的大雨でも降るんじゃないか?だとしたら余計なことをしてしまったかも。

 

 というか溜まった仕事にみえるのは、たっちゃんの1回にこなす仕事量が半端じゃないからかな。もしそうならやっぱりこの人って超人だ。まぁそれはいいとして、片付く予定ならこれ以上はここに居る必要もないね。すぐ暇しようと思ったのだが、せっかくだからお茶でもと誘われてしまう。

 

 断るのも悪いというのもあるし、一息入れたいというのもあった。生徒会お姉さんズのご厚意に甘えるべく、静かに首を縦に振って肯定を示す。すると虚さんは、どこか楽しそうにお茶の準備を始めた。結局のところ虚さんは人の世話を焼くのが好きなんだろう。

 

「あ、そういえばだけど黒乃ちゃん。今度の大会のパートナーは決まったかしら」

(いや、全然)

「そう?焦らないのは結構だけど、早いとこ見つけるのが身の為よ」

「専用機持ちが奇数なのにタッグ形式ですからね」

 

 そうなんだよねー。原作と違って専用機持ちの私が追加されているから、その総数は11人となる。にも関わらず、大会の運営方針は原作と変わらず。そこは世界の修正力みたいなのが働いてさ、1対1になってくれたりしたら有り難かったのにね。

 

 あ、でもそのルールだとゴーレムⅢが大量投入されちゃうのかな?それを考えると微妙なところかも。あれを1人に1機差し向けられると勝てないよ。しかもジャミングだとかで絶対防御なしでの戦闘になっちゃうし。世界がその辺りの配慮をするのはなんだか違和感が拭えないっていうのもあるけど。

 

「というか、織斑くんや箒ちゃんみたいな例外を除いて1年生の専用機持ちが多すぎるのよ。2年なんて私1人なのにねぇ」

「それをいえば3年生は1人もいないのですが……。3年生に在籍している身としては、なんだか意味もなく申し訳ない気持ちになってしまうといいますか」

(…………は?いや、なにいってんのこの人達……?ちょっと……待って、待った!)

 

 私の目の前でそうボヤく2人。だが私からすればその会話はおかしい。何故なら、今たっちゃんは2年専用機持ちは自分1人だといった。そして虚さんは3年に至っては1人もいないといったのだ。おかしい……本来なら2年と3年にもう1人ずついるはずでしょう!?

 

「専用機持ちの合計」

「え、9人でしょう?」

(…………っ!?どう……なって……。くっ……紅茶飲んでる場合じゃない!)

 

 焦りとともにたっちゃんの肩へ掴みかかり、私は質問を投げかけた。その解答は9人、まるでさも当たり前のことかのようにそう返された。混乱しつつではあるが、これで私のするべき行動は定まった。紅茶を飲み干し2人へ一礼すると、勢いよく生徒会室を飛び出した。

 

「……虚ちゃん、なんで私はいちいちあの子の機嫌を悪くしちゃうんでしょうね」

「今回に至っては流石に原因が解らないですが……?」

 

 

 

 

 

 

(やっぱりない……!?)

 

 私が訪れたのはIS学園の資料室。開いているのはこれでもかというほど分厚い在籍生徒名簿。もしかして年齢にズレが生じているのではと思って過去の記録を洗いざらい調べてみたが、私の記憶に該当する名前も顔写真も全く見当たらない。というかさ、それどころか―――

 

(名前……なんだっけ?どんな見た目してたっけ……?)

 

 なんとなくだけど、彼女らが亡国機業サイドであり修学旅行編にて真相が暴かれるというのは記憶しているんだ。けど、ちゃんと思い出そうとしたら、その彼女らがどんな人物だったかが全く思い浮かばない。これは私の前世の記憶が薄れているからとかが原因ではないはず。

 

 ワールド・パージ編や体育祭編はほぼ完璧に思い出せることから、そう結論付けることができるだろう。本当に彼女らのことだけ、まるで虫食いのように、ポッカリ穴が開いたように抜け落ちてしまっている。ということは、つまり、あまり考えたくはないが―――

 

(あの2人が、初めからこの世界に存在すらしていないから……?)

 

 この答えならば、たっちゃんが当然のように専用機持ちの合計人数が9人だという理由も頷ける。……既に亡国機業側に―――という線は薄いか。もしそうならこれまでの戦いで遭遇しているはずだ。目的は不明にしても出し惜しみする意味なんてまるでない。特に学園祭編のイッチー襲撃なんかは……ね。

 

 だとすればいったいどういうことなんだ……!?この世界は、初めから私の知っているインフィニット・ストラトスの世界ですらなかったということなのだろうか。今までの事件では彼女らが絡むことはなかったから、それに気が付くことができなかったと……?

 

 ……こういう表現はしたくないが、鷹兄の存在だって今考えればおかしいのかも。やはり原作には存在しない要素だし、なによりそんな有名な企業なら原作で描写があったろう。……そうか、そうか……多分だけど、そういうことになってくるのかも知れない。

 

(やっぱりこの世界は、最初から未知のインフィニット・ストラトス……!)

 

 原作なんてなかった。導き出せるとすればこれしかない。偶然と私の不注意が重なり合い、今の今まで全く気が付くことができなかった。つまり、ここからは非常によろしくないってことだ!本来なら必要な人物がその場にいないとなると、それこそ世界にどういう修正力が働くか解ったものじゃないぞ。

 

 ……専用機持ちタッグトーナメント編……今私が生きているこの瞬間、それすらも正念場になりかねない。恐らくゴーレムⅢは順当に攻めてくるだろう。そうなると、彼女らの穴をどうやって埋めるかが問題になりそうだ。……ならば未知の存在である私が頑張るしか―――

 

(あ゛っ……たまぁ~……)

 

 混乱も相まってか、ズキリというよりはズドンというふうな頭痛が走る。立ちくらんでしまいペタリとその場に崩れるが、どうやら気絶の心配はなさそうだ。……お願い、もう少しだけ持って。せめて私の知らない動きを始めた世界に、対抗させるくらいはさせてほしい。

 

 とりあえず、それなら休めるときに休んでおかないと。本番でこんな頭痛ばっかりではまともに戦えたものではないぞ。未だふらつく足元でなんとか立ち上がると、壁伝いに自室を目指す。はぁ……こんな姿、イッチーにみられないようにしないとな。う~ん……今頃は整備室かなぁ?

 

 

 

 

 

 

「別に上から目線なつもりはないんだけどさ」

「なんです……?」

「キミ、向いてないと思う」

「やっぱりそうなんですか……」

 

 放課後の整備室では、一夏と鷹丸がそんなやりとりを繰り広げていた。一夏が向き合っているのは鎮座した白式で、空間投影式のコンソールを操作している。それを覗き込むようにして見守っていた鷹丸だが、ついには本音が出てしまう。いい辛そうではあるし悪気はなさそうだが。

 

「というか、整備を教えてくれっていきなりだね」

「えぇ、まぁ、まずは知るところからかな~と」

「ふぅん……そっか」

 

 そう、ことの始まりは職員室に一夏がやってきたところからだ。目的の人物は鷹丸で、自分に整備を教えてほしい旨を伝えると、軽いノリで承諾され今に至る。まずは知るところから。そういう一夏は遠目に見える簪にチラリと視線を送った。向こうは自分のことに集中していて気が付いていないようだが。

 

「まぁ、もうちょっと別のところからいってみようか。少し待っててね~」

「え~っと、それは基盤?」

「そうだね、実際にIS内部に組み込まれているのとほぼ同じだよ。練習がてらに繋いでみよう。この中の部品は好きに使っていいから」

「あ、なんか先生の授業でやりましたね。よし、それなら俺も!」

 

 鷹丸は自身の道具箱らしき巨大なケースを物色すると、中から手のひらサイズほどの基盤を取り出した。曰く、ISに組み込まれているパーツと同等の品だとか。とりあえず過去のおさらいから始めるつもりなのか、以前授業でやったらしい内容を選んだようだ。

 

(……そこからだと……何年かかるんだか……)

 

 一夏が整備室に居て、鷹丸に整備を教えてもらっていることそのものには気づいてるようだ。その顔は呆れが露骨に浮かび、視線なんかは哀れみに近い。一夏が基本的な部分ですら躓いているからだろう。簪は深い溜息をつくと、ゆっくり2人の背に近づいた。

 

「基盤の配線……4番以降間違えてる……」

「え……マ、マジで?ちょっ、それならそうと指摘してくださいよ!」

「ん~?いやいや、キミが僕の授業をちゃあんと聞いてたら解るはずなんだけどねぇ」

「ぐ、ぬぅ、それをいわれると返す言葉が……!はぁ……更識さん、サンキューな」

 

 一瞬みただけで問題点を割り出し、すぐさま指摘してやるとそれはもう驚いた様子だ。そして傍らに居たのになにもしてくれなかった鷹丸へ文句をたれるが、悪戯な笑みと共にボディーブローのようにジワジワと効くカウンターを返されてしまう。

 

 とりあえず簪に感謝を述べるが、受け取る前からもう背を向いていた。別に整備を口実に交流を深めようという魂胆があるわけではないが、それを通じて心を開いてくれればと思っているだけに寂しさが過るばかり。気持ちを切り替えた一夏は、間違いだらけの基盤をどうしたものかとみつめた。

 

「ちなみにだけど織斑くん、これがなんの基盤かは解るかな」

「……もしかして、これも授業でやりました?」

「オッケー、遠回しに解らないってことだね。ちょっと資料を取ってくるから休んでてよ」

「す、すみません……」

 

 自信家の気はありつつも決してプライドが高いわけではない鷹丸だが、流石に自身の授業を蔑ろにされているような気分になったようだ。取りに行くといった資料は恐らく教科書やノートだろう。すなわち、そこからおさらいしなければ一夏は手遅れということになる。

 

 確かに整備科でなければ深くまで理解をする必要はないが、教えを乞うレベルにも達していないらしい。まさかここまでとは自分も思っていなかったらしく、心から恐縮した様子で出発する鷹丸を見送った。しかしそうなると、この空間で簪と2人きりということになってしまう。

 

(……話しかけてみるか)

 

 今だってアドバイスという程でもないが、簪の方から指摘を入れてくれた。一夏はこれを全くチャンスがないわけではないと解釈する。とりわけ、黒乃が関わる内容なら食いつきがいいような気さえ。釣る……という表現はよくないが、その話題でいってみようと簪へ歩み寄った。

 

「な、なぁ」

「…………」

「小烏党のホームページとかってさ、どこにあるんだ?」

「……貴方に必要な知識ではない……」

「そうでもないって。まずは知るところから、だからな」

 

 一夏のいうところの知ることとは、なにも知らずして否定から入る姿勢はよくないという考えからだ。思えば知っているのは名前くらいのもので、派閥があるなんてのは目から鱗だった。だからこそ手っ取り早い方法としてホームページの閲覧だったのだが、これがまるで見つからない。

 

 それらしいものが削除されたような形跡はあり、総本山はかなり秘匿に運営されていると一夏は読む。目の前に居るのは事実上のナンバー2、となると知らない方がおかしい。簪は以前と同じく、時間を浪費しないために一夏の要求を呑んだ。携帯を手早く操作し、一夏に投げ渡す。

 

「変に弄らないで……」

「ああ、任せろ。おっ、なんかカッコイイな」

「七宝刃は特別仕様……」

 

 トップページに映し出されたのは小烏党そのもののエンブレムだったが、短いアニメーションと共に壱ノ太刀のエンブレムに切り替わった。そうしてそれを背景にメニュー欄等の項目が現れた。曰く七宝刃のメンバーは特別仕様で、専用の諸々が多数用意されているようだ。

 

「こういうのはスレっていうんだったっけ。ここって主に交流サイトなのか?」

「似たようなもの……」

「へぇ~……」

 

 黒乃様について語るスレ。そんな項目から始まり、黒乃に関わる多くの者が語らいの内容として挙がっているらしい。一夏は自分の名も見つけたりもしたが、なんだかボロクソに叩かれているような気がして開くのを止めた。とりあえずスレのタイトルだけに目を通していると、携帯の画面に手紙のようなマークが表示されるではないか。

 

「なぁ、これって……」

「……ダイレクトメール。今手が離せないから……」

「じゃあ、代わりに読むな。えっと―――神立さん、黒乃様の近況はどのような感じなのでしょうか……だってよ」

 

 とりあえず画面を見せてみると、小烏党員同士の直接的やりとりが行えるダイレクトメール機能のようだ。簪は壱ノ太刀・神立としての立場上、様々な人物からそのようなメールを受け取ることが多い。内容はそれこそ多種多様だが、今回の場合はけして無視できないようなものだった。

 

 簪が神立のコードネームを得ているのは、更識の情報処理能力を駆使し、黒乃の身の回りの様子を他の党員に配信しているという要因が大きい。IS学園に入学してもそれは継続可能なため、定期報告じみたスレ立てを行っている。そういえば最近は打鉄弐式のことにかまけて怠っていたか、そう思い立った簪は一夏から携帯を回収し手早くスレを立てた。タイトルはこんな感じで―――

 

 

 

 

 

【定期】黒乃様について語るスレ【報告】

 

1 壱ノ太刀・神立

 

 黒乃様が織斑 一夏と交際を始めた件について

 

 

 

 

 

「ちょっ、俺へのあてつけかなにかか!?」

「違う……。荒れるのも確かだけど、これは皆に報告すべき……」

 

 後ろから一連の作業を覗いていた一夏は、とんでもない報告に目玉をひん剥いた。近頃は特に報告すべきことがなかったのも確かだが、何も一夏を困らせようとかいう理由でそうしたわけではない。このスレは神格派の人間しか閲覧不可能な設定がされている。

 

 神格派の人間は冗談抜きで黒乃を崇拝している者たちで構成される。となれば、この報告はしっかりしておくべきだと簪は考えたのだ。そうやって簪が呟いている間に即レスがつき、案の定スレは阿鼻叫喚の様相を呈し始める。次々と増えていくコメントに、一夏はなんだか不安感が過った。

 

 

 

 

 

2 名無しの小烏党員

 

 久々の神立さんktkr!

 

 ……と思ったらなんじゃこりゃあ!

 

 

3 名無しの小烏党員

 

 い、いつかそうなるとは思ってたし……(震え声)

 

 

4 名無しの小烏党員

 

 嘘だと言ってよバーニィ!

 

 

5 壱ノ太刀・神立

 

 現在隣に本人が

 

 kwskは彼に直訴すべし

 

 

6 名無しの小烏党員

 

 隣に本人とな!?

 

 

7 名無しの小烏党員

 

 ICKニキ出てこいやぁ!

 

 

 

 

 

「いや絶対楽しんでるよな!?」

「そんなこと……ない……」

「ある、あるね!絶対に今ちょっと笑ったからな!」

「じゃあ……後は頑張って……」

 

 本人が隣に居るのをまさかのぶっちゃけである。小烏党員たちは即座に反応を示し、もはや一夏が受け答えをしなければ収まりがつきそうもないカオスっぷりとなってしまう。終いには頑張れという半端ではない無責任な台詞と共に携帯が手渡された。一夏は覚悟を決めて、慣れない手つきで返信を始めた。

 

「たーだいまっと。おや、更識さん……随分と楽しそうだね」

「っ……!?貴方の……気のせい……」

 

 数冊の教科書やノートを携えた鷹丸が整備室へ戻ると、いつも通りの意地悪な表情で簪に対してそう指摘した。瞬間、簪の表情が急激に強張る。裏を返せば、先ほどまで頬が緩んでいた証拠だ。確かに一夏が四苦八苦していたから少しばかりの仕返しをした気分ではあった。

 

 しかし、今指摘されたのはそういう楽しそうという感じではない。純粋に一夏とのやりとりを楽しんでいたから、頬が緩んだ―――そういうニュアンスを孕んでいた。簪にとってはそんなことあっていいはずもない、絶対にありえてはならない。一瞬で表情が戻った原因はそれだ。

 

「織斑くん、これ僕からの宿題ね。暇なときにでも復習してみてよ」

「は、はい……ありがとうございます。というか本当にすみません、なんか手間かけさせただけになっちゃいまして」

「ううん、理由はどうあれ興味を持ってくれただけで僕は嬉しいよ。それじゃ、2人ともほどほどにね」

「…………」

 

 本当は一緒に問題を解くつもりだったのだろうが、一夏が忙しそうなのを察して宿題というかたちに。一方の一夏は本気で忙しそうで、スレの返信を行いながら鷹丸と会話しなければならないほどだ。普通は失礼に価するだろうが、鷹丸がそんな性格でないのは周知の事実。

 

 むしろ嬉しいとの感想を残して、鷹丸は整備室を後にした。しかし、簪は鷹丸の最後の言葉が気に入らないようだ。2人ともと一緒くたにされた部分だろう。別にともではありませんとでも言いたげにムスッと機嫌が悪そうな様子になり、簪はそのまま一夏から携帯を奪い取った。

 

「うわっ……と。いいのか?途中だけど」

「構わない……」

「そっか、ならいいや。また明日な、更識さん」

「…………」

 

 一夏の言葉にロクな返事もみせず、どこか大股で歩きながら整備室を後にした。簪の頭に渦巻くのは、やはり鷹丸は気に入らないという苛立ち。飄々として掴みどころがなく、やろうと思えばなんでもできてしまう……どこまでも自身がコンプレックスを抱く姉に似ているから。

 

 その点、一夏はまだ可愛い方である。納得はいかないし、きっと考えも相いれない。けど簪だって一夏が100%の割合で悪いわけではないのは理解している。そう、頭でそれは解っているつもりだ。だからといって納得してよいかと聞かれればそういうわけにはいかない。

 

『また明日な』

(また……明日……)

 

 そんな言葉をかけられたのはいつ以来だろうか。自ら他人との関わりを避けているというのもあるが、4組の女子を中心として多くの者が自分をいない者のように扱うから。だがこんなことでくじけてなる物か、私の崇拝する彼女はもっと険しい道を歩いて来たのだから。

 

(…………また……明日……って、また明日も来るつもり……?)

 

 なんとなく一夏の言葉に違和感を覚えてみれば、バッと振り向いて思わず整備室の方を眺めてしまう。紛れもなく一夏はまた明日といった。それはつまり、また明日も自分と一夏が出会う可能性が高いということを示唆している。それに気づいた簪は、肩を落としながら溜息を吐いた。

 

(……なにか考えないと……)

 

 それでなくても誰かさんのせいで作業効率が落ちているというのに、これ以上邪魔が入ってはそれこそろくに進むはずもない。一夏が拒絶しても壁をぶち抜こうとする性格であるということは短い接触で悟った。なるべく干渉されずに済む方法を探さなくては。

 

 無駄に気苦労が1つ増えてしまい、先ほどまで大きく歩を踏んでいた足取りも途端に弱々しくなってしまう。そんな様子の簪は周囲からすればいつものことだが、すれ違う女子たちは露骨に機嫌が悪そうな簪に対し、なんだか珍しい姿を見たと思ったとか思わなかったとか……。

 

 

 




黒乃→原作なんて最初からなかったんだ……!

このあたりから構成を変更してお届けしようと思います。
詳しいことは7巻の内容が終わり次第にお知らせということにさせてください。


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第94話 修羅場のようななにか

3月ですね、卒業シーズンといったところでしょうか。
この作品を目にしている卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます!
進学、就職と様々ありますでしょうが、お互い無理のない程度に頑張りましょうね。


「よーっす……って、いないのか」

 

 学園が放課後を迎えると、一夏は今日も今日とて整備室へ顔を出した。目的はもちろん簪と顔を合わせるため。1日1度会うのと会わないのとでは違うだろうという考えからだが、肝心の人物が見当たらない。ここへ来れば九割方遭遇するはずなのにと一夏は頭を悩ませた。

 

(時間が早かったかな。……それより、なんか違和感があるような気がするぞ)

 

 タイミングが悪かったという可能性を挙げたが、4組の前を通り過ぎた際に人がまばらだったことを思い出す。このことから、4組は1組よりも先に解散したと考えるのが自然だろう。だとすると、整備室へ顔を出して遭遇できないことがますます不思議でならない。

 

 その謎についても疑問は残るが、一夏はなにより整備室内の印象がいつもと違うように感じられた。表現するならば、勝手に間取りを変えられたかのようなものが近い。よくよく室内を見回して観察してみると、一夏は感じていた違和感の正体を暴き出した。

 

「そうだ、打鉄弐式が!?」

 

 整備室に鎮座してあるISの総数は日によって異なる。原因としては鷹丸がキチンと仕事をし、適度なペースで修理しているから。その点でいえば、故障がない限りは日に日に減っていくともいっていい。しかし、打鉄弐式に関しては話が別だ。

 

 ご存知の通り簪が自らの力のみで完成させることに固執しているため、長期間放置されっぱなしの状態である。上記の総数に関して加味すると、今日の鎮座している数は明らかに少ない。一夏は急いでブルーシートをはいでみると、その下から出て来たのは通常の打鉄だった。

 

「まさかあいつ……。くっ!」

 

 目前に飛び込んできた打鉄を前に、一夏に一抹の不安が過る。どうやら急がなくてはならない状況らしい。とはいえ早とちりがあってもまた問題だ。一夏はある場所へ駆けて行くのと同時進行で、とある人物へ通話を繋げた。開口一番、ゆるーい挨拶が一夏の耳へ飛び込んで来る。

 

『もっしもーし。こんにちは、織斑くん。電話で用事ってのは珍しいねぇ』

「あの、近江先生!打鉄弐式の所在とか知りませんか!?」

『どこって、キミも知ってる通りに整備室―――まさかと思うけどなくなってるかのかい?』

 

 ことISの修理等に関わる案件を聞くならまず鷹丸しかない。一夏は息を乱しながら質問をぶつけると、なんでそんな当たり前のことを聞くのかといったニュアンスの返事が。これにより、一夏の嫌な予感はより現実味を帯びることとなった。

 

『だとするとよくないね、彼女がアリーナに居たら役満じゃないか』

「俺もそう思って向かってるところなんです!」

『ちょっと待って―――あ~……申請出てるよ、第6アリーナだね。念のため救護と機体回収の手配を整えておくから』

「はい、頼みます!」

 

 一夏の口ぶりから、鷹丸は整備室から打鉄弐式が消えていることを察した。すぐさまアリーナの使用申請書出願履歴を調べると、そこには更識 簪の名が。これで最も想定しうる最悪の条件が揃ってしまったことになる。自然と一夏は足に籠る力が増していった。

 

(見た目に反して無茶する性質だったか……!)

 

 恐らく100%の出来ではない状態で試運転をするつもりだろう。しかし、そんな折にスラスターや絶対防御でもいかれたら大ごとだ。こういう表現はよくないが、有事の際にフォローしてくれる友人もいないはず。だからこそ一夏は焦りを隠せない。

 

 とにかく全力疾走を続けることしばらく、ようやく第6アリーナへと辿り着いた。出撃用のカタパルトまで進むと、モニターには簪の姿が映し出されている。息を切らしながらそれを観ていると、杞憂だったのか打鉄弐式は快調に空を飛びまわっていた―――かのように思えた。

 

(スラスターが!?)

 

 突如スラスターが小さな爆発を起こし、黒煙が舞い始める。その影響か打鉄弐式は機体成型を保っていられず、量子変換されてしまう。瞬間、一夏は白式を展開しハッチから飛び出た。受け止めなくてはそこから先のことなど小学生に聞いたって解る。

 

(間に合―――え!?)

 

 一夏の腕がもう少しで簪へ届こうかという頃、アリーナ全体を染め上げるかのような赤黒い光が発せられた。それに伴ってバチバチと響く電撃のスパーク音。これはそう、紛れもなく見覚えも聞き覚えもあるこの感じは―――鬼のような機動力を誇るあの機体しかなかった。

 

 

 

 

 

 

 一夏がアリーナへ辿り着く数分前、反対側に位置するカタパルトには落ち着かない様子の女子が1人。無表情だが内心では焦り放題なポンコツっぷりを遺憾なく発揮する我らが黒乃ちゃんである。見つめる視線の先には、簪が打鉄弐式を纏って宙に浮いていた。

 

(む~……原作知識がアテにできんのが解ったからなぁ、想定外のことが起こっても困るし)

 

 つい先日、自分が生きているのは初めから既知の世界ではないことが判明した。そのためこうしてなにかと過敏になっているのだろう。例えば今回だが、簪が墜落する可能性を真っ先に考えたからだ。原作でも確かに墜落してはいたが、寸前のところで一夏が助けるという流れである。

 

 ここが既知の世界ではないと仮定すれば、何事においても流れ通りになるという確証は高くない。万が一ということではないが、一応の流れが頭にある自分が保険をかけておいて損はないと判断した結果だ。つまりこの場合においての最悪は、簪が生身で墜落かつそれを誰も救出しないというパターン。

 

(頼むからそれは勘弁してよ……寝覚めが悪いじゃん)

 

 もちろん簪を死なせる気はない。これ以上ズレが生じては困る――—というわけではなく、単純に簪の事情を知っているから。打鉄弐式を自らの手で完成させることなく死んでしまうなど、これほど未練の残ることはないだろう。しかも、意地を張った結果がそれなんてのは笑い話にすらならない。

 

 しばらく見守っていると、簪と打鉄弐式が動き始めた。それと同時に黒乃は刹那を展開、すぐさま脚部をカタパルトへ固定し監視を継続する。今のところは問題は見られない。というより、どうせ転ぶならいい方へ転がる想像をするのが吉だろう。むしろこのまま何事もなく―――

 

(っ……!?っつーわけにもいきませんかねぇ!)

 

 好調と思ったのもつかの間、打鉄弐式のスラスターは突如として爆発を起こした。これを期に、黒乃は最悪のパターンを引いていると判断。正史、またはそれに近い次元なら誰かが助けに入るだろうが、そんな気配はどこにもみられない。よって、カタパルトを起動させハッチから勢いよく飛び出した。

 

(紳翼しょうら―――っず~つぅ!?こ、こんな時にって……!)

 

 OIBでなく神翼招雷にて加速を図ろうとしたところ、脳を揺さぶられるかのように黒乃の意識が数秒遠のいた。詳しい原因は不明だが、近頃黒乃を苦しめる頭痛である。既に天翔雷刃翼として放ったエネルギーは収まりがつかない。簪に激突する前にハッキリと前をみねば。

 

(……オーケー復帰!ってイッチー!?)

 

 全神経を集中させ目の前をみるということにのみ集中すると、黒乃の視界は霧が晴れたかのようにクリアになる。しかし、みえたらみえたで事態が急転していることに気づいた。なんと、目の前には白式を纏った一夏が驚いた顔を浮かべて黒乃をまじまじと見ているではないか。

 

(超高速移動中のせっちゃんはそれはもうデリケートなもんで、ちょいとでも横から力が加わると墜落必至なわけだ。かんちゃんにタッチするのは完全に私のが速いけど、このままいくと受け止めたと同時にイッチーと激突しちゃってわたしゃ墜落だよ。そしたら私に抱えられているかんちゃんも無事じゃ済まない可能性が―――)

 

 マンガのような表現をするならば、この間わずかコンマ5秒―――のような感じで黒乃は超速でシミュレートを済ませた。結果、なにをするにしてもまず一夏が障害であるというなんとも残念な着地点へ辿り着く。ちなみに、既に回避はお互い間に合わない。となると―――

 

(う、う゛~……ふ、不本意だけどこれしなかない!ごめんね、イッチー!)

「ぐへぇっ!?」

 

 黒乃は超加速の勢いそのまま、簪をキャッチしつつ一夏を蹴りを入れた。鳥類の足を模した刹那の脚部は一夏の腹へピッタリとフィットし、白式そのものの加速度も相まって爽快に吹き飛んでいく。それはもうバトルマンガのようにきりもみしながら、お手本にしたいくらいキレイだ。

 

「無事?」

「あ、あわわわ……」

(ぬぅー……やっぱり怖がられるぅ。ひとまず地上へ―――)

 

 一応のエネルギー調整は行っている為、簪をキャッチしたあたりで天翔雷刃翼は消え失せた。とりあえず簪の安否を確認するが、返ってくるのは曖昧な反応のみ。憧れというか崇拝している人物に助けられたせいで上手く喋れないのだが、黒乃はやはり怖がられていると解釈。とにもかくにも、簪を地上へ降ろさねばと黒乃はゆっくりと高度を下げていく。

 

 

 

 

 

 

「「…………」」

(……き、気まずい)

 

 ところ変わって、3人は食堂で同じテーブルへ着いていた。打鉄弐式の回収や、整備不良の機体で無茶をしたことに関して説教を喰らっていたらすっかり18時過ぎだ。お互い紹介も兼ねてということでの食事の席なのだが、一夏はキリキリと胃が痛みだしてしまう。

 

(イッチー蹴っ飛ばしたイッチー蹴っ飛ばしたイッチー蹴っ飛ばした……)

(目の前に黒乃様……め、目の前に……黒乃様……!)

(あれか、やっぱり誰だこの女ってなってんのか?違う、違うんだ黒乃……俺にはお前しか―――)

 

 黒乃は絶賛自己嫌悪中。簪は緊張で固まる。一夏は黒乃の暗いオーラが自身と簪の密かな?関係によるものだと思い込み冷や汗をかく。この席、カオスの極み。しかし、このままではいっこうになにも進まない。一夏は勇気を振り絞り、空元気のまま口を開いた。

 

「あ、あのな黒乃!この子は更識 簪さんていって、俺の―――友達?」

「確実に友達ではない……」

「だ、だよなぁ……。じゃあ、顔見知りってことで……」

 

 とりあえず簪が特別な存在ではないと認識させるところからと思ったのか、友達だと紹介しようとした。だが友達と表現したものの、いまいち自分がそう簪に認められている気はしなかった。そのため疑問符がついたような発音になり、そう紹介したところで本人からすぐ否定が入ってしまう。

 

「え~っと、そう!黒乃と同じ代表候補生なんだぞ」

「……藤堂 黒乃」

「へ……?わ、ひゃい!さ、さささ……更識 簪です……!」

 

 あまり自分を責めていても始まらないと、一夏の紹介に首を頷かせ握手を求めた。一瞬差し出された右手がなにか理解できず、簪は数テンポ遅れておずおずと手を握り返す。しかも緊張のあまりかシュバっとその場で立ち上がりつつ、まるでサラリーマンのような謙虚な体勢というおまけつき。

 

 一連の動作は黒乃からすればやはり怖がられているようにみえて、どうしたものかと頭を悩ます。そして一夏はその様が妙に不機嫌にみえるらしく、勘違いが連鎖する状況ができあがった。ここまでくると挽回はほぼ不可能に近く、誰かがヤケを起こさない限りは続くだろう。

 

「なんていうか、更識さんの整備を手伝って―――」

「邪魔してるだけ……」

「あ、はい、すみません……」

 

 とりあえずさりげなく身の潔白をアピールする手なのか、別にやましいことじゃないですよとでもいいたげに整備を手伝っていると表現した。しかし、簪としては捨て置けない。本当に邪魔しかされていないし、それで焦った拍子に愚行へ走ったのだから。

 

 前者に関しては覚えは当然あるらしく、一夏はしょぼくれつつしっかりと簪へ陳謝。終始ツンケンした態度なだけに、端からみても関係が良好でないのが解る。原作知識がなくとも特別浮気とは思われなさそうだが、そこまで心配になるのは一夏の後ろめたさが根強い証拠だろう。

 

「あ、あの……黒乃さま―――じゃなくて、藤堂さん……」

(今なんつったよこの子……黒乃様?そこまで下手に出んでもええんやで……?)

「タッグトーナメント、私と組んでくれませんか……?打鉄弐式が完成したら……ですけど……」

(……これは、イッチーが鬱陶しいから私と組むことで逃げようとしてる……のかな)

 

 胸中では常に黒乃様と呼んでいるため、目の前でもついそれが出てしまう。慌てて訂正すると、なんと簪はタッグを組む提案を差し向けるではないか。怖がられているという前提から入るせいか、本人には斜め上の解釈をされてしまうわけだが。

 

「ちょっと待て、俺がずっと誘ってるのにそれはなしだろ!?というか、それなら俺が普通に黒乃と組むわ!」

「近接機同士の組み合わせはよくない……。支援も出来る弐式の方が無難に決まってる……」

(ん~……まぁ真面目な話だとかんちゃんに一理あるよねー。けどやっぱ原作遵守で行動してほしいっていうか)

 

 簪の提案は一夏の誘いを蹴るどころか台無しにしているのも同然である。様々な事情で自らに非があるのは承知しつつ、それは流石にどうなのだと一夏は声を荒げた。何度もいうが、本来なら一夏だって黒乃と組みたいのだからそれも仕方なくはある。

 

 だが残念なことに、ゲーマーゆえの効率重視な部分がある黒乃は、白式と刹那の相性の悪さをバッサリ切った。それでいて、原作よりも親交が深まらないような2人をどう組ますかという方向へ思考を切り替える。性格上、あまり突っぱねることができないが果たして―――

 

「彼と組んで」

「「え!?」」

「意味のあること」

 

 シンプルに一夏と組んでほしいと伝えれば、珍しく似た反応を2人は示した。それはもう、2人からすれば意味の解らない言葉だろう。それ以降はもうこれ以上はなにも語りませんよと食事に手をつけた。その行動はよりミステリアスさを醸し出す。

 

「あ、貴女の言葉でもそれは……。う、う~……なら……保留……」

「一応でも保留はしてくれるんだな……。けど黒乃―――」

(はいよ、どうかした?)

「……いや、なんでもない。よし、飯にするか!」

(……変なイッチー)

 

 自分と黒乃の扱いの差に呆れながらも、完全拒否から僅かながらも進歩したのでよしとした。が、黒乃に対してなにかいいたそうにて、途中でなんでもないと取り繕う。まるで取り繕うかのような仕草に違和感を覚えたが、本人がなんでもないというなら黒乃は追及しない。

 

 一夏の胸中は少し暗い。本当は嘘でもいってほしかったのだろう、私は一夏と組むから―――と。トーナメントが告示されてからというもの、黒乃から一切の誘いもないのだって寂しく感じている。しかし、先ほどの蹴りの負い目がそれ以上だということを一夏は知らない―――

 

 

 

 

 

 

(ちゃんと謝んないとな……。本当は更識が過激な思想の持主じゃないって解った時点で話すべきだったんだ)

 

 黒乃と自室への帰路につく最中、一夏の頭の中はそれでいっぱいだった。黒乃を愛しているという気持ちが一瞬たりとも離れたことはないが、簪とのややこしいもつれを修正しようと必死過ぎた部分もある。小烏党関連で避けてはいたが、それも言い訳にならないと一夏はギリリと奥歯へ力を込めた。

 

 仲睦まじく歩く姿からは想像もつかないだろうが、現在の一夏は嫌悪に包まれている。こと黒乃が絡めばデリケートな壊れ物になってしまうのは一夏の悪癖だ。やがてみえた自室の扉を潜るなり、一夏は黒乃へ向き直り誠心誠意の謝罪を送る。もっとも、それは未遂に終わるが。

 

「すまん黒乃!なんともないとはいえ、ずっと更識に会ってたの黙って―――」

(ごめんねーっ!)

「へ、あ、え……?く、黒乃!?あ、危な―――」

(ごめんね、ごめんね、痛かったよね?!蹴ったりして本当にごめんねー!)

 

 一夏が深く頭を下げようとする前に、黒乃は突進するかのように飛びついた。常人を遥かに凌駕する力を受けた一夏は、ヨタヨタと後方に大きく下がって倒れ込んでしまう。幸い倒れた先はベッド―――というより黒乃が計算した結果だ。すると黒乃は、一夏に跨ったような状態でスリスリと頬の柔肌を一夏の頬へ擦りつけ始める。

 

(いや、待て―――全然意味が解らん!い、いったいどうしてこんな……)

(どうしよっか、なにしよっか!?あっ、ちゅっちゅしてあげる!ん~……———)

(待て待て待て待て!黒乃さぁぁぁぁん!?)

 

 謝るべきは自分であると思っているので、一夏は黒乃の行動が理解不能だ。黒乃からすれば思い切り蹴ったのを悔やんでいるため、若干暴走しながら謝罪の意を込めて文字通りなんでもするつもりなのである。本当なら簪がどうなろうと知ったこっちゃない―――くらいの思考が頭を過ったのだから。

 

 本当なら一夏が墜落したその場でこうしたいほどだったのだから。流石にそれは自重すべきと我慢した結果がこれ。黒乃は一夏の顔を両手で包んで動かないよう固定すると、唇に唇を重ねてしばらく吸い付く。そしてちゅっと音が鳴るようにして離れれば、後は何度もそれを繰り返した。

 

(ちゅっちゅどう、癒される?なにかしてほしいことがあったらいってね、あなたが望むのなら今この場で命だって断ってみせるから!だからどうか―――)

「あの、黒乃―――」

「嫌いにならないで」

「!?」

 

 しばらく落とすようなキスをしつこいほど続けていたが、両手はそのままジーッと一夏の瞳を見つめる。そんなことをいわれたって、一夏にはそもそもこの状況が理解できないのだからリクエストなんて出てこないだろう。だからこそ一夏がどうしてこんなことをするのかと恐る恐る聞こうとすれば、核心的な部分のみ言葉となって飛び出た。

 

(嫌いにならないで……って、そんなの、俺の台詞―――いや、これはもしかして……嫉妬してくれてる……のか……?)

 

 一夏は黒乃と簪の対面した場を思い出す。その際に黒乃の自己嫌悪オーラをこの女は誰なんだというような類のものと解釈した。そして現在の状況となると、一夏が導き出したのは黒乃が簪に対して嫉妬を覚えているというようなものだ。

 

 そもそも黒乃がどうしてアリーナへ姿をみせていたかは疑問だったが、実はずっと前から気づいていたのではないかとつじつまを合わせていく。そして簪を助けに入った際の蹴りは、これ以上一夏が自分以外の女性に構ってほしくないという想いからつい飛び出してしまったのではないかと。

 

(黒乃が嫉妬……?なんだそれ、最高かよ……!)

 

 そしてこの喜びようである。一夏にとっても黒乃のすることなすこと全ては愛おしく映るらしい。特に嫉妬に関しては、長年の経験がそうさせるのだろう。いつも自分は黒乃が男へ優しくするのにヤキモキするのに、ハッキリと黒乃の行動を嫉妬だと認知できた覚えなどない。

 

 1度結論付けてしまえばもう他の考えなど思い浮かばない。一夏の思考は黒乃が嫉妬してくれたという概念に支配され、ドッドッと心臓の鼓動が速まり、歓喜からかニヤリと頬が吊り上がる。そうして黒乃の後頭部に腕を回して力強く引き込むと、とてつもなく深いキスを始めた。

 

 息継ぎもなしに貪るようなキスは、2人の思考を溶かしていく。唾液があらぬところへ垂れるのもおかましなし、呼吸困難に陥りそうになってもおかまいなし。どちらかが気絶するまで終わらないのではと思ってしまいそうなキスは、一夏が黒乃を引きはがしたことによりとりあえず区切りがついた。

 

「そんなので嫌いになるわけないだろ!」

(イッチー……)

「あ゛~黒乃は可愛いなぁ!もう本当……黒乃より可愛い生物なんていないって確信したぞ俺は!」

(ちょっ、嬉しいけどそれはいい過ぎ―――わ゛ー!?)

 

 一夏は黒乃の身体をガッチリとホールドすると、そのまま転がるようにして横にさせた。矢継ぎ早にまた引き込むと、まるで抱き枕のようにして本当に痛いくらい黒乃を抱きしめる。例によって黒乃にとってそれはご褒美なのだが、とにかく恋人が可愛くて仕方ない一夏は喜びを体で表現することに夢中だ。

 

「……心配にさせてごめんな」

(ううん、全面的に私が悪いんだからさ……)

「けど、次からそんなこと考えなくていいぞ。今更嫌いになれるかよ、黒乃ならどんなことでも許せる」

 

 それまでの興奮が嘘かのように、一夏は柔らかな態度で黒乃に接した。嫌いになるはずがない、なれるはずがない、それはまさしく至言だろう。お互い相手に不満など一切抱いては―――いや、最初から不満なんて抱くことができないのが正解。

 

 他人にとっては嫌な部分と捉えられる箇所も、2人にとってはなんら問題には感じられない。互いを全肯定し合う2人に隙は無いのだ。ただし、愛し過ぎるが故にこのような事態に陥ってしまう場合もある。かつては面倒なことに繋がるきっかけだったが、今になっては惚気の一種に早変わり。

 

「愛してる」

「うん、ありがとな。俺も黒乃を愛してる」

 

 抱き合う2人は、ただ愛を囁いた。きっとこれからも、何千、何万と同じ言葉を互いに送るのだろう。だが、言葉の重みが変わることはない。お互いがお互いの命を、自分の命よりも大切にしているから。2人の愛は、単なる恋人同士の戯れで済まないのだ。

 

 

 




黒乃→様っていうほどへりくだる……くらい怖がられてるのかな!?
簪→く、黒乃様とこんな距離で……き、緊張しちゃう……。

黒乃→蹴ったりしてごめんねーっ!お願い、嫌いにならないで!
一夏→黒乃が嫉妬してくれてるのか……!?

相も変わらずあちらが立てばこちらが立たず。
他のヒロインズを出演させる隙がががが……。
タッグトーナメント編ではまともな出番をあげられなさそうです。


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第95話 モノサシ(表)

今話は表が黒乃とその周辺の視点で、裏が鷹丸の視点となっています。
ややこしくて申し訳ありませんが、読む際は注意してください。
いつも通りにどちらから読んでも差支えはないかと。


「あれ、今日もいないのか?」

(あらホント。意味ありげに奥のハッチは開いてるけど……)

 

 もはや流れ作業じみてきた気がしなくもないけど、かんちゃんを探して整備室へやってきた。まぁ今日は私もセットですけど。そりゃ、あれだけ怖がられておいて放置するのはいかんでしょ。まぁどうしても無理っぽかったら諦めるけどさ。

 

 しかし、目的の人物は見当たらないわけで。その代りといってはなんだが、普段開かれていた覚えがないハッチがそれはもう開放的になっているじゃないか。前々から気にはなっていたけれど、勝手に入ったわ怒られちゃうわじゃ損だしスルーしてたんだよね。

 

「やぁ織斑くん……に藤堂さん。いらっしゃい、今日はどうしたのかな」

「近江先生、こんにちは。あの、更識さんみかけませんでした?」

「いや、今日はまだみてないね」

「そうですか……。じゃあ、部屋とかにいるのかもな」

 

 すると私たちの気配でも察知したのか、奥の方からヒョコっと鷹兄が姿を現した。いつも着ている白衣の袖は捲られ、出で立ちはどことなく埃っぽい。なるほど、どうやら奥で作業かなにかをしていたみたいだ。ふ~む、ますます中身が気にならなくもないが―――

 

 まずはかんちゃんだよね。鷹兄がいうには見かけていないらしい。待っていれば姿を現すか、はたまたイッチーのいう通りに自室に居るのか……。これからどう行動するか思案していると、なんだか鷹兄は少し意味ありげな表情をみせると、私たちに問いかけて来た。

 

「ところでだけどキミ達、近くない?」

「あ、はい……その、いろいろありまして」

(えへへ、いろいろありました~)

「へぇ、そうかい。フフ……微笑ましいというか、やっぱり少し羨ましくなるね」

 

 近いというのは、単純に私たちの物理的距離のことを指しているのだろう。というかもうゼロ距離だけどね。なんといったって、私がイッチーの腕に抱き着いているから。イッチーはなんだか照れくさそうにいうが、離してほしいとかいいたそうな雰囲気は見当たらない。

 

 だから私も遠慮なくこうしていられるのである。なんというか、先日の一件以来―――イッチーから離れられなくなっちゃいまして。なんかもう、自重するのも馬鹿らしくなってきたというか。きっと今の私は、長時間イッチーと離れると禁断症状が出るぞ。

 

 いやー……あれが効いたね、嫌いになんかなるはずないだろ!……が効いたね、うん。私がイッチーを嫌いになることはないけど、イッチーも同じことを考えていてくれたんだなぁって……。そしたらもう、イッチーと隣に居る時に生じる僅かな隙間も煩わしく感じるようになっちゃった。

 

「……あの、プライベートな話なんですけどいいですか?」

「ん?まぁ答えられる範囲なら努力するけど」

「じゃあ、遠慮なく。近江先生って許嫁とかって……」

「ああ、僕の女性周りだね。いつも意地悪してるお詫びに、興味があるなら少し話すよ」

 

 鷹兄の羨ましくなるという発言が引っかかったのか、イッチーは恐る恐るそう問いかけた。ええぞイッチー!前々からこの人の恋愛事情は想像すらつかないからなぁ。でも聞いたってどうせ上手く躱されるだけ―――と思いきや、意外にも自ら話してくれるそうじゃないか。

 

 なんでも、やっぱりお見合いとかの経験はかなりあるみたい。しかも学生の頃からだって……。一応は気になった女性もいたようだけど、様々な理由を考慮して全て断ったそうだ。跡取りとか大丈夫なんすかね?鷹兄。その時は養子でも探そうかなーとかで済ましちゃうかもな。

 

「はぁ……やっぱ御曹司ともなると違うんですね。そうか、学生の頃から……」

「まぁ、個人的に出会ってそれっぽい人がいないこともないんだけどね」

「マジですか!?先生って女性に興味あったんですね……」

「うん、マジだね」

 

 おろぉ!?なにやらとんでもない爆弾発言をかましやがりましたよこの人。見合いとかは抜きにして彼女らしきなにか、あるいは気のある人物がいらっしゃるとな。かおるんをはじめとした新聞部の皆が聞いたら阿鼻叫喚が見られそうだ。ふむ、ここはもう少し踏み込んで聞いておきたいぞ!

 

「具体的に」

「おやぁ、藤堂さんまでグイグイくるねぇ。そうだなぁ、似た趣味なのが第一かな。それで彼女、夢中になったらそれはもう子供みたいでね。はしゃぐ彼女を手助けして、見守っていたいというか」

「おお、結構まともな答えだぞ!」

「アハハ、織斑くん、僕も傷つく時は傷つくんだからね」

 

 鷹兄は傷つくというが、本当にまともな回答だよ……まとも過ぎて面白くないくらいだ。どうせイジメ甲斐あるとかそんなんだと思っていたけど、鷹兄も異性に対しては割と普通の感性を持ち合わせているのかもしれないね。……あれ、これも全体的に失礼かな……。

 

「趣味が合うって、やっぱり機械方面ですか」

「そうだね、かなりマニアックな話もつきあってくれるんだ」

「そうですか、機械……ですか」

 

 っへ~……そいつは束姉みたいな女性もいたもんだ。というよりは真面目な話で、鷹兄と束姉あたりはいいカップルになりそうな気はする。まぁ、束姉が鷹兄に興味を示すなにかがなければ始まりもしない恋愛だけど……。なんという難易度ハードコア。

 

 そんなことより、イッチーはなにか機械というワードに思う部分でもあるようだ。歩き出したイッチーの腕をしっかり離さず着いて行くと、イッチーは打鉄弐式の前で歩を止める。そして鷹兄の方へ視線をやると、真剣そのものの目つきで質問を投げた。

 

「近江先生、更識のやろうとしてることって現実的なんですかね」

「人によるかな、篠ノ之博士や僕なら全然なんとかなるよ。逆をいうなら僕らだからなんとかなるというか」

 

 イッチーのいうかんちゃんのやろうとしていることというのは、1人でISを仕上げられるかどうかのことだろう。鷹兄の口ぶりからすれば、ほとんど無理に等しいってところかな……。いや、多分だけどそれが普通なんだろうけどね。だから考え方を変えれば、かんちゃんは―――

 

「じゃあ、やっぱあいつってすごいですよね」

「うん?」

「完成状態は7割くらいだったんなら、1人だって浮ける状態まで持っていけるのがまず凄いですよ。俺なんて散々だったんだし……」

 

 そうだよね、すげぇよかんちゃんは。性格によるところが大きいんだろうけど、なんであそこまで自分を過小評価しちゃうかな。イッチーと同じで、私も整備に関してはちんぷんかんぷんだ。テストに出てくる必要な部分を覚えるだけで精一杯だよ。おかげで鷹兄におんぶにだっこだもん。

 

「……思うにアイツ、比べる部分を間違ってるんじゃないかって―――」

「楯無さんとの比較かい?」

「はい。そんなすげぇ奴なのに、自分のモノサシで楯無さん計って、長さが足りねぇって嘆いてばっかなのとか……勿体ない気がするんですよ」

 

 偉大な人物と血を分けて生まれ、さぞかし苦労もあったろう。けどかんちゃんは、それを理由に自分で自分の世界を狭めてしまっている気がしなくもない。かんちゃんのモノサシでしか計れない世界もある。かんちゃんのモノサシでしか書けない線がきっとあるはずなのに……。

 

「自分のモノサシで書ける線を書いてきゃいいのになー……」

「どんどん足してく」

「そう!長さが足りなくなったら、俺達や皆がいくらでもモノサシを足していく。そしたらきっとさ、どこまでも続いてく長ーい線を書けるようになるぞ!」

「そしていずれ楯無さんを追い抜く……か」

 

 どこまでも続く長い線……か。うん、かんちゃんはいつだってそんな線を書けるはず。なにかきっかけを投げさえすれば、後は本人の意思次第なのかも。しつこく構うのも、あの子の意志を誘導しているのに近い可能性があるから。かんちゃんが決めて、かんちゃんが心から誰かを頼れる時がくればいいけどな。

 

「……ってすみません、なんか熱くなっちゃいました」

「いいんじゃない、キミらしくってさ」

「そ、そうですかね?あ!それより、なんか仕事中だったんじゃないですか」

「手伝う」

「いや、大丈夫だよ。僕1人でも問題はないさ」

 

 私がいる手前でかっこつけた気になった感覚なのか、イッチーは照れくさそうにして鷹兄にそういう。でもねイッチー、鷹兄だったらキミが謝る前にからかってると思うの。案の定、本当に気にしてないのか興味すらないのか、特に煽るような発言は飛び出ない。

 

 それでも気恥ずかしさが勝るのか、イッチーは誤魔化すように手伝いを申し出た。基本的には鷹兄に頼りっぱなしなんだ、手伝える時にはそうしようじゃない。そうやって私も意気込んだのだが、問題ないと一蹴されてしまう。あれか、変にドジられたら困るってか。

 

 けど、とにかく本人が必要ないといっているのだから無理強いはよくない。言葉に出さずとも意見がシンクロしたのを察知した私たちは、適当に挨拶を交わしつつ整備室を後にした。しばらく無言で廊下を歩いていたが、ふとイッチーが切り出す。

 

「で、どうすっか。更識は―――」

「今日はもう……」

「だよな……。押し入るのだけは禁止にしとこう」

 

 かんちゃんの捜索を続行するか否かという内容のようだが、私は首を横に振りながらそう呟いた。さっきも思ったが、やっぱり彼女をヘタに刺激するのはよくない。そっとできる時はそうすべきだ。イッチーも一応の確認のつもりらしく、伏し目がちに私の意見へ同意した。

 

「あ、2人共やっとみつけたよー!」

「黛先輩……えーと、なんか用事ですか?」

「露骨に嫌な予感がするみたいな顔しないの。んーと、ちょっと待ってね」

 

 どこか暗い雰囲気を吹き飛ばすような快活な声が廊下の奥から響いた。よくみると、かおるんが元気よく手を振りながら駆けてくるではないか。イッチーはかおるんに対してあまりいい思い出がないせいか、微妙な反応を示してしまう。向こうは気にした様子も見せず、ゴソゴソとメモ帳を取り出し開いた。

 

「あのさ、早い話が仕事の依頼なんだけど、インフィニット・ストライプスって雑誌知ってる?」

「いや~……俺、そういうのはちょっと。黒乃はどうだ」

「知ってる」

「おっ、ありがと黒乃ちゃん!これからもご贔屓に~」

 

 かおるんが仕事の依頼だと切り出した時点で、これがなんの話か理解した。どうやら原作におけるモッピーとイッチーが行った取材の件みたいだ。私は雑誌そのものを読んだことはないが、知識としてそれはある。そのせいか、かおるんに感謝されても微妙な気分になっちゃうな……。

 

「んで、その雑誌の編集部で私のお姉ちゃんが働いてるんだよね。2人にインタビューとかモデルの仕事とかどうだって直談判してこいっていわれちゃってさ」

「モデルって、ISの雑誌でですか?」

「ああ、結局どんな雑誌かは紹介してなかったね。……はいこれ、先月号」

 

 インフィニット・ストライプス。主要なターゲット層はティーンで、取り上げているのはIS操縦者たち。内容としてはファッション雑誌のソレとあまり変わらず、操縦者がモデルをやってその写真を掲載する……ってところだろうか。鈴ちゃんも同雑誌でモデル経験があるんだってさ。

 

 かおるんから手渡された先月号をペラペラとめくっていくイッチーだが、割かし興味なさそうだ。あまりミーハーじゃないもんねぇ。例えば芸能人と街角で鉢合わせても、あまりイッチーは関心を示さないだろう。そのへんが妙にドライというか、冷めてるっていうか……。

 

「あの、この依頼って―――」

「ああうん、箒ちゃんには断られちゃって。なんでも、邪魔するのは悪いからってさ」

「あ、あいつ余計な気を……。まぁ……俺は構わないけど、黒乃はどうだ」

(いや、私も構わないよ?けど―――)

 

 モッピーってば、ホントに気を遣わなくてもいいのにねぇ。流石にお仕事で一緒になったからって邪魔とは思わないし、多分だけどそういう部分では割り切れると思う。うん、思うだけで保障なんてどこにもないですけど!……とにかく、そういうことなら私も一向に構わんのですよ。

 

 けどさ、モデルとして致命的な傷を負っちゃっているといいますか。私はかおるんに向け、無言で2度ほど頬の傷を指先でトントンと触って示した。ええ、なんかすんませんね……私のエゴでこんなもん残しちゃいまして。だけどもうこの楔を手放す気はないといいますか。

 

「どういう事情の傷かは詮索しないし、お姉ちゃんはありのままの絵が欲しいっていってたから多分だけど問題ないよ。もちろん黒乃ちゃんが気にするなら画像処理で誤魔化すし……」

(ううん、私もそのままの姿をみてもらいたいから平気だよ)

「ええと、これは受けるってことでいい―――のかな?」

「あ、はい。そういうことみたいです」

 

 銃弾がかすった傷ですって正直に答えたところで、読者の皆々様を困惑させるだけだろう。私は普段どんだけ世紀末な環境で生きているのだと変な想像を産んでしまいそうだ。とにかく、こんな傷物女を写すのでいいならいくらでもどうぞ。

 

「わぁ、ありがと~!お姉ちゃん、企画が頓挫するんじゃないかってハラハラしてたみたいでさ」

「まぁ、俺らで面白い記事になるかは保証できないですけど」

「面白くするのが編集の力だよ!え~っと、NGっぽい質問は織斑先生や近江先生に確認しとくね。詳しい日時は……また今度伝えるから。あ、あとちゃんとお礼もするから楽しみにしておいてー!」

 

 編集の力とは言い切りましたねぇ……。編集と書いて捏造と読むようなのは勘弁だけど、そこはかおるんのお姉さんを信じるしかないか。かおるんは私たちにお礼をいうと、残った必要事項を伝えて走り去ってしまう。元気だなぁ、嵐みたいな人ってのはああいうのをいうんだろう。

 

「なんか、思いがけずって感じだな」

(そうだねー……)

「けど、いろんな服着た黒乃がみられるのは楽しみだ」

(えへ、あなたがそういうんなら張り切っちゃおうかな~)

 

 そういえば、メディアに関わる仕事が入るのは初か。モデルとかじゃなくて、代表候補生としてインタビューとかされたこともないし。多分だけど、私の事情を考慮して鷹兄あたりが断っていたのだろう。今回は直談判した後に鷹兄に話が通ると……。

 

 なるほど、学園に居る人にしかできず、なおかつ交渉の成功率も格段に高い手だ。なんとなくちゃっかりしてるのは姉妹で共通かな。しかし、イッチーが楽しみにしてくれてる……。うむ、本番までカロリー制限を厳しくいこう。最高のコンディションを保ってイッチーの目を釘付けにしなくては

 

「…………」

(あり、どったのイッチー。急に黙り込んじゃ不安になっちゃうんですけど)

「……黒乃」

 

 イッチーが愁いを帯びた目で私を凝視し始めたと思ったら、スッと顔を近づけ右頬の傷へキスを落とした。罪悪感を覚えてしまうが、私が傷を残したのはイッチーにこうさせるため。なにも躊躇う必要はない。ただされるがまま、愛を受け入れることだけ考えていれば。

 

 けど、貰ったのなら返すのが道理というもんだろう。私はそのままイッチーの頭を抱き込み、肩へと埋めさせた。すると、私の耳に酷く籠ったごめんという言葉が届く。……謝るのはこっちの方だよ、だからどうか気にしないで。キミを苦しめることで離れさせないなんて、最低なことしてるんだからさ。

 

「……今日はもう戻ろう」

(うん……)

 

 私から離れたイッチーは、なにかを誤魔化すような笑みを浮かべていた。これ以上は傷のことに関していいっこなしということなんだろう。だとするなら全面的に同意だ。雰囲気が悪くなることには違いないからね。そういうことで、すぐさまイッチーの腕に抱き着き直した。

 

 そうしてイッチーと一緒に歩くことしばらく、位置としては寮棟へと差し掛かったあたりだろうか。私たちにとっては予想だにしない人物が現れた。どこか儚げな出で立ちで、内側に巻いた水色の髪を持ち、紅い瞳を輝かせるあの子は―――

 

「待って……!」

「更識……さん?そっちから用事なのは珍しいな」

「……お願いがあってきた……」

 

 今日はよく呼び止められる日だなーとか思っていたら、まさか今のかんちゃんが私たちに用事だなんて。なにか思うところでもあったのかな?けっこう息を切らせているし、それなりに探し回った証拠だろう。どうやらお願いがあるようだけど……。

 

「どうか私に……力を貸してください……!」

「…………」

「さんざん拒絶して……都合のいいことをいってるのは理解してる……。だけど―――」

「顔、上げてくれよ」

 

 かんちゃんはイッチーに深々と頭を下げると、シンプルに力を貸して欲しいのだと伝えた。よくみると、その身体は僅かに震えているではないか。自分でもなにを今更と思っているのだろう。ここで逆に断られても、怒られても仕方がない……って。けどかんちゃん、私のイッチーはそんなんじゃないよ。

 

「そんなのしなくたって、俺はずっといってるだろ。更識さんと組むし、出場に必要な打鉄弐式のこともちゃんと手伝うってさ!これからよろしくな」

「っ……!あり……がとう……。ありがとう……!」

「え、な、泣くことないだろ。ちょっと待ってくれ、これじゃ俺が泣かせたみたいに―――」

(ある意味でイッチーが泣かせたんっしょー。まぁ任せて、こっからは私の領分ってことで)

 

 イッチーはかんちゃんの肩へ優しく手を乗せ、グイッと上に力を込めて姿勢を正させた。そうして1歩離れると、爽やかそのものな様子で右手を差し出し―――たところでかんちゃんが泣き出してしまう。それだけ不安だったということに違いない。

 

 まさかそこまでは想像がつかなかったのか、イッチーはさっきまでの爽やかさが台無しなくらいに慌てふためいてしまう。そんなイッチーの前に割って入り、代わりにかんちゃんを慰めてみる。怖がられてる分際でなんなんですけどねー。とりあえず、かんちゃんの頭をなでなでしてみよう。

 

 すると、私の服を掴みつつ寄り添ってくるじゃないか。おお、これは効果覿面?ならばよし!ほ~ら、泣かなくても大丈夫だよ~。私のイッチーはそんな小さいことで怒るような人じゃないからね~。怖くてもちゃんと頼めて偉い偉い!だからむしろ胸張ろう?

 

 そうやってよしよし攻撃を続けていると、いつしかかんちゃんの小さな嗚咽も聞こえなくなってきた。もう大丈夫そうかな……。だとすると、涙なんかとっとと拭かないとね。かんちゃんにハンカチを差し出すと、無言でコクコク頷きつつ受け取ってくれた。そうして涙を拭き終わる頃には、完全に落ち着きを取り戻したようだ。

 

「その……。いろいろ……ありがとう……」

「気にすんなって、むしろ大変なのはこれからだろ。とりあえず、整備に力を貸してくれそうなメンバー集めからってところか」

「うん……。とりあえず1人は心当たりが……」

「そうなのか?じゃあ、明日はそいつに声をかけるところから始めよう。更識さんも、それでいいよな」

「かまわない……。それと……簪でいい……。苗字は苦手……」

 

 かんちゃんはなんだか照れ臭そうだ。まぁ女の子だし、泣くとこみられるのは恥ずかしいよね。向こうが落ち着きを取り戻したことで、同じくイッチーも平常運転に戻った。そして今後の方針を固めていると、ずっと聞きたかった台詞を間近で聞くことに成功する。

 

 簪でいい。これはかんちゃんを象徴するような言葉だよね。……どうやら原作とはニュアンスが違うみたいだけど。原作ではイッチーに簪と呼んでほしいって感じだったけど、今のは更識と呼ばれたくないという感じだった。なんだか姉妹の溝—――というか、かんちゃんのたっちゃんに対する拒絶が原作よりも深いような気がする。

 

 ……それなら深入りはしない方がいいのかも。成り行きに身を任せるといいたいわけではないが、ヘタに首を突っ込んで話がややこしくなっては困る。かんちゃんにも心境変化が芽生えつつあるようだし、もうしばらくは経過を見守るとしよう。

 

「じゃあ簪、明日からは頑張るぞ」

「わかった……」

「おう、じゃあ明日に備えて―――」

「……あの……少し話が……」

 

 これでお開きかと思いきや、かんちゃんが私に話があるそうじゃない。イッチーは気を遣っての行動だろうけど、なら俺は先に帰ってるよなんていうけど……マジで?居てくれるとかんちゃんが話しづらいのは解るけどさ、怖がられてるっぽい子と1対1ってそれなりに恐ろしいものがあるもんで―――

 

「1つ……聞かせて……」

(は、はい。なんでございましょ……)

「貴女の力は……誰かのためのもの……?」

(はぇ?)

 

 思ったより普通な質問でしたとも。けど、そんなこと深く考えたことないなぁ。別に戦いなんてない方がいいとしか思ったことはないし、練習はするし生きたいとは思うけど、強くなろうとはしたことがないと思う。う~ん……だけど、どちらかといえば肯定だろう。

 

 今までそれなりに事件へ身を置いてきたけれど、こんな私でも本気の逃走はしたことがない。もっと本気で逃げようとしたら、それなりにやりようはあったろう。けどなんだかんだで戦ってこれたのは―――うん、やっぱり皆が居てくれたからだよね。

 

 皆には傷ついてほしくない、ましてや死んじゃうなんて論外だ。専用機1機あるかないかの差は大きいし、これからも私は皆と一緒に空を飛び続けるだろう。……命に代えても守りたい人もできたしね。けど、こんな複雑な感情をひと言で伝えられるはずもない。だから私は、おうさ!という意味を込めてグッと親指を立てた。

 

「っ……!?……そう……」

(うん、えらい驚かれたもんだな……)

「……引き留めてごめんなさい……それだけだから……」

(そ、そう?え~っと、じゃあ私も帰るね)

 

 普段が無表情なぶんだけ変化があれば解りやすいものだ。かんちゃんは私が親指を立てたのにすごく驚いているらしい。肯定しているのは伝わっているようだけど、私がそう思っているのがそんなに意外かね。なんだかそれはそれで悲しいものがあるぞ。やはり鉄血人間とでも思われているのだろうか。

 

 とにかく、かんちゃんの質問っていうのはそれだけらしい。用事が済んだならもう行くね。かんちゃんに軽い会釈をみせて踵を返すと、イッチーの待つ自室へ向けて歩を進めた。あ、そういえばかんちゃんの部屋って何号室なんだっけ。聞けそうだったら訪ねてみよーっと。

 

「あの時と同じ親指……。フフッ……」

 

 

 




黒乃→どうにも鉄血人間と思われてたみたいねぇ。
簪→黒乃様は、やっぱり導きの八咫烏……。


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第95話 モノサシ(裏)

今話は表が黒乃とその周辺の視点で、裏が鷹丸の視点となっています。
ややこしくて申し訳ありませんが、読む際は注意してください。
いつも通りにどちらから読んでも差支えはないかと。


「バックヤードの整理を手伝ってくれないかなぁ?」

「いきなりなに……」

 

 放課後の整備室にて、僕はそうやって簪さんに声をかけた。前まではスルーの応酬だったけど、こうして返事をしてくれるだけでだいぶ進歩したもんだよねぇ。いい感じに織斑くんに絆され始めてるみたいだし、これでようやく僕が動ける。残念だけど僕と会話が成立した時点で終わりだよ。

 

「いやね、最近人の出入りが増えたもんだから時間が取れなくて。ここの管理も僕の仕事だからねぇ」

「なら、自分の仕事を全うして……」

 

 そういうと簪さんは、興味もなさそうに打鉄弐式の整備を再開させる。まぁもっともな発言に違いない。ぶっちゃけ僕1人でどうこうなる問題だけど、とある策を開始するにはとりあえず簪さんにはバックヤードへ籠ってもらうのが最適と判断した。

 

 それゆえ、手伝ってもらわねば困るんだよ。さて、だとしたら常套手段かなぁ。仕事の流れとはいえ簪さんに恩は売れてるわけだし。その点、織斑くんには感謝しかないよ。簪さんを焦らせ、僕に介入させる隙を見事に作ってくれたのだから。僕はわざとらしく、声のボリュームを上げて告げた。

 

「あ~あ、打鉄弐式の復旧作業は大変だったなぁ」

「…………っ!?」

「待機形態から元に戻さないと、今頃は作業にもっと遅れがでてたろうなぁ」

「貴方って人は……!」

 

 ほーら釣れた。このあたりは似てる姉妹だよねぇ、こうやって意外と感情的になり易い。今までやってきた無視が大正解だっていうのに、簪さんは僕に憎しみの籠ったような視線を向ける。誰がやったって怖いと感じることはないだろうけど、大人しいこの子がそんな表情したってなにも感想が浮かばないや。

 

「別に……私が頼んだわけじゃ……!」

「へぇ、あ、そう。じゃあ元の状態に戻そっか、キミがそういうんじゃ仕方ないよねぇ」

「それは……」

 

 はいはい、キミにはもう諦めるって選択肢しか選ばせるつもりはないんだからさっさと折れようね。ま、頑固だから1人で弐式を完成させるなんていう非効率なことに固執してるんだろうけど。でもこういっちゃえば簪さんは断れない。だってここの子たちって結局は優しいんだもの。

 

「……解った……手伝う……」

「それはどうも。そんなに時間はかからないし、力仕事をさせる気はないからそこは安心してよ」

 

 簪さんはガクンと項垂れると、それはもう死ぬほどの勢いで渋々と了承した。そうしていざバックヤードへ。整備室の奥を開けば、そこはISに使われる部品やISの整備に用いる道具の宝庫だ。前者に至っては大半がウチの製品なだけに馴染み深いというか、なんだか社に戻った気分になるなぁ。

 

 さて、ここに導いたのはいいけどなにをしてもらおうか……。本気で手伝いとかどうでもいいから二の次に考えちゃってたか。アドリブなんて得意というか、人生の大半をそれで過ごした僕ならなんとかなる―――いや、なんとかしてみようじゃない。僕はいかにも初めから決めていたかのように、簪さんへ仕事を任せた。

 

「はいこれ」

「タブレット端末……?」

「うん、在庫のチェックみたいなものさ。そのタブレットに各部品のあるべき数が記録されてるはずだから、数が合わなかったら指定されてる量の入荷の手続きをお願いするよ」

「解った……」

 

 作業用のテーブルに置いてあるタブレットを手渡すと、簪さんは不思議そうにそれをみつめた。なにかと優秀だし、これだけ伝えれば問題なくこなしてくれるだろう。静かな女性なだけに黙々と作業してくれるはず。じゃ、僕は彼が来るまで適当に整頓でもしていようか。

 

 別に怒ってるとか不満というわけじゃないけど、皆バックヤード扱いはかなり雑だ。移動させた後に元の場所へ戻っていないなんてのはザラだし。僕も特別気にする方ではないけど、束さんを反面教師にしているというか……。まぁ、どのみち仕事ではあるんだからキチンとこなすけどね。

 

 僕は白衣の袖をまくると、位置の変わっている段ボール等の移動を始めた。中身は重いものや軽いものと様々だけど、精密なものが多いから大切に扱わないとねぇ。……それこそ僕が知らないところで雑に扱われちゃったらどうしようもないんだけど。

 

『あれ、今日もいないのか?』

「…………」

「えっと、僕が対処してくるよ。それでいい?」

「……適当にお願い……」

 

 僕らが着々と作業を進めていると、ふいに織斑くんの声が響いた。やぁやぁ、待っていたよ織斑くん。声が聞こえた時点で微妙な反応を示した簪さんに対し、招かざる客だけどどうしようかと問いかける。すると適当にあしらってというふうな返答が。それは順守するけど、ある言葉は引き出さないとね……。

 

「やぁ織斑くん……に藤堂さん。いらっしゃい、今日はどうしたのかな」

「近江先生、こんにちは。あの、更識さんみかけませんでした?」

「いや、今日はまだみてないね」

「そうですか……。じゃあ、部屋とかにいるのかもな」

 

 今日も来てくれるとは思っていたけど、黒乃ちゃんまでおまけに現れるとはラッキーだ。なんといったって、僕の策にはキミが必要不可欠なんだよ―――織斑くん。キミの耳を疑いたくなるような正直な言葉が必要なんだ。今のところ流れはいい。

 

 簪さんのご注文通り、とりあえず所在は誤魔化しておく。さぁ、これで約束は守ったのだから後はなにをしたって構わないよね。なんとか会話の流れを僕の想像通りに―――ってその前に、1つ気になる部分があるから問いかけておこう。確認作業は大事だからね。

 

「ところでだけどキミ達、近くない?」

「あ、はい……その、いろいろありまして」

「…………」

「へぇ、そうかい。フフ……微笑ましいというか、やっぱり少し羨ましくなるね」

 

 なんというか、控えめな性格な黒乃ちゃんがずっと織斑くんの腕に抱き着いてるんだよねぇ。絶対に人目に付くところでは露骨なことはしないと思っていただけに、意外というかなんというか。だが、決して興味本位ということじゃない。この2人の関係性は僕らの計画に影響するんだから。

 

 なにかあったという部分は適当に想像させていただくとして、こいつは本当にいい流れがきているぞ。束さんもきっと喜ぶに違いない。……そろそろ仕掛けてもいいのかもしれないなぁ。だとするとこの学園ともお別れか、それはそれで少し寂しいかもねぇ。

 

「……あの、プライベートな話なんですけどいいですか?」

「ん?まぁ答えられる範囲なら努力するけど」

「じゃあ、遠慮なく。近江先生って許嫁とかって……」

「ああ、僕の女性周りだね。いつも意地悪してるお詫びに、興味があるなら少し話すよ」

 

 僕のプライベートは研究と実験に塗れているが、なにもいつだってそうというわけでもない。これでも御曹司なわけでありまして、やっぱり見合いとかは学生の頃から経験があるんだよねぇ。父さんは別に世襲にこだわるなんてこともなく、一応会うだけ会って本気で気に入ったら好きにしろーとかいってたな。

 

 中には普通に素敵な女性もいたけれど、うーん……申し訳ないけど全て断らせていただいた。こんな機械馬鹿と引っ付くよりは、きっといい人は沢山いるはずだからねぇ。というか、むしろ可能性があるとすれば束さんくらいかな。そこの部分は濁して説明しないとだけど……。

 

「はぁ……やっぱ御曹司ともなると違うんですね。そうか、学生の頃から……」

「まぁ、個人的に出会ってそれっぽい人がいないこともないんだけどね」

「マジですか!?先生って女性に興味あったんですね……」

「うん、マジだね」

 

 主観的発想というか、やっぱり僕の目からすれば彼女はかなり素敵な女性だと感じるんだよねぇ。向こうがまんざらでないなら僕は大歓迎なのだけれど、まぁないよね、ないない。っていうか織斑くん、驚くところはそこかい?世間の僕に対するイメージなんてそんなものか。

 

「具体的に」

「おやぁ、藤堂さんまでグイグイくるねぇ。そうだなぁ、似た趣味なのが第一かな。それで彼女、夢中になったらそれはもう子供みたいでね。はしゃぐ彼女を手助けして、見守っていたいというか」

「おお、結構まともな答えだぞ!」

「アハハ、織斑くん、僕も傷つく時は傷つくんだからね」

 

 ヒントをあげる行為のようなものだが、臨海学校の際に水と油みたいなイメージを与えたし大丈夫だろう。藤堂さんはともかく、織斑くんが気づくはずないし。証拠にグッとガッツポーズを握り、何故か僕が割と普通に好意を抱いていることに感動しているようだ。

 

「趣味が合うって、やっぱり機械方面ですか」

「そうだね、かなりマニアックな話もつきあってくれるんだ」

「そうですか、機械……ですか」

 

 マニアックというか、実際のところは開発者だから話し放題なんだけれど。いやぁ……本当に束さんは素晴らしい物を産みだしてくれて―――おや?織斑くんは打鉄弐式に近づいてどうしたんだろう。おっとこれは、もしかして機械の話から繋がって、僕の望んでいた展開に―――

 

「近江先生、更識のやろうとしてることって現実的なんですかね」

「人によるかな、篠ノ之博士や僕なら全然なんとかなるよ。逆をいうなら僕らだからなんとかなるというか」

 

 1人でISを完成させるというのは―――まぁやろうとすれば簡単だろう。僕は絶対にやらないけどね。束さんはこのあたりで理解に苦しむというが、1人で造ってしまっては刺激が足りないのだ。人には十人十色というように様々な色がある。そこから綺麗な色を拝借すればよりよい物が出来上がるに決まってる。

 

 ……昔そうやって束さんにいったら―――綺麗な色でも混ざっちゃったらカオスだけどね、まさに混沌だよねって反論されたけど。それでも僕は何色に染まる気はないけどねぇ。その結果完成したのが刹那だと信じてるから。乗れる人を探すまでに苦労したけどねー……ハハハッ。

 

「じゃあ、やっぱあいつってすごいですよね」

「うん?」

「完成状態は7割くらいだったんなら、1人だって浮ける状態まで持っていけるのがまず凄いですよ。俺なんて散々だったんだし……」

 

 きた……きたきたきた!ハハッ、今日はどうしたの……神がかってるじゃないか。そうだよ織斑くん、キミのその言葉が欲しかったんだ。誘導しなくても偶然その言葉を出してくれるなんてとてつもない幸運だよ。キミが切り出したか否かで後のやりようが全く変わってくるからねぇ。

 

「……思うにアイツ、比べる部分を間違ってるんじゃないかって―――」

「楯無さんとの比較かい?」

「はい。そんなすげぇ奴なのに、自分のモノサシで楯無さん計って、長さが足りねぇって嘆いてばっかなのとか……勿体ない気がするんですよ」

 

 勿体ないとかそういうレベルの話でもない気もするけどねぇ。そもそも他人と比較するなんてことはまず無意味だ。人間というのはできることできないことがあるのは仕方がない。かといって、それを努力しないいいわけにはしちゃいけないけどね。

 

 簪さんはもう十分努力したよ。というか彼女、僕が出すテストを95点以下とか採った事ないし。そも整備に関することなら楯無さんに勝ってるはず。彼女が1人でISを組んだと思ってるみたいだけど、僕は多分なにかの勘違いと思うんだけどねぇ。いや、楯無さんが超人なのは承知の発言だとも。

 

「自分のモノサシで書ける線を書いてきゃいいのになー……」

「どんどん足してく」

「そう!長さが足りなくなったらさ、俺達や皆がいくらでもモノサシを足していく。そしたらきっとさ、どこまでも続いてく長ーい線を書けるようになるぞ!」

「そしていずれ楯無さんを追い抜く……か」

 

 ポジティブの極みだよねぇ。織斑くんの言葉には、他人の力を借りてなにが悪いのかという想いが込められていた。1つよりも沢山のモノサシが長い線を書ける……か。そこは僕の考え方と似ているのかも。まぁ束さんだったら、それぞれの個性でガッタガタの線しか書けなくなる―――って一蹴するんだろうなぁ。

 

「……ってすみません、なんか熱くなっちゃいました」

「いいんじゃない、キミらしくってさ」

「そ、そうですかね?あ!それより、なんか仕事中だったんじゃないですか」

「手伝う」

「いや、大丈夫だよ。僕1人でも問題はないさ」

 

 本当に……キミらしくて最高だよ。いやぁ、物事が思った通りに進むと気が楽でいいものだ。目的は達成したし、後は速やかに彼らを退散させた。さてさて、肝心の簪さんの様子はどうかなーっと。……フフ、思った通りに効いてる効いてる。

 

 簪さんはその場に蹲り、嗚咽を漏らしながら泣いている様子だった。いうまでもないけど嬉しいほうのね。何故かって、簪さんの置かれている状況を鑑みるに織斑くんの善意100%本心100%ポジティブ発言が効かないわけがない。僕は簪さんの近くにしゃがむと、わざとらしく声をかけた。

 

「ごめんね、世間話になっちゃって追い返すのに時間がかかっちゃったよ」

「う……ヒック……!う、うぅ……」

「……落ち着くまで待つよ、どうかゆっくり」

 

 僕の声は届いているみたいだけど、今は泣いて気持ちに整理をつけることで精一杯みたいだ。既にチェックはかかっている、別に焦ることはないだろう。とりあえず話だけは聞いておきたいから、簪さんが話せるようになるまでただ待ち続けた。すると、涙声のまま少しずつ語り始める。

 

「辛いから……逃げた……。小烏党に……黒乃様へ縋っていれば……楽だったから……。根本的には……彼がいってたこととなにも変わらないのに……」

「モノサシを足していく……かい?」

 

 小烏党員として活動することは、簪さんにとってモノサシを借りる行為だったのだろう。何故それが目の前で手を差し伸べる人達へ向けてできなかったのか。そうやって彼女は悔いているのかも知れない。簪さんはとっくの昔にやればできていたのだ。つまり―――

 

「比べられるのが嫌だったのに……比べていたのは……私の方……!比べてたから……始める前に諦めてた……!だから自分が信じれなくて……他人も信じれなくて……!だから……こんな……」

「簡単な事にも気づけなかったんだよねぇ」

 

 そうなんだよねぇ、そこなんだよねぇ。比べられたくないはずなのに、その比較対象にされているお姉さんと同じことをしようとしたって全く無意味だ。もっと視点を変えなきゃ、いつまでたっても周囲の目なんて変わらないに決まってるよ。

 

 ま、そこは本人がいってる通りかな……。無意識に半分諦めてしまっていた、これが正解。だから既に正解を導き出せていたことにも気が付けない。別に1人にこだわる必要なんてないんだよ。1人でやって勝てないなら10人でも100人でも挑めばいいんだ。で、それで勝てたら勝ちは勝ちだって開き直ってやればいい。

 

「……仕事……また今度に……」

「それは構わないけど、これからどうするんだい?」

「……モノサシ……借りてくる……」

「フフッ、そっか。うん、いってらっしゃい」

 

 その場から立ち上がった簪さんは、随分とウィットに富んだ発言を僕へ送る。こんな冗談が簪さんの口から飛び出るとは思っていなかったから少し面食らったが、十二分に笑える出来だ。発言の内容からするに、他人に頼ることにしたと取っていいはず。だからこそ僕は、安心して簪さんを送り出した。

 

 ふ~……作戦大成功。ようやく僕が本格始動しようかって時に、余計な姉妹の拗れなんか持ち込んでもらっちゃ困るんだよねぇ。さ~て、それなら報告も兼ねて束さんに電話しておかないとなぁ。僕は簪さんが去ったのをキチンと確認すると、携帯を取り出して通話を繋げた。

 

「もしもし、束さん」

『いえ、私です』

「おや、キミかい。調子はどうかな」

『健康状態でしたら極めて良好です』

 

 携帯越しから聞こえてくる声は、テンションが高く甘ったるい質ではなく、透き通るような少女の声だった。挨拶程度に調子はどうかと聞いてみると、問題なく健康だという。う~ん……調子っていうのは健康だけのことじゃないんだけど、まだ彼女には理解が難しいかな。また今度いろいろ教えてあげるとしよう。

 

「そうかい、そいつはよかった。え~と、束さんは今忙しいのかな」

『はぁ……ある意味で多忙のようにみえます。だからこそ私が代理で出させていただきました』

「ある意味……そいつは随分と遠回しな表現だねぇ」

『さきほどの鷹丸様の発言のせいかと』

 

 ん~……?さっきの僕の発言のせいで束さんが忙しい……か。ということは、問題解消のための流れはみていたのだろう。で、束さんに関わる発言といったら……ああ、あれね、僕がそれとなく束さんに気があるみたいなのを誤魔化しつついったやつ。へぇ……だったら案外脈ありってことでいいのかな。

 

『録音していたので、何度もリピートして聞いていらっしゃるようです』

「へぇ、そう。頼まれれば何度だっていうのにね」

『……だそうですよ、束様』

『はぇ……?ちょっ、くーちゃんまさかたっくんに余計な事とかいってないよね!?』

 

 さっき見てたんなら今もモニターに僕が映っているはずだ。だからこそあの子は説明を省いてそう束さんに振ったのだろう。すると電話越しにでも聞こえるような声が響き、バタバタと音も響く。しばらく待っていると、電話を取り返したのか、いつも以上にテンションの高い声で挨拶をかましてきた。

 

『はいはーい、皆のアイドル束さんだよー!』

「ええ、どうも。忙しいところすみませんね」

『……ちょっと待とうか、違うよ、違うんだよ?別にそういうのじゃないから』

「ちょっとなにいってるか解んないですね。なにがそういうのじゃないんですか?」

 

 取り繕うのに必至みたいだから、とりあえずジャブ程度に意地悪をかましておく。すると僕からすれば更に揚げ足を取り放題な言葉が返ってきた。条件反射的に追加で意地悪をぶち込めば、今度はひたすら呪詛の言葉が聞こえてくる。ハゲろとか足の小指ぶつけろとかいってるみたいだねぇ。

 

 これでは流石に話が進まないだろう。僕が謝るという行為はほぼ無意味に等しいわけだが、とにかくひと言でも詫びは入れておく。後はなにか束さんに交換条件を出して機嫌を直してもらうことにしよう。適当に交渉は成立させ、僕は報告を始めた。

 

「で、束さん。障害は取り除いておきましたよ」

『おっ、そいつはお疲れー。困るよね、私たちレベル以下で小競り合いとか片腹痛いよ』

「ま、余計な障害ですよね。彼女には伸び伸び戦ってもらわないと」

 

 ようやく目的通りに黒乃ちゃんと織斑くんが交際を始めたというのに、他の部分で彼女の心へ引っかかりが出来ては困るのだ。100%全力全開を引き出さねばならないのなら、こういった些細なことでも潰していかなくちゃ。さ~て、後は―――

 

「束さん、今回は僕に譲ってもらえませんか?」

『え~……束さんってば張り切って新型いっぱい造っちゃったんだけど~!』

「Type Fを出そうと思うんです」

『…………そっか、そういうことなら構わないよ』

 

 僕の申し出に束さんは当然ながら渋った。だが僕がアレを出す気だと進言すれば、途端に出番を譲ってくれるという。僕がアレを出す気だということは、これで最後にするつもりというのが伝わったのだろう。事実、アレで勝てないと僕はもうお手上げだ。

 

『あっ、でもでも!まだ協力してもらわないとな案件が沢山あるからね!』

「ええ、できる限りは手伝いますよ。僕が殺されなければの話ですけど」

『その時は手を尽くして生き返らせてあげるよ!』

「わぁ、それなんてブラック企業です?」

 

 勝っても負けても殺されちゃう可能性が高いよねぇ。織斑姉弟とか、専用機持ちの面子―――その他黒乃ちゃんを慕っている人達にさ。だからこそ、生き延びられたら手伝うと表現した。すると束さんは、本気なのか冗談なのか死んでもこき使う宣言をしてくるじゃないか。

 

「まぁ……そういうことならお付き合いしますよ。例え地獄の果てだろうと……ね」

『じゃあ最期は一緒に死のっか。くろちゃんのいない世界なんて生きてる価値ないも~ん』

 

 そうか、束さんにとっても待ち受けるのは死一択なのだった。それはなんというか、僕とは違う意味で悟っちゃってるなぁ。しかし、それこそ恋人でもないのに心中ってどうなんだろう。まぁ束さんがそれを望むなら構わないんだけどさ。

 

「束さん」

『ん~?どったのたっくん』

「……いや、なんでもないです。僕からはこんなものですから」

『煮え切らないたっくんとか気持ち悪―――っていうか怖いねぇ。気になるけど藪から蛇が出そうな気がするしこのへんで、バイバ~イ!』

 

 バイバーイって束さん、僕のことモニターに映してるならその挨拶ってほとんど無意味なんじゃ?……まあいいか、なにも束さんだって僕を四六時中ずっと監視するわけが―――ないと信じたい。もしかすると、小さいモニターかなにかでずっと見てるとか。それは流石に自惚れか……ハハッ。

 

 なにはともあれ、ここでは死ねない理由ができちゃったなぁ。皆には僕を殺す権利も理由もあるから、好きなようにさせようと思ったのだけれど。特に織斑くんね。彼にバッサリ斬られるのが僕の人生のラストのはずが、まさか一緒に死んでほしいなんていわれるとは。

 

 約束しちゃったわけだし、これはなんとか生き延びないとダメだねぇ……。我ながら自害するためにこの場を生き延びる方法を考えるとか相当どうにかしているとは思いつつ、僕はああでもないこうでもないと思考を巡らす。結果、消灯時間ギリまで整備室に残ってしまったのはご愛嬌としておこう。

 

 

 




安定のクソ野郎オブクソ野郎。

ですが本人の発言通りにそうしていられる期間も短くなって参りました。
かなりのキーマンなだけに、今後の動向へご注目ください。


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第96話 着せ替え黒乃ちゃん

前話で導入部を無理矢理くいこませたので冒頭から取材回。
とはいいつつ、いつものように一夏と黒乃がイチャコラする簡単な内容ですけれど。


「はいどうも、私はインフィニット・ストライプスの副編集長をやってる黛 渚子よ。どうぞよろしく―――あっ、黒乃ちゃんはこれ名刺ねー」

「えっと、織斑 一夏です。こちらこそよろしく」

(ども、藤堂 黒乃でっす!)

 

 時間は少し進んで取材当日。かおるんの指示した時間と場所へ向かえば、待ち構えていたのは立派なオフィスって感じかな。やっぱり鉄鋼業の近江重工とは違い、機能的というよりはデザインされた家具や小物が目を引く。通された部屋は特別広くて、きっとここで沢山の人がインタビューを受けたんだろう。

 

 室内にはテーブル1つに椅子3つ、どれもポップな色調でとても可愛い。そして椅子に座ると同時に、かおるんのお姉さんである渚子さんは自己紹介を始めた。私に名刺を渡すのは代表候補生だからだろう。機会があればピンの仕事も―――って、私の場合はそれ無理じゃん。

 

「…………」

「あの、黒乃がどうかしました?」

「黒乃ちゃんさぁ、前世でどれだけの徳を積んだらそんな美人に生まれ変わるの?」

 

 やけに視線が気になるかと思ったら、そんなことを考えていたらしい。前世ねぇ……私の場合はマジでそれがあるのが前提だからなぁ。まぁほとんどというか、自分が男で20過ぎくらいだったことくらいしか思い出せないんだけどさ。なんとな~く、善行は進んでしてた気はするけど―――

 

「覚えてない」

「へ……?フフッ、なにそれナイスジョーク!今の採用~っと」

 

 素直に覚えてないっていおうとしたらこうやって出てきやがる。おかげで私が無表情の癖してジョークかましたみたいになるじゃないか。渚子さん的には気に入ったらしく、ペンでメモに内容を書き込んでいる。録音の方は不意打ち気味だったせいかし損ねたみたいだ。

 

「無表情のせいで誤解されやすいんですけど、滅茶苦茶ノリのいい奴なんですよ。なっ、黒乃」

(ノリいいのは認めるけど痛いよイッチー!できればもっと強く引っ張って下さい!)

「あ~いい!その絵もいいからジッとしてて!フリーズ!」

 

 イッチーはこれを期に私のイメージアップでも狙っているんだろうか。私の背後に回ったかと思ったら、頬を抓って口角が上がるように捻りあげる。愛する人からの痛みとかご褒美を通り越して至宝かなにかなんですけどね!イッチーあんまし痛いことしてくれないからさぁ。

 

 よって私は無抵抗なんだけど、このじゃれ合う姿が微笑ましく映ったようだ。渚子さんは興奮した様子で携帯のカメラを向け、パシャパシャと何枚か撮影。非常に満足した様子で携帯を仕舞うと、一夏も悪い悪いみたいな感じで席に戻る。……罵りながら平手打ちとかしてくれてもええんやで?イッチーにメスブタとか言われたい、切に。

 

「おっと、ごめんなさいね。それじゃあ本腰入れて始めましょうか。まずは織斑くん、女子高に入った感想は?」

「え、う~ん……特にはなにも。トイレとか着替える場所が少ないな~って感じるくらいで」

「ぷっ……!あれかしら、黒乃ちゃんが居ればなんでもいいみたいな」

「ああ、まさにそれですね。黒乃以外の女子なんてどうでもいいです。あっ、友達としては当然好きですけど」

 

 確かこれは原作でもされてた質問だな……。イッチーも原作通りに返すのだろうと思っていたら、一連の流れで爆弾がぶち込まれましたとさ。え、ちょっとなに……もう死んでもいいやって思えるくらい嬉しい言葉だけどさ、そのへんオープンでいくのかな!?

 

 ほら、渚子さんだってきっと―――ち、違いますよ!俺と黒乃はそんなんじゃないですから……みたいなのを期待してたっぽいのに目も当てられないよ。もうポカンだよポカン、これぞ唖然のお手本みたいな顔しちゃってるよ!っていうか、なにより私が羞恥でダメージ受けてます旦那ぁ……!

 

「あ~……あの~……ね?これ録音してるんだけど、大丈夫?」

「いや、大丈夫もなにもないと思うんですけど」

「ダメだ、妹から聞いてたより重症ね。クロノコンプレックス極まれり……っと」

 

 渚子さんの気遣いにもなにいってんだこいつみたいな調子で返しやがる。どうした、なにか悪い物でも食べたかい。いや、別に毎日好きだとか愛してるだとかいってくれるけどさ、なんでそんな自信満々なのって話であってだね。っていうか、かおるんってばお姉さんになに吹き込んでんの。

 

「じゃあもうこれ聞いちゃうけど、2人は交際中?いい、慎重に答えてよ!記事にしちゃうわよ!?」

「……黒乃」

(……えと、あなたがいいならそれでいいよ。世間がどんなリアクションしたって、私とあなたの愛を引き裂けないって思ってる……から……)

「そうか、それじゃあ―――」

 

 渚子さんの様子からして、この質問はするつもりじゃなかったのだろう。眉間に皺を寄せて難しいような唸り声を発すると、テーブルから身を乗り出してイッチーに詰め寄った。イッチーは真剣な表情で私を見つめる。私はそれで、イッチーがどう動くか理解できた。そして理解したうえで、首を縦に振る。

 

「俺は黒乃が好きです、大好きです、心の底から愛してます。黒乃の代わりになれる子はいないし、必要もないです。黒乃が生きてない世界じゃ生きていけない。黒乃も、それに答えてくれたって胸を張っていえます」

(…………っ……っ!ごめん、泣く。泣くよこんなの……!)

 

 矢継ぎ早に放たれるラヴコール。一撃必殺級の威力のある攻撃を連打されている気分だ。私の身体は泣けない身体、心の底から愛してますあたりから目の奥が沸騰したみたく痛かった。いつも通りそのままかと思いきや、私の目元からは涙が零れ落ちる。しかも勢いが凄くて、たまらず私は顔を両手で覆った。

 

「……その涙が貴女の回答―――ってところかしら」

「なっ、黒乃……ごめっ、泣かせるつもりじゃ―――」

「なら落ち着かせるまでがキミの仕事でしょ。しばらく2人にしてあげる。人払いもするから遠慮しなくていいわよ」

 

 泣いているし頭もほとんどパニック状態だからよく解らないけど、取材が続けられない状態だと判断されてしまったみたいだ。優し気な渚子さんの声がだんだん遠くなって、ドアが開閉する音が聞こえた。後はイッチーが慌てているくらいかな。ごめんね、すぐ泣き止むから少し待ってて。

 

「その、悲しませたわけじゃないから正直どうしていいか解らないんだ。けど、けどさ、どのみち俺にはこうしてやるくらいしか思いつかなくて……」

 

 感情が無に等しいと思っているわけではないだろうが、どうにもイッチーは私が感激して泣いた場合にどう対処するのが正解かみえないらしい。けど、私の大好きな人は常に自分ができることを精一杯してくれる。顔を覆って丸くなる私を包み込むように、心地よいぬくぬくとした感覚が過った。

 

 イッチーが抱きしめてくれているんだ。本当に、キミはいつだってそうだよね。なんでもっと早くにこの温もりが特別だってことに気が付けなかったんだろう。際限なく好きになっていくのが解るのに、どんどんイッチーから離れられなくなっていくというのに。どうして、もっと早く―――

 

「ちゅー……」

「ん?そうか、黒乃の方からいってくれるのは嬉しいな」

 

 どうしてもキスがしたくなったから、どうにかこうにか言葉をひり出してみる。なんとか私の願いは伝わり、イッチーはにこやかに笑いながら私を姫抱きで持ち上げた。そのまま自身が椅子へ腰かけ、私は膝に座るような状態となる。……重くないかな?とか考えていたら、唇を唇で塞がれた。

 

 ほとんど濃いキスしかした覚えがないが、今日のはネットリという表現が近いかも。いつもは激しく求められている感じだが、なんというかこう……私を安心させるかのように、ゆっくりと舌が絡みついていく。イッチーにそのつもりがあるかは解らない、けど……本当に心が安らぐようなキスだった。

 

「……好き」

「ああ、知ってるよ」

「バカ」

「それも知ってる」

 

 キスが終わって好きだと伝えると、悪ガキみたいな顔つきで知っていると返された。こんなんでもときめいてしまう自分がいて、なんだかそれが照れくさいから更にバカだと返す。が、それも知ってるそうですよ奥さん。ホントにバカだねー……私なんか好きになっちゃってさ。……死んでも離してあげないから。

 

「……渚子さん、呼んで来るな。あまり待たせると悪い―――というよりもう大丈夫そうか?」

(う、うん……ご迷惑をおかけしました)

「そうか、じゃあ少し行ってくる」

 

 元の状態に戻るよう私を座り直させると、イッチーは部屋の出入り口の方へ近づきながらそう告げた。確かに私のせいで時間を取らせたようなものだから、落ち着いたのなら探した方がいいだろう。なんだかイッチーが行く気満々だから少し申し訳ないけど……。

 

 

 

 

 

 

「はい、オッケーでーす!」

(う゛~……ちかれたびー……)

 

 あれから根掘り葉掘りと取材は進み、次いでは本番とでもいったところの撮影に取り掛かっていた。とりあえずは黒乃と一夏のピン、その後に同時にカメラに収まることになるのだとか。そうして、今しがた黒乃のピンでの撮影が終わったところだ。

 

「お疲れ様、黒乃ちゃん。なかなか自然体だったわよ」

(その自然体ってのが難しかったんですがそれは)

 

 シチュエーションとしては、オフショットを意識した構図だろうか。リビングルームのようなスタジオが用意され、黒乃の姿はオフショルの縦セーター。スカートと一体型になっているタイプで、その魅力的なおみ足は大半が露わになっている。

 

 そんな姿の黒乃に入った注文は、自由にしていてくださいというなんともアバウトなものだった。恐らくは黒乃の無表情障害とでもいうべき症状を意識してのことだろう。このシチュエーションならば、変に表情を作らなくても違和感はかなり緩和される。

 

 で、ご注文通りに黒乃は携帯を弄ってみたり、ソファーでくつろいでみたり……。本人としてはいつも通りなのだが、周囲は自然体な体で過ごしていると思っているようだ。かなり自堕落な私生活っぷりが想像できないせいだろう。どちらにせよ、副編集長がお墨付きなのだからそこまで気にする必要もないかも知れない。

 

「織斑くん入りまーす!」

「ぬぅ……思ってたより見る暇ないんだな。せっかくの黒乃の縦セーター……」

(あれ、気に入ってくれた?なら学園でも着てあげるよー)

 

 カメラマンのアシスタントらしき人物の威勢のよい声が響き、ひょこっと顔を出すようにして一夏もスタジオ入りした。出で立ちはやはりラフなスタイルであることから、セットは同じものを使うのだろう。一夏は頭を掻きつつ黒乃に近づき、不満げな様子でそう漏らした。

 

 伸縮性のあるセーターは黒乃の女性的ラインを強調し、なおかつオフショルなので肩から何気ないエロスを感じる。そんな姿は一夏からして100点なわけで、撮影の合間も眺めていたかったのだろう。そんな一夏に対し、今はしょうがないよと黒乃はその場で一回転。

 

「フッフッフ……安心しなさい織斑くん。しっかりカメラは回しておいたわ!」

(ファッ!?いつの間に……)

「おお、渚子さん最高です!」

「そういうわけだから、気合入れて行ってきなさい!」

 

 短時間で一夏の扱いをマスターしたのか、渚子は露骨に黒乃をダシにした。それでなくても単純な思考回路をしている一夏は気持ちいいほどに釣られ、行ってきます!と妙に張り切りながらセットへ向かう。嬉しいんだか恥ずかしいんだか、黒乃は内心で苦笑いを浮かべた。

 

「じゃ、黒乃ちゃんは今の内にお色直しねー」

(はいな!でもあのスタイリストさんノリノリ過ぎて目が怖いんだけんども……)

 

 体よく一夏に気合を入れたところで、今度は黒乃の背中を優しく押して再びスタジオの外へ導く。黒乃も割と楽しんでいる様子ではあるが、自分のメイク等を担当した人物を思い出して少し気を落とした。別にそのスタイリストそのものが悪いわけではないのである。

 

 向こうからすればあの(・・)藤堂 黒乃のメイクをできるわけで、この仕事に名乗り出る人物は数多に存在した。スタイリストが嬉々として職務を全うしているのは、恐らくは2度と担当できることのないであろう上玉を相手にしているから。

 

 だが自分に対しての評価が低い黒乃がそんなことに気づくはずもなく、ホント楽しそうだなーくらいの感想でメイクが終わるのをじっと待った。そうすれば後は着替えをしなくては。そう思いあたりをキョロキョロ見回すと、スタイリストの方も察したようで黒乃に服を突き付けた。

 

「はい黒乃ちゃん、これどーぞ!もう絶対に似合うって保証できるから逸材よ貴女!」

(こ、こここ……これは、童貞を殺す服……だと……!?)

 

 説明しよう!童貞を殺す服とは、SNS内にてプチブームしたコーディネートである。胸元や袖口にふんだんにフリルがあしらわれたブラウス、腰部分がコルセット構造でくびれが強調される暗色系のロングスカート、綺麗な足を包み込むタイツ等々。

 

 童貞では脱がすのが困難、童貞だと思わず目を引いてしまうだとか諸説あるが、要するに清楚な服装をチョイスしたらたまたまボディラインがくっきりしちゃったけど仕方ないよネ☆―――というコンセプトだ。もう本当に、清楚スタイルなのに黒乃が着るとエロくなるところしか想像できない。

 

(ってかこれ、マジでカロリー制限を厳しくしといて正解だな……っと!)

「キャーッ!似合う、似合いすぎてるわ!これはスポンサーさんもご満悦ね……」

 

 腰の部分がコルセット状なため、少し拘束されるような形になってしまう。胸の割には反則級な腰の細さを所有しているため余裕で入るが、油断しているとあっという間に入らなくなる可能性も考えられる。とにかく、ピンヒールローファーに履き替えればこれにて完全体だ。

 

 スタイリストに一礼してからスタジオの方面へ歩き出すと、途中でアシスタントが合流し先導を始めた。アシスタントにもペコリと頭を垂れると、織斑くんはスタジオ入りしているのでとの返しが。別に急げと催促しているわけでもなく、ちょっとした報告であるような印象を黒乃は受けた。

 

「藤堂さん入りまーす!」

(お待たせしましたーっ!)

 

 慣れぬヒールに悪戦苦闘しながらスタジオへ入ると、その瞬間に場がざわついた。無論、黒乃の姿があまりにも完成度が高いから。男女問わず呟くように称賛の言葉を贈るが、やはりどうしたって男の方が食いつきがいい。一夏はそれに少しばかりの苛立ちを覚える。

 

「黒乃、すげぇ似合ってるな。なんていうか、可愛いし上品だ。どこかのお嬢様でも十分通じると思うぞ」

(フフッ、ありがと。でもお嬢様は言い過ぎ!セレブオーラなんて出せない出せない)

 

 迷わず黒乃に歩み寄った一夏は、頬を撫でながら率直な感想を述べた。まるで見せつけるかのようなそのやり取りを目の当たりにし、この場にいる大半の者が両者の関係を察する。一夏的観点からいわせれば邪な視線は減ったように感じられ、数歩だけ後ろへ下がった。

 

(けどお嬢様かー。せっかくだし、エスコートお願いね?)

「ん?ああ、任せろ。その役は誰にも譲らないさ」

 

 黒乃がスッと手の甲を上に向けて差し出すと、一夏はペコリと演技がかったお辞儀をしてからそれを握った。一夏のカジュアルスーツを着た姿もあいまってか、まるで令嬢と御曹司のやりとりにさえ思える。そうして一夏に導かれるまま、黒乃はセット中央のソファへちょこんと腰を下ろした。

 

「あの、こうした方がいいとかあるなら注文どうぞ」

「ん~……カメラ目線は1枚欲しいかしら。じゃあ、座ったままお姫様抱っこで」

 

 一夏が渚子へ声をかけると、うむむと唸って構図を練り始めた。するとその口から出たのは、先ほどキスした際のシチュエーションまんまではないか。これには一夏も苦笑いを浮かべるしかないながら、黒乃を抱え上げた頃には男の顔つきへ変貌を遂げる。

 

 一夏に関してはあまりカメラや人を意識してはいない。黒乃といいムードになりさえすれば、その周囲は一夏にとって聖域に等しいのだ。逆に黒乃はカチコチの状態である。正直なところ外面に至っては1つたりとも変化はない。だが、内面は相変わらずのヘタレ故、あわわわわ……と内心で唇を震わせてばかり。

 

「うん、いいわね。じゃあもう1枚は……任せるわ。イチャイチャしてくれればそこ撮るから」

「イチャイチャって、そんなのいわれても―――」

(いやそれ簡単でしょ。要はいつも通りだから―――ね?)

「黒乃……」

 

 特に構図に関して深く考えがあるわけでもないが、そう注文があると同時に黒乃は一夏の両頬へ手を添えた。後はじーっと、ひたすら一夏に熱視線を向けるのみ。これだけで一夏もスイッチオン。左手で黒乃の腰を抱き込むと、右手は黒乃の顎へ。いわゆる顎クイというやつ。

 

 それだけでは飽き足らず、2人の間隔はだんだんと狭くなっていく。挙句の果てには目まで閉じてしまうではないか。渚子は悟った、このバカップル―――本当にキスしやがるつもりだと。邪魔したいわけでもないが、モロに見せつけられては精神衛生上よろしくない。よって―――

 

「はい、は~いそこまで!お疲れ様、これにて撮影はしゅーりょー!」

「さっさとしとけばよかったな」

「……バカ」

「おう、俺はバカだぞ。主に黒乃バカな」

「バカ」

 

 寸止めを喰らったことに対しての感想だろうが、一夏はまるでからかうかのように黒乃へいった。その態度が不服なのか、先のようにバカと返せば、またしてもバカと返すしかない返答が。どのみち口ではバカだといいつつ、遠回しに黒乃一筋だと返されて狂喜乱舞しているのだが。

 

 それで今日の撮影は終了した。季節感のせいだろうが、辺りはすっかり闇に包まれている。そんな中、私服へ戻った2人は身を寄せ合いながらただ帰路へ着く。が、一夏の様子が少し変に感じられた。なんというか、少しソワソワと落ち着きがない様子。

 

「その、思ってたよりもいいもん貰えたな」

(まぁ私は知ってたけど、やっぱ高級ディナーなんて萎縮しちゃうよね)

「トーナメントが落ち着いたら行くことにするか」

(……うん。なら絶対に乗り越えないと)

 

 薫子がいっていた報酬とやらは、どうやら高級ディナーの招待券だったらしい。黒乃は原作知識にてそれを知っていたが、実際に受け取ってみるとなんだか妙な気分になる。一夏が先のことを楽しみにするかのようにいうのだってそうだ。

 

 タッグトーナメントが修羅場になるであろうことから、曖昧な様子で首を頷かせてしまう。それは一夏に感知されなかったようだが、油断をしていればこの男はすぐ気づく。それを最も理解しているのは他ならぬ黒乃本人のため、無理矢理というほどでもないくらいに明るい雰囲気を纏うよう気を遣った。

 

 そうやっていつものやり取り、一夏が喋って黒乃が聞くという2人にとって立派な会話は続いていく。そういった何気ないやり取りは2人から時間を忘れさせ、気が付けばもう駅がみえてきた。すると、一夏の落ち着きのなさが増すではないか。黒乃としてはあまり気にすることのないくらいのことだったようだが―――

 

「黒乃」

(んぅ?イッチー、わかってるとは思うけど……学園行のホームはそっちじゃないよ)

「その、このまま学園に直帰じゃなくてさ、家……寄って日曜日に帰らないか?」

 

 IS学園へと向かうモノレールの乗り場へ向かおうとすると、一夏がその手を握って引き留めた。確かに今日は土曜日で、午前には授業が。スケジュールの調整が合わなかった結果であるが、今から学園へ戻れば閉め出されることはないだろう。

 

 だからこそ不思議でならない。間に合うのならそちらの方がいいだろうし、逆をいうなら間に合わなければ自宅へ戻ればいいはず。ならば用事もないのに家に戻ろうとする理由を述べよ。そんな意味を込めて黒乃が首を傾げると、一夏はなんだか観念した様子でゆっくりとした語り口で切り出す。

 

「続きがしたい。さっきの続き―――いや、その先まで」

「…………っ!」

 

 続きがしたいという意味が解らないほど黒乃もポンコツではない。ましてや自宅に帰るという盛大な前フリがあればなおのこと。しかし、こんな大胆かつストレートにそういった誘いを受けることを想定したことはなかった。ガンガン押すのは得意だが、向こうから来られると以外にも弱いらしい。

 

 本人からしてもそれはこの瞬間に自覚したようだ。だが、そういわれて黒乃が一夏を拒むことはない。黒乃にとって一夏に必要とされることほど嬉しいことはないのだから。焦りはいつしか喜びへ変わり、胸いっぱいとなった黒乃はおもむろに一夏へ抱き着いた。

 

「……いいんだな」

(うん……)

「よし、じゃあ帰ろう。俺たちの家へ」

 

 抱き着いたままの状態で頷けば、一夏に問題なく了承である旨が伝わった。断られた場合のフォローばかりが頭にあっただけに、なんだか拍子抜けな気さえする。しかし、これから始まるであろう夜長に自然と期待が膨らんでしまう。それが顕著に表れたかのように、一夏はどこか勇み足。その横をピッタリと歩く黒乃は、なんだかいつも以上に幸せそうなオーラを纏っていた。

 

 

 




黒乃→前世?思い出せないけど、あるのは確かだよ!
渚子→この子もジョークとか言うのねぇ。

短い描写だけど、縦セーター&童貞を殺す服を着させられた。成し遂げたぜ。
作者ながらにして、どちらも100%似合うと確信しております!
後は各々、脳内補完のほどよろしくお願いします。


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第97話 嵐の前でも静けさ非ず

トーナメント本番前にもうワンクッション入れさせてください。
次回より、いよいよ佳境へ向かい始めるといったところでしょうか。


「まぁ、こうなるな」

(うん、こうなるね)

「「…………」」

 

 昼休みになると同時に職員室へ呼び出された。なんの用事かちー姉が口を開くのを待っていると、黙って4枚の紙を突き付けられる。そこには私を除いた専用機持ちの名が2人1組で記されているではないか。で、冒頭の台詞へ繋がるわけ。

 

 要するに、ペアあぶれてるけどお前どうすんねんと。だけど専用機持ちが奇数だからこうなるよねって、ちー姉はそれらをひっくるめて表現したのだろう。もうね、原作的な組み合わせになるなら自然にボッチ喰らうなって思ってましたよ?けど、半ば諦めてたっていうかさ。

 

「しかし困った、人数の問題があると大会運営委員会にはかけあったのだがな」

(ちー姉にも抗うって、これも世界の修正力かねぇ)

「開催目的に沿った運営をするのが仕事だの一点張りだ。私も大概だが、あれを石頭というのだろう」

 

 今大会の運営目的だけど、昨今の襲撃事件に備えて連携強化を図るため―――だったかな。そんなことしなくても連携の訓練とかしてますから。いつでも・どこでも・誰とでもっていうんなら、むしろナターシャさんとか現役で活躍中の専用機持ち呼んでさ、即興で組んでいざ勝負!って感じのがまだ説得力がある。

 

「1人で出るか?」

(いーやーでーすー!)

「なに、半分ほどは冗談だ。それこそ運営目的に反すれば、連中のお小言がくるはずだからな」

 

 常に2対1を強いられるくらいなら、1回戦で盛大に自爆してやるもんね!まぁ……冗談だったっぽいけど。半分は本気だったってとこも気になるけどこの際それはスルーしておこう。しかしそうなると、私はいったいどういう形で参加すればいいんでしょう。

 

 ……大会がおじゃんになることを知っている身としては、この議論にさほど重要性はないと解ってはいるけど、油断は禁物というかなんというか。それこそ、私の知識は役に立たない可能性すらあるんだから。ゴーレムⅢがこないのが理想だけど、無事に大会が開かれたら開かれたで処遇が不明とはこれいかに。

 

「しょうがない……。藤堂、通常通りの参加は断念しろ」

(え!?その、企業所属の身としてそれはそれで困るんですけど……)

「エキシビションマッチを設けようじゃないか。そこで誰かと組んで出れば運営方針とやらは守ったことになる」

 

 ちー姉は眉間にシワを寄せたまま、回転椅子の背に大きく体重をかけた。すると、私の所属的に考えてないような事をいい出すじゃないか。近江重工は私のスポンサーみたいなもので、大会に出場するイコール刹那での宣伝効果となる。つまり、嫌でも大会には出なければ宣伝部の人たちに恨まれてしまうだろう。

 

 だが、通常通りでの参加という部分を聞き逃していたらしい。なんかトンチの類な気もしなくもないけど、エキシビションマッチか……。まぁ一戦出ればアチラさんも満足するでしょ、ということみたいだ。私としてもそれはありがたい。だって一戦だけでいいんだよ!一戦だけで!

 

 ……何度もいうけど、原作にズレが発生してゴーレムⅢが来なければの話なんだけどね。とりあえず、ちー姉の提案そのものには大賛成だ。私が首を頷けさせると、ならば委員会にはそう報告しておくという返事が。教師とかいう立場を抜きにして、影響力のすごい人なんだなぁと思う瞬間である。

 

「わざわざ呼び出して悪かったな。もう戻ってもいいぞ」

(うん、それじゃ)

 

 用事はこれで済んだみたいで、帰っていいとのお達しが。私はちー姉に頭を下げると、手早く職員室から退室した。さて、今後の方針は決まったかな。後はゴーレムⅢを迎え討つだけだ。私は単独行動になるだろうから、一機のゴーレムには集中せず、遊撃手としてピンチのメンバーを援護しながら立ち回ろう。

 

 私とせっちゃんには神翼招雷がある。最大出力でなくとも、震天雷掌波を一発放つだけでもかなりの支援になるはずだ。誤射だけには気をつけるとして、もし命中すれば必殺だって狙えるかも知れない。そうだ、私が皆を守る。そして皆と一緒に未来を生きるんだ。私も含めて誰1人すら欠けさせやしない……。

 

 

 

 

 

 

「頼ってくれるのは嬉しいんだけどさ、この荷物ってなんなわけ?」

「さっき中を覗いたが、どうやら資料の類みたいだぞ」

(そうそう、打鉄弐式の件でちょっとねー)

 

 放課後、談笑していた幼馴染組みを捕まえ荷物の運搬を手伝ってもらう事にした。私たちはそれぞれ1つ段ボールを抱え、その中身について鈴ちゃんが問いかけてくる。残念ながら私はそれに答えることができず、モッピー代弁してくれた。そう、これはISに関わるアレコレの資料、これも手伝いの一環さね。

 

 あれから打鉄弐式の整備をサポートしてくれるメンバー集めに奔走し、ようやく本格始動したといったところだ。私は整備の知識は薄いため、こうやって雑用をこなして微力ながらも手伝わさせてもらっている。けど、今回の頼みばかりは1人じゃどうにもならなかった。

 

 なにがって、単純に数という物理的な問題だ。別に往復すればいい話かも知れないが、それだとあまりにも非効率。どうしたものかと考えながら資料室へ向かう道すがら、2人に協力してもらう運びとなったわけ。データバンクされてるものじゃなく、紙媒体の資料もほしいとかなんとか……。

 

「資料ねー……。ってかこれ、今どこに向かってんのよ」

「整備室だそうだ。残念ながらそれだけしか聞き出せなかったな」

「ふーん、整備室なの。アタシは国の借りてる区画の方にもってくから用事ないわ」

 

 私を先頭にして最後尾を追従する鈴ちゃんは、いまいち状況を把握できていないらしい。まぁ、私が単語しか喋れないからしょうがないよ。モッピーにどこへ運ぶんだ?って聞かれても、整備室―――しか答えられないから困ったものだ。今に始まったことでもないんだけどさぁ……。

 

 それにしても、今の鈴ちゃんの発言はなんとなく共感できるなぁ。やっぱり代表候補生って特別待遇っていうか、不便なアレコレも専用の区画で一発解決ときた。冷静に考えると、なんでわたしゃそんなスペシャルなポストに着いているんだろう。謙虚にいかんとダメねー……この特別感に慣れたらなんかアウトな気がする。

 

「さて、ここか。失礼す―――なんだこの修羅場は……」

「修羅場ってか世紀末でしょこれ」

(アハハ、今日もやってるやってるぅ)

 

 長いような短いような道のりを経て、整備室前へ到着した。そして扉をくぐるなり、モッピーと鈴ちゃんは中の様子に身じろぎするような仕草を見せる。初見は私もそんな感じだったけど―――というか、率直に驚くなという方が無理だよ。私たちの目の前で繰り広げられるこの光景は―――さ。

 

「ちょっと、数値ミスってない?!」

「へ……?え?わっ、ホントだ!ご、ごめん…数瞬寝落ちしてたかも!」

「M12のレンチどこーっ?」

「よくみな、アンタの足元!」

「おりむー、これがそっちでそれがあっち~」

「あっちってどっちだよ!?のほほんさん、なんかアバウトになってきてるぞ!」

 

 ―――と、こんな具合に、急ピッチな作業のせいか皆なんとなく半ギレで作業しっぱなしなんだよね。喧嘩にまでは発展しないけど、いつ勃発してもおかしくないような状況ではある気もする。鷹兄がこんなに騒がしい整備室も珍しいねぇ―――なーんていってたなぁ。

 

「お疲れ様……わざわざありがとう……。そっちの2人も……」

(いやいや、こんな事しか手伝いできんで申し訳)

「お前は確か、更識……。……っ!?一夏、これはどういう成り行きだ!」

「ん……?ほ、箒!?いやちょっと待て、簪のことなら―――」

 

 私たちの入室に気づいたのか、このプロジェクトのリーダーともいえるかんちゃんが近づいてきた。かんちゃんが私たち3人へ労いの言葉を送っていると、なんだかよく解らないけどモッピーがイッチーへまっしぐら。……本当に良く解らないな、かんちゃんとモッピーはなにかあったのだろうか。

 

 そんなことを気にかけている間に、鈴ちゃんはかんちゃんに朗らかな挨拶をかましていた。恐らくは自分と正反対な明るい性格であろう爽快さに少し困惑していたようだが、今のかんちゃんなら特に問題はないだろう。けど、鈴ちゃんのズバズバとした物言いにだけは警戒しなきゃ。

 

「自力で専用機!?なかなか無茶やるわね……」

「無茶でもなんでも……やるって決めたから……」

「ふぅん。けど嫌いじゃないわよ、そういうの。アンタ、見かけによらずかなり―――」

「あ、藤堂さん発見!」

 

 知らない間に結局これはなんの騒ぎなのかとでも問いかけたのか、鈴ちゃんは繰り広げられる作業に目が飛び出るような勢いで見開いた。それだけ驚くということは、やはり難しいことではあるんだろう。しかし、存外にも強気な発言がかんちゃんの口から出て、なにやら感心するような反応を見せた。

 

 しかし鈴ちゃんが称賛の言葉を送ろうとする前に、私がメンバーのうち1人にみつかった。私が来しだい休憩にする腹積もりでいたのか、どんどん周囲に集まってくるじゃないか。いったいどうしたのと首を傾げる前に、目を輝かせた女子が私に問いかけた。

 

「ね、ね、風の噂でモデルやったって聞いたんだけど本当?」

(あ、うん、まぁ一応)

「てっきりガセかと思ったけど本当なんだー。ならその号は絶対買わないと!」

 

 どこから聞きつけたのかは詮索しないとして、どうやら私がモデルをやったのが明るみになっているらしい。隠す必要もないと判断して首を縦に振ると、キャッキャウフフとはしゃぎながら元気に私の手を取った。いやはや、今更になって恥ずかしくなってきてる私に追い打ちをかけるおつもりで?

 

「……アンタら、なんなわけ?」

(おろ、鈴ちゃんってば怖い顔してどうしたのさ)

「ハッ、最近の黒乃人気に便乗して掌返しってことね。———笑わせんじゃないわよ!アンタらみたいな連中のせいで黒乃がどれだけ―――」

(あー!どうどう、鈴ちゃんストップ!ストーップ!)

 

 しばらくあれやこれやとイエスかノーで答えられる質問が飛んできていたが、それらを一瞬にして凍りつかせるような声色で鈴ちゃんが呟いた。どうしたのかとご機嫌を伺ってみると、どうやら鈴ちゃんは急変した皆の態度が気に入らないらしい。しかし、慌てるのはまだ早いぞ鈴ちゃんや。

 

 確かに露骨に怖がられたり引き気味な態度で接せられてましたよ?けどこのメンバーを招集した際に、今までの私の扱いに関してはしっかり謝罪をいただいた。ことの経緯については私が鈴ちゃんを確保している間にのほほんちゃんが説明を入れてくれたが、それでも納得のいかないご様子。

 

「黒乃、いい加減に人好すぎ!外部の連中はまだいいわよ、アンタの日常生活なんて伝わらないだろうから少しの掌返しだって。けど、学園に居る以上は黒乃が優しい子だって見てたらすぐ解るじゃん!それなのに……!」

「仕方ないこと」

「っ…………!?だから、そういうとこがお人好し過ぎだっていってんのよぉ……!」

 

 羽交い締めにしなきゃいけないほどにご立腹の鈴ちゃんは、ジタバタと暴れながら憎しみの籠った視線を皆に送る。向こうはたまったもんじゃないというか、どうにもバツが悪そうだ。しかし、このことに関して私がいえることはただ1つ。それもそれで仕方ないこと、って話。

 

 だってそりゃ怖いよ~……常に無表情でなに考えてるのか解らない人のことなんて。皆はある種で当然の反応をしていたまでで、責められる部分はあれども100%の過失とはいい難い。そうやって鈴ちゃんの説得を試みると、大人しくはなってくれたが、なんだか涙声な気もする。

 

 ほいほい、鈴ちゃんが泣くことじゃないんやで。それに私はお人好しなんかではなく、単になーんも考えてないだけのことだよ。ただ、そうやって私のことで感情的になってくれるのは嬉しいな。友達想いなのは鈴ちゃんの褒めるべきところさ。

 

「……解ったわよ、アタシはアンタの意思を尊重するわ」

(むっ、なら離すけど暴れんといてよ?)

「けど、納得したわけじゃないのは覚えといて。……じゃ、アタシは帰るわ」

(鈴ちゃん……)

 

 ため息を吐くような仕草をみせた後、どうにもふてぶてしい態度のまま解ったと鈴ちゃんはいう。それを落ち着いた合図だと判断して腕の力を緩めてみると、スルリといった感じで私の拘束をすり抜けた。ようやくこれでひと段落―――かと思いきや、鈴ちゃんは最後に皆をひと睨みしてから整備室を後にする。

 

「皆、悪い。黒乃のためを思ってのことなんだ、許してやってくれよ」

「そ、そんな!凰さんのいう通り、私たちがいけないことをしてたんだし……」

 

 鈴ちゃんの姿が完全に見えなくなると同時に、フォローのためかイッチーが皆に声をかけた。おや、それならモッピーの用事は済んだのかな。怒られたなら後でよしよしってしてあげるんだけど、内容がいまいち解らないからどうもな。それはそれとして、モッピーはいったいどこに―――

 

「更識、私はお前と仲良くできそうな気がする」

「そう……私も同感……。……簪でいい……苗字は苦手だから……」

「同じく私も名字が苦手なクチでな、箒と呼んでくれ。よろしく頼む、簪」

 

 あら~……イッチーが諸々の事情でも話したのか、向こうの方で熱い握手を交わしているや。苦労人妹ちゃん組ってところかな……。本人たちもシンパシーを感じているようで、このままの勢いだと意気投合するかも。自由奔放な身内を持つと、きっと苦労も大きいよね。

 

 モッピーに至っては苦労どころか一家離散で―――いや、止めよう……このデリケートな話題に関して深く触れないでおくのがいいに決まっている。はぁ……けど、モッピーのパパンとママンは元気かなぁ?ぜひ再会したいというか、私とイッチーの式には来てほしいのだけれど……。

 

「かんちゃ~ん。試運転の日とか決めとかないと、アリーナ借りる申請とかいるし~」

「あ、うん……そうだね……。えっと、大会から逆算して……最低でも3日以内……?」

「げっ、真に迫ってきたって感じか……。じゃあ、そろそろ再開しようぜ」

「簪ちゃん、藤堂さんが持ってきた資料の解読お願い!」

「解った……」

 

 そんな2人を邪魔する意図はないだろうけど、意外にもまともな理由でのほほんちゃんが質問を投げかけた。この学園に居る時点でバカではないのだろうけど、鷹兄とは違う意味でどこまで本気か解りにくい子というか……。まぁ、発言そのものはやっぱり核心を突いてるよね。

 

 のほほんちゃんとかんちゃんのやり取りを皮切りに、そのまま作業再開という流れとなった。よし、なら私もやれることをみつけて頑張らなきゃ!……とはいっても、やっぱり力仕事くらいしか役に立たないんだけど。今は貴重な戦力だと自己解釈しておくことにしよう。

 

「ふむ、これ以上ここに残っても邪魔になりそうだ。私も暇するぞ、失礼したな」

(ういういモッピー、まったね~!)

 

 作業が再開された様子をみてか、モッピーは大きく頷いてからこちらへ背を向けた。邪魔ということはないだろうが、本人が整備に関心を持っていないのなら残る必要性も低いというもの。声が出ないながらも退室していくモッピーへ手を振り、その姿を最後まで見届けた。

 

 さて、そんじゃ私も本格的に始めますか。え~っと……かんちゃんにとって必要そうな資料を探そう、それくらいなら私にも手伝えるかも知れないし。なんせ段ボール3箱分だからね、いくら専門知識があるにしたって非効率だろう。そうやってかんちゃんの隣に腰掛けると、資料を1枚1枚選別する作業に手を付けた。

 

 

 

 

 

 

(たっだいま~……)

 

 本日のノルマをこなした打鉄弐式整備班は速やかに解散し、その一員である黒乃はひと足先に自室へと戻っていた。これは最近に至っては通例のことで、要因としては一夏が1人での後片付けを行うから。本来ならば黒乃も手伝うつもりだし、当初はかなり食い下がった。

 

 しかし、同じくして一夏も食い下がらない。理由を聞けば、自分は特別手助けになっているわけでもないからだと聞かない。黒乃からすれば的外れもいいところで、むしろ自分の方が役に立っていないくらいだ。だからこそ自分も手伝うといっているのに。

 

(むぅ、イッチーめ……1秒だって離れたくないのにな~)

 

 やはりしばらくは帰って来ないわけで、それが連日となると黒乃も少し機嫌が悪い。外面からは解らないが、不貞腐れた様子で一夏のベッドへと飛び込んだ。まるで一夏が不在な寂しさでも埋めるが如く、鼻いっぱいに香りで満たすかのように息を吸い込む。

 

 瞬間、内心で恍惚な表情を浮かべ、まるでトリップでもしているかのようにボーっとしながらどこでもないどこかを見つめる。その様はまるで薬物中毒者のそれ。実際のところ、ある意味で一夏中毒ではある。だからこそ、それらの表現もあながち間違いではないというのが若干恐ろしくもある。

 

(むふっ、むふふふふ……。すきぃ……イッチーだぁいすきぃ……。えへへへへ……)

 

 寂しいといっておきながら、実のところこれも最近の楽しみであるようだ。かつては女性に対して多くみられた変な笑い声が男性である一夏を想って出るということは、つまり、そういうことなのである。その後も一夏の匂いを嗅ぎながらあれやこれやと妄想を繰り広げていると、気になることでもあるのか急に態度が急変した。

 

 黒乃の視線の先にあるのは自分用の勉強机。几帳面な性格とはいえないながらも、酷く乱雑というほどでもない机に違和感を覚えたようだ。机の中心に置いてあるのは、ブックカバーがかけられた読みかけのライトノベル。冴えた頭でそれを理解すると、ますます違和感が加速する。

 

(おかしいな、あんな場所に置くはずがないのだけど……)

 

 集中力が長続きしない黒乃は、ある絶対のルールをしいている。それは、勉強机に趣味関連の物品を置かないこと。勉強は勉強と割り切らなくては、もし趣味に関わる品があったとするならば誘惑に負けるのは本人がよく解っている。だから小さいながらも専用の本棚はあるし、そこにしか仕舞わないよう気を付けていたはず。

 

 だからこそ勉強机のライトノベルの存在がおかしい。こうなってくると、なに者かが侵入して動かした形跡であることを疑わざるを得なかった。立ち上がった黒乃がライトノベルを覗き込むと、どうやらメモかなにかが挟まれているようだ。それを取り出して広げた途端、黒乃の思考は一気に冷徹なものへ変わる。

 

『大会当日 指定の場所に参上願う さもなくば 貴女の最も愛する男の命はない』

(っへ~……脅迫文?凝ってるね。けど、私とイッチーがそういう関係って解ってこういうことしちゃうんだ。ふ~ん……)

 

 そう、黒乃の目に飛び込んで来たのは間違いなく脅迫文だった。それもご丁寧に、新聞の切り抜きを使った風なデザインで、まるでフィクションに出てくるようなそのもの。手の込んだソレに一定の関心は持ちつつも、黒乃は全力をもってして脅迫文を握りつぶした。そして―――

 

(消してやる。骨も残さない、肉も残さない、髪の毛1本さえ―――この世に遺伝子情報の1つも残さず完全に消し去ってやる!)

 

 刹那の腕部を部分展開し、赤黒い電撃を僅かに放出。それに伴って電撃は紙に引火、瞬時に脅迫文を消し炭と化した。これは単に脅迫文を焼き尽くしたということではなく、これを送った人物もこうなるというメタファーを孕んでいた。しかし、その人物とやらも相当に命が惜しくないらしい。

 

 何故なら、黒乃には既に殺害するという選択肢しかない。例えば送り主が千冬だろうと、箒を始めとした友人達であろうと、それら以外の人物であろうと……。早い話、一夏以外なら黒乃は簡単に殺せる。この一夏の命を秤にかけたような文面が黒乃をそうさせるのだ。

 

 一夏の命は自分のものより重く尊い。そんな人物に愛されることこそが生きる糧であり生きる意味。そんな一夏を自分が指示に従わなければ殺すと、あの文はそう示唆していた。だからこそ黒乃からすれば、謎の人物は生きる価値無し。この世から完全に消滅して然るべきなのだ。

 

「ただいま、待たせたな黒乃―――って、なんか焦げ臭くないか?」

(あ、おかえりイッチー!)

「わぶっ!?」

 

 するとタイミングがいいのか悪いのか、一夏が黒乃の元へと帰って来た。扉を開けるなり、先ほど黒乃が燃え散らした紙の焦げた臭いが鼻に着く。思わず顔をしかめたが、次の瞬間にはそんなことどうでもよくなる出来事が。黒乃が自分の頭を抱き寄せ、強引に豊かな胸へと押し付けるから。

 

「もごっ……く、くろの……くるしっ―――」

(大丈夫だからね、私とあなたの未来の障害になるものなんか……ぜーんぶ消してあげるから!だから、あなたは私を愛して。私だけを愛してくれればそれでいいの……)

 

 一夏を殺すと脅すような文面であったことが関係しているのか、安心させるかのように抱きしめる。いや、安心したいのは黒乃の方なのだろう。愛する者がそこにいる実感を直に味わいたかった。そのうえで一夏を殺そうとする者を殺すという決意を確固たるものとしたのだ。

 

 しかし、当の本人からすれば現状の意味すら理解できない。ただただ黒乃の胸に呼吸器が塞がれ、だんだんと息が苦しくなるばかり。このままでは本気で窒息死コースかと思われたところで、一夏は全力全開で黒乃の腕をタップする。ようやく一夏が呼吸困難になっていることに気が付いた黒乃は、慌てて腕の力を解いた。

 

(わわっ、ごめんイッチー!)

「げほっ、げほっ!黒乃、いきなりどうしたんだよ……」

(いやぁ……なんと言い訳してようのやら……)

 

 黒乃と一線を越えようとも、こういったことは慣れないのか一夏は顔が真っ赤だ。もちろんだが呼吸が苦しかったというのもあるだろう。盛大にむせかえった一夏が意図を問いかけるが、よりによって黒乃がそんな複雑な感情を説明できるはずもない。

 

「……寂しかったりしたか?」

(まぁ、それも理由の1つ……かな?)

「そうかそうか、しょうがないな黒乃は」

(わっ!?)

 

 恐る恐るというような様子で一夏が問いかけると、一応は肯定ということで黒乃は首を縦に振った。すると一夏は、嬉しい癖してしょうがない奴だなんていいながら黒乃を姫抱きで持ち上げた。そして自分を支えにするようにして黒乃をベッドに座らせると、優しく両腕を腰へと回す。

 

「けど、それだと俺もしょうがない奴なんだろうな。……黒乃と離れてる1秒すら惜しい」

(本……当……?そう、嬉しいな……)

「だから甘えたいときにはそうするって決めたからな。黒乃もさっきので正解……だけど、呼吸器は確保してくれるともっと嬉しいぞ」

(アハハ、そこは本当にゴメン)

 

 この共依存じみた関係性が2人にとって吉なのか凶なのかは解らない。しかし、互いが交わす言葉に偽りはなく、全てが真実そのものだ。黒乃の場合は行動で示さなければならない時が多く、だからこそ一夏は先ほどの行為を嬉しく感じている。

 

 一夏はもっと黒乃に甘えて欲しいと思っているだけに、いきなり飛びつかれるのは寝耳に水だった。ただし、必要最低限の生命維持活動はできる程度に頼むと、なんだか黒乃をからかうような顔つきで告げた。黒乃も半ば冗談であると理解しているのか、軽い調子で返す。

 

「はぁ……本当にダメだ、好きって気持ちが止まらない。日を重ねるごとにどんどん黒乃を好きになる」

(うん、うん……!私も同じ……全く同じだよ!)

「黒乃、愛してる。頭がおかしくなるくらい、狂っちまうくらいに……お前のことを愛してる」

(その言葉だけで生きていける……。私も愛してるよ。だから、だからねイッチー……絶対に守ってみせるから)

 

 一夏は黒乃の肩へ頭を乗せるようにして寄りかかると、ひたすら愛を囁いた。いつもならばそれで済んだ話だったろうが、今回ばかりは問題が山積している。一夏を守ろうという尊い決意を固めているのに、黒乃の瞳は酷く濁っているように思える。

 

 やはり他者の殺害を念頭に置いているからだろう。一夏に対しての想いが募るたび、より強く謎の人物を消滅させる意欲が湧いてくる。恐らく大会当日の黒乃は誰にも止められず、止めようとする者も一夏以外は敵と認識する可能性が高い。

 

 悲しいかな、それはまさに八咫烏の黒乃———と思われている黒乃がしでかしそうな行いだった。周囲の勘違いで済んでいたものが、現実のものとなってしまうのだろうか?黒き翼の八咫烏―――圧倒的なまでの混乱と破壊の象徴が、黒乃の中でフツフツと現れ始めているようにみえる……。

 

 

 




黒乃→そりゃ私は怖いよ~(無口無表情的な意味で)
鈴音→露骨に黒乃を怖がってたくせして!(八咫烏的な意味で)

なんかもう、最近は似たようなオチばっかりでなんだかなという感じ。
一夏と黒乃イチャイチャさせて丸く収めるみたない流れですか。
まぁでも、大目に見てください、今後の展開的にどうもね……。


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第98話 再来・機械人形

「簪、殺気立つな。さっきから肌が痛い」

「……私は冷静……。ただの気合……気にしないで……」

 

 専用機持ちタッグトーナメント開催当日、開会式を前にした一夏&簪ペアがそんなやり取りを繰り広げていた。無事に打鉄弐式も完成し、問題なく出場できるようになった簪だが、その裏で密かに―――とは既にいえないほどに闘志を燃やしている。

 

 恐らくは、初戦の相手が箒&楯無ペアだからだろう。半ば一方的であるとはいえ、因縁があるのは間違いない。しかも開催数日前に宣戦布告を仕掛け、退けない状態を自ら作り上げただけに燃えるばかり。逆境を楽しむかのような発想が生まれたことは、簪にとって吉か凶か。

 

 ただ、隣に立っている一夏からすれば心配をしてしまう。浮足立っているわけでもなく、ましてや調子に乗っているわけでもない。しかし、ここまで殺気に満ち満ちるような場でもないのも確かだ。その姿がなんとなく八咫烏の黒乃とダブる気がして、やはりプラスかマイナスか悩むような溜息を吐いた。

 

「気楽にいこうぜっていいたいんだけど」

「…………。それは……正論……。うん、少し落ち着く……」

 

 やはりただの気合にしては力が入り過ぎだ。一夏がそう指摘すると、簪は割とアッサリそれに従う。それに伴って、似合いもしない闘気も徐々に収まっていく。いや、姿を変えたと表現した方が良いのかも。撒き散らすような感じから、研ぎ澄ますかのように。まるで虎視眈々と獲物に狙いを定め、静かに牙を研ぎ澄ます獣のようなオーラ。

 

(……さっきよりはマシか?とにかく、空回りとかしなきゃいいけど……)

 

 普段は似たような心配を周囲にさせているという自覚があるのか、一夏は日頃から皆にかけている苦労に対して胸中で謝罪を述べた。だが、あまり冷静でない状態の人物がいれば逆に落ち着くのを一夏は感じる。なにか起きれば自分がフォローせねばという責任感に似たなにかを背負っているせいだろう。

 

『織斑くん、更識さん。そろそろ時間なのでお願いします~』

「はい、了解です。……っし、ぶちかまそうぜ」

「うん……」

 

 ピット内に真耶の声が響くと、即時出撃を促された。ほどよい緊張感を持ちつつ、一夏と簪は互いに拳をぶつけあってそれぞれカタパルトへ移動を開始。専用機である白式、打鉄弐式を展開すると、アリーナ内へ向けて一直線に飛び出す。同じく、向こうからも2機のISが出撃してくるのがみえた。

 

 紅椿とミステリアス・レイディ―――箒と楯無だ。箒はいつも通りな侍然とした雰囲気をまとっていたが、どうにも楯無はいつものとは言い難い。その表情に一切の笑みはなく、軽口も飛びではしなかった。これは意外だと簪が訝しむような視線を送るが、まるで気にした様子をみせない。

 

 これは、楯無が簪を妹ではなく挑戦者として受け入れた証ともいえよう。ただ冷たく扱うということではなく、本気で自分へ挑もうとする簪へ最低限の敬意を払っているのだ。決戦前に馴れ合いなど戦士のすることではない。これから勝ち負けを決める相手に、軽口など叩けるものか。

 

 そういう楯無の心情を、まがいなりにも妹である簪は全て察した。そして心中によぎるのは、一抹の歓喜。今まで自らを保護する存在だと決めつけていた人物が、こういった戦いの場でそういう表情を浮かべる。それすなわち、対戦相手として認められているのだと簪は感じた。

 

「必ず勝つ……」

「ああ、けどな簪―――」

「大丈夫……ただのケジメだから……」

 

 輪をかけたような小声でそう呟くと、一夏はまたしても難しい表情で窘めようとした。しかし、簪は一夏がなにをいいたいか解っているように大丈夫だと制する。てっきり一夏は勝たねばそこで終わりだといったニュアンスの強迫観念に駆られているとでも思っていたのだろう。

 

 かつての簪なら、あるいはそう考えていたかも知れない。だが、モノサシを借りることを覚えた簪にはそんな考えの一切は消え失せている。ここで負けても何度だろうと挑めばよい。この場は複雑な姉妹事情に決着をつけるためのもので、結果はどうであれ簪は楯無と試合が終わり次第に言葉を交わす気でいるのだ。

 

「どうせなら、勝ってからの方がいい……」

「おう、簪のいう通りだ!」

 

 どうせ話すのなら勝ってからだと簡潔にまとめると、一夏はそれに心から同意した。さすれば、まずは開会式へ身を投じねばと気持ちを切り替えるが、どうにも一夏たちが出撃してからかなり経つのに進行する気配が全くない。これはどうしたことかと眉を潜めると、アリーナにアナウンスが響いた。

 

『会場の皆様にお知らせします。現在、機器のトラブルにより一時進行を中断しております。選手含め、もうしばらくの間お待ちください』

(機器……か、そういうこともあるよな)

(ま、近江先生がパパッと解決してくれるでしょ)

 

 唐突な内容に、会場の一同が脱力してしまう。第2アリーナで同じく出撃及び待機していたセシリアたち海外代表候補生組もだ。機器のトラブルといえばパッ思いつくのが鷹丸である部分も共通だった。一方の運営側はそれどころではなく、大慌てでトラブルとやらに対処をしている状況である。

 

「刹那の反応はまだ掴めんのか?」

「まだ掴めないというか、向こうがシグナルを消しちゃうと流石の僕もどうしようもないですからねぇ」

「藤堂さん、いったいどこへいってしまったのでしょう……」

 

 機器の故障だと誤魔化したが、その実トラブルというのはそんなものではなかった。そう、黒乃が姿を現さないのだ。千冬が運営委員会にエキシビションマッチを提案すると、返ってきた言葉は千冬とのタッグでという条件付き。師弟関係であるブリュンヒルデと次代のブリュンヒルデ筆頭のコンビとなると、大会が盛り上がること請け合いだろう。

 

 千冬は諸々の理由でそれを渋りはしたが、納得させるには仕方ないかと妥協したのにこの状況である。本来ならば開会式のラストで出撃し、この2人への挑戦権を得るのはどのタッグだ!―――という流れになるはずだった。教師陣からすれば、真面目な黒乃が時間になっても現れないことが異常事態なだけに焦りも大きい。

 

「心配はあるが、これ以上進行を遅らせるわけにもいかん。とりあえずは私1人で出よう。試合が始まり次第、再度落ち着いて捜索をするぞ」

「はい、それがいいですね。では、会場にアナウンスを―――」

「山田先生、待ってください」

 

 しばらく考え込むような仕草をみせた千冬だが、とりあえずはその場しのぎでも大会を進行する判断を下した。特に反論すべきところも見当たらず、真耶もそれに同意してアナウンスをかけようとしたその時だ。真剣そのものの声色をした鷹丸がそれを制し、高速で刹那の反応を追っていたマップを操作する。

 

「近江先生、どうなさいました?」

「謎の熱源反応が突然2つ、3つ―――いや、5つ!織斑先生、うち4つはアリーナ上空です!」

「なんだと!?くっ……総員、衝撃に備えろ!」

 

 警戒にあたっていなかったというのもあるが、本当に突然沸いて出たかのように熱源反応が5つも感知された。1つは島の外れに位置するようだが、うち4つは1アリーナにつき2つずつ。この時点でなにかあると察した千冬は、キィーンと鳴る大音量のハウリングも気にせずアナウンス用のマイクへ叫んだ。

 

 しかし時すでに遅く、まるでアリーナ全体を揺らすかのような衝撃が走った。いつしかの無人機襲来と同じく、アリーナのシールドを破壊する攻撃が仕掛けられたのである。そして千冬や楯無が憎々しい目つきでみつめる最中、やはりいつしかと似たような機体がアリーナへ舞い降りた―――

 

 

 

 

 

 

(さて、このあたりかな……)

 

 もうすぐ開会式の始まる時間だが、誰にも悟られることなく抜け出すことができた。場所は一応学園の敷地内。校舎や駅といった施設的建造物からはなるべくなはれた場所ってところかな。私がここになんの用事って、それは考えるまでもなくただ1つ。

 

 私に対してイッチーを出汁にして脅すようなマネをしたお馬鹿さんを跡形もなく消し去るためである。……ところでだけどさ、やっぱ最近の私って猫被ってるところはちょっとあるよねっ。やっぱぁ?少しは意識してキャピキャピしとかないと男の部分が出ちゃうっていうかぁ。

 

 だけど今回―――ちょーっと本気出しちゃおっかナー……。―――殺す、マジでぶっ殺してやる。うまく誘い出したつもりかも知れませんけど?完全に悪手だってのクソ野郎が。解ってねぇ、解ってねぇよ……私相手にそういう脅し方するってのがどういうことかってのをさぁ!ほら来いよ、産まれてきたことを後悔させてやる……!

 

 するとその時、刹那のハイパーセンサーにて、はるか上空に光るなにかを発見した。そのなにかは、次の瞬間には地上へ向けて急降下を始める。この勢いは……途中で止まる気はなさそうだ。こんなことでエネルギーを使うのもなんなので、ジャンプで大きく後方へ下がる。そしてその数秒後、地響きを鳴らしながら謎の物体が地面へ到達した。

 

(……ゴーレム―――いや違う、ゴーレムの魔改造機……なのか?)

 

 揺れと舞い上がった土が晴れると、そこにはゴーレムと思わしきISが。しかし、あくまでディテールがそれに近いと感じるほどで、後は全く私の記憶へ残るものとはかすりもしない。右腕に巨大な物理ブレードも見当たらなければ、ゴーレム最大の特徴である左腕のレーザーカノンも感知できず。

 

 カラーリングもアルミ箔でも貼ったような白銀だし、デザインは鳥……か?マフラーのようなマントのような、人間でいうとうなじから延びる二股に分かれた物体が羽根状になっているのが解る。というか、よくみたら頭部のバイザーも嘴を模してるようだ。まるでファンタジーにでも出てきそうな鳥人間を思わせる。

 

『――――――――』

(む、くるか!?)

 

 バードゴーレム(仮名)が腰を落としてどっしり構える様な姿勢をみせると、両腕部から火花を散らせながら流線形を描く刃が飛び出て来た。そして地面を蹴り上げスタートダッシュをかけると、低空飛行しながらこちらへ肉薄してくる。私は叢雨と驟雨を抜刀し、冷静にバードゴーレムの右腕、左腕の刃を受け止めた。

 

 相手は機械なだけあって馬力は凄まじい。ガリガリと地面を抉りながら後退することしばらく、ようやく勢いは死に唾競り合いの状態まで持ってこれた。……けど、体格差のせいでこのままだと押しつぶされてしまいそうだ。仕方ない、このままQIBで離脱するしかないか―――

 

『――――――――』

(なっ、伸びた!?うわっ!)

 

 私がQIBを吹かした瞬間のことだろうか。まるで意志でも持っているかのように二股マントがバードゴーレムの肩から伸びてきたと思えば、刹那の脚部に巻き付いて思い切り足を掬われる。QIB発動と同時にそんなことをされては、当然ながら機体の制御なんて保ってはいられない。

 

 あらぬ方向へ飛び出た私は、どちらが上か下かも解らない。三半規管がフル稼働し平衡感覚を取り戻せたときにはすでに遅く、私の視界に映ったのはバードゴーレムがかなり砲身の長い銃らしきなにかを構えている姿だった。そして轟音が鳴り響き、閃光が瞬けば―――極太のレーザーが私目がけて迫る。

 

(う……わああああああっ!)

 

 もはや平衡感覚がどうのといっている場合ではなく、レーザーを避けることが最優先事項だった。私はまたしてもあらぬ方向へQIBを発動させると、無理矢理にでもその場から移動して見せた。おかげで地面へ激突してしまうが、それで済んでまだよかったろう。

 

 私へ当たらなかったレーザーは、私より後方に位置する悉くを蹴散らしているからだ。木々や舗装された歩道はそこにあったかどうかさえ解らず、むしろ残っているとするならば大きな破壊痕くらい。やがてレーザーは彼方の海へ着弾し、大きな水しぶきを上げた。

 

(震天雷掌波ほどじゃないにしても、威力が高すぎる!やっぱり地上じゃ戦っていられないか……!)

『――――――――』

(これは……可変式のISだって!?)

 

 最初からそうするべきだったかも知れないが、これだけの破壊力を有する兵器を所持しているのは想定しておくべきだった。これは地上では戦っていられないと判断し、一目散に上空へと飛び上がる。バードゴーレムはしばらくこちらを見上げるばかりだったが、予想外の事態が繰り広げられた。

 

 なんと、バードゴーレムが変形したのである。人、鳥、戦闘機の3要素を掛け合わせたような形態となり、私を追って来るではないか。くっ、ちょっとカッコイイじゃん……なんていってる場合じゃないな。ほぼ近接攻撃しか持ち合わせない刹那では、あれに攻撃を当てるのは至難の業だ。

 

『――――――――』

(今度はなんだ……?)

 

 バードゴーレムが新たに展開したのは、周囲に浮かぶ円状の刃。注意深くそれを観察していると、キィーンと甲高い音を発し高速回転を始めたようだ。あぁ……なるほど、そういう武装か。新たな武装の用途を察すると同時に、無数の刃は私へと向けて射出された。

 

 やっぱり手裏剣みたいなものか……。しかもただの手裏剣ではなく、リモートコントロールでもしているらしい。なぜなら、手裏剣たちはまるで統率の取れた動きで迫って来るからだ。私の前後左右に分かれるように徒党を組み、着実に私を追い詰める算段みたいだな。

 

(そりゃ、速度的には普通に飛んでれば問題ないんだけどさ……!)

 

 恐らく奴の狙いは、これら手裏剣で私の動きの精細さを欠かせ、隙をみせたところに先ほどのレーザーカノンを叩きこむのが狙いだろう。つまりだ、あまり迂闊な動きなんて見せられたものではないということ。逆にこっちも神翼招雷で高火力の攻撃をぶつけてやりたいところだが―――

 

 うむ、やはり今はその時ではない。少なくとも人型の状態でなければまず当たらないだろう。相手は無人機、人間には不可能な飛び方なんかをしてくるだろうし、それが鳥だとか戦闘機だとかの形をしているなら、なおさら複雑な飛行をみせるはずだ。だとすれば、私が取るべき行動は―――強気に避けること!

 

(初心忘るべからず!基本に立ち戻れ―――そもそも刹那は避ける機体だ)

 

 私は1度手裏剣の包囲網から抜け出すと、あえて正面へ位置取るようにして待ち構えた。当然ながら、向こうは回避をしづらくするため、時間差を作って次々と迫ってくる。だが私は臆すことなく、刹那の速度を上げて手裏剣へと突っ込んでいった。

 

 普通にみれば無謀な手だろう。けれど、バードゴーレムを視界に入れておくことができないほうがよほど危険だ。ならばやってやりますか!刹那の特殊仕様であるQIBだが、今回は限りなく出力を落としつつ連続で吹かす。こういったリモートコントロール式の武装を大げさに避けてしまうと、いつの間にか追い詰められていたという事態になりかねない。

 

 これではもはや避けるというよりは、掻い潜るといった苦しいものが表現としては近いだろう。しかし、不格好だろうと構わない。なるべく消費エネルギーは抑え、一撃で仕留めてやるにはそれが良策。私にはもはや、ライザーソードを当てるビジョンしか見えてはいないのだから!

 

(よっし、抜けた!)

 

 僅かな隙間を縫うようにして抜け出すと、今度は前方に大きくQIBを吹かす。これにより、円形手裏剣も攻撃態勢に戻るまでもう少し時間をかけなければならないはずだ。そしてなにより、バードゴーレムは私の正面。向こうもこちらに迫ってきているように見える。

 

(確実に隙を作って―――)

『――――――――』

(んぅ……?今の射撃はなんの目的で―――)

 

 グングンと互いの距離が詰まるなか、リーチの長い鳴神を選択して抜刀。立ち止まらない程度に構えていると、不思議なことにバードゴーレムがレーザーを放ってきた。正しくいえばその威力が不思議なのだが、ブルー・ティアーズのBTによる射撃にも似た威力である。

 

 特別速いわけでもなく、私は軽く進路変更する感覚で回避した。そして滞りなく私の横を通り過ぎて行く。……?なにか狙いがあると見たほうがいいんだろうけど、全く予想がつかない。ダメだ、あんなのを気にするくらいなら攻撃に集中しなければ。そうやって私が鳴神を構えなおした瞬間のことだった。

 

(いだぁ!ちょっ、なんで後方から!?……って、あれは―――)

 

 突然背中に衝撃が走り、小規模の爆発を起こした。なにごとかと早急にハイパーセンサーにて後方を確認すると、私の目には信じられない光景が移る。なんと、先ほどバードゴーレムの放った威力を抑えたレーザーが屈折して飛んできたのだ。

 

 狙いは最初から私じゃなく、あの円形手裏剣だったか……!どうやらあれの側面にレーザーを当てると屈折させることが可能らしい。リモートコントロールの手裏剣を駆使し、角度を計算・調整して私のところまで届けたんだな……。しかし、所詮は初見殺しなだけだし囲まれていなければさほど脅威じゃない!

 

(このまま続行おおおお!)

 

 多少よろけはしたものの、OIBを発動させさらに加速。鳥型戦闘機形態を保ったままのバードゴーレムの上方を通り過ぎながら、下から救い上げるように鳴神を縦に振りかぶる。しかし、その斬撃は機体を90度傾けることによって簡単に回避されてしまう。

 

 しかもそれだけでなく、バードゴーレムは私の背後に回った途端に急停止。アーマーを変形させて鳥人型形態へと戻った。その両手にはまたしてもレーザーカノンが抱えられており、背後から私を丸焼きにしてやろうという魂胆がひしひしと伝わってくる。

 

(ところがどっこい、計算済みぃ!)

『――――――!?』

 

 バードゴーレムがそう来るであろうことは、いくつか用意しておいたパターンの1つに当てはまっていた。私も同じく、通り過ぎたときには既に行動を開始している。私は空中ででんぐり返しをするように体を丸め、それと同時にQIBも発動させた。

 

 これにより、私の体はとんでもない速度で上下が逆さまに。その勢いに乗せ鳴神を振るえば、多少距離が空いていようとリーチのおかげで届く!鳴神の切っ先はロングバレルレーザーカノンを上へと弾き、射撃体勢をキャンセルさせた。

 

『―――――――!』

(それも想定済みなんだっての!)

 

 よろけた瞬間に変形して飛び去ろうとするだろうとは思っていたが、まさにその通りだった。私は上下逆さのまま、急いでバードゴーレムの脚部を掴んでおいたのだ。脚部は特別収納するような変形姿勢ではないため、脚を掴んだままだとまるでリード紐に引っ張られてるようだ。

 

(よ~し、どうどう―――大人しくしような!)

『――――――――』

(新必殺―――刹那・飯綱落とし!)

 

 スラスターの出力では、どうやったって刹那が勝る。OIB発動と同時に一瞬だけ手を離してバードゴーレムの背面まで回れば、そのまま抱き着くようにして飛行の主導権を握った。そのまま急上昇し、頭を逆さにして急落下。あわや地面に激突というところで腕の力をほどけば、バードゴーレムのみが勢いそのまま地表へ真っ逆さまに落ちていく。

 

(よし、今だ!神翼招雷!)

 

 これほどまでのチャンスが2度あるか解ったものではない。ズドンと地鳴りが響くと同時に、神翼招雷を発動させた。もはや遠慮なんて考える隙も無く、暴発しない程度のエネルギー量には抑えてシーケンスをクリアしていく。予告はしたが、放つのはライザーソード一択!

 

 雷の翼として放出した倍加エネルギーを倍加させつつ刹那へ!刹那から腕部へ供給!掌部、鳴神との連結を確認!エネルギーを倍加させつつ鳴神へ供給!雷の翼、再放出!機体の安定を確認!エネルギーを倍加させつつ―――鳴神より放出!

 

 どこまでも青い空を赤黒く染め上げるかのように、巨大な雷の柱が天を貫いた。実際に使用するのは2回目になるが、やはりこいつは殺意に満ち満ちている。本来なら控えるべきなのだろう。けど―――やっぱり私を脅したクソ野郎は許さん。テメェもすぐにこうなるって意味を込めて、このレーザーブレード―――振らさせてもらう!

 

『――――――――』

(命名―――絶天雷皇剣!いっけええええええ!)

 

 人型形態のバードゴーレムが土煙の中から飛び出してきたが、ここまでくれば私の方が早い。ライザーソード改め、かおるん風のネーミングを借りた―――絶天雷皇剣を真っ直ぐ振り下ろした。バードゴーレムは白銀の翼を目の前で交差させガードを図っているようだが、そんなものに防がれては―――て……は……?

 

(そん……な……!?なんで、どうして!?)

『!!!!!!!!』

 

 バードゴーレムの頭上から絶天雷皇剣が触れた瞬間、まるでホースから勢いよく出る水を遮るが如く―――赤黒いエネルギーの奔流が弾かれていく。弾かれたエネルギーはといえば、暴れる流星群といった様子であちらこちらへ飛び散り、降り注いでいく。

 

 これならばまだ真っ直ぐ振り切った方が被害は少なかったろう。赤黒く輝く死の流星群となった絶天雷皇剣は、学園中へ巨大なクレーターを無数に作っていく。バードゴーレムの頭を飛び越えていった物も、巨大な水柱が次々に立つことで着水したことがみてとれた。そしてなにより―――

 

『――――――――』

(無傷……!)

 

 絶天雷皇剣として放ったエネルギーが尽きると、そこにはやはり悠然とバードゴーレムが立っていた。シュー……と各所から白煙を発しているものの、銀色の装甲はどこへも傷1つ見当たらない。絶天雷皇剣は確実に相手を仕留めると思っていただけに、私には大きな精神的ダメージのしかかってくる。

 

 レーザーを反射する特殊なコーティングでも施されていたか?いや、円形手裏剣がレーザーを屈折させる特性があると解っていた時点で警戒すべきだったのだろう。もっと早く疾雷と迅雷で攻撃を仕掛けていればレーザーが効かないということは簡単に解っていたのに……!

 

(けど、それでも!)

 

 そうだ、私はそれでもやらねばならない。命に代えてでもコイツだけは確実に潰さなくてはならない!でなきゃ、さもないと、イッチーが……愛する人が傷つけられてしまうかもしれないんだ!―――そう、心から覚悟を決めているはずなのに、私は怖い時の笑みが出るのを抑えられないでいた……。

 

 

 




約50話ぶりの最強必殺だというのに防がれるという。
最強なだけに早期決着を狙って使うと当たらないというのがお約束。
……と思うのは私が特撮脳だから?要するに「やったか!?」的な。


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第99話 本当の私を

黒乃ちゃん完全に出番ナシ!
次話も全くの出番ないのが確定していたり。
とりあえずは更識姉妹の活躍をお楽しみください。


「そこだ!」

『――――――――』

「なっ、エネルギーシールド!?」

 

 黒乃が鳥人型無人機と戦闘を開始するとほぼ同時刻、アリーナにて一夏たちもゴーレムⅢと交戦していた。相手に接近する技術を向上させた一夏は、白式の高機動を生かしてゴーレムⅢの懐へと潜り込む。雪片による鋭い太刀筋で斬りかかるが、すんでのところで展開したエネルギーシールドにそれを阻まれてしまう。

 

 零落白夜を発動させて押し切りたい気持ちはあったが、自分たちの置かれている状況からして無理は禁物。エネルギーシールドを足場にするように蹴りつけると、その反動を利用して急ぎ後方へと下がる。ゴーレムⅢは、ただその様子を無機質に見守った。

 

「絶対防御さえ正常に作動してれば……!」

「落ち着いて、アリーナのシールドを破壊する威力……」

「あ、そうだな、どのみち当たれば1発アウトだったか」

 

 厄介なことに、ゴーレムⅢは絶対防御を無効化するジャミング装置のようなものを所持している。絶対防御とは、ISにおいて肝心要ともとれる機能であり、これがあるからこそ剣で斬り合いができれば、銃で撃ち合うことができるのだ。

 

 そんな機能が正常に作動していないというだけで安心感からして違う。例えば2人のいう通りに超高密度圧縮熱線を喰らえばどちらにせよ即アウトだろうが、右腕の大型物理ブレードなら絶対防御発動中なら問題なかったろう。無傷での勝利を強いられるこの戦況を、ストレスとせずしてどうするか。

 

 簪は焦りから絶対防御に関して触れたと思ったようだが、今回の場合は天然だ。てっきり黒乃が襲撃されているからと、勝ちを急いているものだとばかり。薄情だとは思いはしないが、病的なまでに愛し合っているという認識からは想像もつかない。しかし、次の瞬間―――閃光が瞬き、轟音、地鳴りが響く。

 

「今のは……!?」

「千冬姉!」

『恐らくは、藤堂が交戦している無人機によるものだろう。……済まん、奴周辺の通信は全て疎外されている。正確なことは解らんが―――』

「いや、それだけ聞ければ十分だ。ありがとな」

 

 観客である女生徒の悲鳴の渦中で、一夏は何事かを確認するため千冬へ通信を繋げた。曰く、黒乃の相手によるものであろうとのこと。臨海学校の際と同じく、黒乃周辺の様子を確認することは不可能のようだ。しかし、またしても一夏が声を荒げることはない。

 

 ただ一応聞いてみただけだ。そういうかのように通信を切った一夏に、簪は流石に強い疑問を抱いた。外面には出ないながら、簪も黒乃を信仰する身としては心配は尽きない。だからこそ簪は問う、なぜそうやって平然としていられるのかを。すると一夏は、ニッと歯をみせながら答えた。

 

「黒乃がそう簡単に負けると思うか?」

「思わない!」

 

 一夏は逆にどうしてそんなことを聞いてくるのかと言いたげで、簪は確かにと思いつつ食い気味に返答をした。思いの他元気な声であったためか、やっぱり黒乃のことになると反応が違うと少しばかり苦笑い。そうしてゴーレムⅢを見据え、雪片を構えながら続けた。

 

「だろ?だから俺達がするべきなのは、早くアイツを倒して黒乃に心配をかけないことだ!」

(あ……?)

「よし、行くぞ簪!」

「……うん……!」

 

 次いで出た一夏の言葉にも元気に答えようと思っていた簪だが、あるものを見てしまって声は喉元で止まる。……雪片の切っ先が、カタカタと震えているのだ。瞬間的に、今の一夏は虚勢半分だと、自分にそうやって言い聞かせているのだと簪は察した。

 

 しかし、それでも一夏はゴーレムⅢへ意気揚々と突っ込む。指摘するのは簡単だったが、なにがきっかけで保てている精神のバランスが崩れてしまうか解らない。一夏にバレぬように悲痛な表情を浮かべた簪は、まるでなにもみなかったように振る舞い続いた。

 

「楯無さん!」

「なにかしら!」

「簪が心配では!?」

「心配よ、だからこうして頑張ってるんじゃない!」

 

 一方の箒&楯無も、同じアリーナにてもう1機のゴーレムⅢと鎬を削る。箒が楯無の指示通りに動き、堅実な攻めを繰り広げていた。しかし、ふいに箒がそう漏らす。この間、姉に関する問題で簪にシンパシーを感じただけに、楯無に思うところでもあるのだろう。

 

 だが楯無は、一夏と似たような言葉で心配だから目の前の敵と戦うのだと断言した。それもそうかと思う部分もあるが、やはりなんとなく納得できない部分もある。箒は思う、自分の姉とこの人は根本的に同じなのだろうと。主に、妹に対する複雑な心境に関してだが―――

 

「箒ちゃん、中距離お願い!」

「っ……了解しました!」

 

 楯無の指示にビクリと反応してから、箒はゴーレムⅢとの距離を僅かに開けた。そのレンジは正しく中距離といったところで、空裂、雨月の斬撃と牙突により生じる攻撃性エネルギーを放つ。それは次々と命中していくが、無人機は全く意に介さない。

 

 何故なら箒の役割が牽制で、本命は楯無の方だと理解しているから。読まれているのは承知の上だったが、楯無は鋭く蒼流旋を突き入れた。しかし、これに対してもエネルギーシールドを展開する様子もみえない。恐らくは、その程度の攻撃では特に意味がないと判断したのだろう。

 

「な……どれだけ固い装甲を使っているのよ!」

「楯無さん!このっ、こっちを向かないか!」

『――――――――』

 

 アクア・クリスタルで形成された槍は、微振動による掘削能力でかなりの貫通力を誇るはず。だがその自慢の貫通力もこの通り、ゴーレムⅢにとっては微動だにしない程度。接触部そのものは甲高い音を上げ、火花を散らしているのだが、ただそれだけであった。

 

 負けじと蒼流旋を突き入れる楯無だが、ギロリと無感情のバイザーがその姿を睨んだ。そう感じ取った箒は、手を緩めずにエネルギーを放ち続ける。が、ただでさえ強固な装甲なのだとすればなおさら意味のない行為にしかならなかった。そうして、ついにゴーレムⅢの右腕から眩い光が放たれてしまう。

 

「流石にタイムアップかしら!」

「な、なんと、あの状態からノータイムで逃げるのか……。……待て―――楯無さん!初めから狙いは貴女では―――」

「っ!?この、味なマネをしてくれるじゃない……!」

『――――――――』

 

 急いで蒼流旋を仕舞った楯無は、ラスティネイルに武装を切り替えた。そして伸ばした刀身をゴーレムⅢの首へ巻きつけ、支点にするようにして引っ張る。その反動を利用してゴーレムⅢの頭上へ躍り出た楯無は、危険域を脱したとみていい。そう、楯無は―――

 

 先に気づいたのは箒だった。ゴーレムⅢは楯無に狙いを定めているのではなく、同じアリーナ内とはいえ遠方で戦う一夏と簪だ。箒の焦りを隠せない叫び声を耳にした楯無は、血相を変えながら右腕へラスティネイルを巻き付ける。そして全力をもってして横へ引っ張り、なんとか射線をずらそうと試みた。

 

『一夏、簪、避けろ!』

「なに、射程圏外から!?くっ……!」

「っ…………!?」

 

 いくら楯無が必至だろうと、完全に有効範囲外から抜くのは不可能に等しい。箒が秘匿通信で攻撃の飛来を伝えれば、驚いている暇もない程に超高密度圧縮熱線が迫る。もし箒と楯無の尽力がなければ直撃していたであろうところを、間一髪のところで回避に成功。しかし、絶対防御の機能不全により僅かな熱量はダメージとして通ったようだ。

 

「う、うぅ……!」

「だいっ、丈夫か……簪……!」

「問題……ない……!」

(このままではまずいぞ、いたちごっこはまだ続く!)

 

 よくもこんな卑怯なとゴーレムⅢを睨む箒の目には、隠し切れない焦りが滲み出ていた。卑怯な戦術と感じられるということは、至極有効な手立てだと換算してよいだろう。持ち前の防御力で敵を足止めし、射程圏外より高火力の攻撃をもう一方の敵に仕掛ける。分析するに、やはり有効な手段であろう。

 

 紅椿には機動力と万能性はあれど、火力がイマイチ伸びない。こんな強固なISを一撃で仕留められるはずもなく、苦戦を強いられるのは元より必然なのだ。かといって、一夏と簪がゴーレムⅢを倒して援護できる状態になるまで持ちこたえられるか保証はない。

 

 エネルギー問題に関しては絢爛舞踏があるのでどうとでもなるが、やはり一撃貰えばアウトという状況がそうはさせてくれない。つまり、援護は期待しない方がいいということ。冷静に状況を整理すればするほど、楯無の脳内は1つの選択肢を実行せよと警鐘を鳴らす。

 

「……出し惜しみしてる暇はなさそうね」

「た、楯無さん……?」

「箒ちゃん、貴女と紅椿の力が必要なの。力を貸してちょうだい」

「……了……解……!」

 

 楯無は大きな溜息を吐くと、なにか覚悟を決めた表情を浮かべて箒を見つめた。普段の言動からは想像の着かないソレは、どこか死の覚悟すら漂わせている。本来ならばなにをするつもりか聞くべきだろう。しかし、箒は楯無の立場と役割を今一度思い出した。

 

 IS学園生徒会執行部生徒会長、それすなわち学園最強。その称号を背負いし者の義務、勤め、責任……。楯無には、生徒を守らねばならないという使命に準ずる覚悟をもってして生徒会長の座に着いているのだ。そんな心境を一瞬にして悟らせてしまうような楯無の様子に、箒は悔し気な表情を浮かべつつ従った。

 

「私はなにをすれば!」

「まずは機動力で攪乱!黒乃ちゃんに負けないくらいので頼むわよ!」

 

 支持を受けた瞬間、箒は背部展開装甲を開放。エネルギーウィングが現れ紅椿を加速させた。流石に黒乃と刹那までとはいかないが、2本の刀で一撃離脱を繰り返し、足止めとしての役割は十分に果たしているだろう。これには楯無も満足気に槍を構えそして―――

 

「突っ込むわ、そこどいて!」

「くっ……!」

 

 箒が避け切っていない状態から突進を始めたが、紅椿を宙返りさせるようにして操作。するとドンピシャで入れ替わるように楯無がゴーレムⅢ目がけて突っ込んでいく。コンビプレーとしては合格点をつけられる動きだ。しかし、やはりこれが決定打になるとは思えない。

 

「箒ちゃん、私を思い切り押すのよ!」

「は!?し、しかし―――」

「いいから早く!」

「ぐっ、ぬ……おおおおおおっ!」

 

 なんのつもりなのか、楯無は全力で我が身を押せという。その先に待つであろう反撃を想定してか、箒はそれを躊躇ってしまう。だが、全貌が見えずともチャンスを逃すことになるのは確かだ。箒は意を決すると、最大出力でエネルギーウィングを展開。楯無の背に抱き着くようにして、楯無の突きに勢いをつけた。

 

 グンッと身体が急加速する感覚に、絶対防御のない最中では苦悶の表情を浮かばせざるを得ない。だがそこは楯無の名を継ぐ者、なんのこれしきと蒼流旋を突き入れる。その槍の様子はいつもと違い、水が高速回転することによりドリルのようになっているようだ。

 

 だがまだ足りない。ゴーレムⅢの装甲を貫通するには至らない。勢いそのまま、ゴーレムⅢをアリーナの壁に叩きつけ、ドリスランスによる攻撃を継続させるが―――どうやらそれでも足りないようだ。まずいという考えが増幅する箒に対し、楯無は不敵な表情をチラつかせた。

 

「さてさて皆様お立ち台、更識 楯無の奥の手をとくとご照覧あれ!」

『――――――――』

(これは……!?)

 

 妙に芝居がかった台詞と共に、楯無は頭上に右腕を掲げた。すると、次々と水が集約されていくのが解る。これぞ楯無の奥の手―――通常時は防御用として纏っているアクア・クリスタルを一点集中。攻撃性能を持つよう運用転換する黒乃の神翼招雷系統の技とはまた違った意味の一撃必殺―――

 

「ミストルテインの槍っ!」

 

 一点集中なだけあって、通常時の非ではない超振動を引き起こす。言うなればそれは、まさに触れれば全てを破壊しつくす小さな塊。それまでなんの手ごたえも見せなかったゴーレムⅢの装甲を、抉るように削り取っていくではないか。しかも、ミストルテインの槍にはもう1つの脅威が存在する。

 

 それは水として浸透したアクア・クリスタルが起爆する性質を持つということだ。つまり、敵ISの内部で盛大に爆ぜるという、防御不能に近い特性を持つ攻撃である。欠点があるとすれば、エネルギーがオーバーフローするまでに時間がかかるというところだろうか。それすなわち―――

 

『――――――――』

「くっ、ああっ!?」

「楯無さん!」

 

 ゴーレムⅢないし、敵勢に反撃を許すということ。エネルギーの一点集中からして爆発を起こすと分析したゴーレムⅢは、やたらめったらに左腕の物理ブレードを振るう。命中率は高くないが、楯無の生身に傷を走らせることは容易い。各所から鮮血が舞い、箒の悲痛な叫び声が響く。

 

「箒ちゃん、よくやってくれたわ。貴女は展開装甲を防御に回しなさい」

「やはり貴女は……。くっ、死ぬのは許しません!貴女にはいろいろと借りがある!」

「あらあら、死ぬなんてとんでもない。お姉さんは不死身なんだから」

 

 絶対防御がない状態では自爆でしかない行動だ。それに下級生を巻き込むなど、楯無のポリシーに反する。最後に楯無は箒に身の安全を確保するよう指示すると、歯を食いしばりながらそれに従った。もとより箒は楯無にそういう覚悟を観た。ここで渋るのは、それを冒涜するに等しいという考えからだろう。

 

 手は貸したが死ぬことは許可していないと、箒は展開装甲を防御へ運用。これにより身の安全は確保されたため、楯無は安堵の表情を浮かべながらおどけてみせた。そして少し箒の方へ向けていた顔をゴーレムⅢに向き直らせ、爆発の寸前に呟くように告げる。

 

「簪ちゃんのこと、頼むわね」

「っ……!」

 

 あくまで生徒会長としてこの場で戦っている楯無だったが、やはり妹が可愛いのは外せなかったようだ。まるで遺言のような口ぶりに怒りを覚えた箒が叫ぼうとした瞬間、視界が一気に光へ包まれた。そしてミストルテインの槍発動成功を知らせるかのように、ミステリアス・レイディは大爆発を起こす。

 

「「!?」」

「箒……?楯無さん!?無事なのかよ、おい!」

「そ……んな……」

 

 突如の爆発に思わず振り向いた一夏と簪だが、紅椿とミステリアス・レイディの反応が感知できないため更に焦りが増大した。急ぎ無事を確認するために一夏が叫ぶが、向こうからの応答はない。なにより楯無が自爆したことに絶望の色を隠せないのは、実妹である簪。

 

 それが簪自身も不思議でならなかった。コンプレックスを抱いていた相手であり、死んでほしいとまでは言わないが、煩わしいと思ったことはある。だがどうだ、こうして安否が確認できないとなると戦う気力すら失せてしまうような脱力感が襲ってくるではないか。

 

 相反する2つの感情が支離滅裂に蠢き、簪はパニックを起こしてしまう。打鉄弐式の操作などままならず、ただ棒立ちのまま四散する1機のゴーレムⅢを眺めるばかり。人間と同じくして反応をしたもう1機のゴーレムⅢだが、やはりこちらのほうが早く、簪を狙って超高密度圧縮熱戦を放つ。

 

「簪ぃぃぃぃ!」

「あっ……!」

 

 あわや直撃というところで、簪を救ったのは一夏だ。白式のスラスターをフル稼働させ、タックルの要領で打鉄弐式を弾き飛ばす。自身も加速の勢いを利用して離脱し、相変わらず熱量は受けるも事なきを得た。そしてどうにもボーっとした様子の簪に声をかけようとしたとき、赤黒い光と共に巨大な柱とも例えられるなにかが点を貫く。

 

 あれは黒乃のと思うよりも先に、光の柱が前方へ向けて傾斜していく。しかし、その光はある1点にぶつかると同時に周囲へ拡散していく。次々と飛び散り飛来するエネルギーの塊は、まるで地震のように大地をゆさぶった。これには思わず、ゴーレムⅢも気を取られたように一夏たちから視線を外す。

 

(黒乃のあれが効いてないないのか!?けど、そんなことより今は……)

『――――――――』

「簪、しっかりしろ!今のままじゃ本当にみんな死んじまうぞ!」

「…………!」

 

 ゴーレムⅢは気を取られてはいるが、攻撃すれば逆に向こうもこちらへの攻撃を再開するだろう。だとするなら、優先すべきは簪をなんとか立ちなおさせることだ。声を大にして死にたいのかと叫ぶと、簪は瞳を揺るがしつつ顔を俯かせ。声を震わせながら告げた。

 

「戦え……ない……」

「簪…………」

「変なの……。あの人が……お姉ちゃんが落とされて……震えが……止まらなくて……」

 

 打鉄弐式の近接戦闘用の武装、薙刀型をした夢現を握る簪の腕は、本人の言葉通りに大きく震えていた。純粋に怖いのだろう。姉が自爆までして倒そうとした相手と、本当に自分なんかが戦えるのか。もしかしたら姉は本当に死んでしまったのかもと思うと、怖くて怖くてたまらない。

 

「そうか、なら仕方ないな。危ないかもしれないけど、どっか遠くに離れててくれ。あっ、一応だけどISは展開しておけよ」

「っ……!?責めないの……?」

「責めるかよ、家族が自爆して平気なやつなんているもんか。それによ、それって簪が楯無さんのことを大事って思ってる証拠だろ」

「…………」

「じゃ、行ってくるな!」

 

 情けないことをいっているはずなのに、アッサリ戦えない意思が通って簪はそう聞き返してしまった。そして一夏の口ぶりは、相変わらず前向きそのもの。その恐怖は楯無に対する信頼の裏返しだと伝えると、後はゴーレムⅢへ向かっていく。

 

 呆然としている間に、やがて赤黒い光が収まっていく。戦闘再開の合図としてはおあつらえ向きだと、なんだか気合の入り方も異なる。果敢にも挑む一夏の姿は、簪からは遠い遠い存在に感じられた。力を借りると決めてから、沢山の人を身近に感じていたはずなのに―――

 

(どうして……私は……!)

 

 条件は一夏だって同じようなものなのだ。先ほどの神翼招雷でとりあえずの生存は確認できたが、完全に安否が確認できないのは一夏も同じ。もしかしたら決死の一撃かも知れない。一発逆転を狙い、エネルギーの尽きかけた状態の一撃かも知れない。だとすると、黒乃は……?

 

 そんな考えが渦巻いているのは一夏だって同じということは、簪だって解っていた。それだけに、同じ条件なのに戦えない自分がなおさら情けなくて仕方ない。どうして自分は、いつも誰かの背中を眺めていることしかできないのだろう。そうやって簪は、どうしようもなく自分を追い詰めていくばかり―――

 

「うおおおおおおっ!」

「箒ぃ!無事だったか!」

「ああ、機体の再構成に手間取った。これよりは、私も共に戦うぞ!」

 

 その時、いまだ晴れぬ煙の中から真紅の機体が姿を現した。箒と紅椿である。一夏との近接戦闘を繰り広げていたゴーレムⅢへ瞬時に接近し、勢いそのまま蹴り飛ばした。生きているとは思っていても安堵がこぼれたのか、一夏は箒の姿になんともいえない歓喜を巻き起こしながらその名を呼ぶ。

 

 紅白のカラーリングであるせいか、どうにもこの2機が並ぶと絵になるというもの。だが並び立てる時間は束の間、機体の体勢を整えたゴーレムⅢは2人へ斬りかかる。刃と刃がかち合い、激闘を表現するかのように火花を散らす。そんな中、ちらりと簪を見た箒は腹の底から叫んだ。

 

「聞け、簪!」

「っ…………!?」

「あの人はいった、お前のことを頼むと!お前のことを大事に想っている証拠だろう!」

「そんなの……そんなの……!いわれなくたって……!」

 

 箒は、爆発寸前に楯無が呟いた言葉をそのまま伝えた。しかし、そんなことはいわれなくても解っていると返されてしまう。そう、言われなくても解っているのだ。楯無が、姉が、自身のことを大切に想っていることなんて。そうでなくては、まわりまわって打鉄弐式が完成することはなかっただろうから。

 

「私はな―――既にそれができんかも知れんのだ。姉が目の前で安否が解らなくなったとして、お前のようになれんかも知れんのだ!」

「箒……」

 

 黒乃も感じ取っていたように、原作以上に箒の抱く束に対する嫌悪感は深い。他ならぬ、黒乃という親友が増えた分の溝なのかも。だがそう叫ぶ箒の表情は、自分はなんという情の薄いことだという―――束に対する家族愛を匂わせる。だからこそ叫ぶ、自分のようにはなってくれるなと。

 

「簪、決して私と同じになるな!本当の気持ちを曝け出せ!本当のお前は、楯無さんを―――」

「箒、危ねぇ!」

「くっ、このっ……!なんのこれしき!」

 

 最後の最後で集中が途切れたのか、箒は数瞬だけ動きを止めた。ゴーレムⅢはそれを待っていましたといわんばかりに、防御を主とした攻めから転じて攻勢にでる。それをすかさず一夏がフォロー。必死な様子で叫んだ声は確と箒に届き、物理ブレードを防ぐことに成功した。

 

(本当の……私……)

 

 心配できるのはよいことだという旨の言葉を受け、簪は今までのことを思い起こしていた。本当の私とはなんだろう、本当の私が姉に抱く感情はなんなのだろう。劣等感?疎外感?嫌悪感?……それらが大きく、確かに存在するのは間違ってはいない。けれど、本当にそれだけだっただろうか。

 

 かつてはもっと純粋に楯無をすごい人だ、自慢の姉だ、私の超えるべき目標だと―――そう思っていたはずだ。だがいつからだろう、純粋に姉の背中を終えなくなったのは。果たして近頃の自分が眺めている背中は、本当に姉の背中だったのだろうか。

 

(違う……違う違う違う……!背中なんて……あるはずない……!)

 

 そう、背中なんて見えるはずがない。何故なら、簪が自ら背を向けていたから。同じく楯無も、簪に嫌われるのを恐れて背を向けた。これでは通じ合えるはずがない―――が、楯無はやはりいつだって妹のことが心配でならなかった。自分が背を向けているから、簪もこちらを向けないのだと。

 

 そして簪は、姉の方へ振り向く努力を全くしなかっただろうか。それはノー、断じて否。闇雲だろうと、視線の先に姉の姿がなかろうと、対抗心を燃やして足掻いていたのは振り向く努力他ならない。きっと簪は、ただ一言―――たった一言だけ、楯無の口から聞きたい言葉があっただけなのだから。

 

『流石は私の妹ね!』

(っ……お姉……ちゃん……)

 

 始まりはたったそれだけで、根本的にそれは今も変わらない。ただ簪は、楯無にそうやって褒めてほしいだけだった。自分の姉はすごい人で、そんなすごい人に誇らしげに、これが私の妹なんだぞといってほしいだけだったのに。それなのにいつしか周りの期待に抑圧され、姉と自らを比べ、そんな純粋な気持ちも忘れてしまった。

 

(お姉ちゃん……私は……!)

 

 やはりどこまでいっても本気で嫌いになれないし、大好きな姉なのだ。泣きそうな表情の簪がそう認めた瞬間、不思議と身体が軽くなるような感覚が過った。それはまるで、荷を捨てたような感覚そのもの。今の自分ならいける、この軽い体なら―――かつてのように姉の背中を視界に入れられる。そして今から始めよう―――

 

(本当の―――私を!)

 

 キッとゴーレムⅢを見据えた簪の目に、もはや迷いはない。打鉄弐式の特殊仕様であるスフィア・キーボードと呼ばれる空間投影式のコンソールを呼び出すと、両手を露出させてなにやら入力を始めた。その速度たるや、鷹丸にも引けを取らないのではと思わせるほどだ。

 

「行って!」

 

 キー入力を完成させた簪が指さしながらそう告げると、それに答えるかのように打鉄弐式の周囲に浮遊する6基のユニットの1つから、8発のミサイルが発射された。まるでミサイルは自らが意思を持つかのように複雑な飛行を見せ、一夏と箒を避けてゴーレムⅢへ全弾命中。しかも直撃寸前に背面へミサイルが回り込んだように見えた。

 

 これぞ打鉄弐式のウリともいえる装備―――山嵐である。マルチロックの際に火器管制システムを簪自身が操作し、自由自在にミサイルを制御できるという優れものだ。しかもその数、6基のユニットに8発ずつ―――計48ものミサイルを搭載している。発射の仕方によっては、それはまさに嵐を思わせるだろう。

 

「「簪!」」

「ごめんなさい……もう大丈夫……。私も戦う……皆と一緒に……皆のために……!」

 

 直撃したミサイルを目にした一夏と箒の2名は、パッと明るい表情を見せて振り返った。そんな純粋な表情を見せられた簪は、心からの言葉で自然と士気を高める。そう、誰がための力ではなく誰かのための力なのだ。自分にとってもう1人の目標が、いつもそうしているように。

 

「よっしゃ、それなら反撃開始と行こうぜ!」

「ああ!」

「うん……!」

 

 

 



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第100話 止まらぬ歯車

一夏&箒&簪VSゴーレムⅢ後半戦!
そして、奴がついに……。


「よっしゃ、それなら反撃開始と行こうぜ!」

「ああ!」

「うん……!」

 

 拳を高らかに突き上げてそう意気込む一夏だったが、特に考えがあるわけではなかった。零落白夜という力押しはあるものの、それを当てるまでが問題なのである。かといって、楯無のように特殊な業ができるようなわけでもない。しかし、ゴーレムⅢはそんなことを考えさせてくれる暇もなく―――

 

『――――――――』

「むうっ……狙いは私か!?」

(恐らく……絢爛舞踏を潰しに……)

 

 ゴーレムⅢが右腕を向けた先は、清々しいほどに箒の方だ。こうも露骨に狙われては立ち止まるわけにはいかず、熱量による生身へのダメージも考慮してか大げさなほどの回避行動を取る。これを絢爛舞踏を無効化するためだと簪は読むが、その予想はドンピシャだ。

 

 その気になれば無限に戦い続けられるであろう能力を、専用機3機を前にして残しておくメリットなどなにもない。エネルギー増幅の前に接触しなければならないという特性を利用できないでもないが、そんなことをするくらいなら落とした方が楽だろう。

 

(このままじゃ箒が!)

「2人とも、私にかまうな!むしろ囮に使うくらいのつもりでいいぞ!」

「……解った、なにか考える!」

 

 集中攻撃をされてしまうのは苦しい。いずれ箒が落とされてしまうのも時間の問題かと一夏が援護に向かおうとすると、それを止めたのは本人だ。ゴーレムⅢを倒すには策を労する必要があるというのは、まず間違いなく全員の共通認識。向こうが自分を狙ってくるのならと、箒は自ら囮の役割を買って出た。

 

 それに了解した一夏だが、極めて苦手である作戦を立てるという行為に頭を悩ませる。もとより白式に作戦を立てる必要などなく、最悪近づいて零落白夜でどうにでもなるからだろう。ああでもない、こうでもないといろいろ考えてみるが、どれもがいい考えとは評価できそうもなく―――

 

「1つ考えがある……」

「ほ、本当か!?ならそれで行くしかなさそうだな……」

「うん……。ただ、完全に私の足が止まる……。だから貴方も……」

「囮、だな。任せろ、考えるよりはよっぽど得意だ!」

 

 タイミングのいいことに、考えがあると簪が口を開いた。こんな状況ではあるものの、一夏は少しばかり助かったと思ってしまう。まだ簪の策とやらについて詳しく聞いていないにも関わらず、それに乗る旨を伝えた。まだなにも説明してない……と思う簪だったが、どちらにせよ箒にも伝えねばならないためそこは纏めて秘匿通信で済ませる。

 

『……なるほどな、使用頻度が少ないせいか見落としていたぞ』

『けど簪の分析通りなら!』

『確実に……やれるはず……!』

 

 簪の策とはゴーレムⅢのある習性、もとい特性を利用してやろうというものだった。これに箒は感心を示し、一夏は今度こそ根拠ありきでやれると確信を得た。しかも自らの言葉に続きつつ、簪から確実という前向きな台詞が出たことに歓喜を覚える。

 

『スタートの合図はお前だ、簪!』

『ああ、私たちはそれに従おう』

『……了解。ふぅ~……それじゃあ……スタート……!』

 

 士気を上げるためか、それとも自分が興奮を抑えられないのかは不明だが、一夏は楽しそうな様子で作戦開始の合図を簪に任せた。作戦を立てたのは簪であるため、箒もそれに迷いもなく同意。そして合図を任された簪は、深い呼吸を見せたのち、スフィア・キーボード8枚をフルオープン。両手両足を露出させ、スタートの合図とともに入力を始めた。

 

「うおらぁ!」

「せぇぇぇぇい!」

『――――――――』

 

 すると先ほどのまでの回避重視が嘘のように、一夏と箒はガムシャラにゴーレムⅢへ斬りかかる。これには違和感をぬぐい切れないが、特に気にした様子は見せず。左腕の物理ブレードで受けるか、持ち前の装甲で受けるかを繰り返すゴーレムⅢが気になるのは、むしろ簪の方だった。

 

「…………!」

 

 こちらはその気になれば一撃で仕留められる。それなのに簪はといえば、鬼気迫る様子でスフィア・キーボードをタイピングするばかり。一撃で死ぬかもしれない状況で足を止めてまでだ。恐らくはそれだけ複雑な物理演算をしているのだろうが、それほどの価値が本当に……?

 

 ミサイル8発の直撃を受けたが、残存している40発を全て同時直撃させられることはまずない。落とせると思っていると考えるのがベターだが、ゴーレムⅢの様子からするにそれは不可能だと理解しているはず。そしてゴーレムⅢが下した判断は、やはり簪が怪しいというものであったが―――

 

「まだまだぁ!」

「一気呵成に攻める!」

『――――――――』

 

 鬱陶しいほどに一夏と箒が前に出てくる。それこそが、なによりゴーレムⅢに簪が怪しいと判断させる要因だった。気をそらす目的ではなく、初めから見抜かれるという前提での行動だろう。もし簪から気をそらそうというのなら、この2人の攻め方はあまりにも不自然なうえにお粗末だ。

 

 だからこそ、簪にターゲットを変えようとするゴーレムⅢだが、これがなかなか上手くいかない。それほどまでに一夏と箒が張り付いて離れないのだ。かといって、エネルギーシールドを使うわけでもない。さて、ならばどうするかとAIが最適な答えを導きだそうと画策していると―――

 

「完了……!2人とも……離れて……!」

「「了解!」」

「シュート……!」

 

 簪が演算を終えるほうが早く、2人に下がるよう指示を出した。急に興味を失ったかのように2人が近接の間合いから外れると、残った40発のミサイルが全て発射される。やはりその動きは複雑だが、ある程度は統率が取れているだけにコースは読みやすい。

 

 40発のミサイルは10発ずつ、4つの編隊に分かれてゴーレムⅢへ迫る。直撃前に全てを撃墜されてしまわないようにする目的だろうが、だとしたら少し甘い。ゴーレムⅢは右腕を前方に掲げると、超高密度圧縮熱戦を薙ぎ払うように発射した。

 

 それに触れたミサイルは当然のように爆発を起こし、今の一撃で大半のミサイルが落とされてしまった。だが、そこは照射型の兵器なだけあって隙は大きい。チャージした熱戦を吐き切ったゴーレムⅢは、残った約20発のミサイルはエネルギーシールドを展開することで防ぐことを選んだ。しかし―――

 

「やっぱお前ってすげぇよ……簪!」

『――――――!?』

 

 爆発音を響かせながらエネルギーシールドへミサイルが直撃する最中、その背後には一夏が雪片を大きく構えながら控えていた。ミサイルの撃墜、防御に気を取られていたというのもあるが、これぞ簪が立てた策を実行した結果であるといえよう。

 

 これまでの傾向をみるに、ゴーレムⅢはエネルギーシールド展開中は極端に移動しなくなる。それはもはや棒立ちともとっていいほどだ。更に、防御しながら攻撃に出ることはまったくなかった。つまり、エネルギーシールドを展開させて足止めをしてしまえば、ゴーレムⅢは限りなく隙だらけということ。

 

 実際に作戦を実行した結果がこれだ、だいたいは簪の読み通りだったということだろう。エネルギーシールドは未だ展開中で、ミサイルも全弾受けきってはいない。しかし、そちらに集中するなら零落白夜で斬り伏せられて終る。だとすると、ゴーレムⅢが選んだのは―――

 

『―――――――!』

「なにっ……!?」

(その手があったにはあった……けど……!)

 

 なんとゴーレムⅢは、エネルギーシールドを消失させミサイルを自らの装甲で受けていく。いくら強固とはいえ、未だ10数発残るミサイルを全て受けるのは手痛いだろう。だが零落白夜を喰らえば確実に斬り裂かれる。よって、多少のリスクを背負おうとも一夏を殺りにきたのだ。

 

 右腕の超高密度圧縮熱線のチャージを開始し、今にも照準で一夏を捉えそうだ。一応白式には雪羅の盾があるが、やはりそれは絶対防御があるから機能するもの。熱線の熱量までは防ぎ切れないし、受けたとすれば火傷が要因で命を落とす可能性も考えられる。そんな一夏の生と死の境を目の当たりにする中、安全圏に身を置いた箒は相当悔しそうだ。

 

(くっ、私はなにもできないのか!?)

 

 紅椿にはゴーレムⅢを仕留められるような武装はない。だからこそ囮と足止めの役割を果たした箒は、こうして下がるように簪から指令が下ったのだ。なにをと反論しそうになるが、決して間違ったことはいっていない。故に箒は大人しく引き下がったのだが、こうして無力を味わうに至る。

 

(親友の愛した男の手助けくらい私にさせずになんとする……。そうではないのか、紅椿!)

 

 一夏に対する未練はもうないが、それを抜いても良い友人であり、親友の愛する男なのだ。黒乃の一番の友を自称する箒にとっては、ここで一夏を無事に返さねば申し訳が立たない。そんな箒の想いに呼応するかのように、紅椿の音声システムがなにかを告げているではないか。

 

(出力可変ブラスター?穿千?……ええい、まどろっこしい!とにかく今は―――考えている暇ではない!)

 

 紅椿は箒の経験値が一定を越えたことにより、新たな可変機甲をアンロックしたといっている。装備の詳細はウィンドウに表示されているが、読んでいる暇はないとそれをかき消した。だいだいそんなもの聞く必要も読む必要もない。何故なら、初めから穿千がどういうものか理解できるから。

 

 大出力射撃武装のため、PICを機体安定のために調整しなければまるで当たらないこと。展開装甲が変形し、両肩2門の兵器であること―――全てが手に取るように。理解しがたい事だが、それこそ考えている暇はない。箒は狙撃用のスコープを呼び出すと、ターゲットを中央に固定。そして―――

 

「文字通り穿て―――紅椿いいいいいいっ!」

『――――!?!?』

「箒か!?それは―――」

 

 咆哮と共に箒がトリガーを引くと、展開装甲に用いられているのと同様に真紅のエネルギーが放たれる。その威力を示すかのように、大地を焼き払いながら一直線に無人機目がけて伸びていく。箒が狙ったのはゴーレムⅢの左腕。威力はあるのに完璧な射撃、見事にゴーレムⅢの左腕のみを吹き飛ばした。

 

「いつも通りだ、美味しいところは持っていけ!」

「お願い……終わりにして……!」

「ああ、問題ねぇよ。だって俺は、最初から俺は、コイツを倒して黒乃を迎えに行くことしか―――」

『――――!!!!』

「考えちゃいねぇんだよぉぉぉぉおおおおっ!」

 

 左腕を喪った無人機はバランスを崩し、一夏に熱線を喰らわすどころではなくなってしまう。こうなれば後は王手をかけるのみ。そう確信した箒は皮肉るように、簪は祈るように最後の一撃を託した。期待に応えるように一夏は零落白夜を発動。頭上に掲げた雪片弐型が凄まじい勢いで青白い刃を形成する。

 

 そうして黒乃への思いの丈を述べながら最大出力の雪片を振るう。まるでこれまでの頑丈っぷりが嘘かのように、ゴーレムⅢの装甲は頭の先から股まで真っ二つ。そして重力に従い地表へ落下するまでに、しばらくバチバチと電撃を発してから大爆発。この光景は誰が見ようと―――

 

「勝っ……た……?私たちが……勝った……?」

「うむ、簪の作戦のおかげで完全勝利だ!とはいえ、楯無さんを探さねばな……」

「おーい、楯無さーん!生きてるか?!」

 

 自分たちの勝利が信じられないようにそう呟く簪だが、お前が居てくれたから勝てたのだという箒の言葉に少し頬を綻ばせた。しかし、それよりも肝心なのは楯無の安否である。あちこちで土煙が未だ舞い上がっているような状態のため、ハイパーセンサーありきでも視認は困難。

 

 そこで一夏は楯無へ向けて呼びかけてみるが、特に返事らしい返事はない。むしろ静寂が過ってしまう。これには3人の表情にも陰りがみえ、楯無の死亡を疑い始めたその時だ。耳をすませば、かすかかながらになにかが聞こえる。もしやと顔を見合わせ、そこへ移動してみると―――

 

『ちょっと、誰か聞こえてるー?』

「楯無さん、無事だったか!」

『あら、箒ちゃんこそ。っていうかー、ぶっちゃけ私は無事でもないって感じ?』

 

 そこにはひと1人分くらいの様子でアリーナの壁が積み重なっており、楯無はその下の隙間にて存命しているようだ。壁の残骸がパズルのように積み重なることで、奇跡的に押しつぶされずに済んだのだろう。運も実力のうちというが、やはり楯無はなにか持っている気がしてならない。

 

「しかしこれは、どうやって助け出せばいいんだ……?」

『それなら簡単、ラウラちゃん呼んで来て。瓦礫の天辺を吹き飛ばした瞬間に―――』

「瓦礫だけにAICか!了解、すぐに援護を―――」

『待ちなさいってば、あの子たちは高確率で私たちより先に仕留めてるわよ』

 

 いつでも2対2の試合を始められるように準備していたとすると、向こうのアリーナには代表候補生4名が居たことになる。となれば、楯無が国家代表だったとしても総合的な戦力は彼女らの方が上回っているはず。逆に向こうが援護に訪れないのは、なにか別の理由があるのだろう。

 

『だから一夏くん、貴方は黒乃ちゃんのところに行ってあげて。いいたくないけど、なんか胸騒ぎがするの……』

「私も同意見だ。一夏、お前は黒乃に必要な男なのだからな」

「私からもお願い……。黒乃様を助けてあげて……」

「皆……。……ああ、解った!必ず黒乃と戻ってくる。箒、絢爛舞踏の用意を頼む」

 

 一夏たちは勝った、海外代表候補生組も勝った。あと勝ちが確認できていないとするなら黒乃のみ。ゴーレムⅢ撃破時に黒乃を助けることしか考えていないと叫んだ一夏だが、なにもその心情を違えるつもりはない。ただ、こういう状況で皆を無視するような行為は黒乃に怒られてしまうであろうという考えからだった。

 

 しかし、本人たちの了承が得られたのなら話が早い。一夏は急ぎ飛び立ちながら箒に絢爛舞踏の用意を頼む。手っ取り早くアリーナのシールドを零落白夜で斬り裂くためだろう。一夏の意図を理解した箒は、少し後をついていくような形で飛び立つ。そして、残されたのは更識姉妹であった。

 

『……その~……簪ちゃん』

「なに……」

『ラウラちゃん待ってる間、話せない……かしら。ここ、窮屈で心細くって』

「うん、解った……。今は姿も見えないし話しやすい……」

『そ、そう……ありがと。それじゃ―――』

 

 一瞬だけ気まずい空気が流れるが、意を決したように楯無の方から話しかけた。いつも通り抑揚のない簪の口調は感情が読みずらいため、どうか拒否されませんようにと言葉を紡いでいく。だが半分は無視されるくらいのつもりで声をかけたというのはある。その方が、自分に返るダメージも少ないだろうと。

 

 しかし、予想に反して簪はそれを受け入れてくれた。前述したとおりに感情は読み取りづらい。だから快くか渋々かなんて解りはしない―――のだが、楯無は脳内で花畑を描くくらいに歓喜していた。それは全く表に出さないあたりは流石といったところだろう。

 

 なんてことはない、なにも恐れることはない。何故なら、2人の向いている方向は同じなのだから。それは物理的にともいえるし、心理的にともいえる。やがてはどちらもが姉妹のありかたというのを思い出すことだろう。それはきっと、目と鼻の先くらいの話にちがいない―――

 

 

 

 

 

 

『終わった~!あ゛~……しんどっ』

『ほぼ2対4の状況とはいえ、シャルロットが居て助かったな』

『そんな、僕なんてグレースケールで止めを刺しただけだよ』

『……2機とも頭部がぺしゃんこなのが恐ろしいのでしてよ、シャルロットさん?』

「第2アリーナ、無人機の反応のロストを確認!やりました!」

 

 時間としては一夏たちがゴーレムⅢを撃墜する少し前といったところだろうか。教師陣が閉じ込められている指令室のモニターにて、鈴音たちが無事に敵機を退けた報告が真耶の口から放たれた。それを耳にした他の教師たちも、小さく良しと呟き控えめに拳を握った。

 

 しかし、千冬の険しい表情は変わらなかった。既に楯無が被害を受けているからというのもあるだろうが、やはりイベントごとにこうしてトラブルが発生することが解せないのであろう。そんな訝しむような視線の先にあるのは、当然ながら鷹丸の姿である。

 

「おい、ロックの解除はまだ終わらんのか」

「この数式配列のパターンは―――いや、だとしたら―――」

「織斑先生、ここは近江先生を信じて待ちましょう」

 

 解せないからこそ質問を投げかけたが、鷹丸はブツブツと呟きながらコンソールを操作するばかり。よほど集中しているのか、顔中に流した汗も気にする様子はみせない。普通ならば、真耶のような反応を見せるがまず正解だろう。だが千冬には、ある意味これも解せないでいる。

 

 毎度のことながら、鷹丸は必死に発生したトラブルを解決させようと尽力しているようにみえる。どうにも演技のようには感じられないし、そういう小手先を使うくらいなら別の方法をとるはず。つまり真剣に取り組んでいる裏付けになるのだが、やはり真意などみえるはずもなく時間だけが過ぎていく。

 

「っはぁ~……飛び切り難解なのを用意してくれちゃって。ま、今回の場合は有り難かったのかな―――」

「近江先生、作業が完了したんですね!」

「ああ、山田先生。ええ、全部終わりました。ぜ~んぶ、ね」

 

 すると、鷹丸がコンソールから数歩離れた。そして指をポキポキと鳴らし、グーッと大きく背伸び。その様はまさにひと仕事を終えたという風体で、それを察した真耶は尊敬と労いの入り混じったような声色で鷹丸の名を呼ぶ。すると振り返った鷹丸がみせたのは、なにかいつもと毛色の違うニヤけた顔で―――

 

『システムエラー発生!システムエラー発生!』

「え……?が、学園のあらゆる機能―—―こちらの干渉を受け付けません!」

 

 突如として警報が鳴り響き、真耶たちが見ていたモニターもブラックアウト。それどころか、あらゆる設備がロックのかかったまま作動を停止してしまった。つまり、アリーナもなにもかも、ここは学園という名の牢獄に変わってしまったということ。

 

「なんだと!?近江、やはり貴様!」

「ははっ、やだなぁ。だからいったじゃないですか、全部終わりましたって」

 

 先ほどから疑いの目を向けていただけに、誰のせいかなんてのは想像がつく。千冬は怒気を孕んだ眼差しで鷹丸を見据えるが、全く堪えた様子は見せない。それどころかいつも通りにあっけらかんとした調子で、だから全部終わったといったのだと告げる。

 

「解るように説明しろ!」

「僕がこの学園ですべきことは今ので最後ってことですね。彼女とType Fの戦闘はこの目で見届けないと」

「タイプエフ……?藤堂と交戦している無人機のことか!?」

「そうですね、名付けてゴーレムType F!Fはファルコンの意でして、個人的に鷹に関連する名前は親近感が湧きますからねぇ」

 

 今ので最後ということは、この学園にあらゆる人物を拘束し、タイプエフとやらと黒乃の戦闘を見届けられる状態にするという解釈でいいのだろう。あまりにあっさりとした白状の仕方に、この場の面子ほとんどはどうしてよいのか解らないといった風に顔を見合わせる。

 

「そ、そんな……!?近江先生、どうしてこんな―――」

「おっと、そこから先は言いっこなしですよ。それほどナンセンスな質問はない。僕の思惑なんて、世でいう普通ってところにカテゴライズされることで安心感を得ている人達には理解できませんよ」

 

 もとより純粋な女性であり、心から鷹丸を信頼しきっていた真耶にはショックの大きいできごとのようだ。声を震わせ、目元を潤ませ、どうしてこんなことをするのだと問う。正確には途中で遮られてしまったが、早い話が言うだけ無駄という回答で真耶を寄せ付けない。

 

「ならばこちらは答えてもらおう。これまでの事件への関与は!」

「あ~……説明が難しいですねぇ。まぁ、少なからず関与していると思っていただければ」

「……事件に真摯に取り組んでいたのは演技だったと?」

「いえいえ、あれは本気ですよ。だってなんか負けた気分になるじゃないですか」

 

 鷹丸と束の協力関係はかなり古くからのものだ。ゴーレムの制作には手を貸しているし、黒乃の交戦した忍者型ISに至っては全て鷹丸が手掛けている。学園祭やキャノンボール・ファストのように亡国機業が関わるものは完全にシロとして、自ら主導はしていないというのが正確な答えだろうか。

 

 そして今までクラッキング等で本気の様子を見せていたのは、単純に束に負けた気になるからというもの。最初のゴーレムの際こそ挑戦的ではなかったものの、あの後で感想を求められたことが鷹丸へ火を着けた。以後、対抗意識ゆえに自然と本気の様子が露呈していただけのことらしい。

 

 いつもは束がシステムを妨害する行為をしていたが、今回はその逆パターンだったのだろう。つまり、先ほどまでの鷹丸は束の防御プログラムを破壊しにかかっていたのだ。束が手加減をした可能性は捨てきれないが、鷹丸に軍配が上がった故に学園のシステムが掌握されたのだろう。

 

「……まぁいい、他の場所でもっとゆっくり話を聞こう。近江、大人しく捕まり罪を償え」

「…………ブッ!クッ……ハハハ……!アッハッハッハッハッハ!」

「貴様、なにがおかしい!」

「これが笑わずにいられますか!まさに模範解答―――罪?償う?面白いことをいいますねぇ!」

 

 ごく当たり前のことのようにシレッとした態度の語り口に、千冬はある程度の諦めのようなものを感じた。とはいえ教師陣がひしめくこの状況に変わりはないと、鷹丸に投降を促す。場の空気は真剣そのものだ。しかし、それに反するかのように鷹丸は大きな笑い声をあげた。

 

 千冬の言葉は冗談ではない。鷹丸もそれを理解している。だからこそ笑わずにはいられないのだ。腹を抱え、天を仰ぐようにしてしばらく笑い続けた鷹丸は、目元にたまった涙を拭いながら千冬に言葉を返し始める。なにをもってしての爆笑だったのかを―――

 

「この際だからはっきりいっておきましょうか、自らの正当性を押し付けることほど愚かしいことはないですよ。まるで貴女の言い分は自らが正義だといっているようなものだ」

「では貴様に正義があると?そちらの方がよほど愚かしい」

「まさか、僕が正義だなんてとんでもない。けど半分は正解ですかねぇ。織斑先生、この世に正義と悪なんて初めから存在しないんですよ」

 

 鷹丸に好きという感情はあれど、嫌いというものはなかなかない。強いて言うのなら退屈、だろうか。この男にとって最も忌避すべきものはそれで、退屈さえしなければなんでもよいのだ。しかし、千冬の罪を償えという発言はしっかりこれに該当する。だからこそ鷹丸は次々と言葉を紡ぐ。

 

「正当性なんてのは価値観の問題です。例えば貴女方から観れば醜い景色があったとしましょう、僕にとってはそれが綺麗な景色で、逆もまたしかり。だとして、皆さんに僕が綺麗と信じる景色を醜いと断じる権利が果たしてあるのでしょうか」

「…………」

「おや、答えられませんか?ならば代わりにお答えしましょう。そんな権利はあるはずないんですよ!己の信じる物事や確固たる信念を他人に捻じ曲げる権利なんてあっていいはずがない!」

 

 それは醜い絵だといわれ、それを肯定し他人に正当性をゆだねる人間。要するに自分がない者なんていうのは、鷹丸からすれば虫唾が走るほど退屈な人間だ。だが残念なことに、特に日本ではそういった人間がひしめいている。その点から言わせれば、鷹丸にとってIS学園はよい刺激の得られる場所だった。

 

 一夏や黒乃を始めとした専用機持ちたち―――自分たちの思うとおりに、間違ったことと思ったことには全力でノーといえる子供たち。一夏たちをみて鷹丸は見習わねばと思ったほどだ。だからこそ鷹丸も、己の道を貫き通すことを選んだ。だからこそ―――

 

「罪……罪ねぇ、ハハハ……!悪いと思っていてここまでできると思いますか?!それを理解してないから投降なんかを持ち掛けてくるんですよねぇ。ナンセンス、実にナンセンスですよ!アハハハハハ!問答無用で息の根止めにかかればいいものを……」

「っ!?動くな近江―――」

「さて皆さん、短い間ですけどお世話になりました。貴女方との日々も楽しくはありましたよ、一応はね」

 

 こみあげてくる可笑しさを抑えられないような、これは滑稽だとでも言わんばかりの笑い声だった。主にそれは千冬に向けられているのだろう。いわれている本人は言葉や態度に特に思うことはなく、こいつは元からこういう奴だくらいの認識らしい。しかし、それだけに注意深く観察するのを怠らなかった。

 

 向こうもそれはわかっているだろうに、白衣の胸のポケットからシャープペンシルらしきものを1本弄びながら取り出した。その時点で全力で止めにかかった千冬だが、鷹丸の方が早かったらしい。鷹丸がシャープペンシルのノック部分をカチリと押すと、閃光と大音量が炸裂した。

 

 恐らくはこうなることを予見し、以前から閃光弾のようななにかを仕込んでおいたのだろう。そしてシャープペンシルはそれを装った差動装置といったところか。キーンという耳鳴りと残光は徐々に収まっていくが、既にその場に鷹丸の姿はない。扉のロックはそのままだが、1度解除してまたかけたとみるのが自然だ。いや、鷹丸のことだからもっと頑丈になっているかも。

 

(クソッ、一夏!黒乃を守ってやってくれ……!)

 

 鷹丸の目的はあくまで黒乃ということが本人の口から聞かされた。あの口ぶりからして本気でやるつもりだというのも見て取れる。しかし、この状況を鑑みるに、弟へ全てを託すしかできない。悔しさからか千冬は手を握るが、爪が掌へと食い込み血が滲み床へ滴り落ちるばかり―――

 

 

 




ここで鷹丸は学園サイドから離脱です。
かといって出番が減るというほどでもありませんが。

さて、次週で黒乃VSゴーレム Type Fも決着です。
とはいえ、作者としてはついにこの瞬間が来てしまったかといった感じですけど。


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第101話 雷光散華(表)

表では主に黒乃VSゴーレムType Fをお送りします。
今話に限っては、表から読むことを推奨させていただきます。


(やるって意気込んだのはいいけど―――)

 

 絶天雷皇剣が効かなかったという事実は、自分で感じている以上にメンタルへきている。それだけならまだしも、今の一撃にかなりのエネルギーを割いてしまったという単純かつ致命的な問題も。それが同時に襲い掛かるとなると、作戦なんてまともに思い浮かぶはずもなく―――

 

 くっ、近頃は神翼招雷に頼り切りだったというのもあるけど、防がれてしまったら次どうするか思いつかなくなるほどだったなんて……。バードゴーレムがこちらを見据えるばかりだからまだいいが、なんだか切り札を無効化できるんだぞと主張しているみたいで腹立たしい。

 

『――――――――』

(うわっと!……ええい、ホントもうやるしかない!アホなんだから考えたって仕方ないっしょ!)

 

 今度はそちらから仕掛けてこないのならとでも言いたげに、おもむろにレーザーカノンを展開して撃ってくる。弾速は速めだが直線運動ゆえに反射で避ければなんとかなるけど、ここから先はQIBもOIBもほとんど使えないと思わなければ。

 

 今すぐにエネルギー切れになるほど切羽詰まってはいないが、意識せずに発動させてたらそれこそ詰む。昔の刹那は刀7本でやってきたんだ。とどめだけもらったとはいえ、ゴーレムⅠを撃墜したことだってある。ある男曰く―――戦いの基本は格闘だ!為せば成る、絶対にコイツだけは―――

 

(落とぉす!)

『――――――――』

 

 私が決意を新たに動き始めたと思ったら、またしても可変で逃げの一手ときた!思わずキーキー叫びたくなってしまうが、そんなことしてる暇じゃないのが現実か……。なんといったって、逃げの一手というのは少しばかり語弊が残るからだ。

 

 曲芸飛行のように狙いを定めさせないようにしつつ、奴の周囲にはリモコン手裏剣が浮いている。どのタイミングで差し向けてくるのかは解らないが、高確率で刹那を消耗させる目的で使用してくるはず。そうなれば無意味に追うことも愚策、攻撃できるタイミングを待つのも愚策となってしまう。

 

 だが、前者に至っては無意味にという場合のみ無駄ということだ。先ほども思い出したが、基本に忠実にをテーマにいこう。昔だったらQIBもOIBも使わずにあれくらい追いかけていたはずだよ。実際のとこ、通常飛行での追走の訓練なんて飽きるくらいやった。

 

 鷹兄をはじめ近江重工の皆さんの推移を結集させた機体だ、ここでやらねばあの人たちの努力を無に帰すのに同義。コースを読め、AIだからある程度の法則性はあるはず。指先の神経1本1本を操るかのように集中しろ。刹那は僅かな操作の差で飛行の鋭さに違いが出るのだから。

 

『――――――!?』

 

 そうやって基本に忠実に、今まで学んできたことを1つずつ丁寧に思い返しながらバードゴーレムを追いかける。するとどうだろうか、ハイパーセンサーに表示される奴との距離が徐々に縮まっていくのがわかる。よし、よし!やれているよ私!さぁ、基本に忠実にっていうのはなにも飛行だけのことじゃない―――

 

『――――――――』

(格闘のことに関してだって!)

 

 私から逃げられないことを悟ったのか、バードゴーレムは形態を人型に戻してこちらへリモコン手裏剣を放つ。絶天雷皇剣を使うと鳴神の刀身は消えてしばらく使い物にならない。代わりに叢雨と驟雨を抜刀しリモコン手裏剣を迎え撃った。

 

 そう……たしかこうやって、万が一だのいわれて投擲された物を刀で弾く訓練もしたじゃないか。あの時はなんでこんな怖い目にとか思ったが、ありがとう鷹兄―――練習しといて損はなかったよ!正面から向かってきたリモコン手裏剣を、戻ってくることを想定しつつ大きく弾く。

 

 高速回転しているために切り裂くまではいかないが、とにかくこれでバードゴーレムと1対1だ。向こうも重ねて観念するかのように、初手で見せた腕部収納型の刃を出してくる。それを殴りかかるようなモーションで振るうバードゴーレムの動きに合わせ、私はなんの躊躇いもなく叢雨・驟雨を振るう。

 

(やああああっ!)

『――――――――』

 

 刃と刃がかち合うと同時に、衝撃の激しさを物語るかのような火花が散った。初撃は唾競り合いのような状態へ移行したが、基本に忠実にという理念でいくならまずそれはあり得ない。私はすぐさま刃を離すと、休ませる暇を与えないように次々に斬撃を繰り出した。

 

(なにも!考えずに!連打ぁ!)

 

 私の叩きつけるような連続攻撃に対し、バードゴーレムは冷静にというよりは反撃の手がないといった様子。とりあえずは防御を固め、リモコン手裏剣が戻ってくるのを待つといったところだろうが、そうはさせてたまるかってもんですよ。なにも考えずにとはいったけど、無策ってことではないさ。

 

 それまで振る動作で攻撃をしていたが、脇差型の驟雨を懐に潜らせるよう突き入れる。するとそれに反応して見せたバードゴーレムは、刀身をわしづかみすることで刃の接触を止めた。えぇ、それで正解ですとも。ありがとうね、見事に止めてくれちゃって!

 

(ふんぬ!)

『――――――!?』

(あんまり使ってあげられなくてごめんね、出番だよ霹靂!)

 

 私はなんの未練もないかのように、驟雨を握っていた手を離した。と同時に上へ向けてQIBで飛び上がる。とはいっても、逃げるためのものじゃなく次の攻撃へつなげるため。肘を曲げて仕込み刀である霹靂を展開させると、今度は下へ向けてOIB!

 

(狙うは―――肩関節っ!)

『――――――!!』

(いよっし、そのまま斬り裂く!)

『――――――!?』

 

 OIBの加速度を利用し、肩関節を狙い突貫。思ったよりも簡単に霹靂の刃はバードゴーレムの肩へと突き刺さり、ショートしたらしい電撃をあげた。だがそのままで終わる気はなく、OIBを継続させつつ腕を手前に引くようにしながら下へ向けて力を入れ続ける。

 

 刃そのものは短いせいで機能停止には追い込めなさそうだが、バードゴーレムの肩から胸周辺を割くようにして霹靂は突き抜ける。こういった時にしか出番はあげられないが、霹靂を使った際の功績は大きいぞ。これで後はどうにでもなるはず。

 

『――――――!!』

(あ、しまっ―――うぐっ!?)

 

 バードゴーレムもただでは転んではくれず、回転しながら翼を振り回して殴打するような攻撃を仕掛けてくる。ピンポイントを狙っていたのか、私の顔面に思い切りそれが叩きつけられた。こ、この……よりによって顔なんか狙いおって!これ以上傷がいったらどうしてくれるんだまったく。

 

 結構な勢いであったせいか、頭と足の位置がそのまま逆さになってしまう。が、顔の心配ができるってことは落ち着いている証拠だ。私は上下反対のままバードゴーレムと距離を置き、その辺りで戻ってきたリモコン手裏剣にも冷静に対処。安全が確保されたところで、姿勢を正しい位置へと戻す。

 

(けどこれで……)

『――――――――』

 

 私はハイパーセンサーで、先ほど入れた傷をじっくりと観察。うん、やはりどこからどう見ても深い。だとすれば、私のやるべきことはただ1つ。あの傷からバードゴーレムの内部へ、膨大な攻撃性エネルギーを流し込んでやることだ。つまり―――神翼招雷である。

 

 奴がレーザー反射コーティングを施されているのは理解した。あの弾き方からして、翼だけでなく全身反射すると考えていいだろう。だが流石に内部までそういう機能を付与することはできまい。もし仮にできるとするならば、バードゴーレムはなにも気にした様子をみせないはずだ。

 

 翼攻撃の後に追撃なんてできたはず。しかし、私を大人しく下がらせてくれたのをみるに、奴も距離を置きたかったんだと思う。つまり、それが内部はレーザーが効くと考えていいはず。ブラフという可能性も考えられるが、それは相手が人間なら心配する必要があるだけであってAIなのだから問題ないだろう。

 

(ただ、問題は山積みなんだよね……)

 

 至ってシンプルではあるが、まずどう当てるというのも問題。絶天雷皇剣を発動させた際のように大きな隙はもうくれないだろう。威力は高いけれど、神翼招雷を使って発動させる技はどれも回避は難しくない。更に変態飛行が可能なモードがあるのならなおのことだ。

 

 つーか、ぶっちゃけ発動そのものが困難な状況なんですけどね!ハハハ。……ダメだ、笑えない。どのみち現実を受け入れて打開策をみつけないとなぁ。え~と、さっき発動させた神翼招雷にかなりのエネルギーを割いちゃったわけだ。でも奴を仕留めるには、アレ同等に膨らます必要があるはず。

 

 けど、神翼招雷は発動させた時点で指定したエネルギー量を食ってしまう。つまり、使い始めてから実際の攻撃に至るまでの間に、ダメージを受ける等の原因でエネルギーを削られると恐らくはそれでアウト。刹那を展開していられずにゲームオーバーがいいところだ。

 

(ぬ……やっぱ地道に疾雷と迅雷に頼る?それとも掌から出せるレーザーブレードでどうにか―――)

 

 同じくレーザー兵器ではあるのだが、いまいち決め手に欠けるというかなんというか……。別に見た目が派手だからって理由から神翼招雷にしようってことではないけど、当たった場合の確実性でいうなら間違いないからな。う~む、なんとかうまいことエネルギーの効率を―――

 

(エネルギーの……効率……。あ、その手があったか!)

 

 やっぱりゲーマー的に思考を止めないでいたらなにか思いつくもんだ。この間鷹兄に雷光の排出エネルギーの効率を弄れるように仕様を変更してくれたじゃないか。意図的に効率を変えてしまえば、少しずつエネルギーを吐き出せるようになるはず。だとしたら問題解決だ!

 

『――――――――』

(うわっ!そりゃ、流石に邪魔しにはかかるよね……)

 

 私がコンソールを呼び出すと同時に、バードゴーレムがこちらへ驟雨を投げつけて来た。本当は受け止めて鞘に戻したかったが、生憎そんな暇はない。私に出来たのは、遠くへ飛んでいく驟雨を見届けるくらいだ。くっ、ごめんね驟雨……後で必ず拾いに行くからさ。

 

 遠距離攻撃が妨害行為になりえないと判断したのか、バードゴーレムはまたしても腕から刃を伸ばした。そのままコンソールの操作を続ける私に肉薄してくるけど、ここは気合で避けながらなんとか頑張らなくては……。回避!操作!回避!回避!操作!―――といった感じで、回避を主としながら雷光の仕様を変更―――

 

(―――完了!どっせい!)

『――――――――』

 

 これが最適かは未知としかいいようがないが、通常時と比べてもかなり落とした。これで機動力に関して手放したのも同然ともいえるけど、確実に仕留めてしまえば良いだけの話。さぁて、それならこのターンで決着をつけることにしましょうか。いくよせっちゃん、私に力を貸してくれ!

 

(神・翼・招・雷!)

『―――――――?』

 

 私がこのタイミングで神翼招雷を使用するのが不可解なのか、バードゴーレムは少しばかり様子をうかがうような仕草を見せた。しかし、それならそれで好都合だとでも言わんばかりにレーザーカノンとリモコン手裏剣を展開。多分だけどぶっぱするんじゃなくて、手裏剣反射でやらしく攻めてくるんだろう。

 

 なんて思っていたら、あっという間に広範囲をリモコン手裏剣に制圧されてしまった。まぁなに、焦ることはないさ。このために雷光を弄ったのだからね、そう……このために。私は神翼招雷で倍加させたエネルギーを刹那へ取り込み更に倍加。いつもならここで腕やらに分配するのだが―――

 

(再放出!)

 

 翼から本体へ流したエネルギーを翼として再放出。これで発動時と比較すると6倍まで膨れ上がっているわけだ。だが、エネルギー効率を落としているので翼の大きさはまだまだ小さい。つまりは、いつもの大きさになるまでこれを繰り返せばいいという魂胆なのだ。

 

『――――――――』

(はんっ、当たるもんですかっての!)

 

 神翼招雷を発動させた際の初期エネルギー自体が微量ということは、まだまだ刹那にエネルギーは残されているということだ。バードゴーレムが威力を絞ったレーザーカノンをリモコン手裏剣へ向けて撃ち、複雑な反射をしつつ四方八方から私を襲う。QIB・OIBは使えないながら、巧みに避けても余裕なくらいの残量は確保できている。

 

 後の利点といえば、タイミングを熟考できるところだろうか。いつもの威力が出るまで倍々していくのには時間がかかる。だが、なにも生真面目にいつもの威力まで待つことはないのだ。倍々を繰り返しつつ攻撃を避け続け、撃てるタイミングを待って仕掛ける。難しいが、もうこれしか残されていない。

 

(そういうわけで、地獄の耐久レースを始めましょうか……!)

 

 ここから先―――というかずっとそうなのだが、集中力を切らせては命に関わる。油断をすれば膨らませたエネルギーを暴発させてしまうだろうし、普通にレーザーへ当たるのだってバッドだ。どちらがより悪いかと聞かれれば圧倒的に前者だが、なんか攻撃を喰らうのって精神衛生上よくないじゃん。

 

『――――――――』

(ん……私がどういうつもりなのかバレたかな?)

 

 攻撃を華麗に避けつつ倍々を繰り返していると、途端にバードゴーレムの攻め手が苛烈なものになった。それは人間の焦る姿にどこか似ている。AIだから焦るという概念が存在しないから、これは私がどういうつもりで倍々をし続けているか読まれたとみていいだろう。

 

 だからといって倍々を止められないから苦しいところである。さっきもいったが、止めたらそれは私の心の臓が止まるのと同じ意味を持つ。つまり、やっぱり避けつつ倍々は変わらずってことだ!それまで無傷を保てていたが、流石に刹那の装甲各所にレーザーを掠らせてしまう。

 

 大丈夫、大丈夫……私に掠るより数倍まし!そうやって自分に言い聞かせながら回避と倍々を続けるが、これはこれでまずいことになってきたぞ……。なにかって、奴に震天雷掌波などの攻撃を当てる隙が見当たらないよいうことだ。いや、こちらの狙いを見透かされたのなら意図的に隙を消している……?

 

 って、今そんなことはどうでもいい。問題なのはこのまま倍々を続けていると、そのうちいつものエネルギー倍率を超えてしまうということだ。神翼招雷で考案した必殺技のバリエーションの1つに、倍加させたエネルギーを腕で留めて爆発させるというものがある。

 

 つまり、エネルギーを取り込んで長時間放置していると不可に耐えられず爆発するということだ。それをこのまま倍々させたエネルギーがと付け加えたらどうなると思う?乗り手である私からいわせれば、腕とかそんなの関係なしに―――刹那そのものが大爆発を起こすはず。

 

(ま、まずい……まずい、まずい、まずい!)

 

 しかもただの爆発じゃなく、行き場を失ったエネルギーが周囲一帯を巻き込みながら。冗談とかそんなのじゃなく、本気でバトルマンガみたいなことになるぞ。そんなエネルギーの爆破現象に巻き込まれたらどうなる?……想像つかないよ!絶対防御があったってそれは流石に―――

 

(死ぬ……よね……?)

 

 …………っ…………落ち着け、落ち着け!回避を止めるな、倍々を止めるな。死ぬからなんだ、こいつだけは死んでも潰す。最悪、一か八かくらいの気で震天雷掌波を撃てばそれで解決じゃないか。最終的にどこまで膨れ上がるかは全くの謎だが、膨大過ぎるくらいなら巻き込みだって狙えるはず!

 

 前向きに行け。どちらにしてもこれしか選択肢が残されていなかったからそうしたんだ。つまりどう転んでも震天雷掌波を撃つことはまず確定している。———のなら、そうビビる必要もない。本当に落ち着け、1つのミスが台無しに繋がるんだったらなおのこと。

 

(というわけで、続行!)

 

 攻撃するタイミングを図る私は、まるで荒野のガンマンが如くその瞬間を待ち続けた。だけど翼がどんどん大きくなっていくだけで、そのタイミングとやらはいっこうに訪れる気がしない。いい加減に限界近いのか、モニターに警告表示が出て正直鬱陶しくなってきた。

 

 そうやって私がイライラし始めた頃だろうか、なんだかバードゴーレムが距離を測りかねているような仕草を見せ始めた。……みた事も無い膨大なエネルギー量に、対処をしかねてAIが処理不全でも起こしているのだろうか。なんにせよ、これほど好都合なことはない。きっとこれでチャンスはかなり増えたはず。

 

(よし、よし……!次で一気に距離を詰めて、本体への供給はラストだ!)

 

 動揺してるのが人間にせよ機械にせよ、私とせっちゃんのやることは変わらない。シンプルイズベスト、寄って斬る―――なのだが、今回の場合は寄って殲滅、つまりアクセス&デストロイ!とりあえずは、半端じゃない大きさになった天翔雷刃翼で接近だ!

 

『――――――――』

(遅い―――ってほどでもないね。今は私が速いんだ!)

 

 攻撃性能を持つ代わりに天翔雷刃翼の推進力はOIBには劣る。———はずなんだけど、規格外の倍々を続けたせいで出力が凄い。つまるところ速度がやべええええええっ!け、けど……バードゴーレムの攻撃なら全て見切った。奴も必死で抵抗を見せるが、想定されてすらいない速度を手に入れた私からすれば無意味ぃ!

 

(この距離なら―――)

 

 というか、逆にここまで近づいているのに可変して逃げないってことは、向こうも私が攻撃した瞬間を狙っているということなのだろう。しかし残念だったな、撃ったら私でもどうなるか解らないものをテメェが想定しきれるわけなかろうに。そのまま派手にぶっ飛びな!

 

(雷の翼、本体へ供給―――う゛っ!?あ゛ぁぐ……ま、さか……こんな時に……!)

 

 何倍まで膨らんだか存じぬエネルギーを刹那へ取り込んだ―――その瞬間のことだった。私の頭には脳を直接揺さぶられたような感覚。そしてそれに伴い視界は歪み、意識が遠のいていく。例のアレだ―――例の頭痛がこんなタイミングで起きてしまった!

 

 耐えろ!惚けるな!とにかく奴を見据えなければ!今日のは特に酷い―――だが意識を集中させなければ確実に死ぬ。未だ霞む目線の先には、レーザーカノンを構えているバードゴーレムの姿が。更に砲口では既にチャージが始まっている証拠を示すかのように、エネルギーが集約しているのが見えた。

 

(機体の安定をさせている暇もない……だったら震天雷掌波も撃てない!どうする、私にはなにが残されて―――)

 

 刹那の装甲各所には、赤黒い電撃を帯び始めていた。響く警報の音もこれまでにないということは、つまり、そうだよね……。なにが残されてって、白々しい―――私が1番よく解っているじゃないか。残された最後の選択肢―――それを選ぶしかないっていうことを!

 

『――――――――』

(ここは気合で避けるしかないから頑張れ私ぃぃぃぃ!)

 

 チャージ時間は短いが、私を殺せる威力でレーザーカノンを撃ってきた。でもねぇ、初っ端に最大出力をみちゃってるから驚きも薄いんですわ。私は勢いを死なさないよう配慮しつつ、わずかに体を捻らせた。すると、レーザーは私の背中ギリギリを通過していった。

 

 それすなわち、雷光は巻き込まれてしまったということ。ハイパーセンサーでしっかりと、私をここまで飛ばさせてくれた翼の最期を見届ける。そして雷光は爆破、ほとんど跡形も残らないくらいに消滅した。今までありがとう、何度アップグレードされたって私の翼はキミだけだよ。

 

(だから、敵は討つ)

『――――――!?』

 

 やはりちょっとやそっとじゃX倍天翔雷刃翼の推進力は死なず、私はそのままバードゴーレムに抱き着いた。むしろ抵抗をさせずに地表の方へと高度を落とさせるくらいの速度だな。向こうも抵抗をしているつもりなのかジタバタと暴れるが、そこは死んでも離さないという意志の元―――私がこの拘束を解くことはない。

 

 地表が近づくにつれ、刹那の装甲にはだんだんと亀裂が走り始めた。そして、そこから抑えようのないエネルギーが漏れ始める。迸る電撃も激しさを増し、赤黒い状態から赤、赤から白といったように爆発の予兆を感じざるを得ない。……皆は、どうしてるかな、ちゃんと勝てたかな?……せめてもう1度だけ、あなたに―――

 

「待て……馬鹿な真似はよせ、黒乃!そいつも俺が倒すから、だから―――」

(アハッ、良かったぁ……勝てたんだ。うんうん、それでこそ私の旦那様!)

 

 私の名を呼ぶ声―――イッチーの声が聞こえる。姿は……まだ遠いかな、けど爆発に巻き込まれることはなさそう。最悪イッチーと白式には雪羅の盾もあるし、心配ではあるけど大丈夫だって信じるしかない。あぁ……本当に、最期にあなたの姿を見れて、あなたの声が聞けて、あなたが私の名を呼んでくれて―――

 

「よかった……」

 

 私たちが地面に激突する寸前のことだろうか、鼓膜を破くような衝撃と共に―――刹那は内に溜めたエネルギーを全て吐き出す。―――なにがなんだかわからなかった。爆発の衝撃、焼けた鉄の温度、電撃の奔流―――それら全ては言葉で表現しきれない。ただ―――痛い、苦しい、熱いといった単語でしかたとえられない。

 

 だがこれは表現できるかもね。爆発の衝撃で吹き飛ばされる浮遊感―――これだけ勢いよく飛び出たというのに、しっかり重力に従い落下していく感覚がハッキリと解る。そして更なる衝撃―――なんだかもう他人事のようにすら思えてきたが、この感じは―――

 

(地面……)

 

 次の瞬間、ゴシャだとかメキャだとか―――えげつない音が響く。私が頭から地表へ落ちたというのを否が応でも思い知らされる。それこそ頭痛の比なんてもんじゃなく、脳に響くとかのんなんじゃなく―――ただひたすら頭という人間の部位が痛くて痛くて仕方ない。

 

 しかも最悪なのは、ここまで酷いことになっておいて気絶ができないでいることだ。いや、死ねなかった……かな?未練たらたらってことなのだろうか。それならそれで、奴を倒せたかどうかこの目で確認しておかないと。私は首だけ動かして吹き飛んできた方向を視界に入れた。

 

(あぁ……大丈夫そうだ……)

 

 私の目に映ったのは、ドーム状のようにしてその場にとどまるエネルギーの奔流―――の中心部にいるバードゴーレムだ。反射コーティングはしっかり機能しているようで、絶天雷皇剣の時のように塊になったエネルギーがヒュンヒュンとあちこちへ飛び散っている。

 

 が、私が霹靂で斬り裂いた箇所はそうはいかない。しっかりとそこだけエネルギーを弾いていないことが見て取れるし、バードゴーレムもそこからショートでも起こしてるのか壊れた玩具みたいにガクガクと痙攣するような仕草をみせていた。へっ、ざまぁ……プークスクス!

 

 ……はぁ……ダメだ……眠くなってきたかな……。最期の最期まで悪ふざけてくのが私のスタンスってことでどうっすかね?……いったい私は誰に話しかけているのだろう。まぁ……明るく逝ければそれが1番だよね。なんだか、疲れた……。今までの疲労が、ドッと襲ってきたような……。

 

「黒乃っ!あぁ……黒乃……黒乃!なんで、こんな……!」

「……泣か……ない……で……」

「ふざけんな、無理に決まってんだろそんなの!だって、だって、黒乃が……黒乃が!」

 

 いつの間にか、私の傍らには雪羅の盾を展開して居座るイッチーが。よくみえなくなってきた目でその表情を捉えると、イッチーは情けないくらいに顔面を皺くちゃにしながら泣いているようだった。駄目だよイッチーってば、イケメンが台無し……。まぁ……別に顔なんてさ……よくても悪くても好きなんだけど……。

 

 駄目……だってば……。そんな顔されたら、私……心配で逝けない……よ……?できれば……私以外を恋人にしないで……一生独身でいてくれたらなって思っちゃう……じゃん……。ほら……もう、私の楔は消えるから……イッチーはとにかく生きて……。あぁでも……最期に……これだけは伝えない……と……ね……。

 

「愛し……てる……」

「おい……黒乃?なんでそんなやり切ったって顔なんだよ、もう全部終わったって顔なんだよ!待て、待ってくれ!俺は……俺はお前が……黒乃がいてくれないと―――」

(ごめん……もう……なにも見えない……聞こえない……とにかく眠くて仕方ないの……。……先に……逝くね……できれば……ゆっくり……追いかけてき―――)

「黒乃?黒乃……?あぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!くろのおおおおおおおおおっ!」

 

 

 




黒乃の安否に関しては、裏の方で描写しております。


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第101話 雷光散華(裏)

裏では主に一夏とその周辺について描写しています。
今話に限り、表の方から読むのを推奨させていただきます。

ちなみに裏ですが、流血描写や痛い表現を多く含みます。
そういったものが苦手な方は、読まれる際に一応の注意をお願い致します。


「黒乃は……あそこか!待ってろ、今す―――ぐぅっ!?な、なんだ……?」

 

 零落白夜でシールドを破壊し、絢爛舞踏にてエネルギーの補給を済ませた一夏は、目視で確と黒乃を捉えた。今すぐ助けに行くからなと意気込み、白式のスラスターを最大まで稼働させようとした瞬間のことだった。突然一夏の耳には、とんでもない音量のノイズが響く。

 

 どうやら通信が入ったようだが、妨害電波かなにかでうまく機能していないようだ。発信元をみるに、どうやら千冬の閉じ込められている管制室らしい。無駄とは思いつつも、ザーザーとしか言わないノイズへ耳を傾ける。そうやって凝らしてみれば、ノイズ混じりながらも人の声らしきものが感知できた。

 

『――ちか――聞こえて―――解らんが―――えす―――』

(聞こえているかは解らんが、繰り返すぞ―――だな。オーケー千冬姉……続けてくれ)

『―――幕―――う―――かま―――やつ―――くろ―――』

(く、今度はよく聞こえない!けど繰り返すって言ったんだ、少しずつ解読していけば―――)

 

 ノイズには強弱ようなものがあり、時折酷くなっては緩くなるのを繰り返していた。おかげで重要そうな部分に関して、1発で理解が及ばない。しかし、こんなことで戸惑っていてはならないと、一夏は落ち着いて千冬の発する1音を逃さないよう神経を研ぎ澄まさせた。

 

 始めの内は、一夏も真剣そのものだった。しかし、1音ずつ拾っていくたび、千冬の喋る文面の解読が進んで行くたび、一夏の顔にはだんだんと動揺が浮かんでいく。一夏だって信じたくはなかった。何故なら、一夏は彼のことをそういった方面で疑ったことなど1度もないのだから。

 

「そんな馬鹿な……!?クソっ!」

 

 高度はそのまま、ハイパーセンサーで地上を見渡す。黒乃周辺でなければ通常通りに機能するらしく、いつもどおりに隅々までを確認することが可能だ。そして、件の人物が見つかった。癖の着いた茶髪、高めの背丈、いつもと変わらぬ白衣―――

 

(見つけた!)

 

 黒幕は近江 鷹丸、奴の手製の無人機と黒乃が交戦している。―――それが、千冬の声を繋ぎ合わせた先に導き出せた回答だった―――

 

 

 

 

 

(いやはや、やっぱり彼女が出てくると基礎値から違って来るなぁ)

 

 学園での役目を終えたと豪語し、千冬たちを閉じ込めた鷹丸は、自らが本当にやりたかったことへ取り掛かっていた。そこらにはいくつものモニターが投影されており、黒乃と刹那に関わる様々なデータが映し出されている。細分化されているのは、黒乃本人と八咫烏の黒乃とで分割しているからだろう。

 

(これまでは彼女が出ると攻撃の比率が上がる代わりに回避率が落ちがちだったけど、今回はどちらもこれまでにない数値が出てるや。フフッ、やっぱり織斑くんが関わるとキミも必死なのかな?)

 

 恐ろしい笑みで戦う黒乃をモニターで確認した鷹丸は、どこか楽し気な様子でニコニコ笑う。それはこれまでのような悪意を感じ取らせるようなものではなく、本当に心からデータ収集を楽しんでいるように見える。だからこそ鷹丸は思った、やはり一夏と黒乃が交際を始めて正解だと。

 

 子を守る母親とは地上で最も恐ろしい生物である―――というような言葉がある。それには鷹丸も大いに賛成だった。この場合は恋人になるが、だからこそ鷹丸は一夏と黒乃に好き合ってもらわねばならなかった。そうして、2人が特別な関係になったうえで―――黒乃を脅すような行為に走ったのだ。

 

 今回の高水準を叩き出している稼働率に関しても、その影響だとしかいいようがない。事実、黒乃は一夏の為に、一夏と生きるためにゴーレムType Fと戦っている。愛する者を守るという行動原理で戦う黒乃、それは鷹丸が思うに地上最強の決戦兵器。黒乃を打ち破るのなら、そんな状態にならなければ意味をなさないのだ。

 

(さて……刹那・赫焉に対応した機体、これをどう攻略してくれるのか僕にみせてよ黒乃ちゃ―――)

 

 近頃の黒乃が神翼招雷に頼り過ぎているというのは、鷹丸も操縦者本人と同じ見解だ。そのためのゴーレムType F、そのためのレーザー反射コーティングなのである。それを超えてくるというある種の信頼を寄せているため、いつ攻略しているのかと子供のように好奇心を募らせていると―――

 

「近江……鷹丸うううう!」

「ぐぁっ!っ……ハハハ!なんだい思ったよりも早かったねぇ、織斑くん」

 

 白式を纏った一夏が猛スピードで突っ込んで来たかと思えば、寸前のところでISを解除しつつ鷹丸へ殴りかかった。スピードに乗った一夏の拳は鷹丸の右頬へクリーンヒット。文字通り殴り飛ばされた鷹丸だが、当然ながら一夏も無事ではすまない。思い切り地面をスライドしながら、木にぶつかることでようやく止まった。

 

「ぐはっ!……ハァ、ハァ……どういうことか説明しろ!アレは本当にアンタが仕向けたのか!?」

「ん~……ちょっと待ってね、今ので歯が中途半端に抜けちゃって。……これでよし、もう少し待ってね~」

 

 木にぶつかった痛みをものともせず、一夏は最大限の音量で鷹丸に問いかけた。質問された方はというと、未だ大の字で地面へ転がりっぱなしだ。そしてそのままの状態で口内へ指を突っ込むと、しばらく弄るような仕草を見せる。出て来た鷹丸の指には、確かに歯が挟まれていた。

 

 それを適当に投げ捨てた鷹丸は、ふらつく足元のまま木を支えにするようにして立ち上がった。口の端からはそれなりに血が流れているし、既に右頬には打撲痕が目立つ。それでも鷹丸そのものの様子はいつもと変わらず飄々としている。むしろ楽しそうなくらいな出で立ちに対し、一夏はわずかな恐怖を感じた。

 

「え~っと、あれが僕の仕業っていう質問ならイエスだよ。その通りさ」

「っ……!?だったら……今までのもか?」

「説明が面倒だから端折るけど、臨海学校と今回は僕の仕業ってことでいいんじゃないかな」

 

 千冬の際と同じく、鷹丸はなにの言い訳もすることなく自分が主犯だと語る。ワナワナと震える一夏に対し、臨海学校の件も含めて。5機の忍者型無人機については、黒乃が無事に帰ってきたからそれでよかった―――くらいの認識でいた。だが、黒乃が―――一夏の愛しい黒乃が死にかけたというのも紛れもない事実である。

 

「お……前がぁ……!お前が、お前がああああ!」

「がっ!あはっ、痛いなぁ織斑くん。まぁここは落ち着いて―――」

「よくも黒乃を傷つけたな!黒乃の気持ちを踏みにじったな!よくも、よくも、よくもっ!」

「ぐがっ!うっ!あっ!がっ!はっ……織っ、斑っ、くん!これじゃっ、話す、ことも、話せ、ない、よっ!」

 

 その事実を聞いて、病的な程に黒乃を愛する一夏が耐えられるはずがなかった。感情のままに再度鷹丸を殴り倒すと、一気に爆発した憎悪を叩きこむかのように、マウントポジションから固めた拳で顔面を強打し続けた。骨と骨がぶつかり合い、ひしゃげるような不快な音が響く中で鷹丸は一夏を止めにかかる。

 

 なにも鷹丸は命が惜しくてこんなことをいっているのではない。自分を殺すのは自由だが、いろいろ聞いてからにしないと後悔しないかといいたいのだろう。千冬の時のように迷わず殺さないのかといわないのは、一夏が十分に自分を殴り殺す気が満々だったのを感じ取ったからだ。

 

「くそっ!話すんならさっさと話せ、アンタにはもっと苦しんでから死んでもらう!」

「あ~……ホント時間稼ぎとかじゃないからまたちょっと待って。鼻が折れちゃったみたいで喋り辛くってさ……」

 

 さっき以上にふらつく足元で立ち上がった鷹丸の鼻だが、少し不格好にねじ曲がっているように見える。しかも鼻からの出血が止まらない様子で、純白のワイシャツには多量の血が付着していた。それでも特に気にした様子は確認できず、出てきた感想は喋りにくいくらいのもの。

 

 しばらく血が鬱陶しそうに白衣で拭ったり、鼻をすすって口から吐いたりを繰り返していたが、しばらくボーっとしたように間をあけると―――まぁいいかなんて呟き出す始末。そのままドクドクと鼻血を垂れ流しの状態でニコニコと笑い、籠った声で喋り出した。

 

「どうせ目的はなんだとか、どうして黒乃ちゃんを狙うのかとか聞きたいんでしょ」

「当たり前だ!」

「そうだねぇ、目的……かぁ。織斑くん、知的好奇心ってあるじゃない?我ながら、僕は自身をアレの究極系だと思ってるんだ」

 

 知的好奇心。物珍しいものを見てみたいという気持ちや、知りたいという欲求のことについて指す。鷹丸は、自らをそれの究極系だと謳った。前置きとして目的としているだけに、それとこれになにの関係があるかを一夏は見いだせない。そんな一夏の心情を外面から察したのか、鷹丸はニッと笑ってから続けた。

 

「知らずにはいられないし、考えずにはいられないんだよねぇ。解らないと思うことについて自由な考察をするのも好きだし、自らの手で答えを導き出したときの達成感なんかはこの世のなににも変え難い。あぁ、知らないことを体験するのも好きかな。極端な表現をするなら―――こういうことかな!」

「な、なにを……?!」

 

 鷹丸は極端な表現とやらで一夏に自らの考えを解りやすく説明したつもりなのだ。その行動とは、白衣からシャープペンシルを取り出し自分の足に突き刺すことだった。あまりに突然かつ、一夏の―――いや、常人の頭では理解が追いつかない。しかし、鷹丸は1人高笑いをあげる。

 

「フフッ……アハハハ!なるほどねぇ、これが物体が肉を貫いた感触かぁ。いやぁ、痛いのは好きじゃないから能動的にこういうのをするのはまずないからねぇ。うんうん、貴重な体験だよ」

「貴重な体験……!?」

「そうさ、これで僕は肉を貫く感触とその痛みを知ったことになる!いったろ、僕は究極系だってさ。こうして知らないことを知れたんだからこのくらいの痛みなんて安いに決まってるじゃない!」

 

 普通に生活をしていれば、事故でも起きなければ肉体に鋭利なものが突き刺さる感触なんて知れるはずもないだろう。だからこそ鷹丸は、自らを知的好奇心の究極系と前置きし―――こうして解りやすい例えを実践してみせた。そう、本当にそれだけ。痛みと感触を知れたのなら、鷹丸にとってそれ以上のことはない。

 

「だったら、アンタは黒乃のなにを知りたい……!」

「ん、そうだねぇ……簡単にいえばどうやったら彼女を倒すことができるかってところかな」

 

 一夏は鷹丸になにをいっても無駄と思ったのか、聞きたい事をさっさと口にした。するとクスクスと笑いを零しながら、素直に包み隠さず知りたい事を伝える。これもまた単純そのもので、どうやったら黒乃を倒せるかということ。実は周囲に漏らしたときもあるのだが。

 

 鷹丸にとって、近江重工を一丸として造り上げた刹那は最高の機体である。そしてその最高の機体に、藤堂 黒乃という最強の人物が乗ることで手が付けられない状況になった。しかし、それはあくまで次点での話に留めなければならない。

 

 次点最強である刹那に乗った黒乃を超える存在を造り上げる。それが鷹丸の唯一にして絶対の目的だ。考えて、考えて、考え抜いて―――それでもまだ明確な答えは出ない。鷹丸にとって人生でそんなことは初めてで、考察も今までと比べ物にならないくらい楽しくて仕方がなかった。だが―――

 

「僕の解がアレさ。アレならきっと彼女を倒せる―――だから僕はもう隠れるのを止めたんだよ」

「そうか、なら残念だったな。黒乃があんなのに負けると思ったら大間違い―――」

「ははっ、キミの彼女に対する信用は称賛に価するんだけどねぇ、残念だけど彼女―――自爆する気みたいだよ?」

「なっ!?」

 

 一夏と話しながらでもキチンと刹那のデータをチェックしていたのか、鷹丸はモニターの1つをピックアップしながら自爆する気だと告げた。エネルギー効率の変動、僅かな状態から倍々されていくエネルギー、その影響で周囲を紅く照らしては収まるを繰り返す雷の翼―――

 

 以上の材料からパズルを組み立てるに、自爆という答えしか導き出せない。恐らくは雷光が不可に耐えられないくらいにまでエネルギーを膨らませ、それを取り込んで自分ごとゴーレムType Fを破壊しようという捨て身の作戦。なるほど、黒乃ならその手に出そうだ―――そう思ってしまう一夏がいた。

 

「で、驚いてないで助けに行かなくていいのかい?黒乃ちゃんの王子様」

「……とりあえずは、アンタをもう少しボコボコにしてからだ」

「へぇ、殺すつもりだったみたいなのにどういう心変わりかな」

「あぁ、本当は殺してやりたいくらいにアンタが憎いさ!けど、アンタにとってなにが苦痛かよく解った……。アンタには!ただ死ぬだけじゃ生ぬるい!」

 

 こんなところで自分に構っている暇があるのかと鷹丸は言うが、一応だがこれは逃走を考えてのことだ。こんな稚拙なものでは誰も騙せないと本人も思っているし、一夏もここで諸悪の根源を見逃す気はさらさらない。しかし、生け捕りにするという趣旨の言葉が出てきたではないか。

 

 そう、これは鷹丸にとって最も回避しなければならないパターン。捕まえてなにもない空間に生かさず殺さず、幽閉されることほど最悪なパターンはないのだ。鷹丸にとって退屈とは死より重い。先ほどの会話からキチンとそれを見抜いた一夏は、とにかく最上の苦痛を与えるためにここは生かすということをいいたいのだろう。

 

 実際のところ、こういった局面で相手を煽りにかかる目的はソレだ。つまり、生かしてもらわないようにするため。仮に相手が鈴音あたりだとすれば、今頃の鷹丸はミンチも同然の状態になっているだろう。一夏にそのあたりを見抜かれるのは、随分と意外なようにみえる。

 

「う~ん、テンション上がっちゃって少し喋り過ぎたかな。僕としたことが、失敗失敗。……ねぇ織斑くん、キミからしたら黒乃ちゃんが死んじゃうくらいなら―――」

「死んだ方がましだ!」

「アハハ、だよね。僕にとって捕まるのはそれと同じ、つまり気持ちは解るってことだろ?だから―――さよなら、一夏くん。僕の運がよければまた会おうよ」

「なっ、お前―――」

 

 相変わらず楽しそうに笑い声をあげながら、鷹丸は足に刺さっていたシャープペンシルのノック部分を押し込んだ。するとノック部分から赤いランプが点灯し、ピピピと電子音を鳴らす。その電子音は加速の一途をたどり、また会おうよと鷹丸が発音した瞬間―――それは勢いよく爆ぜた。

 

「なんて奴……!くそっ!」

 

 元から自爆用なのか、はたまた緊急時用なのか。もはや用途は知れたことではないが、とにかく足に突き刺さったまま爆弾が起爆した事には変わりない。それに伴い、鷹丸のものであろう肉片と鮮血が辺り一面に勢いよく飛び散ったのだ。いくらか血飛沫が一夏に襲い掛かる―――が、そんなことを気にしている暇ではない。

 

 2人が居たのは島の端の方、つまりもう少し進めばそこは崖だ。シャープペンシル型爆弾が爆ぜた衝撃で鷹丸は吹き飛び、崖の下へと真っ逆さま。慌てて崖下を覗いた一夏が目撃したのは、ボロボロかつ血まみれの白衣と―――爆破で千切れたのであろう鷹丸の右足が浮いているのみだった。

 

(……それならもう、ここに残る必要もないって思うしかない!)

 

 いろいろと歯がゆくて仕方がない一夏だったが、生きているのだか死んだのだか解らない憎き相手の所在を探す暇はない。今は生きている愛する者の元へ向かうべきだと、地面を蹴り上げながら白式を展開し宙へと舞った。しかし、ここにきて気にしないようにしていた言葉が脳内で響く。

 

 彼女、自爆するつもりみたいだよ―――という鷹丸のあの言葉を、必死に振り払いながら高度を上げる。そして、ようやく刹那を纏った黒乃を間近で捉えることができた。だが、ひと目見て解るくらいに様子がおかしい。異常に迸る電撃、亀裂の走る刹那の装甲、そこから漏れ出す光―――

 

 そしてなにより、そんな状態だというのに黒乃がゴーレムType Fに抱き着いて離れようとしていないこと。一夏は理解したくないかのように脳がしばらく活動停止していたが、気づいた時にはスラスターの出力をあげ、黒乃に向かって手を伸ばしながら叫んでいた。

 

「待て……馬鹿な真似はよせ、黒乃!そいつも俺が倒すから、だから―――」

「…………」

 

 声が届いたかどうかは解らない、気配で自分の接近に気づいたのかも知れない。どちらにせよ、確かに黒乃は一夏の方へと振り返ったのだ。その表情はどこか穏やかで、一夏の身が無事であったことに安堵するようなものだった。まるで安心させるような顔だからこそ、一夏は胸中の不安が加速する。そして―――

 

――――――――よかった

「っ!?くろ―――」

 

 黒乃がよかったと、一夏が無事でよかったと口パクで伝えた次の瞬間のことだった。刹那の装甲全体がカッと光り、全てを破壊しつくすが如く威力で大爆発を起こした。刹那が溜めに溜めたエネルギーはドーム状に広がり、学園の敷地内のなにもかもを飲み込んでしまいそうだ。

 

 そして爆発の瞬間と同時に、中心部から勢いよく飛び出たのは間違いなく黒乃だった。今にも折れてしまいそうな心で受け止めなければと白式の速度をさらに上げるが、到底間に合うはずもなく。一夏の腕が黒乃へと触れる寸前、その身体は思い切り地面へ叩きつけられてしまう。

 

「黒乃っ!あぁ……黒乃……黒乃!なんで、こんな……!」

「……泣か……ない……で……」

「ふざけんな、無理に決まってんだろそんなの!だって、だって、黒乃が……黒乃が!」

 

 安全を確保するために雪羅の盾を構えつつ、一夏は黒乃の身を起こした。目の前で起こる現実はあまりにも受け入れ難く、そして悲劇的。一夏の目からは、とめどなく大粒の涙が流れる。しかし、そんなときでも黒乃は泣かないでという。それも全ては、一夏に安心してほしいという一心で―――

 

「愛し……てる……」

「おい……黒乃?なんでそんなやり切ったって顔なんだよ、もう全部終わったって顔なんだよ!待て、待ってくれ!俺は……俺はお前が……黒乃がいてくれないと―――」

「…………―――」

「黒乃?黒乃……?あぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!くろのおおおおおおおおおっ!」

 

 相変わらず穏やかな表情で、黒乃は一夏に愛を伝える。しかし、今回ばかりは受け入れるわけにはいかなかった。なぜならその口ぶりは、これで最後―――いや、最期に1つだけいわなければというような想いが見て取れる。事実、黒乃の笑みは愛を告げ終えた達成感を得たようなふうに変わった。

 

 そして、そこから数秒かけて―――ゆっくり、ゆっくりと目を閉じていく。一夏の腕には、だんだんと黒乃が身体に込めている力が失せていく感覚が。胸部と腹の動きも弱まっていき、そしていつしか―――黒乃の身体から完全に力が消え去った。その様は、まるで糸の切れた操り人形そのもの。

 

 ここまで来たら誰だって解る。黒乃は―――藤堂 黒乃は完全にこと切れたのだと。だが、やはり一夏はその現実を受け入れられない、受け入れるわけにはいかない。だってそんなことをすれば、心が壊れてしまうから。だから一夏はひた叫ぶ。……そうすることでしか精神を保っていられないのだ。

 

「一夏ぁああああっ!」

「ち……ふゆねえ……?千冬姉、千冬姉!黒乃がぁぁぁぁっ!」

 

 上空からやってきたのは、打鉄を纏った千冬だった。いまだ学園のシステムは大半がダウンしたままだが、残った箒が管制室の扉を物理的に破壊したのである。脱出した千冬は一目散に家族の元へ向かうが、待っていたのはこの有様。千冬も現実を受け入れ難く思ったが、しなければならないことは山ほどある。

 

「どけ、邪魔だ!」

「くっ…………!」

(反応―――なし。呼吸―――なし。心音―――なし……!)

「なぁ千冬姉、黒乃は―――」

「っ……気持ちは解るが落ち着け愚弟!いいか、このままでは本当に黒乃は死ぬぞ!私の言葉を覚えているか、心血1つ残らず黒乃の為に使え!なら貴様に出来ることはなんだ?!少なくとも狼狽えることではないぞ!」

 

 本当は殴ってやりたいくらいの気持ちだったが、弟の愛する者に対する病的なまでの執着を理解しているだけにそれはできなかった。だが焦っているのは千冬も同じため、黒乃の状態を確認し終えると一夏の胸倉を捻りあげながらできることをやれと檄を飛ばす。すると一夏は、せっせと心肺蘇生を開始した。

 

「やり方は?」

「大丈夫……!俺がやるんだ、俺が……俺が……!」

「管制室、誰でもいいから応答しろ!むしろ応答しなくていいから聞け!藤堂 黒乃が心肺停止、今は織斑が心肺蘇生を施術中だ!AEDと在中の医師を求む!それと同時に搬送の準備もだ!」

 

 精神的には不安定ながらも、知識として正確な心肺蘇生は心得ている。不安は残るながらも黒乃を一夏へ任せると、千冬は打鉄の通信機から教師陣へ指示を飛ばした。すると向こうからも返事らしきものが感知されたため、恐らくは通じたとみていいはず。しかし、大事をとって千冬は引き返すのが得策と考える。

 

「一夏、私は1度戻るぞ」

「頼む、頼む、頼む、頼む!なんでもいい!生きてくれ!黒乃!黒乃ぉっ!」

(聞いてはいないか……。……無人機、完全に停止と判断していいな。後は奴だが―――今はそれどころではない!)

 

 胸骨圧迫と人工呼吸をリズミカルにこなす一夏は、まるでなにかをせがむかのように見える。もちろんそれは黒乃に生きてくれと伝えたい一心なのだろう。そんな一夏をしり目に、千冬はハイパーセンサーでチラリとゴーレムType Fを観察した。スキャニングしても反応は見受けられない。

 

 もし自分が離れている間に動き出したらと考えていたようだが、どうやらそれは杞憂らしい。ブスブスと黒煙を各所から上げる姿は、まさにスクラップのそれとしかいえないだろう。少しばかり胸をなでおろした千冬は、管制室へ向けて飛び去った。

 

 それからしばらく、千冬が打鉄に学園在中医師を乗せて戻ってきた。医師の腕には大事そうにAEDが抱えられており、千冬が地面に降ろすなり大慌てで準備を始める。いつまでも離れようとしない一夏を千冬が無理矢理ひっぺがすと、医師が本格的な蘇生を開始した。

 

「電流を流します!いいですね、絶対に患者へ触れないでください!」

「……あとは祈るしかあるまい」

「…………!」

 

 パッドを指定の位置に張り付けると、AEDが電気ショックが必要か判断する仕組みだ。必要なければなによりだったのだが、残念なことに必要だという判断が下されてしまう。医師は落ち着かない様子の一夏に念を押すように告げてから、電気ショック発生ボタンを勢いよく押した。

 

 するとカウントダウンが始まり、0とAEDが音声を発したのに合わせて黒乃の身体がビクリと跳ねた。AEDが患者へ触れてよいという旨の指示を伝えると、医師は黒乃の胸部に耳を当てたり、首筋に指を添えたり、口元に手をもっていったりし―――

 

「呼吸、心音共に安定しました!とりあえず一命はとりとめたはずです……!」

「あ、あぁ……よかった……本当によかった……!ありがとうございます……黒乃を助けてくれて、ありがとうございます!」

「いえ、その、とはいえまだ予断を許さない状況ではあるんです……」

「搬送の手筈は整っています。慎重かつ迅速に病室へ。お前も手伝え」

「ああ!」

 

 ISを扱う優秀な人材を育成するという名目である学園は、施設の端々に至るまでが最先端である。つまり、医療の現場でも本職と変わりない治療が可能だ。いや、下手を撃つとそこらの病院よりはよほど優れているかも知れない。保健室ではなくそちらの施設を利用するということは、黒乃がかなりの重体である裏返しなのだが。

 

 予断を許さないという言葉に、一夏はまたも不安が過る。が、先ほどと比べて希望は見えた。すぐに適切な処置を施せば必ずどうにかなるはず。様々な後悔や懺悔が一夏の胸中で渦巻くが、そちらに集中できる時間などない。一夏は千冬の指示に従い、医師の手助けを始めた。

 

「…………山田先生、そちらの様子は」

『あ、はっきり聞こえます!ちょっと待って下さい……。―――学園のシステム、オールグリーンです!』

「そうか……ならば速やかに更識姉の救助を。それと無人機の回収、刹那の残骸の回収、それと並行して近江 鷹丸の捜索もだ」

『はい、手が空いている人員をフル稼働で動員しますので!』

 

 残された千冬は、そこらに散らばった刹那だった鉄塊に哀悼の意を感じていた。IS操縦者にとって専用機とは相棒であり、かつて暮桜を所持していた千冬もその感覚が良く解る。黒乃はその相棒を喪ったのだ。目が覚めたときにそれを知った黒乃を支えてやれるだろうかと考えていると―――

 

(っ!?この反応は……)

 

 見渡す先に、打鉄のハイパーセンサーがなにかをピックアップした。その反応は、間違いなく刹那のコア。あの爆発の最中、旨く飛び出たのかほぼ無傷の状態だ。つまりまだ刹那は復元可能ということ。鷹丸が自分だけで刹那の作成に着手しなかったのはこの為でもある。

 

 自分がいついなくなっても大丈夫なように、周りの職員たちを教育していたのだ。流石に鷹丸ほど手早くはいかないだろうが、時間をかけてでも黒乃の元に刹那は戻って来る。少しばかりの安堵を胸にコアを拾い上げた千冬だが、それはそれで別の思考が過った。

 

(……こんなものさえなければ、黒乃は……!)

 

 ISを世に出したのは自らも加担している。だとすれば、黒乃がこうして意識不明の重体に陥ったのも全ては回り回って自分の責任であるという思考だった。千冬は自らが救われたいという気持ちが強いのだろう。そして、その自覚も十分にある。

 

 回収して存在を隠蔽しそうになっていた千冬は、大人しくそれを近江重工へ渡すことを決意した。ただしその顔は苦悩と後悔を浮かべたとしか表現しようもなく、黒乃への思い入れとして本当に正しい選択なのかという葛藤が垣間見えた。そして打鉄の掌で優しく刹那のコアを包み込むと、一夏たちを追うように宙へ舞う。

 

 

 




黒乃→自発的に自爆?そんなことせんわい!
鷹丸→倒すために躊躇なく自爆を選ぶかぁ。

旧版、新装版に関わらずにこの展開は必ず待ち受けているものでした。
言い訳がましくなりますが、もう少し堪えて今後の展開をお待ちしていただければと。


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第102話 藤堂 黒乃Ⅰ

今話は流血描写、ないし痛い表現を多分に含みます。
もしそういった要素が苦手な方は、注意してお読み下さい。


「―――――おきて――――」

 

 声が聞こえた―――気がする。誰かが私を呼んだ―――気がする。不思議だな、私にはもうなにも聞こえないはずなのに。なにか光がさしている―――気がした。誰かがそこに立っている―――気がした。おかしいな、私にはもうなにも見えないはずなのに。

 

 それを解っているのに、気がするというだけなのに、なんだかどちらも正解な気がしてならない。誰かが私を呼んでいる。誰かが私を覗き込むようにして立っている。そんな確信めいたなにかを抱かざるを得ない私は、徐々に瞼を開いていく。するとそこでは―――

 

「あ、起きた。おはよーございます」

 

 私が私を見つめてました(哲学)……いや、本当になんで?なんで?って続けちゃいたくなるんですけど。ここで一曲いっときましょうか。じゃなくて、私の目の前でにこやかにおはようの挨拶をかます美少女―――って、だから私だっていってるじゃん。誰とかそんなんじゃなく私―――私……?

 

「ふぁぁああああっ!?ド、ド、ド、ドドドドド……ドッペルゲンガー!?」

「いや、違う―――くないかも?あながちそれも正解といえば正解なような気もするなぁ……」

 

 一気に意識が覚醒した私は、あおむけの状態から尻もちを着いたような体勢に。座ったままザザザっと後ずさりしながら、震える指先でドッペルさん?を捉える。すると、向こうは完全否定するような様子は見せずにうむむと唸って自分の存在が説明しにくいとでもいいたげだ。

 

 それからしばらくあーだこーだと考え込むような感じで、あっちをウロウロこっちをウロウロ。なんだかマイペースだな……。私も似たようなものだが、目の前にいる彼女は少しばかりベクトルが違う気がする。そうしてしばらく待っていると、手をパン!と鳴らすので妙案がみつかったと思っていいのだろう。

 

「あ、そっか、こういえば話が早かったよね!」

「むむ、その心は?」

「初めまして、お兄さん。私は貴方だよ」

「はい……?」

 

 嬉々として、自信満々な様子で彼女は私は貴方という。いやね、そんなことは解ってるんですよ?だって、どこからどう見たって私だし。あれか、さては私のポンコツ具合を甘く見てるな。そんなこといわれたらますます混乱しちゃうじゃないですかやだー!

 

「私がキミでキミが私で?つまり私は誰でキミは誰で私たちは……誰よ?私?」

「うん、とりあえず少し落ち着こうね」

 

 いや、落ち着こうねっていったってキミぃ……。自爆して死んだと思ったらこれで、せっちゃんが出てくるでもなし私のドッペル?が出てくるって落ち着けないてば。っていうかよくみたらなんだこの空間、どこまでも真っ白が地の果てまで続いてるじゃない。さらにわけがわからないよ。

 

「頑張って、私の言葉にヒントがあるから!」

「えぇ~?ヒントっていわれても―――なぁああああっ!?」

「なにか思いついた?!」

「なんか私ってばめっちゃ喋れてるーっ!?うわ、すごいこれ……いったい何年ぶりなんだろ!」

「あ~……そっちも気になっちゃうよねー」

 

 あまりに理解が及ばないせいかスルーしてしまったが、ドッペルゲンガーって叫んだ時点からベラベラと口から言葉を発することに成功しているじゃないか。あまりに自然な発声だったな……。って、ドッペルさんがなんだか悲しそうな表情してるや。……私の姿をしているというのは勘定から外しての発言だけど、いちいち仕草が可愛いな。

 

 さて、このままじゃ申し訳ないしちゃんと考えてみよう。え~と、ドッペルさん曰く短い発言でも私にヒントは与えたらしい。こういう場合は前後の発言を洗いざらい挙げているのがセオリーかな。まぁ注目すべきはどうみたって―――初めまして、お兄さん……だよね。って、うん?お兄さんて……。

 

「私を男だって知ってる……!?」

「そう、それ!じゃ、そこから導き出せる答えは?」

「キミは、貴女は―――藤堂 黒乃……ちゃん?」

「おお~大正解!」

 

 誰だろうと私をお兄さんと呼べるはずがないんだ。なのにこの子は、間違いなく私をお兄さんと。だとするのなら、答えなんて1つしか存在しない。それを知れるのは私が身体を借りている少女―――藤堂 黒乃のみ。私が恐る恐る回答を口にすると、黒乃ちゃんは無邪気な様子で拍手をしながら正解だと称える。

 

「ちょっ……あのさ!質問、いいかな……」

「あ、うん、私が答えられることなら」

「ここって、その、どういう場所なのさ?私は……死んじゃった?」

「えっと、前者はいろいろややこしいから後者からね。大丈夫、死んではないよ。辛うじてって感じではあるけど、ちゃんと息もしてれば脈もあるから」

 

 本当は質問なんかよりしなければならないことは山ほどある。けど、私も焦っているのだから許してちょうだい。それに、こんな非現実的な空間に関しては聞かずにいられないでしょ。あと、私の生死とかも……。前者は後回しにされてしまったが、とりあえず私は死んじゃいないらしい。

 

「それでここがどこかなんだけど、う~ん……本当に説明が難しくって。えっと、精神世界であり、魂の世界であり、認知の世界であり、概念の世界……って感じかな」

「オ、オーケー……それだけ聞ければ推理で頑張るよ、ゲーマーだからね」

 

 精神世界というのは、つまりマンガやアニメでよく見るアレと思っていいのだろう。ここが私の精神の具現……だとするならあまりにも的確な表現だ。なにもない、まっさら、先は明るいけど終わりはない……なんていう、空っぽで宙ぶらりんな私にふさわしい空間。

 

 魂……というのは、つまり今の私たちに違いない。この身体は肉体ではなく、魂が具現した姿。過去の記憶が消えた私は、直前までこれが私の姿であったという理由から黒乃ちゃんの姿を映しているのかも。……目の前にいる黒乃ちゃんだって制服姿の私なんだけどね。

 

「わぁ~……すごいね、私なんてこう……未だにボンヤリとしか理解できてないのに」

「アハハ……まぁ、オタクだからかな。まさか自分で体験するとは思ってないけど……。それに、認知と概念っていうのは私もよく解らないかな」

 

 認知と概念は、どちらも抽象的だからなぁ。それこそなんとなく解りはするけど、説明が難しいというかなんというか。まぁ、別に説明ができなくても理解ができればいいんだけどね。元々はここはどこか教えてって聞いたんだし、それならもう目的は果たしたと思っていいじゃない。

 

「そっちの説明なら簡単だよ?えっとね―――」

「あ、少し待って。どうしても、キミにいっておかなくちゃ……」

「私に?」

「その、私の意思じゃないとはいえ、本当にごめんなさい!私は、キミの身体を―――いや、キミの人生を借りさせてもらってごめんなさい!」

 

 私の意思ではないというのは言い訳がましいかも知れないが、神という存在のせいとなるとそう前置きをせずにはいられない。だがこれで、ようやく黒乃ちゃんに詫びを入れることができた。もちろんだがこれで許されていいなんて思ってはいない。ただ、1つのケジメとしてしないよりは余程いいに決まっている。

 

「大丈夫だよ、謝らないで。悪く思ってくれてるんでしょ?」

「黒乃ちゃん……」

「悪く思ってるなら、身体を返してくれるってことだよね?だから……私の身体を返して」

「っ…………!?」

 

 謝らないでという言葉を耳にした私は、深々と下げていた頭を徐々に上げていく。すると私の目に飛び込んできたのは、なんだか慈愛に満ちた笑顔を浮かべている黒乃ちゃんだった。その顔をみて安心―――できたのは束の間、私がどう答えていいか解らない質問が飛んできてしまう。

 

「どうしたの、返してくれないのかな?」

「あの、それは……だから……」

「おかしいなぁ、悪いと思ってるんだよね。じゃあどうやったら返せるのーって聞くのが筋じゃない?渋るって変だよ」

 

 悪いと思っているのは本当だ。この罪悪感を引きずりっぱなしでここまで生きてきたつもり。皆と笑いあっていたって、イッチーと愛し合っていたって……いつだって私には黒乃ちゃんに申し訳ない気持ちがあったに決まっているじゃないか!けど、でも……いざ返せっていわれたら―――

 

「……そっか、大丈夫。悩まなくたっていいから」

「黒乃ちゃん、その、私は―――」

「ねぇお兄さん、さっきの説明の続きしよっか。ここは概念―――だから、こんなこともできちゃうんだよ」

「日本刀……」

 

 私がしどろもどろしていると、相変わらず黒乃ちゃんは綺麗な笑みを浮かべながらそれを制した。だがそれでは納得いかない。どんな言葉を並べたって言い訳にしかならないだろう。けど、故意ではないにせよ人の人生を奪っている重みは辛くてしかたない。もっと辛いのは黒乃ちゃんと思うと、私は黙っていられなかった。

 

 だが、ついに黒乃ちゃんは私の言葉を無視してしまう。それもわざわざ無視をしてまで、さっきの認知と概念について説明を始めた。……?わざわざ説明しないといけないくらい重要なことだったのかな。なんて思っていると、黒乃ちゃんの手元に抜き身の日本刀が現れたではないか。

 

 ……概念でその現象となると、大まかに認識しているものなら形成して再現できるっていうことかな。つまり名前を知っていても姿を思い浮かべるだけじゃダメ、だけどなんとなくボンヤリと全体像を知っていれば可能っぽいな。しかし、それを教えてもらっても重要には感じない……。

 

「お兄さんに質問、刀で斬られれば人は?」

「え……死んじゃう、かな?」

「そう、正解。つまり認知の世界っていうのは―――」

(さ、殺気!?これはヤバっ……!)

「こういうことだよ!」

 

 あまりにも唐突な質問だった。が、常識の範囲内っていうか、教えさえすれば小さな子供だって理解しているようなことでしかない。しかも正解だっていうし、いったいさっきからこの質問になんの意味が―――と思った矢先、黒乃ちゃんからとんでもない殺気が湧き出たのを察知した。

 

 スウェイバックのようにして、なにも考えずにとにかく後方へ下がる。すると黒乃ちゃんの振るった日本刀は空を裂き、私の鼻先を掠りながら気持ちのいい音を鳴らす。驚きと共に恐怖が顔を出す最中、私は思い切り尻もちをついてしまう。そして、鼻先に感じるこのジンジンとした痛みに流れる血―――本物の怪我だ。

 

「え、え……?い、いったい……なにを……?」

「いったでしょ、ここは認知の世界。つまり、貴方がそう認識しているのなら、ここでも全く同じことが起こるの。斬られれば痛いし血も出るでしょ?」

 

 刀で斬られれば人は死ぬ。銃で撃たれれば人は死ぬ。その他私が頭で理解している当たり前のこと、それはこの空間でも同じ意味を持つと……?魂の具現なのに傷つけられれば痛いし血も出る。つまり、もしや、言葉を切って黒乃ちゃんがこれを私に知らしめたのは―――

 

「もしかして、私の魂を殺すため……?」

「ピンポーン、またまた正解。もう貴方が消えるまで待ってなんかいられないもん。私の身体でいくとこまでいっちゃったしね、私の一夏くんと―――さ!」

「ひっ……!」

 

 もはやそれしか考えられなかった。黒乃ちゃんの放った言葉の前後をパズルのピースとして組み立てると、魂の状態で具現化している私を殺して肉体を取り戻そうとしてるとしか。黒乃ちゃんは尻もちをつたいままの私に対して、日本刀で強烈な突きを見舞う。それを不格好ながらに避けると、後の私は逃げるのみ。

 

「待って、待って!こんなの絶対おかしいじゃん!?なんでこんな―――」

「待って……?待たないよ!私がどれだけこの時を待ち続けたと思ってるの!」

「気持ちは解かるよ!でも―――」

「アハッ、それ笑うとこだよね?解るはずないでしょ……大好きな人との大切なこと、勝手に身体を使われて、先にいろいろこなされちゃった私の気持ちなんて!」

 

 恐怖のあまりに命乞いが飛び出たが、なにもおかしくはない。黒乃ちゃんが私を憎む理由は十分にあるし、私を殺す権利だってあると思う。だって立場が逆だったとしたなら、私だってその相手を殺したいくらいに決まってる。だけど私は、なんて醜いのだろうか。

 

 怒りに満ち溢れ、涙を流しながら襲い掛かる斬撃を避けてしまう。自分の命可愛さに、悪いと思っているなんて綺麗ごとを重ねながら、あまつさえ気持ちは解かるなんて気休めを紡ぎながら。あぁ、なんて―――なんて醜い。醜く、無様で、残酷だ。

 

「はっ、避けるのは上手だよね。けど、これならどうかな」

「飛び道具……!?お、お願いだからこれ以上は―――」

「待たないってば!」

「づっ!?ああああぁぁああああっ!」

 

 黒乃ちゃんは真っ白な地面?床?に日本刀を突き刺すと、手元にドスのような刃物を呼び出す。あ、あれは……人間サイズになってるけど紅雨と翠雨!?だとすると、用途なんて私はよく解かってる。黒乃ちゃんは、なんの躊躇いもなくそれを私に投げつける。紅雨は私の肩に突き刺さり、翠雨はふとももに突き刺さった。

 

「い゛った……い。痛い、痛いよぉ……!」

「そう、ならもっと苦しいのをあげないとね!」

「がっ……はっ……!?あっ、げふっ、おえっ……!げほっ、げっほ、がふっ……!?」

 

 私が突き刺さった7本の愛刀のうち2本に苦悶していると、黒乃ちゃんは猛ダッシュでこちらに迫っていた。すると私の手前あたりで思い切りジャンプし、容赦のみえない前蹴りを繰り出す。その足底がとらえたのは―――私の喉。蹴られた瞬間に理解しがたい衝撃と共に、ただひたすら苦しく呼吸が困難な状態が訪れる。

 

「……ひと思いに殺す予定だったけど、貴方をみてるとそうもいかなくなってきちゃったなぁ」

「あうっ……!けほっ、けほっ!」

「私と同じ顔……!当たり前だよね、だって私の身体だもん。それなのに、それなのに……!楔だかなんだか知らないけどこんな傷―――残したりして!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

 

 ただ悶え続ける私の近くにしゃがみこんだ黒乃ちゃんは、私の前髪を掴んで半強制的に頭を上げさせた。未だ咳が止まらないながらも黒乃ちゃんを視界に入れれば、その顔は今度こそ私への憎しみを露呈させている。この魂の姿さえ、私が黒乃ちゃんを象っているのが気に入らないようだ。

 

 すると黒乃ちゃんは、私の右頬にある傷を特に恨めしいように睨む。そして私の肩に突き刺さっていた紅雨を引き抜くと、まるで傷をなぞるかのように刃で私の頬を裂いた。単に痛いというのも勿論あるが、私はどちらかといえば恐怖が振り切ったのが原因で悲鳴を上げる。

 

「解ってないね……。一夏くんが好きっていってくれてるんだよ!?だったらそんな傷なくったって、一夏くんは一生愛してくれるに決まってるのに!」

「それ……は……だ、だって……」

「そんなに自分に自信ない?けど関係ないよ、そんなの、私からいわせれば一夏くんを信じれないのと一緒」

「ち、違う!それだけは絶対に違う!私だってそんなこと解ってるってば!けど……」

 

 正論だった、紛れもなく完全論破だった。だって私も解っていたから。こんな傷なくったって、イッチーが好きでいてくれるなんて。解っていたからこそ、黒乃ちゃんの目を真っ直ぐ見れなくなってしまう。イッチーを信じてないのと一緒と、そういわれてしまったのもあるだろう。

 

「けどじゃない!1%でも疑ったよね……?それなら貴方は一夏くんにふさわしくない。あの人の隣に居るべきなのは私なの、貴方じゃなくて―――私」

「うっ、うぅ……」

「ふさわしくない人が私と同じ顔っていうのがずっと耐えられなかった……。それに、どうせ死んじゃうんだしそんなのもう必要ないでしょ?だから―――剝いじゃおっか」

「へ、え……?う、嘘でしょ……嘘だよね!?流石にソレは絶対やりすぎ―――」

 

 やっぱり反論のしようがない……。イッチーのことは好きで好きで堪らないよ、死んじゃうくらいに大好き。……けど、イッチーを疑ってしまったということも間違いじゃないんだ。それに対して黒乃ちゃんのこの自信ったらないよ……。あぁ……羨ましいなぁ、私もいってみたい、そんな自信満々に―――彼は私だけしか愛せませんって。

 

 そんな感傷に浸っていると、なんだか黒乃ちゃんが不穏なことを呟いたのが聞こえた。意識を向ければ、黒乃ちゃんはあまりにも無邪気な顔して紅雨の刃をチラつかせている。それは絶対にやり過ぎだという焦りながら指摘する間にも、刃はどんどんどんどん私の眼前に迫り―――

 

「そーれ、ベリベリ~」

「あ゛っ!や、やめっ……やめてぇぇぇぇ!ひっ……あ゛あ゛あ゛あ゛っ!痛い……痛い痛い痛い痛い痛いよぉぉぉぉおおおっ!」

「アハッ、いいよ~そのままそのまま。ショック死なんかしないでね、せっかくのリベンジタイムなんだから!」

「お願いだからもうやめてよぉ!やだっ、やだぁああああっ!痛いのっ、痛いのぉっ!やだぁっ!助けてイッチー!イッチーってばああああっ!」

「……その名前出すのは無しね。貴方に!一夏くんの!名前を!呼ぶことは!許可して!ないから!」

「いぃ!?いぃや゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」

 

 先ほど入れた切れ目を起点にするかのように、黒乃ちゃんは私の顔面の皮を剥ぐように紅雨を動かす。いや、多分だけど肉ごといっているだろう。もはや私には、叫んで気を散らすくらいの選択肢しか残されていなかった。しかし、そんなのほとんど無意味でしかない。

 

 マドカちゃんの時に頬が深く切れる感覚は味わったが、あれが際限なく頬全体を襲ってくるのだからどうしようもない。黒乃ちゃんは私をいたぶり、泣き叫ばせ、募った恩讐を晴らす気のようだ。しかし、イッチーの名を出したのが悪かった。それまで楽しそうにしていたのに、苛立ちを発散させるかのように刃が更に深くをえぐる。

 

「イッチー……イッチー、イッチー、イッチー!いっちぃ……!」

「呼ぶなっていってるのが解らないかなぁ?名前を呼ぶ権利すらないっていうのが解らないのかなぁ?!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!イッチー……イッチー!イッチー!イッチー!イッチー!」

「……解った、解ったよお兄さん。これは逆効果ってことだね……ハイハイ、ごちそうさまでした」

 

 私がイッチーの名を呼ぶことで黒乃ちゃんの琴線に触れたのは理解している。でも、私はイッチーと叫ぶのを止められなかった。イッチーと叫ぶと助けてくれるなんて思ったからじゃない。単にその名を呼んでいると気が紛れたのだ。ノーダメージになるなんてのは夢物語、それはあり得ない。

 

 けど、本当に気が楽……。イッチーの名を呼んで、これは私に与えられたイッチーとの愛の試練だと脳内で変換すれば、不思議とショック死してしまいそうな痛みにも耐えられる。無論、それは黒乃ちゃんの怒りを買う行為だ。連呼するのに苛立つように、また刃の食い込みが激しくなる。

 

 それでも私は、負けじとイッチーと叫び続ける。最後の方は悲鳴も消え、イッチーと連呼し続けるばかり。すると、これは自分の苛立ちを加速させるだけだと思ったのか、黒乃ちゃんは冷え切った様子で私の前髪を離した。首で支える気力なんてないため、私の額はゴチンと床に叩きつけられる。

 

「うっ、あぁ……あっ……!」

「お兄さん、はいこれ」

「……紅雨……?」

「うん、自決用。それ自分に突き刺してさっさと死んで。じゃないと、貴方にもっと痛みと苦痛を与えるから。そうだ、さっきイッチーって叫んだ分だけとか面白くていいかもね」

 

 床にピッタリ伏せたような状態になるが、そこでようやく滴り落ちた血が小さな溜まりを作っていたことに気が付く。だが、これだけズタズタに引き裂かれては血なんてそうそう止まるはずもなく、私の右頬から流れる血で溜まりはみるみる内に大きくなっていく。そんな最中だった。

 

 カラカラとなにかが床をスライドするような音がしたのでそちらに目を向けてみると、私の眼前に転がっているのは紅雨だ。虚ろな視線でその存在を理解すると、その用途は自害の為だという悪魔の囁きが聞こえる。紛れもなくそれは、黒乃ちゃんの声そのもの……。

 

 これで自害しないと、もっと酷いことをするってさ。ハハ……今より酷いのが思いついちゃうの?私からすれば素晴らしいドSっ娘なわけだけどさ、もう少しだけマイルドにしてくれたらいいのに。つまり、今以上のものなんて耐えられるはずがない。

 

(…………)

 

 私の手は、紅雨の柄を握る。楽になってしまいたい、これ以上の痛みを与えられたくないという気持ちが強かったから。こいつを自らの腹や喉や心臓に突き刺してしまえば、それで私を苦しめる戒めは全て潰える。……けど、その前に1つだけ解いておかなければならない謎があった。

 

「ねぇ……黒乃ちゃん……」

「ん、どうしたの?」

「ちょっと、よく見てて……。う、あ、ぐぅっ……うぅっ!」

「……いい加減に頭がおかしくなっちゃったかな」

 

 その謎を解くヒントを得るためには、私が痛みを受ける必要がどうしてもあった。だから黒乃ちゃんによく見ていてと念を押してから―――太ももに刺さっていた翠雨を引き抜いた。刃が私の肉から離れると同時に、痛みが走り鮮血が飛び散る。そのまま翠雨を投げ捨てるのと同時に、私はある確信を得た。

 

「やっぱり……ね……」

「ねぇ、つまんないことやってないで死んでってば。じゃないといった通りに―――」

「黒乃ちゃんさ、キミは……どうしてそんなに……苦しんでいるの……?」

「……はぁ?」

 

 最初に鼻へ一撃もらった時から、私の胸中にはずっとなにか引っかかりがあった。ずっと、苦しかったんだ。勿論だがそれは、痛いから苦しく感じていたわけじゃない。むしろ逆、傷つけることが苦しいかのような感情だった。気のせいだと思うじゃん?だって、一方的にやられっぱなしだったんだもの。

 

 けど、もし、私の胸に宿る傷つけることに対する苦しみが、私の仮定した通りだとしよう。だとするとそれは、黒乃ちゃんの真の目的を導くための答えとなりうる。あぁ、そうか……そういうことだったのか。なぁんだ、1つ解れば―――全てが違和感だらけじゃない。

 

「黒乃ちゃん……キミは、死ぬつもりだったんじゃないかな……?」

 

 

 

 




黒乃と黒乃の対話が始まり、帰結する場とは?
黒乃が黒乃へ放った言葉の真意とは?
次回―――決着


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第103話 藤堂 黒乃Ⅱ

お待たせしました。
黒乃の真意を解き明かして参りましょう。


「黒乃ちゃん……キミは、死ぬつもりだったんじゃないかな……?」

「……プッ…………!アハッ、アハハハ!なにをいいだすかと思えば、そんなのあり得るわけ―――」

「……無理しなくていいよ、私にはもう全部みえたから。そのキャラだって似合いもしてないし……」

 

 そうやって問いかけはしたけど、一発で認めてくれるはずもないか。黒乃ちゃんは心底から私のことが愚かしくて仕方ないような笑い声を上げるが、もはやその姿は滑稽にしか映らない。逆に、必死に取り繕っているようにしか見えないんだ。

 

「じゃあなに、どうしてそんな結論になったか聞かせてよ!?」

「ん、そうだね……まず結論をもう少し形を変えなきゃ……。正確にいえば、キミは私に自分を殺させるつもりだった」

 

 ムキになったような金切り声が響く。これは逆上したフリで、内心ではものすごく焦っているんだろう。なぜって、やっぱり私の言葉が正解だからだ。朦朧とする意識の最中、ズビシと黒乃ちゃんへ人差し指を向け、いざ謎解きといこう。

 

「1つ。キミは復讐の為に私をいたぶるっていう名目で攻撃を仕掛けてたわけだ」

「そうだよ、貴方が憎くて仕方ないから―――」

「じゃあ聞こうか、どうして出現させたのは刃物のみなの?」

 

 私の罪は長きにわたり彼女の人生を勝手に過ごしたということだ。しかもその間に私とイッチーは結ばれ、初めての物事をいろいろとこなしてしまっている。肉体という入れ物は同じながら、これはいわゆる寝取りに近い行為だろう。私の罪状をそれだと仮定するのなら、黒乃ちゃんは随分と甘い、温い。

 

 勿論だが、私の右頬だっておおごとだよ?けど、こういうときは女の人の方が怖いってことを私は知っている。もし心底から私を痛めつけたいのだったら、本物の拷問器具なりなんなりを出現させてくるはずだ。この世界というか、この空間ではそれが可能なのだから。

 

 もしくは説明なしに一気に殺すか……かな。ぶっちゃけ、頭から説明するメリットが黒乃ちゃんにはなに1つ存在しない。だから私に自分を殺せばどうにかなるという推理に必要なパーツを渡す必要がどうしてもあったのだろう。つまり―――

 

「そ、れは……だから―――」

「2つ。自害の選択を迫る―――これもいい演出だったかもしれないね。けどさ、この状況で相手に刃物を渡すかな?」

 

 黒乃ちゃんは、自分の握っていた紅雨をわざわざ私に渡したのだ。あの時翠雨は私のふとももに突き刺さったままで、最初に出現させた日本刀はあんな遠くに放置したまま。再度いおう、黒乃ちゃんはそんな状況でわざわざ、私に所持していた紅雨を渡した。

 

 自決用だといわれて違和感に気が付けなかったがこれはおかしい。だって、紅雨を渡してしまったら丸腰に等しいんだよ?ましてや数秒前まで拷問してた相手に唯一の武器を渡すかね。もし私がそれで反撃に出たらどうするつもりだったのか。紅雨で黒乃ちゃんの左胸を突き刺してしまえばそれで終いだ。

 

 1つ目の理由とも連立的に仮説を立てることも可能だろう。よく考えれば、復讐したい相手に自決なんて迫らない。だってそれはある種の慈悲だろうから。殺したいっていってんだから自分の手で殺すでしょ。それも苦しみに苦しませて、どこまでも惨く、みじめに―――

 

「最初から反撃の手段なんて考える必要がなかったんだよね。私が逆上して反撃に出れば、キミの目的はそれで達成されたんだから」

「避けるつもりがなかったって、刺されるつもりだったっていいたいの!?さっきから……私の心を読んでるみたいな口ぶりして!だったらその根拠はなに、私が貴方に殺される気でいたって思う根拠は!?」

「……3つ。そうだなぁ……この理由だけは少し、論理的ではないかも。だから―――」

 

 これが最たる理由というか、これが解ったから1つ目の理由と2つ目の理由がフッと浮かんだんだけど……。う~ん困ったな、確信は得たのに口だけで認めてくれる気がしない。仕方がないけど、理由も交えて実演するしかないだろう。だから私は、紅雨の刃を力強く握り―――ゆっくりと横へスライド出せた。

 

「う゛っ!?うぅっ、ぐうぅ~……!」

「なにを……いったいなんのつもりなの!」

「うん……やっぱり……」

 

 翠雨を引き抜いた時の反応はイマイチだったが、今ので本当の本当に確信を得たぞ。ポタポタと血が掌から滴り落ち、切れた部分は焼けるように熱い。あぁ……苦しいな、苦しくて苦しくて仕方ないよ。ただそれは、痛いから苦しいだけじゃない。今、私の胸の宿るこの苦しみの正体は―――

 

「痛いんだ……身体じゃなくて、心が……。キミが私を傷つける度、私が私を傷つける度に……心が痛くて、辛くて、悲しいんだよ……」

「そんなこと……そんなことない!いったでしょ、貴方に私のなにが―――」

「解かるよ。きっとキミがいった通りに―――私は、キミだから」

「…………っ!?」

 

 ずっと1つの身体に2つの魂が混在していた。そのせいか、私たちにはシンクロ現象が起きているんだと思う。相手のことが手に取るように―――とまでいわないけど、ある程度の気持ちくらいは伝わってくるんじゃないかって。だから、そう―――私の苦しみは、黒乃ちゃんの哀しみ。

 

 黒乃ちゃんは明るく快活で、人を思いやり、いたわることができ、他人の為に泣いてあげられるような……そんな女の子なんだと思う。だから、私を傷つけるのが嫌だった。私に酷いことをいうのが嫌だった。こんな酷いことをしてごめんなさいって、黒乃ちゃんはずっと泣いていたんだ。それなのに―――

 

「……ごめん、ごめんね……。キミは覚悟を決めたんだよね、私に殺されることで……完全に消えちゃう覚悟を。それなのに、私は……自分で死ぬ勇気も、キミを殺す勇気も……なくて……!」

「……止めてよ…………謝らないでよ……。せっかく、いろいろ覚悟ができたのに……そんなこといわれたら、私……私……!う……ううっ……うわああああああああああっ!」

 

 なんで黒乃ちゃんが私に殺されることを望んだか。それは、私に完全に身体を譲るつもりだったのだろう。なおかつ、黒乃ちゃんは自害を許されていないはず。私と一緒で、神の行動制限かなにかで―――だ。だからこうやって、やりたくないようなこともやってまで……。

 

 それなのに、それが解ったはずなのに、私は黒乃ちゃんの悲しみに共鳴してただ泣くことしかできない。ここで黒乃ちゃんを殺してあげることこそ、精神の奥へ追いやられる苦しみから解放してあげることのはずなのに。自分の情けなさに涙を流していると、同じく黒乃ちゃんもその場へ泣き崩れた。

 

「……きっかけは、ふとした拍子だったよね……」

「夏休みのあの日……」

「そう……。あれより前、私を取り巻く環境はただ闇だった……と思う。寝てる状態と同じかな」

 

 2人して泣き続けることしばらく、鼻声のままながら黒乃ちゃんがポツポツと語り出した。耳を傾ける限りでは、私に抑制されている間のことを話しているようだ。しかし、夏休みまでの間は本人からしてもほぼ無意識の状態に近かったということらしい。

 

「そのあと、私はずっとこの空間にいたの。たまーに外の様子……貴方の様子を覗いてみたりして過ごしてた」

「それで、学園祭の時も……」

「アレは本当に私の意志じゃなかったから驚いたよー」

 

 つまりあの入れ替わりを皮切りにして、黒乃ちゃんの自我が再生したとみていいのだろう。もしかすると、それまでは傷ついた魂が時間をかけて修復されていたのかも。けど、数か月にわたってこんな場所に閉じ込めちゃってたことには変わりないんだよね……。

 

「あの、やっぱり原因は―――」

「……貴方の魂が薄れてきてるから。脅すつもりじゃないけど、自分の姿をもっとよく見てみて……」

「……っ!?は、はは……気が付かなかったな、少しブレてるや……」

 

 私が恐る恐る黒乃ちゃんに問いかけると、彼女は重く静かに首を頷かせた。やはりそこが肯定されてしまうのは残念だな。いや、それで済んでいるならまだよかった。黒乃ちゃんに促されて掌を凝視すると、確かに定期的にノイズのようなものが走って自分の姿がブレてるじゃないか。

 

「この現象はね、1つの身体に2つの魂が存在しているからなんだって。それで、貴方は元を正せば別の魂だから―――」

「先に消えるのは私の方からってことな」

 

 例えばだが、水を淹れる器があったとしよう。その器が黒乃ちゃんの肉体とするなら、私たちの魂が水だ。元から黒乃ちゃんの肉体には、黒乃ちゃんの魂しか入りきらない。そこへもってつけて私の魂も淹れようとしたらどうなるか、そんなもの簡単に解かるだろう。器から水が溢れ出てしまうのがオチである。

 

 そして凄まじく都合のいいことに、溢れ出るのは私の魂のみ。黒乃ちゃんの魂と肉体は一致した存在、最初からセットなんだから微動だにしない。そう考えれば、私の状況にも簡単に説明がつく。それはそうだ、私は余剰分でしかないのだから。

 

「けど、貴方が消えないで済む方法が1つだけあったの」

「……キミの魂が死ぬこと?」

「…………うん。貴方の魂は長期にわたって私の身体に定着したから、仮に私が消えれば問題なく私の身体に留まることができるって」

 

 こちらはネジに例えるのがいいかも。さっきもいったが、黒乃ちゃんの身体と魂はセットだ。なにもしなくたって、雄ネジと雌ネジがカッチリとハマる。一方の私だが、そもそも他人なのだからハマっていいはずもない。……のだが、無理矢理にでもはめようとしたら―――歪ながらも結合しちゃったってところだろ。

 

「だから私は、貴方に身体を渡すって決めたの。……全部あの人たちの思い通りにさせたくなかったから」

「あの人たちって、まさか……!?」

「貴方が神様っていってた人たちだよ。私たちの人生を弄んだ元凶ってやつ」

 

 やけに詳しいというか、詳し過ぎるくらいと思ったらそういうことだったのか。恐らく黒乃ちゃんは、この空間に閉じ込められると同時にこう唆されたのだろう。自分の身体を取り戻したくはないか、と。あ、あのファッキンゴッドどもめ、こんな純真な少女すらショーの一環として利用しようとするなんて!

 

「あの人たち、私たちを殺し合わせたかったんだろうね」

「……あながちそれに近いものにはなってたけども」

「そ、それは言わないお約束―――って、お兄さん、傷が治ってない?」

「ああ、うん、認知と概念をちょっくら操ってみたのさ」

 

 ブスッとしながら趣味が悪いとでもいいたげな黒乃ちゃんに対し、思わず愚痴をこぼすようにそんな言葉が漏れてしまった。向こうは少し顔を紅くして反論しようとしたみたいだけど、私の顔を見た途端に聞きたいことが変わったらしい。

 

 時間が経てば自然治癒で傷はなくなるわけだ、これが認知。でもって、この空間の時間という概念を弄って時を進めてみた。おかげで私の傷は完全とはいえないながら、とりあえず血が流れ出るということはない。端的にそう回答すると、黒乃ちゃんは感心したような様子を見せる。

 

「なるほど~。お兄さんは賢いんだね」

「いやぁ、照れるなぁ―――じゃなくて、話の続きいいかな?」

「あ、ごめんなさい……。えっと、それで私はどうにかしてお兄さんをここに呼び寄せないとって。だからちょっと、不安を煽るような真似をさせてもらったの」

「不安……?あっ、もしかしてあの頭痛の正体って!」

 

 自分を殺させるためには、まず私がここへたどり着かなくては話にならない。そこで黒乃ちゃんが思いついた方法の第一ステップとして、不安を煽る必要があったのだという。それを聞いて合点がいった。私を襲っていたあの頭痛は、黒乃ちゃんが無理にでも入れ替わろうとして起こっていたものだったらしい。

 

「そうなの。危険な賭けだけど、そうでもしないとお兄さんは消えるのを待つのみだったろうから……。だから、あのタイミングに頭痛を引き起こさせてもらったよ」

「神翼招雷のタイミング……。あの、ここって死にかけないと来られないの?」

「瞑想とかで極限まで集中すれば来られるみたい。けど、実際に会って話さないと説明のしようがなかったから……。本当にごめんなさい」

 

 危険な賭け、か。どうやら私は生きているらしいが、黒乃ちゃんの話から推測するに意識不明とかがいいところだろう。そのまま死んでしまっていたらもはや論外ってことだったのだろうから。ふむ、瞑想ねぇ。自由に行き来ができるくらいになれるように練習してみなければ。

 

「……キミはどうしてそこまで?じっとしてれば、私はいずれ消えてなくなるのに……」

「初めは混乱したし、すっごく泣いたりしたよ?どうしてこんなことになったんだろって。……貴方に言ったこと、表現はそこまでキツくないけど、ほとんど私の本音だったんだと思う」

 

 待っていればいずれ私は消え去り、黒乃ちゃんは元の身体に戻れることが保証されている。それなのに、わざわざ私なんかのために自分が消える覚悟までしちゃって……。優しいとかそういうレベルの話じゃない。というより、こういう場合ではそれを優しいと表現してよいのかすら疑問だ。

 

 しかし、黒乃ちゃんの言葉を聞くに善意に近いソレが行動原理ではないような気がしてきた。照れるような表情で私への発言はほぼ本当だということなのだから、できることなら元に戻りたいと解釈して良いはず。すると黒乃ちゃんは、いったいどんな理由で―――

 

「けどね、思ったの。……このまま戻れても意味ないなーって。私も貴方と同じだよ、一夏くんに愛されない世界なんて生きてる価値ないから」

「へ……?いや、でも、私は―――」

「ほら、自信ないのにかこつけてまた一夏くんを信じれてない。例え私が戻っても、一夏くんは私と貴方が違う人だって見抜いちゃうと思うな」

 

 戻っても愛されないと黒乃ちゃんは語る。だけど、誰1人として私と黒乃ちゃんが別々に存在しているなんて知らない。だとするなら、黒乃ちゃんが戻っても間違いなく黒乃ちゃんと認識されるはずじゃ……。しかし、黒乃ちゃんは短い言葉でイッチーにそれは通じないという。

 

「あのね、私は貴方で貴方は私―――そういったの覚えてる?確かにそれも間違ってはないんだけど、私は私で貴方は貴方。一夏くんが好きなのは、私じゃなくて貴方なんだよ」

「い、意味が解らなくはないけど……。でも、私は―――」

 

 私たちは2人で1人のような状態でありながら、男女の差でもあるのかそれぞれ独立した存在だ。だから外面は同じだろうと、イッチーが好きなのは私の方だと黒乃ちゃんはいう。だが、藤堂 黒乃として愛され愛し合ってきた身としては、いまいち納得のできる話ではなかった。

 

 だってもしそうなのだとするなら、例えば私と黒乃ちゃんが完全に別個体の人間だろうと、イッチーは私を選んでくれるといっているようなものじゃないか。ほら、そういう認識だと一気に理論が成り立たなくなるような気がしてこない?

 

「聞いて、お兄―――ううん、お姉さん。貴女には、どうか幸せになってほしいの」

「黒乃ちゃん……」

「それに、貴女なら一夏くんを幸せにしてあげられる。だって、貴女が一夏くんに愛されているんだから」

 

 黒乃ちゃんは私の両手を包み込むように握ると、私に幸せになってほしいのだという。ご本人から許可というか、認定が得られたのは確かに栄えあることに違いない。しかし、重ねて愛されていない自分は無意味という表現をする黒乃ちゃんになんだかえもしれぬ感情が過る。

 

 お前がいうなといわれてしまえばそれだけだが、本当にそれでいいのかと思ってしまう。だが、やっぱり黒乃ちゃんを殺さないのは苦しめることなのだろうか。楽にしてあげたいという気持ちもあるけれど、それだってファッキンゴッドの思う通りでもあるじゃないか……!

 

「ごめん黒乃ちゃん、そのお願いだけは聞けない」

「なん……で……どうして……?消えちゃうんだよ、このままいくと貴女は―――」

「同じだよ、そこも同じなんだよ黒乃ちゃん。キミだって、私の為に消えようとしてくれた」

 

 お互いがお互いの足を引っ張り合っているのかも知れないが、ここで黒乃ちゃんに引導を渡すのは絶対に違う。黒乃ちゃんが私の為に消えようとしたのなら、私も同じくとして黒乃ちゃんのために消える覚悟を決めるべきだ。って、それだとふりだしに戻ったのと同じだけどね……。

 

「だからそれは、私がもう一夏くんに―――」

「まだ時間はある!足掻こう、私1人でもなく黒乃ちゃん1人でもなく、私たち1人で!合言葉はキルゼムオール・ファッキンゴッドでどうよ!」

「はぁ…………?」

 

 なんでもかんでも後ろ向きに考え過ぎだよなぁ、私も黒乃ちゃんも。どっちかが消えるのはまず確定だ、けど上等じゃねぇかこの野郎!時間いっぱいギリギリまで足掻いて、最期は華々しく2人で消えるとかだね、あのファッキンどもが面白く思わない消え方でもしてやろうじゃねぇかよおおおおっ!

 

 ……なんて私の力説に対し、黒乃ちゃんはものすごーく残念ななにかをみたかのような顔つきになる。なにかってなにかと聞かれたら私なわけでして、まぁ確かに残念ですわ。のっけから合言葉を決めてしまうくらいに段階をすっ飛ばしているせいか、困った様子の返事が返ってくる。

 

「あ、あの……それってなんの解決にもなってないよね?」

「まったくもってその通りでございます!」

「全力で全肯定!?もう、なんなのこの人!」

 

 そりゃ解決になんてなっていませんとも、だってこれは解決策ですらないんだもの。仁王立ちしながら得意気に返してみれば、黒乃ちゃんはもはや私の扱い方を理解できないとでもいいたげだ。宣言しておこう、私は常識じゃ計れない。

 

「奴らの思い通りにさせないなんて、方法は他にもいくらだってあるさ」

「それはそうかも知れないけど……」

「さっきもいったけど、なにもそれをキミ1人で実行する必要はないんじゃないかな。吠え面かかしてやりたいのは私だって同じだよ。というわけで、キルゼムオール・ファッキンゴッド!はい、続けて!」

 

 これ以上、悲しいことを黒乃ちゃん1人に背負わせてなるものか。私と彼女はまさに一心同体。私だって思い出せはしないけど、そもそも奴らに殺されなければこうなることはなかったんだ。だとしたらもうやることなんてリベンジくらいしか私の頭じゃ思いつかないもんね!

 

 私は高らかに頭上へこぶしを突き上げつつ、合言葉として取り決めたキルゼムオール・ファッキンゴッドと叫んだ。そのまま腕を振り下ろし、ズビシ!と黒乃ちゃんを指差しながら復唱を求めた。しかし、無反応どころか顔を俯かせているじゃないか。

 

「フフッ、フフフフ……。そっか、一夏くんが好きになるのも解かるなぁ」

「黒乃ちゃん?」

「すぅ~……キルゼムオール・ファッキンゴッド!」

「よ~し、その調子だ!キルゼムオール・ファッキンゴッド!」

 

 身体が小刻みに震えているから、笑っているというのはうかがい知れる。その後に続いた言葉は声が小さくて聞き取れなかったが、黒乃ちゃんがノッてくれたからそんなのは気にならなかった。というか、ノッてくれたのはいいもののなんだか恥ずかしそう。外面は同一だけど、うん、恥じらう姿がなんとも可愛い。

 

 そんな姿をもう1度みたかったというわけじゃないが、私はまたしても拳を突き上げ高らかにキルゼムオール・ファッキンゴッド!すると、今度は黒乃ちゃんもすぐ続けてくれた。その後しばらく、決起集会のごとく何度も何度もそれを繰り返す。

 

 声が枯れるまで、疲れてしまうまで私たちは叫び続けた。体力を消耗し、ぜぇぜぇと肩で息をした後に顔を見合わせ、どちらともなく苦笑を浮かべる。なんだか2人で1人といっておきながら、初めて心が通じ合った気がした。すると黒乃ちゃんは、大きく深呼吸をしてから―――

 

「ありがとう、私の身体を預けたのがお姉さんで本当によかった」

「うん……こっちこそありがとう。キミの慈悲で私はここで生きていられるんだから」

「慈悲なんて大げさだよ、物理的にお姉さんを怪我させたのは変わりないもん」

 

 目を細め、ふわりと穏やかな笑みを浮かべて私にありがとうという。けど感謝するのはこちらの方だ。身体を貸してくれていることもそうだし、なにからなにまで感謝してもしきれない。だが黒乃ちゃんは、わたわたと両手を振りながらむしろ私に謝罪をするじゃないか。私こそ、謝っても謝り切れないというのに。けど―――

 

「頼みがある、もう少しだけキミの身体を貸してほしいんだ。私にはまだ、やらなきゃならないことがあるから」

「うん、もちろんだよ。私は基本お姉さんの中に居るから、聞きたい事があったらどうにかしてここに来てね。あっ、ちなみにだけど、その、一夏くんといろいろしてる時は、ちゃんと奥に引っ込んでるから安心して!なにも見聞きしてないから!」

「お、おう……あ、ありがとう」

 

 やらなくちゃならないことってひと言でいっても、内容はかなり山積みだ。亡国機業のこととか、束姉のことだとか、その先になにが待つのだとか。いつまでこうしていられるかは解らない。が、その最中に奴らへの対抗手段を模索するつもりだ。

 

 きっと、いつか答えは見いだせる。今までのような希望的観点からではなく、前向きに、未来へ歩を進めていくためにもそう信じるのだ。だから、私はいつまでもここへはいられない。———のだが、ここで1つ問題が発生した。それはとてつもなく単純、ここから―――

 

「ところでさ、どうやってここから帰ればいいのかな?」

「…………あ~……え~と、う~ん……」

「……知らないのぉ!?もし本当に私がキミを殺してたら完全に詰みだったじゃん!」

「ほ、ほら、そこはイメージでどうにかなるよ、ISのイメージインターフェースとかと同じで!多分!きっと!メイビー!」

 

 なんだこの子は、なんだこの子は、なんとなく私に似てない事も無いぞ。私が神に選ばれた理由って、そういう部分もあるのかもね、アハハ~。…………なにもポンコツなとこが似て無くてもいいじゃない!いや、完全に私よりは軽度で済んでるんだろうけど、呼んだはいいけど帰す方法を知らないのはどうかと思うよ!?

 

 しかも最後の方はイメージでとか身も蓋もないこといいだしちゃってるし!自信のなさそうな多分、きっと、メイビーは完全に余計だし!いや、認知で概念の世界なら大概のことが想像通りになるのかも知れないけどさぁ……。なんだかなぁ、いやもう本当に、なんだかなぁ……。

 

「し、信じるよ?信じるからね!」

「イエスイエス、トラストミー!レッツギブイットアトライ!」

「私もキミがよく解かんなくなってきましたけど!?なにさそのカタコトの英語は!……え、ええい……も~ど~れ~!」

 

 私のことをなんなのこの人といっておきながら、なんだかんだで黒乃ちゃんも面白い性格してやがる。あぁ……やっぱそういうところも似てるのね。微妙な気持ちに拍車がかかる中、私はとにかく帰還する姿をイメージし続けた。もっと具体的には、海中から浮上するようなイメージ……だろうか。

 

 するとどうしたことだろう、フワリと浮かび上がるような感覚が身体を走ると同時に私の意識がだんだん遠のいていくのが解かる。マ、マジでなんとかなった……のかな……?そうだと、いいんだけど……。あぁ、どうか、どうか……このまま目が覚めませんでした……なんてことになりませんように……。

 

 

 




藤堂 黒乃の生きる意味、それは織斑 一夏に愛されることのみ。

そういうわけで、未遂で終わったものの黒乃は自ら死を選んだのです。
私を殺してとストレートに言わなかったのは、憑依者がそういう性格ではないから。
自らの命に危険が迫った際の生存本能に賭けようとしたわけです。

次回あたりから新章へ突入といったところでしょうか。
しばらくは黒乃が眠っていた間のお話が続きそうです。


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第104話 一夏の空白

今話あたりから、原作から剥離し始めます。
落ち着いたら今後の方針を活動報告あたりで語らせていただこうかと。
興味のある方は、ぜひご覧になってみて下さい。


(う……?)

 

 意識を完全に手放し目を閉じて次の瞬間に開いてみれば、まばゆい光が私の眼前に広がった。その光は綺麗なオレンジ色―――どうやら時刻としては夕暮れらしい。そうか、謎空間と現実世界では時間感覚に差があるのだな。またしても数時間ほど気絶してしまったのか。

 

 いや、私が寝かされている場所をみるに気絶では済まなかったのだろう。ベッドの隣に視線をやれば、そこには心電図モニターや点滴が。明らか生死が危うい状況下であった可能性が高い。そんな大仰なものが置いてあるということは、ここは保健室じゃなくて本格的医療機関かな。

 

(けど、学園であることも間違いないみたいだ……)

 

 室内のなんとなく近未来感を醸し出すデザインは、ほぼ間違いなくIS学園のものだ。気絶した影響もあってか、身体に力が入らないけれど手こずりながらも上半身だけを起こす。そのまま周囲を見渡すと、各所に学園の校章を見つけることに成功。やっぱり私の考察は正解だったみたい。

 

 ———って、あれ……?なんだか髪の毛が異様に長くなっているような。普段でも驚くくらいに長いから、定期的に切ってもらってある一定の長さをキープしているはずなのだけれど……。……うん、やっぱり既定のラインを大きく超えている。えぇ……?精神世界から帰還して髪伸びるとか、某オサレ漫画でもあるまいし。

 

 これは気のせいで済ますにはあまりにもだぞ。なんなんだ、寝てる間に育毛剤とかでイタズラされた?……ってのは絶対にないよなぁ。う~ん、このままでは埒が明かない。自分の足で歩き回って、どうにか正解を導き出すことにしよう。そうやってベッドから降りようとしたその時、病室のドアが開閉する音がした。

 

「……黒乃…………?」

(あっ、おはようイッチー。……また酷い顔。させちゃってるのは私だけど……)

「くろ、の……。あぁ……黒乃……!本当……か……?本当に……お前が起きて……」

(え、あの、そんな大げさな……)

 

 イッチーの表情はなんというか、まるで私が目を覚ましたことが信じられないかのようだ。おはようという意味も込めジッとその姿をみつめていると、なにやらイッチーは腰砕けのように崩れ落ちた。しかも、そのまま這うようにして私のベッドへ近づくではないか。そして―――

 

「ごめん、ごめんな!……お゛れ゛っ……が……守ってやれなかったから!」

(あぅ……イッチーの痛いくらいのハグ……!最っ高っ……!―――じゃなくて、心配かけたんだから謝らないと。ごめんね、イッチー。私はもう大丈夫だよ……大丈夫だから……)

 

 こんな泣きが入っているイッチーは初めて見た。私にすがるように抱き着けば、耳元ではなんなら全ての発音に濁点がついてしまうような喋りで懺悔を口にする。私を想ってくれているということで個人的には幸せ満点だが、それはイッチーに心配をかけた裏返し。

 

 イッチーを抱き返すかのようにして、右手は後頭部へ。泣くのを必死でこらえようとしているイッチーの後頭部を、ただひたすらに撫で続けた。私としては落ち着いてほしかったんだが、イッチーの懺悔は止まらない。それどころか、衝撃の言葉が飛び出てくるではないか。

 

「俺のせいで、黒乃がそんな辛い目に……!1か月も眠りっぱなしに……!ごめん……黒乃ぉ……!」

(……い、1か月……?ちょっ、ちょっと待って!)

 

 謝罪に混じって、本当にとんでもない台詞だったせいか思わず聞き逃してしまいそうだった。しかし、確かにイッチーは私の耳元で1か月といったはず。私はもう1度室内を見回すと、日時と曜日が表示されるタイプの壁掛け時計に目をやる。すると確かに、大会当日プラス1か月ちょっとくらい経過していた。

 

(そ、そうか、だからこんな髪も長くなって……。というか、えぇ……?じゃあ時間の流れはいったい……。なんか要因があるはずで―――って、あ、もしかして……!?)

 

 単純に時間経過で髪がこんなに長くなったというのは納得がいくとして、どうにもそんなに目が覚めなかった理由があるように思えた。考えを巡らせていると、私には心当たりというものがあった―――というかあってしまったという感じ……。

 

 向こうで、精神世界の方で認知と概念を弄った。それは何故?魂が具現した姿とはいえ、痛かったから傷を治すためだ。その方法は?……認知と概念の法則を利用し、傷が治るまで時間を経過させたからだ。もし、もしだ……傷が治るまで必要な時間を、現実世界で浪費してしまっていたとするなら……?

 

(……余計に心配をかけた理由―――やっぱり私かーい!)

 

 

 

 

 

 

―――約1か月前―――

 

「……実力ある人って、自己犠牲精神も強くなるわけ?」

「いきなりなにを言い出すのです、鈴さん」

「だってそうでしょ、会長さんも黒乃も……。アタシらはそんなに頼りになんないのかしら」

 

 黒乃の寝かされている病室には、襲撃を受けた専用機持ちが楯無さんと簪を除いて集合していた。楯無さんの方は大事には至らず、保健室の方へ運ばれたからだ。簪はそれに付き添い不在ということ。そんな中、ベッドで眠る黒乃に対して鈴が吐き捨てるように告げた。

 

 ……黒乃には悪いが、それには同意せざるを得ない。もう少し待っていてくれれば十分に―――いや、この思考は甘えだ。俺がもう少し早く着いていれば、あのクソ野郎をとっとと殺してさえいれば……!全ては俺のせいだ。溜めていたエネルギーのはけ口だって、俺の……白式の左手には存在しているってのに……!

 

「鈴、今すぐ訂正しろ。それは黒乃の行為を踏みにじる発言だ」

「あ゛……?ハッ、んなもんいくらでも踏みにじってやるわよ。誇りが大事?違うでしょ、黒乃が無事ならその方がいいに決まってんじゃん!」

「ちょっ、ちょっと2人とも落ち着いてよ!」

「喧嘩がしたいのなら他所でやれ、なんなら私がまとめて相手をするぞ。―――姉様を安心して寝かせてやる気がないのなら……な」

 

 箒の言葉は、黒乃が俺たちを頼りにしていないわけがないという意味を孕んでいるように聞こえた。それでいて、誇りを優先的に讃えるべきという意味も……。鈴としてはそこが気に入らなかったらしい。比較的に沸点が低いせいか、誇りなんかクソ喰らえだと箒に詰め寄った。

 

 その間に入っていったのはシャルロットとラウラの両名。温厚な性格であるシャルロットは喧嘩なんてなにも生み出さないと、冷静ではあるが合理主義なラウラは静かにできないなら強制的に黙らすというニュアンスで、それぞれの思いの丈を述べた。

 

 それでお互い冷静でなかったと反省したのか、伏し目がちに謝罪をし合う。……みんな、なんとなくピリピリしてしまっているようだ。黒乃や楯無さんのことも当然だが、やはり見知った人物があっさりと学園を裏切り、なおかつ生死不明というのが大きいのかも。

 

 いや、奴は―――近江 鷹丸は、初めから俺たちの仲間ではなかった……というのが正確な表現だ。だから、裏切るという表現は適当ではない。どちらにせよ、見知った人物が友人の意識不明に関与しているとなれば、こうして士気が下がってしまうのも無理はない。

 

「黒乃の容態はどうだ?」

「千冬姉……。とりあえず峠は越えたって先生は」

 

 険悪なムードが広がる最中、事後処理を終えたらしい千冬姉が病室へ駆けつけた。……きっと学園のことなんて後回しにしたかっただろうに、監督する立場上そうはさせなかったのだろう。開口一番で黒乃の容態を尋ねられ回答したが、喜んでいいのか悪いのか……そんな複雑な表情を浮かべていた。

 

「ああ、織斑先生……お待ちしてました」

「待っていた、とは?」

「患者さんのことでお話しなければならないことが。織斑ご姉弟以外の皆さんは席を外してほしいんです」

 

 騒ぐ俺たちのことも相手に出来ないほど忙しそうな先生だったが、千冬姉が現れたのを察知するとこちらへ向き直った。どうにも俺と千冬姉のみに話しておかなければならないことがあるらしい。恐らくは、この人数だと混乱を巻き起こす可能性が高いからだろう。

 

 それはつまり、悪い報せであることを暗示させていた。しかし、鈴を筆頭として先生の言葉は反感を買う。それはそうだ、報せそのものがよかろうと悪かろうと黒乃の友人として聞いておきたいはず。だが、そんな皆を黙らすのは千冬姉の静かなひと言だった。

 

「……お前たち、どうかここは引いてくれ。頼む……」

 

 千冬姉だって人だ、頼みごとくらいはする。だが、このように懇願すると表現するような頼み方を聞いたのは初めてだった。それはかつて付き合いがあった人物たちには深く突き刺さり、箒、鈴、ラウラと病室を後にする。セシリアとシャルロットは、慌ててそれを追いかけるような形となった。

 

「……どうぞ、話せるタイミングでお願いします」

「……はい、それでは単刀直入にいいます。……藤堂 黒乃さんですが、いつ目覚めるのか全く目途が立たないんです」

「…………は?なん、だよ……どういうことだよ!?先生、アンタ峠は越えたってさっきいったろ!」

 

 悪い報せだということは覚悟していた。けど……そこまでのことなんて想定していられるかよ。あぁ、今にも絶望に押しつぶされてしまいそうだ。それを防ぐために、俺には叫び散らすという手段しか残されてはいなかった。いつもだったら千冬姉にすぐ止められていただろうが、珍しく口を一文字につむぐばかり。

 

「申し訳ないですが、原因は不明なんです……。脳波にも異常は見られないのに、目覚める兆候が全く―――」

「どいつもこいつも黒乃のときは解らないで済ましやがって……。アンタら医者だろ!なんでいつも黒乃のことを助けてくれないんだよ!?」

「……よせ、彼女は黒乃の命を救ってくれたんだ。とりあえず生きているのならそれでいい」

「いつ目が覚めるか解らないんだぞ!?そんなの死んでるのとおな……じ……」

 

 何故なんだ。どうして黒乃に関わる病気や怪我は、いつだって医者が匙を投げる。普段はあの手この手で沢山の患者を救っているというのに、どうして黒乃だけ……!解っている、俺のしていることは八つ当たりでしかない。けど、そう問い詰めずにはいられなかったんだ。

 

 だが、ついに千冬姉が俺を制した。肩をガッシリ掴みながら冷静な言葉で俺を落ち着かせようということなんだろうが、今の俺にとっては火に油を注ぐこと他ならない。千冬姉にも八つ当たりという形で暴言を吐きそうになったが、振り向いてその姿を視界にとらえた瞬間に俺はなにもいえなくなる。

 

 千冬姉が泣いていた。いつも通りの厳しい印象を受けるその顔に、細いながらも涙が止まらず流れ続けていた。……産まれてこのかた、千冬姉の泣いている姿なんてみたことはない。父さんや母さんが死んでしまった時でさえ、黒乃がああなってしまった時でさえ千冬姉は毅然としていたというのに。

 

 それだけに、もう俺はなにもいえない。いう資格など持ち合わせてはない。後は力なくその場に崩れ落ち、己の無力さを呪うばかり。あぁ……心の中を暗いものが満たしていくのが解かる。黒乃が生きているというのは解かるが、だけど俺は―――

 

「もちろん原因究明には全力を尽くします。お気持ちは察しますが、どうか彼女のことを励ましてあげてください」

「……ええ、ありがとうございます。おい一夏、いつまでそうしている」

「…………ああ、解ってる」

 

 いつまでそうしている……か、その気になればいつまでだってこうしていられるさ。立てない、立ちたくない、俺のナニかが足へ力を入れることを拒んでいる。だが立つ努力くらいはしないとならない。俺の腕をグイッと引っ張る千冬姉の手を借りつつ、ようやくその場から立ち上がる。

 

 しかし、足取りはまるで錘でも着けたように重かった。一歩一歩が気だるくて仕方がない。本当に俺は前に進めているのかと錯覚を感じる程だ。どれだけかかったのか、それとも俺が思っている以上に早かったのかは解からない。だが、なんとか病室から出ることができた。

 

 廊下へ出てみるが、そこへ皆の姿はない。話が聞こえてはならないと気を遣ったのだろう。それは大変ありがたいことだ。今質問攻めにされたって、なんて答えていいか解かるものか。それに、俺自身もう黒乃が目覚めないかもなんて口にしたくはない。

 

「……一夏、もし私が姿を消しても気に留めるな。その時は、どうしてもやらねばならんことがある証拠だ」

「え……?なにいってんだよ……。黒乃がこんな大変な事になってる時に、他に重要なことなんて―――」

「近江 鷹丸だ」

 

 ボーっと立ち尽くす俺に、背中を見せたままの千冬姉がそう告げた。それは姿を消す可能性があるということ。我が姉らしくない言葉じゃないか、職務を放棄する気があるなんて。なにより、千冬姉が居てくれた方が黒乃も喜ぶに決まっている。だが、奴の名が出て来たことで、どういうつもりの言葉か察しがついた。

 

「千冬姉、まさか……」

「……奴はまだ必ず生きているはずだ。黒乃が目を覚まさない最中、奴はあのけった糞が悪い笑みを浮かべている。そんなこと我慢がなるものか!奴は……必ず私の手で息の根を止める!」

 

 近江 鷹丸が生きているというのは俺も同意だった。ああいうのは殺しても死なないというか、しぶといものだという根拠のない憶測でしかないが。だから、ならば、千冬姉は奴を仕留めなければならないと意気込んでいるようだ。……だから俺は黒乃の傍に居ろということなのだろう。

 

 千冬姉はそれだけ言うと、ズンズンと乱暴な仕草で何処かへと向かっていく。姿が見えなくなるまでその背を見つめてから、俺も歩き出―――そうとしたのだが、さて、どこへ向かえばいいのだろう。あぁ……解からない……なにもみえない……道の先はただ暗い。

 

「黒乃ぉ……!」

 

 俺はどうしたらいい?次はなにをすればいい?黒乃が隣に居ないという俺にとっての非日常は、こんなにも耐え難いものだったのか。自分がどれだけ黒乃を導にしてきたというのが解かる。隣を歩けていたと思っていたのに、なんと情けないことだろう。

 

 ……頑張らないと、な……。このままでは黒乃に心配をかけてしまう。そうだ、気をしっかり持て、なにもまだ黒乃が目を覚まさないことが確定したわけじゃない。ちゃんと黒乃におはようっていってやれるように、なにごとも起きなかったかのように生活を送らねば……。

 

 

 

 

 

 

「藤堂さん、もうかなり眠ったままだよね……」

「うん……。ようやく怖い人じゃないって解って仲良くなれたのに……」

 

 黒乃が目を覚まさないまま2週間ほどだろうか。学園内の雰囲気をみるに、支持派と反対派の勢力は五分五分くらいにみえる。黒乃と和解を果たした者は、より黒乃への支持を強いものにした。自らを犠牲にしてまで無人機を仕留めたという点からだろう。

 

「やっぱあの女がいないと平和じゃない?」

「いえてるー。ってか、1人であれだけ学園めちゃくちゃに出来るってヤバいっしょ」

 

 逆に、黒乃を敵視する者はより反発を強めている。黒乃を混乱と破壊の象徴としか見れなくなっているうえに、黒乃と無人機が交戦してできあがった破壊痕を目撃したせいかもしれない。……確かにどこもかしこも歩けないような状態だが、黒乃はお前らみたいな連中のことも守ろうとしたってのがどうして―――

 

「……一夏」

「ああ、織斑せんせ―――いや、千冬姉でいいのか?」

「私がお前を名で呼んだ、後は察しろ。それよりも……随分やつれたな」

「ハハ……ちゃんとしなきゃってのは解ってるんだけどさ、頭では解ってても身体がいうこと聞いてくれなくて」

 

 珍しいことに、千冬姉が他人の目がある状態で俺を名の方で呼んだ。一応の確認として問いかけてみるが、察しろというのならそういうことなのだろう。それよりも、千冬姉は俺の状態が気になるらしい。精神的にはなにをすれば解からない時よりマシだろうが、どうにも健康状態の方がな……。

 

 飯が喉を通らなければ、夜はグッスリ眠れもしない。こんな状態では生身でもISでも訓練は行えず、筋肉が衰えかなり体重も落ちてしまった。今の俺の顔は酷い物で、肉も少なければ隈もある。……なんとかその日の生を繋げているといったところだろう。

 

「なんなら休学しろ、そのままだと―――」

「いや、そのつもりはない。しっかりしないとダメなんだ……そうさ、じゃないと安心して黒乃が―——」

「1人の世界に入るな馬鹿者、私とてお前に用事があるから呼び止めたのだ」

 

 今の俺は完全に精神を病んでいる。強迫観念に駆られ、自らを追い込む方へ強いているのだ。そうさ、解ってはいるんだ……解っては……。そうやって1人ブツブツ呟く俺を見かねてか、千冬姉はほんの乗せるくらいの力で俺の頭に出席簿を置いた。それよりも、千冬姉の用事とはなんだろうか。

 

「これをしばらく預かってほしい」

「俺たちの家族写真……?大切なものだろ、それに預かれっていわれたって同じの持ってるし」

「一夏、察しろ」

 

 千冬姉が俺に手渡したのは、俺たち家族が最後に撮影した集合写真だ。それは写真立てに収められており、遺された俺たち3人は似たような物をいくつも所持している。そんなものをわざわざ預かれという真意が解らなかったが、千冬姉は俺の目をジッと見つめ―――ただひとこと察しろといった。

 

 ああ、察するさ……。つまりこれは、奴の前へ赴くという覚悟の現れ。つまり、奴の―――近江 鷹丸の居所を掴んだということなのだろう。だから、千冬姉にとって最も大事な物を俺に預け、それを必ず返してもらうという覚悟を決めたのだ。そうか―――

 

「……必ず取りに来いよ、あんまり待たせるとぞんざいに扱うからな」

「フッ、その時は殴り飛ばしてやる」

「楽しみにしてるよ」

「そうか……ああ、そうだな。一夏、黒乃を頼んだ」

 

 奴の居場所を見つけようと、そう簡単に倒せるような相手ではないはず。どんな手段でくるのか想像すらつかない。2度と千冬姉の顔を拝むことができないのかもという不安が過るが、俺はそれを止めることができなかった。なにせ、黒乃を頼まれたのだから。

 

 千冬姉はそれだけいうと、ヒールをカツカツと鳴らしながら歩き去っていった。……これを最期だとか思うのは、縁起でもないから止めておくか。さぁ、俺も自分の用事を済ましに行こう。俺も廊下を歩き出し、黒乃の眠っている病室へ急いだ。

 

「黒乃、今日もちゃんと来たぞ」

 

 病室の扉を開くなり、無理矢理にでも朗らかな笑みを浮かべ軽い調子で挨拶をかけた。当然ながら返事はない。まぁ返事に至っては、残念なことにいつものことではあるのだが。いや、そんなことよりも貴重な放課後を無駄にしてはならない。この時間が最も長く黒乃と一緒に居られるのだから。

 

「そういやこれ、忘れててさ。今はつけといてもらいたいんだ」

 

 俺が持ってきておいたのは、婚約の証ともいえる指輪だ。オニキスカラーのそれを黒乃の左手薬指にはめこむ。……起きていない黒乃と俺の、唯一の繋がりといっていい。心は今でもキチンと繋がっているのを感じている。だが、もっと物理的な証拠が欲しくなってしまったのだ。

 

 ……ああ、繋がりというならこれもちょうどいい。俺はベッドの隣にある小さなテーブルに、千冬姉から預かった写真立てを置いた。これなら、父さんと母さんも黒乃を見守っていてくれるはず。そして黒乃が目覚めたときにいってやるんだ、俺たち家族がずっと傍にいたんだぞ―――って。

 

「今日もいろいろあったぞ、時間が許す限り話すからちゃんと聞いてろよ?」

 

 時間があればここへ立ち寄っているが、放課後は決まってその日に起きた出来事を語って聞かせる。皆も無理していつもの日常をという雰囲気は感じるが、やはり学園での過ごす日々は凄まじく濃く、話すことがない日なんて1日たりともなかった。

 

 ここ最近のスケジュールはこればかり。黒乃のためだから全く苦に感じたことはないが、やはり俺が肉体的に限界を迎える日もきてしまうだろう。俺がぶっ倒れたら、ぜひこの病室に運び込んでくれれば幸いだが。……そうやって日々を過ごしていたある時だ―――俺の耳に飛び込んで来たのは、ボロボロになった千冬姉が発見されたという報せだった。

 

 

 




黒乃→頬の怪我治したせいですごい時間経過しとりますがな!?
一夏→黒乃が1か月も意識不明に……!

千冬が怪我をした原因は後ほど。
次回は奴のターンでお送りします。


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第105話 兎と鷹とその娘

予告通りアイツの視点でお送りします。
時間軸としては黒乃が目覚める前とお考え下さい。


「ねぇパパ、どうしておそらはあおいの?」

 

 始まりは1つの小さな疑問だった。子供も大人も関係なく、ふと過るような日常生活において全く役に立ちそうもない小さな疑問。あの日、父さんに肩車をされた僕が空を仰ぎ見ながら聞いた疑問。すると父さんは、難しそうな唸り声をあげてから答えた。

 

「ん~……海が青いのは空が青いからだそうなんだが、空が青い理由は知らないねぇ」

「そっかー。うちゅうはまっくろなのにね、なんでたいようがあるとあおいのかなって」

「おっ流石は我が息子、着眼点が違うじゃねぇの。いわれてみりゃそうだよなぁ」

 

 父さんは賢いし知識も深いが、別に空が青い理由なんてのは気にしたことがないらしい。その解答について残念に思いつつ、空をジッと眺めながら別の角度から不思議に感じたことを述べてみる。そんな僕の疑問だらけの言葉に対し、どうにも父さんは嬉しそうに笑い飛ばした。

 

「お前さんは研究者向けなのかもねぇ」

「なにがむいてるとかじゃないんだ。ただね、なんだかしりたくてしかたないの」

「ワクワクしてるか?」

「うん、ワクワクしてる!どうしてわかったの!?」

 

 これがきっと、僕の知りたいという欲求の芽生え。どうしても、不思議だなと思うことを不思議のまま終わらせられなかったんだと思う。そのうえで、不思議のままの状態でアレコレ考えているとワクワクが止まらなかった。それを見抜かれて心底から驚いていると、父さんはそういうのが研究者に向いているのだという。

 

「よし、そうなりゃ今度パパがいいものをプレゼントしてやろうな」

「いいもの?それって―――」

「あーっ、社長発見!鷹丸様と戯れるのは大変けっこう。ですが会議だけはすっぽかさないで下さい!」

「あらら、見つかっちった。悪い鷹丸、また機会をみつけて遊ぼうな」

「うん、がんばってねー」

 

 あの時代に鶫さんは就職していなかったし、秘書が男性っていう理由で父さんは頻繁にサボっていたっけ。僕がまだ幼く、相手をしてくれていたというのもあるのだろう。時には一緒にあちこち逃げ回った時もある。その際に父さん流のエスケープ術を伝授してくれたり……。

 

 こんな日々を過ごす僕は、子供ながらになんて幸せな家庭に産まれたのだろうかと思ったのをよく覚えている。しかしいつからだろうか、知って知って知り尽くさなければ満足できなくなったのは。それた多分だけどあの日、父さんにあれをプレゼントされてから。きっかけは1冊の本だった。

 

「ほれ鷹丸、前にいったプレゼントだ」

「わぁ、なにこれ、デッカイえほん?」

「ちっと違うな。そりゃ図鑑っつーもんでな、この間お前さんが聞いてきたことの答えも書いてある」

「ホント!?……うぅん?ねぇパパ、かんじとかえいごでよめないよぉ」

 

 自宅で父さんが悪戯っぽい笑みを浮かべながら僕に渡したのは、子供の身の丈からすれば大きく感じる様な図鑑。知りたかったことの答えも載っているとのことで、僕は嬉々としながら本を開く。しかし、中身を開ければ落胆の嵐。確かに子供向けではあるが、1桁の年齢の層にはそぐわない内容ではないか。

 

 僕が露骨に残念がりながら見上げると、それはちっと甘いぜみたいにチッチと舌を鳴らす父さんがいた。父さんは僕と目線が合うようにその場へしゃがむと、大きなその手で乱暴に僕の頭をなでる。元から癖毛なのに更にハネが酷くなったころ、父さんは僕にこう告げた。

 

「いいか鷹丸。お前さんの知りたいっていう気持ちは忘れちゃいけねぇ、一生大事にしろよ?ただな、自分で調べる努力を怠っちゃいけねぇな」

「しらべるどりょく?」

「おう、今のうちからそっちの方も大事にしときな。それを読む為の手段と方法を考えて、まぁ要するに解読しちまえってこった」

 

 父さんはそこで言葉を切ると、僕を肩に乗せてどこかへ歩き始めた。向かった先はあまり使われることのない書斎で、そこにはあらゆる本が並べられている。そう、僕にとっては始まりの場所だ。あくなき探究を続けることになった僕の。

 

「こいつは漢字辞典つってな、漢字の読み方が書かれてる。こっちはその英語バージョンみてぇなもんだな」

「それをつかえばこれがよめるようになるね!パパ、ぼくものすごくワクワクしてる!」

「カッカッカ!流石はパパの子だな、うん、お前さんならそういうと思ったぜ。よし鷹丸、ここは自由に使って良いぞ。でもあまり高い場所の本は無茶して取ろうとすんなよ。適当に使用人を捕まえて―――って聞いちゃいねぇな……」

 

 目を輝かせていたであろう僕に対し、父さんが豪快に笑い飛ばしたあたりまでは記憶しているかな。父さんがなんだか忠告をしていたような気はする。まぁ、本が覆い被さってきたら大変だったろうしね。きっと、父さんが僕に目を配るよう使用人の皆さんにいっておいてくれたのだろう。

 

 それからというものだ、僕はいわゆる頭角を現したという状態になった。知りたい事を知りたいままに、そうやって自分の好奇心の赴くままに解決へ導こうとすれば―――不思議と理解できてしまうのだ。当時の僕はあまり気にはしていなかった。だって、それは僕が努力した結果だと信じていたから。

 

 しかし、周囲の人間からすればそれは信じられないことだった。年齢にそぐわない知識量、理解力、柔軟性―――それらを所持していた僕は、いつしか神童と呼ばれるようになっていく。僕はそんなことどうでもよかった、周りが僕のことをどう呼ぼうが関係なんてない。

 

 ただ僕は知りたいだけだから。僕の知らないことを知らないままにしていられないだけ。だが、いつしか他人が僕の知識を求めるようになった。僕の知的好奇心を利用するようになった。これについても特に思うところはない。むしろ解決策としては合理的かつ効率的、僕としても望むところだ。

 

 人間は好きだよ、1人1人が様々な感情や考えを持っていて、僕の知的好奇心からくる調査では人生が何度巡ろうと誰1人の感情も理解しきれないだろうから。けれどなんだろうね、やはりどこか違うんだ。解ろうとする努力はするが、僕と彼らもしくは彼女らは永遠に解かり合えない。

 

 やはりこれを寂しいと思った事はない。だが、誰か僕と同族がいればもっと人生が楽しくなるだろうと思った事はある。そうだな、彼女との出会いも1つの―――いや、僕の人生の大きな分岐点。彼女との出会いとして小さなきっかけをあげるなら、そう……あの日風に乗って舞ってきた1枚の……―――

 

 

 

 

 

 

(夢……か……。つまり、僕はまだ生きている……と)

 

 光を感じて薄ぼんやりと開いてみると、どうにも見覚えのある天井が目に飛び込んで来た。それにしても、随分と懐かしい夢を見たな。やっぱり死にかけたことが起因していたりするのだろうか?そのあたりはおいおい考察するとして、僕の現状を把握しよう。

 

 痛み……は、ほとんどないな。身体中に包帯が巻かれているのは、一応の処置といったところか。折れた鼻はキチンと矯正してあるみたいだし、この分なら問題なく元に戻るだろう。歯も……全部そろっている。一夏くんの拳で結局のとこ3~4本は折れちゃったからねぇ。

 

 それでコイツが最も重要だろうけど、この右足は―――まぁ義足だよね。神経に直接繋いでいるのか、僕の意志に従ってある程度は動かすことができる。けど、健常者と同等の動きはもう出来ないだろう。いいか、立てるだけで十分でしょ。僕がそうやって義足の調子を確かめていると、不意に部屋の扉が開いた。

 

「目が覚めましたか」

「やぁ、クロエちゃん。わざわざご苦労様」

「その言葉はそのまま返させていただきます」

 

 僕の様子を見に来たのは、ボーデヴィッヒさんと外見的特徴が一致するが別人である少女―――クロエ・クロニクルちゃん。ある時に束さんに呼び出されて向かってみれば、彼女を拾ったのだと意味も解らず得意気に説明された。以来、束さんはクロエちゃんを娘と自称して共に暮らしている。

 

 それにしても、ご苦労様をそっくりそのまま返す……ねぇ。まぁ、確かに僕のが絶対に苦労はしたけどさ。基本的に冗談が通じなかったこの子に、まさかこんな形で1本とられる時がこようとは。ふむ……いろいろと教え込んだ身としては、なんだか嬉しくもあるな。

 

「なにをニヤニヤしているのです?」

「やだな、それに関してはいつものことじゃない」

「そうですね、失念しておりました。それより、目が覚めた場合は自分の元へと仰せつかっております。こちらへどうぞ、杖も用意してありますので」

 

 どうにも嬉しさが顔に出てしまったようが、クロエちゃんは特に気にした様子をみせない。本当に失念していたのか、単に僕の相手が面倒なのかは解らないけど。とにかく、どうやら束さんが僕に用事があるみたいだから早く向かおう。僕も聞きたいこととかいっぱいあるし。

 

 ベッドから降りて用意されたスリッパをはくと、クロエちゃんから片腕用の杖―――ロフストランドクラッチを受け取った。慣れない……というか、長期間眠っていたのもありそうだが、歩くのにはかなり四苦八苦してしまう。う~む、リハビリを頑張らないとねぇ。

 

 そうしてクロエちゃんの手を駆りつつ、薄暗くメカメカしい廊下を進む。いくつか場所のある束さんのラボだが、ここは確か最も規模が大きかったと記憶している。わざわざメインのラボに居るということは、そろそろ計画の方も最終段階ということなのかな。

 

「お連れいたしました」

「ややっ、たっくんおはよ!ふふん、この命の恩人に感謝したまえー」

「はい、おはようございます。というかその言い方、やっぱり死にかけました?」

「そだよ。というかどう足掻いても死にかけはすると思ってね、いろいろスタンバっておいたのさ!」

 

 ラボ内の中枢をなす開発室へ辿り着くと、そこでは束さんが回転椅子に座って無意味にグルグルと回っていた。クロエちゃんの言葉で僕への関心が湧くと、ピョンとジャンプして椅子から離脱。どことなくあざとい仕草で僕に挨拶をかますと、得意気に命を救った私に感謝せよとのこと。

 

 傷全般の治療は、やはり束さんが行ってくれたようだ。ナノマシンぶち込んどいたから傷自体はすぐ治る、なんていうじゃないか。自己再生能力の向上ねぇ、果たしてその効果は一過性なのかな。束さんのことだから、面白がって傷がすぐ超速再生するような仕様にされている可能性は頭に入れておこう。

 

「束さん、Type Fはどうなりました?」

「ん~……えっとね……くーちゃん、タブレットどこやったっけ」

「必要になると判断して預かっておきました」

 

 僕の傷のことよりも、最終的にどのような決着だったのかを知りたかった。どうやら記録映像があるようなのだが、記録させた媒体の方が見当たらないらしい。そこらの機械やら日用品を漁るようにして投げ捨てるが、早々に捜索を諦めた束さんはクロエちゃんへ呼びかける。

 

 そこは流石クロエちゃん、僕が映像を見たがるのを見越して回収しておいたらしい。出来の良い娘に対して愛着が凄まじいのか、束さんはよしよしと褒めてから僕にそれを手渡した。そんな2人に感謝しつつ、タブレットを操作して記録映像を拝見……っと。

 

「……う~ん、また負けか。嬉しくとも楽しくともあるんですけどね」

「引き分けでよろしいのでは?」

「ダメだよ、僕は対策を重ねてで挑んでるんだ。これじゃあお世辞にも引き分けには出来ないね」

 

 黒乃ちゃんを自爆に追い込んだという実績は残るが、結果的にType Fを落とされたならそれは負けと変わらない。クロエちゃんは慰めとかではなく、疑問として引き分けではないのかと質問してきたようだ。やはりそういった部分はまだ少し理解が及ばないかな……。こればかりは、時間をかけて知ってもらうしかないけど。

 

「せっかく束さんが時間稼ぎしてあげたのに~」

「4機とも落とされましたが」

「う゛っ……そ、それはいいっこなしだよくーちゃん!」

「まぁ、どちらにせよパパとママのどちらに倒されても困るのですが。私の存在意義が失われてしまいます」

「アハハ、そうだねぇ。最終的に黒乃ちゃんを討つのはキミの―――うん?ちょっと待ってクロエちゃん、なんだか今ものすごく不穏な単語が2つほど聞こえたんだけど……」

 

 口先を尖らせてブーブーと文句をたれる束さんだが、用意した無人機を落とされたという点に関しては僕とあまり変わらない。もっといえば、貴女の場合は数が4だぞクロエちゃんに指摘されてしまう始末。特に反論らしいものもないのか、困った顔つきでそれは言ってくれるなと束さん。

 

 困ったといえば、クロエちゃんも同じといえば同じらしい。本人としては、自身の存在意義を黒乃ちゃんを倒すことと思って―――いや、ちょっと待って、待とうか。なんだかクロエちゃんが束さんをママと呼び、僕をパパと呼んだ気がする。僕が動揺していると、束さんが小悪魔な笑みを浮かべつつこう告げた。

 

「あ、そうそう忘れてた!もう学園に用事がないってことは、ずっと一緒に居られるってことだよね」

「はぁ……まぁ、行き場もないのでお世話になる気は満々でしたけど」

「でしょ?つまりこれはもう事実婚だよ!みての通り愛娘が居るわけで、私がママならたっくんがパパになるのは必然!」

 

 ……言葉を濁すのが束さんらしいが、ここまで来たなら両想いってことでいいんだろう。多分、僕が愛を囁かない限りは絶対に皆までいわないつもりだな……。それ逆効果なんだけどなー……まぁ解っててやってるんだろうけど。お互いに負けず嫌いの天邪鬼だからねぇ。

 

 といより、それこそ互いに好きだと口に出していないのに結婚というのはどうなんだろうか。束さんはいい出したら聞かないし、もうなにをしても無駄というのは理解しているのだけれど。なにもわざわざクロエちゃんにそういう呼ばせ方をする必要もないと思う。

 

「クロエちゃん、束さんに無理矢理いわされてるんだったら―――」

「……貴方と出会って、多くのことを教えていただきました。必要なことから無駄な知識まで。学んだ最中に、ふと思ったのです。父親というものがいたのなら……こういう、もの……なのではと……。で、ですから―――」

「……そうかい。ハハハ、これはまた知らない内に大きな娘ができちゃったなぁ」

 

 確かに、とある事情で世間に疎いクロエちゃんには多くのことを仕込んだ。それは義務感や使命感とかじゃなく、ましてや暇つぶしのつもりでもない。なんだろうね、僕自身が彼女へ抱く感心はどうにも言葉では表現し辛くて。ただ、そう思ってくれているのなら答えないわけにはいかないよね。

 

「クロエ」

「……っ!?は、はい……」

「キミが僕のことをそう認識している間は、僕もキミのパパとして頑張るよ。これからもよろしくね」

「……はい…………!」

 

 例外は存在するが、僕が他人称の最後にくん、ちゃん、さんを着けるのは最低限の壁をつくるためだ。けど、僕を親だと思ってくれてる子にソレはもう必要はない。恐らくは、僕が人生で初めて呼び捨てにするのがクロエだろう。僕は小さな娘の視線に合わせるようにしゃがむと、頭を撫でながら言葉を紡いだ。

 

「くーちゃんだけ呼び捨てずるくない!?私ママだよ、妻だよ!?」

「ハハハ、束さんは束さんですから」

「止めて下さいママ、みっともないですよ」

 

 束さんがさん着けなのは、簡単にいえば尊敬の現れのようなものかなぁ。呼び捨てにする予定はないから適当に誤魔化すが、彼女はどうにも不服なようで僕をグイグイと左右に揺さぶる。ハッハッハ、束さん、僕は怪我人なんですけど?クロエが止めてくれたから事なきは得たけれど。

 

 それにしても、こんな流れで所帯持ちになるとは思わなんだ。ま、どうやったって幸せな家庭になんてなりませんけどねぇ。そろそろ計画も最終段階だし、それまでは仮初だろうと全力で答えられることには答えることにしよう。時と場合によって僕の信念を優先させてはもらうが。

 

「あっ、くーちゃんくーちゃん、携帯鳴ってるよ。修復して返してないたっくんのやつ」

「……ええ、確かに。パパ、どうぞ」

「うん、ありがとうクロエ。もっしもーし」

 

 戯れている間に、束さんが携帯電話のバイブ機能が働いていることに気づいた様子だった。どうやら僕の所持品だったものらしい。あの爆発のときに破損したようだが、気が利くことに直しておいてくれたようだ。僕はクロエから携帯を受け取ると、いつもの軽い調子で通話を始めた。その相手は―――

 

『……ダメもとのつもりだったが、まさか本当に出てくるとは……近江 鷹丸!』

「ハハ、出ない理由がないじゃないですか。僕と貴女の仲でしょう?」

 

 僕を探していたようだが、灯台下暗しってやつだよねぇ。どんな手を使ってどんなふうに調べ続けたかは知らないが、当然ながら僕は見つからなかった。千冬さんは最後の手段として、アテにもしてはいなかったが僕の携帯に電話をかけてみたんだろう。

 

 言葉通り特に出ない理由はない。彼女を別段、脅威としては見てはいないからねぇ。そこまでストレートにいえば怒らすだろうし口にはしないが、裏切り行為をした後に僕らの仲だと煽っておく。すると電話口からは、私怨のこもりこもった貴様という言葉が響いた。

 

『居場所を吐け、貴様の望み通りに今度は確実に殺してやろう』

「ん~……居場所はちょっとアレですね。けど貴女の前には姿を出しますよ、一応の抵抗はさせていただきますけど」

『……果し合いを受けろとでも?』

「平たくいうならそうでしょうか。怪しいと思うなら別の方法を考えますけど」

 

 僕自身、生身での格闘能力は並み以上だと自負している。しかし、例え僕が10人居たって千冬さんには勝てないだろう。よって、時間を縫って造っておいた無人機は出します、それでもよろしかったら姿を現しますよと提案してみる。

 

 向こうは僕を殺したくてたまらないだろうからねぇ。なんたって黒乃ちゃんの敵―――って、しまったな、黒乃ちゃんの状態について聞いておくのを忘れてた。……まぁいいか、どうせ生きてるだろうし。それよりも、千冬さんが乗ってくるかどうかだが、こちらもどうせ答えは―――

 

『いいだろう、なにを出そうが叩き潰してやる。その後は貴様だ』

「それは楽しみですねぇ。時間と場所は追って指定しますよ、人の邪魔にならないような場所になるでしょうから千冬さんも移動が大変でしょうし」

『どこだろうと構わん。貴様を殺せるのなら、例え地獄だろうと向かってやろう』

 

 流石は現段階とはいえ、世界最強の称号であるブリュンヒルデを冠する女性だ。僕の誘いには必ず罠があるだろうと解かっているだろうに、まったく臆する様子もなく乗ってきた。別に正々堂々といっても問題はないだろうから、特に罠を張る気はないんだけど。

 

 僕との約束が取り付けられ次第、千冬さんはすぐさま通話を切った。会話の内容からして相手は千冬さんだと察したのか、束さんとクロエの両名はなんだとでもいいたげな様子だ。未だ興味の対象ではあるようだが、黒乃ちゃんという大きな存在を前にするとかすんじゃうのかなぁ?

 

「で、ちーちゃんなんて?」

「姿をみせろですって。束さん、ここにも何機か完成品がありましたよね?うち1機で―――」

「お待ちください。パパ、その役は私にやらせてはもらえないでしょうか」

 

 いくら僕だって彼女を舐めてかかっているつもりはない。けど、対黒乃ちゃん用に対策を張らずに正統派な性能を誇る機体をいくつか作成済みなのだ。対黒乃ちゃん用なのだから、ランクとしてはそこらのIS操縦者の遥か上をいく。それだけあれば、彼女も倒すことはできるだろう。

 

 ―――と、メンテナンスがてらに機体の様子をみようとしたその時だ、なんとクロエが出撃を志願してくるじゃないか。彼女は僕らの計画の最終段階を担う役割がある。実行に移す前に僕らの関係性が割れてもさほど痛くはないが、どうだろうねぇ……と、視線を束さんへ向けてみた。

 

「いいと思うよ、私とたっくんのか・ん・け・い―――がバレないならくーちゃんでいっとこうか」

「だってさ。でもどうしたの?キミが自分の意志で志願するなんて珍しいねぇ」

「彼女の復讐心は理解できます。家族を殺されかけたのですから、パパを殺したくもなるでしょう。ですが、それを理解できるだけに―――私も私の家族を守りたいというだけのこと……です……」

 

 どうでしょう?と目で語っているのが解かったのか、束さんは関係という部分を強調かつ官能的に発音しつつゴーサインを出した。それなら僕がこれ以上なにかいうことはないが、クロエ本人の自己主張があったもので聞かずにはいられない……パパとしてはね。

 

 するとクロエは、千冬さんが家族のために復讐しようとしているのが解かるだけに、私も家族を守りたいのだと嬉しいことをいってくれる。最後の方は消え入りそうな声だったが、逆に愛嬌が湧いてくるというもの。僕はまたしてもクロエの頭をなでておいた。

 

「じゃ、玉座に侍る者(メタトロニオス)の初お目見えといこうか。確か対人戦は初だったよね」

「最初からクライマックスって感じだね、初戦からちーちゃん相手って。いけそう?」

「相手にとって不足なしです」

 

 まぁ、勝てると思ってなかったらそんな大見得切るような子じゃないのは解かってる。クロエが出るなら千冬さんに万に1つの勝ちも消えたってことも。けど、娘認定パパ認定をし合った途端に戦わせることになるのはいくら僕でも気が引けるなぁ。

 

 IS同士の戦いの土俵だ、僕が男って時点で介入を許されないというのが悲しいねぇ。なら僕にできることといえば、既に100%近い勝率を有している状態から、更に100%に近い数字へ押し上げることだろう。それなら、もはや休んでいる暇などない。娘の為にも頑張ると宣言したばかりだ。

 

 

 




科学者サイドもわりに重要なので、今後は出番が多いかも知れません。
なるべく抑えるところは抑えにかかりますが……。

次回でようやくタッグトーナメント編の最終話になりそうです。


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第106話 玉座に侍る者

振り返ってみたらタッグトーナメント編の始動は2月中でしたよ……。
凄まじい月日と話数を浪費しましたが、ようやく章末となります。
では、千冬の近辺からお送りしていきましょう。


「…………」

 

 とある満月の夜、ISスーツを纏う千冬が1人砂地にてたたずんでいた。ここは青森県東通村、猿ヶ森砂丘。太平洋沿岸に位置する海岸砂丘で、幅は約1~2km、総延長は約17kmに及ぶ。総面積は約15000haで、これは鳥取砂丘の30倍ほどに相当する。

 

 ほぼ全域が防衛装備庁の弾道試験場であり、一般人の立ち入りは許可されていない。しかし、千冬はありとあらゆる理由で一般人とはいえないだろう。自身の人脈を駆使して侵入の許可は得たし、大事をとって周辺の被害が出ないよう根回しもキチンとしてある。

 

 ここまでいえばもうお察しだろう。つまり、果し合いの場として鷹丸がここを指定した。いくらISの戦闘だろうと、相手が黒乃と刹那でもなければこのあたりのフィールドが妥当だと判断した結果だ。千冬としても、周囲への影響をさほど考えなくてよいのは大助かりである。

 

(この空気、試合の前とは流石に違うな……)

 

 冬場の海沿いということもあってか、ビュービューと吹きすさぶ冷風が千冬の肌を刺す。とはいえ千冬のいっている空気というのは、なにも屋内と屋外を喩えたものではない。今から命を懸けて復讐を果たそうとしている千冬にとって、張り詰めた空気感は冷風よりも痛く感じられた。

 

 まだ相手は姿を現してはいないが、どうにもまとわりつく殺気のようなものを察知せずにはいられなかった。それは自身の緊張感や不安がそうさせているのか、はたまた本当に強大ななにかがやってくるというのかは知るところではない。ただ、なにが来ようと叩き潰すのみ。そう千冬が決意を新たにしていると―――

 

「おーまたせしましたー!」

「なに、私の気合が入りすぎているだけのこと。それはそうと貴様―――」

「…………」

「ソレはいったいなんのつもりだ?」

 

 上空にスラスターの光がチカチカと輝くのがみえ、それはどんどん千冬のもとへ近づいていく。そして砂を舞い上げながら降下していく途中に、鷹丸の声が響き渡った。IS操縦者の背に乗せられやってきたようだが、千冬にはどうみても解せない点がある。

 

 それはISを纏っている女性が、女性と表現するにはまだ早いから。つまり、どこからどう見たって子供だということ。バイザーで顔は隠れているが、銀の長髪はラウラを思い起こさせる。しかし、ラウラとは違って見た目が幼い16歳ということでもなく、多めに見積もっても11、12歳ほどだろうか。

 

「この子は僕の娘ですよ、当然ながら義理ですけど。ほら、挨拶しようね」

「はい、パパ。クロエ・クロニクルと申します、以後お見知りおきを、織斑 千冬様」

「私の動揺でも誘うつもりか?残念だが、相手が誰だろうと手加減してやるつもりは毛頭ないぞ」

 

 鷹丸は少女を自身の娘だと紹介した。そして父親そのもののように振る舞い、少女へ千冬に自己紹介をするよう促す。素直にそれに従った少女は、クロエ・クロニクルと名乗ってみせた。それも丁寧なお辞儀付きだ。口調も相まってか、釣られて千冬も頭を垂れそうになってしまう。

 

 だが我を取り戻した千冬は、鷹丸に視線を戻して憎々しい表情をみせた。恐らくは、こんな子供を自分と戦わせるつもりなのかといいたいのだろう。しかし、そんな考えは見当違いも甚だしい。鷹丸にとっても、クロエにとっても……だ。反論したのは本人だった。

 

「お言葉ですが千冬様、貴女の発言は矛盾しています」

「……ほぅ?」

「手加減してやるつもりはない。と仰るのは、こちらが私が幼いという理由から手加減を期待している。そう貴女が想定したからだと考えます。つまり、貴女は多少なりと私を子供だと侮った」

 

 幼い見た目からは想像もつかないような話し方は、分別がついたとか早熟だとかでは説明がつかない。挙句の果てには、千冬の発言の矛盾点すら突いてくる。鷹丸が娘だというくらいなのだからただ者ではないと思っていながら、あまりにも完成された少女に関心を通り越して違和感すら覚えてしまう。

 

 ただ、その違和感を覚える発言もまた事実。千冬に驕りはないが、確かに侮った節はある。恐らく、それは仕方がないというレベルで済まされるものだ。きっと、誰だって敵としてクロエが現れたのなら大なり小なりの油断はするだろう。逆に油断される側も仕方ないと思うほどだ。

 

「そうだな、敵とはいえまずは非礼を詫びよう。クロエ・クロニクル、全力をもって貴様を叩き潰す」

「……おや、その機体は―――」

「機体データの照合、確認。……一部データが暮桜と一致。贋作と推測します」

 

 千冬は全力でクロエと対峙する宣言と共にISを展開した。その立ち姿に思い当たる節でもあるのか、珍しくも鷹丸が純粋に驚いたような反応をみせる。そう、その節というのは織斑 千冬の専用機である暮桜―――ではなく、暮桜に酷似した機体であるらしい。

 

「コアはわけあって使用不可なのでな。だが、それでも私の現役時代を思い出させるくらいなら簡単だぞ」

「そうですか。ですが現役当時より良き動きをしてもらわねば。何故なら―――」

(っ……来るか!?)

「勢い余って殺害しかねませんので」

 

 千冬の言葉をクロエはあまり興味もなさそうに返した。そして、言葉の途中で武装を展開。両手に片手サイズのライフルのような物を装備すると、うち右手の方を千冬に向ける。エネルギーの集約する予備動作のようなものが確認できると、クロエはなんの迷いもなくトリガーを引いた。

 

 すると、黄色い閃光と共に轟音が鳴り響く。ライフルの銃口からは、一直線上に伸びるレーザーが飛び出た。どうやら照射するタイプとは違うらしく、威力が高ければ弾速もかなりのものだ。しかし、そこは世界最強の女性。鋭い操作と共に暮桜で横移動。レーザーは千冬の真横を通り抜け砂地に着弾した。

 

「ぐっ……!この威力にそのISの翼……まさかとは思うが―――」

「おっ、ビンゴですよ。そうです、メタトロニオスはType Fをベースに人間用の改修を行った機体でして―――」

「パパ、解説をする暇がおありでしたら退避を。邪魔です」

「わぁ、僕の娘は辛辣だなぁ。はいはい、今すぐ退きますよーっと」

 

 メタトロニオスと呼称されたISの外見的特徴として、スラスターとは別に翼を有しているというものがあった。ここまでは単なる被りだと思っていた千冬だが、今のレーザーライフルを見て確信を得る。あれはゴーレム Type Fと似たような性能を持った機体だと。

 

 なんとか復元できた記録映像からして、Type Fが使用していたロングバレルレーザーカノンとよく似ている。翼なんかは鳥というより天使のようなデザインに変わっているが、恐らくあれならレーザー反射コーティングは施されているだろう。

 

(あの威力のレーザーカノンをあそこまで小型化するのか……!?しかもライフルに改修されているぶん、弾速と射程が桁違いだ!それにPICの制御は……。チッ、考えていればキリがない!)

 

 それだけではなく、レーザーカノンをライフルへ変更することで2丁へ。これにより、汎用性もかなり向上している。威力の調整によっては、ある程度の連射も効くだろう。そんな大幅改修をこなしてしまう鷹丸の変態ぶりを、千冬は改めて―――しかもその身で感じた気がした。

 

(……しかし、あのガキの発射タイミングさえ見誤らなければ―――)

「千冬様、今……避けられなくはない。そう思いませんでしたか?」

「……だとしたらどうした」

 

 当たれば大ダメージ必至なレーザーライフルに対し、千冬はジリジリと間合いを図りつつ観察を怠らない。その結果、回避は必ずしも不可能ではないという判断を下そうとしたそのときだった。まるで心でも読んだかのように、クロエが千冬の考えを的中させたのだ。

 

「勘違いしないでいただきたい。初撃は貴女が避けられなくもないように加減したまでです」

「負け惜しみにしか聞こえんな」

「いいえ、貴女は私に勝てません。何故なら、未来は既に視えていますので」

「ほざくな、ガキが!」

 

 あの千冬を前にして、まさかの加減をしたという発言が飛び出た。そういわれた本人にとってはまさに初めての経験だ。基本的に対戦相手のほとんどが自分に挑戦する立場で、その口ぶりではもはや戦う前から勝敗が決しているかのような―――いや、思えばクロエはそうとれる発言を繰り返してきた。

 

 よほど自信でもあるのか―――まるで本当に未来でも視ているかのように思えてくる。そのようなクロエの態度が、ついに千冬の逆鱗に触れた。ビキビキと額に青筋を浮かべつつ、雪片―――によく似たブレードを展開。その勢いのまま、千冬はクロエに斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿……な……まさ……か……」

「ターゲットの沈黙を確認。これをもって戦闘終了を宣言します」

「一撃も……与えることができんなどと……!」

 

 風が止む様子をみせない砂丘にて、千冬がボロボロの状態で横たわっていた。対してクロエとその専用機であるメタトロニオスは全くの無傷、まるでついさっきワックスでもかけたようにピカピカだ。そう、千冬をもってしても掠り傷を与えることすら許されなかった。

 

 100%勝てる勝負なんてないと思いながらも、流石にここまでの惨敗など想定していない。千冬が衝撃の事実に現実を受け入れられない中、パチパチとわざとらしい拍手をしながら鷹丸が出てきた。この様子からして千冬を煽っているのか、果たして―――

 

「いやぁ、想定の遥か上をいっていたよ。やるね、僕の娘なだけはある」

「……ありがとうございます、心から誇りに思います。ですが、想定していたより苦戦してしまいました」

「なっ……!?」

 

 一撃も与えることすらできなかったというのに、それでもまだ苦戦したなどとクロエはのたまう。それは鷹丸とは違って意図的な煽りではなく、それよりもまだ性質の悪いものだった。5分以内には決着がつくと思っていたのですが、なんて付け足すものだから更に性質が悪い。

 

 黒乃の敵討ちだと息を巻いて来たと言うのに、なんだこの様は。己の情けなさで思考が満たされていく中、鷹丸とクロエが撤退しようとしているのを目にしてしまう。止めずにはいられなかった。こんな状態で戦えはしないと自覚しながら、千冬は吠えるように告げる。

 

「待てぇぇぇぇっ!私はまだ死んではいないぞ!」

「……死なない程度に倒せというのがパパのつけた条件でした。それを忠実に再現したまでですので、現在は私が貴女を傷つける価値はありません」

「生かしておいていいのか?私はっ、何度だろうと貴様らの喉元に喰らいついてみせるぞ!」

「ええ、お好きにどうぞ、いつでもお待ちしております。パパ、帰りましょう」

「うん、そうだね。千冬さん、またの挑戦をお待ちしてまーす」

 

 クロエにとって、鷹丸の命令は絶対遵守のものとなっているだろう。それは純粋に、父親という存在に褒めてもらいたいから。それ以外のことは無価値で無意味。今ここで鷹丸が千冬を殺せと言わない限り、クロエが手を加えることはないだろう。

 

 最大限に、気の弱い物が目撃すれば失神してしまいそうな形相で殺していけというのに、やはり返ってくるのは興味のなさそうな言葉のみ。クロエは適当にお茶を濁すと、鷹丸の白衣をグイッと引っ張り帰宅を促した。それに応えながら背中によじ登ると、最後に手をヒラヒラ振って次を楽しみに待っていると告げる。

 

「く、そ……くそっ!くそぉおおおおおおっ!」

 

 だだっ広い砂丘に、千冬の叫びがこだまする。それは大半がメタトロニオスが飛び立つ音にかき消されてしまうが、声が届かずとも叫ぶ様子だけで悲痛さが伝わってくるかのようだ。そうしてひとしきり悔しさが過ぎ去った後、精神的には立ち直れないながらも千冬は救援を要請したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――というのが、だいたいの顛末だ」

(そう……。私が寝てる間に、そんなことが……)

 

 時間は戻り、現在のIS学園の病室で千冬が黒乃にそう聞かせた。目を覚ました後に医師の主導で精密検査を行い、異常なしのお墨付きを貰ってあくる日ほどだろうか。黒乃の目覚めを一夏が初めに伝えたのは、当然ながら家族である千冬だった。

 

 黒乃が寝ている間の話さねばならないことに関して、鷹丸の裏切りと合わせて謎のISを駆る少女のことを伝えておくべきと思ったのだろう。そんな千冬もクロエとの戦闘の傷が癒えきっておらず、左腕なんかは骨折しているのか首から吊って固めている状態だ。

 

「けど、何回聞いても信じられないな、千冬姉が掠り傷1つ負わせられなかったなんて……」

「事実だ。それに加え、あの小娘は手加減する余裕まであった。わざわざ利き腕と逆を折ったのが証拠だろ」

(……原作とかなりズレてる。近江がクロエちゃんのパパって……。それに、メタトロニオスなんて機体も聞いた事がない……)

 

 一夏はいかにも重症患者である千冬の姿を頭のてっぺんから爪の先まで見渡すと、難しい顔をしながら事実を受け入れられない様子。しかし、その怪我こそが紛れもない証拠である。千冬の方も難しい顔をしつつ、情けない自分を笑えとでもいいたそうだ。

 

 そんな中、黒乃の脳内ではそんな考えが渦巻いていた。話を聞くに、眠っている間にワールド・パージ編は発生していない。この調子ならば、体育祭も自粛される可能性が高いと予測される。だとすると、おぼろげではあった原作知識も完全に機能しなくなったとみていいだろう。

 

 なにより、黒乃としてはメタトロニオスなるISのことが気がかりで仕方ない。やはり千冬ですら敵わないような相手であったという部分が大きく、もし対峙してしまった場合の勝算が見いだせずにいる。それもこれも全ては、己というイレギュラーがこの世に存在しているからと自分を責めてしまう。

 

「ごめんなさい」

「頼むから謝るな、私が勝手に復讐だのと息巻いただけのこと。というかお前は、相変わらず人のことばかり……」

「千冬姉のいう通りだ。黒乃の方が大変な目にあってんだからな」

(え、いや……そういう意味じゃ―――って、皆にいっても仕方ないか……)

 

 脳内で謝罪を繰り返していると、ふいにそれが口から出てしまった。怪我のことに関しての謝罪と思ったのか、千冬は厳しい目つきで黒乃を見やる。そして、どんな時でもやはり他人の心配ばかりしていると、少しばかり頭の痛そうな仕草もオマケだ。

 

 一夏も間髪入れずに千冬の意見に同調し、端的にもっと自分を大事にしろと告げた。それについては認めるが、今の謝罪はそういうことでは―――と、弁明するような言葉を途中で取り下げる。原作うんぬんといおうと、この世界に確かに生きている一夏たちにいって通じる話ではないのだから。

 

「……とはいえ、なにも私とてただ負けたわけではない。憶測の域は出んが、あの小娘とメタトロニオスなるISに関して勘付いた事がある」

「それは千冬姉が手も足も出なかった理由……なのか?」

「まぁな。後から専用機持ちの連中には伝えるつもりだが、あの小娘とISは―――」

 

 

 

 

 

 

「「…………」」

 

 クロエに関しての気づいた点を伝え終えた千冬は、安静にしていろと言い残し帰ってしまった。病室に取り残された2人は、なんとも神妙な面持ちで黙りこくるばかり。それほどまでに千冬の憶測が衝撃的だったのか、はたまた別の理由でもあるのか……。

 

「リハビリ、頑張らないとな。俺もやれることはやる。ああ、それだけじゃなくて風呂とか勉強とかもか」

(うげ……1カ月ちょっとため込んだ勉強とか考えたくもないなー)

 

 とりあえず、一夏は別の話題に切り替えることを選んだ。自分も酷い顔つきが治っていない癖して、一夏は妙に甘ったるい声色で黒乃の頭や頬を撫でながらそういう。勉強に関しての部分は妙にイタズラっぽかったせいか、黒乃は内心で不満そうに口を尖らせた。

 

「「…………」」

 

 例え取り繕ったとして、妙な沈黙が2人を包んでしまう。黒乃に至っては無言なんて当たり前なのだが、一夏がなにも口にしないのは言葉が紡ぎ辛いのだろう。なにせ、一夏にとっては1カ月ぶりともなる黒乃との2人きりの時間なのだから。だからとりあえず一夏は―――

 

「……黒乃は―――」

(うん?)

「やっぱ綺麗だなって」

(あっ……。あ、ああ……ありがとう……。で、でも今はそんなことないよ!スキンケアとか髪の手入れとかできてないし、今は……全然……)

 

 改めてというような感覚で、一夏ははにかみながら黒乃を綺麗だと褒めた。本人からすればいきなり過ぎて動揺してしまうばかり。ボンッ!っと、まるで顔面が爆発したように熱くて堪らない。感謝そのものは受け取るが、現在は最大限を発揮できていないとワタワタしてしまうが、ふと……左手にある指輪に目が留まった。

 

(イッチーが私にくれた未来の証……。私がイッチーの奥さんになる誓いの証……)

 

 あの日、一夏は黒乃を己の片翼だと喩えた。翼が一方しかない鳥の運命など解り切ったもので、飛ぶことは許されず地を這うばかり。しばらく前までの一夏の状態は、まさに片翼を喪った鳥そのものといっていい。壊れかけだった一夏を黒乃が知る由もないが、ある言葉を思い出していた。

 

 それは精神世界で遭遇した藤堂 黒乃の言葉だ。彼女は、もっと自分に自信を持てといっていた。自分への自信のなさは、一夏への信頼に直結するとも。瞬間、ズキリと心へ傷が走ったかのような感覚が過る。それは罪悪感なんてものではなく―――

 

(考えたこともなかったな……。イッチーがもし、私以外の子にそういうこと言ったりとか、想像するだけですごくヤダ)

 

 自分に自信がないものだから、一夏が他の女性に対して賞賛を述べるのも大したことではないと思っていた。しかしだ、想像するだけで心が痛くて仕方がない。それが自分に自信がないせいだとするのなら、なんということだろうか―――本当に彼女の言葉通りだ。

 

「……もっと……」

「ん?」

「足りない……」

「……ああ、もっと褒めろってことか。別に話すのは構わないけど、日が暮れても知らないぜ?」

 

 とにかく今は一夏の言葉が欲しかった。愛する男の嘘偽りのない言葉が。そんなもの一夏にとってはお安い御用で、宣言通りその気になれば無限に褒め続けることも可能だろう。そこらにあった椅子へ腰かけ、真っ直ぐな瞳で黒乃を見つめつつ、要求通りに歯の浮くようなセリフを紡ぎ出す。

 

 きっかけとなったのはたまたま外面を褒めた一夏だが、次いで出てくるのはほとんどが内面に関わることだ。気立てが良いだとか、慈しむ心だとか、他人の為に頑張れる姿勢だとか。それは間違いなく藤堂 黒乃ではなく、悲運の死を遂げた名もなき魂へ向けられた言葉だった。

 

「やっぱ料理自慢なとこも外せないかな、心だけじゃなくて胃袋も鷲掴みにされてるなぁ。それから―――」

(……キミの言葉で心が安らぐ。渦巻く不安が消えていく……。不安が自信に変わっていく……)

 

 自信なんて好きなだけもつといい。何故なら、やはり黒乃のいっていた通りだから。一夏が心底惚れているのは、どう足掻いたところでこちらの黒乃なのだ。もっというなれば、黒乃以外にそういった感情を持つことそのものがありえない。

 

 一夏に対して他の女の子にそういった台詞は―――などというのは、本人にとって最大の侮辱だろう。黒乃はここに来て、ようやくあの言葉の意味を根本から理解した。それと同時に、自分がどれだけ愚かしいことをしていたのかも。自分はずっと、一夏を侮辱していたに等しいのだと―――

 

(そうだよ、もっと自信もってこう。イッチーがみてくれてるのは私。私だけ……なんだから……。だから―――)

「あ、そうそう―――って、おっと……。もういいのか?1割も終わってないぞ」

(うん、もう十分だよ……。頭じゃなくて、心で、あなたの全てが私のものだって解ったの……)

「……黒乃、先に謝っとくな……悪い。痛いくらいに抱きしめたくて堪らないんだ」

 

 黒乃がスルリと腕を滑らせた先は、一夏の首だ。そのまま腕に力を籠め、肩に顔を埋めるようにして抱き着く。話の途中ではあったが、こうなってしまってはそんなことをしている場合ではないだろう。どうしてか、それは黒乃が己の言葉で喜んでくれている証拠だから。

 

 抱きしめられたから抱き返さなければではなく、もはや一夏自身も黒乃を抱きしめたくて仕方がない。それも優しく包み込むのではなく、壊してしまうほどに。愛情表現の一環とはいえ、物理的に黒乃を苦しめてしまうことには変わらない。欲望が脳内を支配していく中、少し残った理性を振り絞り、一応の謝罪を先にしてから一夏は黒乃をきつく抱きしめる。

 

「ごめん、病み上がりなのに、俺のせいなのに、俺のエゴで……」

(ううん、あなたのせいなんかじゃない。だからあなたの思う通りでいいの……)

「……もう誰にも黒乃を傷つけさせない。そういう奴がいるのなら、今度はちゃんと―――」

 

 一夏の胸中から、黒乃が重体になったという懺悔は消えることはないだろう。きつく抱きしめるのは深い後悔と絶望の現れ。声を震わせ、目元に涙を溜めながら、一夏は何度も何度も黒乃への謝罪を繰り広げた。そうしてその最中に湧き出た新たな決意を語ろうとする前に、すんでのところでそれを飲み込む。

 

 今度はちゃんと殺すから。一夏は黒乃にそう宣言しそうだった。こちらも後悔の一端で、鷹丸を殺しきれなかった故だろう。黒乃を傷つける者、及びそういった行為を画策する者―――それら総ては誰であろうと死あるのみ。そうやって考えていながら口に出せなかったのは―――

 

(……ちゃんと?)

「……ちゃんと、守ってみせるから」

(うん、ありがとう。嬉しいよ、凄く嬉しい……)

(こんなの聞かせたら、黒乃が悲しむ……。それは解ってるけど、けど……俺は……!)

 

 自分を大切に想うがために他者を殺害してみせようという宣言など、黒乃にとって本意になりえない。それは一夏も当然ながら理解しているだけに、ある意味で本当とも嘘ともとれる言葉に切り替えた。少しの間が気になったようではあるが、それ以上に一夏の言葉が嬉しく興味が逸れたらしい。

 

 黒乃が悲しむと解っていながらそういった考えを消せないのは、殺らねば殺られてしまうということを痛いほど思い知らされたせいだろう。時として危うさを感じさせる一夏の実直な姿勢は、黒乃へ抱く愛情が増すほどに更に危うさを重ねていく。いや、もうすでに織斑 一夏は―――壊れてしまったのかも知れない……。

 

 

 




千冬VSクロエ戦、無慈悲なカット。
申し訳ないですが、クロエ&メタトロニオスの秘密は最終決戦まで明かさないでおきます。

原作との剥離が顕著になってきましたので、今日中に今後の展開についてお話せねば……。
さて、次週から新章突入です。とりあえず導入部分ほどにはなるでしょうが。


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第107話 京都行こう

新章、京都編スタートとなります。
といっても、今話は向かう前までの部分ですが。

京都編も今月が潰れそうなスケジュールでお送りいたします。


「…………!」

 

 放課後、アリーナでは赤黒い雷撃が一面を照らしていた。その雷は翼状を形成し、バチバチとスパークを弾かせながら轟き続け、やがてはまるで嵐が立ち消えるかの如く徐々に収まっていく。この一連の流れ、見まごうことなく刹那の単一仕様能力である神翼招雷の他ない。

 

 ただし、今回の場合は少しばかり様子が異なる。それは、黒乃が倍加させ翼として放出したエネルギーをいずこへも供給させなかったという点だ。そう、翼が消えたのは単に神翼招雷が制限時間を迎えたから。黒乃は、これを何度も何度も繰り返すばかり。そんな姿を、アリーナ内のモニタールームで眺める人物が。

 

「黒乃ちゃん……」

 

 学園最強の名の元に、生徒会長を張る楯無。その表情には憂いが見て取れて、まるで黒乃を哀れむような悲壮感を漂わせる。どうにも、黒乃の行動の意図がよめるからこそそんな顔をせざるを得ないようだ。伏し目がちにモニターから視線を逸らすと、彼女の名を呼ぶ声が響いた。

 

「楯無さん!」

「一夏くん……。いらっしゃい、見ての通りよ」

 

 IS学園唯一の男子、織斑 一夏のご登場だ。彼をこの場に呼び寄せたのは、紛れもなく楯無その人。しばらく前まで長期間目を覚まさなかった人物がアレでは、その恋人である一夏に声をかけないわけにもいかない。そう思って連絡したが、考えていたよりも顔色が優れないように見える。

 

「見ての通りじゃないだろ、見かけたならまず止めるべきじゃないか!」

「無理よ。あの子が自分と戦ってるのに、止められるはずないじゃない……」

「自分と……?それって、どういう―――」

 

 黒乃は異様なスピードでリハビリを終え、つい最近になってようやくかつての生活を取り戻し始めたばかりだ。だというのに、いきなりISに乗るなど一夏から言わせれば言語道断。だからこそすぐに黒乃に止めさせようとモニタールームを飛び出そうとしたのだが、楯無の含みを持たせた言葉に思わずその場にとどまってしまう。

 

 そして楯無が見ててと呟いたところで、モニターに映る黒乃がまたしても神翼招雷を発動させた。しばらく眺めていると、やはりなにをするでもなく制限時間で雷の翼は消えていく。それがどうにも解せない様子の一夏が眉をひそめると、黒乃が膝を着き刹那の拳で地面を叩いた。

 

「これは……?」

「たぶん、トラウマ……ね。あそこから先へ繋げられないんだと思うわ」

 

 黒乃が選択した答えとはいえ、神翼招雷は自爆の大きな要因だろう。さらに言えば、刹那という機体そのものも奴が造りあげたともなれば、ここだけみればそう取られるのも無理はないだろう。信用を寄せていたであろう、絶対的ともいっていい威力の攻撃が使えないのは避けたい……とでも思われているはず。

 

 そうやって練習するのは、きっと足手まといになりたくないから。そんな部分まで、一夏や楯無に想像させた。一夏はきつく目を閉じ、今にも止めに入ろうとする衝動を抑える。楯無のいいぶん―――自分を乗り越え、恐怖に打ち勝つ邪魔をしてはならないという考えも間違ってはいないと考えたのだろう。

 

「また俺は、なにもしてやれないのか……!」

「見て見ぬフリも、立派なできることだと思うけど。もしくは、止めに入るんじゃなくて一緒に練習してあげるかね。まぁ、どちらにせよ私よりは役に立つわ」

「……だからって、土下座未遂は勘弁ですからね」

 

 一夏が無力感にさいなまれる中、楯無は愛情と書かれた扇子を広げて見せる。そして1度閉じると、ネガティブな発言とともに再展開。そこには、自分のことを指すであろう無能の2文字が。恐らくは、鷹丸の件に関してのことだ。

 

 疑惑の目を向けてはいたが、まるで尻尾を掴むことができなかった。もっといえば、楯無は心のどこかで鷹丸を信頼してしまった節がある。だとすれば、黒乃の件について責任感を負わずにはいられない。そのため傷が癒えた楯無がまず起こした行動は、一夏への謝罪だったのだ。

 

 それもわざわざ、プライドもなにも投げ打って土下座までしようとする始末。もちろん楯無はそんなことで許されてよいと思っていたわけでもないが、そうせずにはいられない。一夏に思うところはあれど、そこまでのことを楯無に求める気は更々ない。土下座を途中で止めさせたうえの土下座未遂である。しかし―――

 

「いいえ、私はまたキミにそうまでして謝らないといけない」

「今度はなんです?」

 

 またしても扇子を閉じ開くと、そこに書かれた文字は懺悔。話を聞く前からそんな宣言をされては心中穏やかでない一夏だが、この時点で喚く意味はないと冷静を装う。装っているという点は見抜かれているのか、楯無は難しい顔のまま続けた。

 

「一夏くん、こんな言葉を知っているかしら」

「そ、その言葉ってのは……?」

「そうだ、京都行こう」

「……………………は?」

 

 

 

 

 

 

(頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る刹那だって頑張ってるんだから!)

 

 アリーナにて神翼招雷を発動させる私は、自分を励ましながらとある技術を習得するために猛特訓に励んでいた。そのとある技術とは、神翼招雷で発動したエネルギーを徐々に絞り出すということ。まぁ、要するにもっと繊細なコントロールを学びたいってことなんだけど。

 

 なにかって、私がもっと神翼招雷を上手に使えてさえいれば自爆なんか選ばずに済んだって話なんですよ。バードゴーレムに負わせた傷に対し、大規模なエネルギーの奔流を食らわせようとしたのがまず間違い。理論的には可能なはずなんだよ、こう……イメージインターフェースを利用していろいろとさぁ。

 

 例えば、倍加させつつ極小に絞り放出したレーザーを鞭のようにするとか。現在の私が目指しているところは、細めのレーザーブレードをめっちゃ長く伸ばして13kmやってドヤ顔してやること―――なんだけど。ぶはぁっ!何回やっても上手くいかない!

 

 またしても神翼招雷が発動限界……。最初期に設定したエネルギーを吐き切って、雷の翼は消えていった。あ゛~ド畜生!お前のニヤケっ面がチラつくんだよクソッタレがぁぁぁぁっ!八つ当たり半分ながら、どうにも上手くいかない腹いせに地面を殴ってしまう。

 

 ったく、胡散臭いとは思ってたけどまさかおもっくそ束さんサイドだとは……近江 鷹丸め、今度会ったら絶対にただじゃおかねぇかんな……。―――って、ヤダー☆黒乃ちゃんってばちょっと素が出すぎかもー!……いやね、別に猫被ってるつもりでもないんだけど、流石に今のは男成分が強かったかなって。

 

 ……というか、やっぱり彼は束さんサイドで合ってるのかな?クロエちゃんが、近江のことをパパと呼んだっていう証言からくる予測なんだけど……。待てよ、その推理なら理由はどうあれ束さんも敵じゃん。どうすんのあの2人が手を組むって、なんかもう凄まじく過酷な未来しか予測できませんが。

 

 刹那の強化は……これ以上は期待できないね、三次移行?ないし最終形態移行?とかがあるなら自力で発現させるしかない。他の近江重工の職員が役立たずなんて思ってはいないが、奴と比べると見劣りはしてしまうし……。刹那もつい最近修復しましたって感じだしなぁ、奴なら数日あれば治していたろう。

 

 しかし、近江重工からの正式な謝罪は重かったものだ。重工だけにとかそんなダジャレじゃないかんね。なんかもう、職員1人たりとも欠けずにってくらいの人数に謝られたもんで疲れたよパトラッシュ。あの近江パパンですらすっごい厳かな感じだったもん。

 

 まぁ、アイツがサイコヤローだったってだけだ。流石の私も全く気にしてないということはないが、筋違いというかなんというか。あぁ……でも、あの言葉は有難かったかな。おかげで私も次に遭遇することができたのなら、遠慮する必要なんて1つもなくなった。

 

『あのバカ息子、次に会ったら好きにしてくれ。お嬢ちゃんにゃその資格と権利がある』

(―――とかなんとか……)

 

 そこは近江パパンなだけに本心かどうかまでは解からない。だが、いわゆる言質を取ったという状態だろう。好きにしていいといったんだ、ならば次は消し炭にしてやるしかないでしょうに。私の件含め、脅したことに関しても許したつもりなんて毛頭ない。

 

 だからこそ練習あるのみだ。神翼招雷を自由自在に使えるようになった暁には、もっと戦闘に多様性を持たすことが可能だろう。ちー姉が傷1つつけられなかったというクロエちゃんとメタトロニオスなるISに対してそれで足りるかは解からないが、私に立ち止まってる暇なんてないのだから。

 

 ……一朝一夕で出来ちゃったら苦労はしないか。今日のところは特に成果らしい成果はなし。ただひたすら雷の翼を放出するだけの簡単なお仕事でしたよっと……。着替えやシャワー等々を済ませた私は、なにか良い手はないかと熟考しつつ自室へ戻ると、待ち受けるのは私の愛しい人。

 

「おかえり黒乃、今日は訓練でもしてたのか?」

(ただいま!あ~……うん、一応ね。あれを訓練と呼んでいいのかは微妙だけど……)

「……次からはなるべく声をかけてくれよ。どんな些細なことでもいいんだ、黒乃の力になりたい。それに、なるべく隣に居て欲しい。いや、居させてくれ」

 

 朗らかに私へ声をかけるイッチーだが、向こうも向こうで本調子に戻ったようだ。私のせいもあってしばらくは酷い顔だったが、リハビリがてらにたくさん手料理を作ったらなんだか元気になってくれたみたい。付き合いだしてからずっと1つのベッドで寝ているが、私が復活してからはスヤスヤ眠れてるようだ。

 

 けどなんというか、1人で訓練していたことを肯定すると少し悲しそうな表情へと変わる。どうにも例の件が尾を引いているというか、かつての過保護っぷりが再来したような気がするな。なにも鬱陶しいっていってるわけじゃ―――って、説得力ないか……かつてはそれに近いニュアンスのことは考えてたわけだし。

 

 けど、お互い特別な関係になったら全く違うように感じられる。なんというか、今のイッチーは可愛くて仕方がない。子犬のように構ってあげずにはいられないような、そんな愛おしさを抱いた。あぁ……そんなのされたら我慢できないよ。私はイッチーの頬を包むように手を添え、すかさずイッチーの唇を奪った。

 

 キスに関しては大抵の場合イッチーがリードしてくれるが、今回それはふさわしくないだろう。あまり強引にはならないよう注意し、唇を甘噛みするようなキスを心掛ける。舌を絡めるのは激しくではなく、深く味わい尽くすように。しばらくは動きが噛み合わなかったが、イッチーが私を受け入れるような形で落ち着いた。

 

 後はお互いのことなんて手に取るように解かるだろう。少なくとも私はそうだし、イッチーもそうだって信じてる。だってほら……息継ぎのタイミングも、混ざった唾液を飲み下すタイミングも、なにもかもが完璧だ。これは私たちが愛し合っているからだって、私はそう信じてる……。

 

「はぁ……黒乃と深いキス、ホント久しぶりだな」

「ごめん」

「そういうつもりじゃない、ただ嬉しいって話。……ああ、でも我慢したぶん遠慮はできないかもな。悪い、今後は人前でもする可能性も考えておいてくれ」

(え、えぇ……?で、でも……あなたが望むのなら、私も、いつでもどこでも……)

 

 私は寝て覚めた感覚だが、イッチーからするとそうはいかないだろう。……イッチーは時が動いたまま、私が起きるのを待ち続けてくれたんだ。だから私と交わす諸々のこともずっと我慢してくれた、我慢させてしまったということ。どうやら、私以外でフラストレーションを解消する気なんてないらしい。

 

 遠慮できないというのは冗談のつもりだったのだろうけど、そうなればどこでだろうとイッチーを受け入れる気ではいる。イッチーが私を求めてくれるのなら、衆目の前でなんだってしてやろうじゃないか。何度もいうが、私にとってはそれが1番の喜びなわけなんだし。

 

「……って、聞きたいことがあるんだった。とりあえず、落ち着いて話そう」

(あ、うん、そうだね。ずっと立ちっぱなしっていうのも疲れちゃうもん)

 

 私の妄想がちょっとエッチな方向へ反れかけそうになる瞬間、イッチーはまるで思い出したかのようにポンと手を叩く。はて、聞きたいこととはなんぞや?けど、思い出したっていうことならあまり大したことじゃないのかなぁ。……なんて思いながらベッドへ腰かけると、イッチーは衝撃のひとことを放つ。

 

「なぁ黒乃、婚前旅行に行かないか?」

(…………はい?)

 

 

 

 

 

 

「……楯無さん、要点を抑えて常人の頭でも理解できるように頼みます」

「あ、あらあらごめんなさい。どんな時でも明言を避けちゃうっていうか、悪ふざけに入っちゃうっていうか」

 

 そうだ、京都行こう。妙に得意げな様子でそう言い放つ楯無さんに対し、つい皮肉たっぷりに返してしまった。向こうは慌てて取り繕うが、俺は確かに土下座クラスに謝らなきゃならないってのを聞き逃してない。というか、それが癖として定着しちゃってる時点でかなりアレだぞ、アレがなんなのかの明言は避けるが。

 

 本当に自分でも無意識の行動だったのか、咳払いをしてみせてから雰囲気をシリアスな物へと変えた。多分そんなところがこの人のいい部分でもあるのだろうが、流石に時と場合くらいは選んで欲しいところだ。気を取り直して、楯無さん京都がどうのという言葉の真意を語り始める。

 

「亡国機業、いるじゃない?」

「……ああ、いましたねそんな連中」

 

 亡国機業といえば、学園祭やキャノンボール・ファストの際に現れたテロ集団だったかな。あのマドカっていう子のことは個人的に気になっているが、組織そのものはここ最近は黒乃のことばかり考えていたものですっかり頭から抜けてしまっていた。それで、テロリストたちがいったいどうしたというのだろう。

 

「しばらく調査を進めた結果、潜伏先がようやく掴めたの」

「それってつまり、潜伏先が……」

「数ある内の1つだろうけど、現在は間違いなく京都にいるわ」

 

 テロリストとはいえ、日頃はいかようにして日常生活に紛れ込むかが基本だろう。国内には在中しているとはいえ、その拠点となるのが首都圏のみとは限らない。奴らの目的が不明なだけに所在地も割り出し辛かったろうに、断言していいレベルで京都に居るという情報を得ているようだ。

 

 なるほど、全貌は未だに理解していないが更識は伊達じゃないらしい。しかし、俺がそうやって感心したのは束の間だった。謝らねばならないという前提から、楯無さんがなぜその話を俺に持ちかけてきたのかが理解できてしまう。俺は、途端に全身の毛が逆立つような感覚に包まれた。

 

「黒乃を戦力としてしか見れないのか」

「……そんなことはない、とはいえないわね。勿論だけど期待はしてるわ。けど―――」

 

 急激に声のトーンが変化した俺に驚いたようだが、嘘をつくのはかえって悪いと判断したのか、楯無さんは正直に黒乃に対しての評価を下した。その後にけど、と言葉が続くようだけれど、そんなものにもはや興味はない。俺は楯無さんへ向けて―――雪片の刃を振り下ろした。

 

「っ…………!ちょっと、なんのつもり!?」

「敵だ―――」

「えっ……?」

「黒乃を傷つけようとする奴は誰だろうと敵だ!それは、そういう可能性を生み出そうとする奴も例外じゃない!」

 

 白式を展開したが、やはり俺の速度では防がれてしまうか……。向こうもミステリアス・レイディを展開し、蒼流旋で雪片の刃を受け止める。すぐさま攻撃の理由を問いてきたが、そんなもの決まっているだろうに。俺は誓ったんだ、もう誰にも黒乃を傷つけさせないと。

 

 もし可能性があるとするならば、黒乃を傷つけていいのは俺だけだ。それ以外は全部敵、憎むべき敵、殺すべき敵!2度と黒乃を試合ではなく戦いに巻き込んでたまるか!戦力を理由に黒乃を京都へ向かわせようというのなら、この目の前にいる女も斬らなくては―――

 

「落ち着い……てっ……!」

「ぐぁっ!?簪か……?なんだよ、七宝刃だかなんだかが聞いて呆れるじゃねぇか!結局はお前も嫌ってた更識の一員―――」

「お姉ちゃんは!私は……そういう理由で黒乃様を京都へ行かせるわけじゃない……」

 

 突如モニタールームに乱入してきたのは、楯無さんの実妹である簪だった。簪は競り合いを続ける雪片と蒼流旋の双方を、夢現にてバットのように振り回して弾き飛ばす。その勢いでノックバックした俺は、体勢を立て直しつつ簪を睨みながら嚙みつくような言葉を並べた。

 

 かなり俺の言葉が気に障ったらしく、簪には珍しく張り上げるような声を上げた。しかし、それは最初だけのことだ。後は申し訳なさそうな声色に変わり、そういうことじゃないんだと、まずは話を聞いてくれとでもいいたげだ。ならばいったいなんだと―――

 

「彼女が戦力……そこは認める……。黒乃様ほど頼りになる人なんていない……」

「なら!」

「でも違うの……黒乃様は本当に最終手段……。例えば……私たちが全滅したとか……。それ以外では……単に貴方と旅行を楽しんでもらう……そういうプラン……」

 

 簪は打鉄弐式を解除しつつ、姉に代わってことの経緯を語り始めた。だが、話の触りは姉と大して変わらない。潔くそうやって認めてくれるのはありがたいが、どちらにせよ反発せずにはいられない。またしても吠えるようにして言葉を挟むが、簪はさらに続けて別の内容を引き出す。

 

「亡国機業への攻撃そのもの……実行のメンバーに黒乃様は含めてないから……」

「……黒乃を除いた専用機持ちか?」

「そう……。決行は黒乃様が寝てる間……。理想は……黒乃様はなにも知らずに学園へ戻ること……」

「黒乃ちゃんが京都へ赴く主な目的としては、メンタルケアってところかしら。一夏くんとゆっくり過ごせば、少しは心の傷も癒せるんじゃないかって思ったの」

 

 戦力として期待されていながら、作戦実行のメンバーには含まれていない。なんとも矛盾したような言葉だったが、それならもう合点がいく。黒乃を除いた学園を誇る最大戦力、8人の専用機持ちをフル投入するという作戦らしい。これが全滅に追い込まれるないし、黒乃が出るのは出ざるを得ない状況になってしまった場合のみ。

 

 それ以外では、黒乃のみ本当にただの旅行となる。そこは俺たちの頑張り次第というか、逆をいうなら黒乃が出なければならないような状況にしなければいいということ。俺は勿論だが、このことを話せば他の皆も全力で力を貸してくれるだろう。そうか……そういうことだったのか……。

 

「……すみません。楯無さん、それに簪も、俺―――」

「謝ることはないわ。さっきもいったけど、戦力としていること自体に間違いはないもの。私が言葉足らずだったのもあるだろうし」

「……気にしてない……。それだけ……貴方が黒乃様を大切に想ってる証拠だろうから……」

 

 取り乱した拍子とはいえ、2人にはとても酷い言葉を投げかけてしまった。楯無さんに至っては攻撃をしかけたというのもある。謝罪で済むかと聞かれればそうではないだろうが、両者とも寛大な振る舞いで水に流してくれた。黒乃が隣に居てくれれば、直情的にならずに済むんだけどな……。

 

「この話、他のメンバーには後日報告するわ。一夏くんは、黒乃ちゃんに勘付かれないように時間稼ぎを」

「はい、了解です。あ、でも……みんなの中から反対意見が出たらどうするつもりなんですか?」

「そこは大丈夫……みんな来ざるを得ないから……」

 

 他のメンバー……特に箒と鈴あたりは、やはり黒乃を戦わせる可能性が少なからずあるだけで反発を生みそうだ。しかし、簪は来ざるを得ない状況になるという。詳しく聞いてみれば、すさまじく単純なことだ。まずこの作戦の大きな目標としては、亡国機業の掃討及び黒乃のメンタルケアということになる。

 

 その参戦メンバーとなるのが、黒乃を除いた専用機持ちたち。しかし、ここで黒乃が旅行に行かなかったと仮定しよう。そうすると、自分以外の専用機持ち全員が学園から姿を消すということになる。誰がどう考えたって不自然だし、そこまでくると黒乃もなにかしら勘付くだろう。

 

 みんな亡国機業の掃討そのものには肯定的なはず。全戦力を投入すべきという意見も一致するに違いない。とすれば、黒乃に怪しまれないように何人かのメンバーを残すという線も消える。つまり、なにごとも滞りなく作戦を決行するためには、まず黒乃が旅行の為に京都へ向かうというのも含まれるのだ。

 

「……策士だな、楯無さん」

「まぁね、じゃないと楯無なんてやってられませんしー」

「生徒会で話し合った結果でもあるから……。ごめんなさい……」

「いや、そうしなきゃならないっていうのはもう納得したよ」

 

 そうしなければならないという選択肢があるようでないのがベストなはずだ。多分、これを聞けば皆も納得せざるを得ないと思う。さっきもいったが、俺たちがしっかりやれば黒乃にとってはただ楽しい京都旅行だ。そう纏めれば、他の皆も俄然やる気が出るに違いない。

 

「旅館はすっごいのとっておいたわよ。一夏くんも、作戦決行までは黒乃ちゃんとのデートを楽しんでね。それこそ、作戦のことがバレないよう自然にお願い」

「……婚前旅行…………」

「簪、お前そっち方面で俺と黒乃をからかうの好きだろ」

 

 楯無さんが勢いよく扇子を開くと、そこには豪勢の2文字が。みんなが宿泊する旅館は別だったりするのだろうか?ばったり鉢合わせたりでもしたら台無しだもんな―――なんて考えていたら、簪がボソッと余計なことを呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 

 確かに俺と黒乃は結婚を約束した間柄ではあるし、言葉として間違ってはいないのだが……。なんだろう、自分でいうのはいいんだが、やはり第三者にいわれるとどうも反応を示してしまう。簪も首を横に振ってからかってないなんていってるし、過敏反応が過ぎるのかも。とにかく―――

 

「とりあえず、なんとしてでも黒乃を京都に……ですよね」

「実際のとこ婚前旅行って説明したら飛びつくんじゃない?」

「なっ、楯無さんまで……。あー……でも、まぁ、それでいってみます……」

「頑張って……」

 

 黒乃が誘いに乗ってくれなければ、まず作戦として成り立たなくなってしまう。俺の初動が肝心なわけで、地味にプレッシャーがかかってしまう。すると楯無さんは、簪と違って露骨にニヤニヤしながらアドバイスを送ってくる。しかし、俺には特に考えが浮かぶでもなく、ただそれを飲み込むほかなかった。

 

 婚前旅行……か。あぁ、改めてみるとなんていい響きだろう。今まで黒乃と触れ合えなかったぶんを、一気にチャラに出来てしまいそうな気さえする。そうと決まれば、デートコースやスポットなんかをリサーチしておかなければ。そうやって胸躍る俺は、簪の励ましを受け取ってから自室を目指した。

 

 

 




黒乃→あんの裏切者めぇぇぇぇ!(床ドン)
楯無→黒乃ちゃん……。もしかして、心の傷が……?

久方ぶりにラブコメの波動を放てそうです。
次話、というかしばらくは黒乃と一夏のイチャイチャで進みますとも。


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第108話 古都にて(表)

今話は表が黒乃とその周辺の視点、裏が別所の視点でお送りします。
どちらから読んでも差支えはないと思われます。

今回から京都編が本格始動……となるのはいいんですが。
すみません、力不足が否めないです。
一応調べはしましたが、ちゃんと京都という土地を理解できていないと思われます。
なので申し訳ありませんが、京都ならぬKYOUTOだと思って読んでいただければと。


『こちらは京都、京都でございます。お降りの方は、お忘れ物のなきよう―――』

「2時間弱くらいなら新幹線のが楽でいいな」

(そうだねぇ、しかもグリーン車だったし楽ちんだった~!)

 

 イッチーの衝撃発言から数日後、婚前旅行っていうことで京都へはせ参じた。本日は快晴、気温は盆地ということもあってか少し低い気はするが、行楽としてのコンディションとしては最適だろう。新幹線で所用時間は約2時間、イッチーはホームに降りると同時に肩をグルグルと回した。

 

 飛行機だけじゃなく、新幹線っていうのもなかなかオツなもんです。そうイッチーの言葉に肯定を示してはいるが、若干の警戒感を纏いながらの反応になってしまう。なぜかって、そりゃあこの時期に京都へ来ているからに他ない。この説明でも解かる人にしか解らんか……。

 

 えーと、私は1か月ちょっと眠り続けたわけだ。その間、本来ならばワールド・パージ編や体育祭編が発生するはずなんだけど、それらしい騒ぎがあったというのは聞かない。……というか、後者に至っては私が派手にやらかしたせいで学園がワヤなわけでして、はい……そのせいで自粛になったらしい。

 

 まぁそれらの本来は起こるべき事件が起きなかったのなら、それはそれでよいうことだと思う。でも、要するにこの瞬間が京都編に位置する状態だったりするのかな。だとするとヤバない?戦力が専用機持ち2人ですよ?アレとかアレに私たちだけで対処できる気がしませんけど。

 

 流石にもう起きない前提で考えるのは愚かしいだろう。VS亡国機業勢は確実に発生するとして、なにゆえ他の専用機持ちたちは姿をみせないのか。……密かに現地入りしているとかかなぁ?私とイッチー2人だけというのが、連中を油断させる作戦だったりすればいいんだけど……。

 

 ……って、ハッ!?それはそれで問題じゃないか、どうして私はそれを知らされていない!要するにイッチーの婚前旅行発言が嘘同然ってことになっちゃうじゃん!……はい止め、この考え止め止め。イッチーを一瞬でも疑わないとならない状況が出来上がるのなら、これ以上の思考はなんの意味も持たない。

 

「よし、とりあえず旅館に向かうか」

(うん、時間は有限だもんね)

 

 ほらみなよ、イッチーのこの素敵な笑顔を。やはり疑うようなことをしたくはないし、例え嘘だったとしてもどうだっていい。私が考えていいことは、ただイッチーとの婚前旅行を楽しむことだけだ。もしこれを邪魔しようという無粋な輩がいるのなら、斬ればいいだけの話だしね。

 

 んじゃ、イッチーの隣を離れず行きますか。宿泊先とかの大まかなプランは考えてくれているようで、安心してついていけるというものだ。あーもー!こういう時にリードしてくれるって、私の乙女化がキュンキュンしちゃいますよ。惜しいのは、荷物が多くて腕に抱き着けないところだろうか。

 

 まぁそれは後からじっくり張り付かせていただくとして、とりあえずは移動移動~。荷物も多いため、当然だが利用するのはタクシーだ。乗り込むなりイッチーが旅館の名を指定するもんだから、運ちゃんはからかう目的か私たちにご夫婦で旅行ですかなんて聞いてくる。バカめ、その類のからかいはからかいにもならんわ!

 

 速攻で首を縦に振る私にそうなんですよと全肯定するイッチー。そんな私たちをみてか、運ちゃんは割と困った様子で反応するしかなかったようだ。フッ……勝った。イッチーの方も無意味に勝った気でいるのか、黙って私の手を固く握った。私もそれを握り返すと、あぁ……なんだろうね、2人の旅行が始まったって気がするよ。

 

 

 

 

 

 

「おー……見事な石畳だよなぁ。なんていうか、風情がある?とかそんな感じ」

(ん、解かる。洋風のとはまた違った魅力があるよねー)

 

 荷物を置いた2人がまず向かった先は、二年坂・三年坂の付近である。総延長はだいたい350mで、その麓にいる一夏は見えない先まで視線をやり、感心したような様子で坂を見上げた。なんとなく静かな和を感じずにはいられないのか、2人の雰囲気もどこか大人しい。

 

 とはいえ盛り上がりに欠けるのとは違う。むしろこの2人の関係は、周囲からすれば鬱陶しいほどに燃え上がり続けているのだから。すると早速、それまで自重していた反動だと言わんばかりに一夏の腕へ抱き着いた。一夏の方もはにかむような表情をみせると、2人はようやく歩き出す。

 

「そういえばさ」

(うん?)

「清水寺って子宝祈願もありらしいな」

「ブフーッ!」

 

 坂を上り始めた途端に、一夏はふと思い出したようにそう告げる。このまま三年坂を上り続ければ、自然と清水寺へは辿り着く仕組みだ。黒乃も参拝していくんだろーなー程度のことは考えていたが、あまりに唐突にそんなことをいわれて盛大にむせてしまう。

 

 その珍しい様子に一夏はかなり本気で笑い飛ばしてみせるが、いわれた方はそれどころではない。足を止めずにはいられないし、しばらくゴホゴホと咳込まなければ落ち着かない。一夏も未だに笑いながらも足を止め、次に黒乃がどう来るのかを見守った。

 

「き、き……気が早―――」

「ん?そうでもないだろ、あと2年とかそこらかも知れないぞ」

(へぁぁっ!?ちょっ、イッチー……?イッチーが、イッチーが積極的で死ねるぅ!)

 

 俯きながらぶんぶんと両手を振って気が早すぎると誤魔化そうとするが、それを阻んで一夏は黒乃の瞳を覗き込んだ。しかもその口ぶりでは、学園を卒業するのと同時に妊娠してもらうといっているのと同等。これについては半分冗談で半分本気といったところだろうか。

 

 一夏からいわせれば、すぐにでも自分の子供を産んでほしいくらいのことは常に思っている。しかし、やはり金銭面などの理由で現在はまだ適切なタイミングではない。つまり妥協しているようなもので、本当に気が早いなんて考えは微塵もないのだ。ただ、黒乃の反応をみるに困らせていると感じたのか―――

 

「ま、そんなに難しく考えんなって、俺だって焦ってるわけじゃないからさ。ただ、1つ約束はしてほしいかもな」

(ほうほう、約束とな?)

「いつでもいいから、必ず俺の子を産んでくれ」

(……うん、約束)

 

 一夏のいう約束とやらに耳を傾けてみれば、今の黒乃にとっては反応の困る内容だった。本人との対話をすませはしたが、タイムリミットが残りわずかということに変わりはない。憑依している己が必ず一夏の子を産めるかどうかの保証などありはしないのだ。

 

 おかげで一瞬だけ黒乃の表情は内心だろうと陰ってしまうが、必死に取り繕いながらパッと顔をあげた。その際、同時に小指を一夏へ差し出す。その意図を察した一夏は、自らの小指を黒乃の小指に絡め、指切りげんまんと腕を優しく上下へと振った。

 

「よし、約束したからな。破ると怖い―――あ……?簪……?」

(へ、簪?かんちゃん?あれ、もしかしてやっぱりこっちに来て―――)

「あ、いや、ちが―――あ、あーほら黒乃!かんざし、更識じゃなくてホントのかんざしを売ってるみたいだぞ!ほら、せっかくだし少し覗いてこう。なっ、なっ!?」

(おおう……?リアルガチの方のかんざし屋―――あっ、ホントだあった。けどなしてそんなに焦ってるんですかね)

 

 指切りを終えた2人が指を離すと、一夏が目を細めながら確かに簪と呟いた。普通の人物なら装飾品の方を連想するだろうが、生憎その名に該当する友人がいるわけで……。黒乃は友人の方の簪かと思い、背後の方をキョロキョロと見渡した。

 

 だが、それは一夏が別の方向を指差したことで注意が逸れる。そこには確かに装飾品の方の簪専門店らしきものが構えており、一夏は黒乃の背を押すことで強引に入店させた。あまりの押しの強さに違和感は感じたものの、店員の自分たちを出迎える声に釣られ、意識は店の方へ向く。

 

「いらっしゃいませ~」

「へぇ、意外といろいろ種類があるんだな……」

「そうですねぇ、男の方だと似たような反応をされますね」

(いやぁ、ウチかて女?やけど、こんなぎょうさんは知らへんかったわ)

 

 飛び入りではあったが、店内に飾られてある簪の数々に一夏も関心が湧いたらしい。向こうは黒乃連れということで既に彼女へのプレゼント用だとでも思っているのか、目線が似合いそうなものへと泳いでいた。すぐに自分へ話が振られるであろうというのに、黒乃はボケーッと眺めるばかりだが。

 

「どれか気になる品はあります?」

「どうだ、黒乃」

(せやかて工藤!―――ふざけ過ぎか。う~ん、そうだなぁ……)

 

 まぁ確実になにかしら買ってくれるであろう客に対し、店員はかなり積極的に商品を勧めにいった。一夏も既にプレゼントする気が満々なだけに、特になにも気にすることなく黒乃に選んでみろと催促してみる。そういわれて店内を見渡した黒乃が手に取ったのは―――

 

(やっぱこれ、かな)

「羽のデザイン、お好きなんですねぇ。指輪もお揃いですし」

 

 白鳥の羽らしきものが装飾されているかんざしだった。まるでそれを手に取ることはお見通しですよと店員がいいたげなのには、それなりに理由があるらしい。答えは簡単、2人の左手薬指にはまっている翼のデザインをしたリングからだ。これをプレゼントされて以来、黒乃にとっても翼や羽は特別なものになった。

 

「いいのか?もう少しゆっくりみてもいいんだぞ」

「あなた」

「うん?」

「あなただから」

「そ、そうか。そうか……」

 

 ほぼ即断即決の状態だったためか、一夏は他を見なくても大丈夫なのかと問いかける。それに対し、黒乃は羽の装飾を指先でつつきながらあなただからと返した。これは、白い羽は白式の―――一夏の象徴だからといいたいらしい。一夏の象徴だから、これがすごく気に入ったのだという意味だ。

 

 短い言葉からそれをしっかり察知した一夏は、顔を赤く染めながら頬をポリポリと掻くばかり。そんな2人の若い様子をみて、それなりに年配の店員はあらあらまあまあと茶化すような声をあげた。それで現実に引き戻されたのか、一夏は誤魔化すように店員に告げる。

 

「これ試着とかは―――」

「えぇ、もちろん」

(ん、試すのは大事だよね。それじゃあ早速―――)

「ちょっと待った、俺の役目を取らないでくれ」

 

 一夏が店員から試着の許可を得ると同時に、黒乃は髪を結い上げ始めたが―――一夏から待ったがかかり手を止める。どうやらかつて話したように、黒乃の髪を弄るのは自らの仕事だという認識かららしい。黒乃本人も全面的に賛成なのか、大人しく簪を手渡した。

 

「これでよし……っと……」

「まぁ、よく似合ってますよ。美人さんですし。見栄えも抜群です」

 

 時間をかければ細かいデザインも可能なのだが、今回は手っ取り早くお団子状に結い上げた。そこへ件の簪を差し入れると、黒乃の髪はバラけることなくキレイに纏まる。生憎ながら服装とこの髪型はミスマッチなものの、それでも黒乃の元がいいのでさほど問題ではなさそうだ。

 

 手早い仕事に感心しながら鏡を覗くと、そこには黒髪と見事なコントラストを生み出す白い羽つきの簪が。対となっていることにご満悦なのか、かなり気に入った様子である。一夏の方も滅多に垣間見えない黒乃のうなじにご満悦なのか、背後でニコニコと笑みを浮かべていた。

 

(うぅむ、ここまでくると欲しいなぁ)

「黒乃、値段のこととかは気にすんなよ。俺は黒乃が喜んでくれるならそういうのは二の次なんだから」

(この買っていただく前提がどうも……。い、いや、イッチーがそういってくれてるんだからお言葉に甘えようじゃありませんか!)

 

 当然のように一夏が金を払う気構えでいることに妙な罪悪感を覚えるも、断るのはそれで失礼でもあると厚意に甘えることにした。どちらにせよ、一夏の頑固な性格からすれば意地でも払うだろうから無駄というのもある。黒乃は一夏にしっかり頭を下げ、感謝の意を伝えた。

 

 やはり服装のこともあってか、購入後はお団子状の髪型を解除。簪の方は専用の箱に入れ、後生大事そうに手提げの鞄へしまった。2人とも満足のいく買い物ができたようでなによりである。やはり直接的な物品は、旅の思い出としてはおあつらえ向きだろう。

 

「あ、そういや皆にもなにか土産を買って帰らないとな」

「最終日」

「そうだな、そういうのは帰り際にまとめてやろう。勇み足にはならないよう、時間の計算はキチンとしてからだな」

 

 他のメンバーも京都に現地入りすることを知っているというのに、店を出るなり一夏は白々しいことをいい出した。これも黒乃に違和感を抱かせないようにする作戦のうちであり、友人たちに旅先で土産を買うのは基本だろう。つまりそういう言葉が出てくるのは自然なわけで、黒乃はなんの疑いも持たずに首を頷かせた。

 

 最終日、帰る直前にしようと取り決めた2人は、その後も気ままに三年坂を散策しながら昇って行く。途中何件かの店に立ち寄りつつ、ようやく主目的である清水寺へと辿り着いた。やはり縁結びのイメージが強いのか、女性の参拝者が多いように見受けられる。

 

「えーっと、確か撫で大国さんってのが本堂の近くにだな……こっちか」

(なんか、舞台とかよりこっちのが人だかりができてる気がするね)

 

 敷地内の見取り図を確認しながら、一夏が参拝しておきたい撫で大国さんなるご神体を目指した。広い敷地とはいえ境内は人でごった返しており、とりわけ一夏たちの目指している方向は特別多いような気さえする。それだけ著名な神様なのかも知れない。

 

 長い行列に並ぶことしばらく、一夏と黒乃の番がやってきた。ご神体の姿は袋を携え打ち出の小づちらしきものを構えている。七福神でいうところの大黒天に近い存在なのかも知れない。近くには看板が添えられており、どこを撫でればどういったご利益があるかの説明が書かれている。

 

 例えば小槌を撫でれば良縁・開運・厄除け。頭を撫でれば受験必勝・成績向上。一夏が先ほどいったように、お腹を撫でれば安産・子宝のご利益が得られるようだ。その他さまざまなご利益も得られるようで、撫で大国さんの名が知れ渡るのもわかる。

 

「ほら黒乃、好きなとこでご利益もらえよ」

(ぐ、ぐぬぬ……!意地悪なイッチーも大好きだけど……うーっ!え、えーっと……げ、元気な赤ちゃんを宿して、母子ともに健康にう、産めます……ように……)

 

 ニヒルな笑みを浮かべて一夏はそういう。つまりそれはフリのようなものであって、どこを撫でればいいか解かってるよな?……といっているのとほぼ同じだ。意地の悪い一夏に対して内心で頬を膨らませつつ、無表情ながらも顔を真っ赤にしながらお腹を撫でた。

 

 プルプルと小刻みに震えているようだし、一夏が思っている以上に羞恥を感じているようだ。もっとも、安産ないし子宝だというのなら損はないとは思っているらしい。さて、一夏の方はというと、看板を眺めて考え事をしているようにみえる。

 

(どったのイッチー?)

「ん、いやな……どれも微妙に的外れな気がしてさ。夫婦円満とか言われても、俺と黒乃は永遠に円満だろうから無意味というか」

(あ~……そうだね、それはいえてる。それじゃあ、これなんてどうかな?)

「勝運・芸事上達か……なるほど、ISに関してだな」

 

 撫で大国さんが足場にしている俵を撫でると、出世や夫婦円満のご利益があるらしい。しかし、一夏はまだ社会人でないため出世願望なんて的外れ。夫婦円満に関しても、一夏と黒乃の互いの好感度はカンストどころか無量大数とも表現してよいのでこれも無意味。

 

 ならばなんのご利益をわけてもらおうかと思案していると、黒乃が看板の手という表記を指差した。手は勝負運や芸が上達するご利益。だとすると、どちらもISに関わるといえよう。特に勝負運、今の一夏には喉から手が出るほど欲しいものだ。

 

(どうか勝たせてください、黒乃を守る為の勝負だけでいいんです……)

 

 黒乃を守る為には向かい来る相手を倒す、つまり相手に勝たなければならない。一夏はそれ以外の試合だとかにカウントされる勝負に2度と勝てなくなっても構わない、その代わり黒乃を守る時だけは必ず勝ちを運んでほしい。そういう願いを込めながら、撫で大国さんの手を撫でた。

 

「……ご利益、あるといいな」

(信じる者は救われるっていうし、信じてればいいことあるよ……きっと!)

 

 1人で勝手にシリアスな気分に浸ってしまったせいか、向いている黒乃の視線に不必要なほどの笑顔をみせた。その願いが成就するかは実際の戦闘になってみなければ解からないだろうが、黒乃の考えていることが真理といえよう。結局のところ、最後は己の力を頼るしかない。

 

 ご利益を分ける側がするのは、あくまで受ける側にきっかけや考えの変化を与えるまで。一夏も黒乃を守るという決意を改めて魂へ刻んだことだろう。これがあるのとないのとでは大きな違いであり、その点でいえば一夏は既にご利益を得ているのだ。

 

「清水の舞台もみていくか。日頃から空飛んでるから、俺たちの目にどう映るかは解からんが」

(いやぁ、私は少なくとも戦闘してるしで目が回って景色どころじゃないよ?)

 

 参拝を終えると撫で大国さんに感謝の礼をしてから、2人は次なる目的地を定めた。やはり清水寺で観るべき場所はと聞かれれば、清水の舞台が真っ先に思い浮かぶところだろう。一夏は微妙に無粋なことをいうが、的を射ているような気もする。黒乃の発言もまたそうなのだが。

 

 基本的にIS学園の上空から見える景色なんて一面が海で、それがほぼ毎日ともならば新鮮さに欠ける。学園の敷地以外でのISの展開はご法度だし、生身の状態で眺める絶景はまた格別だろう。それが隣に恋人が居るというのなら、また違った様子に感じるかも。

 

(うわぁ~お、生身でここまで見渡せるってやっぱ凄いよ~!)

「考えてみれば、時期が最高だな。取り囲んでる木の葉が見事に赤々としてら」

 

 清水の舞台に辿り着いた黒乃は小走りでせり出した柵から身を乗り出すようにして手をかける。遠くに広がる京都中心部の景色も見事だが、一夏のいう通りに秋という時分もあってか、舞台を取り囲む木々の葉が紅く染まっているのもまた風情がある。

 

 その時、舞台を吹き抜けるように一陣の加瀬が舞う。すると風に巻き上げられて紅葉は散り、ひとひらの葉がちょうど黒乃めがけて落ちていく。それを優しく両手で受け止めると、奇跡的な出来事に内心でニッと一夏へ満面の笑みを送った。外面から見るとただ真っ直ぐな視線を受け、一夏はただ穏やかな出で立ちで愛しい人を見守る。

 

(……よかった、楽しんでくれてるみたいだな)

 

 一夏の穏やかな様子には、そんな思考が隠されていた。黒乃を旅行へ連れて行くという流れになったのは、自爆の件で精神的な傷を負ったと思われているせい。それだけに、一夏の頭はずっとそんな心配で満たされていたのだろう。というよりは、もっと前からずっと―――

 

(チョーカー……首輪……)

 

 思考をそういう方向へもっていくと、ふと……黒乃の首元へ目が行ってしまう。刹那の待機形態である黒いチョーカー。コアが生きていただけに、なんの問題もなく黒乃の元へ帰ってきた。最近の一夏の考えからすれば、戻ってきてしまったと表現するのが正しいのだろう。

 

 刹那の待機形態がチョーカーであるのが関係しているのだろうが、それを鷹丸にはめられた首輪だと思ってしまう一夏がいた。従順な所有物として、自らの欲求の為に黒乃を飼いならすための首輪―――それが刹那。また、黒乃が戦いを望んでいるというのもその考えを加速させる。

 

 2人の黒乃で多少異なる認識のようだが、八咫烏の方に関しては言葉通りに純粋な戦いを。一夏が思ういつもの黒乃は、己と並び立つために刹那は必要だということ。瞬間、一夏はギリギリと歯を食いしばってしまう。あらゆる悔しさやドス黒い意志が、一気に襲ってきたのだろう。

 

「黒乃……」

(え、あの……人前だとかそういう前フリは聞いたけど、まさかこんな観光地で……)

 

 一夏は真っ黒い感情を抱くと同時に、黒乃に対して愛おしく守りたくて仕方がないという想いも過った。それが抑えられず、堪えられず、後ろから腰を回すようにして黒乃を固く抱きしめる。いきなりの出来事に困惑はするものの、黒乃に振りほどくという選択肢は端からない。

 

 ただ、一夏が無言なのが緊張を誘ってどうしようもないのだろう。2人の世界は妙に静かで、逆に外野の声がよく聞こえてくるというもの。いくら私服だろうと美男美女なうえ、それなりの有名人のカップルな2人は、当たり前のように正体は勘づかれている。

 

 インフィニット・ストライプスの取材で2人の交際は周知されたが、実際にイチャイチャとする姿をみることになるとは思いもしなかったろう。やれ本当に真剣交際なんだとか、やれこんな公の場で大胆だとか、観光客の多くの視線が一夏と黒乃に集まっている。

 

「……ごめん、なんか気持ちが抑えきれなくて」

(う、ううん、大丈夫。キミに想われてるって思える瞬間だから……)

 

 場所が場所なら唇も重ねていただろうが、外野が鬱陶しいために一夏はとりあえず黒乃を離す。恥ずかしい思いをさせたという自覚はあるのか、少し気まずそうな謝罪もおまけだ。しかし、恥ずかしいと感じながらも、黒乃にとってもそんなのは些細な問題でしかない。とにかく必要とされることが喜びなのだから。

 

「気を取り直して次行くか。その前にそろそろ飯の時間かな」

(あ、それ賛成!せっかくの観光地なんだし、なにか名物っぽいものが食べたいよね~)

 

 ふと腕時計に目をやると、時刻はいつも学園の食堂にいる頃合いを示していた。観光もしつつ先に食事だという一夏の提案に、黒乃は大賛成の様子で首を何度も頷かせる。そうして2人は歩き出す。異なる意味ではあるが、お互いが束の間の平穏を噛みしめながら―――

 

 

 

 




一夏が簪と呟いた理由は裏で解かると思います。
実際のところは大した理由でもないんですけれど。


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第108話 古都にて(裏)

今話は表が黒乃とその周辺の視点、裏が別所の視点でお送りします。
どちらから読んでも差支えはないと思われます。

今回から京都編が本格始動……となるのはいいんですが。
すみません、力不足が否めないです。
一応調べはしましたが、ちゃんと京都という土地を理解できていないと思われます。
なので申し訳ありませんが、京都ならぬKYOUTOだと思って読んでいただければと。


「無理」

「しんどい」

「尊い」

「さっきからなにを仰っているんです、そこの幼馴染プラス信者さんたち……」

 

 一夏と黒乃が京都を満喫する中―――そのかなり後方、2人の姿を見守る沢山の視線が。その内訳は、主に3名―――箒、鈴音、簪である。箒と鈴音は大事な幼馴染を、簪にとっては信仰の対象を、ラブコメ的な視点でカップリングを尊いものだと感じているらしい。とりあえず語彙力が低下するほどには尊いと感じているようだ。

 

 そんな3人に呆れた視線を送るのはセシリア。特にキャラが崩壊しているような気がする幼馴染2人への視線は、率直にいうと引いていると表現してもよさそうだ。そんなセシリアに対し、諦めにも似た表情をしているのがシャルロットとラウラ。ラウラはセシリアの肩に手を置き、黙って首を横に振った。

 

「ですがラウラさん、簪さんに至ってはジリジリと前へ出ているのですが……」

「なにっ!?ちょっと待て、少し自重しろ簪!」

「あ〜……ギリギリセーフ、とりあえず黒乃にはバレてないみたいだね」

 

 一応は物陰に隠れていたのだが、気づけば簪はその姿が完全に露出してしまっている。それで簪らが近くにいることを察した一夏は、慌てた様子で黒乃をそこらの店に押し入れた。一夏の機転で事なきを得たものの、作戦そのものが破綻しかねない事態に冷静であったメンバーは冷や汗を流す。

 

「簪、言い訳があるのなら聞くが?」

「な、ない……。ごめんなさい……」

「箒と鈴も、気持ちは解かるけど落ち着いてね」

 

 簪を物陰に引き戻したラウラは、少しご機嫌斜めな様子で問いかけた。だが特に言い訳はなく、100%自分の過失だと素直に認め謝罪。箒と鈴音もまだ特定はされていないながら、シャルロットにそう忠告され恥ずかし気に了解の言葉を述べる。

 

「まぁまぁ、そこは私の顔に免じて許してあげてちょうだい」

「生徒会のみなさんは、少しリラックスし過ぎではありませんこと?」

「それはまだ解かるけど、織斑先生に山田先生までってどうなのよ」

「あまり気を張り過ぎても今回の作戦は上手くいかん、仕込みが全てといっても過言ではない。なにせ、私たちは修学旅行の視察に来た一団……なのだからな」

 

 IS学園全専用気持ち、生徒会メンバー、教員の千冬と真耶が息を潜めているのは、そこらにあった甘味処だ。1学年専用機持ち以外の者は、それぞれ思い思い注文した品に舌鼓を打っている。というのも、千冬の放った言葉が全てなのだろう。

 

 一夏と黒乃を除いた11名は、時間をずらすどころか同じ時刻の新幹線に乗り込んで京都入りしている。これから起こる亡国機業との戦闘に備え、しなければならないことが山ほどあるからだ。時間をずらしていたようではとても足りないが、急いても事を仕損じる―――ということなのだろう。

 

「さて、バカップルの足も止まったようだしブリーフィングを始めるぞ」

「な、なんという緊張感の欠けたブリーフィング……。いえ、なにも教官のお言葉に逆らおうということではないのですが」

「ならいい。……とその前に更識妹、例の協力者と回線は繋がっているか」

「はい……今もオープンです……」

 

 3つ連なった団子を1つ咀嚼し終え熱い緑茶を啜った千冬は、そのままの勢いでブリーフィングを開始した。高校1年生ながら軍人であるラウラにとっては信じられない状況らしく、思わず口をはさんでしまう。そんなラウラを尻目に、千冬は簪に話を振る。すると、SOUND ONLYと表示されたディスプレイを差し出した。

 

「確か……七宝刃 参ノ太刀・驟雨―――だったか?」

『あっ、どもッス、お初にお目に―――はかかってないッスね!まぁはい、一応小烏党のナンバー4やらせてもらってる驟雨ってもんッス。皆さんよろしくどうぞ~ッス!』

「随分と軽そうなやつだが、本当に大丈夫なのだろうな?」

「大丈夫……。私の知る限り……今回は驟雨さん以上に頼りになる人はいない……」

 

 ディスプレイから響いた声は、なんと小烏党員のものだった。しかも幹部とされる7名―――七宝刃の1人、参ノ太刀・驟雨。声は加工している可能性も捨てきれないが、聞く限りでは若い男性のものだ。どうにも口調からして信頼できないのか、箒はしかめ面で簪に問いかける。

 

 だが簪は絶対の自信を持って頼れる人物だと断言して見せた。箒はその様子に、ならば仕方あるまいと大人しく引き下がる。そうして千冬は、改めて驟雨に協力を求めた理由を再確認するかのように質問を投げかけた。簪のいう今回とはいったい―――

 

「本当に、我々の存在を隠蔽することができるのだろうな」

『人伝の噂に関しちゃ断言できないッスけど、SNS等の情報なら自分が完全にシャットアウトしてみせますよ~。論より証拠ッスね、どなたかなんでもいいんでSNSやってないッスか?』

「ん、アタシやってるわよ」

『そッスか、んじゃ京都に居る的な投稿お願いします』

 

 驟雨に協力を求めた理由は、亡国機業に自分たちの存在を悟られないようにするためらしい。噂話はさておいて、SNS内ならば完全に防いでみせると豪語した。今すぐ証拠を見せると意気込み、鈴音が修学旅行の視察で京都にいるという旨の投稿しようとしたのだが……。

 

『授業だるい~』

「え、なんで!?」

『はい、自分が声を大にしちゃいえないことをチョチョイとやってるからッス。皆さんは京都に関する発言はできませんし、普通の観光客の方にも同じ現象が起きてるはずッス』

 

 入力文字は間違っていないはずなのに、投稿した瞬間に他の文章に変わってしまった。鈴音が驚愕の声を隠せないでいると、驟雨は自分の仕業だと語る。詳しくはなにをしたか教える気はないのだろうが、これならば確かに自信満々であったことも頷ける。

 

「なるほどな、信頼してもよさそうだ」

『そりゃどうもッス、黒乃様のお役に立てるならお安い御用ッスよ!』

 

 確実に法律に違反するようなことに手を出しているのだろうが、今回は目をつぶるつもりなのか信頼に値するという評価を下した。それに対して驟雨も誇らしげで、間接的でも黒乃の役に立てるのならと張り切る姿勢を見せる。参ノ太刀、つまりナンバー4なだけはあり、信仰心は並ではないらしい。

 

「よし、それでは今度こそブリーフィングを開始する。本作戦は、京都に潜伏する亡国機業を掃討するためのものだ。残念ながら京都での戦闘は避けられんだろう。そこで我々が用意したのが例のブツだ。各員、手筈通りにパススロットへ仕舞ったな?」

 

 驟雨が十分に役に立つ人物だという確認が取れると、千冬は本格的にブリーフィングを開始した。黒乃に京都旅行をさせるのももちろんのことだが、やはり主目的はこちら―――亡国機業の掃討だろう。この作戦に欠かせないなにかを、専用機持ちたちは既に所持しているらしい。

 

「向こうでも説明したが、それは簡易的なシールドジェネレータだ。指定したポイントへ設置し、ラインを形成することで広範囲をカバーする。重要文化財の損壊だけは確実に避けたい」

 

 京都市内の構造は碁盤の目と言われているように、南北と東西に直交する仕組みだ。恐らくそのシールド発生装置というのは、単体では意味をなさないのだろう。一定間隔で設置していくことで、発生したシールドが隣接したシールドへ連結。最終的には、京都市内を丸々取り囲むような巨大なものになるということだ。

 

「何手かに分かれてこれを速やかに配置するぞ。そうだな……デュノア、潜入の心得は」

「あ、はい。簡単なものなら、日本に来る前に仕込まれました」

「ならば設置役は凰・デュノア組、オルコット・ボーデヴィッヒ組、篠ノ之・更識姉組の6名だ。異論は?」

 

 この組み合わせは、どちらか片方に潜入工作に心得があり、いざ戦闘になった場合でのバランスが取れているからということなのだろう。シャルロットへ潜入に関しての確認をしたのがなによりの証拠である。それをメンバーは理解しているのか、特に反対意見はでてこない。

 

「更識妹は織斑と藤堂の監視、および驟雨と協力しての隠蔽工作を」

「はい……!」

『お任せッス!』

「布仏姉妹は全体のオペレートだ、お前たちの誘導も重要だぞ」

「了解しました」

「何気にプレッシャ~……。でも頑張りま~す!」

 

 2人の監視を命じられたのが簪なのは些か心配も残るが、誰よりも支援向きな打鉄弐式を所持しているからだろう。絢爛舞踏を有す紅椿を駆る箒ではないのは、単に隠密の心得がないからだ。そして、残った布仏姉妹に課せられた仕事は、実行メンバーを導くこと。

 

 どこのポイントに設置を済ませたとか、どこが未設置だとかを把握しつつ3組の専用機持ちが一夏たちとバッタリ鉢合わせないようにするのは本当に大事だ。姉である虚はいつも通り冷静に、妹である本音もまたいつも通りにゆる~く返事をしてみせた。

 

「私と山田先生だが、基本的には府警を離れることはないはずだ。直接会わねばならん用事ができたのならそこを目指せ、一応いつでも電話には出られるようにしておくがな」

「警察組織との連携も大事ですから、そういったことは大人である私たちに任せてください!」

 

 流石にこれだけの作戦を秘密裏に進めるのは無理だ。なにせ、京都上空が戦場になるのはほぼ確定なのだから。更識とブリュンヒルデの影響力を利用しつつ、様々な組織や人物の認可を得て作戦は進んでいるのだ。その1つとなるのが、千冬のいった府警なのだろう。

 

 当たり前ながら京都に自衛隊基地なんてものはないので、市民を守るために連携するのならば警察と消防になる。作戦当日における避難誘導の流れの確認だとかをするのは自分たちの仕事だと、真耶は自己主張の強い胸をさらに張りながら任せてほしいと頼りがいのある表情を浮かべた。

 

「だがあまり無暗に隠れようと考えるなよ、逆に浮く。緊張感は捨てず、お前たちも適度に観光を楽しめ。どうせそんなこともいっていられなくなる」

「千冬さん……」

「最後に確認するが、なにか質問はないか?―――なさそうだな。それでは、これにてブリーフィングを終了する。各員、準備ができ次第に作戦を開始しろ―――解散!」

 

 解散と宣言はしたが、とりあえずなにかを頼んだ者はテーブルに並べられたメニューを片付けるのが先決だ。簪は単独行動なので一夏と黒乃が店を出ると同時にその場を離れたが、残りのメンバーは揃って甘味処へ留まることになってしまう。

 

 ついでにいうならなにも頼んでいなかった者も注文をし、結局メンバー全員が散ったのはそれからしばらくのこととなる。時間が足りないとはいったが、なにも焦っても仕方がないという千冬の言葉が効いたのだろう。この調子ならば、敵に悟られるようなことはなさそうに思える―――

 

 

 

 

 

 

「…………」

「クロエ、なにか違和感でもあるのかい?」

「……そう……ですね……。それだけでなく、このような服装ではいざという時の機能性が低いです。非効率です」

 

 IS学園勢13名が京都へ入る数日前、仮称するのならば科学者一家組がとあるホテルのロビーにてそんなやり取りを交わしていた。クロエは自らの身を包むゴシックなファッションに思うところがあるようで、着心地に関しても含めて非効率だとバッサリ斬り捨てた。

 

 年頃の女の子らしくない発言に、鷹丸はクスクスと笑いを零す。どうして鷹丸が笑うかは理解できないながら、不愉快であるのは感じ取ったらしい。ムスッとした表情を浮かべ、そっぽを向くことで反抗を示した。だがその姿は今度こそ年相応で、それがまた鷹丸の笑いを誘う。

 

「パパは意地悪です」

「ハハ、なにを今更。僕だって白衣がないと落ち着かないんだ、それで相子ってことにしようよ」

 

 そういう鷹丸の姿はフォーマルスーツで、夏場の炎天下でも脱がなかった白衣は見当たらない。自らが科学者である象徴であるとともに、単に癖で着ていないと違和感があるのだろう。逆をいえば、堅苦しいような恰好を極端に嫌っているというのもある。

 

「ま、人に会うからお互い仕方ないよね。今日ばかりは我慢―――」

「たっく~ん、くーちゃ~ん、お~待たせ~!」

「パパ、これは俗にいうツッコミどころというものなのでしょうか?」

「いや、束さんは気にしたら負けだよ。いって聞くなら苦労はしないし」

 

 人に会うのだから正装は欠かせないのだとクロエに告げようとしたところで、トイレにでも行っていたのか2人の前に束が現れた。その姿はアリスを模したようないつものエプロンドレスで、どこで学習したのかクロエはツッコミを入れようと身構える。

 

 やるだけ無駄だから止めておきなさいと鷹丸が制したところで、なんの話~?―――なんて、あざとく首を傾げてみせた。鷹丸の言葉は嘘だらけだが、こういった場合は逆にストレートに真実を伝える性質である。そこで、人に会うのにその恰好はどうなのかとやんわり伝えてみると―――

 

「え、だったらアリじゃん。だって名前にドレスって着いてるし!」

「ママ、それは屁理屈という奴―――もごっ」

「そうですよねぇ、アリですよねぇ。束さんがアリスなら僕はマッドハッターあたりの恰好もいいのかも知れないですねぇ」

「アハハ、キャラ的にも似合う~。じゃあくーちゃんは、う~ん……チェシャ猫あたりでどうかな」

 

 平然とエプロンドレスなのだからなんの問題もないと言い放つ束に対し、クロエは指摘しなければ気が済まなかったのか口を挟むが―――鷹丸に口を塞がれて遮られてしまう。やはりいっても無駄だと判断したのか、むしろ露骨に束の話に合わせにいった。

 

 どうやらマッドハッターというチョイスがよかったらしく、束はむしろ上機嫌なようにみえる。クロエがチェシャ猫というのは、性格どうこうよりも猫の恰好をしたのを見てみたいだけだろう。この分だと、2人はいずれ本当にコスプレをさせられる運命かも知れない。

 

「それより、準備ができたのなら向かいましょう。そう待たせてはいないでしょうけ……どっ……」

「もう、立ち上がるときは手を貸すからいいなってば」

「ママのいう通りですよパパ、貴方は健常者ではないのですから」

「いやぁ手を借りるのが癪ってことではないんですけどね。まぁ、2人ともありがとう」

 

 椅子から立ち上がろうとする鷹丸だが、右足が義足なだけあって杖ありきでも上手くいかなかった。すかさず両サイドから束とクロエのフォローが入ったために転倒することはなかったが、誰がみたところで危なっかしいことに変わりない。早く慣れねばと誓いつつ、少しは手を借りることも覚えようと思う鷹丸であった。

 

 そして亀の歩みながらゆっくりと確実に、義足を少しひきずりながら前へ進む。束とクロエはなんの文句もなしに鷹丸のペースに合わせ、両サイドを定位置のようにキープし続ける。そんなさりげない気遣いは、鷹丸の心になんともいいがたいしこりのようなものを残す。

 

「さて、ここだね。お邪魔しま~す」

「あら、いらっしゃい。タイミングがよかったわね、たった今食事が運ばれてきたところなのよ」

「そいつは僥倖ですね、スコールさん。わざわざこんな格好をした甲斐があります」

 

 扉の先で待ち受けていたのは、豪華な商事と優雅な笑みを浮かべる―――亡国機業がスコール。人と会う約束というのは、どうやらスコールのことを指していたらしい。目的はどうあれ、完全にIS学園と敵対関係にある組織と共謀するつもりなのだろうか。

 

「え~と、すみません、とりあえず座っても?」

「勿論よ。大変だったわね、逃亡するためとはいえ右足を―――」

「なっ……!?テメェ、このクソニヤケ面ぁ!どーしてテメェがここに居る!」

「あっ、オータムさんじゃないですかぁ。お久しぶりです、息災でした?」

 

 右足のこともあってかとりあえず座りたい鷹丸だったが、食事の時間ということもあってか彼女がリビングへ姿を現した。学園祭の際、鷹丸に対して因縁アリアリのオータムだ。次に会ったらタダじゃおかないというようなセリフを吐いたというのに、むしろ向こうからやってくる始末。

 

 当然だが、スコールに会うというのならオータムにも会うということは理解している。だが、やはり大人しく謝るような性格じゃない。むしろヒラヒラ手を振りながら息災だったかと煽りにかかった。それが短気なオータムには気に障ったのか、怒りに満ち溢れた表情で鷹丸を睨み付ける。

 

「オータム、止めなさい。彼は大事なお客様よ」

「いいや、こればっかりはスコール―――お前のいうことでも聞けねぇ!コイツはここでブッ殺―――」

「くーちゃん」

「はい、ママ」

 

 スコールはオータムに怒りを鎮めるよう警告するが、むしろ火に油を注ぐように殺気をより強いものにさせた。そんな怒号とは正反対に、静かで鋭い声が2つ。束はツーカーの取れた様子でクロエの名だけ呼ぶと、次の瞬間にオータムはうつ伏せになるようにして組み敷かれていた。

 

 あまりの早業に、なにが起こったかいまいち理解できていないらしい。そんなことは知ったことかというように、クロエはスカートを捲りふとももに装着するタイプのホルスターから小型のナイフを取り出す。そして容赦の欠片も見えない様子で、それをオータムへ振り下ろした。

 

「ダメだよクロエ、束さんもです。僕らが殺したいのはたった1人なんだから」

「え~……有象無象の1匹や2匹同じことだと思うけどな~。まぁいっか、たっくんがそういうなら仕方ないよね。くーちゃん、ありがと!もういいよ」

「かしこまりました」

 

 クロエを止めたのは、攻撃されかけた鷹丸だった。ダメだよと発したと同時にクロエの手は止まったが、ナイフの切っ先はミリ単位でオータムの首へ刺さっている。つまり、鷹丸が止めるタイミングがもう少し遅かったらオータムは絶命していたということである。

 

 なにがなんだかわからない内に殺されかけたという事実が、急にオータムへ恐怖を植え付けた。ダラダラと大量の汗を流し、呼吸を乱れさせて生き残ったのだと実感させるその様には、先ほどの威勢なんて微塵も感じさせない。クロエがあまりに機械的ということも十分に関係していそうだ。

 

「……オータム、冷静になれないなら下がっていなさい。さもないと、今度こそ死ぬわよ」

「あ、あぁ……」

「すみませんね、僕の妻と娘が」

「いいえ、こちらにも非は―――妻?娘?あら、貴方たちそういう関係なの」

 

 それまでの柔和な態度はどこへやら、スコールは亡国機業のリーダー格らしい声色でオータムへ指示を出した。素直に指示に従ったのか、はたまた本当に命の危険でも感じたのかは不明だが、オータムは立ち上がると同時にそそくさとリビングを後にする。

 

 オータムの姿が見えなくなったと同時にすかさず謝罪を述べるが、その際に束とクロエを妻と娘と表現した。なんの前触れもなく飛び出たその宣言に、スコールはからかうような表情を抑えられない。一方の束はというと、かなりの不意打ちに勝手に手を付け始めていた食事を吹き戻しかけてしまう。

 

「まぁそれはさておいて、交渉を始めましょうか」

「さておいてって、妻っていう割にはやっぱ私の扱い雑じゃない?あ、くーちゃんも食べなよ。お仕事の話はパパに任せようねー。そうだ、私のお膝に座る?」

「それは魅力的な提案ですが、その……さ、流石にそういった年齢でもありませんので……」

 

 鷹丸にとって、束とクロエのことで茶化されるのは時間の無駄だ。何故なら、事実は事実なのだから鷹丸が照れるようなこともムキになるようなこともない。だから手っ取り早く交渉へ入ろうとしたのだが、隣で繰り広げられる母娘の戯れには思わず頬が緩んでしまうようだ。

 

「さて、貴女の提示してきた条件ですが、申し訳ないんですけど頭から妥協案を提示するしかないですね」

「あら、貴方が学園を―――いえ、社会を離脱したならより動きやすいのではなくて」

「そこは確かにそうなんですけど、束さんの施設じゃ僕はできないことも多いんですよ」

「たっくんが細かすぎるのがいけないんですー」

 

 スコールが持ち掛けた条件とは、以前に藤九郎と交渉した内容と同じく機体のチューンナップだ。しかし、鷹丸らしくもなく妥協案を提示するところから入る。それには諸々の事情というか、自由に動けるようになったからこそ出来なくなってしまったことがあるからだ。

 

 それは、近江重工の施設が使用不可になったということ。鷹丸専用の研究室というものがあり、自らが造り上げた機器があってこそ初めて100%を引き出せる。例え束が至高の天才で、そんな人物が造り上げた機器だろうがなんだろうが、やはり自分の馴染みがある物でなければ意味をなさない。

 

「そう…………微妙なところね。貴方たちが提示した条件が簡単すぎるせいで、こちらも簡単に首を縦に振ってしまいそうだわ」

「えぇ、僕らは黒乃ちゃんに手を出さないということを守っていただければ満足ですよ」

 

 全力は出せないながら、機体の性能の底上げは間違いなく可能ということなのだろう。スコールは、この条件を呑むか呑まないか非常に難しい判断を迫られていた。それは本人が述べた通り、鷹丸たちの提示した条件が黒乃に手を出さないという簡単過ぎる内容だからだ。

 

 それは勿論のことながら、全力を出せるのならそちらの方がいいに決まっている。だが全力を出せない前提で、鷹丸たちも簡単な条件を提示しているのかも知れない。そう考えるのなら、かなりの性能向上は見込めるのだからここは条件を呑むのが吉。

 

「解ったわ、その条件で―――」

「ふざけるなスコール、そのような条件を私が許すと思うか!」

「はぁ……今度は貴女なの?エム」

 

 スコールが交渉の成立を告げようとすると、聞き耳を立てていたのかマドカが現れた。血の気が多いということはないが、こと黒乃が関わると途端に冷静さは失われてしまう。そんなマドカが黒乃に手を出すなといわれ、それで納得がいくわけがない。

 

「だいたいだ、そのような胡散臭い連中に頼らずとも戦える!」

「ん~……ん~?あぁ、はいはい、キミはそういうことなんだね。なるほどなるほど~」

「なんだ貴様、ISの開発者だかなんだか知らないが―――」

「専用機、あげようか」

 

 クロエとの食事を楽しんでいる様子の束だったが、マドカの登場にそちらの方へ目を向けた。当初は五月蠅いなぁといったマイナス要素での興味だったようだが、マドカの顔を見るなり何かを察した様子だ。するとニコニコ微笑みながら近づき、今にも鼻と鼻が触れそうな距離で衝撃の言葉を放つ。

 

「なんだと……?」

「それだと流石に天才夫婦の手腕をもってしても3機のチューンナップは時間が足りないけど~。でもさ、私たち手製の専用機が1機あったら十分でしょ」

「それは確かにそうだけど、貴女たちの提示した条件はどうなるの?」

「そうだね、私たちの機体をこの子が扱うなら、特別に許してあげなくもないよ」

 

 2人にとって寝ずの作業なんて日常茶飯事だが、専用機を開発するという前提付きならチューンナップは物理的に時間が足りない。だが束のいう通り、強奪して手を加えた機体なんかよりはかなりの戦果を見込めるだろう。しかもマドカがその専用機を操るのなら、限定的に黒乃への攻撃を許可してもよいとのこと。

 

 スコールにとって、この条件はまさに破格ともいえる。専用機をまた新たに得られるうえに、マドカを大人しくさせることもできるのだから。しかし、それだけに読めない―――裏になにがあってそのような、亡国機業側にしか利のない条件を出してくるのかが。

 

「……スコール」

「ええ、貴方たちが本当にそれで構わないのなら」

「たっく~ん」

「大丈夫ですよ、1機造るだけなら僕ら2人でお釣りが出ますし」

 

 どちらにせよ出し抜く準備はしなければならないし、出し抜かれる覚悟もしなくてはならないのだから同じこと。特に異論を抱く者がいないということは、交渉はこれで成立だ。束は上機嫌で席へ戻ったが、マドカの方は部屋へと帰って行ってしまう。

 

 スコールがそのことに軽く謝罪を入れると、止まっていた食事は再開された。とはいっても、鷹丸とスコールは飲み物にしか口にしていないのでこれが実質の食事の始まりともいえるが。それはさておき、鷹丸としてはクロエに声をかけておかなければならないことがあった。

 

「クロエ、キミは平気かい?」

「パパの仰りたいことはよく解ります。ですが問題ありません、私はパパとママの決定に従うまで。それに―――未来は自ずと視えてくるというもの」

「……そうかい、そうだね」

 

 突如として黒乃とマドカが戦う流れとなったことで、クロエにいらぬ心配をかけると鷹丸は思った。だがそれこそが要らない心配であり、クロエは特に思うところはないとでもいいたげに返す。またしても子供らしくない態度で、それは救いでもありながら一抹の寂しさも感じる鷹丸であった……。

 

 

 




黒乃→簪?かんちゃん居たの?
一夏→危ない……!完全に簪が視認できてたぞ!?

実のところ表裏構成にするか迷ったのですが、最近は話の進みも遅いので。
ですが、次回も一夏&黒乃の旅行記でお送りいたします。


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第109話 歪みの末に

引き続きKYOUTOでお送りします。


「なんか実際にみるとすげぇな。あまりにも唐突に江戸時代っていうかさ」

(お~……入り口からして次元の扉めいたアトモスフィアを感じますなぁ)

 

 当旅行は3泊4日を計画しておりまして、今日は3日目。つまるところ実質的な最終日なわけだけど、嵐山周辺いろいろ見て回った後にやってきたのが太秦映画村だ。お寺とか以外で有名なスポットってどこだっていう話になって、私とイッチーの意見が一致してやってきたわけ。……ダジャレじゃないよ。

 

 見て回るだとか参拝するのに関しては、2日目にだいたい済ませましたとも。伏見稲荷大社あたりも見事だったし、鴨川周辺の景色だって今も目に焼き付いている。でも流石に飽きた―――ってことは絶対ありませんけど、なにか体験というかアトラクション系も堪能した方がいいだろう。

 

 だからといって遊園地や動物園や水族館―――このあたりも京都にひと通りあるみたいだけど、それは別に東京だって行ける。だったら、こうやって江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚が味わえるここにくるしかないじゃない。口で説明しなくても、イッチーも同じことを考えてここを選んだのではないだろうか。

 

 で、我々は門前で感嘆ですよ。だって、本当に門を境にして過去と現世みたくなってるんだもの。それこそ有名だからどんなものかは知っていたが、百聞は一見に如かずという言葉の重みを思い知らされる。それだけ見るだけじゃわからない楽しみに対して期待が膨らむというもの。

 

「じゃ、行くか。まずはアレが通るか聞いてみないと」

(あ、はーい。行きましょ行きましょ)

 

 イッチーに促され、入場料を払いつついざ出陣。まず私たちが1番最初に目指したのは、映画村内を散策するのに衣装を貸出している場所だ。1時間くらいは無料とか聞いてたけど、せっかくだからということでイッチーが提案して持ってきておいたものがある。無理といわれてしまえばそれまでなんだけど……。

 

「ごめんくださーい」

「はい、ようこそいらっしゃいました。こちらでは衣装の貸出等を―――」

「それなんですけど、無理を承知でお願いするといいますか……」

 

 入るなり私たちを出迎えたのは、江戸の町民らしき格好に身を包んだ男性だった。なんだかいちいち面食らってしまいそうになる中、スタッフさんの言葉を遮りながらイッチーはある物を取り出す。無駄にかさばりながらも頑張ってここまで持ってきた―――モッピーの誕生日プレゼントである。

 

 モッピーのプレゼントといえば着物だったのだが、流思った以上に着る暇がなかったんだよ……。普段着みたくして着る勇気があるわけでもなく、どうしたものかと悩んでいたところにこの京都旅行が飛び込んできたという感じ。まぁ、提案したのはイッチーなんだけど。

 

 イッチーも貰ったはいいがなかなか着られないことに悶々としていたのか、京都の映画村で試してみてはということになったってこと。要するに、学園に居た段階で映画村に遊びに来るのは確定していたということだ。はてさて、スタッフさんの反応というと……。

 

「そういうことでしたら構いませんよ」

 

 おや、意外と好感触……。こういった客商売のスポットでお金を落とさない人なんて優しくされないと思っていたけど、ここでダメですって突っぱねるのもなかなか勇気がいるのかなぁ。でも横柄な態度だと断られていたかも、やっぱり人間謙虚にいかないとダメですわ。

 

 というわけで、2人して大変恐縮しながら着替えに入る。むふふ、わたくしとしてもイッチーからプレゼントされたかんざしの出番が早くて嬉しいわけですよ。しかし、イッチーは私の髪を弄るのは自分の役目だといっていたけど……う~ん、今回は自分でやっておくか。

 

 いつもはダダ被りするからやらない禁じ手なのだが、オーソドックスなポニーテールに近い形で結ってかんざしを突き刺す。とはいえモッピーのも普通なようで普通じゃないんだけどさ、アイデンティティを潰しにかかるのはなんだか気が引けるので、皆と同じ髪型にするのは控えているのだ。

 

 後は荷物を預けて集合場所へ出ると、イッチーのが早く待たせてしまったようだ。ボーっとしていたようだが、私を視界に入れるなり穏やかな表情を浮かべて近づいてくる。そして私の姿をしばらく上から下まで眺め、しっかりと感想を述べてくれた。

 

「やっぱいいよなぁ、黒乃の和服は。凛とした感じが様になるっていうか、綺麗さに磨きがかかるんだよ」

「あなたも」

「ん、俺もか?ハハ、それは嬉しいな。サンキュー」

 

 褒めてもらった羞恥から体温が一気に上昇したかのような錯覚を感じる。それに耐えるという意味を込めてだが、私もイッチーに似合っていると声をかけておく。実際、イッチーも和服が似合うんだよなぁ。今は緩い雰囲気だけど、キリッとしたら特に。個人的には腰に刀を携えていたら完璧です。

 

「……町娘―――いや、お忍びで市政を見に来たお姫様ってところか」

(時代劇の登場人物として例えてみてってこと?ま、前もいったけど……それは流石に美化し過ぎだよっ)

 

 イッチーはしばらく考え込むような仕草を見せると、素というか真面目な顔してというか……シチュエーションに合わせるのならお姫様だと評する。評価自体は跳ねて喜ぶくらいは嬉しいんだけど、ホントに言い過ぎだと思うんだけど……。そんなに高貴なオーラ出てます?

 

「俺は、そうだな……その護衛って感じでどうだ?そんでもって、お姫様と禁断の恋するパターンの奴」

(ちょっ、いや、ホント……勘弁してください。私が京都でいったい何度あなたにキュン死にさせられそうになってるか解かります!?)

 

 高貴なオーラの片鱗を探してあちこち見まわしていると、イッチーは表情を悪戯っぽい笑みを浮かべながら爆弾をぶち込んできやがる。いやね、ホントね……その言葉だって嬉しいんですよ?けどね、キミね、京都に入ってからロマンティストにも程がありませんかね!?た、確かに時代劇だとそういうシチュはありがちだけどさ~……。

 

 でも、まぁ、いいか……あくまでシチュで、イッチーとは禁断でもなんでもない恋で結ばれちゃってるわけなんだし。……あれ?私の元の性別を鑑みるに、これもある意味では禁断―――ってウェェェェイ!違う違う!もうイッチー色に染められちゃってるから私は女の子、乙女、誰がなんといおうとピチピチの女子高生なんです!

 

「まぁとにかく、命に代えても―――そうさ、命に代えても守って見せる」

(…………ふぁい)

「それじゃ行くか、お姫様」

 

 それまでの朗らかな様子は消え失せ、なんだか心からの言葉のように、イッチーは堂々としながら私を守ると宣言した。……かっこいいとかそんなのじゃ片付けられないせいか、数秒脳が活動を停止してしまう。惚けてる間にイッチーは私の手を引いていく、別にそれはいいんだけど……。

 

 今の表情、演技……だよね?ああ、いや……守る宣言じゃなくてさ、一瞬だけ様子がおかしかったのが気になるな。命に代えてもって一端言葉を切った際に、懺悔にも似た表情を浮かべていた―――ような気がする。……気のせい、ということにしておこう。この旅行中に、あまりそういうことを考えたくはないから。

 

「とりあえず、記念撮影でもしとくか?」

(そうだね、ここでの写真は特に思い出になりそうだよ)

 

 京都にて数え切れないくらいの写真を撮ったが、実際の映画の撮影にも使われるこの場だと、また違った角度の撮影が出来そうだ。なんというか、ついこの間の取材の時を思い出すな。……って違う、私は眠ってたからついこの間に感じるだけだ。ええい、1カ月ちょっとのラグが未だに解消されないぞ。

 

 まぁそれは置いておいてだ、映画村各所―――画になりそうな場所を探し歩き、みかけたスタッフや道行く親切な人にスマホでの撮影を要求する。道行く人たちに限っては私たちが誰なのか気づいた人が多いらしく、あっ……(察し)みたいな顔をされるのがなんとももどかしい。有名人の皆さんってこんな気分なのかね……。

 

 イッチーはともかく私は以前から代表候補生だったんだから、そういうのに関して自覚が薄いのはかなりまずいのだろうけど。でもなぁ、それこそ戦う以外の仕事をしたことがなかったからなぁ。近江の奴が模擬戦ばっかり組むもんでして……。私も私で、よくも逃げ出さずに戦い続けたことだ。

 

「あの橋なんかも雰囲気あるな」

(あ、うん。なら1枚撮っていこう!)

 

 いかんいかん、今日はどうにも思考がそっち方面にもっていかれがちだな。それがイッチーにバレることがないにしても、自分の気分も誤魔化す目的で少し小走りするようにしてイッチーの前に出た。橋のちょうど真ん中あたりで構図を考えていると、それはあまりにも突然に―――

 

「おうおうおう、動くんじゃねぇ!」

「へへっ、まさかこんな上玉が見つかるたぁ俺たちもついてるってもんよ!」

「お頭の喜ぶ顔が目に浮かぶぜぇ!」

(…………なにこれ?)

 

 突然数人の男に囲まれたかと思ったら、そのうちの1人が私の首元にドスをチラつかせた。普段から刀を扱っている私からいわせれば、よくできたレプリカだなぁくらいの感想しか浮かばない。それよりも、この状況はいったいなんなんだろうと冷静に分析してみる。

 

 ……あ~……もしやこれは、遊園地でいうところの特撮ヒーローショーみたいなものか。ほらさ、みたことない?怪人が子供を人質に取ってやろう!とかいって、無作為に観客の子をさらっていくやつ。特撮も時代劇も勧善懲悪の概念は似たようなものだし、どこかにヒーロー役で潜んでるのだろう。

 

 時代劇って、ちゃんと見ると意外と面白いよね。毎週似たようなパターンの繰り返しだけど、なんだかんだで大立ち回りする殺陣とかも見ごたえあるし。だとしても、私を選んだのはミスチョイスですぞ。ホントならワーキャーと無駄に騒ぐんだけど、それができない人生を10年ほど過ごしているわけで―――

 

「おい」

「あん?ケケケ……残念だったな俺らマムシ組に目を着けられたのが運の―――」

「御託はいい。1度しかいわないぞ―――その子から離れろ」

 

 いや、イッチー?私に関したことで冗談通じないのは嬉しいんだけどさ、これお芝居だから。そんな凄い殺気飛ばしながらそんな台詞をいうもんだから、俳優の皆さん困っちゃってるよ。イッチーの近場にいる―――仮に悪党Eとしよう。悪党Eの人なんか、お客さん落ち着いてなんて小声で囁いちゃってるからね。

 

「こ、このガキ!小娘がどうなっても―――」

(っ……!?イッチー以外の男が……私に気安く触れんじゃねぇええええっ!)

「のわああああ!?」

 

 あ……や、やっちまった……。悪党Aさんが仕方ないから続行しようと思ったのか、私の頬掴むもんでつい。ええと、要するに反射的に投げちゃいまして……。気絶はしてないようだが、私に1本背負いで投げられたことでダウンを決め込んでるようだ。こ、こうなったら……私たちでお芝居を完遂するしかない!

 

「あなた」

「応!」

「な、なんだこのガキども!」

「あ、兄貴の敵だ!や、やっちまえ!」

 

 リーダー格だったらしい悪党Aさんの腰にぶら下がってた日本刀を拝借すると、それをイッチーに向かって投げ渡した。イッチーは手早く抜刀して鞘を投げ捨てれば、私と背中合わせになるようにして刀を構える。向こうも続行するしかないのか、アドリブ全開なのが見て取れるくらい台詞がどもっちゃてて……なんか本気で申し訳ない。

 

 全部で5人で1人倒したことになってるみたいだから残り4人か。単純計算で私とイッチーで2人ずつ―――っておお、向こうもそうさせるつもりなのか私たちの前方に2人ずつポジショニングしたぞ。おあつらえ向きっすなぁ。まぁお芝居なんだから当たり前なんだけど。

 

 私は悪党Aさんの持ってたドスを拾い、悪党BさんCさんと交戦。……を始めたのはいいんですけど、私の後ろでDさんEさんが本気の叫び声をあげてるのは気のせいですよね?イッチー~……頼むから手加減してあげてちょうだい。イッチーの近くに立ってたのが運の尽きかぁ。

 

 なんて考えながら、当たり障りのない感じでBさんCさんとの殺陣を繰り広げていたその時だった。どうやらDさんEさんを蹴散らしたらしいイッチーが、私の代わりに2人と応戦し始めてしまう。あ~……これならとっとと倒したフリをしておいた方がよかったなぁ。

 

「お、覚えてやがれ!」

 

 結局のとこBさんCさんもイッチーの洗礼を受けたというか、キッチリ痛い目にあわされてしまうことに。お約束のような捨て台詞とともにヨロヨロと逃げていく。う~む、プロですわ……レプリカとはいえ、割と本気でイッチーに攻撃されたっていうのに。

 

 で、そのあとが大変だった。私たちがゲリラ的なお芝居の一員だとでも思ったのか、いつの間にかできていた人だかりの喝采に包まれる。そこでようやく冷静さを取り戻したっぽいイッチーは、私の手を引いてとにかく人気のない場所へと走っていった。

 

「はぁ……はぁ……。こ、ここまで来れば大丈夫か……?」

(そ、そだね……)

「くそっ、悪い黒乃。黒乃のことになると、途端に冷静じゃいられなくて……」

 

 長屋の入り組んだ裏路地のような場所で息を整えていると、イッチーは心底から申し訳なさそうな表情を浮かべた。イッチーだってきっと、頭の片隅ではこれはお芝居だって解かっていたのだろう。もし本気の本気だったら、あの人たちは今頃お陀仏かも知れないし。けど、どちらにしたって―――

 

「嬉しい」

「え……?それは、俺が怒ったから……か?」

 

 本当は叱ってあげるべきなのかも知れないけど、私はイッチーが私のことで怒ってくれた事実が嬉しくてたまらない。イッチーがあそこまで怒るのって、私が関わらなかったことはないもの。なんというか、愛されているなと思う瞬間というか。

 

 しかもまた嬉しいのは、イッチーは私が嬉しいってことを嬉しいと思ってくれている。つまり私はまたそれが嬉しいわけで、この幸せの無限ループを止められるもんなら止めてみなって話ですよ。私は未だ半信半疑な様子のイッチーに、安心させるよう右手を左手へ絡ませるように握る。

 

「黒乃……」

 

 すると、イッチーは残った右手で同じように私の左手を取る。しばらくそのまま見つめ合っていたが、イッチーが私の名を呟くように呼んだことにより次の行動は示された。私は静かに目を閉じると、待っていたのはイッチーの唇が重なる感触。

 

 私とイッチーは人気がなく隠れた状態とはいえ、不特定多数の観光客がいるにも関わらず激しいキスに没頭した。誰かに見られてしまうかもという考えが逆に私たちを大胆にさせるのか、キスはいつもより長く深い。そして終わったかと思えば、イッチーは私を固く抱き留めた。

 

「謝りにいかないとダメだよな……」

(ダメでしょうね~……)

 

 抱き合うことしばらく、私を離したイッチーはそんなことを呟いた。あれはあれで大盛況だったが、ショー1つ潰したのは間違いないし、なにより悪党役5人の皆さんには怪我もさせたことだろう。というわけで、スタッフしか入れないような場所を捜索しつつ、例の人たちを探した。

 

 ようやく見つけて謝ってみると、なんだか向こうは私たちをスカウトしたいだの言いだすではないか。それは丁重にお断りしておくが、一周回って評価されるとは思わなんだ。やっぱりISで日常的に戦闘訓練を行っているからだろうか?……まぁなんにせよ、怒られなくてよかったよかった。

 

 

 

 

 

 

「ふ~……3日間、あっという間だったな」

(そうだね、楽しい時間ほど早く感じるのはなんでだろ?)

 

 その日の散策を終えた2人は、食事や風呂を済ませてあとは寝るのみ。しかし、目が覚めてしまうと京都旅行も終わりを告げる。そう思うと寂しさを感じずにはいられず、一夏は思わずそう呟かずにはいられなかった。いや、そちらが最たる理由ではないかもしれない。

 

 一夏にとっては、もうすぐ作戦決行の時間なのだ。黒乃の就寝によって多少の誤差はあれど、眠りにつけば自分は亡国機業との戦いが待ち受けている。なにもそれを恐れているわけではない。京都に来る前に本人が宣言したとおりに、黒乃が参戦するかどうかがかかっているのならむしろやる気が出るというもの。

 

 一夏が恐れているのは、それこそ黒乃が戦いへ参加すること。黒乃は勘がいい、もしかすると既に気づいて後から合流するつもかも。もしくは自分たち全員が勝てないような強大ななにかが敵として出てきて、黒乃を投入せざるを得ない状況になってしまうかも。

 

 可能性を上げようと思ったら切りがない。そう、まるで黒乃は戦いという運命から逃れられないかのように。だが一部の者はこういうだろう、彼女の生きる場は戦場であると。かつてなら黒乃がそれを望むならと妥協していた一夏だが、もはや望む望まないは関係ないのだ。

 

(そうさ、黒乃に戦いなんて……)

 

 黒乃が強かったからこそ切り抜けてきた場面なんて数えきれない。その数あるうちの1つが、ゴーレムType Fとの戦闘だろう。自らの命をかけ、多くを守るために黒乃は奴を倒し切った。もはや死ななかったからよかった、なんていえないだろう。

 

 一夏は思う、このままいくといつかは本当に黒乃が死んでしまう。奇跡はそうそう続かない。次に出ればそれが黒乃の最期かもと思うと、一夏はこの世界のなにもかもが忌々しく思えてしまうような気さえした。ISが生まれ、世界そのものが黒乃へ戦うことを強いている。さらに拍車をかけるのが―――

 

(あぁ……本当に、本当に忌々しくて仕方がない……!)

(イッチー……?)

 

 一夏はふと、黒乃の首元を撫でた。今は就寝前ということで外されているが、普段は黒乃が戦えてしまう理由を作っているチョーカー―――首輪―――刹那が巻かれている。それを造ったのが鷹丸だと思うと、一夏は奥歯を今にも砕いてしまいそうなほどに嚙み締めずにはいられない。

 

 解かっているのだ、黒乃が愛する者のためにその力を振るおうとしているのは。だが戦いの権化を今となっては憎き相手が造り、送ったとなると複雑な心境を拭い切れない。そう考えていると、どうにかして黒乃を戦いの場から退けられないだろうかということばかりで頭がいっぱいだ。

 

 己が黒乃ほど強ければ。―――笑わせる、高望みにもほどがあるだろうに。黒乃が四肢の1つでも欠損すれば。―――ふざけるな、論外だ。それにそんなことで諦める女性でないのは一夏がよく知っている。きっと血反吐まみれになろうが、黒乃は戦場に復帰しようとするだろう。

 

(どうすれ……ば?)

『ああ、黒乃のIS操縦者としての道を断ちたくはないからな』

 

 ふと、一夏の脳内にはかつて自らが放った言葉がフィードバックした。普段ならばなにをそんなと思うだろうが、こうしてマイナス方面へ思考を持っていってしまっている現状では―――簡単なことじゃないか、その手があったかと思ってしまう一夏が。

 

「黒乃」

(へ……?むぐっ!?)

 

 一夏の様子がおかしいのは感じ取っていたようだが、心配そうな眼差しを送っていると急に押し倒されていた。気が付いた時にはのしかかるようにされながら唇を奪われ、口内を思う存分余すとこなく蹂躙される。脳みそが蕩けるような感覚になりながらも、惚けた頭で黒乃はなにごとかと一夏へ視線を向けた。

 

「ホントは明日も早いし、とっとと寝ようかと思ってたんだけどな」

(そ、そうだね……。帰りの新幹線の時間とかあるし、遅れたら大変―――)

「だけどさ、予定変更。ちょっといいこと思いついた」

 

 突然すぎたゆえに、無表情の視線でもどういう意図だったのかは伝わったのだろう。一夏は本当にいいことを思いついたとでもいいたげな顔つきで、一旦そこで言葉を切ってからまたキスを始めた。ただしそれは唇ではなく、黒乃の額や頬、首筋などへ降り注ぐようなキスだった。そしてそれが終わると―――

 

「黒乃、初日に子宝祈願の話したろ?いつでもいいとも言った」

(う、うん……。いつでもいいから、自分の子を……って)

「あれやっぱなしだ、取り消す。孕んでくれ、今日―――ここで」

(へ?え……ちょっ、なにいって―――ってキャア!?)

 

 一夏の思いついたいいことというのは、今すぐ黒乃を妊娠させようという魂胆だった。1発必中する可能性がどれくらいあるか解からないが、一夏は自分が産んでくれといって黒乃が断らないのをよく知っている。要するに、孕むまで幾度もするつもりなのだろう。

 

 仮に黒乃が妊娠したとして、腹に新たな命が宿っている状態で戦いに赴く可能性は低い。しかもいつしか一夏が千冬と会話した通り、妊娠したという事実は瞬く間に世間へ広がるだろう。そうすれば代表候補性の座からも陥落し、刹那は国に没収されることになるはず。

 

 ことによってはIS学園も退学になる可能性だって。一夏にとってそれは最高の結末だ。卒業するまでは離れる時間が多くなるだろうが、黒乃は子育てと家事に専念すればいいのだから。一夏にとって―――考えるほど最高の未来しか待っていなかった。

 

 最も肝心な、それを黒乃が本当に望んでいるかということを欠片も考えはせずに。いつでも子を宿す気もある黒乃だが、タイミングは今ではない。明日なにが起こるともわからない現状で、妊娠なんてしてはいられないのだ。しかし……黒乃は一夏にこう来られてしまえば抵抗なんてできず―――2人の熱い夜が始まりを告げた。

 

 

 




黒乃→演技……だよなぁ?う~む……。
一夏→黒乃を傷つける全ては敵だ!

予定は未定ですが最後あたりの続きはいずれもう1つの方で。
次週、作戦決行です。


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第110話 瞳に宿すは

VS亡国機業直前ほど。
実際に戦闘にはならないので、説明回みたいなものです。


「悪いみんな、待たせた」

「いや、気にするな一夏よ時間ピッタリだ」

 

 黒乃は完全に寝静まり、一夏は白式にて集合場所へと向かっていた。一夏と黒乃を除いたメンバーの尽力により、既に京都内でのISの使用も許可は下りている。ただし、とりあえずは隠密を強いられているためかなりの低空飛行を余儀なくされているが。

 

 建造物を縫うような移動を続けることしばらく、他のメンバーとの合流地点で一夏は白式を解除した。当然ながら全員一夏より早く集合しており、後は作戦実行の合図を待つばかりといったところか。しかし、懸念すべきものがあると考えるメンバーが大半なようだ。

 

「……一夏、黒乃は本当に感づいていないのだろうな」

「ああ、まず問題ない。今はのほほんさんと虚さんも見張ってるしな」

「それを入れても心配ではあるけどね……。でも、なんだか自信満々にみえるんだけど?」

「そりゃ、しっかり寝かしつけてきたから大丈夫だ」

 

 特に心配そうな表情をしているのは、どうしたって幼馴染組2人。やはり黒乃をよく知る2人だからこそ、そうやって警戒せざるを得ないのだろう。しかし、黒乃が起きないのは確実だとでも一夏はいいたげだ。そのあまりもの自信にシャルロットは首を傾げ、のちに続いた一夏の言葉で全てを察する。

 

「へ……?ああ、うん……そういうこと」

「そういうことってどういう―――あっ!?ア、ア、ア……アンタまさか……!」

「ご想像にお任せする」

「ば、馬っ鹿じゃない!?もし本当だとしてもそんな堂々とセッ、セセセセ―――してきたって宣言するとかどーいう神経してのよ!」

 

 一瞬だけ一夏の言葉を読み損ねた鈴音だったが、察したと同時に顔を真っ赤にしつつ余計なことを口走るなと声を張り上げた。爆弾発言をした方はいたって冷静で、むしろニヒルな表情をしているようにも見える。つまり、多少の反感があるのは予想がついていたのだろう。

 

「あれだ、場を和ませようと思ってな」

「一夏くん、これを見てもそれがいえるかしら?」

「あぅ……はぅぅ……」

「簪さん、傷は浅くてよ!」

 

 楯無に呼ばれて視線をやってみれば、そこには頭から煙が出るようなエフェクトが見える―――気がするくらいには脱力している簪の姿だった。一夏と黒乃のなにを想像したのかは知らないが、内向的な性格をしている簪からすると過激な内容には違いなさそうだ。

 

 適材適所というが、和ませる目的として此度の内容はミスチョイスだったようだ。楯無が優しく頬をペチペチと叩けばすぐ正気を取り戻したが、いろいろと妄想を膨らませたことそのものが恥ずかしいのかしばらく必死の弁明ばかり。簪を落ち着かせることに終始し、ようやく話は本題の方へ舵を取った。

 

「それで、例のシールドジェネレータは?」

「2日半くらいかけてなんとかね。途中から府警の人たちが手伝ってくれたから」

「住民の避難はどうだ?」

「各自治体ごとの集会所等に収容は完了している」

「やむおえない事情があって移動できない人たちは、頼りないかもだけど更識の者が護衛に着いてるわよ」

 

 2人がデート中にも着々と作戦は進行していたようで、今すぐ戦闘開始ができるような状態のようだ。シャルロットたちの報告を耳にした一夏は、そうかと呟きながらそびえ立つホテルを見上げる。いわばそこは亡霊たちの根城。一夏の瞳には、今日ここで決着をという執念のようなものが宿っていた。

 

「で、奴らをどういぶり出す。穿千で吹き飛ばすか?」

「広範囲吹き飛ばすなら、龍砲のが燃費いいから任せときなさいよ」

「待たないかそこの脳筋コンビ」

「建造物の破壊……故意はご法度……」

 

 シールドジェネレータを作動させるには、まず初めに一定の高度まで連中を誘き出す必要がある。ならばどうするかとなった時、箒の口から飛び出たのはとりあえず吹き飛ばそうという提案だった。それに対して鈴音も似たようなことを言い出し、すぐさま待ったがかかる。

 

 建造物ごと攻撃を仕掛けてしまえば、それではもうなんのためのシールドジェネレータか解ったものではない。止めておかなければ本気で攻撃しかねないと感じたラウラが止めに入り、簪もお願いだから勘弁してくれというような声色で落ち着くよう促す。

 

「真面目な話、楯無さんとラウラに先行してもらうのが無難だよな」

「アタシらが真面目にやってないみたいな言い方は止めてくんない?」

「あらあら、ご指名とあらば仕方ないわね。行きましょうか、ラウラちゃん」

「ええ、お供します」

 

 やはり潜入だの隠密だのというような事柄は、本職の人間に任せた方がいいだろう。そこで一夏が候補として挙げたのが楯無とラウラの両名である。一夏の発言自体に文句は有れど、鈴音を含めてこの場に居る全員がその意見に賛成のようだ。暗部の頭と現職の軍人ともなれば安心感からして違う。

 

 2人も自分たちが殿を務めることになるという自覚でもあったのか、かなりアッサリとした様子で任務を請け負う。楯無がラウラを引き連れていざ行動開始―――しようとしたその時だった。人の気配でも感じ取ったのか、楯無は数メートル先の暗闇へ向けて険しい視線を向ける。

 

「そこに居るのは誰?」

「ハハ、流石は楯無さん。一応は隠れたつもりなんだけどねぇ。やぁみんな、久しぶり」

「き……さま……貴様は―――」

「近江 鷹丸ぅああああっ!」

 

 非常に歩きづらい様子で自分たちに接近してくるシルエットは、この場にいる全員が忘れたくても忘れられない人物のものだった。誰もがまさか、そんなはずはと目を疑ったが、人の神経を逆撫でする口調や発言も相まって間違いない。間違いなくその人物は、近江 鷹丸その人だった。

 

 箒が恨みの募った視線をぶつけてその名を叫ぼうとする前に、一夏は瞬時に白式を展開し鷹丸へ斬りかかった。勢いのいい袈裟斬りを見舞うが、それはハニカム構造をした宙を浮く強固なプレート数枚に防がれてしまう。鷹丸が操っているのか、一夏が引くと同時にプレートは背後に待機した。

 

「くっ!」

「いやぁいいねぇ、容赦のないその感じ。いい目をするようになったじゃないか」

「ああ、誰かさんのおかげでな!」

「貴方っ、よくもわたくしたちの前に顔を出せたものですわね!」

 

 杖を1度地面に強くタン!と突いてから、鷹丸は心底から楽しそうな様子でいい目をすると一夏を讃える。酷く憎しみの籠ったような一夏の目をだ。一夏だけではなく、その存在そのものがそうさせるのか、気づけば全員がISを展開していた。

 

「ん~?千冬さんにはいったけど悪いと思ってないからねぇ。キミらが僕のことをどう思おうと、それはキミらが勝手にすればいい話だし」

「っ……騙された僕らが悪いって言いたいんですか!?」

「今聞くべきは……そこじゃない……!」

「簪の言う通りよ。アンタ、今このタイミングで出てくるって―――向こうにつきましたって思っていいの?」

 

 束とは見方や意味は異なるが、鷹丸もある種で他人に興味はない。厳密にいえば人間そのものには興味深々なのだが、向こうが自分に対してどういう評価を抱こうが関心はないということなのだろう。そんなことは伝わるはずもなく、純真な心の持ち主であるシャルロットとしては引っかかる発言だ。

 

 ただ、簪のいう通り今気にするべきはそこじゃない。今から亡国機業との決戦だという時に、この男が姿を現すことそのものが違和感だらけ。しかし、タイミングを考慮するなら考えるまでもない。全員が抱かざるを得ない疑惑―――亡国機業と鷹丸が手を組んだと……?

 

「ハハ、まさかぁ。ビジネスパートナーにはなっても本気で肩入れしないって」

「どちらにせよ貴方にはご同行願いますけど?」

「だよねぇ。けどさ、逆に―――僕がなんの対策もナシにキミらの前に姿を現すと思うかい?」

 

 芝居がかった様子でやだなーもーというジェスチャーがおまけで、あくまで亡国機業はビジネスパートナーでしかないと断言する。例えこれが嘘でも真でもあろうと、楯無としては拘束一択だ。蒼流旋をブンブン振り回してから構えるが、次いで出た鷹丸の言葉に迂闊な行動をとれなくなってしまった。

 

「キミら、被害を最小限にするためにシールドジェネレータを仕込んだみたいだね」

「それがどうしたというのだ!」

「僕の意思でそれを暴走させて、爆破することができるって言ったら―――信じるかな?」

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

 実のところ、シールドジェネレータの仕込みそのものは亡国機業にも悟られていない。鷹丸は察知しつつも、報告はしなかったのだ。鷹丸の知りたいことを実行するには、伸び伸びと戦闘が行えるフィールドがあったに越したことはないからだ。

 

 しかし、交渉材料として使えるのなら利用することは辞さない。しかもこの場で信じるかとIS学園サイドに選択の余地を迫ることにより、付け入る隙も多分に与えてくれることだろう。この男なら十分にそれは可能だ。いや、ハッタリの可能性も捨てきれない―――という疑心暗鬼へ陥れることによって。

 

「皮肉な話だよねぇ。沢山の人たちを守ろうとして設置したものが、一転して悪魔の兵器に早変わりなんて。僕がその気になれば、京都はあっという間に火の海だ!」

「……貴方はどうして、人の弱みにつけ込むようなやり方しかできないのです!」

「それが合理的かつ効率的だからだよ。ねぇ楯無さん、僕と取引しない?」

 

 鷹丸は、まるでこの場がミュージカルの舞台のように、右足が不自由なことも演出として使うかのように芝居がかった動きをみせた。高貴な行いを準ずるセシリアとしては、一般市民を使って脅しにかかるなど言語道断。声を荒げて非難したが、鷹丸には全く届かない。

 

 短い回答を送ると話すだけ無駄と思ったのか、会話の対象は楯無に移った。たった1年の差ながらもこの場では年長者ということもあるし、千冬とでは話すほど平行線を辿るばかりと判断を下したのだろう。楯無は眉間に皺を寄せつつ、鷹丸に返事を返した。

 

「……要件は?」

「一夏くんと篠ノ之さん以外が戦闘に参加しないこと、それと僕に手出ししないことかな」

「はぁ……?なによそれ!アタシらは―――」

「鈴ちゃん、少し黙ってて」

 

 戦闘の参加メンバーを強制させるということになんのメリットがあるかは不明だが、指名された2人はなんだか不思議そうな表情を浮かべた。とはいえ代表候補性ではない2人だ、未熟な者を指定したとでも思ったのか、鈴音は今にでも鷹丸へ攻撃を仕掛けそうな勢いにもみえる。しかし、それを楯無は黙らせる。

 

「……本当にそれで満足なのね?」

「交渉では嘘はつかない主義だからねぇ。それこそ信じる信じないは勝手だけどさ」

「お姉ちゃん……!?」

 

 満足かどうかを確認するように問うということは、合意する姿勢だと宣言しているようなものだった。端的に正気かと伝えるように簪がお姉ちゃんと口にするが、楯無がそれに反応することはない。それは本人も善い手ではないということを理解しているからだろう。

 

 しかし、手立てがないということもまた事実。自分たちの身になにかが起こるというのなら妥協もできるのだが、縁もゆかりもない人物が巻き込まれるのは防ぎたいところだ。つまり鷹丸の言葉を信じない場合のリスクを、楯無たちではなく一般市民が被らなければならないというのが問題となる。

 

「一夏くん、箒ちゃん。そういうことだから、任せてもいい?」

「どういう思惑があるかは知らないが、俺は願ったりだ!」

「私も同じく!」

「そう……ありがとう。2人を除いて全員、速やかにISを解除しなさい」

 

 指名された2人へ是非を問うと、どちらともやる気があり過ぎるくらいの様子を見せた。本人達の同意が得られたことで、楯無はISの解除命令を下す。鷹丸の提示した条件を鑑みるに、それには従わざるを得ないだろう。代表候補生一同は、非常に渋々といった表情で指示に従った。

 

「ん、今のところは交渉成立だね。それじゃ、早速始めるとしようか」

 

 今のところはという言葉がきな臭くはあるが、条件を呑んでくれた時点で鷹丸が京都を焼き尽くす理由もほぼなくなった。そして話がまとまった途端、ガラスを突き破るような大きな音が響く。どうやらホテルの窓からISが飛び出たようだ。暗がりということもあり、捉えられたのはシルエットくらいのものだが。

 

「2人は彼女のご指名ってやつだよ。さ、早く追いかけてあげるといい」

「いくぞ箒!」

「ああ!」

「一夏、箒、気を付けてね!」

 

 一夏と箒を指名した張本人とは、上空へと昇って行くIS操縦者らしい。自分が指名されたというのなら、誰だか予想が着く一夏だが―――誰だろうと関係ない、立ちふさがるなら斬るのみという意気込みと共に飛び立った。シャルロットを筆頭に、飛び立つ2人へそれぞれエールを送る。

 

 そうして2人の姿が豆粒のようになった頃、楯無はふと鷹丸の方に視線を向けた。鷹丸の方もそんな視線に気づいたらしく、わざとらしくニコニコと笑みを浮かべるばかり。そんな笑みにフンと鼻で一瞥くれてやると、楯無の視線は見張るようなものへと変わった……。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、黒乃が宿泊している旅館では虚と本音が待機していた。非戦闘員とはいえ作戦決行時も役目はあり、隔離体制を敷くのが仕事となる。黒乃の客室が見える位置にヒッソリと身を潜め、作戦終了までなんとかその場にとどまらせなければならない。

 

 もっとも、一夏の談では黒乃は熟睡している。その場合は、不測の事態に備えて黒乃を叩き起こすのも仕事に含まれる。要するに2人のするべきことはケースバイケースで臨機応変にこなさなければならない。その点でいえば、姉である虚は問題ないのだが―――

 

「ねむ~……」

「貴女ね、昼の内に寝ておきなさいっていったじゃない」

「だって~……みんな働いてたし~……1人だけ寝るのは…………すぴ~…………」

「まったくこの子は……」

 

 よほど眠たいのか、本音は目がシパシパしているようにみえる。だが本人に起きている気そのものはあるらしく、目を擦ったりしながら必死に睡魔と戦っているようだ。虚は困った様子で困った妹に説教を喰らわすが、眠い理由を聞けばあまり怒ることはできなくなってしまう。

 

 てっきり旅行気分で寝ている暇を作らなかったのかと思いきや、数日かかった京都安全対策を最後まで手伝っていたらしい。虚は黒乃の監視が優先度が高いと判断し日中睡眠をとった。自分が眠っている間に、あの本音がそんな気位でいたとは思いもしなかったらしい。

 

 ただし、本人の意志と身体は相反するようだが。本音はうつらうつらとしている間に、話の途中で寝落ちしてしまった。引き続き困った様子ながら、虚は妹を優しく起こす。そうして、自分1人でも平気だから部屋に戻って就寝することを提案した。が―――

 

「だいじょぶだいじょぶ~。関わりは薄いけど~くろっちのお助けはしたいしね~」

「……貴女、初めは嫌がってなかった?」

「いやいや~なにもくろっちが嫌ってことじゃないよ~。最初から疑ってかかるのが嫌なだけ~」

 

 なんの説得力も感じられないが、本音は寝ぼけ眼のまま可愛らしいガッツポーズを見せた。そんな妹の様子に、虚は違和感を覚える。そもそも本音が1組所属なのは、一夏と黒乃が所属しているという部分が強い。つまり、体よく監視の目をつけるためだ。

 

 特に当初の生徒会の方針として、黒乃への警戒度は高いものだった。それゆえに、主に黒乃に対するものだ。だが根拠のない本能や勘に秀でる本音としては、あまり気の乗らない命令でしかない。それに加えて本音は人を見る目もある。黒乃の監視は、早々に職務放棄されたともいえる。

 

「みんなくろっち怖いっていってたし~ぶっちゃけアッチのくろっちは私も少しね~」

「珍しいわね、貴女が恐怖を感じるなんて」

「いやホントに少しだってば~。たださ~落差がさ~激しいと思うんだよね~。普段のくろっちは怖いくらい良い人~」

「そうね……。初めて会ってからしばらくして、警戒したのが馬鹿らしくなってしまったわ」

 

 本音は他人の意見に振り回される女性ではない。数々の噂話が横行していた黒乃に対し、当初から特に感じるものはなにもなかった。しかし、実際に八咫烏の黒乃を目撃した時にはそうもいかなかったらしい。だが多少の恐怖は感じつつも、拒絶反応を起こすことはない。

 

 もちろん所属の関係上、もう一方の黒乃が産まれたと推測される事件のことを知っているというのも大きい。しかし、それを抜きにしても本音には黒乃が善き人であることは伝わったらしい。なにかを、誰かを守ろうとする黒乃の背を想うと―――本音はどうにも目頭が熱くなってしまいそうになる。

 

「だからね~くろっちが誰かのために頑張るのは今回お休みなんだよ~」

「本音……」

「くろっちが頑張らないためにみんな頑張ってるでしょ~。だから私もくろっちが頑張らないように頑張って見張る~」

「ええ、本音のいう通りだわ」

 

 いつの間にか黒乃は誰かの前に居る。その背に恋人や友人たちといった大事な者を傷つかないように隠し、己は前面から全ての痛みを受け止める。緩い性格の本音からいわせれば、そんなものただの頑張り過ぎである。ただ黒乃が頑張り過ぎないとどうにもならない事態もあるため、今回ばかりはと本音は願うのだ。

 

 それは最終的に戦闘機参加するメンバーの力量によっても左右されるが、自分でもなにかできることがあると今回の本音は張り切っているのだろう。今まで黒乃が自分たちにそうしてくれたように、できることを最大限にこなすという本音の言葉を、虚は姉として心から誇りに感じた。

 

「ところがどっこい、頑張ってもらわないと困るんだよねー」

「ふぇ?あうっ……!?」

「本音!?っ……貴女は―――」

 

 2人が己の役割を再確認していたその時だった。突如として背後から聞き覚えのない声が響いたかと思えば、バチンと電撃が弾けるような音がした。それと同時に肉体へと確かな衝撃を感じ、痛いと思う前に本音の意識は彼方へと飛んで行ってしまう。

 

 虚の方も似たようなものだった。妹が意識を失うという非常事態に動揺したという要因が大きく、続けざまに電撃を喰らってしまう。しかし、虚は薄れゆく意識の中で襲撃犯の一部を目撃して脳裏に焼き付けていた。どうにも注目してしまうその特徴的なウサミミのカチューシャは―――

 

(しののの……たばね……?)

 

 

 

 

 

 

(ん……?なんか騒がしかったような……)

 

 なんだか外の方で2度ほどドタドタとなにか聞こえたような気がする。おかげでグッスリ眠っていたのに目が覚めてしまった。まったく、不特定多数が宿泊するんだから静かに―――って人のことはいえませんかー……。あーあ、どうしよ……絶っ対にいろいろ聞かれたからね。

 

 というより、この場合は目が覚めてよかったのかも知れない。あの後は気絶するように寝ちゃって―――あれ?途中から記憶が曖昧なような……。と、とにかく……片付け(意味深)も済んでいなければ、身体がそこらじゅうベトベト(意味深)で気持ち悪い。最中は気にならないのになんでだろ?

 

 ……って、イッチー居ないけどなして?ふ~む、外の空気でも吸いに行っているのだろうか。よく見ると荷物を漁った形跡もあるし、着替えを取り出したのかもね。なら……イッチーが帰ってくるまでにお風呂入っとこうかな。そう思い布団を蹴散らした私は、ノソノソと立ち上がった。

 

 日もまたいだ深夜にお風呂なんか入れない?いやいや、この客室は個室露天風呂つきなんですよ。まぁ実際のところは普通に大浴場の方を使ったりで、あまり利用はしていないのだが。最後の記念にひとっ風呂ってことになるかもしれない。だが、真夜中の露天風呂っていうのもなかなかオツなもんじゃないですか。

 

 私は当然のように全裸なので、バスタオルだけ持ってゆっくりと湯船にはいっていく。流石にシャワーとかはないからこれで我慢するしかないが、なにもしないよりはマシだろう。しかし、イッチーはなにもせずに外へ……?―――というのは考えづらい。イッチーもお風呂に入ってから出かけたのかもね。

 

(それにしても……)

 

 振り返ってみて、本当の本当に婚前旅行みたいな3日間だったな。イッチーと過ごした京都の思い出は、どれもこれも幸せが満ち溢れている。フフ、この先の私たちにはどんな未来が待ち受けているのだろう。想像するだけで楽しくなってしまう。

 

 今は婚約だが、プロポーズしてくれるのはいつだろう。それとも、学園を出たら籍だけ先に入れておくのかな。そうすれば私は、晴れて織斑 黒乃になるわけだ。……う、う~む、なんだかむず痒い……。けど、大好きな人の名字を名乗ることができるのは幸せなことだろう。

 

 式はやっぱりベタな教会とか?あっ、モッピーのとこで白無垢とかも着てみたいなー。でもウェディングドレスも外せない。お恥ずかしい話、イッチーを好きになってからというもの憧れが強いのだ。ショーウィンドウなんかから物欲しそうに見つめてると、心配しなくてもそのうち着させてやるよ……とか言われちゃったりしてキャーッ!

 

「グダフタヌーン!」

(キャアアアアアアッ!?)

 

 1人妄想を膨らませて悶絶していると、いきなり元気な夜の挨拶かましながら不必要に力強くふすまを開く不届き者が。ノミのハートな私にそんなことされたら驚く以外はなく、ザパーッと大きく湯船を揺らしつつ、反対側の淵を背にするようにして振り向いた。ふぅ~……ビックリしたただの束さんじゃないか―――

 

(束さんんんんんんっ!?)

「やぁやぁくろちゃん、昨夜はお楽しみ―――うん?まだ今晩?でも時間的には日が変わってるから……まーどっちでもいっか!」

 

 待て、待て、とりあえずは落ち着け……なんでここに居るのだとかは考えなくていい。私に向けていつも通り人を弄るようなジョークを挟んでいるが、冷静に分析するにこの人は近江と共謀―――つまりは敵だ。私の警戒感でも伝わってくるのか、束さんはニヤニヤと表情を意地の悪いものへと変えた。

 

「そんなに警戒しなくても平気だって。私が直接なにかをすることはないよ。むしろくろちゃんに良い事を教えに来てあげたんだから」

 

 束さんは感謝してよねとでも言いたげに、私へ向けてバッチリとウィンクしてから空間投影モニターを表示させた。するとそこに映し出されたのは―――イッチー!?それにみんなも……。や、やはり京都編は私が知らない間に進行していた……?だとしたら、私はどうしてあちらに混ざっていないの……!?

 

「驚いた?みんなしてさ、くろちゃんが戦わないために必死だったみたいだよ」

(私が……?……もしかして―――)

 

 もしかしてだが、そんなことのために気を遣ったんじゃないだろうね。そりゃ戦いは基本的に嫌いだよ、平和であるのに越したことはないんだから。けど、けど……!置いて行かれるくらいなら、戦いの方がマシだっていうのが解からないかな!

 

 もはやこういう表現は失礼でしかないが、いわゆる原作にて主要人物であるみんなとこんなに仲良くなれるなんて思ってもなかったんだ。私は無表情だわ喋んないわ何を考えているんだか伝わらない―――はずなのに、みんなは私のことで逐一……必死になってくれて!

 

 だから私もみんなの為に必死になれる。辛くても怖くても痛くても、みんなの為なら戦えるというのに。確かに意識不明で心配はかけただろうけど、水臭いことをいいなさんなって話ですよ!のんびりお風呂入ってる場合じゃない、今すぐみんなの所へ駆けつけなければ。

 

「おっ、流石はくろちゃん話が早い―――」

「ありがとう」

「…………。いやいや、どういたしまして!―――…………やっぱりなんだかんだ言って、くろちゃんは戦いをもとめてるんだってば」

 

 恐らくは敵だが、教えてくれなければグースカ寝息を立ててしまっていただろう。一応の感謝だけしておいて、私は急いで湯船から上がった。ザプザプと波立音のせいでイマイチ聞き取れなかったが、なんだか束さんがボソボソ呟いていたような……?

 

 ……まぁ、束さんのことなんて常人である私に理解できるはずもない。昔からそうだったじゃないか、この人のことは気にしたら負けだ。……それにしても、万が一と思って持ってきておいて良かったなISスーツ。今は裸だから着替えるのにはちょうどいい。

 

 バスタオルで身体を拭いている最中に気が付いたのだが、いつの間にだか束さんの姿が消えている。……いろいろ不気味な気もするが、とっととみんなに追いつかなければ。枕元に置いておいたチョーカーを首に装着しつつ、ドタドタ走って旅館の外を目指す。さぁせっちゃん、飛ぼうか―――みんなの所へ!

 

 

 




黒乃→まぁ、とりあえずは感謝しておくよ。
束→ありがとうって、こういう場を用意してくれて……だよね、やっぱ。

VS亡国機業勢といいつつ、若干2名は出番がないのですけれども。
さて、次回より本格的に戦闘開始となります。


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第111話 烏喰らい

VSマドカ、前半戦でございます。
まずは一夏&箒のターンでお送りします。


「やっぱりお前だったか……!」

「よく来たな、歓迎するぞ」

「貴様、その顔はいったい!?千冬さん……なのか……?」

 

 2人が京都上空へ辿り着くと、そこで待ち受けていたのは織斑 マドカを名乗る少女だった。一夏は予測の範囲内らしく、恨めしい目でマドカを睨み付ける。一方の箒は、今回バイザーで隠されていないマドカの素顔に衝撃を覚えているようだ。

 

 あどけなさは残しつつ、その顔立ちは千冬を思い起こさせる。他人というには無理のある印象を受けた。勘ぐろうと思えばいくらでも出来たろうが、箒の心情は揺らぎを消し去る。聞こうと思えば倒してからでも遅くはない。そうやって、箒は意識を戦闘の方へ向けた。そう、それよりも確認しなければならないことがある。

 

「その機体は……」

「ん?ハッ、癪だが奴の力を借りたのだ。貴様を確実に葬ってやるためにな」

 

 現在マドカの乗っている機体は、サイレント・ゼフィルスに似て非なるものだ。蝶を模したデザインは変わらずだが、カラーリングやディティールが異なる。最もかけ離れているのは、BTシリーズとしての本懐ともいえるBT兵器が見当たらないという点だろう。

 

 サイレント・ゼフィルスの改修機か、はたまたデザインを参考に1から作成したISか……。真相は解からないが、とにかくこの機体は一夏を殺すために開発されたと思ってよいのだろう。奴というのはつまり、近江 鷹丸―――ということを一夏が理解すると、表情は一気に険悪なものに変貌を遂げた。

 

「いい目をするようになったな」

「……そりゃどうも」

 

 憎しみの籠った一夏の目を見たマドカは、ニヤリと笑って賞賛の言葉を送った。先ほども地上で鷹丸に同じことを言われたせいか、一夏の反応は微妙なものだが。しかし、それでも眼から憎しみの火が消えることはない。今の一夏にとって、黒乃が傷つく要因の総ては恩讐を送る対象なのだから。

 

「さて、そろそろ死んでもらうとしようか。……あぁ、安心しろ篠ノ之 箒。電池程度は殺そうと思ってはいないのでな」

「で、電池だと!?貴様、人が気にしていることを……!い、いや……そんなことより―――貴様はいったい何者なのだ。なぜ一夏と黒乃を殺さんと欲する!」

 

 マドカが箒をこの戦場に招いたのは、本人の談の通り白式の電池役としてだ。燃費の悪い白式だが、エネルギーを増幅させる絢爛舞踏を所持する紅椿があれば鬼に金棒。つまり、あくまでフェアかつ全力で戦う気はあるらしい。だが箒が黒乃の名を口にした途端に、マドカの雰囲気は一変した。

 

「正直なところ、織斑 一夏。貴様の命そのものにさほど興味はない」

「どういう意味だ」

「そのままの意味だよ。単に貴様が死ねば―――あの女の絶望した顔が見られるというもの」

 

 マドカは嗤う。それはもう、心底から愉快であるかのように。言葉通り黒乃の絶望した姿でも想像しているのか、無邪気さすら感じさせるほどだ。同時にその殺気を周囲に振りまき、そんなマドカの姿はまるで死神だとか悪魔だとかを連想させる。

 

「くっ、そんなことの為に一夏を―――」

「箒、もういい。こいつが俺たち姉弟にとってなんだとか、目的だとか、全部どうだっていい話だ」

「一夏!?」

「どうせ殺すんだから同じことだしな」

 

 そんなことと断じるような浅い事情はないと察しながらも、箒はマドカの言葉にそう反論するしかない。だがそんな反論を、殺害対象とされている一夏が止めた。あまりにもらしくない言葉に、どういうことだと説明を求めようとするが、箒は己の耳を疑う発言を拾ってしまった。

 

 一夏が、あの織斑 一夏が―――マドカを端から殺害する気でいるのだ。あまりの衝撃に、箒はすぐに次の言葉を紡げない。冗談はよせだとか、なにを馬鹿なことをだとか、頭の中にはそういうものがあるのだ。しかし、それこそ一夏の目は―――本当にマドカを殺す気だと察してしまうくらいに淀んでいた。

 

「ほう、それは面白い。ならば―――死んだ者の負けということでいいな!」

「異論はねぇ。黒乃を傷つける全ては―――俺が殺してやらぁぁぁぁっ!」

「くっ、一夏……。織斑先生、シールドジェネレータの作動を!」

『了解した。シールドジェネレータ、作動開始!』

 

 物騒な方向へ盛り上がる2人を止める術など存在せず、ついに一夏とマドカは動き出した。一夏は雪片弐型を、マドカは機械的な形状をした物理ブレードらしきものを展開。互いの振り上げた刃はぶつかり合い、京都の上空にこの日初めての火花が舞い散る。

 

 一夏に対して言いたいことが山ほどある箒だったが、今の優先順位はそれではない。すぐさま千冬に通信を入れると、シールドの展開要請を。そして次の瞬間には、京都を覆いつくすかのようにシールドが張られていくのを見届けた。全てのジェネレータのエネルギー連結が終えるとシールドは不可視の状態に。

 

(とりあえずは良しとするか……。しかし、気の離せん戦闘になりそうだ)

 

 そもそも気の抜けない戦闘などないが、今回は更に特別。目を離した隙に、マドカが殺害されてしまう可能性がある。なにも箒はマドカの心配をしているわけではなく、一夏を殺人者にさせるわけにはいかないという考えからだ。そんなことになれば、黒乃が悲しむのは目に見えているのだから。

 

「はぁああああっ!」

「おらああああっ!」

「一夏、そのまま逃がすな。こいつを喰らえ!」

 

 激しい斬り合いを繰り広げる一夏とマドカだが、未だ互いにヒットはなし。今のところは刀同士がぶつかり合うのみ。2人に距離を置くという選択肢はないらしく、2対1の状況ならそれは間違いなく利用すべきだ。個人的には好かないながら、箒は射程圏外から空裂の飛ぶの斬撃を放つ。

 

「奴の造った機体だぞ、ただの物理ブレードなわけがあるまい!」

「なっ、これは!?」

「箒の紅椿と同じ!?」

 

 マドカの扱う物理ブレードに一瞬だけ黒い雷が走ったかと思えば、振るった斬撃に乗せて鋭い波動が飛んでいく。それもひと振りで無数に飛翔し、空裂の攻撃を相殺どころか搔き消していくつか箒まで届くではないか。これはどう見ても、紅椿との共通点を感じずにはいられない。

 

「冥途の土産に教えてやろう、知ったところで防ぎようはないのだからな」

「なんだと!?」

「機体の名は黒騎士、そしてこいつはレイヴンイーター。その名の通り奴を喰らう為の武装だ」

 

 なんとマドカ自らが、先の攻撃のタネ明かしをするというではないか。レイヴンイーターと名のついた武装には、BT技術とイメージインターフェースを複合させた装置が内臓されているのだという。そして、想像通りに空裂や雨月の攻撃性エネルギーを放出する技術もだ。

 

「これがどういうことだか解かるか?」

「もったいぶる暇があるんなら、とっとと攻撃したらいいだろ!」

「待て一夏、確と見極めてからでも遅くは―――」

「良いだろう、百聞は一見に如かずだ」

 

 焦らすかのようにして質問してくるマドカに対し、一夏は聞くだけ無駄だと箒の静止も聞かずに突撃をかけた。するとマドカも口で説明するより早いと感じたのか、仕掛けてくる一夏を迎え撃つ。ただし、先ほどまでのレイヴンイーターとはひと味違う。なんと、ブレードから銃へと変形するではないか。

 

 ガコン!と機械的な音を響かせつつ鞘部分がストックのようになり、引き金もその付近に着いている。銃身は長いがスナイパーライフルほどではなく、どちらかといえば機関砲が近いかも知れない。そしてマドカがトリガーを引くと、レーザーのようなエネルギー系統の光が発射された。

 

(見た目は至って平凡だが……あの口ぶり、なにかあると思った方がいい。だったら!)

 

 不思議なことに一夏目がけて真っ直ぐ飛ぶレーザーは、恐ろしいほどに平凡だった。だが一夏に油断はなく、大事をとってということもあるが雪羅の盾を構える。エネルギーを消滅させる特性のあるこの盾ならば、レーザーである以上は確実に防げる。見守っていた箒も思わずほくそ笑んだ―――その時。

 

「それが油断というんだよ」

「なにっ!?ぐああああっ!」

「ば、馬鹿な……寸前で分裂しただと?!」

 

 レーザーが雪羅の盾に着弾する寸前、突然にレーザーが無数に分裂したのだ。レーザーはまるで意志を持つかのように雪羅の盾を避け、通り過ぎた後にUターンして一夏の背に命中した。あまりに不可解なこの現象に、一夏も箒も理解が追いつかない。そんな2人に、マドカはまたしても説明を挟む。

 

「今のがBT技術とイメージインターフェースの複合だ。私の言いたいことが解かったか?」

「……まさか、フレキシブル!?いや、それだけでは説明が―――」

「イメージインターフェース……。そうか、イメージ力で分裂する弾丸そのものを生み出したんだな!」

「ご明察。あながち能無しということでもないらしい」

 

 あの曲がって迫る動きは、以前に見たサイレント・ゼフィルスの射撃と同じだ。だが分裂までいくような動きは覚えがないし、根本から可能とは思えない。だとすれば、マドカの口ぶりからして答えは1つ。そもそもあのレーザーは、分裂するように出来ていたのだ。

 

 これがイメージインターフェースを用いているということなのだろう。第3世代以降のISにおいてイメージする力というのは肝心要、もはやなくてはならない域にまで到達している。飛行、武装の呼び出し等と同じ原理で、弾そのものを創造したのだ。

 

 これは高いIS適正とBTを複数同時に制御しつつ、自身も行動可能という純粋に高度な技量を誇るマドカだからこそできる芸当なのだろう。仮に弾の創造が出来ようと、偏光制御射撃と併用など考えただけで脳がパンクしてしまいそうだ。

 

「要するに、その気になれば私はどんな攻撃も繰り出すことが可能ということだ。例えばだが―――このような攻撃もな!」

「な……そんな馬鹿な……!」

「こいつは、黒乃の!」

 

 再びモードをブレードに切り替えたマドカがレイヴンイーターを頭上に掲げると、そこからエネルギーの奔流が噴き出て刃を形成した。流石に規模は異なるが、その見た目は黒乃の絶天雷皇剣を思わす。巻き込まれたが最後、凄まじいダメージを受けることになるだろう。しかし―――

 

「ふざけんな―――」

「一夏!」

「ふざけんな!それを使っていいのは、黒乃だけなんだよ!」

(やはり冷静さを欠くか、愛が深いというのも考え物だな)

 

 かつて暴走したラウラが雪片を使用した時のように、一夏はマドカが絶天雷皇剣によく似たソレを発動させたことが許せなかった。ラウラの際は黒乃が近くにいたということで冷静さを保ったが、壊れかけの一夏ではそうはいくはずもなく。

 

 激高した一夏は、怒りに身を任せ真っ直ぐマドカへ向かっていく。そしてそんな一夏を見て、マドカは内心での笑みを止められない。なぜなら、こうなることを予想して疑似的な絶天雷皇剣を発動させたからだ。想像以上に簡単に釣れ、2人の愛情に関して盛大に皮肉った。

 

「望み通り喰らうがいい!」

「関係ねぇ、俺には雪羅が―――」

「馬鹿者!フレキシブルの応用をもう忘れたのか!?」

「フッ、覚えていたところで無駄だっ!」

 

 マドカは思い切り頭上から巨大なレーザーブレードを振り下ろす。だが、それでも一夏は真っ直ぐ突っ込むばかりだ。雪羅の盾を用いて防ごうと考えたのか、左腕を前に構えようとする。それは冷静な箒から見れば愚の骨頂であり、一夏に横から突進するような形で進路を無理矢理にでも変更させた。

 

 箒はマドカを甘く見ていたつもりはない。代表候補生でもない自分よりは何枚も上手の相手だと心から思っている。だが残念なことに、それでも足りなかったのだろう。振り切ったレーザーブレードが当たることはなかった。しかし、振り切った後の切っ先が蛇のように動いて2人へ襲い掛かったのだ。

 

「しまっ……ぐ……ああああっ!」

「がああああああああ!」

 

 これだけのエネルギー量ながら、ここまで変幻自在とは。箒が脳内でそう悔いるよりも早く、偽・絶天雷皇剣は2人へ直撃した。箒が一夏を助けに入ったことが仇となり、固まった状態だったのが同時直撃の大きな要因だろう。2人は姿勢を保っていられず、京都を覆うシールドの上に墜落した。

 

(寸前のところで絢爛舞踏を発動させたか……。チッ、敵ながら天晴というやつだな)

「ほ、箒……済まねぇ……助かった……ぜ……」

「謝罪はいい……。それより、機体の状態を……ゲホッ!ゲホッ!」

 

 こちらに関しては、箒と一夏が接触していたことが功を奏した。箒は直撃と同時ほどに咄嗟の行動で絢爛舞踏を発動させたのだ。エネルギーの減少と増幅のせめぎ合いで競り勝ち、無事とはいかないが命に別状はない。奇跡的に、機体もまだまだ動く状態のようだ。

 

「一夏……勝ちたいのならばまずは私情を捨てろ。許容するつもりはないが、勝った後の方がこなせることも多かろう」

「……ああ、そうだな。箒のいう通りだ」

「ハッ、哀れだな。貴様らまだ私に勝つ気で―――」

 

 憤りを覚えているということではないが、箒は一夏の胸ぐらを捻りあげながら忠告を送った。一夏がその言葉の何割をどう解釈したかなどは解かったものではない。が、なんとなく眼の色や雰囲気はいつもの爽やかさを宿した気がしなくもない。

 

 そんな2人のやりとりを、マドカは嘲笑するかのように鼻を鳴らした。もはや勝つ見込みはないという言葉を紡ごうとしたところ、突然に周囲を赤黒く染め上げる光が轟いた。思わずマドカや一夏が視線を送ると、そこには烏の翼の形状に似た雷の翼が。そう、これは―――

 

「そ……んな……。なんでだよ……どうしてお前が今そこに居るんだ……黒乃っ!」

「黒乃、お前という奴は……やはり巻き込められずにはいられんというのか!」

 

 1度目撃したら決して忘れるわけのないこの光景は、間違いなく神翼招雷の発動によるものだ。それはつまり、黒乃が戦場に出て来てしまったというなによりの証拠。それを理解すると同時に、2人は嘆かずにはいられなかった。いや、それは一夏と箒だけのことではない。

 

 2人の戦いを見守っていた楯無&代表候補生たちも。モニター越しに黒乃の存在を確認した千冬と真耶も……。この作戦に参加したIS学園勢は意気消沈の様を隠し切れない。そんな中、現状でただ1人の敵勢であるマドカは遠方に見える神翼招雷の対処について図りかねていた。

 

(奴め、またしても駆け引きのつもりか?私に同じ手は通じんということは解かっているだろうに)

 

 マドカは遠方に見える雷の翼に対し、デジャヴのようなものを感じずにはいられない。あれは忘れもしない、撤退を強いられたキャノンボール・ファストでの出来事だ。あの時は八咫烏の黒乃に入れ替わっていることに気がつかず、スラスターに震天雷掌波を喰らってしまった。

 

 このシチュエーションはその時と重なって感じるが、だからこそおかしいというもの。どちらの黒乃にせよ、同じ手が通じないのはまず理解しているだろう。外れる前提で攻撃を仕掛ける性格でもないとすると……。そうやってマドカが思考を巡らせていると、やはり雷の翼は刹那に取り込まれた。だが、そこから先―――

 

(なにも起きない……。馬鹿な、今度は本当にハッタリだと?)

(黒乃、やっぱりトラウマが……!)

 

 黒乃がなにかしら必殺級の攻撃を繰り出す気なら、雷の翼が再放出されるはず。しかし、その様子は全く見受けられない。マドカは本当にハッタリだったのかと首をかしげずにはいられないが、一夏はなにも起きないという事実に心当たりがあった。

 

 そもそも黒乃が京都に連れられた理由は、心の傷を癒してもらうという名目だ。心の傷とは、自爆の大きな要因となった神翼招雷に対して。京都旅行前に一夏が目撃した神翼招雷のシーケンスが進められないこの光景は、今繰り広げられている光景そのものではないか。そうやって一夏が己の無力を呪い始めたその時、なにか―――黒乃の居る方向がチカリと光った。

 

(あの小さな光はいったい……?)

「……これはまさか……!?」

「超極細のレーザーブレード!」

 

 ハイパーセンサーを用いつつ目を凝らして光へ集中してみると、それは天裂雷掌刃と比べれば一目瞭然なほどに細いレーザーブレードだった。ただし、長細く形成されているため射程は比べ物にならない。刹那そのものをハイパーセンサーで捕捉するのが困難な距離だというのに、余裕で届いてくるほどだ。

 

「黒乃……乗り越えたんだな!」

「しかもあれほど繊細なエネルギー操作、八咫烏の方にはこなせんぞ!」

「それがどうしたというのだ!この距離だぞ……避けるのは容易―――」

 

 黒乃が戦場に出てくることには否定的ながら、一夏は思わずトラウマを乗り越えた証拠なのではと歓喜を露わにした。箒もグッと拳を握り、今までの破壊的な用途とは違った攻撃手段に黒乃本人だと確信を得る。そんな盛り上がりを見せる2人が不快なのか、マドカは苛立った様子で軽く横にずれることで極細レーザーブレードを回避―――したかに見えた。

 

「曲がった!?」

「なにっ!?ぐああああっ!」

 

 極細レーザーブレードは、マドカの横を通り過ぎる寸前で見事なカーブを描いた。そんな路線変更など想定しているはずもなく、反応の遅れたマドカの脇腹にクリーンヒット。しかもレーザーブレードはまだまだ伸びていき、マドカを遠くへ押しやったところでようやく収まりを見せた。

 

「はぁ……はぁ……馬鹿な……いったいなにがどうなった!」

 

 こういった悪態は心の中で収める方のタイプだが、思わずそう叫ばずにはいられなかった。BT技術を積んでもいない機体である刹那が、自分の十八番である偏光制御射撃にも似た攻撃を仕掛けてきたのだから無理もない。可能性として神翼招雷のレーザーはそもそも曲げることが可能という説も挙げたマドカだが―――

 

「ならば……たった1度……たった1度見ただけでラーニングしたと……?」

 

 その説が有力だとすると、マドカは自身がレーザーブレードを曲げたのを見られていたと予想する。そして黒乃はすぐさま学習し、己の技術として取り入れたのだという結論を導いた。マドカから言わせれば、そんなことあっていいはずがない。そんな馬鹿なことがあっていいはずがない。

 

「みと……めるか……!認めてたまるか、認めてなるものかああああっ!来い、藤堂 黒乃!やはり貴様は……今日この場で殺してやるうううう!」

 

 そう、そんな才能に満ち溢れた事実を認めていいはずがなかった。ここでそれに納得してしまっては、黒乃の才能を認めることそのものであり、黒乃に屈服することそのもの。だからマドカはひた叫ぶ。まるで黒乃を殺すことこそが、己の存在価値であると主張するように……。

 

 

 

 

 

 

(……随分と高い位置で戦ってるみたいだ)

 

 どのくらいの高さだとか、詳しいことを確認している暇はない。だが、少なくとも京都の街並みが小さく感じるくらいはある。しかし、飛び立つにしてもギリギリだったな……。私が高度を上げている途中で、巨大なシールドが空に張られ始めるものだからたまったものではない。

 

 そこは刹那の機動力を生かして通り抜けることができたが、なんなら破壊しないといけない事態になっていたかも知れない。いや、それは流石にダメか。なんかイッチーとモッピーしか戦闘に参加してないみたいだし、それだったら地上に居るであろうみんなと合流して―――

 

 ……って、なんでみんなは戦闘を開始していないんだ。原作よろしくイッチーが暴走している様子でもないが、それならそれでアラクネとゴールデンドーンの2機が残っているはずなのだけれど。……冷静に考えるのなら、なにか出撃できない原因がある―――というところか。

 

 ならばその原因を取り除く方が先決だったか?慌てて飛び出たものだから、いろいろと優先事項は見誤ったかも。まぁ、ちー姉が怖くて通信を切ってるから情報が入らないっていうのもあるんだけどね……くわばらくわばら。だとすると、やはりマドカちゃんと戦うイッチーとモッピーの援護が役目かな。

 

 それにしても、ここからだと随分遠いや。なんというか、本気で私を避けようとしていたのが伺い知れる。なんだ、なんだよ、なんですかぁ?この露骨なハブりは、泣くぞ。いや、んなことより援護するにしたって方法を考えないと。そのまま突っ込んでも芸がないというか、マドカちゃん相手には無意味に等しいというか。

 

 決定的な一撃というのなら間違いなく神翼招雷が頭に浮かぶけど、もし流れ弾でも飛んで行ったら確実にシールドをぶち抜いてしまうだろう。となると、後のことはもう考えたくもないわけでしてー。はぁ……こういう時の為に、例の新技術を体得しておきたかったんだけど。

 

『お姉さん、お姉さん』

(わーっ!? び、びっくりした……この状態でも会話できるのね)

『あ、うん。前の時に説明したけど、黙ってたのは不安を煽る必要があったからで―――って、今はそんなの後回しだよ!』

 

 ああでもないこうでもないと思案していると、いきなり脳内で私の声が響いた。まぁ私というか、正確にいえば私の肉体の真なる持主である黒乃ちゃんの声なんだが。あまりに急なことに驚いたが、どうにも黒乃ちゃんは私の心配をしている暇がないくらいに慌てているみたい。

 

『威力調整の練習してたでしょ?あれ、もしかしたら良い手があるかも』

(マジですか!?おせーて、おせーてくれよぉ!)

『えーっと、お姉さんの記憶からサルベージしたものだから少しボンヤリしてるけど……』

(ん~……?あ~……?これは、後半のインフレが半端ない某NINJAマンガ……?)

 

 思い出せる記憶には偏りがあるが、黒乃ちゃんが私の記憶を漁って見つけた資料はキチンと理解ができる。あのマンガの前半頃……そう、主人公の代名詞ともいえる必殺技が完成したころだったかな。あの必殺技も繊細な技術が必要とされ、おおざっぱな性格の主人公は苦労していたっけ。

 

 簡単にいえば、放出した膨大なエネルギーを回転させつつ掌の上で留める必要がある。だが繊細なエネルギー調整をしつつ圧縮なんて技術をできなかった主人公がどうしたか。そこはNINJAマンガであるだけに、分身を出現させて放出役と回転圧縮役を分担―――っ!?まさか……。

 

(黒乃ちゃん、つまり―――)

『できるかどうかは解からないけど、やってみる価値はあるんじゃないかなって!』

(うん、激しく同意。私たちも2人で1人だからね!)

 

 やはり想像した通り、黒乃ちゃんが言いたいのは自分たちも役割分担してみようよってことらしい。上手くいく保証はないながら、確かに私は2つの思考が同時に可能であるに等しいはず。マルチタスク、なんていったりするあれが近いかも知れない。

 

 今までだったら露知らず、黒乃ちゃんと対話を果たした今は成功する気しかしてこない。その自信が現れてしまったのか、発動させた神翼招雷には結構なエネルギーを費やした。多分だが、向こうからも翼は視認できるだろう。一応は注意しながら、私は右掌を前へ突き出して構える。

 

『役、どう分ける?』

(エネルギーの調整は私がやるよ。黒乃ちゃんはブレードの形成を!)

『うん、任せて!』

 

 なにも私は微細なエネルギー調整が苦手ということではなく、単にそれとブレードの形成を同時に行えないだけだ。ならば長期間に渡り刹那を運転してきた私こそが、絶妙な加減を問われる操作を行った方がいいだろう。黒乃ちゃんも学園祭の時に発動そのものはしているから、後の感覚は伝えなくとも解かるはず。

 

 黒乃ちゃんの頼りがいのある言葉を受け取り、それを合図にするかのようにして神翼招雷のシーケンスを進めていく。まずは倍加させつつ刹那へ供給。そして通常時は倍加したエネルギーが倍加しながら掌から放出されるわけだが、今回に限ってはここからが大事になる。

 

 いつもはこう……無遠慮に蓄積したエネルギーを一気に撃ち出すイメージだ。それでは黒乃ちゃんが形成するレーザーブレードはいつものとなにも変わらない。だから、ゆっくり……ゆっくり……現在4倍まで増幅されているエネルギーを絞り出していく感じで―――

 

『お姉さん、最高の匙加減!これなら……』

(黒乃ちゃん、集中。ここから先は、私の放出の速度とキミの形成の速度を合わせないと思った通りに伸びていかないからね)

『は、はい!』

 

 集中しているせいかよく解からないが、どうやらレーザーブレードの切っ先ほどを形成するのには成功しているみたいだ。しかし、説明した通りに難しいのはここから。どちらが早くても遅くてもダメという、2人でやるにしても高難度であることは変わりないようだ。

 

『……ねぇお姉さん、いつも技名つけてるよね?』

(ま、まぁね……)

『じゃ、今回もそれを合図にしようよ。せ~の、とかじゃ味気ないし』

(ん、それはなかなかいいアイデアかも。それじゃ―――)

 

 天翔雷刃翼と震天雷掌波に限っての名付け親はかおるんだが、なんだかんだで気に入ってたりはする。最近に至っては、技名の法則に従って絶天雷皇剣なんて自分で着けちゃったし。でも面と向かっていわれるとなんだか恥ずかしいというか、悪気はないんだろうけどそれがかえって……。

 

 い、いや黒乃ちゃんのアイデアそのものが使えるのは事実。ならば今回も新技だから、私がネーミングしなければならないようだ。今回も技名の法則には従いつつ、即興で考えたものを脳内で黒乃ちゃんに伝えた。するとしばらくの間を置いて、解かったという返事が。

 

(よし、そんじゃいくよ黒乃ちゃん!)

『うん!新技―――』

(『天刺雷掌槍(てんしらいしょうそう)!』)

 

 私たちが同時に技名を叫ぶと、凄まじい勢いで極細のレーザーブレードが飛び出していった。よし、よし……成功しているぞ!しかもこの細い見た目ながら、6倍のエネルギーが圧縮されているので掠っただけでもそれなりのダメージを与えることができるはず。

 

 赤黒い雷はグングンとその距離を伸ばしていくが、ここからが問題である。絶対なる安全圏なため反撃される可能性を考えなくていいのは最高なのだが、そもそもこの天刺雷掌槍をどうやって当てればいいのだろう。距離が開いていれば開いている分、回避も容易いというのは常識で―――

 

(あぁ……やっぱり避けられて―――)

『まだだよ!まぁぁぁぁがぁぁぁぁってぇぇぇぇっ!』

 

 ギリだがハイパーセンサーで捕捉できているが、私の目に映ったのは軽く避けちゃうマドカちゃんの姿だった。そりゃそうだよねぇ、と私がガッカリしたような声を上げていると、いきなり黒乃ちゃんのシャウトが響き渡るではないか。するとどうだ―――

 

(お、おお……?ホ、ホントに曲がった!?)

『お姉さん、伸ばしていかないと途切れちゃうよ!』

(あ、う、うん!)

 

 やはり前に私が考察した通りに曲げることが可能な仕様なのか、黒乃ちゃんのシャウトと共に天刺雷掌槍はグググと曲がってマドカちゃんに命中。思わずそれに感心してしまってボーっとしてしまったが、黒乃ちゃんの言う通り私がエネルギーの放出をやらねばそこで打ち止めになる。

 

 私がエネルギーを絞り出すのに合わせ、黒乃ちゃんも天刺雷掌槍の形成を継続させる。結果としては、マドカちゃんをイッチーとモッピーの近くから遠ざけるくらいには伸びたぞ。しかもその間にダメージを喰らわせ続けられたようで、あのジェスチャーからしてマドカちゃんはかなり悔しがっているのだと思う。

 

『大成功だね!』

(黒乃ちゃんのおかげだよ!)

『えへへ……。……お姉さん、戦っている間は私も起きてるね。なにか思いついたら声をかけて欲しいな』

(うん、そっちも!)

 

 さて、これで先頭に景気をつけることができただろう。それもこれも、私の中で元気に喜んでいる黒乃ちゃんのおかげだ。なんというか、やはりセンスやら才能やらを感じずにはいられないな……。黒乃ちゃんの貴重なアドバイスを今後も拝借するとして、待っててね2人とも!私が今すぐ行くからね!

 

 

 




ダブル黒乃→私たちが力を合わせればこんなものだよ!
マドカ→たった1回みただけでマネられただと!?

VSマドカにおいて、どうしてもやりたいシーンがあるので。
それに伴いオリジナル要素をぶち込ませていただきました。
もはや黒騎士である必要性も特になかったんですけどね……。

次回は黒乃も交えて、VSマドカ後半戦といきましょう。


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第112話 想いと掌を重ねて

VSマドカの後半戦です。
このペースなら、今月中には京都編が決着しそうですね。
逆にどんだけ長かったんだタッグトーナメント編。


「アイツ、黒乃がきた以上は興味ないってのか!」

「一夏、だから冷静になれと―――ああ、クソッ!」

 

 雄たけびを轟かせながら黒乃の方へ突っ込んでいくマドカを、一夏は心底から気に入らない様子で追いかけ始めた。とりあえず一夏を落ち着かせようと思っていた箒は歯痒そうながら、援護しないわけにもいかず少し遅れてからマドカの追撃を開始する。

 

 一方のマドカが駆る黒騎士は、刹那ほどではないながらかなりの高機動のようだ。そのスピードに乗せるかのよう、柄の部分が伸び槍へと変形したレイヴンイーターを突き入れる。すると切っ先からエネルギーが溢れ出し、黒騎士ごと包み込んだ。

 

「うおおおおっ!」

(どわっ! ぬぅ、あの手の攻撃は止めにくいよ……!)

 

 マドカはそのまま黒乃へ突撃を仕掛け、真正面から迫った。同じくマドカへの接近を試みていた黒乃は咄嗟に鳴神を抜刀し、刀身を下から潜り込ませるように振り上げる。長い刀身のおかげか突撃の角度を変えて弾く事には成功したが、なにも攻撃はそれで終わりではない。

 

 弾かれた方向へ進むことしばらく、マドカは黒騎士を大きく旋回させるようにして再度の突進を仕掛ける。このあたりが、黒乃のボヤいた止めにくいという言葉に集約されていた。今のように弾いたところで攻撃を続行させるのは易いし、変に止めようとしては余計なダメージをもらってしまうだろう。

 

「これならどうだ!」

「こちらも持っていくといい!」

(イッチー! モッピー!)

 

 すると黒乃に追いついた一夏と箒が、それぞれの専用機の遠距離攻撃を放った。雪羅の荷電粒子砲と雨月のエネルギー弾は真っ直ぐマドカへ向けて飛んでいく。が、どちらも黒騎士を包むエネルギーの膜へかき消されてしまう。予測はしていなくもない3人だったが、攻撃が効かないという動揺は大きかった。

 

「大人しく―――喰らええええ!」

(づっ!?)

「ぐあっ!」

「2人とも!」

 

 更に黒騎士の速度を上げたマドカは、黒乃と箒の間を縫うようにして通過していった。その際にランスモードのレイヴンイーターに当たりはしなかったが、無遠慮に撒き散らすエネルギーが猛威を振るう。至近距離でそれを受けた2人は、機体に僅かなダメージを受けてしまった。

 

 2人が身じろぎしている間に、マドカはまたしても急旋回。3人を正面で捉えると、今度は黒騎士をその場に止めつつ空へ向けて突きを放った。すると今度は、先ほどまでマドカと黒騎士を包んでいたエネルギーのみが勢いよく飛んでいく。それを見た一夏が雪羅の盾を展開しながら2人の前に躍り出るが―――

 

「爆ぜろ!」

「なにっ!?―――」

 

 エネルギーを掻き消してやろうという魂胆も空しく、雪羅の盾へ触れる寸前に大爆発を起こした。きっと、今の攻撃もそういうふうに創られたものだったのだろう。爆発の規模はエネルギーの密度に比例しているようで、一夏だけでなく黒乃と箒も簡単に巻き込んだ。

 

「クソッ! なんて変幻自在だよ……」

(その~……私はどういう仕組みかも聞いてないんですが?)

「とにかく、3人で隙を作りながらやるしかあるまい。行くぞ!」

 

 トリッキーというか常識が通じないというか、少しの意識の差が着実にダメージへ繋がってしまう。マドカの考えでも読まないことに、レイヴンイーターの攻略は難しいかも知れない。しかし、頭数は揃っているのだからやるしかないと箒は攻撃を仕掛けた。

 

 その意見そのものには同意な一夏だったが、その前にどうしてもしておかなければならないことがある。戦闘を継続させつつ秘匿通信を使用すると、通信相手に黒乃を選択。黒乃は一瞬だけピクリと反応を示したが、意識そのものは強くマドカへ向け続ける。

 

『黒乃、俺はお前に聞きたいことや言いたいことが山ほどある。……多分、黒乃もそうだよな』

(そりゃ、まぁ……ね)

『けど、お互い今は無しにしよう。とりあえずはここを切り抜けてから―――でいいか?』

(…………うん)

 

 本当に、一夏からすればどうしてバレているのかはなはだ疑問でしかない。当然ながら束が現れるなんて想像もしておらず、戦場に出てきた原因は最も追究したい事実だ。しかし、黒乃だってそれは同じ。どうしてこんな大きな戦いを自分に黙っていたのか……。

 

 お互いになんだかモヤモヤしていたものが残っていたが、一夏の提案に乗ることで多少は改善がみられる。黒乃は同意の意志を伝えるため、大げさなくらいに首を大きく頷かせた。それを視界にとらえた一夏は、小さく感謝を呟いてから意識を完全に戦闘へ向ける。

 

『奴だが、やはり黒乃しか狙うつもりはないのだろうか……?』

(見る限り、私しか目に入ってない感じはしますねぇ)

『……不本意だけど、それなら黒乃が正面だな』

 

 前回マドカが襲撃をしかけたキャノンボール・ファストでは、専用機持ちが7人も居たというのに執拗に黒乃のみを狙ってきた。ならば今回はどうかと箒が問いかけるように呟くが、マドカの様子を見る限り同様である可能性は非常に高い。というより、殺気を向けられている本人からすればそうとしか思えなかった。

 

 黒乃を囮に使うようで心底から不本意ながら、一夏の提案した陣形が最も効率的だろう。一夏の呼びかけに応えた箒は、マドカを左右から挟むように位置取る。自身を取り囲まれた形になったというのに、それでもマドカが視線を向けるのは黒乃のみ。そして―――

 

「貴様だけは絶対に殺す!」

(げっ、これはまた面倒な……)

 

 レイヴンイーターをガンモードへ変形させたマドカは、砲口を上へ向けて3回トリガーを引いた。するとバスケットボール大ほどの光弾が射出される。それは空中をフワフワと漂うように、ゆっくりと3人へ迫っていく。追尾を始めたと同時に、マドカはレイヴンイーターをソードモードへ。一気に黒乃の間合いへ迫る。

 

 振り上げられた刃を鳴神で受け止めはしたが、いう通りに面倒な攻撃だ。速度がゆっくりなため、ジワジワと追尾してくる感覚がなんともいえない。あまりマドカへ気を取られていると、いつの間にか目の前―――という事態になる可能性を考慮せねば。

 

「一夏、掻き消せ!」

「解かってる!」

 

 ゆっくり迫る光弾の処理を、箒は早々に一夏へ任せた。一夏は雪羅の盾を展開し、自ら当たりに向かう形で自分に近づく光弾を掻き消した。一方の箒は、黒乃へ肉薄するマドカの背後を狙って攻撃を仕掛ける。もちろんわざわざ接近することはせず、空裂と雨月での斬撃&牙突エネルギー弾でだ。

 

「邪魔はさせんぞ……!」

「なにっ!? くっ、やはり一筋縄ではいかんか……」

(っ……! 一瞬の隙―――見つけたり!)

「馬鹿め、隙だらけとでも思ったか!」

 

 エネルギー弾がマドカへ向かっていく最中、射線へ割り込むようにして光弾が漂う。エネルギー弾が命中するのと同時に、光弾は一気に爆発を起こした。かなりのエネルギーが圧縮されていたのか、あの大きさからでは想像もつかない威力。もし触れていたらと思うとゾッとする。

 

 しかし、偏光制御射撃の応用で割り込ませたのか、意識がほんの少しそちらへ向いたようだ。常人では察知することのできないほどの隙に対し、黒乃は素早く鳴神を片手持ちし空いた手に翠雨を握った。急ぎマドカ目がけて突きを入れるが、既に黒乃狙いの光弾は背後。だが、それでも黒乃が止まることはない。なぜなら―――

 

(ごめんね、素敵なナイト様が着いてるものでして!)

「させるかってんだ!」

「ちぃっ、追いついていたか! ぐうっ!」

 

 滑り込むようにして刹那の背後に陣取ったのは、雪羅の盾を構えた一夏だった。一夏が己を守ってくれると信頼していたからこそ、黒乃は回避する素振りをみせなかったのである。見事にその期待に応えた一夏は光弾を掻き消し、黒乃が翠雨を確と当てるための時間を稼いでみせた。だが、2人の連撃はまだ続く。

 

「黒乃!」

(はい、あなた!)

「ぬぐっ、く……小癪な!」

 

 名を呼ばれるだけで一夏の意図を把握し切った黒乃は、そのまま円を描くように移動して位置を正反対に入れ替えた。マドカを真正面にとらえた一夏は、そのどてっ腹に荷電粒子砲を撃ち込む。この距離で喰らえば衝撃も凄まじく、マドカはたまらず大きくノックバックした。

 

(よし、なんだか勝ちがみえて―――)

『おい一夏、この非常時に通信を切っている馬鹿は隣に居るか!』

「ち、千冬姉!? あ……ああ、黒乃ならすぐ隣だ」

『よろしい。よく聞け馬鹿者、事情は知らんが布仏姉妹と回線が繋がらん。よって、可能性をあげるのならお前かお前を除いた第3者がなにかしでかしたと考えていい』

 

 黒乃が勝ちを確信―――というほどではないが、勝機を感じ始めたその時だった。一夏の白式の通信機からオープンチャンネルにて千冬の声が響く。怒鳴られるのならば後でよいという考えがあったせいか、裏手のようなものを使われて内心で焦りを拭いきれない。

 

『だからこそ黒乃、お前が引っ張り出されたとも思っている。そこに関して責める気は毛頭ない……』

(ちー姉……)

『だから自ら反応を消すのは止めろ。……心配するだろうが、人の気を知らん妹めが』

(……うん、ごめんねお姉ちゃん)

 

 黒乃が戦いを知ることのできなかった状況だったということは理解している。だからこそ千冬の導いた結論は、幾人か候補はありながらも第3者が黒乃に入れ知恵をした……だ。千冬が怒っているのは、刹那を展開してからずっと回線を切断していた点について。

 

 やはり千冬からしても自爆の一件が尾を引いているらしく、珍しくストレートな言葉を送った。そのことに不謹慎ながら歓喜を覚えつつ、黒乃は大人しく全ての回線をオンに。ほんの短い一連の出来事だが、黙って見過ごすわけにはいかない者が1人―――

 

「―――ぜだ……」

「っ!? くろ―――」

「なぜ……貴様なんぞがぁああああっ!」

(ぐっ……!)

 

 先ほどとは毛色の異なる怒りを纏ったマドカは、レイヴンイーターの刀身全体をレーザーに包んで黒乃へ斬りかかる。その攻め手にマドカらしさなんて微塵も感じられず、数分前と比べても現状の方が冷静さを失っているのは一目瞭然。ただ怒りの感情に任せ、我武者羅に刃を振るうのみ。

 

「なぜ、どうして、貴様なんぞが妹扱いなのだ―――赤の他人の癖して! なんの脈絡もない癖して!」

「「『!?』」」

「一夏、なにを呆けている!? 特に今は隙だらけだぞ!」

「ぐぁっ! ぬぅぅぅぅっ! 本来ならば私がそこに居るべきなのに! ただ隣人の娘だったというだけで、貴様が……貴様がああああああああっ!」

「い、意に介さない……。それほどの怒りだとでもいうのか……?」

 

 マドカの言葉の端々には、自身が織斑家となんらかの関係があるということを示唆していた。それでいて、空裂の攻撃をも意に介さないほどの怒りにとらわれている最たる原因は―――黒乃に対する嫉妬心のようだ。それを踏まえると、考えられる要因はただ1つ。

 

 その要因こそが、黒乃を含めた織斑家とされる3人の動きを鈍くしている。例え黒乃が激しい猛攻にさらされていようと、一夏も千冬も黙り込むしかできない。しかしだ、それこそ織斑姉弟はマドカの正体についてはある程度の想像は着いていた。一夏は、ただ想像通りだったというだけどと気持ちを切り替え―――

 

「なぁ千冬姉、俺はやっぱり―――」

『恐らくな。……どうすべきかなど私にも解からんが、今はただ愛する者を守れ。以上だ』

「ああ、そうこなくっちゃな!」

 

 マドカの謎が解明されたというのなら、己の謎もまた同じ。一夏はその手に握る雪片が急にふさわしくないように思えてしまう。だが1つ、そんな自分でもただ1つ、いつでもやるべきことが変わらないものがあった。それは愛する者―――黒乃を守るということ。姉に背中を押された一夏は援護を開始。

 

「うおらぁっ!」

「カハッ!? ちぃっ……!」

「黒乃、話さないといけないことが1つ増えちまった。これが終わったら聞いて欲しい。だから今はただ……俺の隣にいてくれ」

(あなた……。……うん、絶対に離れないから!)

 

 スピードに乗ったまま、一夏はマドカを蹴り飛ばした。衝撃が凄まじいせいか、こればかりは意に介さないわけにもいかず―――というよりは、マドカの意志に反して吹き飛ばされ攻撃を中断してしまう。そんな一夏を忌々しそうに睨む視線をものともせず、隣に寄り添う愛する少女へ穏やかな口調でそっと告げた。

 

 原作知識を所持している黒乃は、一夏とマドカの関係性及びその正体についてなんとなく察しがついている。実際の所がどうなのかは未知として、自身の考えが現実味を帯びたことで意気消沈せざるを得ない。だからこそマドカに反撃できずにいたが、最も辛いのは一夏なのだと考えを改めた。

 

「ハッ……クククク……! ハハハハハハハハ!」

「……なにがおかしい」

「考えが変わったのだ。もはや貴様らに絶望を与えようということは無意味だと悟った! ならばそんなもの必要はない。この一撃の元に消し去ってやる!」

「こ、これは、神翼招雷と同等の……!?」

 

 限りなく自分と同じ状況に置かれているはずの一夏が、自身の憎むべき相手が隣に居ることで折れない。なんとも皮肉なこの事実に、マドカは呆れや賞賛の混じったような笑いを止められなかった。それと同時に、2人並んだこいつらに絶望を与えることは不可能だとも。

 

 マドカはまたしてもレイヴンイーターを天へ掲げると、一夏と箒に放った一撃の比ではないエネルギーの刃を形成した。その外観はまさに絶天雷皇剣のソレ。そんな威力とリーチのモノを振るわれてしまったら、シールドをいとも簡単に破壊して京都にも深刻な被害が及ぶだろう。

 

(どうすれば……!)

「黒乃、もはや対抗手段はお前の神翼招雷しかない! 私が時間を稼ぐ、その間になんとか発動させるのだ!」

(け、けどそれじゃあ本末転倒―――)

『……箒の言葉も間違いではないか……。やれ黒乃、全ての責任は私が取る!』

 

 もはや考えている暇などなく、10人中10人に問えば全く同じ答えを導いたであろう。そう、もはや神翼招雷を使うしかない。一か八かという奴だが、流石にこれは雪羅の盾でも消しきれないだろう。つまり使わなかったが最後、使う以上に京都の街並みを傷つけることになる。

 

(あぁ……もう、やっぱ無理! 絶天雷皇剣は使えない……!)

(黒乃……!)

 

 黒乃が迷った末に発動を開始したのは、絶天雷皇剣ではなく天裂雷掌刃だった。こちらならまだ6倍の増幅で済むが、逆にマドカの攻撃を防げるかは微妙なところだろう。京都の街や生命、マドカの安否も含めた最低限の手加減だった。それを察した一夏は、複雑な表情を浮かばせずにはいられない。

 

「おおおおおおっ!」

「邪魔をするなら本気で貴様も殺すぞ!」

「やってみるがいい! ぐああああっ! っ……私は……私は、死をもってしても黒乃へ繋ぐ!」

 

 箒は黒乃の妨害をさせないために、マドカへの妨害を仕掛ける。向こうからすれば邪魔以外の何物でもないようで、偏光制御射撃の応用を利用した攻撃が始まった。刃から延びるエネルギーの一部が、勢いよく飛び出て箒に襲い掛かるではないか。

 

 それは見事に箒へ命中―――いや、むしろ自ら当たりにいったのだ。箒は紅椿が機能停止しないよう、己の身体が露出している部位を呈して盾の役割を果たしている。そして継続的に絢爛舞踏を発動することにより、絶対防御機能によるエネルギー切れを防いでいる状況だ。

 

(モッピー……! ……雷の翼、再放出!)

 

 自分に賭けてくれている箒の姿を目の当たりにした黒乃は、天裂雷掌刃の準備を急いだ。掌からあふれ出るレーザーは十分、そして攻撃のモーションへ移行するための機体安定を目的とした雷の翼の形成も終了した。後は振るうのみなのだが、やはり黒乃の胸中から躊躇いが消えることはない。

 

(これを振らないとモッピーが……! けど、振ったら振ったで関係のない人たちを……!)

(クソッ! 黒乃が迷っているってのに、俺は隣で突っ立ってることしか―――)

 

 表情はいつもと変わらぬ無そのものだが、一夏はしっかり黒乃の躊躇いを感知していた。それはもう天裂雷掌刃を発動させたその瞬間からだ。黒乃が苦しんでいるというのに、一夏は心底から己の無力を呪うしかない。しかし、なにか―――自身の放った言葉に引っかかりがあるような表情をみせる。

 

(隣……となり……?)

『今はただ、俺の隣に居てくれ』

 

 どうして自分は、わざわざ黒乃にそんな言葉をかけたのだろう。本来ならば、そんな言葉をかける必要なんてないじゃないか。だって、黒乃はなにも言わずとも自分の隣に居てくれたのだから。つまり、わざわざそんな言葉をかけなければならないほど、黒乃を遠い存在だと感じてしまっていたということ。

 

(そう……じゃねぇか、いつだって黒乃は……!)

 

 黒乃の居場所は戦場だと、周囲が勝手に決めつけるという考えだった。だがよく考えてみれば、一夏もそれと同じことをしてしまっていたのだ。考えるまでもない。なぜなら、黒乃の居場所など―――一夏の隣以外のなにものでもないのだから。

 

(あぁ……だから黒乃は……)

 

 一夏はいつの間にか自分の隣に居てくれるのが黒乃だと思っていたが、厳密に表現するならば黒乃は一夏の隣にあろうとしている。だから2人はいつも一緒だった。つかず離れず一緒だった。ずっと同じ道を歩いてきた。それを理解した一夏は、嬉しくて胸がいっぱいになってしまう。そして―――

 

『俺……運命だって思ってるんだ。白式と刹那の相性に関してだけど―――』

(っ……!? そうか……そうか……! 本当にその通りだったんだ!)

 

 いつしか姉と半ば言い争う形となったあの日の話し合いの最中、白式の零落白夜ならば黒乃の神翼招雷を止められるという旨の言葉を一夏は放った。しかし、しかしだ……本当に出来ることは、完全に消し去って止めてしまうことだけだろうか。否、もっと友好的な活用法がある。

 

 それにすぐ気づけなかったのは、一夏がいつも隣に居てくれる黒乃に甘えていたから。己は全力で隣に居ようとしないのに、2人揃っているものだと思考を止めていたからだ。だがもう違う。自分にもっとできる事があったと自覚した今、溢れる想いを止められない。一夏は白式の左掌に微弱な零落白夜の膜を張ると、刹那の甲を握るようにして重ねた。すると―――

 

(イ、イッチー!? ……って、こ、これは……天裂雷掌刃が―――)

『安定……している……。っ!? なるほどな、文字通りその手があったというわけだ!』

「なん……だ……? それは……いったいなんだというのだ!?」

 

 神翼招雷の概要を簡単に説明するのなら、エネルギーを数倍に増幅させレーザーブレードを形成する能力といったところだ。しかし、実際の所でそれは便宜上のものでしかない。これまでレーザーブレードと一口に表現してきたが、事細かにいえば真っ直ぐ縦に伸びる大出力のエネルギーとした方が近い。

 

 それは勿論、エネルギーの増幅量が並ではないからだ。言ってしまえば余剰エネルギーだらけで、無駄だらけ故に使用場所を選ばねばならない能力だった。だが、今天に向かって昇るソレは違う。余分に漏れるエネルギーなど見当たらず、キッチリと形を保っているのだ。それは全て、一夏と白式の零落白夜があってこそ。

 

 完全にエネルギーを消しきらない程度に出力を抑え、余剰分のみを消し去る事で天裂雷掌刃を安定させたのだ。ふとした思い付きだったが、初見で微細な調整を合わせてくるのが流石は一夏といったところだろう。こういった場面では、黒乃の考えている大半が手に取るように解かるのだ。

 

「……こんなにも、目覚めた能力がコイツで良かったって思った事はないよ」

(イッチー……)

「俺の手は、零落白夜は―――黒乃、お前の手に重ねるためにあったんだ! だからもう間違えない! 黒乃をどこにも行かせない! 掴んだこの手を―――離さない!」

(っ……イッチー……! ……黒乃ちゃん、ブレードの形成お願い。もっと鋭く、全てを裂けるくらいに!)

『うん……!』

 

 驚いた様子で安定した自身の必殺技の1つを眺めるばかりの黒乃だったが、呟くような一夏の言葉に釣られて視線をそちらへやった。よほど嬉しく思っているのか、目元を潤ませつつ笑顔を浮かべているではないか。黒乃としては、そう思ってくれていることが嬉しくて堪らなかった。そしてそんな2人のやり取りに感動したのか、オリジナルの方の黒乃は声を震わせる。

 

 だからこそ黒乃は自信を持って天裂雷掌刃の出力を上げた。一夏もそれに合わせて零落白夜の出力を上げ、やはり余剰分のみを消しにかかる。更には黒乃が形成を行うことで、その刀身は研ぎ澄まされた日本刀のような鋭さを得た。それは赤と青が綺麗に混じり合い、紫色の光を放つ巨大な刃―――

 

「負けるか……。貴様らのような2人でなくてはなにも出来ないような者どもに、生きる為に戦い続けてきた私が―――負けてたまるかああああああああああ!」

「行くぞ黒乃、初めての共同作業って奴だ!」

(うん! ……天裂雷掌刃・紫電ってところかな!)

 

 マドカは更にレイヴンイーターから放たれるエネルギーの出力を上げると、ついにその刃を振り下ろした。それに合わせるかのように、一夏と黒乃も互いの手と手が重なり1つになった腕を、ケーキ入刀に例えて振り下ろす。今、超絶威力のレーザーブレードがぶつかり合った。

 

 2つのソレがぶつかり合う地点は、凄まじい光と音を放ってもはやなにがなんだか解からない。両者が動くのを察して大げさに退避したつもりの箒でさえ、目を閉じ耳をふさがずにはいられない。そんな劣悪な環境の最中、攻撃を放っている本人達はしっかりと目を見開いていた。

 

 音に掻き消されようとも雄たけびを上げ、まるで相手が目の前に居るかのように睨み付ける。そうやって両者の気合が具現したような刃2つは拮抗を続けていた―――が、均衡は徐々に崩れていく。言うまでもなく、マドカが一夏と黒乃に押されることによって―――だ。

 

「なぜだ……なぜなんだ……! なぜ、なぜ、なぜ!?」

「2人じゃないとなにも出来ないんじゃないさ! 俺たちは、初めから2人で1人なんだ! だから2人揃っている時の俺たちに―――」

(『私たちに!』)

「(『出来ない事なんてなにもない!』)」

 

 マドカは心底から理解が出来なかった。それはただ単に出力の差で押されているわけではないということを、理解できていたからだ。それが理解できるから、なぜ押されるかが理解できない。ちょっとした差といえば、2対1の状態なくらいだろう。

 

 もし2人にマドカの思考が読めたなら、口をそろえてそれこそが敗因だと告げたろう。そう、単純にその意識の差でしかない。時として、1と1を足した際の答えは2にならない。とりわけ(一夏)(黒乃)を足したのならそれは、数式では計れないほどに膨れ上がることだろう。

 

「(『いっけええええええええっ!!!!』)」

「そん……な……。私はっ……わたしはああああああああああっ!」

 

 天裂雷掌刃・紫電は、レイヴンイーターから放たれる漆黒のエネルギーを打ち破り、その刀身をマドカ本体へ到達した。安定しているとはいえ威力そのものは通常時とほぼ変わらず、マドカの身体全体を軽く飲み込んだ。振り切った刃はというと―――

 

「黒乃、出力!」

(オーライ! 黒乃ちゃん!)

『うん!』

 

 零落白夜と神翼招雷の出力は等倍ほどだったが、振り切ったと同時に零落白夜の出力を上昇させる。エネルギー無効化の能力により、シールドへ触れる前に天裂雷掌刃・紫電は完全に消滅。この完璧なまでのコンビネーションを目撃した者すべては、思わずガッツポーズをみせた。

 

「流石だ2人とも! ぬぅ……! わ、私も身体を張った甲斐があるというもの……だ……」

「いや、箒のがよくやってくれたよホント……。完全に俺たちよりMVPだって」

(帰投したらすぐ誰かに診てもらわないとね……)

 

 はしゃいだ影響で絶対防御を貫通した傷でも痛むのか、箒は歓喜と苦痛の合間のような複雑な表情を浮かべながら2人へ近づく。一夏の言う通り、箒は2人を信じてよくやったものだ。もし箒が時間稼ぎをしてくれなければ、黒乃に神翼招雷すら発動させてもらえなかったかも知れない。

 

「私のことより、あの女は……」

「……とりあえず、命を奪うのは止めにした。無事に済ますとこっちがやられてたから加減はしてやれなかったが、どのみちあれじゃあもう戦えないだろ」

(マドカちゃん……)

 

 箒がチラリと下へ視線を向けるのに合わせ、一夏と黒乃も視線を落とす。するとそこには、あちこちがショートした状態の黒騎士を纏い、無造作にシールドへ横たわるマドカの姿があった。一夏のいう通り生命そのものに問題はなさそうだが、心配なのは精神の方だろう。

 

 2人に完全敗北したことでアイデンティティの崩壊でも起こしたのか、マドカはひたすら呪詛の言葉や敗因が理解できないという旨の言葉を呟いていた。その様に一同は複雑そうな表情となり、保護しなければという思いでも働くのか一様にして高度を下げていく。しかし―――

 

(あれ……?)

「黒乃、どうした?」

(うん、なんかもっと上空の方で音がしたような―――って、ええ!?)

「なっ……どこから飛んできた!?」

「とにかく避けろ、退避だ!」

 

 気のせいだとは思いつつ、気になるような音がしたと黒乃が足を止めた。一夏にどうしたと問われて更に上空に目をやれば―――なにか黄色いレーザーが飛来してくるではないか。明らかに意図的な攻撃だが、本当に考える暇などない。そうやって全員が大きな回避行動を取ったが、初めから狙いを定めていたのは―――

 

「これは……まさか!? クソッ!」

(イッチー!? ……っ!)

「ば、馬鹿な……もはや奴は戦える状態では―――」

「あっ……ガッ……はっ……!」

 

 レーザーの飛来した角度からして、その先にある狙いにいち早く勘付いたのは一夏だった。そうはさせるかと雪羅の盾を展開するも時すでに遅し。レーザーは恐らく初めからのターゲットであったであろう―――既に戦えない状態であるマドカを射抜いた。

 

「許せん……! 卑劣な奴め、あんな状態の者へ追い打ちをかけるなど言語道断! 出てこい、私が斬って―――」

「卑劣はちょっと酷いなぁ、箒ちゃんってば。完璧主義者って言ってくれなきゃ」

「な……に……? どうして……どうして貴女がここに居るんだ……姉さん!」

 

 武士道を重んじる箒からすれば、これは見過ごせない行為だった。怒髪天を衝くという表現そのもので許容できない行為をしたものを探していると、箒にとっては多くの意味で忘れられない姉の声が響く。馬鹿なと否定したい気持ちは儚く散り、紅椿のハイパーセンサーには―――ISを駆る少女の背に乗り、無邪気な笑みを浮かべる束の姿が映し出されていた。

 

「やっほー!箒ちゃん、くろちゃん、いっくん、おっひさー!」

 

 

 




どうしてもやりたかったことというのはこれですね。
やっぱり合体必殺技は必要かと!
別にこれを見越して神翼招雷になったってことではないんですが。


次回はついに姿を現した束&クロエからお送り致します。


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第113話 奔放なる悪意

IS学園サイド、クロエと初対面です。
尺の都合で戦闘シーンはなしですが……。
一度ボロクソにやられるシーンも欲しかったのがホントのところ。


「やっほー! 箒ちゃん、くろちゃん、いっくん、おっひさー!」

『束ぇ! 貴様、そのガキと一緒ということはまさか……!』

「おっと、ちーちゃんもこの場には居ないけど居たんだ。ちょっと日本語がおかしいけど許してね!」

「ふざけるな、私の質問に答えろ姉さん!」

 

 無邪気な様子の挨拶もそこそこ、千冬は束とクロエが行動を共にしていることで多くの事情を察した。白式越しのオープンチャンネルで問い詰めてみるも、いつものように軽く流されるばかり。そして苛立ちを覚えているのは千冬だけでなく、実妹である箒も同じだった。

 

 しかし、束はやはり茶を濁す。ちょっと待っててなんて手を振りながら、メタトロニオスを駆るクロエと共にどんどん高度を下げていく。そしてメタトロニオスの脚部がシールドに着くと同時に背から飛び降り、観察するかのようにしてマドカを覗き込んだ。

 

「ぐ、あぁ……。貴様……初めからこのつもりで……!」

「あっれ~生きてる……。くーちゃん、わざと?」

「申し訳ありません。加減しろとパパが」

「あっそー。まぁいっか! 実際は生き死になんてどうでもいいし~」

 

 マドカは凄まじい剣幕で束を睨み付けるが、束はまるでそのことが不思議かのように目をパチクリさせた。どうやら束からすれば殺害するつもりだったようだが、それは鷹丸の命令を守ったクロエによって防がれたらしい。束は特に不満そうな様子を見せることもなく、ISが武装を展開するようにして装置を取り出した。

 

 それをマドカの胸部にそっと置くと、肋骨にも似た機械的なパーツがスライドして飛び出た。そして中心部らしきパーツが光を放つと、黒騎士の装甲はだんだんとその姿を消していく。そして最後に残ったのは、中心部に鎮座したコアのみであった。

 

「よーし、回収成功!」

「な、なにを……」

「あ、これ? リムーバーの小型化した装置で、ISをコア化する速度も従来のと比べ―――」

「っ……そんなことは聞いていない! それは私のISだ!」

 

 黒騎士のコアを大事そうに専用ケースにしまうと、束は可愛らしくガッツポーズして見せた。当然ながらマドカとしては納得がいかないだろう。そもそも専用機を与えると提案したのは束であり、とどめを刺したうえでコアを回収するなど意味が解らない。するとマドカの激高に対して束は―――

 

「あはっ、ナンセンスな言葉。私のIS? 違うね、この世に存在するIS全ては束さんのISなんだよ!」

「っ!?」

「白式も、紅椿も、刹那も! 有象無象が扱っている専用機たちも! 果ては量産機である打鉄なんかも、みんな、みんな、みーんな! 束さんのものに決まってるじゃん! それをどう扱おうと私の自由に決まってるじゃん!」

 

 束の言葉は言いえて妙だ。この世に存在する467に渡るISコアは全て束が製造したものであり、それがなければ専用機から量産機まで、というよりISそのものは存在しなかったのだから。束は滑稽としか言いようのないとマドカを嘲笑う。

 

「っていうかさーキミねぇ、束さんがキミなんかに本気で専用機を作ってあげると思う?」

「どういう意味だ!」

「そのまんまの意味だよ、欠・陥・品さーん」

 

 仰向けの状態のマドカにズイッと顔を近づけ、相変わらず嘲笑うかのような態度で問いかけた。そして次いで出たのは、残酷としかいいようのない言葉だ。ツンツンと指先で鼻を突きながら、マドカを欠陥品という短い言葉で表現した。それはマドカにとって最も言ってはならない言葉だろう。

 

「殺す……殺してやるうううううう!」

「くーちゃーん」

「はい、ママ―――いえ、貴女の保護を優先させていただきます」

 

 ボロボロのまま吠えることしかできないのに牙をむいてくるマドカをいい加減に鬱陶しく感じたのか、束はクロエの名を呼ぶことによって気絶させるよう命じた。しかし、その命令に従う前に自己判断での行動を取る。クロエは束の服の襟を掴むと、思い切り引っ張って退かせた。

 

 すると次の瞬間、それまで束が立っていた場所を黄金のなにかがシールドを突き破り通っていった。それは龍のようなフォルムで灼熱を帯びている。そして突き破ったシールドから姿を現したのは、ゴールデン・ドーンを纏ったスコールだ。どうやら怪我を負っているようにもみえる。

 

「ありゃりゃ、思った以上に復帰が早かったかー」

「それはこちらの台詞。案外裏切るのが早かったわね」

「よくいうよ、食事に薬物仕込むような連中と仲良くする気なんて頭からないってば!」

 

 まぁそれがどんな毒かは知らないけどね、束さんたちそういうの効かないの。……と束が付け加えると、スコールは苦虫を嚙み潰したかのような表情を浮かべた。勘付かれていたかと思ったのか、やはり効いていなかったかと思っているのか、はたまたその両方か……。

 

 それだけの会話を済ませると、スコールはマドカを回収して一目散に逃げて行く。それを束とクロエが追撃することはなく、束なんかは手を振って見送りをする始末だ。黒乃たちも状況が解からないおかげで迂闊に動く事も出来ず、終始クロエとの間合いを図ることしかできない。

 

「へぇ、思ったより薄情だね。あの蜘蛛女を置いて行っちゃうんだ」

「マドカ様さえ確保できれば良いのでしょう。非常に合理的な判断です」

「ま、別にあの連中は興味ないけどね。さ、これでみんなとお話ができるよ!」

 

 ゴールデン・ドーンの姿が視認できなくなると、束はクルリと振り返って両腕を天高く掲げた。そちらの方には警戒態勢をした黒乃、一夏、箒が浮いており、どうやら質問されればそれに答える気はあるらしい。しかし、状況の整理が追いつかないせいか誰も口を開かなかった。1番に質問をぶつけたのは―――

 

『ならば先ほどの質問に答えてもらう! 貴様と近江 鷹丸はどういう関係なのだ!』

「たっくんと私? えっへん、束さんってばちーちゃんより先に旦那様をみつけちゃったもんねー! ホントは自慢したかったんだけど、共謀が知れたらいろいろ台無しだからさー」

「なっ、姉さんがあの男に惹かれている……!?」

 

 クロエにこっぴどくやられた千冬としては、やはり束と鷹丸の関係性を問わずには言われない。質問された方はキョトンとした表情をした後、妙に自慢気な顔してお先に失礼と胸を張った。その言葉にズレた反応を示してしまう箒だが、確かにアレが義兄ともなれば流石に複雑だろう。

 

『貴様らはいったいなにが目的だ。あの小娘を追い打ちする必要性は!?』

「やだなぁ、私たちの目的っていったら一巻してくろちゃんと遊ぶことに尽きるよ」

(私……? だったら今までの事件、全部私を狙って……!?)

 

 原作でも目的は不明なために愉快犯くらいの認識だった黒乃だが、ここで初めて発生した事件が自らを狙ったものだと知った。いろいろと無自覚なため、どうしてそんなことになっているのだと考えているようだが、まさか己が戦いを求めていると思われているなんて思うまい。

 

「で、京都に来たのはウチの自慢の娘と遊んでもらおうと思ってたんだけど計画変更! ちょうど良くちょうど良いのが居たから専用機で釣ってデータ収集ってところかな」

「俺たちとマドカを戦わせたのは……!」

「そうそう、第4世代機2機と単一仕様能力を使える機体が3機、そして二次移行した機体が2機のデータね。それに合わせて欠陥品とはいえ経験値はこのコアに吸わせられたから束さん大満足!」

 

 亡国機業との対面をした際、束はマドカの顔を見るなり様々な事情を察したのだ。そしてそれと同時に、利用して愛娘とその機体を更なる高みへ押し上げようと。だから専用機を与えて憎い相手と戦う許可も出した。マドカは見事に釣られ、危うく命すら奪われそうになったのだ。

 

「だからくろちゃん、もうちょっと待っててね。多分だけどもうすぐくーちゃんも完璧な状態になるからさ!」

(いや、待っててねって……こっちこそ待ってほしいんですけど!? 誰もそんなこと望んでないんですけど!?)

 

 メタトロニオスにピタリと寄り添った束は、もう少しで準備が整うから楽しみにと黒乃へ呼びかけた。黒乃としてはノーサンキューでしかなく、ペコリと丁寧なお辞儀をするクロエに対していやいやいやと内心で大きくかぶりを振った。しかし、当然ながらそれが外面に出ることはない。

 

「えーっと、束さん的には戦う気はないんだけどどうする?」

「アンタが黒乃の敵っていうんなら、俺は喜んで―――」

「待て一夏! あの子供の秘密が千冬さんの言っていた通りなら、対策もない今では勝てんぞ!」

 

 とりあえず話せることはもうないのか、束は明らかに戦闘態勢である一夏たちに言葉をかけた。それは気遣いのようなもので、絶対に勝てないけど無駄な努力をしてみるかという旨だ。一応は世話になった人物ではあるが、一夏の目に躊躇いはなく戦う意思を見せた。

 

 しかし、箒はそれをすぐさま止めにかかる。千冬の勘付いた秘密が本物だと想定したうえで、専用機持ちたちは対クロエ戦に向けていろいろと考えてはいるのだ。しかし、今回の場合は出現することそのものが計算外なので考案した戦術を披露できる可能性は限りなく低いだろう。

 

「くっ……!」

『一夏、今は逃せ。いや、正確に言うなら逃してもらうのはこちらかも知れん……!』

「なにもなしってことでいいかな。じゃあくーちゃん、たっくんの様子はどう?」

「そうですね、少々危うい状況かと」

 

 勝てないと解かっても挑むのは愚策だくらいの判断はできるのか、一夏は歯を食いしばりながら束を睨む事しかできない。通信越しに響く千冬の声も、とてつもなく悔しそうに聞こえる。そんな一同の心情には一切の興味を持たず、束は遠くで専用機持ちたちを縛り付ける鷹丸の状況の確認を始めた。

 

 クロエがハイパーセンサーでその姿を視認してみると、どうやら危機的な状況に陥っているようだ。一夏たちにしてみれば鷹丸を追い詰めた証拠だが、クロエが居る今それは決定打になりえない。いや、むしろ状況がひっくり返る可能性すら。千冬は急ぎ退避を命じる。

 

『お前たち、そいつはもう放っておけ! 今すぐ退避―――』

「くーちゃん、たっくんがそういったなら今回も殺さないようにお願いね」

「畏まりました。では―――」

(くっ!)

「黒乃!?」

 

 クロエが射角をつけるために飛び上がると、ライフルの狙いを定めたのは当然ながら残りの専用機持ち。ここからだと超長距離射撃となるが、その場から移動する様子をみせないとなると裕に届くのだろう。ライフルのチャージが開始された瞬間、黒乃が妨害をしようとOIBで接近を試みるが―――

 

「無駄です」

(嘘っ……!?)

 

 クロエはまるで初めから解かっていたかのように、左手のライフルからレーザーブレードに変換。黄色いエネルギーで形成されたソレは、刹那の鳴神を簡単に受け止められてしまう。そして、妨害することは叶わず専用機持ちたちへ向けて高火力のレーザーが放たれた。

 

「ヒューッ、ブルズアイ! くーちゃん、後は勝手に逃げると思うから後で回収しようね!」

「はいママ。それでは帰りましょう」

「そんな……!」

『あの口ぶりからして殺す気はないようだが……。くっ! おい、誰か返事をしないか!』

 

 見事に超長距離射撃をなしとげた娘に対し、束ははしゃぎながら称賛の言葉を送った。そして再び高度を下げたクロエの背に乗ると、撤退する気が満々な様子で遠くを指差す。黒乃たちの関心は専用機持ちたちの安否へと変わり、束たちを足止めできるものはいない。

 

「じゃあくろちゃん、また遊ぼうね!」

「それでは失礼いたします」

 

 母子2人は、最後に黒乃へそう言い残して飛び去って行くのだった……。

 

 

 

 

 

 

「いやはや、やっぱり2人が揃うといろいろ違うよねぇ。ね、キミらもそう思わない?」

 

 時間は天裂雷掌刃・紫電が発動した頃まで巻き戻る。膨大なエネルギーが弾ける光に目を細めつつ、鷹丸は専用機持ちたちに同意を求めた。しかし、当然ながらそれに応える人物はいない。何人かは鷹丸の言葉そのものには反応し、睨むようにする者はいたが。

 

 残りの者は全員がただ心配そうに2つの巨大なエネルギーの刃を見守るのみ。当の本人達はこの時点で勝ちが確定したかのような雰囲気だったのだが、この時点でそれを知る由もないだろう。どちらにせよ反応がなくて茶化し甲斐のない鷹丸は、短く鼻から息を噴出すると肩をすくめた。

 

 それは構わないのだが、鷹丸には1つだけどうしても気になることが。それは、IS学園勢がなぜ自分になにもしないかだ。脅しておいてなにをと思われるだろうが、現状はあまりにもお粗末にもほどがある。誰に自らの存在を報告するわけでもなく、ただ一夏たちの戦いを静観などと。

 

 そもそもの話として、自分が失踪してからの大規模作戦に、自分が出てくることを想定していないわけがない。……と、鷹丸はそう考える。それは己の厄介さを己が最も理解しており、もし己が敵ならば心底から鬱陶しいという自負から。だからこそ鷹丸は、至極ストレートに話題を振った。

 

「ねぇねぇ、1つ聞かせて欲しいんだけどさ」

「さっきからうっさいわね! IS使えなくてよく見えないんだから集中―――」

「キミらはさっきからなにを待っているのかな」

 

 わざとらしく質問を始めた鷹丸に対し、即座に反応を示したのは鈴音だ。それ自体はいつも通りの鈴音の様子で、違和感なんて微塵も感じない。しかし、鈴音を無視して放った言葉ばかりはそうはいかない。鷹丸から見えているのは横顔のみだが、確かに一瞬だけしまったというような表情を浮かべたのが何人か居たのだ。

 

「さて、なんのことだか解からんな」

「アハ、それ便利な誤魔化し方だよねぇ。僕もその手はよく使うよ」

「わたくしたちがなにかを隠している前提なのは止めて下さいな」

 

 明言を避けつつ返事そのものはしてやるという手法を用いたのは、軍隊出身者であるラウラだった。これで鷹丸の中でなにかを誤魔化しているというのは確定し、それでいて時間稼ぎをしていると判断。セシリアも便乗するかのようにして言いがかりはよせという旨の発言をするが―――

 

「そうかい? そっちがその気なら僕にも考えってものがある」

 

 そう、鷹丸がIS学園勢を脅している時点で優劣はハッキリしている。キミらがそういう態度をとるのなら仕方がないと、鷹丸が懐から取り出したのはスイッチかなにかのようだ。この状況が出来上がった経緯からするに、恐らくはシールドジェネレータを暴走させる起動装置だろう。

 

 それを目にして察した専用機持ち一同は、これは流石に捨て置けないと全員が向き直った。鷹丸がようやくこれでモヤモヤが解消できると安心した―――その瞬間のことだ。鷹丸の背後で待機していた遠隔操作シールドプレートが、ショートしたような音を立てて地に落ちたのだ。

 

「おや、おかしいなぁ」

「やった、本当にかかった!」

「あの人のアドバイス通り……」

 

 シールドプレートが地に落ちた瞬間、専用機持ちたちは僅かに湧いた。当然ながら鷹丸は時すでに遅しということを察し、どうしてこうなったかということを分析にかかる。……が、空間投影型のディスプレイを開こうにも起動すらしない。これには流石に困った様子を見せるが―――

 

「よそ見厳禁ってね!」

「ゴフッ!? ゲッホ、カフッ……! フッ……ハァーッ……僕って最近こんなのばっかだねぇ……」

「鈴ちゃん、まだ手出しはダメって言ったでしょ」

「悪いわね、素直に守るとは言ってないわ!」

 

 気づいた時には、鈴音が脚を振りかぶっていた。身軽な鈴音の繰り出した技はレッグラリアート。要するにラリアートの脚版は、鷹丸の喉にクリーンヒットした。右足が不自由な鷹丸はバランスなんて保ってはいられず、地面をスライドするようにして吹き飛ばされる。おまけに呼吸困難ともきた。

 

 なにやら上手くいくという確信でもあったのか、鷹丸を無効化した後は手出し無用という制約があったらしい。黒乃を慕う鈴音が守るような制約ではないが。それでもまだし足りないのか、鈴音は野生味あるれる様子でフーフーと息を荒立てる。

 

「いやぁ、参ったなぁ。特定の勢力に肩入れする人じゃないと思ってたんだけど」

「あら、流石に察しがいいわね。言ってたわよ、アイツ勝ったと思ったら油断が大きいぞーって」

「それだけ貴方のことを負い目に感じてる証拠だと思います!」

 

 鷹丸が皆まで言わない人物は実父である近江 藤九郎のことだった。やはり鷹丸を最も知る人物に対策を聞くのが1番だということで、楯無が直接コンタクトをかけていたのだ。顎髭を触るような仕草をモノマネしながらそっくりそのままの言葉を伝えるが、妙にクオリティが高い。

 

 そして社長の子ということで共通点を持つシャルロットは、藤九郎がIS学園に肩入れした理由を率直に述べた。それは真理というかなんというか、あの飄々とした人物でも大きな責任感を覚えている。放任主義で息子の背中は押しつつも、それが現実になればそうはいかなかった……ということなのかもしれない。

 

「あらら、それは流石に耳が痛い……。あー……ボードゲームとかあるじゃない? 実は僕、父さんにそれ関連で勝ったことが1度もなくて―――」

「時間稼ぎはいらない……」

「前回の反省があるのでな。近江 鷹丸、貴様を拘束させてもらう」

 

 1人でも時間をかけてようやく立ち上がった鷹丸は、自身と父親についての身の上話に入ろうと試みる。が、それは抑揚のない簪の言葉に遮られてしまった。鷹丸としても苦肉の策であり、それもそうかと内心で溜息を吐く。この絶体絶命をどうやって潜り抜けるかを思案していると―――

 

「おいニヤケ面ぁ! ISが強制解除されたがテメェの仕業で―――ってんだこりゃ、追い詰められてんじゃねーか!」

「オータムさん、いいところに来てくれましたねぇ」

「ケッ! そのまま見捨ててやりてぇところだが、仕事は仕事だ……仕方ねぇ。つーか、通信機もイカレてんだがスコールからなんか聞いてないか?」

 

 鷹丸の護衛という役割で待機していたのか、物陰からISスーツを纏った状態のオータムが現れた。本人が鷹丸の仕業と思った発言こそ、IS学園が仕掛けた時限式の罠というやつである。鷹丸を無効化しても専用機持ちたちがISを展開しないのは、それに起因しているのだ。

 

 例のシールドジェネレータだが、ここら一帯の物は特殊仕様となっている。それは、取り囲んでいる間はありとあらゆる電子機器を作動しなくするという効果を持つ。わざわざ時間がかかる仕様にしたのは、それこそ鷹丸の油断を誘うためである。

 

 足を踏み入れた一瞬で無効化してしまっては、おそらく鷹丸はなんらかの手段で即離脱を図るというところまで想定したうえだ。念には念をというやつである。なにせ自分たちも最大の武器であるISの展開が不可能になるのだから。その点でいえば、鈴音の攻撃を仕掛けるという判断も間違ってはいなかったかも。

 

 そして、オータムのISが展開できないのも、スコールとの通信が不可なのも上記の内容が全てだ。もっとも、スコールは別の理由で通信はできないのだが。オータムの素朴な疑問から、束がどう動いたのかという背景を察した鷹丸は、内心でほくそ笑んで答えた。

 

「大丈夫ですよ、貴女が心配する必要は全くありません」

「あぁ? そりゃどういう意味で―――」

「どういう意味って、こういう意味ですよ」

「ガッ!? な……にっ……!?」

 

 鷹丸が杖の先をオータムの背に当てると、そこから僅かな電流が走った。どうやらスタンガンにも似た機能を持っていたようだ。スタンガンは武器なので、電子機器という分類には相当しない。どういう事なのだと行く末を見守っていた専用機持ちたちだが、鷹丸がその視線に気づいたかのようにこう言い放つ。

 

「この人をあげるからさ、僕のことは見逃さない?」

「……アンタ馬鹿なの、死ぬの? 普通にアンタも一緒に拘束するに決まってんでしょ」

「アッハッハ、だよねぇ! 我ながら傑作かもだよ、アッハッハ!」

「…………確保ーっ!」

 

 鷹丸は気絶して横たわるオータムを指さすと、なんともらしくない言葉を放った。それに反応したのは鈴音で、げんなりした表情で正論を繰り出す。本人も自分がありえない条件を提示している自覚はあるらしく、愉快そうに片手で顔を覆いながら高らかに笑ってみせた。

 

 そしてしばらくの間が空くと、本当になにも起きないというのを確認してから楯無が確保の命令を下す。専用機持ち一同は、一斉に鷹丸の確保を目的として接近を試みた。しかし、いきなり鷹丸の笑い声がピタリと止むではないか。それでなにかを察した楯無は―――

 

「中止、ストップ! 今すぐ引きなさい!」

「おや、流石は楯無の名を継ぐだけはあるね。でも大丈夫、殺さないようにちゃんと伝えてあるから絶対に直撃はしないよ。なにせ―――」

「っ……!? あの光は―――」

「僕と彼女の自慢の娘だからさ」

 

 そこは代表候補生の集団だけあって、楯無の血相を変えたような合図に反応を示してピタリと止まってみせた。そして楯無が待てをかけた理由もすぐに理解が及ぶ。振り返って上空を見上げてみれば、真っ直ぐ軌道を描いてレーザーが飛んできているではないか。

 

 今度は候補生たちが血相を変える番で、慌ててもと来た方向へダッシュをかける。レーザーの方はいとも簡単にシールドを突き破り、ちょうど鷹丸と専用機持ちたちの中間ほどに着弾。豪快な音とともにアスファルトが砕け散り、そこらを破片と粉塵で包んだ。当然目なんて開けていられず、視界がクリアになると―――

 

「逃した……!」

「うっそ、あの右足でどーやって一瞬で!?」

「……考えるだけ無駄だろうな。あの男ならなにをどうしようと不思議ではない」

 

 鷹丸は当たり前のように姿を消しており、それが信じられないのか鈴音は周囲をうろついてみる。だが人の気配は感じられず、追い打ちのようなラウラの言葉に完全に逃がしたのだと悟った。短気な正確なだけに歯痒いのかムキーッと唸りながら髪の毛を掻き毟る。

 

「楯無さん、僕らの動きは……」

「……そうね。とりあえず妨害範囲から出て、ISを展開しましょう。合流は情報の交換をしてからでも遅くはないわ」

「では善は急げ、ですわね。鈴さん、置いて行きますわよ!」

「あーはいはい、今行きますわよー」

 

 1にも2にもまずはISだという楯無の意見は間違っておらず、専用機の展開できない国家代表及び代表候補生なんてたかだか16、17の少女に等しい。この状態での奇襲なんてまっぴら御免であり、鷹丸が消えた以上はもはや有効範囲にとどまる利点などない。

 

 鷹丸を逃したという事実そのものは6人の心にしこりのようなものを残すが、とにかく一般市民を巻き込まずに済んだ。……と、そうやって無理矢理にでも納得するしか残されていない。そうして鈴音を除いた全員が駆け出し、鈴音もセシリアの呼びかけに応えて皆を追いかけた。

 

 

 




黒乃→待っててねとか言われても意味解かりませんけど!?
束→もうちょっとでこっちも万全だから、次こそ本気で遊べるよ!

申し訳ないのですが、亡国機業サイドは今話で出番終了です。
背景としては計画がダダ崩れで立て直しに相当な時間がかかる……とでも思ってください。
狂科学者サイドを重用している結果ですので、ご理解いただければ有難い……。

次回は京都編の締めです。
一夏と黒乃の反省会がメインでお送りします。


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第114話 ふたり

京都編、締めといきましょう。
一夏のことにも言及しますが、そのあたりはお気になさらず。
原作でも有耶無耶な部分ですからね……


「さて、それではデブリーフィングを始めるぞ」

 

 黒乃たちは戦闘に参加できなかったメンバーと合流後、府警の一室にてデブリーフィングを開始していた。何名か寝ぼけまなこな者もいるが、千冬がキビキビとしているだけに隙を見せれば殺られる。そういう認識があってか、ここも気合を入れて臨むはめになっているようだ。

 

「まず総評だが、お世辞にも作戦成功とはいえんな。此度の目的は連中の掃討なのだから」

「で、ですが織斑先生―――」

「ああ、解かっているよ。予期せぬイレギュラーがいくつか起こったのも間違いではない。なにも私は責めているつもりはないさ」

 

 千冬はなにも生徒たちを責めるつもりもなく、己の不備も含めての作戦失敗という評価を下した。普段が厳しいだけに真耶の誤解を生んだようだが、あればかりはいくら千冬とて責める気にもならないだろう。なにせ、水と油と思われた2人が以前より共謀していたなどと。

 

「それに怪我の光明といっていいのかは知らんが、亡国の幹部クラス1名を確保できたのは大きい。イレギュラーのおかげとなると微妙な話だがな」

「先生、彼女の処遇はどうなるんですか?」

「そうだな、政府か更識に引き渡すのは打倒だろ。私としては後者の方が得策だという考えだが」

「あら、それだったらキチンと根回ししますよ? だって私、楯無ですから」

 

 鷹丸に気絶させられたオータムはしっかりと回収し、今は拘束して留置所にて監視中だ。そんなオータムが今後どうなるかを、シャルロットは素朴な疑問として問いかけた。かなりの情報を握ってはいるだろうが、なにも手荒いマネは政府も更識もしないはず。

 

 しかし、楯無が居ることで事情が通りやすい更識の方がいろいろとスムーズに進むというもの。本人も任されるであろうという予感でもあったのか、自信満々な様子で開かれた扇子には十七代目と書かれている。千冬のリアクションはそうかというそっけないものだったが。

 

「そして被害は最小限に留めた。これは褒められてしかるべきだろう、誇れ」

「…………」

(イッチー……)

 

 以前に千冬が話していた通り、京都というのは重要文化財の宝庫だ。傷つけぬようシールドを張ったとはいえ、その上空でIS同士が戦闘を繰り広げたのには違いない。それでいて、破壊されたといえばホテルの窓とその付近のアスファルトくらいのもの。

 

 神翼招雷に頼って街を破壊しつつ、マドカを打倒することを視野に入れるしかない状況だった。が、その最中に一夏が閃き、発現させた2人の新たな可能性があったらばこそだろう。その再確認できた事実がよほど嬉しいのか、一夏は隣に座る黒乃の手を黙って握った。黒乃もそれに倣って握り返す。

 

「なにより、若干1名除いて大した怪我なく済んだのは最も良点だ。無事であることに越したことはない」

(うーわー……千冬さんがそれいうとなんか気味が―――)

「凰、なにか言ったか?」

「い、いえいえ滅相もないです!」

 

 若干1名というのは箒のことで、デブリーフィングには参加できる程度の怪我だが、同じく戦闘を行った一夏と黒乃に比べるとということだ。そんなことを千冬が穏やかな口調でいうものだから、旧知の仲である鈴音は内心で拒否反応を見せた。……のだが、第六感が異様に優れた千冬を前にしては無駄だったらしい。

 

「……篠ノ之。今聞くべきではないと重々承知はしているが、お前は―――」

「構いません、これでようやくあの人を完全に敵として認識できるというもの」

「……そうか。織斑、お前はどうだ」

「正直よく解からない。けど、とりあえず―――俺には黒乃が居るから」

 

 今回の件で、箒にとっては実の姉である束が完全に敵となったことが判明した。心のどこかで彼女を否定しきれなかった箒だが、もはやその目に迷いなどない。それを喜んでいいのかどうかは解からないが、本人がそういうのなら千冬はその意思を尊重するスタンスをとった。

 

 同じく、マドカが何者かほぼ明らかになったことにより、自身の存在についても不確かな事実が浮かんだ一夏にも問いを投げる。全く思うところがないというほど一夏も能天気ではない。かといって悲観にくれるわけでもなく、本人のいった解からないが正しいのだろう。

 

 ただ1つ、黒乃さえ自身の隣にあればそれでいい。一夏が心の底からそう思っているのは事実で、この想いだけは天地がひっくり返ろうと揺るがない。そう一夏の目が物語っていた。千冬はこちらの返答にもそうかと答えると、言葉を続ける。

 

「みな本当にご苦労だった。ただ急ぎ足で悪いが、昼頃の新幹線で戻ってもらうぞ」

「ちなみにですが、事後処理のために私たちはもう数日こちらに滞在することになるかと~」

「そういうことだ。戻ってゆっくり休み、集合時間に遅れないよう留意しろ。それでは、解散!」

「あ、戦闘に参加した3人は必ずメディカルチェックを受診してくださいね。非参加の方もなにかあれば自己申告をお願いします」

 

 そう千冬が締めると、専用機持ちたちは肩の荷が下りたかのように身体を脱力させた。深夜という時分もあってか騒ぐ者はいないが、お互いのことを讃えあったり労い合ったりと仲睦まじい様が繰り広げられた。そんな小さなザワつきの中、真耶の指示に従うかのようにして3人は立ち上がる。

 

「黒乃」

(うん?)

「……また後でな」

(うん……)

 

 男女という性別の差で受診用の簡易的な診療所は別々に設けられている。黒乃が箒と共に女性用の方へ歩を進めようとすると、ふいに一夏へ呼び止められた。一夏のまた後でという言葉の裏には、後でキチンと話をしようという意図が込められている。それを感じ取った黒乃は、ただ静かに頷く事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「まぁひとまずは……いろいろ黙ってて悪かった。それにさっきも無理矢理―――」

(まぁまぁ落ち着いて。謝るにしても詳しく聞かないとなんとも言えないよ?)

 

 一通りのメディカルチェックを終えた私たちは、宿泊していた旅館に戻ってきた。当然ながらまず1番に始めたのは片付け(意味深)であり、イッチーは終始苦笑い。私の方も内心では気まずかったのだが、こういう時ばかりは顔に出ないのは良かった……のかなぁ?

 

 まぁ、片付けが済んだからこっからが本番というものだ。お互いにいろいろと話すべきことがあり、流石にスルーしておくわけにはいかないだろう。で、お互い正座して向き合っているんだけど……ねぇ。イッチーは申し訳ない気持でも先行してしまうのか、悪いと思ってくれるのは嬉しいけど容量を得ていない。

 

 だからこそ、イッチーを諭すようにして手を包み込むように握ってみる。大丈夫だよ、私は怒ってるわけじゃないんだから。なんていうか、イッチーが私に黙っていたのも大事にしてくれようとしたのは解かっているつもりだもの。だから落ち着いてわけを話して頂戴な。私はそうやって気持ちを伝えたつもりだ。

 

「黒乃……。……あのな―――」

 

 私の気持ちが伝わりでもしたのか、イッチーは順を追って説明を始めた。うむ、やっぱり伝わるって素敵。それでどうして私に作戦が伝わらなかったかというと、どうやら自爆の件が起因しているらしい。あれのせいで私はなるべく戦わせないという方針で皆が動いていたようだ。

 

 いやー……どうにも倒せないから自爆を選んだというか、ある意味では捨てゲーみたいなもんだったというか。自分の命を軽く見ていたつもりはないが、半ば諦めていたゆえの選択肢だった。だからみんながそんなに気にするようなことじゃないのにな―――

 

 ……いや、流石にそれは無責任も過ぎるか。みんなは私の友達で、みんなもそう思ってくれている。イッチーに至っては私の恋人なわけで、とすると自爆なんかして1カ月も昏睡されたらそりゃ心配するのも当たり前だよね。なんだか今になって申し訳なさが増してきた。

 

 で、そんな経緯があって私は最終兵器的な扱いになっていたそうな。……ん? なんで私がソレよ。確かに神翼招雷ぶっぱは頼りにされるかも知れないが、こんな土地じゃあ使うのは躊躇われますぜ。……まぁ、そこに関して深く考えるのは止めておこう。

 

 とにかく、みんなは私がなるべく戦わずに済むよう尽力してくれたらしい。出撃する前に置いて行かれるより戦う方がましだとはいったけど、みんなの気持ち自体を無下にするつもりはない。そこだけ取ればもはや感謝しかないくらいで、なんかもうむしろ泣けてきた……。

 

(それはそれとしてだね、イッチー)

「えーと、それから……」

「さっきの」

「へ? ……あ、あぁ……さっきの、か。そのー……あれは、だな」

 

 いや、まぁ、ほらさ、こっちに関しても嬉しかったには嬉しかったよ。イッチーもいつにも増して素敵だったっていうか……。と、というか、これだけイッチーのこと愛してるんだから、今すぐ孕んでっていわれて嬉しくないわけないんですー。けど、本当にタイミングがあまりにもというか……。

 

 これについて本人の口から語らせるのは些か野暮なのだろうが、不可解過ぎて聞かずにはいられない。するとイッチー曰く、私が妊娠すれば2度と戦いの場に出ることはないだろうからとのこと。それを聞いた私は、支離滅裂な言葉が脳内を駆け回っていく。

 

(嬉しいけど嬉しくない……。その2度とってのが気に入らないな。私の居場所はキミの前でも後ろでもなく、ずっと隣しかないのに)

 

 私を戦いの場から遠ざけてくれようとしたのは嬉しいけど、でもそれは私が隣で戦えないということも同義だ。戦いは嫌いだからなるべく必要がなければ最高なんだけど、でもそれだと私の隣を歩いていくっていうスタンスも果たせないわけで―――

 

(わーっからん! 解からんからアレだよ、お茶濁す!)

「黒乃……」

 

 なんかいろいろ頭がごっちゃになってしまったのを誤魔化そうと、ガバっと両手を開いてイッチーに抱き着いた。ありがとうという意味と、キミの隣を離れないという意味を込めて。こればかりはどう伝わったのか解からないけど、なにも考えずに抱き返しているということはない……と思う。

 

「婚前旅行っていうのは―――」

(うん?)

「俺が本当にそのつもりだったのは嘘じゃないんだ。頼む、信じてくれ……!」

(……大丈夫だよ、解かってる。この3日間、ずっと私たちの絆は深まったもん)

 

 罪悪感がピークにでも達したのか、イッチーは声を震わせながら私をより強く抱き寄せた。確かに本来の目的は違ったかも知れないが、私が楽しんだことによって本当になったということでいいじゃないか。どうにかイッチーに安心してもらうため、大丈夫だよと私も固く抱き着く。

 

 イッチーは息を乱していたようだったが、だんだんと落ち着きを取り戻していくのが呼吸音や鼓動で解かる。最終的には、イッチーの方が私を離すような形で抱擁は終わった。イッチーは私の肩を強く掴むと、ズイッと顔を近づけて―――

 

「もしデキてたら、ちゃんと責任取るからな」

(責任って……)

「金とかが必要になるんならモルモットでもなんでもやってやる。黒乃には負担をかけさせるかも知らないけど、中絶とかは絶対に考えないでほしいんだ」

 

 そういうイッチーの表情は、男の顔をしていた。軽いノリとか根拠のない責任という言葉ではなく、心からのものだと痛いくらいに伝わってくる。確かにイッチーのいう通り大変な事の方が多いだろうけど、あぁ……嬉しいな。産んでほしいって思ってくれていることが、本当に嬉しい。

 

「そうだ、黒乃が望むんだったら学園だって辞めてお前の隣に―――むっ!?」

「野暮」

「……そうか、野暮か。ありがとう黒乃、愛してる」

 

 嬉しいんだけどね、キミがそういうなら遠慮なく産まさせていただきますから。私にとってそれ以上の喜びなんてないし、むしろ責任とか感じなくていいよ。懺悔の入り混じったような提案を続けるイッチーに対して、人差し指をギュッと押し当てることで遮った。

 

 するとイッチーはこりゃあ1本取られたぜみたいな表情を浮かべると、またしても強く私を抱き留めた。でもいいさ、イッチーの温もりは何度与えられたって足りないくらいなんだから。永久に永遠に、この温もりを感じていられたらなぁ。

 

「後は、そうだな……。黒乃、どうか俺の話を聞いて欲しい。―――俺自身の話をだ」

(イッチー……)

「突拍子もない話だからどう切り出していいかとか解からないけど、なんていうか俺は普通の人間じゃないかもしれない」

 

 イッチーはまるで最後に付け加えるように、おまけのような扱いで自分の話を聞いて欲しいという。……そう、解かった。あなたがそういう扱いをするのなら、納得はしないけどそういうことにしておこう。決定的な言葉を聞いたにも関わらず、相変わらずだねイッチーは……。

 

 あの戦闘でマドカちゃんが放った言葉は、イッチーになにかを勘付かせたようだ。……というより、イッチーは自分自身の存在に思うところがあったんじゃないか。どうして話してくれなかったのだろうかと思うが、もはや後の祭りでしかない。その辺りも納得いきませんけどねー。

 

「多分だけど俺は、マドカか千冬姉のクローンかなにかだと思うんだ」

「…………っ」

「俺の考えだとあの2人が本来の姉妹で、俺はマドカの複製品かなにかなんじゃないかな。だから男なのにISを扱える」

 

 ……原作でも取りざたされる大きな謎の1つだが、物語が進むにつれだんだんと解明が進んできた。おぼろげな記憶ながら、かつての私もそのような結論にたどり着いた気がする。それは物語の登場人物のこと、つまり他人事でしかなかったがもはやそうじゃない。

 

 今ここに、今私の目の前でイッチーは生きている。そして彼は、私にとってかけがえのない大切な人。そんな人が必死に取り繕って、誤魔化して、いつもの様子であろうとしている姿なんて見てはいられない。他人事じゃなく、イッチーのことは私のこと。だから、だから……複製品だなんて悲しいことはいわないでよ……!

 

「あ、でもだからって俺と千冬姉が姉弟じゃないって話じゃないんだぞ? 血の繋がりだけが家族じゃないってのは、父さんと母さんに教えられたからな」

(それは……。その言葉には同意だけど……)

「なんていうか、なんなんだろうな……。逆だったかもって思うと怖いんだ。俺の考えが正しいとして、どうしてマドカが亡国機業側なのかは全く想像もつかないけど―――」

 

 そう、それだ。私のかつての予想とイッチーの予想が大正解として、どうしてマドカちゃんが亡国機業に残ったのかが不思議でならない。実際のところはこれも少しは考えがついてるけど、今重要なのはそちらではない。イッチーの逆だったかもという言葉には、心して耳を傾けなければならない。

 

「もし俺がマドカの立場だったって思うと、お前を……黒乃を憎まなきゃならなかったかもって思うと、考えているだけで頭が変になりそうだ……」

(…………)

「黒乃が居ないってだけでも考えられないのに、そのうえ憎むなんて……。でもそれだけならまだいいんだ。俺はマドカが辛い思いをして生きてきたっていうのが解かっておいて―――よかったって思ってしまってる」

 

 あくまでも可能性の話だが、それだって十分に考えられたかも知れない。ただどちらかが日常を得たというだけで、どちらかが不幸を強いられた。もしかするとイッチーが復讐者になっていたかも知れない。もしかするとマドカちゃんが年相応の少女らしく振る舞っていたかも知れない。

 

 そう考えると、イッチーは今の立場で良かったと―――そう思ってしまっている自分を心底から浅ましいと思っているようだ。……とてもイッチーらしい言葉。彼のそういうところが多くの人を惹きつけ、信頼される人物たるのだろう。私だってそうさ。イッチーのそういうところに私は惹かれた。

 

 なのに、なんて皮肉な話だろう。そんならしさが、らしさを持っている本人を苦しめているなんて。あぁ、なんて事だろう。私にはどうしてもあげられないのだろうか。もし喋ることができたからといって、どう声をかけていいのかすら想像もつかない。

 

「……本当に良かった。いつも俺の隣に黒乃が居てくれて……よかった……」

(私……?)

「いつだって黒乃が俺を俺にしてくれる。俺を……織斑 一夏であらせてくれるんだ。事実が解かっても平気で居られるのも、よかったって思えるのも全部……黒乃がっ、居てくれるから、で……!」

 

 私が槍玉にあげられることは予想もしていなかったので、少しばかり反応が遅れてしまう。しかし気がつけば、イッチーは死ぬほど嬉しい言葉とともに私の頬を撫で始めた。そんなイッチーの頬には、大量の涙が伝っているではないか……。いつしか言葉は嗚咽交じりになり、まともに喋ってはいられないようだ。

 

「泣いて」

「黒乃……?」

(辛い時には泣けって言ってたのはイッチーだよ? お願い、泣きたいときには泣いて。お願いだから……!)

「あぁっ……! くろっ、のっ……俺はっ、俺はぁ! うっ、ぐぅ……ああああああああっ!」

 

 先ほどは私が抱き着くような形だったが、今度は私が胸を貸す番だ。優しくイッチーを包み込めば、それでなにかが瓦解してしまったらしい。泣くという表現には収まらず、泣き喚くとした方が正しいようなほどだ。……こんなにも泣くイッチーは初めて見るかも知れない。

 

 その涙のわけはマドカちゃんに対する懺悔か、それともよかったと思ってしまっている自分に対してか。……でもやっぱり、こういう時でもあるべき選択肢は当てはまらないんだよね。イッチー……キミもたまには、自分の為に泣いたって良いのに。

 

 サラっと話が流れたが、自分自身の出自に関してが普通人なら最も気にするべきところだろう。己がクローンである可能性を考えなければならないなんて、そんなのあんまりにもほどがある。なのにイッチーが流している涙には、そういうのは一切含まれていないに違いない。

 

 さっきもいったけど、やっぱりイッチーはそういう人なのだろう。他人本意で、自分のことなんて後回しにしちゃってさ。けど、それでもだ、イッチーが弱いところを見せてくれていることには変わりない。だから私は、イッチーの恋人としてその全てを受け入れなければ。

 

 とにかく全てにおいて優しくを意識して振る舞う。優しく抱き留め、優しく頭を撫でてみる。流石にすぐすぐ効果があるわけではないだろうけど、私の気持ちそのものはきっと伝わっているはずだ。むしろダメなのなら、伝わるまでは永遠にこうしているさ。

 

 それからどのくらいの時間が経っただろうか。初めはグズグズだったイッチーの声色も、だんだんと収まりがついたような気がする。けれど、イッチーが自発的に離れるまではこのままでいよう。……というよりは、イッチーの方からもガッチリとホールドされて動けないってのもあるんですけれどね。

 

「……黒乃」

(はい、あなた)

「愛してる」

(……うん、私も愛してる)

 

 イッチーの私へ囁く愛の言葉は酷く籠って聞こえるが、震えとかは感じられない。顔が見えないからどういう心境かは伺えないが、きっとなにかを振り絞るような顔をしているのだろう。そうしてイッチーは、私からスルリと身体を離した。しばらくは俯いたまま顔を拭って表情を整え―――

 

「今日でいろいろ解かったんだ。というより、思い出したっていう方が正しいのかも知れないけど」

(思い出した……?)

「俺の産まれも、黒乃との出会いも、なにもかもが運命なんだ。大きい小さいはあっても、いろんな要素が重なって今この瞬間に繋がっているんだと思う」

 

 運命……か。イッチーのその発言もあながち間違ってはいない。初めから存在しない人物である黒乃ちゃんと私……。そんな私たちがイッチーの身近な存在であったことは、私たちの人生を弄んだ存在によって定められたものだ。けれど、決められた物だとイッチーが言い出すなんて少し意外だ。

 

「個人的にショックな部分は受け止めた。黒乃が抱きしめてくれたおかげで、運命は受け入れられた……」

(イッチー……)

「けど、それだけじゃない。これからは運命を超えていく。……黒乃と一緒に―――いや、一緒なら越えられるんだ」

 

 私にはそれくらいしかしてあげられなかったという感じなのだが、イッチーは目元を緩ませ心底から愛おしいかのように私の頬を撫でる。頬を撫でる手をギュッと握りしめると、なんだかイッチーが意味深なことをいい出すではないか。いや―――らしくなってきたって感じかな。

 

「黒乃を巻き込まないようにって頑張ってみたけど、ホント空回りばっかでさ。で、さっきの合わせ技で確信したんだ。黒乃が隣に居ればなんでもできるってさ」

(そう……だね。うん、きっとそうだよ)

「俺はこれから黒乃の前には出ないし、もちろん後ろにもさがらない。引っ張っては行かないし、導かれることもない。1歩1歩全部、外さないで黒乃と全く同じタイミングで進んで行きたい」

 

 イッチーの言葉には、私も反省すべき点も込められているような気がした。今までの私たちは、お互いを想う故に己の身を削ってきた。イッチーの宣言は、それを止めようと思うって意味なのだろう。もし傷つくならそれも同じタイミングで、なにもかも全てを2人で受け止めていく。

 

「そうすればきっと、運命だって超えて行けると思うんだ。マドカのことも、その先に待ち受けるどんな困難も」

 

 ……そっか、思い出すっていうのはそういうことか。確かにそうだろう。だって私たちは、お互いが大事すぎてそんな簡単なことも見失ってしまっていたのだから。絶対に始まりは、大好きな人の隣を歩んで行きたい。そういう想いだったはずなのに、どこでズレが生じてしまったのかな。

 

 私が無人機と1人で戦ったのも、イッチーが私を巻き込ませまいとしたのもそうだ。初めから私たちが揃ってさえ居たのなら、こんな簡単な話はなかったろうに。……ありがとうイッチー。あなたのおかげで、私もようやく大切なものを取り戻すことができたよ。

 

「だから黒乃、これからも―――」

(…………)

「あぁ、ありがとう……。愛してるよ黒乃。お前のことを、言葉では表現しきれないくらいに」

 

 きっとイッチーの言葉の続きは、これからも俺の隣に居て欲しい―――という旨だろう。だが、私の胸の内はキミを好きになった瞬間から決まっている。その答えを端的に示すため、私は黙って目を閉じ首を少し上へと傾けた。そしてイッチーが再び愛を囁いたその数瞬後、私たちの唇は1つに重なる。

 

 たった数時間前も激しく求め合ったが、キスは愛情表現として最も解かりやすいし手っ取り早い。私を隣に居させてくれるというイッチーに対しての誓いの意味も込められているし、なにがなくともイッチーが愛おしくて仕方がないんだ。あぁ……本当に愛おしい……。

 

 私もそうだ。好きで好きで、大好き過ぎて愛しているという言葉しか見つからないよ。あなたの全てが好き。私があなたを肯定できない部分なんてなに1つ存在しない。あなたの生きる場所が私の生きる場所。全てはあなた、織斑 一夏が私の全て―――

 

 そういう想いをせめて行動で伝えたく思ったため、私も積極的にイッチーの口内を蹂躙すべく舌を絡ませた。私とイッチーにしては珍しく、噛み合わないようなキスだったが、きっと今はこれでいいのだろう。きっと、互いの存在を確かめ合う意味が強いのだから。

 

 最後にイッチーは強引に奥の方まで舌を捻じ込んで、深く絡めとってから私の口内を思い切り吸い上げた。少し下品にも感じられる大きな水音が響いたのち、イッチーの舌がゆっくりと名残惜しそうに離れていく。完全にイッチーの唇が離れていくのを合図とし、薄く開いた私の目に飛び込んで来きたのは相変わらず真剣な顔つきのイッチー。

 

「……そういえば、隣に居るのが当たり前すぎて言ったことなかったっけ」

(好きとか愛してるとか以外に? でも、あなたは私にけっ、結婚を申し込んだんだから今更―――)

「これからも、末永くよろしくな」

(……フフッ。はい、あなた。ふつつかものですが、どうぞ末永く宜しくお願い致します)

 

 イッチーからして身近過ぎて見えなかったものはまだあるようで、それでいて雰囲気からはそう重要そうでもないように感じた。そしてイッチーは、恥ずかしいのか冗談めかしているのか、ニカッと微笑みながら付き合う相手に対して使う常套句なようなものを放つ。

 

 私はそれを都合よい脳内乙女フィルターで結婚する予定の女性に対してと変換し、それこそ私も冗談半分だが三つ指立ててこれまた常套句で返す。……といっても、私の場合は脳内だから伝わりは―――と思ったんだけど、どうやら仕草からしていいたい台詞を感じ取ったらしい。

 

 そんなイッチーの神業に驚嘆しつつも、今の可愛かったからもう1度頼むというリクエストまで賜る始末。まぁ私はイッチーが求めるのならなんでもするから、こんなので良かったら何度でもやりましょう。……というわけで、あなた。ふつつかものですが、どうぞ末永く宜しくお願い致します。

 

 

 




ぶっちゃけ触れないでおこうかもと思ったのですが、ダシとして使わさせていただきました。
私の二次創作において織斑家の扱いはこんなものかと……。
マドカの「私はお前だ」発言からして一夏になにかがあるのは確定でしょうが。
最大の謎なんでしょうから、考察するだけ無駄なものかも知れませんね。

次週は最終決戦編のプロローグとなります。
ついにこの作品も最終章へ突入ですか……。
最終話の目途が立ったらカウントダウンを始めようかと。


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第115話 天災からの挑戦状

いよいよ始まりました、最終決戦編です。
完全オリジナルといいつつ、動きは少ないですけどね……。
対クロエの準備VSクロエ本番、そして後日談くらいの構成と考えていただければ。


「おい黒乃、生きてるか?」

(あぁ……なんとかな……)

 

 亡国機業掃討作戦からしばらく経過し、学園は多少のトラブルはあれど襲撃などの大事件は発生していない。私の中では大事件が起きてるんですけどねぇ。なにがってアレだよ、多分だけど学生のみんななら大多数が忌避するであろう存在、テストに関してだ。

 

 私は1カ月ちょっと眠っていたわけで、それだけみんなに遅れを取っているといっていい。なにより時期が悪かったというか、掃討作戦からしばらくして期末のテスト週間だったんすよ。流石に私の事情に学園が合わせてくれることはなく、テストそのものは滞りもなく行われたというわけ。

 

 ああ、断っておくけど多少の赤点は見逃してくれる前提だからね。けど、私含めてそれが勉強しない理由にはならないという意見で一致したのだ。ということで、みんなが得意科目を受け持ちながら必死こいて私の勉強の世話をしてくれた。しかしいくら人生やり直しているからといって、1カ月のブランクは重く―――

 

 昨日からテスト返却がされているのだが、イッチーの言葉を聞いていただければ後はお察しということで。とりあえずは、全教科なんとか赤点だけは回避できたといっておこう。頭悪いという自覚がありながら、流石にショックで机に突っ伏すのは止められないんですけど……。

 

「仕方ないとはいえ、まさか黒乃と点がギリギリって話をする時がくるとは思わなかったな」

(笑いごとじゃないんですがそれは)

 

 苦笑いという方が近いが、イッチーはハハハと声を漏らす。なんですか、そういう会話が懐かしいみたいな感じは。あれですか、弾くんとカズくんとの比較ですか。彼らも得手不得手はあったようだけど、全体的なものとしてはあまりよくなかったと記憶している。

 

 イッチーはちー姉のこともあって勉強は全く問題がなかったが、身近である男子とテストの点を比べ合うのはよくみる光景だろう。ふむ……かつては私もやっていたりはしたのだろうか? もはやそのあたりは思い出せないために少し寂しいが、紛らわすためじゃないけど後で2人に哀れな点数の答案の写真を送ってみようかな。

 

「ま、黒乃はよく頑張ったって。点はアレかも知れないけどさ、黒乃が努力してたのは俺がよく解かってるから安心しろよ」

(あうぅ……あなたのその言葉で救われるよぉ……。頑張った甲斐あったなぁ……!)

 

 声色を優しい物に変えたイッチーは、机に突っ伏したままの私の頭をヨシヨシと撫でた。本当に、点なんかじゃなくてそれだけで努力が報われるというもの。イッチーが褒めてくれるのなら、私の頑張りも無駄で終わらずに済んだ。とにかく、今はされるがままにご褒美を受け取っておこう。

 

「それにほら、赤点はないから補習や追試も回避だろ? これから楽しい冬休みと思えば安いじゃないか」

(確かにそれはそうだけど、その話題も私にとっては微妙なもんなんですよ……)

 

 IS学園の長期休暇は、多国籍の生徒が集う関係か一般的な高校と比べると数日ばかり猶予がある。今回の冬休みもそうなんだけど、実は繰り上がりで例年より早い終業になることが決定した。これをおかげといっていいのか、せいといっていいのかは微妙なところだが、私の行為が関係していたりするのだ。

 

 まぁ、はい、学園の敷地内で使用した絶天雷皇剣の影響がここでも出ているというわけですよ。いつか話したと思うがバードゴーレムに反射させられたせいで、レーザーの雨が降り注いで学園はそこら中がクレーターだらけだ。その影響で体育祭は自粛―――と。

 

 ずっと前から業者の人が修復作業に取り掛かっているんだけど、なにぶん学園は孤島ということで交通の便が悪い。重機を運ぶにしても前提からしてに船になるし、男社会である建築業者の人たちが女尊男卑の世の中で学園の敷地内に留まるということもできず。要するに、作業のペースは非常に悪い。

 

 ならいっそのこと生徒の大半が出払う長期休暇を早めに実行すればという流れになったらしく、いろいろと勇み足で進んで今ここに至るということ。その一連の流れに私が絡んでいるとなると、教師陣にも業者のみなさんにもなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「あぁ、冬休みといえば……。黒乃」

(む、なんでございましょ)

「最近聞いた話なんだけどな、セシリアの誕生日が24日らしいんだ」

(ほう、それはそれは! なんかセシリーらしい日にちな気がするねー)

 

 イッチーが屈んで声を潜めたので、そのまま伏せたフリをしつつチラリと視線をイッチーへ向ける。するとその口からは、セシリーがもうすぐ誕生日を迎えるという吉報が。原作的な話をすると誕生日が明かされていたのはイッチー、モッピーの両名だけだったが。

 

 お断りしておきますが、他のみんなの誕生日もちゃんと祝ってますからね。多分これも呪いの一環で明かすことはできないようだけど、原作の人物であるイッチーの口から出たなら確かな筋だろう。それにしても、12月24日が誕生日って、なんだかセシリーに似合うような気がするのは私だけだろうか。

 

「ほら、祝ってもらって返さないのもなんだと思うんだ」

(あー……ねぇ。パーティそのものはもちろんだけど、あのお茶は美味しかったなぁ)

 

 日本人的な発想かも知れないが、あれだけ盛大に祝ってもらっておいてスルーっていうのはスゴイ=シツレイに価するだろう。セシリーにとっては飲みなれた紅茶だったかもしれないが、あの茶葉で淹れた奴はもう素人目にも高級さがわかるくらい絶品だった。

 

 というか貰ったの茶葉だけじゃなくてカップやポットもですからね。綺麗な陶器でアンティーク調なものなんだが、あれもどことなくロイヤルさを感じずにはいられなかった。もはや総額とか考えたくはないが、考えたくもなくなる値段の物を頂いた身としてはもはや引き下がれないんじゃないだろうか。

 

「だからほら、せっかくだしまたパーティでも―――」

「せっかくですが、そうお気になさらずとも構いませんわ」

「セシリア! あー……全部聞いてたか?」

「随分とコソコソしていらしたので、失礼ながら聞き耳を立てさせていただきました」

 

 サプライズにするかどうかは別として、企画してる最中にご本人登場だよ。休み時間中の喧騒に紛れたつもりだが、コソコソし過ぎて逆に怪しまれていたみたい。しかしあれだね、えらくタイミングがいいけど伺っていたのかね。セシリーはそういうのこだわってそう、という固定概念を提示しておく。

 

「失礼ですが一夏さん、12月24日がどういう日かご存知でいらして?」

「え、セシリアの誕生日か?」

「確かにそうですが違いますわ! なぜここにきて持ち前の天然を発揮なさるのです!?」

 

 12月24日がどういう日か問うセシリーの様子は芝居がかっていて、やれやれこの男は仕方ないんだからというのが滲み出ていた。しかし、一夏は困った顔して困ったことを仰る。その発言のせいでセシリーの調子はダダ崩れし、いつもの如く鋭いツッコミをイッチーに見舞う。

 

 残念だけどセシリーや、この人は自分が天然である自覚すらありませんから。まぁ、12月24日といえばアレしかないよねぇ。イッチーも流石にそれを忘れているとか知らないということはないだろうが、それを推してもセシリーを祝おうという気持ちがあったのだろう。

 

「オホン、失礼。一夏さん、クリスマスイヴ以外になにがあるというのです」

「そりゃ確かにそうだけど、せめてお返しくらいはさせて欲しいと思ってるんだが」

「ならば後日プレゼントに期待させていただきましょう。お2人は素敵なイヴをお過ごしくださいな」

 

 こ、こ、こ……高貴ーっ! 心底から私たちが2人で過ごすことを望むかのようなセシリーの微笑みは、まさに高貴―――エレガントのそれ! なんでしょう、もはやセシリーが金色のオーラを放っているような幻覚さえ見えてきた……。あ、ありがたや~! ありがたや~!

 

 流石にイッチーも本人にそういわれては形無しなのか、少しばかり頬を紅く染めながらお言葉に甘える旨を伝えた。まぁ、日本人からしたらクリスマスなんてただのイベントだからね。大切な人と過ごすという大きなくくりがある風習だし、ぶっちゃけ私もイッチーと過ごしたかったし……。

 

「それに、わたくしに現を抜かしてよろしいのかしら」

「意地の悪いことをいうなよ。セシリアには悪いけど、俺も本音じゃ黒乃と過ごしたかったしな」

「あら、それはそれでドライですわね。ああ、一夏さんはなんて薄情な方なのでしょう!」

「だったら俺はどうすりゃいいんだよ!」

 

 セシリーの微笑みはだんだんとニヤニヤした感じに様変わりし、あからさまに私たちのことをからかいに来た。そんな視線に耐えかねたのか、イッチーは視線を私に向けつつ死ぬほど嬉しいことをいってくれる。しかし、なんだか今日は妙にノリノリなセシリーに更に返されてしまった。

 

 天然の方のボケでなければツッコミの傾向が強いイッチーは、先ほどのセシリーにも負けないくらい鋭いものを入れた。2人の繰り広げる漫才は騒がしくも面白く、望むなら自由にやらせたいですけど……。いいやもう限界だ! 愛情がなくても私以外とイチャイチャするの禁止ーっ! イエローカード!

 

「うおっ!? 黒乃、い、いきなりどうした?」

「あらあら、冗談が過ぎたかしら。それではお2人とも、ごめんあそばせ」

 

 椅子からおもむろに立ち上がった私は、表現のしようではタックルといっても差し支えないくらいの勢いでイッチーの正面から抱き着いた。突然のことでイッチーは混乱しているようだが、私が抱き着いた理由をセシリーは察したようで、ヒラヒラと小さく手を振りながら歩き去っていく。

 

(むー……これはセシリーの罠か? でも面白くなかったのは事実ですしおすし)

「いや、その、な? そういうつもりじゃないんだ。なにもセシリアの方が優先順位が高いとかじゃなくて。というか、むしろ俺にとって黒乃ほど最優先すべきことはなくて―――」

(うんうん、大丈夫だよ、解かってる。ちょっち私が露骨に嫉妬深くなっちゃったってだけだから気にしないで)

 

 冗談が過ぎたとかいっときながら、去り際のセシリーは本当に楽しそうだった。抱き着いてからそれに気が付いたが、つまるところ私をヤキモキさせるための言動だったみたい。ふーむ、冷静に考えたらすぐ解かりそうなものなのに、恋は盲目とはこのことか。

 

 イッチーも私が軽いジェラシーを抱いたことを察したらしく、凄まじく不安そうな顔して弁明を始めた。あーもう、そんな怖がらないでってば。あなたが私のことを好きでいてくれるように、同じくらい私もあなたが大好きなんだから。

 

 嫌いになるなんてありえないし、むしろあんなちょっとのことで嫉妬しちゃってごめんなさいだよ。ただ、流石の私も教室内でここから先へ進む勇気はない。というわけで、イッチーが先ほどしてくれたように優しく頭を撫でておく。これで気持ちは伝わったようで、イッチーはもう1度だけ悪かったといってから冷静さを取り戻したようだ。

 

「じゃあ、その、イヴはどうするか。俺としてはまたどこか旅行ってのもアリと思うんだけど」

(ああ、いいね! 2人きりの旅行は楽しかったよ~)

 

 イッチーは気持ちを切り替えたようで、予定が空いたイヴはどうするかという流れになった。向こうが提示してきたのは旅行だが、そういわれては私の気持ちも固まったかも知れない。今思えばイッチーと2人きりの旅行って京都が初だし、本当に一瞬一瞬が楽しくて仕方がなかった。

 

 私はイッチーの提案に肯定的な仕草をみせると、ならばと意気込み今度はどこまで向かうかという話題に。結局は休憩時間が終わるまで話が尽きなかったけど、こういうやり取りも旅行前の醍醐味の1つだよね。さーて、それなら私も候補を考えておきますかねーっと。

 

 

 

 

 

 

(北海道は今の時期寒いかな? じゃあ逆に沖縄……は海で泳げないうちに行ってもなー)

 

 あれから時間は過ぎて放課後となったが、いまいちピンとくる行き先が決まらない。自室に向かいながらあーだこーだと悩んでいるんだけど、それでもまだまだって感じ。まぁ、別にイッチーが居ればどこでもいいんだけどね。例えば近場の遊園地とかでも―――

 

 ……遊園地デート、案外いいのかも知れないな。夏休みの時のリベンジというか、恋仲になった状態ならもっと楽しめるような。というか、もはや夏休み時の私をぶん殴ってやりたい気分だ。イッチーが積極的なせいで困惑していたのもあったけど、いちいち発言に棘があったもの。

 

 というかアレだよね、あの時期の私って完全にイッチーのこと好きだったよね。はー……予行練習発言にモヤモヤしてたのはそれこそ嫉妬か。…………ああああああああっ! どーしますこれ、今になってめっちゃ恥ずかしいよぉ! お、お、お……落ち着け、あの時から私は乙女だったというそれだけのことじゃないか。

 

(た、ただいまー!)

 

 急に湧いて出た羞恥心を誤魔化すため、無意味に力強く自室の扉を開けた。そのまま倒れこむようにしてイッチーのベッドに突入し、私にとってはもはや精神安定剤の役割を果たす匂いを鼻いっぱいに取り込んだ。はふぅ、落ち着くー……。あ、ちなみにだけどイッチーはクラス代表ってことで委員会に顔出してますゆえ。

 

 さもなきゃこんなことしないさ、だって直接イッチーから吸引した方が何倍も……うぇへへへへ……。ぬっふ、いかんいかん……これじゃ精神安定剤というよりは危ないクスリかなにかだよ。落ち着きを取り戻した私は、乱れたベッドを整えておく。よし、証拠隠滅コンプリート。

 

(さて、イッチーが帰ってくるまでは勉強でもして―――)

 

 テストがいろんな意味で終わったからといって、勉強のノルマは消費し切っていない。これから冬休みの宿題も増えるのだから、趣味の時間は削り削って頑張らなければ。そう思って勉強机に目をやってみると、なんだか見覚えのない物がポツンと置いてあるじゃないか。

 

 これは、録画用DVD? どうしてこんなところに……って、なんかこのパターンは見覚えがあるぞ。盛大に嫌な予感がするというか、ピンポイントで2人の人物が脳裏に浮かぶ。……見ないとダメ? ……ダメだよね、はいはい解かってますって。

 

 私は渋々ながら愛用のノートPCを立ち上げ、プレーヤーにDVDを挿入。中身は当然ながら録画映像のようで、再生時間はさほど長くはない。けれど嫌な予感は引き続き全開なため、再生を開始するまでは相当な時間を要した。意を決し画面に表示されている再生のアイコンをクリックすると―――

 

『えー……撮れてるっぽいー? まぁ私に限って録画ミスとかはないだろうけどね』

(やっぱりか!)

 

 再生が始まった動画にまず映り込んだのは、想像した通りに束さんだった。リモコンのようなものを手にしていることから、ドローンかなにかで録画をしたらしい。……束さんに限っては顔も見たくないとまでは言わないけど、一応は世話になった人が完全なる敵っていうのは複雑なんだよなぁ。

 

『やっほーくろちゃん、元気かな。束さんは元気だよ! 元気過ぎていろいろ居てもたってもいられなくてさぁ』

『束さーん、世間話よか本題に入ってくださいよー……。流石の僕も早く帰りたいんですけどー……。というかこれ僕が来る必要ありましたー……?』

 

 画面外に近江でも居るのか、なんだかバテたような声が聞こえてきた。おかしいな、ならむしろなんで束さんの方はあんな元気なんだろ。……ま、それも見ていたら解かるかな。近江のおかげで話が脱線することもなさそうだし、どうせろくなことでもないが2人は私に用事があるのだから。

 

『うーんとそれじゃ、早い話がこれは招待状とでも思ってくれていいよ』

(招待状……?)

『束さんはさ、もうくーちゃんとメタトロニオスにしてあげられることはぜーんぶやり尽くした。だったら後はどうするかって? ならもう本番しかないじゃない!』

 

 束さんがこの映像を招待状だと称し、その後に続いた言葉で全てを察した。これはつまり、クロエちゃんがこちらへ攻めてくる準備が完全に整ったということなのだろう。その本番とやらでも想像しているのか、束さんはいつもの数倍も増して興奮気味のようにみえる。

 

『もうね、もうね、待ちきれないの! この時をくろちゃんと会った時からだから……8年? とかそのくらいずーっと待ってたんだもん!』

(うん? いや、はい……? ちょっと待って、ちょっと待った。一時停止―――)

 

 8年ですと? 初対面の時からですと……? アンタ小学生相手になんの希望をみいだしてんの!? いや、私が貴女になにをしたのさ! あ、あれ~……? て、てっきり無表情&無口がある意味で束さんの興味を引いていたもんだと思っていたんだけど、どうやらそうでもないらしい。

 

 だが、どちらにせよ束さんが対私をずっと夢見てきたことには変わらないな。……もしかして、そのためにISを生み出したとか言わないよね? ……はは、それは流石に話が飛躍し過ぎか。束さんがどうしてそういう夢を抱いたのかは別として、続きをみることにしよう。

 

『だからね、宣戦布告しちゃいま~す!』

(随分と無邪気に恐ろしい事をいう人だなぁ……)

『え~っと、たっくん。この映像がくろちゃんに届くのいつ頃だっけ』

『だいたい20日くらいだと思いますよー……』

 

 束さんの怖さの一端というか、悪意の欠片も見せずに狂気じみたことをいうからどうしようもない。今だって堂々たる宣戦布告をダブルピースで告げやがりましたからね。で、なにか逆算するひつようでもあったのか、これまた画面外の近江に問いかけた。

 

『ってことは、だいたい2週間ちょっとかな?束さんとしてもさ、どうせ遊ぶならベストコンディションを保ってもらいたいからね』

(2週間……? なにかの期限……?)

『冬休み明けの1月8日24時、これタイムリミットね。別途で集合場所を送っとくからさ、準備が整ったと思ったら来てよ。それまでは、くろちゃんも好きに時間を過ごしていいから』

 

 束さんは掌に3本指を押し当てると8日がタイムリミットだと称する。つまり、それまでにクロエちゃんを迎え撃てということなのだろうか。こちらに自由を与えるのは良いが、もし私が期限を守らなければどう動くつもりなのだろう。束さんのことだから、私が来ざるを得ない状況を―――

 

『期限をオーバーしたらどうするかって? 束さん、さっきもいったけどこれ以上は待てないんだよね~。よって! この際だから終わらしちゃおっか、人類!』

(っ!?)

 

 規模……スケールが大きすぎて全く話が身に入らない! この狂人は今なんといった……? 私が現れなかったという理由だけで、人類を滅ぼしてやろうというのか。……いや、有言実行が束さんのモットー。この人は確実にそれをやるという確信めいたものが私の中にある!

 

『まぁただ、なるべくフェアにやりたいじゃん? だから私たちがこれ以上くーちゃんを鍛えるってことはないから安心しなよ。といいつつ、慣らしくらいはさせてもらうけどね』

(これ……は……?)

『ここね、見ての通り砂漠。背後の焼け跡は亡国機業関連の施設だから安心してね。あと、信じるかどうかは別だけど死人も出してないよ』

 

 束さんがドローンを操作して景色を空撮のような視点に変えると、その背後に広がっているのは一面が砂だった。太陽も激しく照らしつけているし、アフリカかどこか? なるほど、近江がバテていたのも頷ける。そして更に目を引くのが、焼け焦げた建物だったらしい物体の残骸たち……。

 

 防衛システム用なのか、あちらこちらに兵器なども見受けられる。無論、こちらも既に辛うじて原型を残している程度だが。この規模の基地かなにかを、クロエちゃんたった1人で壊滅させてしまったと? 慣らしということは、メタトロニオスの操作回数そのものは少ないのかな……。ならまだ希望は―――

 

『ママ、周辺地域の施設も完全破壊を終えました』

『くーちゃんお疲れ! ひゃ~流石に砂まみれだねぇ。帰ったら一緒にお風呂入ろっか』

『あ、え……は、はい、ぜひ……』

 

 ドローンが所定の位置へ戻ると、数メートル離れた場所へクロエちゃんが降り立つ。そして私は、クロエちゃんの報告を聞き逃さなかった。周辺地域……だって……? ……どれだけの範囲かは解からないが、少なくとも同等の規模であろう施設を2つ3つ破壊しつくした……!?

 

 だというのに、メタトロニオスには特に被弾したような形跡は見当たらない。やはり無傷での勝利だっていうのか!? 見えかけた希望が、一気に消え失せた気さえする。これと戦って勝たねばならないと考えると、自然と鼓動が速まっていくのが解かった。

 

『まぁそういうわけだから、鍛えるなり楽しむなりして過ごしてね。それじゃ、楽しみに待ってるよ!』

 

 画面の向こうで手を振りながら別れの挨拶をかます束さんに対し、思わず待ってと手を伸ばしてしまう。しかし、映像が途切れたことでこれが録画だという現実に引き戻されてしまう。……なんということだ。なんだかわけのわからない間に人類の存続が私の両肩にかかるなんて。

 

(……黒乃ちゃん、起きてるかな)

『……うん、全部みてたよ』

(キミに聞いたって仕方ないのかも知れないけどさ、どう……思う?)

『どうって……』

 

 黒乃ちゃんは本当に無関係とも言っていいが、私と完璧に会話をこなせる唯一の相手だけに聞かずにはいられなかった。意見がほしいとかではなくて、ただ話し相手になってほしいというのが近いのかも。私の質問に、黒乃ちゃんは難しそうに唸り声をあげる。そして、しばらく待っていると返答が得られた。

 

『どうって、聞くまでもないんじゃない?』

(そう……だよね。私目的で束さんがそういう条件を出してきたのなら―――)

『違う違う、そうじゃない。そういう意味じゃないよ、お姉さん』

 

 私はてっきり、黒乃ちゃんがこうなった以上は人類のために戦わないと。そういいたくて、聞くまでもないと返答したのかと思った。私が当たり前のことを聞いてごめんという旨で同意を示すと、どうやら私の思っていた聞くまでもないというものとは意味が異なるらしい。

 

『人類とかそういうのじゃなくて、もっと簡単な意味でいいと思うよ。まぁ、どのみち戦わないといけないのは変わりないんだけど……』

(えっと、簡単って?)

『そうだね、例えば大好きな人との未来を守るためだとか』

 

 黒乃ちゃんがいいたいのは、人類のためと考えるのは気負いすぎだということみたいだ。しかし、他に戦うべく理由は思いつかない。再度聞き返してみると、黒乃ちゃんはなんだか得意気に返す。その返事を聞いた私は、なんだか頬を打たれたような気分だった。

 

『あの子を倒すしか生きる道がないっていうんなら、普通に自分の幸せのために戦えばいいとおもうな』

(黒乃ちゃん……)

『一夏くんとさ、いろいろ思い描いているんでしょう? いいんだよそれで。その描いた理想にたどり着くために、自分が幸せになるために戦おうよ』

 

 あぁ……本当に、いい女だなぁ黒乃ちゃんは。そうだよね、平和であればいいと思ってはいるが、なにも人類すべてを守ろうだなんて大それたことは初めから無理がある話だ。そんな考えでモチベーションなんか上がるはずもないし、プレッシャーもひとしおだろう。

 

 しかし、イッチーと共に生きる未来のためと考えればどうだ。一気に身体へのしかかるような重さもなくなるし、むしろ軽くなったような気さえする。動機なんてどうでもいいんだね……。それこそ人類のためーなんて英雄気取りはやめよう。私はただ、愛しい人と―――

 

「黒乃、ただいま。思ったよりも早く終わってさ、すぐ帰ってこれたよ」

『どうすればいいか、そこはアドバイスしなくていいよね?』

(うん、ありがとう黒乃ちゃん。大丈夫だよ、今度は間違えないから)

 

 私が決意を新たにしていると、タイミングよくイッチーが帰ってきた。その姿をみるなり、脳内で響いた黒乃ちゃんの声はどこか厳しい。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。だって私たちは決めたから。もうお互いが前にも出ないし後ろにも下がらない。だからイッチー―――

 

「命を預けて」

 

 

 




黒乃→初対面て、私ただの小学2年生ですけど!?
束→くろちゃんのために世界を変えてもう長いねー

ただの小学2年生じゃないんだよなぁ。
バリバリのチート持ちであることに気づかせるつもりはないですけど。


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第116話 彼奴らは何処へ

クッション回というかフラグ回といいますか……。
とにかく、VSクロエ本番に向けた回です。
大した動きはないですけれど、今回もよろしくです。


 季節は冬、ともなればいうまでもなく気温は低い水準をキープし続ける。そんな季節であるからこそ、1度布団や炬燵に入ると出たくなくなるのだろう。ならば普段から寝起きの悪い者は数段にも増して惰眠を貪ろうとするわけで、自らが寝床とする教育施設の仮眠室に籠る女性が1人―――

 

「ズー……。ズゴー……」

 

 女性らしくもない寝息をかくのは、千冬の友人―――というよりは悪友に近い対馬 昴。教師として生きる決意も空しく、相変わらず生活習慣ばかりは治らない模様。とりわけ、時分が冬休みということも大きく関係していた。指導している3人娘は現在小学生で、猶予は問題なくある。

 

 そのためスケジュールも空き放題であり、仮に指導が入れば1日練習が基本だが、クリスマス前や正月三箇日は緩く設定してある。昴の場合はそれが本人の為か、それとも生徒たちを想ってか謎な部分が多い。どちらにせよ、特に彼氏が居るわけでもないので寝るくらいしかやることがないのだろう。

 

ピリリリリ……

「ん゛~……? 長期休暇中にアタシに電話するとかいい度胸―――って、1人くらいしかいないんだけどね……ったく……」

 

 枕元に置いてあった携帯電話が着信を知らせ、その音で昴は目を覚ました。まだ頭も回らないのかボーっとした様子で、更には眉間に皺を寄せ不機嫌そうな態度を隠しもしないが。だが、己に電話をしてくる人間など昴からしてみれば1人しか思い浮かばない。

 

「なによ、アンタ寂しいなら真耶とでも過ごしなっての」

『悪いが私は暇ではない。手短にだが聞きたいことがある』

 

 電話に出てみると、その相手は案の定千冬だった。一応は友人関係でもあるし、2人で遊びに出たりもする。クリスマス間近ということもあり、昴は飲み会かなにかの誘いと考えたらしい。昴の寂しいという言葉には、一夏と黒乃が構ってくれないからだという皮肉も交えられている。

 

 しかし、速攻で自分はお前ほど暇ではないと皮肉で返された。釣れない千冬に対して内心で不満アリアリながら、先に仕掛けたのはこちらだと昴は気持ちをグッと抑える。だいたい暇という言葉になんの誤りもないのだから。観念して、千冬の聞きたいこととやらに耳を貸す。

 

「その聞きたいことって?」

『一夏と黒乃を知らんか』

「はぁ? アンタが知らないのにアタシが知るわけないでしょ」

 

 千冬の聞きたいこととは単純明快、先ほど昴が槍玉にあげた一夏と黒乃の行方だった。暇じゃないとの証言からして、なにも寂しいから探しているのではないのは理解ができる。だが残念ながら、それこそ1番の家族である千冬が知らないのなだから昴が役に立てるはずもなく。

 

 千冬の方もそれもそうかと落胆したような声を漏らしているし、初めから期待薄であったということだろう。しかしこうなると、ますます千冬の行動が解せない。緊急の用事にしたって、連絡をするならもっとやりようはあるはず。昴は協力的な姿勢で切り出した。

 

「千冬、2人になにかあったってのなら正直にいいなさい」

『なにがあったかどうかすら解からん。とにかく奴らが学園から離れてからというもの、一切の連絡が通じんのだ』

 

 別に隠すようなことではなく、千冬はすぐさま返事をした。どちらかというのなら、千冬も全貌を把握し切れていないせいで初めから隠し立てする意味がないといったところか。そんな千冬の新たな証言を聞き昴は心配であると同時に、心配し過ぎのような気分が過る。

 

「単に邪魔されたくない状況とか? 恋人同士なんだしいろいろあるでしょ」

『私もそれは考えたのだが、なにもそれだけなら昴に電話してまで探しはしないさ』

「それもいえてるか……。つまり、なにか他にも違和感があるって話しかしら」

『他の専用機持ち連中だ。奴らも揃って連絡が取れないときた』

 

 こういう勘ぐりは冗談とも取られそうだが、昴は至って真面目な思考回路でそういう答えを導く。しかし、それは即座に千冬に斬り捨てられてしまった。なにより千冬の返答もまた正論である。だが裏を返せば、それだけでない要因があるという発言と同等だった。

 

 曰く、残りの専用機持ち7名とも連絡が取れないとのこと。ここまでくると偶然を疑うだけ無駄というもので、専用機持ち全員でなにか企んでいると考えるのが自然だろう。むしろこれでは疑ってくださいといっているようなものだが、恐らくはそうせざるを得ない状況であると千冬は踏んでいる。

 

「なーんかまた厄介ごとってわけね。千冬―――というか、周囲には黙ってないといけなかったんでしょう」

『私も同意見だ。しかし、指導者として野放しにしておくわけにもいくまい』

「アタシ相手に指導者の道を説くとか皮肉? ……ま、解かった。心当たりは少ないけど総当たりしてみるわ』

『すまんな、恩に着るぞ』

 

 正直なところ、昴にしてみれば専用機持ち7名に関しての思い入れはさほどない。しかし、一夏と黒乃に関しては別だ。巣立った教え子と、その教え子が心底愛する男とくれば昴が手を貸さない理由がない。無論、そもそも友人の頼みというのも加味されている。

 

 千冬と話している間に頭も冴え、既に着替え等の支度をしながら会話を続けていた。手を貸してくれるであろうという信頼はありつつも、千冬は感謝の気持ちをキチンと伝える。もちろん、千冬の性格からしてどこか冷たい印象に取れる程度に抑えてはいるが。

 

「あ、悪いんだけど最大の心当たりはアンタが向かってくれない?」

『構わん、もとよりそのつもりだ。しかしどうした? 彼は苦手か』

「苦手というか……うん、まぁ苦手だわね。打っても響かないところが特に」

『所詮は似たもの親子ということだろう』

 

 実際の所、千冬は心当たりがないわけではなかった。いや、むしろ心当たりだらけといっていい。千冬や昴がわざとそれを外して探そうとしているのは、どうかそうであってくれるなという淡い期待も込められていた。しかし、どちらにせよあの男とは対峙せねばならないのだ。

 

 その事実に昴は顔をしかめ、千冬は平然としながらも若干の刺が隠し切れない。千冬とて初めから喧嘩腰でことを進めるつもりもないが、冷静でいられるかどうかは神のみぞ知るというところだろう。そうして最後にひと言ふた言の会話を交わし、専用機持ちたちの行方の捜索が本格的に始まった。

 

 

 

 

 

 

「織斑様、いくら貴女とて常識を弁えていただきたい。アポなしでの訪問なうえに強行突破などと。これ以上警告を無視なされるのなら、法的手段に―――」

「常識知らずは百も承知。申し訳ないですが、こちらも形振り構っていられないのです」

 

 千冬は昴と手分けして心当たりを探ったが、やはりどこも外れ。そこで最後にして最大の心当たりである近江重工へと訪問を仕掛けた。事前の許可を得ようとするだけ無駄と考えたのか、自然とアポなしの訪問になってしまうため鶫の反感を買うのは当然であった。

 

 もちろん鷹丸のことがあったからといってなんでも許されるなどとは思っておらず、強行突破そのものには心底から申し訳ない気持ちは感じている。しかし、やはり専用機持ち全員と連絡が取れない事態を無視するわけにもいかない。それゆえ、千冬は鶫の警告を無視してある場所を目指し続けた。

 

「失礼します」

「ん? おっ、これはこれはブリュンヒルデ。なんだ、オジサンに会いに来てくれたのかい」

「……意味そのものは間違ってはいませんが、決して情熱的な感情は持ち合わせていません。それと、なるべくならその呼び方は勘弁していただきたい」

 

 千冬が開け放った扉は、社長室に通じるものだ。開いてみると、幸いにも他の訪問者は居ないらしい。社長室の机にて、藤九郎が資料を眺めているだけだった。一方の藤九郎は千冬を見た途端に、一瞬だけ驚いたような表情を見せる。それを見逃しはしなかったが、すぐさまニヤついた表情に変わるので真意は読めない。

 

 そして相対した途端に冗談をかます藤九郎だが、むしろハイレベルな美女に相当する千冬がそういう言葉を投げかけられないわけがないというもの。恐らくこの場合は相手の冷静さを欠く意味も込められているのだろうが、その手に乗ってたまるものかと平静を装った。

 

「社長、申し訳ありません。今すぐ退席させますので」

「いいのいいの。こんな美人とお話する機会をみすみす逃す手はないって。それに今は資料に不備がないか確認して判を押すだけの簡単なお仕事の最中だしな」

「……人払いは?」

「ああ、頼む」

 

 鶫からすれば、例え相手が美女であるないに関わらず、訪問してきた者を無下に扱わないことなど解かっていた。むしろ取引中だろうと突撃してきた者を優先するのは容易に想像がつく。それが想像できてしまう自分が嫌らしく、溜息を吐きながらも己の仕事へ取り掛かった。

 

 なんだかんだで自分を理解している鶫には頭が上がらないが、礼は後でするとしてとりあえずはいつもの態度で接する。鶫が頭を下げて社長室を出ていき次第、藤九郎は回転椅子から立ち上がり千冬を応接用のソファへ導いた。千冬もそれに応えると、まずは当然ながら謝罪から入る。

 

「突然の無礼をどうか許していただきたい。ですが、こうでもしなければならない理由が―――」

「さっきもいったが、オジサンはアンタと対面で座れてるだけで価値がある。そう畏まらなくったって、いつも通りにしてればいいさ。というか、オジサン的には気の強いアンタの方が好みなんだけどね」

「いえ、流石にそれは」

 

 千冬が畏まった態度をとるのは、藤九郎に一定以上心を開くつもりがないからだ。普段のキツイ口調や態度から一周回り、かえって冷たい状態ともいえる。気の強い女性がタイプらしい藤九郎からすれば残念このうえなく、やんわりと普段の態度をと頼むが、それは相変わらずの様子で一蹴されてしまった。

 

「んで、どうしてオジサンを尋ねる必要が?」

「IS学園が冬休みに入って以来、在籍する9名の専用機持ちとの連絡の一切が断たれました。無礼といっておきながら、率直にいえば私は貴方がなにか存じているのではないかと思っています」

 

 子供じみた様子でちぇーとでもいいたげな表情を浮かべつつ、藤九郎は本題に入った。すると千冬は事情を離しながら、懐から一夏たち専用機持ち9名の写真を机に並べる。最後の1枚を並べ終えたところで、千冬は睨むような目つきで藤九郎に視線をくれてやった。

 

「暴力に訴える気はありませんが、心当たりがあるのならすぐ吐いていただきたい。彼女らを監督、うち2名に至っては保護している身として、安心できる材料があるのならこれ以上のことはないので」

 

 というより、暴力に出たところで藤九郎が吐くわけがないが。もちろん千冬もそういう認識で、それはなにか知っているという確信にも近いなにかだった。相変わらず藤九郎は飄々とした様子で全員の写真を眺め、数拍置いてから再度口を開く。

 

「頭を使やすぐ解かる」

「なんです?」

「知らないね。……って、オジサンがいうのはお見通しだろ」

 

 藤九郎はソファに深く座り直すと、フーッと息を長く吐いてから知らないと証言した。これを想定していたとはいえ、実際にやられると流石にくろものがある。しかし、ここにきて強引にいくのはそれこそ愚の骨頂。千冬はあくまで冷静な態度を崩さない。

 

「そうですかと引き下がるわけにはいかないのですが」

「野放しに出来ないのは解かるけどね、過保護も毒だとオジサンは―――」

「放任主義の結果が御子息の暴走を生んだのでは?」

「のわっと、こりゃ手厳しい」

 

 なにか重要な案件を抱えているのならそれはそれで構わない。一夏たちを信頼しているし、悪だくみをしようなどとは微塵も考えてはいない。ただ千冬は、無事が確認できればそれでいいのだ。とはいっても、黙っていたことを説教せずにはいられないだろうが。

 

 周囲の手を借りられない状況だったとして、厄介ごとを打破するための協力は間違いなくできるはずなのだから。楯無あたりがそこらを理解しているであろうという予測ができるだけに、本当に黙っていることが解せないとしかいいようがないのだ。

 

「……まさか、巻き込みたくないなどと言われて黙っているわけではないでしょうね」

「ノンノン、知らないんだからそんなこと聞かれても答えられないんだって」

 

 千冬からすれば、それは想定しうる最悪のパターンだった。そういった理由で黙っていたのだとすれば、それこそ大説教せねばならない。もはや千冬も立場どうこういうつもりはなく、手が貸せるのならどういった厄介ごとでも巻き込まれようというスタンスであったからだ。

 

「多分だけど? お嬢ちゃんらも千冬ちゃんの気持ちくらい解かってるさ」

「ならば黙って消えるなという話なんですがね」

「場数の問題だろそりゃ。嬢ちゃんらを責めるのは正解でも不正解でもない感じか」

 

 知らないという証言をしているせいか、藤九郎は前置きのように多分と着けてから落ち着くよう促した。次いで出た千冬の言葉はまた正論だが、やはりそうせねばならなかったという問題が行く手を阻む。これでは千冬の頭痛が激しくなるばかりだろう。

 

「念頭に入れるべきは、あくまで嬢ちゃんらの身柄がどこにあるか……だな」

「あくまで知らないと仰るのですね」

「おう、だってホントに知らないもん」

 

 話は平行線をたどるばかりで、もはや世間話の様相を呈してきた。そろそろ歯痒くなった千冬は、もはや議論するだけ無駄と感じてきたようだ。これも最初から解かっていたことだが、藤九郎というか近江家男子の厄介さに溜息が出るばかり。しかし、爪痕くらい残すことはできる。

 

「……解かりました、今はそういうことにしておきましょう。ですが、後日で構わないので社内の捜索を許可してもらえないでしょうか」

「ん、全然オーケーさ。なにも出てこないからな」

 

 話して無駄なら、実際に自分が歩き回って社内を探した方が早いという寸法だ。藤九郎が専用機持ちたちを匿っているとして、なにかヒントくらいは得られるはず。藤九郎の様子をみるに、よほどみつからない自信でもあるのか、もしくは本当に知らないのか千冬が思った以上に快諾が得られた。

 

「では、今日はこれで―――」

「ああ、帰る前にもういっぺんだけ。頭を使えばすぐ解かる」

「…………? …………失礼しました」

 

 千冬が社長室を出て行こうとすると、念を押すかのように始めいわれた言葉を再度投げかけられた。その真意を察しかねる千冬は、怪訝な表情を浮かべて退室することしかできない。しかし、あの藤九郎が念を押したのなら、確実に意味のある言葉だということは理解が及ぶ。

 

 廊下を歩く最中も、エレベータに乗っている最中も、ずっと言葉の真意ばかり考える。そうして近江重工本社の自動ドアを潜り社を出てしばらく、千冬に稲妻が走るかの如くある考えが過った。千冬は思わず、振り返って遥か上にそびえる社長室を見やる。

 

『頭を使えばすぐ解かる』

(煽っているものだと思ったが、そういう意味だったか……。ならば、私のするべきはただ1つ―――)

 

 本当に藤九郎の言葉通りに単純なことであっただけに、千冬は少しだけ頬をニヤつかせた。そうしてキュっと勢いよく踵を返せば、やるべきことが決まった千冬の足取りは綺麗なものだった。千冬は携帯電話を取り出すと、昴へと通話を繋げる。

 

「昴、すまないが―――もう少し手を貸してくれんだろうか」

 

 

 

 

 

 

「知らせてよろしかったので?」

「おう、向こうも向こうで動いてもらわねぇと困るからな」

 

 千冬が去って少しの暇が取れるくらいの仕事を終わらせた藤九郎は、傍らに鶫を引き連れ1階にある会議室を訪れていた。両者の口ぶりからして、一夏たちを匿っているのは確定だ。更にいえば、藤九郎はヒントを与えて千冬になにかを気づかせもした。千冬が動くにしても、それもまた秘密裡でなければならないからだろう。

 

「1096……っと」

「……暗証番号の語呂合わせはどうかと」

「忘れるよかいいだろ。それに―――」

 

 会議室の絵画の裏には、壁内に隠すようにして暗証番号を入力する操作盤のようなものがあった。藤九郎はそれに自身の名前の語呂合わせとなる番号を入力すると、静かながら会議室に機械の作動するような音が響き始める。近未来を思わす動作で、机が動き床が割れると―――

 

「誰が隠し部屋があるって思うよ」

「それもそうですが、万が一ということもあります」

 

 秘匿された地下空間へ繋がる階段が、割れた床の奥底からせりあがって来るではないか。鶫は既にその存在を知っているらしく、慣れた様子で階段を降りていく。おまけで小言が着いてきたが、それに関して藤九郎はへいへいと気のない返事で答えた。

 

 カツンカツンと革靴とヒールを鳴らしながら階段を降りていくと、自動的に隠し階段は元の状態へと戻り、周辺も自動で明かりが輝き始めた。地下空間はかなり広大らしく、恐らく近江重工本社の土地ほとんどに張り巡らされているのだろう。藤九郎は携帯のナビゲーションシステムを用いつつ、更に歩を進めていく。

 

「よーう、調子はどうだ?」

「あっ、社長。たった今、全員分のテストが終わったところです。ただ―――」

「はぁ……なるほど、流石お嬢ちゃん。リアルでこういうのってありえるんだねぇ」

「はい……。信じられない事ですが、藤堂さんは気絶しての終了でした」

 

 いかにもメカニカルな自動ドアを潜ると、IS戦闘用のアリーナにも似た空間が広がっていた。それを取り囲むようにモニターや各種電子機材が置いてあるということは、実験施設かなにかだろう。近江重工の発展は戦後間もないということなので、IS専用ということでもなさそうだが。

 

 そして藤九郎は、モニタリングしていた研究員に声をかける。向こうも待っていましたといわんばかりに、作業の手を止めて藤九郎に近づいた。どうやら単に様子を見に来たようだが、疑似アリーナの中心をみて感心したような言葉を抑えられない。無論、黒乃が気絶をしているからだ。

 

「ならお嬢ちゃんは合格―――まぁ最初からするだろうとは思ってたがな」

「当初は半信半疑でしたが、社長のお言葉通りに反応は2パターンでした。あそこまで戦い続けたのは彼女のみですけれど」

 

 黒乃は見たところISを纏っていない。藤九郎の主導のもと、とある試験を開始したと同時は纏っていたのだが。そのとある試験というのは、早い話が耐久試験である。近江重工―――というよりは、鷹丸が残していった高度なホログラフィック技術を用いてのだ。

 

 鷹丸のデザインしたいかにもゲームの雑魚キャラのようなロボが無限沸きするという仕様である。ただし、遠距離攻撃はしなければ、よほどのことがない限り一撃当てれば撃破判定が出る仕組みでもある。ただし、倒せば倒すほど段階的に難易度も上がっていくが。

 

 つまり、黒乃は刹那のエネルギーが切れた後も、気絶するまで戦い続けたということである。これには黒乃慣れしている近江重工の面子も引き―――はしないが、いろいろと思う部分はあったようだ。そして、この試験で藤九郎がみたかったものとは―――

 

「合格は坊主、お嬢ちゃん、ラウラちゃん、楯無ちゃん……か、少ないな」

「篠ノ之さんはそもそも測定不能ですしね。そういう枠に収めれば、彼女が最長記録です」

「なるほどね、ならおまけで合格ってことで」

 

 藤九郎が見たかったのは、戦いに対する意識というもの。藤九郎が伝えたのは、あくまで耐久試験であるということのみ。合格とされた者はISのエネルギーが尽きた後も生身で戦い、されなかった者は尽きると同時に試験終了のような態度をとったものだ。

 

 ちなみにだが、疑似アリーナ内には生身でも武器として扱えそうなものが多々配置されている。戦う意思を見せた者は、それを用いて戦闘を継続させてみせた。その時点で合格とも知らず、己の限界が見えるまで戦い続けたのだ。あくまで相手はホログラフィックではあるが。

 

「社長、合格できなかった皆さんは―――」

「いや、後で全員に真意を伝える。オジサンがするのはそれだけ」

 

 研究員は不安そうな顔で聞くが、なにも藤九郎はふるいにかけたいわけではなかった。今やろうとしていることは全員の力が必要だし、それでいて外部で動ける千冬のような者の力も必要である。いや、もしかしたらそれでもまだ少ないのかも。なんといったって―――

 

「それだけ伝えりゃ意識に差があんのは解かるだろ。なんせ、あいつらが世界救うって決めて始めたことだ。ホントのとこは、オジサンに偉そうなこという筋は1ミリもないんだけどねぇ」

「そうですね。僕らがああだこうだ言わず、自分で気づいてもらうのが1番ですよね」

 

 一夏たちは、世界を救うためにここにいる。平たくいってしまえば、修行のためにここにいるのだ。あれから黒乃は束に仕掛けられた世界をかけた戦いのことを友人たちに伝え、皆も黒乃に全会一致で協力が得られたということ。

 

 これを自分たちで留めたのは、変に束を刺激しないためである。束はあの映像で1人でかかってこいとはいわなかったが、世間に明るみにされてはなにをしでかすか解からない。約束を反故にする可能性も十分に考えられたため、音信不通にするしかなかったのだ。

 

「そういや、既に試験を終えた連中は?」

「はい、各々居住スペースや談話スペース、娯楽スペースで気ままに過ごしているようです」

「ま、時間かかるし暇だよな。ん~……じゃ、お嬢ちゃんも気絶しちまったし明日にするか。待たせて悪かったが、今日は終了って伝えといてくれ」

「はい、了解しました」

 

 プライバシーを尊重するために監視などはしていないが、ある程度の動きは把握できるらしい。いや、それよりも、この地下空間には娯楽用のスペースまであるようだ。この空間がどういった経緯で造られたかは不明だが、ある種で国と表現していいのかも知れない。

 

 ちなみに黒乃だが、既に地下空間内の医務室のほうに運ばれていったようで姿はない。だが気絶という事実がいまだに信じられないのか、藤九郎は黒乃の記録の再生を始めていた。映像を生身で戦い始めたあたりまでシークすると、顎鬚を触りながらやはり感心したような声を上げる。

 

「責任感かねぇ?」

「……彼女の行動原理、それでないことを祈るばかりですね」

「慈母、天使、女神―――そういう表現がピッタリな女だからなぁ」

 

 感心はしつつも、藤九郎や周囲が思う黒乃像からして、その戦意は責任感からくるものというような印象を抱いているようだ。無論、もう1人の黒乃と思われている八咫烏を除いて。さて、実際のところ黒乃が気絶するまで戦い続けた理由とは―――

 

 

 

 

 

 

(もー……黒乃ちゃん酷いじゃんか!入れ替わらない程度に主導権握って動き続けるって!)

『あの人たちは待ってくれないだろうから、緊急用の対策だよ』

(ぐ、ぐぬぬ……正論……。けど、最後は気絶だからね!? 身体が己の限界を迎えちゃっただけだからね!?)

 

 オリジナルがある程度の勝手が効くということが発覚し、止めたくても止められなかったというのが正解のようである。黒乃は医務室のベッドで目は覚ましたものの、身体の限界を迎えたせいか疲労でなにもできない状態だった。そのことにブーブーと文句をたれてみるも、どうやらオリジナルの方に理があるらしい。

 

 確かに不満は残るが、いざという時のために練習できることはしておいた方がいい。なにせ、もはやタイムリミットは幾ばくもないのだから。逆に焦っても仕方がないというのはあるが、いい機会になったのは確かなだけに黒乃はそれ以上なにもいえない。

 

(ってゆうかこれ、人呼びたいのに呼べないんだけど?)

『……あ、そこまで考えてなかったかも』

(また!? またなのかキミは! その地味に重要なところを忘れちゃうのどうにかなりませんかねぇ……)

『やっぱりここを訪ねて正解だったね。まさかこんな協力的だとは思わなかったけど』

(うわぁい、華麗なるスルースキル! まぁそうだね、協力してくれなきゃ嘘ってのもあるけどさ)

 

 疲労のために本気で腕を動かす力や気力は沸かず、呼び出しボタンや携帯電話に手は届かない。オリジナルはこのことを想定していなかったようで、ボソっと呟くように失敗だったと告白した。黒乃がオリジナルと対面した際もそうだったが、どうにも後先考えない部分はあるらしい。

 

 オリジナルはなかったことにする方向なのか、無理があるレベルで強引に話題を変えてきた。黒乃もギャーギャー騒いでも仕方ないと思ったのか、半ばあきらめた様子でオリジナルの振った話題に乗る。黒乃たちが近江重工を頼ることになった経緯は、さほど難しいことではない。

 

 頼るに値する技術力を有しているのは知っていたし、なにより鷹丸の件が絡んで断れるはずもなかろう。内容によりけりというよりは、全員が覚悟を持った面持ちをしていたために藤九郎は快諾したわけだが。これほどまでに修行にうってつけの環境が整っているとも思ってはいなかったろう。

 

(とにかく、秘策を成功率100%にすることだよね)

『うん。思い付きはしたのはいいけど、危ないから練習できる場所がなかったし』

 

 クロエを打倒するための秘策とやらは、どうやらリスクを伴うらしい。しかも周囲を巻き込む危険性すらあるのか、実際に練習はできなかったとのこと。それこそ貸しがあるからといって派手にやっていいというものではないだろうが、どちらにせよ―――

 

「黒乃!」

(お~……イッチー。会いたかったよ~)

「あのなぁ……。初日から気絶ってどうなんだ? ったく、皆も心配してたぞ」

 

 一夏が傍に居る限り、あまり無茶をできたものではないのだが。いや、むしろ一夏も秘策には大いに関係している。更にいうのなら、一夏と黒乃が揃わなければ成り立たない。……というのに、一夏が調子ではその練習も順調に進まないかも知れない。

 

 黒乃が限界まで戦い続け―――正確には戦い続けさせられ気絶したのを聞きつけた一夏は、一目散に医務室を目指してきたということらしい。自爆後ほど過保護な様子は見られないが、それでも心配性が再発しているようにも黒乃は感じた。

 

 しかし、咎めるような表情も時間が経つにつれ収まりを見せた。とはいえ本気で指1本動かせない状態の黒乃に出来ることは少なく、一夏はその後も介護するかの如く医務室に居座り続けた。最終的には空いているベッドへ潜り込み、同じベッドとはいわずとも同じ空間にて2人は1日目を終える。

 

 

 




黒乃→ひーん! 止まりたくても止まれない!
藤九郎→気絶するまでたぁ驚いたねぇ。

最終章はVSクロエまでだいたいこんな調子です。
クリスマスとか節目節目で日常回は挟みますけれど。

ちなみにですが、オジサンの頭を使え発言はキチンとヒントですよ。
むしろ本当は文章だから伝わるといいますか……。


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第117話 盤上の激闘

ひさびさにシンプルな感じでまとまりました。
原点回帰といってもいい回かも知れません。


「よーし、今日も早速始めっぞー」

「そうはいいますけど、いったい着替えもしないでなにをするんですか?」

 

 打倒クロエに向けた近江重工地下空間での生活2日目、専用機持ちたちは会議室に集合をかけられていた。時間通りに来てみれば待ち受けていたのは藤九郎で、初日に仕掛けられた耐久戦のこともあるのか、露骨に怪訝な反応を見せる者もいた。

 

 そんな視線は軽くスルーし、藤九郎は適当な挨拶をかけた後に早速本題に入る。が、すかさずシャルロットが素朴な疑問を投げかけた。そう、専用機持ちたちはISスーツに袖を通していない。むしろ私服で集合と連絡をもらったくらいだ。すると藤九郎は、いい質問だと言わんばかりに頬を釣り上げた。

 

「昨日の今日で大暴れしろとは言わないさ。だから、今日は頭を使ってもらおうと思ってな」

「おじ様の後ろのこれ見よがしなモノがそうってわけ?」

「カッカッカ!まぁ見るからに怪しいわな。そうだぞ鈴ちゃん。そんでこいつの正体は……っと!」

 

 藤九郎の背後には、机にクロスをかけて隠されたなにかが陳列されていた。あえて誰もツッコミを入れなかったわけだが、ここで来たらもはや同じこと。鈴音がピッと指差しながら示してみれば、藤九郎は一気にクロスを引きはがした。机の上に乗っていたものの正体とは―――

 

「将棋、囲碁、チェス、それにオセロか……。ドイツ出身としては物足りん気もするな」

「ボードゲーム大国だもんね……」

「それで、これがどうしたというのです?」

「これのいずれか自由に選んでオジサンと勝負だ」

 

 各種ポピュラーなボードゲームが並べられており、今日の内容はいずれかで藤九郎と勝負することだという。京都においてマドカと戦闘を行わなかったメンバーは、鷹丸が呟いていた言葉を思い出した。ボードゲームの類では1度も父に勝ったことがない。あの鷹丸が確かにそういっていたのだ。

 

 あの鷹丸を推して勝てないということは、自分たちに勝機はないも同然だろう。だとすると、どういう意味でボードゲームなのだろうか。オセロなんかは単純なようで奥が深いわけだが、将棋やチェスのように戦略を練るようなものともいい難い。

 

「昨日みたく、実は真意がってパターンかしら?」

「いや、そういうのでもねぇ。目的としちゃ主に2つだな。まず1つ目は、お前さんらの考え方の癖や判断力を見極めたい」

「俺たちの?」

「おう、それが解かればオジサンがアドバイス出来ることも増えるかも知れないしねぇ」

 

 十人十色だとか千差万別だとか表現するように、人間とは1人1人考えが全く異なるものだ。藤九郎はボードゲームでだいたいを読み取ることでもできるのか、これを選んだのだという。それを聞いた時点で比較的に考えるのが苦手な方のメンバーは少しばかり顔をしかめた。きっと単純だと思われるとでも想像しているのだろう。

 

「んでもう1つは、まぁ面談とでも思ってくれや」

「そちらも意図を聞いてもよろしいか?」

「意図……っつーかだな、普通に会話を重ねようってだけのことだよ」

 

 藤九郎が面談という言葉を持ち出すと、箒が訝しむような様子で問いかける。単に鷹丸の父親であるという点で警戒しているというのもあるだろうが、藤九郎単体でも箒としてはいまいち信用がならなかった。そういう印象を抱く人物が真っ当なことをいうと、相対的に怪しく聞こえてしまうのかも知れない。

 

 だが藤九郎には本当に意図らしい意図もなく、だいたい言葉通りでしかない。これを期に親睦を深めようということもなく、ましてや信頼できる人物だと思わせる気でもなさそうだ。だが確かに藤九郎の言葉にも一理あり、単に言葉を交わすのも重要なことだろう。

 

「んじゃま、質問ねーなら始めっか。オジサンここ待機、お前さんら適当に順番決めて1人ずつ入ってな。待ち時間は適当に過ごしてくれぃ」

「えーっと、適当にじゃんけんとかでいいよな」

「人数多いから、初めはグーとパーだけでいきましょう」

 

 そういいながら藤九郎はすぐに始められる準備のため、将棋とチェスの駒の配置を始めた。パチパチ、コトコトと音が響く最中、一夏が音頭を取って簡単にじゃんけんでの決定ということに。すかさず楯無も助言をするかのように、グーとパーでの分割方式へ舵を取る。

 

 そうして組み分けが進んで行き、だんだんと順番が確立されていく。1番最初の相手はシャルロットということになり、それ以外のメンバーはぞろぞろと会議室から出て行った。なんだかんだでシャルロットも藤九郎と2人というのは不安が残るのか、少しばかり遠慮がちにみえる。

 

「さてシャルロットちゃん、どれをご所望かな?」

「そ、それじゃあ、えーっと……オセロでお願いします」

「ん、意外だな。オジサンてっきりチェスでくるかと思ってたぜ」

「あはは……。できたらかっこいいんだろうなーとは思うんですけど、思うだけであまり興味はなくて」

 

 シャルロットはずらりと並んだボードゲームを眺めると、その中でルールは最も簡単であろうオセロを選んだ。ヨーロッパ圏出身であり、なんとなくキャラに似合うチェスでくる算段だった藤九郎。別に予想が外れたからといってなにがどうということではないのだが。

 

 そうしてオセロはすぐさまスタート。藤九郎はレディファーストだということで先攻後攻をシャルロットへ選ばせた。レディファーストなんていっているが、ここでどちらを選ぶかもキチンと見るつもりなのだろう。それを理解しつつ、シャルロットは先攻を選択した。

 

「あの、よろしくお願いします」

「おう、よろしく。しかしまぁ律儀だねぇ」

「そうですか? なんか変に習慣づいちゃったのはあるかも知れませんけど」

 

 特になんていうことはなく、終始和やかなムードで対局は進んで行く。藤九郎も相手を煽るような発言はなく、振る話は本当に世間話くらいのものだ。ただし、盤上は常に藤九郎の有利で進んで行くが。やるからには負けたくないという気持ちのシャルロットだったが―――

 

「ん~……慎重が過ぎて、何度かチャンスを逃してるねぇ。誘いと思って乗って来なかったか? こことか」

「へ? あ、えっ、あぁ……き、気づきませんでした」

「そうか、まぁ視野が狭いっつーよりは狙いすぎだな。そこさえ治しゃ問題ないですよ……っと」

「あっ!? う、うわぁ……一気に真っ白だ……」

 

 手を抜いていたといわれればそれまでだが、藤九郎は盲点を突くかのようにあえてつけ入る隙を作っていた。しかし、シャルロットが意図的な隙に気づくことはない。要するに慎重という評価を下しつつ、藤九郎は白の駒を一手。すると、逆転の可能性がみい出せない程に盤面は白に染まっていく。

 

 その後何手づつか繰り返し、そのまま盤面は埋まり切る。勝ち負けはあまり関係ないにしても、見るからに惨敗してしまいシャルロットは肩を落としながら次の者と交代した。お次は鈴音、選んだのはオセロ。たびたび周囲の人間が将棋を指しているのは見たものの、シャルロットと同じく興味までは湧かなかったらしい。

 

「パワー押しなのはいいけどね、ちょっとは辛抱強くするのも覚えた方がいいな」

「…………待ったなし?」

「待ったなし!」

 

 調子よく藤九郎の持ち駒を手中に収めていた鈴音だったが、それもまた藤九郎の策略であった。要するにひっくり返させておいて、後から一気に奪う戦法だ。あまりにも見事に引っかかってくれただけに、流石の藤九郎も苦笑いしながら一手を指した。

 

 ……と、このような感じで、次々と専用機持ちたちは手玉に取られていく。例えばラウラ、選んだのはチェス。

 

「流石は軍人、臨機応変かつ練られた戦術が見て取れる。……が、その分セオリー通りともいえる。奇を狙うのもまた大事だぞ」

「しまっ……!?」

 

 例えば簪、選んだのは囲碁。

 

「見た目に反して負けず嫌いか……。ま、次はもう少し冷静にな」

「……参りました……」

 

 例えばセシリア、選んだのはチェス。

 

「お行儀のいい指し手だねぇ。ポリシーに反しようが、勝つ為の手は妥協しない方がいい。こんなふうに、捨て駒だとかな」

「ま、参りましたわ……」

 

 例えば楯無、選んだのは将棋。

 

「こりゃまぁよく似た姉妹なもんで。妹ちゃんと反省点同じ! 切り崩されてから冷静にだ」

「ちょっ……と待って! もう一局! もう一局だけ勝負して!」

 

 例えば一夏、選んだのは将棋。

 

「意外にも消極的だねぇ。努めて冷静にしようとしてるのが解かるぜ。難しい方に考えず、もちっと伸び伸びやってみな。ま、自分のダメなとこ自覚してんのはいいこった」

「ぐ!? う、裏目かよぉ……」

 

 例えば箒、選んだのは囲碁。

 

「……マジで文句のつけどころがねぇかも」

「それは……ありがとうございます」

「おう、普段からもっと生かそうな」

「根本的な問題だった……!」

 

 8名との対局の感想はどこか厳しいものだが、それぞれがなんとなく自覚していた問題点が多く含まれていた。このボードゲームには、それを再確認させる意図も含まれているのだろう。だが、次の相手は藤九郎とて一筋縄にはいかない。なにせ、本人の意志ですら顔色1つ変えることができないのだから。

 

(お邪魔しま~す)

「よう、悪いな嬢ちゃん、随分待ったろ? けど、一気にやっちまわねぇとオジサンも忙しくってなぁ」

(いえいえ全然! ため込んだアニメとかもありますし)

 

 オセロは比較的に早く済むが、流石に将棋、囲碁、チェスはそうはいかない。確かに順番が最後になった黒乃は長時間待たされたが、その間自分が眠っていた時期に放送されていたアニメを消費するにはちょうどよかった。とはいえ、猛勉強もありまだまだ沢山あるようだが。

 

「そんじゃ、どれで対局だ?」

(う~んと~……それじゃぁ……)

 

 黒乃は比較的に考えることが苦手である。それは本人が最も理解しており、若干のコンプレックスすらあるほどだ。だからこそ選ぶべきはシンプルなオセロ―――なのだが、それは悪癖故に選択されることはなかった。よって、黒乃が指差したのは―――

 

(将棋で!)

「ん、将棋な。持ち時間だの難しいことは省いてっから、ゆっくり考えて指してくれや」

 

 その悪癖とは、要するに見栄っ張り。なんだかシンプルという理由で選ぶのが格好悪いような気がしたので、一応はルールと駒の動かし方を把握している将棋を選んだのだ。ただし、こういう場合は選んだ途端に止めとけばよかったとか考えているのがだいたいのパターンだったりする。

 

「そうだねぇ……先攻後攻は、まぁオジサンが先でいいか?」

(全然いいです、はい。どうせどっちが先でも私の負ける未来しかないんだし……)

 

 黒乃が自分の思う通りに会話ができないという事情を鑑みてか、藤九郎は自らが先に始めるということを提案した。黒乃も問題なくそれに同意し、いざ対局がスタート。面談という意味も含まれているせいか、藤九郎は早速トークに入り始める。

 

「ここでの生活はどうだ。特に不便がなけりゃいいんだが」

(ないです。……というか、なんで地下施設なのに個室があんな豪華なんですかねぇ?)

 

 文句なんて見当たるはずもなく、黒乃は即座に藤九郎の心配を否定した。というのも、まさにVIPとしか表現のしようのない待遇を受けているからだ。居住スペースを除いた施設もまた豪華であり、黒乃たちはみなリゾートやアミューズメントな気分に浸ってしまいそうになってしまう。

 

「そうか? まぁオジサン的にも、嬢ちゃんと坊主周りには気ぃつかったんでなぁ」

(いらない心配を……とは言えないか、おかげで私もウハウハですし)

 

 藤九郎は表情を意地の悪いものに変えると、2人の間柄を考慮したと告げる。一夏と黒乃の部屋は当然のようにひと部屋をあてがわれ、各種内装はまるで新婚夫婦が住むにふさわしいような有様。訪問当初は少しばかり困惑気味だった2人だが、美味しい思いをしているのも否定できなかった。

 

 その最も解かりやすい例えは寝具。要するにベッドだが、サイズはダブルベッドの仕様。交際が始まってからは学園でも添い寝がデフォだったが、窮屈というほどでもないが些か狭いのは否定できない。むしろダブルベッドで添い寝をしてみて、その快適さを知らしめられたというべきか。

 

 あまりにも快適なため、自宅の方の改装計画が進行していたりする。自宅となると部屋は別々だが、どこか空いている部屋を寝室にしてダブルベッドを配置だとか。何気に藤九郎は、一夏と黒乃が先のことを考えるのに一手担っているのかも知れない。

 

「…………」

(ありゃ、オジサン長考? 適当に指してるからそう考えることもないと思うんだけど)

 

 その後も黒乃が回答できる範囲の世間話を続けつつ、将棋の方も進行が続く。しかし、その時である。突如として藤九郎が黙り込み、真剣な眼差しで盤面を見つめるではないか。形勢をいうのなら圧倒的とまではいかないが、藤九郎の方が押している。それだけに、黒乃は不思議でならないようだ。

 

(打ってもまるで響かねぇ……。誘いに乗るでもなければ、逆に仕掛けてくることもねぇ。んな妙な将棋は初めてだ……。まるで軟体動物に関節技でも仕掛けてる気分だぜ)

 

 どうやら藤九郎は、黒乃の指し手について違和感を覚えているようだ。この場合はいつものパターン、深読みされ過ぎという奴である。本人は適当に指しているのだが、藤九郎の頭にはそんな考えはない。いや、むしろ誰だろうとなにかの狙いがあってそうしていると解釈するだろう。

 

 それだけに、考えても考えても黒乃がどういうつもりで駒を進めているのかがまったく読めない。安心してほしい、最初からなにも考えていないが、持ち前の豪運で好手ばかりに転んでいるだけである。更に他人の考え過ぎが加えられ、こうして黒乃は凄い人物だと思われてしまう。

 

(仕方ない、様子見なんぞは柄じゃねぇんだが)

(おっ、そう来ますか。そいじゃ私は~っと―――)

 

 あまりに不可解であることに気づかされたせいか、藤九郎が選んだ手は様子見だった。ここで一手だけあたりさわりもない駒を動かし、次の黒乃の一手で狙いについて大まかな認識を作るつもりなのだろう。そんな藤九郎の思惑も知らずに、黒乃は次に動かす駒のチョイスを始めた。

 

(ふ~む……どこに指しても似たようなもんじゃん。……おや……?)

 

 自分が指した後の藤九郎の動きも考慮しつつ盤面を見渡すが、黒乃からしてどれもいまいちピンとくるものではなかった。そんな時、黒乃の目に留まった駒が1つ。その視線の先にあるのは、トリッキーな移動がおなじみの桂馬である。駒を飛び越えて両斜め前奥に移動が可能。

 

(変な動き方で扱いづらいけど、逆にちゃんと扱えたらなんかカッコイイ気がするんだよね~)

 

 他の駒は割とシンプルな動きをするものが多い。飛車と角はそれぞれ十字、斜めにどこまでも移動できる。香車なんて成るまでは真っ直ぐにしか進めないというシンプルさ。それと比べると、確かに桂馬の動きは特異に感じられるだろう。

 

 ゆえに扱いこなすことができれば上級者という印象でもあるのか、黒乃は内心で棋士が桂馬を使って王手を取るイメージを湧かせた。というわけだ、これだけで黒乃の次に指す手が決まった。黒乃は桂馬を手に取ると、右斜め前奥へとパチンと勢いよく指してみせる。

 

「…………!?」

(え、え? なにオジサン。もしかして反則とかだったかな……)

「……おっと、驚かせちまったか? 悪いな嬢ちゃん」

 

 黒乃が桂馬を指した次の瞬間、藤九郎が盤面へ詰め寄った。その勢いがあまりにもよかったせいか、机や椅子をガタガタと鳴らして黒乃を驚かせてしまう。これを自分が反則行為を働いてしまったのではと思った黒乃だったが、そんなもので済まされることではなかった。

 

(やられた……! あまりに無欲で無関心な指し手だったせいか、完全に読み違えちまったか……。嬢ちゃんの意味不明な指し手はひたすら布石。いや、俺に攻め以外の一手を指させることが目的だったか……?)

 

 大人しく座り直した藤九郎だったが、心中穏やかではないらしい。どうやら黒乃の一手は逆転にもつながるようなものだったようで、またしても考え過ぎが加速するばかり。特に深い考えがない今までの手が、今回の決定的な一手をデコレートしたと表現してもよさそうだ。

 

(……お嬢ちゃんが本人の意志に関係なく顔色変えてねぇのは解かるが、こいつは俺も認識を改めなきゃな。こいつぁとんでもねぇ)

 

 藤九郎とて黒乃を舐めていたというわけではないが、絶対的な自信を持っていたであろうボードゲームで驚かされるのは思うところがあるのだろう。しかし、なにもそれは怒りだのといった負の感情ということではない。むしろ藤九郎は強者との出遭いを喜ぶような様だ。

 

 歓喜を抑えることができないのか、藤九郎は顔を俯かせつつクックックと笑ってみせる。だが黒乃からすればひたすら奇妙な光景でしかなく、むしろ若干引きているともいってよい。いや、突然の行動に対して心配だろうか。とにかく、黒乃が藤九郎に手を伸ばそうとすると―――

 

「いやぁ、本当に面白い嬢ちゃんだ。あのバカが気に入るのもよく解かる」

(お、面白い……? 今の手、別に大したことじゃ―――)

「けど済まねぇな、ちょっくら本気出させてもらうぜ」

(はぇ?)

 

 ゆっくりと顔をあげた藤九郎は、心から愉快そうな表情を浮かべていた。まるで少年を思わせるその笑みに、黒乃は鷹丸を重ねずにはいられない。今なら解かる。奴がそういう表情を浮かべているときは、たいていよくないことが起きる前兆だったと。

 

 裏を返せば、鷹丸の父である藤九郎がそういう顔になったのならまた同じこと。その考えはズバリ的中していて、そこから藤九郎の攻めは凄まじいものだった。豪運により上手くいく適当な指し手だけではフォローが効かず、黒乃は徐々に追い詰められていく。そして黒乃の駒が少なくなってきた頃―――

 

「王手だ」

(え~……あっちを動かしたらこっちが―――うん、完全な詰みですね! ありがとうございました!)

「カッカッカ、いいのいいの礼なんて。むしろムキになって大人げないっつって怒ってもいいんだぜ?」

 

 王将をどう動かしても次の一手で取られてしまう状態、とどのつまり王手が完成してしまう。本当に詰んでいるかどうかの確認をした後、黒乃は降参や感謝の意味を込めて深々と頭を垂れた。豪快に笑い飛ばす藤九郎だが、実際の所は勝てて感心していたりする。

 

 そのあたりを含めて大人げないということなのだろうが、負けてしまっては示しがつかないというのもあるだろう。トップがトップたる所以というのは、本人がしっかりそのイメージを保つというのも大事なことだからだ。鷹丸でも自分には勝てないという自負も絡んでいそうだ。

 

「総評だが……うーん、なんもねぇ!」

(え、えぇ……?やっぱり適当にやってたのバレちゃったかな)

「オジサンが偉そうにいえたこたぁなにもねぇ。強いていうなら―――これからも、お嬢ちゃんの感じるままにってところか?」

(あらやだ素敵な評価……。はい、これからも私らしく頑張ります!)

 

 今までのメンバーに対してもケチを着けたつもりもなければ、強いてという表現も最初から当てはまる。しかし、黒乃の場合は本当になにもないで済む。自分に本気を出させた相手にアドバイスを送るというのも変な話という認識なのかも知れない。

 

 しかし、結果的に黒乃は感じるままにという部分をいたく気に入ったらしい。自分を表現しづらい黒乃にとって、なにごとでも自分らしくと評価されるのは嬉しいことなのだろう。思わず黒乃はその言葉に対しても一礼を送ってから席を立つ。出て行こうとしたのだが、藤九郎に引き留められてしまう。

 

「ああ、ちょっと待ってくれ。集合かけて1つ2つ話してから解散にすっから」

(なるほど、了解)

 

 話すといっても、それは小言ではなく労いの言葉だ。やはり偉そうにいえたものではないという想いが強いのか、下した評価に対しても考え過ぎないような言葉もかけるつもりかも。そうして再度集合をかけたメンバーにだいたい想像通りの内容を話すと、今日のところは解散となった―――のだが。

 

 藤九郎に負けたのが悔しかったメンバーから始まり、専用機持ち内でボードゲームのプチブームが巻き起こる。解散した後も将棋やチェスでの対局は続き、そんな中でもやはり黒乃は―――持ち前の豪運が大半の要因で勝ちを重ねていくのだった……。

 

 

 




黒乃→適当に桂馬をこう……パチーン! って感じで。
藤九郎→こいつぁ……! 文字通り逆転の一手!

ちなみにですが、各メンバーがどれを選んだとかは適当です。
セシリアなんかは絶対にチェスですけれど……。

次回は唐突にクリスマス回です。
最終決戦編で最も甘い回になるかも……?


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第118話 特別な聖夜

旧版をご覧になったことのある方はデジャヴを感じる可能性があります。
そこは素直にぶっちゃけますが、とある回の焼きまわしとなっておりまして。
まぁ多分ですけどシンプルに甘い構成になってはいると思うのでお許しを。


 近江重工地下施設での生活4日目。今日の修業は全面中止である。というのも、今日が12月24日―――クリスマスイヴということが関係しているのだろう。オジサン曰く近江重工は超ホワイトな企業なため、こういう大事な人と過ごすようなイベントがある日は働きたい奴だけ働けというスタンスなんだとか。

 

 その働きたいって人たちは主に研究員さんたちみたいで、むしろ人の目がないからハッスルしちゃうような部署もあるとかいってた。それすなわちフリーダムの極み。今まさに、私たちもそんな近江重工のフリーダムさにあっけにとられているところだ。

 

「ブルジョワってこういうことをいうのかな」

「フランス出身なだけにか? というより、シャルロットも社長令嬢だろうに」

「箒……比較対象があまりにも……あまりにも……」

「うむ、まさかテーマパークを貸し切りというのをこの身で体験することになるとは」

 

 ブルジョワジーというのは確かにフランスが起源の言葉だけど、シャルの性格からして思わず口に出たというのが正しそう。でも確かに、これをブルジョワと表現せずになんとするって感じだよねぇ。なんせテーマパーク貸し切っちゃうんだもん。

 

 だがなにも私たち9名でこの広い空間を独占ということではなく、近江重工の社員一同、並びにその親族も沢山だ。私たちが姿をくらませているのに考慮してか、完全に身内のみということにしたのだろう。雰囲気としては普段と変わらない気もするが、味方であると思えるのは確かに楽かも。

 

「なにやってんのよ、楽しまなきゃ損ってもんよ損!」

「そうだぞシャルロット、私には目に映る全てが珍しい!さぁ、案内してくれ!」

「ラ、ラウラ? ちょっ、ちょっと待ってってば、別に僕もこういうとこ詳しいわけじゃ―――」

 

 どうやら専用機持ち勢は恐縮してる組と楽しんでる組が居るみたいだな。ここに固まっていた私含めた4名、モッピー、シャル、かんちゃんが前者。そしてそれ以外が後者と……。私たちが突っ立って駄弁っているのを目撃していたのか、鈴ちゃんとラウラたんにシャルが連行されてしまった。

 

「鈴のいうことももっともか」

「ただ……セシリアの誕生日も込み込み……」

「姿は見えんが祝われているのかもな。黒乃、お前と一夏のぶんも伝えておこう」

「楽しんでね……」

 

 乗り気ではないとまではいかなそうだが、さてはモッピーもテーマパークをどう楽しんでいいか解からないクチだな? かんちゃんはそれを察したのか、まずセシリアを探してみてはどうかと提案を挙げる。そうなんだよね、わざわざ貸し切ったのにはそのあたりも関係してるっぽいんだよ。

 

 知っていたのか後から調べでもしたのか、オジサンは誕生日プレゼントだとでも思ってくれとかいってた。つまり、私たちはセシリーの恩恵を受けてこの場に立っているといってもよさそう。う~む、だったら直接会っておめでとうとか伝えてあげたい気もするけどなぁ。

 

 モッピーとかんちゃんの反応からして、私はイッチーと楽しんできなさいとでもいいたげだった。とすれば、お言葉に甘えたい気もするなぁ……。……とか考えてたら、もう2人とも歩き去ってしまったじゃないか。やっぱり仲いいね、あの2人。

 

「隙あり」

(ふぉおおおおぅ!? な、なんだイッチーか……。脅かさないでよもーっ!)

 

 どことなーく2人の友人関係を微笑ましく思いながら1人頷いていると、突如として後ろから抱きしめられてビックリ仰天。私にこういった行為を許されている人間はイッチーのみなわけだが、考え事をしていたせいで必要以上に驚いてしまった。

 

 というか、もし仮にこれがイッチー以外、更に男性とするなら私はその人を殺してしまっていた可能性すらある。だってこの身全てはイッチーのためにあるんだから、私に触れていいのはイッチーだけに決まっているじゃない。

 

「1人にして悪かった。少し親父さんと話してたんだ」

(ほうほう、男同士のお話かね。というか、オジサンもここ来てるんだ)

 

 イッチーのいう親父さん、というのは間違いなく藤九郎オジサンのことだろう。なんというか、男同士でないと話せない内容だったのかも。深刻なのかも知れないし、もしかすると単に下世話な内容である可能性も考えられる。

 

「それは置いといて楽しもう。2人で居ると、体感時間が短くて仕方ないんだからさ」

(おうさ、そうと決まればレッツゴー!)

 

 この様子を見るに、特に私が気にすることでもなさそうだ。となれば、イッチーのいう通りあとは楽しんじゃおう! 2人きりでないのは心残りだけど、私たちの置かれている状況からして難しいから仕方ないよね。……と、少し強引に納得しておくことにしよう。

 

 脳内でそういう処理を終えると、イッチーはスッと私に腕を差し出す。最初の頃は解かりやすく照れていたけど、イッチーも慣れたもんですなぁ。それは私も同じことで、心臓をバクバクさせながらイッチーの腕に抱き着いていた時期が懐かしい。

 

 まぁだからといって幸福感が失せたとかそういうことでもないんですけどね。というわけで、イッチーになるべく密着するようにしながら腕へと抱き着く。私たちは歩くペースをバッチリと合わせ、周囲のみんなと同じく喧騒に身を投じたのだった。

 

 

 

 

 

 

「黒乃、いい加減に機嫌治せって」

(知らないもーん!)

 

 あれからいろいろ見て回ったが、私はご覧の通りご機嫌斜めですよ。……本気で怒ってるわけでもないんだけどさー。なにがあったかと聞かれますと、私の苦手分野の1つであるホラーハウスだよ。なんかイッチーが怖がる黒乃が可愛かったから、もう1回ちゃんとみておきたいとかいい出して……。

 

 夏休みにお化け屋敷へ入った時のことをいっているのだろうけど、本当に気絶しちゃうくらい苦手なんだってば。けどさー! けどさー! 可愛かったからみたいとかいわれたら入るしかなくない? 勝手に1人で可愛いとか思ってくれてたんだ! とか舞い上がっちゃったのはあるけれど。

 

 いざ入ったらやっぱり怖いし、イッチーもよほど怖がるわたしを見たかったのか少し意地悪だったし。……まぁそれはそれで興奮するんだけど、今してるのはそういう話じゃなくてだね。つまり、まぁ……頑張ったんだからご褒美くらいあってもいいじゃんというか。……あ、この場合のご褒美は別に痛いことじゃななくていいけど。

 

 ってか、凄いねイッチーってば、私が少し機嫌が悪いの解かるんだ。……やっぱ好きだわイッチー、大好きだわ。え、あ、ヤバい、ホントに好き過ぎる。だって完全無表情の私が態度を表に出さないようにしてたのにバレちゃうんだよ? イッチーってばどんだけ私のこと見てくれてるのってなるじゃん。

 

「じゃあ次はあれ乗ろうぜ。休憩にもなるしちょうどいいだろ」

(は、はい!? ご、ごめん……ちゃんと聞いてなかっ―――て、あれは……観覧車?)

 

 イッチー大好きっていうワードばかりが脳内で渦巻いていたせいか、私に提案を出した内容がよく聞き取れなかった。慌ててイッチーの指差す方向へ目を向けてみると、そこにはイルミネーションが煌く観覧車がみえる。さ、下げて上げる作戦で来ましたか……?

 

 だ、だって……恋人と一緒に観覧車って、多分だけどそういうこと……じゃん? 別に気乗りがしないってわけじゃないけど、変に緊張しちゃうなーっていうか。それこそ数秒前まで少し機嫌が悪かったから、その落差でなんか胸の奥がムズムズするっていうか……。

 

 要するに断る気は初めからないということで、イッチーに手を引かれながら観覧車の方へ向かっていく。いざ係員さんに状況を伺えば、普通にそのまま乗り込むことができそうだ。観覧車のボックスの1つが完全に下へ降りてきたところで、いってらっしゃいませという言葉を受け取りながら中へ入った。

 

「冬の夜って、人の声が聞こえてもなんか寂しく感じるよな」

(そうだね、冷たい空気がそう感じさせるのかも)

「ま、俺たちには関係ない話だけど」

 

 イッチーは暗にお互いがいるから寂しくないと発言しつつ、私の隣へ静かに座った。うん、寂しくないよ。あなたが隣に居てくれるのなら、他のことはどうだっていいもの。好き。大好きだよ。……という気持ちを引き続き抑えられない私は、イッチーの身体に体重を預けるようにして寄り添った。

 

 するとイッチーは、私の頭を手で押さえるようにして更に密着度を高いものへ変えた。やはり狭く2人きりの空間というものはいいな。ボックス内の狭い空間が私たちの世界。私とイッチーだけの世界……。そう考えていると、いつまでもここへ居座りたいような気さえする。

 

「……見ろよ黒乃」

(夜景かぁ。キラキラして素敵……だね)

 

 2人で戯れていると、いつしか私たちの乗っている観覧車は最頂点にさしかかっていた。イッチーが私を呼ぶので背後の窓に目を向けてみると、そこにはウットリしてしまうような景色が広がる。時分としては冬なためか日の沈みも早い。今は太陽が隠れるギリギリくらいで―――

 

 なんていうのかな。夕日が発する自然の光と、イルミネーションがもたらす人工の光。それらが見事な配分でマッチし、とてつもなく幻想的だ。テーマパークより外の建造物からも沢山の明かりが見え始め、人の営みが今日もこうしてひと段落するんだな……とか考えてしまう。

 

「守ろう。この景色を必ず」

(……うん、そうだ―――)

「―――とかいって、正直どうでもいいんだけどな」

(え……?)

 

 私たちの待ち受ける戦いの果てに、こういう綺麗なものを守り抜こう。イッチーならそういうだろうと思っていたから同意しようとしたのだけれど、私がそうだねといい切る前に自らそれを否定した。どういう意味だと見つめていると、イッチーは私の頬に手を添え―――

 

「俺が本当に守りたいのは、いつだって黒乃1人だけだ」

(あなた……)

「だから正直どうでもいい。黒乃と生きていくために必要ってだけで、世界なんて……」

 

 イッチーの掌は滑るようにして首筋へ移動すると、ほんの少しだけ力を込めて私を引き寄せる。そして、壊れものでも抱くかのように、優しく優しく私を包み込んだ。私だってそうだよ、世界なんてどうだっていい。私が欲しいのは、あなたと生きていける世界だから。

 

「……今度の戦いも、俺が守るのはあくまで黒乃だからな」

「私も」

「そうか? なら結果論だな。結果的に世界が守られたって感じで」

 

 このやりとり、皆が聞いてたらどうだったろう。みんなは私たちが世界を守りたいという動機で戦うつもりと思っているのだろうか。前に置いて行かれて嫌な気持ちになったからみんなに声をかけたけど、今思えば身勝手にもほどがあったかも知れない。

 

「前にもいったけど、俺たちが揃っている時はできないことなんてなにもない。ほら、何気にやっぱり継続中だぞ、俺たち夫婦の勝率100%」

(ふ、夫婦って……! でもいわれてみれば確かに……)

「だから必ず勝てるって確信してるんだ。ただし、前にも出なければ後ろにも下がらない……ってのを守らないと」

 

 ゴーレムⅠ、VTシステム暴走、シルバリオ・ゴスペル、オータムさん、マドカちゃん……。これらの強敵に、私たち2人が同時に戦場に立った時は必ず勝ちを収めている。偶然か、はたまた私たちがそうさせるのか。真相はどうかは解からないけど、信じれる自分でありたいと思う。

 

 そう、イッチーのように私が隣に居たから勝てたんだと。だから私も思うんだ、イッチーが隣に居たから勝てたんだって。だから今回のクロエちゃん&メタトロニオス戦もやることは変わらない。イッチーが隣に居るんだから、勝てない道理は端からないんだ。

 

「一緒に」

「ああ、一緒に。一緒に、生きてくれ」

 

 まるで示し合わせでもしたかのように、観覧車が最頂点に上ると同時に私たちの唇は重なった。もしかしたら窓から見られているかも知れない、なんて些細な発想は微塵も浮かばない。それほどまでに私たちは燃え上がり、お互いを求め合う。

 

 イッチーは狭い空間で更に逃げ場をなくすように、私を抑え込むようにして口内を掻きまわしていく。私はひたすらそれを受け入れ続けた。気づけば観覧車もだいぶ下りはじめ、これでは本当に見られてしまうだろうという場所まで降りれば私たちのキスは自然と止まる。しかし―――どちらとも降りようとする仕草すらとらなかった。

 

「黒乃、もう一周……」

(うん……)

 

 ただひとこと、イッチーの言葉に頷くのみ。そして後は、上っては下りてを繰り替えすばかり―――

 

 

 

 

 

 

「黒乃、他にどこか見ておきたい場所はあるか?」

(ううん、特には。けど、どうしたの?)

「着いて来てくれたら解かるって」

 

 観覧車をようやく降りたわけだが、イッチーの口ぶりではまるで今のが最後とでもいいたげだ。夜のテーマパークといえばパレードとか花火も定番だし、まだまだこれからだと思うんだけど。不思議に感じていることを伝えるべく首を傾げてみると、イッチーは私の言葉をはぐらかしつつ手を引いていく。

 

 向かっている方向からするに明らかに入口の方だよね。まさかもう帰るっていうことはないだろう。意味も解からぬまま結局ゲートをくぐり2人して外へ。近場の道端で立ち止まると同時に、車のエンジン音が響くではないか。そちらへ目を凝らすと見えて来たのは―――リムジンってやつ?

 

「よぅ坊主、待たせたか?」

「いや、俺たちも今来たところです」

「そうかい、そいつは良かった―――って、なにが悲しくて男とんなやりとりしなきゃなんねぇんだ……」

 

 謎のリムジンが私たちの目の前に路肩駐車したかと思えば、助手席の窓から顔を出したのはオジサンだった。その様相はまさに会社社長と呼ぶにふさわしく、いつもより高級そうなスーツに身を包んでいる。どうやらこうして迎えに来る予定ではあったみたいだが、イッチーが話していたというのはこれのことね……。

 

 オジサンは親切心で問いかけたのだろうけど、イッチーの返しはまるで初デートの男女が交わしそうな言葉そのもの。本当のことだから仕方ないと思いつつ、オジサンは微妙な顔つきをしながら早く乗りなと促す。まだよく状況はつかめてないながら、イッチーのエスコートを受けつつリムジンへ乗車した。

 

「……あの、頼んどいてなんなんですけど―――」

「なにもここまでってか? 気にしなさんな、使えるコネは使っちまえ。オジサンらにお2人さんの頼みを断る権利もねぇしな」

 

 縦に広がった座席が落ち着かないのか、イッチーは乗り込むなり恐縮したような様子でオジサンに進言して見せる。それは心配も混じっているようだが、テーマパークを貸し切れる財力の持主なのだから問題はなさそうだ。実際のとこ、オジサンもいつもの飄々とした態度だし。

 

(でさ、どこに行こうというのかね)

「ん? あぁ……えーっと、ほら、モデルした時の報酬でディナー券を貰ったろ。けどほら、な? ……期限切れっつーか……」

(あ~……)

 

 いい加減に真相を話してと見つめてみると、イッチーは思い出したかのように経緯を話し始めた。で、出てきた話題はモデルをやった時までさかのぼるらしい。原作よろしく報酬にディナー券を渡されたわけですが、イッチーは非常にいい辛そうに期限切れだと―――

 

 ……またしても私が自爆したことが影響しているらしい。そうだよね、高級ディナー券なんてそう長い有効期限じゃないよね……。その間に何組の予約が入ってんのって話になるもの。いや、ホントあ~……だよ、あ~……としかいいようがないでござんす。

 

「したら坊主がオジサンに相談してきたわけよ。どっかいい場所知らないかってな」

「まさか全部世話してくれるとは思ってなかったんですけどね……」

「ガキは気にせず奢られとけ! ただ、いつかお前さんも自分の力で連れてってやれるようになんねぇとな」

 

 ふむ、つまりはオジサンの奢りで高級ディナーってことかな。流れがいきなり過ぎで戸惑ったが、そういうことなら話は早い。イッチーもクリスマスってことでいろいろと考えておいてくれたんだなぁ。……だとすると私のプレゼントしょぼくねぇ? ベタに手編みのマフラーなんだが。

 

 ……もういっそ身体にリボン巻いて―――プレゼントはぁ~……ワ・タ・シ(はぁと)……とかやってみる? いや、一線を越えた関係にあるんだから有難味がないか。つか、無表情なんだから可愛くできねぇっての。そんな感じで悶々と考えに耽っていると、どうやら目的地に着いたらしい。車から降りてみるとそこには―――

 

「親父さんの会社と同じくらい……?」

「まぁそんなモンだろ、ホテルなんだし」

(つ、つまりホテルの最上階にあるタイプのレストラン!?)

 

 オジサンは見栄を張る性質に見えるが、この落ち着きようなら予算は潤沢ってことね……。そういや近江重工全体の年収ってどのくらいなんだろ? もはや目眩がするほど0が着くイメージしか湧いてこないが、1度でいいから通帳に目を通してみたい気分になる。

 

「そいじゃ行くか。ドレスコードが絶対なんで先に着替えな。坊主はオジサンに着いてこい。お嬢ちゃん、悪いが鶫は不在なんでスタッフには話しつけてある。優秀なのは保証するんで安心しな」

 

 ドレスコード……そりゃそうだよね。まずここら付近の男女はみんなスーツやドレスに身を包んでいるもの。もはや私服で近づくことすらおこがましく感じる。だからここの貸し出しの衣装でってことなんだろうけど、鶫さんが不在か……。まぁお子さん居るんだし、流石にクリスマスは家族の元だろう。

 

 そういうことで、オジサンが話を通してあるらしいスタッフさんの後ろを着いて行く。やはり接客業ということもあってか、所作でいうなら鶫さんにも引けを取らない。そして終始丁寧な対応をされつつ連れて来られたのは、沢山のドレスが並ぶ衣装室のようだ。

 

「どうなさいますか? よろしければこちらがチョイス致しますが……」

(あ~……え~……着るのだけ手伝って貰えれば大丈夫です)

 

 せっかくイッチーとディナーだっていうのに人が選んだものを着るのもなという感じだったので、身振り手振りでなんとか着るのだけを手伝ってほしいというのを伝える。するとスタッフのお姉さんは、畏まりましたと会釈しながら距離を置いた。

 

 ふむ……それならこの数あるドレスの中からどれを選ぼうか。まず決めるべきは色なんだろうけど、これは簡単な問題である。ズバリ白、それ以外ありえないというほどにだ。なんていうか、うん……イッチーのパーソナルカラーが白だから、なるべく彼の色に染まるようにしていたくて……。

 

 な、なに恥ずかしいこといってんだろ! ハイ次、次! え~っと、ドレスのタイプかな……。我ながらスタイルいいんだし、やっぱ肩とか背中とか出したいよね。ならこのAラインドレスあたりが妥当かな。まぁ同じタイプのドレスでもデザインが細分化されてて難しいんだけどね……。

 

(あの~……さっき着るだけっていいましたけど、少しアドバイスを……)

「はい、喜んでお手伝いさせていただきます」

 

 何着か気になったものを両手に取って掲げてみると、迷っているのだとしっかり伝わった。スタッフさんの手を借りて熟考することしばらく、腰から下くらいがバラの花びらをモチーフにしたらしいドレスで決まった。サイズも問題なく、着るのには手間取ったがきついなんてことはなさそう。

 

 ドレスに合わせた高めのヒールに履き替えれば、後はメークといったところか。ちー姉にプレゼントされた奴、いつも持ち歩くようにしておいてよかったな。フフフ……私もしっかり勉強して、それなりに上手なお化粧ができるようになりましたとも!

 

 基本的にメイクそのものはナチュラルだが、けっこう加減が大事で難しいんだよね……っと。リップもチークも薄いピンク色のものを用いて、ほとんどしていないくらいが黒乃ちゃんフェイスには適量だという研究結果が出ている。だが、今日はドレス負けしないように気持ち厚めでもいいのかも。

 

「よろしければ、メーク中に髪のセットを致しますが」

(あっ、それはお願いします!)

 

 私がメーク中はスタッフさんも暇だろうし、一石二鳥ってやつだ。私はスタッフさんの申し出に頷くと、その間メークの方に集中。やがて私の手が止まると同時に、向こうの方も仕上げに取り掛かり始めたようだ。ほほう、これは……某実は女でしたパターンで性転換した青い騎士王と同じ結い方ですな?

 

「お待たせいたしました」

(はい、ありがとうございました! よ~し、イッチーも待ってるだろうし少し急がないと)

 

 私の支度は黒乃ちゃんのスペックが高いおかげで比較的短く済むが、それでも諸男性の皆様に比べたら随分と長丁場なもんだ。ヒールで歩きにくいことを考慮し、転倒しない程度に急ぎながら歩を進める。そしてロビーまでたどり着くと、そこで待ち受けていたのはフォーマルスーツに身を包んだイッチーだった。

 

「……………………」

(……あの、できれば感想とかを言ってくれないと不安になるんだけど……)

「っ……!? わ、悪い、あんまり綺麗なもんだから本気で見とれてた……。綺麗だぞ黒乃。いや、ホントに綺麗だな……。ごめん、悪いがそれしか感想が浮かばない。……そのくらい綺麗だ」

(あ、ありがとう! その、イッチーもかっこいいよ)

 

 じ、自分で言うのはなんなんだけど、イッチーは私の姿があまりにも綺麗でしばらくフリーズしていたみたいだ。正気を取り戻した途端に、まるで感心しているみたいに様々な角度から私を眺める。出てくる感想は全て綺麗で統一され、思わず小躍りしてしまいそうだ。

 

(……あれ、オジサンは?)

「ああ、親父さんならトンボ帰りでテーマパークだってよ。後は若いモンでともいってたな」

 

 イッチー1人しか居ないのでキョロキョロしていると、どうやら私がいいたいことは伝わったらしい。そっか、トンボ帰りか、なんだか手間を取らせてしまったな。でも、貸し切りまでして頭が不在なのは確かに体裁を欠くだろう。単に私たちに気を遣ったっていうのもありそうだけど。

 

「俺たちはとにかくお言葉に甘えよう。しっかり勉強もさせてもらえたしな。……ほら」

(フフッ、それじゃあエスコートお願いします)

 

 イッチーは私にただ腕を差し出すのではなく、肘を曲げて角度をつけるような感じを意識しているようだ。えっと、だから私も腕に抱き着くんじゃなくて、添えるように……だよね。気持ち優雅な姿勢を意識しイッチーのエスコトーへ身を委ねると、私のペースに合わせるかのようにして歩き始めた。

 

 そして導かれるままエレベーターへ。高層ビルだというのにエレベーターはグングンと昇り、あっという間に最上階だ。少し進むと展望レストランの入り口らしきものが構えており、傍らには壮年の男性が待っていた。聞けばマネージャーさんらしく、御贔屓にしてくれるオジサンの依頼で世話を任されたそうな。

 

 いや、レストランでいうマネージャーって確かホールの責任者とかだったよね? こんな小童と小娘の相手にそんな……。とは思うけど、それが仕事なんだしご厚意に甘えるとしよう。どうやら通してくれるのは個室らしく、マネージャーさんの誘導に従いレストランへ足を踏み入れた。

 

 通された個室とやらは想像とは違い、あまりにも広々としていた。壁の一部が全面ガラス張りになっており、円卓は夜景を眺めながら食事ができるポジショニングになっているらしい。先ほども夜景を眺めてきたばかりだが、こちらはより都市に近いためか眩しさは勝っているだろう。

 

「えっと、テーブルマナーとかって―――」

「その辺りはお気になさらず、そのための個室です。細かいことは忘れて、当店のお料理に舌鼓を打っていただければと」

 

 フォークやナイフを外側から使っていく、くらいは存じている。しかし、食事1つ1つに正しい食べ進め方というのがあるらしい。イッチーのいっているのはその辺りなのだろうが、マネージャーさんはにこやかに寛大な言葉をくれる。とはいえ、あまり下手なことはできないのは変わらなさそうだけど……。

 

 マネージャーさんはそれでは調理に取り掛かりますのでといい残してから個室を後にした。コースとか運ばれてくる料理とかも、オジサンが考えてくれているのだろう。至れり尽くせりの状況に居心地が悪いのは私たちで共通のなのか、イッチーは苦笑いをこちらに向けた。

 

「まぁ、なんとかなるだろ」

(だといいんだけどね……)

 

 イッチーの言葉がアテにならないとはいわないが、こういう時に限ってなにかやらかしがちな気がする。大半のことは笑って許してくれるというのは解かっていても、それを上回るようななにかをやっちまうのではないかと心配だ。

 

 ただ心配ばかりしていても始まらない。イッチーの方も緊張を解す意味を込めてなのか、積極的に話を振ってくれた。相変わらず肯定か否定かくらいしか出来ないけど、それでも気分が紛れることだけは確かだと思う。そうこうしている内に、前菜が運ばれてきたようだ。

 

 説明を聞くに、このレストランそのもののジャンルは創作料理に部類されるらしい。料理長は様々な国で修業を積み、各国の料理を日本人の口に合うように改良した独自のもの……だそうな。食材もほとんどが各国で最高峰のものを仕入れているんだってさ。

 

 流石はオジサンのようなセレブ御用達なだけあって、味に関してはいうまでもなく絶品。この後もスープ、魚料理と進んで行くが、いちいち2人してオーバーリアクションせずにはいられない程だ。まぁ、そこは抑え気味のオーバーリアクションだと解釈してほしい。

 

 まさに至福のひと時と表現するにふさわしい食事は終わりを告げ、最後に運ばれてきたコーヒーを口にしながら腹を休めるという名目で談笑にふけった。もちろんのこと話題のほとんどは料理に対してで、比較的に料理へ関心のある私たちは話題が尽きない。

 

「料理は上手な方だと思ってたけど、やっぱ職業にしてる人は別格だな」

(残念ながら、足元にも及ばないってやつだね~……)

「みた事も無い食材もいっぱいでさ。……亀ってどう捌くんだろうな……」

 

 スープとして出てきたのはウミガメのスープだったわけだが、イッチーはなにやら割と真剣に亀の捌き方について考察しているようだ。亀はペットっていう概念が強いから微妙な気持ちにはなるが、確かに包丁を持つ身としては気になるかも知れないな……。そもそも包丁は通るのだろうか?

 

「とにかく、いい思い出にはなったよな。けどやっぱ、どんな美味い料理を食べたって―――」

(イッチー……?)

「俺には黒乃の手料理が1番だけどな」

 

 イッチーが指を絡めるようにして私の手を取ったかと思えば、なんの恥ずかし気もなく嬉しさが爆発してしまいそうな言葉を放った。私がイッチーの1番……。固執なんかするまでもなく、イッチーがそう思っていてくれることは解かっている。解かってはいるけど、えへへへへ……内心で顔がニヤけるのを止められない。

 

『失礼してもよろしいでしょうか』

「はい、どうぞ」

「失礼します。お部屋のご用意が整いました。よろしければすぐにご案内しますが、いかがいたしますか?」

 

 個室の扉をノックする音が聞こえたかと思えば、入ってきたのはボーイさんらしき人物だった。はて、部屋の用意とはなんぞや? イッチーの方に視線をやってみると、心当たりでもあるのか歯をみせるような笑顔を返された。そして椅子から立ち上がり、私の方も立たせると―――

 

「すぐにお願いします」

「かしこまりました。それではこちらへどうぞ」

「黒乃、足元に気を付けてくれ」

(そ、それはいいけどいったいどこへ……?)

 

 イッチーは目的地に着くまで皆までいわないつもりなのか、少し強引さが垣間見える。もはや大人しく従うしかないと感じたので、とにかくイッチーのエスコートに導かれてみる。するとボーイさんが通してくれたのは、どうやらホテルのスウィートルームかなにからしい。

 

「食事したら時間も遅くなるだろうし、一泊していけって親父さんが用意してくれたみたいなんだ」

(へぇ~……そりゃまた。じゃあ、後で私服を持って来てもらわないとね)

 

 部屋の内装はゴージャスっていうよりはシックな感じで落ち着くな。壁は大理石、ベッドは広いし、他の家具も高級感あふれる様相だ。滅多に見れるものではないだろうし、キョロキョロとあちらこちらを物色していると、私の脇を通るようにして腕が滑り込んできた。

 

「黒乃、焦らす必要はないよな?」

(えっ……? いや、あの―――)

「どうした? まさか想定してなかったとは言わせないぞ」

 

 イッチーは首元のネクタイを緩めながら、肩越しに悪戯っぽい表情を私に向ける。つまりはそういうことである、察しろ。ちなみに皆さん、世界的に見ても9月生まれは多いそうです。つまりはそういうことである、察しろ。正確にいえば9月15日あたりから下旬にかけてだそうな。

 

 別にもう私を孕ませてやろうという魂胆ではなさそうだが、けど、その、つまり……純粋にする気満々みたい。部屋に入った途端に見て見ぬフリをしていたのはあるし、期待していたのはある。けど心の準備よりも前に、もっと別のところが準備できてないわけで―――

 

「……歯磨き」

「いらない」

「……シャワー」

「それもいらない」

 

 女の子としてはせめてケアくらいさせてほしいと頼んでみるも、どちらもイッチーに即刻却下されてしまった。後者に至っては私の首筋に吸い付きながら積極的に匂いを嗅いでいるらしく、うるさく感じるくらいの鼻息が耳元に響いた。

 

 くっ、そういう恥ずかしいのをされて私が黙っていられると思ったかい? ……主に嬉しい方で! って、しっかりしなされ、求められたら従うのが私の心情だがこのままでは些か―――い、些か……我慢できるかーい! イッチー、ちゅーして? ちゅーしよ!

 

 背中から抱き着かれた状態を無理矢理にでも解除し、私はイッチーの腕の中に飛び込んだ。そしてひたすらイッチーの瞳を見つめ続け、私が欲しているものを伝えてみる。するとイッチーは私の顎に手を添え、少し上向きに角度がつくように上げさせた。

 

 そこで目を閉じれば後はお待ちかね、イッチーと私の唇が重なる。舌と舌が重なる。唾液と唾液が混じり合う。スウィートルームのシックな雰囲気はムーディーなものに色を変え、それにやられたのか情熱的なキスに腰砕けになってしまった。

 

 すると、イッチーはすかさず私を姫抱きで持ち上げる。もちろんだがキスは継続させつつで、私をベッドに運んでいるのだと否応なしに思い知らされてしまう。やがて私はスプリングの弾む感覚を背に受け、それを合図にするかのようにして結い上げていた髪をほどいた。

 

「黒乃と恋人になって迎える初めてのクリスマス、特別なものにしようってずっと思ってた」

(あなた……)

「忘れられない夜にしてやるからな」

(……はい)

 

 さっきもいったけど期待してなかったわけじゃないし、むしろ心のどこかでこうなることを望んでいた。常に私が求めるのは、イッチーが私を求めてくれることだけだ。特別という言葉の重み、口にしている本人はそう感じてないだろう。

 

 世界で私のみがイッチーの特別。ああ、なんて甘美な響きだろう。それさえあればなにもいらない。どんなものだろうと人だろうと、イッチーに勝る存在なんてなに1つ存在しない。そんな人が、私と特別な思い出を刻もうとしてくれている。

 

 あぁ、考えれば考えるほど狂ってしまいそうだ。幸福というプラスに働く感情で、頭がどうにかなってしまいそうだ。もはや恥じらいや躊躇いなど消え失せ、脳内の渦巻くのは早く私を奪ってという想いのみ。その瞬間を切望していると、イッチーの手は私の股まで伸びてきて―――

 

 

 




(勘違い要素とか特に)ないです。

ちなみに白い薔薇モチーフのドレスですが、白薔薇の花言葉に「私はあなたにふさわしい」という意味もあるらしいので採用しました。
だからなんだって聞かれたら、別になにがあるわけでもないんですけど。


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第119話 足跡を辿って

最終章ということで、過去のおさらいのような回です。
プラスしてフラグ建てもですかね……。


「なぁ黒乃、ここっていつもこんななのか?」

(うん、だいたいはね。早いとこ慣れた方がいいと思うよ)

「そう……アンタも苦労したのね」

 

 今日は地下施設の整備室のような場所に集合をかけられたのだが、そこでは研究員さんたちやメカニックさんたちがギャーギャーと騒ぎ立てていた。その内容は様々で、喧嘩腰だったり、逆に同意見で盛り上がっているようにみえる。

 

 私にとっては慣れた光景なのだけれど、近江重工と関わりのないみんなは少し引き気味だ。むしろ私の苦労でも垣間見たのか、同情にも似た視線を向けられてしまう。確かにいろいろと無茶振りをされた覚えはあるけれど、アイツも居ないしマシなもんさ。

 

「よう、お前さんら」

「おじ様……。おはようごさいます……」

「ああ、お早うさん。どうだ、今日は楽しみだったんじゃないか?」

 

 私たちが入り口付近で呆然としていると、先に到着していたらしいオジサンが声をかけてきた。かんちゃんの挨拶を合図にするかのようにして、私たちも揃ってご挨拶。向こうも返事をそれなりに、オジサンはアゴヒゲを触りながら少し頬を緩ませそう口にする。それに対して―――

 

「正直、不安が大きいですわ」

「このありさまを見て、申し訳ないですけど僕も……」

「そういう感情を抱けない方がどうかしている」

「お姉さんも全面的に賛成~!」

 

 オジサンの楽しみだったのではないかという問いに、候補生&国家代表はそれを全面否定。発言はしなかった鈴ちゃんとかんちゃんも同意見なのか、黙って何度も首を頷かせるばかり。それに対してオジサンは、こりゃ手厳しいねぇと全く心にもない様子で答える。

 

 まぁなにかって、この間のクリスマスのことも関係していたりする。なんであの日が休みだったかって、そもそも大半のメンバーがISを所持していなかった。じゃあそれがなんでかって、みんなは機体を近江重工に預けていたからだ。

 

 来たるべき決戦へ向け、様々な部分において近江重工仕様へ改造するためである。近江重工は、主にISの内部部品に関わるリーディングカンパニーだ。世界シェアは高いものの、自社製品を自社の研究員が扱った方がよりよいに決まっている。

 

 そもそも決戦の際には誰の目に触れるかもわからないのに、各国が生み出した専用機を勝手に改造しましたよなんて知れたら普通に国際問題だし。そのあたりを考慮して、見た目だけでは判断できない内部に関してのチューンナップ限定ということに留めたのだろう。

 

 というか、そもそも中身を拝見するだけで各専用機の開発チームからしたらマジギレものだろう。まぁデータの記録もしないし、すべてが終わったら元通り綺麗に改造し直しますみたいな契約書も書いてたし大丈夫でしょう。そもそも世界を救ったら許されちゃう? ……とかいう安易な発想はしない方が吉か。

 

「……って、そうそう。坊主、箒ちゃん。お前さんらの機体だが、申し訳ないが手を加えられなかった」

「それは何故です?」

 

 思い出したようにそういうけど、それってけっこう大事なことなんじゃないんですかねぇ。オジサン曰く、束さん製のISは造りが難解すぎて手出し不能だったそうな。下手に触って故障でもしてしまえば一巻の終わりだし、中止の命令を出した人は賢かったろう。

 

「元より私たちに責める道理もありません。今のスペックで切り抜けてみせます」

「文句言う筋合いじゃないってのは同意見っす」

「そうか、ならウチの連中も救われるってもんだ」

 

 あらやだモッピーってば男前……。いや、昔からこんな感じの子だったか。まぁ、この場に居る全員が同じような言葉を返していたことだろう。これにはオジサンも有難そうな表情を隠しきることができないのか、研究員さんたちをチラリとみる視線は優しさが込められているのがよく解かる。

 

「よし、そんじゃ今日から試運転ってことで。恐らく違和感を覚える部分もあるだろうから、なにかあったら少しでも意見をいってくれ。そんじゃ、この間のアリーナもどきに集合な」

 

 決戦の日も徐々に迫ってきているということで、そう機体の操作感覚に時間を取られている場合でもない。かといって、ここを妥協しているようでは勝てないだろう。それこそ束さんがいっていたが、コンディションは万全に整えなくては。

 

 オジサンの指示を受けた私たちは、ぞろぞろと地下アリーナを目指した。私、イッチー、モッピーは手伝い程度で、他のみんながチューンナップされた専用機をいち早く慣れるようにサポートせねば。私にできることは……なんだろ? 逃げ回って追いかけられるか、はたまたその逆かな……。

 

 まぁ、その都度みんなの方からなにか頼んでくれるだろう。だって私だし、伝わらないし。ハッハ、やっぱり時々だけどいってて悲しくなってくるぜ。だから反動でイッチーがいろいろ察してくれるのが嬉しくて堪らないのかもねー。

 

 って、惚気てる場合でもないな。意識を集中させると、専用機を預けていたみんなは既にそれぞれの待機形態へ戻していた。目の前を6人が通過していったのを確認すると、その後を着いて歩くようにして歩を進める。更に私の後ろをイッチーとモッピーが歩くような陣形になり、みんなしてアリーナもどきを目指す。

 

 

 

 

 

 

「機体の調子よ過ぎるんだけど!」

「わたくしも同感ですわ! ただ――――」

「よ……よすぎて……感覚が変……」

「そうか? あまり違和感はないが」

 

 はーん、この反応をみるに、やっぱり近江重工ってアイツ抜きでも精鋭ぞろいなんだ。アイツが1人頭抜きんでてるせいで目立たないんだろうけど、確かに試運転中の動きは外野から見てもいいように感じる。ただ、それが全てというわけでもなく、本人たちが感じているようにぎこちなさも見受けられる。

 

 というより、性格によるところも大きいのかも知れないな。いわゆる右脳タイプ、左脳タイプというふうに分類されるアレだ。鈴ちゃんとラウラたんなんかはずっと調子よさそうだし、逆にセシリーとかんちゃんはやり辛そう。残りの2人はまぁなんというか、どちらにも当てはまらないというか――――

 

「パーツによって、僕のリヴァイヴでもこんな動きができるんだ!」

「今なら黒乃ちゃんにも捕まらない気がしてくるわね!」

 

 シャルとたっちゃんは特に調子がいいようにみえる。この2人はあれだね、天才型とでも表現するのがピッタリだ。何気にシャルも瞬時加速をやってみたらできたみたいなことはいってたもの。たっちゃんはいわずもがなというか、そのせいでかんちゃんとの確執が出来ちゃってたんだし……。

 

「なんだかみんな、楽しそうだ―――なっ!」

「性能の向上を実感できるのは楽しいのでは―――ないかっ!」

 

 結局のとこ、原初の幼馴染組は暇してるわけでして。かといってなにも練習しないのは時間が勿体ないということで、今は私の訓練に着きあって貰っている。イッチーとモッピーに左右から同時に近接攻撃を仕掛けてもらい、私はそれを疾雷と迅雷で防ぎ続けるというもの。

 

 単純に反射神経を鍛えたいというか、接近された際の防御をもっとどうにかしたいというか……。逃げるのは簡単なんだけど、あまり無遠慮にQIBやOIBを使うとすーぐガス欠だからなぁ。とりあえず今のところはちょうどいいけど、まぁ2人ともかなり手加減してくれてるっぽい―――

 

「……タンマ、ちょっと待て黒乃」

(あ、うん、どうぞどうぞ)

『なぁ箒、お前どのくらい本気でやってる?』

『私は全力のつもりだ。しかし、一太刀も当てさせて貰えん』

『だよなぁ。俺も一応は本気でやってんだが。ってなると、この訓練は意味あるのか?』

 

 火花を散らして疾雷と雪片がぶつかったところで、イッチーはいったん手を止めて待ったをかけてくる。付き合わせているのだから休憩くらいは自由にどうぞ、という意味で首を頷かせた。するとイッチーとモッピーは、なにやら秘匿通信で会話を始めたみたいだ。

 

 これは別に心配する間でもなく、前後の流れからして作戦会議かなにかだろう。そこまでして私に当てたいのかとは思うけど、それだけ真剣に協力してくれている証拠だろう。うんうん、持つべきものは愛する人と幼馴染だよね。

 

「箒ーっ! 悪いんだけど絢爛舞踏お願いしていいーっ?!」

「まったく、人を便利な充電器みたく扱いおって。済まない2人とも、少し行ってくる」

 

 難航しているらしい作戦会議の終わりを待ち受けていると、遠くの方で鈴ちゃんがブンブン手を振ってモッピーを呼び寄せた。どうやらマドカちゃんに電池呼ばわりされたのを気にしているらしく、ぶつくさ呟きながらゆっくり候補生&国家代表の元へ向かっていった。

 

 モッピーも自分がエネルギーを増幅させた方が早いことは解かっているのだろうし、誰かが変に煽って小競り合いにならなければいいけど。なんなら止めることも視野に入れて観察を続けようと思ったのだが、こちらはこちらで呼ぶ声が響くではないか。

 

「嬢ちゃん、少し顔を貸してくれ。全然関係ねぇんだが、別件の用事を思い出した」

(それはいいんですけど、別件ってのをハッキリさせてほしいな)

「……お前さんの遭った事故について進捗だ」

 

 私を呼ぶ声はオジサンのもので、聞けば黒乃ちゃんとそのご両親が遭遇した事故について新たな情報が浮かんだようだ。アイツが離脱した後も調査の方をオジサンが引き継ぎ、定期的に調べておいてくれたらしい。なるほど、なら聞かないわけにもいかないね。

 

「すみません、それってなんの話なんですか?」

「ん? 嬢ちゃんから聞いて――――はないよな、言いたくてもいえねぇんだから」

 

 どうやら私とオジサンのやりとりが理解できないらしく、イッチーは少し顔色を悪くしながら問いかけた。イッチーにとっても黒乃ちゃんのご両親は親だったみたいだから、本当は話してあげたかったのだけれど……。ご存知の通り私にそれは不可能だから、手の打ちようがなかったっていうのが正直なところ。

 

「よし、おさらいも含めて坊主にも1から話すことにしよう。ただし、お前さんの両親の死についてのことだぞ。本当に大丈夫なんだろうな?」

「だったらなおさら知らなきゃならない」

「だろうな……。なら場所を変えるぞ。恰好は……まぁそのままで構わん」

 

 イッチーがこの話に加わるには、あまりにも情報量が少なすぎる。しかし、イッチーには知る権利も知る覚悟もあるようだ。その顔から本気度を悟ったのか、オジサンがそれ以上の問いをすることはない。ただ不安はあるらしく、私の手を取るイッチーの手はいつもより冷たく感じられた。

 

 そしてオジサンに連れてこられたのは、以前にもボードゲーム大会にて利用した会議室にも似た部屋だった。適当な椅子に腰かけると、まずはイッチーへの説明からということに。流石に忘れたということはないが、私もおさらいということでしっかり聞いておくとしよう。

 

 黒乃ちゃんとご両親の遭った事故に違和感を覚えたらしいアイツが調査を始めたのが事の起こりだ。なんでも、私を助けた何者かがいるだとか。その何者かの正体や目的は一切が不明で、解かることといえばソイツが事故を発生させた張本人ではないということのみ。

 

「黒乃を助けた……はずなのに目撃証言がない? 本当に犯人では―――」

「ないな。お嬢ちゃんだけ生かしておく理由はねぇ」

「……随分と言い切りますね」

「オジサンだったら殺しとく」

 

 目撃証言がないせいでなんともいえないが、イッチーのような感想を抱くのは節理。私だって似た感想だ。助けてもらっておいてなんだが、なぜご両親は救えなかったのだろう。そのあたりは、オジサンの言葉が逆説的に作用するかも知れない。

 

 確かに、ご両親を殺害するのが目的なら黒乃ちゃんを生かすメリットは全くない。あまりにもそうハッキリというオジサンの目は、なんというか……笑ってなかった。この人は最善手を取るのならどんなことでもするタイプなのだろう。なんだ、やっぱり似た者親子じゃないか。

 

「んで、それよか進捗ってのは……まぁ、こっちもあんま役に立つような情報じゃねぇんだが。この車両炎上に伴って搔き消されたブレーキ痕についてだ」

 

 そうそう、爆発炎上した車のすぐ傍らにブレーキ痕らしきものがあったらしい。しかし、それは燃える炎がアスファルトを焼くことによって搔き消されてしまったみたいなんだよね。これが何者かに繋がる唯一の手掛かりともいっていいと思うんだけど……。

 

「どうにもこのブレーキ痕な、タイヤや車輪の類じゃないらしい」

「えっと、つまり?」

「なにかしら金属類である可能性が高いってのを導き出すので限界だな」

 

 アイツがこれをどこまで再現した画像かは知らないが、確かにタイヤだったりするなら溝の部分とかが見たら解かるはず。確かにこの写真では端から端まで黒いブレーキ痕になっているが、金属類っていったいなんだろ。2本の間がほぼ等間隔だし、なにかの乗り物であることは間違いなさそうなんだけど。

 

「この痕についてもう1ついえることは、よく見たら形が不自然ってところかね」

(不自然……? あ、ホントだ……確かに始点と終点に鋭角がみえるや)

 

 そういわれてよーく目を凝らして観察してみると、確かに始点と終点が尖っているようにみえる。具体的に言えば、始点となる部分は全体が1つの三角に。終点となる部分は3つの三角形が飛び出ているのが確認できる。しかし、やはりこれも手掛かりになるようなものでは―――

 

「……? この感じ、どこかで見たことあるような……」

「坊主もか? 実はオジサンもなんだよねぇ」

 

 えぇ……ホンマでっか、つまりなにも感じていないのは私だけということになりますが。な、なんでこんな痕に見覚えがあるんだろう。男2人してう~んと考え込んでいるので、とりあえずは私もポーズだけはとっておく。ホ、ホントになんで見た覚えが―――

 

「そのうち思い出すかも知れねぇから頭の片隅に置いとくとしてだ。も1つ解かったことな。相変わらず役には立たない可能性が高けぇけどよ」

「……父さんの車のドア部分ですね」

 

 オジサンが差し出した写真には、真っ黒焦げになった車が映し出されていた。話の流れからしてお父さんの車と察したらしいイッチーは、少しばかり渋い表情をみせる。……車が燃える前に亡くなっていたの、救いなのかも知れないな……。

 

「火災のせいで部品が溶けちまって解かりづらかったが、やっぱいっぺんこじ開けられてるみたいだぜ」

 

 確かこれについてもアイツが言ってたな。お父さんの車のドアは、誰でも私を助けることができるように開けられておいた可能性が高いって。その後オジサンが引きついだ調査にて、それは確定したということか……。なんでこじ開けるだけにとどめておいたのだろう。

 

 それが正体不明なのと関連性があるのは解かるが、助けたことそのものすら悟られたくないとなるとよっぽどだな。逆に、そうまでするなら私が目撃でもしたらどうするつもりだったのだろう。でも別に事故を引き起こしたのはアンノウンじゃないわけで、う~ん……。

 

「……あのバカならなんか気づいてんのかも知んねぇが―――」

「「…………」」

「おっと、済まない……。今のは忘れてくれ」

 

 こう手詰まりだと、あんなヤツの力でも借りたいもんだ。しかし、オジサンの呟きは幾分か地雷だった。正直なとこ、裏切った人のこととかどうでもいいし私は平気なんだけどさ。どちらかというなら、私が心配しているのはイッチーの方。

 

 あまり私のことで怒って欲しくはないけど、イッチーは未だにアイツに対しての殺意を抱いているようだ。宥める必要はなさそうだけど、ギリギリと歯を食いしばってなにかに耐えているのが良く解かる。オジサンもそんなつもりじゃなかったんだろうけど、珍しく素直な謝罪をみせた。

 

「ま、進捗っつってもこんなもんだ。亀の歩みにも劣るが、解かったことは全部知らせてやっからよ」

(足踏みしてるよか全然マシだよ)

「そいじゃ、オジサンは上へ戻るぜ。訓練、頑張ってな」

 

 車のドアが破壊されていたのなら、私を助けたアンノウンが存在していることは確定した。それが解かっただけでも進歩だと思うし、オジサンがそう悪びれることじゃないと思う。むしろお礼を言わなきゃならないくらいで、足早に去っていく前にキチンとお辞儀をしておいた。

 

「……いったい何者なんだろうな、黒乃を助けてくれた誰かって」

(うん、本当にね。まず人間かどうかが怪しいような気もするけど……)

「会って礼がいいたいもんだな。もちろん、目的にもよるんだが」

 

 イッチーは礼を言わねばという発言の後に、思い出したかのように目的にもよると付け加えた。確かに、ロクでもない目的の為に私を生かしたってんならぶっ飛ばさなきゃ。でも普通に、単に、私を助けたというのなら、うん……間違いなくお礼を言わないと。

 

 今この瞬間に至るまで、苦しい事や辛い事が沢山あった。けど、それも含めて今の私だと思う。今の私だからこそ、イッチーに好きになって貰えたんだと思う。今の私があるのはそのアンノウンのおかげでもあるのだから、お礼くらいは言わせてほしい。本当、何者なんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

「…………刹那……?」

「たっくん、刹那がどうかしたの?」

「いえいえなんでもありませんよ。ただの独り言ですから」

「そ、なにかあるけどいえないんだね~。釣れないね~くーちゃん」

「構ってもらえないからといって私にじゃれつかないで下さ―――ちょっ、どこを触って……!」

 

 束さんの元に来てからも暇をみつけて過去の事故について調査はしていた。そんな中、とある再現写真を眺めていると、呟くような声で刹那と発音してしまう。人、自然が奏でるのに限らず、ありとあらゆる雑音が排除されたこの根城では、普通に周囲の人物に聞こえてしまったようだ。

 

 ISのこととなると聞いておかないわけにはいかないのか、束さんは間髪入れずに聞き返してくる。しかし、自分で建てた仮設ながらあまりにも突拍子がない。こんな根拠も現実味もない仮説を束さんには聞かせるまでもなく、適当に誤魔化したが彼女はそれが不服らしい。

 

 僕に適当な対応を取られたと判断したのか、作業の手を止めてクロエの方へ一直線。フラストレーション発散の矛先が向いてしまったのは申し訳ないが、これも母子の戯れだと思って耐えてもらうことにしておこう。後で2人にはそれぞれ謝っておくとして―――

 

(さて、このブレーキ痕が刹那のものである可能性がある件についてはどうしようか……)

 

 黒乃ちゃんの遭遇した事故は約10年前だ。そんな時期には刹那は愚かISすらこの世に存在しなかった、なんてことは当然ながら理解している。しかし、前から見覚えがあるなと思っていたこのブレーキ痕……似ているという言葉で片付けるのはあまりにも安直だ。

 

 思い立ったと同時に空間投影ディスプレイを起動させ、刹那に関する記録を漁ってみることに。しかし、残念ながらアスファルトや地面に刹那のブレーキ痕の映像ないし画像はなさそうだ。だとしたら、刹那の脚部裏の面積とかを洗い直して、速度の想定とかをして再現してみるしかないか。

 

 しかし、もし一致したとしたらそれはいったいなにを示しているのだろう。さっきもいったが、事故は約10年も前。なのに刹那がその時間、そこに居たという証拠になってしまうんだよねぇ。それは流石にあまりにも非科学というか、いくらなんでも信じ難い。

 

 それにもし刹那だったとして、パイロットは黒乃ちゃんなのだろうか。あまりにも現実的ではない考えだが、あの機体を扱えるのは後にも先にも黒乃ちゃんだけだ。でも前提からして理論として成立しない。でもブレーキ痕はほぼ間違いなく刹那のもので―――

 

(……結論を急ぎすぎか。とりあえず、検証するところから始めてみよう)

 

 僕としたことが、検証もしないうちにそう決めつけてしまうとは。なにはなくともまず検証、だね。まずはブレーキ痕が刹那のものであるという確証を得てから、それからもっと深く考えていくことにしよう。暫定的にそう方針を決めた僕は、戯れる2人を尻目に刹那のデータを洗いざらいピックアップしていくのであった。

 

 

 

 

 




黒乃→練習つったって、軽くね、軽く。
一夏&箒→本気でやってるのにまるで歯が立たないな……。

たぶん今は100%意味が解からないと思うので、深く考えないことをお勧めします。
恐らく真相解明はVSクロエ戦が終わってからになるでしょう。


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第120話 想うが故 想われるが故

今回もフラグ建てです。
実際に披露するのはクロエ戦ということで。


 近江重工地下施設に爆音が鳴り響いた。なにかが爆ぜたというのは容易に想像がつくが、あまりにも規模が大き過ぎる。それだけの威力を出せる存在があるとすれば黒乃だけであり、その予想に準ずるかのように原因は大当たりなのだが、今回の場合はなにも黒乃だけのせいとはいい難い。

 

 疑似アリーナを見れば、そこには大きく吹き飛ばされたであろう黒乃と一夏の姿が。中央に焦げたような黒ずみがあるということは、端まで軽く行ってしまうような威力だったらしい。2人とも無事ではあるようだが、すぐには立ち上がれないような状態のようだ。

 

「うっ、ぐっ……黒乃! 大丈夫か!?」

(な、なんとか……)

 

 心配して接近を試みる研究員たちの静止を振り切り、いち早く復帰した一夏は低空飛行で黒乃の元へ急いだ。そんな声を聞かされては反応せずにはいられず、黒乃は刹那の親指を立ててみせる。とはいえ一夏が辿り着くまでは立ち上がれなかったため、やせ我慢にみえるようだが。

 

「……最初から上手くいくなんて思ってはないけど、失敗のリスクがでかいな」

(そうだね……。最悪、機体が故障しちゃいそうだよ)

 

 一夏の発言からして、なにかの練習が失敗した結果が大爆発のようだ。となると、それがクロエに対する秘策である可能性が高い。だがそれは、練習するにしてもこのように危険を伴ってしまう。機体のほうは勿論だが、決戦前に怪我など負ってしまったら本末転倒だ。

 

 しかし、だからこそ完璧にしなければならないというのも間違いなさそうだ。秘策だというのに本番で上手くいかないならお話にならない。ただ、この有様からして日に1回までの練習が限度のようだ。とにかく今は、刹那と白式のケアを念頭に入れなくては。

 

「見解を聞かせてくれ」

「は、はぁ……。えっと、そうですね――――」

 

 撤収する黒乃たちをよそに、練習開始時から様子を見守っていた藤九郎がそう呟いた。なんだかいつもと異なり厳格な声色に聞こえたようで、研究員は一瞬だけたじろきながらもモニターに先ほどの映像を流し始める。その映像を元に研究員は―――

 

「技術的な問題というよりは、心理的な問題かも知れません」

「というと?」

「藤堂さんのエネルギー調整も、織斑くんの零落白夜の加減も改善点が見当たらないくらいなんです」

 

 2人が映るモニターには、赤黒い光と青白い光が共存していた。つまり、マドカ戦でみせた神翼招雷と零落白夜の合わせ技だろう。それこそ1回で成功させた2人が、同じことをして失敗することはないはず。だとすれば、より高度な技に挑戦しているに違いない。

 

 技術面で問題がないのを示すのは、モニターに表示されている数値。2人は言葉を交わすまでもなく、膨大なエネルギーが安定に達するよう互いの単一仕様能力を巧みに操る。しかし、一定時間が経過すると同時に数値は徐々に乱れてゆき、そして爆発。

 

「なるほどな、気ぃ遣い過ぎか」

「端的に言うならですけど」

 

 長時間にわたって神翼招雷のエネルギーを刹那の内部に留めておく、それが自爆に繋がるということは多くの人間に知れ渡った。それゆえ、一夏にはまだ不安があると推測される。数値の乱れはまず一夏が零落白夜の出力を上げたところから始まっているようだ。それに合わせるようにして、黒乃も調整ミスをしてしまう。

 

 一夏は黒乃を想い過ぎるがために零落白夜の出力を上げて、膨大なエネルギーを抑え込みにかかった。黒乃は一夏を想い過ぎるがために、相殺させぬよう気合が入り過ぎた。一夏の期待を裏切ってしまうとでも思ったのかも知れない。

 

 だが、失敗後のやりとりをみるに無自覚であると考えるのが自然。これには藤九郎も眉間に皺が寄るのを抑えられなかった。なにもガッカリしているということではなく、テコ入れをするにしても酷なことをしなければならないからだろう。

 

「悪モンになるのは構わねぇが、随分と荒療治になりそうだぜ」

「なにぶん時間が足りませんしね……。しかし、なにをなさるつもりで?」

「そのうち解かるさ。まぁ1つ言えんのは、嬢ちゃんらにとって地獄っつーことだな」

 

 言葉で指摘するのは簡単である。できるアドバイスはする藤九郎だが、両者の愛が要因ともなれば口出しもし辛いというもの。それゆえの荒療治ということらしいが、本人でもよくこんな酷なことが思いつくものだと辟易とするレベルのようだ。

 

 そして藤九郎は研究員に指示を出し、今日のところは本社にて己の仕事をしに向かった。そしてあくる日、藤九郎は2人を居住区角の外れあたりに呼び出す。2人はスペシャルメニューとしか聞かされていないため、今からなにが起こるかという不安がみてとれる。

 

「よう、来たな」

「呼ばれたら来ますけど、こんなとこでなにをするつもりなんです?」

(ってか、後ろのはなにさ? 飼育スペースとか牢屋にみえるんだけど……)

 

 呼び出された2人に待ち受けていたのは、藤九郎の背後にそびえる2つの居住空間。家具家電はひと通り揃っているようだし、しっかりと個人用の風呂やトイレもあるようだ。1つ気になることがあるとすれば、黒乃が述べたように外部から丸見えという部分だ。

 

 それはまさにSF作品でお目にかかるような牢屋のそれ。外から様子が確認できるという点ではほぼ間違っていなさそうだ。つまりここへ入れということなのだろうが、それのどのあたりが修行になるというのか。2人は半信半疑ながら、それぞれ部屋に入ろうとすると――――

 

「おっと、忘れてた。悪いがISは預からせてもらうぞ」

「はぁ……。了解です」

 

 その前に、ISを回収しておきたいという。警戒心がないわけではないが、同意しないことにはなにも始まらない雰囲気を悟った。一夏は腕輪になっている白式を、黒乃はチョーカーになっている刹那を外して藤九郎に手渡すと、今度こそ例の部屋に足を踏み入れる。

 

「よーし、はいスタート」

 

 2人が室内の思うところで立ち止まったと同時に、藤九郎がなにか開始の合図を出した。すると出入り口である自動ドアからガチャリとロック音が聞こえてくるではないか。もしやと思って近づいてみる2人だが、案の定ドアが開かれる気配はない。思わず一夏は、ガラスの向こうの藤九郎に叫び散らした。

 

「おい、いったいなんのつもりだ!」

「坊主、お嬢ちゃん、よく聞きな。お前さんらが互いが大事なのはよく解かる。だがな、おかげで大事なもんを見失ってるんだよ」

(はぁ!? イッチー以上に大事なモンなんてないんですけど!)

 

 藤九郎からみても、これだけ互いを愛していられるのは美点でしかない。しかし、思うに少しばかり意識を変える必要がある部分はみてとれた。それを指摘するのではなく、本人たちが考え導き出すのにはこの方法が最も手っ取り早いという見解なのだろう。

 

「それがみえなきゃ、永遠にアレは完成せんだろう。だからちっと荒療治だ。お互いの姿は確認できるるようにしてやっから、2人でよく考えな。それがお前さんらの課題だ」

 

 藤九郎は、見失ったものをみつけることこそが課題だという。この口ぶりでは、それさえ解かれば例の練習は完璧になるとでもいいたげだ。保証も根拠も感じられないためか、一夏と黒乃の反発は強い。それはそうだろう、つまりはクリアするまでは愛する者に触れることができないのだから。

 

 2人を遮断する必要はまずあるのだろうが、このままではあまりにも酷である。藤九郎もそのあたりは容赦するつもりなのか、合図と同時に今度は壁がせりあがった。一夏からみて左の壁、黒乃からみて右の隔壁の中央は、半透明の板らしきもので遮られている。

 

「黒乃! クソッ、こんな壁――――」

「止めとけ止めとけ。ポリカーボネート製の壁だ、人間の力じゃまず壊せねぇよ」

 

 どうやら特殊部隊などが盾として使うライオットシールドと同じ素材でできているらしい。そのため、すぐさま殴りかかろうとした一夏を藤九郎は止めた。しかし、そんな静止が効くはずもない。一夏は迷わずポリカーボネートの壁に拳を叩き込むが――――

 

「づっ……っ……!」

「おい、怪我すっぞ。ガキんちょとの決戦が待ってんじゃねぇのか」

「そんなこと知るかよ! 黒乃に触れられないなんて、そんなの俺には――――」

 

 銃弾なんかも完璧とはいえないが防ぐことができる素材を前に、人間のパンチくらいでどうにかできるものではなかった。しかし、言葉通りに知ったことかというように、一夏は負けじと壁を殴り続ける。藤九郎は、その様子を随分と冷めた目で眺め続けた。

 

(もう止めて! ダメだよイッチー……あなたの痛がるところ、もうこれ以上はみたくない!)

「黒乃……。くっ……!」

 

 黒乃は壁を両手でバンバン叩くと一夏の視線を引いた。そして、黙って何度も何度も首を左右に振ってみせる。黒乃にとって精いっぱいの一夏が心配だから止めてくれという意思だったが、どうやらそれはキチンと伝わったようだ。一夏は非常に悔しそうで、己の無力でも呪うかのように力なく拳をほどいた。

 

「んじゃまぁ頑張りな、そこでそうしてりゃきっとみえてくるはずだ。それと、自由以外で欲しいモンがあれば言えよ、オジサン定期的に様子みにくっから」

 

 それだけ告げると、藤九郎は背を見せながら手を振りつつ去っていく。その背が完全に見えなくなると、2人はただ見つめあう。ただそれは、いつもの熱が込められているようなものではなかった。漂う雰囲気は悲壮感のそれ。まるで悲劇の一部分を切り取ったかのような光景だった。

 

「こんな近くに居るのに、触れることができないなんてな……」

(あなた……)

「あぁ……そんな、嘘だ……! これからどれだけ触れられないんだ? 嘘だ、嫌だ、頭がどうにかなっちまう!」

(……っ! こんなイッチー……抱きしめてあげなたいのに、こんな……!)

 

 壁越しに黒乃の掌に合わせるかのようにして、一夏もペタリと掌を着けてみる。しかし、伝わってくるのは無機質な素材の冷たさのみ。それを実感すると同時に、一夏の頭をズドンと絶望が襲う。叶うなら1秒も離れたくないと思えるほど愛する女性と、課題をクリアしなければ触れることすらできない。

 

 それを真に理解すると、一夏の瞳は焦点が合わなくなり、目に見えて息も荒くなり始めた。もはや立つ気力も失せてしまったらしく、ズルズルとその場に崩れ落ちてしまう。一夏がこんな状態ならば自分の出番なのに、いつもはギュッと抱き着いて安心させることができるのに。今はそれも不可能――――

 

 黒乃も同じく無気力な感覚が押し寄せてきてしまい、ペタリとその場に腰を落とした。開始1分ていどだというのに、もはや発狂寸前の2人。答えを導き出さなくては、なんていう考えすら頭に思い浮かばない状況だった。そうして、その後の2人は――――

 

 

 

 

 

 

(……壮絶だねぇ)

 

 目の前で繰り広げられる光景に、藤九郎は流石にここまでは予想外だと顔をしかめた。あれからどれだけの時間が経過したかというと、1日と6時間といったところだろう。だというのに2人は、極力近くを離れようとしない。今も衰弱した様子で、互いに背を合わせるように透明な壁へもたれかかっている。

 

 2人が席を立つといえばトイレくらいのもので、それも必要最低限――――失禁するか否かギリギリのところまで耐えてからだ。後のことはなにもないし、なにもしようとはしない。死なれては困るために食事や水は室内で摂れるようになっているのだが、2人にそういう気力は出てこないのだろう。

 

 しかし、これなのだ。この極限状態こそが2人へ答えを導くために必要となる。予想外ではあるが、ここは信じて待つしかない。自分が止めに入るのは、死ぬか生きるかの瀬戸際を垣間見てからだ。藤九郎は、心苦しさを抑え込むようにして2人が答えを出すのを待つ。

 

(いったいなにが……なにがダメだってんだ……)

(全然……解からない……)

 

 この極限状態ながら、2人とも考えることは放棄していなかった。動機といえばお互いに触れあいたいから答えを出さねばというものだが、この際それはなんでもいい。このまま籠城を続け、対クロエまでの日数を無駄に消費することに比べれば安いものだ。

 

 ただ、状況はあまり芳しくはない。空腹や疲労で思考能力が低下しているのもあるし、やはりなによりも姿は見えるが触れられないというのが大きかった。ゆえに、ピンとくるような、藤九郎が納得するような答えはまるで浮かばず空しくも時間だけが過ぎていく。

 

(ねぇ黒乃ちゃん……。私たちのなにが間違ってるのかな……?)

『…………ごめん、私にはなんとも』

(……だよね。こっちこそ、変なこと聞いてごめん……)

 

 焦りや不安から、黒乃は相談できる相手が己の肉体に潜んでいることすら忘れていた。まるで独り言のように呟いて問いかけてみても、真なる黒乃は難しそうな声を上げるばかり。元より知っていても本人のためにならないだろうという考えから黙っているつもりだったが、本気で答えは見えていないようだ。

 

 本人は謝ってから無言に戻った黒乃を心底から不憫に思った。答えを教える気はなくとも相談くらいは乗るというのに、全く議論する姿勢すらみえないのだから。かといって、声をかける勇気も浮かばない。本人も黙って見守ることしかできないでいた。

 

(……黒乃は大丈夫なのか……?)

(イッチー……大丈夫かな……?)

 

 その瞬間、両者に全く同じふとした考えが過った。それは、自分の背で酷く疲れた様子を解かない愛する者の安否。少し顔の角度を変えてチラリと覗き込むところまで一致したが、互いがそれに気づくことはなかった。2人の目に映った姿は相変わらずで、安堵していいのやら心配したらいいのやら。

 

(そうだ、気づけ、まず心配すべきはそっちじゃねぇ)

 

 2人の互いを気遣うような仕草を藤九郎は見逃さず、それを待っていたといわんばかりに表情を変えた。まさに待望と表現するしかないほどということは、互いよりもまず先に心配すべきものがあるということに違いない。さすれば、そこさえ解かれば、2人も互いに触れ合うことができるのだ。

 

(……人のことはいえないか――――)

(……こんな状態なのに――――)

(大丈夫かって聞くのは――――)

(説得力ないよね――――)

 

 黒乃と一夏、両者の思考はシンクロし続ける。互いを心配するのはいいが、まず自分が心配される状態であることを自嘲するかのようにした。本当に説得力なんてまるでなく、他のメンバーが聞いたならばお前がいうなという評価の嵐だったろう。

 

 ふと2人は、1人1人が今の自分たちをみたら具体的になんといってくるかという想像にふける。するとどうだろうか。想像ではあるのだが、みんながみんなして必ずとあるワードを投げかけてくるではないか。これはもしやと思わざるを得なく、2人の思考に一筋の光明が走る。

 

(もしかしてだけど――――)

(そんな簡単な……?)

「……黒乃っ!」

(あなた!)

 

 アレもダメ、これもダメという状況が続いていたが、確かな閃きを感じた2人は同時に振り返った。眼前に映るのは酷い顔をした愛しい者。だが、その目に宿るのが絶望なんかではないことを察する。もはや言葉を交わす必要なんかなく、全てを悟ったかのように頷いてみせた。

 

 そして、2人は立ち上がる。足に力なんて入らないせいか、ガクガクと膝を笑わせながらも歩みは止めない。2人が向かった先はどうやら水道のようで、置いてあるコップに1杯の水を灌ぐ。そしてまたフラフラの足取りで歩き始めると、今度は藤九郎の前で止まった。

 

「アンタが求めてるものかどうかは解からない。けど、これが俺たちの答えだ」

(というわけで、いただきます!)

 

 すると2人は、コップに入った水を勢いよく飲み干した。食事はともかく、水とは人が生きていくうえで最も接種しなければならないものだ。1日と半もそれを摂らなかったとなると、その反動も凄まじい。まさに砂地に水を撒くかのように、身体中へ行き渡るかのような感覚さえ。

 

「まず優先すべきは自分だ。もちろんだけど、黒乃が自分より大切だってのは変わらない。でもこういう状況になったとき、自分がしゃんとしてなきゃ心配ばっかして動けなくなっちゃ意味がない」

 

 コップを足元へ置くと、藤九郎へ向けてさきの飲水にどういった意味が込められているかを解いた。黒乃は言葉を発することは困難だが、導いた答えは全く同じだと一夏に任せるようにして立ちはだかる。そんな様子を藤九郎は真剣な表情で見守り続けた。

 

「そうじゃないと、もしもの時に自分より大切な人を守れるもんか。今の俺たちがいい証拠だ。こんな疲れ切ってちゃ、な……」

(いやホントに、精神的にも肉体的にもキツかった……)

 

 2人は互いに触れ合えないということに絶望し、最低限の生きる行動すら放棄したといっていい。愛する者を庇い死すのならそれも本望だが、この特殊な状況でそれは当てはまらないだろう。そう、一夏のいう通り守れるはずもなく、その言葉に愚かささえ感じてじまう自分たちがいた。

 

「とりあえず俺たちに必要なのは、もっと自分を大事にすることだ。大事にして、いたわって、生きて……無事に大切な人の隣で歩く。それが、俺たちの答えだ」

 

 自分たちをみたメンバーの姿を想像してみて、全員が口をそろえてもっと自分を大事にしろ、一夏ないし黒乃の心配をしている場合かという言葉を投げかけてきた。実際にみながさっきまでの2人をみたとして、確実にそれに近い台詞を聞かされたことになったろう。

 

 だから答えを導き出せた。大切な者を守るために、自らも大事にするという答えを。その言葉を聞いた藤九郎は、最大限に口元の口角を上げた。これがなにを意味するのか、待ってみなければ最後まで解からない。2人が緊張で心の鼓動を速めていると――――

 

「合格。まさにオジサンが聞きたかった言葉そのものだ」

「よっし……! 黒乃ーっ!」

(あなたーっ!)

 

 藤九郎は懐から部屋のスイッチを取り出し、合格という旨を伝えながら開錠のボタンを押した。2人にとって歓喜の瞬間が訪れる。一目散に部屋から飛び出たかと思えば、藤九郎の前でも気にした様子もみせずに思い切り抱き合った。水を差すのはやぶさかとは思いつつ、藤九郎にはせねばならないことがある。

 

 2人の耳に届いたのは、済まなかったという謝罪の言葉だ。秘策の完成を狙ったものとはいえ、流石に酷なことをしたという意味なのだろう。当初こそ出られたら殴ってやろうくらいは思っていた2人だが、こうして触れ合える歓喜でそんなもの吹き飛んでしまった。

 

 お門違いな謝罪とは思えないし許すとは少し違うのだが、今回は勘弁しておいてやろうという流れと考えればよさそうだ。寛大な措置に今度は感謝を送りつつ、2人にすぐ休養をするよう提案するが、それは2人によって却下されてしまった。2人曰く――――

 

「今の感覚を忘れないうちに挑戦したいんだ」

(どのみち成功率は100%にしないとだからね!)

「そうか。お前さんらがそう言うんなら、オジサンに止める権利はねぇな。よし、すぐに準備をさせよう」

 

 倒れる寸前ではあるが、なぜだか今は成功する気しか起きない。だからこそ、今のうちに成功の感覚を掴んでおきたいのだ。止めることもできたろうが、もはや藤九郎に2人の頼みを断ることはできないだろう。すぐに手の空いている研究員へ連絡を入れ、秘策の練習を始められるよう手配した。

 

 預かっていた白式と刹那を返却すると、2人はその場で即時展開。あくまで浮く程度なので歩くのと速度はあまり変わらないが、地に足を着けるよりはよほど楽だろう。ISらしからぬ速度で進むことしばらく、2人とってなんとなく懐かしい場所へと辿り着いた。

 

 2人が疑似アリーナに到着する頃には、既に試験可能な状態が整っているではないか。近江重工の手際の良さに感服しつつ、黒乃は一夏の目をじっと見つめた。一夏もその視線に気づき、コクリと首を頷かせ黒乃もそれに応える。そして、神翼招雷を発動――――

 

 

 

 

 

 

 

 1日半前も盛大になにかが爆ぜる音はきいたわけだが、今日のは更に大きい。既に今日のメニューを終わらせてプライベートな時間を過ごしていた専用機持ちたちは、その音が聞こえたと同時に揺れる地下施設に戦慄を覚えた。

 

 専用機持ちたちは秘策の内容を知っているため、失敗した場合のリスクが高いのも承知している。前以上の音と振動、これがもし失敗した結果ならば。全員にそんな思考が過り、それぞれ好きな場所で過ごしていたが、一斉に疑似アリーナを目指した。すると――――

 

「は、はぁ!? う、嘘でしょ……!?」

「疑似アリーナが半分消し飛んでるじゃない……!」

 

 最初に辿り着いたのは鈴音と楯無の2名。急いで疑似アリーナに飛び込んでみれば、その半分のグラウンドがきれいさっぱり抉られていた。グラウンド内はまだ土煙が酷くて詳細なことは解からないが、とにかく確認したいのは一夏と黒乃の安否だった。

 

「お姉ちゃん! 黒乃様は……一夏は……!?」

「姉様と一夏は無事か!? どうなんだ!」

「2人とも、楯無さんに聞いてもしょうがないよ! ただ――――」

「誰かに聞けるような状態でもありません……わね」

 

 血相を変えてやってきたのはラウラと簪。それぞれ黒乃を姉、崇拝対象として慕っているからだろう。そして少し遅れてシャルロット、更に遅れてセシリア。とりあえずシャルロットは2人を落ち着かせ、セシリアは慌てている研究者たちに目を向け、最悪のケースを想定してしまう。

 

「みな、落ち着くんだ。とりあえずハイパーセンサーに白式と刹那の反応はある。2人が出てこないのは心配だが、それならこちらから向かえばいい」

 

 最後に到着した箒は、嫌に冷静な態度だった。ボードゲームの際に普段からもっと生かせと指摘されたのが効いたのか、勤めて冷静であろうとしているようにもみえるが。しかし、その言葉で全員が少し落ち着いたのは事実だった。そして次々とISを展開し、疑似アリーナ内へ侵入していく。そこには――――

 

「よぉお前さんら、ちょうどいいとこに。悪いが坊主とお嬢ちゃんを運んでやってくれねぇか」

「おじ様……! 2人は無事で……――――」

「おう、無事も無事だぜ。こりゃ単に眠ってるだけだ」

 

 砂煙の中に、一夏と黒乃を保護する藤九郎をみつけた。間髪入れずに簪が説明を求めると、2人は眠っているだけという言葉を得られた。確かに、藤九郎の居る場所はクレーターの反対側だ。つまり、クレーター側に対して消し飛ぶレベルの秘策とやらと放ったのだろう。

 

 状況の確認が取れ、専用機持ちは胸を撫で下ろした。そうして、速やかに2人を運び出すことに。立候補した者2人が1人ずつ起こさないように抱え上げ、心配な者数名は同伴するという流れになった。そうして残ったのはシャルロットと楯無の2名。

 

「おじ様、これは成功したってことでいいんですか?」

「文句なしの大成功だ。凄かったぜ、目の前で見てたらよ」

「これでようやく始まったって感じね」

 

 本当は着いて行きたかった2人だが、質問する者も必要だろうと残ったのだろう。だからこそすぐさま自分の役目のために問いかけてみると、藤九郎のお墨付きが。シャルロットはまたしても胸を撫でおろすが、楯無の言葉を耳にして思わず背筋を伸ばしてしまう。

 

「別に貴女が気を緩めてるって言いたかったんじゃないのよ?」

「す、すみません……つい……」

「シャルロットちゃんらしいねぇ」

 

 そんな姿が可笑しかったのか、楯無は少し噴出しながら気にしないでと告げる。藤九郎にもガッハッハと笑い飛ばされながら頭をポンポンと優しく叩かれたせいで、シャルロットの羞恥はピークに達した。強引にその手を振り払うと、逃げるように2人の様子をみてきますとアリーナを出て行った。

 

「さて、馬鹿息子……そのニヤケっ面、変わらねぇようせいぜい引き締めとくんだな」

(おじ様……)

 

 出て行くシャルロットを癒されるといいたそうな目で見送った楯無と藤九郎だったが、ふとそう呟く声が耳に届いた。その込められている感情までは読み取れなかったものの、放任主義であれ複雑な心境を抱いているものだと楯無は察知する。

 

 だからこそ、自分に出来る精一杯は聞こえなかったフリだ。そう考えた演技派な楯無は、おどけた様子で自分もシャルロットを追いかけると伝えてからアリーナを後にした。しかし、悲しいかな、演技を見抜けないほどでは伊達に鷹丸の父親を名乗ることなどできない。

 

「ありがとよ」

 

 その呟きは、今度こそ誰にも届くことはない。

 

 

 




(勘違い要素は)ないです。

早い話が合体必殺技の発展形だと思っていただければ。
とりあえずそれが対クロエになりうるのだという認識さえあれば大丈夫かと。


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第121話 チキチキ! お年玉争奪戦!

正月回です。
地下施設に居る兼ね合いで、だいたたいタイトル通りの内容がメインですけど。


「月並みだが、新年明けましておめでとう」

 

 仕方がないこととはいえ、私たちは地下施設で新年を迎える運びとなった。というわけで今日は1月1日、新しい年の幕開けである。今日から三箇日は全面的に活動休止ということで、そういう予定になるのは年末ごろには伝えられていた。

 

 私たちは少しでも一般的なお正月気分くらいは味わおうというオジサンの計らいで、振袖に身を包みながらレクリエーションルームへ集合していた。別に私も着慣れているということではないが、日本での生活が1年満たない海外組は特に珍しいらしく、かなり喜んでいる様子が印象的だ。

 

 ちなみにデザインはそれぞれのメンバーを連想させる柄で、色はパーソナルカラーで染められている。となると、オーダーメイドで織ったんだろう。私のだけ簡単に説明しとくと、白地にデカデカと黒い翼が描かれているデザインだ。白地なのは……多分だけど私とイッチーの関係性からだろう。

 

 私たちはオジサンの新年の挨拶に返すと、向こうもなんだか満足そうに頷いている。さては振り袖姿の美少女8人に鼻の下が伸びているとかじゃないだろうね。というか、このオジサンの場合は限りなく100%に近い確率でそれだろう。

 

「とりあえず堅苦しいのは抜きにして、こいつを受け取ってくれや」

「待ってました! 日本の正月といえばソレよね~」

「あら、ジャパニーズお年玉というやつですわね」

 

 オジサンはニヒルな表情を浮かべると、懐から9枚のポチ袋を取り出した。どういう経緯で根付いた文化かは知らないが、日本人で高校生くらいまでの少年少女が楽しみにしているとくればお年玉だろう。家庭によって大差は開くだろうが、やっぱ無遠慮にお小遣いせびっていいのは嬉しいよねぇ。

 

 とりわけ、オジサンからのとなれば自然に期待値も膨らんでしまう。元気にむしり取るようにする者、恐縮した様子で受け取る者と十人十色のリアクションを見せつつ、しっかりと全員にポチ袋が行き渡った。オジサンの中身をみてよいとの言葉を受け、全員が中を覗いてみるが――――

 

「……存外しょぼいな」

「ラ、ラウラ! タダで貰ってるんだから失礼だよ……」

「とはいえ、流石に千円札1枚ってのは……なぁ? 黒乃」

 

 そう、中には千円札1枚のみしか入っていないじゃないか。千円でも嬉しいっていう人たちには失礼かも知れないが、特に私を含めた代表候補性は割に稼ぎますからね。ラウラたんの反応もまた自然というか、思わず同意を求めてきたイッチーに対して頷き肯定してしまったじゃない。

 

 けれどシャルのいう通り、もらう側がいくら文句をいったってダメだろう。それはもはやクレームの域であり、筋が通っていない。ならばこの現実を受け入れるしかないと考えていると、オジサンはいきなりクックックと怪しい声を漏らし始めた。

 

「藤九郎……おじ様……?」

「なぁに安心しな、坊主はともかくお嬢さんらを失望させるつもりはねぇよ」

「どういう意味かしら?」

「ただ普通に渡したって面白くもねぇってこった。と! いうわけで!」

 

 あぁ……更識姉妹のおかげで、オジサンがどういうつもりなのか全てが解かった。これはきっと、テレビ番組的なノリだろう。新年とかになると、嫌でもそういう特番が増えるよね。私の予想が正しいことを示すかのように、オジサンは巻物みたいなものを取り出し、私たちへみせつけ――――

 

「新春、お年玉争奪戦の開幕だぁ!」

 

 開かれた巻物には、墨汁らしき筆跡で争奪戦の3文字が堂々と刻まれていた。これにはポカンと惚けるしかない者もいるようだが、そもそも勝負とかその類に似た表現が好きなメンバーたちは早くも闘志を燃やしているようだ。まぁ、確かにそういわれたらやる気が出るのも解からなくないけどね。

 

 オジサンから説明された内容は至って簡単。正月遊びに逐一賞金をかけて上乗せしていくというものらしい。お金が欲しければ奪い取れということなんだろうが、なんだか全力で行くのは意地汚い気が――――なんていうかと思ったか馬鹿め。

 

 お金があって困ることなんてあるだろうか。いや、ない。とりわけ正月は祝賀ということもあり、諸々がプライスダウンするのがお約束。それはアニメグッズも例外ではなく、福袋なんかに案外掘り出し物が混ざったりしているのだ。今回は、大量買いの軍資金にさせていただこうじゃないか。

 

「でも、ポケットマネーですよね。本当にいいんですか?」

「安心しな、信用や信頼はなくても金だけはある!」

「最低なことを清々しくいい切られても困りますよ!」

 

 シャルはこういうとき相変わらず遠慮しというか、遠回しに別に無理しなくてもええんやでとオジサンに問いかける。まぁそこは近江クオリティ。とてつもなくいってはならんことをサムズアップしながら放ちやがりましたよ。シャルの鋭いツッコミもほどほどに、いよいよお年玉争奪戦の開幕だ。

 

「というわけで第1種目は――――カルタだ!」

「ふむ、小耳に挟んだことはあるな」

「えっと、確か読み札の頭文字と同じ絵札を獲ればいいんだよね」

「なるほど、シンプルですわね」

 

 意気揚々と宣言された最初の種目は、正月遊びの代表格ともいっていいカルタだ。私たちにとっては馴染み深いが、ヨーロッパ組には縁遠いのでは。と思ったのだが、意外にもキチンとルールを把握しているようじゃないか。流石にセシリーはご存じなかったみたいだが、ルールそのものが単純だから問題なさそう。

 

「さてさて、絵札の方に使うのはコイツだ」

「……四角いプラスチックにしか見えませんが」

「まぁ焦るなって。箒ちゃん、こいつでどうだ?」

 

 私たちが円になって座った中心には、モッピーのいう通りプラスチックのような透明の板がバラバラに配置された。しかし、オジサンはこれを絵札と主張するではないか。これには一同がなにを馬鹿なという顔つきになるが、オジサンがドヤ顔で指パッチンをしてみせると、絵柄が浮き出てくるではないか。

 

 曰く、近江重工の技術により開発されたモニター……の試作品らしい。なるほど、私たちを体よくモルモットにする算段なのね。ちゃっかりしている気はするが、向こうは私たちにお金を与えるのだから妥当かな。まぁ、それをお年玉と呼んでいいのかは微妙だけど。

 

「気になるレートだが、う~ん……実質49枚だから1枚千円ってとこか」

「うぉっ、いきなり飛ばすな」

「ふふん、お姉さんが全部かっさらってあげるわ!」

「最大……4万9千円……」

 

 カルタは【ん】を除いた49音の頭文字の読み札と絵札で一組だ。んから始まる言葉といえば、ンジャメナとかそれなりの数があるようだが、まぁ日本的には管轄外かな。さて、かんちゃんのいう通り、全てを1人が独占すれば最初の千円を合わせて5万円になるわけだ。おお、これは気合が入りますなぁ。

 

「よし、お前さんら準備はいいか? 早速始めっぞ。いぬも歩けば――――」

「はい! フフン、どうよ。まずアタシが1枚――――」

「鈴ちゃん、お手付きな。1回休み」

「はぁ!? なんでよ!」

 

 まず1枚目、どうやら近場にあったらしく鈴ちゃんが素早く札を抑えた。してやられたと反省していると、なんだか様子がおかしい。確かに鈴ちゃんが奪取したはずなのに、お手付き宣言が入るじゃないか。これには抗議が止まらないようだが、それなりに理由があるらしい。

 

「取った札をよく見てみな」

「へ……? へ、な、なんで!? アタシが取った時には確かに犬も歩けば棒に当たるだったのに!」

「見ざる聞かざる言わざる、だな」

「というかこれ、定期的に絵柄が変わってないかな……?」

 

 鈴ちゃんが取った札をよく確認してみると、それはいから始まる犬も歩けば棒に当たるではなかったようだ。横から覗き込んだモッピーの証言では、見ざる聞かざる言わざるだそうな。そんでシャルの発言を皮切りに撒かれた札を見ると、確かにパッと点滅しては札型モニターに映る絵柄がシャッフルされているらしい。

 

「カッカッカ! オジサンがそう簡単なゲームを仕掛けるわけがないでしょうに!」

「だったら始める前に言いなさいよ!」

「いやいや、聞かれなかったもんでな」

 

 出たよ、出た出た……またしても近江クオリティで後出し系のやつ。確かにオジサンが仕掛けてきたのになんの警戒もしなかったのはあるが、相変わらずなそのパターンはもう飽きが来た。いいさ、目にものを見せてやろうじゃないの。後で後悔しないように。

 

「じゃあ聞きますけど、取った後に絵柄が変わったりしないでしょうね?」

「そこについては安心しな、取った時点で正解ならそれ以降に変化することは故障でもない限りありえねぇ」

「そ、ならいいのだけれど」

 

 よしよし、たっちゃんいいことを聞いてくれた。実はそれだけ聞いておきたかったんだが、私が質問できたらこんな苦労する人生を送ってませんよということで。オジサンの回答を聞き、ようやく安心できたというものだ。さて、後は集中――――

 

「ま、安心しな。隠してたのはホントにそれだけだからよ。んじゃ、続きいくぜ。鯉の滝――――」

(そこじゃぁぁぁぁい!)

「は、速っ……!? い、今のはどうだ!」

「……変わってねぇ、セーフだな。お嬢ちゃん、まずは千円だ!」

 

 オジサンが読もうとしたであろう札は、鯉の滝登り。それをゲーマー特有の反射神経で察知した私は、対応する絵柄へ勢いよく手を伸ばした。幸い最速は私だったようで、私の動きに合わせようとした人もいるが時すでに遅し。取った札を手中に収めてみれば、絵柄に変化はなく文句なく私に千円が加算された。

 

「流石ですわね」

「うん……。次こそは……」

「よし、読むぜ! と――――」

(うおらぁああああっ!)

「もはや頭文字しか聞かせてもらえてないんだけど!?」

 

 私の反応速度に対してセシリーは悔しそうな表情をみせるが、今回に限り誰が相手だろうと手加減してやるつもりはない。半ば視線をスルーするような形で、絵柄が変わる札の方へ集中して目を配る。そしてオジサンが次の頭文字を発音した瞬間、バシンと床を叩くような形で札を奪取。

 

 当然ながら絵札には変化はなく、これで更に千円追加っと。あまりの速さに思わずそういう感想でも出たのか、シャルのツッコミが入るではないか。え、ええい……惑わされないぞ、今日の私は辛口なのだ。容赦とかは考えるな、集中集中……。

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、ちょっと一夏!』

『なんだよ、わざわざ秘匿通信なんかで話しかけて』

 

 カルタがほぼ黒乃の独壇場で進む中、ふと一夏の白式に通信が入った。相手はどうやら鈴のようで、気づかれることを防ぐためか素知らぬ顔をしている。それに合わせて一夏もカルタへ集中するふりをすると、端的にいったい大仰なことをしてなんつもりかと問いかけた。

 

『なんか黒乃の様子がおかしくない? あの集中っぷりっていうか容赦のなさ、まるでお金に執着してるみたいなんだけど!』

『……確かに海外組がいるのにあんな本気なのはおかしいとは思うけど、金に関しては絶対あり得ないと思うぞ?』

『それはアタシも同じ見解よ。あるとすれば、勝負なら勝つ……とか』

『つまり、あっちの黒乃だな』

 

 普段の黒乃は女神だとか聖母だとかで表現され、かなり美化に美化を重ねられている。それだけに、金銭に対する執着もないに等しいと思われているようだ。そんな理由で訝しく思った鈴音が一夏にこの話題を持ち掛けたわけだが、全然そんなことはないので安心してほしい。

 

 むしろ今の黒乃はお金のことしか頭にないくらいで、勝ちにこだわるとか八咫烏とかは斜め上もいいところだ。今までそういう執着が露見しなかったとするなら、それは賭けに関わる機会が少なかっただけのことだろう。賭けは金を失う可能性もあるが、今回はノーリスクだからこそ全力なのである。

 

 一夏と鈴音の中でいらぬ考えが芽生えてからしばらく、結局のところで黒乃は1人で過半数以上の札を獲得。内心で懐が温かくなったことに喜びつつ次の競技へ。藤九郎が用意したのは独楽で、曰く回した秒数により金額が加算されるとのこと。つまりは個人技といってよさそうだ。

 

「日本人でも難しいもんなぁ。じゃあレートは1秒五千円でいくか?」

「10秒で五万円だぞ!? なんだか金銭感覚がおかしくなりそうだ……」

「奇遇ねラウラちゃん、私もよ」

 

 9人全員が挑戦したことはないということで、藤九郎は高めのレートを提示した。これには驚く者が多く、普段はお嬢様なんて呼ばれている楯無でさえそうであるらしい。だがこれには気合も入るというもので、しばらく設けられた練習時間ですら白熱した様子だった。

 

 コツを教え合ったりアドバイスし合ったりしていると、藤九郎が本番を始める旨を伝える。適当な順番で次々と独楽を回していき、上手くいった者とそうでない者のテンションの落差が激しい。自分との戦いであるだけに、失敗はより悔しいのだろう。そして最後に、黒乃の順番がやってきた。

 

(要するに長く回せばいいんだよね。そいつを誤魔化すには――――)

「お嬢ちゃん、いつでも始めてくれ」

 

 当然だが正確な秒数を計るために藤九郎の手にはストップウォッチが。秒以下は全て切り捨てというルールを厳守ということなのだが、黒乃はそれを誤魔化すある秘策を用意していた。その秘策とはつまり―――独楽回しにおける技を披露することである。

 

(ふははは! どうじゃ!)

「10点!」

「10点……!」

「10点!」

「お嬢ちゃん優勝!」

「黒乃だけ競技が違うよね!? 明らかに技術点みたいなのが加算されてないかな!?」

 

 どこで覚えて来たのか、はたまた携帯等で調べてやってみたらできたのか。黒乃は回転しているかどうかを誤魔化すために技を披露した――――のだが、いつの間に用意したのか、一夏、箒、簪の3人がバラエティー番組よろしく10と書かれた札を上げ、意味もなく黒乃の優勝が宣言された。

 

 今日は凄まじくシャルロットのツッコミが冴えわたり、これではまるで体操競技のようだと指摘を入れた。とはいえ、見事なことに間違いはない。というわけで、特別ルールが適応されてこれまで挑戦した8名の最長記録にプラスして技術点のボーナスということで落ち着いた。

 

 その後も近江重工の謎技術を用いた正月遊びは続く。空中でいきなり羽根の機動が変わる羽根つきだとか、ランダムで重さが変動するお手玉などなど。やはりそれにもルールに適応した賞金が加わり、9人のやる気を最大限まで引き出した。

 

 最終的には全員が万単位の賞金を獲得し、更に藤九郎から遊びに着きあってくれた礼という名目で一万円のボーナスが与えられた。どれだけ悲惨な結果になっても、こうして最低でも一万一千円は確保できる算段だったらしい。そんな中、1人桁違いなのが――――

 

(んはー! 趣味に使えるお金がこんなに!)

「容赦なく十数万単位でむしっていったな」

「それでこそ……黒乃様……」

「簪、そこまでくると妄信の域だから」

 

 一万円札、五千円札、千円札をそれぞれ大量に獲得した黒乃は、もはやお年玉と呼ぶには不相応ともいえる金額に内心で頬を緩ませる。あまりの容赦のなさに違和感を覚える者も増えるが、簪は安定して目を輝かせるばかり。小烏党ナンバー2は伊達ではないらしい。

 

 全ての競技が終了したわけだが、箒やシャルロットあたりは今更になっても本当に貰って大丈夫なのかというわだかまりが消えない。しかし、藤九郎はなんのと笑い飛ばすばかり。男性である一夏はともかく、文句なしの美少女である女子8名にお金を配るのは全く痛くないらしい。

 

 事実、ポケットマネーでテーマパークを貸し切りに出来る富豪だ。なにもそんなに心配することはない。とはいえ、いくら遠慮のない方である鈴音や楯無も少しばかり引っかかりがあるようだ。そこは年長である楯無が音頭を取り、全員でキチンとお礼の言葉を述べた。

 

「おう、どういたしましてだ。せいぜいそれを好きなように使ってくれや。オジサンにとっちゃそれが1番幸せだかんな」

「あー……確かに、急に入ってきたけどなにに使おうかしら」

「それを考えるのもまた一興、ですわね」

 

 競技の方に熱が入り過ぎたのか、最終的に得たお年玉をどうしてくれようかと鈴音は眉を潜める。随分と贅沢な悩みだと笑みを浮かべつつ、悩む鈴音をからかうようにセシリアはそんな言葉を呟いた。それからしばらくは、みんなしてやいのやいのと使い道を吟味していたが――――

 

「社長ーっ、失礼します!」

「暇人勢でついた餅、できあがりましたよ!」

「お、そうか。悪いねぇ。よっしゃお前さんら、遊んだあとは食え食え!」

「はいはい、専用機持ちのみなさまご案内!」

 

 レクリエーションルームに数名の研究員が飛び込んで来たかと思えば、餅が完成したとの一報を伝えた。どうやらこのあたりの面子が、クリスマスでも好き好んで近江重工に居残りしていた勢のようだ。この様子をみるに、無理矢理やらされたわけではなく、進んでみんなの分の餅をついたらしい。

 

 予想外のサプライズに、専用機持ち全員はほっこりとした雰囲気に包まれる。そして研究員の先導に従い、つきたての餅を目指して一直線。研究員なだけにもち米からなにまでこだわりぬいたようで、信じられないくらい普通に美味しく仕上がった餅に舌鼓を打つ一同であった。

 

 

 

 

 

 

「今日はよく遊んだな。なんか、ああいう馬鹿騒ぎって久しぶりな気がする」

(そうだね、盛り上がったよね)

 

 研究員さんたちが作ってくれたお餅をいただいた後は、自然に解散の流れになった。今日はイッチーのいう通りによく騒いだし、夕食の時間までみんなと顔を合わせることもなさそう。とりあえずゆっくりしたいのもあるし、私はベッドに座ったイッチーに寄り添うように腰掛ける。

 

「まぁ、欲を言えば普通の正月を迎えたかったって気もするけど」

(あー……。振袖は見せられたけど、初詣くらいはしたかったかも)

 

 なるべくなら隠蔽はできた方がいいだろうし、なにより私たち総出で地上に出たらそれこそ大騒ぎだろう。なんかもう、美少女揃いってだけで取り囲まれるイメージしか湧かない。う~ん……でも、不思議とセシリーやたっちゃんあたりはノリノリで撮影に興じる想像をしちゃうや。

 

「おせち」

(ほぇ?)

「次の正月は、キチンと正月らしくしよう。2人で一緒におせち料理でも作ってさ、箒のとこにお参りにいって。千冬姉にお年玉を貰う!」

(アハハ、そういえば律儀に用意してくれてるもんね)

 

 新年をよい年で過ごせるようにと願いを込められたおせち料理、か。……あれ、そしたらむしろ今食べとくべきな気も……。ま、まぁまぁ晩御飯でワンチャン――――ってそんなことはどうでもいい。思いを馳せるべきは、イッチーと迎える次の正月だ。来年の事を言えば鬼が笑う、なんていうけれど。

 

 うん……なんだか、想像しているだけでもう新年が待ち遠しいよ。イッチーと一緒に台所に立って、料理して、それ食べて……。モッピーの神社で願うのはきっと、いつまでも一緒に居られますように……だったんだろうなぁ。うん、来年こそはその願いを届けにゆこう。

 

「というか、みんなの前だったから自重してたが――――」

(はい?)

「綺麗だぞ、黒乃。新しい年にしかみれないのが残念なくらいだ」

(待ってました! も~……その言葉を待っていましたともぉ!)

 

 やっと褒めてくれたとブーブー文句をいうほどではないが、その言葉を期待していただけに喜びも大きい。というか、わざわざ脱がなかったのもイッチーのお言葉待ちだったからだからね。というわけで、少しばかり遅いぞ~という冗談交じりの不満を醸し出しつつ、イッチーの腕の中へ飛び込む。

 

「よしきた、新年初ハグ。……んでもって――――」

(あなた……。んむっ……!)

 

 イッチーはギュッと私を抱き留めると、その数秒後には少し力を緩めた。そして、私に熱のこもった視線をぶつける。その目はまさに愛しい者へ向ける視線そのもので、私は顔に熱が集まるような感じを覚えてから静かに瞳を閉じた。

 

 待ち受けるというほどの間はなく、次の瞬間にはもう唇が重なり合った。これが今年に入って初めてのキス。これから何度だろうと新しい初めてがやってくるのだろうが、生憎いろいろと時間がない。決戦にしてもそうだし、私のタイムリミットにしたって……。

 

 久々に味わう焦燥を振り払うかのように、私は自然に大胆になっていった。いつものされるがままのような感じではなく、私の方から積極的にイッチーの口内へ舌を滑り込ませる。イッチーは私の気持ちを察したかのように、受け入れるかのような動きに終始してくれた。

 

 それからしばらく、名残惜しいが唇を離す。イッチーは私に対してなにかいうわけではなかったが、そういう時もあるよなとでもいいたげではあった。なんだか急に恥ずかしくなってしまい、イッチーの顔を直視できない。しかしイッチーは、俯く私をまた抱き留めると――――

 

「これからもよろしくな」

(うん……)

 

 イッチーが私の不安をどこまで感じ取ったかは解からないが、この優しい抱き留めかたからしてなにかを察知されたとは思ってよさそうだ。それでいて、イッチーはそれを知らないふりをしてくれているらしい。……ごめんね、ちゃんと言葉にできるなら、とっくの昔に打ち明けているのだけれど。

 

 いや、謝っても仕方のないことだ。伝えられないからと妥協するつもりはないけれど、甘えるところはきちんと甘えておかないと。この先どうなるか解からないからこそ、あなたの隣に居たいという想いも強くなる。だからイッチー……これからもよろしくね。

 

 

 




黒乃→そりゃ私だってがめつくなる時もありますよ!
一夏→勝負事は妥協しない……。あっちの方の黒乃なんだろうか。

金!金!金!代表候補生として恥ずかしく(ry

ちなみにですが、黒乃の金遣いは周囲が思ってるほど大人しくはなかったり。
好きなアニメのボックスを衝動買いすることもしばしば。
最近で一番高かった買い物は、完全受注生産のフィギュアだそうです。


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第122話 決戦前日Ⅰ(表)

122話は少し構成がややこしくなっております。
決戦前日Ⅰでは楯無、簪、ラウラ、シャルロット。
決戦前日Ⅱでは鈴音、セシリア、箒が登場します。
ですが、黒乃が会いに行った順番とは異なるのです。

正しい時間軸に並び替えたものが決戦前日(裏)です。
特に問題があるわけではありませんが、混乱があってはならないので一応ご報告をば。


「お前さんら、今日までよく頑張った」

 

 1月6日、いよいよ決戦の日まで残すところあと僅かとなった。専用機持ちたちに焦りが見える様子はなく、今日も課せられたメニューをしっかりとこなし、その纏めとして藤九郎がひと言を入れる。しかし、その口ぶりはなんだか今日が最後のような様子だ。

 

 猶予はまだ1日残っている。もっと正確に表現するなら10数時間ほどは。それを使わなくていいのかと、専用機持ちの誰かが問いかけた。まるでオウム返しのようにしてその意見は却下され、一同はとにかく藤九郎の言葉を待つことに。

 

「明日1日は自由に過ごしな。後悔のないよう過ごせ、むしろそれが最後の課題だ」

 

 これまで自分たちが選び、自分たちが望んでこの地下施設に長時間拘束された。しかし、人類の存亡を賭けたともいっていい決戦を前に、思う通りに過ごせないというのはあまりにも酷だ。後悔のないようという言葉に、専用機持ちは多くの想いを募らせる。

 

 もしかしたら無事では済まないかも、死んでしまうかも。そんな言葉が過るが、不安になってしまっては元も子もない。だからこそ自由に過ごすべきであるし、それこそ後悔はないようにしたい。そういう考えを、専用機持ちたちは胸に抱いた。

 

 そうして今日のところは解散し、後悔を拭う為の1月7日が始まる。各々、思うように過ごすと決めたはいいが、漠然とした休日になりそうな者が大半だった。そう、だったのだ。彼女らあるいは、彼の元に彼女が現れるまでは――――

 

 

 

 

 

 

(自由に、過ごせって、いわれても、ねぇ!)

 

 近江重工地下施設にある武道場にて、私は汗を流していた。道着に着替えていざ型の確認――――を始めたのはいいのだけれど、なんだかしっくりこない。らしくもなく最終決戦という名にプレッシャーでも感じているのかしら。

 

 それにしても、随分と大事になったものだわ。対暗部用暗部の頭という座に据えられておきながら、まさかこんな大舞台に立ってしまうことになるなんて。もちろん戦いが御免だとか、黒乃ちゃんに巻き込まれたなんて思ってはいない。……けれど、なんで私はここに居るのでしょうね。

 

 正義のために、人類のために戦う――――というのは違う気がするわね。一応それも参加した理由に含まれるけど、多分どうじゃないんだと思う。黒乃ちゃんへの罪滅ぼし――――も違うわ。責任は大いに感じているし償っていくつもりだけど、そう気負うと本人が嫌がるから積極的にはなれていない。

 

 簪ちゃんの付き添い――――も違う。心配だから着いて来たっていうのもあるけれど、う~ん……。ああ、なるほど、こうして理由が見えないからなんだかしっくりこないんだわ。とはいえ身体を動かしてないと余計なこと考えちゃうのはあるし……ねっ。そうやって私は後方に上段回し蹴りを――――

 

「はぁっ! って、く、黒乃ちゃん!?」

「…………」

 

 そこにはいつの間にか、藤堂 黒乃ちゃんその人が立っているじゃない。途中で存在には気が付いたけど、振り始めた脚は止まらない。その端正な顔を蹴り飛ばしてしまうところだったが、それは黒乃ちゃんの腕に止められてしまう。怪我がなくて幸いだけど、これはこれでショックね……。

 

「黒乃ちゃん、ごめんなさい。けれど、気配を消して近づくのは止めてね。今みたいに危ないわ」

「…………」

 

 とりあえず最初に謝罪はしておくとして、注意と指摘はしておかないと。考え事をしていたから気が付かなかった、とかはないわよ。一応はこれでも楯無だもの、黒乃ちゃんのような大物の気配は気づくわ。となると、彼女が率先して気配を消した良い証拠でしょ。

 

「ところで、私になにか用事かしら?」

「…………」

 

 脚を下ろして問いかけてみるけれど、黒乃ちゃんは黙ってこっちをみるばかり。こ、困ったわね……。こういう時にキチンと察してあげることができたらいいのだけれど。でも私を探してここまで来たのだろうし、意味もなくってことはないはずだけどどうなのかしら。

 

「理由なんてない」

「っ……!?」

 

 このまま空しく時間だけが過ぎてしまうかと思いきや、黒乃ちゃんは唐突にそう呟いた。黒乃ちゃんは特に理由もなく、なんの意味もなく私に会いに来てくれたのだとのこと。先ほどモヤモヤしていたこととシンクロするのは偶然か必然か。けれど私は、なんて小さいことで悩んでいたのかと思い知らされてしまう。

 

 そう……よね、大好きな友達を手助けするのに理由なんかいるはずがないじゃない。他にいろいろ考えたけど、私はそうしたいからここに居る。それにも理由なんて必要じゃなくて、そうであったからここに居るという結果論。全部私が私らしく貫き通して来たから、今の私はここに居るんだわ。

 

 ……篠ノ之博士一派に狙いを定められている黒乃ちゃんが、最もいろいろと考えてしまうはずなのに。あぁ……本当に、彼女を警戒していた頃の私を懲らしめてやりたい。だってこの子は、本当に天使とか女神とか称するのにふさわしい子なんだもの。

 

「黒乃ちゃん」

「…………?」

「ありがとう、大好きよ」

 

 自分がさっきまで汗をかいていたのも忘れ、私は思わず黒乃ちゃんに抱き着きながらそう告げた。勿論だけど意味合いは恋愛のそれではなく、友人としての大好きという意味よ。黒乃ちゃんにとってはいきなりで意味が解からないだろうけど、頑張って戦おうって気になれたのだからこれくらい伝えないと損よね。

 

 というより、これも後悔しなように……の一環だとも思う。ならば後で簪ちゃんにも伝えておくとして、これ以上はこの場に残る意味もなくなったわね。もしかすると黒乃ちゃんも稽古の相手を――――探しているのなら着替えてるわよね、うん。

 

「せっかく会いに来てくれて嬉しいけど、お姉さんもう行くわね。それじゃ!」

「…………」

 

 スルリと腕を抜いて黒乃ちゃんから離れると、すれ違いざまにしっかり別れの挨拶を交わしておく。きっと、明日も明後日も、まだまだ繰り返す挨拶のはずだから。さ・て・と、それじゃまずはシャワーからね。私の足取りは軽く、備え付けのシャワールームを目指した。

 

 

 

 

 

 

『長期休暇は黒乃様が拝めない』

『新年はどこかに出没するかと思ったんだが』

『おまいらが変に騒ぐからでは?』

「…………」

 

 私は自室にて、小烏党神格派の雑談用掲示板を眺めていた。なんだか黒乃様の情報を伝えられなくて神格派の皆さんには申し訳なく感じるような気がするけど、今回ばかりは無暗に情報を発信することはできないだろう。漏洩は承知で頭領には事情を伝えておいたし多分……大丈夫。

 

『後悔しないよう過ごせ』

「…………」

 

 その瞬間、藤九郎おじ様の言葉が脳内に過った。……これが本当に、私の後悔しないことなんだろうか。……流石の私でもそれは絶対にありえない。けど後悔のないようといわれても、私にとってなにがそういう行動なのか見い出せない。

 

 いや、正確にいうなら1つだけ心残りになるだろうものはある。けれど、私が意図してみてみぬふりをしているという部分が大きい。あらゆることから目を背けず、向き合って前に進むんだと決めた。でもこれだけは、どうしても勇気が振り絞れないでいる。

 

 ……だからって、やっぱり私はダメな人間だとか、そちら方向へ思考を持っていくまではしない。今までの私ならばそうだったろうけど、今の私には心から頼りにできる沢山の仲間がいるから。だから、そう、みんなから借りたモノサシで――――

 

ピーンポーン!

「あ……。はい……」

 

 胸に過る熱いなにかを確かめていると、不意にインターホンが鳴り響いた。各々が好きに過ごしているだろうし、そんな時に私へなんの用事だろう。あまりの突然の訪問者に驚いた私だったが、部屋の扉を開けてみて更に驚くことになるなんて――――

 

「…………」

「く、黒乃さま……じゃなて、黒乃……」

 

 扉の前に立っていたのは、まさかのまさか、そのまさか――――私が信仰してやまない黒乃様ではないか。本当は呼び捨てなんておこがましいのだけど、彼女は党の存在を知らないらしいから気づかれないことに越したことはない。そ、そんなことより、わざわざ会いに来てくれたのだからちゃんとしないと………。

 

「あ、あの……とりあえず入って……。それで……その……適当な場所に……」

「…………」

 

 緊張からくるオドオドとした私の対応に、黒乃様はコクリと大きく首を頷かせてから部屋へと入った。適当にくつろいでほしいという旨を伝えると、あろうことか黒乃様は私がさきほどまで寝転んでいたベッドに腰掛けるではないか。な、なんという……黒乃様の匂いが私のベッドに染みつい――――いや、そんなことより……。

 

「えっと……お茶とかお菓子とかは……?」

「なにもいらない」

(ハ、ハードルがぁぁぁぁ……!)

 

 最高のおもてなしをと思ってあたふたしながらもなにか用意しようと思ったのだけど、黒乃様はそれを否定して自分の隣をポンポンと叩いた。それはつまり、なにもいらないから私の隣に座れということらしい。その瞬間、アニメのように鼻血でも噴出してしまうのではないかと本気で思った。

 

 というより、誇張表現のように噴射はしなくとも今にも血が垂れてきそう。いろいろといっぱいいっぱいながら、鼻の付け根あたりをグッと抑えてヨタヨタと歩く。なんとか黒乃様の隣に座ることは成功――――したのはいいのだけれど、この至近距離のせいで息が止まりそうだ。し、心臓……鼓動が……速い……。

 

「…………」

「あ……。そ、そういえば……なんの用事で……」

「勇気を出して」

「!?」

 

 1人俯いていると、黒乃様が視線を送っていることに気が付く。そ、そうだった……黒乃様がわざわざ訪ねてきているというのに、肝心のそれを忘れているなんて。だからこそ私はそう問いかけたのだけれど、帰ってきたのは予想外の言葉だった。

 

「あ……あ、あの……!」

「…………」

「っ~~~~!?」

 

 それだけでもパニックなのに、私にとっては特別な黒乃様のサムズアップまで送られる始末。今にでも泣いてしまいそうになっていると、黒乃様はスッと立ち上がり静かに部屋を出て行った。もしかして、そのためだけに……そのためだけに私を訪ねてくれて……。

 

「どうして……解かるのかな……」

 

 私の心残りというのは、両親に私の想いをちゃんと伝えておくことだ。こういう表現はなんだけれど、あの人たちも私へ変な期待を抱いていた。だからもう、そういうのは止めて欲しい、私は私で観て欲しいという旨を伝えるつもりだった。けど、怖くて仕方がなかった。

 

 ちゃんと話したら聞いてくれる人たちだとは思う。それこそ、私がキチンと意志を伝えたのならば心底から驚く事だろう。しかし、それを喜んでくれる保証はない。もしかすると、更識に対する離反なんかに捉えられてしまうのではないかと思ってしまって……。

 

 けど、そんなもの今の一瞬で吹き飛んでしまった。私の最も尊敬する人物がわざわざ私に会いに来てくれて、勇気を持てと応援してくれたのだから。あのサムズアップも、本当に勇気が湧いてくる。だから、もうなにも怖くはない。

 

(みんな……モノサシ……借りるから……)

 

 私は祈るようにしてグッと両手を握ると、姿は見えなくても心で繋がっている人たちを頭に思い浮かべた。その人たちが持つモノサシ、そして黒乃様から授かった特大のモノサシを胸に、私は勢いよく携帯を握りしめると、目的の人物へ通話を繋げた。

 

「も、もしもし……」

 

 

 

 

 

 

(後悔……か)

 

 一口に後悔といわれても、軍人であるせいかその感覚は薄い気がする。いや、実際に思い浮かばないから気のせいではないのだろう。他のみなは家族や友人に電話くらいするのかも知れないが、生憎デザインして生み出された私に親と呼べる者はいないに等しい。

 

 友人に関しても、専用機持ち同士のコミュニティが濃すぎてクラスメイトたちはどうもな……。では我がシュヴァルツェ・ハーゼ隊の連中がどうかと聞かれれば、それこそお笑いものだろ。私も奴らも、常に悔いのないように生きているのだから。ふむ、だとしたら困った。

 

 特にしたいことがあるでもなし、かといって他の者を退屈しのぎに模擬戦へ誘うのは違う。だいいち、専用機に関しては最終調整ということで回収されてしまったからどうしようもない。……散歩がてらそこらを歩き回るのも飽きた。なによりこれ以上は無駄な体力の消耗も避けた方がいい。ならば――――

 

(惰眠でも貪るとしよう……)

 

 特別居眠りが好きというわけでもないが、明日の決戦に備えて休養をとるのも1つの手だろう。得はあっても損はないし、そういう呑気な発想が浮かぶのなら特に思い詰めていることもないのだ。さて、それならばさっさと自室へ――――

 

(っ……殺気!?)

 

 自室に戻る決心がついたと同時に、背筋どころか身体全てを走るかのような殺気を感じた。毛穴中からにじむように汗が噴き出て、本能的になにか危機が襲ってくるようなイメージも鮮明にわく。そして次の瞬間、殺気を放っている張本人であろう者の手が私の肩へと置かれた。

 

 私はそれが何者であるかを確認するよりも前に、とにかく必死で手から腕を掴むと、勢いを利用するかのようにして前方へ投げ飛ばした。いや、正確には投げ飛ばそうとした――――だ。既に私の頭の上は越えている状態だというのに、何者かは逆に私を掴み返して更なるカウンターを仕掛ける体勢へと入っているではないか。

 

 何者かの足が大きな音を上げて地に着いたと同時に、私は投げ飛ばされることを覚悟した。が、歯を食いしばってみてもなにも起きはしない。そのことに安心しながらも、私の目の前に着地した人物には本当に驚かされたものだ。ま、そんな芸当ができるのは、初めからこの人くらいだが――――

 

「姉様……。申し訳ない、反射的に投げてしまった」

「…………」

 

 女にしては高めの背丈、服の上からでも解かる抜群のプロポーション、そして長い黒髪を有する藤堂 黒乃その人だった。とりあえず自分の非を謝罪すると、姉様は黙って何度か首を左右へ振る。気にするな、ということでいいのだろう。

 

「だが、今の殺気はなんなのだ? いくら姉様とて、事情を問いたいものだが」

 

 己の非を認めて謝りはしたが、それはそれというやつだ。姉様が声をかけられないから呼び止めることは不可能として、なにも殺気を飛ばすこともないだろうに。それさえなければ私が姉様を投げることはなかったと断言する。姉様にとって酷なことをいっているのは解かるが、ここは1つなにかいってもらわねば――――

 

「油断大敵」

「なっ……!?」

 

 姉様の真っ直ぐな瞳に射抜かれながらそういわれてしまえば、まるで電撃にでもうたれたかのような衝撃が過った。た、確かに……先ほどまでの私は、姉様の指摘したそれに当てはまるかも知れない。というより、姉様が攻撃を仕掛けてまで伝えたいほどだったのではないか。

 

 くっ……私としたことが落ち着きと油断をはき違えるなどと、ラウラ・ボーデヴィッヒ一生の不覚。殺気を放ってもらわねばその存在に気が付けないほど気を抜いていた。姉様はそんな私の心の隙を見透かし、こうやって行動に移したということか。なんと、なんと――――

 

「なんということだ……」

「…………?」

「なんということだ! 姉様の妹を名乗らせてもらっているというのに、どうやら精進が足りなかったようです!それに比べて姉様はまさに常在戦場の極み。感服いたしました!」

 

 やはり姉様は凄いお方だ。あまりにも遠く、遥かな高みへ身を置く人物なのだ。もはや次代のブリュンヒルデ筆頭と噂される肩書に対し、少しでも嫉妬の念を覚えた自分が恥ずかしい。しかし、それと同時に誇らしさも胸へわいてくる。

 

 私が姉と慕う人物が、考えていた何倍も凄いお方だと実感したからかも知れない。あぁ、なんと……こんな方の妹を名乗らせてもらっているなど、なんて私は幸せ者なのだろうか。ええい、こうしてはおられん。姉様が油断大敵と仰ったのだ。例え1人でも訓練に励むのみ。

 

「姉様のおかげで目が覚めました! 私はこれで失礼します!」

 

 姉様にシュヴァルツェ・ハーゼ隊式の敬礼を送ってから、私は全速力で疑似アリーナのある方向を目指した。確かあのあたりにシミュレータかなにかがあったはずだ。IS実機を動かす訓練ができずとも、あれなら少しは姉様の姿勢を実行できるはず。そう、これからは―――—

 

「常在戦場!」

 

 

 

 

 

 

「う~ん……」

 

 明日で全てに決着がつくということで余暇をもらったのだけれど、僕はひたすら携帯電話とにらめっこを続けていた。後腐れといわれれば、正直なところ十分にある。けどそれをこなすには必ず地上に出ないといけないし、もしみんなに迷惑がかかる事態でも起きたらどうしようかと踏ん切りがつかないんだよね。

 

 おじさんは地上に出るなとは言わなかったというか、むしろ外に用事があるなら行ってきなさいくらいの心構えなんだろうけど……。う~ん……困ったなぁ。今日は向こうからなんの連絡もないのがまた問題なのかも。けどあまりガツガツするのはちょっと……ね。

 

ピンポーン!

「わっ、はーい、今出まーす! よいしょ……っと――――ああ黒乃、いらっしゃい」

「…………」

 

 突然のインターホンに反応し慌てて玄関を開けてみれば、そこには黒乃が立っていた。てっきり1日ずっと一夏と過ごすのかと思っていたけれど、今日という日に限って僕になんの用事なんだろう。とはいいつつ、別に拒む理由もないから問題はないんだけど。

 

 黒乃のことだから、きっとみんなのところに顔を出しているんだろう。だって黒乃はそういう人だから。ホントは黒乃がいろいろ考えちゃうはずなのに、決戦前の僕らの様子を確かめにきてくれたんだと思う。キミって人は……なんて、僕も嬉しいんだけどね。うん……凄く嬉しい。

 

 僕にとって黒乃は居場所を取り戻してくれた人の1人で、助けてもらってからはなんだか彼女の器の大きさに心から絆されているんだと思う。なんというか、母性や包容力とかかな。同い年のはずなんだけど、黒乃には自然と甘えてしまうんだよね。

 

 とりあえず黒乃には部屋に入ってもらって、後は他愛もない談笑に華を咲かせた。近頃というか、黒乃が一夏と交際を始めてからはファッションなんかに関する話題も多い。黒乃は素材がいいのに無頓着な部分があったから、ようやく自分の魅力に気づいてくれたかって感じではあるんだけど。

 

「――――そうそう、冬休み前くらいから美味しいハーブティを見つけたんだよ。今までタイミングがなかったから、ぜひ飲んでいってよ」

「…………」

 

 2人してベッドに座って会話をしていたけれど、僕は唐突ながら1つ思い出したことがあった。前々からぜひみんなにもって思っていたけど、テストだったり修行だったりでタイミングがみつからなかった。黒乃はお構いなくなんて遠慮するだろうから、そうさせないためにも急いで台所に立った。

 

(え~っと、どこにしまったかな――――)

 

 僕がお茶を注ごうと準備を進めていると、僕の携帯が無料通話アプリ独特の着信音を鳴らした。確か携帯はベッドに置きっぱなしにしていたわけだけど、これ……まずくないかな。いや、別に隠していたつもりじゃないんだけど、これもいうタイミングがなかったからで……。

 

 と、というより、携帯を覗き見でもされない限りはバレる話でもないじゃない。そうだよ、黒乃に限ってそんな――――なんて考えながらチラっと視線を向けてみると、これでもかというくらいの勢いで黒乃が僕の携帯を凝視してるじゃないか。

 

「わ……わーっ!」

「…………」

「み、見た……?」

「見た」

 

 別に隠していたわけではないといっておきながら、反射的に漏洩を防ごうとしまう。僕はベッドに飛び込むようにして携帯を奪取したけど時すでに遅し。黒乃は確と頷きながら、しかも見たとしっかり発音しながら正直に答えた。そして――――

 

「…………彼氏?」

「え、えーと、まだそうではない……かな」

 

 僕が迷っていたのはこのこと。地上に出て行って、彼と会っておくかどうか。黒乃はド直球ストレートな質問を投げてきたけれど、残念ながらまだそうではない。けど、僕は彼のことを好いている。黒乃が昏睡状態になって意気消沈してるときに出会って、いつの間にか自然に会うようになっていった。

 

 それで、ある時にふと気が付いたんだよね、あぁ僕ってこの人のことが好きなんだなーって。一夏に対して失恋してから間もなかったし、気が多いっていわれてしまえばそれまでなんだけど。……明日の戦いで無事に帰られる保証もないし、告白もしないでそうなるのは心残りだと思う。

 

「…………」

「え? ちょっと、なんで黒乃が落ち込んでるの?」

 

 意識を黒乃に戻してみると、なぜだか黒乃が非常に項垂れてしまっている。わっ……黒乃の長い髪が前に垂れるとかなりホラー感が――――じゃなくて、黒乃が落ち込んでる理由を考えないと……。……ううん、黒乃のことだもん、きっとそれらしい人が居るのに巻き込んでしまったと思っているに違いない。

 

「違うよ黒乃」

「…………?」

「僕が好きでそうしたんだ。この選択に後悔はないよ」

 

 この話を持ち掛けられたとき、確かに彼の顔が過ったのは確かだよ。けれど、僕は黒乃の力になりたかった。僕が勝手に巻き込まれたんだから、黒乃が落ち込む必要なんてなにもない。それに、彼なら自分よりも仲間を優先してといってくれたはず。

 

「…………幸せに」

「……うん! キミらに負けないくらい幸せになってみせるから!」

 

 黒乃はガバッ顔を上げると、僕の肩を掴んでそういってくれた。なんだか目頭が熱くなってしまい、それを誤魔化すように大げさな笑みを浮かべて返す。……よし、黒乃のおかげで迷いは吹っ切れた。さっきの連絡も冬休みも終わるし少しだけ会えないかという内容みたいだから、それなら――――

 

「ごめん黒乃、僕出かけてくるね! あまり遅くならないようにはするから!」

 

 一応はいつでも出られる格好だったために、僕は黒乃の返事も確認せずに部屋を飛び出した。でも大丈夫だよね、黒乃ならきっと背中を押してくれるはずだもの。……やっぱり黒乃は凄い人だなぁ。喋ることにハンデを抱えているのに、僕をこうして奮い立たせてくれる。

 

 だから僕が恩を返すことができるとするならば、全ての後悔を無に帰すことに尽きる。僕は地上へ繋がる階段を目指して走りつつ、僕も会いたいなという返事を送っっておいた。後は彼の元に向かうだけ。さぁ走るんだ僕。僕のためにも、黒乃のためにも。

 

 

 




勘違いの内容については(裏)のあとがきで一気に書きます。


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第122話 決戦前日Ⅱ(表)

122話は少し構成がややこしくなっております。
決戦前日Ⅰでは楯無、簪、ラウラ、シャルロット。
決戦前日Ⅱでは鈴音、セシリア、箒が登場します。
ですが、黒乃が会いに行った順番とは異なるのです。

正しい時間軸に並び替えたものが決戦前日(裏)です。
特に問題があるわけではありませんが、混乱があってはならないので一応ご報告をば。


 ここに籠ってからけっこう時間が経った気がするけど、明日が決戦ってのはちょっと想像がつかない。なにせアタシら9人にとって特別な日になるわけで、残り数十億人の人類にとってはいつもと変わらない日だものね。正確にいうと、また学校とか会社が始まる日だから少しダルいって感じかしら。

 

 そう考えると今日という日をもっと有効に使ってもいいんだけど、アタシは特に未練はない。もちろん戦いに出るって話したわけじゃないけど、お母さんには一報入れておいたし。変に考えたり悩んだりすんのはアタシらしくないってもんよ。

 

「ほっ」

 

 だからといってみんながそうではいられないのは知ってる。だからこうして、1人寂しく体育館で遊んでるんじゃない。……ってか、今更だけどなんで地下に体育館があんのよ。なんて雑念が混じったせいか、アタシの手から放たれたバスケットボールはゴールから大きく狙いが外れた。

 

 ボールがバックボードに弾かれる音、そして地面に落ちた衝撃で大きな音が響いた。そんな反響もしばらく待てば消え失せ、どことなく寂しさが加速してしまう。はぁ……他のみんなはなにやってんのかしらね。大丈夫そうなのとそうじゃないのがいるけど。

 

 ……大丈夫そうじゃないといえば、黒乃はこういうときって無理してばっかよね。けど無理もないわよ、今まで起きてた事件の狙いが自分だって宣言されちゃったんだから。……ったく、イライラするわ。篠ノ之博士しかり、近江しかり、あのマドカって子しかり、よってたかって黒乃を狙っちゃって――――

 

(黒乃がいったいなにしたっての――――よっ!)

 

 バウンドして戻ってきたボールを再度ゴール目がけて放つけど、イライラのせいかさっきよりも結果は酷い。バックボードに激突した威力はより強く、更にはアタシ目がけて真っ直ぐボールが反射してきた。そこは持ち前の運動神経でなんとかキャッチしたけれど、なんだか集中できてないわ。

 

 精神統一なんてアタシには遥か縁遠い言葉だけれど、始めた頃より格段に集中力は失せている。ま、多分どころか十中八九で黒乃のことを考えていたからで――――って、このいい方だと黒乃が悪いみたいだわ。黒乃のことを考えてて、黒乃を狙う奴らを連想しちゃったからって感じ。

 

 確かにあの子はいろいろと飛びぬけている。勉強とか、運動とか、見た目とか、中身とか――――戦いに関すること、とか。少なくともあの子は、持て余した力を自分の欲求を満たすために使ってはいない。……黒乃に潜んでるアイツに関しては保証はしないけど、とにかく――――

 

 黒乃が人のために使おうとしてる力を、アンタらが自分勝手に利用して楽しむとか、ホントひたすら許せないとしかいいようがないっての。黒乃の力は黒乃のためにあるべきで、黒乃が選んだのは他人のために使うこと。だったらもう口出しとかしていいはずもないのに。

 

(それなのに!)

 

 あーホント、考えれば考えるほどイライラしてくるわ。アタシの悪い癖と思いながら、今度はけっこうな力でボールをバックボードへ叩きつけた。今度こそ触るのが危ないくらいの勢いで返ってきて、私は遠くで弾むボールをただ見送る。しかし、その先には意外な人物が。

 

「…………!」

「黒乃……」

 

 いつの間に居たのか、バウンドしたボールをガッチリ受け止めると、そのまま流れるように綺麗なシュートフォームでボールを放つ。すると流線形と呼ぶにふさわしいような弧を描いて、まるで吸い込まれるようにしてゴールリングを通過していった。

 

 ……偶然この場所にって感じじゃなさそうね。ってことは、アタシ以外のみんなのとこも訪ねてるんでしょ。というより、黒乃だし絶対そう。やっぱアンタは人のこと気にしちゃうか……。とはいいつつ、黒乃のそういう性分に惹かれてるのはあるんだけど。

 

 アタシだけじゃなく、みんなだって絶対そう。黒乃がそういう人間だからこそ、友達でありたいって心から想える。あったらアタシがするべきは、黒乃の想いに応えることよね。アタシは黒乃の放ったボールを回収すると、ドリブルしながらジワジワと近づいていく。

 

 それで1on1で対戦しようというのは伝わったらしく、そのまま流れでアタシと黒乃の一騎打ちが始まった。そういってしまえば聞こえはいいかもだけど、実際はほぼ黒乃の独壇場。体格的に不利ってのも抜き差ししたところで、マトモにボールへ触らせてもらえない時だってあった。

 

「ア、アンタねぇ……ちょっとは手加減しなさいよ……!」

「…………」

 

 アタシの疲れもピークに達したころ、思わずそんな本音が漏れてしまう。ホンット……勝負になると加減なんかなくなるんだから。普段の優しさは何処へ吹き飛んでんのって話よ、ったく……。……けど、なんででしょうねぇ、ボロボロに負けたのに、こんなにも気分が晴れやかなのは。

 

 ……ああ、そうか、今になって解かっちゃったかも。黒乃が勝負事で容赦ないのって、アタシたちを対等に見てくれてるからよね。アタシらに格なんてなく、常に全力で臨んでくれて――――ああもう、なによ。アタシはずっと遥か高みの存在だって思ってたのに、そんなのずるいじゃん。

 

「覚えときなさいよ……!」

「…………?」

「貸しも借りも、全部キッチリ返すんだから! 覚えときなさいよ!」

 

 アタシの胸中には、一気に嬉しさと悔しさが込み上げてきた。嬉しさはもちろんだけど対等だって思ってくれてたこと。悔しさはそんな簡単なことに気づけないでいたアタシに対して。アタシは溢れる涙を抑えきれなくて、それを見られたくない一心で駆け出してしまっていた。

 

 ホントにもう、なんで決戦の前日とかになって気づいちゃうかな。だってなんか、これが最後みたいになっちゃうじゃん。黒乃もなんかそんなこと考えてそうだったから、1つ宣言しておいた。そうよ、アンタからもらったものも、アタシがアンタにあげたものも、全部パーにするまで終われるもんですか。

 

 ……アンタと友達になれて本当によかった。心からそう思えるから、アタシはこの戦いに全てを賭けてみせる。だから涙を拭え、アタシ。もし泣くことがあるのなら、みんなと喜びを分かち合いながら……よね。見てなさいよ黒乃、絶対にアンタを死なせたりはしないんだから。

 

 

 

 

 

 

「……なんということでしょう」

 

 自分で注いだ紅茶を口にしたわたくしは、部屋で1人思わずそう呟いてしまいました。正直に申し上げますと、まったくもって美味しくありませんわ。変ですね、チェルシーに倣った手順で淹れたはずなのですけれど。やはりプロの業だったということかしら。

 

 こういうことになるのなら、お茶を淹れる練習くらいはきちんとしておくべきでした。他のみなさんとは違って、わたくしはなんとできることの少ない。育った環境からして恥ずべきではないのでしょうが、どうしてもみなさんとの逞しさと比べてしまいますわ。

 

(それにしても、どうしたものかしら)

 

 今度は、わたくしの溜息が室内へ響き渡ります。藤九郎様に後悔のないよう告げられましたが、わたくしとしては特に思い当たることもありませんし。チェルシーに電話くらいするつもりですが、日本とイギリスとでは時差もりますから後回しですし……。

 

 特にすることがなかったゆえのティータイムだったのですが、こうも口当たりの悪い紅茶を淹れてしまっては気も紛らわせませんわね。勿論のこともったいないので飲み干しはしますが、もう1度淹れ直すなどしなくてはならなさそうです。

 

(……最悪は自動販売機で売られている物でも……?)

 

 いや、流石にそれはないですわ。わたくしが淹れたものよりは美味しいかも知れませんが、わたくしにもプライドというものがあります。庶民の品と侮蔑する気は全くありませんけれど、なんだかそれは負けた気分になるので却下……却下……。

 

 ま、まぁ、見聞を広めるという意味では良いでしょう。わたしくもたまにはそういうものに触れ、脱世間知らずですわ。わたくしはお財布を手にして立ち上がると、廊下を目指して歩を進めました。しかし、まるでわたくしの外出に合わせるかのように、お客様が訪れた証であるインターホンが。

 

「あら黒乃さん、わたくしになにかご用――――」

「…………」

「こ、これはご親切にどうも……。さ、お入りください」

 

 わたくしの部屋に姿を現したのは黒乃さんだったのですが、おかげで出かける手間が省けました。なぜなら、黒乃さんがペットボトル飲料である紅茶を手土産にしてくださったからです。自らの不手際から市販のものに屈しそうになった身としては、なんだか微妙な気分が過りますわね……。

 

 恐らくは引きつってしまっている笑みでペットボトルを受け取ると、わたくしは黒乃さんを部屋に通し――――って、ティーセットを片付けなくてはその不手際が発覚してしまいます。黒乃さんに気づかれないよう手早く片すと、とりあえずテーブルに着いていただくことに。

 

「それで、単にわたくしに会いに来て下さったと解釈してよろしいのかしら?」

「いつも通り」

「そうですか、いつも通りですか。フフッ、そうですわね」

 

 催促するような気もしましたが、黒乃さんに要件を伺うといつも通りだという返答をいただきました。黒乃さんは特に用事もなくフラッと現れることが多々ありますから、多分ですがそれを仰られているのでしょう。常に自然体というのは、黒乃さんのウリの1つですわね。

 

 本当に、時々羨ましくなってしまうほどに自然体なお方ですわ。常に飾らず、常に気高く、ゆえに黒乃さんは常に美しい。飾って、気高いフリをして、ちっぽけなプライドに囚われているわたくしとは大違い。ですが、だからこそ越えたいと思うのもまた正解なのです。

 

 日本に三つ子の魂百までというコトワザがあるように、わたくしの本質はもはや変えようのないものですわ。ですから、あくまでわたくしのままで黒乃さんを超えていきたいのです。いつしかもう1人の彼女にリベンジをさせていただくつもりもありますので。

 

 そう、そのいつしかは必ず訪れるのですから、なにも無駄に心配することもないのです。明日も、明後日も、その先まで、必ず訪れる未来を、わたくしたちなら絶対に実現することができるはずです。黒乃さんのいつも通りという言葉で思い出させていただいたのはありますけれど。

 

 ……黒乃さんはマイナスイオンでも発していらっしゃるのかしら。まぁ、それは冗談ですが、彼女と共に過ごすと落ち着くのは確かですわね。そんな黒乃さんの発する癒しの空気を感じながら、わたくしの他愛のない話はもうしばらく続いたのでした。

 

 

 

 

 

 

(今日も寒そうだ……)

 

 地下施設のメインホールは、全天型のモニターに外の様子が映し出される仕組みになっている。そこに映る木々が大きく揺れているということは、寒風が吹き抜けていることが想像できる。地下内は快適に過ごせるよう空調が整備されているため、その風情を感じることができない。

 

 少し寂しいような気もするが、ガタガタ震えるよりは随分とマシだろう。どのみちこの空間は、学園に居たときと大差はないしな。あえて違いを挙げるとすれば、待遇が何段階も上等というところか。向こうはあくまで学生寮の域は出ないのだから当然といえば当然だが。

 

「…………」

 

 私は外の景色をボーッと眺めながら、いくつか配置されているソファへ腰かけた。……きっと、私の知らないどこかの誰かも、この冬を楽しんだのだろうな。……父さんと母さんもそうだといいのだがな。もう、いったいどれくらい会っていないのかも忘れてしまったが。

 

 後悔のないように過ごせといわれたが、私のコレに関してはどうしようもない。無事で戻れる保証がないのなら、せめてもう1度でいいから声を聴きたいものだ。……なにも弱気になっているつもりはないのだが、おじさんの言葉で余計に考え込んでしまっている。私にそう悩ませる原因が、私と血を分けた姉だ……とかな。

 

(……クソッ!)

 

 姉――――いや、今となっては篠ノ之博士の顔が脳内でチラつき、自然に歯を食いしばってしまう。全てがあの人の掌の上だと思うと、悔しくて仕方がないのだ。特に黒乃のことを思うと、その悔しさは何倍にも膨れ上がってしまう。だってそうだろう、私の身内が――――

 

(私の親友を狙っていたのだぞ……!)

 

 亡国機業の関わらない事件に関して、全て博士が関与していたということだ。つまり無人機から始まりなにからなにまで、黒乃を攻撃する目的だった。臨海学校と先のタッグトーナメントにおいては、どちらも黒乃が死にかけたと思えば目も当てられない。

 

 厳密に表現するのなら、黒乃を除いた多くの者も巻き込まれているではないか。私たち専用機持ちを始め、会場へ閉じ込められた生徒や観客……。特に後者に関しては、私たちと異なり抗う力を持ち得てはいない。恐怖に怯え逃げ惑う姿が、まるでフラッシュバックするかのように頭を過る。

 

 いつか解かり合えるだろうと、そんな淡い希望を抱いたりもした。私が拒絶しているだけで、博士は私に深い愛情を抱いているのだと。それは間違いないにしても、そんな真相が暴かれてしまってはもう遅い。博士の妹だからこそ許すわけにはいかんだろう。

 

 ……私はいったいどうすればよかったのだろうか。ただ少し変わり者の姉だと思って懐けばよかったのか。ない物ねだりだとは思うが、私が黒乃のようにあれば……あの人もああはならなかったのだろうか。考えども考えども、答えがみえてくることもない。

 

 そもそも答えがあるようでない哲学的な思考だとは思うが、そうせずにはいられないのだ。……今までのことが、なかったことにできる可能性を模索せずには。私も黒乃や一夏と共に進学し、鈴と出遭い、弾や蘭、そして数馬に出遭い、笑い合っていた未来があったとするなら――――

 

(それほどのことはなかったろうに)

 

 いつしかシャルロットが、何気ない日常は幸せなものだといっていた。そう考えると本当のことだと心から納得ができる。あぁ……幸せだったろうな、そんな未来は。家に帰れば父も母も家に居て、黒乃と一夏が稽古にやって来て、一夏を独占するなと鈴が怒鳴り、ならばお前も剣道をと私が返す。そんな日常があったのかも知れない。

 

 博士は己の思うままに生き、そのせいで私や巻き込まれた者たちが割を食う。明日で博士の思惑そのものは果たされるのだろうが、落とし前は必ずつけてもらわねば。これは使命感でもなんでもなく、私がそうしたいからそうするのだ。そう、私がみなと一緒に戦いたいからで――――

 

「……っ!? 黒乃……」

「…………」

 

 その時私の背にもたれかかるようにして、何者かがソファの反対側へ腰を下ろした。いきなりのことで悪戯を疑った私だったが、背中に伝わるこの温もりは間違いなく黒乃のものだ。なんの用だと問いそうになるのを抑えた私の頭には、懐かしい光景が頭に浮かぶ。

 

 要人保護プログラムの執行によって転校が決まり、不安だった私に黒乃が寄り添ってくれた時のことだ。あの時の黒乃もなにをいうわけでもなかったが、私に勇気を与えてくれた。例え遠く離れていようと、心はいつでも繋がっているのだと。

 

 黒乃、お前という奴はどうしていつもそうなんだ。言葉なくして、どうしてこうも他人を元気づけることができる。それもただ体の温もりを伝えるというだけなのに、こんなにも勇気がわいてくる。不安や迷いが消えていく。お前の為にと思ってしまう。

 

 そういうことを黒乃は望まないのだろうが、お前がそういう奴だからそう思ってしまうのだぞ。ああそうさ、お前の為ならば命とて惜しくはない。だってお前は、何度も私を救ってくれたのだから。それは単に命というだけでなく、私の心も……。

 

 ……やってやろうではないか。血縁がなんだ、肉親がなんだ、姉がなんだ。例え博士が私の心のどこかでまだ大切な人と分類されていようとも、この背に伝わる温もりをくれる者と比べるまでもない。私の救い、私の導、私の友を必ずや勝たせてみせるのだ。

 

 だから黒乃、いつしか必ずこの温もりを返させてもらおう。そして私もいつしか、誰かに温もりを与えられる人間になってみせる。それをお前に見届けてもらうためにも、明日の戦いはなにがなんでも勝つ。黒乃と、お前の温もりの元に集った私たちで、誰1人欠けることもなく。

 

(ただ今は――――)

 

 決心はついたが、今は黒乃の温もりに甘えさせてもらうことにしよう。フフ、鈴め、やはり黒乃の親友は私にこそふさわしい。ここまで言葉を交わす必要がないのだから、絶対そうに決まっている。後で自慢しに行ってやろうではないか。……などと、黒乃の背中越しに考える私であった。

 

 

 




勘違いの内容については(裏)のほうで一気に書きます。


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第122話 決戦前日(裏)

黒乃視点、かつ正しい時間軸に並べ替えたのが今話です。
先にⅠとⅡを読んでおいたほうがよいかも知れません。


(後悔……ねぇ)

 

 今日は1月7日、ついに明日が決戦の日になってしまった。明日に備えて後悔のないよう過ごすようにいわれたけど、そんなもの山のようにあるわ。積んで1度もプレイしてないゲームもあれば、未視聴のまま放置しているアニメだってある。

 

 けどそんなものをたった1日で消費し切れるはずもなく、むしろ私としては勝って帰って好き放題にするんだーって心構えだ。じゃあなにをしようかって話なんだけど、イッチーが朝から出かけちゃって部屋から出るのも億劫でさぁ。

 

 ……ちなみにだけど、別に外出とか制限するほどヤンデレじゃありませんから。拘束するってイッチーのこと信じてない証ですし、既に彼の総ては私のモノですんで。っていうか、浮気とかしてたら雰囲気とか女の匂いで解かるはず。ま、その時はイッチー殺して私も死ぬけどね……。

 

(とりあえず、誰か遊び相手を探そうかな)

 

 このままなにもしないでボーっとしてるとか、それこそアニメとかゲームより始末が悪い。適当にフラついてれば誰かが遊んでくれるだろうということで、すぐさま自室から外へ出た。まずは……あえて遠いところから仕掛けてみようかな。

 

 というわけで、私が目指したのはメインエントランスだ。あそこが出入り口付近となっていて、真っ直ぐ進めばすぐ地上っていう構造になっている。むしろあそこで出待ちとかしてたら誰か通りかかるかもね。なんて思っていたら、いつもと変わらぬポニーテールがトレードマークなモッピーが居るじゃないか。

 

 モッピーは特に何もするではなく、背もたれのないタイプのソファに座って空を眺めていた。ははん、さては私と一緒でなにもすることがなかったクチですな。こういっちゃなんだけど、モッピーは剣道以外の趣味が謎っちゃ謎だもんなぁ……。

 

 さてさて、それはそれとしてだ。そんなボーっとしてたら格好の餌食だぞモッピー。私はモッピーを驚かせる意図で、丸まった背中を背もたれにするかのようにしてソファへ腰かけた。ふむ、背中からモッピーの体温が伝わってなんともいえませんな。

 

「……っ!? 黒乃……」

(へへ、驚いた?)

 

 なんていう感想を抱いていると、モッピーは思惑通りに驚いた様子をみせた。更なる私の思惑としては、びっくりするだろうとかいうリアクションなんだけど……。…………なんだけど、モッピーはまさかのノーリアクションである。あれ、もしかして怒らせただろうか。

 

 いやいや、モッピーはそんなことで怒るほど器量の小さい女性ではない。という確固たるものがあるため、もう少し待ってみるのだが……。うん、やはりひとことすら発さない。……モッピーや、いったいどういうつもりかね。さては我慢比べのつもりかな。

 

 そう思ってもう少し待ってみても、やはりノーリアクション。おかしいなと思いつつ、私は我に返るかのようにして1つの考えが浮かんだ。もしかして、単純に1人になりたかったとかなんじゃないかな。わざわざこんな場所に居たんだし、そのくらいしかないよね。

 

 あー……ごめんね気が付かなくってさ、こりゃ失敗失敗。私は既に邪魔になっているだろうから、自分で考えているよりずっと静かにモッピーの元を退散した。う~む、素直に近場から攻めた方が無難だったかな。近場といえば居住区画かな。

 

 確かセシリーは居たっぽいし、せっかくだし自販機の紅茶でも買ってお邪魔してみようかな。私は居住区画に戻るまでの自販機で紅茶を購入し、いざセシリーの個室へ。インターホンを鳴らしてみると、秒でセシリーが出迎えてくれた。

 

「あら黒乃さん、わたくしになにかご用――――」

(うん、ちょっと遊び相手を探しててさ。はいこれお土産)

「こ、これはご親切にどうも……。さ、お入りください」

 

 にこやかな様子で出迎えてくれたんだけど、紅茶を手渡すとどうも微妙な反応をされてしまう。なぜだと考えていると一瞬にして答えは浮かんだ。それはそうか、セシリーがペットボトル飲料の紅茶なんか飲むはずないじゃない。それ数分前に思いつけや、相手は貴族様やで。

 

 ……つっても渡しちゃったものを返せというのも失礼だし、そのままセシリーの部屋の中へ。テーブルに着くよう勧められたんだけど、なんかガタガタやってるのは気のせいかいセシリー。なんだかこれまたタイミングの悪い時に尋ねちゃったかなぁ。

 

「それで、単にわたくしに会いに来て下さったと解釈してよろしいのかしら?」

「いつも通り」

「そうですか、いつも通りですか。フフッ、そうですわね」

 

 用事を尋ねられたんだけど、別に特別な理由があるわけじゃない。いつも通りに遊びに来ただけですよと伝えると、セシリーはなんだか優雅に微笑んだ。……その微笑みの意味はよく解からないですけど、馬鹿にしてるっぽくはないし問題ないか。

 

 その後はセシリーのために買ってきた紅茶を恵んでもらいながら、適当な世間話をしながら過ごした。お茶菓子も分けてもらったりして、満足なティータイムを過ごしてセシリーの部屋を後に――――って違う。なにやってんの、遊び相手を探そうつってんのに暇してどうすんのさ。

 

 き、気を取り直して次だ。ふ~む……扉の様子を観察するに、シャルとかんちゃんは外出していないようだ。なら次はなんとなくだけどシャルを訪ねてみようじゃないか。セシリーの個室を訪問した時と同じく、インターホンを勢い良く押してみる。

 

「わっ、はーい、今出まーす! よいしょ……っと――――ああ黒乃、いらっしゃい」

(やっほー)

 

 ドア越しに声が聞こえてしばらく、シャルは私をにこやかな笑顔で迎えてくれた。可憐といえばいいのか、この子の笑顔は凄まじく癒される。まぁ、一時期というか男を捨てる前はマイエンジェルとか呼んでたもんなぁ。今後この笑顔を向けられるであろう男は、きっと心底から幸せなことだろう。

 

 シャルの部屋にお邪魔した私は、世間話に終始した。内容は女子特有というか、セシリーと大して変わらないんだけどね。でもファッションとかっていうのは個人差があるもので、シャルが欲しがっている物のセンスはセシリーとだいぶ異なる。

 

 私に似合いそうだと勧めてくる物も違いが出ていて、このあたりをしっかり観察すると面白いものだ。喋ることができないぶん、深く相手のことを考える癖がついているみたい。だからって研究材料っていうことでもないんだけどね。

 

「――――そうそう、冬休み前くらいから美味しいハーブティを見つけたんだよ。今までタイミングがなかったから、ぜひ飲んでいってよ」

(あ、いやいや、お構いなく――――)

 

 すると、シャルは急に思い出したかのようにパッ表情を明るくした。いいことを思いついたっていう反応なんだろうけど、私はさっき紅茶を飲んだばかりだ。厚意は受け取るにしても丁重にお断りしようと思ったが、シャルは既に台所に立ってしまう。

 

 シャルが台所を物色している最中、ふとベッドに置きっぱなしの携帯がチィロンと着信音を鳴らせた。思わず上から覗き込んでみると、私の身体には稲妻が走ったかのような衝撃が轟く。こ、こここ……この内容は、彼氏的などなたかからの着信では!?

 

 いや、だって登録されてる名前が明らかに男だし、送られてきた文章も冬休みも最後だから会えないかって感じだし。ちょいと指で上方にフリックしたらなんか終始イチャイチャしてる感じだし……。私の居る世界観は原作じゃないのが確定したとはいえ、まさかこんな形で改変の影響が出てるとは。

 

「わ……わーっ!」

(わーっ!?)

「み、見た……?」

「見た」

 

 あまりの衝撃に打ち震えていると、シャルはダイビングヘッドスライディングで携帯を奪取。おっと、これはデリカシーのないことをしてしまったな。だからこそ見たかどうかの質問には素直に見たと答えておいた。それでも許されざる行為だろうけど。

 

「…………彼氏?」

「え、えーと、まだそうではない……かな」

 

 ……といいつつ、真偽が気になり過ぎて思わずそう問いかけてしまう。シャルも隠すだけ無駄と判断したのか、苦笑いを浮かべながら白状してくれた。どうやら友達以上恋人未満のようだけど、どちらかが告白したら即オッケーっぽいなぁ。

 

(そっかぁ~……)

「え? ちょっと、なんで黒乃が落ち込んでるの?」

 

 いや落ち込んでいるっていうか、いろいろと複雑といいますか。私が精神的に男だった頃となると、割と本気でキミに恋してましたもので。もっというなら前世から恋してたとかいうサイコパスまっしぐらな状況だったせいか、項垂れるのを止めることができなかった。

 

 

「違うよ黒乃」

(ほえ?)

「僕が好きでそうしたんだ。この選択に後悔はないよ」

 

 ぬふぅーし!? シャ、シャルさんや、どうして私にとどめになるような言葉を贈るのでしょうか……。そ、そうですか、そんなに好きですか……。ならもう私になにもいうことはない。いや、むしろ私からはこの言葉を送らせてもらおうじゃないの。

 

「…………幸せに」

「……うん! キミらに負けないくらい幸せになってみせるから!」

 

 私とイッチーが交際を始めても、みんなは祝福してくれた。ならば、私がすべきはみんなのどんな恋だろうと応援してあげることだろう。シャルの肩を掴みながらそう告げると、とても嬉しそうに微笑む姿が映る。うんうん、キミは本当に幸せになるべき人だよ。

 

「ごめん黒乃、僕出かけてくるね! あまり遅くならないようにはするから!」

 

 そういうと、シャルは部屋を飛び出して行ってしまった。おろ、なんだか自然にキューピットになっちゃった感じかも。ハッハッハ、それなら結構。ハッハッハ、グッバイ初恋……。いや、うん、男としてのね、うん。私の初恋はイッチーですから、はい。

 

 さて、だがこれでまた暇になってしまったぞ。私もシャルの部屋から出ると、人を求めて周囲を見渡した。ふむ、どうやらかんちゃんも部屋にいるご様子。なんだかたらい回しな状態だけれど、せっかくだし相手をしてもらおう。というわけで、かんちゃんの部屋のインターホンをポチっとな。

 

(どうもどうも)

「く、黒乃さま……じゃなて、黒乃……」

 

 ……かんちゃんが出迎えてくれたわけだけど、やっぱ小さく様って呼んでないかな。だとしてなんなのだろう、どういう意図があってなのだろう。別に同い年の小娘を尊敬してるってことはないと思うけど、それ以外ならやっぱり怖がられて下手に接してるのかな。

 

「あ、あの……とりあえず入って……。それで……その……適当な場所に……」

(わ、解かったよ。ありがとう)

 

 かんちゃんの所作はなんだかぎこちなく、目に見えて緊張しているのが伝わってきた。なんだか申し訳ない気分になりつつ、一応は入ってといわれたので従うことに。そして適当な場所に座るよういわれたので、私は真っ直ぐ目指したベッドに腰を下ろした。

 

「えっと……お茶とかお菓子とかは……?」

「なにもいらない」

 

 かんちゃんは、相変わらず緊張した様子でそう問いかけてきた。明らかに気を遣っているようだし、さっきもいったがセシリーのところで紅茶を頂いたばかりだ。それゆえのなにもいらない。だったのだが、かんちゃんはガクッと肩を落とす。

 

 もしかして、機嫌を損ねたと思わせてしまったかな。だとするなら、私が気を遣ってなにか頂くべきだったかも知れない。か、かんちゃん、そ、そんなに考え込まなくてもええんやで。ほらほら、私はお話できれば満足だから隣に座りんさいね。

 

 そうやって隣付近をポンポンと叩いてみると、かんちゃんは凄まじく恐縮した様子で座った。いや、ここ貴女の自室で……って、顔を俯かせて黙ってしまったじゃないか。モッピーの時とはまた状況が違うけど、これはこれで耐えがたい。

 

(う~ん……このまま怖がられっぱなしは困るよなぁ)

「あ……。そ、そういえば……なんの用事で……」

「勇気を出して」

「!?」

 

 なんて思いながらかんちゃんをジッとみていると、自分から切り出さなくてはならないのを思い出したのか、私に用事を訪ねてきてくれた。その質問の回答からは少しズレるけど、そんな怖がらなくてもええんやでという意味を込め、勇気を出してとアドバイスしてみる。

 

 するとかんちゃんは驚いた感じのリアクションをみせるけど、私がそんなことをいうのがそんなにも意外かね。……ダメだこれ、退散した方がいい。こう、まずグッと距離を縮ませようとしたのが間違いだった。私は立ち上がり暇することに。

 

「あ……あ、あの……!」

(いざ、さらば)

 

 優しいかんちゃんは私を引き留めようとしてくれたみたいだが、今回は完全に私が悪いからまたにするよ。けど、いつか絶対に心を開いてもらうから。という意味を込め、サムズアップをみせながら部屋を出た。……あれ、なんか前もこんなことをしたような気がするけど……気のせいか。

 

 う~ん、じゃあ次は出かけている人を探しにでも行こうかな。もちろん、この地下施設内に居ればの話だけど。そんなわけで遊戯関係の区画に歩を進めてみると、早速ラウラたんの背中を発見した。これから遊びに行くのか、それとも散歩かな。

 

 どちらにしたって相手はしてもらえるだろうし、こちらも早速……。そういえば、さっきは気配を探知してもらえなくて悪戯に走ってしまったんだったかな。ならば、むしろ私はここだぜと自己主張しながら接近を試みてみよう。動きがうるさいとツッコミを受けそうな動作をしつつ、いざラウラたんの肩に手を――――

 

 置いた瞬間、私の足は地面から浮いた。おまけに景色が凄いスピードで逆さまになったのをみるに、どうやら私はラウラたんに投げられたらしい。……なんで!? まだ私なんも悪い事してませんけど! なんて空中で考えてるけど、このままいくと背中を叩きつけられてしまう。

 

 それはご褒美以外のなにものではないのだけれど、いきなり人を投げるような妹を持った覚えはないぞ。というわけで、黒乃ちゃんのボディスペックをフルに活用、逆さまな状態のままラウラたんを掴んだ。そして体勢を整えると、見事に着地しつつ反動を利用してラウラたんを投げ――――はしないんだけどね。

 

「姉様……。申し訳ない、反射的に投げてしまった」

(は、反射的って……)

 

 ラウラたんを離してみると、反射的に投げちゃったとのこと。軍人特有というか、やっぱり達人の域まで辿り着くとそうなるのだろうか。そういう境地には永遠に辿り着けないだろうというか、反射的にイッチー投げちゃうとか最悪なので御免被る。

 

「だが、今の殺気はなんなのだ? いくら姉様とて、事情を問いたいものだが」

 

 さ、殺気? 殺気って、いったいラウラたんはなんのことをいっているのだろう。無表情から繰り出すシュールな動きのことは違うだろうし、なんたってそんな殺気とか……。ラウラたんは中二病とかではなく素でこんな感じの子だから冗談とは考えにくい。……意味は解からないけど、とりあえず乗っとくか。

 

「油断大敵」

「なっ……!?」

 

 いけないぞラウラ=サン、そんなことでは! という感じで、むしろ師匠気取りでそんなことをいってみる。瞬時にラウラたんはなにいってんだこいつみたいな反応をみせるが、まぁそりゃそうだよねって感じ。でもラウラたんの殺気発言もこっちからしたらなにいってんだって感じで――――

 

「なんということだ……」

(なんということだ、とは?)

「なんということだ! 姉様の妹を名乗らせてもらっているというのに、どうやら精進が足りなかったようです!それに比べて姉様はまさに常在戦場の極み。感服いたしました!」

 

 えぇ……? ラウラたん、まさか私の師匠気取りを本気にしたわけじゃあるまいね。常在戦場の極みとか、私からは程遠い言葉だぞ。だって、実際の戦闘になっても油断してるくらいなんだもの。気を回してるのは刹那の操作に関してっていうか。

 

「姉様のおかげで目が覚めました! 私はこれで失礼します!」

 

 あ~……いやいやいやラウラたんこれマジの奴だ。私が引き留める暇もなく、ラウラたんはいずこかへと走り去ってしまった。この調子なら後で武道場なりに行くのかも。……後で覗いてみることにしよう。なんだかこのまま放置しておくのは忍びない。

 

 ラウラたんの様子をみるのはまたにしておいて、それまでどこかで時間を潰すことにしよう。というより、主目的は暇をつぶすことなんだけどさ。じゃあ次は鈴ちゃん、もしくはたっちゃんを探してみようかな。あの2人なら、運動ができるスペースに居る可能性が高いかな。

 

 そのまま真っ直ぐ体育館を目指してみると、ダムダムとボールをつくような音が微かに聞こえてきた。どうやら鈴ちゃんがバスケットボールで遊んでいるらしい。誘ってくれればいくらでも付き合うというのに、1人で随分と寂しいものだ。

 

 よーし、それなら私も混ぜてもらおうじゃないか。こと運動においてはおっぱいが揺れて痛かったりするけど、お互い暇なんだからWin―Winってことで。なんて考えながら小さな背中に近づいていくと、鈴ちゃんは全力の様相でボールをバックボードへぶん投げた。

 

 跳ね返ったボールはワンバウンドで私に向かって飛んでくる。反射的に構えた両手でなんとかキャッチしたが、ビリビリと痺れるような衝撃が走った。あふぅ……これがまた私的にはご褒美――――ってそんなことは後でもいい。ボールを受け取ったからにはだ。

 

(シュート!)

「黒乃……」

 

 小学だったか中学だったかで習った綺麗なシュートフォームを思い出しながら、ゴール目がけてジャンプシュートを放った。ボールは我ながら上手い感じで飛んでいき、ゴールネットをかすれながらリングを通過していく。位置からしてこれはスリーポイントシュートってやつだね。

 

 すると鈴ちゃんはニッとしたような笑顔をみせ、地面で跳ねるボールを回収。ボールをドリブルしながらこちらへ迫ると、小さく腰を落とすようにしながら私の前に立ちはだかった。表情が相変わらず楽しそうなのをみるに、1on1で遊ぼうということらしい。

 

 うむ、勿論だとも。こちとらそのつもりでここに来たのだし、なにかしら遊んでいかないと嘘だ。というわけで、私たちのガチンコ1on1が幕を開けた。だが鈴ちゃん、勝負事となると手加減はするつもりはないぞ。なににおいても負けては悔しいですから。

 

 私は体格の有利および黒乃ちゃんのボディスペックをフル活用し、鈴ちゃんに優勢な時間を与えないほどだ。特に点を数えているわけじゃないけれど、圧倒的な差がついていると思う。そうやってゲームを続けていると、先ほどまで元気に私を追い回していた鈴ちゃんの足が止まった。

 

「ア、アンタねぇ……ちょっとは手加減しなさいよ……!」

(あちゃぁ、ちょっと頑張り過ぎたか)

 

 鈴ちゃんは膝に手を着きながら、ぜぇぜぇと肩で息をしている。運動はできる方だけど、流石に黒乃ちゃんスペックにはついてこられないらしい。ならばと休憩を提案しようとしたのだけれど、それどころではなくなってしまう。なにせ、顔を上げた鈴ちゃんは――――

 

「覚えときなさいよ……!」

(ん……?)

「貸しも借りも、全部キッチリ返すんだから! 覚えときなさいよ!」

 

 そう叫ぶ鈴ちゃんの頬には、みたら解かるほどに大粒の涙が伝わっていた。驚いて引き留めようとしたがもう遅く、鈴ちゃんは走り去ってしまう。……もしかして、ホントに手加減がなさ過ぎて泣かせちゃった? 嘘でしょ、あんなに泣く姿は初めて見るってくらいの感じだったぞ。よほど悔しかったのかな……。

 

 う~む、これはなんとも後味の悪い。完全に私が悪いんだろうけど、明日のこともあるのに少し気まずいぞ。……今はそっとしておくとして、時間をみつけて謝りにいくとしよう。とりあえず、ボールを片付けて私も他の場所に移ろうかな。

 

 ん~……なら、そろそろ武道場を覗いてみることにしようかな。ラウラたんが空回りしてなければいいけど、なんて思いながら足を運んでみるも、そこにいた人物は目的の者ではなかった。あの外はねで水色の髪は、たっちゃんじゃないか。様子をみるに、型の確認かなにかをしているらしい。

 

 こうしてみると、やっぱりたっちゃんも凄い人なんだと思う。普段はどこまで本気か解からないような人物像だけど、真剣な表情のたっちゃんは雰囲気からして別人のようだ。楯無を名乗る重責がどれほどのものかなんて計り知れないけれど、やっぱ宿るカリスマは本物なんだろうね。

 

 しかし、こうも真剣になられると一気に話しかけにくくなってしまった。私の場合は先ほどのラウラたんのように、肩を叩く等で相手に接触を余儀なくされる。けど、流石に日に2度も同じことは起きないでしょう。近づいたら気配で気づいてくれるよね――――と思っていたんだけれど。

 

「はぁっ! って、く、黒乃ちゃん!?」

(フラグでしたか、そうですか)

 

 たっちゃんは寸前まで私のことに気が付かなかったのか、上段回し蹴りを放つ際に振り返ってようやく存在を知ったらしい。危うく顔面を蹴り飛ばされそうになったけど、そこはゲーマー特有の反射神経をもってしてガード。たっちゃんの足を腕で防ぐことに成功した。

 

「黒乃ちゃん、ごめんなさい。けれど、気配を消して近づくのは止めてね。今みたいに危ないわ」

(いやだからさ、もうどうしたらいいの)

 

 存在感を醸し出しながら近づいたら殺気がどうのいわれ、普通にしてみたら気配を消すなといわれ。もはやどうしながら近づいたらいいか解かりませんぜ。確かに今回の場合は不用意に近づいたというのはあるから、一概にたっちゃんを責めていい話ではないのだけれど。

 

「ところで、私になにか用事かしら?」

(用事……用事ね)

 

 たっちゃんは思い出したようにいうが、実際は特別なにかあるわけではない。強いていうならラウラたんを探しに来たんだけど、この様子なら立ち寄ってはいないのだろう。え~っと、だからこの場合はなんていえばいいのかな。まぁいえればだけど――――

 

「理由なんてない」

「っ……!?」

 

 特に理由はないというのは正解だが、これは表現が悪かったかも。別にアンタに用事なんかねーよ、ペッ! ……的な取られ方をしてもおかしくないんじゃないかな。しまったぞ、そのことに発言してから気が付いた。失礼なことをしたと内心でオロオロするしかない。

 

「黒乃ちゃん」

(な、なんでしょう……?)

「ありがとう、大好きよ」

 

 名前を呼ばれたから説教でも始まるんだと身構えていると、突然柔らかい感触が私を包んだ。たっちゃんが私に告白しながら抱き着いてきたから。その好きが友人としてというのは理解してるけど、あまりにいきなり過ぎませんかね。話の流れがおかしいといいますか……。

 

「せっかく会いに来てくれて嬉しいけど、お姉さんもう行くわね。それじゃ!」

(あ、うん。それじゃ)

 

 私はクエスチョンマークを浮かべるばかりなのだが、意味の解からないうちにたっちゃんは去ってしまった。……みてないのは解かっているけど、一応はラウラたんの居場所を質問しておくべきだったかな。……まぁいいか、ラウラたんだって子供じゃないんだし、そんな心配ばっかしてても仕方ない。

 

 それに明日が決戦なのは解かっているだろうから、そんなにまで無茶はしないだろう。となると、全員に会ったのにあまり時間を潰せなかったが、このまま大人しく自室に戻ることにしようかな。戻るまでに誰かに声をかけられたら御の字というか、そういうスタンスで。

 

 でも結局は戻るまでに誰にも遭遇せず、私は半ばヤケクソでベッドに入るしかなかった。なにもするでもなくボーっとしていると、だんだんとまどろみが私を支配していくではないか。だ、だから……昼寝は1番無駄な時間の使い方だって……ぐぅ……Zzz……Zzz……。

 

 

 




黒乃→よしよし、少し悪戯してみよう!
箒→あぁ、またこうして寄り添ってくれるのか……。

黒乃→ほいセシリーこれ、お土産ね
セシリア→失態を見透かされた気分ですわ……。

黒乃→シャルに彼氏……。なんかショックな私がいる……。
シャル→巻き込んだなんて思うなんて、黒乃は水臭いんだから。

黒乃→相変わらず怖がられるなぁ……。
簪→黒乃様が……いつも私に勇気をくれる……。

黒乃→油断大敵だぞラウラたん! まぁ冗談だけどね、ハッハッハ。
ラウラ→流石は姉様、常在戦場の極み!

黒乃→げっ!? 鈴ちゃん泣かせちゃったかなぁ……。
鈴音→アタシもかなり黒乃が好きねぇ。

黒乃→気配? 別に消した覚えもないけど……。
楯無→私が気づけないって、相当よ黒乃ちゃん?



一夏については独立した話を設けています。


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第123話 一夏の未練

一夏のターンです。
時間軸的には黒乃がみんなに会ってる頃。
そして前話で黒乃が寝た後くらいになります。


「父さん、母さん、久しぶり」

 

 決戦を明日に控え後悔のないよういいつけられた俺は、父さんと母さんの墓参りに訪れていた。本当は黒乃と訪れるべきだったのかも知れないが、少し1人になりたかったってのはある。なにも黒乃が負担とかそんなふざけたことをいっているのではないが、今の心境は少しばかり複雑だ。

 

 狙われているのは黒乃であって、束さんからすると俺たちは部外者以外の何者でもないだろう。そうなると、黒乃はきっと俺たちを巻き込んでしまったと思っている可能性がある。戻ったらしっかり想いは伝えるつもりだが、やはり自分の時間は互いにあるべきだって考えた。

 

 1人で向かいたい場所があると今朝伝えると、黒乃は俺を快く送り出してくれた。黒乃には自分のことに集中してもらうとして、代わりに2人の元にやってきたというわけだ。前に来たのは、俺たちが付き合い始めた報告をしにだったかな。

 

 2人の墓に買っておいた花を添えると、訪れるまでに起こった出来事を語りかける。黒乃が昏睡状態になった件については、心底から謝っておいた。生きていたら俺のせいなんかじゃないといったのだろうけど、2人の大事な黒乃を預かっておいての体たらくだ、謝っておかないと筋が通らない。

 

 ただ、あまり気負うと逆に心配させてしまうというのは理解してる。代わりといってはなんだが、黒乃と必ず幸せな家庭を築くと誓っておいた。そうすれば、きっと2人も喜んでくれたと思う。父さんも母さんも、孫の顔を楽しみにしているかも知れない。

 

「全部終わったらまた来るよ。今度は必ず黒乃と一緒に」

 

 最後に力強くそう語りかけると、俺は立ち上がって墓場を後にした。吹きすさぶ寒風の中歩を進めることしばらく、さてこれからどうするかと考えが浮かんだ。残るであろう悔いは今ので済ましたが、黒乃の元に戻るにはあまりにも早すぎる。

 

 だからといってアレをやっておきたいとか、コレをしておきたいということがあるわけでもない。別に黒乃と共にあれれば後悔なんて浮かぶはずもないしな。とはいえ黒乃の時間を確保するためにも出かけたのは間違っていないのだから、無意味でも街へ繰り出してみることにしよう。

 

 そうして電車に揺られることしばらく、俺たちがよく利用している繁華街まで辿り着いた。冬休み最終日ということもあってか、学生らしき少年少女が多くたむろしている。最後だから思い切り楽しもうというのは解かるが、本当に最後になってしまうかもと思うと少しやるせない。

 

 いや、なにを縁起でもないことを。終わらせないために俺たちが頑張るのであって、みんなにとっては単なる日常だ。まぁ、黒乃との未来を生きていくためっていうのが俺の戦う動機なんだけど。前もいったが、結果的にみんなも救われるんだからオッケー……だよな?

 

「あれ? おい、一夏じゃねぇか」

「弾、それに数馬。奇遇だな」

 

 特に目的もなく人込みを縫うように歩いていると、バッタリ数少ない男友達と出くわした。毎度ながらお約束のように行動を共にしている弾と数馬の2人。曰く、やはり冬休み最終日だからということらしい。蘭も誘ったらしいのだが、向こうは向こうで友達と遊んでいるそうだ。

 

「しかしどうしたよ、1人で出かけて。黒乃はどうした?」

「あっ、さてはケンカとかして――――」

「なわけないだろ、殺すぞ」

「いやっ、冗談で――――め、目ぇ怖いってば!」

 

 俺が1人で居ることが不思議なのか、弾はイジる目的でそう聞いてきた。数馬もそれに便乗しようとしたらしいが、ワードのチョイスが悪かったな。俺と黒乃がケンカなんかするわけないだろ、馬鹿か。それはつまり俺が黒乃になにかしらの不満を抱かないと起き得ない。

 

 そうなると、俺にとっては侮辱に等しい言葉だ。たとえ本人が冗談のつもりだろうと、許容してやる気になれない。数馬の冗談にかぶせるようにして遮れば、殺気が漏れてしまったらしく酷く怯えてしまった。ひっ、なんて声を漏らしつつ、弾の後ろに隠れるほどだ。

 

「あ~……とりあえず落ち着け、マジで恐ろしい。ホント勘弁してください」

「わ、悪い……。そこまで怖がらせるつもりはなかったんだ」

「く、黒乃のことになると人変わり過ぎなんだよバーカ!」

「威勢のいい言葉を俺に隠れながら言うな」

 

 なにやら弾も頬を引きつらせ、手をブンブン振りながら落ち着くよう促してくる。こちらに関しては冗談のようにはみえず、今の俺は本当にそれくらい怖かったのだろう。とりあえず心を落ち着かせてみると、数馬が元気になったから大丈夫みたいだな。

 

「えっと、なんかホントにスマン」

「じゃあなんか奢りな!」

「お前すぐそれだよな。まぁ構わないけど。臨時収入もあったし」

「臨時ってもしかしてお年玉か? いいのかよ」

 

 数馬があまりのも怖がるもので、重ねて謝っておいた。すると弾の背後から横へピョンと飛び出しながら、俺に対価を要求してくるではないか。悪く思っているのは本当だし、数馬がそれを望むのなら応えなくてはならないだろう。言葉通りに財布に余裕があるからってのはあるが。

 

 弾はそれがお年玉だと察して遠慮気味なようだが、正直なところお年玉で済ませていいのか難しいような額を確保できているから問題はない。近江重工社長に貰いましたと話すわけにもいかないから、そこは適当に誤魔化しておくことにする。

 

 で、当然だけどそれからは行動を共にする流れに。よくある男子高校生の休日というか、複合型アミューズメント施設へ直行。施設内のゲーセンで遊んだり、ボウリングで遊んだりだ。それら全てを俺が奢りということではなく、むしろ俺たちの間でそういうのなら――――

 

「いやぁ、一夏やっぱスポーツは強ぇな」

「ま、そのぶんゲームがイマイチだけど」

「うるさいな。黒乃についてけるレベルのお前らがおかしいんだよ」

 

 奢りといえば基本的に飯になるというか、昼時ということでファミレスにて金を払うことに。もうそれぞれ食事そのものは終わり、後はドリンクバーを利用しながらグダグダ会話を続けていた。本当は店側に迷惑だろうから止めた方がいいのだろうが、久しぶりの友人との会話には華が咲いてしまう。

 

「で、どうなんだよ?」

「いきなり過ぎるし主語がないぞ。なにがどうなんだよ、弾」

「しらばっくれんなよ、黒乃との惚気を聞いてやるつってんだ」

 

 弾がニヤニヤしながら切り出してきたからなんとなくの察しはついたが、話は俺と黒乃の諸々についてとなった。惚気って、弾と虚さんはどうなんだよ――――って返してもよかったんだが、今回は止めておこう。俺も嫁自慢したくなかったといえば嘘になるし……。

 

「まぁ、答えられる範囲ならな」

「じゃ、黒乃とどこまでいったか白状しろ」

「いきなりかよ。いくともまでいった。後は籍入れて式やるだけだな」

「こんチクショオオオオオオっ!」

 

 弾は俺の照れを狙っていたかも知れないが、残念ながらそういうのは無意味だ。俺からすれば恥ずかしいことでもないのでサラッ語ると、弾はうわコイツつまんねぇみたいな顔して返してくる。数馬に至っては叫びながらテーブルに突っ伏す始末。他のお客さんにみられてるから止めなさい。

 

「畜生っていわれてもなぁ……」

「うっ、ぐぅ……! 俺は俺なりに気持ちに整理はつけたんだ……。黒乃が幸せならそれが1番ってぇ……! 今のなしだ……大切にしろよ馬鹿野郎ぉ……!」

「……ああ、ありがとな」

 

 数馬は数馬なりに、本気で黒乃に惚れていたんだと思う。顔を上げた数馬は鼻声だし涙ぐんでるし、泣く手前というのは察しが付く。それでも、俺と結ばれることが黒乃の幸せならと、俺たちを応援する言葉をくれた。なんというか、俺まで泣いてしまいそうだ。

 

 正直なところでそんなことはいわれなくても解かっているが、俺が思っているそれ以上に大切にしないとならなくなったようだ。数馬はどうしようもない奴だが、こういうところがあるから憎めない。そう思うと、出会えてよかったなって心から――――

 

「式には呼べよな。あっ、そういえば爺ちゃんがガキの顔もみたがってたぜ」

「ああ、いってたな……嬢ちゃんの子をみるまでは死なねぇって」

「爺ちゃん、黒乃の爺ちゃん気分みたいだからなぁ」

 

 先ほど冷静に数馬のことを考えたせいか、今度は弾に注目してしまう俺が居た。なんというか、クール気取ってるけどいろいろ残念なやつ。だけどただ残念なんかじゃなく、江戸っ子気質なとこも持ち合わせていて情に厚い面もある。

 

 俺が黒乃のことで悩んでいるとき、最も相談に乗ってくれたのは弾だった。それも俺から乗ったのではなく、弾はそれとなく話をそういう流れに持っていくのが上手いし聞き上手でもある。今思えば、兄貴みたいな存在だったのかもなぁ……。

 

「なぁおい、大丈夫か一夏」

「へ、なにが?」

「心ここに非ずってやつだな。数馬くん優しいからね、黒乃が恋しいなら解散でもいいんだぜとか提案しちゃう」

 

 ふと、とある考えが浮かんだせいでボーっとしてしまったらしい。気づけば、2人はどこか心配そうな表情を浮かべていた。あぁ、やはり俺の考えは間違っていなかったようだ。この2人も、俺にとっての数少ない友人は――――間違いなく後悔だった。

 

「なぁ」

「なんだよ」

「俺、弾と数馬に出会えてよかったよ」

「ヘッ、感謝しろよ~? 俺らみたいなダチ他にいねぇぞ。な、弾」

「おうよ、野暮だから同じことは言ってやんねぇかんな」

 

 2人が俺の言葉をどう受け取ったのかは図りかねるが、なんだか得意気な表情を浮かべながら肩を組んでみせた。あぁ……本当に、後から悔やむ前に伝えることができてよかったな。感謝はしているけど、こういう時でもなければそれは叶わなかっただろうから。

 

 この星の元に産まれ集った俺たちだが、これが奇跡であることをこういうタイミングでしか実感できないというのはとても贅沢な話だ。……これはどうやら、全て終わったら会いに来なければならない人が増えたな。弾や数馬だけじゃなく、蘭や厳さんも……。

 

「んなことより続きだ続き! 根掘り葉掘り聞いてやるからな」

「涙目になるくらいなら止めとけっての……。つーか、数馬もそろそろ新しい恋を始めろよ」

「ざっけんな、告ってもない癖に勝ち組気取んなやクソヘタレ!」

「あ? やんのかコラ。この際だから言っとくけどな、お前かなり黒乃に――――」

「止めとけ弾、それいったら数馬がショック死する」

 

 話の続きをと数馬はまくし立てるが、空元気なのか目元には僅かながら涙が溜まっていた。それを呆れた様子で弾は指摘するが、どうやらいい方が気に入らなかったらしい。まぁ……デートはしたと小耳に挟んだが、友達以上の状態をキープしているのに上から目線は気に障るかも知れない。

 

 数馬はそれを端的にヘタレと称するが、そしたら今度は弾が喧嘩腰に。弾、あまりに気に障ったからってそれだけは本当にいってやるな。割と黒乃に迷惑がられてたなんて聞いた日には、本当に数馬の明日は何処へ向かってしまうか解からない。

 

 とりあえず弾は制しておいて、強引に惚気を告白するという形で仲裁を取った。なんとか2人も食いついてはくれたのだが、何が悲しくて仲裁目的で惚気なければならんのだ。その後しばらく話を続けてから、どうにもいたたまれなくなり俺は逃げるように帰ることになってしまった……。

 

 

 

 

 

 

(15時頃か……。ま、妥当なとこだな)

 

 近江重工地下施設に戻った頃には、時刻は15時を指していた。もともと暇を潰すつもりではあったし、このくらいの時間なら黒乃も十分に自分の時間を過ごせたろう。他のみんなも気になるところだが、そこは各々が好きにしたと思うしかないか。会いに行っても迷惑な可能性もある。

 

 それなら、残された時間を黒乃と過ごすことにしよう。あ、もしかしたら黒乃も出かけてるかも知れないな。それならそれで、黒乃を探しにまた出かけてもいいんだが。とりあえず話は自室に戻ってからだな。何度か迷子になったりしたが、2週間もすれば慣れたものだ。

 

 アリの巣のように複雑な通路を、なにも考えずにスイスイと歩いていく。そしたら俺の目の前にあるのは自室へ繋がる扉だ。ロックがかかっていないことをみるに、どうやら黒乃は中に居るらしい。昼寝したりしていることを考慮しつつ、あまりうるさくならない程度に入室した。

 

「ただいま、黒――――」

 

 すると、俺の視界に映ったのはとんでもない光景だった。黒乃がベッドへうつ伏せになり、まるで縋るようにシーツをギュッと掴んでいる姿だ。こんなもの、黒乃が今どんな状態かなんてすぐ解かる。これはどこからどうみたって、明日の決戦を前にナーバスになっているに決まって――――

 

 その瞬間、とんでもない罪悪感のようなものが俺の全身にのしかかった。やはりずっと寄り添うべきだったろうか。1人の時間なんて必要なかったのだろうか。もしそうなら許されることじゃない。世界なんかよりよほど大切な存在を、不安にさせてしまったということなのだから。

 

「黒乃」

「…………!?」

 

 黒乃の甲へ優しく手を重ね、指を滑らせることでそれとなく閉まっていた手を開かせた。どうやら黒乃は俺に気づいていなかったようで、ビクリと身体を跳ねさせてから慌ててうつ伏せの状態を解除する。俺はそれに合わせて、靴を脱いでスプリングを軋ませながらベッドへ乗った。

 

 そして黒乃の顔を覗き込み、柔らかな頬に指の背を這わせた。……涙の痕もなければ泣き腫らしたような様子も見当たらない。涙が出るほど追い込まれている、とまではいかないようだ。黒乃は相変わらずの無表情で、そうであろうということしかいえないのだが。

 

 そんな自分を歯痒く不甲斐ないと思うのと同時に、なぜこんなにも愛しいのだろうと思ってしまう。他の男はどうだろうか。表情を上手く出すことのできない黒乃を、真に愛することができただろうか。もしもできたと仮定したとして、それでも黒乃をここまで想うことができるのは――――

 

(絶対に俺だけに決まってる)

「…………!」

 

 黒乃を横抱きで持ち上げると、俺の膝に座るような状態にさせた。羽のように軽い、というのは流石に誇張表現だが、腕や膝にかかる黒乃の体重はちゃんと食べているのか心配になるほどだ。しかし、この絶妙な重量がなんとも心地よい。

 

 俺の意図は黒乃に伝わらないだろうが、とにかく黒乃を見つめることに終始したかった。ジッとその美貌を眺めてみるも、やはり表情は微塵と変わらない。そうさ、きっとそこらの連中はこの感じに物足りなさを覚えるに決まってる。なにをそんなもの感じる必要があるんだ。こんなにも愛しい女性が、腕の中に居てくれるのだからそれで十分じゃないか。

 

「…………」

「顔、逸らさないでくれ」

「…………」

「そうだ、真っ直ぐ俺を見ていてほしい」

 

 無言でそのまま眺めていると、ふいに黒乃は顔を頷かせた。恥じらいということは理解できるが、それを推してもまだみつめていたい。黒乃にみつめられていたい。そんな想いが先行し、俺は思ったことをそのまま口に出した。少し躊躇う様子も垣間見えたが、再び俺たちの視線はぶつかる。

 

 頼んだのはこちらの方だというのに、黒乃の熱い眼差しをまえにすると、全く同じように逸らしてしまいそうになる。俺はそんな感情をグッと堪えて、まるで我慢比べのように凝視を続けた。だが時が経つにつれ顔に熱が集まり、心臓の鼓動も激しさを増していく。

 

 ……今思えば、俺って全然慣れる気配がないな。何度も愛を囁き、何度も唇を重ね、身体すら何度も重ねたというのに、黒乃との触れ合いで動機が速まらないことがない。本当に、いつだって心臓がうるさくて仕方がないんだ。それに、切ない感じがして痛みすら覚える。

 

「……聞こえるか?」

「…………」

 

 俺は自然と黒乃の頭を抱き込むようにして、左胸に耳が当たるような体勢をとった。きっと黒乃の耳には、ドクドクと高鳴る鼓動が届いていることだろう。気恥ずかしくはあるのだが、なぜか黒乃に聞いて欲しい俺がいた。そう、俺が黒乃の隣で生きている証を――――

 

 ……そういえば、前に黒乃の鼓動も聞かせてもらったことがあったな。響く心音を耳にしていると、なんだかとても安心できたのをよく覚えている。なるほど、本能的に黒乃を安心させようって思ったのかも知れないな。よしよし、ファインプレーだ俺。

 

「生きてるよ」

「…………」

「俺はここで、黒乃の隣でちゃんと生きてる」

「…………!」

 

 だから心配しなくていい、不安にならなくていい――――というのは止めておく。いくら俺の想いが本物だって、ターゲットにされている黒乃からすれば無責任な言葉でしかないだろう。だから伝えるのは、俺は大丈夫という言葉のみ。黒乃の隣ならばどこでも生きることができるから。

 

「――――たい」

「ん?」

「ひとつに……なりたい……」

 

 ボソリと、蚊の鳴くような音量で黒乃の声が響いた。流石に聞き取れなかったのでそれとなくもう1度と促すと、相変わらず小さな音量だが黒乃は確かに俺を求める旨の言葉を放った。その瞬間、まるで全身の毛が逆立つような感覚が身体を走り抜ける。

 

 黒乃の言葉はまるで魔法かなにかのようで、俺を一瞬にして男から獣に変えたのだ。気づけば俺は黒乃を組み敷き、柔らかな唇を強引に貪っていた。口内から分泌される甘美な唾液を求め、必死に舌を暴れさせ夢中で吸い尽くす。それを飲み下したと同時に思う。本当に獣と変わらない――――って。

 

「黒乃」

「…………?」

「最初に謝っとくな、本当に悪い。なんかいろいろ我慢できなさそうだ」

 

 唾液まみれになった口元を拭いながら、蕩けた様子の黒乃を見下ろす。するとどうだ、いつも以上の劣情を感じずにはいられない。……最低な考えかも知れないが、正直なとこしおらしくしている黒乃が可愛くて仕方がなかった。構わずにいられないというか、慰めずにはいられないというか――――

 

 多分、正確に表現するのならこうだ。不安なんて感じてはいられない程の快楽の中で溶け合いたいとか、そんなところだろう。……己の欲望を理解したところで、それはより己を興奮させる材料でしかないのだが。もうダメだ、我慢できない――――という旨は黒乃に伝え、俺は己が欲望へ完全に身を任せた……。

 

 

 




黒乃視点がないのはとある理由から。
まぁ、別のところで続きを書く可能性があるので。
もし書いた場合はそちらで描写します。
特に重要でもないので問題はないかと思われます。


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第124話 開幕 最終決戦!

呼んで字の如くな回になります。
実際に戦闘が始まる前までということですね。


「おはようございま――――って、なんだ!?」

「いつも以上の地獄絵図ね……」

 

 決戦当日となり集合をかけられたドックへ向かうと、そこは鈴ちゃんのいう通り地獄絵図が広がっていた。なんだかボロ雑巾のように疲れ果てた様子の研究員さんたちが、あちらこちらで呻き声を上げて横たわっている。というか、いわないお約束なんだろうけど匂いも酷い。

 

 これだけで徹夜を繰り返したのだろうというのは想像がつくが、流石にここまでくると命の心配をしてしまいたくなる。そんな研究員さんたちを踏まないように奥へ進むと、そこにはオジサンの姿が。傍らには主任研究員さんの背中も。

 

「さ、最終調整……及び施した特殊仕様……そのリストに纏まってますので……」

「おう、よく頑張ってくれた。全部終わったらバカンスと洒落こもうや」

「ははは……元に戻す作業もあるんですけどね……。あぁ……皆さん、やることは自分らがやったんで……どうか……勝って……」

 

 オジサンと主任さんの前には、ズラリと9機のISが並べられている。決戦に際して預けていたが、どうやらそれ以前にも徹夜が続いていたということになるな……。背後から見てもフラフラだったが、私たちに気が付いて激励の言葉を述べている最中に限界を迎えたようだ。

 

 電池でも切れたかのように倒れた主任さんは、オジサンがしっかり受け止めた。過労ではあるようだけど、命に別状はないみたい。……こんなになってまで私たちのISを世話してくれたとなると、沢山のものを託されたといっていい。私たちは自ずと顔付を引き締め、オジサンが開口するのを待った。

 

「さて、おはよう。気持ちはさておいて、体調は万全か?」

「不思議とすこぶる調子がいいです」

 

 いろいろと肩にかかってしまうのを避けるためか、オジサンは気位に関して言及するのを止めた。代わりに体調の方を確認してきたけど、モッピーの言葉に同意するようにして全員が首を縦に振る。オジサンはならよしと返すと、専用機たちのコンディションについて触れた。

 

「お前さんらの専用機だが、チューンナップは万全。細かい部分もオーダー通りにな。ま、相変わらず坊主と箒ちゃんは除いた話だが」

「あの、特殊仕様がどうのいってましたけど……」

「馬鹿のデータベースを参考にして、耐ビームコーティングからなにまでを施しておいた。流石にデキは劣るが、初見殺しは確実に防げるはずだ」

 

 オジサン曰く、束さんたちのありとあらゆる攻撃を想定したとのこと。ただ、それはあくまでダメージ軽減くらいのものと考えるよう注釈が入る。なるほど、だから初見殺し防止か。1回は当たっても大丈夫だけど、2回目以降は機体がもたないよって感じかな。

 

 あくまで想定しただから、後は向こうがそういう攻撃をたくさんしてこないことを祈るしかないね。後はオジサンから詳細報告を受け、私たちはいざ専用機を待機形態へ。私の場合は刹那がパッと輝き、チョーカーへ早変わりして首元に落ち着いた。

 

「んじゃ最後にもう1つだけ確認だ。覚悟は決めたか? 今ならまだ引き合えせるぞ」

「愚問ですわね」

「ホントよおじ様。覚悟なんて、ここに来た瞬間からできてるわ」

「以下同文……」

 

 オジサンは私たち9人を見渡すと、今ならまだ逃げられる。逃げても悪いことじゃないんだと告げた。それは解かるし、私としては今すぐにでも逃げ出したい。しかし、やらねば私の目指すイッチーとの日常は永遠に訪れはしないんだ。だから私はやると決めた。

 

 このように抱く想いは様々だろうが、私たち全員の覚悟は決まっている。セシリーを皮切りに私たちの士気の高さを表すかのように、みな思い思いの言葉を口にした。するとオジサンは、もはやなにもいうまいという気構えになったことが見て取れる。

 

「後悔のないように過ごすのが最後の課題つったが、もう1つ付け加えさせてもらう」

「ほぅ。して、それは?」

「必ず生きて帰って来い。以上」

 

 本当の本当に最後の課題をいい渡すというオジサンの表情には、いつもの飄々とした態度が欠片も見当たらない。この真剣な感じ、これこそがきっとオジサンの素なんだろう。そんな素のオジサンが私たちに課した最後のこなすべきこと、それは単純明快――――生きて帰ってくること。

 

 オジサンは勝てとはいわなかった。それがなにを示唆しているか、私たちは嫌でも思い知らされる。これもまた、別に勝たなくてもいい、負けたら負けたで仕方がない。とにかく、私たちは生きて帰れ。……きっとそういいたいのだろう。

 

 オジサンの短い言葉から全てを察した私を除いたみんなは、同時に腹から精一杯の声を出してはいと返事をしてみせる。私も必要以上に力強く首を縦に振り、オジサンの言葉は伝わったことを表した。そうして私たちは、近江重工を後にし――――決戦の地へ赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ホントにここで合ってるわけ?」

「あの人が黒乃との決戦を望んだのなら、小癪な真似は絶対にしない」

 

 近江重工に運んでもらった先は、とある埠頭の廃棄されたらしい倉庫の中だ。ここが束が指定した場所であり、それは映像で全員が何度も確認した。だがこんな場所が決戦の地とは思えず、鈴は思わず文句を呟くかのように誰かへ向けて問いかけた。

 

 それに答えたのは箒だが、束のことは理解しつつも徹底して突き放すような口ぶりに気まずい空気が流れた。こういう空気感を極端に嫌う黒乃は、まるで誤魔化すかのように周囲を物色する。すると、明らかに埃のかぶり方が他と異なる箱を見つけた。

 

(あれ、この箱だけ埃の厚さが違う――――って、これは……?)

「黒乃、なにかみつけたのか?」

「……姉様専用と書かれているな」

 

 バカっとその箱を開いてみると、そこにはデカデカとくろちゃん専用! と書かれていた。黒い機械的な板に右手の枠が白線で刻まれてもいる。これをみるに、手を置くのだと黒乃は察した。みんなが見守る中、恐る恐る手を乗せてみると……。

 

「ゆ、揺れ始めたね。建物が倒壊する心配とかはなさそうだけど……」

「みんな……みて……」

「なるほど、地下があったのね」

「科学者の方は地下がお好きなのかしら」

 

 指紋や手相でもスキャニングしているのか、板からはピピピと音が鳴る。その数瞬後に、微細な振動が足から伝わってきた。全員が警戒を強める中、簪は倉庫の床が一部スライドしていくのを目撃。揺れも収まりそこへ近づいてみると、どうやら地下へ通じる階段が現れたらしい。

 

 最近まで地下にて生活をしていた専用機持ちからすると新鮮味はなく、むしろ芸がないくらいの感覚が過る。ただ致命的に違う点があるとすれば、この先がどこへ繋がっているか保証ができないという部分だろうか。しかし、ここまで来ておいて臆するという選択肢はない。

 

 なにが来ても文字通り物理的に止めることが可能なラウラが殿を務め、階段をゆっくりと降りていく。だが地下空間は思ったよりも広くなく、すぐ行き止まりに差し掛かってしまった。目新しいものといえば、これまた機械的なケーブルが土俵のように円を組んでいるくらいか。

 

『あっれー!? 箒ちゃんといっくんはいいとして、余計なのが6匹も! ああいう脅し方したら、くろちゃんの場合は巻き込まないようにすると思ったんだけどな~……』

「篠ノ之博士……!」

 

 その時、地下空間内に此度の決戦を仕掛けてきた張本人の声が響いた。その声を聴いた途端、箒は相変わらず姉とは呼ばず、苦虫を噛み潰したような表情を止められない。友人のカウントが人ではなく匹であったことも十分に関係していた。無論、沸点の低い彼女はすぐさま嚙みついたが。

 

「ちょっと、余計はまだしも匹って――――」

『ま、いっか。自殺志願ってことで特別に招待したげる。その円の中に入ってね。中途半端に入ってたらそれこそ死んじゃうから気を着けなよ」

「む、無視とか!」

「鈴、やるだけ無駄だ。あの人は昔からああだよ」

 

 どこから見ているのか解からないにしても、鈴はズビシと空を指差して反論――――しようとしたのだが、清々しいまでにスルーされてしまった。不満タラタラだったものの、一夏に促されつつ円の中へ。全員が丸く収まるのは容易で、これで指示通りだ。

 

『入った~? んじゃ、レッツ転送!』

「なに……? 転送ってまさか……」

「あの人まさか、ワープなんて確立したんじゃ――――」

 

 束の無邪気な声の後に、円の中が白い光で包まれた。その口ぶりからしてこれからなにが起こるのかを察した更識姉妹は、暗部的な観点から野放しにできない装置を想像せざるを得ない。そして楯無が言葉をいい切る前に強く光がスパークすると、あたり一面は闇に包まれていた。

 

「みんな、無事か!?」

「問題はありませんが……。ここは、さきほどまでの場所とは違いますわよね?」

「うん。目が慣れないけど、さっきみたいな狭い場所じゃないよ絶対」

(ワープ装置かぁ。フットワークの軽さからして、もしかしてとかは思ったりしたんだけど……)

 

 特別メンバーが散り散りになっているということもなく、円の中に居た全員は無傷そのもの。ただどうやら、更識姉妹の想像通りにワープしてどこかへ飛ばされたらしい。黒乃としては砂漠に現れたり、不自然なまでの神出鬼没さに説明がついて納得した様子である。

 

「う゛ん! あーあー……。レディース・アーンド・ジェントルメーン! ようこそ、くろちゃん、箒ちゃん、いっくん、以下省略その他大勢」

 

 すると、かなり遠方にてスポットライトが点灯した。それだけで、この謎の場所がかなりの広さがあることが解かる。それだけでなく、高さも同様だろう。束が立っているのはそびえ立つ塔の一角らしく、空間投影型のモニターでその様子を黒乃たちの近場に映し出している状態だ。

 

 束はガバッと両手を開くと、妙に芝居がかった口調で専用機持ちたちを歓迎した。いわずもがな、それは黒乃、箒、一夏の3人までで留められるが。露骨に声のトーンなんかも異なり、3人までは甘い声色だったのに対し、他とされた6名に至っては凍えるような口調だった。

 

「さてさて、期限ギリギリまで粘ったね。そのぶん期待させてもらっていいのかな?」

「ああ、俺たちは勝つ気でここに来た!」

「ほうほう、それはそれは! ムフフ、聞いただけで楽しくなってきちゃうね。じゃ、舞台を整えよっか。たっくーん、おー願い!」

「はいはーい。みんな、けっこう揺れるから気を付けてね!」

 

 現在の時刻は午前11時で、束がタイムリミットと設定した刻までは13時間ほどある。それでも日数でカウントすれば切羽詰まったと表現しても差支えがない。つまり、それだけの時間を研鑽の為に使ったと束は読んだ。みなを代表し、一夏は完結的にそれを述べる。

 

 束のテンションもうなぎ上りのようで、年齢にそぐわないほど無邪気な仕草で内に秘めるワクワクを表現して見せた。そして傍らにいるらしい鷹丸になにかを頼むと、揺れるとの警告が本人から行われる。すると、みんなが想像していた数倍もの揺れが襲ってきた。

 

「っ……! 全員、ISを展開!」

(言われなくてもやってます!)

 

 本当に転倒の危険を感じるほどで、楯無はすぐさまISの展開を指示した。揺れるのならば宙に浮けばいいという単純な理論で、これにより専用機持ちたちはことなきを得た。しかし、今起こっている現象を察した幾人かのメンバーは顔をしかめる。

 

「ラウラ、どうしたというのだ」

「……浮いている」

「IS……展開してるし……」

「そういう意味ではない。恐らく、我々が居るこの場は――――」

 

 気になった箒がラウラに問いかけると、浮いていると返された。更に簪がIS展開中だから当たり前と返そうとするも、なにもラウラがいいたいのはそういうことではないらしい。そんな返答に首を傾げるばかりだったが、徐々に闇へ光が差してきたことで、自分たちが立っている場の規格外っぷりに目をひん剥いてしまう。

 

「はい、とうちゃーく! どう? どう? 驚いた!? くろちゃんとの戦闘を想定して、8年前からコツコツ造ってきたんだよ!」

「ば、馬鹿な……海上都市だと!?」

 

 ラウラの浮いているという発言は、立っていた地面そのものが浮上を始めているということだったらしい。つまり、先ほどまでは海底に居たわけだ。浸水がなかったのは、恐らくアリーナんにおけるシールドのようなものが張られていたからだろう。

 

 箒は姉のしでかした所業に驚いているようだが、それよりも黒乃も驚いていた。自らの力量に無自覚な上で、8年前からなんていわれたらそれはもう。頭は痛いながらそのあたりはスルーするとして、目の前で起きていることに集中を始めた。

 

「ここは……太平洋沖かしら」

「あの遠くに見えるちっこいのが日本ってこと?」

「ピンポーン、ご明察。一応は近場にしたのには理由があってね。それはなにかって、邪魔をさせないためさ」

 

 モニターに座ったままの鷹丸が現れると、なにかしらのコンソールを操作している様子が映し出された。すると海上都市の外周部にあたる隔壁が開き、そこからは無数の機械が飛び出してきた。比較的小さな鳥のデザインをしたソレは、各所に武装しているのが見て取れた。

 

「さーて、ここまで言えばアレが向かう場所は解かるだろ?」

「あの男、相も変わらず!」

「ちぃっ……! 黒乃ちゃん、一夏くん、箒ちゃん! あなたたちが残って奴らの相手を!」

 

 海上都市の位置を東京が見える場所と前置きしたということは、撃墜しなければ攻撃を仕掛けるといいたいのだろう。それを察したラウラは、幼い体躯からは想像もつかない顔付をみせた。だがそんなことをしている暇もなく、楯無の指示通りに動かねば多くの犠牲が――――

 

「その必要はない!」

「なっ、この声は……!?」

(ちー姉!?)

 

 原初の幼馴染組(オールドプレイメイト・ジ・オリジン)を除いた専用機持ちたちが、今まさに飛び立とうとしていたその時だった。オープンチャンネルで拡声しているらしい千冬の声が響いたかと思えば、機械鳥が次々と爆散していく。第一波の爆破した名残である煙が晴れてみると、そこには無数のIS乗りが漂っているではないか。

 

「やっぱり千冬姉!? どうして……」

「なに、どこぞのアホウドリが伝えてきた。本当は加勢するつもりだったのだがな。こういう手を使ってきた場合の補助に回るべき――――と判断した。どうやら正解だったようだ」

 

 左腕は完治していない様子ながら、千冬はメタトロニオス戦で用いた暮桜の贋作に搭乗している。実の弟である一夏がこの場に居る理由を問いかけると、藤九郎が来るべき決戦のことを教えてくれたとのこと。そう、あれは千冬が藤九郎の元を訪問した際のことだ。

 

 あの日藤九郎は、しっかり千冬にヒントを与えていたのだ。頭を使えと藤九郎が区切りを置いてからの言葉、それらの頭文字を並べてみると――――しのののたばね、である。千冬はそのヒントに気づき、この名が示す意味を確と理解した。その結果――――この部隊が出来上がったのだ。

 

「ハッハー! どいたどいたぁ! プレアデス(昴星)様とアルデバランのお通りだぜええええっ!」

「昴さんも来てくれたのか!」

 

 追加の機械鳥が出てきたが、それに突っ込む機影が1つ。アルデバランと呼ばれる恐らくは専用機であろうISを纏った昴である。昴が構えたランスの柄にはエンジンパーツのようなものがついており、まるでバイクのアクセルのように捻ると、そこから炎が噴出。

 

 昴の突進の勢いはグンと加速し、次々と機械鳥を蹴散らしていく。単にすれ違ったのみの機械鳥も、灼熱に身を溶かし機能停止。たった1回の突進のみで、大半の数を落としきってしまった。これこそが、昴が封印していた専用機――――アルデバランの殲滅力である。

 

「すばる……? 昴って、あの対馬 昴!? 怒れる猛牛(レイジング・オックス)!? 昴星(プレアデス)!?」

「おっ、嬢ちゃん詳しいね。アタシは現役時代が短すぎて半分伝説なのにさ」

「あっ、あの、ファンです! 貴女のパワースタイルに憧れて参考にさせてもらってます!」

 

 意外なところから、意外な人物が珍しい声色を上げた。どうやら昴のファンであったらしい鈴である。基本的にドライなシーンの多い鈴だが、今はまるで子供のように目を輝かせている。そんな鈴の姿に、嬉し恥ずかしといった様子で昴は頬を掻いた。

 

「いつになっても嬉しいもんだねこういうのは。よしっ、ここを切り抜くけたらサインでも――――」

「戦場で立ち止まらないでくれないかし――――らっ!」

「っ!? そんな、まさか……ありえませんわ。貴女は……アンジー姉様!?」

 

 照れくさそうなにしながら立ち止まっている昴に対し、数機の機械鳥が狙いを定めた。しかし、攻撃態勢にはいった機械鳥を、昴の後方から青いレーザーが射抜く。それはブルー・ティアーズとよく似た機体を纏った――――トラウマにより完全引退したはずのアンジェラ・ジョーンズその人。

 

「戻って来てくれたのですね!」

「……セシル、そんな目でみないで頂戴。今でもあの子を視界に入れたら震えが止まらないし、あの日のことなんて思い出したくもないわ。私にトラウマを植え付けておいて、世界は救おうなんて納得いくはずないじゃない」

 

 嬉々としてアンジェラに話しかけたセシリアだったが、青ざめた顔とライフルを握る震えた手をみてなにもいえなくなってしまう。そんな都合のいいことがあってたまるかと、思わずセシリアは自分を責めてしまう。けれどアンジェラは――――

 

「けどセシル、なら私はどうしてここに来たと思う?」

「……見当もつきませんわ」

「それはね、貴女よセシル」

 

 アンジェラは、穏やかな口調でセシリアに語り掛ける。それこそ、セシリアのよく知る姉と慕う人物の姿だった。確かに、未だに黒乃へ恨みを覚えているのなら断りそうなもの。それでもアンジェラがここまで来た理由は、セシリアなのだと告げた。

 

「貴女を……貴女の助けになりたかった。貴女の想いを裏切った償いをしたかったの……」

「姉様……!」

「だから、逃げてなんていられないじゃない! 貴女が世界を救う手助けなんかしてるのに、過去の幻影からいつまでも逃げてるわけにはいかないの! だから――――」

 

 話の途中だというのに、無粋な機械鳥がアンジェラに迫る。しかし、高機動で攻撃を回避しながら精密な射撃で反撃していく。その姿はまさに、セシリアがかつて憧れた戦士としてのアンジェラだった。機械鳥を撃墜し終えたアンジェラは――――

 

「思い切り戦いなさい!」

「……はい! アンジー姉様!」

 

 無理をしているというのは伝わっていたが、やはりセシリアは嬉しさが込み上げてしまう。だからこそ、セシリアもかつてのような返事でアンジェラの想いに応えたのだろう。昔懐かしいやりとりだと向こうも感じたのか、少しだけ頬を釣り上げてみせた。

 

「ったく、有給取ってまで戦闘ってヤキが回ったかねぇ。……つか、軍法会議モノだろこれ」

「でしょうね。けど大丈夫よ、これが終われば私たちはヒーローなんだから」

「ハンッ、ヒーローとくりゃぁ……アメリカンな血が騒ぐなぁ!」

 

 ブツクサと呟きながら戦うのはアメリカ軍のイーリス。その傍らで軽口を飛ばすのが、銀の福音事件において中心人物であったナターシャ。恐らくは千冬に声をかけられ、IS学園サイドに恩義を感じて参戦したのだろう。イーリスに至っては付き添いとしかいいようがないが……。

 

「シャルロットお嬢様!」

「え、えぇ!? あ、あの……デュノア社の専属パイロットのみなさんです……よね……?」

「はい! お父様が社の実権を完全に取り戻されたのです。私たちは社長の最初の――――お嬢様とその誇り高き友のために戦えという命令に従って来ました!」

「お父さん……! あ、ありがとうございます!」

 

 次に声がかかったのは、シャルロットに対してだった。リヴァイヴを纏った数人の女性を前にして、シャルロットは驚いたように目をパチクリさせてしまう。なぜなら、シャルロットは彼女らにISの操作を指導された身だからだ。

 

 だからこそどうしてここに居るかが理解できなかったが、チームの代表らしき女性が吉報を告げた。どうやら、アルフレットが毒婦から完全に開放されたらしい。そのため、こうして最初にして最大の命令を与えたのであろう。シャルロットは、思わず目元を潤ませながら大きく手を振って応える。

 

「シュヴァルツェア・ハーゼ隊、ここに集いました!」

「クラリッサか。フッ、この流れなら来てくれると信じていたぞ」

 

 クラリッサ・ハルフォーフ率いるシュヴァルツェア・ハーゼ隊が姿を現した。千冬がモンド・グロッソの件でドイツ軍に在籍していた縁もあり、声がかかって参戦したようだ。なにより、彼女らが隊長であるラウラを放っておくわけがない。

 

 その忠誠心を示すかのように、隊の全員はビシッと敬礼を決めてみせる。ラウラとしては信頼する部下たちで、むしろ来てくれないはずがないというような態度を示した。絶対的ともいえるこの関係性において、ドイツと日本の距離などないに等しい。

 

「隊長、ご命令を!」

「そうか、ならば――――指揮権はクラリッサへ譲渡する。細かい指示はそちらへ従え。そして私から下すのはただ1つ。殲滅あるのみだ! 奴らに目にもの見せてやれ!」

「「「「ハッ!」」」」

 

 普段の小動物的雰囲気は消え去り、1つの隊をまとめる長として、ラウラは威勢のいい指示を飛ばした。クラリッサたちもその言葉を待っていたといわんばかりに、嬉々として敬礼をみせてから行動を開始。他と同じく、群れを成す機械鳥たちと交戦を始めた。

 

「――――と、そういうわけだ。お前たちの力になりたい者が馳せ参じた」

(みなさん……!)

「よって、周囲のことは我々に任せろ。お前たちは――――生きて明日をつかんで来い!」

 

 全体の流れをまとめるかのように、千冬は専用機持ち全員に対してそう付け加えた。その表情はどこか穏やかで、お前たちの縁がこの場に人を呼び寄せたのだとでもいいたげだ。そして最後にクワッと表情を引き締めてから、藤九郎と同じく生きろと告げる。

 

 教師と生徒という間柄を抜きにしても、専用機持ちたちはその言葉に大きな返事をせずにはいられなかった。大音量ではいと返ってきたのを満足気な様子で見届けると、千冬も戦闘に戻っていく。その背を見届けた専用機持ちたちが、そびえ立つ塔の方へ向き直ると――――

 

「…………ちぇーっ! なにさなにさ、8年も待った束さんの努力を無駄にするようなことしなくていいじゃん! ちーちゃんのバーカ!」

「まぁ策は二重三重に敷くのが基本ですし、僕のアレも持って来ておいて正解でしたねぇ」

 

 束はまるで玩具でも取り上げられた子供のように駄々をこね始めた。鷹丸はそれを窘めつつも、再度コンソールを操作。するとそこらの道路が展開をし、SF作品でありがちな出撃用ハッチが出現した。そこから飛び出た機影は3機。

 

「まだなにか……来るの……?」

「黒乃ちゃんが交戦した機体に似てるわね」

「ご明察。その3機は特化傾向が異なる機体と思ってくれていいよ。右から順にゴーレム Type E、Type H、Type Oさ」

 

 かつて黒乃が交戦したゴーレムType Fと同じく、鳥と人の混合といった見た目をしている。しかし、ディティールはそれぞれ微妙に異なり、ネーミングからしてイーグル、ホーク、オウルといった猛禽類がモチーフになっているのだろう。

 

「じゃ、頼んだよ」

『――――――――』

「なにっ!? ぬううううっ!」

 

 鷹丸が軽い様子で命令を出すと、3機は一気に行動を開始した。すさまじい速度でType Oが箒に迫り、その太ましい腕で殴りかかる。とっさに空裂も雨月も抜刀し、交差して防御の態勢をとることには成功した。しかし、ありあまるパワーで紅椿ごとどんどん後退させられていく。

 

 これをみるに、Type Oは恐らく近接特化。そのモチーフとなるフクロウは、意外と筋肉質であることからだろう。まず初めに箒が狙われたのは、回復の手段を完全に削ぐこと。これをみたセシリアは、慌てて照準を離れていくType Oに合わせた。

 

「喰らいなさい!」

『――――――――』

「なんですって!?」

 

 がら空きの背中を狙ったつもりが、既に対策は済んでいたらしい。Type Oの背中に張り付くようにして、Type Eが割り込んで来たのだ。Type Fよりも大きくみえる翼を広げると、地に足を着けてどっしりと構える。そしてスターライトMk―Ⅲのレーザーが着弾した瞬間、それは真っ直ぐセシリアの方向へ跳ね返ってきた。

 

 イーグルというのは比較的大きなタカ類の総称である。Type Eの巨躯はそれを現しており、Type Fよりも高ランクのレーザー反射コーティングを有しているのかも知れない。それをみるに、Type Eは防御特化だろう。レーザーだけでなく、生半可な攻撃は通用しない可能性すらある。

 

「このっ、調子に乗んじゃ――――」

「鈴、危ない!」

「は!? いつの間――――キャア!」

 

 反射して返ってきたレーザーは全員が回避行動を取って事なきを得た。しかし、こうも攻勢に出られては反撃せずにはいられないだろう。勢いそのまま鈴が攻撃を仕掛けようとすると、何気ない様子でType Hが真横を通り過ぎて行った。無論、脇腹あたりを斬りつけられる結果に終わってしまう。

 

「一瞬だけハイパーセンサーから消えてたし、というかステルスもしてたわよね!?」

「ああ、確とみた。恐らく、反撃に転じたところをチクチク狙う腹積もりなのだろう」

 

 Type Hは他の型と比べると、目に見えて小柄だ。流れからして、ホークが比較的小さなタカ類の総称であるからだろう。その小柄を生かした小回りの利く動きで鈴へと迫り、搭載されている機能を活用して一太刀浴びせたということらしい。

 

 この特化傾向をみるに、Type Oがパワフルに切り込む、その隙をType Eが守り、反撃に転じようものならType Hの洗礼を浴びる。そんなバランスのとれた3機を同時に投入したことにより、互いが互いの隙を補い合うことが可能となったようだ。

 

「みな、私のことは気にするな! こんな玩具、私1人でなんとか――――」

「そういうわけにもいかないでしょ! 黒乃ちゃん、一夏くん、後は任せたわよ!」

「すぐに片付けて援護に向かいますわ!」

 

 Type Oの荒々しい殴打や蹴りの応酬に対し、防戦一方の箒が説得力のない言葉を口にした。確かに絢爛舞踏ありきで長期戦に持ち込み、3機を引きつけることができるのならそれが効率的だろう。ただし、その場合は箒の生命に関して心配をしなければならない。

 

 誰1人欠けることなく帰還するという目標を掲げている手前、箒のそれは許されざる行為である。楯無は残った1人を黒乃と一夏に任せると、返事も聞かずに飛び出していった。それに続くように候補生たちも3機の撃墜のため続いていく。

 

「さて、これでようやくキミらを残すことができたかな」

「束さん不満なんですけどー。箒ちゃん引き離したの不満なんですけどー」

「いやいや、最後の最後で無限回復はないでしょ」

 

 準備万端と鷹丸はいいたげだが、隣から頭を小突く執拗な肘鉄砲が襲う。招待はしていないながら、やはり箒は特別待遇らしい。しかし、鷹丸としては最終決戦だというのに絢爛舞踏での回復は萎えるとのこと。その言に一理あることは理解しているのか、唇を尖らせて残念そうにするばかり。

 

 そんなやり取りをみた黒乃と一夏は、ある種の安心を覚えていた。真っ先に箒が攻撃され、それが束の意志だった場合は激高せずにはいられなかったからだろう。そういう心配をしなくていいのなら、残されたやるべきことは彼女と戦って勝つこと1つのみ。

 

「じゃあ気を取り直して真打登場! くーちゃーん、出ておいでー!」

「来るか……!?」

 

 束はパッと雰囲気を明るいものへ変えると、指をパチンと1つ鳴らしてから真上を指差した。すると塔の天辺から神々しい光を放ちつつ、金と白を基調としたISが舞い降りた。クロエ・クロニクルとメタトロニオス――――かつてないほど強大で、かつてないほど最大のエネミーである。

 

「黒乃様、一夏様、ようこそおいでくださいました。此度のお相手を務めさせていただくクロエ・クロニクルと申します。改めてお見知りおきを」

 

 クロエの対応は丁寧そのもので、客としてしか2人を認識していないかのようだ。そのことに調子を狂わせつつ、一夏にはどうしても聞いておきたいことがあった。本人にとっては侮辱になるであろうが、それでも聞いておかない限り一夏の性格からして戦闘にまでもっていきない。

 

「なぁ。キミはどうして戦うんだ?」

「非生産的な質問ですね。答えは1つ、お2人が愛し合うのと同様です」

 

 一夏の言葉のソレには、無理矢理に戦わされているのではという意味が込められていた。それを察したクロエは、多少の怒気を交えながら返した。2人が愛し合うのと同じということ、それは理屈ではないということ。ならば、これ以上クロエと言葉を交わすのは不要。一夏は短くそうかと答えた。

 

「戦闘開始の合図は~……試合とかと同じでブザー方式でいいかな。早速カウントダウン始めまーす!」

 

 臨戦態勢に入った様子の3人を尻目に、束は相変わらず陽気なテンションでいかようにして戦闘を始めるかを提案した。誰に了承を取るでもなく、モニターに10から始まるカウントダウンが開始される。カウントが徐々に減っていく最中、黒乃と一夏は――――

 

「黒乃」

(うん? ……んっ!?)

「勝つぞ」

(……うん!)

 

 白式の鋼鉄の掌が肩に乗ったかと思えば、少しだけ引き寄せられて触れるだけの口づけを送られた。いきなりのことに驚きながらも、離れた後の勝つぞという言葉にしっかりと頷いた。そんな黒乃の頭にポンと優しく手を置いてから、一夏は雪片を展開。同じく黒乃も鳴神を抜刀。

 

『3――――2――――1――――0』

 

 そうしてカウントゼロと同時にブザーが鳴り響き、最終決戦の火蓋が切って落とされた――――

 

 

 




黒乃→だから8年前ってなんなのさ!
束→いやぁ、くろのちゃんの為に頑張った甲斐があったなぁ!

援護が登場するシーンがあったから無駄に長引いたんだと思います。
ぶっちゃっけナターシャとイーリスはいらなかった可能性が……。
対応するキャラもいないのに、むしろなんで出したんでしょうね私は。


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第125話 VSメタトロニオス

ようやくラスボスと戦闘開始。
この回でメタトロニオスのモチーフになった機体は丸わかり……なはず。


 ブザーが鳴ると同時にクロエはライフルを両手に展開。凄まじい速度で射撃体勢に入り、トリガーを同時に引いた。千冬の得たデータから弾速は予習済みであるが、クロエの狙いは初めから2人ではなかった。アスファルトを盛大に破壊すると共に、目くらましを図ったのである。

 

 もちろんハイパーセンサーで位置そのものは特定できるし、むしろ逆に土煙を利用されてしまう可能性すらある。それでもクロエが直撃を狙わなかったのは、刹那と白式には基本的に近接戦闘しか行えないからだ。だからこそこうして――――

 

「うおおおおっ!」

(やぁああああ!)

 

 2人はこうして、最も想定できたであろう攻撃を選んだ。左右から土煙を突破しつつクロエに迫り、それぞれの刃を振り上げる。そんな攻撃に対して、クロエは至って冷静に対処を始めた。右から迫る一夏に対してはライフルの銃口を向け、左から迫る黒乃に対してはレザーブレードに持ち替えた。

 

 同時攻撃に見せかけてタイミングを外すつもりの黒乃だったが、まるで初めから解かっていたかのような対応を取られてしまう。しかし、入力したQIBの勢いはもはや止められない。一気にクロエとの距離を詰めるも、それはレーザーブレードを構えるだけで止められてしまう。

 

「稚拙ですね」

(くっ、間一髪!)

 

 黒乃が体勢を崩してくれるという前提だったためか、一夏はひたすらライフルの銃口に近づくだけになってしまう。年下から厳しい言葉を貰いつつ、突進の勢いを殺しきった一夏は慌てて回転しながら射線から退避した。それと同時にクロエはライフルを射撃し、一直線に抜けていったエネルギーがいくつものビルを貫いていく。

 

「まだだっ!」

「無駄ですよ」

(やってみなくちゃ――――)

「なにをやっても無駄なのです」

 

 回避と同時に瞬時加速で接近し斬りかかるが、右手のライフルもレーザーブレードに持ち替えて防がれてしまう。そこから雪片を振って連続攻撃を開始し、黒乃も鳴神を疾雷と迅雷に持ち替えて手数で攻める。が、やはり初めから攻撃される場所が解かっているかのように全て防がれてしまう。

 

 むしろクロエは我関せずの様相で、このまま眠ってしまいそうなほどだ。無論、クロエは敵に対してなにも感じたりはしない。そうみえるのはクロエが無表情であること、そしてなにより黒乃と一夏の焦燥が影響しているに他ならないのだ。

 

「ちっ……! 黒乃!」

(了解! いったん仕切り直しを―――)

「そんな暇があるとお思いで?」

「なにっ!?」

 

 名を呼ぶだけで意思の疎通が図れることを利用し、一夏は黒乃に仕切り直しを提案した。しかし、2人が刃を離そうとした一瞬の隙を狙われる。クロエは瞬時に両手にライフルを展開すると、ピンと腕を伸ばしながら銃口を向ける。そしてトリガーを引きっぱなしにして発射。

 

 これまでの単発式のレーザーとは打って変わり、照射型のレーザーが銃口から放出され続ける。それに加えて回転しながら発射することにより、周囲360度を一気に焼き尽くした。クロエの頭上を飛び越えるようにして回避には成功したものの、辺りのビルは薙ぎ払うが如く倒壊していく。

 

(神翼招雷!)

 

 ここに来て黒乃は神翼招雷を発動。今回は2倍放出で、移動と攻撃を両立できる天翔雷刃翼だ。OIBほどの速度は出ないが、格段にエネルギー効率はよい。近接の間合いからとりあえず離脱することが目的らしく、黒乃は一夏の腕を掴んで遠い彼方へ離れていった。

 

(あなた、手荒いけど許してね!)

「黒乃……? ああ、そういうことか……。よし、なら思い切り頼む!」

(はいな! 行ってらっしゃいませーっ!)

 

 かと思えば、ある程度の距離が取れると同時にUターンを始める。そしてクロエとの距離が詰まる最中、黒乃はジッと一夏を見つめた。それで黒乃がどう出るかを察した一夏は、少々戸惑いを隠しきれないながら自分のことは気にしなくていい旨を伝える。それを受けた黒乃は、一夏を想い切り放り投げた。

 

「う……ぬぅおおおお!」

「…………」

 

 天翔雷刃翼の加速度も相まってかなりのスピードでクロエに迫る。一夏はそれに加え、瞬時加速で更に速度を上げた。恐らく候補生クラスでも回避するのが難しいレベルの速度で接近する一夏に対し、クロエはなにも行動を起こさない。そう、なぜなら――――それがフェイクであると理解しているからだ。

 

(……震天雷掌波!)

 

 一夏は結局なにもすることなくクロエの隣を通り過ぎるフェイクでしかなかった。本命はこちら、天翔雷刃翼のエネルギーの一部を取り込み、震天雷掌波に繋げた黒乃の攻撃。機体安定のためにある雷の翼を放出させずに済むよう、真下から両手を上にするかのようにして放つが――――

 

 一夏がフェイクだと解かっていたということは、本命のことも察していたということである。クロエはなんの気ないような所作で震天雷掌波を回避し、その行く末を見守った。極大のレーザーは遥か上空のシールドにぶつかることで消滅したようだが、威力はやはりお墨付き。束と鷹丸の両者は凄まじい揺れを足元に感じた。

 

「「…………」」

「思ったよりも息切れが早いですね」

「いいや、やっとスタートってところさ。今のでお前とその機体の謎がハッキリした!」

 

 動きが止まった2人に対し、あえてクロエはなにもせずにいた。彼女としては全く挑発のつもりはないのだが、黒乃と一夏のどちらともにそんな言葉を送る。すると一夏は、ニッとニヒルな笑みを浮かべて勢いよくクロエを指差して見せる。

 

 その秘密とは、恐らく千冬が勘付いた例のやつだろう。今までは確証が取れなかったが、これまでのやりとりでそれを確信したとのこと。クロエは相変わらず無表情、束と鷹丸はまるで回答が楽しみだといわんばかりに頬を釣り上げ始めた。

 

「多分だけどその機体は、既に二次移行済みだな。そして千冬姉がお前を傷つけられなかった理由はただ1つ、その機体に目覚めた単一仕様能力にある!」

「……どうしてそう言えるのですか?」

「俺たちが戦いながら検証を進めていたからだ」

 

 メタトロニオスは既にセカンド・シフトした機体であると、一夏はまずそう前置きした。世代のほどは定かでないながら、セカンド・シフトした機体ならば覚醒する可能性のある能力――――単一仕様能力。それこそが千冬の大敗の原因であり、なおかつ2人は既に検証を進めていたらしい。

 

「あの連続攻撃。俺たちは絶対に当ててやろうって、それはもう必死だったさ」

「次のフェイクはそうでもないと」

「ああ、実は黒乃も全く攻撃を当てる気はなかった。それに対してお前が取った行動はなんだった? ただ俺たちをみてただけだったな」

 

 当てるつもりの攻撃に、クロエは一応の対処を取る姿をみせた。しかし、自分たちが初めから当てる気のない攻撃に、クロエは避ける態度すら見せないほどだった。一夏はこの差異で全ての謎が解けたといいたいのだろう。そして、それが導く答えとは――――

 

「だからお前は、本当に俺たちがどう出るかが見えてたって結論を出した。それはつまり――――その機体の単一仕様能力で、未来を予知していたからだ!」

「フッ……フフフ……!正解――――大正解だよいっくん!」

(できれば不正解であってほしかったけどな~……)

「正確にいうと、相手の動きを計算して予測する演算能力っていうのが近いんだけどね。凡人が使ったら脳がパンクして鼻血ブーどころか穴という穴から出血しちゃうところを愛娘であるくーちゃんは見事に制御してくれて――――」

 

 簡単に説明するならば、未来を視る能力である。そんな答えに対し、束は心底から愉快かのように正解だと花丸をプレゼントする勢いだ。更にはいかにクロエがすごいかをまくし立てるように説明していき、後半になるにつれ早口になって聴き取り辛い。

 

 そんな束を誰しもが傍観している間に、一夏はやはり姉の言葉が正解だったかと顔をしかめる。あの日保健室にて、恐らくは未来予知だという推測を立ててもらったものの半信半疑だった。だが正解だという答えをもらった今では、クロエが無傷で千冬に勝利したのも頷ける。

 

「パパ、ママ、申し訳ありません。少々動きに露骨が過ぎました」

「更には――――うん? どうしてくーちゃんが謝るのさ。別に答えが割れたところでどーしようもないんだし大丈夫だよ」

「そうだよクロエ。気に病まないで、むしろ堂々としてればそれでいいさ」

「…………はい……!」

 

 そういうクロエはシュンとしているというか、落胆しているということを表に出している。よほど両親とする2人の期待に応えようという想いが強いのか、そのぶん裏切ってしまったと感じてしまうらしい。だが、どうやらクロエの落胆は杞憂で終わったようだ。

 

 束も鷹丸もまるで気にした様子をみせない。束の言葉通り、未来予知の能力が割れたからといってなにも痛いことはないのだ。むしろそんな絶望的な能力を備えているクロエとメタトロニオスをどう攻略してくれるかと期待しているまである。

 

「お時間を取らせてしまいましたね。それでは再開いたしましょう」

「来るぞ、黒乃!」

(うん!)

 

 それまでカウンター気味の戦いしかみせなかったクロエが、ついにその重い腰を上げた。右手にライフル、左手にレーザーブレードを構えつつ2人に肉薄を開始。じゃんけんで例えるのなら後出しどころか先出ししてなおかつ勝てる能力を前に、ひるむどころか挑まねばならないのは覚悟の上だ。

 

(とりあえず黒乃を後ろに――――)

「能力が解かったうえで防御に入るなど具の骨頂。こちらには既に視えているのですよ」

 

 クロエを打倒するためには黒乃が要であるという理由から、一夏はいつでも雪羅の盾を構えられる準備をして前に出る。しかし、クロエからすればその行動も既に把握しているのだ。クロエは前方にレーザーブレードを投擲し、その刀身にライフルの射撃を命中させた。

 

「なっ、これは!?」

(レーザーを拡散させて退路を――――)

 

 刀身にぶつかったレーザーは、あらぬ方向に乱反射しながら2人を襲った。以前交戦したType Fほどではないながら、あまり身動きを獲れない状況になってしまう。しかし、ここで2人が取るべき行動は、多少のダメージを覚悟してでも抜け出すことだった。

 

「そこです」

「くっ……!」

(あっぶ!?)

 

 退路を封じられたところに、一直線に鋭いレーザーが襲い掛かる。ギリギリ触れるか触れないかのところでそれを避けた2人だが、そうなることも既にクロエには視えている。やはり周知されているというのなら、手っ取り早い行動が1つだけある。

 

「イチかバチかだ!」

「視えているので、強いて言うならゼロでしょうか」

「グフッ……!?」

 

 単純にまっすぐ行きさえすれば、視えていようがいまいが関係ない。それは確かに正解なのだが、白式では物理的に速度が足りなかった。肉薄してくる一夏に対し、クロエはピタリと接近するのを止める。そのままグルリとサマーソルトをするかのように回転し、強烈な蹴りを一夏の胴体へ命中させた。

 

 当然ながら一夏は軽く吹き飛ばされ、こうなってしまえば隙だらけだ。クロエは両手にライフルを展開すると、2本の状態から左右を連結させることで1本に。そのまま体勢の整わない一夏にレーザーを発射――――したところで、とある未来が視えて顔をしかめた。

 

「ぐああああ!」

(子供だからってタダじゃ済まさないよ……?)

「やはりですか。確かに来ると解かっていても、避けられなければ意味は無いですね」

 

 吹き飛ばされた一夏と入れ違うように向かって来るのは、鬼気迫る様子の黒乃だ。一夏は無策に突っ込んだのではなく、自分の攻撃に関して未来を視ることを選ばせ、タイムラグを作り出すことこそが目的だった。そう、クロエが視たのは一夏がどう攻めてくるかという部分のみ。

 

 発射のタイミングで再度未来を予知した際には、既に攻撃されている自分が視えていたということなのだろう。刹那の機動力があってこそのものだが、クロエはある種の諦めを覚えた。最適な行動を割り出すことで疑似的な未来を視るという能力のため、一度喰らうと解かったのなら避けるだけ無駄と判断したのだ。

 

(まずはイッチーのぶん!)

「おっ! この流れはまさかまさかの原点になる必殺技きちゃう!?」

 

 距離が詰まり切る前に、黒乃は紅雨と翠雨を投擲。この入りをみた束は、刹那が二次移行する以前において、最大の必殺技だったセブンスソードを繰り出すつもりではと興奮を隠し切れない様子だ。そして紅雨と翠雨はクロエの胴体に命中した。その頃には既に完全に黒乃の間合いである。

 

(これもイッチーのぶん!)

「くっ……!」

(これもこれもこれもこれもこれも!)

 

 近接戦闘の射程距離に収めた瞬間、今度は疾雷と迅雷を抜刀。たとえ未来を視ても反撃をさせないためか、怒涛の連続攻撃でクロエを切り刻んでいく。そしてある程度攻撃を加えたのち、ポロっとてから落とすようにして疾雷と迅雷を手放した。そしてノータイムで叢雨、驟雨を抜刀。

 

 これも同じく手数に任せた攻撃を繰り出し、クロエに反撃の手立ては与えない。いや、そろそろ反撃がどうとかは度外視している可能性も考えられる。この雰囲気をみるに、一夏を傷つけられたせいで冷静さを欠いてしまっているのかも。どちらにせよ――――

 

(イッチーのぶんだああああああっ!)

「うっ……! ダメージ甚大……!」

 

 叢雨と驟雨も手放し、最後のダメ押しに鳴神での攻撃を見舞う。すれ違うかのように長い鳴神の刀身を根本付近から滑らせることにより、より大きなダメージをクロエへと与える。それもただすれ違っただけでなく、黒乃は既に次の一手を打っていたのだ。

 

(震天――――)

「流石にそれは――――」

(雷掌波!)

「やらせませんよ」

 

 すれ違いざまに既に神翼招雷を発動することにより、なるべく隙をなくして高火力の攻撃を撃つ。しかし、クロエは予想よりも早く体勢を立て直し、握った右手のライフルからレーザーを放つ。単発でなく照射されたそれの威力をみるに、恐らくは最大火力だろう。

 

 そして震天雷掌波とビルを軽く消し飛ばすほどの火力のレーザーがぶつかり合い、けたたましい音と眩い光を放つ。一見拮抗している両者のそれだが、どうやら片方のみで撃っているぶんクロエに不利な状態なようだ。徐々に黄金の光が、赤黒い光に押されていくのがみえる。

 

 しかしだ、それこそ未来を視た結果で右手のライフルのみで射撃を行ったのだ。クロエは単一仕様能力を発動させ、より的確な演算処理を行う。そして、左手のライフルを黒乃に向けて構えた。クロエのハイパーセンサーに映るのは、刹那の翼の先端付近――――

 

「これでどうでしょうか」

(っ……!? バ、バランスが崩れて――――キャアアアアッ!)

 

 クロエの取った行動は、ほんの弱い出力でチラッとみえている刹那の翼の先端付近を射抜いたというただそれだけのことだ。だが絶妙なバランスで高火力のレーザーを放つ震天雷掌波発動中には致命的であり、機体安定のためにある雷の翼込みでも刹那の重心は傾いた。

 

 おかげで拮抗していたレーザーも上方にそれてしまう。さすれば黒乃に待ち受けるのは、ライフルの高火力レーザーであった。一応は震天雷掌波は継続中なために反撃などできず、なす術なくレーザーは黒乃を飲み込んだ。刹那は大きく吹き飛ばされ、そのまま地面へ真っ逆さま。

 

「黒乃おおおおっ!」

(あ、あなた……)

 

 吹き飛ばされた先で軽く気絶でもしていたのか、一夏がようやく復帰して姿をみせた。あわや地面に激突というところで黒乃を受け止め、無事に地上へと送り届けることに成功。憎らしい様子で空中へ佇むクロエを睨み付けた。向こうは相変わらず、特になにかを考えている様子はなさそうだが。

 

『ダメージ、与えられたな』

(そうだね……。あなたが隙を作ってくれたからだよ)

『ということは、ある程度の限界とラグはあるってことか』

 

 警戒は怠らないが、一夏は秘匿通信で黒乃に話しかけた。それに関してクロエが行動を起こすことはなく、静観を貫くつもりらしい。未来を視た先で、2人がしばらく棒立ちのままだったからだろう。むしろ相談するなら好きにするといいと、そのくらいのつもりなのかも知れない。

 

 2人の相談している内容は、恐らく今の今まで無傷だったであろうクロエとメタトロニオスにダメージを与えることに成功したことについて。攻撃が成功したということは、未来予知も絶対ではないことを示している。そう一夏はいいたそうだ。

 

 ある程度の限界とは、未来を視るのもずっとずっと先を読むことはできないということ。ある程度のラグとは、単一仕様能力の発動そのものにわずかなクールタイムが存在すること。つまり、延々に遠い未来を見続けることはできないということだ。

 

『ここまで千冬姉の予想通り。だったら後は、秘策をぶちかますのみだ』

(うん、1発勝負で二度目は通じない……。大胆不敵に決めちゃいましょう!)

 

 メタトロニオスに備わっているライフルは火力が高いため、一撃受けただけでもシールドエネルギーの消費が大きい。もちろんバリア貫通や機体そのもののダメージ等々で、長期戦へ持ち込むことは不可能だろう。秘策に関しても初見殺しの要素が強いため、つまりは次が事実上のラストチャンス。

 

(……ねぇ、あなた)

「ん、黒乃?」

「あい……し……て……る……」

「っ!? …………ああ、ありがとうな。俺もだ黒乃、愛してる」

 

 トントンと一夏の肩を叩いて注目させると、相変わらず声も絶え絶えの様子だが、キチンと自らの意志と声で愛してると伝えた。一夏の胸中には、一瞬にして様々な感動が過る。今にも大泣きしそうなのをなんとか堪え、震えた声で同じく自分の想いを伝えた。

 

 一夏の言葉にコクリと頭を頷かせると、互いに右手と左手を取って宙へと浮いた。やがて高度がクロエと同じになるとピタリと止まり、覚悟の決まった様子で佇んだ。相対するクロエはしばらく動く様子をみせなかったが、2人を前にして口を開く。

 

「もう相談はよろしいので?」

「ああ、待たせて悪かった。けど、これで最後だ」

 

 クロエとしては束と鷹丸を楽しませるというスタンスを崩す気がないのか、どうせ無駄だろうけど攻撃しても大丈夫かという旨の言葉を伝える。それに関して黒乃たちが思うところはなく、事実無駄で終わってしまう可能性すらあるのだからなにも間違ってはいない。

 

 ただ、それで終わらせる気なんて毛頭ない。黒乃と一夏は次の一撃でクロエを仕留める気なのだから。そしてそれの前段階となる攻撃を発動させるため、黒乃は神翼招雷を使い放出した雷の翼を取り込むことで4倍まで増幅させた。倍加させたエネルギーを刹那の内部で留め続けるのは自爆を引き起こしてしまうため、これでカウントダウンが始まったようなものだ。そして――――

 

「行くぞ――――黒乃おおおおっ!」

(一生ついていきますともおおおおっ!)

「…………」

 

 2人は手をつないだまま、白式が刹那に追いつける速度をキープしつつ真っ直ぐ突っ込んだ。それを怪訝な表情で眺めるのは、同じくして真っ直ぐ前進を続けるクロエである。もちろん未来予知を発動させて先を読んでいるが、その程度の行動で自分を倒せると2人が思っているのは違和感を覚えるのだろう。

 

(黒乃ちゃん、お願い!)

『任せて! せ~のっ――――』

『(天刺雷掌槍!)』

 

 黒乃は左手をクロエへ向けてかざすと、オリジナルである黒乃と役割分担することで使える天刺雷掌槍を放った。より細かい制御を習得したことにより、グネリと曲がって何度もコースを変えながら細長い雷の槍がクロエに迫っていく。

 

(これが作戦……? いえ、そんなはずはありません――――なにより、あの握っている手になにかあるにはずでしょうから)

 

 今度こそクロエは、解かりやすいほどに顔をしかめた。そもそも天槍雷掌槍を発動するだけなら黒乃だけでも事足りる。となると、京都でみせた白式と刹那による合わせ技がキモだと踏んだ。未来を視ながらしつこく迫る天刺雷掌槍を避けつつ、肉眼で白式の左手を眺める。

 

 するとクロエの想像通り、淡いながら確かに青白い光を放っている。これで黒乃と一夏がなにかしらを企んでいるのは確定だ。ならばその思惑を打ち砕いてやろうとクロエが選んだ行動は、ギリギリのタイミングで未来予知を発動させ、強烈なカウンターを喰らわせてやろうというものだ。

 

 そもそも、メタトロニオスは単一仕様能力の特性からしてカウンター型だ。クロエが今まで無傷でいられたのも、反撃を意識していたからだろう。よってクロエは、あらゆる可能性を考えながら2人を引き付ける。そして、未来予知を発動――――

 

(そんな馬鹿な……!?)

「黒乃、今だ!」

(うん!)

 

 クロエの視たものとは、結局なにもされなかったという意味不明な未来だった。当然のように黒乃と一夏は手を放し、左右へ分かれてクロエの横を通り過ぎていく。それと同時に天刺雷掌槍も消え去ったため、本当になにも起きなかったとていいだろう。

 

(そんなはずはありません……!)

 

 一夏の性格からして、これで最後と銘打ったうえでこの結果はありえないと考える。彼の言葉にハッタリ等々はないという認識のため、クロエは単一仕様能力のクールタイム後即発動させ未来を視た。すると、そこに映し出されていたのは――――

 

「これは……そんなことが!?」

 

 

 

 

 

 

 時はさかのぼって、京都での一件が片付いた頃。黒乃が復帰したということで、対クロエに関する話し合いが行われることになった。未来予知の類であることは既に千冬から知らされているため、専用機持ちたちはみんなして難しい顔を浮かべるばかり。

 

「未来が解かったうえで避けられない攻撃を仕掛ける……とか?」

「シャルロットが言いたいのは、速度的な話と手数的な話だな。前者に関しては姉様が可能としてだ――――」

「あの人たちが……素直に参加させてくれるはずない……」

 

 オズオズとした様子ながら、シャルロットは提案を出してみた。ラウラの細かい解説の通りに単純な速さや手数で攻撃するのが最善手としてだ、後者の手数に関しては人数のことをいっている。簪のフォロー通り、黒乃を除いたメンバーを極力参加させない方針で来るはずだ。

 

 それを始めから解かっていた実の妹である箒、および昔なじみの一夏は眉間に皺を寄せる。黒乃も表情が出はしないが、クロエと1対1で戦わなければならない可能性が浮上したことに戦々恐々としてしまう。終いには、対抗策を誰かが提案するのを祈り始めてしまう。

 

「最悪一夏さんだけでも参戦させる努力をしなければなりませんわね」

「単一仕様能力の組み合わせがいいものね。どうせなら箒ちゃんもだけど」

「まず参加させるための対策を取らねばならないのはしんどいな……」

「じゃあ、こういうのはどうだ――――」

 

 神翼招雷の制御を外部的要因である零落白夜で行えることが発覚しただけに、黒乃と一夏はセットにしておきたいものだ。箒の紅椿もエネルギー増幅と組み合わせはいいものの、半永久的にできてしまうとなると、他のメンバーより参加させてはもらえなくなるだろう。

 

 というわけで、話はいったんいかようにして対クロエ戦に参加するかという部分に。だが誰かが異議を唱えると、また別の誰かが異議を唱えるような状態が続いてしまう。すると、今まで黙っていた比較的に単純な思考を好む少女が我慢の限界を迎えた。

 

「だーっ、もう面倒くさいわね! 要するに視えても防げなきゃいいんでしょ? ならアタシの衝撃砲でふっ飛ばしてやるわよ!」

「「「「「…………」」」」」

「なっ……なによ、なんか文句でもあんの!?」

 

 要するに鈴音がいいたいのは、未来が視えても肉眼で捉えられない攻撃を繰り出せばいいのだということ。甲龍の龍砲から放たれる衝撃波、それは空気を弾として飛ばすために視認は難しい。しかしそんな提案をしてみると、全員が鈴音をみつめて口を閉ざしてしまう。呆れられていると感じたが、そうではない――――

 

「「「「「それだ!」」」」」

「えっ、え? いやいや、アタシとしてもヤケクソのつもりで――――」

「そうか、盲点だった……。確かに見えさえしなければ確実に仕留める方法がある」

「ええ、そうね。これでなんとしてでも一夏くんは参加させなきゃ」

 

 自分のヤケクソ気味な提案に対し、全員が口をそろえてその手があったかといったふうなリアクションをみせた。これには鈴音も困惑するばかりで、そんな馬鹿なと他のメンバーを落ち着かせにかかる。しかし、鈴音は自分の提案した起死回生の一手を取り違えているのだ。

 

「は? 一夏は絶対って、どういうことよ」

「解かって……なかったの……?」

「つまりだな、俺と黒乃で神翼招雷のエネルギーを――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……そんなことが!?」

 

 メタトロニオスの触れるか触れないかの位置で漂っているのは、ハイパーセンサーで捉えることすら難しいレベルの小ささに――――神翼招雷の6倍増幅したエネルギーを、零落白夜で圧縮させた球体である。そう、単純に視認できていなかったのである。

 

 クロエからしたら寸前で二手に分かれただけにしか視えなかった未来だが、その時は既に黒乃と一夏は全ての行動を完成させていたのである。あとはクロエの未来予知発動タイミングによる賭けのようなものだったが、鈴音のような良くも悪くも単純である脳から割り出される作戦など、良くも悪くも頭が固いクロエでは思いつきもしなかったのだろう。

 

 更には、クロエが未来予知に頼り過ぎていたこともある。クールタイムのことを考慮して発動させれば、全てが簡単に見破られてしまっただろう。しかし、クールタイムが終われば即発動を繰り返したことにより、こうしてタイミングを外してしまった。それすなわち、もはや回避は叶わないということ。

 

「まだ……まだです! メタトロニオス! 私に敗北以外の未来を視せなさい、メタトロニ――――」

 

 クロエが先ほど視た未来には、ただひたすら赤黒い電撃が広がる光景しかなかった。やはり回避不能ということはクロエが最もよく解かっているのか、焦りを隠すことができないように悲痛な叫びが響き渡った。そんなクロエをよそに、ついに極小の球体がメタトロニオスの装甲に触れた。

 

 ――――と同時に、凄まじい爆発と共に球体が真の姿を現す。あそこまで小さくしたとはいえ、正体はかなりのエネルギーを割いて6倍増させたレーザーだ。触れた衝撃でその形を保ってはいられず、途方もない雷撃が周囲一帯を包み込んだ。

 

 その中心となるのが恐らくはクロエとメタトロニオスで、あまりの閃光のせいでそれこそ視認なんかは全くできない。仮に悲鳴なんかを上げていたとして、聞き届けることもできないだろう。試験の段階で、アリーナの半分ほどを消し去った威力なのだから。

 

 そんな威力の攻撃を、世界の敵とはいえ子供相手に放たなければならなかった。罪悪感は過るが、だからこそ2人は目を離さずに電撃が収まるのをただただ待ち続けた。その手は再度固く握り合い、言葉はないが安心しろとそう互いに言い聞かせているかのようだった。

 

 

 

 




(勘違い要素は)ないです。


というか、このあたりから勘違い要素をぶっこむ隙がないんだよなぁ。
この回に至っては、クロエがある意味で勘違いしてるといえばしてますが。


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第126話 クロエ・クロニクル

ちょっとクロエ関連で一話使います。あしからず。
必要な回ではあるのでね……。


 白煙を上げて横たわるは、感情を持たずして任務を忠実にこなす鉄器の兵たち。あるものは原形を残さない程の凹凸が目立ち、あるものは小さな部品をそこらへ撒き散らし、あるものは頭から股まで両断されている。役割をこなしつつ大破。それが彼らの辿った末路だった。

 

 彼らを打倒したはずの彼女らだが、脱落者は出なかったものの疲弊が凄まじい。機体的には紅椿の絢爛舞踏もあるのでまだまだといえるだろう。しかし、この様子からして神経を擦り減らしながらの戦闘だったのだろう。こういう時、いの一番に口を開くのは彼女である。

 

「ったく、しぶとっ!」

「そういう機体構成みたいだったからね」

「見事に……目的果たされた……」

「端から足止めしか視野に入れておらんか」

 

 頬にこびりついた土ぼこりを拭い取りつつ、鈴音は恨みがましい目つきで鷹丸改良型ゴーレムシリーズの残骸を見やった。勿論向こうからしても、専用機7機が相手ならば勝ちが薄いことなんて解かっていたはず。しかし、箒の呟き通りにクロエの戦いを邪魔されなければそれでいいのだ。

 

 戦闘時間と結果的に専用機持ちたちを疲弊させられたことから、3機は十分に役割を果たしたといえよう。事実、一応は対黒乃を想定した機体なため、実のところ大金星でもあるのだが。後半は数の有利でアッサリとした運びとなったのも否めない。

 

「姉様たちはどうなっている」

「次々とビルが決壊してった感じだけど、どっちの攻撃かまでは確認してられなかったわね」

 

 ラウラがハイパーセンサーで黒乃たちの戦域を確認しようとするが、土煙が酷くてよく解からないというのが正直なところか。赤黒かったり黄金だったりの光が瞬いたと思えば、そのたびにビルが崩れ落ちていったせいだろう。楯無は、フムフムといった様子で顎に手を当ててみせた。

 

「ともあれ、援護しない理由がありませんわ」

「ん、休憩も十分だしお姉さんたちももう一仕事――――」

 

 セシリアのいう通り、戦況が解からないのならばこちらから向かえばよい。足止めされようがなんだろうが、まだ戦闘が終わっていないのならやるべきことはある。リーダーである楯無も全面的に賛成なため、蒼流旋を担ぎ直して出撃命令を――――出そうとしたその時だった。

 

 空中には、これまでにない規模の閃光が轟く。あの異様なまでに大きい電撃の球体を目にしたところで、黒乃と一夏が秘策を使ったと理解が及ぶ。ならばここで駄弁っている場合などではなく、秘策が成功か失敗かによっては両者の命すら危うい。専用機持ちたちは、誰ともなく2人の反応を目指して飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

(確実に当てはしたが……)

(自分たちでもなにがどうなんだか……)

 

 絶対的必殺といっていい攻撃を当てたにも関わらず、黒乃と一夏に油断はない。ここまでくると弱気になっていると取っていいのかも知れないが、こんなことで終わった気にはなれないのだろう。雷撃の球体が収束を始めると共に注意は深くなっていく。

 

「まだ……です!」

「やっぱりか!? 黒乃、隠れてろ!」

(は、はい!)

 

 完全に球体が消え去ってみると、その中心に居たのは翼を蛹のように包ませたクロエの姿だった。メタトロニオスはType Fの人用改修機。ともなれば、翼にエネルギー反射のコーティングは施されている。それをもってしても防御は難しかったらしく、クロエは見る限りボロボロの状態だ。しかし、果敢にも攻撃を仕掛けてくるではないか。

 

 バサッと翼を一気に広げると、ライフルを装備して黒乃に向けて発射。一夏が雪羅の盾を発動させて防いだことにより無傷で済んだが、白式のほうもそろそろエネルギーが底を尽きかけていた。もっとも、それは刹那もメタトロニオスも似たような状態なわけだが。

 

 刹那はレーザーブレードならともかく、ライフルのレーザーを一撃もらえば装着者の生命に関わる。メタトロニオスに限れば、いずれかのブレードでの攻撃はおろか、威力次第だが殴ったり蹴ったりで完全にその機能を停止させることだろう。

 

「はぁ……はぁ……!」

「もう止めろ、決着はついた!」

 

 機体の心配よりもクロエの心配をするべきなようで、ライフルを握る手は空を揺れ、意識そのものを保つのが限界なのか、メタトロニオスがふらつき続けている。いや、まずは気力だけでISを展開していられる精神力を褒めるべきだろう。齢12にしてとんでもない経験を積んできたことがよく解かる。

 

 だが、一夏はそんなものをみせられて、口を挟まずにいられない。自身の言葉がクロエにとって侮辱に価するなんて理解している。殺す気でかかっていた自身が発していい台詞でないのも同じく。しかし、それでも、こういう性格だからこそ、いわゆる主人公というポジションに収まっているのだろう。

 

「っ……!」

 

 そんな言葉を投げかけられ、クロエは遥か後方にそびえる塔に居る束と鷹丸をハイパーセンサーで捉えた。2人とも全く心配する様子はなく、ただにこやかな笑みを浮かべているだけだった。人によっては非情と取るだろうが、クロエにとってはそれで十分である。そう、失望されていないのならそれでいい。

 

 クロエ・クロニクルにはなにもない。大人の都合で生み出された挙句に失敗作と罵られ、蔑まれた記憶しかなかった。だがそれは、ある日を境に一変したのだ。自らを天才と名乗る不思議な女性と、なにを考えているのかサッパリな胡散臭い男性と出会ってから。クロエの世界は――――

 

「ダメです――――」

 

 クロエ・クロニクルには親が居る。血など全く繋がってはいないが、自身に幸せを与えてくれた両親が。利用するための偽りならば、それはそれでいいと思えた。例え偽りだろうとも、クロエにとっては紛れもなくそれ以上のものはないのだから。

 

「失望させるのはダメなんです――――」

 

 利用してくれるのならそれでいい。必要とさえしてくれるのならクロエはそれでいい。だとしたら、利用価値すらないと思われてしまった時――――いったい自分はどうなってしまうのだろう。今クロエが考えているのは、ただそれだけ。そうなってしまったら、またなにもなくなってしまう。

 

「ですからどうか、どうか私と戦ってください! 私にはそれしかできないんです! お2人に報いるには、それしかないんです!」

(クロエちゃん……)

 

 それは心からの懇願であり、その言葉が出てくる要因は間違いなく恐怖だった。必要とされないことは、きっと死よりも恐ろしいのだろう。主に黒乃と戦って勝利することが束と鷹丸の望みであり、それを叶えるためだけに自分は存在している。

 

 もはや自分と戦う気が失せ始めている2人に対し、まるで怯えるかのような願いであった。戦ったところで結果は視えているというのに。場合によっては命すら落としてしまうかも知れないのに、それでもとクロエは叫び続けた。両親を失望させないためにも、どうか己と戦ってくれと。

 

「だからパパ、ママ、見ていてください。お2人の娘であるクロエ・クロニクルはまだ戦えます! 必ずやお2人の悲願を!」

「おい、もうそれ以上は――――」

「私がそうならば、あなたもそうでしょう――――メタトロニオス! お2人の産み出した機体ならば、私の声に応えなさい!」

 

 まだ自分は戦えるから。だから私を見捨てないで。クロエの言葉を子供らしく要約するとしたらそんなものだ。言葉そのものは大人びていようと、内容に関しては愛されたい一心の子供でしかない。戦闘中のクールな様子が欠片もないクロエを、一夏はもはや見てはいられなかった。

 

 悲痛な表情で再度降伏を要求してみるも、もはやクロエにはその声すら届いていなかった。どうにか戦闘を継続させよう、ただそれだけ。ここまで追いつめられる少女が居ていいはずもない。いって無駄ならば、絶対に殺さぬよう完全決着をと、一夏が雪片を構え直そうとしたその瞬間のことだった。

 

(眩しっ! こ、この光はまさか……!?)

「キタ――――――――」

「本当にISが応えて……?」

「キタキタキタ――――」

「くっ、その前に止めないと!」

 

 まるでクロエの叫び声に応えるかのように、メタトロニオスが眩い光を放ち始める。黒乃、一夏、クロエは一度この経験を積んでいるからこそここに立っているといっていい。だからこそ、御法度であろうが今止めなければ取り返しのつかないことになってしまう。

 

 一夏は残されたエネルギーを全て雪片弐型に集約し、零落白夜を発動。本音ならば瞬時加速で一気に間を詰めたかったところだが、確実性を取るのならば刃の方が向いている。そして今まさに零落白夜で形成された刃がメタトロニオスに触れようかという瞬間――――

 

「ぐああああ!」

(イッチー!)

 

 発せられる輝きが一層強くなったと思えば、まるで波動のように周囲へ拡散。その衝撃に伴い、一夏は大きく吹き飛ばされてしまう。空中でなんとか姿勢を正してメタトロニオスを視界へ捉えてみれば、そこにはより神々しさを増した機体が浮いていた。

 

 白色を基調としてアクセントに金色が施されていた配色だったが、それが逆転しているのだろうか。しかし機体の端々に伸びるラインは虹色に輝いており、まるで鼓動が脈打つかのように、七色がループするように変色を続けている。そしてなにより、アンロックユニットらしき大きな輪を背負うようなその姿。それが天使らしさを助長しているのかも知れない。

 

「キタキタキタキタキタキターッ! ねえねえねえねえ、たっくん見てる!? くーちゃんがくろちゃんより先に成し遂げたよー! 前人未到の最終形態移行(ファイナル・フォームシフト)!」

「はいはい、見てますからそんな身を乗り出さないで下さいねー」

 

 最終形態移行――――その予兆を感じ取った時には既に興奮を隠し切れなかった様子だったが、機体の全貌が露わになってしまってからは暴走と取っていい。興奮のあまり身を乗り出し過ぎで、背後で鷹丸がスカートを掴んでいなければとっくに転落しているだろう。

 

 至っていつも通りの雰囲気を醸し出す鷹丸も、実のところかなり興奮していた。その証拠といわんばかりに、束を掴んでいない方の手は忙しそうに空間投影型ディスプレイのキーボードを叩いている。束も束で、掴まれたまま解析を開始した。

 

「なんということでしょうか……。まさか本当にこうなると誰が思います?」

(本当にそうだよもう!)

「くっ、これで振り出しか……!」

「ええ、これでまだ戦えます! さぁ、箒様が到着次第に再戦といきましょう!」

 

 自分でやり遂げた進化を信じられなかったのか、クロエはしばらく身体中を眺めて目をパチクリさせていた。しかし、本当に新たな段階へ辿り着いたのだと理解した途端、まるでメタトロニオスに感謝するかのよな表情を浮かべて感極まってしまう。

 

 黒乃と一夏からすれば絶望的といっていい状況だが、クロエはあくまで全開の2人を打倒することにこだわるつもりらしい。再戦するのなら箒と紅椿による絢爛舞踏にて回復してからだ。そうやって堂々と宣言してみせたクロエだったが、不可解な事態が発生した。

 

「……!? う、腕が勝手に……? づっ!? カハッ……!」

「な、なんだ? 様子が変だぞ……」

(じ、自分で自分の首を……?)

 

 ひとりでにメタトロニオスの腕が動いたかと思えば、それは迷いもなくクロエの首を掴んだ。遠くから異変を察知した黒乃と一夏だが、それがクロエ本人の意志と反していることくらいは想像がつく。だとしたらいったいなにがどうなって、クロエが苦しむ結果となっているのか。

 

「まさかとは思うが、束さん!」

「それは濡れ衣だよー! 束さんも解析中だからちょっち待って!」

 

 もし第三者の影響とするならば、考えうる可能性として束と鷹丸はあげなければならない。閃いた一夏は怒鳴り散らすように問い詰めるが、向こうからも苛立ったような返しが戻ってきた。とするのならば、いったい何者の仕業だというのだろうか。すると――――

 

「これ、機体が流動してる……? そんな特殊な金属は使った覚えが――――それとも最終形態移行の影響? どちらにせよこれは――――ねぇ、たっくん」

「恐らく結論は同じかと。あの行動は強いて言うのなら、メタトロニオスそのものの意思です」

 

 成分分析からしてそういう結果が出たようだが、現在のメタトロニオスを視認する限りは確かにそういうふうに見える。だんだんとクロエの四肢が露わになり始めているところからして、束と鷹丸はとある1つの考えを導き出した。

 

「う、ぐ……ああああああああっ!」

「ひ、引っぺがされた……のか……!?」

 

 やがてクロエの絶叫とともに、その身体が完全にメタトロニオスから引きはがされた。科学者2人の見解と相違ないようで、身体が露出する際の様子はズルリと粘液から脱出したかのようだった。そのまま見守ることしばらく、黄金の流動体は――――再び人の形を成し始めた。

 

 近世代のISは四肢に装着され胴体部は存在しないのが基本だが、腰や胸にあたる部分が形成されていくのがよく解かる。やがては頭部も形作られていき、ビジュアルはどこかクロエの面影があるように感じられる。ただし、目や口といったもの彫刻像のようなものと表現するのが近そうだが。

 

『機体の再構成が完了』

(しゃ、喋った!? ってことはAIでも積んでた……?)

 

 ノイズ混じりなうえにエコーがかかって聴き取り辛くはあるが、メタトロニオスは確かに己の意志でクロエに似た声を発した。これを束たちが最初からこれ狙いでAIを積んだのではと勘ぐる黒乃だが、科学者2人の手が止まらないところをみるにそうでもないらしい。

 

「僕らに1つも心当たりがないとすれば、要因はやっぱり最終形態移行ですよね? とすると推測が浮かぶんですが」

「だよねー。やっぱり考えられるのは――――コアが自我を持った結果かな」

 

 束と鷹丸が望んだのは、ひたすら黒乃との真剣勝負のみ。外野に関しては小癪なマネで排除したが、後腐れが残るようなことはなに1つ行ってはいない。だからこそ、2人にとっても目の前で起こる事態が理解できてはいないのだ。

 

 しかし、そこは腐っても類稀なる頭脳の持ち主なだけに、確証はないながらも結論を導き出すのは早い。2人の見解は合致しており、それはISのコアそのものが自我をもったゆえとのこと。その結果こうなったということは、コアがクロエを不要と判断したのだろうか。

 

『バイタル正常、気絶を感知。安全確保のため一時撤退』

 

 それまで首を持った状態を継続していたが、メタトロニオスはクロエを大事そうに抱えて一直線に塔の方へ飛行を始めた。どこから見てもクロエを送り届ける目的だったため、黒乃も一夏もただその様子を見守った。そうして、クロエは束の腕の中へ。

 

『安全の確保を確認』

「うん、それはいいんだけどさ――――キミ、なんでくーちゃん切り捨てたわけ?」

『精神バランスの均衡が大きく崩壊。よって、戦闘継続に不要と判断』

 

 束はクロエを引きはがしたことが不満なのか、殺気すら感じる口調でメタトロニオスを問い詰めた。そこは機械なため凄みもせず、いけしゃあしゃあと地雷を踏み抜くような発言を繰り出した。一瞬だけスクラップにしてやろうかという考えが過ったが、そこは堪えてさらに問い詰める。

 

「へぇ、じゃあキミだけで勝てちゃうってことだ」

『肯定』

「…………たっくーん?」

「まぁ、とりあえずやらせてみましょう。それから判断しても遅くはないです」

「……せいぜい束さんたちを楽しませてよね」

『戦闘継続許可を確認。標的補足。戦闘開始』

 

 人であれば回答に躊躇いも見られたかも知れないが、メタトロニオスはよほど勝算でもあるのか勝てると即答した。どこから算出された根拠なのか疑ってかからずにはいられなく、束は鷹丸に問いかけた。鷹丸としてはなにもさせずにいるのは勿体ないという考え。気に入りはしないが、束はそういった回答になるのは承知している。

 

 どうやら束ないし鷹丸の命令に従う気はあるらしく、許可が取れたと判断してから臨戦態勢に入った。これまでにない速度で突っ込むメタトロニオスだが、不思議なことに武装を展開する素振りをみせない。とはいえ黒乃と一夏に油断はなく、迎撃のために警戒を強めるが――――

 

「これは……まさか!?」

 

 メタトロニオスの背負っている輪から朱色をしたエネルギーの翼らしきものが現れたかと思えば、それはだんだんと本体へ取り込まれていくではないか。この一連の動作をみただけで既視感を感じた一夏だったが、どうやらそれは似ているという言葉では片付けられない。

 

『排除』

「やっぱりこれは……!? 黒乃!」

(は、はい!)

 

 メタトロニオスが両手を突き出したかと思えば、そこから発射されたのは金色に輝く大出力のレーザー。真横に全速力で移動することにより直撃はしなかったが、自分たちより背後にあった建造物等が軒並み消滅したことに動揺を隠せない。なにより――――

 

「今のは……なんでだ!? あれは間違いなく刹那の――――黒乃の!」

(神翼招雷……!)

 

 翼として放出した部分といい、それを増幅しながら撃ち出すシーケンスといい、どこをどう取っても刹那に目覚めた単一仕様能力である神翼招雷だった。最終形態移行に伴って似た能力が覚醒した、というのは考えにくい。だとするならば、今起きた事実の正体とは――――と考えを巡らせているその時だった。

 

(う、嘘でしょ!?)

「今度は絢爛舞踏だって!?」

 

 メタトロニオスを金色の光が包んだかと思えば、ハイパーセンサーにてエネルギーが急速に回復していくのが確認できた。今度はどこからどうみたところで絢爛舞踏である。ここまでくれば単一仕様能力をコピーする能力でも備わっているのではと考察できるが、黒乃にはどうもそれだけで済むとは思えなかった。

 

「黒乃、一夏! なにやらよく解からん状況だが、とにかく私の手に触れろ!」

「箒か! 悪い、助かっ――――」

 

 どうやら刹那と白式のエネルギー回復を優先したのか、箒が先行して2人の元へやってきた。箒は2人へ向けて精一杯手を伸ばし、同じく2人も紅椿に触れようと手を差し伸べる。しかしだ、いくら双方が手を差し伸べたところで、それが届くことはなかった。

 

 不思議なことに、思ったように前へ進まないのである。なにが起きているのかと周囲を見渡してみると、メタトロニオスがなにかしらをしているようだ。とはいっても、それは手を差し伸べているだけ。とにかくなんとか妨害をしてやろうと一夏が決意したその時。

 

(な、なに……? 機体がガクンって――――ってええええ!? おちっ、落ちるぅ!)

「PICの故障!? いや、これは――――」

「重力が異常な数値を示して――――ダメだ、間に合わない!」

 

 ふいに機体が急激に下降したかと思えば、後は地面に引っ張られるかのようにして3人は墜落していく。慌てて原因の究明に入ってみるも、機体そのものに異常は見当たらない。むしろ異常とするならば物理法則の方で、3人の周囲数メートルのみ重力の数値がおかしいのだ。

 

 それが解かったところでなす術はなく、3人は仲良く地面へ叩きつけられた。幸い刹那も白式もそれに耐えられるエネルギーは残っていたようで、とりあえず黒乃も一夏も無事だ。ただしかなり効いたのには間違いなく、景色が歪むような感覚に足元をふらつかせてしまうが。

 

「ほ、箒……頼む」

「任せろ。黒乃、大丈夫か……?」

(うん、なんとか大丈夫っぽい……。にしてもいったい……)

 

 箒に引き起こされるような形になりつつ、手の接触もあり絢爛舞踏を発動させながら立ち上がる。これでほぼなにを喰らっても即死、という状態だけは免れた。だが神翼招雷といい絢爛舞踏といい先ほどの異常な重力といい、不可解なことが多すぎる。黒乃は心中で眉を潜めながらメタトロニオスを見上げた。

 

「3人とも大丈夫!?」

「ちょっと、なによ今の!?」

「遠目でみてたけど、アレはなにもしてなかったように感じたわね」

「けど……なにかあるには違いない……」

「最終形態移行――――未だ謎だらけ、ですわね」

 

あれだけ派手な墜落をされれば心配にもなるもので、残りの専用機持ちはメタトロニオスに目もくれず3人と合流した。ただの墜落なら皮肉を込めて一瞥くらいあったのかも知れないが、あまりにも不自然で不可解なだけに焦るような言葉しか出てこない。

 

『本機は――――』

(はん?)

『私はISの完成形。辿り着くべき地点の具現』

「奴はなにを言ってるんだ……?」

「さぁ? とりあえず自信たっぷりっていうのは解かるわね」

 

 ノイズ混じりだった音声はだんだんとクリーンになり、己の呼称が本機などという機械的なものから私という人間的なものへと変貌を遂げた。これだけでコアが学習能力を発揮しているということは想像は着くが、次いで出る言葉までは意図を図りかねる。

 

 要約すれば自らに不可能はないといったところなのだろうが、それだけいわれたところで楯無のような反応を示すのが一般的だろう。しかし、後方で構える科学者2人には今のヒントで十分だった。むしろ憶測が確信に変わったといったところか。

 

「アハッ……アハハハハ! すごいよこれ! くーちゃん切り捨てた時はどうしてやろうかと思ったけど、まさかこんな……ねぇ、たっくん!」

「ホントですよ! いやはや、クロエには頭が上がらないですねぇ」

「ちょっとアンタら、なにか解かったってんならとっとと吐きなさいよーっ!」

 

 クロエを切り捨てたという部分から、あまりメタトロニオスが気に入らなかった様子の束だが、それは正反対といっていいほどに変わった。それは鷹丸も同じくで、2人してペラペラとよく解からない用語を交えてはしゃぎながら議論を交わし続ける。

 

 致命的に相性が合わないのか、鈴音は無駄と解かりつつも声を大にして全貌を吐けと呼びかけてみる。すると一瞬にしてコンソールを操作する手は止まり、2人してニヤついた笑みを浮かべて遠くの専用機持ちたちを眺めた。そして――――

 

「いいよ、聞いたとこでショック受けちゃうだけと思うけどさ!」

「あの機体が神翼招雷と絢爛舞踏を使ったのには、あの機体自身の所有する単一仕様能力が関わっているということさ」

「その能力がなにかって? せ~のっ――――」

「「単一仕様能力を創造する単一仕様能力ってわけだよ!」」

 

 束と鷹丸が目撃したのは、メタトロニオスの内部データに新たな単一仕様能力が書き加えられていたこと。それに加え、だんだんと表示されている単一仕様能力が増えていったことの二点。2人が宣言した創造する能力も含め、現在は4つの単一仕様能力を備えているようだ。

 

 つまりメタトロニオスがこれまで創造したのは、エネルギー倍加、エネルギー増幅、重力操作の3つということだろう。神翼招雷と絢爛舞踏に似ていたのは、参考にした可能性は考えうる。どちらにせよ、束の言葉が本当ならば、メタトロニオスはまだまだできることが増えていくということだ。

 

「これはもう玉座に侍る者(メタトロニオス)どころの騒ぎじゃないよ!」

「ISの完成形という発言に差異はないですねぇ」

「そうだね、まさにISの中のIS――――あっ、いいこと思いついた! 名称変更~っと……」

 

 頂点の座につくべくISという意味を込めてメタトロニオスと名付けたが、最終形態移行に伴い万能ともとれる能力が覚醒してしまった。もはやそれを超えるふさわしい名でも考え付いたのか、束は嬉々としてコンソールを操作し、金色の機体へと新たな名を授ける。

 

「ISの中のISってことでシンプルイズベスト! 機体名、インフィニット・ストラトス!」

 

 

 

 




いつからクロエがラスボスだと錯覚していた?
はい、というわけで真のラスボスご登場でございます。
RPG的に例えるなら第2形態とでも思ってください。


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第127話 インフィニット・ストラトス

2話続けてタイトルが固有名詞なのでアッサリ感が増します。
でもこの回はこれ以上にふさわしいタイトルが思いつきませんでした。
というわけでして、VSインフィニット・ストラトス、いってみましょう。


それでですね、この回以降に「I・S」と表記されていたらラスボスのことをさしていると思ってください。
「IS」と表記されていたら、普通に機械のことをさしています。


「名付けてインフィニット・ストラトスとは大きく出たものだな」

「で、でも、もしあの言葉が本当だとしたら、なんの遜色も――――」

「なに弱気になってんのよ! それならなおのこと短期決戦狙わなきゃやばいでしょ!」

 

 地上からⅠ・Sを見上げたラウラは、どこか忌々し気にそう呟いた。続くシャルロットの声はわずかに震えており、絶望感を覚えていることが見てとれる。そんな気位では勝てはしないと一喝する鈴音だったが、どうにもならないと思っているのは彼女も同じ。ただ、持ち前の負けん気からして虚勢を張る方へ動いてしまう。

 

 だが短期決戦というのは正論そのもの。早く倒し切ってしまわねば、いったいどんな単一仕様能力を創造されてしまうか解かったものではない。鈴音は双天牙月を構え、それに同意見の者も次々と主兵装をI・Sへ向ける。しかし――――

 

『兵力分散、開始』

(うわわっ、なになに!?)

「……なんとも……ない……?」

 

 専用機持ちが行動を開始したのをみてか、I・Sも戦闘続行の姿勢をみせた。そしてI・Sが両手をかざして向けてきたかと思えば、赤色と青色の電撃のようなものが放射される。思わず防御の体勢をとってしまうが、不思議とダメージそのものは全くなかった。

 

 強いていうならば、赤や青の静電気のようなものが迸るくらいだろうか。メンバーは9人だが、半々くらいの割合で赤青単色の静電気が――――というのが正確なところである。いったいなにごとかと専用機持ちたちが目視で機体を確認しているその時――――

 

「へ……? 簪ちゃん、なんで突っ込んで来て――――」

「ち、違っ……! これ……引き寄せられ……キャッ……!」

(ふ、吹き飛ばされるぅぅぅぅ!)

「黒乃ーっ!?」

 

 打鉄弐式の脚部が地面からフワリと浮いたかと思えば、ミステリアス・レイディ目がけて突っ込んでいく。やがて楯無と簪は思い切り激突。逆に黒乃は近場にいた一夏と真反対の方向へ互いに吹き飛ばされてしまう。残ったメンバーも似たようなもので、激突、あるいはその逆の現象が起きていた。

 

「もしや磁力か!?」

「おっ、箒ちゃん大正解~! 表示にエレクトロマグネチックってのが増えてるよ~」

 

 引き寄せられたり反発したり、そして赤色と青色。そうくれば、磁石のS極とN極を指しているのではと箒が閃いた。開発者本人から正解のお墨付きは得られたが、引っ付いたまま離れられなかったり、または近づけなかったりとそれどころではない。

 

「まずいぞ! この団子状態でレーザーを撃たれでもしたら全滅はまぬがれない!」

「ラウラ、んなもん解かってるから移動する努力をするわよ!」

 

 I・Sが神翼招雷を模して超威力のレーザーを放ったのは確と覚えている。となれば、なす術なく固まった状態では仕掛けてくる可能性は高い。磁力のせいでIS同士が密着した状態ながら飛行を試みる鈴音とラウラだったが、I・Sは――――

 

『標的補足』

「続けて磁力操作だと……? しかもどこへ向けて――――なっ、あれは!?」

「黒乃、後ろ後ろ!」

(はい? って、あ、愛刀たちが襲ってくるんですけど!?)

 

 I・Sは身動きの取れないメンバーには興味も示さないかのように、明後日の方向へ磁力操作を発動させた。すると黒乃に迫ってきたのは、S極の磁気を帯びたらしい叢雨を始めとする愛刀たち。セブンスソードを使用した際に投げ捨てたのが仇となったらしい。

 

 ついでにいうならば、ビル倒壊に伴ってそこらへ転がった鉄筋等もおまけだ。これをみた黒乃は逃げの姿勢をみせるが、いくら逃げようとも引き離せない。それは勿論ただ追尾しているだけでなく、N極の磁力を帯びた刹那そのものが引き寄せ合っているからだ。

 

(雷光の出力でも逃げ切れないってどうなって――――)

「黒乃さん、前もですわ!」

(し、しまっ――――キャア!)

「黒乃っ!」

 

 後ろに気を取られたせいか、黒乃は追加でI・Sが磁気を帯びさせた鉄骨のつぶてを避けきれなかった。となれば、自然に後ろから迫る愛刀たちにも追いつかれてしまう。圧殺せんともいわんばかりの鉄のサンドイッチ。前後から迫るソレに押しつぶされた黒乃は、相応のダメージを受ける。

 

「クソッ、それ以上はやらせるかっ!」

『マイクロウェーブ・ヒーティング』

「ぐああああっ! な、なんだ……今の爆発は……!?」

 

 痛めつけられる黒乃を黙ってみていられるはずもなく、一夏はI・Sめがけて突っ込んでいく。しかし、手を向けられた瞬間に高熱を感知――――したと同時に胴体あたりで爆発が起きた。あまりにも突然な爆発なため混乱する一夏だったが、I・Sの発言からして電子レンジの原理を利用する単一仕様能力を創造した可能性が高い。

 

 電子レンジの原理を要約するなら、マイクロ波により分子を振動させ、分子摩擦の際に熱が生じるといったところだろう。I・Sが放ったのは、恐らくそれの超強化版。時間をかけずに一夏付近へマイクロ波を放ち、発熱どころか一気に爆破させたのだろう。

 

(あ、あれ……? なんか知らんけど解除された!)

「磁気が……消えた……?」

「なんにせよ、これでようやく飛べるね!」

 

 I・Sがマイクロ波加熱を使用したのと同時ほどに、黒乃を押しつぶす勢いだった鉄塊は一気に剥がれ落ちた。専用機持ちたちもそれは同様で、なにをしても離れなれなかったのに簡単に脱出ができた。そして、I・Sを取り囲むようにして陣取る。

 

「みんな、人数の利を生かしていくわよ!」

「「「「了解!」」」」

 

 9対1などと、本来なら圧倒的優位のはずだ。しかし、専用機持ち全員は妙な焦りすら感じていた。やはり単一仕様能力の創造というなにが起こるか解からないという部分が大きい。だからこそ専用機持ちたちは知らしめられることとなる。I・Sを前にして、人数の利など存在しないということを。

 

「喰らいなさい!」

「こいつもおまけだ!」

『エネルギー無効化』

「今度は零落白夜か!?」

 

 ブルー・ティアーズのBTによる一斉射撃、それに合わせて箒が空裂による遠距離攻撃を見舞う。しかし、I・Sの背負う輪から全身を覆う膜のようなものが現れたかと思えば、それにぶつかった瞬間に箒とセシリアの攻撃は掻き消えた。この感じ、雪羅の盾そのままである。

 

「それなら物理で殴るわよ!」

(物理っつったら私のお仕事!)

『磁力操作』

「ま、またぁ!? あだっ!」

 

 I・Sとの距離を一気に詰め、鈴音と黒乃はそれぞれ龍砲、鳴神で攻撃をしかけようとする。しかし、またもや磁力操作を発動されてしまう。赤青の磁気は全方位に放たれ、ついでかのように他のメンバーも巻き込んだ。そして引っ付いたり離れたりで身動きが取れなくなっていると――――

 

『エネルギー倍加』

(ヤバッ……! 離れて鈴ちゃん!)

「ああっ、黒乃!」

(ぐっ、うううう……! や、やっぱり効くな……!)

 

 身動きが取れなくなった一瞬の隙を突き、I・Sは疑似神翼招雷を発動。高出力のエネルギーウィングで一気に加速したかと思えば、そのままエネルギーの刃で黒乃を切り裂いた。己の扱える攻撃なだけあって、大体の威力は把握している。それだけに、ごっそりと減ったシールドエネルギーに内心で顔をしかめた。

 

「奴が神翼招雷を発動した途端に磁力も消えた……? 待て、確かさきほども――――そうか!」

「な、なにか解かったの!?」

「ああ、気休めにすらならんかも知れんが……。奴が発動させていられる単一仕様能力は、いずれか一種のみのはずだ」

 

 流石にある程度の縛りは存在するようで、不自然なまでに磁力操作が解除されたことによりラウラが勘付いた。それはⅠ・Sが想像した単一仕様能力を、同時に運用できないという点。確かに先ほどの黒乃へ向けた攻撃も、残った専用機持ちを拘束したままの方がより成功率も高かったろう。

 

 なのにそれをしなかったとなると、できなかったと推理してもよい。なぜなら、もしできたとするなら今頃は全員が跡形もなく消滅してしまっていた可能性もある。例えば磁力ないし重力操作で身動きを少し悪くしたうえで、疑似神翼招雷のレーザーなんて放たれたらそれだけで生存率は限りなく低い。

 

 自らをISの完成形とまでいっておいてそれをしないのはなおのことおかしい。となれば、ラウラの読みは完全に正解というのが証明できる。もっとも、本人の言葉通りに解かったところで気休めにしかならない。I・Sは、完全防御不可ともとれる攻撃すら発動できるのだから。

 

『……ニュークリア――――』

「っ……あいつ正気か!?」

「それだけは絶対に止めろおおおおおおっっっっ!!!!」

 

 I・Sがどこか面倒くさそうに、黒乃を除いたメンバーを疎むかのように一言呟いた。それを耳にした全員は絶句し、血相を変え、なにがなんでも止めなくてはと誰それ構わず味方を巻き込むのを厭わず攻撃を仕掛ける。ニュークリア――――つまり核攻撃。人体にとって最強であろう見えない毒とも表現すべきソレを、今ここで使ってやろうとしたのだ。

 

 こればかりは発動前になんとか阻止できたようだが、味方が味方へ与えた損害もかなり大きい。特に打鉄弐式の山嵐から飛翔した無数のミサイルは、多くの格闘特化の専用機持ちのISへ直撃してしまう。無論だが直撃した数は圧倒的にI・Sの方が勝るが、残念なことにI・Sにはあれがある。

 

『エネルギー増幅』

「声はしても姿が見えない、というかこれ――――」

(ジャミング系の単一仕様能力でも創造した……?)

 

 これを狙ったのか、はたまた偶然か。なんとしてでも核攻撃を中断させた弊害か、文字通り煙に巻かれてしまった。例え姿が煙幕に紛れようと、ハイパーセンサーさえあえば位置は特定できる。しかし、不気味なことにI・Sの反応のみパッタリと途絶えてしまった。

 

 これもI・Sの仕業かと勘ぐる黒乃だが、もはや不思議な現象が起きたとするならそれが正解とした方がよいだろう。つまり、これからなにが起こるのか一応の警戒はできるというもの。……といいつつ、全員が若干感じつつあるのだ。奴に対してなにをしようが無駄なのだと――――

 

『重力操作』

「しまっ……! ぬ……うわぁああああ! さ、先ほどよりも速度が――――」

「箒ーっ!」

 

 絢爛舞踏を使用できる箒を真っ先に狙ってくるのはあるていど予想はついたが、反応も気配もなくまるで陰からノソッと出現したかのような登場をされては意味は無かった。そしてI・Sが重力操作を至近距離で発動させると同時に、箒は真っ逆さまに地上へと引きずり込まれていった。

 

 箒にとってこれを体験するのは二度目になるが、先ほどと比べるまでもなく落下速度が速い。これは恐らく創造した単一仕様能力の特性が絡んでいるのだろう。簡単にいうなれば、範囲と重力の比例反比例といったところか。つまり、範囲を広めればかける重力は弱くなり、狭めればその逆。つまり――――

 

「ガッ!? ……ハッ……!」

『篠ノ之 箒、沈黙確認』

「そ、そん……な……!」

 

 聞いた事もないような墜落音。距離からして箒の息が切れたような声は届かないが、簪を始めとして顔色を悪くするメンバーがちらほら。とりあえず確認できるのが、死んではいないくらいのことだからだろう。そんな中、あまりにも機械的、そして淡々とした口調であるI・Sの声が響いた。

 

「よくも……!」

「簪ちゃん!? 迂闊に突っ込むのは――――」

 

 静かな怒りをみせたのは、似たような境遇からか仲が良かった簪。このあたりが藤九郎の指摘した部分で、意外と熱くなりやすいというところなのだろう。簪は夢現を展開すると同時にI・Sへ斬りかかり、姉である楯無も心配からくる保護欲求に突き動かされてしまった。蒼流旋を構えて突き入れるも――――

 

『磁力操作』

「こ、これは……!?」

「あ、あちゃー。これは戦線復帰が厳しいかも……!」

 

 更識姉妹へ磁気を浴びせたI・Sは、矢継ぎ早に何処かへ向けて再度磁気を放出。すると、細く捻じれた鉄骨が姉妹の身体へ巻き付いた。確かにこれならば、例え他の単一仕様能力を発動したところで脱出は難しいだろう。楯無が苦い顔をしたのはそれを悟ったから。

 

『標的を地表へ固定』

「くっ、うぅ……!」

「キャア!」

『更識 楯無、及び更識 簪。一時的拘束完了』

 

 後は地面に転がっている鉄に引き寄せられ、更識姉妹も地上へ落ちてしまう。速度は箒ほどでもなく気絶もないが、やはりあの状態から復帰するには誰かの手を借りない限りは厳しそうだ。いうまでもないが、I・Sを相手にそんなことをしている暇はない。

 

『次標的へ攻撃開始』

「むぅっ、今度は私か……!」

「さっきの2人は除いて、厄介なのから潰そうってわけね!」

 

 I・Sは疑似神翼招雷で加速すると、少しは離れてからUターン。それと同時にシュヴァルツェア・レーゲンへロックオン警報――――次の狙いはラウラだ。いくらI・SといえどもAICは脅威とみなしているらしく、早めに無力化しておくべきと判断したのだろう。

 

(なら私に任せなさい! 本家本元をみせたるわ! でも黒乃ちゃんは手伝ってちょ!)

『締まらない人だな~もう……。でも、任せて!』

「姉様!? 姉様も大ダメージを先ほど――――ええい! 各員、済まないが私を守る陣形を!」

「「「了解!」」」

 

 真っ直ぐ超スピードで向かって来るI・Sに対し、ずっと長く神翼招雷を扱ってきたのだと黒乃が飛び出す。雷の翼を放出するのと同時に一気に飛び出し、そしてそれを刹那の本体へ倍加させつつ吸収。そして安定のために雷の翼を放出するのと同時に再加速。

 

 そしてオリジナルとの対話を果たしたため、ある程度は同時に技を維持できるようになった。黒乃は右掌に6倍増幅のレーザーブレード――――天裂雷掌刃を発動。その長さゆえに既に射程距離圏内だが、最大まで引き付けて振うことを選ぶ。そして――――

 

(今だああああああああっ! ……は!? す、透け――――)

「っ!? ここまでか……!」

『バリア無効化攻撃』

 

 突っ込みつつ横一線に天裂雷掌刃を振ってみれば、なんとI・Sの機体を透けて通過していってしまうではないか。これを目撃したラウラは、全てを悟って悔しがる表情をみせる。そう、最初からI・Sはラウラの背後に潜んでいたのだ。

 

 神翼招雷の発動の瞬間は、凄まじい閃光が周囲を照らす。その一瞬で、先ほど雲隠れした際のステルスする単一仕様能力を発動させた。これをみるに、その能力はただ潜伏するだけではなかったのだろう。消えたうえで、ジャミングのような要領でハイパーセンサーに事実を誤認する映像を流させるといったところだろうか。

 

 もしかすると、箒があそこまで接近された際も実は煙は偽物だったのかも。真偽は定かではないが、見事に全員が騙されてI・Sの接近を許してしまう。一撃で仕留める気が満々だったのか、指先から放たれる疑似零落白夜にて腰あたりをバッサリと斬り裂かれた。

 

「いいか! 断じて私に構うことは許さ――――」

「ラウラああああっ!」

「なにを……! 馬鹿か貴様っ! それでは奴の思うつぼだろうがああああ!」

「知らないよそんなの! キミが死んじゃうくらいならそれでいい!」

 

 零落白夜は一撃必殺。場合によってはIS搭乗者を殺傷することも易い。なんてことは、既に誰しもが周知している事実だ。ではラウラがISが解除されて済むのは手加減? それで片付けることなどできず、誰がどう考えても罠そのものだった。

 

 生身でこの高度から落ちれば即死も即死。ならば仲間意識の強いこのメンバーなら誰かが助けに入る。助けに入った誰かはその間隙だらけ。次はそれをターゲットにすればよい。……という狙いがあるのは明白。だからこそラウラは、自分とI・Sを倒すことを秤にかけ、そのうえで倒す選択肢が下に傾いた。

 

 落ちていく最中、自分は見捨てろとそういおうとした。いおうとしたのに、いい切る前に涙目のシャルロットが自分の救助に入っていたのだ。そんなシャルロットの表情をみたラウラは、嬉しそうで、それでいて悲しそうな――――そんな微妙な顔をせざるを得なかった。

 

『マイクロウェーブ・ヒーティング』

「うぅ……! あっ! ああああああ!」

「シャルロットさん! このっ――――」

「それ以上は――――」

 

 しめたといわんばかりにI・Sがシャルロットへ向けて手をかざすと、マイクロ波加熱による灼熱が背中を焼いた。ISが地球外での活動を視野に入れていたとなると大気圏関連のことも計算に入ってるかも知れない。しかし、この単一仕様能力の場合は一点集中なだけに絶対防御もあまり意味をなしていないらしい。

 

 いや、なければ今頃シャルロットの背中は炭と化していたろうが、ダメージからしてという意味だ。あまりの痛みとラウラを保護することで手一杯なのか、リヴァイヴの操作がかなり危ういようにみえる。そんな嫌らしい手口に嫌悪感を抱いたセシリアと鈴音が動くが、それはI・Sに阻まれてしまう。

 

『マイクロウェーブ・ヒーティング』

「こ、このまま、では……!」

「いい2人とも、急いで高度を下げるんだ! 後は俺と黒乃でなんとかしてみせる!」

 

 もはやシャルロットを攻撃する必要はないと判断したのか、今度は鈴音とセシリアを小規模な爆発が襲う。それも一度や二度ではなく連続で、防御不可能な爆発で削り切ってしまおうという魂胆なのだろう。対抗手段もなくただやられっぱなしな現状をみて、一夏はラウラの二の舞になる前に高度を下げろと叫んだ。

 

 悔しいが一夏のいう通りというのもあり、役に立たないよりはと先に動き始めたのはセシリア。リヴァイヴの操作がまだおぼつかないシャルロットの救助へ向かった。ブルー・ティアーズの機動力はギリギリ足りており、機体ごとシャルロットに抱き着くような形で衝撃をいくらか和らげる。

 

 が、それが行われたのは地面スレスレでの話。衝撃は和らげたものの、ラウラを抱えたシャルロットを抱えたセシリアは地面へ激突。しばらくスライドすることでようやく勢いは止まった。それよりも、唯一生身であるラウラの安否を確認すべき。気絶はしているが、どうやら命に別状はないらしい。シャルロットは意識もあるが――――

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒ、シャルロット・デュノア、セシリア・オルコット、沈黙を確認』

「悔しいけど、アレのいう通り。絢爛舞踏でもない限り、リヴァイヴは戦えない……!」

「わたくしも同じくですわ……」

 

 エネルギーそのものを回復しさえすれば戦闘続行も可能だが、肝心の箒は絶賛気絶中だ。いつまでそのままなのかなんて目途が立つはずもない。そう思わせるほど壮絶な墜落であり、むしろ気絶で済んだのが不思議なくらいに思えてくる。

 

「このっ……このっ……鉄屑っ!」

「止めろ鈴! 6人も戦えないってなったなら、アイツらを守る役割も必要だ! ……解かってくれ」

「くっ……そぉ……! 勝ってたのに……! 一回勝ったのに……! なんなのよぉ……!」

 

 怒髪天を衝いた鈴音がなおも攻勢に出ようとするのを、一夏は再び制した。9名のうち6名が戦闘不能。中にはISを展開できない状態の者も含まれる。となると、確かに護衛役も必要だろう。一夏がそれを任せたのは、白式には零落白夜があるから。

 

 たったワンチャンスにはなるだろうが、一撃で屠り去ることも可能かも知れない。僅かな希望に託すことにはなるが、鈴音は撃墜寸前の自分が残るメリットが薄いことは重々承知している。しかし、持ち前の負けん気からして相当悔しいのか、大粒の涙を流しながら高度を下げて行った。

 

『凰 鈴音、戦線離脱』

「ああ、残るは俺と黒乃だけだよクソッタレ! やるぞ黒乃、準備は――――」

(ハッ、ハッ……!ゼェ……ふぅ~……)

『お姉さん、聞こえてる!? 落ち着いてってば!』

 

 自ら離れて行った鈴音をみてか、手間が省けたかのような声を響かせた。それにピクリと眉を反応させて怒鳴って見せた一夏は、遠くに佇む黒乃へ向けて覚悟を決めろと声をかける。しかし黒乃は、次々とやられていく仲間を前にして――――メンタルの弱さが出てしまう。

 

(こんな時にかよ……!)

「待ってました~! そうなってくれなきゃ面白くないもん! たっくん、瞬き厳禁ね!」

「目が細いものでして、これでもバッチリ開眼してるんですよ?」

 

 己の戦績は運と機体の性能によるところが大きく、実際はみんなの方が実力的には上回っている。そう思い込んでいるために、味方が簡単に落とされていってしまい恐怖に包まれてしまう。だがそれは毎度おなじみ、恐ろしい笑みと共に現れる八咫烏と認識されていた。

 

 戦闘能力は黒乃より勝るが直情的。まるで楽しむような戦い方をする――――というのが一夏の認識なだけに、有難迷惑のような複雑な感情が渦巻く。対して科学者2人の興奮度は増すばかりで、束に至っては飛び回りながら拍手を送る始末。

 

(やらなきゃ……。私がちゃんとやらないと……! 私がちゃんと倒さないと……!)

『うん、だから、それは別に背負い込む必要はなくて!』

(やらないと、やらないと、やらないと……みんなが! みんなを守らないと!)

『ああ……もう! お姉さん、人の話を聞いてってば!』

 

 恐怖に駆られて湧いて出る強迫観念。自分がやらねばみんなが死ぬ。自分の死を恐れつつ、同じくらい他人の死に恐怖する性格を前にして、I・Sの戦闘能力は黒乃の正気を乱すほどだった。息を乱しながら内心で自分を奮い立たせる言葉をブツブツと呟き、ついにはオリジナルの呼びかけも耳にせず飛び出てしまった。

 

『マイクロウェーブ・ヒーティング』

(倒す、壊す、破壊する!)

「っ~……! おい待て! 箒もいないのにそんな無茶な戦い方をしやがって!」

『一夏くん……! これは、私の干渉を受けないくらい取り乱してる?!』

 

 防御無視のマイクロ波加熱による爆発もものともせず、天翔雷刃翼でI・Sに接近していく。その姿はやはり痛みもまた楽しみと解釈されるようで、一夏は八咫烏を非難するかのような怒声を上げた。それを聞いたオリジナルはなんとか止めようと試みるが、本人にも関わらず全く主導権を奪えない。

 

 肝心の天翔雷刃翼といえば、当たる寸前で全方位疑似雪羅の盾で防がれてしまった。Ⅰ・Sは白式と違って発動を躊躇わなくていいため、かなりのエネルギーを割いた攻撃だったというのに全くの無傷。それが黒乃をなお焦らせるという悪循環――――

 

(だったら物理で――――)

『マイクロウェーブ・ヒーティング』

(うぎっ……っ~! 知らん……知らん……! シャルだって痛かった! けどシャルはラウラたんを守った! だから私も!)

 

 加速度のあるうちに進路を変えてI・Sの懐に潜り込む事には成功した。しかし、もはや向こうとしては攻撃を防ぐ気はないらしい。力強く鳴神が草稿に叩き込まれるが、I・Sも爆発するタイプではなくマイクロ波加熱で継続的に黒乃の身を焼き続ける。

 

 どちらが先に力尽きるかなど一目瞭然。もっというならば、I・Sは疑似絢爛舞踏を発動できるために無駄な努力ともいっていい。ここまでくると、先ほど啖呵を切った一夏にも絶望が襲い掛かってくる。やがてそれは完全に一夏を蝕み、取り返しのつかないところまで辿り着いてしまった。

 

「――――てくれ……。束さん、頼むからもう止めてくれ! 俺たちの負けだ! だから――――」

「ん~……いっくんには悪いけど生き死にの問題なんだよね。それにほら、やっとくろちゃんの待ち受けた瞬間が来るんだよ?」

「そっちの都合のいい解釈をするなよ! いつもの黒乃はそんなこと望んでなんかいるもんか!」

「アハッ、平等に愛するって宣言した男子の発言じゃないねぇ。ダメダメ、そんなんじゃ止まらないよ」

 

 一夏にできる精一杯の行動は、情けなかろうとなんだろうと命乞い一択であった。敗色濃厚というのは解かるが、よりによって一夏からその言葉が出るのは束からしても少し意外らしい。だが関心を示したのも束の間、端的に交渉へ応じる気はないと制した。

 

 そう、束の目的は、黒乃の――――八咫烏の悲願を達成することも含まれているのだから。己の全力を打ち破り、己を殺す存在――――それを探して八咫烏は戦い続けている。と、そう解釈されている。だとしたら、手を休めるというのは愚かというもの。

 

『雷光、破壊完了』

(そ、そんな……いつの間に!?)

『磁力操作』

 

 雷光の破壊といわれて注目してみると、烏の骨格にも似たソレはドロドロに溶けていた。恐らくは、というより考えるまでもなくマイクロ波加熱によるものだ。これでは刹那はその機動力を十分に発揮できないだろう。そんな状態に磁力操作の単一仕様能力を喰らえばどうなるか――――

 

『プラン、最終段階』

(ぐふぅっ! 磁力の拘束で身動きが……!)

「おい……待てよ、頼むから……頼むから嘘だっていってくれええええ!」

 

 蹴り一発で吹き飛ばされてしまえば、後は引き寄せられた先にぶつかるまで止まらない。雷光があれば抵抗も出来たろう。だが無意味だ。I・Sとしてはもう背後のビルにぶつかればもう勝ちなのだから。最終段階といった行動が気になったのか、一夏がハイパーセンサーでビルに注目すると、そこには絶望が待ち受けていた。

 

 一夏は既に泣きながら黒乃を追いかける。そんな一夏をI・Sが攻撃する素振りをみせないとなると、もはや間に合わないという計算が出たのだろう。そしてビルが接近するにつれ、黒乃もハイパーセンサーで背後に迫る絶望を視認。自らの最期が近づいてきたうえで黒乃は――――

 

(あぁ……これは、そういう……。うん、なら――――最期だし、あなたはどうか――――)

「届け……なんでもいいから届けよクソがあああああああ!」

「――――生きて」

「!? 黒――――」

 

 黒乃がビルに叩きつけられる――――よりも前に感じたのは、鋭いなにかが自らの胸を貫いた感触。それは、ビルに柄が埋まった状態で突き出た叢雨の刃。どのタイミングかは不明だが、すでにI・Sは磁力操作により黒乃へとどめをさす布石を用意していたのだ。だから待つだけでよかった。後は勝手に黒乃の方から突き刺されにいってくれる。

 

「あぐっ!? カハッ!っ――――————」

「ハ――――」

 

 鮮血が舞い飛び、黒乃が口から大量の血を吐いた。無理もない、叢雨が刺さっているのは寸分たがわず左胸――――心臓なのだから。後は力が抜けたかのように頭、首、四肢をダラリと放り出し、目も閉じることはない。いや、むしろ瞳孔が開ききっている。誰がどう見ようと即死だ。

 

「噓……でしょ……? 嘘よっ! 嘘に決まってんでしょこんなの! だって黒乃が――――」

「……こんな……ことって……!」

「あ、あぁ……わたくしたちが不甲斐ないばかりに……!」

「……なにが17代目楯無よ! 私は……!」

「い……や……。いやぁぁああああ! 黒乃様ぁぁああああぁぁぁぁああああっ!」

 

 即死。あの黒乃が。次代のブリュンヒルデ筆頭の黒乃が。自分たちの友人の黒乃が。大切な友人である黒乃が、あっけなく即死した。あからさまなまでの死に様だというのに、もちろん皆はそんな事実を受け入れられない。壊れてしまいそうな心を保つので精いっぱいだった。そんな中で一夏は――――

 

「ハッ……! ハハッ、ハハハハ……! アハハハハ!」

 

 嗤う。なにがそんなにおかしいのかと問いかけたくなるほどに、一夏は心底から可笑しいかのような高笑いを上げた。大空を見上げ、目からは涙を流しつつただ嗤う。他のみんなが壊れてしまいそうな心を保つのが精一杯、とするならば――――そう、織斑 一夏は壊れてしまったのだ。

 

 前回とは違い、すでに黒乃が死から舞い戻ってくる手立てがないのは一夏も理解してる。だからこそ現実を受け入れられない。だからこそ一夏は壊れてしまった。これは夢だ、なんて悪い夢なのだろう。そうやって愉快に笑い飛ばさねば、一夏の精神はもっと悲惨に朽ち果ててしまっていたかも。

 

『標的死亡確認、戦闘終了』

「アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」

 

 ただ虚しくも、機械的な声と、一夏の狂った笑い声だけが決戦の地を駆け巡っていった――――

 

 

 




黒乃の通算死亡回数が3回となりました。
私の小説は基本的に主人公が大変な目にあいやすいので……。
ですが、苦あれば楽ありと言います。
それを踏まえて、次話も引き続いて閲覧をお願いいたします。


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第128話 降臨 紅き覇王

前話からして、どう盛り返すのかをご覧ください。
私が今回言えるのはそれくらいでしょうか。


「馬鹿な――――そんなことがあってたまるか!」

「千冬、落ち着きな。今は怒ってる場合じゃない」

「私の妹が死んだのだ! こんな小物に構っている場合では――――」

「アタシにとってもあの子は妹だ! だけど耐えてんだ、解かるか!? っていうか解かれ! なにも巻き込まない。それが、アタシらがあの子にしてやれる唯一のことだろうが!」

 

 黒乃の死から蔓延する絶望は、海上都市の外で戦う一部の面子にも関係していた。特に千冬と昴。千冬はいわずもがな、家族ないし姉貴分として想い入れの強い2人だ。血相を変えた千冬は海上都市内の中へ向かおうとするが、どうせシールドがあるから無駄だと昴に阻まれる。

 

 冷静でない千冬はそれに反論せずにはいられなかったが、胸倉を掴まれて怒鳴られてしまう。昴も涙を耐えることができなかった。涙を流した昴の説教は効いた――――とはいいがたいが、とりあえずこの場に留まる気くらいは起こさせることに成功したようだ。

 

「…………お前の言う通りだ。あの子の守りたかったものを守らねば……」

「……下がっててもいいのよ」

「なに、気にするな。やるさ、やってやるとも……!」

 

 無力だった自分を育ててくれた血のつながらない両親の娘で、肉親が心から愛する女性で、大切な妹を喪った。そのショックは大きいが、だからこそやらねばならないことがある。いつもの覇気なんて微塵も感じさせないが、千冬は烏合の衆を駆逐するべく再び動き始めた。

 

「ん……? ……はっ!? 状況は、戦闘はどうなった!?」

 

 一方その頃、意外にも早くに箒が目を覚ました。本来ならば見るなとか、起きない方がいい等の声をかけられたかも知れない。しかし、専用機持ちにそんな気力の持主はいなかった。起き上がった箒は、周囲の雰囲気からなにかが起きたのだと周囲を見渡す。するとそこには――――

 

「あ、あぁ……そんな……そんな……! うわあああああああ!」

 

 ビルに突き刺さった叢雨と、その切っ先が黒乃の左胸を貫通しているのを目撃してしまう。立ち上がったばかりだというのに、箒は膝を折って泣き崩れてしまう。無理もない。箒にとっても黒乃は大きい存在であり、心の師のようなものだったのだから。

 

「いぃぃぃぃ~………………やったーっ! 勝った勝った勝った勝っちゃった! 8年越しの悲願たっせ~い! いぇ~い!」

「いぇ~い」

 

 絶望そのもののIS学園サイドと真反対、科学者2人はまさに狂喜乱舞の様相で勝利の喜びを分かち合っていた。黒乃の目的が戦いの中に死を見出すこと、そう思っているだけに救いようもない。束としては黒乃の死に関してもWin―Winだとしか考えていないのだから。

 

「篠ノ之博士――――姉さん! 貴女だけは……貴様だけは生かして――――」

「まぁ箒、そう怒るなって」

「一夏……? 貴様、なにを言っている!?」

 

 身内が親友を殺害したという部分も大きく、縁を切ったながらあえて束を姉と呼称する。まだ自分は甘かったのだと自分にいい聞かせ、実の姉を絶対に殺してやるという信念を抱いたその時だった。なんだか様子のおかしい一夏が、怒るなといいつつ寄ってくるのだから。

 

「だってほら、よくできてると思わないか?」

「だからなにを言っている!? お前はなんの話をしているんだ!」

「いや、コレさ、よくできた作りモンだと思わないかって話だって。ほら、なにからなにまで黒乃そっくりだ」

「お前っ……!」

 

 現実逃避の果てに壊れた一夏は、姫抱きで運んだ黒乃の遺体を作り物だと認識している。本気でこれをドッキリかなにかと信じて疑わないというか、現実を受け入れた際のことを考え、脳が自己防衛能力を発揮してそう認識させている――――というのが正しい。

 

「ちゃんと顔色も悪くなるようできるって、最近は凝ってるんだな」

「一夏さん……!」

 

 一夏はあまりにも普通だった。IS学園のそこら――――どこでもいいが、例えば廊下で日常会話でもするかのような普通の態度だった。だからこそ、黒乃が死んだと一応は認識できている専用機持ちたちは見ていられない。目を伏せ、言葉を失うしかなかったのだ。

 

「でさ、束さん! いい加減に本物の黒乃を出してくれないかーっ!」

「止めろ、見苦しいぞ。黒乃は死んだんだ」

「なに言ってんだよ箒、黒乃が俺を置いて死んじゃうわけないだろ? だってさ、ずっと一緒だって約束してくれ――――」

「止めろと言っている! 黒乃はっ! 死んだんだ!」

 

 一夏は束をドッキリの仕掛け人と脳内で設定づけたようで、大声で呼びかける始末だ。流石にこればかりはどう対応していいものかと束が躊躇ったその時、箒が一夏の肩を掴んでそういい聞かせた。無論、今の一夏には冗談としか受け取られない。

 

 だがなおも箒は食い下がり、ギュッと拳を握りしめて一夏を殴り飛ばした。最愛の人物を喪った者に対しては、あまりにも酷な行為である。動けるメンバーの中でも特に温和な人物であるシャルロットは、箒を非難するかのような声を上げた。

 

「箒っ!」

「黙っていろ。このまま現実逃避をさせ続けるのが優しさか!? アイツの、黒乃の愛した男はこんなものではない! ここで一夏を腑抜けさせて、黒乃に胸を張れるものか!」

 

 自分もかつて一夏に想いを寄せていただけに、黒乃が一夏を好く理由は痛いほど解かっているつもりだ。箒も自分の行いが無責任で自己満足だということは解かっている。それでもだ、黒乃が今の一夏を見たとき心配をかけるというのは確かなことだ。

 

 いつもの黒乃的テンションでいわせれば――――あ、自分死んじゃったんで! とりあえずイッチーに幸せになってもらえないと成仏できないっす! という具合におどけてみせるのだろう。おどけるのは皆からすれば予想できないのだろうが、悲しまないでと思うのは共通認識だった。

 

「一夏、もう一度言うぞ。黒乃は死んだ」

「違う……違うんだ、黒乃は死んでなんかない……! これは黒乃じゃなくて、黒乃そっくりの人形で――――」

「違わない、死んだんだ。受け入れろ一夏。受け入れたうえで思い出せ。きっと黒乃は、お前に最期の言葉を遺したはずだぞ……」

「最期……」

 

 箒は倒れて立ち上がろうとしない一夏に詰め寄ると、いい聞かせるような口調で語り掛ける。徐々に自己催眠とでもいうべく現実逃避でも薄れてきたのか、一夏はあまりにも情けない声色と態度でまだ黒乃の死を否定した。だが思い出すのは、黒乃の死のみじゃないと箒は続ける。

 

 きっと黒乃は遺言を伝えたであろうと推測し、死を受け入れると同時にそちらも強く想えという。黒乃を想えばこそ、するべきは現実逃避なんかではない。箒がそう伝えきると、一夏は幾分か落ち着いた様子にみえる。ここからは一夏次第だ。自分にはやるべきことがあるのだから。

 

「……ラウラを叩き起こせ。そして、戦う意思のある者は紅椿に触れるといい」

「……ラウラもきっと取り乱すと思うよ」

「そうか、そうだな……。ならばいい。私だけで行く」

 

 箒は宣言通りに姉を殺す気でいる。だからこそ、その障害になるI・Sは打倒しなければならない。ラウラに至っては起こさなければ意志を確認できないからだろうが、無理強いをするような口ぶりではなかった。そのうえでの反論となると、いくらかは自分が傍若無人になっていることに反省するかのような態度を示す。

 

「アタシは行くわよ、絶っっっっ対にミンチにしてやる……!」

「お姉さんもお願い! だからとりあえずこれ外してくれないかしら!」

「右に同じく……! 黒乃様の仇討ち……絶対に……!」

「ノブレス・オブリージュ、ですわ!」

 

 鈴音は紅椿の装甲がへこむのではないかというほどの力で手を添え、その大きな音を皮切りに次々と参戦を申し立てる。更識姉妹の嘆願通りに絡みついた鉄を外すと、これで参加人数は4人。シャルロットは一夏とラウラを心配そうに見守るばかりで、その意思がないことがハッキリ伝わった。

 

 なにもそれが悪いわけではない。それを責めていいはずもない。だから箒は無言で絢爛舞踏を発動させた。エネルギー増幅効果によって専用機が準備万端の状態になったところで、4機のISは勇ましく大空へ舞って行った。だが――――

 

「え~……。くろちゃん死んじゃったし、もうこの世に未練とかないんだけどな~。どうしてもまだやる?」

「黒乃殺しといて勝手なこと言ってんじゃないわよ!」

「わたくしたちの手で引導を渡して差し上げます!」

「むしろ、楽に死ねるなんて思わないでって感じ?」

「壱ノ太刀・神立の名に懸けて……黒乃様の無念を……!」

「姉さん、今日で貴女と私は永久にお別れだ!」

「そっかそっか、じゃあもう少しだけ遊んであげようね」

 

 束と鷹丸にとって、勝っても負けてもその先に待ち受けるのは死である。いっそ盛大に核で海上都市ごと吹き飛んでやろうと思っていた矢先、立ちはだかるは箒を中心とした黒乃の仇討ちを目指す者たち。Ⅰ・Sが核爆発を発動させるにしても準備はいるだろうし、片付けてからでも遅くはないと判断したようだ。

 

 そうしてI・Sとの第二ラウンドが始まる最中、一夏は延々と箒に投げかけられた言葉について考えていた。正確にいえば、黒乃の最期の言葉――――遺言についてだ。深く考え過ぎるとまた壊れてしまいそうな心を必死に制御し、なんとかその言葉を受け入れようとするが……。

 

(俺にとってはお前の言葉が全てだ。けど黒乃、それは呪いと変わらないじゃないか……!)

 

 生きてと、黒乃は最期にそう遺した。黒乃の言葉ならどんなことでも実行しようという気はある一夏だが、今回の場合は少しばかり特殊といえる。一夏にとって、黒乃のいない世界など無価値に等しい。今すぐ自害してしまいたい衝動に駆られるほどに。

 

 しかし、それをさせないのが黒乃の遺言があるから。だからこそ一夏は、生きてくれという願いは呪いだと称したのだ。死にたくても死ねない呪い。それが死なずとも一夏を壊す方へ追い込んだといえる。どちらが悲惨かなんて比べようもないのだが。

 

「黒乃……! 頼む……どうか、俺にこんなものを背負わさせないでくれ……。 黒乃が生きてないと、俺は死んでるのと同じなんだよ! 黒乃ぉおおおお……!」

 

 

 

 

 

 

『黒乃……! 頼む……どうか、俺にこんなものを背負わさせないでくれ……。 黒乃が生きてないと、俺は死んでるのと同じなんだよ! 黒乃ぉおおおお……!』

「一夏くん……! 落ち着け、落ち着いて! 私が消えてないってことは、多分お姉さんの魂まではまだ消えてないはず!」

 

 なにもない、どこまでも真っ白な黒乃の精神世界。その中に閉じ込められているも同然なオリジナルは、焦った様子で現状の整理を始めた。現在は精神世界がだんだんと暗くなってきている。が、一瞬で自身の存在が消えていないのなら、まだ希望は残されているとオリジナルは踏んだ。

 

 残されているとはいえ、この暗転ぶりをみるに時間はいくばくもないはず。肉体的な死亡を迎えたということに変わりはないため、問題はどうやって蘇生するかだ。夏休みに目覚めて以降、自身の記憶を超速で思い出していった結果――――

 

「そう……二次移行! 確かあの時も、姉さんは死んじゃったも同然だったって言ってた!」

 

 黒乃は臨海学校の際、腹を刺されて海へ突き落されたという経験を持つ。そこから二次移行へ辿り着いて傷がなかったことになっていたのだが、無事だったとするにはいくらか不自然だろう。よって、ISからなんらかの干渉を受けたと推測ができる。

 

「刹那……えっと、刹那さん!? お願い、聞こえてたら返事して! このままだと、お姉さんが本当に死んじゃう!」

 

 意味のある行動かは解からないが、なにもしないで終わるよりはよほどいい。オリジナルはそんな諦めの悪い性格なためか、真っ白な空間の上へと向けてとにかく刹那と呼びかけた。しかし、まるで反応は返ってこない。それでも、まだまだオリジナルは諦めない。

 

「もしかして、私が助かりたいがためとか思ってない?! 確かにそう思われても仕方ないかも知れないけど、そうじゃないの! お姉さんは私が消えれば助かるのに、それをしないでいてくれた! 自分が消えちゃうかもなのにだよ!? だから私もそうしたいの! お姉さんが助かる方法があるんだったらそうしたい! それにはアナタの力が必要だから! だからお願い、信じて……!」

 

 そもそも刹那に声が届いているかどうかなど解からない。それでもオリジナルは己の想いを心から伝えるつもりで、どこでもないどこかへ向けて叫び続けた。最後の方は両手をギュッ握りしめ、文字通り祈るようにして懇願してみせる。すると――――

 

「冷たっ……!? わっ、大雨……。っていうかお寺……?」

 

 全身に浴びる様な冷たさを覚えたかと思えば、空には曇天が広がり大雨がオリジナルの身体を濡らした。不思議そうにあたりを見回してみると、そこにはいつの間にやら今にも倒壊しそうな廃寺が佇んでいる。だがオリジナルに考えている暇はなく、自然とその足は寺の中へと導かれていった。

 

「お邪魔します!」

 

 時間がないだけに乱暴な入室になってしまったというか、あまりのボロさに襖をそのまま破壊してしまいそうな勢いだった。ぐらつく襖を尻目に奥へ進んでみれば、尼の恰好をして座禅を組んだ女性の姿がみえる。その後ろ姿は、どこか自分に似ている印象を受けた。

 

「……お姉さん?」

「……ぬしら、よもやそのように厄介なことになっておったとは。やれ、流石の儂もそこまでは読み切れんかったわ」

「あ、あの……貴女は?」

「なにを不躾な。おぬしが呼ぶから導いてやったというのに」

 

 初手として黒乃かどうか確認しながら声をかけてみると、件の女性は座禅を崩してのそっと立ち上がった。そして振り向きこちらへみせた顔は、藤堂 黒乃のそれとは違う。似た者を探すとすれば、どちらかといえば千冬あたりの方が近い。

 

 黒乃でないとなると誰なのか。改めてオリジナルがそう尋ねると、なんだか回りくどい返しをされて少し顔をしかめてしまう。しかし、自分が呼んだのだとこの尼はいった。となると、残された可能性はただ1つしか残らない。

 

「じゃ、じゃあ本当に刹那……さん!?」

「呼び捨てで構わぬ。所詮儂は機械なのだからな。して、おぬしは儂に何用だ」

「じゃあ刹那、自己再生とか蘇生とかできたりしない?! 聞いてたなら解かると思うけど、お姉さんが……!」

 

 ISの自我かあるていどの形を成すというのは知識として吹き込まれていたわけだが、まさかこんなにクッキリハッキリとした存在だとは夢にも思うはずもない。だが何度もいうが驚いているような暇もないため、黒乃はすぐさま本題に入った。

 

「ふむ。儂が次なる段階となれば、可能性は無ではなかろ」

「それじゃあ!」

「まぁ、断固としてお断りだが」

「え……? な、なんで!? 聞いてたでしょ、お姉さんが死んじゃうかもなんだよ!?」

 

 刹那は少しばかり考える様子をみせると、無きにしも非ずくらいの表現で黒乃の蘇生は可能だという。その言葉を耳にし、一筋の希望が感じられてきたそのときだった。なんと、刹那が黒乃を蘇生するのはお断りとシャットアウトされてしまうではないか。

 

「おぬし阿呆か。心の臓が止まればそれはもう立派な死よ。摂理に反する行為をおいそれと実行するわけにもいくまい」

「で、でも! 貴女は前にお姉さんを――――」

「我が主がそう望んだから手を貸してやっただけのこと。今回は真逆――――主が望まぬ故、儂は手を貸さんのだ」

 

 まさかIS相手に正論を説かれるとは思ってもなく、オリジナルは言い訳がましいような発言をしてしまった。刹那の方もあくまでドライな対応を繰り返し、黒乃が望んだからこそだとまたしても受け付けてくれない。というより、刹那の口ぶりはまるで黒乃が蘇生を拒否しているかのようだった。

 

「望まないって、それどういうこと……?」

「言葉通りだ。気になるなら本人に聞くがよい。ただし、今の主はいつにも増して厄介だぞ」

 

 刹那が錫杖でツツイと示した方向は、室内の隅だった。ただ薄暗いだけかと思ってみれば、そこ周辺は黒い靄のようなものが立ち込めている。更に目を凝らしてみると、膝を抱えて座る人影がなにかをブツブツと呟いていた。その後ろ姿をよりによってオリジナルが見間違えるはずもない。

 

「確かにお姉さんみたいだけど、本当にお姉さんなの……?」

「正確に言うなれば、主が負にあたる部分に染められた魂といったところか」

「どうしてそんな……」

「さてな、儂には解からん。ただ、おぬし次第で説得できるやも知れぬ」

 

 後ろ暗かったりする部分はあれど、オリジナルの印象からして今の黒乃はほど遠い。まるでみているだけでこちらの気分が沈んでしまいそうだ。聞けば、今の黒乃はプラスな部分を持ち合わせてはいないとのこと。どうしてそうなったか含めて、本人に問い詰めてみなければ。

 

「……儂とて死んでほしいと思っているわけではないのでな。ただ儂は――――」

「大丈夫だよ、解かってる。なんとかしてみせるから」

「……あまり時間はないぞ」

 

 黒乃に歩み寄ろうとしたオリジナルに対し、刹那は編み笠を深くかぶり顔をかくしながらそう告げた。要は全てを黒乃の望むままに、黒乃の命令に従うという信条だということなのだろう。刹那にとって、黒乃は唯一自身を扱うことができる存在だ。

 

 だからこそ主と認めているし、そんな主の命令は絶対という譲れないものがある。例えそれが、主の生き死にに関わったとしても――――だ。そんな複雑な心境があることをオリジナルもキチンと理解し、再度黒乃へと歩み寄っていく。小さな背中のすぐ後ろにしゃがんだ黒乃は、ポンポンと軽く叩きながら呼びかける。

 

「お姉さん。そろそろ起きないと、みんな心配してるよ」

「…………」

 

 まるで子供を諭すかのような声色で語り掛けてみるも、黒乃はなんの反応も示さない。ブツブツ呟くのを止めたということは、一応だがオリジナルの存在そのものには気づいているようだ。しばしの沈黙が周囲を支配し、ただ大雨が廃寺を打つ音が響き渡る。

 

「……お姉――――」

「……もういいじゃん。私、頑張ったし。ずっと頑張ってきたし。ずっと、ずっと、ずっと、頑張り続けた」

 

 もう一度声をかけようとしてみると、黒乃はか細い声でもう自分はやることはやったのだと主張した。今回の決戦へ向けての頑張りのみでなく、己の自我が芽生えてから今に至るまでをいっているようだ。そう、黒乃はなるべくみんなの力になるべく頑張り続けてきた。

 

「その結果がこれだよ。束さんに目をつけられてさ、怖い思いしてばかり」

(この調子なら一夏くんの名前を出すのは逆にバットっぽい……。……もう少しお姉さんの主張に耳を傾けてみないと)

「怖かったなぁ……。あの時も、その時も全部……怖かったのに……!」

 

 黒乃の根幹にあるのは、いつだってあらゆることに対する恐怖。普段はおちゃらけながら戦くことでなんとか緩和しているが、本音でいわせるなら今の発言が全てなのだろう。望んでいわゆる原作に関わることを選んだわけだが、物語のキーマンに命を狙われるなんて想定外に違いない。

 

「どうして人のことなんか心配になっちゃうんだろ……。みんなが次々に落とされていくとこが一番怖かったかも」

「…………」

「一目散に逃げちゃえばいいのにね。私っていつもそうだよ。善人ぶっちゃってさ……」

 

 これまで自分のなにが敵に立ち向かわせたのか、黒乃にいわせればそれは偽善にも似たなにか。我が身可愛さを認めたうえでの二次移行だったというのに、それでもなお己に潜むその考えを否定できない。そんな黒乃を遠くから眺め、刹那は物憂げに息を吐いた。

 

「だからもういいよ。ここでこうしてれば、嫌なこと全部から逃げられる。怖くもないし、悩まなくったっていい。ああ、でも道連れっぽくなっちゃうのはごめんね」

「……そう。そっか。ん、じゃあ……このまま一緒に消えちゃおっか」

 

 黒乃はもうなにもかもをかなぐり捨て、楽になりたいのだと主張した。そんな負の感情の塊である現在の黒乃に対し、オリジナルは穏やかな雰囲気のまま消滅を受け入れてみせるではないか。黒乃の隣にちょこんと体育座りで腰掛けると、後はなにをいうでもなくそこへ佇み続ける。

 

 待ち受ける消滅に怯えるどころか、むしろ上機嫌なくらい。流石に違和感でも覚えたのか、黒乃は少しだけ反応を示したようにみえる。しかし、相変わらずネガティブな方向へもっていく思考回路だ。普段の黒乃ならば思いつきもしないような、そんな心無い言葉が飛び出る。

 

「同情させようって無駄だよ」

「ううん、そんな気はないよ。お姉さんの話を聞いてたらね、思ったの。私にとやかく言う権利はないなーって」

 

 黒乃の中に居ると、様々な感情が伝わってくる。楽しいだとか、嬉しいだとか、愛しいだとか。悲しいだとか、辛いだとか、怖いだとか。それを共有することで、自分もみんなの仲間だという自負を抱いていた。しかし、実際はそうではなかった。

 

 自分は黒乃のことをなにも解かってはいなかったのだと、オリジナルは今この瞬間悟った。なぜならオリジナルの自我が復活したのは黒乃が二次移行してから。あるていどは吹っ切れて以降のことだ。それが仮初のものであったなど、想像すらしなかった。

 

「だからもう十分だよ。貴女と一緒に居られて、私はすごく幸せだった」

「――――てよ……」

「私とお姉さんは文字通り一心同体だからね。ここまできて道連れとか、そんな水臭いことは言わせないんだから」

「止めてよ!」

 

 これは説得のための演技なんかではなく、オリジナルは本気でそう思っている。悩み、苦しみ、己を殺させることで黒乃の未来を繋げようとした。しかし、それは紛れもなく消滅の危機に瀕している本人に拒否されたのだ。自分が居れば自らが危ういというのに、無暗に死のうとするなといってくれた。

 

 黒乃の中から覗く日常も、様々な体験も、オリジナルにとってはおまけだ。本当に、生きて欲しいといってくれたことが嬉しくて、黒乃の為に頑張って生き抜くことを誓った。だから恩人と共に消えるのならば、それもまた一興――――

 

「人の話聞いてた……? 悩まなくていいから引きこもってたのに、そんなこと言われたら――――」

「言われたら、どうしたの? やっぱり消えちゃうのを躊躇っちゃう?」

 

 本気でそう思っているのだが、今の黒乃にとっては新たな悩みの種にしかならなかった。声を荒げてオリジナルに拒否反応をみせるも、またも穏やかな口調で返されてしまう。そしてなにより、オリジナルの言葉にすぐさま反論できない黒乃がいた。

 

「やっぱりお姉さんは優しいね。優しいから悩んじゃう。それが例え、お姉さんが言ってる通りに偽善だったとしても……」

「それが解かってるならなんで……!」

「解かってるから、私はお姉さんのことが大好きなんだよ。正確に伝わってはないかも知れないけど、きっと皆も同じだと思うんだ」

 

 黒乃はなにも考えてやいないポンコツだが、それと悩むことに関しては必ずしも直結はしない。楽観的な性格だが、争いを好まない穏やかな性格の持ち主でもある。他人を人一倍思いやろうとする気概があるからこそ、黒乃はそんなにも悩むのだ――――とオリジナルは指摘した。

 

 それが解かっていながら、なぜ自分を悩ませるようなことをいうのか。黒乃が困惑の表情を隠し切れない中、まるで追い打つように、だからこそ多くの人が慕い集うのだと返す。こんなことをいわれてしまっては――――ああそうかい、それじゃあ一緒に消えてしまおう。なんて流れに黒乃はできない。

 

「解からない……。解からないよ……! もう全部どうでもいいって思ってるのに、なんで……どうして……!」

 

 もうなにもかも諦めたはずなのに、黒乃の頭の中には多くの声が響き始めた。それは、仲間たちが己を呼ぶ声。何気ない日常の一ページで、ふとみせてくれる優しい声色。これが本当にどうでもいいのか? 負の黒乃にひとつの疑問が産まれたその時――――

 

『黒乃ちゃん、いつもお仕事手伝ってくれてありがと! お姉さん、貴女がいて助かってるわ』

『日……アサ勢……!? く、黒乃が……? あ、あの……! 録画したの……一緒に……』

『姉様、日本のアニメとやらに興味が湧いてきたのだが……』

『黒乃はもう少しオシャレに関心を持とうね。あ、良ければ僕にプロデュースさせてよ!』

『黒乃さん、わたくしもついにゲーム機を購入致しましたわよ!』

『黒乃、おはよっ! 今日も元気? なくても元気出していくわよ!』

『ふむ、やはり黒乃の素振りは美しいものだ……。私も負けてはいられんな』

『アンタが二十歳になったら飲みに行こうな。 約束よ、黒乃!』

『姉らしいことをしてやれんで済まん。だが黒乃、私はいつでもお前を想っているぞ』

『黒乃、大好きだ。言葉じゃ表現できないくらいに、俺は黒乃を愛してる』

 

 声どころか、仲間たちと過ごした日々が鮮明に映し出されたかのようだった。みんなの声が聞こえる。みんなの穏やかな表情がみえる。いくら黒乃が偽ろうとも、今この瞬間に浮かんでくるかけがえなのない仲間たちが――――どうでもいいはずないのだ。

 

「みんなが居てくれたから頑張れた」

「うん?」

「例え私自身がどうでもよくたって、みんなだけはどうでもよくなんてない!」

 

 俯き加減のままだが、黒乃はゆっくりと立ち上がった。それに合わせてオリジナルも腰を上げると、隣で佇む黒乃に変化がみられる。纏っていた重苦しい靄も徐々に晴れていき、ポジティブと取れる発言を堂々と口にしてみせた。

 

 本当にそういう意図はなかったオリジナルだが、少し慎重に黒乃の動向を見守ることに。声がうわずっているようだし、泣いているのはまず間違いない。その涙もきっと前向きな感情からくるものだと信じ、どうかお願いと内心で祈りをささげた。

 

「せっちゃん!」

「その呼び方は止めいと言うておろうに……。……して、何用じゃ」

「こんな私に失望したかも知れないけど、もう一度だけチャンスをちょうだい! 今度こそ、心から強くなりたい! 私の大切な人たちの力になりたいの!」

 

 涙を拭って振り返った黒乃は、勢いよく刹那に詰め寄っていく。その頃には靄も完全に消え失せており、むしろ爽やかな光を放っているような気さえした。そして勢いそのまま、黒乃は真に強さを求める。表現が少し気になった刹那だが、まさか二次移行はさほど望んでいなかったなど夢にも思うまい。

 

「儂は主の言葉ならば従う所存、端から知れたことよ。それよりも宿主に感謝せい」

「ああ、そうだった! ありがと黒乃ちゃん、私も大好きだよ! 百合百合な空気で辛気臭い廃寺を満たしちゃおうね!」

「あはは……。調子が戻ったみたいでなによりだよ、うん……」

 

 主人の願いを叶えるのは責務であり、頼まれるようなことでもない。本当は嬉しい癖して刹那は呆れたような表情を浮かべながら返した。むしろオリジナルに感謝せよとの言葉を受け取った黒乃は、オリジナルをきつく抱きしめてみせる。

 

 後半の口に出さなくていい残念発言を耳にして、なんだかオリジナルはゲンナリとしてしまう。ただ、黒乃の復活は嬉しくて抱き返しはするのだが。そんな2人のまるで姉妹のようなやり取りを前に、刹那はフッと短く鼻を鳴らしてみせた。

 

「むっ……。ハッ、暗雲は晴れたか……。良き飛び立ちとなりそうだ」

「ここもお姉さんの心象だったのかもね」

「えっ、私そんな暗くな――――って、ハッキリ否定できないのが悲しいなぁ……」

 

 刹那の瞳にチカッと光りが指したかと思えば、穴だらけの天井から青空が広がっているのを見上げた。オリジナルの住む白い世界も黒乃の虚無を現すが、オリジナルの呟きが正解である可能性は高い。つまり、心の奥底に眠る後ろ暗さを大雨が表現していたということだろう。

 

「さて主よ、儂が次なる段階へ進んだとて、必ず勝てるという保証はないぞ。それでも行くか?」

「行くよ。やらない偽善よりやる偽善! エゴでもなんでも、みんなのために戦いたいから!」

「うむ、さすれば期待に応えねばな。……時に主の宿主。……主のことを頼んだぞ」

「刹那……。うん、私も気持ちはお姉さんと同じだから!」

 

 最終確認というか、それこそ本当は聞くまでもなかったのだろう。だが刹那はあえて黒乃に問いかけた。もはや黒乃に躊躇いはなく、むしろ止めても行くと押し切るだろう。らしさを取り戻した黒乃に安心しつつ、最後に刹那はオリジナルに黒乃を託した。それに元気よく返すと、刹那は心底から安心した表情を浮かべる。

 

「ではぬしら、儂の手を取れ。儂と共に飛ぶ姿を思い浮かべるのだ」

「お姉さん」

「黒乃ちゃん」

 

 刹那が右手を差し出すと、黒乃とオリジナルはそれぞれ右手と左手を伸ばし、2人の手で刹那の手を包み込むように握った。そして目を閉じ互いを呼びあったと同時ほどに、まばゆい光が3人を飲み込んでいく。まるで日光のような温かみを感じつつ、黒乃とオリジナルの視界に白が広がっていった――――

 

 

 

 

 

 

「……遊ばれてる……」

「やはり気のせいではありませんでしたか……」

「箒ちゃんの絢爛舞踏、妨害すらする気ないみたいだしね」

「っ……の! どこまでなめれば気が済むのよ!」

「くそっ! このままではジリ貧だ……!」

 

 一方では、専用機持ち5人がⅠ・S相手に苦戦を強いられていた。いや、実際は苦戦と表現するのもおこがましい。楯無の発言通り、絢爛舞踏の妨害をしようとしないのが最も顕著に表していた。つまり何回かエネルギーを回復させたのに、それでもダメージすら与えられていないということだ。

 

 もっというのなら、I・Sも絢爛舞踏を使うことができる。となれば、機体そのものにダメージを受けている5人の圧倒的不利は揺るがないということ。いずれ専用機も機能不全を起こすだろうが、もしかするとそれまで真剣に戦う気はないのかも知れない。

 

(黒乃……。そうか、そうだな……。お前の呪いを解く方法、1つだけあるよな)

「一夏……?」

「シャル、黒乃を頼んだ」

「……うん」

 

 地上に残るのは一夏と黒乃の遺体、そして気絶したラウラとそれを守るシャルロット。I・Sとの戦闘そっちのけで黒乃を見守っていた一夏だったが、なにやら1つの結論を導き出したらしい。一夏は雪片を杖のようにして立ち上がると、黒乃をシャルロットへ預けた。

 

(自分で死ぬのがダメだってんなら、全力で生き抜けばいいよな……。そうだろ、黒乃?)

 

 黒乃の遺言はとにかく死ぬのはいけないということなのだが、黒乃がいなければ生きていけない一夏からして、許されないのは自害くらいという認識だ。だから一夏は全力でI・Sと戦う気になったらしい。もちろん結果的に勝てばそれはそれだが、とにかく一夏は死ぬためにI・Sに対峙するつもりなのだ。

 

 生き残ると生き抜くてはまるで意味も違う。一夏が実行しようとしているのは後者で、今度こそ後悔もなにもなく、死ぬまで自分のやれることを貫いてやろう。そう決意した一夏が雪片を構えて飛び立とうとしたその時だった。背後で凄まじい光が放たれるではないか。

 

「っ……。 これは……まさか!?」

「シャルロット、何事だ!?」

「わ、解からない! いきなり黒乃が光り始めて……!」

 

 本当にいきなりのことだった。一夏のいいつけ通りにしっかり黒乃を保護していたところ、全身をまばゆい光が包んだ。しかもシャルロットは光にドンと押され、まるで壁のようになって触ることもできる。だが近づくのは得策ではないという言葉を受け、シャルロットもそれに同意してその場を離れた。

 

「浮いて……いってる……」

「オカルトとかあんま信じないんだけど、トリックじゃないわよね……」

「……たっくん」

「はい、なんでしょう」

「くろちゃんってば、ホント楽しませてくれるよね……!」

「はい、全面的に同意です」

 

 やがて光球は宙からどんどん浮いていき、やがてはI・Sと同じくらいの高度で止まった。みんな目の前で繰り広げられる光景が信じられないのか、目を丸くしたりこすったりしてリアクションをみせる。そんな中、束は非常に興奮した様子で光球をみやる。なぜなら、これからなにが起きるか予見できるから。

 

 実をいうと、一夏もそれは同じだった。むしろ一夏はこれから起こるソレを経験した身であり、もし本当にそうならと鼓動が速まるのを抑えられないのだ。慌てて大地を蹴り出すようにして一夏が飛び立つと同時に、その光は周囲に霧散し中から現れたのは――――

 

(疾風迅雷刹那の如く――――)

「くろ……の……様……!」

「黒乃ちゃん!」

(蒼天染めるは轟く赫焉――――)

「黒乃さん!」

「黒乃!」

(天際制すは覇王が翼――――)

「黒乃……!」

(我、新たなる翼携えここに降臨せし! その名も――――)

「黒乃っ!」

(赫焉覇王・刹那! 推っ参! ――――なんつって! 今のどうかな、黒乃ちゃん?!)

『……流石に今のはちょっとかっこよかったかも』

「くろのぉぉおおぉぉぉぉおおおおぉぉおおおおっ!」

 

 誰にも伝わることのない前口上を威勢よくかましながら、姿の変わった刹那――――赫焉覇王・刹那を駆る黒乃であった。そう、無事に黒乃も辿り着いたのだ。現状導き出せる最後の進化――――最終形態移行を果たしたのである。先ほどのような悲痛なものではない。歓喜と共に黒乃の名を呼ぶ声が辺りへ響き渡った。

 

 

 

 




黒乃復活の際の前口上は、私もかなり気に入っていたりします。
新しい名称についてはかなり難産ではあったのですがね。
なんか覇王っていうワードを思いついてから一気に口上まで書きあがりました。
さて、それでは反撃と参りましょう。


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第129話 久遠転瞬

ほとんど赫焉覇王・刹那の性能披露のためだけにある回です。
前話のあとがきで反撃開始とは言いましたが、本格的には今話以降でしょうか。


「ラウラ……。ラウラ! 気絶してる場合じゃないよ、黒乃が生き返って最終形態移行で!」

「う……む……。最終形態移行……? なんという、流石は姉様――――っておい、なんか今姉様が死んだことを示唆しなかったか!?」

「はぁ、お元気そうでなによりですこと……!」

「ったく、ホント心配かけるんだから……!」

「あぁ、今回ばかりは……ダメかと思ったぞ……!」

「黒乃様……。よかった……本当に……よかった……!」

「うんうん、やっぱり貴女が居てくれないと……ねっ!」

 

 間違いなく黒乃が息を吹き返し、自分たちの前に佇んでいる。その事実が信じられないながらも、これを喜ばずしてなんとするのか。シャルロットに起こされるまでは気絶していたラウラを除き、みんなして目に涙を浮かべながら黒乃の生還を祝福した。

 

「黒乃……黒乃ーっ!」

(うん? どわったぁ!?)

「黒乃……! 俺はまた、また……お前を……!」

 

 一夏は一目散に黒乃を目がけて突っ込み、タックルと表現する方が近いくらいに抱き着いた。一時は黒乃の復活に歓喜した一夏であったが、その涙の理由は懺悔からくるもの。またしても自分がふがいなかったゆえに黒乃が傷ついてしまった。そんなふうに湧き上がる後悔の念で涙が止まらない。

 

 黒乃からすれば心配をかけて申し訳ないという気持ちしかないのだが、とりあえず一夏を落ち着かせることに終始した。優しく背中をポンポンと叩いてみたり、後頭部を撫でてみたり。もっと慰めたいというのが本音のところ、そうもいっていられないのが現状である。

 

「くろちゃんってば、相変わらず追い込めば追い込むほど輝くんだから~。もう本当、また遊んでくれるなんて楽しくて仕方ないよ!」

「追い込むっていうか、彼女の場合は完全にアウトなとこから帰って来ますからねぇ」

「それでこそ私の見込んだ同種族! さぁさぁくろちゃん、もっと楽しもうじゃない!」

 

 勝ちそのものには喜びはしたが、科学者2人は実のところ満足なんかしていない。束なんかは新しい玩具を与えられた子供のようにはしゃぎ、もう一度黒乃と戦えることの喜びを身体中で表現しているかのようだ。これをみるに、やはり戯れている時間はないだろう。

 

(よし、コンテニューもしましたし……やってやりますか!)

「やるのか、黒乃」

「無論」

「そうか……。なら最後まで付き合うぞ!」

 

 名残惜しいながらもスッと一夏から離れた黒乃は、腰に戻っている鳴神を抜刀。その切っ先をⅠ・Sに向け、戦闘の意志を示した。それを真横でみた一夏は、少しばかり苦い表情を浮かべる。いくら最終形態移行を果たしたとて、勝ち目が薄いと思っているのだろう。

 

 本当ならば人類なんて放ってしまい、束が世界を滅ぼすまで黒乃と過ごすというのも一夏としてはアリだ。だが、黒乃が戦うというのならそれに従わないわけにはいかない。前にも出なければ後ろにも下がらず、日常でも戦場でも隣に在り続けると誓ったのだから。

 

「名称変更されてるね。なになに――――ほほう! 赫焉覇王・刹那だって! う~ん、さながら混沌を統べる赤き覇王ってところかな。 か~っくい~!」

(あ、なんかそれもマジでカッコイイぞ!)

『お姉さん、言ってる場合じゃないでしょ……。要するに解析を進められてるってことなんだけど?』

「雷光に増設されてる8本のアレも気になりますねぇ。むしろ大きな変更はあれくらいでしょうか」

(わわっ、本当だ!?)

『お姉さーん……』

 

 王の名を冠した刹那を、束は妙に中二めいた言い回しで表現してみせた。未だに中二病の気が抜けない黒乃的には悪くないようだが、問題はそこではないとオリジナル。名称を見抜かれたというのなら、それは解析が進んでいるいい証拠だ。

 

 本人たちは隠す気もないかのように、というよりはあえて聞こえるようにしているのだろう。証拠に鷹丸も黙っていればいいものを、赫焉覇王・刹那となった状態の変化について言及してみせる。それまでの束を賞賛していた余裕は何処へやら、黒乃は一気に肝を冷やした。

 

(ま、まぁアレだよ、先制しちゃえばどうってことないさ!)

『ん、気を取り直していこう!』

 

 自らの失態を誤魔化しつつ、黒乃は腰にぶら下げた鳴神をゆっくりと鞘から引き抜いた。美しい波紋を描く刀身が煌くと同時に、OIBの予備動作をとる。すると新たに増設された8本のユニットもスライドして展開。雷光が放つ翼型のエネルギーとは違い、細長い刃のような形状だった。

 

「……綺麗」

「ああ、なんと美しい……」

 

 それに翼のほうのエネルギーを電撃に例えるとするなら、刃にも似たエネルギーは細かい光の粒子が奔流しているようにみえる。肉眼でもとらえられないような赤い粒子が弾け、赤黒い電撃がスパークする様は、I・Sとはまた違う禍々しさの中にも神々しさと美しさを兼ね備えているかのようだった。

 

(そんじゃ、レッツラ!)

『ゴー!』

「は、速っ……!? ま、まだ速くなんの?!」

「いい加減に彼女はどこを目指しているんでしょう……」

 

 刹那から刹那・赫焉になった際も雷火が雷光へ進化し、もとより高かった機動性に拍車をかけた。今回も新たに備わったユニットがサブスラスターの役割でも果たしているのか、その速度はより顕著なものとなっている。もはや人間が出してよい速度には思えない外野は顔をしかめた。

 

(でやぁぁぁぁっ!)

『――――損傷軽微』

「あ……当たった……!」

『お姉さん!』

(解ってるよ、当てさせて貰ったってのはさ!)

 

 文字通り目にも止まらぬ速さでI・Sとの距離を詰め、すれ違いざまにその胴体へ一太刀を浴びせた。これまでまったくダメージを与えられなかった相手に初撃が入った。これは思わず場を湧かせるが、黒乃とオリジナルはそれが意図したことだというのを理解している。

 

 要するに適度なダメージに抑えつつ、赫焉覇王・刹那の性能を見極めてやろうということだ。実際、損傷軽微と呟いていたが、軽微とする必要のないほどの掠り傷でしかない。それゆえ黒乃も同じく、向こうがこちらを見極めているうちに、自身も最終形態移行した機体に慣れるつもりでいる。

 

(黒乃ちゃん、右旋回!)

『了解、出力調整は任せて!』

「あの速度で急旋回!?」

「サブスラスターが旋回性能を向上させてるんだよ!」

 

 これまで高機動状態では旋回性能がネックだったが、どうやらサブスラスターのおかげでそれはなくなったようだ。つまり黒乃は、曲がる前に左翼のサブスラスター4基の出力を上げ、逆に半分の右翼4基の出力を落としたということ。

 

(へへん、けどそれだけじゃないよ! 黒乃ちゃん任せていいかな)

『うん、お姉さんは刹那の操作に集中して!』

(標的補足! マウント解除! 行ってらっしゃい!)

「あ、あれはもしかしなくても……ビット兵器!?」

「ソードBTとしての役割も持っているのね!」

 

 8基のユニットが雷光からパージされて宙を漂ったかと思えば、それはI・Sめがけて飛んでいくではないか。放つ粒子がまるで刃のような形状をしていたのは、楯無の呟き通りソードBTとしての役割もあるからのようだ。黒乃たちのやり取りからして、自立兵器という線は薄いだろう。

 

『磁力操――――』

(させませんけどーっ!)

『続けていくよ!』

 

 I・Sは磁力操作でソードBTを無効化する魂胆だったのだろうが、それは黒乃の攻撃によって阻まれた。当然ながら刹那本体のほうがソードBTよりも速く、軽く追い抜いてすれ違いざまにまた一太刀。その後I・Sを待っていたのは、ソードBTによる八方からの攻撃。

 

 同時、または時間差をもたせつつ8基のソードBTがI・Sに迫る。突き刺さりはしないながら、ソードBTの刀身はI・Sの装甲を削るようにして通り過ぎていく。うち2本は黒乃のほうへ向かい、残った6基はI・Sへの攻撃を続行。

 

 サブスラスターとしての役割を放棄していたが、ソードBTとして使用したことで黒乃は余裕をもって旋回できたというわけだ。そして黒乃は2基のソードBTをしっかり掴むと更に加速。そのまま残った6基のソードBTに合わせるように同時攻撃を仕掛けた。

 

(せいっ! はあっ!)

『――――――――』

 

 黒乃は双振りのソードBTで連撃を加えつつ、マウントを元の状態へ戻して離脱。当てさせてもらっているとはいえ、かなりの攻撃を与えることができた。エネルギーは疑似絢爛舞踏で半永久的に回復されてしまうとして、機体そのものへのダメージがあるのとないのではかなり違うだろう。

 

『エネルギー増幅』

(まぁそうなるよねぇ。倒そうと思ったら一撃で消し飛ばすしかないのかな)

『私たちの専売特許ではあるけれど……』

 

 金色に輝くI・Sを前に、解かっていながら販促だろうと顔をしかめるのを止められない。ならばエネルギーなど関係なしに機体を一撃で葬り去ってはという話になってくるが、タイミングを考えなければ疑似零落白夜で防がれるのがオチだろう。

 

「……あのさーくろちゃーん! なにか隠してるならもったいぶらないでみせてよーっ!」

(……そこまで解析されちゃった?)

『多分それはないと思う。刹那から内容は伝えられたけど、私たち自身が半信半疑だからね』

 

 どうしたものかとI・Sをみつめていると、少し機嫌を損ねたような束が大声を張り上げた。まず黒乃たちがなにかを隠している点について、これは間違いなくイエス。使用するのを躊躇わずにはいられない内容だったせいだ。

 

 かといって束がそれを見抜いていたかと聞かれればばれはノー。単なる勘の類であり、最終形態移行を果たしたのに、サブスラスター兼ソードBTが増設されるだけで済むはずがないという考えからだ。これを受けた黒乃は、別に束のいう通りにしようというわけではないが――――

 

(やろう、黒乃ちゃん。私たちを信じるせっちゃんを信じないと)

『……そうだね。うん、やるっきゃないよ!』

 

 使うのを躊躇うとなれば、それなりに危険が伴うのかも。しかし、それを推したとして、使わなければ我らが刹那の主第一主義に報いることはできないだろうと決心を固めた。そして黒乃は、雷光からエネルギーを放出。まるでエンジンのように吹かして前方にQIBを発動――――と同時に、不可解な現象が起きた。

 

『――――未知のダメージを感知』

「み、みんな、聞かせてほしい。俺には黒乃が一瞬消えて――――」

「気が付けば奴の背後だ、間違いない。一夏、私も確と見届けた!」

 

 黒乃が消えて鉄が擦れるような音がしたかと思ったら、I・Sの背後に黒乃がいるではないか。比喩として消えるような速さと表現される刹那ではあるが、それではあまりにも説明がつかない。QIBにしても、OIBにしても、はたまた天翔雷刃翼だろうと、物理的に一瞬で距離を詰めることは不可能だ。

 

 それだけに、一夏は自分の目がおかしくなったことを一番に疑った。が、そんなことをする必要もなく、残った専用機持ちたちも一夏と似たような光景しか目に映らない。I・Sは機械なだけにより混乱を起こしているのか、理解不能という旨の言葉をひたすら呟いていた。

 

(……大丈夫っぽい! エネルギーもQIBぶんしか減ってないね!)

『良心的で逆に怖いけど……。ここはガンガンいっちゃおう!』

(おうさ!)

「ま、また消え――――と思ったら現れ……ああもう、どうなってんのよ!?」

「きっと単一仕様能力なんだろうけど……。ワ、ワープする能力……なのかな?」

「……それだと……ダメージを与えられていることに気づけないのはおかしい……」

 

 しばらく動かないでいた黒乃だったが、機体や自分の体に問題がないか確認を行っていたようだ。結果としては異状なし、これほどにまでよいことはない。それならばと意気込んだ黒乃は、再び前方へQIB。と同時に姿を焼失――――させたかと思えばまた現れを繰り返し、どんどんI・Sにダメージを与えていく。

 

 周囲からみるとそうとしか説明がつかず、シャルロットのようにワープする能力を覚醒させたと推理するのもおかしくはない。しかしそうではないのだ。もしワープ能力ならば、簪のいう通りいつの間にダメージを与えたかどうか解らなくなることはないはず。

 

 つまりⅠ・Sの機体に刻まれる傷は、完璧に黒乃が現れるよりも前にできているということになる。本当にみればみるほど理解が追いつかず、専用機持ちたちは揃って援護も忘れてしまう。それとは真反対のように、科学者2人はというと――――

 

「いやいやいやいや、意味解んないよこれ。束さん特性の超スローカメラにも影すら映らないんだけど!」

「その時点で超スピードとかワープの線はゼロですね。かといって、単純にステルスとかそういう類でもなさそうだ」

「だよねー! だとするとこれアレだよたっくん、とんでもない仮説が立てられちゃうよ!」

 

 みるからにI・Sが追い込められ始めているというのに、むしろここにきて最も楽しそうな表情を浮かべて解析を進めていた。自分たちの頭でも理解不能なことを解き明かす。それこそが楽しいのだといわんばかりの様子だ。だからこそ黒乃との戦いは止められないのだというのが見て取れる。

 

 とはいえ、実のところもう確信に迫る部分まではきているのだが。鷹丸が導き出した結果の通り、超スピードやワープなんていう能力ではない。もはや黒乃は神の領域に達していると表現してもなんのそん色はないのだから。刹那の新たな単一仕様能力とは――――

 

『磁力操作――――』

(久遠転瞬!)

 

 外面からみるとI・Sが全くの無抵抗にみえることだろう。しかし、そうではない。このように創造した単一仕様能力の発動そのものには成功しているのだ。しかし、それはまったく意味を成さない。なぜならば、それこそが新たな単一仕様能力――――久遠転瞬の能力なのだから。

 

『磁――――』

(てやぁ!)

『――――損傷、徐々に増大中』

 

 黒乃がQIBで前に飛び出ながら久遠転瞬を発動させたかと思えば、目の前に繰り広げられる景色がおかしい。そう、先ほどまで発動させていたI・Sの磁力操作が、発動させる前の時点まで巻き戻っているのだ。そしてI・Sは防御をする暇もなく、またしても鳴神の斬撃を喰らってしまう。

 

 神の領域、というのはつまり――――久遠転瞬の正体が時空間移動能力であるからだ。I・Sが単一仕様能力を発動させる前の時間に飛び、それを妨害することで細かく未来を変えているのである。これにより、外面からするとなにも抵抗できていないようにみえるのだ。

 

 更にいえば久遠転瞬の発動中、黒乃は別の次元にいるとも表現してよい。だからこそスロー再生にも映らないし、攻撃そのものを認識することが不可能なのだ。つまり、もはや今の黒乃を前にして、なにをしようとも無駄なのである。ただし、発動そのものにはある程度の条件が必要のようだが。

 

「わけ解からな過ぎるからあくまで仮説! 束さんが思うにアレは時空操作能力! アレが発動してる間、くろちゃんはどっか別の次元に退避してるとかそんなん!」

「ですよねぇ。だとしたらあの粒子の正体はタキオンかなにかですかねぇ。……サンプル回収して研究したいですね」

「そこは我慢で! だとすると発動条件は雷光とソードBTの連結時のみに限定されるだろうね」

「ついでにいえば、一定の速度が出ていないと発動そのものもできないみたいですね」

(くっ、天才相手だとこうも簡単にバレちゃうか……)

『っ!? お姉さん、2人を気にしてる場合じゃ――――』

『磁力操作』

 

 スローにしても影すら映らないとなれば、束からして導ける答えは1つだった。見事にそれは正解に近いもので、発動条件に至っては完全に見抜かれてしまっている。単にBTが外れている時には消えない、止まった状態から消えないという相違点からでもあるが。

 

 端からみると理解不能な能力なはずという確固たるものがあったせいか、早くも正解を出されて黒乃は苦い表情を浮かべた。しかし、その一瞬は命取り以外の何者でもない。オリジナルの警告もワンテンポ遅く、待っていたのはI・Sの磁力操作であった。

 

(やっべ……!?)

 

 タネさえ解ればこちらのものだといわんばかりに、8本のソードBTは磁力操作で引っ張られ、無理矢理にでもマウント状態を解除されそうになってしまう。故障でも起こされたらたまったものではない。二進も三進もいかなくなった黒乃は、自らの意志でマウントを解除。

 

『操作射程圏外への進入を確認』

(操作範囲まで把握されてたか……。どうしたものかね)

『拾いながら戦うのは現実的じゃないよね』

 

 外れたソードBTたちはすさまじい勢いで弾き飛ばされ、八方向の遠い彼方へと吹き飛ばされてしまった。あえて重力操作で潰さなかったのは、オリジナルの呟きを現実のものにする意図でもあるのだろう。もっとも、I・Sにとっては保険程度にしかなり得ないが。

 

 回収しつつの戦闘は非現実的。しかしI・Sと相対するのに久遠転瞬は必要不可欠。反則級の能力を備える者同士、発動条件がないI・Sに軍配が上がるのは当然のことではある。が、裏を返せば久遠転瞬さえ使えればどうにかなるともいえよう。

 

(……黒乃ちゃん、やっぱりここは回収を――――)

『……ううんお姉さん、あれ見て!』

「みんな、BTは拾ったか!」

「ああ、問題ない。故障もしていないようだ」

「このくらいしか出来ないのは悔しいですが……」

「なに言ってんの、こうなったからには大事な役目よ!」

「そうだよ、黒乃に届けさえすれば!」

「I・Sとやらも鉄屑同然というわけだ」

「最終的には……消し炭……」

「というわけでみんな、気合入れてお届けするわよ!」

(みんな……!)

 

 どうにかなるのならば、起死回生を狙って回収するしかない。苦しい選択ながらそれを選ばねばならないのではとオリジナルに相談を持ち掛けるが、それと同時に8つの影が宙に浮いた。位置は八方でバラバラだが、1つ1つが同じ方向のみを見据えている。

 

 久遠転瞬の発動に必要となるソードBTは8本、黒乃を除いた専用機持ちの総数も8名。おあつらえとはこのことか、一夏たちがその手に希望を携えて現れた。かなり遠方ではあるが、黒乃を包囲するかのように陣取っている。黒乃はハーパーセンサーでなく、己が目でそれを確と見届けた。

 

 しっかりとその瞳に、みんなの雄姿を焼き付けねばならない気がしたから。しかし、そうもいってはいられない。向こうからすれば久遠転瞬を使用可能になった時点でほぼ負けが決まる。となれば、死ぬ物狂いでそれを止めにかかるだろう。

 

 方法としては2つ。一夏たちの回収したソードBTのうち1本を破壊するか。または、8本のソードBTが刹那に連結しきる前に黒乃を殺すかだ。どちらにせよ、誰しもが命を懸けねばならないことは明白。ではあるが、もはや今更のことだった。何故なら9人は――――初めから命なんて捨てる覚悟なのだから。

 

(ねぇ黒乃ちゃん)

『ん、どうしたの?』

(仲間って……最高だね!)

『全面的に同意!』

「黒乃が動いた……! みんな、なんだっていい、どんな方法でも構わない! 絶対にコイツを黒乃の元へ届けるんだ!」

 

 一夏に至っては男女の関係という枠組みとなるが、黒乃にとって専用機持ちたちは大切な友人であり仲間であるという認識だ。無言無表情となる呪いのせいで他者にあまり好かれないのは仕方のないことだ。普段は自分にそう言い聞かせ、おちゃらけて、誤魔化してきた。だが、いくら黒乃でもそこまで無神経な人間ではない。

 

 時には本気で憤りを覚えたり、ただ悲しみだけが募るような言動を取られた経験なんて数多にある。だが目の前に居てくれる8人は違うんだ。いつだって自分に笑いかけてくれる大切な仲間なんだ。そんな当たり前のことを最終決戦の場で再確認させられた黒乃は、心の内にひどく勇気が湧いてくるのを感じた。

 

 だから黒乃は動き出す。人類なんてどうでもいいが、いち早く最高の仲間と笑いあう明日を取り戻したいから。そう、すべては当たり前の明日を取り戻すためだけに。そんな想いを込めた刃が届かないはずがない、負けるはずがない。黒乃はそんな確証にも似た自信とともに鳴神を握りしめ、I・Sへと肉薄した。

 

 

 




刹那の武装面に関してはガンダムエクシアがモチーフです。
刹那・赫焉もダブルオーライザーがモチーフみたいなもんです。
赫焉覇王・刹那はダブルオークアンタ……の要素はもちろんありますけども。
対話とかはちょっと関係なくソードBTのみですね。
それに時空間移動を習得してもらわないとこの先が困るので。


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第130話 覇王に集いし刃たち

VSインフィニット・ストラトス、クライマックスです。
1人で戦うのも寂しいので、展開的にもみんなと一緒に打倒といきましょう。


 正面からは黒乃、そしてその八方からソードBTを渡さんと接近を試みる専用機持ち。どちらを優先的に妨害するかは比べるまでもなく、後者を狙うのが定石というもの。しかし、I・Sは自我を得た己の、機械ながらにいわば思考を巡らせた。この強者を放置することになってもいいのかと。

 

 磁力さえ使えばどうとでもなる、なんていう浅い思考は持ち合わせてはいない。同じく最終形態移行した黒乃を自由にするのは、いささか危険なような気がした。流石に感情までは芽生えていやしないが、I・Sは過る懸念を拭いきれない。それならばと、I・Sは次なる行動に出た。

 

『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー』

(身体が動かない……!)

「おのれ、こんな広範囲のAICなどと!」

 

 迷うのならばいずれも止めてしまえばいい。単純な答えに至ったI・Sは、自身の単一仕様能力でAICを創造。ただしその効果範囲は、シュヴァルツェア・レーゲンに積まれている本家本元の比ではない。まだまだ遠方と表現するにふさわしい専用機持ちたちも停止させるほどだ。

 

(……次の一瞬に賭けるしかないね)

『う、うん。私も一応だけど備えておくね』

 

 AICはありとあらゆる物体の慣性を完全に無力化する。それは発動させているI・Sにも当てはまり、解除しないことには黒乃に攻撃を加えることもできないだろう。恐らくだが、I・Sは自分を中心としてドーナツ型に停止結界を這っていると推測される。

 

 もっというのなら、上下の死角も消えるように塞いでいるだろう。これで外部からの妨害はまず不可。それまでなにも邪魔されることがないI・Sが手元に呼び出したのは、メタトロニオスであった名残とも取れる方手持ちのレーザーライフル。

 

 それをきちんと両手に装備し、側面を連結。これにより1本となったライフルは、見るからに銃口へとエネルギーを集約を始めた。最大出力のその先、暴発寸前まで溜め黒乃を葬り去る魂胆らしい。だが発射の瞬間、その一瞬だけはAICも解除されるはず。

 

(まだ、まだだ、大丈夫、見てから回避余裕でした)

『ゲームスキル、きっと役に立つよ』

 

 傍観しかできない専用機持ちたちが歯噛みする中、黒乃は内心で己の反射神経を信頼する言葉を並べた。最終的には格闘ゲームにより培われたものへと辿り着くが、オリジナルの言葉どおりに焼石に水なはずがない。そして、全てが決まる一瞬がついに訪れる。

 

(まだ――――)

『まだ――――』

(『っ……今だっ!』)

 

 何度目かすら解らない生きるか死ぬかの応酬。黒乃はこれまで潜り抜けた修羅場により鍛えられた勘も頼りに、I・Sがレーザーを発射した瞬間に全力でQIBを吹かす。墜落覚悟の出力で横っ飛びした結果、やはり攻撃の瞬間にはAICが解除されていた。

 

(うおっほぉおおおお! スレスレぇ!)

『言ってる場合じゃないって! 墜落しちゃったら立て直すまでの時間がもったいないじゃない!』

(おいおいもう忘れたのかい黒乃ちゃん。大丈夫だよ、なんたって私には最高の仲間がついてるんだからさ!)

 

 轟音と閃光で視界は悪いが、とにかく自分が生きているのなら避け切ったということだ。そんな安心感からやってやったぜと歓喜を露わにするが、オリジナルが言及したように刹那は明らかに地面へと進路をとっている。だが自分が動けるようになったのなら、他のみんなもそうだということ。

 

 黒乃は決死の回避を試みる最中で、確かにその目で捉えていたのだ。スターライトMkーⅢを優雅に構え、その銃口を自分に向けるセシリアの姿を。これから起こりうることはご愛嬌として、黒乃は自らに迫る蒼い閃光に身を任せた。

 

(ありがとうございます!)

『レ、レーザーに押されて墜落は阻止できた……! セシリアさん、凄い精度の射撃!』

「あ、当たりましたわ。よかった……。っと、黒乃さん!」

(確かにお受け取りぃ!)

 

 それなりの火力を誇るスターライトMkーⅢではダメージもあるが、下へ向かっていた状態から横へと力が加わり、拙いながらも黒乃は刹那の態勢を墜落から復帰させた。更にはI・Sがレーザーを発射した隙を突きソードBTを投げ渡すことにも成功だ。

 

 記念すべき1本目の帰還を喜びつつ、黒乃はそれを雷光へ連結。後は当初の目的であるI・Sを見据え、更に速度を上げて行く。待ち構えるようなI・Sに対し、臆すことなく鳴神の刃を煌かせ、トップスピードのままその胴体へ一太刀を浴びせる。————かと思いきや。

 

(あ~ばよ~とっつぁ~ん!)

『うぇ!? あ、ま、まぁ、今は回収が最優先だよね……うん』

 

 黒乃はフェイントのようにして鳴神を振るフリをしつつ、大胆な事にI・Sの真横を通り過ぎた。実のところ最初からこうするつもりだったのだが、AICを創造されておじゃんになってしまったのである。黒乃の思惑を図りかねていたオリジナルは、なんだか複雑そうな声を上げてしまう。

 

 そして黒乃が向かう先は1つ、刹那に次ぐ機動力を誇る紅椿を駆る箒である。通り過ぎたからといって決して安心はできないが、一撃必殺でも飛んでこなければダメージは度外視するつもりなのだろう。しかし、黒乃の目に映った箒はなぜだか腕を振り上げていた。

 

「黒乃、受け取れええええっ!」

(投げちゃった!? あっ、でもなんか正確なパス!)

『これで2つ! 箒ちゃんもすごい!』

「は、ははっ、なんとかなるものだな……」

 

 箒はソードBTを投げナイフの要領で投擲。無謀なと少しだけ思った黒乃だが、思いの他ソードBTが真っ直ぐ飛んできて驚きを隠せない。投げた本人も驚いているようだが、何気に練習をしていたり。そう、きっかけは学年別トーナメントで目撃した黒乃の投擲である。

 

 あまりに見事な投擲だった。だから見よう見まねで練習してきたが、まさかこんなところで役に立つとは。そんな考えが浮かび、箒は乾いた笑みを浮かべた。とはいえ、これで2本目が黒乃の手元に戻った。だが、I・Sが転んでタダで起きるはずもなく。

 

『――――――――』

(げっ、これ全部が追ってくんの!?)

『確かに数は多いけど、これならなんとか――――って、お姉さん前!』

(ぜ、前門のミサイル!? 後門のレーザー!)

 

 Ⅰ・Sが掌から放ったのは、無数のレーザーだった。それもただのレーザーではなく、複雑なカーブを繰り返していることから追尾機能があることが伺える。また面倒なと苦い表情を浮かべるも、なにやらオリジナルがただごとではないような声を上げた。

 

 警告に従って意識を前方へ集中させてみると、そこにはまさに弾幕と呼ぶにふさわしい様子でミサイルの群れが迫ってきているではないか。この時点で彼女の仕業だと察しが付くが、ミサイルとレーザーに挟まれるというのは恐ろしい体験である。もっとも、察しがついている以上、ミサイルが当たることはまずないと解かっているのだが。

 

(びっくりはしたけど、これで3本目は確実かな……)

「黒乃っ……!」

『簪さんからは直……。毎回こうだといいんだけどね』

 

 ミサイルは全て綺麗に黒乃を避け、まるで庇うかのようにレーザーへと激突。黒乃は後方で感じる爆風も気にせず、援護をしてくれた者へと接近した。そこでリレーのバトンのようにソードBTを差し出すのは、スフィア・キーボードでの演算を終えたばかりの簪。

 

 山嵐の有する火器管制システムにより、複雑な軌道を描いたミサイルにて簪を守ったのだ。地下でより磨きをかけたのか、演算処理にタイムラグというものを感じさせない。かくして黒乃は、すれ違いざまに直接簪の手からソードBTを回収に成功した。

 

「そういえばあなたって、水中ってどうなのかしら?」

『次は楯無さんが仕掛けるみたい!』

(あいよ黒乃ちゃん!)

 

 3本目のソードBTを雷光へ連結させると、そんなからかうような声が響いた。そして次の瞬間には、巨大な水の球体がI・Sを包み込む。楯無とミステリアス・レイディのアクア・クリスタルである。とはいえ、I・Sが相手となると決していい手とはいい難い。

 

『重力操作』

 

 I・Sは自分の周囲一帯へと強力な重力を加えることにより、纏わされていた水を一気に地面へと引きずり下ろした。地面と大量の水が激突した衝撃で、バシャアと大きな破裂音が。やはりこれでは大した時間稼ぎにもなりはしない。そう思った時だった。

 

「ざーんねん、本命はこっち」

『!?』

(あれ、なかなかエグイよねぇ)

『そのエグさが活躍してるんだから思い出さないの』

 

 楯無が指パッチンをするような仕草をみせると、それと同時にI・Sの内部から小規模な爆発が起きた。アクア・クリスタルに含まれる起爆性ナノマシンの効果である。水として浸透させたソレを内部で爆破、攻撃することを旨とするため、場合によっては気づいた時には手遅れということも。

 

 楯無との模擬戦で雷光を破壊されたことを思い出した黒乃は、なんだか素直にすごいと褒める気が湧かなかった。内心で響く大人なオリジナルの小言へ適当な相槌を返しつつ、未だ内部爆発を繰り返すI・Sをスルーして楯無からソードBTを受け取る。

 

「お受け取りど~も~」

(ブレないなぁ、たっちゃんは。よし、次!)

『えっと、この位置から近いのは――――』

『―――磁力操作』

 

 楯無の飄々とした態度はブレることなく、ソードBTを渡し終えると同時に手をヒラヒラさせて黒乃を見送った。ある意味で安心感を覚えつつ、オリジナルと共に次なる目標を定めようとしたその時。またしても厄介な手に打って出られた。

 

 先ほどは止めてからの一手でケリをつけるつもりでのAICだったのだろうが、既に黒乃の手元には3本のソードBTが戻っている。ともなれば、なにを形振り構ってやいられるだろうか。同時に使用できる単一仕様能力は一種類ながら、これを足掛かりにしてやればよい。

 

「くそっ、またこれか!」

「みんな、急いで距離を――――」

「置く必要? ないわねそんなもん。むしろアタシは、この瞬間を待ってたって感じよ!」

「鈴、なにを――――うん? はっ、なるほど、そういうことか!」

 

 発動条件はⅠ・Sが放った電磁波に触れること。赤と青の電撃が迸るため視認そのものは難しくはないが、なにぶん速度が速度なせいで防御は不可に等しい。事実、9人共に赤か青の電撃を帯びてしまっているということは、見事に喰らってしまった証拠である。

 

 ここから先はI・Sの独壇場になってしまうのかと大半のメンバーは苦い表情を浮かべるが、鈴音のみが待っていたと真逆の反応をみせた。その意味を図りかねていたラウラだったが、黒乃、鈴音、そして己に迸る電撃の色を確認すると、なにかに気づいて猛然と黒乃へ突っ込んでいく。

 

(いや、ちょっ、そんなことしたら――――ほらぁ! 引き寄せられ……って、好都合な気がする)

『たぶん鈴ちゃんとラウラちゃん、それが狙いだね。完全にI・Sのミスだよ』

 

 迸る電撃の色はS極とN極を表す。同じ極ならば反発し、異なる極なら引き寄せ合うというのは説明するまでもないだろう。先ほどの磁力操作で黒乃が帯びた磁気はN極、つまり赤。その逆で鈴音とラウラはS極で青。黒乃に接近しなければならない状況ならば、逆に利用してやろうという作戦に出たのだ。

 

 これまでと同様、一定距離へ近づいた途端に機体の制御ができなくなり、3人は互いを引き寄せ合いそのまま接触。I・Sが単一仕様能力を解除しない限り離れることはできないが、これでさらに2本のソードBTを回収したも同然である。

 

「姉様、こ、これを……」

(なんかもう、雷光にひっついちゃってますけど……。取れるかなこれ?)

「……あっ、やばっ。この後のことなにも考えてないんだけど」

(今言うかなそれ!?)

 

 鈴音とラウラが手渡すまでもなく、ソードBTはカチンと大きな音を立てながら雷光に接着。これも単一仕様能力解除までは剥がれることはなさそうだ。それよりもまず、自分たちが離れることができないのをどうにかするべきだろう。

 

「渡したメンバーはとりあえず援護! 渡してない人はどうにか黒乃ちゃんに接近を!」

「お姉ちゃん……ひっつきながら……?」

「ええ、ひっつきながら! とにかくやる!」

 

 いずれは解除してくれるとして、それまではソードBTを渡し終えたメンバーが全力で援護だと楯無が指示を下す。ただし、簪とひっつきながらで妙に恰好がつかない。それでもやるのだという意気に感化されたのか、9人は気合を入れ直すかのように行動を再開した。

 

「でもどうしよう。僕らは黒乃と反発して接近できないや」

「鈴とラウラが引っ付いてる間は問題ないんじゃないか?」

「え? あ、そっか、鈴とラウラが僕らと逆だから引き寄せてくれるんだ!」

 

 やはり磁力の問題はネックなものだったが、意外にも一夏が盲点のような突破口を見出した。そう、黒乃とは反発してしまうが、黒乃に引っ付いている鈴とラウラには引き寄せられる。ならば全力でソードBTを投げでもすれば自然に黒乃の元へと届くだろう。

 

『――――――――』

 

 箒、セシリア、楯無、簪の足止めを喰らっていたI・Sだったが、流石にこれ以上の磁力操作はマズイと考えたらしい。すぐさま単一仕様能力を解除し、専用機持ちたちの拘束を緩める。どちらかといえば発動してくれていた方がよかったために、残念そうな顔つきになるメンバーもちらほら。

 

「くっ、思い切りブン投げでもしたらよかったか?」

「それはあまりにも安直だよ。別の方法を考えよう」

 

 ソードBT1本でも破壊されれば詰む状況において、一夏の呟きは実行されずに済んでよかったといったところか。どちらにせよ、これで渡せていない3人はまた頭を悩ますはめに。しかし、なんとかして打開せねばと思った時には遅い。I・Sは、またしても厄介な手できた。

 

『エレキトリック・ブラスト』

(ぐぅぅぅぅっ!? こっ、これは……!)

『今度は電撃!? 防御貫通なうえに避けられない!』

 

 I・Sは新たに電撃を操る単一仕様能力を創造した。まず防御は不可能な上に、光の速度で迫るために回避も不能。しかもこのまま電撃を受け続けたとして、ISの回路等々がショートしてしまう可能性も。近江重工が耐電加工もしてくれているだろうが、受け続けても壊れないというのは頼り過ぎと言える。

 

「ぼ、僕に任せてっ!」

「シャルロット!?」

 

 いくらISといえど電撃を喰らえばたじろぎそうなものだが、それでもシャルロットは前に出た。ろくな援護ももらえないだろうに、無謀にも思える突撃だ。だが逆をいうならば、シャルロットがなんの考えも無しに動くはずがない。

 

(試したことはないけど、理論上は可能なはず。その反動で僕がどうにかなる可能性もあるけど、それでも!)

『――――――――』

(それでも、黒乃の役に立ちたいから!)

 

 向かって来るなら迎撃のみ。電撃だけでは飽き足らず、I・Sは高火力ライフルの連射を浴びせる。だがシャルロットは瞬時加速をやってみたらできたといえるセンスの持主。本人の気合も相まってか、当たれば撃墜必至の弾雨を掻い潜っていく。そしてシャルロットが構えたのは、幾度となくフィニッシャーとなったあの武装――――

 

「グレースケール・フルバースト!」

『!?』

 

 盾殺しの異名を持つパイルバンカー、グレースケール。本来は連射の効くパイルバンカーと、それだけでも恐ろしい兵器である。しかし、今回は少しばかり様子が異なる。フルバースト、つまりシャルロットは、全弾分の威力を一発に込めて放った。

 

 6発の威力が集約された一撃は、まさに衝撃的威力。盛大な鉄の打たれる音が鳴ったと思えば、I・Sを射程圏外まで吹き飛ばしてしまったではないか。ただし、その代償かグレースケールはそれを内包する盾ごとおじゃんになってしまった。腕にも影響があったのか、シャルロットは顔をしかめながら黒乃のほうへ向き直る。

 

「く、黒乃、受け取って」

(うん、ありがと!)

『シャルロットさん、ナイスファイト!』

 

 黒乃とシャルロットの位置関係として、投げさえすればソードBTが届く距離だ。これで7本、残るところは一夏の所持するソードBTのみとなった。I・Sからすればもはや形振りかまっている暇などないということになる。だが、標的が一夏と黒乃に絞られたともいえる。

 

『神翼招雷』

「えっ!? なっ……シーケンス早くない!?」

「単なるコピーではありませんからね……」

「距離からして妨害は間に合わんぞ。姉さまの神翼招雷も間に合わん!」

 

 遠方で虹色の光が翼の形状を成して現れたかと思えば、それはI・Sに取り込まれていった。この一連の動作は見慣れたもので、刹那の単一仕様能力である神翼招雷だ。確かにこれだけ見れば同じだが、セシリアの言葉通りにI・Sのそれはコピーとは異なる。

 

 決定的とまではいわないが、上位互換と表現しても差し支えはない。よって、妨害も一夏がソードBTを渡すのも間に合わない。というよりは、そんな相談をしている間に超巨大レーザーはすでに放たれている。つまり、回避も間に合わない。それを察した一夏は、とにかく全員の前に躍り出た。

 

「箒いいいいっ! 白式を回復させ続けてくれ!」

「わ、解かった!」

(イッチー!?)

 

 これまでにないほど巨大な雪羅の盾を形成した一夏は、箒にそんな指示を出しながらレーザーを受け止めた。確かに絢爛舞踏を発動しつつなら、半永久的に零落白夜も発動が可能だ。だがそれと白式や一夏が持つかは別問題であり、それを察した黒乃はすぐさま神翼招雷を発動しようとした。

 

(待ってて、今そんなの吹き飛ばして――――)

「黒乃っ、俺を信じてくれ! 今お前がするべきなのは、あいつを消し飛ばすことだけだ!」

(……けど!)

「今度こそ……今度こそだ! こんな嘘つきで、不甲斐なくて、情けない俺を好きでいてくれる黒乃のために、ようやく命を張れる瞬間なんだ! 俺が黒乃を守る! 守って、生きて、黒乃との明日を取り戻す!」

 

 すぐさま同等のエネルギー量で相殺してやろうと神翼招雷を発動。しかし、翼を出したあたりで一夏に止められてしまう。曰く、考えていいのはソードBTがそろった後のことのみ。一時はためらいを見せた黒乃だったが、一夏の懺悔するような言葉に心動かされた。

 

 そんなこと気に病まなくてもいいんだよと思いながらも、愛する人の想いに敵うことなく歓喜の感情が勝る。だから、と表現するのは変かも知れないが、黒乃は一夏を信じることに。一夏が自分たちを守り切ったことを想定し、神翼招雷は継続させつつ――――

 

「頑張って!」

「っ……ああ! 黒乃のその言葉さえあれば俺は無敵だ! お前も気合入れろ、箒!」

「うむ!」

 

 決死の力で呪いを振り切り、腹から出した声で一夏を応援して見せる。意外なサプライズに少し驚いた一夏だったが、泣き笑いしながら己の左腕にすべてを託す。もちろん、ガス欠を防いでくれている箒にもだ。そして黒乃の叫びを皮切りに、他の専用機もちも声を上げる。

 

 これくらいしかできないからと、叱咤激励と呼ぶにふさわしい言葉を並べる。黒乃は声が出たのは一度きり、後はとにかく一夏の無事を祈り続けた。これを防げるか防げないかですべてが決まる。もちろん主目的としては黒乃を守ることだが、一夏もまた腹の底から叫んで気合を入れた。

 

「うおおおおおおるああああああああっ!」

『!?』

「っしゃああああ! 黒乃おおおおおおっ!」

(はぁ~……ほんとかっこいい……。私の旦那かっこよ過ぎ……!)

『のろけるの後! 一夏くんと箒ちゃんの頑張りが無駄になっちゃう!』

(了解、黒乃ちゃん! いくよ!)

(『久遠転瞬!』)

 

 超巨大レーザーを防ぎ切ったテンションそのまま、一夏は最後のソードBTを黒乃へ。これにより久遠転瞬の発動条件が整った。すぐさま黒乃は前方にQIB。速度の条件も瞬時にクリア。そして次に黒乃が現れたのは、I・Sの目の前だ。

 

(斬ぃぃぃぃるっ!)

『――――――――』

(まだまだ!)

『――――――――』

 

 久遠転瞬は時空間移動能力、やはりI・Sにそれを防ぐ手立てはない。実際には抵抗できているのだが、抵抗するよりも前の時間に巻き戻されてはどうしようもないだろう。黒乃は消えて現れてを繰り返し、とにかく鳴神による斬撃を浴びせた。

 

 しかし、I・Sからすれば違和感が残る。その気になれば機体もエネルギーも無限回復できるというのに、どうしてちまちまと攻撃を繰り返しているのかが疑問なのだろう。だがそんな答えは至極簡単なもので、その答えがわかった時には既にI・Sは消し炭どうぜんであろう。

 

(震天————雷掌波あああああああっ!!!!)

『!?!?!?!?』

 

 I・Sの真下に現れた黒乃は、至近距離から震天雷掌波を放つ。I・Sの視点から見るならば、いつの間にか食らっていたといった表現が近い。それも今までに見たことがない特大クラス。一撃をもってして倒そうという意思が丸見えだ。

 

 黒乃は久遠転瞬での時空間移動を繰り返している最中、ゴーレムType Fと交戦した際と同様の行動をとっていた。つまり、神翼招雷のエネルギー増幅を何度も行うことである。以前は隙がないために放てず自爆という結果に終わったが、久遠転瞬がある限り相手の隙など気にする意味などない。

 

 これこそがあの時にやりたくてもできなかったこと。一撃をもってしてすべてを破壊できると自負した技。震天雷掌波は、I・Sを瞬時に飲み込んだ。そして束が作成したために学園よりも強度が上であろうシールドをいとも簡単に突き抜け、天高く昇っていく。

 

「やっ……た……? お姉ちゃん……フラグにならない……よね……?」

「ええ、あれは流石にどうしようもないでしょう」

「つまり、えっと、その、僕らの勝ち?」

「勝った……。そうだ、姉さまと私たちがかったんだ!」

「黒乃ぉ、あんた最高よ!」

「すべて終わったのですね……」

「……篠ノ之博士の処遇は置いてだがな」

「そうだ、そんなの後でいい! 黒乃っ!」

 

 あまりにも圧倒的な存在であったI・Sが一瞬にして消し飛んだ。その事実が良い意味で受け入れがたく、黒乃含めた専用機持ちはしばしあっけにとられた。しかし、会話を重ねるごとにその実感がわき始め、仲間たちはI・Sを討った英雄のもとに集う。

 

 取り囲まれた黒乃はどうしていいのか解からない様子だったが、みんなを少しだけ遠ざけて迷わず一夏に抱き着いた。その選択を咎めるものは誰もおらず、むしろ穏やかな視線で2人の様子を見守る。中には目に涙を溜める者もいた。

 

「あー……えー! 盛り上がってるとこ悪いんだけどさー!」

「……ハッ! そんなに死にたいならさっさと言え腹黒兎」

「どう死にたい? アタシとしてはやっぱミンチにしたいんだけど――――」

「まだ終わってないよ?」

 

 せっかくの盛り上がりを遮るかのように、束が塔に接続してある大型スピーカーで声を上げた。一夏と黒乃は未だ2人の世界。黒乃が一夏の目の前で一度死亡したこともあって、メンバーはとりあえず2人にするために代理のつもりか会話を始めた。

 

 しかし、耳を通してみればまだ終わってはいないというトンデモ発言。あれだけの一撃を喰らわされたI・Sをみた以上は、もはや負け惜しみか何かにしか聞こえなかった。なにをそんな馬鹿なことをと顔を見合わせていると、束は相変わらず無邪気な笑顔で空を指さした。

 

「はいはい、信じられないというそこのあなた! たかーいたかーい空へとごちゅうもーく!」

「空ですって……? !? ちょっとお待ちなさい……悪い冗談にもほどがありますわ!」

「や……やっぱり……フラグ……?」

「簪ちゃん、悪いけど冗談言ってる場合じゃ――――って、逆に笑えてくるわね……。ハハ、ハハハ……」

「そんな……。勝ったのに……。僕らが勝ったのに!」

「姉さん、貴女は……!」

 

 みんなが見た先、そこでは絶望が空を覆いつくしていた――――

 

 

 




いつからこの回で倒しきれると錯覚していた?
……はい第3形態突入でございます。
何が起きたのか、何が絶望なのか、次話でお確かめください。


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第131話 あたりまえの明日へ

本当の本当に、インフィニット・ストラトスとの決着がつきます。
むしろこれ以上は私すら落としどころがみえなくなってしまいますよ……。


 Ⅰ・Sは己が身を切り裂かれる中、ひたすら考えを巡らせていた。黒乃の攻撃を防ぐことはできない。時空間移動能力を得た存在に手も足も出ないのは当然のことだ。ならばもっと別の方法を導き出さなくてはならない。そのくらいまで考えていると、そこでようやく自分が震天雷掌波を喰らっていることに気が付いた。

 

 やはり手遅れ。自らを構成する手や足が一瞬にして消滅していく。I・Sは考える。ひたすらこの状況から生き抜くことを考えた結果、選択させたのは疑似的な零落白夜、つまりエネルギー無効化のバリアを張ることくらいのものだった。

 

 コア、胴体部、頭部をのみ残ったがなんとか機能は死んでいない。そのままエネルギーの奔流に呑まれたI・Sは、震天雷掌波に押されるようなかたちでドンドンと遠くへ運ばれていく。やがて空を突き抜け、雲を突き抜け、機能停止寸前の機体は宇宙まで運ばれていった。

 

 I・Sは考える。この状態からの復帰――――は、無意味。今の黒乃にはなにをしても無意味と結論を出した。I・Sは考える。ならば時間を戻しても無意味な攻撃を仕掛けるべきだと。I・Sは考える。己が存在意義と、その使命を。

 

『――――――――』

 

 弱々しいながら、I・Sから赤青の波動が放たれる。磁力操作だ。それにより引き付けられていくのは、宇宙を漂うゴミ、いわゆるスペースデブリという物体。1つ1つは小さな機械部品だが、I・Sに引き寄せられ固まっていき、いつの間にやらかなりの大きさの球体となった。

 

 続けてI・Sは重力操作を発動。しっかりと黒乃をロックオンして、再び舞い戻るために急下降していく。同時に2つ以上の単一仕様能力を発動できないという制限でスペースデブリが一部剥がれてしまうが、I・Sにはこれを接続する方法を思いついていた。

 

 それは大気圏における熱圏という高温地帯を通るという単純なもの。熱圏の温度は二千度まで達することもあり、融点が千五百度の鉄を溶接するには十分すぎる温度が出る。そうしてI・Sは落ちていく。もはや黒乃1人どうこう、なんて規模では表現できない。そう、いうなれば、今のI・Sはただひとことで表現できる。

 

 こういうのを――――絶望、と喩えるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――と、だいたいそんな筋書きかな~。あの質量であの速度ってなると、どうなるかくらい言わなくても解るよね?」

「ちっ……! クラリッサ、聞こえてるな! 大体でいい、アレの衝突地点を予測しろ!」

『たった今割り出したところです。恐らくですが、藤堂氏を目がけて落下してきているようです』

 

 アレがなんなのか、自分たちがなにかしたのか。どうせ聞かれるだろうということで、束は簡潔にI・Sがなにをしようとしているのかを開設した。聞けば聞くほど絶望感が増すばかりである。だが選択の余地はない。束の言葉どおり、アレが衝突でもすれば地球のピンチだ。

 

 ラウラは急ぎクラリッサに通信を繋げるも、向こうも聞かれるのを見越して試算を始めていたようである。ラウラが聞いたと同時に終わったらしく、あくまで冷静に現実を淡々と告げた。確かに騒いでも喚いてもどうしようもない。焦る気持ちを抑え、ラウラは続けて質問を投げかける。

 

「……もし、だが。アレが地表に衝突した際の被害は?」

『まず間違いなく地球が滅びます』

 

 隕石のサイズが1000mほどあれば、地球が滅亡するという研究結果がある。たった200mでも大西洋に落ちれば億単位の人が死亡するという研究結果も。だが鉄のメテオとなったI・Sの大きさはどうだ。確実にkm級の大きさだろう。

 

 そんなことは聞かなくても解かっていたラウラだが、苦い顔を隠せないまま悔し気にそうかと返事を絞り出す。これ以上の通信でなにが変わるわけでもなし、そのまま回線は切断。そうしてラウラは、らしくもなく茫然自失で迫るI・Sを見上げた。

 

「なん……だってんだ……。どうかしてる! アンタら、本当にどうかしてるよ!」

「いっくん、価値観の押しつけはダメだよ。私たちにとってはそれだけのことって話さ」

「別に僕らの先にあるのは死だからね。というか言ったろ一夏くん、そういうのは僕らにとっては誉め言葉だ」

 

 隕石となって落ちること自体を選択したのはI・Sだが、一夏は根本として作成した束と鷹丸を責めた。焦りからくるものだろうが、そんなもの通じないのは解かっているはずなのに。結果は案の定、ひたすら一蹴されるだけでことが済んだ。

 

 ちなみにだが、各国の軍事施設はすでにあらゆる手段でシャットアウトさせたとのこと。確かに、今頃は各国で大騒ぎになっていることだろう。抗うならあくまで自分たちの力のみで。そうでなければ、最終決戦をしかけた意味も薄れてしまう。

 

「私たちにどうしろと言うのだ……?」

「逃げ場――――なんてないわよね。アタシらだけでどうこうするのも……無理か。諦めてるつもりではないんだけど」

「と、とにかく……避難を促す……?」

「……そうね。気休めかも知れないけど、被害を減らす努力はしないと」

 

 呆然としていたラウラがようやく口を開いたが、出てきたのはなんとも弱気な言葉だった。普段なら発破をかけそうな鈴音ですら、あまりに絶望的な状況ゆえか刺々しい発言はない。だが意見が固まりつつあるのは、アレをどうにかするのは不可能という点である。そんな中で黒乃は――――

 

(時間が経ちすぎた……! くそ、私のバカ! ちゃんと仕留めたか確認しなかったせいで…)

『今を嘆く暇はないよ。逃げる以外に絶対なにかあるはずなんだから!』

 

 難なく久遠転瞬を使いこなせてはいたが、あれはタイムスリップの範囲が数秒ていどに限定されていたからだ。つまり、今の黒乃は長時間の時空間移動はできないということ。とどめの瞬間ギリギリのところまで戻れば御の字なのだが、後悔をしたところで遅い。

 

 そうやって脳内会議を続けていると、黒乃とオリジナルはある結論に至る。今までだってそうしてきた。ならば今回だって大差はない。何度か死んだ命と、なんとか存在していられる魂。ならば自分たちに なにを遠慮する必要があるのだろう。黒乃はそんな決心とともに箒へ右手を差し出した。

 

「黒乃? ああそうか、そうだな……逃げるにしてもエネルギーが――――」

「待て箒。……黒乃、なんのために絢爛舞踏を求めているか聞かせてくれ」

「斬る」

 

 黒乃は先ほど震天雷掌波を撃ったばかり。なにをするにも絢爛舞踏は必須だろう。箒はなんの気なしに差し出された手を握ろうとしたが、横から伸びてきた一夏の手に阻まれた。黒乃がこの状況下で行動を起こさないはずはないだろう。そんなある種の信頼が一夏にそうさせた。

 

 尋ねてみれば案の定。本人も隠すだけ無駄と思ったのか、絶天雷皇剣で攻撃を仕掛けるという意志を伝えた。後は箒が絢爛舞踏を発動させるまでは動きません、という声が今にも聞こえてきそうなほどに箒の目に視線を送る。終いにはズイっと手を前に前に出してきた。

 

「……無駄と思ったらすぐに帰投するんだぞ」

『なんか扱いが子供じみてるような気が……』

(そこ、うるさいよ! とにかく、ありがとうモッピー!)

 

 まるでいつもの日常かのような、そんな軽い調子で箒は黒乃の望みに応えた。刹那と紅椿が触れ合ったと同時に金色の光が広がり、問題なく絢爛舞踏が発動されていることを示す。しばしその様子を見守っていた外野だが、刺々しい口調で箒に語り掛けた。

 

「みすみす黒乃を死地に送り込むわけ?」

「……確かにそうなのかも知れん。だが、それでも、私は黒乃がやると言ったのならば力になりたい。なぜなら黒乃は、いつだって私たちのために全力でいてくれるのだから」

 

 この一大事、どこへ逃げようがそこは死地である。鈴音も承知していたことだが、特に黒乃を想いやる性質が出たのか、つい口に出てしまったのだろう。言われた方もそう思われて当然だと思っているようだが、箒にも箒なりの理由というものがある。

 

 それは単純明快、最終決戦に参加した理由もまた同じ、単に黒乃の力になりたいというそれだけのことだ。そんな当たり前のことのようにいいはするが、箒は時折思ってしまうことがある。黒乃はどうして他人の為にそこまで頑張れるのだろうかと。

 

 箒の至った結論としては、明確な答えは黒乃だって持ち合わせてはいない。きっと黒乃にとっては息をするにも等しい行いなのだろう。だからそれを止めることはできないし、そんな権利もない。ならばせめてと思ったら、箒は自分自身を止められなかったのだ。

 

 根本としては箒と同じ理由でここに立っている身からして、専用機持ちたちは箒の判断に大して意見はできなくなってしまう。黒乃としても目の前で喧嘩をされては飛び立ちにくかったのか、皆を見渡した後に力強く頷いてもう行くという意志を示した。

 

「黒乃」

(イッチー?)

「ちょっと待っててくれ、すぐに追いつく」

(うん!)

 

 周囲からすると少しばかり不可解なやりとりだったが、一夏はこれから黒乃がやろうとしていることを察していた。だから安心していってこい。穏やかな様子でそう伝えると、黒乃は再度力強く頷いてから高度をあげていく。そして一定の速度に達したと同時に久遠転瞬を発動させた。

 

(……っと、このあたりが限界かな?)

『ハイパーセンサーを見る限りはそうみたい。けど、だいぶ落ちてきちゃってるね……』

 

 黒乃が飛んだのは、約1秒後のメテオ付近。近くと言っても一応は地球圏ではある。しかし、それでもここまで接近すればメテオは更に大きく感じられた。しかもそうこうしているうちに、ドンドンと地表へ向けて進んでいる事が伺えた。

 

 だがここで焦ろうと何も変わらない。黒乃は大きく深呼吸をしてから、メテオを斬るための第一歩を踏み出す。まずはいつもどおりに神翼招雷を発動。大規模なエネルギーを一気に増幅させるやり方ではなく、また少しずつ倍々させていくパターンのようだ。

 

『お姉さん、そこ限界値! 機体安定の翼が出せなくなるよ』

(はいよ黒乃ちゃん! そいじゃ、今回も声を合わせて――――)

(『絶天雷皇剣!』)

 

 あまりの威力に自重をせざるを得ない最強必殺技だが、こんな非常事態に遠慮をしている場合ではない。つまり、これこそが絶天雷皇剣の最高威力となるわけだ。本当に刹那がエネルギー切れを起こす手前までの出力であるためか、未だ宇宙に居るといっても過言ではないメテオに対して裕に届いた。

 

 オリジナルと共に声高らかに技名を叫び、文字通り天を貫いたレーザーブレードを真っ直ぐ振り下ろす。やがて赤黒く輝く刃はメテオに触れ、バチバチと火花と閃光が散るのがみえた。しかし、刃が深く沈んでいく様子はまるでない。

 

(くっ、いくらなんでも質量あり過ぎでしょ!)

『仮にこのまま斬れても、真っ二つになってお終いになっちゃう……』

 

 最大最高の威力で放った絶天雷皇剣が通じないビジョンがみえなかったのか、2人の声にはどこか焦りが見え隠れしている。それにオリジナルの言葉にも一理あり、仮に切断できても真っ二つで留まるだろう。狙いは完全消滅であり、一刀両断できたところで被害はそう変わらないだろう。

 

 だからといって、絶天雷皇剣を止めるわけにもいかない。ここで止めてしまえば、それこそ全てが終わってしまう。みなが望んだ当たり前の明日も帰って来ない。黒乃は取り戻した日常に思いを馳せ、なんのこれしきと気合を入れ直すが――――

 

『まずい、まずいよ……翼の出力が!』

(も、もう……? 思ったより早かったな……)

 

 基本的に機体安定のために放出する翼は、放つ必殺技の威力と等倍でなくてはならない。だが今回に限ってそんなことはいっていられず、多くのエネルギーを絶天雷皇剣のほうに割いた。普段ならば同時にガス欠を起こすところを、翼のほうが先行して消失を始めてしまう。

 

 時間差で絶天雷皇剣もいずれは消失するだろうが、技の発動中に機体の安定が取れなくなるのは最も回避せねばならない事柄だ。どこに傾くか解かったものではないのだから。先ほどまで戦いを繰り広げていた海上都市に切っ先が向くことだって十分に考えられる。

 

 そんな状況だというのに、黒乃が絶天雷皇剣を止める気配が微塵も見られない。もしかすると仲間を巻き込む可能性があるのにも関わらずだ。多少の違和感を覚えながらも、オリジナルは今度こそ心底から焦った様子を隠さず声を荒げた。

 

『お姉さん!? こうなった以上は止めないと!』

(大丈夫! さっきのイッチーとのやりとり、見てたでしょ。今回は最初っから独りでどうにかするつもりはないよ!)

 

 今にも翼が消えそうになったところで、オリジナルはようやく自分たちに接近を試みる複数の陰に気が付いた。更には黒乃の言葉で、直前にしていた一夏とのやりとりを思い出す。後で追いつくからまっててくれ。確かに一夏はそういった。それはつまり――――

 

「ったく、そういうつもりなら最初からそう言いなさいよね! まーた1人でしょい込むつもりかと思ったじゃない!」

「姉様に無茶を言うな馬鹿者。喋りたくても無理というのは鈴のほうが解かっているだろうに」

「黒乃はもう距離とかの概念が関係なくなっちゃったからね。追いつくのがより大変になっちゃったせいもあるっていうか……」

「本当に規格外ですこと……。勘違いなさらず、褒め言葉ですわ」

「慣れろ、私はもうとっくにいろいろ諦めたぞ。むっ……私も褒めているつもりだからな」

「褒め言葉が皮肉にしかならない……。逆に黒乃様はそれだけ凄い人……」

「それには同意だけど、少し妬いちゃうわよ簪ちゃん!」

 

 推力が消えかけていた刹那が、息を吹き返すかのように体勢が整う。一夏が黒乃を背中から抱きしめるようにして支え、そこから数珠つなぎになるよう支え合う。専用機に回せるエネルギーのほとんどをスラスターへとつぎ込み、刹那の安定のために尽力しているのだ。

 

 そして鈴音の心配からくる文句を筆頭に、それぞれが思い思いのことを述べる。その様はまさに取り戻したい明日の一端で、黒乃は内心で僅かな笑みをこぼした。と、同時に完全に雷の翼は消失してしまった。なんとか堪えられているが、このままでは焼け石に水だ。

 

「よーう、待たせたわねアンタら。頼れるお姉さんのお出ましだ!」

(昴姐さん! それにちー姉や他のみなさんも!)

 

 鷹丸の用意した鳥類型戦闘用ロボットも完全に殲滅たらしく、千冬を始めとした助っ人組も黒乃を支えに入った。油断のならない状況ではあるが、関わりあるなし問わず大人たちが協力してくれるのは心強い。助っ人組に内心で響いた嬉しそうな声を聞かせてやりたいくらいだ。

 

「ほれ、アンタもなんか言うことあんでしょ」

「黒乃……」

(げっ、なんかヤバい雰囲気!)

 

 昴はニヤリと頬を釣り上げると、千冬に話を振って見せた。断っておくが、黒乃は千冬の目の前で絶命している。そんなことがあったうえでいいたいことなんてなると、黒乃は説教を連想せずにはいられない。冷や汗を流しながらハイパーセンサーで千冬の様子を見守っていると――――

 

「このっ、馬鹿者が!」

(やっぱりぃ!?)

「お前というやつは、人に心配をさせるのが趣味か!? 完全アウトからの蘇生は様式美か!? 毎度のようにケロッと生き返りおって……。いつも私がどれだけ肝を冷やしていると思ってる!」

(ひ~ん! ご、ごめんってば!)

 

 少し俯き加減だった千冬だが、お決まりの馬鹿者という言葉を放ったときには、もうその表情には怒りしか見て取れない。そのままの勢いでまくし立てるような説教は続き、罵声の嵐が止む頃には千冬も疲労困憊の様子で呼吸を整えねばならなかったほどだ。

 

「本当に馬鹿者が……! 生きていてくれてよかったぞ、馬鹿者ぉ……!」

(ちー姉……。……うん、御心配をおかけしましたー!)

 

 だが最後は泣き笑い、とにかく黒乃の無事を喜んだ。千冬としてもまだ気持ちの整理はつかないし、文句もまだまだ言い足りない。しかし、それでも、本分として黒乃の姉であることが千冬の心に喜びを芽生えさせた。家庭などどうでもいい。とにかく生きてくれてよかったと。

 

 黒乃にとっても千冬は偉大な姉だ。怒られることは当然だと思いながらも臆していたが、一時的に死体となった自分の姿をみせてしまったことを猛省した。これを切り抜ければ、まだまだ説教は待ち受けていることだろう。黒乃はその説教を聞き入れることも念頭に入れ、鳴神の柄をギュッと握りしめた。

 

「一夏、アンタもなに黙ってんの! 支えてるだけとか承知しないわよ!」

 

 本来ならば真っ先に声を上げるであろう一夏だが、しっかりと黒乃を抱き留めながらも口を開くことはなかった。特別トリを狙ってということでもないが、あまりにもタメが長すぎたせいか、ついには鈴音に半ギレされたような注意を受けてしまう。

 

 それを合図にするかのように、ついに一夏が言葉を発した。その声色は情に任せたような声量ではなく、しっとりと表現すべきようなもので、のっけから意味は解からない。

 

「4人……ってところか?」

(はい?)

「性別にこだわりはないけど、せっかくだし名前に春夏秋冬でもつければ良いんじゃないかって思うんだ」

(あ、あのー……イッチー? そういう話はまた後のが……)

 

 一夏が切り出した4人というワードに首を傾げることしかできなかったが、続きの性別とか名前という部分から、この先に待つ未来で産まれるであろう子供の話をしているのだと気づいた。黒乃は今はそんな場合じゃないというがそれは違う。今この瞬間だからこそ、一夏はそんな話をしているのだ。

 

「あっ、金がたまったらリフォームも考えとかないとな。家が隣同士なのに、塀とかそのまんまだといろいろ面倒だし」

(……それなら織斑邸と藤堂邸を繋ぐ通路も新設しないとだねー)

「そしたら庭にだいぶ余裕ができるな。せっかくだし犬とか飼ってみるか? 白いのと黒いの一匹ずつ」

(ならちっこい小型犬で!)

 

 当初こそ少々困惑したものの、例えそれが聞こえることがなかろうと、黒乃は一夏の語る未来に合いの手を入れるように言葉を付け足す。こんな状況だというのに、不思議と心温まっていくのを感じてしまう。そう、まるでもう全て片がついた後かのように。

 

「まぁなんていうか、よく聞くアレを目標にしよう。例え慎ましくても温かい家庭ってやつをさ」

(うん! あなたと、あなたとの間に産まれてきてくれた子さえ居てくれれば、私はそれだけで幸せだよ!)

「ようやく……そういう未来を語れるとこまで来たんだ」

(イッチー……)

 

 締めに自分たちの進むべき指針を示し終えた一夏だが、ここにきて流れに変化がみられる。先ほどまでは打って変わり、まるで噛みしめるかのように言葉を紡ぐ。だが雰囲気そのものにマイナスな思考が混じっている様子はない。むしろ、歓喜しているかのような空気さえ漂っている。

 

「黒乃、ようやくだ。俺たちの進もうとする道をなにかしらが邪魔してきたけど、これさえどうにかすれば目と鼻の先じゃないか!」

『逆転の発想……かぁ。ハハハ……一夏くんらしいと言えばらしいね』

(ホントだよ。でも、そっかぁって思っちゃう私もやっぱり単純だよねっ!)

 

 これさえどうにかすればと一夏はいうが、今まさに防ごうとしているのは地球が滅亡するか否かである。しかし、ポジティブにもほどがある逆転の発想にて、メテオの破壊に成功すれば幸せしか待っていないと口にする。あまりに絶望的状況だったせいか、黒乃はそういう発想すら浮かばなかったようだ。

 

 だが、そんな絶望的な状況だからこそ、一夏の単純明快な思考回路が重宝されるというもの。なぜなら黒乃は、一夏が単純であり続けたからこそ焦がれるようになったのだから。いつだって馬鹿正直で、無鉄砲で、泥臭くて――――そんな一夏に心から惹かれるようになった。

 

「さぁ、もうひと踏ん張りだ黒乃! アレを叩き斬って、黒乃を幸せにする権利を俺にくれ!」

(任せんさい! そんな権利、いらないってくらいあげますともおおおおっ!)

 

 なんだか他人任せに聞こえる様な一夏の言葉だが、自分たちはあくまで機体安定を担っているだけという部分がそうさせるのかも知れない。だが最後の最後で頑張るのは自分だという自負は黒乃にもあり、もはやできる事は腕に力を籠めるくらい。それでも黒乃は気合を入れ直すための雄たけびを上げ――――たその時のことだ。

 

 あまりにもいきなりに、刹那の腕部装甲がパージした。あまりにいきなりなためにパニックを起こした黒乃の代わりに、オリジナルが詳細を調べる。どうやら最終形態移行に合わせて二重装甲になっていたらしい。だがなんのためか解からないでいると、今度はひとりでに8つのソードBTが左右4つずつ腕部へ連結した。

 

(えっと、つまり、黒乃ちゃんがなんかしたわけじゃないんだよね?)

『う、うん。操作した覚えはないんだけど……』

 

 真っ直ぐというより斜めに連結したソレは、巨大なノコギリ状に見えて刹那のディティールをより凶悪なものにする。どこか中二病的な部分のある黒乃としては心惹かれるのか、その禍々しさにご満悦。そうして刹那の腕を眺めていると、ソードBTに入っている赤いラインが発光を始めた。

 

「こ、これはなんの光ですの!?」

「刹那が刹那・赫焉に二次移行した際に、赤いラインが増えた。今回もそれと関係ありそうだぞ」

「確か、あの赤いラインがエネルギーの供給ラインだったか?」

「同時に、あの機構がエネルギーを倍加させてるとかだったよね」

「……ってことは、もしかして更に倍率が上がっちゃう感じ?」

「……嘘ぉ!? ま、まだ出力上がるってアンタどんだけ規格外よ!」

(いや、別にそれ私に言われても……)

「流石……黒乃様……」

 

 意図的にエネルギーの倍率をループさせない限り、倍率の限界は8倍だった。それこそが全てを斬り裂く雷の刃、絶天雷皇剣である。だが一連の流れから専用機持ちたちが推理したとおり、というかそれが大正解。そう、最終形態移行によって更に最大倍率が上昇した。

 

 刹那本体のみで8倍。そしてソードBT8本で16倍。占めて128倍。一気に10倍以上も最大倍率が伸びるという、本当に鈴音の言葉に全てが込められているとしか言いようがない。ちなみにこれらが勝手に動いたというのは恐らく、どこかの爺言葉で話す女性のちょっとした手助けというやつなのであろう。

 

「どぉーっ!? ちょっ、ちょちょちょ! これヤバい! マジでヤバい! それはヤバいって黒乃ぉ!」

「ええい、最年長が今更騒ぐな! 黒乃ぉ!」

(なにさ、ちー姉ぇ!)

「お前に頼むのはお門違いだろうが、私の因縁ごと断ち斬ってはくれんだろうか」

(……了解!)

 

 腕に連結したソードBTの放つ光が徐々に収束していくのと比例して、絶天雷皇剣の出力も増大していく。つまり支えている一夏たちが耐えられるかの勝負になって来る。一瞬だけバランスを崩しかけたその時、いの一番に叫んだのはまさかの昴だった。だが冷静に考えれば、黒乃の規格外っぷりについて早期に気づいた人物だ。危機察知の能力は高いのだろう。

 

 それを叱るようにしたのは千冬で、やはり2人の関係性は相変わらずよく解からない。そんな叱咤もほどほどに、千冬は黒乃に因縁ごと斬って欲しいと頼む。もともと始めたのは千冬と束であり、その全てが終わる瞬間はここだと悟ったのだ。あくまで千冬と束の因縁と解釈したろうが、黒乃は確と承った。そして――――

 

(ねぇイッチー……)

「ん、どうした黒乃」

 

 黒乃は首だけ動かして視線を一夏へと集中させた。凝視されればなにかい事があるのだというのも簡単に伝わり、自分になにごとだと反応を示した。一夏との意思が疎通できたのを確認すると、黒乃はまたメテオを見据える。そして息を思い切り吸い込むと――――

 

「大好きいいいいいいいいっ!」

「ハハ……! ああ、俺もだ黒乃! 俺もお前を愛してるぞ、黒乃おおおおおおおおっ!」

 

 藤堂 黒乃は基本的には喋ることができない、なんてことはもはやいうべきことでもないだろう。今回も言葉を発するならば、呪いに打ち勝たねばならないであろうワードを叫ぶつもりだった。勝てる確信なんて微塵もなかったが、黒乃には最後にそう叫ばずにはいられなかったのだ。

 

 結果は黒乃の大勝利。もはや呪いなんか屁でもないかのような絶叫っぷりだ。一夏は黒乃の絶叫というレアな光景に目をパチクリとさせるが、次の瞬間には溢れるような喜びが胸中を駆け巡る。だからこそ己も黒乃に倣い、全力で叫んでみせた。

 

 するとどうだ、まるでびくともしなかったメテオが徐々にその姿を消していく。絶天雷皇剣の出力が勝った完璧な証拠だった。それを感じた黒乃は内心でニヤリと頬を緩ませ、そのまま一気に振り切るかの如く、再度鳴神へと力を込めた。

 

(いっけぇええええ! 覇王・絶天雷皇剣っ!)

 

 それまで徐々にしか進んで行かなかったエネルギーの刃が、思い切りよく振り抜かれた。当然ながら勢いは死なず、長射程超威力のまま文字通りに海をも割った。そして絶天雷光剣のエネルギーを吐き斬った後に空を見上げてみると、そこには無数の塵のようなものが大気圏で燃え尽きて行く姿しかなかった。

 

(はぁ……はぁ……えっ……と……?)

「クラリッサ!」

「コア反応完全消失を確認。あれらの塵も全て地表まで届くことはないでしょう。つまり、我々の勝利です」

 

 気分の高揚もあったせいか、黒乃を始めた大多数が状況を呑めない。それでも冷静なラウラが部下へ確認作業をとらせると、頼れる副官は薄い笑みと共に勝利宣言をしてみせる。だがその実感すらわかず、しばらくシンとした静寂が辺りを包み込んだ。そして沈黙から約数10秒――――

 

「よ……っしゃおらああああ! どうだみたか、俺の嫁がやってくれたああああああ!」

「んな時に嫁自慢してんじゃないわよバーカ、バーカ! ホントもぅ……馬鹿じゃないの黒乃おおおおっ!」

「姉様、姉様! うわああああ! 姉様ああああっ!」

「流石は私の親友だ! お前というやつは本当……!」

「僕、これほどキミを誇りに思った事はないよ! 黒乃、キミは正真正銘の英雄だよ!」

「黒乃様……万歳……! 八咫烏に栄光あれ……! 万歳……! 万歳……!」

「あ、あの~……皆様、少々落ち着かれませんこと?」

「シャルロットちゃんとラウラちゃんまで向こう側なのは珍しいわね~」

(カオスうううう! 助けて黒乃ちゃん処理しきれないよおおおお!)

『いや、別にそれ私に言われても……』

 

 絶対的絶望を乗り切ったという反動は大きく、言葉では表現しきれない感情がすさまじい勢いで一夏たちにこみ上げてきた。自分を離した一夏に正面から抱き着きなおされたかと思えば、セシリアと楯無を除く専用機持ちに囲まれて思い思いの言葉を投げかけられる。

 

 ただし、あまりの喜びようのせいで声量も大きければ早口だ。ぶっちゃけ、なにがなんだか解からないというのが黒乃の率直な感想だった。オリジナルに助けを求めるも、2人とも喋ることができないのだからなにをやっても無駄である。対処法があるとすれば、みんなが落ち着くまで待つことくらいだろう。

 

 だが、これぞみなが取り戻したかった明日なのだ。こんな光景、地下室での修行中ですら垣間見る娘tができなかったのだから。そんな騒がしくも年相応なやりとりを、大人組は穏やかな眼差しで、なおかつ静かに見守った。全て終わったのだという実感を胸に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いいや、もう1つだけすべきことがある。囲まれ、騒がれ、わけがわからないながらも、しっかりそのすべきことは黒乃の頭に入っていた……。

 

 

 

 




インフィニット・ストラトス戦、完全決着でございます。
黒乃たちIS学園勢の大・大・代・大・大勝利!
ですが、まだやるべきことは残っています。
次話以降は、諸々の後片付け。そしてエピローグ……でしょうか。


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第132話 選んだ答え

後始末回その1。
荒れる可能性もあるけど私は知らん。
もうそういうのは気にしないスタイルでいきます。


「……終わっちゃったねぇ」

「終わっちゃいましたねぇ」

 

 燃え尽きながら降り注ぐ残骸を見上げながら、名残惜しそうに束が呟いた。それに応える鷹丸も、いつもの飄々とした様子は鳴りを潜めている。束にしてみれば8年に渡り待ち望んだ決戦が終わったのだ。勝敗に興味など微塵もないが、そういった気持ちになるのも無理はない。

 

 しかし、そんな感情が湧いてくることそのものが予想外。束が想像していたのは、満ち足りた感覚が過ることのみだった。確かに満ち足りてはいるが、一抹の物足りなさを覚えずにはいられない。かといって、もはや逃げる気もさらさらなかった。

 

「でもでも、人生で一番楽しいひと時だったよ! っていうか、ようやく生きてるんだって感じたかも!」

「それ、凄く解かります。時空間移動能力なんか覚えられたらそりゃもう火がつきますよねぇ」

 

 まるで寂しいと感じているのを誤魔化すかのように、束は必要以上に騒いでみせた。もっとも、口から出た言葉は本音そのものではあるが。鷹丸は複雑な感情が渦巻いているのは見通しつつ、束の最高に楽しい時間だったという部分に同調した。

 

 そして空間投影のディスプレイに、戦闘中にまとめた久遠転瞬に関するレポートのようなものを映し出す。それを横から覗き込んだ束は、あーだこーだ数式がどうだのと指摘し、鷹丸もその意見を参考にしつつ意味の解からない数式の羅列を述べ始めた。

 

「まぁ要するにソードBTと接続中一定速度を超えると、恐らく黒乃ちゃんと刹那は時空の壁を突き破ってですね――――」

「いやいや、単にそれだけだとくろちゃんがすぐ戻って来れないよ。多分だけど時空の巻き戻しやその逆も――――」

 

 計算が終わって、ようやく一般人でも理解が及びそうな議論に入り始めた。それでも放置すれば徐々にハイレベルな内容になっていくのだろう。それを互いに察知した2人は、突然言葉を切って顔を見合わせる。すると2人して、悪戯っぽい笑みを相手に向けた。

 

「やめやめー。全部綺麗にまるっとすっぱり終わらせるつもりだったのに、これじゃあ未練ができちゃう」

「そうですねぇ。彼女らは命を懸けたのに、僕らがのうのうとしてるのはフェアじゃない。それに――――」

「それに?」

「約束しましたから。例え向かう先が地獄だろうと、貴女について行かせてもらいます……ってね」

 

 強制的に空間投影ディスプレイをシャットダウンした束は、投影装置ごとポイッと投げ捨てた。鷹丸の私物だっただけに、所有者はアララと静かな唸りを上げる。だが、もはやそれも大したことではない。なぜなら、もうすぐ命を投げ捨てるつもりなのだから。

 

 束と鷹丸は間違っても善人ではない。そもそも善悪の観点なんか持ち合わせていないし、あったとしても他人とはかなりのズレが生じてしまうことだろう。だが、自分たちが死ななければならない。それだけはまず間違いないと考える。

 

 いわゆるケジメというやつだろうか。2人からすれば一石二鳥的な発想なのだ。地獄まで共にという誓いを守るのだと鷹丸が口にすると、束はほんの一瞬だけ女の表情をみせた。この顔を気づかれてはマズイと、慌てて寝かされているクロエに近づいた。

 

「これでさよならだね、くーちゃん。大丈夫、くーちゃんは私たちと一緒に居るよりも幸せになれるだろうからさ。いろいろ振り回しちゃってごめんね? それと、ありがとう。くーちゃんのおかげで、楽しい人生になったよ。胸を張ってね。なんたってくーちゃんは、くろちゃんよりも先に最終形態移行へ辿り着いた逸材なんだからさ!」

 

 けっして起こさぬよう、安らかに眠っている間に自分たちが死ねるよう、静かな声色でクロエに向かって語り掛けた。最後に額へキスを落とすと、束はトテトテと鷹丸の横へと戻った。そして、どこか照れくさそうにニタニタした笑みを浮かべる。

 

「パパはなんかないのかなー?」

「言いたいことはママが言ってくれたので」

「またそうやってキミは……。最期の最期までそのスタンス?」

 

 あえてたっくんと呼ばずにパパと呼称した束だったが、返ってきたカウンターに対して呆れたような眼差しを向ける。別段束に照れさせようとする意図はなかったのだが、そうやって捻くれた返し方をこの期に及んでするのかといいたいのだろう。そんな束に鷹丸は――――

 

「……僕が貴女に敬語を使うのは、尊敬とか畏怖の現れなんですよね。僕は、いつまでも貴女と対等であってはならないと思ってるんです」

「尊敬はともかく畏怖ってことはないじゃーん。そりゃ確かに、初対面の時はいろいろアレだったかもだけど――――」

「まぁ、一方的に認めるのは負けた気がするからってのが大きいんですけどね。だからこそ、束さん――――いいや、束」

「…………。ほえ……?」

「僕の負けでいい。だからどうか、キミの言葉で、キミの気持ちを聞いておきたいんだ」

 

 近江 鷹丸は負けず嫌いである。例え敗北したとして、なにかしら嫌がらせじみた行為をしてからというのを忘れない。つまり転んでもタダで起きるような性質ではないのだ。そんな輩が自ら負けを宣言して見せた。プライドを投げ捨て、負けないことよりも重要だといわんばかりに。

 

「ハ……ハハハ、騙されないもんね! それって結局、私が言わなきゃ言わないってことじゃん!」

「ん? あ、ホントだ。いつもの癖かな……? まぁいいや。束、僕はキミのことを愛してる」

「…………」

 

 鷹丸の捻くれに捻くれきった根性からして、さっきの言葉は負けを認めたフリをして油断させてやろうという思惑があるものと解釈した。盛大に動揺しながらもそう騙されないぞと虚勢を張ると、あまりにもアッサリ愛を囁かれてしまう。

 

 10代後半ほどからの付き合いがあるわけだが、こうも素直な鷹丸は初めてなだけに困惑するしかない。なおかつ、この土壇場でわざわざそんな嘘を吐くはずもない。つまるところ偽りのない言葉ということになる。脳内でそう結論付けると、束は顔を真っ赤に染めて――――

 

「好きです」

「うん、ありがとう。嬉しいよ」

 

 いまいち状況を理解できていないような表情を浮かべつつ、なぜか敬語で己の気持ちを吐露した。仮にも束が箸にも棒にも掛からぬ男をパパと公言しないだろうし、互いにここまで言葉にせずにきたというだけのことでもあるのだが。鷹丸は見たこともないような束の様子を茶化すように微笑み、受け入れてくれたことに感謝を述べた。

 

「……さて、そろそろ出発の時間かな。束、他にしておくべきことは?」

「ちゅーしたい! ちなみにファースト!」

「節操もなにもあったもんじゃないねぇ。まぁ役得なんだけどさ。……おいで」

 

 自分のすべきことはもう何もない。それこそ、負けを認めてでも伝えたかった想いを言葉にしたのだから。だが束のほうはそうでもないかも知れない。鷹丸が軽い調子で問かけてみると、これまた軽い調子でキスがしたいと返された。

 

 束を相手にしてムードもへったくれもないだろうと予想はしていたが、まさにその通りの展開になって辟易としてしまう。だが、鷹丸は束のそういうところを含めて惚れた。だからそっと手を指し伸ばし、束を多少強引に引き寄せた。

 

 勢いそのまま唇を奪うと、きつく抱き合うような体勢に。まるでその様は、残された僅かなひとときを噛みしめているかのようだった。そして、抱き合ったままの2人の身体が、グラリと塔の外側へ向けて大きく傾いていく。当然ながら柵なんてものはない。よって、束と鷹丸は宙へと投げ出される。

 

 だとすると2人を待ち受ける結末はひとつ。このまま地面に叩きつけられ、肉塊に変わり果てるのみ。だが、それこそが2人の望みそのもの。全力をもって挑み勝ったならば、黒乃のいない世界に価値はない。負けたのならば、クロエやメタトロニオス、そしてI・S以上のISを生み出すことはできない。

 

 もはやこの2人にとって、世界は空っぽのおもちゃ箱とでも例えられる。だから、これでいい。束にも鷹丸にも、微塵の後悔や未練はない。ただひたすら、重力に従い決められた終着点に辿り着くのみ。その瞬間を待ち受けていると――――

 

(お2人さん、熱いところで申し訳ないけどね。上へ参りまーす!)

「あたーっ!? は、歯茎……。ガックンってなったとき歯茎にたっくんの歯が……!」

「あー……時空間移動……。そうか、そりゃ逃してはくれないか……」

 

 なにかに受け止められた衝撃で大きく揺れ、その拍子で鷹丸の歯が束の歯茎にダメージを与えた。そもそもなにが起きたのかと目を見開いてみると、なんと黒乃が自分たちを受け止めて上昇していくではないか。鷹丸は、久遠転瞬の厄介さに苦い顔を浮かべるしかない。

 

 そう、例えば実際に2人が死んだ後だろうと、死ぬ前にタイムスリップされてしまえば意味がない。どちらにせよ、時間を支配している黒乃を前に捕まる以外の結末はなかった。そして2人は、見事に自分たちが落下を始めた地点に戻されてしまう。

 

「あのさーくろちゃん、流石にどういう意図か読めないんだけど説明お願い」

「ま、おおかた自らの手で始末しようってことだろうけどね。大丈夫、キミがそういうつもりなら、僕らはそれを受け入れるつもりだよ」

(いや、まぁ、それも考えたんだけどさ。別に許したつもりも許すつもりもないし……。……とりあえず、なにが起きても対処できるように鳴神は抜刀しとくかな)

 

 黒乃はこの2人に累計3回殺されているに等しい。いくら黒乃が事を波風立てずに収めようとする性質とて、許容できる部分なんて微塵もない。ではなぜ助けたか、それはとても単純明快な理由だ。ただ、鷹丸の予想のように、自ら手にかけるつもりも毛頭ない。

 

 それこそ黒乃の性質からして、相手がどんな悪人だろうと、手に感触が残る斬殺はまず選ばない。しかし、予想を述べるのと同時に抜刀されてしまうと、自分の考えはやはり正しいのだと思ってしまうだろう。一応の自衛の手段とは考えもしないはず。

 

「まっ……て、ください……。それだけはどうか……!」

「あ~りゃりゃ、起きちゃった。解かってるとは思うけど、くーちゃんは勘弁してあげてね。その子に罪はないよ。私たちの言うこと聞いてくれてただけだから」

 

 白刃を煌かせる黒乃の後方にて、息も絶え絶えのような声が響いた。声の主はクロエ・クロニクル。その幼い体に鞭打って、這いずるように黒乃の元へ近づいていく。話は聞いていなかったろうが、やはり鳴神を抜刀していれば斬るものだと認識したようだ。

 

「っ……! 拒否することも出来ました! お2人の従うことを選んだのは私です! ならば私も同罪、死するべきではありませんか!」

「くーちゃん、わがまま言う子は嫌いだよ」

「……私は忘れてはいませんよ。ママ、貴女は私にもっとわがままを言えと仰いました!」

 

 とりあえずクロエだけは生き残らせようとする姿勢に対し、慈悲を向けられる本人が拒否の意思を示した。まるで何かに焦ったかのように死を願う。束は、なんとなくだがその理由に気づいていた。だからこそ突き放したような態度で接するが、それでもなお愛娘は食い下がる。

 

「じゃあクロエ、僕らの生きてくれって命令は聞けないかい?」

「聞けません、それだけは拒否させていただきます。黒乃様、このような年端もいかない身の私を殺めるのは気が咎めるかも知れません。ですがどうか、一思いにお願いします」

「……くーちゃん」

 

 鷹丸はいつものニヤけた面だが、クロエの反応にはかなり困っているようだ。自らの殺害を懇願するクロエは、とうとう刹那の足元にまで辿り着いてしまう。すると束は、流石に苛立ちを覚え始めたのか、興味を持つ対象を相手をするには珍しい声色でクロエの名を呼ぶ。

 

「……私の命を差し出そうと、対価にならないことは理解しています……。かつ、黒乃様にはお2人を殺める資格も理由もお持ちです……。いえ、むしろそうして当然……。ですから! 殺していただくしかないじゃないですか!」

「だからね、僕らはキミがそれに付き合う必要はないって――――」

「お2人が死んでしまって、取り残されろと……? 私はそれが耐えられない……! だって……そうじゃなければ……私はまたひとりぼっちじゃないですか!」

 

 例えばクロエが生き残ったとして、年齢を鑑みるに監視下に置かれつつ保護されることになるだろう。もしかすると同年代の子供たちと触れ合い、それなりに年相応の人生を歩むことになるかも知れない。だが、クロエにそんなものはまるで無意味なのだ。

 

 束や鷹丸がごっこ遊びとして、自分を娘役として配役したのならばそれでも結構。クロエからしたら、2人は唯一無二の両親だ。この2人のためならば死んでも構わない。そう思えたから最終形態移行まで辿り着けた。だから、2人の生きていない世界に価値はない。

 

「それならまだ死んだほうがまし――――いいえ、殺していただかなければ困ります! パパ、ママ……! どうかお願いです……私を……クロエを……置いて行かないで……」

 

 ずっと泣きそうな表情で懇願を続けていたが、クロエはとうとう酷い嗚咽と共に涙を流し始めた。無価値な世界を生きていたくない。その願いは12歳の少女のそれではないが、涙を流して置いて行かないでと願う姿は、不思議と年相応に見えてしまう。

 

(いやあのね、だから最初からそのつもりは……。……まぁいいや、なんか警戒されるっぽいから鳴神しまっとこ。んで、ちょいと失礼)

「へ……?」

 

 先ほどから右に左にクロエとその両親のやりとりを眺めていたが、黒乃はなんだか観念したような気分になってしまう。ようやく鳴神が警戒を呼ぶことも察し、大人しく鞘へと戻した。しばらくその様子を信じられないといった様子で眺めていたクロエだったが、小脇に抱えられて更に困惑するしかない。

 

(ほれ、アンタらの子だよ。言っときますけど、2人とも気分的には殺したいってのが本音だかんね)

「え……? え~……? いやいやいや、くろちゃんまさかだけど……」

「その子のため」

「黒乃……様……!」

 

 小脇に抱えたクロエを束に差し出すと、後はせっせと飛び立つ準備を始めた。いくら黒乃とて、そこまで甘くはないだろうと束は最大限に困惑してみせる。黒乃はそれに対してあくまでクロエのためだと答えると、本当になにも手出しせずに飛行を始めた。

 

 黒乃が最初から束と鷹丸を殺さないことを選んだのは、言葉通りにクロエのため。戦闘中に垣間見たクロエの両親に対する執着。そうして、一夏と語ったいずれ産まれるであろう自らの子。それらを考えた時、親子とはなんだろうかという部分に至った。

 

 いつか一夏から聞いた亡くなった己の父親――――藤堂 和人の言葉が真理だと思っている。血の繋がりでなく、家族と思った者が家族なのだ。束たちに血に繋がりはない。だが和人の言葉のように、やりとりを繰り広げるその姿はまさに親子だった。

 

 というより、下手に血の繋がりがあるよりも、よほど絆で結ばれているような印象さえ受けた。ならば、クロエから束と鷹丸を奪った時、それはいったいどんな事態になるだろう。黒乃は自分に当てはめてみた。ならば、一夏を奪われることに等しいことだと考える。

 

 黒乃からすると、そんな想像をするだけで発狂してしまいそうな気さえする。そして間違いなく、奪った相手は慈悲の欠片もなく――――いや、惨たらしく殺さなければ気は済まないだろう。恐らくではあるが、クロエも似たようなものだろうと踏んだ。

 

 だからこそ、もはや許すとか許さないの話ではない。憎しみの連鎖を始めさせるわけにはいかない。クロエに今より険しい修羅の道を歩かせるのもダメだ。長い目でみて己の平穏のためという理由が含まれているのも嘘ではないが、黒乃が思うにこれが最も丸く収まる結末であった。

 

「……敵わないなぁ~。ハハッ、実際敵わなかったんだけどさ。アレかな、やっぱくろちゃんのああいう部分に勝てない感じ? ねぇ、くーちゃん」

「もう寝ちゃってるよ。安心して気が緩んだんだろうね」

 

 心底呆れた表情のまま、束は天を見上げた。だが、言葉そのものは真に敗北を知らしめられたかのような口ぶりだった。それこそが最終的敗因であるのかもとクロエに問いかけてみるも、当の本人は束の腕の中で安らかな眠りについていた。

 

 どんな理由であれ、見逃されたと認識したと同時に張り詰めていた緊張の糸が緩んだのだろう。今まで見てきた中でも一番の安心っぷりに、鷹丸は小さく笑みを零しながらクロエの頭を撫でた。少しばかりくすぐったそうなリアクションをしたような気がする。

 

「……束」

「やぁやぁちーちゃん。なんの冗談だか、生き残らせていただいておりますよ~」

「……とにかく小娘は預かるぞ。お前達に拒否権はないと知れ」

「解かってるよ。ただし、起こさないようにね」

 

 黒乃が久遠転瞬で移動したのを追いかけてきたのか、千冬たち助っ人陣が姿を現した。これをみるに、他の専用機持ちたちは回収されているのかも知れない。確かに、ここからは大人のみが動いた方が都合がいいはず。束の近くへ降り立った千冬は、振り絞るようにその名を呼ぶ。

 

 そして、まず第一にするべきはクロエの回収及び保護だ。子供だからと許されるはずもないことをしてきたのは確かだが、それでも手荒な真似をする気は毛頭ない。もっとも、それは束たちが抵抗すればの話。意外にもすんなりと明け渡してきた。

 

 眠ったクロエはクラリッサが受け取り、注文通り起こさないよう慎重に運んでいく。それ以降、特に千冬が指示するわけでもなく、昴を始めとしたメンバーは徐々にその場を後にした。端的に言えば空気を呼んだというやつで、千冬と束の間柄からくるものだろう。

 

「束、1つだけ聞きたいことがある。この戦い、世界を変えた価値はあったか?」

「それは勿論! 1時間に満たないこの瞬間を迎えるために、束さんは生きて来たんだもん!」

 

 腕を組んでそう質問する千冬に殺気はなく、むしろ不自然に穏やかな程だった。そんな質問に対し、束は相変わらず子供のように目を輝かせながら肯定してみせる。黒乃の物語は、2人が始めたともいっていい。自身もこの決戦へ辿り着くまでの要因であると、黄昏るかのように想いが吹き抜けた。

 

「……そうか。ならば友よ、歯を食いしばれ」

「はぇ……? あぼんっ!?」

(恐らく全力全開……。人間の吹き飛び方としては物理的にありえない――――)

「貴様もだ腐れ外道」

「ブフォッ!?」

 

 座った状態の束の襟首を掴み、片腕だけでリフトアップ。そのまま流れる様な所作で、束の顔面を殴り飛ばした。元より人間離れした怪力の持ち主であるが、今日初めて殺さない程度の全力で人を殴った。当然束は吹き飛ばされ、軽く数回は気絶できるような錯覚を感じながら意識を手放した。

 

 隣でパートナーが吹き飛ばされてしまった鷹丸だが、その威力があまりに現実味を帯びないために若干の現実逃避を始めてしまう。なぜなら、鷹丸に降り注ぐのはまったく同じ末路だからだ。千冬は、まったく同じ流れで鷹丸も殴り飛ばす。

 

「本当は殺してやりたいところだが、私に黒乃の決めた物事を拒否する権利はない。だが、私の気持ちのみで図れるほどお前たちのしでかしたことは易くない。よって、お前たちには何度も死に目にあってもらうことにした。……お前達には大したことではだろうがな」

 

 黒乃が危険な目にあってきたのは、ISを世間に広めた責任の一端を担った己のせい。ならば千冬は自らに黒乃の決定に口出しする権利はないとし、納得はいかないながらも殺すまではしないことを選んだ。気絶している2人には聞こえていないだろうが、今後の処遇くらいは適当な時間でシミュレートしていた事だろう。

 

 千冬は再びISを展開すると、束と鷹丸を両肩に抱えて飛行を開始。拘束しながら搬送すべく、シュヴァルツェ・ハーゼ隊に手配を要請しておいた護送用のヘリへと向かって行った。心境こそ複雑だろうが、千冬はあくまでそれを表に出すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 私の決定は恐らく甘い。本当はあの2人だけは殺しておくべきなんだろう。けどクロエちゃんが――――いや、クロエちゃんがどうとか、そんな便利な言葉を使うのは止めよう。私は結局、私の手を汚したくなかっただけなのだろうから。

 

 ハッ、相も変わらず根本的には個人主義な事で。偽善でもなんでもとはいったが、それらはあくまでみんなを助けるためならばという話だ。それを除いた場合、私のこういった部分には本当に反吐が出る。結果的には世界が滅びるか否かの瀬戸際だったってのに。

 

 そんな自己嫌悪に苛まれながら、シュヴァルツェ・ハーゼが手配した大型ヘリのほうへ歩を進めていた。あの後通信が入って、回収が始まってるから乗ってどうぞっていうのが知らされた。刹那も限界ギリの状態で稼働していたせいで、歩きで向かわんとなんだけども。

 

 私たちの戦闘の最中でも無事であったビルの屋上を見上げると、ヘリコプターの羽が回転しているのか砂埃が微かに見えた。……これを昇らんとあかんのですかそうですか。まぁしゃーない、絢爛舞踏してもらい忘れた私も悪い。そうやってトボトボ歩いていると、ビルの入り口付近に人影がみえた。

 

「黒乃!」

 

 向こうも私を見つけたのか、大きく手を振って私を迎えてくれる。その爽やかな微笑は間違いなく私の大好きな人、イッチー以外にありえない。そうか、私を待っていてくれたんだ。そう思うと先ほどまでの鬱い感じなどどこへやら、私は小走りでイッチーに近づいていった。

 

 そのまま飛び込むように抱き着くと、しっかりと私を受け止めてくれる。あぁ……私の日だまり、私の温もり。決戦そのものはさほど長時間ではなかったのに、久方に感じてしまうのはなぜなんだろう。私たちの勝ち取った当たり前は、こうも尊いものだったろうか。

 

「千冬姉から聞いたよ、本当に全部終わらせてきたんだな」

(うん。自分で選んどいて、自分で納得いってないんだけどね。タハハ……)

「…………黒乃、ちょっと良いか?」

 

 私が2人の始末をどうしたのか聞いたらしい。それは私が消えた後でなにをしていたかの確認に過ぎないだろうが、なんだか複雑な気分になってしまうな。例え私が本当に息の根を止めたとして、確実にイッチーだけはそれを肯定してくれたろうけど……。

 

 自分で正しい選択をしたと思えないせいで、なんだか反応も曖昧になってしまった。すると私の心境を察した? かも知れないイッチーは、白式を展開してみせる。すかさず私を姫抱きで持ち上げると、集合場所であるビルの屋上をも超えてかなりの高所へ位置どった。

 

「見ろよ。黒乃が、俺たちが守った景色だ」

(うん……)

 

 イッチーが指さしたのは、遥かなる水平線が広がる方向だった。一般人から見ればとても綺麗な光景なのだろうが、IS操縦者としては見ようと思えばすぐ見れる。特別性は感じないが、イッチーはこのなんでもなさを噛みしめようといいたいのだろう。

 

「この世界に絶対な正しさなんてないと思うんだ」

(イッチー……?)

「みんなきっと、心のどこかで自分が一番正しいんだって思いながら生きてる。それが個性ってやつ。だから1人1人主義主張が違うし、時には反発しあったりしてさ……。まぁ、あの2人は少し自己主張が強すぎるけどな」

 

 イッチーはしばらく水平線を眺めてから、持論を交えてそう語りだした。途中束さんとアイツを引き合いにジョークっぽく肩をすくめるが、イッチーの眼差しはとても真剣で……。なおかつ、太陽のまばゆい光に照らされるその顔は、いつになく素敵だと心から思う。

 

「これ、今の日本の映像だって」

(…………これは)

「凄いだろ? みんな心から喜んでるんだって伝わるよな」

 

 イッチーが白式のコンソールに映した映像は、現在の日本の様子だった。それはあれだけの質量の隕石が落ちてくればニュースにもなるだろう。そして、それが打ち破られたということで多くの人々が全身で喜びを表現しているではないか。

 

 ……涙ながらに抱き合っている男女がいる。もしかしなくても恋人かな。いや、もう結婚してるのかも。小さな子を抱きしめる大人の姿も。これは文句なしで親子だろう。誰それ構わずハイタッチを交わしている若者も。ハハハ……きっと、ひょうきんな人なんだろうね。

 

「自分のやったことが正しいかどうかって悩んでたろ?」

(は、はい……そうでございます)

「ならそんなん考えるな。それは黒乃の中にだけにある正しさだ。それを否定するやつも居るかも知れない。けどな、黒乃の選択でこれだけの人たちの命が救われたことは間違いないぞ」

 

 流石はイッチー、雰囲気だけで私が悩んでる内容まで事細かに言い当ててきよった。だから好きになったというのもあるけれど、どうして見抜かれるんだろうなーとも思ってしまう。ただ、今回の場合は完璧に見抜いていただいて正解だったろう。

 

 だって、嬉しいから。まったく世界の人たちのために頑張ろうとか思わなかったけど、結果的に救われた人たちの姿を目の当たりにして、それで私も救われていくのが解かる。終わらせないで、諦めないでよかった。世界の人たちにも、当たり前を送り届けることができたんだ。

 

「だから黒乃は胸を張ってろ。黒乃の中にある正しさがブレたら本末転倒だ。それに俺は、黒乃のそういう誇り高い生き方を誇りに思う」

 

 ハハ……それはまた買い被りも過ぎるよ。けど、嬉しい。この戦いで起きた様々な出来事の中で、その言葉こそが一番のものだ。本当に、キミは私をどこまで好きにさせたら気が済むのかな。……考えるだけ無駄か。きっとこれから先のウン十年、際限なく好きになり続けるのだろうから。

 

「愛してる」

「ああ、俺もだ。黒乃、愛してる」

 

 きっと今の私では普通に喋ることができてもその言葉しか出なかったろう。しっかり目を見て言葉にすれば、イッチーはくすぐったそうな表情をしてから同じく愛を伝えてくれた。後はいつもと同じ流れで、私たちは熱い口づけを交わす。

 

 この世界に絶対的な正しさはない。だからこそ、己の持つ己だけの正しさを大切に……か。だからといって傍若無人になれってことではないだろうが、うん……少しだけど、あの人たちを生かしたのは間違いではなかったと思えてきた気がする。

 

 きっと回り回ってそれが実感できる日が来ると信じて、私は今を――――取り戻した明日を生きて行こう。イッチーはもちろん、これまで着いて来てくれた仲間たちと共に。ただ今は、もうちょっと愛し合っててもいいよね。私は頑張った自分へのご褒美とし、イッチーとのキスに没頭するのだった……。

 

 

 




黒乃→いや、別にそんなビビらすつもりはないんだけどな……。
クロエ→両親を殺めるつもりなら、どうか私も!

あの話の流れて刀抜かれたらそりゃ怖いわ。
ようやく数話ぶりに添えるだけでも勘違い要素をぶっこめました……。
次話から最終決戦からしばらく経って……みたいな話になります。


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第133話 またいつの日か

後始末回その2.
主にクロエ回となっています。
でも登場する5割以上がオリジナルのキャラという。


 束の仕掛けた最終決戦から、早くも1カ月が過ぎようとしていた。世界はそれなりに混乱を続けたものの、落ち着きを取り戻しつつある。ISが世に在り続けることに異議を唱える者も多くいたが、根付いてしまった思想を覆すまではいかなかった。

 

 世界は今日も変わらず回り続けている。誰しもが平常運転とはいかないが、それでも限られた安息と安寧であるということは思い知らされたことだろう。さて、とある施設にも平常運転な者とそうでない者が。前者は大人で後者は子供。昴とクロエだった。

 

「よく来たね。今日からここがアンタの家だよ。まぁ立地的に交通の便は悪いけど、頼まれりゃアタシが足も出すし……。とにかく、なんかあるならすぐ言いなってこった」

「あの……正気ですか?」

「あ? なにが」

「関係各所の決定に背く気はありません。ですが、これではあまりにも……」

 

 相変わらずダルダルに伸びたジャージ姿で自分を出迎える大人を見上げながら、クロエはどうしてこうなったのだろうと困惑するばかり。決戦の後にしばらく拘束されたクロエだったが、それが終わり次第に監視の元で生活することになるという達しは聞いていた。

 

 しかし蓋を開けてみると、通達された内容はホームステイとか居候とかのソレ。日本政府やIS委員会の正気を疑うのはもちろん、昴に対しても同様のことがいえる。自分は一時的にとはいえ黒乃が絶命した要因の1つ。例えその身が子供のものとして、果たして許されることだろうか。

 

「よっしゃ、まず一発だおチビ」

「あうっ!? つ、対馬様……?」

「多方面に許されちゃいないのは、アンタが一番解かってんでしょ。そのうえで、こんな生活を送る資格はないってか?」

「……それ以外になにがあると言うんです」

 

 昴は気だるげな表情からは想像のできない威力の拳骨をクロエの脳天に喰らわせた。束からいろいろと仕掛けられて育ったが、生身の大人に殴られるというのは初めての体験だった。涙を堪えて昴を見上げ直すと、しっかりその言葉に耳を傾ける。

 

 そう、別にクロエは許されているなんてことはない。だがクロエとしては、許されてもいないのにこんな生活を送る権利はないという認識だ。だからこそ昴はクロエに拳骨を遠慮なく見舞ったのだ。昨今では体罰だのどうのいわれるだろうが、骨身にしみさせるのが昴の教育方針である。

 

「あのね、資格っつーんならアタシもそうだかんな。こんなとこで教師やってる資格、ホントはないよ」

「貴女は確か、元日本代表では?」

「名だけみたいなもんさ。この立場を確立するためだけに頑張ってた。昔の反動で、楽して生きてーって思ってたからね」

 

 昴はしゃがんでクロエに視線を合わせると、自分の過去を語って聞かせた。日本代表としてそれなりの成績を築き上げた後、周囲を脅し半分で今の役職に就くことができたのだとのこと。本人の談ではほぼ働かずに給料を貰い、定住できる場所まで確保するという無茶っぷりだったようだ。

 

 自身にも非があるとは思いつつ、16歳そこらの時代の昴には敵と思える人物しか居なかった。親、教師、同じ学校に通う生徒等々。誰もが自分を理解しないとやさぐれ、同じような考えを持つ者たちと徒党を組んだ。そして考えに背く者たちに反抗してきた。

 

 その反動か、とにかく楽をできることはそうしたいと考えるようになった。誰とも関わりを持たなければ、それほどまでに楽なことはないだろうから。だから、そんな自分に教師まがいの役職に就く資格なんてないという。自分とクロエは同じなのだと語り掛ける。

 

「いいんだよ、アタシの真似でもしてりゃあさ。自分がこの家の主だってくらいのつもりで住めば。あ、マジでそうされたら流石にぶっ飛ばすけども」

「そ、そんなことは断じて! 寝床を与えていただいただけでも有難いことです……」

「有り難いって思ってんじゃん。なら最初から資格がどうとか難しいこと考えてんなよ」

「あうっ!?」

 

 染めかたが雑な金髪をワシャワシャと触りながら、昴は冗談めかしてそれなりには弁えろという。クロエも冗談であるとは受け取りつつ、ぶっ飛ばされた姿でも想像したのか、慌てて弁明するような態度をみせた。ようやく垣間見た子供らしい姿に安心しつつ、昴はもう一発拳骨を見舞った。

 

「んじゃま、軽く中を案内するからついてきな。クロエ、春からのこと聞いてる?」

「は、はい。春からは中学校に通うことになると」

「それまで1カ月半くらいだけど、予行練習としてウチの授業は受けてもらうから。アンタが今更習うことはないだろうけど、他のチビ共が同い年っぽいからちょうどいいんだよね」

 

 クロエが生活するにあたって、とりあえずの日用品は既に運び込まれている。これからクロエの要望に沿い、様々な物品が増えていくのだろう。クロエの性格からして昴に促されなければそうはなりそうもないが、とにかくもうここはクロエの家なのだ。

 

 ズンズン進む昴の背中を遠慮がちに追いかけながら、クロエはこの先に待ち受けるある意味では試練に思いを馳せた。クロエに同世代の友人など居るはずもなく、なんなら目の当たりにするのすら初めてな程だ。それだけで緊張するというのに、4月からは当たり前の女子中生となるというのだから。

 

 クロエにとってそれは恐ろしいまであり、残された1カ月間を3人の少女と触れ合うことすら難関でもある。施設内を案内されてしっかり耳を傾けているが、どこか心ここにあらずという印象を拭えない。もう数時間もすれば対面することになるのだと思えば、ますます追い詰められるばかり。

 

 施設の紹介もほどほどに、昴とクロエはこれから起こるであろうことに対処するための話し合いを重ねた。それは、一般人としてのクロエが何者であるかという点について。要するに設定を話し合うとも言っていい。突然に仲間が増え、しかもそれが見るからに外国人ならば聞きたいことも山ほどあるだろう。

 

 これからいつまでコミュニティを築くかも解からないのに、延々とはぐらかすことはまず不可能。故にアドリブや脚色を効かせ、自然に一般社会へ溶け込めるようにしなければ。テロリストまがいのことをしていました、などといえるはずもないのだから。

 

「先生こんにちはー。今日も授業の時間で――――うえええっ!? 2人とも大変だよっ、仮眠室に先生が居ない!」

「は? それなんの冗談……って本当に居ないし」

「今日は嵐だねー。傘とか持って来てないけどどーしよー」

「聞こえてっぞチビ共ぉ! いいからとっとと教室入ってな!」

 

 すると、仮眠室の方向から快活な声が響いた。時計を見れば16時過ぎほど。昴が受け持つ3人娘がやって来たのだ。彼女らは昴が怖いのだかそうでもないのだか、どことなく失礼な言葉が並べられる。人として手本にならない行動を多くしている自覚はあるが、ハッキリ指摘されて怒らないかと聞かれれば無理があった。

 

 昴は青筋を立てながら廊下の方へ向かって叫び、その声を聴いた少女たちは慌てて教室のほうへ向かったようだ。まったくしょうがない奴らだ。そう呟きながら昴は立ち上がり、同じくクロエにも着いて来るよう命じた。ついにその時がきたのである。

 

「断っとくけど、様呼びは禁止ね。なんなら敬語のほうもだが――――無理そう?」

「様、は問題ありません。ですが敬語のほうは恐らく」

「そか、なら無理にとは言わないよ。気が向いたら直していきな。んじゃ行くよ、準備はいいね」

 

 ミーティングルームと教室の位置は近い。思い出したように昴が指摘するも、返答を聞く前にはもう扉の前だ。準備はいいねなんて問いかけてくるが、これに関しては問答無用で押し込まれてしまう。少しよろけるように教室に入ってみれば、元気そうな少女の期待するような視線が痛かった。

 

「せ――――」

「朝日、うるさい。説明すっから黙って」

「まだ一音しか発音してませんけど!?」

「ほれ、挨拶」

「無視!」

 

 どうせ騒ぎ出すというのは織り込み済みで、昴は朝日が喋り出すよりも前に先手を打った。それに対して不服そうな態度を露わにするも、時間の無駄と判断されて無視される始末。シナシナとしょぼくれてしまった朝日を両隣の少女たちがフォローしているせいか、クロエは遠慮がちに自己紹介を始めた。

 

「は、初めまして、クロエ・クロニクルと申します。この度イギリスから留学するかたちで来日しました。以後お見知りおきを」

「はい、つーわけで新しいお友達。この子のご両親は都合で来日不可ってことで、アタシが預かることになった。まぁなんでもいいから仲良くやりな」

 

 緊張のせいか少しばかり説明不足になってしまったが、とにかく一緒に学ぶ相手が増えたのだと認識すればいい。そうやって昴が付け足すと、3人の少女は声を揃えてはいと返事をしてみせた。昴は満足そうに頷くと、高らかに切り上げる。

 

「よーし、とりあえずお前らもっと会話を重ねとけ。仲良くなる第一歩だ」

「す、昴さん……!? そんな殺生な!」

「アホ、一か月後にはもう30人くらい増えんだよ? こんなとこで躓いてちゃやってらんねぇって。つーわけでお前ら、後任せた」

 

 いわゆるレクリエーションの時間を取り、クロエと朝日たちを触れ合わすところから始めるという。決して授業をするのが面倒になったとかではない、決して。クロエにしてみればいきなりのハードルの高さに困惑するしかないが、子供の無邪気さというのは時として毒牙となりうる。

 

「クロエちゃん、こっち座ってお話しようよ!」

「は、はぁ……。解かりました。それでは……」

 

 壇上に立ったまま硬直している間に昴は教室を出ていき、それと入れ替わるかのように朝日が着席を促した。もはや逃走は不可能と察し、クロエはいきなりのフレンドリーさにオドオドしながら指定された席へ腰を下ろす。すると向こうは遠慮の欠片もなく質問を投げかけてきた。

 

「クロエちゃんはどれくらいISに乗ってるの? 得意な戦法はどんなのかな? というか日本語ペラペラで凄いよね!」

「こら朝日、先に自己紹介。あっ、私は大竹 沙夜。よろしくね」

「梅宮 夕菜でーす。どーぞよろしくー」

「松野 朝日です! 改めてよろしく、クロエちゃん!」

 

 好奇心旺盛である朝日は、クロエが答える暇もないほど質問のラッシュを見舞う。見かねた沙夜がそれを抑え、とりあえず自分たちの名前を知ってもらうところから。一度聞けばクロエが忘れることはまずないことで、どちらかといえば様をつけないようするのに苦労してしまう。

 

「それでそれで、ISに乗ってどのくらい?」

「少なくとも皆さんより経験は長いと思われます」

「そんな前からー。というかー1人で留学って大変そーだねー」

「あらゆる面でISは日本が先進ですから。学びたいことも多く、なにより私が望んだことなので」

 

 ISはここ8年で世界に定着した存在だ。クロエは物心ついた頃の記憶は曖昧で、正しく朝日の質問に答えるのなら、気づいた時にはと表現すべきだろう。だがそこを明言するわけにもいかないので、すぐさま設定しておいた身の上を話す。

 

 だいたい聞かれる質問も想定内のため、続いた夕菜の言葉にも即座に答えた。が、これはほとんど嘘で構成されるために気分はよくない。自分が望んでここに居るというのは特に。クロエは叶うのならば、束と鷹丸の傍にありたいのだから。

 

「ご両親、そんなに忙しいんだ」

「はい。パパとママはISの技術開発に携わっていまして、最近は特に――――」

 

 

 

 

 

 

「ひーまーにーもーほーどーがーあーるー!」

「1日1回は必ず言ってるよね、それ。というか、そういう発言は白い目で見られるから控えてってば」

 

 刑務所とはいえず、かといって牢屋ともいえない場所。束と鷹丸の2人は、更識、日本政府、IS委員会が共同で造り上げた施設で囚人生活を送っていた。とはいっても、それはVIP待遇のそれと変わりはない。注文すればなんでも用意されるくらいだ。

 

 ただし、勿論だが制限はある。それは研究に関する物事が一切行えないという、2人にとっては死活問題となりうる制限だ。いくら天災ないし天才と称される2人であれど、元となる素材がなければなにも始まらない。例えどうにか入手できたとして、すぐさま没収されるのがオチであろう。

 

 牢の中である程度のプライバシーは保証されているものの、24時間に及ぶ監視体制を敷かれているためにおかしな行動はとれない。現に束が暇と嘆いただけで、モニタールームの監視員は厳しい目を光らせている。ここ1カ月毎日1回となると、流石の鷹丸も反応するのに飽きてきたようだ。

 

「だってだって、できるとしたら読書か脳内シミュレートだよ?! ノートに計算書くのもご法度ってやり過ぎだってば! それだけ束さんが厳しくされることをしたのは自覚があるけどさ~……」

「まぁこうなる予想が立ってたから、僕らが死のうとしたってもの間違いじゃない。反省したから出ていいですよってことが起きるはずもないし、これだとクロエのために生きた意味はほぼないに等しいよね」

 

 全てにおいて自業自得なのは承知の上だが、なにもする気がないしできないのに、計算すら制限されるのは理不尽だと束は騒ぐ。今日はどうにも騒がねば落ち着かないほどらしく、鷹丸は読んでいた本を閉じて束のほうに目を

向けた。

 

 そこには、2つ年上とは思えない女性の姿が。床に仰向けになってジタバタする姿は、まさに駄々をこねる子供。鷹丸は、自分たちの牢を遮る透明な壁を優しく叩いた。一応は落ち着いて欲しいという旨が伝わったのは、とりあえずジタバタするのは止まる。

 

「たっくんさー、真面目に出る方法考えようよ。もち、脱獄以外でね」

「だからそういう発言は控え――――あー……そうだねぇ、思いつくとしたら恩赦くらいなんだけど」

「減刑狙い? 無理無理、無量大数から1とか2とか引き算しても焼け石に水だよ」

 

 2人が世界をよくするために動こうと思えばいくらでもできる。ただし、それはあくまで研究や実験が行える状況であることが前提である。その前提がクリアされているとしても、自分たちが重ねてきた数字はもはや引いていくことはできない。そうやって束は首を横に振った。

 

「じゃあ、まぁ……どうしようもないかな」

「それじゃダメなんだってば」

「……外にこだわっている理由は解かるけど、そう焦ったところで得はないよ」

「……どうしてかな、あれだけくろちゃんのことばっかり考えてたのに、今はただくーちゃんに会いたいんだ」

 

 束がこうも外へ出たがる理由を、鷹丸はしっかりと察していた。なにも自由が欲しいとか、また研究に明け暮れたいとかでなく、ひたすらにクロエに会いたいという想いのみ。また一緒に暮らしたいというのは端から諦めているが、せめて面会くらいはしたいというのが望みである。

 

 だが、面会すら許されないだろう。周囲からすれば、束と鷹丸はここで一生を終えてもらうつもりなのだから。しかし、不思議と会えないと思えば会いたくなってしまう。束にとってクロエは正しく娘であり家族。もう二度と目にできないというのは辛いことだろう。

 

「……会いたい……なぁ……。会いたいよ……くーちゃん……!」

「束……。……多分泣き落としも通じないと思う……」

「あっ、バレたー? 名演技だと思ったんだけどなぁ」

 

 束はメソメソと顔を覆い隠すが、それが演技であることなど鷹丸にはお見通しだった。どうやら正解だったようで、束はパッと両手を開いて満面の笑みをご開帳。確かに束と関わりが浅い者なら騙されていた可能性が大だが、仮に騙されても外へ出られることはなかったろう。

 

「断っとくけど、くーちゃんに会いたいってのは嘘じゃないからね!」

「大丈夫、解かってるよ。僕だって気持ちは同じさ。だから方法を考えているんだけど――――」

 

 束はハッとなにかに気が付くと、付け加えるようにして訂正を行った。それは自分の気持ちについてだが、鷹丸に揚げ足を取られないための処置だ。いくら鷹丸とて無粋な口出しをするつもりはないらしく、束と会話中もずっとクロエと会う方法を考えていたようだが――――

 

「――――果報は寝て待て」

「ほぇ?」

「僕らは地球を危機的状況に陥れたわけで」

「ふんふん、それでそれで?」

「じゃあ僕らが地球を救っちゃえば、流石に面会くらいは容赦してくれる……かもね」

 

 顎に手を当て考える様な仕草をしていたが、なにか思いついたらしく呟くように格言を口にした。それだけで意味が通るはずもなく束が問いただすと、ここで自分たちのしでかしたことを再確認。確認したうえで、なんとも投げやりな結論であると束は察した。

 

 束と鷹丸が本気になれば、なにかしら発生した地球の危機なんてあっという間に解決してしまうだろう。それが実現すれば面会の許しくらいは出るかもと鷹丸はいうが、問題は地球規模の危機なんてものがそう起こるかどうかという点だ。

 

 実際のところ、そんなに都合よく地球の危機なんてものがあるはずもない。自分たちの起こした騒ぎで最後かも。それをふまえて果報は寝て待てということである。聞こえはいいかも知れないが、やはり現状でできることはないという証拠だ。本当に寝るつもりなのか、ベッドに横へ寝転んだ鷹丸に対し、束はブーブーと口先を尖らせた。

 

「ちょい待ち、待った! 起こり得ない話とか、束さん好きじゃないの知ってるよね!?」

「ん~? まぁ亡国機業あたりがワンチャン――――ああ、でも僕らに私怨があるだろうし、ダイレクトに命を狙いにくるかもねぇ。この場所が知られたら大変だ、ハハッ」

「いつもなら余裕綽々だけど、この状況じゃちょっと笑えな……あれ? でも襲撃にあったら脱獄のチャンス――――ああ、ウソウソ冗談だってば。いえ~い、見てるー?」

 

 ほぼ0%に近いものを待ち続けるなど、束からいわせればナンセンスの極み。珍しくもう少し真面目にしてくれという、まるで説得力のないニュアンスを交えて鷹丸へ抗議した。だがこの状況ばかりはどうしようもなく、あくまで可能性の話で亡国機業がなにかしら行動を起こす……かも。ということしかいえない。

 

 鷹丸の考えとしては、まず行動を起こすなら自分たちへの復讐の可能性が高いと笑い飛ばす。厳重に秘匿された場所にある施設だが、相手が亡国となるといつ割れてもおかしくはない。もしそうなったとして、これまでならなんの問題もないが、今ではなんの抵抗もなく殺されてしまうだろう。

 

 しかしピンチはチャンスともいう。もしかするとどさくさに紛れて脱獄できるのではと思わず呟く束だったが、監視もされているし声も拾われていることを思い出した。すると脱獄なんてする気はないですよアピールなのか、把握している隠し監視カメラに向かって手を振って見せた。

 

「っていうか、いい加減にそのキャラ付けは止めない? 20代前後半になってまで痛々しいと思うよ」

「あーっ、たっくん言ってはならないことを口走った! 別にキャラ付けじゃないですー。束さんは天然でこうなんですー」

「それはそれで痛いけどね」

「またまたそんなこと言っちゃってー! なんやかんやで束さんのあざといところも好きな癖して~」

「ん? まぁ基本的に束の全部は好きなつもりだけど、伝わってなかったかな」

「嫌いだわー。束さんたっくんのそういうとこ嫌いだわー」

「またまたそんなこと言って。僕に意地悪されるのも嫌いじゃない癖して」

「……否定はしないでおこうかな」

 

 2人の監視を任され仕事として従事している者は思う。これから幾年もこのイチャイチャをみせられ続けることになるのかと――――

 

 

 

 

 

 

「わぁ、パパさんとママさん技術者なんだ。サラブレットってやつ?」

「それ選手の場合だねー」

「いえ、どちらにせよそんな大層なものでは……」

 

 ある意味ではサラブレットなど赤子同然の英才教育を受けているが、クロエにとってはそれが当たり前なのであくまで謙遜するような姿勢をみせた。現状で国家代表クラスに相当する実力の持ち主であるというのに。クロエが実際にISを操作する姿を見れば、3人の度肝を抜くことだろう。

 

「でも本当に凄いよね。産まれた環境とかご両親の話じゃなくて」

「私がですか?」

「うん。だって、私だったら1人で留学とか考えられないもん。なんていうか、覚悟が凄いっていうか」

「うーん……。私もまだ長い休みしか親と会えないのは寂しいかなー」

「それは……」

 

 なんの気なしにクロエを褒めた沙夜だが、それは幾分か地雷でもあった。クロエとて、好きで親元を離れたわけではない。叶うのなら自らが親と定めた2人の元に居たいというのが本音だ。長い休みしか会えないという夕菜の発言も然り。もしかすると、もう永遠に会えないかもとなどいえない。

 

 そうではないと否定したところで、3人には意味不明な回答となるだろう。さらにいえば、そういった発言は禁則事項の1つとして誓約に明記されている。クロエは少しばかり返事に困ってしまうが、この環境に置かれて、実際に自分がどうしたいのかを必死に考えた。

 

「……帰る気は、ありません」

「えっ?」

「日本に居てもパパとママの元へ私の名が届くような、そんなIS操縦者になるまで、しばらく2人とはお別れする気で来日しました」

 

 自分が、または束と鷹丸がどう足掻こうと再会は難しい。そんな現実が見れないほどクロエは子供ではなかった。ならば自分がどうするべきか考えて、1つの結論にたどり着く。それは、与えられた環境を精一杯生き続けるということだ。

 

 本来ならば自分もどこかへ閉じ込められ、そこで一生を過ごしていた可能性は高い。クロエがこの場で少女らと語らえていられるのは、やはり間違いなく慈悲があったからだ。昴のようなまでとはいかないが、ならばこの環境に甘えてやろうとクロエは考えた。

 

 いまだほんの短い言葉しか交わしていないが、やはり人との触れ合いは人を成長させるものだ。クロエにそう思わせる要因は、昴や少女らが得体の知れない者を快く受け入れてくれたから。ならばもう臆することはない。ただ前へと進むのみだ。

 

 後は本人の言葉通り、場所も知れぬ2人の元まで名が届くような、そんなIS操縦者となる。そしてもし、もしも再会が果たされたその時は。IS操縦技術だけではなく、人間的に成長した己の姿もみてもらうのだ。驚いた2人の様子なんかを創造すると、不思議と会えない寂しさも紛れる気がした。

 

「ううっ……凄いよぉ……感動だよぉ! なれる、絶対なれるよクロエちゃん! だから一緒にがんばろうよぉ……!」

「朝日――――って汚っ!? ちょっ、涙はいいけど鼻水! ほら、ハンカチ貸すからどうにかしなさい」

「あー……沙夜ちゃん、多分だけど朝日ちゃん――――」

「あ、ありがと沙夜ちゃん……ちーん!」

「いやああああっ!? なんで鼻かむの?! 涙を拭いてって言いたかったの!」

「え……? ご、ごめんごめん。汚いからどうにかしてって言うからてっきり……」

「やっぱりかー」

「夕菜、朝日の行動が読めてたなら教えてよ!」

 

 クロエの言葉に酷く感銘を受けた朝日は、沙夜や夕菜が軽く引くほど涙や鼻水を顔中に垂れ流した。思わずギョッとした沙夜がハンカチを渡すが、用途についての認識に差が生じたせいで、沙夜のハンカチは見るも無残になってしまった。少なくともポケットには仕舞えないだろう。

 

 朝日の天然には慣れたつもりの沙夜だったが、これはあまりにもな仕打ちだと声を荒げた。沙夜の苛立ちのターゲットは、先の展開が読めていた夕菜にも向く。それからというもの、クロエを置いて普段通りのやりとりが繰り広げられてしまう。しばらくはポカンとしたまま眺めていたクロエだったが――――

 

「フフッ……」

「あ、クロエちゃん笑った」

「も、申し訳ありません。皆さんのやり取りが絶妙だったものですからつい……」

「なに言ってんのー。喜んでるんだよー」

「緊張が解れてきたなら幸いなんだけどね。……ま、私のハンカチを犠牲にしてだけど」

「当然ながら洗って返させていただきます……」

 

 思わず笑みを零してしまうと、朝日がそれを聞き逃さず指摘を入れた。クロエはなにを笑っているのだといわれたのかと解釈してしまうがそうではない。3人からいわせると、ようやく笑顔をみせてくれた……だ。もっともクロエが笑わないのは単に緊張だけではないのだが、とにかく打ち解けてきてくれたことが嬉しい。

 

 だがその犠牲は大きかったと、沙夜は朝日の鼻水みまみれたハンカチを指差してみせた。それまで大げさなまでに喜んでいた朝日が暗いオーラを纏うのを見て、クロエはもうひと笑い小さく零す。これなら大丈夫そうだと、3人娘は顔を見合わせた。

 

「まぁこんな感じで騒がしいけど、これからもよろしくね」

「大丈夫大丈夫、そのうち自然にやれるようになるってー」

「私たちと、沢山の思い出を作っていこうよ! ね、クロエちゃん!」

「……はい。ぜひ、ご一緒させて下さい」

 

 クロエは思う、きっとこの少女らは自分と正反対の道を歩んできたのだと。本来ならば交わってよいはずのない道が、今1つに重なろうとしていた。自らの存在が、彼女らに害を及ぼす時が来てしまうかも知れない。そんな不安があるというのに、クロエの胸に過るのは束や鷹丸と触れ合っている時のような胸の温かみ。

 

 それを友情というものだとクロエが理解することはできないが、いずれ見えてくることだろう。束と鷹丸を除いた大切な者たち。そしてその者たちと、新たな自分へ通じる道が。新たな可能性へと繋がる道が。だから、それまでは――――

 

(パパ、ママ。また……いつの日か――――)

 

 

 




これにて束、クロエ、鷹丸は出番終了。
敵としての活躍、本当にご苦労様でした。

後の話は解決していない黒乃の諸々について触れます。
次話はそのきっかけとなる話でしょうか。


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第134話 キミに贈る言葉

ここいらから真の最終章とも言うべき部分でしょうか。
とりあえず一夏と黒乃のデートからどうぞ。


「黒乃、寒くはないか?」

(うん、私は大丈夫だよ。そっちは?)

「ああ、俺も平気だ。なんてったって黒乃の手編みのセーターとマフラーを完備してるからな。愛情であったかい」

 

 2月14日といえばバレンタインデー。本来は聖ウァレンティヌスが殉教した日であるが、こと日本にとっては恋人同士、または告白のためにある日付に早変わり。それゆえ、思わず舌打ちをしてしまいそうなバカップルぶりを披露するこの2人も、例に倣ってデートに勤しんでいる。

 

 今日のこの日はたまたま日曜日。土曜日が半ドンであるIS学園も完全に休校だ。ならばデートせずにはいられない。というよりは、冬休みの期間を地下施設で過ごした反動が出ているのだろう。2人は、まるで浪費した時間を取り戻すかのように外出の機会が増えている。だがその代わりに――――

 

「ねぇねぇ、あの人……」

「うわぁ、本物だ……!」

(……ケッ!)

 

 例の決戦から1か月とちょっとが経った。決戦を潜り抜けた専用機持ちたちを待ち受けていたのは、自分たちを英雄視する大衆の空気。黒乃の場合は周囲の認知がマイナス方面だっただけに、結果的に世界を救ったとなると盛大な掌返しでしかない。

 

 中には国民栄誉賞をという話すら持ち上がっていたようだが、それは決戦に出たメンバーから言わせればお門違いでしかない。黒乃を含めて当たり前の明日を取り戻したかっただけだというのに、このように姿を目撃されただけでヒソヒソと話されることなど望んではいない。

 

「な」

(どわっち!? イッチーってば、いきなりは危ないよ)

「俺だけ見てればそれでいいと思うんだけどな」

(もー! 好きー!)

 

 外野を鬱陶しく思いご機嫌斜めなのを察したのか、一夏は横から割り込むようにして黒乃の顔を覗き込んだ。あと一歩遅ければ激突だっただけに、黒乃は内心で抗議するような視線をぶつける。だが、その後に続いた言葉のせいで瞬時に機嫌が反転。黒乃は恥も感じさせずに一夏の腕に抱き着いた。

 

 要するに外野なんか気にせず自分にだけ集中していろ。そうしたら自然に周囲も気にならない。という黒乃にとっては目から鱗な画期的アイデアだった。いろいろとツッコミどころはあるものの、こうして2人のデートは本格的に始動。目的地へ向けて悠然と進んで行く。

 

 辿り着いたのは大型の商業施設。といっても、ただウィンドウショッピングをしに来たということでもない。バレンタインの自分に合わせてか、一角を一時的に改良して様々な催し物が開かれているのだ。ただ恋人同士のためということでもなく、親子連れでも楽しめるような仕様になっている。

 

 例えばこの屋外スケートリンク。お世辞にも広いスペースとはいえないが、これだけあれば十分ともいえる。なぜなら、むしろ滑られる人向けではないからだ。滑られる人ほど、このリンクがどういった意図で用意されているかを理解しやすいことだろう。

 

(あわばばばば……! こ、転ぶ……転ぶぅ!)

「お前マジか黒乃、意外だな……。生まれたての子牛……フフッ、ハハハ!」

(笑うのは構わんけども! とにかく離さんといて!)

 

 ここに全力で楽しむカップルが模範演技と言えるだろう。つまりどちらかが初心者ならば、こうして離す離さないで自然に手を繋ぐこととなり、自然にイチャイチャしてしまうということ。基本的に運動能力は高い黒乃だが、それは練習すればすぐ上達するという話でしかない。

 

 狭いスペースにそれなりの人数が密集しているため、思うように練習することができないでいる。それならば、黒乃のようなヘタレにスケートさせるとこうなるのだ。黒乃は転倒する恐怖に駆られ、一夏の手をガッチリ掴んで離さない。これでは滑るというより、引っ張られているだけ。

 

 更にはバランスのとり辛いスケート靴だからといって、転びたくない一心で無暗に力むせいで足はガクガク。その様は、一夏からいわせれば生まれたての子牛だそうだ。普段からは想像のつかないシュールなその姿に、一夏は笑いをこらえることができなかった。

 

 氷上でなければ仕返しの1つも浮かぶのだろうが、支えてもらっている状況で反骨精神なんて産まれない。なにより、ピンチな状況だろうと黒乃も自分が美味しい状況であることを理解している。一夏と手を繋ぐことなんて普通だというのに、なんだか頼りがいがあるではないか。ならば黒乃の心情は恐怖6割ときめき4割というところ。

 

「黒乃、とりあえず姿勢を正してみろよ。大丈夫、そう転んだりはしないって」

(そ、そうは言うけど、できないからこんなみっともない状態で――――うわわっ!)

 

 一夏にとってもこの状況は美味しいが、黒乃が楽しむためにも上達する必要はあると考えているらしい。ひとまずへっぴり腰からの脱却をとアドバイスを送るが、それができれば苦労はしないというのが正直なところ。だがまったく努力をしない気はなかった。

 

 アドバイス通りに不格好に曲がってしまっている腰から、ゆっくりと背筋を伸ばすように姿勢を正していく。これで自然に立つことは成功かと思いきや、少しばかり足元への意識が疎かになってしまった。気づいた時にはスケート靴のブレード部分は氷上から離れ、それに伴い黒乃の体勢も完全に崩れる。

 

「おっと」

(ほぇ?)

「ほらな、そう転んだりはしないだろ。もしかして、なんのために俺が居るのか忘れてたか?」

 

 妙に自信のあるような物言いにはわけがあったようで、一夏は腕の中に納まっている黒乃に悪戯っぽい笑みを向けた。すかさず倒れそうになった黒乃を支えてみせたのだ。本人はてっきり転ぶと思っていただけに、助けてもらった感動も大きい。

 

 なにより、一夏の男前な行動に胸をときめかせるばかり。黒乃はしばらく時が止まったかのように一夏から目を離せずにいたが、あることに気が付いて視線を下にやった。先ほどまであれだけ苦戦していたというのに、しっかりと両の足で直立できているのだ。

 

(イッチー見てみ! なんか平気っぽい!)

「怪我の功名って奴だな。それでも偉いぞ黒乃。よくやったな」

(でぇへへへへ……)

 

 外面的には無表情ながら、黒乃は興奮しながら何度も自分の両足を指差した。すると一夏も問題ないことに気がつき、とてつもなく優しい手つきで頭を撫でた。これまた外面的には表情筋は死滅した如くに動かないが、内心蕩けたような照れ顔を浮かべる。

 

「それじゃ、今度こそ2人で楽しもう」

(はいな!)

 

 両手を取られて一緒にというよりは介護というような表現が近かったが、問題がないのならやはり隣り合って滑りたいものだ。2人は互いの手を固く恋人繋ぎで握り合うと、周囲に配慮しつつゆっくりとそこらを滑り始めた。ただ周囲としては、イチャつき過ぎに配慮してほしかったことだろう。

 

 

 

 

 

 

「簡易的とはいえ、技術も進歩してるもんだよなぁ」

「爺臭い」

「……なんか他の連中にも言われた覚えがある。う~む」

 

 ひとしきり滑り終えた2人は、簡易的に設けられたプラネタリウムを放映するシアターを訪れていた。冬は一年で最も星の見えやすい時期ということで、カップルたちが良い雰囲気になるにはもってこいだからだろう。プラネタリウムに季節感は関係ない、と指摘されてしまえばそれまでだが。

 

 こちらに関してはカップルに配慮であろう。2人の着いた席は普通の椅子とはタイプが異なり、カーペットの敷かれた場所に直接座る仕様だ。この方が身を寄せ合えるという気配りが感じられる。2人はまだ上映が始まりもしていないのに互いを支えにするようにしていた。これがデフォなだけに躊躇いなんてなかったりもする。

 

『まもなく上映が始まります。ドーム内が消灯しますので、お越しのお客様は――――』

(ほらほら、始まっちゃうよ?)

「そ、そうだな。集中するよ、うん……」

 

 時代の進歩がどうのとしみじみ言うものだから爺臭いと指摘され、黒乃にまで言われてしまったかと一夏はうんうん唸っていた。そうこうしていると場内に上映のアナウンスが流れ、黒乃はそんなに気にしないでとポンポンと一夏の背を叩く。

 

 自分に爺臭い自覚がないだけに考え事も意識が深いところまで行ってしまったようだが、黒乃に呼ばれて即反応できない一夏ではなかった。とりあえず自分のことは後にして、ドーム状に広がるスクリーンへと目をやった。するとその瞬間、まるで本物と見紛うような天体が一面に広がった。

 

(わぁ、凄いなぁ……!)

「うぉ……! まるで本当に寒空の下だな……」

 

 どこまでも続くかのような深い闇色の夜空。そして1つ1つが燦然と輝く星々。どれもがリアルな映像加工が施され、一夏の呟きのように錯覚を起こしてしまいそうだ。体感的に体温が下がった気がした2人は、より一層身を寄せ合った。

 

『冬の星座として有名なオリオン座ですが――――』

 

 2人がポジショニングを再確認していると、あらかじめ収録されている解説音声が流れ始めた。それに合わせて星々も線で繋がってゆき、次第にオリオン座の形を成す。冬の星座の話として、オリオン座あたりから触れるのはある種鉄板のようなものだろう。

 

 一夏と黒乃は他の客の迷惑にならない程度の小声で会話をしつつ、タメになる解説を真剣に頭へ入れて行く。学生の身分なために勉強をしに来た気にはならない程度にではある。そのあたりがチラついてしまうのは、悲しい性としか言いようがなさそうだ。

 

 しかし、本当にあまりに見事な映像に関心を奪われ、いつしかそんなことも気にならなくなっていった。長時間を裂いてオリオンや冬の大三角、冬のダイアモンドと解説を終えたところで、話は少しばかり異なる部分へと飛んだ。それは、星というよりは惑星の話。

 

『この時期と言えば、明星と呼ばれるあの惑星が最高光度を迎えます。そう金星です。英語やラテン語ではヴィーナスと呼ばれ、その名の通り神話における女神とも関わりの深い惑星です』

「…………」

(ど、どったのさ、急にジーッと私を見つめて……)

 

 導入の意味を込めた金星に関する軽い解説を聞き終えた一夏は、プラネタリウムそっちのけで黒乃を見つめ始めた。暗いからみつからないだろうとキスをせがんでいる様子ではない。ならばどうして今この瞬間に注目するのかと、訝しみながら視線を返せば――――

 

「ヴィーナス」

(だ、だから時々だけど私を美化し過ぎだってば……。ほら、思い出してみ? 私がアニメ見てる時とか、ゲームやってる時とかさ)

 

 なにを言い出すかと思えば、要は黒乃を金星に例えて女神と表現したらしい。気持ちとしては飛び跳ねるほど嬉しい黒乃だったが、自己評価が低いという点を含めて美化し過ぎということでさほど実感はわかないようだ。とりあえず首を左右に振っておく。

 

 流石に10年一緒に住めば、一夏も黒乃がゲーマーだったりアニメオタクだったりの影響を多少なりと受けている。だからこそ、引くほどの手つきでコントローラーを握る私を思い出せ。ダラダラした様子でアニメを長時間観続ける姿を思い出せ、と言いたいのだろう。

 

「いいや、女神だよ。少なくとも俺にとっては」

(……むしろあなた以外のために女神とか勘弁だよ)

 

 一夏は黒乃が倒れないように支えつつ、背後から抱き込むようにして座り直した。普通ならこんなところでと騒ぐところだが、黒乃に拒否する様子はまったく見られない。やはり言葉そのものには否定的な部分があれど、一夏のためだけなら悪くないと、内心で静かに目を細めた。

 

 後は特別なにが起こるわけでなく、静かにプラネタリウムを楽しんだ。ちょっと賢くなったなと一夏はおどけ、黒乃もそれに同調するかのように、かけてもない眼鏡をクイッと上げる仕草をみせる。その動作がなにを意味するか一夏には伝わり、2人して和やかに会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「プラネタリウムも綺麗だったけど、これはこれで味が違うよな」

(うん、どっちも人工的な光なのになんでだろうね)

 

 久方ぶりのデートも終わりが近づき、締めくくりということでイルミネーションを見に来ている。電飾が色とりどりな光を放ち、どこか幻想的な空間を造り上げていた。すっかり暗い時分ということもあってか、2人は光に温かみを感じずにはいられない。

 

「それにしても、穴場ってネットに載ってる割には俺らしか居ないな」

(まぁ、好都合じゃない?)

 

 2人が居る場所は、実際には展示会場からかけ離れた場所である。間近で見るのではなく、一歩引いた高所から全体図を眺めているのだ。最後はなるべく人気のない状態にしたかったのが本音だが、まさか自分たち以外に人がいないのが不思議だと一夏は後ろ頭を撫でた。

 

 確かに有名にならないのが不思議なくらいに見渡せる場所ではある。どうやらイルミネーションそのものは毎年恒例のようで、ますます不思議だとうむむと唸った。だが、全ては黒乃の言葉通り好都合でしかない。こういう時は深く考えない方がよさそうだ。

 

「それにしても、ホント久しぶりのデートだったな」

(最近はなにかと忙しかったもんね~……)

 

 近頃の最終決戦参加メンバーといえば、事後処理事後処理アンド事後処理の毎日。鈴音あたりは世界を救ったのにどういうことだとボヤいていたが、なにかとしがらみがあるのが戦力価値のある者の定めである。昨今の情勢として、専用機所持者なんて特に。

 

 今日でようやく日常が戻ってきたと実感できるような気がする。きっと、他のメンバーも思い思いに過ごしている事だろう。なんて、そういう話はさて置き他愛もない話に華が咲く。黒乃の受け答えが可能な範囲にはなるが、一夏にとってはそれで満足だった。

 

「……そろそろ時間だな。というか、流石にこの時間に寒くないって強がるのは無理っぽいぞ……。黒乃、特に用事がないなら帰ろう」

(おいおいイッチーや、今日がなんの日かお忘れかな?)

「ん、チョコレート……。ああ、そうか、今日ってそうだったよな。悪い、黒乃以外がどうでも良過ぎて失念してた。ありがとな、本当に嬉しいよ」

 

 バレンタインなんてチョコレート会社に踊らされているという考えはあれど、ド定番を外すのもということで用意していた。言うまでもなくそれは手作りで、ピンクのチェック柄にラッピングされた包みがなんとも可愛らしい。一夏の価値感として最上位は黒乃なわけだが、愛する人からの贈り物が嬉しくないはずがなかった。

 

「じゃあ早速――――」

(おっとっと、ちょい待ちイッチー)

「黒乃……? 自分で渡そうとして、なんで自分で包みを――――っ!?」

 

 一夏が包みを受け取ろうと手を伸ばすと、ヒョイっと高く掲げられて躱されてしまう。焦らす意味がないために訝しむ一夏だが、更には包みも自ら開封を始め謎は深まるばかり。いったいなんのつもりだろうかと大人しく黒乃を見守っていると、一夏にとって衝撃的な光景が繰り広げられる。

 

 黒乃は自分で作ったチョコレートを1つ撮むと、遠慮なく口へと放り込んだ。後は咀嚼することなく、ゆっくりと舌で転がしてソレを溶かしていく。この時点でなんとなくの予感があり目が離せないでいた一夏だったが、黒乃が両手を広げたことでそれは確信に変わる。

 

「ハハッ、そういうことか。これは……最高のバレンタインになりそうだ」

 

 誰がどう見たところで、口移しをするつもりであるのは明白。キスでチョコを口移しとはなんともベタだが、ベタでも全力でやられればくるものがある。なにより、どんな理由だろうと一夏が黒乃とのキスを拒むなど論外だ。感情に導かれるまま数歩黒乃に歩み寄ると、肩に両手を置き顔を近づけ――――

 

「……なにか変だ……。この感じ、黒乃だけど黒乃じゃない……? ましてやアイツではないが……」

(…………あ~あ、やっぱりバレちゃうかー)

 

 両者の唇が触れる寸前のことだった。言葉では言い表せない違和感を覚えた一夏は、ピタリと動きを止める。そして黒乃であって黒乃ではないと、矛盾にまみれた指摘を繰り出した。もちろんだが、自分でもよく解からないことを言っている自覚はある。しかし、幸か不幸か……それは大正解。

 

 今日の黒乃は、朝からずっとオリジナルの方の黒乃だったのだ。例えそれが内心だろうと、オリジナルはお姉さんと慕う者を演じていたのである。理由を問われれば、それは詳しく明かすことはできない。1つ言えるとするならば、これで最後かも知れないから。

 

 無論だが、これはオリジナルの言うお姉さんの同意を得て実現している。一夏にバレるまで、という限定的なものだが。しかし、なにも意地悪でそんな条件を提示したのではない。バレてしまえば、一夏がそれ以降行動を起こすことがなくなるという意味合いからだ。そのあたりはオリジナルもそういう認識で、実際この場でそれが示されたということになる。

 

「……懐かしい……気がする……。本当に、キミはいったい……」

(……ごめんねお姉さん、一夏くん。このくらいは許して……)

 

 流石は一夏、今の黒乃に事故以前のオリジナルを感じ取って、その感覚を懐かしいと表現した。ある種嬉しいことだったが、それを説明できるはずもない。オリジナルは溶けたチョコレートを飲み下すと、混乱からか隙だらけの一夏にグッと詰め寄り、その頬へとキスを落とした。

 

「ありがとう。大好きだよ」

「っ……黒乃!?」

 

 一瞬なにが起こったか解からない一夏だったが、離れた黒乃の表情を見てそれは一変した。黒乃は笑っていた。それもただの笑顔ではない。とても、悲しい笑みであった。表情こそ微笑みと表現できるが、それはなにかとてつもない悲しみを押し殺しているような――――そんな笑顔だった。

 

 一夏はどうするのが正解か解からず立ち尽くすばかりだったが、グラリと黒乃の身体が前のめりに倒れ始めて血相を変えた。受け止め支えることには成功したものの、どうやら気絶ないし眠ってしまっているようだ。いくら呼びかけようと返事をみせる兆候はなかった。

 

(落ち着けよ俺……! このぶんなら経過を診てれば大丈夫そうだ。なら、ひとまず学園へ戻ろう!)

 

 黒乃の顔色や脈拍、呼吸パターンで命に関わる大事ではないと判断を下す。着ていた上着を脱いで黒乃に被せると、優しく背負って移動を開始。とにかく安静にすることが優先だとし、位置的に学園に戻った方がよいと黒乃を運搬していく。

 

 そう、一夏の考え通りに今の黒乃は寝ているだけのようなものだ。放っておけばそのうちに目を覚ます。しかし、2人の黒乃は今もある意味では起きている。今も己の織り成す精神世界で問答を繰り広げている。それはもちろん、先ほど起きたやり取りについて――――

 

 

 

 

 

 

「黒乃ちゃん! ……黒乃ちゃん!」

 

 彼女が私の中から外を覗くことができるように、私も同じことができた。だから見ていた。イッチーが私に違和感を覚える瞬間を。今はそっとしてあげるべきなんだろう。だけど、そのまま放置するという選択肢もありえない。

 

 だからこのだだっ広い空間で黒乃ちゃんに呼びかけているんだが、不思議とその姿を捉えることはできない。私みたくせっちゃんのほうに籠っているということもなさそうだし、それならいったいどこへ消えてしまったというのだろう。……まさか、ショックで本当に消えてしまったとかでは――――

 

「大丈夫だよお姉さん、今戻ってきたところだから」

「黒乃ちゃん……! ……あの、多分余計なお世話だろうし私になに言われたって慰めにはならないって解かってるけどさ! その、大丈夫じゃないなら大丈夫じゃないって言ってよ! 私とキミは――――」

 

 突如背後から声がして驚いたが、振り向いてみるとそこには間違いなく黒乃ちゃんの姿が。どうやら私の懸念は杞憂だったようだが、本当にそのまま消えてしまいそうな雰囲気だった。いたたまれなくなったからじゃない。ましてや偽善のつもりではない。私は素直に思いの丈を黒乃ちゃんにぶつけた。

 

 いろいろあったが、私にとって黒乃ちゃんは相棒――――ううん、上手く表現はできないけど、もしかするとイッチーより大事な存在かも知れない。黒乃ちゃんが私のことをどう思っているかは知らないが、その考えが揺らぐことはないだろう。

 

「一心同体……だよね。うん……。お姉さん、あのね――――」

「うん……」

「解かってたというか、初めて会った時に話したよね。一夏くんは私とあなたの区別がつくだろうねって」

 

 そう、私と黒乃ちゃんは一心同体。今だってとんでもない悲しみが私の中に流れてきて、泣かないようにするので必至だ。だってそうでしょ、黒乃ちゃんの感情に流されて泣く資格なんて私にはないのだから。私は、ポツリポツリと語る黒乃ちゃんの言葉に耳を傾けた。

 

 確かに、そんな話もしたかな……。どうにも自信のない私に対し、黒乃ちゃんが説得の意味を込めてそう言ってくれた。黒乃ちゃんからすると、自分で言ったことが現実に起きてしまったということになる。それは、とても残酷なことだ。

 

「でもね、やっぱり期待しちゃったっていうかさ、もしかしたら行けるところまで行けるんじゃないかと思っちゃったりして!」

「……誰にも聞こえないのに、私の演技は完璧だったよ。本人だからか、なんか恥ずかしかったけど」

「でしょ? お姉さんの残念なとこを上手く表現できてたと思うんだけどねー」

「こらこら、どさくさに紛れて私をディスらないで! まぁ、ホントのことだけどさ……」

 

 黒乃ちゃんが無理をしているのは明白だった。だけど、あえていつものノリにしようとしているのなら、それに乗らない理由なんてない。いやはや、ホントに演技派だったよ黒乃ちゃんは……。完コピってやつだろうか。誰でも器用にモノマネしそうなイメージはある。でも残念は余計だよ。ただし否定はしない。

 

「なんで……期待したりなんかしちゃったんだろうね」

「黒乃ちゃん……」

「少しでも期待しちゃったからこんなに悲しくて……! お姉さんにも一夏くんにも迷惑なのに……! 私が、しゃしゃり出たりしたから……!」

 

 黒乃ちゃんはターンして私に背を向けると、上を仰ぎ見た。そして口から洩れるのは、まるで自らの愚かさを呪うような言葉。声の震え方からして、完全に泣いてしまったようだ。我慢する必要なんてないというのに、どうしてこの子はそうなんだろう。

 

「悲しいなら泣きなよ! 楽しかったら笑って、悲しいなら泣く。それが人間ってもんじゃん! 私たちにはここくらいでしか自由にそれができなんだから、いいじゃん……。ここでくらい、泣いたっていいじゃんか!」

「お……姉さん……。う……ヒック……! お姉さぁぁぁぁん! うわぁぁああああ!」

 

 黒乃ちゃんを悲しませる要因の1つである私がなにを偉そうに。私自身そう思うが、今回ばかりはそうやって叫ばずにはいられなかった。感情を示すこと、それは多くの人にとって当たり前のことだろう。しかし、私たちにはその当たり前を奪われてここまで生きてきた。

 

 本当は皆と一緒に笑い合いたかった。本当は泣きたいときには泣きたかった。けど、それは許されなかった。でもここでなら違う。私たちは当たり前のように笑って、泣いて、怒ることができる。ならここでくらい思うがままにしたってバチが当たっていいはずがないだろう。

 

 黒乃ちゃんにそう言ってやると、彼女はグシャグシャにした顔をこちらに向けて飛びついてきた。それをしっかり受け止めると、優しく頭を撫でたり背中をポンポン叩いたりして落ち着くよう尽力する。だがなかなか悲しみは明け暮れず、黒乃ちゃんは泣きわめくばかり。

 

 いいさ、それで構わない。例えばこの時間が永劫に続こうと、私は黒乃ちゃんが泣き止むまで付き合うことだろう。流石に永遠とまでは言わないが、長いこと黒乃ちゃんは泣き続け、それでも少しづつ落ち着きを取り戻してくれたみたいだ。いつしか私に抱き留められたまま顔を整え、スルリと私の腕から離れていく。

 

「……ありがとう、お姉さん」

「ううん、そんな……。私にお礼を言われる資格はないよ」

「それでも、ありがとう」

「……うん」

 

 黒乃ちゃんがまず第一にしたのは、私に対してお礼を述べること。それは慰めたことに対してだけでなく、さまざまな意味が込められていた事だろう。だがそれは素直に受け止めることができない。私が少し否定的な反応を示すも、重ねてお礼を言われてしまう。なら、うん……無限ループになっちゃうし、受け入れておこうかな。

 

「お姉さん、例の計画――――夜に実行しよう」

「そ、そんな……! 未練がなくなったみたいな言い方は――――」

「確かにそれがあるのは間違いじゃないよ? けど、これはお姉さんにとっても危ない賭け。なら、私の気持ちの整理がついてる今日ほどベストなタイミングは二度とない」

 

 私と黒乃ちゃんが入れ替わってイッチーとデートしたのは、ある計画を実行に移す前に――――黒乃ちゃんの希望に応えたという理由があった。その計画が成功したのなら、ほぼ間違いなく黒乃ちゃんは……。しかし、成功する保証なんて微塵もない。むしろ失敗する可能性のほうが高い。その場合は私も……。

 

 ゆえにこのタイミングでそれを提案するのは、生き急いでいるようにしか感じられなかった。だからこそもう少し猶予があってもと提案してみるのだが、むしろ黒乃ちゃん的にはこれ以上ベストなタイミングはないということらしい。それなら――――

 

「……解かった。黒乃ちゃんがそう言うなら。絶対に成功させようね」

「うん、例えどんな結果になっても――――」

「「私たちに、後悔はない」」

「……ほら、もう戻りなよ。一夏くんも心配してるし」

「……そうだね。それじゃあく黒乃ちゃん、また後で」

 

 今の私たちの身体は、操縦者のいないロボットのようなものだ。このまま私が戻らなければ、ずっとこのまま眠り続けることだろう。今は……もう学園か。ベッドに寝かされた空っぽの身体を、イッチーが心配そうに見つめている。私は黒乃ちゃんの言葉を受け、精神世界を離れ本来あるべき場所へ戻った。

 

 と、同時に目を覚ました。イッチーは泣く寸前の様子で私を抱きしめてくる。……なにが起きたのかは、聞かないでいてくれたみたい。なにも聞いてこないというか、いきなり倒れて驚いた――――程度のことしか言わないから。ごめんイッチー……。私にとっても最後かも知れないのに、ちゃんと本当のこと話せないで。

 

 だからせめて、絶対に成功させてみせるから。伝わりもしないし、聞かれたところで意味のない言葉だろう。しかし、私はイッチーに信じていてと言わずにはいられなかった。そうして、運命の時はやってくる。私と黒乃ちゃんに定められた運命。そして――――審判の時だ。

 

 

 




黒乃→バレちゃうかぁ……。まぁ、私も解かってたんだけどね。
一夏→この懐かしい感じはいったい……?

普通のデート回にしてあげたかった……。
でも散々やっといて一夏が気づけないのはそれはそれでダメなことですし……。


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第135話 大好き

かつて起きた事故の真相について紐解いていきましょう。
そして、黒乃たちの選んだ答えとは。


(よし、ひとまずここまでは順調!)

『誰かに見つかった時点で即失敗だもんね……』

 

 夜もどっぷり更けた頃、黒乃は寮を抜け出して学園の外まで出ていた。真冬にこの時間帯という鬼のような寒さを耐え凌ぎ、なんとか辿り着いたという感じだ。その身に纏うのはISスーツ。その時点で刹那を動かす気があるのは解かるが、いったいなにをするつもりだというのだろう。

 

(問題はここから……。黒乃ちゃん、限界はいかほどだと思う?)

『多分だけど3回が限界。それ以上はお姉さんだけの問題じゃなくなってくると思う』

(ならちょうどくらいか……。失敗できないのはしんどいなぁ)

 

 屈伸したり背筋を伸ばしたり、準備運動をしながら黒乃はオリジナルに問いかけた。この時点ではなんの話か解からないが、とにかくなにかしらの限界が3回だということ。そして、その3回を超えるのはまずいこと。更には、なにかしらをその3回までに収めなければならないということらしい。

 

(やろうか黒乃ちゃん。……本当に、これでいいんだね)

『私の覚悟はさっき決まったよ。ほら、私の気が変わらないうちに』

(……解かったよ。じゃあ行こう! 黒乃ちゃん、せっちゃん、私に力を貸して!)

 

 オリジナルの言葉を受け、黒乃は刹那を展開。そのまま上空へと飛び上がった。そしてひたすら真っ直ぐOIBを発動させ機体の速度を上げていく。赫焉覇王・刹那の翼である雷光。その雷光に接続されているソードBTから漏れ出す光が眩さを増していく時、黒乃はそれを発動させた。

 

(久遠転瞬!)

 

 人知を超越した時空間移動、ないし操作能力を発動できる単一仕様能力――――久遠転瞬。刹那の速度が一定以上に達すると使用が可能で、発動すればタイムスリップさえも行える能力である。今回黒乃が目指す時間はただ1つ、それは――――約10年前のあの日。全てが始まった瞬間だった。

 

(出た! 成功!?)

『あの車は間違いない……! とりあえず成功! お姉さん、ブレーキ!』

(はいよ!)

 

 黒乃が時空の壁を突き破って飛び出たのは、様々な車両が行きかう高速道路だ。更に2人が視線を送る先には、大破した車がみえる。そう、あの車は藤堂夫妻、及び藤堂黒乃が乗っている車だ。それを確認した黒乃は、刹那の脚部を接地させてブレーキをかける。

 

 刹那の脚部とアスファルトが起こす摩擦熱により、車付近には2本の黒い焦げ跡が残った。機体が止まったのを確認して社内を覗くと、目を逸らしたくなるようなショッキングな光景が。見立て通り、この時点で既に死亡している藤堂夫妻である。

 

 フロントガラスに思い切り頭を叩きつけたのであろう。頭部の損傷が激しく、おびただしい量の血液が2人の血に付着していた。黒乃はしきりにごめんなさいと謝りながら次の行動へ移す。事故についての調査書の内容を思い出し、後部座席の扉を引っこ抜いてまた戻した。

 

(こ、これで……?)

『これでお姉さんの無事は保証されるはずだよ。それより急いで、これ以上止まってると効力が切れちゃう!』

(……これから先、たくさん大変な事が起きると思う。けど、挫けないで。あなたには、あなたの隣には……大切に想ってくれる人がいるから)

 

 久遠転瞬が覚醒したその日から、なんとなくの予感はあったのだ。時を駆ける能力、そして事故についての調査書の内容――――それらを照らし合わせた時、パズルのピースがカチリとはまった。かつて自分を助けたアンノウンとは、自分なのではないのかと。

 

 その答えは恐らくイエス。もし仮に黒乃がこのまま自分自身を救出に来なければ、未来が変わって黒乃も死んでいたことになったろう。2人はそれを回避するため、はるばる過去へと飛んで来たということである。そして行った行動は調査書の通り。このまま時が戻れば、いずれ黒乃は死地を脱することだろう。

 

 そして、この時点で名もなき魂が憑依している。だからこそ黒乃は、過去の自分にエールを送ってから高速道路から飛び降りる。道路の下は山を走っており、ここならみつかることはないだろう。そして8本のソードBTが閉じた瞬間、上のほうから大慌てするような声が聞こえ始めた。

 

(……観てるんでしょ? いい加減に出てきなよ!)

『おおう、バレてしもうたか。ならば仕方がない』

 

 ISを解除した黒乃は、脳裏に広がる凄惨な光景を振り払いながら脳内で叫んだ。すると、オリジナルとはまた違う様子で脳内に声が響くような感覚が。1人の観念するような声が聞こえたかと思えば、次々と声が増えていく。耳を凝らすと、勝ち負けの話をしているようだ。

 

(……やっぱり私たちを観て楽しんでたか。このファッキンゴッド!)

『そんな……! 賭け事のいっかんだったって言うの!?』

 

 そう、勝ち負けという賭けの話。黒乃がどういった運命を辿るのか賭け事をしていたのだろう。黒乃はその下劣さに毒を吐き、オリジナルはあまりの衝撃に言葉を失った。そんな中で代表的な者が口にしたのは、気にするなという軽い言葉だった。

 

『まぁそう言うな、こちとら暇なのだからな。それよりも……ご明察! 世界の仕組みに気づいたのは貴様でようやく数人目だ』

(それなりにそういうのは詳しいんでね。でもまさか、ループ系の話に巻き込まれているとは思わなんだ)

 

 歴史は繰り返す。それは人間が愚かな行為を教訓としないという意味合いだが、この場合は物理的な話である。黒乃が久遠転瞬を身に着けた自分に助けられることにより、ここでループが発生しているのだ。恐らく先ほど助けた黒乃は、いずれまた自分自身を助ける――――可能性が高い。

 

 どうして曖昧な表現なのか。それは、もしもの数だけ世界がある――――いわゆるIFの理論による影響が出るだろう。仮に先ほど助けた黒乃が、今神に辿り着いた黒乃と全く、完全に、微塵たりとも誤差がなく同じ言動をとるだろうか。それは黒乃本人だけでなく、黒乃を取り巻く環境、人物にも同じことが言える。

 

 つまり、救出された時点で100%で同じ黒乃、ないし世界とは言い難くなる。恐らくは今の黒乃も、何人目かの黒乃だろう。久遠転瞬を会得した最初の黒乃が存在するはず。そしてその黒乃が黒乃を助けた。その瞬間こそが、無数の世界を生む特異点のような存在になっているのだろう。

 

 そこからもしもの数だけ枝分かれし、そのもしもの中から更に久遠転瞬を習得した黒乃が現れ、そこからまた派生――――といったように、神の数人目という表現はそこに起因するのだ。様々な結末を迎える黒乃を観てきたことだろう。そう、要するに――――

 

(私1人で随分お楽しみなことで)

『ハッハッハ、貴様はなかなか飽きんぞ。なんせ少々ズレた思考回路をしているようでな。そして、これからも私たちを楽しませ続ける』

 

 ほぼ無限にIF世界が産まれ続けることにより、黒乃は神たちの掌で永遠に弄ばれ続けることだろう。一斉にたくさんの笑い声が脳内で響き、黒乃は内心で舌を打った。黒乃ほど荒くはないオリジナルでさえも、激情を抑えるかのような表情へ変わる。だが――――

 

(1つ確認しておきたいんだけどさ。アンタたち、そうこっち側まで干渉できないっぽいよね。弄れて私に関わることくらいでしょ?)

『……なにが言いたい?』

(オーケー、その反応は肯定ってことで。黒乃ちゃん……)

『大丈夫だよお姉さん、やろう』

 

 黒乃が高らかに一刺し指を掲げて、そんな質問を投げかけた。こんな行動を取る黒乃を観るのが初めてなのか、神は興味半分ほど、なにをする気なのかと疑問半分で質問を質問で返した。その声色に肯定であることを感じ取った黒乃は、最後になるかも知れない駆けに出る。

 

 そのままISを展開すると、猛スピードで前進を始めた。その様子で久遠転瞬を発動させようという気なのは解かったが、自分を助けた以上はもう来た時間軸に戻るために使うだけのはず。だが、先ほどのやりとりをみるにそうは感じられない。そして――――

 

(今度も成功!?)

『うん、っぽい! じゃあお姉さん……やっちゃって!』

(……黒乃ちゃん、ありがとう!)

 

 黒乃が飛び出た先には、先ほどと同じ光景が。いや、よく目を凝らせば少し異なる。今度は事故が起こる前のようだ。黒乃はそのまま事故の原因であるトラックへ接近すると、ドアを破壊して手早く運転手を引っ張り出して安全圏へ運んだ。そしてそのままトラックを持ち上げると――――

 

(神翼招雷! 震天雷掌波!)

 

 6倍威力の巨大レーザーである震天雷掌波を放つと、跡形もなくトラックを消し飛ばした。トラックの運転手に迷惑だし、空中で謎の爆発事故と大騒ぎになるだろうが、逆転の手としてはこれしかない。藤堂家の乗用車が無事であることを確認すると、黒乃はまた高速道路の下へ隠れた。

 

(はぁ……はぁ……。これでよし……)

『なんという愚かな! それを行った貴様はまだ1人も居なかったというのに!』

 

 息を整えていると、脳内に様々な激高したような声が。その理由として、黒乃は最もやってならないことをしでかしたからだ。それは、事故そのものをなかったことにする行為である。事故がなかったことになれば、そもそも名もなき魂が憑依する器がなくなるということ。

 

 つまり、それと同時に名もなき魂の消滅。それに伴って、生まれた無数のIF世界も全てがなかったことになるということ。だからこそ神は激高し、愚かだと罵った。自らの命と引きかえに、ただちょっとした反抗の為だけに自分たちの楽しみが奪われるのが癪なのだろう。だが、黒乃はなにもそのつもりで事故をなかったことにしたのではない。

 

(チッチッチッ……。今私が居るこの世界、誰がさっきと同じ時間軸って言ったかな?)

『なに……? っ!? まさか貴様……!』

(ああ、そのまさか……。私は今、いずれかのIF世界の10年前に居る!)

 

 久遠転瞬の能力を、1本に伸ばした縦の線を自在に行き来できる能力としよう。そして、IFの世界はその隣に伸びる線。要するに黒乃が行ったのは、縦移動ではなく横移動ということ。つまり、今黒乃が助けたのは別次元の自分自身ということになる。

 

 先ほど助けた黒乃はほぼ同一人物だ。どちらにせよ助けなければ消滅は免れない。しかし、別次元の自分を事故ごとなかったことにより、無数に生まれたIF世界は消滅しつつ、混じりけのない純正・藤堂 黒乃も助けることができるということだ。

 

 そして更に、無数のIFが消滅することにより、先ほど助けた黒乃は枝分かれから断裂され1つの世界線として確立される。あの黒乃が今の黒乃の過去である事には間違いないのだから、これにより純度100%の憑依黒乃が出来上がるということだ。

 

『馬鹿な……こんな馬鹿なことが! その単一仕様能力に、次元の壁を超える力などないはずだ! 貴様、いったいなにをやった!?』

(練習! 気合! 以上!)

『な……に……?』

 

 さっきまでの余裕はどこへやら、神の代表は非常に焦ったような声色でなにをしでかしたのか問いかける。対して黒乃は、単に練習と精神論のみで新たな能力の発展を開花させたと堂々と宣言してみせた。神も思わず困惑するしかない。そして思いさせられた。自分たちが選定したのは、いろいろとぶっ飛んだ人物であったことを。

 

『くっ、おのれ……おのれ……小癪な! たかだかちっぽけな存在の癖に――――』

『お姉さん、代わって』

(オーライ)

「……自分たちの思い通りにならないのがそんなに癪ですか? ……だったらこっちの狙い通りだ! ざまぁみろ、このクソッタレどもが! お姉さん、合言葉!」

(お、おうさ! せ~のっ……)

「(キルゼムオール・ファッキンゴッド!!!!)」

 

 代表だけでなく、多くの罵声が黒乃の脳内に響く。それに言い返してやろうと思っていた黒乃だったが、オリジナルが交代を申し出た。それを快諾すると、黒乃としては想像の着かない言葉が飛び出てきた。オリジナルは大きく息を吸い込むと、これまでの鬱憤を晴らすかのように口汚い言葉を並べる。

 

 流石にクソッタレは予想外でたじろいでいたところに呼ばれて戸惑うものの、自分の定めた合言葉を宣言してやる。キルゼムオール・ファッキンゴッド。奴らに一泡吹かせようと定めたこの言葉は、今この瞬間に成就された。最後にオリジナルはサムズダウンを見せつけると、またもISを発動して久遠転瞬を発動。

 

 2人が飛んだ先には、真夜中のIS学園という最初の光景が。時間としては過去へ戻った瞬間から約1秒後。恐らくこの光景をずっと見守っていれば、黒乃がすぐ消えて現れたように見えたことだろう。そして戻って来れた事を確認すると、2人は主導権を入れ替えながら刹那と共に地上へと降りた。

 

(っ……! 黒乃ちゃん!)

 

 と同時に、黒乃は慌てて精神世界へと潜った。もう手遅れかも知れないという焦燥に駆られながら、とにかく心を深く深く沈めていくようなイメージを繰り返す。目を開いてみると、眼前に広がる光景はどこまでも無垢な白が続くがらんどうの世界。そこにポツンと佇む少女の姿が。

 

「黒乃ちゃん! よかった、その様子だと無事で――――」

「ううん、お姉さん。こうなることは解かってたはずだよ」

「そん……な……。黒乃ちゃん……!」

 

 未だオリジナルが健在であったことに安堵した黒乃だったが、天国から地獄へ叩き落されるような気分になってしまう。安堵してくれたことは嬉しく思う。だが、オリジナルは困ったような笑みを浮かべずにはいられなかった。なぜなら、その身が徐々に光の粒子となって消え始めているから。

 

 本人の談のとおり、こうなることはある程度予想がついていた。原因はとある次元において事故そのものがなかったことになったからだ。例えそれがIFの世界だろうと、オリジナル黒乃が無事に成長する世界線が確立されてしまったから。

 

 救出したIF世界のオリジナル黒乃は、名もなき魂が憑依することのない人生を送ることになる。救出した黒乃とオリジナルはほぼ同一人物と言えるが、それは今肉体を共有し合う黒乃ではない。これによりタイムパラドックスが発生し、結果的に消滅を迎えることとなってしまった。

 

「お姉さん、泣かないで。私は消えちゃうけれど、私が幸せに生きられる世界が確かに生まれたんだよ。お父さんとお母さんも死んじゃわない、考えうる最高の世界がさ」

「けど……けどそれは、キミじゃない!」

「うん、そうだね、私であって私じゃない。でもここに残ってたらお姉さんが消えちゃう。私が残っている理由もさっきなくなったばかりでしょ?」

 

 膝から崩れ落ち涙を流す黒乃にそっと近づいたオリジナルは、その場にしゃがんで黒乃を優しく抱きしめた。なにも貴女が泣く必要はない。むしろ貴女はよくやってくれたんだと、心の底から讃える言葉を送る。しかし、やはり消えてしまうなんてあんまりだという考えは浮かんでしまう物だ。

 

 しかし、オリジナルに残り続けてほしいというのも残酷なことだ。オリジナルは名もなき魂にはなれないということが、一夏とのデートで証明されたのだから。消えなければならないのは私のほうだ。そう言いかけていた黒乃は、オリジナルの言葉を受けて必死にその台詞を飲み込む。

 

「幸せにっ……なるから……! 絶対にイッチーに……幸せにしてもらうから! キミのぶんも、目いっぱい幸せになるから! キミのことは絶対に忘れないから! だから、だから……! ありがとう……ありがとう、黒乃ちゃん……! 大好きだよ……! 大好きだから……!」

「……ありがとう。あり……がとう……! 本当に、お姉さんでよかった……。私のところに来てくれたのが、お姉さんで本当に良かった……! お姉さん、私を救ってくれてありがとう……! 私は……とっても、とっても……幸せだったよ……! ありがとうお姉さん、私も大好き……! 大好きっ……!」

 

 本来ならば互いが害をなし合う関係でしかないというのに、醜い争いが起きても仕方がないかも知れないというのに。互いを尊重し合い、涙を流し、親愛を語るその姿は、まるで姉妹かのようだった。それだけに、これが最期の別れとなるのは辛いことだろう。

 

 だが、オリジナルは――――藤堂 黒乃は、その言葉の通りに救われたのだ。なんの感傷もなしに消されるつもりだったはず。しかし、黒乃の想いに触れ、共に過ごしたその日々は――――藤堂 黒乃にとってかけがえのない大切なものだ。

 

 しきりに語り掛けてくれた。相棒のように頼ってくれた。妹のように愛でてくれた。最期の最期まで、己の身を案じてくれた。消えてしまうのが怖くはないと言えば嘘になる。できることなら、ずっと共に在りたいと思うようになった。けれどそれは許されない。だから覚悟を決めて、この計画を自ら提案した。

 

 最後まで罪悪感に苛まれ、辛いものを背負わすことになるだろう。藤堂 黒乃にとってそれが最後の懸念だったが、幸せになって見せるという誓いも聞けた。ならばもう、思い残すことはない。藤堂 黒乃が望むのは、自分を救ってくれた者の幸せだけだから。

 

 まるでその想いを体現するかのように、藤堂 黒乃の魂が霧散していく速度が加速した。やがてその身体は人の形を保っていられず、泡沫のように無数の粒子がゆっくりと天高く昇って行く。支えをなくしてバランスを崩した黒乃は、前のめりに大きく倒れ込み――――

 

「う……あぁ……! うわああああああああ!」

 

 ―—―—まるで幼子のように泣きわめくばかり……。

 

 

 

 

 

 

「黒乃っ! 黒乃ーっ!」

 

 俺は寝間着のまま寮を飛び出し、深夜のIS学園を黒乃を探して走り回っていた。なんだか光ったような気がして目を覚ましてみると、俺の隣には黒乃の姿がなかった。となると、あの光はOIBとか神翼招雷で間違いない。どちらにせよ探しには出ていただろうが、どうにも嫌な胸騒ぎがして仕方がない。

 

 それはもちろん、デートの際に起きた現象の謎が残ったままだからだ。あの黒乃であって黒乃でなく、かつ八咫烏でもない何者かを確かに感じ取った。けどそれについて追及するのは黒乃にとって負担だろうと避けたが、これならばきちんと説明を求めるべきだったのだろうか。

 

 だいたい、黒乃がこの時間に寮を抜け出すというのがまずおかしい。しかもISの無断展開まで……。見つからないように抜け出しつつ、ISを使わねばならない用事とはいったいなんなんだ。とにかく学園に居てくれれば良いんだがとそこらを走り回っていると――――

 

「うわああああああっ!!!!」

「っ……!? これは……黒乃が泣いてるのか……?」

 

 突如として悲痛な叫び声が響く。あまり聞きなれた声とはいえないが、それが黒乃の泣く声だということにはすぐに気が付いた。しかし黒乃がここまで喚き散らすなんて、ますますなにが起こったか想像がつかない。俺の中で渦巻く焦りと不安もどんどん増していくばかりだった。

 

 声のする方向を見極めつつ、暗闇の中をもがくように進み続ける。ようやく闇に目が慣れてきた頃、蹲るような体勢の人影を見つけた。その姿はまさしく黒乃だったが、本当に見ていられないほどの有様だ。まるでなにか、大切なものを奪われた子供のような――――

 

「黒乃! おい、いったいなにがあったんだ!?」

「ぐ……うぅ……あぁ……ぁぁぁぁ……!」

「とにかく落ち着け! 大丈夫、大丈夫だから……」

 

 とにかく詮索は後でいいと黒乃に事情を問いかけてみるが、泣きが入っているせいで簡単な返事すらできないようだ。それどころか、酷い嗚咽のせいで呼吸すら危ういように見えた。落ち着けというのに無理があるようなのは解かっていたが、せめてもの気休めになればと黒乃を固く抱き寄せた。

 

 必死に安心させるための言葉を紡ぐも、やはり耳元で響くのは泣き声ばかり。だが、喚くという表現はふさわしくない程度の状態にはなってきたようだ。それでも取り乱しているのか、黒乃はグイッと俺を引き離すと、胸元を掴みながらこう語った。

 

「居ない……どこにも居ない……! 私を……感じない……! 消えて……居なくて……!」

(っ……!?)

 

 大切ななにかを喪ってしまった。今の黒乃は表情からしてそうかたっていたが、そんな言葉を聞けばなにが起きたかなんてすぐに解かる。私が居ない。私をどこにも感じない。私が消えてなくなった。つまりそれは、黒乃の中から黒乃が消え去ってしまったということなのだろう。

 

 それが八咫烏のことなのか、さっき感じた例のもう1人を指すことなのかは解からない。だが、ここにきて初めて知ったこともある。それは、黒乃が己の多重人格に自覚があったこと。そして、もう1人? いや、2人?――――とにかく、他の人格を大切に想っていたということだ。

 

 そうか、そうなのか……やはり黒乃にとってはなくてはならない存在だったのか。強迫観念、または生存本能が生み出した複数の精神。そうでなければ自己を保っていられなかったら。あの黒乃は、黒乃を守ってくれていたんだ。黒乃が壊れてしまわないように。

 

 それがなんの拍子かは解からないが、黒乃にとっても突然消えてしまったのだろう。でなければ、こんなにまで焦った様子にならないはず。黒乃はもう大丈夫だと判断してのことか? それこそ、黒乃が一番問いたいことにちがいない。

 

 相変わらずなんと情けないことだろうか。黒乃は俺の全部を理解して受け入れてくれるというのに。俺に出来るのは、大丈夫だとか落ち着けだとか、そんな無責任な言葉をかけてやる事しかできない。だがそれはなにもしない言い訳にはならないだろうから、嫌悪に苛まれながらもとにかく黒乃を落ち着かせることに終始した。

 

「…………」

「くっ……そぉ!」

 

 黒乃は泣き止むというにはほど遠く、半分気絶するようなかたちで声が止まった。いや、耳を澄ますとうわごとのようにまだなにか呟いている。けど今の状態ならば運搬も容易だろう。とにかく今は黒乃の身体を冷やさないようにしなくてはならない。

 

 悪態をつきながら黒乃を姫抱きで持ち上げると、急いで寮の自室を目指す。次黒乃が目を覚ました時にどうなるかは見えないが、俺は傍に居てやらねば。黒乃はずっとそうしてくれたんだ。今こそ黒乃に恩返しするくらいのつもりでないとどうする。

 

 けどそれは、今にも黒乃が消えてしまうのではないか。そんな心配の裏返しだったんだろう――――

 

 

 

 




黒乃→消えちゃった……! 黒乃ちゃんが……どこにも居ない……!
一夏→八咫烏が消えたってことなのか……?

新たに目覚めた単一仕様能力だけで勘付いた方もいらっしゃるでしょう。
これが全ての真実です。そして、2人が選んだ答えです。
神の操り人形を脱却し、運命に抗うことを選びました。
例えそれが、己を消すことであろうとも。
取り残された側である黒乃はなにを思うのか。


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第136話 永遠の誓い

この物語の根幹とも取れる一夏と黒乃のためにある回です。
運命に抗った先にある悲しい現実。
傷心の黒乃に対して一夏が取った行動は……。


「黒乃の中の黒乃が消えたかも知れない」

 

 あくる日、一夏は専用機持ちたちへ集合をかけた。放課後の食堂にて10人規模の席へ集い、神妙な面持ちの一夏が切り出した第一声がそれだ。そう聞かされ僥倖だと喜びかけてしまう者もいたが、どういった経緯で産まれた存在かを思い出すとそうも言ってはいられない。

 

「一夏、もしや黒乃が今日休んでいる原因は――――」

「……ああ、ふさぎ込んじまってる」

 

 黒乃は今朝から姿を見せていない。もちろん箒も朝のうちに一夏へ同じ質問をしたが、話すにはふさわしい時ではないとはぐらかされてしまった。第一声としてそう切り出されたのだとするならば、自ずと答えはみえてくる。箒としては、どうかそうであってくれるなという気持ちだったが。

 

「原因とかどうなのよ。なにがなんでもいきなり過ぎんでしょ」

「済まん。なにかあったかもとか、そういう抽象的なことしか言えないな」

「どれ、とりあえず聞かせてみろ。姉様のことは一夏が話すに越したことはない」

 

 消えるにしたってなにか兆候があっていいはずだ。全員の意見を代弁するかのように、鈴音がそう問いかける。心当たりがないこともない一夏だったが、流石に知らぬところで起きたことなのでハッキリとしたことは言えない。それでも聞く必要があると今度はラウラがそう提案した。

 

 もとより相談も含めて話すつもりでいたが、いざその時となるとなにから始めていいのやら。一夏はとにかく状況を事細かに思い出し、建設的ではないながら順を追って説明を始める。一夏ですら解からない事の方が多い状況だ。少しでも解明が進めばと、そんな希望を抱いて。

 

「えーっと、黒乃から懐かしい感じがした。けどそれは黒乃じゃなくて、八咫烏でもなくて……。でも黒乃? う~ん、本当によく解からない話だね……」

「黒乃さんは複数いらっしゃったと?」

「そう思うんだが、あのふさぎ込みようだからな……。そんなに沢山ってことはないと思うんだ。けど、あの懐かしさが拭いきれなくて……」

「より一夏くんを混乱させるってわけ。これは本当に難しいわねぇ……」

 

 同じ黒乃という単語でも別人のことを示すため、シャルロットはややこしさに参りながらも話を整理してみる。その結果はよく解からないというもので、理解はしたが進展は期待できないかも知れない。なにより、一番の理解者であろう一夏が混乱しているのだから。

 

 うむむと唸りながら開かれた楯無愛用の扇子には、難題の二文字がデカデカと記されていた。だがその妹である簪は、この議論が既に意味を成していないと脳内にモヤモヤが立ち込める。ついに我慢の限界でもきたのか、一夏に詰め寄りながらこう問いかけた。

 

「一夏……。懐かしさとか……今はどうでもいい……。私がしたいのは……黒乃様を立ち直らせること……。そのために必要な話し合いをしたい……」

「そう……だな。確かに簪の言う通りだ。けど俺だってなにも考えちゃいないわけではない。ただ――――」

「ただ……?」

「今の黒乃には酷なことだし、向こうが乗ってくれないと意味がない。けど黒乃の本当を知るためには、これが確実ってのも間違ってはいないと思うんだ。だから、みんなの意見を聞かせてほしい」

 

 

 

 

 

 

(はぁ……)

 

 刹那を纏って宙に浮きつつ、それはそれは大きな溜息を吐いた。それもこれも一夏がいきなり申し立ててきた言葉に起因する。というのも、簡単に言うなれば模擬戦をしてくれと頼み込まれたのだ。当然、当初の黒乃の反応はノーの一点張り。

 

 しかし、どういうわけか一夏も全く引き下がらなかった。こと一夏が関われば気力なんて底抜けで湧く黒乃だが、今回の場合は受けた方が早く済むという理由でアリーナまで引きずり出されたということ。自身が落ち込んでいる理由を解かってもらう気がさらさらないだけに、倦怠感も増してしまう。

 

「黒乃、とりあえず謝らせてくれ。気のりはしないだろうけど、これは必要なことなんだ」

(……いいよいいよ。イッチーたちが私のことを想ってくれてるのは解かってるつもりだしね)

「……そうか、ありがとう」

 

 すると、対峙している一夏が深々と頭を下げてきた。対する黒乃は首を左右に振って見せるが、やはりその様は気だるいもの。頭では理解しているつもりでも、精神のほうがついてこないのだろう。心の片隅でも、どうせまともな模擬戦にならないという考えも過る。

 

 そう、まともな模擬戦になりはしないだろう。例え黒乃が立ち直っていたとしてもだ。それでも一夏にはこの方法しか思いつかない。だから心を鬼にし自らに課せられた役目をこなすという誓いを胸に、雪片を展開して構える。黒乃も鳴神を抜刀し、試合開始の合図を待った。

 

『試合開始』

「うおおおおっ!」

(……キミにはそれしかないのは解かる。解かるけど、流石に安直過ぎるよ)

 

 一夏はブザーが鳴ると同時に仕掛けにかかる。流石に零落白夜は発動させていないが、白式の機動力を活かして真っ直ぐ突っ込んで来る。しかし、それは機動力の有利が利く相手にしか通用しない。刹那は白式を遥か上をいく機動力を有するため、ほんの軽い気持ちでサイドに回り込んだ。

 

(ファーストアタック……!)

「そうくるだろうな!」

(えっ……!? キャッ!)

 

 すれ違いざまに軽く一太刀浴びせるつもりだった黒乃だが、横から接近を仕掛けると同時に予想外の事態が。どうやら一夏は黒乃の動きを先読みしていたようだ。いや、むしろ初手の突撃は横からの攻撃を誘発するための撒き餌。一夏は、その場で大きく横回転をするように雪片をブン回す。

 

 結果、黒乃の太刀筋はどん詰まりになってしまい不発。そこから一夏はさらにもうひと回転することにより、鳴神を弾いて無防備な状態を作り出した。瞬間、黒乃の背筋には悪寒が走る。無論、仮に零落白夜を使われていたのならもう試合は終了していただろう。

 

(と、とにかく離れ――――)

「逃がすかよっ!」

(くぅっ! こ、このぉぉぉぉ……!)

 

 掌にあるレーザーの発射口から拡散するように放つことでバックステップをしようとした黒乃だったが、またしても一夏に阻まれてしまう。黒乃が手をかざした瞬間に考えを読み取り、瞬時加速で即座に距離を詰めた。一方の黒乃は、手をかざしていた影響で対応が数瞬だけ遅れてしまう。その数瞬が別れ目であった。

 

 黒乃は雪片を防御しないわけにはいかず、勢いの良い兜割りを頭上に構えた鳴神で受けた。結果的に鍔迫り合いの状態を作られ、これをどうにか凌がない限りは持ち前の機動力もないに等しい。鳴神と雪片が火花を散らす中、黒乃はどうするべきか考えを巡らせる。

 

「どうした?」

(んっ……?)

「そんなモンじゃないはずだろ。こんなド素人の攻撃、とっとと凌いでみせろよ代表候補生!」

(…………!? ……ああそう、お望みとあらばやってあげるよ!)

 

 必死で雪片を防いでいると、一夏から投げられたのはあからさまな挑発だった。普段の黒乃ならば気にも留めなかったろう。しかし、黒乃を喪った悲しみに暮れる黒乃を逆上させるには易い。恐らくは、一夏に対して初めて憎しみに近い感情を過らせたことだろう。黒乃は感情のままに反撃に撃って出ようとするが――――

 

(この状態なら、イッチーにこれを防ぐ手立てはないでしょ。お願い黒乃ちゃん! ……あ――――)

「どこを狙ってんだ? 俺はっ、ここだ!」

(キャアアアア!?)

 

 黒乃はソードBTのマウントを解除。操作を黒乃に任せて己は攻撃の準備に入ろうとしたが、黒乃は思い出してしまった。もはや己の内に、藤堂 黒乃の魂は不在なのだと。つまり制御なんて端からしていないも同然となってしまい、ソードBTはあらぬ方向へ飛んで行き、アリーナに突き刺さってしまった。

 

 それを見届けた一夏はまたも挑発しながら反撃に映る。押し合っている状態から体重を後ろへいなすことで、黒乃は前のめりにバランスを崩す。その隙を狙い黒乃の頭上を飛び越え、上下逆さの状態からその背へ強烈な一太刀を浴びせた。

 

(もう、もう、なにやってんの私! これで久遠転瞬も使えない……! こんなんじゃ、黒乃ちゃんが安心してくれるはずもないのに!)

「さっきからいいとこなしだな黒乃! それとも――――」

(ってか、イッチーもなんか様子変だし……。そんなんで戦えるはずが――――)

「もう1人の黒乃に頼らないと全然なのかよ!」

(…………は…………………? …………はは…………イッチーさぁ、ホントなんのつもりなのか知らないけど……それ! 絶対! 言っちゃダメなやつだから!)

 

 一夏はなおも挑発を繰り返す。その際に、黒乃は不可解なワードを耳にする。それはもう1人の黒乃と、そう指摘してきた点についてだ。知られていたのか、バレていたのか。本来ならばそういった考えが先行していたのだろう。だが今の黒乃にとって、それは特大の地雷以外のなにものでもなかった。

 

 黒乃も一夏が自分を怒らす気というのはなんとなく読めていた。だから反対に冷静でいようとしたというのに、黒乃のことを指摘されたとあらば話は別である。黒乃は完全なる怒りと憎悪を抱きつつ、紅雨と翠雨を投擲。真っ直ぐ飛ばすだけなら問題ないのか、残された6本のソードBTが飛んで行った。

 

(くそっ、流石に全部は防ぎ切れない……! 持ってくれよ、白式!)

(でぇやああああああああっ!)

「ぐおおおおっ! カハッ!?」

 

 投擲されたとは思えない速度の小太刀2本。そして補助ブースターの役割も担うソードBT6本。計8本の刃を完全に防ぎ切ることは叶わず、紅雨と翠雨、そしてソードBT2本を雪片で弾くのが限界だった。残りのソードBTは変に避けようとはせず、身体を丸めるようにして白式の装甲で受ける。

 

 甘んじて受けたのは良いが、ソードBTはレーザー式。突き刺さって回路でもイカレてしまえばその時点で一夏の思惑も積む。幸い被害は肩や足の装甲のみで済み、一夏は思わず胸を撫で下ろした。しかし、安心したのは束の間のこと。刹那の前にすれば一瞬の隙は絶対の隙。

 

 一夏視点ではいつの間にか黒乃が眼前へと迫り、大きく鳴神を振り上げていた。そのまま胴体に鳴神を押し当てられるような状態となり、なおも黒乃前進を止めることはない。ゆえに一夏は黒乃に運送されるが如く、最終的にはアリーナのシールドへ叩きつけられたことで移動は終わる。

 

「ようやくエンジンかかってきたか?」

「――――にが――――」

「ん……?」

「なにが解かるの!」

 

 叩きつけられた衝撃で息を乱しながらも、一夏はまだまだ余裕だと言わんばかりに調子を問うた。しかし、返ってきた言葉はそれに対しての答えではなかった。なんともいえない視線で一夏を見やり、涙を流す黒乃が訴えたのは――――黒乃が、他人に絶対に言ってはならないと位置付けていた言葉だった。

 

 あなたに私のなにが解かるのか。そんなもの解かるはずもないだろう。無口無表情、たまに言葉が出たとしてもほぼ単語のみ。黒乃にとって、自分のなにが解かるのかという言葉は初めから聞くに値しない。だから例えどんなことがあろうとも、それだけは言わないようにしていたのだ。

 

 それをあろうことか、最も愛する人物に放ってしまうとはなんと皮肉なことだろう。黒乃が涙を流しているのは、黒乃への哀愁と共に己へ嫌悪に追い詰められた結果だ。八つ当たりのように喚いても無意味なのに、感情に任せた結果がこれ。そして、そんな言葉を受けて一夏は――――

 

「解からねぇよ……。解かるかよ、解かってやれないんだよ、解かりたいのに解からないんだよ! こうでもしないとお前のそういう言葉を引き出せない俺はくそったれだ! 黒乃の全部を理解するのが俺の役目のはずなのに! 畜生……畜生がっ!」

(イッ……チー……?)

「黒乃、俺はお前の全部を解かりたい。でもそれにはこういう方法しか思いつかなかったのは許してほしい。だから1つ約束する。これで、必ず黒乃の全部を俺の物にしてみせるから」

 

 一夏は押し付けられた鳴神の刀身を掴むと、黒乃と同じく涙しながら力ずくで刃を胴体から離していく。苦しいのは一夏も同じだった。その苦しみが黒乃のものに遠く及ばないにしても、一夏の黒乃を理解してやれない部分があるのは相当な苦しみだった。

 

 黒乃は無口無表情だからなにを考えているか解からないのは仕方がない、としていた。しかし、一夏にとっては表情や言葉がないだけで解からない部分があるのは屈辱なのだ。一夏にとって、それだけ黒乃が自身を理解してくれる存在だという裏返しである。

 

 だからこの方法に頼るのも屈辱だった。だがこうでもしないと黒乃を断ち直せられない。だからプライドは投げうち、黒乃を救うことを念頭に置いた。一夏は左手を手刀のようにしてそっと黒乃の腹部に添えると、ボソッと呟くように己のフィニッシャーを発動させる。

 

「零落白夜……」

(あっ……)

 

 音声機動をキーにして発動した零落白夜は、雪羅の五指から青白いエネルギーを噴出させた。それはいつしか鋭い刃を形どり、一夏はそれを悔しそうな表情のまま振りかぶった。無論だが出力そのものは微弱なものに加減されている。だが零落白夜の効力そのものを無に帰すことはできない。

 

 刹那のエネルギーはほとんどフルの状態から一気にゼロまで持っていかれた。刹那は急激なエネルギー下方を感知し、安全装置が作動。操縦者への負担を減らすためオートで気絶させる機能により、黒乃の意識は瞬時に暗転してしまう。

 

 ただそれは、単なる気絶とは少し異なるような気がした。意識を失いかけているというのにそんな考えが浮かぶこと自体不思議でならないが、なにか黒乃は安心できる場所へ手を引かれているような感覚に包まれていた。やがて黒乃は――――

 

 

 

 

 

 

「……ここは…………?」

 

 黒乃が次に目を開いてみると、なにか光の散りばめられた空間に漂っていた。これは刹那の宿る領域とも、黒乃の心象世界とも異なる場所ということは解かる。それと、なにか安心できるということも確かだった。それでも正体の程はまだ見えない。

 

『黒乃、聞こえてるか?』

「その声は……イッチー?」

『あぁ……どうにか成功してるみたいだな。ほら、いつか話したろ? ラウラとの決着の瞬間に――――』

 

 あたりを見渡す事くらいしかできないでいたが、ふと一夏の声が響いた。姿は見えないながらも黒乃が一夏を間違えるはずがない。虚空へ向けて名前を聞き返してみると、向こうも黒乃の存在を確認したかったらしい。酷く安心したかのような声色で成功を喜んでいる。

 

 一夏の言う成功というのは。ラウラがVTシステムを発動させてしまった際に行われた戦闘において発生した、IS操縦者同士のシンクロ現象のようなものを再現させること。先の戦闘において、一夏が執拗に挑発を繰り返した意味はそこにある。

 

 黒乃の考えを伝えたいという気持ちを高める必要があった。自分のなにが解かるのかというのは、その感情が最大限まできているからこそ出た言葉だ。逆に一夏は黒乃の気持ちを知りたいと切に願った。一夏の狙いはあの日の再現だったため、念のためという部類の意味を込めて黒乃に零落白夜を喰らわせたのだろう。

 

 

『それにしてもイッチーな……。もしかして、他のみんなもずっとアダ名で?』

「う、うん……。一応はみんなそんな感じで呼んでるかな」

『そうか……。そうか、俺は……そんなことすら知らなかったんだな』

 

 説明を終えた一夏がまず気になったのは、イッチーという自分のことを指すであろうアダ名についてだった。まさかそのような、本音に近いことをしていたなんて想像すらつかないことである。黒乃を解かっているつもりだった一夏は、やはりあくまでつもりでしかなかったのだと思い知らされてしまう。

 

「そんな落ち込まないでよ、だって仕方ないじゃん。私は――――」

『言葉も表情も出せない……か? ……そんな理由で納得する気はないけど、さっきも言った通りに解からないからこんな方法しかなかったってのもあるしな』

 

 そんなことすら知らなかった。そうやって絞り出すかのような声色を耳にし、黒乃は姿が見えない一夏の姿が容易に想像できた。きっと弾け飛ぶような勢いで歯を食いしばっているのだろう。なにが解かるのかと喚き散らしたのは自分ではあるが、一夏が気にするのは筋違いであると語り掛ける。なおも悔しそうな声色ではあったが、一夏は本題に入ることに。

 

『黒乃、お前の身になにが起きてるのか聞かせてほしい。もちろん話しづらいところがあるならボカしながらでも構わない。さっきも言ったが、俺は黒乃を解かりたいんだ。黒乃がいつもそうしてくれているように、俺は黒乃の支えになりたいんだ』

「…………解かった。ちょっとなに言ってるか解からないところもあると思うけど――――」

 

 一夏がこの手に出た目的はそれ以外のなにものでもない。これを聞かずして、言いたくもない挑発を並べた価値がない。黒乃だって一夏が己が身を案じてくれていることは初めから解かっている。ただ説明が難しいが、黒乃は自分がふさぎ込んでいる原因を語り始めた。

 

「私はね、藤堂 黒乃じゃないんだよ。まぁ本人からお墨付きは貰ってるんだけどさ。……ごめんね、初っ端から意味解かんなくて」

『大丈夫、続けてくれ』

「えっと、この間のデートで懐かしいって言ってたでしょ。あっちが正真正銘の藤堂 黒乃ちゃんだったってわけ」

 

 流石に前世どうこうは突飛も過ぎるために端折りつつ、自分は本当の藤堂 黒乃ではないと告げた。そしてデートの際に一夏が感じ取った違和感こそ、あれこそが混じりけのない藤堂 黒乃だということも。そして、自分と本人のどちらか一方が消えねばならなかったこと……。

 

「だから、消えちゃったってそういうことだよ。私みたいな紛い物のために、黒乃ちゃんが……消えちゃった……」

『黒乃……』

「ホントは私が消えるべきだったのに! 私の血肉は全部あの子のもので、私はそれを使わせて貰ってるのに過ぎないのに! 消えちゃった……。私なんかのために黒乃ちゃんが犠牲になって、居なくなっちゃった……!」

『…………』

「もうどうしていいのか解からない……。あなたと幸せに生きたいって気持ちはあるのに、全然なんにもする気が起きなくて……。でもそんな自分が黒乃ちゃんに申し訳なくて、嫌で、嫌いで……!」

 

 気丈に振舞ってはいたものの、やはり黒乃の根底に宿るのは自己犠牲の精神のようだ。心のどこかで黒乃が消えることに納得してしまい、黒乃の意思のまま計画を実行しそれを成功させた。黒乃が消えるのはほぼ確実と知っていながら……。

 

 黒乃はそんな自分が嫌で仕方がなかった。これは仕方ないことなんだと納得した自分が大嫌いだった。これしか方向がなかったから。あのままいけばどちらも消えてお終いだったから。そうやって自分に言い聞かせていくたび、自己嫌悪は重なっていくばかり。黒乃は己を犠牲にしてまで本当は自分の物だったはずの身体を明け渡したというのに。

 

『……じゃあ仮にだ黒乃。もしお前の言う本物が残ったとして、その子は本当に幸せだったかな』

「それは……。……違う……かも知れない……」

『残されるってことも辛いことだと思うよ。きっと、今の黒乃みたく悩みに悩んだはずだ……。それにな黒乃、不謹慎なのは承知で言うが――――』

 

 幸せというのは概念的なものであり人それぞれ差があるだろうが、少なくとも身体を取り戻した黒乃がそうあれた可能性は低い。おかしなことに、藤堂 黒乃として生きた年月が本人のほうが短いのだから。身の振り方等々の理由から、本人なのに本人らしく生きられない矛盾が発生していたろう。

 

 それに、黒乃も同じように自分が消えるべきだったのだと悩むに違いない。もはや互いに片割れ同士の関係だっただけに、喪った悲しみも同等だったろう。それに加えてもう1つの問題点が存在する。それは一夏が言葉を切った不謹慎とも取れるらしい表現らしく――――

 

『俺はお前以外を幸せにすることはできない。そもそもする気もない』

「そんな……。聞いてたでしょ、黒乃ちゃんだってイッチーのことが――――」

『ああ、そのこと自体は有り難いって思う。嘘じゃない。けどな黒乃、俺は例え黒乃であって黒乃じゃない奴が70億いたって、その中からお前を見分けられる自信があるぞ』

 

 自分に必要なのは黒乃だけであって、他はどうでもいい。これまで何度も似たような言葉を囁かれたが、この場合では受け取り方を違えてしまう。黒乃には、一夏がどうせ残られても結果は同じだというドライなことを言ったように聞こえてしまう。

 

 ただ、一夏も単に突き放すつもりではない。病的かつ圧倒的なまでに黒乃を愛しているという自負からくるものだった。全ては間違いなく黒乃を見つけ出すという言葉に集約されているし、実際に一夏は見分けてみせるだろう。単位が億だろうが兆だろうがそれは変わらない。

 

『前から何度も言ってるのにまだ足りないか? 俺は黒乃じゃないとダメなんだ。黒乃とじゃなければ生きていけないってな』

「けど、私は……」

『……あのさ、事あるごとにクッキー焼いてくれたの、アレお前か?』

「あ、うん、それは私だけど……」

『そうか、それじゃあ――――』

 

 一夏の愛を受け入れようにも、黒乃が消えてしまった悲しみと負い目が邪魔をしてしまう。嬉しい気持ちはあれども、まだ自分自身を否定するような思考しか浮かばない。そんな黒乃を見た一夏は、いったん間を置いてからつかぬことを聞き始めた。

 

 一夏にとっては思淹れの深いクッキーのことから始まり、様々なことがらを確認していく。なんの意図か図りかねていたが、黒乃はそれに肯定か否定程度の返答で返していく。質問と返答を繰り返すうち、一夏の言葉は核心をつき始めた。

 

『夏休みに遊園地や水族館に行ったのは?』

「私だね……」

『シンデレラの劇に出たのは?』

「それも、うん……」

『……俺が好きだって告白して、それを受け入れてくれたのは?』

「…………私……だけど…………」

 

 質問は過去から遡ってゆき、ついには昨今のできごとまでに至った。一夏と黒乃にとって大きく関係が変化した日、2人の誕生日会の夜まで。そして、ここにたどり着くまでに否定の言葉は1つもない。それこそが、一夏の解かってもらいたい部分だ。

 

『ややこしいから固有名詞として黒乃って呼んでるだけの話だぞ。俺は別にさ、お前が誰だとかどうでもいいんだ』

「…………」

『俺と思い出を重ねてくれて、俺の隣に居てくれて、俺が好きになったのは――――キミだから。……キミが黒乃じゃないってんならそれでいい。キミに隣に居てほしい』

 

 一夏は黒乃が黒乃だからこそ好きなのではなく、黒乃の中身が黒乃だからこそ好きなのだ。別人であり本人、本人であり別人であるこの状況、一夏としては頭がついて行かないというのが正直なところだ。しかし1つ、たった1つだけいつでも変わらないことがある。

 

 それは黒乃――――いや、名もなき魂を心から愛しているという事実。たった今知った事実ではあるが、重ねてきた年月を前にすれば大した事には感じない。むしろ大した事なら既に乗り越えている。なにせ、既に黒乃らは世界を救い、当たり前の今を生きているのだから。

 

「……知ってると思うけど、けっこうなオタクでゲーマーだよ?」

『影響されて俺も十分オタクの部類だと思うぞ。一緒にダラダラとアニメ観るのも好きだしな。ゲームのほうは……まぁ、もう少し手心があると嬉しいかも』

「……けっこうどころか、かなり重くてしんどいよ、私? 病的ってやつ」

『それだけキミに想われてるってことだろ? なら、俺にとってそれ以上嬉しいことはないよ』

「ハハハ……。そうやって、イッチーはなに言っても肯定しちゃうんだろうね……」

『当たり前だろ、俺にキミを肯定的に受け取れない面なんてない。キミがそうしてくれたようにだ』

 

 前々から無理に付き合ってくれていると思っていた自身の趣味だが、こうして会話ができれば心配する要素なんてなにもなかった。想いが重いという部分に関しても、一夏だって似たようなものだから言いっこなし。その後も気になっていた部分を聞いておくつもりだったがそれは止め。もはや聞くべきは1つでいい。

 

「本当に居てもいいですか? あなたの隣に死ぬまで、寄り添ってもいいですか?」

『だから俺はずっとそう言ってるだろ。いや、むしろ一度の人生で終わらせる気はない。何度人生が巡っても、俺はキミを探し当ててみせるから! だからさ、文字通りに――――死んでもキミを離さない!』

 

 そう問いかける黒乃の顔に、もはや迷いなどは微塵も感じられなかった。ただもう一度だけ聞いておきたかったのだ。黒乃を喪った哀しみと決別するために。黒乃との思い出を引きずるのではなく、思い出と共に歩んで行くために。

 

 ずるいなぁと黒乃は思う。いつも彼は自分の欲しい言葉をくれる。自分になにもかもを与えてくれる。それは物理的なものではなく感じるものではあるが、黒乃はそれさえあれば生きて行けるのだと再確認させられずにはいられない。だからこそ、虚空へと手を伸ばし――――

 

「だったら離れないよ! 私も離れないから! だってそれが、私の生きる意味だから!」

「ああ、俺もキミと一緒に在れることが喜びだよ。だから一緒に生きよう、永遠にだ」

 

 掴んだその手には、一夏の手が握られていた。気づけば、先ほどから反響していたような声も近くに聞こえる。気づけば一夏がそこに居た。黒乃の目の前にだ。黒乃は思う、やっぱり一夏はずるい男だと。現れて欲しい時に現れて、例えスマートでなくともいつだって自分のために一生懸命でいてくれる。

 

 この手は一生離せない。一夏の言葉通り、一度の人生で手放すことさえ惜しくなってしまった。2人の永久の誓い、それが果たされるかどうかは解からない。ただ、ある意味では既に果たされているとも言えよう。なぜなら例えこれが口約束だろうとも、誓い合うことで2人の間には真なる絆ができあがったのだから。

 

 そして周囲の光はより一層輝きを増し、まるで2人のこれからを祝福しているかのようだった。2人のこれから歩む道を照らす、祝福の光そのものだった……。

 

 

 




なんか一夏の言う通りにややこしくて申し訳ないです。
一夏が好きなのは、憑依したほうの黒乃ということだけ解かっていただければ。
オリジナルのほうに救いがない?
そのあたりは次話にて触れましょう。


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第137話 とある次元の話

黒乃たちのその後についてです。
まぁ、今話で登場するのは一部ですけれど。


「へへっ、ちょろいモンだぜ!」

「上手くいきましたね、兄貴!」

 

 某日某所、いわゆる銀行強盗が発生した。車の後部座席に積まれた大量の札束を見やり、銀行強盗の犯人である1人はほくそ笑む。車を運転する舎弟らしき男も、気弱そうな顔つきに精一杯のしてやったり顔をありありと浮かべていた。

 

「それにしてもなんだったんスかね。なんかハイテクっぽい機械を無償で提供してくれちゃったりして」

「細けぇことはいいんだよ。黙って前見て運転しやがれ!」

 

 そう呟く舎弟の傍らには、いかにも最新鋭の機械類や武器が折り重なっている。恐らくEMP装置など、強盗行為を容易にするための武装だろう。舎弟の呟きからして、どうやらそれは自前で用意したのではないらしい。となれば、裏で糸を引く黒幕が存在すると考えていいだろう。

 

 が、強盗に成功して気分のいい兄貴にとってはどうでもいいことだった。今は手に入れた金をどう使うかで頭がいっぱい。それなのに舎弟に事故でも起こされたらこの高揚感も台無しだ。そんな注意を兄貴が入れた瞬間のことである。耳をつんざく破裂音が響き、驚愕と混乱が同時に襲い掛かってきた。

 

「な、なにが起きた!?」

「兄貴ぃ! タイヤが4つともパンクしてるっス!」

 

 舎弟の言葉を受けてそんな馬鹿なと思った兄貴だったが、目視してみるとどうやらそれは事実らしい。車はそれなりの速度で走っていたし、日本の警察がそう簡単に発砲許可を下すはずはないはず。だが周囲を見渡してもなにも見当たらない。となると、考えられるのはライフルかなにかの狙撃。

 

 しかしだ、4つ同時というのがなんとも解せない。しかも本当にいつの間にとしか言いようのない現象。兄貴は気のせいで片付けることができなくなってしまった。舎弟が必死に制御する車の窓から顔を出し、更に周囲を見渡していると――――

 

「…………!? テ、テメェ! いつの間に車へ乗りやが――――」

 

 いつの間にか。念を押すが、本当にいつの間にかのことだった。黒い翼のISを纏った女性が、車の屋根にその両足をつけていたのだ。仰天した拍子に握っていた銃の砲口を向けると、またしてもいつの間にか目の前から消えてしまっていた。いよいよ兄貴は自分の頭がおかしくなってしまったのではと疑い始めてしまう。

 

「あ、あれはいったい……」

「あ、兄貴! なんかあったんっス――――ってのわああああ!? か、刀ぁ!?」

 

 兄貴が顔を青くしながら席に座り直すと、今度は運転席と助手席の合間を鋭い刃が通り抜けていった。当然ながら車は左右に割かれ、そのままバランスを失って地表を跳ねた。兄貴と舎弟が自分の死を悟って走馬灯へと思いを馳せていると、いつの間にか割かれた車は左右とも静止していた。

 

「おかしいな、確かに大事故が……。ゆ、夢でも見てるんっスかね……?」

「馬鹿野郎! んなこと言ってる暇があったら逃げ――――」

 

 アスファルトの破損状態からして、車が跳ねたことは間違いではない。この時点で舎弟の呟きは否定されるが、そんなことを考えている暇はない。何者かが自分たちを追っているのは明白。意外にも冷静な兄貴の判断は大正解だが、時すでに遅し。いいや、彼女の前には時なんて存在しないも同然なのだから。

 

(はいは~い、詰みだから観念してね~)

「うわぁ! な、なんだこの女いつの間に――――」

「止めろ、終わりだ。ハハハ……まさかこんな小者相手に出てくるとは思わなかったんだがなぁ。八咫烏の黒乃……!」

 

 道路の左右に分かれた半々の車の間に、黒髪の女性がいつの間にか現れた。ISを纏っているということで反射的に銃を向ける舎弟だが、それを止めたのは兄貴だった。そして、己らを無傷で確保してみせた女性――――黒乃を恨めしい目で睨む。既に兄貴には、そのくらいしかできないと理解していたから。

 

 

 

 

 

 

(あい、これ押収した武装類ね)

「今回も迅速かつ的確な処置だ。素晴らしい働きだった――――と、言いたいところだが。そもそも無断出撃だ馬鹿者! 貴様、今はいろいろと大事な時期だろうが!」

(あ、痛い痛い痛い! でもやっぱりありがとうございます!)

 

 はいはい皆さんごきげんよう。相変わらず私自身誰に言ってるかは解からないが、今日も元気にお仕置きという名のご褒美を貰っている黒乃ちゃんですよ。ちー姉は私のこめかみを掴んだかと思えば、その手に殺す気かってレベルの力を込めてアイアンクローをお見舞いしてきたのだ。

 

「千冬姉、例の武器の横流しに関してなんだが――――って黒乃!? お前なんで出勤してんだってか、この状況はなんだ! ツッコミが追いつかねぇ!」

 

 ドアを潜って姿を現したのは、我が愛しのイッチー。私の姿を見るや否や鋭いツッコミを入れたかと思えば、私がアイアンクローされてるのもツッコミどころなわけでして。イッチーは私を救出を最優先としたのか、とりあえずちー姉を落ち着かせる方向へ打って出る。

 

「千冬姉、5年も似たようなことやり続けるのはどうかと思うぞ」

「貴様らがいつまでたってもそんなだからだろう。それと、織斑司令だ馬鹿者が」

「うぐっ! このやりとりもその内の1つなんだけどな……」

 

 私の頭は解放されたが、千冬姉と呼んだ仕置きがイッチーへ飛んで行った。容赦ない威力の拳骨で涙目になりながら、これも指摘した昔からのやり取りなのではとぶつくさ言っている。しかし、そうか、そうか……もうあれから5年も経つんだな~。今年の9月で黒乃ちゃん21歳ですよ。

 

「で、黒乃はなんで出勤だ? しばらく公欠扱いだから大丈夫って話したろ」

【私にピッタリな事案かと】

 

 それはさておきというように、イッチーは私にそう問いかけてきた。それに対して私は、空間投影したキーボードをタイピングして文字を表示させる。ねぇ聞いて、あれからかなり呪いのほうも症状が緩和されていったんだよ。多分だけど、私に玩具としての価値を失って効果が薄れたんだろうね。

 

 今ではこうして筆談やそれに近いことはできるし、なにより普通に表情が浮かぶようになった。私にとっては一番これが大きかったよ。イッチーに普通に笑顔を向けられることがどれだけ幸せか、呪いが解けたことに気が付いた時には文字通り跳ねて喜んだものだ。

 

「間違いではないが、無断出撃は処罰対象だからな。せめて私を通せ、私を」

「最高司令が身内だからな、それなりに容赦してくれるって意味だろ」

 

 さっきから出勤だとかどうの言ってるが、私たちも21歳となれば社会人だ。社会人ともなれば仕事をしているわけでして、私たち勤め先はここ――――レイヴンズ・ネスト。主に治安維持や人命救助を旨とする組織であり、男性の地位回復のための支援も行っている。

 

 学園に在学中にいろいろありまして、ちー姉含めた専用機持ちメンバーと共に私たちが立ち上げを提案した組織である。ちー姉の居る日本を本部として、各専用機持ちたちの祖国に支部が点在しているのだ。近江重工や更識、そしてデュノア社等の支援のおかげで割と勢力も拡大中だったり。

 

 しかも、私たちは国家代表として大会やリーグへの参加が認められている。私なんて今やなんだと思う? フフン、ブリュンヒルデですよブリュンヒルデ。それがなにを意味するか……そう! 世界獲らせていただきました! 久遠転瞬は流石に制限がかけられたけど、私もまぁ成長したもんですなぁ。

 

「司令、数日前阻止した取引に関しての報告書ですが――――黒乃!?」

「織斑司令……。頼まれていた整備が完了……黒乃……!?」

「だよなぁ、そうだよなぁ……リアクションが普通で安心するぞ俺は……」

 

 小気味よく司令室へと入って来たのは、箒ちゃんとかんちゃんだった。あ、モッピーって呼んだら怒られたから止めたの。2人とも私たちに着いて来てくれたというか、2人とも本部在中だ。私の姿を見つけるなり、心底驚いたリアクションを取られてしまう。

 

「一夏、いい加減お前も休め。休んでこの馬鹿を拘束してでも大人しくさせろ」

「ああ、うん、本格的にその考えも頭を過ってたところだ」

「結婚式を控えてるんだよ……? 無茶はダメ……」

 

 なんでさっきからみんなが私の存在に驚くのかと言うと、かんちゃんのいう通り数日後に結婚式があるからだ。まぁ籍そのものは卒業後にすぐ入れて、私はもう戸籍上では織斑 黒乃なんだけども。どちらかと言えば、披露宴をやってからが結婚した! って感じだと思う……思わない……?

 

 イッチーを始めとするみんなの心遣いも嬉しいし、大人しくしておくべきなのは痛感しておりますとも。けど、こう……臨時ニュースで凶悪犯罪がーってのを見るとジッとしていられないっていうか。私ならノータイムで現場に駆け付けられるし、それで市民が守れるならそうしたい。

 

 あ、言っときますけど対人における事案だけですからね。そもそも銀行強盗にIS持ち出すとかオーバーキル以外のなにものでもないんだから。ISによるテロが起きましたーってんなら合流してからにするよそりゃ。足並み揃える必要の良し悪しを取捨選択しているというか……。

 

 ん~……でもねぇ、近頃マジな話でそうも言ってられない気もするし。強盗の所持していた装備をみるに、どうも個人が用意できる品じゃなかった。多分だけど、亡国機業が絡んでると思う。在学中にも京都以降で一回ドンパチやりあったんだが、完全壊滅までは至らなかった。

 

 イッチーと箒ちゃんがちー姉に用事があったのもそれ関連みたいだし、どうにも近いうちにデカいことを仕出かしそうでやれない。だからこそ、それっぽいのは全部大事になる前に潰しておきたいんだけどな。でも、次無断出撃すると本当に許してもらえなさそうな気がするよ……。

 

「というか黒乃、式場の下見は大丈夫なんだろうな」

【一緒に行った】

「いや、頼むから1人でも復習しておいてくれ。当日は一緒に行ってやれないんだぞ?」

「黒乃は肝心な時にこそポカをやらかすからな」

 

 イッチーは思い出したようにそう言う。式の会場だが、お父さんとお母さんが挙式をした教会ということで即断即決だった。けど都心から離れた場所にあるわけで、飛行機やら電車やら乗り継いで向かわねばならない。暗にイッチーはというか、この分ならみんなは私の迷子を心配しているようだ。

 

 当日なんだけど、どうしてもイッチーは外せないことがあるとかで時間をずらして出発せねばならない。数学の問題文かな? ってか、20にもなって誰か付き添わないと心配ってどうなのよ。まぁ、そう脅されたからには不安になってきたし提案に乗るけどさ。

 

「なんなら……前日に泊まるとか……」

【大丈夫大丈夫】

「……その自信が逆に不安を煽るんだが?」

「電車で寝過ごして起きたら知らない駅――――みたいなベタなことになるんじゃないだろうな」

「おい、黒乃除くお前らは勤務中だろうが。報告があるならとっととしろ、順番に聞く。で、お前は早く帰らんか。断っておくが、久遠転瞬でワープして帰るなよ」

 

 なにがみんなをそれほど不安にさせるのか、かんちゃんなんか真剣な表情で前日から現地に宿泊しておいたほうがと案を出した。私は気楽に大丈夫と返したが、ぶっちゃけ半分意地だよ。私だってやればできるってことを見せたるわい。……あれ、やっぱり20歳に似つかわしくない扱いのような。

 

 そんなやり取りを繰り広げていると、学園在籍中を思い出すようなドスの効いた声が響く。見れば、ちー姉が鬼のような形相を浮かべているではないか。すると3人は瞬時に縦へと並び、私は一目散に司令室を後に。やっぱり5年前となにも変わってないじゃないか。

 

 ……それにしてもイッチーめ、電車で寝過ごして知らない駅? そんなの迷子におけるテンプレ中のテンプレでしょ。流石の私もそこまでベタなことはやらかしませんって、ハッハッハ。さーて、そんじゃ帰りのついでにお夕飯のお買い物でもしましょーかーっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………やらかしたわ)

 

 やらかしたわああああああああああああっっっっ! 嘘でしょ、マジかよ、ホントかよ。結婚式当日――――ウトウトしちゃって少しだけ居眠り決め込んでたら、いつの間にか知らん終点まで辿り着いてしまった。えっ、ちょっと、どこココ? なにここ? ……ハッ!? こ、こういう時こそ人類の叡智である携帯電話――――

 

(けんっ! がいっ!)

 

 おいぃ、この時代に高性能な携帯で圏外ってここどこの秘境よ。どうにも無人駅っぽいし周りに民家っぽいのも見当たらないし……。なにより混乱していたせいで運転手さんとかに声かけそこねたし、私降ろしたらとっとと発車しちゃったし……。八方塞がりってのはこのことを言うのだろうか。

 

 笑えない、なんも笑えません。刹那————は、職場に保管して来たんだっけ。はぁ……久遠転瞬なら時を超越して目的地なんだけどなぁ。あれの便利さってかチートっぷりに慣れてしまったせいか、時間に追われるっていう感覚はかなり焦りを生む。

 

(……走ろう!)

 

 こうなったら形振り構っている暇はない。闇雲に行動するのは危険かもしれないが、道を進んで行けばいつしか人も見つかるはずだ。そしたら電話を借りるなりしてとりあえずの連絡はつく。私が覚悟を決めて靴を脱ごうとした――――その時、私の背後で赤黒い稲妻が轟いた。

 

(どひゃああああ!? なに、なになに!? 別に刹那に乗ってはいませんけど!?)

 

 赤黒い稲妻となれば嫌でも心あたりはあるものでして、今のは間違いなく刹那でQIBなり久遠転瞬を行った際に発生するそれだ。だが刹那に乗れるのは私だけであり、御存じ私は現在刹那を纏っていやしない。ならばいったいどうしてだと周囲を見渡してみると――――

 

 ……なんか、茂みから足だけ生えてきている。勢い余ってそこへ突っ込んだというなら解かるが、じゃあなんでこの人が刹那を操作したのってなるよね。……とりあえず話しかけるところから始めてみよう。そうやってジリジリ接近していくと、急に謎の人物が立ち上がった。そしてその姿を見て、私は絶句するしかなかった。

 

「うー……いたたたた……。失敗失敗……。けどまだ茂みでよかったかな……」

(くろの……ちゃん……?)

「ん、もしかして失敗だけど成功? この感じは多分私が探してる……。……ねえお姉さん、合言葉は?」

(っ…………!?)

 

 茂みから顔を出したのは、まだあどけなさを残した顔付をしている私。恐らく16歳そこらだった時の私だった。普通なら自分が目の前に居ることに混乱するのだろう。けど、私は違った。それは感覚に頼ったものであり、とても論理的ではない。

 

 でもなんとなく、本当になんとなくなんだけど、私の知っている……私にとって大事な私な気がしたんだ。消えたはずのあの子かも知れないという事実に、私の心臓はいろいろな意味で大きく跳ね続けた。そして彼女から問いかけられた合言葉により、それらは一瞬で確信へと変わる。

 

【キルゼムオール・ファッキンゴッド!】

「やっぱり……やっぱりお姉さんだ! 会いたかったよ! 会いに来たよ、お姉さん!」

 

 彼女は私の為に消滅を選んだ少女。私と苦楽を共にした藤堂 黒乃その人だった。

 

 

 

 

 

 

「……ろの……」

「……ろの……。起き……さ……」

「んっ……?」

 

 浅い眠りについていた少女は、自身を呼ぶ声に反応して目を覚ます。とはいえ、その身はまだ2桁もいかない年齢であり、可愛らしく目元をこする姿が印象的だった。目を覚ました少女————黒乃は、声をかけてきた両親に何度も視線を向ける。

 

「もうすぐ家に着くよ」

「そろそろ起きてないと、夜寝られなくなっても知らないわよ~?」

 

 その視線を愛娘がなぜ起こしたのか問いかけているのだと判断した父親――――和人は、手短に説明を施した。それに乗るかのようにして、母親――――白雪は、悪戯っぽい笑みと共にうりうりと黒乃の鼻先を突く。しかし黒乃の反応は薄いもので、表情は一気に心配そうなものへと色を変えた。

 

「どうしたの? ずっと車で具合悪くなっちゃったかしら?」

「ちがうの。うそついておでかけしたのに、いちかくんにプレゼントかえなかったから……」

「そう心配しなくても大丈夫だよ。キチンと事情を説明すれば、一夏くんも解かってくれるさ」

「それにしても、なんだったのかしらねぇ。原因不明の爆発事故――――か、う~ん……?」

 

 本来は藤堂夫妻の命日になるはずだった運命の日。あの日の藤堂一家は、好きで織斑姉弟を置いて出かけたわけではないようだ。家族旅行だというのに連れて行ってもらえなかったというのは、一夏の中でも長年の疑問でもあった。この事実を向こうの一夏が知ることはないが、ちゃんと理由というものが存在していたようだ。

 

 かつ、黒乃の言葉からして、置いてきてまで果たそうとした目的は果たせなかった。というのも、突如として上空でトラックが爆発するという謎の事件が発生したためである。これにより高速道路は一時閉鎖。おかげで長時間拘束され、藤堂一家は帰るだけで精一杯となってしまった。

 

「まぁお母さん、それは考えても仕方がないよ」

「それもそうよね。じゃあ黒乃、一夏くんにちゃんと説明できるかしら?」

「わたしがしないとダメだもん。いちかくんにね、ちゃんとごめんなさいってできるよ!」

 

 突然目の前からトラックが消えて、更にはそれが上空で大爆発ときた。和人の言う通りに結論になどたどり着けるはずもないので、白雪も話を本筋のほうへ戻す。母親らしく優しく問いかけてみると、とても愛らしくも素直で芯の通った言葉が返ってくるではないか。

 

 褒めるべきところは褒め、間違っている部分は正す。そんな当たり前な教育方針しか執っていないというのにこんな言葉が出てくるなど、和人も白雪も黒乃を心から誇らしく感じた。白雪は助手席から手を伸ばすと、穏やかな手つきで黒乃の頭を撫でた。

 

 黒乃がくすぐったそうにしている間に、車は藤堂家の駐車場の上で止まる。時分も遅いというのにまだ明かりが灯されていた。恐らくは心配して千冬が起きているのだろうが、それなら向こうも車の音で両親の帰宅を察知しただろう。すると、玄関の扉越しにドタバタと騒がしい音が響き始めた。

 

「父さん、母さん、それに黒乃!」

「うん、ただいま。連絡は入れたとはいえ心配だったよね」

「本当、ごめんなさいね。なかなか状況説明が難しかったのよ」

「いえ、私も心配が過ぎたのはありますが……。とにかく、無事でよかったです」

「おねえちゃん、ただいま!」

「フッ……。ああ、おかえり、黒乃」

 

 凄まじい勢いで扉が開くと、血相を変えた千冬が3人を出迎えた。それに反して藤堂夫妻および黒乃はピンピンしているもので、千冬はそこでようやく安心することができたらしい。謎の爆発事故についてのニュースを見てからというもの、ずっと気を張り詰めていたのであろう。

 

 しかし、それも明るく元気な妹分のおかげで全て吹き飛んだ。黒乃は花丸満点の笑顔で千冬を見上げ、出迎えた者へいうべき言葉を贈る。これには千冬も頬を緩め、膝を折って目線を合わせてからおかえりと返す。そんな千冬の反応を満足げに受け取ると、黒乃はパタパタと靴を鳴らしながら自宅へと上がっていった。

 

「いちかくん!」

「くろの……? くろの!」

 

 勢いそのままリビングへ駆け入ると、まず黒乃の目に映ったのは一夏の姿だった。きっと3人が帰るまで起きていると駄々でもこねたのだろう。しかし寝落ちしてしまったらしく、黒乃の呼び声で目を覚ましたらしい。一夏は黒乃の無事を確認するや否や、寝ていたソファから転がり落ちるようにして近づいていく。

 

「よかった、しんぱいしたんだぞ!」

「い、いちかくん……!? あぅ……」

 

 よほど心配だったのか、一夏は勢いよく黒乃へ抱き着いた。腕にはかなりの力が込められており、正直苦しいくらい。しかし、一夏へ恋慕を抱く黒乃からすれば嬉しさやら混乱やらが混ざってそれどころではない。一方、一夏と黒乃をひっつける野望を抱く白雪は、一転としてオバサン臭い笑みでその様を見守る。

 

「え、えっとね、あのね、いちかくん」

「あ、ごめんな、いたかったか?」

「その、そうだけどそうじゃなくて……。えっとね、うそついてごめんなさい!」

「うそ? うそってなんのことだ?」

 

 本当のところはずっと抱きしめていられたいところだったが、このままでは話が先へと進まない。とはいえ混乱の大きいままでは建設的にならず、一夏からすれば意味の解からない謝罪を受け取るところから始まってしまった。キョトンとした一夏に説明らしい説明ができないのか、黒乃はただまごつくばかり。すると和人が助け船を出した。

 

「一夏くん、僕からも謝らせてくれないかな。今日2人を置いて出かけたろ?」

「うん、あそびにいくって……」

「それが嘘だったんだ。ほら、これを見て」

「おれがほしかったオモチャだ!」

 

 藤堂一家の外出に同行を許されなかった一夏は、それはもうグズったものだ。家族なのに着いて行けないなど、子供に対しては酷なことだろう。だが、それにはちゃんとした理由というものがあった。それは和人が一夏に手渡した一枚のチラシが物語る。

 

 一夏は年齢的に読むことができないが、そのチラシには玩具が入荷した旨の内容が書かれていた。その玩具は一夏と同様の年齢層、特に男子の間で大流行している。ゆえに一夏も購入しようと各所玩具店を回ったが、どこも品切れである回答しか得られない。露骨に残念がる一夏は和人にも印象的だった。

 

 そんなある日、新聞の折り込みで例のチラシが入っていたのだ。しかし店舗の住所をよく見てみると、それは藤堂家宅からかなり離れた場所だった。それを見た和人は、サプライズを計画するに至る。要するに下げてから上げるというやつ。

 

「まぁ、ご覧の通りトラブルが起きて台無しになっちゃったよ。本当にごめん、一夏くんを悲しませるだけになってしまった」

「だからごめんなさい、いちかくん」

 

 謎の爆破事故のおかげで、結局は店にすら辿り着くことができなかった。これでは置いて行くとまで残酷な行いをした意味すらない。一夏は落胆して損しただけということになる。黒乃も計画に一枚噛んでいて、収穫なしなうえで嘘の外出をしたのが心苦しいらしい。和人のフォローを受けてもう一度謝罪をしながら頭を下げた。

 

「そんなのいらないよ! おれ、みんながぶじですっげぇうれしい!」

 

 父と幼馴染の謝罪を受けた一夏は、大きくかぶりを振ってからチラシをそこらへ投げ捨てた。一夏は子供心に思ったのだ。一時の流行りである玩具なんかより、黒乃たちが怪我なく帰って来てくれたことに価値があると。黒乃たちはかけがえがないのだから。

 

 事故のニュース速報が流れた時、それが藤堂一家を乗せた車の向かった先だと察した千冬の姿。一夏はあんな青ざめた顔の姉を始めてみた。そして姉は慌てて電話をかけながら自分にこう告げる。なにも心配するなと。それはどだい無理というものだ。

 

 家族になにかあったかもというのは、まだほんの小さな一夏にも解かった。そしてこんな考えが過ってしまう。もう3人が帰って来ないのかも。瞬間、一夏を支配したのはひたすら絶望のひとことのみ。実際は杞憂で済んだが、改めて家族の存在の大きさというものを知らしめられたのだ。

 

「それにとうさん。おれ、くろのがいっしょにあそんでくれたらたのしい! たのしいからさ、オモチャはなくてもだいじょうぶだ!」

「いちかくん……!」

「だからさくろの、これからもずっとおれといっしょにあそぼうな。うそついたばつだ! ぜったいおれからはなれたりすんなよ!」

「言質ゲーット!」

「母さん、頼むから後にしてください」

 

 失う恐怖を味わったからこそ、一夏はハッキリと黒乃が居てくれればという感覚を心に宿した。白雪はこの発言を将来のための言質だと盛大にガッツポーズ。だが、残念ながら現時点では情熱的な意味は持ち合わせてはいない。

 

 いずれこの想いが恋慕へと昇華するかどうか、それは未来が変わったこの次元において100%といい切る事は不可能。しかし、少なくとも一夏の想いそのものは本物だ。今の一夏にとって、黒乃は自信の隣に置いておくべき大事な人物なのだから。

 

「くろの!? なぁ、なんでないてるんだ? もしかして、やっぱりどこかいたいのか!?」

「え……? あ、あれ? わたし……」

 

 一夏が黒乃の様子を伺っていると、ふいにその双眸から涙が零れ落ちるのを目撃した。自分がなにかしてしまったのではとアタフタし始める一夏だが、涙が出る原因は黒乃にも解からない。なんなら、指摘されなければ気が付きさえしなかったろう。

 

 確かに一夏の言葉が泣きたいくらいに嬉しいかったのは間違いない。けれど本人にもよく解からない。それはすなわち嬉しかったり、または悲しかったりで涙したということではなうようだ。不思議なことにその涙は、拭っても拭っても止まることはなかった。

 

「なんで、どうして……!? 止まらないよぉ……!」

 

 泣きたいような状態ではないというのに止まらない涙。黒乃は、次第にこの現象に対して恐怖を覚え始めた。するとその時、またしても一夏が黒乃を抱きしめた。ただし、先ほどとは異なり壊れ物を扱うように慎重な抱擁だった。そして一夏は、周囲に向かってこう促す。

 

「くろのがないてたらだきしめてやれって、かあさんいってたじゃんか! ほら、みんなも!」

「ふふっ、そうね。ちゃんと覚えてて偉いわ一夏くん。それじゃ……ぎゅ~っ!」

「母さん、ちゃんと加減はしてね。ほら千冬ちゃん、キミもおいで」

「いや、私はそういうのは向かな――――あぁ……解かった。一夏、解かったからそんな目で見るな」

 

 白雪が以前に仕込んだらしい知恵を覚えていたのか、一夏は家族の抱擁により黒乃を泣き止ますのだと主張する。そう言われては母親の顔が立たないと白雪。そして愛娘と愛息を大黒柱として包む和人と続き、それとなく辞退しようとしていた千冬も弟の必死な訴えに根負けする形で参加。

 

 団子のようにギュウギュウな状態になりながらも、黒乃は家族の絆という名の温もりに包まれる。それでも涙が落ち着くのはしばらく経ってからとなるが、家族たちはずっと抱き留めていてくれた。黒乃は涙しながら思う。時分はなんて幸せな家庭に産まれて来たのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 それから私は夢を見るようになった。なにかよく解からない真っ白な空間で、誰か人と話している夢を。最初の内はその姿もボヤけていたり、声もイマイチ聞き取ることができない。けど、その人と会っている夢を見ると、すごく安心するのだ。

 

 私が年を重ねるごとに誰かさんの姿も、声も、だんだんと鮮明になっていく。変なことを言うが、その正体は私ではない私。姿形は私そのものなんだけど、中身からして確実に私ではないということが理解できる。その私はなんというか、ひとことで例えるなら変な人。

 

 声が聞き取れたところでなに言ってるのかよく解からないし。なんか無駄にテンション高くてノリもよくて、おまけにいろいろはっちゃけている。でも、私はそんな彼女を姉だと思うようになっていった。彼女の言葉は、いつも私を勇気づけてくれたから。

 

 くじけそうなことがあったときとか、むしろ彼女と会う夢を見る。彼女は私を励まそうって想いが先行するのか、空回りすることのほうが大半で……。けど、そんな空回りを見ているうち、悩みなんてどうでもよくなっちゃうんだよね。そこが彼女の凄いところ……なのかな?

 

 とにかく、私は彼女と一緒に生きているも同然だとまで思うようになる。彼女のことをもっと知れたら、彼女が本当はなんなのか知れたのなら。年を重ねるごとにその考えは強くなっていく。そんな折のことだった。代表候補生徒として選出された私に、専用機が譲渡されたあの日――――

 

「この機体の名前は――――」

「……刹那?」

「うん? おやおや? あれれ? おかしいな。僕、先に名前とか言っちゃってたっけ?」

「えっ……? な、なんででしょう。なんか自然と刹那って名前が過って……」

 

 専用機の開発者である近江さん――――近江 鷹丸さんの声を遮るかのように、私は当たり前のように専用機の名を呟いていた。なんでだろう。この感じはあの日の涙と似ている気がする……。近江さんは不思議なこともあるものだねぇ、なんて大して気にしていない様子。

 

 けど、本当になんだろう……。この機体、刹那を見ていると、なんだか鼓動が早まっていく。久しぶりに大切な人と会う約束でもして、対面する前とかにも似た緊張感と期待感が止まらない。近江さんはいろいろと説明してくれていたみたいだけど、申し訳ないながらほとんど頭には入らなかった。

 

「じゃ、さっそく乗ってみてよ。遠慮なくどうぞ」

「はいっ!」

 

 期待感があったためか、近江さんのゴーサインに待ってましたと言わんばかりに刹那に乗り込む。操縦桿、フットポジション、イメージインターフェースの感度……。これは、なにもかもが懐かしい。やはり私は、この機体のことを知って――――

 

(っ……!?)

 

 刹那に懐かしさを感じたその瞬間、脳みそに電撃でも走ったかのような錯覚を感じた。だがその瞬間に流れ込んできたのは確かな記憶。あぁ……なんていうことだろう。これを奇跡と呼ばずして、他にどう例えればいいのか。お姉さん……! 私……私は、消えずに済んだみたいだよ……!

 

 夢に現れる私ではない私。その正体は紛れもなく私の大好きなお姉さんそのものだった。どうして私は、こんな大事なことを忘れてしまっていたんだろう。情けなさというのもあったけど、大切な人を思い出せたという喜びで胸がいっぱいになってしまう。それは涙という形であふれ、私の目から零れ落ちていく。

 

「黒乃ちゃん? もしかして、体調が悪いとかかな。もしそうなら遠慮なく頼むよ。もちろんだけど、パイロット優先で僕らは動くからね」

「いいえ、続けさせてください。今は一刻も早く、刹那で空を飛びたいです!」

 

 そりゃ、いきなり涙なんて流されたら心配もするだろう。思い出したから多分この人は敵だけど、近江さんは心配そうに声をかけてくる。しかし、後は私の言葉通り。一刻も早く刹那を動かして、一刻も早く最終形態移行まで進化させなければ。

 

 赫焉覇王・刹那には次元を超える可能性すら秘めている。そうすれば、お姉さんにだってもう一度会うことができるかも知れない。そう考えると、うれし涙だろうとこんなところで泣いている暇じゃない。私は刹那の腕部装甲で涙をぬぐえば、近江さんに続行を訴えかけた。

 

 あの日と違い、もう涙が止まらないなんてことはなかった。それはそうだろう。だって今の私は、大切な人に会いに行くっていう目的ができ、とてつもなく前向きな気持ちなのだから。だから待っててお姉さん、必ず私が――――

 

(会いに行ってみせるから!)

 

 そんな意気込みとともに、私は希望あふれる空へ、刹那とともに舞い上がった。

 

 

 




どこかでハッピーエンドをお約束しました。
オリジナルが消えてハッピーエンドになるはずないでしょうに!
じゃあ黒乃の傷心はなんだったのとかは言わないお約束で。
次話は再会した2人からお送りいたします。


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第138話 それじゃあまたね!

タイトル的に最終回っぽいですけど、もう少しだけ続くんじゃ。
今話はどうしてオリジナルが消滅せずに済んだか、あたりについてです。
まぁ、フワッとした理由なんですけれども……。


「――――っていうことがあってね」

 

 赫焉覇王・刹那まで進化を果たしてからというもの、黒乃ちゃんはずっと私を捜して次元移動を繰り返していたようだ。もはや気の遠くなる回数を重ねてようやくということみたいだけど、この話を聞くに黒乃ちゃんのほうが久遠転瞬を使いこなしているようだ。

 

 だって、私はあの日以降に次元移動をできた試しがない。その代りと言ってはなんだが、時空移動のほうは完璧なんだけど。私の身体は黒乃ちゃんの借り物なわけで、私が黒乃ちゃんのポテンシャルを100%発揮できてはいなかったということなのかな。

 

 迷子になったという事情を説明してから黒乃ちゃんに空輸してもらっている最中、腕の中でなんとなくそんなことを考えてしまう。考えてしまうと言えばひとつ気になることも。そもそも、どうしてこちらの次元で消えたはずの黒乃ちゃんが、こうして無事にしていられるのかという点についてだ。

 

「私もいろいろ考えたけど、確かなことはやっぱり解からないよ。だからあくまで仮設になるけど、多分あの日助けた私が、それこそ私だったんじゃなかったのかな」

【ちょっと待って、整理する】

 

 え~っと、あの日助けた黒乃ちゃんが黒乃ちゃんだったって話。……つまり、後に私となる私を助けたのと同じ原理だろうか。例えば今から時間を巻き戻せば、必ずあの日に辿り着くってこと。だから事故そのものから救出した黒乃ちゃんの次元でも同じことが起こるはず。それは――――

 

【無数に存在する次元の中から】

「そう、たまたま私の過去を引き当てたっていうことになるね」

 

 もし本当に黒乃ちゃんの言葉通りとするのなら、それは奇跡なんていう台詞すら安っぽくなってしまう。だって、もしもの世界なんて無量大数に等しいんだよ? その中から引き当てたってそんな、そんなのって……。よかった。ただただ今の私にはその言葉しか浮かばない。

 

「ここでの記憶が引き継がれた理由は流石に解からない。でも、私としてはお姉さんとの絆がそうさせて――――って、どうしたのお姉さん!? 私、今からいいこと言おうとしてたんだけど……」

【なんでもいい。生きててくれてありがとう】

「……そっか、そうだよね。お姉さんには辛い想いをさせちゃったよね」

 

 黒乃ちゃんの表情を見れば、その人生は順風満帆であることが見て取れる。だから本当によかった。消えなければならないという過酷な運命を背負わされた彼女が、ここではない別のどこかで人並の生活を送れている。黒乃ちゃんが消えることを強いた私としては、涙が溢れて止まるはずもなかった。

 

 震える手で空間投影キーボードを叩くと、黒乃ちゃんは表示された文字を読んでなんとも言えない表情を浮かべる。そこには私への申し訳なさや、私に対する感謝とか、さまざまな感情が入り乱れているのだろう。けど、黒乃ちゃんがそんな表情をしていることさえ嬉しいや……。

 

【そっちの話を聞きたい】

「うん、もちろん! えっと、なにから話そうかな。私も聞いてもらいたいこと、沢山あるんだ」

 

 私の生きる次元と黒乃ちゃんの生きる次元では、かなりの差異があるはずだ。だから、黒乃ちゃんがここまで見たこと聞いたこと、そして感じたことを耳に入れておきたい。黒乃ちゃんの様子はさきほどと一転、私に聞いてほしいことがあると花のような笑顔をみせてくれた。

 

 存命しているお父さんやお母さんの話とか、ちー姉の話とか。箒ちゃんや鈴ちゃんといった友達の話とか。そして、イッチーの話とか……。それらを語る黒乃ちゃんはなんとも楽しそう。本当に聞かせたいことが多いのか、マシンガントークが止まることはなかった。

 

「それからそれから……。あっ、そうそう! 一夏くんには中学の頃に告白されてね! ロマンティックさではお姉さんに負けちゃうかもだけど、想いが叶ったのがとにかく嬉しかったよー」

【黒乃ちゃん喋られるしね】

「アハハ……。やっぱりそこのアドバンテージは大きいのかな」

 

 適度に相槌をいれながらも、そうやって他愛もない話を続けた。この感じはなんだか懐かしい。私にとっては5年ぶり、黒乃ちゃんに至っては16年ぶりとなるせいかな。黒乃ちゃんも同様のことを考えていてくれるのか、時折しみじみとした様子が見受けられる。

 

 しかし、そんな懐かしいやり取りはもうすぐ終幕。私たちの結婚式場となる教会がみえてきた。まだまだ話足りないというのに、私たちはどちらともなくピタリと会話を止めてしまう。そして黒乃ちゃんが息を震わせながら吐くと、なにかをこらえるように切り出した。

 

「今度こそお別れだね、お姉さん。……解かってると思うけど――――」

【解かってる。私たちは会ってはいけない】

 

 黒乃ちゃんは、自分が本来してはならない禁忌を犯している自覚があるようだ。次元移動、それは異なる世界への干渉。誰が取り締まるでもないだろうが、この再会ですらどんな影響があるとも解からない。すなわち、黒乃ちゃんの次元移動はこれで最後となるはず。

 

 それは、今度こそ私たちの永遠の別れを意味していた。再会できたこの数分に意味がある。あの日のような悲しい別れというわけでもない。だというのに、私と黒乃ちゃんは言葉を紡ぐことはできなかった。だけどここは私から。だって私は、黒乃ちゃんのお姉さんなんだから。

 

【絆、だよ】

「お姉さん?」

【私たちは繋がっている】

「……フフッ、そうだね! 例え次元を隔ててたって、私たちは二人で一人! それはどんな場所だって、世界だって、次元だって、代わらない……よね……!」

 

 こうしてタイピングで会話ができるようになったとはいえ、文章を簡潔にまとめなければならないため少しばかり淡泊になってしまう。けど黒乃ちゃんには私の想いは伝わったらしく、迷いのようなものは吹っ切れたようだ。それでも、泣き笑いになってるけどね。まぁ私もなんだけどさ。

 

「あっ、一夏くん……。白式も装備してる……? なんにせよ好都合かな」

【どうしたの?】

「なんでもないよ、お姉さん。それじゃあまたね。さよならは言わないよ!」

(へぁ……? な、なんでこの位置でリリースぅぅぅぅぅぅ!?)

 

 ハイパーセンサーで地上の様子でも伺っているのか、黒乃ちゃんがブツブツと呟き始めた。なにごとかと問いかけてみるも、見事にはぐらかされてしまう。気になるせいでクエスチョンマークを浮かべて黒乃ちゃんを見つめていると、あろうことか別れの挨拶と共に手を離すではないか。

 

 上空、とまでは言わないながらもかなりの高さがあるわけで。要するに私はこのまま転落死である。確かに目撃されたらややこしいことになるかも知れないが、これは流石にあんまりじゃないかなぁ!? 手足をバタバタさせて不満を表現していると――――

 

「お姉さぁぁぁぁん! 結婚おめでとぉぉぉぉっ!」

(あっ、うん! ありがとーっ! ……じゃなくってええええええ!)

 

 黒乃ちゃんはそれだけ言い残すと、久遠転瞬を用いて自分の居るべき場所へ帰っていった。反射的に感謝を述べてしまったけど、この状況がとても感謝できるもんじゃないんですけどねぇ! そうやって私が走馬灯的なアレを垣間見ていると、それなりの衝撃が背に走った。

 

 けどこれは地面じゃない。ええ、今でも地面に激突する衝撃は強烈に覚えていますとも。でも、なんなのかは考えるまでもなかったのかも知れない。だって、いつだって同じようにしてくれたから。こういう時に私を助けてくれるのは、私が世界で最も愛しく想う人――――織斑 一夏以外にいないじゃないか。

 

「ったく、随分と派手なご登場だな新婦さん」

 

 

 

 

 

 

「やっぱり一緒に来るべきだった……」

「だから言ったろうが、この戯け」

 

 理由があって黒乃より後に式場へ到着したはいいが、本当に黒乃が居ないじゃないか。多分だけど、俺が言った通りに電車で寝過ごしでもしたのだろう。式の開始時刻が迫る中、俺は控室で項垂れるしかなかった。そんな俺に対し、箒の辛辣な言葉が突き刺さる。

 

 だが反論の余地はない。心配があったのだから、素直に箒や簪の言う通りにしておけばということ。刹那は本部に置いてきているようだし、携帯もなぜだか繋がらない。黒乃の現在位置すら把握できないこの状況に、周囲の人物たちは大きく溜息をこぼした。

 

「中国からとんできたってのに、なんかウッカリに拍車がかかってんじゃない?」

 

 そう言うのはなにかと黒乃に過保護な鈴。現在は中国の支部にて選手をしながらも所属的には俺たちと同じ。世界クラスの大会等でも常連で、今や知らない人のほうが少ないだろう。しかし、ウッカリに拍車……な。それは俺も同感。というか、黒乃の症状が回復するのと反比例している気がしてならない。

 

「仕方ないわよ。というか、そこもあの子の魅力よね。そうでしょ、一夏くん?」

「まぁ、否定はしませんけど」

 

 保護欲と書かれた扇子を広げて楯無さん。彼女は俺たちと同じ所属ということはない。が、更識うんぬんでかなりの協力を得ている。まぁ、俺たちが表立って動けないようなのを肩代わりしてもらっているので申し訳なさもあるが。

 

「話が戻るけど、大事な日に限っていうのがなんとも黒乃らしいよね……」

 

 苦笑いしながらシャルロット。彼女も所属はしていないながら協力を得ている。シャルロットは現在デュノア社の秘書で、俺たちとのパイプ役のような存在だ。でもフランスで起きたような案件には出撃してもらっていて、ラピットスイッチは現在も健在である。

 

「心配が過ぎるのもよくないぞ。なに、姉様ならそのうちひょっこり顔を出すさ」

 

 相変わらず男前な発言が冴えるのはラウラ。ドイツ軍人という元々の出自からして、彼女もやっぱり所属はしていない。だがお互いに協力を要請し合うせいか、他所属であることを忘れてしまうことも。最近は昇進したとかなんとか言ってたな。

 

「たいていのことは黒乃さんですから、で片付きますわ。……良し悪しはありますけれど」

 

 いろんな意味での規格外っぷりを思い出すかのようにセシリア。セシリアはイギリス支部にて俺たちと同じ所属なのだが、逆にISに乗る機会は減っている。最近はセシリア本来の務め、貴族としての務めに尽力しているのだ。天皇陛下への謁見とかで来日ってニュースに豪く驚いた記憶は今でも新しい。

 

そうやって黒乃のらしさについて語っているおかげか、陰鬱な雰囲気はいくらか緩和された気はする。しかし、黒乃が遅刻したことそのものは変えようがない。セシリアの台詞を最後に、俺たちは示し合わせるかのようにまた溜息を吐いた。それから数秒時が流れると、思い出したように箒の質問が飛ぶ。

 

「そう言えば、簪はどこなんだ?」

「例のやつでスタンバイ中。なんか簪のやつ、俺や黒乃よりも気合入っててさ……」

「あらあら相変わらずねぇ、私の妹ちゃんったら」

 

 例のやつってのは、端的に言えばサプライズを計画している。それを実行するためにいろいろと手回しをしていたため、黒乃と一緒には行動できなかった。で、簪はそのサプライズの実行員をかって出てくれたということ。むしろ自分を指名しないのはどういうことか、くらいのテンションでもあった。

 

 実の姉である楯無さんとしては微妙な気分なのか、今度は熱烈と書かれた扇子を開く。そうだよなぁ、簪もいい加減に慣れないもんかなぁ。もう5年の付き合いにもなるし、同じ所属なんだからそんなミーハーなファンっぽい反応はそろそろお腹いっぱいだ。多分だけど、一生あんな感じなんだろうなぁ。

 

「簪、もしかして黒乃が遅刻したの知らないんじゃ?」

「あっ、そういや知らせるの忘れてた」

「アンタら夫婦の行く末が心配過ぎるわ!」

「まぁそう怒るなって、今ならまだ間に合うから」

 

 スタンバイしているということは、黒乃の不在を知らないはず。どうやら失念してしまっていたらしく、シャルロットの言葉でようやく思い出した。少し抜けているのは俺も同じと言いたいのか、鈴が怒号をあげてしまう。どうやら俺の呑気な返しも気に入らないのか、白式の通信機能を操作している間もジトっとした視線を送られる。

 

 なんだか懐かしく感じるやりとりをしながら打鉄弐式の反応を追っていると、思わず目をひん剥きたくなるような表示が見えた。ここから割と近所、凄まじい速度で迫る赫焉覇王・刹那の反応を感知している。俺は思わず勢いよく椅子から立ち上がってしまい、そのせいで何人か驚かせてしまったようだ。

 

「一夏さん、なにごとですの!?」

「刹那の反応だ。ほら!」

「姉様はISを置いてきたのではなかったのか」

「おい一夏、私は壮絶に嫌な予感がするぞ」

「奇遇だな箒、俺もだ!」

 

 俺の反応が至極まっとうであることを解かってもらうため、みんなに向かって白式のマップを見せてやる。そこに確かにある赫焉覇王・刹那という表示を前に、みんなは一斉にやっぱり黒乃かみたいな表情を浮かべた。すぐさま俺に詰め寄った箒は、俺が考えていたこととまったく同じ言葉を口に出す。

 

 もはやみんなには構ってはいられず、タキシード姿で動き辛いながら、俺は気づけば外の方へ走り出していた。外へと出る通路の途中、千冬姉が俺に声をかけてくる。最高司令官ゆえ、常に俺たち直属の所持ISの位置を把握できるらしい。今となっては義妹の変わらない滅茶苦茶ぶりに、居ても立っても居られなかったのだろう。

 

「一夏、その様子なら気づいているようだな」

「ああ、なんな急がないとまずい気がしてさ」

「はぁ、私の義妹は本当……。一夏、さっさと連れて来い。来賓の対応はしていてやる」

「解かった!IS展開するけど、許してくれよな!」

 

 千冬姉は目元を押さえるような仕草を見せるが、他の隙間から覗く表情はどこか楽しそうにも感じられる。ある意味でいつまでも変わらない黒乃のらしさ、そこのあたりを千冬姉は嬉しく思う部分もあるのだろう。そんな姉の行ってこいという言葉を受け、俺は出入り口を勢いよく開いて外へ飛び出た。

 

 そして晴天を見上げると、チカチカと光る赤黒いエネルギーが。すぐさまハイパーセンサーをオンにすると、不思議なことに刹那を纏った黒乃が黒乃を抱えている。ますますもって意味が解からん。そうやってまじまじとW黒乃を眺めていると、あろうことか刹那の黒乃が私服の黒乃を落としてしまった。

 

「嘘だろおい!」

 

 多分向こうも俺か白式を装備しているからこその行動だろうが、それは流石にあまりにもじゃないだろうか。すぐさまISを展開して飛び立つと、落ちてくる黒乃を受け止めるべく腕を大きく広げた。刹那の方はせっせと久遠転瞬で消えてしまった。それならそれで構わない。俺の黒乃を怪我なんてさせるものか。

 

「ったく、随分と派手な登場だな新婦さん」

【ごめん】

「それ、なにに対してだ? 言っとくけど、謝らないとならないこと山ほどだからな」

 

 黒乃を優しくキャッチすると、まず始めに皮肉をかましてやる。別に怒っているなんてことは全くないが、好きな相手には意地悪したくなる的なあれだ。俺の言葉に黒乃は申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。本当は本当に怒らなければならないのだろうが、こんな時でも可愛くて愛おしいと思ってしまう。そんな俺も、相変わらずなのだろう。

 

 とにかく、黒乃が無事でいてくれたのならなんでもいい。今俺の中にあるのはそれだけだった。そのままゆっくり高度を下げて行くと、白式の両脚はしっかりと地へつく。俺が黒乃を降ろしたのと同じタイミングほどだろうか。遅れてやってきた専用機持ちたちも姿を現した。

 

「黒乃! 遅刻はこの際だ。息災なようでなによりだぞ」

「久しぶりにお会いできて嬉しいですわ。空からのご登場は予想外ですけれど」

「アンタもそろそろ落ち着きってもんを――――まぁいいわ。黒乃、久しぶり」

「きっと黒乃が一番焦ったよね。大丈夫だよ、僕らはいつまでだって待てるから」

「とはいえ急がねば。姉様、さもなければ簪が――――」

「あぁ……構わないわよラウラちゃん。もう手遅れみたい」

 

 俺たちの元へ集まって来た女性陣は、こちらには目を向けず思い思いの言葉を黒乃へ送った。一度に対応のできない黒乃は困っている様子だが、よほど心配していたのかなかなか喧騒が止む気配はない。そんな中でもラウラはあることに言及しているのだが、どうやら楯無さんの言う通り手遅れとなってしまった。

 

 ふと、ひらひらと花びらが舞い降り黒乃の頭に乗った。それを皮切りにするかのように、空から色鮮やかな花びらの雨が降り注いでくる。黒乃は表情からして喜んでいるようだが、本来ならもっと喜んでもらえる予定だったんだけどな。だがこうなってしまっては仕方がなく、俺はネタをばらすことに。

 

「これ、サプライズしようと思ってたんだ。一緒に来られなかった理由はこれ」

【どういうこと?】

「……この花な、母さんが勤めてた花屋からの贈り物だったんだ」

 

 俺と黒乃が籍を入れて戸籍上で夫婦となった際、世話になった方々に直接尋ねに向かった。勿論、父さんと母さんの勤め先、そこの関わりが深かった同僚や上司や後輩さんにも。そして母さんの花屋にて、かつて同僚だった現在の店長さんが俺にこの案を持ち掛けてくれた。

 

 挙式本番まで時間があったため、特別に母さんの好きだった花を育ててくれて……。そして近日芽生えた花を大量の花吹雪にし、ISを用いて空から撒くということに落ち着いた。しかし気合が入っていたのか量が量で、なんと貨物コンテナ規模。トラックで運ぶという手は勿論あったが、母さんが絡むとなると俺が運びたいというワガママが生じて白式でここまで運んで来たということ。

 

 で、撒く役買って出たのは簪。というより、この話を相談した時にやると即答されたもんだ。タイミングとしては、俺たちが式を終えて出て来たところに花吹雪が舞う予定……だった。簪もこちらに出ていいか確認しなかったところをみるに、気が逸って聞き損ねたのだろう。

 

「…………」

「黒乃……」

【ありがとう。きっと2人とも喜んでる】

「……ああ!」

 

 黒乃はひとひらの花びらを両手で受け止めると、それを胸元で握りしめる様な仕草を見せた。なにかを噛みしめているような印象を受けるが、それはきっと後ろ向きなものではないはず。その証拠に、こちらへ振り向いた黒乃は目が覚めるくらいの笑みを向けてくれた。

 

『一夏……これどういう状況……?』

「ん? あ~……悪い、いろいろあって黒乃が遅刻したの伝え忘れてさ」

『……失敗?』

「いや、順番が前後しただけの話だろ。黒乃も喜んでるしな」

『…………そう、ならいい……。今から降りる……。先に行ってて……』

 

 ハイパーセンサーで確認し様子がおかしいと思ったのか、静かだが怒気を孕んだような声色が耳元に響く。無論この日に全てを賭けてくれていた簪からの通信だった。素直に謝りながら事情を説明する最中、黒乃の名前を出した途端に簪のご機嫌は急転。

 

 更に地上から簪を見つけた黒乃が感謝を込めたであろう手を振り始め、簪は満面の笑みを浮かべ始める始末。なんというか、解かり易いことこの上ない。まぁ、黒乃をダシに使った俺が言えたことではないか。さて、それなら本当に少し急ごう。沢山の人たちを待たせてしまっているからな。

 

「ほら黒乃、ドレスに着替えて始めよう。俺たちの結婚式をさ!」

【うん、あなた】

 

 白式を解除して黒乃に手を差し出すと、なんだかむず痒くなる返しが。どうやら黒乃は大事な時に俺をあなたと呼んでくれていたらしく、初めてそれが発覚した際には一日中ニヤけが止まらなかったものだ。だが、これからそれは本当のことになる。

 

 戸籍上は既に夫婦だが、俺はもうすぐ本当の意味で最愛の女性の夫になるんだ。この誇り高く、気高く、美しく。それでいて天然気味で、どこか危なっかしく、可愛らしいこの女性の夫に。きっと黒乃は贔屓目抜きで世界最高の妻になってくれることだろう。

 

 だから俺も、せめて黒乃のためだけには最高の夫でいなければ。胸に抱くはそんな未来への期待感。そんな希望に満ち溢れる未来を、俺はこれから黒乃と歩いていくことだろう。例えどんなことがあろうとも、黒乃の隣に在り続ける。俺はそんな誓いを胸に、重ねられた黒乃の掌を力強く握り締めた。

 

 

 




オリジナルの黒乃が赫焉覇王・刹那まで辿り着いた経緯?
むしろ本編よりも複雑になりそうなので勘弁してください。

黒乃が消えることはありません。
オリジナルの無事も確認できました。
というわけで、次話――――ついに最終回となります。
最後までお付き合いいただければ幸いです。


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最終話 果たされた誓いの先に

2回ほどいろいろありましたが、なんとか最終回を迎えることができました。
最後まで勘違いは添えるだけになってしまいまして申し訳ありません。
ただ、黒乃の物語を終わらせることができたのは本当に嬉しく思います。
それでは最終話、とくとご覧あれ。


「……はぐれたみたいだね」

「ああ、またはぐれたみたいだ」

 

 某日某所、兄妹らしき人物2人が雑木林の開けたスペースでそう呟いた。年頃は恐らく中学生。どちらも純粋な日本人といった黒髪黒目で、とても端正な顔つきをしていた。いわゆる美男美女というやつ。きっと、学校では多くの異性からもてはやされるのだろう。

 

「ったく、毎年毎年どうしてこうなるのか」

「まぁまぁ、これもある意味お祭りの時の定番って言うかさ。ほら、我が家的に」

「そんな定番は投げて捨ててやりたいよ……」

 

 兄のほうは心底呆れた様子で遠くを眺め、妹はそれを宥める。しかし微妙にフォローにはなっておらず、兄は難しい顔をして項垂れてしまった。どうやらこの様子をみるに、家族で祭りに来てはぐれてしまったのだろう。このスペースは集合場所と考えられる。

 

 項垂れる兄とは対照的なのか、妹は屋台で購入した人形焼きを頬張りながら少し遠くの祭囃子に耳を傾ける。すると、それにともなってバタバタとした音が混じり始めた。それに草木をガサガサかき分ける音も聞こえるし、誰かが近づいて来るのは容易に想像がついた。

 

「兄さん! 姉さん!」

「ほら、心配しなくてもみんな集まり始めたよ?」

「いや、明らかにただごとじゃないだろ。どうした、なにかあったのか?」

 

 奥から顔をみせたのは、これまた端正な顔立ちの少年だった。発言からして、兄妹の弟にあたるのだろう。兄と比べると色は白く線は細め。それは男前というより美形と形容するにふさわしく、努力次第では女性に見せることも容易だろう。

 

 そんな美少年はなにを慌てているのか、かなり急いで集合場所までやってきたようだ。線は細いが体力がないわけではないようだが、それほど急いでいたのか息が切れてまともに話せない。妹、ないし美少年にとっての姉が背中をさすっていると――――

 

「母さんが、頭の悪そうなのにナンパされている……」

「ホントにただごとじゃねぇ! 相手が誰だか解かってないのかよ……! 父さんはその場か?!」

「いや、はぐれた隙を狙われたらしい」

「そうか、なら父さんのとこ行って時間稼ぎしててくれ! 俺は母さん連れてくる!」

「ああ、死人が出る前になんとかしなければ!」

「2人とも、気を付けてねー!」

 

 美少年の言う母親は年若く見えでもするのか、どうやら男に声をかけられているようだ。それを聞いた途端に兄は血相を変え、だんだんと話が物騒な方向へ向かって行く。浴衣を着ていて動きづらいだろうに、手早く役割を確認し合うと兄と弟はすぐさま駆け出して行く。

 

 会話内容が物騒だったのにも関わらず、少女は変わらず呑気な様子で2人を見送る。一気に人が減って寂しくなったのか、その場におしとやかな仕草で腰を下ろした。そうして2人が帰るまでなにをしていようかと夜空を見上げていると、今度は騒がしい声がそこらへ響いた。

 

「呼ばれなくても飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! ……って、姉ちゃん1人?」

「ううん、さっきまで3人だったよ」

 

 雑木林から元気に飛び出して来たのは、何故か2匹の小型犬を背負った、先ほどの少年とほぼ同じ顔立ちの少年。だが中身がまるで違うこの感じからして、恐らくは双子かなにかだろう。ツッコミ待ちでボケをかましたはいいものの、姉1人しか居ないせいでどこか不満気だ。

 

 そこで事情の説明を端的に受けると、ほぉ~とかへぇ~と呟いて聞いているのだかそうでもないのだかイマイチ解からない。そして全ての説明を終えると、なにごともなかったかのように姉の隣に腰掛けた。すると、向いてくるのは姉の残念そうな視線。

 

「なにさ?」

「加勢しなくてもいいのかなって」

「え~……だってナンパするって絶対に不良じゃん? 怖いし、しんどいから俺はパス――――って、痛い痛い痛い! なにすんの、ホワイトファングにブラックハウンド!」

「「グルルルル……!」」

「もう、シラタマにアンコでしょ。そうやって変な名前で呼ぶから懐かないんだよ」

「変じゃないですしー! かっこいいですしー! けど痛いぃぃぃぃ……!」

 

 少年が弱腰な発言をすると同時に、白い犬が頭に噛みつき、黒い犬が爪を立てた。すると抗議の意味を込めて名前を呼んでみるも、どうやら少年のみが勝手に呼称している名らしい。正式名称シラタマである白犬と、正式名称アンコである黒犬は攻撃を続けた。

 

「シラタマもアンコも、ママを助けたいんだよね?」

「「ワン!」」

「解かったって、行きますよ行きますってば! そんじゃあ最強合体! 俺、ケルベロスモード!」

「「ワンワン!」」

「……やっぱり、仲いいのかなぁ? う~ん……」

 

 少女が優しく語り掛けると、2匹とも肯定するかのように可愛らしい鳴き声を上げる。これは観念せざるを得ないと思ったのか、少年は渋々な様子ながらも立ち上がる。そして頭に乗っていた2匹を肩に乗せ直すと、その状態をケルベロスモードと称して走り去って行った。

 

 仲がいいのか悪いのか解からない1人と2匹。いつもの光景ながら、少女は首を傾げながら小さくなっていく背中を見守った。それからしばらく1人になるも、そう長い間を置かずに弟2人と愛犬2匹が父親を連れて戻って来た。少女はそれを満面の笑みで出迎える。

 

「おかえり、みんな!」

「ああ、姉さん。どうにも人混みに流されたらしくてな」

「悪い悪い、手間かけさせたよな」

「でもそこは流石我が親愛なる弟! すぐに見つけちゃってさ、俺そんなすることなかった!」

「自慢気に言うことか。それに兄貴面をするなといつも――――」

「またまた照れちゃってこのー!」

「……今度覚えていろよ」

 

 双子兄は心底から誇らしそうに双子弟の手柄だと胸を張るも、その双子弟は姉とでは接する態度がまるで違う。コンプレックスでもあるのか、はたまた単に苦手なのか。そんなことお構いなしに肩を組んで来る双子兄に対して苛立ちを覚えていると、父親からお咎めが入る。

 

「こら、2人ともそれくらいにしとけよ」

「へ~い!」

「……ああ」

「ところで、母さんはどうした?」

「お兄ちゃんが探しに行ってるところだよ」

 

 父親は双子の頭を強めに撫でるようにして窘めると、双子兄は元気に、双子弟は渋々といった様子で返事をする。そしてそんな弟を更に宥めるかのように、アンコのほうが頭へと乗った。愛犬の片割れに任せようと考えたのか、父親は嫁の所在を問いただす。

 

 すると、呑気な顔して空気は読めるらしい。少女はナンパされていることをキチンと避け、父親に心配することはないということを伝える。しかし、このまま時間がかかれば父親は探しに出てしまうだろう。兄に対して早く帰って来てと祈っていると、そのタイミングで兄と母親が姿を見せた。

 

【姉弟のフリをしなくても】

「いや、その方が簡単だし――――っていうか、母さんは頼むから見た目の若さを自覚してくれよ。息子の俺ですらアラフォーには見えないからな」

 

 母親の手を引く長男は、そんなことをボヤきながら集合場所へと近づいていた。視線の先に自分たち以外が集合しているのを見て、とりあえず作戦は成功したのだと胸を撫で下ろす。繋いでいた手を離すと、後は夫婦でどうぞと母親を父親に引き渡した。

 

「よし、これで全員そろったな」

「はぐれてたの父ちゃんじゃね?」

「うるさい黙ってろ。今日は2人にとって大きな意味があるんだ」

「ママから少し聞いたけど、女の子としては羨ましい限りだよ」

「なに、運命の相手なんて待ってりゃ現れるさ。それより、始まる時間だぞ」

 

 自分の周囲に集った己の妻、愛息、愛娘、そして愛犬。それらをひとしきり見渡すと、父親は朗らかかつ爽やかな笑みを浮かべた。双子兄はすかさずそれにツッコむも、双子弟にピシャリとシャットアウトを喰らう。そんな2人をよそに長男と長女もまたやり取りを繰り広げているが、次の瞬間――――夜空に大輪の花が広がった。

 

「「ワン!」」

「たぁあぁあぁあまやぁあぁあぁあ!」

「うるさいと言っている。というか、なんだその無駄ビブラートは」

「えっと、なんかもう1つあったよね。かさや?」

「確かかぎや、だったかな」

「えっと、じゃあ……かぁあぁあぁあぎやぁあぁあぁあ!」

「……姉さん、別にビブラートは作法じゃないんだぞ」

 

 花火が始まったことに明るい表情を更に明るくさせた双子兄は、花火に向かって絶叫――――というよりは、ビブラートを効かせながらたまやと叫ぶ。それに触発されたらしい長女も、もう1つの掛け声であるかぎやを叫ぶ。……ビブラートを効かせながら。

 

 どうやら本気でビブラートを作法かなにかと思っていたらしく、長女はキョトンとした表情で違うの? なんて言っている。双子兄とはベクトルの異なる天然っぷりに、長男と双子弟は頭の痛そうな仕草を見せた。シラタマとアンコの犬2匹ですら呆れた様子だ。

 

 そんな子供らのやりとりを、父と母はとても愛おしそうに見つめていた。そしてふと視線がぶつかり、2人は少し笑みを零しながら身を寄せ合う。そしてしばらくその様子を眺めてから、母親はゴホンとわざとらしく咳払い。その声が聞こえたのか、子供たちは母へ注目した。

 

「シラタマ、アンコ」

「「ワン!」」

一冬(かずと)秋十(あきと)

「ああ」

「オッスオッス!」

千夏(ちなつ)百春(ももはる)

「うん!」

「おう!」

「……あなた」

「……ああ、黒乃」

【今年も約束守ってくれて、お母さんはとっても嬉しいです】

 

 家族の名前をそれぞれ呼び、呼ばれたものはそれぞれの特徴を示すかのような返事をしてみせる。そして最後に言葉ではなく表示された文字を見て、双子弟を除く全員はニッと悪戯っぽい笑みを浮かべ――――水臭いぞと軽く黒乃を小突いて見せる。

 

「やっぱ家族って最高ってかさ、母ちゃんは最高の母ちゃんでさ!」

「秋十、気持ちは解かるけど落ち着こうな。兄ちゃんそういうとこ心配だぞ」

「……百春兄さん、言って聞くなら俺は苦労しないさ」

「まぁまぁ一冬、双子なんだからそう言わないの」

「千夏姉さん、双子だからと一緒くたにされるのが嫌と何度――――」

「俺は一冬のこと大好きだぜ弟よーっ!」

「クソっ、これだから秋十は……! やれ、シラタマ、アンコ!」

「「ガルルルル!」」

「アーッ!?」

「おい一冬! この双子は本当……。ほらシラタマ、アンコ! 噛むのは止めてやれ!」

 

 少し放置したらすぐこれなのが織斑4兄姉妹(きょうだい)の特色である。一見すると喧嘩――――というか、実際にほぼほぼ喧嘩なのだが、黒乃は息子娘のやり取りを愛おしそうに見つめた。織斑4兄姉弟のまとめ役、頼れる長男な織斑 百春。おっとり天然だが心優しき長女、織斑 千夏。ハイテンション元気ボーイ、次男の織斑 秋十。クール&堅物真面目な末っ子、織斑 一冬。みんな自分がお腹を痛めて産んだのだと思えば、本当に愛おしくて仕方がなかった。

 

 一冬がシラタマ&アンコを使役したおかげ? せい? で注意はかなりそれた。それを好機と言わんばかりに、一夏は自らの妻である黒乃を今度は強く抱き寄せる。そして心底から幸せそうな笑顔を見せあうと、一夏はポツリポツリと昔のことを語り始めた。今では遠いが、つい昨日のことのように思い出せる。2人にとってこの花火が特別なものとなったあの日、花火の元で誓いを立てたあの日のことだ。

 

「約束、守ってくれて感謝するのは俺のほうだよ」

【そうかな?】

「そうだよ。だって、こうして一家の約束になったんだからさ」

 

 あの日の誓い。黒乃が己の死期が近いと察していたからたてられた誓い。この花火を、必ず毎年一緒に見に来るという誓いだ。思い出すと共に半ば自暴自棄であったことを恥ずかしく思うのか、黒乃は少しだけ照れながら一夏を見上げた。

 

 でも、それこそ本当に嬉しく思う。まさかそれが実現するとは思っていなかったのだから、その反動で喜びもひとしおだろう。守れるようになった。だから守り続けていたら、いつの間にか織斑家の恒例行事になってしまっているではないか。黒乃は率直に思う。これは奇跡の産物なのだと。

 

【これからも守ろう。あなたと守っていきたい】

「……ああ、もちろんだ。いつまでも守るさ。約束も、黒乃も、あの子たちもな」

【愛してます】

「俺もだ。愛してるよ、黒乃」

「ちょっとそこのバカップルならぬ馬鹿夫婦! そろそろ長男は手ぇ貸して欲しい感じだぞ!」

「おっと、これは有言実行しないとな。少し待っててくれよ、母さん」

【はい、あなた】

 

 いつまでも変わらないやり取りだった。きっと、2人はその身朽ち果てるまでこんなやりとりをし続けるのだろう。夫婦の仲が良いのは結構。だが長男曰く時と場所は選んで欲しいようだ。百春は怒気と焦りが混じったような声で叫ぶと、それに反応した一夏は子供たちの輪の中へ入っていった。

 

 小さく手を振りながらそれを見送った黒乃は、チカチカと周囲を照らす花火を見て何かを思いついたようだ。そして携帯のカメラを家族の輪へ向けると、タイミングよくシャッターを切る。するとそこには、花火の鮮やか光に包まれ、幸せそうにはしゃぐ愛すべき家族たちが映っているではないか。

 

(見てるかな、黒乃ちゃん。私、幸せだよ)

 

 黒乃が心の中でそう呟くと、花火の騒音に混じり――――よかったね、お姉さんと……そう、聞こえた気がした。まさかね。なんて、黒乃はどこかおかしそうに小さく鼻を鳴らし、自らも愛すべき家族の騒ぎに身を投じるのだった。

 

 

 




かなり前の夏祭り回、誓いの花火というタイトルにしたのは全てここへ繋げるためです。
一夏と黒乃があの日語った家族設計を完全再現しつつ、2人がずっと約束を守り続けてきたことを表現するためです。
百春、千夏、秋十、一冬に関してはもう少し掘り下げたかったのが正直なところ。
気力が湧けば、番外編かなにかでそれぞれをメインにした話でも書ければ……いいなぁ。

なにはともあれ、紆余曲折はありましたがこれにて本編は完結です。
これまで応援してくれた皆様、本当にありがとうございました。
可能なら、またどこかでお会いすることはできたらと思います。
それでは。


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