瑞鳳の胸が大きくなる話 (宮園レイン)
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瑞鳳の胸が大きくなる話

初めてネット上に文章を晒します。拙い部分もあるかと思いますが、よろしくお願い致します。


 早朝、鳥の囀りが聞こえる某鎮守府。その空母寮の一室。

 ベッドには静かに寝息を立てる小柄な艦娘がいた。

 ライムグリーンのパジャマを纏い、普段は束ねている髪は解かれ、彼女の腰辺りまで降ろされている。これが軽空母艦娘『瑞鳳』の就寝スタイルだった。

 

「んん……」

 

 ふと目が覚めた瑞鳳は気怠そうに呻きながら、おもむろに上体を起こし、重い目蓋を擦ると、枕元の目覚まし時計へと目をやった。

 時計の針は朝の4時47分を指していた。鎮守府の“総員起こし”は5時であり、まだ13分ほど間がある。瑞鳳は少し損をした気分になったが、二度寝しているほどの時間もない。大人しく早めに起床することにした。

 瑞鳳はベッドから降りると、洗面所へ向かった。まるで重りが付いているかのように身体が重たかった。しかし、所詮はちょっとした違和感に過ぎなかったので、特にそこまでは気にしなかった。

 

 ――洗面所の鏡を見るまでは。

 

 寝ぼけ(まなこ)で鏡の中の自分を見つめる瑞鳳。そして自身の“ある部分”を見て、思わず絶叫した。

 

「え、ええええええ!? ちょっと、これどうなって……!?」

 

 幻覚でも見ているのだろうか、はたまたまだ夢の中なのだろうか。そんな心持ちで、瑞鳳はその部分にゆっくりと指をめる。いつもの僅かな柔らかさと、その向こうに感じる骨の硬さが感じられない。手の平には、ただ柔らかさと程よい反発が返ってくるのみである。さながら高級クッションのようだった。

 

「あはは……ま、まさか、ねぇ……?」

 

 瑞鳳は思わずパジャマのボタンを外し、自身の胸元を覗き込んだ。そこには、豊かな双丘と立派な谷間があった。昨日はなんともない――泣きたくなるほど平坦な胸であったのに、である。

 

 瑞鳳は慌ててパジャマの上を全て脱ぎ去った。パジャマのボタンの幾つかは糸が千切れてなくなっていた。締め付けられるのが苦手なので、彼女は就寝時には最低限としてパンツは穿いているがブラジャーは着けていなかった。結果、その全容が露わとなる。

 

 瑞鳳は鏡の前に立って自身の身体を凝視する。そこにはやはり大きなバストがぶらさがっていた。

 懐疑的な表情で、大きくなった自身の胸をプニプニとつついていた瑞鳳だが、やがて下から持ち上げたり、手の平で軽く鷲掴みにしたりして、その存在を確かめはじめる。しばらく胸を弄っていたかと思えば、今度はいそいそとタンスから巻尺をひっぱり出してきて、すぐにバストサイズを測り始めた。

 

「……嘘でしょ?」

 

 巻き尺の目盛りは87センチ、アンダーバストは66センチ――カップで表せばEカップとなっていた。元々は76センチのAカップだった瑞鳳にとって、なんとも驚異的な変化であった。

 

 現実離れした現実を前に、瑞鳳は思わずこんな言葉を零してしまう。

 

「こ、これが私の……胸?」

 

 一瞬うっとりしそうになった瑞鳳だが、すぐに自身の首を横に振った。

 

 ――いや、そんな都合のいいことがあるものか。あってたまるか。これは夢なんだ。

 

 今まで一航戦や二航戦の面々の胸を見るたびに、大きいなぁ、大人っぽい服似合いそうだなぁ、身長もあるし。などと思っていたのは確かだ。

 だが、それがどうした。あれでは弓が射りにくいじゃないか。弓を射るのなら私みたいなスレンダーの方が都合がいいのだと、心のどこかで巨乳を羨ましがっている自分に今までそう言い聞かせてきたのだ。だというのに、最近やっと気にならないようになってきていた矢先にこの有様である。

 

 ヒトの身体を得る瞬間からこれを授けてくれなかった神様に(もてあそ)ばれているように感じる一方で、この豊満な双丘が自分のものなのだと考えると、やはり嬉しかった。これで憧れの胸元が開いた大人っぽいドレスなどを着ても様になるだろうし、ついでに「瑞鳳、お前の格納庫はぺったんこで撫でやすいな」なんてバカなことをほざきながらセクハラを働く提督を見返してやることもできる。

 

 瑞鳳が一人で舞い上がっていた矢先、耳に染みついたラッパのメロディが聞こえてきた。

 

 ――起床ラッパだ。

 

 そう認識すると同時に、瑞鳳は着替えを始める。身に染み着いたいつも通りの行動だ。

 

 と、タンスの引き出しに指を掛けたところで、彼女は根本的な問題に気付く。

 

 ――この胸、普段のブラでは入りきらないのでは?

 

 瑞鳳は愛用しているブラを胸にあてがってみた。彼女の想像通り、サイズは合わなかった。合うわけがなかった。

 では、酒保に新しいものを買いに行こうか? いや、そもそもこの時間だと酒保が開いていない。ならば、かくなる上は……。

 

「……うぅ。しょうがない、かぁ」

 

 瑞鳳はこれから降り掛かる困難を前に、肩を落としてうなだれた。

 

 

 ◆

 

 

 コン、コン、コン。

 司令室のドアが叩かれた。

 

「瑞鳳です」

 

 秘書艦の名前を聞いた提督は「おう。入れ」と適当な返事を返した。

 

「お、おはようございます……提督……」

 

 モジモジしながらも、瑞鳳は入室した。提督は瑞鳳に目をやらず、執務椅子に座り手元の書類を熱心に読み込んでおり、瑞鳳の様子には気付く様子はない。それが瑞鳳には幸いだったというべきか、問題が先に送られただけと言うべきか。

 

「ああ、おはよう。早速打ち合わせといきたいんだが――」

 

 そう提督が言いかけ、書類から顔を上げると瑞鳳が視界に入った。但し、明らかに胸が大きくなっているが。

 

「……」

「……」

 

 瑞鳳は胸の辺りに提督の視線を感じると、恥ずかしさで身体が熱くなってくるのを自覚した。セクハラ提督を見返してやれると考えていたあの時の気持ちは、実際に提督に見られると、どこかへと吹き飛んでしまった。

 

「……瑞鳳」

「は、はい」

 

 提督の言葉に、瑞鳳は身体をピクリとさせた。

 私の胸を見て、提督はどう思っているのだろうか? 驚いているのだろうか? それとも……。

 しかし、続く提督の発言は瑞鳳には全くもって予想外であった。

 

「いくらぺったんこだからって、胸当ても着けられないくらいまで詰め物しなくてもよかったんじゃないか?」

 

 彼女は一瞬面食らったが、その次の瞬間には怒りが込み上げてきた。

 

 ――この提督、どれだけの無礼を働けば気が済むのだろうか。もし対象が私じゃなければ、本国に即更迭されるんじゃないだろうか。

 そんな思いに駆られた瑞鳳は、ぼそりと声を漏らした。

 

「……本物です」

「なんだって?」

「本物です!」

「いや、冗談だろう?」

「ホ・ン・モ・ノって言ってるでしょう!?」

 

 瑞鳳の怒りをどこ吹く風と言わんばかりに受け流し、提督は「へえ。そこまで言うなら、確かめてみるか」などと呟くと、瑞鳳の道着の襟元を開き、胸元をはだけさせた。

 突然のことに瑞鳳は呆気に取られ、抵抗出来なかった。

 

「ふぇっ……?!」

「ほう。これまた立派な……」

 

 提督は目を丸くしながら、少し開かれた襟の中から覗く瑞鳳の谷間を食い入るように見つめていた。

 一方の瑞鳳はと言うと、提督の行動に一瞬呆然としていたが、やがてハッとして提督の手を振り払い、道着の襟を正して胸の谷間を隠した。その顔は赤く染まっていた。

 

「あうう……」

 

 先ほどの怒りはどこへやら、恥ずかしさのあまり縮こまり、怯える小動物よろしく震える瑞鳳。その様子を見た提督はニヤリと口角をつり上げた。

 

「なるほど、これは確かに本物みたいだな」

「も、もう、いきなり何するの!」

 

 恥ずかしさに耐えて抗議の声を上げる瑞鳳に、提督は嬉しそうにこう付け加えた。

 

「おまけにノーブラときた」

「なんで今ので分かるのよぅ?!」

 

 瑞鳳はそう叫び即座に胸を両手で覆った。

 

「肩ひもが見えなかったから」

 

 提督は真顔でそう言い放った。瑞鳳は絶句した。

 

「……で、実際どうなんだ? もしかして俺の為にノーブラなのか? どうなんだ、ん?」

 

 今度はニヤニヤといやらしい笑みを顔に張り付かせて、提督は言った。

 

「そんなわけないでしょ!」

「じゃあ何でブラを着けてないんだ?」

 

 提督のからかうような質問に、瑞鳳は湯気が上がりそうなほど顔を真っ赤にすると、半ばヤケになって言い訳を始めた。

 

「だ、だって、しょうがないでしょ! 今朝起きたら、いきなりこんなに育ってたんだから! 持ってるブラじゃサイズが……」

 

 そんなことを口走ったものだから、このセクハラ提督は更につけ上がってしまった。

 

「そうかそうか。ふふふ、俺が毎日のようにまさぐってたからな。それで大きくなったに違いない」

「違うにきまってるでしょ!」

 

 もはや勢いに任せた反論しかできなくなっている瑞鳳。調子に乗った提督は、その程度では止まらない。

 

「さて、じゃあ今日はたっぷりとまさぐらせてもらおうか……」

「もういやー!」

 

 先ほど天の神様仏様に感謝していたのは間違いだったと、瑞鳳は深く後悔したのだった。

 

 

 ◆

 

 

「皆さん、お、おはようございます。こ、これより、本日の朝礼を行います」

 

 檀上の瑞鳳に、整列した全員の視線が集まっている。とは言っても、今日ばかりは彼女の胸に集まっているのだが。

 瑞鳳もまた、豊満になった自身の胸に視線が集まっているのを感じ、若干の恥ずかしさを感じていた。

 さっさと朝礼を終わらせたいその一心で、瑞鳳は連絡事項を読み上げていった。

 そうして恥辱に耐えながら、瑞鳳は全ての連絡を終えた。

 

「――連絡事項は以上です。何か質問はありますか?」

 

 この問いに対して、この場にいる艦娘一同が「お前の胸に何があった?」とつっこみたいと思ったことだろうが、実際につっこむ勇者が現れる様子はない――ように思えた。

 

「あのー。一つだけ、ええかな?」

 

ここで一隻の艦娘が手を挙げた。瑞鳳と同じ軽空母の龍驤だった。

 

「どうぞ、龍驤さん」

「……君、なんか胸がめっちゃ大きくなっとらんか?」

 

 龍驤の歯に衣着せぬ発言に運動場の艦娘たちが色めきたった。

 何とか乗り越えられるかと思いきや、ここでも赤面させられるはめになる瑞鳳だった。

 

「……えー、何のことでしょうか?」

 

 瑞鳳は普段と変わらぬ笑顔――のつもりで咄嗟(とっさ)に取り繕うが、真っ赤な顔にひきつり気味の表情、そして極めつけには道着越しでもゆさゆさと揺れているのが分かるほどの“小玉スイカ”。誰がどう見ても説得力は皆無だった。

 

「いや、誤魔化してもそんな劇的に変わっとったら誰だって分かるやろ」

「うっ。……や、やっぱり?」

「うん。バレバレやで。そのパッド。ちゅうかそれ、ボールか何かでも詰め込んでんのとちゃうの?」

「……詰め物じゃないの」

「なんやて?」

「だから、その……」

 

 ここまで言いかけて、瑞鳳はふと提督の時と同じパターンにハマっていることに気付いた。同じ轍を踏むのは御免である。そこで瑞鳳は強硬手段に出る。

 

「……あーもう! そんなのどうだっていいでしょ!? 朝礼でやることじゃないでしょ!? はい、伝えることは伝えました! 分からなかった人は個別に質問しに来て! はい解散ッ!」

 

 強硬手段、キレたふりをして怒鳴り散らす。

 

 あまりにも粗末な手段だが、怒鳴る瑞鳳の剣幕に艦娘たちは固まってしまった。

 やっつけ気味に朝礼を終了すると、瑞鳳は檀上から逃げるように降りたのだった。

 

 

 ◆

 

 

「……瑞鳳ちゃーん? 質問なんやけどー?」

 

 龍驤はそそくさと廊下を歩く瑞鳳に追いつくと、ぴったり横に並んだ。

 

「……はぁ」

 

 瑞鳳は額に手を当て、深く溜息を吐いた。どうせ、胸に関して追及されるに違いない。

 以前から龍驤も胸の小ささを気にしていることを瑞鳳は知っていた。

 しかし、龍驤は前世ではもちろん、艦娘となってからも、歴戦の軽空母であり瑞鳳の先輩である。だから、無下に扱うことも出来ない。

 

「胸のこと、ですよね」

「そうそう。よう分かっっとるやん」

「……私も、どうしてこうなったのかは分かりませんよ?」

 

 瑞鳳の言葉は本当だ。強いて言うなら、提督本人が言うように、提督に胸をまさぐられるセクハラを受け続けたのが原因かもしれないが、そんな理由でこうなったとしても是が非でも認めたくない。そもそも、まさぐられ続けて大きくなるのなら、日に日に育たなければおかしい。やはり普通の人とは違う、艦娘特有の原因があるのだろうか。

 

 しかし、それは龍驤を追い払う適当な理由付けだと龍驤は感じたのだろう、龍驤は食い下がってきた。

 

「そんなこと言わずに、教えてくれへんか? うちもセクシーボディになって、大胆な服とか着てみたいんよ」

「だから、本当に原因が分からないんですよ……」

 

 瑞鳳はいよいよ本気で困ってしまった。龍驤も悪い先輩ではない。むしろ瑞鳳に良くしてくれるいい先輩だ。仮に、これが自分の努力の成果ならば、瑞鳳も日頃のお礼として、そして同じ悩みを持つ同士として、方法を龍驤に教えただろう。

 

「……本当に分からんの?」

 

 瑞鳳の態度から内心を察したようで、龍驤は一転して真面目な顔でそう聞いた。

 

「はい……分かりません」

 

 目を逸らして気まずそうな表情の瑞鳳。すると、答えを聞いた龍驤は申し訳なさそうに微笑んだ。

 

「さよか。いや、ごめんね。無理言って」

「あっ、いえ。こちらこそすみません」

 

 いきなり先輩に謝られ、瑞鳳も恐縮してしまい、ペコリと頭を下げた。

 

「ほな、またね。あっ、今度服買いに行く時は呼んでぇな。一緒に選ばせてや」

「はい。それなら今度の非番にでも行きましょう」

 

 瑞鳳と服を買いに行く約束を交わして、龍驤は去っていった。

 

 

 ◆

 

 

「はぁ……」

 

 書類のチェックを終えた瑞鳳は、秘書艦用の執務机に突っ伏した。

 まさか、大きくなった胸がこんなに重たいとは思わなかった。おかげで肩こりもいつもより数段酷いように思える。

 時計に目をやると、もう夜の11時を回っていた。窓の外には満月が昇っており、夜の世界をわずかに照らしている。

 

「どうした、瑞鳳。具合でも悪いのか?」

 

 瑞鳳の様子を見て、提督が心配そうに訊ねてきた。

 こういった気配りは出来るのに、セクハラばかりしてくるのが本当に玉に瑕だと瑞鳳はつくづく思った。

 しかし、心配してくれるのは素直に嬉しかった。

 

「提督。その、胸のせいか、ちょっと肩が……」

「そうか。じゃあ俺が支えてやろうか、両手で」

「結構です」

 

 前言撤回。やっぱりただの変態だった。

 

「おや、残念だ。じゃあ揉んであげようか」

「揉むのは肩でお願いします」

 

 いつものように、提督の下らないセクハラジョークを適当に受け流す。今日はいつにもましてセクハラがの頻度が増えた。

 

「……はぁ」

 

 瑞鳳は、深く溜息を吐いた。

 

 あれほど憧れた巨乳も、いいことばかりではなかった。提督のセクハラは激しさを増すし、みんなにはガン見されるし、龍驤には申し訳ないし、肩は凝るし……。隣の芝生は青く見えるとは、まさにこのことか。

 

 実際になってみて分かったが、元々巨乳の人だって『苦労』という形でそれなりの対価を支払ってきている。自分だけが苦労しているわけではないのだ。そして、貧乳とて悪い部分だけではないのは自分が一番知っている。和服は胸がない方が映えると言われているし、自分に言い聞かせていた“弓も射りやすい”という利点もまた事実だし、世の中にはスレンダー美人なんて言葉もある。そう考えると、今まで巨乳を羨ましがっていたのがバカバカしく思えてきた。

 

「……ねえ提督」

「なんだ?」

「私の胸、前と今のどっちがいいと思う?」

「なんだ、いきなりだな」

「いいから答えて」

「……難しい質問だな。今の豊満な胸もいいが、あの可愛らしい小さな胸もいい」

「どっちなのよ、もう」

「どっちも、と言ったら怒るか?」

 

 瑞鳳は首を横に振った。

 

「ううん。怒らないわ。ただ聞いてみただけ。今日はセクハラがいつにも増して多かったから。大きい方が好みなのかなぁって」

「……瑞鳳、どうやら君は勘違いをしているようだな。まあ丁度いいタイミングだ。少し話をしようか」

 

 そう言って提督は席を立つと、瑞鳳へとゆっくり近づいていく。

 

「ど、どうしたの……そんな真剣な顔して……」

 

 瑞鳳が思わず椅子ごと後ずさりすると、提督はその分だけ更に近づく。また何かセクハラでもするのかと瑞鳳は警戒するが、提督の顔はいつもとは違い、いたって真剣だった。

 瑞鳳の背中が壁に当たり、遂に逃げ場がなくなる。提督は顔を至近距離まで近づける。瑞鳳はいつになく真剣な提督の眼差しに、思わず目を逸らした。そんな眼差しを直視してしまったら、どうにかなってしまいそうだった。

 

「瑞鳳、俺の目を見てほしい」

「……」

 

 恐る恐る、瑞鳳は提督に視線を合わせる。

 提督は息を凝らし、意を決して口を開いた。

 

「俺は、瑞鳳のことが好きだ。一人の女性として」

 

 瞬間、瑞鳳の心臓が高鳴った。鼓動のリズムが早くなっていくのを瑞鳳は感じた。

 しかし、提督の告白を瑞鳳はこう解釈した。

 

 ――提督は私のことが好き? ありえない。 大方、この大きくなった胸に釣られたんでしょ。

 

 それは、兼ねてより瑞鳳の心の中にあった感情を誤魔化すものでもあった。

 

「……やだなぁ提督、やっぱり大きい胸が好きなんじゃない。だから急に告白なんて真似をしたんでしょ。私は騙されませんよ」

「違う」

 

 きっぱりとした否定の言葉に、瑞鳳は面食らった。

 

「じゃあ……じゃあ、何でなのよ。こんなちんちくりんのどこがいいの?」

「全部だよ。ちんちくりんだろうが何だろうが、瑞鳳の全てが好きだ。愛している」

 

 再び真っ直ぐに想いを伝えられ、瑞鳳は思わず視線を外した。彼女の頬がみるみるうちに紅潮していく。

 

「……本気なの?」

「本気だ」

「いつから好きになったの?」

「初めて会った時から。一目惚れだったよ」

「……じゃあ、セクハラは? 好きな人にすることじゃないでしょ?」

 

 瑞鳳が容赦なく振りかざす正論に、提督はたじろいで思わず後ずさりする。やがて何か言い訳を言おうとしたのか、「そ、それはだな……」と口を開いてパクパクさせていたが、結局何も思いつかなかったらしく、申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「……すまん、君が可愛かったから、つい」

「ついって……もう、ホントにしょうがないんだから」

 

 理由があまりにもしょうがなさすぎて、瑞鳳はクスッと笑った。

 

「瑞鳳、これを君に。こんな形になってしまって申し訳ないが……」

 

 瑞鳳に青い小箱が差し出され、蓋が開かれた。中には銀の指輪が入っていた。その指輪が何なのか瑞鳳はすぐに分かった。

 

 これは、艦娘の能力を限界以上に高める『試製艦娘強化装備』だ。その形状は開発陣が気を利かせたのか、指輪の形をしているのである。

 極めつけに、運用には上層部への申請が必要だという。その申請が『必要書類に提督の名前と艦娘の名前を書いて提出』という手筈を踏んで行われるので、巷では『ケッコンカッコカリ』の俗称で呼ばれているらしい。

 現在では艦娘の人権は認められた一方、まだ戸籍を持つことまでは出来ないため、これを本物の結婚に見立てたり、これを以て婚約とする人間と艦娘のカップルもいるのだという。まさか瑞鳳自身がその当事者になるとは彼女も思ってもみなかったのだが。

 

「もし、君がよければだが……この指輪を受け取ってほしい」

 

 差し出される銀の指輪を前に、硬直する瑞鳳。それに対し、提督は真剣な眼差しで瑞鳳を見つめ続ける。

 実は、瑞鳳の答えは心の奥で既に決まっていた。恥ずかしさから公にはしなかったし、ことあるごとに提督がセクハラするせいでそういう雰囲気に持っていくチャンスも少なかったが、瑞鳳もまた提督のことが好きだった。

 

 勿論、提督のセクハラには随分と悩まされてはいた。しかし彼が指揮する作戦では、艦娘は勿論のこと、通常艦艇の乗組員からも犠牲を出したことは一度もなく、ここぞという時にはなにかと頼りになる男だった。

 それと同時に、先ほどの件にしても、提督は気が利く男でもある。 ある日、戦いへの不安を吐露した瑞鳳にも親身になって話を聞いてくれたりもしたし、他の艦娘にも同様に接していたのを秘書艦を務めていて何度か目撃した。

 

 そんな一面を見ていくうちに、瑞鳳は気が付けば提督を好きになっていた。

 

「……瑞鳳?」 

 

 フリーズしていた瑞鳳だったが、やがて感極まったのか、瞳を潤ませて頬を綻ばせた――かのように見えたが、今度は何か嫌なことでも思い出したかのように表情が曇る。嬉し涙であったはずの雫が、悲しみの涙に変わっていた。

 

「……ぐすっ」

「嫌、か。そうだよな、こんなセクハラ癖のある男にケッコン申し込まれても嫌だよなぁ……」

 

 提督はその涙を拒否の意だと判断し、がくりとうなだれた。

 

「違うの、そうじゃないの」

 

 瑞鳳は泣きながら首を振った。

 

「私、艦娘だから。人間みたいだけど、人間じゃないから……」

 

 小柄な身体を震わせながら俯いてすすり泣く瑞鳳を、提督はそっと抱きしめた。

 

「全く、君はやはりどこか抜けているな。さっき言ったことも忘れたのか」

「えっ?」

 

 提督の言葉に、瑞鳳は顔を上げた。

 

「“瑞鳳の全てが好きだ”と、そう言ったはずだ。そんな問題は最初から織り込み済みだ。その上で、瑞鳳が好きだと言ったんだ」

「……それ、ホントだよね? 嘘じゃないよね?」

「ああ。本当だ」

「……提督、私も好き。貴方のことが、好き。大好き。愛してる……」

 

 瑞鳳は提督の背に腕を回し、強く抱きしめた。

 

「ああ。俺も愛してる」

 

 どれほどの時間が経っただろうか。それは一瞬のように思えたし、永遠に近い時間であったようにも思えた。

 二人は再び向き合っていた。しかし、その心の距離は以前よりも近かった。

 

「瑞鳳、改めて言うよ。君に、この指輪を受け取ってほしい」

「……はい。喜んで」

 

 提督の求めに応じ、瑞鳳は左手を差し出した。その薬指に、提督はそっと指輪をはめた。

 

「これからも、よろしくお願いしますね。提督……」

 

 瑞鳳は満面の笑みを浮かべた。今度こそ、嬉し涙を流して。

 

 

 ◆

 

 

 瑞鳳は、龍驤と鎮守府の外にあるカフェで一服していた。余っていた椅子には、先ほど買ってきたばかりの洋服が入った紙袋が置いてある。

 

「あーあ、結局元に戻うてしもうたんか、残念やなぁ」

 

 龍驤は瑞鳳の胸を見て、まるで自分のことのように溜息を吐いた。

 瑞鳳の胸が大きくなった次の日、彼女の胸はいつも通りの大きさに戻っていた。

 念のため身体検査を行ったが、至って健康であること以外は何も分からなかった。艦娘については、まだまだ分からないことが多いようだ。

 

「そうですか?」

「そりゃそうやろ。あんなに大きな胸やったのに……ホンマ勿体ないわ~」

 

 元に戻ったことを、瑞鳳は悪く思っていなかった。むしろ、これで良いとすら思っている。瑞鳳にはどんな自分でも好いてくれる人がいるのだから、あの姿にこだわる必要はないのだ。

 

「確かにそうかもしれないですけどね。ふふっ」

 

 瑞鳳は左手の薬指に填められた銀色の指輪を眺めて、ニコニコと微笑んでいた。

 

 

 

 



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