首輪付きの提督さんなのです (久要平生)
しおりを挟む

一話「司令官さんとの出会いなのです」

旧1~3話
「出会い、そして司令官さん」
「施設見学、そして生活の始まり」
「夕食、そして翠の流れ星」
をまとめた修正版です

更に修正していくかもです


 

 ヒトヨンマルマル。午後2時。

 

 私、駆逐艦(いなづま)はそわそわと落ち着きなく執務室を歩き回っていた。

 

 

 場所はとある僻地の鎮守府の執務室。今日、我が鎮守府に着任する司令官さんを、私はその初期艦として執務室で待っていた。我が鎮守府、と言っても私自身今日到着したばかりなのでどこに何があるかすらまともに把握してないけど。因みに執務室を探しだすのに15分かかった。数百人を優に収容できる程の敷地は流石の広さである。

 

 

 しかし落ち着かない。仕方がないといえば仕方ない。慣れていないのだ、人間の身体で時間を潰すことに。

 

 私は、第一の生涯として第二次世界大戦を駆逐艦という姿で駆け抜けた。そして今の私……この人間の姿は、艦娘(かんむす)として二度目の生を受けたものであり、生まれてからまだ一月と経っていない。知識こそあるがヒトとしてはまるで幼いという事は否定し得ない。

 

 加えて外見は「駆逐艦は軍艦の中では最も小さい」という概念に引かれてか十代初頭であり、自分で言うのも何だが子供そのものだ。つまり何が言いたいかというと精神が幼いのである。駆逐艦として海を駆けていた頃とはワケが違う。感情のコントロールなどそう簡単に出来るものではない。

 

 

「どんな司令官さんなのでしょう……」

 

 誰に向けて放ったわけでもない独り言は執務室に溶けて消えた。優しい人だったらいいな、とか。怖い人だったら嫌だな、とか。様々な感情が心の中で渦巻く。悶々として、先程から執務室内をふらふらと歩きまわったり、頭を抱えたり、司令官の椅子に座ってその座り心地にもふもふしたり、落ち着きのない事この上ない。

 

 

 

 しばらくして……

 

 トントン、と控えめに執務室の戸が二度叩かれた。

 

「はひゃいっ」

 

 それに対して私は素っ頓狂な声で返事をした。人並み以上のはずの聴覚は執務室に近づいてくる足音を聞き取れなかった。緊張の極みが故である。扉がノックされるまで全く気がついていなかった。

 

 恥ずかしさに顔を赤くしながら、ぱたぱたと駆けてゆき急いで戸を開ける。私は背が低く、執務室の扉の取っ手は少々高い位置にある。私程度の身長の艦娘は他にもいるはずだが、なんとも不親切な設計だ、などと下らない事を考えた。そしてそのノブに手を伸ばす私は、必然的に()()()()()()()()()()()()()()()という、なんとも小さな子供らしい様相を呈する事になった。

 

 満を持して司令官さんとのご対面。のはずだったのだが、しかし……

 

「む……」

 

 まだ若い、20代前半か、ともすればそれ以下にも見える、とても顔の整ったその男性は小さく声を上げ、そのまま押し黙ってしまった。服装からは司令官さんであることが明らかだが、その首には真っ黒なチョーカーを付けていた。傍から見ればそれは犬猫に付けるような首輪に見えてしまうのだが、そういうファッションなのだろうか。或いは誰かに飼われているのか……いや、それは無いだろう。無いと思いたい。

 

 

 しばし、無言の時間が過ぎる。先程まで執務室を歩き回りながら司令官さんへの完璧な初対面での挨拶を考えていたはずだった私は、この状況に動揺し挨拶も自己紹介も、何もかもが頭から抜け落ちていた。

 

「……すまない、君の親御さんはどこかな」

 

 1秒が10分にも感じられる沈黙の後、司令官さんと思しき男性はそんな失礼なことを宣った。……いや、考えてみれば当たり前である。執務室を開けると(正確には私が開けたのだが)、そこにいたのは年端も行かない子供だ。艦娘としてのアイデンティティである艤装を装備していないので見た目こそただの子供以外の何物でもない。一応、服装で分からなくはないはずなのだが……。

 

「い、電なのです……あの、その、艦娘の……暁型四番艦の……」

 

 散々考えた挨拶はどこへ行ったのやら、頭の中がぐちゃぐちゃになった私はそんな情けない返答をした。尻すぼみに小さくなる声。最後の方は蚊の鳴くほどの声量でしかなかった。果たして聞き取って貰えただろうか。

 

「君が……そうか。あ、いや、申し訳ない。てっきり……」

 

 対する司令官さんも慌てたのか、そう口ごもりながら謝る。口にこそ出さなかったが、視線から「てっきり誰かの連れ子かと思った」と言おうとしていたことが容易に想像がついた。

 

 しかし司令官さんはすぐさま表情を和らげ、片膝をついて視線を私に合わせた。容姿も相まってまるでそれは騎士のようで、ちょっとだけどきりとする。この歳(艦だった頃も含めて)で面食いなのか私は。

 

「ええと、私が、この鎮守府の提督となる者だ。よろしく」

 

 そう言って手が差し出された。私もそれに応えおずおずと手を伸ばし、握手をする。大きくて、暖かい手だった。

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 不躾にならないようにそっと手を離し、お辞儀をする。顔を上げると、司令官さんがにこりと笑い、お辞儀を返してくれた。

 

 

 これが、私と司令官さんとの出会いであった。

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 

 この鎮守府に来る以前に、横須賀にある大きな鎮守府にて一通りの歴史や基礎知識に関して教育を受けた。

 

 

 世界は私が約70年眠っている間にまるで変わっていた。人と人との大戦は表面的には終結し、世界は手と手を取り合って前に進もうとしていた。そして日本は戦後素晴らしい発展を遂げ、連合国に食い込まんと成長をし、技術立国として先進国のひとつとなった。日本だけではない。紛争や抗争など小さな戦争こそあれど、広い目で見れば世界に平和が訪れていたように見えたらしい。

 

 そう、()()()なのだ。今述べたそれは数年前までの話である。それは即ち私が目を覚ます前の話であり、過去の話であって……

 

 今は、違う。

 

 

 二年前に突如現れた『深海棲艦(しんかいせいかん)』は、その平和を崩壊させた。人類による黄金の時代は終わりを告げ、人々は再び戦いの時代に飲み込まれていった。いや、世間的には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()となっている。しかしそれは情報操作による嘘以外の何者でもなかった。

 

 深海棲艦に既存の兵器はほぼ効果がない。艦娘無くして深海棲艦との戦闘は一方的な蹂躙であり、人間だけでは戦う術すら持ち合わせていないと言っても過言ではない。軍部が秘密裏に実戦配備していた『艦娘』(とその建造などを行う妖精さん)の存在がなければ、今こうして人間が存在することすら叶わないとすら推測されていた。

 

 だが、艦娘がいたとしても、その戦力差は歴然であった。鎮守府を増やし艦娘を次々と建造するものの、未だ本拠地の判明しない深海棲艦を破れずにいた。一戦一戦では人間側の勝利の方が圧倒的に多いが、海の底から()()()の様に湧いてくる深海棲艦の物量による戦いが相手では、次第に資源が不足し、艦娘が不足し、さらには妖精さんとの相性の合う()()のある……即ち『提督になり得る』人間が不足し。気が付けば劣勢になっていた。

 

 

 私は心配であった。戦いに駆り出される自分の身も心配といえば確かにそうだが、それ以上にこれから先の世界が、である。

 

 仕方ないとはいえ、現状人間側はその戦力の全てを艦娘に頼りきっている状況である。()()という不可思議な存在によって誕生から運用までの全てが成り立ち、その実態や内部機構が完全なるブラックボックスである艦娘のシステムは、未だに人間の手で解明することは叶わない。いつか妖精さんが一斉にストライキを起こした時、それは即ち人間の敗北の瞬間を意味する。いつでも人類が滅びうる環境での戦いという危険な綱渡りを続けている現状だった。

 

 そしてこのまま戦いを続けても、いつの日か敵の物量に押し潰され敗北する日が来るだけである。現状を打破するためにも艦娘の数を増やさねばならないが、それに必要な資材も既に生産が間に合わず、加えて提督の適正のある人間の発掘にも手間取っていた。最近ではその身分に依らずに適正のある人間なら提督にしているらしい。故にその人材の教育など間に合うはずも無く、無茶な艦娘の運用で鎮守府ごと自滅したり、心身の成熟していない提督が艦娘に手を出して返り討ちにあったり、などといった話も耳に入ってくる。下手すれば人が人の手によって滅ぶ可能性すらあり得る。

 

 

 

 そして、この鎮守府はというと。ここは本島、即ち前線からは離れており、比較的平和な場所であると聞いている。つまりそれは大本営からは距離があるということでもあり、何か緊急の問題が起きた時に対処が遅れる可能性は非常に大きい。鎮守府が攻撃されて助けを求めたが応援の到着は鎮守府が更地になった後だった……なんて話があり得ないとも言えない。笑えない冗談だ。

 

 そんなお粗末な最期は勘弁なので、艦娘として精一杯尽力する所存である。

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 

 不甲斐ない初対面から数十分後、私は司令官さんを連れて鎮守府を案内していた。

 

 

 私自身この敷地内にある施設の位置を大して把握していなかったので、私が案内すると言っておきながら実際は二人で鎮守府を散策しているだけに過ぎなかった。

 

「ここがたぶん工廠(こうしょう)なのです」

 

 中庭を抜け、ひとつの建物に相対する。ぱっと見は巨大な倉庫にしか見えないが看板を見ると確かに工廠と書いてあった。私はこの鎮守府で建造されたわけではなかったが、建造された鎮守府でその外観を見ていたのでこの建物が工廠であると推測できた。

 

「工廠というと、もっと機械がそこかしこにあったり人が働いてるものだと思っていたが……」

 

「艦娘や装備の建造には人は関わってないのです。ですが、妖精さんがいるのです」

 

 話しながら扉を開ける。中には二種類の、やけに丸みを帯びた巨大な装置が鎮座していた。艦娘を建造するものと、装備を建造するものだ。

 

 近づくと、装置の影から数体の小さな生物が姿を表した。肩に乗せられそうなサイズのそれこそが、妖精さんである。見た目は小さな人間であるが、常人では見ることすら出来ないというメルヘンな存在だ。

 

 しゃがんで手を差し出すと一人の妖精さんが手のひらに乗ってきた。殆ど重さを感じないことが、通常の生物ではないことを物語っていた。

 

「かわいいのです……」

 

 撫でてあげると、気持ちよさそうに目を閉じた。かわいい。

 

「ほう、これが妖精か」

 

 横では司令官さんも私と同様に妖精さんと戯れていた。

 

 

 

 しばらくほのぼのとした時間を過ごし、満足したのか司令官が立ち上がり装置に目を向けた。

 

「ここに資材を入れればあとは妖精がやってくれるんだったか」

 

「はいなのです。造れられるものは妖精さんしか分からないとのことです」

 

「つまりこちらで選べる訳ではないのか。見た限りでは資材の量は調整できるようだが」

 

「その調整によってある程度は結果が変わるらしいです。いっぱい入れると強い艦娘さんや強い艤装が建造されやすくなると聞いたのです」

 

「なるほど」

 

 司令官さんが装置に近付き、手を置く。と、それに呼応するように装置が唸り、電源が入った。それを見た妖精さん達が一斉に装置に向かう。

 

「いや待て、今は建造するつもりはない」

 

 その声に、装置は不服そうに蒸気を小さく吹き出すと、動きを止めた。機械のはずだが、言葉が通じているのだろうか……いや、妖精さんが操作しただけか。

 

 

 

「必要になったらまた来る。それまでのんびりしていてくれ」

 

「ではまた、なのです」

 

 バイバイと手を振る妖精さん達に別れを告げ、工廠を後にした。

 

 

 

 

 

 宿舎や談話室がある側の建物を見て回っていると、明らかに場違いな建物を発見した。 

 

 基本的にコンクリか金属で構成される建物が多い中、ここだけ木造。そして入り口は木のフレームの、すりガラスが嵌めこまれた引き戸だ。中に入ってみると靴箱があり、靴を脱いで上がるとその奥には分かれ道。そこにはそれぞれ「男」「女」と書かれた暖簾がかかっていた。

 

 そう、銭湯である。つまりここはこの鎮守府の風呂場だろうか。駆逐艦だった頃にこそあれど今は殆ど残っていないらしい事もあり、懐かしい物かと言われればそうなのだが……実際のところ船であった私が陸に上がれる訳もなく中を見たことも無い。つまり感慨など存在しない訳で。

 

 

「中も見てみましょうか?」

 

 そんな風に何気なく言ってから気付く。考えるまでもなく私は女で司令官さんは男性であって。「(一緒に)中も見てみましょうか」とも取れる発言は些か失敗であったと慌てて訂正しようとしたが、それよりも先に司令官さんは

 

「ほう、男用の風呂もあるのか」

 

 と、さっさと男性用の風呂へ進んでいってしまった。なんとも言えない気分になる。慌て損だ。

 

 

 すっかり忘れていたが、鎮守府の人員は大抵が一人の提督と複数名の(多くて百人を超す)艦娘で構成されている。つまり女性は何十何百人といる一方で男性はただ一人である。その一人のためにわざわざ風呂を作るのは無駄だと考えられて、提督用の風呂が存在しない可能性も十分にありえた。実際には提督用の男湯もあるのでその点では安心(?)である。

 

 しかし考えてみれば、鎮守府は提督一人でその全ての管理をする必要があるが、それは一人に任せるには少々重すぎる負担ではないだろうか。人員不足とは聞いているが、艦娘だけでなく施設や資材の管理までさせるのは如何なものかと思う。適性の如何を鑑みれば致し方がないが、しかしいずれ艦娘が増えてくると身体が足りなくなるだろう。

 

 いや、そのために秘書艦なるものがある。人が足りない故やむを得ず艦娘に提督補佐をさせているのだ。現時点では私がそれに当たる。責任重大だ。

 

 

 人員不足と言えばだが、この国で軍に属する人間は何万人と存在する。とても人員不足と思える人数ではないが、しかし私は人手が足りないと教えられた。何故そうなるかというと、提督になるには適正が必要になるのだ。先に述べたとおり艦娘の建造などは妖精さんの力添えあってのもので、()()()()()()()()()()()にしか妖精さんは協力してくれない。なんともおかしな話だが、実際妖精さんは相性によって仕事のするしないを選ぶらしい。その適性がある人の数がとても少ない。適性のない人間が鎮守府内にいるだけでも姿を見せなくなる程だという。それこそ、資材さえあれば生み出せる艦娘よりも適正のある提督の方が何倍も貴重な存在らしい。おかしな話である。

 

 

 

 話を戻して、私は浴場を覗いてみる。

 

「わあ、おっきい……」

 

 時間制で代わる代わる入浴するとしても、一日で計百人以上もの艦娘が入れるように設計された風呂場は驚くほど広かった。優に二十人は同時に入れるだろう。明らかに今の私一人だけで使う状態では持て余すが、ちょっとだけ、この広さなら泳いでも大丈夫かな、などと考えてしまった。

 

 

 

 

 

 ヒトナナマルマル。

 

 全ての施設をまわっただけで既に日が傾き始めていた。二人並んで執務室に戻ると、司令官さんが

 

「案内ありがとう。今日はもう特にすべき事は無い。あとは自由にしてていいぞ」

 

 と言い、更に、この鎮守府は新規のもので、引き継ぎではない。故に在籍している艦娘は私一人だけなので面倒な手続きやら書類などは殆ど無いし、必要なことはここに来る前に既に全部済ませてあるのだ、と続けた。

 

 加えて鎮守府(ここ)は戦いの第一線から離れた僻地にある。つまり、暇だからと建造などをしてもいいのだが、現在この鎮守府には餞別としてほんの僅かに資材があるだけで、使えばすぐに無くなってしまうのだ。訓練ですら無闇矢鱈としようものなら弾薬が尽きてしまう。

 

「電、君がいればここを守る程度なら十分だろう。現時点では慌てて艦娘を揃えても無為に資材を減らすだけだ」

 

 とは司令官の弁である。いや待て、と思う。駆逐艦一隻で防衛は流石に難しいだろうし、もう一隻軽量の艦娘を増やす程度なら資材は十分にあったが、どうやらこの人は貯蓄が好きなようだ。或いは資材を貯めて大型艦を建造するつもりだろうか。それまでの間の防衛でも、私だけでは荷が重すぎる話だが……。

 

 と、そのままを考えを伝えたが、司令官さんは柔和な笑みを浮かべるだけで否定も肯定もしなかった。次に資材が送られてきたら流石に建造して貰いたいな、さらに言えばもし建造されるのがお姉ちゃん達(暁型)なら嬉しいけど。などと考えながら執務室を出た。

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 日が完全に落ちて、私は自室で司令官さんに関する書類を読んでいた。

 

 私に関する書類も同様に司令官さんに渡されているはずだけど、読んでくれただろうか。いや、真面目そうな司令官さんなら読んだはずだ。私のベースとなっている駆逐艦「電」のデータだ。私は何度も味方とぶつかって、そう、物理的にごっつんこしてばかりで、もしかしたら司令官さんに笑われてしまったかもしれない。それはちょっと恥ずかしいけど、でも私の駆逐艦としての一生に誇りはあっても恥はない。そう考えている。日本のために必死に頑張ったのだ。

 

 閑話休題。私が今見ているのは司令官さんのデータ。年齢は21歳、身長173cm、体重が……ちょっと軽いかな、なんて。軍人さんと言うともっと筋肉質でごつごつしてるイメージだったが、司令官さんはそれこそ筋肉があるのか心配になるほど細い。言ってしまえば華奢だけど、ちんちくりんな私が言えることではない。更には21歳という点。やはり彼は軍人ではないのだろう。一般人から選定された適性持ちに違いない。言葉遣いも然りである。

 

 そして、司令官さんは白い透き通るような髪と猫のような金色の目をしている。どう見ても日本人ではない。しかしこの書類では生まれも育ちも親も、名前まで全てが日本人となっていた。他の人のデータと間違えているのかとも思ったが、貼られている顔写真は司令官さんのものだった。

 

 さらに見ていって、経歴。そこにはごくごくありがちなことしか書いていなかった。どこで生まれてどのように育ってうんぬんかんぬん。そして提督の適正が見付かって(恐らく半強制的に適正調査を受けさせられたのだと思うけど)提督に任命、と書いてあり従軍経験は無いに等しい。まあ予想通りである。

 

 

 結局、かかった時間に対して得る情報は特になかった。ただの一般人を紙に書いたような内容に拍子抜けする。と同時に司令官さんが私の服装に気付かなかったことに納得した。知らなければ気付くことも出来ない。

 

 と、ふと鼻が良い匂いに反応する。時計を見る。フタマルマルマル、夜8時をまわっていた。おなかがきゅう、と鳴る。漂ってくる匂いから肉を焼いたのだと推測する。料理しているのは司令官さんだろう。そういえば夕食の事は毛頭考えもしていなかった。手伝うべきだっただろうか。

 

 因みに他の鎮守府では、料理をしてくれたり、甘味を作ってくれる艦娘がいるらしい。勿論うちにはいないので、これから先自分達で用意せねばならないようだ。妖精さんがしてくれると言う話は聞いていない。

 

「お手伝いしなきゃ……」

 

 書類を机に置いて自室を出る。今回は司令官さんが作ってくれたが、いずれ私も作らなければいけない。しかし、つい先日生まれたばかりの私には包丁を持ったことすらない。料理もできるようにならなければ。洗濯物も自分達でやるのだろうし、掃除も同様。僻地の鎮守府では仕事以外のやることが多いと気付かされた。

 

 

 

 

 

 食堂の戸を開けると、食欲を刺激する良い匂いが全身を包み込んだ。またおなかが鳴いた。

 

「今作ってるから、ちょっとだけ待っててくれ」

 

 そう言いながらフライパンを振るう司令官さんは料理人のよう。しかし、よくよく見ると司令官さんの周りを世話しなく走り回る姿がある。妖精さんだった。

 

「料理始めたらどこからか出てきて手伝ってくれてるんだ」

 

 ぽかんとする私を横目で見ながら司令官さんはそう言った。その手もとでは妖精さんが焼いている肉に塩胡椒を振りかけたり、デザート用のスプーンで味噌汁の味見をしたりしている。ご飯はというと、便利なもので炊飯器が自動で炊いてくれていた。

 

「何かお手伝いすることありますか?」

 

「じゃあ、その棚にお皿があるからそれを出してくれ」

 

 頼まれて見てみると、執務室の扉とは違って低い位置に食器棚があった。こちらは駆逐艦のことも考えてくれているらしい。茶碗と汁椀と平皿を二人分出してシンクに入れる。水道やガスなどのライフラインはしっかり通っているようで、蛇口を捻ると透き通った水が流れる。初めて使うであろう皿は念のため水洗いしておく。

 

「ありがとう、助かる」

 

 司令官さんのその言葉に、心がふわりと暖かくなるのを感じた。これではまるで親の手伝いをして誉められた子供だ。出来上がった料理をさらに盛り付け、卓に並べる。

 

 

「「いただきます」」

 

 手を合わせ声を揃える。卓の上では手伝ってくれた妖精さんたちも真似して手を合わせていた。

 

 食べながら、目の前の司令官さんを見る。まるで日本人には見えない司令官さんが当たり前のように日本食を作り、箸を使いこなして食べていることが少しだけ不思議に思えた。すると、私の視線に気づいたのか、

 

「私は日本人に育てられてね。日本の食事には慣れているんだ」

 

 とだけ話してくれた。書類にあった日本人の親は、司令官さんの育ての親なのだろうと推測された。孤児だろうか。疑問はあったがプライベートな事だ。それ以上踏み込むことはしなかった。

 

 ちなみに妖精さんたちは小さな小さなおにぎりと、繊維状になるまで細かくした肉を頬張って食べていた。

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 食事の後、風呂に入ろうと思って、そこではたと気づく。私一人しか使わないのに、あの大きな浴場を使うべきなのだろうか、と。要は無駄が多すぎるのだ。水然り、それを沸かすための燃料然り。大戦の頃と違って資源が豊富にあるとはいえ、勿体無いものは勿体無い。無駄遣いはすべきではない。

 

 しかし代替案が浮かばない。部屋にシャワー等は付いていない。結局私だけでは答えは出ず、司令官さんに聞いてみることにした。

 

 

「なら男湯を使えば良い」

 

 ちょっとした、例えば「箸が使いにくいです」と聞いたときに「ならスプーンを使えば良い」と答えるような軽さで司令官さんは返事をした。人によっては怒るような返答である。あるいは私が子供だから、一人の女として見られていないのだろうか。……いや、むしろ女として見られていた方が問題か。

 

 ともかく、司令官さんは私を何だと思っているのか。ぷんすこ、と憤慨していると

 

「言い方が悪かったな、すまない。ここ執務室のみ、忙しい提督用に簡易的なシャワーが付いているんだ。私はそれを使うから君は男湯を使って欲しい。男湯ならひとりふたりが入るのに十分な広さだから問題ないはずだ」

 

 まあ私は忙しくないがな、と笑う司令官さん。確かにそれなら……と受け入れても良かったが、

 

「そうすると今度は司令官さんがシャワーだけの生活になってしまうのです。それはダメなのです」

 

 司令官さんに負担を強いるために提案したのではない。それでは意味がないのだ。

 

「いや、問題ない。シャワーだけの生活には慣れている」

 

 せっかくが風呂があるのに入らないのは勿体無いというものだ。しかしそのままを伝えてもこの人(司令官さん)は「大丈夫だ」と取り合ってくれないだろうという事が容易に想像ができる。どうしたものか。

 

 ああ、そうか。使うのは男湯であっても、時間をずらして順番に使えばいいのではないか。簡単なことじゃないか。では早速それを提案しよう。

 

 

「シャワーじゃなくて、私も一緒に男湯が良いのです」

 

 

 それを聞いた司令官さんは一瞬目を丸くし、しばらく沈黙した後に何か合点がいったように頷いて、

 

「分かった。じゃあ行くか……」

 

 と私を連れて風呂に行こうと……

 

 

「ちがーうのです!」

 

 

 先ほどの私の言い方では圧倒的に致命的に言葉が足りなかった。司令官さんは「一人では心細いので二人で一緒に入りたい」と言う何とも子供らしいと言えば子供らしい意味で受け取ったようだ。そうじゃない。

 

 

 

 

 その後私は顔を真っ赤にしながら訂正をし、ようやく事なきを得たのだった。

 

 そんなこんなで、波乱の第一日が終わった。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 深夜

 

 トイレへ行きたくなり目を覚ました。部屋を出て、刀のように鋭い三日月の明かりがうっすらと差し込む廊下を歩く。暗いのは若干怖かったが尿意には逆らえないのでおっかなびっくり壁伝いに進む。

 

 と、窓の外から別の光が目に入り、そちらに視線を向けた。海面を一筋の薄く(みどり)の光が地平線に向かって滑っていた。

 

「流れ星……?」

 

 寝ぼけていた私はぼんやりをそれを見つめるが、それは数秒で地の向こうへ消え去ったので、欠伸を一つしてトイレに向かったのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

早朝訓練、そして未熟

 マルロクマルマル

 

 私、電はのどかな小鳥のさえずりに目を覚ます。うーんと背伸びをしてからベッドから降り、窓を開ける。どこまでも青く広がる空と海が一日の始まりを告げていた。

 

 服を着替えて、髪を整える。背中までかかるほど長い後ろ髪を持ち上げ、頭の後ろでとめる。左利きの私は右手で髪を掴むのだが、手が小さいのかどんくさいのか、いつも一度に後ろ髪を全て掴むことができない。その結果、左半分の髪をとめることが出来ずアシンメトリーな髪型になってしまっていた。

 

 

 5人横並びになっても余裕があるような幅広い廊下を歩いて行く。コツコツと無機質な音が靴から響く。数分もしないうちに執務室に着き、戸を叩く。

 

「おはようございます、司令官さん」

 

「おはよう。入ってきてくれ」 

 

 背伸びしながら戸を開ける。司令官さんは執務机で何かの書類に書き込んでいた。

 

「ん、まだ六時か……電、明日から起床時間は八時で良い」

 

 軍の人間はマルロクマルマルに起きるように決められている。はずだが、司令官さんはこう言った。

 

「艦娘とはいえ、君の歳格好を考える限りでは六時起床は早すぎる。九時起床にしてもいいが、どちらが良いかな」

 

 私はむっとした。子供扱いされていることに。

 

「六時起床で大丈夫なのです」

 

 私の表情に気付いたのか、司令官さんが「しくったな……」と小さく呟く。

 

「言い方が悪かった、すまない。では……そうだな、七時で良いだろうか」

 

 七時なら……と、首肯し、明日からの起床時間が決定された。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

「朝食前に少々訓練をしよう」

 

 最後の書類に判を捺して脇にどけ、司令官さんがそう告げる。

 

「ここに来る前にどの程度の訓練を受けたんだ?」

 

 私は司令官さんが着任する以前に「初期艦養成所」なる場所である程度の知識を得ていた。講義をしてくれたのは空母の艦娘さんだった。

 

「座学は受けたのです。あと基礎的な動きも教えてもらいました」

 

「実戦は?」

 

「いえ、まだなのです」

 

「じゃあ、的当てからやるか」

 

「はい!」

 

 

 埠頭に設けられた出撃ドックで艤装を装着する。無骨な金属の塊を背に固定すると、体の奥の方で何かが繋がった感覚がして、艤装の砲塔が動かせるようになる。

 

「ふわぁ……」

 

 全身に力が漲る。肉体強化の効果があるらしく、体重の何倍もあるはずの艤装に振り回されず、軽やかに動ける。水に足をつけると、沈むことなく水面で反発された。頭の中で水面を滑る様をイメージすると、足元から推力が生まれ前に進み始める。

 

ドックを出て訓練場へ向かう。水面を進む程度なら訓練を受けていたので問題はない。陸を見ると堤防から司令官さんが見ていた。

 

『ではまず、目標に当ててみてくれ』

 

 胸に付けた無線機から司令官さんの声が聞こえる。

 

 約50m先の水面に浮くブイに立てられた的を見る。

 

「はい!命中させちゃいます!」

 

 威勢よく返事をして、左脚を引いて右肩を突き出し、砲撃体勢を取る。私の神経や意識にリンクして右肩の12.7cm連装砲(訓練用)が向きを変える。

 

 一秒、二秒……大きく息を吸って体に力を入れる。

 

「発射なのです!」

 

 空気を震わせる爆音とともに弾丸が撃ち出された。

 

 衝撃で僅かに後ろに滑る。耳にびりびり響く轟音で一瞬視界がホワイトアウトする。

 

 しかし発射された弾丸は的の横1mの位置を通り過ぎ、数百メートル沖に水柱が立った。外れだ。

 

「当たらなかったのです……」

 

 悔しさに思わずため息が出る。

 

『いきなり当てろとは言ってないさ。その内当てられるようになれば良い』

 

 司令官さんから慰めの言葉がかかる。

 

『もう一度だ』

 

「はい!今度こそ!」

 

 的をキッと睨み、再度砲撃体勢を取った。

 

「主砲、発射なのです!」

 

 

――― ――― ――― ―――

 

『いい時間だな。ここらで切り上げよう』

 

 私は肩で息をしながら、脱力する。

 

 あの後10発以上撃ったが、一度しか命中しなかった。しかしそれも的の端をかする程度。発射の衝撃でひっくり返ってしまうこともあった。

 

『誰だって初めから百発百中するはずがない。とりあえず朝食にしよう』

 

 私はうなだれながら、出撃ドックへ向かった。

 

 

 ドックを出ると、司令官さんが待ってくれていた。

 

「悔しいのは分かる。俺だってそういう時期があったさ」

 

「司令官さんも同じ経験が……?」

 

「まあ、な。撃っても撃っても避けられてかすりもしない。向こうのは一方的に当たるのにな」

 

 軍の頃の話だろうか。模擬弾での訓練での話かな。

 

「朝食が終わったらまた訓練をしよう。私も手伝う」

 

 そう言うと食堂に向かい歩き始める司令官さん。

 

「はい……」

 

 私は力なく返事をして、司令官さんの後に続いた。

 

 




今回は短くてすいません
砲やらの知識が無いもので調べながら書いてたらめちゃ時間かかりました
出撃ドックって表現で大丈夫かしら……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

基礎訓練、そしてアクロバット

 朝食はパンとソーセージにレタス、そして牛乳の簡素なものだった。

 

 パンは食パンの上にマヨネーズで四角く堤防を作ってその中に玉子を落とし、オーブンで焼いたもの。司令官さん曰く「簡単に高タンパクで良い」らしい。おいしかった。

 

 

 食後の休憩と称して、堤防脇の広場で基礎的な訓練をすることになった。訓練と言っても砲撃の際の姿勢などの動きの少ないものをするらしい。

 

「まず、先ほどの君の動きを見ていて分かったことだが」

 

 司令官さん自ら教えてくれている。

 

「砲撃の時もそうだったが、基本的に重心が高い」

 

「重心……ですか?」

 

「そうだ。わかりやすい方法がある。その場で足を肩幅に広げて立ってみてくれ」

 

「はい」

 

 「安め」の姿勢を取る。と、司令官さんが近づいて、

 

「いきなりですまないが」

 

 私をどん、と突き飛ばした。

 

「ふにゃあっ!?」

 

 押された力こそ軽いものだったが、私はそのまま後ろへ倒れそうになる。

 

 しかし司令官さんが私の背に手を回し、受け止めてくれた。

 

「はわわ……」

 

「驚かせてすまなかった」

 

「だ、大丈夫なのです」

 

 倒れそうになったことよりも背に回されたおおきな手に、恥ずかしいのか何なのかよく分からないが、心がもにょもにょする。

 

「では、次にさっきの姿勢から膝を曲げてまっすぐ腰を落として」

 

 私を再び立たせた司令官さんが指示をする。言われた通りにすると、

 

「今度は不意打ちとはいかないが」

 

 と言いながらまた私を、今度はさっきよりも強く押した。警戒していたとはいえ倒れないように踏ん張る。一歩後ろに下がりながら、しかし耐えることができた。

 

「これが重心を下げるということだ。低ければ低いほど良い……といっても限度はある」

 

 なるほど。確かに朝の私は腰を落としたりせずにそのまま撃っていた。それで衝撃に耐えられずに転んでしまったのだろう。

 

「衝撃に耐えるというのもそうだが、重心が低いほうが砲撃も安定するだろうな」

 

「すごいのです!」

 

「よし、では続いて……」

 

 司令官さんの講義は続く。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 一時間ほど様々な事を教わった後、艤装を付けた。しかし場所は海ではなく先ほどの広場だ。

 

「資料で読んだが、艤装というものは神経リンクされているらしいな」

 

「なのです。操作は心の中で思い浮かべるだけなのです」

 

 艦娘の艤装は手元で何か操作する訳ではない。頭の中で命じることで敵を狙ったり撃ったりする。空母の人は飛ばした艦載機とも繋がっていて、艦載機から見える光景を見ることができるらしい。

 

「なら話は早い」

 

 と何か納得した様子で司令官さんが私に何かを差し出す。受け取るとそれはライトとビニールテープだった。

 

「それを主砲の上にくっつけてくれ。できるだけ砲と向きがずれないようにな」

 

 言われたままに主砲の先にテープでとめる。スイッチを入れると赤いレーザーライトが十数メートル先の建物の壁に赤い点を映し出した。

 

「ではそれを私に当てて」

 

 司令官さんに主砲を向けるのは少々気が引けるが、言われた通りに方の向きを変え司令官さんにライトを当てる。目に当てると危ないかもしれないと胸のあたりに留める。

 

「今から私は動き回る。その場で私から外れないように砲を動かしてそのライトを当て続けるんだ」

 

 なるほど砲のコントロールの訓練をするのだということが分かった。しかし司令官さん自ら的になるとは……。

 

 そんな事を考えていた私は、次の瞬間驚きの声を上げることになる。

 

「いくぞ」

 

 の言葉と同時に司令官さんがすさまじい速度で駆け出した。明らかにアスリート顔負けの速さである。

 

 慌てて砲を操作するが、司令官さんを補足し続けるのは難しい。右を向き過ぎたり、あるいは左にずれたり。

 

 ある程度行ったところで、司令官さんが切り返して再び走る。

 

「縦方向の動きも加えるぞ!」

 

 そう言って司令官さんは広場の垣根を跳び越す。更には壁を蹴って跳ね上がったり、街灯を掴んで宙返りしたりと細身の体型からは考えられない動きを繰り返す。

 

 砲を動かして狙い続けるだけなのに、ここまで難しいのか。意識を集中しているうちに、私はじっとりと汗をかいていた。

 

 しばらくして、司令官さんが戻ってくる。だが息は上がっておらず、汗一つない。まるで今まで椅子に座っていただけとでもいうかの如くである。

 

「どうだ、意外と難しいだろう」

 

「はい、難しいのです……」

 

 司令官さんの身体能力は驚愕以外の何物でもなかったが、目下の問題は私である。

 

「聞くが、狙うときに『もっと右、いや左だ』みたいに考えていただろう?」

 

「そ、その通りなのです。なんで分かったのですか?」

 

「私が昔そうだったからな」

 

「昔……?」

 

「いや、そうだな。同じような経験があるだけだ」

 

 司令官さんは過去に艦娘だったことでもあるのだろうか。

 

「答えは単純だ。電、私を目で追えたか?」

 

「はい、目で追うことなら出来たのですが……」

 

 流石に目で追えないほどの動きではない。そんな動きをされたら司令官さんが人間であることを疑う。

 

「なら、簡単な話だ。目も艤装も神経で脳とつながっているんだ」

 

「あっ……なるほど」

 

「そうだ。やることは同じ。目で追うように艤装でもすればいい」

 

 厳格に言えば艤装に目はついていないがな、と続ける司令官さん。

 

「でも、そのポインターが目の代わりだ。と考えれば……」

 

「同じように出来そうなのです!」

 

「ああ、それには時間はかかるだろうがな。毎日繰り返せばその内無意識に出来るようになる」

 

 にっこりと笑う司令官さんだが、その目はどこか遠く……まるで昔の記憶を思い起こしているようだった。

 




ノーロックモード縛りでのスミちゃんとの訓練の賜物である

感想ありがとうございます とても励みになります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

警報、そして飴玉

 ヒトゴマルマル

 

 私、電が司令官さんと執務室で事務仕事をしていると、執務机の上のアラートが鳴った。

 

 10km程沖に浮かべてあるブイのセンサーが移動する物体を感知したらしい。

 

 この鎮守府は僻地にありあまり深海棲艦との戦闘は無いらしかったが、とはいえゼロではない。海が続く限り深海棲艦が出現する可能性はある。早いか遅いかの違いでしかない。

 

「も、もう実戦なのですか……」

 

 緊張する私を他所に司令官さんは涼しい顔で

 

「大丈夫だ。慌てるのは仕方ないが出来る限り平常心を保て」

 

 と諭した。確かに無駄に体に力が入っていると思わぬミスをするかもしれない。私はその場で大きく深呼吸をする。

 

「とりあえず電は出撃ドックで艤装のチェックをしていてくれ。私はセンサーの情報を確認してくる」

 

 そう言って司令官さんが執務室から出て行く。私もそれに続いて執務室を後にした。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 出撃ドックで艤装に問題がないか確認する。主砲よし、魚雷よし。

 

 装備してみても訓練用と同じ感触だが、しかし込められているのは実弾である。思わず手が震えそうになるのをなんとか抑えこむ。

 

 と、小さく何かの駆動音が外から聞こえた。次いで何か別の音がして、その音は遠ざかってゆくように小さくなり、消える。再び無音が訪れる。聞こえるのは波の音だけ。

 

 一瞬の出来事に驚きながら、ドックから顔を出し海を見る。しかし何もない。

 

「何だったのでしょうか……」

 

 疑問に思いながらも、艤装の点検を再開した。

 

 

 数分して、司令官さんが来た。その表情はやはり落ち着いている。私とは大違いである。

 

「準備はいいか?」

 

「問題ないのです」

 

「よし。状況は逐一無線してくれ」

 

「はいなのです!駆逐艦電、出撃します!」

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 結論から言うと、該当位置には空のドラム缶が浮いているだけであった。それがレーダーに写っていたのだと思われた。拍子抜けである。私の覚悟や意気込みは無駄になってしまった。

 

「ドラム缶と深海棲艦を間違えるなんて……」

 

 艤装を外しながら愚痴る。

 

「レーダーも万能ではない。こんなこともあるさ」

 

 飄々と言ってのける司令官さんはまるで初めから全て分かっていたようにすら見えた。本当にこれを予想していたのだとしたらとんでもない人である。

 

「まだ実戦をするには力不足であることは否めない。むしろ敵じゃなくて良かったよ」

 

 その通りだった。やる気こそあったが、私にはそれに匹敵する力量がまだないのだ。戦ったとして勝てるとは限らない。

 

「では、引き続き執務室でお仕事だ。先に行ってる」

 

「はいなのです」

 

 いつか勝てるようになりたい。いや、勝てるようにならねばいけない。深海棲艦に勝って、平和を取り戻すのだ。

 

 意気込みと決意を胸に、取り敢えずは事務仕事を処理するために執務室へと足を向けた。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 フタヒトマルマル

 

 ベッドを整えていると、部屋がノックされた。返事をすると、司令官さんから

 

「星を見に行かないか」

 

 扉越しにお誘いを受けた。

 

 断る理由もないので司令官さんに連れられて中庭に出る。見上げると空いっぱいに星が輝いていた。

 

「わぁ、綺麗なのです」

 

 海辺の道には街灯があるが、中庭は星を邪魔する明かりは特にない。今にも落ちてきそうな星々は手を伸ばせば届くかも知れないと錯覚させるほどで。

 

 無意識に、手を伸ばしていた。

 

 もちろん、届かないことなど分かっている。それでも……。

 

 隣の司令官さんが笑ったような気がした。優しく、慈しむように。

 

 挙げた手に何かが触れた。咄嗟に握り込む。一瞬、ほんの一瞬だけ、星をつかめたかと思った。手を広げてみるとそこには小さな飴があった。司令官さんの仕業だろう。

 

 袋から取り出して口に頬張る。あまい。

 

「昔話をしよう」

 

 不意に司令官さんが切り出した。そちらに顔を向けるが、背の低い私からでは司令官さんの表情は見えない。

 

「ある青年がいた。名をダン……いや、何かのヒーローから名前を借りていると言っていた。彼はヒーローになろうとしていた。あの世界のヒーローに。

 

 しかし彼は不器用な男でな、こう言ってはなんだが、頭も良くはなかった。よく相談されたよ。「俺には向いてないのかな」と。彼は心こそヒーローだったが、何分若くてな。実力も不足していたし気も弱かった。

 

 しかしまあ……彼はそれで良かったんだ」

 

 そこで一区切りをつけ、星を見上げる司令官さん。

 

「気負うのもわかる。大きな目標も大事だ。だが、それが大きすぎた時、人は小さなものが見えなくなる。電、君は強くなる、まだ先の話だが……。しかし早いうちに言っておこうと思ってな。それだけだ」

 

 静かな時間が過ぎてゆく。私は司令官さんの言った事の真意を掴みかねていた。焦る私を諌めてくれたのだろうか、それとも力の及ばない私を叱責したのだろうか。

 

 結局答えは出ないまま、

 

「時間をとってすまなかった。明日は七時起床だ。おやすみ」

 

 司令官さんは戻っていってしまった。

 

「ヒーロー……かぁ」

 

 そう独り呟いて、口の中で飴玉を転がした。

 




モロさんて公式で何歳か判明してましたっけ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

肉体言語、そしてスト

 晴れた午後、私は司令官さんと中庭にいた。

 

「今日は肉弾戦の訓練をする」

 

 そう告げる司令官さんに私は疑問で返す。

 

「艦娘で肉弾戦なのですか?」

 

 当たり前の質問だ。砲を撃ちあう艦娘に殴りあいの機会はほぼないはずだ。そう伝えると

 

「逆に聞くが、弾が切れた時や砲に被弾して撃てなくなった時どうする?」

 

 その時は素直に逃げ帰るしか無いだろう。拳を武器に突っ込んでゆく気概など流石に持ちあわせてはいない。

 

「確かに逃げることは大事だ。無茶はいけない。ただ、敵が後一体だけだった時はどうだろうか。あるいは引くことも出来ないような状況にあったら」

 

「確かにその時は必要になるかもしれませんが……」

 

「それにさっき「ほぼない」と君は言った。可能性がゼロではないことは君自身分かっている」

 

 そう言われると痛い。戦場に絶対が存在しないことくらいは理解しているつもりだ。

 

「なら訓練だけでもして損はない」

 

 既に私の気持ちは揺らいでしまった。なら訓練すべきだと腹をくくる。

 

「分かりました。お願いします」

 

「よし、じゃあ……」

 

 

 

 私は今、艤装に括りつけられた錨を取り外し手に持っている。幸いなのか災いなのか、私は肉弾戦に向いている武器を所持していたのだった。

 

 そして対峙するは生身の司令官さん。如何に身体能力の優れた司令官さんとはいえこれはいかがなものかと思う。間違って錨が当たってしまえはその瞬間私は一生消えることのない後悔と共に余生を過ごすことになる。たまったものではない。

 

「さあ、いつでも来い」

 

 両手を広げて私に微笑みかける司令官さん。私の心情などお構いなしである。

 

「どうした、艦娘様は貧弱な人間ごときに手を挙げる必要もないとでも言うのか?」

 

 安い挑発だ。頭では分かっていても少しムッとする。本当に攻撃しても良いのだろうか、いや、司令官さん自らやれと言っているのだ。少しばかり痛い目を見ればいまやろうとしていることがどれほど馬鹿げているか分かるはずだ。絶対に怪我の無い程の軽い力で一発当ててしまえば終わり。いつもの射撃訓練に戻れる。

 

 そう、思っていた私の目利き力の無さを数秒後理解することになる。

 

「じゃあ……気乗りはしませんが……いくのです!」

 

 一歩踏み込んで下段に構えた錨を振り上げる。勿論精一杯加減して。

 

「やっ!」

 

 しかし錨は空を切る。司令官さんが一歩下がったのだ。

 

 勢いのままに錨を振り上げ、前に出ながら振り下ろす。今度は避けられないように肉薄しながらだ。

 

 

「まあ、分かっていたことだが……」

 

 小さく司令官さんが呟いたのを聞いた次の瞬間、私は地面に大の字に寝転がっていた。

 

「えっ……」

 

 理由は簡単で、私の錨を司令官さんが上から押して無理やり速度を付け、更に錨に振り回された私の無防備な足を払っただけだった。完全に姿勢を崩した私はそのまま倒れたのだ。

 

 

「言っておくが、手加減はするな」

 

 司令官さんが私を見下ろして言う。

 

「といっても、君は優しいからな……どうしたものか」

 

 私の手を掴んで引き起こしてくれる。今の私は艤装の重さもあって100kgは下回らないはずだが……。

 

「もう一度だ。私が十分だと思うまでこの訓練は続くと思え」

 

 

 溜息が出た。この人は本気だ。

 

「分かったのです……ではこれなら!」

 

 今度は左手一本で錨を振るう。普通の人では両手ですら持つことも叶わぬだろうが、私は艦娘だ。

 

 急な攻撃でも司令官さんは予期していたかの如き動きでそれを避ける。

 

 しかしそれは予想の範疇にすぎない。錨の攻撃の隙を補うように右手で掌底を繰り出す。

 

「まだだ、まだ遅い」

 

 その右手首を捕まれ、司令官さんの拳が打ち出され私の顔数mmで寸止めされる。今回も私の負け。

 

 

「今度こそ!」

 

 司令官さんが私の手首を放した瞬間に右肘を突き出す。

 

 それを手でいなされたがその場で回転し後ろに回していた錨で殴りかかる。

 

「動きは良いが後ろに目はついていないぞ」

 

 と再び足を払われた。見えない位置からの攻撃に対応できず倒れこむ私が地面にぶつかる前に、そっと抱きとめてくれる。悔しさからか顔が赤くなるのを感じる。

 

「もう一度。もっと相手をよく見るんだ」

 

 姿勢を立て直した息を整えた私が再度跳びかかる。

 

 

 

 艦娘にあるまじき訓練は日が傾くまで続いた。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

「司令官さんはあのような訓練をいつもしていたのですか?」

 

 夕食の席で尋ねると、司令官さんは懐かしむように頷いた。

 

「自分の肉体もマトモに扱えぬ奴にネク……戦いが出来るか、といつも言われていた」

 

 何か言いかけたに聞こえたのが気になったが、要はスパルタな教官だったのだろうか。

 

「まあ、それも必要なくなってしまったがな……」

 

 言いながら自分の手首を掴む司令官さん。確かに鎮守府で提督にその機会はない。戦うのは艦娘だ。

 

「そう、戦うのは君達艦娘だ。だから、何が何でも生き延びるために力が必要なんだ」

 

 その目はとても力強かった。そして同時に優しいものであった。

 

 

 

 食事を終え、二人で皿を洗う。司令官さんが洗い、私が拭いて棚に戻す。

 

 拭き終わった平皿を戻そうとして、腹筋に痛みが走り皿を取り落としてしまった。

 

「おっと」

 

 しかしそれが床に落ちることはなく、司令官さんが空中で掴む。流れるようでいて無駄のない素早い動きに驚く。私なら確実に掴めずに割っていた。

 

「筋肉痛か?若いと早いな」

 

 笑いながら司令官さんが皿をシンクに入れる。洗剤の付いている手で掴んだからすすぎ直すのだろう。

 

「ありがとう、なのです」

 

「問題ない。拭くのも私がやっておく。先に風呂に入るといい」

 

 艦娘は風呂に入ると怪我が治る。艦娘が筋肉痛になるのかは不明だが……これも恐らく怪我同様良くなるだろう。

 

 感謝を込めて頭を下げ、食堂を後にした。

 




次の話あたりで艦娘が増える予定です
それ以降増やすつもりは今のところありませんが……気分次第で変わるかも

コメントありがとうございます とても励みになります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新戦力?そして女の子

「司令官さん、建造をしましょう」

 

 ヒトサンマルマル、私はついに進言する。

 

 今まで資材不足で一切の建造をしていなかったが、今日やっと資材の補給が届いた。ついでに追加の食料も。

 

 考えてみれば毎日戦闘する可能性もあるにも関わらずこの補給頻度はおかしいが、事実今まで深海棲艦は確認すらされていない。平和そのものである。そう考えると上の人間の判断は間違っていないのかも知れないが、かと言って納得もできない。

 

 ともかく建造である。今まで散々渋っていた司令官さんだったが、資材に余裕ができたため断る理由もないはずだ。

 

「建造か……」

 

 嫌々、という表情を隠そうともしない司令官さん。とは言え流石に駆逐艦ひとりだけでは限界が来る。鎮守府に攻めこまれてはひとたまりもない。建造してもらわなくては困るのは私達二人共である。

 

「ここまで言われてしまえばもう逃げられないか……折れたよ。工廠へ行こう」

 

 

 

 諦めムードな司令官さんと工廠に入ると「やっと出番か」と妖精さんが寄ってくる。今まで放置したことを侘び、装置を操作し投入する資材量を指定する。パネルに出た表示を見ると30:30:30:30となっている。投入できる資材の最低限量だ。

 

「では、建造開始なのです。妖精さん、お願いします」

 

 妖精さんがそれに応えるように腕に力こぶを作って見せ、装置の中に入ってゆく。パネルを押すと、画面に「20:00」と表示され、カウントダウンが始まった。20分で建造が完了するのだろう。

 

「……ん?」

 

 司令官さんの声に振り返る。妖精さんが司令官さんの服の裾を引っ張っていた。見ると指をさしている。その先には艦娘建造用とは別の装置。装備開発用のものだ。つまり装備も作れということだろうか。

 

「まあ、装備なら良いか……」

 

 渋々といった風に司令官さんがパネルを操作する。資材の数値は初期状態のまま。

 

「何が出るかな……っと」

 

 司令官さん、実は楽しんでる……?

 

「そ、そんなことはないぞ」

 

 初めて動揺する姿を見た。貴重な光景だ。

 

 

 チーン

 

 まるでレンジ、というかレンジそのままな音が響いて装備開発装置の蓋が開く。

 

「……これはなんでしょうか」

 

「私に聞くな」

 

 出てきたのは、ダンボールに入ったペンギンと謎の白い物体だった。言われなくてもわかる。開発失敗だ。しかしペンギンなら分かるがこの白いのは本当に何だろう。いや、ペンギンが出てくるのも十分意味分からないが。

 

 見ている目の前で白い物体はダンボールから跳ね出て、そのままぴょんぴょんとどこかへ去っていった。一体何だったのだろうか。

 

 装置の妖精さんが出てきて、てへぺろと舌を出し、ごめんちゃいと手を合わせて装置の影に引っ込んだ。謝罪だったのだと分かるまで数秒を要した。

 

 ペンギンは海に逃がしても良かったが、鎮守府で飼うことにした。司令官さんは「頭痛が痛い」と言って頭を抑えていた。危険が危ない?

 

 

 

 今度はしっかりとしたアラームが鳴って、建造装置の扉が開いた。中から白い煙が溢れてくる。今度は失敗ではないらしい。

 

 私と司令官さんが中を覗きこもうとした瞬間に、中から艦娘が飛び出してきて

 

「雷よ!かみなりじゃないわ!そこのとこもよろしく頼むわねっ!」

 

 そう声高々に宣言した。明後日の方向を向きながら。

 

 そしてその姿こそ人間だが名前はもしかして……

 

 

「雷ちゃん……雷ちゃんなのですか!?」

 

「あら、電じゃない!奇遇ね!」

 

 紛れもなく、私の姉の暁型三番艦「雷」ちゃんだった。視界の隅で妖精さんがサムズアップしているのが見えた。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

「ふぅん、そんなことになっているのね」

 

 司令官さんから一通りの情報……艦娘や深海棲艦について、そしてこの鎮守府の事を教わった雷ちゃんは深く頷いた。

 

「でも、私が来たからにはもう安心よ!電も司令官も私にどーんも頼っていいのよ?」

 

 私同様に無い胸をふんすと張る雷ちゃん。頼もしい反面どことなく不安になるのはなぜだろうか。

 

「他に教えることは……追々でいいか。とりあえず鎮守府の案内をしないとな」

 

「電が案内をするのです」

 

「ああ、頼む」

 

 雷ちゃんを連れ歩き出す。

 

「私は執務室にいるから、何かあったら呼んでくれ」

 

「はいなのです」

 

 

 

 施設を案内しながら、雷ちゃんは私にあれこれと質問をした。今までの事、私の事、司令官さんの事。

 

「……と、電は何度も言ったのに聞いてくれなかったのです。司令官さんは真面目だけどちょっと頑固さんなのです」

 

「電も苦労してるわねえ……」

 

「でもでも、嫌な人ではないのです!良い人なのです!」

 

「ふぅん……ま、電がそう言うなら安心ね」

 

 今の状況は傍から見れば仲良し姉妹の鎮守府探検なのだろうか。そんな事を考えながら歩く。

 

「あ、ここがお風呂なのです」

 

「お風呂!素敵ね、やっぱり日本人はお風呂じゃなくちゃね!」

 

 かつては駆逐艦で今日艦娘として生まれ変わったばかりなのにその発言はどうなのかと思う。悪い意味ではなく、なんとなくだけど雷ちゃんらしいな、と感じた。

 

 雷ちゃんが風呂に駆け込む。転んだら危ないと声をかけようとするが、一足先に雷ちゃんが声を上げる。

 

「あれ?お風呂使ってないの?」

 

 彼女が入っていったのはまだ一度も使ってない女湯。私は司令官と時間をずらして男湯を使っているため女湯の方は一度も湯を張っていない。

 

「電と司令官で男湯を使っているのです。女湯は広すぎるので……」

 

 言ってから、しまった、と思った。しかしもう遅い。

 

「司令官と一緒に入ってるの!?……電、見た目に反して積極的すぎじゃない?」

 

 見た目に反してとは失礼な。……じゃなくて、今は誤解を解かねば。

 

「違うのです!一緒だけど一緒じゃなくて……」

 

「あら、恥ずかしがっちゃって。可愛いんだからもー」

 

「ち、違うのですぅぅ!」

 

 話を聞いてくれない。ああもう面倒くさい事この上ない。

 

「なになに、どこまで進んだの?ちゅーはもうしたの?キャー」

 

 キャーじゃない。

 

「妹に先を越されちゃったなー……お姉ちゃん寂しぴぎっ」

 

 無言で近づき両拳で雷ちゃんの頭を挟み込んでぐりぐり。

 

「いひゃいいひゃいっ!嘘嘘冗談だってばー!」

 

 涙目になったのを見て解放すると雷ちゃんは頭を抑えて蹲った。

 

「ドメスティックバイオレンスぅ……頭いたいぃ」

 

 子供っぽいというかミーハーというか……困った姉だ。

 

「電はまだそういうのじゃないのです」

 

「まだ?……あ、じょ、冗談よ冗談。あは、あはは……」

 

 今までで特大の溜息を吐いた。

 

 

「何かあったのか?」

 

 執務室に戻り、何も知らない司令官さんの問いかけに雷ちゃんは頭に手を当てながら目線を反らし、私は乾いた笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 その晩、雷ちゃんは当たり前のように司令官さんと一緒に風呂にはいろうとした。

 

「そう言えばあの時結局訂正してなかったのです……」

 

 以前より賑やかになった鎮守府に私はやれやれと思う。

 

 しかしそれは決して不快ではないのだった。

 




雷ちゃんの喋り方地味に難しいですね
そうわよ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

綻び

 深夜二時

 

 草木も眠る丑三つ時の言葉通り夜闇はどこまでも深く海も陸もその静寂に呑まれる。

 

 「俺」はコクピットに深く座り、自ら拘束でもするかのごとく足や胴体を椅子に固定してゆく。首輪をずらすと首の背部に穴。そこにプラグを差し込む。全身に電気が走り、身体が広がる感触。脳の処理速度が上がり、一秒が何秒にも引き伸ばされる。

 

 機体のチェックを完了した俺は、地上に通ずるハッチを遠隔操作で開ける。半径10mはあろうかという二つの半円状のコンクリートの塊がスライドし真円の夜空が顔を覗かせる。エレベータが動き始め景色が上がってゆく。

 

 耐衝撃ジェルがコクピットを満たしたのを確認し、その感触に顔を歪ませ頭の中でため息をつく。

 

「……」

 

 言葉は不要だ。全て頭の中の出来事に過ぎない。

 

 そしてエレベータが上りきって、俺は機体を操作し歩き出す。工廠の隣に勝手に建造したネクスト用ドックは居住スペースとは反対側にある。

 

 宿舎の一室で、仲良く寝ているであろう電と雷を起こさないように大回りで海岸までたどり着くと

 

 海に飛び込んだ。

 

 多少の防水性はある。問題はない。

 

 岸からしばらく離れたところで初めてブースターを点火、機体が浮く感触。海水の抵抗が消える。

 

 そのまま、次はOBを使おうとして、逡巡する。

 

 コジマ汚染の可能性である。

 

 

 コジマ粒子という存在。その性質は放射性物質によく似る。しかしどこまでも異なる。

 

 コジマは新たに発見された金属の一種である。安定したコジマ物質と呼ばれる状態のものに一定の電圧をかけると励起され、コジマ粒子が放出される。これが魔法の粒子で、空気抵抗や摩擦熱、運動エネルギーなどを粒子の緩衝により和らげる。即ち機体の周りに纏えば自分の動きは物理法則を無視したものとなり、と同時に打ち込まれる砲弾は限界こそあるが運動エネルギーを失い無力化される。夢のような話だ。しかし現実とは非常なもので、粒子は全ての生物に対し驚異的な毒性を持っていた。核のように、あるいは核以上に生態系を破壊してゆく。

 

 故に陸の近くで粒子をばら撒けば海岸は数年としないうちに砂漠と化すだろう。

 

 電を考えれば使うべきではないのかも知れない。が、その問題はなかった。

 

 鎮守府へ来る前に勝手に調べさせてもらった。艦娘は細胞こそあるが鎖状のDNAを持たないためコジマによる被害を受けないということ。つまり彼女たちは決定的に人間ではない。

 

 加えてコジマ粒子は海水に溶けると励起状態を保てなくなり無害化するという性質がある。

 

 故に沖でコジマを用いる分には大した問題はない。とはいっても空へ舞い上がった粒子が陸に降り注ぐ危険性はある。

 

 といった理由で、結局のところコジマはそう簡単に使うべきではない。

 

 つまり、コジマを全方向に満遍なくばら撒くプライマルアーマーは無しでの戦闘である。

 

 

 

 数分海上を進んだところで、センサーに反応があった。ヘッドパーツの高性能カメラをズームさせ、敵を視認する。

 

 重巡リ級elite、重巡リ級、軽巡ヘ級elite、軽巡ヘ級、駆逐ニ級二体、の六体。

 

 深海棲艦というものは何故か群れていても最大で同時に六体しかいない。理由は不明だ。

 

 アルゼブラ社特有の昆虫のようなフォルムの機体をそちらに向けながら武装を確認する。

 

 右手にスナイパーライフル(047ANSR)、左手にアサルトライフル(ACACIA)、左背部にグレネード(OGOTO)

 

 あの程度なら十分過ぎる装備だ。

 

 

 敵がこちらを確認するより早く、グレネード(OGOTO)を発射する。

 

 一瞬置いて敵が気づくが、もう遅い。

 

 グレネード(OGOTO)の弾頭がヘ級に直撃し爆発する。近くにいた二級も爆風に巻き込まれて吹き飛ぶ。

 

 武装を手持ち武器に切り替え、突っ込む。

 

 リ級とリ級eliteが二手に分かれて離れてゆく。ヘ級eliteともう一体の二級はまっすぐ向かってくる。機動力のある二体でこちらを翻弄しているうちに火力のある重巡が撃破する作戦のようだ。

 

 しかしそんなものは小細工にすぎない。

 

 スナイパーライフル(047ANSR)を撃つ。弾丸は見事に二級に当たり、二級が弾ける。驚いたのかヘ級eliteがそちらを向く。深海棲艦にも感情があるらしい。だがここは戦場、よそ見をしている暇はないだろうに。

 

 ヘ級eliteがこちらに向き直す前にQBで急接近、掬うように蹴り上げる。鞠のように浮き上がるそいつにアサルトライフル(ACACIA)を撃ちこむ。二発まで耐えたが、三発目で四肢が千切れ飛んだ。

 

 センサーで左右から迫る重巡を確認。後方へQBしつつ右方のリ級にアサルトライフル(ACACIA)をばら撒く。腕をクロスさせて弾を防がれるが予想通りだ。その間に再び武装を変更、グレネード(OGOTO)を展開する。

 

 左方のリ級eliteがリ級を救おうとするように主砲を放つ。飛来する砲弾を横目で見て、避ける。人間の動体視力では捉えることも出来ないそれは、今の俺にとってあまりにも遅すぎる。

 

 グレネード(OGOTO)が火を吹き、リ級が塵と消える。

 

 それを見たリ級eliteが立ち止まった。攻撃も回避も止めて。その顔に浮かぶのは恐怖か、諦めか。

 

 俺はゆっくりと狙いをつけ、撃つ。

 

 どす黒い染みが海面に広がった。

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 鎮守府に帰投する。艦娘二人の部屋に明かりが灯っていない事に一安心し、ハッチに着地。

 

 エレベーターが降下する中、今日の戦果を確認する。

 

 戦艦3、空母2、重巡4、軽巡6、駆逐6、潜水3。

 

 十分だろう。これで明日も訓練だけで済む。彼女たちを危険に晒さずに済む。

 

 数日前を思い出す。昼、唐突に現れた深海棲艦。焦りはしたが、なんとか対処できた。恐らく電にも悟られていない。

 

 この生活がいつまで続くのかはわからない。しかし、俺は彼女の……電の「中身」に気付いてしまった。かつての俺のような

 

 

 ケモノに。

 

 

 あれを解き放ってはいけない。そのために労力は惜しまない。

 

 ハッチが閉まるの音を聞いて、コクピット内のジェルを排出する。

 

「ぐっ……」

 

 コクピットから出ようとして、激しい目眩に襲われた。

 

 改造され尽くしたこの体でも、長時間の戦闘は相当な負担になる。

 

 ……今夜も、頭痛で眠れないのだろう。幻の、ありもしない手足の感触に苦しめられるのだろう。

 

 憂鬱に支配されながら、ドックを後にした。

 

 

 

 そんな二重生活が破綻する瞬間がもう目前に迫っていることなど、知りもしないで。

 




鎮守府は安定期に入った。提督はそう考えていた。だが、正にこのとき、濁り水はゆっくりと流れはじめていたのだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初めての訓練よ!

 マルキュウマルマル。

 

 わたし、雷は朝ごはんを食べた後、司令官と電と射撃訓練をすることになった。

 

 まず先に電が海上に浮いてる丸い的に砲撃をする。

 

 次々と放たれる弾は全部命中。電、やるじゃない。

 

「張り切ってるな、電。良いぞ」

 

「えへへ……」

 

 司令官に褒められて嬉しそうにする電。わたしだって、やれば出来るってとこを見せてあげるわ。

 

「じゃあ次、雷だ」

 

「はーい!」

 

「ああそうだ。電、私が教えたような改善点があったら、雷に教えてみてくれ」

 

「はいなのです」

 

「では、始め!」

 

 右足を一歩前に出して、腰を折り砲撃体勢をとる。

 

「ってー!」

 

 頭の中で主砲が弾を撃ち出すのをイメージする。

 

 と、それにこたえるように主砲がものすごい音と同時に砲撃をした。

 

 耳がキーンとして目がチカチカする。

 

 でも弾は的には当たらないでどこかへ飛んでいっちゃった。

 

「い、雷ちゃん!大丈夫なのですか?」

 

 ふらついたわたしを心配したのか電が声をかけてくる。

 

「問題ないわ、ちょっとビックリしただけよ。……次は当ててみせる!」

 

 もう一回砲撃体勢からの発射。でもやっぱり当たらない。

 

 なんで!?電はあんなにぽんぽん簡単そうに当ててたのに!

 

「もう一回!」

 

 はずれ。

 

「今度こそ!」

 

 はずれ。

 

「いい加減に当たりなさいよ!」

 

 はずれ。

 

 

 気が付くと涙が出てきてた。電とわたしじゃこの体での経験に差があるのは当たり前だけど、分かってても何故か悔しくて。

 

 電が近寄ってきた。顔を見られたくなくて、うつむく。

 

「雷ちゃん」

 

 妹の優しい声。

 

「電も、初めは同じだったのです」

 

 正面から抱きしめられた。

 

「司令官さんが教えてくれるのです。電も手伝います……一緒に頑張るのです」

 

 頭を撫でられて、心がぐちゃぐちゃになって、わけわからなくなって。

 

 声を上げて泣いた。電はずっと頭を撫でてくれていた。

 

 

 

「さっきはごめんなさい……でも、もうスッキリしたわ!」

 

 じゃーん、と胸を張る。

 

「ダメ出しでもなんでもどーんと来なさい!」

 

「じゃあまず、砲撃体勢の時に腰を曲げ過ぎなのです。弾がまっすぐ飛ばなくなる上に狙いを付けるのが困難になるのです」

 

「えっ、あ、うん……」

 

「次に、これは電も司令官さんに言われたことなのですが、重心が高いのです。砲撃の反動に耐えられない危険性があるのです」

 

「は、はい」

 

「あと……」

 

「ふぇ、うえぇぇ」

 

「えっ、な、なんでまた泣いちゃうのです!?」

 

「……やれやれ」

 

 

 

 そんなこんなで、初めての訓練は散々な結果だった。

 

 でもいつか電を追い抜いて見せるんだから!

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 お昼ごはんに電と堤防に座って、司令官が作ってくれたサンドイッチを食べる。

 

「美味しいのです」

 

「ほうえ、ほろはわおいいひおはえんえ」

 

「飲み込んでから喋るのです……」

 

 ぽかぽか陽気と海鳥の声。風が気持ちいい。

 

「平和ね……」

 

「なのです」

 

「電って、もう実戦はしたの?」

 

「まだなのです」

 

「ふぅん……」

 

 ゆったりとした時間。波音が心地いい。

 

「……平和ね」

 




今回は短く
日常回やりたいけどネタがない悲しみ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

昼下がり、そしてかくれんぼ

 執務室で司令官さんの手伝いをしていると、雷ちゃんがペンギンを抱えて入室してきた。以前の装備開発失敗の際に生まれた、やけにぬぼーっとした顔の(恐らく)ペンギンである。

 

 因みに綿菓子みたいな謎の生物の方は未だに見つかっていない。どこへ行ってしまったのやら。

 

 それは別としてペンギンだが、食べ物に関しては雑食らしく、昨晩の夕食の際に猫まんまを与えると美味しそうに食べていた。その時点でこの生き物がペンギンなのか疑わしい限りである。

 

 雷ちゃんが壁際に置かれた椅子に座る。ペンギンは抱いたまま。

 

 昨晩寝る際に彼女はそれを抱枕にしていた。何も言わず暴れもしない、とても大人しいペンギンである。肉体的に、恐らく精神的にも子供の彼女にとって安眠するためにそれは適役だったのだろう。仲良く寝息を立てる様はなんとも微笑ましいものであった。

 

 書類に書き込みながらそちらをちらちら見ていると、日差しが暖かかったからだろうか、雷ちゃんはこっくりこっくり船を漕ぎだした。

 

 執務室に再びペンを走らせる音のみが響き、平和で静かな時間が流れる。

 

 

 

 小一時間ほどして、司令官さんが大きく背伸びをした。机には判の押された書類が積み上げられている。全て記入し終えたのだろう。

 

 私も早いこと終わりにしたかったが、まだ少々残っている。

 

 と、司令官さんが何も言わずに私の書類を持っていく。

 

 自分でできるから大丈夫、と言おうと口を開いたところで、司令官さんが人差し指を立てて口に当てた。雷ちゃんは依然くーくーと気持ち良さそうに寝ている。膝上のペンギンも同様である。

 

 私は黙って頷き、目の前の書類へと記入を再開するのだった。

 

 

 

 

「ふわぁ……」

 

 しばらくして、雷ちゃんが目を覚ましあくびをした。

 

 私と司令官さんはやることを終え、今は読書をしていた。私の眠っている間に娯楽が発展していて、今は様々な大衆向けの小説があった。今読んでいるのは司令官さんに紹介された一冊だ。

 

「おはようなのです」

 

「ん、おはよ……」

 

 声をかけると、まだ寝ぼけ眼で返事が返ってくる。

 

「おはよう、よく眠れたか」

 

「ぅん……」

 

 司令官さんの問にもぼんやりと頷く雷ちゃん。

 

 

 その膝から、ペンギンが飛び降りた。そしてとてとてと歩いてゆき、ドアを開けて出て行った。勿論だが取っ手に手が届く大きさではない。雷ちゃんが入ってきた時にしっかりと閉められていなかったのだろう扉を開けて、である。

 

「え……あっ」

 

 数瞬遅れて雷ちゃんが事態に気付く。

 

「ま、待ってよぉ……!」

 

 慌ててその後に続き執務室から出て行った。

 

 再度部屋に静寂が訪れる。

 

 私と司令官さんは彼女を追わずに、手元の本に目を落とすのだった。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

「結局ペンギンさんはどこへ行ってたのです?」

 

 夕食の場にペンギンを抱えて現れた雷ちゃんに尋ねる。

 

「工廠よ。装備開発装置の前でダンボールに入ってたわ。なんでそこに行ったのかしら……」

 

 あぁ……、と記憶を辿る。このペンギンは開発失敗で生まれたが、その時に謎のもこもこと共にダンボールに入っていた。それでなんだろうが、しかし、何を目的としてダンボールに入っていたのかは私にも分からない。

 

「ま、いなくなっちゃった訳じゃないから安心したわ」

 

 あちこち探し回って大変だったけどね、と続けた。

 

「見つかってよかったのです。それじゃあ、夕ごはんにするのです」

 

「そうね」

 

 そう言い、二人で配膳をする司令官さんを手伝う。

 

 

 父親と娘二人とペット。何も知らぬ人がこの光景を見たらそう思うんだろうか、などと考えながら。

 




日常回もどき。平和が一番!本編で語られなかった雷ちゃんの小さな大冒険はOVAに収録です

感想、誤字修正ありがとうございます感謝の極みです
あと祝お気に入り三桁


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もふもふ、そして変身

 

 もふもふがいた。

 

 

 もこもこではない。

 

 扉の開け放たれた執務室で、私、電は固まる。

 

 この鎮守府にまた不思議生物が増えてしまった。

 

 ペンギンは雷ちゃん専用になっているので、この子は私専用に抱枕に出来るのだろうか。

 

 ……じゃなくて。

 

 司令官さんのペットだろう。犬とも猫とも付かない真っ白なもふもふ生物である。耳はあるがしっぽはない。

 

 そして「首輪」が付けられている。

 

 しかし司令官さんがこの可愛い生き物を飼っている素振りはなかったが……。

 

 と、

 

「ペンギンがどこに行ったか、分かるか」

 

 もふもふが喋った。

 

 喋ったのである。それも……司令官さんの声で。

 

 今になって気がついたが、もふもふの隣に司令官さんの服が一式床に散乱している。つまりそういうことなのだろう。ファンタジーもこう目の前に突き付けられると否が応でも受け入れざるを得ない。諦めともいう。自分の存在自体がファンタジーそのものだと言われてしまえばそれまでだが。

 

「見付けたら、至急連れて来てくれ」

 

 げっそりした声音でもふもふがそう言う。

 

 一瞬気が遠くなったが、なんとか

 

「分かったのです……」

 

 とだけ、返事をした。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 話は数分前に遡る。

 

 

「またペン助がどこか行っちゃったわ!」

 

 私(と雷ちゃん)の自室に飛び込んできた雷ちゃんがそう取り乱しながら叫ぶ。

 

 ぺんすけ、とは例のペンギンもどきの名前である。雷ちゃん命名だ。

 

 ペン助がいなくなるのもこれで何度目だろうか。彼女は日に二度は「いなくなった!」と騒いでいる気がする。最早恒例になっている。

 

「またなのですか……今回もどこかのダンボールに入っていると思いますけど」

 

 そう、あのペンギンもどきはダンボールを好む。今まで見つけた時はいずれもダンボールの中である。今回も鎮守府に置いてある空のダンボールのどれかに入っているだろう。

 

 というか、この部屋に空ダンボールを置いておけばそれを巣にするのではなかろうか。恐らくそうだ、適当に見繕って置くことにしよう。

 

 ひとまず今回は今までどおり探しに行こう。

 

「雷ちゃんは工廠とかあっちの方を探してください。私はこっちを探してみるのです」

 

 廊下に出て左右を指差しながらそう指示する。

 

「ありがとう!探してくるね!」

 

 駆け出す雷ちゃん。私も溜息を吐きつつ廊下を歩き出した。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 そして話は冒頭に繋がる。

 

 何がどうなってこうなったのか気になるところではあるが、恐らく聞いても理解は出来ないだろうと初めから高を括っている。

 

 目の前のもふもふ……司令官さんを放置していくわけにも行かないし、司令官さん曰くペン助が何か鍵となることが分かるので、司令官さんを連れて行く事にする。

 

「ちょっと失礼するのです」

 

「ん?おいっ……」

 

 歩いて行くにも足が短く歩行速度に難がありそうなので抱きかかえる。

 

「もふもふ……」

 

 いや、決してもふもふを胸に抱きたいからではない。決して。

 

「……」

 

 私は今、恍惚の表情をしているのだろう。司令官さんの冷めた視線が刺さる。

 

 繰り返すが、もふもふしたいがために抱きかかえたわけではない。

 

 ……たぶん。きっと。

 

 

 

「……あのペンギンに触れたらこうなった」

 

 廊下を歩いていると、ぽつりと司令官さんがそう言った。

 

「また触れたら元に戻るだろうか……」

 

 不安そうな言葉。無理もない、私が同じ状況になったらもっと取り乱しているはずだ。 

 

「きっと、大丈夫なのです」

 

 根拠も何もなかったが、そう励ます。いつもは見た目以上に大人に見える司令官さんも、今は子供のように感じた。抱える腕に少しだけ力を込める。

 

「ありがとう」

 

 温かい気持ちが胸に溢れて、もふもふに顔を埋めた。司令官さんのいい匂いがした。

 

 

 

 入渠ドックに入る。

 

 戦闘をまだしてないので、一度も使ったことがない。

 

 戸を開けた瞬間に、ここにペン助が居ることを確信する。

 

 洗剤のボトルが床に大量に転がっていたからだ。これは風呂やドックの洗浄用で、ダンボールに詰められて置いてあった覚えがある。つまりそのダンボールに入っているのだろう。

 

 入渠ドックは一人ずつ入れる風呂のような形状になっていてそれぞれ個室で四部屋ある。そこに特殊な専用の液体を用いた湯を溜めてそのまま風呂のように使う。高速修復剤は翠色の液体で、その湯に加える事で効果を発揮する。まるで入浴剤である。

 

 そしてこのこ室のどれかにペン助が居るのだろう。

 

 片手で司令官さんを抱きながら、空いた手で手前から開けてゆく。ひとつめ、はずれ。ふたつめ、はずれ。みっつめも、はずれ。

 

 そしてよっつめ。開けると、やはり居た。いつもの様にダンボールに入って、いつもの無表情で、そこに鎮座している。

 

「はぁ、これでやっと……」

 

 ため息をつく司令官さんをペン助に近づける。司令官さんのもふもふした短い手がペン助に触れた。

 

「……」

 

「……」

 

 しかし、何も起きない。

 

「おいおい……」

 

 司令官さんが勘弁してくれよ、と言わんばかりの呆れ声を上げる。私としては正直今のままでももふもふ可愛いので良いのだが……などと無責任なことを考える。当人にとってはたまったものではない。

 

「どうすればいいのでしょう」

 

「私が聞きたいよ」

 

 二人でペン助を前に立ち尽くす。答えを出すにもヒントが少なすぎやしないか。

 

 

「……ん?」

 

 と、そこで司令官さんが何かに気付く。

 

「これ、私が入るのに丁度いいサイズじゃないか?」

 

 何を言い出すのかと思えば、と呆れかけた瞬間に、脳に電撃が走る。

 

 ダンボール、ペンギン、白いもふもふ。

 

 そう、ペン助が生まれた瞬間の状態を再現できそうなのである。サイズもピッタリだ。

 

「まさか……」

 

 疑い半分に司令官さんをダンボールに入れる。

 

 

 

「ペェェェェン!!」

 

 ペン助が一鳴きしたと思ったら、司令官さんが輝きだした。どうでもいいけど、ペン助はその鳴き声で良いのか、もっとクェーとかそんなんじゃないのか。

 

 輝きは激しさを増し、みるみるうちに司令官さんが大きくなり、人の形になる。入りきれなくなったダンボールが破れた。

 

「ふぅ……なんとか戻れた」

 

 光が収まると、そこには見慣れた顔。

 

 なぜ顔と限定したのかというと、先ほど執務室には司令官さんの服が落ちていて、今この場には持ってきていなくて……。

 

「わっ!わわわっ……!」

 

「ん?……うわっ、す、すまん!」

 

 司令官さんが慌てて前を隠す。

 

 顔が熱い。真っ赤になっているだろう事が鏡を見なくても分かる。

 

 意外と筋肉ついてるのです、でもやっぱりすらっとしてて格好良……じゃない!なにぼーっと眺めてるんだ私は。変態か。

 

「すまないが、着るものを持ってきてはくれないか……?」

 

「ひゃいっ!ただ今持ってくるのです!」

 

 人の裸をジロジロ見て、痴女だと思われてなければ良いが……。

 

 

 顔の火照りを誤魔化すために、私は必死に執務室に駆けた。

 

 

 

その後、戻ってきた雷ちゃんが、私と司令官さんの間の空気が若干おかしくなっていた事に首を傾げるのだった。

 




妖精「質量を無視した変身とかおとぎ話かよ」

(提督の)サービス回です
R-15ってどこまでセーフなんだろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

動揺、そして決意

 マルキュウマルマル

 

 今日の訓練はいつもとは違った。

 

「雷、もっと周りを見るんだ!相手の手元だけ見てるんじゃない!」

 

 今はいつもの広場で雷ちゃんが司令官さんと組み手をしている。

 

 しかし、司令官さんの指導が平時より何倍も厳しい。眉間にしわを寄せ、目付きも鋭くなっていて、整った顔を歪めている。語気も強く、気圧された雷ちゃんは既に半泣きだ。

 

 先程までは私が訓練を受けていたのだが、雷ちゃん同様に片っ端から動きの悪いところを指摘された。

 

 それでも体罰や叩きのめしたりしていない事が彼の優しさを物語っていた。

 

「急にどうしちゃったのよ司令官っ!」

 

「訓練に集中しろ!実戦が近……くそっ」

 

 悪態を吐き、組手を中断し数歩離れる司令官さんの背を雷ちゃんが不安げに目で追う。

 

 

 実戦が近い。そう、彼は口を滑らせた。

 

「……雷ちゃん」

 

「電……」

 

 どうすればいいか分からずおろおろする雷ちゃんの手を握る。

 

 先の司令官さんの言葉、そして今日の異様な雰囲気。

 

 恐らくだが、司令官さんは深海棲艦が近場に現れたという情報を掴み、私達がその相手をしなければいけなくなると予期したのだろう。その為には私達の能力では不足していて、それを焦ってのこの訓練なのだと思う。

 

 しかし、疑問があった。

 

 ひとつ、何故私達で足りていないと分かっていながら新たな艦娘の建造をしていなかったのか。

 

 ひとつ、何故今までの訓練は遠い先での実戦を見越したようなもので、いつ現れるか分からない深海棲艦に備えていなかったのか。

 

 ひとつ、何故司令官さんはそれらの事が分かっていたはずなのに今ここまで焦っているのか

 

 司令官さんが遠い存在に感じた。司令官さんの考えがわからない。彼は何を思い、どうしようとしているのか。

 

 

「連絡があるまで自室で待機。英気を養っておくように」

 

 重苦しい言葉だった。まるで別人のような。

 

 私は呆然とする雷ちゃんの手を引き、自室へ向かうのだった。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 ヒトヒトマルマル

 

 はたして、その時が来た。

 

 鳴り響くアラートに、体が強張る。

 

 司令官さんの声がスピーカーから発せられ、出撃の命令がくだされる。

 

「行きましょう……」

 

「……うん」

 

 先ほどのように雷ちゃんの手を取ると、震えていた。私まで震えそうになって、それを抑えこむように強く握った。

 

 

 

 出撃ドックで、司令官さんが待っていた。

 

「すまなかった」

 

 開口一番、司令官さんは頭を下げた。

 

「今から出撃する君達よりも私が動揺していたのでは提督失格だ。許してくれ。心を入れ替えてしっかりとサポートすることを約束する」

 

「司令官さん……」

 

 私は元より怒ってなどいなかった。心配だったのだ。

 

「頭を上げてください。私達なら大丈夫ですよ。……ね、雷ちゃん」

 

「……そう、ね。わたし達にかかれば深海棲艦なんて何も怖くはないわ!」

 

 彼女の言葉が虚勢であることは考えるまでもなかった。しかし、その目には確かな強い意志が宿っていた。

 

「……強いんだな。君達は」

 

「強くなんてないのです。でも」

 

「強くなることは出来るわ」

 

「はは……私はとんだ思い違いをしていたようだ」

 

 そう笑って顔を上げた司令官さんの目にも、暖かな、それでいて揺るぎない意志を感じた。

 

 聞きたいことは山程あった。しかしそれは目の前の脅威を跳ね除けた後のこと。今は余所見をしている時ではない。

 

「これだけは約束してくれ……生きて帰ってくること」

 

「もちろん!」

 

「分かっているのです!」

 

 そして司令官さんが遠距離用通信機器のある執務室に戻り、私達は艤装を装着し海へ出る。

 

 広い、全てを包み込む大海原に。

 




俺達の戦いはこれからだ!end
ではなく、次回戦闘です。時間かかりそう

コメントありがとうございます 初霜は出ませんが代わりに翠に輝くもふもふをどうぞ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初戦闘、そして片鱗

 鎮守府を出て約十分。

 

 

 ()と雷ちゃんはだいたい速度30ノット……時速55kmで進み続けたため恐らく鎮守府から10km弱程度の位置だろうか。

 

 艦娘というのは便利なもので、艦であった頃の性能を維持しながら、同時にこの小ささである。つまり駆逐艦の速度やパワー、艤装の威力をそのままぎゅっと凝縮したということで。故にこれだけの速度を出せるうえ、加速や減速は今の体に依存するので迅速。つまり数分とかからずにトップスピードになり、旋回半径は小さく、止まるのも容易。夢の様な話だ。今なら他の艦とぶつかる心配もないだろう。

 

 さらに砲は弾の火力は元のままサイズのみが小さくなっているので、そのエネルギー密度は何倍にも跳ね上がっている。それをもってして深海棲艦にダメージを与えることが出来るようになっている。逆に言えば、現代兵器では純粋な火力が足りず、撃破に至っていない訳で。いずれ強力な兵器が開発されれば艦娘に取って代わる可能性もあるのだ。

 

 

「新たな情報だ。敵は依然南東に向かって進んでいる。予想通りだ。もう数分としないうちに見えてくるだろう」

 

 司令官さんから無線が入る。

 

先のやり取りで冷静さを取り戻したようで、その声は落ち着いたものだ。

 

 司令官さんからの話によると、深海棲艦は大回りして鎮守府に近づいてきているようで、私達はその行く手に先回りするように進んでいる。

 

 

「……電、あれ!」

 

 雷ちゃんの指差す先……二時の方向を見ると、水平線上に小さく複数の点が滑っていた。深海棲艦だろう。

 

「司令官さん、発見したのです」

 

『よし、ではまず敵の数と種類を確認するんだ。もし重巡や戦艦がいたらすぐに退避だ。いいな?』

 

「なのです!」

 

「わたしは後方から接近するわ!」

 

 雷ちゃんが右方に進路を変え、敵の視界外……背後へと移動を開始する。

 

 後ろ姿でも敵艦の種類くらいは分かる。もし駆逐艦や軽巡がメインの構成であれば私との挟み撃ちで勝てるかもしれない。

 

 

 

 果たして、敵は軽巡ヘ級、軽巡ヘ級、駆逐ロ級、駆逐ロ級の四体だった。

 

 しかし太刀打ち出来ないほどの相手ではないとはいえ、こちらは駆逐艦二隻である。数、戦力ともに勝てるようには思えない。元に雷ちゃんが逃げようとの通信がきた。が、

 

「電達は司令官の訓練で鍛えられてるのです!腕試しには悪く無いと思います!」

 

 この時の私は初実戦で浮き足立っていたのかもしれない。それでも、勝ちたいと、勝てると、そう思った。状況は悪く無い。勝機はあるはずだ。

 

『……いけるんだな?』

 

 司令官さんから確認の通信が入る。私はそれに(彼からは見えていないけど)頷いて、

 

「いけます!」

 

 そう応えた。

 

『はぁ……しょうがないわね』

 

 雷ちゃんも渋々といった風に返してくれた。

 

『危険になったらまっすぐに逃げること。いいな?』

 

「はいなのです!」

 

 

 戦闘開始だ。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

「……撃ちますっ!」

 

 敵の前方に出て、砲撃を開始する。向こうが気付くかどうかの位置からの攻撃は勿論当たりっこない。

 

 隊列から十数メートル離れた位置に着弾。水柱が立ち、深海棲艦がこちらに気付く。

 

 しかしそれはミスではない。簡単な作戦だ。

 

『全員そっちに向かったわ!』

 

「了解なのです!」

 

 私の役割は陽動。その隙を突いて雷ちゃんが、落としやすい駆逐艦から仕留めるというものだ。

 

 

 軽巡が今更のように索敵機を飛ばす。この状況でその行為に意味は無いと思われるが、潜水艦の存在を危惧でもしているのだろうか。

 

「鬼さんこちら、なのです」

 

 後ろに下がりながら今度はしっかりと狙って撃つ。……外れた。

 

 訓練と実戦では雰囲気から何もかもが違う。練習では容易に当てられるようになっても、やはり本番では中々に難しい。

 

『うぐぐ……中々追いつかない!』

 

「焦らなくていいのです。向こうは戦闘としての移動だからそれほど速度は出ないはず。雷ちゃんの全速なら十分追いつけるのです」

 

『わかった、頑張る!』

 

 通信をしている間に敵との距離が詰まる。

 

 そして、撃ってきた。

 

「くっ……!」

 

 精度こそ低いが、何しろあっちは四体。下手な鉄砲も数撃ちゃなんとやらですぐ横に着弾した。間一髪だ。

 

「もう一度なのです!」

 

 砲撃。……そして、命中。

 

 弾は真っ直ぐに飛び、軽巡ヘ級の胸部に直撃した。倒すことは叶わなかったが、装甲がえぐれ真っ黒のオイル()が飛び散る。

 

 ダメージを負ったヘ級が大きく速度を落とす。他の三体は依然こちらへ向かってきている。

 

『やったわね!』

 

「なのです!雷ちゃんは追撃をお願いします!」

 

『まかせて!』

 

 一体減ったがそれでも一対三。不利であることは変わらない。

 

 しかし私はこの勝負に勝てると確信した。

 

「当てるのです!」

 

 駆逐ロ級を狙い主砲を撃つ。しかし躱された。流石に駆逐艦は速い。加えて小さいので被断面積もまた然り。

 

 やはりロ級を狙っては当てるのは至難の業か。狙いを未だ健在のヘ級に変更する。

 

『硬いわね……!』

 

 雷ちゃんの苦々しい呟きが聞こえる。あっちも戦闘を始めたようだ。

 

 司令官さんからの通信はない。こちらの通信は聞こえているはずなので、戦闘の邪魔にならないようにあえて黙っているのだろう。

 

 

 へ級を狙って打ち続けている刹那、ロ級の砲身がこちらを捉えている事に気づき、横へ素早く動く。直後に数瞬前までいた位置を砲弾が通過した。

 

 敵の主砲の向きまで分かる距離になっていたとは。遂に追いつかれたようだ。

 

 ここからは下がりながらでは戦えない。下がったらただの的だ。

 

「軽巡だけでも落としたかったのですが……仕方ないのです!」

 

 後退から一転、急な前進。敵の照準が一瞬外れるのが分かった。

 

「ここ!」

 

 砲撃。

 

 爆音とともにヘ級の顔面が吹き飛ぶ。装甲が無い部位だからか、一撃で撃ち抜いた。へ級がその場で動きを止め、ゆっくりと沈んでゆく。

 

 これで二対一。

 

『はぁはぁ……よし、倒したわっ……』

 

 雷ちゃんの方も一段落ついたようだ。彼女が合流するまでなんとか対処せねば。

 

「くっ……!」

 

 敵の弾を左右に避け続ける。幸いにして向こうの武装は5inch連装砲のみ。避けられないものではない。

 

 しかし、気を張り続けていたのもあってか、疲れを感じ始めていた。右へ左へ180°逆に動くというのも簡単ではなく、足腰への負担も激しい。

 

「っ、ぐぅっ!!」

 

 敵の砲弾が脇腹を掠めた。直撃ではないが激しい痛みが襲う。傷を見ていなくとも血が溢れてくるのが分かる。

 

 無線から司令官さんと雷ちゃんの心配する声が響く。

 

「まだ……なのです!」

 

 痛みからくの字に曲げた体勢をそのままに、砲撃した。

 

 ロ級のかぱりと開けた口内の砲に当たり、内部から爆散する。

 

「やっと……残り一体なのです……!」

 

 景色がぐにゃりと歪んだ。痛みに慣れてない体が意識をシャットダウンしようとしている。

 

 このまま気絶したら死は免れない。

 

 死が、目の前まで迫っているのを感じた。

 

『退け、電!聞こえないのか!』

 

 司令官さんが叫んでいる。

 

「……ふふ」

 

 思わず、笑いが出た。自分でも何故かは分からない。死の危機に心が壊れたのか、それとも……。

 

「いけます……電になら」

 

 雷ちゃんが追いついてきたのが見えた。しかしまだ、遠い。

 

 なら、私がやるしかない。

 

「うあああああああああああああああっ!!!」

 

 雄叫びを上げ、全速で前進。砲は撃たずに回避に専念する。

 

 敵が慌てているのが分かった。手負いの相手が逃げずに迫ってきたのだから仕方のないことだ。

 

 そう、その隙を突く。

 

「はあぁっ!!!」

 

 敵に接近し、()()()()()()肉薄し、その勢いのまま

 

 

 

 錨を叩き付けた。

 

 

 

 撃たれると思っただろうか。或いはその砲撃を躱せば倒せると思っただろうか。

 

 しかし、悲しいまでにその予想は外れ。

 

 

 敵を捉える衝撃が手に伝わる。装甲がひしゃげ、えぐれ、柔らかい内部(なかみ)に錨が埋まってゆく感触。

 

 錨を振り抜く。錨の()()が内側から装甲を引き剥がし、生暖かい内部組織()オイル()が体に振りかかる。

 

 敵が崩れ落ち、沈んでゆく。

 

 

 

「……やったのです」

 

 

 勝った。

 

 そう頭が理解した途端に全身から力が抜け、視界が霞んだ。

 

 意識を手放す寸前に、雷ちゃんが近寄ってくる。

 

 

 

 しかしその顔に安堵の色はなく、恐怖に歪んでいたように見えた。

 




遅れてすいません
この程度のグロなら大丈夫かな?
戦闘描写難しいですねやっぱ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後悔

『応急処置完了したわ。……このまま帰投するね』

 

 雷との通信が切れ、俺は大きく息を吐いた。

 

 確かに彼女たちは怪我こそしたが沈みはせずに深海棲艦を倒した。

 

 それは喜ばしいことだ。

 

 事実として、訓練したかいがあった。もし鍛えなければ今頃沈んでいただろう。それは間違いじゃなかったはずだ。

 

 

 

 しかし、彼女たちを海に出した事は間違いであった。

 

 

 

『いけます……電になら』

 

 

 彼女は命令を無視した。

 

 だがそれは勝てると思ったからではない。

 

 

『……ふふ』

 

 

 それは、死と生の狭間に置かれた快感に思わず漏れた笑い。

 

 憶測が確信へと変わる。

 

「彼女は危険だ……」

 

 

 駆逐艦、電。彼女は……

 

「分裂した少女、か……」

 

 普段の心優しい電と、戦いに飢え死に生を見出す電。

 

 前者が表で、後者が裏。そのどちらも偽であり、と同時に両方共が真である。

 

 

 

 幼い彼女はその狭間で揺れ、いずれ壊れるだろう。

 

 そしてその裏表のどちらかが崩れ……残るのは表か、裏か。

 

 

 

―――今更、どうにもならん……遅すぎたんだ、私も、お前も。そして何もかもが―――

 

 

 それはかつてどこかで聞いた諦めの言葉。

 

 

―――それがお前の決断なら、私は付いていこう。だが、最早叶うものではないんだ―――

 

 

 それはかつてどこかで堕ちた男とそのオペレーターの最後。

 

 

―――答えはどこにあるんだろうな……まあ、今となっては過ぎた話か―――

 

 

 それはかつてどこかで朽ちた世界。

 

 

―――お前と共にいられて、良かったよ……―――

 

 

 それは……

 

 

 

 

「っ!」

 

 意識が覚醒する。

 

 手に残る鈍い痛み。

 

 ここは、司令室。そうだ、俺は二人の帰りを待っていて、それで……

 

 

 目の焦点が合う。手を見ると、無線機が砕け、破片が手に突き刺さっていた。

 

 握り潰したのだろう。

 

「クソっ……」

 

 溜息を吐きながら手から金属片を取り除く。

 

 数十秒もしない内に血が止まり、傷が塞がった。

 

「備品に換えの無線機あったかな……」

 

 残骸を放る。血だまりに落ち、びちゃりと嫌な音を立てた。

 

 迎えに行くか……。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 出撃ドックで待っていると、電を抱えた雷が帰ってきた。

 

「帰投したわ」

 

「おかえり。二人に万一の事がなくて良かった」

 

 雷から、未だ意識の戻らない電を受け取る。

 

 と、電を渡した雷が二歩下がった。

 

 ……雷も気付いたか。

 

 彼女は電の怪我を怖がって下がったのではない。《電を》怖がって下がった。

 

 見たのだろう。電が戦う様を。笑みを零しながら敵を倒す(殺す)姿を。

 

「怪我はないか」

 

「うん……わたしは被弾は無いわ」

 

「そうか、ではゆっくり休むと良い。風呂を使えるようにしてあるから入ってもいいぞ」

 

「わかったわ」

 

 二人の艤装を外し、雷と別れ、俺は電を抱えて入渠ドックへ向かった。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 電の服を脱がせ入渠ドックに横たえる。

 

 薄い翠の湯に浸かった傷口がゆっくりと治癒していく。

 

 戸を閉め、外へ出る。

 

 

 

 今回、彼女達が出撃することになった原因は、俺だ。

 

 話は数日前に遡る。

 

 

 毎晩出撃していた俺は、ある問題に直面していた。

 

 それは、所持武装の残弾である。

 

 機体そのものは、今まで一切の被弾がなかったため大したダメージはない。だが、武装の弾は有限である。ある程度節約しつつ戦ってはいたが、限界が来ていた。

 

 遂にその日の出撃で、とうとう全ての弾が尽きた。

 

 そして、肉弾戦で無理矢理敵を倒し帰還した俺を待っていたのは……妖精だった。

 

 ドックへ戻り機体から降りた俺の前に妖精が姿を表したのだ。どこから入りこんだのか分からなかったが、次の瞬間そんなことはどうでもよくなった。

 

 妖精が、どうやったのか、ドックのクレーンを稼働させた。

 

 それだけなら驚きはしない。問題はそのクレーンが運んでいたものだ。

 

 

 クレーンに吊られて現れたのは、武装だった。それも、ネクスト用の。俺が装備していない武装。

 

 マシンガン(03-MOTORCOBRA)散弾バズーカ(GAN02-NSS-WBS)ミサイル(VERMILLION01)レーザーキャノン(EC-O300)

 

 次々と運ばれてくる武装は俺がかつて愛用していたもの。どこでそれを知ったのかも不明。どうやって作ったのかも不明。全てが分からなかった。

 

 しかし、手のひらの上でサムズアップする妖精は「俺に任せろ」とでも言っているようで、何故かそれを信頼していいと思った。彼らは純粋に俺の役に立とうとしているだけだと感じた。

 

 礼を言って、愛機に積み込んだ。俺の誰にも知られることのない危機が去ったのだった。

 

 因みに翌日、殆どすっからかんになった資材を見てひっくり返る事になる。電から隠し通すのに苦労した。

 

 

 

 これだけなら、何も問題はなかった。問題は昨日の晩のこと。

 

 

 いつものように、深夜二人が寝静まってからドックに向かうと、そこはもぬけの殻だった。

 

 機体もない。武装もない。弾薬も、何もかもが無くなっていた。

 

 遂に大本営にばれたか、とハッチの稼働ログを見たが、何の痕跡もない。ということは、ドックから持ち出されてはいないはずだ。管理システムはこの世界の技術ではない。容易にハッキングは出来ない。

 

 とすると妖精の仕業か、と工廠へ行くも、妖精は首を横に振るだけ。

 

 最早、手詰まりだった。

 

 10mを超す巨体はそう簡単に無くしようもない。昼間にも特に異常はなかったはずだ。

 

 はず、というのは、その日ペンギンに触れてよく分からない生物になってドタバタしていたから注意が逸れていたため、確証がないのだ。しかしネクストを運び出そうとすれば流石に気付く。

 

 

 結局、その晩は海に出ることが出来ず、今日に至る。

 

 毎晩何体もの……時に二桁の深海棲艦が生まれている。それらが昼に侵攻してくることは容易に想像がついた。

 

 

 

 そして今日。俺の今までの苦労は水の泡と消え、二人が出撃することになったのだった。

 

 今でもネクストは行方不明のままだ。

 

 恐らく明日も、早くて今晩にでも敵が来てしまう。その時俺は、二人を守り切れる自信がない。

 

「どうすりゃいいんだ……」

 

 新しい人員を増やそうにも、資材が足りない。八方塞がりだ。

 

 頭痛がする。

 

「クソっ……」

 

 何度目かも分からない悪態を吐き、壁にもたれ掛かっていると

 

 

 

「司令官さん……そこにいるのですか?」

 

 電が目を覚まし、声をかけてきた。

 




闇堕ち電ちゃんは巷でプラズマなんて呼ばれてたりしますね
それはともかく、提督さんはどのルートの首輪付きなんでしょうね
なお、詳しくは言いませんが彼はacfaのストーリー終了後すぐに艦これ世界に来たわけではありません
そこのところをご了承ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

記憶、そして私の中の他人

『沈んだ敵も、出来れば助けたいのです…』

 

 誰の言葉だ。

 

『戦争には勝ちたいけど、命は助けたいって…おかしいですか?』

 

 ……なんだ、()じゃないか。

 

 確かに、そんな考え方をしていたような気がする。だがそれは、いつの話だ?

 

 

 

<お前、(ぬる)すぎる>

 

 ……これは、誰だ。

 

<結局は殺すしかないのさ>

 

 記憶にない。覚えがない。

 

<オレは、お前だ>

 

 違う。私じゃない。

 

<直に判る。いや……既に判っているだろう?>

 

 違う!

 

<ま、信じたくなければそれでいい。現実は非情だがな>

 

 私は……誰だ?

 

 

 

 フラッシュバックする。

 

 深海棲艦()が自分の手によってモノになる瞬間。

 

 心にどろりと流れこむどす黒い衝動。暗い快感。

 

「私は……何だ」

 

 答えは、無い。

 

 

 誰も、答えない。

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 目を覚ます。

 

 心地良い、温もり。

 

 ここは……あぁ、入渠ドックか。傷を直していたのだろう。

 

 腹部を見る。怪我は既に直っている。傷跡すら残っていない。

 

「……」

 

 体を動かすと、水面に波紋が広がる。

 

 さっきのは、夢だったのだろうか。

 

 私の中の誰か。

 

 暗緑色の誰か。

 

 

 

「クソっ……」

 

 声がした。司令官だ。

 

「司令官さん……そこにいるのですか?」

 

 壁一枚隔てて、声をかける。

 

 私は、いつも通りの声を出せていただろうか。

 

「おはよう。具合はどうだ」

 

「問題ないのです」

 

「そうか、良かった」

 

 良かった、と言う声は言葉に反して酷く沈んでいた。

 

「では、私は戻る。今日はもう休め。新しい服はここに置いてある」

 

「分かりました」

 

 司令官がドックを出てゆく扉の音。

 

 立ち上がる。痛みは残っていない。

 

 水を滴らせながら、しかし拭くのも億劫で。

 

 しばらく、その場で呆けていた。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 自室に戻る。

 

 戸を開けると、ベッドで蹲っていた雷がびくっと体を震わせた。

 

 声をかけず、自分のベッドに横になる。

 

 静寂。しかしそれは心地の良いものではない。

 

 全てを忘れて眠りたかった。しかし、先程まで寝ていたので、眠気もない。

 

 

 

 しばらくそうしていると、雷が起き上がった。

 

 寝たふりをする。

 

 と、彼女は私のベッドの脇に立った。

 

「……起きてる?」

 

 無視する。今の私は寝ているということにしておく。

 

 少しして、雷が私のベッドに腰掛けた。ベッドが沈み、小さく軋む。

 

「わたし、どうすればいいんだろう……」

 

「ねえ、電……」

 

「あなたは……どうしたい?」

 

 ぽつり、ぽつりと紡がれる言葉。

 

「怖いの、あなたが。おかしいわよね、自分の妹なのに……」

 

「でも、あの時のあなたの目は、わたしの知らない人みたいだった」

 

「あなたは、電……よね?」

 

「ねえ……電だと言ってよ」

 

「じゃないとわたし、あなたとどう接すればいいか分からなくなりそうで……」

 

「……怖いの」

 

 次第に、彼女の言葉に嗚咽が混じり始める。

 

「わたしが、弱いからだめなのかな……」

 

「強くなれば、それでいいのかな……」

 

「分からないの……」

 

 それきり、彼女は何も発さない。

 

 啜り泣く声だけが聞こえる。

 

 

 静かに、体を起こす。

 

「電、起きてたの……」

 

 返事はしない。

 

 ただ、そっと、彼女を抱きしめた。

 

「電……」

 

 ぎゅっと、抱きしめ返されて。

 

 雷が、声を上げて泣き出す。

 

 彼女は泣き虫だ。

 

 

 でも私も……泣き虫だ。

 

 

 

 二人でわんわん泣きながら、抱き合った。

 

 この場には、歳相応の少女だけがあった。

 

 ダンボールに入ったペン助が不思議そうにこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 しばらくして、涙も枯れて、雷は私の手の中で眠った。

 

 彼女をベッドに横たえて、私も一緒に眠った。

 

 無かった事には出来ない。

 

 でも、その場に立ち止まっていては先に進めない。

 

 

 首輪を付けねばならない。私の中のケモノに。

 




話を急ぎすぎている感は否めないですね。どうにも難しいものです。
しばらくこんな暗い雰囲気が続く……かも。日常に戻れるのはいつになることやら。

そしてコメント等ありがとうございます。
気に入っていただける物語になるかはわかりませんが、精一杯努力していきます。
あー語彙力欲しい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もふもふとどっかん!

 翌日のマルゴマルマル。

 

 おなかがぐう、と鳴り目を覚ました。

 

 起き上がろうとして、横で電が眠っていることに気付く。

 

 昨日のことを思い出してみる。夕方二人で寝て、そのまま夕ご飯も食べずに朝まで寝てしまったようだ。

 

 電の寝顔を観察する。昨日の恐ろしい電と同じ人とは思えないほど寝顔は子供らしい。ま、わたしも子供だけどね。

 

 電を起こさないようにベッドから降りる。

 

 外を見ると、陽はまだのぼっていないけど空はもう明るい。

 

 二度寝する気分でもない。外の空気を吸いに行こう。

 

 ダンボールからペン助を抱き上げ、部屋を出た。

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 堤防に、司令官が腰掛けていた。

 

「おはよう。司令官」

 

「ああ、おはよう。早いな」

 

 こちらを振り返り、司令官が返事を返す。その顔を見て、一瞬言葉に詰まる。

 

 酷い(くま)だ。やつれてるようにも見える。

 

「お腹減っちゃって」

 

「そういえば食べてなかったな。冷蔵庫に晩飯入れてあるが、どうする?」

 

「朝ごはんの時でいいわ。それより……」

 

「電の事か?」

 

「それはもういいの。電は大丈夫よ。優しい子だもん」

 

「そ、か……」

 

「電じゃなくて、司令官のことよ。ねえ、昨日何があったの?」

 

「私か?特に何もないが……」

 

「嘘よ。わたしにだってそれくらい分かるわ」

 

「……そりゃそうか」

 

 司令官が海を向く。表情が見えなくなる。

 

「鎮守府の周り、ここらの海域が危険なものになった。今言えるのはそれ位だ」

 

 顔は見えないけど、口調から苦々しい表情であることが分かる。

 

 でも、わたしは追求を止める気はない。この好奇心が危険なものでも、知りたい。何があったのか。何が起きているのか。

 

「教えてよ。本当のこと」

 

「無理だ」

 

「それって、何か隠してるってことでしょ」

 

「……」

 

「なんで、全部抱え込もうとするの?わたしだって、司令官の力になりたい!ねえ、教えてよ!」

 

「……」

 

「司令官!」

 

「……すまない」

 

「っ……!」

 

 頭にきて、我を忘れて。

 

 わたしはペン助をその場に置いて、司令官に組み付いた。

 

「なっ……!?やめろ!」

 

 座る司令官の首に抱きついて、そのまま地面に引き倒す。

 

「やめないわ!司令官が全部話すまでやめない!」

 

 そのまま、司令官の胸の上に馬乗りになる。

 

「……このっ!」

 

 でも、体格差が大きくて、うまく押さえつけられない。

 

 必死になるあまり、私は

 

「ペン助!手伝って!」

 

 と助力を求めた。

 

 と、いつもならぼーっとしてるだけのペン助が助太刀とばかりに寄ってくる。

 

「ま、待て!ペン助はまずい!」

 

「知らないわ!ペン助、やっちゃって!」

 

 ペン助が短い足で跳んだ。そして、司令官にのしかかって……

 

 

 

 司令官が変身した。

 

 

 

 

 

「……えっ」

 

「だからまずいと言っただろう……」

 

 わたしの下から司令官の感触がなくなって、私はその場で中身のいなくなった司令官の服の上でぺたりと座り込んでいた。

 

 そして目の前に、白いいきもの。

 

 司令官と同じ首輪を付け、司令官の声でしゃべるいきものがいた。

 

「……え、何?どういうこと!?」

 

「俺は……じゃなくて、私はこいつに触れるとこうなるんだ……」

 

「……俺?」

 

「そっちに食いつくのか……はぁ、もう俺でいいか」

 

 もふもふのいきものがため息をつき、ほっぺたをかく。

 

「なぜこうなるのか俺にも分からん。治すにはダンボールに入る必要がある」

 

「それが、隠してたこと……?」

 

「あー、まあ、黙っていたし隠していたといえばそうだ」

 

「ふうん……」

 

 呆れた様子だけど、くりくりの目でそうしていても可愛いだけ。

 

「……ねえ」

 

「なんだ?」

 

「だっこしていい?」

 

「は?」

 

「……だめ?」

 

「……好きにしろ」

 

「やった!」

 

 持ち上げる。

 

「もふもふ」

 

「……」

 

「なによ」

 

「……電も同じような反応だった」

 

「えっ、電は知ってたの!?ずるい!」

 

「ずるいって何だ、ずるいって」

 

 めんどうくさそうにする司令官をもふもふする。足元でペン助がこちらを見上げる。場所を取られたと思っているのだろうか。あとでペン助も抱いてあげるから今は許してね。

 

「……もういいか?」

 

「まだ」

 

「はぁ……」

 

 

 

 

 何分そうしていただろうか、いい加減にしろ、と怖い声で司令官が言うので下ろそうとした時、

 

 

 

 アラートが鳴り響いた。

 

 

「深海棲艦!?」

 

「来たか!俺は司令室に……この体じゃ遅い!担いでいってくれ!」

 

「わ、分かった!」

 

 こんな朝早くから!ふわふわしていた頭を切り替えて、ペン助も持ち上げ走りだした。

 

 と、

 

 

 遠くから響いてくる爆発音とともに水平線に煙が上がった。

 

 一瞬遅れてアラートの音が変わる。

 

「ブイが破壊されたか!」

 

「ねえあれ近くない!?」

 

「クソっ!……雷!出撃ドックに向かえ!俺は自力で司令室に行く!」

 

「わ、分かった!」

 

 

 

 司令官とペン助を置いてドックへ走る。

 

 

 電が来るまでわたしが持ちこたえなきゃ!

 

 頭ではそう使命感に燃えていたけど、実際は不安と恐怖に手が震えていた。

 




今まで上げた分の校正とか手直しをその内まとめてするつもりです
読みにくい文多いからね
たぶん設定からのやり直しはないはず いずれ後書きでアナウンスします

コメントありがとうございます もっとみんなが満足できる文章が書けるよう頑張ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浮遊

 司令室へ行くために、短い手足を必死に動かして駆ける。

 

 この体は不便極まりない。ともすればペン助の方が走るのが速いかもしれない。いつになったらたどり着くのかもわからない程だ。

 

 電はどこにいるだろうか。アラートで起きないはずはない。既に出撃ドックへ向かったか?それとも執務室か、司令室か。

 

 いずれにせよこうして廊下をよちよち歩きしていては無線を入れることすら叶わない。

 

 速く、もっと速く……!

 

 

 

 司令室に着いた時点で、俺は重大なミスを犯したことに気付いた。

 

 

 ドアノブに手が届かない。

 

 ほんの1メートルの高さのそれが今は途方も無く遠い。

 

 近くに踏み台になるものはない。万事休すか。

 

 

「司令官さん!」

 

 天の助けか、電が丁度来た。

 

「よく来た!ドアを開けてくれ!」

 

「分かりました!」

 

 電が勢い良く扉を開け、中へ飛び込む。

 

「無線だ!既に雷が出撃してる!繋いでくれ!」

 

「はいなのです!」

 

 持ち上げられ、机の上に乗せられる。無線を受け取ろうとしたが大きすぎて受け取れない。目の前に置いてもらい、体全体を使って操作する。

 

「雷、聞こえるか」

 

『司令官!そっちは大丈夫なの?』

 

 雷の声に混じって爆発音が聞こえる。既に戦闘を開始しているらしい。

 

「問題ない、そっちは?」

 

『今のところは!敵が六体もいるわ!わたし一人じゃどうにもならない!』

 

「六体だと!?敵の編成は何だ!」

 

『軽巡と駆逐と……あと、重巡が二人もいる!』

 

 戦艦がいないだけましか……しかし、そんな相手では電が合流しても勝てる見込みはほぼ無い。とりあえず、雷を退避させるしかない。このままでは一方的に嬲り殺しにされる。

 

「雷、一旦退くんだ」

 

『でも、鎮守府が!』

 

「鎮守府なぞどうでもいい!雷の命のが何倍も大事だ!」

 

『司令官……』

 

「退避しろ!命令だ!」

 

『……分かった!』

 

 退避、といっても敵がそう安々と逃がすわけもない。逃げる背中を撃たれる。

 

「電、雷の退避を援護しろ!」

 

「なのです!」

 

 元からそのつもりだったのだろう。電は頷いて司令室を飛び出した。

 

 

 

 数分。未だ雷は鎮守府に向かい逃げ続けている。電との合流にはまだかかる。

 

 大きな被弾こそ無いが既に傷だらけのようで、無線からは荒い息遣いに混じって時折小さく呻く声が聴こえる。落とされるのも時間の問題だ。

 

「ネクストがあれば……この程度……!」

 

 モニターの地図には鎮守府へ逃げる雷と鎮守府を出た電を示す緑の点と、雷を追う深海棲艦を示す六つの赤い点が動いている。

 

 敵は全員追ってきている。雷との距離はそれなりに開いているものの、攻撃が十分に届く程度。もし足と言わず、どこかしら撃ち抜かれればその時点で彼女は死ぬ事が確定するだろう。

 

 さらに言えば、電が合流したとしても戦力差は埋まりすらしない。勝つ見込みはない。

 

 運良く生き延びても、鎮守府が破壊されて、それで終わりだ。彼女達の無事如何がいずれにせよ、どう転んでも俺はここに居られなくなるだろう。まあ、二人が生きてればそれで良いが……。

 

 しかし現状、その第一目標である生存すら危うい。

 

 俺はこんなちっぽけな生物になって、無線の前で項垂れるだけ。

 

 情けなさに泣けてくる。

 

 

 

「……ん?」

 

 背後で物音がした。振り返るとペン助が入り口に立っていた。

 

「ああ、お前か……」

 

 相変わらず何を考えてるのか分からないぬぼっとした顔でこちらを見上げている。

 

「今、お前のご主人様が頑張ってるんだ。応援してやれ」

 

 投げやりに、そう声をかけると、ペン助は羽をパタパタと振った。応援のつもりなのだろうか。

 

 

『司令官っ……電は、まだなの……!?』

 

 無線の声に現実に引き戻される。

 

「もう少しかかる!避け続けるんだ!もうすぐだ!」

 

『そろそろ、限界……きゃあっ!』

 

「雷!?」

 

 大きな爆発音。無線が途絶した。

 

「電!急げ!」

 

『全速力なのです!』

 

「くっ……!」

 

 

 八方塞がりだった。

 

 恐らく、雷は電が辿り着く前に沈む。

 

 為す術はない。

 

 こんな事になるなら、他の艦娘を建造すればよかった……と言いたいところだが、ちびちびと貯めた建材は先日ネクストの武装が作られた時に無くなった。その武装も今は何処。

 

 運命なのだろうか。

 

 また、失うのだろうか。

 

 俺は……。

 

 

「ペン!」

 

「……は?」

 

 ペン助が、鳴いた。

 

 ペンギンの鳴き声はそれでいいのかとか、お前鳴けたのかとか、色々言いたい事はあったが。

 

 見ると、ペン助は必死に羽ばたいていた。もちろん飛べるはずもない。だが、まるで飛べるとでも思っているかの如く、必死に羽を振っていた。

 

「ペン!」

 

 もう一度、鳴いた。それは何かを訴えているようで。

 

「……何が言いたい」

 

「ペン!」

 

 言葉など話せない。しかし、何かを言っている。

 

 何だ?まさか俺に彼女達を助けに行けとでも言うのか?

 

「ペンペン!」

 

「無理だ、俺には何も出来ない」

 

「ペーン!!」

 

 と、感極まったのか、ペン助が跳ねた。

 

 

 そして……数秒浮いた。

 

 

「なんだ、それは……」

 

 明らかに浮きようもないずんぐりした図体が、その羽ばたきで若干だが、浮いたのだ。

 

「俺に、飛べとでも言っているのか……?」

 

「ペン!」

 

 その通り、と頷くペン助。

 

 俺もこいつのように手をぱたぱたさせて飛べと?

 

「ペン!」

 

 首を振る。違う、ということか。

 

「ペンッ!」

 

 今度は、バッと大の字になる。何のジェスチャーだ。

 

 

 バッと……広がる……そして、浮く……?

 

 

 

「……おいおい」

 

 まさかな。浮かんだ考えを理性が否定する。

 

 しかし現に、こいつはこの図体で浮いた。

 

 やれば、分かる。

 

 絵空事だと。ファンタジーだと。

 

 しかし……

 

 

 

 カチリと

 

 

 

 頭の中で何かが噛みあう感覚がして

 

 

 

 

 

 浮いた。

 

 

 




ここまでファンタジー
ここからもファンタジー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔、そして確認飛行物体

 ()は、必死に海上を滑っていた。

 

 頭が真っ白になって、心がぐちゃぐちゃになって。

 

 泣きながら、それでも我武者羅に進んでいた。

 

 

 また、失うのだろうか。

 

 また、離れ離れになるのだろうか。

 

 嫌だ。

 

 ……嫌だ!

 

 でも、私は今、急ぐことしか出来ない。

 

 もどかしさで、気が狂いそうになる。

 

 

 戦場に神様なんて居ないけど、今は何にでも縋りたい。

 

「誰か、助けて……」

 

「雷ちゃんを、助けて……!」

 

 

 

 声は届かない。

 

 返事は無い。

 

 聞こえるのは、波の音と艤装の駆動音、そして後方から迫る甲高い音だけ。

 

 

 ……甲高い音?

 

 

 

 振り返る。しかし、そこには何も……

 

 

 いや、遠くに小さな光の点がある。その光が動いて……近づいてくる!

 

「何なのです!?」

 

 

 光はものすごい勢いで迫り、

 

 そして、一瞬で私を追い抜いて行った。

 

 遅れて、衝撃波のような風と轟音。

 

 思わず耳を塞ぐ。風圧で転びそうになるのを踏ん張って耐えた。

 

 

「今のは、いったい……」

 

 

 呆けている場合ではない。急がねば……!

 

 

 前を向き直す。今は雷ちゃんを助けることだけを考えるんだ。

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 その後、数分としないで、煙の上がる場所の近くまでたどり着いた。

 

 

 水面に広がる黒い染みとあちこちから立ち昇る煙が、戦闘の激しさを物語っている。

 

 炎と煙で視界が悪く、状況がよく分からない。

 

 

 近づいてゆくと、深海棲艦が何かと戦っているのが見えた。

 

 見た限りでは、敵は三体だけのようだった。

 

 ということは、他の三体は戦っている相手が既に倒したのだろうか。

 

 

 まだ生きている敵は、空中に向かって砲撃を繰り返している。目を凝らすと空を何かが飛び回っていた。艦載機だろうか。しかし、それは凄まじい速さとあり得ない挙動で目で捉えきれない程の動きをしている。

 

 他の鎮守府から援軍が来たのか?にしては、敵以外の人影はない。

 

 

「……雷ちゃん!」

 

 少し離れた位置に、雷を発見した。

 

 仰向けで、水面に浮かんでいる。まだ沈んではない。

 

「雷ちゃん!」

 

 戦闘は一先ず置いておいて、雷に滑り寄る。

 

「っ、酷い……」

 

 ボロ雑巾でも、もっと綺麗だろう。そう思えるほどの有様だった。

 

 辛うじて息こそあるが、全身傷だらけで、腹には穴が開いていた。波で洗い流しきれない程に血が溢れて、真っ赤だ。人間ならとっくに死んでいるに違いない。

 

「ど、どうしよう……」

 

 高速修復剤を持ってくれば良かったと後悔した。この怪我では布で縛ったところで血は止まりはしない。

 

 

 

「電、後ろだ!」

 

 その叫びに、咄嗟に体が動いた。

 

 雷ちゃんを抱えて横に動く。

 

 爆音と水飛沫。間一髪だった。

 

 

 生き残っていた軽巡が撃ってきたのだ。

 

 慌てて主砲を構えるが、私が撃つより先に、目の前のそれが蜂の巣になった。

 

 言葉の通り、穴だらけになったのだ。

 

 そして、声もなく沈んでゆく。

 

 

 見上げると、おもちゃのような銃を構えた、首輪付きのもふもふが宙に浮いていた。

 

 艦載機でも、ましてや艦娘ですらない。

 

「まさか、司令官さん……!?」

 

「そのまさかだ。最後の一体を倒す。流れ弾が行かないか見張っていてくれ」

 

「は、はいなのです!」

 

 敵を見ると、確かに残りは一体だけだった。雷を見ている間に一体倒していたのだろう。

 

 そして、ここに着いた時に三体になっていたということは、他の三体を倒したのも恐らく司令官。

 

 

「あなたは、何者なのですか……?」

 

 目で追うのがやっとの速度で空を駆ける姿をみて、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 十秒程で、勝負が付いた。

 

 最後まで残っていた重巡が海面に倒れ、司令官が戻ってくる。

 

 

「雷の様子はどうだ」

 

「この怪我では、鎮守府までもつか分かりません……」

 

「……そうか」

 

 今もなお、雷ちゃんの腹部から血が流れ続けている。

 

 

「電、ちょっと下がっていろ」

 

 そう、司令官が言った。

 

「えっ、何なのです?」

 

「近くにいると危ないかもしれん。距離を取れ」

 

「はっ、はい」

 

 何をするつもりなのか、とりあえず言われた通りに離れる。

 

 

 

 と、司令官が翠に輝き始めた……いや、司令官が翠に光る何かを纏ったようにも見える。

 

「これは勘だが……」

 

「何をするのですか?」

 

「高速修復剤だ」

 

「……えっ」

 

 確かに、色は高速修復剤のそれだ。だが、これは……。

 

 

 司令官が雷に近づき、そっと傷に触れる。

 

 すると、司令官の翠の光に反応するように雷の傷がぼんやりと光り始めた。

 

 腹部の傷とそれ以外の数多の傷と、全てが光っている。

 

 数秒とせずに、変化に気付く。

 

 それらの傷が、治ってゆくのだ。

 

 この位置からではよく見えないが、明らかに傷が癒えているのが分かる。

 

 あの光は本当に高速修復剤なのだろうか。信じられないが、目の前でそれが起きている以上受け入れざるを得ない。

 

 

 しばらくして、司令官が雷の元を離れた。

 

 近寄って見ると、雷の出血は止まっていた。

 

「……やはりというか何というか」

 

 何か独り言を言う司令官。

 

「今、何を……?」

 

「戻りながら話す。とりあえず雷を担いでくれ。帰るぞ」

 

 

 

 言われたとおり、雷を抱き上げ鎮守府に向けて滑りだす。

 

 すぐ上を司令官が着いて来る。

 

 その周りに、翠の光は無くなっていた。

 

 

 そして司令官が語り始める。

 

 私の知らない世界の話を。

 




高速修復剤が翠ってのはかなり前の話で一言だけ出してたんですが
まあ覚えてる人は居ないわな 伏線にすらなってない伏線でしたとさ

次回「昔話をしてあげる」
司令官の過去に一体何が?……って話はまた今度ですかね
要は未定です またみてね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ネクスト、そして司令官のはなし

「遠いどこかの話だ」

 

 鎮守府に戻る途中、()のすぐ上をふわふわと飛ぶ司令官が、語り始めた。雷は傷こそ治ったが未だ意識は戻っておらず、私の背で寝息を立てている。

 

 

「あるロボットが造られた。人型で人間が直接乗って戦うロボット。それはネクストと呼ばれた」

 

「そしてそれは、世界を壊すほど危険なものだった。ネクストは敵を滅ぼし、平和を滅ぼし、国を滅ぼした。かつて30にも満たないネクストが、国という形を壊した。俺が赤ん坊だった頃の話だ」

 

 

 私は迷った。淡々と語る司令官の話す内容が荒唐無稽過ぎて、それを受け入れるべきか、端から信じずにいるべきか。

 

 そもそも、そんな兵器が開発されて実戦投入されれば確実に取り沙汰されている筈であり、国が解体されたなんて話も存在しない。

 

 

 

 

「それから色々あって、俺は、ネクストに乗ることになった。パイロットとして。

 

  そして、ネクストで、人類衰退の片棒を担いだ。俺は、滅ぼすつもりは無かったんだ。むしろ救おうとしていた。だが……、いや、どうこう言っても言い訳に過ぎないな。やめておこう。

 

  結局のところ、人類を破滅に導いた一人だった。最終的な結末は知らないが……あのまま行けば確実に人類は緩やかに壊死するだろう」

 

 そこまで言って、司令官が溜息を吐いた。しかしその風貌はもふもふ。表情も変化することはない。それがとても無機質なものに見えて、不気味とすら感じた。

 

「俺は、人殺しなんてものではない。人類という種を殺した人間だ」

 

 驚きはあった。だがそれ以上に理解が追い付かない。しかし、それ以前にもっと身近な疑問を持った。

 

「……俺?」

 

 そう疑問符を口に出した途端、司令官はきょとんとして、そして笑った。

 

「ははは。なるほど、姉妹だな」

 

「?」

 

「いや、なんでもない。俺が自分を『私』と呼んでたのは格好付けというか、提督なんて役職なんで多少は偉そうに見せようと思ってな……まあ、大した理由はない」

 

 そう言って頬を掻く司令官。顔を覗き込むと目を逸らされた。恥ずかしがっての行動だろうか、いや、この反応は……

 

「それは嘘です。本当の理由が別にあるのです」

 

「ぐっ!……何故分かった」

 

 当たった。半ば鎌掛けだったが。しかし何故と聞かれてもなんとなく、としか答えられない。適当に返答しよう。

 

「女のカンなのです」

 

 フッ、と余裕ぶってそう言うと、

 

「その歳で何を言ってるんだ」

 

 との返し。子供扱いとは失礼な。

 

「これでも80歳は超えてるのです」

 

「そうかい。……まあ、理由を言うと、俺にはかつてパートナーがいてな。パートナーで、親のような人だ。俺はその人を真似て、いや、模倣しようとしていたんだ。……その結果がこんなのだが」

 

「ほえー……」

 

 司令官は、懐かしむような、思い出を噛みしめるような、暖かい声色で話していた。きっと、それは素晴らしい記憶なのだろう。

 

「パートナー……」

 

 大人だなぁ、とぼんやり考えた。「パートナー」という響きがとても大人びて聞こえた。

 

 

「なんでこんな話までしてるんだ俺は……」

 

 一方で司令官は何故か肩を落としていた。

 

 

 

 

「それで、先ほどの翠の光は何だったのです?」

 

 中々核心に踏み込まない司令官に代わって私が切り込むと、司令官は顔を引き締めた。見た目上は何も変わってはいないが。

 

「今からする話は、恐らく誰も知るべきではない事だ。現状では妖精のテクノロジーとして解明されてはいないが、いずれ人類がその存在を見出す時は来るだろう。しかしそれでも、出来る事なら発見されないようにすべき事だ」

 

「つまり他言無用、なのです?」

 

「そうだ。まあさっきの話も全て外部に漏らして欲しくないが」

 

「大丈夫なのです。決して話しはしません」

 

「ありがとう。では翠の光の事だが……

 

  そうだな。あれは、向こうでは『コジマ粒子』と呼ばれていた。コジマ粒子こそが、ネクストのネクスト足り得るものであり、コジマ技術によりネクストは生まれた。

 

  詳しくはコジマ物質やら何やらと細かい部分があるがそれは省く。要はこのコジマ粒子は魔法の粉でな。おかげで既存の兵器では太刀打ちが出来ない程になった」

 

 なるほど、確かに先ほどの司令官の戦闘を見る限りでは物理法則を無視したとしか思えないような動きであった。あれがコジマ粒子の効果か。……いや、

 

「待って欲しいのです。では今の司令官が空を飛んだり武器を出して攻撃したりしているのはそのネクストという物とは関係があるのですか?」

 

「……それについては俺が聞きたいくらいだ。何故この姿になったのかも何故戦えているのかも何もかもが不明だ。それこそ今飛んでいる事自体が不思議でしかない」

 

「えぇ……」

 

「まあともかくだ。そのコジマ粒子が凄いって話だ。さらに、この粒子は艦娘にとって高速修復材と同じ効果があるようだ」

 

 そのことに関しては先程目の前で見せてもらった通りだろう。

 

「では高速修復材は……」

 

「あぁ、形状こそ違えどコジマ粒子が含まれている」

 

「知っていたのですか?その事を……」

 

「いや、知らなかった。あー……知らないというよりかは、確証が無かったと言うべきか、試したことがなかったと言うべきか……。ともかく、実際に使ったのはあれが初めてだ」

 

「そうなのですか……」

 

 考えてみれば素晴らしい話である。無茶苦茶な動きが出来るようになる上に傷も修復されるのだ。つまりその魔法の粉は本当に魔法のような粉で。艦娘にその技術を応用すれば擬似的に不死の戦士が誕生するのだ。

 

 

 

「それは駄目だ」

 

 しかしその意見は一蹴された。

 

「コジマ粒子には致命的な副作用がある。これは核と同等かそれ以上の危険性があるんだ。液体に溶解することで失活化し危険性がある程度失われるが、それでもゼロにはならん上、万が一にでも陸上でばら撒かれた際にはその一帯が死の砂漠と化す」

 

 なるほど、それでネクストは『世界を壊すほど危険な』兵器なのだろう。

 

 そして()()()()()()()()()

 

 

 

「ところで、司令官さんはそのロボットを今でも所持しているのですか?」

 

「それなんだが……先日紛失した。紛失というにはでかすぎるが」

 

「なくしたのですか!?」

 

「なくしたというか、なくなったというか……」

 

 なくなったって、まさか盗まれたんじゃ……。

 

「かも知れんな。上が勝手に持って行った可能性もあるし、或いは深海棲艦に鹵獲された可能性もある。だがその形跡が全く無くてな……誰の仕業かすら掴めないんじゃ追うことも出来ず手詰まりになってる」

 

 証拠を一切残さずに人が乗り込めるサイズの物を盗み出す事は可能なのだろうか。ともかく深海棲艦にそれが渡れば現状押されている戦況が一気に取り返しの付かないことになる。だが人間側に持って行かれたのだとしてもそれは世界の終末のきっかけになってしまう。

 

「盗んだのがどちらでも面倒な事になりそうなのです。司令官さん、なくなった日に、何かおかしな事はありませんでしたか?鍵が空いてたとか、物音がしたとかなんでもいいので」

 

 

 

「あぁ、あの日は……そうだな、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ……ん?

 

「どうした、変な顔をして」

 

 レディに向かって変な顔とは失礼な。しかし今はそんな些末な事に突っ込んでいる時ではない。

 

「……たぶん、それ、盗まれてないのです」

 

「は?何故そう思う」

 

「だって今、司令官さん、そのロボットと同じ武器を使って、同じ粒子を出して、同じように飛んでいるのです」

 

「……あっ」

 

 

 

 つまり、司令官のそのロボット……ネクスト、ではなく、()()()()()()()()

 

 

 なんだそのファンタジーは。

 

 

 

 しかし考えるまでもなく元々ファンタジーだらけだった。

 

 なら問題ないか。

 

 ……問題ないか?

 

 

――― ――― ――― ―――

 

「司令官さんは、()()()ではどう考えているのですか?」

 

 鎮守府に無事帰り着いて、出撃ドック。雷を横たえ、その艤装を解除しながら司令官にそう問うた。

 

「どう、とは?」

 

「人類はこのままでは滅ぶのです。それを受け入れるのか、或いは抗うのか……どちらを選びますか?」

 

 質問に司令官は一瞬目を見開き、すぐに破顔し言った。少しだけ寂しそうな声で。

 

「君達を守るのが今の俺の役目だ。世界は、そうだな……この腕が届くなら救いたい、かな」

 

 そう伸ばされたその腕は、私の手のひら2つ分程度でしかなかった。

 

 




大層遅れましたすいません

あれも書かなきゃこれも書かなきゃとしているうちに最初の方に考えてた事を忘れる鳥頭
メモだいじですねウン

一段落です次から二章みたいな感じで、はい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰投、そして侵入者?

 

「お疲れさん。問題ないか?」

 

 雷を入渠ドックに横たえ、脱衣所を出た所で司令官に声をかけられた。雷は先程海上で司令官のコジマ粒子なる高速修復材によって表面上は一切の傷が無くなっていたが、司令官曰く「内臓の傷も完全に修復している保証はないし、そもそもコジマ粒子だけでは何が起こるか分からない。念のため入渠させた方が良いだろう」との事だ。

 確かに、本当に高速修復材と同じ効果なのか確定していない上、副作用が無いとも言い切れない。現状だけで安易に決断を下すのは賢明ではないと言えよう。

 

「はい、大丈夫なのです」

 

 私は頷き、廊下でホバリングしている司令官の正面に立つ。何か追加の話でもあるのかと思っての行動だったが、未だもふもふ状態の司令官は私を一瞥すると、それ以上は何も言わずに飛び去っていった。速度は出していないため海でのような爆音爆風はなく、むしろ心地良い程度の微小の風邪が髪を揺らした。

 

「雷ちゃん、早く目を覚まして欲しいのです……」

 

 そう独り言ちて、その場を後にした。

 

 

 

 

 シャワーを浴びて自室へ戻り、やることもないのでぼうっとして過ごす。思い出すのは、司令官の話。耳が勝手に司令官の声を、故郷の思い出話をするかつての自分の乗員達のような寂しさと懐かしさを含んだ声を、脳内に再現した。

 

『遠いどこかの話だ』

 

 遠いどこか、とはどこの事だろう。過去か、未来か、日本か、外国か、それとももっと別の……。

 

 違う、既に判っているのだ。頭がそれを受け入れないだけで、彼の出自にはもう気付いている。いや、気付いているというよりは知り得ないと表現したほうが適切かもしれない。私の理解の範疇を超えた、そんな御伽噺。

 向こう(司令官の世界)に艦娘は、深海棲艦は居るのだろうか。居ないなら、どうして世界は破滅へと舵を切ってしまったのか。明確な脅威すら存在しないにも関わらず、それでも人間は自らを殺める程に愚かな存在だったとは思いたくない。或いは、人間にとっての脅威は……

 

  人間そのものだったのだろうか。

 

 

 

 

 悶々と思い悩み頭がパンクしそうになって、外の空気を吸おうと部屋を出る。未だ三人しか居ないこの鎮守府の廊下は、酷く無機質な匂いがした。横須賀の鎮守府はここに比べずとも人が溢れていて、どこにいても誰かの匂いがしたものだ。戦艦達の爽やかな汗の香り、空母達の付けている香水の香り、私と同年代の駆逐艦達の子供らしい太陽のような香り。

 ここが悪いとは言わない。しかし、リノリウムと加工されて時間の経っていない木材の混じった匂いの真新しい廊下に立つと、まるで私以外に誰も居ないんじゃないかと錯覚する。それは一言で言えば寂寥感。私は静かな場所が好きだが、同時に人恋しいのだ。艦であった頃にはまるで想像もしなかった。人間とはこうも面倒な生き物なのか。

 

 

 廊下を曲がってもそこには先程と同じような光景が広がっていて、永遠とそれが繰り返されるのではと感じて。しかしそれも一瞬の事。微かな物音を聞き取り、そちらに注意が向く。遠くはないがくぐもった音。階下だろうか。

 外に出る事は一旦忘れ、階段を降り音のする方向へ向かう。何かを引き摺るような摩擦音と、苛ついたような舌打ち。常人では聞き取れない音量だが、艦娘の聴覚は人並みではない。

 

「……侵入者?」

 

 頭を嫌な考えがよぎり、歩調を速める。間もなくして、音の発生源であろう部屋の前に辿り着いた。物置のようだが……。

 戸は閉まっていて、今は何の音もしない……いや、息遣いが聞こえる。息を切らしたような、あるいは緊張しているような早い呼吸音。

 

「ゴクリ」

 

 無意識に喉が鳴った。私に陸での実戦経験はまだなく、もしこれが泥棒か何かだった場合、戦闘は避けられない。司令官に訓練をつけてもらっているとは言え、不安は拭えない。冷や汗が背中を濡らす。

 ゆっくり、ゆっくりと足音を殺して扉に近付く。動悸が激しくなるのを感じる。

 

 

 

 と、扉の下の隙間から眩い光が漏れた。

 

「……ッ!」

 

 何だ。爆発、いやこの光量ではフラッシュバンか。違う、どちらも大きな音があるはずだ。実物を見たことはないが知識として一応知っている。それに何れにせよ侵入者が手元で発動するような代物ではない。

 

 

 数秒ほどして、光が弱まりやがてそれも無くなる。今の動揺で私の足は完全にその場に釘付けになっていた。

 現時点で分かるのは、扉一枚隔てた先に誰かがいて、そいつは私の想像の付かない何かをしているという事だけ。今から艤装を取ってこようか、と考えるが装備して戻って来るまで侵入者がこの場に留まっている確証はない。やはり生身で突入するしかないのか。

 とすれば最適なのは勢い良く倉庫内に踏み込み、相手が動揺している間に昏倒させる。しかしそれが上手くゆく確証は無い。どうする……。

 

 

 

 そうしてたたらを踏む私は、どうやら時間を掛け過ぎたようだった。

 

ガチャリ

 

 金属質な音を立て、ドアノブが回された。

 

 

 身構えたまま固まっている私の眼前で、極度の緊張で体感時間が引き伸ばされているのか、長い時間をかけて、ゆっくりと扉が開いてゆく。今からではこの何の遮蔽物も無い廊下、隠れる事も出来ない。

 

 万事休すか、と思ったが、ここにきてようやく私の足が動くようになった。背水の陣。逃げ場が無くなって、心が決まったのだろう。

 

 重心を落とし、開きかけの扉に飛びつく。足を回し、扉に蹴りを入れて無理矢理全開にする。それによってノブを掴んでいる相手は不意を突かれ、更にバランスを崩すはず。

 

 勢いのまま、体当たりさながらに組み付いた。相手は不意打ちに驚いたように後ろに倒れ込み、馬乗りの形になる。

 奇襲はなんとか成功したようだ。陸では非力だが、これなら勝てる……!

 

 

 そう確信した私は、ひとつ重大なミスを犯していた。

 相手の顔を、様相を確認する程の余裕がなかったのだ。

 

 

 

「い、電!?」

 

 聞き慣れた声に、振り上げた拳を止めた。そこでようやく視点が定まる。

 

 

 

 そう、物置から現れたのは、司令官だった。

 

 

 

 

 全裸の。

 

 

 

 鎮守府に響き渡った悲鳴で、入渠ドックに寝かされていた雷は目を覚ました。

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

「で、その変身とやらが解けた状態の司令官を見て、電が叫んだと」

 

「……あぁ」

 

 30分後、執務室には服を着た司令官と、ペン助を抱いた雷と、私が揃っていた。

 

「電はいい加減に落ち着きなさいよ」

 

 そうは言っても熱を持った頬は私の意志ではどうにもならない。未だに司令官の顔を見ることも叶わない。

 

「悪かったよ、事前に言っておけばよかった」

 

「い、いえ、こちらこそ……申し訳ありませんでした……」

 

 否が応でも思い出す。私はスカートで、司令官は裸で、馬乗りで。太腿に当たった司令官の筋肉質な下腹部の感触がまだ残っているように感じる。一番嫌になるのはその強制的な反芻によって熱を持つ私の……いや、なんでもない。兎に角平常心では居られないのだ。

 人間とは不便なものだ。正確には人間ではないが、同様の精神構造を持っている点では相違ない。この羞恥という感覚、そして異性に対する心のリアクションに辟易する。が、それと同時に鋼鉄の肉体だった頃には持ち得なかった喜びや安堵のような暖かい感情は持つに値するものであって、過去と現在どちらが良いかと聞かれると答えに窮するだろう。

 

 そんな事を状況は収束に向かいつつあって、今は雷と司令官が司令官の身体について話している。身体と言ってもアッチの意味ではなく……健全で潔白な内容であることを付け加えておく。

 

「つまり、司令官はペン助と一緒に段ボールに入らないと戻らないのね?」

 

「あぁ、概ねその通りだ」

 

「面倒なものね」

 

「全くだ。本当に勘弁して欲しいと思うが、そういう仕様らしいからどうにも、な。あの時は電にペン助と段ボールを持ってきて貰おうと思ったんだが、先にペン助を見つけてしまったんでね……まぁ服については失念していた。まさか倉庫の外に電が居たとは。重ね重ね、すまなかった」

 

「いえ、こちらこそ……なのです」

 

 ペコペコと頭を下げ合い、場の雰囲気がいつも通りに戻ってくる。ペン助は雷の腕の中で眠っていた。可愛らしいが何とも、少しだけ憎たらしく感じてしまう。動じない奴だ。その強心臓を分けて貰いたい。

 

 

 

 そんなこんなでお開きとなるかと思いきや、ここで司令官がぽろりと爆弾を投下した。

 

「だが、電は俺の身体見るのは二度目だぞ? そこまで衝撃受けなくてもいいだろうに」

 

 やめろ!蒸し返すんじゃない!それもよりによってそんな言い方で! そう言いたかったが後の祭り。雷が一瞬口をあんぐり開けた後、予想通りの発言をした。

 

「えっ……司令官と電ってそういう……」

 

 勿論だが、私と司令官は()()()()関係ではない。彼が言っているのは前回変身した際の事。私が細くも鍛えられた彼の肢体を見るのは二度目である。

 

「違うのです!!! いや違くはないのですけど!! 司令官もそんな誤解招く言い方しないで下さい!」

 

「お、おう。すまん」

 

 まったくもう……と疲れた表情で雷の方を見やると、にやにやと厭らしい笑み。判ってたなこの姉。

 

「そりゃ分かるわよ。電って単純だもん」

 

 

 そんな事はないのです!と言い返したかったがそうした所で墓穴を掘るだけに違いない。苦笑を零す司令官を軽く睨め付けてから、深く溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 あの後、電が執務室を出てから一通りの説明を受けた。司令官の力のことや、どこか遠い世界のこと。既に電には話したらしいが、電にそれらに対する動揺や違和感は無かった事から彼女はまるきり全て受け入れる事が出来たのか。或いはそれに対する自答を保留にしているのか。何れにせよ先の電の様子に異常は無かったと思う。顔から湯気を出していた点を除いて。

 しかし私には俄に信じられない。実際に目の前で見たはずなのに、だ。

 

 司令官は、

 

「今すぐ理解しろとは言わないが、少しずつ受け入れてくれると嬉しい」

 

と言った。それだけわたしの反応があからさまだったのだろう。自分の事だが、無理からぬ話だと思う。わたしを騙そうとしているのかとも考えたが、司令官(この人)のお人好しなところを見ているとそれはないと分かる。つまり全てが嘘偽りない、ということだ。

 

 そんな人間が、どうしてこんな辺鄙な孤島のような場所で提督をしているのだと詰問したくすらあった。もちろんしないけど。

 

 

「それで、こっちが本題なんだが……電のことでな」

 

 今までの話よりよっぽど重苦しい口ぶりで、司令官がそう切り出した。

 

「電がどうしたの?」

 

 形だけそう聞き返すが、何のことかは分かっている。彼女の抱える闇の事だ。つい先程わたし自身が単純だなどと言ったが、実際は真逆だ。わたしの方がよっぽど単純で、しかし電は違う。でも彼女の二面性、あるいはそれ以上かもしれない内面にはとうに気付いているし、それについてはわたしの中で既に折り合いが付いているつもりだ。

 それを告げると、司令官は安心したように笑った。

 

「なら良いんだ。流石は姉妹だな。……電を頼む。俺では限界があるだろうから、な」

 

「もちろん! もっと私に頼って良いのよ?」

 

「あぁ」

 

 

 そう言って笑い合う。以前より更に絆が深まった気がした。

 

 




遅くなりやした


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会敵

 その日、俺は夜間の深海棲艦殲滅を取り止めとした。

 

 

 理由として、燃料と弾薬の問題が挙げられる。

 

 

 

 少々回りくどくなってしまうが、まずはネクストの燃料についての話をする。

 ネクストの運用エネルギーは基本的に水素と易燃性合成ガスによる複合型燃料電池からもたらされる。重油や石炭が燃料となる艦娘とは異なるためこれらのリソースは自ら用意しなければならない訳だが、まあこの点は問題なかった。

 

 

 

 水素は入手が簡単だ。水を分解すればいいだけだから。その際にそれなりの電力が必要になるが、電力には余裕があった。

 鎮守府には大本営からの物資支給があり、この中にはボーキサイトが含まれる。ボーキサイトから精製されるアルミニウムは空母達の艦載機を作るのに必要な材料である。アルミニウムと言えば「電気の缶詰」などと呼称される程に精製に電力が要る物質であり、その為に、各鎮守府には重油での発電設備が儲けられているのだ。この発電設備は同時に緊急時の予備電源も兼ねている。つまりは中々の大型であるため、水素精製に必要な電力をこれによって賄えるのである。

 

 俺はこの事に気付いた時に「軽量のアルミニウムに精製してから支給した方が効率良いのでは?」と考えたが、調べてみるとそうではなかった。先に述べたように、発電装置は予備電源でもあるため何れにせよ鎮守府には必要となるので、ついでにアルミの精製もそちらでやれと言う事なのだ。更に言うと精製を大本営でまとめて行う場合、そのための発電所をボーキサイトの採掘場に併設する必要があり、その発電の為の燃料を運ぶコストの方が高く付いてしまうのだ。加えて現状では燃料の海上輸送が出来ない。大型設備にわざわざ多量の燃料を運び込んで一気にやるより各地で必要量だけ細々とやった方が、相対的に無駄が少ないという話である。故に、支給はアルミではなくボーキサイトなのだ。この他にもアルミの保存性などの理由もあるが割愛する。

 

 

 

 易燃性合成ガスの入手には少々手間取った。上述のように艦娘の燃料は重油と石炭であり、ガスを用いない。支給物資や身近には存在しないのだ。そのためこれは自ら精製する必要があった。

 と言っても、手ずから調達すべき材料は無かった。易燃性合成ガスは水素と一酸化炭素、それにメタンなどの炭化水素ガスを混合した物質だが、これらは何れも石炭から精製出来るのだ。

 だが肝心の精製施設が無かった。水素の精製と違い精製のための炉を作る必要があったのである。そこで俺は、一週間かけ妖精と協力してこれを開発した。実際のところその内の殆どは設計図を書いていたのだが。自作の設計図を妖精に渡したところその殆どを修正され、かつ翌朝には炉が完成していたのを見て、彼らが居なかったらここで行き詰まっていただろう事に改めて気付かされた。文献で見たものより大幅に小型化され、更に複数種のガスを同時に生成可能なその炉はどう見てもオーバーテクノロジーであった。なおその炉は今でもネクスト用ドックにある。

 

 

 

 そして弾薬。これは艦娘用弾薬の補給同様に妖精がどうやってか作り出したストックがあったのだが、それも変身ついでに消え去った。俺の体内に貯蔵されているのか、それとも無に帰したのか。

 

 

 

 

 とまあ、暫く前に色々苦労しつつネクストの燃料問題は解決したのだが、今になって何故そんな話をしたのかというと、現状そのネクストが俺自身になってしまったせいでそれらの補給が出来ないのだ。

 

 もふもふのケモノに補給口などある筈がなく、折角解決したその問題が再燃してしまった訳で。つまり今のまま戦闘を続けた場合、いつか燃料切れで戦えなくなるかも分からない。弾薬切れなら肉弾戦をすれば……いや、小型のもふもふ状態では音速を超えた体当りを食らわせたとしてもダメージは与えられるとは思えないので駄目か。下手すれば俺自身がぷちっとはじけそうだ。最悪アサルトアーマーなら殲滅も叶わなくないが、この世界にコジマを垂れ流すつもりはない。選択肢に上らない。結局のところは、燃料弾薬どちらが尽きてもお終いだ。

 

 或いは若しかしたら経口投与でなら燃料補給は出来るかもしれないが、そうでなかった場合に水素と一酸化炭素と可燃ガスをぐいっと吸い込んだ時どうなるかぐらいは容易に想像が付く。碌でもない死に様を晒すこと請け合いである。もちろん水に溶かして飲み込むことも出来ない。そもそも水素は水溶性ではないのだ。

 食事に混ぜて、というのも却下である。艦娘達の軍艦的な意味での燃料補給は艤装のみで、本人が重油をゴクゴク飲むのではない。あくまで彼女達本体のエネルギーは一般的な人間と同様の食事によって得られる熱量であって、重油は彼女達ではなく艤装に注入するものである。彼女達がしない事を俺が死の危険を犯してまでする道理は無い。

 弾薬においても然り、である。ネクスト用弾薬をマルカジリ出来るほど俺の歯は強靭に出来ていない。

 

 

 

 よって、それら問題が解決するまでは激しい戦闘はお預けという事。致し方なしだ。

 

 

 そういう理由から、俺は夜浅い時間に眠りに就いた。明日二人が出撃するなら、それに着いて行って燃料残量について確認でもしようか、等と考えながら。

 

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 朝食後、予定通り二人を哨戒任務と称して出撃するように申し出た。同時に俺自身がそれに同行する、とも。

 意外にもこれに対し電が難色を示した。

 

「私達だけで大丈夫なのです」

 

 少々拗ねたような口振りから察するに、恐らく彼女は俺が力不足だと心配して同伴しようと言っているのだと勘違いしているようだ。哨戒任務といったのが良くなかったのかも知れない。強敵に挑むでもないのにわざわざついて行こうとするのは、確かに彼女達の力量を軽んじているように受け止められても仕方ない。

 実際のところ二人の身に万が一の事があっては大変だという気持ちが無いわけではないのだが、俺の現状をありのまま伝えても無駄に心配事を増やすだけに過ぎない。

 

 どうやって丸め込み、もとい説得しようかと考えあぐねていると、雷が本心を知ってか知らずか助け舟を出してくれた。

 

「電、司令官には司令官の考えがあると思うの。ここは私達の成長を見てもらうと考えて、ね?」

 

「雷ちゃんがそういうのなら……」

 

 不承不承と電が頷く。立派に姉をしている雷に目を細めると、雷が俺だけに見えるようにウインクしてきた。が、そこはまだまだ幼い彼女の事、ウインクはばっちり両目をつむっていた。それはただの瞬きである。

 

「もしかしたら戦艦とか空母と戦うかもしれないじゃない? そしたらわたし達だけでは手に余るわ。でも司令官がいれば安心よ」

 

「それはまあ、確かにその通りなのです」

 

 ふむん、と電はひとつ息を吐き、こちらに改まり頭を下げる。漸く俺の随伴に納得してくれたようだ。

 

 

 

 

 出撃準備を命じ、二人を出撃ドックに向かわせる。ペン助を執務室に残すよう言いつけてから。そして彼女達が艤装を装着している間に俺は段ボールを用意する。帰投後の為である。

 これからは主要な部屋には空段ボールを常備せねばな……と考えつつ服を脱ぎ畳む。そのままでペン助に触れれば着ていた制服はその場に投げ出されてしまう。もちろん変身状態の俺ではそれを畳むこともままならないので、仕方なく。そういった理由もあって、二人を先に行かせたというのもある。

 

 

 

 以前と同様に真っ白なケモノと化す。何故かチョーカーのみ着けっぱなしだが、それが未だに首輪を放せない俺の深層心理を代弁しているようだった。

 

 自分の頭もかけないほどに短くなった手を広げて、()()()()()()()

 統合制御システム(IRS)に接続された時のような、一気に視界が広がる感覚と共に時間が引き伸ばされる。メインブースターに命令を送るようにイメージすると足が床から浮いた。

 

 ここで今更のように気付いたが、普段ならモニターに映る機体状態が確認できなかった。

 当たり前である。ネクストと異なり今は―――人間ではないものの―――生身であり、目は肉眼であって、そもそもモニターなぞどこにも存在しない。『耐久値(AP)』も『エネルギー残量』も不明である。本来ならサイドモニターに表示されている『残燃料値』や『アクチュエータ複雑系(ACS)接続状況』等も勿論だが無い。

 

 機械の塊(ネクスト)から肉の塊(もふもふ)になったが故にこの変化は妥当といえば妥当であるが、しかしこのままでは当初の目的の燃料弾薬の確認が出来ない。出撃する以前に頓挫である。

 

 

 考えなしに出撃して、海上で電池切れです、などとなって水没しては目も当てられない。

 だが一緒に行くと言ってしまった、それも雷に御膳立てまでして貰った手前、今更になってやっぱナシ!とはいかない。

 とりあえずこの問題は頭の隅に追いやり、埠頭に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 二人は既に海上で待っていた。俺に気付いて手を振ってくる。昨日ボロボロにされた雷の艤装は一晩で新品同様に修復されていた。

 

「では、出撃するぞ」

 

「はいなのです!」

 

「いっきますよー!」

 

 軽く声を掛け合って、静かに凪いでいる海原に漕ぎ出す。

 取り敢えず進路を北に取るように告げ、背部の両方に距離特化レーダー(050ANR)を装備する。ネクストでの戦闘でこんな事をすれば遠くまで見えすぎて目の前の相手が逆に捉えにくくなるが、一方で斥候には至極向いている。装備を自由に顕現できるこの身体で活用しない手はない。

 

 と、ここでハッとする。レーダーマップが映るモニターが無い現状でレーダーの使用に意味はあるのか、と。

 しかしこの世は変な所で都合良く出来ているようで、装備してすぐに敵を複数探知した。その感覚はどう説明したものか。見えたのとは違う、目に映ったわけではないが、そこに居ると分かったのだ。例えるならふと他人の気配を感じるような、あるいは見えなくとも居ることを確信するような、奇妙なもの。

 資料で読んだのだが、艦娘もレーダーを積むらしい。同様の感覚を得ているのだろうか。いや、俺のこの身体(もふもふ)が妖精由来のものだからこそ、これは艦娘のものと同等の機能を得たのかもしれない。

 

 

 兎も角、数メートル前を行く二人に声をかける。

 

「司令官って、すごいのね!」

 

 手放しで褒める雷に相槌を打ち、最寄りの敵の方角、北北東に舵を切った。向こうの数は3。艦種は不明だがやってやれないことは無いはずだ。

 

 

 

 

 

 暫くして、まだ会敵には程遠いにも関わらず目標の深海棲艦がこちらに進路を変更した。肉眼で確認できるよりずっと遠い位置である。レーダー持ちが居るようだ。

 

「奇襲とはいかなかったのです」

 

「厄介ね……」

 

 電が悔しそうに、雷が不安そうに言う。

 

「だが、敵は三人だ。なんとかなるだろう?」

 

「まあそうね」

 

 気付かれたからと言って、このだだっ広い大海原。隠れる場所も無い。こちらも真っ直ぐ向かうのみである。依然進路は北北東を維持だ。

 

 

 

 

 

 それから幾許もなく、水平線にぽつぽつと黒点が映る。深海棲艦のお見えである。

 艦娘同様に小型化で性能がぐっと上がったのか、オニキスのような漆黒の双眸が敵を見分けた。今だと視力いくつなのだろうか。人間の状態でも肉体改造により強化された視力は両目で10程もあったが、それが霞んでしまうほどの視力だ。彼我の距離は軽く3kmはあろう。

 

「敵種、軽巡が2。これはどちらもホ級だな。それと駆逐イ級だ」

 

「司令官、すごいのです! 電には点しか見えないのです」

 

 今度は電が褒め称える。先と同様に軽く相槌を打ってから思索する。

 敵のうち、電探を持っているのはイ級だろう。とすればあれは旗艦だ。つまりともすればあのイ級は他のホ級以上の能力を持っている可能性がある。油断すると手痛い反撃を食らうだろう。

 

 その旨を伝えた上で、二人にこう告げた。

 

「でもまあ、俺が手出しする必要はないだろう」

 

「なのです」

 

 当たり前だ、といった風に電が首肯する。慢心ではない。その瞳は明々と輝いていた。或いはイ級についての忠告が逆に彼女の闘争心を煽ったのか。

 

 

 

「違うわ。電は戦果を上げて司令官に褒められたいだけよ」

 

 ざっくばらんな雷の指摘に、電の頬が朱に染まる。

 

「からかってやるな。ほら、もうそろそろだぞ」

 

 こういう冗談は陸の上でやってもらいたい。現に電が半目で雷にじっとりとした視線を送っている。当の本人はどこ吹く風だが。

 

 

 

 

 

 双方の砲撃圏内に入る前に、敵が牽制射撃をしてきた。電も雷もこれには動じず、最短を突っ切ってゆく。

 

 

 戦闘開始だ。

 

 




 説明が長くなり本当に申し訳ない

 燃料についての下りは色々調べて書いたのですが恐らく殆どが現実的ではなくガバガバな内容だと思います許して
 あと易燃性合成ガスは造語です 現実にもある合成ガスと炭化水素ガスの混合物的な感じです実用性は不明

 あと活動報告上げました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蠢き

 

「まずは遠距離戦よ! 一発くらいは当てたいわね!」

「頑張るのです!」

 

 眼下から勇ましくもどこか可愛らしいやり取りが聞こえる。

 二人に激励の言葉を掛け上空に飛翔した俺は、役職通り司令塔として二人をサポートする為に彼我の位置が容易に確認できるポイントに移動していた。

 

 今回の戦闘で、俺は手出しをするつもりはない。あくまでサポートであり、本来の司令官の仕事をこなすだけのつもりだ。まぁ、万が一の時はやぶさかでは無いが。

 理由としては二人の練度上げのためだとか、これから先俺無しでの戦闘が少なからずあるだろうからその練習だとか、幾つか挙げることが出来るが、一番は俺自身の燃料問題が解決していないと言う話。果たしてこの身体のエネルギー容量があと何時間か何分かも不明な以上、下手に動き回る訳にも行かない。

 

 

 

 とりあえず現状で解決できようもない懸念に憂慮するのを止め、目下の現状を確認する。敵は軽巡ホ級が2、駆逐イ級が1。イ級を殿(しんがり)とする鶴翼の陣(三角形)の形を取っており、やはりあのイ級がflagship(旗艦)である事は間違いないようだ。

 

「さっき言った通り、そのイ級は他の二体を優に上回る性能だ。あえてそれを先に狙う道理もない。手前のホ級から倒した方が良いだろう。戦術作戦は任せるが、極力被害の少ないようにな」

「承知したのです!」

「任せて!」

 

 返答と同時に左右に散開する電と雷。各個撃破に挑むのだろう。更にそれぞれが引き受けるホ級を引きつけるための牽制射撃。その動きは打ち合わせていたかの如く見事に揃っており、今までの地道な訓練と共同生活の成果、そして何より姉妹である事を誇示しているようであった。

 

 しかし訓練と実戦は違う。接近戦が始まってからの判断こそが彼女達に必要な物である。満足な訓練と確かな実戦経験こそが戦士を鍛えうるのだ。

 さて……俺は俺の仕事をせねば。

 

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

「アナタの相手はわたしよ!さあ付いてらっしゃい!」

 

 (わたし)は右方のホ級を引き付けるように継続的な砲撃を加えながらイ級から離れる。

 その最中もう一方のホ級と戦う電を見やると、彼女はのらりくらりと小さな動きでホ級の砲撃を避けてはいるが大きく離れようとしているようには見えなかった。それどころかまるで動きたくても動けないような、駆動系に問題があるとしか思えないぎこちなさである。

 

(まさか、既に脚部艤装に被弾したの!?)

 

 そう考え電の足に目を向けるが、被弾跡も故障の様子も確認できない。

 彼女の行動の理由に思い当たるより早く、別の懸念が思考を遮る。敵の後方から迫るイ級である。

 まずい、とは思ったがそれを事前に伝える事は叶わなかった。既に彼女の動きが鈍っていることに気付いていたのか、イ級が電とホ級との戦闘位置に辿り着いていた。

 

 それでも、と通信機に手を伸ばした所で、電と目が合った。いや、この距離では目線の判別は不可能だが、確かに電がこちらを見たように思えた。

 まるで「こちらは任せろ」とでも言うかの如く。

 

(……なるほどね)

 

 つまりあれは不可抗力ではなく、わざとそうしているという事で。その間にこちらを片付けろ、という事なのだろう。

 なら、任されよう。私の仕事を全うするのだ。視線を自分と相対しているホ級に戻し、てらてらとした深海棲艦特有の装甲を、その内側に隠れているであろう顔を見据えた。

 

 

 

 精神を集中させると、すぅ、と波の音が引いていくのを感じる。代わりに体全体が周囲の風の流れを、両の眼が敵の微細な動きを……砲撃の予備動作を、感じ取って無意識にそれを避けるように動く。

 思い出す。司令官が言っていた。「艦娘も深海棲艦も同じ、砲撃の瞬間にはその衝撃に耐えるように全身が硬直する。一見すれば分からない程度だがよく観察すれば気付けるはずだ」と。

 

 相手が撃つタイミングさえわかれば後は簡単だ。その砲弾が辿るであろう射線に居なければいいだけ。

 性質上ホ級の装備は5 inchの弾だ、しかし実際に放たれるのはその何分の一のサイズである。生身の人間では掠っただけでも衝撃波でミンチに成り兼ねないが、わたしは艦娘だから余程の至近弾でない限りは問題ない。

 

 

「そんな攻撃、当たんないわよ」

 

 軽口を叩いて煽りつつ避ける。私を貫くはずだった砲弾が遥か後方で水柱を上げた。

 そこへ間髪入れずに砲撃を放つ。ホ級の左肩付近の装甲が弾けた。砲撃直後の一瞬の硬直は、戦場では致命的だ。こうやって大きな隙と成り得る。

 

 

 

 

 小さい、軽い、という事は駆逐艦のアドバンテージである。小回りが効き、制動や加速が素早く行える為に回避が容易なのだ。(ある意味で悔しいけど)被弾面積が小さいという利点もある。

 その優位性を充分に発揮し敵の砲撃をすいすいと避けながらの砲撃で一方的にダメージを与えてはいるのだが、やはり火力が心許無いのかホ級は現状中破程度。フジツボのように数多ある砲の半数以上を破壊したが、まだ継戦不能とまではいかない。

 

(早く倒さないと電が……!)

 

 焦りが表層化してきている事を感じつつ、しかしそれを止めることが出来ない。

 集中が切れてしまう前に倒さねば逆にやられる可能性も……いや、そんな事を考えてはいけない。集中しないと……

 

 

「ッ、ぐぅ……!」

 

 直撃ではなかった。

 しかし衝撃で左腕の袖が千切れて宙を舞う。舞ったのが腕じゃなくて良かった、と思うが傷はそれなりに深いようで、肘から指先へと暖かい液体が伝い落ちてゆくのを感じる。

 一瞬の()()を見逃すほど敵も馬鹿ではないという事か。

 

「これは……マズいわね……」

 

 痛みこそ鈍いものだが、これで一気に形勢はイーブンになった。

 休む暇もなく更に撃ち込まれる砲撃をすんでのところで回避し、条件反射的に撃ち返す。外れた。

 

「倒さなきゃ……わたしが……!」

 

 次々と砲弾が飛んでくる。わたしの避け方を学習したのだろう、砲撃は少しずつ避ける先を読んでいるように放たれる。ギリギリな回避が増えてくる。一方でわたしの攻撃はてんで当たらない。

 心なしか、ホ級は私を嘲笑っているようにも感じた。「ほらほら、頑張んないと死んじゃうよ?」と言っているようにすら思えた。

 それが、どうしようもなく悔しかった。悔しくて、それと同時に

 

 

 

「あったまきた……!」

 

 近距離戦を放棄して、ジグザグに避けながら一気に接近する。至近戦に持ち込むのだ。

 ホ級はわたしが痺れを切らして突貫しようとしていると考えたのか、後退するのではなく近づいてくる。

 

 あと数メートルという距離で12.7 cm連装砲を構える。左足を引いて、上半身をお辞儀させる。

 ホ級もそれと同時に射撃体勢に入って。

 

 そして、爆音とともに砲弾が()()放たれた。

 

 

 

「かかったわね!」

 

 顔は見えなくとも、ホ級の動揺が見て取れた。

 

 何故なら、わたしは撃たなかったから。

 

 

 

 相打ち覚悟の突撃に見えたのだろう。しかし撃ったのはホ級だけ。

 わたしはその瞬間に砲撃ではなく……砲撃の姿勢から更に左足を下げ、うつ伏せに水面をスライディングした。

 

 砲弾がわたしの頭上を通過し、虚しく水面に突き刺さる。

 水面を叩いて上体を跳ね上げ、腰を捻って一回転。敵の顔面まで1メートル。

 

 

 主砲が、火を吹いた。

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 後方で上がった爆発音を聞きながら、()はイ級から錨を引き抜いた。

 ねとり、とどす黒い粘液が糸を引く。

 

「この程度、なのですか」

 

 少し離れた位置に浮かぶ残骸に目を移しながらそう語りかけるが、既に鉄くずと化したソレから返答はない。

 が、答える者が居た。

 

<殺しなんてのは、そんなもんさ……一方的でしかねえんだよ、いつだってな>

 

「……」

 

 それは違う、と言おうとして、言葉に詰まった。思い出したのは先日の司令官の姿。

 一方的に深海棲艦を蹂躙する、真っ白な悪魔の姿を。

 

<受け入れろよ、死にたくなけりゃあな>

 

「……分かっているのです」

 

 踵を返して、雷の方へと向く。

 キラキラと輝く笑顔の雷が大げさに手を振り、その傍らにはふわふわした首輪付きの獣が浮いていた。

 

「戻ってきてたのですね」

 

 そう呟き、彼等の方へ足を運んだ。

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

「良くやったな、電も雷も」

 

 労いの言葉をかけると、雷は満面の笑みを浮かべ胸を張った。一方で電はどこか不服そうな表情をしている。

 戦果を見る限り、雷は被弾ありで軽巡を単騎撃破、電は被弾無しで軽巡と旗艦駆逐の撃破である。雷が不満そうにする事はあっても電がそうなる理由は無い筈だ。

 

「よし、じゃあ帰ろうか」

 

 しかしそれを追求はせず、一先ず帰投命令を出す。

 

 

 急いで帰る必要があった。

 

 

 

 

 

 

―――時間は遡り、戦闘開始直後。

 

 俺は二人を見守る振りをして、上空に飛んだ。実際双方を確認出来る位置ではあったが、俺の意思は別の方に向いていた。

 

 一度は格納したレーダー―――格納と表現したが装備した時にどこからともなく現れたのと同様に、解除すると虚空へ掻き消えたのでどこに仕舞われているのか不明だが―――を再展開して確認する。

 レーダーで確認できるのは僚機を意味する二つの点と敵機を意味する四つの点。僚機とは電と雷の事だ。

 そして、敵機は4()。内三つは目下の三体だが、十数キロ離れた位置に静止する点があった。

 

 空高くに移動したのは確認をするためだ。

 艦種と、その場から動かない理由を。

 

 二人共が戦い始めたのを確認し、更に上昇する。

 

「ここまで来れば見えなくなるか?」

 

 戦場を離脱するのを悟られてはいけない。そう思い視認できない位置まで上がってからレーダーの示す方向へ進路を取る。

 エネルギーの心配もあるためオーバードブーストは使わずに進むが、小型化されても速度は以前のままのようで、数分もせずに視認できる距離に到達するだろう。

 

 

「……ん?」

 

 が、最高速度に到達する間もなく、水面スレスレを動く物体を感知する。

 

「これは……艦載機?」

 

 目視で確認すると、それは偵察機であった。

 まるで電達の戦闘を観戦するかの如く、ふらふらと飛び回っている。

 

「こいつ、最初から観ていたのか……これの本体がレーダーに映っている奴だな」

 

 一旦偵察機は捨て置いて、その元凶を改める為に空を走る。

 そして、対象まで後数キロの地点で、俺は急制動をかけた。

 

「なんだ、この禍々しいオーラは……」

 

 赤と黒の入り混じった、フレアのようなオーラがその深海棲艦からは吹き出ていた。

 それは怒りと憎しみの入り混じった怨嗟の声を具現化したようにも、或いは苦痛と悲哀をどろどろに溶かし込んだ血液の奔流のようにも見えた。

 

 そして、同様に赤と黒で塗りつぶされたその姿は余りにも歪で、おぞましいものであった。

 ヒトガタの部分は表皮が剥がれ落ちたのかはたまた焼けただれたのか見るも無残な姿である。その半身から生えているようにも見える艤装部分は顔の上半分を引き千切られたような、下顎に三連装砲が合体している部位、それと二本の角のうち一方が根本からへし折られた悪鬼の顔にも昆虫の顔にも見える部位とで構成され、それぞれから伸びたチューブはいずれもその途中で切れて蛇のようにうねっている。

 

「こいつは一体……」

 

 何らかの棲姫であることは間違いなかったが、このような姿の個体は見たことも聞いたこともなかった。

 そもそもオーラを纏っている深海棲艦など存在していることすら知らない。

 

「チッ……一旦戻るか」

 

 出来ることならこの場で処理してしまいたいところではあった。が、例によって燃料問題もあったし、それ以前に……情けない話だが、俺はこいつに勝てる自信がなかった。

 見た瞬間に心臓を鷲掴みされているように感じる程のオーラを発しているこいつを前に、俺は怖気づいてしまっていた。

 

 抜き足差し足、勘付かれないようにその場を去り、二人の元へ戻ったのだった。

 

 

 

 

―――そして現在、俺は二人を連れて帰投中、常にレーダーから意識を逸らさずに居た。

 が、奴は動く気配を見せなかった、それどころか明後日の方向へ去っていった。偵察機も追いかけてきている様子はない。

 

 奴の目的は先の戦闘の見物だったのだろうか。いや、そんな筈はない。では何を考えて偵察機を飛ばすだけに終始していたのか。

 考えても答えは出ない。

 

 

 取り敢えず、戻ったら正体を調べる必要があるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、近くのとある鎮守府が一隻の深海棲艦によって壊滅。

 生存者はただ一人。その時偶然そこを訪れていた憲兵であり、彼女は語る。

 

「赤と黒の深海棲艦が鎮守府を滅ぼした」

 

 と。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

刺客?

 

「司令官、監査の要請が来ているのです」

 

 

 先の戦闘から数日後、そう電から告げられた。

 監査、と言うと今までのこの鎮守府での資産運用についに目を付けられたのだろうか。もふもふ状態になってからは特別資材を使う必要は無くなった為浪費はされておらず、現状電と雷の消費する分を除いて完全に溜め込んでいる現状である故、怪しまれるとすればそれ以前の事だろうか。

 

「いや、それよりも駆逐艦二隻しか保有していない事ではないのですか?」

 

 あ、そっちか。

 

「つい先日、お隣の本島近くの鎮守府が戦艦空母と数々の艦娘を保有していたのに壊滅したので、駆逐艦しか持ってないとかいう巫山戯(ふざけ)た戦力のここが睨まれない筈もないのです」

 

「つっても、俺はこれ以上増やす気はないぞ? 前に言った通り」

 

「『手が届く範囲』ですか? 文字通り腕が二本しかないから二隻まで、ってのは流石に安直といいますか……まあいいのですが」

 

 ……言うようになったな此奴め。

 

「取り敢えず、承知の連絡を入れといてくれ。言い訳は俺が考える」

 

「了解なのです」

 

 はぁ、と溜め息を吐きつつペンを弄ぶ。

 

 

 基本的に鎮守府の運営はその場の提督に放任されている。と言うのも全て人手不足で、規則で縛り付けて提督が辞めるのを恐れての事であり、余程の事がなければ好き放題が許されているのが実情である。

 辺境と言うことでこの鎮守府は言ってしまえば本島に向く敵戦力を分散させるための弾除けに過ぎず、寧ろ過剰な戦力を持てぬように送られてくる資材も鎮守府防衛が出来る最低限である。故に駆逐艦だけでも文句は言われないだろうと高を括っていたのだが……それも対深海棲艦戦争以来初の鎮守府壊滅によって話が変わったのだろう。

 

「いや、二隻では弾除けにもならないのです」

 

 ……言ってくれるな。

 

 

 兎も角、現状やることはひとつである。

 

 

 

「鎮守府大掃除だ!」

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 更に数日。Xデーが来た。

 

「本日は宜しくお願いするであります!」

 

 ドドドドと地響きを立てる大型バイクに跨って来た査察官は、小柄で色白な女性であった。正門で待っていた俺はそのギャップに一瞬たじろいだが、ちらと横を見ると雷は目を輝かせていた。

 

「雷ちゃんは大人な女性に憧れているのです。まあ確かにあれはハードボイルド感あって少々かっこいいかもなのですね」

 

「電は憧れないのか?」

 

「私は陸を走るより空を飛びたい願望の方が幾分か強いのです」

 

「俺みたいに?」

 

「……そうですね」

 

 なんだその間は。姿はどうであれ飛んでるんだぞ。姿はどうであれ。

 

 

「……あの、自分はどうすれば」

 

「おっと失礼。とりあえず中へどうぞ」

 

 

 

 

 まるで使ったことのない応接間へ通そうとしたところ「執務室で大丈夫であります」とのことで、壁までピカピカの執務室へ案内する。

 

「おぉ、綺麗に使ってるのでありますな」

 

「はは、そうですね」

 

 実際は違うが適当に相槌を打っておく。しかし、

 

「三人で隅々まで掃除したから新品同様よ!」

 

「そ、そうでありますか……」

 

 うーん、雷ちゃんは少々天然な部分があるようだ。

 この鎮守府を使っているのは我々三人(と妖精)のみ。殆どの部屋が使っていない為掃除する範囲はたかが知れていた訳で、ここ執務室の掃除には特に気合が入ってしまった。雷はその頑張りを評価して欲しかったようだが、まあ結果はお察しである。

 

「さて、今更になりましたが私がこの鎮守府の提督です。階級は三等海佐、宜しくお願いします」

 

「失礼、自分も名乗り忘れていたであります。自分は三等海尉であります。以後よろしくお願いする」

 

「私は暁型駆逐艦四番艦、電です」

 

「暁型駆逐艦三番艦、雷よ!かみなりじゃなくていかずち、よろしく頼むわね」

 

「お二方は存じているであります。横須賀の鎮守府にも暁型は揃っていたでありますからね」

 

 そう、艦娘はこの世に唯一無二ではない。同一の艦娘が複数存在する。更に言えば鎮守府毎に一人ずつどころか、ひとつの鎮守府に同じ艦娘が複数建造されることもある。やはり人間と違うということだろうか、生まれ方が独特故の現象かと思う。

 

 

 

「早速本題に入らせて頂くでありますが」

 

 備え付けのソファに座った査察官が口火を切る。いや口を開くと掛けた冗談ではなくて。

 

「冗談にしてはわかりにくいのです」

 

 悪かったな。

 

「早速本題に入らせて頂くでありますが……」

 

「これは失礼、どうも監査などというものは初めてで緊張していまして」

 

「そうは見えないのであります……兎も角、自分が派遣された理由はもうお察しのことでありましょうが、この鎮守府での艦娘運用状態の件であります」

 

 まあ、そうだろうな。予想通りすぎて反応に困る。

 

「それについては特に言い訳を持ちません。本鎮守府の戦力は今この部屋に揃っているだけで全てです」

 

「話が早くて助かる。それでは戦力の増強を……」

 

「ですが」

 

 話を遮る。と、査察官の眼がすっと鋭くなる。今まで会話していた時のような人懐っこい印象から一変、研磨されたナイフの切先を思わせる表情に雷が息を呑む。

 

「……大本営からの要請を拒否する、と?」

 

「えぇ」

 

 急に剣呑になった場に雷がおどおどする一方で、電はどこ吹く風でにこやかな表情を崩さない。それは俺も同様で、初めからこうなることは分かっていた以上驚きもせねば物怖じもしない。

 

「その自信はどこから? 既に知っているのでありましょうが、つい数日前にここからそう遠くない鎮守府が深海棲艦の襲撃によって壊滅したばかりであります。昨今は深海棲艦も知能を付け統率が取れてきているらしく、舐めてかかると身を滅ぼすでありますよ」

 

「全て承知の上です。私にはこの二人が居れば十分ですので」

 

 今の言葉は事実の上では嘘だ。この鎮守府での戦闘力のメインは俺自身で、二人はそのサポートに過ぎない。

 一方で、気持ち的には嘘ではないと言える。俺は二人を信頼しているし、更に研鑽を積むことで二人だけでも十分な戦力足り得ると信じている。

 

「では、僭越ながら条件を出させて頂くであります」

 

 今度は電が表情を険しくする。小声で「緊張しなくていい。予想通りだ」と伝えるがこちらを訝しげに見てきた。

 

「そんなに身構えなくても大丈夫でありますよ。ちょっとだけ、実力を確認させて頂くだけでありますから」

 

「……実力、なのです?」

 

「えぇ。条件は簡単なものでありますから。自分と……」

 

 

 そこまで言うと査察官は立ち上がり、次の瞬間淡い碧色の光の渦に包まれた。

 

 

 

「特殊船丙型、あきつ丸と戦って頂くであります」

 

 光が消えたそこには、全身を艤装で包まれた一人の艦娘が居た。

 

「艦娘……!?」

 

 雷が驚愕に思わず声を漏らす。それを聞いた査察官、改めあきつ丸はにんまりと嬉しそうに笑い、声高々に告げる。

 

「えぇ、自分は実は艦娘だったのでありますよ!」

 

「そんな……!」

 

「ふははは、驚き慄くが良いであります!」

 

 楽しげなあきつ丸と心底驚いた様子の雷との会話を聞き流しつつ、俺は電に顔を寄せ小声で話しかける。

 

「……電、お前あれ気付かなかったか?」

 

「いえ、来た瞬間から分かっていたのです」

 

「だよな……」

 

 寧ろ、来る前から派遣されるのは艦娘であろうと考えていたくらいであって、今更艦娘だと告げられた所で何も驚きはしない。

 

「そんなことよりも、寧ろ懸念は別のことなのです」

 

「あ、あぁ。そうだったな……」

 

 雷の良いリアクションに気を取られてしまったが、問題はそこではない。

 

「今の艤装の展開……あんな物が出来るようになったのか」

 

 当たり前だがあきつ丸は嵩張る艤装をえっちらおっちら運んできていた訳ではなかったし、そもそもそんな重量のあるものは艤装展開状態でなければ持ち運べる筈もない。

 

「……ん? 重量?」

 

 何か引っかかるものがある、と不意にそう零したが、俺より先に電が気付く。

 

 

「……! あきつ丸さん! 床が抜けるのです!」

 

 

 

「……あっ、であります」

 

 

 時既に遅し。派手な音を立ててあきつ丸の姿が消えた。

 

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

「申し訳ないのであります!」

 

 十数分後、執務室には艤装を解いて土下座するあきつ丸の姿があった。

 ブチ抜けた床には応急的に資材庫にあった板をあてがっている。

 

「誠に申し訳ないのであります! 本当に本当に……」

 

 放って置いたら一日中謝っていそうな様子のあきつ丸の顔を上げさせ、気にしないようにと告げる。しかしそんな気遣いは気休めに過ぎず、先程までの凛々しい雰囲気が嘘であるように縮こまってしまっていて何とも不憫だ。

 これには憧れに目をらんらんと輝かせていた雷も思うところがあったらしく、今は言葉では表現しにくい表情をしている。それがまたあきつ丸の惨めさを加速させているようで、彼女は今にも泣きそうである。

 

「ま、まぁ、床板の修復程度なら大した問題ではないので……気にしないで欲しいのです」

 

「しっ、しかし……」

 

 確かに、床の修繕は面倒ではあるが仕方ないと割り切れる。深刻なのはそこではない。

 今から彼女と模擬戦をする訳だが、彼女にその精神力が微塵も残っていないことの方が大問題である。まあ、上手い具合に「自分の不手際で迷惑をかけたのでこの鎮守府は不問にするであります」とでもなってくれれば楽なのだが。

 

 しかし現実はそうは問屋が卸さない。厄介事はさらなる厄介事をもたらすことになるのである。

 

 

「……決めたのであります」

 

 

 瞳の奥に闘志を燃やし、顔を上げたあきつ丸は告げる。

 

 

「自分は、この鎮守府で罪滅ぼしをするのであります!!」

 

 

 

 勘弁してくれ。

 

 そんな言葉は口には出せる筈もなく。降って湧いた面倒事がどろどろと胃で消化不良を起こすのだった。

 




 提督が三等海佐(少佐)だという設定は完全に後付です
 現実の、現在の海上自衛官の階級一覧とにらめっこし、そちらに詳しい友人の助力を得て決めさせて頂きました
 おかしい点がございましたら感想にお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鎹と楔

 

「実質戦力が増えたようなものなのです。そう考えれば、良いことじゃないですか」

 

 あきつ丸用の部屋を設えている最中、溜息を吐いた俺に電がそう切り出した。

 

「本気か?」

 

「マジだと思うのですか?」

 

「……はぁ、ったく」

 

 皮肉マシマシの電の言葉に頭痛が悪化しそうになる。

 

 現在の俺は憂慮案件に事欠かない。

 

「第一の問題は司令官自身のことなのです。これがバレると良くて実験対象、悪くて駆逐対象なのです」

 

「逆だ、逆。……まぁ、バレたらお上に告げ口される前に失踪してもらうとか……手がない訳じゃない」

 

「司令官にそれが出来るのですか?」

 

「出来ないと言えば嘘になる……が、極力避けたい」

 

「つまり現状はバレないに越したことはないということなのです」

 

 電には見透かされているのだろう。彼女の言葉は「甘ちゃんの司令官には自己の保身のために殺人なんて出来やしない」という事を言外に伝えていた。図星だ。

 

「……そうだな。で、第二の問題は」

 

「それについては今から確認に向かうのです。……悲観はいけませんが、これに関してはあくまで答え合わせ程度に考えていて欲しいのです」

 

「分かっている」

 

「では、私は暫く失礼するのです。今頃執務室で雷ちゃんとあきつ丸さんが床を直していると思うので、そちらへ向かわれると良いかと」

 

「あぁ」

 

 頷いて電と別れ、執務室へ足を運ぶ。表向きは、二人の手伝いをするために。

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 執務室に入ると、あきつ丸が軍人らしくビシっと敬礼をした。そんな、軍に属する人間には当たり前な光景を懐かしく感じてしまう。それもそうで、俺と電と雷は半ば歳の近い家族のような関係になっていたため今までそんな形式張った行動はしておらず、敬礼なんてものは日頃する機会が無かったのである。

 

「敬礼は要りません。楽にして下さい」

 

「ですが……」

 

「ここは他の鎮守府とは違います。気を張らないで頂けるとこちらとしても嬉しいのですが」

 

「そ、そうでありますか……。では、自分からもひとつ宜しいでありますか?」

 

「何でしょうか」

 

「その、敬語を止めて頂きたいのであります」

「交換条件ということですか。……いや失敬、了解した」

 

「ありがたい、のであります」

 

 あきつ丸が緊張を解いたようにふわりと笑う。真っ白な肌に堅苦しさを貼り付けたような表情が崩れ、柔らかく淑やかな顔つきになった。これが素の顔なのだろう。

 いつの間にか隣に来ていた雷が、持っていた木材を置いて朗らかに笑いかける。

 

「やっぱり、笑顔が一番よね」

 

「そうだな」

 

「でありますな」

 

 

 雰囲気がほぐれた所で、執務室の現状を尋ねる。

 

「雷殿が手伝って下さっていたので、進捗はまずまずであります。このまま行けば明日か明後日にでも直せるかと」

 

「そうか、それは良かった。それとありがとな、雷」

 

 そう言いながら頭を撫でる。雷はあきつ丸の目の前なのが恥ずかしいのか、顔を赤らめつつも目を細めた。

 

「じゃあ、俺も手伝うから。今日明日で直してしまおう」

 

「そ、それは悪いのでありますよ!」

 

 わたわたと手を振って慌てるあきつ丸。それもそうだろう。そもそもこういった雑事を提督自ら行うような鎮守府は他に無い。それがあきつ丸の居た横須賀なら尚更だ。

 

「そう言うのは分かっていたが、男の俺がただ見ている訳にもいかんしな。雷同様お節介だと思ってくれ」

 

「そうよ。わたし達はお人好しなの。だからどーんと頼っていいのよ!」

 

「……承知したであります」

 

 

 

 

 その後三人で夕刻までせっせと床の修繕を行った。完全に抜けてしまっていた床は一度損傷箇所の床を剥がして床梁を新しく設える所から始め、日が暮れる頃には全行程の七割程度が完了していた。

 

「お疲れ様なのです。夕食が出来たので呼びに来たのです」

 

「おぉ、もうそんな時間か」

 

「既に外は真っ暗でありますな」

 

 電気を付けていたので気付かなかった。窓を見れば、なるほど夕日の残滓もなく、夜の帳が降りている。

 

「じゃあご飯にしましょ? 続きは明日でね」

 

「明日は私も手伝うのです」

 

「助かるよ」

 

「かたじけないであります」

 

 

 

 

 食堂へ向かい、四人で食卓を囲んだ。

 

 夕食を食べながら、他愛のない会話をする。内容は他愛のない事、しかし大いに盛り上がった。

 あきつ丸が横須賀鎮守府での話をする。いつも場所を選ばずにかけっこをする駆逐艦の話、昼間から酒を煽る空母の話、夜戦ばかりしたがる軽巡と唐突に歌い出す軽巡の話。

 それらを聞きながら、雷はとても楽しそうに笑い、時折寂しそうな表情をしていた。

 

 電が横目で俺を見る。言いたい事は分かっている。この場がこれ程盛り上がるのも、話の内容がこの鎮守府には存在しない内容だから。……俺が新たな建造を拒んでいるから。

 二人には辛い思いをさせてしまっている。そんなことは百も承知で、しかし、本当にそれが正しい選択なのか。

 

 心が揺らいだ。

 

 

 

 そんな事を考えている間に、会話は移ろい、あきつ丸自身への質問に変わっていた。

 

「あきつ丸さんって、なんかすごい艦娘なのよね?」

 

「陸軍特殊船の丙型、揚陸艦といって特別な艦娘なのです」

 

「電殿は物知りでありますな。その通り、自分は揚陸艦と言って珍しい艦娘であります」

 

「すごいのね! よく分からないけど!」

 

 何かにつけて褒めちぎる雷に、あきつ丸は照れくさそうに頬を掻く。そして困ったように笑いながら

 

「といっても、そこまで重用されているわけではないのであります。今回ここに派遣されたのも本来来るはずだった人が先日の鎮守府襲撃に巻き込まれたので急遽自分が選ばれただけでありますし」

 

と言った。電が素早く目配せし、俺はそれに頷いて返す。やはりあきつ丸は予定されていた査察官ではないらしい。おおよそ持ち得ている情報も不十分なのだろう。だからこそ、こうやって俺達と平和に会話をしていられる。

 

「あの、元の来るはずだった人は今……いえ、無事なのですか?」

 

「えぇ、命に別状はない、と聞いたであります。怪我をされてしまったということで療養中かと」

 

「それは良かったのです!」

 

 電は心底ほっとしたように言う。その真意は心の中。

 

「電殿は優しいのでありますな」

 

「ありがとう、なのです」

 

 

 

 

 その後も談笑は続き、そろそろ卓上から全ての食物が無くなるかという頃。あきつ丸がふと思い出したかのように(少々古臭い動きで)ぽむ、と手を打った。

 

「あぁ、そうだ」

 

「どうかしたか?」

 

「ここに来た本来の目的を忘れていたであります。そう、自分と模擬戦をして頂くという事を」

 

 そう言えばそうだったな、と考えつつ同時に、本来の目的は監査であって模擬戦ではなかったのでは……と思う。やはりこの子は一見すると生真面目でしっかりした様子だが、本質は天然なのだろう。床を抜いた件からも考えれば少々抜けているというか、頭がゆるいというか。

 

「わたしは遠慮するわ。あきつ丸さん強そうだし」

 

「しかし、それではこの鎮守府が戦力不十分として上に報告せねばならなくなってしまうでありますよ?」

 

「違うの。私じゃなくて、この鎮守府のエースと戦って欲しいのよ」

 

「それはつまり……」

 

「そういうことだ。……電、お前なら行けるだろう?」

 

「ふぇ!?」

 

 外野を決め込んでいた電が急に矛先を向けられて箸を止める。滅茶苦茶嫌そうな顔をこちらに向けるが、黙殺。

 

「自分としては、二対一でも構わないのでありますが……」

 

「いや、一対一で行こう。模擬戦用の弾薬はこちらで準備するから、怪我はしない。安心してくれ」

 

「そういうことじゃないのですが……はぁ、分かったのです」

 

「頑張ってね、電!」

 

「他人事だと思って……」

 

「ああそれと、時間に余裕があったらでいいが……あきつ丸、雷とも戦ってくれないか?」

 

「承知したであります。そちらは親善試合として考えておきますので」

 

 俺の意向としては練度の高い電とは戦力確認の模擬戦を、雷は後に控えているであろう対空母船戦を見越して経験を積むためにあくまで演習としての手合わせを願った訳であるが、あきつ丸はそれをしっかりと汲んでくれたようだ。

 

「話が早くて助かる。では明日、床修理が終わったらやることにしよう」

 

「……了解なのです」

 

 若干一名どんよりとした空気であるが、気にしない。これもひとつの訓練と諦めて頂こう。

 

 

 

 

 

 

「そうだ、大浴場使おう」

 

 食器を片しながらそう言うと、食後の紅茶を飲んでいた三人(雷は牛乳)は目を丸くした。

 

「今まで使ってなかったろう? 折角だしどうだ」

 

「えっと、それは、そのぅ……」

 

 あきつ丸が困ったように手をぱたぱたさせる。癖なのだろうか。

 

「遠慮しなくていい」

 

「いえ、あの……」

 

 

 

「この鎮守府では提督殿も一緒に風呂に入られるのでありますか?」

 

 

 

「……んなわけあるか!」

 

 

 

 一瞬、言っている意味が分からずツッコミが遅れる。それが良くなかった。

 

 じとりとした視線を感じ見回すと電も雷も半目でこちらを見ている。雷電ータス、お前らもか。

 

「いや、今までそんな事してなかっただろ!」

 

「それ紛いの事は言われたことあるのです……」

 

 電が、そして俺がここに来てすぐの頃の話を指しているのだろう。だがそれは言葉の選び方を間違えただけで勘違いだった筈だ。俺は悪くねぇ。

 

「あれは誤解だっただろうが!」

 

「司令官、あなた……」

 

「その目をやめろ! 俺は無実だ!」

 

 

「はい、そんな茶番はさておいて、なのです」

 

「大浴場を使って良いのね?」

 

 雷電の二人は示し合わせたようにころりと表情を変え、本題に戻る。最近俺の立場が低くなっているような気がして止まない。

 

「お前らなぁ……はぁ、まあいい。そういうことだから、掃除する間待っててくれ」

 

「つまり、どういう事でありますか?」

 

「司令官は一人寂しく小浴場なのです」

 

「おい言い方」

 

「私は掃除を手伝うので、二人はそれまでくつろいでいて欲しいのです」

 

「わたしも手伝うわ」

 

「さっきは床修理を手伝えなかったので、私に任せて欲しいのです」

 

「そういうことなら……」

 

「お言葉に甘えさせて頂くであります」

 

「準備できたら呼ぶからのんびりしててくれ」

 

「分かったわ」

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 廊下にて、先を歩く電が真剣な顔を浮かべながらこちらを振り返った。

 

「司令官はあきつ丸さんみたいな胸の大きい人が好みなのですか?」

 

「……は?」

 

 思わず呆けた声が出た。

 ど直球な質問だ。ストレートであるがゆえに、答え方に気を配らねばいけない。そもそも何故そんなことを聞くんだ?

 

「難しく考えないで欲しいのです。単純な質問ですから」

 

 そうは言ってもだな……。

 

 答えに窮する俺に、電が歩み寄る。

 

「司令官は、あきつ丸さんが好きなのですか?」

 

 質問が変わってるじゃないか!

 

「司令官は、さっきの食事中、あきつ丸さんと話している時、とても楽しそうにしていたのです。いつもと違って、気楽な風に、落ち着いた風に……」

 

「それは……」

 

 真っ向から否定は出来なかった。事実そうだったから。電と雷といるとき、俺は自分が保護者であるかの如く、二人を守るべき立場であるように振る舞っていた。だからか、立場も歳も近いあきつ丸とはそんな気負いは無く、それを電は感じ取ってしまった。

 

「司令官!」

 

 威圧感に後ずさる。背に壁が当たった。逃げ場はない。

 

「はっきり答えて欲しいのです!」

 

 

 

 瞬間。まぶたの裏に桜が舞った。

 

「俺は……」

 

 

―――はっきり答えろ。お前は私の物だ、そうだろう?―――

 

 

「……俺は、誰を好きとかそんなものは無い」

 

 嘘を吐いた。いや、嘘ではないのかもしれない。ただ、自分の中で答えが分からなくなって……俺は、逃げた。

 

「ッ! ……そうなのですか。すみません、取り乱しちゃって」

 

 俯く電。かける言葉が見当たらなくて、俺は、その脇をすり抜けて浴場へ向かう。

 

 

 

 

「怖いのです……司令官が、居なくなってしまう気がして……」

 

 その言葉は、誰にも届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 数分して、浴場の扉を開け電が姿を見せる。

 デッキブラシを動かす手を止め声をかけようとしたが、それより先に電が口を開いた。

 

「先程はすみませんでした。取り乱していたのです」

 

 何と返せばいいのか分からず、大丈夫だ、とだけ伝える。電はぺこりと一度お辞儀をして、立てかけてあったもう一本のデッキブラシを取った。

 

 

 

 しばらく無言の時間が続く。心地よくない静けさに床を擦る音だけが響いている。

 

 

「……顕現展開システム、というらしいのです」

 

 ぽつりと、電が呟いた。

 

「あきつ丸の艤装か」

 

「司令官と一緒なのです。まるで同じ技術が使われているように……いえ、同じモノなのです」

 

 思い出す。もふもふの状態で、俺はネクストの装備を虚空から呼び出し使った。あきつ丸も艤装を虚空から呼び出した。同じだ、全く同じ。

 

「裏は取れたのか?」

 

「はい、妖精さん専用の回線が全ての鎮守府に引かれていました。我々では使うことはおろか、知ることも無い代物なのです」

 

「大本営と繋がっていたのか……」

 

「既に、顕現展開システムは横須賀で実用化されています」

 

 俺の変身はやはり妖精によって成されていたのだろう。そしてその際のデータを流されていた……。

 

「コジマはどうなんだ?」

 

「まだ使用実績はありません」

 

「だがそれも時間の問題か……」

 

「いえ、それなのですが」

 

「なんだ?」

 

「大本営に送られたデータに、コジマ粒子関連のものが一切存在しなかったのです」

 

 手が止まった。電の方を向くと、彼女はこちらを見ずにせっせとブラシがけを続けている。

 

「それはつまり、コジマに関する部分のみ伝わっていないと?」

 

「はい。技術的に再現できなかったのか、或いはこの世界を破滅に導くと理解し隠蔽したのかは定かではありませんが」

 

「そうか……ならよかった。本当に良かった」

 

 

―――◆―――◆―――◆―――

 

 私は、半分だけ嘘を吐いた。

 心底嬉しそうに言う司令官を、私は見ることが出来ない。その資格はない。

 何故、言わなかったのだろう。自分でも分からない。

 

 

 妖精を半ば脅すようにして、その保有するデータにアクセスした。

 現在のPCとは似つかないごつごつしたデザインの箱だったが、扱い方は似たようなものだった。プロテクトを妖精に解かせて、横須賀鎮守府との交信記録と送信されたデータ文書を確認した。そこには司令官の武器展開システムと推進力の生成法、弾薬補充の方法に飛行システムまで載っていた。飛行システムについては、人間のサイズで艤装型のものを作るには安定性に問題があり不可能だと記載されていた。

 そして、コジマに関する記述が一切無かった。まるでその部分だけ意図的に削り取られていたように。

 

 仮に先程司令官に伝えたように再現に技術が足りないというのであっても、恐らく実験や制作の思考記録を送るはずで。もし本当に妖精達の良心によって削除したのなら、もしそうなのであれば、或いはあえてデータを穴開きにしたのかもしれない。

 ただ現状のみを見れば、推測される答えはひとつだ。

 

 

―――データが誰かによって改竄された。

 

 

 それが誰なのかは不明だが、ハックしてコジマ技術の部分のみを消去した可能性が十分に考えられる。

 そして消された部位はどこに行ったのか。万が一、コジマ技術を再現出来ていたのだとすれば……。

 

 

 

 この世界は滅亡への第一歩を踏み出してしまったのかもしれない。

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 掃除が終わって、私はあきつ丸さんと雷を呼び共に入浴した。

 

 その際に雷があきつ丸さんの胸の大きさを羨んだり、雷が私の胸の方が少々大きかったことに嫉妬して揉んできたり、豊胸体操を三人でしたりしたのだが、まぁそれは割愛する。

 

 

 そして消灯時間になって、布団に潜り込む。平然を装っていたけれど、私の心をまち針が刺さったように、司令官に吐いた嘘がチクチクと痛めつけていた。

 私はどうしてこんなにも弱いのかと、悲しくすらある。肉体的にも、精神的にも。すぐに嫉妬と劣等感に支配される事に辟易する。

 

 そんな中、不意に雷が声をかけてきた。

 

「電は、重く考えすぎよ」

 

「えっ……」

 

「じゃ、おやすみなさい」

 

 聞き返そうと思ったけれど出来ず、数分もしない内に落ち着いた寝息が聞こえてくる。

 

「……雷ちゃんは、流石お姉ちゃんなのです」

 

 その気遣いが、暖かな気持ちが、私の心をほぐしていった。

 司令官にまた謝らなきゃ……。そう考えている内に、いつしか眠りに落ちた。

 

 




電殿ビウム


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。